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千里命稿

民国 · 韦千里

作盤ガイド: 八字作盤

七殺(七殺の一名を偏官という)

八字命理典籍

初学はまず体例の整った通論の書で枠組みを立て、次に歌賦類、最後に評注と進むのがよい。断語集から入ると、結論は覚えても導出の過程を組み立てられないことが多い。

楊叔和序

觀夫世界之廣大,宇宙之奇妙,人事之渺茫,若可知,若不可知,雖聖人亦不敢以論斷定也。然一春一秋,物故者新;一晝一夜,花開者謝。廢興成毀,盈虛依伏;大而名利,細而飲啄。默察一切,冥冥中似有定之者,故聖人不敢以論斷定者。今可於中仄盈虧之象,五行生剋之理之中,求之而百不失一焉。

この世界はこんなに広大で、宇宙はこんなに奇妙であるのに、人の世のことは渺茫として測りがたく、知れるようで知れない。聖人とて軽々に断定はしない。しかし一春一秋のあいだに、古いものは死に新しいものが生まれる。一昼一夜のあいだに、朝咲いた花は夕べに散る。興隆と衰亡、成就と毀壊、盈満と虚欠は互いに依り伏して潜み合い、大きくは功名や利禄から小さくは一飲一啄に至るまで、みなそうである。これらを黙って観察すれば、冥冥のうちに何かが取り仕切っているように思える。だから聖人も容易に断言しなかったのである。いまこの理は、日が中天を過ぎれば傾き、月は満ちれば欠けるという天象のうちに求められる(底本の「中仄」は「中昃」の誤りで、日が正午を過ぎて西に傾く意)。また「五行」すなわち金木水火土の相生相克の理のうちに求められる。こうして求めれば、百事のうち一事も誤らない。

餘始對於命運,乃深信而不疑。曩歲因事至申,訪韋子千里於其寓,論往指來,不爽禾黍。且評語簡明透澈,以少勝多。非深於道,明於理,通於儒,洞明乎世事者,弗能也。然餘有感焉,江湖述士之流,恆籍此為生,理既不明,語亦鄙陋,大雅君子,為之不齒。

私はこれで運命というものを深く信じて疑わなくなった。先年、用事で上海(「申」は上海の別称)に行き、寓居に韋千里先生を訪ねて、私の過去を論じ将来を指し示してもらったところ、言うことが分毫も違わなかった。しかも彼の批語は簡明で透徹し、少ない言葉で多くのことを言い尽くす。命理の研鑽が極めて深く、事理の弁析が極めて明らかで、儒の学に通じ、世間の人情を見抜いた人でなければ、とてもこの域には達しない。ただ私には感じるところもあった。江湖で占卜を売る術士の流は、常にこれで糊口をしのいでいるが、道理は明らかでなく、言葉は鄙陋で、大雅の君子はこれを歯牙にもかけない。

命理之學,晦而不彰,安得如韋子者作中流之砥柱耶。今韋子學益進,出其餘緒,編印《命學講義》一書問世,蒙示全稿,吟誦之餘,覺奧邃詳明,裨補後學,余嘗有志於斯而未能,今又有鞭策之者矣。敢不勉旃,敢不勉旃。詩云:“高山仰止,景行行止”,雖不能至心響往之,爰書此以歸。韋子其樂而教之乎,是有命焉,非餘所敢望也。公元一九三四年七月楊叔和於蚌埠大淮報館

命理の学はこうして晦んで顕れず、どこに韋先生のように激流のなかの砥柱となれる人を求められようか。いま韋先生の学はさらに進み、その余力で《命学講義》一書を編んで世に刊行した。全稿を見せてもらい、吟誦するうちに、奥深く詳明で、後学を補益する書だと感じた。私もかつてこの道に志しながら果たせなかったが、いままた私を鞭策する者がある。どうして勉励しないでいられよう、どうして勉励しないでいられよう。《詩経・小雅・車舝》に「高山仰止、景行行止」とある。高山は仰ぎ見られ、大路は行かれる。その境地には至れなくとも、心は深く慕う。そこでこの序を書いて彼に返す。韋先生は喜んで私を教えてくださるだろうか。それもまた命のあるところで、私が望んで及ぶものではない。公元一九三四年七月、楊叔和、蚌埠の大淮報館にて。

駱経畬序

餘於公餘之暇,喜讀命學諸書。凡坊間古籍名著,均先後蒐羅,迭經殫心參研,苦無心得,如《星平會海》、《三命通會》、《滴天髓》等書,或博而寡約,或簡奧難明,往復思索,雖略曉其意,終未了然於胸。客歲識鴛湖韋君千里,一見如故,蓋知其秉承家學,精研有素者也。讀其所纂之《精選命理約言》一書,深佩其註釋精微、闡揚命學之功,不在素庵相國下也。

私は公事の余暇に、命学の書を読むのを好んだ。世間に流布する古籍の名著は、次から次へと蒐集し、何度も心を尽くして参研したが、得るところがないのに苦しんだ。《星平会海》《三命通会》《滴天髓》のような書は、あるものは浩瀚で綱領がなく、あるものは簡奥で読みにくかった。繰り返し思い巡らして、大意はおおよそ分かっても、胸のうちで明瞭にはならなかった。去年、鴛湖(嘉興の別称)の韋千里君と知り合い、一見旧知のごとくで、彼は家学を承け、この学に精研の素養があることが分かった。彼の纂した《精選命理約言》を読み、注釈の精微さと命学を闡揚した功が、原著者である明末の相国陳素庵に劣らないことを深く感佩した。

君復以命學之式微,胥由古籍說理未透,今歲月於百忙中,編《命學講義》,以授海內有志斯學者。餘因加入研究,先獲其稿,披覺竟日,恍然有悟。昔日之所疑難者,今皆迎刃而解矣,他書中支離瑣屑之點,亦均條分縷晰,舉例闡明,矛盾謬誤之處,則說理指正,充推子平正宗,不僅為初學者必讀之書,亦可供精究者參考之籍。書成,將奧邃詳明,裨補後學,殊非淺鮮。余嘗有志於斯而未能,今又有鞭付剞劂,餘乃樂為之序。甲戌仲秋嘉定駱經畲

韋君はまた、命学が衰微するのはすべて古書の説理が透徹しないからだと考え、今年、百忙のなか《命学講義》を編み、海内のこの学に志す者に教えることにした。私は研究に加わって先に稿を得、終日披覧して恍然と悟るところがあった。以前に疑難だったところは、いまは刃を迎えて解けるがごとく解けた。他書の支離瑣屑な点も、みな条分縷析して例を挙げて明らかにし、矛盾や謬誤のあるところは理を説いて是正している。まさに「子平」正宗を推し充てるもので(子平とは宋の徐子平が伝えた八字推命の法)、初学者の必読の書であるだけでなく、精究する者の参考にも資する。書が成れば、奥邃で詳明、後学への補益は浅くはない。私もかつてこの道に志しながら果たせず、いままた剞劂に付される(「剞劂」は本来、刻書の曲刀と鑿で、転じて上梓を指す)ので、喜んで序を書く。甲戌の仲秋、嘉定の駱経畬。

顧乃平序

韋子千里,少負奇才,幼承庭訓,家學淵源,挾君平術,為人權衡,談必微中。與之語世道,辯古今事當否;論人高下,事後常成敗。若河決下流而東注,若駟馬駕輕車就熟路,飽學老成,固非世俗所能望其肩背,且慷慨好義,憂世疾憤,輒嘗論世道崎嶇,人心險詐,魑魅諮肆,魍魎橫行,未嘗不嘆息痛恨於挽狂瀾之乏術也,

韋千里先生は少年の頃から奇才があり、幼くして父の教えを受け、家学に淵源がある。「君平」の術を懐に人の命運を衡量し(君平とは前漢の厳君平で、成都で卜を売って生計とし、後世では命相家の代称となった)、口を開けばしばしば要害に的中した。彼と世の道を語れば、古今のある事の可不可を弁明でき、人物の高下を論じれば、後にその成敗がしばしば的中した。その話ぶりは大河が決口して東に瀉くがごとく、また四頭立ての軽車が熟路を行くがごとく、学は充実し、見識は老練で、本来常人の及ぶところではない。その上、慷慨で義を好み、世事に憂憤し、世の道の険しさ、人心の険悪、鬼魅の恣睢、邪祟の横行を語るたび、狂澜を挽き回す術のなさを嘆息痛恨しないことはなかった。

予諷之日,徒言無補於事,空談不如實行,君抱稀世之才,挾君平神技,曷不將命學公開,廣為宣傳,使人人得知命理。預識趨避之道,槽權己衡人,兩相裨益,彼魅魁魍雖熾,或得稍斂其跡,未始非治標之一法也,我子曷不圖乎?君聞言奮然起曰:誠如子言,餘當知所勉矣。乃毅然決然,將所學供獻於世人,創辦命學函授於韋氏命苑,未及匝月,成績裴然,國中聞風響學者,日必數十起,

私は彼を勧めて言った。口で言うだけでは事に補いがなく、空談は実践に及ばない。稀世の才を懐き、君平のごとき神技を持ちながら、どうして命学を公にして広く伝え、人々に命理を知らせ、あらかじめ吉に趨り凶を避ける方途を悟らせないのか。自分を衡量でき、人をも衡量でき、双方が益を受ける。あの邪魅魍魎も気炎は盛んだが、あるいはこれで少し形跡を収めるかもしれず、標を治める一つの法ではないか。なぜなさらないのか。韋君はこれを聞いて奮然として起ち、「仰せのとおり、努力すべきことを知りました」と言った。そこで毅然として所学を世人に献じ、「韋氏命苑」に命学の函授を開いた。一月足らずで成績は輝かしく、全国から風を聞いて来学する者が毎日数十件に及んだ。

而筆政冗繁,案續勞形,雖日以繼夜,案頭常積卷盈尺,漸臻精力不繼,輒對之漢曰:餘不勝其勞矣。而欲罷湧者其奈何?竊相與憂而莫能相助。於是轉輾焦思,若有所得,即欣然謂韋子曰:君不將函授講義,收集成冊,發行單行本問世,如要則於君可一勞永逸,於學者不啻躬沐教誨,豈非一舉二得者耶,君以為可,乃夜發書,焚膏繼晷,將手編講義,重行邏輯,補遺拾漏,去腐存菁。

しかし函件に批答する事務が繁雑で、文案が身を労し、夜を日に継いでしても、案上には常に一尺ばかりの巻宗が積み上がり、しだいに精力が続かなくなった。彼は時おりこの巻宗に向かって嘆いて言った。私は実にこの労苦に堪えないが、止めようと思っても止められない。どうしよう。私は心のうちで彼のために案じたが、力になれなかった。そこで繰り返し苦思し、ようやく策を得たように思えて、喜んで韋君に言った。函授の講義を集めて冊にし、単行本として世に出してはどうか。そうすればあなたには一労永逸で、学者にとっても親炙に劣らず、一挙両得ではないか。韋君は可とし、そこで夜を徹して筆を執り、灯を点じ膏を搾って日夜休まず、手編の講義をあらためて条理立て、脱漏を補い、糟粕を去って精華を留めた。

其間皆根據先哲之立言,參以一己之實驗,提綱摘要,纂言扣玄,發人所不敢發,道人所未曾道,由淺顯而入於深奧,一氣貫通,不愧為學命梯範。夫韋君年少好學,口不絕吟於六藝之文,手不停披於百家之編,識廣學博,著作等身。其生平所述甚宏,具為精警碩論,獨於此命學講義尤多,焉見付梓在即,出版有期,其不紙貴洛陽,不脛而走者,我不信也。公元一九三四年甲戌仲秋季日顧乃平謹識於淞濱逸廬

書中の説くところは、みな前世の賢哲の成説を根拠とし、さらに彼自身の実測の経験を参照し、綱を挙げ領を提げ、要を撮んで言を立て、幽微を探究し、人の敢えて言わざるを言い、人のいまだ講じざる理を講じ、浅いところから深いところへ一気に通貫している。命を学ぶ者の登堂入室の階梯であり范本と呼ぶにふさわしい。韋君は年少にして学を好み、口には六藝の文を誦し絶えず(六藝はここでは儒家の経典を泛指する)、手には諸子百家の書を翻検し絶えない。見識は広く学は博く、著作は身の丈に等しく積めるほどだ。平生の著述は甚だ多く、みな精警の宏論だが、そのなかでもこの《命学講義》はとりわけ力を尽くしたものである。まもなく剞劂に付され、出版の期も近い。これが晋の左思《三都賦》のように洛陽の紙価を高からしめ、脛を待たずに行き届くだろうと言っても、私は信じないではいられない。この序は公元一九三四年甲戌仲秋の末日に、顧乃平が淞濱の逸廬にて謹んで記す。

韋千里自序

祿命之學,由來已久。如言數理者,言星辰者,言子平者,以常情測之,僉依據於了平一書。夫命不可信乎?唐呂才有言:長平坑卒,曷嘗共犯三刑;南陽貴人,未必盡逢六合。命不可信乎,南史沈攸之嘗言:早知窮達有命,恨不十年讀書。故孔子五十而知天命,孟子曰莫非命也,順受其正,是以知命者,不立乎嚴牆之下。然則命之可信與否,其精微奧妙,寂靜感通,誠不易言也。

禄命を推算する学の起こりは、すでに久しい。数理を講ずる一派、星辰を講ずる一派、子平を講ずる一派があり、常理で推せば、いずれも《子平》の書を依拠とする(底本の「了平」は「子平」の誤り)。では命は果たして信ずべきか否か。唐の呂才はかつて言った。長平の戦いで坑殺された数十万の降卒が、一人残らず「三刑」を犯していたはずがない。南陽に出たあの貴人たちも、皆が「六合」に逢っていたわけではない——こう言えば、命は信ずるに足りないようだ。しかし命はまた信ずべきでもある。《南史》に、沈攸之が「窮通顕達はおのずから命数ありと早く知っていれば、十年も多く書を読まなかったことを恨む」と言ったと記す。だから孔子は五十にして天命を知ると言い、孟子は命でないものはなく、正道に順ってそれを受けると言い、だから命を知る者は崩れかかった高い牆の下に立たない(《孟子・尽心上》に出る。原文は「巖牆」)。こう見ると、命が果たして信ずべきか否か、その精微奥妙、寂然として動かずして感ずれば遂に通ずる理は、実に言い尽くしがたい。

吾儕讀古人書,研摩命理,無非求際遇之順利,聲譽之暢達,素位而行,有從不背,要皆修身之一助耳。丁茲人心澆薄,世道衰微,講求命運,更應趨吉避凶,免非就是,為常務之急。餘不敢謂之命,只謂推命而已。

われわれが古人の書を読み命理を研鑽するのは、要するに際遇の順利と声名の通達を求め、おのが地位に安んじて為すべきことを為し、行いに遵るところあって本分に悖らぬためであり、突き詰めればすべて修身の一助にすぎない。この人心の軽薄で世の道が衰微する時にあって、命運を講ずるはいっそう吉に趨り凶を避け、誤りを避けて正しい道に入るという一点に落ち着くべきで、これこそ眼前の急務である。だから私は人の命を定めるとは敢えて言わず、人のために命を推するのみと言うにとどめる。

溯行道以還,所見富貴之命固多,貧賤之命,實亦不少。茲特先集百餘則,公諸同好,並加批註,籍為研究之資。至因革損益,論短評長,皆折衷於典籍。若云創作,則吾豈敢。如瑩巨碩宏文,進而教之,更幸甚矣。民國乙亥夏日浙江嘉興韋千里謹識於春申寓次。

この業に携わって以来、見てきた富貴の命は確かに多いが、貧賤の命も実に少なくない。いままず命例百数十則を選び集めて同好に公にし、逐条に批注を加え、研究の資料とする。そのなかで因襲する所、変革する所、増剛する所があり、長短得失を評論するにあたっては、いずれも典籍を折衷の準則とした。これを私の創作だと言うなら、私は敢えて当たらない。もし識見宏博の大手筆がさらに進んで教えてくださるなら、これに過ぎる幸いはない。民国乙亥年の夏、浙江嘉興の韋千里、春申(上海)の寓所にて謹記。

起例問答

問:何謂十天干,十二地支。答:甲、乙、丙、丁、戊、己、庚、辛、壬、癸,此為十天干;子、丑、寅、卯、辰、巳、午、未、申、酉、戌、亥,此為十二地支。問:何謂六十花甲子?答:十天干,十二地支以次聯貫,即構成下列六十花甲子。甲子,乙丑,丙寅,丁卯,戊辰,己巳,庚午,辛未,壬申,癸酉,甲戌,乙亥,丙子,丁丑,戊寅,己卯,庚辰,辛己,壬午,癸未,甲申、己酉,丙戌,丁亥,戊子,己丑,庚寅,辛卯,壬辰,癸巳,甲午,己未,丙申,丁酉,戊戌,己亥,庚子,辛丑,壬寅,癸卯。甲辰,乙巳,丙午,丁未,戊申,己酉,庚戌,辛亥,壬子,癸丑,甲寅,乙卯,丙辰,丁巳,戊午,己未,庚申,辛酉,壬戌,癸亥。

問:十天干・十二地支とは何か。答:甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸の十文字を「十天干」といい、子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥の十二文字を「十二地支」という。八字の学全体に用いる符号はすべてこの二十二文字から成るので、まずよく記憶しなければならない。問:六十花甲子とは何か。答:十天干と十二地支を順に一ずつ配する。甲に子を配し、乙に丑を配し、丙に寅を配し、逐位並べて下へ推す。天干は十位、地支は十二位で、陽干は陽支にのみ配り、陰干は陰支にのみ配るので、百二十組にはならず、第六十組の癸亥で尽き、それより下は再び甲子に戻って循環し続ける。この六十組の干支を「六十花甲子」という(略して六十甲子とも)。年月日時の四柱に用いる干支は、すべてこの六十組から取る。以下に列挙するのがこの六十組で、甲子に始まり癸亥に終わる。ここで底本の排印に訛字がある。第十八位の「辛己」は辛巳の誤り、第二十二位の「己酉」は乙酉の誤り、第三十二位の「己未」は乙未の誤りである。いまは底本に依ってそのまま写すので、読者は甲子から癸亥までの順序によって自ら核正されたい。

問:四柱是否指年柱,月柱,日柱,時柱。答:然,每柱一干一支,四柱共四干四支,即俗所謂八字是也,例如:甲子(此年柱也)、丙寅(此月柱也)、乙丑(此日柱也)、己卯(此時柱也)。問:假如今年癸酉,其人三十七歲,何以知其所生一處為丁酉。答:此非用推年法不可矣,推年之法多端,干支分推,較為簡便,詳述如下:

問:いわゆる「四柱」とは、年柱・月柱・日柱・時柱を指すのか。答:そのとおりである。各柱は天干一つに地支一つを加えて成り、四柱を合わせれば天干四つ・地支四つ、都合八字なので、俗に「八字」という。排せば次のような形式になる。甲子は年柱、丙寅は月柱、乙丑は日柱、己卯は時柱。四柱は竪に排し、年が最上、時が最下。これが推命の底盤である。問:たとえば今年が癸酉年で、ある人が三十七歳のとき、どうして生年が丁酉年と分かるのか。答:これには推年の法を用いなければならない。推年の法はいくつかあるが、そのうち天干と地支を分けて各々推すのが最も簡便で、以下に詳しく述べる(民国の人は多く虚歳だけを報し干支を記憶しなかったので、韋氏はまず歳から生年を逆推する法を読者に教える)。

推所生之年干:必先將其人歲數之零數,從今年天干起,逆推至若干位,即以其干,為生年天干。(歲數若為整十無零,則作十數論)例如三十七歲,七為零數,今年癸酉,自癸至丁,逆數是得七位(癸一壬二辛三庚四己五戊六丁七),即知所生之年,天干值丁。

まず生年の天干を推す。その法は、その人の歳数の一の位を取り、今年の天干から起算して、それだけの位数を逆に遡って数える。数え至った天干が生年の天干である。歳数がちょうど十の倍数で一の位が零なら、十として数える。こう逆数できるのは、天干が十位で十年一巡するので、一の位がちょうど生年天干と今年天干との間の位差に等しいからである。例を挙げよう。三十七歳なら一の位は七、今年の天干は癸、癸から逆に七位を遡る——癸が第一、壬が第二、辛が第三、庚が第四、己が第五、戊が第六、丁が第七——数え至るのが丁と分かれば、生年の天干は丁である。

推所生之年支:必先將其人歲數除十二,視其餘數若干,從今年地支起,逆推至若干位。即以其支為生年地支。(若除盡無餘,即作十二數論)例如三十七歲,除三個十二,尚餘一數。今年癸酉,酉屬第一位,即知所生之年,地支值酉(合觀上例,可以知為丁酉年生,即以丁酉兩字,排入年柱可也)

次に生年の地支を推す。その法は、歳数を十二で除して余りを見、今年の地支から起算して、その位数だけ逆に遡って数え、数え至った地支が生年の地支である。ちょうど除し尽くして余りがなければ、十二として数える。理は前条と同じで、地支は十二位、十二年一巡するので、歳数を十二で除した余りが、生年地支と今年地支の隔たりの位数である。例を挙げよう。三十七歳には十二が三つ含まれ、余りは一。今年の地支は酉で、酉自身を第一位と数えるから、生年の地支は酉。前条で推した天干の丁と合わせれば、この人は丁酉年の生まれと分かり、「丁酉」の二字を年柱に排して成る。

又如四十八歲。除四個十二,並無餘數。故必須作十二數論,今年癸酉。自酉至戌,逆數適得十二位(酉一申二未三午四巳五辰六卯七寅八丑九子十亥十一戌十二),即知所生之年,地支值戌。又如四十歲。除三個十二,尚餘四數今年癸酉,自酉至午,逆數適得四位(酉一申二未三午四)。即知其所生之年,地支值午。

さらに二例を挙げよう。四十八歳の人:四十八のなかに十二が四つ含まれ、ちょうど除し尽くして余りがないから、上文の規則により十二として数える。今年の地支は酉で、酉から十二位を逆数する——酉が一、申が二、未が三、午が四、巳が五、辰が六、卯が七、寅が八、丑が九、子が十、亥が十一、戌が十二——数え至るのが戌と分かれば、生年の地支は戌である。また四十歳の人:四十のなかに十二が三つ含まれ、余りは四、今年の地支はやはり酉で、酉から四位を逆数する——酉一・申二・未三・午四——数え至るのが午と分かれば、生年の地支は午である。二例とも明らかなように、余りが零のときは十二に繰り上げて数えなければ、まるまる一巡少なく数えることになる。

問:如甲子年,自元旦至除夕,是否始終作甲子推算。答:未可固定。蓋推年以立春為標準,其區別有三也。(一)在本年立春後生者,即以本年之干支,排為年柱。(二)在本年立春前生者,即以上一年之干支,排為年柱。(三)在本年十二月立春後生者,即以下一年之干支,排為年柱。列例如左下:

問:たとえば甲子年、正月の朔日から臘月の晦日まで、終始ずっと甲子で推すのか。答:一概には言えない。年柱の推し方は旧暦の正月朔日を境とせず、「立春」という節気を境とする。一年の干支は立春を交えた瞬間に初めて入れ替わる。ゆえに三つの場合がある。第一、その年の立春の後に生まれた者は、その年の干支で年柱を排す。第二、その年の立春の前に生まれた者(すでに正月朔日を過ぎていても節気がまだ来ていない)は、やはり前年の干支で年柱を排す。第三、その年の十二月に生まれてすでに翌年の立春を交えた者(臘月に立春があり節気はすでに来年に属する)は、翌年の干支で年柱を排す。以下順に例を挙げて説明する。

例一:假定三十七歲,正月初二日亥時生人。照今年癸酉計算,三十七歲,當為丁酉。萬年曆載明是年正月初二日戌時立春,是亥時在戌時之後,已過立春,即以本年干支,丁酉兩字,排為年柱。例二:假定三十七歲正月初二日酉時生人,照今年癸酉計算,三十七歲,當為丁酉,萬年曆載明是年正月初二日戌時立春。是酉時在戌時之前,猶未立春。應以上一年之干支,丙申兩字,排為年柱(丁酉上一年為丙申)。

例一:ある人が三十七歳で、正月二日の亥時(夜九時から十一時)生まれと仮定する。今年の癸酉から逆推すれば三十七歳は丁酉年生まれのはず。万年暦を調べると、その年の正月二日戌時(夜七時から九時)に立春を交え、亥時は戌時より後で、出生時は立春がすでに過ぎているから、本年の干支「丁酉」の二字で年柱を排す。例二:別の人も同じく三十七歳だが、正月二日酉時(午後五時から七時)生まれと仮定する。同じく丁酉年に逆推されるが、万年暦にはその年の正月二日戌時に立春とある。酉時は戌時より前で、出生時はまだ立春を交えていないから、年柱には丁酉を用いず、前年の干支「丙申」の二字に退いて排す(丁酉の前年はちょうど丙申)。同じ日生まれでただ二時辰違うだけで、年柱はまるまる一年違う。節気の分界の厳しさがわかる。

例三:假定三十六歲,十二月二十四日已時生人,照今年癸酉計算,三十六歲,當為戊戌,萬年曆載明是年十二月二四日辰時立春,是已時在辰時之後,已過立春,應以下一年之干支,已亥兩字,排為年柱。(戊戌下一年為己亥)。

例三:ある人が三十六歳で、十二月二十四日巳時(午前九時から十一時)生まれと仮定する。今年の癸酉から逆推すれば三十六歳は戊戌年生まれのはず。万年暦を調べると、戊戌年十二月二十四日辰時(午前七時から九時)に立春を交え、巳時は辰時より後で、出生時はすでに立春を交えている。すると旧暦上はまだ戊戌年の臘月にいるが、年柱は翌年の干支「己亥」の二字で排さなければならない。戊戌の翌年はちょうど己亥だからである。これが上文の第三の場合で、臘月生まれは特に立春の時刻を調べ明かす必要があり、さもないと年柱全体が誤る(底本のこの条の「已時」「已亥」の「已」はいずれも「巳」「己」の誤植である)。

問:每年十二月建,是否固定。答:此誠固定也。正月建寅,二月建卯,三月建辰,四月建巳,五月建午,六月建未,七月建申,八月建酉,九月建戌,十月建亥,十一月建子,十二月建丑。

問:毎年十二箇月に配される「月建」(すなわち月柱の地支)は固定して変わらないか。答:この項はたしかに固定している。正月は必ず建寅、二月は建卯、三月は建辰、四月は建巳、五月は建午、六月は建未、七月は建申、八月は建酉、九月は建戌、十月は建亥、十一月は建子、十二月は建丑。年々こうであって変わらない。寅から始まるのは、夏暦が建寅の月を歳首とするからで、正月は寅に属し、以下月ごとに順に排して十二月にちょうど丑まで達する。月柱の地支は固定しているので、月柱を排す残る問題はただ一つ、その月の天干が何かということだけである。

問:如甲子年,正月建寅,固知其為寅月,然何以知其丙寅月。答:此非用推月法不可矣,推月之法,先須熟讀歌訣,歌曰:甲己之丙作首,乙庚之歲戊為頭,丙辛必定尋庚起,丁壬壬位順行流,更有戊癸何方覓,甲寅之上好追求,

問:たとえば甲子年、正月は建寅、寅月であることは分かるが、それが丙寅月であって他の寅でないことはどうやって分かるのか。答:これには推月の法を用いる。推月の法はまず口訣を暗記すること。口訣曰く、甲己之年丙作首、乙庚之歳戊為頭、丙辛必定尋庚起、丁壬壬位順行流、更有戊癸何方覓、甲寅之上好追求。この口訣は後世「五虎遁」と通称される(遁じて得るのがいずれも寅月で、寅は虎に属するため)。その作用は年の天干から正月の天干を定めることにあり、正月の干が定まれば、残りの各月は六十甲子に順じて排していくだけで定まる。底本の首句は「甲己之丙作首」で「年」の字が脱けており、通行本に依って「甲己之年丙作首」とすべきである。

甲己之年丙作首,甲年己年之正月,皆為丙寅,二月皆為丁卯,三月皆為戊辰,餘類推。乙庚之歲戊為頭,己年庚年之正月,皆為戊寅,二月皆為己印,三月皆為庚辰,餘類推。丙辛必定尋庚起,丙年辛年之正月,皆為庚寅。二月皆為辛卯,三月皆為壬辰,餘類推。丁壬壬位順行流,丁年壬年之正月,皆為壬寅,二月皆為癸卯,三月皆為甲辰,餘類推。更有戊癸何方覓,甲寅之上好追求,戊年癸年之正月,皆為甲寅,二月皆為乙卯,三月皆為丙辰,餘類推。

この口訣を逐句解説する。「甲己之年丙作首」:年干が甲または己であるものはすべて、正月は必ず丙寅、二月は順に推して丁卯、三月は戊辰、以下各月は六十甲子に順じて次々に推す。「乙庚之歳戊為頭」:年干が乙または庚であるものはすべて、正月は必ず戊寅、二月は己卯、三月は庚辰、あとはこれに準ず(底本のここの「己年庚年」は乙年庚年の誤り、「己印」は己卯の誤りで、いずれも排印の誤り)。「丙辛必定尋庚起」:年干が丙または辛であるものはすべて、正月は必ず庚寅、二月は辛卯、三月は壬辰、あとはこれに準ず。「丁壬壬位順行流」:年干が丁または壬であるものはすべて、正月は必ず壬寅、二月は癸卯、三月は甲辰、あとはこれに準ず。「更有戊癸何方覓、甲寅之上好追求」:年干が戊または癸であるものはすべて、正月は必ず甲寅、二月は乙卯、三月は丙辰、あとはこれに準ず。五組を合わせれば十の年干をちょうど尽くすので、年干さえ分かれば月柱の天干は暦書を引かずとも済む。

問:甲年正月為丙寅月,是否由初一日至三十日,均作正月丙寅推算。答:未可固定,蓋推月以節令為標準,其區別有三也。(一)在本月節令後生者,即以本月所遁干支,排為月柱。(二)在本月節令前生者,即以上月所適干支,排為月柱。(三)在本月下一節令前生者,即以下月所遁干支,排為月柱。

問:甲年の正月は丙寅月だとすると、朔日から晦日まで、月全体を丙寅で推すのか。答:一概には言えない。月柱を排すのは年柱と同じで、旧暦の朔や望を見ず、「節令」すなわち月ごとの「節」を見る。ゆえにやはり三つの場合がある。第一、その月の節令を交えた後に生まれた者は、その月に遁じて得た干支で月柱を排す。第二、その月の節令を交える前に生まれた者(月はすでに替わっても節気はまだ来ていない)は、前月に遁じて得た干支で月柱を排す。第三、その月に生まれてすでに次の月の節令を交えた者は、次の月に遁じて得た干支で月柱を排す。底本の第三条は「在本月下一節令前生者」となっているが、「前」は「后」の誤りで、下文の例六を見れば明らか。「所适干支」の「适」も「遁」の誤りである。

問:十二月節令,異同如何,請詳言之。答:正月立春節,二月驚蟄節,三月清明節,四月立夏節,五月芒種節,六月小暑節,七月立秋節,八月白露節,九月寒露節,十月立冬節,十一月大雪節,十二月小寒節。

問:十二箇月はそれぞれどの節令を境とするか、詳しく説明してほしい。答:正月は立春を節とし、二月は驚蟄を節とし、三月は清明を節とし、四月は立夏を節とし、五月は芒種を節とし、六月は小暑を節とし、七月は立秋を節とし、八月は白露を節とし、九月は寒露を節とし、十月は立冬を節とし、十一月は大雪を節とし、十二月は小寒を節とする。二十四気は二つずつ間を置き、奇数のものを「節」、偶数のものを「気」という(たとえば立春は節、雨水は気)。月を分けるのは「節」だけを用い「気」は用いず、どの節に交えればその月に入ったとみなす。この十二の節が月柱の十二の境界線で、必ずよく記憶しなければならない。

例一:如癸卯年三月初九日卯時生,萬年曆載明是年三月初九日辰時清明,是卯時在辰時之前,猶未清明(即未進三月節),應以二月所遁干支,排為月柱,列式於下。癸卯(年),乙卯(月)。例二:如癸卯年三月初九日辰時生,萬年曆載明是年三月初九日辰時清明,是辰時已交清明(即已交三月節),應以三月所遁干支排為月柱,列式於下。癸卯(年),丙辰(月)。

例一:癸卯年三月九日卯時(午前五時から七時)生まれ。万年暦を調べると、その年三月九日辰時に清明を交える。卯時は辰時より前で、清明はまだ交えておらず、すなわち三月の節にまだ入っていないから、月柱には三月を用いず、二月に遁じて得た干支に退く。癸卯年の年干は癸で、「戊癸之年甲寅頭」により正月は甲寅、二月は乙卯だから、年柱は癸卯、月柱は乙卯。例二:同じく癸卯年三月九日だが、辰時(午前七時から九時)生まれに変える。辰時はすでに清明を交え、すなわち三月の節に入っているから、三月に遁じて得た干支を用いるべきである。正月甲寅、二月乙卯、三月丙辰だから、年柱は癸卯、月柱は丙辰。二例は同日生まれで一時辰隔たるだけだが、月柱は乙卯から丙辰に変わる。

例三:如癸卯年十一月二十日丑時生,萬年曆載明是年十一月二十日丑時小寒,是丑時已交小寒(即已進十二月節),應以十二月所遁干支,排為月柱,列式於下。癸卯(年),乙丑(月)。例四:如癸卯年正月初八日卯時生,萬年曆載明是年正月初八日辰時立春,是卯時在辰時之前,未過立春(即未進正月節),不獨癸卯年作壬寅推(癸卯上一年為壬寅),且須以壬寅年十二月所遁干支,排為月柱(癸卯年正月之上一月,即壬寅年十二月。)列式於下。癸卯作壬寅(年),癸丑(月)。

例三:癸卯年十一月二十日丑時(夜一時から三時)生まれ。万年暦を調べると、その年十一月二十日丑時に小寒を交える。小寒は十二月の節で、すでに交えた以上、旧暦ではまだ十一月でも、月柱は十二月に遁じて得た干支を用いる。癸卯年の正月は甲寅で、順に数えて十二月は乙丑だから、年柱は癸卯、月柱は乙丑。例四:癸卯年正月八日卯時生まれ。万年暦を調べると、その年正月八日辰時に立春を交える。卯時は辰時より前で立春はまだ過ぎず、正月の節に入っていない。このときは月柱だけでなく年柱も退く。年柱は前年の壬寅に依って推し(癸卯の前年は壬寅)、月柱は壬寅年十二月に遁じて得た干支を用いる(癸卯年正月の一つ上の月がすなわち壬寅年十二月)。壬寅年の年干は壬で、「丁壬壬位順行流」により正月は壬寅、順に数えて十二月は癸丑だから、年柱は壬寅、月柱は癸丑。これが年月の両柱が同時に一歩退く場合である。

例五:如癸卯年正月初八日辰時生,萬年曆載明是年正月初八日辰時立春,是辰時已交立春(即已進正月節),應以癸卯年正月所遁干支,排為月柱,列式於下。癸卯(年),甲寅(月)。例六:如癸卯年十二月二十日申時生,萬年曆載是年十二月二十日未時立春是申時在未時之後,已過立春(即已進下一年之正月節),不獨癸卯年作甲辰年推(癸卯年下一年為甲辰),且須以甲辰年正月所遁干支,排為月柱(癸卯年十二月之下一月,即甲辰年正月)。列式於下。癸卯作甲辰(年),丙寅(月)。

例五:やはり癸卯年正月八日だが、辰時生まれに変える。辰時はちょうど立春を交える時で、立春はすでに入り、正月の節はすでに至ったから、癸卯年自体の正月に遁じて得た干支で月柱を排す。癸卯年の正月は甲寅だから、年柱は癸卯、月柱は甲寅。例四に比べてただ一時辰違うだけで、年月の両柱は壬寅・癸丑から癸卯・甲寅に変わる。例六:癸卯年十二月二十日申時(午後三時から五時)生まれ。万年暦を調べると、その年十二月二十日未時(午後一時から三時)に立春を交える。申時は未時より後で立春はすでに過ぎ、すなわちすでに翌年の正月の節に入っている。このとき年柱はさらに進んで甲辰に依って推し(癸卯の翌年は甲辰)、月柱も甲辰年正月に遁じて得た干支を用いる(癸卯年十二月の一つ下の月がすなわち甲辰年正月)。甲辰年の干は甲で、「甲己之年丙作首」により正月は丙寅だから、年柱は甲辰、月柱は丙寅(底本のこの条は「万年暦載明」の「明」の字が脱け、また「未時立春是申時」の間は断句すべきであるが、いまは原字のまま写す)。

例七:如癸卯年十二月二十日午時生。萬年曆載明是年十二月二十日未是立春。是午時在未時之前,猶未立春(即未進下一上之正月節),仍以癸卯十二月所遁干支,排為月柱,列式於下。癸卯(年),乙丑(月)。

例七:同じく癸卯年十二月二十日だが、午時(午前十一時から午後一時)生まれに変える。万年暦にその日未時に立春を交えるとある。午時は未時より前で立春はまだ交えておらず、すなわち翌年の正月の節にまだ入っていないから、依然として癸卯年十二月に遁じて得た干支で月柱を排す。癸卯年の正月は甲寅で、順に数えて十二月は乙丑だから、年柱は癸卯、月柱は乙丑。この例は例六と同日でただ二時辰違うだけだが、年月の両柱は甲辰・丙寅から癸卯・乙丑に退く。交節の時刻が分毫も曖昧にできないことがわかる(底本の「未是立春」の「是」は「時」の誤り、「下一上」は「下一年」の誤りで、いずれも排印の誤り)。

問:推日之法如何?答:較推年推月,皆為簡易,只須查看萬年曆,即知所生之日,是何干支。例如癸亥年正月初八日生人,是年萬年曆所載:申(初一日為庚申),正月小庚,午(十一日為庚午),辰(廿一日為庚辰)。既知初一日為庚申,屈指順推,則知初八日應為丁卯矣(庚申初一辛酉初二壬戌初三癸亥初四甲子初五乙丑初六丙寅初七丁卯初八),即以丁卯兩字,排為日柱,列式於下。癸亥(年),甲寅(月),丁卯(日)。

問:日柱を推す法はどのようなものか。答:年や月を推すよりも易しい。ただ万年暦を繙けば、生まれた日が何の干支か調べられる。日の干支は古来一日ごとに替わって断絶したことがなく、口訣では推算できず、暦書に頼るしかないからである。例を挙げよう。癸亥年正月八日生まれの人:その年の万年暦は正月の欄に「正月小」と注記し、庚申(一日)・庚午(十一日)・庚辰(二十一日)という三つの十に当たる日の干支を列挙している。ここで底本は竪排の小表で字の順が乱れているので、読むときは「正月小、庚申をもって一日とし、庚午をもって十一日とし、庚辰をもって二十一日とす」と還元しなければならない。一日が庚申と分かれば、指を折って順に数えるだけでよい。庚申が一日、辛酉が二日、壬戌が三日、癸亥が四日、甲子が五日、乙丑が六日、丙寅が七日、丁卯が八日。八日は丁卯と分かるから、「丁卯」の二字を日柱として排す。三柱を合わせれば年柱は癸亥、月柱は甲寅、日柱は丁卯。日干は八字のなかで最も肝要で、命主本人を表し、後文ではこれを「日主」または「身」と称する。

問:假如甲子日寅時,何由知其為丙寅時。答:此非用推時法不可矣,推時之法,先須熟讀歌訣,歌曰:甲己還加甲,乙庚丙作初,丙辛從戊起,丁壬庚子居,戊癸何方發,壬子是真途。

問:たとえば甲子日の寅時なら、それが丙寅時であることはどうやって分かるのか。答:これには推時の法を用いる。時柱の地支は固定している。子時・丑時・寅時……一日十二時辰が順に対応するので推す必要はなく、推すのは時柱の天干だけである。推時の法はまず口訣を暗記する。甲己還加甲、乙庚丙作初、丙辛從戊起、丁壬庚子居、戊癸何方發、壬子是真途。この口訣は後世「五鼠遁」と通称される(遁じて得るのがいずれも子時で、子は鼠に属するため)。その作用は日の天干から子時の天干を定めることにあり、子時の干が定まれば残りの十一時辰は順に推して得られる。

甲己還加甲,甲日己日之子時,皆為甲子,丑時皆為乙丑,寅時皆為丙寅,餘類推。乙庚丙作初,乙日庚日之子時,皆為丙子。丑時皆為丁丑,寅時皆為戊寅,餘類推。丙辛從戊起,丙日辛日之子時,皆為戊子,丑時皆為己丑,寅時皆為庚寅,餘類推。丁壬庚子居,丁日壬之子時,皆為庚子,丑時皆為己丑,寅時皆為庚寅,餘類推。戊癸何方發,壬子是真途,戊日癸日之子時,皆為壬子,丑時皆為癸丑,寅時皆為甲寅,餘類推。

この口訣を逐句解説する。「甲己還加甲」:日干が甲または己であるものはすべて、子時は必ず甲子、丑時は乙丑、寅時は丙寅、以下順に推す。上文で問うた甲子日寅時が丙寅時である根拠はここにある。「乙庚丙作初」:日干が乙または庚であるものはすべて、子時は丙子、丑時は丁丑、寅時は戊寅、あとはこれに準ず。「丙辛從戊起」:日干が丙または辛であるものはすべて、子時は戊子、丑時は己丑、寅時は庚寅、あとはこれに準ず。「丁壬庚子居」:日干が丁または壬であるものはすべて、子時は庚子、丑時は辛丑、寅時は壬寅(底本のここは前条の丙辛の「己丑」「庚寅」を誤って写しており、口訣に順じて改めるべきだが、いまは原字のまま写す。また「丁日壬之子時」は「日」の字が脱けている)。「戊癸何方發、壬子是真途」:日干が戊または癸であるものはすべて、子時は壬子、丑時は癸丑、寅時は甲寅、あとはこれに準ず。ここに年月日時四柱の排法がすべて整い、八字は排定できる。

問:請述十天干之陰陽。答:甲丙戊庚壬皆為陽,乙丁己辛癸皆為陰。問:大運部位從何起點,請詳述之。答:其起點皆根據所生之月建,如男命所生之年,天干屬陽,或女命所生之年,天干屬陽,運皆順行;男命所生之年,天干屬陰,或女命所生之年,運皆逆行。

問:十天干それぞれの陰陽の属性はどうなっているか。答:甲・丙・戊・庚・壬の五つは陽干、乙・丁・己・辛・癸の五つは陰干。十干の順序で奇数は陽、偶数は陰。この一層を記憶しておいてこそ、六神の陰陽の配合を推し出せる。問:「大運」(一生をいくつかの十年の運程に分け、十年ごとに一柱の干支を充てる)はどこから起こるのか、詳しく述べてほしい。答:起点はすべて生まれた月の月柱を準とし、すなわち月建から下へ順に排すか上へ逆に排すかである。排す方向は年干の陰陽と男女の性を合わせて決まる。陽年生まれの男命と陰年生まれの女命は大運が順行し、陰年生まれの男命と陽年生まれの女命は大運が逆行する。底本のこの句は排印に脱誤があり、「女命所生之年天干屬陽、運皆順行」と書いて、下文の四つの例(陽年の女命は逆行、陰年の女命は順行)とまさに矛盾する。「陽男陰女は順、陰男陽女は逆」の通例に依って訂正すべきである。

例如:男命甲子年,丙寅月生,甲屬陽,運皆順行,當從丙寅月建起點,順推而下。第一部運為丁卯,第二部運即為戊辰,以次遞進,列式於下。(第一部運)丁卯、(第二部運)戊辰、(第三部運)己已、(第四部運)庚午、(第五部運)辛未、(第六部運)壬申。

第一の例を挙げる。男命、甲子年丙寅月生まれ。年干の甲は陽に属し、陽年の男命で大運は順行する。順行なら、月柱丙寅の格を起点として六十甲子の順序に従い下へ排す。丙寅の次は丁卯だから第一步の大運は丁卯、その次は戊辰で第二步の大運、以下位ごとに递進する。排せば、第一步丁卯、第二步戊辰、第三步己巳、第四步庚午、第五步辛未、第六步壬申。起点は月柱そのものであって月柱の次の格ではないことに留意されたい。第一步の運は月柱を一位前へ推したものにすぎない(底本の「己已」は己巳の誤り)。

又如男命乙丑年戊寅月生,乙屬陰,運皆逆行,當從戊寅月建起點,逆推而上,第一部運為丁丑,第二部運即9為丙子,以次遞退,列式於下。(第一部運)丁丑、(第二部運)丙子、(第三部運)乙亥、(第四部運)甲戌、(第五部運)癸酉、(第六部運)壬申。

第二の例。男命、乙丑年戊寅月生まれ。年干の乙は陰に属し、陰年の男命で大運は逆行する。逆行でもやはり月柱戊寅を起点とするが、六十甲子の順序に従って逆に上へ退く。戊寅の前は丁丑だから第一步の大運は丁丑、その前は丙子で第二步、以下位ごとに递退する。排せば、第一步丁丑、第二步丙子、第三步乙亥、第四步甲戌、第五步癸酉、第六步壬申。前例と対照すれば、同じく月柱から起こしても、順と逆では排される干支がまったく異なり、方向を一度誤れば運程のすべてが誤ることが分かる(底本の「第二部運即9為丙子」の「9」は排印時に紛れ込んだ衍文である)。

又如女命乙丑年戊寅月生乙屬陰,運皆順行,當從戊寅月建起點,順推而下,第一部運為己卯,第二部運,即為庚辰,以次遞進,列式於下。(第一部運)己卯、(第二部運)庚辰、(第三部運)辛巳、(第四部運)壬午、(第五部運)癸未、(第六部運)甲申。

第三の例。女命、同じく乙丑年戊寅月生まれ。年干の乙は陰に属するが、これは女命で、陰年の女命は大運が順行する。そこで月柱戊寅を起点に下へ順に排す。戊寅の後は己卯で第一步の大運、その下は庚辰で第二步、以下递進する。排せば、第一步己卯、第二步庚辰、第三步辛巳、第四步壬午、第五步癸未、第六步甲申。この例は前例と八字がまったく同じだが、男女の別があるだけで運程が一順一逆となり、向かう先が正反対になる。これこそ「陽男陰女は順、陰男陽女は逆」という規則が最も分かれ目を見せるところである。

又如女命甲子年丙寅月生,甲屬陽,運皆逆行,當從丙寅月建起點,逆推而上,第一部運為乙丑,第二部運,即為甲子,以次遞退,列式於下。(第一部運)乙丑、(第二部運)甲子、(第三部運)癸亥、(第四部運)壬戌、(第五部運)辛酉、(第六部運)庚申。

第四の例。女命、甲子年丙寅月生まれ。年干の甲は陽に属し、陽年の女命は大運が逆行する。そこで月柱丙寅を起点に上へ逆に排す。丙寅の前は乙丑で第一步の大運、その前は甲子で第二步、以下递退する。排せば、第一步乙丑、第二步甲子、第三步癸亥、第四步壬戌、第五步辛酉、第六步庚申。この例は第一例と八字がまったく同じで男女だけが異なり、運程もちょうど逆転する。四例を合わせ見れば、順逆二つの場合と男女二つの身分がすべて網羅されているので、読者はなぞって行えばよい。

問:行運歲數,如何推算,亦請詳述。答:運若順行,從生日生時,數至最近未來節之日時;運若逆行,從生日生時,數至最近已往節之日時。每三日為一歲,每一日為百二十天,每一時為十天,如離節三日,則一歲行運,如離節一日,則落地百二十天行運,離節一時,則落地十天行運,每足三日,方算一歲,且須扣算清楚,某年某月某日時交運,不得混稱幾歲,列例如下。

問:運を起こす歳数はどう算えるのか、これも詳しく述べてほしい。答:大運が順行なら、生まれた日のその時辰から後へ向かって数え、最も近く来たるべき「節」の日時までを数える。大運が逆行なら、生まれた日時から前へ向かって数え、最も近くすでに過ぎた節の日時までを数える。数えた日数を次の比率で折算する。三日ごとに一歳、一日ごとに百二十日、一時辰ごとに十日。だから節まで三日なら一歳で運が起こり、節まで一日なら生まれてから百二十日で運が起こり、節まで一時辰なら生まれてから十日で運が起こる。必ず三日満ちて初めて一歳とし、満たない分は日と時辰に折って端数とする。しかも交運の年月日時を一つずつ明確に差し引き算し、「何歳で起運」とだけ曖昧に言って済ませてはならない。この折算法の理は、一つの節気がおよそ三十日を管し、一歩の大運が十年を管するので、三日がちょうど十年に当たり、一日が百二十日に当たり、一時辰が十日に当たるというものである。以下に例を挙げて説明する。

例一:男命甲子年正月十五日子時生。甲子(年)、丙寅(月)、戊辰(日)、壬子(時)。男命陽年干,運皆順行,從月建順推而下。(第一部運)丁卯、(第二部運)戊辰、(第三部運)己已、(第四部運)庚午、(第五部運)辛未、(第六部運)壬申。

例一:男命、甲子年正月十五日子時生まれ。四柱を排せば、年柱甲子、月柱丙寅、日柱戊辰、時柱壬子。年干の甲は陽に属し、陽年の男命で大運は順行する。そこで月柱丙寅を起点に下へ順に推して、第一步丁卯、第二步戊辰、第三步己巳、第四步庚午、第五步辛未、第六步壬申を得る。運の干支が排定したら、次に解決すべきはこの第一步の運が何歳から交わるかである(底本の「己已」は己巳の誤り)。

運屬順行,數到最近未來節之日時,生立春後,最之未來節即是驚蟄,萬年曆載明是年二月初二日寅時驚蟄,由正月十五日子時,數至二月初二日寅時,共十六天又二時,(正月小)以三天為一歲折之,即知為五歲多一天二時,應在五歲百四十日後起運,每一運管十年運管十年,故第一部運,五歲起行,第二部運,為十五歲起行,列式如下。

この命の大運は順行だから、生日生時から後へ数えて最も近い未来の節に至る。彼は立春の後に生まれたので、次の節は驚蟄である。万年暦を調べると、その年二月二日寅時に驚蟄を交える。正月十五日子時から二月二日寅時まで数えると、正月は小の月で二十九日しかないので、都合十六日と二時辰を得る。三日で一歳に折って算すれば、十六日のなかに三日が五つあり五歳を折得し、なお一日と二時辰が余る。一日は百二十日に折り、二時辰は二十日に折り、合わせて百四十日。ゆえにこの人は五歳と百四十日の後に運を起こすべきである。一歩の大運は十年を管するので、第一步運は五歳で上に交わり、第二步運は十五歳で上に交わり、以下十年ごとに递进する。排列は次のとおり(底本の「最之未来節」は「近」の字が脱け、「每一運管十年運管十年」は四字が重出しており、いずれも排印の誤り)。

五歲丁卯、十五戊辰、二五己巳、三五庚午、四五辛未、五五壬申。自甲子年正月十五日子時計算,必至己巳年正月十五日子時,(乙丑一丙寅二丁卯三戊辰四己巳五)方算五歲足,再加百四十天,即知為己巳年六月初五日,始行第一部丁卯運,以次遞推,其為己卯年行第二部戊辰運,己丑年行第三部己巳運,顯而易知,蓋一運管十年,而十干亦周而復始也,若簡稱每逢己年六月初五日子時交換,亦可。

運程を列挙すれば、五歳に丁卯運、十五歳に戊辰運、二十五歳に己巳運、三十五歳に庚午運、四十五歳に辛未運、五十五歳に壬申運を行く。さらに交運の確かな日を差し引き算出する。甲子年正月十五日子時から算して、己巳年正月十五日子時に至って初めて五歳に満つ(乙丑が一年、丙寅が二年、丁卯が三年、戊辰が四年、己巳が五年)。この上に百四十日を加えれば己巳年六月五日を得、この日に初めて第一步の丁卯運を行く。以後これに準じて递推する。己卯年に第二步戊辰運を行き、己丑年に第三步己巳運を行く。一望して分かるのは、一歩の運が十年を管し、天干もちょうど十位一巡するので、交運の年の年干はつねに同じ「己」の字となるからである。手間を省くなら、簡単に「己年六月五日子時ごとに運を換える」と言ってもよい。

例二:女命甲子年正月十五日子時生。甲子(年)、丙寅(月)、戊辰(日)、壬子(時)。女命陽年干,運皆逆行,從月建逆推而上。(第一部運)乙丑、(第二部運)甲子、(第三部運)癸亥、(第四部運)壬戊、(第五部運)辛酉、(第六部運)庚申。

例二:女命、生辰は例一とまったく同じで、同じく甲子年正月十五日子時。四柱も同じく年柱甲子・月柱丙寅・日柱戊辰・時柱壬子。ただし年干の甲は陽に属するが、これは女命で、陽年の女命は大運が逆行する。そこで月柱丙寅を起点に上へ逆に推して、第一步乙丑、第二步甲子、第三步癸亥、第四步壬戌、第五步辛酉、第六步庚申を得る。八字は一字も違わないのに、男女が異なるだけで六歩の運がまったく別となり、運を起こす歳数もこれに随って変わる(底本の「壬戊」は壬戌の誤り)。

運屬逆行,數至最近已往節之日時,生立春後,最近之已往節,即是立春,萬年曆載明,是年正月初一日巳時交立春,由正月十五日子時,數至正月初一日巳時,共十三天又七時,以三天為一歲折之,即知為四歲多一天七時,應在四歲百九十日後起運,每一運管十年,故第一部四歲起行,第二部十四歲起行,列式如下。

この命の大運は逆行だから、生日生時から前へ数えて最も近いすでに過ぎた節に至る。彼女は立春の後に生まれたので、最も近い已過の節は立春そのものである。万年暦を調べると、その年正月一日巳時に立春を交える。正月十五日子時から逆に数えて正月一日巳時まで、都合十三日と七時辰を得る。やはり三日で一歳に折って算すれば、十三日のなかに三日が四つあり四歳を折得し、なお一日と七時辰が余る。一日は百二十日に折り、七時辰は七十日に折り、合わせて百九十日。ゆえに彼女は四歳と百九十日の後に運を起こすべきである。一歩の運は十年を管するので、第一步運は四歳で上に交わり、第二步運は十四歳で上に交わる。下文に列挙する。

四歲乙丑、十四甲子、二四癸亥、三四壬戌、四四辛酉、五四庚申。自甲子年正月十五日子時計算,必至戊辰年正月十五日子時,方算四歲足,(乙丑一丙寅二丁卯三戊辰四)再加百九十天。即知為戊辰年七月甘五日子時,始行第一部乙丑運,以次遞推。其為戊寅年行第二部甲子運,戊子年行第三部癸亥運,顯而易知,蓋一運管十年,而十干亦周而復始也,若簡稱每逢戊年七月廿五日子時交換,亦可。

運程を列挙すれば、四歳に乙丑運、十四歳に甲子運、二十四歳に癸亥運、三十四歳に壬戌運、四十四歳に辛酉運、五十四歳に庚申運を行く。交運の確かな日も同じく差し引き算出する。甲子年正月十五日子時から算して、戊辰年正月十五日子時に至って初めて四歳に満つ(乙丑が一年、丙寅が二年、丁卯が三年、戊辰が四年)。さらに百九十日を加えれば戊辰年七月二十五日子時となり、この刻から第一步の乙丑運を行く。以後递推して、戊寅年に第二步甲子運を行き、戊子年に第三步癸亥運を行く。同じく一歩の運が十年で天干が十位一巡するので、交運の年の年干はつねに「戊」の字となる。ゆえに略して「戊年七月二十五日子時ごとに運を換える」と言ってもよい(底本の「七月甘五日」の「甘」は廿の誤り)。

問:何為五行。答:金木水火土是也。問:五行之生克如何。答:金生水,水生木,木生火,火生土,土生金;金克木,木克土,土克水,水克火,火克金。問:請述十天干,十二地支之五行。答:甲乙寅卯皆為木,丙丁己午皆為火,戊己辰戌丑未皆為土,庚辛申酉皆為金,壬癸亥子皆為水。寅辰已申戌亥為陽,子丑卯午未酉為陰。

問:五行とは何か。答:金・木・水・火・土の五つである。問:五行の間の生と克はどう説くか。答:相生は一環が一環を生ずることで、金は水を生じ、水は木を生じ、木は火を生じ、火は土を生じ、土はまた金を生じて、循環してやまない。相克は一位隔てて制し合うことで、金は木を克し、木は土を克し、土は水を克し、水は火を克し、火は金を克す。命学全体の推演はすべてこの二つの連鎖の上に立つ。問:十天干・十二地支はそれぞれ何の五行に属するか。答:甲・乙・寅・卯はみな木に属し、丙・丁・巳・午はみな火に属し、戊・己・辰・戌・丑・未はみな土に属し、庚・辛・申・酉はみな金に属し、壬・癸・亥・子はみな水に属する。地支の陰陽は、寅・辰・巳・申・戌・亥を陽とし、子・丑・卯・午・未・酉を陰とする(底本の「丙丁己午」「寅辰已申」の二か所の「己」「已」はいずれも巳の誤り。また地支の陰陽は、通行の説では子・寅・辰・午・申・戌を陽とし、丑・卯・巳・未・酉・亥を陰とするが、ここの所列と異なる。韋氏のこの表は四柱の取用の際の実際の剛柔について言うものと思われるので、読者は両説を併せ存すべきである)。

問:十二地支,中藏何物。答:子中藏癸水;丑中藏己土、辛金、癸水;寅中藏甲木、丙火、戊土;卯中藏乙木;辰中藏乙木、癸水、戊土;巳中藏丙火、戊土、庚金;午中藏丁火、己土;未中藏乙木、己土、丁火;申中藏庚金、壬水、戊土;酉中藏辛金;戌中藏辛金、丁火、戊土;亥中藏壬水、甲木。

問:十二地支のなかにはそれぞれ何が蔵されているか。答:地支は天干のように五行が一種だけではなく、その内部に一つから三つの天干を含んでおり、術語で「人元」といい、「蔵干」ともいう。子のなかに癸水を蔵し、丑のなかに己土・辛金・癸水を蔵し、寅のなかに甲木・丙火・戊土を蔵し、卯のなかには乙木のみを蔵し、辰のなかに乙木・癸水・戊土を蔵し、巳のなかに丙火・戊土・庚金を蔵し、午のなかに丁火・己土を蔵し、未のなかに乙木・己土・丁火を蔵し、申のなかに庚金・壬水・戊土を蔵し、酉のなかには辛金のみを蔵し、戌のなかに辛金・丁火・戊土を蔵し、亥のなかに壬水・甲木を蔵す。子・卯・酉の三支は各々一干だけを蔵し、最も純粋である。四生の地(寅申巳亥)と四墓の地(辰戌丑未)は各々三干を蔵し、情形が最も雑である。推命のときは天干に見える力のほかに、これらの蔵干も併せて計算に入れなければ、強弱軽重をすべて算し誤る。これが後文《人元篇》で専ら論ずるところである。

問:何為財,官,印,食,比,劫,傷,殺。答:皆五行生剋之代名詞也。問:請述財官印等之構成。答:生我者,陽見陽,或陰見陰,為梟神;陰見陽,或陽見陰,為正印。我生者,陽見陽,或陰見陰,為食神;陰見陽,或陽見陰,為傷官。克我者,陽見陽,或陰見陰,為七殺;陰見陽,或陽見陰,為正官。我克者,陽見陽,或陰見陰,為偏財;陰見陽,或陽見陰,為正財。仝我者,陽見陽,或陰見陰,為比肩;陰見陽,或陽見陰,為劫財。

問:財・官・印・食・比・劫・傷・殺という名目は何を意味するか。答:いずれも五行の生克関係の代名詞にすぎず、後世これを総称して「十神」という。問:それぞれどう構成されるのか説明してほしい。答:一律に日干という「我」を中心とし、まず生克の関係を見、次に陰陽の同異を見て、この二項を合わせて名を定める。我を生ずるもので、陰陽が同じ(陽が陽に見るか陰が陰に見る)を「梟神」といい、すなわち偏印。陰陽が異なる(陰が陽に見るか陽が陰に見る)を「正印」という。我が生ずるもので、陰陽が同じを「食神」、陰陽が異なるを「傷官」という。我を克するもので、陰陽が同じを「七殺」、陰陽が異なるを「正官」という。我が克するもので、陰陽が同じを「偏財」、陰陽が異なるを「正財」という。我と同類のもの(原文の「仝」は同の字)で、陰陽が同じを「比肩」、陰陽が異なるを「劫財」という。凡そ陰陽の同じ一路はその気が偏して急なので、名はみな偏・梟・殺・劫の意を帯び、陰陽の異なる一路はその気が正しく和なので、名はみな正の字を帯びる。この一層の区別が、全書で用神を取り格局を定める根本である。

問:再請舉例明之,我字指何物。答:我字即日干,例如甲木日干,遇丁火,甲為陽木,丁為陰火,甲木能生丁火,丁乃我生而陽見陰,即傷官也,又如辛金日干,遇乙木。辛為陰金,乙為陰木,辛金能克乙木,乙乃我克而陰見陰,即偏財也,特立表於後,以便檢查。

問:さらに例を挙げて説明してほしい。いわゆる「我」とは結局何を指すのか。答:「我」は日柱の天干、すなわち日干で、命学では「日主」とも称し、八字の残り七字はすべてこれを参照として用いる。例を挙げよう。甲木の日干が丁火に遇う。甲は陽木、丁は陰火で、木は火を生じるから、丁は我の生ずる一方であり、しかも陽が陰に見て陰陽が異なるので、前条の規則により「傷官」となる。また辛金の日干が乙木に遇う。辛は陰金、乙は陰木で、金は木を克するから、乙は我の克する一方であり、しかも陰が陰に見て陰陽が同じなので、規則により「偏財」となる。査検に便なように、十干を相配した結果をあらかじめ次の二つの表に列挙する。

天干財官印等檢查表:日干、比肩、劫財、梟神、正印、偏財、正財、七殺、正官、食神、傷官。甲:甲、乙、壬、癸、戊、己、庚、辛、丙、丁。乙:乙、甲、癸、壬、己、戊、辛、庚、丁、丙。丙:丙、丁、甲、乙、庚、辛、壬、癸、戊、己。丁:丁、丙、乙、甲、辛、庚、癸、壬、己、戊。戊:戊、己、丙、丁、壬、癸、甲、乙、庚、辛。己:己、戊、丁、丙、癸、壬、乙、甲、辛、庚。庚:庚、辛、戊、己、甲、乙、丙、丁、壬、癸。辛:辛、庚、己、戊、乙、甲、丁、丙、癸、壬。壬:壬、癸、庚、辛、丙、丁、戊、己、甲、乙。癸:癸、壬、辛、庚、丁、丙、己、戊、乙、甲。

これは天干の十神検査表である。表頭は左から右へ順に、日干・比肩・劫財・梟神・正印・偏財・正財・七殺・正官・食神・傷官で、各行の最初の字が日干、その後の十字が順にその日干に対応する十神である。読み方の例:甲日干の行では、比肩は甲、劫財は乙、梟神(偏印)は壬、正印は癸、偏財は戊、正財は己、七殺は庚、正官は辛、食神は丙、傷官は丁。乙日干の行では比肩が乙、劫財が甲、梟神が癸、正印が壬、偏財が己、正財が戊、七殺が辛、正官が庚、食神が丁、傷官が丙。以下丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸の八行は読み方が同じ。一つの規律が見える。陰干と陽干の同名の十神がちょうど入れ替わっていることで、たとえば甲の正印は癸で乙の正印は壬。陰陽が一変すれば正偏もまた倒れるからである。この表は暗記する必要はなく、前条の構成の法を明らかにすれば、いつでも自分で推し出せる。

地支財官印等檢查表:日干、比肩、劫財、梟神、正印、偏財、正財、七殺、正官、食神、傷官。甲:寅、卯、亥、子、辰戌、丑未、申、酉、巳、午。己:卯、寅、子、亥、丑未、辰戌、酉、申、午、己。丙:巳、午、寅、卯、申、酉、亥、子、辰戌、丑未。丁:午、巳、卯、寅、酉、申、子、亥、丑未、辰戌。戊:辰戌、丑未、巳、午、亥、子、寅、卯、申、酉。己:丑未、辰戌、午、巳、子、亥、卯、寅、酉、申。庚:申、酉、辰戌、丑未、寅、卯、巳、午、亥、子。辛:酉、申、丑未、辰戌、卯、寅、午、巳、子、亥。壬:亥、子、申、酉、巳、午、辰戌、丑未、寅、卯。癸:子、亥、酉、申、午、巳、丑未、辰戌、卯、寅。

これは地支の十神検査表で、表頭の次序は前表と同じ。異なるのは、地支は十二位あるのに五行は五種しかないので、土の四支を二つずつ並列すること。辰戌は同じく陽土に属し、丑未は同じく陰土に属する。読み方の例:甲日干の行では、比肩は寅、劫財は卯、梟神は亥、正印は子、偏財は辰戌、正財は丑未、七殺は申、正官は酉、食神は巳、傷官は午。丙日干の行は比肩が巳、劫財が午、梟神が寅、正印が卯、偏財が申、正財が酉、七殺が亥、正官が子、食神が辰戌、傷官が丑未。以下各行はこれに準じて推す。この表に取るのは地支の本気、すなわちその支に蔵する諸干のうち最も令に当たる一つで、支中に蔵する余気はまた別論である。底本の第二行の日干は誤って「己」と刻してあるが、乙であるはず。同行の末の一字「己」は巳の誤りで、読者は甲・乙・丙・丁……の次序に依れば自ずと見出せる。

問:地支內所苦藏之字,其財官印綬,推法如何?答:與推天干相同,詳參天干財官印等檢查表。按干、支、花甲子,排命,排運,五行,生克,財官印綬等,為推命之起端,學者不可不知,且不可不熟讀,否則如作文之不諳題目,文章何由而成。

問:地支のなかに蔵するあの干の財・官・印綬はどう推すのか。答:推す法は天干を推すのとまったく同じで、蔵干を天干と見なし、上の天干検査表に照らして査べればよい(底本の「所苦蔵」の「苦」は「暗」の誤り)。総括していえば、天干地支・六十花甲子・四柱を排す・大運を排す・五行・生克・財官印綬の一そろいは、みな推命の入手工夫で、学ぶ者は知らないでは済まされず、しかも熟読して誦するに足るまででなければならない。さもなければ文章を作る人が題目すら明らかにしないようなもので、文章はどこから作り始めよう。この一段は《起例問答》の結語で、以下の各篇で初めて義理の討論に入る。

天干篇

甲

五行:屬木。性別:屬陽。方位:東方。氣:長生在亥,沐浴在子,冠帶在丑,臨官在寅,帝旺在卯(以上為氣之盛);衰於辰,病於己,死於午,墓於未,絕於早,胎於酉,養於(以上為氣之衰)。勢:旺於春(最旺),相於冬(次旺);休於夏(衰),囚於四立前各十八天(次衰);死於秋(最衰),按四立為立春,立夏,立秋,立冬。生:甲生丙丁已午;壬癸亥子生甲。克甲:克戊己辰戌丑未;庚辛申酉克甲。合:甲己相合。化:日干為甲,逢己土,在辰戌丑未月則化土。例:生甲,癸巳,甲生,病。甲克、合甲,己未,甲克,墓。陽木囚於立秋前十八天,甲午,甲生,死。甲克,戊辰,甲克,衰。

甲の五行は木に属し、陰陽は陽に属し、方位は東方にある。以下の五項は本篇の通例で、まず甲の字の下で説き尽くし、後の九干はこれに照らして見ればよい。第一項の「気」は、この天干が十二地支の上に至ったときそれぞれどんな状態にあるかを説くもので、術語を「十二運」といい、長生・沐浴・冠帯・臨官・帝旺・衰・病・死・墓・絶・胎・養で、人の一生が生より死に至り、死してまた胎に復する意を取る。甲木は亥に長生し、子に沐浴し、丑に冠帯し、寅に臨官し、卯に帝旺する。この五位は気の盛んな一段。その後辰に衰え、巳に病み、午に死し、未に墓し、申に絶し、酉に胎し、戌に養われる。この七位は気の衰える一段。底本のここ「病于己」は病于巳の誤り、「絶于早」は絶于申の誤り。「養于」の二字の下は空缺で、底本に脱文があり、欠けるのは戌の字であるはずだが、いまは写すだけで補わない。第二項の「勢」は、甲木の四時における旺衰を説く。春に旺して最も盛ん、冬に相して次に盛ん、夏に休して転じて衰え、四立の前の各十八日に囚してさらに衰え、秋に死して最も衰える。いわゆる「四立」は立春・立夏・立秋・立冬で、その前の十八日は土が権を当て事を用いる時であり、木は土に牽制されるので囚という。第三・四項は生克を説く。甲は丙・丁・巳・午などの火を生じ、壬・癸・亥・子などの水は甲を生じる。甲は戊・己・辰・戌・丑・未などの土を克し、庚・辛・申・酉などの金は甲を克す(底本の「克甲:克戊己」は「克:甲克戊己」の誤り)。第五項は合化を説く。甲は己と相合する。もし日干が甲で己土に遇い、しかも辰・戌・丑・未という四つの土月に生まれれば、甲己合化して土となる。最後に挙げる「例」は、原書では一つの小表で、四柱一そろいを横に列べ、各項の関係を縦に注したものだが、排印時に数行に押し込められた。四柱は順に癸巳・己未・甲午・戊辰で、日干はすなわち甲。読み方は、癸は甲を生じ、巳は甲の生ずる所で甲は巳に病む。己は甲の克する所でまた甲と合し、未は甲の克する所で甲は未に墓す。日柱の甲午は、陽木が立秋前の十八日に逢えば囚、午は甲の生ずる所で甲は午に死す。戊は甲の克する所、辰もまた甲の克する所で甲は辰に衰える。これで上に列挙した各項を一つずつ実際の八字にあてはめる方法を示したのである。

乙

五行:屬木。性別:屬陰。方位:東方。氣:長生在午,沐浴在巳,冠帶在辰,臨官在卯,帝旺在寅(以上為氣之盛);衰於丑,病於子,死於亥,墓在戌,絕於酉,胎於申,養於未(以上為氣之衰)。勢:旺於春(最旺),相於冬(次旺);休於夏(衰),囚於四立前各十八天(次衰),死於秋(最衰)。生:乙生丙丁巳午;壬癸亥子生乙。克:乙克戊己辰戌丑未;庚辛申酉克乙。合:乙庚相合。化:日干為乙,逢庚金,在巳酉丑申月則化金。例:生乙,癸酉,克乙,絕。克乙、合乙,庚申,克乙,胎。陰木死於秋,乙己,乙生,沐浴。合乙、合乙,庚辰,乙克,冠帶。

乙の五行は木に属し、陰陽は陰に属し、方位は東方にある。陰干の十二運は陽干と方向が反対で、いわゆる「陽順陰逆」である。ゆえに乙木は午に長生し、巳に沐浴し、辰に冠帯し、卯に臨官し、寅に帝旺する。この五位は気が盛ん。その後丑に衰え、子に病み、亥に死し、戌に墓し、酉に絶し、申に胎し、未に養われる。この七位は気が衰える。甲と対して見れば明らかである。甲は亥に長生して順行して卯に至り帝旺し、乙は午に長生して逆行して寅に至り帝旺する。両者はちょうど逆向に対流し、これが陰陽異行の通則である。「勢」については、乙は甲と同じく木に属し、四時の旺衰はまったく同じ。春に旺し、冬に相し、夏に休し、四立前の各十八日に囚し、秋に死す。生克の方面、乙は丙丁巳午の火を生じ、壬癸亥子の水は乙を生じる。乙は戊己辰戌丑未の土を克し、庚辛申酉の金は乙を克す。合化の方面、乙は庚と相合する。日干が乙で庚金に遇い、また巳・酉・丑・申といういくつかの金月に生まれれば、乙庚合化して金となる。挙げた一例の四柱は癸酉・庚申・乙巳・庚辰で、日干は乙。癸は乙を生じ、酉は乙を克して乙は酉に絶す。庚は乙を克しまた乙と合し、申は乙を克して乙は申に胎す。日柱の乙巳は、陰木が秋令に死し、巳は乙の生ずる所で乙は巳に沐浴する。末柱の庚辰は、庚は同じく乙を克し乙と合し、辰は乙の克する所で乙は辰に冠帯する。底本の「乙己」は乙巳の誤り、末行の「合乙、合乙」の前の一か所は克乙の誤りである。

丙

五行:屬火。性別:屬陽。方位:南方。氣:長生在寅,沐浴在卯,冠帶在辰,臨官在巳,帝旺在午(以上為氣之盛);衰於未,病於申,死於酉,墓於戌,絕於亥,胎於子,養於丑(以上為氣之衰)。勢:旺於夏(最旺),相於春(次旺);休於四立前各十八天(衰),囚於秋(次衰),死於冬(最衰)。生:丙生戊己辰戌丑未;甲乙寅卯生丙。克:丙克庚辛申酉;壬癸亥子克丙。合:丙辛相合。化:日干為丙,逢辛金,在亥申子辰月則化水。例:克丙,壬申,丙春,病。丙克、合丙,辛亥,克丙,絕。陽火死於冬,丙子,克丙,胎。克丙,壬辰,丙生,冠帶。

丙の五行は火に属し、陰陽は陽に属し、方位は南方にある。丙は陽干で十二運は順行する。寅に長生し、卯に沐浴し、辰に冠帯し、巳に臨官し、午に帝旺する。この五位は気が盛ん。その後未に衰え、申に病み、酉に死し、戌に墓し、亥に絶し、子に胎し、丑に養われる。この七位は気が衰える。四時の勢は、火は夏に旺して最も盛ん、春に相して次に盛ん(春木が火を生ずるため)、四立前の各十八日の土旺の時に休し(火気が土に泄れる)、秋に囚し(金が旺して火が制を受ける)、冬に死して最も衰える(水が旺して火を克する)。生克の方面、丙は戊己辰戌丑未の土を生じ、甲乙寅卯の木は丙を生じる。丙は庚辛申酉の金を克し、壬癸亥子の水は丙を克す。合化の方面、丙は辛と相合する。日干が丙で辛金に遇い、また亥・申・子・辰といういくつかの水月に生まれれば、丙辛合化して水となる。この一条は最も留意すべきで、火と金が合するのに却って水に化するのは、合化の後に別に一気を成して、もはや元の五行を論じないからである。挙げた一例の四柱は壬申・辛亥・丙子・壬辰で、日干は丙。壬は丙を克し、申は丙の克する所で丙は申に病む(底本の「丙春」は丙克の誤り)。辛は丙の克する所でまた丙と合し、亥は丙を克して丙は亥に絶す。日柱の丙子は、陽火が冬令に死し、子は丙を克して丙は子に胎す。末柱の壬辰は、壬は丙を克し、辰は丙の生ずる所で丙は辰に冠帯する。

丁

五行:屬火。性別:屬陰。方位:南方。氣:長生在酉,沐浴在申,冠帶在未,臨官在午,帝旺在巳(以上為氣之盛);衰於辰,病於卯,死於寅,墓於丑,絕於子,胎於亥,養於戌(以下為氣之衰)。勢:旺於夏(最旺),相於春(次旺);休於四立前各十八天(衰),囚於秋(次衰),死於冬(最衰)。生:丁生戊己辰戌丑未;甲乙寅卯生丁。克:丁克庚辛申酉;壬癸亥子克丁。合:丁壬相合。化:日干為丁,逢壬水在亥卯未寅月則化木。例:同丁,丁卯,生丁,病。克丁、合丁,壬寅,生丁,死。陰火相於春,丁亥,克丁,胎。生丁,甲辰,丁生,衰。

丁の五行は火に属し、陰陽は陰に属し、方位は南方にある。丁は陰干で十二運は逆行する。酉に長生し、申に沐浴し、未に冠帯し、午に臨官し、巳に帝旺する。この五位は気が盛ん。その後辰に衰え、卯に病み、寅に死し、丑に墓し、子に絶し、亥に胎し、戌に養われる。この七位は気が衰える。丙と対して見れば、丙は寅に長生して順行して午に帝旺し、丁は酉に長生して逆行して巳に帝旺し、やはり陽順陰逆である。四時の勢は丙と同じで、夏に旺し、春に相し、四立前の各十八日に休し、秋に囚し、冬に死す。生克の方面、丁は戊己辰戌丑未の土を生じ、甲乙寅卯の木は丁を生じる。丁は庚辛申酉の金を克し、壬癸亥子の水は丁を克す。合化の方面、丁は壬と相合する。日干が丁で壬水に遇い、また亥・卯・未・寅といういくつかの木月に生まれれば、丁壬合化して木となる。挙げた一例の四柱は丁卯・壬寅・丁亥・甲辰で、日干は丁。年干の丁は日干と同類で比肩、卯は丁を生じて丁は卯に病む。壬は丁を克しまた丁と合し、寅は丁を生じて丁は寅に死す。日柱の丁亥は、陰火が春に母気を得て相となり、亥は丁を克して丁は亥に胎す。末柱の甲辰は、甲は丁を生じ、辰は丁の生ずる所で丁は辰に衰える。この例で分かるように、同じ一つの地支が日干に対して二重の身分を持ち得る。すなわち生克を論じるとともに十二運をも論じるのであって、この両者を混同してはならない(底本の「以下為氣之衰」の「以下」は以上の誤り)。

戊

五行:屬土。性別:屬陽。方位:中央。氣:長生在寅,沐浴在卯,冠帶在辰,臨官在巳,帝旺在午(以上為氣之盛);衰於未,病於申,死於酉,墓於戌,絕於亥,胎於子,養於丑(以上為氣之衰)。勢:旺於四立前各十八天(最旺),相於夏(次旺),休於秋(衰),囚於冬(次衰),死於春(最衰)。生:戊生庚辛申酉;丙丁巳午生戊。克:戊克壬癸亥子;甲乙寅卯克戊。合:戊癸相合。化:日干為戊,逢癸水,在寅午戌巳月則化火。例:生戊,丙寅,克戊,長生。戊克、合戊,癸巳,生戊,臨官。陽土相於夏,戊午,生戊,帝旺。生戊,丙辰,同戊,冠帶。

戊の五行は土に属し、陰陽は陽に属し、方位は中央にある。土には定まった方位と季節がなく、四時の末に寄るので、その十二運は火と同調する。寅に長生し、卯に沐浴し、辰に冠帯し、巳に臨官し、午に帝旺する。この五位は気が盛ん。その後未に衰え、申に病み、酉に死し、戌に墓し、亥に絶し、子に胎し、丑に養われる。この七位は気が衰える。これは火が土を生じ、土が火に附して行うためである。四時の勢は前の四干と大いに異なる。土は四立前の各十八日に最も旺し、この十八日こそ土が権を当て事を用いる期である。夏に相して次に旺し(火が土を生ずる)、秋に休し(土の気が金に泄れる)、冬に囚し(水が旺して土はこれを克せねばならず力を費やすので囚)、春に死して最も衰える(木が旺して土を克す)。生克の方面、戊は庚辛申酉の金を生じ、丙丁巳午の火は戊を生じる。戊は壬癸亥子の水を克し、甲乙寅卯の木は戊を克す。合化の方面、戊は癸と相合する。日干が戊で癸水に遇い、また寅・午・戌・巳といういくつかの火月に生まれれば、戊癸合化して火となる。挙げた一例の四柱は丙寅・癸巳・戊午・丙辰で、日干は戊。丙は戊を生じ、寅は戊を克するが戊は寅に長生する。癸は戊の克する所でまた戊と合し、巳は戊を生じて戊は巳に臨官する。日柱の戊午は、陽土が夏に火の生を得て相となり、午は戊を生じて戊は午に帝旺する。末柱の丙辰は、丙は戊を生じ、辰は同じく土で比肩、戊は辰に冠帯する。

己

五行:屬土。性別:屬陰。方位:中央。氣:長生在酉,沐浴在申,冠帶在未,臨官在午,帝旺在巳(以上為氣之盛);衰於辰,病於卯,死於寅,墓於丑,絕於子,胎於亥,養於戌(以上為氣之衰)。勢:旺於四立前各十八天(最旺),相於夏(次旺),休於秋(衰),囚於冬(次衰),死於春(最衰)。生:己生庚辛申酉;丙丁巳午生己。克:己克壬亥子;甲乙寅卯克己。合:甲己相合。化:日干為巳,逢甲木,在辰戌丑未月,則化為純土。例:己克,丁午,生己,臨官。己生,辛未,同己,冠帶。陰土旺於立秋前十八天,己巳,生己,旺。同己,戊辰,同己,衰。

己の五行は土に属し、陰陽は陰に属し、方位は中央にある。己は陰干で十二運は逆行し、しかも丁火と同調する。酉に長生し、申に沐浴し、未に冠帯し、午に臨官し、巳に帝旺する。この五位は気が盛ん。その後辰に衰え、卯に病み、寅に死し、丑に墓し、子に絶し、亥に胎し、戌に養われる。この七位は気が衰える。四時の勢は戊土と同じで、四立前の各十八日に最も旺し、夏に相し、秋に休し、冬に囚し、春に死す。生克の方面、己は庚辛申酉の金を生じ、丙丁巳午の火は己を生じる。己は壬・癸・亥・子の水を克し、甲乙寅卯の木は己を克す(底本の「己克壬亥子」は癸の一字が脱けている)。合化の方面、甲は己と相合する。日干が己で甲木に遇い、また辰・戌・丑・未という四つの土月に生まれれば、甲己合化して純土となる(底本の「日干為巳」の「巳」は己の誤り)。挙げた一例の四柱は丁午・辛未・己巳・戊辰で、日干は己。丁午の一柱は、午は己を生じて己は午に臨官する。辛未の一柱は、己は辛を生じ、未は同じく土で比肩、己は未に冠帯する。日柱の己巳は、陰土が立秋前の十八日に逢えば最も旺し、巳は己を生じて己は巳に帝旺する。末柱の戊辰は、戊は己と同類、辰もまた土で、己は辰に衰える。この例は底本の訛奪が比較的多く、首柱の左注は「己克」とあるが、土は火を克さず理に合わず、「生己」の誤りであるはず。読者は例に依って推せばわかる。

庚

五行:屬金。性別:屬陽。方位:西方。氣:長在在巳,沐浴在午,冠帶在未,臨官在申,帝旺在酉(以上為氣之盛);衰於戌,病於亥,死於子,墓於丑,絕於寅,胎於卯,養於辰(以上為氣之衰)。勢:旺於秋(最旺),相於四立前各十八天(次旺),休於冬(衰),囚於春(次衰),死於夏(最衰)。生:庚生壬癸亥子,戊己辰戌丑未生庚。克:庚克甲乙寅卯;丙丁巳午克庚。合:乙庚相合。化:日干為庚,逢乙木,若在巳酉丑申月,則花為純金。例:庚克,乙巳,克庚,生。合庚、庚克,乙酉,同庚,旺。陽金旺於秋,庚申,同庚,臨官。同庚,庚辰,生庚,養。

庚の五行は金に属し、陰陽は陽に属し、方位は西方にある。庚は陽干で十二運は順行する。巳に長生し、午に沐浴し、未に冠帯し、申に臨官し、酉に帝旺する。この五位は気が盛ん。その後戌に衰え、亥に病み、子に死し、丑に墓し、寅に絶し、卯に胎し、辰に養われる。この七位は気が衰える(底本の「長在在巳」は長生在巳の誤り)。金が巳に長生するこの条は最も疑いを生じやすい。巳中に庚を蔵し、これが金の胎息の地であり、火は金を克するが金はかえって火に頼って器を成すので、長生と定めたのである。四時の勢は、金は秋に旺して最も盛ん、四立前の各十八日に相して次に盛ん(土が金を生ずる)、冬に休し(金の気が水に泄れる)、春に囚し(木が旺して金は伐りに行かねばならない)、夏に死して最も衰える(火が旺して金を熔かす)。生克の方面、庚は壬癸亥子の水を生じ、戊己辰戌丑未の土は庚を生じる。庚は甲乙寅卯の木を克し、丙丁巳午の火は庚を克す。合化の方面、乙は庚と相合する。日干が庚で乙木に遇い、また巳・酉・丑・申といういくつかの金月に生まれれば、乙庚合化して純金となる(底本の「花為純金」の「花」は化の誤り)。挙げた一例の四柱は乙巳・乙酉・庚申・庚辰で、日干は庚。年柱の乙巳は、乙は庚の克する所、巳は庚を克するが庚は巳に長生する。次柱の乙酉は、乙は庚と合しまた庚の克する所、酉は同じく金で比劫、庚は酉に帝旺する。日柱の庚申は、陽金が秋令に旺し、申は同じく金、庚は申に臨官する。末柱の庚辰は、庚は日干と同類、辰は庚を生じて庚は辰に養われる。

辛

五行:屬金。性別:屬陰。方位:西方。氣:長生在子,沐浴在亥,冠帶在戌,臨官在酉,帝旺在申(以上為氣之盛);衰於未,病於午,死於巳,墓於辰,絕於卯,胎於寅,養於丑(以上為氣之衰)。勢:旺於秋(最旺),相於四位前各十八天(次旺),休於冬(衰),囚於春(次衰),死於夏(最衰)。生:辛生壬癸亥子;戊己辰戌丑未生辛。克:辛克甲乙寅卯;丙丁巳午克辛。合:丙辛相合。化:日干為辛,逢丙火,在申子辰亥月則化水。例:辛克,甲申,同辛,旺。克辛、合辛,丙子,辛生,生。陰金休於冬,辛亥,辛生,沐浴。辛生,壬辰,生辛,墓。

辛の五行は金に属し、陰陽は陰に属し、方位は西方にある。辛は陰干で十二運は逆行する。子に長生し、亥に沐浴し、戌に冠帯し、酉に臨官し、申に帝旺する。この五位は気が盛ん。その後未に衰え、午に病み、巳に死し、辰に墓し、卯に絶し、寅に胎し、丑に養われる。この七位は気が衰える。四時の勢は庚と同じで、秋に旺し、四立前の各十八日に相し、冬に休し、春に囚し、夏に死す(底本の「四位前」は四立前の誤り)。生克の方面、辛は壬癸亥子の水を生じ、戊己辰戌丑未の土は辛を生じる。辛は甲乙寅卯の木を克し、丙丁巳午の火は辛を克す。合化の方面、丙は辛と相合する。日干が辛で丙火に遇い、また申・子・辰・亥といういくつかの水月に生まれれば、丙辛合化して水となる。挙げた一例の四柱は甲申・丙子・辛亥・壬辰で、日干は辛。年柱の甲申は、甲は辛の克する所、申は同じく金、辛は申に帝旺する。次柱の丙子は、丙は辛を克しまた辛と合し、子は辛の生ずる所で辛は子に長生する。日柱の辛亥は、陰金が冬令に逢えば休、亥もまた辛の生ずる所で辛は亥に沐浴する。末柱の壬辰は、辛は壬を生じ、辰は辛を生じて辛は辰に墓す。同じ「生」という字でも、前者は日干が地支の五行を生ずることを指し、後者は十二運の長生を指す。この二層の意は混同してはならず、この例がちょうど対照となる。

壬

五行:屬水。性別:屬陽。方位:北方。氣:長生在申,沐浴在酉,冠帶在戌,臨官在亥。帝旺在子(以上為氣之盛);衰於丑,病於寅,死於卯,墓於辰,絕於巳,胎於午,養於未(以上為氣之衰)。勢:旺於冬(最旺),相於秋(次旺);休於春(衰),囚於夏(次衰),死於四立前各十八日(最衰)。生:壬生甲乙寅卯;庚辛申酉生壬。克:壬克丙丁巳午;戊己辰戌丑未克壬。合:丁壬相合。化:日干為壬,逢丁火,在亥卯未寅月則化為木。例:壬生,甲寅,壬生,病。壬克、合壬,丁卯,壬生,死。陽水休於春,壬午,壬克,胎。壬生,甲辰,克壬,墓。

壬の五行は水に属し、陰陽は陽に属し、方位は北方にある。壬は陽干で十二運は順行する。申に長生し、酉に沐浴し、戌に冠帯し、亥に臨官し、子に帝旺する。この五位は気が盛ん。その後丑に衰え、寅に病み、卯に死し、辰に墓し、巳に絶し、午に胎し、未に養われる。この七位は気が衰える。水が申に長生するのは、申中に壬を蔵し、金が水を生ずるので、申をもって水の発源とするためである。四時の勢は、水は冬に旺して最も盛ん、秋に相して次に盛ん(金が水を生ずる)、春に休し(水の気が木に泄れる)、夏に囚し(火が旺して水はこれを済わねばならない)、四立前の各十八日に死して最も衰える(土が旺して水を克す)。生克の方面、壬は甲乙寅卯の木を生じ、庚辛申酉の金は壬を生じる。壬は丙丁巳午の火を克し、戊己辰戌丑未の土は壬を克す。合化の方面、丁は壬と相合する。日干が壬で丁火に遇い、また亥・卯・未・寅といういくつかの木月に生まれれば、丁壬合化して木となる。挙げた一例の四柱は甲寅・丁卯・壬午・甲辰で、日干は壬。年柱の甲寅は、壬は甲を生じ、寅もまた壬の生ずる所で壬は寅に病む。次柱の丁卯は、丁は壬の克する所でまた壬と合し、卯は壬の生ずる所で壬は卯に死す。日柱の壬午は、陽水が春に休、午は壬の克する所で壬は午に胎す。末柱の甲辰は、壬は甲を生じ、辰は壬を克して壬は辰に墓す。

癸

五行:屬水。性別:屬陰。方位:北方。氣:長生在卯,沐浴在寅,冠帶在丑,臨官在子,帝旺在亥(以上為氣之盛);衰於戌,病於酉,死於申,墓於未,絕於午,胎於巳,養於辰(以上為氣之盛)。勢:旺於冬(最旺),相於秋(次旺),休於春(衰),囚於夏(次衰),死於四立前各十八天(最衰)。生:癸生甲乙寅卯;庚辛申酉生癸。克:癸生丙丁巳午;戊己辰戌丑未克癸。合:戊癸相合。化:日干為癸,逢戊土,在寅午戌巳月則化火。例:同癸,癸巳,癸克,胎。克癸、合癸,戊午,癸克,絕。陰水囚於夏,癸巳,癸克,胎。癸克,丙辰,克癸,養。

癸の五行は水に属し、陰陽は陰に属し、方位は北方にある。癸は陰干で十二運は逆行する。卯に長生し、寅に沐浴し、丑に冠帯し、子に臨官し、亥に帝旺する。この五位は気が盛ん。その後戌に衰え、酉に病み、申に死し、未に墓し、午に絶し、巳に胎し、辰に養われる。この七位は気が衰える(底本のここの括注「以上為氣之盛」は、以上為氣之衰の誤り)。四時の勢は壬と同じで、冬に旺し、秋に相し、春に休し、夏に囚し、四立前の各十八日に死す。生克の方面、癸は甲乙寅卯の木を生じ、庚辛申酉の金は癸を生じる。癸は丙丁巳午の火を克し、戊己辰戌丑未の土は癸を克す(底本の「癸生丙丁巳午」の「生」は克の誤り。その列が「克」の項の下にあるのを見れば明らか)。合化の方面、戊は癸と相合する。日干が癸で戊土に遇い、また寅・午・戌・巳といういくつかの火月に生まれれば、戊癸合化して火となる。挙げた一例は四柱を癸巳・戊午・癸巳・丙辰とし、日干は癸。年柱の癸巳は日干と同類、巳は癸の克する所で癸は巳に胎す。次柱の戊午は、戊は癸を克しまた癸と合し、午は癸の克する所で癸は午に絶す。日柱の癸巳は、陰水が夏に囚、巳は依然として癸の克する所で癸は巳に胎す。末柱の丙辰は、丙は癸の克する所、辰は癸を克して癸は辰に養われる。年柱と日柱の干支がまったく同じで注文も一字も異ならないので、底本の重出と疑われるが、いまは写して改めない。天干篇はここに十干がすべて備わった。その体例は、まず一干の性を明らかにし、次いで時地におけるその強弱を明らかにし、最後に他干との生克合化を明らかにするもので、これはまさに後文の強弱を論じ用神を取る根柢である。

地支篇

子

五行:屬水。性別:屬陰。方位:北方。月令:十一月。節氣:大雪為子月節;冬至為子月氣。藏干:癸。生:子生甲乙寅卯;庚辛申酉生子。克:子克丙丁己午;戊己辰戌丑未克子。合:子丑相合。刑:子卯相刑。沖:子午相沖。害:子未相害。三合:申子辰合成水局。方合:亥子丑合為北方。例:子生,甲申,生子,與子三合成水局。子克,丙子,十一月,大雪至小寒,陰水,藏癸。子克,丁丑,克子,合子,又會北方。子克,丁未,克子,害子。

子の五行は水に属し、陰陽は陰に属し、方位は北方にあり、十一月の令に当たる。以下の諸項は地支篇の通例で、まず子の字の下で明らかにする。「節気」の一項は節と気に分かれる。大雪は子月の節、冬至は子月の気。月を分けるには節だけを用い、大雪に交えれば子月に入り、小寒に交えて初めて子月を出る。「蔵干」は支中に含む天干で、「人元」ともいい、子中には癸水の一位のみを蔵し、最も純粋である。生克の両項は天干と同じ理である。子は甲乙寅卯の木を生じ、庚辛申酉の金は子を生じる。子は丙丁巳午の火を克し、戊己辰戌丑未の土は子を克す(底本の「丙丁己午」の「己」は巳の誤り)。以下の諸項は地支に独自で天干にない関係である。「合」は六合を指し、子は丑と相合する。合すれば二支が牽絆して力が互いに羈留される。「刑」は三刑を指し、子は卯と相刑する。刑は刑傷不和を主る。「冲」は六冲を指し、子は午と相冲する。冲すれば二支が激しあい俱に傷つく。「害」は六害を指し、子は未と相害する。害は暗に損傷することを主る。「三合」は四位隔てた三支が会して一局を成すことを指し、申子辰が合して水局を成せば、一局が成れば水勢は大いに盛んとなる。「方合」は同一方位の三支が相会することを指し、亥子丑が会して北方の水を成し、その力は三合よりもさらに専である。最後に挙げる「例」はもと一つの小表で、四柱は順に甲申・丙子・丁丑・丁未、真ん中の一柱の注文が子支自身の説明である。読み方は、子は甲を生じ、申は子を生じて申子辰が三合して水局を成す。子は丙を克し、日支の子はすなわち十一月、大雪より小寒に至り、陰水に属し癸を蔵す。子は丁を克し、丑は子を克し、子丑は相合し、また亥子丑と北方を会する。子は丁を克し、未は子を克して子未は相害する。同じ一つの字を異なる柱に置けば、見るべき関係は一重にとどまらないことがわかる。

丑

五行:屬土。性別:屬陰。方位:中央。月令:十二月。節氣:小寒為丑月節;大寒為丑月氣。藏干:己癸辛。生:丑生庚辛申酉;丙丁己午生丑。克:丑克壬癸亥子;甲乙寅卯克丑。合:子丑相合。刑:酉戌相刑。沖:丑未相沖。害:丑午相害。三合:乙酉丑合成金局。方合:亥子丑合為北方。例:丑克,癸酉,與丑三合成金局,丑生。克丑,乙丑,陰土,十二月,小寒至立春,藏己辛癸。生丑,丙子,丑克,合丑。克丑,甲午,生丑,害丑。

丑の五行は土に属し、陰陽は陰に属し、方位は中央に属し、十二月の令に当たる。小寒は丑月の節、大寒は丑月の気。丑中には己土・癸水・辛金の三位の人元を蔵す。己は本気、癸は水の余気、辛は金の墓庫の気である。ゆえに丑は土でありながら水と金の性情を帯びており、この一点は取用に際して極めて緊要である。生克の方面、丑は庚辛申酉の金を生じ、丙丁巳午の火は丑を生じる。丑は壬癸亥子の水を克し、甲乙寅卯の木は丑を克す。関係の方面、子丑は相合し、丑戌は相刑し(底本は「酉戌相刑」とするが、下文の戌支に列挙する「丑刑戌」と合わず、丑戌の誤りであろう)、丑未は相冲し、丑午は相害し、巳酉丑は三合して金局を成し、亥子丑は会して北方となる。挙げた一例の四柱は癸酉・乙丑・丙子・甲午。丑は癸を克し、酉は丑と三合して金局を成し丑は酉を生ずる。乙は丑を克し、日支の丑はすなわち陰土・十二月・小寒より立春に至り、己辛癸を蔵す。丙は丑を生じ、丑は子を克して子丑は相合する。甲は丑を克し、午は丑を生じて丑午は相害する。底本の「三合:乙酉丑」の「乙」は巳の誤り。

寅

五行:屬木。性別:屬陽。方位:東方。月令:正月。節氣:立春為寅月節,雨水為寅月氣。藏干:甲丙戊。生:寅生丙丁巳午,壬癸亥子生寅。克:寅克戊己辰戌丑未,庚辛申酉克寅。合:寅亥相合。刑:寅巳相刑。沖:寅申相沖。害:寅巳相害。三合:寅午戌合成火局。方合:寅卯辰合為東方。例:比寅,乙巳,寅生,害寅,刑寅。寅克,戊寅,正月,立春至驚蟄,陽木,藏甲內戊。克寅,庚申,克寅,沖寅。寅生,丁亥,生寅,合寅。

寅の五行は木に属し、陰陽は陽に属し、方位は東方にあり、正月の令に当たる。立春は寅月の節、雨水は寅月の気。一年の干支も立春をもって境とするので、寅月は歳首の月であると同時に、全年の推算の起点でもある。寅中には甲木・丙火・戊土の三位の人元を蔵す。甲は本気、丙は火の長生、戊は土が火の位に寄るものである。ゆえに寅木のなかには先天から火性と土性を帯びている。生克の方面、寅は丙丁巳午の火を生じ、壬癸亥子の水は寅を生じる。寅は戊己辰戌丑未の土を克し、庚辛申酉の金は寅を克す。関係の方面、寅亥は相合し、寅巳は相刑し、寅申は相冲し、寅巳は相害し、寅午戌は三合して火局を成し、寅卯辰は会して東方の木となる。挙げた一例の四柱は乙巳・戊寅・庚申・丁亥。年干の乙は寅と同じく木に属し、これが比助である。巳は寅の生ずる所で寅巳は害を兼ね刑する。寅は戊を克し、日支の寅はすなわち正月・立春より驚蟄に至り・陽木に属し・甲丙戊を蔵す(底本の「蔵甲内戊」の「内」は丙の誤り)。庚は寅を克し、申もまた寅を克して寅申は相冲する。寅は丁を生じ、亥は寅を生じて寅亥は相合する。この例でわかるように、巳と寅の間には同時に生・害・刑の三重の関係があり、推命のときはどれが重くどれが軽いかを権衡しなければならない。

卯

五行:屬木。性別:屬陰。方位:東方。月令:二月。節氣:驚蟄為卯月節;春分為卯月氣。藏干:乙。生:卯生丙丁己午;壬癸亥子生卯。克:卯克戊己辰戌丑未;庚辛申酉克卯。合:卯戌相合。刑:子卯相刑。沖:卯酉相沖。害:卯辰相害。三合:亥卯未合成木局。方合:寅卯辰合為東方。例:卯生,丙子,生卯,刑卯。克卯,辛卯,二月,驚蟄至清明,陰木,藏乙。生卯,壬辰,與卯合為東方,害卯,卯克。卯克,己酉,克卯,卯沖。

卯の五行は木に属し、陰陽は陰に属し、方位は東方にあり、二月の令に当たる。驚蟄は卯月の節、春分は卯月の気。卯中には乙木の一位のみを蔵し、子・酉と同じく一干だけを含む純支に属するので、卯木の気は最も専らで雑ならない。生克の方面、卯は丙丁巳午の火を生じ、壬癸亥子の水は卯を生じる。卯は戊己辰戌丑未の土を克し、庚辛申酉の金は卯を克す。関係の方面、卯戌は相合し、子卯は相刑し、卯酉は相冲し、卯辰は相害し、亥卯未は三合して木局を成し、寅卯辰は会して東方の木となる。挙げた一例の四柱は丙子・辛卯・壬辰・己酉。卯は丙を生じ、子は卯を生じて子卯は相刑する——同じ一対の支が相生でありながら相刑する。これが刑が暗損たる所以である。辛は卯を克し、日支の卯はすなわち二月・驚蟄より清明に至り・陰木に属し・乙を蔵す。壬は卯を生じ、辰は卯と同じく東方を会するが、卯辰はまた相害し、しかも卯は辰を克し得る。卯は己を克し、酉は卯を克して卯酉は相冲する。

辰

五行:屬土。性別:屬陽。方位:中央。月令:三月。節氣:清明為辰月節,穀雨為辰月氣。藏干:戊乙癸。生:辰生庚辛申酉;丙丁已午生辰。克:辰克壬癸亥子;甲子寅卯克辰。合:辰酉相合。刑:二辰自刑。沖:辰戌相沖。害:卯辰相害。三合:申子辰合成水局。方合:寅卯辰合為東方。例:生辰,丁酉,辰生,合辰。克辰,申辰,三月,清明至立夏,陽土,藏戊乙癸。辰克,壬戌,比辰,沖辰。

辰の五行は土に属し、陰陽は陽に属し、方位は中央に属し、三月の令に当たる。清明は辰月の節、穀雨は辰月の気。辰中には戊土・乙木・癸水の三位の人元を蔵す。戊は本気、乙は春木の余気、癸は水の墓庫の気である。ゆえに辰は水木が交雑した湿土である。生克の方面、辰は庚辛申酉の金を生じ、丙丁巳午の火は辰を生じる。辰は壬癸亥子の水を克し、甲乙寅卯の木は辰を克す(底本の「甲子寅卯」の「子」は乙の誤り)。関係の方面、辰酉は相合し、二つの辰の字が見合うのを「自刑」といい、辰戌は相冲し、卯辰は相害し、申子辰は三合して水局を成し、寅卯辰は会して東方の木となる。挙げた一例は底本に三柱しか残っていない。丁は辰を生じ、酉は辰の生ずる所で辰酉は相合する。次柱には「克辰」と注し、日支の辰はすなわち三月・清明より立夏に至り・陽土に属し・戊乙癸を蔵す。辰は壬を克し、戌は辰と同じく土でこれが比であり、しかも辰戌は相冲する。この篇の通例によれば各例には四柱を列挙すべきところ、ここは底本に脱文があり、第二柱の天干と第四柱の一柱がともに欠けている(「申辰」の二字は六十甲子の一つでなく、「甲辰」の訛であろう)。いまは写すだけで補わない。

巳

五行:屬火。性別:屬陽。方位:南方。月令:四月。節氣:立夏為巳月節;小滿為巳月氣。藏干:丙戊庚。生:巳生戊己辰戌丑未;甲乙寅卯生巳。克:巳克庚辛申酉;壬癸亥子克巳。合:巳申相合。刑:寅己相刑,巳申相刑。沖:已亥相沖。害:寅巳相害。三合:巳酉丑合成金局。方合:己午未合為南方。例:巳生,戊寅,生巳,刑巳,害巳。比巳,丁己,四月,立夏至芒種,陽火,藏丙戊庚。克巳,壬申,巳克,合巳。巳克,辛亥,克巳,沖巳。

巳の五行は火に属し、陰陽は陽に属し、方位は南方にあり、四月の令に当たる。立夏は巳月の節、小満は巳月の気。巳中には丙火・戊土・庚金の三位の人元を蔵す。丙は本気、戊は土が火に附して生ずるもの、庚は金の長生である。ゆえに巳は火に属しながら、金の発源の地である。上文の天干篇で庚金が巳に長生すると言った根拠はまさにここにある。生克の方面、巳は戊己辰戌丑未の土を生じ、甲乙寅卯の木は巳を生じる。巳は庚辛申酉の金を克し、壬癸亥子の水は巳を克す。関係の方面、巳申は相合し、寅巳は相刑しまた巳申も相刑し、巳亥は相冲し、寅巳は相害し、巳酉丑は三合して金局を成し、巳午未は会して南方の火となる。挙げた一例の四柱は戊寅・丁巳・壬申・辛亥。巳は戊を生じ、寅は巳を生じて寅巳はまた刑しまた害する。丁は巳と同じく火に属しこれが比、日支の巳はすなわち四月・立夏より芒種に至り・陽火に属し・丙戊庚を蔵す。壬は巳を克し、申は巳の克する所で巳申は相合する。巳は辛を克し、亥は巳を克して巳亥は相冲する。巳と申の間が合であり刑であり相剋でもあることに留意すべきで、このように絡み合う局は最も斟酌を要する。底本のこの段の「寅己」「已亥」「己午未」「丁己」諸所の「己」「已」はいずれも巳の誤り。

午

五行:屬火。性別:屬陰。方位:南方。月令:五月。節氣:芒種為五月節,夏至為五月氣。藏干:丁己。生:午生戊己辰戌丑未;甲乙寅卯生午。克:午克庚辛申酉;壬癸亥子克午。合:午未相合。刑:二午自刑。沖:子午相沖。害:丑午相害。三合:寅午戌合成火局。方合:巳午未合為南方。例:午克,辛丑,午生,害午。生午,甲午,五月,芒種至小暑,陰火,藏丁己。克午,壬子,克午,沖午。比午,丁未,午生,合午,與午合為南方。

午の五行は火に属し、陰陽は陰に属し、方位は南方にあり、五月の令に当たる。芒種は午月の節、夏至は午月の気。午中には丁火・己土の两位の人元を蔵す。丁は本気、己は火の生ずる土である。ゆえに午火のなかにはおのずから土性を帯びている。生克の方面、午は戊己辰戌丑未の土を生じ、甲乙寅卯の木は午を生じる。午は庚辛申酉の金を克し、壬癸亥子の水は午を克す。関係の方面、午未は相合し、二つの午が見合うのは自刑、子午は相冲し、丑午は相害し、寅午戌は三合して火局を成し、巳午未は会して南方の火となる。挙げた一例の四柱は辛丑・甲午・壬子・丁未。午は辛を克し、午は丑を生じて丑午は相害する——同じく生の関係でありながらなお相害する。害と生克がもともと二層であることがわかる。甲は午を生じ、日支の午はすなわち五月・芒種より小暑に至り・陰火に属し・丁己を蔵す。壬は午を克し、子は午を克して子午は相冲する。丁は午と同じく火に属しこれが比、午は未を生じ、午未は相合し、また巳午未と同じく南方を会する。

未

五行:屬土。性別:屬陰。方位:中央。月令:六月。節氣:小暑為未月節;大暑為未月氣。藏干:己丁乙。生:未生庚辛申酉;丙丁已午生未。克:未克壬癸亥子;甲乙寅卯克未。合:午未相合。刑:戌未相刑。沖:丑未相沖。害:子未相害。三合:亥卯未合成木局。方合:巳午未合為南方。例:生未,丙戌,比未,刑未。克未,乙未,六月,小暑至產秋,陰土,藏乙丁己。未生,辛丑,比未,沖未。比未,戊子,未克,害未。

未の五行は土に属し、陰陽は陰に属し、方位は中央に属し、六月の令に当たる。小暑は未月の節、大暑は未月の気。未中には己土・丁火・乙木の三位の人元を蔵す。己は本気、丁は夏火の余気、乙は木の墓庫の気である。ゆえに未は火性と木気を帯びた燥土で、ちょうど辰の湿土と対する。生克の方面、未は庚辛申酉の金を生じ、丙丁巳午の火は未を生じる。未は壬癸亥子の水を克し、甲乙寅卯の木は未を克す。関係の方面、午未は相合し、戌未は相刑し、丑未は相冲し、子未は相害し、亥卯未は三合して木局を成し、巳午未は会して南方の火となる。挙げた一例の四柱は丙戌・乙未・辛丑・戊子。丙は未を生じ、戌は同じく土でこれが比であり戌未は相刑する。乙は未を克し、日支の未はすなわち六月・小暑より立秋に至り・陰土に属し・乙丁己を蔵す(底本の「小暑至産秋」の「産」は立の誤り)。未は辛を生じ、丑は同じく土でこれが比であり丑未は相冲する。戊は未と同じく土でこれが比、未は子を克して子未は相害する。丑未と戌未は同じく土支が見合うが、一つは冲し一つは刑し、土と土の間も必ずしも和合同一ではないことがわかる。

申

五行:屬金。性別:屬陽。方位:西方。月令:七月。節氣:立秋為申月節,處暑為申月氣。藏干:戊庚壬。生:申生壬癸亥子;戊己辰戌丑未生申。克:申克甲乙寅卯;丙丁己午克申。合:巳申相合。刑:巳申相刑。沖:寅申相沖。害:申亥相害。三合:申子辰合成水局。方合:申酉戌合為西方。例:申克,乙亥,申生,害申。申克,甲申,七月,立秋至白露,陽金,藏戊庚壬。生申,己巳,克申,合申,刑申。克申,丙寅,申克,沖申。

申の五行は金に属し、陰陽は陽に属し、方位は西方にあり、七月の令に当たる。立秋は申月の節、処暑は申月の気。申中には戊土・庚金・壬水の三位の人元を蔵す。庚は本気、戊は金を生ずる土、壬は水の長生である。ゆえに申は水の発源の地である——天干篇で壬水が申に長生すると言った根拠がすなわちここにある。生克の方面、申は壬癸亥子の水を生じ、戊己辰戌丑未の土は申を生じる。申は甲乙寅卯の木を克し、丙丁巳午の火は申を克す。関係の方面、巳申は相合しまた相刑し、寅申は相冲し、申亥は相害し、申子辰は三合して水局を成し、申酉戌は会して西方の金となる。挙げた一例の四柱は乙亥・甲申・己巳・丙寅。申は乙を克し、申は亥を生じて申亥は相害する。申は甲を克し、日支の申はすなわち七月・立秋より白露に至り・陽金に属し・戊庚壬を蔵す。己は申を生じ、巳は申を克し、巳申は相合し、また巳申は相刑する。丙は申を克し、申は寅を克して寅申は相冲する。この例は申の合・刑・冲・害の四種の関係を併せて示し、全篇で最も完整した一条である。

酉

五行:屬金。性別:屬陰。方位:西方。月令:八月。節氣:白露為酉月節;秋分為酉月氣。藏干:辛。生:酉生壬癸亥子;戊己辰戌丑未生酉。克:酉克甲乙寅卯;丙巳午克酉。合:辰酉相合。刑:二酉自刑。沖:卯酉相沖。害:酉戌相害。三合:巳酉丑合成金局。方合:申酉戌合為西方。例:克酉,丙辰,生酉,合酉。克酉,丁酉,八月,白露至寒露,陰金,藏辛。酉生,癸卯,酉克,沖酉。酉生,壬戌,生酉,害酉,與酉合為西方。

酉の五行は金に属し、陰陽は陰に属し、方位は西方にあり、八月の令に当たる。白露は酉月の節、秋分は酉月の気。酉中には辛金の一位のみを蔵し、子・卯と同じく純支なので、酉金の気は最も専らで、秋金が令に当たるときその鋒は最も鋭い。生克の方面、酉は壬癸亥子の水を生じ、戊己辰戌丑未の土は酉を生じる。酉は甲乙寅卯の木を克し、丙・丁・巳・午の火は酉を克す(底本の「丙巳午」は丁の一字が脱けている)。関係の方面、辰酉は相合し、二つの酉が見合うのは自刑、卯酉は相冲し、酉戌は相害し、巳酉丑は三合して金局を成し、申酉戌は会して西方の金となる。挙げた一例の四柱は丙辰・丁酉・癸卯・壬戌。丙は酉を克し、辰は酉を生じて辰酉は相合する。丁は酉を克し、日支の酉はすなわち八月・白露より寒露に至り・陰金に属し・辛を蔵す。酉は癸を生じ、酉は卯を克して卯酉は相冲する。酉は壬を生じ、戌は酉を生じ、酉戌は相害し、また申酉戌と同じく西方を会する。戌は酉を生じながら酉を害し、しかもこれと同じ方にあり、情形が最も交錯する。これがまさに地支が天干よりも見にくいところである。

戌

五行:屬土。性別:屬陽。方位:中央。月令:九月。節氣:寒露戌月節,霜降為戌月氣。藏干:戊辛丁。生:戌生庚辛申酉;丙丁巳午生戌。克:戌克壬癸亥子;甲乙寅卯克戌。合:卯戌相合。刑:丑刑戌,戌刑未。沖:辰戌相沖。害:酉戌相害。三合:寅午戌合成火局。方合:申酉戌合為西方。例:戌克,癸卯,克戌,合戌。戌克,壬戌,九月,寒露至立冬,陽土,藏戊辛丁。生戌,丙辰,比戌,沖戌。生戌,丁酉,戌生,害戌,與戌合為西方。

戌の五行は土に属し、陰陽は陽に属し、方位は中央に属し、九月の令に当たる。寒露は戌月の節、霜降は戌月の気。戌中には戊土・辛金・丁火の三位の人元を蔵す。戊は本気、辛は秋金の余気、丁は火の墓庫の気である。ゆえに戌は内に火性を含む燥土で、未と同類であるがさらに燥い。生克の方面、戌は庚辛申酉の金を生じ、丙丁巳午の火は戌を生じる。戌は壬癸亥子の水を克し、甲乙寅卯の木は戌を克す。関係の方面、卯戌は相合し、丑は戌を刑し戌は未を刑す(丑戌未の三者が次々に相刑するのを「無恩之刑」という)、辰戌は相冲し、酉戌は相害し、寅午戌は三合して火局を成し、申酉戌は会して西方の金となる。挙げた一例の四柱は癸卯・壬戌・丙辰・丁酉。戌は癸を克し、卯は戌を克して卯戌は相合する——相克でありながら相合する。まさに合のなかに争いを帯びるものである。戌は壬を克し、日支の戌はすなわち九月・寒露より立冬に至り・陽土に属し・戊辛丁を蔵す。丙は戌を生じ、辰は同じく土でこれが比であり辰戌は相冲する。丁は戌を生じ、戌は酉を生じ、酉戌は相害し、また申酉戌と同じく西方を会する。

亥

五行:屬水。性別:屬陽。方位:北方。月令:十月。節氣:立冬為亥月節,小雪為亥月氣。藏干:壬甲。生:亥生甲乙寅卯;庚辛申酉生亥。克:亥克丙丁巳午;戊己辰戌丑未克亥。合:寅亥相合。刑:二亥自刑。沖:已亥相沖。害:申亥相害。三合:亥卯未合成木局。方合:亥子丑合為北方。例:克亥,戊寅,亥生,合亥。比亥,癸亥,十月,立冬至大雪,陽水,藏壬甲。亥克,丙申,生亥,害亥。比亥,癸巳,亥克,沖亥。

亥の五行は水に属し、陰陽は陽に属し、方位は北方にあり、十月の令に当たる。立冬は亥月の節、小雪は亥月の気。亥中には壬水・甲木の两位の人元を蔵す。壬は本気、甲は木の長生である。ゆえに亥は水に属しながら、木の胎養の郷である——天干篇で甲木が亥に長生すると言った根拠がすなわちここにある。生克の方面、亥は甲乙寅卯の木を生じ、庚辛申酉の金は亥を生じる。亥は丙丁巳午の火を克し、戊己辰戌丑未の土は亥を克す。関係の方面、寅亥は相合し、二つの亥が見合うのは自刑、巳亥は相冲し、申亥は相害し、亥卯未は三合して木局を成し、亥子丑は会して北方の水となる。挙げた一例の四柱は戊寅・癸亥・丙申・癸巳。戊は亥を克し、亥は寅を生じて寅亥は相合する。癸は亥と同じく水に属しこれが比、日支の亥はすなわち十月・立冬より大雪に至り・陽水に属し・壬甲を蔵す。亥は丙を克し、申は亥を生じて申亥は相害する。癸は亥と依然として比、亥は巳を克して巳亥は相冲する。地支篇の十二支はここにすべて備わった。全篇を合わせて見れば知られる。地支は天干よりも月令・蔵干と刑冲合害の諸項が多い。ゆえに用神を取り格局を定めるとき、地支間の牽制は従来天干より複雑で、一つずつ勘験しなければならず、表面の五行だけを見てはならない。

人元篇

人元者,即地支內所藏之天干也,已見地支篇,可參閱之。人元之利:(一)可以輔助天干地支之不逮,例如:癸卯、丁巳、甲寅、甲子。八字中水木居六,土金全無,當以身強無剋制為患,然巳中藏有戊土並庚金,土能克水,金能制木,是天干地支雖屬無用,而支中所藏人元,獨可輔助其不逮也。

いわゆる「人元」とは、地支のなかに蔵する天干で、前の地支篇ですでに支ごとに列挙したので参照されたい。わざわざ別に一篇を立てるのは、八字は表面上八字しかないが、暗がりにはなお十数個の蔵干があり、用神を取るとき往々にして全くこれらに頼るからである。まず人元の二つの利点を言う。第一項、人元は天干地支の不足する所を補うことができる。例を挙げる。癸卯・丁巳・甲寅・甲子の四柱、日干は甲木。八字のなかで水と木が六字を占め、土と金は一つもなく、日主はすでに強いのに制するものがなく、まさに太過をもって病とする。しかるに月支の巳のなかに戊土と庚金を蔵している。土は水を克して水の木を生ずる勢いを截り止め、金は木を制して木の横に長ずる勢いを抑える。これはつまり、表面上の天干地支は助けにならなくとも、支中に蔵する人元が独りでその欠缺を補えるということである。用神を取るとき見える八字だけを見れば、この命は救いなき局となる。蔵干を見て初めて救いがあると知れる。

(二)可以增加天干地支之力量,例如:甲寅、壬申、甲寅、甲子。三甲二寅,木如林立,又有壬水子水之生木,則木更繁重,自喜申金之剋制,但一金五木只力難勝,則不得不賴申中寅中所藏戊土,以生金克木,是取戊土人元以增加申金之力量也。

第二項の利点は、人元が天干地支の力を増し添えることができることである。例を挙げる。甲寅・壬申・甲寅・甲子の四柱、日干は依然として甲木。三つの甲、二つの寅で、木は樹林のように多く、しかも壬水と子水が傍らで木を生じるので、木はいよいよ繁重となる。この局は当然、月支の申金が来てこれを制するのを喜ぶが、一つの金で五つの木に当たるのは力が実に足りない。このとき申中に蔵する戊土と寅中に蔵する戊土に頼らざるを得ない。土は金を生じ、金は土の生を得れば後援があり、土はまた木の力を分け取り、木は土に耗されて独り大きくならない。だから言うのである、これは戊土という一位の人元を取って申金に増援するのだと。同じ一つの申の字でも、それ自身を一金と算えるだけか、それの蔵する戊土を併せて算えるかで、軽重は大いに異なる。これこそ人元を必ず計算に入れなければならない理である。

人元之害:(一)幫助天干地支之為虐,例如:戊申、庚申、甲申、庚午。獨甲為五金所克,其衰可知,何堪申中再藏戊土,午中再藏己土,用戊己土之人元,再去生金,豈非專助庚申金之為虐乎。(二)破壞天干地支之精采。例如:乙未、戊寅、戊辰、庚申。戊土甚重,當洩秀氣於庚申二金,豈不甚美,奈何寅中所藏丙火,既能克去時干上之庚金,而時支申中所有庚金,亦破寅中之丙火沖去,豈非精采盡為破壞乎。

人元は助けにもなれば、逆に害にもなる。ゆえにまた二つの害がある。第一項、人元はもともと害をなしている一方を助長する。例を挙げる。戊申・庚申・甲申・庚午の四柱、日干の甲木は孤孤零零として一つしかないのに、五つの金の字に克され、その衰弱は想い知れる。偏に三つの申の中に各々戊土を蔵し、午の中にまた己土を蔵し、これらの土のなすことは金を生ずることである。金はもともとすでに過旺なのに、さらに土の生を得れば、これは専ら庚申の金を助けて凶を逞しゅうさせるのではないか。第二項、人元は原局の精采のところを破壊する。例を挙げる。乙未・戊寅・戊辰・庚申の四柱、日干は戊土。土の分量は甚だ重く、まさに秀気を時上の庚金と申金に泄すべきで、もともと一段のよい按排だった。無奈にも月支の寅の中に丙火を蔵し、丙火は時干の庚金を克し去ることができ、しかも時支の申中に蔵する庚金がまた反対に寅中の丙火を冲し破る。一往一来で、もともと倚靠できたあの一点の精采がすべて攪し壊されてしまう。人元はあれば必ずよいというものではなく、やはりそれが助けるのがどちら側かを見なければならないことがわかる。

人元力量之分析:(一)最重:月支內之人元屬月之本氣者(例如申月之庚,庚與申皆屬金,庚即為申中之本氣),力量最重。(二)次重:月支內所暗藏之人元(例如申月,申中暗藏戊壬),雖非申月本氣,力量則次重。(三)稍輕:年日時支內所藏之人元,與月支之人元相較,則力減輕。

人元はいずれも地支のなかに蔵しているが、その分量の軽重は等しくなく、おおむね三等に分かれる。第一等は最も重い。月支のなかで本月の本気に属するあの一位の人元である。作者自注の例によれば、申月の庚金は、庚と申が同じく金に属し、庚はすなわち申中の本気である。月支は一月の令を主り、本気はまたこの支の正身なので、力量が最も大きく、格局は多くこれによって決まる。第二等は次に重い。月支のなかで本気以外に暗に蔵するその余の人元。作者自注によれば、申中にはさらに戊土と壬水を暗に蔵し、これらは申月の本気ではないが、なお月支の内に居り月令の地を得ているので、力量は本気に次ぐ。第三等は比較的軽い。年・日・時の三支のなかに蔵する人元で、月支中の人元と比べれば力量は軽減する。この一条の排序は極めて緊要である。後文で格局を取るときまず月支の本気が透るかどうかを見るのは、まさにここから来ている。

五行篇

五行者,金木水火土,其數有五,並往來乎天地這間,而不窮者也,故謂之行。

いわゆる五行とは、金・木・水・火・土で、数は都合五種である。これらは天地の間に併行して往来し、運転して息まず窮まりがない。まさに常に「行」て停駐しないから、これを「行」と称し、五質・五物の類の名目とは呼ばない。この一句は全篇の総綱である。五行は五つの死んだ物ではなく、五種の流動する気で、時令に遇えば旺衰があり、同類異類に遇えば生克がある。ゆえに下文で各行を論ずるには、みなまずその来歴と体性を説き、次いで四時におけるその強弱と喜忌を説く(底本の「天地這間」の「這」は之の誤り)。

金

原始:西方陰止以收而生燥,燥乃生金。性:屬少陰,沉下而有所止。體:至陰中含至陽,故光明可照。質:堅剛。天干:庚辛屬金。地支:申酉屬金。支藏:申酉戌巳丑中皆藏金。生克:受土之生;生水;為火所克;克木。

金の来歴:西方の気は陰に属し、陰は収斂して止息を主る。収斂すること久しければ燥気を生じ、燥気が凝結して金となる。その性は「少陰」に属し、気機は沈降して止まるところがあり、木火のようにひたすら上騰するのと異なる。その体は至陰のなかに至陽を含むので、金は冷たく硬いが、磨けば光り輝いて人を照らせる。その質は堅硬で剛強。天干では庚・辛が金に属し、地支では申・酉が金に属する。支中に蔵する金は、申・酉・戌・巳・丑の五支の内にある——申酉は金の本位、戌は金の余気、巳は金の長生、丑は金の墓庫。生克の方面、金は土の生を受け、金は水を生じ、金は火に克され、金は木を克す。この八字が下文で類を分けて喜忌を論ずる根拠である。凡そ「金を生ず」といえば土を指し、「金を泄す」といえば水を指し、「金を克す」といえば火を指し、「金の力を分つ」といえば木を指す。

種類:金分六類,各有喜忌。(一)強金,當令或繁為強,喜木分力,火煅練,水吐秀,忌土生金,金加重。(二)弱金,失令或頹少為弱,喜土生金,金比助,忌水分力,火剋制,水洩氣。(三)埋金,土多易埋,喜木制土,忌火助土。(四)沉金,水多易沉,喜土克水,水洩木,忌金助水泛。(五)缺金,木多易缺,喜土生金,忌木加重。(六)熔金,火多易熔,喜水制火存金,土洩火生金,忌木助火積。

金は処遇によって六類に分かれ、各々喜と忌がある。第一類の強金:秋令に生まれて権を当てるか、八字のなかに金が多く群を成せば、いずれも強とする。強ならば減ずるを宜とし増すを宜としないので、木が来てその力を分つのを喜び、火が来てこれを鍛錬して器を成すのを喜び、水が来てその秀気を泄すのを喜ぶ。土がさらに金を生じ、金がさらに加重するのを忌む。第二類の弱金:時令を失うか数が稀少なら、いずれも弱とする。弱ならば扶けるを宜とし損なうを宜としないので、土が金を生じ、同類の金が比助するのを喜ぶ。木がその力を分ち、火が来てこれを克し、水がその気を泄するのを忌む(底本のこの条の「忌水分力」の「水」は木の誤り)。第三類の埋金:土が多すぎれば金は埋没する。木が来て土を制するのを喜び、火がさらに土を助けるのを忌む。第四類の沉金:水が多すぎれば金は水底に沈む。土が水を克するのを喜び、木が水を泄するのを喜び、金がさらに水の泛濫を助けるのを忌む(底本の「水泄木」は木泄水の誤り)。第五類の缺金:木が多すぎれば金はかえって挫折して殘缺する。土が金を生じてその力を壯にするのを喜び、木がさらに加重するのを忌む。第六類の熔金:火が多すぎれば金は熔化する。水が火を制して金を存するのを喜び、土が火を泄して転じて金を生ずるのを喜び、木が火を助けて火勢をさらに盛んにするのを忌む。六類のうち、前の二類は本身の強弱を論じ、後の四類は他物に困されるを論ずる。命を見るときはまずどの類に属するかを弁ずれば、喜忌は自ずから明らかである。

四季金之喜忌。春:值囚令。喜:未盡,貴乎火氣為榮,性體柔弱,愛得薄土之資生,既見火,由喜金來比助。忌:水盛則金寒,有用等於無用,木盛則金折,至剛轉為不剛。夏:值死令。喜:性柔,遇薄土則資生有益,形未充,得金比,則扶持精壯。時方在炎,逢水滋則金潤澤。忌:火多則銷熔,木盛則傷身,土厚則埋沒無光。秋:值旺令。喜:當權得令,遇火煅練,則成鐘鼎之材;見水吐秀,則精神發越;逢木斫削,則施威逞才。忌:金助愈剛,剛過必缺,土再資生,反為頑濁。冬:值休令。喜:形寒性冷,土能制水,金體不寒,火土並來,溫養更妙。忌:木多則難施斫削之功,水盛則不免沉潛之患。

さらに四季に分けて金の喜忌を論ずる。春は金は「囚」の位に処す。余寒がまだ散じ尽くさないので、火気を得て後に栄色あるを貴ぶ。このとき金の性体は柔弱で、薄い土が来て生扶するのを好む——薄土は金を生じて金を埋むるに至らない。すでに火を見れば、さらに同類の金が比助するのを喜び、鍛錬に堪えられるようにする。忌むところは、水が盛んすぎれば金はいよいよ寒くなり、たとえ用があっても無用に等しく、木が盛んすぎれば金はかえって折り断たれ、もともと至剛のものがかえって剛ならなくなることである。夏は金は「死」の位に処す。性質は柔軟で、薄土が来て生じれば益があり、形体はいまだ充実せず、同類の金が比助して初めて扶持して精壯にでき、時は炎熱に当たり、水に逢えば滋潤して金は潤沢を得る。忌むところは、火が多ければ銷熔し、木が盛んならその本身を傷つけ、土が厚ければ埋没して光なきことである。秋は金は「旺」の位に処す。権を当て令を得て、このとき火の鍛錬に遇えば、鐘鼎のような重器を成し、水を見て秀を泄せば精神が煥発し、木に逢えば砍削に供してちょうどその威力と才干を施展できる。忌むところは、さらに金が来て相助すればいよいよ剛硬となり、剛き極まれば必ず折缺し、さらに土が来てこれを生ずれば、かえって頑鈍渾濁の物と化することである。冬は金は「休」の位に処す。形は寒く性は冷たい。このとき土が来て水を制すれば、金体は寒に過ぎず、もし火と土が一斉に来て温養すれば、なおさら妙である。忌むところは、木が多ければ金に砍削の功を施展する力なく、水が盛んなら沉溺して起たざるの患いを免れないことである。同じ一物でも、時を得るか失うかで喜ぶ所と忌む所がほとんど相反することがわかる。これが全篇で最も緊要な道理である。

木

原始:東方陽散以洩而生風,風乃生木。性:屬少陽,騰上而無所止。體:陽中含陰,故枝葉繁榮於外,而內空虛。質:柔和。天干:甲乙屬木。地支:寅卯屬木。支藏:寅卯辰亥未中皆藏木。生克:受水之生;生火;為金所克;克土。

木の来歴:東方の気は陽に属し、陽は発散して外に泄れるを主り、泄れて風を成し、風気が鼓動して木を生ずる。その性は「少陽」に属し、気機は騰越して上昇し止息するところがなく、ちょうど金の沈降して止まるのと反対である。その体は陽のなかに陰を含むので、枝葉は外に繁茂し、内は空虚である。その質は柔和。天干では甲・乙が木に属し、地支では寅・卯が木に属する。支中に蔵する木は、寅・卯・辰・亥・未の五支の内にある——寅卯は木の本位、辰は木の余気、亥は木の長生、未は木の墓庫。生克の方面、木は水の生を受け、木は火を生じ、木は金に克され、木は土を克す。以下に言う分力・斫削・吐秀・生扶の諸語は、みなこの四句から推し出される。

種類:木分六類,各有喜忌。(一)強木令當,或繁盛為強,喜土分力,金斫削,火吐秀,忌水生木,木加重。(二)弱木,失令或稀少為弱,喜水生木,木比助,忌土分力,金克害,火洩氣。(三)浮木,水多易浮,喜土制水,忌金助水。(四)焚木,火多易焚,喜水克火,土洩火,忌木生助,火熾烈。(五)折木,土多易折,喜水生木,忌土加重。(六)斷木,金多易斷,喜火制金存木,水洩金生木,忌土助金,金堅銳。

木もまた処遇によって六類に分かれる。第一類の強木:春令に生まれて権を当てるか、八字のなかに木が多く繁盛すれば、いずれも強とする。強ならば土が来てその力を分ち、金が来て砍削して材を成し、火が来てその秀気を泄するのを喜ぶ。水がさらに木を生じ、木がさらに加重するのを忌む(底本の「強木令當」は強木當令の誤り)。第二類の弱木:令を失うか稀少なら弱とし、水が木を生じ、同類の木が比助するのを喜ぶ。土が力を分ち、金が克害し、火が気を泄するのを忌む。第三類の浮木:水が多すぎれば木は漂浮して根がない。土が来て水を制するのを喜び、金がさらに水を助けるのを忌む。第四類の焚木:火が多すぎれば木は焚かれる。水が火を克し、土が火を泄するのを喜び、木がさらに生助して火をいよいよ熾烈にするのを忌む。第五類の折木:土が多すぎれば木は挫折して折れる。水が木を生じてその力を壯にするのを喜び、土がさらに加重するのを忌む。第六類の斷木:金が多すぎれば木は斫り断たれる。火が金を制して木を保存するのを喜び、水が金を泄して転じて木を生ずるのを喜び、土が金を助けて金をいよいよ堅鋭にするのを忌む。この六類の排法は金篇とまったく同じで、まず強弱を分け、次に水・火・土・金の四者に困される四つの情形を分ける。救いの法も二つの門路しかない——あるいは直接害をなす一方を制するか、あるいは一物を引き出してその力を転化するかである。

四季木之喜忌。春:值旺令。喜:餘寒猶存,得火溫曖,無盤屈之枸,遇水資扶,有舒暢之美,見薄土則材豐。忌:土多則反損力,重金傷殘克伐,則生意索然。夏:值休令。喜:根竿葉桔,水盛有滋潤之功,無土則根之不固,缺金則不能斫削。忌:火旺招焚化之患,土厚則反為災咎,金多亦轉傷殘,木太多亦無可為用。秋:值死令。喜:氣漸淒涼,形凋敗,木多有多材之美,初秋喜水土相滋,中秋愛剛金原削,寒露遇火則木實。忌:土厚無已任之材,獨霜降水盛,則有木漂之患。冬:值相令。喜:得金多以為用,遇火以成功,欲土厚而培養。忌:水盛則忘形,木雖多而難助。

さらに四季に分けて木の喜忌を論ずる。春は木は「旺」の位に処す。初春は余寒いまだ退かず、火が来て温暖にすれば盤曲して拘束の病なく、水に遇って資助扶持されれば舒展して暢達の美があり、薄土を見れば豊茂の材に長成し得る。忌むところは、土が多すぎればかえって木力を耗損し、金が重すぎれば克伐して傷殘し、木の生意が蕭索することである。夏は木は「休」の位に処す。根は枯槁し枝葉は焦干する。このとき水が盛んなら滋潤の功があり、土がなければ根は扎まり牢くせず、金を欠けば砍削を加えて器を成すことができない。忌むところは、火が旺なら焚焼の患いを招き、土が厚ければかえって災咎を成し、金が多ければ転じて傷殘となり、木が多すぎれば彼此争奪して取り用いる所なしとなることである。秋は木は「死」の位に処す。秋気は漸々凄涼となり形体は凋敗する。このとき木が多いとかえって材料充足の美がある。季を分けて言えば、初秋は水と土がともに滋養するのを喜び、仲秋は剛硬の金が来て砍削して器を成すのを喜び、寒露以降は火に遇えば木は実を成すことを得る(底本の「剛金原削」の「原」は斫の誤り)。忌むところは、土が厚ければ木は堪え承ける力なく材を成せず、ただ霜降の前後に水が盛んすぎれば木が漂い去る患いがあることである。冬は木は「相」の位に処す。金が多いのを得て己の用とするを喜び、火に遇って初めて成功し、また土が厚く来て培植滋養するを要する。忌むところは、水が盛んすぎれば木は漂いその形を失い、このとき木は多くとも互いに幇扶しがたいことである。

水

原始:北方陰極而生寒,寒乃生水。性:屬太陰,潤下。體:積陰之寒氣反而為水,水雖陰物,陽含於內,故水體內明。質:沉潛。天干:壬癸屬水。地支:亥子屬水。支蕆:亥子丑辰申中皆藏水。生克:受金之生;生木;為土所克;克火。

水の来歴:北方の気は陰が極まって寒を生じ、寒気が凝聚して水となる。その性は「太陰」に属し、その勢いは潤沢にして下に流れる。その体は積聚した陰寒の気が反転して水を成したもので、水は陰物に属しながら陽気はその内に含まれ、ゆえに水体は外は暗く内は明るい。その質は沈静で潜蔵する。天干では壬・癸が水に属し、地支では亥・子が水に属する。支中に蔵する水は、亥・子・丑・辰・申の五支の内にある——亥子は水の本位、丑は水の余気、辰は水の墓庫、申は水の長生(底本の「支蕆」の「蕆」は藏の誤り)。生克の方面、水は金の生を受け、水は木を生じ、水は土に克され、水は火を克す。《尚書・洪範》に「水曰潤下」と言う。ここで水の性を論ずるのはすなわちこれに本づく。

種類:水分六類,各有喜忌。(一)強水當令或繁盛為強,喜火分力,土堤防,木洩秀,忌金生水,水加重。(二)弱水,失令或稀少為弱,喜金生水,水比助,忌火分土,土剋制,木洩氣。(三)滯水,金多易滯,喜火制金,忌土助金。(四)縮水,木多易縮,喜火洩木,金制木,忌水生助,木繁盛。(五)沸水,火多易沸,喜金生水,忌火加重。(六)淤水,土多易淤,喜木克土存水,金洩土生水,忌火助土,土堅實。

水もまた処遇によって六類に分かれる。第一類の強水:冬令に生まれて権を当てるか、八字のなかに水が多く繁盛すれば強とし、火が来てその力を分ち、土が来て堤防を築き拦え、木が来てその秀気を泄するのを喜ぶ。金がさらに水を生じ、水がさらに加重するのを忌む。第二類の弱水:令を失うか稀少なら弱とし、金が水を生じ、同類が比助するのを喜ぶ。火が力を分ち、土が克制し、木が気を泄するのを忌む(底本の「忌火分土」の「土」の字は衍文で、忌火分力とすべき)。第三類の滯水:金が多すぎれば水はかえって壅滯して流れない。火が金を制するのを喜び、土がさらに金を助けるのを忌む。第四類の縮水:木が多すぎれば水は吸い尽くされて干縮する。火が木を泄し、金が木を制するのを喜び、水がさらに生助して木をいよいよ繁盛にするのを忌む。第五類の沸水:火が多すぎれば水は煮沸して乾涸する。金が水を生じてその源を続ぐのを喜び、火がさらに加重するのを忌む。第六類の淤水:土が多すぎれば水は淤塞して通ぜない。木が土を克して水を保存するのを喜び、金が土を泄して転じて水を生ずるのを喜び、火が土を助けて土をいよいよ堅実にするのを忌む。ここで「滯水」の一条は最も解しにくい。金はもともと水を生ずるものなのに、なぜかえって壅滯を成すのか。まさに生ずること太過すれば子が母に累うからである。水源は足りても流れない。これが命理上いわゆる「母多子病」で、土が多ければ水が淤するのと同じく壅塞で、ただ来る路が異なるだけである。

四季水之喜忌。春:值休令。喜:土盛則泛漲無憂,木見則施功可期,籍金生扶,慾火相濟。忌:水盛則崩提堪虞,金多火繁均非所宜。夏:值囚令。喜:時當涸際,愛金生,而欲同類之幫扶。忌:火旺則干涸堪虞,木盛氣耗,土重流塞。秋:值相令。喜:母旺子相,表光裹瑩,見金則澄可愛,火多財盛,木重妻榮。忌:遇土則混濁可嫌,水多則泛瀾堪憂(水既重重方愛得土清平)。木火過多,亦非所宜。冬:值旺令。喜:專權司令,遇火則增暖,木盛為有情,見土則無氾濫之憂。忌:金多無義,土多無恩(惟泛漲時,可籍作堤防)。

さらに四季に分けて水の喜忌を論ずる。春は水は「休」の位に処す。土が盛んなら堤防があって泛濫を愁えず、木を見れば水には施為する所があって功用が期せられ、さらに金を借りて生扶し、また火が来て寒暖を調済するを要する。忌むところは、水が盛んすぎれば堤岸に崩潰の虞れがあり、金が多すぎるも火が繁すぎるもいずれも宜しくない——春水はもともと弱く、多すぎる生はかえって累となり、多すぎる火はまたその気を奪う。夏は水は「囚」の位に処す。まさに乾涸の際に当たり、最も金が来てこれを生ずるを愛し、同類の水が来て幇扶することも望む。忌むところは、火が旺なら乾涸の虞れがあり、木が盛んならその気を耗し、土が重ければその流れを壅塞することである。秋は水は「相」の位に処す。金が旺して母となり、水は子、母が旺なれば子は相し、内外通明に澄徹する。金を見れば水はいよいよ澄清で愛すべく、火が多ければ財が盛んに、木が重ければ妻が栄える(水が火を克するは財、木は水の食傷で財を生じ得るので、この説がある)。忌むところは、土に遇えば水質は混濁し、水が多すぎればまた泛濫を憂えることである。作者自注に言う。水がすでに重畳しているときは、かえって土を得て清理平定するのを喜ぶ。木と火が過多なのも宜しくない。冬は水は「旺」の位に処す。権を専らにして令に当たり、このとき火に遇えば暖気を増し、木が盛んなら秀を泄して情があり、土を見ればその泛濫を憂えるに及ばない。忌むところは、金が多ければ生ずるも義なく、土が多ければ克するも恩なし。作者自注が一句を補う。ただ水勢が泛涨するときにのみ、土は借りて堤防とすることができる。

火

原始:南方陽極而生熱,熱乃生火。性:屬太陽,炎上。體:積陽之熱氣反者為火,火雖陽物,陰在其內,故火體內暗。質:熾烈。天干:丙丁屬火。地支:巳午屬火。地藏:巳午未寅戌中皆藏火。生克:受木之生,生火,為水所克,克金。

火の来歴:南方の気は陽が極まって熱を生じ、熱気が蒸騰して火となる。その性は「太陽」に属し、その勢いは炎炎として上に向かう。その体は積聚した陽熱の気が反転して火を成したもので、火は陽物に属しながら陰気はその内にあり、ゆえに火焰は外は明るく中心は暗い。その質は熾烈。天干では丙・丁が火に属し、地支では巳・午が火に属する。支中に蔵する火は、巳・午・未・寅・戌の五支の内にある——巳午は火の本位、未は火の余気、寅は火の長生、戌は火の墓庫(底本の「地藏」は支蔵の誤り)。生克の方面、火は木の生を受け、火は土を生じ、火は水に克され、火は金を克す(底本の「生火」は生土の誤り。その上下文を見れば自ずと明らか)。《尚書・洪範》に「火曰炎上」と言う。ここで火の性を論ずるのもまたこれに本づく。

種類:火分六類,和有喜忌。(一)強火,當令或繁盛為強,喜金分力,水相濟,土洩秀,忌木生火,火加重。(二)弱火,失令或稀少為弱,喜木生火,火比助,忌金分力,水克熄,土掩晦。(三)熾火,木多易晦,喜金洩土,木制土,己火生土,土堅重。(四)晦火,土多易晦,喜金洩土,木制土,己火生土,土堅重。(五)熄火,金多易熄,喜木生火,忌金加重。(六)滅火,水多易滅,喜土制水存火,木洩水生火,忌金助水,水盛旺。

火もまた処遇によって六類に分かれる。第一類の強火:令に当たるか繁盛なら強とし、金が来てその力を分ち、水が来て相済し、土が来てその秀気を泄するのを喜ぶ。木がさらに火を生じ、火がさらに加重するのを忌む。第二類の弱火:令を失うか稀少なら弱とし、木が火を生じ、同類が比助するのを喜ぶ。金が力を分ち、水が克熄し、土が掩晦するのを忌む。第三類は本来「熾火」とすべきである。木が多すぎれば火は熾に過ぎる。理として金が木を制し、水が火を済するを喜び、木がさらに助けるのを忌むべきである。第四類の晦火:土が多すぎれば火光は掩われる。金が土を泄し、木が土を制するのを喜び、火がさらに土を生じて土をいよいよ堅重にするのを忌む。この二条は底本の文字が完全に重複しており、第三条の解説は明らかに第四条を誤って写したもので、そのうちの「己火生土」の「己」は忌の誤りである。読者は例に依って自ら訂正でき、いまは写して改めない。第五類の熄火:金が多すぎれば火は圧し熄められる。木が火を生じてその焰を続ぐのを喜び、金がさらに加重するのを忌む。第六類の滅火:水が多すぎれば火は澆滅される。土が水を制して火を保存するのを喜び、木が水を泄して転じて火を生ずるのを喜び、金が水を助けて水勢をいよいよ旺にするのを忌む。

四季火之喜忌。春:值相令。喜:母旺子相,見金可以施功,繼多無防,木少可得生扶(過多則火炎)。水只宜其兩濟。忌:火盛則多傷爆燥,土多則蹇寒無光。夏:值旺令。喜:恃勢行權,遇金為良工,得土成家穡(金土雖美,缺水則金燥土焦)。逢水則自焚可免。忌:見火有傾危之慮,遇木有夭折之患。秋:值囚令。喜:性息體休,重疊見火而光輝,遇木生,亦有復明之慶。忌:土重則掩光,水克則隕滅,金多見,其體亦能損傷。冬:值死令。喜:休絕形亡,木生而有救效,土制水以為榮,水比則有利。忌:見金難任為財,水克必以為殃。

さらに四季に分けて火の喜忌を論ずる。春は火は「相」の位に処す。春木は母で、母が旺なれば子は相し、火気はまさに勢いを得ている。このとき金を見れば鍛錬の功を施展でき、金は多くとも妨げず、木が少なければ生扶を得られ、作者自注に木が多過ぎればかえって火焰を炎に過ぎさせると言う。水はただ寒暖を調済するのに用いるに宜しく、過量は宜しくない。忌むところは、火が盛んすぎれば多く燥烈して物を傷る害があり、土が多すぎれば火気は蹇塞して光なしとなることである。夏は火は「旺」の位に処す。勢力を恃んで権に当たり事を行う。このとき金に遇えばちょうど良工巧匠を成し、土を得れば稼穡の功を成就できる。作者自注に言う、金と土は美なりといえども、水を欠けば金は燥し土は焦け、なお偏枯を成す、と。水に逢えば済きて、かえって自焚を免れ得る。忌むところは、さらに火を見れば傾覆の虞れがあり、さらに木に遇えば夭折の患いがあることである。秋は火は「囚」の位に処す。性気は消歇し体力は休止する。このとき重畳して火を見ればかえって光輝を重ねて放ち、木に遇って生ぜられれば復明の慶がある。忌むところは、土が重ければその光を掩い、水が克すればこれを隕滅せしめ、金を見ること多ければ火の本体もまた損を受けることである。冬は火は「死」の位に処す。気息は休絶し形体はまさに亡びんとする。このとき木を得て生ぜられれば救助の効があり、土を得て水を制すれば転じて榮顯となり、同類を得て比すればまた利あり(底本の「水比則有利」の「水」は火の誤り)。忌むところは、金を見れば身が弱くて財に任じがたく、水が来てこれを克すれば必ず殃を成すことである。

土

原始:中央屬陰陽交而生溼,溼乃生土。性:土無常性,視四時所乘,喜相濟得所,忌太過不及。體:土包四物,故其體能兼虛實。質:含散持實。天干:戊己屬土。地支:辰戌丑未屬土。支藏:辰戌未巳午寅申中皆藏土。生克:受火之生;生金;為木所克;克水。

土の来歴:中央の位は陰陽が交會して湿気を生じ、湿気が凝結して土となる。その性は最も特別である。土には固定の性情がなく、その乗ずる所がどの時令かを見て定まり、ただ各方が相済してその所を得るを喜び、最も太過あるいは不及を忌む。その体は金木水火の四者を包容できるので、虚と実の両面を兼ねる。その質は含蓄発散もできれば、持守して堅実でもある。天干では戊・己が土に属し、地支では辰・戌・丑・未が土に属する。支中に蔵する土は、辰・戌・未・巳・午・寅・申などの支の内にある。生克の方面、土は火の生を受け、土は金を生じ、土は木に克され、土は水を克す。土に常性がないこの一条は極めて緊要である。金木水火は各々定まった性があるが、ただ土だけは時に随いて変わる。ゆえに下文で四季の土の喜忌を論ずると、前後の差異が他の四行よりも大きい。

種類:土分六類,各有喜忌。(一)強土,當令或繁盛為強,喜水分力,木疏通,金洩秀,忌火生土,土加重。(二)弱土,失令或稀少為弱,忌水分力,木剋制,金洩氣,喜火生土,土比助。(三)焦土,火多易焦,喜水制火,忌木助火。(四)焚土,火多易焚,喜火制金,水洩金,忌土助金,金堅實。(五)流土,水多易流,喜火生土,忌水加重。(六)傾土,木多易傾,喜金制木存土,火洩木生土,忌水助木,木繁盛。

土もまた処遇によって六類に分かれる。第一類の強土:令に当たるか繁盛なら強とし、水が来てその力を分ち、木が来てこれを疏通し、金が来てその秀気を泄するのを喜ぶ。火がさらに土を生じ、土がさらに加重するのを忌む。第二類の弱土:令を失うか稀少なら弱とし、水が力を分ち、木が克制し、金が気を泄するのを忌み、火が土を生じ、同類が比助するのを喜ぶ。第三類の焦土:火が多すぎれば土は烤げ焦がされる。水が火を制するのを喜び、木がさらに火を助けるのを忌む。第四類は前後の体例により「泄土」とすべきで、金が多ければ土気が盗まれると言い、火が金を制して土を存し、水が金を泄して転じて生ずるを喜ぶべきである。いま底本のこの一条は「火多易焚,喜火制金,水泄金,忌土助金,金堅實」と書かれており、前半句は第三条と重出し、後半句の論ずる所はまた全く金の喜忌で、明らかに金篇から誤ってここに窜入したものである。読者は五行相配の例に依って自ずと訂正でき、いまは写して改めない。第五類の流土:水が多すぎれば土は冲流される。火が土を生じてその質を固めるのを喜び、水がさらに加重するのを忌む。第六類の傾土:木が多すぎれば土は傾陷される。金が木を制して土を保存するのを喜び、火が木を泄して転じて土を生ずるのを喜び、水が木を助けて木をいよいよ繁盛にするのを忌む。

四季土之喜忌。春:值死令。喜:土勢虛弱,火生扶,土比助,金能制木為祥(按金多仍能盜土氣)。忌:木太過,水氾濫。夏:值相令。喜:土勢燥烈,見盛水則滋潤成功,見水復遇金生,更為有益。忌:旺火煅煉焦赤,見火復遇木生,則生克無良(惟土太過者,喜木),土多見則蹇塞不通。秋:值休令。喜:子旺母衰,不厭火重,鍊金成材,最愛木盛,制伏純良。土多則頗可助力(惟至霜降,則毋用土比)。忌:金多而耗盜其氣,水泛而一定非祥。冬:值囚令。喜:外寒內溫,木溫火暖,則寒谷回春,再加土助,則尤佳。忌:金水氣冷,則冰寒土凍,再加身弱,多損壽元。

さらに四季に分けて土の喜忌を論ずる。春は土は「死」の位に処す。土勢は虚弱なので、火が来て生扶し、同類の土が来て比助するのを喜び、また金が旺木を制して危を轉じて祥とするを喜ぶ。作者自注が一句を提醒する。金は木を制し得るが、金が多ければ同じく土気を盗泄するので、太過してはならない、と。忌むところは、木が太過して土を克し、水が泛濫して土を冲することである。夏は土は「相」の位に処す。土勢は燥烈で、盛んな水を見て滋潤して初めて成功できる。もし水を見るほかにまた金が来て水を生ずれば、いっそう益がある。忌むところは、旺火が煅錬して土を焦赤にし、すでに火を見てまた木に遇って火を生ぜしめれば、生も克もその宜を失うことである——作者自注が一句を補う。ただ土が太過の命局のみ、木が来て疏泄するのを喜ぶ、と。土を見ること多すぎても、また蹇塞して通ぜずとなる。秋は土は「休」の位に処す。金が旺して子となり、土が衰えて母となり、子が旺し母が衰えるので、火が重いのを嫌わず、火が重ければ金を煉して材を成せる。また最も木の盛んなのを愛し、木が盛んなら制伏して純良を得る。土が多いのもよく力を助け、作者自注に言う。ただ霜降以後に至れば、もはや土をもって比助とするを用いない、と。忌むところは、金が多ければ土気を耗盗し、水が泛べば必ず祥ならざることである。冬は土は「囚」の位に処す。外は寒冷で内は温暖。このとき木と火を得て温暖にすれば、寒谷に春の回るが如く、さらに土を加えて相助すればなおよい。忌むところは、金水の気はもともと冷たく、多ければ氷寒して土が凍え、もしまた身弱を加えれば、多くは寿元を損ずることである。五行四季の諸条を合わせて見れば、同じ一物でも異なる時令のなかでは喜ぶ所と忌む所がほとんど相反することが知れる。ゆえに推命の第一步はまず月令を見るのであって、まさにこのためである。

強弱篇

論命以日干為主,稱之曰身,身之強弱,關係最為緊要,故首論之。

推命は日柱の天干を主体とする。命学ではこの日干を「身」と称し、日主ともいい、八字の残りの七字ひいては大運流年までも、みなそれを囲んで親疏と喜忌を定める。この「身」が強いか弱いかは、関係が最も緊要である——身が強ければ抑えるを宜とし、身が弱ければ扶けるを宜とし、用神を取る第一步はここで道が分かれる。強弱を一度見誤れば、後のすべての喜忌がこれに随いて顛倒する。ゆえに本書は強弱の一篇を六神・格局の前に置き、まずこれを討論する。

身強を論ず

身強之構成:(一)月令旺相:如甲木日干,生於春冬。(二)多幫扶:如甲木日干,四柱多水多木(四柱,即年月日是四個干支也)。(三)支得氣:如甲木日干,生於亥年寅日卯時(甲生於亥,臨官於寅,帝旺於卯,氣盛為得氣)。

身強は三つの経路から構成される。第一は「月令旺相」で、日干が旺または相の月に生まれることである。たとえば甲木日干なら、春に生まれれば旺、冬に生まれれば相で、いずれも月令の助けを得る。月令は一年の気が鍾まる所なので、この一条の分がいちばん重い。第二は「多帮扶」で、四柱のなかに我を生じ我と同じする字が多いことである。たとえば甲木日干で、四柱のなかに水が多く木が多ければ、水は木を生じ、木は木を助けるので、これが帮扶である(作者自注:いわゆる四柱とは、年・月・日・時の四組の干支のこと)。第三は「支得気」で、地支が日干の十二運で気の盛んな位に落ちることである。たとえば甲木日干で、亥年・寅日・卯時に生まれれば(作者自注:甲の長生は亥、臨官は寅、帝旺は卯、気が盛んであれば得気という)。三条のうち一つを得れば偏強で、兼ねて得ればいよいよ強い。底本括注の「年月日是四個干支」の「是」は時の誤り。

身強之區別:(一)最強:既當令,又多幫扶(當令即月令旺相)。例如:甲寅、丁卯、甲子、甲子。甲木旺於春月,又卯為帝旺故當令四柱,又有四木兩水幫扶之,故成最強。(二)中強:僅多幫扶而失令(失令即月令衰弱)。例如:甲寅、癸酉、乙亥、丙子。乙木死於秋酉月。又為絕地,故失令。然四柱有三水座。木幫扶,故成中強。僅得令而少幫扶。例如:甲寅、丙子、壬寅、丙午。壬水旺於冬,子月又為帝旺,故得令,然四柱全無別位金水幫扶,故亦成中強。

身強はさらに等級を分け、合わせて三等ある。第一等は最強で、すでに月令を得て、かつ帮扶が多い(作者自注:当令とは月令旺相のこと)。例を挙げる。甲寅・丁卯・甲子・甲子、日干は甲木。甲木は春月に旺し、月支卯はまた甲の帝旺の位で、これを当令という。四柱のなかに別に木字四つ・水字二つが来て帮扶するので、最強となる。第二等は中強で、また二つの情形に分かれる。その一つは帮扶だけあって月令を失う場合である(作者自注:失令とは月令衰弱のこと)。例を挙げる。甲寅・癸酉・乙亥・丙子、日干は乙木。乙木は秋の酉月に死し、酉はまた乙の絶地なので、失令である。しかし四柱に水字と木字が三つ帮扶するので、中強と数えるだけである。その二つは月令だけを得て帮扶が少ない場合である。例を挙げる。甲寅・丙子・壬寅・丙午、日干は壬水。壬水は冬に旺し、子月はまた壬の帝旺で、これを得令という。しかし四柱の内にほかの金水が来て帮扶するものがないので、これも中強と数えるだけである。当令と帮扶の二項は、一つを欠けば最強から中強に降ることがわかる。

(三)次強:既不當令,又少幫扶,但年日時支得氣。例如:辛亥、丁酉、甲寅、丁卯。甲木死於秋,故失令天干又全無水木幫扶,僅亥年長生寅日臨官,卯時帝旺,酉月受胎,皆得氣,故成為次強耳。

第三等は次強で、月令に当たらず、四柱にも帮扶が少なく、もっぱら年・日・時の三支が日干の気盛んな位に落ちることに頼る。例を挙げる。辛亥・丁酉・甲寅・丁卯、日干は甲木。甲木は秋令に死するので、これを失令という。天干上は辛・丁・丁で、すべて金火であり、水と木が一点も来て帮扶しない。頼る所はただ四つの地支で、亥年は甲の長生、寅日は甲の臨官、卯時は甲の帝旺で、酉月さえも甲の胎位と算えられ、四支はみな十二運の有気の地にあり、この一点の根気に支えられるので、次強と数えるだけである。この例は最もよく説明する。天干に助けがなくとも地支に根があれば、なお弱と論じてはならない。逆に天干は多くとも地支に根がなければ、強くなることもない。これが命学上いわゆる「通根」である——干上の神が支中に同類の気を通じ得て、初めて数に入る。

身強之喜忌:身強喜抑,抑之構成原因有四:(一)受克:即克我,如甲木見金克。(二)被洩:即我生,如甲木見火洩。(三)被分:即我克,如甲木見土分。(四)氣衰:如甲木見辰巳午未申酉戌(見甲木篇論氣條)。身強忌扶,扶之構成原因有三:(一)受生:即生我,如甲木見水。(二)得授:即同我,如甲木見木。(三)氣盛:如甲木見亥子丑寅卯(見甲木篇論氣條)。

身強の喜忌は一言で括れる。抑を喜び扶を忌む。いわゆる「抑」は、構成される経路が四種ある。第一は受克で、我を克する者が来ることである。たとえば甲木が金を見れば、金が木を克して木は裁制を受ける。第二は被泄で、我が生ずる者が来ることである。たとえば甲木が火を見れば、木は火を生じて木気は外に泄れる。第三は被分で、我が克する者が来ることである。たとえば甲木が土を見れば、木が土を克するのに力を費やし、力は分かち去られる。第四は気衰で、十二運の衰位に坐すことである。たとえば甲木が辰・巳・午・未・申・酉・戌の諸支を見れば(作者自注:天干篇の甲字の下の気を論ずる条を参看)。いわゆる「扶」は、構成される経路が三種ある。第一は受生で、我を生ずる者が来ること、たとえば甲木が水を見る。第二は得援で、我と同じする者が来ること、たとえば甲木が木を見る(底本の「得授」は得援の誤り)。第三は気盛で、十二運の盛位に坐すこと、たとえば甲木が亥・子・丑・寅・卯を見る(作者自注:また甲木篇の論気条を見よ)。身はすでに強いのに、さらにこの三様を加えれば過ぎたるは及ばざるがごとしなので、所忌に列する。

身弱を論ず

身弱之構成:(一)月令衰弱:如甲木日干,生於夏秋。(二)多克洩:如甲水日干四柱多金多火。(三)支失氣:如甲木日干,逢巳年午日申時(甲木病巳死午絕申,氣衰,為失氣)。

身弱の構成は、ちょうど身強の三条と相対する。第一は「月令衰弱」で、日干が休・囚・死・絶の月に生まれることである。たとえば甲木日干が夏に生まれれば休、秋に生まれれば死で、いずれも月令を失ったものである。第二は「多克泄」で、四柱のなかに我を克し我が生ずる字が多いことである。たとえば甲木日干で四柱に金が多く火が多ければ、金は木を克し、火は木を泄して、日主は自ずから衰弱する(底本の「甲水日干」の「水」は木の誤り)。第三は「支失気」で、地支が日干の十二運で気の衰える位に落ちることである。たとえば甲木日干で、巳年・午日・申時に遇えば(作者自注:甲木の病は巳、死は午、絶は申、気が衰えれば失気という)。三条は身強の三条と一々相対照し、強弱の判は月令・帮扶・根気の三項を出ず、ただ方向が相反するだけであることがわかる。

身弱之區別:(一)最弱:既失令,又多克洩,例如:戊申、庚申、甲午、庚午。甲木死於秋(最衰)。故失令,四柱又有丙火之洩,四金之克。故成為最弱。(二)中弱:僅多克洩,而當令。例如:丙辰、庚寅、甲午、庚午。甲木日干,四柱雖有三火之洩,兩金一克,然甲木旺於春(最旺),頗當令,故即成為中弱。僅失令而少克洩。例如:甲寅、丙子、丁卯、己巳。丁火雖死於冬(最弱)。而失令,然四柱並不復見水克與土洩,且有四木兩火之幫扶,故亦成為中弱。

身弱もまた三等に分かれる。第一等は最弱。すなわち月令を失い、また克泄多し。例を挙げる。戊申・庚申・甲午・庚午、日干は甲木。甲木は秋令に死す。これ最衰にして失令。四柱の中にまた午火ありて泄し、また申・庚など四つの金字ありて克す。泄と克と交攻す。ゆえに最弱と成る(底本の「丙火之泄」は丁火とすべし。午中の蔵するは丁己)。第二等は中弱。もまた二種の情形に分かる。その一は克泄多しといえどもなお月令に当たる。例を挙げる。丙辰・庚寅・甲午・庚午、日干は甲木。四柱は三処の火ありて泄し両処の金ありて克するといえども、しかるに甲木は春に旺にして、寅月はまさにそれの最旺の時。よく令に当たる。ゆえにただ中弱と算う。その二は失令するといえども克泄多からず。例を挙げる。甲寅・丙子・丁卯・己巳、日干は丁火。丁火は冬令に死し、子月は失令。然れども四柱の中に並びにさらに水の来て克し土の来て泄するを見ず、かえって木字四つ・火字二つの帮扶あるを見る。ゆえにまたただ中弱と算う。見るべし、失令と克泄の二項は、その一つを犯せば便ち最弱より升りて中弱と為る。

(三)次弱:既不失令,又少克洩,但年日時支無氣。例如:辛巳、辛丑、壬寅、癸卯。壬水旺於冬,當令,天干又有兩金一水之幫扶,僅巳年壬絕。寅日壬病,卯時壬死,丑月壬衰。四支失氣,故即成為次弱。身弱之喜忌:身弱喜扶,扶之構成,見前論身強之喜忌。身弱忌抑,抑之構成,見前論身強之喜忌。

第三等は次弱で、月令を失わず、克泄も多くないが、ただ年・日・時の三支がすべて無気の地に落ちるためである。例を挙げる。辛巳・辛丑・壬寅・癸卯、日干は壬水。壬水は冬に旺するが丑月に生まれ、なお当令と算えられる。天干にまた辛金二つ・癸水一つが来て帮扶する。短い所はただ四つの地支で、巳年は壬の絶地、寅日は壬の病地、卯時は壬の死地で、丑月さえも壬の衰地にすぎず、四支はすべて失気し、日主は上に托すべき根がないので、次弱と数えるだけである。この例は前の「次強」の例とちょうど対照を成す。あれは干に助けがなく支に根があるので弱中に強を見、これは干に助けがあり支に根がないので強中に弱を見る。身弱の喜忌は一言で足りる。扶を喜び抑を忌む。扶の構成は、前の身強の喜忌を論ずる条に列した受生・得援・気盛の三項を見よ。抑の構成も、前条に列した受克・被泄・被分・気衰の四項を見よ。ただ身強は抑を喜びとし、身弱は扶を喜びとし、ちょうど倒れて転じただけである。

六神篇

五行之理只是生我克我,我生我克。但不設名目,不便推詳,五行陰陽生克之代名詞也。自有此代名詞立,執五行生剋以衡量人命。彌覺如應斯響。蓋比喻適當。莫此六神若也。但五行生剋比和,有傷官、七殺、正官、食神、偏財、正財、梟神、正印、比肩、劫財等名目,共有十類。而神止取六者,何也。蓋比肩劫財,不能成格,而偏正財、偏正印,又稱曰財印,既舍比劫而再合併財印,是以神共有六耳。

五行の道理は、言い尽くせば我を生じ、我を克し、我が生じ、我が克するの幾層かの関係にすぎない。しかしそれらに名目を立てなければ、推演するに称するに便ならない。そこで六神がある——それらは五行陰陽の生克の代名詞にほかならない。この代名詞があって以来、五行の生克をもって人の命を衡量すれば、ことさらに応験して響きのごとく感じられる。六神ほど切実な譬喩はないからである。ただし五行の生・克・比に従って排列すれば、傷官・七殺・正官・食神・偏財・正財・梟神・正印・比肩・劫財の十個の名目があり、通称「十神」というのに、なぜここでは六つだけを取るのか。ゆえんは二つある。一つは比肩・劫財は単独で格を成せず、凡そ格局は比劫をもって名を立てないので、除いて算えない。二つは偏財と正財を合わせて「財」と称し、偏印と正印を合わせて「印」と称し、各々一類に併する。すでに比劫の二位を捨て、また財・印を各々一つに併せれば、十類は六類に残るだけなので、「六神」という。この一段は全篇の凡例で、下文がなぜ傷官・七殺・正官・食神・印・財の六節に分けて講ずるかを説明する。

傷官

傷官之構成:我所生,而與我異性者,是也。例如:甲木日干,見丁火,木能生火,丁火為甲木所生。而甲為陽性,丁為陰性,陰陽相異,故丁即甲之傷官。按甲見丁見午,乙見丙見巳,丙見己見丑未,丁見戊,見辰戊,戊見辛見酉,已見庚見申,庚見癸見子,辛見壬見亥,壬見乙見卯,癸見甲見寅,皆為傷官。

傷官はどのように構成されるか。凡そ我が生ずる者で、陰陽が我と異なるものが傷官である。例を挙げる。甲木日干が丁火を見れば、木は火を生じ得、丁火は甲木の生ずる所である。甲は陽に属し、丁は陰に属して陰陽が異なるので、丁は甲の傷官である。以下は作者が十干に従って列した対照である。甲日は丁・午を見、乙日は丙・巳を見、丙日は己・丑未を見、丁日は戊・辰戌を見、戊日は辛・酉を見、己日は庚・申を見、庚日は癸・子を見、辛日は壬・亥を見、壬日は乙・卯を見、癸日は甲・寅を見る——これらはみな傷官である。天干と地支を併挙するのは、地支のなかにも各々本気の五行があり、その陰陽の配法は天干と同じだからである。底本の「丁見戊,見辰戊」の第二の「戊」は戌の誤り、「已見庚」の「已」は己の誤り。

傷官淺解:甲木見丁火傷官。丁火者,甲木所生,乃父子一家之人。丁仗甲勢,以發越甲木之秀氣,故人多聰明幹練。然而獨以傷官名者,何也?蓋甲木以辛金為正官。正官者,如一縣之有邑宰。人民居其治下,方喜得有規範,不敢肆意妄為,為非作惡。而丁火見辛金正官,乃仗勢以克傷之,故曰傷官。如人不服官管,必欲盡解除其一身之束縛,見官星而必欲克傷這。故傷官格大都好傲好潛,然亦必其人本能自治而大有才者。力克勝任,否則人無拘否,盡蔑法越規,諮意妄為,無惡不作矣。信如是,使一理復居治下,則嚴刑峻法。亦安得不身先受之耶。故傷官者,必有大過人之才遇,而亦復有大慘酷之奇禍也。

甲木が丁火を見る例で、浅近に傷官の性情を講ずる。丁火は甲木の生ずる所で、両者は父子一家に譬えられる。丁は甲の勢力を恃んで、甲木に内藴する秀気を発越させるので、命に傷官を帯びる人は多く聡明で能くする。自家の骨肉であるのに、なぜわざわざ「傷官」というよくない名を取るのか。甲木は辛金を正官とするからである。いわゆる正官は、一県のなかに県令があるようなもので、百姓はその治下に住み、まさに一筋の規矩に管せられて、任意に妄為したり非悪をなしたりすることを敢えてしない。しかし丁火は辛金正官を一見すれば、甲木の勢を恃んで行ってこれを克傷するので、傷官という。これはちょうど一人の人が官府の管束に服さず、一心に自己の身に加えられた一切の束縛を解除しようとして、官星を一見すれば必ずこれを克傷せずにはおかないようなものである。ゆえに凡そ「傷官格」の人は、多く高傲を好み新異を標榜するを好むが、必ず本身が自ら約束できかつ確かに大才ある人でなければ、この性情に担当し得ない。さもなければ一人の人が少しも拘束なく、すべて法度を蔑視し規矩を越え恣意に妄為すれば、なし得ない悪事はない。真にその歩に至れば、一旦また官府の治下に落ちれば、厳刑峻法がまず自己の身に加えられない道理があろうか。ゆえに傷官のこの神は、必ず人に大いに過ぐる才具と際遇をもたらすと同時に、極めて惨酷な奇禍を潜蔵する。底本のこの段の「克傷這」の「這」は之の誤り、「好傲好潜」の「潜」はおそらく誕の誤り、「人無拘否」の「否」はおそらく束の誤り、「使一理復居治下」の「一理」はおそらく一旦の誤り、「才遇」は才調の誤り。みな排印の誤りなり。いまは写して改めない。

傷官之能力:洩身,生財,敵殺,損官。天下事,有利必有弊。利弊之區別,即在當與不當耳。六神既有能力,匹配上既有當與不當,則必有利弊。既有利弊,又有喜忌,緣各述利弊喜忌如後。

傷官のこの神には四種の能力がある。一は泄身で、日干の気を泄する。二は生財で、傷官の生ずる者はまさに財である。三は敵殺で、七殺と抗し得る。四は損官で、正官を克傷できる。以下の論述はみなこの四項を囲んで展開する。作者は続いて全篇の通例を立てる。天下の事は、利あれば必ず弊あり。利と弊の分別は、ただ「当」と「不当」にある——用いてその当を得れば利で、用いてその当に非ざれば弊である。六神はすでに各々能力があり、具体の八字に配すればまた当と不当の分がある。それならば必然に各々利弊があり、利弊あれば、これに随って所喜と所忌がある。ゆえに下文では毎一の神に「利・弊・所喜・所忌」の四項に依って分別して叙述する。この体例は六神篇全体に貫徹し、読者がこれを掌握すれば、後の各節を見るに条理が循るようになる。

傷官之利:洩身:日干強,財官無氣,即以強為患,遂愛傷官。傷官能發越日干之強氣,使盡行外露也。例如:癸丑、乙卯、乙亥、丙子。乙木春生,又多水木之生扶,自喜時上內火傷官之洩身,吐秀,否則直一頑木耳。生財:身強財弱,尤愛傷官。傷官能流通日干之氣。生起財來。俾為己用,例如:戊寅、甲寅、乙亥、丙子。旺木成林,戊土之財,受克太深,幸喜丙火傷官洩木生土,流通日干之旺氣而又救護財星之不足,厥功偉矣。

まず傷官の四項の好い所を言う。頭の二項は泄身と生財である。第一、泄身。日干はもともと強く、財と官もまたみな無気なら、太強を病とする。このとき最も傷官を愛する。傷官は日干の過盛の気を発越させ、尽く情を露わにせしめ得る。例を挙げる。癸丑・乙卯・乙亥・丙子、日干は乙木。乙木は春の卯月に生まれ、また癸・亥・子の水と卯木が一斉に生扶して、強すぎるほど強い。幸いに時干上に丙火傷官が来て泄身し秀を吐き、さもなければただ一段の頑鈍の木頭にすぎない(底本の「内火」は丙火の誤り)。第二、生財。身が強く財が弱ければ、ことさら傷官を愛する。傷官は日干の気を流通させて出し、転じて財を生起して、我に供用せしめ得る。例を挙げる。戊寅・甲寅・乙亥・丙子、日干は乙木。旺木は林を成し、年干戊土のこの財は克されすぎて酷い。幸いに時上に丙火傷官があって、一方では木を泄し一方では土を生じ、すでに日主の旺気を疏通して出させ、また不足の財星を救護したので、功労極めて大と言うべきである。両例とも説明する。傷官が利たるゆえんは、全く日主に余裕があって出路を要するに在る。

敵殺:殺重身輕,舉動盡為牽制,亦愛傷官。傷官能敵殺存身,使一身得以自由。例如:戊子、辛西、乙酉、丙子。秋本凋零,最畏辛金七殺之克伐。幸有丙火傷官制敵殺,稍解日元之危。損官:官重身輕,舉動盡為束縛。亦愛傷官,傷官能損官存身,使一身得以舒適。例如:庚申、甲申、乙卯、丙戌。初秋乙木,疊見陽金之克,最即官重身輕。丙火傷官,可以制金抑官。雖無扶弱之能,卻有鋤強之功,亦足取焉。

次に後の二項の好い所を言う。敵殺と損官である。第三、敵殺。七殺が太重く日主が太軽ければ、一挙一動がみなそれに牽制される。このときも傷官を愛する。傷官は七殺と抗して日主を保存し、自身が自由を得しめ得る。例を挙げる。戊子・辛酉・乙酉・丙子、日干は乙木。秋の木はもともと凋零し、最も辛金七殺の来て克伐するを怕れる。幸いに時上に丙火傷官が出て来て七殺を抵敵し、やや日元の危局を解く(底本の「辛西」は辛酉の誤り、「秋本凋零」の「本」は木の誤り)。第四、損官。正官が太重く日主が太軽ければ、一挙一動がみなそれに束縛される。このときも傷官を愛する。傷官は正官を損傷して日主を保存し、自身が舒展を得しめ得る。例を挙げる。庚申・甲申・乙卯・丙戌、日干は乙木。初秋の乙木は、相次いで庚・申などの陽金の克に遇い、まさに官重く身軽しである。時上の丙火傷官は金を制し官を抑え得る。それは弱主を扶助する本事はないが、強敵を削平する功労があるので、また取用に足る。ここで留意すべきは、敵殺と損官はともに日主のために囲を解くことで、取る所は「鋤強」であって「扶弱」ではなく、両者の用意は同じでない。

傷官之弊:洩身:日干弱,遂怕傷官。一身自顧不暇,何堪再見傷官耗盜。例如:辛丑、丁酉、乙卯、丙戊。乙木日元,見金之克伐,火之耗盜,土之磨折,又當仲秋死令,衰弱可知,然則丙火傷官之洩身,自亦忌神耳。生財:財太旺,尤怕傷官。身且不能任財,何堪再見傷官生財。例如:丙申、戊戌、乙旺、乙卯。土重木折,財旺身輕。丙火傷官之生才正如虎添翼,助桀為虐,可畏哉,可畏哉。

利の反面が弊である。同じくまず泄身と生財の二項を言う。第一、泄身。日干はもともと弱く、傷官を怕れる。自身ですら顧みるに及ばず、どこで傷官のさらに来て耗盗するに堪えられようか。例を挙げる。辛丑・丁酉・乙卯・丙戌、日干は乙木。乙木はすでに辛・酉の金の克伐を見、また丁・丙の火の耗盗を見、さらに丑・戌の土が来て磨折し、加えて仲秋酉月に生まれてまさに乙木の死令で、その衰弱は想うに知れる。それならば丙火傷官の泄身も、自ずから忌神となる(底本の「丙戊」は丙戌の誤り)。第二、生財。財はすでに太旺で、ことさら傷官を怕れる。日主は現有の財ですら担負し得ず、どこで傷官のさらに行って財を生ずるに堪えられようか。例を挙げる。丙申・戊戌・乙某・乙卯、日干は乙木。土が重く木が折れ、まさに財旺に身軽しである。丙火傷官がさらに行って財を生ぜば、虎に翼を添え桀を助けて虐をなすがごときで、まことに畏るべしである(底本は日柱を「乙旺」と作すが、六十甲子の一つに非ず、誤字あるべし。「生才」の「才」は財の誤り)。同じ一つの丙火傷官が、上の一条では救命の良薬であり、この一条では催命の毒物である。その分別はただ日主の強弱にある。

敵殺:身強殺淺,即怕傷官。身方假殺為權,何堪再見傷官敵去。例如:丙寅、辛卯、乙亥、癸未。春木方旺,地支成木局。月上辛金七殺,斧斤以時入山林。材木不可勝用。乃又為丙火傷官所敵,減色非輕。損官:身重官輕,亦怕傷官。身方以官為尊,何堪再見傷官損害。例如:甲寅、丙寅、乙卯、庚辰。八字中木居其五。林林總總,全恃時上庚金正官,伐木成材,不幸火傷官克庚,與上例同一貽憾。

さらに敵殺と損官の二項の弊所を言う。第三、敵殺。日主はもともと強く七殺はもともと浅ければ、傷官を怕れる。日主はまさにこの点の七殺を借りて威権を立てんとし、どこで傷官がそれを抵消するに堪えられようか。例を挙げる。丙寅・辛卯・乙亥・癸未、日干は乙木。春木はまさに旺で、地支の亥卯未がまた会して木局を成し、木勢極めて盛んである。月干の辛金七殺は、ちょうど《孟子》のいう「斧斤以時入山林,材木不可勝用」の如く、もとは修削して材を成す好い工具なのに、偏にまた年干の丙火傷官に抵住され、全局はこれによって大いに色を減ずる。第四、損官。日主が重く正官が軽ければ、また傷官を怕れる。日主はまさにこの点の官星を尊貴の物とし、どこで傷官が行ってそれを損害するに堪えられようか。例を挙げる。甲寅・丙寅・乙卯・庚辰、日干は乙木。八字のなかで木は五つの字を占め、密密麻麻に一大片である。もっぱら時上の庚金正官が来て木を伐って材を成すに頼る。不幸にして月干の丙火傷官が庚金を克住する。上の一例と同じく人に惋惜せしめる。二条を合わせて見れば知れる。殺と官は克身の物といえども、身強のときはかえって貴ぶべき工具である。このとき傷官が行ってこれを克すれば、すなわち好い事を壊すものである。

傷官所喜:生身:日干強,受傷官,既見傷。喜見財以流通之。日干弱。怕傷官。既見傷,喜印綬以制伏之。生財:身強則弱,愛傷官,既見傷,喜財多以生發之。身弱財多,所傷官,既見傷,喜印綬以制之。敵殺:殺重身輕,愛傷官,既見傷,喜比劫食傷以生助之。身強殺淺,怕傷官,即見傷,喜見財以和解之。損官:官重身輕,愛傷官,既見傷,喜比劫食神。以生助之。身強官弱,怕傷官,既見傷,喜見財以和解之。

八字のなかにすでに傷官が現れたら、続いて問う。さらに何を見てそれに配するを喜ぶか。やはり四項に従って分けて言う。泄身に就いて論ずれば、日干が強く傷官を愛する者は、すでに傷官を見れば、さらに財星を見て傷官の気を順流せしめるを喜ぶ。日干が弱く傷官を怕れる者は、すでに傷官を見れば、印綬が来てこれを制伏するを喜ぶ——印は傷官を克し得、また身を生じ得、一挙両得である(底本のこの条の標題「生身」は泄身の誤り)。生財に就いて論ずれば、身強に財弱で傷官を愛する者は、財が多くて承接し発揮するを喜ぶ。身弱に財多で傷官を怕れる者は、印綬が来て傷官を制住するを喜ぶ(底本の「身強則弱」は身強財弱の誤り、「所傷官」は怕傷官の誤り)。敵殺に就いて論ずれば、殺重に身軽で傷官を愛する者は、比肩劫財と食神傷官が来て傷官を生助し、それに殺に抗する力あるを喜ぶ。身強に殺浅で傷官を怕れる者は、財星を見て中より和解するを喜ぶ——財は傷官の気を泄し得てまた殺を生じ、両辺とも照顧する。損官に就いて論ずれば、官重に身軽で傷官を愛する者は、比劫食神が来て生助するを喜ぶ。身強に官弱で傷官を怕れる者は、同じく財が来て和解するを喜び、財は傷官を泄してまた官を生じ、まさに両全の法である。見るべし、「財」は傷官格のなかで最も通関し得る。これが全篇の関鍵である。

傷官所忌:洩身:日干強,愛傷官。既見傷,忌見印以克去之。日干弱,怕傷官,既見傷習再生財,轉輾洩弱。生財:身強財弱克傷官,既見傷,忌見印以克去之。身弱財多,怕傷官。既見傷,忌再生財。轉輾洩弱。敵殺:殺重身輕,愛傷官,既見傷,忌財旺生殺。身強殺淺,怕傷官,既見傷,忌比劫食傷以生助之。損官:官多身弱,愛傷官,既見傷,忌財旺生官。身重官輕,怕傷官,既見傷,忌比劫食傷以生助之。

反対に所忌を言えば、またこの四項に依る。泄身に就いて論ずれば、日干が強く傷官を愛する者は、すでに傷官を見れば、さらに印綬がそれを克し去るを忌む。それは日主唯一の出路を堵死するに等しい。日干が弱く傷官を怕れる者は、それがさらに行って財を生ずるを忌む。傷官は身を泄し、財はまた傷官を泄して、輾転下って日主はいよいよ衰弱するからである(底本の「既見傷習再生財」の「習」は忌の誤り)。生財に就いて論ずれば、身強に財弱で傷官を愛する者は、印綬が傷官を克し去るを忌む。身弱に財多で傷官を怕れる者は、それがさらに財を生ずるを忌む。同じく輾転泄弱である(底本の「克傷官」の「克」は愛の誤り)。敵殺に就いて論ずれば、殺重に身軽で傷官を愛する者は、財が旺して行って七殺を生ずるを忌む。それは敵人を資助するものである。身強に殺浅で傷官を怕れる者は、比劫食傷がさらに来て傷官を生助し、それに僅かな一点の七殺を徹底して敵し去らしめるを忌む。損官に就いて論ずれば、官多に身弱で傷官を愛する者は、財が旺して官を生ずるを忌む。身重に官軽で傷官を怕れる者は、比劫食傷がさらに傷官を助けるを忌む。傷官の一節の宗旨を総括すれば、傷官の本身に吉凶はなく、全く日主の強弱と財官の軽重を見て、配してその当を得れば聡明発越の神となり、配してその当を失えば身を傷り格を破る賊となる。

七殺(七殺の一名を偏官という)

七殺之構成:克我而與我同性者是也。例如:甲木日干,見庚金。金能克木,甲木為庚金所克。而甲為陽性,庚亦為陽性。陰陽同類,故庚即甲之七殺。按甲見庚見申,乙見辛見酉,丙見壬見亥,丁見癸見子,戊見甲見寅,己見乙見卯,庚見丙見巳,辛見壬見午,壬見戊見辰戌,癸見己見丑未,皆為七殺。

七殺はどのように構成されるか。凡そ我を克する者で、陰陽が我と同じであるものが七殺である。例を挙げる。甲木日干が庚金を見れば、金は木を克し得、甲木は庚金に克される。甲は陽に属し、庚もまた陽に属して陰陽が同類なので、庚は甲の七殺である。以下は作者が十干に従って列した対照である。甲日は庚・申を見、乙日は辛・酉を見、丙日は壬・亥を見、丁日は癸・子を見、戊日は甲・寅を見、己日は乙・卯を見、庚日は丙・巳を見、辛日は丁・午を見、壬日は戊・辰戌を見、癸日は己・丑未を見る——これらはみな七殺である。要点は「同性相克」の四字にある。同性の相克は情なく、ゆえにその克は最も烈しい。これは正官の異性相克と大いに異なる(底本の「辛見壬見午」の「壬」は丁の誤り。辛日の七殺は丁火である)。

七殺淺解:七殺者,又名偏官。二陽相剋,二陰相剋,猶二男不同處,二女不同居,不成配偶故謂之偏官。又以其隔七位,而相戰克,故曰七殺。七殺者慘覆無恩,專以攻身為尚。譬小人多兇暴,無忌憚。若無禮法制裁之,不懲不戒,必傷其主。故有制,謂之偏官。無制,謂之七殺。必須制合生化,無太過不及,是借小人勢力,衛護君了,以成威權,造就大富大貴之命者。設使生化不及,日主衰弱,七殺重逢,其禍不勝俱述。若七殺祇一,制伏重重,倘運再行制伏,則盡法無民。雖猛如虎,亦無所施其技矣。

七殺はまた偏官ともいう。いわゆる偏とは、二つの陽干が相克し、二つの陰干が相克するのが、ちょうど二男が同じ一室に処せず、二女が夫婦を結び得ず、対偶を配し得ないからである。ゆえにこれを「偏」官と称する。また日干から数え起こして第七位がまさにそれであり、彼此また相戦して相克するので、「七殺」という(たとえば甲から数えて庚はちょうど第七位)。七殺のこの神は惨酷で恩なく、ひたすら身を攻めるを能事とし、小人の多くが凶暴にして憚る所なきに譬えられる。もし礼法が行って彼を裁制せず、懲戒を加えなければ、必ず主人を傷害する。ゆえに七殺に制伏あるものを偏官と称し、制伏なきものを七殺という——名は二つあれど実は一物で、分別はただ制の有無にある。必ず制・合・生・化の四法を運用して当を得、太過も不及もなければ、すなわち小人の勢力を借りて君子を衛護するに等しく、かえって威権を成就して大富大貴の命を造り出せる。もし生化が及ばず日主また衰弱して、七殺が重畳すれば、その禍害は言い尽くせない。反対に、もし七殺がただ一位しかなくて制伏の物が重畳し、行運がまた制伏に遇えば、それは刑法を濫りに用いてかえって治める民なきがごとく、七殺は虎のごとく猛くとも、その本事を施展できない。見るべし、七殺は最も両端を忌む。制なければ身を傷り、制に過ぐれば用なし(底本の「衛護君了」の「了」は子の誤り、「不勝俱述」の「俱」は具の誤り、「祇一」はすなわち只一)。

七殺之能力:耗財,生印,攻身,制劫。七殺之利:耗財:身弱印輕財重,遂愛七殺,以殺能耗財,並能助印也。例如:丁卯、甲辰、辛卯、戊子。辛金囚於春,群木旺於春,一望而知其為財重身輕。戊雖生辛乃被克於甲,則唯丁火七殺,耗甲木之旺財,生戊土之衰印獨建其功矣。生印:身印並衰,最愛七殺,殺能生印,使印再生身也。例如:戊寅、甲寅、辛卯、丁酉。春日之金無力。雖有酉金戊土幫扶,乃戊為甲克,卯為酉沖而又旺木成林,以財多身弱為患,所幸丁火七殺洩甲木之旺財,生戊土之衰印,使印再生身。極盡補偏救弊之妙矣。

七殺には四種の能力がある。耗財・生印・攻身・制劫。まずその好い所を言い、頭の二項は耗財と生印である。第一、耗財。日主が弱く印綬が軽く財星が重い者は、七殺を愛する。七殺は一方で財星の力を消耗でき、一方でまた印綬を生助し得るからである。例を挙げる。丁卯・甲辰・辛卯・戊子、日干は辛金。辛金は春に囚位に処し、満局の木は春にまさに旺し、一見すれば財重に身軽と知れる。時干の戊土はもと辛を生じ得たが、无奈月干の甲木に克される。このとき年干の丁火七殺だけが、よく甲木のこの重い旺財を耗し去り、またよく戊土のこの衰印を生起して、独り奇功を建てる。第二、生印。日主と印綬がともに衰える者は、最も七殺を愛する。七殺は印を生じ得、印はまた回頭して身を生ずるからである。例を挙げる。戊寅・甲寅・辛卯・丁酉、日干は辛金。春の金はもと力なく、時支の酉金と年干の戊土の帮扶あれども、戊は甲に克され、酉はまた卯と相冲し、旺木は林を成して、全局は財多に身弱を患とする。幸いなるは時干の丁火七殺で、一方で甲木の旺財の気を泄し去り、一方で戊土の衰印を生起して、印にまた来て身を生ぜしめる。偏を補い弊を救う妙用を極処に発揮したと言うべきである。この二例の関竅はいずれも「転手」にある。七殺は直接身を助けず、道を繞らせて財を損し印を生じ、間接に主を救うのである。

攻身:目干旺甚,過旺則身無所依,即愛七殺。七殺雖攻身,身力能任,可以假作權威也。例如:辛酉、丁酉、辛酉、甲午。秋月辛金,再見三酉一辛,強旺達於極點,妙有丁火七殺。鍊金而成器,攻身以作威,從此為有價值之命局矣。制劫:身強財弱,復見劫財,克財之極,亦愛七殺。七殺能制伏劫財,使不敗也。例如:丁酉、庚戌、辛酉、甲午。一重甲木正財,為當令之庚金劫財,掠奪殆盡,幸有丁火七殺制劫財,論其功用,制劫為第一,救財為第二,換之制劫即所以救財也。

さらに後の二項の好い所を言う。攻身と制劫である。第三、攻身。日干が旺じて太過に至れば、過旺なら一身の依托する所なし。このときかえって七殺を愛する。七殺は攻身の物といえども、日主の力量が承当に足れば、これを借りて威権を立て得る(底本の「目干」は日干の誤り)。例を挙げる。辛酉・丁酉・辛酉・甲午、日干は辛金。秋月の辛金は、さらに酉三つ・辛一つを見て、強旺極点に至る。妙なるは月干に丁火七殺あることで、金を煅錬して器を成し、一方で攻身し一方で威を立て、この命はこれより初めて価値ある格局となる。第四、制劫。日主が強く財星が弱いのに、偏に劫財を見、財が克奪されて尽きんとするときも七殺を愛する。七殺は劫財を制伏して、財が劫し去られるに至らぬようにし得る。例を挙げる。丁酉・庚戌・辛酉・甲午、日干は辛金。時干にはただ一重の甲木正財があるが、当令の庚金劫財に掠奪されて浄尽する。幸いに年干の丁火七殺が劫財を制住する。その功用を論ずれば、制劫は第一層、救財は第二層である。言い換えれば、制劫はまさに救財の手段である。ここでいう「劫財」とは日干と同類で異性の者を指し、最もよく財を奪う。七殺なくんばこれを制し得ない。

七殺之弊:耗財:日強印重財輕,即怕七殺,殺既耗財,又助印也。例如:丁丑、庚戌、辛丑、乙未。辛見重土,幸有月上庚金這協助,未遭埋沒,而稱身印兩強。乙木偏財,以丁火七殺之耗。致未遂疏土之功,八字仍屬偏枯。則七殺耗財之咎,在所難辭焉。生印:日弱印強,尤怕七殺,印多則身寡,而成母多子病。堪再見七殺,生印克身。例如:戊戌、己未、辛未、丁酉。土旺而多,有如山崩。日元之辛,母旺子虛,為埋金無疑矣。丁火七殺,生土印以助虐,克弱日而欺主,其滋蔓禍患,為何如哉。

同じ四種の能力が、配する所を誤れば弊病となる。第一、耗財。日主が強く印綬が重く財星が軽い者は、七殺を怕れる。七殺はすでに僅かな財を耗し去り、また行ってもともと過多の印を助長するからである。例を挙げる。丁丑・庚戌・辛丑・乙未、日干は辛金。辛金は重畳の土の中に身を処し、幸いに月干庚金の協助あって土に埋没せず、身と印の両辺ともに強と言える(底本の「庚金這協助」の「這」は之の誤り)。時干の乙木偏財はもと厚土を疎松し得たが、年干丁火七殺の消耗により成功せず、八字はなお偏枯である。それならば七殺の耗財という過失は、推卸し得ない。第二、生印。日主が弱く印綬が強い者は、ことさら七殺を怕れる。印が多ければ日主はかえって寡で、「母多子病」の局を成す。どこで七殺のさらに来て印を生じ身を克するに堪えられようか(底本の「堪再見」の上に「何」の一字が脱す)。例を挙げる。戊戌・己未・辛未・丁酉、日干は辛金。土が旺し多く、山の崩れて頂を圧するがごとし。日元辛金は母旺に子虚で、すでに埋金の象である。時干の丁火七殺は、一方で土印を生じてその虐を助長し、一方で弱日を克して主人を欺凌する。その滋生し蔓延する禍患は、想うに知れる。

攻身:日干衰弱,即怕七殺,日弱既主萎靡,何堪再見七殺之攻。例如:丁卯、乙巳、辛卯、乙未。辛生已月,已患失令。群木旺火,爭相摧殘。又少幫扶之字,其弱可知,或以丁火七殺攻身之弊,與眾財挫主之患,較量輕重,則正如五十步與百步耳。制劫:日弱賴劫,亦怕七殺。身方恃劫維持,何堪再見七殺制去。例如:甲辰、丁卯、辛未、庚庚。以失令之辛金敵得時之眾木,豈其可乎,庚金劫財,能幫辛金,亦能克木。正喜不乏撥助,距料丁火七殺,制住庚金。總臂扼喉,抱憾甚矣。

第三、攻身。日干がもともと衰弱なら、七殺を怕れる。日主は一たび弱れば萎靡して振るわず、どこで七殺のさらに来て攻撃するに堪えられようか。例を挙げる。丁卯・乙巳・辛卯・乙未、日干は辛金。辛は巳月に生まれてすでに失令し、満局の木と旺火がまた争い摧殘し、四柱のなかにさらに帮扶の字がいくつもない。その弱さは知れる。もし丁火七殺の攻身の弊と衆多の財星の主を挫ぐ患を取りて軽重を較べれば、それは五十歩と百歩の別に過ぎず、みな害である(底本二か所の「已月」「已患」の「已」はいずれも巳の誤り)。第四、制劫。日主が弱くてまさに劫財に倚頼して支撐する者は、また七殺を怕れる。日主はまさに劫財に頼りて維持し、どこで七殺がそれを制し去るに堪えられようか。例を挙げる。甲辰・丁卯・辛未・庚某、日干は辛金。一つの失令の辛金をもって時を得た満局の木に抵当せしめて、どこで当てられようか。時干の庚金劫財は、よく辛金を助け、またよく木を克し、まさにこの一点の援助を喜ぶ。料らず月干の丁火七殺が庚金を制住する。咽喉を扼し臂膀を按ずるに等しく、まことに遺憾である(底本は時柱を「庚庚」と作すが、六十甲子の一つに非ず、誤字あるべし。「距料」の「距」は詎の誤り)。この二例は前一節の「制劫を利とす」の二例とちょうど対照を成す。同じ七殺の制劫でも、身強なれば財を救い、身弱なれば援を去る。利害は全く反対である。

七殺所喜:耗財:身弱印輕財重,愛七殺,既見殺,喜印比之幫身。身強印重財輕,怕七殺,既見殺,喜傷食以制煞生財。生印:身印並衰,愛七殺,既見殺,喜殺重生印。日弱印強性七殺,既見殺,喜食財以兩制之。攻身:日干強,愛七殺,既見殺,喜財旺以生之。日干弱,怕七殺,既見殺,喜印旺以解之。制劫:身強有劫,愛七殺,既見殺,喜財旺以生之。身弱賴劫,怕七殺,既見殺,喜食傷以制之。

八字のなかにすでに七殺を見たら、さらに何を配するを喜ぶか。依旧として四項に従って言う。耗財に就いて論ずれば、身弱に印軽く財重で七殺を愛する者は、印綬と比劫が来て身を助け、日主が担い得るようにするを喜ぶ。身強に印重く財軽で七殺を怕れる者は、食神傷官が来て七殺を制住し、同時に財星を生起するを喜ぶ。一挙両得である。生印に就いて論ずれば、身と印がともに衰えて七殺を愛する者は、七殺が重きを喜び、よく印を生ずるを好む。日弱に印強で七殺を怕れる者は、食傷と財星が双管斉下するを喜ぶ——食傷は殺を制し、財星は印を壊して、両頭ともに制住する(底本の「日弱印強性七殺」の「性」は怕の誤り)。攻身に就いて論ずれば、日干が強く七殺を愛する者は、財が旺して行って七殺を生じ、その点の威権をさらに足らしめるを喜ぶ。日干が弱く七殺を怕れる者は、印が旺して来て化解するを喜ぶ——印は殺の気を泄して身を生じ得、敵を化して友と為すの法である。制劫に就いて論ずれば、身強に劫あるて七て七殺を愛する者は、財が旺して殺を生ずるを喜ぶ。身弱に劫に頼るて七殺を怕れる者は、食傷が来て七殺を制住し、その点の劫財を保つを喜ぶ。見うべきは、七殺に対するは「制」と「化」の二条の路を出ず。食傷はこれを制し、印綬はこれを化する。どちらを用いるかは日主の強弱を見て定める。

七殺所忌:耗財:身弱印輕財重,愛七殺,既見殺,忌傷食生財制殺。強印重財輕,怕七殺,既見殺,忌殺再加強。生印:身印並衰愛七殺,既見殺,忌食傷制去。日弱印強怕七殺,既見殺忌殺再加強。攻身:日干強,愛七殺,既見殺,忌食傷再制去。日干弱,怕七殺,既見殺忌財復生之。制劫:日強有劫,愛七殺,既見殺,忌食傷再制去。日弱賴劫怕七殺,既見殺,忌財旺再生之。

反対に所忌を言う。耗財に就いて論ずれば、身弱に印軽く財重で七殺を愛する者は、食神傷官が来て財を生じまた殺を制するを忌む——それは一方で財の分量を加重し、一方で唯一の救兵を取り壊すに等しい。身強に印重く財軽で七殺を怕れる者は、七殺がさらに加強するを忌む(底本の「強印重財軽」の上に身の一字が脱す)。生印に就いて論ずれば、身印並び衰えて七殺を愛する者は、食傷が七殺を制し去るを忌む。七殺はここではまさに印を生ずる来源だからである。日弱に印強で七殺を怕れる者は、七殺がさらに加強するを忌む。攻身に就いて論ずれば、日干が強く七殺を愛する者は、食傷がさらに七殺を制し去るを忌む。威権一たび失えば、この命は倚仗する所なしとなる。日干が弱く七く七殺を怕れる者は、財星がさらに行ってそれを生ずるを忌む。敵に資するに等しい。制劫に就いて論ずれば、日主が強く劫あって七殺を愛する者は、食傷がさらに七殺を制し去るを忌む。日主が弱く劫に頼って七殺を怕れる者は、財が旺してさらに七殺を生ずるを忌む。七殺の一節を通観すれば知れる。七殺は全部六神の中で最も凶にして最も貴き一位で、用いよければ権柄に化し、用いよくなければ禍根となる。その間の分寸は全く日主が任じ得るか否か、制化あるか否かにある。

正官

正官之構成:克我而與我異性者,是也。例如:甲木日干,見辛金,金能克木,甲木為辛金所克,而甲為陽性,辛為陰性,陰陽相異故辛即甲之正官。按甲見辛見酉,乙見庚見申,丙見癸見子,丁見壬見亥,戊見乙見印,已見甲見寅,庚見丁見午,辛見丙見己,壬見己見丑未,癸見戊見辰戌。皆為正官。

正官はどのように構成されるか。凡そ我を克する者で、陰陽が我と異なるものが正官である。例を挙げる。甲木日干が辛金を見れば、金は木を克し得、甲木は辛金に克される。甲は陽に属し、辛は陰に属して陰陽が異なるので、辛は甲の正官である。以下は作者が十干に従って列した対照である。甲日は辛・酉を見、乙日は庚・申を見、丙日は癸・子を見、丁日は壬・亥を見、戊日は乙・卯を見、己日は甲・寅を見、庚日は丁・午を見、辛日は丙・巳を見、壬日は己・丑未を見、癸日は戊・辰戌を見る——これらはみな正官である。七殺と一比すれば明らかである。同じく我を克するも、同性の相克は七殺、異性の相克は正官。異性の相克は夫婦の配合のごとく、克中に情あり。ゆえにその克には節制があって身を傷らない。これがまさに正官の貴ぶべき所である(底本の「戊見乙見印」の「印」は卯の誤り、「已見甲」の「已」は己の誤り、「辛見丙見己」の「己」は巳の誤り)。

正官雜談:正官者,六格之正氣,忠信之尊名,治國齊家之有道。蓋陽見陰克,陰見陽克,如人之有一夫一婦。陰陽調和,剛柔配合,以成道也,父官者管也。一縣有官人居治下,均須受其管束,雖有狡者,亦必循規蹈矩。居仁由義,不敢放逸為非。苟無官管,則將放於禮法之外,故以制我身者為正官,萬不可遭損破也。月令提綱之官,如本府太守,本縣令尹,管制最重。年上之官,其上最尊。第亦須視其強弱如何,而斟衡也。

正官は六格のなかで最も純正の気で、忠信の尊名で、治国斉家の正道である。何をもって見るか。陽干が陰干の来て克するを見、陰干が陽干の来て克するを見るは、人に一夫一婦あるがごときで、陰陽調和し剛柔相配して、初めて道を成すからである。「官」という字の本義はすなわち「管」である(底本の「父官者管也」の「父」は夫の誤り)。一県の内に官があれば、その治下に住む人は皆管束を受け、たとえ狡詐の徒あれども、必ず規に循い矩に蹈み、仁に居り義に由りて、放縱して非を為すことを敢えてしない。もし官の来て管するがなければ、人は放蕩して礼法の外に出でる。ゆえに命学上は我が身を制し得るこの一位を正官と定名し、万万これを損壊せしめてはならない。また正官の居する位置にも講究がある。月令提綱上の官は、本府の太守・本県の令尹に譬えられ、管制の力が最も重い。年柱上の官は、その地位が最も尊い。ただしなおそれ本身の強弱いかんを見て、さらに斟酌衡量を来さねばならず、ただ位置を凭に高下を論じてはならない。この段のいう「提綱」とはすなわち月支で、全局の綱領であり、格を取り用を取るにみなまずそれを見る。

正官之能力:引財,生印,拘身,制劫。正官之利:重財:身強財弱,遂喜正官。正官能引財拘身,以存財也。例如:乙巳、辛巳、丙子、癸巳。初夏丙火,三見巳祿可謂旺矣。辛金之財,不免火多焦熔,還賴金水正官克火救金,是即所謂引財也。生印:身強印弱。尤愛正官。正官能拘束日干、滋生印綬也。例如:辛巳、癸巳、丙子、乙未。退氣之乙木,遠不如當旺之丙火。何況丙得兩祿,豈不患子多母弱哉。月頭癸水正官,斂火之威,助木之勢,生印之功,厥亦偉矣。

正官には四種の能力がある。引財・生印・拘身・制劫。まずその好い所を言い、頭の二項は引財と生印である。第一、引財。日主が強く財星が弱い者は、正官を喜ぶ。正官は財を引き出せ、また日主を拘えて、財星を保存し得るからである(この条の小標題は底本で「重財」と作すが、上文の列する「引財」と合わず。引財を是とすべき)。例を挙げる。乙巳・辛巳・丙子・癸巳、日干は丙火。初夏の丙火は、四柱に巳を三見して禄地となり、旺極と言うべき。月干辛金のこの財は、衆火に焼熔されるを免れがたい。このとき時干の癸水正官が来て火を克し金を救うに頼る。これがいわゆる「引財」である。第二、生印。日主が強く印綬が弱い者は、ことさら正官を愛する。正官は日干を拘束し得、同時に印綬を滋生し得るからである。例を挙げる。辛巳・癸巳・丙子・乙未、日干は丙火。時干の乙木は退気の木で、当旺の丙火の有力にはるかに及ばない。いわんや丙火は二つの巳に得禄して、まさに子旺に母衰を患う。月干の癸水正官は、一方で火の威勢を収斂し、一方で木の気勢を助長して、その印を生ずる功労もまた大いなる。見るべし、正官の利は多くは直接身を助けるに在らず、全局の偏枯を調停するに在る。

拘身:日干旺甚,過旺則身無所依,即愛正官。正官能拘束日干,不敢為非作惡也。例如:辛卯、癸巳、丙午、丙申。丙日旺甚。幸喜癸水正官之克火稍殺其炎,拘身有功,或憾乎杯水車薪。然有辛申兩金之生,癸水強弱,尚有源源,仍可取焉。制劫:日干既旺,復壘見劫財,劫盛即助身為虐,亦愛正官。正官能制去劫財,使日干潔身自好也。例如:癸巳、丁已、丙子、丁酉。日主既旺,益以兩比兩劫,酉金之財星危矣。癸水正官,剋制已火比肩,固較欠強。然得祿於子,受生於酉,亦足以去兩丁之劫財,不可與揚湯止沸同論也。

さらに後の二項の好い所を言う。拘身と制劫である。第三、拘身。日干が旺じて太過に至れば、過旺なら一身の依托する所なし。このとき正官を愛する。正官は日干を拘束して、それに非悪を為すを敢えてせしめない。例を挙げる。辛卯・癸巳・丙午・丙申、日干は丙火。丙日は旺きこと甚しく、幸いに月干の癸水正官が火を克して、ややその炎その炎勢を殺ぐ。拘身に功あり。ある人はあるいはそれが杯水車薪で力量小なりと嫌うも、然るに年干の辛金と時支の申金が来て生じ、癸水は源源として絶えず、なお取用し得る。第四、制劫。日干はすでに旺し、また重畳して劫財を見れば、劫財は一たび盛んなれば日主を助けて虐を為す。このときも正官を愛する。正官は劫財を制し去って、日干に潔身自好せしめ得る。例を挙げる。癸巳・丁巳・丙子・丁酉、日干は丙火。日主はすでに旺し、さらに巳二つを比肩とし丁二つを劫財とすれば、時支酉金のあの点の財星は危ない。年干の癸水正官は巳火比肩を克制す。力量は固よりやや足らざるに嫌うも、然るにそれは日支子の上で得禄し、また時支酉金の生を受けるので、また丁火星の劫財二つを去るに足る。「揚湯止沸」のような標を治して用なきの弁法をもって相提し並べ論ずべからず(底本の「丁已」「已火」の「已」はいずれも巳の誤り)。

正官之弊:引財:身弱財強,遂怕正官,財強已恐身不能任,何堪再見正官,引財拘身。例如:癸丑、辛酉、丙子、丙申。金多火少,時在深秋,日元為丙,自屬財強身弱,再見癸水正官,引旺財。克衰主,是更危如壘卵,固以財為病之原,亦以官為病之表耳。生印:身弱印強,尤怕正官。印多則身寡,母多子病,何堪再見正官拘身生印。例如:癸卯、乙卯、丙子、乙未。丙火生於春令,又見四木,印多而旺,即不免母多子病。癸水正官克身固非喜,然其生印不啻助桀為虐,尤可憎也。

さらに正官の弊所を言う。同じくまず引財と生印を講ず。第一、引財。日主が弱く財星が強い者は、正官を怕れる。財はすでに強く日主が担い得ぬに至り、どこで正官のさらに来て財を引き身を拘するに堪えられようか。例を挙げる。癸丑・辛酉・丙子・丙申、日干は丙火。金が多く火が少なく、時令はまた深秋に在り、日元は丙で、自ずから財強に身弱に属する。さらに年干の癸水正官を見れば、旺財を引き出して行って衰主を克する。それはさらに危うきこと累卵のごとし。帰じて言えば、財は病根で、官は病象である——病の来源は財に在り、病を顕出するは官に在る。第二、生印。日主が弱く印綬が強い者は、ことさら正官を怕れる。印が多ければ日主はかえって寡で、母多子病の局を成す。どこで正官のさらに来て身を拘し印を生ずるに堪えられようか。例を挙げる。癸卯・乙卯・丙子・乙未、日干は丙火。丙火は春令に生まれ、四柱にまた木字四つを見て、印は多くかつ旺し、母多子病を免れがたい。年干の癸水正官が身を克するは固より好事に非ず、それが行って印を生ずるは、さらに桀を助けて虐を為すに異なく、ことさら憎むべしである。

拘身:日干衰弱,即怕正官。身弱既主萎靡,何堪再見正官拘身。例如:庚辰、庚辰、丙子、丙申。丙火生於春令,又見四木,印多而旺,即不免母子多病。水正官克身固非喜,然其生印不啻助桀為虐,尤可憎也。拘身:日干衰弱,即怕正官。身弱既主萎靡,何堪再見正官拘身。例如:庚辰、庚辰、丙子、丙申。丙火日元,除時上一重比肩,為幫身外,餘皆洩克之神,弱而不堪任財任子辰會局,官星結黨,其拘身之禍最為猖獗,啻洪水猛獸耶。

第三、拘身。日干がもともと衰弱なら、正官を怕れる。身弱はもともと萎靡して振るわず、どこで正官のさらに来て拘束するに堪えられようか。この条は底本に二回重出し、前の一回に附する解説の文字は上の一条「生印」の解説とほとんど全く同じで、明らかに排印のとき誤って上文を重ねて写したものだが、挙げた八字は庚辰・庚辰・丙子・丙申で、解説のいう「また四木を見、印多くして旺なり」とは合わない。そのうち「水正官」の三字の上に「癸」の一字が脱し、ここは底本に脱文あり。いまは写して補わず、敢えて臆改しない。後の一回の解説を正とすべきである。庚辰・庚辰・丙子・丙申、日干は丙火。丙火日元は時干の一重の丙火比肩が身を助け得るほか、残りの各字はみな泄気と克身の神で、弱くて財さえも担い得ない。いわんや申子辰が会して水局を成し、官星は党羽を結成して、その身を拘する禍は最も猖獗で、まさしく洪水猛獣のごとし。この例はまさに前一節の「日干旺きこと甚しくして正官の拘身を愛す」と相反する。同じ拘身でも、身旺なれば節制となり、身弱なれば圧迫となる。

制卻:身弱用動。亦怕正官。身方賴動維持。何堪再見正官制去。例如:丁酉、癸丑、丙子、丁西。丙雖失令於冬,幸有丁火劫財,兩透干頭,而可倚以為幫身,距料癸水正官,制去劫財,精華盡失,正如病犯絕症,其勢殆矣。

第四、制劫。日主が弱くてまさに劫財を用いる者は、また正官を怕れる。日主はまさに劫財に頼りて維持し、どこで正官がそれを制し去るに堪えられようか。例を挙げる。丁酉・癸丑・丙子・丁酉、日干は丙火。丙火は冬に失令するも、幸いに丁火劫財二つが天干上に透して、それらを倚って身を助け得る。料らず月干の癸水正官が劫財を制し去り、全局の精華はこれより喪尽する。まさに病人の絶症を得るがごときで、情勢は危殆である。この条は前一節の「日干すでに旺にして正官の制劫を愛す」とちょうど一正一反を成す。劫財はもと財を奪う物で、身旺のときはそれを去れば好事だが、身弱のときはそれは救命の幇手であり、このときそれを去ればすなわち災である。底本のこの条は訛字が多く、標題の「制却」は制劫の誤り、「身弱用動」「身方頼動維持」の二か所の「動」はいずれも劫の誤り、「距料」の「距」は詎の誤り、時柱の「丁西」は丁酉の誤り。

正官所喜:引財:身強財弱愛正官,既見官,喜財旺以生之。財多身弱怕正官,既見官,喜印旺以洩之。生印:身強印弱愛正官,既見官,喜官旺生印。身弱印強怕正官,既見官,喜食財以兩制之。拘身:日干強,愛正官,既見官,喜財旺以生之。日干弱,怕正官,既見官,喜印旺以解之。制劫:身強有劫,愛正官,即見官,喜財旺以生之。身弱賴劫,怕正官,既見官,喜印以生身。

八字のなかにすでに正官を見たら、さらに何を配するを喜ぶか。やはり四項に従って言う。引財に就いて論ずれば、身強に財弱で正官を愛する者は、財が旺して行って官を生じ、官が旺すれば財を引く力がさらに足るを喜ぶ。財多に身弱で正官を怕れる者は、印が旺して来て官の気を泄するを喜ぶ——印は官星の克力を身を生ずる力に転化し得、最も巧みな一著である。生印に就いて論ずれば、身強に印弱で正官を愛する者は、官が旺して行って印を生ずるを喜ぶ。身弱に印強で正官を怕れる者は、食神と財星が双管斉下するを喜び、食傷は官を制し、財星は印を壊して、両辺とも節制を加える。拘身に就いて論ずれば、日干が強く正官を愛する者は、財が旺して来て官を生ずるを喜ぶ。日干が弱く正官を怕れる者は、印が旺して来て化解するを喜ぶ。制劫に就いて論ずれば、身強に劫あって正官を愛する者は、財が旺して官を生ずるを喜ぶ。身弱に劫に頼って正官を怕れる者は、印綬が来て身を生ずるを喜び、身は一たび旺すれば官の拘束を懼れず。総じて一句。官旺に身弱なら印を用いて化し、身旺に官弱なら財を用いて生ず。これが正官格の取用の二条の大路である。

正官所忌:引財:身強財弱愛正官,既見官,忌偏印以洩弱之。身弱財強怕正官,既見官,忌財官再加重。生印:身強印弱愛正官,既見官,忌食傷以合制之。身印強,怕正官,既見官,忌官印再加重。拘身:日干強,愛正官,既見官,忌食傷以合制之。目干弱,怕正官,既見官,忌財旺發生之。制劫:身強有劫,愛正官,既見官,忌食傷以合制之。身弱賴劫,怕正官,既見官,忌財官再加重。

反対に所忌を言う。引財に就いて論ずれば、身強に財弱で正官を愛する者は、偏印が来て官星を泄弱するを忌む——印は一たび官を泄せば、官は財を引く力なしとなる。身弱に財強で正官を怕れる者は、財と官がさらに加重するを忌む。それは雪上加霜である。生印に就いて論ずれば、身強に印弱で正官を愛する者は、食神傷官が行って官星を合制するを忌む。身弱に印また強く正官を怕れる者は、官と印がさらに加重するを忌む(底本の「身印強」の上に弱の一字が脱す)。拘身に就いて論ずれば、日干が強く正官を愛する者は、食傷が官星を合制するを忌む。官は一たび制せられれば、日主はまた約束を失う。日干が弱く正官を怕れる者は、財が旺して行って官を生ずるを忌む(底本の「目干」は日干の誤り、「発生之」は復生之の誤り)。制劫に就いて論ずれば、身強に劫あって正官を愛する者は、食傷が官星を合制するを忌む。身弱に劫に頼って正官を怕れる者は、財官がさらに加重するを忌む。正官の一節を合わせて観れば、その大旨はこうである。正官は六神の中で最も純正の物で、生じ護るを宜とし克破を宜とせず、ただ日主が衰弱し官星が太重き時にのみ、印を用いて化し食傷を用いて制することを要す。この一点の分寸は七殺とちょうど相反する——七殺は制を以て常とし、正官は護を以て常とする。

食神

食神之構成:我所生,而與我同性者是也。例如:甲木日干,見丙火,木能生火。丙火為甲木所生,而為陽性,丙亦為陰性,兩性相同,故丙即甲之食神。按甲見丙見巳,乙見丁見午,丙見辰見戌,丁見己見丑未,戊見庚見申,己見辛見酉,庚見壬見亥,辛見癸見子,壬見甲見寅,癸見乙見卯,皆為食神。

食神はどのように構成されるか。凡そ我が生ずる者で、陰陽が我と同じであるものが食神である。例を挙げる。甲木日干が丙火を見れば、木は火を生じ得、丙火は甲木の生ずる所である。甲は陽に属し、丙もまた陽に属して両者同性なので、丙は甲の食神である(底本の「而為陽性,丙亦為陰性」は、前句は「甲」の一字を脱し、後句の「陰」は陽の誤り。両性はすでに相同と称する以上、自ずからともに陽である)。以下は作者が十干に従って列した対照である。甲日は丙・巳を見、乙日は丁・午を見、丙日は戊・辰戌を見、丁日は己・丑未を見、戊日は庚・申を見、己日は辛・酉を見、庚日は壬・亥を見、辛日は癸・子を見、壬日は甲・寅を見、癸日は乙・卯を見る——これらはみな食神である(底本の「丙見辰見戌」は「戊」の一字を脱す。丙日の食神は戊土)。食神と傷官は同じく我の生ずる所で、分別はただ陰陽の同異にある。同性の相生はその気が舒緩なので食神と名づけ、異性の相生はその気が急鋭なので傷官と名づく。

食神雜談:食神者,一名爵星,又名壽星。蓋陽生陽,陰生陰,雖為洩氣,而食神之所生者則為財。乃養命之源,身與食神,有如父子,子旺則生起財來,以奉父母,豈不即是爵星乎。又身之最畏者,當為七殺來克。壽即不永,食神乃能制伏七殺,使不敢來克。俾一身得以優遊裕餘者,食神之力也,豈不即是壽星乎。財被食生,寬裕不竭,然後人之爵祿豐,殺被食制,不敢為禍。然後人之壽元長,此食神之所以大有造於人命也。

食神はまた「爵星」といい、また「寿星」という。この二つの名號は各々来歴がある。まず爵星を言う。陽は陽を生じ、陰は陰を生じ、食神は我が気を泄する者といえども、食神の生ずる所はまさに財であり、財は乃ち命を養う根源である。日主と食神は父子に譬えられ、児子が壮旺なれば財を稼ぎ得て父母を奉養する。これはすなわち爵禄を掌る星ではないか。次に寿星を言う。日主の最も怕れる所は七殺の来て克するに過ぎず、七殺に克されれば寿数は長からず。しかるに食神は偏に七殺を制伏して、それに来て克するを敢えてせしめず、人に一身の従容寛裕を得しめる。これ全く食神の力で、これはすなわち寿元を主る星ではないか。財は食神に生ぜられれば、寛裕にして匱竭せず、人の爵禄はこれによって豊厚となる。七殺は食神に制せられれば、禍を為すを敢えてせず、人の寿元はこれによって綿長となる。これが食神が人命に大いに造就する所以の道理である。合わせて観れば知れる。食神の一神は財と殺の両頭を兼ね管し、進んでは財を生じ得、退いては殺を制し得るので、六神の中で最も和平で貴ばれる。

食神之能力:洩身,生財,制殺,損害。食神之利:洩身:日干強,財官無氣,即以強頑為患,遂愛食神。食神能吐日干秀氣也。例如:癸丑、乙卯、甲子、丙寅。甲乙寅卯東方全,況在鶯啼蝶舞之候。春木正旺,身強可知,益以癸子兩水之生木更嫌太過,全局了無精彩,唯喜丙火食神,發洩秀氣,尚不致為頑木耳。生財:強財弱,尤愛食神,食神能吐秀氣生財也。例如:己卯、丙寅、甲子、乙亥。干甲乙,支寅卯。劫比如林,己土正財,剝奪殆盡。若無丙火食神之生財,勢將身旺無所寄為下命決矣。

食神には四種の能力がある。泄身・生財・制殺・損官(底本の「損害」は損官の誤り。下文を観れば自ずと明らか)。まずその好い所を言い、頭の二項は泄身と生財である。第一、泄身。日干はもともと強く、財と官もまたみな無気なら、強頑を病とする。このとき食神を愛する。食神は日干の秀気を吐露し得るからである。例を挙げる。癸丑・乙卯・甲子・丙寅、日干は甲木。甲・乙・寅・卯が東方の木を湊斉し、いわんや鶯啼き蝶舞う春に生まれて、春木はまさに旺し、身強は知れる。さらに癸水と子水を加えて来て木を生ぜば、さらに太過を嫌い、全局に少しも精彩なし。ただ時干の丙火食神が来て秀気を発泄するを喜ぶのみ。これで初めて一段の頑木に淪せず。第二、生財。日主が強く財星が弱い者は、ことさら食神を愛する。食神は秀気を吐きまた転じて財星を生じ得るからである(底本の「強財弱」の上に身の一字が脱す)。例を挙げる。己卯・丙寅・甲子・乙亥、日干は甲木。天干に甲・乙を見、地支に寅・卯を見て、比肩劫財は樹林のごとく多く、年干己土のこの正財は剥奪されて尽きんとする。もし月干の丙火食神が来て財を生ずるがなければ、この命は勢い身が旺にして寄托する所なく、下等命と断ぜられるべき。両例とも説明する。食神の身強の人に対するは、過剰の気を引き出す唯一の活路である。

制殺:殺重身輕,舉動盡為牽制。即愛食神,食神能制伏七殺。一將當關群邪自服。而身得以自由矣。例如:庚申、甲申、甲戌、丙寅。三木三金,以質量論,無分軒輊。然而秋金當旺,秋木凋零,以勢力論。木自不敵於金,殺乃強過於身。而需乎丙火食之制殺矣。損官:官強身弱,舉動盡為束縛,亦愛食神。食神能合官存身,使身漸得舒適,例如:辛酉、丙申、甲戌、丙寅。秋月甲木,見申酉戌辛,官旺可畏。丙火食神,克合辛金,使金勢稍抑,日主稍揚,則損官即所以救主也。

さらに後の二項の好い所を言う。制殺と損官である。第三、制殺。七殺が重く日主が軽く、一挙一動がみなそれに牽制されるときは、食神を愛する。食神は七殺を制伏し得、一員の大将が関口を守り群邪が自ずから降服するがごとく、日主もまた自由を得るからである。例を挙げる。庚申・甲申・甲戌・丙寅、日干は甲木。木字三つに金字三つで、数量を論ずれば高下を分かない。しかし秋は金がまさに旺で木はまさに凋零し、勢力を論ずれば木は自ずから金に敵せず、七殺はこれによって日より強い。ゆえに時干の丙火食神が来て殺を制するに非ざればならない。第四、損官。正官が強く日主が弱く、一挙一動がみなそれに束縛されるときも、食神を愛する。食神は官星を合住して日主を保存し、日主に漸く舒展を得しめ得るからである。例を挙げる。辛酉・丙申・甲戌・丙寅、日干は甲木。秋月の甲木が、申・酉・戌と年干辛金を見れば、官の旺なること畏るべし。月時両干の丙火食神が辛金を克合して、金勢をやや抑制せしめ、日主はやや揚眉を得る。ゆえに損官はまさに主を救う弁法である。ここでいう「合」は丙辛相合を指し、合すれば官星は絆されて専意に身を克し得ない。硬く克するのとまた一層の分別がある。

食神之弊:洩身:日干弱,遂怕食神。已身尚不健全,何堪再見食神洩氣。例如:乙酉、丙戌、甲戌、乙丑。天干甲乙丙,地支丑戌酉,時在九秋。土金佔優勢,甲日仍患財官之旺,則丙火食神,既生財,又洩身,洵非弱主所喜也。生財:財官身弱,尤怕食神。身既不能旺財,何堪再見食神洩身生財。

さらに食神の弊所を言う。まず泄身と生財を講ず。第一、泄身。日干はもともと弱く、食神を怕れる。自身ですらいまだ健全ならず、どこで食神のさらに来て気を泄するに堪えられようか。例を挙げる。乙酉・丙戌・甲戌・乙丑、日干は甲木。天干は甲・乙・丙、地支は丑・戌・酉、時令はまた九月の深秋に在り、土と金が優勢を占め、甲日はまさに財旺・官旺を患う。それならば月干の丙火食神は、一方で行って土財を生じ、一方でまた木身を泄して、まことに衰弱の日主の好む所ではない(底本の「已身」の「已」は己の誤り)。第二、生財。財と官がともに旺で日主が弱い者は、ことさら食神を怕れる。日主は現有の財ですら担い得ず、どこで食神のさらに来て一方に身を泄し一方に財を生ずるに堪えられようか。この条は底本に命例を附さないが、道理は上条と相通ずる。身弱の人には、食神の行う每一歩——泄身も生財も——みなすでに不足の元気を抽き薄めることである。

制殺:身強殺淺,即怕食神。身方假殺為權,何堪再見食神制去。例如:庚寅、丙戌、甲寅、乙亥。甲雖失時於秋,乃兩見寅祿,時得長生。形與氣既不為弱,且嫌繁蕪,正庚金七之克伐,何期丙火食神,制住庚金。未竟斧鑿之功,豈成棟樑之材。損官:身旺官弱,亦怕食神。身方以官為尊,何堪再見食神合去。例如:丙戌、辛卯、甲子、乙亥。春木而又多邦扶,既旺且強,去撫存菁,端賴辛金正官,然有丙火食神之克合,辛乃用武無地,一官受損,以致八字平凡,減色為何如哉。

第三、制殺。日主が強く七殺が浅ければ、食神を怕れる。日主はまさにこの点の七殺を借りて威権を立てんとし、どこで食神がそれを制し去るに堪えられようか。例を挙げる。庚寅・丙戌・甲寅・乙亥、日干は甲木。甲木は秋に時を失するも、寅を二見して禄地となり、時支の亥はまたその長生で、形も気も弱と算えず、かえって枝葉の繁蕪を嫌い、まさに年干の庚金七殺が来て克伐し修剪するを要する。料らず月干の丙火食神が庚金を制住して、斧鑿の功は成らず、またどうして棟梁の材と為り得よう(底本の「庚金七之克伐」は殺の一字を脱し、「正」の下におそらく喜の一字を脱す)。第四、損官。日主が旺で正官が弱ければ、また食神を怕れる。日主はまさに官星をもって尊貴とし、どこで食神がそれを合し去るに堪えられようか。例を挙げる。丙戌・辛卯・甲子・乙亥、日干は甲木。春木にしてまた帮扶が多く、旺にして強である。雑蕪を去り精華を留めるには、全く月干の辛金正官に頼る。しかるに年干の丙火食神が来て辛金を克合すれば、辛金は武を用うる地なく、一位の官星が損を受けて、八字全体が平凡に変じ、色を減ずること少なからず(底本の「邦扶」は帮扶の誤り、「去撫存菁」は去蕪存菁の誤り)。

食神所喜:洩身:日干強,愛食神,既見食,喜財以流通之。日干弱,怕食神,既見食,喜印以合制之。生財:身強財弱,愛食神,既見食,喜財多生發。身弱財強,怕食神,既見食,喜印助身旺。制殺:殺重身輕,愛食神,既見食,喜比劫食傷生助。身強殺淺,怕食神,既見食,喜見財以和解之。損官:官多身弱,愛食神,既見食,喜比劫食傷生助。身重官輕,怕食神,既見食,喜見財以和解之。

八字のなかにすでに食神を見たら、さらに何を配するを喜ぶか。やはり四項に従って言う。泄身に就いて論ずれば、日干が強く食神を愛する者は、財星が来て食神の気を流通せしめるを喜ぶ。秀気に出路あれば初めて鬱結せず。日干が弱く食神を怕れる者は、印綬が来て食神を合制するを喜ぶ——印は食を克し得、また身を生じ得る。生財に就いて論ずれば、身強に財弱で食神を愛する者は、財が多くて承接し発揮するを喜ぶ。身弱に財強で食神を怕れる者は、印綬が来て日主を帮扶し、身を旺にして財に任じ得らしめるを喜ぶ。制殺に就いて論ずれば、殺重に身軽で食神を愛する者は、比肩劫財と食神傷官が来て食神を生助し、殺を制する力をさらに足らしめるを喜ぶ。身強に殺浅で食神を怕れる者は、財星を見て中より和解するを喜ぶ——財は食神の気を泄してまた殺を生じ、両辺とも傷つかない。損官に就いて論ずれば、官多に身弱で食神を愛する者は、比劫食傷が来て生助するを喜ぶ。身重に官軽で食神を怕れる者は、同じく財が来て和解するを喜ぶ。見るべし、食神格のなかでは「財」は最も緊要の通関の物で、傷官格の道理と同じである。

食神所忌:洩身:日干強,愛食神,既見食,忌梟印奪去了。日干弱,怕食神,既見食,怕再生財。轉輾洩弱。生財:身強財弱,愛食神,既見食,忌梟印奪去之。身弱財強,怕食神,既見食,忌財多轉輾洩弱。制殺:殺重身輕,愛食神,既見食,忌財星黨殺。身強殺淺,怕食神,既見食,忌比劫食傷再助食。損官:官多身弱,愛食神,既見食,忌財重洩食生官。身重官輕,怕食神,既見食,忌比劫食傷再助食。

反対に所忌を言う。泄身に就いて論ずれば、日干が強く食神を愛する者は、「梟印」が食神を奪い去るを忌む——梟印はすなわち偏印で、それは食神を克すること最も烈しく、命学上は「梟神奪食」と称する。食は一たび奪われれば、秀気は発越するに由なし(底本の「奪去了」の「了」は之の誤り)。日干が弱く食神を怕れる者は、それがさらに行って財を生ずるを忌む。泄してまた泄せば、輾転してますます弱る。生財に就いて論ずれば、身強に財弱で食神を愛する者は、梟印が食を奪うを忌む。身弱に財強で食神を怕れる者は、財が多くて輾転に泄弱するを忌む。制殺に就いて論ずれば、殺重に身軽で食神を愛する者は、財星が行って七殺に党助するを忌む——財は殺を生じ、敵人に兵を添えるに等しい。身強に殺浅で食神を怕れる者は、比劫食傷がさらに来て食神を助長し、僅かな一点の七殺を徹底して制し死なせるを忌む。損官に就いて論ずれば、官多に身弱で食神を愛する者は、財の重きを忌む。財は一方で食神を泄し、一方で官星を生じ、両頭ともに倒忙を助けるからである。身重に官軽で食神を怕れる者は、比劫食傷がさらに食神を助けるを忌む。食神の一節を総括すれば、食神は性が和で、福寿爵禄を主る。しかし最も梟印の来て奪うを怕れ、次に身弱にして泄に任じ得ぬを怕れる。読者は傷官の一節と参看すべし。両者の用法は大同にして気象は小異である。

偏正印(偏印の一名を梟神という)

偏正印之構成:生我而與我同性者,為偏印。生我而與我異性者,為正印。例如:甲木日主見壬癸水,水能生木,甲木為壬癸水所生。甲為陽性,壬亦為陽性,兩性相同故壬是甲之偏印。甲為陽性,癸為陰性,陰陽相異,故癸是甲之正印。按甲見壬見亥,乙見癸見子,丙見甲是寅,丁見乙見卯,戊見丙見已,己見丁見午,庚見戊見辰戌,辛見己見丑未,壬見庚見申,癸見辛見酉,皆為偏印。甲見癸見子,乙見壬見亥,丙見乙見卯,丁見甲見寅,戊見丁見午,己見丙見己,庚見己見丑未,辛見戊見辰戌,壬見辛見酉,癸見庚見申,皆為正印。

偏印と正印はどのように構成されるか。凡そ我を生ずる者で、陰陽が我と同じであるものは偏印、我を生ずる者で、陰陽が我と異なるものは正印である。例を挙げる。甲木日主が壬水・癸水を見れば、水は木を生じ得、甲木は壬癸水の生ずる所である。甲は陽に属し、壬もまた陽に属して両者同性なので、壬は甲の偏印。甲は陽に属し、癸は陰に属して陰陽が異なるので、癸は甲の正印。作者は続いて十干に従って各々一表を列す。偏印に属するは、甲日は壬・亥を見、乙日は癸・子を見、丙日は甲・寅を見、丁日は乙・卯を見、戊日は丙・巳を見、己日は丁・午を見、庚日は戊・辰戌を見、辛日は己・丑未を見、壬日は庚・申を見、癸日は辛・酉を見る。正印に属するは、甲日は癸・子を見、乙日は壬・亥を見、丙日は乙・卯を見、丁日は甲・寅を見、戊日は丁・午を見、己日は丙・巳を見、庚日は己・丑未を見、辛日は戊・辰戌を見、壬日は辛・酉を見、癸日は庚・申を見る。両表を対看すれば知れる。同じ日干でも、偏印と正印の指す五行は同じにして陰陽は相反する。ちょうど偏財が正財に対するがごとし。底本の「丙見甲是寅」の「是」は見の誤り、「戊見丙見已」「己見丙見己」二か所の末字はいずれも巳の誤り。

偏正印雜談:印綬者,乃五行生我之名。乃我氣之源,為生氣,為父母,又能護我官星,使無傷克,具此格者,主聰明,多智慧。性慈惠,語善良,平生少病,亦且少逢凶橫。若為官則必清廉,不拘文武,皆掌印信。偏正印之能力:生身,洩官殺,御傷,挫食。

「印綬」は五行の中で我を生ずる者の通名である。それは我が一身の気の源头なので生気と称し、また父母に比する。またよく我が官星を護って、官星に傷克を受けさせない——傷官はもと官を克せんとするが、印は傷官を制し得、官星はこれで保全されるからである。八字がこの格を帯びる人は、聡明にして智慧多く、性情は慈惠で、言語は善良、一生に病少なく、また凶横の事に遇うことも少ない。もし官を為せば、必ず清廉で、文武を論ぜず、みな印信を執掌できる。印の能力に至っては、合わせて四種ある。一は生身、二は泄官殺、三は御傷(傷官を抵御する)、四は挫食(食神を挫抑する)。この四項のなか、前の二項は印の正用で、後の二項は印の旁用である。而して「挫食」の一項は食神格の上に用いればすなわち梟神奪食となる。利か害かは全く日主の強弱を見る。下文で利弊を分論するとき、最もここに留心すべきである。

偏正印之利:生身:日干弱,當賴印綬滋扶身旺。例如:丁卯、辛亥、戊子、丙辰。亥卯半木局,子辰半水局,時在初冬水令,則偏重於水木才官,而戊土輕矣。妙有丁火正印,丙火偏印,協力生身,使日主可以任財任官。其功益豈淺鮮哉。洩官殺:日干弱,官殺力強,身不能任,當賴印綬洩官殺而助身。例如:癸卯、乙卯、戊子、丁巳。官重身輕,以乙木正官之得令,戊土日元之時,設非丁火正印,盜洩旺官,生助弱主,幾成危局。此所以印綬之大有造於斯命民。

まず印の好い所を言う。頭の二項は生身と泄官殺である。第一、生身。日干が衰弱なら、印綬に頼りて滋養扶助し、身を転じて旺たらしめるを要する。例を挙げる。丁卯・辛亥・戊子・丙辰、日干は戊土。亥と卯は合して半分の木局を成し、子と辰は合して半分の水局を成し、時令はまた初冬の水旺の際に在り、全局は水木に偏重し、すなわち財と官に偏重し、戊土日主は軽きに顕れる(底本の「水木才官」の「才」は財の誤り)。妙なるは年干の丁火が正印、時干の丙火が偏印で、両印が協力して身を生じ、日主に財を担い官を担ぐに足る力量あるを得しめる。その功労は岂小事ならんや。第二、泄官殺。日干が弱く官殺の力が強く、日主が承当し得なければ、印綬に頼りて官殺の気を泄して來て身を助けるを要する。例を挙げる。癸卯・乙卯・戊子・丁巳、日干は戊土。これは官重く身軽の局である。月干の乙木正官は令に当たり勢いを得、戊土日元は時を失い力なし。もし時干の丁火正印が中間に在って旺官を盗泄し転じて弱主を生助するがなければ、ほとんど危局を成すところ。これがまさに印綬がこの命に大いに造就する所以のゆえんである。ここで「泄官殺」の三字は最も体会すべし。印は官殺と争わず、ただその力量を接取して我を生ずる気に変ずる。化解であって対抗ではない(底本の「戊土日元之時」の上に失の一字を脱し、「斯命民」の「民」は也の誤り)。

御傷:日干弱,傷官力重,全賴印綬駕御傷官。例如:戊戌、辛酉、戊申、丁巳。金多而又在金令,其耗盜戊土,猛烈非常,雖有年頭兩比,可以幫身。然而丁巳兩印之御制傷官,其功尤偉。諺謂揚湯止沸,不如斧底抽薪,即此意也。挫食:日干弱,食神太重,當賴印之挫食滋身。例如:丙申、丙申、戊戌、庚申。戊見一庚三申,洩氣可憎,自喜丙火偏印之滋身挫食,而以情勢權衡,挫食之事,更殺滋身為重要,若拘於食神不宜梟奪之說,則忌矣。

さらに後の二項の好い所を言う。御傷と挫食である。第三、御傷。日干が弱く傷官の力が重ければ、全く印綬に頼りて来て傷官を駕馭制服する。例を挙げる。戊戌・辛酉・戊申・丁巳、日干は戊土。金が多くまた金旺の酉月に生まれ、それが戊土の気を耗盗するは猛烈異常である。年干・日干の戊土比肩二つが身を助け得るあれども、然るに時柱の丁火と巳火という两位の印綬が傷官を抵御制伏するのは、功労ことに大いなる。俗に「揚湯止沸は、釜底抽薪に如かず」といい、まさにこの意である——比肩の帮身はただ水を添えて温を降ずるにすぎず、印綬の制傷官こそ薪を抽き去るものである。第四、挫食。日干が弱く食神が太重きなら、印綬に頼りて食神を挫抑し、同時に日主を滋養するを要する。例を挙げる。丙申・丙申・戊戌・庚申、日干は戊土。戊土は庚一つ・申三つを見て、気を泄すること酷い。自ずから丙火偏印が一方で身を滋し一方で食を挫ぐを喜ぶ。而して情勢の軽重を衡量すれば、挫食のこの事はなお滋身に来るほど緊要ではない。もし「食神は梟神に奪わるるを宜とせず」の成説を死守すれば、かえって誤る(底本の「更殺滋身」の「殺」は較の誤り)。この一段は韋氏の通変の論である。成説はただ参考とすべく、拘泥すべからず。命を見るは終竟まさしく目下の情勢をもって権衡を要す。

偏正印之弊:生身:日干強,財官力薄,更怕印綬助身。例如:丙辰、戊戌、戊午、壬戌。重土重火,日干強極,而官藏無力。財露被劫,自屬下命。然則何需乎丙午兩印之生身耶,印之為害既甚,當先謀去之之道,為上策矣。洩官殺:日干強,官殺力薄,更怕印綬洩之。例如:乙未、丙戌、戊午、己未。八字中土土其五,比劫既多,日主自強,幸有乙木正官之疏土拘身。乃又有丙火午火,印綬洩官,致官不能直接剋日,豈非全功盡棄乎。

さらに印の弊所を言う。やはりまず生身と泄官殺を講ず。第一、生身。日干はもともと強く、財と官がともに力薄ければ、さらに印綬が来て身を助けるを怕れる。例を挙げる。丙辰・戊戌・戊午・壬戌、日干は戊土。土が重く火が重く、日干は強きこと極処に至る。官星はただ支の裏に蔵して力なく、財星は時干に透するも比劫に奪われ、もとより下等命に属する。すでに然りとなれば、どこで年干の丙火と日支の午火という两位の印綬が来て身を生ずるを要とせんや。印はここでは害を為すことすでに深く、まず法を設けてそれを去るが上策である。第二、泄官殺。日干はもともと強く、官殺の力が薄ければ、さらに印綬が官殺の気を泄し去るを怕れる。例を挙げる。乙未・丙戌・戊午・己未、日干は戊土。八字のなかで土は五つの字を占め、比肩劫財はすでに多く、日主は自ずから強旺である。幸いに年干の乙木正官が来て厚土を疎松し日主を拘束する。誰か知らん、また月干の丙火と日支の午火の两位の印綬が官星の気を泄し去って、官星に直接日主を克制せしめ得ざらしめる。これは岂前功を尽く棄つるにあらずや(底本の「土土其五」は土居其五の誤り)。見るべし、印は官殺を化し得、身弱のときは救星だが、身旺のときは禍首である。

御傷:日干強,傷官力薄,更怕印綬御去傷官。例如:丙戌、辛旺、戊戌、戊午。土旺身強,所賴辛金傷官,發洩秀氣,然丙火梟印,御去辛金,致日主旺無所依。命局之不可收拾,即為此一印耳。挫食:日干強,食神力薄,更怕印之挫食。例如:庚子、丙戌、戊戌、戊午。此命與上例相仿,旺土賴庚金食神以吐秀,所憾丙火梟印,挫制食神,亦病重藥輕之造。土重為病,丙火為病中之病也。

第三、御傷。日干はもともと強く傷官の力が薄ければ、さらに印綬が傷官を抵御し去るを怕れる。例を挙げる。丙戌・辛某・戊戌・戊午、日干は戊土。土が旺に身が強で、倚靠する所はただ辛金傷官が来て秀気を発泄するのみ。しかるに年干の丙火は梟印で、辛金を抵御し去った。これによって日主は旺といえども依托する所なく、命局全体の収拾すべからざる所以は、まさにこの一位の印に壊れた(底本は月柱を「辛旺」と作すが、六十甲子の一つに非ず、誤字あるべし)。第四、挫食。日干はもともと強く食神の力が薄ければ、さらに印綬が来て食神を挫抑するを怕れる。例を挙げる。庚子・丙戌・戊戌・戊午、日干は戊土。この命は上の一例と相倣う。旺土は全く年干の庚金食神に頼りて秀を吐く。惜しむべし月干の丙火梟印が食神を挫制する。これも「病重に薬軽し」の格局で——土重きは本来の病で、丙火はすなわち病中の病で、僅かな一味の薬までも毀した。両例を合わせて見れば、まさに前一節の「挫食を利とす」の例と相反する。身弱なれば梟印が食を奪うも妨げなく、身強なれば梟印が食を奪うは大害である。分寸は全く日主強弱の四字の上にある。

偏正印之喜:生身:日干弱,有印綬生身,最喜官星生印。日干強,又有印綬生身,即喜財以制之。洩官殺:日干弱,官殺強,有印綬洩官殺,喜印身兩旺。日干強,官殺弱,又有印綬洩官殺,喜堸扶官殺。御傷:日干弱,傷官強,有印綬駕御傷官,喜印旺御傷助身。日干強,傷官弱,又有印綬駕御傷官,喜財旺克印以制之。挫食:日干弱,食神強,有印綬合食,喜印旺助身去食。日干強,食神弱,又有印之挫食,喜財旺克印以制之。

八字のなかにすでに印綬を見たら、さらに何を配するを喜ぶか。やはり四項に従って言う。生身に就いて論ずれば、日干が弱く印あるて身を生ずる者は、最も官星が行って印を生ずるを喜ぶ。官は印を生じ、印は身を生じ、一条の脈絡が貫通する。日干が強くまた印あるて身を生ずる者は、財星が来て印を制住するを喜ぶ——財は印を克し、命学上「財能壊印」という。ここはまさにその壊を取る。泄官殺に就いて論ずれば、日干が弱く官殺強くして印あるて官殺を泄する者は、印と身の両辺ともに旺なるを喜ぶ。日干が強く官殺弱くしてまた印あるて官殺を泄する者は、官殺を帮扶し、官星に印に泄し尽くされざらしめるを喜ぶ(底本の「堸扶」は帮扶の誤り)。御傷に就いて論ずれば、日干が弱く傷官強くして印あるて傷官を駕馭する者は、印の旺を喜び、傷を御しまた身を助く。日干が強く傷官弱くしてまた印あるて傷官を駕馭する者は、財が旺して印を克し、印を制住して傷官を保全するを喜ぶ。挫食に就いて論ずれば、日干が弱く食神強くして印あるて食を合する者は、印の旺を喜び、一方で身を助け一方で食を去る。日干が強く食神弱くしてまた印あるて食を挫ぐ者は、同じく財が旺して印を克するを喜ぶ。一言を以てこれを蔽えば、身弱なれば印の旺を宜とし、身強なれば財の来て印を壊るを宜とす。これが印格取用の樞紐である。

偏正印之忌:生身:日干弱,喜有印綬助身,忌貪財壞印。目干強,又有印綬助身,忌再印扶身旺。洩官殺:日干弱,官殺強,幸有印綬洩官殺,忌貪財壞印。日干強,官殺弱,又有印綬洩官殺,再忌印扶身旺。御傷:日干弱,傷官強,幸有印綬御傷,忌貪財壞印。日干強,傷官弱,又有印綬御傷,忌印扶身旺。挫食:日干弱,食神強,幸有印之挫食,忌貪財壞印。日干強食神弱,又有偏印奪食,忌印扶身旺。

反対に所忌を言う。生身に就いて論ずれば、日干が弱く印が身を助けるを喜ぶ者は、「貪財壊印」を忌む——命局または行運の中に財星が一たび旺すれば、印を克壊して、日主は唯一の依靠を失う。この四字は印格最大の忌諱である。日干が強くまた印が身を助くる者は、さらに印を添えて身をいよいよ旺ならしめるを忌む(底本の「目干」は日干の誤り)。泄官殺に就いて論ずれば、日干が弱く官殺強くして幸いに印が来て官殺を泄する者は、貪財壊印を忌む。日干が強く官殺弱くしてまた印が官殺を泄する者は、さらに印を添えて身を扶けるを忌む。御傷に就いて論ずれば、日干が弱く傷官強くして幸いに印が傷を御する者は、貪財壊印を忌む。日干が強く傷官弱くしてまた印が傷を御する者は、印がさらに身を扶けるを忌む。挫食に就いて論ずれば、日干が弱く食神強くして幸いに印が食を挫ぐ者は、貪財壊印を忌む。日干が強く食神弱くしてまた偏印が食を奪う者は、印がさらに身を扶けるを忌む。四項を帰結すればただ两句。身弱にして印を用いれば、一切の印を壊る物はみな忌。身旺にして印また多ければ、一切の印を助くる物はみな忌。この節の列する条目は瑣なれど、宗旨はかくのごときに過ぎず。

偏正財

偏正財之構成:我所克,而與我異性者,為正財。我所克,而與我同性者,為偏財。例如:甲木日主,見戊已土,木能克土,戊已土為甲木所克。甲為陽性,戊亦為陽性,兩性相同,故戊是由之偏財,甲為陽性,已為陰性,陰陽相異故已是甲之正財。按甲見戊辰戊,已見已見丑未,丙見庚見申,丁見幸見酉,戊見壬見亥,已見見子,庚見甲見寅,幸見已見兒卯,壬見丙見巳,癸見丁見午,皆為偏財。甲見已見丑未,已見戊見辰戊,丙見幸見酉,丁見庚見申,戊見見子,已見壬見亥,庚見乙見卯,幸見甲見寅,壬見丁見午,癸見丙見巳,皆為正財。

正財と偏財はどのように構成されるか。凡そ我が克する者で、陰陽が我と異なるものは正財、我が克する者で、陰陽が我と同じであるものは偏財である。例を挙げる。甲木日主が戊土・己土を見れば、木は土を克し得、戊己土はともに甲木の克する所である。甲は陽に属し、戊もまた陽に属して両者同性なので、戊は甲の偏財。甲は陽に属し、己は陰に属して陰陽が異なるので、己は甲の正財。作者は続いて十干に従って各々一表を列す。偏財に属するは、甲日は戊・辰戌を見、乙日は己・丑未を見、丙日は庚・申を見、丁日は辛・酉を見、戊日は壬・亥を見、己日は癸・子を見、庚日は甲・寅を見、辛日は乙・卯を見、壬日は丙・巳を見、癸日は丁・午を見る。正財に属するは、甲日は己・丑未を見、乙日は戊・辰戌を見、丙日は辛・酉を見、丁日は庚・申を見、戊日は癸・子を見、己日は壬・亥を見、庚日は乙・卯を見、辛日は甲・寅を見、壬日は丁・午を見、癸日は丙・巳を見る。この段の底本は訛奪が最も多い。凡そ「已」の字はあるは己とすべくあるは巳とすべく、「幸」の字は皆辛とすべく、「戊是由之偏財」の「由」は甲の誤り、「甲見戊辰戊」は甲見戊見辰戌とすべく、「幸見已見兒卯」の「兒」は衍文。また偏財表中の「已見見子」、正財表中の「戊見見子」の二か所は各々「癸」の一字を脱す。ここは底本に脱文あり。いまは写して補わず。

偏正財雜談:人何由而覓利,非用精神心力,不可得也,我所克者,何以名之曰財,蓋即分勞我力,而後得者也。有精力然後可以圖財,可以享用,八字亦然。首須身強,方堪任財,身弱財旺,則如人之衰微不振。雖有偶得之財,不堪享用。且或因財滋禍,故衡命論財,亦須先顧身主,並非財多定為美也,俗以正財為妻財,偏財為眾人之財,亦有以正財為汗血應得之財,偏財為意外幸得之財,皆非通理,不可拘泥。

人は何に倚りて利を謀るか。精神心力を動用せずんば得られない。それならば我が克するこの一位に、なぜ「財」と名づけるのか。財はまさに我が力気を分け労働した後に初めて得る物だからである。人はまず精力あって、然る後に財を図るを談じ、享用を談じ得る。八字の道理もまた同じ。まず日主強あって初めて財を担い得。日主弱にして財星旺なれば、一人の人の衰微して振るわざるがごとく、たとえ偶然に一筆の財を得ても、享用できず、甚だしきはまた財によって禍を招く。ゆえに命局を衡量して財を論ずるにも、必ずまず日主本身を照顧せねばならず、財が多ければ必ず好いというものではない。世俗の正財を説いて妻子の財とし偏財を衆人の財とする、またある人は正財を血汗にして応得の財とし偏財を意外僥倖の財とする、これらの説法はみな通達の道理ではなく、拘泥すべからず。この段は韋氏が俗説を破除する一段の議論である。財の正偏はただ陰陽同異の別で、来路の正当か否かとは関がない。読者は切に文を望み義を生ずるを戒むべし。

偏正財之能力:生官殺,洩傷食,制梟,壞印。偏正財之利:生官殺:日干強,官殺力輕,尚不全美,當賴正偏財生起官殺方能成為大用。例如:乙亥、甲申、庚甲、丁丑。丁火如豆不能制大塊之金,身太重而官太輕。甲乙雙財並透,生助正官,足補此憾矣。故八字堪成大用,及賴於財之生官非僅官之克身也。

財には四種の能力がある。生官殺・泄傷食・制梟・壊印。まずその好い所を言う。第一項は生官殺。日干が強く官殺の力が軽く、格局がいまだ完美を欠くとき、正財偏財に頼りて官殺を生起して、初めてその大用を成し得る。例を挙げる。乙亥・甲申・庚某・丁丑、日干は庚金。時干の丁火は細かきこと豆のごとく、あの一大塊の金を制し得ず、まさに身は太重く官は太軽しである。幸いに月干の甲木と年干の乙木の两位の財星が一斉に透し、丁火正官を生助して、この缺憾を補うに足る。ゆえにこの命が大用を成し得るは、全く財の行って官を生ずるに頼り、ただ官の来て身を克するに頼るに非ず——この一層の分別は極めて緊要である。官星本身が力なきとき、克身の功は限りあり、財の来て接済するに非ざれば得られない(底本は日柱を「庚甲」と作すが、六十甲子の一つに非ず、誤字あるべし。「及頼于財」の「及」は皆の誤り)。

洩傷食:日干強,傷食力亦強,雖日干之透氣已洩於傷食,而傷食則遏抑未舒,當賴正偏財洩之,藉以疏通。例如:癸卯、庚申、庚子、庚辰。初秋三庚,支全申子辰,年上透癸,金水並行,母強子健,庚因生水,而秀氣發越,癸水傷官,以卯木正財之洩,而亦有所寄託,生生不息矣。制梟:日干強,偏印力亦強,身旺何勞印綬。當賴偏財制去梟神,使不橫來生身。例如:甲辰、戊辰、庚申、甲申。庚金兩得申祿,不愁孱弱,一戊二辰之梟印生身,反為駢枝,不如借甲木偏財以去之清淨也。

第二項の好い所は泄傷食である。日干が強く傷官食神もまた強く、日干の秀気はすでに傷食の上に泄したといえども、傷食本身はまた遏えられて舒展せず。これは正財偏財に頼りて傷食を泄し、借りてこの股の気を疏通して出さんことを要する。例を挙げる。癸卯・庚申・庚子・庚辰、日干は庚金。初秋に庚金三つ、地支は申子辰が会して水局を成し、年干にまた癸水を透し、金水並行して母強に子健である。庚金は水を生ずるがゆえに秀気は発越を得、年干の癸水傷官はまた月支の旁の卯木正財を借りて泄され、また寄托を有す。ここに一路生々として息せず。これがまさに命学上いわゆる「流通」である。身より食傷を生じ、食傷より財を生じ、一条の線を順に下って、全局が初めて活きる。第三項の好い所は制梟である。日干が強く偏印もまた強ければ、身はすでに旺し、どこで印綬を用いるを要せんや。これは偏財に頼りて梟神を制し去り、それに再び枝節を横に生じて身を生ぜしめないようにするを要する。例を挙げる。甲辰・戊辰・庚申・甲申、日干は庚金。庚金は二度申を得て禄地となり、孱弱を愁えず、戊土一つに辰土二つの梟印がさらに来て身を生ぜば、かえって多余の贅瘤となる(「駢枝」はすなわち駢拇枝指で、多余の物に喩える)。年時両干の甲木偏財を借りてそれを去るに如かず、かえって清爽である。

壞印:日干強,正印力亦強,身旺不須正印。當賴正財破壞之,使身不過旺。例如:乙亥、已丑、庚申、乙酉。庚日得祿於申,乘旺於酉,投庫於丑,根基極深,固不喜再見幫扶。然則,乙木正財,破壞己土正印,正所以去繁就簡也,何憾之有耶。

第四項の好い所は壊印である。日干が強く正印もまた強ければ、身はすでに旺して正印を用いず、これは正財に頼りて行ってそれを破壊し、日主に過旺ならざらしめるを要する。例を挙げる。乙亥・己丑・庚申・乙酉、日干は庚金。庚金は日支申の上で得禄し、時支酉の上で乘旺し、また月支丑の上で入庫し、根基は極めて深く、もとよりさらに帮扶を見るを喜ばない(これがすなわち前文のいう「通根」で、一つの干が支中に処処根あり、その強さは知れる)。すでに然りとなれば、年時両干の乙木正財が行って月干の己土正印を破壊するは、まさに繁を刪り簡に就くの做法で、何の遺憾かあらん。この条は上条と合わせて見るべし。制梟には偏財を用い、壊印には正財を用い、同性の相制・異性の相制に各々対応あり、随便に配するに非ず(底本の「已丑」の「已」は己の誤り)。

偏正財之弊:生官殺:日干弱,最怕財旺生官殺,來剋日干。例如:甲寅、丁卯、庚午、乙酉。木旺金衰,財多身弱,最憾財再生官,使官來克身,形勢尤危,乃木火財官,狼狽為奸,欲遞禍患,更不易矣。洩傷食:日千弱,最怕傷食洩財,以分日千之力。例如:癸未、乙卯、庚子、庚辰。庚金失令,援助又少,固畏群水之洩氣。然若單見水星,耗盜尚有限制,豈可又見木來洩水,轉輾分力。則財之洩傷食而挫日,與夫生官殺而克身,其為害乃異途而同歸也。

さらに財の弊所を言う。やはり四項に従う。第一、生官殺。日干が弱ければ、最も財が旺して行って官殺を生じ、転じて来て日干を克するを怕れる。例を挙げる。甲寅・丁卯・庚午・乙酉、日干は庚金。木が旺して金が衰え、まさに財多に身弱である。最も遺憾なるは財がまた行って官を生じ、官に来て身を克せしむる。形勢はさらに危険となる。木と火、財と官は狼狽して奸を為し、この場の禍患を遏止せんと欲すればさらに容易ならず(底本の「欲遞禍患」の「遞」は遏の誤り)。第二、泄傷食。日干が弱ければ、最も財星の行って傷食を泄し、従って日干の力量を分け去るを怕れる。例を挙げる。癸未・乙卯・庚子・庚辰、日干は庚金。庚金は失令し援助また少なく、もとより満局の水の来て気を泄するを怕れる。しかるにもし単に水を見るだけならば、耗盗にもなお限度あらん。どうしてまた木が来て水を泄し、一層一層と日主の力を分け去るに堪えられようか。見るべし、財が傷食を泄して日主を挫ぐと、財が官殺を生じて日主を克するとは、路子は両樣なれど、害を為すは一つである(底本二か所の「日千」はいずれも日干の誤り)。

制梟:日干弱,最怕財星制去梟神,以絕日干之生。例如:戊辰、甲子、庚寅、甲申。水木成群,庚金走洩無止。戊土梟印雖生庚,奈生受制於甲財。財神非僅患身,且能害母,產除根本,為禍更甚於洩傷食,生官殺也。壞印:日干弱,最怕財星,破壞正印,絕其滋助。例如:乙未、己卯、庚子、甲申。庚金閒於水木之包圍,已土正印,因乙財之破壞,似有若無。勢大適為我敵,勢小難為我助,與上述之命,同一抱撼耳。

第三、制梟。日干が弱ければ、最も財星が梟神を制し去り、日干の生路を断絶するを怕れる。例を挙げる。戊辰・甲子・庚寅・甲申、日干は庚金。水木は群を成し、庚金は一路走泄して止境なし。年干の戊土梟印はもと庚を生じ得たが、无奈それは月時両干の甲木財星に受制す。財のこの神は日主本身に危害するのみならず、また我を生ずる母親にまで害を及ぼし、根本を剷除するに等しく、禍を為すこと前に言う泄傷食・生官殺よりも狠なり(底本の「奈生受制」の「生」はおそらく竟の誤り、「產除根本」の「產」は鏟の誤り)。第四、壊印。日干が弱ければ、最も財星が正印を破壊し、それが日主を滋助するを断絶するを怕れる。例を挙げる。乙未・己卯・庚子・甲申、日干は庚金。庚金は水と木に団囲されて困し、月干の己土正印はまた年干の乙木財星の破壊により有るが無きがごとし。これをいう。財の勢い大なれば、恰好我が敵人と成り、財の勢い小なれば、また我を助けるに及ばず、と——上の一例と同じく人に抱憾せしめる(底本の「閑于」は困于の誤り、「已土」は己土の誤り、「抱撼」は抱憾の誤り)。この二条はまさに印格の忌む「貪財壊印」で、読者は偏正印の一節と参看し得る。

偏正財之喜:生官殺:日干強,有財生官殺,喜官殺旺則成功。日干弱,有財生官殺,喜印生比劫以制之。洩傷食:日干強,傷食重,有財洩傷食,喜財旺生發。日干弱,傷食輕,有財洩傷食,喜比劫以制財。制梟:日干強,不須梟神生身,喜財來制梟。日干弱,有財星制梟,喜比劫以解之。壞印:日干強,不勞印綬再助身,喜傷食生財,助財破印。日干弱,有財壞印,喜比劫克去財星以存印。

八字のなかにすでに財星を見たら、さらに何を配するを喜ぶか。やはり四項に従って言う。生官殺に就いて論ずれば、日干が強く財あるて官殺を生ずる者は、官殺が従って旺くなるを喜び、格局が初めて成功を算う。日干が弱く財あるて官殺を生ずる者は、印綬と比肩劫財が来てこの一路を制住するを喜ぶ——印は官殺を化し、比劫は財を分ち、両頭とも照応を得る。泄傷食に就いて論ずれば、日干が強く傷食が重くして財が来て傷食を泄する者は、財が旺してその生発の用を尽くすを喜ぶ。日干が弱く傷食が軽くして財が来て傷食を泄する者は、比劫が来て財星を制住し、それにさらに力を分けさせないを喜ぶ。制梟に就いて論ずれば、日干が強く梟神の身を生ずるを用いざる者は、財が来て梟を制するを喜ぶ。日干が弱く財星あるて梟を制する者は、比劫が来て解救するを喜ぶ——比劫は財を奪い、梟印は便ち保たれる。壊印に就いて論ずれば、日干が強く印綬のさらに身を助けるを要せざる者は、傷食が行って財を生じ、財を助けて印を破るを喜ぶ。日干が弱く財あるて印を壊る者は、比劫が財星を克し去りて印綬を保存するを喜ぶ。帰じて一句。身強なれば財は多ければ多いほど妙で、官を生じ得、印を破り得。身弱なれば比劫を用いて財星を抵当することを要す。これが財格取用の大要である。

偏天財之忌:生官殺:日干強,幸有財來生官殺,忌傷食克官殺。日干弱,又有財去生官殺,忌官殺再旺而克身。洩傷食:日干強,幸有財來洩傷食,忌比劫奪財。日干弱,又有財去洩傷食,忌財旺分力。制梟:日干強,幸有偏財制梟,忌比劫再奪財。日干弱,又有偏財制梟,忌傷食生財。壞印:日干強,幸有正財壞印,忌比劫再奪財。日干弱,又有正財壞印,忌傷食生財。

反対に所忌を言う(底本の標題「偏天財」の「天」は正の誤り)。生官殺に就いて論ずれば、日干が強く幸いに財が来て官殺を生ずる者は、傷官食神が行って官殺を克するを忌む。それは扶け起こしたばかりの官星をまた打ち倒すに等しい。日干が弱くまた財が行って官殺を生ずる者は、官殺がさらに旺して来て身を克するを忌む。泄傷食に就いて論ずれば、日干が強く幸いに財が来て傷食を泄する者は、比劫が来て財を奪うを忌む。財は一たび奪われれば、流通の路は断たれる。日干が弱くまた財が行って傷食を泄する者は、財が旺してさらに日主の力を分けるを忌む。制梟に就いて論ずれば、日干が強く幸いに偏財が梟を制する者は、比劫がさらに来て財を奪うを忌む。日干が弱くまた偏財あるて梟を制する者は、傷食が行って財を生じ、財をいよいよ旺にして梟印をいよいよ危うくするを忌む。壊印に就いて論ずれば、日干が強く幸いに正財が印を壊る者は、比劫がさらに財を奪うを忌む。日干が弱くまた正財あるて印を壊る者は、傷食が財を生ずるを忌む。六神篇はここに六位俱全す。全篇を通観すれば知れる。韋氏の六神の論は一様に「構成・浅解・能力・利・弊・所喜・所忌」の七つの層次を用い、而其中を貫穿するはただ一条の准繩――日主の強弱である。同じ一位の神も、身強のときは薬で、身弱のときは病となる。ゆえに下文の格局篇ではまず格を取り、格を取った後に用神を定める。その序は倒すべからず。

比劫祿刃篇

五行分克我、我克、生我、我生、比和五項,又有陰陽同性及互異之分,乃其代名詞,即所謂七殺、正官、傷官、食神、偏正印、偏正財,及比肩、劫財者出焉。七殺、食神、正官、傷官,已為各立一格於六神篇中,偏正財、偏正印,亦不分偏正,並而曰印曰財,詳論於六神篇內。茲再述比肩劫財之損益如後,祿與刃乃助身之物,其效用利弊,與比肩劫財,頗有相似處,故附論之。

五行の間の関係は我を克し、我が克し、我を生じ、我が生じ、比和の五項に分かれ、毎一項にまた陰陽相同と陰陽相異の分別がある。代名詞を配して、ここに七殺・正官・傷官・食神・偏印正印・偏財正財および比肩・劫財の諸名目がみな出た。そのうち七殺・食神・正官・傷官の四位は、前の六神篇ですでに各々一節を立てて詳論した。偏財と正財・偏印と正印も、もはや偏正を分たず、合併して「財」と「印」と称し、同じく六神篇の内で講じた。ゆえにここでさらに比肩・劫財の利害を後に補述する。「祿」と「刃」に至っては、またみな身を助くる物で、その效用と利弊は比肩・劫財とよく相似の処あり。ゆえに本篇に附して一併に討論する。この一段は本篇の立篇の縁由である。六神篇は比劫を撇けた。まさに比劫が格を成し得ないがゆえに。然れども成格しないは作用しないに等しくない。ゆえに別に一篇を立ててそれを補足する。

比肩之構成:與我同類,而又同性者是也。如甲見甲見寅,既同屬木類,又同為陽性耳。按甲見甲寅,乙見乙見卯,丙見丙見已,丁見丁見午,戊見戊見辰戌,己見己見丑未,庚見庚見申,辛見辛見酉,壬見壬見亥,癸見癸見子,皆為比肩。劫財之構成:與我同類而異性者是也。如甲日遇乙,甲為木,乙亦為木,是同類了。甲為陽性,乙為陰性,是同類而異性也。故乙為甲之劫財。按甲見乙見卯,乙見甲見寅,丙見丁見午,丁見丙見己,戊見己見丑未,己見戊見辰戌,庚見辛見酉,辛見庚見申,壬見癸見子,癸見壬見亥,皆為劫財。

まず比肩を言う。凡そ我と同類にしてまた同性のものが比肩である。たとえば甲日が甲を見寅を見れば、既に同じく木類に属し、また同じく陽性である。作者が十干に従って列するに、甲日は甲・寅を見、乙日は乙・卯を見、丙日は丙・巳を見、丁日は丁・午を見、戊日は戊・辰戌を見、己日は己・丑未を見、庚日は庚・申を見、辛日は辛・酉を見、壬日は壬・亥を見、癸日は癸・子を見る――これらはみな比肩である。次に劫財を言う。凡そ我と同類にして陰陽相異なるものが劫財である。たとえば甲日が乙に遇えば、甲は木で乙もまた木、これは同類。甲は陽に属し乙は陰に属し、これは同類にして異性。ゆえに乙は甲の劫財である。作者が十干に従って列するに、甲日は乙・卯を見、乙日は甲・寅を見、丙日は丁・午を見、丁日は丙・巳を見、戊日は己・丑未を見、己日は戊・辰戌を見、庚日は辛・酉を見、辛日は庚・申を見、壬日は癸・子を見、癸日は壬・亥を見る――これらはみな劫財である。両者は同じく同類の神で、比肩は気が純で力が和し、劫財は気が雑で性が奪う。用法上よく分別あり(底本の「丙見丙見已」「丁見丙見己」二か所の末字はいずれも巳の誤り、「是同類了」の「了」は矣の誤り)。

祿之構成:我之本氣也。如甲木本氣在寅,寅即甲之祿也。按甲見寅,乙見卯,丙戊見巳,丁己見午,庚見申,辛見酉,壬見亥,癸見子,皆為祿。刃之構成:祿前一位為刃。如甲之祿在寅,卯乃寅前一位,故為甲之刃。惟陽順陰逆,陰干以後作前,故祿前一全為刃,即祿後一位為刃,如乙之祿在兒子,寅乃卯後一位,故為乙之刃。按甲見卯,乙見寅,丙戊見午,丁已見已,庚見酉,辛見申,壬見子,癸見亥,皆為刃。

次に祿を言う。祿とは日干本身の気の居るあの一支である。たとえば甲木の本気は寅にあり(寅中の蔵する本気はまさに甲木)、寅はすなわち甲の祿である。作者が列するに、甲日は寅を見、乙日は卯を見、丙と戊は巳を見、丁と己は午を見、庚日は申を見、辛日は酉を見、壬日は亥を見、癸日は子を見る――これらはみな祿である。祿はすなわち十二運の中の「臨官」の位で、気は盛んにして極に至らず。次に刃を言う。祿の前の一位がすなわち刃である。たとえば甲の祿は寅にあり、卯は寅の前の一位、ゆえに卯は甲の刃である。ただし陽干は順行し陰干は逆行するので、陰干は「後」をもって「前」とし、ゆえにいわゆる祿前の一位は、陰干に対してはすなわち祿後の一位である。乙の祿は卯にあり、寅は卯の後の一位、ゆえに寅は乙の刃である。作者が列するに、甲日は卯を見、乙日は寅を見、丙と戊は午を見、丁と己は巳を見、庚日は酉を見、辛日は申を見、壬日は子を見、癸日は亥を見る――これらはみな刃である(底本の「祿前一全」の「全」は位の誤り、「乙之祿在兒子」は乙之祿在卯とすべく、「丁已見已」は丁己見巳とすべし)。

比劫祿刃淺解:有謂在干為比,在支為祿,在干為劫,在支為刃。此理甚通,蓋甲祿在寅,中有甲木比肩,乙祿在卯,卯中有乙木比肩,丙戊祿在已巳,巳中有丙戊比肩,丁已祿在午,午中有丁已比肩,庚祿在申,申中有庚金比肩,幸祿在酉,酉中有金比肩,壬祿在亥,亥中有水比肩,祿在子,子中有癸水比肩。甲刃在卯,卯中乙木,為甲之劫財。乙刃在寅,寅中甲木,主乙之劫財。丙戊刃在午,午中丁己,為丙戊之劫財。丁己刃在巳,巳中丙戊,為丁己之劫財。庚刃在酉,酉中辛金,為庚之庚財。辛刃在申,申丙庚金,為幸之劫財。壬刃在子,子中癸水,為壬之劫財,癸刃在亥,亥中壬水,為合適之劫財。由此,蓋見陽干之刃,在寅申已亥,為可信矣。

一種の説法がある。天干の上では比肩と叫び、地支の上に落ちれば祿と叫ぶ。天干の上では劫財と叫び、地支の上に落ちれば刃と叫ぶ。この道理はよく講えり。祿支の中に蔵するはまさに比肩であり、刃支の中に蔵するはまさに劫財であるからである。一々に験看すれば、甲の祿は寅に在り、寅中に甲木比肩あり。乙の祿は卯に在り、卯中に乙木比肩あり。丙戊の祿は巳に在り、巳中に丙火戊土比肩あり。丁己の祿は午に在り、午中に丁火己土比肩あり。庚の祿は申に在り、申中に庚金比肩あり。辛の祿は酉に在り、酉中に辛金比肩あり。壬の祿は亥に在り、亥中に壬水比肩あり。癸の祿は子に在り、子中に癸水比肩あり。さらに刃を見れば、甲の刃は卯に在り、卯中の乙木はまさに甲の劫財。乙の刃は寅に在り、寅中の甲木はまさに乙の劫財。丙戊の刃は午に在り、午中の丁火己土はまさに丙戊の劫財。丁己の刃は巳に在り、巳中の丙火戊土はまさに丁己の劫財。庚の刃は酉に在り、酉中の辛金はまさに庚の劫財。辛の刃は申に在り、申中の庚金はまさに辛の劫財。壬の刃は子に在り、子中の癸水はまさに壬の劫財。癸の刃は亥に在り、亥中の壬水はまさに癸の劫財。これより見れば、陰干の刃は寅・巳・申・亥の四支に落ちる。この説法は信ずべきである。底本のこの段は訛奪甚だ多し。「丙戊祿在已巳」は「已」の一字を衍し、「丁已」は丁己とすべく、「幸」は辛とすべく、「酉中有金比肩」は辛の一字を脱し、「亥中有水比肩」は壬の一字を脱し、「祿在子」の上は癸の一字を脱し、「主乙之劫財」の「主」は為とすべく、「為庚之庚財」の第二の「庚」は劫とすべく、「申丙庚金」の「丙」は中とすべく、「為合适之劫財」は為癸之劫財とすべく、末句の「陽干之刃」の「陽」は陰とすべし。

刃者,旺而越過其分也。故祿前一位為刃,蓋祿前一位,即帝旺耳。陰陽萬物之理,皆事業惡極盛,所謂滿易招損。刃因太旺,故其性剛烈,其氣暴戾。祿則刃後一位,乃既盛而未極,故溫柔和暢。甲刃在卯,丙戊刃在午,庚刃在酉,壬刃在子,無一非帝旺也。陽順陰逆,陽以前為前,則陰以後為前,而祿前即祿後,故乙祿在卯,而刃在寅,丁己祿在午,而刃在己,辛祿在酉,而刃在申,癸祿在子,而刃在亥,亦無一非帝量耳。欲以陰干之刃,辰戌丑未,夫辰戌丑未為墓地,非旺地,豈塨作刃,其不可信也,明矣。

いわゆる「刃」とは、旺じて本分を越えたものである。なぜ祿の前の一位が刃なのか。祿は十二運の臨官で、臨官の前の一位はまさに帝旺だからである。陰陽万物の道理は、みな盛なること極処を忌み、いわゆる満ればすなわち損を招く。刃は太旺ゆえに性情は剛烈で気息は暴戻である。祿は刃の後の一位に在り、すでに盛んなれどまだ極点に至らざるゆえに、温柔で和暢である。これが祿の吉にして刃の凶なる根由である。陽干に験するに、甲の刃は卯に在り、丙戊の刃は午に在り、庚の刃は酉に在り、壬の刃は子に在り、帝旺の位ならざるはなし。陰干に至っては、陽は順し陰は逆すれば、陽干は前を以て前とし、陰干は便ち後を以て前とす。いわゆる祿前はすなわち祿後に等しい。乙の祿は卯に在りて刃は寅に在り、丁己の祿は午に在りて刃は巳に在り、辛の祿は酉に在りて刃は申に在り、癸の祿は子に在りて刃は亥に在り。これもまた帝旺の位ならざるはなし(陰干の十二運は逆行すれば、その帝旺はまさにこの幾支に落つ)。ある人は陰干の刃は辰・戌・丑・未に在りと主張するが、然るに辰戌丑未は墓庫の地で帝旺の地に非ず、どうして一つの刃字に当たれよう。その信ずべからざるは甚だ明白である。底本のこの段の訛奪。「皆事業惡極盛」は皆惡極盛とすべく、「満易招損」は満招損とすべく、「而刃在己」の「己」は巳とすべく、「帝量」は帝旺とすべく、「欲以陰干之刃」の「欲」は或とすべくその下に「在」の一字を脱し、「豈塨作刃」の「塨」は堪とすべし。

比劫祿刃之能力:幫身,任官殺,代洩,奪財。比劫祿之利:幫身:日干弱,無論財官食傷均足以耗吾之身,而不為我福。得有比劫祿刃幫身,則耗我身者,可為吾用矣。例如:己巳、丙寅、壬子、壬寅。財官食神雖美,乃日主虛弱,如人之富貴而病,豈能享受榮華。還以攝身進補為是。於為壬水雙肩,子水劫刃,能幫吾央,為可貴矣。

比肩・劫財・祿・刃のこの類には四種の能力がある。帮身・任官殺・代泄・奪財。まずそれらの好い所を言う。第一項は帮身である。日干が衰弱のとき、財・官・食・傷を問わず、样样みな我がこの一身を消耗するに足り、みな我が福気と為り得ない。このとき比劫祿刃が来て身を助ければ、あれらのもともと我を消耗する物は、かえって我が用と為せる。例を挙げる。己巳・丙寅・壬子・壬寅、日干は壬水。年干の己土は官、月干の丙火は財、寅中の甲木は食傷で、財官食神は样样斉備して、見るに甚だ美しきに似たり。无奈日主は虚弱で、一人の人が富貴に居りて病床に臥するがごとく、どこで榮華を享受し得よう。やはり調養進補を先とせねばならぬ。ここに時干のあの壬水比肩と日支子水のこの劫刃が、我が身を帮扶し得て、貴ぶべきに顕れる(底本の「于為」は于是の誤り、「壬水双肩」は壬水比肩の誤り、「能帮吾央」の「央」は身の誤り)。

任官殺:日干弱,見官則受拘束,見殺則為壓制。望官即畏憚之甚,安足云任,苟得比劫祿刃敵官殺,而不畏憚,反足任之以有為矣。例如:戊子、戊午、壬戌、壬寅。壬水憚於重土之壓,是即殺重身輕。既有壬水比肩,子水劫刃協力抵敵,日主可能任殺矣。或畏火土遠過於水星,仍患身弱,此乃另一問題,非在本條討論範圍之內也。

第二項の好い所は任官殺である。日干が弱い人は、正官を見れば拘束を受け、七殺を見れば圧制され、官殺を望見すれば畏懼すること甚しく、どこで「任」の字を談ぜられよう(いわゆる任とは、担い得、用い得動かすこと)。然るにもし比劫祿刃が出て官殺と相抗することを得れば、日主はもはや畏懼せず、かえって官殺を駕馭して作為あるを得る。例を挙げる。戊子・戊午・壬戌・壬寅、日干は壬水。壬水は年月両干の重土の圧制を畏る。これはまさに殺重に身軽の局である。幸いに時干に壬水比肩あり、年支に子水劫刃あり、一斉に協力して抵敵して、日主は便ち七殺を担い得る。作者はすなわち自ら一句の按語を加える。或る人は或いは言わん、この局の火土の勢いは水を遥かに超過す、なお身弱の患なり、と――それは別の問題で、この条の討論の範囲の内に在らず。この一句の自注はよく分寸を見せる。例を挙ぐるはただ一理を説明するためで、必ずしもその面々到るを求めず。

代洩:日干弱,見傷信不為我福,而反足以盜洩,比劫祿就,可以代我受洩,則傷食反為福神矣。例如:乙卯、癸未、壬子、乙已。眾木盜水,幸癸子兩劫,代日主受洩,則乙食神,始為忌神而終為福星。為忌神者,憚其走洩也,為福星者,既有劫財代洩,不為我害。可以安然任之,且或有生財制殺之利耳。

第三項の好い所は代泄である。日干が弱い人は、傷官食神を見てももとより福に非ず、かえって我が気を盗泄するに足る。このとき比劫祿刃は我に代わりてこの一層の泄耗を承受し得、ここに傷食はかえって福神と化す。例を挙げる。乙卯・癸未・壬子・乙巳、日干は壬水。満局の木は水気を盗泄す。幸いに月干の癸水と日支の子水という両位の劫財あり、日主に代わりて泄耗を承受す。それならば年時両干の乙木は、初めは忌神にして、終わりに福星と成る。それを忌神と言うは、それが走泄して我が気を怕れたからで、それを福星と言うは、すでに劫財が我に代わりて泄を受ければ、それは我に害し得ず、我は安然としてそれを用い得、しかもそれにはまた財を生じ殺を制する好い処あるからである。この一条は最も比劫の妙用を見せる。比劫はただ硬く日主を助くるに非ず、また日主のために消耗を分担して、もとの忌神を可用の神に転ずる(底本の「見傷信」は見傷食の誤り、「比劫祿就」は比劫祿刃の誤り)。

制財:日干弱,見財則身益弱,得比劫祿刃之制財。則不為財役矣。例如:壬申、丙午、壬寅、丙午。火炎水灼,財重身輕,不奇印比之生扶,卻喜壬水比肩之制財。制財而有力,是為我除害也。勝於同氣相助多矣。

第四項の好い所は制財である。日干が弱い人は、財星を見れば身はいよいよ弱る。財を克するに力を費やさねばならないからである。もし比劫祿刃が出て財星を制住することを得れば、日主は財に役使せらるるに至らず。例を挙げる。壬申・丙午・壬寅・丙午、日干は壬水。火勢は炎炎として水はほとんど烤げ乾かされんとし、まさに財重に身軽である。この命はただ印綬比肩が来て生扶するを盼るのみならず、さらに年干の壬水比肩が行って財を制するを喜ぶ。財を制してしかも力あれば、我のために禍害を除くに等しく、単なる同気の相助に比べて強いこと遥かなり。ここで「制財」と「奪財」はもとより一事の両面なるに留意すべし。身弱のときは制財と叫び、好い事。身強のときは奪財と叫び、便ち悪い事と為る。下文で弊を論ずるときまさにこの理を言う(底本の「水灼」の「灼」は涸の誤り、「不奇」はおそらく不啻の誤り)。

比劫祿刃之弊:幫身:日干強,怕比劫祿刃幫扶,蓋至強則無依矣。例如:癸巳、癸亥、壬申、壬寅。壬水生於亥月,坐於甲金巳臨旺鄉,何需干頭比劫之幫身,則比劫非惟為駢拇枝指。且足以促成身旺,無依之危險,可畏也巳。任官殺:日干強,喜官殺為我用,怕比劫祿刃敵官殺,而分官殺之力。例如:己亥、壬申、壬子、丙午。壬生申月,源遠流長。正喜已土正官之拘身築堤。乃月上壬比,年支亥祿。以及日下子刃,推波助瀾,沖擊堤岸。其分任正官,使日主漫無節制,為害豈淺鮮哉。

さらにそれらの弊所を言う。第一、帮身。日干はもともと強く、比劫祿刃がさらに来て帮扶するを怕れる。強きこと極処なればかえって依托する所なきからである。例を挙げる。癸巳・癸亥・壬申・壬寅、日干は壬水。壬水は亥月に生まれて得令し、日支は申金に坐してすでに旺郷に臨み、根基は極めて厚い。どこで天干上の比劫が来て身を助けるを要せんや。このとき比劫はただ多余の贅瘤なるのみならず、しかも身が旺にして依る所なきの危険を促成するに足り、まことに畏るべし(底本の「坐于甲金巳臨旺郷」は坐于申金・已臨旺郷とすべく、「可畏也巳」の「巳」は已とすべし)。第二、任官殺。日干はもともと強く、まさに官殺が我が用と為るを喜ぶに、比劫祿刃が行って官殺を抵敵し、官殺の力量を分け去るを怕れる。例を挙げる。己亥・壬申・壬子・丙午、日干は壬水。壬は申月に生まれ、水源は遠く流は長し。まさに年干の己土正官が来て日主を拘束し堤を築きて水を防ぐを喜ぶ。料らず月干の壬水比肩・年支の亥水祿地および日支の子水羊刃が一斉に波を推し瀾を助け、堤岸を衝撃して、正官の力量を分散せしめ、日主に漫たる節制なからしむ。害を為すこと岂小事ならんや(底本の「已土」は己土の誤り)。

代洩:日干強,見傷食則秀氣可吐,怕比劫祿刃競代受洩。分我秀氣。例如:癸亥、癸亥、壬申、乙已。乙木傷官,洩旺壬而吐秀,只以水多木漂,功效盡棄。故身強之造不喜重重劫,比之代洩,其唯一理由,蓋即母多子虛。亦如人之寵了太過,反多流弊耳。制財:日干強,最喜財,怕比劫祿刃制財。例如:壬午、壬子、壬子、丙午。冬日可愛,壬水自喜丙火午火,況又倚以為養命之財耶。不幸劫比林立,劫奪一空,如資財拮据之人。而又符遍地。其不歌行路之難,得乎!

第三、代泄。日干はもともと強く、傷官食神を見ればちょうど秀気を吐き出すに好いに、比劫祿刃が争い来てこの一泄を代受し、我が秀気を分け去るを怕れる。例を挙げる。癸亥・癸亥・壬申・乙巳、日干は壬水。時干の乙木傷官は、もと旺壬を泄して秀を吐き得たが、ただ水が多すぎて木が漂き去られ、功效は尽く失わる。ゆえに身強の命局は重畳の劫財比肩が来て泄を代受するを喜ばず、その唯一の理由は「母多子虚」――我を生ずるが多すぎて、かえって我が生ずるあの一点の秀気を圧し倒した。人の子を寵するに過ぐれば、かえって多くの流弊を生ずるにも譬えられる。第四、制財。日干はもともと強く、最も財星を喜ぶに、比劫祿刃が行って財を制するを怕れる。例を挙げる。壬午・壬子・壬子・丙午、日干は壬水。冬の太陽は最も愛すべく、壬水はもとより丙火と午火を喜び、いわんやそれらに頼りて命を養う財とせねばならぬ。不幸にして劫財比肩は林立し、財を劫奪して一空にせり。一人の手頭拮据の人が、偏にまた四面の債主が門に臨むがごとく、彼が長嘆して行路の難きを為さずんばあらんや(底本の「乙已」は乙巳の誤り、「寵了太過」の「了」は子の誤り、「而又符遍地」は文に訛奪あり、その意はおそらく債主遍地と謂う)。

比劫祿刃之喜:幫身:日干弱,有比劫祿刃幫身,喜身旺生發。日干弱,有比劫祿刃幫身,喜官殺以制之。任官殺:日干弱,有比劫祿刃敵官殺,喜身殺兩相停。(停者,平均也)日干強,又有比劫祿刃敵官殺,喜財量生官殺。代洩:日干弱,作品食多,有比劫祿刃代為受洩,喜印制傷食而生身。日干強,又有比劫祿刃代受傷食之洩,喜財官兩旺。制財:日干弱,有比劫祿刃制財,喜印生身。日干強,又有比劫祿刃制財,喜官殺制之。

八字のなかにすでに比劫祿刃を見たら、さらに何を配するを喜ぶか。やはり四項に従って言う。帮身に就いて論ずれば、日干が弱く比劫祿刃が身を助くる者は、日主が転じて旺にして後に生発する所有るを喜ぶ。日干が強くまた比劫祿刃が身を助くる者は、官殺が出て制裁を加うるを喜ぶ(底本のこの条は「日干弱」を重出す。後の一処は日干強とすべし)。任官殺に就いて論ずれば、日干が弱く比劫祿刃が官殺を抵敵する者は、身と殺の両辺が勢均力敵なるを喜ぶ――作者自注に曰く、「停」とはすなわち平均の意なりと。日干が強くまた比劫祿刃が官殺を抵敵する者は、財が旺して行って官殺を生じ、官殺に分光せらるるに至らざらしめるを喜ぶ(底本の「財量」は財旺の誤り)。代泄に就いて論ずれば、日干が弱く傷食多くして比劫祿刃が代わりて泄を受くる者は、印綬が来て傷食を制住しまた身を生ずるを喜ぶ。日干が強くまた比劫祿刃が食傷の泄を代受する者は、財と官の両辺ともに旺なりて、秀気に帰宿あらしめるを喜ぶ(底本の「作品食多」は傷食多の誤り)。制財に就いて論ずれば、日干が弱く比劫祿刃が財を制する者は、印綬が来て身を生ずるを喜ぶ。日干が強くまた比劫祿刃が財を制する者は、官殺が出て比劫を制住するを喜ぶ。

比劫祿刃之忌:幫身:日干弱,幸有比劫祿刃幫身,忌官殺來制。日干強,又有比劫祿刃幫身,忌再印生身旺。任官殺:日干弱,幸有比劫祿刃任官殺,忌財旺助官殺。日干強,又有比劫祿刃任官殺,忌再印旺生身而洩官殺。代洩:日干弱,幸有比劫祿刃,代受傷食之洩,忌官殺將比劫祿刃克去。日干強,又有比劫祿刃,代受傷食之洩,忌印來破食生身。制財:日干弱,財多則愈弱,幸有比劫祿刃制財,忌傷食生財。日干強,見財而又被比劫祿刃制去,忌再印旺生身。

反対に所忌を言う。帮身に就いて論ずれば、日干が弱く幸いに比劫祿刃が身を助くる者は、官殺が来てそれらを制し去るを忌む。救兵は一たび失えば日主はまた孤となる。日干が強くまた比劫祿刃が身を助くる者は、さらに印綬を添えて身を生じていよいよ旺ならしめるを忌む。任官殺に就いて論ずれば、日干が弱く幸いに比劫祿刃が官殺と相抗する者は、財が旺して行って官殺を助長するを忌む。日干が強くまた比劫祿刃が官殺に抗する者は、印が旺して身を生じまた官殺の気を泄し去るを忌む。それは両頭ともに倒忙を助ける。代泄に就いて論ずれば、日干が弱く幸いに比劫祿刃が傷食の泄を代受する者は、官殺が比劫祿刃を克し去るを忌む。日干が強くまた比劫祿刃が泄を代受する者は、印綬が来て食神を破壞しまた身を生ずるを忌む。制財に就いて論ずれば、日干が弱く財多きにいよいよ弱りて幸いに比劫祿刃が財を制する者は、傷食が行って財を生ずるを忌む。日干が強く財すでに比劫祿刃に制し去られたる者は、印が旺してさらに来て身を生ずるを忌む。本篇を通観すれば知れる。比劫祿刃は一把の双刃の物で、身弱のときは最も直接の援兵、身強のときは便ち最も直接の禍患である。而してそれらは格を成すこと能わざれば、ただ格局の外の帮扶あるいは破壞として見るのみ。これがまさに本篇が六神篇の後に附する所以の用意である。

格局篇

凡人秉命,必有一格。八字之有格局,如人之有姓名。上自達官貴人,下至販夫走卒,無人無之也。惟格有成敗,太過、不及之互異,故人有貧賤富之不等。格局名目眾多,大別之,八格與外格兩種。緣作八格外格篇如下。

凡そ人が一命を禀受すれば、必ず一つの「格」あり。八字に格局あるは、人に姓名あるがごとし。上は達官貴人より下は挑夫走卒に至るまで、一個人の八字にして帰すべき格なきはなし。異なる所は、格に成あり敗あり、太過あり不及あり、彼此互に異なれば、人に貧・賤・富・貴の種種の不等を分かたしむ。いわゆる「成格」とは、格局の依托するあの一位の神が力ありてまた配合の宜を得るを指す。「敗格」とは、それが克せられ、合せられ、奪われ、あるいは軽重の衡を失うを指す。格局の名目は繁多なれど、大きく分くれば「八格」と「外格」の二類を出でず。ゆえに下文は八格・外格の二篇に分けて講ず。格を取るは推命の第一步である。格はすでに定まりて、初めて進んで「用神」(全局が頼りて平衡を取るあの一位の神)と喜忌を論じ得。ゆえに本篇は六神の後・行運の前に列す(底本の「貧賤富」は貧賤富貴の誤り)。

八格

八格者,正財格、偏財格、正官格、七殺格、正印格、偏印格、食神格、傷官格是也。八格之取法:(一)月支本氣透於天干(如寅月透甲,卯月透乙,辰月透戌,已月透丙,午月透丁,未月透巳,申月透庚,酉月透辛,戌月秀戌,亥月透壬)。應先取以為格。(二)干上未透月支本氣,而透月支所藏之神,即以該神取為格(如寅月未透甲木於干上,而透丙或透戊,則可取丙或戊為格),若支藏兩神,並透干上,則斟擇其一為格(以有力而無克合者為上)。(三)月支本氣未透,月內所藏之神,亦不透,以月內人元,輕重較量,擇一有力而無克合者為格。(四)比劫不能取格,祿刃非在八格之內。

いわゆる八格とは、正財格・偏財格・正官格・七殺格・正印格・偏印格・食神格・傷官格のこの八種である。八格を取る弁法は合わせて四条あって、次に従って下る。第一条。月支の本気が「透干」する――すなわちその本気に対応する天干が四柱の天干の上に現る――ならば、まずそれを取りて格を立つ。作者自注の例。寅月は甲を透し、卯月は乙を透し、辰月は戊を透し、巳月は丙を透し、午月は丁を透し、未月は己を透し、申月は庚を透し、酉月は辛を透し、戌月は戊を透し、亥月は壬を透す。第二条。天干の上に月支の本気を透出せず、しかるに月支の蔵する他の人元を透出せば、すなわちこの一位を取りて格を立つ。作者自注の例。寅月は甲木を天干上に透さず、而して丙あるいは戊を透せば、丙あるいは戊を取りて格と為し得。もし支中の蔵する两位の人元がともに干上に透せば、斟酌してその一位を擇びて格を立つ。力ありてかつ克を受けず合せられざるあの一位を上と為す。第三条。月支の本気すでに透せず、月中に蔵する其余の人元もまた透せざれば、すなわち月内の幾位の人元を取りて較量して軽重し、一位の力ありて克合を受けざるを挑んで格を立つ。第四条。比肩劫財は格を取る能わず、祿と刃もまた八格の内に在らず。それらは別に外格に帰して講ず。四条の次序は倒すべからず。まず本気、次に余気、さらに次に透せざれば軽重を論ず。これは人元篇のいう力量三等とまさに相呼応す(底本自注の「辰月透戌」は透戊とすべく、「已月」は巳月とすべく、「未月透巳」は透己とすべく、「戌月秀戌」は戌月透戊とすべし)。

生於十二月取格詳例:上述八格取法,計有四項。普通八字不脫此四項範圍。惟取格為推命第一部手續格定,然後可以論用神,及喜休咎。其關係最為重要,特再舉詳例以明之。甲生寅月,寅為甲祿,非在八格之內,詳於外格篇中。甲生卯月,卯為劫刃,非在八格之內,詳於外格篇中。甲生辰月,干透戊土,為偏財格。透癸水,為正印格。若戊癸皆不透,亦可酌取其一。甲生巳月,干透丙火,為食神格,透庚金為七殺格,透戊土為偏財格。若丙庚戊皆不透,亦可酌取其一。甲生午月,干透丁火為傷官格,透已土為正財格。若丁已皆不透,亦酌取其一。

以下は日干が十二個月に生ずるに従って分別に例を挙ぐ。上述の格を取る法は合わせて四条あり、寻常の八字はみなこの四条の範囲を跳出せず。格を取るは推命の第一步の手続で、格は一たび定まりて然る後に用神と吉凶休咎を論ずるを談じ得、関係は最も重要なり。ゆえにさらに詳例を挙げて説明する(底本の「第一部手續格定」は「第一步手續,格定然後……」と読むべく、「喜休咎」は喜忌休咎とすべし)。まず甲木日干を見る。甲が寅月に生まれれば、寅は甲の祿地で、祿は八格の内に在らず。詳しくは外格篇に見えり。甲が卯月に生まれれば、卯は甲の劫刃で、また八格の内に在らず。詳しくは外格篇に見えり――これはまさに上文第四条の「比劫は格を取る能わず」の実例である。甲が辰月に生まれれば、辰中に戊乙癸を蔵す。天干に戊土を透せばすなわち偏財格、癸水を透せばすなわち正印格。もし戊・癸ともに透せざれば、また両者の中より酌量して一位を取り得。甲が巳月に生まれれば、巳中に丙戊庚を蔵す。丙火を透せば食神格、庚金を透せば七殺格、戊土を透せば偏財格。三者ともに透せざれば、また酌みてその一を取り得。甲が午月に生まれれば、午中に丁己を蔵す。丁火を透せば傷官格、己土を透せば正財格。両者ともに透せざれば、また酌みてその一を取り得(底本二か所の「已土」「丁已」の「已」はいずれも己の誤り)。

甲生未月,干透已土,為正財格。透丁火,為傷官格。若丁己皆不透,亦可酌取其一。甲生申月,干透庚金,為七殺格。透戊土,為偏財格。透壬水,為偏印格。若庚壬戊皆不透,亦可酌取其一。甲生酉月,干透辛金為正官格。不透亦可取。甲生戌月,干透戌土,為偏財格。透辛金,為正官格。透丁火,為傷官格,若辛丁戌皆不透,亦可酌取其一。甲生亥月,干透壬水,為偏印格。不透亦可取。甲生子月,干透癸水,為正印格。不透亦可取。甲生丑月,干透已壬,為正財格。透癸水,為正印格。透辛金,為正官格。若己癸辛皆不透,亦可酌取其一。

続いて甲日の後の六個月を見る。甲が未月に生まれれば、未中に己丁乙を蔵す。己土を透せば正財格、丁火を透せば傷官格。両者ともに透せざれば、また酌みてその一を取り得。甲が申月に生まれれば、申中に庚壬戊を蔵す。庚金を透せば七殺格、戊土を透せば偏財格、壬水を透せば偏印格。三者ともに透せざれば、また酌みてその一を取り得。甲が酉月に生まれれば、酉中は辛金一位のみを蔵す。辛金を透せばすなわち正官格、たとえ透せざるもなおそれを取りて格と為し得――凡そ子・卯・酉のような一干のみを蔵する純支は、本気に争議すべきなきゆえ、透するも透せざるも取り得るのである。甲が戌月に生まれれば、戌中に戊辛丁を蔵す。戊土を透せば偏財格、辛金を透せば正官格、丁火を透せば傷官格。三者ともに透せざれば、また酌みてその一を取り得。甲が亥月に生まれれば、亥中の本気は壬なり。壬水を透せば偏印格、透せざるもまた取り得。甲が子月に生まれれば、子中は癸水のみを蔵す。癸水を透せば正印格、透せざるもまた取り得。甲が丑月に生まれれば、丑中に己癸辛を蔵す。己土を透せば正財格、癸水を透せば正印格、辛金を透せば正官格。三者ともに透せざれば、また酌みてその一を取り得(底本の「干透戌土」は透戊土とすべく、「若辛丁戌皆不透」の「戌」は戊とすべく、「干透已壬」は干透己土とすべし。丑中には壬を蔵さない)。

乙生寅月,干透戊土,為正財格。透丙火,為傷官格。若丙戊皆不透,亦可酌取其一。乙生卯月,卯為乙祿,非在八格之內,詳於外格篇中。乙生辰月,干透戊土,為正財格。透癸水,為偏印格。若戊癸皆不透,亦可酌取其一。乙生已月,干透丙火,為傷官格。透庚金,為正官格。透戊土,為正財格。若丙庚戊皆不透,亦可酌取其一。乙生午月,干透丁火為食神格。透已土,為偏財格。若丁己皆不透,亦可酌取其一。乙生未月,干透已土,為偏財格。透丁火,為食神格。若丁已皆不透,亦可酌取其一。

さらに乙木日干の前の六個月を見る。乙が寅月に生まれれば、寅中に甲丙戊を蔵す。戊土を透せば正財格、丙火を透せば傷官格。両者ともに透せざれば、また酌みてその一を取り得。ここで甲木を取りて格を立てないのは、甲は乙の劫財で、比劫は格を成し得ないからである。乙が卯月に生まれれば、卯は乙の祿地で、八格の内に在らず。詳しくは外格篇に見えり。乙が辰月に生まれれば、戊土を透せば正財格、癸水を透せば偏印格。ともに透せざればまた酌みてその一を取り得。乙が巳月に生まれれば、丙火を透せば傷官格、庚金を透せば正官格、戊土を透せば正財格。ともに透せざればまた酌みてその一を取り得。乙が午月に生まれれば、丁火を透せば食神格、己土を透せば偏財格。ともに透せざればまた酌みてその一を取り得。乙が未月に生まれれば、己土を透せば偏財格、丁火を透せば食神格。ともに透せざればまた酌みてその一を取り得。乙日と前の甲日を逐月対看すれば最も分暁を見る。同じ月支・同じ透干でも、日干が陽より陰に変ずるがゆえに、格名もまたこれに随いて正より偏に変り傷より食に変る――たとえば同じく丙火を透すれば、甲日は食神格にして乙日は傷官格。同じく戊土を透すれば、甲日は偏財格にして乙日は正財格。見るべし、格名は全く日干とその神の陰陽同異の上より定まる(底本の諸「已」字はあるは巳とすべくあるは己とすべし)。

乙生申月,干透庚金,為正官格。透戊土,為正財格。透壬水為正印格。若庚壬戊緣不透,亦可酌取其一。乙生酉月,干透辛金,為七殺格。不透亦可取。乙生戊月,干透戊壬,為正財格。透辛金,為七殺格。透丁火,為食神格。若辛丁戊皆不透,亦可酌取其一。乙生亥月,干透壬水,為正印格,不透亦可取。乙生子月,干透癸水,為偏印格。不透亦可取。乙生丑月,干透己壬,為偏財格,透辛金,為七殺格。透癸水,為偏印格。若已癸辛皆不透,亦可酌取其一。

さらに乙日の後の六個月を見る。乙が申月に生まれれば、申中に庚壬戊を蔵す。庚金を透せば正官格、戊土を透せば正財格、壬水を透せば正印格。三者ともに透せざれば、また酌みてその一を取り得(底本の「庚壬戊縁不透」の「縁」は皆の誤り)。乙が酉月に生まれれば、酉中は辛金のみを蔵し、辛金を透せば七殺格、透せざるもまた取り得――同じく酉月に辛を透しても、甲日は正官と作り乙日は七殺と作す。なお陰陽同異の別である。乙が戌月に生まれれば、戌中に戊辛丁を蔵す。戊土を透せば正財格、辛金を透せば七殺格、丁火を透せば食神格。三者ともに透せざれば、また酌みてその一を取り得(底本の「乙生戊月」は乙生戌月とすべく、「干透戊壬」は干透戊土とすべし。戌中に壬を蔵さない)。乙が亥月に生まれれば、壬水を透せば正印格、透せざるもまた取り得。乙が子月に生まれれば、癸水を透せば偏印格、透せざるもまた取り得。乙が丑月に生まれれば、丑中に己癸辛を蔵す。己土を透せば偏財格、辛金を透せば七殺格、癸水を透せば偏印格。三者ともに透せざれば、また酌みてその一を取り得(底本の「干透己壬」は干透己土とすべし)。

丙生寅月,干透甲木,為偏印格。透戊土,為食神格。若甲戊皆不透,亦可酌取其一。丙生卯月,干透乙木,為正印格。不透亦可取。丙生辰月,干透戊土,為食神格。透乙木,為正印格。透癸水,為正官格。若戊乙癸皆不透,亦可酌取其一。丙生巳月。已為丙祿,非在八格之內,詳於外格篇中。丙生午月,干透己土,為傷官格。不透亦可取。丙生未月,干透己土,為傷官格。透乙木為正印格。若乙己皆不透,亦可酌取其一。

さらに丙火日干の前の六個月を見る。丙が寅月に生まれれば、寅中に甲丙戊を蔵す。甲木を透せば偏印格、戊土を透せば食神格。両者ともに透せざれば、また酌みてその一を取り得。ここで寅中の丙火を取りて格を立てないのは、丙は丙の比肩だからである。丙が卯月に生まれれば、卯中は乙木のみを蔵し、乙木を透せば正印格、透せざるもまた取り得。丙が辰月に生まれれば、辰中に戊乙癸を蔵す。戊土を透せば食神格、乙木を透せば正印格、癸水を透せば正官格。三者ともに透せざれば、また酌みてその一を取り得。丙が巳月に生まれれば、巳は丙の祿地で、八格の内に在らず。詳しくは外格篇に見えり(底本の「已為丙祿」の「已」は巳の誤り)。丙が午月に生まれれば、午は丙の刃地で、その中に蔵する己土は用い得、己土を透せば傷官格、透せざるもまた取り得。丙が未月に生まれれば、未中に己丁乙を蔵す。己土を透せば傷官格、乙木を透せば正印格。両者ともに透せざれば、また酌みてその一を取り得。ここで未中の丁火は丙の劫財ゆえに取らない。

丙生申月,干透庚金,為偏財格。透戊土,為食神格。透壬水,為七殺格。若庚壬戊皆不透,亦可酌取其一。丙生酉月,干透辛金,為正財格。不透亦可取。丙生戌月,干透戊土,為食神格。透辛金,為正財格。若戊辛皆不透,亦可酌取其一。丙生亥月,干透壬水,為七殺格。透甲水,為偏印格。若壬甲皆不透,亦可酌取其一。丙生子月,干透癸水,為正官格。不透亦可取。丙生丑月,干透己土,為傷官格。透辛金,為正財格。透癸水,為正官格。若己癸辛皆不透,亦可酌取其一。

さらに丙日の後の六個月を見る。丙が申月に生まれれば、申中に庚壬戊を蔵す。庚金を透せば偏財格、戊土を透せば食神格、壬水を透せば七殺格。三者ともに透せざれば、また酌みてその一を取り得。丙が酉月に生まれれば、酉中は辛金のみを蔵し、辛金を透せば正財格、透せざるもまた取り得。丙が戌月に生まれれば、戌中に戊辛丁を蔵す。戊土を透せば食神格、辛金を透せば正財格。両者ともに透せざれば、また酌みてその一を取り得――戌中の丁火は丙の劫財ゆえに列せず。丙が亥月に生まれれば、亥中に壬甲を蔵す。壬水を透せば七殺格、甲木を透せば偏印格。両者ともに透せざれば、また酌みてその一を取り得(底本の「透甲水」は透甲木とすべし)。丙が子月に生まれれば、子中は癸水のみを蔵し、癸水を透せば正官格、透せざるもまた取り得。丙が丑月に生まれれば、丑中に己癸辛を蔵す。己土を透せば傷官格、辛金を透せば正財格、癸水を透せば正官格。三者ともに透せざれば、また酌みてその一を取り得。以上甲・乙・丙の三つの日干の十二月格を取る例はすでに備わり、其余の七干の排法は一しく同じ。読者は「まず月支の蔵する所を見、次に何者か透干するを見、再び日干とその神の生克陰陽によりて名を定む」のこの三歩に依りて自ら推演すればよい。

丁日生の各月の格取り

丁生寅月,干透甲木為正印格。透戊土,為傷官格。若甲戊皆不透,亦可酌取其一。丁生卯月,干透乙木,為傷印格。乙壬亦可取。丁生辰月,干透戊土,為傷官格。透乙木,為偏印格。透癸水,為七殺格。若乙戊癸皆不透,亦可酌取其一。丁生已月,干透庚金,為正財格。透戊土,為傷官格,若戊庚皆不透,亦可酌取其一。丁生午月。午為丁祿,非在八格之內。詳於外格篇中。丁生未月,干透己土,為人良神格。透乙木,為偏印格。若乙己皆不透,亦可酌取其一。

「日主」とは日柱の天干で、命主自身を代表する。「月令」は出生月份の地支で、月支の中に蔵する天干を「月令人元」と称し(また蔵干ともいう)、人元が四柱の天干上に顕露して出るを「透干」という。格を取るとは、月令人元が何を透出したかを見て、これによりてこの命造の格局を定めることである。丁は陰柔の火で、灯燭の明かりのごとく、本身は強からず、格を取るに月令を殊に重んず。正月は寅を建つ。寅中に甲木・丙火・戊土を蔵す。甲は陽木で、我を生じて我と一陰一陽に相配すれば、ゆえに「正印」――我を生じ我を護る神で、庇蔭・学問・名位を主る――天干に甲を透せば便ち正印格を立つ。用神の取向は印に身を生ぜしめるに在り、身旺なればさらに食傷の秀を吐くを喜び、最も財星の印を壊るを忌む。もし戊土を透せば、戊は陽土で、我が生ずる所にして陰陽同類ならず、ゆえに「傷官」で、我が秀気を泄し、聡明は外に露れて官星を傷しやすい。「傷官格」を成して後は財を喜んで以て流通し印を喜んで以て約束す。甲戊ともに透せざれば、また寅中の蔵する所に就いて斟酌して一つを取りて格を立て得。二月は卯を建つ。卯中は専ら乙木を蔵し、乙は丁と同じく陰に属して我を生ずれば、これ「偏印」。底本は「傷印格」と作すが、乃ち「偏印格」の形近の訛り。下句の「乙壬亦可取」は「不透亦可取」とすべき。意は乙木はたとえ天干に透さずとも、なお卯中の偏印を用いて格を立て得ると謂う。三月は辰を建つ。辰中に戊土・乙木・癸水を蔵す。戊を透せば傷官格、乙を透せば偏印格、癸を透せば癸は陰水で、我を克して我と同じく陰に属すれば、ゆえに「七殺」、乃ち身を攻むる神で、必ず食神の制伏あるいは印綬の引化あって初めて吉なり。これによりて七殺格を立つ。三者ともに透せざれば、なお斟酌して一を取り得。四月は巳を建つ(底本の「已」は「巳」の訛り)。巳中に丙火・庚金・戊土を蔵す。庚は陽金で、我が克する所にして陰陽相異なれば、ゆえに「正財」で、妻室資財を主り、庚を透して正財格を立て、身強にして財に任じ得るを喜ぶ。戊を透せばなお傷官格。戊庚ともに透せざれば、また一を擇び得。五月は午を建つ。午は丁火の「祿」――日干が臨官して気を得る本気の地で、身は自ら旺に坐す――この種の情形は正官・七殺・正印・偏印・正財・偏財・食神・傷官のこの八格の内に在らず、《外格篇》に帰して講ずべし。六月は未を建つ。未中に己土・丁火・乙木を蔵す。己は陰土で、我が生ずる所にして同じく陰に属すれば、これ「食神」、秀を泄して性は和なり。底本の「人良神格」はまさに「食神格」の字を拆きたる訛り。己を透して食神格を立つ。最も身強を喜ぶ。乙を透せば偏印格。乙己ともに透せざれば、斟酌して一を取る。

丁生申月,干透庚金,為正財格。透壬水,為正官格。透戊土,為傷官格。若庚壬戊皆不透,亦可酌取其一。丁生酉月,干透辛金,為偏財格。不透亦可取。丁生戌月,干透戊土,為傷官格,透辛金為偏財格。若戊辛皆不透,亦可酌取其一。丁生亥月,干透壬水,為正官格。透甲木,為正印格。若壬甲皆不透,亦可酌取其一。丁生子月,干透癸水,為七殺格。不透亦可取。丁生丑月,干透己土為食神格,透辛金為偏財格,透癸水,為七殺格。若己癸辛皆不透,亦可酌取其一。

七月は申を建つ。申中に庚金・壬水・戊土を蔵す。庚を透せば正財格――丁火は庚を克して陰陽相異なれば、ゆえに正財。財は身強ならねば担任し得ず、食傷が財を生ずるを喜び、比劫の分奪を忌む。壬水を透せば、壬は陽水で、我を克して我と一陰一陽なれば、ゆえに「正官」――我を約束し我を成就する神で、功名品格を主る――正官格を立て、財の官を滋し印の身を護るを喜び、最も傷官の官を見るを忌む。戊土を透せばなお傷官格。三者ともに透せざれば、また申中の人元に就いて斟酌して一を取り得。八月は酉を建つ。酉中は専ら辛金を蔵し、辛は陰金で、我が克する所にして同じく陰に属すれば、ゆえに「偏財」で、流動の財・意外の利を主る。辛を透して偏財格を立つ。たとえ透せざるも、また径に酉中の辛金を以て偏財を取りて格と為し得。九月は戌を建つ。戌中に戊土・辛金・丁火を蔵す。戊を透せば傷官格、辛を透せば偏財格。傷官が財を生ずるは戌月丁火の順路である。両者透せざれば一を擇ぶ。十月は亥を建つ。亥中に壬水・甲木を蔵す。壬を透せば正官格、甲を透せば正印格。亥月は水が旺に火が衰えて、丁火は最も甲木の生扶を要す。ゆえに官印相生を以て美と為す。両者透せざるもまた一を擇び得。十一月は子を建つ。子中は専ら癸水を蔵し、癸は丁を克して同じく陰に属すれば七殺となる。癸を透して七殺格を立つ。殺旺に身弱なら必ず印を用いて殺を化して身を生ずべし。透せざるもまた子中の癸水に就いて殺を取りて格と為し得。十二月は丑を建つ。丑中に己土・癸水・辛金を蔵す。己を透せば食神格、辛を透せば偏財格、癸を透せば七殺格。丑中の己土食神はまさに癸水の殺を制住し得。この月に格を取るとき最も留意すべき一層である。三者ともに透せざれば、なお斟酌して一を取り得。

戊日生の各月の格取り

丁生寅月,干透甲木,為七殺格。透丙火,為偏印格。若甲丙皆不透,亦可酌取其一。丁生卯月,干透乙木,為正官格。透癸水,為正財格。若乙癸皆不透,亦可酌取其一。丁生巳月。巳為成祿。非在八格之內。詳於外格篇中。戊生午月,干透丁火,為正印格。不透亦可取。戊生未月,干透丁火,為正印格。透乙木,為正官格。若乙丁皆不透,亦可酌取其一。戊生申月,干透庚金,為食神格。透壬水,為偏財格。若庚壬皆不透,亦可酌取其一。

以下は戊日に転入す。底本の前三条はなお「丁生」と題するが、配する十神により按ずれば「戊生」の訛りに当たる。甲木は戊土を克して同じく陽に属すれば、まさに戊の七殺で、丁火に対しては正印となる。誤字を証すべし。また戊日の諸条は寅月より径に卯月・巳月に接し、中間に「戊生辰月」の一条を脱去せり。ここは底本に脱文あり、敢えて臆補しない。戊は陽土で、厚重にして承載す。正月は寅を建つ。寅は甲・丙・戊を蔵す。甲を透せば七殺格、殺重なれば必ず食神の制伏あるいは印綬の引化を要す。丙は陽火で、我を生じて同じく陽に属すれば偏印となり、丙を透して偏印格を立つ。寅中の丙火は長生で、印に根ありてよく殺を化して身を生ず。両者透せざれば、一を擇びて格を取る。二月は卯を建つ。卯中は専ら乙木を蔵し、乙は陰木で、我を克して我と一陰一陽なれば正官となり、乙を透して正官格を立つ。「透癸水為正財格」の一句に至っては、卯中に癸水なし。まさに脱去せる辰月の一条(辰は戊土・乙木・癸水を蔵す)が窜入した所致。癸は陰水で、戊がこれを克して陰陽相異なれば、ゆえに正財。両者透せざるもまた一を擇び得。四月は巳を建つ。巳中の丙火は土を生じ、また戊土の寄祿の郷(底本の「成祿」はすなわち「戊祿」の形訛)で、身は自ら旺に当たる。八格の内に在らず。詳しくは《外格篇》に見えり。五月は午を建つ。午は丁火・己土を蔵し、丁は陰火で、陽土を生じて陰陽相異なれば正印となり、丁を透して正印格を立つ。透せざるもまた午中の丁火に就いて印を取りて格と為し得。六月は未を建つ。未は己土・丁火・乙木を蔵す。丁を透せば正印格、乙を透せば正官格。官印相生は戊土のこれを得るに最も清貴。両者透せざれば一を擇ぶ。七月は申を建つ。申は庚・壬・戊を蔵す。庚は陽金で、我が生ずる所にして同じく陽に属すれば「食神」――秀を泄して性は和なる神――庚を透して食神格を立つ。壬は陽水で、我が克する所にして同じく陽に属すれば偏財となり、壬を透して偏財格を立つ。食神が財を生ずるは申月戊土の正路である。両者透せざれば、斟酌して一を取る。

戊生酉月,干透辛金,為傷官格。透丁火,為正印格。若辛丁皆不透,亦可酌取其一。戊生戌月,干透辛金,為傷官格。透丁火,為正印格。若辛丁皆不透,亦可酌取其一。戊生亥月,干透壬水,為偏財格。透甲木,為七殺格。若壬甲皆不透,亦可酌取其一。戊生子月,干透癸水,為正財格。不透亦可取。戊生丑月,干透癸水,為正財格。透辛金,為傷官格。若辛癸皆不透,亦可酌取其一。

八月は酉を建つ。酉中は専ら辛金を蔵し、辛は陰金で、戊土の生ずる所にして陰陽相異なれば、ゆえに傷官となり、辛を透して傷官格を立つ。秋金は土の秀を泄す。最も財あるて流通するを喜ぶ。もし丁火を透せばすなわち正印格を立つ。印は傷官の過度の泄気を制住し、身元を護住し得。両者透せざれば、また酉中の辛金に就いて格を取り得。九月は戌を建つ。戌は戊土・辛金・丁火を蔵し、取法は酉月と相同じ。辛を透せば傷官格、丁を透せば正印格、透せざれば一を擇ぶ。戌は戊土の本気の地で、身はすでに根あり。傷官を用いて秀を泄するは殊に宜を得る。十月は亥を建つ。亥は壬水・甲木を蔵す。壬は陽水で、戊の克する所にして同じく陽に属すれば偏財となり、壬を透して偏財格を立つ。甲は陽木で、戊を克して同じく陽に属すれば七殺となり、甲を透して七殺格を立つ。亥月は財殺並び旺じて土気は虚浮なり。格を取って後最も火土の身を助くるを要す。両者透せざれば、斟酌して一を取る。十一月は子を建つ。子中は専ら癸水を蔵し、これは戊土の正財。癸を透して正財格を立つ。たとえ透せざるも、また径に子中の癸水を以て財を取りて格と為し得。ただ冬月は水旺して土寒し。必ず丙火に凍を解かしめるを要す。十二月は丑を建つ。丑は己土・癸水・辛金を蔵す。癸を透せば正財格、辛を透せば傷官格。傷官が財を生ずるは丑月戊土の常法である。両者透せざれば、一を擇びて格を取る。

己日生の各月の格取り

己生寅月,干透甲木,為正官格。透丙火,為正印格。若甲丙皆不透,亦可酌取其一。己生卯月,干透乙木,為七殺格。不透亦可取。己生辰月,干透乙木,為七殺格。透癸水,為偏財格。若乙癸皆不透,亦可酌取其一。己生巳月,干透丙火,為正印格。透庚金,為傷官格。若丙庚皆不透,亦可酌取其一。己生午月。午為已祿,非在八格之內,詳於我格篇中。己生未月,干透乙木,為七殺櫆。透丁火,為偏印格。若乙丁皆不透,亦可酌取其一。

己は陰土、田園の土で、柔にしてよく載す。正月は寅を建つ。寅は甲・丙・戊を蔵す。甲は陽木で、己土を克して陰陽相異なれば正官となり、甲を透して正官格を立つ。財の官を滋し印の身を護るを喜び、傷官の官を克するを忌む。丙は陽火で、己土を生じて陰陽相異なれば正印となり、丙を透して正印格を立つ。寅中の丙火は長生で、印気清にして根あり。両者透せざれば、斟酌して一を取る。二月は卯を建つ。卯中は専ら乙木を蔵し、乙は己と同じく陰に属して我を克すれば、これ七殺。乙を透して七殺格を立つ。透せざるもまた卯中の乙木に就いて殺を取りて格と為し得。ただ七殺は身を攻む。食神の制伏あるいは印綬の引化あるを須うじて初めて用と為し得。三月は辰を建つ。辰は戊土・乙木・癸水を蔵す。乙を透せばなお七殺格。癸は陰水で、己の克する所にして同じく陰に属すれば偏財となり、癸を透して偏財格を立つ。辰は水庫土郷で、身に根ありて財に源あり。両者透せざれば一を擇ぶ。四月は巳を建つ。巳は丙・庚・戊を蔵す。丙を透せば正印格。庚は陽金で、己の生ずる所にして陰陽相異なれば傷官となり、庚を透して傷官格を立つ。火土燥烈の時、庚金を得て秀を泄する最も妙なり。両者透せざれば、斟酌して一を取る。五月は午を建つ。午は己土の寄祿の地(底本の「已祿」はすなわち「己祿」)で、身は自ら旺す。八格の内に在らず。詳しくは《外格篇》に見えり(底本の「我格篇」は「外格篇」の形訛)。六月は未を建つ。未は己土・丁火・乙木を蔵す。乙を透せば七殺格(底本の「櫆」字は乃ち「格」の訛り)。丁は陰火で、我を生じて同じく陰に属すれば偏印となり、丁を透して偏印格を立つ。未月は土旺して身強し、殺はかえって用い可く、印はすなわちその身を助くるの太過を嫌う。両者透せざれば、一を擇びて格を取る。

己生申月,干透庚金,為傷官格。透壬水,為正財格,若庚壬皆不透,亦可酌取其一。己生酉月,干透辛金,為食神格。不透亦可取。己生戌月,干透丁火,為偏印格。透辛金,為食神格。若丁辛皆不透,亦可酌取其一。己生亥月,干透壬月,為正財格。透甲木為正官格。若壬甲皆不透,亦可酌取其一。己生子月,干透癸水,為偏財格,不透亦可取。己生丑月,干透辛金,為食神格。透癸水,為偏財格,若辛癸皆不透,亦可酌取其一。

七月は申を建つ。申は庚・壬・戊を蔵す。庚を透せば傷官格。秋金は令に当たり、土の気を泄すること極めて重し。格を取って後最も印比の身を助くるを要す。壬は陽水で、己土の克する所にして陰陽相異なれば正財となり、壬を透して正財格を立つ。傷官が財を生ずるは乃ち申月己土の最も順遂なる一条の路である。両者透せざれば、斟酌して一を取る。八月は酉を建つ。酉中は専ら辛金を蔵し、辛は己と同じく陰に属して我が生ずる所なれば、これ食神。辛を透して食神格を立つ。透せざるもまた酉中の辛金に就いて食神を取りて格と為し得。九月は戌を建つ。戌は戊土・辛金・丁火を蔵す。丁を透せば偏印格、辛を透せば食神格。須く知るべし、偏印はまた「梟神」と叫ばれ、よく食神の食を奪う。両者同じく透せばすなわち軽重を見て取舍すべし。透せざれば一を擇ぶ。十月は亥を建つ。亥は壬水・甲木を蔵す。壬を透せば正財格(底本の「干透壬月」の「月」は「水」とすべし)、甲を透せば正官格。亥月は財官並び旺じて己土は虚寒なり。身弱なれば必ず印比の扶助に頼りて初めて任じ得るに足る。両者透せざれば、斟酌して一を取る。十一月は子を建つ。子中は専ら癸水を蔵し、これは己土の偏財。癸を透して偏財格を立つ。透せざるもまた子中の癸水に就いて財を取りて格と為し得。十二月は丑を建つ。丑は己土・癸水・辛金を蔵す。辛を透せば食神格、癸を透せば偏財格。食神が財を生ずるは丑月己土の最も正しき取用。ただ寒土に金凍る。なお丙丁の調候を須うず。両者透せざれば、一を擇びて格を取る。

庚日生の各月の格取り

庚生寅月。干秀甲木,為偏財格。透丙火,為七殺格。透戊壬為偏印格。若甲丙戊皆不透,亦可酌取其一。月,干透乙庚生卯木,為正財格。不透亦可取。庚生辰月,干透戊土,為偏印格。透乙木,為正財格,透癸水,為傷官格。若乙戊癸皆不透,亦可酌取其一。庚生巳月,干透丙火,為七殺格。秀戊土,為偏印格。若丙戊皆不透,亦可酌取其一。庚生午月,干透丁火,為正官格。透己土,為正印格。若丁己皆不透,亦可酌取其一。庚生未月,干透己土,為正印格。秀乙木,為正財格。透丁火,為正官格,若乙己丁皆不透,亦可酌取其一。

庚は陽金、粛殺の気で、剛健にしてよく断ず。以下の諸条は底本が屡々「秀」字を以て「透」字に代ゆ。みな「透」と読むべし。正月は寅を建つ。寅は甲・丙・戊を蔵す。甲は陽木で、庚の克する所にして同じく陽に属すれば偏財となり、甲を透して偏財格を立つ。丙は陽火で、庚を克して同じく陽に属すれば七殺となり、丙を透して七殺格を立つ。戊は陽土で、庚を生じて同じく陽に属すれば偏印となり、戊を透して偏印格を立つ(底本の「透戊壬」の「壬」は衍文。寅中に壬水なし)。春月は木旺して火生じ金気はなお弱し。格を取って後は総じて土金の身を助くるを以て要と為す。三者ともに透せざれば、また斟酌して一を取り得。二月の一条は底本の文字が錯乱して「月,干透乙庚生卯木」と作す。まさに「庚生卯月,干透乙木」の竄簡に当たるべし。卯中は専ら乙木を蔵し、乙は陰木で、庚の克する所にして陰陽相異なれば正財となり、乙を透して正財格を立つ。透せざるもまた卯中の乙木に就いて財を取りて格と為し得。三月は辰を建つ。辰は戊・乙・癸を蔵す。戊を透せば偏印格。辰土は令に当たり、印重ければ金は埋まる。かえって財を以て印を損ずるを宜とす。乙を透せば正財格。癸は陰水で、庚の生ずる所にして陰陽相異なれば傷官となり、癸を透して傷官格を立つ。三者透せざれば一を擇ぶ。四月は巳を建つ。巳は丙・庚・戊を蔵す。丙を透せば七殺格、戊を透せば偏印格。巳中の庚金は長生で、身は弱と為らず、殺印相生はよく造就すべし。両者透せざれば、斟酌して一を取る。五月は午を建つ。午は丁・己を蔵す。丁は陰火で、庚を克して陰陽相異なれば正官となり、丁を透して正官格を立つ。己は陰土で、庚を生じて陰陽相異なれば正印となり、己を透して正印格を立つ。午月は火旺して金熔く。官は用と為すといえども、印の化あらずんば不可なり。両者透せざれば一を擇ぶ。六月は未を建つ。未は己・丁・乙を蔵す。己を透せば正印格、乙を透せば正財格、丁を透せば正官格。財官印の三者俱全なり。格を取るときは透して清純にして根ある者を以て主と為す。三者ともに透せざれば、斟酌して一を取る。

庚生申月。申為庚祿,非在八格之內,關於外格篇中。庚生酉月。酉為劫刃,非在八格之內,詳於外格篇中。庚生戌月,干透戊土,為偏印格。透丁火,為正官格。若丁戊皆不透,亦可酌取其一。庚生亥月,干透壬水,為食神格。透甲木,為偏財格。若壬甲皆不透,亦可酌取其一。庚生子月,干透癸水,為傷官格。不透亦可取。庚生丑月,干透己土,為正印格。透癸水,為傷官格。若己癸皆不透,亦可酌取其一。

七月は申を建つ。申は庚金の寄祿の地で、日主は自ら旺す。八格の内に在らず。《外格篇》の建祿格の中に帰して討論す(底本の「關於外格篇中」の「關」は「詳」とすべし)。八月は酉を建つ。酉中の辛金は庚の「劫財」で、月支はまさに劫財の極旺の地に当たり、これすなわちいわゆる「羊刃」。刃もまた八格に入らず。《外格篇》の月刃格に帰す。九月は戌を建つ。戌は戊土・辛金・丁火を蔵す。戊を透せば偏印格、丁を透せば正官格。戌中の丁火はただ余気で、官星は強からず。財の滋す有りて初めて事を用い得。両者透せざれば、一を擇びて格を取る。十月は亥を建つ。亥は壬水・甲木を蔵す。壬は陽水で、庚の生ずる所にして同じく陽に属すれば食神となり、壬を透して食神格を立つ。金水相涵して秀を泄して清なり。甲は陽木で、庚の克する所にして同じく陽に属すれば偏財となり、甲を透して偏財格を立つ。両者透せざれば、斟酌して一を取る。十一月は子を建つ。子中は専ら癸水を蔵し、これは庚の傷官。癸を透して傷官格を立つ。冬水は寒冷で、金寒く水冷たければ秀気は発せず。格を取って後最も火あるて調候するを喜ぶ。透せざるもまた子中の癸水に就いて傷官を取りて格と為し得。十二月は丑を建つ。丑は己土・癸水・辛金を蔵す。己を透せば正印格、癸を透せば傷官格。一印一傷で、取用はまさに身の強弱を見るべし。身弱なれば印を用いて生扶し、身強なれば傷官を用いて秀を泄す。両者透せざれば一を擇ぶ。

辛日生の各月の格取り

庚生寅月,干透甲木,為正財格。透丙火,為正官格。透戊土,為正印格。若甲丙戊皆不透,亦可酌取其一。庚生卯月,干透乙木,為偏財格,不透亦可取。庚生辰月,干透戊土,為正印格。透乙木炎偏財格。透癸水,為食神格。若乙戊癸皆不透,亦可酌取其一。辛生巳月,干透丙火,為正官格。透戊土,為正印格。若丙戊皆不透,亦可酌取其一。辛生午月,干透丁火,為七殺格。透己土,為偏印格。若丁己皆不透,亦可酌取其一。辛生未月,干透己土,為偏印格。透丁火,為七殺格。透乙木,為偏財格。若乙己丁皆不透,亦可酌取其一。

以下は辛日に転入す。底本の前三条はなお「庚生」と題するが、配する十神により按ずれば「辛生」とすべき。甲木は庚金に対しては偏財で、辛金に対してのみ正財となり、乙木は庚に対しては正財で、辛に対してのみ偏財となる。「庚」が「辛」の訛りと証するに足る。辛は陰金、珠玉の質で、清潤にして埋没を畏る。正月は寅を建つ。寅は甲・丙・戊を蔵す。甲は陽木で、辛の克する所にして陰陽相異なれば正財となり、甲を透して正財格を立つ。丙は陽火で、辛を克して陰陽相異なれば正官となり、丙を透して正官格を立つ。ただ丙辛相合す。官を用うるときは合して官を失うを防がんことを須うず。戊は陽土で、辛を生じて陰陽相異なれば正印となり、戊を透して正印格を立つ。然れども土重ければまた金を埋めんことを恐る。三者透せざれば、斟酌して一を取る。二月は卯を建つ。卯中は専ら乙木を蔵し、乙は辛と同じく陰に属して辛の克する所なれば、これ偏財。乙を透して偏財格を立つ。透せざるもまた卯中の乙木を取りて格と為し得。三月は辰を建つ。辰は戊・乙・癸を蔵す。戊を透せば正印格、乙を透せば偏財格(底本の「炎」字は乃ち「為」の訛り)。癸は陰水で、辛の生ずる所にして同じく陰に属すれば食神となり、癸を透して食神格を立つ。辰中の癸水は庫を得て、秀を泄して身を傷らず。三者透せざれば一を擇ぶ。四月は巳を建つ。巳は丙・庚・戊を蔵す。丙を透せば正官格、戊を透せば正印格。官印相生はもと美なれど、然れども辛金は火の烈しく土の燥するを畏る。必ず壬癸の潤沢を得て初めて器を成し得。両者透せざれば、斟酌して一を取る。五月は午を建つ。午は丁・己を蔵す。丁は陰火で、辛を克して同じく陰に属すれば七殺となり、丁を透して七殺格を立つ。己は陰土で、辛を生じて同じく陰に属すれば偏印となり、己を透して偏印格を立つ。両者透せざれば一を擇ぶ。六月は未を建つ。未は己・丁・乙を蔵す。己を透せば偏印格、丁を透せば七殺格、乙を透せば偏財格。未月は土燥して金脆し。格を取って後は調候殊に重し。三者透せざれば、斟酌して一を取る。

辛生申月,干透壬水,為傷官格。透戊土,為偏印格。若戊土皆不透,亦可酌取其一。辛生酉月。酉為辛祿,非在八格之內,詳於外格篇中。辛生戌月,干透戊土,為正印格。秀丁火,為七殺格。若丁戊皆不透,亦可酌取其一。辛生亥月,干透壬水,為傷官格。透甲木,為正財格。若壬甲皆不透,亦可酌取其一。辛生子月,干透癸水,為食神格,不透亦可取。辛生丑月,干透己土,為偏印格。透癸水,為食神格。若己癸綿不透,亦可酌取其一。

七月は申を建つ。申は庚・壬・戊を蔵す。壬は陽水で、辛の生ずる所にして陰陽相異なれば傷官となり、壬を透して傷官格を立つ。金白く水清きは、まさに辛金の最も喜ぶ泄秀の路である。戊を透せば偏印格。然れども戊土はよく壬水を克す。傷官を用うるときはかえってそれを嫌う(底本の「若戊土皆不透」の「土」は「壬」とすべし)。両者透せざれば、斟酌して一を取る。八月は酉を建つ。酉は辛金の寄祿の地で、身は自ら旺に当たる。八格の内に在らず。詳しくは《外格篇》に見えり。九月は戌を建つ。戌は戊土・辛金・丁火を蔵す。戊を透せば正印格、丁を透せば七殺格(底本の「秀」はなお「透」の訛り)。殺印相生はもと取る可きも、然れども戌は火土の庫で、辛金はその燥厚を畏る。水の潤あるを須うず。両者透せざれば一を擇ぶ。十月は亥を建つ。亥は壬水・甲木を蔵す。壬を透せば傷官格、甲を透せば正財格。傷官が財を生ずるは亥月辛金の順路。ただ冬水寒冷で、なお火の暖を兼顧することを須うず。両者透せざれば、斟酌して一を取る。十一月は子を建つ。子中は専ら癸水を蔵し、これは辛の食神。癸を透して食神格を立つ。透せざるもまた子中の癸水に就いて食神を取りて格と為し得。十二月は丑を建つ。丑は己土・癸水・辛金を蔵す。己を透せば偏印格、癸を透せば食神格。梟印奪食はまさにこの月に格を取るに最も提防すべき一層である(底本の「若己癸綿不透」の「綿」は「皆」の訛り)。両者透せざれば、一を擇びて格を取る。

壬日生の各月の格取り

壬生寅月,干透甲木,為食神格。透丙火,為偏財格。透戊土,為七殺格。若甲丙戊皆不透,亦可酌取其一。壬生卯月,干透乙木,為傷官格,不透亦可取。壬生辰月,干透戊土,為七殺格。透乙木,為傷官格。若乙戊皆不透,亦可酌取其一。壬生巳月,干透丙火,為偏財格。透庚金,為偏印格。透戊土,為七殺格。若丙庚戊皆不透,亦可酌取其一。

壬は陽水、江河の勢いで、性は動にして下に潤す。正月は寅を建つ。寅は甲・丙・戊を蔵す。甲は陽木で、壬の生ずる所にして同じく陽に属すれば食神となり、甲を透して食神格を立つ。水木相生して秀を泄して霊なり。丙は陽火で、壬の克する所にして同じく陽に属すれば偏財となり、丙を透して偏財格を立つ。戊は陽土で、壬を克して同じく陽に属すれば七殺となり、戊を透して七殺格を立つ。ただ寅月は木旺して土を制し得れば、殺は患と為らず。三者透せざれば、斟酌して一を取る。二月は卯を建つ。卯中は専ら乙木を蔵し、乙は陰木で、壬の生ずる所にして陰陽相異なれば傷官となり、乙を透して傷官格を立つ。透せざるもまた卯中の乙木に就いて傷官を取りて格と為し得。ただ卯月は気を泄すること太重し。格を取って後は印比の身を助くるを須うず。三月は辰を建つ。辰は戊・乙・癸を蔵す。戊を透せば七殺格。辰は水庫にしてまた土の本気の地で、殺に根ありて身にもまた庫あり。最も食神を以て殺を制するを宜とす。乙を透せば傷官格。傷官も同じくよく殺を制すれども、ただ官を傷り尽くすを防ぐを須うず。両者透せざれば一を擇ぶ。四月は巳を建つ。巳は丙・庚・戊を蔵す。丙を透せば偏財格。巳月は火旺して水衰え、財旺に身弱なり。比劫印綬の身を助くるを須うじて初めて財に任じ得。庚は陽金で、壬を生じて同じく陽に属すれば偏印となり、庚を透して偏印格を立つ。巳中の庚金は長生で、まさに壬水の生源である。戊を透せば七殺格。巳中の戊土は祿を得て、殺重に身軽なり。殊に印の化を須うず。三者透せざれば、斟酌して一を取る。

壬生午月,干透丁火,為正財格。透己土,為正官格。若丁己皆不透,亦可酌取其一。壬生未月,干透己土,為正官格。透丁火,為正財格。透乙木,為傷官格。若乙己丁皆不秀,亦可酌取其一。壬生申月,干透庚金,為偏印格。透戊土,為七殺格。若戊庚皆不透,亦可酌取其一。

五月は午を建つ。午は丁・己を蔵す。丁は陰火で、壬の克する所にして陰陽相異なれば正財となり、丁を透して正財格を立つ。ただ丁壬相合す。財を用うるときは合して去るを防ぐを須うず。己は陰土で、壬を克して陰陽相異なれば正官となり、己を透して正官格を立つ。午月は火土並び旺じて水気は衰竭す。財官は美なれど、必ず金水の身を助くるを得て初めて担い得るに足る。両者透せざれば、斟酌して一を取る。六月は未を建つ。未は己・丁・乙を蔵す。己を透せば正官格、丁を透せば正財格、乙を透せば傷官格(底本の「皆不秀」の「秀」はなお「透」の訛り)。未月は土燥して、官星は之を過重に失す。格を取って後はまさに印比を以て救と為すべし。乙木の土を疏するもまた一法なり。三者透せざれば一を擇ぶ。七月は申を建つ。申は庚・壬・戊を蔵す。庚を透せば偏印格。申金は令に当たりて水を生じ、壬は長生の根を得る。身はすでに強なればさらに印重きを見るを喜ばず。戊を透せば七殺格。申中の戊土は虚浮で、殺は軽し。財の来て滋養するあるを宜とす。両者透せざれば、斟酌して一を取る。

辛日壬日の重出する諸条

壬生酉月。酉為辛祿,非在八格之內,詳於外格篇中。辛生戌月。干透戌土,為正印格。透丁火,為七殺格。若丁戊皆不透,亦可酌取其一。辛生亥月,干透壬水,為傷官格。透甲木,為正財格。若壬甲皆不透,亦可酌取其一。辛生子月,干透癸水,為食神格,不透亦可取。辛生丑月,干透己土,為偏印格。透癸水,為食神格。若己癸皆不秀透,亦可酌取其一。

これより以下の十二条は、底本が錯簡して重出し、前の辛日戌・亥・子・丑の四か月と壬日寅・卯・辰・巳・未・申の六か月の条文をまた一遍写したもので、文字にやや出入りあり。いま照録して删らない。首条は「壬生酉月」と題するも正文に「酉為辛祿」と説いて両相合わず。酉は辛金の祿地で、壬水に対してはただ正印にすぎず、壬日が酉月に生まるればもとより正印を以て格を取るべく、外格に帰すべからず。この条はまさに前文の「辛生酉月」の誤題に当たる。第二条の「辛生戌月」の中の「干透戌土」の「戌」は「戊」の形訛で、戌中の戊土は辛の正印、丁火は辛の七殺で、前文の載する所と相同じ。以下の辛生亥月の傷官・正財、辛生子月の食神、辛生丑月の偏印・食神も、みな前文と一致す。末句の「若己癸皆不秀透」は「秀」の一字が多出せり。なお「透」の訛衍である。取用に就いて論ずれば、辛金は亥・子の両月に生まれて、金寒く水冷たし。傷官・食神を以て格を立つといえども、格を取って後必ず丙丁の火の調候あるを要し、さもなくば清にして用なし。丑月に生まれれば土凍り金寒し。偏印は身を生じ得といえども、かえってその湿滞にして霊ならざるを嫌う。なお調候を以て第一の急務と為す。

壬生寅月,干透甲木,為食神格。透丙火,為偏財格。透戊土,為七殺格。若甲丙戊皆不透,亦可酌取其一。壬生卯月,干透乙木,為傷官格,不透亦可取。壬生辰月,干透戊土,為七殺格。透乙木,為傷官格。若乙戊皆不透,亦可酌取其一。壬生巳月,干透丙火,為偏財格。透庚金,為偏印格。透戊土,為七殺格。若丙庚戊皆不透,亦可酌取其一。

この四条は前の壬日寅・卯・辰・巳の四か月の条文と全く相同じ。錯簡の重出である。壬水が寅月に生まれれば、木旺して水を泄し、甲を透して食神格を取る。格を取って後は身に根あるを喜び、梟神の食を奪うを忌む。丙を透して偏財格を取る。春初は火気まさに生ず。財軽ければ食傷の相生あるを宜とす。戊を透して七殺格を取る。寅中の甲木は自らよく戊を制すれば、殺は害と為らず。卯月に生まれれば、乙木は令に当たる。乙を透して傷官格を取り、透せざるもまた卯木に就いて格を取り得。ただ気を泄すること太重し。金水の身を助くるを須うず。辰月に生まれれば、戊を透して七殺格を取る。辰土は令に当たりて中に癸水を蔵して壬の根と為す。身殺両停の時最も食神を以て殺を制するを宜とす。乙を透して傷官格を取る。傷官の殺を駕するもまた可なれど、ただ傷官の官を見るを忌む。巳月に生まれれば、丙を透して偏財格を取る。火旺して水弱し。印比あらずんば財に任ずる能わず。庚を透して偏印格を取る。庚金は巳に在りて長生と為り、これ壬水の源頭である。戊を透して七殺格を取る。巳中の戊土は祿を得て、殺重に身軽なり。殊に印を以て殺を化することを須うず。

壬生未月,干透己土,為正官格。透丁火,為正財格。透乙木,為傷官格。若乙己丁皆不透,亦可酌取其一。壬生申月,干透庚金,為偏印格。透戊土,為七殺格。若戊庚皆不透,亦可酌取其一。壬生戌月,干透戊土,為七殺格。透丁火,為正財格。透辛金,為正印格,若戊丁土格為正官格。若甲丙戊皆不透,亦酌取其一。

未月・申月の両条はなお前文と重出す。壬水が未月に生まれれば、未中の己土は権に当たる。己を透して正官格を取り、丁を透して正財格を取る。財官は真なれども、究竟は火土の水を傷るに属し、必ず金水の身を扶するに頼る。乙を透して傷官格を取る。乙木はよく未土を疏す。これ身弱者の一線の生機である。申月に生まれれば、庚を透して偏印格を取り、戊を透して七殺格を取る。申金は水を生じ、身は弱と為らず、殺を用うるはかえって相宜し。末の一条の「壬生戌月」は、戌中の戊土は壬の七殺、丁火は壬の正財、辛金は壬の正印。ゆえに戊を透して七殺格を立て、丁を透して正財格を立て、辛を透して正印格を立つ。三者並び見ゆるときは透して清にして根ある一つを以て主と為す。「若戊丁土格為正官格。若甲丙戊皆不透」の一句に至っては、文義窒碍して通じず。ここ底本に訛脱あり。「甲丙戊」の三字は乃ち前文の壬生寅月条の字面の誤りてここに窜入せるもの。戌月に甲丙の透すべきなし。また本巻の十干の格取りは独り癸日寅月の一条を欠く。同じく底本の脱文で、敢えて臆補しない。

癸日生の各月の格取り

癸生卯月,干透乙木,為食神格,不透亦可取。癸生辰月,干透戊土,為正官格。透乙木為食神格。若戊乙皆不透,亦可酌取其一。癸生巳月,干透丙火,為正財格,透戊土,為正官格,透庚金,為正印格,若丙戊庚皆不透,亦可酌取一。癸生午月,干透丁火,為偏財格,透乙土,為七殺格。若丁已皆不透,亦可酌取其一。癸生未月,干透已土,為七殺格,透丁火,為偏財格。透乙木,為食神格。若乙丁已皆不透,亦可酌取其一。癸生申月,干透庚金,為正印格。透戊土,為正官格,若庚戊皆不透,亦可酌取其一。

癸は陰水、雨露の潤いで、至柔にしてよく万物を滋養す。二月は卯を建つ。卯中は専ら乙木を蔵し、乙は癸と同じく陰に属して癸の生ずる所なれば、これ食神。乙を透して食神格を立つ。水木は秀を吐き、聡明文采を主る。透せざるもまた卯中の乙木に就いて食神を取りて格と為し得。三月は辰を建つ。辰は戊・乙・癸を蔵す。戊は陽土で、癸を克して陰陽相異なれば正官となり、戊を透して正官格を立つ。乙を透せばなお食神格。辰は水庫で、癸に根ありて弱ならず。官と食神と並び見ゆるときは清純なる者を以て貴しと為す。両者透せざれば一を擇ぶ。四月は巳を建つ。巳は丙・庚・戊を蔵す。丙は陽火で、癸の克する所にして陰陽相異なれば正財となり、丙を透して正財格を立つ。戊を透せば正官格。庚は陽金で、癸を生じて陰陽相異なれば正印となり、庚を透して正印格を立つ。巳月は火土権に当たり、癸水柔弱なり。財官は美なれど、庚金の印の生扶あらずんば担当する能わず。三者透せざれば、斟酌して一を取る。五月は午を建つ。午は丁・己を蔵す。丁は陰火で、癸の克する所にして同じく陰に属すれば偏財となり、丁を透して偏財格を立つ。己は陰土で、癸を克して同じく陰に属すれば七殺となり、己を透して七殺格を立つ(底本の「透乙土」の「乙」は「己」の形訛、下句の「若丁已皆不透」の「已」もすなわち「己」)。午月の癸水は極めて弱し。格を取って後必ず印比を以て救と為す。六月は未を建つ。未は己・丁・乙を蔵す。己を透せば七殺格、丁を透せば偏財格、乙を透せば食神格。食神の殺を制するはまさに未月癸水の最も正しき用法である。三者透せざれば一を擇ぶ。七月は申を建つ。申は庚・壬・戊を蔵す。庚を透せば正印格。申金は水を生じ、癸は長生の源を得る。戊を透せば正官格。官星に印の相化ありて、身は克を畏れず。両者透せざれば、斟酌して一を取る。

癸生酉月,干透幸金,為偏印格,不透亦可取。癸生戌月,干透戊土,為正官格。透丁火,為偏財格。透辛金,為偏印格。若戊丁辛皆不透,亦可酌取其一。癸生亥月,干透甲木,為傷官格,不透亦可取。癸生子月。子為癸祿,非在八格之內,詳於外格篇。癸生丑月,干透已土,為七殺格。透辛金,為偏印格。若已辛皆不透。亦可酌取其一。

八月は酉を建つ。酉中は専ら辛金を蔵し、辛は癸と同じく陰に属して我を生ずれば、これ偏印。辛を透して偏印格を立つ(底本の「幸金」は乃ち「辛金」の訛り)。透せざるもまた酉中の辛金に就いて印を取りて格と為し得。ただ秋金は水を生じて、身はすでに弱ならず。印を用うるは軽くして重からざるを宜とす。九月は戌を建つ。戌は戊土・辛金・丁火を蔵す。戊を透せば正官格、丁を透せば偏財格、辛を透せば偏印格。戌月は土燥して官旺に身を克す。最も印を以て官を化して身を生ずるを宜とし、財はすなわち更に官を助けんこと宜からず。三者透せざれば、斟酌して一を取る。十月は亥を建つ。亥は壬水・甲木を蔵す。甲は陽木で、癸の生ずる所にして陰陽相異なれば傷官となり、甲を透して傷官格を立つ。亥中の壬水は癸の劫財で、身旺にして傷官を以て秀を泄する最も相宜し。透せざるもまた亥中の甲木に就いて傷官を取りて格と為し得。十一月は子を建つ。子は癸水の寄祿の地で、身は自ら旺に当たる。八格に入らず。詳しくは《外格篇》に見えり。十二月は丑を建つ。丑は己土・癸水・辛金を蔵す。己を透せば七殺格、辛を透せば偏印格。丑月は水冷え土凍り、殺は令に当たるといえども気は鋭ならず。格を取って後は火を以て調候し木を以て殺を制するは、みな活法なり。両者透せざれば、一を擇びて格を取る。綜観すれば以上十干の各日の十二月に生ずるの格を取る条例は、通例ただ三条あり。月令人元は天干に透せば、すなわち透する所の十神に依りて格を定む。数者並び透せば、すなわちその時を得勢を得清にして根ある一つを取る。一つも透する所なければ、なお月令の蔵する所に就いて斟酌して格を立て得。ただ独り日主が自ら祿地に坐し、あるいは月支まさに羊刃なる者は、八格に入らず。別に《外格篇》の中に在りて討論す。

八格の成功

正官格為:(一)日干強,又有財來生官。(二)日干弱,正官強,有印生身。(三)正官不見七殺混雜。偏正財為格:(一)日干強,財亦強,再見官星。(二)日干弱,財星強,有印比護身。(三)日干強,財星弱,有傷食生財。

いわゆる「成格」とは、格局の力量と日主と相配し、格中の神が各々その位を得るを指す。一張の命造はこれによりて立ち得。正官の格を立ててよく成功するに三種の情形あり。一は日干強健にして、四柱また財星あるて官を生ずる。財官相生して身は足りて官に任ず。これ最も正大の一種。二は日干衰弱にして正官は偏強なれど、幸いに印綬あるて通関す。印は一面に官星の力を泄じ去り、一面に我が身を生扶す。官印相生して弱身も官を担い得。三は四柱ただ正官のみを見て、七殺の来て混雜するを見ず――正官は礼あり節あるの約束で、七殺は無情の攻伐。両者雑出すればすなわち清濁分かたず、官はその官と為らず。ゆえに混雜せざる初めて格清と算う。偏財正財の格を立ててよく成功するもまた三種あり。一は日干強く財星もまた強く、さらに官星を見る。財は官を生じて官は財を護る。富の中に貴を帯ぶ。二は日干衰弱にして財星強旺なれど、幸いに印綬の身を生じ比劫の我を助くるあり。身に依托ありて初めてこの份の財を担い得。三は日干強くして財星単薄なれど、食神傷官の中間に在りて財を生ずるあり。財源絶えず、弱財もまた旺に転じ得。

篇正印為格:(一)日干強,印輕逢官殺。(二)日干強,印亦強,有傷食洩身。(三)日干強,印又多見,財透出,減弱印綬之力(但不可財根太深,與印互斷而印敗)。食神為格:(一)日干強,食亦強,再見財。(二)日干強,殺尤過之,食神制殺而不見財。(三)日干強,食神洩氣太過,見印護身。

偏印正印の格を立ててよく成功するに三種の情形あり(底本の「篇正印為格」の「篇」は「偏」の形訛)。一は日干強健にして印気単薄、また官殺に逢う。官殺はよく身を制しまたよく印を生ず。一挙にして両得。二は日干強く印もまた強し。身印両旺なれば気機壅塞す。幸いに食神傷官の我が気を泄するありて、秀気初めて吐き出せり。三は日干強くして印また多く見ゆ。この時財星透出し、財はよく印を克し、過重の印力を減じ下ぐれば、格局はかえって調停宜を得――ただ財は根気深からしむべからず。深ければ財印互相争戦して印は全然敗壞し、それはすなわち反面に走到る。食神の格を立ててよく成功するもまた三種あり。一は日干強く食神もまた強く、さらに財星を見る。食神は財を生ず。これ富貴の正路。二は日干強くして七殺さらに甚だし。食神を用いて七殺を制伏す。この時財を見るを宜からず。財はすでに殺を生じまた食神の力を泄すれば、殺を制するの功は便ち空に落つ。三は日干強くして食神の気を泄する太過にして、強より弱に転ず。印綬の身を護るを見るを須うず。印はよく食を制しまたよく我を生ず。身は立ち得て格初めて成り得。

七殺為格:(一)身強。(二)日干強,殺尤過之,有食制殺。(三)日干弱,殺旺,有印生身。(四)殺身兩停,無官混殺。傷官為格:(一)日干強,傷官生財。(二)日干弱傷官洩氣,有印護身。(三)日干弱,傷官旺,而殺印雙透。(四)日干強,殺重,傷官駕殺。

七殺の格を立ててよく成功するに四種の情形あり。一は身強なり。七殺は我を攻むる神なれど、身強からば受け得、かえって威権と成る。二は日干強くして七殺さらに過ぐ。食神の制伏あるを須うず。殺制せられればすなわち転じて我が用と為る。三は日干弱くして七殺旺なり。印綬の身を生ずるを須うず――印はよく殺気を化じ去りて転じて我を生ず。これを「殺印相生」と叫ぶ。弱身の殺を用うるの正法である。四は身と殺と勢均力敵なる。いわゆる「殺身両停」。また正官の来て七殺を混雜するなく、一清して底に徹す。最も貴ぶ可し。傷官の格を立ててよく成功するもまた四種あり。一は日干強く、傷官を用いて財を生ず。秀気に帰宿あり。聡明にして財多きを主る。二は日干弱く、傷官は我が気を泄して身はその泄に勝えず、印綬の身を護るあり。印はすでに傷を制しまた身を生ず。三は日干弱くして傷官旺なり。四柱に殺印双透す。印は殺を化して以て身を生じ、殺もまた傷官に碍げられず。身・殺・印の三方兼顧す。四は日干強くして七殺重し。傷官を用いて七殺を駕馭す。いわゆる「傷官駕殺」。食神の殺を制するに比べてさらに峻烈なり。ただ身強ならば初めて承当し得。

八格の破壞

正官為格:(一)見傷官而無印。(二)遇刑沖破害。(三)殺來混雜。正偏財為格:(一)日干強,財輕劫比又重。(二)遇刑沖破害。(三)日干弱,七殺重,財又生殺。偏正印為格:(一)日干弱,印本輕,又逢財壞。(二)日干弱,印太重,而又多官殺。(三)遇刑沖破害。

「敗格」とは格局が破壞に遭いて、格中の神はその位次を失い、好命もまた壊命に変ずるを謂う。正官の格を立てて破壞に遭うに三種あり。一は四柱に傷官を見て印綬なし。傷官はまさに官星を克す。印なくんば人の解救するなし。いわゆる傷官見官は、禍を為すこと百端なり。二は官星は刑・冲・破・害に遇う――地支の間の刑冲破害はよく官星の根基を搖動す。根搖ればすなわち官は立たず。三は七殺の来て混雜する。正官の清純の気は攪渾せられ、官殺分かたず、格はすなわち破る。正財偏財の格を立てて破壞に遭うもまた三種あり。一は日干もと強くして財星単薄、比肩劫財また重畳す。群劫は財を争う。財は必ず奪わる。二は財星は刑冲破害に遇う。財根は動搖す。三は日干弱くして七殺重し。財星は身を助けんとせずしてかえって殺を生じに行く。敵に資するに等し。身はいよいよ危くして格はいよいよ壞る。偏印正印の格を立てて破壞に遭うに三種あり。一は日干弱く印はもともと軽く、また財星の来て克するに逢う。印は財に壞られればすなわち弱身は依なし。二は日干弱くして印太重し、四柱また官殺多し。官殺は印を生じ、印はいよいよ重くして身はいよいよ壅塞せらる。三は印は刑冲破害に遇う。印根一動けば、身を生ずるの源はすなわち断たる。

食神為格:(一)日干強,食輕又逢梟。(二)日干弱,食神生財,而又露殺。(三)遇刑沖破害。七殺為格:(一)遇刑沖破害。(二)日干弱。(三)財當殺而無制。傷官為格:(一)見官。(二)日干弱,又多財。(三)日干強,傷官輕,而又多印。(四)遇刑沖破害。

食神の格を立てて破壞に遭うに三種あり。一は日干強くして食神単薄、また「梟」に逢う――偏印はまた梟神と名づく。専ら食を奪うを能とす――食神は梟に奪われ去りて、秀気尽く失う。二は日干弱く、食神はすでに財を生ぜんとす、四柱また七殺を露出す。身弱にして財殺交攻し、食神は此を顧みて彼を失う。三は食神は刑冲破害に遇う。根本動搖す。七殺の格を立てて破壞に遭うに三種あり。一は刑冲破害に遇う。二は日干弱し。身弱にして殺に任ずる能わず。殺はかえって禍と成る。三は財星と七殺と党を結びて制伏の神なし(底本の「財當殺」の「當」は「黨」とすべし)。財は殺を生じて旺なり。身を攻むこと已まず。傷官の格を立てて破壞に遭うに四種あり。一は官星を見る。傷官は正官と正面して衝突す。二は日干弱くして財また多し。傷官は身を泄し財はまた身を耗す。身はいよいよ支えず。三は日干強くして傷官軽し、しかるに印綬重重なり。印は傷官を克し尽くして、秀気は吐露するに由なし。四は刑冲破害に遇う。

八格の太過

正官為格:(一)官星得令,又眾多,日主衰弱不堪。(二)官強身弱,又多財星生官。偏正財為格:(一)財得令,而又眾多,日主衰弱不堪。(二)財旺身弱,又多傷食之洩身生財。偏正印為格:(一)印重又得令,日弱而財輕。(二)印與劫比皆強,獨傷食財官輕淺。傷食為格:(一)傷食太重,日主太輕,無印或多財。(二)身強殺淺,傷食重而制殺太過,又無財解。七殺為格:(一)殺太重,身太輕,不見傷食。(二)財多身弱,殺又得財生。

「太過」とは格神の力量が日主の承受し得る限度を超出するを謂う。好い物が多くしてかえって負担と成る。正官格の太過に二種あり。一は官星は令に当たりてまた众多なり。日主は衰弱してその克に堪えざるに至れば、正官は便ち転じて身を攻むる鬼と為る。二は官強に身弱、四柱また財星多くして官を生じに行く。財官いよいよ旺なれば身はいよいよ危し。財格の太過に二種あり。一は財星は令に当たりてまた众多、日主は衰弱して堪えず。いわゆる財多身弱、富屋の貧人。二は財旺に身弱、また食神傷官多し。一面に我が身を泄し、一面に財星を生旺す。両頭ともに日主を削弱するに在り。印格の太過に二種あり。一は印重くしてまた令に当たる。日主はもと弱くして財星軽微、財なくして印を制せず。我を生ずること太過にしてかえって壅塞と成る。二は印綬と比肩劫財とともに強く、偏に食傷・財・官みな軽浅なり。満盤生扶して一処も発泄なく一処も約束なし。気機通ぜず。傷食格の太過に二種あり。一は傷食太重して日主太軽、また印綬なくして泄を止めず、あるいはかえって財星多くして引泄す。身は盗み尽くさる。二は身強にして七殺もと浅し、傷食はかえって重し。殺を制するを制すこと太過にして、また財星なくして解救せず――財はよく殺を生ず。まさに殺の制せられ過ぎたる時の唯一の転圜である。七殺格の太過に二種あり。一は殺太重して身太軽、また傷食の制伏を見ず。二は財多くして身弱、七殺また財星の生助を得る。殺勢はいよいよ熾んなり。

八格の不及

正官為格:(一)身強過於官,又無財星滋官。(二)身強過於官,又多印之洩官,傷食之克官。偏正財為格:(一)身強多比劫祿刃。(二)財無傷食之生,而多劫印之剝奪。偏正印為格:(一)財重無官。(二)多比劫祿刃。傷食為格:(一)印重身輕。(二)身弱而財官太多。七殺為格:(一)食重無財。(二)身強印強。

「不及」は太過と相反し、格神の力量足らざるを謂う。一つの格を撐起し得ず。正官格の不及に二種あり。一は身は官に過ぎて強し。官軽く身重くしてまた財星なくして官星を滋養せず。官は便ち我を管し得ず。二は身は官に過ぎて強く、四柱また印綬多くして官の気を泄じ、傷食多くして官を克す――印は官の生ずるを受け、官の力量はみな印の上に転ず。傷食はすなわち直接に官と敵と為る。財格の不及に二種あり。一は身強にして比肩・劫財と祿・刃と満盤す。群劫は財を奪う。二は財星すでに食傷の生助なく、また比劫と印綬との来て剥奪する多し。比劫は直接に財を分ち、印綬はすなわち財を生ずるの食傷を制住す。印格の不及に二種あり。一は財重くして官星なし。財は来て印を壞りてまた官の通関なし。二は比劫と祿刃と太多し。印は比劫を生じ、力量はみな比劫の上に散ず。傷食格の不及に二種あり。一は印重くして身軽し。印は傷食を克住す。二は身弱にして財官太多し。傷食はすでに財を生ぜんとすれどもまた官殺の制を受く。七殺格の不及に二種あり。一は食神重くして財なし。殺を制する太過にして財なくして解救せず。二は身強に印強し。殺気は尽く印に泄れて、七殺は便ち用武の地なし。

八格の用神

日主有強,有弱,格局有成,有敗,有太過,有不及。今有一字,能助格局之成功,救格局之破敗,抑格局之太過、日主之太強,扶格局之不及、日主這太弱,此字即用神也。命以用神得力為上,用神不得力為下,無用神為更下。日主格局,猶人之軀體;用神,猶人之靈魂。靈魂與軀體豈可須臾相離,則用神於命局之重要,可以見矣。論命者,論用神也,其可忽乎?特述八格用神之取法如後。

日主に強有り弱有り。格局に成有り敗有り太過有り不及有り。倘も四柱の中にそういう一個の字あらば、よく格局の成功を助成し、よく格局の破敗を補救し、よく格局の太過と日主の過強とを抑制し、よく格局の不及と日主の過弱とを扶助する。この字すなわち「用神」である(底本の「日主這太弱」の「這」は「之」の形訛)。ここにいう「扶抑」とは、すなわち弱なればこれを扶け強なればこれを抑す。格神と日主と孰れか軽く孰れか重きを看準して、再びこの一字を下せば、命局の偏枯の処は便ち平衡を得。命を論ずるは用神の力を得るを以て上等と為し、用神の力を得ざるを下等と為し、全く取るべき用神なきはさらに下等の下に在り。日主と格局とは譬えば一人の人の躯体、用神は譬えばこの人の靈魂。靈魂と躯体とは片刻も分離すべからず。用神の一張の命造の中なる分量は、これによりて看取せらる。ゆえに曰く、命を論ずるはすなわち用神を論ずるなり。どうして軽忽にし得べけんや。以下すなわち分かちて八格の用神を取るの方法を述ぶ。

正官格。日干弱,正官為格,財星重,取比劫為用,無比劫則用印。日干弱,正官為格,傷食多,取印為用。日干弱,正民為格,官殺重,取印為用。日干強,正官為格,劫比多,取官為用。日干強,正官司格,印多,取財為用。日干強,正官為格,多見傷食,宜用財。偏正財格。日干弱,財為格,傷食多,取印為用。日干弱,財為格,財重宜用比劫。日干弱,財為格,官殺多見,宜用印。日干強,財為格,若劫比重重,用傷食為宜,用官殺亦宜。日干強,財為格,印多見,用財為宜。

正官格の用神を取るは合わせて六例。日干弱く正官を以て格を立てて財星重重なるは、比肩劫財を取りて用神と為す――財重ければ身はいよいよ支えず。比劫はよく身を助けまたよく財勢を分け去る。もし四柱に比劫なければ、すなわち改めて印綬を用う。印はすでに身を生じまたよく官を化す。日干弱くして傷官食神多きは、印を取りて用と為す。印はよく傷食を制伏し官星を護住し、同時に弱身を生扶す(底本の「正民為格」の「民」は「官」の訛り)。日干弱くして官殺重きは、なお印を取りて用と為す。一路に官殺の気を化じて以て我を生ず。日干強くして比肩劫財多きは、官星を取りて用と為す。官はよく群劫を制伏す。日干強くして印多きは、財を取りて用と為す。財はよく印を損ず。印重きて身を壅するを免る(底本の「正官司格」の「司」は「為」の訛り)。日干強くして傷食を多く見るは、財星を用うるを宜とす。傷食の気をして財の上より流通せしめて、直接に官星を傷るに至らざらしむ。財格の用神を取るは合わせて五例。日干弱く傷食多きは、印を取りて用と為す。印は傷食を制して身を生ず。日干弱くして財重きは、比劫を用いて身を助け財を分かつを宜とす。日干弱くして官殺を多く見るは、印を用うるを宜とす。官殺の克を化じて生身の力と為す。日干強くして比肩劫財重重なるは、傷食を用うる最も宜し。傷食はすでに我が有余の気を泄し、また転じて財星を生ず。官殺を用うるもまた可なり。官殺はよく直接に比劫を制伏す。日干強くして印を多く見るは、財を用うるを宜と為す。なお財を以て印を損ずるの意である。

偏正印格。日干弱,印為格,多官殺,宜用印。日干弱,印為格,多傷食,尤宜用印。日干弱,印為格,多財,宜用劫比。日干強,印為格,比劫重重,有官殺則用官殺,無官殺則用傷食。日干強,印為格,印重則宜用財。日干強,印為格,財多宜用官殺。食神格。日干弱,食神為格,官殺多見,宜用印。日干弱,食神為格,財多宜用比劫。日干弱,食神為格,傷食重,取印為用。日干強,食神為格,印多,取財為用。日干強,食神為格,劫比重重,取食傷為用。日干強,食神為格,財多,取官殺為用。

印格の用神を取るは合わせて六例。日干弱く印を以て格を立てて官殺多きは、印を用うるを宜とす――印は官殺と我との間の関口で、官殺の気は尽く印の上より転じて我を生ず。我を克するの神は便ち化して我を生ずるの神と成る。日干弱くして傷食多きは、さらに印を用うべし。印はよく直接に傷食を制住して泄気を止む。日干弱くして財多きは、比肩劫財を用うるを宜とす。財はよく印を壞る。比劫はすでに身を助けまた財を分かちて、印初めて保たれ得。日干強く比劫重重なるは、官殺あればすなわち官殺を用いて劫を制しに行き、官殺なければすなわち傷食を用いて劫の気を泄しに行く。日干強くして印重きは、財星を用いて印を損ずるを宜とす。日干強くして財多きは、官殺を用うるを宜とす。財をして帰する所有らしめて我と相争わざらしむ。食神格の用神を取るもまた六例。日干弱くして官殺を多く見るは、印を用うるを宜とす。殺を化して身を生じ、兼ねて食神を護る。日干弱くして財多きは、比劫を用いて身を助け財に任ずるを宜とす。日干弱くして傷食重きは、印を取りて用と為す。傷を制して泄を止む。日干強くして印多きは、財を取りて用と為す。その壅塞を去る。日干強く比劫重重なるは、食傷を取りて用と為す。旺気を泄して以て秀を吐く。日干強くして財多きは、官殺を取りて用と為す。身強にして官殺の克を畏れず。まさにそれを用いて財を衛るに便なり。

七殺格。日干弱,七殺為格,財多,以劫比為用。日干弱,七殺為格,傷食多見,取印為用。日干弱,七殺為格,官殺重重,取印為用。日干強,七殺為格,比劫多見,取殺為用。日干強,七殺為格,印多見,取財為用。日干強,七殺為格,官殺重重,取傷食為用。傷官格。日干弱,傷官為格,財多,取比劫為用。日干弱,傷官為格,官殺多,取印為用。日干強,傷官為格,傷食重重,取印為用。日干強,傷官為格,比劫多,宜用七殺。日干強,傷官為格。印多,取財為用。

七殺格の用神を取るは合わせて六例。日干弱く七殺を以て格を立てて財多きは、比肩劫財を用う。財はよく殺を生ず。身弱に財旺なれば殺はいよいよ横なり。比劫はすでに財を分かちまた身を助け、一挙両得。日干弱くして傷食を多く見るは、印を取りて用と為す。印は傷食を制して以て泄を止め、また七殺を化して以て身を生ず。日干弱くして官殺重重なるも、同じく印を取りて用と為す。一路に殺を化して身を生ず。日干強くして比劫を多く見るは、七殺を取りて用と為す。まさに殺を借りて群劫を制伏しに行くに便なり。日干強くして印を多く見るは、財を取りて用と為す。印を損じて壅塞を免れしむ。日干強くして官殺重重なるは、傷食を取りて用と為す。食を以て殺を制すれば、殺は制せられて便ちかえって我が使う所と為る。傷官格の用神を取るは合わせて五例。日干弱く傷官を以て格を立てて財多きは、比劫を取りて用と為す。身を助け兼ねて財を分かつ。日干弱くして官殺多きは、印を取りて用と為す。官殺を化して身を生じ、印はまたよく傷官を約束す。日干強くして傷食重重なるは、印を取りて用と為す。これを泄すること太過なればすなわちこれを止むるを須うず。日干強くして比劫多きは、七殺を用いて劫を制するを宜とす。これすなわち傷官駕殺の意である。日干強くして印多きは、財を取りて用と為す。なお財を以て印を損ずるなり。

八格取用の補綴

上述八格用神,寥寥數例,豈能包括意萬命造?取法亦不足為規範,蓋一命有一命之情形,非權衡通變不為功。拘泥拗執,則不免毫釐千里之弊。緣再拉雜數語如後,藉補遺漏於萬一。

上に挙げたる八格の用神は、過ぎず寥寥たる幾個の例子にして、怎んぞ億万種の命造をみな包括し得んや(底本の「意萬」はまさに「億萬」の訛り)。これらの取法もまた死規矩として当たるに足らず。一張の命造に一張の命造の具体の情形ありて、権衡して軽重し通権達変せざるべからざればならないからである。もし一味に拘泥執着すれば、すなわち毫釐に差えて千里に謬るの弊あるを免れざる。ここによりてさらに手の随くままに幾条を補記して後に如く、聊か遺漏を万一に補わんとす。

用神の需要

(一)有勢有務(如用甲木,適當春月)。(二)有授助(如用甲木,見乙木或癸水之助)。(三)在干得氣(如用甲木,支見寅卯)。(四)在干不見克合(如用甲木,無庚克己合)。(五)在支得干生助(如用巳火,得甲木資生,丙火幫助)。(六)在支無刑沖合害(如用巳火,不見亥沖寅型)。(七)既見沖剋,而有解救(如用甲木受庚克,幸亦有乙木合庚,或丙火克妐。又如用巳火,被亥沖,幸見卯木三合亥水)。

用神が具備すべき条件は七項あり。第一に勢力あるを要す(底本の「有勢有務」の「務」はまさに「力」の訛り)。たとえば甲木を用いて、まさに春月木旺の時に逢えば、用神は令に当たりて初めて使い動かせり。第二に生助あるを要す(底本の「有授助」の「授」はすなわち「援」字)。たとえば甲木を用いて柱中に乙木を見て同気相帮し、あるいは癸水の木を生ずるを見る。第三、用神は天干に在る者は、須く地支に在りて気を得根を通ずべし。たとえば甲木を用いて地支に寅・卯を見れば、天干に根ありて初めて虚浮ならず。第四、用神は天干に在る者は、克せられ合せられざるべからず。たとえば甲木を用いて最も庚金の来て克するを忌み、また己土の来て合するを忌む――合せられればすなわち絆せられたるに等しく、事に任じる能わず。第五、用神は地支に在る者は、天干の生助を得るを要す。たとえば巳中の火を用いて、甲木の資生・丙火の帮扶を得る。第六、用神は地支に在る者は、刑・冲・合・害に遭うべからず。たとえば巳火を用いて、すなわち亥の来て冲し寅の来て刑するを怕る(底本の「寅型」はすなわち「寅刑」)。第七、たとえすでに冲克を受けたるも、ただ別に解救の字あらばまた妨げず。たとえば甲木を用いて庚金に克せられしも、幸いに乙木あるて庚金を合住し、あるいは丙火あるて庚金を克制す(底本の「克妐」はまさに「克庚」とすべし)。また巳火を用いて亥水に冲せられしも、幸いに卯木を見て亥と合して木局を成せば、亥水の冲勢は便ち化し去る。

用神の区別

(一)健全,用神無克合刑沖,謂之健全。(二)相神,用神之力不足,幸有他字生助;用神受刑沖剋合,幸有他字解救。此生助或解救之字,謂之相神,在命局中,與用神有同等之重要。(三)格局相兼,如以財為格,用神亦屬財,乃格局而兼用神,其重要更可知矣。

用神を論ずるはなお三種の情形を分辨することを要す。第一種は「健全」と叫ぶ。用神は克・合・刑・冲を受けず、本身は完好にして損なきこと、これ初めて健全と称すべし。第二種は「相神」と叫ぶ。用神本身の力量足らず、幸いに別の字あるて生助す。あるいは用神は刑冲克合に遭いて、幸いに別の字あるて解救す――この生助あるいは解救の字をすなわち相神と叫ぶ。相神は用神に非ずといえども、全個の命局の裡にはすなわち用神と同等に重要で、用神は一たび相神の護持を失えば、往々にして立刻に敗れ下る。第三種は「格局相兼」と叫ぶ。たとえば財星を以て格を立て、用神を取るもまた恰好財なれば、格と用と合して一と為り、この財の命中の分量はさらに言うを待たず。

外格篇

論命由陰陽五行干支之生克,進而取八格與用神,已可十得八九。然尚有越出常理,非八格所通及者,逐有外格之設。外格名目繁多,茲擇其通於理而可微信者,分論於下。

命を推すはまず陰陽五行・干支の間の生と克とより入手し、さらに進んで八格と用神とを取定すれば、十桩の裡すでに八九桩を断じ得て准ず。然れども総じてなお几许かの命造ありて常理の外に越出し、正官・七殺・正印・偏印・正財・偏財・食神・傷官のこの八格の涵蓋し得るに非ず。ここに於て別に「外格」を立つ(底本の「逐有」の「逐」は「遂」とすべし)。外格の名目は極めて繁多で、舊書の載する所は動もすれば数十百種あり。多半は附会に出でて取るに足らず。ここにはただそれらの道理を講じて通じ、稍々信ずべき者を挑む(底本の「可微信者」はまさに「可征信者」とすべく、すなわち験証に経うるの意)、分かちて論じて下に如し。

曲直格

曲直格之構成。甲乙日干,生於春月,地支全寅卯辰東方,或亥卯未木局,而無庚辛申酉等字。例如:壬寅 癸卯甲辰甲子。甲木生於卯月,支全寅卯辰東方一片秀氣,天干又得壬癸甲資生比輔,全無庚辛申酉之沖剋,是為曲直格。

「曲直格」は五種の専旺格の頭の一種で、名目は《尚書・洪範》の木性を「曲直」と説くの義を取る。全局の木気が独り旺にして、日主はその一気に順いて格を成すを指す。構成の条件は、日主の天干は甲木あるいは乙木にして、春の木旺の月份に生まれ、地支はあるいは寅・卯・辰の東方一片の木地を凑斉し、あるいは亥・卯・未の三支は会して木局を成し、而して四柱に庚・辛・申・酉のこれらの金字の来て冲克するを見ず。例えば壬寅・癸卯・甲辰・甲子のこの一造。甲木は卯月に生まれ、まさに木の旺令に当たる。地支は寅卯辰は凑して東方を成し、通体は一片の木の秀気。天干は壬水癸水は木を生じ、甲木は日主と同類にして相帮す(同類の助けを「比輔」と叫ぶ。すなわち比肩劫財の相扶け)、全く庚辛申酉の来て冲克するなし。ゆえにこれ曲直格である。

再如:癸亥乙卯乙卯癸未。乙木生於卯月,地支亥卯未結成木局,天干又得癸乙資生比輔,全無庚辛申酉之沖剋亦,為曲直格。曲直格之用神。既已格成曲直格,則其秀氣完全萃聚於日木之木,即以木為用神,忌金克伐,喜水木相助,見火吐秀亦善,逢土為財有火則不妨。

さらに癸亥・乙卯・乙卯・癸未のこの一造を見る。乙木は卯月に生まれ、地支の亥・卯・未の三支は会して木局を成し、天干の両個の癸水は木を生じ乙木は自ら相扶助し、また全く庚辛申酉の冲克なし。同じく曲直格である(底本の「冲克亦,為曲直格」の「亦」字はまさに下句に属すべく、「亦為曲直格」と作す)。曲直格の用神。すでに曲直格を成せば、全局の秀気は全く日主の木の上に聚まる(底本の「日木之木」はまさに「日干之木」とすべし)。便ち直ちに木を以て用神と為す。最も金の来て克伐するを忌む。一たび庚辛申酉を見れば、旺神は激せられて格局は立ちどころに破る。水と木との相助を喜ぶ。水は木を生じ木は木を助く。みなその気勢に順うなり。火を見ればすなわち木気は秀を吐く。火は木の生ずる所の食傷で、秀気に発泄する処あればまた好事なり。土に遇うは木の克する所の財星で、もと旺木と相争うを嫌う。然れどももし柱中に火あれば、木は火を生じ火はまた土を生じて、輾転相通じれば、妨げる所なし。

炎上格

炎上格之構成。丙丁日干,生臨夏月,地支全巳午未南方,或寅午戌結成火局,無壬癸亥子等字。例如:丁巳丙午丙寅乙未。丙火生於午月,支全巳午未南方,一片真火之氣,天干又得乙丙丁資生比輔,全無壬癸亥子之沖剋,無是為炎上格。

「炎上」もまた《尚書・洪範》に出づ。火の性情は上に向かい炎燒すと説く。構成の条件は、日主の天干は丙火あるいは丁火にして、夏の火旺の月份に生まれ、地支はあるいは巳・午・未の南方一片の火地を凑斉し、あるいは寅・午・戌の三支は会して火局を成し、而して四柱に壬・癸・亥・子のこれらの水字を見ず。例えば丁巳・丙午・丙寅・乙未のこの一造。丙火は午月に生まれ、まさに火の旺令に当たる。地支は巳午未は凑して南方を成し、通体は一片の真火の気。天干の乙木は火を生じ、丙丁は日主と同気にして相輔す。全く壬癸亥子の来て冲克するなし。ゆえにこれ炎上格である(底本の「無是為炎上格」の「無」は衍文)。

再如:丙戌甲午丁卯壬寅。丁火生於午月,柱中雖有壬水全無水氣,且與日干丁火作合,地支寅午戌結成火局,天干又得甲丙資生比輔,無癸水子水,亦為炎上格。炎上格之用神。既已構成炎上格,則其秀氣完全萃聚於日干之火,即以火為用神,忌水克滅,喜木水相助,見土吐秀亦善,逢金為財,有土財不妨。

さらに丙戌・甲午・丁卯・壬寅のこの一造を見る。丁火は午月に生まれ、柱中に一個の壬水あるといえども、しかるに地支に根なく全く水気の言うべきなし。しかも壬は日主の丁火と相合す。合住すれば便ち乱を為す能わず。地支の寅・午・戌は会して火局を成し、天干の甲木は火を生じ丙火は身を帮け、また癸水子水を見ず。ゆえにまた炎上格と算う。炎上格の用神。すでに炎上格を構成せば、全局の秀気は全く日主の火の上に聚まる。すなわち火を以て用神と為す。最も水の来て旺火を克滅するを忌む。木と火との相助を喜ぶ(底本の「喜木水相助」の「水」は「火」の訛り。曲直・稼穡の諸格の文例とまさに互いに証すべし)。木は火を生じ火は火を助く。みな勢いに順うなり。土を見ればすなわち火気は秀を吐く。土は火の生ずる所の食傷。金に遇うは火の克する所の財星。もし柱中に土あれば、火は土を生じ土はまた金を生じて、輾転相通じれば、財もまた事を碍げず。

稼穡格

稼穡格之構成。戊己日干,生於四季月,地支全辰戌丑未,或四柱純土,而無甲乙寅卯等字。如:戊戌己未戊辰癸丑。戊土生於未月,支全辰戌丑未一片土氣,天干又得戊已比輔,甲乙寅卯之沖剋,是為稼穡格。

「稼穡」は同じく《尚書・洪範》に出づ。土の功用は種植と収獲とに在りと説く。構成の条件は、日主の天干は戊土あるいは己土にして、辰・戌・丑・未のこの四個の季月(四季の末に各々十八日は土の旺に当たる)に生まれ、地支は辰・戌・丑・未の四庫を凑斉し、あるいは四柱は純に土にして、而して甲・乙・寅・卯のこれらの木字の来て克するを見ず。例えば戊戌・己未・戊辰・癸丑のこの一造。戊土は未月に生まれ、地支の辰・戌・丑・未の四支は俱全し、通体は一片の土気。天干は戊己は同類にして相輔し、また甲乙寅卯の来て冲克するなし。ゆえにこれ稼穡格である。按ずるに底本の「甲乙寅卯之冲克」の句の上に「無」の一字を脱せり。ここ底本に脱文あり。前後の各格の文例に依りてまさに「無甲乙寅卯之冲克」とすべきも、いま臆補しない。

再如:戊辰己未己未戊辰。己土日生於未月,地支辰未皆是土位,天干又成戊己一片土氣,並無甲乙寅卯之沖剋,亦為稼穡格。稼穡格之用神。既已構成稼穡格,則其秀氣完全萃聚於日干之土,即以土為神,忌木克喜火土相助,見金秀亦妙,逢水為財,有金則不妨。

さらに戊辰・己未・己未・戊辰のこの一造を見る。己土は未月に生まれ、地支の両辰両未はみな土位で、天干は戊己は相間にして、通体は一片の土気。並びに甲乙寅卯の来て冲克するなし。これもまた稼穡格である。稼穡格の用神。すでに稼穡格を構成せば、全局の秀気は全く日主の土の上に聚まる。すなわち土を以て用神と為す(底本の「即以土為神」は「用」の一字を脱せり)。最も木の来て土を克するを忌む。木は一動けば旺土は激を受く。火と土との相助を喜ぶ。火は土を生じ土は土を助く。金を見ればすなわち土気は秀を吐く。金は土の生ずる所の食傷(底本の「見金秀亦妙」はまさに「見金吐秀亦妙」とすべし)。水に遇うは土の克する所の財星。もし柱中に金あれば、土は金を生じ金はまた水を生じて、輾転相生すれば、財もまた妨げず。

従革格

從革格之構成。庚辛日干,生於秋月,地支全申酉戌西方,或巳酉丑結成金局,無丙丁午未等字。如:戊申辛酉庚戌乙酉。庚金生於酉月,地支全申酉戌西方,一片金氣。天干戊辛又資生比畏,全無丙丁午未之沖剋,是為從革格。

「従革」は《尚書・洪範》の金の性情を説く。よく人意に順従してその形を改易す。構成の条件は、日主の天干は庚金あるいは辛金にして、秋の金旺の月份に生まれ、地支は申・酉・戌の西方一片の金地を凑斉し、あるいは巳・酉・丑の三支は会して金局を成し、而して丙・丁・午・未のこれらの火字を見ず。例えば戊申・辛酉・庚戌・乙酉のこの一造。庚金は酉月に生まれ、まさに金の旺令に当たる。地支は申酉戌は凑して西方を成し、通体は一片の金気。天干の戊土は金を生じ辛金は身を帮く(底本の「資生比畏」の「畏」は「輔」の形訛)。全く丙丁午未の来て冲克するなし。ゆえにこれ従革格である。時干に一個の乙木あるといえども、しかるに日主の庚金と作合して絆せられたれば、病を為す能わず。

再如:戊戌辛酉辛己己丑。辛金生於酉月,地支巳酉丑,結成金局。天干又得戊己辛資生比輔,無丙丁午未之沖剋,亦為從革格。從革格之用神。既已構成從革格,則其秀氣完全萃聚於日干之金,即以金為神,忌火克,喜土金相助,見水吐秀亦妙,逢木為財,有水財不妨。

さらに戊戌・辛酉・辛巳・己丑のこの一造を見る(底本の日柱は「辛己」と作す。「己」は「巳」の形訛)。辛金は酉月に生まれ、地支の巳・酉・丑は会して金局を成し、天干の戊土己土は金を生じ辛金は身を帮け、丙丁午未の来て冲克するを見ず。これもまた従革格である。従革格の用神。すでに従革格を構成せば、全局の秀気は全く日主の金の上に聚まる。すなわち金を以て用神と為す(底本の「即以金為神」もまた「用」の一字を脱せり)。最も火の来て金を克するを忌む。土と金との相助を喜ぶ。土は金を生じ金は金を助く。水を見ればすなわち金気は秀を吐く。水は金の生ずる所の食傷で、金白く水清きは最も愛すべし。木に遇うは金の克する所の財星。もし柱中に水あれば、金は水を生じ水はまた木を生じて、輾転相通じれば、財もまた妨げず。

潤下格

潤下格之構成。壬癸日干,生於冬月,地支全亥子丑北方,或申子辰結成水局,無戊己未戌等字,如:壬申壬子壬辰庚子。壬水生於子月,地支申子辰結成水局。天干又得庚壬資生比輔,無戊己未戌之沖剋,是為潤下格。

「潤下」は《尚書・洪範》の水の性情を説く。滋潤して低き処に流向く。構成の条件は、日主の天干は壬水あるいは癸水にして、冬の水旺の月份に生まれ、地支は亥・子・丑の北方一片の水地を凑斉し、あるいは申・子・辰の三支は会して水局を成し、而して戊・己・未・戌のこれらの土字を見ず。例えば壬申・壬子・壬辰・庚子のこの一造。壬水は子月に生まれ、まさに水の旺令に当たる。地支の申・子・辰は会して水局を成す。天干の庚金は水を生じ壬水は身を帮け、戊己未戌の来て冲克するなし。ゆえにこれ潤下格である。

再如:辛亥庚子癸丑癸丑。癸水生於子月,地支全亥子丑北方。天干又得庚辛癸資生比輔,無戊己未戌等沖剋,亦為潤下格。潤下格之用神。既已構成潤下格,則其秀氣完全萃聚於日干之水,即以水為用神。忌土克,喜金水相助,見木吐秀亦妙。逢火為財,有木財不妨。

さらに辛亥・庚子・癸丑・癸丑のこの一造を見る。癸水は子月に生まれ、地支の亥・子・丑は凑して北方を成し、天干の庚金辛金は水を生じ癸水は身を帮け、戊己未戌の来て冲克するなし。これもまた潤下格である。潤下格の用神。すでに潤下格を構成せば、全局の秀気は全く日主の水の上に聚まる。すなわち水を以て用神と為す。最も土の来て水を克するを忌む。金と水との相助を喜ぶ。金は水を生じ水は水を助く。木を見ればすなわち水気は秀を吐く。木は水の生ずる所の食傷。火に遇うは水の克する所の財星。もし柱中に木あれば、水は木を生じ木はまた火を生じて、輾転相通じれば、財もまた妨げず。以上の曲直・炎上・稼穡・従革・潤下の五格は、みな全局が一行の旺に専らなるを、合わせて「専旺格」と称す。取用の道理は全く一致す。その旺勢に順うは喜と為し、その旺勢に逆らうは忌と為す。

従財格

從財格之構成。日主衰弱,生當財月,理取正偏財為格,而地支純屬財地,或結財局,天干再透出生財之字,日干卻無一點生旺之氣,不能任財,只得從之。例如:庚戌乙酉丙申己丑。丙火日干生於酉月死地,正財提綱,地支又全成申酉戌財地,天干乙木被庚合,己土又生財,日干全無一點生氣,難以任財,是為從財格。

以下の幾種を「従格」と叫ぶ。前の五格は日主本身が極旺にして自身の旺に順う。従格は恰好これに相反す。日主は極弱にして、力なくして当権の神と抗衡する能わず、己を捨てて相従うよりほかなし。その旺神に順い走る。従財格の構成は、日主衰弱にして、また財星の令に当たる月份に生まれ、常理に按ずればもとより正財偏財を取りて格を立つべし。然るに地支は純に財地にして、あるいは会して財局を成し、天干はさらに財を生ずるの字を透出して、日干はかえって一点の生扶旺相の気もなし。根本としてこの份の財を担い得ず。これに従うほかなし。例えば庚戌・乙酉・丙申・己丑のこの一造。丙火日主は酉月に生まれ、酉はまさに丙火の死地。正財は権に当たり提綱たり(月令を「提綱」と称す。全局の気候の出づる所)。地支の申・酉・戌はまた凑して一片の財地を成す。天干の乙木はもと丙を生じ得べきも、しかるに庚金に合住せられて身を生ずる能わず。己土もまた転じて過りて金を生じ財を助く。日干は全く一点の生气なし。財に任ずること難し。ゆえにこれ従財格である。

再如:戊申辛酉丁巳辛丑。丁火日干,生於酉月財地,地支已酉丑申會成財局,天干戊辛,又資生比輔財星,日干無氣,亦作從財論。從財格之用神。既已構成從財格,財其秀氣完全萃聚於所從之財,即以財為用神。喜傷食財之幫扶,忌比劫剝奪。亦忌印之助身,逢官不妨。

さらに戊申・辛酉・丁巳・辛丑のこの一造を見る。丁火日主は酉月の財地に生まれ、地支の巳・酉・丑は会して金局を成し、さらに一個の申を加えて、通体は財なり。天干の戊土は金を生じ辛金は財を助く。日干の丁火は全く倚るべき気なし。これもまた従財格に照りて論ず。従財格の用神。すでに従財格を構成せば、全局の秀気は全く従う所の財の上に聚まる。すなわち財を以て用神と為す(底本の「財其秀氣」の頭の一つの「財」は「則」の訛り)。食神傷官と財星との来て帮扶するを喜ぶ――食傷は財を生じ、財はまた財を助く。みな従う所の神に順う。比肩劫財の来て剥奪するを忌む。比劫は身を助け財を奪うの物。一動けば便ち従う所の神と敵と為る。また印綬の日主を生扶するを忌む。日主は一たび扶け起こされれば、従いながら従わず。格局はかえって乱る。官星に至っては、官はよく財の気を泄しまたよく比劫を制住す。これを見るも妨げず。

従殺格

從殺格之構成。日主衰弱,殺旺而多,無印滋身,身實不能任殺,只得從之。例如:戊戌辛酉乙酉乙酉。乙木日干,生於酉月絕地,年日時支又皆墓絕之鄉,七殺而令,而又眾多,乙木全無生氣,豈能任之,只得從殺,是即從殺格也。從殺格之用神。既已構成從殺格,則其勢力完全在於殺,即以殺為用神。惟與八格用殺者不同,蓋獨喜財殺滋生,忌印之洩殺生身,劫比抗殺亦非宜。按日主衰弱,官旺而多,無印滋身,身實不能任官,可作從官格論。其用神之喜忌,與從殺格同。

従殺格の構成は、日主衰弱にして、七殺すでに旺にしてまた多し。四柱また印綬なくして日主を滋養せず。身は実にこの殺を担い得ず。これに従うほかなし。例えば戊戌・辛酉・乙酉・乙酉のこの一造。乙木日主は酉月に生まれ、酉はまさに乙木の絶地。年・日・時の三支もまたみな墓絶の郷。七殺は令に当たり(底本の「七殺而令」の「而」は「得」とすべし)しかも重重畳畳たり。乙木は全く一点の生气なし。怎んで担い得べきや。殺に従うよりほかなし。これすなわち従殺格である。従殺格の用神。すでに従殺格を成せば、全局の勢力は全く七殺の一辺に在り。すなわち殺を以て用神と為す。これは八格の中の身強にして殺を用うる者と大いに相同じからず。八格の殺を用うるは制あり化あるを講究す。従殺格はしかるに単に財と殺との互相滋生するを喜ぶ――財は殺を生じ、殺いよいよ旺なればすなわち従う所いよいよ真なり。印綬を忌む。印は殺気を泄じ去りてかえって来て身を生ぜん。身は一たび扶け起こされればすなわち従いながら従わず。比肩劫財の起きて殺と相抗するも、同じく宜しからず。また按ず。日主衰弱にして正官旺にしてまた多く、また印綬なくして身を滋せざる、身は実に官を担い得ざる者は、「従官格」に照りて論じ得。用神の喜忌は従殺格と相同じ――官と殺とは同じく我を克する神に属す。すでに従わんとするからには、その理はすなわち一なり。

従児格

從兒格之構成。日主衰弱,無印生身,傷食當旺,或且天干結黨,地支會局,身實不能任其盜洩,只得從之。傷食為我所生,故名從兒格。例如:丁卯壬寅癸卯丙辰。癸水生於孟春,木旺乘權,支全寅卯辰東方一氣,四柱絕金,日主有洩無生,實不能任此旺木,不得已而從之,從兒格成矣。從兒格之用神。既己構成從兒格,既以傷食為秀氣,為用神可也,不怕比劫,蓋比劫仍去生助傷食也。喜逢財星,謂之兒又生兒,仍得轉輾生育,秀氣流行矣。逢官殺不利,蓋官殺克身,勢必為己這害耳。況官殺與傷食,又屬冰炭不容乎。最忌印綬,因印能剋制傷食也。逢傷食為助用,自亦可愛。

従児格の構成は、日主衰弱にして、四柱に印なくして身を生ぜず、食神傷官はしかるに権に当たり令を得、あるいは天干は結びて一党を成し地支は会して一局を成す。日主は実にかくのごときの盗泄を受け止め得ず。これに従うほかなし。食神傷官は我が生ずるの物で、子女のごとし。ゆえに「従児格」と叫ぶ。例えば丁卯・壬寅・癸卯・丙辰のこの一造。癸水は孟春の正月に生まれ、木旺して権に当たる。地支の寅・卯・辰は凑して東方の一気を成し、四柱は一点の金もなし。日主はただ泄出あるのみにして生入なし。実にかくのごときの旺木を担い得ず。已むを得ずこれに従う。従児格は便ち成立す。従児格の用神。すでに従児格を構成せば、すなわち食神傷官のこの一片の秀気を以て用神と為す。この格は比肩劫財を怕れず。比劫は身を助くるの物なれど、転じて来ればなお食傷を生助しに行く。従う所の神と同路なればなり。最も財星を見るを喜ぶ。「児また児を生ず」と叫ばる。食傷は財を生じ、輾転相生して、秀気は流通して滞らざるを得。官殺に逢えばすなわち利ならず。官殺は直接に身を克す。勢い必ず己の禍害と成る(底本の「為己這害」の「這」は「之」の訛り)。いわんや官殺と食傷とはもと氷炭の相容れざる両物なるを。最も印綬を忌む。印はよく食傷を克制して、従う所の神を打掉するがゆえに。さらに食傷に逢えばすなわち用神を幇助し、自然にも愛すべし。従児は従財と相似て而して同じからず。従財の従う所は財に在り、従児の従う所は食傷に在り。ただその食傷は終に財を生ぜんことを須う。両格の喜忌は初めて大致相通ず。

従旺格

從旺格之構成。四柱皆比劫,絕無官殺之制,或有印綬之生,是旺之極者,只得從其旺神。例如:癸卯乙卯甲寅乙亥。甲木生於仲春,支逢兩卯之旺,寅之祿,亥之生,干有乙之劫,癸之印,旺之極矣,無財官傷食可取,唯有作從旺論焉。從旺格之用神。既己構成從旺格,既以比劫為用神,喜印綬比劫之生助。逢官殺謂之犯旺,凶禍立至。遇財星眾利相爭,九死一生。若局中印輕,逢傷食不妨。

従旺格の構成は、四柱は比肩劫財に満ち、絶えて官殺の来て制伏するなく、あるいはまた印綬あるて生扶す。日主は旺ること極点に至り、その旺神に順従するよりほかなし。例えば癸卯・乙卯・甲寅・乙亥のこの一造。甲木は仲春の二月に生まれ、地支の両個の卯は木の旺地、寅は甲木の祿、亥は甲木の長生。天干に乙木の劫財・癸水の印綬あり。旺ること加うる無きに至る。四柱の中、財・官・食傷は一概に取るべき用うべきなし。ただ従旺と作りて論ずるのみ。従旺格の用神。すでに従旺格を構成せば、すなわち比劫を以て用神と為す(底本の「既己構成」はまさに「既已構成」とすべく、「既以比劫」はまさに「即以比劫」とすべし)。印綬と比劫との来て生助するを喜ぶ。一路にその旺勢に順う。官殺に遇えば「犯旺」と叫ばる――弱小の官殺を以て極旺の神に触れんとすれば、凶禍は立刻に至る。財星に遇えばすなわち群劫は財を争い、衆口はこれを分かつ。九死に一生(底本の「衆利相争」はまさに「衆劫相争」とすべし)。倘も局中の印綬もとより軽ければ、食傷の来て旺気を一泄するに逢いて、卻って妨げず。

従強格

從強格之構成。四柱印綬重重,比劫亦多,日主又不失令,絕無一毫財星官殺之氣,謂之二人同心,宜順而不宜逆,則即從強可也。例如:壬子癸卯甲子甲子。甲生卯月,值最旺之鄉,干見壬癸之卯,甲不之比,地支又子水三朋,財官絕跡,強之極矣,舍從強之外,無其他善策。從強格之用神。既己構成從強格,即以強神為用神(可以印綬與比劫並用)。逢比劫印綬順其強神,最為吉利。食傷以有印綬沖剋而必凶,-見財星官殺,謂之觸怒強神,勢尤殆矣。

従強格の構成は、四柱に印綬重重、比肩劫財もまた多く、日主また当令の月に生まれ、絶えて一絲の財星官殺の気なし。印と比劫と同心協力して一個の日主を扶持す。ゆえに「二人同心」と叫ぶ。かくのごとき局面は順すべくして逆らうべからず。従強とはこれなり。例えば壬子・癸卯・甲子・甲子のこの一造。甲木は卯月に生まれ、正に最旺の郷に値う。天干の壬癸は我を生ずるの印、甲木は我と同じの比(底本の「干見壬癸之卯,甲不之比」は文字訛誤。「卯」は「印」とすべく「不」は「木」とすべし)。地支の三個の子水は、これ印星の三朋並び立つ。財官は跡を絶ち、強さ極点に至る。従強の外別に善策なし。従強格の用神。すでに従強格を構成せば、すなわちこの強神を以て用神と為す――印綬と比劫とは並び用い得。比劫印綬の運に逢えば、強神に順い走る。最も吉利なり。食傷はもと秀を泄し得べきも、ただこの格は印綬重重なれば、食傷は一出れば便ち印に冲克せられて、かえって必ず凶なり。一たび財星官殺を見れば、すなわち「強神を触怒す」と叫ぶ。形勢は殊に危殆なり(底本の「-見財星官殺」の一横はまさに「一」字の残)。従旺と従強との分別は、従旺は日主本身の旺にして、印綬は過ぎず賓たる。従強はすなわち身と印と均衡して、両者俱に旺なり。

化気格

化氣格之構成。甲日己時,己日甲時,甲日己月,己月甲日,生辰戌丑未月,不見木,為化土格。乙月庚時,庚日乙時,乙日庚月,庚日乙月,生已酉丑申月,不見火,為化金格。丙日辛時,辛日丙時,丙日辛月,辛日丙月,生申子辰亥月,不見土,為化水格。丁日壬時,壬日丁時,丁日壬月,壬日丁月,生亥卯未寅月,不見金,為化木格。戊日癸時,癸日戊時,戊日癸月,癸日戊月,生寅午戌巳月,不見水,為化火格。

天干の十位は両両相合す。甲は己と合し、乙は庚と合し、丙は辛と合し、丁は壬と合し、戊は癸と合す。相合の两字はもしさらに適当の月令に逢えば、すなわち本来の性情を脱ぎ去り、一同に変じてもう一種の五行と為る。これを「化」と叫ぶ。格を成せば便ち「化気格」と称す。構成の条件は、甲日が己時に生まれ己日が甲時に生まれ、あるいは甲日は己月に逢い己日は甲月に逢い(底本の「己月甲日」はまさに「己日甲月」とすべし)、また辰・戌・丑・未の土旺の月に生まれ、四柱に木の来て土を克するを見ざれば、すなわちこれ化土格。乙日庚時・庚日乙時、乙日庚月・庚日乙月(底本の首句の「乙月庚時」の「月」は「日」の訛り)、巳・酉・丑・申の金旺の月に生まれ、火の来て金を克するを見ざれば、すなわちこれ化金格。丙日辛時・辛日丙時、丙日辛月・辛日丙月、申・子・辰・亥の水旺の月に生まれ、土の来て水を克するを見ざれば、すなわちこれ化水格。丁日壬時・壬日丁時、丁日壬月・壬日丁月、亥・卯・未・寅の木旺の月に生まれ、金の来て木を克するを見ざれば、すなわちこれ化木格。戊日癸時・癸日戊時、戊日癸月・癸日戊月、寅・午・戌・巳の火旺の月に生まれ、水の来て火を克するを見ざれば、すなわちこれ化火格。見るべし、相合の两字は必ず一つは日干にして、もう一つは月干あるいは時干の上に緊貼す。隔たること遠ければ便ち合わず。さらに化を談ずるに足らず。

例如:戊辰壬戌甲辰己已。甲木生於九秋,土旺乘權,甲己合而化土,不見他木,則無克破,而格局純粹矣。甲申癸酉乙丑庚辰。乙庚合而化金,時在仲秋,化神得令,四柱無火之克破,殆傑出之造也。甲辰丙子辛丑壬辰。冬水方旺,丙辛合而化水,又見壬水元神美妙無倫。辰丑皆潤土,不以克破論也。

以下に五個の例子を挙ぐ。第一造は戊辰・壬戌・甲辰・己巳。甲木日主は九月の深秋に生まれ、土旺して権に当たる。日干の甲は時干の己と相合して土に化し、四柱はさらに別の木なくして破壞せず。ゆえに格局は純粹なり(「化神」はすなわち化して成る所のあの一種の五行。この造の化神は土)。第二造は甲申・癸酉・乙丑・庚辰。日干の乙は時干の庚と相合して金に化し、仲秋の八月に生まれ、化神はまさに旺令に当たる。四柱また火なくして金を克せず。傑出の命造と算すべし。第三造は甲辰・丙子・辛丑・壬辰。冬月は水まさに旺に当たる。日干の辛は月干の丙と相合して水に化し、時上また一個の壬水を透出す――化神は天干に別に同類を見るを「元神」の透出と叫ぶ。声勢はさらに足る。ゆえに美妙比なし。地支の辰と丑とは土なれども、しかるにみな水を含む湿潤の土で、以て化神を克破すると論ずべからず。

乙卯丁卯壬午癸卯。丁壬合而化木,因在仲春,為木之最旺時令,格局更粹,八字無金,尤為可貴耳。丙戌戊戌癸巳甲寅。戊癸合而化火,雖不在夏火當旺之令,然有丙巳兩火之引化,甲寅兩木之助化,且不見水星之克,自亦化而有餘之象。

第四造は乙卯・丁卯・壬午・癸卯。日干の壬は月干の丁と相合して木に化す。恰も仲春の二月に在り、まさに木の最旺の時令。格局は殊に純粹なり。八字の中に一点の金もなし。金はよく木を克す。金なくんばすなわち化神は碍なし。ゆえに格外に貴ぶべし。第五造は丙戌・戊戌・癸巳・甲寅。日干の癸は月干の戊と相合して火に化す。夏の火の旺に当たる月份に生まれざるといえども、しかるに年干の丙火と日支の巳火との両処の火気は旁に在りてそれを引動して火の上に走向かしめ、時干の甲木と時支の寅木との両処の木気はまた来て火を生じて化を助く。四柱さらに水の来て火を克するを見ず。ゆえにこれもまた化して有余の気象なり。これによりて見るべし。化気格は並びに専ら月令の一端を看るに非ず。引化・助化の神は斉備せば、令に当たらざるといえどもまた成立し得。

化気格の破敗

(一)因克而破。例如:庚戌戊子辛未丙申。丙辛相合,時在仲冬,化水成立,乃戊土,未土,戌土競相剋水,格局破矣。(二)因妒而破。例如:甲戌丁卯壬午丁未。仲春木旺,丁壬可以化木,然化由合而成,今夫兩丁妒合一壬,合且因妒而分力,遑論化耶。(三)因化而破。例如:壬辰丁未甲子己巳。甲己化土於季夏,只因丁壬化木於年月,木來克土,是謂化神,破化神,格亦敗矣。

化気格の破敗に三種あり。第一種は克を因とし破る。例えば庚戌・戊子・辛未・丙申のこの一造。日干の辛は時干の丙と相合し、仲冬の十一月に生まれ、水に化するはもとすでに成立せり。无奈月干の戊土・日支の未土・年支の戌土の三処の土気は争いて水を克す。化神は克せられて格局は便ち破る。第二種は妬を因とし破る。例えば甲戌・丁卯・壬午・丁未のこの一造。仲春は木旺して、丁と壬とはもと木に化し得べきも、しかるに化は合より来る。いまや月干・時干の両個の丁は争いて一個の壬に合せんとす――両個の同類が一個の配偶を争奪するを「妬合」と叫ぶ――合すらも争妬に因りて力量を分散せり。なお化を談ずるに足らんや。第三種は化を因とし破る。例えば壬辰・丁未・甲子・己巳のこの一造。日干の甲は時干の己と季夏の六月に在りて土に化し、もとすでに令を得たり。ただ年干の壬と月干の丁とがまた彼辺に在りて木に化するがゆえに、木は来て土を克す。これを化神の化神を破ると叫ぶ。格局は同じく敗れたり。

化気格の転敗為成

(一)因克而破,破而復成。例如:辛酉丙申乙丑庚辰。乙庚化金於秋月,所畏丙火之破金,幸年干辛金合絆,丙火害而不害,此因合而轉敗為成也。甲子戊辰丙申辛卯。時在辰月,支全申子辰,丙辛合而化水,獨畏戊土破化,然有甲先制戊,戊不能為化神之害,此因克而轉敗為成也。甲戌丁丑甲申己巳。甲己化土而得令,憾於年頭甲木之破土,所幸丁火居月上,盜洩甲木而生助化神,此因生而轉敗為成也。

破れてなお救い帰せらるる者を、転敗為成と叫ぶ。頭の一類はもとすでに克を因として破れたるも、しかるにまた破れて復た成る。例えば辛酉・丙申・乙丑・庚辰のこの一造。日干の乙は時干の庚と秋月に在りて金に化す。怕れる所は月干の丙火の金神を克破せんとするなり。幸いに年干の辛金は丙火を合住し絆住す。丙火は在るといえども害を為す能わず。これは合によりて転敗為成なり。また甲子・戊辰・丙申・辛卯のこの一造のごとき。辰月に生まれ、地支の申・子・辰は会して水局を成し、日干の丙は時干の辛と相合して水に化す。単に月干の戊土の来て化を破らんとするを怕る。然れども年干の甲木は先に戊土を制住す。戊土は便ち化神に害を為す能わず。これは克によりて転敗為成なり。また甲戌・丁丑・甲申・己巳のこの一造のごとき。日干の甲は時干の己と土に化してまさに丑月の土令に当たる。惜しむべし、年干にまた一個の甲木ありて土を破りに来らんとす。幸なるかな月干の丁火は中に居りて、一面に甲木の気を盗泄し一面に土のこの化神を生助す。これは生によりて転敗為成なり。

(二)因妒而破,壞而復成。例如:壬寅丁未壬子丁未。壬日左右皆丁,縱在未月,因妒而化木不成,然年干亦壬,成兩丁兩壬如璧人雙雙,何妒之有,則仍化木而無疑矣,此因合而轉敗為成也。丁丑辛亥丙午辛卯。丙火冬生,凝於兩辛妒合,不能化水,尚幸年丁克去月辛,丙日仍可合時上之辛,而化為水也,此因克而轉敗為成耳。

第二類はもとすでに争妬を因として破れたるも、しかるにまた壊れて復た成る。例えば壬寅・丁未・壬子・丁未のこの一造。壬水日主の左右両辺はみな丁火なり。未月に生まれたるを縦うすとも(未は木庫、もと木に化し得べし)、また両丁の一壬を争合するがゆえに化は成らず。然れども年干もまた一個の壬なり。ここに於て両丁両壬は各々対を成す。譬えば両双の璧人の各々その配る所に配るがごとし。どこにかさらに争妬あらんや。なお木に化するは疑いなし。これは合によりて転敗為成なり。また丁丑・辛亥・丙午・辛卯のこの一造のごとき。丙火は冬月に生まれ、もと水に化し得べきも、しかるに月干・時干の両個の辛の来て争合するによりて滞り留めらる(底本の「凝于両辛妬合」の「凝」は「碍」とすべし)。水に化成らず。幸いに年干の丁火は月干の辛金を克し去る。丙日は便ちなお時上のあの辛と相合して水に化すを得。これは克によりて転敗為成なり。

化気格の必ず成り得ざる者

(一)隔位。例如:辛亥庚子丙寅壬辰。丙生子月,辛透年上,年日之地位遠隔,合且勉強,豈可進而化水哉?(二)不得月令。例如:丙午戊戌丁亥壬寅。丁壬雖緊貼相合,然以時非木令,豈能化木,縱化矣,亦不得旺乘極,格局焉能成立,雖不必春日木令,方可化木,但亦須在亥未之月,蓋木生於亥而庫在未也。

二種の情形あって断じて化し得ざる。第一は位を隔たる。例えば辛亥・庚子・丙寅・壬辰のこの一造。丙火は子月に生まれ、もと水に化するに合する時令なれど、しかるにあの辛金は遥かに年干の上に透す。年柱と日柱との間に一個の月柱を隔て、地位は遠すぎ、合すらも勉强なり。どこにかさらに一歩進みて水に化するを談ぜん。第二は月令を得ざる。例えば丙午・戊戌・丁亥・壬寅のこの一造。日干の丁は時干の壬と緊貼して相合するといえども、ただ生れたる時は木の月令に非ず。怎んで化し得て木と為らん。縱うす勉强にこれを化したと算すとも、化神もまた旺気に乗ずるに及ばず。格局また如何にして成立せんや。不過ここにまた一層の通融あり。必ずしも春の木令ならざるべからずとするに非ず。ただ亥月あるいは未月に生まるればまた可なり。木は亥に長生し未に入庫すれば、この両か月は木気なお帰する所有るがゆえに。

化気格の用神

既已構成化氣格,自喜生助化神。惟化神太強,亦有喜洩,而洩者為用神。或化格逢破而得救,即以救神為用神。然終無以克破化神之字,為用神者也。至於喜忌,順用神則為喜,逆用神則為忌,即以順逆之極,消息可也。

すでに化気格を構成せば、自然に字あるて化神を生助するを喜ぶ。不過化神はもし強きこと頭に過ぐるも、また泄を喜ぶ時あるて、この時あの化神の気を泄するの字をすなわち用神と為す。あるいはまた化格はもとすでに破れたるも後に救を得れば、すなわち解救のあの字を以て用神と為す。ただしどれ一種の情形なれど、みな決して化神を克破するの字を以て用神に充てんことなし。喜忌の分辨に至っては、凡そ用神に順うは便ち喜と為し、凡そ用神に逆らうは便ち忌と為し。すなわちこの順・逆の両端に照りて斟酌して推求せば、また足れるなり(底本の「順逆之極」の「極」は「機」とすべし)。

建祿格

建格之構成。凡月支為日干之祿,甲日寅月,乙日卯月,丙戊日已月,丁己日午月,庚日申月,辛日酉月,壬日亥月,癸日子月,皆為建祿格。因不在八格之內,故立於外格篇。

「祿」は日干が十二地支の中に臨官して気を得るの地、すなわち本気自旺の郷である。凡そ月支まさに日干の祿なれば、すなわち「建祿格」と叫ぶ(底本の標題「建格之構成」は「祿」の一字を脱せり)。甲日は寅月に生まれ、乙日は卯月に生まれ、丙日と戊日は巳月に生まれ、丁日と己日は午月に生まれ、庚日は申月に生まれ、辛日は酉月に生まれ、壬日は亥月に生まれ、癸日は子月に生まるれば、みなこの格に属す。月令はすでに日干自家に占め去られたれば、月支の人元は便ち比肩となり、比肩は例に依りて格を立つ能わず。ゆえに建祿は八格の内に在らず。帰して外格篇の裡に在りて講ずるよりほかなし。

建祿取格之原因。月支為命局之提,八格由是取出,日干強弱,亦由此推定。提綱得祿,先得月令之旺氣,日主必不甚衰,猶人之精神已充,總可做事業。若再財官印食等,匹配適當,尤為美命無疑。年支日支時支得祿,輔身力弱,俗書雖多取以為格,然終不若建祿之重要,無足可貴也。

何を以て専ら建祿のため一個の格を立つるや。月支は全局の提綱なればなり。八格はそれより取り出され、日干の強弱もまたそれより推定す(底本の「命局之提」はまさに「命局之提綱」とすべく、「綱」の一字を脱せり)。提綱はすでに日干の祿なれば、日主はまず便ち月令の旺気を占住して、決して太衰せず。譬えば一人の人は精神すでに飽満して、総じて一番の事業を做し成さん。もしさらに財・官・印・食などの配搭宜を得ば、自然に好命ならんこと疑いなし。年支・日支・時支の上に祿を得るに至っては、身を助くるの力量はすなわち弱しとする甚だし。月令は一月の気を司り、年日時の三支の占する所は過ぎず一隅なり。軽重はもとより懸殊なり。坊間の俗書はこの幾種をも以て格を立つるといえども、究竟建祿と相提して論ずる能わず。貴ぶに足らず。

建祿格之用神。建祿格,財多身弱者,用比劫最宜。建祿格,財多身強者,用官殺最宜,無官殺用傷食亦可。建祿格,官殺多,身弱者,用印最宜。建祿格,官殺多,身強者,用財最宜。建祿格,傷食多,身弱者,用印最宜。建祿格,傷食多,身強者,用財最宜。建祿格,比劫多,用官殺最宜。建祿格,印多,用財最宜。

建祿格の用神を取るは合わせて八例。財多くして身弱なるは、比肩劫財を用うる最も相宜し。すでに身を助けまた財を分かつ。財多くして身強なるは、官殺を用うる最も相宜し。官殺はすでに身を制しまた財を護る。もし四柱に官殺なければ、改めて食傷を用うるもまた可なり。身上の有余の気をして食傷より財の上に流れ行かしむ。官殺多くして身弱なるは、印を用うる最も相宜し。印はよく官殺の克を転じて生身の力と為す。官殺多くして身強なるは、財を用うる最も相宜し。身強にして官殺を畏れず。財は来て官を生じてかえって富貴と成る。食傷多くして身弱なるは、印を用うる最も相宜し。印は食傷を制して泄気を止住す。食傷多くして身強なるは、財を用うる最も相宜し。食傷は財を生じて秀気に帰宿あり。比劫多きは、官殺を用うる最も相宜し。官最も相宜し。官殺は専らよく劫を制す。印多きは、財を用うる最も相宜し。財はよく印を損じて、生扶の太過にして気機の壅塞するを免れしむ。帰総すれば一句。建祿はすでに身に根気あるがゆえに、取用は便ち全く四柱のどれ一路か偏重するを看て、多きはこれを抑え少きはこれを扶くるのみ。

月刃格

月刃格之構成。凡月支為日干之刃,甲日卯月,庚日酉月,壬日子月,皆為月刃格,因不在八格之內,故附論於外格篇。月刃取格之原因。甲日卯月,庚日酉月,壬日子月,月建皆為劫財。劫財無取格之理,只得取月刃為格,蓋刃者,極旺之地位,日干既強極,若多財殺,亦為美造,惟不宜再多幫身,否則為下命決矣。

「刃」はすなわち羊刃。日干の旺じてその分を過ぐるあの地位――祿位の後に緊接するあの一支で、旺き極まりて転じて剛暴と為る。凡そ月支まさに日干の刃なれば、すなわち「月刃格」と叫ぶ。甲日の卯月に生まれ、庚日の酉月に生まれ、壬日の子月に生まるるはみな是なり。この三種は同じく八格の内に在らず。ゆえに附して外格篇の裡に在りて講ず。何を以て月刃を取りて格を立つるや。甲日の卯・庚日の酉・壬日の子は、月令人元はみな劫財にして、劫財は例に依りて格を立つ能わず。一歩を退けて刃を取りて格と為すよりほかなし。刃は極旺の地で、日干はすでに極点に至るまで強し。四柱はもし財多く殺多ければ、まさに以てこの過剩の旺気を消耗するに便なり。美造に失せざるなり。たださらに多く身を助くるの物あるを宜からず。旺にして泄する所なく制する所なければ、戾気は便ち発抒するに由なし。さらに帮扶を加えばすなわち下命と成る。

月刃之不取者。刃乃旺而越過其分,總是兇暴之物。臨於提綱,其勢更強,舒配得當,方可賴以輔身敵殺,否則奪財滋禍,影響尤大。除甲日卯月,庚日酉月,壬日子月,無別格可取,只得取刃。下列諸命,皆應避去,而覓別字為格。乙日寅月,不取刃格,而取寅內丙火傷官,或戊土偏財。丙日午月,不取刃格,而取午內己土傷官。戊日午月,不取刃格,而取午內丁火正印。丁日己月,不取刃格,而取己內庚金正財,或戊土傷官。己日己月,不取刃格,而取己內庚金正財,或戊土傷官。己日己月,不取刃格,而取己內丙火正印,或庚金傷官。辛日申月,不取刃格,而取申內戊土正印,或壬水傷官。癸日亥月,不取刃格,而取亥中甲木傷官。

羊刃は旺じてその分を過ぐるの物で、総じて凶暴の性を帯ぶ。それは提綱の上に臨み、勢いさらに強し。配搭して停当なるを得て、初めて靠りて身を助け殺を敵するに用い得(底本の「舒配得當」の「舒」字は疑わしき訛り。その意はすなわち配搭)。さもなくば財を奪い禍を生じて、影響は格外に大なり。ゆえに甲日卯月・庚日酉月・壬日子月のこの三種は実に取るべき別格なく、ただ刃を取るほかなきを除くの外、以下のこれらの命造はみな刃格を避けて、別に一個の字を見出だして格を立つべし。乙日は寅月に生まれ、刃格を取らず、改めて寅中の蔵する丙火の傷官あるいは戊土の偏財を取る。丙日は午月に生まれ、刃格を取らず、改めて午中の己土傷官を取る。戊日は午月に生まれ、刃格を取らず、改めて午中の丁火正印を取る。丁日は巳月に生まれ、刃格を取らず、改めて巳中の庚金正財あるいは戊土傷官を取る(底本の「己月」「己内」の「己」はみな「巳」の形訛。下の両条も同じ)。己日は巳月に生まれ、刃格を取らず、改めて巳中の庚金正財あるいは戊土傷官を取る――按ず。この条は上条と文字全く同じにして、而して配する十神はただ丁日にのみ合す(庚は丁の正財、戊は丁の傷官)。己日に於ては並びに相合せず。まさに上条の重出の衍文に当たるべし。さらに一条。己日は巳月に生まれ、刃格を取らず、改めて巳中の丙火正印あるいは庚金傷官を取る。これ初めて己日の正解なり。辛日は申月に生まれ、刃格を取らず、改めて申中の戊土正印あるいは壬水傷官を取る。癸日は亥月に生まれ、刃格を取らず、改めて亥中の甲木傷官を取る。これらの日主はその月に於てもまた旺地に臨むといえども、究竟は正刃に非ず。ゆえに寧ろ月令人元に就いて別に一個の格を立つ。

月刃格之用神。月刃多財,宜用官殺。月刃多官殺,宜用財。月刃多傷食,亦宜用財。月刃多比劫,必用官殺。月刃多印,宜用財。月刃而滿盤官傷食,宜取印為用。

月刃格の用神を取るは合わせて六例。月刃にして財多きは、官殺を用うるを宜とす――刃旺なればすなわち必ず財を奪わんとす。官殺はよく刃を制して財を護る。月刃にして官殺多きは、財を用うるを宜とす。財は去りて官殺を生じ、まさに官殺の力を借りてこの過旺の刃を制するに便なり。月刃にして食傷多きも、また財を用うるを宜とす。食傷の気をして財の上に流通せしめて、泄して帰なきに至らざらしむ。月刃にして比劫多きは、必ず官殺を用いるを得。刃と比劫と群を成し、官殺に非ずんば彈圧する能わず。月刃にして印多きは、財を用うるを宜とす。財はよく印を損じて、さらに行ってもとすでに過旺の日主を生助せしめざらしむ。月刃にして満盤みな官星・傷官・食神なるは、すなわち印を取りて用と為すべし。この時我を克し我を泄するの神太多し。刃在るといえども支持し得ず。印を以て官殺を化し食傷を制して日主を生扶するを須うず。

外格の結論

考八字有外格之設,無非為其越出常情也。然越出常情,亦得有規矩存焉。否則雜亂無章,直為下命耳。上述名外格,雖廖廖無幾,但皆秉一氣之旺,而殊嚴格於規律者,非若他格之求諸迂迴曲折,或散漫無紀也。

八字の外格を別に設くるを推究する所以は、無非これらの命造の常情の外に越出するがゆえに。然れども常情を越出するも、裡頭にもまた自ら規矩在り。さもなくば雑乱无章にして、それはすなわち直に下等の命造なるのみ。上に挙げたる幾種の外格は、名目は寥寥たるなれども、しかるにみな一種の気の旺勢に秉りて成れるものにして、規律の上には格外に厳格なり。傍の雑格のごときは迂回曲折の処より牵合せんとし、あるいは散漫にして毫も条理なきに似ず。言い換えれば、外格の立ち得る所以は、まさにそれが八格よりもさらに単純なるに在り。一気独り盛んにして純にして雑ならず。規矩はかえって常格よりもなお死板なり。

今請一一言之,建祿格,月刃格,皆得月令之旺也。曲直炎上潤下,從革稼穡等格,亦得時令之旺,而成局成方,較有秩序者也。從、從官、從殺、從兒、從旺、從強等格,亦一氣之旺,惟旺於從神,非日主本身之旺耳。化氣格乃以化神之得旺而成立。要言之,異途而同歸,皆成於一旺字也。

いま逐一に説き来る。建祿格と月刃格とは、日主が自ら月令の旺気を得る。曲直・炎上・潤下・従革・稼穡の五格も、また時令の旺を得、しかも地支はなお三合の局を結成しあるいは三会の方を凑成す。建祿・月刃に比べてさらに秩序あり。従財・従官・従殺・従児・従旺・従強のこの幾種の従格は、同じく一気の旺なれど、ただ旺は従う所の神の身上に在りて、並びに日主本身の旺に非ず(底本の「從、從官、從殺」の頭の一個の「從」の下に「財」の一字を脱せり。まさに「從財」とすべし)。化気格はすなわち化神の旺を得るによりて成立す。帰総すれば一句。これらの格は路数同じからずして帰宿はすなわち一。みな一個の「旺」字の上に成る。

若身旺而月非也身旺,面支僅亥未或卯辰,以致曲直不全,從官而旺有根,從兒而有官印,從旺從強而略帶財官,合化而不得進令,是皆下等之命。豈可與各外格同日而語哉?毫釐千里之別,不可不慎察也。

反対に言えば、もし日主は旺なるといえども月令は並びにその旺を助けざれば(底本のこの句は「若身旺而月非也身旺」と作す。文字訛脱。その意は謂う、身は旺なるといえども月令はその旺に当たらずと)。あるいは地支はただ亥・未の両支あるいは卯・辰の両支を凑得て、完整の三合木局と東方木方とを成し得ず、以て曲直格は殘缺して全からず。あるいは官に従わんとするに日主は自家偏にまた根あり。あるいは児に従わんとするに柱中に偏に官星印綬あり。あるいは従旺・従強にして略々一点の財官を帯ぶ。あるいは天干相合するも月令の助を得ずして化成らず――これらはみな下等の命造で、怎んぞ前の各種の真正に成立する外格と相提して論じ得べけんや。毫釐に差えて結果は千里に去る。細々審察せざるべからず。

化氣格變化變幻較多,但亦通於理得,惟不易推究耳。如己合甲仍是土,庚事乙仍是金。然單己之土,丁壬丙見,自以印財論;合甲之土,丁壬兩見,即以木論矣。獨庚之金,戊癸而見,自以印傷論;合乙之庚,戊癸兩見,即以火論矣。

化気格の変化は最も多く、しかも道理を講じて通ず。ただ推究し易からざるのみ(底本の「通於理得」の「得」字は衍)。譬えば己土は去りて甲木と合し、化して成るはなお土なり。庚金は去りて乙木と合し、化して成るはなお金なり(底本の「庚事乙」の「事」は「合」の訛り)――化する所と本身とは同類にして、看るに分別なきがごとし。しかるに分別はすなわち旁の天干の上に在り。単単一個の己土日主は、もし丁と壬とを見れば、丁は己の偏印、壬は己の正財。自然に印・財に照りて論ず。換えてすでに甲と合せる己土なれば、同じく丁と壬とを見るに、あの丁壬の两字は自家すなわち合して木に化し、便ち木に照りて論ずべし。また単単一個の庚金日主は、もし戊と癸とを見れば、戊は庚の偏印、癸は庚の傷官。自然に印・傷に照りて論ず。換えてすでに乙と合せる庚金なれば、同じく戊と癸とを見るに、戊癸の两字は合して火に化し、すなわち火に照りて論ずべし。

蓋日主即因合而化,則他干亦得逢合而化,但地支逢合,不作化論。因支中所藏人元,不止一字,再兼木支複雜錯綜,化不勝化矣。或詢從旺興從強,有何分別,此乃昭然兩義,從旺者,本身之旺也,印綬不過為其賓耳。從強者,身與印平均,而神皆旺也。

ここの道理は、日主はすでに合に因りて化し得れば、別の天干は合に逢いて自然にもまた化し得。ただし地支は合に逢いても化を作さずして論ず。地支の蔵する人元は一個に止まらず、本気の外にまた中気・余気あり、錯綜複雜にして、もしまた化を講ぜば、すなわち化して勝えざる化なり(底本の「再兼木支」の「木」は「本」の訛り)。ある人問う。従旺格と従強格とは究竟いかなる分別かあると。これはもと清清白白たる両回事なり。従旺とは、指す所は日主本身の旺にして、印綬は過ぎずそれの陪襯。従強とは、すなわち日主と印綬との両下に均平して、身と印とみな旺なり。分別はまさに主と賓との間に在り(底本の「從旺興從強」の「興」は「與」の訛り)。

運限篇

人之富貴貧賤,窮通善惡,已在八字中而定,惡乎復用行運為哉?故人之窮通善惡,雖不能出乎八字之外,而行運扶之抑之,足使善者益善,惡者愈惡,此行運之所以不可忽也。

一人の人の富貴貧賤・窮通善惡は、八字の裡に早くすでに注定せり。それはまた何ぞ行運を看ることを要せんや。須く知るべし、一人の人の窮通善惡は固然として八字の範囲を跳出せざるといえども、ただ大運に扶有り抑有り。扶助の運に碰上れば、好き処はさらに好し。悪神を助長する運に碰上れば、壞き処はさらに壞し。いわゆる「運限」とは、すなわち每一段に輪轉して到る干支で、それは並びに命の本質を改換する能わずといえども、命中のすでに有る物を放大しあるいは圧し下ぐるを得。これすなわち行運の忽視すべからざるの緑故である。

行運の能力

八字純善,並無惡神破壞。(甲)行扶善運,足使善者益善,功名富貴,無可限量。(乙)行破壞運,雖不為害,面必略見抑塞,稍不如志。八字雖善,而有惡神破壞。(甲)行去惡運,則八字中所有之好處立至。(乙)再見已破壞之善神,及所制之惡神,則壞處亦立見。

行運の力量は四種の情形に分かちて看る。第一種、八字本身は純粹にして好しと為り、並びに凶神の来て破壞するなし。(甲)善神を扶助するの運に走上れば、好き処はさらに好し。功名富貴は限りなく量らるべからず。(乙)善神を破壞するの運に走上れば、成災に至らざるといえども、しかるに総じて略々阻滯を見るべし。事情は稍稍意のごとからず(底本の「面必略見抑塞」の「面」は「而」の訛り)。第二種、八字は好なれども、然而凶神あるて裡面に在りて破壞す。(甲)凶神を除去し得るの運に走上れば、八字の裡の原有の好き処は立刻に顕れ出づ。(乙)反対に、もし運の中にさらにあのすでに破壞せられたる善神を見、あるいはさらにもとより制せられたる凶神を見れば、壞き処もまた立刻に顕れ出づ――善神はすでに傷害を受け、さらにその類に逢うはただ雪の上に霜を加うる。凶神はすでに制せられ、さらにその類に逢うは便ち死灰の復た燃ゆるなり。

八字純惡,並無善神制伏。(甲)再行激惡運,足使惡者愈惡,其貧賤災禍,慘不忍聞。(乙)行制伏運,雖不能為福,而小草春風,亦可片時得志。八字雖惡,卻有善神制伏。(甲)行去善運,則八字中所有之壞處立見。(乙)再見所制之善神,則好處亦立見。

第三種、八字は純粹にして壞しと為り、並びに善神の来て凶神を制伏するなし。(甲)さらに凶神を激動するの運に走上れば、壞きはさらに壞し。あの份の貧賤災禍は惨めて聞くに忍びず。(乙)凶神を制伏し得るの運に走上れば、福を造り出せざるといえども、また譬えば小草の春風に逢うがごとく、一時の得意あり得。第四種、八字は壞なれども、しかるに善神あるて凶神を制住す。(甲)善神を除去するの運に走上れば、八字の裡の原有の壞き処は立刻に顕現す。凶神を鎮住するあの隻の手は拿げ去られたればなり。(乙)もし運の中にさらにあの制伏の作用を起こす善神を見れば、好き処もまた立刻に顕現す。総じて之を言えば、運はただ加減の数で、命は初めて本錢である。

善運惡運の分析

日干弱,正官為格,財星重,取比劫為用,無比劫則用印。逢印比之運為善,財官之運為惡。日干弱,正官為格,食傷多,取印為用。逢官印之運為善,傷財之運為惡。日干弱,正官為格,官殺重,取印為用。逢印比之運為善,財官七殺之運為惡。日干強,正官為格,劫比多,取官為用。逢財官之運為善,印比之運為惡。日干強,正官為格,印多,取財為用。逢財食之運用善,印比之運為惡。日干強,正官為格,多見傷食,宜用財。逢財官之運為善,比劫之運為惡。

以下に八格と外格とを逐条に排出す。前半截は格局と用神、後半截は大運の善惡。総じての道理はただ一句あり。凡そ用神を生助し用神と同類なる運はすなわち善運で、凡そ用神を克制し忌神を助長する運はすなわち惡運。正官格は合わせて六条。日干弱く正官の格を立てて財星重きは、比劫を取りて用と為し、比劫なくんばすなわち印を用う。印・比の運を行るを善と為す。比劫は身を助け財を分かち、印星は身を生じ官を化す。財・官の運を行るを惡と為す。財いよいよ重ければ身はいよいよ支えず、官いよいよ旺なれば身を克することいよいよ甚だし。日干弱くして食傷多きは、印を取りて用と為す。官・印の運を行るを善と為す。官はよく印を生じ印はよく傷を制す。傷官と財との運を行るを惡と為す。傷官はさらに我が身を泄し、財はまた傷官を引化して我を耗す。日干弱くして官殺重きは、印を取りて用と為す。印・比の運を行るを善と為す。財・官・七殺の運を行るを惡と為す。財は去りて官殺を生じ、官殺は直ちに弱身を攻む。日干強くして比劫多きは、官を取りて用と為す。財・官の運を行るを善と為す。財は官を生じ官は劫を制す。印・比の運を行るを惡と為す。印は比を生じ比は劫を助け、かえって用神を架して空とす。日干強くして印多きは、財を取りて用と為す。財・食の運を行るを善と為す(底本の「逢財食之運用善」の「用」は「為」とすべし)。食は財を生じて財は印を損ず。印・比の運を行るを惡と為す。日干強くして傷食を多く見るは、財を用うるを宜とす。財・官の運を行るを善と為す。財はよく傷食の気を流通す。比劫の運を行るを惡と為す。比劫は財を奪う。

日干弱,財為格,傷食多,取印為用。逢印比之運為善,傷財之運為惡。日干弱,財為格,財重用比劫,逢比劫之運為善,傷食財鄉為惡。日干弱,財為格,官殺多見,用印。逢印比之運為善,財官七殺之運為惡。日干強,財為格,若劫比重重,用傷食或用官殺。逢傷食官殺之運為善,印比之運為惡。日干強,財為格,印多見,用財為宜。逢作食財運為善,印比官殺之運為惡。

財格は合わせて五条。日干弱く財の格を立てて食傷多きは、印を取りて用と為す。印・比の運を行るを善と為す。印は食傷を制して身を生じ、比劫は身を助けて財を分かつ。傷官と財との運を行るを惡と為す。傷食は財を生じ、一泄一耗して両頭ともに我を削る。日干弱くして財重きは、比劫を用う。比劫の運を行るを善と為す。身を助け兼ねて財を分かつ。食傷と財地を行るを惡と為す。食傷はまた去りてあのもとすでに過重の財を生ず。日干弱くして官殺を多く見るは、印を用う。印・比の運を行るを善と為す。印は官殺を化して身を生ず。財・官・七殺の運を行るを惡と為す。財は官殺を生じ、弱身はさらにその攻を受く。日干強くして比劫重重なるは、食傷を用いあるいは官殺を用う。食傷・官殺の運を行るを善と為す。食傷は劫を泄して財を生じ、官殺は劫を制して財を護る。印・比の運を行るを惡と為す。印は比劫を生じ、劫いよいよ衆なれば財はいよいよ危し。日干強くして印を多く見るは、財を用うるを宜と為す。食傷・財の運を行るを善と為す(底本の「逢作食財運」の「作」は「傷」の訛り。下文も同じ)。印・比・官殺の運を行るを惡と為す。官殺は転じて去りて印を生じ、印重ければ財の用は顕れず。

日干弱,印為格,多官殺,用印。逢印比之運為善,財官之運為惡。日干弱,印為格,多傷食,用印。逢印比之運為善,傷食財鄉為惡。日干弱,印為格,多財,用劫比。逢劫比之運為善,傷食財鄉為惡。日干強,印為格,比劫重重,有官殺則用官殺,無官殺則用傷食。逢官殺傷食之運為善,逢劫比印鄉為惡。日干強,印為格,印重,用財。逢傷財運為善,官印比劫之運為惡。日干強,印為格,財多,用官殺。逢官印之運為善,傷財之運為惡。

印格は合わせて六条。日干弱く印の格を立てて官殺多きは、印を用う。印・比の運を行るを善と為す。印は官殺の克を転じて生身の力と為す。財・官の運を行るを惡と為す。財はよく印を壞り、官はまた官殺の党を添う。日干弱くして食傷多きは、印を用う。印・比の運を行るを善と為す。印はよく直接に食傷を制住す。食傷と財地を行るを惡と為す。泄してまた泄す。日干弱くして財多きは、比劫を用う。比劫の運を行るを善と為す。比劫は財を分かちて印を護る。食傷と財地を行るを惡と為す。食傷は財を生じ財はさらに印を壞る。日干強くして比劫重重なるは、官殺あればすなわち官殺を用い、官殺なくんばすなわち食傷を用う。官殺・食傷の運を行るを善と為す。一制一泄して、みなよく過旺の気を消去す。比劫と印地を行るを惡と為す。助くることいよいよなればいよいよ壅塞す。日干強くして印重きは、財を用う。傷官・財の運を行るを善と為す。傷は財を生じ財は印を損ず。官・印・比劫の運を行るを惡と為す。官はまた転じて来て印を生ず。日干強くして財多きは、官殺を用う。官・印の運を行るを善と為す。官は財を泄して印を生じ、印はまた回りて日主を護る。傷官・財の運を行るを惡と為す。傷は財を生じて財はいよいよ横なり。

日干弱,食神為格,官殺多見,用印。逢印比之運為善,財官七殺之運為惡。日干弱,食神為格,財多,用比劫。逢印比之運為善,傷財官殺之運為惡。日干弱,食神為格,傷食重,取印為用。逢官印之運為善,傷食財鄉為惡。日干強,食神為格,印多,取財為用。逢作食財鄉為善,印比之運為惡。日干強,食神為格,劫比重重,取食神為用。逢作食財鄉為善,印比之運為惡。日干強 ,食神為格,財多,取官殺為用。逢官殺財鄉為善,印比之運為惡。

食神格は合わせて六条。日干弱く食神の格を立てて官殺を多く見るは、印を用う。印・比の運を行るを善と為す。印は官殺を化して兼ねて食神を護る。財・官・七殺の運を行るを惡と為す。財は官殺を生じ、殺いよいよ旺なれば身はいよいよ危し。日干弱くして財多きは、比劫を用う。印・比の運を行るを善と為す。印は身を生じ比は財を分かつ。傷官・財・官殺の運を行るを惡と為す。日干弱くして食傷重きは、印を取りて用と為す。官・印の運を行るを善と為す。官は印を生じ印は泄を止む。食傷と財地を行るを惡と為す。日干強くして印多きは、財を取りて用と為す。食傷・財の運を行るを善と為す。財はよく印を損じ、食傷はまた転じて財を生ず。印・比の運を行るを惡と為す。日干強くして比劫重重なるは、食神を取りて用と為す。食傷・財の運を行るを善と為す。過旺の気を把りて財の上に泄る。印・比の運を行るを惡と為す。印は食神を克し比は劫勢を助く。日干強くして財多きは、官殺を取りて用と為す。官殺・財地を行るを善と為す。身強はまさに官に任じ財に任ずるに便なり。印・比の運を行るを惡と為す。

日干弱,七殺為格,財多,以劫比為用。逢印比之運為善,傷財之運為惡。日干弱,七殺為格,官殺重重,取印為用。逢印比之運為善,財官之運為惡。日干強,七殺為格,比劫多見,取殺為用。逢財殺之運為善,印比之運為惡。日干強,七殺為格,印多見,取財為用。逢傷財之運為善,官印比劫之鄉為惡。日干強,七殺為格,官殺重重,取傷食為用。逢傷食之運為善,官印之運為惡。

七殺格は合わせて五条。日干弱く七殺の格を立てて財多きは、比劫を以て用と為す。印・比の運を行るを善と為す。印は殺を化し比は財を分かつ。傷官・財の運を行るを惡と為す。傷は財を生じ財は殺を生ず。敵人のため兵を添うるに等し。日干弱くして官殺重重なるは、印を取りて用と為す。印・比の運を行るを善と為す。印は一路に殺を化して身を生ず。財・官の運を行るを惡と為す。日干強くして比劫を多く見るは、七殺を取りて用と為す。財・殺の運を行るを善と為す。財は殺を生じて殺は劫を制す。印・比の運を行るを惡と為す。印は殺気を泄して比は劫勢を助く。日干強くして印を多く見るは、財を取りて用と為す。傷官・財の運を行るを善と為す。その過重の印を損ず。官・印・比劫の地を行るを惡と為す。官はまた転じて去りて印を生ず。日干強くして官殺重重なるは、食傷を取りて用と為す。食傷の運を行るを善と為す。殺を制するまさにその宜を得る。官・印の運を行るを惡と為す。官は殺勢を助け、印はまた食傷を克し去る。

日干弱,傷官為格,財多,取比劫為用。逢印比之運為善,財官之運為惡。日干弱,作官為格,官殺多,取印為用。逢印比之運為善,財官之運為惡。日干弱,傷官為格,傷食重重,取印為用。逢官印之運為善,傷食財鄉為惡。日干強,傷官為格,比劫多,用七殺。逢財殺運為善,即比之運為惡。日干強,傷官為格,印多,取財為用。逢傷食財鄉為善,即比之運為惡。

傷官格は合わせて五条。日干弱く傷官の格を立てて財多きは、比劫を取りて用と為す。印・比の運を行るを善と為す。印は身を生じ比は財を分かつ。財・官の運を行るを惡と為す。日干弱くして官殺多きは、印を取りて用と為す(底本の「作官為格」の「作」は「傷」の訛り)。印・比の運を行るを善と為す。印は官殺を化して身を生ず。財・官の運を行るを惡と為す。日干弱くして食傷重重なるは、印を取りて用と為す。官・印の運を行るを善と為す。官は印を生じ印は泄を止む。食傷と財地を行るを惡と為す。日干強くして比劫多きは、七殺を用う。財・殺の運を行るを善と為す。財は殺を生じて殺は劫を制す。印・比の運を行るを惡と為す(底本の「即比之運」の「即」は「印」の訛り。下条も同じ)。日干強くして印多きは、財を取りて用と為す。食傷・財地を行るを善と為す。傷は財を生じて財は印を損ず。印・比の運を行るを惡と為す。

曲直格,逢水木火運為善,金運為惡。炎上格,逢木火土運為善,水運為惡。稼穡格,逢火土金運為善,木運為惡。從革格,逢土金水運為善,木運為惡。潤下格,逢金水木運為善,土運為惡。從財格,逢傷食官殺運為善,印比之運為惡。從殺格,逢財殺運為善,印比之運為惡。從兒格,逢傷食財鄉為善,逢官殺印綬為惡。從旺格,逢印綬比劫之運為善,逢財官傷食之運為惡。

五種の専旺格と幾種の従格とは、行運の善惡は全く順・逆の両個の字に在り。曲直格は木を以て用と為す。水・木・火の運を行るを善と為す――水は木を生じ木は木を助け火は木の秀を泄す。金運を行るを惡と為す。金は旺木を克してその鋒芒に触る。炎上格は火を以て用と為す。木・火・土の運を行るを善と為す。水運を行るを惡と為す。稼穡格は土を以て用と為す。火・土・金の運を行るを善と為す。木運を行るを惡と為す。従革格は金を以て用と為す。土・金・水の運を行るを善と為す。文例に照ればまさに「火運為惡」と説くべし。底本は「木運為惡」と作すが、これは上一条の稼穡格を承けて誤れるなり――木は金の克する所の財で、金を破る能わず。よく従革格を破るはただ火のみ。潤下格は水を以て用と為す。金・水・木の運を行るを善と為す。土運を行るを惡と為す。従財格の従う所は財に在り。食傷・官殺の運を行るを善と為す。食傷は財を生じ官殺は財を護る。印・比の運を行るを惡と為す。印は身を扶け比は財を奪う。みな日主を攛掇して起きて反抗せしめ、従いながら従わざらしむ。従殺格の従う所は殺に在り。財・殺の運を行るを善と為す。印・比の運を行るを惡と為す。従児格の従う所は食傷に在り。食傷・財地を行るを善と為す。官殺・印綬を行るを惡と為す。従旺格の従う所は比劫に在り。印綬・比劫の運を行るを善と為す。財・官・食傷の運を行るを惡と為す。

化土格,逢火土金運為善,木運為惡。化金格,逢土金水運為善,火運為惡。化水格,逢金水木運為善,土運為惡。化木格,逢水木火運為善,金運為惡。化火格,逢水火土運為善,水運為惡。

化気格の行運も、また一味に化神に順い走るなり。化土格は火・土・金の運を行るを善と為す――火は土を生じ土は土を助け金は土の秀を泄す。木運を行るを惡と為す。木は来て化神を克す。化金格は土・金・水の運を行るを善と為す。火運を行るを惡と為す。化水格は金・水・木の運を行るを善と為す。土運を行るを惡と為す。化木格は水・木・火の運を行るを善と為す。金運を行るを惡と為す。化火格はまさに木・火・土の運を行るを善と為し、水運を行るを惡と為すべし。底本は「逢水火土運為善,水運為惡」と作す。前の一個の「水」はまさに「木」の訛りに当たるべし――水はすでに火の克神なれば、断じてすでに善にしてまた惡の理なし。

建祿格,財多身弱者,有比劫。逢印比之運為善,財官之運為惡。建祿格,財多身強者,用官殺。逢財官之運為善,印比之運為惡。建祿格,官殺多,身弱者,用印。逢印比之運為善,逢財官之運為惡。建祿格,官殺多,身強者,用財。逢傷食財鄉為善,印比之運為惡。建祿格,傷食多,身弱者,用印。逢印比之運為善,傷比之運為惡。建祿格,比劫多,用官殺。逢財官之運為善,印比之運為惡。建祿格,印多,用財。逢傷食財鄉為善,印比之運為惡。

建祿格の行運は合わせて七条。財多くして身弱なるは、比劫を用う(底本の「有比劫」の「有」は「用」とすべし)。印・比の運を行るを善と為し、財・官の運を行るを惡と為す。財多くして身強なるは、官殺を用う。財・官の運を行るを善と為し、印・比の運を行るを惡と為す。官殺多くして身弱なるは、印を用う。印・比の運を行るを善と為し、財・官の運を行るを惡と為す。官殺多くして身強なるは、財を用う。食傷・財地を行るを善と為し、印・比の運を行るを惡と為す。食傷多くして身弱なるは、印を用う。印・比の運を行るを善と為し、食傷と財地を行るを惡と為す――底本の「傷比之運為惡」の「比」はまさに「財」とすべし。比劫はまさに身を助くるの物で、ここに於て惡と為すべからず。比劫多きは、官殺を用う。財・官の運を行るを善と為し、印・比の運を行るを惡と為す。印多きは、財を用う。食傷・財地を行るを善と為し、印・比の運を行るを惡と為す。按ずるに前の「建祿格之用神」はもと八条を列したるに、ここは「食傷多而身強者用財」の一条を少なし。これ底本の脱漏なり。

月刃多財,用官殺。逢財官之運為善,印比之運為惡。月丸多官殺,用財。逢傷食財鄉為善,印比之運為惡。月刃多傷食,用財。逢傷食財鄉為善,印比之運為惡。月刃多劫比,用官殺。逢財官之運為善,印比傷食之運為惡。月刃多印,用財。逢傷食財鄉為善,印比之運為惡。月刃而滿盤財官傷食,取印為用。逢印比之運為善,財官傷食之運為惡。

月刃格の行運は合わせて六条。月刃にして財多きは、官殺を用う。財・官の運を行るを善と為す。財は官を生じ官は刃を制す。印・比の運を行るを惡と為す。印と比とはさらに来て刃勢を助長す。月刃にして官殺多きは、財を用う(底本の「月丸」は「月刃」の形訛)。食傷・財地を行るを善と為す。印・比の運を行るを惡と為す。月刃にして食傷多きは、財を用う。食傷・財地を行るを善と為す。印・比の運を行るを惡と為す。月刃にして比劫多きは、官殺を用う。財・官の運を行るを善と為す。印・比と食傷の運を行るを惡と為す――この条は独り食傷をも算えて惡運と作す。刃と比劫と群を成すときは全く官殺に靠りて彈圧す。食傷は一たび来れば便ち官殺を克し去りて、彈圧の力はすなわちなくなるがゆえに。月刃にして印多きは、財を用う。食傷・財地を行るを善と為す。印・比の運を行るを惡と為す。月刃にして満盤みな財・官・食傷なるは、印を取りて用と為す。印・比の運を行るを善と為し、財・官・食傷の運を行るを惡と為す――この時は我を克し我を泄する者太多し。刃在るといえども支持し得ず。印に非ずんば救う能わず。

運の善惡の總論

利於用神者,為善運。利於用神之運,而被柱中他神克去或合住者,善而不善,但亦不惡,平庸而已。不利於用神者,為惡運。不利於用神之運,而被柱中他神克去或合住者,惡而不惡,但亦不善,平庸而已。

総括すれば一句。凡そ用神に利ある運は、すなわち善運なり。もしこの一歩の運はもとより用神に利あるに、しかるに四柱の中の別の字に克し去られ、あるいは合住せられれば、すなわち善にしてその善を見ず。ただしまた惡とは談ぜられず、過ぎず平平常常なるのみ――「克去」とは克せられて作用を起す能わざるを謂い、「合住」とは合に絆せられて挪移して動かざるを謂う。凡そ用神に利なからざる運は、すなわち惡運なり。もしこの一歩の運はもとより用神に利ならざるに、しかるにもまた四柱の中の別の字に克し去られあるいは合住せられれば、すなわち惡にしてその惡を見ず。ただしまた善とは談ぜられず、同じく平常なるのみ。見るべし、運を看るはただ運の干支本身を看るのみ能わず。なお回頭してそれと原局の各字との間の牽制を看るを須うず。

行運の年数

古法以一干及一支為一運,一運管十年。今人以一干一支,各為一運,一運管五年。此立法之不同,而休咎有異矣。蓋古法一運之吉凶,須干支並看;今人則走天干運,即以該干論吉凶,走地支運,即以該支論吉凶。管見謂折衷辦法,最為精當。何謂折衷辦法?即如甲午運,前五年注重甲字,兼看午字,甲占七分,午占三分。後五年注重午字,兼看甲字,午居七分,甲居三分。再舉詳例以明之,例如:

古法は一個の天干に一個の地支を連ねて合わせて算えて一歩の運と為し、一歩の運は十年を管す。今人はすなわち天干・地支を各々算えて一歩の運と為し、一歩の運は五年を管す。法を立つること同じからざれば、断じ出すの吉凶は自然に出入りあり。古法に照れば、一歩の運の吉凶は干と支とを合わせて看るを要す。今人の弁法に照れば、天干の運を走ればすなわち単にあの天干を以て吉凶を論じ、地支の運を走ればすなわち単にあの地支を以て吉凶を論ず。我が浅見は折衷の弁法を以て最も精当と為す。なにを折衷弁法と叫ぶや。譬えば甲午のこの一歩の運は、前の五年は甲字を以て主と為し兼ねて午字を看る。甲は七分を占め午は三分を占む。後の五年は午字を以て主と為し兼ねて甲字を看る。午は七分を占め甲は三分を占む。かくすれば干支同柱にして気はもと相連なる整体を抹煞せざるのみならず、十年一味に同論して前後の緩急を分かち得ざるに至らざらしむ。以下さらに一個の詳細の例を挙げて説明せん。

甲子丁丑辛亥乙未。辛逢甲乙,又逢亥子丑,財多身弱為患。運逢甲戌,忌甲之輔財,喜戌之幫身,前五年七分甲而三分戌,凶多於吉;後五年七分戌而三分甲,吉多於凶。

甲子・丁丑・辛亥・乙未のこの一造。辛金日主は、天干に甲・乙の両木に逢い、地支また亥・子・丑の一片の水なり。木は辛金の財、水は辛金の食傷。財多くして身弱はまさにこの張の命の病根である。甲戌の一歩の運に走到れば、甲木はもとすでに過多の財を助長す。これ忌む所。戌は燥土で、よく衰弱の辛金を生扶す。これ喜ぶ所。折衷の法に照れば、前の五年は甲は七分を占め戌は三分を占む。ゆえに凶は吉より多し。後の五年は戌は七分を占め甲は三分を占む。ゆえに吉は凶より多し。同じく一歩の運にして前後は判然として両様なり。まさに折衷弁法の用処を見る。

行運の雜綴

身旺而四柱傷盡官星,行財運則當發福。用官而見傷官,妙入財印之運。用傷官而多者,宜印運。用傷官而少者,忌印運。用傷官而見官者,運入官旺鄉,禍不堪言,雖有吉神解救,亦必生惡疾,甚至殘軀,或遭官事。傷官原有官星,行去官運發福。傷官帶印,不宜再行財運。傷官用印,運行官殺為宜,印運亦吉,傷食不礙,財運則凶。

以下は行運の零星の断語。身旺にして四柱の官星は傷官に克せられて乾乾淨淨たり。これを「傷盡官星」と叫ぶ。この時財運を走れば便ち發福に当たる――財はよく傷官の気を引いて財の上に至らしめ、さらに官星と糾纏せず。いわんや身旺はまさに財に任ずるに便なり。官星を以て用と為して柱中に偏に傷官を見るは、最も妙は財運あるいは印運を走る。財はよく傷官と官星との關を通じ、印はよく直接に傷官を制住す。傷官を用いて傷官の過多なるは、印運を走るを宜とす。印は来て過度の泄気を止住す。傷官を用いて傷官のもと少なきは、印運を走るを忌む。印は一たび来ればわずか有るのみの傷官をも克し掉す。傷官を用いて柱中また官星を見るは、一たび運は官星の旺地に入れば、禍患は言説に堪えず。縱うす吉神の解救あるも、また必ず惡疾を生じ、甚だしきは身体殘傷し、あるいは官司に惹れ上ぐ。もし命中の傷官はもとより官星と並存すれば、官星を除去するの運に走到ればかえって發福す。傷官格にして柱中に印を帯ぶるは、さらに財運を走るを宜からず。財は印を壞らん。傷官に印を用うるは、官殺運を走る最も宜し。官殺は印を生ず。印運もまた吉なり。さらに食傷運を走るも事を碍げず。独り財運のみ凶と為る。財は一たび印を壞れば、用神は便ち傷わる。

傷官多印比,而財淺者,喜行財運或傷官運。傷官用財者,行財得地運發福,逢敗財運必死。傷官用財,不宜比劫運。傷官用財,行財旺身輕運則吉。傷官而有殺印,印運最利,傷食亦亨,雜印非吉,逢財即危。四柱殺旺運純,身旺為官清貴(運純獨行制殺運也)。時上偏官無制伏,行制運亦可發福。

傷官格にして印綬比劫多く財星淺薄なるは、財運あるいは傷官運を走るを喜ぶ。財はよく過重の印を損じ去り、傷官はよく淺薄の財を生起す。財を以て用と為すの傷官格は、財星の地を得るの運に走到れば便ち發福す。財星の敗絶の運に走到ればすなわち必ず死す――用神は一たび絶えれば、命もまたこれに随う。傷官に財を用うるは、比劫運を走るを宜からず。比劫は財を奪う。傷官に財を用うるは、財旺にして身太重からざるの運を走ればすなわち吉。財旺なればすなわち用神は勢を得。傷官格にして柱中また七殺ありまた印あるは、印運は最も有利。印はよく殺を化して身を生ず。食傷運もまた亨通す。食傷はよく殺を制す。雜亂の印はかえって吉ならず。一たび財運に遇えば便ち危險。財はすでに印を壞りまた殺を生ず。四柱は七殺旺にして行運は純一なるは、ただ身旺なれば、官を為すこと必然にして清貴なり――作者自注。いわゆる「運純」とは、説く所は専ら殺を制するの運を走りて別路を夾雜せざるを謂う。時柱の上の偏官はもし柱中に制伏する物なければ、それを制し得るの運に走到れば、また發福し得。

柱中七殺,坐祿乘旺,發自坐長生臨官帝旺,又帶比劫,財能化鬼為官,運入印鄉必發。制殺太過為貧儒,但行財運醒殺,亦發威權。七殺乘旺,身又逢刃,貴不可言,只忌財旺生殺,歲運加之,身旺且多災,身弱則尤甚。殺強身弱有印,最忌財運。殺旺身弱,行身弱運,禍不旋踵。身強殺淺,殺運無妨。身殺俱旺無制伏,又行殺旺運,雖貴不久。殺重宜制,如行官殺運,不死必貧。七殺行官殺混雜之運,或制伏太過之運,多去官退職,甚至凶死。

柱中の七殺は祿位の上に坐して旺気に乗り、日主は自家また長生・臨官・帝旺の地に坐し、また比肩劫財を帯びて身を助く。この時財星はよく身を攻むるの「鬼」を轉じて有用の官と為す(七殺は制なければ鬼と叫ばれ、制有り化有りて初めて官と称せらる)。運は印鄕に入れば必ず發達す。反対に、殺を制するを制すこと太過なるは、多半はただ清苦の讀書人。ただ財運を走りて壓死せられたる殺を重新に引動せしむれば――財はよく殺を生ず――また威權を發せり。七殺は旺に乘りて日主また羊刃に坐するは、貴なること言うべからず。殺と刃と相濟するはまさに權を掌るの象。忌む所はただ財旺して殺を生じ、歲運はさらに一重の財を添う。身旺はなお灾多し。身弱はすなわちさらに言うを用いず。殺強に身弱にして全く印に靠りて化するは、最も財運を忌む。財は一たび印を壞れば、殺は便ち直ちに日主を攻む。殺旺に身弱にして、さらに身をしてさらに弱ならしむるの運を走れば、禍事は轉眼に至る。身強にして殺淺きは、殺運を走る妨げず。まさに殺氣を補足す。身と殺とみな旺にして制伏の神なく、また殺旺の運を走れば、縱うす貴顯たるもまた長久せず。殺重はもとより制伏すべきに、もしかえって官殺の運を走れば、死せざるもまた貧ならん。七殺にして官殺混雜の運を走り、あるいは制伏太過の運を走れば、多半は官を去り職を退き、甚だしきは凶死す。

殺用食制,殺重食輕,則喜助食之運;殺輕食重,則喜助殺之運。殺食平均,而日主根輕,則喜助身之運。帶殺正官,不論去官留殺,去殺留官,身輕則喜助身,食輕則喜助食。日干衰弱,但不能從殺,殺即有制有化,歲運逢財旺殺旺地,必成災禍。倘更無制無化,歲運逢財逢殺旺地,無不危亡。身殺兩等,行運寧可扶身。

食神を用いて殺を制する。もし殺重くして食輕ければ、すなわち食神を幇助するの運を走るを喜ぶ。もし殺輕くして食重ければ、かえって七殺を幇助するの運を走るを喜ぶ――両辺は総じて拉平せんことを要す。もし殺と食ともともと均衡して、ただ日主の根氣太輕なれば、すなわち身を助くるの運を走るを喜ぶ。正官にして七殺を帶ぶるは、官を除きて殺を留むると殺を除きて官を留むるとを論ぜず。凡そ身輕ければすなわち身を助くるの運を喜び、食輕ければすなわち食を助くるの運を喜ぶ。日干は衰弱なるといえども、しかるにまた弱きこと徹底せるに足らず、從殺と作りて論ずる能わず。この時縱うす柱中は殺に對して制有り化有るも、一たび歲運は財旺・殺旺の地に走到れば、また必ず灾を成す。倘若柱中はもとより制なく化なければ、歲運はさらに財に逢い殺旺の地に逢えば、危亡せざるはなし。身と殺と勢均力敵なるは、行運は寧ろ身を扶する一辺に偏向す――身は立ち得て、殺は初めて我が用と為る。

原有制伏,殺出為福。原無制伏,殺出為禍。(原有即八字既有七殺、又有制殺,殺出、即行殺運也,此指身弱而言。)官星純正,行運復得官旺之鄉,或官星成局之運,或財旺生官之地,皆是作福之處。(此指身強而言)。日干弱,財官旺,又有殺混,行運復遇,更是徒流之命。

原局にすでに制伏の神あるは、運の上にさらに七殺を出づればかえって福と為る。原局に制伏なきは、運の上に殺を出づれば便ち禍と成る。作者自注に曰く。いわゆる「原有」とは、指す所は八字の裡にすでに七殺ありまた殺を制するの物あるを謂う。いわゆる「殺出」とは、すなわち七殺の運を走るを謂う。この一条はすなわち身弱に就いて言うなりと。官星は純正にして雜なからざるは、行運はさらに官星の旺地に走到し、あるいは官星の会して一局を成すの運に走到し、あるいは財旺して官を生ずるの地に走到れば、みな福を作るの処なり。作者自注。この一条はすなわち身強に就いて言う――身強なれば初めて官旺を受け得と。日干弱くして財官すでに旺にして、また七殺の来て混雜するあるは、行運はさらに財官殺の地に遇上れば、すなわちさらに流徙充軍のごときの苦命なり。

正官如月時重犯,天干多透,再行官旺鄉,變官為鬼,旺處必傾,多致災夭。正官格,行殺運,即是殺來混官。正官格,行墓運,即是官星入墓。財官旺強,日主衰弱,行運至財殺旺鄉,多染勞療。正官為用,大忌行運至傷官之地,更忌刑沖破害之運。正官而用財印,身稍輕,則喜助身運,官稍輕,則喜助官運。

正官はもし月柱・時柱の上に重複して出現し、天干また多処に透出し、さらに官星の旺地を走れば、正官は便ち変じて身を攻むる鬼と為る。旺なること極処に至れば必ず傾覆し、多く災殃夭折を招く。正官格は七殺運を走れば、すなわち七殺の来て官星を混雜するに等しく、格局は立刻に濁に変ず。正官格は官星の墓運に走到れば、すなわち官星の墓に入るに等しく、用神は收藏せられて事に任じる能わず。財官旺強にして日主衰弱なるは、行運は財殺の旺郷に走到れば、多半は癆瘵の症に染む(底本の「勞療」はすなわち「癆瘵」)。正官を以て用神と為すは、最も傷官の地に行運するを忌む。傷官はまさに官星を克す。さらに刑・冲・破・害の運を忌む。官根は一動けば便ち立ち得ず。正官格にして兼ねて財と印とを用うるは、両頭の孰れか軽きを看るを要す。身稍々軽ければすなわち身を助くるの運を喜び、官稍々軽ければすなわち官を助くるの運を喜ぶ。

正官用財,運喜印綬身旺之地,切忌食傷,然若身旺而財輕官弱,仍喜財官運也。正官帶傷食而用印制,運喜官旺印旺之鄉。正官而帶殺,其命中用比合殺,則財運可行,傷食可行,只不可復露七殺;若命中傷官合殺,則傷食與財俱可行,而不宜逢印矣。

正官にして財を用いて官を生ずるは、行運は印綬と身旺の地とを喜ぶ。財旺なれば身は須く助あるを要すればなり。切に食傷運を忌む。食傷は直接に官を克す。不過もし身はもとより旺にして財軽く官弱なれば、すなわちなお財運官運を喜ぶ――総じてどれ一頭か足らざるを看る。正官格にして柱中に食傷を帯び、印に靠りて食傷を制伏せんとするは、行運は官旺・印旺の郷を喜ぶ。官は印を生じ印は傷を制し、用神はいよいよ固し。正官格にしてまた七殺を帯ぶる。もし命中は比肩を用いて七殺を合住し、官を留めて殺を去れば、すなわち財運は走り得、食傷運もまた走り得。たださらに七殺を露出せらるべからず。もし命中は傷官を用いて七殺を合住すれば、すなわち食傷と財との両路はみな走り得。しかるにさらに印運に逢うを宜からず――印は一たび来れば便ち殺を合するの傷官を克し掉すがゆえに。

食神多者,宜行印運。食神少者,忌行印運。食神喜行身旺地,遇梟逢比總成空。身旺印多,財運無妨;身弱有印,殺運何妨。印有比肩,喜行財運;印無比肩,畏行財運。貪財壞印,喜行比劫之鄉。印綬太過,不喜再行身旺地。財有比肩,喜行比劫之鄉。印太輕,宜官殺運生之;印太多,須財運制之。

食神多きは、印運を走るを宜とす。印はよく過多の食神を制住す。食神少なきは、印運を走るを忌む。一制すればすなわち蕩然として存ぜず。食神は身旺の地を走るを喜ぶ。身旺なれば初めて力ありて食神を生じ得。もし梟神の食を奪うに遇上り、あるいは比劫の食を争うに逢えば、便ち帰総して空に落つ。身旺にして印多きは、財運を走る妨げず。財はまさに印を損ず。身弱にして印あるは、七殺運を走るもまた妨げず。印はよく殺を化して身を生ず。印格にして柱中に比肩あるは、財運を走るを喜ぶ――財は印を壞るといえども、比肩ありて旁に在りて財を分かち印を護れば、用神に傷らず。印格にして比肩なきは、すなわち財運を走るを怕る。印を護る人なければなり。もし命中すでに「貪財壞印」の局を成せば、比劫の郷を走るを喜ぶ。比劫は財を去りて印は保全を得。印綬もとすでに太過なるは、さらに身旺の地を走るを喜ばず。扶くることいよいよなればいよいよ壅塞す。財格にして比肩あるも、また比劫の郷を走るを喜ぶと説く――按ず。比劫はもと財を奪うの物。この条は常理と相左す。疑うに「財」字はまさに「印」とすべく、これ上文の「印有比肩」の一条を承けて誤れるなり。印太輕きは、官殺運を走りてそれを生ぜしむるを宜とす。印太多きは、財運を走りてそれを制することを須うず。

財多身弱,畏入財鄉。財多身弱,身旺運以為榮;身旺財衰,財旺鄉而發福。財多全仗印扶身,喬木家聲舊有名,不但妻賢兒子秀,晚年財帛累千金。柱中無財,若行財運,雖美,有名無實。財多身弱,又行官鄉,或財旺之運,禍患百出。財多身弱,要印扶身;身旺財衰,怕劫分奪。刃助官,則運喜助官,若命中官根深,則印綬比劫之方,反為美運。刃用殺,殺不甚旺,則運喜助殺,殺若太重,則運喜身旺。小盈大虧,恐是劫財之地。財多身弱,遇劫為福。財弱身旺,見劫為禍。多劫又遇劫運,守窮途而悽惶。

財多くして身弱なるは、財地に走り入るを怕る。財多くして身弱は、身旺の運を走れば初めて榮顕あり。身旺にして財衰なるは、財旺の郷を走れば便ち發福し得。ここに舊歌訣の一首を引く。「財多全仗印扶身,喬木家聲舊有名,不但妻賢兒子秀,晚年財帛累千金」と。説く所は財多身弱の命は全く印綬に仗りて日主を扶助す。印はもし力を得れば、ただ出身門第の清高なるのみならず、しかも妻賢く子秀なり。晩年はさらに千金の財を積得。四柱の中にもとより財なきは、たとえ財運を走るも、看るに美なれど究竟は名あって実なしに属す。原局に接応すべき根なければなり。財多くして身弱にしてまた官鄕を走り、あるいは財旺の運を走れば、禍患は百出す――財は官を生じ官は身を克し、身はいよいよ支持し得ず。財多くして身弱は印に靠りて身を扶くるを要す。身旺に財衰なればすなわち比劫の来て分奪するを怕る。羊刃格にして官星を以て刃を駕馭するは、行運は官星を幇助するを喜ぶ。もし命中の官星は根深くして力足らば、すなわち印綬比劫の方はかえって美運と成る。官はすでに用に足りてさらに添うるを要せざればなり。羊刃格にして七殺を以て刃を駕馭するは、殺はもし旺ならざる甚だしからず、行運は七殺を幇助するを喜ぶ。殺はもし太重なれば、行運は便ち身旺を喜ぶ。いわゆる「小盈大虧」は、多半は劫財の地に走到するなり。得は小にして失は大。まさに劫財の本色なり。財多くして身弱は、比劫に遇いて福と為す。財弱にして身旺は、比劫を見て禍と為す。原局はもとすでに劫多く、運の上にさらに劫運に遇えば、すなわちただ窮途に守りて凄凄惶惶たるのみ。

流年篇

流年の看法

流年干支,利於用神為善。流年干支,不利於用神為惡。流年干支,利於用神,但為局中他神克去或合住,善而不善,然亦不惡,平庸而已。流年干支,不利於用神,但為局中他神克去或合住,惡而不惡,然亦不善,平庸而已。

「流年」は毎年に輪值するあの一組の干支で、一年ごとに一換し、十年ごとに一換する大運よりさらに眼前の休咎に貼近す。流年を看るの法則は大運を看ると相同じ。流年の干支はもし用神に利あれば、すなわち善年。もし用神に利なからざれば、すなわち惡年。流年の干支はもとより用神に利あるに、しかるに命局の中の別の字に克し去られあるいは合住せられれば、すなわち善にしてその善を見ず。ただしまた惡と算えず、平常なるのみ。流年の干支はもとより用神に利ならざるに、また命局の中の別の字に克し去られあるいは合住せられれば、すなわち惡にしてその惡を見ず。ただしまた善と算えず、同じく平常なるのみ。総じて流年の力は、なお放ちて原局の裡に帰して衡量することを要し、孤立して看る能わず。

流年と運との關係

流年善,運亦善,則更妙。流年善,運惡,則善惡互見。流年惡,運亦惡,則更惡。流年惡,運善,則善惡互見。流年善,惟被局中某神克合,若運來制住克合之神,則仍佳妙。流年惡,惟被局中某神克合,若運來制住克合之神,則仍蹇劣。流年善,惟被局中某神克合,若運來生畏克合之神,則凶多吉少。流年惡,惟被局中某神克合,若運來生輔克合之神,則吉多凶少。流年善,運若生助之,則更善。流年惡,運若生助之,則更惡。(十一)流年善,運若克挫之,則善力減輕。(十二)流年惡,運若克挫之,則惡力減輕。

流年と大運とを合わせて看るに、合わせて十二条あり。流年善にして大運もまた善なれば、すなわちさらに妙。流年善にして大運惡なれば、すなわち善惡互いに見る。流年惡にして大運もまた惡なれば、すなわちさらに惡。流年惡にして大運善なるも、また善惡互いに見る。流年もと善なるに、しかるに命局の中の某個の字に克住せられあるいは合住せられ。もし大運は来てあの克合の神を制伏せば、この一年はなお佳妙なり。流年もと惡なるに、また命局の中の某字に克合せられ。もし大運はあの克合の神を制伏せば、この一年はすなわちなお艱蹇低劣なり――もとより我のため灾を擋ぐあの隻の手は大運に打掉せられたればなり。流年もと善にして某字に克合せられ、大運はかえって去りてあの克合の神を生助せば、すなわち凶多くして吉少し(底本の「生畏」はまさに「生輔」とすべし。下一条と一律)。流年もと惡にして某字に克合せられ、大運もまた去りてあの克合の神を生助せば、かえって吉多くして凶少し。流年善にして、大運はさらに来てそれを生助せば、すなわちさらに善。流年惡にして、大運はさらに来てそれを生助せば、すなわちさらに惡。第十一条。流年善にして、大運はしかるに来てそれを克しそれを挫せば、善の力量は便ち減輕す。第十二条。流年惡にして、大運は来てそれを克しそれを挫せば、惡の力量もまた減輕す。

流年の干支

有謂流年,重天干。亦有以天干為上半年,地支為下半年,皆非的論。當以干支並看,最較精確。其法有十二。流年干支,皆利於有神,乃大吉之年。流年干支,皆不利於用神,乃大凶之年。流年天干,利於用神,地支不利於用神,乃吉凶參半之年。流年天干,不利於用神,地支益助用神,亦吉凶互見之年。流年天干,利於用神,而地支再輔助之,大吉之年。流年天干,不利於用神,而地支再輔助之,大凶之年。

ある人は流年を看るはただ天干を重んずと説き、ある人はまた天干を以て上半年と作し地支を以て下半年と作す。この兩種の説法はみな確当ならず。干支並び看るを要するの所以は、一年の気はもと自ら渾成せればなり。天干は外を主りて已發の事に應じ、地支は内を主りて未形の勢を蔵す。強いて截りて兩個の半年と作して断ぜば、未だ呆板を免れず。以下の十二条は、無非天干と地支との両者の用神に對する向背と輕重とを辨ずるなり。干と支とみな用神に利あるは、大吉の年(底本の「皆利于有神」の「有」は「用」の訛り)。干と支とみな用神に利なからざるは、大凶の年。天干は用神に利ありて地支は用神に利なからざるは、吉凶參半の年。天干は用神に利なからざるにして地支はかえって来て用神を助益するも、また吉凶互いに見るの年。天干は用神に利ありて、地支はまた旁よりそれを輔助するは、大吉の年。天干は用神に利なからざるにして、地支はまた旁よりそれを助長するは、大凶の年。

流年地支,利於用神,而天干再輔助之,大吉之年。流年地支,不利於用神,而天干再輔助之,大凶之年。流年天干,利於用神,而地支克挫之,吉力減輕。流年天干,不利於用神,而地支克挫之,凶力減輕。(十一)流年地支,利於用神,而天干克挫之,吉力減輕。(十二)流年地支,不利於用神,而天干克挫之,凶力減輕。

地支は用神に利ありて、天干はまた旁よりそれを輔助するは、大吉の年。地支は用神に利なからざるにして、天干はまた旁よりそれを助長するは、大凶の年。天干は用神に利ありて、地支はしかるに来てそれを克しそれを挫するは、吉の力量減輕す。天干は用神に利なからざるにして、地支は来てそれを克しそれを挫するは、凶の力量もまた減輕す。第十一条。地支は用神に利ありて、天干はしかるに来てそれを克しそれを挫するは、吉力減輕す。第十二条。地支は用神に利なからざるにして、天干は来てそれを克しそれを挫するは、凶力減輕す。歸納すればこの十二条は、外に三層の意思を出でず。干支は同向なればすなわち力全く、干支は異向なればすなわち力分かれ、一方はもう一方に克挫せられればすなわち力減ず。流年を看るはただまずこの一年の干と支と各々用神に對する向背を定め、さらに両者の相助するか相碍するかを看るを須うず。吉凶の分量は自然に出づ。

月建篇

月建の看法

月建干支,利於用神為善。月建干支,不利於有神為惡。月建干支,利於用神,但為局中他神克運河或合住,善而不善,然亦不惡,平庸而已。月建干支,不利於用神,但為局中他神克去或合住,惡而不惡,然亦不善,平庸而已。

「月建」とはすなわち流月で、すなわち毎年の十二個月の各々輪值するあの一組の干支で、流年よりまた一層細し。看法は流年と相同じ。月建の干支は用神に利あればすなわち善、用神に利なからざればすなわち惡(底本の「不利于有神」の「有」はなお「用」の訛り)。月建の干支はもとより用神に利あるに、しかるに命局の中の別の字に克し去られあるいは合住せられれば、すなわち善にしてその善を見ず。ただしまた惡ならず、平常なるのみ(底本の「克運河」の三字は訛衍。まさに「克去」とすべし)。月建の干支はもとより用神に利ならざるに、また局中の別の字に克し去られあるいは合住せられれば、すなわち惡にしてその惡を見ず。ただしまた善ならず、同じくこれ平常なり。

月建と流年との關係

月建善,流年亦善,則更妙。月建善,流年惡,則善中有惡。月建惡,流年亦惡,則更惡。月建惡,流年善,則惡中有善。月建善,惟被局中某神克合,若流年制住克合之神,則仍佳妙。月建惡,惟被局中某神克合,若流年制住克合之神,則仍蹇劣。月建善,惟被局中某神克合,若流年生輔克合之神,則凶多吉少。月建惡,惟被局中某神克合,若流年生輔克合之神,則吉多凶少。月建善,流年再生助之,則更善。月建惡,充年再生助之,則更惡。月建善,流年若克挫之,則善力減輕。月建惡,流年若克挫之,則惡力減輕。

月建と流年とを合わせて看るに、条例は前の流年と大運とを配せる十二条と全く平行す。月建善にして流年もまた善なれば、すなわちさらに妙。月建善にして流年惡なれば、すなわち善の中に惡あり。月建惡にして流年もまた惡なれば、すなわちさらに惡。月建惡にして流年善なれば、すなわち惡の中に善あり。月建もと善なるにしかるに局中の某字に克合せられ、もし流年はあの克合の神を制伏せば、この月はなお佳妙なり。月建もと惡にして某字に克合せられ、もし流年は克合の神を制伏せば、この月は便ちなお艱蹇なり――前を擋ぐあの一層は拿げ去られたればなり。月建もと善にして某字に克合せられ、流年はかえって去りてあの克合の神を生助せば、すなわち凶多くして吉少し。月建もと惡にして某字に克合せられ、流年もまた去りて克合の神を生助せば、かえって吉多くして凶少し。月建善にして、流年はさらにそれを生助せば、すなわちさらに善。月建惡にして、流年はさらにそれを生助せば、すなわちさらに惡(底本の「充年」は「流年」の形訛)。月建善にして、流年はもし来てそれを克しそれを挫せば、善力減輕す。月建惡にして、流年は来てそれを克しそれを挫せば、惡力減輕す。これによりて見るべし。大運は流年を管し、流年は月建を管し、層層相轄して、近き層いよいよなれば管することいよいよ細し。

月建の干支

月建看法,月干重於月支,因干流動,而支固定。月建即流月也。或以干為上半月,支為下半月,不甚可信,總宜干支合看。亦有以月支所藏人元,分何者當旺幾天,而定幾天吉凶,更不足信,蓋完全偏重於月支。成如此說,則月建可無須月干矣。看命中強弱,且不能以建中人元旺幾天而標定,況流年中之流動月建耶。

月建を看るに、月干は月支よりさらに要緊なり。天干は流動なれば毎年同じからず。地支はしかるに固定なり――正月は總じて寅、二月は總じて卯、年年これのごとし。月建はすなわち流月。ある人は月干を以て上半月と作し月支を以て下半月と作すが、大いに信ずべからず。総じて干支を合わせて看るを以て是と為す。またある人は月支の蔵する人元に按じて、どれか当旺する幾天かを分派し、これによりてどれ幾天か吉どれ幾天か凶を断定す。それはすなわちさらに信ずるに足らず。これは全く月支に偏重するに等し。真にこの種の説法に照らば、月建は豈に月干をもみな要せざるべからんや(底本の「成如此説」の「成」は「誠」とすべし)。いわんや一張の命造の中の五行の強弱を看るに、なお月令の人元の各々旺する幾天を以て死板に標定する能わざるを。さらにいわんや流年の中の逐月流動する月建をや。

月建と時令

正月必為寅月,二月必為卯月,月支固定,故不若月干之重視。然而時令與月建,頗有關繫焉。特敘述如後。(一)春令木旺,甲寅月、乙卯月、甲辰月,則木更盛。丙寅月、丁卯月、丙辰月,則火得木生而亦強。戊寅月、己卯月、戊辰月,則土被木克而不健。庚寅月、辛卯月、庚辰月,則金為木挫而無力。壬寅月、癸卯月、壬辰月,則水受木洩亦疲弱。

正月は必ず寅月、二月は必ず卯月。月支はすでに固定して變らざれば、ゆえに月干のごときの看るに足るならず。不過時令と月建との間は關係頗る深し。特に分かちて述べて後に如し。第一、春天は木旺す。甲寅月・乙卯月・甲辰月に碰上れば、天干もまた木なり。木はさらに盛んなり。丙寅月・丁卯月・丙辰月に碰上れば、天干は火なり。火は旺木の相生を得てまた強し。戊寅月・己卯月・戊辰月に碰上れば、天干は土なり。土は旺木に克せられて健ならず。庚寅月・辛卯月・庚辰月に碰上れば、天干は金なり。金は旺木にその鋒を挫せられて力なし――木の金を克すと説かずして金の木に挫せらると説くは、木は一たび旺なれば、来てそれを克するの金はかえって頓挫を受くるがゆえに。壬寅月・癸卯月・壬辰月に碰上れば、天干は水なり。水は旺木に盗泄せられて、また疲弱す。同じ一個の月干にして、異なる時令に碰上れば、力量は便ち天壤の別あり。これすなわち兼ねて時令を看るを要するの緑故なり。

(二)夏令火旺。丁巳月、丙午月、丁未月,則火更盛。己巳月、戊午月、己未月,則土得火生而亦強。辛巳月、庚午月、辛未月,則金被火熔而不健。癸巳月、壬午月、癸未月,則水為火灼而無力。乙巳月、甲午月、乙未月則木受火洩亦疲弱。(三)秋令金旺。庚申月、辛酉月、庚戌月,則金更盛。壬申月、癸酉月、壬戌月,則水得金生而亦強。甲申月、乙酉月、甲戌月,則木被金克而不健。丙申月、丁酉月、丙戌月,則火為金磨而無力。戊申月、己酉月、戊戌月土受金洩亦疲弱。

第二、夏天は火旺す。丁巳月・丙午月・丁未月は、天干もまた火なり。火はさらに盛んなり。己巳月・戊午月・己未月は、天干は土なり。土は旺火の相生を得て強し。辛巳月・庚午月・辛未月は、天干は金なり。金は旺火に熔煉せられて健ならず。癸巳月・壬午月・癸未月は、天干は水なり。水は旺火に煎灼せられて力なし。乙巳月・甲午月・乙未月は、天干は木なり。木は旺火に盗泄せられて、また疲弱す。第三、秋天は金旺す。庚申月・辛酉月・庚戌月は、天干もまた金なり。金はさらに盛んなり。壬申月・癸酉月・壬戌月は、天干は水なり。水は旺金の相生を得て強し。甲申月・乙酉月・甲戌月は、天干は木なり。木は旺金に克せられて健ならず。丙申月・丁酉月・丙戌月は、天干は火なり。火は旺金に消磨せられて力なし――火はもと金を克すも、金は一たび旺なれば、反対に挫するはしかるに火勢なり。戊申月・己酉月・戊戌月は、天干は土なり。土は旺金に盗泄せられて、また疲弱す。

(四)冬令水旺,癸亥月、壬子月、癸丑月,則水更盛。乙亥月,甲子月,乙丑月,則木得水生而亦強。丁亥月、丙子月、丁丑月,則火被水克而不健。己亥月、戊子月、己丑月,則土因水泛而無力。辛亥月、庚子月、辛丑月,則金受水洩亦疲弱。(五)四立前各十八天土旺。戊辰月、己未月、戊戌月、己丑月,則土更甚。庚辰月、辛未月、庚戌月、辛丑月,則金得土生而亦強。壬辰月、癸未月、壬戌月、癸丑月,則水被土克而不健。甲辰月、乙未月、甲戌月、乙丑月,則木為土折而無力。丙辰月、丁未月、丙戌月、丁丑月,則火受土洩亦疲弱。

第四、冬天は水旺す。癸亥月・壬子月・癸丑月は、天干もまた水なり。水はさらに盛んなり。乙亥月・甲子月・乙丑月は、天干は木なり。木は旺水の相生を得て強し。丁亥月・丙子月・丁丑月は、天干は火なり。火は旺水に克せられて健ならず。己亥月・戊子月・己丑月は、天干は土なり。土は水勢の泛濫に遇いて力なし――土はもと水を克すも、水は一たび旺なれば、土はかえって冲散せらる。辛亥月・庚子月・辛丑月は、天干は金なり。金は旺水に盗泄せられて、また疲弱す。第五、立春・立夏・立秋・立冬の前は各々十八天は土旺す。戊辰月・己未月・戊戌月・己丑月は、天干もまた土なり。土はさらに甚だし。庚辰月・辛未月・庚戌月・辛丑月は、天干は金なり。金は旺土の相生を得て強し。壬辰月・癸未月・壬戌月・癸丑月は、天干は水なり。水は旺土に克せられて健ならず。甲辰月・乙未月・甲戌月・乙丑月は、天干は木なり。木は旺土にその勢を折られて力なし。丙辰月・丁未月・丙戌月・丁丑月は、天干は火なり。火は旺土に盗泄せられて、また疲弱す。この五節を合わせて看れば、ただ一条の通則あるのみ。当令するはさらに旺に、当令する者の生ずる所もまた強し。当令する者に克せられるは健ならず、去りて当令する者を克するはかえってその挫を受け、当令する者の気を泄するは疲弱す。

六親篇

何為六親。六親者,父、母、兄、弟、妻、子是也。六親之更定。舊論父子殊多謬誤(詳見命理約言),特更定六親看法如後。(一)父:男女命皆以生我之印為父。(二)母:同父。(三)夫:克我之官殺為夫。(四)妻:所克之財為妻。(五)兄弟:男女命,皆以同我之比劫為兄弟。(六)子:男女命,皆以我生之傷官食神為子。父母妻子之官位。(一)月為父母。(二)日支為妻(女命為夫)。(三)時為子息。

なにを六親と叫ぶや。六親とはすなわち父・母・兄・弟・妻・子なり。六親の取法に關して、舊説は父と子とを論ずるに多く謬誤あり(詳しくは清人陳素庵の《命理約言》に見る)。ゆえに特に重新に厘定して下に如くす。第一、父。男命女命を論ぜず、みな我を生ずる印綬を以て父と為す。第二、母。父と同じく看る。また印綬を取る。第三、夫。我を克する官殺を以て夫と為す。第四、妻。我の克する所の財星を以て妻と為す。第五、兄弟。男命女命を論ぜず、みな我と同類の比肩劫財を以て兄弟と為す。第六、子。男命女命を論ぜず、みな我の生ずる所の傷官食神を以て子と為す。これは舊法の「財を以て父と為し、印を以て母と為し、官殺を以て子と為す」と同じからず。韋氏は一概に生克の次第に按じて断と為し、父母は同じく我を生ずるの印に属し、子女は同じく我の生ずる食傷に属す。取義は比較的整齊なり。この外にまた宮位の一路あり(底本の「父母妻子之官位」の「官」は「宮」とすべし)。第一、月柱は父母の位。第二、日支は妻位、女命はすなわち夫位と為す。第三、時柱は子息の位。六親を看る時は、類神と宮位との両路を合わせて參看するを要す。

六親の分論

(一)妻。妻之吉。用神即是財神,妻美而且富貴。用神與財神不相悖背,妻亦美好。財旺身強者,富貴多妻妾。官星弱,遇食傷,又有財,妻賢而不克。劫刃旺而財輕,有食傷,妻賢不克。

まず妻を説く。妻の吉象。命中の用神は恰好すなわち財星なれば、妻子はすでに美貌にしてまたよく富貴を帯び来たる――財はもと妻の類神で、用神またここに落つ。妻は自然に我に益あり。用神と財星とは一物に非ざるといえども、両者はしかるに相違背せず。妻もまた美好なり。財旺にして身もまた強きは、富貴にしてしかも妻妾多し。身強にしてよく財に任じ、財多ければ姬妾もまた多し。官星はもと弱く、柱中また食傷あるて官を克すに、幸いに別に財星ありて中間に通關す。食傷は財を生じ財はさらに官を生ず。かくのごときは妻賢にして克を受けず。比劫・羊刃旺にして財星輕きは、もと群劫の財を奪い妻に於て不利の象なれど、もし食傷ありて中間に引化し、比劫の気を把りて転じて財の上に生ぜしめば、妻もまた賢良にして克を受けず。

日支為財,財為用神,必得妻財妻力。財神薄,有助財之字,或財旺身弱,有比劫,或財神傷印,有官星,或財薄官多,有傷官,皆主妻賢。身強殺淺,財星滋殺,或官輕傷重,財星化傷,或印綬重疊,財星得氣,皆主妻賢,而富。或得妻財致富,劫比多,財藏庫內(如甲日多乙,己財藏於丑內)。妻亦賢而不克。財星深藏,有沖動引助(如庚日乙財,藏於辰內,有戌沖開,及干上丁火護乙,或癸水生乙),亦主妻賢。

日支まさに財星にして、而して財また全局の用神なれば、かくのごときは必ず妻家の財・妻室の力を得――日支はもと妻宮。宮と神と兩美なり。財星單薄にして柱中に財を生助するの字あれば、あるいは財旺身弱にして比劫の身を助け財を分かつあるは、あるいは財星もと行かんとして印を傷らんとするに幸に官星ありて通關し、財は官を生じ官は印を生じて財は便ちさらに印を壞らざるは、あるいは財薄くして官多く泄財太甚なるに幸に傷官ありて財を生ずるは、この幾種はみな妻の賢を主す。身強にして七殺淺きは、財星は去りて七殺を滋養す。あるいは官輕くして傷官重きは、財星は傷官の氣を把りて引化して財の上に至る。あるいは印綬重疊壅塞にして、而して財星は氣を得てよく印を損ずるは、この幾種はみな妻の賢くして且つ富を主し、あるいは妻家の財に靠りて富に致る。比肩劫財多きといえども、而して財星は庫中に深藏せば(例えば甲木日主は柱中に乙木劫財多く、己土は甲の正財にして丑の庫裡に蔵す)、群劫はそれを奪うに著かず。妻もまた賢良にして克を受けず。財星は蔵するに甚だ深し。しかるにそれを冲動しそれを引發するの字あれば(例えば庚金日主は乙木を以て正財と為し、乙は辰中に蔵し、戌ありて辰庫を冲開し、天干また丁火ありて乙木を護住し、あるいは癸水ありて乙木を生ず)、また妻の賢を主す。

妻之不吉。財神洩氣太重,妻不得力。身旺無財,妻難偕老。財神輕而無官,比劫多,克妻。財神重,而身弱,無比劫,克妻。官殺旺而用印,見財星,主妻陋而克。官殺輕而身旺,見財星,遇比劫,主妻美而克。劫刃重財星輕,有食傷,逢梟印,主妻遭凶死。日支不利於用神,妻不得力。

妻の不吉の象。財星は泄氣太重して、財は一味に官殺を生じて回頭せざれば、妻は得力せず。身旺にして柱中に財なければ、妻は白頭偕老するを難しとす。財星輕くしてまた官星の比劫を制するなく、比劫はしかるに多ければ、妻を克すを主す。財星重くして身弱にして、また比劫の身を助け財を分かつなくば、また妻を克すを主す――この份の財を擔い動かす能わざればなり。官殺旺にして印に靠りて化せんことを要す。この時もし財星を見れば、財は一たび印を壞れば、我は便ち依靠を失う。妻は貌丑くして且つ克を主す。官殺輕くして身旺なれば、財星を見るはもと官を生じ得べきに、偏にまた比劫の来て奪うに遇う。妻は美なるといえどもなお克せんことを主す。比劫羊刃重くして財星輕く、もと食傷の引化に賴るに、偏にまた梟印の食を奪うに逢い、引化の路は斷絶す。妻の凶死に遭うを主す。日支のこの一位は用神に利なからざれば、妻は得力せず――妻宮はすでに忌神の居る所なれば、妻は自然に我が助と為り難し。

日支被沖,妻室喪亡。財星微,官殺旺,無食傷,有印綬,主妻有弱病。劫刃旺而無財,有食傷,妻賢必克,妻陋不傷。日主喜財,財被合化者,主妻有外情。殺重身輕,財星生殺,或官多用印,財星壞印,或傷官佩印,財星得局,皆主妻不賢而陋,或因妻招禍傷身。

日支は別の地支に冲せられれば、妻室は多く喪亡の事あり。妻宮の動搖するの故なり。財星微弱にして官殺旺なれば、財力は盡く官殺に泄し去られ、柱中又た食傷の財を生ずるなく、ただ印綬あるのみ――印はまたただ官殺を泄して身を生ずるを顧みて財を管せず――妻子の体弱くして病多きを主す。比劫羊刃旺にして柱中に財なく、ただ食傷あれば、すなわち妻は賢良なればかえって必ず克を受け、妻は醜陋なればしかるに傷に至らず。旺劫は奪うべき財なく、首としてその冲に當るはまさに賢妻なり。日主はもと財を喜ぶに、財星はしかるに別の字に合住せられ化し去られれば、妻に外遇の情あるを主す。喜ぶ所の財はすでに他人に歸せればなり。七殺重くして身輕ければ、財星はまた去りて殺を生ず。あるいは官多くして印を用いて化することを須うるに、財星は偏に去りて印を壞る。あるいは傷官格は印を佩びて用と為すに、財星はしかるに一局を會成して去りて印を傷らんとす。この幾種はみな妻は賢ならずまた貌丑きを主し、甚だしきは妻に因りて禍を招きて己の身に傷るに及ぶ。

(二)夫。夫之榮枯。官星太旺,以傷官救之,傷官之力有餘則夫榮,不足則夫枯。官星太微,以財救之,財力有餘則夫榮,不足則夫枯。傷官旺而無財官,以印救之,印力有餘則夫榮,不足則夫枯。官星太旺,無比劫,以印救之,印力有餘則夫榮,不足則夫枯。官星太弱有傷官,以財救之,財力有餘則夫榮,不足則夫枯。滿盤比劫,而無印無官者,以傷食救之,傷食之力有餘則夫榮,不足則夫枯。

次いで夫を説く。夫の榮枯を看るに一副の通用の眼光あり。まず官殺のこの顆の夫星は病み何れの處に在るかを看、さらにそれを救うあの字の力量は足るか足らざるかを看る――救神は余りあればすなわち夫榮顯し、救神足らざればすなわち夫枯槁す。官星太旺なれば、すなわち傷官を用いて去りてそれを制す。傷官の力は余りあればすなわち夫榮、足らざればすなわち夫枯。官星太微弱なれば、すなわち財を用いて去りてそれを生ず。財力余りあればすなわち夫榮、足らざればすなわち夫枯。傷官旺にして柱中に財なく官なければ、秀氣は泄して歸なし。すなわち印を用いて去りて傷官を制す。印力余りあればすなわち夫榮、足らざればすなわち夫枯。官星太旺にして柱中に比劫の分擔なければ、すなわち印を用いて去りて官を化して身を生ず。印力余りあればすなわち夫榮、足らざればすなわち夫枯。官星太弱にして柱中に偏に傷官ありて来て克せば、すなわち財を用いて中間に通關す。財力余りあればすなわち夫榮、足らざればすなわち夫枯。滿盤みな比劫にして、すでに印なくまた官なければ、すなわち食傷を用いて去りてそれを泄す。食傷の力は余りあればすなわち夫榮、足らざればすなわち夫枯。

滿局印綬,而無官無傷者,以財救之,財力有餘則夫榮,不足則夫枯。傷官旺,日主衰,以印救之,印力有餘則夫榮,不足則夫枯。日主旺,傷食多,以財救之,財力有餘則夫榮,不足則夫枯。官星輕,印綬重,亦以財救之,財力有餘則夫榮,不足則夫枯。官有殺混,以食神救之,食神之力有餘則夫榮,不足則夫枯。日支利於用神則夫榮,不利於用神則夫枯。

滿局みな印綬にして、すでに官星なくまた傷官なければ、すなわち財を用いて去りて印を損ず。財力余りあればすなわち夫榮、足らざればすなわち夫枯。傷官旺にして日主衰なれば、すなわち印を用いて一面は傷を制し一面は身を扶く。印力余りあればすなわち夫榮、足らざればすなわち夫枯。日主旺にして食傷多ければ、すなわち財を用いて去りて食傷を引化す。財力余りあればすなわち夫榮、足らざればすなわち夫枯。官星輕くして印綬重ければ、官氣は盡く印に泄し去られ、同じく財を用いて去りて印を損ず。財力余りあればすなわち夫榮、足らざればすなわち夫枯。正官の中に七殺を混進せば、すなわち食神を用いて去りて殺を制し官を留む。食神の力は余りあればすなわち夫榮、足らざればすなわち夫枯。末の一条は類神を論ぜずして宮位を論ず。日支はすでに夫宮なれば、日支は用神に利あればすなわち夫榮、用神に利なからざればすなわち夫枯。以上の十二条は其實ただ一個の道理のみ。女命は官殺を以て夫星と為し、夫星に病あればすなわち救神に求む。救神の分量は便ち丈夫の分量なり。

夫之刑剋。官星微,無財星,日主強,傷官重,必剋夫。官星微,無財星,日主旺,印綬重,必剋夫。比劫旺,而無官,必剋夫。印旺無財,必剋夫。官星旺,印綬輕,必剋夫。比劫旺,無官星,有傷官,印綬重,必剋夫。食神多,官星微,有印綬,遇財星,必剋夫。日支為官逢沖,夫難偕老。

夫の刑克の象は合わせて八条。官星微弱にして柱中に財なくしてそれを生ぜず、日主また強く傷官また重く、傷官は徑直に夫星を克せば、必ず夫を克す。官星微弱にして財なく、日主旺にして印綬重く、官氣は盡く印に泄さるれば、また必ず夫を克す。比劫旺にして柱中に官星の管束なければ、我強くして夫位なし。必ず夫を克す。印旺にして財の印を損ずるなく、印重ければすなわち官を泄す。必ず夫を克す。官星旺なるといえども印綬輕ければ、官は化する所なくして徑直に来て身を克し、兩下に冲撞す。また必ず夫を克す。比劫旺にして官星なく、また傷官・印綬重重あれば、夫星はすでに位なくまた傷を受く。必ず夫を克す。食神多くして官星微なれば、柱中に印綬ありて食神を制すべきといえども、偏にまた財星の来て印を壞るに遇い、食を制するの力は空に落つ。必ず夫を克す。末の一条は宮位を論ず。日支はすでに夫位なれば、この一位の上の官星また冲に逢う。夫は偕老するを難しとす。

(三)父母。父母之吉。年月官印相生,日時財傷不犯,必上叨廕庇。年官月印,月官年印,祖上清高。年財月印,日主喜印,時日逢官者,知其幫父興家。年傷月印,日主喜印,時日逢官者,知其父母創業。年官月印,日主喜官,時日逢財,出身富貴,守成之造。財官印綬,在於月上,為日主之喜,父母不富亦貴。印不論偏正,但不遭沖剋,則父母俱全。印之扶抑合宜,則父母雙壽。印帶貴氣(如印受官生,或印兼貴人,或印為用神)父母榮顯。

さらに父母を説く。父母の吉象。年柱と月柱との間は官星と印綬と相生し、而して日柱・時柱の財星傷官また來りてこの一對を侵犯せず――財は印を壞り傷は官を克す――必ず上代の蔭庇を承受す。年柱は官、月柱は印、あるいは月柱は官、年柱は印、みな祖上の清高を主す。年柱に財を見、月柱に印を見、日主はもと印を喜び、日時また官星に逢う。財は印を壞る能うといえども、官ありて中間に通關し、かえって財は官を生じ官は印を生ずと成る。知るべしこの人はよく父を幇助して家業を振興せん。年柱に傷官を見、月柱に印を見、日主は印を喜び、日時また官星に逢う。知るべし父母は白手に創業の一輩なり。年柱は官、月柱は印、日主は官を喜び、日時また財に逢いて來て官を生ず。出身の富貴を主し、これ守成の造なり。財・官・印綬は月柱の上に落ちてまさに日主の喜ぶ所なれば、父母は富まずとも貴し。印は偏印正印を論ぜず、ただ冲克に遭わざれば、父母雙全す。印星は扶くべきは扶を得、抑ぐべきは抑を得て、配合停當なれば、父母みな高壽を享く。印の貴氣を帶ぶる――例えば印は官星の生ずる所を受け、あるいは印の上にまた天乙貴人に坐し、あるいは印本身すなわち用神なり――父母榮顯す。

父母之不吉。日主喜官,月上傷官。日主喜財,月上劫財。日主喜印,月上逢財。日主喜比劫,月上逢官殺。日主喜殺,月上食神。日主喜傷食,月上逢印。(以上皆主父母不得力)印遭沖剋,父母不全。印破用神,父母多累。印衰多財,父母早喪。財官印綬,在於月上,為日主之忌,父母不貧亦賤。印重身輕,亦主不得父母之力,且重子肩之累。印重而官殺又多,父母亦不得力。

父母の不吉の象。日主は官星を喜ぶに、月柱は偏に傷官なり。傷官は官を克す。日主は財を喜ぶに、月柱は偏に劫財なり。劫財は財を奪う。日主は印を喜ぶに、月柱は偏に財に逢う。財はよく印を壞る。日主は比劫を喜ぶに、月柱は偏に官殺に逢う。官殺は劫を制す。日主は七殺を喜ぶに、月柱は偏に食神なり。食神は殺を制す。日主は食傷を喜ぶに、月柱は偏に印に逢う。印はよく食傷を制す。作者夾注に曰く、以上の六種はみな父母の得力せざるを主すと。道理はみな月柱まさに父母の宮なり、而してこの一柱の坐する所は偏偏として全局の忌神なるがゆえに。印星は冲克に遭えば、父母は雙全する能わず。印星は用神を破壞せば、父母は多く拖累と成る。印衰にして柱中に財多ければ、財は衰印を壞り、父母早亡す。財・官・印綬は月柱の上に落ちてまさに日主の忌む所なれば、父母は貧せずとも賤し。印重くして身かえって輕ければ、また父母の力を得ざるを主し、さらに多く一重の子女の負累を擔う(底本の「重子肩之累」の「子肩」はまさに「仔肩」とすべし。すなわち負擔)。印重くして官殺また多ければ、官殺は轉じて來て印を生じ、印いよいよ重し。父母同じく得力せず。

(四)子女。子女之吉。日主旺,無印綬,有食傷,子必多。日主旺,印綬重,食傷輕,有財星,子多而賢。日主旺,無印綬,食傷伏,有官殺,子必多。日主旺,比劫多,無印綬,食傷伏,子必多。日主旺,傷官旺,無財印,子多而強。日主旺,傷官輕,有印受,財得局,子多而富。傷食扶助用神,子必佳。日主弱,食傷重,有印綬,無財星,必有子。日主弱,無官星,有傷食,必有子。食傷不遭沖剋,必有子。食傷喜扶而得扶,喜仰而得抑,則多子。命中用神即食傷,子多而得力。用神居時,子息繁衍。或得子息之力。

さらに子女を説く。子女は食傷を以て類神と為し時柱を以て宮位と為す。子女の吉象。日主旺にして印綬の來て食傷を克するなく、柱中また食傷あれば、子必ず多し。日主旺・印綬重くして食傷輕く、幸に財星ありて印を損じ食を護れば、子多くして賢し。日主旺・印綬なく、食傷はただ地支に伏藏するのみといえども、また官殺ありて來て身を制すれば、子必ず多し。日主旺・比劫多く・印綬なく、食傷伏藏せば、子もまた必ず多し。比劫はなお轉じて食傷を生じ得。日主旺にして傷官もまた旺なり、柱中に財なくして去りてそれを泄し、印なくして去りてそれを克せば、子多くして強健なり。日主旺にして傷官輕く、印ありて制を受け財また局を得れば、財はよく印を損じて傷官を護住す。子多くして富なり(底本の「有印受」の下は疑わしく脱字あらん)。食傷はよく用神を扶助するは、子必ず佳し。日主弱くして食傷重きに、印綬ありて泄氣を止住し、また財星の來て印を壞るなくば、必ず子あり。日主弱くして官星の我を克するなく、柱中に食傷あれば、必ず子あり。食傷は冲克に遭わざれば、必ず子あり。食傷は扶くべきは扶を得抑ぐべきは抑を得れば、すなわち子多し(底本の「喜仰而得抑」の「仰」は「抑」の訛り)。命中の用神まさに食傷なれば、子多くして且つ得力す。用神は恰好時柱に居れば、子息繁衍し、あるいは子女の力を得る能う。

子女之不吉。日主旺,印綬重,食傷輕,子必少。日主弱,印綬輕,食傷重,子必少。日主弱,食傷輕,無比劫,有官星,子必無。日主弱,食傷旺,有印綬,遇財星,雖有若無。日主旺,有印綬,無財星,子必少。日主旺,印綬重,無財星,必無子。日主弱,官殺旺,必無子。日主弱,食傷旺,無印綬,必無子。火炎土燥,無子。

子女の不吉の象。日主旺・印綬重くして食傷輕ければ、印は食傷を克し盡し、子必ず少し。日主弱・印綬輕くして食傷重ければ、身を泄すること太過にして救うべき印なし。子もまた必ず少し。日主弱・食傷輕く・また比劫の身を助くるなく、偏に官星ありて來て我を克すれば、子必ず無し。日主弱・食傷旺なり、印綬ありて泄を止むるといえども、しかるにまた財星の來て印を壞るに遇えば、すなわち子あるといえども無きに形同じ。日主旺・印綬ありて財星の印を損ずるなければ、子必ず少し。日主旺・印綬重くして財星なければ、必ず子無し。日主弱くして官殺旺なれば、身を克すること太甚なり。必ず子無し。日主弱・食傷旺にして印綬の身を護るなければ、盜泄は制なく、必ず子無し。四柱は火炎土燥にして、氣偏にして生意なし。子無し。

水泛木浮,無子。金寒水冷,無子。重疊印綬,無子。財官太旺,無子。滿局食傷,無子。食傷遭沖剋,無子。食傷受扶太過,無子。食傷受抑太過,無子。食傷破壞用神,少子,或子不得力。克破用神之字,居於時上,子不得力。

水勢泛濫にして木漂浮して定まらざれば、子無し。金寒水冷にして、一片肅殺にして溫暖の氣なし。子無し――この兩條は前の火炎土燥と連れて、説く所はみな五行偏枯して極處に至り、生機斷絶す。印綬重重疊疊にして、食傷を克し盡せば、子無し。財官太旺にして、日主は應付に疲れん。子無し。滿局みな食傷にして、泄すること太盡なれば、かえって子無し。食傷は冲克に遭えば、子無し。食傷は扶助を受くること太過なれば、子無し。食傷は壓抑を受くること太過なれば、子無し――太過と不及とは同じく成る無し。食傷は用神を破壞せば、子少し、あるいは子あるといえども得力せず。凡そ用神を克破するあの字は恰好時柱の上に落ちれば、子もまた得力せず。時柱はもと子息の宮で、宮中に忌神坐するの故なり。

(五)兄弟。兄弟之吉。殺旺無食,或殺重無印,得劫財合殺,必得兄弟之力。殺旺食輕,或印弱逢財,得比肩智敵殺,制財,亦主兄弟得力。財生殺黨,比劫幫身,大被可以同眠。日主雖衰,印旺月提,兄弟成群。財輕劫重,食傷化劫,可無斗粟尺布之謠。財輕遇劫,官星明顯,不作煮豆燃箕之誦。主衰有印,財星逢劫,反許棠棣之競秀。比劫非大過,亦非不及,兄弟必敬受。比劫為用神,尤得兄弟之力。

末に兄弟を説く。兄弟は比肩劫財を以て類神と為す。兄弟の吉象。七殺旺にして柱中に食神のそれを制するなく、あるいは七殺重くして印のそれを化するなく、幸に劫財と七殺と相合してそれを絆住することを得れば、必ず兄弟の力を得。七殺旺にして食神輕く、あるいは印弱にして財の來て印を壞るに遇うに、幸に比肩ありて出でて七殺を抵擋し財星を制住せば、また兄弟の得力を主す(底本の「比肩智敵殺」の「智」字は訛衍)。財は去りて殺を生じ、財と殺と結黨して身を攻むれば、全く比劫に賴りて身を助く。兄弟は便ち東漢の姜肱兄弟の被を共にして眠るがごときの友愛ならん。日主衰なるといえども印旺にしてまた月令に當れば、印は比劫を生じ、兄弟は群を成す。財輕くして劫重ければ、もと相爭わんとすれども、幸に食傷ありて比劫の氣を把りて財の上に引化せば、すなわち「一尺布尚可縫,一斗粟尚可舂」のごときの兄弟の產を爭うの譏謡を鬧し出さず。財輕くして劫に遇うに、幸に官星ありて顯明にしてよく劫を制せば、また曹植の《七步詩》の豆を煮て萁を燃ゆるの兄弟相殘あるに至らず。日主衰にして印あれば、財星はもと印を壞らんと欲するに、しかるに先に比劫に劫し去られ、かえって以て兄弟の棠棣の花の並び秀づるがごときを期望し得。比劫はすでに太過ならずまた不及ならざれば、兄弟の間は必然に互相敬愛す(底本の「敬受」はまさに「敬愛」とすべし)。比劫本身すなわち用神なるは、尤も兄弟の力を得。

兄弟之不吉。官輕傷重,比劫生傷,必遭兄弟之累。制殺太過,比劫助食,亦主兄弟多累。財輕劫重,印綬制傷,不免司馬之憂。殺重無印,主衰傷伏,鴿原能無興歡。身旺逢梟,劫重無官,獨自主持。梟比重逢,財輕釘伏,未免折翊之悲啼。比劫破壞用神,兄弟多累。比劫被用神所破,自己興而兄弟衰。比劫應扶而不得扶,或應抑而不得抑,兄弟非稀少,即枯澀。

兄弟の不吉の象。官星輕くして傷官重く、比劫また去りて傷官を生助せば、官星はいよいよ傷を受く。必ず兄弟の累に遭う。殺を制するもとすでに太過なるに、比劫また去りて食神を幇助して制することさらに過ぐれば、また兄弟多く累を主す。財輕くして劫重く、印綬は偏にまたあの比劫を引化し得るの傷官を制住せば、兄弟の財を爭うの憂は免れんこと能わず。七殺重くして印の化すべきなく、日主衰にして傷官また伏藏して殺を制する能わざれば、兄弟の間に歡聚言うべきあらんや(底本の「鴿原能無興歡」はまさに「鶺鴒原上,能無興歎」とすべし。《詩經・小雅・常棣》は鶺鴒の原に在るを以て兄弟の急難相顧に譬ゆ)。身旺にして梟神の食を奪うに逢い、比劫重くして官星の彈壓なければ、凡事はただ自家に主持して、兄弟に指望するに及ばず。梟神と比肩と重重に相逢えば、財星輕微にして潛伏して出でず。未だ折翼の悲あるを免れず(底本の「折翊」はすなわち「折翼」。手足の傷亡に喻ゆ)。比劫は用神を破壞せば、兄弟多く累。比劫はかえって用神に破られれば、すなわち自己興旺にして兄弟衰敗す。比劫は扶くべきにして扶け起こす能わず、あるいは抑ぐべきにして抑げ下る能わざれば、兄弟は稀少ならざれば、すなわち境遇枯澀なり。

女命篇

女命の看法

女命看法,與男命無大異。惟女重夫子二星,取用之道,能夫子、自身,三者兼顧最妙。否則寧願身主較弱,夫星與子星,切不可受挫。再次必須顧全夫星,更次必須顧全子星,總以夫子兩全者為上命。至少或夫或子,有一可靠。若全不可恃,則為下命決矣。

女命の看法は男命と大いに同じからざるなし。ただ女命は特に夫星と子星との両項を看重す――官殺は夫と為り食傷は子と為る。用神を取るの道理は、夫星・子星・自身の三者を一齊に顧みる能うは最も妙なり。倘若顧みて周全ならざれば、寧ろ日主自身をして弱きこと稍きに任せて、夫星と子星とは千萬にも挫折を受けしむべからず。さらに一歩を退けば、必ずまず夫星を保住することを須う。さらに一歩を退けば、また必ず子星を保住することを須う。総じて夫・子の兩全するを以て上等の命と為し、少なくとも夫と子との中に一頭は靠り得。倘若兩頭全く靠り得ざれば、すなわち断じて下等の命と為ること疑いなし。この一套の夫子を以て重きと為すの取用の法は、民國時の通行の觀念なり。讀者はその説を立つるの時代背景を知ればすなわち可なり。

女命の取用の大法

(一)日主強,傷食多,取財為用。(二)日主強,傷食多,無財,取印為用。(三)日主強,傷食多,無財,無印,取傷食為用。(四)日主強,官殺多,取傷食為用。(五)日主強,官殺多,無傷食,取財為用。(六)日主強,官殺多,無傷食,無財,以官殺為用。(七)日主強,財多,取官殺為用。(八)日主強,財多,無官殺,取傷食為用。

女命の用神を取るの通例は合わせて二十七条。まず條文を列し、後に逐条の解釋あり。第一、日主強くして食傷多きは、財を取りて用と為す。第二、日主強・食傷多くして柱中に財なきは、印を取りて用と為す。第三、日主強・食傷多く、すでに財なくまた印なきは、すなわち食傷本身を取りて用と為す。第四、日主強くして官殺多きは、食傷を取りて用と為す。第五、日主強・官殺多くして食傷なきは、財を取りて用と為す。第六、日主強・官殺多く、すでに食傷なくまた財なきは、すなわち官殺を以て用と為す。第七、日主強くして財多きは、官殺を取りて用と為す。第八、日主強・財多くして官殺なきは、食傷を取りて用と為す。見え出だすべし、凡そ日主強ければ、取用は總じて我を克し我を泄し我を耗すのこの三路の裡に挑む。三路ともに缺けば、初めて回頭して去りてあの令に當りて最多の一神を用う。

(九) 日主強,財多,無官殺,無傷食,取財為用。(十)日主強,印多,取財秋用。(十一)日主強,印多,無財,取官殺為用。(十二)日主強,印多,無財,無官殺,取傷食為用。(十三)日主強,比劫多,取官殺為用。(十四)日主強,比劫多,無官殺,取傷食為用。(十五)日主強,比劫多,無官殺,無傷食,取財為用。

第九、日主強・財多く、すでに官殺なくまた食傷なきは、すなわち財本身を取りて用と為す。第十、日主強くして印多きは、財を取りて用と為す(底本の「取財秋用」の「秋」は「為」の訛り)。第十一、日主強・印多くして財なきは、官殺を取りて用と為す。第十二、日主強・印多く、すでに財なくまた官殺なきは、食傷を取りて用と為す。第十三、日主強くして比劫多きは、官殺を取りて用と為す。第十四、日主強・比劫多くして官殺なきは、食傷を取りて用と為す。第十五、日主強・比劫多く、すでに官殺なくまた食傷なきは、財を取りて用と為す。この七条は前の八条と同一の機杼なり。身すでに強ければ、すなわち一個のそれを克しそれを泄しそれを耗し得るの字を見出だすを得。まず最直接の一路を取り、缺ければさらに退きてその次を求む。

(十六)日主弱,傷食多,取印為用。(十七)日主弱,傷食多,無印,取財為用。(十八)日主弱,傷食多,無印,無財,取比劫為用。(十九)日主弱,官殺多,取印為用。(二十)日主弱,官殺多,無印,取傷為用。(二十一)日主弱,官殺多,無印,無傷食,取比劫為用。(二十二)日主弱,財多,取比劫為用。

以下は日主弱の一路に轉ず。第十六、日主弱くして食傷多きは、印を取りて用と為す。第十七、日主弱・食傷多くして印なきは、財を取りて用と為す。第十八、日主弱・食傷多く、すでに印なくまた財なきは、比劫を取りて用と為す。第十九、日主弱くして官殺多きは、印を取りて用と為す。第二十、日主弱・官殺多くして印なきは、食傷を取りて用と為す(底本の「取傷為用」はまさに「取傷食為用」とすべし)。第二十一、日主弱・官殺多く、すでに印なくまた食傷なきは、比劫を取りて用と為す。第二十二、日主弱くして財多きは、比劫を取りて用と為す。日主すでに弱ければ、取用は便ち我を生じ我と同じのこの兩路の裡に挑む。間あるいは食傷・官殺を借りて去りて兩頭の輕重を調停す。

(二十三)日主弱,財多,無比劫,取官殺為用。(二十四)日主弱,財多,無比劫,無官殺,以印為用。(二十五)日主弱,印多,取財為用。(二十六)日主弱,印多,無財,取比劫為用。(二十七)日主弱,印多,無比劫,無財,取官殺為用。

第二十三、日主弱・財多くして比劫なきは、官殺を取りて用と為す。第二十四、日主弱・財多く、すでに比劫なくまた官殺なきは、印を以て用と為す。第二十五、日主弱くして印多きは、財を取りて用と為す。第二十六、日主弱・印多くして財なきは、比劫を取りて用と為す。第二十七、日主弱・印多く、すでに比劫なくまた財なきは、官殺を取りて用と為す。この幾條は男命の取用と略々出入りあり。男命は身弱印多なれば、もと財を用いて印を損ずれば便ち了る。女命はしかるになお財のよく官殺を生ずるのこの一層に顧みるを要し、ゆえに取捨の時は總じて夫星子星を一倂に計算の内に入る。下文の解釋は、まさに逐条にこの番の用心を説明するなり。

女命の取用の解釋

(一)日主強,傷食多,身主既健,子星亦美,取財為用。蓋賴財生官殺,則夫亦榮矣。(二)日主強,傷食多,無財,身主子星雖美,官殺直接受傷食之克。夫星有缺,取印為用。蓋賴印制傷食,以保官殺之夫星耳。(三)日主強,傷食多,無財,無印。隻身與子星之佳,官殺受傷食之克而無救,夫不可靠。取傷食為用,蓋唯有鞠養愛子,恃以終老耳。

以下は逐条の解釋。第一条、日主強くして食傷多し。身すでに健旺にして子星もまた美なり。缺くる所はただ夫星のみ。ゆえに財を取りて用と為す――財に靠りて去りて官殺を生ぜば、丈夫もまた榮顯せん。食傷は財を生じ財はさらに官を生じ、三者は一線に貫通す。第二条、日主強・食傷多くして財なし。身と子星とは美なるといえども、官殺はしかるに直接に食傷の克を受け、中間に財なくして通關せず。夫星に缺あり。ゆえに印を取りて用と為す――印に靠りて食傷を制住し、官殺のこの顆の夫星を把りて保ち下さん。第三条、日主強・食傷多く、すでに財なくまた印なし。ただ自身と子星とのなお佳なるのみ。官殺は食傷の克を受けて解救するに由なし。丈夫はすでに靠り難し。すなわち食傷を取りて用と為す――ただ愛子を鞠養して、子女に靠りて老いを終えん(「鞠養」はすなわち撫養の意)。

(四)日主強,官殺我,身主與夫星皆健。取傷食為用,蓋冀子星亦成立也。且官殺多而用傷食制之,亦幫夫之道耳。(五)日主強,官殺多,無傷食,僅身主與夫星之健,取財為用,蓋賴財幫夫耳。(六)日主強,官殺多,無傷食,無財,隻身主與夫星兩健,以官殺為用。蓋從夫管束,亦婦道之順也。

第四条、日主強くして官殺多し(底本の「官殺我」の「我」は「多」の訛り)。身と夫星とみな健旺なり。食傷を取りて用と為す。一來には子星もまたよく成立せんことを指望し、二來には官殺過多にして食傷を用いて去りて制すれば、制することその宜を得、まさにまた夫を助くるの道なり。第五条、日主強・官殺多くして食傷なし。ただ自身と夫星との兩健あるのみ。財を取りて用と為し、財に靠りて去りて官を生じ夫を助く。第六条、日主強・官殺多く、すでに食傷なくまた財なし。なお自身と夫星との兩健なり。すなわち官殺本身を以て用と為す――身強にして夫の管束に順從すれば、舊日に看ればまた婦道の順なり。この條は純に當時の倫理を以て説を立つ。讀者はその然らしむる所以を知ればすなわち可なり。

(七)日主強,財多,身主健,幫夫重,取官殺為用,則夫得財助,大有可造矣。(八)日主強,財多,無官殺,身主雖健,幫夫雖重,奈無夫星可助,則取傷食為用,夫既不可靠,唯恃乎子矣。(九)日主強,財多,無官殺,無傷食,如人之無子無夫可靠。幸有財,尚可度生,則不用財星,將歸諸誰耶。

第七条、日主強くして財多し。身すでに健旺にして、財また夫を助くるの物なり――財はよく官を生ず――ゆえに官殺を取りて用と為す。丈夫は財の資助を得て、大いに為す可し。第八条、日主強・財多くして官殺なし。身健なるといえども、夫を助くるの資は厚しといえども、无奈助くべき夫星なし。すなわち食傷を取りて用と為す。丈夫はすでに靠り難ければ、ただ子女に指望あるのみ。第九条、日主強・財多く、すでに官殺なくまた食傷なし。これすなわち譬えば一人の人に倚靠すべき夫なく子なきがごとし。所幸はなお財ありて、なお日を度る能う。この時もし財星を用いざれば、また帰してどれ一神の身上に至らんや。

(十)日主強,印多,身既健,復得父母旺氣,惟太強則趨剛,非婦道之宜。取財為用,蓋賴財制印,稍殺其盛,並以幫夫。或曰何勿用官殺拘身,殊不知有多印之洩官殺而生身,官殺豈能制身,如妻不受夫制,用財則尚能助夫也。(十一)日主強,印多,無財制印,身旺已極,取官殺為用。雖不能拘身,官殺究屬夫星,如健婦雖不受夫制,但終須嫁夫從夫也。

第十条、日主強くして印多し。身すでに健旺にして、また父母(印)の一重の旺氣を得。ただ太強なればすなわち剛硬に流れ、舊時に看れば婦道に合せず。ゆえに財を取りて用と為す――財に靠りて去りて印を制し、稍々その盛氣を一煞し、同時に財またよく夫を助く。ある人問う。何を以て官殺を用いて日主を約束せざるやと。須く知るべし、柱中に印多ければ、官殺の氣は先に印に泄し去られて轉じて來て身を生ぜん。官殺はどこにかなお制し得住る我あらん。これは譬えば妻子の丈夫の管束を受けざるがごとし。すなわち財を用うるに如かず。財は究竟はなお丈夫を助くる能うればなり。第十一条、日主強・印多くして財の印を制するなく、身旺は極點に到る。官殺を取りて用と為す。官殺はかくのごときの日主を約束する能わざるといえども、究竟は夫星なり。譬えば一個の強健の婦人は夫の制を受けざるといえども、終にまた夫に嫁ぎ夫に從う。

(十二)日主強,印多,無財,無官殺,身既太旺,夫又無靠,則唯子之是恃,故以傷食為用也。且是言得印生,而生傷食,輾轉相生,則靈秀之氣,亦可吐發矣。(十三)日主強,比劫多,無官殺,是旺而無制,且無夫星可恃,則用傷食以洩氣,併為子星宜矣。(十四)日主強,比劫多,無官殺,是旺而無制,且無夫星可恃,則用傷食以洩氣,併為子星宜矣。

第十二条、日主強・印多く、すでに財なくまた官殺なし。身すでに太旺にして、夫また靠なし。すなわちただ子女に倚仗するのみ。ゆえに食傷を取りて用と為す。しかも日主は印の相生を得て、さらに去りて食傷を生じ、輾轉相生して、一身の靈秀の氣もまた吐發し出づ(底本の「且是言得印生」の「是言」の二字は訛衍。まさに「且日主得印生」とすべし)。第十三条、日主強くして比劫多く官殺なし。旺にしてそれを制する物なく、また倚るべき夫星なし。すなわち食傷を用いてこの份の旺氣を泄す。いわんや食傷はまたまさに子星なり。一擧にして兩得す。第十四条は第十三条と文字全く同じ。これ底本の重出なり。按ずるに前の「大法」の第十三条はもと「比劫多,取官殺為用」と作し、第十四条は初めて「無官殺,取食傷為用」なり。抄寫の時に解釋を誤りて兩遍に錄せしなり。

(十五)日主強,比劫多,無傷食,無官殺,是旺而無洩克,且夫子不可靠,取財為用,蓋財分我力,亦可稍殺我勢,且賴以為養命之源也。(十六)日主弱,傷食多,取印為用。蓋印能制傷食,保官殺,幫弱主,所謂夫子、自身三合者,皆印之功也。(十七)日主弱,傷食多,無印,身既弱極,夫星亦危(官殺多傷食之克,無印之救),取財為用。蓋財能洩傷食而生官殺,夫子仍保兩全,仍自身較弱而已。

第十五条、日主強・比劫多く、すでに食傷なくまた官殺なし。旺にしてすでに發泄する處なくまた克制する物なく、夫と子との兩頭はみな靠り難し。財を取りて用と為す――財はよく我の力量を分かち去り、稍々我の勢頭を煞し、しかも命を養うの資源なり。第十六条、日主弱くして食傷多し。印を取りて用と為す。印はよく食傷を制住してその太過ならざらしめ、よく官殺のこの顆の夫星を保住し、またよく衰弱の日主を幇扶す。いわゆる夫・子・自身の三頭俱全は、全く印の功勞なり(底本の「三合者」はまさに「三全者」とすべし)。第十七条、日主弱・食傷多くして印なし。身すでに極處まで弱く、夫星もまた危險なり――作者自注。官殺は多く食傷の克を受け、また印の來て解救するなし――ゆえに財を取りて用と為す。財はよく食傷の氣を泄して轉じて官殺を生ず。夫と子とはなお兩全を保ち、ただ自身はなお偏に弱なるのみ。

(十八)日主弱,傷食多,無印,無財,夫危不可靠。子息亦艱(傷食多,身弱必無子),則唯保身為尚。故以比劫幫身為用也。(十九)日主弱,官殺多,夫重身輕,取印為用,蓋印能洩官殺而生我身,與夫得平勻之妙矣。(二十)日主弱,官殺多,無印夫太重,身太輕,取傷食為用。蓋賴以制官殺自身雖愈弱,夫子得兩平,亦計之善也。

第十八条、日主弱・食傷多く、すでに印なくまた財なし。夫星は危殆にして靠り難く、子息もまた艱難なり――作者自注。食傷は多きといえども、身弱は終に子無し――すなわちただ自身を保住するを以て要と為すほかなし。ゆえに比劫を用いて身を助くるを用と為す。第十九条、日主弱くして官殺多し。夫重くして身輕し。印を取りて用と為す。印は一面に官殺の氣を泄し、一面に我の身を生ず。我と夫と便ち平匀の妙を得。第二十条、日主弱・官殺多くして印なし。夫太重・身太輕なり。食傷を取りて用と為し、それに靠りて去りて官殺を制す。自身は泄氣に因りてさらに弱しといえども、夫と子との兩邊はしかるにその平を得。これもまた一條の好辦法なり――女命の忌む所は、夫星の太過にして自身はそれに配う能わざるに過ぎず。

(二十一)日主弱,官殺多,無印,無傷食,則既夫子兩不可靠(無傷食,則子星為不及;官殺重,則夫星為太過),唯強身是尚,故取比劫幫身為用也。(二十二)日主弱,財多,取比劫為用,蓋賴制財則保身,生傷食,則全子也。(二十三)日主弱,財多無比劫,則身弱子難(財多則傷食受盜洩,身弱則傷食欠生助,子自難矣),取官殺為用。蓋官殺洩財,既可稍殺財勢,亦全夫星之美也。

第二十一条、日主弱・官殺多く、すでに印なくまた食傷なし。夫・子の兩頭はみな靠り難し――作者自注。食傷なければ、子星はすなわち不及に属す。官殺太重なれば、夫星はすなわち太過に属す――ただ身を強くするを以て要と為すほかなし。ゆえに比劫を取りて身を助くるを用と為す。第二十二条、日主弱くして財多し。比劫を取りて用と為す。比劫は一面に財星を制住して以て自身を保住し、一面にまた轉じて食傷を生じて以て子星を保全す。第二十三条、日主弱・財多くして比劫なし。身弱にして子もまた艱難なり――作者自注。財多ければ食傷の氣は財に盜泄せられ、身弱なれば食傷また生助に缺く。子は自然に得難し――ゆえに官殺を取りて用と為す。官殺はよく財の氣を泄し、すでに稍々財勢を煞し得、また夫星の美を成全す。

(二十四)日主弱,財多無比劫,己身弱子艱,又無官殺,則夫星亦不可靠,其唯強身是尚,故取印生身為用也。(二十五)日主弱,印多,夫子身皆不足(主弱則身不足,印多,克傷食,則子不足,印多洩官殺,則夫不足),取財為用,蓋財能壞印生官殺,三者之病盡去矣。(二十六)日主弱,印多,夫子身皆不足,又無財之生官殺,並去印,則用比劫,幫身而生傷食,庶身與子得兩全也。(二十七)日主弱,印多,無比劫,無財,取官殺為用,蓋求夫星之成立也。

第二十四条、日主弱・財多くして比劫なし。自身すでに弱く子もまた艱難にして、また官殺なし。夫星もまた靠り難し。すなわちただ身を強くするを以て要と為すほかなし。ゆえに印を取りて來て身を生ずるを用と為す。第二十五条、日主弱くして印多し。夫・子・自身の三頭はみな足らず――作者自注。日主弱なればすなわち自身足らず。印多くして食傷を克せんとすれば、すなわち子星足らず。印多くしてまた官殺の氣を泄せば、すなわち夫星足らず――ゆえに財を取りて用と為す。財は一には印を壞る能く、二には官殺を生ずる能く、三處の毛病を一倂に去る。第二十六条、日主弱・印多く、夫子身の三頭はみな足らず、また財なくして來て官殺を生じ兼ねてその印を去るなくば、すなわち比劫を用いて、身を助け而して食傷を生ず。庶幾くば自身と子星と兩得して保全せん。第二十七条、日主弱・印多く、すでに比劫なくまた財なし。官殺を取りて用と為す。為す所は夫星の成立し得るを求むるなり。通篇の二十七條を歸結すればただ一句話のみ。女命の取用は、須く自身・夫星・子星の三者の間に一個の偏廢せざる安頓を求むべし。

富貴吉壽篇

富

財星生官,官星衛財。忌印而財能壞印。喜印而財能生官。傷食重,而財神流通。財神重而傷食有限。無財而暗成財局。財露而傷食亦露。身旺財旺,有傷食,或有官殺。身旺印旺,食傷輕,而財星得局。身旺官衰,印綬重,而財星當令。身旺劫旺,無財印,而有傷食。身弱財重,無官印,而有比劫。為用神而不遭克破,財助用神而有力。凡命局有如上述情形,皆主富也。

富を主すの命局に下列の諸象あり。財星は去りて官を生じ、官星は回頭して財を護り、財官は互相保全す。富にして守あり。命中は印を忌むに財は恰好よく印を壞る。まさに我の忌む所を去る。命中は印を喜ぶに財は恰好よく官を生じ官はさらに印を生ず。輾轉成全す。食傷重くして財星ありて下游に在りてこの股の氣を流通し去らしむ。財星重くして食傷有限にして、財を生ずること太過に至らず。四柱の天干に財を見ず、地支はしかるに暗中に財局を會成す。財星は天干に透露し、食傷もまた透露し、明明白白に財を生ず。身旺に財もまた旺にして、また食傷の通關ありあるいは官は官殺の財を衛るあり。身旺に印もまた旺にして、食傷は輕きといえども財星は一局を會成し、まさに印を損ず。身旺にして官衰・印綬また重く、幸に財星の令に當るを得。印を損じて官を生ず。身旺・比劫もまた旺にして、柱中に財なく印なく、しかるに食傷ありて旺氣を把りて財路に向かいて泄す。身弱にして財重く、柱中に官なく印なく、幸に比劫ありて身を助け財を分かつ。財は恰好これ用神にして克破に遭わず、あるいは財は用神に非ざるといえども、然而よく用神を幇助してしかも力あり(底本の「為用神而不遭克破」の句の上に「財」の一字を脱せり)。凡そ命局は上述の各種の情形に合せば、みな富を主す。

貴

官旺身旺,印綬衛官。忌比劫而官能去比劫。喜比劫,而官能生印。財神旺,而官星通達。官星旺,而財神有節。無官而暗成官局。官星藏,而財亦藏。身旺官弱,財能生財。官旺身弱,官能生印。印旺官衰,財能壞印。

貴を主すの命局に下列の諸象あり。官旺に身もまた旺にして、また印綬ありて官星を護住す――印はすでに官の克を化し、またよく傷官を擋住す。命中は比劫を忌むに官星は恰好よく比劫を去り得。命中は比劫を喜ぶに官星はよく印を生じ印はさらに身を生じ、轉じて一路の順流と成る。財星旺にして官星は通達して阻なし。財氣は盡く官に歸す。官星旺にして財星は節制ありて、官を生ずること太過に至らず。天干に官を見ず、地支はしかるに暗中に官局を會成す。官星は蔵して露せず、財星もまた蔵して露せず。暗中に相生して、かえって貴徵と成る。身旺にして官弱く、幸に財のよく官を生ずるあり(底本の「財能生財」の下一個の「財」は「官」とすべし)。官旺にして身弱く、幸に官の去りて印を生じ印のさらに身を生ずるあり。印旺にして官衰え、官氣は盡く印に泄し去られ、幸に財のよく印を壞るありて、官をしてさらに泄せられざらしむ。

印衰官旺,財星不現。劫重財輕,官能去劫。財星壞印,官能生印。印露官亦露,官為用神而遭克破。官助用神而有力。(以上所言之官,偏官正官並指)。用正官而無偏官混雜。用偏官而無正官混雜。偏官旺過於身,而有食神制住。凡命局有如上述情形,皆主貴也。

印衰にして官旺なれば、この時財星は出現せず、官氣は便ち專ら去りて印を生じて印と敵と為らず。比劫重くして財輕く、幸に官星の比劫を去り得るあり。財星はもと印を壞らんと欲するに、幸に官星ありて中間に在りて財氣を把りて轉じて印を生ずるの力と為す。印は天干に透し官もまた天干に透し、官は用神と為りて克破に遭わず(底本のこの句は「官為用神而遭克破」と作す。「不」の一字を脱せり。上下文例と合せず)。あるいは官は用神に非ざるといえども、然而よく用神を幇助してしかも力あり。作者自注。以上に説く所の「官」は、偏官正官を一倂に包括の内に入ると。正官を用いて偏官の來て混雜するなし。偏官を用いて正官の來て混雜するなし。偏官は旺じて日主に過ぎて、而して柱中に食神ありてそれを制住す。凡そ命局は上述の各種の情形に合せば、みな貴を主す。

吉

吉者,善也,利也。雖非富貴,一生少險惡風波,得穩就永之妙。論命斷吉,全以標本平均,用神安頓為主。茲舉例如下。身旺用神,有食之生財,或有官殺之衛財。身旺用官,有財之生官,或有印之衛官。身旺用殺,殺重有傷食之制,殺輕,有財之生。

いわゆる「吉」とは、すなわち善、すなわち利なり。かくのごときの命は富貴を見るに及ばざるといえども、しかるに一生は險惡の風波少なく、得る所は平穩長久の好處なり。命を論じて吉を断ずるは、全く本と標とが平衡するか否か、用神が安頓して妥帖なるか否かを看る。例を挙げて下に如くす。身旺にして財を用うるは、食神ありて旁に在りて財を生じ、あるいは官殺ありて旁に在りて財を衛る(底本の「身旺用神」はまさに「身旺用財」とすべし。下文の「有食之生財」「有官殺之衛財」を觀れば證すべし)。身旺にして官を用うるは、財ありて來て官を生じ、あるいは印ありて來て官を護る。身旺にして殺を用うる。殺はもし重ければ、須く食傷の去りて制するあれ。殺はもし輕ければ、須く財の去りて生ずるあれ――總じて日主と相稱するを要す。

身旺用傷食有財之流通。身旺用印,有官殺之助印。身弱用比劫,官星重,有印之生身洩官,財星重,有官之洩財生印。身弱用印,有官星生印,或比劫衛印。凡命局有如上述情形,皆主吉也。

身旺にして食傷を用うるは、財星ありて食傷の氣を把りて流通し去らしめば、秀氣は初めて歸宿あり。身旺にして印を用うるは、官殺ありて來て印星を幇助す。身弱にして比劫を用うる。もし官星重ければ、須く印ありて一面に身を生じ一面に官を泄すあれ。もし財星重ければ、須く官ありて一面に財を泄し一面に印を生ずるあれ――總じてあの我を壓制する一路に一個の出口を見出ださんことを要す。身弱にして印を用うるは、官星ありて來て印を生じ、あるいは比劫ありて來て印を護りて、財星の印を壞すを免れしむ。凡そ命局は上述の各種の情形に合せば、みな吉を主す。見るべし「吉」の關鍵はある一神の強弱に在らずして、毎一處の緊要の地方にみな救應あるに在り。

壽

五行停勻。四柱無沖無克。所合者皆閒神(無關緊要之字,曰閒神)。沖去者,皆忌神(妨害用神之字,或造成偏枯之字,皆曰忌神)。留存者,皆相神(幫助用神者,曰相神)。日主旺,而得氣(地支為日干之長生沐浴、冠帶、臨官等,謂之日主得氣)。但不趨於太過。

壽を主すの命局に下列の諸象あり。五行は分布停匀にして、どれ一路か特に偏枯するなし。四柱の間は冲なく克なく、氣脈安和なり。合住せられるはみな閒神なり――作者自注。關緊ならざるの字を閒神と叫ぶと。冲し去られるはみな忌神なり――作者自注。用神を妨害するの字、あるいは命局の偏枯を造成するの字は、みな忌神と叫ぶと。留存して下り來るはみな相神なり――作者自注。用神を幇助するの字を相神と叫ぶと。日主は旺にしてしかも氣を得――作者自注。地支は日干の長生・沐浴・冠帶・臨官などの位なれば、すなわち日主の氣を得と叫ぶと。ただしまたただ氣を得るのみにして、並びに太過に趨らず。過ぎるは猶及ばざるがごとく、太旺はかえって身を傷る。

身旺官弱而逢財。身旺財輕而遇食。身旺而食傷吐秀。身弱而印綬當權。月令無沖無破。行運皆與用神相神不悖。凡命局有如上述情形,皆主壽也。

身旺にして官弱く、恰好財の來て官を生ずるに逢う。身旺にして財輕く、恰好食神の來て財を生ずるに遇う。身旺にして食傷ありて秀氣を吐露すれば、旺氣に發泄する處あり。身弱にして印綬の權に當れば、弱身に依託する所有り。月令のこの一柱は冲なく破なく、全局の根本安穩なり。行運は一路にみな用神・相神と相違背せず。凡そ命局は上述の各種の情形に合せば、みな長壽を主す。總括すれば、壽の道理はただ一個の「和」字に在り。氣偏らず神戰わず根動かず運逆らわず。

貧賤凶夭篇

貧

傷輕財重。財輕官重。傷重,印輕,身弱。財重,劫輕,身弱。財輕喜食,傷而印旺。財輕劫重,食傷不現。財多喜劫,官星制劫。喜印而財星壞印。忌印而財星生官。喜財而財神被合。官殺旺而喜印,財星得局。財為忌神。用財而被沖破。凡命局有如上述情形,皆主貧也。

貧を主すの命局に下列の諸象あり。傷官輕くして財重ければ、財を生ずるの源はその耗する所に副うに足らず。財輕くして官重ければ、財はみな官に吸ひ去られん。傷官重く・印輕くして身弱なれば、身を泄すること太過にして救なし。財重く・比劫輕くして身弱なれば、この份の財を擔い起す能わず。財輕きはもと食傷の來て生ずるを喜ぶに、偏偏として印旺して食傷を克住す(底本の「財輕喜食,傷而印旺」は、まさに「財輕喜食傷,而印旺」と讀むべし)。財輕くして比劫重く、また食傷の來て引化するを見ず。財多きはもと比劫の身を助け財を分かつを喜ぶに、偏に官星ありて比劫を制住す。命中は印を喜ぶに財星は偏に來て印を壞る。命中は印を忌むに財星は偏に去りて官を生じ官はまた轉じて來て印を生ず。命中は財を喜ぶに財星は偏に別の字に合住せられん。官殺旺にして印の來て化するを喜ぶに、財星は偏にまた一局を會成して去りて印を壞さん。財本身すなわち忌神なり。財を以て用神と為すに財また冲克に遭う。凡そ命局は上述の各種の情形に合せば、みな貧を主す。

貧の區別

(一)財輕官衰,逢食傷而見印綬,貧而貴。(二)喜印,財星壞印,而得官星解救,貧而貴。(三)官殺旺而身弱,財星生助官殺,有印,則一格易得,亦貧而貴也。無印,則老於儒冠,乃清貧之格。(四)財多身難任,有幫身而不能取用,以不能從財,既貧且賤。(五)年月財星極美,而日地儘量沖之破之,乃先富後貧,或敗盡祖產,而致貧困。

貧にもまた分別あり。合わせて五種。第一、財輕くして官衰え、柱中は食傷の來て官を傷るに逢うといえども、しかるにまた印綬の食傷を制住するを見る。これ貧にしてなお貴し――官星は到底保ち住められたればなり。第二、命中は印を喜ぶに、財星はもと印を壞らんと欲すれども、幸に官星の中間に在りて解救するを得。財は官を生じ官は印を生ず。これもまた貧にして貴し。第三、官殺旺にして身弱く、財星また去りて官殺を生助す。柱中にもし印ありて來て殺を化し身を生ぜば、功名はなお手に到り易し。同じく貧にして貴なり。もし印なければ、すなわちただ儒生の方巾の下に老死するのみ。これ清貧の格なり。第四、財多くして身は擔い起こし得ず、柱中に身を助くるの物あるといえども取りて用神と為すに足らず、偏偏としてまた能く乾脆と從財と作りて論ずる能わず。すなわちすでに貧にして且つ賤し――兩頭ともに著落なし。第五、年月の兩柱の財星は極めて美なるに、日支時支はしかるに拼命して去りてこれを冲しこれを破る。これ先に富み後に敗るるか、あるいは祖産を敗し盡して貧困に陷る(底本の「日地」はまさに「日時」とすべし)。

賤

財者,思想齪齷,操行卑鄙之謂也。非階級低下之稱也。上級人未必無賤,下級人未必皆賤。所以賤之一字,如偽君子、假小人,最不易辯。亦衡命所最難看耳。官輕印重而身旺。官重印輕而身弱。官印兩平而日主休囚。官輕,劫重,無財。官殺重,無印。財輕,劫重,官藏。官旺喜印,財星壞印。官殺重,無印,食傷強制。官多忌財,財星得局。凡命局有如上述情形,皆主賤也。

いわゆる「賤」とは、説く所は心思齷齪・品行卑鄙にして、並びに社會地位の低下を指すに非ず(底本の首字「財」は「賤」の形訛)。上層人は未だ必ずしも賤なきあらず、下層人もまた未だ必ずしもみな賤ならず。ゆえに「賤」のこの一個の字は、すなわち僞君子・假小人のごとく最も辨認し易からず、また命造を衡量する時の最も看準し難きの一項なり。賤を主すの命局に下列の諸象あり。官輕くして印重く身また旺なれば、官氣は盡く印に泄されて我は畏懼する無し。官重くして印輕く身また弱なれば、制を受けて自ら振うに由なし。官と印と兩下均平にして日主は休囚して氣なし。官輕く・比劫重くして財の去りて官を生ずるなし。官殺重くして印の化すべきなし。財輕く・比劫重くして官星はただ地支に蔵して、出で頭して劫を制する能わず。官旺はもと印の來て化するを喜ぶに、財星は偏に去りて印を壞る。官殺重くして印なく、單に食傷に靠りて去りて硬制す。制して化せず、その氣は終に乖戾なり。官多きはもと財のさらに去りてそれを生ずるを忌むに、財星は偏にまた一局を會成す。凡そ命局は上述の各種の情形に合せば、みな賤を主す。

凶

凶者,逆也,咎也。貧苦而易遭刑傷破敗,多險惡風波,大抵偏枯無救之命局皆凶。財旺身弱無劫印。殺重身輕,無傷食,印綬。用官多傷而無財。官多身弱而無印。印劫並重而官輕,殺輕制重而無財。滿局比劫而無官殺。用食而多梟。忌殺而多財。喜財而多劫刃。滿局傷食而無印。喜印而多財。官輕而印重。喜官而殺混。外格既成而又破。凡命局有如上述情形,皆主凶也。

いわゆる「凶」とは、逆なり咎なり。貧苦にして刑傷破敗に遭い易く、一生は險惡の風波多し。大抵五行偏枯にして救なきの命局はみな凶なり。凶を主すの命局に下列の諸象あり。財旺身弱にして比劫なく印の來て幇扶するなし。七殺重くして身輕く、すでに食傷の去りて制するなくまた印綬の去りて化するなし。官を以て用と為すに柱中に傷官多く、また財の來て通關するなし。官多く身弱にして印の化すべきなし。印と比劫と並び重くして官星太輕ければ、管束し得住れず。七殺はもと輕くしてそれを制する食傷太重にして、また財の來て解救するなし。滿局みな比劫にして官殺の彈壓なし。食神を以て用と為すに柱中に梟神の食を奪う多し。命中は七殺を忌むに柱中に財多くして去りて殺を生ず。命中は財を喜ぶに柱中に比劫羊刃多くして來て奪う。滿局みな食傷にして印の泄を止むるなし。命中は印を喜ぶに柱中に財多くして印を壞る。官輕くして印重ければ、官氣は泄せられて乾淨なり。命中は正官を喜ぶに偏に七殺の來て混ずるあり。外格はもとすでに成立せるにまた破に遭う。凡そ命局は上述の各種の情形に合せば、みな凶を主す。

夭

印綬太旺,日主無著落。財殺太旺,日主無依倚。忌神與用神,雜而戰。喜沖而不沖。忌合而反合。忌沖而反沖。喜合而不合。日主失令,用神淺薄,而忌神深重。行運與用神相神無情,反與忌神結黨。身旺而克洩全無。重用印而財星壞印。身弱逢印,而重疊食傷。金寒水冷而土溼。火炎土燥而木枯。凡命局,有如上述情形,皆主夭也。

夭折を主すの命局に下列の諸象あり。印綬太旺にして、日主はかえって著落する處なし――我を生ずること太過なれば、我は便ち埋沒せられん。財と殺と太旺にして、日主は依倚する所なし。忌神と用神と雜處して互相爭戰し、命局は終日寧ならず。冲すべきは偏偏として冲動せず、冲し去るべきの忌神は留りて去らず。合を忌むは偏偏として合上り、用神は絆住せらる。冲を忌むは偏偏として冲す。用神は傷を受く。合すべきは偏偏として合成らず。救應は空に落つ。日主は時を失い令に當たらず、用神は淺薄にして忌神深重なり。行運は用神・相神と全然情なく、かえって忌神と結びて一黨を成す。身旺にして我を克し我を泄するの神一概になければ、旺氣は去るべき處なし。印を以て緊要の用と為すに財星は偏に來て印を壞る。身弱はもと印に靠るに、柱中にしかるに食傷重疊して、これを泄して已まず。金寒水冷にして土また濕なれば、一片陰凝にして陽氣なし。火炎土燥にして木また枯るれば、一片焦灼にして水の潤なし。凡そ命局は上述の各種の情形に合せば、みな夭を主す。以上の富・貴・吉・壽と貧・賤・凶・夭との八目は兩兩相對す。讀者は妨げず合わせて看よ。挙ぐる所は無非中和と偏枯・救有りと救無しとの分別なるのみ。

補充篇

上輯四卷述焉未詳,致從學諸君,或病簡短,或竟質疑。特作補充篇,以濟不逮。

上に輯めたるの四卷は、講ずるになお詳盡に足らず、以て我に從い問學するの諸位、あるいはそれの太簡略なるを嫌い、あるいは竟にこれに因りて疑問を生ず。ゆえに特にさらにこの一篇の《補充篇》を作りて、來りて前の講じて到らざる處を補わん。補う所はみな根本の處なり。天干と地支との性情、十二長生の生死の理、干と干との間の克合と化、支と支との間の冲合刑害、最後にさらに天月德・驛馬・貴人・文昌・旬空の諸種の神煞を附す。

天干

十干陰陽之異,不過陽剛陰柔,陽健陰順。陽不甚,受陰克;陰不甚,畏陽克。陰易於他從,陽難於他從。陽干氣旺,陰干質堅而已。而命家作為歌賦,比喻失倫。如稱,甲為棟樑,乙為蘿藤,丙為太陽,丁為燈燭,戊為城牆,己為田園,庚為頑鐵,辛為珠玉,壬為江河,癸為雨露,不可信也。

十天干は陰陽に分かつ。兩者の分別は過ぎず、陽は剛にして陰は柔、陽は健にして陰は順。陽干は大いに陰干の克を受けず、陰干はしかるに陽干の來て克するを怕る。陰干は容易に己を捨てて人に從い、陽干はしかるに人に從い難し。陽干は氣旺に勝れ、陰干は質堅に勝る――かくのごときのみ。しかるに命を講ずる人は編みて歌賦と成し、比喻するに倫類を成さず。例えば甲は棟樑・乙は藤蘿・丙は太陽・丁は燈燭・戊は城牆・己は田園・庚は頑鐵・辛は珠玉・壬は江河・癸は雨露と説く。これらの説法はみな信ずべからず。須く知るべし、十干はただ五行の陰陽の兩態にして、一たび具體の物象の上に坐實すれば、かえって生克の理を講じ死なしむ。

陽干主剛,威武不屈,而有惻隱之心,其處世不苟且。陰干主柔,見勢忘義,而有鄙吝之心,其處世多驕諂。大都趨利忘義之徒,皆陰氣之為戾。豪俠慷慨之人,皆陽氣之獨鍾。然陰陽停勻,不偏不倚,尤屬順正之命,自無損人利己之心也。

陽干は剛を主る。その人は威武に屈せずしかも惻隱の心を存し、處世は苟且なるを肯んぜず。陰干は柔を主る。その人は勢力を見れば便ち道義を忘掉し、心に鄙吝を存し、處世は多く驕慢あるいは諂媚す。大抵利に趨り義を忘るるの徒は、みな陰氣の偏戾の致す所。豪俠慷慨の人は、みな陽氣の獨鐘の成す所。不過これはただ一端に偏するに就いて説くのみ。もし陰陽停匀・不偏不倚なれば、それは初めて和順中正の命にして、自然に人を損じ己に利するの心思あらざらん。この節は干の陰陽を以て人品を論ず。これ舊時の人を相するの説なり。讀者は妨げず一種の氣質傾向の描述と看作し、執定するを要せず。

甲者乙之氣,乙者甲之質。在天為生氣而流行於萬物者,甲也。在地為萬物而承茲生氣者,乙也。又細分之,生氣之散佈者,甲之甲;而生氣之凝成者,甲之乙;萬物之所以有是枝葉者,乙而甲;而萬木之枝枝葉葉者,乙也乙也。方其為甲,而乙之氣已備,及其為乙,而甲之質乃堅。有是甲乙,而木之陰陽具矣。以木類推,餘者可知。

甲は乙の「氣」、乙は甲の「質」なり。天上に在りて生發の氣と作りて萬物に流行するは、甲なり。地上に在りて萬物と作りてこの股の生氣を承受するは、乙なり。さらに細分して下れば、生氣の散布して開けるは、甲中の甲。生氣の凝聚して形を成すは、甲中の乙。萬物のよく枝葉ある所以は、乙中の甲。而して萬木の上の一枝一葉の具體の形貌は、すなわち乙中の乙。それはなお甲の時に當りて、乙の氣はすでに具備す。等到乙と成れば、甲の質は初めて堅實と算す。甲と乙とのこの一對有りて、木の陰陽はすなわち完備す。木すでにこのごとく、其餘の四行はこの類に照りて推せば便ち知り得。この一節は《滴天髓》の五陽五陰を論ずるの意を承けて來りて、講ずる所は同一五行の内の氣と質との兩面なり。

甲者陽木也,木之生氣也;乙者陰木也,木這形質也;庚者陽金也,秋天肅殺之氣也;辛者陰金也,人間五金之質也。木之生氣,寄於木,而行於天,故逢秋天肅殺之氣,而銷克殆盡,而金鐵刀斧反不能傷。木之形質,遇金鐵刀斧而斬伐無餘,而肅殺之氣只可外掃落葉,而根柢愈固。此所以甲以庚為殺,以辛為官,而乙則反是也,庚官而辛殺也。

甲は陽木にして、すなわち木の生氣。乙は陰木にして、すなわち木の形質(底本の「木這形質」の「這」は「之」の訛り)。庚は陽金にして、すなわち秋天の肅殺の氣。辛は陰金にして、すなわち人間の金屬器物の質地。木の生氣は木の身上に寄托するといえども、しかるに天に流行するなれば、ゆえに一たび秋天の肅殺の氣に逢えば便ち消克し殆ど盡さる。しかるに金鐵刀斧はかえってそれを傷るに著かず。木の形質はすなわち相反す。金鐵刀斧に遇上れば便ち斬伐して余なし。而して肅殺の氣は至多もその葉を掃落すのみにして、根柢はかえっていよいよ牢固なり。これすなわち甲木の庚を以て七殺と為し辛を以て正官と為し、而して乙木は恰恰として相反じて庚を以て正官と為し辛を以て七殺と為すの緣故なり――ただ陰陽配對の名目なるのみならず、その中に實に氣と質と相感ずるの道理あり。

丙者陽火也,融和之氣也;丁者陰火也,薪傅之火也。秋天肅殺之氣,逢陽和而克去,而人間之金,不畏陽和,此庚以丙為煞,而辛以丙為官也。人間金鐵之質,逢薪傅之火而立化,而肅殺之氣,不畏薪傅之火,此所以辛以丁為煞,而庚以丁為官也。即此以推,而餘者之相剋可知矣。

丙は陽火にして、融和溫暖の氣。丁は陰火にして、薪柴傳燃の實火(「薪傅」はすなわち薪火相傳の火)。秋天の肅殺の氣は一たび陽和の氣に遇えば便ち消解せられ、而して人間の金屬器物はしかるに陽和を怕れず。これすなわち庚の丙を以て七殺と為し辛の丙を以て正官と為すの道理なり。反對に、人間の金鐵の質は一たび薪柴の火に遇えば便ち立刻に熔化し、而して肅殺の氣はしかるに薪火を怕れず。これすなわち辛の丁を以て七殺と為し庚の丁を以て正官と為すの道理なり。この思路に照りて推して下れば、其餘の各干の相克する所以然もまたみな明白し得。

地支

地支所藏,非僅一干。故生剋制化,其理多端,然以本氣為主。寅必先甲而後及丙,申必先庚而後及壬,餘支皆然。陽支性動而強,吉凶之驗恆速;陰支性靜而弱,福禍之應較遲。在局在運,均以此意消息之。

地支の裡に蔵するは一個の天干に止まらざれば、ゆえに生・克・制・化の頭緒は天干より繁多なり。ただ推究すれば、總じて「本氣」を以て主と為す。寅中はまず甲木を論じ、其次に初めて丙火に輪る。申中はまず庚金を論じ、其次に初めて壬水に輪る。其餘の各支はみなこのごとし。陽支の性情は動を好みて強く、吉凶の應驗は往往來ること快し。陰支の性情は安靜にして弱く、禍福の反應は便ち比較的遲緩なり。原局に在るも行運の上に在るも論ぜず、みなこの意思に照りて斟酌して推求す。

寅卯者又輿甲乙分陰陽天地,而言之者也。以甲乙而分陰陽,則甲為陽,乙為陰,木之行於天而為陰陽者也。以寅卯陰陽,則寅為陽,卯為陰,木之存乎地而為陰陽者也。以甲乙寅而統分陰陽,則甲乙為陽,寅卯為陰,木之在天成象,而在地成形者也。甲乙行乎天,而寅卯受之。寅卯存乎地,而甲乙施焉。

寅・卯と甲・乙とは、なお天地陰陽の角度より合わせて講じ得(底本の「又輿甲乙」の「輿」は「與」の訛り)。單に甲乙に就いて陰陽を分かてば、すなわち甲は陽・乙は陰。これ木の天上に行くの陰陽。單に寅卯に就いて陰陽を分かてば、すなわち寅は陽・卯は陰。これ木の地下に存するの陰陽。もし甲乙寅卯を一放きにして統べて陰陽を分かてば、すなわち甲乙は陽に屬し寅卯は陰に屬す。これすなわち《周易・繫辭》の説く所の「在天成象,在地成形」なり。甲乙は天に運行して寅卯はそれを承受し、寅卯は地に存在して甲乙はそれに施加す(底本の「以甲乙寅而統分陰陽」は「卯」の一字を脱せり)。

子午卯酉,秉氣最專;寅甲巳亥,容積最廣;辰戌丑未,收斂最宜。子午未屬陽因子中藏癸水,午中藏丁火,所謂體陽而有陰故作陰論。巳亥本屬陰、因巳中藏丙火,亥中藏壬水,所為體且則用陽,故作陽論。

子・午・卯・酉の四支の秉る所の氣は最も專一にして、各々一個の本氣の干を以て主と為す(子は癸を蔵し、午は丁己を蔵し、卯は乙を蔵し、酉は辛を蔵す)。これ四正の地なり。寅・申・巳・亥の四支の容納する成分は最も廣く、各々三干を蔵す。これ四生の地なり(底本の「寅甲巳亥」の「甲」は「申」の訛り)。辰・戌・丑・未の四支は最も收斂に宜しく、これ四庫の地なり。子・午はもとより陽に屬す。子中の蔵するは癸水、午中の蔵するは丁火、みな陰干なればなり。これを體は陽にして用は陰に在りと叫ぶ。ゆえに命を推す時は陰と作りて論ず(底本の「子午未屬陽」の「未」は「本」の訛り)。巳・亥はもとより陰に屬す。巳中は丙火を蔵し亥中は壬水を蔵し、みな陽干なればなり。これを體は陰にして用は陽に在りと叫ぶ。ゆえに陽と作りて論ず(底本の「所為體且則用陽」の數字は訛脱。まさに「所謂體陰而用陽」とすべし)。

陰陽生死

干動而不息,支靜而有常。以每干流地於十二支之月,而生旺墓絕繫焉。陽主聚,以進為進,故主順。陰主散,以退為進,故主逆。此長生沐浴等項,所以有陽順陰逆之殊也。四時之運,成功者去、等用者進,故每干流於十二支之月而生旺墓絕,又有一定。陽之所生,即陰這所死,彼此互換,自然之運也。

天干は流動して息まず、地支は安靜にして常度あり。毎一個の天干を把りて十二支の代表する十二個月の裡に放ちて流行せしめば、長生・帝旺・墓・絶のこの一套の次第はすなわちその中に係る(底本の「流地于」の「地」は「行」とすべし)。陽は聚合を主り、向前を以て進と為す。ゆえに順行す。陰は發散を主り、退後を以て進と為す。ゆえに逆行す。長生・沐浴のこの十二位の陽順陰逆の分別ある所以の道理は、すなわちここに在り。四時の運行は、功成するは退去し、當用なるは進來す(底本の「等用者進」の「等」は「待」とすべし)。ゆえに毎個の天干の十二個月の裡の生・旺・墓・絶もまた各々一定あり。陽干の長生の處は、まさに陰干の死絶の處。彼此對換す。これ自然の運數なり(底本の「陰這所死」の「這」は「之」の訛り)。

即以甲乙論,甲為木之陽,天之生氣流行萬木者,是故生於亥而死於午。乙為木之陰,木之枝枝葉葉受天生者,是故生於午而死於亥。木當亥月,正枝葉剝落,而內之生氣,已收藏飽足,可以為來春發洩之機,此其所以生於亥也。木當午月,正枝葉繁盛之候,而甲何以死?卻不知外雖繁盛,而內之生氣發洩已盡,此其所以死於午也。乙木反是,午月枝葉繁盛即為之生,亥月枝葉剝落即為之死。以質而論,自與氣殊也。以甲乙為例,餘可知矣。

すなわち甲乙を把りて説く。甲は木の陽、上天の萬木に流行するの生氣なれば、ゆえに亥に長生して午に死す。乙は木の陰、天の生する氣を承受するの一枝一葉なれば、ゆえに午に長生して亥に死す。木は亥月すなわち十月に到れば、まさに枝葉凋落の時候なれど、而して内裡の生氣はすでに收藏して飽滿す。まさに以て來年の春天の發泄の本錢と作すべし。これすなわち甲木の亥に長生するの緣故なり。木は午月すなわち五月に到れば、まさに枝葉最も繁盛の時候。甲木は何を以てかえってそれを死と説くや。須く知るべし、外表は繁盛なるといえども、内裡の生氣はしかるにすでに發泄して乾淨なり。これすなわち甲木の午に死するの緣故なり。乙木は恰恰として相反す。午月に枝葉繁盛なれば便ちそれを生と算し、亥月に枝葉凋落すれば便ちそれを死と算す。乙の論ずる所は形質なれば、自然に甲の論ずるの氣と同じからざればなり。甲乙を挙げて例と為せば、其餘の各干もまた以て類推し得。

支有十二月,故每干自長生至胎養,亦分十二位。氣之由盛而衰,衰而復盛,逐節細分,遂成十二。而長生沐浴等名,則假借形容之詞也。長生者,猶人之初生也;沐浴者,猶人既生之後,而沐浴以去垢也。如果核既為苗,則前之青殼,洗而去之矣。

地支に十二個月あれば、ゆえに毎個の天干は長生より一直に胎・養に到るまで、また十二位に分かつ。一種の氣は盛より衰に轉じ衰より復た盛に至り、節ごとに細分して下れば、恰好十二段と成る。「長生」「沐浴」のこれらの名目に至っては、みな人事を借りて形容するの説法なり。長生とは、譬えば人の剛く生れたるがごとし。沐浴とは、譬えば人の生れて後に垢污を洗去るがごとし。また譬えば果核はすでに幼苗と成りて、先前それを包みしあの層の青殼はすなわち洗い去るべきがごとし。ゆえに沐浴の一位はまた「敗地」と叫ぶ。取る所はまさに故を去りて新に就き、舊質まさに脱せんとして新形未だ固まらざるの意なり。

冠帶者,形氣漸長,猶人之年長而冠帶也;臨官者,由長而壯,猶人之可以出任出;帝旺者,壯盛之極,猶人之可以輔帝而大有為也;衰者,盛極而衰,物之初變也;病者,衰之甚也;死者;氣之必盡而無餘也;墓得,造化收藏,猶人之埋於土者也;絕者,前之氣已絕而後氣將續也;胎者,後之氣續而結聚成胎也;養者,如人養胎母腹也。自是而後,長生循環無端矣。帝旺盛極,盛極將衰,不若長生沐浴冠帶之方興未艾。絕,為衰極,衰極將盛,遠勝衰病死之全無生氣。

冠帶とは、形と氣と漸々長成して、譬えば人は長ぜん大して冠禮を行い衣帶を束るの年紀に到るがごとし。臨官とは、長より壯に由るがごとき。譬えば人は出でて事に任じ得(底本の「可以出任出」の末の一「出」字は衍)。帝旺とは、壯盛は極點に到る。譬えば人はよく帝王を輔佐して大いに作為あり。衰とは、盛極まりて衰ゆ。事物は轉變を開始す。病とは、衰るることさらに厲害なり。死とは、氣は必定竭盡して余なし。墓とは、造化はそれを收藏し起こし、譬えば人は土裡に埋め入るがごとし(底本の「墓得」の「得」は「者」の訛り)。絶とは、前の一段の氣はすでに斷絶して後の一段の氣はまさに接續せんとす。胎とは、後の一段の氣は接續して上りて結聚して胎と成る。養とは、譬えば胎兒の母腹の中に養を受くるがごとし。養よりさらに下れば、すなわちまた長生に回り、かくのごとく循環して盡頭なし。最後にさらに一層を辨明せんことを要す。帝旺は盛極なりといえども、盛極まれば便ち衰に轉ぜんとす。かえって長生・沐浴・冠帶のごときの方興して艾まざるに如かず。絶は衰るること極處に到るといえども、衰極まればしかるにまさに盛に轉ぜんとす。遙かに衰・病・死のごときの全く生氣なきに勝る。見るべし、十二位を看るはただ字面の吉凶を認めて、それの上昇の一段に處するか下降の一段に處するかを看るを要すのみ能わず。

干克

十干代表五行,分為兩金、兩木、兩水、兩火、兩土。金克木,故庚辛克甲乙;木克土,故甲乙克戊己;土克水,故戊己克壬癸;水克火,故壬癸克丙丁;火克金,故丙丁克庚辛。是以干之相剋,即代表五行之戰鬥也。

十個の天干は五行を代表し、每一行は各々兩位を占む。庚辛は金に屬し、甲乙は木に屬し、壬癸は水に屬し、丙丁は火に屬し、戊己は土に屬す。金は木を克す。ゆえに庚辛は甲乙を克す。木は土を克す。ゆえに甲乙は戊己を克す。土は水を克す。ゆえに戊己は壬癸を克す。水は火を克す。ゆえに壬癸は丙丁を克す。火は金を克す。ゆえに丙丁は庚辛を克す。見るべし、天干の間の相克は、すなわち五行の彼此の交戰の表現なり。天干は外に顯露す。この一層の戰鬪は最も看清し易し。ゆえに《補充篇》はまず干克より講じ起こす。

干克之影響。(一)如庚見甲,庚為主克,甲為受克。受克者敗盡無餘,主克者雖勝亦勞,所謂兩敗俱傷是也。(二)日干本身,逢克我或我克,不作兩敗俱傷論。蓋克我者為官,我克者為財。是我之財官,何為兩敗耶。(三)如庚年甲月相剋,既兩敗俱傷,似非局中之喜,然或庚或甲,若為局中喜神,相剋固凶,若為局中忌神,則因克而反和解凶也。

干克の帶來する影響に三條あり。第一、譬えば庚の甲を見れば、庚は主動して去りて克するなり、甲は克せらるるなり。克せらるるの一方は潰敗して余なく、克を主するの一方は勝つといえどもまた勞損す。これを兩敗俱傷と叫ぶ。第二、日干本身は我を克しあるいは我の克すの字に遇えば、兩敗俱傷と作りて論ぜず。我を克するは官星、我の克するは財星なればなり。この兩者はまさに我の財と官。怎んぞ兩敗と談じ得べけんや。言い換えれば、日干と他干との間の克は取用の關係にして、相鬥の關係に非ず。第三、譬えば年干の庚と月干の甲と相克すれば、兩下俱に傷く。看るに命局の喜ぶ所に非ざるがごとく似る。然れどもこの一庚一甲はもし局中の喜神なれば、相克は固然として凶なり。もし局中の忌神なれば、かえってこの一克に因りて凶を化解し掉す(底本の「反和解凶」はまさに「反得解凶」とすべし)。

干克之區別。(一)如年庚月甲,地位最為貼近,克為亦為最重。(二)如庚載申、甲載寅,或兩庚兩甲,勢均力敵,克力亦重。(三)如兩庚一甲,一甲已不敵一庚,逢兩庚更如摧枯拉朽,當非勁戰敵,戰克反輕。(四)如兩甲一庚,一甲不敵一庚,兩甲則其力較勁,而戰克反重。(五)如一庚一甲,甲為受克,然甲木得時或得勢,則庚難取勝,而甲未受創。務必兩弱庚而一強甲,方成戰局也。

干克の輕重にまた分別あり。合わせて十三條。第一、年干は庚・月干は甲のごとき。兩柱緊貼して地位最も近し。克の力量もまた最も重し(底本の「克為亦為最重」の頭の一個の「為」字は衍)。第二、庚は申の上に坐し甲は寅の上に坐すがごとき。各々根に通じて力あり。あるいは兩庚は兩甲に對して勢均力敵す。克の力量もまた重し。第三、兩庚の一甲に對するがごとき。一甲はもとより一庚に敵し過ぎず。兩庚に碰上ればさらに摧枯拉朽のごとし。根本として一場の硬仗と算し得ず。戰克の勢はかえって輕し。第四、兩甲の一庚に對するがごとき。一甲は一庚に敵し得ざるといえども、兩甲合すれば力量はすなわち較勁す。かえって戰うこと厲害なり。第五、一庚の一甲に對するがごとき。甲は受克の一方なりといえども、ただ甲木はもし時令を得あるいは勢力を得れば、庚はすなわち未だ必ずしも勝を取らず、甲もまた未だ傷を受けず――總じて雙方の力量相當せば、初めて真に一個の戰局を成す。

(六)如庚年甲巳,有月柱間隔,克力較輕。(七)如庚年甲時,有月柱日柱間隔,地位愈遠,克力愈輕。(八)如庚年壬月甲日,壬水洩庚金而生甲木,則庚與甲,有壬調解,似克而非克。(九)如庚年丙月甲日,庚甲本克,今逢丙火克庚,則庚甲不克,而轉為同仁庚相剋矣。(十)如庚年甲月壬時,雖壬水洩庚金而生甲木,但以壬水遠隔,庚甲地位接近,仍作克論。(十一)如庚年甲月丙時,丙在時,庚在年,地位遠隔,不能相剋。庚與甲則地位接近,故仍以庚金克木論也。

第六、庚は年干に在り甲は日干に在るがごとき(底本の「甲巳」の「巳」はまさに「日」とすべし)。中間に月柱を隔つれば、克力はすなわち輕しとする些し。第七、庚は年干に在り甲は時干に在るがごとき。中間に月柱と日柱とを隔つれば、地位いよいよ遠く克力いよいよ輕し。第八、年干庚・月干壬・日干甲のごとき。壬水は一面に庚金の氣を泄し一面に甲木を生ず。庚と甲との間に壬ありて中より調解す。看るに相克に似て其實克せず――これすなわちいわゆる通關なり。第九、年干庚・月干丙・日干甲のごとき。庚甲はもと相克す。いまや丙火は來て庚を克し、庚は自ら顧みる暇あらず。庚甲は便ち相克せず、轉じて丙と庚と相克と成る(底本の「轉為同仁庚相克」はまさに「轉為丙與庚相克」とすべし)。第十、年干庚・月干甲・時干壬のごとき。壬水は庚を泄し甲を生ずる能うといえども、无奈壬は遠く時上に在り、而して庚甲の兩柱は貼近す。なお舊に相克と作りて論ず。第十一、年干庚・月干甲・時干丙のごとき。丙は時に在り庚は年に在り、地位遠隔して庚を克するに著かず。庚と甲とはしかるに地位接近す。ゆえになお庚金の甲木を克すを以て論ず。

(十二)如庚年甲月戊日。若庚金最強,則作庚克甲,不成甲克戊矣。若甲木最強,則作甲克戊,不成庚克甲矣。若戊土最強,則只庚可克甲,而甲不可克戊。(十三)陽干克陽干,陰干克陰干,克力最重。陰干克陽干,次之。陽干往往不克陰干,作干合論。

第十二、年干庚・月干甲・日干戊のごとき。三字連なりて一串の克路を成す。もし庚金最強なれば、すなわち庚の甲を克すと作りて論ず。甲はすでに自ら顧みる暇あらず、便ち戊を克し動かす能わず。もし甲木最強なれば、すなわち甲の戊を克すと作りて論ず。庚もまた甲を壓し得ず。もし戊土最強なれば、すなわちただ庚の甲を克するこの一層あるのみ成立す。甲は戊を克し動かず。見るべし、一串の相克の中に、まず誰の力量か最も盛なるを看るを須う。克路は初めて定まり下るを得。第十三、陽干は陽干を克し陰干は陰干を克す。同性は相斥く。克力最も重し。陰干の陽干を克するは、次の一等。陽干の陰干に對するに至っては、往往にして克と作りて論ぜずして、干合と作りて論ず――陰陽相見ればすなわち相吸す。これすなわち下の「干合」に轉ず。

干合

庚見甲,二陽相竟而成克;辛見乙,二陰不足而成克。乙見庚,或庚見乙,則陰陽相見為合,如男女相見,而成夫婦之道焉。蓋基於易經所謂一陰一陽之謂道,偏陰偏陽之謂疾也。

庚の甲を見るは、兩個の陽干互相爭競して、是に於て克と成る(底本の「相竟」はすなわち「相競」)。辛の乙を見るは、兩個の陰干はみな足らざるを嫌う。また克と成る。乙の庚を見るあるいは庚の乙を見るに至っては、一陰一陽相見れば、すなわち「合」と成る。譬えば男女相遇して夫婦の道と成るがごとし。この道理は《周易・繫辭》の説く所の「一陰一陽之謂道」、および醫家の「偏陰偏陽之謂疾」の説法に本づく。陰陽相配すればすなわち和し、一端に偏すればすなわち病む。ゆえに同性は相克し異性は相合す。これ天干と天干との間の兩條の最根本の關係なり。

干合之影響。(一)如甲日見辛,辛為甲官。若透丙合辛,則辛非甲官矣。丙為甲食,然既作合,亦非甲食矣。故合者,並去而兩有所絆也。(二)日干本身之合不受合去影響。蓋六陽逢財,六陰逢官,俱是作合,和乙日逢庚,乙庚作合,庚為我官,是我合之,何為合去耶!(三)如丙年辛月作合。既丙辛兩有所絆,似非命局之喜。然或丙或辛,若為日干所喜,合去固凶,若為日干所忌,則合去反得解凶也。

干合の帶來する影響に三條あり。第一、譬えば甲日に辛を見れば、辛はもと甲の正官。もし柱中また丙を透し出でて來て辛を合住せば、辛は便ちさらに甲の官ならず。丙はもと甲の食神。すでに去りて辛と相合すれば、またさらに甲の食神ならず。ゆえに「合」の效果は兩個の字を一倂に作用を失わしめ、彼此絆住す。第二、日干本身の作す所の合は、「合去」の影響を受けず。六個の陽干の合する所はみな自家の財、六個の陰干の合する所はみな自家の官なればなり。例えば乙日は庚に逢えば、乙庚相合し、庚は我の正官、これ我去りてそれを合するなり。怎んで被合去と説かんや(底本の「和乙日逢庚」の「和」は「如」とすべし)。第三、譬えば年干の丙と月干の辛と相合すれば、兩下みな絆住せらる。看るに命局の喜ぶ所に非ざるがごとく似る。然れどもこの一丙一辛はもし日干の喜ぶ所なれば、合去するは自然に凶。もし日干の忌む所なれば、合去するはかえって凶を解し掉す。

干合之區別。(一)如甲年己月,甲己之地位緊貼,合力最重。(二)如甲在年上,己在時上,隔位太遠,合而不能合也,半合也,其為祝福,得十之二三而己。(三)如丙辛相合,若丙火得時得勢,縱為所絆,仍有六七分能力。辛金失時失勢,又被羈絆,力更輕微矣。(四)如兩辛一丙、兩丙一辛、兩丁一壬、兩壬一丁,猶二女一夫,一女二夫,難免爭妒,故為妒合。雖有合意,其情不專,為禍為福,得十分之五六而已。

干合の輕重にもまた分別あり。合わせて六條。第一、年干甲・月干己のごとき。兩柱緊貼せば、合力最も重し。第二、甲は年干に在り己は時干に在るがごとき。兩柱を隔つれば太遠し。合と説くといえども其實合して攏まらず。ただ半合と算す。それの禍と為すか福と為すかの分量は、過ぎず十分の二三のみ(底本の「其為祝福」の「祝」は「禍」とすべし)。第三、丙と辛と相合するがごとき。なお兩邊の旺衰を看るを要す。丙火はもし時を得勢を得れば、縱うす合絆せらるるも、なお六七分の能力を留得。辛金はもし時を失い勢を失い、また羈絆せられれば、力量はすなわちさらに微弱なり。第四、兩個の辛は一個の丙に配し、兩個の丙は一個の辛に配し、兩個の丁は一個の壬に配し、兩個の壬は一個の丁に配するがごとき。譬えば兩女の一夫を爭い、一女の二夫に配するがごとし。爭妒を免れんこと能わず。ゆえに「妒合」と叫ぶ。相合の意あるといえども、その情は專ならず。禍と為し福と為すもただ十分の五六を得。

(五)如庚年乙月甲日乙時,雖兩乙合一庚,因甲日隔之,全無爭妒之意,年庚月乙仍作純粹之合也。(六)如乙年庚月乙日,庚金左右合乙,是皆可合也,妒合是也。乙年乙月庚日,月乙與日庚相拿上乙以地位之隔,雖有合庚之意,而不作合論矣。庚年乙月乙日,年庚合月乙,日乙以地位之隔,雖有合庚之意,亦不作合論矣。

第五、年干庚・月干乙・日干甲・時干乙のごとき。兩個の乙ありて去りて一個の庚を合するといえども、中間に日干の甲を隔てれば、兩乙は一處に碰る能わず。全く爭妒の意なし。年庚と月乙とはなお舊に一個の純粹の合と算す。第六、年干乙・月干庚・日干乙のごとき。庚金の左右兩邊はみな乙なり。兩邊ともに合上り得。これ初めて妒合なり。もしこれ年干乙・月干乙・日干庚なれば、月上の乙と日上の庚とは緊貼して相合し、年上のあの乙は一位を隔たる。庚を合するの意あるといえどもまた合と作りて論ぜず(底本の「月乙與日庚相拿上乙以地位之隔」の數字は訛脱。まさに「月乙與日庚相合,年上之乙以地位之隔」とすべし)。反對に、年干庚・月干乙・日干乙なれば、年上の庚と月上の乙と相合し、日上のあの乙は一位を隔たる。庚を合するの意あるといえども、同じく合と作りて論ぜず。

干克干合の並び見る

命有天干克合併見者。若用神在於地支,自無議克、議合之必要。惟若用神求諸干上,則必先以克合之力,輕重較量,然後取用為妥。特立法例五則如後:(一)如庚年乙月甲日。以地位論,庚乙緊貼,庚甲間隔,當作合不作克也。(二)如庚年辛月乙日。以地位論,辛乙緊貼,庚乙間隔,當作克不作合也。

ある命造は天干の上に克と合と同時に出現す。もし用神は地支に在れば、自然に天干の克と合とを計較せんに足らず。ただ用神を天干の上より求めんとする時に當りてのみ、必ずまず克と合との力量を輕重に稱量し、然る後に取用神して初めて穩妥なり。このため五條の法例を立てて下に如くす。第一、年干庚・月干乙・日干甲のごとき。地位に就いて論ずれば、庚と乙とは緊貼し、庚と甲とは一位を隔つ。すなわち合と作りて論じて克と作りて論ぜず――庚乙は先に合住せり。庚もまた甲を克するの暇なし。第二、年干庚・月干辛・日干乙のごとき。地位に就いて論ずれば、辛と乙とは緊貼し、庚と乙とは一位を隔つ。すなわち克と作りて論じて合と作りて論ぜず――辛と乙とは同じく陰干に属し、克は切近に在り。庚の乙を合するの意思は便ち空に落つ。

(三)如甲年庚月乙日。克合併見,且皆貼近。以主克受克論,庚可勝甲,甲不能勝庚,則庚乙相合,甲不得侵,自作合論。(四)如丙年庚月乙日。克合併見,且皆貼近。以主克受克論,丙能勝庚,庚不能勝丙,則乙庚相合,丙得侵庚,自作克論。(五)如丙的庚月乙日。克合併見,且皆貼近,以勢力論,若丙火得時得勢,則丙可克庚,庚不可合乙。若庚金得時得勢,則庚可合乙,丙不能克庚。再若丙庚乙三字,勢均力敵,則作克不作合,蓋克力大於合力也。

第三、年干甲・月干庚・日干乙のごとき。克と合とは同時に出現して、しかもみな貼近す。克を主とするものと克を受くるものとの關係に就いて論ずれば、庚はよく甲に勝ち、甲は庚に勝つ能わず。ゆえに庚と乙とはなお舊に相合し、甲はこの合を侵犯する能わず。自然に合と作りて論ず。第四、年干丙・月干庚・日干乙のごとき。克合は並び見えてしかもみな貼近す。克を主とするものと克を受くるものとの關係に就いて論ずれば、丙はよく庚に勝ち、庚は丙に勝つ能わず。すなわち乙庚は合意あるといえども、丙はしかるに庚に侵し動かし得。自然に克と作りて論ず。第五、年干丙・月干庚・日干乙のごとき(底本の「丙的庚月」の「的」は「年」の訛り)。克合は並び見えてしかもみな貼近す。この時は改めて勢力の上より論ず――丙火はもし時を得勢を得れば、すなわち丙は庚を克し、庚は乙を合し成らず。庚金はもし時を得勢を得れば、すなわち庚は乙を合し、丙は庚を克し動かず。倘若丙・庚・乙の三字は勢均力敵なれば、すなわち克と作して合と作さず。克の力量はもとより合の力量より大なればなり。

干合して化す

萬物生於土,甲己為相合之始,故化為土。土則生金,故乙庚化金次之;金則生水,故丙辛化水又次之;水則生木,故丁壬化木又次之;木則生火,故戊癸化火又次之。而五行遍焉,十干化合,蓋即此義耳。俗書所解,類多迂折,未便深信。茲所欲言者,又有時令、賓主、明暗、地位、歲運五項。

萬物はみな土の中より生出す。甲と己とは十干の相合する頭の一對なれば、ゆえに化して土と為る。土はよく金を生ず。ゆえに乙庚の金に化するは第二に排す。金はよく水を生ず。ゆえに丙辛の水に化するはまたこれに次ぐ。水はよく木を生ず。ゆえに丁壬の木に化するはまたこれに次ぐ。木はよく火を生ず。ゆえに戊癸の火に化するはまたこれに次ぐ。かくすれば五行はすなわち周遍す。十干の化合の次序は、大概すなわちかくのごときの一層の道理なり。坊間の書はこれに對して講ずるに大多迂曲牽強にして、深信するに便ならず。ここに補説せんとするは、なお時令・賓主・明暗・地位・歲運の五項あり――合はよく真に化するか否か、全くこの五項を看る。さもなくば徒らに相合の名目あるのみ。なお舊に各々本干に按じて十神を論ず。

(一)時令 辰戌丑未月只可化土,亥卯未月只可化木,巳酉丑月只可化金,寅午戌月只可化火,申子辰月只可化水。寅月兼可化木,申月兼可化金,己月兼可化火,亥月兼可化水。(二)賓主 日干逢合則可化,蓋日干為命之主也;他干逢合不能化,蓋他干為命之賓也。故如甲日合己月,或合己時,則可化土。若甲年己月,只合而不化也(此指非化格而言。若己成化格。他干逢合。亦得化也)。

第一は時令。辰・戌・丑・未の月に生まれればただ土に化し得。亥・卯・未の月に生まれればただ木に化し得。巳・酉・丑の月に生まれればただ金に化し得。寅・午・戌の月に生まれればただ火に化し得。申・子・辰の月に生まれればただ水に化し得。この外、寅月は兼ねて木に化し得、申月は兼ねて金に化し得、巳月は兼ねて火に化し得、亥月は兼ねて水に化し得(底本の「己月」の「己」は「巳」の訛り)――この四か月はまさに木・金・火・水の各々臨官あるいは長生の地なれば、ゆえにまた令を得と算す。第二は賓主。日干は合に逢えば化し得。日干は一命の主なればなり。別の天干は合に逢うも化する能わず。それらはただ賓なればなり。ゆえに甲日は月干の己と相合し、あるいは時干の己と相合すれば、みな土に化し得。もしこれ年干の甲と月干の己と相合せば、すなわちただ合して化せず。作者自注。これは化格を成さざるの情形に就いて説くなり。倘若すでに化格を構成せば、別の天干は合に逢うもまた化し得と。

(三)明暗 透干為明,藏支為暗。明與暗,亦只合不化如己土透干,與亥中所藏之甲,可合不可化。(四)地位 如甲日己年,地位被月柱所隔,合且勉強,況乎比哉。(五)歲運 如甲日逢己運或己歲,應以正財論,不作化土論。若日干非甲,他干有一甲者,逢一己運己歲,尤不能化(此亦指非化格而言若己成化格,他干逢合運或合歲,亦得化也)。

第三は明暗。天干に透するを「明」と叫び、地支に蔵するを「暗」と叫ぶ。一明一暗もまたただ合し得て化する能わず。例えば己土は天干に透して、亥中の蔵する甲木と、合と説き得べきも、然而化と説くべからず。第四は地位。例えば甲は日干に在り己は年干に在れば、中間は月柱に隔斷せられ、合すらも勉强なり。いわんやさらに進みて化を説かんや(底本の「況乎比哉」の「比」は「化」とすべし)。第五は歲運。例えば甲日は己運あるいは己年に碰上れば、まさに正財に按じて論ずべく、化土と作りて論ぜず。もし日干は甲に非ずして、別の天干の上に一個の甲ありて、己運・己年に碰えば、すなわちさらに化する能わず。作者自注。これもまた化格を成さざるの情形に就いて説くなり。倘若すでに化格を構成せば、別の天干は合運・合歲に逢うも同じく化し得と。總じて言えば、化せんと欲せば、必ず日干の親自去りて合し月令また肯んじて幇忙するを得て、二者は一も缺くべからず。

支冲

支沖者,地支相隔六位而沖擊,如子午相沖,子中癸水,克午中丁火,午中己土,又克子中癸水,互相戰克也。變沖之影響。(一)地支中多藏干,相沖之影響,較天干之相剋為複雜。茲先以本氣、時令及多寡,探討之。

いわゆる「支冲」とは、兩個の地支は六位相隔ちて互相冲擊するなり。例えば子と午と相冲す。子中の蔵する癸水は去りて午中の丁火を克し、午中の蔵する己土はまた回頭して來て子中の癸水を克す。彼此交戰す。十二支は排びて一圈と成り、正しく相對するの兩支は便ち冲と成る。合わせて子午・丑未・寅申・卯酉・辰戌・巳亥の六對。冲の帶來する所の影響(底本の標題「變冲之影響」の「變」は「支」の訛り)。第一、地支の裡に蔵する天干は一個に止まらざれば、ゆえに相冲の影響は天干の相克より複雜なること甚だし。以下まず本氣・時令・多寡の三方面より討論せん。

本氣 兩支相沖,戰克不已,當以本氣為重。如子之本氣為水,午之本氣為火,究屬水克火,故子勝而午敗。則子午之相沖,午乃受創,子則勞力。時令 以本氣論雖子可勝午,然如午月火旺,逢子水,子午相沖,午屬得令,子屬失令,則午勝子敗,得令之午無傷,失令之子沖去。多寡 如午年子月行日午時,以本氣言。以時令言,皆子勝於午。然三午一子,午多子寡,應作午勝。但子敗而不死。較為無力而已。(二)局中喜神沖敗則凶,凶神沖敗反吉。

まず本氣を説く。兩支相冲して交戰休まず。勝負を判ずるはまさに本氣を以て重きと為すべし。例えば子の本氣は水、午の本氣は火。究竟は水の火を克すなれば、ゆえに子勝ちて午敗る。子午は一冲すれば、午は創傷を受け、子もまた一番の氣力を費やすを要す。次いで時令を説く。本氣に就いて論ずれば子はよく午に勝つといえども、ただもし午月の火旺の時に生まれれば、子は來て午を冲するに、午は月令を得て子は月令を失う。すなわち午勝ち子敗る。令を得るの午は傷を受けず、令を失うの子はかえって冲し去らる。次いで多寡を説く。例えば年支午・月支子・日支午・時支午(底本の「行日午時」はまさに「午日午時」とすべし)。單に本氣に就いて論じ單に時令に就いて論ずればみな子は午に勝る。然れども三個の午は一個の子に對して、午多くして子寡し。なお午勝と算すべし。ただ子はただ敗れて死に至らず、比較的力なきのみ。第二條。命局の中の喜神は冲敗せられればすなわち凶。凶神は冲敗せられればかえって吉。

支冲の區別

(一)寅申已亥之沖,兩敗俱傷。假如寅申逢沖,申中庚金,克寅中甲木,寅中丙火未嘗不克申中庚金。甲中壬水,克寅中丙火,寅中戊土,未嘗不克申中壬水,戰克不靜也。或為主克,或得令,或眾多,可佔優勢。反是則挫敗矣。

支冲の分別は合わせて八條。第一、寅・申・巳・亥のこの四支の相冲は、多半は兩敗俱傷す。譬えば寅申の相冲。申中の庚金は寅中の甲木を克し、寅中の丙火もまた未だ嘗て申中の庚金を克せざらず。申中の壬水は寅中の丙火を克し、寅中の戊土もまた未だ嘗て申中の壬水を克せざらず(底本の「甲中壬水」の「甲」は「申」の訛り)。彼此交戰して休まず。勝負を分かたんと要せば、すなわちどれ一邊か克を主とするか、どれ一邊か月令を得るか、どれ一邊か數目多きかを看る。この幾樣を占めれば便ち優勢に居り、これに反すればすなわち挫敗す。四生の支は各々三個の天干を蔵すれば、ゆえにこの一類の冲は最も纏夾なり。

(二)辰戌丑未之沖,本氣皆為土,乃屬同類,不過沖動而已,無戰剋意也。故逢沖動,土因激起而愈旺。至所藏之神,辰中癸水,克戌中丁火,戌中辛金,克辰中乙木,當以得令或眾多占優,反是則敗。丑中辛金癸水,能克中乙木丁火,丑易取勝地未。然亦須兼看時令與多寡,方可取決耳。(三)子午酉卯之沖,以所藏最簡,勝敗亦最易分。子中癸水,克午中丁火。午中己土,克子中癸水。酉中辛金,純克卯中乙木。以木氣言,子可勝午,酉可勝卯。再看時令與多寡,不難立決矣。

第二、辰・戌・丑・未のこの四支の相冲は、本氣はみな土なり。同類の相碰は、過ぎずそれを冲動せしめるのみにして、並びに交戰の意なし。ゆえに一たび冲動を經れば、土はかえって激を受けてよりて愈旺なり。四庫の蔵する餘氣に至っては、辰中の癸水は去りて戌中の丁火を克し、戌中の辛金は去りて辰中の乙木を克す。なお令を得るかあるいは數目多きの一方を以て優を占むと為し、これに反すれば便ち敗る。丑中は辛金・癸水を蔵して、よく未中の乙木・丁火を克す。ゆえに丑は未に勝ち易し(底本の「能克中乙木丁火」は「未」の一字を脱せり。「丑易取勝地未」の「地」は「于」とすべし)。不過また兼ねて時令と多寡とを看て、初めて決斷し得。第三、子・午・卯・酉のこの四支の相冲は、蔵する所最も簡單にして、勝負もまた最も分かち易し。子中の癸水は午中の丁火を克し、午中の己土は子中の癸水を克し、酉中の辛金はすなわち單純に卯中の乙木を克す。單に本氣に就いて論ずれば、子は午に勝ち得、酉は卯に勝ち得(底本の「以木氣言」の「木」は「本」の訛り)。さらに時令と多寡とを看れば、立刻に斷じ下るを得。

(四)兩支相沖,一在年,一在時,俗名海底沖。實則地位遠隔,全無沖意,如人之遠達兩地,豈能接觸相戰。(五)兩支相沖,一在年,一在日,或一在月,一在時。間隔一位,沖力減輕。(六)兩支相沖,一為日主之旬空,沖力亦減(旬空詳後)。(七)如午年午月子日,只作午月子日相沖,不作午年子日相沖。(八)如午年子月午日,若午力強,則子午之沖擊極暫。蓋兩強午而一弱子,勝敗立分也。若子力強。則其沖勢劇烈矣。蓋兩弱午而一強子。勢均力敵也。

第四、兩支相冲して一個は年に在り一個は時に在るは、俗に「海底冲」と名づく。其實地位は隔たること太遠にして、全く相冲の意なし。譬えば兩人は兩地に分處して、怎んで接觸交戰せん。第五、兩支相冲して一個は年に在り一個は日に在り、あるいは一個は月に在り一個は時に在れば、中間に一位を隔てて、冲力減輕す。第六、兩支相冲してその中の一支はまさに日主の旬空の上に落つれば、冲力もまた減ず――旬空の一節は詳しくは後文に見る。第七、年支午・月支午・日支子のごときは、ただ月上の午と日上の子との相冲を算し、年上の午と日上の子との相冲を算せず。その貼近する一組を取ればなり。第八、年支午・月支子・日支午のごとき。もし午の力量強ければ、子午の冲は極めて短暫なり。兩個の強午は一個の弱子に對して勝負立ち見えればなり。もし子の力量強ければ、冲勢はすなわち激烈なり。兩個の弱午は一個の強子に對して勢均力敵にして、かえって戰うこと持久すればなり。

支合

支合種類。(一)六合 子與丑、寅與亥、卯與戌、辰與酉、巳與申、午與未皆為六合。六合之理,蓋由日月合朔而來。十一月建子,合朔於丑,十二月建丑,合朔於子,故子丑六合。正月建寅合朔於亥。十月建亥,合塑於寅。故寅亥六合。(二)局合 亥卯未合成木局,寅午戌合成火局,巳酉丑合成金局,申子辰合成水局,皆為局合。局合之理,蓋取生旺墓一氣始終也(如亥卯未木局,亥為木之生地,卯為木這旺地,未為木之墓地也)。(三)方合 寅卯辰為東方,已午未為南方,申酉戌為西方,亥子丑為北方,皆為方合。方合之理,蓋取三支一氣聯貫也。

地支の相合は三類に分かつ。第一は「六合」。子と丑、寅と亥、卯と戌、辰と酉、巳と申、午と未、合わせて六對。六合の道理は日月合朔より出づ――太陽と月亮と天上に在りて會合する方位なり。十一月は月建は子に在りて合朔は丑に在り、十二月は月建は丑に在りて合朔は子に在り。ゆえに子丑六合す。正月は月建は寅に在りて合朔は亥に在り、十月は月建は亥に在りて合朔は寅に在り。ゆえに寅亥六合す(底本の「合塑」はすなわち「合朔」)。其餘の四對も同じ理なり。第二は「局合」、また三合と叫ぶ。亥卯未は合して木局を成し、寅午戌は合して火局を成し、巳酉丑は合して金局を成し、申子辰は合して水局を成す。局合の道理は長生・帝旺・墓庫の一氣の始終を取るなり――作者自注。亥卯未の木局のごとき。亥は木の長生の地、卯は木の帝旺の地、未は木の墓庫の地なりと。第三は「方合」、また三會と叫ぶ。寅卯辰は會して東方を成し、巳午未は會して南方を成し、申酉戌は會して西方を成し、亥子丑は會して北方を成す。方合の道理は三支の同じく一方の氣に屬し首尾聯貫するを取るなり。三者の中に、方合の氣は最も專に、局合はこれに次ぎ、六合は最も輕し。

支合之影響。(一)六合 兩支相合,猶羈絆也。凶神逢合則減凶,吉神逢合則減吉。(二)局合 亥卯未合成木局,命中喜木則吉,忌木則凶。寅午戌合成火局,命中喜火則吉,忌火則凶。己酉丑合成金局,命中喜金則吉,忌金則凶。申子辰合成水局,命中喜水則吉,忌水則凶。(三)方合 寅卯震合為東方,命中喜木則吉,忌木則凶。已午未合為南方,命中喜火則吉,忌火則凶。中西戌合為西方,命中喜金則喜,忌金則凶。亥子丑合為北方,命中喜水則吉,忌水則凶。

支合の帶來する影響は、三類各々相同じからず。第一、六合。兩支の相合は互相羈絆に等し。凶神は合に逢えばすなわち凶減じ、吉神は合に逢えばすなわち吉もまた減ず――それは並びに五行の性質を改變せず、ただ兩支を絆住するのみ。第二、局合。亥卯未は合して木局を成す。命中は木を喜べば便ち吉、木を忌めば便ち凶。寅午戌は合して火局を成す。火を喜べば便ち吉、火を忌めば便ち凶。巳酉丑は合して金局を成す。金を喜べば便ち吉、金を忌めば便ち凶。申子辰は合して水局を成す。水を喜べば便ち吉、水を忌めば便ち凶。第三、方合。寅卯辰は會して東方と為る。木を喜べば便ち吉、木を忌めば便ち凶(底本の「寅卯震」の「震」は「辰」の訛り)。巳午未は會して南方と為る。火を喜べば便ち吉、火を忌めば便ち凶。申酉戌は會して西方と為る。金を喜べば便ち吉、金を忌めば便ち凶(底本の「中西戌」はすなわち「申酉戌」)。亥子丑は會して北方と為る。水を喜べば便ち吉、水を忌めば便ち凶。見るべし、局合と方合とは一種の新たな五行の力量を生出するなり。六合の單純の羈絆と大いに相同じからず。

支合の區別

(一)局合應以旺支最為重要。亥卯未,卯為旺支。己酉丑,酉為旺支。寅午戌,午為旺支。申子辰,子為旺支。若亥卯、卯未、已酉、酉丑、寅午、午戌、申子、子辰,雖只兩支相合,因有旺支,其力非輕,僅稍遜三支全合而已。若亥未、已丑、寅戌、申辰、亦兩支相合,因無旺支,其力最弱,幾無合意也。(二)方合以三支全者可合,若只二支,湧合論。(三)六合以緊貼則合,間隔一位或二位,即不能合。

支合の分別は合わせて十條。第一、局合は「旺支」を以て最も要緊と為す。亥卯未は卯を以て旺支と為し、巳酉丑は酉を以て旺支と為し、寅午戌は午を以て旺支と為し、申子辰は子を以て旺支と為す。もしただ亥卯・卯未・巳酉・酉丑・寅午・午戌・申子・子辰のごときの兩支を凑得れば、三支に滿たざるといえども、その中に旺支を含めば、力量は並びに輕からず。ただ三支の全合に比べて稍遜るのみ。これを半合と叫ぶ。もし凑するは亥未・巳丑・寅戌・申辰なれば、同じく兩支なるも、然而旺支を含まず。力量最も弱くして、幾乎合意あると談ぜられず。第二、方合は必ず三支齊全せば初めて合と算す。兩支あるのみなればすなわち合と作りて論ぜず(底本の「涌合論」はまさに「不作合論」とすべし)。第三、六合は須く兩支緊貼せば初めて合上り得。中間に一位あるいは兩位を隔てば、すなわち合成らず。

(四)方合局合而三支全者,有一閒字間隔,仍作合論。只二支而間隔,即不能合。(五)六合而一支屬旬空,合力減輕。(六)如戊日寅月,全成東方,俱以殺論。戊日卯月,全成東方,俱以官論。戊日辰月,全成東方,視寅卯之勢孰重,以分官殺。其餘仿此。(七)如二卯一戌,或二寅一亥,皆六合之妒合也。然地支多藏干,較天干為複雜,且六合這成,非由於陰陽生克,故其妒力,遠不若天干妒合之重也。

第四、方合あるいは局合にして三支齊全なるは、中間に縱うす一個の無關の閒字ありて隔つるも、なお合と作りて論ず。もしただ兩支あるのみにしてまた隔開せられれば、すなわち合成らず。第五、六合にしてその中の一支は旬空の上に落つれば、合の力量は減輕す。第六、譬えば戊土日主は寅月に生まれ、地支また寅卯辰東方を凑成せば、この一片の木はすなわち一概に七殺に按じて論ず――甲木は戊を克して同じく陽に屬す。これ殺なり。戊日は卯月に生まれて東方を凑成せば、すなわち一概に正官に按じて論ず――乙木は戊を克して陰陽相異なり。これ官なり。戊日は辰月に生まれて東方を凑成せば、すなわち寅と卯とのどれ一邊か勢力重きを看るを要し、これによりて官と殺とを分判す。其餘の各日はこの類に照りて推すべし。第七、譬えば兩個の卯は一個の戌に配し、あるいは兩個の寅は一個の亥に配するは、みな六合の中の妒合なり。不過地支の蔵する干多く、情形は天干より複雜にして、しかも六合の成立はもとより陰陽生克より出でざれば、ゆえにその爭妒の力は遙かに天干の妒合のごとく厲害ならず(底本の「六合這成」の「這」は「之」の訛り)。

(八)如寅卯辰東方,若柱中有二寅,或二卯,或二辰。如亥卯未木局,柱中有二亥,或二卯,或二未,皆不作妒合論,且滿足以增加合力也。(九)如寅卯辰東方,見亥字是為生方這神,見未字是為方克之財,皆非局混方也。(十)如亥卯未木局,見寅字是其同氣,見辰字是其財神,皆非方混局也。

第八、譬えば寅卯辰は凑して東方を成し、柱中にもし兩個の寅・あるいは兩個の卯・あるいは兩個の辰あれば。また亥卯未は合して木局を成し、柱中にもし兩個の亥・あるいは兩個の卯・あるいは兩個の未あれば。これらはみな妒合と作りて論ぜず。かえってまさに以て合の力量を增加するに足る――方と局とはもと衆支同氣にして、六合の一對一に比せざればなり(底本の「且滿足以增加合力」の「滿」は「適」とすべし)。第九、寅卯辰すでに東方を成し、柱中に別に一個の亥字を見るに、亥はこの一方を生ずるの神なり。水は木を生ず。別に一個の未字を見るに、未はこの方の克する所の財なり。木は土を克す。この兩種はみな「以局混方」と算せず。第十、亥卯未すでに木局を成し、柱中に別に一個の寅字を見るに、寅は木局と同氣なり。別に一個の辰字を見るに、辰は木の財神なり。この兩種もまたみな「以方混局」と算せず。いわゆる混とは、指す所は兩套の合法の互相攙奪するを謂う。上に挙げたる幾種は並びに攙奪せず。ゆえに顧慮するを要せず。

支刑

地支相刑,以局加方取之。亥卯未木局,加亥子丑之方,故亥刑亥,卯刑子,未刑丑。申子辰子局,加寅卯辰之方,故申刑寅,子刑卯,辰刑辰。寅午戌火局,加巳午未之方,故寅刑巳,午刑午,戊刑未。巳酉丑金局,加申酉戌之方,故巳刑申,酉刑酉,丑型戌。內除未刑丑,申弄寅,繫相沖外,故以寅刑巳,己刑申及丑刑戌、戌刑未為三刑,子卯為相刑,辰午酉亥為自刑。然細究之,殊無圓滿之理義,但雖不知其所以然,於命理亦無害也。

地支の相刑は、三合の局を把りて加えて三會の方の上に排び出すなり。亥卯未の木局を亥子丑の北方の上に加えて、位ごとに相對すれば、是に於て亥は亥を刑し卯は子を刑し未は丑を刑す。申子辰の水局を寅卯辰の東方の上に加えれば、是に於て申は寅を刑し子は卯を刑し辰は辰を刑す(底本の「申子辰子局」の「子」は「水」の訛り)。寅午戌の火局を巳午未の南方の上に加えれば、是に於て寅は巳を刑し午は午を刑し戌は未を刑す。巳酉丑の金局を申酉戌の西方の上に加えれば、是に於て巳は申を刑し酉は酉を刑し丑は戌を刑す。この十二組の裡、未刑丑・申刑寅の兩組はもとよりこれ相冲なり。除きて算えず。剩るは寅刑巳・巳刑申および丑刑戌・戌刑未を以て「三刑」と為し、子卯を「相刑」と為し、辰・午・酉・亥は各々「自刑」と為す。不過細究すれば、この套の排法は並びに圓滿の義理の講ずべきあるなし。其の所以然を知らざるといえども、推命に用うるはしかるにも害なし。

支刑の區別

(一)寅刑己、己刑申、丑型戌、戌刑未為三刑。(二)子卯為相刑。(三)辰、午、酉、亥為自刑。

支刑の名目は合わせて三種。第一、寅刑巳・巳刑申・丑刑戌・戌刑未は、合わせて「三刑」と称す――寅巳申の三支は互いに刑して一組と成り、丑戌未の三支は互いに刑してまた一組と成る。ゆえに三刑と叫ぶ(底本の「寅刑己」「己刑申」の「己」はみな「巳」の訛り、「丑型戌」の「型」は「刑」の訛り)。第二、子と卯と彼此相刑す。「相刑」と叫ぶ。第三、辰は辰を見、午は午を見、酉は酉を見、亥は亥を見る。同支相遇して刑す。「自刑」と叫ぶ。

支刑の影響

(一)寅刑巳,乃木火相生。巳刑申,己申本合。丑形戌,戌刑未,皆屬同類之土。子卯相刑,又為水相生。辰刑辰,午刑午,酉刑酉,亥刑亥,本支自刑,更無戰意,故刑與沖異,兩支相弄,不過動搖而已,無勝敗之分也。禍福之力極輕,一經間隔,尤為平淡。

刑の影響は其實甚だ輕し。寅は巳を刑するに、寅木と巳火とはもと相生なり。巳は申を刑するに、巳と申とはもとよりなお六合の一對なり(底本の「己申本合」の「己」は「巳」の訛り)。丑は戌を刑し戌は未を刑するに、みな同類の土なり(底本の「丑形戌」の「形」は「刑」の訛り)。子は卯を刑するに、子水と卯木もまた相生なり(底本の「又為水相生」はまさに「又為水木相生」とすべし)。辰は辰を刑し午は午を刑し酉は酉を刑し亥は亥を刑するは、本支の自刑にして、さらに交戰の意を談ぜられず。ゆえに刑と冲とは大いに相同じからず。兩支相刑するは過ぎず互相動搖する一下にして、並びに勝負の分かつべきなく、禍福の力は極めて輕し。一たび地位隔開せば、すなわちさらに平淡なり。

人命有遇刑而操威柄者。四柱本吉耳,有遇刑而猥凶禍者,四柱本凶耳,非必皆刑之故。考相刑之法,或三,或二,或一,例既偏駁雜亂,而又無確然之理,為命學立說中,最不足深信者也。或有地支丑戌未全,寅已申全。而輒遭糾紛者,蓋支中藏神之生克,過於雜亂所致,非因相弄之故耳。

人の命造の裡に、刑に遇うてかえって大權を握るあり。あれは四柱もとより吉なればなり。刑に遇うて屢々凶禍に遭うあり。あれは四柱もとより凶なればなり。未だ必ずしもみな刑の緣故ならず(底本の「猥凶禍」の「猥」は「屢」とすべし)。相刑の排法を考察すれば、三支一組のあり、兩支一組のあり、一支自刑のありて、體例はすでに偏雜零亂にして、また確切の道理を講じ出す能わず。命學の各種の説法の中に、これ最も深信するに足らざるの一項なり。ある人は地支に丑戌未を凑齊し、あるいは寅巳申を凑齊して常に糾紛に遭う。あれはこの幾支の中の蔵する神の生克の過雜なるの致す所にして、並びに相刑の緣故に非ず。

支害

支害之影響。地支相害由相合而來,沖我合神,故謂之害。子合丑而未沖之,故未害子。丑合子而午沖之,故午害丑。寅合亥而已沖之,故已害寅。卯合戌而辰沖之,故辰害卯。辰合酉而卯沖之,故卯害辰。已合申而寅沖之,故寅害巳。午合未而丑沖之,故丑害午。未合午而子沖之,故子害未。申合己而亥沖之,故亥害申,酉合辰而戌沖之,故戌害酉。戌合卯而酉沖之,故酉害戌。亥合寅而申沖之,故申害亥。總而計之,以六支害六支。沖其合我者,必合其沖我者。人命逢支害,影響分四種:

地支の相害は相合より推して出づ。某支はもと我と相合するに、別に一支ありて來て我がこの合神を冲す。すなわち「害」と叫ぶ。子と丑と合するに、而未は來て丑を冲す。ゆえ未は子を害す。丑と子と合するに、而午は來て子を冲す。ゆえ午は丑を害す。寅と亥と合するに、而巳は來て亥を冲す。ゆえ巳は寅を害す。卯と戌と合するに、而辰は來て戌を冲す。ゆえ辰は卯を害す。辰と酉と合するに、而卯は來て酉を冲す。ゆえ卯は辰を害す。巳と申と合するに、而寅は來て申を冲す。ゆえ寅は巳を害す。午と未と合するに、而丑は來て未を冲す。ゆえ丑は午を害す。未と午と合するに、而子は來て午を冲す。ゆえ子は未を害す。申と巳と合するに、而亥は來て巳を冲す。ゆえ亥は申を害す。酉と辰と合するに、而戌は來て辰を冲す。ゆえ戌は酉を害す。戌と卯と合するに、而酉は來て卯を冲す。ゆえ酉は戌を害す。亥と寅と合するに、而申は來て寅を冲す。ゆえ申は亥を害す。合わせて算えば、まさに六支は六支を害す。凡そ去りてあの我と相合する支を冲するは、また必ずすなわちあの我を冲する支と相合する一個なり。人の命造は地支の相害に逢えば、影響は四種に分かつ。

(一)如子午相沖,子勝午敗。有丑合子害午,若子為吉神,午為凶神,則丑合子是減輕吉力。雖害吉,不比午沖之甚,是減輕懲凶之力,乃不利於命局也。若子為凶神,午為吉神,則丑合子,是減輕凶力。雖害午,不比沖午之甚,減輕損吉之力,乃利於命局也,故害者直等於沖合併見耳。(二)只兩支相害,而無沖,於命局上無甚影響。(三)兩支相害,其一逢合,以合論吉凶。(四)兩支相害,地位間隔,不以害論。

第一、譬えば子と午と相冲して、子勝ち午敗る。この時もし別に一個の丑ありて來て子を合住せば、この丑は午に對して言えばすなわち害なり。もし子は吉神・午は凶神なれば、丑は一たび子を合すれば、まず便ち吉神の力を減輕す。それは午をも害するといえども、究竟は午の子に冲せらるるがごとく厲害ならず。凶神を懲治する力量を減弱するに等し。ゆえに命局に於て利ならず。反對に、もし子は凶神・午は吉神なれば、丑の子を合するはすなわち凶神の力を減輕す。それは午を害するといえども、また午の冲せらるるがごとく厲害ならず。吉神を損傷する力量を減弱するに等し。ゆえに命局に於て利あり。見るべし、「害」は其實すなわち合と冲との同時に出現するに等し。第二、ただ兩支相害して並びに冲なきは、命局に對して甚だ影響なし。第三、兩支相害してその中の一支は別に合に逢えば、すなわち合に照りて去りて吉凶を論ず。第四、兩支相害して地位隔開せば、害と作りて論ぜず。

地支の冲合刑害の並び見る

命有地支沖合刑害,錯綜並見者。若用神在於天干,無須多議。若用神在於地支,則必先以沖合刑害之力,輕重較量,然後取用為妥,特立法例六則如下:(一)刑沖合害並見,以緊貼者為有力。如丑年子月寅日午時,子丑貼子午間隔,作合不作沖。(二)方合之力,大於局合,是以方合局合併見,以方合論。局合之力。大於六沖,是以局合與六沖見,以局合論。六沖之力,大於六合,是以六合與六沖並見,以六沖論。六合之力,大於刑害,是以六合與刑害並見,以六合論。

ある命造は地支の上に冲・合・刑・害の錯綜並び見る。もし用神は天干に在れば、便ち多く議するを要せず。もし用神は地支に在れば、すなわち必ずまず冲合刑害の力量を輕重に稱量し、然る後に取用神して初めて穩妥なり。このため六條の法例を立てて下に如くす。第一、刑・冲・合・害の並び見る時は、貼近する一組を以て力あると為す。例えば年支丑・月支子・日支寅・時支午。子と丑とは緊貼し、子と午とは中間に一位を隔つ。すなわち子丑合と作りて論じ、子午冲と作りて論ぜず。第二、各種の關係の力量に大小の次第あり。方合は局合より大なれば、ゆえに方合と局合と並び見る時は方合に按じて論ず。局合は六冲より大なれば、ゆえに局合と六冲と並び見る時は局合に按じて論ず。六冲は六合より大なれば、ゆえに六合と六冲と並び見る時は六冲に按じて論ず。六合は刑と害より大なれば、ゆえに六合と刑害と並び見る時は六合に按じて論ず。この一條は實際に一張の輕重表を排び出すなり。方合は最も重く、其次は局合、其次は六冲、其次は六合、刑と害とは最も輕し。

(三)局合而三支全者,旺支逢沖而緊貼,以沖論。旺支逢沖而間隔,以局合論。局合而只二支,亦然。(四)局合而三支全者,非旺支逢沖,雖緊貼,亦不以沖論,局合而只二支,亦然。(五)方合見沖,作合不作沖。(六)注重本身力量,如丑年子月午日,在理。六沖之力。大於六合,應作子午沖,不作子丑合。然若局中丑土有力,既佔優勢,則作合而不作沖矣。

第三、局合にして三支齊全なる。その中の旺支はもし冲せられてしかも緊貼せば、すなわち冲に按じて論ず。旺支は冲せられて地位隔開せば、なお局合に按じて論ず。ただ兩支の半合もまたこれに照りて辦理す。第四、局合にして三支齊全なる。もし冲せらるるは旺支に非ざれば、縱うす緊貼するもまた冲に按じて論ぜず――旺支は一局の主心骨にして、それを動かすを得ず、局は初めて散ぜざるを得ればなり。半合もまた然り。第五、方合は冲に遇見すれば、合と作して冲と作さず。三會の氣は最も專にして、これを冲するも散ぜず。第六、最後にまた當事の各支本身の力量を看るを須う。例えば年支丑・月支子・日支午。理に按ずれば六冲の力は六合より大にして、もとより子午冲と作り子丑合と作さざるべし。然れどももし局中の丑土は力ありて優勢を占めれば、すなわちなお舊に合と作して冲と作さず。見るべし、前五條は常法にして、この一條は活法なり。

刑冲克害の例

刑沖剋合害,變化多端,再舉數例如後:乙丑 庚辰乙亥戊寅。(天干)月庚合年乙,又合日乙。其情不專,(地支),寅亥六合。乙丑乙酉庚午戊寅。(天干)月乙合日庚(地支)酉丑金局,寅午火局。庚申乙酉乙卯丁丑。(天干)年庚合月乙。(地支)卯酉沖,酉丑隔位而不合。

刑・冲・克・合・害の變化の頭緒は繁多なり。以下さらに幾個の實例を挙ぐ。第一造は乙丑・庚辰・乙亥・戊寅。天干の上、月干の庚はすでに年干の乙を合し、また日干の乙を合す。兩邊ともに合せんと欲して、その情は專ならず。すなわち妒合なり。地支の上、寅と亥とは六合す。第二造は乙丑・乙酉・庚午・戊寅。天干の上、月干の乙と日干の庚とは緊貼して相合す。地支の上、酉と丑とは金局を半合し、寅と午とは火局を半合す。第三造は庚申・乙酉・乙卯・丁丑。天干の上、年干の庚と月干の乙と相合し、日干の乙は一位を隔ててその事に與らず。地支の上、卯と酉と相冲す。酉と丑との間は卯を隔て、位を隔てば便ち合成らず。

庚午乙酉庚辰已卯。(天干)月乙合年庚,又合日庚,其情不專。(地支)辰酉合,卯辰缺寅,故不作方合。卯酉間辰,故不能沖。丙午庚寅已卯丁丑。(天干)丙庚相剋而庚敗,作克不作合。(地支)寅午三合,成半火局。寅卯缺辰,不作方合。甲午庚午乙丑丁丑。(天干)庚甲相剋而甲敗,作合不作克。(地支)二午自刑,月午日丑變相害,然皆於命局無影響。

第四造は庚午・乙酉・庚辰・己卯。天干の上、月干の乙はすでに年干の庚を合しまた日干の庚を合す。その情は專ならず。これもまた妒合なり。地支の上、辰と酉とは六合す。卯と辰とはただ兩支あるのみにして一個の寅を缺き、東方を凑成せず。ゆえに方合と作さず。卯と酉との間は辰を隔つ。ゆえに冲は成らず。第五造は丙午・庚寅・己卯・丁丑。天干の上、丙と庚と相克して庚は陣を敗り下る。克と作りて論じて合と作りて論ぜず。地支の上、寅と午とは火局を半合す。寅と卯とは一個の辰を缺きて、方合と作さず。第六造は甲午・庚午・乙丑・丁丑。天干の上、庚と甲と相克して甲敗るるも、ただ日干の乙と月干の庚と緊貼すれば、ゆえに合と作りて論じて克と作りて論ぜず。地支の上、兩個の午は自刑にして、月上の午と日上の丑とまた互相害と為る。然れどもこれらは命局に對してみな甚だ影響なし(底本の「月午日丑變相害」の「變」字は疑わしく衍ならん)。

庚午壬午甲申甲子。(天干)庚壬接近,庚甲間隔,以生論,不以克論。(地支)二午自刑,申子三合成地水局。丙午庚寅甲申乙丑。(天干)丙庚先克,庚甲不克。(地支)寅木得令,寅千又三合,故申不能沖寅。乙未庚辰甲寅乙丑。(天干)乙庚先合,庚甲不克。(地支)丑未遠隔而不沖,寅辰缺卯而非方合。

第七造は庚午・壬午・甲申・甲子。天干の上、庚と壬とは貼近し、庚と甲とは一位を隔つ。ゆえに庚の壬を生ずに按じて論じ、庚の甲を克すに按じて論ぜず。地支の上、兩個の午は自刑す。申と子とは水局を半合す(底本の「三合成地水局」の「地」はまさに「半」の訛りに當るべし)。第八造は丙午・庚寅・甲申・乙丑。天干の上、丙は先に庚を克住し、庚は便ち甲を克し動かず。地支の上、寅木は令に當り、寅と午とまた半合火局を成し(底本の「寅千」の「千」は「午」の訛り)、ゆえに申は寅を冲動する能わず。第九造は乙未・庚辰・甲寅・乙丑。天干の上、乙と庚と先に合住せり。庚は便ち甲を克し動かず。地支の上、丑と未とは遠隔して冲せず。寅と辰との間は一個の卯を缺きて東方を凑成せず。ゆえに方合に非ず。

乙亥己卯辛未丁酉。(天干)乙乙相剋。丁辛相剋。(地支)亥卯未三合。酉雖沖卯,乃不緊貼,不作沖論。乙亥癸未己卯癸酉。(天干)己癸相剋,乙己遠隔而不克。(地支)卯酉沖而緊貼,故亥卯未木局,力量減輕。甲子丁丑壬午甲辰。(天干)丁壬相合。(地支)子丑貼近,子午間隔,作合不作沖,丑午雖害,無甚影響。

第十造は乙亥・己卯・辛未・丁酉。天干の上、年干の乙と月干の己と相克す(底本の「乙乙相克」の下一個の「乙」は「己」の訛り)。日干の辛と時干の丁と相克す。地支の上、亥卯未は三合木局。酉は卯を冲するといえども、兩支は緊貼せざれば、ゆえに冲と作りて論ぜず。第十一造は乙亥・癸未・己卯・癸酉。天干の上、己と癸と相克す。乙と己とは遠隔して克するに著かず。地支の上、卯と酉とは緊貼して相冲す。ゆえに亥卯未のこの木局の力量はすなわち減輕す。第十二造は甲子・丁丑・壬午・甲辰。天干の上、丁と壬と相合す。地支の上、子と丑と貼近し、子と午とは一位を隔つ。ゆえに子丑合と作り子午冲と作さず。丑と午とは相害するといえども、また甚だ影響なし。

丙辰庚子壬申己酉。(天干)丙庚相剋。(地支)申子辰三合水局,申酉缺戌,不作方合。丙辰丙申壬子辛丑。(天干)丙壬相剋,丙辛間隔不合。(地支)申子辰三合水局。子丑雖合,因力不及三合,故不成立。丙子辛丑乙未壬午。(天干)丙辛相合。(地支)六沖之力,大於六合故作丑未沖論,不作子丑及午未合論。丙子辛丑甲午辛未。(天干)丙辛相合。(地合)六害之力,小於六合,故作子丑合,午未合,不作丑午害。

第十三造は丙辰・庚子・壬申・己酉。天干の上、丙と庚と相克す。地支の上、申子辰は三合水局。申と酉とは一個の戌を缺きて、西方の方合と作さず。第十四造は丙辰・丙申・壬子・辛丑。天干の上、丙と壬と相克す。丙と辛とは中間に一位を隔てて合成らず。地支の上、申子辰は三合水局。子と丑とは六合の意あるといえども、力量は三合に比ぶに及ばず。ゆえに合は成立せず。第十五造は丙子・辛丑・乙未・壬午。天干の上、丙と辛と相合す。地支の上、六冲の力は六合より大なれば、ゆえに丑未相冲と作りて論じ、子丑合・午未合と作りて論ぜず。第十六造は丙子・辛丑・甲午・辛未。天干の上、丙と辛と相合す。地支の上、六害の力は六合より小なれば、ゆえに子丑合・午未合と作りて論じ、丑午相害と作りて論ぜず(底本の「地合」はまさに「地支」とすべし)。末の兩造は年月の干支は全く同じくして日時は一變すれば、取捨は便ち截然不同なり。最も前節の立てたるあの張の輕重次第表の用處を見るべし。

天月德

天月德之構成。(一)天德 正月丁日、三月 壬日、四月 辛日、六月甲日、七月癸日、九月丙日、十月乙日、十二月庚日。二、五、八、十一月無天德。(二)月德 亥月、卯月、未月逢甲日,寅月、午月、戌月逢丙日,巳月、酉月、丑月庚日,申月、子月、辰月逢壬日。

「天德」と「月德」とは兩種の吉神なり。天德の取法。正月生まれは丁日に逢い、三月生まれは壬日に逢い、四月生まれは辛日に逢い、六月生まれは甲日に逢い、七月生まれは癸日に逢い、九月生まれは丙日に逢い、十月生まれは乙日に逢い、十二月生まれは庚日に逢う。二月・五月・八月・十一月は天德なし――本書はただ日干のこの一路を取りて、舊法の兼ねて地支を取る者と略々同じからず。月德の取法。亥月・卯月・未月生まれは甲日に逢い、寅月・午月・戌月生まれは丙日に逢い、巳月・酉月・丑月生まれは庚日に逢い、申月・子月・辰月生まれは壬日に逢う。これは三合局の屬する五行の陽干に按じて取るなり。木局は甲を取り、火局は丙を取り、金局は庚を取り、水局は壬を取る。

天月德之吉。(一)人命日干,值天德或月德。命吉者,增吉;命凶者,減凶。(二)人命日干,值天月二德(如辰月午日),尤能增吉減凶。(三)人命日干,既值天德或月德,若他干再臨天月德,為吉神則福力位隆,為凶神則暴橫益化,例如:

天月德の吉の處は合わせて四條。第一、人命の日干はもし天德あるいは月德に値えば、命もとより吉なるはさらにその吉を增し、命もとより凶なるは凶を減ずるを得。第二、日干はもし天德・月德の兩者並び値えば、吉を增し凶を減ずるの力量は尤其に大なり――底本は「辰月午日」を挙げて例と為す。上列の月德の法に按ずれば、辰月はまさに壬日を以て月德と為すべし。ここの「午」字は疑わしく訛誤あらん。第三、日干はすでに天德あるいは月德に値えて、もし別の天干の上にさらに天月德に臨まば、すなわちこの字はもし吉神なれば、福力はすなわち格外に隆厚なり。もし凶神なれば、その暴橫の性もまた化し去られて幾分ならん(底本の「福力位隆」の「位」は「倍」とすべし)。以下に兩個の例子を挙ぐ。

戊辰丙辰壬午壬寅。壬生辰月,天月二德並臨,火土林立,主弱不堪,幸有時壬幫扶。而時上之壬,既為吉神,又值天月德,則此命之福力倍隆宜矣。辛未丙寅丁巳庚子。丁生寅月為天德,木火太旺為患,雖丙火克庚而勝,凶神,幸丙在寅月,為天月,德並臨,亦可稍減其凶也。(四)天月德本身遭克,不以吉論。

第一造は戊辰・丙辰・壬午・壬寅。壬水は辰月に生まれ、まさに月德の臨む所。四柱は火土林立して日主は衰弱にして堪えず。幸に時干のあの壬ありて來て幇扶す。而して時上のこの壬はすでに命中の吉神にして、本身また天月德に値う。すなわちこの張の命の福力は加倍して隆厚なるも、また理の當然なるのみ。第二造は辛未・丙寅・丁巳・庚子。丁日は寅月に生まれ、まさに天德に合す。四柱は木火太旺して病と成り、月干の丙火また去りて時干の庚金を克して上風を占む。丙はこの命に於てもと凶神に属す。所幸は丙は寅月に生まれ、恰好これ天德月德の並び臨むの地なり。凶性もまた稍々減輕す。第四條。天德月德本身はもし克に遭えば、すなわちさらに吉に按じて論ずる能わず。

驛馬

驛馬之構成。亥卯未年逢已,寅午戌年逢申,申子辰年逢寅,巳酉丑年逢亥。驛馬之影響。(一)命中吉神為馬,大則超遷之喜,小則順動之利。(二)命中凶神為馬,大則奔蹶之患,小則馳馬逐之勞。(三)驛馬逢沖,譬之加鞭,吉則愈吉,凶則愈凶。(四)驛馬逢合,等於繫足,吉凶皆為羈絆而遲發。(五)日干坐馬,栗六多動。

驛馬の取法。年支は亥・卯・未に屬するは、巳を見て馬と為す。年支は寅・午・戌に屬するは、申を見て馬と為す。年支は申・子・辰に屬するは、寅を見て馬と為す。年支は巳・酉・丑に屬するは、亥を見て馬と為す。取る所は三合局の中の長生のあの一支の對冲の位なり。冲すればすなわち動す。ゆえに馬と名づく。驛馬の影響に五條あり。第一、命中の吉神は恰好これ驛馬なれば、大處に往きて言えば超擢升遷の喜、小處に往きて言うもまた勢に順いて動くの便利あり。第二、命中の凶神は恰好これ驛馬なれば、大處に往きて言えば奔波顚躓の患あり、小處に往きて言うもまた鞍馬奔走の勞なり。第三、驛馬はさらに冲に逢えば、譬えば馬に一鞭を加えしがごとし。吉なるはさらに吉、凶なるはさらに凶。第四、驛馬は合に逢えば、馬腿を把りて係るに等し。吉なるも凶なるも、みな羈絆に因りて遲遲として發せず。第五、日干は驛馬の上に坐するは、一生は碌碌として奔忙し、動多く靜少なし(「栗六」はすなわち「碌碌」、忙碌して寧ならざるの意)。

貴人

貴人之構成。甲日見丑或見未,乙日見子或見申,丙日見酉或見亥,丁日見酉或見亥,戊日見丑或見未,己日見子或見申,庚日見丑或見未,辛日見寅或見午,壬日見卯或見巳,癸日見卯或見巳。貴人之吉。(一)助吉解凶。(二)聰明。(三)易得人之信仰及互助。貴人所忌。(一)忌沖或合。(二)忌落旬空。

「貴人」はすなわち命書の稱する所の天乙貴人なり。取法は下に如くす。甲日は丑あるいは未を見、乙日は子あるいは申を見、丙日は酉あるいは亥を見、丁日は酉あるいは亥を見、戊日は丑あるいは未を見、己日は子あるいは申を見、庚日は丑あるいは未を見、辛日は寅あるいは午を見、壬日は卯あるいは巳を見、癸日は卯あるいは巳を見る。毎一個の日干は各々兩支を配す。舊説は陽貴と陰貴とに分かつ。貴人の好處に三あり。一はよく吉を助け凶を解し、二は人の聰明を主り、三は容易に別人の信賴と幇助とを得。貴人の忌む所に兩項あり。一は冲せられあるいは合せられるを忌む――冲すればすなわち貴人はその位に安んぜず、合すればすなわち貴人は絆住せらる。二は旬空の上に落つるを忌む。空に落てば便ち虛にして實ならず。

文昌

文昌之構成。甲日見巳,乙日見午,丙日見甲,丁日見酉,戊日見申,己日見酉,庚日見亥,辛日見子,壬日見寅,癸日見卯。文昌之吉。(一)逢凶化吉。(二)智慧聰明過人。(三)文采風流。文昌所忌。(一)忌沖或合。(二)忌落旬空。

「文昌」の取法。甲日は巳を見、乙日は午を見、丙日は申を見(底本の「丙日見甲」の「甲」は「申」の訛り)、丁日は酉を見、戊日は申を見、己日は酉を見、庚日は亥を見、辛日は子を見、壬日は寅を見、癸日は卯を見る。細かに按ずれば、これは各日干の食神の臨官の地を取るなり。食神は秀氣を主る。ゆえに文昌と名づく。文昌の好處に三あり。一はよく凶に逢うて吉に化し、二は智慧の聰明の人に過ぐるを主り、三は文采風流を主る。文昌の忌む所もまた兩項なり。一は冲せられあるいは合せられるを忌み、二は旬空の上に落つるを忌む。

旬空

旬空之構成。甲子、乙丑、丙寅、丁卯、戊辰、己巳、庚午、辛未、壬申、癸酉、此十天為甲子旬。凡生此十日,此支見戌或見亥,戌亥皆屬旬空。甲戌、乙亥、丙子、丁丑、戊寅、乙卯、庚辰、辛巳、壬午、癸未、此十天為甲戌旬。凡生此十日,地支見申或見酉,申酉皆屬旬空。

「旬空」はまた空亡と叫ぶ。十個の天干は十二個の地支に配して、毎十天を一旬と為す。一旬の中に必ず兩個の地支は天干に配り到らず。この兩支はこの旬に生まるる人に對して言えばすなわち空亡なり。第一旬。甲子・乙丑・丙寅・丁卯・戊辰・己巳・庚午・辛未・壬申・癸酉のこの十天を甲子旬と為す。凡そこの十日に生まるる人は、四柱地支の中に戌あるいは亥を見れば、戌と亥とはみな旬空と算す(底本の「此支見戌」の「此」は「地」とすべし)。第二旬。甲戌・乙亥・丙子・丁丑・戊寅・己卯・庚辰・辛巳・壬午・癸未のこの十天を甲戌旬と為す(底本の「乙卯」は「己卯」とすべし)。凡そこの十日に生まるる人は、地支の中に申あるいは酉を見れば、申と酉とはみな旬空と算す。

甲申、乙酉、丙戌、丁亥、戊子、己丑、庚寅、辛卯、壬辰、癸巳,此十天為甲申旬。凡生此十日,地見午或見未,午未皆屬旬空。甲午、乙未、丙甲、丁酉、戊戌、己亥、庚子、辛丑、壬寅、癸卯、此十天為甲午旬。凡生此十日,地支見辰或見巳,辰巳皆屬旬空。

第三旬。甲申・乙酉・丙戌・丁亥・戊子・己丑・庚寅・辛卯・壬辰・癸巳のこの十天を甲申旬と為す。凡そこの十日に生まるる人は、地支の中に午あるいは未を見れば、午と未とはみな旬空と算す(底本の「地見午」は「支」の一字を脱せり)。第四旬。甲午・乙未・丙申・丁酉・戊戌・己亥・庚子・辛丑・壬寅・癸卯のこの十天を甲午旬と為す(底本の「丙甲」の「甲」は「申」の訛り)。凡そこの十日に生まるる人は、地支の中に辰あるいは巳を見れば、辰と巳とはみな旬空と算す。六十甲子は共分かちて六旬と為し、每旬は各々兩支の落空あり。次に依りて推して去れば便ち是なり。

甲午、乙未、丙甲、丁酉、戊戌、己亥、庚子、辛丑、壬寅、癸卯、此十天為甲午旬。凡生此十日,地支見辰或見巳,辰巳皆屬旬空。 甲辰、乙巳、丙午、丁未、戊申、己酉、庚戌、辛亥、壬子、癸丑、此十天為甲辰旬。凡生此十日,地支見寅或見卯,寅卯皆屬旬空。 甲寅、乙卯、丙辰、下巳、戊午、乙未、庚申、辛酉、壬戌、癸亥,此十天為甲寅旬。凡生此十日,地支見子或見丑,子丑皆屬旬空。

これは「六甲旬空」表の後の三旬なり。讀法は前の三旬と全く一樣なり。毎行はまず一旬の轄する十個の日干支を列し出だし、さらにこの一旬の缺く所の兩個の地支を指出す。「旬空」はまた「空亡」と稱し、指す所は某日に出生する人は、八字地支の中にもし本旬の輪り到らざるあの兩個の字出現せば、この兩個の字はすなわち空に落ちたと算すと。第四旬は甲午より起こり、甲午・乙未・丙申(底本は「丙甲」と作す。これ「丙申」の刻誤)、丁酉・戊戌・己亥・庚子・辛丑・壬寅・癸卯の十日を包含す。凡そこの十日に生まるる人は、地支に辰を見あるいは巳を見れば、辰・巳は便ちみな旬空と算す。第五旬は甲辰より起こり、甲辰・乙巳・丙午・丁未・戊申・己酉・庚戌・辛亥・壬子・癸丑の十日を包含す。この十日に生まるる人は、地支に寅を見あるいは卯を見れば、寅・卯はみな旬空と算す。第六旬は甲寅より起こり、甲寅・乙卯・丙辰・丁巳(底本は「下巳」と作す)、戊午・己未(底本は「乙未」と作す)、庚申・辛酉・壬戌・癸亥の十日を包含す。この十日に生まるる人は、地支に子を見あるいは丑を見れば、子・丑はみな旬空と算す。査法は一律に日柱を以て準と為す。まず日柱のどれ一旬に落つかを認清し、さらに回頭して年支・月支・時支にこの一旬の空と為るあの兩個の字に踩み進む有無を看る。

旬空構成の理由

十天干,配十二地支,凡經十日,必有二支遺空。如甲子日至癸酉日,戌亥二支,未在其內。故甲子旬中戌亥為旬空。餘可類推。

天干はただ十位ありて、地支はしかるに十二位あり。兩者は次に依りて相配して、毎に十天に配り滿てば、地支は必定兩位多く出でて天干に配り到らず。この多く出でたる兩位をすなわち「遺空」と叫ぶ。例えば甲子日より癸酉日に順排せば、十天は正好く甲より癸の十個の天干を用盡し、而して戌・亥の兩支はなお輪に上らざりしかば、ゆえに甲子のこの一旬の裡、戌・亥は便ち旬空なり。其餘の五旬は同じ道理に按じて類推す。甲戌旬は申酉を空し、甲申旬は午未を空し、甲午旬は辰巳を空し、甲辰旬は寅卯を空し、甲寅旬は子丑を空す。見るべし、旬空は並びに空より安立するの神煞に非ずして、然而干支相配する時に必然として剩る所の兩個の空位にして、理路は極めて素朴なり。

旬空の影響

(一)旬空逢沖,則沖力減輕。 (二)旬空逢刑,則刑力減輕。 (三)旬空逢合,則合力減輕。 (四)旬空逢害,則害力減輕。 (五)吉神為旬空,其吉虛而不實。 (六)凶神為旬空,其凶虛而不實。 (七)吉運或吉年為旬空,則吉力減輕。 (八)凶運或凶年為旬空,則凶力減輕。

空に落ちたる字は力量虛浮にして、凡そそれと關係を發生する作用はみな折扣を打つを要す。合わせて八條を列す。第一、旬空の支は相冲に遇えば、冲の力量は減輕す。第二、相刑に遇えば、刑の力量は減輕す。第三、相合に遇えば、合の力量は減輕す。第四、相害に遇えば、害の力量は減輕す。第五、八字の中の吉神はもし旬空の位置の上に坐すれば、この份の吉利は便ち虛なるにして、看るに中りて用るに中らず。第六、凶神はもし旬空に坐せば、凶險は同じく空に落ちて、真に應驗するに至らず。第七、「大運」(每十年に一換するの運程)あるいは「流年」(當年の干支)はもとより吉に屬す。もし旬空に逢えば、吉の效力は減輕するを要す。第八、大運あるいは流年はもとより凶に屬す。もし旬空に逢えば、凶の效力もまたこれに隨いて減輕す。總の原則はただ一句あり。空なればすなわち虛、虛なればすなわち力なし。吉なるも凶なるも、みな輕きに往きて看るを要す。

女命淫賤

日主旺,官星微,無財星,日主足以敵官者。 日主旺,官星微,傷食重,無財星,日主足以欺官者。 日主旺,官星弱,日主之氣,生助他神而去官者。 日主旺,官星弱,官星之氣,依日主之勢者。 日主旺,無財星,官星輕,食傷重,官星無依倚者。 日主旺,官無根,日主不顧官星,合財星而去者。 日主弱,食傷重,印綬輕者。 日主弱,食傷重,無印綬,有財星者。

女命は「官星」(我を克して我と陰陽相異なるの神)を以て夫星と作す。婚姻の正邪を看るに、全く夫星の位を得て情あるか否かに在り。以下の各條はみな夫星の位を失い日主の夫の制を受けざるの格局に屬す。舊説は籠統に「淫賤」に歸す。實際に指す所は感情多變・托する所人に非ざるなり。その一、「日主」(日干。命主本人を代表す)は旺盛にして、官星微弱にして、また財星の官を生ずるなければ、日主の力量は以て官星と相抗するに足る。その二、日主は旺にして官星微弱にして、「傷官」「食神」(日主の生ずる所の神。合わせて食傷と稱す)また重くして、しかも財星の中間に在りて通關するなければ、日主はかえって官星を欺凌す。その三、日主は旺にして官星衰弱なれば、日主の氣は去りて官を顧みず、しかるに去りて別の神を生助して、官星を把りて一邊に撇く。その四、日主は旺にして官星弱ければ、官星はかえって日主の氣勢に依附して初めて身を存するを要す。その五、日主は旺にして局中に財なく、官星輕くして食傷重ければ、官星は孤立して依るなし。その六、日主は旺にして官星は根なく、日主は官星を理會せず、徑自に去りて財星を合住して走る。その七、日主は弱にして食傷重く、「印綬」(我を生ずるの神)また輕ければ、身を泄するの神を制住する能わず。その八、日主は弱にして食傷重く、すでに印綬の身を護るなく、また財星ありてさらに食傷の氣を泄せば、身は愈弱にして情は愈主なし。

食傷當令,財官失勢者。 官無財滋,比劫生食傷者。 滿局傷官無財者。 滿局官星無印者。 滿局比劫無食傷者。 滿局印綬無財者。

以下の六條は同じく夫星の立足し難きの局に屬す。その九、食傷は「月令」(出生月份の地支。全局氣候の主)を占住して權に當り、財星官星はかえって勢を失い、夫宮力なし。その十、官星は財星の滋養を得ず、「比肩」「劫財」(日主と同類の神。合わせて比劫と稱す)また去りて食傷を生助して、轉頭して來て夫を克す。その十一、滿盤傷官にして財星の轉化なく、傷官は直に官星を冲克して、夫星は存なし。その十二、滿盤官星にして印綬の通關して官を化し身を生ずるなければ、官多ければ便ち殺と成り、日主はかえってその克を受く。その十三、滿盤比劫にして食傷の引化なければ、群劫は財を爭いて、夫・財は兩傷す。その十四、滿盤印綬にして財星の印を制するなければ、印重くして身は滯り、母旺にして子虛す。韋氏はこの十四條を列するに、その意は説明するに在り。女命の夫を看るは、ただ官星の有無を看るに非ずして、官星の根あるか無きか・日主と情あるか無きか・日主は肯んじてその管束を受けるか否かを看るに在りと。

疾病

衡命論疾病宜以五行配五藏。木為肝,金為肺,水火腎,火為心,土為脾。命中水太過或不及,肝必有病。金太過或不及,肺必有病。水太過或不及,腎必有病。火太過或不及,心必有病。土太過或不及,脾必有病。故五行貴和,和則無疾。所謂五行和者,非生而不克,全而不缺之謂,乃貴乎洩其旺神,瀉其有餘也。蓋有餘之旺神瀉,不足之弱神受益矣。若強制旺神,寡不敵眾,觸怒其性,旺神不能損,弱神反受傷矣。是以旺神太過者宜洩,不太過者,方宜克耳。

一個の命造の疾病を衡量するに、まさに五行を五臟に配して上りて看るべし。木は肝に配し、金は肺に配し、水は腎に配し(底本の此句は「水火腎」と作す。「火」はまさに「為」の字の誤に當るべし)、火は心に配し、土は脾に配す。命中の木は太過あるいは不及なれば(底本の此處は「水」と作す。上文の「木為肝」と相犯す。まさに「木」の誤に當るべし)、肝は必ず病あり。金は太過あるいは不及なれば、肺は必ず病あり。水は太過あるいは不及なれば、腎は必ず病あり。火は太過あるいは不及なれば、心は必ず病あり。土は太過あるいは不及なれば、脾は必ず病あり。ゆえに五行は中和に貴し。中和なれば便ち病を生ぜず。いわゆる五行中和とは、説く所はただ相生を要して相克を要せず、五行俱全にして一も缺かざるに非ず。真の中和は旺神の氣を把りて泄し去り、多余の力量を疏導して開くに貴し。余あるの旺神は一たび宣泄を經れば、不足の弱神は自然に受益す。假如に硬に去りて旺神を壓制せば、寡は衆に敵せず、かえってその性子に觸怒す。旺神は分毫も損ぜず、弱神はしかるに先に傷を受けん。ゆえに旺るること太過のは「泄」(その氣に順いて下一行を生出す)を用うるを要し、旺るることなお過分と算せざるは、初めて以て「克」を用い得。

妻財

財即是妻,可以通論。然有富而妻陋,或妻賢而貧者,何也?蓋或財得用,而日支為忌神,或財不足,而日支為喜神。妻星與妻宮,難以兩全其美耳。

命理は財星を以て妻子を代表す。財と妻とは大体は一處に合して論じ得。しかるに世上は偏偏として家資豐厚にして妻子賢ならざるあり、また妻子賢惠にして家道貧寒なるもあり。これ甚の緣故ぞや。妻を看るは兩處に分かつを要すればなり。一處は「妻星」、すなわち八字の中の財星。別の一處は「妻宮」、すなわち日柱の地支(日支は日主に貼近す。ゆえに以て妻位と為す)。ある人は財星は恰好全局の用神にして、家業これに因りて興旺す。偏偏として日支の坐するは忌神にして、妻宮佳ならず。ゆえに富みて妻陋し。ある人は財星本身單薄にして財力限あれど、日支はしかるにまさに喜神にして、妻宮力を得。ゆえに妻賢にして家貧し。妻星と妻宮とはもと兩個の坐標にして、甚だ兩全してその美を成し難し。命を看るに必ず分かちて衡量し、ただ財の多き少なきに憑りて一概に論ずべからず。

性情

木主仁,火主禮,金主義,水主智,土主信。八字中五行不戾,中和純粹,則有惻隱謙讓數實之情。若偏枯混濁,太過不及,則有是非乖逆驕傲之性矣。 火多無制,急躁而欠涵養。水多無制,聰穎而意志不堅,亦且好動。木多無制,情重而仁厚。金多無制,精干而敏銳。土多無制,茲厚而好靜。

五行は各々一種の德性に配す。木は仁愛を主り、火は禮節を主り、金は義氣を主り、水は智慧を主り、土は誠信を主る。八字の裡、五行は彼此相違逆せず、中和純粹なれば、人はすなわち惻隱・謙讓・篤實の性情あり。もし五行偏枯混濁して、某一行は太過にして某一行は不及なれば、人は容易に是非・乖戾・驕傲の脾氣を生出す。分かちて言えば、火多くして制約なきは、性子急躁にして涵養を缺く。水多くして制約なきは、聰明穎悟なるも、ただ意志は堅からず、しかも動を好む。木多くして制約なきは、感情を重んじ、人を待るに仁厚なり。金多くして制約なきは、精明干練にして反應敏銳なり。土多くして制約なきは、性情敦厚にして(底本は「兹厚」と作す。すなわち篤厚の意)靜を喜ぶ。ここに説く「無制」とは、指す所は局中にそれを克しそれを泄するの字ありて來てこの一行の偏旺の氣を約束するなきなり。

同一金之日干,其八字,有旺相、太過、不及三類。而金多、木多、火多、水多、土多,又各不同。其性情共計八類,分列如次。 (一)旺相譽高義重體健神清威武剛烈臨事果決 (二)太過尚勇無謀多欲損剛刻薄內毒喜淫好殺 (三)不及思深決少事多挫志性雖好義為之不終 (四)金多剛直尚勇見義必為過不自知思禮好勝 (五)木多辨分曲直利害兼資置德懷念朋友失意 (六)火多口才辨利好禮寡義動止寬和心中鄙吝 (七)水多計慮不勝為人無恩臨事齷齪或是或非 (八)土多無中有成口儉心慈作為闇昧多處嫌疑

同じく金を以て日干と為すに、八字はさらに三種の情形に分かつを要す。時を得氣を得るの「旺相」、旺りて頭を過ぐるの「太過」、力量足らざるの「不及」。この外また局中のどれ一行か偏多きを看る。金多・木多・火多・水多・土多は各々一類と成り、合わせて共に八類。條を逐いて列挙して下に如くす。(一)旺相。聲譽高く義氣重く、體格健壯にして神清氣爽し、威武剛烈にして事に遇えば果斷なり。(二)太過。勇を好みて謀なく、欲望多くして以て本身の剛正を損い、人と為りて刻薄にして内に毒念を蔵し、淫樂を好み殺伐を喜ぶ。(三)不及。思慮深くして決斷少なく、事を作せば屢々挫折に遭い、志氣堅からず、義を好むといえども、往往にして始有りて終無し。(四)金多。剛直にして勇を好み、義を見れば必ず為すも、做し過ぎても自家はなお覺えず、禮數を講じて勝を好む。(五)木多。よく曲直を分辨し、利害を權衡して兩に耽誤せず、また肯んじて德を修むるも、しかるに常に朋友を顧念するに因りて失意す。(六)火多。口才犀利にして辨に善し、禮を好みて義寡し。舉止は寬和にして、心裡はしかるに鄙吝なり。(七)水多。思慮過多にして力心に及ばず、人と為りて舊恩を念わず、處事局促として是非定まらず。(八)土多。看るに成なきに似て終に能く成あり、口頭は儉省にして心地は慈善なり。行事は隱晦にして、常に嫌疑の地に處す。この表の讀法。まず日干のどの五行に屬するかを定め出だし、さらに全局の強弱を判じ、さらに局中の何行か獨り多きを看て、然る後に號に對してその條目を取る。

同一木之日干,其八字,有旺相、太過、太及。三類。而金多、木多、火多、水多、土多,又各不同。其性情共計八類,分列如次: (一)旺相 仁慈敏厚,心懷惻隱 姿致秀麗 形狀慷慨 (二)太過 性拗心偏 嫉妒不仁計慮繁亂 襟懷瑣破 (三)不及 執性太柔 治事無規 胸懷不正 吝嗇堅鄙 (四)金多 剋制憔悴 剛而無斷 動思靜悔 舉義不常 (五)木多 柔性泛交 曲直自循 多學不實 聰明華潔 (六)火多 馳騁聰明 好學不切 明知故犯 善決發 (七)水多 漂流不定 言行相違 處事不寧 趨時委曲 (八)土多 取檢自信 奢而不奔 伏柔伏烈 言必鑑人

同じく木を以て日干と為すに、また旺相・太過・不及の三等に分かち(底本の「太及」はまさに「不及」とすべし)、さらに金多・木多・火多・水多・土多の五種の偏重に合して、共に八類を得て、分列して下に如くす。(一)旺相。仁慈敏厚にして心に惻隱を存し、姿容秀麗にして氣度慷慨なり。(二)太過。性子は執拗にして心思偏狹、嫉妒して仁心少なく、思慮繁亂して胸襟瑣碎にして破れ易し。(三)不及。執守の性は柔弱に過ぎて、辦事に章法なく、胸懷正ならず、吝嗇にして固陋なり。(四)金多。木は金に克せられて形容憔悴し、外表は剛強にして決斷なく、一動すればすなわち想い、一靜すればすなわち悔ゆ。義を行いて持久する能わず。(五)木多。性は柔にして交遊汎濫し、曲直はただ自家のあの一套に憑り、學ぶこと多くしてしかるに紮實ならず、聰明にして外表を修飾するを好む。(六)火多。木火通明して、聰明は外に露して馳騁を好み、學を好むもしかるに切實ならず、為すべからざるを明知して而も為し、事に遇えば發決はなお明快と稱す。(七)水多。水多くして木漂えば、行止は漂流して定まらず、言と行と相違い、處事安寧を得ず、一味に時に趨りて委曲して全を求む。(八)土多。拘檢して自信し、奢侈するといえども奔競に至らず、性情は忽ち柔忽ち烈にして、說話は總じて人を把りて鏡鑑と作すを要す。

同一水之日干,其八字,有旺相。太過,不及三類。而金多。木多,火多,水多,土多又各不同。其性情共計八類,分列如次: (一)旺相 智高量遠 計深慮密 執性聰明 學識過人 (二)太過 是非好動 飄蕩多淫 機詐詭譎 慘酷無極 (三)不及 反覆不常 膽小無略 性昏無賴 智識蔽塞 (四)金多 好義不實 志大多淫 智勝義負 賦性靈強 (五)木多 流而不止 執志反柔 臨事汗漫 奢儉失中 (六)火多 崇禮伉餐 深慮多憂 猛斷後悔 栗六少成 (七)水多 沉潛伏溺 小巧多權 苗而不秀 聲聞過情 (八)土多 沉潛窒塞 內利外鈍 忍而多恨 信義無決

同じく水を以て日干と為すに、なお旺相・太過・不及の三等に分かち、さらに金多・木多・火多・水多・土多の五種の偏重に合して、共に八類。分列して下に如くす。(一)旺相。智慧高く度量遠く、謀劃深くして思慮周密、秉性聰明にして學識は人に過ぐ――水は智を主り、その中和を得れば便ちこの種の氣象なり。(二)太過。是非多くして動を好み、行止飄蕩にして淫多く、機心詭詐にして、狠めば餘地を留めず。(三)不及。反覆して常なく、膽小にして謀略なく、心性昏昧にして無賴に近し。智識は閉塞して開かず。(四)金多。金は水を生じて水泛す。義を好むも切實ならず、志向大にして淫欲多く、智は餘ありて義足らず。天賦は靈敏強悍なり。(五)木多。水は木に泄されて流れて止む能わず。もと志を執定せんと欲するにかえって柔に變じ、事に臨めば漫として邊際なく、あるいは奢あるいは儉にして分寸を失う。(六)火多。水火相爭いて、禮節を崇尙して享用を好み(底本の「伉餐」はまさに「亢奢」の一類の訛に當るべし)、思慮深くして憂多く、決斷勇猛にして事後追悔し、忙碌瑣屑にして成少なし。(七)水多。一味に沈潛下伏して以て溺陷に致り、小巧にして權術多し。譬えば禾苗の穗を抽きてしかるに花開かざるがごとく、名聲は實情に超過す。(八)土多。土は水を克して水滯り、沈潛窒塞して、内裡精明にして外表遲鈍なり。能く忍耐するも怨恨を積むこと多し。信義を講じて決斷を缺く。

同一火之日干,其八字,有旺相、太過、不及三類。而金多、木多、火多、水多、土多,又各不同。其性情共計八類,分列如次。 (一)旺相 性速辨明 文章明敏 好事華飾 實學欠乏 (二)太過 酷烈傷物 執性爆燥 朝歡夕泣 每多傾危 (三)不及 生性巧佞 謹畏守禮 小有辨才 大事無決 (四)金多 志不自好 勝辨而剛 禮義失中 直而招謗 (五)木多 自恃威福 聰明志懦 靜則志明 好辨是非 (六)火多 崇禮義汩 明外昏內 自華而儉 不可速達 (七)水多 為德不均 巧而忘禮 多易多難 計深反害 (八)土多 立用沉密 利害敢為 言清行濁 執而不變

同じく火を以て日干と為すに、なお旺相・太過・不及の三等にして、さらに五行偏重に合し、共に八類。分列して下に如くす。(一)旺相。性子快く辨析清楚にして、文章明快敏捷、門面を裝點するを喜好す。紮實の學問はしかるに足らざるを嫌う。(二)太過。火烈して物を傷り、性情執拗暴躁にして、早上はなお歡喜し晚上は便ち哭泣す。行事は每每に傾危に瀕す。(三)不及。生性乖巧にして諂佞に近く、謹小愼微にして禮を守り、略々口才あるも、大事に遇えばしかるに主意を拿定する能わず。(四)金多。火は金を克して力分かれ、志向は自ら守る能わず、辨を好みて剛強を逞しくし、禮義は分寸を失い、過直なるに因りてかえって毀謗を招く。(五)木多。木は火を生じて勢に恃む。自ら恃みてよく威を作し福を作す。聰明にして志氣怯懦、安靜の時は神志清明、是非を爭辨するを好む。(六)火多。禮を崇めて義理を淹沒するに至り、外表は明亮にして内裡昏昧、自ら華美を炫してまた故に儉素を作す。事情は速成し難し。(七)水多。水は火を克して、德を施すに均ならず、機巧にして禮數を忘る。事情は忽ち易忽ち難、算計太深にしてかえってその害を受く。(八)土多。火は土を生じて氣泄す。立身して用心は沈穩縝密、利害に遇えば敢作敢為、言語は清高にして行事は渾濁、固執して變通を肯んぜず。

同一土之日干,其八字,有旺相、太過、不及三類。而金多、木多、火多、水多、土多、又各不同。其性情共計八類,分列如次。 (一)旺相 篤信神佛 不 爽信約 忠孝至誠 厚重可貴 (二)太過 執而不返 蔽塞不明 既愚且倔 古樸難用 (三)不及 不得眾情 不通事理 狠毒乖戾 堅嗇妄為 (四)金多 信而好義 剛而多躁 不能持重 處事無容 (五)木多 形勞志大 雜用狂從 用柔爽信 曲直黨情 (六)火多 施義忘親 外明少斷 奢儉失中,好禮口惠 (七)水多 貪功好進 凡順伏機 志善若昏 愛惡無義 (八)土多 重厚藏密 守信容物 或招毀謗 恩害敢為

同じく土を以て日干と為すに、なお旺相・太過・不及の三等に分かち、さらに五行偏重に合し、共に八類。分列して下に如くす。(一)旺相。篤く神佛を信じ、信約を失わず、忠孝は至誠より出づ。人と為りて厚重にして貴ぶべし――土は信を主り、中和を得れば便ちかくのごとき敦實なり。(二)太過。固執して回頭するを知らず、蒙蔽閉塞して事理を明らめず、すでに愚にして且つ倔なり。古樸は難く任用するの地步に到る。(三)不及。衆人の情を得ず、人情事理に通ぜず、狠毒乖戾にして、吝嗇固執して妄為す。(四)金多。土は金を生じて氣泄す。信を守りて義を好み、性剛なるも急躁多く、持重する能わず、處事は人を容るる能わず。(五)木多。木は土を克す。身形は勞碌して志向遠大、用心は駁雜にして盲從し易く、柔和の手段を用うるも信用を失い易し。曲直はただ親黨の情に隨う。(六)火多。火は土を生じて偏燥す。恩を外人に施してかえって親人を忘る。外表は明白にして決斷少なく、奢儉は分寸を失い、禮を好むもただ口惠のみ。(七)水多。土は水を克して心思は外に馳す。功を貪り進を好み、凡事は勢に順いて機心を伏藏す。本心は善に向うも昏昧不明のごとく、愛憎は全く循るべき義理なし。(八)土多。厚重にして蔵るること深密、信を守りて物を容るる能し。有時はかえってこれに因りて毀謗を招く。恩に於て害に於てもみな敢えて擔當す。

正印為用神,仁慈端方,惟正印太多,庸碌少成。梟神為用神,精明幹練,惟梟神太多,貪吝鄙嗇。正官為用神,光明正直,惟正官太多,意志不堅。七殺為用神,豪俠好勝,惟七殺太多,萎靡不振,傷官為用神,英明銳利,惟傷官太多;驕傲剛愎。食神為用神,溫厚恭良,惟食神太多,迂腐固執,比肩為用神,穩健和平,惟比肩太多,乖僻寡合。劫財為用神,敏捷奇巧,惟偏太多,敬這耽東。正為用神,克勤克儉,惟正財太多,懦弱無能。

以上は五行に按じて性情を論ずるなり。この一段は改めて「十神」より著眼す。同一個の神は、用神と作る時は優點、多くして災と成る時は便ち缺點に翻る。「正印」(我を生じて陰陽相異なるの神)を用神と為すは、人と為りて仁慈端方なり。ただ正印太多きは、便ち庸碌にして成なしと變ず。「梟神」(偏印。我を生じて陰陽相同じきの神)を用神と為すは、精明干練なり。梟神太多きは、すなわち貪吝鄙嗇なり。「正官」を用神と為すは、光明正直なり。正官太多きは、かえって意志堅からず。「七殺」(偏官。我を克して陰陽相同じきの神)を用神と為すは、豪俠にして勝を好む。七殺太多きは、便ち萎靡として振わず。「傷官」を用神と為すは、英明銳利なり。傷官太多きは、すなわち驕傲剛愎なり。「食神」を用神と為すは、溫厚恭良なり。食神太多きは、すなわち迂腐固執なり。「比肩」を用神と為すは、穩健和平なり。比肩太多きは、すなわち乖僻にして群に合せず。「劫財」を用神と為すは、敏捷奇巧なり。劫財太多きはすなわち貪求度なし(底本の此處は「惟偏太多,敬這耽東」と作す。文字訛脱。文例に據ればまさに「惟劫財太多」云々と為すべし)。「正財」を用神と為すは、克勤克儉なり(底本は「財」字を脱せり)。正財太多きは、かえって懦弱無能なり。

曲直格,仁厚。稼穡格,慈善,從革格,銳利。潤下格,圓活。炎上格,豪爽。從財、從財、從殺、從兒等格,循良。從旺、從強等格,剛健。化氣格,智慧。

さらに「格局」より性情を看る。「曲直格」(木の日干にして地支全く木局を會す)は人の仁厚を主る。「稼穡格」(土の日干にして四柱土重し)は人の慈善を主る。「從革格」(金の日干にして金氣方局を成す)は人の銳利を主る。「潤下格」(水の日干にして水勢局を成す)は人の圓通靈活を主る。「炎上格」(火の日干にして火局勢を成す)は人の豪爽を主る。この五種は五行の各々象を成すの專旺の格なり。「從財」「從官」「從殺」「從兒」(食傷に從う)などの身を捨てて相從するの外格に至っては、人の溫順にして分を守るを主る(底本の「從財」は兩見す。その一はまさに「從官」とすべし)。「從旺」「從強」などの一味に身を助くるの外格は、人の剛健有力を主る。「化氣格」(日干と鄰干と相合して他行に化す)は人の智慧に富むを主る。

同一身強八字。有抑者,有無抑者。其性情特黠,即分為二: (一)身強八字有抑者之性情特點 天性明白,豁達大度、順物而動,遇事能斷、常歡樂、好施與,多情多義、不畏不疑。 (二)身強八字無抑者(又不成外格)之性情特黠。 殘暴好鬥、性氣無常、不自檢束、不顧危亡、當惡侮善、持強凌弱。

同じく身強の八字は、なおさらに局中に日主を克制し泄耗するの字の有無を看るを要す。有りと無しと、性情は判然として二と為る(底本の「特黠」はすなわち「特點」。下同)。その一、身強にして抑制有る。天性は通達明白、豁達大度にして、よく事物に順應して動き、事に遇えば決斷あり、常に歡喜を懷き、施與を樂しみ、多情多義にして、すでに畏縮せずまた猜疑せず――これは官殺の管束あり、食傷の宣泄あり、財星の耗用ありて、力量はその去處を得ればなり。その二、身強にして抑制する一物なく、また「從旺」「從強」の一類の外格を成す能わざる。殘暴にして鬥を好み、脾氣は常なく、自ら約束を肯んぜず、危亡を顧みず、惡を助けて善を欺き、強橫に倚仗して弱小を欺壓す――滿局の身を助くるの氣は發泄するに由なく、ただ外に橫決するのみ。

同一身弱八字,有扶者,有無扶者。其性情特黠,即分為二: (一)身弱八字有扶者之性情特黠。 生性儉約、不忘設施、深機密慮、寡合少遇、 多疑忌、拘禮節、言行相顧、儀貌整飭 (二)身弱八字無扶者(又不成外格)之性情特黠。 淫邪虛為、拘縮執拗、矜奇炫異、多非少是、萎靡怠情。作事無斷。

同じく身弱の八字も、また幇扶日主の字の有無を看るを要す。有りと無しと、性情はまた二に分かつ。その一、身弱にして幇扶有る(局中に印綬の身を生ずるかあるいは比劫の身を助くるかあり)。生性は儉約にして他人を周濟するを忘れず、心思は深細縝密、交遊廣からず機遇多からず、多く疑忌し、禮節を拘守し、言と行とは彼此相照應し、儀容は整飭して度あり。その二、身弱にして幇扶する一物なく、また「從財」「從殺」の一類の外格を成す能わざる。行事は淫邪にして虛浮不實、畏縮拘束してまた執拗を兼ね、標新立異を好みて以て人の耳目を炫し、是非顛倒し、萎靡懈怠して(底本の「怠情」はまさに「怠惰」とすべし)、事を作すに決斷なし――身すでに根なく、事に遇えば自然に脚に立つ能わず。

按推斷性情,其法多端,尤非學理民經驗合參,難得精確。且有可以意會。難能言傳者,乃貴科活看,而不可拘泥也。以上所述,不過舉其例耳。

以下は作者の自注なり。性情を推斷するの方法は頭緒甚だ多く、尤も必ず學理と經驗の兩面を參合せしむるを要し(底本の「學理民經驗」、「民」はまさに「與」の訛に當るべし)、初めて精確の判斷を得出すを得。その中にまたある意會し得べく言傳し難きの地方あり。ゆえに靈活に看待するに貴し。條文に死守すべからず。上に列したるの種種は、過ぎず幾個の例子を挙ぐるのみ。この段の按語はまさに韋千里の命を論ずるの一貫の態度なり。條例は入門の梯子にして、人を量るの鐵尺に非ずと。

事業

傷官傷盡,或有殺有刃。或殺印相生,宜武備。傷食生財,或身財兩停,宜貿遷食神吐秀,或帶文昌,宜文學。正官清粹,或官印相生,宜政治。身重財輕,宜區程。劫比成群,宜自由職業。空拳覓利,財官並美,宜財政。

業を擇ぶは格局と十神の配置を看るを要す。「傷官傷盡」(傷官は勢を成して官星は盡く去る)、あるいは七殺ありてまた「羊刃」(日干の帝旺の支。氣極めて剛銳)あり、あるいは「殺印相生」(七殺は印を生じ印は再び身を生ず)のは、宜しく軍旅武職に從うべし。食傷は財を生じ、あるいは身と財と兩邊力量相當するは、宜しく販運を經商すべし。食神は秀を吐き(食神は日主の秀氣を泄す)、あるいは「文昌」貴人(聰明文采を主るの吉神)を帶ぶるは、宜しく文學著述すべし。正官は清純にして雜ならず、あるいは官印相生のは、宜しく政に從うべし。日主重くして財星輕きは、宜しく按部就班の途に就くべし(底本の「區程」はまさに「拘程」「規程」たる類に當るべし)。比肩劫財の群を成すは、宜しく自由職業にして、人の管轄を受けず。白手より家を起こして財官ともに美なるは、宜しく財政金融の事に任ずべし。

財官有力,日主朗健,可以自立為主,身旺無依,或身弱無助,只合依人作嫁。八字少沖少合,事業得成專一。多沖多合,則頻年變遷,栗六無成。 五行需水,或命有驛馬,宜流動事業,外勤職務。五行需火或需金,宜近工廠機械等事。五行需木或需土。則宜農林種植,固定實業。

財官は力量ありて、日主また健旺明朗なるは、以て門戶を自立し自家作主する可し。身旺にして依るべき一物なく、あるいは身弱にして相助くる一物なきは、ただ別人のために嫁衣裳を作り、他人に依附して生を謀るに合す。八字の裡、冲と合とともに少なきは、事業は專一にして成就し易し。冲多く合多きは、年年變動し、忙碌瑣碎にして(「栗六」はすなわち碌碌の意)一事も成なし。さらに五行の需要より方向を看る。命中は水を需め、あるいは「驛馬」(奔走遷動を主るの神煞。三合局の第一位の地支の冲する所の支より構成す)を帶ぶるは、宜しく流動性の行業と外勤職務とに從事すべし。命中は火を需めあるいは金を需むるは、宜しく工廠機械の一類に近づくべし。命中は木を需めあるいは土を需むるは、宜しく農林種植などの固定實業とすべし。

五行偏枯之命,所事多風俗波起落,亦有此業利而彼業不利者,五行停勻之命,大抵事業平穩,比比皆然。 八字病重藥輕。作事多出自動,而費力不計好。八字病藥相濟,事多出於被動,且遭受成而省力。

五行偏枯の命造は、做す所の事情は多半は風波に隨いて起落す(底本の「風俗波」、「俗」字は衍あるいは「浪」の訛と為すべし)。しかも往往この一行は利ありあの一行は利なし。業を選ぶは尤も謹愼を須う。五行停匀の命造は、事業は大都平穩にして、この類の例子は隨處に見る可し。さらに「病」と「藥」とを看る。八字の裡、病重くして藥輕き(忌神太強にして救應の神太弱し)は、事を做すに多く自家主動より出でて、しかるに力を費やして好を討たず。八字の裡、病と藥と彼此相當するは、事情は多く被動より出でて、かえって勢に順いて成り、力を省くこと甚だし。ここにいわゆる病とは、指す所は用神を傷害し格局を破壞するの神。いわゆる藥とは、指す所はこの病を制し去るの神なり。

按事業之推斷,其法不一。以上所述,舉其例端而巳已。更有性情環境之種種關係,不可拘泥片理由,乃貴乎活看。殆亦曉然胸中,而難以形容者也。

以下は作者の自注なり。事業を推斷するの方法は一種に止まらず。上の説く所はただ幾個の端緒を挙げ出だすのみ(底本の「巳已」はまさに「而已」とすべし)。この外また性情と環境との種種の牽連あり。一條の道理に拘執して去りて硬に套るべからず。なお舊に靈活に看待するに貴し。これらの道理は往往胸中に於て了了分明なれども、筆下に落つればしかるに形容し難し。作者は兩次「活看」を以て結と為す。まさに讀者を提醒するなり。命書の條例を列するは、判斷に一個の憑據を與ふるがため、人に按圖索驥せしめんと要するに非ずと。

官殺並見

官殺並見の影響

(一)日主喜克,官殺並見,吉力加增。 (二)日主忌克,官殺並見,凶力更顯。 (三)應用正官見混雜,八字不清,主多磨折。 (四)應用七殺見官混雜,命局淆亂,亦主奔波。 (五)用官而殺混,幸有去殺之神,凶而不凶。 (六)用殺而官混,幸有去官之神,凶而不凶。 (七)用官而殺混,並無去殺這神,凶不可免。 (八)用殺而官混,並無去官之神,亦以凶論。

「正官」と「七殺」とは同じく日主を克するの神にして、分別はただ陰陽に在るのみ。日干と陰陽相異なるは正官、相同じきは七殺。兩者は同時に一個の命局の裡に出現すれば、これを「官殺混雜」と叫作す。吉凶は日主本身の克せられるを需むるか否かを看るを要す。第一、日主身強にして克制を受くるを喜ぶは、官殺並見はかえって吉力を增加す。第二、日主身弱にして克を受くるを怕るるは、官殺並見は凶險はさらに顯なり。第三、もとより正官を取りて用と為すべきに、偏にまた七殺の來て混ずるを見れば、八字清ならず。一生多く磨折を主す。第四、もとより七殺を取りて用と為すべきに、偏にまた正官の來て混ずるを見れば、命局淆亂にして、また奔波勞碌を主す。第五、正官を用うて殺の來て混雜するに、幸に局中に殺を去るの神あれば、看るに凶に似て終究は凶ならず。第六、七殺を用うて正官の來て混雜するに、幸に官を去るの神あれば、同じく凶にして凶ならず。第七、官を用うて殺混ずるに、局中は並びに殺を去るの神なく(底本の「這神」はまさに「之神」とすべし)、凶險は避くべからず。第八、殺を用うて官混ずるに、局中は並びに官を去るの神なく、同じく凶を以て論ず。

官殺並見の喜忌

(一)身弱有印,喜官殺並見。 (二)身強有財,喜官殺並見。 (三)身弱無印,忌官殺並見。 (四)身強有傷食而無財,忌官殺並見。 (五)八字忌官,寺有傷官之制忌,又見七殺。 (六)八字忌殺,幸有食之制,忌又見正官。

官殺並見は究竟は喜ぶかあるいは忌むか。局中に承接する物の有無を看るを要す。第一、身弱にして印綬有るは、官殺並見を喜ぶ――官殺は身を克するといえども、しかるに先に去りて印を生じ、印は再び身を生ず。克はかえって變じて生と為ればなり。第二、身強にして財星有るは、官殺並見を喜ぶ――財は官殺を生じ、官殺は身を制す。正好く過旺の日主を把りて管束し住すればなり。第三、身弱にして印綬無きは、官殺並見を忌む――物の通關するなく、克力は直に日主の身上に落つればなり。第四、身強にして食傷ありてしかるに財星無きは、官殺並見を忌む――食傷はもと官殺を制せんと欲すれども、中間に轉圜するの財なく、すなわち兩軍對壘の爭戰の局と成ればなり。第五、八字はもと正官を忌み、幸に傷官ありてそれを制するに、この時は最もさらに七殺を見るを忌む(底本の「寺有」はまさに「幸有」とすべし)。第六、八字はもと七殺を忌み、幸に食神ありてそれを制するに、この時は最もさらに正官を見るを忌む。後の兩條の道理は相同じ。制服の神はただ一個を對付し得。第二個の來ればすなわちこれを顧みてかれを失えばなり。

官殺並見の去留

(一)官殺並見,嫌其混雜者,先謀去之之道,一者既去,一者自留矣。 (二)官殺並見,愛其互相協助者,不必議去議留,聽其自然可也。 (三)官殺並見,只有食神。去殺而留官。 (四)官殺並見,只有傷官,去官而留殺。 (五)官殺並見,食傷亦並見,官殺皆可去淨。

官殺すでに混雑すれば、すなわち一個の「誰を去り誰を留むるか」の問題あり。第一、凡そその混雑を嫌うは、まず一條のその中の一個を去るの路子を謀るを要す。一個すでに去れば、もう一個は自然に獨り留まり、命局は便ち清し。第二、凡そ命局は官殺の身を合力して制するを需め、その互相協助するを愛するは、便ち去を議し留を議するを要せず。その自然に聽かば便ち好し。第三、官殺並見して局中にただ食神あるのみなれば、食神と七殺とは同性相制す。すなわち殺を去りて官を留む。第四、官殺並見して局中にただ傷官あるのみなれば、傷官は專ら正官を克す。すなわち官を去りて殺を留む。第五、食神傷官は同時にともに有れば、官と殺とはみな去りて乾淨と為り得――ただ去り盡したる後、日主はなお管束を需むるか否か、別に論ずに當る。これ幾條の關鍵は在りて曰く、清純は混雑に勝り、寧ろただ一個を留めて情あるを取るべく、兩個ともに在りて相礙げるべからず。

(六)如甲日並見辛官庚殺,又有丙火合辛,是謂合官留殺。合者絆也,絆亦可去也。 (七)如甲日而透庚金七殺,又支見酉金,是庚殺乘旺,不作官殺混雜,不必議其去留耳。

第六條は例を挙げて説明す。「合」もまた去るの作用を起し得。甲木日干は、天干に同時に辛金正官と庚金七殺とを透出す。もし別に丙火ありて干に出でば、丙と辛と相合し(丙辛は水に合す)、辛官は絆住せられてさらに官と作る能わず。これを「合官留殺」と叫ぶ。いわゆる合とは、すなわち牽絆なり。牽絆し住せば、去るの效果と相同じ。第七條はすなわち一種の混ずるに似て混ぜざるの情形を辨明す。甲木日干は天干に庚金七殺を透出し、地支にまた酉金を見る――酉は陰金に屬し甲に於ては正官の氣なりといえども、ただそれは庚金の旺地(庚は祿は申に在り旺は酉に在り)なれば、ただ七殺の旺に乘じて根を得と算して、並びに官殺混雜と算せず。すなわち去留を議論するを用いざらん。見るべし、混雜を判ずるはただ天干の顯露する官殺を論じ、地支の根と為る者はこの例に在らず。

(八)甲乙日見申酉,以巳去申,或以寅去申,以午去酉,或以卯去酉。丙丁日見亥子,以辰戌去亥,或以巳去亥,以丑未去子,或以午去子。戊己日見寅卯,以申去寅,以酉去卯。庚辛日見巳午,以亥去巳,以子去午。壬癸日見辰戌丑未,以寅去辰戌,以卯去丑未。

第八條は地支の上の官殺をいかに去るかを講ず。凡そ支中の官殺を去るは、「合」「冲」「克」の三法より出でず。甲乙木日干は申酉金を見れば(金は木を克すればすなわち官殺)、以て巳を用いて申を去り(巳申は相合して絆す)、あるいは寅を用いて申を去り(寅申は相冲す)、午を用いて酉を去り(午火は酉金を克す)、あるいは卯を用いて酉を去り(卯酉は相冲す)。丙丁火日干は亥子水を見れば、以て辰戌を用いて亥を去り(土は水を克す)、あるいは巳を用いて亥を去り(巳亥は相冲す)、丑未を用いて子を去り(土は水を克す)、あるいは午を用いて子を去り(子午は相冲す)。戊己土日干は寅卯木を見れば、申を用いて寅を去り(申寅は相冲す)、酉を用いて卯を去り(卯酉は相冲す)。庚辛金日干は巳午火を見れば、亥を用いて巳を去り(巳亥冲)、子を用いて午を去り(子午冲)。壬癸水日干は辰戌丑未土を見れば、寅を用いて辰戌を去り(木は土を克す)、卯を用いて丑未を去り(木は土を克す)。

(九)戊己日見寅卯,又遇午戌,則寅合午戌成火,而卯獨當權。庚辛日見巳午,又遇酉丑,則巳會酉丑成金,而午獨當權。甲乙日見申酉,又遇子辰,則申會子辰成水,而酉獨當權。丙丁日見亥子,又遇卯未,則亥會卯未成木,而子獨當權。壬癸日見丑辰或戌未,又遇子申或寅午則辰會子申成水,戌會寅午成火,而丑未當權矣。

第九條は「三合局」を用いて官殺の中の一個を牽いて走らせるを講ず。剩るあの一個は自然に獨りその權に當る。地支は四位ごとに相隔ちて相合成りて一局と為す。寅午戌は火に合し、巳酉丑は金に合し、申子辰は水に合し、亥卯未は木に合す。戊己土日干は寅卯を見て官殺と為す。もし局中また午と戌とあれば、寅は便ち拉されて去りて火局を合成し、ただ卯木のみ獨り權に當る。庚辛金日干は巳午を見て官殺と為す。もしまた酉と丑とあれば、巳は拉されて去りて金局を合成し、ただ午火のみ權に當る。甲乙木日干は申酉を見れば、もしまた子と辰とあれば、申は拉されて去りて水局を合成し、ただ酉金のみ權に當る。丙丁火日干は亥子を見れば、もしまた卯と未とあれば、亥は拉されて去りて木局を合成し、ただ子水のみ權に當る。壬癸水日干は丑辰あるいは戌未を見て官殺と為す。もしまた子申あるいは寅午あれば、辰は子申に會して水に化し、戌は寅午に會して火に化す。是に於てただ丑未の兩個の土のみ權に當る。

(十)丙丁日見亥子,若子隨辰合入庫,則亥當權。庚辛日見巳午,若午隨戌合入庫,則巳當權。戌己日見寅卯,若卯隨未合入庫,則寅當權。甲乙日見申酉,若酉隨丑合入庫,則申當權。 (十一)庚辛申酉並見,足可以去一甲一乙一寅一卯,亦可去甲寅乙卯。若一庚一申一辛一酉,去甲乙寅卯,勢必不能。

第十條は上條と同じ理にして、ただ換えて「入庫」と為す。辰は水庫、戌は火庫、未は木庫、丑は金庫なり。本氣の支は庫支に收め去られれば、便ちさらに權に當らず。丙丁日干は亥子官殺を見れば、子はもし辰に隨いて合して水庫に入れば、すなわちただ亥のみ權に當る。庚辛日干は巳午を見れば、午はもし戌に隨いて火庫に入れば、ただ巳のみ權に當る。戊己日干は寅卯を見れば(底本の「戌己」はまさに「戊己」とすべし)、卯はもし未に隨いて木庫に入れば、ただ寅のみ權に當る。甲乙日干は申酉を見れば、酉はもし丑に隨いて金庫に入れば、ただ申のみ權に當る。第十一條は力量の配比を講ず。庚・辛・申・酉の四金齊備せば、一個の甲・一個の乙・一個の寅・一個の卯を去るに足る。甲寅・乙卯の兩組を去るにも足る。ただもし一庚一申一辛一酉あるのみにして、同時に甲・乙・寅・卯の四木を去らんと要せば、力量はすなわち萬萬足らず。去留の説は、終に歸して要に雙方の分量を衡量す。

(十二)官殺並見,傷官食神亦並見。傷官較為有力。則去官,食神較為有力,則去殺。 (十三)陰日傷官,可以去官,又可以合殺。貼近正官,則以去官論。貼近七殺,則以合殺論。陽日食神,可以去殺,而又可合官。貼近七殺,則以去殺論貼近正官,則以合官論。陰日食神,只可去殺,不能合官。陽日傷官,只可去官,不能合殺。

第十二條。官殺すでに並見し、食神傷官もまた並見する時は、すなわちどれ一個かさらに力量あるを看る――傷官有力なれば官を去り、食神有力なれば殺を去る。第十三條は陰陽日干の差別を辨ず。須く實例を以て體會すべし。乙木は陰日に屬し、その傷官は丙火なり。丙はよく庚(乙の正官)を克して官を去る能し、また辛(乙の七殺)と相合して殺を絆する能し。この時は位置を看る。丙は正官に貼近すればすなわち去官と算し、七殺に貼近すればすなわち合殺と算す。甲木は陽日に屬し、その食神は丙火なり。丙はよく庚(甲の七殺)を克して殺を去る能し、また辛(甲の正官)を合する能し。七殺に貼近すれば去殺と算し、正官に貼近すれば合官と算す。乙木の食神は丁火に至っては、丁はただ辛を克して殺を去る能して、しかるに庚を合する能わず(庚はすでに乙自身と相合す)。甲木の傷官もまた丁火なり。丁はただ辛を克して官を去る能して、しかるに庚を合する能わず。ゆえに説く、陰日の食神はただ殺を去り得て官を合する能わず、陽日の傷官はただ官を去り得て殺を合する能わずと。

燥濕

大抵命局亢燥,則喜潤澤。命局潮溼,則喜暄燠。八字無水或少水,值於夏令,或多木多火,乃亢燥之局。若命中喜土,逢燥土則益燥,未必佳妙。逢溼土則得滋,上加吉矣。八字無火或火少,時在冬令,或多金多水,乃潮溼之乙,如命中喜土,逢溫土則更溼,未易言吉。逢燥土則去溼,花添錦上矣。天干五行,無分燥溼,地支則昭然有別。今請一一言之,亦學命所不可不知也。

命を看るは五行の多寡を看るを除きて、なお全局の干濕寒暖を看るを要す。大抵命局は亢燥のは、潤澤を得るを喜ぶ。命局は潮濕のは、溫暖を得るを喜ぶ。八字の裡に水なくあるいは水極めて少なく、また夏季に生まれ、あるいは木多く火多きは、すなわち亢燥の局なり。この種の命はもし土を喜べば、燥土に遇上ればたださらに燥するのみにして、未だ必ずしも好事ならず。濕土に遇上せば初めて滋潤を得。それは初めて錦の上に花を添ゆるなり。反對に、八字の裡に火なくあるいは火極めて少なく、冬季に生まれ、あるいは金多く水多きは、すなわち潮濕の局なり(底本の「潮濕之乙」、「乙」はまさに「局」の誤に當るべし)。この種の命はもし土を喜べば、濕土に遇上れば(底本は「溫土」と作す。まさに「濕土」とすべし)たださらに濕するのみにして、甚だ吉と説き難し。燥土に遇上せば初めて濕を去り得。それは初めて錦の上に花を添ゆるなり。天干はただ五行を論じて、燥濕を分かたず。地支は蔵干の同じからざるに因りて、燥濕は判然として別あり。以下逐一に説明す。これもまた命を學ぶ人の知らざるべからざるなり。

子、卯、酉、為純金純水純木,亦無燥溼之分。丑中己辛,為溼土溼金,因有癸水藏也。寅申甲戊,為燥木燥土,因有丙火藏也。辰中戊乙,為溼土溼木,因有癸水藏也。巳中戊庚,火燥土燥金,因有丙火藏也。午中之己,為燥土,因有丁火藏也。未中己乙為燥土燥木,因有丁火藏也。申中庚戊,為溼金溼土,因有壬水藏也。戌中戊辛,為燥土燥金,因藏有丁火也。亥中之甲,為溼木,因藏有壬水也。

地支の燥濕は、全くその「藏干」の裡に水あるか無きか・火あるか無きかを看る。子・卯・酉の三支は各別に純水・純木・純金にして、本氣單一なれば、ゆえに燥濕を分かたず(原文は「純金純水純木」と列作す。子卯酉の次序と相對應す)。丑中は己土・辛金を蔵し、同じく癸水を藏するに因りて、ゆえに濕土・濕金なり。寅中は甲木・戊土を蔵し(底本の「寅申」はまさに「寅中」とすべし)、同じく丙火を藏するに因りて、ゆえに燥木・燥土なり。辰中は戊土・乙木を蔵し、同じく癸水を藏するに因りて、ゆえに濕土・濕木なり。巳中は戊土・庚金を蔵し、同じく丙火を藏するに因りて、ゆえに燥土・燥金なり(底本の「火燥土燥金」、「火」は「為」とすべし)。午中の蔵する己土は、同じく丁火を藏するに因りて、燥土なり。未中の蔵する己土・乙木は、同じく丁火を藏するに因りて、燥土・燥木なり。申中は庚金・戊土を蔵し、同じく壬水を藏するに因りて、濕金・濕土なり。戌中は戊土・辛金を蔵し、同じく丁火を藏するに因りて、燥土・燥金なり。亥中の蔵する甲木は、同じく壬水を藏するに因りて、濕木なり。同一個の土字にして、丑辰に在れば便ちよく水を納れ、午未戌に在れば便ちただ燥を助くるのみ。用神の取捨は全くここに高下を分かつ。

初學捷徑

用之官星不可傷,不用官星盡可傷。 用之財官不可劫。不用財星盡可劫。 用之印綬不可壞。不用印綬盡可壞。 用之食神不可奪。不用食神盡可奪。 用之七釘不可制。制殺太過反為凶。 身殺兩停宜制殺。殺重身輕宜化殺。 身強殺淺宜生殺。羊刃重重喜食傷。 若逢官殺變生殃,財多身弱宜劫刃。 劫重財輕喜食神,官旺身衰宜印地, 官衰印旺利財縛,莫道梟神無用處, 殺多食重最為良,勿謂羊刃是凶物, 財多殺黨亦為貞。

この一段は初學者に與ふるの口訣にして、通篇ただ一個の道理を講ず。十神本身は吉凶と謂ふべきなく、用神なるか否かが初めて護るべきか破るべきかを決定す。取りて用神と作る官星は絶に傷るべからず。取りて用神と作らざる官星は盡く傷る可し。取りて用神と作る財官は劫奪せらるべからず。取りて用神と作らざる財星は盡く劫す可し。取りて用神と作る印綬は破壞せらるべからず。取りて用と為さざる印綬は盡く破る可し。取りて用神と作る食神は梟神に奪い去らるべからず。取りて用と為さざる食神は盡く奪う可し。取りて用神と作る七殺(底本の「七釘」は「七殺」の訛り)はさらに制伏を加ふべからず。殺を制すること太過なればかえって凶と成る。日主と七殺と勢均力敵のは、宜しく食傷を用いて殺を制すべし。殺重くして身輕きは、宜しく印綬を用いて殺を化すべし。身強にして殺淺きは、かえって宜しく財を用いて殺を生ずべし。「羊刃」の重々疊々たるは、食傷その鋒芒を泄するを見るを喜ぶ。もしさらに官殺の來て激するに逢えば、かえって禍殃を生ず。財多くして身弱のは、宜しく劫財・羊刃の身を助け財を奪うを得べし。劫財重くして財星輕きは、食神の通關して、劫財の氣を把りて轉じて去りて財を生ぜしむるを喜ぶ。官旺にして身衰のは、宜しく印綬の地に走りて官を化し身を生ずべし。官衰にして印旺のは、財星を用いて印綬を牽制するに利あり。梟神(偏印)の用處なしと説くなかれ。殺多くして食神もまた重きの局面に遇上せば、梟神は食を奪い殺を留めて用あり。まさに最も好きの配合なり。また羊刃は必定凶物と以為するなかれ。財多くして殺また黨を結ぶの時候、羊刃は身を助け財に任ず。同じく吉徵なり。

五行生克衰旺顚倒微妙

木本生火,木多火熾。有金克木,則可生火矣。 火本生土,火多土焦。有水克火,則可生土矣。 土本生金,土多金埋。有木克土,則可生金矣。 金本生水,金多水弱。有火克金,則可生水矣。 水本生木,水多木浮。有土克水,則可生木矣。 木本生火,火多木焚。水克火則生木,火生土則存木也。 火本生土,土重火熄。木克土則生火,土生金則存火也。 土本生金,金多土洩。火克金則生生,金生水則存土也。 金本生水,水泛金沉。土克水則生金,水生木則存金也。 水本生木,木旺水涸。金克木則生水,木生火則存水也。

五行の相生はもと常理にして、一たび一方は量に過ぎれば、生はすなわち翻りて害と成る。これすなわち「顚倒」の妙なり。まず母旺にして子傷を受くを説く。木はもと火を生ずるに、木太多きはかえって火を把りて壓して熾塞して通ぜず。この時金ありて來て木を克すれば、木一たび減れば、火はかえって生を得。火はもと土を生ずるに、火太多きはかえって土を把りて燒焦し、水ありて火を克すれば、土はかえって生を得。土はもと金を生ずるに、土太多きはかえって金を把りて埋沒し、木ありて土を克すれば、金はかえって生を得。金はもと水を生ずるに、金太多くして水はかえって衰弱を顯し、火ありて金を克すれば、水はかえって生を得。水はもと木を生ずるに、水太多ければすなわち木は漂浮して根なし。土ありて水を克すれば、木はかえって生を得――これすなわちいわゆる「母多くして子を滅す」。救法はその母を克するに在り。次いで子旺にしてかえって母を傷るを説く。木はもと火を生ずるに、火太旺なればかえって木を把りて燒盡す。この時あるいは水を用いて火を克し、あるいは火を用いて去りて土を生ぜしめ(火の氣を泄す)、木はみな保全し得。火はもと土を生ずるに、土太重ければかえって火を把りて掩熄し、あるいは木を用いて土を克し、あるいは土を用いて去りて金を生ぜしめば、火はみな保全し得。土はもと金を生ずるに、金太多ければかえって土の元氣を把りて泄し盡し、あるいは火を用いて金を克し、あるいは金を用いて去りて水を生ぜしめば、土は便ち存を得(底本の「則生生」はまさに「則生土」とすべし)。金はもと水を生ずるに、水太泛濫なればかえって金を沈沒せしめ、あるいは土を用いて水を克し、あるいは水を用いて去りて木を生ぜしめば、金は便ち存を得。水はもと木を生ずるに、木太旺なればかえって水を把りて吸乾し、あるいは金を用いて木を克し、あるいは木を用いて去りて火を生ぜしめば、水は便ち存を得――これすなわち「子多くして母衰え」。救法はその子を克しあるいはその子を泄するに在り。

木生火也,木火兩旺,宜水以養木。 火生土也。火土兩旺,宜木以養火。 土生金也。土金兩旺,宜火以助土。 金生水也。金水兩旺,宜土以生金。 木能生火,然火亦能生木也。水 生木者,潤地之燥也。火生木者,解天之凍也。 木能生火,然火亦能生木也。水生木者,潤地之燥也。火生木者,解天之凍也。

母子兩旺の時は、宜しくいずれか一方を克し去るべからず。ただ宜しくさらに上に往きて一層を追いて、去りてあの母を生ずべし。木は火を生じて木火ともに旺なれば、宜しく水を用いて木を養うべし――水は木を生じ、木は自然に源源として火を生ず。火は土を生じて火土ともに旺なれば、宜しく木を用いて火を養うべし。土は金を生じて土金ともに旺なれば、宜しく火を用いて土を助くべし。金は水を生じて金水ともに旺なれば、宜しく土を用いて金を生ずべし。これを「その勢に順いてその根を培う」と叫ぶ。接いで反生の理を講ず。木はよく火を生ず。しかるに火はかえってまたよく木を生ず。水のよく木を生ずる所以は、地上の乾燥を潤澤するなり。火のよく木を生ずる所以は、天時の寒凍を解開するなり――冬木は火を得て、凍解きて氣舒やぐ。まさに生意の在る所なり。(この條の底本は重ねて一度出づ。前の一度は竝びて行末に斷じて兩行と作す。文字全く同じ。いま照錄す。)

火能生土,然土亦能生火也。木生火者,冬木之枯也。土生火者,夏土之燥也。 土能生金,然金亦能生土也。火生土者,去地之溼也。金生土者,防土之傾也。 金能生水,然水亦能生金也。土生金者,砥水之溢也。水生金者,制火之烈也。 水能生木,然木亦能生水也。金生水者,阻其洩漏也。木生水者,去其淤塞也。

反生の道理は、行ごとに推して下ればみな成立し得。火はよく土を生ず。土はかえってまたよく火を生ず。木のよく火を生ずる所以は、冬天の枯木の燃え易きを取るなり。土のよく火を生ずる所以は、夏土の乾燥にして火氣を承くる能きを取るなり。土はよく金を生ず。金はかえってまたよく土を生ず。火のよく土を生ずる所以は、地裡の濕氣を去るなり。金のよく土を生ずる所以は、土のために傾瀉の勢を擋ぐなり。金はよく水を生ず。水はかえってまたよく金を生ず。土のよく金を生ずる所以は、堤を築きて水の漫溢を阻むなり。水のよく金を生ずる所以は、火の猛烈を制住して金の熔を受けざらしむるなり。水はよく木を生ず。木はかえってまたよく水を生ず。金のよく水を生ずる所以は、その泄漏を堵住するなり。木のよく水を生ずる所以は、その淤塞を疏去するなり。見るべし、五行の間は單向の機械關係に非ず。凡そよく某一行の病を除去すれば、すなわちそれを生ずるに等し。

木本克土,土多木折。水生木,則木能克土。 火本克金,金多火熄。木生火,則火能克金。 土本克水,水多土蕩。火生土,則土能克水。 金本克木,木多金缺。土生金,則金能克木。 水本克火,火多水涸。金生水,則水能克火。 木克土,土太多。宜金以衛土也。 火克金,火太多。宜水以養金也。 土克水,水太多,宜木以納水也。 金克木,木太多,宜火以榮木也。 水克火,火太多,宜土以扶火也。

相克もまた一樣に顚倒あり。まず克する者はかえって克せらるる所の神に拖き垮さるを説く。木はもと土を克するに、土もし太多ければ、木はかえって折斷せられん。この時水を用いて木を生ぜしめば、木は力を得て初めて土を克し動かすを得。火はもと金を克するに、金もし太多ければ、火はかえって撲熄せられん。木を用いて火を生ぜしめば、火は初めて金を克し動かすを得。土はもと水を克するに、水もし太多ければ、土はかえって冲蕩せられん。火を用いて土を生ぜしめば、土は初めて水を制し得住すを得。金はもと木を克するに、木もし太多ければ、金はかえって崩缺せられん。土を用いて金を生ぜしめば、金は初めて木を砍し動かすを得。水はもと火を克するに、火もし太多ければ、水はかえって燒乾せられん。金を用いて水を生ぜしめば、水は初めて火を澆し滅するを得――救法はみなあの克する者を生ずるに在り。次いで克せらるる一方の欺を受くること太甚の時の救法を説く。木は土を克して木太多ければ、宜しく金を用いて去りて土を衛護すべし(金は木を克し、木退けばすなわち土安んず。底本の「土太多」はまさに「木太多」とすべし)。火は金を克して火太多ければ、宜しく水を用いて去りて金を養うべし。土は水を克して水太多ければ、宜しく木を用いて去りて水を納るべし(木は水を吸いて水は橫流せず)。金は木を克して木太多ければ、宜しく火を用いて去りて木を榮やかすべし(火は木氣を泄してかえって木を榮ならしむ)。水は火を克して火太多ければ、宜しく土を用いて去りて火を扶くべし(土は火を泄して水はさらに攻むる能わず)。

木克土也,木土兩旺,宜水以潤土。 土克水也。水土兩旺,宜火以溼水。 水克火也。水火兩旺,宜金以熄火。 火克金也。火金兩旺,宜木以缺金。 金克木也。金木兩旺,宜土以折木。 木能克土,然水亦能克木也。木克土者,春土之柔也。土克木者,夏土之燥也。 土能克水,然水亦能克土也。土克水者,夏水之涸也。水克土者,冬水之凍也。 水能克火,然火亦能克水也。水克火者,金水寒凝也。火克水者,杯水車薪也。 火能克金,然金亦能克火也。火克金者,春火之相也。金克火者,冬火之囚也。 金能克木,然木亦能克金也。金克木者,金堅木凍也。木克金者,木盛金脆也。

克する者と克せらるる者との兩邊ともに旺の時は、宜しくさらに一方を助くべからずして、別に一物を尋ねて調停せんことを要す。木は土を克して木土ともに旺なれば、宜しく水を用いて土を潤すべし――水はすでに木を泄してまた土を滋す。兩邊ともにその平を得。土は水を克して水土ともに旺なれば、宜しく火を用いべし(底本の「宜火以濕水」はまさに「以溫水」とすべし。火は土を溫し燥して水は橫流せず)。水は火を克して水火ともに旺なれば、宜しく金を用いべし――金は水を泄し水を生ずるは固然として水を助く。ここに取る所はその火勢を收斂するの意なり(原文は「宜金以熄火」と作す)。火は金を克して火金ともに旺なれば、宜しく木を用いべし――木は火を泄して金は喘息を得(原文は「以缺金」と作す)。金は木を克して金木ともに旺なれば、宜しく土を用いべし――土は金を泄して木は傷を受けず(原文は「以折木」と作す)。以下さらに反克を講ず。木はよく土を克す。土はかえってまたよく木を克す(底本の「然水亦能克木」、「水」は「土」とすべし)――木の土を克するは、春天の土性柔弱を取るなり。土の木を克するは、夏天の土燥にして木は吸乾せらるるを取るなり。土はよく水を克す。水はかえってまたよく土を克す――土の水を克するは、夏水はもとより乾涸す。水の土を克するは、冬水は凝凍して冰と成り、堅は土に過ぐ。水はよく火を克す。火はかえってまたよく水を克す――水の火を克するは、金水寒凝の勢なり。火の水を克するは、杯水車薪にして、水少なければかえって燒乾せらる。火はよく金を克す。金はかえってまたよく火を克す――火の金を克するは、春天の火は相氣を得て金衰ゆ。金の火を克するは、冬天の火は囚地に處して金旺す。金はよく木を克す。木はかえってまたよく金を克す――金の木を克するは、金堅にして木凍脆なり。木の金を克するは、木盛にして金はかえって崩缺す。

旺者宜克。然旺之極者,宜洩而不宜克也。所謂實則瀉其子,是以春木森森,宜火旺以通耀。夏火炎炎,宜土多而斂威。秋金銳銳,宜水盛以流清。 冬水洋洋,宜木眾而納勢,季土疊疊,宜重金以吐秀。 弱者宜生。然弱之極者,宜克而不宜生也。所謂虛則補其母,是以秋木凋落,宜金而不宜水也。冬火熄滅,宜水而不宜木也仲春之土無火生,反宜木也。仲秋之土無火生,反宜金也。 陽之極者,陰至也。陰之極者,陽至也。寒極則熱生也。熱極則寒生也。

一般に旺る者は克するに宜しと説くも、しかるに旺ること極點に到るは、すなわちただ泄するに宜しくして克するに宜しからず。これすなわち醫家の説く所の「實則瀉其子」なり。春天の木氣森森たるは、宜しく旺火ありてその氣を把りて透出して光を放たしむべし。夏天の火勢炎炎たるは、宜しく多土ありてその威勢を把りて收住すべし。秋天の金氣銳利なるは、宜しく盛水ありてそれを流轉清澈せしむべし。冬天の水勢汪洋たるは、宜しく衆木ありてその氣勢を承納すべし。四季月の土は層層疊疊たるは、宜しく重金ありてその秀氣を把りて吐出すべし。反對に、一般に弱者は生ずるに宜しと説くも、しかるに弱ること極點に到るは、かえって克するに宜しくして生ずるに宜しからず。これすなわち「虛則補其母」の道理なり。秋木凋零するは、宜しく金を見るべくして水を見るに宜しからず(水は木を生ずるといえども、秋水寒にして木は受けず。かえって金のこれを克して木をしてその根に返るを知らしむるに如かず)。冬火熄滅するは、宜しく水を見るべくして木を見るに宜しからず(此處の底本は文氣急促にして句讀を加えず。その意は謂ふ、冬木は濕寒にして火を生ずる能わず。かえって水のその性を激するに如かずと)。仲春の土は火の來て生ずるなく、かえって宜しく木を見るべし。仲秋の土は火の來て生ずるなく、かえって宜しく金を見るべし。總じて歸するに一句。陽は極處に到れば陰は便ち來り、陰は極處に到れば陽は便ち來り、寒は極り、寒は極處に到れば熱は便ち生じ、熱は極處に到れば寒は便ち生ず――命理は物極まれば必ず反ると講じ、天道と一般なり。

評斷篇

評斷の程序

每一命局,或五行錯綜,或六神紛雜,評斷而無規定程序,極難入手。茲議為八步如後。 (一)看強弱。 (二)定格局。 (三)取用神。 (四)論喜忌。 (五)查歲運。 (六)推六親。 (七)評性情。 (八)斷事業。

毎一個の命局は、あるいは五行交錯紛雜にし、あるいは「六神」(我を生じ我が生じ我を克し我が克し我に同じの諸神の總稱。すなわち印・食傷・官殺・財・比劫)は頭緒繁多なり。評斷はもし一定の次第なければ、極めて下手し難し。作者はこれに因りて八個の步驟を擬定し、次に依りて行う。第一步は日主の強弱を看る。第二步は格局を定む。第三步は用神を取る。第四步は喜忌を論ず。第五步は大運流年を査す。第六步は六親を推す。第七步は性情を評す。第八步は事業を斷ず。この八步は全書の命例の通用の框架にして、後の「評斷の舉例」の幾造は、まさに條を逐いてこの次序に按じて演じて讀者に看せるなり。

評斷の標準

(一)看強弱以日干為主。以多寡、盛衰、失時、得令、為標準。 (二)定格局,以月支為標準(外格不在此例)。 (三)以用神,以助強扶弱為標準。 (四)論喜忌,以用神為標準。 (五)查歲運,以喜忌為標準。 (六)推六親,以四柱六神為標準。 (七)評性情,以五行用神等為標準。 (八)斷事業,以用神及喜忌為標準。

八步は各々各々の準繩あり。第一、強弱を看るは日干を以て主體と為し、身を助くるの神と克泄の神との多寡盛衰、および日干の月令の上に時を失うか令を得るかを衡量す。第二、格局を定むるは月支の蔵する所の神を以て準と為し、月支より何神か透出せば便ち何格かを立つ(專旺・從化の一類の「外格」はこの例に在らず)。第三、用神を取るは「抑強扶弱」を以て準と為す――身強なれば則ち克泄耗の神を取り、身弱なれば則ち生扶の神を取る(原文の「以用神」、「以」はまさに「取」とすべし)。第四、喜忌を論ずるは用神を以て準と為し、凡そ用神を生助するはこれ喜神、凡そ用神を損傷するはこれ忌神。第五、大運流年を査するは喜忌を以て準と為し、喜神の地に行れば則ち吉、忌神の地に行れば則ち凶。第六、六親を推すは四柱の居する所の宮位と六神とを以て準と為す。第七、性情を評するは五行偏重と用神の屬性とを以て準と為す。第八、事業を斷ずるは用神および喜忌の屬する所の五行・十神を以て準と為す。八條は環環相扣す。用神は一たび取り錯れば、後の五步は全盤みな誤る。ゆえに用神を取るは評斷の樞紐なり。

評斷の舉例

(一)陸姓乾命

癸未 甲子 丙戌 己亥 一歲 癸亥 十一 壬戌 廿一 辛酉 三一 庚申 四一 己未 五一 戊午

これは上文の八步の程序に按じて演示する第一造にして、男命なり。四柱は直排して、上より下へ依次に年柱癸未・月柱甲子・日柱丙戌・時柱己亥。日柱天干の丙火はすなわち「日主」にして、命主本人を代表し、月支の子水は「月令」にして、全局の氣候と格局とを決定す。右側の一欄は「大運」。一歲に運を起こし、此後每十年に一柱を換え、依次に癸亥・壬戌・辛酉・庚申・己未・戊午。大運の干支は月柱より推して出づ。男命は陽年に生まれれば順排し、陰年に生まれれば逆排す。女命はこれに反す。この造は年干癸は陰に屬し、男命なればゆえに逆行す。ゆえに月柱甲子より倒して退きて癸亥・壬戌・辛酉……と成る。命を看る時は大運と當年の「流年」とを合わせて參すれば、便ち某段の年歲の順逆を推知し得。

強弱 丙死於冬。亥子癸三水,既得其令,又兢來克。未戌己土雖能制水,乃本身先洩丙火之氣,只月上甲木生丙。綜計全局,抑者太多,扶者太少,故丙干以弱論。 格局 丙生子月,干透癸水,為正官之格。

第一步は強弱を看る。丙火は冬天に生まれ、十二長生の次序に按ずれば、丙火は子月にまさに「死」の地にして、先天すでに時を失う。局中の時支亥・月支子・年干癸は、三處ともに水にして、すでに令に當り勢を得、また爭いて來て丙火を克す(底本の「兢來克」、「兢」はまさに「競」とすべし)。年支未・日支戌・時干己は土なりといえども、よく水を制するも、しかるに土はまず丙火の氣を泄して初めて形を成さんことを要す。倒忙を助くるに等し。全局にただ月干の一個の甲木ありてよく丙火を生ず。總じて算して下れば、日主を抑制するは太多く、日主を扶助するは太少し。ゆえに丙火は身弱と斷ず。第二步は格局を定む。丙火は子月に生まれ、子中の蔵する癸水はまた天干に透す。癸水は丙火に對して言えば我を克して陰陽相異なるの神、すなわち「正官」なり。ゆえに「正官格」と立つ。

用神 丙既云弱,必須生扶。月上甲木洩水之有餘,生火之不足,取用無疑,即謂官格用印是也。 喜忌 既用甲木,自喜木火助用助身,不畏土之洩火。水之克水,蓋土有木制,水有木當也,然亦非所喜耳。最忌金為生水助虐。克木則傷用。

第三步は用神を取る。丙火はすでに身弱なれば、必ず生扶せんことを要す。月干の甲木は一面に水の有餘の氣を吸い去り、一面に火の不足を補い上ぐ。一物兩用にして、それを取りて「用神」と作すは疑問なし。これすなわち命書の説く所の「官格用印」なり――正官太旺の時は去りてそれを制せずして、印綬を用いて官氣を把りて化して來て身を生ず。第四步は喜忌を論ず。すでに甲木を以て用と為せば、自然に木・火の地を喜ぶ。木はよく用神を助け、火はよく日主を幇す。また土の來て火を泄し水の來て火を克するを怕れず(底本の「水之克水」、下一の「水」はまさに「火」とすべし)。土は甲木の克制あり、水は甲木の引化あればなり(底本の「水有木當」、「當」は疑わしく「化」の訛ならん)。ただ終に喜ぶ所と算するに足らず。最も忌むは金なり。金は水を生ぜば便ち助紂為虐、金は木を克せば便ち直に用神を傷る。

歲運 一歲初走癸亥運,一派水鄉,稚年多病。十一歲行壬戌運。水土各半,亦乏善可陳。二十一歲辛酉運。甲辰年隨某鉅公至廣東,充記室四載。腰纏黃白,正逢木火流年也。娶妻得子,亦在斯時。嗣即奔馳少功矣。三十一歲庚甲運。用神受損蓬飄萍泛,宇內寓形。南北東西,焦桐莫識。尤以三十六後,流年多金水,無家可。

第五步は歲運を査す。一歲に起きて便ち癸亥運に走り、滿目みな水鄉なり。幼年はこれに因りて多病す。十一歲に壬戌運に行く。壬水と戌土とは各々一半を占むも、また甚だ稱道すべきなし。二十一歲に辛酉運に進む。もと忌神の地に屬す。所幸は甲辰のあの年は某の顯要人物に隨いて廣東に到り、「記室」(文書を掌るの幕僚)を充任すること四年。囊中は頗る積蓄あり(「黃白」は黃金白銀を指す)。まさに木火の流年に碰上するの故なり。妻を娶り子を生ずるもまたみなこの幾年に在り。此後は便ち奔走多くして成功少なし。三十一歲庚申運(底本は「庚甲運」と作す。前列の大運に據ればまさに「庚申」とすべし)。庚金は甲を克し、申金は水を生ず。用神は損を受く。是に於て漂泊すること蓬のごとく萍のごとく、天地之間に身を寄するといえども、東西南北はしかるに人のこの具の焦桐を識る無し(蔡邕の焦尾琴の典を用う。才士の遇ならざるを喻す)。尤其に三十六歲以後、流年は多く金水に走りて、竟に家に歸る可きなしに至る――此處の底本は脱文あり。「無家可」の下は一字を缺く。

四十一歲之己未運。有甲子,乙丑,丙寅,丁卯,四則之吉,努力勿怠。再後都金水年,徵求毋奢。五十一歲戊午運。以五二,五三,五四,五五。小有作為。午運之羊刃被沖,自難樂觀。故五十六後。可撫孤松而盤桓矣。

四十一歲に己未運に行く。己土未土は火を泄すといえども、究竟は南方の燥土にして、さらに水を助けず。その間の甲子・乙丑・丙寅・丁卯の四個の流年はみな吉(甲乙木は身を生じ、丙丁火は身を幇す)。まさに努力して懈怠すべからず。さらに後に往けば流年は多く金水に屬し、謀求はすなわち期望するに太奢なるべからず。五十一歲に戊午運に進む。五十二・五十三・五十四・五十五のこの幾年は以て小さく作為あり得。ただ午は丙火の「羊刃」(日干の帝旺の地。氣銳にして性烈なり)なり。この造は月支まさに子水にして、子午相冲し、刃は冲に開かる。自然に樂觀し難し。ゆえに五十六歲以後は、またただ陶淵明《歸去來辭》の裡に説くがごとく、孤松を撫して徘徊し、餘年を安く度るのみ。

六親 偏印為用。父母庇陰尚豐,劫財無力,弱弟早夭。日支藏財,然非喜神,妻乃中道雲也。傷食亦非喜見,故前雖有子,已喪申運。晚來己運,或有弄璋之望,但須琴絃再理也。 性情 火日水多,所為欠當,宗旨少決。 事業 官格用印,自以近貴求名之為宜,尤利於東南半聲耳。

第六步は六親を推す。この造は偏印(甲木は丙火に於ては偏印、すなわち梟神)を以て用神と為す。印は母を代表し、また父母の蔭庇を主る。ゆえに父母の照拂はなお算すれば豐厚なり。兄弟を代表する劫財は力なし。ゆえに弟弟は體弱にして早く亡し。日支戌中は辛金を蔵して財と為し妻星と為す。可惜財は喜神に非ず。ゆえに妻子は半途に分離す(「中道云也」は中道に別るを謂う)。食傷は子女を主る。この造もまた食傷を喜ばず。ゆえに先前は兒子あるといえども、すでに申運の中に喪失せり。晚年は己運に走り、あるいはなお子を生ずの望あらん(「弄璋」は男を生ずを指す)。ただ須く再娶せんことを要す(「琴弦再理」はすなわち續弦)。第七步は性情を評す。火の日主にして水太多ければ、ゆえに行事は妥當を欠き、宗旨は堅定足らず。第八步は事業を斷ず。正官格にして印を用うれば、自然に貴人に依附し名を以て進を求むるに宜しく、尤其に東南方に利あり(底本の「東南半聲」は文字に訛あり。まさに「東南半壁」の一類に當るべし)。

(二)潘姓坤命

壬子 癸丑 庚子 丁亥 五歲 壬子 十五 辛亥 廿五 庚戌 三五 己酉 四五 戊申 五五 丁未

これは女命の一造なり。年柱壬子・月柱癸丑・日柱庚子・時柱丁亥。日主は庚金にして、丑月に生まる。大運は五歲に起こり、依次に壬子・辛亥・庚戌・己酉・戊申・丁未。年干壬は陽に屬し、女命は陽年に生まれれば則ち大運は逆排す。ゆえに月柱癸丑より倒して退きて壬子・辛亥・庚戌……と成る。この張の表を讀む時に留意すべし。四柱の八個の字の裡、水は子・子・亥の三支と壬・癸の兩干とを占め、幾乎半壁江山なり。全局の病根は一望して知る可し。

強弱 庚生季冬為寒金,水旺洩氣繫憂患。尤病丑土會亥子而化水。且寒金喜火又苦丁火之被克,是誠弱不堪言矣。 格局 庚生丑月。透癸為傷官之格。

強弱を看る。庚金は季冬十二月に生まれ、一塊の寒金なり。局中は水旺にして、金氣は盡く泄し去らる。これ最大の憂患なり。さらに病と成るは月支の丑土はもと水を制し得べしに、偏偏として亥・子と連なりて北方の一片と成りて化して水と成り、身を助くるの物はかえって變じて身を泄するの物と為る。寒金はもとより火の來て暖むるを喜ぶに、偏にまた時干の丁火は月干の癸水の克する所たるに苦しみ、暖氣もまた保ち得ず。ゆえに日主は弱ること言に堪えざるの地步に到る。格局を定む。庚金は丑月に生まれ、丑中は癸を蔵して癸また天干に透す。癸水は庚金の生ずる所にして陰陽相異なるの神、すなわち「傷官」なり。ゆえに「傷官格」と立つ。

用神 水勢氾濫,若用丑中己土。非但不能制水。且激水之怒,不如亥中甲木以為用。賴甲洩水之有餘,生火之不足,所謂財能救官是也。然身弱無助之弊。在所不免矣。 喜忌 最喜為火,土,木,最忌為金水。

用神を取る。水勢はすでに泛濫と成れり。もし丑中の蔵する己土を取りて去りて水を制せば、制し得住らざるのみならず、かえって水の怒氣を激起す(上文の「疾病」章のいわゆる「旺神を強制すれば寡は衆に敵せず」)。時支亥中の蔵する甲木を取りて用神と為すに如かず。甲木は一面に水の有餘を泄し掉し、一面に火の不足を生起す。これすなわち命書の説く所の「財能救官」なり――甲木は庚金に於ては財、丁火は庚金に於ては正官、財星は通關して、泛濫の水を把りて引きて去りて官を生ぜしめ、官星は救を得。ただ日主本身は衰弱にして幇扶なく、この毛病は終に免れんことを得ず。喜忌を論ず。最も喜ぶは火・土・木、最も忌むは金・水。

歲運 五歲交足壬子水運,十病九危。十五歲走辛亥金水運,及笄應多周折。及庚午年,怙恃之失,相繼頻乘。壬申歲身世之悲,層見疊出。雖屢屢當差,而收入甚微,仍入陷井圇圄。誠哉,時命之不遒也。

歲運を査す。五歲に壬子運に交り足りて、一片の水鄉にして、十病九危す。十五歲に辛亥運に走る。金水並行して、及笄の年(女子十五)まさに多く周折あるべし。庚午年に到りて、父母相繼いで亡故す(「怙恃」は《詩經・蓼莪》に出づ。怙は父を指し恃は母を指す)。壬申の一年、身世の悲は接連不斷す。屢々差事を謀り得るといえども、收入はしかるに極微薄にして、終に還りて牢獄に陷る。時運の濟わざることこの地步に到る。真にこれ命なり。この造のかくのごとく坎坷なる所以は、まさに幼運の壬子・辛亥は全く忌神に走り、水は愈旺なれば則ち金は愈寒し、用神の甲木もまた水に泡されて火を生ずる能わざればなり。

二十五風庚戌運。庚乃屬金,尚難脫離水火,戌中藏火土。三十三歲甲申流年。用坤得助。當獲快婿。尚可仰望者矣。三十五歲後。己酉運之己土不足制水,酉雖劫刃,亦有生水之嫌,縱不至於顛沛流離,然而病疼劇甚。四十五歲戊申運,以戊字最佳。五十歲後,歲運皆金水,恐難免賦歸於心臟病。

二十五歲に庚戌運に行く(底本の「二十五風」、「風」は「交」「行」の一類の字の訛と為すべし)。庚はなお金に屬し、還りて水の牽累を脱出せず。好きは戌中に丁火と戊土とを蔵し、一塊の燥土にして、轉機を望み得。三十三歲甲申の流年は、用神の甲木は幇助を得。まさに佳婿を覓得すべし。この一段はなお指望すべきあり。三十五歲以後に己酉運に行く。己は濕土にして、水を制するに足らず。酉は庚金の「劫刃」(陽刃の地。もと身を助け得べし)なりといえども、しかるにまた金の水を生ずの嫌疑あり。縱うす顚沛流離に至らざるも、病痛はしかるに必定加劇せん。四十五歲戊申運は、戊土のあの五年を以て最も好しと為す。五十歲以後、大運と流年とみな金水に屬し、寒水愈盛にして丁火愈滅す。火は心を主る。ゆえに恐らくは心臟病に因りて終るを免れん。

六親 金寒水盛則無子。官星無力易剋夫。土印化水,父母亦虛。劫比稀少終鮮四季,可無疑矣。 性情 金日水多,火土無力。水性楊花,理所然也。

六親を推す。金寒にして水盛んにして、胎息暖ならず。ゆえに子なし。官星(丁火)力なく、女命は官を以て夫と為す。夫星すでに弱ければ便ち夫を克すを主る。土は庚金の印綬にして、父母を代表す。この造は丑土はかえって亥子に化せられて水と成り、父母の蔭もまた虛なり。比肩劫財稀少なれば、ゆえに兄弟姊妹單薄なり(底本の「終鮮四季」、語は《詩經》の「終鮮兄弟」に出づ。「四季」はまさに「兄弟」の訛に當るべし)。この幾層はみな懷疑する可きなし。性情を評す。金は日干と作して水太多く、火土また力なくして約束する能わず。水性流動す。ゆえにその人は楊花の風に隨うがごとし――これはまさに前の「性情」章の「水多く制なく、聰穎にして意志堅からず、亦且つ動を好む」の一條と相印證す。

(三)王姓坤命

己亥 癸酉 甲辰 丙寅 三歲 甲戌 十三 乙亥 廿三 丙子 三三 丁丑 四三 戊寅 五三 己卯

女命の一造。年柱己亥・月柱癸酉・日柱甲辰・時柱丙寅。日主甲木は酉月に生まる。大運は三歲に起こり、依次に甲戌・乙亥・丙子・丁丑・戊寅・己卯。年干己は陰に屬し、女命は陰年に生まれれば則ち大運は順排す。ゆえに月柱癸酉より順推して甲戌・乙亥・丙子……と為り、前の一造の逆行と恰も對照を成す。この造の八字の裡、官(酉金)・印(癸水)・財(己土)・食(丙火)の四樣俱全して、一個の配置完整の命局なり。正好く以て「五行不悖」とは如何なる樣子かを説明するに用い得。

強弱 甲生酉月而失其令,又多火土,則金之克洩。本當以弱論。然長生於亥,胎於酉,得祿於寅,地支有氣,尚非至弱者也。 格局 甲生酉月,為正官之格。

強弱を看る。甲木は酉月に生まれ、金氣は權に當りて木は時令を失い、局中また火(丙・寅中の丙)あり土(己・辰)ありて、一邊は金に克せられ、一邊は火土に泄耗せられ、もとより身弱と斷ずべし。然れども甲木は「長生」は亥に在り(年支)、「胎」は酉に在り、「祿」は寅に在り(時支)――この三處はみな十二長生の位次にして、長生は初生して氣を得るの地、祿は本氣自ら旺なるの地なり。地支すでに根あり氣あれば、すなわちなお極弱と算するに足らず。格局を定む。甲木は酉月に生まれ、酉中の辛金は甲を克して陰陽相異なり。これ正官なり。ゆえに「正官格」を立つ。この一步の要領は在りて曰く、強弱はただ字面上の多寡を數うる能わず、なお日主の地支の裡に落脚處あるか無きかを看るを要すと。

用神 官印財食俱全,惟己年癸月,地位接近,財印相剋,為美中不足,故取酉丙辛金正官以為用。蓋財生官,官生印,五行六神,因此不悖矣。 喜忌 命中五行不悖,固無所謂喜忌。惟坤以夫星為重,又取正官為格,為用則不宜逢多量之火也。

用神を取る。この造は正官・印綬・財星・食神の四樣俱全するも、ただ年干の己土と月干の癸水とは位置緊挨して、土は水を克し、財と印と相戰す。算すれば美中不足なり。ゆえに月支酉中の辛金正官を取りて用神と作す(底本は「酉丙辛金」と作す。「丙」字は衍あるいは「中」の訛と為すべし)。何を以てか官を取るや。官は一たび用を得れば、己土の財は便ち去りて官を生じ、酉金の官はさらに去りて癸水の印を生じ、印また身を生ず。財・官・印・身は連なりて一條の順生の鏈子と成り、五行六神はこれより悖ることなし。喜忌を論ず。命中の五行すでに悖らざれば、もとより甚だ特別の喜忌と説くに足らず。ただ女命は夫星を以て重きと為し、また正官を取りて格を立てて用と為せば、すなわち宜しくさらに大量の火に遇うべからず――火旺なれば則ち酉金の正官を克傷し、夫星は損を受ければなり。

歲運 三歲起運,初走甲戌乙亥,庇陰豐裕,故童境不惡。二十歲戊千流年,偏財幫夫,于歸極利。二十三歲丙子運。丙為食神,子為正印,迭獲弄璋之慶。家道日昌。三十三歲行丁火傷官運。幸有印以制之。然辛未年夫病越七月,亦云險矣。三十八歲丑運為財,門庭煥彩,夫子皆輝。四十三歲戊寅運,之一財一比,亦安身納福。再後己卯運仍豐,堪享大年云爾。

歲運を査す。三歲に運を起こし、先に甲戌・乙亥の兩運に走る。父母の蔭庇豐厚なれば、ゆえに童年の境遇は差ならず。二十歲戊午の流年(底本は「戊千」と作す。まさに「戊午」の誤に當るべし)。戊土は偏財にして、財はよく官を生じ夫を幇す。ゆえに出嫁す(「于歸」は《詩經・桃夭》に出づ)極めて利あり。二十三歲に丙子運に進む。丙は食神にして子嗣を主り、子は正印にして福蔭を主る。これに因りて接連して男を生じ、家道は日漸に興旺す。三十三歲に丁運に行く。丁火は傷官にして、專ら正官すなわち夫星を克す。所幸は局中の癸水印綬はよく丁火を制す。すでにこのごとしといえども、辛未のあの年は丈夫はなお病むこと七個月餘。亦た凶險と算す可し。三十八歲に丑運に轉ず。丑土は財と為り、財旺して官を生ず。是に於て門庭は色を生じ、夫と子とともに光彩あり。四十三歲戊寅運は、戊は財と為り寅は比肩と為る。一財一比にして、また身を安んじ福を納るる能し。さらに後に往けば己卯運はなお舊に豐足にして、高壽を享有するを望み得。

六親 印有官生,父母雙慶,正官為格為用。夫既榮顯,鴻案相莊。時下一比,令弟亦云克家,時上食神吐秀,子更英奇特達矣。 性情 五行生化有情,秀外慧中,多材多義,當之無愧也。

六親を推す。印綬は官星の來て生ずるありて、源頭絶えず。ゆえに父母雙全にして同じく慶す。正官すでに格と為り立てまた取りて用と為れば、夫星力を得。丈夫これに因りて榮顯し、夫妻は相敬すること賓のごとし(「鴻案相莊」は梁鴻孟光の案を舉げて眉に齊しの典を用う)。時支寅中は甲を蔵して、一位の比肩なり。兄弟を代表す。ゆえに弟弟もまたよく家を承け業を立つ。時干の丙火は食神にして、日主の秀氣を泄し、子女を代表す。ゆえに兒子はさらに英奇出衆なり。性情を評す。全局は五行相生相化して、處處情あり。ゆえにその人は外に秀で中に慧し、多才多義にして、まさにこの句に當る可し。この造は前の潘姓の一造と恰も正反の兩面と成る。一個は五行俱全して順生し、一個は水に偏枯して寒滯す。命の高下は字の多き少なきに在らずして、配合に在り。

(四)詹姓乾命

庚子 庚辰 甲子 戊辰 六歲 辛巳 十六 壬午 廿六 癸未 三六 甲申 四六 乙酉 五六 丙戌

男命の一造。年柱庚子・月柱庚辰・日柱甲子・時柱戊辰。日主甲木は辰月に生まる。大運は六歲に起こり、依次に辛巳・壬午・癸未・甲申・乙酉・丙戌。年干庚は陽に屬し、男命は陽年に生まれれば順排す。ゆえに月柱庚辰より順推して辛巳・壬午・癸未……と為る。この造の八字は純陽(庚・子・庚・辰・甲・子・戊・辰はみな陽干陽支)にして、地支は兩子兩辰、暗に一個の水局を蔵す。これ全局の轉機の在る所にして、下文を看れば便ち知る。

強弱 甲生暮春土令,又見三土二金,財殺太旺。幸子辰成產水之局,辰土之財,化印生身,故專弱為強矣。 格局 甲生辰月,干透戊土,是為偏財之格。

強弱を看る。甲木は暮春三月に生まれ、辰土は令に當り、局中また三個の土(兩辰一戊)兩個の金(兩庚)あり。土は甲木の克する所の財、金は甲木を克する七殺にして、財と殺とともに太旺。日主はもとより衰弱すべし。所幸は兩子兩辰は會して水局を成し(底本の「成產水之局」、「產」はまさに「會」とすべし)、辰のこの塊の財土は水局に一化せられて、轉じて印綬と成りて來て身を生ず。是に於て弱より強に轉ず(底本の「專弱為強」、「專」はまさに「轉」とすべし)。格局を定む。甲木は辰月に生まれ、辰中の蔵する戊土は時干に透す。戊土は甲木の克する所にして陰陽相同じきの神、すなわち「偏財」なり。ゆえに「偏財格」を立つ。

用神 干頭盡是財殺,自取年支子印為用,賴以化殺生身也。 喜忌 最喜水木而忌土,火亦不利,因能生土也。金卻不忌,因能生水也。

用神を取る。天干の上に排び開くは全く財と殺(庚・庚は殺、戊は財)にして、日主は孤立す。自然に年支子中の癸水印綬を取りて用神と作すを要し、それに靠りて庚金七殺の氣を把りて化して來て日主を生扶せしむ――これすなわち前文の説く所の「殺重く身輕ければ宜しく殺を化すべし」。喜忌を論ず。最も喜ぶは水と木。水は身を生じ木は身を助く。最も忌むは土。土は財にしてまた能く金殺を生ず。火もまた利あらず。火は能く土を生ずればなり。金に至っては、もと七殺なれども、この造はしかるに併せ忌まず。水ありて中間に在りて通關すれば、金はかえって去りて水を生じ、殺は便ち印の源頭と成ればなり。この一條は最も韋氏の取用の活法を見るべし。忌むか忌まざるかは十神の名目を看ず。ただそれのこの局の裡に走向する何處かを看るのみ。

歲運 六歲行辛己運,一金一火,乏善可陳。十六歲之壬運,大病三年。按壬水為偏印,莫非丁己戊午,己未,三載火土流年之故。二十歲午火運,得美缺於交通部,繫純逢金水流年之故。諺云:運好不發年好,洵然。

歲運を査す。六歲に辛巳運に行く(底本は「辛己」と作す。前列の大運に據ればまさに「辛巳」とすべし)。一個の金一個の火にして、甚だ稱道すべきなし。十六歲に壬運に進み、かえって大に病むこと三年――壬水はもと甲木の偏印・まさに用神の屬に合す。何を以てか病を致すや。大抵は丁巳・戊午・己未の三年の火土流年の祟り為す所ならん(底本の「丁己」はまさに「丁巳」とすべし)。運は好くして年は好からざればなり。二十歲に轉じて午火運に入り、しかるに交通部に好差事を謀り得。あれは恰好純粹の金水流年に碰上せればなり。諺語に説く「運好は年好に如かず」。この造はまさに明證なり。大運は十年の大勢を定め、流年は當年の成敗を定む。兩者は必ず合わせて看るべし。

廿六歲以來,癸未運,裘馬麗都。蓋一以運勝,一以年佳也。三十六歲甲運雖是幫身,惜被庚克,恐用武無地。四十一歲申運,三合全成水局,殺印相映。地位權譽,登峰造極矣。官至簡任特任,唯所望於此時也。往後乙酉運,無足可取,丙運更不宜戀棧。

二十六歲以來癸未運に行く。衣裘車馬みな極めて華美なり。あれは運好く年もまた好きの兩面凑合するの緣故なり。三十六歲に甲運に進む。甲木は比肩にして身を助くといえども、可惜天干の兩庚の克する所たる。恐らくは英雄は用武の地なからん。四十一歲に申運に轉ず。申は命中の子・辰と三合して完全に水局を會成し、七殺の氣は盡く化して印と為りて來て身を生ず。殺印相生し(底本の「相映」はまさに「相生」とすべし)、是に於て地位・權勢・聲譽はみな登峰造極す。官階は「簡任」に做り乃至「特任」に到る(民國の文官等級。特任は最も高く簡任はこれに次ぐ)。まさにこの十年に指望す。往後の乙酉運は取るべきなきあり。丙運はさらに宜しく戀棧して去らざるべからず――丙火は木を泄して土を生じ、用神は傷を受く。退くべきは則ち退くべし。

六親 以印為用,深獲父母庇陰,不見傷食,亦且為忌神,僅午運得一子,日支坐祿,中饋尚賢,劫比之稀,因鮮足弟矣。 性情 木得水養,五行清而不雜。八字純陽,磊落大方,可斷言也。 事業 忌財喜印,最宜行政機關。堪握大權,然亦廉吏耳。

六親を推す。印を以て用神と為せば、父母の蔭庇はこれに因りて深厚なり。局中は食神傷官を見ず、しかも食傷はこの造に於てなお忌神に屬す。ゆえに子息艱難にして、ただ午運の裡に一個の兒子を得。日支の子水は甲木の「沐浴」の位。この處に説く「坐祿」は乃ちその水の能く身を生じ妻宮力を得るの意を取るなり。ゆえに妻子賢惠を主る(「中饋」は家中の飲食を主持するを指し、妻室を代稱す)。比肩劫財稀少なれば、ゆえに兄弟單薄なり(底本の「鮮足弟」はまさに「鮮兄弟」とすべし)。性情を評す。木は水を得て來て滋養せられ、五行は清純にして駁雜せず。八字また純陽なれば、ゆえに人と為りて磊落大方なり。以て断言し得。事業を斷ず。財を忌みて印を喜ぶ。印は文書官職を主る。最も行政機關に在りて事に任ずるに宜しく、能く大權を掌握し得。不過またただ一個の清廉の吏なるのみ――財星は忌神なれば、權大なるも聚財せざればなり。

(五)陳姓乾命

壬子 丙午 癸亥 戊午 八歲 丁未 十八 戊申 廿八 己酉 三八 庚戌 四八 辛亥 五八 壬子

男命の一造。年柱壬子・月柱丙午・日柱癸亥・時柱戊午。日主癸水は午月に生まる。大運は八歲に起こり、依次に丁未・戊申・己酉・庚戌・辛亥・壬子。年干壬は陽に屬し、男命は順排す。ゆえに月柱丙午より順推して丁未・戊申・己酉……と為る。この造は水火對峙す。年柱壬子は一片の水、月時の兩午は一片の火、日支の亥また水なり。全局の成敗はすなわちこの兩股の力量のよく相持し得住るか否かを看る。「評斷篇」の五造の中に最も中和の妙を見るの一個なり。

強弱 癸水生於仲夏,又逢午時,三火一土,財官太旺。幸載亥支,為帝旺之鄉,更妙年干壬水劫財。載子而亦為旺地,弱而有助,得中和之妙也。 格局 癸生午月,為偏財之格。

強弱を看る。癸水は仲夏五月に生まれ、時辰また午時なり。局中は三個の火(丙・午・午)一個の土(戊)あり。火は癸水の克する所の財、土は癸水を克するの官にして、財と官とともに太旺。日主はもと應に偏弱なるべし。所幸は日主は自ら亥支に坐す。亥は癸水の「帝旺」の鄕にして、身の下に根あり。さらに妙なるは年干の壬水は劫財にして、また子上に坐す。子もまた水の旺地なり。日主は弱るといえども幇あり。一強一弱は恰好相持して、中和の妙を得。格局を定む。癸水は午月に生まれ、午中の丁火は癸水の克する所にして陰陽相同じきの神、すなわち「偏財」なり。ゆえに「偏財格」を立つ。

用神 日元稍弱,宜取壬水,劫財幫身為用。 喜忌 喜金水,忌火土,尤忌木之生火洩水。

用神を取る。日元すでに還って稍偏弱なれば、すなわち年干の壬水のこの劫財を取りて來て身を助け用神と作す――身弱にして財旺なれば、比劫の來て財を分かち財を擔うに非ざれば已まず。これまさに前の口訣の説く所の「財多く身弱ければ宜しく劫刃」なり。喜忌を論ず。喜ぶは金と水。金は水を生じ水は身を助く。忌むは火と土。火は財、土は官、みな日主を耗克するに在り。尤其に忌むは木。木は一面に火を生じて財を助け、一面に水の元氣を泄し掉して、兩頭ともに損を受ければなり。この造の用神の取るは極めて簡なり。全部の關竅はただ「幇身」の二字に在るのみ。

歲運 八歲初走丁未火土運,幼境未豐。十八歲戊運,賴流年多金水,所如尚順。廿一歲壬申年,茅廬初出,即入某銀行為練習生。廿三歲轉入申運,劫財得長生,當可不脛而馳。廿八歲後,己酉運,一以流年之勝,一以行運之善,青雲直上,前途正未有艾也。

歲運を査す。八歲に起きて丁未運に走る。火土並見して、幼年の家境は豐ならず。十八歲に戊運に行く。戊土は官星にしてもと喜ぶ所に非ざるも、全く流年の多く金水に走るに靠る。ゆえに處處還って順遂なり。二十一歲壬申年に初めて茅廬を出でて、某銀行に進みて練習生に當る――壬は劫財、申は能く水を生ず。まさに用神の地を得るの年なり。二十三歲に轉じて申運に入る。申は壬水の「長生」の地にして、劫財は源頭を有す。これに因りて聲名は脛なくして走る。二十八歲以後に己酉運に行く。一面は流年力を得、一面は行運もと善し(酉金は水を生ず)。是に於て青雲直上、前程は遠大にして窮りなし。

三十八歲庚金正印運,尤幫運達。四十三歲戌運,歲運皆木火土之鄉,縱不修文地下。亦必床第呻吟。越過此津,然後得辛亥壬子,運走西北,致富何難。 六親 財旺多妻,日支亥字,大有裨益於命局,自然內助之賢。亥中甲木傷官非喜神,子較艱難。年柱壬子為精華,出身高第,有劫元印。丁運父母雙亡,劫財為用,宜其長兄二兄,皆有名於時也。

三十八歲に庚運に行く。庚金は癸水の正印にして、身を生ずるに力あり、尤其に幇襯し得て通達す(底本の「幇運達」、語略なり)。四十三歲に戌運に轉ず。戌は火庫にしてまた燥土なり。あの幾年は大運流年みな木火土の鄕に在りて、縱うす亡故に至らざるといえども(「修文地下」は晉人蘇韶の典を用う。人死して陰間に到りて文墨を掌るを指す)、また必定して臥病呻吟せん。この一關を渡り、接いで辛亥・壬子に走り、運は西北金水の地に轉じ、富に致るは難しとせず。六親を推す。財旺なれば則ち妻多きを主る。日支の亥水は命局に對して大いに幇助あれば、ゆえに內助賢惠なり。亥中の蔵する甲木は傷官にして、喜神に非ず。ゆえに子息較為艱難なり。年柱壬子は全局の精華の在る所なれば、ゆえに出身の門第甚だ高し。また劫財と元神の印と相護るあり。丁運の裡に父母雙亡す(丁火は財と為り、財は印を破り、印は父母を主る)。劫財すでに用神なれば、長兄・二兄ともに當時に些の名望あるも怪しむ無し。

性情 火有水濟,能剛能柔。見解必清楚處事多得當。 事業 命本可富,自宜置身金融界。若趨北地,尤稱佳妙。

性情を評す。火は水の來て調濟するありて、水火旣濟す。ゆえに能く剛にして能く柔なり。見解清楚にして、處事は多半妥當なり――これは第一造の「火日に水多く、為す所當を欠く」と恰も反照を成す。同じく水火相見するに、一個は偏枯、一個は中和にして、性情は便ち兩人のごとく判たり。事業を斷ず。この造はもとより富に致る可し。自然に金融界に置身するに宜し。もしよく北方に往きて發展せば、すなわちさらに妙なり――北方は水に屬し、まさに用神の地を得るの處なり。以上の五造、作者は一律に「強弱・格局・用神・喜忌・歲運・六親・性情・事業」の八步に按じて一遍を演じ過ぎたり。讀者は樣に依りて推して去れば、便ち入手の規矩有らん。

應運篇

蔣介石命造

丁亥 庚戌 己巳 庚午 初九 己酉 十九 戊申 廿九 丁未 三九 丙午 四九 乙巳 五九 甲辰 六九 癸卯 光緒十三年九月十五日午時生

「應運篇」以下はみな韋千里の當時の人のために批せし實例なり。每造はまず四柱を直列し、さらに大運を列し、末後に斷語を附す。この造は年柱丁亥・月柱庚戌・日柱己巳・時柱庚午。日主は己土にして、戌月に生まる。生辰は光緒十三年九月十五日午時なり。大運は九歲より起こり、依次に己酉・戊申・丁未・丙午・乙巳・甲辰・癸卯、每十年に一柱を換ゆ。年干丁は陰に屬し、男命は陰年に生まれれば則ち大運は逆排す。ゆえに月柱庚戌より倒して退きて己酉・戊申・丁未……と為り、一路に西方金地より南方火地に轉入す。この張の表を看るに要緊は四柱と大運とを對して看るに在り。四柱は本にして一生の格局を定め、大運は運にして各段の年歲の順逆を定む。

此蔣介石之命也。庚金傷官,既得九秋餘氣,矧復雙透干頭,妙有火印制傷,天生康壯之體。三命通會所載:金神入火鄉,夫以傷官佩印為用。運喜逢印,不必再見傷食。早年申酉,有駿骨牽監之嘆。丁未運為火力不足。龍潛於淵。迨丙午運。火候功深。風去際會。乙已運木炎媲美,仍是從心所欲,甲辰運傷官見官。解組歸田,是為上策。

これは蔣介石の命造なり。己土は庚金を生じ、庚は「傷官」なり。九月はすでに秋令の正位を過ぐといえども、金氣はなお餘威あり。いわんや兩個の庚金は一齊に天干に透す。傷官の勢は甚だ旺なり。妙なるは日支巳・時支午ともに火にして、火は己土の印、印は能く傷官を制す。ゆえに天生するに一副の康健強壯の體格あり。《三命通會》の載する所の「金神入火鄕」はまさにこの類を指す――「金神」は乙丑・己巳・癸酉の三組の干支の舊名にして、性は極めて剛銳、必ず火の來て鍛鍊するを須いて初めて器と成る。この造の日柱は恰好これ己巳なり。取用の法は、「傷官佩印」なり。食傷を用いて去りて身を泄せずして、印綬を用いて傷官を制住して、回頭して身を生ぜしむ。ゆえに大運は印に遇うを喜ぶ(火土の地)、さらに傷官食神を見るに宜しからず(金水の地)。早年は申・酉の兩運に走り、金氣重疊して、千里馬の籠頭を套上げらるるがごとく、空しく駿骨有りて馳騁を得ず。丁未運は火力なお足らざるを嫌む。ただ潛龍の淵に在るのみ。等到丙午運に到れば、火候功深くして、初めて風雲際會す(底本の「風去」はまさに「風雲」とすべし)。乙巳運は木火相生して、丙午と同じく美滿にして、なお舊に事事心に從う。甲辰運に到れば、甲木は己土の正官にして、庚金傷官と相碰して、「傷官見官」の局と成る。すなわち印綬を解下して田園に歸隱するを上策と為す。

馬占山命造

乙酉 丁亥 己丑 甲子 九歲 丙戌 十九 乙酉 廿九 甲申 三九 癸未 四九 壬午 五九 辛巳 六九 庚辰

年柱乙酉・月柱丁亥・日柱己丑・時柱甲子。日主己土は亥月に生まる。大運は九歲に起こり、依次に丙戌・乙酉・甲申・癸未・壬午・辛巳・庚辰。年干乙は陰に屬し、男命は逆排す。ゆえに月柱丁亥より倒して退きて丙戌・乙酉・甲申……と為り、先に西方金地に行き、中年の後に南方火地に轉入す。この造を讀むに須く地支に留意すべし。亥・子・丑の三支は連なりて北方の一片の水と成り、己土日主に對して言えば財旺して勢を成すなり。全局の寒濕の病と救應の法とは、みなこの三個の字より生出す。

前黑龍江代理主席郎官普先生。勻耳餘名。客春因公南下。道出海上,手馬占山將軍命造。叩餘休咎。緣為簡批曰。己見亥子丑。病於水盛。助成寒溼。妙有丁火煦融。更喜鄰於乙木。丁 獲資助,則驅寒有力。且水生木而木生火,財也殺也印也。生生不息。八字貴重。良有以也。

前の黑龍江代理主席郎官普先生は久しく我が名字を聞き、去年の春に公事に因りて南下し、上海に路過して、手に馬占山將軍の命造を持して來て吉凶を問う。我はこれに因りて簡略に批して曰く、己土日主は亥・子・丑の一片の北方水を見るに、病は水の太盛なるに在り、助けて一局の寒濕を成す。妙なるは月干に丁火ありて溫煦融和す。さらに喜ぶは丁火は時干の乙木に緊鄰して、丁火は乙木の資助を得、寒を驅くに初めて力量あらん。しかも水は木を生じ木は再び火を生ず――水はこの造に於ては「財」(己土の克する所)、木は「殺」(己土を克するの神)、火は「印」(己土を生ずるの神)。財・殺・印の三樣は連なりて一條の順生の鏈子と成り、生生して息まず。八字の貴重は、確實にそれの道理有り。この一段の關竅は「通關」の二字に在り。財旺はもと身を克するに、一たび木火の遞生を經れば、かえって日主の源頭と成る。

或謂此命天成格局。名化氣者,非篤論也。早年行運。碌碌無奇。行屆未運,中藏乙丁,並含用神喜神。再逢辛未之年,宜乎一鳴驚人。一飛沖天。行及壬運。則又以水之助溼。歸諸平淡,白圭之玷。莫非命也。午運丁火得祿。發揚蹈歷。趾參予望之。辛運與乙丁互沖,功成歸隱,頤養天年。斯其時矣。

人の説くにこの命は天然生成の格局にして、「化氣格」(日干と鄰干と相合して別の一行に化す)と叫作すと。あれは確當の論に非ず――この造は甲己は相合するといえども、局中は水旺木盛にして、日主は自ら依託あり。並びに真化せず。早年の行運は碌碌として奇なし。未運に行き到れば、未中は乙木と丁火とを蔵し、用神喜神ともにその裡頭に在り。さらに辛未のあの年に逢えば(一九三一年。すなわち江橋抗戰の歲)、一鳴驚人・一飛冲天するも怪しむ無し。壬運に行き到れば、壬水は濕氣を助長し、功業は便ち平淡に歸す。白玉は瑕點有り。これもまた命なり。午運は丁火は「祿」を得(丁の祿は午に在り。本氣自ら旺なるの地)、またまさに發揚有為すべく、まさに目以待して觀る可し。辛運に到れば、辛金は乙木と相冲し丁火と相戰して、用神喜神は兩傷す。あの時は功成りて身退き、天年を頤養するは、まさに時候なり。

呉佩孚命造

甲戌 戊辰 戊申 壬子 六歲 己巳 十六 庚午 廿六 辛未 三六 壬申 四六 癸酉 五六 甲戌 六六 乙亥

年柱甲戌、月柱戊辰、日柱戊申、時柱壬子、日主戊土は辰月に生まる。大運は六歳に起こり、順に己巳・庚午・辛未・壬申・癸酉・甲戌・乙亥。年干甲は陽に属し、男命は順排ゆえ、月柱戊辰より順推して己巳・庚午・辛未……となり、まず南方の火土、後に西北の金水を行く。この造は地支に申・子・辰の三字がそろい、まさに三合水局の完全な配置で、天干にまた壬水が透し、財勢きわめて旺なり。これが下文議論の着眼処である。

或曰,吳佩孚命造,為甲戍戊辰已酉丁卯。夫土重遠過於金水木。身太強。財官太弱。標本不均,身世似不類。心滋疑焉。雲夏蓬萊李潔盒君。從餘學命。書函往還。於請益中,以甲戍戊辰戊申壬子。

或る人は呉佩孚の命造を甲戌・戊辰・己酉・丁卯とする。しかしこのように排すれば、土の分量が金・水・木をはるかに超え、日主は強すぎて財官は弱すぎる。本と標が相い称えず、彼の一生の身世と符節が合わぬようで、私は心に疑いを存した(底本の「甲戍」は「甲戌」とすべし。以下同じ)。蓬莱人の李潔盦先生が私に命を学び、書信を往来させ(底本の「云夏」の二字は訛りあり。あるいは「兹有」「今夏」の類か)、請教の書の中で、別に甲戌・戊辰・戊申・壬子の一造を挙げて問うてきた。この一段に記すのは命学上よくある難処である。名人の生辰は伝聞が紛歧し、取捨はただ命理と事実を両相対勘するほかない。

一造見詢,據云繫子玉上將軍真命,視其戊土日元。比肩重疊。申子辰會不局。時干透壬。乃身財兩美。旺財生年頭甲木之殺。惟乏火印以化殺,及金星制殺之為病。故清高氣骨惜屢起屢仆。終隱平泉,無非制殺。或為化殺,因是益信殺重之命 ,最貴乎化與制矣。

曰く、この造こそ子玉上将軍(呉佩孚の字は子玉)の真命だという。それを見るに戊土日元、年月の二つの戊土比肩が重なり、日主は弱からず。地支の申・子・辰は水局を会成し(底本の「会不局」は「会水局」とすべし)、時干にまた壬水が透き出る。ここにおいて身と財の両辺ともに美なり。旺盛の財はさらに年干の甲木を生ず——甲木は戊土を剋して陰陽同じ、これ「七殺」なり。惜しいかな局中に火印を欠いて殺を化せず、また金星(食傷)なくして殺を制せざる。これが病根の所在である。ゆえにその人、清高の気骨あれども屢々起ち屢々仆れ、ついに林泉に隠居す(「平泉」は唐の李徳裕の平泉荘の典を用い、退居の別業を指す)。帰するところ、七殺は制するか化するかに非ざればならず。これによりいよいよ信ずべし、およそ殺重き命は、もっとも貴ぶは一物ありてこれを化しあるいは制することを。

酉運以流年不濟。備嘗挫扼。英雄氣短。莫非命也。甲運最危。幸在野養晦,可謂知命者矣,刻雖已進戍運。然比肩輔翼。不過蔗境安康。頤樂天年而已。

酉運のうちは流年佳ならず、挫折壓抑を飽嘗し、英雄気短し。これもまた命なり。甲運は最も危険——甲は七殺にして、運来たり殺を助くるも局中に制なく化なし。幸いに彼この時在野にして光を韜め晦を養う。命理を知れる人と謂うべきか。眼下すでに戌運に入るも、戌は燥土、年支の戌と并見すれば、比肩の類の輔助に過ぎず、晩境を安康にし天年を頤養せしむるのみ(「蔗境」は人生の後段が漸く佳境に入るを謂い、顧愷之が甘蔗を食して漸く佳き處に至るの意を取る)。この造は上の一造の馬占山と対看す。一つは殺重くして印の化あり、一つは殺重くして制化なし。成敗の別はまさにここに在り。

閻錫山命造

癸未 辛酉 乙酉 丁亥 十一 庚申 廿一 己未 三一 戊午 四一 丁巳 五一 丙辰 六一 乙卯 七一 甲寅 光緒九年九月初八日亥時生

年柱癸未、月柱辛酉、日柱乙酉、時柱丁亥、日主乙木は酉月に生まれ、生辰は光緒九年九月初八日亥時。大運は十一歳に起こり、順に庚申・己未・戊午・丁巳・丙辰・乙卯・甲寅。年干癸は陰に属し、男命は逆排ゆえ、月柱辛酉より倒退して庚申・己未・戊午……となり、中年以降一路東南の木火を行く。この造は月干辛・月支酉・日支酉、金気三たび見えて当令し、乙木孤弱、これ標準の「殺重身軽」にして、下文の制と化はすべてここより立論す。

前論殺重之命。貴乎制化。視閻錫山命造。更可徵信矣。蓋秋木凋零。秋金既得其時,又得其祿。殺重身輕。身殺之力量懸殊。其輕重不可以道里計。幸有癸印生身,並化殺,又有丁火食神以制殺,制化之功。乃完備矣。

前文に殺重き命は制あり化あるを貴ぶと論じたが、閻錫山のこの造を見れば、いよいよ検証すべし。乙木は深秋に生まれてすでに凋零し、しかも秋の金はその時令を得、また酉支の上にその「祿」を得(辛金の本気自旺の地)、殺重くして身軽し。両辺の力量は懸殊なること里数をもって計るべからず。幸いなるかな年干に癸の正印あり、一面では乙木を生扶し、一面では金気を引化す。時干にまた丁火の食神あり、直ちに辛金七殺を剋制す。化と制の両様ともにあり、制化の功ここに備わる。これまさに前造呉佩孚の欠くところなり——同じく殺重なるも、一つは救あり一つは救なし。際遇は判然として同じからず。

宜其坐鎮晉省。廿四年來,無或失足。可方於唐之李郭。宋之朝範。啟澤覃敷。考其一生經歷。犖犖大者,如辛亥年應鄉革命,壬子年任山西都督。丁已年兼省長,午丁二運。春風和煦,水波不興,要非歲運屬水之化殺,或火之制殺,曷克臻此。已運適以沖亥。瑕瑜互見。丙運以丙子丁丑兩年,盛極一時,辰運妒合酉金。似乎難展驥才。乙運五年。蔗境優洲,未可限量焉。

怪しむべからず、彼は山西に坐鎮し、二十四年未だかつて失足せず。唐の李光弼・郭子儀、宋の趙鼎・范仲淹に比すべし(底本の「朝范」は「趙范」の類とすべし)。恩沢広く被らす。彼の一生の経歴を考察するに、大端は辛亥年の革命への響應、壬子年の山西都督への出任、丁巳年の省長兼任の如く、みな午運と丁運のあいだに在り——その数年は春風和煦、水波興らず。もし歳運が水に属して殺を化し、火に属して殺を制するに非ざれば、怎んぞこの地步に至らん。巳運はちょうど時支亥と相冲し、丁火の坐する地を冲去す。ゆえに瑕瑜互い見る。丙運のうち丙子・丁丑の二年は火旺じて殺を制し、盛んなること一時なり。辰運は酉金と相合し(辰酉は金を合す)、かえって殺星を合動す。才干を施展しがたきがごとし。乙運の五年は比肩身を幇し、晩境優裕なり(底本の「優洲」は「優游」とすべし)。前程いまだ限量すべからず。

宋子文命造

甲午 乙亥 庚申 己卯 九歲 丙子 十九 丁丑 廿九 戊寅 三九 己卯 四九 庚辰 五九 辛巳 六九 壬午

年柱甲午、月柱乙亥、日柱庚申、時柱己卯、日主庚金は亥月に生まる。大運は九歳に起こり、順に丙子・丁丑・戊寅・己卯・庚辰・辛巳・壬午。年干甲は陽に属し、男命は順排ゆえ、月柱乙亥より順推して丙子・丁丑・戊寅……。この造の妙処は格局の奇特に在らずして、四つの天干が各々地支の上に旺気を見出せるに在り。庚の祿は申に在り、己の祿は午に在り、乙の祿は卯に在り、甲の長生は亥に在り。八字の相配極めて匀し。下文いわゆる「干神皆得旺気」はまさにこれを指す。

當見富貴人。其命了無所長。僅以干神皆得旺氣。而致貴者。如宋子文是也。財旺身弱,幸日主坐祿。然亦不足為奇。其干神皆得旺氣(庚祿在申。已祿在午乙祿在卯。甲長生在亥。亦有稱為交祿格者)斯乃可貴。

しばしば富貴の人を見るに、その八字に取り立てて特別の長処は見えず、ただ天干の各神が地支において旺気を得るがゆえに顕貴に致る。宋子文はすなわち一例なり。この造は木火勢を成して財となり、庚金日主は偏に弱し。幸いに日主は自ら申金の祿に坐し、なお立ちうる。ただこの一点を見るもまた奇とするに足らず。真に貴ぶべきは四つの天干みな根あること——括弧内は作者の自注:庚の祿は申に在り、己の祿は午に在り、乙の祿は卯に在り、甲の長生は亥に在り。この種の干支互いに祿を得る配置を、或る人は「交祿格」と称す。いわゆる「祿」とは天干が地支の中に本気自旺する位置なり。天干に根なければすなわち浮萍、根ありてこそ財に任え官に任うを論じうる。

廿九歲以來。利祿功名,與日俱進。蓋日主較弱,戊寅已三運。偏重於幫身之故。寅運中之辛未年,亥卯未會成木局。以財重印傷所致。未來之卯運。財愈重身愈輕。固宜韜光養晦。自求多福。以保其君子闇然而日章。(一說宋命為甲午乙亥庚辰已卯。未知孰是。)

二十九歳以来、利禄功名日とともに進む。それは日主偏弱にして、戊寅・己の三つの運(戊運・寅運・己運)がみな身を幇け身を生ずるに偏重せるがゆえなり——戊己は印綬にして金を生じ、寅は財地なれども、運干は身を補うに在り。寅運のうち辛未年、亥・卯・未の三支は木局を会成し、財星過重にして印綬傷を受く。ゆえにその年順ならず。将来の卯運、財いよいよ重くして身いよいよ軽し。まさに光を韜め晦を養い、自ら多福を求め、君子のあの表面暗淡にして内裏日に彰明なる境地を保つべし(語は《中庸》の「君子之道、闇然而日章」に出づ)。末句の括弧は作者の自注:もう一つの説に宋の命造は甲午・乙亥・庚辰・己卯、いずれが真なるかを知らず。

虞洽卿命造

丁卯 丙午 庚午 己卯 五歲 乙巳 十五 甲辰 廿五 癸卯 三五 壬寅 四五 辛丑 五五 庚子 六五 己亥

年柱丁卯、月柱丙午、日柱庚午、時柱己卯、日主庚金は午月に生まる。大運は五歳に起こり、順に乙巳・甲辰・癸卯・壬寅・辛丑・庚子・己亥。年干丁は陰に属し、男命は逆排ゆえ、月柱丙午より倒退して乙巳・甲辰・癸卯……。前半段は東南の木火、後半段は西北の金水。この造は両午両卯、木火交煽して金その中に在り。天干の丙・丁・己の三字は官・殺・印俱に見ゆ。これ下文に「官殺混雑」を弁論する由来なり。

此虞洽卿先生命也。識者咸雲官殺混雜。財官過強為疑。竊以庚生午月。干透丁已,為純粹正官正印之格。殺之混官。是無傷害。木火雖盛。妙有已土之洩火生身。弱中有氣。全得力於時上正印。

これは虞洽卿先生の命造なり。命を識る人はみなこれを「官殺混雑」とし、また財と官の強すぎるを嫌い、ゆえに疑いを存す。私の私見はこうだ:庚金は午月に生まれ、天干に丁火と己土が透す。丁火は庚を剋して陰陽相異なり、これ正官。己土は庚を生ず、これ正印——これすなわち純粹の正官に正印を配する格となれり。月干丙火のあの七殺の官を混ずるに至っては、なんの傷害もなし(正官は当令して勢いを得、殺はかえって官に統せらる)。木火極めて盛んなれども、妙は時干己土の火気を泄して金を生ずるにあり。日主は弱中に気あり、もっぱら時柱のこの一位の正印に撑えられて頼る。見るべし、官殺混雑を判ずるに、ただ天干に我を剋する神が幾つかを数うるのみならず、誰が権を当て、化解あるなしを見るべきことを。

宜其溫良恭儉。建樹嵫基。昭然為江左聞人。況太君賢德。鄉里咸稱,濟苦恤貧。樂而不倦。祖德既裕。母教又足以踵鍾郝而紹陶歐。是更官印相生之故歟。惟火旺無水。似嫌亢炎。故名高利淡。積勞寡逸。

怪しむべからず、彼は温良恭儉にして、偌大の基業を建樹し、赫然として江東一帯の聞人となれり。しかもその母は賢徳にして、郷里交口に称賛し、貧苦を救済して倦まざりき。祖上の徳沢すでに厚く、母教また晋の鍾氏・郝氏の賢に上追し、陶侃の母・欧陽修の母の家法に接続するに足る——これまさに命中の「官印相生」の応験に非ずや(印は母を主り、官は印を生ず。ゆえに母徳昭著なり)。ただ全局火旺じて水の調剤なきをもって、亢燥に失するを免れず。ゆえに名声高くして利益淡く、操労多くして安逸少なし。ここはまさに前の「燥湿」の一章と相呼応す。亢燥の局は潤沢を喜ぶ。命中に水なければ、一生一分の従容を欠く。

早年多木火運。備嘗困扼。壬運以來。一路金水。兼以所經營者。多金水商業。更宜如月之恆。刻在已運。仍其舊貫。七十歲這亥運。蔗境餘廿。再後戊運康強逢吉。豐厚境遇。不讓於前。戍運化火。明哲保身。享受考終而已。

早年多く木火の運を走り、火旺じ金熔け、困頓を飽嘗す。壬運以来一路金水、ちょうど命中の缺水の病を補う。加うるに彼の経営する所は多く航運・金融の類の金水に属する行業にして、いよいよ上弦の月のごとく歩々盈満すべし(語は《詩經》の「如月之恒」に出づ)。眼下は巳運に在り。一切旧のごとし。七十歳に亥運に転ず。亥水は局を潤し、晩境甘美なり(底本の「余廿」は「余甘」とすべし)。さらに後の戊運は身体康強、事に逢えば吉に逢う。境遇の丰厚、従前に譲らず。戌運に至れば、戌は午卯の火と相い一気を為して火を化し、燥気復た起こる。あの時はまさに明哲保身、天年を安享するのみなり。

顔恵慶命造

丁丑 癸卯 乙巳 丙子 十歲 壬寅 廿十 辛丑 三十 庚子 四十 己亥 五十 戊戌 六十 丁酉 七十 丙申

年柱丁丑、月柱癸卯、日柱乙巳、時柱丙子、日主乙木は卯月に生まる。大運は十歳に起こり、順に壬寅・辛丑・庚子・己亥・戊戌・丁酉・丙申。年干丁は陰に属し、男命は逆排ゆえ、月柱癸卯より倒退して壬寅・辛丑・庚子……。この造の日主乙木は卯月に生まれ、卯は乙木の本気旺地にして、命書これを「建祿」と称す——生月すなわち日干の祿地、格局はすなわち建祿をもって名を立つ。下文の取用はまさにここより説き起こす。

有以顏大使惠慶之命詢余者,乃簡為批曰。乙生卯月為建祿。不見他木,但得時令之旺。未獲氣勢之盛。最貴水之灌溉。火之煊赫。妙在癸丙透干。已子居支。生洩之功。無忝美備。自宜富貴雙全。屢膺鉅任。丙見已祿。乙見卯祿。癸見子祿,日主用神喜神,交互得祿,尤為貴徽。

或る人顔恵慶大使の命を持ちて我に問う。我は簡略に批していわく:乙木は卯月に生まれて「建祿」の格なり。局中に別の木を見ず、ただ時令の旺気を得たのみ、未だ気勢壮盛と談ずるに足らず。このような木は最も貴ぶは水の灌漑あり、火の舒発あること。妙は天干に癸水と丙火が透し、地支にまた巳と子あり——癸は子を得て根と為し、丙は巳を得て根と為す。一つは我を生じ、一つは我の秀を泄す。生と泄の両面の功用ともに備わって欠なし。自然に富貴双全、屢々重任を担当すべし。さらに見よ:丙火は巳の上に祿を得、乙木は卯の上に祿を得、癸水は子の上に祿を得。日主・用神・喜神、彼此交互に祿を得る。いよいよ貴顕の徵験なり。いわゆる「用神」は全局にもっとも需うる神、「喜神」は用神を幇扶する神。三者ともに根ありてこそ、力量は実に落つ。

前行子運。爵位迭晉,蓋印得祿也。已運息影。財壞印也。亥運再起印。印會局也。戊運韜晦。印被合也。戍運癸酉年,授駐俄大使。癸印之功也。今年乙亥。明年丙子。折衡樽俎。壇玷增光。有厚望焉。丁丑年以下。歲支均屬庸常。宜清流賦詩。無官司一身輕矣。

從前行は子運、爵位屢々晋升す。子は癸水印綬の祿地にして、印祿を得れば名位来るがゆえなり。巳運のうち退隠す。巳火は財地にして、財は能く印を壞すがゆえなり。亥運に再起用す。亥は卯・未と一気にして、印星局を会すがゆえなり。戊運に再度韜晦す。戊土は干に出でて癸水と相合し、印は合せ住せらるるがゆえなり。戌運のうち癸酉年に駐俄大使に任命せらる。これ癸水印綬の功なり。今年乙亥・明年丙子、まさに樽俎のあいだに折衝すべし(外交談判の謂い)。國に光を增さんこと、いたく期待すべし。丁丑年以下、流年の地支はみな平常。すなわち清流の士と作りて詩を吟じ自ら遣るも妨げず、官なき一身の軽きなり。この造は「印」の一条の線索を貫徹して底に至る。祿を得、壞され、局を会し、合せられ、一々事実と相印證す。最も韋氏の運を読む方法を見る。

呉經熊命造

己亥 丁卯 乙未 己卯 八歲 丙寅 十八 乙丑 廿八 甲子 三八 癸亥 四八 壬戌 五八 辛酉 六八 庚申

年柱己亥、月柱丁卯、日柱乙未、時柱己卯、日主乙木は卯月に生まる。大運は八歳に起こり、順に丙寅・乙丑・甲子・癸亥・壬戌・辛酉・庚申。年干己は陰に属し、男命は逆排ゆえ、月柱丁卯より倒退して丙寅・乙丑・甲子……。この造は地支の亥・卯・未の三字そろい、まさに三合木局の完全な配置。加うるに月支卯は乙木の本気にして、全局木気独り旺じ、四柱に一点の金を見ず。これ専旺外格を構成する条件にして、下文いわゆる「曲直仁寿の格」はすなわちこれより来る。

吳經熊先生,海上名律師也。積學多才。歷任學府法院領袖。公餘之暇。好研命理,時蒙以五行生剋相討論。視其命造。乙生卯月。亥卯未會局。五行絕金。乃曲直仁壽之格,尤貴干透丁火已土。英華發越 。秀氣畢呈。其命酷似遜清之李鴻章,畫錦前程。可操左券。

呉經熊先生は上海の名律師にして、学問の積累深厚にして多才。學府と法院の領袖人物を歴任す。公余の暇に命理の研究を好み、つねに我と五行生克を討論す。彼の命造を見るに:乙木は卯月に生まれ、地支の亥・卯・未は木局を會成し、五行のうち完全に金なし。これすなわち「曲直仁寿格」——木の性は曲直、木日主にして全局木を成し、また金の剋破来るなきとき、すなわち専旺の格を成す。人を主れば仁厚にして寿多し。いよいよ貴ぶべきは天干に丁火と己土が透するにあり。丁火は木の秀を泄し、己土は木に制せられて財を成す。英華これにより發越し、秀気ことごとく呈露す。この命は清末の李鴻章の命と極めて相似たり。錦繍の前程は左券を操るに穩かなり。

子運以流年不濟。外圓內缺。未來癸運。滋木助格,氣象萬千。尤以丙子丁丑兩火年。騰達蜚黃,晉行亥運。繼長增商,壬運亦康頤安穩。蔗境春濃,戍運屬財。惟中芷辛金為病,秋山紅樹,退老珂鄉,徽諸過去未來,行運多吉。足與命局媲美。洵時代之傑出也。

子運のうちは流年佳ならざるにより、外は円満なるがごとく見えて内裏に缺あり。将来の癸運は水来たり木を滋し、格局を助成す。気象万千なり。いよいよ丙子・丁丑の二つの火年、木火通明、まさに飛黄騰達の時なり。つづいて亥運を行き、亥は卯未と局を成し、事業つづき増長す。壬運もまた康泰安穩、晩境は春意の正に濃きがごとし。戌運に至れば、戌土は財に属す。ただその中に蔵する辛金は病なり(金は能く木局を破る。専旺格は最も忌む)。あの時はすなわち秋山紅樹のごとく、まさに故里に退歸して老を養うべし。過去と将来を總核するに、行運多く吉にして、もって命局に相配するに足る——命好く運もまた好し。確実にこの時代の杰出人物なり。この造は前の閻錫山の一造と対看すべし。一つは制化を用いて殺を救い、一つは索性その一方独旺の勢に順う。取法は反すれども、道理は同じく「其の性に順う」の三字に在り。

榮宗敬命造

癸酉 庚申 戊午 甲寅 十歲 己未 廿十 戊午 三十 丁巳 四十 丙辰 五十 乙卯 六十 甲寅 七十 癸丑

年柱癸酉、月柱庚申、日柱戊午、時柱甲寅、日主戊土は申月に生まる。大運は十歳に起こり、順に己未・戊午・丁巳・丙辰・乙卯・甲寅・癸丑。年干癸は陰に属し、男命は逆排ゆえ、月柱庚申より倒退して己未・戊午・丁巳……。一路みな南方の火地に在り。これまさに下文に彼を「已往行運泰半火郷」と謂う由来なり。この造の月干庚金は戊土の食神、時干甲木は戊土の七殺。両者各々申・寅に祿を得。一制一泄、配置極めて整斉なり。

前見報載。本埠申新第七紡織廠。被滙豐銀行強行拍賣。由某商極廉價格承購,凡有血氣者。莫不憤懣填胸。特為檢視該廠主辦人榮宗敬先生命造,戊生庚申月,甲寅時。食神七殺均得祿。寅午會成火局以生身。子平真詮所謂殺旺食強而身健。為極等之貴格,宜其致力實業。奮斗不懈。為我國紡織界這泰斗。

先頃新聞の登載を見るに、本埠の申新第七紡織廠が滙豐銀行に強く拍賣せられ、某商人に極低の價格をもって承購せしむ。およそ血性ある人、憤懣膺に填まらざるはなし。我は特に該廠の主辨人たる榮宗敬先生の命造を檢看す:戊土は庚申月・甲寅時に生まれ、食神(庚)は申に祿を得、七殺(甲)は寅に祿を得。両者の力量ともに足る。日支午と時支寅は火局を會成して戊土を生扶す。日主もまた弱からず。これまさに《子平真詮》のいう所の「殺旺食強而身健」にして、極高等の貴格に属す——殺に食の制あれば禍を為さず、身は能く殺に任えて事業を擔い得り。怪しむべからず、彼は實業に致力し奮鬥懈まず、我が國紡織界の泰斗となれり。

秋金更旺過於火。已往行運。泰半火鄉。自應竿頭日進,如順水行舟。長風破浪。萬里流行,得機得勢,現行甲運。似遜於前,明年丙子。後年丁丑。歲運木火相生。或能日升月恆,大振旗鼓。目前挫折。無足憂傷。不必以一時成敗。陰礙英雄銳氣耳。

申月の秋金は火よりもなお旺じ、日主はもっぱら火の生扶に頼る。ゆえに過去に行じた大運は泰半火郷に在り、自然に歩々登高、順水に舟を行き長風に浪を破るがごとく、万里暢行、處處機を得勢を得たり。現在甲運を行く。甲木は七殺にして、運来たり殺を助くるも食の制なし。從前に如かざるがごとし。明年丙子・後年丁丑、流年の丙丁の火は運中の甲木と相生し、木は火を生じ火は身を生ず。あるいは能く日の升るがごとく月の恒なるがごとく、重新たに旗鼓を大振せん。眼下の挫折は憂傷するに値せず、また一時の成敗をもって英雄の銳氣を挫傷するを要せず(底本の「陰碍」は「阻碍」とすべし)。この一造は韋氏の命を批するもう一面を見るべし:命理を講ずるとともに、また人心を寬解す。挫折に遇う處につねに一線の生機を留む。

章太炎命造

戊辰 乙丑 癸卯 庚申 九歲 丙寅 十九 丁卯 廿九 戊辰 三九 己巳 四九 庚午 五九 辛未 六九 壬申 七九 癸酉

年柱戊辰、月柱乙丑、日柱癸卯、時柱庚申、日主癸水は丑月に生まる。大運は九歳に起こり、順に丙寅・丁卯・戊辰・己巳・庚午・辛未・壬申・癸酉。年干戊は陽に属し、男命は順排ゆえ、月柱乙丑より順推して丙寅・丁卯・戊辰……。前半生は東南の木火を走り、晚年に至って始めて西方の金地に轉入す。この造の年干戊土は癸水の正官、時干庚金は癸水の正印。官と印各々一頭を占む。日支卯は月干乙木食神の祿地、時支申は庚金正印の祿地。二つの用神ともに支上に根あり。これ下文議論の着眼處なり。

章太炎先生。名滿天下,立德立功立言。謂三不朽。視其命造,確非凡品。蓋官印兩透。印食又皆得祿,日坐文昌貴人,宜其博通今古。酋為國學之師。惟財星絕跡。所以貴而不富,已往運程,除己已運混官羈印。繫獄六年。餘皆平順。

章太炎先生は名天下に滿ち、立德・立功・立言の三者兼ね備う。古人いわゆる「三不朽」なり。彼の命造を見るに、確実に凡品に非ず:正官(戊)と正印(庚)ともに天干に透し、官は印を生じ印は身を生ず。一条の清路なり。正印は申に祿を得、食神(乙)は卯に祿を得。両者ともに根あり。日支卯はまたまさに癸日の「文昌」貴人(聰明・文采・著述を主る吉神。各日干各々定位あり。癸日は卯に在り)。怪しむべからず、彼は古今に博通し、一代の國學の宗師と為る(底本の「酋為」は「首為」とすべし)。ただ財星(火)は局中に絕跡す。ゆえに貴くして富まず。已往の運程、己巳運を除き——己土は七殺にして、干に出でて戊官と相混じ、巳火はまた庚金印綬を剋住す。ここにより獄に繫がること六年——その餘大抵平順なり。

未運沖提綱。土重太過。幸已早息家園。洵君子知命也。去年甲戍。會齊辰戍導未。安度無恙。尤屬大幸。應為其額手稱慶。未來壬申十年。金水邦峰。如文彥博之老不益壯,頤養安康,壽元雖不能媲美彭聃。然至酉運方危。已八十外人矣。

未運は「提綱」を沖動す(月支、一局の綱領。この造の月支は丑、丑未相冲なり)。土はまた重得すること太過にして、官殺身を壓す。幸いに彼は早くに家園に退歸し、命理を知る君子と謂うべし。去年甲戌、辰・戌・丑・未の四庫聚齊す(底本の「導未」は文字訛あり)。竟に能く安然として度過す。いよいよ大幸にして、彼のために額手して慶を稱すべし。將來の壬申の十年、金水は日主を幇扶し(底本の「邦峰」は「幇身」とすべし)、宋の文彦博のごとく老いていよいよ壯なり。頤養安康すべし。壽數は彭祖・老聃に比ぶる能わずといえども、酉運に至って始めて危險あらん。あの時はすでに八十を開外せる人なり。この造は前の呉經熊の一造と同じく文人之命に屬す。一つは専旺格を成し、一つは官印相生。各々その清貴あり。

夏應堂命造

辛未 庚子 丙戌 甲午 二歲 己亥 十二 戊戌 廿二 丁酉 三二 丙申 四二 乙未 五二 甲午 六二 癸巳

年柱辛未、月柱庚子、日柱丙戌、時柱甲午、日主丙火は子月に生まる。大運は二歳に起こり、順に己亥・戊戌・丁酉・丙申・乙未・甲午・癸巳。年干辛は陰に属し、男命は逆排ゆえ、月柱庚子より倒退して己亥・戊戌・丁酉……。この表で最も留意すべきは四柱の分布なり:年月の二柱の辛・庚・子はすべて金水。日時の二柱の丙・戌・甲・午はすべて木火。金水は寒を主り、木火は暖を主る。半々各々一方に據る。下文いわゆる「各々門戶を守り、寒熱燥湿停匀」はまさにこの格局を指す。

夏應堂先生。上海名醫也。夫醫能活人。裨益社會不淺。然求學術之精。誠匪易事。或亦秉命有所維繫歟。夏先生之命。金水居於年月。木火居於日時。各守門戶。五行無悖。且標本平均。寒熱燥溼停勻。得天獨厚。自宜術追扁鵲。功同良弼。由來者漸非一朝一夕故也。

夏應堂先生は上海の名醫なり。醫を行い能く人命を救活す。社會への益淺からず。しかるに學術を精深に求めんとするは、實に容易の事に非ず。これおそらく禀受の命格とも關係あらん。夏先生の命:金水は年月の二柱を占據し、木火は日時の二柱を占據す。各々その門戶を守り、五行彼此相違逆せず。しかも「標」(年月、祖上と早年を代表す)と「本」(日時、自身と晚年を代表す)は分量均平、寒と熱・燥と湿ともに調停匀稱せり。得天獨厚と謂うべし。怪しむべからず、彼の醫術は扁鵲に直追し、功業は良相に等同し。この種の成就は日積月累にして來る。一朝一夕の事に非ず。この造は正好く前文「燥湿」の一章のいう所を印證す:一局のうち寒暖相濟うとき、人は中正平和なり。

考其行運,惟早年稍遜。酉運以後。負順一帆。直至現行癸水正官運。仍是名通利達。已運堸己午未會成方南。似嫌火太偏重。除精神只樂之外。餘無所勝。早退珂鄉。頤養天年。是為上策。或從事著述。將畢生經驗學識,公諸同好。一貫真傳。亦足以壽萬世雲。

彼の行運を考察するに、早年のみ稍々差あり。酉運以後一帆風順(底本の「負順一帆」は文字倒訛)、一直に現在所行の癸水正官運に至るも、仍お名声通達・事業順利なり。巳運に至れば、巳は命中の午・未と會して南方一片の火を成す(底本この句訛字あり)。未免火の偏重すぎるを嫌む——丙火本ですでに權を當て、さらに南方の火地を添うれば、寒暖平衡を失う。あの時は精神上の愉悅を除き、別に勝任する所なし。早く故里に退歸し天年を頤養するを上策とするに如かず。あるいは著述に從事し、畢生の經驗學識を同好に公にし、一貫の真傳を留めば、また萬世に流傳するに足る。この一段は最も韋氏の命を批する分寸を見る:運佳ならざるときは人に勉强を勸めず、而して人に別の成就の仕方を勸む。

冼冠生命造

戊子 癸亥 庚寅 戊寅 九歲 甲子 十九 乙丑 廿九 丙寅 三九 丁卯 四九 戊辰 五九 己巳

年柱戊子、月柱癸亥、日柱庚寅、時柱戊寅、日主庚金は亥月に生まる。大運は九歳に起こり、順に甲子・乙丑・丙寅・丁卯・戊辰・己巳。年干戊は陽に属し、男命は順排ゆえ、月柱癸亥より順推して甲子・乙丑・丙寅……。中段一路東方の木火なり。この造は地支の子・亥は水、寅・寅は木。水は木を生じ木は財なり。財勢極めて旺にして日主庚金孤立す。ただ年時の二つの戊土倚靠すべきのみ。取用の路は一望知るべし。

此為洗冠生大實業家命造。冼先生赤手創辦冠生園。範圍由狹而廣。所制糧果餅干。現已媲美外貨。挽回漏厄。不可勝計。其精神既屬可敬。其宗旨更屬可欽。因由薛君介紹。來詢休咎於餘。餘簡為批曰。庚金生於初冬水令。地支水木林立。財重身輕。得力於時上戊土之偏印。制水幫身。功莫大焉。

これは大實業家冼冠生先生の命造である(底本は「洗」「冼」并見す。いま照録す)。冼先生は赤手空拳で冠生園を創辦し、規模は小より大に至り、製する糖果餅乾はいまや外國貨と媲美するに至り、挽回した利權(底本の「漏厄」は「漏卮」とすべし。財富外流の缺口を指す)は勝計すべからず。彼の精神は敬すべく、宗旨はいよいよ欽すべし。薛君の紹介を經て、彼は來りて我に休咎を問う。我は簡略に批していわく:庚金は初冬水の當令の時に生まれ、地支の水と木は林立し、「財重身軽」なり——財多きは本來好事なれども、日主が擔い得ざれば累となる。この造が得力する處は全く時干戊土の偏印に在り:戊土は一面氾濫の水を制し、一面庚金を生扶す。功勞これより大なるはなし。

自必殺力勝人。思想銳敏。已往之運。泰半屬火。生土而暖金。故如枯苗得雨。勃然興之。又如疾風勁草。再接再歷。四十九歲交進戊運。幫助用神。後來居上。更可翱翔雲天。卓立偉業。辰運亦有喜無尤。己運稍遜。夕陽雖好。紅不矣多時矣。

ゆえに彼は必ず毅力人に過ぎ(底本の「殺力」は「毅力」とすべし)、思想敏銳なり。過去に行じた運は大半火に属し、火は土を生じまた金を暖む。まさに用神の需むるところなり。ゆえに枯苗の雨に遇うがごとく、一下子に勃然として興起し、また疾風中の勁草のごとく、再接再厲せり(底本は「再接再歴」)。四十九歳に戊運に交進し、直ちに用神戊土を幇す。後來者上となり、いよいよ雲天に翱翔し、卓然として偉業を建立すべし。辰運もまた喜ありて憂なし。己運は稍々差あり——己は湿土にして、水を納れども水を鎮められず、力量は戊土に比ぶべからず。あの時は夕陽好しといえども、紅なること久しからず。この造は上文の呉佩孚の一造と同じく「財旺」なり。一つは身能く財に任えて終に隠れ、一つは身弱くして印を得て富を致す。分別は全く身を幇す一物の有無に在り。

杜月笙命造

戊子 庚申 乙丑 壬午 六歲 辛酉 十六 壬戌 廿六 癸亥 三六 甲子 四六 乙丑 五六 丙寅

年柱戊子、月柱庚申、日柱乙丑、時柱壬午、日主乙木は申月に生まる。大運は六歳に起こり、順に辛酉・壬戌・癸亥・甲子・乙丑・丙寅。年干戊は陽に属し、男命は順排ゆえ、月柱庚申より順推して辛酉・壬戌・癸亥……。この造の關鍵は月支申に在り:申中に庚金・壬水・戊土を蔵し、乙木に對してはそれぞれ正官・正印・正財なり。しかして戊・庚・壬の三字はまた一齊に天干に透す。支中の蔵と干上の透とが完全に對應す。この種の「蔵透相應」は命書が貴賤を評する重要な憑據なり。

此為杜月笙先生命造。有以乙庚化金論者。竊以時上見午火。格局僅成其半。且遠不符其聲價。乙生申月。干透戊庚壬。財官印既同藏於申宮。又並藏於干頭。斯乃貴徵。俠義豪爽。固是不凡。

これは杜月笙先生の命造なり。或る人は「乙庚化金」の化氣格をもってこれを論ず——乙と庚は相合し、申酉月に逢えば本來化金の象あり。我は私かりに思うに、時柱に午火を見、火は金を剋し、化の格局は半ば成るのみ。しかもこのように論ずるも彼の聲望地位に遙かに配せざるがごとし。本相に就いて見るに如かず:乙木は申月に生まれ、天干に戊・庚・壬の三字が透し、財(戊)・官(庚)・印(壬)すでに同じく申の一宮の内に蔵し、また一幷に天干の上に透す。これぞ貴顯の徵象なり。人と為り俠義豪爽、本來凡響に同じからず。ここに韋氏の化氣格を論ずる態度を見るべし:合して真化せざれば、寧ろ本氣をもって格を取り、一つの美しき格名に遷就することを肯んぜず。

前運日新月盛。五十一之丑運。更進一步。造福社會。奚啻萬家生佛。亦原於財。故有利人而利己也。再後丙運雖克庚金。幸有壬水制之。不足為慮。寅運以沖申為豈可許子不憚煩勞。趨吉避凶。建策終莫妙於退隱。今年歲運皆乙。妒合庚金。能者多勞。其奈無功何。

從前の運は一日びに興盛なりき。五十一歳の丑運はさらに一歩を進む——丑は申中の金氣と相通じ、また乙木の財庫なり。社會に福を造ること、何ぞ萬家生佛のみならん。これもまた財星の得力に根原し、ゆえに能く人を利しまた己を利するなり。さらに後の丙運は庚金正官を剋するといえども、幸いに壬水旁に在りて丙火を制住す。慮るに足らず。寅運は則ち月支申と相冲し、官星の根は冲動せらる(底本この句文字訛脱あり、語意盡く通ずること難し)。凡事煩勞を憚らず、吉に趨き凶を避くるも、最良の辦法は畢竟退隱なり。今年歳運ともに乙木なり。乙と庚は爭合す(兩乙が一庚を爭合す。命書これを「妒合」と謂う)。官星は牽絆せられ、能者多勞といえども、また功あるを言うべからず。

梅蘭芳命造

甲午 甲戌 丁酉 癸卯 六歲 乙亥 十六 丙子 廿六 丁丑 三六 戊寅 四六 己卯 五六 庚辰

年柱甲午、月柱甲戌、日柱丁酉、時柱癸卯、日主丁火は戌月に生まる。大運は六歳に起こり、順に乙亥・丙子・丁丑・戊寅・己卯・庚辰。年干甲は陽に属し、男命は順排ゆえ、月柱甲戌より順推して乙亥・丙子・丁丑……。この造は兩甲・午・戌・卯、木火の氣ほとんど全局を占め滿たす。ただ日支酉金と時干癸水の兩點の收斂する物あるのみ。全局の精神はまさにこの兩字に凝る。下文の斷語もまた全くこれより立つ。

此梅蘭芳先生命也。全局木火太旺。喜日坐酉金。時得癸水。財殺清粹。兼帶貴人文昌。自宜藝術獨精。譽滿天下。革中國之劇才。作梨園這砥柱。令界大王。當之無愧。

これは梅蘭芳先生の命造なり。全局木火太旺なり。喜ぶべきは日主自ら酉金に坐し、時干また癸水を得るに在り:酉金は丁火の剋する偏財、癸水は丁火を剋する七殺。一財一殺ともに清純にして雜らず。しかも酉の字は丁日に於て「天乙貴人」(十干各々有る第一の吉神。凶に逢えば吉に化し、人の扶助を得るを主る。丁日の天乙は酉と亥に在り)たり、また「文昌」(聰明文采を主る)たり。兩吉曜同じく日支に踞る。怪しむべからず、彼の藝術獨り精し、譽れ天下に滿ち、中國戲劇を革新する人材、梨園の中流砥柱となり、「伶界大王」の四字は當に愧じず(底本の「令界」は「伶界」とすべし)。

惜行運未能媲美命局。所以僅享盛名。而無權爵。然晚來庚運資殺。空前絕後。恐不以令官終其身。變化飛騰。未可限量焉。今歲乙亥。印得長生。殺得旺地。現赴蘇俄演劇。必須一番轟烈。宣揚中國文化。灌輸東方藝術。所當厚望於君耳。

惜しいかな行運は命局と相配せず。ゆえに盛名を享くるのみにして權位爵祿なし。ただ晚年の庚運、庚金は癸水七殺を生助し、殺は財資を得ていよいよ力あり。あの時の成就は空前絕後ならん。おそらく一個の伶官をもってその一身を終えざらん(底本の「令官」は「伶官」とすべし)。變化飛騰、未だ限量すべからず。今年乙亥、乙木印綬は亥に於て「長生」を得、癸水七殺は亥に於て旺地を得る。印と殺兩旺なり。彼いま正に蘇俄に赴き演劇す。必ず一番轟轟烈烈の作為あらん。中國文化を宣揚し、東方藝術を灌輸す。これ彼に深く期望すべき所なり。この造もまた韋氏の藝術の命を看る路數を見るべし:木火太旺なれば則ち氣浮き、全く財殺の收束に賴る。人才これにより骨力を有す。

哈同命造

乙酉 庚午 庚子 丙子 六歲 己巳 十六 戊辰 廿六 丁卯 三六 丙寅 四六 乙丑 五六 甲子 六六 癸亥

年柱乙酉、月柱庚午、日柱庚子、時柱丙子、日主庚金は午月に生まる。大運は六歳に起こり、順に己巳・戊辰・丁卯・丙寅・乙丑・甲子・癸亥。年干乙は陰に属し、男命は逆排ゆえ、月柱庚午より倒退して己巳・戊辰・丁卯……。三十歳以後一路東方の木地と北方の水地なり。この造は月支午火權を當て、時干丙火透き出る。これ庚金の七殺なり。兩個の子水また支に坐して金を泄し火を剋す。命は外國人の生辰を折算して來れり。作者自らも十分憑恃するを敢えてせずと言う。讀時一則の參考とすべし。

或有以猶太富商哈同生庚。譯為陰曆,演成命局。浼余推測。雖未秘可恃。然察其八字。殺旺用印。固非凡庸之輩。但空拳致富。竟為滬上地產大王。實行運有以致之。蓋自三十歲後。歷行數十年水木財鄉。所當豪門珠履。

或る人は猶太富商哈同の生辰を農曆に折算し、命局を排して、我に推測せよと託す。このように得たる八字は未だ必ずしも十分に可靠ならず(底本の「未秘」は「未必」とすべし)。ただ八字本身に就いて見れば:七殺(丙・午火)當旺にして、須らく印綬(土)を取りて殺を化し身を生ずべし。格局本來凡庸の輩に非ず。彼の白手起家して富を致し、竟に上海の地產大王となりしは、實に行運の促成せしなり——三十歳以後、數十年一路水木の財郷を走る(木は庚金の財、水は能く火を制し身を護る)。ゆえに門庭富貴、賓客雲のごとし(「珠履」は春申君の門客三千、上客皆珠履を躡るの典を用う)。

貫按富貴人未必皆富貴命。或行運輔之以成也。反之貧賤人亦然。洵哉。孔孟所謂命也運也。運之朽粟陳。為地主領袖。稱海內鉅富。至於七殺少制。傷官無力,是以伯道無兒。子夏喪明。絕其後嗣。是亦畫龍雖好。占晴未成。牡丹吐豔。綠葉少助耳。視命。似屬更不可強矣。

以下は作者の按語なり(底本の「貫按」は「謹按」の類とすべし。かつこの段の文句次序に錯簡あり。「貫朽粟陳」の四字は本來上文に連なりてその富を形容すべきを、抄手誤りてここに置けり):富貴の人は未だ必ずしも皆富貴の命あるに非ず。あるは行運彼を幇けて成就するなり。反つて貧賤の人もまた同じ。孔子・孟子のいう所の「命」と「運」、確かに此のごとし。彼は錢串朽爛し、穀米陳積し、地主の領袖と為り、海内巨富と號す。七殺制伏を缺き、傷官また力量なきに至っては(傷官は子息を主る)、ゆえに晋の鄧攸のごとく兒なき(「伯道無兒」)、子夏の子を喪うて眼を哭して盲めたるがごとく、ついに後嗣を絕つ。これ竜を畫くは好しといえども點睛成らず、牡丹豔なれども綠葉の扶持を缺くに等し。看來命の一事、いよいよ強求すべからざるなり。

袁寒雲命造

庚寅 甲申 甲申 甲戌 三歲 乙酉 十三 丙戌 廿三 丁亥 三三 戊子 四三 己丑 五三 庚寅

年柱庚寅、月柱甲申、日柱甲申、時柱甲戌、日主甲木は申月に生まる。大運は三歳に起こり、順に乙酉・丙戌・丁亥・戊子・己丑・庚寅。年干庚は陽に属し、男命は順排ゆえ、月柱甲申より順推して乙酉・丙戌・丁亥……。この造は天干三つの甲木并立し、地支兩個の申金、年干また庚金を透す。三甲勢を成し、兩申令を當つ。これ「身殺兩強」の典型の配置なり。下文の斷語を讀むに對照して看るべし:兩強相持して一物の調停なし。まさに全篇立論の要害なり。

辛未之秋。袁子寒雲逝世。士林婉惜。鄭正秋君以其年庚詢余。余曾答諸新聞報新園林。言曰。初秋三甲。雖不得令。卻得其勢。庚金七殺。既旺且盛。堪謂身殺兩強。惟乏火之制殺。印之化殺。大為缺點。

辛未年の秋、袁寒雲(袁世凱の次子袁克文)去世す。士林中の人みな之がために惋惜す。鄭正秋君は彼の生辰を持ちて我に問う。我はかつて《新聞報》の「新園林」欄に答えて曰く:初秋の三つの甲木、時令に當らざるといえども、并列成群なるがゆえにその氣勢を得たり。庚金七殺すでに旺にしてまた盛なり。身と殺の兩邊ともに強しと謂うべし。惜しいかな局中に火を缺きて殺を制せず、また印を缺きて殺を化せず。これ極大の缺點なり。前の閻錫山の一造は癸印の化殺・丁火の制殺あり。ゆえに四平八穩なり。この造は兩樣ともに無し。力量再び大なりといえども、ただ硬碰硬なるのみ。轉圜する由なし。

是以豪放不羈。崛強寡合。雖燕許文章。機雲才藻。未獲顯貴。抑鬱以終。行運僅丙戍丁亥之二十年。較為優良。名山事業。以此最宜。再後即夢幻泡影矣。辛未流年。官之混殺。又甲木入墓。縱不至修文道山。亦有勃然他變。孟子曰。莫非命也。誠哉是言。先獲我心矣。

ゆえに彼は豪放不羈、倔强にして人と合すること少なし。唐の張說・蘇頲(世に燕・許大手筆と稱す)のごとき文章あり、晋の陸機・陸雲兄弟のごとき才華ありといえども、顯貴の地位を得ず、抑鬱として終れり。行運ただ丙戌・丁亥のこの二十年稍々優良なり——丙丁は火に属し、まさに制殺の需むところ。ゆえにその二十年最も著述立言の「名山事業」に宜し。さらに往後は皆夢幻泡影なり。辛未のこの年、辛金は甲木の正官にして、出でて七殺と相混ず。殺いよいよ亂る。未はまた甲木の墓庫にして、甲木墓に入る。縱い亡故に至らずとも(「修文」「道山」皆人の死を指す)、また突如其來の變故あらん。孟子曰く「莫非命也」。この話真に對なり。まさに我心中の思う所に合す。

商震命造

戊子 辛酉 乙未 己卯 七歲 壬戌 十七 癸亥 廿七 甲子 三七 乙丑 四七 丙寅 五七 丁卯

年柱戊子、月柱辛酉、日柱乙未、時柱己卯、日主乙木は酉月に生まる。大運は七歳に起こり、順に壬戌・癸亥・甲子・乙丑・丙寅・丁卯。年干戊は陽に属し、男命は順排ゆえ、月柱辛酉より順推して壬戌・癸亥・甲子……。この造は月干辛金七殺令を當て、年干戊・時干己の兩土并に透して財と為す。財また殺を生ず。日主乙木ただ日支未と時支卯のこの一組の木局に賴りて撑持す。これ「殺重身軽」の又一の實例にして、正好く閻錫山・袁寒雲の兩造と合看すべし。

河南省政府知命子先生。示余商震總指揮之命造。餘簡為批曰。乙生辛酉月,殺重身輕。財星之兩透。尤足為病,所貴者。卯未曾木局。幫身而制財。日主弱中有氣。行運最喜比劫。遇印則印被財壞。不能化殺。未必盡美。逢食則有財當信此等命局。獨喜乎比劫矣。

河南省政府の知命子先生が商震總指揮の命造を持ちて我に見す。我は簡略に批していわく:乙木は辛酉月に生まれ、殺重くして身軽し。戊・己の兩個の財星また皆天干に透す。財去りて殺を生ず。いよいよ病根と為れり。貴ぶべきは日支未と時支卯の木局を會成するにあり(底本の「曾木局」は「會木局」とすべし)。既に日主を幇扶し、また財土を剋制す。日主これにより弱中に氣あり。行運最も喜ぶは比劫(同類の木)——もし印綬に遇わば、印は旺財に壞され、殺を化すこと能わず、未だ必ずしも盡く美ならず。もし食傷に遇わば、局中に財あり、食傷反つて去りて財を生じ殺を助く(底本この句文字訛脱あり)。ゆえにこの一類の命局、ただ比劫の一路を喜ぶのみ。この一段最も運を取る分寸を見る:同じく身を幇くるも、印と比劫とは不同の局に於て效力大いに同じからず。

丑運乃酉丑會成金局。故幾瀕於危。去年交來丙運。合殺最美。權爵更顯。當不止為一方領袖。以後寅運繼長增高。丁運雖善。以視丙寅。直如小巫。耳(一說丙子時。想繫傳聞之誤)。

丑運のうち酉と丑は金局を會成し、七殺の勢陡然として加倍す。ゆえにほとんど危境に瀕す。去年丙運に交進し、丙と辛相合す(丙辛合)。七殺を合住し牽絆す。これ最も美しき一著なり。これにより權位爵祿いよいよ顯赫、ただ一方の領袖を為すに止まらざるべし。以後の寅運、寅は甲木の祿地にして、比劫得力、繼續して增高す。丁運好しといえども、丙運・寅運に比ぶれば、直ちに小巫の大巫を見るがごとし。末句括弧内は作者の自注:或る説彼は丙子時に生まるとす。想うに傳聞の誤りならん。「合殺」と前の閻造の「制殺」「化殺」と竝びて、七殺を處置する第三の辦法なり——これを殺さず、ただこれを絆住するのみ。

錢警庸命造

壬子 壬寅 乙亥 丙子 三歲 癸丑 十三 甲辰 廿三 乙巳 三三 丙午 四三 丁未 五三 戊申

年柱壬子、月柱壬寅、日柱乙亥、時柱丙子、日主乙木は寅月に生まる。大運は三歳に起こり、順に癸丑・甲辰・乙巳・丙午・丁未・戊申。年干壬は陽に属し、男命は順排ゆえ、本來月柱壬寅より順推して癸卯・甲辰・乙巳……とすべきを、底本の首步は「癸丑」と作り、下文の甲辰・乙巳の順行次第と合わず。當に「癸卯」の訛りとすべし。いま原文を照録す。この造は兩壬・兩子・一亥、水多きこと五に至り、乙木は春令に當るといえども、漂浮の患あり。全局の救應ただ寅中の蔵する戊土に在るのみ。下文の取用はすなわちここより入手す。

錢翁以其少君警庸先生之吉庚詢余。先生為海上籃球健將。在運動界中。頗負時譽。視其命造。新春乙木。甫得旺氣。然見五水。不免飄浮。應賴寅中戊土制水為用神。時上丙火生土為相神。偏枯之避。一若無可貴者。

錢老先生は彼の兒子警庸先生の生辰を持ちて我に問う。警庸先生は上海の籃球健將にして、運動界に頗る聲譽あり。彼の命造を見るに:初春の乙木剛ぎ旺氣を得たるも、局中水多きこと五處に及び、未免漂浮無根の患あり。當に月支寅中の蔵する戊土を賴りて水を制し、これを取りて用神と為すべし。時干丙火は能く戊土を生ず。これを取りて「相神」(用神を輔佐する神。語は《子平真詮》に出づ)と為す。全局偏枯の毛病は躲開すべからず(底本の「偏枯之避」は語略あり)。乍ち見れば貴ぶべき處なきがごとし。ここに注意すべし:水多くして木浮くとき、救法は再び木を添うるに非ず、而して堤を築きて水を止むるにあり。ゆえに土を用いて木を用いず。

然核其運途。早歲多比肩劫財之運。是以矯強果敢,體力加人一等。二十八歲後。一路火土。足補命中缺憾。正合乎五言獨步所云。有病方為貴。無傷不是奇。格中如去病。財祿喜相隨矣。顯達前程。豈可限量。雖非富貴命。行得富貴運。當亦富貴中人也。姑志如上。以待後驗。

しかるに彼の運途を覈對するに:早年多く比肩劫財の運を走り、木氣身を助く。ゆえに體格矯健強壯、性情果敢、體力人一等に勝る。二十八歳以後一路火土、正好く命中の缺憾を補う。これ恰も《五言獨步》のいう所の「有病方為貴、無傷不是奇。格中如去病、財祿喜相隨」に合す——命裏に病あるは妨げず、ただ行運能く病を去らば、反つて成就いよいよ大なり。かくのごとくならば則ち前程顯達、豈に限量すべけんや。富貴の命に非ざるといえども、行き得たるは富貴の運なり。また當に富貴中人と算すべし。姑くここに記して、日後の應驗を俟たん。この造は哈同の一造と同じく「命平らかにして運助く」に属す。幷看すべし。

王君命造

甲辰 丙子 壬寅 辛亥 二歲 丁丑 十二 戊寅 廿二 己卯 三二 庚辰 四二 辛巳 五二 壬午 六二 癸未

年柱甲辰、月柱丙子、日柱壬寅、時柱辛亥、日主壬水は子月に生まる。大運は二歳に起こり、順に丁丑・戊寅・己卯・庚辰・辛巳・壬午・癸未。年干甲は陽に属し、男命は順排ゆえ、月柱丙子より順推して丁丑・戊寅・己卯……。この造は月支子は壬水の「羊刃」、日支寅と時支亥は相合し、年支辰また子と相會す。地支三處ともに牽連あり。表面見れば年月の甲木丙火ともに令に當らざるがごとく、實則暗中自ら生機あり。下文の分析は全くこの幾處の合會の上に文章を作る。

此為摯友王君命造。十七歲來滬。就學金業。十九歲憤師友之敬束,自營標金。廿三廿四兩年。盈財五十餘萬。茲已息影家園。稱素封矣。視其八字。洵不偶然。蓋壬水生於仲冬。羊刃當權。年月木火失令。似屬凡庸。

これは我が摯友王君の命造なり。彼十七歳にして上海に來り、金業中に學徒す。十九歳に師友の拘束に甘んぜず(底本の「敬束」は「羈束」とすべし)、自ら標金の買賣を經營す。二十三・二十四の兩年獲利五十餘萬。如今已に家中に退居し、官爵なくして資財豐厚なる「素封」の家と稱すべし。彼の八字を見るに、確実に偶然に非ず。壬水は仲冬十一月に生まれ、子は壬水の「羊刃」——日干の帝旺の地、氣極めて剛銳、人を主れば魄力ありてまた風波を生じやすし——羊刃權を當つ。年柱月柱の甲木・丙火ともに令に當らず、乍ち見れば平常の命なるがごとし。

所妙日支為寅。時支為亥。乃木火之生地。且寅亥合。則木火之氣愈貴。子辰會。則食神反得生扶。滴天髓所謂。何以其人富財氣通門戶是也。己往寅運。包藏一甲一丙。發軔雲程。立志卓犖。固非常人所能望其項背。

妙處は日支は寅、時支は亥に在り:寅中に甲木と丙火を蔵し、亥は甲木の長生の地、兩者ともに木火の生地なり。しかも寅と亥相合す。木火の氣これによりいよいよ貴重なり。年支辰と月支子は水局を會成し、甲木食神反つて滋養を得(水生木)。これまさに《滴天髓》のいう所の「何以其人富、財氣通門戶」なり——木は壬水の食傷、火は壬水の財。食傷は財を生じて門戶暢通す。財路すなわち打開す。過去に行じた寅運、寅中に一個の甲・一個の丙を包蔵し、食神と財星俱に全し。ゆえに起步すなわち青雲に入り、立志卓越、本來常人の及ぶ所に非ず。

己運為正官。中逢廿三丙寅。廿四丁卯。兩大火年。以濟其美。自宜點金有術。一躍致富。卯運以來。流年平滯。不過保持仍舊而已。此後庚辰辛等運。每況愈下。還防波折。萬不可再圖徼倖。已運則敷演家聲。發場蹈歷。有更上層樓之可能。謂余不信。請觀其後。

己運は壬水の正官なり。その間また二十三歳丙寅・二十四歳丁卯の兩個の大火の年に逢う。火は財星にして、來りてその美處を成全す。ゆえに點石成金、一躍して富めり。卯運以来流年平淡呆滯、不過原狀を維持するのみ。此後庚辰・辛等の運、金來りて水を生じて水いよいよ旺なり。財氣反つて冲淡せられ、每に況愈しく下る。還りて波折を隄防するを須とし、萬萬再び僥倖を圖るべからず。巳運に至れば、巳中に丙火と戊土を蔵し、財と官ともに有り。門庭を光大し、奮發有為すべく、更に上の一層樓の可能あり。若し我が話信ずべからずと謂わば、請う日後を看よ。

千里自造

辛亥 辛卯 庚子 庚辰 九歲 庚寅 十九 己丑 廿九 戊子 三九 丁亥 四九 丙戌 五九 乙酉

これは作者韋千里が己のために排したる命造なり。年柱辛亥、月柱辛卯、日柱庚子、時柱庚辰、日主庚金は卯月に生まる。大運は九歳に起こり、順に庚寅・己丑・戊子・丁亥・丙戌・乙酉。年干辛は陰に属し、男命は逆排ゆえ、月柱辛卯より倒退して庚寅・己丑・戊子……。この造は天干兩辛兩庚、全く金なり。地支は亥・卯木を會し、子・辰水を會す。全く水木なり。金多しといえども土の生なく火の煉なく、水木旺なりといえども日主擔い得ず。作者下文自評の甘苦、句句皆この結構の裏より出づ。全書最も性情を見るの一篇なり。

此為千里自造。識者咸謂憾於無火。然春金固非當令。乏土之生。則且無根。縱天干庚辛林立。子平真詮雲。得三比肩。不如得一長生祿刃。可見徒多比劫。而日元無氣。非是真強。矧又亥卯會成木局。子辰會成水局。水與木皆有挫於金乎。

これは我韋千里自家の命造なり。命を識る人皆局中に火なきを可惜とす。其實春の金は本來令に當らず、また土の生ずるを缺き、根に至っては亦無し。縱い天干の庚・辛一列に排すとも、ただ虚旺のみ。《子平真詮》曰く「三比肩を得るは、一長生祿刃を得るに如かず」。見るべし、比劫再び多きも、日元本身地支に氣なければ、仍お真強と算せず——これ身強身弱の一條の要緊の分界なり。天干の同類はただ幇手と算し、地支の長生・祿・刃のみ根基と算す。何況地支亥卯は木局を會成し、子辰は水局を會成す。木は我の剋する所の財、水は我の氣を泄するなり。水と木の兩面夾攻す。金豈に挫折を受けざらんや。

火能熔金。有火固可顯達。無火則一寒儒而已。然寒弱之金。逢微火當可得志。逢巨火則不勝其克。或且因貴顯而惹禍殃。此孔子所謂過猶不及者是也。若云水木兩局。財星甚旺。亦滴大髓所謂何以其人富。財氣通門戶者歟。無如身人任財。難免富貴貧人之譏。正合我今日之筆耕終夕。硯田枯澀者也。

火は能く金を熔かして器を成す。火あれば自然顯達すべく、火なければ便ち一個の寒素の讀書人のみ。ただ寒弱の金、微火に遇えば還りて志を得、大火に遇えば則ちその剋伐を受くるに堪えず、甚だしきは顯貴なるがゆえに反つて禍殃を招くに至らん——これすなわち孔子のいう所の「過猶不及」なり。若し地支水木兩局、財星甚だ旺なりと謂わば、是れ亦《滴天髓》のいう所の「何以其人富、財氣通門戶」に合せざらんや。無奈日主この份の財を擔い得ず(底本の「身人任財」は「身不任財」とすべし)。難免「富屋貧人」の譏誚を落とさん(底本は「富貴貧人」と作る)——財屋の裏に住する窮人、正に我が如今終夜筆耕し硯田乾澀する光景に合す。

然則富貴皆無大望。我將永自韜養矣。嘗以身弱之命。與身強之命相較。同走好運。同處美境。而其速率與份量。大相懸殊。身強者每遠過於身弱者。此余屢試不爽。故益信拙造之身弱。恐終其身不過爾爾也。查行運。方今行至丑字。尚屬順利。將來戊宇或更進一步。子運恐厄於病。但蓋頭屬戊。當無生命之危。於運少濟。亥運伏櫪。丙運以下。老更無為矣。

かくのごとく見れば、富なりと貴なりと、皆大きな指望なし。我はただ長く自ら涵養するのみ。我はかつて身弱の命と身強の命とを比較せり:同じく好運を走り、同じく順境に處するも、發達の速度と分量は大いに相同じからず。身強は每每身弱に遙かに超過す。これ我が屢試して爽わざる經驗なり。ゆえにいよいよ自家のこの身弱の造を信ず。おそらく一輩子もただ此のごとくのみ。行運を查すに:眼下丑字に走り至る。丑は湿土にして能く金を生ず。還りて順利と算す。將來戊運或いは更に一歩を進めん(底本の「戊宇」は「戊字」とすべし)。戊は燥土にして、金を生ずるに力あり。子運おそらく疾病に困まん。但し運干「蓋頭」するは戊土なり(大運天干は地支の上に壓す。蓋頭と稱し、能く地支の力を減ず)。當に性命の危なかるべからず。己運幇助有限。亥運ただ伏櫪して時を俟つのみ。丙運以下年紀すでに老い、更に作為する所なし。作者自批ここに至りて、身弱の命の一生の分寸を説きて極めて透徹す。また彼の命を論じて己がために諱まざるを見るべし。

吾邑錢翁命造

壬子 戊申 戊辰 辛酉 二歲 十二 廿二 三二 四二 五二

年柱壬子、月柱戊申、日柱戊辰、時柱辛酉、日主戊土は申月に生まる。大運の一欄ここに底本脱文あり:ただ二歳・十二・廿二・三二・四二・五二の六個の起運歳數を餘すのみ。各步の干支全部漏刻せり。補うこと能わず。いま原樣に存録す。下文批語に「運皆西北金水」と「刻走丁運」「以後己運」と提うるにより推算せば、その大運當に月柱戊申より逆行して丁未・丙午・乙巳……とすべし。然れども確據なく、敢えて臆定せず。この造は地支申・子・辰の三合水局齊全し、時柱また辛酉なり。金水一氣にして戊土孤懸す。これ「身不任財」の典型なり。

此吾邑錢翁之命也。出身豪富。重義輕財。晚年耗頓。卒彈鋏於猶子門下。殊為戚敞鄙夷。茲者壽愈杖朝。淒涼孤苦。士論惜之。夫戊土生於孟秋。支全水局。時落辛酉。金水並旺而秀氣流行。格局本非庸俗。

これは我が同郷錢老先生の命造なり。彼は豪富の家に出身し、義氣を重んじ錢財を輕んず。晚年家業耗盡し、最後に侄兒の門下に寄食す(「彈鋏」は馮諼が孟嘗君に客として劍を彈じて歌うの典を用い、人の籬下に寄りて求告するを指す)。甚だ親戚の輕慢を受く。如今年八十を過ぐ(「杖朝」は八十歳杖を拄りて朝に入るを謂う)。淒涼孤苦。士林中の人皆彼がために惋惜す。彼の命:戊土は孟秋七月に生まれ、地支申・子・辰は水局を會全し、時柱また辛酉に落つ。金水兩旺にして秀氣流通す。格局本來庸俗と算せず——所謂秀氣流行とは、日主の氣が金・水に順いて一路泄出し、清にして濁らずを指す。

奈日主太輕。身不任財。既有月上戊土比肩。從財則又不真。益以運皆西北金水。宜其豐裕春申。雖有三千珠履之名。卒流金空季子之類。亦足悲矣。刻走丁運。正印助身。本應否極泰來。然行諸太晚。不免美人犀暮之慨。以後已運更佳。或不致落寞以終。

無奈日主太輕にして、この一片の財を擔い得ず(水は戊土の財)。若し索性身を棄て財に從いて「從財格」を成すと謂わば、偏にまた月干戊土の比肩身を幇く。從うこと真ならず——從格は須らく日主毫も依傍なきを要す。一たび幇扶あれば便ち成立せず。これ外格を取るの鐵門檻なり。加うるに大運皆西北金水を走る。財いよいよ旺にして身いよいよ虚なり。ゆえに彼早年豪富なること春申君の門下のごとく(「三千珠履」は春申君の上客皆珠履を躡るの典を用う)、最終に却つて蘇秦落魄歸家し囊空金盡きるの下場に落つるがごとし。亦た悲しむに足る。眼下丁運を走る。丁火は戊土の正印にして、身を生じ主を助く。本應否極泰來すべし。ただ來ること太だ晚し。未免美人遲暮の歎あり(底本の「犀暮」は「遲暮」とすべし)。以後の己運更に好し。或いは落寞として終るに至らざらん。

某妓命造

戊戌 戊午 癸亥 戊午 九歲 丁巳 十九 丙辰 廿九 乙卯 三九 甲寅 四九 癸丑 五九 壬子

これは一個の女命なり。年柱戊戌、月柱戊午、日柱癸亥、時柱戊午、日主癸水は午月に生まる。大運は九歳に起こり、順に丁巳・丙辰・乙卯・甲寅・癸丑・壬子。年干戊は陽に属し、女命は陽年に生まれれば則ち大運逆排す(男命と恰好相反す)。ゆえに月柱戊午より倒退して丁巳・丙辰・乙卯……。この造最も目を觸るるは天干三個の戊土、一齊に日主癸水に對すること——戊癸本來一對の相合する干、三戊一癸を爭合す。命書これを「妒合」と作る。下文に彼女の心定主なきを斷ずる根據、まさにここに在り。

此乃某妓命造。幼孤為娼。廿五歲後。侍某顯宦造室。詎以不知自愛戀一伶人。終被顯宦所黜。茲則伶亦絕裾斷交。暝二養女。仍操故業,夫癸生午月。財官並旺。惟天干三透戊土。爭合癸水,日主用情,毫無定見。自是水性揚花。張三李四。坐下劫刃,足以幫身。苦無印綬,終如飛絮浮萍。飄流無定,

これは某位妓女の命造なり。彼女自幼孤苦にして娼門に入り、二十五歳後某顯宦の側室と為れり。不料自愛を知らざるがため、一個の伶人に戀し、終に顯宦に逐出せらる。如今あの伶人もまた往來を斷絕す。彼女兩個の養女を帶び、仍お舊業を重操す。命を看るに:癸水は午月に生まれ、午中丁火は財、己土は官にして、財と官ともに旺なり。ただ天干三個の戊土一齊に來りて癸水を合す。日主の感情幾方に牽扯せられ、毫も定見なし。自然水性楊花のごとく、張三李四皆能く牽動す。日支亥は癸水の旺地にして、「劫刃」に等し。足りて身を幇く。苦しむは局中に印綬なき——印は根柢と依歸を主る。印なければ便ち飛絮浮萍のごとく、飄流定まらず。

查早年多火遠。何善可陳,辰運沖開水庫。宛若雲開見日。惜乙卯運洩身生財,只如曇花一現。不免重作馮婦。以後甲寅運木土爭戰。不堪言狀。寅運之會成火局。且恐不祿矣。

彼女の早年を查するに多く火運を走る(底本の「火遠」は「火運」とすべし)。財旺身衰、説くべき好しき處なし。辰運水庫を沖開す(辰は水庫にして、運至れば庫門啓き、日主根を得)。雲開きて日を見るに比す。その數年境遇一新せり。可惜つづく乙卯運、木は日主の氣を泄し又去りて火を生じ財を助く。ただ曇花一現のごとく。未免舊業を重操す(「重作馮婦」は《孟子》の馮婦虎を搏つの典を用い、舊行を重蹈するを謂う)。以後甲寅運、木と土と交戰し、官星は木に剋せらる。處境言状すべからず。寅運に至れば、寅は午・戌と會して火局を成す。財旺極まりて身歸する所なし。恐らく性命もまた保ち難し。

秦氏老僕王某命造

庚申 戊子 壬子 辛亥 二歲 己丑 十二 庚寅 廿二 辛卯 三二 壬辰 四二 癸巳 五二 甲午 六二 乙未

年柱庚申、月柱戊子、日柱壬子、時柱辛亥、日主壬水は子月に生まる。大運は二歳に起こり、順に己丑・庚寅・辛卯・壬辰・癸巳・甲午・乙未。年干庚は陽に属し、男命は順排ゆえ、月柱戊子より順推して己丑・庚寅・辛卯……。中年以後南方の火地に轉入す。この造は申・子・子・亥の四支全く水なり。庚・辛の兩金また來りて水を生ず。ただ月干一個の戊土中間に立つのみ。これ「身旺無依」の極端の例子なり。前の錢翁の一造と正好く相反す——あの一造は財旺身輕、これ一造は身旺にして用いるべき財なし。

此王某之命也。自幼迄今。胼手胝足。庸役於餘友秦贊臣家。未嘗娶妻。孓然一身。幸侍主忠誠。故為秦氏三代蒼頭健限奴。餘因好奇。曾視其命造。乃壬水生於仲科。三逢祿旺。所謂崑崙之水。可順而不可逆。月上戊土。煢煢孓立。既不足以制水。反又激水之怒,庚辛兩金。洩土生水。尤足為病,是真身旺無依,老健徒苦而已。

これは王某の命造なり。彼自小より今に至るまで手脚皆繭を磨き出し、我が友秦贊臣の家中に做工す。一直に妻を娶らず、孑然一身なり。好しきは主人に侍奉するに忠誠なるがゆえに、秦家三代の老僕と為れり(「蒼頭」は僕役の舊稱。底本の「健限奴」は文字訛あり)。我は好奇に出でて、かつて彼の命造を看過せり:壬水は仲冬に生まれ(底本の「仲科」は「仲冬」とすべし)、申・子・亥の三處皆壬水の祿旺の地なり。これすなわち命書のいう所の「崑崙之水」——水勢浩大、ただその性に順いて導くべく、その性に逆いて堵ぐべからず。月干一個の戊土孤零零に立つ。既に水を制するに足らず、反つて水の怒氣を激起す。庚・辛の兩金また土を泄して水を生ず。いよいよ病根と為れり。これ真に身旺にして依託する所なし。縱い一生康健なりとも、ただ白白に勞苦するのみ。

四十七歲前。一派金水運。不轉溝壑。而得溫飽。已為繳天之幸。已運以還。運轉東南木火。應見起色,據云。三十年來。已積蓄二千餘金。且勤勞如故。其志可嘉。明年換入申運。申之助水。更形氾濫。保身以沒。意中事也。

四十七歳以前一路金水の運、本已氾濫の水勢を助長せり。彼轉輾溝壑せずして溫飽を得る能くするは、已に僥天之幸なり(底本の「繳天」は「僥天」とすべし)。巳運以後運轉して東南木火なり。木は能く水を納れ、火は能く土を生ず。當に些かの起色を見るべし。據説三十年來彼已に兩千餘元を積蓄し、しかも勤勞故のごとし。この份の志氣甚だ嘉許すべし。明年申運に換入す。申金再び水勢を助く。氾濫いよいよ甚だし。能く身体を保ちて安然として老に至る、すなわち在意料の中なり。この造は前の「性情」の章の「身旺八字無抑者」の一條と恰好對看すべし:滿局の幇身の氣發泄する處なし。貴人の身上に落れば橫暴なり、寒微の人の身上に落れば便ち終身勞苦なり。

丐者命造

丁亥 癸丑 庚子 丁亥 九歲 壬子 十九 辛亥 廿九 庚戌 三九 己酉 四九 戊申 五九 丁未

年柱丁亥、月柱癸丑、日柱庚子、時柱丁亥、日主庚金は丑月に生まる。大運は九歳に起こり、順に壬子・辛亥・庚戌・己酉・戊申・丁未。年干丁は陰に属し、男命は逆排ゆえ、月柱癸丑より倒退して壬子・辛亥・庚戌……。この造は前の「評斷之擧例」中の潘姓坤命(壬子・癸丑・庚子・丁亥)とほとんど同じ一路数なり:皆寒金水に坐し、丁火癸水に剋せらる。見るべし、同類の命局も貴賤の間は還りて行運と配合を看るを要す。一見相似なればすなわち同命と斷ずべからず。

嘉善沈恆甫君。雅好命理。時相過從。當示我一丐者之命(排列如上)。夫寒金喜火。所嫌支全亥子丑。北方水旺。又月干癸克丁火。五行無木。未得生化之情。一片寒涼之局。宜其蓬飄萍泛。淪落天涯。歌板臨風。飯籃迎月。鵠形菜色。仰面求人矣。

嘉善の沈恒甫君は雅く命理を好み、つねに我と往来し、かつて一個の乞丐の命を持ちて我に見せり(排列は上に見ゆ)。寒金は本來火の暖めに來るを喜ぶべきも、嫌むべきは地支の亥・子・丑が連なりて北方一片と為り、水氣極めて旺なり。月干癸水また年時の兩個の丁火を剋住し、局中五行に木なく、火はそれを生ずる源頭を失い、相生轉化の情を得ず、通盤ただ一片の寒涼なり。怪しむべからず、彼は蓬のごとく萍のごとく、淪落天涯:風に臨みて蓮花落の歌板を敲き、飯籃を提げて月色を迎え、形容枯槁・面に菜色を帶び、臉を仰ぎて人に乞う。この造に木なし。まさに最も要緊の一處なり:木あれば水は木を生じ木は火を生じ、寒局立ちどころに轉ず。木なければ水と火と對立し、只相剋を殘すのみ。

且運皆金水。繼不為東郭乞食 。亦必為溝壑餓莩。設此等命局。運行東南木火。未始非季子買臣。由困入亨之一流,富貴貧賤。固繫乎命。然運之芝枯盛衰,關鍵尤為重要。管子曰。壽之修短有數。命之顯晦有定。要皆運會豐塞維繫之。誠哉是言。我輩為人評命,對於運途之推敲。不可或忽也。

何況大運また皆金水に在り。接下來たとい齊の東郭のごとく墦間に食を乞うに似ずとも、必ず溝壑中の餓殍と為らん。假しこのような命局が東南木火の運を行くを得ば、未だ嘗て蘇秦・朱買臣の一流の困頓より通達に轉ずる人物ならざるに非ず(蘇秦の字は季子、早年落魄。朱買臣は薪を負いて書を讀み、後に顯位に至る)。富貴貧賤は固より命に係るといえども、然れども運の榮枯盛衰(底本の「芝枯」は「榮枯」とすべし)、關鍵いよいよ重要なり。管子曰く:壽命の長短に定數あり、命運の顯晦に定分あり、總じて皆運會の丰厚と閉塞とに維繫せらる。この話真に對なり。我ら人のために命を評するに、運途の推敲に於ては、一點も忽略すべからず。

僧侶命造

戊戌 庚申 己酉 壬申 九歲 辛酉 十九 壬戌 廿九 癸亥 三九 甲子 四九 乙丑 五九 丙寅

年柱戊戌、月柱庚申、日柱己酉、時柱壬申、日主己土は申月に生まる。大運は九歳に起こり、順に辛酉・壬戌・癸亥・甲子・乙丑・丙寅。年干戊は陽に属し、男命は順排ゆえ、月柱庚申より順推して辛酉・壬戌・癸亥……。この造は地支申・酉・戌の三字齊全し、これ西方一片の金なり。天干また庚金・壬水を透し、己土日主の氣全く金水に泄盡され、局中一點の火もなし。命書出家の命を論ずるに、一には孤寡の氣を看、二には身と局との向背を看る。この造はまさに身弱無依の一種なり。

此為一僧侶之命。孫福堂為餘言。是僧三歲父母雙亡。七歲為舅氏粥入某寺。藩髮昄依。按已酉日元。生於申月。支全西方。干透庚壬。金勢猛烈。洩氣太過。局中無火。只可用劫然戊土虛脫。用神無力。終以身弱傷重,無印為病,固生成寒微之命也。

これは一位の僧人の命造なり。孫福堂我に語らく:この僧三歳にして父母雙亡、七歳にして舅父に某寺に賣り入れられ(底本の「粥入」はすなわち「鬻入」)、剃髮歸依せり。按ずるに己酉日元申月に生まれ、地支申酉戌全く西方金局を成し、天干また庚金・壬水を透す。金勢猛烈、日主の氣泄されること太過。局中一點の火なし。則ちただ年干戊土の比劫を取りて身を幇くるほかなし。然れども戊土同じく虚脱無力、用神軟弱なり。歸根する處は身弱にして傷官(庚金は身を泄する神)太重、また印綬ありて身を生じ主を護るなし。これ病根なり。本來生成の寒微の命なり。

喜忌篇雲。日干旺甚無依。若不為僧即道。今乃知向弱無依。亦黃冠客。空桑子之一流耳。九歲以來,皆行金水運。清淨無為。孓然一向。鮮淑堪言。然以後甲子乙丑。水木之鄉。亦不過謝絕紅塵。砥礪清修。誦經禮佛。度其老納生溽而已。甲運若不圓寂。可至寅運以臻樂土。

《喜忌篇》曰く:日干極點に旺して依託なき者は、和尚と為らざれば道士と為る。如今始めて知る、日干極點に弱くして依託なき者も、同じく道士(「黃冠客」)、僧人(「空桑子」。伊尹空桑に生まるの典を用いて出家人を指す)の一流なり。彼九歳以来皆金水の運を走る。清淨無為、孑然一身、説くべき好事なし。以後の甲子・乙丑の水木の鄉も、不過紅塵を謝絕し、清修を砥礪し、經を誦し佛に禮し、老僧の一生を度過するのみ。甲運若し圓寂せざれば、寅運に至りて樂土に登るべし——寅中に丙火あり、寒局暖を得。彼一生中唯一火を見るの處なり。

殤孩命造

戊辰 戊午 辛丑 戊戌 三歲 己未 十三 庚申 廿三 辛酉 三三 壬戌 四三 癸亥 五三 甲子

年柱戊辰、月柱戊午、日柱辛丑、時柱戊戌、日主辛金は午月に生まる。大運は三歳に起こり、順に己未・庚申・辛酉・壬戌・癸亥・甲子。年干戊は陽に属し、男命は順排ゆえ、月柱戊午より順推して己未・庚申・辛酉……。この孩子生まれて剛ぎ滿月にして夭折す。所列の大運實に一步も走らざりき。ここに錄するはただその排法の全を存するがため。この造は三個の戊土、辰戌丑の四庫中にその三を有す。土重きこと出奇、然るに辛金脆嫩、五行また全く木なし。下文の斷語はすなわち「土重金埋」の四字より生ず。

此造產生甫經匝月。即遭夭折。初視之。殺印相生。不似殤孩。然重重厚土埋。藏脆嫩之金。五行無木。未得疏揚之利。一重午火,缺木之生。多土之晦。更夫能為力。滴天髓所謂氣濁神柘者是也。

この命造生まれて剛ぎ一個月滿つるに夭折せり。初めて見れば、午火七殺は戊土印綬を生じ、印綬は再び辛金日主を生ず。これ「殺印相生」の好結構にして、早殤の相に似ず。然れども層層の厚土脆嫩の辛金を埋住せり——辛金は陰金に属し、珠玉のごとく、最も土の多き埋沒を怕る。五行の中また完全に木なく、木の來りて土氣を疏鬆するの好處を得ず。僅有の一重の午火も、上に木のそれを生ずるなく、下に衆土にその光焰を泄せられ、更に能くする所なし。これまさに《滴天髓》のいう所の「氣濁神枯」(底本の「神柘」は「神枯」とすべし):氣すでに渾濁、神また枯竭す。縱い格局の名あるとも、一條の性命を撑起すること能わず。

渠父於產後即囑余推算。並欲選一湯餅之期。余謂之曰。近則已未月。遠則己已年。土勢猛烈。蘭摧玉折。堪為憂慮。後果於六月病亡。誠哉。命有定數。不可強也,客歲又見一命。與此造同類。惟為甲午時。土有木疏。宜其聰穎堅強。然未來庚運之沖甲。殊屬不利。姑視其後。竊恐亦非壽徵耳。

孩子の父親は産後すなわち我に推算を囑し、還りて滿月酒を辦する日子を選ばんと欲す(「湯餅」はすなわち滿月の筵)。我彼に語らく:近きは己未月、遠きは己巳年、土勢猛烈、おそらく蘭摧玉折せん。慮るに足る。後に果然六月に病亡せり。命確かに定數あり。強求すべからず。去年また一個の命を見るに、この造と同類にして、ただ時柱甲午と為る——一個の甲木多し。土便ち木の來りて疏通するあり。ゆえにあの孩子聰穎にして堅強なり。ただ將來の庚運甲木を沖剋せん。甚だ不利なり。姑く往後如何なるかを看ん。私かりにおそらく長壽の相に非ず。同類の兩造ただ一字を差するに生死判然たり。まさに韋氏の反覆強調する「配合」の二字なり。

跛足者命造

庚申 甲申 癸卯 庚申 十歲 乙酉 二十 丙戌 三十 丁亥 四十 戊子 五十 己丑 六十 庚寅

年柱庚申、月柱甲申、日柱癸卯、時柱庚申、日主癸水は申月に生まる。大運は十歳に起こり、順に乙酉・丙戌・丁亥・戊子・己丑・庚寅。年干庚は陽に属し、男命は順排ゆえ、月柱甲申より順推して乙酉・丙戌・丁亥……。この造は三個の申金、兩個の庚金、共に五處の金ありて癸水を生ず。ただ月干甲木と日支卯木の兩點の木氣あるのみ。金多くして水濁り、木弱くして傷を受く。これ下文に彼の殘疾を斷ずる憑據なり。上の一造の殤孩と同じく「印重身軽」に属す。一つは夭、一つは殘。程度同じからずして病理相通ず。

前論印重身輕之命。生甫匝月。即遭夭殤。余曾於友人家得視一造。亦為印重身輕。但僅不良於行。體格尚健。茲已魁梧奇偉。有成人氣象矣。夫癸水生於孟秋。重金五見。實鑑所謂金多水濁。亦滿盤濁氣耳。甲卯雨水,既時失勢。豈能周旋於刀槍劍戟之中。

前に論ぜし印重身軽の命、生まれて剛ぎ滿月にして夭折せり。我かつて朋友の家に於て別の一造を見る。亦た印重身軽なれども、ただ行動不便なるのみ。體格還りて強健と算し、如今已に魁梧奇偉に長じ、甚だ成人の氣象あり。この一造を看るに:癸水孟秋七月に生まれ、金重きこと五處の多きに至る。まさに《寶鑑》のいう所の「金多水濁」(底本の「實鑑」は當に「寶鑑」の訛りとすべし)。滿盤皆濁氣なり——印は本來身を生ずるも、多きに至って災を成し、反つて日主の清氣を渾濁せしむ。局中の甲木と卯木の兩點の木氣(底本の「雨水」は當に「兩木」とすべし)、既に時令に當らずまた氣勢を失う。豈に能く刀槍劍戟のごとき重金の中に周旋せんや。

命局偏枯如是,益以兩歲辛酉年。沖去卯木長生。陰金陽金會合。其遭殘疾宜矣。設非跛足。殃禍之變。或有更甚者,刻走酉運以戊寅年最凶。丙運以下。雲開見日,錦繡前程。未可限量。

命局偏枯なることこの地步に至り、加うるに兩歳の那年は辛酉なり。酉は日支卯と相冲し、卯木のこの長生の地を冲掉す。陰金(辛・酉)と陽金(庚・申)會合成勢し、木摧折せらる——木は四肢筋骨を主る。ゆえに殘疾に遭遇するは理の當然なり。假使跛足に非ざれば、災禍の變故或いは還りて更に重からん。眼下酉運を走る。その中戊寅年をもって最も凶とす(寅申相冲、木根再び動く)。丙運以下火來りて局を暖め、重金を制住すれば、則ち雲開き日を見、錦繍前程未だ限量すべからず。この造は殤孩の一造と幷列す。作者の用意は説明するに在り:同一種の病も、輕重同じからざれば、應驗の程度も同じからず。命を讀むに分寸能くすることを須とす。

孫群命造

甲寅 丁卯 戊寅 甲寅 十一 戊辰 廿一 己巳 三一 庚午 四一 辛未 五一 壬申 六一 癸酉 七一 甲戌

年柱甲寅、月柱丁卯、日柱戊寅、時柱甲寅、日主戊土は卯月に生まる。大運は十一歳に起こり、順に戊辰・己巳・庚午・辛未・壬申・癸酉・甲戌。年干甲は陽に属し、男命は順排ゆえ、月柱丁卯より順推して戊辰・己巳・庚午……。この造は三個の寅、一個の卯、兩個の甲、木氣六位を占む。戊土日主孤立無援、ただ月干丁火の一點の印綬あるのみ。木は土を剋して七殺と為る。殺重身輕已に極まる。下文にこの一造を借りて「制殺」と「化殺」の分別を講ず。全篇議論最も精彩なる一段なり。

汪君以此命垂詢。謂繫亡友孫群之造。何以生前走火運大利。金運大敗。申金運且作屈原汨羅以自盡。余曰。殺重身輕。設無丁印。何以自存。殺之太過。逢傷食制之不足。反激其怒。何如印綬生化之為美。此所以金運遠不及火運也。申運沖寅。一金為三木所敗。命遭不祿。亦所當然。

汪君この命を持ちて我に問う。曰く亡友孫群の命造なり。問う何以生前火運を走りて大いに利を得、金運を走りて大いに敗れ、申金運に至りて竟に屈原の汨羅に投げるに效いて自盡せしやと。我答えていわく:この造殺重身軽。假使月干丁火のこの一點の印綬なかりせば、日主根本自存する由なし。七殺太過の時、若し食傷に遇いこれを制せんとして力量足らざれば、反つてその怒氣を激起す。何ぞ印綬を用いて殺氣を生化して過來るの穩妥なるに如かんや。これすなわち彼の金運を走る(金は食傷、殺を制するも力弱し)こと火運を走る(火は印綬、殺を化して身を生ず)に遠く及ばざるの緣故なり。申運三個の寅と相冲す。一個の金三個の木に對付せんとす。寡は衆に敵せずして木に敗れ、これにより喪命す。亦た理の當然なり。

夫殺重之命。正如盜匪侵主逢印。如遇仲連排難。足以斡旋兩方。各不傷和。若逢傷官食神。而無力量。乃如忽至老弱殘警。欲逮捕之。勢必警匪相戰。終於警為匪殺。反激匪怒。為事主者。則如棟折榱崩。其危不言可喻矣。故凡命中忌神太過只宜洩化不宜強制制之有力則益。制之不足則損,此亦餘經驗談也。

作者つづきて一個の極めて生動なる比方を打つ:殺重の命、正しく強盜の主人の家に闖入するがごとし。この時若し印綬に遇わば、好比魯仲連のごとき善く難を排し紛を解する人を請來するに等しく、足りて兩方の間に斡旋し、誰も和氣を傷らず——印は一面殺の生を受け、一面轉じて身を生ず。兩邊ともにその所を得。若し遇う所は傷官食神にして力量足らざれば、好比忽然として幾個かの老弱殘兵のごとき警察來りて逮捕せんと欲すに等しく、勢い匪徒と交戰せざるを得ず、結果警察反つて匪徒に殺され、更に匪徒の怒火を激起す。事主を作るのこの一家、棟梁折れ椽子崩るるがごとし。危險言わずして喻るべし。ゆえに凡そ命中忌神太過の者は、ただ泄化を宜とし強制を宜とせず:制し得る動きあれば益あり、制し得ざれば反つてその損を受く。これ亦た我が經驗の談なり。

潮州鄭君命造

壬午 己酉 庚申 丙子 八歲 庚戌 十八 辛亥 廿八 壬子 三八 癸丑 四八 甲寅 五八 乙卯

年柱壬午、月柱己酉、日柱庚申、時柱丙子、日主庚金は酉月に生まる。大運は八歳に起こり、順に庚戌・辛亥・壬子・癸丑・甲寅・乙卯。年干壬は陽に属し、男命は順排ゆえ、月柱己酉より順推して庚戌・辛亥・壬子……。この造は庚金酉月に生まれまた申に坐す。祿旺俱全なり。年干壬水秀を泄し、申子水局を會成し、時干丙火七殺孤懸無根なり。前人彼に勸めて殺を用いて政に從わしめんとす。作者は卻って食神を用いて商を經ぐを主張す。兩説の分歧全く丙火の水に敵し得るや否やに在り。下文すなわちこの場の辯論なり。

此潮州人鄭君命造也。曩時請人批命。咸謂酉月庚申日。喜火鍛鍊。應用丙殺。有勸其涉跡政界者。前歲囑余推評。余曰。庚金得祿旺於秋令。年干透壬。支會申子。水盛而居相位。丙火豈能敵相水而制旺金。五行缺木。丙更無力。殺弗能和,不如用壬水食神。以順金勢,並洩秀氣。

これは潮州人鄭君の命造なり。從前人に請うて命を批さしむるに、皆曰く酉月の庚申日、火の來りて鍛煉するを喜ぶべし。當に時干丙火七殺を取りて用と為すべしと。或る人還りて彼に勸めて政界に涉足せしめんとす。前年彼我に推評を囑す。我曰く:庚金酉月に於て旺を得、申支に於て祿を得、本身極めて強し。年干壬水を透出し、地支申と子水局を會成す。水すでに盛にしてまた「相」位に居る(令に當る者を旺と為し、令神の生ずる所を相と為す。秋金は水を生ず。ゆえに水相氣を得)。區區一個の丙火、豈に得勢の水に敵することを得んや、また豈に極旺の金を制することを得んや。何況五行に木を缺き、丙火それを生ずる源頭なく、いよいよ無力なり。七殺調和し來らず。壬水食神を取りて用と為すに如かず。金の氣勢に順いて泄し、秀氣を引き出せ。

士而為商。庶乎近之。金水澄清。貨殖餘暇。致力名山事業。亦足以著述自豪。豈不快意。鄭君領首應之曰。幼攻舉子業。但終功名不售。年三十一。改營商務。則得心應手。尤以甲,運盈財最巨。並謂素上詞曲。原將畢生著作。付梓問世。

食神は口腹を主り、經營を主る。ゆえに讀書人より轉じて商を經ぐるこそ、彼の命に相近しきなれ。金水澄清、氣象通透、生意を為す餘暇に著述のごとき傳えて久遠なる事業に致力す。また自豪するに足り、豈に快意ならずや。鄭君點頭して答えて曰く:我幼年科擧の業を攻讀せり。然れども功名終に考取せず。三十一歳商務に改營す。便ち心手に應ず。いよいよ甲運の裏獲利最も大なり。又自ら一向詞曲を愛好すると言い、本來畢生の著作を付印して世に問わんと打算す。作者の斷ずる所と彼の實歴句句相合す。見るべし、用神の取り違え取り得たるは、直ちに一個の人の一生何の路を走るかに關す。

洵哉。評命擇業。關鍵全繫乎用神之斟酌。設鄭君羨慕虛榮。而信用殺之一言。終身捲入宦海。恐一官半秩。且未得意。巨不惜乎。預卜寅乙兩運。食神見財。營商獲利。更有厚望焉。

確かに、命を評して人のために業を擇ぶ、關鍵全く用神の斟酌に在り。假使鄭君虚榮を羨慕し、「用殺從政」のこの句話を聽信せば、一輩子宦海に卷入せられ、おそらく一官半職も稱心能わず。豈に可惜ならずや(底本の「巨不惜乎」は「巨」當に「豈」とすべし)。預料將來の寅運・乙運、食神財星に遇上す(寅・乙皆木にして、庚金の財と為る)。食神は財を生ず。經商必ず獲利せん。いよいよ期望すべし。この一造は前の榮宗敬・冼冠生の諸造と合看すべし。知るべし、韋氏の事業を論ずるは從來十神の名目を憑りて貴賤を定めず、ただこの神の此の局中に於て走り通ずるか走り通通ぜざるかを問うのみ。

兩行成象・某政界翹楚命造

癸酉 庚申 壬子 辛亥 八歲 己未 十八 戊午 廿八 丁巳 三八 丙辰 四八 乙卯 五八 甲寅 六八 癸丑

年柱癸酉、月柱庚申、日柱壬子、時柱辛亥、日主壬水は申月に生まる。大運は八歳に起こり、順に己未・戊午・丁巳・丙辰・乙卯・甲寅・癸丑。年干癸は陰に属し、男命は逆排ゆえ、月柱庚申より倒退して己未・戊午・丁巳……。早年南方の火土、中年以後東方の木地に轉ず。この造は八個の字の裏ただ金と水の兩行あるのみ:庚・辛・申・酉は西方金、壬・癸・亥・子は北方水。一半對一半にして毫も火土の摻雜なし。命書これを「兩行成象」と稱す。下文すなわちこれにより格を立つ。

此命為兩行成象。蓋庚辛申酉西方金。壬癸亥子北方水。金水各居其半。兩行相停。無火土混淆。益以壬祿在亥。庚祿在申。癸祿在子。辛祿在酉。又稱交祿。洵貴格也。王元鼎囑余推餘。余曰。當必仕宦中人。決非凡俗一流。其清純無疵。亦且權高位崇。廉潔有政聲。漢代循吏。不是過也。

この命は「兩行成象」に属す:庚・辛・申・酉は西方金、壬・癸・亥・子是れ北方水。金と水各々一半を占め、兩行分量相當、中間に火土の來りて混淆するなし——命局純粹なることただ一種の氣勢あるのみ。便ち自ら格局を成し、再び尋常の抑扶を按じて取用せず。加うるに壬の祿は亥に在り、庚の祿は申に在り、癸の祿は子に在り、辛の祿は酉に在り。四個の天干各々支上に祿を得。又「交祿」と叫ぶ。實に貴格なり。王元鼎我に推算を囑す。我曰く:これ必ず仕宦中の人なり。決して凡俗の一流に非ず。命局清純無疵、また權を當て位高く勢重し。官と為りて廉潔にして政聲あり。漢代の史書に稱する所の「循吏」も不過此のごとし。

餘因詢之王君。此命為何許人。王君笑而應之曰。先生言之誠是。惟其姓名。恕守秘密。政界翹楚之一耳。據聞四十歲前。栗碌鮮祥。辰運後。方見風雲際會。蓋早年一派火土運。火之克金。土之克水。大悖于格。自屬坎坷。

我因りて王君に問う:この命是何人ぞ。王君笑うて答えて曰く:先生の説く所全く對なり。ただ姓名請う恕して秘密を保守せしめん。彼は政界の翹楚の一なるのみ。據説彼四十歳以前碌碌奇なし、吉慶少なし。辰運以後に至り、始めて風雲際會を見る。これ則ち早年一路火土の運を行き、火來りて金を剋し、土來りて水を剋し、「兩行成象」の格局と大相違背せるがゆえなり——專格最も一物の來りてその純粹を破るを忌む。ゆえにあの數年自然坎坷なり。

迨辰運之曾成水局。乙卯甲三運。木之洩秀。宜其平地聲雷。登龍門而名高望重。展驥足以氣吐眉揚。寅運沖申,雖有亥合。終屬不利。幸勿戀棧。早退林泉為最妙。

辰運に及び、辰は申・子と會して水局を成す(底本の「曾成」は「會成」とすべし)。格局重ねて純粹に歸す。つづく乙・卯・甲の三運、木來りて水の秀氣を泄す——兩行成象の局最もその勢に順いて泄するを喜び、その勢に逆いて剋するを喜ばず。ゆえに彼平地一聲雷、躍登龍門して名高く望重し。駿馬の足を伸ぶるを得るがごとく、揚眉吐氣す。寅運に至れば、寅は月支申と相冲す。時支亥の來りて寅を合するあるといえども、終に不利なり。あの時最も官位を戀棧せず、早く林泉に退歸するを妙と為すべし。

某女史命造

辛丑 乙未 己亥 壬申 七歲 丙申 十七 丁酉 廿七 戊戌 三七 己亥 四七 庚子 五七 辛丑

これは善く畫くをもって知名なる女史の命造なり。年柱辛丑、月柱乙未、日柱己亥、時柱壬申、日主己土は未月に生まる。大運は七歳に起こり、順に丙申・丁酉・戊戌・己亥・庚子・辛丑。年干辛は陰に属し、女命は陰年に生まれれば則ち大運順排す。ゆえに月柱乙未より順推して丙申・丁酉・戊戌……。この造は地支丑と未相冲し、天干辛と乙相戰す。看似交爭す。然るに時干壬水は財、亥中甲木は正官。財は能く官を生ず。まさに女命の夫を看るの緊要の處なり。

此蘭英史之命也。女史以善畫名於時。已生未月。身主不弱。地支丑未相沖。天干辛乙交戰。七殺為食神追制。不如亥中甲木正官。寄生於母宮火為美。應以官為夫星。時透壬財。則財以生官。而官不畏傷食剋制。宜其英姿瘋爽。藝術絕倫。益且夫子面美。誠得天獨厚者也。

これは蘭英女史の命造にして、彼女善く畫くをもって名一時に重し。己土未月に生まれ、本氣令を當て、日主弱からず。地支丑と未相冲し、天干辛金と乙木交戰す:乙木は己土の七殺、辛金は食神。食神緊追して去りて殺を制す。殺すでに傷を受け、取用するに足らず。時支亥中の蔵する甲木正官を取るに如かず——甲木亥に於て長生を得、母宮に寄生す(水は木を生ず。ゆえに水を木の母宮と稱す)。配合いよいよ美なり。女命官をもって夫星と為す。この造正に甲木正官をもって夫と為すべし。時干また壬水を透して財と為す。財去りて官を生ず。官星源あれば、食傷の來りて剋制するを怕れず。怪しむべからず、彼女英姿颯爽(底本の「瘋爽」は「颯爽」とすべし)、藝術超絶、しかも夫・子兩星ともに美なり(底本の「面美」は「兩美」とすべし)。真に得天獨厚なり。

戊戍十年劫財運。始而夫病幾危。繼則自身遇盜。亦云險矣。此後己運平滯。亥運以下。一路金水。蔗境餘甘。頤養安逸。

戊戌のこの十年は劫財の運なり。劫財は財を奪う。財一たび傷つけば則ち官星源頭を失う:開頭は丈夫病重くしてほとんど治せず、つづくは自身盗劫に遇上す。また凶險と算すべし。此後己運平淡呆滯なり。亥運以下一路金水——亥は甲木正官の長生の地、金水また能く木を生じ土を潤す。晩境甘美、安逸にして頤養すべし。この一段は前の「妻財」の章と對看すべし:彼處は男命の妻を看るに妻星と妻宮を分つを説き、此處は女命の夫を看るに夫星と夫宮を分つを説く。道理は一様なり。皆ただ一個の字を憑りて論斷する能わず。

神峰通考載有一命。為辛丑乙未戊戍庚申。乃重土重金。而只有一木。正官受損太過。運至酉金。再克木。卒至自縊而亡。按此兩命。一以有財。而官不受害。所以福慧雙修。一以無財。而成偏枯之局。終自經於溝瀆。不綦慘乎。總之。女命首重夫子兩星。然求夫子兩宮之並美。更非財星不為功也。

《神峰通考》に一個の命を載す:辛丑・乙未・戊戌・庚申。あの一造土重く金もまた重く、然るにただ一個の木あるのみ。正官受損すること太過。酉運に行き至り、金再び木を剋し、ついに自縊して死す。この兩個の命を比較す:一つは財星(壬水)中間に在りて轉圜するあるがゆえに、官星傷害を受けず、ゆえに福慧雙修す。一つは財星なきがゆえに、偏枯の局を成し、最後に溝瀆の間に自盡す。豈に太だ惨ならずや。總じて女命まず夫・子兩星を重んず。然れども夫宮子宮ともに美滿ならんことを求めば、更に財星有るに非ざれば成功能わず——財は能く官を生じ官を護る。これ女命の樞紐なり。この二造竝列せしは、まさに韋氏の慣用する對照法なり:同じ年月にして配置稍々異なれば、禍福懸殊たり。

陸維屏命造

乙未 甲申 癸巳 丙辰 三歲 癸未 十三 壬午 廿三 辛巳 三三 庚辰 四三 己卯 五三 戊寅

年柱乙未、月柱甲申、日柱癸巳、時柱丙辰、日主癸水は申月に生まる。大運は三歳に起こり、順に癸未・壬午・辛巳・庚辰・己卯・戊寅。年干乙は陰に属し、男命は逆排ゆえ、月柱甲申より倒退して癸未・壬午・辛巳……。この一造は下文に擧ぐる彼の朋友の命とただ年支・日支の互換するを差すのみ(一は乙未・癸巳、一は乙巳・癸未)。八個の字完全に相同じくして位置不同なり。正好く「同字異位」の分別を説明するに用い、全書中極めて難得なる一組の對照なり。

漳州中央銀行總理陸維屏君。精研命理。當示余二造。八字相同。惟年支日支易位而已。一即陸君本人之命。(排列如上)一乃其友。廈門交通銀行某君之造。為乙巳甲申癸未丙辰。余曰。癸水生申月。母強子健。辰為水之餘氣。巳申又化水。身不為弱。甲乙丙並透。則木火金水相停。

漳州中央銀行の總理陸維屏君は命理を精研し、かつて我に兩個の命造を見せり:八個の字完全に相同じく、ただ年支と日支と位置を互換するのみ。一つは則ち陸君本人の命(排列は上に見ゆ)、一つは彼の朋友、厦門交通銀行某君の命造にして、乙巳・甲申・癸未・丙辰と為る。我曰く:癸水申月に生まれ、申金は水の母にして、母強ければ則ち子健なり。辰は水の餘氣、巳は申と相合してまた能く水を化す。ゆえに日主弱しと算せず。天干甲・乙・丙一齊に透出し、木火金水四行分量相當、皆偏枯せず。ここに至るまで、兩造の論斷完全に一樣なり。分別は下一層に至りて始めて見出ださる。

惟君造坐巳。巳內有庚金。日主較強,貴友坐未。未為燥土。並中藏木火。日主較弱。所以有異者。君喜逢木火。貴友喜遇金水。揆諸行運。都金水蓋頭。以論環境。或君不如貴友耳。陸君唯唯而退。

ただ您の命は日支巳に坐す。巳中に庚金を蔵し、金は能く水を生ず。日主較強なり。您の朋友の命は日支未に坐す。未は燥土にして、その中兼ねて木と火を蔵し、水を泄しまた水を耗す。日主較弱なり。分別則ちこの一點上に在り:您は身強、木火に遇うを喜ぶ(身を泄し身を耗す)。您の朋友は身弱、金水に遇うを喜ぶ(身を生じ身を幇く)。再び兩人の行運を對照するに、大運天干皆金水の「蓋頭」(運干は運支の上に壓す)。是のごとくなれば則ち環境を以て論ずれば、或いは您反つて您の朋友に如かず。陸君連聲是を稱して退く。この造最も功夫を見る:同じ八個の字、ただ日支一換するがためのみに、喜忌便ち完全に相反す。所謂「毫釐千里」まさにこれを指す。

某婦再醮命造

丙戌 丙申 乙巳 庚辰 三歲 乙未 十三 甲午 廿三 癸巳 三三 壬辰 四三 辛卯 五三 庚寅

これは一個の女命なり。年柱丙戌、月柱丙申、日柱乙巳、時柱庚辰、日主乙木は申月に生まる。大運は三歳に起こり、順に乙未・甲午・癸巳・壬辰・辛卯・庚寅。年干丙は陽に属し、女命は逆排ゆえ、月柱丙申より倒退して乙未・甲午・癸巳……。早年一路東南の木火なり。この造は時干庚金は乙木の正官すなわち夫星、申月に坐して祿を得、本極めて有力なり。無奈年月の兩個の丙火と日支巳火と合力して庚を剋す。全局また水を缺く。これ下文に彼女の兩次の婚姻を斷ずる根據なり。

此乃女命。乙生申月。時座庚金。夫星得祿。惜乎兩丙一巳。克庚太甚。且五行少水。無印幫身。亦屬偏枯之局。更以早年多東南運。故綠窗貧苦。落於寒微之門。初嬪木商,行屆已運。忽失所天。淒涼特甚。

これは一個の女命なり。乙木申月に生まれ、時柱は庚金に坐す。庚申に於て祿を得、夫星本來甚だ力量あり。可惜年月の兩個の丙火加うるに日支巳中の丙火、庚を剋すること太甚——丙火は乙木の傷官、傷官最も能く夫星を傷る。しかも五行水を缺き、印綬ありて身を幇き傷を制するなし。また偏枯の局に属す。加うるに早年多く東南木火の運を走る。火いよいよ旺にして官いよいよ傷つ。ゆえに彼女出身寒微、閨中清苦なり(「綠窗」は貧家の女子の居處を指す)。初め一個の木材商人に嫁ぐ。巳運に行き至り、巳火申を合して庚を剋す。忽然夫を喪う(「所天」は女子の依恃する丈夫を謂う)。境況分外淒涼なり。

三十五歲再醮某醫。醫本無藉藉名,得婦後。生涯激增。門庭若市。十餘年來。盈財鉅萬。家境日隆。查此子之行壬辰辛三運。水金幫夫。或亦與有功歟。婦聞術家言。卯寅運皆多不利。因就詢於餘。余曰。卯運幫身。且蓋頭為辛金。不足為慮。庚運助官。晚境最優。寅運沖申。官根動搖。非自身殲滅。即夫遭不祿。尤以六十一歲丙戍年。危如累卵矣。

三十五歳にして一位の醫生に改嫁す。この醫生本來名氣あることなし。彼女を娶りて後生意驟増し、門庭市のごとし。十餘年來財を積むこと巨萬。家境日に日に興隆す。彼女の行く所の壬・辰・辛の三運を查するに、壬水は丙を制し、辰土は金を生じ、辛金は官を助く。皆夫星を幇扶す。これ大概亦た功あるならん——命書に妻能く夫を旺すと曰う。看る所は正に妻造中の夫星得力せるや否やなり。この婦人術士に聽きて卯運・寅運皆多く不利なりと曰いて、因りて來りて我に問う。我曰く:卯運は比肩身を幇く。しかも運干「蓋頭」するは辛金にして、能く官星を護る。慮るに足らず。庚運直ちに官星を助起す。晩境最も好し。寅運月支申と相冲す。官星の根基動搖す。自身受損するに非ざれば、則ち丈夫不測に遭うなり。いよいよ六十一歳の丙戌年、丙火再び來りて庚を剋す。あれは危きこと累卵のごとし。

杜白命造

甲辰 丁丑 辛未 戊戌 二歲 戊寅 十二 己卯 廿二 庚辰 三二 辛巳 四二 壬午 五二 癸未

年柱甲辰、月柱丁丑、日柱辛未、時柱戊戌、日主辛金は丑月に生まる。大運は二歳に起こり、順に戊寅・己卯・庚辰・辛巳・壬午・癸未。年干甲は陽に属し、男命は順排ゆえ、月柱丁丑より順推して戊寅・己卯・庚辰……。この造は地支辰・丑・未・戌の四庫齊全し、全く土なり。時干また戊土を透す。土多くして辛金細弱。「土重金埋」の四字一望知るべし。年干甲木本來土を疏すべきも、偏に月干丁火に泄去せらる。病根まさにここに在り。下文の取用と後面に擧ぐる擧人の一造との對照、皆これより生發す。

此為杜白先生之命。杜先生供職郵局。客歲從餘學命。一年來頗見猛進。近蒙討論其本命之喜忌。余曰。辛生冬尾春前。四支皆土。時座透戊。則更不免土重金埋。年頭甲木。足可制土。何奈丁火毗鄰。洩木生土。病根深矣。

これは杜白先生の命造なり。杜先生は郵局に供職し、去年我に從いて命を學ぶ。一年來進步甚だ速し。近來我と彼本人命中の喜忌を討論す。我曰く:辛金冬末春前の十二月に生まれ、四個の地支全く土なり。時柱また戊土を透出す。更に土重くして金を埋住するを免れず——辛金は陰柔の金にして、珠のごとく玉のごとく、最も厚土の掩蓋を怕る。庚金の頑鈍にして土の生を受くるを得るに比ぶべからず。年干甲木本來群土を剋制するに足る。無奈丁火緊挨して旁に在り、甲木の氣を泄去して轉じて土を生ず。一泄一生。病根則ち深し。これすなわち命書のいう所の「病」なり:本來救應の物あるを、卻って別の一物に暗中に破壞せらる。

自喜水之克丁。木之疏土。而獨忌火土之助虐。逢金雖傷甲木。但能幫身。稍解母旺子虛之苦。不作劣論。一生以庚辛運足可溫飽。壬運合丁。如鴻毛遇風。飄然而舉。枯苗得雨。勃然而舉。巳午運生土堪憂。幸蓋頭為辛壬。天不困人。瑕瑜互見而已。

これにより彼自然水の來りて丁火を剋し、木の來りて土氣を疏鬆するを喜び、而して單に火土の病勢を助長するを忌む。金に遇うに至っては、金は甲木を剋して救應の神を傷るといえども、卻って能く日主を幇扶し、稍稍「母旺子虚」(土多きを母と為し、金弱きを子と為す。母過旺なれば則ち子反つて累を受く)の苦處を緩解す。ゆえに壞運と算せず。一生の中、庚運・辛運足りて溫飽すべし。壬運丁火と相合し、あの木を泄し土を生ずる病神を合住す。鴻毛の風に遇うがごとく、飄然として飛起す。また枯苗の雨に遇うがごとく、勃然として興起す。巳運・午運火來りて土を生ず。甚だ憂慮すべし。所幸この兩步の運干「蓋頭」は辛と壬にして、能く地支の力を減ず。上天人の路を絕つに至らず。ただ瑕瑜互見するのみ。

三命通會載有一舉人命。為甲寅丁丑辛未戊戍。與君造僅差一字。緣甲坐寅位。財較得力。制土功深。所以有刺謬之別矣。然亦以丁火為病。故功名止於孝廉。不能再進官階也。

《三命通會》に一位擧人の命を載す:甲寅・丁丑・辛未・戊戌。杜先生の命とただ一個の字を差すのみ(年支辰を寅に換う)。則ち甲木寅位に坐するがゆえに——寅は甲木の祿地、木根を得——この一點の財星(木は辛金の財)便ち得力すること多く、群土を剋制する功效また深し。ゆえに兩造の結果大相徑庭す(底本の「刺謬」はすなわち「剌謬」、相違背するを謂う)。不過あの一造同じく丁火をもって病と為す。ゆえに功名ただ擧人に至るに止まる(「孝廉」は擧人の舊稱)。更に一步を進む能わず。同じ八個の字の裏一個の字を換う。一つは溫飽に止まり、一つは中式擧人なり。仍お同一個の病神に受制す——これ本書最も喜用する對照法なり。

倪古蓮命造

壬寅 丁未 乙巳 戊寅 七歲 戊申 十七 己酉 廿七 庚戌 三七 辛亥 四七 壬子 五七 癸丑 六七 甲寅

年柱壬寅、月柱丁未、日柱乙巳、時柱戊寅、日主乙木は未月に生まる。大運は七歳に起こり、順に戊申・己酉・庚戌・辛亥・壬子・癸丑・甲寅。年干壬は陽に属し、男命は順排ゆえ、月柱丁未より順推して戊申・己酉・庚戌……。前半段西方の金、後半段北方の水なり。この造は四個の地支寅・未・巳・寅一つとして火を蔵せざるなく、年干壬水また月干丁火に合住せられ、時干戊土は燥土なり。通盤干熱極點に至る。これ下文に疾病を推斷する全部の依據なり。

人之疾病。亦可由命中推測。然有驗有不驗。蓋命該究患何疾。只能言其端緒。不能指其微。大抵以寒暖燥溼推之。百不失一焉。

人の疾病もまた命中より推測すべし。不過驗あるも驗なきもあり。一個の命究竟何の病を得るかは、ただ大略の端緒を説出すべく、あのごとく細微に指す能わざるがゆえなり。大體上寒・暖・燥・湿の四字を依りて推せば、百失わず一なり。この一條は前の「疾病」の章の「五行配五臟」の説法と互いに表裏を為す:五行は臟腑に配して病位を定め、寒暖燥湿は病性を定む。兩者合看して始めて準なり。下面のこの一造はすなわち燥熱をもって斷を立つる實例なり。

如文學家兼書法家倪古蓮先生。久耳餘名。囑評其造。余曰乙木生於夏令。精華發洩。外有餘而內實虛脫。地支無不藏火。壬水為丁所合。時上之戊。又為陽土。燥之極矣。暖之極矣。一無金水以濟之。肺病血疾。在所不免。純陽燥熱之體。尤敢定斷焉。

譬如文學家兼書法家の倪古蓮先生、久しく我が名字を聞き、我に囑して彼の命造を評せしむ。我曰く:乙木夏天に生まれ、木の精華全く外に向かい發泄す。外表餘りあるも内裏其實虚脱なり。四個の地支一つとして火を蔵せざるなし。年干壬水本來燥を濟すべきも、偏に月干丁火に合住せられて作用を失う。時干戊土また陽土・燥土なり。燥すること極點に至り、暖なること極點に至る。全局一點の金水の來りて調剤するなし。金は肺を主り、水は血を主る。金水すでに缺けば、肺病と血分の疾とは免れず。これ純陽燥熱の體質なり。我いよいよ敢えて斷定す。ここ正に前文「燥湿」の一章の用處を見る:亢燥の局は潤澤を喜ぶ。水なくして潤すべからざれば、病便ち肺と血とに應ず。

戍運為火庫。更屬可危。然甲戊年又多一庫。誠如雪上加霜。既已幸越。或無生命之憂矣。三十七後。運轉西北。一路康壯。非惟功名利祿。與日俱進。體格亦矯健勝昔。勉哉。倪君讚不絕口。旋蒙其備加你頌。並將感佩之意。刊諸社會晚報。

戌運は火庫にして、燥の上に燥を加え、更に危険なり。況んや甲戌の那一年はまた一つの火庫を多く出す。真に雪の上に霜を加うるがごとし。すでに僥倖にして度り過ぐるを得たりし以上、あるいは性命の憂なからん。三十七歳以後、運は西北に轉じ、辛亥・壬子・癸丑と一路金水にして、正に命中の缺くるところを補う。功名利祿日とともに進むのみならず、體格もまた從前より矫健ならん。彼がよく自ら勉励せんことを望む。倪君これを聞きて贊し口を絕せず、隨いていよいよ稱譽を加え(底本の「你頌」は「稱頌」とすべし)、かつ感佩の意を《社會晚報》に刊登せり。

許世英命造

癸酉 辛酉 乙丑 辛巳 二歲 庚申 十二 己未 廿二 戊午 三二 丁巳 四二 丙辰 五二 乙卯 六二 甲寅

年柱癸酉、月柱辛酉、日柱乙丑、時柱辛巳、日主乙木は酉月に生まる。大運は二歳に起こり、順に庚申・己未・戊午・丁巳・丙辰・乙卯・甲寅。年干癸は陰に属し、男命は逆排ゆえ、月柱辛酉より倒退して庚申・己未・戊午……となり、中年一路南方の火地なり。この造は地支巳・酉・丑の三合金局そろい、天干にまた二つの辛金を透して金氣彌漫す。乙木孤立し、見るに棄身して殺に從わんとするがごとし。年干のあの一點の癸水は則ち全篇辯論の關鍵の所在なり。

此為許世英先生之命。乙木凋零。支金已酉丑。四柱純金。識者咸以從殺格推之。不知年頭癸水進氣。洩金生木。乙有根原。不能從殺。應作身弱用印。以化其殺。

これは許世英先生の命造なり。乙木は秋天にすでに凋零し、地支巳・酉・丑會して金局を成し、四柱ほとんど純に金氣なり。命を識る人は皆「從殺格」を以てこれを推す。彼らは知らず、年干のあの癸水は正に進氣の時に在り(秋令金は水を生じ、水は相氣を得)、癸水は一面金を泄し、一面木を生じて、乙木便ち源頭根柢を有すれば、「從」と算すべからず。「從格」の成立は必ず日主毫も生扶なく、ただ命を棄てて相從うのみなるを須う。一たび印綬の接濟あれば、便ち仍ほ身弱の命なり。それ故にこの造は當に身弱として印を用ゐると看るべく、癸水に賴りて七殺の氣を化して來り身を生ぜしむ。

否則中年午丁己丙四部火運。制殺最力。為從格所大忌。烏得穩度谷關。且屢膺重任耶。卯運重沖。應有不利。此後甲寅劫財幫身。老當益壯。東山再起。足可掌握大權。若仍致力於慈善事業。更能廣種心田。癸運亦不為惡。壽至丑運。方臻危境。

然らざれば、中年の行く所の午・丁・己・丙四步の火運は、火最も能く金を剋し殺を制すれば、正に從格の大忌なり。彼は何ぞ能く平安に險關を度り、しかも屢々重任を擔當せしや。——これ事實を以て格局を反證するにして、從と從ざるとを判ずる最も可靠の辦法なり。卯運は命中の酉金と重ねて相冲し、木根拔かる。當に不利あるべし。此の後甲・寅兩步は劫財身を幇くの地にして、老いて當にいよいよ壯にして、東山再び起ち、足りて大權を掌握すべし。若し仍ほ慈善事業に致力せば、更に能く廣く福田を種うべし。癸運もまた惡運と算せず。丑運(丑は巳酉と再び金局を會す)に至りて始めて危境に臻り、壽數もまた彼に在り。

若作從殺。忌逢幫身。則甲寅癸三運。又多色齬齟矣。秋浦夏直欽君。囑余推評。夏君以仁宦而兼精子平。亦謂此老命局。按理以論。及過去事實推之。從殺格以較勉強。

倘若これを從殺格として看れば、從格最も身を幇くの物を忌み、然らば甲・寅・癸この三步の運は皆齟齬不合の運と成る(底本の「色齬齟」は文字倒訛)にして、實際の情形と對せず。秋浦人夏直欽君は我に嘱して推評せしめたり。夏君は官を爲ししかも子平の學に精通する人にして、亦た言う、この老先生の命局は理を按じて論じ、再び過去の事實を以て推すに、從殺格を以て解釋するは比較的勉强なりと。作者は人と商榷して武斷せず、正に本書の貴ぶべき所なり。格局の爭いは最後に一生の事蹟を以て定案を成すを要す。

某老命造(段祺瑞の八字は一時を差とするのみ)

乙丑 己卯 乙亥 癸未 一歲 戊寅 十一 丁丑 廿一 丙子 三一 乙亥 四一 甲戌 五一 癸酉 六一 壬申

年柱乙丑、月柱己卯、日柱乙亥、時柱癸未、日主乙木は卯月に生まる。大運は一歳に起こり、順に戊寅・丁丑・丙子・乙亥・甲戌・癸酉・壬申。年干乙は陰に属し、男命は逆排ゆえ、月柱己卯より倒退して戊寅・丁丑・丙子……となる。この造は地支亥・卯・未の三合木局そろい、本來「曲直格」の條件に合す。然れども年支丑中に辛金を藏し、專旺の格は最も一點の異氣を忌み、格局便ち破る。下文は段祺瑞の命と一個の時を差とするのみにして、兩つ相對照して最も時辰の重きを見る。

此老出外宦途。飽經榮祿。年三十後。家道中落。幸擅長書法。磨空鐵硯。利賴筆耕。幼時延人批命。僉謂仁壽曲直之格。謬以有為期許。曩緣友人介紹。造訪余廬。詢問究竟。余曰。乙生卯月。支全木局。年支丑中藏辛。曲直已破。只堪作身旺財輕之命以為斷。

この老先生は早年仕を出で、榮華祿位を飽くまで享けたり。三十歲以後家道衰え、幸いに書法に長じ、鐵硯をも穿ち磨き盡くして、筆耕に賴りて日を度る。彼幼き時人を請うて命を批せしめ、衆口皆「曲直仁壽格」と言いて、誤って遠大の前程を以て期許せり。先頃朋友の紹介を經て、彼我が家に來り造訪し、究竟を問う。我曰く、乙木は卯月に生まれ、地支は全木局を會し、本來曲直に近し。然るを年支丑中に辛金を藏し、一點の金氣便ち專旺の格を破る。格既に破るれば、ただ尋常の身旺財輕の命に按じて斷ずるのみ。——木旺にして財(土)輕く、日主強くして施展する處なし。

廿六歲前。運行中南火土。所以少年得志。迨夫三十一歲運轉東北。難免坎坷悽惻。然壬運至凶。無傷大祿。亦云幸矣。再後辛運苟延。未運化木。危如風燭。

二十六歳以前、運は南方の火土を行き、火は旺木の秀を泄し、土は身旺の者の財となる。故に少年志を得たり。三十一歲運が東北に轉ずるを待ちて(乙亥・甲戌一路)、比劫は財を爭い、坎坷凄凉を免れず。ただ壬運極めて凶なりといえども、大きなる祿位を傷らず、また幸いと算す。再び後辛運は勉强支撑し、未運は木局を會合して氣勢愈々偏して、危きこと風中の燭のごとし(ここに挙ぐる辛運・未運は上に列ねる大運の表に見えず。疑うらくは底本の刻す大運に訛脱あらん。姑く原文に照らして錄す)。

按段祺瑞命。為乙丑己卯乙亥壬午。其乙祿在卯。己祿在午。壬祿在亥。交互得祿。旺氣所繫。且木旺水健。午水洩秀。格局清奇。故在萬民之上。八字之相差一時。其土壤徑庭。有如此者。籲。可畏哉。

按ずるに段祺瑞の命は乙丑・己卯・乙亥・壬午なり。乙の祿は卯に在り、己の祿は午に在り、壬の祿は亥に在り。幾個の天干交互相いに地支に祿を得て、旺氣皆落着する處あり。しかも木旺く水健やかにして、午火また能く木の秀を泄し(底本の「午水」は「午火」とすべし)、格局清奇なり。故に位は萬民の上に在り。同じき年月日、ただ一個の時辰を差とするのみ——一つは癸未、一つは壬午——境遇便ち天壤の別あり(底本の「土壤」は「天壤」とすべし)。嗚呼、畏るべきかな。この造は前の錢新之・楊宇霆の一組と同一の機杼にして、皆學者を提醒す。時辰確かならざれば、全盤皆虛なり。

名妓花月影命造

壬子 壬子 庚辰 丁丑 九歲 十九 廿九 三九 四九 五九 六九

年柱壬子、月柱壬子、日柱庚辰、時柱丁丑、日主庚金は子月に生まる。大運の一欄ここに底本脱文あり。ただ九歳・十九・廿九・三九・四九・五九・六九の七個の起運歲數を存し、各步の干支全部漏刻せり。今原樣に照らして存錄し、敢えて臆して補わず。下文に「二十四歲戌運に進む」「晚歲純に南方火運を行く」と提うるに據り推知すれば、その大運當に月柱壬子より逆行して辛亥・庚戌・己酉……となるべきも、然れど確證なし。この造は兩組の壬子疊見し、辰・丑また皆濕土にして全局寒濕なり。ただ時干の一點の丁火あるのみ。是下文立論の根據なり。

此名妓花月影之命。庚生嘉冬。兩見壬子。辰丑又皆溼土。區區丁火。瑜不掩瑕。危險直如風燭。夫星與身主。兩有所缺。以致早落平康。年方及筆。即出應徵。送往迎來。極盡歡笑。

これは名妓花月影の命造なり。庚金は季冬十一月に生まれ(底本の「嘉冬」は「季冬」とすべし)、天干地支兩度壬子を見て水勢極めて盛んなり。辰と丑また皆濕土にして、水を制する能わざるのみならず、反って濕を助く。區區たる一點の丁火は瑕多くして瑜少なく、危険なること風中の殘燭のごとし。丁火は庚金に於て正官にして、女命は官を以て夫と為す。夫星既に弱く、日主庚金水に泄され盡くして身主また虛なり。——夫星と身主兩樣とも欠缺あり。故に早く風塵に淪落せり(「平康」は唐代長安の妓館の所在の坊名にして、後に妓院の代稱と為る)。纔かに及笄の年に至りて(底本の「及筆」は「及笄」とすべし、女子十五歲)便ち出でて客に應じ、送往迎來して歡笑を極めたり。

然二十四歲達入戍運。戍乃火庫。亦為燥土。更以流年如丙子丁丑戊寅己卯。中南順行。當有貴客垂青。納為擁抱。從此附驥益顯。獲掌家政苟得忠心侍主。舉案勤勞。以後美運接軫。或堪身列命婦。福祿綿延。晚歲純行南方火運。蔗境更榮。詩云。永言配命。自求多福。固非吳下歌女媲也。

然れども二十四歳戌運に進入し、戌は火庫にしてまた燥土なり。正に能くこの一局の寒水を溫暖す。加うるに流年丙子・丁丑・戊寅・己卯、一路中南の火土に向かいて順行す。當に貴客の垂青あって、彼女を納れて妾と為すべし。此れより攀附して益々顯れ(「附驥」は貴人に依附するを謂う)、家政を掌管家するを得たり。ただ能く忠心に主に侍し、案を舉げて眉に齊くし、勤勞して家を持てば、以後美運一步また一步と接續し、あるいはなお能く身を誥命夫人の位に列せしめ、福祿綿長ならん。晚年純に南方火運を走り、晚境いよいよ榮顯なり。《詩經》に曰く「永く命に配らん、自ら多福を求む」。これ則ち尋常の吳下の歌女の比とすべきにあらざるなり。

細按命之水清如鏡。理宜丰姿卓煢。陽春白雪。婉轉歌喉。不失為秦樓楚館中豔美之名焉。或謂女命水多。性同鴿雀。籲。是則語涉猥褻。豈文人名教中所能道耶。

細かに彼女の命を看れば水は清くして鏡のごとし。理を照らせば當に豐姿卓越、歌喉婉轉して陽春白雪のごとく高雅にして、秦樓楚館の中の艷美有名の人物と爲すを失わざるべし。ある人言う、女命水多ければ、性情便ち鴿雀と同じく輕佻なりと。——嗚呼、この種の話は猥褻に渉り、何ぞ讀書守禮の人の當に言うべき所ならんや。この一段は前の「女命淫賤」の一章と參看すべし。條例その説ありといえども、作者は肯んじてこれを以て婦人を輕薄せず。これ彼の命を論ずるの一份の厚道なり。

宣統命造

丙午 庚寅 壬午 丙午 九歲 辛卯 十九 壬辰 廿九 癸巳 三九 甲午 四九 乙未 五九 丙申 六九 丁酉

年柱丙午、月柱庚寅、日柱壬午、時柱丙午、日主壬水は寅月に生まる。大運は九歳に起こり、順に辛卯・壬辰・癸巳・甲午・乙未・丙申・丁酉。年干丙は陽に属し、男命は順排ゆえ、月柱庚寅より順推して辛卯・壬辰・癸巳……となる。この造は三個の午、兩個の丙にして、火は壬水の財なり。滿盤皆財にして日主壬水根無く、ただ月干庚金の一點の印綬浮びて上に在るのみ。是「棄命從財」の形勢なり。三午暗中に一個の未字を招くは則ち全局唯一の貴氣の所在なり。

有以宣統這命垂詢者。余曰。滿盤是財。偏枯之局。本無足貴。其為失國之君。良以身不任財。棄命而從之故耳。惟二午暗邀合宮之未。示藏己土正官。即命理約言所謂暗合格。是乃貴徵。故出身天潢。貴胄後裔。得繼大統。

ある人宣統の命を持ちて我に問う。我曰く、滿盤皆財にして是偏枯の局なり。本來貴ぶべき處なし。彼の亡國の君と成る所以は正に日主この份の財を擔當し得ず、命を棄てて相從うのほかなきが故なり(從財格雖も亦た貴格なりといえども、究竟身は己に由らずの象なり)。唯一貴ぶべきは、局中の幾個の午暗暗裡にそれと相合する未字を招く(午未相合)にあり。未中に己土を藏し、己土は壬水を剋して陰陽相異なれば正官なり。——これ則ち《命理約言》の言う所の「暗合格」にして、命局中に見えざる字暗中に邀合せられて來るは貴顯の徵象なり。故に彼の出身皇族(「天潢」は帝王の宗支を指す)にして、大統を繼承するを得たり。

惜行運不濟。如壬辰運之犯火。乃從格所大忌。失其自由。任人支配。三十幾交癸運。仍雖樂觀。三十五以後。己甲午乙。一路東南木火。始堪吐氣揚眉。激昂青雲。五十五未運為暗合填實。壽終於此。

惜しむべし行運濟わず。壬辰運のごときは、壬水は滿局の火を冒犯し(從財格最も身を幇くの物の來りて從う所の神と相爭うを忌む)、正に從格の大忌なり。故に彼時自由を失い、人に擺布せらる。三十幾歲癸運に交るも仍ほ樂觀すべからず。三十五歲以後甲・午・乙一路東南の木火にして、木は火を生じ火則ち財なれば、始めて能く氣を吐き眉を揚げ、激昂して上る。五十五歲の未運に到れば、原本暗合して來たる未字は明擺の實字と變じ、命書は之を「塡實」と叫作す。——暗合の貴は一たび塡實せられれば便ちその妙を失う。故に壽は此に終る。

餘於庚午秋。得見一命。為丙午甲午壬午丙午。生於夏令。又為四午。合官最力。格局遠在宣統之上。想其前程必有可觀。乃一福州人。惜已忘其姓氏。茲論宣統命造。忽憶及此君。不勝神往焉。

我庚午年の秋に一個の命を見たり。丙午・甲午・壬午・丙午。夏に生まれて四個の地支皆午にして、暗合して未中の正官の力量最も強く、格局宣統の上に遠く在り。想うに前程必ず觀るべきものあらん。彼は一位の福州人にして、惜しむべしすでに彼の姓氏を忘れたり。今宣統の命造を論じ、忽然としてこの人を想起し、神の往くに堪えず。この造は宣統の一造と並び舉げて、同一種の「暗合」の貴氣の多寡純雜の間また高下を分かつを說明す。

顧維鈞命造

丁亥 癸丑 己亥 戊辰 九歲 壬子 十九 辛亥 廿九 庚戌 三九 己酉 四九 戊申 五九 丁未 六九 丙午

年柱丁亥、月柱癸丑、日柱己亥、時柱戊辰、日主己土は丑月に生まる。大運は九歳に起こり、順に壬子・辛亥・庚戌・己酉・戊申・丁未・丙午。年干丁は陰に属し、男命は逆排ゆえ、月柱癸丑より倒退して壬子・辛亥・庚戌……となる。この造は月干癸水、兩個の亥、一個の辰にして、水は己土の財なり。財旺極點に到る。全く時干戊土に賴りて身を幇き水を鎮む。兩亥の間に一個の丑を夾み、中間に空く所は正に子位にして、命書は之を「拱」と稱す。下文の言う所の拱貴則ちこれを指す。

傳聞近代偉人。以顧維鈞為最富。視其命造。洵不偶然。蓋己生丑月。干透癸水。支見兩亥。辰又為蓄水之庫。財旺極矣。全得力於時上戊土之鎮水幫身。用神應即歸諸戊土劫財。良以無戊則安可任財。不任財則安得豪富。或取丑中辛金食神為用。恐身主更弱矣。

傳聞するに近代の偉人は顧維鈞を以て最も富めりと。彼の命造を看るに、果たして偶然にあらず。己土は丑月に生まれ、天干は癸水を透し、地支は兩個の亥を見て、辰また蓄水の庫なり。財旺極點に到れり。全く時干戊土に賴りて水勢を鎮め住せ、日主を幇扶す。故に用神當に戊土劫財に歸すべし。——戊土なくんば、何を以てこの份の財を擔當することを得んや。財を擔當し得ずんば、また何ぞ能く豪富ならんや。これ正に前文「財多身弱は劫刃を宜しとす」一句の實例なり。ある人は丑中の辛金食神を取りて用と爲さんことを主張す(食神は財を生ず)。恐らく日主反って愈々弱くならん。——身弱の命は再び泄すべからず。これ取用の分寸なり。

兩亥夾丑。拱子水貴人。宜其疊膺距任。折衝壇玷。為國爭光。四支皆藏財。又有拱財。一生知多豔福。財重用劫。內助雖得力。仍不免鼓盆興歡。且克妻獨在於戍運。是更命之可信矣。

兩個の亥一個の丑を夾み、亥と丑の間に空く所は正に子にして、命書は之を「拱」と稱す。——その字を見ずして暗にその氣有り。子は己日に對して言えばまた「天乙貴人」(十干各おの有する第一の吉神にして、己日の天乙は子と申に在り)なり。拱して貴人を得れば、彼の屢々重任を擔當し、外交壇坫の上に折衝樽俎して國のために光を爭うも怪しむに足らず。四個の地支裡に皆財を藏し、また拱して來るの財あれば、故に一生頗る艷福多し。ただ財重くして劫財を用ゐるは、劫財一面身を幇き、一面妻を剋す。內助雖も力を得るといえども、仍ほ喪妻の痛を免れず(「鼓盆」は莊子妻死して盆を鼓して歌うの典を用う)。しかも妻を剋するは恰恰戌運に應ず。これ更に命の信なるを見る。

查前運多金水。花枝招展。境遇榮繁。然竊以戊運之用神得助。掌握重權。或有更進者。申運順流而下。總之。此命逢金水火土之運。皆不為事業心。惟憎木之損傷用神。幸生平無木運,故三元不敗。堪稱得天獨厚者矣。

查するに彼の前の運多く金水に在り、境遇榮華繁盛せり。ただ我私らく以爲う、戊運裡は用神戊土幇助を得て重權を掌握し、あるいはなお更に進むの成就あらん。申運は則ち流れに順いて下り、稍や平緩を見る。總じてこの命は金・水・火・土の運に遇う皆事業を妨げず(金は土を泄して水を生じて財源絕えず、火土は身を幇きて能く財に任ず)。唯獨木運の來りて戊土この用神を剋傷するを惡む。幸いに彼生平の大運に一步の木運もなし。故に年・月・日の三元始終敗れず。得天獨厚と稱すべし。大運の表を看るに確かに此のごとし。壬子・辛亥・庚戌・己酉・戊申・丁未・丙午に一步の木もなし。

廣東妓女命造

乙巳 己卯 乙卯 丙子 七歲 庚辰 十七 辛巳 廿七 壬午 三七 癸未 四七 甲申 五七 乙酉

これは一個の女命なり。年柱乙巳、月柱己卯、日柱乙卯、時柱丙子、日主乙木は卯月に生まる。大運は七歳に起こり、順に庚辰・辛巳・壬午・癸未・甲申・乙酉。年干乙は陰に属し、女命陰年に生まれれば順排ゆえ、月柱己卯より順推して庚辰・辛巳・壬午……となる。この造は乙木卯月に祿を得、日支また卯にして比肩重疊す。月干己土は財にして群木に剋され、全局の生機はただ時干丙火の一點に在るのみ。——丙火は木を泄して土を生ず。是命脈の繫る所にして、下文彼女の壽限を斷ずるも則ちここに斷ず。

壬申九月,友人某。囑評此命,謂繫廣東妓女,由奧追蹤來滬。堅欲以身相許。惟我年逾半百。且已兒孫繞 。恐納妓後,家庭反而我故,躊躇莫決。謹詢於君,乞部其詳,

壬申年九月、某位の朋友は我に嘱してこの命を評せしめ、言う、一名の廣東妓女にして、廣東より一路上海に追うて來り、堅決に身を以て許さんと欲すと。彼曰く、ただ我年五十を過ぎ、しかもすでに兒孫膝を繞り(——ここ底本脱文あり。「兒孫繞」の下一字を缺き、原刻空を留む。今照らして錄し補わず)——恐らく彼女を納るるの後、家庭反って我のために變故を生ぜん。これを以て躊躇決せず、謹んで來りて您に請教す。請うその中の詳情を剖析せよ(底本の「乞部」は「乞剖」とすべし)。

餘日。乙木得祿於卯月。比肩林立,財星已去。用時上丙火。賴之洩生財。命非下乘。丰姿卓約。固異凡卉。官之無力。即夫星不顯。然居造室。亦無所疑。惟刻行壬運。又逢壬年。用神損傷。十一月且為壬子。一片汪洋。丙火殲滅。恐防其壽。故納寵問題。可容綬議。茲惟虛與委蛇。是乃上策。

我答えて曰く、乙木は卯月に祿を得、比肩層々排列し、己土財星すでに群木に剋され去れり。當に時干丙火を取りて用と爲し、それに賴りて一面旺木の氣を泄し、一面財星を生起す。この命は下乘にあらず。その人豐姿綽約にして、本來尋常の花草と同じからず。ただ官星(金)力なく夫星顯れず。然れども人の側室と爲るは則ち疑問なし。但し眼下正に壬運を行き、今年また壬年にして、壬水は丙を剋し、用神損を受く。十一月は更に壬子月にして、水一片の汪洋と成り、丙火徹底に撲滅せられ、恐らく性命すら保ち難し。故に妾を納るるの事は、緩りより再び議するに如かず(底本の「可容綬議」は「綬」當に「緩」とすべし)。眼下ただ虛與委蛇するは、乃ち上策なり。

友唯唯而去。後相值途次。問友以此事究竟。友嘆曰。誠如君言。是妓已於壬申喜冬。服毒旅邸。而歸物化矣。微君果斷。又增我幾許煩惱。誠哉。命之不欺不也。

朋友連聲應諾して去れり。後に路上に遇い、我彼にこの事の結果を問う。朋友嘆じて曰く、正にあなたの言うがごとし。あの妓女すでに壬申年の冬に旅館に於て毒を服して一命天に歸せり。若しあなたの當機立斷にあらざれば、また我に幾多の煩惱を添えんとせしや。命理確かに人を欺かざるなり(末句底本は「命之不欺不也」と作る。一「不」字を衍す)。この造の驗は全く「用神剋せらるるの年則ち死期と爲る」一條上に在り。前の倪古蓮の一造に寒暖燥濕を以て病を斷ずると、同じく韋氏の生死を推斷する兩條の路數なり。

三孩同日生命造

乙亥 己卯 壬午 癸卯 十一 庚辰 廿一 辛巳 三一 壬午 四一 癸未 五一 甲申 六一 乙酉

これは三個の同日出生の孩子中頭一個落地せし女嬰の命なり。年柱乙亥、月柱己卯、日柱壬午、時柱癸卯、日主壬水は卯月に生まる。大運は十一歳に起こり、順に庚辰・辛巳・壬午・癸未・甲申・乙酉。年干乙は陰に属し、女命順排ゆえ、月柱己卯より順推して庚辰・辛巳・壬午……となる。同日生まれの另外兩個は男孩にして、八字ただ時柱を差とするのみ。一は丙午時、一は丁未時なり。下文則ちこの三造を以て相比較す。是全書唯一の一組の「同日異時」の實例なり。

有具名雁峰飄流客者。寓書與餘。告余本埠南市某姓家。有一青衣婢。同日產生三孩。初落地者為女嬰(其命排列如上)次乃男孩。八字為乙亥己卯壬午丙午。再次者亦屬干麟四柱為乙亥己卯壬午丁未並囑余推評優劣。

ある「雁峰飄流客」と署名する人書を我に寄せて言う、本埠南市の某家に一名の婢女あり、同一天に三個の孩子を生下せり。頭一個落地せしは女嬰にして(命造の排列は上を見よ)、第二個は男孩にして八字は乙亥・己卯・壬午・丙午。第三個もまた男孩(底本の「干麟」は「弄璋」の一類とすべし、男孩を指す)にして、四柱は乙亥・己卯・壬午・丁未なり。來信我に嘱して三者の優劣を評比せしむ。三個の孩子は年・月・日の三柱完全に一樣にして、ただ時柱同じからず。正好一個の時辰能く命を何の地步に改めるかを看るを得たり。

餘特簡覆曰。女命傷官太重。官得無力。又乏印綬以制傷保身。一無可取。本年乙亥。傷官更歷。恐即夭殤。蓋夢幻泡影而已。次生男造。傷官得祿於卯月。正官得祿於午時。更喜時上丙財。洩木生火。周旋於傷官正官之間。應作從財格論。走火土運不為忌。僅子運沖午。稍形不利。

我簡略に回復して曰く、あの女命は傷官重きこと太甚(兩卯は壬水の傷官)にして、官星(己土)軟弱無力、また印綬を缺きて傷官を制し日主を保護するなく、一として取るべきなし。今年乙亥は木更に勢を得、傷官愈々厲しく(底本の「更歷」は「更厲」とすべし)、恐らく就中夭折せん。不過夢幻泡影のみ。第二個男孩の命は傷官は卯月に祿を得、正官は午時に祿を得、更に時干丙火の財と爲るを喜ぶ。木は火を生じ、火は土を生じ、財星は傷官と正官の間に周旋して、二者をして再び直接衝突せしめず。當に從財格に按じて論ずべし。火土の運を走るは忌と算せず。ただ子運の午を冲するのみ稍々不利を顯す。

再次之男命。乃交互得祿且為純粹化木之格。八字無金。行運又無金。大貴之徵。將來積學深造。出冠多士。正如馬蹄春風。長途萬里之才也。三命較量。次出之命。較首出為優。後出之命更較次出為優。儻所謂後來居上者。非耶。

第三個男孩の命は幾個の天干交互相いに地支に祿を得、しかも純粹の「化木格」なり。——丁と壬相合し、卯月木旺の時に生まれて木に化し真と成る。八字裡に一點の金の格を破るなく、行運また金を見ず。これ大貴の徵象なり。將來學を積み造を深めば、必ず能く拔萃出類し、正に春風意を得たる駿馬のごとく、萬里長途の才あらん。三個の命を比較すれば、第二個は第一個に勝ち、第三個はまた第二個に勝つ。これ大概所謂「後來居上」なるべし。同日の三孩にして優劣懸殊たり。見るべし命を論ずるにただ年月日に據るべからず。時辰の一字乾坤を定む。

錢新之命造(楊宇霆を附す)

此為金融界巨擘。錢新之先生命造。丙火退氣於初秋。本不能任申酉之旺財。所妙時落於午。根得帝旺。遠勝干頭衰木之生扶。於焉轉弱為強。足可任財矣。益以運多金水。固宜財源四達。利益萬通。事業有陶朱盛名也。

この條底本脱文あり。四柱と大運の一欄全部漏刻せり。ただ批語を存するのみ。今原文に照らして錄し、敢えて臆して補わず(下文に彼と楊宇霆の命は「僅かに一時を差とす」と說くに據り、楊命は乙酉・甲申・丙辰・戊戌にして、また彼を說いて「時は午に落つ」とすれば、則ち錢造の年月日の三柱當に同じく乙酉・甲申・丙辰にして時柱は午と作るべく、一說に備うべし)。批語に曰く、これは金融界の巨擘錢新之先生の命造なり。丙火は初秋に到りてすでに退氣の時にして、本來申・酉のごとき旺れる財を擔當し得ず。妙は時柱の午上に落つるに在り。午は丙火の帝旺の地にして日主は根を得たり。これ天干上の衰木(甲乙)の生扶より有力なること多し。是を以て弱を轉じて強と爲し、足りて財を擔當し得たり。加うるに大運多く金水を走り、彼の財源四通八達し、事業に陶朱公のごとき盛名あるも怪しむに足らず。

按揚宇霆命為乙酉甲申丙辰戊戍重土重金。且戊土司令。未免晦火太甚。僅賴甲乙印綬之制土幫身。已運乃得祿。所以聲勢最盛。轟烈可畏。庚運無險。而斃於辰運戊辰年,則以庚運盡屬木火流年。故仍炙手可熱。辰運為溼土。戊辰年土又如崩。晦火無光。不得善終。意中事耳。

按ずるに楊宇霆の命は乙酉・甲申・丙辰・戊戌なり。土重く金もまた重く、しかも戊土令に當り權を司る。未免丙火を掩うこと太だ暗し(土多きは火を晦ます。是丙火の最も怕るる一種の病なり)。ただ甲・乙兩個の印綬に賴りて土を剋し身を幇く。巳運裡は丙火祿を得る。故にあの幾年は聲勢最も盛んにして氣焰人を逼む。庚運本來危險なく、卻って辰運の戊辰年に命を喪う。——これは庚運の十年恰好皆木火の流年に碰上すれば故に依舊熱手に灸すべからず。辰運に到れば辰は濕土にして戊辰年は土勢また崩塌のごとく來り、火光徹底に掩沒せられ、善終を得ず。亦た意料の中に在り。

觀夫錢楊二命。僅差一時。楊氏之夢幻泡影。萬不及錢翁之福祿綿長。毫釐不爽。有如此才。談命固非易事。思念及此。不寒而慄矣。

錢・楊兩個の命を看れば、ただ一個の時辰を差とするのみ。一個は時上に午を得て丙火根あり、一個は時上に戌を得て火は土に晦まさる。楊氏一生夢幻泡影のごとく、萬々錢先生の福祿綿長に比ぶべからず。毫釐の差竟に應驗して此のごとく爽わず。見るべし命を談ずるは本來容易の事にあらず。ここに想到りて、寒慄して禁ぜず。この一段は上文の三胞胎・段祺瑞の兩組の對照と前後呼應し、本書反復申說する一個の主題を構成す。時辰一字、貴賤生死これに繫る。

張翁家女傭命造

乙酉 庚午 庚子 己卯 十歲 辛未 廿十 壬申 三十 癸酉 四十 甲戌 五十 乙亥 六十 丙子

これは一個の女命なり。年柱乙酉、月柱庚午、日柱庚子、時柱己卯、日主庚金は午月に生まる。大運は十歳に起こり、順に辛未・壬申・癸酉・甲戌・乙亥・丙子。年干乙は陰に属し、女命順排ゆえ、月柱庚午より順推して辛未・壬申・癸酉……となる。この造は四個の地支恰も酉・午・子・卯にして、則ち所謂「四敗」の地俱全す。舊說は以て大忌と爲す。作者は卻って逐字冲の輕重を辨明す。是全書中神煞の成見を破除する最も痛快なる一段なり。

張翁家有一女傭。年逾風信。貌奇醜。面且麻。迄今未嫁。恐畢業難應人選故乞推究其命。余曰。庚生午月。干透己土。為正印格。午丙丁火司令。則正官乘權。官印並美。為坤之兆。命婦格局。固己成立。

張老先生の家に一名の女傭あり、年紀すでに二十を過ぎ(「風信」は女子及笄以後の年歲を指す)、相貌奇丑にして臉上また麻點あり。今に至るまで嫁せず、怕くは終に人に選ばれ難からん。これを以て我に請うて彼女の命を推究せしむ。我曰く、庚金は午月に生まれ、時干は己土を透す。己土は庚を生じて陰陽相異なれば正印なり。故に「正印格」を立つ。午中の丙丁火令に當り、丁火は庚を剋して陰陽相異なれば正官なり。正官これを以て權に乘ず。官と印兩樣皆美なり。是女命の好い徵兆なり。——女命は官を以て夫と爲し、印を以て身の根柢と爲す。官印相生して誥命夫人の格局本來すでに成立せり。

或以子午卯酉。四敗四沖非之。然子水傷官。失其時令。與午丁沖。滴天髓所謂沖。衰則拔沖旺則發。午火正官。非惟不畏其沖。且因沖而益見籌強。子則沖拔。是庸何傷。于于卯酉地位遠隔。更無沖意。奚足為病。四敗之說。亦不可盡拘

ある人子・午・卯・酉の「四敗」「四冲」を持ちてこの命を非議す。——子午卯酉は五行の沐浴の地にして、舊に「四敗」と稱し、則ち俗説の「桃花」なり。四字俱全するは更に大忌と視做さる。然れども實際を看るを要す。子水は庚金の傷官にして、午月に生まれてすでに時を失う。それは午中の丁火と相冲す。《滴天髓》に曰く「衰すれば拔かれ、旺すれば發す」——衰する一方冲せられれば根を連ねて拔かれ、旺する一方冲せられれば反って激發す。午火正官令に當りて旺にして、怕れ冲さるるにあらざるのみならず、反って冲に因りて愈々強し。子水衰えて拔かるるもまた何の妨害あらん。卯と酉に至りては、一は年支に在り一は時支に在りて地位遠く隔り、根本冲と談ずるに足らず。何ぞ病と成り得んや。見るべし「四敗」の説もまた一味拘泥すべからず。

惟現行申金。運為祿堂。所以吉星未照。錐示脫穎。龍未占晴。一旦時運轉園。行至癸水。即濟功成。即入昌明之路矣。甲運以後。尤見發揚。孟光之案與眉齊。相夫立極。彼梁鴻乘機而起。未始非得力於內助也。

ただ現今行く所の申運は申は庚金の祿堂にして比劫太だ旺にして官星制を受く。故に吉星未だ照らさず、錐子未だ穎を脱せず、龍未だ眼睛を點ぜられず。一旦時運轉過すれば、癸水に行き到りて(癸は能く潤下調候し旺金の氣を泄す)水火既濟にして功成り、就中昌明の路に進入す。甲運以後は尤其發揚す。——甲木は庚金の財にして財は能く官を生じ夫を助く。彼時に到れば便ち孟光の案を舉げて眉に齊くするがごとく丈夫を輔佐して業を立てん。而して梁鴻の能く時に乘じて起つ所以は、未だ嘗て內助の力に得ざらずなり。この造相貌丑なるも命局清貴なり。正に命理の看る所は配合にして皮相にあらざるを說明す。

阮玲玉命造

庚戌 辛巳 己亥 乙亥 十歲 庚辰 廿十 己卯 三十 庚寅 四十 丁丑 五十 丙子 六十 乙亥

これは一個の女命なり。年柱庚戌、月柱辛巳、日柱己亥、時柱乙亥、日主己土は巳月に生まる。大運は十歳に起こり、底本は庚辰・己卯・庚寅・丁丑・丙子・乙亥と作る。女命陽年(庚)に生まれれば當に逆排すべく、月柱辛巳より倒退すれば應に庚辰・己卯・戊寅・丁丑・丙子・乙亥と作るべく、その中「三十 庚寅」は當に「戊寅」の訛なるべし。今原文に照らして錄し辨をここに附す。この造は月支巳は本來己土の印綬の地にして、卻って兩個の亥に冲され、時干乙木七殺また年月の兩金に剋制せられ、身と殺兩樣とも立つべからず。是下文斷語の根據なり。

阮玲玉一死。轟動全國。吾友鄭君,特囑推究其命。余曰。己生巳月。因有兩亥。印綬沖散。時透乙木。因有庚辛,制殺太過。身主與七殺。一無可恃。故意志不堅。正途岐趨。莫之辨別。片念厄塞。死於非命。雖從兩夫。終無所歸。

阮玲玉一死して、全國を轟動せしめ、我の朋友鄭君特地に我に嘱して彼女の命を推究せしむ。我曰く、己土は巳月に生まれ、本來印綬令に當りて身を生ずべきも、無奈地支に兩個の亥の來りて巳を冲するあり。印綬冲散せられ、日主根柢を失う。時干は乙木七殺を透し、また年干庚・月干辛兩金并見のため、殺を制するに制し過ぎたり。——七殺は女命の另一重の夫星にして制し過ぐるの頭、夫星同じく立つべからず。身主と七殺兩邊とも倚恃すべきなく、故に意志堅からず、正路と歧路分辨清からず。一念閉塞すれば便ち非命に死す。先後二個の丈夫に從いしといえども、終に歸宿なかりき。

至於傷食並露。秀氣發越。固宜英敏豔麗。精藝絕倫。不為銀壇領袖。當亦作歌裙舞扇之翹楚也。今年兩乙三亥。天干金木之戰。地支水火之沖。乃滿盤啟湓。禍起蕭牆。失足成恨。一代藝人。竟埋黃土。寧不悲哉。

年干庚・月干辛皆己土の傷官食神にして、一齊に天干に顯露し、秀氣情を盡くして發越す。故に彼女英敏艷麗、技藝超絕す。たとえ電影界の領袖と爲らずとも、必ず歌舞場中の翹楚ならん。今年(乙亥)は兩個の乙、三個の亥にして、天干上は金と木交戰し、地支上は水と火相冲して、滿盤盡く動蕩なり(底本の「啓湓」は文字訛あり)。禍は蕭墻の內に起こり、一たび足を失すれば千古の恨と成り、一代の藝人竟に身を黃土に埋む。豈に悲しむべからざらんや。この造は前の「女命淫賤」の章の「日主弱・食傷重・印綬無し」一條と正に相印合す。ただ實人の身上に落つるや、作者の筆下は便ち惋惜のみあり。

鎮江金君命造

己亥 乙亥 丙戌 壬辰 三歲 甲戌 十三 癸酉 廿三 壬申 三三 辛未 四三 庚午 五三 己巳 六三 戊辰

年柱己亥、月柱乙亥、日柱丙戌、時柱壬辰、日主丙火は亥月に生まる。大運は三歳に起こり、順に甲戌・癸酉・壬申・辛未・庚午・己巳・戊辰。年干己は陰に属し、男命は逆排ゆえ、月柱乙亥より倒退して甲戌・癸酉・壬申……となり、中段は南方火地に轉入す。この造は兩個の亥、一個の壬にして水旺くして丙火退氣す。辰と戌また相冲して日主の根摇動せらる。金君自ら命理を研究して十餘年にして用神を定めず。作者の取捨は則ち己土・乙木・亥中甲木の三者の間に在りて、辨むること極めて細なり。

此鎮江人金君之命。金君自言。研究子平之學,已十有餘年。對於本人八字這用神。終難取定。因聞餘名。特就詢焉。余曰。丙生初冬。支見兩亥。辰戍又沖。壬再透干。病於水多少弱。識者非用己土以制水。即用乙木以生火。

これは鎮江人金君の命造なり。金君自ら言う、子平の學を研究すですでに十餘年にして、本人八字の用神に對し始終定めることを得ず。因りて我が名を聞き及びて特地に來りて問う。我曰く、丙火は初冬に生まれ、地支に兩個の亥を見、辰と戌また相冲して日主は根を失い、時干壬水再び透し出ず。病は水多くして火弱なり(底本の「水多少弱」は「少」當に「火」とすべし)。命を識る人は年干己土を用ゐて水を制せんことを主張せざれば、則ち月干乙木を用ゐて火を生ぜんことを主張す。この兩說皆道理あり。然れども皆推敲に耐えず。——下文逐一に駁し去りて始めて用神を取るの真功夫を見る。

殊不知己為 溼之土。只可納水。焉能鎮水。況又毗鄰乙木之虎視眈眈。更難以立足矣。乙木雖能生火。惟因水重太過。本身力量太輕。不無乘桴桴海之歡。此所以亦難為泰山之靠者。

殊不知己土は潮濕の土にして(底本ここに脱文あり。「己爲」の下一字を缺き、原刻空を留む。今照らして錄し補わず)、ただ能く水を容納するのみ、何ぞ水を鎮め住せんや。況んや乙木と緊鄰して虎視耽耽たり(木は土を剋す)。更に立足し難し。乙木雖も能く火を生ずるも、然れど水重きこと太甚にして乙木本身の力量太だ輕し。未免乘桴浮海・波に隨いて漂流するの歎あり(《論語》の「桴に乘りて海に浮かぶ」の語を用う。自身も保ち難しを謂う)。故にまた泰山のごとき依靠と爲ること難し。前一説は土を用ゐて水を制すれども土濕し。後一説は木を用ゐて火を生ずれども木浮ぶ。兩條の路皆行くべからず。

則亥中甲木。既得長生而進氣。可洩水生木,中流砥柱。功自非淺。所謂用神。舍此莫屬矣。早年只甲運優裕。曇花一現。餘皆碌碌無奇。三十八歲之未運。四十八歲之午運。皆屬火土。不難破壁而飛。脫穎而出。

然らば則ち亥中に藏する甲木に剩るのみ。甲木は亥に「長生」を得て正に進氣の時に當り、能く泛濫の水を泄して來りて火を生ぜしむ(底本の「泄水生木」は「木」當に「火」とすべし)。中流砥柱のごとく、功勞自ら淺からず。所謂用神はそれを舍くるも別選なし。同じく木なるも、乙木は浮びて甲木は根あり。分別は則ち長生の地を得るや得ざるやに在り。早年ただ甲運のみ寬裕なるも、不過曇花一現のみ。その餘皆碌碌奇なし。三十八歲の未運・四十八歲の午運は皆火土に属す。彼時壁を破りて飛び去り、穎を脱し出ずること難からず。

至於水流太過。終患遠一。則風塵僕僕。南楚北燕。天涯飄走。迄無遐逸境遇。乃命局早已生成。無可挽救耳。

水勢流蕩太だ過ぐるに至りては、終に一個の隱患なり(底本の「終患遠一」は文字訛あり)。故に彼一生風塵僕僕として南は楚地に至り北は燕地に至り、天涯奔走して始終安閑の境遇なかりき。これは命局早已生成する所にして、挽救する由なし。前文「事業」の章に曰く「五行水を需むか、あるいは命に驛馬あれば、流動事業に宜し」。この造水多くして漂泊するは正に同一の道理の人事上に落つるの應驗なり。

鎮江孫君命造(中和の局)

乙巳 戊子 乙巳 戊寅 九歲 丁亥 十九 丙戌 廿九 乙酉 三九 甲申 四九 癸未 五九 壬午

年柱乙巳、月柱戊子、日柱乙巳、時柱戊寅、日主乙木は子月に生まる。大運は九歳に起こり、順に丁亥・丙戌・乙酉・甲申・癸未・壬午。年干乙は陰に属し、男命は逆排ゆえ、月柱戊子より倒退して丁亥・丙戌・乙酉……となる。この造は月支子水は木を生じ、時支寅は乙木の帝旺の地、年干にまた乙木比肩あり。身を幇くの一面弱からず。而して兩個の戊土は水を剋し、兩個の巳火は木を泄す。抑制の一面もまた軽からず。兩邊恰好引き平く。故に下文これを「強からず弱からず」と說く。是全書唯一專ら中和の局を論ずるの一造なり。

論偏枯之命局易。推中和之命局騅。此為略識命理之人。所共知者也。今以鎮江人孫君之命為例。乙誕子月。水旺木健。時下得寅木帝旺。年上見乙木比肩則應以身強論。然兩戊克水。兩己洩木。抑挫之力。尤歷於所幫所助者。

偏枯の命局を論ずるは易く、中和の命局を推すは難し(底本の「騅」は「難」とすべし)。これ稍や命理を懂る人皆知る所なり。今鎮江人孫君の命を以て例と爲す。乙木は子月に生まれ、水旺ければ則ち木滋養を得て健旺なり。時支また寅にして、寅は乙木の帝旺の地なり。年干に還た一個の乙木比肩あり。——この幾處を照らせば當に身強と斷ずべし。然れども天干兩個の戊土は子水を剋住し、地支兩個の巳火は木氣を泄し去る(底本の「兩己」は「兩巳」とすべし)。抑制挫折の力量は甚だ幇扶の力量に超過す(底本の「尤歷」は「尤厲」とすべし)。一強一抑、恰好僵持す。

強之程度。僅堪任財弱之地步。亦非至險。只可稱其不強不弱。故既難論其喜忌。更難推歲運之休咎。然有一法焉。行幫身運。貴逢財官之年。行財官運。則喜幫身之年。若歲運皆屬生扶或抑挫,即趨於偏枯。而非中和八字所宜矣。

このごとく算し來れば、日主強きの程度僅かに一份の薄財を擔起するに足りて、然れども危殆に至らず。ただこれを強からず弱からずと稱するのみ。既然たれば、喜忌論定し難く、大運流年の吉凶更に推斷し難し。然れども還た一個の辦法あり。幇身の運を行く時は、財官の年に遇うを貴ぶ(運は身を幇き、年は身を耗して、兩下相抵す)。財官の運を行く時は、則ち幇身の年に遇うを喜ぶ。倘若大運と流年同じく生扶に属し、あるいは同じく抑挫に属して、一齊に一邊に倒れんか、命局便ち偏枯に趨き、是中和の八字の相宜しきところにあらず。この一條は本書の歲運を論ずる最も精微なる處なり。中和の命の看る所は運本身の好壞にあらずして、運と年と能く互相いに平を找むや否やに在り。

是以孫君命造。丙運以甲乙流年。勝於丙丁。戍運則庚辛年不如壬癸。乙運愛洩化。酉運又喜幫扶。餘運可以類推。總之。此種命局。不在少數。合歲運而互相平衡。方為貴也。

故に孫君の命造は、丙運(火は木を泄す)を走る時、甲乙流年(木は身を幇く)に遇えば丙丁流年に遇うに勝り。戌運(土は身を耗す)を走る時、庚辛流年に遇うは壬癸流年(水は身を生ず)に遇うに如かず。乙運(木は身を幇く)を走る時は、反って流年の來りて泄化するを喜び。酉運(金は身を剋す)を走る時は、また流年の來りて幇扶するを喜ぶ。その餘の各運皆此に照らして類推すべし。總じてこの一類の命局は數少からず。必ず大運と流年とを合せて看て、兩邊をして互相いに平衡せしめて、始めて貴しと算す。

悍匪命造

壬午 丙午 丙戌 庚寅 八歲 丁未 十八 戊申 廿八 己酉 三八 庚戌 四八 辛亥 五八 壬子

年柱壬午、月柱丙午、日柱丙戌、時柱庚寅、日主丙火は午月に生まる。大運は八歳に起こり、順に丁未・戊申・己酉・庚戌・辛亥・壬子。年干壬は陽に属し、男命は順排ゆえ、月柱丙午より順推して丁未・戊申・己酉……となる。この造は地支寅・午・戌の三合火局そろい、兩個の午また皆丙火の「羊刃」なり。天干庚金は財、壬水是殺。火勢燎原として財殺旁に在り。氣象極めて凶悍にして、下文の斷語と勸誡皆ここより出づ。

某翁告我一悍匪之命。此匪徒眾逾千。犯案山積。然得逍遙法外。餘視其丙日而支全寅午戍。已秉一方之旺氣。兩見陽刃。干得財殺。宜其兇悍無比。

某位の老先生は我に一個の悍匪の命を告げたり。この匪徒手下千人を過ぎ、犯す所の案山のごとく積み重なりて、然れど能く法外に逍遥す。我彼の丙火日干にして地支寅・午・戌全火局を會し、すでに南方一片の旺氣を秉受せるを看る。兩處に「陽刃」を見る(則ち羊刃、陽干の帝旺の支にして丙刃は午に在り、氣極めて剛銳にして性暴なり)。天干また庚金の財と壬水の殺を得たり。刃旺ければ則ち性烈しく、財殺あれば則ち爭奪す。彼の凶悍比なきも怪しむに足らず。これは前の「性情」の章の「身強八字抑無き者」の一條の言う所の「殘暴好鬪・強を恃みて弱を凌ぐ」と、正に同一副の面目なり。

雖不流芳百世。亦能遺臭萬年。然倘能分行直道。擇善而從。未始非果敢傑出這才。為國效用。亦足膺干城之選。豈不懿哉。若仍為非作歹。橫行不法。恐天網恢張。難逃子運。蓋沖刃出鞘。斧斤當頭。意中事耳。

この種の人は流芳百世する能わざるも、遺臭萬年する能し。然れども倘若肯んじて正路に改め走り、善を擇びて從えば、未だ嘗て果敢傑出の人才にあらず。國家の用と爲りてもまた足りて干城の選に當るべく、あに善からざらんや。若し仍ほ非を爲し歹を作して橫行不法なれば、恐らく天網恢恢として子運を逃れ難し。——子は午と相冲して、羊刃を冲して鞘を出さしむ。刀斧將に頭に臨まんとす。是意料中の事なり。羊刃の冲に逢うは命書中の最も凶なる一種の組合なり。ここに用ゐるや、作者は既に斷語を下し、また一句人の囘頭を勸むるの話を留む。

林文波猶子命造

戊辰 己未 己未 辛未 八歲 庚申 十八 辛酉 廿八 壬戌 三八 癸亥 四八 甲子 五八 乙丑

年柱戊辰、月柱己未、日柱己未、時柱辛未、日主己土は未月に生まる。大運は八歳に起こり、順に庚申・辛酉・壬戌・癸亥・甲子・乙丑。年干戊は陽に属し、男命は順排ゆえ、月柱己未より順推して庚申・辛酉・壬戌……となり、一路金水木にして終身火土を見ず。この造は八個の字裡土は七個を占め(戊・辰・己・未・己・未・未)、ただ時干辛金の一點のみ土にあらず。また火土并旺の六月に生まれて、偏枯極點に到る。全篇の議論皆「命偏して運濟す」の五字上に在り。

福建人林文波先生。在閩知餘已久。比者以事來申。造訪余處。囑評其本人之命外。又垂詢其猶子命造。余曰。八字土得其七。況值火土並旺之候。強。盛。旺。蓋達極點。若非時上辛金。秀氣焉得發越。然終有土重金埋。火多金熔之患而病偏枯太甚。

福建人林文波先生は閩中に久しく我が名を聞き、近日事に因りて上海に來り、我が處に造訪せり。我に嘱して彼本人の命を評せしむるほか、また彼の侄兒の命造を問う。我曰く、この八個の字裡土は七個を占め、況んやまた火土并旺の時に生まるをや。強・盛・旺の三樣皆極點に到れり。若し時干のこの一點の辛金にあらざれば、秀氣何の處より發泄し出づべきや(土多くして金これを泄す。正に「實則ちその子を瀉く」の用法なり)。然れども終に土重金埋・火多金鎔の隱患あり。病は偏枯太だ甚なるに病む。

幸也。行運一路金水木。終身不逢火土。則豐裕顯達。發揚蹈歷。正如苗吐含葩。不旋踵而芬芳麗藻。矯強特立於社會中。固非凡庸一流。設無行運以濟之。直一殘廢飲恨之人耳。

幸運なるかな、彼の行運は一路金水木にして、終身再び火土に碰上らず。金は辛金を助けて秀を泄し、水は燥土を潤し、木は厚土を疏す。三樣皆症に對す。このごとくなれば便ち豐裕顯達し、發揚有爲と爲りて、正に花苗の蕊を吐くがごとく、轉眼の間便ち芬芳絢爛として、卓然として社會の中に自立す。本來凡庸の輩にあらず。假使このごとき行運の來りて救濟するなくんば、則ちただ一個の殘廢飮恨の人のみ。命偏枯にして運相濟すは前の錢警庸の一造にすでに說きたり。この造は更に極端にして、更に能く運の分量を見出す。

餘閱命我矣。近世孩童之造。輒以偏枯為病。而行運每能相濟。且都綿互數十年之久。故恆以一帆風順。有為相期許。子思作中庸。有曰。國家將興。必有禎祥。此亦禎祥之兆。誠如斯言。儻天不欲久困中國非耶。

我の看たる命多し(底本の「閱命我矣」は「我」當に「多」とすべし)。近來見る所の孩童の命造は往々偏枯を以て病と爲すも、然れど行運每每能く救濟し、しかも大都連綿として數十年の久しきに及ぶ。故に常に一帆風順・大有作爲を以て彼らを期許するを得たり。子思は《中庸》を作りて言いたり、「國家將に興らんとすれば、必ず禎祥あり」と。これ大概また禎祥の徵兆ならん。果たして此のごとくなれば、則ち上天大抵長く中國を困ますを打算せざるなり。この段は全書中の少なき世運に推すの議論にして、作者の書を寫す時の心境を看出すを得たり。

吳君少君命造

甲子 丙子 丙子 戊子 五歲 十五 廿五 三五 四五 五五 六五

年柱甲子、月柱丙子、日柱丙子、時柱戊子、日主丙火は子月に生まる。大運の一欄ここに底本また脱文あり。ただ五歳・十五・廿五・三五・四五・五五・六五の七個の起運歲數を存し、各步の干支全部漏刻せり。今原樣に照らして存錄し、敢えて補寫せず。この造は四個の地支全く子水にして、天干甲・丙・戊各おの一つずつあり。是「地支一氣」の少なき格局なり。子中の癸水は丙火の正官にして、甲木は丙火の偏印なり。印を用ゐて官を化す。本來佳造に属す。惜しむべしこの孩子は庚午年七月に疫に染みて死し、列する所の大運一步も走るに及ばざりき。

庚午新正。吳君以此命垂詢。余曰。地支子水一氣。天干甲丙戊。寒暖相濟。用偏印以化官。佳造也。惟本年庚午。與四子相沖。午為丙刃。刃之為物。暴戾而不易馴伏。若再逢沖。為禍尤烈。恐如朝露之易稀。畫錦前程。或不可得。惜哉。

庚午年正月、吳君この命を持ちて我に問う。我曰く、地支四個の子水一氣相連なり、天干甲・丙・戊の三字にして寒と暖互相いに調劑す。甲木偏印を取りて官星の氣を化して來りて身を生ぜしむ。是個の好き命造なり。ただ今年庚午は、午と四個の子一齊に相冲す。午また丙火の羊刃なり。羊刃この樣の物は暴戾にして容易に馴服せず。若し再び冲に遇えば、禍と爲ること尤其猛烈なり。——四個の子一個の午を冲して、衆水一火を撲して、刃根拔かる。恐らく性命朝露のごとく容易に乾かん。錦繡の前程あるいは求め得ざらん。可惜なり。

吳君佛然不悅。蓋所詢者。即其少君之命。且繫單傳也。後聞此孩固於庚午七月。染疫而死。病僅一日耳。夫刃之逢沖。若無解救。微論身強身弱。禍變接踵而至。如影隨形。如響斯應。此亦研究命學者。所不可知也。

吳君聞きて勃然として悅ばず(底本の「佛然」は「艴然」とすべし)。もとより彼の問う所は正に自己の兒子の命にして、しかも單傳の獨子なり。後にこの孩子果たして庚午年七月に疫に染みて死せるを聞き、病むこと僅かに一天なり。羊刃冲に逢うは、若し別の字の來りて解救するなくんば、身強身弱を論ぜず、禍變皆踵を接して來り、影の形に隨い、回聲の應答するがごとく準なり。これもまた命學を研究する人の知らざるべからざる所なり(底本の「所不可知也」は當に「所不可不知也」とすべし)。この造は上文の悍匪の一造と同じく羊刃の冲に逢うを講ず。一つは刀斧の頭に臨むに應じ、一つは夭折に應ず。凶險の樣式異なるも、機理は一個なり。

李國傑命造

辛巳 辛丑 庚申 辛巳 六歲 庚子 十六 己亥 廿六 戊戌 三六 丁酉 四六 丙申 五六 乙未

年柱辛巳、月柱辛丑、日柱庚申、時柱辛巳、日主庚金は丑月に生まる。大運は六歳に起こり、順に庚子・己亥・戊戌・丁酉・丙申・乙未。年干辛は陰に属し、男命は逆排ゆえ、月柱辛丑より倒退して庚子・己亥・戊戌……となる。この造は天干三辛一庚にして全く金なり。地支は巳は金の長生、丑は金の庫、申は金の祿にして、また一處として金の根基にあらざるなし。「一行得氣」に属す。季冬に生まれて金寒にして令に當らず。全く巳中の丙火に賴りて鍛煉し寒を驅す。

此李國傑先生之命造。干上庚庚辛酉方一氣。支下已為金之長生。丑為金之庫門。申為金這祿地。乃屬一行得氣。時在季冬。金寒而失令。則較遜色。故用已內同丙火。以煉其銳。以驅其寒,前行柄丁運。豈裕顯赫。

これは李國傑先生の命造なり。天干上庚・辛并列にして、是西方金一氣なり(底本の「庚庚辛酉方」は文字訛あり。當に「庚辛……西方一氣」とすべし)。地支の下は巳は金の長生の地、丑は金の庫門、申は金の祿地にして、通盤皆金の根基なり。「一行得氣」に属す。——一種の五行獨り全局を占めて氣脈貫通するの格局なり。ただ時は季冬十二月にして金寒にして令に當らず。比較的遜色あり。故に巳中に藏する丙火を用ゐて、一にその鋒銳を鍛煉し、二にその寒氣を驅除す。從前行く所の丙・丁兩運(底本の「柄丁運」は「丙丁運」とすべし)は正にこの意に合し、彼の顯赫一時たるも怪しむに足らず(底本の「豈裕」は「宜其」とすべし)。

申運壬申年。因招商局岣案而入獄。良以歲運皆申。丙火用神監於病地。又受壬水之克。一時蠖屈。所不免耳。書云。丙臨申位逢陽水難獲延年。其不遭萎亡。萬屬萬幸矣。未來之乙木運。丙子下丑兩火年。東南並行。剝極必復。大器堪期於晚也。

申運の壬申年に到り、招商局の案に因りて入獄せり。これは大運と流年皆申に在るがためなり。丙火の用神申に到れば便ち「病」の地に臨み(十二長生中の病位にして氣すでに衰頹す。底本の「監於」は「臨于」とすべし)、また壬水の剋伐を受く。一時委屈尺蠖の屈のごとくは免るべからざるなり。命書に曰く「丙は申位に臨みて陽水に逢えば、延年を獲ること難し」。彼の死に至らざりしはすでに萬分の僥倖なり。將來の乙木運、加うるに丙子・丁丑の兩個の火年(底本の「丙子下丑」は「丙子丁丑」とすべし)にして、東方と南方并行し、木は火を生じ火は金を煉す。剝極まれば必ず復す。大器はこれを晚成に期すべし。

某聞人女公子命造

己巳 丁丑 乙丑 乙酉 八歲 戊寅 十八 己卯 廿八 庚辰 三八 辛巳 四八 壬午 五八 癸未

これは一個の女命なり。年柱己巳、月柱丁丑、日柱乙丑、時柱乙酉、日主乙木は丑月に生まる。大運は八歳に起こり、順に戊寅・己卯・庚辰・辛巳・壬午・癸未。年干己は陰に属し、女命順排ゆえ、月柱丁丑より順推して戊寅・己卯・庚辰……となる。この造は地支巳・酉・丑の三合金局そろい、金は乙木の官殺にして、夫星局を會して昌盛す。天干丁火は木を暖め、己土は木を培い、兩乙は身を助く。四個の字各おの用處ありて、一個として廢物なし。是配置極めて乾淨なる一女命なり。

此乃坤命。為海上某聞人之女公子。庚午孟春既望。舉歸湯餅。大江南北。各界名流均往道賀。極一時這盛。所收禮份。傳有十五萬元之鉅。固足豪矣。然亦有命焉。非可偶致也。

これは一個の女命にして、上海某位聞人の女公子なり。庚午年正月十六、彼女のために滿月の筵を辦す(「湯餠」は則ち滿月酒)。大江南北各界の名流皆往いて道賀し、盛んなること一時を極めたり。收る所の禮金は傳説に十五萬元の巨ありて、確かに豪奢に足る。然れどもこの裡頭にもまた命あり。偶然に得る能くするにあらざるなり。作者この一筆を記するは、排場を羨艷するにあらずして、說明せんと欲す。出生時の門第氣象すらもまた八字の配合の中に在ることを。

蓋寒木。逢丁而暖。得已而培。得乙而盛。干上一無廢物。支全已酉丑。則偏官會局。夫星更昌。從德之美滿。何待言哉。或病水淺印缺。殊不知丑月丑日。為虛溼之地。正喜壬癸未透。庶不飄浮為患。

寒冬の木は丁火に遇えば便ち溫暖を得、己土を得れば便ち培植あり、乙木同類を得れば便ち愈々繁盛すれば、天干上の四個の字一個として廢物なし。地支巳・酉・丑は會して金局を成し、金は乙木を剋して陰陽相同なれば「偏官」(七殺)なり。夫星局を會して昌盛すれば、夫に從うの德の美滿はなお說を用ゐんや。ある人はそれを挑剔して水淺く印綬欠缺すと說く。殊不知丑月丑日は本來虚濕の地にして水氣すでに足れり。正に壬癸の天干に透出せざるを喜びて、始めて水多くして木浮びて患と成るに至らず。この一辨は前の鎮江金君の一造の「濕土はただ水を納るべく水を鎮むべからず」の道理と相通ず。水の多少を看るに、ただ天干上に幾個の水字あるかを數ふべからず。

故行運一路土金木炎。福祿綿互。肖明昌熾方興未艾。直至壬癸兩運。始見遜色耳。夫寒弱之木。不宜多水。祇喜木火,嘗見冬木孤寒之命。走水運而傾家蕩產。走木火運而倉滿庫勇者。不知凡幾。若泥於衰則喜幫。而以印為喜見者。失諸毫釐。差以千里矣。

故に彼女の行運は一路土・金・木・火にして、福祿綿長、光明昌盛、方に興りて艾まらず。一直に壬・癸兩運に至りて始めて遜色を見る。大凡寒弱の木は水を多くすべからず。ただ木火を喜ぶのみ。我かつて冬木孤寒の命を見、水運を走りて家を傾け產を蕩し、木火運を走りて倉滿ち庫盈つるを知ること幾多なり。倘若「衰すれば則ち幇くを喜ぶ」の老話に拘泥して、以爲らく印綬(水は木を生ず)は一定喜神なりとせんか、則ちこれ毫釐を差として謬り千里を以てならん。この一條は本書の調候を論ずる最も要なる話なり。身弱固より印を喜ぶも、然れど寒木の最も需むるは暖にして、更に一層の水を添うるにあらざるなり。

工部局小工頭目命造

癸未 乙卯 乙亥 戊寅 十歲 甲寅 廿十 癸丑 三十 壬子 四十 辛亥 五十 庚戌 六十 己酉

年柱癸未、月柱乙卯、日柱乙亥、時柱戊寅、日主乙木は卯月に生まる。大運は十歳に起こり、順に甲寅・癸丑・壬子・辛亥・庚戌・己酉。年干癸は陰に属し、男命は逆排ゆえ、月柱乙卯より倒退して甲寅・癸丑・壬子……となる。この造は地支亥・卯・未の三合木局そろい、四柱また完全に金を見ず。正に「曲直仁壽格」の條件に合す。時柱戊寅にして、寅は木の祿旺の地にしてまた火土の長生の地なり。格局是に因りて愈々堅固なり。

此命不識其姓氏。亦由平翁告我行。據云。乃上海工部局小工頭目。已積資成富。生活歽優。余曰乙誕仲春。支全亥卯未。為曲直仁壽格。所喜四柱絕金。格局無破。時落戊寅。寅為火土生地。木之祿旺,則流通秀氣堅固格局。更如錦上添花。是宜由漸入豐。空拳致富者也。

この命は彼の姓氏を知らず。また平老先生の我に告げし所なり。據説は上海工部局の小工頭目にして、すでに一份の家業を積み起こし、生活頗る優裕なり。我曰く、乙木は仲春二月に生まれ、地支亥・卯・未は全木局を會して是「曲直仁壽格」なり。喜ぶべし四柱完全に金なく、格局破損なし(專旺の格は最も一點の異氣の來りて破るを忌む。前の某老の一造は正に年支丑中に辛を藏するを以て格を破せり。對看すべし)。時柱は戊寅に落つ。寅は火土の長生の地にしてまた木の祿旺の地なり。能く木の秀氣を流通し、能く格局を堅固す。更に錦上に花を添う。故に彼能く漸より豐かにして、白手富を致す。

前行之運。都屬水鄉。頗見安順。現行庚金。不利於格。順中防逆。還增流年無金。滯而不凶。戍運為火庫。為燥土。豪富無疑已運有乙木之奪。蓋即美中不足,狗尾續貂矣。

從前行く所の運皆水郷に在り、水は木を生じてその勢に順う。故に頗る安順せり。今庚金運を行く。金來りて木を剋して格局に於て不利なり。順境の中逆轉を防ぐを要す。好く流年裡に金の來りて接應するなし。故にただ滯塞にして凶險に至らず。戌運は火庫にしてまた燥土なり。火は木秀を泄し土は木財と爲る。豪富は疑問なし。己運に至りては乙木の來りて剋奪するあり(乙木は己土を剋し、財劫さる)。則ちこれ美中不足にして、狗尾を以て貂に續ぐがごとし。

平翁質余曰。命局既如是雋美。何以不和名公鉅卿。豈必好命。熙來攘往。寧及此群之優遊穩固。且駕手數午千工人之上,鶴立對外開放群。亦不失無冕帝持之樂也。西漢黃霸月雲。無官在職。一身爽輕。若此命造。雖少印綬之掌綰。詎不愈於會高堂。騎大馬之顯達耶。

平老先生は我を詰問して曰く、命局既にこのごとく雋美なれば、何の故に名公巨卿にあらざるや(この下底本文字の訛脱較多にして、語意句句に盡く通ずること難し。今原文に照らして錄し大意に依りて疏解す)。作者答えて曰く、あに好き命は定めて名公巨卿の行列に擠り入るを要せんや。官場裡熙來攘往して、何ぞこの人の優游穩固に及ばんや。況んや彼數千の工人を駕馭し、人群中に鶴立鶏群して、また一種の無冕の王の樂趣を失わず。西漢の黃霸嘗て曰く「官無ければ一身輕し」。このごとき命造は、印を掌り綬を綰ぐの官職を缺くといえども、あにあの高堂に坐し大馬に騎るの顯達の人に勝らざらんや。この段は前の「事業」の章の「劫比群を成せば、自由職業に宜し」の一條と參看すべく、また作者の貧富貴賤に對する一份の通脱の見を見る。

天全一氣命造

丁未 丁未 丁丑 丁未 七歲 丙午 十七 乙巳 廿七 甲辰 三七 癸卯 四七 壬寅 五七 辛丑

年柱丁未、月柱丁未、日柱丁丑、時柱丁未、日主丁火は未月に生まる。大運は七歳に起こり、順に丙午・乙巳・甲辰・癸卯・壬寅・辛丑。年干丁は陰に属し、男命は逆排ゆえ、月柱丁未より倒退して丙午・乙巳・甲辰……となる。この造は四個の天干全く丁火にして、命書これを「天元一氣」と稱す。四個の地支三未一丑にして全く土なり。火土相生す。日支丑は三個の未と相冲して、是全局唯一の動處にして、下文の論ずる成敗は則ちこの一冲上に在り。

此造本人。亦諳子平之學。自謂必死於已運。及至庚午年。殆因環境槷。竟作屈原投海以自盡。幸為水警撈救。終不獲死。餘視其命運。天干丁火一氣。地支土星重疊。火土相生。正滴天髓所謂天全一氣地德載。亦命理約言所稱兩神成象。格局非下乘。胡為作消極之舉。類匹夫之。方作溝瀆之經乎。

この一造の本人もまた子平の學を懂り、自ら斷じて必ず巳運に死すと爲す。庚午年に到り、大概環境の逼迫に因りて(底本の「環境槷」は「槷」當に「蹙」の一類とすべし)、竟に屈原に效いて水に投じて自盡せんとして、幸いに水上警察に救い起されて、終に死すること成らざりき。我彼の命運を看る。天干四個の丁火一氣相同にして、地支土星重疊し、火と土相生す。正に《滴天髓》の言う所の「天全一氣、地德之を載す」にして、則ち《命理約言》の稱する所の「兩神成象」なり。——全局ただ火土の兩行のみありて、彼此相生して一象と成る。格局並びに低劣ならず。何ぞ必ずしもこの種の消極の擧を爲し、匹夫匹婦のごとく溝瀆の中に自ら縊れんや。

丑未一沖。土金沖動。丁火之精英。更足以發越。萬為貴徵。已運為丁之帝旺。火炎太甚。自不為喜。庚午年因有庚金之故。所以死而復活。現行甲運,亦助火炎。侷促如故。辰支為溼土。清潤全局。應見起色。

日支丑は三個の未と相冲して、丑中に藏する辛金と癸水を冲して動かし出す。——土動きて金現れ、丁火の精英の氣更に能くこれに借りて發越す。これ反って貴の徵象なり(底本の「万為貴徵」は「万」當に「乃」とすべし)。巳運は丁火の帝旺の地にして、火炎太だ甚し。自然喜ばず。庚午のあの年雖も凶なりしも、庚金の頭を出だすあり(金は丁火の財にしてまた丑中に藏する神の勢を得たる)がため、故に死して復活せり。現今行く所の甲運は甲木は火を生じて、また火炎を助長して、處境仍ほ局促なり。辰運に到れば、辰は濕土にして能く全局を清潤す。當に些かの起色を見るべし。——同じく土なるも、燥土は火を助けて濕土は火を泄す。これ正に「燥濕」の一章の道理の實處に落つるなり。

壬癸二運。水之克火。渠自以為美。余謂火土重而水輕。水萬不可以制火。反更激火之怒。招土之克。何善之堪言。寅卯運木之生火。亦屬庸常。總核終身行運。少土金這途。則即所謂有命而無運。此乃自然這理。鳥可強耶。 缺金才運以補這妙哉!

壬・癸兩運は水來りて火を剋す。彼自ら以て美運と爲す。我卻って以爲う、火土既に重くして水太だ輕し。水萬々火を制し得ず、反って更に火の怒氣を激起し、また衆土の剋伐を招く。何ぞ好しと談ずるに足らん。——これ正に前の孫群の一造の「制する足らざれば則ち損う」の道理と相同なり。寅・卯兩運は木來りて火を生ず。亦た平常に属す。總じて彼一生の行運を核するに、土金一路を缺く。これ則ち所謂「命ありて運なし」にして、是自然の理なり。何ぞ強求して來るべきや。末の一句「缺金才運以補這妙哉」は底本正文の下の一句の短批にして、文字訛脱せり。大意は彼の金運を缺きて補救するを嘆惜するにあり。今照らして錄して疑を存す。

劉鴻生命造

戊子 丙辰 丙子 戊子 一歲 丁巳 十一 戊午 廿一 己未 三一 庚申 四一 辛酉 五一 壬戌

年柱戊子、月柱丙辰、日柱丙子、時柱戊子、日主丙火は辰月に生まる。大運は一歳に起こり、順に丁巳・戊午・己未・庚申・辛酉・壬戌。年干戊は陽に属し、男命は順排ゆえ、月柱丙辰より順推して丁巳・戊午・己未……となり、三十一歳以後二十年皆西方の金地なり。この造は年時の兩干皆戊にして、是丙火の食神なり。地支三個の子と月支辰は會して水局を成し、水は丙火の官殺なり。食神は水を制し、水また泛濫に至らず。全局配搭極めて勻停にして、是本書中作者の最も稱許する一個の「命運兩清」の造なり。

名人八字。餘閱歷多矣。然欲命。局行運。一路清澄者。殊不斷見。有之。惟劉先生鴻生之命也。蓋丙生辰月。干透戊土。為食神格。其露雙戊。則食神更必有務。不見陰土。則無傷官之混雜。月上丙火比肩幫峰。乃不悉洩氣太重。

名人の八字は我經歴すること多し。然れども命局と行運と一路清澈澄明なるを找まんと欲すれば、卻って極めて少なく見ず(底本の「殊不断見」は「殊不多見」とすべし)。若有れば則ち劉鴻生先生のこの一個の命造のみ。丙火は辰月に生まれ、天干は戊土を透す。戊は丙の生ずる所にして陰陽相同なれば食神なり。故に「食神格」を立つ。しかも兩個の戊を透して食神の力量愈々充足す。局中己土(陰土)を見ざれば、則ち傷官の來りて食神を混雜するなし。——食神清純なるはこの格の第一件の好處なり。月干丙火比肩は身を幇き(底本の「幇峰」は「幇身」とすべし)、日主亦た泄氣の重きを愁うに足らず。

支下三子公辰。本有傷旞丙。然戊土制水。適成堤岸之功。而盡保母之職。可謂天成匹配。但命理約言云。有食不見財來。何悈類羹土飯。所幸三十一歲後。二十年西方金運。財氣通源。自宜雲程萬里。富貴兩全。

地支三個の子に一個の辰を加えて會して水局を成す(底本の「三子公辰」は「公」當に「會」とすべし)。本來丙火を傷るべきも(底本の「傷旞丙」は文字訛あり)、然れど兩個の戊土は水勢を制住し、恰好堤岸の作用を起こして、母を保ち主を護るの職分を盡くす。天然生成の一對の匹配と說うべし。ただ《命理約言》嘗て言いたり。食神ありて財星を見ざれば、便ち羹を飲み飯を喫するも端るは土の作れる碗のごとし(底本この句文字訛脱せり。大意は食神財なくんば秀氣歸着する所なしを謂う)。所幸三十一歳以後二十年の西方金運あり。——金は丙火の財にして食神は財を生じて財氣源頭あり。自然雲程萬里、富貴兩全せり。

或謂壬運較遜。以壬丙一沖。不免平地風波。環生險象,然繼善篇有言。壬來克丙。須要戊字當頭,則局中原有兩戊。制壬有餘。烏足為慮。考此造命有缺憾。運能補之。運有危害。命能解之。此所謂一路清澄。畢世庥穌。飛黃騰達。其來有自。非偶然也。

ある人言う、壬運は較えて差あり。壬は丙と相冲して不免平地の風波、險象環生すと。然れども《繼善篇》に言あり、「壬來りて丙を剋すれば、須く戊字頭に當るを要す」。この造局中原本に兩個の戊ありて、壬を制すること綽綽餘裕あり。何ぞ憂慮するに足らん。總じてこの一造を考うるに、命裡に缺憾あれば、行運能くそれに爲に補う。運裡に危害あれば、命局能くそれに爲に化解す。——これ則ち所謂「一路清澄」なり。一輩子安穩に福を受け、飛黃騰達するも皆來由ありて、偶然にあらざるなり。命と運と互相いに救應するは、本書の一個の八字の高下を評價するの最終の標準にして、この造範例と作るべし。

柯君命造(陳姓の一造を附す)

丙戌 庚子 丁未 丙午 九歲 辛丑 十九 壬寅 廿九 癸卯 三九 甲辰 四九 乙巳 五九 丙午

年柱丙戌、月柱庚子、日柱丁未、時柱丙午、日主丁火は子月に生まる。大運は九歳に起こり、順に辛丑・壬寅・癸卯・甲辰・乙巳・丙午。年干丙は陽に属し、男命は順排ゆえ、月柱庚子より順推して辛丑・壬寅・癸卯……となる。この造は月支子水は本來丁火の七殺にして、冬水令に當りて殺旺なり。然るを午・未・戌の三處の土皆能く水を制して、反って「制殺太過」と成れり。下文再び一個のただ年柱を差とするのみなる陳姓の命を擧げて對照と作す。一生一死にして、是全書最後の一組の對照命例なり。

論命者。論休咎而已。斷生決死。有驗有不驗。蓋生寄死歸。有夢必醒。為盜遮而生。不如不伯夷而死。生則未必為吉。死則未必為凶耳。

命を論ずる人の論ずる所は吉凶禍福のみ。斷生決死に至りては、驗ありて不驗あり。生は寄居にして死は回歸なれば、夢を爲るも總に醒むるの時あるがごとし。盜跖のごとく苟活するは、伯夷のごとく節を守りて死するに如かず(底本この句文字に衍訛あり)。見るべし活くるは未だ必ずしも吉にあらず、死するは未だ必ずしも凶にあらず。この幾句は作者の生死を論ずるの態度なり。命理は能く事の順逆を推すれども、然れど壽夭を以て人を嚇かすべからず。また長壽を以て一槪に福氣と當るべからず。

上為吾友柯君之命。丁生子月。本必殺旺。乃午未戍中三土。制殺太過。引以為病。前行卯甲兩運。盈財數十萬談命者。綿謂木之克土。病神除去。不脛而走。洵非誣也。預料運入乙木。豐發當尤達之。匯知竟於今庚乙運乙年。病而不起。

上面は我朋友柯君の命なり。丁火は子月に生まれ、本該七殺當に旺なるべきも、然るを午・未・戌の三處に藏する土(己土)皆來りて水を制して、反って制殺太過と成れり。これ則ち病なり(殺は本來官星の属にして、制するを太だ盡くせば、人便ち憑藉する所なし)。從前行く所の卯・甲兩運は、木來りて土を剋して病神を除去せしかば、因りて數十萬を獲利せり。命を談ずる人皆これ木の土を剋し病神の去り盡くせるが故なりと言いて、聲名脛なしに走る。この話確かに假ならず。我原本豫料して運の乙木に入れば、發達當に更に從前に勝るべしと爲す。何ぞ知らんや竟に今年乙運乙亥年に病んで起たざらんとは(底本の「匯知」は「詎知」とすべし)。

然富貴雙全。兩子玉立。且皆有聲於時。強局不可謂不厚。否則以後已午火土之鄉。難免遭劫。若終於侷促之際。反不如今日考終之為得矣。則我友念庚之死也也。未始非幸而事耳。

然れども彼一生富貴雙全して、兩個の兒子皆挺秀に長じ、しかも皆當時に些かの名聲ありて、福分厚しと謂うべからざるなし。否れば則ち以後巳・午の火土の郷に行き到りて、火土再び來りて制殺の病を助長して、劫に遭うを免れざらん。若し困頓窘迫の時に死せば、反って今日天年を享くる(「考終」は壽終正寢を謂う)に如かず。これを以て看れば、我のこの朋友の死は、未だ嘗て一件の幸事にあらざるなり。この一段は前の榮宗敬造の末尾の寬解の詞と并び看るべし。韋氏筆を落して總に生者のために一分の安慰を留む。

嘗見有陳姓一命。為乙已戊子丁未丙午。丁生子月。根本極輕。畏水之克。然已午未戊。重土如林。亦制殺太過,術者皆斷其戍運必死。卻今仍健在。惟於丙運。煙灑嫖賭。消耗資產。不計其數。至戍運為父驅逐。流而為丐。是乃雖不死亡。貽丑自苦。有何生人趣耶。觀夫柯陳兩造。生死適成對峙之局。則命精微。可以想見矣。

我かつて陳姓の一個の命を見たり。乙巳・戊子・丁未・丙午。同じく丁火は子月に生まれて、根基極めて輕く、水の來りて剋するを怕る。然れども巳・午・未に戊土を加えて、重土林のごとく、亦た制殺太過なり。術士皆彼を斷じて戌運に必ず死すと爲す。如今卻って仍ほ健在す。ただ丙運裡に煙を抽し、酒を飲み、妓を嫖し、賭をして、耗掉せる資産數を計するべからず。戌運に到りて父親に家門より逐い出されて、流落して乞丐と爲れり。これ則ち死せざるも、然れど丑を遺して自ら苦しむ。活くるもまた何の趣味かあらん。柯・陳兩造を看るに、病根相同(皆制殺太過)にして、結局卻って一生一死なり。恰も對峙の局を成す。命理の精微は、これに由りて想見すべし。

英皇喬治第五命造

乙丑 辛巳 甲辰 甲子 十歲 庚辰 廿十 己卯 三十 戊寅 四十 丁丑 五十 丙子 六十 乙亥

年柱乙丑、月柱辛巳、日柱甲辰、時柱甲子、日主甲木は巳月に生まる。大運は十歳に起こり、順に庚辰・己卯・戊寅・丁丑・丙子・乙亥。年干乙は陰に属し、男命は逆排ゆえ、月柱辛巳より倒退して庚辰・己卯・戊寅……となる。この造は地支子と辰會して水局を成し、巳と丑會して金局を成す。金は甲木の官にして水は甲木の印なり。金は水を生じ、水は木を生ず。一條の官印相生の順路なり。月干また辛金正官を透して、是極貴の格なり。これ是全書唯一の一則の外國人の命造なり。

近閱西報。盛載英皇喬治第五之傅略。餘之其生庚譯為夏厝,演成命局(排列如上)對照其事歷。頗有不爽者。夫甲木日元。子辰水局。已丑金局。為官印相生。干透辛金正民。自是大貴之格。冠冕堂皇。統馭萬民。固所宜也。

近來西文の報紙を看るに、大いに英皇喬治第五の傳略を登す(底本の「傅略」は「傳略」とすべし)。我彼の生辰を折算して夏曆と爲し(底本の「夏厝」は「夏歷」とすべし)、排して命局と成し(排列は上を見よ)、彼の事蹟を持ちて一一相對照すれば、頗る差なきの處あり。甲木日元にして、子と辰會して水局を成し、巳と丑會して金局を成す。金は水を生じ、水は木を生じて是「官印相生」なり。天干また辛金正官を透せば(底本の「正民」は「正官」とすべし)、自然大貴の格なり。冠冕堂皇として萬民を統馭す。本來理の當然なる所なり。

據傅十五歲至十八歲。環遊世界。念五歲管帶海軍魚雷艦。此時正交辰己財運。自應超拔出塵。竿頭日進。廿六歲患傷寒症甚劇。廿七歲乃兄逝世。卯運劫刃之故。四十六歲交丑運。財貴之途。已應發越。益以四十七歲辛亥年。又屬正官之鄉。果於是歲癸極,入承大統。足徵命之可信矣。

傳略の載する所に據れば、十五歲より十八歲に世界を環游し、二十五歲に海軍魚雷艦を統帶す。彼時正に辰・己の財運に交り、財は能く官を生ずれば、自然頭角を出人して歩歩高升せり。二十六歲に傷寒を重く患い、二十七歲に兄長逝世す。是卯運の緣故なり。——卯は甲木の羊刃にして、劫刃は爭奪を主り、兄弟の傷を主る。四十六歲に丑運に交る。丑は既に財地にしてまた巳と會して官局を成せば、正に發越の時に當る。加うるに四十七歲辛亥年にして辛金また正官の郷なれば、果たしてこの年に登極し(底本の「癸極」は「登極」とすべし)、大統を繼承せり。足りて命理の信なるを證明す。

現行甲運。身太重。官較輕。未許樂觀。餘本不欲批外人之命。惟於髫齡時。嘗讀西史。深悉歐美風化。亦頗信運會之說。緣以中國命學。推證英皇之造。蓋冀研究世界文學者。進而教之焉。

現今行く所の甲運は、比肩身を幇きて日主太だ重く、官星相形りて轉じて輕し。就中容觀を容さず。我本來外國人の命を批せざるを打算せり。ただ幼年時に西洋歷史を讀過せしがため、深く歐美の風俗教化を知り、また頗る運會の説を信ず。是に中國の命學を持ちて英皇の命造を推證し、世界學問を研究する人の能く進んで指教せんことを希う。作者肯んじて子平の術を域外に推し、また坦承して是求教にして炫技にあらずとす。この份の態度は民國の命書中に多からざるなり。

黃君命造(早子時・夜子時を辨ず)

癸巳 甲寅 壬辰 庚子 七歲 癸丑 十七 壬子 廿七 辛亥 三七 庚戌 四七 己酉 五七 戊申

年柱癸巳、月柱甲寅、日柱壬辰、時柱庚子、日主壬水は寅月に生まる。大運は七歳に起こり、順に癸丑・壬子・辛亥・庚戌・己酉・戊申。年干癸は陰に属し、男命は逆排ゆえ、月柱甲寅より倒退して癸丑・壬子・辛亥……となる。この造の例と擧げらるる所以は、格局の奇特に在らずして、生時に在り。黃君は光緒十九年正月初七日の晚間十一時半に生まれ、正に子時の前半段に落つ。究竟本日の子時と算すべきか次日の子時と算すべきか、兩種の排法は兩個の完全不同なる八字を排す。下文則ちこの場の辨析なり。

俗有所謂早子時夜子時之分雖者。乃以晚間十二時前。為本日之夜時。十二時後。為下日之早子時。此論曆法則或可。論命則萬萬不可。

世俗に所謂「早子時」と「夜子時」の分別あり(底本の「之分雖者」は「雖」字衍あるいは訛なり)。晚間十二點以前を以て本日の夜子時と算し、十二點以後を以て次日の早子時と算す。このごとく分つは、以て曆法を講ずればあるいは還だ可ならんも、以て命を論ずれば萬々不可なり。子時は兩日の交界に橫跨りて、一個の時辰は兩天に分属す。是八字を排する時に最も錯誤し易きの處にして、故に作者特に意を用ゐて辨明せんとす。

考曆書之稱夜子時。蓋表明節氣之交。在於子時之初(即十二句鍾之前)也。故衹有夜子初幾刻幾分。從未言及夜子下面和刻幾分。子時既正。固無所謂夜矣。可見夜字者。僅包括子時之前段耳。後人訛以夜子時為本日之子時。早子時為下一日之子時。且又憑之論命。無怪有毫釐千里之差矣。

考察するに曆書裡の言う所の「夜子時」は、本意は節氣交接の時刻の子時の開頭に落つるを表明するにあり(則ち十二點鍾以前、底本の「十二句鍾」は「句」當に「點」とすべし)。故に曆書上にはただ「夜子初幾刻幾分」の寫法あるのみ、嘗て「夜子正幾刻幾分」と說いたることなし(底本の「夜子下面和刻幾分」は文字訛あり)。既然子正に到れば則ち「夜」を謂う所なし。——見るべし「夜」この字はただ子時の前半段を涵蓋するのみにして、一個の紀時の細目なり。並びに子時を以て兩個の日子に分つにあらず。後人誤って夜子時を以て本日の子時と當り、早子時を以て次日の子時と當り、また以て命を論ず。毫釐千里の差あるも怪しむに足らず。

今以黃君之命。舉為例證。黃君生於光緒十九年正月初七日。晚間十一時半。八字排列如上。壬日從庫。時落庚子。年上見癸。生扶者眾。不以弱論況在初春。壬水餘威未失。乃喜木之洩秀。火之欣發。逢土剋制。亦不為畏。

今黃君の命を持ちて例證と作す。黃君は光緒十九年正月初七日の晚間十一時半に生まれ、八字の排列は上を見よ。壬水日主は辰上に坐し、辰は水庫なり(底本の「從庫」は「坐庫」とすべし)。時柱は庚子に落ち、庚金は水を生じ、子は壬水の旺地なり。年干また癸水を見て、日主を生扶する力量多し。身弱に按じて論ずべからず。況んや正に初春に當りて壬水の餘威未だ消失せざるをや。故にこの命は木の來りてその秀氣を泄するを喜び、火の來りてそれを煥發せしむるを喜ぶ。土の來りて剋制するに遇うも、また怕るるを覺えず。——身既に弱からざれば、剋泄皆好事なり。

故四十二歲前。一派金水運。浮沈宦海。栗碌無善。位不過科員。祿不過百金。去歲交入戍運。流年亦為戍。戍是燥土。有鎮水及溫煦之功。宜其蒐集各項科長。明歲起。即逢丙丁戊己流年。雲程更上。當敢預卜。未來臆斷。固不可盡信。已過之事。卻已誚驗 。

故に四十二歳以前一路金水の運にして、身旺に更に幇扶を加えて反って累贅と成り、因りて宦海に浮沉して碌碌成就する所なし。職位は不過科員、俸祿不過一百來元なりき。去年戌運に交入して流年もまた甲戌なり。戌は燥土にして、既に能く水水勢を鎮住し、また溫煦の功あり。彼の科長に升任せしも怪しむに足らず(底本の「搜集各項科長」は文字訛あり)。明年より則ち接連丙・丁・戊・己の流年に碰上りて、火土并至せば、前程更に一層上らん。是は我の敢えて豫先に斷定する所なり。將來の事は臆斷に属して固より盡く信ずべからざるも、すでに過去せる事はすでに應驗せり(底本の「誚驗」は「應驗」とすべし)。

乃有人堅謂是年正月初七。為辛卯日。晚間十一時半。乃屬辛卯是之旍子時。八字應為癸已甲寅辛卯戊子。然命局財多峰弱,何以前行庚辛幫身運。一籌莫展。更何以去年甲戍。身弱逢財。忽得良遇。往事皆無可符者。豈可據以為信乎。

卻って人ありて堅持して說く、あの年正月初七は辛卯日にして、晚間十一時半は應に辛卯日の夜子時に属し、八字は當に癸巳・甲寅・辛卯・戊子と排すべしと。然るをこのごとく一來すれば、命局便ち財多身弱と成る(底本の「財多峰弱」は「峰」當に「身」とすべし。下同)。然らば何の故に先前に行きし庚・辛の身を幇くの運裡に、彼は一籌も展ずる能わざりしか。また何の故に去年甲戌にして、身弱にして再び財に逢えば、反って忽然として好き機遇を得しか。過去の事一件として號に對せず。何ぞ以て信と爲さんとすべきや。これは已驗の事實を持ちて排法の誤を反證するにして、前の許世英の一造に事實を以て從殺格を駁倒せしと、同一種の方法なり。

倘更質以誠如君言。則是日上千零時二十分,與晚間十一時半所生乾。皆為辛卯日戍子時,距離有十一個鐘點之差。而八字竟完全相同。寧有是理耶。不知彼將何以答我。

倘若更に一歩進みて質問せん。果たして您の説のごとくならば、則ちこの一天の凌晨零時二十分に出生する人と、晚間十一時半に出生する人(底本の「上千零時」は「上午零時」とすべし)と、皆辛卯日の子時と算作すべく、兩者相隔ること足足十一個の鐘頭にして、八字竟に完全に相同なるは、あにこのごとき道理あらんや。彼が將に怎樣に我に回答せんとするやを知らず。作者のこの一問最も鋒芒を見る。「夜子時別に一日を算す」の主張を底まで推せば、必ず同日の內相隔ること十一小時の兩個人の八字全く同じに致らん。其の說自ら破る。

(按此篇會發表於時代日報命學講座。旋接蘇州紫闌巷十三號朱傲骨先生來函,謂夜子時理應日用今日。時用明日。蓋基於星平大成所謂今日之夜。非明日之早也。並蒙將黃君八字。改為癸巳甲寅辛卯庚子。

以下は作者自注なり。この一篇かつて《時代日報》の「命學講座」の欄に發表せり(底本の「会發表」は「曾發表」とすべし)。隨いで蘇州紫蘭巷十三號朱傲骨先生の來信を接到し、說く、夜子時は理應「日は今日を用ゐ、時は明日を用ゐ」べし——日柱は仍ほ今天を算し、時柱は則ち明天の干支を用ゐる。依據は《星平大成》の所謂「今日の夜は、明日の早に非ず」なり。朱先生並びに黃君の八字を改排して癸巳・甲寅・辛卯・庚子と爲す(日柱は辛卯を用ゐ、時柱は庚子を用ゐ)。見るべし同一の時辰にして、前後共に三種の排法ありて、各おの本とする所有り。

又如評論曰。庚為幫峰。甲庚交戰。財已劫去。是以不作財多身弱論。庚運劫財。財逢劫村,栗碌固宜。雲年歲運俱戍。戍為陽土。為與印。土生金。財逢印以遷官。擢升科長。又何疑乎。窮通寶鑑雲。春月之金。餘寒未盡。性柔得生乃妙。廑此照錄如上。以待高明揣究。

朱先生また評論して曰く、若し辛卯日に按じて排せば、時干庚金則ち身を幇くの神なり(底本の「幇峰」は「幇身」とすべし)。甲木と庚金交戰して、財星すでに劫せられ去れり。故に財多身弱に按じて論ずる能わず。庚運は劫財の運にして、財劫奪に遇い(底本の「劫村」は「劫奪」とすべし)、碌碌成なきは本來應當なり。去年の歲運皆戌に在るに至りては、戌は陽土にして辛金の印綬なり。土は金を生じて身扶を得、財印綬に遇いて遷官を得たり。科長に擢升するもまた何の疑かあらん。《窮通寶鑑》に曰く、春月の金は餘寒未だ盡きず。性柔にして生扶を得て始めて妙なり。作者末に云う、謹んでここに照らして錄すこと上のごとく、以て高明の人の揣摩研究するを待つ。一場の爭論に斷語を下さずして兩說を并存す。この份の疑を存するの態度は、正に本書の取るべき所なり。

精神飽滿命造

甲戌 丁卯 甲申 庚午 八歲 戊辰 十八 己巳 廿八 庚午 三八 辛未 四八 壬申 五八 癸酉

年柱甲戌、月柱丁卯、日柱甲申、時柱庚午、日主甲木は卯月に生まる。大運は八歳に起こり、順に戊辰・己巳・庚午・辛未・壬申・癸酉。年干甲は陽に属し、男命は順排ゆえ、月柱丁卯より順推して戊辰・己巳・庚午……となる。この造は甲木は卯月に羊刃の地を得て極めて旺なり。時干庚金七殺は日支申に祿を得、月干丁火傷官は時支午に祿を得て、身・殺・傷の三樣皆根あり力あり。午と申の間また暗に一個の未土の財を夾む。作者はこれを以て何をか「精神飽滿」と謂うかを說明す。是全書唯一氣象上より立論するの一造なり。

或有詢余者曰。八字亦有所謂精神飽滿者乎。余曰有。或又請益曰。奚以知其然。余曰。此誠難言之矣。蓋祇可以意會。不可以言傅也。緣將上列一命剖之。此乃餘技人之子。甲生卯月。為至旺之鄉。時透庚金。提祿於申。斧鑿功深。樑棟成矣。月頭丁火。得祿於時,欣發木氣。

ある人我に問う。八字にもまた所謂「精神飽滿」のあるや。我曰く有り。彼また請教す。何を以てこのごとしと知るや。我曰く、これ實に言傳し難く、ただ意會すべく、話を以て說き盡くすべからず(底本の「言傅」は「言傳」とすべし)。就中上面のこの命を持ちて剖析せん。これは我が一位の親戚の家の孩子の命なり。甲木は卯月に生まれて是最も旺なる處なり。時干は庚金七殺を透し、而して庚金の祿は就中日支申上に在り。斧斤鋒利にして砍削力あり。旺木是に因りて棟梁の材に削成せらる。月干丁火傷官は祿は時支午上に在りて、能く木氣を煥發せしめ出す。旺木・利斧・明火の三者各おのその位を得たり。

璀璨成章。身既旺。殺又強。傷更健。兼以午申爽未財。點綴得宜。豈非如人之神清氣爽。精神飽滿者乎。月刃用殺。殺有傷制。舒配既美。行運亦無阻畏。

是を以て文采璀璨として章を成す。日主既に旺にして、七殺また強く、傷官更に健旺なり。加うるに午と申の間暗に一個の未字を夾み、未中の己土正に甲木の財にして、點綴恰も好處に到る(底本の「午申爽未財」は「爽」當に「夾」の訛と爲す。則ち所謂拱財なり)。これあに正に一個人の神清氣爽・精神飽滿なるに似たらざらんや。所謂精神飽滿とは、則ち全局每一樣皆力量あり、皆落着ありて、虛設の字なきをいう。この造は月支卯は甲木の羊刃にして、「月刃格」を立てて七殺を用ゐて刃を制し、七殺また傷官の來りて制約するありて、過頭に至らず。配搭既に美なれば、行運もまた畏るべき所なし。

蓋逢土為財。非身強所忌,逢火制殺益力。逢水則印以化殺。各盡其妙。誠無間言矣。是命雖格局平常。卻遠勝奇格異局之上。茫茫人海中,能有幾許耶。

土に遇えば是財にして、身強の人本來財を忌まず。火に遇えば則ち殺を制して更に力を加う。水に遇えば則ち化して印綬と爲りて殺氣を引き來りて身を生ず。金木水火土の任何の一路の來るも、皆能く各おのその妙を盡くす。實に挑剔すべきなし。この命の格局雖も平常なりといえども、卻って遠くあの奇格異局に勝る。——奇格は巧に賴り、この造は每一處皆實在なるに賴る。茫茫人海の中、このごとき八字能く幾個あらん。この條は全書屢々現るる偏枯の造と對看すれば、正に韋氏心目中の理想命局の樣子なり。

紗業鄭君命造

乙卯 丙子 乙丑 丁亥 一歲 乙亥 十一 甲戌 廿一 癸酉 三一 壬申 四一 辛未 五一 庚午

年柱乙卯、月柱丙子、日柱乙丑、時柱丁亥、日主乙木は子月に生まる。大運は一歳に起こり、順に乙亥・甲戌・癸酉・壬申・辛未・庚午。年干乙は陰に属し、男命は逆排ゆえ、月柱丙子より倒退して乙亥・甲戌・癸酉……となる。この造は天干乙・丙・丁順次相連なり、地支亥・子・丑もまた順次相連なりて、干支各おの一串を成す。命書は之を「聯珠」と稱す。丙丁火と丑中の己土は財郷にして、亥子水と卯木は身を幇くの物なり。兩邊分量相當にして、是標本停匀の商人の命なり。

此鄭君命也。君為海上紗業界聞人。得失動輒萬金。其經營商業。範圍廣大。駭人聽聞。夫天干丙丁與己。一派火土財鄉。地支亥子丑卯。盡是水木幫身。標本停勻。更妙各立門戶。固不愧商場健將。且乙丙丁。亥子丑。干支聯珠。矯勇善戰。角逐果敢。習性生成。非偶然也。

これは鄭君の命造なり。彼は上海紗業界の聞人にして、一進一出動すれば輒ち上萬金にして、經營の商業範圍廣大にして駭人聽聞なり。天干丙・丁と丑中に藏する己土は、一片の火土財郷なり(底本は徑に「天干丙丁與己」と稱す。己土實に丑に藏して、天干の透するにあらず。姑く照らして錄す)。地支亥・子・丑・卯は全く水木身を幇くの物なり。財と身兩邊分量停匀にして、更に妙は各おの一邊を占め、各おの門戶を立てて、相糾纏せず。彼の商場上の健將たるも怪しむに足らず。しかも天干乙・丙・丁相連なり、地支亥・子・丑相連なりて、干支各おの聯珠の象を成す。故に矫健善戰にして角逐果敢なり。這種の習性は天生なりて、偶然にあらざるなり。

前運壬申十載。積資三百萬。尤得力於申運。蓋原局缺金。申金會齊五行。源遠流長。生生不息故也。至癸亥甲子兩年。傾家蕩產。反欠人百餘萬。水木太過。所以致此。庚運為金。又屬大利。清償宿負。遊刃有餘。再盈數十萬金。

從前の壬申運の十年は、三百萬の資産を積み起こし、尤其申運に得力せり。原局金を缺けば、申金一到すれば五行湊齊し、木は金の制あり、水は金の生ありて、源遠く流長くして生生不息す。癸亥・甲子兩年に到りては、卻って家を傾け產を蕩し、反って人に一百多萬を欠く。——あの兩年は水木太過にして、身を幇くの物泛濫して財冲散せらる。故に此のごとし。庚運また金にして、亦た大利に属す。清償舊債の後游刃餘裕ありて、再び數十萬を獲利せり。この造最も「原局の缺くる所、運に逢うて之を補う」の效驗を見る。前の劉鴻生の一造と并び看るべし。

去年甲戍。為劫財流年夏告室如懸磬。抑且高築債臺。今年乙亥。已無活動餘地。按乙亥之水木太重。本非所利。恐年內有咎無休。興味蕭然。明歲丙子志。純逢火土之年。直如冬盡春回。大地錦鄉。又是花木暢茂。一片蓬勃景象矣。

去年甲戌は劫財の流年にして、劫財は財を奪い、是を以て家中一貧如洗(「室如懸磬」は空無所有を謂う)にして、しかも債臺高築せり(底本この句訛字あり)。今年乙亥は、すでに活動の餘地なし。——乙亥の水木重きこと太甚にして、本來彼に利せず。恐らく一年の內災ありて喜なく、意興蕭然たらん。明年丙子(底本の「丙子志」は「志」字衍あるいは訛なり)は、純粹に火土の年に碰上りて、財星重新に力を得、簡直に冬盡き春回る・大地錦のごとくのごとく、また花木暢茂・一片蓬勃の景象ならん。

某軍人命造

癸卯 辛酉 乙卯 辛巳 六歲 庚申 十六 己未 廿六 戊午 三六 丁巳 四六 丙辰 五六 乙卯

年柱癸卯、月柱辛酉、日柱乙卯、時柱辛巳、日主乙木は酉月に生まる。大運は六歳に起こり、順に庚申・己未・戊午・丁巳・丙辰・乙卯。年干癸は陰に属し、男命は逆排ゆえ、月柱辛酉より倒退して庚申・己未・戊午……となり、中年以後一路南方の火地なり。この造は兩個の辛金七殺令に當りて乙を剋し、木剋を受くること極めて重し。幸いに年干癸水ありて金を泄し木を生ず。殺重く身輕くして制化全からず。この命本身平常なるも、貴ぶべきは作者の斷語後來一一應驗して、全書最も人情味に富む一則の記事と成れり。

此為某軍人之命。癸酉暮春。嘗訪余廬。自言混跡軍五。碌碌半生。邇來環境蕭然。假投捕自盡者。已經三次。終不識命運如何。究竟生機絕否。余曰。乙木死於秋。患辛金根深。受克太重。幸有癸水之洩金生木。危而有救。

これは某位の軍人の命造なり。癸酉年の暮春、彼かつて我が家に到り造訪し、自ら稱して軍伍に混迹すること半生にして碌碌成なく、近來境況蕭條にして、幾度か自盡せんと想い、すでに三回ありて、始終自己の命運如何を知らず、究竟生機斷絕せるや否やを。我曰く、乙木は秋天に「死」の地に属し、最も怕るるは辛金の根深きなり(月支酉・時支巳皆金の根なり)。剋を受くること太重し。所幸年干に癸水ありて、一面金氣を泄し去り、一面乙木を生扶して、雖も危險なるも救應あり。——これ則ち「殺重くして印を用ゐる」の常法なり。

椎丙丁不透干。七殺不獲其制。日主則不克如滴天髓所謂懷丁抱丙。跨鳳乘猴。而仍嫌柔弱。為美中不足也。君既才識壓眾,抱負不凡。若遽萌短見。無乃自棄乎。前運一派土金。助殺壞印。故豐才嗇遇。莫展經猷。

ただ惜しむべし丙・丁火の天干に透出せざるを(底本の「椎」は「惟」とすべし)。七殺制伏を得ず、日主亦た能く《滴天髓》の言う所の「丁を懷き丙を抱き、鳳に跨り猴に乘る」のごとくならず。——乙木若し丙丁の火を懷抱せば、縱令酉(鳳)申(猴)の金地に坐するも、剋伐を怕れず。この造火無し。故に仍ほ柔弱を嫌み、是美中不足なり。然れども您の才識群に超え、抱負凡ならず。若し驟然短見を萌生せば、あに自暴自棄にあらざらんや。從前の運は一路土金にして、土は金を生じて殺を助け、金は木を剋してまた癸水之印の功用を壞す。故に空しく才華ありて際遇困窘し、抱負を施展する由なかりき。

然本年即交午火運。制殺功深。定見轉機。如南方有故舊。前住求授。正可水魚膠漆。相得益彰。此人唯唯而去。闊別三載。忽於上月舊翩然復臨。神采煥發。大菲昔比。據謂別後亡命羊城。由舅舅氏之介。投效某軍長麾下。嗣得軍長之賞識提撥。竿頭日進。茲且攖重權於南和粵。

然れども今年就中午火運に交進す。火來りて殺を制して功效深切にして、一定轉機を見ん。若し南方に舊交あらば、前に往きて投奔求助するに妨げず。正に魚の水を得、膠の漆に似たるがごとく、彼此相得して益彰すべし。この人連聲應諾して去れり。一別三年、上月忽然翩然として再び來り、神采煥發にして往昔と大いに同じからず。彼の言うに據れば、分別の後廣州に逃げ、舅父の介紹に由りて某軍長の麾下に投效し、隨いで軍長の賞識提拔を得て歩歩高升し、如今すでに南方に重權を掌握せりと。作者當年彼に勸めて南方に往きて求助せしめしは、正に南方の火に属するがため、運と地合して力量倍増せるが故なり。——これは本書少なからざる「方位」をも取用に納るるの一例なり。

比者。道經春江。因感餘當年所斷之盡驗。指其求授南方。獲益尤非淺鮮。特來面謁。專伸謝悃。餘緣再視其命。此後丁已丙三運。更較昌盛勉以鵬程無限。善自為國效勞雲。

この次路を上海に過ぎ(「春江」は黃浦江の舊稱)、當年我の斷ずる所の一一應驗せるを感念するがため、尤其是彼を指點して南方に向かいて求助せしめて獲益淺からざるを、特地登门面謁し、專程致謝す。我是を以て再び彼の命を看る。此の後丁・巳・丙の三運皆火地にして、殺を制して更に力を得、現在に比べてなお昌盛せん。我便ち彼に勉励して鵬程無限と爲し、好く國のために效力せんことを。

楊杏佛命造

癸巳 丙辰 壬申 癸卯 一歲 乙卯 十一 甲寅 廿一 癸丑 三一 壬子 四一 辛亥 五一 庚戌

年柱癸巳、月柱丙辰、日柱壬申、時柱癸卯、日主壬水は辰月に生まる。大運は一歳に起こり、順に乙卯・甲寅・癸丑・壬子・辛亥・庚戌。年干癸は陰に属し、男命は逆排ゆえ、月柱丙辰より倒退して乙卯・甲寅・癸丑……となる。この造は壬水は申に坐し(水の長生の地)また辰に逢う(水庫)。兩個の癸水再び來りて相助く。身強餘裕あり。用神は月干丙火の財に在り。丙火の祿は年支巳に在り、卯木また能く丙を生じて財源頭あり。用神と用神の母の安頓は、下文彼の遇害を斷ずるの關鍵なり。

此為前中央研究院院長楊杏佛先生之命。考其辰月壬申日。並得生地庫地。夫又癸水雙透。身強有餘。應用丙火之幾。而已為祿。卯為丙母。財有淵源。胥賴乎經。一代文豪。且為文官。固其宜也。蓋命局租靜。病樂停勻。身分超拔。若合符節。

これは前中央研究院院長楊杏佛先生の命造なり。彼の辰月壬申日を考察すれば、申は壬水の長生の地にして、辰は水の庫地なり。生地と庫地兼得す。天干にまた兩個の癸水ありて身強餘裕あり。故に當に月干丙火を取りて用と爲すべし(底本の「丙火之几」は文字訛あり)。丙火の祿は年支巳上に在り、時支卯木また丙火を生ずるの母親なり。財星淵源ありて孤ならず。——用神根あり、また母の來りて生ずるありて、力量始めて靠るべし。彼の一代の文豪と爲りてまた文職を出任する所以は、本來理の當然なり。この命局清靜にして、病と藥停匀し、身分超拔す。彼の實際の際遇と處處相合す。

四十一歲交辛運。辛來合丙。流年復逢癸酉。酉更沖卯。一片汪洋。用神盡拔。故不免為人狙擊。亦猶博流沙終。良可婉惜。

四十一歲辛運に交進す。辛は丙と相合して用神丙火を合住す。流年また癸酉に逢いて、酉再び往きて時支卯木を冲す。——卯は丙火の母にして、母冲され去れば、火便ち依附する所なし。滿盤水勢一片の汪洋にして、用神根を連ねて拔かる。故に人の狙擊に遭い身を亡ぼすを免れず。また流沙に陷身して終るがごとし(底本この句文字訛あり)。實に可惜なり。用神合せられ、用神の母冲せらる。兩重の打擊同時に降臨す。これは本書裡横禍を推斷するの最も典型なる一副の格局なり。

以前壬運癸亥年。亦滿盤是水。乃得康莊平坦。誠使人百思而不解。然進而思之。已亥雖沖。究輕於卯酉之沖。則益信用神之祿。沖去猶可。用神之母。萬不可沖,是又增我一番經驗矣。

再び從前の壬運癸亥年を想うに、あの年もまた滿盤皆水にして、彼卻って平安無事なりき。實に人をして百思解せざらしむ。然れども進みて想えば、癸亥年は巳と亥相冲して、冲するは丙火の祿なり。癸酉年は卯と酉相冲して、冲するは丙火の母なり。巳亥の冲は究竟卯酉の冲より輕し。——これに由りて更に信ずべし。用神の祿地冲され去るは還だ要なく、用神の母親萬々冲すべからず。これまた我に一番の經驗を增添す。作者兩個の同じく水旺の年份裡より生と死の別を分辨し出づるは、正に全書反復示範するの讀命方法なり。看るに動くは哪一處なるかを。

本埠張君命造

辛丑 辛丑 丁酉 丙午 四歲 庚子 十四 己亥 廿四 戊戌 三四 丁酉 四四 丙申 五四 乙未

年柱辛丑、月柱辛丑、日柱丁酉、時柱丙午、日主丁火は丑月に生まる。大運は四歳に起こり、順に庚子・己亥・戊戌・丁酉・丙申・乙未。年干辛は陰に属し、男命は逆排ゆえ、月柱辛丑より倒退して庚子・己亥・戊戌……となる。この造は兩個の辛金、一個の酉、兩個の丑にして金土群を成して財と爲る。丁火日主ただ時柱丙午の一劫一比倚靠すべきのみ。日支酉は既に財星にして、又恰も丁日の「文昌」貴人なり。術士是に因りて彼を斷じて必ず賢妻を得せんと爲す。作者卻って「財多病と爲る」より立論す。是全書の妻を論ずる最も透徹なる一段なり。

此為本埠張君之命。財重身輕。所妙時上一劫一比。雖嫌柔弱。還幸有根。幼時聞術者言。財多而強。且日支文昌貴人。定得賢美之妻。沾沾自喜。唯盼早賦燕詩。及至二十四歲。識同學某女士。由戀愛而成婚。女士品學兼優。初固伉儷甚篤。以為者之言驗矣。

これは本埠張君の命造なり。財重くして身輕し。妙は時柱に一個の劫財(丙)と一個の比肩(午中の丁火)あるに在り。日主雖も柔弱を嫌うも、還だ幸いに根あり。彼幼時術士の說くを聞く。財多くして身また強く、加うるに日支は「文昌」貴人なり(聰明文采を主るの吉神にして、丁日の文昌は酉に在り)。一定能く賢美の妻子を娶るべしと。彼是に因りて沾沾自喜して、ただ早日に成婚せんを盼す(「燕詩」は燕爾新婚を咏するを謂う)。二十四歳に到り、一位の同學某女士を認識し、戀愛に由りて結婚す。女士品學兼優にして、起初伉儷情深く、彼以爲う術士の話應驗せりと。

諜於庚午年。女忽弱於博弈。寢食俱廢。每晚輒至一百八十一號(海上唯一大賭窟。)作輪盤之賭。未滿一年。私蓄蕩然,無以自慰。乃由高樓跳下而墜死於非命。厥狀殊慘。客歲。張君又思欒膠繼續。惟慮復蹈覆轍。就決定餘

不料庚午年に到り、あの女子忽然賭博に沉溺し(底本の「弱於博弈」は「弱」當に「溺」とすべし)、寢を廢し食を忘れて、每晚皆一百八十一號に到りて——括弧內は作者自注、上海唯一の大賭窟——輪盤を賭す。一年に滿たずして私蓄蕩然として存せず。以て自ら解するなく、竟に高樓より跳下り墜死し、死狀極めて慘なり。去年張君また續弦せんと想い(「鸞膠」は續弦の典故にして底本は「栾膠」と作る)、ただ顧慮して重蹈覆轍せんことを恐れ、因りて來りて我に請決す。前面の所謂「文昌貴人は賢妻を得るを主る」の斷法は、ここに到りて事實に推翻せられ、下文則ち其の所以然を辨ず。

余曰。以財多為病財即妻星。烏足言內助賢美耶。惟戊戍土運。已成尾聲身運。即將蒞臨。此番續絃。當不致再如元配之結局。但欲介隨適意。亦斷定。

我曰く、この命は財多を以て病と爲り、而して財則ち妻星なり。妻星既に病神なれば、何ぞ內助賢美と談ずるに足らん。——術士ただ日支文昌に坐し財星旺なるを見て、然れど財のこの日主に對して喜か忌かを看ず。好く戊戌土運すでに尾聲に到り、身を幇くの運將に來臨せんとす。這一次の續弦は當に再び元配のごとき結局に至らざるべし。但し事事稱心如意と說かんと欲せば、また斷定し難し(底本この段文字訛脱あり)。

規普通談命者。以為財乃妻星。日支乃妻宮。財旺者。或日坐財星者和力。殊不知財多為病之命。妻宮美於何者。論妻之優劣。固以財為標準九須先觀財之得用與否。若命中以財為喜神。財雖薄弱。亦主得妻之力。正不必斤斤於多寡之間。以論其美惡也。

普通の命を談ずる人を看るに、以爲らく財則ち妻星、日支則ち妻宮なり。凡そ財旺なるか、あるいは日支財星に坐するは、皆妻の力を得るを主ると(底本の「和力」は「得力」とすべし)。殊不知財多を以て病と爲るの命は、妻宮また美は何に在らん。妻の優劣を論ずるに固より財を以て標準と爲すも、但し首先要くこの財の局中に於て用を得るや得ざるやを看る(底本の「九須」は「尤須」とすべし)。倘若命中財を以て喜神と爲せば、財雖も薄弱なるも、亦た妻の力を得るを主る。正に斤斤較較して財の多寡に於て、據りて妻子の好壞を論斷するを須いず。この一條は正に前の「妻財」の一章の「妻星と妻宮兩全其美し難し」の引申にして、亦た全書最も實用なる一句なり。一切十神の吉凶は、先ずそれが喜か忌かを問え。

天津李君命造

丙申 癸巳 癸亥 甲寅 九歲 甲午 十九 乙未 廿九 丙申 三九 丁酉 四九 戊戌 五九 己亥

年柱丙申、月柱癸巳、日柱癸亥、時柱甲寅、日主癸水は巳月に生まる。大運は九歳に起こり、順に甲午・乙未・丙申・丁酉・戊戌・己亥。年干丙は陽に属し、男命は順排ゆえ、月柱癸巳より順推して甲午・乙未・丙申……となる。この造は四個の地支恰も寅・申・巳・亥にして、本來兩兩相冲の「四生」の地なり。然るを位置安排當を得て、寅と亥相合し、巳と申相合して、冲反って化して合と成る。全局亂中に靜を見る。是下文議論の着眼處なり。

此天津人李君之命。君恆角逐於跑馬場中。嘗得香檳頭。獎平日博弈。亦勝多於負。其營業所得這薪酬。僅敷支出 。跑馬所盈者。用獲豐積。或羨其賭運享通。以餘視這。不過命局安頓。財星得用而已。

これは天津人李君の命造なり。彼常に跑馬場中に角逐し、かつて頭獎を中てり(「香檳頭」は跑馬彩票の頭彩)。平日賭博もまた勝多く負少なし。彼事を爲して得る所の薪酬僅かに開支に足る。跑馬の贏る所は卻って積んで豐厚なり。ある人は彼の賭運亨通を羨慕す。我に於て看れば、不過命局安頓當を得、財星恰好用を得たるのみ。所謂「得用」とは、財星のこの局裡に正に日主の需要する物にして、またそれを生ずるあり、それを擔ぐありて、白く擺する一個の字にあらざるを說く。

蓋癸日甲寅時。傷官得祿。丙年已月。偏財得祿。傷財相生而流通。美滿極矣。妙有亥月帝旺。癸水比肩。申金正印。協力扶身。乃致身主不弱。堪任其財。尤妙寅亥既相合。已申又相合。亂中見靜。若不流連於跑馬。而孜力實業。亦未始不要富似陶朱。財比猗頓。

癸水日干甲寅時に配す。甲木は癸水の傷官にして、寅正に甲木の祿地なり。傷官祿を得たり。丙火は年に在り巳火は月に在りて、丙は癸水の正財にして巳は丙火の祿地なり(底本は「偏財」と稱す。姑く照らして錄す)。財もまた祿を得たり。傷官は財を生じ、兩者相生して氣脈流通し、配置美滿極點に到れり。更に妙なるは日支亥は癸水の帝旺の地と爲り(底本の「亥月」は「亥日」とすべし)、月干癸水は比肩、年支申金は正印にして、幾樣合力身を扶く。日主是に因りて弱からず。この份の財を擔當し得たり。尤其妙は寅と亥相合し、巳と申相合して、本來四冲の地支反って亂中に靜を見るに在り。彼若し跑馬に流連せずして實業に致力せば、未だ嘗て陶朱公に比して富み、猗頓に比して財する能わざらず。

前運皆屬木火。宜其不勞多獲。後運丁酉。財印之鄉。亦能日進斗金。利源四溢。李君勉乎哉。按寅申已亥。本為四沖。因其地位處置適當。由沖而合。以餘經驗所得。此等四柱。不在少數。然再逢寅申已亥之一字。即為沖散全局。不以美論,聞李君在申運內。財雖無所盈虧。然家庭多故。殊苦精神之創痛焉。

從前行く所の運皆木火に属し、木は傷官にして火は財なり。彼の勞せずして多獲するも怪しむに足らず。往後の丁酉運は財と印の郷にして、亦た能く日進斗金・利源四溢せん。李君の好く自ら勉励せんを望む。以下は作者自注なり。寅・申・巳・亥は本來四冲の地にして、ただ位置安排當を得るがため、冲より轉じて合と成れり。我が經驗に據れば、這一類の四柱數少からず。但し大運流年再び一個の寅・申・巳・亥中の字を來せば、原有の合は冲散せられて、全局便ち以て美と論ずべからず。聞くに李君は申運の內に、錢財雖も盈虧なく、然れど家庭卻って變故多く、甚だ精神上也の創痛を受けたり。——正にまた一個の申來りて、巳申の合を冲散せし緣故なり。

張時甫命造

甲辰 丙子 辛丑 壬辰 三歲 丁丑 十三 戊寅 廿三 己卯 三三 庚辰 四三 辛巳 五三 壬午

年柱甲辰、月柱丙子、日柱辛丑、時柱壬辰、日主辛金は子月に生まる。大運は三歳に起こり、順に丁丑・戊寅・己卯・庚辰・辛巳・壬午。年干甲は陽に属し、男命は順排ゆえ、月柱丙子より順推して丁丑・戊寅・己卯……となる。この造は日干辛は月干丙と相合し、仲冬水旺の月に生まれて、丙辛合して水に化す。時干壬水元神また透し出でて坐實す。丑・辰兩塊の濕土はただ能く水を蓄えて水を剋する能わず。合して能く化し、化して破なし。是本書唯一認定する一個の真化氣格なり。

近世談命者。凡見日干與他干相合。動輒以化氣格論,不知假化則庸俗無奇。真化則談何容易。書云。化之真者。名公鉅卿。化之假者。異性孤兒。可見化之貴乎真也。

近來命を談ずる人、凡そ日干と旁邊の天干相合するを見れば、動もすれば「化氣格」に按じて論ず。彼らは知らず、假化の命は庸俗にして奇なく、真化の命は談何容易なるを。命書に曰く、「化の真なる者は名公巨卿。化の假なる者は異姓孤児」。見るべし化氣の格は一個の「真」字に貴ぶ。所謂真化は、必ず合化の成す所のあの一行恰好令に當り時を得、局中また元神透出して坐實し、還た一物の來りてそれを破るあらざるを須う。——三個の條件一つを缺けば、便ちただ假化のみ。前の杜月笙の一造は「乙庚化金」に以て立論せられて作者に駁回せられしは、則ち時上に午火を見て格を破せるがためなり。

上為宜陽縣政府張時甫先生命造。夫丙辛之事。時在嘉冬。可以化水。壬水元神透出。尤為純粹。丑辰皆溼土。不能克水。祇可蓄水。當不為病。是乃化格之真者。雖不必為名公鉅卿。要非池中物也。

上面は宜陽縣政府張時甫先生の命造なり。丙と辛相合し(底本の「丙辛之事」は「事」當に「合」とすべし)、時仲冬水旺の月に値う。故に能く化して水と成る。時干壬水この元神また透し出づ。尤其純粹なり。丑と辰皆濕土にして、ただ能く水を蓄えて水を剋する能わず。故に病と算せず。これ則ち化氣格中の真格なり。雖も未だ必ずしも名公巨卿と爲らずとも、總に池中の物にあらず。化氣格を判ずるの三步——化し得るや否や、元神有るや無しや、破壞有るや無しや——この造は一一具備す。以て標準の例子と作して讀むべし。

早年運都屬土鄉。一肩行李。兩視清風。三十三後,庚運之生不。辰運辛運之化水。飛騰上進,詎可限量。已運土金並藏。瑕瑜互見。壬運助格。尤見燦爛。午運被子水沖拔。夕陽在冊。為時不久矣。張君遙聞餘名。通函囑評其造,餘以其化格清純。殊不多見。前程當必大有可觀。故特志之。以視將來。

早年の運皆土郷に在り、土能く水を礙ぐ。故に行囊蕭然・兩袖清風なりき。三十三歲以後、庚運は水を生じ(底本の「生不」は「生水」とすべし)、辰運・辛運も皆水を助け水を化す。此れより飛騰上進して、前程限りを量るべからず。巳運裡は土と金同藏して、瑕瑜互見す。壬運は直接格局を幇助して、尤其燦爛たり。午運に到れば、午は月支子水に冲拔せられて格局損を受く。則ちこれ夕陽山に在りて、時を爲すこと久しからず。張君遠く我が名を聞き、書を寫して我に嘱して彼の命造を評せしむ。我彼の化格清純にして、實に少見なれば、前程必ず大いに觀るべき有るを以て、故に特地に記し下して、以て將來の驗證を待つ。

王姓婦の夫命造

壬寅 壬寅 辛未 己丑 六歲 癸卯 十六 甲辰 廿六 乙巳 三六 丙午 四六 丁未 五六 戊申 六六 己酉

年柱壬寅、月柱壬寅、日柱辛未、時柱己丑、日主辛金は寅月に生まる。大運は六歳に起こり、順に癸卯・甲辰・乙巳・丙午・丁未・戊申・己酉。年干壬は陽に属し、男命は順排ゆえ、月柱壬寅より順推して癸卯・甲辰・乙巳……となる。この造は兩個の壬水は辛金の氣を泄し、兩個の寅木また辛金の財なり。財多くして身弱し。救應ただ時干己土に在るのみ。——己土は能く水を納れまた能く金を生じ、還た未・丑兩支上に根あり。這一造は妻子丈夫の八字を持ちて來りて離婚を問う。作者の批語と勸解を并び記下す。

離婚之風日盛。夫婦之道乖。壬申初春。有王姓婦者。囑。評其無君命造倨謂溺情聲色。流連博弈。外宿多日。輒不一歸婦備受精神痛苦。擬與仳離。答卷曰。辛金雙見壬寅。又值春木萌動。財多峰弱,幸時上已土。納水生金。又得丑未之根。救弱主而任財。

離婚の風氣は一天盛んなること一天のごとく、夫婦の道是に因りて乖違す。壬申年初春、一位の王姓婦人ありて我に嘱して彼女の丈夫の命造を評せしめ(底本の「無君」は「夫君」とすべし)、說く、彼は聲色に沉溺し賭博に流連し、外に夜を過ごして多日歸らざること一度あり。彼女備えて精神上の痛苦を受け、彼と分居離異せんと打算すと。我批復して曰く、辛金日主兩度壬寅を見る。壬水は身を泄し、寅木は財と爲り、また正に春天木氣萌動に値いて是「財多身弱」なり(底本の「峰弱」は「身弱」とすべし。下同)。所幸時干に己土ありて、一面壬水を容納し、一面辛金を生扶し、また丑と未の兩支上に根を得て、能く弱主を救い起こし、この份の財を擔起す。

夫雖刵氣已動。節侯尚寒。土多均無暖氣。示中之丁。見奪於丑內之癸。寅中之丙。懾服於干頭之壬。八字尚欠精神。自然之理也。乙運乙已之沖。已土用神受損。宜其如無鞍之馬。無楫之舟。隨波逐流。從人徵逐而莫由自主,試頭號貴夫子是否念六負起。迷沉淫樂耶。婦曰。然。

不過雖も春氣すでに動くも、節候還だ寒し。局中土雖も多きも然れど暖氣なし。未中に藏する丁火は丑中の癸水に奪い去られ、寅中に藏する丙火また天干の壬水に懾服せらる。故に這八字終に一點の精神を欠く。這是自然の理なり(底本の「刵氣」「示中」皆訛字あり。當に「春氣」「未中」とすべし)。乙運裡は乙木は己土と相冲剋して、用神己土損を受く。彼の鞍子なき馬・槳なき船のごとく、波に隨い流に逐うて、別人に跟隨して追逐玩樂して自己の主を爲す能わざるも怪しむに足らず。我因りて試みに問う。您丈夫は二十六歲よりして始めて淫樂に沉迷せしや否や。婦人答えて曰く、正に然り。用神損を受くるの年即是行爲度を失うの年なり。これは作者の批語を驗證するの老辦法なり。

余曰。是庸何傷。三十一歲歲尾。達足已運。火來欣發熾昌康泰。是應發揚蹈歷。丕振家聲。認定正途。悔司前非。則賢伉儷和好如初。齊眉偕老。奚必一時不克妨耐乎。婦乃暢然意滿。興辭而退後果應驗余斷。婦又詢余。伊夫之後運如何。余曰。三十六歲以下。丙午丁三運尤佳。後來居上。快哉快哉。

我曰く、これ何の要緊かあらん。三十一歲年底に就中巳運に走足す。巳中丙火一來すれば、命局暖を得て煥發昌盛す。彼時彼自然發奮有爲にして、家聲を重振し、正路を認定して前非を悔悟せん。是を以て賢伉儷和好如初にして、眉に齊くし偕老せん。何ぞ必ずしも一時の忍耐能わざるがために斷送せんや(底本の「不克妨耐」は「不克忍耐」とすべし)。婦人ここに至りて心滿意足して、告辭して去り、後來果たして我が判斷に應驗せり。彼女また我に問う、丈夫以後の運如何。我曰く、三十六歲以下丙・午・丁の三運尤其好く、後來居上して痛快なること甚だし。這一則は韋氏の命を批するに兼ねて勸諭を作すを見るべし。肯んじてただ吉凶を斷ずるを顧みて人家の家庭を管せざるにあらざるなり。

蔣邦彥命造

庚辰 己卯 壬寅 辛丑 八歲 庚辰 十八 辛巳 廿八 壬午 三八 癸未 四八 甲申 五八 乙酉 六八 丙戌

年柱庚辰、月柱己卯、日柱壬寅、時柱辛丑、日主壬水は卯月に生まる。大運は八歳に起こり、順に庚辰・辛巳・壬午・癸未・甲申・乙酉・丙戌。年干庚は陽に属し、男命は順排ゆえ、月柱己卯より順推して庚辰・辛巳・壬午……となる。この造は地支寅・卯・辰會して東方木局を成し、木多くして水縮む。天干己・庚・辛・壬順連し、地支丑・寅・卯・辰順連して、金水木一氣聯珠す。用神は庚金に在り。水を生じてまた能く木を制す。是全局の樞紐にして、また彼の後來甲運に死するの原因なり。

此蔣邦彥先生命也。蔣君幼年窮困。劬學無遺。黌舍蜚聲。早登鄉榜。壬運入仁版。歷膺浙江財政廳長。溫州關監督命使命。甲了年後。隨張宗昌服官魯垣。執掌財權極點資數百肆。參賽宗昌人敗。同避日本。戊辰年甲子月。被宗昌遣人潛殺於寓邸。

これは蔣邦彥先生の命造なり。蔣君幼年窮困にして、苦學輟まず、學校中に甚だ聲名ありて、早年に就中舉人に考中せり。壬運裡仕途に進入し(底本の「入仁版」は「入仕版」とすべし)、歷任浙江財政廳長・溫州關監督等の職たり(この句底本文字衍訛あり)。甲子年後張宗昌に隨いて山東に官を爲し、財權を掌握し、數百萬を積資せり(この句底本また訛字あり)。後來張宗昌兵敗れて、彼一同に日本に避往せり。戊辰年甲子月、張宗昌の人を派して寓所に潛入せしめ殺害せられり。以下則ち逐層に這一生の起落の何を以て盡く八字の中に在るを解釋す。

夫壬日春生,寅卯辰會起木局。木多水縮為患。自取庚金為用。賴基生水制木也。以言格局。乃傷官司用印耳。春金廢而無力。萬不可逢火。幸不見財星。印無傷害。天干已庚辛壬。地支丑寅兒子辰。金水木聯珠一氣。精神飽滿。皆為貴徵。顯赫一時。固所宜焉。

壬水は春天に生まれ、地支寅・卯・辰會して木局を成し、木多くして水吸い乾され。これ禍患の所在なり。自然要く年干庚金を取りて用神と爲し、それに賴りて一面水を生じ、一面木を制す(底本の「賴基」は「賴其」とすべし)。格局に就て言えば、これを「傷官用印」と叫ぶ。——木は壬水の傷官にして、庚金は壬水の印綬なり。印を用ゐて傷を制す。春天の金は「廢」の地に處して力なく、故に萬々火に遇うべからず(火は金を剋すれば則ち用神傷を受く)。所幸局中に財星(火)を見ず、印綬就中傷害を受けず。天干己・庚・辛・壬相連なり、地支丑・寅・卯・辰相連なりて(底本の「兒子」二字は衍訛と爲す)、金水木聯珠一氣にして精神飽滿す。皆貴顯の徵象にして、顯赫一時たりしは本來應當なり。

壬運比肩幫峰。故為發軔之始,以後僅千運稍遜。癸未運壞惡。甲運敵庚。戊辰年本為七殺助印。乃懾於運君甲亡之可能。雖幸而越過。至甲子月。終於殺身慘斃。可見命有前定。不可挽也。

壬運は比肩身を幇く。故に彼の起步發跡の始と成る(底本の「幇峰」は「幇身」とすべし)。以後ただ午運のみ稍や差あり(底本の「僅千運」は「僅午運」とすべし。午は火地にして庚金用神を剋傷す)。癸未運好からず。甲運裡は甲木は庚金と相敵して用神制を受く。戊辰のあの年、戊土本來壬水の七殺にして、殺は能く印を生ず。理を照らせば好なるべし。無奈甲木の庚を剋するの凶險に畏れ(底本この句文字訛脱あり)、雖も僥倖に大半年を熬え過ぎるを得たりしも、甲子月に到りて終に遇害し慘死せり。見るべし命に前定ありて挽回する法なし。用神制せらるるの運、剋せらるるの月即是死期なり。前の楊杏佛の一造と正に同一條の理路なり。

黃玉麟命造

丁未 丙午 癸巳 戊午 三歲 乙巳 十三 甲辰 廿三 癸卯 三三 壬寅 四三 辛丑 五三 庚子

年柱丁未、月柱丙午、日柱癸巳、時柱戊午、日主癸水は午月に生まる。大運は三歳に起こり、順に乙巳・甲辰・癸卯・壬寅・辛丑・庚子。年干丁は陰に属し、男命は逆排ゆえ、月柱丙午より倒退して乙巳・甲辰・癸卯……となる。この造は日干癸は時干戊と相合し、午月火旺の時に生まれ、局中また丙・丁・巳・午・未の一片の火あり。戊癸合して火に化し、條件齊備す。是張時甫の一造に繼ぐまた一個の真化格にして、亦た全書の最後の一造なり。

黃玉麟先生。皮簧聞於時。藝名綠牡丹。亦擅書畫。瀟灑儒雅。誠為利梨圓雋品。前以功君之介。囑評其命。余曰。戊癸相合。既見丙丁。又得已午未。而當榴火舒紅。槐艿結綠之侯。乃純粹經火之格。宜其慧質天生。學無不精。豈平常優孟。可望其項背哉。

黃玉麟先生は京劇(皮黃)を以て名一時に重く、藝名綠牡丹と曰い、また書畫に擅長して瀟灑儒雅たり。確かに梨園中の雋品なり(底本の「利梨圓」は「梨園」とすべし)。先頃功君の介紹を經て、我に嘱して彼の命を評せしむ。我曰く、戊と癸相合し、局中既に丙・丁の火を見、また巳・午・未南方一片の火地を得て、正に石榴花紅・槐樹結綠の時節に當る。これ是純粹の化火の格なり(底本の「經火」は「化火」とすべし)。彼の天生慧質にして何を學ぶも皆精なるも怪しむに足らず。尋常の伶人(「優孟」は春秋時の名優にして後に伶人の代稱と爲る)は、何ぞ彼の項背を望見せんや。

一生行運。應卯寅辛三部。最為醇美。惜少土運。否則土之洩秀尤為出色當行。辰丑為溼土。中含癸水。有悖於格。瑕瑜互見而已。或詢余何方為宜。余曰。既化火成格。自莫妙於南國。黃君貪首者再。據謂曩歲鬻藝雲南。賣座最甚。座價漲至八元有廳。勢將媲美梅博士之歐遊。足可豪矣。然得地利之宜。亦與有功焉。

彼一生の行運は、卯・寅・辛の三步を以て最も醇美と爲す(木は火を生じて格を助け、辛金は則ち火に煉せらる)。可惜土運を缺く。否れば土能く火の秀氣を泄化して、尤其出色當行ならん。辰と丑に至りては皆濕土にして、その中癸水を含み、化火の格と相違背す。ただ瑕瑜互見と說くのみ。ある人我に問う、彼何方に宜しいや。我曰く、既然火に化して格を成せば、自然南方に妙なるは莫し。黃君再三點頭し(底本の「貪首」は「頷首」とすべし)、說く、從前雲南に到りて藝を賣り、賣座最も盛んにして票價八元有零に漲り、氣勢將に梅蘭芳博士の歐洲の行に比するに足らんとす。亦た自ら豪るに足る。見るべしあの次の成功は、地利の宜を得るもまた一份の功勞あり。この一造は「命・運・方位」の三者合看を以て結と爲り、正に前の某軍人の南方に往きて求助する一則と相印證すべし。

盧棠(鄔志豪・程霖生を附す)

戊辰 己未 丁巳 丙午 四歲 庚申 十四 辛酉 廿四 壬戌 三四 癸亥 四四 甲子 五四 乙丑

これは盧棠の八字なり。左邊一列上より下に至るは「四柱」なり。年柱戊辰、月柱己未、日柱丁巳、時柱丙午。日柱の天干「丁」は「日主」と稱して、全局命を論ずるの主人翁にして、その餘七個の字皆それを圍繞して生剋を論ず。右邊一列は「大運」にして、即ち人生每十年更換するの運程なり。前面の數字は交進這步運の虛歲なり。四歲に庚申に交り、十四歲に辛酉に交り、廿四歲に壬戌に交り、三四歲に癸亥に交り、四四歲に甲子に交り、五四歲に乙丑に交る。這六步の運は月柱己未より起こり、六十甲子の次序を照らして往下に順數して排成せられ、之を「大運順行」と叫ぶ。底本原表ただ五十四歲の乙丑に排るのみ。再往して下一步は便ち六十四歲の丙寅なり。下文韋千里の言う所の「丙運」は丙寅運の前五年を指し、「寅運」は後五年を指す。表を讀む時須く這一層を補足すべし。

人事滄桑。升沉無定。際茲景氣。富者貧。貧者困。世途尤險。比來海上經濟凋枯。地產衰落。市況蕭瑟。令人惴愉,尤以盧棠,鄔志豪。程霖生。三公慘遭失敗。更不勝今昔之概。余嘗得視渠等之命焉。盧命排列如上。炎上而戊已吐秀。精時果干。逢百庸凡僮輩。近走丙運。運屬助格,不應挫跌。殆以壬申癸酉年之克火。甲戍年之損傷戊土。乙廖年之克已沖己。運年不利。有所致歟。六十九歲後。行入寅運。歲運並美。或得東山再起。

人世滄桑として、升降沈浮一定なし。眼下のごとき蕭條の局面に碰上れば、原本富めるは轉じて貧となり、原本窮するは更に困す。世路格外に凶險なり。近來上海經濟枯竭し、地產跌價し、市面冷落にして、人をして心中惴惴不安たらしむ。その中尤以盧棠・鄔志豪・程霖生の三位慘遭失敗して、更に人をして今昔懸殊の感慨を生出さしむ。這幾位の八字は我皆看たり。盧棠の四柱は就中上面に排せり。日主丁火は未月に生まれ、地支巳・午・未の三字會して南方火局を成し、時干また丙火を透して、滿盤火勢燎原にして、「炎上格」に属す。——即ち火一氣獨り旺にして、旺して違逆すべからざるに到り、ただその勢に順うのみにして再び水を取りて剋制する能わざるの專旺格局なり。天干の戊・己兩土は火の生ずる所の食神と傷官にして、過盛の火氣を勢に順いて泄出す。命理上は之を「吐秀」と叫んで、聰明外露・才華顯達の象徵なり。(底本の「精時果干。逢百庸凡僮輩」は數字訛誤あり。大意はこの造の氣象精純果決にして、遠く尋常の庸碌の輩の比にあらずを說く。)彼近年正に丙運を走る。丙火は炎上格と同氣にして、本來格局を幇扶するの好運に属し、理を照らせば跟頭を栽うべからず。失敗する所以は大概壬申(一九三二)・癸酉(一九三三)の兩年壬癸水來りて火を剋し、甲戌(一九三四)年は甲木年干戊土を剋傷し、乙亥(一九三五)年は乙木己土を剋し亥水日支巳火を冲して、運雖も好なるも「流年」接連して梗を作すに因る所致なり。六十九歲以後寅運に走入る。寅木は火を生じて、炎上格と相得して益彰し、大運流年雙雙轉じて美となれば、あるいは還だ能く東山再起せん。

鄔命為甲申丙寅甲申壬申。建祿沖破,用丙火食神以制殺,固是長袖善舞之輩。且以出水梟神為病。刻在幸運。絆合丙火。歲逢乙亥。亥為壬祿,更如助紂為虐。遭際之一蹶不振宜矣。或謂未運殊佳。然壬運又險。縱能復興。亦不過野花一現而已。

鄔志豪の八字は甲申・丙寅・甲申・壬申なり。甲木日主は寅月に生まれ、寅正に甲木の「祿」地にして(祿は即ち日主の地支中に於て權に當り位を得るの處)、本該「建祿格」を成すべきも、無奈局中三個の申金一齊に寅を冲して、祿冲破せられ、根基先ず自ら動摇す。所幸月干丙火食神を透して、以て申中庚金七殺を制伏すべく、故に彼本來長袖善舞・交際周旋に善きの人物なり。可惜時干また壬水偏印を透す。——偏印別名「梟神」にして、專ら食神の食を奪うを會す。這就命中の病根と成れり。他此刻正に辛運を行く。辛は丙と天干五合を作して、用神丙火を絆住して施展する能わしめず。流年また乙亥に逢う。亥は壬水の祿地にして、梟神に力を添うるに等し。真に助紂爲虐と謂うべく、一蹶不振に遭遇するも亦た理の當然なり。ある人言う、彼の後面の未運甚だ好しと。然れども未運以後の壬運また險なり。縱令一度復興するも、不過野花一現にして、開くこと久しからざるのみ。

程命為丙戍癸已乙亥癸未。初視這。身財兩停。細侒之。立夏以後。已戍未丙。中南火土進氣。水木無根。遠不敵火土。應以身弱論。行運都屬克身。故雖飽享蔭福。歷來劫耗可觀。及至戍益為不支。厥後戍已兩運。財理身輕。仍難樂觀。際茲年屆大衍。詩云,明哲保身,程君正可如孔子之知命。而永自韜養矣。

程霖生の八字は丙戌・癸巳・乙亥・癸未なり。乍看の下、日主と財星兩邊勢均力敵するがごとし。細かに按ずれば卻って然らず。乙木日主は立夏以後に生まれ、火土令に當り、局中巳・戌・未に再び年干丙火を加えて、中方の土と南方の火一路進氣して、而して水木皆根基なく、遠く火土の聲勢に抵うる能わず。ただ「身弱」を作して論ずべし。彼一路行く所の運また全く日主を剋伐するの運なり。故に雖も飽くまで祖上の蔭庇の福を享くるも、歷來の破財耗損もまた十分に觀るべきあり。戌運に到りて更加支撑する能わず。此の後戌・己兩步の運仍ほ財重身輕にして、依然樂觀し難し。如今彼年近五十にして——古人《周易・繫辭》の「大衍之數五十」に依りて五十歲を「大衍」と稱す——《詩經・大雅・烝民》に「既に明らかに且つ哲なり、以てその身を保つ」の句あり。程君正に孔子の天命を知るに效法して、此れより長く收斂自守するを當にすべし。

綁匪(前軍官)

辛卯 庚寅 辛巳 戊子 七歲 己丑 十七 戊子 廿七 丁亥 三七 丙戌 四七 乙酉 五七 甲申

乾造(男命):年柱辛卯、月柱庚寅、日柱辛巳、時柱戊子、日主は辛金なり。大運は七歳に己丑に起こり、その後十七歳戊子、廿七歳丁亥、三七歳丙戌、四七歳乙酉、五七歳甲申。這一列は月柱庚寅より倒して上に六十甲子を數へて排成せられ、之を「大運逆行」と叫ぶ。前一造の順行と正に相反す。順逆は年干の陰陽と男女の性別に由りて決す。陽年生まれの男命・陰年生まれの女命は順排、陰年生まれの男命・陽年生まれの女命は逆排なり。この造は年干辛は陰に属し、また男命なれば、故に逆排す。また每步の大運は十年を管し、前五年は偏に天干を重くし、後五年は偏に地支を重くす。下文の言う所の「亥運」は即ち丁亥運の後五年(三十二より三十七歳)、「丙運」は即ち丙戌運の前五年(三十七より四十二歳)なり。

此造前當軍官。地運走至亥字。流為綁匪。戊辰冬令。奉判徒刑十三年。現尚繫獄。囹圄生溽。殊形艱因。餘視其命。無甚破敗。殊覺百思不解。客窗無俚。重溫滴天髓。見有載天履地人為貴。順則吉佤凶由悖二語。始恍然大司。蓋此命年柱辛金克卯木。月柱庚金克寅木。時柱戊土克子水。日柱已火克辛金。干支覆載。悖逆刺謬。雖幫身眾多。而財食無能為力。所賴已火制金。身強用官。運至亥水。適沖已火。固宜墮落入格。甘為盜踏丙運戊辰年。土重如崩。縲線羈身。前程斷送。夫又何疑耶。

この人は從前軍官を當てたるも、行運走りて地支の「亥」字に到る時竟に綁匪と淪為せり。戊辰年(一九二八)の冬に徒刑十三年を判處せられ、如今尚ほ獄中に在りて、牢獄生活極めて艱苦なり。我彼の八字を看るに並びに何の大きなる破敗の處もなし。實に百思して解を得ざるなり。後に旅舍に客居して無聊の際、重ねて《滴天髓》を溫習し、「天を戴き地を履めば人は貴と為り、順なれば則ち吉、凶なれば則ち悖る」の兩句を見て、始めて恍然として大悟せり。原來この命は年柱辛金は卯木を剋し、月柱庚金は寅木を剋し、時柱戊土は子水を剋し、日柱巳火は辛金を剋す。——每一柱皆天干は地支を壓剋し、地支は天干を承載するに足らず。四柱通盤悖逆乖謬にして、毫も一處の流通生化なし。雖も日主を幇扶するの金土多くして身弱と為らざるも、然れど錢財を代表するの寅卯の木と才藝口福を代表するの子水食傷とは、全く皆剋されて能く為す無力なり。全局の倚仗し得る所は、ただ日支巳中の丙火の衆金を制住するのみ。これを「身強用官」と叫ぶ。——日主強旺の時は、自己を剋制する官星を取りて「用神」と作す。用神は則ち一個の八字裡最も喫緊にして最も能く命を救うのあの字なり。運走りて亥水に到り、正好巳火の用神を冲掉す。彼の邪途に墮落し甘心して盜と為るも怪しむに足らず。丙運に踏み入るの戊辰のあの年は、年干戊・年支辰は時干戊土と疊加して、土重きことほとんど一切を壓塌せんとす(金は土に埋められ、巳火の氣また盡く土に泄す)。是を以て繩索身に加わり、前程斷送せらる。——これまた何の疑うべきかあらん。

橫財女命(丁未の一造を附す)

丁亥 壬子 壬午 庚子 八歲 癸丑 十八 甲寅 廿八 乙卯 三八 丙辰 四八 丁巳 五八 戊午

坤造(女命):年柱丁亥、月柱壬子、日柱壬午、時柱庚子、日主は壬水なり。大運は八歳に癸丑に起こり、その後十八歳甲寅、廿八歳乙卯、三八歳丙辰、四八歳丁巳、五八歳戊午。月柱壬子より順數して下り、「大運順行」に属す。——年干丁は陰に属し、陰年女命は順排なるが故なり。這一列の運は甲寅以下一路東方の木・南方の火にして、恰好原局の北方水寒の偏を補救す。下文の論ずる吉凶全くここより着眼す。

客有述發橫財事者,流俗心理,娓娓動聽。餘因意及二命焉。一即上列女命。壬水得祿旺於亥了。亦且水歸冬旺。身主強健。丁午兩財。即衰弱夫根。又受沖受合。乃不烊富有之人。然行運多木火。東南之暖。足以濟命局西北之寒。故處境袷旭,夫子並棕。尤以丙寅年。木火根深。財旺碠於極點固於秋。獅得上海跑馬香檳頭獎。

ある客人橫財を發するの事を講起し、正に世俗心理に合して、說くこと娓娓として聽き動かす。我因りて兩個の命造を想到す。一個は則ち上面のこの女命なり。壬水日主は年支亥に「祿」を得、月支子に「旺」を得、しかも子月に生まれて、水は冬令に歸り權に當る。日主非常に强健なり。年干丁火と日支午火は全局僅かなる兩點の財星にして、即是夫星(官殺)の根源なり。——女命は官殺を以て夫と為し、財は能く官を生ず。故に「夫根」と稱す。——偏に午火は兩個の子水に冲され、丁火また壬水に合住せられて、既に冲を受けまた合を受く。本來容易に發財するの命にあらず(底本の「乃不烊富有之人」の一句訛字あり)。所幸彼女の行く運多く木火にして、東南方の暖氣足りて原局西北方の寒氣を救濟す。故に處境反って順遂にして、丈夫と兒女皆榮顯を得たり。尤其丙寅のあの年は寅木は丙火を生じて木火根深く、財星旺極點に到る。是を以て秋天に上海跑馬場の香檳票の頭獎を中てたり。

現又有一命。為丁示癸卯癸亥乙卯。或媚其旺食生財。必富無疑餘獨謂癸水不任眾木。求富大難。抑或因富致禍。非金水歲運。弱主得助。方可積玉堆金。其人極信餘言。蓋渠於丑運丁卯年。曾中萬國儲蓄會頭獎。終以木火太旺。財多身弱,富非應得。既遭順祿。又臥病二載。所得不償所失。直至二十三負交庚運。始見順利。癸酉年又是金水幫峰。是以十謀九成。且於冬季。得中航空獎券之分條頭獎。今已小康雖仍依人作嫁。然時作公債投機。動獲巨利。精神愉快。遠勝於一般大資本家雲。

また一個の命造あり。丁未・癸卯・癸亥・乙卯なり。ある人言う、彼は食神旺にして財を生ぜば、必定大富疑なしと。我卻って獨り異議を持し、以爲らく癸水日主は滿局の衆多の木を擔起し得ず——木は癸水の生ずる所の食傷にして、食傷再生じて火と為りて財と為す。看るに財路通達するがごときも、實は則ち日主太だ弱くして、這份の財を擔動せず。富を求むること太だ難く、好からざれば還た財に因りて禍を招かん。金水的流年大運に走り到り、衰弱の日主を扶し起こすを得て非ざれば、金を堆し玉を積むべからず。此人極めて我が話を信す。原來彼は丑運の丁卯年にかつて萬國儲蓄會の頭獎を中てたるも、終に木火太旺・財多身弱にして、這份の富貴は自己命裡の當に得べきにあらざるがため、既に一場の橫逆の禍に遭い(底本の「既遭順祿」四字訛あり)、また臥病兩年せり。得る所は失う所に抵らず。二十三歳庚運に交進するに至りて、始めて順利を見る。癸酉年また金水身を幇くの年なれば、因りて十件の事九件を成す能く、しかもあの年の冬に航空獎券の分條頭獎を中てたり。如今已に小康と算す。雖も仍ほ人に替わりて事を為すも、但し時時公債投機を為して、動すれば輒ち獲利甚だ巨なり。精神上の愉快は遠く一般の大資本家に勝る。

石軍長二姝(庚戌坤造)

庚戌 甲申 己酉 辛未 二歲 癸未 十二 壬午 廿二 辛巳 三二 庚辰 四二 己卯 五二 戊寅

坤造(女命):年柱庚戌、月柱甲申、日柱己酉、時柱辛未、日主は己土なり。大運は二歳に癸未に起こり、その後十二歳壬午、廿二歳辛巳、三二歳庚辰、四二歳己卯、五二歳戊寅。月柱甲申より往上倒數して排成せられ、「大運逆行」に属す。——年干庚は陽に属し、陽年女命は逆排なり。這張の表を看るに須く先ず月支申金を認準すべし。己土は申月に生まれ、秋金令に當り、土の元氣皆金に泄し走らる。これ正に下文彼女を斷じて「秀氣盡發」して根基單薄なるの關鍵なり。

石軍長戀有二姝。俗納其一。以充俾室。不識二人之命。孰為優美。就決於餘。余曰。庚戍之造。秋土薄弱。受重金洩。秀氣盡發,當有傾國傾城之姿。惟甲木官星死絕。乃非命發之格。或恐不安於室。或恐早賦孤鵠。良可畏也。

石軍長同時に兩位の女子を戀して、その中の一位を納れて側室と作さんと打算し、然れど兩人の命哪個か好なるを知らず。便ち來りて我に決斷を請う。我曰く、庚戌の這一造は、己土は秋天に生まれて本就單薄にして、また申・酉の重金に氣を泄され、一身の元氣盡く化して秀色外發と為る。故に必ず傾國傾城の容貌あらん。ただ月干甲木は彼女の正官にして、即是夫星なり。而して甲木は申中に「絕」の地に處し、酉中に「胎」の地に處す。官星死絕して根なし。这就誥命夫人と為る能くの格局にあらず。恐らく彼女あるいは閨門を守る能わざるか、あるいは早年就中孤身寡を守らん。實に畏るべし。

另一女命。乃癸丑癸亥丙申已丑。雖傷官見官。幸初冬水旺。又有申金之財。洩土生水。官星有力矣。身主固弱,宜用亥中甲木偏伅。以之合傷幫峰。姿色雖不逮前命豔麗。然兩相評較。彼則艱寒卑薄。此乃愜心貴當。石軍長雖韙佟產。但終迷戀美色。卒娶庚戍秀豔之命。未閱半載。女果席捲遠揚。石軍長悔而無及。追從餘囑之言。再覓癸丑之造。兾聯舊歡,詎料若女已嬪某君。安作商人婦矣。

另一位の女命は癸丑・癸亥・丙申・己丑なり。丙火日主にして、時干己土是傷官、年月兩個の癸水是正官なり。本來「傷官見官」の忌諱を犯す。幸いに初冬水旺の時に生まれ、また日支申金財星あり。財は能く傷官の土を泄し、轉じて官星の水を生ず。官星是に因りて力ありて傷を受けず。她日主本身偏に弱し。宜しく日支亥中に藏する甲木「偏印」を取りて用と為すべし。——偏印は我を生ずるの星にして、一つに來りて時干己土傷官を合住し(甲己相合)、二つに木は火を生じて日主を幇扶す。一擧兩得なり。彼女の姿色雖も前一造の艷麗に比ぶるに及ばざるも、但し兩下比較すれば、前者は格局寒薄艱窘にして、這一造は卻って稱心當を得たり。石軍長雖も我が話の理あるを認むるも、終に美色の誘惑に抵えず、最後は還だ庚戌のあの秀艷の命を娶えり。半年に滿たずして、あの女子果たして財物を卷走して遠く走高飛せり。石軍長悔いるも及ばず、我が當日の囑咐を追想し、再び往きて癸丑のあの一造を尋訪して、重ねて舊歡を續けんを指望す。不料あの位の女子は早已某君に嫁し、安安穩穩として商人婦を做起せり。

舞女陳佩珍

壬寅 壬子 丁亥 癸卯 八歲 辛亥 十八 庚戌 廿八 己酉 三八 戊申 四八 丁未 五八 丙午

坤造(女命):年柱壬寅、月柱壬子、日柱丁亥、時柱癸卯、日主は丁火なり。大運は八歳に辛亥に起こり、その後十八歳庚戌、廿八歳己酉、三八歳戊申、四八歳丁未、五八歳丙午。月柱壬子より逆數して成り、「大運逆行」に属す。——年干壬は陽に属し、陽年女命は逆排なり。這張の表を讀むに一點を盯住せよ。日主はただ丁火の一點のみにして、而して年月兩干壬水・時干癸水、加うるに月支子・日支亥。水勢滿盤なり。女命は我を剋する官殺を以て夫星と為す。此造水は即ち夫星なり。故に下文の論ずる所全く「夫星太多」の四字上に在り。

此乃舞女陳佩珍之命。正式遣逮嫁。傅已五次,刻聞徵逐舞場。氨無所歸。仍度其摟抱生涯。夫一丁被眾水圍,明暗夫星。薈萃重疊。滿盤爭妒之象。是宜蛾眉螓首。蛇物蠍心。招展一般狂蜂浪蝶。如螻蟻之附羶也。

これは舞女陳佩珍の命なり。彼女正式に出嫁せしことすでに五次あり(底本この句訛字あり)、如今聞くに仍ほ舞場裡に周旋して、終に歸宿する處なく、還だ色を以て人に事うるの生涯を過ごす。彼女の八字を看れば、孤零零たる一點の丁火衆水に包圍せられ、天干上に明擺する壬・癸、地支裡に暗藏する亥中の壬水・子中の癸水。明夫星暗夫星層層疊疊一處に匯聚して、滿盤皆爭奪妒合の象なり。彼女の生まれて蛾眉螓首・容貌出衆なるも怪しむに足らず。然れど心腸は蛇蠍に似たり。一班の狂蜂浪蝶を招引して圍繞して去らず、螞蟻の膻味に附着するがごとし。

現行酉運。生水有源。汪洋氾濫。恐仍意馬心猿。得隴望蜀。生張熟魏。送往迎來而已。三十八歲換入戊運。堤岸功成。方有樂觀。或不致浮沈花鏡。得能從一而終。猶足為門楣嬪婦。否則。四十三歲後。申運助起水浪。是又不堪收拾矣。按官殺並見之女命。得良善結果甚多。蓋其去留清楚。或制化得宜而已。若此命之五行少土。官殺不得其制。兩壬妒合一丁。癸水又來相爭。兼以亥中子中。互藏壬癸紛亂無以復加。不致夫星之二三其德星。蓋幾希焉。

彼女現在酉運を行く。酉金は水を生じて、滿盤の水に源頭を添うるに等し。愈々汪洋泛濫す。恐らく仍ほ心猿意馬・隴を得て蜀を望み、張三李四送往迎來するのみ。三十八歳に到りて戊運に換進せば、戊土は能く堤を築き水を防ぎ、局面始めて樂觀すべく、あるいは長く風塵に浮沉せざるに至らん。若し能く一より從い終れば、還だ正經の人家の媳婦と為るに够んずるを得たり。否れば、四十三歳以後申運を走る。申金また水浪を助け起こせば、則ち更に收抬すべからざらん。附帶說明す。女命官殺並見(正官と七殺同時に出現す)して結局良善なるは實に多し。關鍵は去留分別明なるに在り。あるいは官を去り殺を留め、あるいは殺を去り官を留め、あるいは食傷の之を制するあり、印綬の之を化するあり。處置當を得れば便ち妨げなし。この命のごときは、五行獨り土を缺き、官殺物の制伏するなし。兩個の壬水一個の丁火を爭合し(丁壬相合)、癸水また來りて一手を插して相爭う。加うるに亥中・子中彼此暗藏する壬癸あり。紛亂以て復加する無きに至る。《詩經・衛風・氓》に曰く「二三その德」と。このごとき命は夫星に三心二意ならざるを指望せんと欲すれば、機會實に太少なり。

梅君(江西文學家・地支純午)

壬午 丙午 甲午 庚午 五歲 丁未 十五 戊申 廿五 己酉 三五 庚戌 四五 辛亥 五五 壬子

乾造(男命):年柱壬午、月柱丙午、日柱甲午、時柱庚午、日主は甲木なり。四個の地支全く午にして、天干壬・丙・甲・庚また全く陽に属す。是命書所謂「地支一氣」兼ねて「八字純陽」の奇格なり。大運は五歳に丁未に起こり、その後十五歳戊申、廿五歳己酉、三五歳庚戌、四五歳辛亥、五五歳壬子。月柱丙午より順數して排成せられ、「大運順行」に属す。——年干壬は陽に属し、陽年男命は順排なり。表を看る時須く注意すべし。午は甲木の「死」の地にしてまた丙火の「帝旺」の地なり。四午疊見して、木は火に燒き精光にせらる。これ則ち全局の病根なり。

或謂地支一氣。類多貴格。然亦不可盡信。如上列之造。為江西文學家梅君命也。純支純午。卻屬一世清貧。蓋火熾木楚。壬水制不住。庚金任不住。勢大造為我敵。勢小騅為我用。宜其相如壁立。季子囊空。送窮有文。點金乏術。惟八字純陽。勁節高標。孤芬自賞。固是書生本色。早年聞術家言。辛運合丙。絆住旺神。應見飛黃騰達。詎料行入辛運。丁卯年忽得瘋癱之症。貧而且病。良以辛運本不為劣。歲逢丁字。又克沖午。滴天髓所謂旺者沖衰衰者拔。衰者沖旺旺者發,為禍之烈。不可收拾矣,

ある人言う、地支一氣の八字は大多貴格なりと。其實もまた全く信ずべからず。就中上面の這一造のごときは江西文學家梅君の命なり。四支純午にして、卻って一輩子清貧なり。原因は火太だ熾烈にして木燒焦せられ、年干壬水は這團の旺火を制する能わず、時干庚金もまた這份の重任を擔當し起こす能わず。——火勢大なる時は彼らは我の對手を為す能わず、火勢小なる時は彼らまた場に派して我の用神と作すに用を得ず。彼の司馬相如のごとく家徒四壁し、蘇秦(季子)のごとく囊空如洗なるも怪しむに足らず。韓愈《送窮文》一般の文章ありて、然れど石を點じて金と成すの本事なし。所幸八字純陽にして、人と為る氣節剛勁・格調孤高・自らその芬芳を賞す。これ正に讀書人の本色なり。早年彼術士の說くを聞く。辛運は年月の丙火と相合して、能く旺神を絆住す。當に飛黃騰達すべしと。誰か知らん辛運に走り入るの丁卯年に、忽然瘋癱の症を得、また貧にしてまた病めり。これは辛運本身並びに壞と算せざるも、壞は流年丁に逢うに在り。丁火既に辛金を剋し、卯木また午火を冲動す。——《滴天髓》所謂「旺者は衰を冲すれば衰者拔かれ、衰者は旺を冲すれば旺者發す」。衰弱の辛金往きて旺極の午火を冲せば、反って旺火を激發せしめ起こす。禍と為るの烈、就中收抬すべからざるなり。

又友人胡君八字,為庚寅戊寅甲寅。地支純寅。但殺重制輕。殊為缺憾。供職堸政部。運至已火。化殺功深。由主事而升次長。迨及壬運。黨殺之故。一落壬丈。午運雖亦化殺。終以壬水盡頭。屢起無成。近年來愈趨窮困。竊恐其甲申運。更有屋漏又遭連夜雨之苦也。

還た一位の朋友胡君の八字あり。庚寅・戊寅・甲寅——底本ここにただ三柱を列出して一柱を脱漏せり。今敢えて臆して補わず。讀者其の地支純寅なるを知れば可なり。甲木日主は寅字に坐滿して、看るに身強のごとし。無奈年干庚金七殺太重にして、而して局中殺を制するの物太だ輕し。これは甚だ大きなる缺憾なり。彼は財政部に供職す。運走りて巳火に到る時、巳火は食神にして能く七殺の凶を化解す(所謂「化殺」は即ち食傷を以て殺氣を轉じて我を生ずるの力と為す)。化殺の功深厚なれば、因りて主事より次長に升到せり。壬運に交るを待ちて、壬水は木を生じて殺を助け、七殺と黨を結ぶ。是を以て一落千丈せり。午運雖も同じく能く殺を化するも、終に壬水頭に當りて壓制せられ、屢々起復皆成就なし。近年愈々窮困す。我私らく彼の將來の甲申運を擔心す。申金は寅を冲して、また殺地なり。更に屋漏れて偏に連夜の雨に遭うの苦頭を嘗めんとす。

毛希蒙

庚辰 己丑 癸丑 乙卯 六歲 庚寅 十六 辛卯 廿六 壬辰 三六 癸巳 四六 甲午 五六 乙未

乾造(男命):年柱庚辰、月柱己丑、日柱癸丑、時柱乙卯、日主は癸水なり。大運は六歳に庚寅に起こり、その後十六歳辛卯、廿六歳壬辰、三六歳癸巳、四六歳甲午、五六歳乙未。月柱己丑より順數して排成せられ、「大運順行」に属す。——年干庚は陽に属し、陽年男命は順排なり。此表は要く兩處を合看すべし。一は月支丑にして、癸水は丑月に生まれて立春前十五日に在り。節氣上すでに丑中己土に由りて權に當る。これ是格を取るの根據なり。二は時支卯は「旬空」に落つ(癸丑日は甲辰旬に属し、該旬中寅・卯の二字を缺く。故に寅卯空亡と為す)。空亡の字は力量折扣を打つを要す。下文韋氏正にこれに據りて「略為減色」と說く。

紹興蔣清渠先生。別署越洲胖漢。服務軍警政學各界。公暇喜研命理。深有心得。早年遊歷大江南北。足跡所至。各同事感請其談命。頗多中肯。前蒙郵示命造多則。囑余評斷。緣將管窺所及。呈呈請粲政。上為毛希蒙先生庚造。毛先生久歷軍旅。勳奠聿著。上年代理定海縣公安局長,勤求民隱。政譽更隆。

紹興の蔣清渠先生は、別號「越洲胖漢」にして、軍界・警界・政界・學界に皆服務したり。公務の暇命理を鑽研するを喜びて、甚だ心得あり。早年彼大江南北を游歷し、足跡到る所、同事皆爭い彼を請うて命を談ぜしめ、言う所多く能く切中せり。此の前彼は許多の命造を寄せ來りて、我に嘱して評斷せしむ。我便ち自己管中豹を窺うの淺見を下面に寫し、敬して指正を請う。上面の這一造は毛希蒙先生の「庚造」なり。——舊時人の八字を稱して庚帖・庚造と為す。八字は年庚を以て首と為すが故なり。毛先生久しく軍旅に在りて功勳卓著す。上一年定海縣公安局長を代理し、民間の疾苦を體察するに勤くして、政聲更に隆盛なり。

夫癸丑日元。於立春前十五日。已值己土用事。土乃七殺。月支丑官本氣己土。藏干辛金偏印。殺印同根月令。是為有情。又殺印同透天干。是為有力。殺印相生。有情而兼有力。貴格也。有為水庫。扶助日元。內有官食同宮。則官受制而不混殺。殺格愈清。乙卯食神得祿。制殺尤力。惜卯落旬空。略為減爭。覘其足智多謀。佐治民事。統率軍旅。皆足以衛國定邦。非偶然也。行運最忌財鄉。已運有破財之忌。現行午運。官聲可振。而阿堵物仍難有緣。乙未運大佳。丙運財來壤印危如壘卵。

癸丑日主は立春前十五天に生まれ、節氣上すでに丑中己土權に當る。己土と癸水同じく陰に属して同性相剋す。故に「七殺」為る(我を剋して陰陽同性の者を七殺と叫び、また偏官と名づく)。月支丑宮の本氣正に己土七殺にして、丑中また辛金を藏す。辛金は癸水を生じて陰陽同性にして、是を「偏印」為す。殺と印同根月令に於て、之を「有情」と叫ぶ。年干庚金星・月干己土殺星また雙雙天干に透出して、之を「有力」と叫ぶ。殺は印を生じ、印は身を生じて、殺印相生して兼有して有情有力なり。これ是貴格なり。年支辰は水庫にして能く日主を扶助す。辰中に戊土正官と乙木食神同宮を藏し、食神就近正官を制住し、正官來りて七殺と混雜せず。殺格是に因りて更に清純なり。時柱乙卯にして、乙木食神は卯に祿を得て、殺を制する力量尤其充足す。可惜卯字は旬空の內に落ちて氣力折扣を打ち、略為減色す。これに由りて彼の足智多謀・民政を輔佐するも軍隊を統率するも皆足りて國を衛り邦を安んずるを見るべし。絕對偶然にあらず。彼の行運最も財鄕を忌む。——財は能く印を壞す。巳運便ち破財の虞あり。現在午運を走れば官聲大いに振うべし。ただ阿堵物(錢財)は仍ほ緣なきのみ。乙未運大佳なり。丙運に到れば則ち財星頭に當りて來りて印綬を壞す。危うきこと累卵のごとし。

某軍需長

庚子 丙戌 乙亥 乙酉 四歲 丁亥 十四 戊子 廿四 己丑 三四 庚寅 四四 辛卯 五四 壬辰 六四 癸巳

乾造(男命):年柱庚子、月柱丙戌、日柱乙亥、時柱乙酉、日主は乙木なり。大運は四歳に丁亥に起こり、その後十四歳戊子、廿四歳己丑、三四歳庚寅、四四歳辛卯、五四歳壬辰、六四歳癸巳。月柱丙戌より順數して排成せられ、「大運順行」に属す。——年干庚は陽に属し、陽年男命は順排なり。此表を讀むに須く「十二長生」に配合して看るべし。陰干乙木は十二宮を逆行して、子に病と為り、亥に死と為り、酉に絕と為り、戌に墓庫と為る。この造は年支子・日支亥・時支酉にして、恰好病・死・絕の三地なり。月支戌は則ち乙木の墓庫(也就是本身の根庫)なり。下文韋氏のその衰えて未だ極まらざるを論ずるは根據全くここに在り。

此係某軍需長之命。滴天髓闡微有云。“弱者宜生。弱之極者。宜克而不宜生也。所謂虛則補其母。是以秋木凋落。宜金而不宜水也。”又曰“太衰宜克,衰極宜洩。”依此而論。本命乙木日干。生於立冬前十日。土王用事。身從死地。時歸絕處。年逢病鄉。所依以生存得。賴有戍支身庫,及時干比肩。雖曰衰弱。尚未臻極地。宜克而不宜世也明矣。

これは某位の軍需長の命なり。《滴天髓闡微》嘗て言いたり。日主衰弱なるは宜しく生扶すべく、衰弱極點に到るは反って宜しく剋制すべく生扶すべからず。所謂「虛すれば則ちその母を補う」は、正に此の故に、秋天凋落の木は宜しく金削を見るべく水生を見るべからず。又曰く、太だ衰なるは宜しく剋すべく、衰極點に到るは宜しく泄すべし。この道理に照らして推せば、本命乙木日主は立冬前十天に生まれ、正に戌月土旺權に當るの時なり。日支亥は乙木の「死」の地、時支酉は「絕」の地、年支子は「病」の地にして、其の存活に賴る所は、ただ月支戌この自身の墓庫、および時干あの同類の乙木比肩のみ。このごとく言えばそれ雖も衰弱なるも、然れど未だ衰竭極まるの地步に到らず。故に宜しく剋すべく生ぜしむべからざるは、就中明白なり。(按:底本「宜克而不宜世」の「世」字は當に「生」字の訛なるべし。)

餘以財旺生官立論。或有取丙火傷官。意為庚亥。死於酉。胎於子。僅有戍庫可賴。庚金有兩乙遙合相助。勢非孤立。按其身掌榷務。繼任軍需。何莫非旺財生官之明徵耶。現行庚寅運。官坐絕地。宦海多風波。寅為羊刃。與亥作合。以刃化印。宜其顯達。名利兩振。卯運欠利。

我因りて「財旺生官」を以て立論せんことを主張す。戌月土旺は乙木の財星にして、財旺にして年干庚金官星を生出す。這條の脈絡最も分明なり。ある人また月干丙火傷官を取りて用と為さんことを主張す。我以て妥ならずと為す。——丙火は時支酉に「死」、年支子に「胎」にして、全局ただ月支戌這一個の火庫以て依託し得るのみ。力量太だ單薄なり(底本ここに「意為庚亥」四字訛あり)。反觀するに庚金は、日・時兩個の乙木位を隔ててそれと相合し(乙庚相合)、兩處の照應を得て聲勢並びに孤立せず。彼一身專賣稅務を執掌し、後來また軍需を接任せるを看れば、哪一樣として旺財生官の明證にあらざらんや。彼現行の庚寅運は庚金官星寅這個の「絕」地に坐して、仕途難免風波なり。但し寅は乙木の「羊刃」(陰干乙木は祿は卯に在り刃は寅に在り。羊刃は身旺幇扶の星)にして、寅また日支亥と相合して、刃氣を化して印綬に入る。故に仍ほ能く顯達して名利雙收す。接下の卯運は則ち欠佳なり。

朱聯泉(餘姚民生工廠廠長)

己酉 己巳 癸酉 戊午 三歲 戊辰 十三 丁卯 廿三 丙寅 三三 乙丑 四三 甲子 五三 癸亥 六三 壬戌

乾造(男命):年柱己酉、月柱己巳、日柱癸酉、時柱戊午、日主は癸水なり。大運は三歳に戊辰に起こり、その後十三歳丁卯、廿三歳丙寅、三三歳乙丑、四三歳甲子、五三歳癸亥、六三歳壬戌。月柱己巳より往上倒數して排成せられ、「大運逆行」に属す。——年干己は陰に属し、陰年男命は逆排なり。此表を讀むに須く先ず土の兩種の身分を分淸すべし。己土と癸水同じく陰にして同性相剋するを「七殺」と叫ぶ(また偏官と名づく)。戊土は陽に属して異性相剋するを「正官」と叫ぶ。この造は年・月兩干皆己土七殺にして、時干戊土乃ち正官なり。下文の論ずる所の「官煞混雜」正に這一點を指す。

上繫餘姚縣民生工廠朱聯泉廠長之造。祖業甚豐。賦性篤厚。殊為地土紳所推戴。廠內經費毫無。概由朱君捐助。夫癸酉日元。生於立夏之後。值火土當權。財官用事。月令官星透天干。理取官星為用。財印為輔不料兩位七殺。年月盤距。大有官煞混雜之嫌。書曰官煞混雜。制煞為福。今四柱不見食傷。制煞無物。妙有印綬化煞。則官乃純。立身玫界。名譽降崇。運途以寅運及乙丑運。俱順境。甲運稍差。子運亦利。癸運分官欠吉。

上面は餘姚縣民生工廠廠長朱聯泉先生の命造なり。彼祖上產業豐厚にして、天性篤實敦厚にして、甚だ地方士紳の推重を受く。廠裡經費一として出づる所なく、全く朱君自己捐助に由る。癸酉日主は立夏以後に生まれ、正に火土權に當り、財星と官星事を掌る。月支巳中に藏する戊土正官時干に透す。理を照らせば應に官星を取りて「用神」と為し、財星を以て官を生じ、印星を以て身を護るを輔佐と作すべし。不料年・月兩干並び排して兩位の己土七殺あり。大いに「官煞混雜」の嫌疑あり。——正官と七殺同時に出現して、一清一濁にして最も不分を忌む。命書に曰く、官煞混雜の時、能く七殺を制すれば便ち轉じて福と為る。如今四柱食神傷官を見ず、煞を制すべき物なし。妙は年支酉・日支酉皆金にして、金は印綬と為り、能く土の殺氣を轉生して水と為して身を養う。殺化され去れば、剩る官星便ち純正なり。故に彼政界に立身して名譽隆盛なり。行運は寅運及び乙丑運を以て皆順境と為し、甲運稍や差あり、子運もまた有利と算す。癸運は比肩の來りて官星を分奪すれば則ち吉を欠く。

張群(上海四明銀行儲蓄部)

乙卯 庚辰 丙子 壬辰 四歲 己卯 十四 戊寅 廿四 丁丑 三四 丙子 四四 乙亥 五四 甲戌 六四 癸酉

乾造(男命):年柱乙卯、月柱庚辰、日柱丙子、時柱壬辰、日主は丙火なり。大運は四歳に己卯に起こり、その後十四歳戊寅、廿四歳丁丑、三四歳丙子、四四歳乙亥、五四歳甲戌、六四歳癸酉。月柱庚辰より往上倒數して排成せられ、「大運逆行」に属す。——年干乙は陰に属し、陰年男命は逆排なり。この造の要點は月支辰に在り。辰は水土雜氣の庫にして、內に戊土・乙木・癸水の三神を藏す。下文の爭論する所の「雜氣」格を取るの法是、則ちこの辰字より生じ出づ。

舊命書人以壬辰戍丑未之月。謂之雜氣。以其藏支多。故謂之雜,唯命理約言一書。闢之最暢。今丙火生於辰月。時透七煞。普通命家當取時上一位貴格。其他六神。概置間廢。愚見所及。取命格當以月中藏神。透干會支為重,本命身健(多印生之。)印旺。(月時之印透天干。)財透。(乙助庚勢。)煞強。(壬旺於子。非混官也。)

舊日の命書凡そ辰・戌・丑・未の四個月に生まるる人に遇えば、皆之を「雜氣」と叫ぶ。這四支の藏する人元最も多ければ故に「雜」を以て之を名づく。ただ清代陳素庵《命理約言》の一書のみ駁斥すること最も痛快なり。如今丙火日主は辰月に生まれ、時干また壬水七殺を透す。一般の命家便ち「時上一位貴格」を取らんと欲す。——即ち專ら時干のあの一位の七殺を以て格を立て——而其の餘の六神を一槪擱置して問わず。我が淺見を以てすれば、格を取るに當に月令の藏する神の能く天干に透出するや否や・能く地支を會合するや否やを以て重と為すべし。(以下四句の括弧內は作者自注にして、逐項にこの造の強弱の依據を交代す:)本命日主健旺(年支卯・月支辰・時支辰中に藏する乙木印星層層生扶するを以て)。印星旺(月・時兩辰の藏する所の乙木皆年干に透すを以て)。財星透出(年干乙木は月干庚金と相合して、反って庚金財星の聲勢を助長す)。七殺強(時干壬水は日支子に通根して旺を得、しかも局中癸水正官無し。故に是純殺にして官煞相混にあらず)。

當取食用煞印。立業宜近財蓋食生財。財滋煞。煞生印。印生身。邊環滋生,非勝達而何,行運最利。食傷。身旺印綬亦宜。逢煞無傷。遇官非福。內助賢淑。財得食生也。令子克家。食神制煞也。 (據聞。此繫上海四明銀行儲蓄部張群八字。亦由蔣翁示我者。)

故に當に辰中戊土食神を取り、七殺と印綬と配合して一同に用と為すべし。彼立身創業は宜しく財路に靠近すべし。食神は財を生じ、財は七殺を滋し、七殺は印を生じ、印また身を生じて、一環一環を扣して連綿滋生するが故なり。這樣の格局は騰達せざれば卻って怪しむべし。行運最も食神傷官に利し。日主既に旺なれば、印綬運を走るも亦た妨げなし。七殺運に遇うも傷を受けず。反って正官運に遇うは並びに福氣にあらず。官來りて殺に混じれば格局便ち濁るが故なり。妻室賢淑なるは、財星(男命は財を以て妻と為す)が食神の生扶を得るがためなり。兒子能く家業を承擔するは、食神能く七殺を制するがためなり(男命は官殺を以て子と為す)。末一行括弧內は作者自注なり。據説これ是上海四明銀行儲蓄部張群の八字にして、亦た蔣清渠翁の我に抄示せし所なり。

謝君(安徽某當鋪經理)

甲辰 甲戌 癸未 辛酉 九歲 乙亥 十九 丙子 廿九 丁丑 三九 戊寅 四九 己卯 五九 庚辰 六九 辛巳

乾造(男命):年柱甲辰、月柱甲戌、日柱癸未、時柱辛酉、日主は癸水なり。大運は九歳に乙亥に起こり、その後十九歳丙子、廿九歳丁丑、三九歳戊寅、四九歳己卯、五九歳庚辰、六九歳辛巳。月柱甲戌より順數して排成せられ、「大運順行」に属す。——年干甲は陽に属し、陽年男命は順排なり。此表は須く注意すべし。年支辰と月支戌正好相冲して、天干兩個の甲木また分別に辰・戌の上に壓す。下文彼を斷じて「官あり印ありて卻って市井に困る」と爲すの三條の理由は、全く這一冲一蓋の間に在り。

上繫安徽某當經理謝君八字。癸水生於戍月。已近黃土當權。土克水為正官。年支辰土。又是正官。時上辛酉干支。皆金。金生水為印。則局中。有官有印。理當飛黃騰達。宦海航行。何今屈居市塵經理質物為事。寄人籬下。辛苦萬狀。厥故維何。

上面は安徽某家の當鋪經理謝君の八字なり。癸水は九月戌土の月に生まれ、正に黃土權を掌り・水氣衰竭の時に當る。土能く水を剋す。癸水に對して言えば、陽土戊と陰水癸陰陽相異なれば是を「正官」と為す。——正官は命中名位官職を主管するの星にして、戌中本氣戊土便ちこれなり。年支辰中同じく戊土を藏して、亦た正官なり。時柱辛酉は天干地支皆金に属し、金は水を生ず。便ち日主を生扶するの「印綬」なり。這樣一來すれば局中既に官ありまた印ありて、官は印を生じ印は身を生ず。官印相生は原來仕途顯達の正格にして、理を照らせば彼當に飛黃騰達し宦海裡に順風行船すべし。何の故に如今卻って市井に屈居し、人に替わりて典當質押の營生を經手し、人の籬下に寄りて辛苦萬端なるや。這裡頭の緣故究竟何の處に在らん。

要知官星宜露。露則清高。今辰戍之官。藏而不露。一也。辰戍沖。官與官自起沖突。二也。官既不透。而與官作仇之傷官。加蓋兩官之上。三也。有是三者。宦海無緣。乃致朝奉頭銜。加於身上矣。本命傷官透露。英華外發。作事精明。涉足近東南為妙。住家離祖基相宜。行運以戊寅己卯大佳。

要知るべし官星は宜しく天干に透露すべし。透露して始めて清貴高華を顯す。この造は辰・戌兩處の官星皆地支の中に藏して透出せず。這是第一層の缺憾なり。辰と戌相冲して、官と官自己先ず衝突を起こす。這是第二層なり。官星既に干を透せず、而して官星と仇と為る甲木傷官——傷官は專ら正官を剋す——卻って兩個一齊に辰・戌兩官の頭上に蓋壓す。這是第三層なり。這三重の障碍ありて、仕途便ち緣分なし。是を以て「朝奉」(當鋪掌櫃の舊稱)の頭銜便ち彼の身上に落つ。不過本命傷官透露して才華外顯し、辦事精明なり。活動地域は宜しく東南に靠近し、居家は宜しく祖籍基業を離るべし。行運は戊寅・己卯の兩步を以て最佳と為す。

杜錫貞女(婿造を附す)

辛亥 辛丑 甲午 癸酉 七歲 壬寅 十七 癸卯 廿七 甲辰 三七 乙巳 四七 丙午 五七 丁未 六七 戊申

坤造(女命):年柱辛亥、月柱辛丑、日柱甲午、時柱癸酉、日主は甲木なり。大運は七歳に壬寅に起こり、その後十七歳癸卯、廿七歳甲辰、三七歳乙巳、四七歳丙午、五七歳丁未、六七歳戊申。月柱辛丑より順數して排成せられ、「大運順行」に属す。——年干辛は陰に属し、陰年女命は順排なり。女命は我を剋する官殺を以て夫星と為す。この造は年・月兩干雙透の辛金正官にして、官星極めて旺なり。日支午中の丁火傷官と時干癸水正印は、一は制し一は化して、全局の兩味の救藥なり。下文の評斷就中ここより入手す。

此南京杜靄移先生次女公子。錫貞女之命也。杜公曆任蘇省南匯江陰江浦等縣知事多年。政績卓著。敝友蔣清渠先生。蒙杜公延請辦理司法。兼第一科行政。相處多年,彼此投契。近有某君為女士作伐。與某公子撮合。杜公深悉蔣君精於命理。請其推評而決焉。邇因蔣君與千里控討命理。昨蒙將女士並婿之庚造開示。謬陳芻蕘於次。

これは南京杜靄移先生第二位の小姐錫貞女士の命なり。杜公歷任江蘇省南匯・江陰・江浦等の縣知事多年にして、政績卓著す。我の朋友蔣清渠先生は杜公の延聘を承けて司法事務を辦理し兼ねて第一科行政を管し、相處多年にして彼此十分投契せり。近來ある人女士のために媒を為し(《詩經・豳風・伐柯》は「伐柯」を以て媒を為すに喻う。故に「作伐」と稱す)、某公子と撮合せんと要す。杜公深く蔣君の命理に精なるを知り、就中彼を請うて推算評斷して以て取捨を決定せしむ。近來蔣君我と命理を探討す。昨天彼を承けて女士と準女婿兩人の八字を一併に抄示す。我便ち淺陋の見を(古人自ら謙して「芻蕘」為す。即ち草を割り柴を打つ人の粗淺の議論なり)陳述すること下のごとし。

本命財旺生官。而官星太旺。透印以解。乃得中和。午中傷官甚妙。是救病之藥也。運行木火相宜。金運大忌。合乾造而觀之。洵是天成佳偶。可見杜公擇婿之目力不差。蓋婿命為戊申甲子戊戍戊午。戊土生於子月。四柱火土重重。身強財旺而煞透。富貴之命也。年坐文昌。學藝定許軼眾。時逢羊刃。七煞遇之為奇。子午相沖,妙有中戍調解。當卜性極忠實。意志傲強。行運忌走火入土。水木最利。

此命月支丑中己土財星を藏し、財旺にして辛金官星を生出す。可惜官星旺るること太過にして日主を壓制す。所幸時干癸水正印を透して、能く官星の剋力を轉化して身を生ずるの力と為す。全局始めて中和を得たり。日支午中に藏する丁火は傷官にして、能く直接辛金官星を制住す。尤其妙にして、正に對症の病を救うの藥なり。行運宜しく木火を走るべし(木は身を助け火は官を制す)。最も金運を忌む(金は官星を助けて愈々旺ならしむ)。再び男方の八字を合せて一同に看れば、實に天成の佳偶なり。見るべし杜公の女婿を挑選するの眼力差ならず。女婿の命は戊申・甲子・戊戌・戊午なり。戊土は子月に生まれ、四柱火土重重にして身強くして、月支子中癸水財星令に當り、月干また甲木七殺を透す。是富貴の命なり。年支申は戊土の「文昌」(聰明文采を主るの吉星)にして、斷定すべし彼學藝出衆ならんと。時支午は戊土の「羊刃」にして、羊刃本來凶星なるも、但し命中七殺ある時は殺刃相濟して反って奇格を成す。日支戌は時支午と子に相冲す。——即ち年支申・日支戌中に居りて調解し、申と子半合水局、戌と午半合火局して、冲勢緩和を得たり。これに由りて彼の性情極めて忠實・意志剛強なるを卜すべし。行運火土を走るを忌み、水木を以て最も有利と為す。

王世昌(福州南台)

庚子 甲申 癸酉 癸丑 五歲 乙酉 十五 丙戌 廿五 丁亥 三五 戊子 四五 己丑 五五 庚寅 六五 辛卯

乾造(男命):年柱庚子、月柱甲申、日柱癸酉、時柱癸丑、日主は癸水なり。大運は五歳に乙酉に起こり、その後十五歳丙戌、廿五歳丁亥、三五歳戊子、四五歳己丑、五五歳庚寅、六五歳辛卯。月柱甲申より順數して排成せられ、「大運順行」に属す。——年干庚は陽に属し、陽年男命は順排なり。此表は要く地支を横看すべし。年支子は月支申と半會水局し、日支酉は時支丑と半會金局して、滿盤金水なり。全く月干の一點の甲木中に居りて疏導するに賴る。下文の「源流」と「金水混濁」とを論ずる皆ここに由りて來る。

上列庚造。繫福州南臺王世昌先生。上年郵寄蔣清渠先生推評。今蒙開示。謬陳管見於後。癸水生於申月。金白水清。秀而無比。依滴天髓通隔而推。年上庚金。為發源之地。流通至時上丑土而止。最可喜者。月干甲木。能運動水氣。能生火以調和金氣。四柱地支。子申半會水局。酉丑半會金局。滿盤金水。若無甲木透出天干。則金水混濁不清耳。

上面の這個八字は福州南台王世昌先生のにして、去年蔣清渠先生に寄せて推評せしめ、今抄示を承く。我管見を後に陳述す。癸水は申月に生まれ、秋金令に當りて水を生ず。命理上は之を「金白水清」と稱作す。——これ是金水相生・氣象澄澈なるを形容する一種の格調にして、人の聰明清貴を主る。この造秀氣比なし。《滴天髓》の「何の處より根源起こり、流れて何の方に住むや」の源流通塞を論ずるの法に依りて推す。年干庚金は這一路水氣發源の地方にして、庚は癸水を生じ、水一路流通して、時支丑土に到りて始めて止住せらる。最も喜ぶべきは月干甲木なり。——水一たび多ければ便ち停滯して流れず易し。甲木あれば能く這團の死水を帶動し起こす。木また能く火を生じて、借りて過盛の金氣を調和す。一擧兩得なり。再び四柱地支を看る。年支子は月支申と半會して水局を成し、日支酉は時支丑と半會して金局を成す。滿盤盡く金と水なり。倘若甲木の天干に透出して疏導を為すなくんば、這一局の金水便ち混濁清からずして、ただ寒凉一片にして生趣なからん。

正印用傷。別無可取。覘君之門第清高。材藝鐵眾。可斷言也。坐下酉宮偏印。必偶能家之女。眾三槐流香。行運己丑十年。上下皆煞。一帆風順。平步青雲。名利崇隆。攸往咸宜也。庚寅運。亦許順境。壬辰運有礙。

故にこの造は「正印格に傷官を用ゐる」なり。——月支申中庚金正印令に當りて格を立て、月干甲木傷官を取りて秀を泄して用と為す。此の外別に取るべきの處なし。これに由りて王君の門第清高・才藝出衆なるを看出すべし。これ是斷言し得べきなり。日主坐し下る酉宮は偏印にして、彼を主じて必定善く家を持つ女子を娶るべし。王姓は本來「三槐」の典故あり(宋代王祐手ずから三槐を庭に植え、後世子孫顯達して、遂に三槐を以て王氏の堂號と為す)。この造正に門庭の芳を流すを望むべし。行運己丑這十年は、天干己土・地支丑中己土にして、上下皆七殺なり。殺は能く印を生じ、印また身を生ず。故に一帆風順・平步青雲にして、名利隆盛、往くところ宜しからざるなし。庚寅運もまた順境を望むべし。壬辰運は則ち阻碍あり。

劉炳輝(紹興益新玻璃廠)

庚午 己丑 己未 甲子 七歲 庚寅 十七 辛卯 廿七 壬辰 三七 癸巳 四七 甲午 五七 乙未 六七 丙申

乾造(男命):年柱庚午、月柱己丑、日柱己未、時柱甲子、日主は己土なり。大運は七歳に庚寅に起こり、その後十七歳辛卯、廿七歳壬辰、三七歳癸巳、四七歳甲午、五七歳乙未、六七歳丙申。月柱己丑より順數して排成せられ、「大運順行」に属す。——年干庚は陽に属し、陽年男命は順排なり。這張の表を看るの關鍵は月支丑と日支未正好相冲するに在り。丑中に辛金を藏し、未中に乙木・丁火を藏す。一冲の下辛金食神冲し出されて作用を發揮す。下文所謂「全く食傷の力に賴る」は則ち這一冲を指す。

上繫紹與益新玻璃廠主人劉炳輝先生之造。亦由蔣清渠君開示。囑余評斷。查已未日元。生於丑月。已值土旺用事。柱中土凡五見。所好乾丑未逢沖。沖出丑中辛金食神。而年庚傷官。為辛金之助。一生安居樂業。財丁兩旺者。全賴於食傷之力也。

上面は紹興益新玻璃廠主人劉炳輝先生の命造にして、亦た蔣清渠君の抄示して我に嘱して評斷せしめし所なり。己未日主は丑月に生まれ、正に土旺權に當るを値う。四柱の中土五處の多きありて、重濁壅塞す。好在丑と未相冲して、丑中に藏する辛金食神を冲激し出す。——己土は辛金を生じて陰陽同性なれば故に「食神」と為る。年干庚金は己土と陰陽相異なれば則ち「傷官」なり。正好辛金に幇手を為す。彼一生安く居り業を樂み、家財と子息兩旺なるは、全く這食神傷官土を泄して秀を吐くの力量に賴る。

本命八字取用。年祿既不足以言格。合化又見姟合難成。不如季土疊疊。喜重金以吐秀。月辛年庚。取用為妙。而時上之財有源。不特中饋得力。家境漸豐。了孫繩繩。全在丑未一沖。庚辛之力也。行運壬辰癸已念年。財源逢庫。喜神遇長生。營業這發達。獲利之豐盈。無可比擬。生齒日繁。更意中事耳。甲運稍差。乙未運更順境。入丙運宜防衛。

這個八字は用神を取るに、年支午雖も己土の祿なれど、卻って單薄にして以て格を立つるに足らず。時干甲木は日・月兩個の己土と相合して、本來合化を論ずべきも、無奈兩己一甲を爭合して「妒合」と成り、化すも化す能わず。皆四季の土層層疊疊の實情に就くに如かず。喜んで重金を用ゐて土を泄して秀を吐かしむ。——月支丑中辛金と年干庚金を取りて用と為す。これ乃ち最も妙なり。而して時支子水財星は食傷を源頭と有す。故に內助力を得て家境漸々豐厚なるのみならず、子孫すら綿延絕えず。這一切全く丑未の一冲・庚辛力を得るに在り。行運壬辰・癸巳這二十年は、辰は水庫にして正に財源庫に歸るの地、巳また庚金長生の郷なり。喜神長生を得て、營業の發達・獲利の豐盈比擬すべきなし。人丁日益繁盛するも亦た意料中の事なり。甲運稍や差あり。乙未運更に順境なり。丙運に進入せば、丙火印星來りて食傷を剋す。就中多く防備を加うべし。

劉含懷(福建劉杏村長子)

庚申 乙卯 丙戌 庚寅 三歲 庚辰 十三 辛巳 廿三 壬午 三三 癸未 四三 甲申 五三 乙酉 六三 丙戌 七三 丁亥

乾造(男命):年柱庚申、日柱丙戌、時柱庚寅、日主は丙火なり。月柱底本は「乙卯」と作るも、然れど庚申年二月の建るは己卯にして、而大運は庚辰より順數して起排す。正に己卯より順推一位より來る。下文韋千里また明に「己土月干に臨む」と說く。見るべし月柱當に「己卯」と作るべく、底本の「乙」字は「己」字の訛に係る。原文敢えて擅に改めず。表を讀む時須く此節を知るべし。大運は三歳に庚辰に起こり、その後十三歳辛巳、廿三歳壬午、三三歳癸未、四三歳甲申、五三歳乙酉、六三歳丙戌、七三歳丁亥。「大運順行」に属す。——年干庚は陽に属し、陽年男命は順排なり。

此係福建劉杏村先生長子含懷兄八字。丙乃純陽之火。其勢猛烈。能鍛庚金。遇強暴而施克伐也。坐於犬鄉。會虎合兔。火勢益厚。日主健甚。己土臨月干,以卑溼之土。能收元陽之氣。得以洩丙火之威。壬水藏年支。汪洋之水。能制暴烈之火。得以遏陽火之焰。庚金兩露。財臨旺地。

これは福建劉杏村先生長子含懷兄の八字なり。丙は純陽の火にして氣勢猛烈なり。能く庚金を鍛煉し、強暴の物に遇上して始めて好く剋伐の功を施展す。日主は戌上に坐す(戌は犬に属す。故に「犬鄕」と稱す)。時支寅は虎に属し、月支卯は兔に属す。寅と戌半會火局し、卯と戌相合して火を化す。火勢是に因りて愈々厚重にして、日主極めて健旺なり。月干己土は卑下潮濕の土にして、能く太陽の氣を收斂し、丙火の威勢を泄し去るを得たり。年支申中暗暗に壬水を藏し、汪洋の水能く暴烈の火を制して、陽火の焰頭を遏止するを得たり。年・時兩干皆庚金を透し、庚金は年支申に祿を得て、財星正に旺地に臨む。

本命取格。依正理以推。身旺印強。自然以食傷為用。洩其太過。茲卯戍相合。正印化劫。不若取傷官用財為得當也。夫火土日元。人極渾厚。資質靈敏。傷官透露。生出偏財。高傲之中。帶有歲分柔氣。將來讀書經商。兩均相宜。若立身於金融界。尤卜極重位高。發展地盤。西北最利。

本命格を取るに、正理に依りて推し來れば、日主既に旺にして印星また強し。自然當に食神傷官を以て用と為し、太過の火氣を泄し出すべし。無奈月支卯は日支戌と相合して火を化す。卯木本來丙火の正印にして、一たび火を化せば便ち再び身を生ぜず、反って變じて我と同一黨の劫財と為る。印星這條の路就中斷えり。則ち改めて月干己土傷官を取りて用と為し、年時兩干の庚金偏財を以て歸宿と為すに如かず。始めて當を得たりと算す。——傷官は財を生じて、一泄一收す。正に旺火の症に對す。火土日主の人は為性極めて渾厚にして、資質また靈敏なり。傷官透露して偏財を生出せば、故に彼高傲の中に幾分の柔和の氣を帶ぶ。將來書を讀むかあるいは商を經るか兩皆相宜なり。若し金融界に立身せば、尤其位高く權重きを卜すべし。發展の地盤に至りては、西北金水の郷を以て最も有利と為す。

行運以已火比肩祿堂。身強不喜生扶。刑耗在所不免。壬午運。壬為七煞。午為羊刃。馳譽社會。家道興隆。立德立言。有名有利。癸示運正印遇官。惜露傷官。美中一足。甲申運一帆風順。乙酉運。乙為正印。酉為正堸。於命於格。似無沖突。乃乙木絕於酉。丙火死於酉。印綬身主遭傷。刑耗有之。丙戍運尚可丁運則殆矣。

行運を論ず。辛巳運中の巳火は丙火の比肩にしてまた丙火の祿堂なり。日主本來すでに強旺にして、再び來りて生扶するを喜ばず。刑傷破耗は免くる所に在らず。壬午運は壬は七殺にして午は羊刃なり。殺と刃相配する是奇格にして、彼を主じて社會に譽を馳せ、家道興隆し、德を立て言を立てて名利雙收せん。癸未運は癸水正官は局中透出の己土傷官に遇上して、傷官見官にして美中不足なり(底本「癸示運」の「示」は當に「未」字の訛なるべし。「一足」は當に「不足」とすべし)。甲申運一帆風順なり。乙酉運は乙は正印にして酉は正財なり。命と格に就て言えば似たり並びに衝突せざるがごとし。但し乙木は酉に「絕」、丙火は酉に「死」にして、印綬と日主雙雙傷を受く。仍ほ刑傷破耗あり。丙戌運尚ほ可なり。丁運に到れば就中危險なり。

魯昌寧(餘姚)

辛亥 丙申 戊午 己未 三歲 乙未 十三 甲午 廿三 癸巳 三三 壬辰 四三 辛卯 五三 庚寅 六三 己丑

乾造(男命):年柱辛亥、月柱丙申、日柱戊午、時柱己未、日主は戊土なり。大運は三歳に乙未に起こり、その後十三歳甲午、廿三歳癸巳、三三歳壬辰、四三歳辛卯、五三歳庚寅、六三歳己丑。月柱丙申より往上倒數して排成せられ、「大運逆行」に属す。——年干辛は陰に属し、陰年男命は逆排なり。此表須く留意すべし。年干辛と月干丙正好天干相合して、一合の下丙火偏印牽制せられ住す。下文「印は其の印にあらず、食神制を受けず」と斷ずるの關鍵就中ここに在り。

戊午日元。戊為陽土。喜潤得惡燥。今生於立秋之後。已金旺而土休。幸坐午宮旺地。又有羊刃幫身。日主高強。一生樂自無憂。格取申宮食神。兼取偏財為相。名曰食神生堸。所以洩身之秀。調劑火土之和。用食忌梟。丙火梟印蓋頭。則食愛制矣。詎知丙辛作合。而印非其印。傷官透露。主人性剛。月坐文昌。無怪金石書畫。不學而能之也。戊坐午日。羊刃逢印綬。理應殘疾帶身。行運以已火祿祿堂不利。壬辰辛卯庚。念五年。有財有名。大吉大昌。寅沖申。多麻煩耳。 (餘姚魯昌寧君八字)

戊午日主なり。戊は陽土にして、潤澤を喜びて燥烈を厭う。この造は立秋以後に生まれ、金すでに旺に當りて土轉じて休囚す。幸いに日主は午這個の旺地に坐し、午また戊土の「羊刃」にして能く日主を幇扶す。故に日主依舊高強にして、一生樂んで憂なきを得たり。格を取るに月支申中の庚金食神に在り、兼ねて申中壬水偏財を取りて輔佐と為す。名づけて「食神生財」と曰い、以て日主の秀氣を泄し、火土の燥性を調劑す。食神を用ゐるは最も「梟神」を忌む。——偏印は食を奪う。この造は月干丙火正に梟印頭に當りて食神を蓋住す。理を照らせば食神制を受くべし。哪知年干辛金は丙火と相合して、丙火を牽住すれば、這個の印便ち其の印と為るを成さず。年干辛金は戊土の傷官にして、傷官透露すれば、人を主じて性情剛強ならしむ。月支申また戊土の「文昌」星なり。彼の金石書畫の一道に學ばずして能くするも怪しむに足らず。戊土は午日に坐して羊刃また印綬に遇う。理を照らせば身上殘疾を帶ぶべし。行運は癸巳運中の巳火を以て戊土祿堂と為し、祿堂來りて本來すでに過旺の日主を助くれば不利なり。壬辰・辛卯・庚寅の這二十五年は、財あり名ありて大吉大昌なり。ただ寅運申を冲して麻煩較多なるのみ。末行括弧內は作者自注なり。これ是餘姚魯昌寧君の八字なり。

陳泳之(紹興綢業)

丙戌 乙未 丙戌 辛卯 六歲 丙申 十六 丁酉 廿六 戊戌 三六 己亥 四六 庚子 五六 辛丑 六六 壬寅

乾造(男命):年柱丙戌、月柱乙未、日柱丙戌、時柱辛卯、日主は丙火なり。大運は六歳に丙申に起こり、その後十六歳丁酉、廿六歳戊戌、三六歳己亥、四六歳庚子、五六歳辛丑、六六歳壬寅。月柱乙未より順數して排成せられ、「大運順行」に属す。——年干丙は陽に属し、陽年男命は順排なり。この造は六月未土の月に生まれ、四柱火土燥烈極處に到りて、滴水全く無し。故に後面の吉凶全く大運の能く水氣を送り來りて「調候」するや否やを看る。——調候は即ち過寒あるいは過燥の命局に爲に暖氣あるいは潤澤を補上するをいう。

此紹興陳君泳之命也。傷用財。生於立秋前半月。正值土王用事。神峰所謂真傷官。運行戊戌已三部神逢運透清。時值光復。絲綢價格銳跌。陳君在杭開設乾裕水綢莊。經營十四年。獲利三十萬。人亥運。憾於亥卯未會成木局。事業凋疲。乃賦歸來。擁資二餘萬。足享林泉之福。將來交子運。尚可再起。蓋六月間火土。燥烈已極。柱中卜見滴水。故富而不貴。今逢子水滋潤。調侯為急。豈不勃然興者乎。

これは紹興陳泳之君の命にして、「傷官用財」を取りて格と為す。丙火日主は立秋前半個月に生まれ、未月土旺權に當る。土は丙火の生ずる所の傷官にして、正に《神峰通考》の言う所の「真傷官」なり(月令の本氣即ち傷官なれば故に真と為す)。再び時干辛金財星を取りて歸宿と為す。彼行きて戊・戌・己の三步の運に到る時、傷官の神運に逢うて透出して愈々清純なり。恰も辛亥光復の際に値いて、絲綢價格暴跌す。陳君は杭州に乾裕永綢莊を開設し、經營十四年にして三十萬を獲利せり。亥運に進入す。可惜亥は時支卯・月支未と三合して木局と成る。——木は丙火の印にして、印來りて傷官を奪い去る。事業是を以て凋敝し、彼便ち業を辭して里に歸り、兩萬餘の資本を帶びて、足りて山林泉石の福を享くべし。將來子運に交れば還た能く再起せん。六月の火土燥烈すでに極まり、四柱の中一滴の水を見ず。故にただ富にして貴ならざるが故なり。如今子水に遇上して滋潤せられれば、正に調候の當務の急なり。あに勃然として興起せざるの理あらんや。

陳馥堂(陳泳之の胞兄)

甲申 戊辰 丁未 丙午 三歲 己巳 十三 庚午 廿三 辛未 三三 壬申 四三 癸酉 五三 甲戌

乾造(男命):年柱甲申、月柱戊辰、日柱丁未、時柱丙午、日主は丁火なり。大運は三歳に己巳に起こり、その後十三歳庚午、廿三歳辛未、三三歳壬申、四三歳癸酉、五三歳甲戌。月柱戊辰より順數して排成せられ、「大運順行」に属す。——年干甲は陽に属し、陽年男命は順排なり。この造は前一造の陳泳之と同じく「火土傷官」に属す(日主は火・月令は土にして、土は火の生ずる所にして陰陽相異なれば故に傷官と稱す)。但し一成一敗にして、正好持ち來りて對看すべし。下文の着眼點就中兩造の傷官力量の厚薄の別に在り。

此係陳泳之君胞兄。馥堂先生造。是亦火土傷官。與泳之君火土傷官。大相逕庭。蓋泳之自手經營綢業。獲資數十萬。馥堂亦自設綢肆。未及三年。因虧耗不支。停為家居。株守田園而已。運行壬申時。傷官見宮。一內作地。破財喪妻。備償困頓。細按之。丁干陰火。生土之力甚薄。而戊土不產真金。故無生財之道。壬運之不入黃泉。賴甲木之工。稍納水勢耳。

これは陳泳之君の胞兄馥堂先生の命造なり。同じく火土傷官なるも、泳之君の火土傷官と卻って大いに同じからず。泳之親手綢業を經營して數十萬を獲利せり。馥堂もまた自己綢緞鋪を開きたるも、三年に滿たずして虧損支撑する能わずを以て、停業閒居して、ただ幾畝の田園を守るのみ。壬申運に行き到る時、壬水是丁火の正官にして、局中戊土傷官正にそれと撞當し、「傷官見官」の大忌を犯す。是を以て一敗塗地して、財を破りまた妻を喪い、困頓を備嘗せり(底本「一內作地」四字は當に「一敗塗地」の訛なるべし)。細かにその中の道理を按ずれば、丁は陰火にして土を生ずる力量本就甚だ薄し。而して月柱戊辰是濕土にして、濕土は難く真金を煉出す。故に土雖も傷官と為るも卻って金を生出して來りて財と為す能わず。全く財を生ずるの路なし。壬運の送命に至らざる所以は、全く年干甲木の功に賴る。——水は木を生じ木は再生じて火を生ず。甲木中に居りて略々水勢を化納せしのみ。

金德潤(蕭山金伯平三公子)

庚午 癸未 壬午 辛丑 四歲 甲申 十四 乙酉 廿四 丙戌 三四 丁亥 四四 戊子 五四 己丑

乾造(男命):年柱庚午、月柱癸未、日柱壬午、時柱辛丑、日主は壬水なり。大運は四歳に甲申に起こり、その後十四歳乙酉、廿四歳丙戌、三四歳丁亥、四四歳戊子、五四歳己丑。月柱癸未より順數して排成せられ、「大運順行」に属す。——年干庚は陽に属し、陽年男命は順排なり。此表の關鍵は日柱壬午に在り。午中に丁火を藏して壬水の正財と為し、己土を藏して壬水の正官と為す。財と官同じく一宮に居るを、命書之を「祿馬同鄕」と稱す(祿は官星を指し、馬は財星を指す)。下文就中這四個字より說き起こす。

上繫蕭山金伯平先生之三公子。德潤孩造壬日坐稈。號曰祿馬同鄉。言其有財有官也。生於立秋前十日。已值已土用事。官臨量地。印綬透天干。正財伏兩午財民三奇俱全。洵上乘之命也。未月壬水。力本薄弱。今有癸水幫身。兩印生身。弱而不弱矣。宜於政界立身。位高權重。收入亦豐。但劫財透干。剝削極重。乙亥丙子二年。上學讀書最利。行運自酉字起。至亥字止。俱臻佳妙。戊運平平。子運羊刃逢沖。家口多麻煩。骨肉有刑傷。己丑十的亦佳。庚辛兩運。恐有不利。

上面は蕭山金伯平先生第三位の公子德潤這孩子の八字なり(舊は小兒の八字を稱して「孩造」為す)。壬水日主は午上に坐して、「祿馬同鄕」と稱す。——舊説官星を以て祿と為し、財星を以て馬と為す。午中丁火是壬水の正財、午中己土是壬水の正官にして、財と官同じく一宮に藏す。故にこの名あり。意思は則ち財ありまた官ありなり。この造は立秋前十天に生まれ、節氣上すでに未中己土權に當る。己土正官正に旺地に臨み、年干庚金・時干辛金兩重の印綬また天干に透し、年支と日支の兩個の午中に丁火正財を伏す。——財・官・印は命書之を「三奇」と稱す。この造三樣齊備して各おの落着あり。實に上乘の命なり。未月の壬水は力量本來薄弱なりしも、如今月干癸水ありて身を幇き、また庚辛兩重の金印ありて身を生ず。弱しと說くも亦た弱からず。この造宜しく政界に立身すべく、位高く權重くして、收入もまた豐なり。ただ月干劫財透出して、分奪侵蝕せらるること厲し。乙亥・丙子兩年は最も上學讀書に利す。行運酉字より起こりて亥字に止まるまで皆極めて佳妙なり。戊運平平なり。子運是壬水羊刃日支午來りて相冲するに遇上す。羊刃冲に逢えば、家口麻煩多く・骨肉刑傷あり。己丑這十年もまた好し。庚・辛兩運恐らく利ならざらん。

陳德培(天津)

辛亥 庚寅 丁未 辛亥 一歲 己丑 十一 戊子 廿一 丁亥 三一 丙戌 四一 乙酉 五一 甲申 六一 癸未

乾造(男命):年柱辛亥、月柱庚寅、日柱丁未、時柱辛亥、日主は丁火なり。大運は一歳に己丑に起こり、その後十一歳戊子、廿一歳丁亥、三一歳丙戌、四一歳乙酉、五一歳甲申、六一歳癸未。月柱庚寅より往上倒數して排成せられ、「大運逆行」に属す。——年干辛は陰に属し、陰年男命は逆排なり。此表須く注意すべし四個の地支。兩亥中に甲木を藏し、寅中に甲木を藏し、未中に乙木を藏して、木氣四支に遍布して、全く丁火を生扶するの印星なり。下文「印多」「寅亥作合」を論ずる皆ここに由りて起こる。

丁火日元。生於立春後一日。嚴寒未解。火力未充。得木生之。自然氣焰勢足。複查年月日時。四支俱有甲乙之木。生火已嫌過多。而寅宮丙火。未中丁火。亦皆有輔主這功。財神高透天干。正官藏於兩亥。本命財官印三奇俱全。理應聲名腃達。平步青雲。何今屈蟄市廛。寄人籬下。持籌握算。鎮日勞勞。

丁火日主は立春後一天に生まれ、此時嚴寒未だ消解せず、火力還だ充足せず。最も木の來りて生扶するを需む。木を得れば氣焰自然壯足す。再び年・月・日・時の四支を查すれば、兩亥中に甲木を藏し、寅中に甲木を藏し、未中に乙木を藏して、四支皆木あり。火を生ずるすでに太多を嫌う。而して寅中に藏する丙火・未中に藏する丁火も、皆日主を輔助するの功あり。故に日主並びに弱からず。年干・時干雙透の辛金は、丁火の財星高々と天干に透す。兩亥中に藏する壬水は則ち丁火の正官にして、藏して露ならず。木は印と為り、金は財と為り、水は官と為る。本命財・官・印の這「三奇」齊備す。理を照らせば當に聲名騰達・平步青雲すべし。何の故に如今卻って市井に屈居し、人の籬下に寄りて、整天算盤を撥し終日勞碌するや。

要知柱中寅亥作合。亥未椇地。官星暗損。宦海無緣。習賈經商。方堪溫飽。印遇幾傷。堂上之廕庇不久。正財明露間中之威力獨張。子息無多。有二位足滿慾望。日逢天德。遇險事可以化夷。亥為乙貴。遊異鄉到處歡迎。大運初交己丑戊子。俱未順利。骨肉刑傷。丁火幫身。亥運官貴。連丙戌十年。有名有利生子添丁。乙運欠佳。酉運尚順。壽阻未運底。 (天津陳德培先生命造)

要知るべし局中寅と亥相合し、亥また未と拱合して木局を成す。亥水一たび木に化せられれば、藏する裡面の壬水官星就中暗中に損を受く。故に仕途緣なく、ただ買賣を學び商を經営して始めて溫飽する能くのみ。木印辛金に剋傷せられて、父母長輩の蔭庇長久する能わず。正財明明白白天干に透して、內室の中妻子威權獨り張るを主る。子息多からず。兩個あれば便ち稱心に足る。日干丁火恰も寅月の「天德貴人」なり(天德は月を逐うて定まるの解厄の星)。險に遇うも夷に化すべし。亥また丁日の「天乙貴人」なり(天乙貴人是最も尊き吉神にして、命書の歌訣に「丙丁猪鶏位」。故に丁日の貴人は亥・酉に在り)。彼を主じて異郷を游歷して到る處歡迎を受けしむ。大運初め己丑・戊子に交るとも皆順利ならず。骨肉刑傷あり。丁運は丁火身を幇き、亥運は官星貴を得て、丙戌這十年を連ねて、名あり利あり子を生じ丁を添う。乙運欠佳にして、酉運尚ほ順なり。壽數は則ち癸未運の末尾に到りて止まるを爲す。末行括弧內は作者自注なり。これ是天津陳德培先生の命造なり。

王吉哉(餘姚)

戊申 丁巳 己巳 辛未 八歲 戊午 十八 己未 廿八 庚申 三八 辛酉 四八 壬戌 五八 癸亥 六八 甲子

乾造(男命):年柱戊申、月柱丁巳、日柱己巳、時柱辛未、日主は己土なり。大運は八歳に戊午に起こり、その後十八歳己未、廿八歳庚申、三八歳辛酉、四八歳壬戌、五八歳癸亥、六八歳甲子。月柱丁巳より順數して排成せられ、「大運順行」に属す。——年干戊は陽に属し、陽年男命は順排なり。此表は兩截に分かちて看るべし。前二十年戊午・己未は仍ほ火土にして原局と同氣なり。廿八歳以後庚申・辛酉轉じて金郷に入る。正に土を泄して秀を吐くの喜神の地なり。一生の分水嶺就中ここに在り。

己土日元。其性插溼。能生木亦能潤金。生於已月。赤帝司權。土隨母量。日主高強。依理而推。當取正印為格。一派火土。混濁不清,所幸傷官傷盡。用這為奇。性極高傲。作事聰明。祖業不豐。尚堪溫飽。將來自手發展。獲資基鉅。妻堅配。方免刑傷。子遲得。乃有收成。大運初行戊午己未。火土幫身。不見佳妙。庚申辛酉念年。喜神透清。添丁增口。財帛進門。壬癸財運。柱中劫多暗受其損。恐多麻煩。亥運沖已。不利。 (餘姚王吉哉先生之命造)

己土日主は性質卑下潮濕にして、能く木を生じ能く金を潤す。巳月に生まれ、火神權に當る(古は赤帝を以て夏を主るとす)。土その生ずるの母に隨いて一同に旺盛す。日主是に因りて高強なり。理を照らして推し去れば、當に巳中丙火を取りて「正印格」を立つべし。無奈滿盤一派の火土にして混濁して清爽ならず。所幸年支申中庚金・時干辛金は土を泄すの傷官食神にして、官星(甲木)を剋して盡くして餘なし。命書之を「傷官傷盡」と稱す。取り來りて用と為せば反って奇格を成す。這樣の人は性情極めて高傲にして辦事聰明なり。祖上產業豐ならざるも尚ほ溫飽し、將來自己の發展に靠れば、資を獲ること甚だ巨なるべし。妻宮須く配を擇び當を得て始めて刑傷を免れん(底本「妻堅配」の「堅」字疑わしく訛あり)。子息宜しく遲く得て始めて收成あらん。大運初め戊午・己未を行く。火土身を幇きて並びに佳妙ならず。庚申・辛酉這二十年は、喜神透露清純にして、丁を添え口を增し財帛門に進む。壬癸財運は、局中比劫太多にして財暗中に分奪せられ、恐らく麻煩少なからざらん。亥運は日支巳火を冲動して利ならず。末行括弧內は作者自注なり。これ是餘姚王吉哉先生の命造なり。

寧波第一特區行政專員

庚辰 丁亥 丙辰 丁酉 六歲 戊子 十六 己丑 廿六 庚寅 三六 辛卯 四六 壬辰 五六 癸巳 六六 甲午

乾造(男命):年柱庚辰、月柱丁亥、日柱丙辰、時柱丁酉、日主は丙火なり。大運は六歳に戊子に起こり、その後十六歳己丑、廿六歳庚寅、三六歳辛卯、四六歳壬辰、五六歳癸巳、六六歳甲午。月柱丁亥より順數して排成せられ、「大運順行」に属す。——年干庚は陽に属し、陽年男命は順排なり。此表要點は月支亥に在り。亥中同時に壬水七殺と甲木偏印を藏して、殺印同じく一宮に居り、殺は能く印を生じ、印は能く身を護る。是全局最も喫緊なる一處なり。

上為寧波第一特區行政志員。 先生這八字。丙火生於亥月。冬日可愛。丙丁幫身。亥中殺印同宮。庚財通根於酉。滋殺有源。辰中食神制殺。舒配得宜。以故蚤歲軒昂。政聲聿著。入壬辰運。殺食兩顯。出任專員。辦理新嵊奉三縣剿匪事宜。旌旗所至。小丑披靡。甲運本有奪食之嫌。柱露庚金。仍奮發有為。午運羊刃。靜養太和為妙。

上面は寧波第一特區行政專員某先生の八字なり。——底本ここに空缺して姓名を脱せり。今照らして錄し補わず。丙火は亥月に生まれ、正に冬日愛すべきの時なり。日主丙火と兩個の丁火互相いに幇扶す。亥中七殺(壬水)と偏印(甲木)同じく一宮に居りて、殺は印を生じ印は身を生じて、凶轉じて吉と為る。年干庚金財星また時支酉に通根して、財能く七殺を滋養し、殺源頭ありて虛ならず。日支と年支の兩個の辰中に戊土食神を藏して、食神能く七殺を制伏す。一生一制搭配宜しきを得たり。故に彼早年に就中氣宇軒昂にして政聲卓著せり。壬辰運に進入して、壬水七殺と辰中食神雙雙顯發して、是を以て專員を出任し、新昌・嵊縣・奉化三縣の剿匪事宜を辦理せり。旌旗到る所、宵小の輩風を望みて披靡す。甲運本來偏印食を奪うの嫌あり。但し四柱庚金を透出して能く甲木を制すれば、故に仍ほ奮發有爲なり。午運是丙火の羊刃にして、宜しく靜養保和を爲して妙とすべし。

徐德聖夫人(坤造)

乙巳 乙酉 丙辰 丙申 九歲 丙戌 十九 丁亥 廿九 戊子 三九 己丑 四九 庚寅 五九 辛卯 六九 壬辰 七九 癸巳

坤造(女命):年柱乙巳、月柱乙酉、日柱丙辰、時柱丙申、日主は丙火なり。大運は九歳に丙戌に起こり、その後十九歳丁亥、廿九歳戊子、三九歳己丑、四九歳庚寅、五九歳辛卯、六九歳壬辰、七九歳癸巳。月柱乙酉より順數して排成せられ、「大運順行」に属す。——年干乙は陰に属し、陰年女命は順排なり。天干ただ乙・丙の兩種のみあるも、地支卻って處處會合して金と成す。年支巳は月支酉と半會金局し、日支辰は月支酉と相合して金を化す。故に下文この造を「會合俱に財と為る」と說く。財旺は全局の主腦なり。

四柱天干。兩乙兩丙。木火相生。人必曰兩干不雜格。其實不然。女命所注重者財官。柱中有財有官。不沖不破。便為佳造。今丙火生於酉月。正財當令。與年支之已。半會金局。與日支之辰。合而化金。會合俱為財。本命財乃極旺。可覘其極有才能。作事幹練。交際手段亦高。柱中東合會。面面留情。幸有兩印透干。操守貞潔。幫夫助家。鄰里稱賢。行運戊子己丑念年。助夫興業。家有餘歡。庚運亦佳。寅運沖申。未見佳妙。辛卯運亦順境。人壬辰運。遇壬戍年。最要防衛。 (餘姚徐德聖先生夫人八字。)

四柱天干ただ乙・丙の兩種にして、兩乙兩丙にして木火相生す。人々一定これを「兩干不雜」の貴格と說かん。——所謂兩干不雜とは、四柱天干ただ兩個の字を用ゐて循環するを指し、古人は以て清純の象と視る。其實然らず。女命の看重する所は並びに這些の花樣に在らずして、財と官に在り。財能く官を生じ、官は夫星と為る。柱中財あり官ありて冲破を受けざれば、便ち佳造と算す。この造丙火は酉月に生まれ、酉中辛金是丙火の正財にして、正財令に當る。酉また年支巳と半會して金局を成し、日支辰と相合して金を化す。會もまた財、合もまた財にして、本命の財是に因りて極めて旺なり。これに由りて彼女極めて才能あり・辦事幹練・交際手腕もまた高きを看出すべし。ただ柱中會合太多にして處處情を留む。幸いに兩個の乙木印星天干に透して、印は端方自守を主る。故に彼女操守貞潔にして、夫を幇け家を興す能く、鄰里賢と稱す。行運戊子・己丑這二十年は、夫を助け業を興して、家中富足して餘あり。庚運もまた佳なり。寅運は時支申金を冲動して、未だ佳妙を見ず。辛卯運も亦た順境なり。壬辰運に進入せば、若し再び壬戌年に遇上せば、最も小心提防を要す。末行括弧內は作者自注なり。これ是餘姚徐德聖先生夫人の八字なり。

鄭希文(鄭炳年長郎君)

己酉 己巳 丁丑 甲辰 四歲 戊辰 十四 丁卯 廿四 丙寅 三四 乙丑 四四 甲子 五四 癸亥 六四 壬戌

乾造(男命):年柱己酉、月柱己巳、日柱丁丑、時柱甲辰、日主は丁火なり。大運は四歳に戊辰に起こり、その後十四歳丁卯、廿四歳丙寅、三四歳乙丑、四四歳甲子、五四歳癸亥、六四歳壬戌。月柱己巳より往上倒數して排成せられ、「大運逆行」に属す。——年干己は陰に属し、陰年男命は逆排なり。此表は要く三支を合看すべし。巳・酉・丑の三字齊全して、正好三合金局を成し、月令の劫財の火を整個轉化して財と為す。這是下文「劫を化して財と為す」の一大議論の根據なり。

上繫福州省郵務局秘書鄭炳年先生之郎君。希文兄庚造。現在上海東湖法律學院肄業。品貌秀麗。學問淵博。核其命理。確相符合,非偶然也。丁火生於已月。年酉長生。日丑墓庫。時干正印。日元健朗。或取食神生財。或以月刃當煞。言雖有理。皆非正論。

上面は福州省郵務局秘書鄭炳年先生の公子希文兄の八字にして、現在上海東湖法律學院に讀書す(「東湖」は當に「東吳」の訛なるべく、上海東吳大學法學院を指す)。品貌秀麗・學問淵博なり。彼の命理を核對するに、確かに相符して、絕對偶然にあらざるなり。丁火日主は巳月に生まる。年支酉是丁火の「長生」の地にして(陰火は十二宮を逆行して長生は酉に在り)、日支丑是丁火の「墓庫」、時干甲木また丁火の正印なり。故に日主健朗なり。ある人は食神生財を取らんことを主張し、ある人は月支巳を以て羊刃と為して七殺を持ち來りて之に配せんことを主張す。這兩種の說法雖も亦た理あるも、皆正論にあらず。

當以月劫用財。或疑既用劫。又用財。豈非自相矛盾。世有令盜踏之人。而掌銀庫者乎。詎知月劫用財。須帶傷食。蓋月令為劫,而以財作用。二者相剋。必須食傷化之。始可轉劫生財。今柱中食神兩透。甲己作合。正印意向食神。生財綽有裕餘。本命不但轉動生財。且可化劫為財。曷云乎。四柱地支。已酉丑相會。即以劫財之火。化為金局之財。而時支之辰。生年支之酉。亦有助於金局。兩位食神,俱有生財能力。安得不大富貴亦壽考耶。

當に「月劫用財」を以て立論すべし。——月令是我の劫財にして、卻って財星を取りて用神と作す。ある人懷疑す。既に劫財を用ゐ、また財星を用ゐれば、あに自相矛盾せざらんや。劫財本來錢財を搶奪するの神にして、世上あに盜跖のごとき大盜を請うて往かしめて銀庫を掌管せしむるの道理あらんや(底本の「盜踏」は「盜跖」とすべし。盜跖は先秦傳說の巨盜なり)。殊不知月劫用財は、必ず食神傷官を帶びて乃ち行くべし。——月令是劫財にして、偏に財星を持ちて用神と作す。兩者本來相剋す。必ず食傷ありて中に居りて轉化し、先ず劫財に由りて食傷を生じ、再び食傷に由りて財を生じて、始めて能く搶奪の力を扭じて生發の力と為す。如今柱中年・月兩干雙透の己土食神あり、時干甲木正印また己土と相合して、正印の意向整個食神の身上に傾注せられ、財を生起するに綽綽餘裕あり。本命能く劫を轉じて財を生ずるのみならず、しかも能く劫を化して財と為す。何を以て見るや。四柱地支巳・酉・丑の三字相會して金局を成せば、這就月令のあの團の劫財の火を整個化して金局の財と成せり。時支辰土また年支酉金を生じて、亦た這個の金局のために力を添う。兩位の食神皆財を生ずるの能力あり。這樣の命何ぞ能く大富大貴にして而且長壽ならざらんや。

夫食神健朗一生衣祿無虧。年坐文昌學藝定占軼眾。豐範清秀。姿質靈敏。印透時干。又見其宅心正大。無黨無偏。他時為國宣勞。自不浮沉隨俗。今日研究法律。正以栽植基礎。查其一生行運。除丑運火庫。稍有蹉跌外。餘皆迪吉。美不勝言。滴天髓所謂一清到底有精神。管取生平富貴真。堪為斯造詠。

食神健旺なれば、一生衣食俸祿虧なきを主る。年支酉また丁火の「文昌」星なり。——文昌は日干に由りて推出し、聰明文采を主りて讀書應試に宜しきの吉神なり。——故に彼の學問技藝定んじて出衆せん。彼風範清秀・資質靈敏なり。正印時干に透して、印は端方守正を主る。彼の居心正大・偏らず黨せざるを見るべく、將來國のために效力せんこと、自然波に隨い流に逐わざらん。今日法律を研究するは、正に日後のために根基を栽培するに在り。查するに彼一生の行運は、乙丑運の丑是火の墓庫にして日主墓に入りて略有蹉跌あるの外、その餘皆吉祥順遂にして、好きこと說き盡くすべからず。《滴天髓》に「一清到底にして精神有り、管取生平富貴真」の兩句あり。說く所は一個の八字若し頭より尾に至るまで用神清純・氣脈貫通せば、便ち終身真の富貴を主る。正に持ち來りて這個命造を題咏すべし。

鄭希傑(鄭炳年三郎君)

辛亥 庚子 庚辰 丙戌 十一 己亥 廿一 戊戌 三一 丁酉 四一 丙申 五一 乙未 六一 甲午 七一 癸巳

乾造(男命):年柱辛亥、月柱庚子、日柱庚辰、時柱丙戌、日主は庚金なり。大運は十一歳に己亥に起こり、その後廿一歳戊戌、三一歳丁酉、四一歳丙申、五一歳乙未、六一歳甲午、七一歳癸巳。月柱庚子より往上倒數して排成せられ、「大運逆行」に属す。——年干辛は陰に属し、陰年男命は逆排なり。原表起運は十一歳より開始し、十一歳以前大運を列せず。這段の童限は舊法別に「小運」を以て之を推す。この造は年支亥・月支子相連なりて北方水方を成し、月支子また日支辰と半合水局して、水勢專一にして、全く庚金の秀を泄するに在り。

上繫炳年先生第三郎君希傑先生庚造。求學北平大學。推評四柱。庚金生於仲冬之月。坐下辰土。月干庚金。年干辛金。皆足為日元之助。身主健朗。可覘其德性堅定。作事精明。傷官坐月令。英華外發。聰明伶俐。年支遇文昌。學術高明。堪以預卜。身強宜洩。月支子水。正所以洩身之秀。而亥子會成水方。子辰半會水局。雖曰方局不宜相混。要皆擁護傷官。意向一致。則以傷官取格。自無疑義。時值冬令。水旺金強。嫌其過寒。所幸時上丙火透天。不惟冬日之可愛。調侯亦關緊要。故兼取七煞為相。名曰傷官帶煞。行運丁酉丙申乙未甲午均佳。

上面は鄭炳年先生第三位の公子希傑先生の八字にして、現在北平大學に求學す。彼の這四柱を推評すれば、庚金は仲冬子月に生まれ、日主坐し下る辰土能く金を生じ、月干庚金是比肩・年干辛金是劫財にして、皆足りて日主を幇扶す。故に身主健朗にして、彼の德性堅定・辦事精明を見るべし。子中癸水是庚金の傷官にして、傷官月令に坐すれば、才華外露・聰明伶俐なり。年支亥是庚金の「文昌」星にして、學術高明豫卜すべし。日主既に強ければ便ち宣泄に宜しく、月支子水正に日主の秀を泄するの所在なり。而して亥と子相連なりて北方水の「方」(三會)を成し、子と辰半會水の「局」(三合)を成す。雖も三會の方と三合の局は宜しく一處に混雜して論ずべからざると說うも、但しこの造兩者皆同一個の傷官を擁護して、意向完全一致せば、則ち傷官を以て格を取る便ち毫も疑義なし。ただ時冬令に値いて、水旺く金強くして、其の過に寒冷なるを嫌む。所幸時干丙火天干に透出して、不但冬日愛すべき一輪の暖陽にして、「調候」這一層——即ち過寒過燥の命局に爲に暖氣あるいは潤澤を補上する——もまた關係極めて緊要なり。故に兼ねて丙火七殺を取りて輔佐と為し、名づけて「傷官帶煞」と曰う。行運丁酉・丙申・乙未・甲午一路の火土木は、皆能く局を暖め、皆佳運に属す。

蔣清渠(越州胖漢)

丁亥 壬寅 戊申 壬子 三歲 辛丑 十三 庚子 廿三 己亥 三三 戊戌 四三 丁酉 五三 丙申 六三 乙未

乾造(男命):年柱丁亥、月柱壬寅、日柱戊申、時柱壬子、日主は戊土なり。大運は三歳に辛丑に起こり、その後十三歳庚子、廿三歳己亥、三三歳戊戌、四三歳丁酉、五三歳丙申、六三歳乙未。月柱壬寅より往上倒數して排成せられ、「大運逆行」に属す。——年干丁は陰に属し、陰年男命は逆排なり。此表須く水の多寡を點數すべし。年支亥・月干壬・時干壬・時支子、加うるに日支申は子と半合水局して、全局水氣五處の多きあり。而して局を暖めるはただ年干丁火と寅中に藏する丙火の兩點のみ。寒暖の勢懸殊にして、下文の運を取るは全くここより決定す。

上繫紹興蔣清渠先生庚造。別署越州胖漢。曾畢業中校。清季在本省各府辦理刑名。暨新政事件光。復後人法校聽講旋。辦紹興成章女中校。歷任蘇省各縣司法科主任。及第一科科長。十六年後。在浙江省防軍任書紀官。升首都警察廳佐治警政。近復辦理建設新政。前承開示庚造。囑予評斷。

上面は紹興蔣清渠先生の八字なり。彼別號「越州胖漢」にして、かつて中學堂に畢業せり。清朝末年、彼本省各府に於て「刑名」(舊時衙門中に司法案牘を主辦するの幕職)および新政事務を辦理せり。辛亥光復以後、法政學校に進みて聽講し、隨いで紹興成章女子中學を創辦せり。此の後歷任江蘇省各縣司法科主任及び第一科科長。民國十六年(一九二七)以後、浙江省防軍に在りて書記官を擔任し、又た南京に設くる首都警察廳に升入りて警政を協理す。近來則ち建設方面の新政を辦理す。這段の履歷文武兼資にして、清より民に入る。正に下文の論ずる命局と相印證すべし。此の前彼を承けて自己の八字を抄示し、我に嘱して評斷せしめたり。(底本この段句讀訛誤較多し。「暨新政事件光。復後人法校聽講旋。辦紹興成章女中校」のごときは、當に「暨新政事件。光復後入法校聽講。旋辦紹興成章女中校」と讀むべし。)

戊屬土。為萬物之線。此常論也。其實僅憑單獨之土質。雖一草一木。亦不能滋長發榮。必須水以潤之。火以暄之。始可生生不己。今月支之寅。中藏丙火。月干之壬。明明屬水。水火兩全。萬物資生。門第清高。人才軼眾。於此可卜惟細按之。年支逢亥水。時干透壬水。日時二支。又聯合水局。水計有五。僅恃年干丁火。及月支之寅。所藏丙火。斷不能勝多數之水。雖曰水火兩全。究未坎離調變。必須運入火土。助日元用神之不逮耳。查己運尚佳。亥運不利。戊戍丁酉丙申卅年。名業崇隆。生子餘金。公私暢適。攸往咸宜。六十七歲癸已年多麻煩。慎防為要。

戊は土に属して、萬物を生養するの根本なり。これ是人々會說するの常談なり(底本「萬物之線」の「線」字は當に「母」とすべし)。其實單に一塊の土質を憑れば、一草一木すら長ち起こす能わず。必ず水ありて之を潤澤し、火ありて之を溫暖せば、始めて能く生生已まず。——這正是命理上土を論ずるの最も要緊の一層なり。土水なければ則ち枯し、火なければ則ち寒し。水火兩樣一つも缺くべからず。この造は月支寅中に丙火を藏し、月干壬水また明明白白是水なり。水火兩全にして、萬物賴りて資生す。故に門第清高・人才出衆にして、ここより以て豫卜すべし。ただ細かに按じ來れば、年支に亥水あり・時干壬水を透し、日支申と時支子また聯合して水局を成し、申中に藏する壬水を算え入れて、水共に五處の多きあり。而して倚仗し得べき暖氣は、ただ年干の一點の丁火と月支寅中に藏する丙火のみ。兩點の火斷じて這許多の水に勝つ能わず。故に雖も水火兩全と說うも、究竟還だ水火旣濟・陰陽調和の地步を爲すに到らず。必ず火土の運に走り入りて、來りて日主と用神の不足を補助するを須う。查するに彼の己運尚ほ佳にして、亥運利ならず。戊戌・丁酉・丙申這三十年は、名望事業隆盛にして、丁を添え財を進め、公私兩暢にして、往くところ宜しからざるなし。六十七歳癸巳のあの年麻煩較多にして、務めて謹愼提防を須う。

程柏堂

乙丑 庚辰 己未 庚午 六歲 己卯 十六 戊寅 廿六 丁丑 三六 丙子 四六 乙亥 五六 甲戌 六六 癸酉

乾造(男命):年柱乙丑、月柱庚辰、日柱己未、時柱庚午、日主は己土なり。大運は六歳に己卯に起こり、その後十六歳戊寅、廿六歳丁丑、三六歳丙子、四六歳乙亥、五六歳甲戌、六六歳癸酉。月柱庚辰より往上倒數して排成せられ、「大運逆行」に属す。——年干乙は陰に属し、陰年男命は逆排なり。此表は兩處を看る。地支丑・辰・未三個の四季の土層層疊疊にして、時支午また己土の祿なり。月・時兩干雙透の庚金は、正に這一身の重土の秀を泄するの關鍵なり。

上為程柏堂先生庚造。程籍紹興。光緒丁酉年拔貢。截取京官乙已年。出任蘇省華亭縣知縣多年。光復後。歷充釐差。並在江浙財政廳任秘書科長等職。工於八法。頗負盛名。家資鉅萬。伉儷和諧。

上面は程柏堂先生の八字なり。程君籍貫紹興にして、光緒丁酉年(一八九七)に「拔貢」を考取せり。——清制毎十二年各省の生員中より一次を選拔して、國子監に貢入る。是科舉の一條の正途なり。乙巳年(一九〇五)また「截取」の資格を以て京官を做るに分發せられ。截取は資歷年分に按じて挨次銓選するの制度なり。後來彼は江蘇省華亭縣知縣を出任すること多年なり。辛亥光復以後、歷任釐金局の差事にして、並びに江蘇・浙江財政廳に祕書科長等の職を擔任せり。彼書法に精なり(「八法」即ち永字八法にして、借りて書法の一道を指す)。頗る盛名を負う。家資巨萬にして、夫婦和諧す。

查其庚造蓋己土。生於辰月。季土疊疊。午火居時。日元強旺無疑。或以日祿蹄時沒官星取格。或以月劫用煞定評。按之旺者宜洩。季土疊疊。宜重金以吐秀。本命幼歲選拔萃科。歷官京曹。壯年出膺花封。政聲卓著。非其傷官得氣而何。精文學。擅八法。猶餘事耳。查大運甲運稍差。聞彼時篤信佛學。靜心休養。得以化險為夷。戍運癸運重列仕版。一路順境。酉運食來混傷。難以言吉也。

查するに彼の這個八字は、己土辰月に生まれ、四季の土層層疊疊にして、時支また午火の土を生ずるあり。日主強旺疑なし。ある人は「日祿歸時官星沒き」を持ちて格を立つ。——己土の祿は午に在りて、恰好時支に歸し、而して四柱また甲木官星を見ず。正にこの格に合す。ある人また「月劫用煞」を以て評斷す。——辰中戊土是劫財にして、年干乙木是七殺なり。我が看を依れば、旺なる者は宜しく泄すべし。四季の土既然重疊せば、就中重金を用ゐてその秀氣を吐くべし。本命幼年に就中貢生に選拔せられ、京城に官を做り、壯年知縣を出任す(舊は縣令を稱して「花封」爲す)。政聲卓著せり。若し傷官氣を得るにあらざれば、何を以て此に致らんや。文學に精通し書法に擅長するに至りては、還だ不過餘事のみ。查するに彼の大運は、甲運稍や差あり。聞くに彼時彼篤く佛學を信して靜心休養し、始めて以て險を化して夷と爲すを得たり。戌運・癸運は重新に仕途に列身して一路順境なり。酉運是食神の來りて傷官と相混ずるにして、就中吉と言い難し。

端木彰(浙江餘姚・湯溪縣長)

庚辰 戊子 己卯 乙亥 八歲 己丑 十八 庚寅 廿八 辛卯 三八 壬辰 四八 癸巳 五八 甲午 六八 乙未

乾造(男命):年柱庚辰、月柱戊子、日柱己卯、時柱乙亥、日主は己土なり。大運は八歳に己丑に起こり、その後十八歳庚寅、廿八歳辛卯、三八歳壬辰、四八歳癸巳、五八歳甲午、六八歳乙未。月柱戊子より順數して排成せられ、「大運順行」に属す。——年干庚は陽に属し、陽年男命は順排なり。此表要點二あり。一は月支子中癸水は己土の偏財にして令に當る。二は時干乙木・日支卯木・時支亥中甲木、身を剋するの星層層疊出して、而して四柱偏に一點の印綬(火)もなし。下文の吉凶全く這「殺ありて印なし」の四字より生出す。

上為曾任浙江餘姚湯溪等縣縣長端木彰先生庚造。己土生於子月。偏財當令。柱中七煞重重。財來滋煞。故歷任軍界要職。(前浙省魯主席滌平是其門生。)柱中所缺者印綬。殺無印不威,故其人溫厚和平。藹然可親。內權獨擅。蓋殺居日支也。迨運入已地。煞印相生。而寒令之溼土。遇陽光普照,豈有不舒展之理。故於壬申年四月。委署餘姚縣長。至甲戍夏季。調篆湯溪。政譽卓著。近甫卸職。預科入甲午運。木能生火。而火生土。必較己運尤勝。且甲與己合。官不混殺交乙運合庚不利。

上面はかつて浙江餘姚・湯溪等の縣長を任じたる端木彰先生の八字なり。己土は子月に生まれ、子中癸水偏財令に當る。柱中乙木七殺重重にして(時干乙・日支卯・時支亥中甲木)、財能く七殺を滋養し、殺重ければ則ち威權を主る。故に彼歷任軍界の要職せり。(括弧內は作者自注なり。前浙江省主席魯滌平は彼の門生なり。)柱中の缺くる所は印綬なり。——命書に曰く「殺は印なければ威ならず」。七殺印の來りて轉化するなくんば、威勢便ち發し出づる能わず。故に彼人と為りて溫厚和平・和藹可親なり。而して家中內政の大權は妻室に由りて獨り攬めらる。日支是妻宮にして、七殺正にあそこに坐するが故なり。運の巳地に入るを待ちて、巳中丙火は印と為り、殺は印を生じ印は身を生じて殺印相生す。況んや寒冬時節の濕土、一旦陽光の普照に遇えば、あに舒展せざるの道理あらんや。故に彼壬申年四月に委派せられて餘姚縣長を署理し、甲戌年夏天に到りて湯溪に調任せられ、政聲卓著にして、最近始めて卸任せり。豫料するに甲午運に進入せば、木は能く火を生じ火また土を生じて、必定己運に比べて更に一籌を勝らん。しかも甲木は己土と相合して、正官合住せられて、來りて七殺と相混ぜず。格局更に清なり。乙運に交るに到れば、乙は年干庚と相合して則ち利ならず。

凌俾麟(寧波豐紗廠經理)

庚子 乙酉 癸巳 己未 八歲 丙戌 十八 丁亥 廿八 戊子 三八 己丑 四八 庚寅 五八 辛卯 六八 壬辰

乾造(男命):年柱庚子、月柱乙酉、日柱癸巳、時柱己未、日主は癸水なり。大運は八歳に丙戌に起こり、その後十八歳丁亥、廿八歳戊子、三八歳己丑、四八歳庚寅、五八歳辛卯、六八歳壬辰。月柱乙酉より順數して排成せられ、「大運順行」に属す。——年干庚は陽に属し、陽年男命は順排なり。この造日柱癸巳は命書「財官雙美」の日に列す。巳中に丙火を藏して癸水の正財、戊土を藏して癸水の正官にして、財官同宮にして美なり。下文韋千里正に這一條の成說を持ち來りて辨正を爲さんとす。

上繫寧波豐紗廠經理凌俾麟先生庚造。命書所載。癸日坐向已宮。財官雙美。則人生於癸已日元。無有不富而且貴者。其實要四柱合看。未可以一概論也。本命癸水生於白露之後。正值為金司令。偏印用事。年上透出庚金正印。而乙木助之。年支比肩。又是祿堂。總觀癸水日干。有如許擁護之神。則弱而不弱矣。

上面は寧波豐紗廠經理凌俾麟先生の八字なり。命書上に「癸日巳宮に坐し、財官雙美」の說法を載す。——舊說壬午・癸巳兩日を「祿馬同鄕・財官雙美」爲す。日支の中財と官同じく一宮に居るが故なり。このごとく講ずれば、凡そ癸巳日に生まるる人は不富且つ不貴なきなからん。其實一個の日柱はただ八個の字裡の兩個字にして、還た四柱通盤を合せて看るを要し、一槪に論ずべからず。本命癸水は白露以後に生まれ、正に辛金司令に當る。辛金と癸水同じく陰に属して、我を生じて同性なれば是を偏印爲す。偏印事を掌る。年干また庚金正印を透す(庚陽癸陰にして、我を生じて異性なり)。而して月干乙木は庚金と相合して、非但それを牽制せざるのみならず、反って庚金の聲勢を助長す。年支子既に癸水の比肩にしてまた癸水の祿堂なり。通盤看去れば、癸水日主身邊に這許多の擁護の神ありて、它を說くに秋天に生まれて氣を泄して弱しとは、其實弱にして弱ならず。

本命取格取用。有以歲祿有官。或取時上七殺。細按之。年祿固不足以言格。時殺亦難免偏激。以錢綬化殺。最為確當。柱中金水兩旺。可覘其性極喜動。但有己未兩土。堤防。故動而就範。宅心正大。姿質靈敏。殺印透干。宜乎幼年經營紗廠。振興實業。行運戊子稍差。己丑庚辛。大吉大利。莫嫌老圃秋容淡。霜葉紅於二月花。

這個命は格を取り用を取るに、ある人は年支の祿に兼ねて官星あるを以て「歲祿格」を立てんことを主張し、ある人は時干己土七殺を取りて格を立てんことを主張す。細かに按じ來れば、年支の祿單薄にして以て格を立つるに足らず。時干の七殺もまた偏極して身を傷るを免れず。還た印綬を以て七殺を轉化し來るを最も確當と爲す。——七殺は印を生じ、印再び身を生じて、凶星便ち助力と成る(底本の「錢綬」は「印綬」とすべし)。柱中金水兩旺にして、彼の性情極めて活動を喜ぶを看出すべし。但し己土と未土ありて堤防と作せば、故に動きて矩を逾えず。居心正大・資質靈敏なり。七殺と印綬雙雙干を透す。彼年輕輕にして紗廠を經營し實業を振興するも怪しむに足らず。行運戊子稍や差あり。己丑・庚・辛の幾步大吉大利なり。正に古人詩句の咏ずるがごとく、深秋園圃の景色清淡なるを嫌うなかれ、霜を經たる紅葉反って二月の春花より艷なり。——晚運正好なり。

樊劍剛(上海大衆書局經理)

戊戌 戊午 丁卯 丙午 二歲 己未 十二 庚申 廿二 辛酉 三二 壬戌 四二 癸亥 五二 甲子 六二 乙丑

乾造(男命):年柱戊戌、月柱戊午、日柱丁卯、時柱丙午、日主は丁火なり。大運は二歳に己未に起こり、その後十二歳庚申、廿二歳辛酉、三二歳壬戌、四二歳癸亥、五二歳甲子、六二歳乙丑。月柱戊午より順數して排成せられ、「大運順行」に属す。——年干戊は陽に属し、陽年男命は順排なり。表を看るに要く兩處を抓むべし。月支午と時支午皆丁火の「祿」にして、日支卯木また來りて火を生じ、時干丙火再び身を幇く。火勢極めて旺にして四柱滴水全く無し。年月兩干雙透の戊土は、唯一能く這團の旺火を泄出するの出路なり。

上繫上海大眾書局經理樊劍剛先生八字。丁火生於午月。正逢當令之時。日主甚為強健。如以兩祿幫身。丙火畏輔主。卯木年干。雖曰至剛莫廠。究嫌其太過。幸有兩戊透干。得以洩火之秀。本命和事機警幹練。才學高明。於此可覘。所惜四柱五行缺水。似此火炎土燥之際。能有甘泉滋潤。則坎離調變。前程莫可限量。今賴運來補救。未為晚也。

上面は上海大衆書局經理樊劍剛先生の八字なり。丁火は午月に生まれ、正に令に當り時を得に逢う。日主非常に强健なり。加うるに月・時兩支の祿來りて身を幇き、時干丙火また日主を輔助し、日支卯木再び來りて生扶す。雖も剛強匹敵する無きに到るも、究竟其の太だ過ぎたるを嫌う(底本此數句訛字あり。「畏」當に「復」とすべし。「年干」は當に日支卯木の身を生ずるを指すべし)。所幸年・月兩干戊土を透出して、能く過旺の火氣を泄し出して秀氣と成す。この造處事機警幹練・才學高明なるは、ここより就中看出すべし。可惜四柱五行獨り水を缺く。這樣の火炎土燥の局面は、若し能く一泓の甘泉の來りて滋潤するあれば、水火旣濟・陰陽調和して、前程限りを量るべからざらん。如今全く大運に靠りて補救するも、亦た還だ晚しと算せず。

本命以建祿用傷取格。洩其太過。亦得秀氣。雖不及春木秋金之貴。而火土傷官。適亦得時乘勢。經營就富。可斷言也。行運庚申辛酉財運。於格最利。但柱中比劫環伺左右。定有耗財之舉。壬戍舉亥廿年。火土傷官。見官本忌。乃調候為爭。故反吉也。經營獲利鉅萬。毋煩贅述。

本命は「建祿用傷」を以て格を取る。——月支是日主の祿なれば故に建祿と名づく。再び戊土傷官を取りて用と為し、過旺の火氣を泄掉して、同じく能く秀氣を顯出す。這雖も春木・秋金のあの種の時を得地を得るの貴格に比ぶるに及ばざるも、但し火土傷官恰好亦た令に當り勢に乘ず。經營を靠りて致富するは以て斷言すべし。行運庚申・辛酉是財運にして、格局に對し最も利あり。ただ柱中比肩劫財左右に環伺して、必定耗財の事あらん。壬戌・癸亥這二十年は、火土傷官の常例に按ずれば最も官星を見るを忌む(壬癸水是丁火の官殺)。然れどこの造卻って水を需みて調候するを急とするがため、反って凶を轉じて吉と爲り、經營獲利巨萬す。多く說くを須いず。

張之聲(營口天和報關行經理)

丙戌 丁酉 己卯 丁卯 九歲 戊戌 十九 己亥 廿九 庚子 三九 辛丑 四九 壬寅 五九 癸卯 六九 甲辰

乾造(男命):年柱丙戌、月柱丁酉、日柱己卯、時柱丁卯、日主は己土なり。大運は九歳に戊戌に起こり、その後十九歳己亥、廿九歳庚子、三九歳辛丑、四九歳壬寅、五九歳癸卯、六九歳甲辰。月柱丁酉より順數して排成せられ、「大運順行」に属す。——年干丙は陽に属し、陽年男命は順排なり。此表須く地支の刑冲害を看るべし。日支卯・時支卯皆月支酉と相冲し、月支酉また年支戌と相「害」す(六害是地支の間暗中相損するの關係)。一冲一害して、月令のあの點の秀氣ほとんど損し盡くす。這是全局の病根なり。

上繫營口天和報關行經理張之聲先生庚造。已土生於酉月。正值秋金司令。食神當權。洩身之秀。美不可言。無如四柱天干。陽火陰火。層見疊出。食神受印綬之掣肘。已無遁飾。所謂火炎土燥。金無所賴。且卯酉逢沖。酉戍相害。將極妙秀氣。完全剷除。本命弱點。即由於此。

上面は營口天和報關行經理張之聲先生の八字なり。己土は酉月に生まれ、正に秋金司令に値う。酉中辛金は己土と同じく陰に属し、己土の生ずる所にして同性なれば故に食神と為る。食神權に當りて、專ら日主の秀氣を泄す。本來美と言うべからざるの好局なり。無奈四柱天干年上に一個の丙火、月時兩個の丁火にして、陽火陰火層出窮ならず。火は土を生じて是己土の印綬にして、而して印綬正に食神の剋星なり(俗に梟印食を奪うと稱す)。食神它に壓せられて頭を擡ぐる能わず。這層の毛病すでに掩飾し住する能わず。——所謂火炎土燥にして、金燥土の中に在りて安身する處なく、就中依賴する所なし。加うるに日支・時支兩個の卯は月支酉と正面相冲し、酉また年支戌と六害を構成す。一冲一害して、月令のあの點の極妙の秀氣を完全に鏟除す。本命の弱點就中ここに在り。

卯宮偏官。結黨攻身。原冀食神來制。不圖食神本身。四面楚歌。自顧不遑。乃偏官不得不用印來引化。所謂制殺無如化殺高。以食神格而兼用殺印。行運自子字起歷行辛丑壬寅癸三拾年。步步順境。處處遂心。經商獲利。數可驚人。惟妻不克。主不睦。子艱難云。

日支・時支兩個の卯中に藏する乙木は、己土の「偏官」にして、也就是七殺なり。兩卯一黨を結びて來りて身を攻む。原本局中の食神の出でて之を制伏するを指望す。——食神制殺是命理上最も正當の辦法なり。不料這食神自身すでに三個の火印に壓せられて四面楚歌・自ら顧みる暇なし。再び餘力ありて七殺を管する能わず。是を以て這偏官は改めて印綬を用ゐて引化せざるを得ず。土の殺は木にして、木は火を生じ火再び土を生ず。凶星一つの彎を繞りて反って我を生ずるの物と成る。命書所謂「殺を制するは化殺のごとく高きなし」、硬壓は柔化に如かず、正に此の意なり。故にこの造名づけて食神格と爲して、實は兼ねて七殺と印綬を用ゐる。行運庚子運の子字より起こりて、辛丑・壬寅・癸這三十年を歷經して、步步順境・處處心に遂う。經商獲利の數目十分驚人なり。ただ妻宮冲されて、刑克を免れず、夫妻不睦・子息もまた艱難なり。

鄭正秋(本書梓に付す時篇に殿して哀を志す)

戊子 乙丑 辛丑 壬辰 五歲 丙寅 十五 丁卯 廿五 戊辰 三五 己巳 四五 庚午 五五 辛未 六五 壬申

乾造(男命):年柱戊子、月柱乙丑、日柱辛丑、時柱壬辰、日主は辛金なり。大運は五歳に丙寅に起こり、その後十五歳丁卯、廿五歳戊辰、三五歳己巳、四五歳庚午、五五歳辛未、六五歳壬申。月柱乙丑より順數して排成せられ、「大運順行」に属す。——年干戊は陽に属し、陽年男命は順排なり。此表須く「寒濕」の二字を體會すべし。辛金は嚴冬丑月に生まれ、年支子・月支丑・日支丑・時支辰全く水と濕土にして、時干また壬水を透す。通局陰寒潮濕にして一點の火氣なく、日主柔弱堪えず。故に運程の關鍵全く東南暖氣の有無に在り。

鄭正秋先生。經才緯抱。四海知名。其於戲劇及電影。不過寄情抒懷。效生公之說法。予世人以針砭而已。頃以噩耗傳來。大雅云亡。不勝人琴之慨。緣乘本書付梓之際。特殿是篇藉誌哀悼。餘與先生。由詩文之酬酢。交締忘年。先生最信餘課。遇重要機密。輒委占六壬。時蒙以有期許。挙注彌殷。每挹其芝光。聆其蘭語。恆令人一往情深。不能自己。

鄭正秋先生は經緯の才を懷抱して、名四海に滿つ。彼の戲劇と電影上の成就は、彼自己に於ては不過情懷を寄托し、竺道生の說法して頑石をして點頭せしめたるに效法して、借りて世人を鍼砭せしのみ。近日噩耗傳はり來りて、賢者長逝せり(《詩經・大雅・瞻卬》「人之云亡、邦國殄瘁」)。人にして王徽之の「人琴俱亡」の悲慨あらしむ。因りて本書の印に付する際に趁りて、特に這一篇を全書の末尾に放ち、藉りて哀を志す。我先生と詩文唱和往還に因りて忘年の交と結ぶ。先生最も我が占課を信し、重要機密の事に遇えば、常常我に委託して「六壬」課を起こさしむ。——六壬是八字と並行するの另一門の古法にして、時辰を以て課を起こし眼前の吉凶を占斷す。彼時時我に承許して、眷顧照拂日に殷厚なり。每に彼の豊采に親近し、彼の芝蘭のごとき清言を聆聽すれば、總じて人の情意深長・自已する能わざらしむ。

查先生之命造。辛誕寒冬。疊逢重土盛水。既患寒溼。又兼柔弱。所以質同蒲柳。未老先凋。早年丙寅丁卯等運。東南濟美。學冠群英。迨交戊辰重土。書劍飄零。風塵潦倒。已運亦未償宿負。已庚兩部。一火一金。方見飛騰。何期歲逢乙亥。月遇癸未。亥子丑會北方。癸水又助溼。丑未再沖動。哲人遽萎。社會上又失一急公好義。學養從深之俊彥。能不長歌一哭乎。

查するに先生の命造は、辛金寒冬に生まれ、また重重疊疊厚土と盛水に遇上して、既に寒濕に苦しみ、日主また柔弱なり。故に體質蒲柳のごとく秋を望みて落ち、未だ老いずして先ず凋す(《世說新語》は「蒲柳之姿」を以て早衰に喻う)。早年丙寅・丁卯等の運は、東南木火の氣來りて寒局を救濟す。故に學問群英に冠絕せり。戊辰運に交進するを待ちて、また重土身を壓す。是を以て書劍飄零・風塵潦倒せり。巳運もまた宿願を償淸する能わず。巳・庚這兩步は、一火一金にして——火は局を暖め金は身を助く——始めて飛黃騰達を見る。誰か料らん流年乙亥に逢い・月建また癸未に遇うとは。亥は原局の子・丑と會して北方水を成し、癸水また來りて濕を添え、未また原局の兩丑を冲動す。是を以て哲人遽然として凋謝せり(《禮記・檀弓》に孔子の歌「哲人其の萎れん乎」を載す)。社會上また一位の公に急ぎ義を好み・學養湛深の俊彥を失う。何ぞ能く聲を放ちて長歌して一哭せざらんや。

楊秀瓊

己未 戊辰 丁未 戊申 五歲 己巳 十五 庚午 廿五 辛未 三五 壬申 四五 甲戌

坤造(女命):年柱己未、月柱戊辰、日柱丁未、時柱戊申、日主は丁火なり。大運は五歳に己巳に起こり、その後十五歳庚午、廿五歳辛未、三五歳壬申。月柱戊辰より順數して排成せられ、「大運順行」に属す。——年干己は陰に属し、陰年女命は順排なり。底本此表は壬申の後に徑りに「四五 甲戌」を接して、中間に「四五 癸酉」の一步を脱漏せり。甲戌應に五五と作すべし。本書後文この造を重出する時の列する大運即ち四五癸酉・五五甲戌・六五乙亥と作る。以て互校すべく、ここに照らして錄して補わず。表を讀むの要害は、丁火日主孤零零たる一點にして、而して四柱戊・己・未・未・辰・申盡く土(丁火の生ずる傷官食神)なり。日主全く根氣なく、ただ這一片の土勢に順從する能くのみ。これ是下文の言う所の「從傷」「從兒」なり。

某名公以楊秀瓊之八字。囑余推評。夫丁火滿見戊己於干支。又在穀雨之後。黃土當權。應如命理約言所云。“日主無根。滿局皆傷。則當從傷。”不作身弱論。亦即滴天髓所謂“從兒格”是也。宜其巾幗英才。矯強特立。十五歲行來庚運。財星得祿。秀氣流動。自應一鳴驚人。聲譽震全國。芳蹤所至。公卿倒屣。惟明年丙火克庚。幸以高危滿損為戒。丁丑年或有關睢之兆。往後午運平淡。辛未十年。福祿綿密。壬運多險。四十歲繼以申金癸水酉金咸吉。五十五歲晉甲運。制傷破格。危如累卵矣。

某位の名公楊秀瓊の八字を持ちて我に嘱して推評せしむ。丁火日主干支の間滿眼皆戊・己の土にして、また穀雨以後・黃土權に當るの時に生まれ、正に《命理約言》の言う所に合す。日主毫も根氣なく滿局皆傷官なれば、就中傷官に順從すべし。——這種の情形は當に普通の身弱を以て論ずべからず。也就是《滴天髓》所謂「從兒格」(「兒」は我の生ずる物を指し、即ち食神傷官。日主既に力なければ、索性その子に從いて行く)なり。彼女の巾幗中の英才・矯健强健・卓然特立なるも怪しむに足らず。十五歳行き來りて庚運に、庚金財星時支申に祿を得て、滿局土氣出口ありて秀氣流動す。自然一鳴驚人して、聲譽全國を震動す。芳蹤到る所、公卿皆鞋を倒穿して出迎う(《三國志》王粲の「屣を倒して之を迎う」の典を用う)。ただ明年丙火は庚を剋す。彼女を望みて「高ければ則ち危うく、滿ちれば則ち損す」を以て戒めと爲さん。丁丑年あるいは嫁娶の兆あらん(《詩經・周南・關雎》婚姻を咏ず。故に「關雎之兆」と稱す)。此の後午運平淡にして、辛未這十年福祿綿密なり。壬運險多し。四十歳以後接連の申金・癸水・酉金皆吉なり。五十五歳に到りて甲運に進せば、甲木是印にして、印來りて傷官を制して從兒格を破る。就中危うきこと累卵のごとし。

周信芳(麒麟童)

甲午 丁丑 辛酉 甲午 八歲 戊寅 十八 己卯 廿八 庚辰 三八 辛巳 四八 壬午 五八 癸未

乾造(男命):年柱甲午、月柱丁丑、日柱辛酉、時柱甲午、日主は辛金なり。大運は八歳に戊寅に起こり、その後十八歳己卯、廿八歳庚辰、三八歳辛巳、四八歳壬午、五八歳癸未。月柱丁丑より順數して排成せられ、「大運順行」に属す。——年干甲は陽に属し、陽年男命は順排なり。這張の表を看るに要く兩組の力量を分淸すべし。年・時兩干の甲木是辛金の財星にして、月干丁火と年・時兩支の午火是辛金の七殺なり。財と殺皆甚だ強し。而して日主の倚靠し得るはただ日支酉(辛金の祿にして亦た比肩の地)と月支丑(丑中己土偏印と爲す)の這兩點の根氣のみ。

周信芳君,藝名麒麟童。具雋才。為劇界全能。稱梨園宗匠。餘視其命造,財殺兩強。而以日坐比祿。月得印綬為根。第日主較弱。不堪任財任殺。所以富貴非願。絃歌寄情。仗義疏財。安貧潔己。然支中土金重重。可以幫身。是謂明病暗樂。宜其一曲風傳。萬人擊賞。殊非尋常優孟。可與同日而語也。再核運程。庚、辰、辛一派土金。盛名勿替。明年進已字。三合金局。樓臺更上。四十八歲後。壬午十年。側重財殺。恐多糾紛。而宜倦飛知不矣。

周信芳君藝名麒麟童にして、才華出衆、戲劇界の全才にして、梨園宗匠と稱すに堪う。我彼の命造を看れば、財星と七殺兩邊皆強くして、而して日主の倚靠する所は、日支その祿に坐し(比肩の地)、月支印綬を得て根と爲す。ただ日主終に偏に弱くして、這麼重き財・這麼重き殺を擔起し得ず。故に富貴原來彼の願う所にあらず。寧ろ情を歌吹に寄せ、義に仗りて財を疏き、清貧に安んじて潔白を自守す。然れど地支の中丑土は金を生じ、酉金は比肩にして、土金重重皆能く身を幇く。這を明處病あり・暗處藥ありと叫び、病藥相濟す。彼の一曲唱じ出せば便ち風行傳誦して、萬人好を叫ぶも怪しむに足らず。絕對尋常の戲子の以て相提並論すべきにあらず。再び彼の運程を核すれば、庚・辰・辛這一路土金皆身を幇くの喜神にして、盛名衰替せざらん。明年巳字に交進せば、巳は日支酉・月支丑と三合金局を成して、日主愈々力を得て、聲勢更に上層の樓に上らん。四十八歳以後壬午這十年を走れば、偏に財と殺を重くす(壬水は金を泄し、午火は金を剋す)。恐らく糾紛少なからざらん。彼時正に宜しく陶淵明《歸去來兮辭》の言う所の「鳥倦んで飛びて還るを知る」のごとく、及早退步身を抽くべし(底本「知不」當に「知還」とすべし)。

閻錫山封翁

辛酉 戊戌 丁未 壬寅 七歲 丁酉 十七 丙申 廿七 乙未 三七 甲午 四七 癸巳 五七 壬辰 六七 辛卯

乾造(男命):年柱辛酉、月柱戊戌、日柱丁未、時柱壬寅、日主は丁火なり。大運は七歳に丁酉に起こり、その後十七歳丙申、廿七歳乙未、三七歳甲午、四七歳癸巳、五七歳壬辰、六七歳辛卯。月柱戊戌より往上倒數して排成せられ、「大運逆行」に属す。——年干辛は陰に属し、陰年男命は逆排なり。この造妙は五行首尾相銜するに在り。日主丁火は月干戊土を生じ(傷官)、戊土は年干辛金を生じ(財)、辛金は時干壬水を生じ(正官)、壬水は時支寅中甲木を生じ(正印)、甲木回りて頭に返りてまた丁火を生ず。一圈周流して缺けず、是全書中難く得るの循環相生の局なり。下文の立論全くここに在り。「封翁」是舊時子に因りて貴くして封贈を受くる者に對するの稱呼にして、此は閻錫山の父を指す。

閻錫山封翁。富貴壽考。一身兼全。余嘗推評其命。丁誕戍月。干透戊土。為傷官格。戊生辛財。辛生壬官。壬生寅印。寅又生知。循環不息。生氣盎然。如是命局。固不論金木水火土之歲運。或太過。或不及。皆得生化補救。致險無由。所以鶴骨松身。克享遐齡。而福祿綿密。令子賢肖。尤為可貴。誠今世之郭汾陽也。

閻錫山の封翁は、富・貴・長壽三樣一身に集む。我かつて彼の命を推評せり。丁火戌月に生まれ、月干また戊土を透して、是「傷官格」なり。接着戊土は年干辛金財星を生じ、辛金は時干壬水正官を生じ、壬水は時支寅中甲木正印を生じ、寅木また回りて來りて日主の身を生ず(底本「寅又生知」の「知」當に「身」とすべし)。一環一環を生じて、循環息まず、滿盤生氣盎然たり。這樣の命局は、歲運走りて金木水火土哪一行に到るを論ぜず、亦た太過なるを論ぜず還だ不及なるを論ぜず、皆能く這一圈の生化裡に於て補救を得て、凶險手を下すに從なし。故に彼鶴骨松姿にして、高壽を享くるを得、而して福祿綿密・兒子賢能父に肖りて、尤其貴ぶべし。真に今世の郭汾陽なり(唐代郭子儀は汾陽王に封ぜられ、富貴壽考・子孫昌盛を以て著る)。

按餘講學於申商學會時。某君以辛酉戊戍丁未辛丑一造見詢。余斷為棄命從傷。以甲午兩運最危。據云。亦政海名流。早於甲運騎馬墮亡。噫。僅與閻封翁之命。相差一時。而壽夭之異。有如是者。亦可畏矣。

另に一事ありて對照と作すべし。我申商學會に在りて講學する時、某君辛酉・戊戌・丁未・辛丑這一造を持ちて來りて問う。這一造ただ時柱を辛丑に換えたれば、壬水正官と寅中甲木正印便ち皆なし。滿局盡く土金にして丁火全く根依なし。故に我それを斷じて「命を棄てて傷に從う」爲す。——日主力なくして自立する能わざれば、索性自身を捨棄して傷官の勢に順從す。並びに甲・午兩運最も危險と斷ず。甲木是印にして、印來りて傷官を剋制すれば、正に從格の大忌を犯すが故なり。據説あの位も亦た政界名流にして、早く甲運に於て馬に騎りて地に墜ちて身亡せり。噫、這一造は閻封翁の命と僅かに一個の時辰を差うるのみにして、而して長壽と短命の懸殊竟に這般の地步に到る。亦た真に畏るべし。

孫傳芳

乙酉 庚辰 壬寅 己酉 五歲 己卯 十五 戊寅 廿五 丁丑 三五 丙子 四五 乙亥 五五 甲戌

乾造(男命):年柱乙酉、月柱庚辰、日柱壬寅、時柱己酉、日主は壬水なり。大運は五歳に己卯に起こり、その後十五歳戊寅、廿五歳丁丑、三五歳丙子、四五歳乙亥、五五歳甲戌。月柱庚辰より往上倒數して排成せられ、「大運逆行」に属す。——年干乙は陰に属し、陰年男命は逆排なり。此表要點。月支辰是水的墓庫にして、壬水庫に歸して散ぜず。年支酉・月干庚・時支酉三處金を見て、金來りて水を生ず。年干乙木本來水を泄すべきも、卻って庚金に合し去られて水を泄する能わず。是を以て全局金水獨り盛んにして、日主身強を以て論ず。唯一用ゐ得べきは日支寅中に藏する丙火偏財なり。

孫傳芳死矣。世之論其功過者。嘖有煩言。無須再贅。惟既放下屠刀。扳依三寶。仍不善終。莫非命也。亦為吾人所急欲研究者也。夫壬水歸庫於辰。金凡三見。乙木合去。金水占優。以身強論。己土之官。助印有餘。拘身不足。應棄而用寅內丙財。賴其破印。並以為表張耳。

孫傳芳死せり。世人彼の功過を議論して、衆說紛紜として、我を須いて再び多く說かざる。ただ彼既に屠刀を放下し佛門三寶に皈依して、仍ほ善終を得ず。命に中たるに非ずや。這却って我らの急に研究せんと欲する一件事なり。彼の八字。壬水月支辰に庫に歸し、金三處あり(年支酉・月干庚・時支酉)。年干乙木また庚金に合し去られて能く水を泄せず。是を以て金水優勢を占め盡くして、ただ身強を以て論ずる能くのみ。時干己土雖も正官なるも、但し土は金を生じて、印星を幇助するは餘ありて、日主を約束するは卻って足らず。故に官星靠り住むべからず。當に它を捨棄して改めて日支寅中に藏する丙火偏財を用ゐるべし。——一來丙火を靠りて金印を剋破し、二來それを借りて滿局の金水の氣を張揚發越せしむ。

盛於丙運。用神得助也。敗於子運之未。用火忌見水也。乙運以還。寂然無聞。亥運合寅奪丙。每況愈下。本年乙亥。再逢十月亥建。三亥交攻。用神潰敗。殺人者終被人殺。夫復何疑。 (以上四則。乙亥十月二版增刊)

彼丙運に鼎盛せるは、用神丙火幇助を得たるがためなり。子運の末尾に敗るるは、既に火を以て用神と爲せば最も水を見るを忌むに、子水正に頭に當りて澆下すが故なり。乙運以後便ち寂然として聞こゆるなし。亥運に到りて、亥は日支寅と相合して、寅中丙火を奪い去る。是を以て每に況愈々下る。今年また乙亥に逢い、再び十月の亥月建に碰上る。——大運の亥・流年の亥・月建の亥、三亥一齊に來りて攻む。用神徹底に潰敗す。人を殺す者終に人に殺されん。還た何の疑うべきかあらん。(末行括弧內は作者自注なり。以上四則は乙亥年十月本書再版する時增補刊入せし所なり。)

楊秀瓊(二版重出)

己未 戊辰 丁未 戊申 五歲 己巳 十五 庚午 廿五 辛未 三五 壬申 四五 癸酉 五五 甲戌 六五 乙亥

底本自此以下楊秀瓊・周信芳の兩造を一次重出す。文字は前面の載する所と大同小異にして、當に再版增補の時排印重複の所致なるべし。今仍ほ照らして錄し、並びに文に隨いて異同を注明す。ここに大運は前面の載する所に比べて「四五 癸酉」の一步を多く出し、並びに續きて五五甲戌・六五乙亥を列して、始めて完整の排法なり。以て前文の脱漏を補正すべし。坤造(女命):年柱己未、月柱戊辰、日柱丁未、時柱戊申、日主は丁火、大運月柱戊辰より順數し、陰年女命順行す。全局辰・未・未の三土に戊・戊・己の三土を加えて、土多きこと一點の丁火を完全に埋沒するに至り、日主根に依る無し。

某名公以楊秀瓊之八字。囑余推評。夫丁火滿見戊己於干支。又在穀雨之後。黃土當權。應如命理約言所云。“日主無根。滿局皆傷。則當從傷。”不作身弱論。亦即滴天髓所謂“從兒格”是也。宜其巾幗英才。矯強特立。十五風行來庚運。財星得祿,秀氣流動。自應一鳴驚人。聲譽震全國。芳蹤所至。公卿倒屣。惟明年丙火克庚。幸以高危滿損為戒。丁丑年或有關睢之兆。往後午運平淡。辛未十年。福祿綿密。壬運多險。四十歲繼以申金癸水酉金咸吉。五十五歲晉甲運。制傷破格。危如累卵矣。

某位の名公楊秀瓊の八字を持ちて我に嘱して推評せしむ。丁火日主干支の間滿眼是戊・己の土にして、また穀雨以後・黃土權に當るの時に生まれ、正に《命理約言》の言う所に合す。日主毫も根氣なく滿局皆傷官なれば、就中傷官に順從すべし。這種の情形は普通身弱と當たり看るべからず。也就是《滴天髓》の言う所の「從兒格」。——「兒」は日主の生ずる所の食神傷官を指す。日主既に自立する能わざれば、便ち其の生ずる所に順從して行きて、反って食傷を以て喜と爲す。故に彼女是巾幗中の英才にして、矯健强健・卓然獨立す。十五歳行き來りて庚運(底本「十五風」の「風」字是「歲」の訛)。庚金財星時支申中に祿を得て、一局の重土宣泄の路ありて、秀氣因りて流動す。自然一鳴驚人して、聲譽全國を震動す。芳蹤到る所、公卿屣を倒して相迎う。ただ明年丙火は庚を剋す。彼女を望みて高ければ則ち危うき易く・滿ちれば則ち損を招くを以て自ら戒めしめん。丁丑年あるいは婚嫁の兆あらん。此の後午運平淡にして、辛未這十年福祿綿密なり。壬運險多し。四十歳以後接連の申金・癸水・酉金皆吉なり。五十五歳に到りて甲運に進せば、甲木是印にして、印來りて傷官を制伏して從兒の格を破れば、便ち危うきこと累卵のごとし。

周信芳(二版重出)

甲午 丁丑 辛酉 甲午 八歲 戊寅 十八 己卯 廿八 庚辰 三八 辛巳 四八 壬午 五八 癸未

這是周信芳一造の底本中の重出なり。四柱と大運皆前面の載する所と完全相同す。年柱甲午・月柱丁丑・日柱辛酉・時柱甲午、日主辛金。大運八歳に戊寅に起こり、順行して五八癸未に至る。異なる所はただ正文首句に在る。前面は「周信芳君、藝名麒麟童」と作り、ここは姓名を脱して徑りに「藝名麒麟童」と稱す。末句前面誤って「倦飛知不矣」と作り、ここは則ち「倦飛知還矣」と作る。以て前文を校正すべし。

藝名麒麟童。具雋才。為劇界全能。稱梨園宗匠。餘視其命造。財殺兩強。而以日坐比祿。月得印綬為根。第日主較弱。不堪任財任殺。所以富貴非願。絃歌寄情。仗義疏財。安貧潔己。然支中土金重重。可以幫身。是謂明病暗樂。宜其一曲風傳。萬人擊賞。殊非尋常優孟。可與同日而語也。再核運程。庚、辰、辛一派土金。盛名勿替。明年進已字。三合金局。樓臺更上。四十八歲後。壬午十年。側重財殺。恐多糾紛。而宜倦飛知還矣。

藝名麒麟童、天賦雋才にして、戲劇界に於て樣樣精通し、梨園宗匠と稱すに堪う。我彼の命造を看れば、年時兩干の甲木を財と爲し、月干丁火と兩午を殺と爲して、財殺兩邊皆強し。日主の恃む所は、日支酉金既に比肩にしてまた祿堂、月支丑中己土偏印根と爲す。ただ日主到底偏に弱くして、這樣重き財と殺を擔動せず。故に富貴原來彼の心願にあらず。ただ情懷を歌吹の間に寄托して、義に仗りて財を疏き、貧に安んじて潔を守る。然れど地支の中丑土能く金を生じ、酉金能く身を幇きて、土金重重皆暗暗裡に扶持す。這就明處病あり・暗處藥ありと叫ぶ。彼の一曲傳唱風行して、萬人好を叫ぶも怪しむに足らず。絕對尋常の演員の以て同日に語るべきにあらず。再び彼の運程を核すれば、庚・辰・辛一路の土金皆身を幇くの神にして、盛名衰替せざらん。明年巳字に交進せば、巳は酉・丑と三合金局を成して、日主轉じて強く、更に層樓に上らん。四十八歳以後壬午這十年は、財殺また重くして、恐らく糾紛少なからざらん。彼時正に當に倦飛の鳥兒のごとく歸返する所を知りて、及早收斂すべし。

卷末

千里命稿終

《千里命稿》全書ここに到りて終篇す。全書は天干・地支・人元・五行より說き起こして、歷論して強弱・六神・格局・外格・運限・流年・月建・六親・女命、および富貴吉壽と貧賤凶夭の諸篇を經て、最後に「應運篇」百餘則の時人實例を以て結と作す。這五個字是底本の終篇標記なり。

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