神峰通考
作盤ガイド: 八字作盤
古の殺を用神とし官を雑えて制ある例
八字命理典籍
初学はまず体例の整った通論の書で枠組みを立て、次に歌賦類、最後に評注と進むのがよい。断語集から入ると、結論は覚えても導出の過程を組み立てられないことが多い。
叙
神峰子曰:天之所賦者命,窮達夭壽,繫諸氣稟之先,雖聖賢在儒,莫能移易。故君子居易以俟命,唯不知命,無以為君子。然命之理,溯其原則肇於軒轅氏,始有干支之降,師大找作甲子,遂以人之年月日進所生,謂之命焉。蓋與天賦之命,其揆一也。
神峰子は言う。天が人に賦与するものが「命」である。窮通か顕達か、夭折か長寿かは、いずれも天地の気を禀受したその瞬間にかかっており、人が生まれるはるか前に定まっている。儒門の聖人・賢人であっても、それを動かし変えることはできない。だから君子は平易な所に身を安んじて天命を待つ。天命を知らなければ君子とは言えない。さて推命の理の来歴をその源に遡れば、黄帝軒轅氏に始まる。そのとき初めて天干地支が降され、大撓が六十甲子を作り、ここに人の出生の年・月・日・時をもって人を表し、これを「命」と呼んだ。この人為的に推し出される命と、天が賦与する命とは、その道理がもとより同一である。
但始無書稽考,至唐袁守成,始作《五星》指南書,呂才作《合婚書》,一行禪師作星曆書,五代有《轆轤》書;前宋有《殿駕》書,南宋遼金有《喬拗》書,元有耶律楚材書,裴大猷有《琴堂虛實》,均以人之生年,五行納音所屬,身命限度為之主,七曜四餘為之用。至有明徐均作《子平》書,專以日干為主本。
ただ初めは査考できる成書がなかった。唐代に至って袁守成が初めて《五星指南》の書を著し、呂才が《合婚書》を編み、一行禅師が星度を推歩する暦書を編んだ。五代には《轆轤》の書、北宋には《殿駕》の書、南宋と遼・金には《喬拗》の書、元代には耶律楚材の著作があり、裴大猷には《琴堂虚実》があった。これらの書はいずれも人の生年、その年の「納音」が属する五行、および「身宮」「命宮」と行限度数を主体とし、さらに日・月と木・火・土・金・水の「七曜」と羅・計・気・孛の「四余」を取用の具とした。本朝明代に至って徐均が《子平》の書を作り、初めて専ら出生日の天干を命の根本とした。
月令為用神,歲時為輔佐。籲!命書之作,至此盡矣。其故何歟?蓋五星之說,只是以生年為主,月與日時或遺焉;或以納音為主,干與支或遺焉。熟若子平之理,獨得其中,日通月氣,歲與時為脈終,日為身主,月為巢穴,歲與時為門戶,得於此而不遺於彼,通於上而不遺於上,抑有餘,補不足,中正之道,孰得是焉。
《子平》の書は出生月の月令を「用神」とし、年柱と時柱を補佐とした。ああ、命理の著作はここに至って書き尽くされたと言ってよい。どうしてそう言えるか。五星一派の説は生年だけを主とし、月柱と日・時はしばしば捨て置かれ、あるいは「納音」だけを主として天干・地支がかえって置き去りにされる。これらがどうして子平の理に及ぼうか。子平こそただ中道を得ている。日干は月令の気と通じ、年柱と時柱は気脈の首尾であり、日干は「身主」、月令はその巣穴、年柱と時柱はその門戸である。この一端を取ってもあの一端を遺さず、上下貫通して偏廃がなく、余あるを抑え、不足を補う。この偏らない中正の道に、いったい誰が及ぼうか。
餘涉獵群書,頗領旨趣,獨觀命理,有《五星指南》、《琴深嘗書》、《淵海子平》書,理出於正,立法之善,但其中間頗有不根之言,進退之說,無確然一定示人之見。後世緣此,立說益多,益滋人惑,雖授受不過襲謬。殆若行書者迷道,問盲人指示焉。
私は諸家の著述を渉猟し、いくらかその旨趣を会得してきた。単に命理の書に限って言えば、《五星指南》《琴深嘗書》《淵海子平》の数種は、義理はおおむね正途に出ており、立法も整っていると言える。しかし書中には根拠のない言葉が少なからず挟まり、前後に進退して自己矛盾し、確然として動かず後人に示しうる定見を出せていない。後の人々はこの隙に乗じて立説を増やし、ますます人を惑わせ、師弟間の伝授も旧来の誤りを襲うにすぎなかった。まさに道に迷った旅人が、盲人に道を尋ねるようなものである。
是以究之窮取,僻壤,盡皆招搖售術,聽其言則是,校其理則非,竟無一人能埒其堂陛而是撮其樞要也。嗚呼!非惟誣人,實自誣也,子深慨焉。由是究心此道,四十餘年,一理恍然有得,始覺其理有正途,斷無旁出。
そこで目を放てば、窮郷僻壤から大都邑まで、詐欺まがいに術数を売り歩く者で溢れている。彼らの言うことを聞けばもっともらしいが、義理に照らせばまったく成立せず、ついに一人として真に堂奥に入り、この学問の枢要を掴んだ者はいない。ああ、これは人を欺くばかりでなく、実に己をも欺くことだと、私は深く慨嘆した。そこで私は心を尽くしてこの道に励み、前後四十余年、あるとき忽然としてその理に悟るところがあり、ここに初めて命理に正路があり、決して傍門を生じないことを覚ったのである。
立五星正說,五星謬說,子平諸格正說,子平諸格謬說,動靜說,蓋頭說,六親說,病藥說,雕枯弱旺損益生長八法說,人命見驗說,蓋取諸尊崇正理,闢諸謬說之意,因名之曰:《命理正宗》,付諸剞劂,以分同好,庶可有補六藝中之萬一云爾。臨川西溪逸叟張楠敘。
そこで私は次の部目を立てた。「五星正説」と「五星謬説」、「子平諸格正説」と「子平諸格謬説」、「動静説」「蓋頭説」「六親説」「病薬説」、「彫枯弱旺損益生長」の八法の説、そして実際の命例で検証する「人命見験説」である。趣旨は正理を推尊し謬説を駁斥するという一義にあり、よって書名を《命理正宗》と定め、刻工に渡して印行し、同道の人々に分かち贈る。礼・楽・射・御・書・数の「六芸」の学に万分の一の補益があれば幸いである。臨川・西溪逸叟・張楠、叙。
五星正説類
安身命宮,原取逢卯安命,逢酉安身,其理何歟?然卯屬東方正木,木主仁,仁主壽,故以命宮寓焉。酉屬西方之方正金,金主義,義主宜,故以身宮寓焉。然命宮為受胎之初,故以仁木主之,仁有生生之道也。身宮為受胎之後,故以義方之,義有成身之道也。身命之立,其原於此,理出於正也。
星命家が「身宮」「命宮」を立てるのは、本来の規矩では卯位に数えて「命宮」を安じ、酉位に数えて「身宮」を安じる。その道理はどこにあるか。卯位は東方の正木に属し、木は五常で「仁」を主り、仁はまた寿数を主るから、「命宮」をここに寓する。酉位は西方の正金に属し、金は五常で「義」を主り、義は処事の得宜を主るから、「身宮」をここに寓する。さらに言えば「命宮」は受胎の初めに当たるから仁の木をもってこれを主る。仁には生々不窮の道がある。「身宮」は受胎の後に当たるから「義」をもってこれを正しくする。義にはこの身を成す道がある。身・命二宮の安立の根源はここにあり、その義理は正途に出ている。
安星辰法,當以《五星指南》為之體,《琴堂》、《殿駕》為之用。體可祖之,而為造命之矜式;用可則之,而為禍福之根底。若《喬拗》,若《加盤》,若《步天經》,俱以命宮為祖。如寅亥二宮屬木,畏金克這,喜之生之。卯戌二宮屬火,辰酉二宮屬金,申巳二宮屬水,子丑二宮屬土,午屬太陽,未屬太陰,生克之例同前。
星辰を安布する方法は、《五星指南》を本体とし、《琴堂》《殿駕》の二家を応用とすべきである。本体は師法して命盤を排造する準則とし、応用は取則して禍福を判断する根柢とする。《喬拗》《加盤》《歩天経》の諸家も、いずれも「命宮」を根本とする。十二宮に配する五行は、寅・亥の二宮は木に属し、金星に剋されるのを畏れ、水星に生ぜられるのを喜ぶ。卯・戌の二宮は火、辰・酉の二宮は金、申・巳の二宮は水、子・丑の二宮は土に属し、午宮は太陽、未宮は太陰に属する。各宮の相生相剋の推し方は、上の木宮の例と同じである。
獨午屬太陽,被木星遮蔽光,其理頗非近正。然太陽為萬物之尊,穹隆於萬仞之上,木豈能蔽焉。但喜金水以伴之,其理甚是。未屬太陽,未土計以獨之,喜火羅金以護之。但諸星生克俱當以命而論,未可以身宮論之,善命在身先也。
ただ一条だけ通らない話がある。旧説では午宮は太陽に属し、木星にその光を遮られるというが、この言い方は正理にまったく近くない。太陽は万物中最も尊貴なもので、万仞の上に高く懸かっているのに、木星がどうしてそれを蔽えようか。むしろ金星・水星が傍らに相伴うのを喜ぶと言うのは、まことに正しい。未宮は太陰に属し、未中の土気と計都星が独りその位を占め、火星・羅睺星・金星が来て衛るのを喜ぶ。ただし諸星の間の生剋は、いずれも「命宮」の上から論ずべきで、「身宮」をもって論じてはならない。「命宮」はもとより「身宮」の先に列しているからである。
限行於命宮之後,而不從身為廬舍,蓋命屬身之先也。胎之後,即以命宮為廬舍。人之禍福,但當究諸命宮:有何恩星?有何難星?如難星守命,主一生孤苦;恩星守命,主一生富貴。如命宮無星辰之可考,當以三合宮看,如坐寅,則看午戌宮也。如三合無,則看四正宮。但四正宮,頗不近理。如命宮畏金為難,行限亦畏之。凡諸財帛田宅等宮,俱同此也,此係五行生剋,正理之說也。
大限を行くのは「命宮」の後から起算するのであって、「身宮」を房舎とはしない。「命宮」がもとより「身宮」の先にあるからであるるる。受胎の後は「命宮」をもって一命の房舎とする。人の禍福を推し断ずるには、ただ「命宮」の上で追及すればよい。宮に何の「恩星」が坐っているか。何の「難星」が坐っているか。「難星」が命宮を守れば一生孤苦を主り、「恩星」が命宮を守れば一生富貴を主る。もし「命宮」中に考るべき星辰がなければ、三合の宫位を見る。たとえば命が寅宮に坐すれば、午宮と戌宮を見る。三合宮にもなければ、ようやく四正宮を見るが、四正宮の段はかなり理に合わない。凡そ「命宮」が金星を難星として畏れるなら、行限が金星の地に至っても同じく畏れる。そのほか財帛宮・田宅宮なども推し方はすべてこれと同じである。これらはみな五行生剋の道理に基づく正説である。
度主,即以木度所屬。如寅宮立命,纏尾火虎度,即以水克火星度星,為劃度星,即以木恩星,但論度為準。則又有一說焉:或命宮所喜,或又度主所忌,一喜一忌,將何為主?然但以命宮為主,其理則近,若又以度論之,由惑人心矣。劃度則以張剔谷《劃度歌》為則。
いわゆる「度主」とは、命度が属する星宿によって定めるものである。たとえば寅宮に命を立て、命度が尾火虎の宿に纏われば、水星をもって火星という度星を剋し、これを「劃度星」と称し、木星を「恩星」とする。すべてただ命度をもって準とする。ここでまた一説が生じる。ある星は「命宮」の喜ぶところで、同時に「度主」の忌むところだという。一喜一忌、いったいどちらを主とすべきか。私の考えでは、ただ「命宮」を主とすれば道理に近い。さらに命度をもって論ずれば、かえって人心を惑わすことになる。劃度の法については、張剔谷の作った《劃度歌》を準則とする。
若日月木火土金水為正七曜星,若羅星則為水之奴,計星則為土之奴,氣星則為木之奴,孛星則為水之奴,此為四餘星。然七曜星命限逢之,見禍或淺;四餘星命限逢之,見禍式烈。何也?七曜主星屬君子,四餘奴星屬不人,狐假虎威,正理然也。
太陽・太陰と木・火・土・金・水の五星は、正統の「七曜」である。羅睺は水の奴星、計都は土の奴星、気星は木の奴星、孛星は水の奴星で、この四星を合わせて「四余」と言う。ところが命限の上で「七曜」に遇えば、見る禍患はかえって浅く、「四余」に遇えば、見る禍患はことさら烈しい。どういうわけか。「七曜」は主星で君子に譬え、「四余」は奴星で小人に譬える。小人は狐が虎の威を借るがごとく、禍をなすこといよいよ甚だしい。もともとこの道理である。
五星諸書之立,惟《五星指南》,所立起八字,安身合,安星辰,節氣五行生剋之理,此係看命之門戶,不可無也,其餘同則陳諸五行謬說類內。又若《五星》、《琴堂》、《殿駕》、《加盤》、《步天經》俱屬正理。但五星之說,近正理者頗少,近謬說都頗多也。
五星一派の立てた諸書のうち、《五星指南》だけが八字を排し、身宮・命宮を安じ、星辰を安布し、節気と五行生剋の道理を立てている。これは命を見る門戸であって、なくてはならない。そのほか雷同する部分は、ひとしきり下の「五星謬説類」に置いて論じる。また《五星》《琴堂》《殿駕》《加盤》《歩天経》の数家も、なお正理に属する。ただし総じて言えば、五星の学で正理に合うものはかなり少なく、謬説に近いものがかなり多い。
五星謬説類
夫金木水火土,原天一生水,地二生火,即以水一、火二、木三、金四、土五次第列之。後類景即是以海中、爐中、大林、路旁之妄說配其納音五行為歌,使後人可以成誦。夫何後世妄以海中爐中無理之說,立為門戶。
金・木・水・火・土の五行は、旧説のいう「天一生水、地二生火」に本づき、水一・火二・木三・金四・土五の順序で並べられる。後の人々は記誦の便のため、「海中金」「炉中火」「大林木」「路旁土」といった際限のない名目を「納音」五行に配して歌訣に編み、後学が暗誦できるようにした。どうして後世にいたり、海中・炉中のようなもとより義理のない名目を真に受けて一家の門戸を立てたのであろうか。
若《三車一覽》、《望斗真經》、《耶律經》、《玉井奧訣》、《蘭臺妙選》等書,俱不以祖其身命限度,近理之事為言,漫以江山、水石、道風、道雨言之,又以人之生年、十二支生肖所屬,論人吉凶,夫何謬也!
《三車一覧》《望斗真経》《耶律経》《玉井奥訣》《蘭台妙選》などの書は、いずれも「身宮」「命宮」と行限度数という、まだ義理に近いものを本として立論することなく、ひたすら江山・水石・道風・道雨の類の辞藻で文を繕い、また人の出生した年の十二支に配した生肖をもって人の吉凶を論じている。なんと謬っていることか。
蓋原生肖本以十二禽獸身中各欠一件肖者似也,以十二禽獸似此也。如鼠欠光,牛欠牙,虎欠項,兔欠唇,龍欠聰,蛇欠足,馬欠瞳,猴欠脾,雞人賢,豬欠筋,皆以十二支所生肖此也,全不關係人之八字干支。妄以此生肖而論命耶,然以人所生之年地支一字而論,如剜人肉而貼己肉,血氣實不相通。
生肖の由来は、もともと十二種の禽獣の身にそれぞれ一物が欠けているというだけの話で、「肖」とは似るという意味であり、十二種の禽獣で十二支を比喩するにすぎない。たとえば鼠は目光を欠き、牛は上の歯を欠き、虎は首項を欠き、兎は上唇を欠き、竜は耳聡を欠き、蛇は四足を欠き、馬は瞳仁を欠き、猿は脾臓を欠き、鶏は腎臓を欠き、猪は筋を欠くというが、いずれも十二支に禽獣を配して似たところを取っただけで、人の八字の干支とは少しも関わりがない。強いて生肖をもって命を論じ、しかも出生した年の一つの地支だけで説を立てるのは、他人の肉をえぐり取って己の肉に貼るようなもので、血気はまったく通じ合わない。
且如今宜黃縣顯宦譚二華命,庚辰甲申丁未丙午,本然八字是身強殺淺,行殺旺地,貴封萬戶之候,其理甚是。舍此正說,謬言其命屬龍,得丁未丙午日時,謂之龍天河,以龍遇水龍為極貴。
たとえば今の宜黄県の顕官・譚二華の命を挙げよう。八字は年柱が庚辰、月柱が甲申、日柱が丁未、時柱が丙午である。これはもともと「身強殺浅」の格局である。日主の丁火は申月に生まれて令を失するが、坐下に未土があって根を通じ、時上に丙午があって身を助け、月干の甲木がなお火を生ずるので身が強い。身を剋す官殺の水は申中の壬水・辰中の癸水に蔵するだけで天干に透らないので「七殺」が軽い。だからこそ「七殺」の水が旺わえる地を行けば発し、ついに万戸侯に封ぜられたのであり、この道理はよく合っている。旧説はこの正理を捨てて、むやみに彼の生肖が竜で、丁未・丙午の日時を得たのを「竜天河」と称し、竜が水竜に遇うのを極貴とした。
假如有一貧命,是庚辰甲申癸亥癸亥,亦可以龍歸大海論之,何以極貧?蓋緣此八之水多,以水為病,再行北方之運,以水濟水,正謂北祿逐馬,守窮途而犧惶也。且如人屬雞狗鍺羊,跡有貴人命,請問將何理論之?二者所說俱謬。
仮にもう一つ貧賤の命があり、年柱が庚辰・月柱が甲申・日柱が癸亥・時柱が癸亥だったとすれば、同じように「竜帰大海」と論じうるではないか。それなのになぜ極貧なのか。原因はこの八字に水が多すぎることにある。日・時の両干がともに癸水で、坐下には二重の亥水があり、さらに申中の壬水・辰中の癸水が一斉に助けるので、水がこの命の「病」となる。さらに北方の水運を行けば、水をもって水を添えることになり、まさにいわゆる「北禄逐馬」で、窮途を守って彷徨うほかない。それにまた、鶏・狗・猪・羊に属する人の中にも、明らかに大貴の命がある。ではどの道理をもってこれを解くのか。生肖のこの二説は、いずれも謬説であることが分かる。
一《五星指南》,載破碎吞啖等殺,及小兒雷公金鎖斷橋休庵百日,四柱雞飛等關。中以生年一字,以犯某時甘日為言,又立險語,哭斷不過三歲死,及打腦斷橋之說,以驚人之父母,並不以八字干支生剋制化財官論之。且以正理搜尋,尚且禍福不驗,此只把一字以定生死,以實謬說也。
さらにもう一条ある。《五星指南》には「破碎」「吞啖」といった凶殺、および小児の関煞の「雷公」「金鎖」「断橋」「休庵」「百日」「四柱」「鶏飛」などの関が載っている。これらはいずれも出生年の一字を取り、某時某日を犯したと言い、また故意に人を怖がらせる言葉を造り、啼き止まず三歳まで生きられないとか、「打脳」「断橋」などと言って、親たる者を驚かすことに用いる。八字干支の生剋制化と財官の旺衰から立論することはまったくない。思うに、正理に照らして細かく推尋してさえ禍福が必ずしも験しないのに、ただ一字をもって人の生死を定めようとは、まさに徹頭徹尾の謬説である。
呂才作《合婚書》,豈有是理耶?蓋人之婚姻,由於月老硷書,赤強繫足。今之擇婚擇命,無過欲盡父母愛子之心。男之擇女也,八字貴看夫子二星;女之擇男也,八字貴得中和之道。夫何以下文男女所噩這諸般為忌,其理甚謬,說見下文。如俗諺云:此是來蠻經。蓋滅退蠻人,羞與中國為婚,故將此無下理之說,以哄滅之,其理或是。
呂才が《合婚書》を編んだが、どうしてこのような理があろうか。人の婚姻は、もともと月下老人の簿書に定められ、赤い糸で足を結ばれたものである。今、婚を択び命を択ぶのは、ただ父母の子を愛する心を尽くそうとするにすぎない。男が女を択ぶには、その八字に「夫星」「子星」の二つを見るのが貴い。女が男を択ぶには、その八字が中和の道を得ているかが貴い。それをどうして《合婚書》の下文では、男女の犯す種種の名目をことごとく禁忌として挙げるのか。その理は甚だ謬っており、弁ずるところは下文に詳しい。諺にいう、これは「来蛮経」であると。かつて蛮人を押し退けたとき、中華が彼らと婚を通ずるのを恥とし、この下らない理の説を造って彼らを欺き喪わせたものだ——そう言われれば、なるほど道理にかなう。
骨髓破鐵掃帚六害:大敗、狼籍、飛天、狼籍、八敗、孤虛謬說。此說原止是將人之禍不與日地相關,斷頭絕腳為說,不特立諸空言,而且刻諸版籍,立險語,以駭人之聽信。後世愚夫婦,遂以為真,或有斯犯,即駭而驚;或有高明,知其果於應驗,以破其說,彼亦不信,且言曰:只讀儒書,未諳此理。或亦酷信,遂使下愚之人,曰此上人尚且信之,我何疑焉!一犬吠形,百犬吠聲。
「骨髓破」「鉄掃箒」「六害」、および「大敗」「狼藉」「飛天狼藉」「八敗」「孤虚」といった謬説は、もともと人の禍福を日柱や時地に何ら関わりのないものとして、頭を刈り脚を絶って一組の辞に仕立てたものである。それは空言に留まるばかりか、版に刻んで刊行され、人を聳動させる険語を造って、聞き信じさせようとする。後世の愚夫愚婦はこれを真実とし、自らこれを犯したと聞けばたちまち驚駭して色を失う。たまに見識の高い人が、これらの説がまったく応験しないと知ってこれを破っても、彼らは信じようとせず、「あれは儒書を読む人で、この理に暗いのだ」と言う。また読書人の中にもこれを酷く信ずる者がいるので、見識の低い者は、「あの上等人さえ信じているのだから、私が何を疑おう」と言う。一頭の犬が影を見て吠えれば、百頭の犬が声に応じて吠える。
又或儲備了,果係偏枯,太弱太旺,有病無約,兼帶謬說,愚人且不以儲備字正理不好為說,只浪怨帶此謬說之害,又蔌浪聽愚人諺語,飛天狼籍是八敗耶,此非君子之言,齊東野人之語也。愚謂此等妄語,刊諸版籍,必須焚其版,火其書,而後可出。
またある場合には、その人の八字が確かに偏枯で、弱きに過ぎるか旺きに過ぎるかして、「病」があって「薬」がなく、たまたまこれらの謬説の名目を帯びていることがある。愚昧な者は、八字そのものの義理が悪いという筋からは言おうとせず、ただこれらの名目を帯びたために害を受けたとむやみに怨み、さらに軽々しく愚人の俗諺を聞き信じて、「飛天狼藉」すなわち「八敗」だなどと言う。これは君子の言ではなく、斉東の野人の妄語である。私が思うに、この種の妄語は版に刻んで刊行されている以上、その版を焚き、その書を火に付して、後にすることこそよい。
進財退財,望門守寡,妻多厄,夫多厄,死墓絕妨妻,死墓絕妨夫,斯說之謬,原止以人之生年金木水火土納音所屬,只論年月以上一字犯之。嗚呼,豈有是理耶!只論年月,丟下日時不論。年月日時全備,方能論得人之禍福。
「進財」「退財」「望門守寡」「妻多厄」「夫多厄」、および「死墓絶妨妻」「死墓絶妨夫」という一連の説の謬りは、もともと人の生年の「納音」が属する金・木・水・火・土だけを取り、しかも年柱・月柱の上の一字が犯すかどうかだけを論じることにある。ああ、天下にこのような理があろうか。年・月だけを論じて、日柱・時柱をいっさい捨てて顧みない。年・月・日・時の四柱が全く備わってこそ、人の禍福を論じうるのである。
且進財退財,繫乎自己命運所招,安有他人家男女而能致我之禍福耶?俗說退九年,退十年,益見此說益也。又有金輿祿,以馬前一位所犯一字,浪以男人為忌,其謬之甚何惑人之甚耶!
それに財の進み退きは、自分の命と運が招くものであって、他家の男女が我に禍福をもたらす道理があろうか。俗に「九年退ける」「十年退ける」という説もあり、いよいよこの種の言い方の浮薄さを示している。また「金輿禄」なるものがあり、駅馬の前一位の一字を取るだけで、乱暴に男子の忌みと定める。謬りがこの極に達して、なお人を惑わせること甚だしとは、どうしたことか。
婦命禍福淫亂,式以八敗、桃花殺為道忌。八敗則以豬羊犬吠春三月,蓋以亥未戌生人,見三月生者,遂為之八敗,並不聯屬日時,並不論其夫子和之道。假如亥未戌三個生人,見此辰月,終不然是他仇家也,亦非天地將此此辰月虧負此三人也。八敗之說,其謬甚矣。
婦人の命の禍福と淫乱を論ずるに、旧法はつねに「八敗」「桃花殺」を大忌とする。いわゆる「八敗」とは、「猪羊犬が春三月に吠ゆ」という句で、亥・未・戌の三つの年に生まれた人が、さらに三月に生まれれば「八敗」を犯したとする。日柱・時柱にはまったく連属せず、その人の「夫星」「子星」が調和するかどうかも論じない。思うに、亥・未・戌の年生まれの三種の人が一つの辰月に遇うとして、その辰月がどうして彼らの仇家であろうか。天地がこの辰月だけを取り出してこの三種の人を負かすわけでもあるまい。「八敗」の説は、まことに謬りの甚だしいものである。
又桃花殺之說曰:寅午戌兔從犯裡出。蓋其立說之意何耶?其寅午戌屬火,火則裸形,沐浴於卯,謂其火在卯上,浴水有裸體之嫌,妄立此名,其謬可知矣。吾嘗屢見富貴夫子兩全老婦,幼帶八敗,父母另將年命改造適人,及至臨終,始夫子真造,以紀譜券,其夫又無大敗之對。乃我嘗將此婦真造視之,果係夫子星秀,理得中和,八敗謬說果然也。
次に「桃花殺」の説。歌訣に「寅午戌は兎が卯の裏から出る」とある。立説の趣意はどこにあるか。寅・午・戌は三合して火局を成し、火は十二長生で卯に「沐浴」する。「沐浴」の一位はまた「裸形」と呼ばれるので、火が卯の上に至って水に浴すれば裸体の嫌疑があるとして、むやみに「桃花」の名を被せたのである。その謬りは知れるだろう。私はかつて、夫・子ともに備わって富貴に老いる婦人を屡々見たが、幼時にまさに「八敗」を帯びており、父母が別に年命を造り換えて嫁がせ、臨終に至ってようやく真の生辰を語って族譜・婚券に記した。その夫の側にも何ら「大敗」の応験はなかった。私がこの婦の真の八字を取り上げて見れば、果たして「夫星」「子星」がともに清秀で、義理も中和を得ていた。これで「八敗」の説が果たして謬説にすぎないことが分かる。
又或本然八字偏枯,夫子星虧,又帶八敗,世俗之人,只謂其帶敗,不知其八字本然不差了。故人擇女之命,但以夫星為主,子星次之,柱中若有夫星,便以夫星論之,原無夫星,另尋他格。蓋夫貴妻亦貴,夫貧妻亦貧,富貴從夫,其理甚明。
また別の場合もある。もともと八字が偏枯で、「夫星」「子星」がともに欠け、たまたま「八敗」を帯びている。世俗の人はただ彼女が「敗」を帯びたというだけで、その八字そのものがもともと良くなかったことを知らない。だから人のために女の命を択ぶには、ただ「夫星」を主とし、「子星」をこれに次ぐものとする。柱中に「夫星」があれば「夫星」から論じ、もともと「夫星」がなければ別の格局を探して見る。夫が貴ければ妻も貴く、夫が貧すれば妻も貧しい。富貴は夫に随うもので、この道理は明らかである。
何以名其官星為夫?蓋克我者,官星也,則身受制於夫,不敢淫亂,不敢妒暴。又喜夫星生旺之運,及有財神助起其夫,大畏食神傷官之運,以克其夫也。若日方弱,夫星太旺,帶有二三重者,此非好夫也,乃命之夫也,則喜食神傷官以制之,大運亦然。若制之太過,則又不足,貴得中和。
なぜ「官星」を夫と呼ぶのか。我を剋する者が「官星」だからである。日主は夫に制せられて、淫乱も敢えてせず、嫉妬や暴戻も敢えてしない。だから女命は「夫星」が生旺する運を行くのを喜び、また柱中に「財」星があって夫を生助するのを喜ぶ。最も畏れるのは「食神」「傷官」の運で、これらが夫を剋するからである。もし日主の側が弱く、「夫星」が旺きに過ぎて柱中に二三重も帯びていれば、これは良い夫ではなく、人の命を索める夫である。このときはかえって「食神」「傷官」がこれを制服するのを喜び、大運も同じである。ただし制しすぎれば「夫星」がまた不足を嫌う。つねに中和を得るを貴ぶ。
大抵女命有夫則有子,子則從夫生,無夫則無子,子從何處覓?愚曾欲覓河準橋黃女為子婦,閱其八字不美拒之,是己未丁丑甲寅甲子。愚曰用丑中辛金為夫也,嫌未中丁火,鑽入丑中,破去其夫星,再加丁火透出天干,寅中又有丙火進氣,原夫星衰,而制夫星旺也。吾推其運,入寅五月必死,果五月患痘疹而頑強也。
おおよそ女命は夫があって初めて子があり、子は夫から生まれる。夫がなければ子もなく、子をどこに求めようか。私はかつて河准橋の黄氏の娘を嫁に迎えようとしたが、その八字を閲して美しくないので断った。その八字は年柱が己未、月柱が丁丑、日柱が甲寅、時柱が甲子である。私は言った。甲木の日主は丑中に蔵する辛金を取って「夫星」とすべきところ、未中の丁火が丑中に鑽り入る——丑・未が一冲すれば、未裏の丁火がまっすぐ丑裏の辛金を剋して「夫星」を破り去る。これに丁火がまた月干に透し、寅中には丙火が蔵して進気している。これがすなわち「夫星」はもともと衰弱し、「夫星」を制する火がかえって極旺なのである。私がその大運を推すと、寅運に入った五月には必ず死すとあり、果たして五月に痘疹を患って不治となった。
又如淫亂娼婢之說,亦甚有理。蓋或身主太旺,無夫星以制之,或又無財星以為依託,尤且身主血氣太旺,無官剋制,無夫管攝,逾於規矩準繩之外,安得不放逸為淫為奔乎!非特無夫,又且無子。蓋八字柱中無夫星,則子星何而生也?
また婦人が淫乱して娼妓・婢妾に淪落するという説は、かえって道理がある。おおよそ日主が旺きに過ぎて、「夫星」がなくこれを管制するものがなく、また「財星」がなくて依託するものがない。加えて日主の血気が旺きに過ぎ、「官」に制せられず夫に管摂されなければ、行いは規矩準縄の外に出て、どうして放逸して淫をなし奔をなさずにいられようか。夫がないばかりでなく、子もまたない。四柱の中に「夫星」がなければ、「子星」はどこから生まれるであろうか。
又或身主太弱,被其偏官正官,三四點夫星以制之,又無食神傷官以制其夫星,又或財多以撓其身主,雖曰官殺為夫也,此則非夫星也,乃克身之賊也。若有此等,必須制夫之運。又若日主無根,官殺太多,或從夫星,要行夫星旺處,蓋棄命從殺從夫,如人舍命而從強賊也。亦主富貴有子,但畏見從。
またある種は日主が弱すぎて、「偏官」「正官」の三四点の「夫星」に一斉に剋制され、「食神」「傷官」がなくて「夫星」を制するものがなく、あるいは「財」が多くて日主を撓耗する。このとき「官殺」は夫だと言っても、実はもう「夫星」ではなく、身を剋す賊である。このような命に遇ったら、必ず夫を制服する運を行かなければならない。さらにもう一種は日主に根気がまったくなく、「官殺」が多すぎるので、思い切って「夫星」に従う。これには「夫星」の旺盛な地を行くのがよく、これを「棄命従殺」すなわち夫に従うという。人が命を捨てて強賊に依るようなものである。この命もまた富貴で子ありを主るが、行運がこの「従」の局面を破るのを畏れる。
苟或日主有根,而惟官殺太旺,又無剋制,多是為婢為娼,是不得已而從人也。此等八字,俱繫淫亂。或因八字有此旺身弱之病,而又帶桃花,愚人不言八字偏枯之病,而浪以帶桃花為名,此等之謬,有智之士,請當細察。
もし日主そのものに根があって、ただ「官殺」が旺きに過ぎて制するものがなければ、多くは婢妾・娼妓となり、已むを得ずして人に従うのである。この種の八字は、いずれも淫乱の命に属する。ある人の八字にはもともと殺旺身弱という「病」があり、たまたままた「桃花」を帯びているのに、愚昧な人は八字偏枯の病根を言おうとせず、むやみに「桃花を帯びた」という名目を付ける。この種の謬りは、見識ある人はどうか細かく辨じてほしい。
男女合婚説
原出呂才蠻滅之說,只以男女年,浪立數目,配合相成,名曰合婚。妄立天醫福德為上婚,游魂歸魂為中婚,五鬼絕命為下婚,其謬甚矣。安可只以男女二年命,舍去月與日時,而能論人婚配者乎?若是有理,則天下之議婚者,俱擇上中二婚者而配之,擇下婚者而舍之,其書其易而不難,宜乎天下先天奇之婦,喪偶之矣。夫何後世又有孤孀之患者?
合婚の法はもともと呂才の蛮人を圧服した言い分に出て、ただ男女二人の出生年を取り、むやみに数の目を配して、相配する名目を湊り合わせ、これを「合婚」と呼んだ。「天医」「福徳」を上婚、「遊魂」「帰魂」を中婚、「五鬼」「絶命」を下婚と妄立したのは、謬りの甚だしいものである。どうして男女の二つの年命だけを取り、月・日・時をことごとく捨てて、人の婚配を断ずることができようか。もし道理があるというなら、天下の議婚する者はみな上婚・中婚を択んで配り、下婚を択んで捨てればよいのであって、この学問はなんと易しく難しくないことか。理の上では天下に先の奇い婦も寡を喪する者もいなくなるはずだ。それなのに、どうして後世にも孤孀の患があるのか。
分雖出於宿世之所定,而亦由於議婚者之明也。然議婚之禮,人道之端,亦不可不慎也。其理當何如耶?但當看男命,帶比肩劫財重者,必擇婦命帶傷官食神重者配之。若婦命帶傷官食神重者,必擇男命帶比肩劫財重者配之。此係合婚之正理。豈可以呂才上中下三婚無根之說,無據之理,而議人之婚配也耶!呂才說之謬,不足信也明矣。
縁分はもとより宿世の定めたところに出るが、また議婚する人の眼力にもよる。議婚の礼は人倫の端緒であって、まことに慎まざるを得ない。それでは正しい道理はいかなるものか。ただ男の命を見ればよい。その八字に「比肩」「劫財」が重いものは、必ず「傷官」「食神」が重い女の命を択んで配する。逆に女の命に「傷官」「食神」が重いものは、必ず「比肩」「劫財」が重い男の命を択んで配する。これが合婚の正理である。どうして呂才の上上・中・下三婚という根柢も憑据もない説をもって、人の婚配を議することができようか。呂才の説の謬りで信ずるに足らないことは、すでに明らかである。
総論子平謬説類
格曰:如《珞錄子》,專以財官為主,據其為說亦謬矣。雖人身以財官為依據財官太旺,日主太弱,則身主不難任其財官。苟日主太旺,財官氣輕,則財官不足身主之理。以財官日主參看。若子平書云:“財官輕而日旺,運行財官最為奇。”此主至此至當可為看命之法則。右《珞錄子》所言,止要財官生旺,不看日主旺弱,豈不甚謬乎?
格を論ずる者が言う。《珞琭子》の書のように、専ら「財」「官」を主とするのは、その説に拠って言えばこれも誤りである。人の一身はもとより「財」「官」を拠り所とするが、「財」「官」が旺きに過ぎ日主が弱すぎれば、日主はその「財」「官」を担いきれない。もし日主が旺きに過ぎて「財」「官」の気が軽ければ、「財」「官」は日主の取り用に足らない。だから「財」「官」と日主を両方参照して見なければならない。子平の書に「財官軽く日旺なれば、運行財官最も奇なり」とある。この一句は至極妥当で、命を見る法則とすることができる。上に挙げた《珞琭子》の言うところは、ただ「財」「官」が生旺すればよいとして日主の旺弱をまったく見ない。これは大いなる誤りではないか。
日貴格,如甲戊庚牛羊,乙巳鼠猴鄉之類也。焉有斯理。雖曰天乙貴人,日主臨此貴人之上,或作日貴論其體咎。然貴人之說,名有數端,原取名之不據理出。即與五星小兒、諸多關妄謬之說同。雖曰日主臨之,不論財官印星,獨以貴人為主,甚為虛誕。且原立諸多貴人之說,只是飄空而立,不根理出。豈可信乎?六乙鼠貴格,亦同此例。謬說無疑也。
いわゆる「日貴格」とは、「甲戊庚は牛羊、乙巳は鼠猴の郷」の類の貴人を取る歌訣によって立てた格である。どうしてこんな理があろうか。それが「天乙貴人」で、日主がたまたま貴人の上に坐するので「日貴」として吉凶を断ずるというが、「貴人」の名にはもともと数種あり、命名に義理上の根拠がなかった。五星家の小児関煞の類の妄説と同じ種類のものである。日主がこれに臨めば、「財」「官」「印」の正規の星神を問わず、ただ貴人を主とするというのは、まことに虚誕である。しかも当初立てられた多くの貴人の名目は、いずれも空に漂って立てたもので、義理を根柢としていない。どうして信じられようか。「六乙鼠貴格」もまた同じ例で、疑いなく謬説である。
日德格有五:甲寅、戊辰、庚辰、壬戌曰也。何以見其為德也?不考原委,不詢來歷,誤以日德名之,豈不是子平中之謬說乎?魁罡格,取壬辰,庚戌、庚辰、戊戌,臨四墓之上,取其為魁罡,難掌大權,並不以理論。何以臨此四墓之上就能掌握威權?此亦子平書之大謬也。
「日徳格」には五つの日があり、甲寅・戊辰・庚辰・壬戌などの日である。何をもってこれらの日が「徳」と見なせようか。その原委を考えず、来歴を問わず、誤って「日徳」の名を付したのであって、まさに子平の中の謬説ではないか。また「魁罡格」は、壬辰・庚戌・庚辰・戊戌の四日を取り、辰・戌・丑・未の四墓の上に臨むから「魁罡」と称し、大権を執れると言うが、道理をまったく問わない。何をもってこの四墓の上に臨むだけで威権を掌握できると言えようか。これも子平の書の大謬である。
六壬趨艮,謂用寅中甲木,能合己土,為壬之官;謂用寅中丙火,能合辛金,為壬之印。俱是無中生有之說,吾恐謬也。大抵與前拱祿、飛天、祿馬之說,相為表裡。此說尤非,故以謬名之也。
「六壬趨艮」の格は、寅中に蔵する甲木を取り、甲は己土を合せ得るので己土は壬の「正官」だと言い、また寅中に蔵する丙火を取り、丙は辛金を合せ得るので辛金は壬の「正印」だと言う。いずれも無中生有の講釈で、私は誤りと見る。おおよそ前の「拱禄」「飛天禄馬」の諸説と表裏をなすもので、この説はとりわけ成立たないので、謬の名をもってこれに帰した。
六甲趨乾,謂該上乃天之門戶,謂甲日生人臨此,謂之趨乾。假如別日干生臨亥上,何以不謂之趨乾也?然天門亦只好此六甲日主來趨也。然天門體至圓,本無門戶可入,然乾乃西北之界,類天之門戶,豈可論人禍福乎?此說是子平之謬也。
「六甲趨乾」の格は、亥位を天の門戸と言い、甲日生まれの人が亥の上に臨めば「趨乾」と呼ぶという。しかし別の日干で亥上に生まれ臨むものは、なぜ「趨乾」と言わないのか。まさかこの天門は六甲の日主だけに趨ることを許すのか。そもそも天体は渾円で、もとより入るべき門戸はない。乾は西北の方位の界にすぎず、無理に天の門戸に比しただけのもので、どうしてこれをもって人の禍福を論ぜられようか。この説も子平の謬である。
勾陳得位,以戊為勾陳,其一理也。得位謂其臨財官也,若戊己身主不柔,則能任財官也,則謂這勾陳位也。宜矣。若戊己氣弱,臨其財宮太旺之地,或為財多身弱,或為殺重身輕,若以勾陳得位為美,豈不謬首?玄武當權,與此理相同也。
「勾陳得位」の格は、戊土を「勾陳」と称し、この一段はまだ理がある。いわゆる「得位」とは日主が「財」「官」の地に臨むことである。もし戊・己の土の日主が柔弱でなく、その「財」「官」を担えれば、「勾陳得位」と称してもよいだろう。しかし戊・己の気が弱く、かえって「財」「官」の旺きに過ぎる所に臨み、あるいは「財多身弱」、あるいは「殺重身軽」となるとき、なお「勾陳得位」を美格とするのは謬りではないか。壬・癸の水を「玄武」とする「玄武当権」の格も、理はこれとまったく同じである。
從革格,謂庚辛日干,見申酉戌全,或巳酉丑全,此多剝雜,原非純粹可睹,與壬癸潤下格理同,此二格多矣。未曾有富貴者,但當以別理推之。止有曲直稼穡二格多富貴,火全巳午未格,亦未見其美。由是尊其所正,而闢其所謬也。
「従革格」とは、庚・辛の日干が地支の申・酉・戌三位を具備するか、巳・酉・丑の三合が全いのを言う。このような八字は多く駁雑で、もともと純粋として観るべきものではなく、壬・癸の日の「潤下格」と理は同じである。この二種の格局は多く見たが、真に富貴であったことはなく、やはり別の道理によって推すべきである。ただ木の「曲直」と土の「稼穡」の二格だけは富貴が多く、火局の巳・午・未が全い格も、その美を見ていない。これによって私は正理に合うものを尊び、謬れるものを闢くのである。
動静説
何以為之動也?其體屬陽,陽主動,故天行健,圓轉循球而無端。故以人之八天干透露於上者,為之動也。如八字天干之甲木,但能克運上天干之戊土也,不能克巳中所藏之戊土也。蓋以動攻為親切,如男人之攻得男人也,不攻閨閫中所藏之女人也。
何をもって「動」とするか。その体は陽に属し、陽は運動を主る。だから《周易・乾卦》に「天行健」とある——天体は円転して周流し、起止がない。それそれれゆえ人の八字に上面へ透露した天干を「動」とする。たとえば八字天干の甲木は、ただ大運天干の戊土を剋しえても、巳中に蔵した戊土を剋することはできない。動をもって動を攻めるが最も親切で、たとえれば男は男だけを攻められ、閨閫の中に蔵する女は攻められない。
但雖不能攻人,而亦不能搖動震驚之意,但不能作實禍也。如女人見男來攻,雖不能加捶楚於其身,而亦有恐懼之意焉。如運中申中地支之庚金,亦不能攻我八字中天干所透之甲木也。是以天干之動,只能攻得天干之動,不能攻地支之靜也,明矣。
ただ天干は地支に蔵する物を攻められなくても、これを揺り動かし驚かす意はあり、ただ実の禍とはならないだけである。たとえれば女は男が打ち来るのを見れば、その身に捶楚を加えられるまでもなく、心にいくらか恐懼の意を抱く。逆に大運の申中の地支に蔵する庚金も、我が八字天干に透した甲木を攻めることはできない。これによって天干の「動」は天干の「動」だけを攻められ、地支の「静」を攻められないことは明らかである。
何以為之靜也?其休屬陰,陰主靜,故地承順,方靜守固而有常。故以人之八字支隱藏於下者,為之靜也。如八字地之庚金,但能克運上地支之甲木,不能克運上天之甲木也。蓋以靜攻靜為親切,如女只攻得女人也,不能攻在外之男人也。
何をもって「静」とするか。その体は陰に属し、陰は安静を主る。だから大地は天道に承順して、方正に静まり守り固くして常がある。それゆえ人の八字に下に隠蔵した地支を「静」とする。たとえば八字地支の庚金は、ただ大運地支の甲木を剋しえても、大運天干の甲木を剋することはできない。静をもって静を攻めるが最も親切で、たとえれば女は女だけを攻められ、門外の男は攻められない。
但雖不能被其攻,亦有搖動震驚之意也。如運上地支之庚金,亦不能破我八字天干之甲木也。是以地支之靜,只能攻得地支之靜,不能攻天干這動也,亦明矣。又如辰戌丑未四地支之物,乃天地四方收藏之庫,極牢固。假如八字地支,辰在有戊土,乙未癸水運,或行寅,寅中雖有甲木,亦不能破其戊。
ただ実際には攻め破られなくても、心にはなお揺動震驚の意がある。たとえば大運地支の庚金も、我が八字天干の甲木を破ることはできない。これによって地支の「静」は地支の「静」だけを攻められ、天干の「動」を攻められないことも明らかである。また辰・戌・丑・未の四つの地支は、天地四方の収蔵する庫府であって、極めて牢固である。たとえば八字地支に辰があれば、辰中には戊土・乙木・癸水が蔵しており、大運が寅に至っても、寅中に甲木があっても辰裏の戊土を破ることはできない。
又運行酉,酉中雖有辛金,亦不能破其乙。又或生行午,午中雖然己土,亦不能破其癸。非不能破也,蓋其庫中,鎖鑰甚牢,真要戌字動來沖開之,就如有了鎖匙,開了其鎖,而入出戊土乙木癸水出來。如丑字就要未字沖,別物不能攻之。故曰雜氣財見沖,正此意也。
また酉運に至れば、酉中に辛金があっても辰裏の乙木を破れない。さらに午運に至れば、午中に己土があっても辰裏の癸水を破れない。破れないのではなく、この庫の鎖鑰があまりに牢なので、必ず戌の字が動きて来て相沖しなければならない。それはちょうど鍵を得てこの錠を開き、戊土・乙木・癸水を放し出すようなものである。同様に丑の庫は未の字が来て沖しなければならず、他の物はこれを攻められない。だから「雑気財官は沖を見るを要す」と言うのは、まさにこの意である。
蓋頭説
何以謂之蓋頭也?如人之一身,獨有頭為一身為端也。頭與面相連,耳目中鼻繫焉,統而言之為之頭也。其下若四肢肚腹,稍有不善,可以衣服以飾其不善也;若頭之諸物,發見於外,則為之動物,非若四肢肚腹所藏之物,不足為輕重也。
何をもって「蓋頭」と言うか。人の一身に喩えれば、ただ頭が一身の頂端である。頭は面と連なり、耳・目・口・鼻がその上に繋がり、合わせて頭と称する。頭より下の四肢・肚腹は、少々の不善があっても衣服でその不善を飾って蔽える。頭上の諸物はことごとく外に露顕するので「動」の類に属し、四肢・肚腹に蔵する物のように軽重なきに足らないものではない。
大抵人之八字,類如此。八字中上四個字是頭也,下地支四字是肚腹四肢也,支中所藏之物,是五藏六腑也。如肚腹秀氣,發出在面頭上來,便是英發華出外來,一生富貴貧賤,只從頭面上見得。如八字畏傷官,這傷官藏在內,尚不足畏;如天下透此傷官,便是頭面上已見了,怎能掩飾?凡有所害之物,露出頭面,便是動物,就能作害。
おおよそ人の八字もこれと同様で、八字の上の四つの天干が頭であり、下の四つの地支が肚腹・四肢であり、支中に蔵する干が五蔵六腑である。もし肚腹裏の秀気が面頭の上に発し出れば、精華が外に露れて、一生の富貴貧賤はただ頭面の上から見て取れる。たとえばある八字が最も「傷官」を畏れるとき、この「傷官」がただ地支裏に蔵しているだけならまだ畏るるに足らない。もし天干に透せば、頭面にすでに顕れたも同然で、どうして掩い飾れようか。凡そ害ある物は、頭面に露れれば「動」物となり、すぐに祟りをなせる。
凡行運如原八字是乙日干,用丙丁火為傷官,乙日干傷重者,便以庚金官星為病,若八字上見了庚金,便要丙丁為疾病之神。如早年行壬申癸酉運,便不是好運,蓋因壬癸水蓋在申酉頭上,是壬癸水蓋了頭,便不好也。
行運を見るのも同じである。もし原八字が乙木の日干で、丙・丁火を「傷官」とし、乙日の「傷官」が重いものは、庚金の「官星」を「病」とする。八字上にすでに庚金を見ていれば、丙・丁火をもってこの病を医する薬神としなければならない。そこで早年に壬申・癸酉の運を行けば、それは好運ではない。壬・癸水が申・酉の頭に蓋っている、すなわち壬癸水が頭を蓋ったのであって、水が来て火を剋し、薬神が制せられて、運は良くない。
後行甲戌乙亥運,便好了,是甲乙木蓋了頭也。又行丙子丁丑動又好,蓋行丙丁火蓋來克庚也,雖下面地支有亥子丑水,其水被丙丁蓋了頭,亦不能為害。又如庚辛日干,喜甲乙丙丁四字為神,庚辛壬癸四字為病神,行運望見甲乙丙丁數字,蓋了頭便好。
後に甲戌・乙亥の運を行けば良くなる。それは甲・乙木が頭を蓋ったからである。さらに丙子・丁丑の運を行ってまた良い。行くところの丙・丁火が上に蓋って庚金を剋するからで、下面の地支に亥・子・丑の水があっても、この水は丙丁に頭を蓋われて害をなせない。また庚・辛の日干は、甲・乙・丙・丁の四字を喜神とし、庚・辛・壬・癸の四字を病神とする。行運のとき運干に甲・乙・丙・丁を望見すれば、頭を蓋われて良い。
如望見庚辛壬癸數字,便是壞命,雖運上地支有甲乙丙丁,亦被庚辛壬癸蓋球了頭,此地支雖有甲乙丙丁,亦不能作福蓋為庚辛壬癸,蓋在上面,出頭不得。看八字以此蓋頭望見了,就識得人一生好歹,此是真傳秘訣也。
もし運干に庚・辛・壬・癸を望見すれば、それは壊運である。運支の下にたとえ甲・乙・丙・丁の気があっても、庚・辛・壬・癸に頭を蓋われて、地支裏に甲乙丙丁が蔵していても福を作りえない。まさに庚辛壬癸が上に蓋って、それらが頭を出しえないからである。八字を見るにこの「蓋頭」を一望すれば、その人の一生の好歹を識ることができる。これは真伝の秘訣である。
六親説
年上財官,主祖宗之榮顯;月上官殺,主兄弟之凋零。又曰:年看祖宗興廢事,月推父母定留存。然年屬祖宗之宮臨財官之地,乃坐祿馬之鄉,榮顯理然也。但坐比肩劫財,無財官之地。乃坐祿馬之鄉,榮顯理然也。但從比肩又當與羅土之祖宗,月上兄弟兩宮相寓而參看焉。
年柱の上に「財」「官」を見れば、祖先の栄耀顕達を主り、月柱の上に「官殺」を見れば、兄弟の凋零を主る。また一説に、年柱は祖宗一門の興廃を見、月柱は父母の長く留まれるかを推す。年柱はもともと祖宗の宫位で、「財」「官」の地に臨み、すなわち禄・馬の郷に坐すれば、祖上の栄顕は当然の理である。しかし年柱の坐が「比肩」「劫財」であって「財」「官」の地でなければ、情形は異なる。比劫に坐する以上、ますます祖宗の一宮と月柱の兄弟宮を一つに合わせて参照すべきである。
若歲月無財官,俱主根基淺薄,白手成家,獨月令官殺司權,俱主損傷兄弟。雖有兄弟,多主鬩牆,何也?比肩乃兄弟之壽星,見官殺面克之,安得不損兄弟乎?故曰:官殺排門兄壽夭,殺官司戶弟成行。故月乃門戶也。
もし年・月の両柱に「財」「官」がなければ、いずれも根基浅薄で、白手起家せねばならないを主る。ただ月令が「官殺」の権を司るものは、いずれも兄弟を損傷するを主る。兄弟があっても、多くは鬩牆となる。何の故か。「比肩」は兄弟の寿星で、「官殺」に遇えば当に剋される。どうして兄弟を損なわずにいられようか。だから「官殺門に排せば兄は寿夭し、殺官戸を司れば弟は行を成す」と言う。まさに月柱は一命の門戸だからである。
又若日通月氣,比肩神旺,多主鴻雁成行,理雖如是,變貴變通。苟或日主根多,比肩太旺,亦主參商,蓋緣兄弟多來劫財神也,此又喜官殺而得兄弟也。偏財為父,比劫重重損父親,正印為母,星旺處雖損母,以官殺為子,傷官食神多損子。
次に日干と月令の気が通じ、「比肩」が旺盛なものは、多く兄弟が多く雁行のように列を成すを主る。道理はさようだが、なお随宜変通しなければならない。もし日主の根気が多すぎて「比肩」が旺きに過ぎれば、同じく兄弟の参商・不睦を主る。兄弟が多ければやがて我が「財」神を劫奪しに来るからで、このような情形ではかえって「官殺」が出て比劫を制してくれて初めて兄弟を保てる。そのほかの六親は、「偏財」は父で、「比」「劫」が重なれば父を損ない、「正印」は母で、財星の旺える所では母を損なう——財は印を壊せるからである。「官殺」を子とすれば、「傷官」「食神」が多ければ子を損なう。
若官殺太重,剋制日主,早自身救死不贍,安能生子乎?必須食神傷官,制去官殺,方能生子也。男命如斯,女命亦然。若財官旺而日主弱,夫家興而母家灰,蓋財官乃旺夫之物也。然財能損母,官能克兄弟,多主父母兄弟凋零。
もし「官殺」が重すぎて日主を剋して動けなくするなら、自ら死を救うにも足りず、どうして子を生めようか。必ず「食神」「傷官」があって「官殺」を制し去って初めて子を生める。男命はさようであり、女命もまた同じである。もし「財」「官」が旺えて日主が弱ければ、夫家が興り母家が衰えるを主る。「財」「官」はまさに夫を旺かせる物だからである。しかし「財」は母を損ない、「官」は兄弟を剋すので、この種の命は多く父母兄弟の凋零を主る。
孤鸞曰:木火蛇無媚,蓋乙巳日也。然乙巳坐下有庚夫,丁巳會下有庚財,有財能生夫也,不可謂夫婿也。女命生此二日,多主旺夫旺子也。金豬豈有郎,辛亥日坐下有正財,財亦能主夫,豈可謂無郎乎?
「孤鸞煞」の歌訣に「木火の蛇に媚なし」とあるが、これは乙巳の日を指す。しかし乙巳日の坐下には巳中に庚金が蔵しており、庚金はまさに乙木の夫である。丁巳日の坐下の巳中の庚金は丁火の「財」で、「財」があれば夫を生じうる。どうして夫婿がないと言えようか。女命でこの二日に生まれる者は、多くかえって夫を旺かせ子を旺かせる。歌訣にまた「金猪に郎あらんや」とあるが、辛亥日の坐下は亥中に甲木が蔵しており、辛金の「正財」で、「財」は同じく夫を生じうる。どうして郎君がないと言えようか。
土猴長獨臥,乃戊申日也,坐下有庚金,能剋夫也。發命戊申日,極損夫也。木虎定居孀,甲寅日也。夫星絕於寅也,不能生子也。又喜印星損其子,養其精,方能生子也。若食神傷官少,而又嫌印星,能損其食神傷官子也。
歌訣に「土猴長に独り臥す」とあるのは戊申の日を指す。申中に蔵する庚金は戊土の「食神」で、乙木という夫を剋しうる。だから女命が戊申日に生まれれば、極めて夫を損なう。また「木虎は定まって孀に居る」とあるのは甲寅の日を指す。甲木の「夫星」たる庚金は寅の地に絶し、夫星が絶すれば子を生むことも難しい。もし食傷が多すぎれば、かえって「印」星がその子星を制損して日主の精気を養ってくれるのを喜び、そうすればかえって子を生める。「食神」「傷官」がもともと稀ならば、かえって「印」星を嫌忌する。印星は「食神」「傷官」という子星を損なうからである。
若辰戌丑未四字全,此坐天地之四獄也,又安能生乎?若止犯二字,亦不畏也。若夫星子入墓,亦難為夫子也。男女二命,俱不可犯。妻星夫星子星而論之,但只看八字,有病能去其病,由有妻有夫子也。論六親只是死格,說見上文五星謬說內。
もし地支の辰・戌・丑・未の四字が具われば、これは天地の四つの牢獄の上に坐するのであって、どうして子を生めようか。そのうち二字を犯すだけなら、まだ畏れなくてもよい。もし「夫星」「子星」がともに墓に入れば、同じく夫も子も得がたい。男命・女命ともにこの条を犯してはならない。要するに「妻星」「夫星」「子星」のいずれを論ずるにも、ただこの八字を見るだけでよい。「病」があってその「病」を去りえれば、おのずから妻あり、夫あり、子ありとなる。旧法が六親を論ずるのはただ死んだ格式を当てはめるだけで、この段は前の「五星謬説」のうちにすでに論じた。
病薬説類
何以為之病?原八字中原所害之神也;何以為之藥?如八字原有所害之字,而得一字以去之謂了,如朱子所謂各因其病而藥之也。故書云:“有病方為貴,無傷不是奇;格中如去病,財祿兩相隨。”命書萬卷,則四名為之括要。蓋人之造化,雖貴中和,若一於中和,則安得探其消息,而論其休咎也?
何をもって「病」とするか。原八字の中にもともと害をなす神である。何をもって「薬」とするか。八字にもともと害をなす字があり、別に一字を得てそれを去らせるものをいう。朱子のいう「各おのが病に因りてこれを薬する」にほかならない。だから命書に「病あれば方に貴く、傷なければ奇ならず。格中のごとく病を去れば、財禄両ながら相随う」とある。命理の書は万卷に及ぶが、この四句が要領をことごとく括っている。人の造化は中和を貴ぶが、もしひたすら中和のみならば、どうしてその消長の消息を探り、もって吉凶休咎を論断できようか。
若今之至富至貴之人,必先“勞其筋骨,餓其體膚,空乏其身,然後動心忍性,增益其所不能,”人命之妙,其猶此乎!愚嘗先前未諳病藥之說,屢以中和而究人之造化,十無一二有驗。又以財官為論,亦俱無歸趣。後始得悟病藥之旨,再以財官中和參看,則嘗八九而得其造化所以然之妙矣。
今日の至富至貴の人を見るに、必ずまず《孟子》のいうごとく「その筋骨を労し、その体膚を餓えさせ、その身を空乏にし」、然る後に「心を動かし性を忍ばせ、その能くせざる所を益す」のである。人命の妙も、おそらくこれと同じであろう。私はかつて「病薬」の説を解せず、屡々ただ中和をもって人の造化を推し究め、十回に一二度も験しなかった。また「財」「官」ばかりをもって論を立てても、みな帰着するところがなかった。後にようやく「病薬」の旨を悟り、さらに「財」「官」と中和を合わせて参看すれば、十回に八九度は造化の然る所以の妙を推し得た。
何以言之?假如人八字中,四柱純土水,日干則為殺重輕,如金日干,則為土厚埋金,火日干,則為比肩太重,是則土為諸格之病,俱喜木為醫藥,以去其病也。如用財見比肩為病,喜見官殺為藥也。如用食神傷官,以印為病,喜財為藥也。或本身病重而得藥重,又宜行運,以取其中和。若病而藥,大富貴之人也。
どうしてそう言うのか。仮に人の八字の四柱が純粋に土だとすれば、水の日干なら「殺重身軽」、金の日干なら「土厚金を埋める」、火の日干なら「比肩」が重すぎる。この数種の情形では、土がいずれも各格の「病」で、一律に木を喜んで医病の薬とし、この病を去らせる。また取用を「財」にして「比肩」が来て奪うなら、「比肩」がすなわち病で、「官殺」を薬として見るのを喜ぶ。取用を「食神」「傷官」にして「印」が来て奪うなら、「印」がすなわち病で、「財」を薬として見るのを喜ぶ。ある人は身の病が重くてたまたま重い薬を得るが、さらに行運の相配を要して、もって中和を取る。病がありまた薬があるのが、大富大貴の人である。
究人之命,將何以探其玄妙?如八字中看了日干,次看了月令,且如月令中支中所屬是火,先看月令中此一火字起,又看年上或火,又看月時上或有火,宜將以上各火做一處看,或為病,或非病。又或地支雖又藏有別物,且不必看,若再看別物,由混雜不明,故曰:從重者論。此理是看命下手法處。
人の命を推し究めるに、どうしてその玄妙を探りえようか。八字の中でまず日干を見定め、次に月令を見る。たとえば月令の地支の所属が火なら、まず月令中のこの一つの火字から見起こし、また年柱上に火があるかを見、また月干・時柱上に火があるかを見て、以上の諸火を一か所に合わせて見、それがついに「病」であるか否かを判定する。地支裏にまだ別の物が蔵していても、しばらく見るに及ばない。いっしょに別の物を見れば、かえって混雑して明らかでない。だから「重なる者に従って論ず」と言う。この一医はまさに命を見る下手の処である。
若以火論,又再年水金看土,則不知命理之要也。若財官印綬有病,就要醫其財官印緩也。如身主有病,就要醫其身主也。如八字純然不旺不弱,原財官印俱無損傷,日干之氣,又得中和,並無起發可觀,此是平常人也。然病藥之說,此是第一家緊要,得斯術者,不可不精察也,詳見見驗類。
もし火に照らして論じながら、またふり返って水を見、金を見、土を見るならば、それは命理の要を解さないものである。「財」「官」「印綬」に病があれば、その「財」「官」「印綬」を医さねばならず、日主に病があれば、その日主を医さねばならない。もし一つの八字が平々として旺ならず弱ならず、「財」「官」「印」にもともと損傷がなく、日干の気もまたたまたま中和で、まったく発動して観るべき所がなければ、これは平常の人である。要するに「病薬」の説はこの学問の第一等の緊要な事で、この術を得た者は精しく察せざるを得ない。詳しくは後の「人命見験」の類に見える。
彫枯旺弱四病説類
何以為之雕也?如玉雖至寶也,雨貴有雕琢之功;金雖全寶也,而貴有鍛鍊之力。苟玉之不琢,雖曰荊山之美,則為無用之玉也;金之不煉,雖曰麗水之良,則為無用之金也,人之八字,大概類此。如見官星未曾有傷官,見財星未曾有比劫,見印綬未曾有財星,見食神傷官夫曾見印綬,若此純然無雜,不猶未琢之玉,未煉之金乎?
何をもって「彫」とするか。玉は至宝だが、彫琢の功あるを貴ぶ。金は全宝だが、鍛錬の力あるを貴ぶ。玉が琢まれなければ、たとえ荊山の美玉でも用なき玉でしかなく、金が煉られなければ、たとえ麗水の良金でも用なき金でしかない。人の八字もおおよそこれと同じである。「官星」を見ていながらついに「傷官」を見ず、「財星」を見ていながらついに「比劫」を見ず、「印綬」を見ていながらついに「財星」を見ず、「食神」「傷官」を見ていながらついに「印綬」を見ない——このように純粋で雑なきことは、まさに琢まれざる玉、煉られざる金ではないか。
大抵天之生人也,盈虛消長之機,未嘗不寓焉。若四時之有生長也,必有春夏焉;若四時之有收藏也,必有秋冬焉。又如地理骨龍穴砂水之美,而來脈又貴有蜂鶴膝斷續之妙焉。人之造化窮愛壽夭之理,亦貴宜有去留舒配,以取用焉。是以八字貴有雕也。
おおよそ天が人を生ずるに、盈虚消長の機は寓らないことがない。四時に生長あれば、必ず春夏があり、収蔵あれば、必ず秋冬がある。また堪輿家が龍・穴・砂・水の美を論ずるも、来脈はさらに蜂腰鶴膝のように断続起伏の妙あるを貴ぶ。人の一生の窮通寿夭の理も、同じく去る所有り留まる所有り舒べ配する所有るを貴んで、もってその中から取用する。だから八字は「彫」の一段の病あるを貴ぶ。
何以為之枯也?風霜木之,春華之至可觀焉。旱魑之苗,得雨之機難遏焉。故沖霄之羽健。貴在三年之飛,驚人之聲雄,貴在三年之不鳴。是以清涼之候。恆伸於炎烈之餘。和煦之時,每收於苦寒之後。故人之造化,官貴有桔也,行官旺地,貴不可言。財貴有桔,行財旺鄉,財難計數。
何をもって「枯」とするか。風霜に摧折された木は、来る春に花を開いてこそことさら観るべく、久しく旱して枯れ焦げた禾苗は、一旦雨を得ればその生育の勢は押し止められない。だから沖霄して起つ鳥羽が最も健なのは、三年飛ばずして後に一飛するを貴び、一鳴して人を驚かす声が最も雄なのは、三年鳴かずして後に一鳴するを貴ぶ。清涼の候はつねに炎烈の余りに接して伸展し、和煦の時もつねに苦寒の過ぎた後に収まる。だから人の造化は、「官」は先に一段の枯あるを貴び、一旦「官」旺の地に行けば貴ぶべからざるなし。「財」も先に一段の枯あるを貴び、一旦「財」旺の郷に行けば、財は数え難いほど多い。
然又當然喜其有根在苗先,實從花後,但貴具有根而桔也,不貴其有苗而桔也。苟若官星無根,官從何出?財星無根,財從何生?是以財有印綬,貴有根而桔之病也。或若無根,而自為之桔焉,則亦非矣。貴有根而桔之病也。或若無根,而自為之桔焉,則亦非矣。是以八字貴有根桔之病也。
ただしなお当然「根は苗より先、実は花より後」あるを喜ぶ。すなわち根あって枯るるを貴び、苗あるだけで枯るるを貴ばない。もし「官星」に根気がまったくなければ、官はどこから生ずるか。「財星」に根気がまったくなければ、財はどこから生ずるか。だから「財」は「印綬」を憑依とし、根あって枯るるという病を貴ぶ。もしもともと根がなくて、ただ自ら枯れているならば、それはよろしくない。根あって枯るるという病を貴ぶのであって、もともと根がなくて自ら枯れるのは、やはりよろしくない。だから八字はこの「根あって枯るる」病あるを貴ぶ。
何以為之旺也?群芳茁長,可觀真木之光輝,萬物凋零,可識真金之肅殺,是以各全其質,各具其形。若木不木而金不金,旺不旺而弱不弱,則五行之質有虧矣。所以考入禍福也哉?若人之用木出也,則宜類聚,斯木性之當雜。若人之用火也,則宜照應,斯火性之不裂。
何をもって「旺」とするか。百花が斉しく発し草木が蓬勃としてこそ、真木の光輝が見え、万物が凋零して粛殺が四方に合してこそ、真金の性情が認められる。これで五行が各々その本質を保ち、各々その形状を具えることが分かる。もし木が木にあらず金が金にあらず、旺は旺ならず弱は弱ならずならば、五行の本質に欠けがあり、何をもって人の禍福を考察できようか。たとえば人が木を取用すれば、同類が聚まって林を成すを宜とし、これが木性の当に然るべきで駁雑を宜としない。火を取用すれば、彼此照応するを宜とし、これが火性をして裂けざらしめる所以である。
若春林旺,見水多益壯其神。夏月火炎,見木多愈資其烈。由引區別,則知其所以旺者,當何旺者,宜行比劫動以去財星;印星太旺者,宜行財星運以破其印是;日干太旺者,宜行官殺運以制其日主。一理如是,百理皆然。若其旺弱之相參,斯其下矣。是以八字貴有旺之病也。
春に林が旺んでいるとき、さらに水が多ければかえってその神を壮んにし、夏月に火が炎えているとき、さらに木が多ければかえってその烈を助ける。これらの区別から推せば、いわゆる「旺」をいかに処置すべきかが分かる。「財星」が旺きに過ぎる者は、「比」「劫」の運を行ってその財星を奪うを宜とし、「印星」が旺きに過ぎる者は、「財星」の運を行ってその印星を破るを宜とし、日干が旺きに過ぎる者は、「官殺」の運を行ってその日主を制するを宜とする。一処の理がさようなら、百処の理もみな然り。もし旺と弱が相半ばして雑れば、それは下乗に落ちる。だから八字は「旺」の一段の病あるを貴ぶ。
何以為之弱也?雨露不足,則物性為之磨。血氣不充,人身為之贏瘦。天根可躡,六陽之弱可聞乎,月窟可探,六陰之弱者究也。是以六陽之弱,不至於終弱,而有《臨》《泰》之可乘。六陰之弱,不至於終弱,而有《遁》《比》之可托。
何をもって「弱」とするか。雨露が足りなければ、物の性は消磨し、血気が充たなければ、人の身は痩せ衰える。邵雍の詩にいう「天根」は踏み訪ねるべく、六陽の初生の一点の微弱が聞き取れる。「月窟」は探るべく、六陰の初生の一点の微弱も究め明らかである。だから六陽の弱は終わりまで弱いことなく、後に《臨》卦《泰》卦の陽長に乘ずべきがあり、六陰の弱も終わりまで弱いことなく、後に《遁》卦《比》卦に托すべきがある。
猶人之命,弱不弱而旺不旺,則何以稽其禍福哉?然雖貴有母也,則猶恐極弱之無根,故水雖至已為極弱,然己有庚金為水根也。火雖至亥為極母也,然亥有木為火之根也。人之造化,財官印綬,貴有弱也。弱則有旺之其焉。
人の命もまたこれと同じで、弱は弱ならず旺は旺ならずならば、何をもってその禍福を稽考できようか。弱くて生我の母あるを貴ぶと言っても、なお弱の極まりて根気のまったく無いを恐れる。だから水は巳位に至れば極弱に属するが、巳中に庚金が蔵しており、庚金はまさに水の根である。火は亥位に至れば極弱だが、亥中に甲木が蔵しており、木はまさに火の根である。人の造化において「財」「官」「印綬」も一段の弱あるを貴ぶ。先に弱あってこそ、旺に転ずる余裕がある。
若官星太弱,宜行官旺之鄉;財星太弱,宜行財旺之地;日主太弱,宜行身旺之地。然猶畏弱之無根,所謂根在苗先也。弱而有根,則官星雖弱而可致其旺,財星雖弱而可致其強。是以八字貴有弱之病也。
「官星」が弱きに過ぎれば、「官」旺の郷に行くを宜とし、「財星」が弱きに過ぎれば、「財」旺の地に行くを宜とし、日主が弱きに過ぎれば、身旺の地に行くを宜とする。しかしなお弱にして根なきを畏れる。いわゆる「根は苗より先」である。弱にして根あれば、「官星」は弱くてもその旺を致しうく、「財星」は弱くてもその強を致しうる。だから八字は「弱」の一段の病あるを貴ぶ。
損益生長四薬説類
何以謂之損?損者,損其有餘也。然木生震位,正木氣之當權也。金產競宮,正金神之得位。當權者不宜資助,得位者不必生扶。假或水又滋土,土或培金,若木有餘之病,用金以制之;金氣有餘之病,用火以克之。官星之氣有餘,則損其官星;財星之氣有餘,則損其財星。壁如人身元太旺為族,當以涼劑通藥以濟之也。是以八字貴有損之之藥也。
何をもって「損」と言うか。損とは、余あるを削り減らすことである。木が震位に生ずるは、まさに木気が権を当くとき、金が兌宮に産するは、まさに金神が位を得るときである。権を当くものはさらに資助すべきでなく、位を得たものはさらに生扶するに及ばない。仮に水がまた木を滋し、土がまた金を培えば、それは過ぎである。だから木気が余って病を成すには金をもってこれを制し、金気が余って病を成すには火をもってこれを剋す。「官星」の気が余ればその官星を損し、「財星」の気が余ればその財星を損する。たとえれば人身の元気が旺きに過ぎて疾を成すには、涼性の方剤をもって疏通し調済すべきである。だから八字は「損」の一味の薬あるを貴ぶ。
何以謂之益?益者,益其不及也。若木之死於午,若水之死於卯也。不及則宜資助,且如木氣之本衰,庚辛又來克木也;水氣之本衰,戊己土又來克水也,則水木不及之病在此矣。益之之理又當何如耶?若木之不及,或行水運以滋其根本,或行木運以茂其枝葉。
何をもって「益」と言うか。益とは、及ばざるを補い足すことである。たとえば木が午位に死し、水が卯位に死するは、みな気数の不足に属する。不足ならば資助を加えるべきだが、もし木気がもともと衰えているのに庚・辛の金がまた来て木を剋し、水気がもともと衰えているのに戊・己の土がまた来て水を剋するなら、水・木の不足の病根はまさにここにある。補益の道理はまたいかにすべきか。木が及ばなければ、あるいは水運を行ってその根本を滋し、あるいは木運を行ってその枝葉を茂らしめる。
若水之不及,或行金運浚其源流,或行水運以廣其澎湃。若宮星之氣不足,則喜官旺之鄉;財星之氣不足,則喜行財旺之地。譬如人身血氣之不足,則用溫藥之劑以補之也。是以八字貴有益之藥也。
水が及ばなければ、あるいは金運を行ってその源流を疏浚し、あるいは水運を行ってその澎湃の勢を広める。「官星」の気が足らなければ「官」旺の郷を行くを喜び、「財星」の気が足らなければ「財」旺の地を行くを喜ぶ。たとえれば人身の血気が足らなければ、温補の方剤をもって調養するである。だから八字は「益」の一味の薬あるを貴ぶ。
何以謂之生也?六陽生處,真為生也。如甲木生亥,亥有壬水,來滋甲木也。六陰生處,俱為弱。如乙木生於午也,午有丁火洩木之精英,有己土為乙木之撓屈。又如六陰死處俱為生,如乙木死於亥,亥有壬水,反來滋木也。六陽死處死真為死,如甲木死於午,且午中有丁火,洩木真精,己土為之撓屈。
何をもって「生」と言うか。六つの陽干の長生の処こそ、真の生である。たとえば甲木は亥に長生し、亥に壬水が蔵して、ちょうど甲木を滋养しに来る。六つの陰干の長生の処は、かえっていずれも弱い。たとえば乙木は午に長生するが、午に丁火が蔵して木の精英を泄し、また己土が蔵して乙木を撓屈させる。逆に六つの陰干の死地はみな生である。たとえば乙木は亥に死するが、亥に壬水があってかえって木を滋养しに来る。そして六つの陽干の死地こそ真の死である。たとえば甲木は午に死し、午中に丁火があって木の真精を泄し、己土があってこれを屈折させる。
且如生之理,形氣始分,赤子未離於褓,精華初判,嬰兒初脫於胞胎。如木之生於亥,根氣猶桔也,未可以木為旺也。如火之生於寅,氣焰猶寒也,未可以火旺也。又或財官印臨於生地,未可以財官印為旺也。凡氣之不足,故貴濟之有生之藥也。
さらに「生」という理は、形と気がようやく分かれ、赤子がまだ襁褓を離れず、精華が初めて判じ、嬰児が初めて胞胎を脱したところである。だから木が亥に生ずるとき、根気はなお枯れており、もって旺木とすることはできない。火が寅に生ずるとき、気焰はなお寒く、もって旺火とすることはできない。同様に「財」「官」「印」が生地に臨んでも、もって旺とすることはできない。凡そ気の足らざるものは、「生」の一味の薬をもってこれを済接するを貴ぶ。
何以謂之長也?春蠶作繭,木氣方敷。夏熱成爐,炎光始著。如木臨震位,火到離宮。若此帝旺之鄉,實不同於生長之位。是以生者長初,長者生之繼也。如財官屬木,則長養在寅卯辰之方,此木氣方敷也。如是則貴行金運以克之,則與長生之木理不同也。
何をもって「長」と言うか。春蚕が繭を作る時節は木気がようやく敷き、夏が炉のように熱くなると炎光が始めて著しくなる。木が震位に臨み、火が離宮に至れば、これはすでに帝旺の郷で、長生の位とは大いに異なる。だから「生」は「長」の始めであり、「長」は「生」の継ぎである。もし「財」「官」が木に属すれば、その長養は寅・卯・辰の方にあって、これ木気がようやく敷くときである。こうであれば金運を行ってこれを剋するを貴ぶので、長生の木の理とは異なる。
如財官屬火,火則長養在巳午未方,此火氣之方熾也。如果則貴行水運以克之,則與長生之火理不同也。走以生長二字,衰旺之不同,故運行有喜生喜克之異。是以八字貴有長之之藥也。以上諸格,楠於合理者取之,背理者闢之矣。以後各格,楠所未及者,附陳於後,以備參考。
もし「財」「官」が火に属すれば、火の長養は巳・午・未の方にあって、これ火気が方に熾るときである。こうであれば水運を行ってこれを剋するを貴ぶので、長生の火の理とは異なる。これによって「生」と「長」の二字は衰旺が同じでなく、ゆえに運行には生を喜び剋を喜ぶの異がある。だから八字は「長」の一味の薬あるを貴ぶ。以上の諸格は、楠は理に合うものを取り、理に背くものを闢いた。これ以後の各格で楠の及ばざるものは、いっしょに後に附列して、参考に備える。
正官格
楠曰:正官者,何以言之?蓋以陽見陰,陰見陽,故曰一陰一陽之謂道,如人之一夫一婦之有配對也。何以謂之官?蓋官者答也。如人焉,必須官管,然後循規蹈矩,居仁由義,不敢放逸為非,故為制我身主之宮也。
張楠は言う。「正官」とは何か。陽干が陰干を見、陰干が陽干を見ることを言う。だから《周易・繫辞》に「一陰一陽これを道と謂う」とあり、まさに人間の一夫一婦が配偶を結ぶようなものである。なぜこれを「官」と呼ぶか。「官」とは管束の意である。人は必ず官府に管せられて、然る後に規に循い矩を蹈み、仁に居り義に由り、放逸して非をなすことを敢えてしない。だから「正官」は我が日主を管制する宮位である。
然月令提綱之官,若我之本府太守本縣之令尹也。但當服其管,則豈能用之。故凡月上官星,世無用官之理,如此將如取用?但或止有官星一點,日主又旺,則官星輕而日主弱,運行官旺最為奇。譬如府縣官,是我之主也。今主人弱也。當以財生之,行官運以助之。若行印運,則又洩弱官星之氣。
ただし月令提綱の上の「官」は、本府の太守・本県の令尹のようなもので、私はただその管に服すべきであって、どうしてかえってこれを用いることができようか。だから凡そ月上の「官星」には、世にもともと用神として用いる理がない。さて然らばどう取用すべきか。ただ一つの情形がある。柱中にただ一点の「官星」があり日主がまた旺なれば、これは官軽く身重しで、行運が「官」旺の地に至れば最も奇である。たとえば府県の長官はもとより我が上司で、いま上司の力が弱ければ、「財」をもってこれを生じ、「官」運を行ってこれを助けるべきである。もし「印」運を行けば、かえって「官星」の気を泄らし弱める。
若官星犯重,日主根弱,剋制日干太重,則不曰官星,而曰七殺也。七殺克身,則傷官食神,以制其官殺也。大抵用月上官星,要官旺,官旺方好取用。要官星有病,各因病而藥之,官旺官多,喜食神以制去之,官星氣弱,喜財神以生之,官旺之運以助之。
もし「官星」が重複して犯し、日主の根気がまた弱く、日干を剋制することが重すぎれば、もはや「官星」とは言わず、「七殺」と言うべきである。「七殺」は身を剋すので、「傷官」「食神」をもってこの官殺を制しなければならない。おおよそ月上の「官星」を取用するには、つねに官旺を要し、官旺してこそ取用しよく、また「官星」に「病」あるを要して、こそ各々その病に因りて薬を下しうる。官旺えて官多きは、「食神」を喜んでこれを制し去らせ、「官星」の気弱きは、「財」神を喜んでこれを生ぜしめ、「官」旺の運を行ってこれを助けさせる。
若日干官星二者,純和無病,俱是平常人也。若歲日時上虛官,用之十有九貴。然官為扶身之本,夫人非官,則放於禮法之外,故官星不宜破損,而亦不可用也。惟官星太弱太旺,方為有病,因其病而藥之,斯可作為用神而論禍福也。
もし日干と「官星」の両方が平らに和らいで医すべき病がなければ、みな平常の人である。年柱・日支・時柱上に虚懸した「官」は、取って用いれば十に八九貴を主る。「官」はもともと自身を扶持する根本で、人に官の管束がなければ行いは礼法の外に出る。だから「官星」は破損されるのを宜とせず、また軽々に用神として用いてもならない。ただ「官星」が弱きに過ぎるか旺きに過ぎるかして初めて「病」があり、その病に因りて薬を下し、ここに初めて用神として立てて禍福を推論できる。
《繼善篇》云:有官有印無破,作廊廟之材。楠曰:舊洋謂有官有印,乃雜氣所藏官印也,牽強不可從。或曰:有官有印,蓋言人命中有官星印綬雙全者,更無刑沖破害之物,破傷官印貴氣之物,則官生印,印生身,其人必是廊廟棟樑之大材。此說可從。蓋乙生辛月,丁生亥月,己生寅月,辛癸生巳月,皆官印兩全,何必拘於雜氣兩全乎。況雜氣喜沖破,謂之無沖可乎?
《継善篇》に「官あり印あり破れなければ、廊廟の材を作す」とある。張楠は言う。旧注はここの「有官有印」を辰戌丑未の雑気に蔵する官印と解するが、牽強で従うべきでない。別の説に、いわゆる「有官有印」とは人の命に「官星」と「印綬」が両全し、さらに刑・冲・破・害の類で官印の貴気を破損するものがなく、ここに官は印を生じ印は身を生じるから、この人は必ず朝廷の棟梁たる大材だという。この説は従うべきである。乙木が辛月に生まれ、丁火が亥月に生まれ、己土が寅月に生まれ、辛金・癸水が巳月に生まれるは、みな官印両全であって、どうして雑気の両全に拘る必要があろうか。しかも雑気はもともと冲破を喜ぶのに、どうしてこれを「無冲」と言えようか。
古歌云:正氣官星月上推,無沖無破始為奇。中年歲運來相助,將相公侯總可為。補曰:正氣官星,謂陽見陰、陰見陽,如六甲日生酉月、六乙日生申巳月、六丙日生子月、六丁日生亥日之類,乃月正官也。柱中無沖刑破害,功名顯達,始為奇特,下文云“登科甲第,官星臨無破之宮”是也。中年歲運遇財星印綬,身旺之助。更無刑傷殺雜,則臺閣可登。古歌云“官印相生臨歲運,玉堂金馬作朝臣”是也。
古歌に「正気官星は月上に推し、冲なく破れなくば始めて奇。中年歳運来たり相助えば、将相公侯もなすべし」とある。補足して言う。いわゆる「正気官星」とは陽が陰を見、陰が陽を見ることで、六甲日が酉月に生まれ、六乙日が申月・巳月に生まれ、六丙日が子月に生まれ、六丁日が亥日に生まれる類で、これが月令上の「正官」である。四柱中に冲・刑・破・害がなくて功名顕達し、始めて奇特と言いうる。下文にいう「科甲第に登るは、官星が破れなき宮に臨む」がこの意である。中年以後、歳運が「財星」「印綬」および身を旺かす助けに遇い、さらに刑傷と殺の交雑がなければ、台閣に登ることができる。古歌にいう「官印相生じて歳運に臨めば、玉堂金馬の朝臣となる」がこれである。
司馬季主云:真官時遇,早登金紫之封。補曰:真官時遇,謂真正官星,遇於生時,正《淵源》所謂時土正官格是也,必早得腰金衣紫之貴。解時作月令之時,非生時之時。又於時正官格,刪而去之,則非也。若以此時遇為月令之時,則《喜忌篇》云:“偏官時遇,造微論之時”,遇官星生旺位,亦可謂令之時乎?牽強不可從。
司馬季主に「真官時に遇えば、早く金紫の封に登る」とある。補足して言う。いわゆる「真官時遇」とは、真の「官星」が出生の時柱に遇うことで、まさに《淵源》のいう「時上正官格」である。必ず早く腰金衣紫の貴を得る。ある注家がこの「時」を月令の時と解し、生時の時とせず、また「時上正官格」の一条を刪り去ったのは誤りである。もしここの「時遇」を月令の時に講じるなら、《喜忌篇》にいう「偏官時に遇うは、造微論の時」と、官星が生旺の位に遇うという語も、みな月令の時と言いえようか。牽強で従うべきでない。
強都憲造 辛未 乙未 丁未 辛亥。亥中壬水,為丁火正官,則真官為主時之遇也,有準矣。
強都御史の命造。年柱辛未、月柱乙未、日柱丁未、時柱辛亥。時支の亥中に蔵する壬水は、まさに丁火の日主の「正官」で、これが「真官」が時柱に現れた実例である。前の句に憑準のあることが分かる。
《通明賦》云:祿得天時,奇花生於金帶。補曰:祿得天時,乃時干得正官,而且見其言之祿,必有奇花金帶之榮貴。與上文大同而小異。解謂祿馬為官,則是為天時即干,則泛而不切。曰天下,則年月亦在其中矣,於時干,則隱而晦矣。
《通明賦》に「禄天時を得れば、奇花金帯に生ず」とある。補足して言う。いわゆる「禄得天時」とは、時干上で「正官」を得て、しかもこの官星の禄を見ることで、必ず奇花金帯のごとき栄顕がある。上の条と大同小異である。旧注は「禄馬」を官に講じ、また「天時」を天干に講じたが、泛かつ不切である。「天干」と言えば年干・月干もその中に包まれて、かえって「時干」の段を隠晦にしてしまうからである。
都御史造 癸未 乙卯 丙子 癸巳。此造時干,以癸水為官,而建祿於子,官印相生,則天時為時干,不可泛言天干也明矣。
ある都御史の命造。年柱癸未、月柱乙卯、日柱丙子、時柱癸巳。この造は時干の癸水を丙火の「正官」とし、癸水の禄がまさに日支の子に建つ。月干の乙木は「印」で、官は印を生じ印は身を生じて官印相生の勢を成す。これで「天時」とは時干を指し、ざっくり天干と言うべきでないことが明らかである。
甲午 丁丑 壬辰 乙巳,宜黃縣劉景八公富命,生生活巳格。楠曰:壬生丑日水源深,疊疊財官共拱臨。水入巽官尋貴格,陶朱之富異乎人。壬水生臨丑月,水寓根源,四柱財官七殺太旺,此造本難尋究。蓋得巳時,水入巽宮,合起金局,蓋壬水能生甲乙木也。甲乙木不生丙丁火也。且四柱純粹,並無間隔,上下相親,正作生生不巳格看。所以行東南西北俱美,宜邑第一富人也。壽高五福,蓋得時上有庚金印星也。
年柱甲午、月柱丁丑、日柱壬辰、時柱乙巳。宜黄県の劉景八公の富命で、「生生不巳格」に属する。張楠の詩に「壬は丑日に生まれて水源深し、疊々たる財官共に拱臨す。水は巽宮に入りて貴格を尋ぬ、陶朱の富は人に異なり」とある。壬水は丑月に生まれて水気に根源があり、四柱の「財」「官」「七殺」は層を重ねてみな旺で、この造はもともと推尋しがたい。幸いに巳時を得た。巳は巽位に属し、水が巽宮に入り、巳は月支の丑と会して金局を合起して水を生じ、壬水はまた年時の甲・乙木を生じ、甲乙木はさらに年月の丙丁の火を生ずる。一路相生して絶えず、四柱純粋で中間に隔たりなく、上下互いに親しむ。まさに「生生不巳格」として見るべきである。だから東・南・西・北いずれの方運も良く、全县第一の富人となった。寿高く五福を備えたのは、まさに時支の巳中に庚金の「印星」が蔵していたからである。
癸卯 甲子 乙巳 癸未,富夫女剋制剋星格。楠曰:乙未逢庚便作夫,傷庚丙火氣盈餘。火神未上重相見,見火傷庚壽必殂。乙木生於子月,用巳中庚金為夫星,則夫星得生於巳也。所以富出紅縷,原日主不弱,能任夫星。不合遇入丙寅,夫星剋制重重,患瘵死也明矣。
年柱癸卯、月柱甲子、日柱乙巳、時柱癸未。ある富家の夫人の命で、「夫星を剋制する格」に属する。張楠の詩に「乙巳庚に逢えば便ち夫と作り、庚を傷る丙火気余りあり。火神未上に重ねて相見れば、火を見て庚を傷れば寿必ず殂す」とある。乙木は子月に生まれ、日支の巳中に蔵する庚金を取って「夫星」とする。庚金はまさに巳に長生する。だから家道は富厚で衣飾は華美だった。日主はもともと弱からず、この「夫星」を担えた。ただ行運が偏に丙寅に入ったのが惜しい。丙火が庚を剋して「夫星」が重々制せられ、彼女はついに癆瘵を患って死んだ。道理は明らかである。
辛丑 乙未 戊戌 庚申,貧夭女見夫受制格。楠曰:夫星子宿兩星期,最是誇苗實不成。枯木不堪金過克,早行金運壽先傾。戊生未月,乙木夫星透出,俗儒推其夫明子秀,不知乙木被金破之。未中乙木,被丑中辛金破之,夫星受制太過,雖有庚金子星,夫星既制,子安可生乎?大運入酉,乙木損重,自縊死矣。
年柱辛丑、月柱乙未、日柱戊戌、時柱庚申。貧賤早夭の女子の命で、「夫星受制格」に属する。張楠の詩に「夫星子宿両星期なり、最も是れ夸苗の実成らざる。枯木は金の過剰に堪えず、早く金運を行けば寿先に傾く」とある。戊土は未月に生まれ、月干に乙木の「夫星」が透す。尋常の術士は彼女の夫明く子秀だと推すが、この乙木がすでに金に破られたことを知らない。未中に蔵する乙木は、まさに年支の丑中の辛金に破られて「夫星」の受制があまりに過ぎる。時干に庚金の「子星」があると言っても、「夫星」がすでに制せられた以上、子はどこから生まれよう。大運が酉地に入って乙木の損傷いよいよ重く、彼女はついに自縊して死んだ。
壬戌 辛亥 甲子 丙寅,貴而早寡金輕火重。楠曰:夫明子透透天干,運入西方福自完。最恨南方金受制,不堪鏡破舞孤鸞。甲木生亥月,夫子星透天干,日主有根,樂堪任矣。夫何夫星頗弱,運入西方星生旺之地,夫登科甲,官至御史。運入南方,火制辛夫太過,入未夫死而孀居也。丙午火氣盈甚,帶疾而終驗也。
年柱壬戌、月柱辛亥、日柱甲子、時柱丙寅。顕貴で早く寡した女命で、病は金軽く火重しにある。張楠の詩に「夫明く子透きて天干を透し、運西方に入れば福自ら完し。最も恨むは南方に金の制せられ、鏡破れて孤鸞の舞うに堪えざる」とある。甲木は亥月に生まれ、月干の辛金「夫星」と時干の丙火「子星」がともに天干に透し、日主にも根があって、この夫子の福を担いえた。ただ「夫星」の辛金がやや弱いのが恨まれる。行運が西方の金の生旺の地に至れば、夫は科甲に登って官は御史に至った。運が南方に転ずれば火が辛金という夫を制するに過ぎて、未運に入って夫が身亡び、彼女はここに寡居した。丙午の一段では火気が盈ち過ぎて、彼女も病を帯びて終わった。果たして一々応験した。
丁巳 戊申 丁巳 乙巳,夭女官輕制重。楠曰:丁逢戊土太重重,壬水重遭剋制凶。戊運不宜重見土,中間早已失行蹤。丁火,以壬水為夫也。夫何戊土四重,剋制太過,雖巳有庚金,亦不能生之,大運入戌,又見戊土,一勺之水,豈勝眾土之攻乎?患癱疾而死,蓋為丁火身衰,見土洩弱精英也。
年柱丁巳、月柱戊申、日柱丁巳、時柱乙巳。早夭の女子の命で、病は「官」が軽くこれを制する土が重いにある。張楠の詩に「丁は戊土に逢うに重々太り、壬水は重ねて剋制に遭いて凶。戊運は更に土を見るを宜とせず、中間早く行踪を失う」とある。丁火は壬水を夫とするが、奈んずるに柱中の月干と三つの巳裏の戊土が層を重ねて、壬水を剋制するに過ぎる。巳中に庚金があって水を生じうると言っても、生じ起これない。大運が戌地に入れば、また一重の戊土を添え、区区たる一勺の水がどうして衆土の囲攻に堪えられよう。彼女はついに癱瘓の疾を患って死んだ。これも丁火そのものが衰弱し、土が多いのを見て精華を泄し尽くされたからである。
丁酉 壬寅 辛巳 丙申,貴女命去留官格。楠曰:殺星得制獨留官,官殺相停兩得安。最喜南方官旺也,時師莫作等閒看。辛金生寅,本畏丁火為殺,得丁壬化之。更畏丙火官星太重,喜有申中壬水,沖去月上丙火,獨存時日丙火為夫星。原夫星氣弱,喜行甲乙丙丁旺夫之地。夫作廉使,其貴宜矣。
年柱丁酉、月柱壬寅、日柱辛巳、時柱丙申。貴婦人の命で、「去殺留官格」に属する。張楠の詩に「殺星制を得て独り官を留め、官殺相停じて両ながら安しを得たり。最も喜ぶは南方に官旺え、時の師は等閑の看を作すなかれ」とある。辛金は寅月に生まれ、もともと年干の丁火が「七殺」となるを畏れたが、幸い丁と月干の壬が相合して化し去った。また丙火の「官星」が重すぎるを畏れたが、好いことに時支の申中に壬水が蔵し、申はまた寅を冲して、月支の寅中の丙火を冲し去り、ただ時干と日支の巳中の丙火を残して「夫星」とした。もともと「夫星」の気は弱いので、甲・乙・丙・丁の夫を旺かす地を行くのを喜んだ。夫は廉訪使に至り、この顕貴はまさに当然であった。
甲辰 甲戌 癸未 壬戌,孤夭女土重木輕格。楠曰:癸生戌月土重重,甲制干頭返有功。大運不宜重見土,再行土運壽年終。癸水生戌,夫何年月日時俱有土旺,水強進氣,亦不能勝眾土也。早行壬癸,水滋木旺克土。母夫家富,但四庫太多,生子不良。運入未字,土神太重,嘔血而死。
年柱甲辰、月柱甲戌、日柱癸未、時柱壬戌。孤苦早亡の女子の命で、「土重木軽格」に属する。張楠の詩に「癸は戌月に生まれて土重々、甲は干頭を制して返って功あり。大運は更に土を見るを宜とせず、更に土運を行けば寿年終わる」とある。癸水は戌月に生まれ、奈んずるに年・月・日・時の四支に至るところ旺土があって、水に進気があってもこの多くの土に敵しえない。早年に壬・癸の運を行って、水は木を滋し木は旺えて土を剋したので、母家も夫家も富厚だった。ただ辰・戌・丑・未の庫位が多すぎて、生んだ息子が良くなかった。大運が未の字に入ると土神いよいよ重くなり、彼女は吐血して死んだ。
丙午 辛丑 甲戌 己巳。楠曰:甲木逢辛本作夫,庚辛夫旺木神桔。豈宜再入西方運,孤苦貧寒壽早殂。甲戌日主,四柱官殺太盛。本以官星為夫也,夫星太旺,變為克身之殺也。運入西方,官殺重見,克子夫淫賤,為身不由己,而從人也。運入申運,殺重死矣。世入不知,謬以八敗而責其不美,殊不知八字本然不美也。
年柱丙午、月柱辛丑、日柱甲戌、時柱己巳。張楠の詩に「甲木は辛に逢えば本より夫と作り、庚辛の夫旺えば木神枯る。豈に宜しかろうか再び西方の運に入り、孤苦貧寒に寿早く殂さん」とある。甲戌の日主は、四柱のうち官殺が盛んに過ぎる。月干の辛金に、さらに丑・戌に蔵する辛金と巳中の庚金が層々に逼る。本来「官星」の辛金を夫とすべきが、「夫星」が旺きに過ぎて、身を剋する「七殺」に変じてしまった。行運が西方に入れば官殺は重ねて現れ、彼女は子女を剋傷して淫賤となり、身に由るべきがなくて人に委ねた。さらに申運に至れば殺気重すぎて死んだ。世の人はこの道理を明らかにせず、誤って「八敗」をもって彼女の命の悪いのを責めるが、彼女の八字がもとより美ならざるを知らない。
癸丑 己未 戊辰 庚申,貧夭女命未輕制重。楠曰:戊土分明賴木扶,木星入庫兩模糊。不堪再入西方運,貧夭應知賦稟枯。戊土生未,未星入墓,再加丑字沖之,辰中雖亦有乙木,庚申金帖克牛山之木,安得為美乎?運入西方,綠窗貧女,夫出遠遊,入酉會金,損傷乙木夫星服藥而死,宜矣。
年柱癸丑、月柱己未、日柱戊辰、時柱庚申。貧賤早夭の女子の命で、病は木軽くこれを剋する金が重いにある。張楠の詩に「戊土は分明に木の扶けるに頼り、木星は庫に入りて両ながら模糊す。更に西方の運に入るに堪えず、貧夭は応に知るべし賦禀の枯るるを」とある。戊土は未月に生まれ、「夫星」をなす乙木は未庫の中に蔵してすでに墓に入り、さらに丑の字を添えてこれを冲した。日支の辰裏にも乙木は蔵しているが、時柱の庚申の金が密に貼って来て剋し、牛山の木のように伐り尽くされた木気がどうして美しくなりえよう。行運が西方に入れば、彼女は緑窓の下の貧家の女となり、夫は遠く出て帰らなかった。酉運に会して金局を成すと乙木の「夫星」が損傷され、彼女は薬を服して死んだ。当然である。
庚午 戊寅 己酉 甲子,先富後孤貧夫弱被制格。楠曰:己生寅月正初旬,木嫩逢金太損神。運早北方夫子秀,西方運入受孤貧。己生寅月,甲木夫星得祿,豈不美乎?夫何生在立春後一二日,甲木柔嫩,年上庚金露出,酉中又有辛金,其木極衰矣。早行丙子乙亥甲運,衰夫得生。旺夫生子,富足金珠。一入西方運,夫星受制,夫子俱死,而孤貧也。
年柱庚午、月柱戊寅、日柱己酉、時柱甲子。「先に富み後に孤貧、夫弱く制せらる格」に属する。張楠の詩に「己は寅月に生れて正に初旬、木嫩くして金に逢いて太り神を損ず。運早く北方に夫子秀で、西方運入れば孤貧を受く」とある。己土は寅月に生まれ、時干の甲木「夫星」はまさに寅に建禄している。豈によしとせんや。奈んずるに彼女は立春の後一二日に生まれて、甲木はなお極めて柔嫩で、年干にまた庚金が露れ、日支の酉中に辛金が蔵する。この木は衰えの極に達した。早年に丙子・乙亥・甲の運を行って、衰弱の夫は生扶を得て、ここに夫を旺かし子を生んで金珠に富んだ。一旦西方の金運に入れば「夫星」は制せられ、夫も子も相次いで亡び、彼女は孤貧となった。
丁巳 丁未 乙未 庚辰,佈政妻命火重金輕。楠曰:乙逢庚旺旺夫星,火重傷金理自明。自信柱中夫子秀,重重封贈豈常人。乙木未月,夫子兩星明透。且日主有根,則夫子兩星能任矣。運入西方,相夫相子,俱登雲路。運入北方,見水破火存夫,享受褒封,其理然也。
年柱丁巳、月柱丁未、日柱乙未、時柱庚辰。ある布政使の夫人の命で、病は火重く金軽しにある。張楠の詩に「乙は庚に逢い旺えて夫星旺え、火重く金を傷る理自ら明らか。自ら信ず柱中に夫子秀なるを、重々の封贈豈に常人ならん」とある。乙木は未月に生まれ、時干の庚金「夫星」と二つの丁火「子星」がともに天干に明透し、日主もまた二つの未中に根があって、この夫・子の二星を担いえた。行運が西方の金地に至れば、夫を相い子を教えて父子ともに雲路に登った。さらに北方の水地に行けば、水が来て火を破りて庚金の夫を全うし、彼女は屡々朝廷の褒封を受けた。道理はもとより然るべきである。
偏官格 附・棄命従殺格
楠曰:偏官為陽見陽、陰見陰,原非陰陽配合。更得食神傷官,以制去其凶銳,雖先為克我之凶神,今則馴致其凶,而反為我之奴僕也。用偏官,如人之畜奴僕,擒制太過,則為盡法無民,則奴僕力衰,不能為我運動。若擒制之不及,則奴欺主矣。
張楠は言う。「偏官」は陽干が陽干を見、陰干が陰干を見るもので、もともと陰陽の配合を成さない。もしさらに「食神」「傷官」を得てその凶鋭を制し去れば、これは初めこそ我を剋する凶神だが、今は凶性が馴らされて、かえって我の奴僕となる。「偏官」を用いるのは、人が奴僕を蓄えるようなもので、擒制するに過ぎれば「法を尽くして民なし」となり、奴僕は力衰えて我のために動作できず、擒制が及ばなければ奴僕はかえって主を欺く。
偏官即七殺也,如甲日干,數至七個字逢庚字,號為七殺,乃克身之刀劍一般,偏官無制曰七殺,故宜制伏,亦畏太過,亦畏不及。凡看命先看七殺,若有七殺,就要將此七殺處置了,方能用得別物。若不能制去其七殺,則殺星能害我性命。譬如人雖有金銀田產,無性命,此實為閒物。
「偏官」はすなわち「七殺」である。たとえば甲の日干なら、甲から数えて七つ目の字がちょうど庚で、これを「七殺」と号する。身を剋する刀剣のようなもので、「偏官」に制なければ「七殺」と言う。だから制伏すべきだが、制しすぎるのも畏れ、制が足りないのも畏れる。凡そ命を見るにはまず「七殺」を見る。柱裏に「七殺」があれば、まずこの「七殺」を処置して停当にして、然る後に別の物を用いうる。もしこの「七殺」を制し去れなければ、殺星は我が性命を害しうる。たとえば人に金銀田産があっても、性命を保てなければ、それらはみな閑物となる。
原書去云:“有殺須論殺,無殺方論用。”蓋先人立有此言,特未分明顯說,故使學者心上模糊,但殺是勢惡權貴,奸邪小人之象。故用殺得宜,多主顯耀,宦臣相類與其媚於奧,不若媚於灶之意也。
原書に「殺あれば須らく殺を論じ、殺なければ方に用を論ず」とあった。先人はこの言を立てたが、特に分明に説き明かさなかったので、学者は心に模糊としている。思うに「殺」は勢い悪く権貴めき、奸邪小人の象である。だから「殺」を用いるに宜しきを得る者は多く顕耀を主り、権門に媚びる近臣の類と同じである。まさに《論語》の「奥に媚びんより、寧ろ竈に媚びよ」の意に合う。
月上逢官無可用之理,但能管束我之身,安肯為我用也?但或官星衰,則生之,官星太旺,則克之,取此定禍福。吾亦未見用月上官星是貴命,只見用殺星,多富貴人也。子平書俱涵說隱,而不發其真理。故殺者,殺我也,是殺身之對手。官者管我也,是制身之繩法。此造化之正理,不可知也。
月上に「正官」に逢っても取用の理がない。それは我が身を管束しうるだけで、どうしてかえって我に用いられるを肯んずるか。ただ「官星」が衰えればこれを生じ、「官星」が旺きに過ぎればこれを剋して、これをもって禍福を定めるだけである。私もまた月上の「官星」を用いて貴命となったのを見たことがなく、かえって「殺」星を用いて富貴となった人を多く見る。子平の諸書はみな含糊として言を蔵し、真理を点破しようとしない。だから言う。「殺」とは我を殺すもの、我が身を殺す对手である。「官」とは我を管するもの、我が身を制する縄墨法度である。これは造化の正理で、知らざるべからざるである。
又曰:棄命從殺格,緣日主全無一點生氣,四柱純然有官殺,則不得已而只得從殺也。劈如遇強盜,本身無主,只得舍命從之,就要有財,生起其殺,行財殺運,以生用其殺也。畏見八字有根處,及制殺運猶如從盜,又思歸父母兄弟之鄉,則盜必惡汝。此格出正理,甚有驗也。但六陰日干有從之之理,如婦人屬陰,亦有從人之道。若六陽日干,見殺多,只或作殺重身輕看,若日主全無氣,亦作棄命看,亦畏見根死。
また言う。いわゆる「棄命従殺格」は、日主に一点の生気もなく、四柱が清く一色に官殺であるから、已むを得ずただ殺に従うのである。たとえれば強盗に遇って、身に主を成さず、ただ命を捨ててこれに従うようなものである。ここには柱中に「財」があってこの殺を生起させ、「財」運・「殺」運を行ってこれを生じ用いさせなければならない。最も畏れるのは八字に別に根気のある処があること、および制殺の運を行くことである。それはちょうどすでに盗賊に従いながら、また父母兄弟の郷に帰ろうと思うようなもので、盗は必ず汝を悪む。この格は正理に出て、まことによく験する。ただ六つの陰日干にのみ「従」の理があり、ちょうど婦人が陰に属して人に従う道あるごとし。もし六つの陽日干で殺多きを見れば、一般にはただ「殺重身軽」と見る。日主が全く気なきに非ざるを除いて、こそ「棄命」に照らして論じ、同じく根気を見るを畏れて死に至る。
《喜忌篇》云:五行遇月支偏官,歲時中亦宜制伏,類有去官留殺,亦有去殺留官。四柱純雜有制,定居一品之尊,略見一位正官,官殺混雜反賤。補曰:四柱純雜有制,蓋言四柱中純殺無官。有食神制伏得宜,定居一品之尊。上文所謂五行遇月支偏官,歲時中亦宜制伏之謂也。若殺為用神,雜以正官,有傷官剋制,或官為用神,雜發七雜,有食神制伏,亦定居一品之尊。上文類有去官留殺,亦有去殺留官之謂也。略見一位正官,官殺混雜反賤,是無制伏,無去留之謂也。或才改純雜有制,為純殺有制,誤。
《喜忌篇》に「五行月支の偏官に遇えば、歳時中もまた制伏を宜とす。類は官を去りて殺を留むる有り、亦た殺を去りて官を留むる有り。四柱純雑にして制有れば、一品の尊に居るを定む。略して一位の正官を見れば、官殺混雑して返って賤し」とある。補足して言う。いわゆる「四柱純雑有制」とは、四柱中に純粋に「七殺」がありて「正官」なく、また「食神」の制伏がちょうど宜しきを得て、必ず位は一品の尊に居るを言い、まさに上文の「五行月支の偏官に遇えば、歳時中もまた制伏を宜とす」の謂いである。もし「殺」を用神として「正官」が雑入れば、「傷官」が来て剋制し、あるいは「官」を用神として「七殺」が雑発すれば、「食神」が制伏し、同じく位は一品の尊に居るを定む。これが上文の「官を去りて殺を留め、亦た殺を去りて官を留む」の謂いである。「略して一位の正官を見れば、官殺混雑して返って賤し」とは、制伏なく去留もない情形を言う。ある人が「純雑有制」を「純殺有制」と改めたのは、誤りである。
古の純雑有制類
嶽總領造 癸卯 丁巳 壬寅 甲辰。趙侍郎造 丙午 丙申 甲寅 丁卯。劉八門司造 甲申 乙亥 丙戌 庚寅。周伯蘊右丞相造 戊戌 甲子 丁未 庚戌。
岳総領の命造。年柱癸卯、月柱丁巳、日柱壬寅、時柱甲辰——壬水が巳月に生まれ、巳中の戊土が「七殺」で、時干の甲木「食神」がこれを制する。趙侍郎の命造。年柱丙午、月柱丙申、日柱甲寅、時柱丁卯——甲木が申月に生まれ、申中の庚金が「七殺」で、二つの丙火と一つの丁火の「食」「傷」がこれを制する。劉八門司の命造。年柱甲申、月柱乙亥、日柱丙戌、時柱庚寅——丙火が亥月に生まれ、亥中の壬水が「七殺」で、日支の戌中の戊土「食神」がこれを制する。周伯藴右丞相の命造。年柱戊戌、月柱甲子、日柱丁未、時柱庚戌——丁火が子月に生まれ、子中の癸水が「七殺」で、戌・未二処の土神がこれを制する。この数造はみな純殺に制あって位は顕要に至った。
近時の純雑有制類
毛价川尚書造 甲寅 丙子 丁巳 甲辰。
毛価川尚書の命造:年柱甲寅、月柱丙子、日柱丁巳、時柱甲辰。丁火の日主は子月に生まれ、子中の癸水はまさに月令の「七殺」である。時支辰中に蔵する戊土は「傷官」で、ちょうどこの殺を制し、年月の甲木「印」と丙火が身を助けて力がある。これが本朝近時の「純殺有制」であって尚書にまで貴くなった例である。
古の殺を用神とし官を雑えて制ある例
帖木丞相造 戊申 辛酉 乙巳 丙子。李御帶造 戊子 乙丑 丁未 辛亥。黃狀元造 壬子 甲辰 己卯 壬申。何參政造 丙寅 戊戌 壬戌 辛丑。雖不一晶,合官星七殺交差,卻以合殺為貴。
帖木丞相の命造:年柱戊申、月柱辛酉、日柱乙巳、時柱丙子——乙木は酉月に生まれ、辛金「七殺」が透干し、申・巳中の庚金はまた「正官」で、官殺が混じり見えるが、すべて時干の丙火「傷官」が制していることに頼る。李御帯の命造:年柱戊子、月柱乙丑、日柱丁未、時柱辛亥——丁火は亥中の壬水を「正官」、子中の癸水を「七殺」とし、丑・未の二土がこれを制す。黄状元の命造:年柱壬子、月柱甲辰、日柱己卯、時柱壬申——己土は卯中の乙木を「七殺」、月干の甲木を「正官」とし、申中の庚金「傷官」がこれを制するのを得た。何参政の命造:年柱丙寅、月柱戊戌、日柱壬戌、時柱辛丑——壬水は透干の戊土を「七殺」、丑中の己土を「正官」とし、寅中の甲木がこれを制するのに頼る。これらの造はみな一品に至ったわけではないが、いずれも官星と七殺が交差して並び見え、合してその殺を去ることをもって貴とする。
郎中造 丙子 甲午 辛亥 辛卯。雖不富,合殺有去留而貴。
ある郎中の命造:年柱丙子、月柱甲午、日柱辛亥、時柱辛卯。辛金の日主は午月に生まれ、年干の丙火は「正官」、午中の丁火は「七殺」で、官殺が並び見える。日支亥中の壬水と丁火とが相合して、官殺の間に去留がある。この命は富とは言えないが、殺を合して去留が宜しいがゆえに貴くなれた。
古の官を用神とし殺を雑えて制ある例
脫脫太師造 甲寅 己巳 癸酉 丁巳。葉丞相造 壬寅 壬寅 己卯 壬申。陳寺丞造 乙酉 辛巳 辛未 戊子。
脱脱太師の命造:年柱甲寅、月柱己巳、日柱癸酉、時柱丁巳——癸水は月干の己土を「七殺」、巳中の戊土を「正官」とし、年干の甲木「傷官」がその殺を制して官を留める。葉丞相の命造:年柱壬寅、月柱壬寅、日柱己卯、時柱壬申——己土は卯中の乙木を「七殺」、寅中の甲木を「正官」とし、時支申中の庚金がその殺を制し去るのを得た。陳寺丞の命造:年柱乙酉、月柱辛巳、日柱辛未、時柱戊子——辛金は巳中の丙火を「正官」、未中の丁火を「七殺」とし、子中の癸水が殺を制して官を存することに頼る。この三造はいずれも「官」を用神としながら「七殺」を雑え、制伏があるがゆえに貴くなれた。
古官煞混雜例 癸亥 癸亥 丙午 壬辰。
古人の挙げた「官殺混雑」の例:年柱癸亥、月柱癸亥、日柱丙午、時柱壬辰。丙火の日主にとって、二つの癸水は「正官」であり、二つの亥中に蔵するものと時干の壬水はまた「七殺」であって、官と殺が交じり雑って並び見える。柱の中には制伏もなく、去留を論ずることもできず、まさに混雑してかえって賤しいという様子である。
古時に偏官が正官を雑えて制ある例
史衛王彌遠造 甲申 丙寅 乙卯 辛巳。右丞相造 己亥 癸酉 庚午 丙戌。三寶奴丞相造 庚午 辛巳 甲申 壬申。
史衛王弥遠の命造:年柱甲申、月柱丙寅、日柱乙卯、時柱辛巳——乙木は時干の辛金を「七殺」、申中の庚金を「正官」とし、月干の丙火「傷官」がその殺を制する。某右丞相の命造:年柱己亥、月柱癸酉、日柱庚午、時柱丙戌——庚金は時干の丙火を「七殺」、午中の丁火を「正官」とし、月干の癸水がこれを制するのを得た。三宝奴丞相の命造:年柱庚午、月柱辛巳、日柱甲申、時柱壬申——甲木は庚金を「七殺」、辛金を「正官」とし、時干の壬水が殺を化して身を生ずることに頼る。この三造はいずれも「偏官が正官を雑えて制伏ある」例である。
古時の純偏官に制ある例
鄭尚書造 庚寅 壬午 戊寅 甲寅。朱尚書造 庚辰 丙戌 戊戌 甲寅。範尚書造 辛巳 辛丑 乙卯 丁亥。
鄭尚書の命造:年柱庚寅、月柱壬午、日柱戊寅、時柱甲寅——戊土は時干の甲木を「七殺」とし、三つの寅木が殺気を極めて重くするが、すべて年干の庚金がこれを制するのに頼る。朱尚書の命造:年柱庚辰、月柱丙戌、日柱戊戌、時柱甲寅——戊土も同じく甲木を「七殺」とし、同じく年干の庚金をもってこれを制す。范尚書の命造:年柱辛巳、月柱辛丑、日柱乙卯、時柱丁亥——乙木は二つの辛金を「七殺」とし、時干の丁火がこれを制するのを得た。この三造は柱中いずれも純粋の「偏官」であって各々制伏があり、ゆえにともに尚書の位に至った。
《格解》又分五行遇月支偏官,歲時中亦宜制伏為一節。分四柱純雜有制,定居一品之尊,略見一位正官,官殺混雜反賤為一節。至於中間類有去官留殺,亦有去殺留官二句,乃刪之而不用,俱屬可疑。
《格解》という書はまた「五行遇月支偏官、歳時中亦宜制伏」を一節と断じ、「四柱純雑有制、定居一品之尊、略見一位正官、官殺混雑反賤」を別の一節と断じた。中間に挟まる「類有去官留殺、亦有去殺留官」の二句については、そのまま刪り去って用いない。これらの処置はすべて疑わしい。
《喜忌篇》云:四殺旺運純,身旺為官清貴。舊注云:“此七殺即偏官也。”且如甲忌庚為七殺,而甲生於寅地,乃身旺。其中暗包丙長生,則不畏金為殺,而鐐化為偏斷,則甲庚各自恃旺之勢,而行純殺之運,乃為極品之貴,此說似牽強。
《喜忌篇》にいう:「四殺旺運純、身旺為官清貴。」旧注は解していう:「ここでの七殺はすなわち偏官である。」たとえば甲木は庚金を「七殺」として忌むが、甲が寅地に生まれれば身旺であり、寅中にまた暗に丙火の長生を包む。ゆえに金が殺となることを畏れず、殺はかえって制せられて「偏官」と化し、甲・庚それぞれが旺の勢いに恃み、さらに純殺の運を行けば極品の貴となる——この説は牵强のようである。
蓋身殺或強,而或制伏得官,固多權貴者,使柱中殺旺身強無制,又行純殺無制之運。乃為極品之貴,恐不可從。或者又解為身旺殺旺,身殺居長生臨官帝旺之鄉,乃通月氣者是也。運純謂中和之道,制殺化殺之運是也。清貴者,清高而貴顯,繡衣黃門是也。蓋四柱四七殺日生俱旺,無食神制殺,運入制伏之地,則為清高而貴顯也。此說可從。
そもそも身と殺がともに強く、また制伏が宜しさを得るものは、もとより権貴の輩が多い。しかし柱中に殺旺・身強であって全く制伏がなく、さらに純殺無制の運を行く者が極品の貴となるというのは、おそらく従うことができない。あるいはまた解して、身旺にして殺も旺で、身と殺とがともに長生・臨官・帝旺の郷に居るのは、月令の気と通ずる者であるとし、「運純」とは中和の道、すなわち殺を制し殺を化する運のことであり、「清貴」とは清高にして貴顕、繍衣御史や黄門侍郎の類であるとする。つまり四柱の「七殺」と日主とがともに旺で、柱中に「食神」が殺を制することがなく、行運が制伏の地に入れば清高にして貴顕となるということである。この説は従うことができる。
《喜忌篇》云:柱中七殺全彰,身旺極貧。舊註解曰:“傷官本祿七殺,則財本馬之七鄉,偏官本身之七殺,四柱有之,身旺建祿不為富矣。”此誠確論可從。蓋建祿身旺之人,喜見財官,所謂一見財官,自然成福是巳。忌見七殺反傷,所謂切忌會殺為凶是己。
《喜忌篇》にいう:「柱中七殺全彰、身旺極貧。」旧注は解していう:「傷官は官禄の七殺、劫財は財馬の七殺、偏官は自身の七殺であり、四柱にこれらがあれば、身旺建禄であっても富まない。」これは誠に確論であって従うことができる。そもそも建禄身旺の人は「財」「官」を見ることを喜び、いわゆる「一たび財官を見れば、自然に福を成す」であり、「七殺」がかえって身を傷ることを忌み、いわゆる「忌むべきは殺に会して凶となる」である。
若柱中有傷官,則官祿之七殺彰矣。有敗財,則財馬之七殺彰矣。有七殺偏官,則身之七間彰矣。此所以為全彰,雖見祿身旺,貧不自聊者,故曰:“身旺極貧。”或曰此乃純殺格怕身弱也。蓋言人命四柱中七殺之神全彰著,又身弱者,乃極貧窮夭壽之人也,乃又為身弱極貧下中農壽。噫!以此解殺重身輕終身有損可也,以此解非夭即貧定是身衰遇鬼可也,解此節則鑿之甚矣。
もし柱中に「傷官」があれば官禄の七殺が彰れ、「敗財」があれば財馬の七殺が彰れ、「七殺」「偏官」があれば自身の七殺が彰れる。三者そろって備わるゆえに「全彰」という。このような人は禄を坐し身旺であるとしても、貧しくて自ら安んずることができない。ゆえに「身旺極貧」という。あるいはこれは「純殺格」が身弱を怕れるものだと言い、人命の四柱中に七殺の神がすべて彰著して日主また弱き者は、極めて貧窮・短寿の人であるとして、「身旺極貧」を「身弱極貧」と改めた。ああ! この言をもって「殺重身軽終身有損」を解するはよく、「非夭即貧定是身衰遇鬼」を解するもよいが、これをもってこの節を解するは穿鑿の甚だしいものである。
《繼善篇》云:庚值寅而遇丙,主旺無危。補曰:庚日值寅,坐休絕之地,而柱中又遇丙,似乎衰而危。然寅中戊土生長,能生庚金,以洩丙火之氣,乃絕處逢生,名曰胎元受氣,又名小長生。人命逢之,主一生造化,衣祿興旺而無危,非言日主之旺也。下文云金逢懇而遇土,號曰還魂。或者以庚寅日為旺不通,遂以庚值寅而為庚值申,以迎合主旺為日主之旺。非經本義,不可從。
《継善篇》にいう:「庚値寅而遇丙、主旺無危。」補っていう:庚金の日主が寅に坐すれば、まさに休・絶の地に処り、柱中にまた丙に遇うは、衰えて危ういかに見える。しかし寅中の戊土はまさに長生で、庚金を生ずることができ、また丙火の気を泄することができる。これを「絶処逢生」といい、「胎元受気」と名づけ、また「小長生」ともいう。人命がこれに逢えば、一生の造化・衣禄が興旺して危なきことなしを主り、日主自身が旺であるというのではない。下文にいう「金逢艮而遇土、号曰還魂」もこの意である。ある人は庚寅日を旺とするのは通らないとして、「庚値寅」を「庚値申」に改め、「主旺」の二字を日主の旺として解するに合わせようとした。これは経の本義ではなく、従うことができない。
古歌云:絕處逢生少人知,卻去當生命理推。返本還原宜細辯,忽然屯否莫猜疑。又歌云:或云胎養小長生,人命惟逢自積靈。若也修文應稱遂,不然榮運亦光享。
古歌にいう:「絶處逢生少人知、却去当生命理推。返本還原宜細辨、忽然屯否莫猜疑。」意は、絶処逢生という局面に遇ったなら、本命の義理に立ち返って推し詳め、その返本還原するありさまを見れば、一時の困窮閉塞は疑うに足らない。また歌にいう:「或云胎養小長生、人命惟逢自積霊。若也修文応称遂、不然栄運亦光享。」意は「胎」「養」の二位はすなわち小長生で、人命がこれに逢えば自ずから霊秀の気を積む。このような人は読書して応挙すればおおむね意のままに志を遂げ、たとえ科第の道を行かなくとも、また一段の栄顕なる遇を得る。
古歌云:偏官如虎怕沖多,運旺身強豈奈何。身弱虎強成禍害,身強制伏貴中和。補曰:月上偏官,謂陽見陽,陰見陰。如甲生申月,乙生酉月,是已。為人剛暴好殺,觸之即怒,性情如虎,最怕三刑六害,或羊刃魁罡,相沖必有凶禍。最喜運皆旺相,身強有制,化為權貴。
古歌にいう:「偏官如虎怕冲多、運旺身強豈奈何。身弱虎強成禍害、身強制伏貴中和。」補っていう:月上の「偏官」とは、陽干が陽干を見、陰干が陰干を見ること、たとえば甲木が申月に生まれ、乙木が酉月に生まれる類である。この種の人は性情が剛烈にして暴躁、闘い殺すことを好み、触れれば即ち怒り、気性は虎のごとし。最も怕れるのは三刑六害、あるいは「羊刃」「魁罡」の来たりて冲するもので、一たび冲あれば必ず凶禍あり。最も喜ぶのは行運がところどころ旺相で、身強にして殺に制伏あれば、化して権貴となる。
若身弱殺強,無制之運,則虎加翼者也,其咆哮之威不可御,反為所噬。然偏官固宜制伏,亦貴中和。如一位偏官,制伏有二三,復行制伏之運,反不作福。何以言之?蓋盡法無民,可繹思也。
もし身弱にして殺強で、制なき運を行けば、それは虎に翼を添えるもので、その咆哮の威は禦ぐべからず、かえってその噬われるところとなる。されど「偏官」はもとより制伏すべきであるが、また中和を貴ぶ。たとえば「偏官」が一位のみで、柱中に制伏が二三重もあって、さらに制伏の運を行けば、かえって福を作さない。何をもって言うか。そもそも「尽法無民」——刑罰を極め尽くせば民なし——この意味、繹ねて思うべきである。
又歌曰:偏官不可例言凶,有制還他衣祿豐。干上食神支又合,兒孫滿眼福無窮。解曰:偏官即克我之神,本為惡宿凶殺。然不可例言凶也,須要制伏。有制化之權要,則衣祿不期豐而自豐。天干有食神,如甲見丙,地支有食神,如卯中乙木合申中庚金之類。則子孫振振,有無窮之福矣。所謂七殺有制亦多兒是巳。
また歌にいう:「偏官不可例言凶、有制還他衣禄豊。干上食神支又合、児孫満眼福無窮。」解していう:「偏官」はすなわち我を剋する神で、もともと悪宿・凶殺に属する。しかし一概に凶とは言えず、要は制伏あるかどうかにある。制化の権要があれば、衣禄は豊かならんことを期せずして自ずから豊かになる。天干に「食神」があるのは、たとえば甲木が丙火を見るごとく、地支にも「食神」の暗合があるのは、たとえば卯中の乙木と申中の庚金とが合する類である。そうすれば子孫は振振として多く、無窮の福がある。いわゆる「七殺有制亦多児」はまさにこの意である。
又歌曰:偏官有制化為權,英俊文章以少年。歲運若行身旺地,功名大用福雙全。解曰:偏官這格,雖為人兇暴無忌憚。然無制則為七殺,有制則為偏官,即化為權貴,少年穩步表青雲,早歲題名黃榜,必是文章顯赫之人,故曰英俊文章發少年。殺強有制,故曰美矣。
また歌にいう:「偏官有制化為権、英俊文章以少年。歳運若行身旺地、功名大用福双全。」解していう:「偏官」この格は、人となり凶暴にして忌憚なしといえども、制なければ「七殺」となり、制あれば「偏官」となって、すなわち権貴と化する——少年のうちに歩々青雲に登り、早歳に黄榜に名を題すは、必ず文章の顕赫たる人物である。ゆえに「英俊文章発少年」という。殺強くしてまた制あるがゆえに、これを美とするのである。
若運衰弱,欲其大用也難矣。若歲運又無制,則聲名特達遍朝野,所謂從殺多是大富大貴之人。所謂平生為富貴,只因殺重身柔,此等格局,但多夭耳。若運扶身旺,與殺為敵,或七殺透露,食神破局,皆不吉。
もし行運が衰弱なら、その大用を得んと欲するも難し。もし歳運にまた全く制伏がなければ、かえって声名将に達して朝野に遍し、これがいわゆる「従殺」が多く大富大貴の人となる所以であり、「平生為富貴、只因殺重身柔」の一路である。ただしこの等の格局は往々にして夭するのみ。もし運が日主を扶けて身旺となし、かえって殺と敵となるか、あるいは「七殺」が透露して「食神」が格局を破るかすれば、みな吉ならず。
又歌曰:五陽坐日全逢殺,棄命相逢命不堅。如見五陰臨此地,殺星根敗吉難言。補曰:舊文末句,本謂殺星之根敗而無氣,身無所從,則禍即至,而為吉難言。或者改根為臨敗,非也。又一說,改殺星而為殺強,以根敗而為日主之根敗亦非也。《格解》謂殺強根敗吉難言,但非棄命從殺之意。蓋從殺者,正不嫌於殺強根敗耳。誠是但未知其根敗,非日主之根敗。識者詳之。
また歌にいう:「五陽坐日全逢殺、棄命相逢命不堅。如見五陰臨此地、殺星根敗吉難言。」補っていう:旧文の末句は、もともと殺星の根気が敗絶して気なく、身の従うところなければ、たちどころに禍が至る、ゆえに「吉難言」とする。ある人は「根」の字を改めて「臨」としたが、誤りである。また一説は「殺星」を改めて「殺強」とし、「根敗」を日主の根敗とするもまた誤りである。《格解》は「殺強根敗吉難言」と講ずるが、これは「棄命従殺」の本意ではない——従殺する者はまさに殺強根敗を嫌わないのである。誠にその通りではあるが、ただ彼はここでの「根敗」が日主の根敗でないことを知らない。識る者は詳しく弁じられたい。
又歌云:土臨卯位三合全,不忌當生金不纏。火木旺鄉名利顯,再逢坤坎禍連綿。補曰:舊文第二句,原是“不忌當生金水編”而或都改為“不見”與末句“再逢”字不相應,仍當作不忌看。蓋土臨卯位,謂己卯日主,亥卯未三合殺局,謂從殺亦可。當生金水,俱有謂金生水。水生殺,亦不忌。或生火土旺運,殺印相印相生,功名顯達。再行坤坎金水之運,必禍連,蓋當生既逢金制,而運又逢之,必禍連綿不已,所謂食神破局反不吉是已。
また歌にいう:「土臨卯位三合全、不忌当生金不纏。火木旺郷名利顕、再逢坤坎禍連綿。」補っていう:旧文の第二句はもともと「不忌当生金水纏」であったが、ある人はみな改めて「不見」とし、末句の「再逢」の字と前後相応じない。依然として「不忌」と見るべきである。いわゆる「土臨卯位」とは己卯日主のことで、亥・卯・未の三合が「七殺」の木局を成し、これを「従殺」としてもよい。本命に帯びる金水については、金が水を生じ水が殺を生ずるもので、また忌むに足らない。もし火土の旺運に行き至れば、殺が印を生じ印が身を生じ、功名は顕達しうる。もしさらに西南の坤位と北方の坎位の金水の運を行けば、禍は連綿と続かん——本命にはすでに金があって殺を制し、行運がまた金を添えて制するならば、必ず禍患連綿として已まず、これまさにいわゆる「食神破局反而不吉」である。
又一說末句舊文,原是福連綿,而或改為禍連綿亦非。蓋己卯日主,逢亥卯未三合,是謂殺強身弱,當生金水相纏,水固生殺,而金能制殺。故不忌。及犯行身旺之地,則廊廟之客,金紫之貴,所必至矣,故曰功名大用福雙全。
また一説:末句の旧文はもともと「福連綿」であって、ある人は改めて「禍連綿」としたが、これも誤りである。そもそも己卯日主が亥・卯・未の三合に逢えば、これは殺強身弱であり、本命に金水の相纏うを帯びて、水はもとより殺を生ずるが、金はよく殺を制する。ゆえに忌むことなし。行運が身旺の地に入るに及べば、それは廊廟の客・金紫の貴で、必ず至るべきものがある。ゆえに「功名大用福双全」という。
又歌曰:煞星原有制神降,制旺身強貴必昌。叵見制神先有損,反將富貴亦災殃。解曰:煞星者,七殺偏官也。制神者,食神也。使月上逢七殺,而有食神降制得宜。又身居強旺之地,則富貴榮昌必矣。若食神逢梟,則食神先自損矣,不惟失其富貴,且有災殃。所謂食制殺逢梟,不貧則夭是也。
また歌にいう:「煞星原有制神降、制旺身強貴必昌。叵見制神先有損、反将富貴亦災殃。」解していう:「煞星」とは「七殺」「偏官」のことで、「制神」とは「食神」のことである。もし月上に「七殺」に逢い、「食神」が降して制すること宜しさを得、さらに身が強旺の地に居れば、富貴栄昌は必至である。もし「食神」が「梟神」に逢って食を奪われれば、制神は自ら先に損傷を受け、富貴を失うのみならず、災殃をも招く。いわゆる「食制殺逢梟、不貧則夭」はまさにこの意である。
《玄機賦》云:身強殺淺,殺運無妨。殺重身強,制鄉為福。解曰:身居強旺而殺淺者,強行殺旺無制之運,亦無妨害,所謂原犯鬼輕,制卻為非是也。七殺太重而身弱者,雖行制伏得宜之鄉,方可發福,所謂一見制伏卻為貴是已。
《玄機賦》にいう:「身強殺浅、殺運無妨。殺重身強、制郷為福。」解していう:身が強旺に居り殺の浅い者は、強いて殺旺無制の運を行くとも、また妨げるところなし。これがいわゆる「原犯鬼軽、制却為非」——もともと犯す鬼鬼殺が軽ければ、さらにこれを制するのはかえって非である。「七殺」があまりに重く日主が偏に弱き者は、制伏の宜しきを得た郷に行ってはじめて福を発することができる。これがいわゆる「一見制伏却為貴」である。
《天玄賦》云:殺星重而行殺旺運,早赴幽冥之客。補曰:身弱殺重,宜行制伏之運,則為福為壽。而又行殺旺之鄉,必至天夭壽而死。故云。《定真篇》云:七殺無制,逢官祿為禍,而壽元不入。七殺以有制有貴,若無制伏,又逢正官,且建其官之祿,如甲逢庚無制,又逢辛金官星祿之數,則為官殺混雜。《萬金賦》云:官殺混雜當壽夭。
《天玄賦》にいう:「殺星重而行殺旺運、早赴幽冥之客。」補っていう:身弱にして殺重の者は、制伏の運を行くべく、そうすれば福となり寿となる。しかるにかえって殺旺の郷を行けば、必ず夭折して死するに至る。ゆえにこういう。《定真篇》にいう:「七殺無制、逢官禄為禍、而寿元不入。」——「七殺」は制伏あるをもって貴となるが、もし制伏なく、また「正官」に逢い、しかもその官が禄を建つれば、たとえば甲木が庚金に逢いて制なく、さらに辛金官星の禄に臨む地に逢うならば、官殺混雑となる。《万金賦》にいわゆる「官殺混雑当寿夭」はまさにこれを講ずる。
《幽玄賦》云:身太柔殺太重,聲名遍野。身勢太柔,略無一點恨氣,七殺太重,而滿盤重重。三合火木旺鄉,木生火,火生土,殺印相生,功名著,再逢申坎金水之運,福自連綿。蓋當生雖有金水,而制伏尚不及,必再逢金水,方為制伏得宜,當享福於不替也。
《幽玄賦》にいう:「身太柔殺太重、声名遍野。」日主の気勢があまりに柔弱で、抗い争う力が少しもなく、「七殺」がまたあまりに重く、盤一面に層々として充ちる。このとき三會が火木の旺地を成せば、木は火を生じ火は土を生じ、殺は印を生じ印は身を生じて、功名は自ずから著しい。さらに西方・北方の金水の運に遇えば、福は連綿として絶えない。そもそも本命に金水を帯びるとも、制伏の力はなお足らず、必ずさらに金水に遇ってはじめて制伏の宜しきを得、これより福を享けて替えられることなし。
丙戌 戊戌 辛未 壬辰,進賢朱逢升尚書,貴命土厚埋金格。楠曰:重重土厚去埋金,官殺那堪洩氣深。最喜運行財旺地,聲華不日振儒林。辛未日干,身坐土位,年月日時俱有土旺,正謂金賴土生。土厚而金遭埋沒,初行北方庚子辛丑運,金土氣盈,塞滯不利。後行東方寅卯甲乙運,破土而生官殺,位登臺閣。
命造:年柱丙戌、月柱戊戌、日柱辛未、時柱壬辰は、進賢県朱逢升尚書の貴命で、「土厚埋金格」に属す。張楠の詩にいう:「重重土厚去埋金、官殺那堪泄気深。最喜運行財旺地、声華不日振儒林。」辛未の日干は土の上に坐し、年・月・日・時の四支にことごとく旺土がある。もともと金は土に生ぜられることを頼むというが、土が厚ければ金はかえって埋没し、年干の丙火という「官殺」も重土に気を泄し尽くされた。初め北方の庚子・辛丑運を行き、金と土の気ともに満ちて、いよいよ壅塞して通ぜず。後に東方の寅・卯および甲・乙の木運を行き、木が来たりて土を破り官殺を生ずれば、彼は官を台閣に居めた。
庚子 己卯 癸酉 辛酉,嚴介溪閣老貴命,去食存殺格。楠曰:見殺雖當論殺星,殺衰誰養殺精神。不堪卯木為真病,時有辛金去病人。癸水生卯,己土殺星,天干透出,是以有殺只論殺。善喜殺衰,要嫌地支兩重乙木,暗來克殺,作七殺制伏太過,則為重病,蓋得辛酉時,沖去卯木為藥也。
命造:年柱庚子、月柱己卯、日柱癸酉、時柱辛酉は、厳介渓閣老の貴命で、「去食存殺格」に属す。張楠の詩にいう:「見殺雖当論殺星、殺衰誰養殺精神。不堪卯木為真病、時有辛金去病人。」癸水は卯月に生まれ、月干の己土「七殺」が天干に透き出ている。ゆえに殺あればただ殺を論ずるのみ。惜しいかなこの殺はもともと衰弱し、また地支卯中の乙木が重ねて暗にこれを剋するを嫌み、「七殺」を制伏しすぎてかえって重病となる。幸いに辛酉の時を得て、酉金が卯木を冲し去る。これが病を去る薬である。
早行南方,衰殺得地,擢登科甲,運入西方金運,制去病神,位登宰相,名顯天下,貴而且壽,直入亥運,會起木來損殺,膏肓之疾復作,忽生奇禍而死。
彼は早年に南方の火運を行き、衰弱した「七殺」が地を得て、たちまち科甲に登った。運が西方の金地に入ると、卯木という病神を制し去り、こうして位は宰相に登り、名は天下に震え、貴くしかも寿かった。亥運に至るまで進むと、亥と卯とが木局を会成し、再び殺星を損傷しに来た。あの膏肓に入った宿疾が再び発作し、彼は忽然として奇禍に遭って死んだ。
丙子 庚子 丁丑 辛亥,盱江格溪劉翰十六公,水重土輕格。楠曰:丁生子月水汪洋,七殺雖多喜內藏。幸得丑中微土制,南方土運發非常。丁火生於子月,七殺極旺矣。再加年日時中,俱有水氣,來克丁火,但水雖多,喜靜伏於地支,其凶未逞於天干。若原殺逞天干,主早年夭也。
命造:年柱丙子、月柱庚子、日柱丁丑、時柱辛亥は、盱江格渓劉翰十六公の命で、「水重土軽格」に属す。張楠の詩にいう:「丁生子月水汪洋、七殺雖多喜内蔵。幸得丑中微土制、南方土運発非常。」丁火は子月に生まれ、癸水の「七殺」は極めて旺である。さらに年・日・時の三支にことごとく水気があって丁火を剋する。ただし水は多いけれども、幸いにみな地支に静伏し、その凶は天干において逞しゅうしない。もし原局の殺が真に天干において逞しゅうするなら、早年の夭折を主るのである。
壬寅癸卯甲辰運,雖是東方,亦嫌壬癸水蓋頭,雖好亦蹇晦。大運入巳午未,沖去水神,財發萬緡,蓋喜土來克水也。入申水得長生,壽至八十餘死。
後に壬寅・癸卯・甲辰の運を行き、東方の木地を行くとはいうものの、壬・癸の水が運干の頭に蓋をするを嫌う。運はよしとするも、依然として滞塞して晦暗である。大運が巳・午・未に進むと、火土が水神を冲し去り、家財は万緡に発した。まさに土の来たりて水を剋するを喜ぶゆえである。さらに申運に入れば、水は申で長生を得、彼は八十余歳で亡くなった。
丁丑 壬寅 庚子 乙酉,書坊楊員四公富命,制殺太過。楠曰:庚生寅月火神經,壬癸重來制伏明。土木運中人富貴,再行金水禍來並。庚子日生寅月,年月丁壬作化,生火助殺,用殺明矣。木命三陽之火尚衰,金水寒威猶在,壬癸水透天干,制伏太過,病在此矣。
命造:年柱丁丑、月柱壬寅、日柱庚子、時柱乙酉は、書坊楊員四公の富命で、病は「制殺太過」にある。張楠の詩にいう:「庚生寅月火神軽、壬癸重来制伏明。土木運中人富貴、再行金水禍来并。」庚子日は寅月に生まれ、年干の丁と月干の壬とが相合して木と化し、木がまた火を生じて寅中の丙火という「七殺」を助ける。この命の取用がまさに殺にあることが見える。ただし正月三陽の火はなお微弱で、金水の寒威はなお存し、壬・癸の水がまた天干に透き出て、殺を制伏しすぎる。病根はここにある。
猶喜羊刃存時,丑酉合金得局,身主不弱,又得乙庚存時,化金成旺,早行子丑,丙火氣寒,殺衰不能為我運動,故多蹇滿。漸行己亥,甲木財神得生,財來生殺,隱隱興隆。
幸いに時支の酉はまさに庚金の「羊刃」で、日支の丑と時支の酉とがまた金局を成し、日主は弱からず。時干の乙木と日干の庚金とが相合して金と化し、金気はいよいよ旺である。早年に子・丑の運を行き、丙火の殺神は気寒く、衰えた殺は我のために働くことができず、ゆえにところどころ困頓した。漸く己・亥の運に行き至り、甲木の「財」神は亥において長生を得、財が殺を生じ、家道は隠然として隆盛になった。
一人戊戌,原壬水為丙火之病神,一見戊土,克去壬水淨盡,如鴻毛之遇風,飄然而舉。如枯苗之得雨,勃然而興,財發成緡,書林出色,豈偶然哉!大運入酉,丙火殺神死地,更且財來生水,水來滅殺,法盡無民,其死也非偶然也。
一たび戊戌運に入ると、原局の壬水はもともと丙火の病神で、戊土を一たび見れば壬水を剋し去ること浄尽である。彼は鴻毛が大風に遇うがごとく、飄然として挙がり、また枯苗が雨を得るがごとく勃然として興った。金銭は緡を成して発し、書林において頭角を現した。これはどうして偶然であろうか。大運が酉に至ると、丙火の殺神は死の地に至り、加えて財はまた水を生じ水はまた殺を滅す。まさに「法尽無民」で、彼の死もまた偶然ではなかった。
癸巳 己未 庚子 甲申,臨川饒舜臣春元貴命,制殺太過格。楠曰:庚生未月火雖炎,制殺那堪水火嚴。甲乙丙丁資殺運,青雲得路豈能淹。此格與李閣老制殺之理頗同,但未月二陰,水方進氣,水氣比肩更甚。運行東方,財來生殺,七殺行權,雲中高登。其理宜也。
命造:年柱癸巳、月柱己未、日柱庚子、時柱甲申は、臨川饒舜臣挙人の貴命で、「制殺太過格」に属す。張楠の詩にいう:「庚生未月火雖炎、制殺那堪水火厳。甲乙丙丁資殺運、青雲得路豈能淹。」この格は前の李閣老の「制殺太過」の理とたいへん近い。ただし未月はすでに二陰に交り、水はまさに進気で、水の勢いは身を助ける比肩よりもさらに盛んである。ゆえに行運が東方の木地に至れば、「財」が「殺」を生じ、「七殺」が権を行うことを得て、彼は扶揺として直上し、高等に顕達した。その理、宜しきかな。
丙戌 庚子 丁卯 丙午,吾都王仁王公制殺過富命。楠曰:丁生子月水雖寒,一殺那堪制兩般。己土病神宜卯木,東方木運始堪歡。丁火子月,殺星本旺,那堪一殺而有戌午兩土以制之,正謂殺不足,而制有餘。賴有日下卯木,破出午中己土,以卯木為福神,東方壬寅癸卯甲乙運,助起木來克土,財發千緡。一入巳千未鄉,破敗如洗,未運土重,殺暮死矣。
命造:年柱丙戌、月柱庚子、日柱丁卯、時柱丙午は、わが郷の王仁王公の「制殺太過」の富命である。張楠の詩にいう:「丁生子月水雖寒、一殺那堪制両般。己土病神宜卯木、東方木運始堪歓。」丁火は子月に生まれ、殺星はもともと旺であるべきところ、ただ用いうるのは子中の一点の癸水のみを殺とするのに、戌・午の二か所の土があってこれを制する。これはまさに殺足らずして制に余あるという。すべて日支の卯木が午中の己土を破り去るを頼み、ゆえに卯木は福神となった。東方の壬寅・癸卯と甲・乙の木運を行き、木を助け起して土を剋すれば、家財は千緡に発した。一たび巳・午・未の火土の郷に入れば、破敗して洗うがごとし。未運に至り土いよいよ重く、殺は埋没して、彼は死んだ。
己酉 戊辰 癸酉 丙辰,盱江格溪傅佑十五公富命,殺多生印格。楠曰:癸水生辰土氣重,土生金印助身榮。不堪丙火為金病,見水名為既濟功。癸日生辰,本為土重水輕也。官殺雖重,蓋得己土貪生於酉,戊土自坐辰庫,更得辰相合,其土見金不來克身,反地去生印,而助身也。遙見時上丙火精欲克酉為病,迨後入丙寅運,金絕於寅,傾家蕩產,片瓦未留。一入北方,見水去火存印,一發如雷。入戌,火土太重死矣。
命造:年柱己酉、月柱戊辰、日柱癸酉、時柱丙辰は、盱江格渓傅佑十五公の富命で、「殺多生印格」に属す。張楠の詩にいう:「癸水生辰土気重、土生金印助身栄。不堪丙火為金病、見水名為既済功。」癸水の日主は辰月に生まれ、もともと土重水軽である。官殺の土は重いが、幸いに年干の己土は貪って年支の酉金を生じ、月干の戊土は自ら辰庫に坐り、辰はまた酉と相合する。こうしてこれらの土は金を見れば身を剋しに来ず、かえって転じて「印」を生じて日主を助ける。惜しむらくは時干の丙火が位を隔てて酉金を剋せんと欲し、この命の病となる。後に丙寅運に入り、金は寅において絶し、彼は傾家蕩産して片瓦も留まらず。一たび北方の水運に入れば、水は火を去りて印星を保ち、彼は一発雷のごとく興隆した。戌運に至り火土あまりに重く、死んだ。
庚午 己丑 壬辰 甲辰,撫城過桓文生員土重水輕格。楠曰:壬臨丑月水之垣,殺重官多也作衍。制殺喜看時有甲,棘闈之陣幾乎先。壬辰日生丑月,壬水之氣有寓焉。但四柱有土,官殺之氣盛,水氣輕也。喜時上甲木進氣制殺,本為登科之命,但不合上有庚壞甲,故此未遂。運行寅卯壬運,木神生旺,屢戰秋闈。大運入辰丙午流年,戊土殺得地,殺旺攻身而死。
命造:年柱庚午、月柱己丑、日柱壬辰、時柱甲辰は、撫城過桓文生員の命で、「土重水軽格」に属す。張楠の詩にいう:「壬臨丑月水之垣、殺重官多也作愆。制殺喜看時有甲、棘闈之陣幾乎先。」壬辰日は丑月に生まれ、壬水にはなお寓すところがある。ただし四柱にあまねく土があり、官殺の気は盛んで水気は偏に軽い。喜ばしいことに時干の甲木がまさに進気して殺を制す。もともと登科の命であるはずが、ただ折あしく年干に庚金があって甲木を壊し、ゆえについに遂げられなかった。寅・卯と壬の運を行くとき、木神は生旺し、彼は屢々秋闈に赴いて応試した。大運が辰に進み、また丙午の流年に逢い、戊土の殺は地を得て、殺旺く身を攻めて、彼は死んだ。
甲午 丁丑 壬辰 甲辰,宜黃縣住稟牽豬牯貧命殺重身輕。楠曰:壬臨壬月殺星多,印破難生受折磨。再看運行財殺地,一生勞碌愛奔波。壬水雖生丑月,蓋因財殺太多,雖丑中有一點辛金,蓋緣不曾會局,月有丁火,貼身暗破辛金壞印,作不得殺化印生,只作殺重身輕。運行東方,木神制殺,衣食頗給。再行南方,殺旺運,身雖不死,說住稟牽豬牿度活,入未殺重而死。
命造:年柱甲午、月柱丁丑、日柱壬辰、時柱甲辰は、宜黄県の種豚を牽いて種付けで日を送る貧人の命で、病は殺重身軽にある。張楠の詩にいう:「壬臨丑月殺星多、印破難生受折磨。再看運行財殺地、一生労碌愛奔波。」壬水は丑月に生まれ当令とはいうものの、柱中に「財」と「殺」が多すぎる。丑中に一点の辛金を蔵して「印」とすることができるが、金局を会成しなかったばかりか、月干にまた丁火があって身に貼りつき暗に辛金を破して印を壊す。こうして殺は印に化して身を生ずることをなさず、ただ殺重身軽として論ずるのみである。行運が東方に至れば、木神が殺を制し、衣食はかなり足りた。さらに南方の殺旺の運を行けば、人は死なないまでも、種豚を牽いて糊口をしのぐのみ。未運に入り殺いよいよ重く、死んだ。
壬辰 丁未 辛丑 甲午,臨川劉覺吾貴命火重水輕格。楠曰:辛生未月火乘權,時殺重逢一氣全。制殺水輕宜水運,官居樞要掌銓衡。辛金生於未月,伏制猶炎,喜年上丁壬合殺為貴。月中雖有丁火,丑中癸水去之,止用時上一位貴格。然火氣旺而水氣輕,原雖有壬癸之水,且四柱土重,亦能去水也。所以運入亥位,擢顯官,其理然也。
命造:年柱壬辰、月柱丁未、日柱辛丑、時柱甲午は、臨川劉覚吾の貴命で、「火重水軽格」に属す。張楠の詩にいう:「辛生未月火乗権、時殺重逢一気全。制殺水軽宜水運、官居枢要掌銓衡。」辛金は未月に生まれ、伏天に制せられるとも火気はなお炎である。喜ばしいことに年干の壬水と月干の丁火とが相合して一重の殺を合し去る。これが貴である。月柱の中にはなお丁火があるが、丑中の癸水がこれを去る。こうしてただ時支午中の一位の火のみを取って貴格とする。ただし火気は旺で水気は軽く、原局に壬・癸の水があるとも、四柱の土また重く、土も同様に水を去ることを得る。ゆえに行運が亥位の水地に進めば、彼は顕官に擢げられる。その理、然るべきかな。
壬辰 丁未 辛丑 壬辰,水重火輕之格。楠曰:丙火那堪六傷,殺星制過害非常。再行水運生難獲,死敗徒流禍幾場。辛丑生未,本是火炎之域,夫何止有二火為殺,六水制之,此為七殺制過,盡法無民,可不畏哉。與前貴造天淵之隔,理則然也。前則有甲午時,多一重木火之氣,則火重水輕,所以宜行北方。此則水重火輕,則畏行北方。此命一入亥運,問遼東三萬里沖軍,壬水年又旺,非命而死也。
命造:年柱壬辰、月柱丁未、日柱辛丑、時柱壬辰は、「水重火軽之格」に属す。張楠の詩にいう:「丙火那堪六傷、殺星制過害非常。再行水運生難獲、死敗徒流禍幾場。」辛丑日は未月に生まれ、もともと火気炎盛の地であるべきところ、柱中にただ二点火を「七殺」とするのみにして、六重の水があってこれを制する。これは「七殺」の制があまりに過ぎ、いわゆる「尽法無民」である。どうして畏れざるをえようか。前の貴命との間は天淵の隔たりがあり、その理はここにある。前の造は時柱が甲午で、一重の木火の気が多く、火重水軽となって、ゆえに北方を行くに宜しかった。こちらの造は水重火軽で、最も北方を行くを怕れる。この命は一たび亥運に入ると、遼東三万里の流刑を言い渡され、また壬水の流年に逢って水勢いよいよ旺く、ついに命終わらぬ死を遂げた。
甲寅 辛未 辛未 丁酉,臨川周半峰火多為病格。楠曰:辛金坐未殺星多,丁火傷辛苦太過。運喜北方能去殺,最宜水火制中和。辛生未月,丁火過多,運入北方子運,濫知命術,而得冠帶,自且不知,吾以水濟火炎之理告之,方諳斯理。吾以寅運火旺必死,寅運果死耳。
命造:年柱甲寅、月柱辛未、日柱辛未、時柱丁酉は、臨川周半峰の命で、「火多為病格」に属す。張楠の詩にいう:「辛金坐未殺星多、丁火傷辛苦太過。運喜北方能去殺、最宜水火制中和。」辛金は未月に生まれ、丁火が多すぎる。彼は行運が北方の子運に進んだとき、命術にやや通ずるをもって冠帯の身分を得たが、自らそのゆえを知らなかった。私は水をもって火炎を済う理を告げてやり、彼はようやくこの理路を諳じた。私は寅運に至れば火旺して必ず死すと断じ、後に寅運に果たして死んだ。
己未 己巳 庚子 甲申,建寧李默閣老制殺太過貴命火不足格。楠曰:庚金巳月殺雖強,制殺那堪水性狂。衰殺喜行寅卯運,北方重見水難當。庚生巳月,殺性本然旺矣。夫何見水結局剋制殺星?雖年支有丁相幫,然又見土多,亦洩弱火之氣。此以制殺太過,運行丙寅丁卯乙丑,火木之地,助起殺神,能為我用,此所謂不足宜補起火也。位登黃閣。運行亥子,水來破殺,死宜矣。
命造:年柱己未、月柱己巳、日柱庚子、時柱甲申は、建寧李黙閣老の貴命で、「制殺太過・火不足」の格に属す。張楠の詩にいう:「庚金巳月殺雖強、制殺那堪水性狂。衰殺喜行寅卯運、北方重見水難当。」庚金は巳月に生まれ、巳中の丙火はすなわち「七殺」で、殺性はもともと旺である。ただ日支の子水と時支の申金とが水局を会成して、かえって殺星を剋制する。年支の未中に丁火を蔵して火勢を助くることはできるが、柱中に土がまた多く、土も同様に火気を泄して弱める。これが制殺太過となった。後に丙寅・丁卯・乙丑の運を行き、火木の地を行って殺神を扶助して起せば、殺はよく我がために用いられる。これはまさに足らざるところは宜しく火を補い起すべしというもの。彼はこのゆえに官を内閣に登り、位を黄閣に列した。運が亥・子の水地に至り、水が来たりて殺を破れば、彼の死は理の中のものであった。
丁酉 丙午 戊寅 丁巳,臨川帥謙齋貴命制殺太過格。楠曰:戊寅日下殺星微,己酉那堪太制之。運入東方官殺顯,枯苗得雨發生機。戊土生午,火氣為熱,運入壬癸去火之炎,再喜培起寅中甲木,其貴然耳。此以為旺衰殺為病,去火存殺為去病神也。
命造:年柱丁酉、月柱丙午、日柱戊寅、時柱丁巳は、臨川帥謙斎の貴命で、「制殺太過格」に属す。張楠の詩にいう:「戊寅日下殺星微、己酉那堪太制之。運入東方官殺顕、枯苗得雨発生機。」戊土は午月に生まれ、火気はまさに炎熱である。日支寅中の甲木はもともと「七殺」であるが、盤一面の火土に泄耗されて極めて微弱である。運が壬・癸の水地に入るに及び、火の炎威を去り、また寅中の甲木を培い起こすことができる。彼の顕貴はここに落ちつく。この命はあまりに旺な火を病と見、衰えた殺を用うべき神と見たゆえに、火を去りて殺星を存することは、すなわち病神を除くことに等しい。
乙酉 丁亥 丙午 己丑,先伯瑛四公制殺太過格。楠曰:丙生亥月兩幫身,一殺那堪三制神。運入西方生殺地,超騰不作等閒人。丙火生亥,殺星木可畏也,然有丁火,合去三重己土制之太過。大運入乙酉甲申,破土生殺,發財數千緡。壬癸運美,午未運中制殺太甚,屢遭凶變,入巳丙戌年,六十二歲死矣,重見戊土破壬也。
命造:年柱乙酉、月柱丁亥、日柱丙午、時柱己丑は、わが伯父瑛四公の命で、「制殺太過格」に属す。張楠の詩にいう:「丙生亥月両幇身、一殺那堪三制神。運入西方生殺地、超騰不作等閑人。」丙火は亥月に生まれ、亥中の壬水はすなわち「七殺」で、もともと畏るべきものであった。しかし柱中に丁火と午火の二重が身を助け、また三重の己土「傷官」が来たりて殺星を剋制し、かえって殺を制しすぎた。大運が乙酉・甲申に進み、木が土を破り金が水を生じ、殺星は生を復することができて、彼は数千緡を発した。壬・癸の二運もまた美しかった。午・未の運において制殺すること甚だしく、屢々凶変に遭い、巳運に入りまた丙戌の流年に逢い、六十二歳で世を去った。まさに流年に再び戊土を見て壬水を破ったゆえである。
丁未 己酉 乙巳 丁亥,先兄西庵,制殺太過。楠曰:乙木生臨酉巳垣,兩金制火制相連。不宜見火重攻殺,去火存金是福田。乙木生酉月,本根輕也,畏金制。夫何金少而火多,制殺太過,盡殺無民?早行丙午,制過殺星,屢屢克子,且財名不遂。大運入辰,坐壬癸之水,去火存金,財源大振,貴產佳兒,福壽兩全。寅運見火克金,災生回祿,入丑殺星入墓,八十三歲而死。
命造:年柱丁未、月柱己酉、日柱乙巳、時柱丁亥は、わが兄西庵の命で、病は「制殺太過」にある。張楠の詩にいう:「乙木生臨酉巳垣、両金制火制相連。不宜見火重攻殺、去火存金是福田。」乙木は酉月に生まれ、もともと根気は軽く、金の来たりて制することを最も怕れる。柱中に金少なく火多きを如何せん、かえって「七殺」を制しすぎ——刑法を尽くして民なきがごとし。早年に丙・午の運を行き、殺星は制せられることいよいよ過ぎて、それゆえ屢々子息を剋損し、財と名ともに順調でなかった。大運が辰に進み、辰は壬・癸の水に坐して、水は火を去りて金を保つ。ここにおいて財源は大いに振るい、佳児を生み、福寿双を全うした。寅運に至り火が来たりて金を剋し、家中に火災を被った。丑運に入り殺星は墓に入り、八十三歳で亡くなった。
庚辰 甲申 丁未 丙午,宜黃譚二華尚書命身強殺淺格。楠曰:丁火生申水氣微,殺輕身旺貴何凝。水輕喜入汪洋運,職掌兵權震外夷。丁生申月,伏火尚有餘炎,蓋喜年月合成殺局,所謂身強殺淺,萬戶封候。運行北方,補其水用殺得權,名魁夷幫,豈偶然哉,俗術妄以龍奔天河為譽,不根理之所有,何其謬哉?
命造:年柱庚辰、月柱甲申、日柱丁未、時柱丙午は、宜黄譚二華尚書の命で、「身強殺浅格」に属す。張楠の詩にいう:「丁火生申水気微、殺軽身旺貴何凝。水軽喜入汪洋運、職掌兵権震外夷。」丁火は申月に生まれ、伏天にあって火はなお余炎を留める。喜ばしいことに年支の辰と月支の申とが会合成して水局を為し、水はすなわち丁火の「七殺」である。これがいわゆる身強にして殺浅し、古人が「万戸封侯」の格と称したものである。行運が北方に至れば、原局の偏に軽き水を補い、用神の殺は権を当ることを得て、彼の名は辺邦に震えた。どうして偶然であろうか。俗な術士はこの命を妄りに「龍奔天河」の美格と言って誉めるが、義理の根拠が全くなく、なんと謬っていることか。
乙酉 辛巳 己酉 乙亥,本府楊太爺貴命身強殺淺格。楠曰:己土生臨身旺鄉,土金清秀大非常。財逢七殺輕為病,滋殺威權顯廟廊。己生巳月,火土本旺,蓋辛金清清透出,己土好洩其精,而從金為用神,殺為權柄,蓋得時上殺星,宜行殺旺地,及生殺地。所以運轉東北,耿耿二運,豈不富且貴乎。止畏辛金金制殺太過,則不及耳。
命造:年柱乙酉、月柱辛巳、日柱己酉、時柱乙亥は、本府楊太爺の貴命で、「身強殺浅格」に属す。張楠の詩にいう:「己土生臨身旺郷、土金清秀大非常。財逢七殺軽為病、滋殺威権顕廟廊。」己土は巳月に生まれ、火と土とはもともと旺である。幸いに月干の辛金が清く爽やかに天干に透き出て、己土はまさにその精華を金に泄せばよく、こうして金を取って用神とし、木の「七殺」をもって権柄とする。時干の乙木という一位の殺星がちょうどよいゆえに、殺旺の地を行くに宜しく、また殺を生じうる水地を行くにも宜しい。運が一たび東方と北方に転ずれば、相次ぐ二つの好運、どうして富かつ貴からざらんか。ただ辛金がさらに来たりて木を剋し、殺を制しすぎるを怕れるのみで、そうなればかえって及ばざるものとなる。
甲午 丁丑 壬辰 甲辰,貧命殺重身輕之格。楠曰:壬臨丑月殺星多,印破難生受折磨。再看運行財殺地,一生勞碌受奔波。壬水雖生丑月,蓋因財殺太多,雖丑中有一點辛金,蓋緣不曾會局,且有丁火貼身,暗破辛金,則壤印,作不得殺化印生,只作殺重身輕。運行東方木神制殺,衣食頗給。再行南方殺旺運,身雖不死,亦住廩牽豬軲度活,入未殺重而死矣。
命造:年柱甲午、月柱丁丑、日柱壬辰、時柱甲辰は、「殺重身軽」の貧命である。張楠の詩にいう:「壬臨丑月殺星多、印破難生受折磨。再看運行財殺地、一生労碌受奔波。」壬水は丑月に生まれて当令とはいうものの、柱中に「財」と「殺」が多すぎる。丑の中に一点の辛金を蔵して「印」とすることができるが、金局を会成しなかったばかりか、月干の丁火が身に貼りついて暗に辛金を破り、印を毀す。こうして殺は印に化して身を生ずることができず、ただ殺重身軽として論ずるのみである。行運が東方に至れば、木神が殺を制し、衣食はかなり足りた。さらに南方の殺旺の運を行けば、身は死なないまでも、種豚を牽く類の生業で辛うじて糊口をしのぐのみ。未運に入り殺いよいよ重く、死んだ。
丁卯 甲辰 戊午 癸亥,一丐者命殺重無制。楠曰:戊土生辰木旺鄉,貼身七殺太剛強。不堪頑殺原無制,只作齊人覓四方。戊土生辰木之分野,再加亥卯結成木局,且甲木透出天干,又行北方財地,生其七殺,正謂財生七殺趕身衰。運雖有庚辛,亦不能制者何也?蓋緣四柱中原無一點金氣,雖逢金亦不能制,根在苗先也,一生為乞丐,亥運殺旺方死。
命造:年柱丁卯、月柱甲辰、日柱戊午、時柱癸亥は、一人の乞食の命で、病は「殺重無制」にある。張楠の詩にいう:「戊土生辰木旺郷、貼身七殺太剛強。不堪頑殺原無制、只作斉人覓四方。」戊土は辰月に生まれ、辰は木の余気の分野であり、さらに亥と卯とが会して木局を結び、甲木はまた天干に透き出て、「七殺」は極めて剛強である。あいにくまた北方の水運の財地を行き、財が殺を生じに行く。これがいわゆる「財生七殺趕身衰」である。ある人問う:大運には明らかに庚・辛の金があるのに、なぜ制することができないのか。これは四柱の原局に金気が一点もないためで、運において金に逢うとも、根を生じて殺を制するに由ない。根は苗に先んずるもので、原局にないものは運に補っても実にならない。ゆえに彼は一生門に沿いて乞い、亥運の殺最も旺なときに至ってはじめて死んだ。
丙子 甲午 己亥 乙亥,女命貧淫夫星犯重。楠曰:爭權官殺亦何多,疊見無星剋制過。洛浦風塵真可鄙,只因八字犯淫論。己土得祿於予,身主有氣,又不能從殺也,而且見三甲作合,貪合忘夫,所合不得其正。再行東方官殺,多夫之地,豈不大肆淫風,而作桑間濮上之女乎,且身旺不旺而弱不弱,還作殺重,貧可知矣。
命造:年柱丙子、月柱甲午、日柱己亥、時柱乙亥は、貧しくかつ淫らなる女命で、病は「夫星犯重」にある。張楠の詩にいう:「争権官殺亦何多、疊見無星克制過。洛浦風塵真可鄙、只因八字犯淫論。」女命において官殺はすなわち夫星である。己土は午月において禄を得、日主はなお気ありとして、「従殺」を作すことはできない。あいにく柱中に甲・乙の木が重ねて見え、また己土と相合して、貪合して夫を忘れるものとなり、合すところみな正配ではない。さらに東方の木運を行けば、そこは官殺の叢聚する衆夫の地であり、どうして大いに放蕩し、桑間濮上のごとき醜行をなさざらんか。彼女は身旺とも真に旺とも言えず身弱とも言えず、結局殺重として断ずるほかなく、貧寒もまた知るべしである。
壬辰 己酉 乙未 辛巳,尚書妻火少金多格。楠曰:乙未那堪疊見金,金多火少病堪尋。去金宜入南方運,宮閫方知有貴人。乙日生於酉月,巳酉合成金局。木不足而金有餘,此謂夫星術旺,宜傷官食之,以克去其夫而得夫,所以貴而有予也。正謂金有餘,行火運以去其金子,同生富貴,夫子全美也。
命造:年柱壬辰、月柱己酉、日柱乙未、時柱辛巳は、ある尚書夫人の命で、「火少金多格」に属す。張楠の詩にいう:「乙未那堪疊見金、金多火少病堪尋。去金宜入南方運、宮閫方知有貴人。」乙木の日主は酉月に生まれ、時支の巳と月支の酉とがまた金局を成して、木足らずして金余あり。女命において金は夫星であり、これを夫星の旺すぎという。まさに「傷官」「食神」の火をもってこれを剋すべし——見れば夫を剋するようで、実は余分を剋し去って後、はじめて良き夫を得るのである。ゆえに彼女は貴くしてかつ子あり。すなわち金余あれば、火運を行きて余分の金を去り、夫と子とともに興発し、夫栄え子貴し、その美を両全する。
丙申 癸巳 己亥 乙亥,女貴命多有餘財不足格。楠曰:己臨亥日坐夫宮,申巳刑沖作病神。運入東方夫旺地,豈同閨閣等閒人。己土生臨巳月,庚金得祿得生,兩重亥中夫星,克去明矣。惟有時上一點殺星為夫也。夫星孤秀,所以行東方旺夫之地,夫為參政,五子俱非常人,子星得祿故也。
命造:年柱丙申、月柱癸巳、日柱己亥、時柱乙亥は、一人の女子の貴命で、「金有余・木財不足」の格に属す。張楠の詩にいう:「己臨亥日坐夫宮、申巳刑冲作病神。運入東方夫旺地、豈同閨閣等閑人。」己土は巳月に生まれ、年支申中の庚金は禄を得かつ生を得て、二つの亥中に蔵する甲木の夫星を剋し去ること浄尽である。この一点は明らかである。全命に残るは時干の乙木という一点の「七殺」が夫星と当たるのみである。夫星は孤にして秀なり。ゆえに一たび東方の木旺の地を行けば夫星を扶け起し、彼女の夫は官を参政に至り、五人の子は一人として凡らならず——子星もまた東方において禄を得たゆえである。
庚寅 甲申 戊辰 丁巳,克損七夫金有餘財不足之格。楠曰:金神克木不存夫,疊疊刑沖夫不如。行運不宜金再見,不堪重睹鏡鸞孤。戊土用年上寅中甲木為夫,申宮庚金破之,用日上寅木為夫,巳上庚金破之,用月上甲木為夫,年上庚金破之,徒見夫而無春也。一入辛巳庚運,三年而兩嫁有之,五年而三嫁者有之,損七夫矣。
命造:年柱庚寅、月柱甲申、日柱戊辰、時柱丁巳は、「七夫を剋損し、金有余にして木財不足」の格に属す。張楠の詩にいう:「金神剋木不存夫、疊疊刑冲夫不如。行運不宜金再見、不堪重睹鏡鸞孤。」戊土の女命は木をもって夫とする。年支寅中の甲木を取りて夫となせば、月支申中の庚金が来たりてこれを破る。日支に対する寅木を取りて夫となせば、時支巳中の庚金がまた来たりてこれを破る。月干の甲木を取りて夫となせば、年干の庚金がやはり来たりてこれを破る。夫星はところどころに見えるが、存しうる者は一人もなく、名あるのみである。一たび辛巳・庚運に入れば、金気再び来たり、彼女は三年の内に二度改嫁し五年の内に三度改嫁したこともあり、前後して七人の夫を損折した。
辛巳 乙未 乙酉 壬午,逸叟妻命火重而金頗輕。楠曰:乙木生臨伏火炎,金衰頗以火為嫌。丙丁運上多災病,金水重逢樂自然。乙木生臨六月中旬,火氣炎蒸,雖有多金,然金氣自消矣,但喜坐下夫星得祿,雖火旺而不能傷夫也。凡女命坐下見夫星者當美。初行丙丁二字,辛金被制,生子不育,而且多災。戊己庚金之運,助比夫星,生子而身頗安也。
命造:年柱辛巳、月柱乙未、日柱乙酉、時柱壬午は、ある隠逸の老人の妻の命で、火重にして金はやや軽し。張楠の詩にいう:「乙木生臨伏火炎、金衰頗以火為嫌。丙丁運上多災病、金水重逢楽自然。」乙木は六月中旬に生まれ、火気は蒸騰する。柱中に辛金・酉金少なからずといえども、金気は自ら消熔した。喜ぶべきは日主の坐すところの酉金がまさに夫星であって、酉において自身禄を得ていることで、ゆえに火は旺くともこの夫星を傷つけることができない。およそ女命で日支に夫星を坐する者は美格に属す。初め丙・丁の二歩の火運を行き、辛金は制せられ、彼女は子を生んでも養い育てることができず、しかも災病が相次いだ。戊・己と庚金の運に転ずるに及び、土金が来たりて夫星を扶助し、はじめて子を生んで育て、自身もたいへん安泰であった。
乙卯 癸未 辛未 甲午,旺舉夫子命火重水輕格。楠曰:辛金坐未火炎陽,金水三陰入旺鄉。最慨四柱多火氣,喜行金水福榮昌。辛金生未,三陰將進之時,夫子二星,俱巳受氣。但四柱金龍盛,但得火俱伏藏,天干動制之有力。早行丙戌,助夫攻身,屢損子星。運入北方,火炎水制,助子興家,五福俱全,入寅七十五死,兄嫂長三孺人也。
命造:年柱乙卯、月柱癸未、日柱辛未、時柱甲午は、夫・子ともに旺な女命で、「火重水軽格」に属す。張楠の詩にいう:「辛金坐未火炎陽、金水三陰入旺郷。最慨四柱多火気、喜行金水福栄昌。」辛金は未月に生まれ、まさに三陰将に進まんとする時で、夫星の火と子星の水とはともに気を受けている。柱中の金勢はもともと盛んであるが、ただ火はみな地支に伏蔵し、天干の上には癸水が動いて火を制し、制すること力がある。早年に丙戌運を行き、火が来たりて夫を助けるも身を攻め、それゆえ屢々子星を損傷した。運が北方の水地に入れば、炎火は水に制せられ、子星は助を得て家道は興旺し、五福俱全した。寅運に進み、七十五歳で世を去った。この方はすなわちわが兄嫂長三孺人である。
庚午 甲申 戊申 戊午,貧夭命夫太過格。楠曰:戊土生申金氣多,夫星剋制太如何。不宜早入刑沖運,壽夭應知受折磨。戊生申月,金氣重重,不宜月上見有申水。夫星無根,此乃極貧格。夫殘疾無子,蓋為夫星金制太過,庚運死。
命造:年柱庚午、月柱甲申、日柱戊申、時柱戊午は、貧しくかつ夭の女命で、病は「制夫太過」にある。張楠の詩にいう:「戊土生申金気多、夫星克制太如何。不宜早入刑冲運、寿夭応知受折磨。」戊土は申月に生まれ、金気は重ね重ねである。月干の甲木はもともと夫星であるが、あいにく申の上に坐して金に剋され尽くし、月支がまた申であるべからず。夫星にすでに根気なく、これが極貧の格局である。彼女の夫は残疾でかつ子なく、みな夫星が金に制せられすぎたゆえである。庚運に至り金再び来たり、彼女は死んだ。
丙戌 丁酉 乙巳 戊寅。楠曰:乙木逢金夫本榮,不堪太重制失星。北方運美南方否,此量分明豈徇情。乙木生臨酉月,坐下夫星得祿,本為好也。不堪重重見火,傷損夫星,再行南方午未運中,夫逃子竄,身幾不振,蓋為火多制金也。癸巳壬辰兩運,衣食滿給,夫子如故,蓋喜壬癸水破火而存金也。
命造:年柱丙戌、月柱丁酉、日柱乙巳、時柱戊寅。張楠の詩にいう:「乙木逢金夫本栄、不堪太重制失星。北方運美南方否、此量分明豈徇情。」乙木の日主は酉月に生まれ、日支の巳と月令の酉とが金を合し、夫星は酉において禄を得て、もともと好事であった。あいにく柱中に丙・丁の火が重ね重ね見えて、かえって夫星を傷損した。さらに南方の午・未の運を行けば、火勢いよいよ熾んとなり、こうして夫は逃亡し子女は離散し、彼女自身もほとんど振い起こすことができなかった。みな火が多くて金を制しすぎたゆえである。癸巳・壬辰の二運に至り、衣食ははじめて充足し、夫と子もまたもとのごとく恢復した。まさに壬・癸の水が火を破って金を存することを喜んだゆえである。
辛丑 辛丑 乙亥 丙戌,先貧後富金多火少。楠曰:乙木逢金火損傷,時逢丙火制相當。直看老景南方運,夫子興隆大異常。乙木生丑,木氣本枯,再加五殺攻之,身益衰矣。賴有丙火進氣,制殺福神,早行壬且破丙,頗受艱辛,一入南方,丙午丁未克殺之地,五福俱全,入申殺旺方死。
命造:年柱辛丑、月柱辛丑、日柱乙亥、時柱丙戌は、先貧後富・金多火少の命である。張楠の詩にいう:「乙木逢金火損傷、時逢丙火制相当。直看老景南方運、夫子興隆大异常。」乙木は丑月に生まれ、木気はもともと枯竭しており、さらに五重の金「殺」が来たりて攻めれば、日主はいよいよ衰弱する。すべて時干の丙火がまさに進気で、よく殺を制して、この命の福神となったことに頼る。早年に壬運を行き、壬水が丙火を破り、彼女はたいへん辛労を受けた。一たび南方の丙午・丁未の金を剋し殺を制する地に入れば、五福はみな具わった。申運に至り金の殺は再び旺に転じ、彼女はようやく世を去った。
甲戌 辛未 乙丑 乙酉,先貧後富金多火少。楠曰:乙木生臨未月提,木衰金旺理堪知。直須火運將金克,定主興夫並旺兒。乙木生未,雖有甲乙之木三重,夫何木氣輕而不能制金,所以見夫星多而身衰者,返為戕身之賊也。運行己巳戊辰,財又生殺,貧苦剋夫,一入丁卯,火制殺星,再醮助夫,丙寅旺殺得制,安享優遊,子孫並秀。
命造:年柱甲戌、月柱辛未、日柱乙丑、時柱乙酉も、また先貧後富・金多火少の命である。張楠の詩にいう:「乙木生臨未月提、木衰金旺理堪知。直須火運将金剋、定主興夫並旺児。」乙木は未月に生まれ、柱中に甲・乙の木三重あるけれども、木気は結局軽薄で金を制することができない。ゆえに彼女にとって夫星は多いが身は衰え、かえって身を戕う賊となった。己巳・戊辰の運を行き、土の「財」がまた金の「殺」を生じ、彼女は貧苦してかつ夫を剋した。一たび丁卯運に入れば、火が来たりて殺星を制し、彼女は改嫁して夫を助けるを得た。さらに丙寅運に至り、旺殺は制せられて服し、安んじて優遊を享け、子孫もともに俊秀であった。
戊申 甲子 乙丑 乙酉,娼賤命殺多無制格。楠曰:乙木金多制太過,再行金運失中和。娼淫濁亂汙中垢,受制於人楚撻多。乙木生子,木氣無根,水木漂泛,四柱重重金氣,所以金多無夫,豈不為娼妓乎?原金多再行金旺之地,七殺七馬,受制於人,多遭捶楚,入庚破甲,死無根也。
命造:年柱戊申、月柱甲子、日柱乙丑、時柱乙酉は、娼妓下賤の命で、「殺多無制格」に属す。張楠の詩にいう:「乙木金多制太過、再行金運失中和。娼淫濁乱汚中垢、受制於人楚撻多。」乙木は子月に生まれ、木に根気なく、水は泛び木は漂う。四柱にまたあまねく金があり、金多くしてかえって正夫の依るべき者なく、娼妓に淪らずしておかし。原局の金はすでに多すぎるのに、行運がまた金旺の地に至れば、盤一面「七殺」が馳走する。彼女は人に制せられ、屢々鞭笞捶打を受けるのみ。庚運に進み、庚金が月干の甲木を剋破し、彼女は最後の一点の依るべき根も失って、死んだ。
丙子 壬辰 庚子 庚辰,賤婢夫輕制過。楠曰:夫星衰弱制重重,火少那堪水氣沖。再入北方夫氣絕,一生婢妾走西東。不合丙火無根,夫星透出,壬水重重克之,水宜運入北方,水氣益盈,夫氣日益。雖金水輕清,只作伶俐賤婢,理本然也。
命造:年柱丙子、月柱壬辰、日柱庚子、時柱庚辰は、婢女の命で、夫星は軽くして克制あまりに過ぐ。張楠の詩にいう:「夫星衰弱制重重、火少那堪水気冲。再入北方夫気絶、一生婢妾走西東。」惜しいことに年干の丙火という夫星は天干に透くとも根気が全くなく、また壬水と二か所の子・辰の水局とに重ねて剋傷される。行運がさらに北方に進めば、水勢いよいよ充盈し、夫星の気は日々に消尽する。この命は金清水秀にして、人はもとより怜悧であるが、ただ聡明なる婢女となるのみ。理はもともと然りである。
丙子 戊戌 壬午 戊申,尚書夫人水進氣夫透天干格。楠曰:壬水生臨九月秋,水神過氣湧寒流。子午結局源深遠,柴誥榮封兩國憂。壬水生臨五陰之候,水氣盈矣。兩重戊土殺星,各坐生庫之地,其殺各有位矣。更得下通水局,任殺為夫。南方殺旺之地。相夫貴格,更兼旺子,子從夫出故也。
命造:年柱丙子、月柱戊戌、日柱壬午、時柱戊申は、ある尚書夫人の命で、「水まさに進気して夫星天干に透る」の格に属す。張楠の詩にいう:「壬水生臨九月秋、水神過気涌寒流。子午結局源深遠、柴誥栄封両国憂。」壬水は九月に生まれ、すでに五陰の候に交って、水気は充盈する。月干と時干の二重の戊土「七殺」は、一つは申という長生の地に坐し、一つは戌という墓庫の地に坐し、その殺それぞれに位あり。さらに下に申子が水局を会成して相通ずるがあり、日主はこの殺を担ぐに足り、すなわち殺をもって夫とする。南方の殺旺の地に至れば、まさに夫を相する貴格である。加えて子星もまた旺なり。女命において子は夫より出づるゆえである。
癸巳 己未 己亥 己巳,富夭女命制過夫星。楠曰:己生未月木為夫,兩巳來沖木氣無。再入西方金旺地,金多克木壽應殂。己生未月,本用甲乙木為夫也,夫何六月木衰,再加兩巳中庚金克之,其夫蓋衰矣。便八字純粹,生於富家,不宜運入庚申,再加庚金得祿,夫星之氣絕無,未嫁而死宜矣。觀此八字雖好,而行運不及,正謂源清而景也。
命造:年柱癸巳、月柱己未、日柱己亥、時柱己巳は、家富みて早夭の女命で、病は夫星を制しすぎるにある。張楠の詩にいう:「己生未月木為夫、両巳来冲木気無。再入西方金旺地、金多剋木寿応殂。」己土は未月に生まれ、もともと甲・乙の木を取りて夫とすべきところ、六月は木気すでに衰えを如何せん、さらに年・時二つの巳中に蔵する庚金が来たりてこれを剋す。夫星はいよいよ衰弱である。この八字自体はなお純粋として、彼女は富家に生まれた。ただ行運が庚申に入るを宜しとせず、庚金は申において禄を得、夫星の気は蕩然として存せず、嫁がざるうちに死した。これもまた意中の事である。これを見るに八字はよしとも、行運が及ばざれば、まさに源は清きとも景況は済わずという。
辛亥 庚子 戊戌 己未,狀元妻衰夫行夫旺運格。楠曰:戊土臨乾木得生,喜逢水旺木芽明。夫衰最喜夫生運,定作人間婦狀元。戊戌土實自坐財鄉,更得年上甲木夫星得生,而喜木衰,有庚辛天干之金,暗來損木,則為有病,方為貴命也。大運一入壬寅,衰夫得祿,相夫而登遷第一,豈不宜乎。又且生子,百作方伯,蓋貴子亦從貴夫生也。入巳,庚金損破夫而死。
命造:年柱辛亥、月柱庚子、日柱戊戌、時柱己未は、状元夫人の命で、「夫星衰えて夫旺の運を行く」の格に属す。張楠の詩にいう:「戊土臨乾木得生、喜逢水旺木芽明。夫衰最喜夫生運、定作人間婦状元。」戊戌日主は土質厚実にして自ら財郷に坐す。年支の亥は乾位に属し、亥中の甲木という夫星はここにおいて長生を得る。惜しむらくは木がなお衰弱して、天干にまた庚・辛の金があって暗にこれを損傷することで、これが病ある命となる——まさに病あって医すべきがゆえに、その貴命を成す。大運が一たび壬寅に入れば、衰弱した夫星は寅において禄を得、彼女は夫を輔けて状元第一に高中せしめた。豈にこの理に正しく合わずや。後にまた子を生み、官を一方の伯に至らしめた。貴子もまた貴夫より生ずるゆえである。運が巳に入るに及び、庚金は巳において長生を得、甲木の夫星を損破して、彼女もまた世を去った。
時上一位の貴格
楠曰:時上一位格,蓋取時一點殺星。若日干生旺,時上有殺,則用之為時上一位貴。若身旺殺衰,喜殺旺運,富貴多子,蓋殺乃子星也,身旺能任其子也,若日干弱,時上殺旺,怕行殺旺及財運,正謂時逢七殺趕身衰,則主貧賤無子。殺能克身,不能生子,正謂時逢七殺本無兒。若時上有殺,亦要先安置殺星,或制去之,或合去之,方可用月上用神。如不曾剋制此殺,即當把時上殺為用神,月上雖有印星財星,亦不能用。故格格推詳,以殺為重。前人立言,說不分明。
張楠がいう:いわゆる「時上一位貴」格とは、時柱の上のあの一点の「七殺」を取るものである。もし日干が生旺していて、時上にちょうど一位の殺があれば、これを用いて「時上一位貴」を成す。もし身旺にして殺衰えれば、殺旺の運を行くことを喜び、富貴にしてかつ多子を主る。男命において殺はすなわち子星で、身旺にしてこそ自らの子息を担ぐに足るからである。反対に日干が衰弱して時上の殺が偏に旺なら、殺旺の運と財運とを行くを怕れる。これがいわゆる「時逢七殺趕身衰」で、貧賤にして子なしを主る。かかる殺はただ身を剋するのみで、子を生ずることなく、すなわちいわゆる「時逢七殺本无児」である。およそ時上に殺あれば、必ずまずこの位の殺星を安んじ置かねばならない。あるいは食傷をもってこれを制し去るか、あるいは合神をもってこれを合し去るかして、然る後にはじめて月令の上の用神を取るを得る。もしこの殺を克制したことがなければ、すなわちまさに時上の殺を取りて用神とすべく、月令の上に「印」星・「財」星あるとも、一概に用うることあたわず。ゆえにいかなる格局を推し詳むにも、殺をもって最も重きと為す。前人の立説は、この一層を終始明らかに講じ得ていない。
補曰:時上為官,即時上一位貴格也。如陽見陽干,陰見陰干,相剋是也。透出為妙,只許一位,四柱不許再見。若年月日又有,收為辛苦勞碌之命也。要本身自旺如甲寅,自生如甲子之類,又要制伏,有制則為偏官,無制則為七殺。又要制伏得中和,一位七殺,卻有兩三位制伏,是為太過。雖有學問,不榮仕路,乃是貧寒一老儒。故《喜忌篇》云:“偏官時遇,制上伏太過,乃是貧儒。”四柱制伏多,要行七殺旺運,或三合得地,可發。若原無制伏,要行制伏之運,可發。如遇殺旺,無以制之,則禍生矣。則偏官為人性,重剛執不屈,傲自譏,膽氣雄豪。月偏官亦然。
補っていう:時柱の上に官星の現わるるは、すなわち「時上一位貴」格である。いわゆる官とは、陽干が陽干を見、陰干が陰干を見て相克する種類、すなわち「偏官」のことである。それは天干に透出するをもって妙とし、しかもただ一位を許し、四柱の中に再び第二位を見るべからず。もし年・月・日にまたあれば、ただ辛苦労碌の命と算するのみである。さらに日主自身が自ら旺なるを要し、甲寅のごとき自ら禄地に坐するか、あるいは自生、甲子のごとき印に坐する類である。また制伏あるを要す——制あれば「偏官」と謂い、制なければ「七殺」と謂う。制伏はまたちょうどよきを得なければならない。ただ一位の七殺あるのみにして、制す食傷が二三位もあれば、これを制伏太過と謂い、この種の人は学問あるとも、仕途において顕達すること能わず、ただ貧寒なる一老儒生に過ぎない。ゆえに《喜忌篇》にいう:「偏官時遇、制伏太過、乃是貧儒。」四柱の中に制伏の神の多き者は、七殺旺の運を行くか、あるいは三合が局を會して殺に地を得しめるを要し、そうすれば発達しうる。原局にもともと制伏なき者は、制伏の運を行くを要して発達しうる。もし殺旺に遇い、これを制するに由なければ、禍は生ずる。偏官を帯ぶる人は、性情は剛強にして執拗、屈服せず、自負して譏評を好み、胆気は雄豪である。月柱の上の偏官も、性情はこのごとし。
又補曰:食神制殺,化鬼為官,因宜權貴。所謂食居先,殺居後,功名兩全是己。羊刃合殺,變凶為吉,亦能權貴,所謂甲以乙妹妻庚,凶為吉兆中是已。又補曰:食神制殺,不宜逢梟則禍,故日食神制殺逢梟,不貧則夭,羊刃合殺,不宜財多,南多必咎,故曰,財生殺黨,夭折童年。
また補っていう:「食神」をもって「七殺」を制服すれば、凶悪の鬼殺を用うべき官星に転化すること能く、ゆえに権貴を掌るに宜しい。これがいわゆる「食居先、殺居後、功名両全」——食神は前に、殺は後にあって、名と位と両得するものである。「羊刃」をもって殺を合せば、また凶を変じて吉と為して権貴を得るを得、これがいわゆる「甲以乙妹妻庚」——甲木は乙の妹を庚に嫁がせ、乙庚の一合にして、凶神はかえって吉兆となる。また補っていう:食神が殺を制するは、最も再び「梟神」(偏印)に遇うを忌み、遇えばすなわち禍を出す。ゆえにいう、食神が殺を制して梟に逢えば、貧ならずとも夭す。羊刃が殺を合するは、財の多きを忌み、財多ければ必ず咎を生ず。ゆえにいう、「財生殺党、夭折童年。」
又曰:食神固能制殺,而傷官亦能制殺,便傷官不如食神之力。夫羊刃固能合殺,而傷官亦能合殺,但傷官不如羊刃之勢顯。陽日傷官能制殺,而不能合殺,如甲日見丁為傷官,能制庚金之殺,而不能合庚是己。陰日傷官能合殺,而自剋制殺,如乙日見丙為傷官,難合辛金之殺,自能制辛是已。
またいう:「食神」はもとよりよく殺を制す、「傷官」も同様によく殺を制すが、ただ傷官は食神の力に及ばない。「羊刃」はもとよりよく殺を合す、傷官も同様によく殺を合すが、ただ傷官は羊刃の気勢のように顕赫でない。陽日干の傷官はただ殺を制するを得て殺を合する能わず。たとえば甲木日主が丁火を見れば傷官で、丁はよく庚金の殺を克制するが、庚を合すことはできない。陰日干の傷官はすなわちよく殺を合し、また自ら殺を克する。たとえば乙木日主が丙火を見れば傷官で、丙は辛と合を作すれども真に辛金の殺を合すこと難し、しかし丙火自身はよく辛金を克制する。
己曰:殺一也,而馴服為用有二,制與化是也。制殺者,食神也,所謂服之以力也。化殺者,印綬也。所謂服之以德也。與其制之以力,不若化之以德,故《通明賦》云:“制殺不如化殺高。”制化不可並立,有制不必有化,有化不必有制。倘若化神弱,制神強,施恩有不足之怨,化神旺,制神衰,臨事無禁制之能。
またいう:殺は一つであるが、これを馴服して我が用と為す法は二条ある。すなわち「制」と「化」である。殺を制するは「食神」に頼り、これを力をもって服せしむという。殺を化するは「印綬」に頼り、これを徳をもって感化すという。力をもって硬く制するに如かず、徳をもって転化せしむ。ゆえに《通明賦》にいう:「制殺不如化殺高。」制と化とは並び立つべからず。制あれば化あるに及ばず、化あれば制あるに及ばず。もし化神弱くして制神強ければ、恩を施すこと足らずして怨望を招くがごとし。化神旺にして制神衰えれば、事に臨みて禁止約束の能なきがごとし。
古歌云:時上偏官一位強,本身健旺富非常。年月並無官財殺,獨於時位最相當。又曰:時土一位貴,藏在支中是。日主要剛強,利名方有氣。補曰:此言時支偏官,如甲逢申時,乙逢酉時之類,乃藏在支中者也,日主強旺,名利必振,惟忌身弱,百力不能勝也。
古歌にいう:「時上偏官一位強、本身健旺富非常。年月並無官財殺、独於時位最相当。」——時上にただこの一位の偏官あって気勢強く、日主また健旺なれば、大富となる。年月の間に別の官・財・殺の来たりて攪擾するなく、ただ時位のこの一点が最も妥当である。またいう:「時上一位貴、蔵在支中是。日主要剛強、利名方有気。」補っていう:この一首は時支の中に蔵する偏官を講ずるもので、たとえば甲木日主が申時に逢い、乙木日主が酉時に逢う類で、殺は干に透らずして地支の中に伏する。かかる格局は日主の強旺を要して、名利は必ず振発する。ただ身弱を忌むのみで、身弱なれば百般力を用うとも担い勝てない。
又曰:時上偏官喜刃沖,身強制伏祿豐隆。正官若也來相混,身弱財生主困窮。補曰:時上偏官,如甲日見庚干,乙日見辛干之類,不怕沖刑羊刃故也。《繼善篇》去云:“時上官喜刃喜沖,”日主生旺,年月有食制伏,所謂食居先,殺居後,功名兩全,爵祿豐厚,不喜正官來混。有兄不顯其弟,加以身勢衰弱,財生殺黨,必主貧寒困苦,所以不遂。
またいう:「時上偏官喜刃冲、身強制伏禄豊隆。正官若也来相混、身弱財生主困窮。」補っていう:時上偏官とは、甲木日主が庚の干を見、乙木日主が辛の干を見る類で、それは冲をも畏れず刑をも畏れず羊刃をも畏れない。《継善篇》にいう:「時上偏官喜刃喜冲。」ただ日主の生旺し、年月の間にまた食神の来たりて制伏するあれば、すなわちいわゆる「食居先、殺居後」で、功名と爵禄と両全して豊厚である。ただ「正官」のさらに来たりて混雑するを喜ばない。兄あればすなわち弟を顕さず。加うるに身勢の衰弱し、「財」のまた殺党を資するあれば、すなわち必ず貧寒困苦を主り、事事遂げられない。
又曰:時上偏官一位強,日辰自強貴非常。有財有印多財祿,註定天生作棟樑。補曰:時上偏官,只喜一位,四柱中不要再見。日主自旺,如甲寅乙卯,或生於寅卯日之類,則身殺兩強,富貴過人,有財則時殺有根,有印則化殺生身,財馬官祿,自然興旺。
またいう:「時上偏官一位強、日辰自強貴非常。有財有印多財禄、注定天生作棟梁。」補っていう:時上偏官はただ一位あるを宜しく、四柱の中に再び第二位を現ずるを要せず。日主はよく自ら旺なるを要し、たとえば甲寅・乙卯のごとき自ら禄刃に坐するか、あるいは寅・卯の日に生まるる類である。かくすれば身と殺と両辺ともに強く、富貴は常人に過ぎる。命の中に「財」あれば、時上の殺は依るべき根源あり。「印」あれば、殺を化して転じて身を生ずるを得る。財馬と官禄と兼備して、自然に興旺発達する。
又曰:時逢七殺是偏官,有制身強好命看。制過喜逢殺旺運,三方得地發何難。補曰:時逢七殺,乃是時上偏官格。身旺有制,如有一位殺,則有一位制,乃有貴人。文章振發,當作好命看。若有兩三位制人太,則為制伏太過,逢殺旺三合,得地之運,其發達也,勃然不可遇。苟制伏太過,而又不能行殺旺之運,雖文過李杜,終不能顯。
またいう:「時逢七殺是偏官、有制身強好命看。制過喜逢殺旺運、三方得地発何難。」補っていう:時上に七殺に逢えば、すなわち「時上偏官」格である。身旺にして制伏あり——一位の殺あればすなわち一位の制神を配す——すなわち貴人の命で、文章これにより振発し、まさに好命と看るべきである。もし二三位の食傷来たりて制すること太くあれば、すなわち制伏太過となる。この種の命はひとたび殺旺・三合會局して殺に地を得る運に逢えば、発達すること勃然として興り、遇い止むべからず。されど制伏すでに太過にして、またあいにく殺旺の運に行き至ること能わざれば、文才は李・杜に勝るとも、終に顕達すること能わず。
又曰:無理制伏運須見,不怕刑沖多殺攢。若是身衰惟殺旺,定如此命是貧寒。補曰:偏官有有制伏,不宜運再見。若當生原無制伏者,喜行制伏運,月上偏官,怕刑沖多殺之攢。時上偏官,不怕三刑六害羊刃沖破,多殺攢聚,惟喜身強殺淺。若是殺重身輕,終身有損,縱不夭壽,定是貧寒。
また言う:「制伏が無ければ、運に見るを須(すべから)し;刑沖を怕れず多殺が抔(あつ)まっても。もし身衰えてただ殺旺ならば、定(さだ)めてこの命は貧寒と知る。」補って言う:偏官に原局ですでに制伏がある者は、行運でさらに制神に遇うを宜としない。原局にもともと制伏が無い者だけが、制伏の運を行くを喜ぶ。月柱上の偏官は、刑を怕れ・沖を怕れ・衆殺の抔まりを怕れる;時柱上の偏官はそうではなく、三刑六害を怕れず、羊刃の冲破も怕れず、多殺の抔聚さえ怕れず、ただ身が強く殺が浅いことを喜ぶ。もし殺が重く身が軽ければ、一生つねに損があり、たとえ夭寿に至らなくとも、定めて貧寒の命である。
又曰:時逢七殺本無兒,此理人當仔細推。歲月時中知有制,定知有子貴而奇。補曰:時上偏官建祿,主克子。若歲月中有食神制伏,或刃合,不惟有子,而且貴。故曰:時上偏官有制,晚子英奇。《四言獨步》云:時殺無根,殺旺取貴。時殺多根,殺旺不利。補曰:且如庚用丙為殺,生於寅,旺於巳午,庫於戌,乃殺之根也。《格解》以為根,亦是。若時干虛露,既無根氣,又無財生,運動殺旺,富貴可得,如三合得地,既多要根氣,又有財生,再行殺旺之鄉,反不利,而貧苦者多矣。
また言う:「時に七殺に逢えば本(もと)より児無し、この理は人まさに仔細に推すべし。歳月時の中に制あるを知れば、定めて子有りて貴く奇なるを知る。」補って言う:時上の偏官がまた建禄に逢うは、子を克するを主る。もし年・月の中に食神が来てこれを制伏し、あるいは刃がこれと合すれば、子があるのみならず、その子はまた顕貴となる。ゆえに言う:時上の偏官に制あれば、晩年の子は英奇である、と。《四言独歩》に言う:「時殺に根無ければ、殺の旺なるを取(えら)ぶ貴となす。時殺に根多ければ、殺の旺なるは利ならず。」補って言う:たとえば庚金が丙火をもって殺となすとき、丙火は寅に長生し、巳午に旺し、戌に庫る、これが殺の根である。《格解》がこれらを根となすも、また是なり。もし時干の殺がただ虚しく露すのみで、すなわち根気も無く、また財も生じなければ、行運が動かして殺を旺にすれば、富貴を得るべし;反対に三合が地を得て、すなわち根気が多く、また財がこれを生じれば、さらに殺旺の郷に行くはかえって不利で、貧苦の者は多い。
乙丑 乙酉 辛巳 甲午,東鄉徐少初貴命金火相停金重火輕格。楠曰:辛金坐酉旺成行,火練秋金大異常。金旺火輕宜火運,少年早折桂枝香。辛生酉月,喜得酉丑全成金局,喜得時上一點火神得祿,時上一位貴也。明矣。大抵金氣全局,金氣還勝,所以行午運,甲午流年,中鄉試,聯登黃甲。有乙未年生人,少了一點金,午字運不好,所以金宜旺也。
命造:年柱乙丑、月柱乙酉、日柱辛巳、時柱甲午は、東鄕の徐少初の貴命で、「金火相停じて金重く火軽し」の格に属す。張楠の詩にいう:「辛金は酉に坐して旺ぶ行(ぎょう)を成し、火は秋の金を練ること大いに異なり。金旺じ火軽きは火運を宜しくす、少年早く桂枝の香を折る。」辛金が酉月に生まれて、喜ばしいことに年支の丑と月支の酉が会して金局を成し;また喜ばしいことに時支の午の中の一点の丁火が禄を得て、これが「時上一位貴」である。明らかである。おおむね金気はすでに全局を成して、金気がなお優(すぐ)れる。ゆえに午運に行き、また甲午の流年に逢い、郷試に中り、つづいて黄甲に連なった。別に乙未年生まれの人がありて、ただ一点の金が少なく、午字の運はよくなかった——この格では金はやはり旺ぶを宜とする。
丁亥 壬子 辛巳 丁酉,臨舒尚書貴命金白水清水制火過格。楠曰:辛生子月水金清,留殺沖官格局明。金冷水輕重畏水,宜行火運展經輪。去留舒配,用格明矣。年上七殺,壬水去之。日上正官,亥中太壬水去之。惟存時上丁火,作時上一位貴格。但十一月之火,風寒之候,火氣衰弱為病,畏金水之鄉,宜丙丁戊己之運,真貴人也。裝蓋丙丁能助起衰殺也,戊己能制壬癸水也。
命造:年柱丁亥、月柱壬子、日柱辛巳、時柱丁酉は、臨舒尚書の貴命で、「金白水清きにして水が火を制すること過(あまり)多し」の格に属す。張楠の詩にいう:「辛は子月に生まれて水金清し、殺を留めて官を衝く格局明らかなり。金冷たく水軽きは重ねて水を畏れ、宜しく火運を行いて経綸を展ぶべし。」官殺の去留の配(はい)は、この命において最も明らかに見える:年干の丁火は本(もと)「七殺」であるが、月干の壬水に合去された;日支の巳中の丙火は本(もと)「正官」であるが、亥中の壬水に去られた。残るはただ時干の丁火で、ちょうど「時上一位貴」の格を成す。ただ十一月の火は風寒の候にあたり、火気が衰弱するを病とする。ゆえに金水の郷に走るを畏れて、丙・丁・戊・己の運を行くを宜とす——それが真の貴人の運である。丙・丁は能く衰えた殺を助け起こし、戊・己は能く壬・癸の水を制するからである。
附・官殺去留雑格
《喜忌篇》云:類有去官留殺,亦有去殺留官。補曰:此乃五行遇月支偏官節中兩句。《格解》不明,摘附於此,全己論在偏官格下。《三車一筧》論官殺去留之說,亦附於此,有可去官留殺者,即以偏官論。有可去殺留官者,即以正官論。凡看去官留殺,去留官者,要看四西柱中官殺孰輕,天干透出者易去,月支所藏者難云,須得四柱去官殺之物眾而有力,方才支得。去官殺之物,傷官食神是己。
《喜忌篇》にいう:「官を去りて殺を留める有り、また殺を去りて官を留める亦(また)有り。」補って言う:これは《喜忌篇》の「五行、月支の偏官に遇う」節の中の二句である。《格解》の講説が明らかでないので、摘出してここに附す;完全な議論はみな「偏官格」の名の下にある。《三車一覽》の官殺去留を論ずる説も、あわせてここに附す:およそ官を去って殺を留めるべき者は、すなわち「偏官」をもって論ず;殺を去って官を留めるべき者は、すなわち「正官」をもって論ず。おおよそ官を去って殺を留め、あるいは殺を去って官を留めるを看るには、まず四柱の中の官と殺のいずれが軽いかを看るべきである:天干に透した者は去り易く、月支の蔵に在る者は去り難い;必ず四柱の中に官殺を去る物が多くして有力なるを得て、こそ支え得る。官殺を去り得る物とは、「傷官」と「食神」である。
《喜忌篇》云:神殺相絆,輕重較量。《繼善篇》云:歲月時中,大怕官殺混雜。《易鑑》云:天地人元分五音,陰陽妙決審其真。去留舒配須參透,福中間間理自明。《萬金賦》云:官星怕行七殺運,七殺猶畏官星臨。官殺混雜當壽夭,去殺留殺仔細尋。留殺去殺莫逢殺,留殺去官莫逢官。官殺受傷人必夭,場宜財格定前程。
《喜忌篇》にいう:「神と殺相い絆(ほだ)すれば、軽重を較量す。」《継善篇》にいう:「歳月時の中に、大いに怕(おそ)るるは官殺の混雑なり。」《易鑑》にいう:「天元・地元・人元は分かれて五音に属し、陰陽の妙決はその真を審(つまび)らかにするに在り。去留・舒配は須(すべから)く参透すべし、福の中間々の理は自(おの)ずから明らかなり。」《萬金賦》にいう:「官星は七殺の運に行くを怕れ、七殺は猶お官星の臨を畏る。官殺の混雑は寿夭にあたり、殺を去るや殺を留めるや仔細に尋ねよ。殺を留め殺を去るは殺に逢うこと莫く、殺を留め官を去るは官に逢うこと莫かれ。官殺が傷を受けば人必ず夭り、そのとき宜しく財格を取って前程を定むべし。」
《三車》云:合官星不為貴,合七殺不為凶。何與?日經言合官星,柱中閒神合去官星,所以不為凶。又曰:大抵凶神有物合去,則反凶為吉。吉神有物合去,則反吉為凶。凶神:七殺、羊刃、劫財、偏印、梟神、傷官之神是也。吉凶神殺,又看格局,喜何神,忌何神,不可執一而論。
《三車一覽》にいう:「官星に合われるは貴となさず、七殺に合われるは凶となさず。」何の理ぞや。経の言う官星に合うとは、柱中に関わりのない閑神が官星を合い去るを指し、ゆえにその官は貴とならず;同じく七殺が合い去られれば、凶ともならず。またいう:およそ凶神が別の物に合い去られれば、凶を反して吉と為し;吉神が別の物に合い去られれば、吉を反して凶と為す。凶神とは、「七殺」「羊刃」「劫財」「偏印」「梟神」「傷官」の神これである。吉と凶の神殺は、また格局を看て、何の神を喜び、何の神を忌むかによるべく、一に執して論ずべからず。
《集說》云:貪合忘殺,貪合忘官。如六癸日生人,干頭透露己字,乃是癸家七殺。如再甲字,乃是己家合神,則合去己字,不為殺矣,此謂貪合忘殺,陰日以傷官而合也。又如六壬日生人,干頭出己字為官星,如見甲子透出,乃是己家全神,合去己字,不為官星,此謂貪合忘官陽日以食神而合屆。
《集説》に「貪合して殺を忘れ、貪合して官を忘る」と講ず。たとえば六癸日に生まれた人が、干頭に己の字を透かせるとき、己土はまさに癸水の「七殺」である;もし甲の字を見れば、甲は己と合する合神で、己の字を合い去り、それはもはや殺でない——これを貪合して殺を忘るといい、陰日干が「傷官」をもって合する例である。またたとえば六壬日に生まれた人が、天干に己の字が出でて「正官」となるとき;甲子が透ければ、甲は同じく己土の合神で、己の字を合い去り、それはもはや官星でない——これを貪合して官を忘るといい、陽日干が「食神」をもって合する例である。
又云:壬水相逢陽土時,心懷仇怒起爭非。忽然癸水來相救,合住兇頑不見威。補曰:陽水時逢戊土之類,性情如虎,急躁如風,其常懷不平之氣,偏爭好鬥,忽然癸水之妹,全戊土之殺,則殺頑之氣自消,而威暴不施。如無癸妹來合以救之,則剛暴不己,不免為屠兒獄劊之徒,何嘗有惻陷心也哉。
また言う:「壬水は陽土に相逢う時、心に仇怒を懐きて争非を起こす。忽然として癸水の来りて相い救うに、凶頑を合住して威を見ず。」補って言う:陽水の壬日が戊土のたぐいの七殺に逢えば、その人の性情は虎のごとく猛く、風のごとく急躁で、つねに不平の気を懐き、偏(ひとえ)に争闘を好む。忽然として癸水という妹が出でて、戊土の殺と合せば、あの凶頑の気はおのずから消え、威暴も施す能(あた)わざる。もし癸妹が来りて合い救わんことが無ければ、剛暴の性は収まらず、屠児・獄刽の徒に淪(お)ちんことを免れず、かつて恻隠の心あらんや。ここの癸水は、壬水の日主にとってまさに劫財で、戊癸の相合を取って凶頑の殺を合住する——これが前に言う「凶神に物合い去るあれば、即ち凶を反して吉と為す」の活例である。
又曰:壬逢己土欲為官,驀被青陽起訟端。引誘合將真貴去,致令受挫萬千般。此貪合忘官之例也,蓋亦以食神而合官。補曰:青陽謂甲木也,真貴謂己土之官也。蓋言壬水以己土為官貴,怕傷怕合,苟被甲木合官星而傷之,則貪合忘官。將見忠信而為仇爭,而訟獄之端起,真貴去而為下賤,而萬般之辱受矣,所謂合官星不為貴是己。
また言う:「壬は己土に逢いて官たらんと欲す、蓦(たち)ちに青陽に訟端を起こされん。引誘し合い去りて真の貴を失わしめ、致さしめて挫辱万千般を受けしむ。」これは貪合して官を忘るの例で、同じく「食神」をもって官に合するのである。補って言う:青陽は甲木を謂い、真貴は己土のこの官星を謂う。すなわち壬水は本(もと)己土をもって官貴とし、最も傷るを怕れ・合すを怕れる;いったん甲木が官星を合い去ってこれを傷れば、貪合して官を忘るとなる。そこで本(もと)忠信たるべき者がかえって仇争に陥り、訟獄の端がこれに因って起こり;真の貴が合い去られて、人も下賤に淪じ、万般的屈辱が踵(つ)いで至る——これが正に謂う「官星に合うは貴と為らず」である。甲木は壬水にとって「食神」で、甲己の一合にて官星は食神に牽き去られる。同じ一つの合の字でも、合い去るが七殺なれば禍を転じて福と為し、合い去るが官星なれば福を転じて禍と為す——吉凶はみな合い去られた者のいずれかを看る。
又曰:官殺相連只論星,月干有殺,年干殺星,而月干有官,是謂相連,辦以殺論。年上為官,時上為殺,年上為殺,時上為官,是謂各分,乃為混雜。食神重犯,如甲見二丙,三合為傷官,疊見官星,如甲見二辛,地支重見,只以殺論。殺在干,官在支,是謂露殺藏官。乃以殺言,官在干,殺在支,是謂露官藏殺。只以官論,身勢強健,則力能勝此官殺,多為清貴之言,若身弱無氣,官殺重逢,則禍咎之來,是特一端己也。
また言う:官と殺が彼此相い連なる時は、ただ一種の星をもって論ず。年干に殺あって月干に官あり、あるいは月干に殺あって年干に官ある者、両者が紧(しき)りに並ぶを「相連」といい、いっさい殺をもって論ず。もし年上を官とし時上を殺とし、あるいは年上を殺とし時上を官とする者、彼此が両端に分かれるを「各分」といい、それはこそ混杂である。食神が重ねて犯す、たとえば甲木が二つの丙火を見、三合がまた傷官を成す;官星が疊(た)み見る、たとえば甲木が二つの辛金を見、しかも地支にも重ねて見える——これらはみなただ殺をもって論ず。殺が天干に透り、官が地支に蔵るを「露殺蔵官」といい、即ち殺をもって言う;官が天干に透り、殺が地支に蔵るを「露官蔵殺」といい、即ち官をもって論ず。ただ身勢が強健なれば、力よくこの官殺に堪えて、多くは清貴の命となる;もし身弱く気無くして官殺が重々しきに相逢えば、禍咎の来るは、ただ遅速の間の一端なるのみ。
月支正財格 附・棄命従財格
楠曰:正財者,何也?財為吾性命之物,人見之未嘗不欲。若身主有氣,則能任之,若金寶,若田產,皆我之物也。身弱則不能任,如盜偷人財物,事發則為害命之物也。書云:“逢財喜殺而遇殺,十有九貴。”下場雖是甚是,而不顯言。若用財之人,日干旺,比肩兄弟多,則此比劫,又分奪我之財也。則喜官殺以去其比劫,存起其財星。若身弱財多,再見官殺來克身,則自己性命,且不可保,安得享其財乎?
張楠がいう:「正財」とは何か。財は我が性命を繋ぐ物、人これを見て欲せざる者はいない。日主に気あれば、これに任(た)える——金宝も、田産屋宅も、皆我が物である;日主が弱ければ任えず、それは他人の財物を盗むがごときもので、事露(あら)れればかえって命を害する物となる。命書にいう:「財に逢て殺を喜ぶ、殺に遇う者は十に九の貴あり。」この言の下文は正しいが、理を明らかにしていない。およそ財を用とする人で、日干が旺じて比肩・劫財の兄弟が多ければ、あの比劫がまた来りて我の財を分奪する——この時は官殺を喜んで比劫を去らせ、財星を存起する。反対に、身弱くして財が多く、さらに官殺が来りて身を克すれば、我が性命さえ保てず、いずくんぞその財を享けんや。
其財官星多,若身主旺,則喜食神傷官以生起其財神。若身主弱,財星多,則喜兄弟比劫以分之,父母印運以助之。凡用偏財者,多主富貴,用正財者多不及。蓋陰克增愛分明,陽克陽,財神有氣,用時日偏財尤美。此乃試驗之多,故多用偏財者為上格,亦有財神親功,若有比肩間隔,不純和,亦不美,此係五行之正理。
命に財星と官星がともに多い時:もし日主が旺なれば、「食神」「傷官」をもって財神を生起するを喜ぶ;もし日主が弱くして財星が多ければ、兄弟の「比劫」が来りて我に分かつを喜び、父母の「印」運が来りて我を扶助するを喜ぶ。およそ「偏財」を用とする者は多く富貴を主り、「正財」を取る者は往々にして及ばない。陽が陽を克す偏財は、情意が分明で断(き)れよく、財神に気あり;とくに時柱・日柱上の偏財を取るは美なり。これは張楠が繰り返し験(ため)したもので、ゆえに偏財を用とする者を上格とする。財神は親しく力ありといえども、中に比肩が隔れば、気は純和(じゅんわ)せず、また美ならず——これはみな五行の本有の正理である。
棄命從財格,此則不論陰陽日主皆從也。財乃吾妻,身主無力,不能任其財也,只得舍命而從之。如人自己無主,只得入於妻家,就要生起財星,而亦畏身入財,乃印生之地,即同棄命從殺而論,理出於正。《繼善篇》云:一世安然,財命有氣。
さらに「棄命従財」格:この格は日主の陽干・陰干を論ぜず、みな従う。財はわが妻に譬(たと)うべし;日主に力量が無く、この財に任えず、ただ身を捨ててこれに従う。人がみずから門戸を立て得ず、ただ妻家に入りて財星を生起するを一心とす、がごとし;同時に日主がみずからを生扶する印地に入るを怕れ——そうなれば従(したが)い成らず。この格は「棄命従殺」の理と同じく、皆正理に出る。《継善篇》にいう:「一世安然、財命に気あり。」
補曰:此段亦有二說:或日財命氣,是財星身命俱是氣;或日純言財月居生旺有氣之地,經文多是命字連財說,今人亦云,世人好財命是也。後說強。考之《捷玄妙塊》云:“官乃扶身之本,財為養命之源。”則命為身命也,吸矣。況舊注亦分財命為二,但辭不明快,所以啟淺見者之疑。前說發經文之所未發,明順可以從。如財旺有氣,而身弱者,決不能享安樂之況一世乎。故上篇云:“財多身旺,則多稱意。”又古歌云:則財命當為貴,若是身衰禍便臨。”由此觀之,則財命當炎(三)[二]也,益明矣。
補って言う:「財命に気あり」のこの一句にも二説ある。一説は「財命」を財星と身命の両方に気あると解し;一説はただ財が月令に居りて生旺有気の地にあると講ず。経文は多く「命」の字を「財」の字に連ねて言い、今人も「世人は財命を好む」と言う、ゆえに後の説は読み順じ。しかし《捷玄妙訣》を考えれば「官は身を扶ける本、財は命を養う源」と言う、ゆえにこの「命」はまさに身命で、意は甚だ明らかである。しかも旧注も財と命を二事に分かつ、ただ措辞が明快に足らず、浅見の者の疑を啓いた。前の説は経文の言い尽くさざるを発して、明白順暢、依るべし。財が旺じて気ありて身弱き者が、一時の安楽さえ享け得ざらんや、況(いわ)んや一世の安楽をや。ゆえに上篇に言う:「財多く身旺ければ、即ち多く意に称(かな)う。」古歌にもいう:「財命はまさに貴と為るべし、もし身衰えば禍すなわち臨む。」これより観れば、財と命は二事に分かつべき、ますます明らかである(原文ここに「炎」の字、校記により「二」と読むべし)。
《古鴣鷓天》云:正財有氣喜強,陽取陰財陰取陽,身弱財旺番成禍,身強財旺利名長。只愁官鬼怕空亡,印綬相生榮貴昌。休囚少年不如意,老臨旺運好見興。補曰:假令甲生午日,午中己土,為甲木之正財,而丁火生之。乙生巳月,巳中戊土,為甲木之正財,而丙火生之,是謂身強,正財有氣者最喜也。甲生木之正財,而丙火生之,是謂身強,正財有氣者最喜也。甲生午月,丙酉月,戊生子月,庚生卯月,壬生午月,陰支之陽干之正財也。乙生巳月,丁生申月,己生亥辛生寅月,癸生巳月,取陽支為陰干之正財也。
《古鷓鴣天》にいう:「正財に気あれば身強を喜ぶ、陽干は陰の財を取り陰干は陽を取る、身弱くして財旺ければかえって禍と成り、身強くして財旺ければ利名長し。ただ官鬼の来りて気を盗むを愁い、また財の空亡に落るを怕る;もし印綬の相生あれば、栄貴昌んなり。少年は休囚の地に行きて意に如(じょ)せず、老いて旺運に臨みてこそ興発を見る。」補って言う:たとえば甲木が午日に生まれれば、午中の己土は甲木の正財で、丁火がまたこれを生じ;乙木が巳月に生まれれば、巳中の戊土はその正財で、丙火がまたこれを生ず——これを身強くして正財に気あると謂い、最も喜ぶべし。また甲が午月に生まれ、丙が酉月に生まれ、戊が子月に生まれ、庚が卯月に生まれ、壬が午月に生まれ——これらはみな陰支の蔵する財が陽干の正財を配る;乙が巳月に生まれ、丁が申月に生まれ、己が亥月に生まれ、辛が寅月に生まれ、癸が巳月に生まれ——これらは陽支の蔵する財を取りて陰干の正財とする。歌の言う「陽は陰財を取り、陰は陽を取る」とは、この陰陽相配を指す:陽干は陰支中の蔵財を取り、陰干は陽支中の蔵財を取り、両者が情意相通じて、財こそ真にして気あり。挙げたこれらの月は、みな財星が令にあたり地を得る時で、ゆえに「正財に気あり」と謂う。
如身居休囚死敗,天元贏弱,柱中支干重重,三合財多,非徒無益,則反生殺生災,所謂只怕日干元自弱,財多生殺趕身衰是也。如身居臨官地旺,或注中生扶,而財三合太旺,則富貴利名,聲顯者,所謂財多身量,則我黍意是也。愁官鬼,蓋官鬼乃盜財之氣,克我之身,本為可慮,正財多盜氣,本身自柔之謂也。怕空亡,乃六甲空亡,甲子旬中以戌空亡之類。財落空亡,必貧窘不聚財為可畏。空亡為害最悉人,堆金積主也須貧之衰也。
もし日主が休囚死敗の地に居り、天干の本元もまた羸(や)せ弱く、しかも柱中の干支が重々しく、三合が財局を成して財が多すぎれば、ただ益なきのみならず、かえって財によって殺を生じて災を招く——正に謂う「ただ怕るるは日干の元(もと)自ら弱きを、財多くして殺を生じて身衰を趕(お)う」これである。反対に日主が臨官帝旺の地に居り、あるいは柱中に別に生扶ありて、財がまた三合太旺なれば、富貴利名、声顕なり——正に謂う「財多く身量(りょう)あれば、即ち我意に称う」これである。歌に「官鬼を愁う」というは、官鬼が一面には財の気を盗み、一面には我が身を克すれば、本(もと)より慮るべし;正財が多くなれば気を盗むほど甚だしく、日主は自ずからいよいよ柔弱となる。「空亡を怕る」というは、六甲旬中の空亡を指し、たとえば甲子の一旬は戌・亥を空亡とす。財が空亡に落つれば、必ず貧窘して財を聚(あつ)めず、最も畏るべし。空亡の人を害するは最も深く、たとい金を堆(うずたか)くし玉を積んでも、ついに敗落するを免れざるなり。
印綬相生榮貴昌,蓋言財多身弱,或帶官鬼,有印綬相生,自然富貴榮昌,蓋言財多身弱,或帶官鬼,有印綬相生,自然富貴榮昌。《獨步》云:“先財後印,反成其福。”《通明賦》云:“財逢印助,相如乘駟馬之車。”此之謂也。休囚泊年二句,蓋言四柱既然財多身弱,而年輕休囚之地,亦不如意,不惟不發福,亦且禍患百出。或(未)[未]年夏臨父母之鄉,或三合助旺財輕,則喜財官旺運,忌身旺比劫之鄉,宜輕重較量。亦有身弱全克根氣,滿局財殺,棄命從之者,夏行財官旺鄉,大發者有之,不可以身弱財多斷之。
「印綬相生栄貴昌んなり」の一句は、財多く身弱く、あるいは兼ねて官鬼を帯ぶる命で、印綬の相生あれば、自(おの)ずから富貴栄昌せんと言う(底本はこの句を重ねて出す、文義同じ)。《四言独歩》にいう:「財先んじて印後れんば、反ってその福を成す。」《通明賦》にいう:「財、印助に逢えば、相如の駟馬の車に乗るがごとし。」皆この意を講ず。「休囚して少年意に如せず」の二句は、四柱がすでに財多く身弱くて、若い時また休囚の地に行かば、自然意に叶わず、福を発するのみならず、また禍患百出す。もし晩年の運が父母印綬の郷に臨み、あるいは三合がもと偏軽(へんけい)の財を助起すれば、即ち財官の旺運を行くを喜び、身旺比劫の郷に走るを忌む——軽重を仔細に較量すべし。また別に身弱きて根気尽く克され、満盤すべて財殺にして、因って命を棄てて相従う一類あり、こういう命は財官旺郷に至りてかえって大いに発する者あり、いっさい身弱財多をもって断ずべからず。同じ「財多身弱」の四字にしても、救うべき者有り、救うべからざる者有り、また乾(まつ)ちから命を棄てて相従う者有り——全く日主がまだ根気を留め得るか否かを看る:留め得れば身を補い、留め得ざれば勢に順じて財に従う、両路の取運はちょうど相反する。
《四言獨步》云:陰火酉月,棄命就財。北行入格,南走為災。舉此一段,以例十干財者之斷。楠曰:丁火長生於酉,偏財得位,柱中三金,財多略無根氣,則為棄命就格。運行壬癸亥子之方為北行,多富貴為敵,不能從財,反為禍咎。所謂會逢根氣,命招不情是也。觀此行入格一句,則從財忌殺,又不可泥。
《四言独歩》にいう:「陰火、酉月に生ずれば、命を棄てて財に就く。北行すれば格に入り、南走すれば災為(な)り。」この一段を挙げるは、十天干の財を取る断法の例とする。張楠がいう:丁火は酉に長生し、酉中の辛金は丁火の偏財で、偏財はちょうど位を得た;柱中に三重金あれば、財多くして日主ほとんど根気無く、即ち棄命就財の格を成す。運が壬・癸・亥・子の方位に走るを「北行」と謂い、多く富貴を主る;もし日主がかえって勢を得て財に敵(かな)うれば、財に従わず、かえって禍咎を招く。これが謂う「根気に会逢すれば、命は情に招かざるなり」——根気に逢うは、かえって従格の情に合わざるなり。ただ「北行すれば格に入る」の一句を見れば、従財は必ずしも殺を忌まず、また一説に執(と)るべからざるを知るべし。
辛巳 丁酉 丙寅 己丑,吾郡李志富公富命身旺任財。楠曰:丙生本月火神微,財旺如嫌火氣虧。火少金多宜火地,陶朱倚頓富堪期。丙火雖死於酉,得炎祿於巳,丙火得生於寅,又喜丁火陽刃透天干相扶也。但金氣還勝,火氣還輕,喜運行方,以補其火,所財發數千萬緡。有丙子日干者,只作財多身弱,雖行亦貧也,蓋原無寅宮火也。
命造:年柱辛巳、月柱丁酉、日柱丙寅、時柱己丑は、わが同郡の李志富公の富命で、「身旺財に任う」に属す。張楠の詩にいう:「丙は酉月に生まれて火神微なり、財旺なれば火気の虧(か)くるを嫌う。火少なく金多きは火地を宜しくす、陶朱・倚頓の富期すべし。」丙火は酉に死するも、年支の巳に禄を得、また日支の寅中に長生を得、さらに月干の丁火という陽刃が天干に透りて相扶す。ただ金気はなお優れ、火気はなお軽し。ゆえに運の南方に行きて火を補うを喜び、因って財を発すること数千万緡。別に丙子日干の人ありて、ただ財多身弱と作るのみ、たとい同じ運を行くもなお貧し——その原局に寅宮のあの一点の火が無ければなり。
戊寅 乙丑 丙申 庚寅,蓋雲南一省富命身旺用財格。楠曰:丙火生提向二陽,喜臨財庫更身強。丙丁身旺逢財者,號日真金火倍常。雖不是丙火夏生金疊疊,富有千鍾,凡丙丁旺見金者,但可以此理論之,獨有丙丁見金,為天地之真財,日干者,十有九富。此造喜年時人火得生,又有乙木貼身,則為身旺。且二陽進氣,又喜庚金透出,財神明白,豈不富巳午未月,火返嫌弱,喜火旺,子丑亥月旺也。此則正理之外見也。甲乙生寅卯辰,丙丁生巳午未,庚辛生申酉戌,壬癸生亥子丑,俱要身旺。略喜一二點克神,克多者多貧夭,此理外之見,試之屢中。
命造:年柱戊寅、月柱乙丑、日柱丙申、時柱庚寅は、雲南一省を蓋(おお)う富命で、「身旺財を用る格」に属す。張楠の詩にいう:「丙火の生は提(てい)を二陽に向け、財庫に臨みてさらに身強きを喜ぶ。丙丁身の旺ぶ者が財に逢えば、号(な)づけて真金火は倍常と日(い)う。」この造は、丙火が夏月に生まれて金気が疊疊(じょうじょう)ではないけれど、それでもなお千鍾の富ある。およそ丙・丁の火が旺じて金を見る者は、みなこの理をもって論ずべし;ただ丙丁が金を見るのみが、天地間の真の財と為し、かかる日干は十に九が富む。この造の喜ぶは、年支の寅と時支の寅が火に長生を得させ、また月干の乙木が身に貼(てん)して相生する、ゆえに身旺である。さらに丑月は二陽の進気で、また時干の庚金が透けるを喜び、財神は明白なり、いずくんぞ富まざらん。かえって巳・午・未月に生まるる丙丁は、火が太く旺じて財が弱く見え、あれこそ火の旺を喜ぶという;子・丑・亥月に生まるる丙丁は、火気がかえって旺と算す。これは正理の外に別に一層の見識あるなり。推し広めれば:甲乙木は寅卯辰月に生まれ、丙丁火は巳午未月に生まれ、庚辛金は申酉戌月に生まれ、壬癸水は亥子丑月に生まるるは、みな令にあたる時で、いっさい身の旺を論ず;この類の命は、ただ一二点の我を克する神が来りて修理するを宜とし、克神が多ければ、かえって多く貧夭を主る。これも正理の外の見識で、張楠は屡々試して屡々中った。
丙寅 甲午 丁酉 乙巳,新坪吳楚四公富命火長夏天金疊疊格。楠曰:丁生五月火雖炎,火旺金多富自然。金少火多斯有病,運行金水發轟天。丁火祿旺於年,年月比戶火神太旺,所以祖財輕也。蓋得巳酉結成金財局,身旺用財,丙丁火旺見庚辛,乃天地之真財。凡丙丁弱者,返否,屢試屢效。但用庚辛金財星見子運者,多死,蓋因金死於子也。此造大運入酉財輕,喜行財旺之運,一發轟天,一入子運問死刑,富則依然也。
命造:年柱丙寅、月柱甲午、日柱丁酉、時柱乙巳は、新坪の呉楚四公の富命で、「火が夏に長じて金疊疊」の格に属す。張楠の詩にいう:「丁は五月に生まれて火は炎なれど、火旺じ金多ければ富は自ずから。金少なく火多ければこれ病あり、運が金水に行れば轟天に発す。」丁火は年支の寅に生を得、月支の午に禄旺を得、年月の間は比肩劫財が連なり、火神が太く旺じる——ゆえに祖の財が軽い。幸い時支の巳と日支の酉が会して金局を結び財と為し、身旺して財を用る;丙丁の火が旺じて庚辛の金を見るは、まさに天地間の真の財である。およそ丙丁が衰弱する者はかえって否(あし)く、この一条は張楠が屡々試して屡々験あり。ただ庚辛の金をもって財星と用うる者は、一たび子運に遇えば多くは死す、金が子に死するがゆえ。この造は大運が酉に入る時は財がなお軽く、財旺の運に行くを喜んで、一至れば轟々と発した;子運に一入するを待って、彼は死罪を問われたが、家の富厚はなお旧のごとしであった。
甲辰 丙子 己未 戊辰,臨忠所貴命土重木輕格。楠曰:日主幹強七殺輕,財來資殺養精神。殺藏官露真為貴,年少高登虎榜人。己未日干,身坐木庫,再加年時,重重見土,然己土雖生弱月,比多亦能化弱為旺能用財,喜財結局,且成財庫。然戊己土多來損財神為病,又得四柱有甲乙之木,暗來破戊己為藥也。但子月之木枯,喜運東方,旺助衰木之氣,以破己土也,早年科第宜矣。若原木旺,則畏東方矣。此原木輕,而喜旺運也。
命造:年柱甲辰、月柱丙子、日柱己未、時柱戊辰は、臨忠所の貴命で、「土重く木軽き格」に属す。張楠の詩にいう:「日主は干強くして七殺軽し、財来りて殺を資(たす)け精神を養う。殺蔵れ官露るるは真に貴と為り、年少くして高く虎榜に登る人。」己未の日干は未という木庫に坐し、さらに年・時の両柱に重々しく土を見る。己土は水旺の子月に生まれて弱く見えるも、比劫が多ければ能く弱を化して旺と為し、因って財に任える;喜ばしきは月支の子水が財局を結び、辰・未がまた財庫を成す。ただ戊・己の土が多すぎて、来りて財神を損傷するを病と為す;幸い四柱に甲・乙の木ありて暗に戊己を破る、これが薬である。ただ子月の木は枯槁して力無し、ゆえに運の東方に行くを喜び、衰木の気を扶旺して己土を克制せしめ、年少にして科第に登るも、また情理の中にある。もし原局の木が本(もと)より旺ならば、かえって東方を畏る;正に原局の木が軽きがゆえに、木旺の運を喜ぶのである。
丁卯 乙巳 丙寅 丁酉,夫人貴命火長夏天金疊疊格。楠曰:丙火身強財亦強,旺夫更喜入財鄉。財神結局原豐厚,子秀夫榮大異常。丙火身旺逢財者,非特男人富貴,女命逢之,亦主子貴夫榮。蓋得己酉真財結局,原財頗輕,西方補起神,夫為太守,金珠滿局,豈不宜乎?
命造:年柱丁卯、月柱乙巳、日柱丙寅、時柱丁酉は、ある夫人の貴命で、「火が夏に長じて金疊疊」の格に属す。張楠の詩にいう:「丙火は身強く財もまた強し、夫を旺するはさらに財鄕に入るを喜ぶ。財神が局を結ぶはもとより豊厚にして、子秀れ夫栄えて大いに異なり。」丙火の身旺が財に逢うは、特に男命の富貴のみならず、女命がこれに逢えば、また子貴く夫栄ゆるを主る。この造は巳・酉の相合を得て真財の局を成す;ただ原局の財はなお軽しと嫌う、運が西方の金地に行きてはじめて財神を補い起こす。その夫は官して太守に至り、家中に金玉珠寶が満堂——あに当然ならざらんや。
壬辰 戊申 癸卯 丙辰,參政妻財旺生格。楠曰:生申戊土透夫星,財旺生夫格本明。運入南方夫旺地,相夫相子步雲程。癸水合成火局,身主不柔,夫星氣輕,正謂有病方為貴也。行南方財運旺夫,夫子貴顯,豈偶然哉?
命造:年柱壬辰、月柱戊申、日柱癸卯、時柱丙辰は、ある参政の夫人の命で、「財旺夫を生ず格」に属す。張楠の詩にいう:「申に生じて戊土は夫星を透かし、財旺して夫を生ずるは格もとより明らか。運が南方の夫旺の地に入れば、夫を相(たす)け子を相けて雲程を歩む。」癸水は申月に生まれて柱中に火局を会合成し、日主は柔弱ならず;月干の戊土という夫星は気がなお偏(かたよ)り軽し——正に謂う病あってしかる後に能く貴を成すなり。行運が南方に走れば、火は彼女の財、また土の夫を生ず、財旺して夫旺し、ここにおいて夫と子ともに貴顕——あに偶然ならんや。
辛酉 庚子 戊子 癸亥,富女命夫輕行夫旺運格。楠曰:戊臨子日坐財星,最上夫星格局明。最喜運行夫旺地,相興夫子有聲名。戊子日主,財星太多也。若旺弱看,則中甲木,夫星極衰,再加庫辛金損甲,運入東方助夫生子發達。但身主弱,雖一生發財,而身常有疾病也。故財官太旺,日主太弱,父母家極貧,夫家極興,入巳庚克去夫星而死矣。
命造:年柱辛酉、月柱庚子、日柱戊子、時柱癸亥は、富家の女命で、「夫星軽くして夫旺の運を行く格」に属す。張楠の詩にいう:「戊は子日に臨みて財星に坐す、最上の夫星は格局明らかなり。最も喜ぶは運が夫旺の地に行かんことを、夫子を相興して声名あり。」戊子の日主は、坐下と四囲がみな水で、財星は多すぎる。もし旺衰をもって看れば、時支の亥中に蔵する甲木がすなわち夫星であるが、極めて衰弱す;さらに年・月の辛金・庚金が来りて甲木を損傷す、ゆえに必ず運を東方に行きて、こそ夫を助け子を生じて発達する。ただ日主それ自身が弱く、一生財を発するといえども、身はつねに疾病あり。財と官がともに太く旺じて日主が太く弱し、ゆえに彼女の娘家は極めて貧しく夫家は極めて興る;運が巳に進むを待ち、庚金が巳に生を得て夫星を克去せば、彼女はすなわち世を去った。
時上偏財格 附・月偏財格
楠曰:時上偏財格,蓋以日干有氣,能任其財也。如甲寅日見戊辰時也,天干透出財神,斯格方真。若又歲月有財相雜,克倒曰干,則不能任其財,嫌官殺運,克倒曰干,則不能任其財。蓋身太旺比肩多,又喜官殺運制去其比肩,放起其財神,不可其財神,不可救藥執泥。但用偏財日旺多富貴,蓋陰克陽,財神親切有氣也。用正財未見其美,身旺多有施舍誼氣,多得橫來財也,理也於是。
張楠がいう:謂うところの「時上偏財」格は、日干に気ありてこの財に任えるをもって言う。たとえば甲寅日が生まれて戊辰の時に逢うがごとき、財神が明白に天干に透けば、この格こそ真となる。もし年・月の間にまた財が雑(ざつ)に在りて日干を克倒せば、すなわちこの財に任えず;この時はまた官殺の運を行くを嫌い、官殺も同じく日干を克倒すれば、同じく任えず。かえって日主が太く旺じて比肩が多ければ、官殺の運を行きて比肩を制去し、財神を放ち起こすを喜ぶ——この間の取捨は一端に執して変通を知らざるべからず。およそ偏財を用とし日主が旺なる者は、多く富貴を主る、偏財は陽が陽を克し陰が陰を克す、財神は親切にして気あり;正財を取る者はいまだその美を見ず。身旺して偏財を用うる人は多く施舍の義気ありて、しばしば横より来る財を得る——理はまさにここに在り。
《方歌》云:偏財本是眾人財,最忌支中比動來。身強財旺皆為福,若帶官星更妙哉。此月支偏財。補曰:偏財謂陽見陽財,陰見陰財,如甲見戊,乙見己之類。然偏財乃眾人之財,非義不當得之財也。惟忌干支比肩劫財分奪,則興一。所謂妹兄弟分奪,功名不遂禍隨生是己。不有官星,禍百生出,故曰:“若帶呂星更妙哉。”但恐身勢無力,財弱無。故曰:“身強財旺皆為福。”何者?蓋身旺自能勝財,財旺自能生官矣。
《方歌》にいう:「偏財はもとより衆人の財、最も忌むは支中に比劫の来るを。身強く財旺すれば皆福と為り、もし官星を帯ばさらに妙なり。」この一首は月支の偏財を講ず。補って言う:偏財は陽干が陽財を見、陰干が陰財を見るを謂い、たとえば甲木が戊土を見、乙木が己土を見るのたぐい。偏財はすなわち衆人の共有の財で、すなわち理に依りて我ひとり得べきにあらざる財、ゆえに最も忌むは天干地支上の比肩・劫財が来りて分奪する。これが謂う「兄弟姊妹が来りて分奪すれば、功名は遂(つ)いずして禍事は随(したが)い生ず」これである。もし官星なくて比劫を鎮むること無ければ、禍患は百出する、ゆえにいう「もし官星を帯ばさらに妙なり」と。ただ日主の気勢が力無くして財がまた衰弱するを恐る、ゆえにいう「身強く財旺すれば皆福と為る」と。何となれば、身旺すれば自ずから財に勝(か)ち得、財旺すれば自ずから能く官を生ずればなり。
又《古歌》云:時上偏財一位佳,不逢沖破享榮華。敗財劫刃還無遇,富貴雙全比石家。補曰:時上偏財者,如庚日見甲干,或寅支,辛曰見乙干,或卯支之類。只要一位貴,不要多,而三處不要再見財。劫怕年月日沖破,如寅沖申,酉沖卯日己。如不逢,自享榮華富貴矣。柱中及運,若見敗財,如辛見庚及申見劫羊刃,如庚見辛及酉之類,必傷妻耗財,破家不足而已。苟干支無遇,則富而有財,貴而有權,可比石崇矣。
また《古歌》にいう:「時上の偏財は一位佳(よ)し、冲破に逢わずして栄華を享く。敗財劫刃はなお遇(あ)うこと無く、富貴双全して石家に比す。」補って言う:謂うところの時上偏財は、庚金日主が時干の甲木あるいは時支の寅木を見、辛金日主が時干の乙木あるいは時支の卯木を見るのたぐい。ただ一位あれば貴く、多きを要せず、年・月・日の三か所もまた財を見ること勿れ。最も怕るるは年・月・日の来りて冲破する、たとえば寅が申に冲され、卯が酉に冲されるのたぐい;もし逢わざれば、自ずから栄華富貴を享く。柱中あるいは運の中にもし「敗財」に見(あ)えば——辛金が庚金および申を見るがごとく、あるいは「劫財羊刃」——庚金が辛金および酉を見るのたぐい、必ず妻を傷り財を耗(へら)し、家を破るに至るまで止まず。もし干支上に皆これらに遇わざれば、即ち富みて財あり、貴くて権あり、石崇に比すべし。謂うところの「敗財」は、同類の神が来りて我の財を敗る;「劫刃」は、劫財と羊刃が併見す。この両様は偏財と最も相い妨げる:偏財はもとより衆人の財、一たび同類の争奪あれば、まず妻室に応じ、次いで家業に応ず、ゆえにいう必ず妻を傷り財を耗すと。
補曰:正財偏財,皆喜身旺,皆忌印綬倒食,身弱比肩劫財,但偏財喜官星,而正財忌官星,故:《集說》云:正財偏財二格,喜忌不同。惟有喜官星,不喜宜星之小異耳。及偏財為人有清高,而多主慷慨,不其吝財,蓋能利己,亦能招謗。雖喜官星,亦當較量身之強弱,運之盛衰而言。如運行旺相,福祿俱臻,行官鄉便可發祿。若財盛而身弱,運到官鄉,既被財之盜氣,又見官之克身,不惟不發祿,亦妨患咎。如四柱中先帶官星,便作好命看。若四柱兄弟背出,縱入官鄉,發祿必少。正財為人誠信,作事儉約,處信聰明,惟是慳吝,雖正財不喜見有官,恐盜財之氣。然四旺多身旺劫重重,亦喜見官殺制鈦比劫,故曰逢看殺,見官尤妙。藏妙露官。當作貴推,亦不可泥於喜見官之說也。
補って言う:正財と偏財は、皆身旺を喜び、皆印綬倒食を忌み、また皆身弱にして比肩劫財の叢(むらが)るを忌む;異なるところはただ偏財は官星を喜び、正財は官星を忌む。ゆえに《集説》に講ず:正財・偏財の二格は喜忌同じからず、実はただ官星を喜ぶか否かのこの一点の小差に在るのみ。偏財を帯ぶる人は性情清高にして多く慷慨、錢財にあまり吝(けち)ならず、能くみずからに利を為し、また易(やす)く謗(そし)りを招く。偏財は官星を喜ぶといえども、なお日主の強弱と行運の盛衰を較量すべし:もし運が旺相の地に行けば、福禄ともに臻(いた)り、官鄕に走れば便ち禄を発すべし;もし財盛んにして身弱く、運が官鄕に到れば、一面は財に我の気を盗まれ、一面はまた官の来りて身を克すを受け、禄を発せざるのみならず、また災患を招く。もし四柱の中にもとより官星を帯ば、便ち好命と看るべし;もし四柱の中に兄弟比劫が疊出すれば、たとい官鄕に入るも、発する禄は必ず限りあり。正財を帯ぶる人は誠実にして信を守り、事をなすに倹約、人に処するに聡敏、ただ慳吝(けんりん)に失す;正財はもとより官を見るを喜ばず、官の来りて財気を盗むを恐るれば。しかるに四柱の身旺にして比劫が重々しければ、同じく官殺を見て比劫を制するを喜ぶ、ゆえにいう殺に逢い官を見るはかえって妙なりと。官星は蔵れて露らざるを最妙とし、官を露すもまた貴と作して推すべし、要するに「官を見るを喜ぶ」の一句に死守すべからず。
己酉 丙子 壬寅 乙巳,希文自造時月偏財類聚之格。楠曰:壬水生逢子月天,偏財類聚喜周全。壬申再轉南方運,火土重逢福祿堅。予修淨土人也,亦不事此術,為繼家君之志,而編此書。予命正合書云:“素食慈心,印綬遂逢於德。”信矣:凡壬水喜財官,生子月為建刃若行財官運,為人必白手興家。但二木傷官殺,有二金以當以之,八字巳中土無多,故主不貴,喜時日騙財,類聚親切。凡用偏財者多慷慨,身旺肯施舍而不吝。故古歌云:“偏財身旺是英豪,羊刃無侵祿位高。結織有情多慷慨”云云,然哉是言也,所惡者刃,敵不免重婚耳。所宜者官殺,官殺旺比劫方衰。
命造:年柱己酉、月柱丙子、日柱壬寅、時柱乙巳は、張楠(字は希文)自身の八字で、「時月偏財類聚」の格に属す。彼の詩にいう:「壬水は生まれて子月の天に逢い、偏財類聚して周全を喜ぶ。壬申より再び南方の運に転じ、火土重なり逢えば福禄堅し。」張楠は自ら述ぶ:予は浄土を修する人にして、もとよりこの術を業とせず、ただ父君の志を継がんがため、ここにこの書を編む。予の命は正に書の謂う「素食して慈心あれば、印綬すなわち徳に逢う」に合す——この言虚(むな)しからず。およそ壬水は財と官を喜び、子月に生まるるは「建禄」「羊刃」の地、もし財官の運を行けば、人として必ず白手より家を興す。ただ柱中の二重の木は「傷官」として官殺を克し、また二重の金あってこれを当(あて)に抵(てい)す;八字の中の巳中の土は多からず、ゆえに貴を主らず。喜ばしきは時柱・日柱上に偏財が類聚して親切なる。およそ偏財を用うる者は多く慷慨、身旺ければ肯(あえ)て施舍して吝(おし)まず。ゆえに古歌にいう:「偏財身旺はこれ英豪、羊刃侵さざれば禄位高し。結織して情ありて多く慷慨」云云——この言実(げ)に然り。わが惡(にく)むところは羊刃、ゆえに再婚の事を免れず;わが宜(よろ)しきところは官殺、官殺が旺せば比劫こそ衰うる。
行癸運罹父母災,遭妻子變,故曰身旺比劫重損,財又傷妻是也。酉運一入,火土俱敗,不遂宜矣。若壬運比癸不同,一旦運至南方,利壬而不利癸,申運水土得長生,或遂貽燕之謀。辛未庚午己巳,行官印之鄉,可望妥安。辰運水土入墓,不免西歸矣,但無奈時逢七殺,更兼寅巳相刑,妻子遭喪,惟喜貼身甲木制之,故曰時上偏官有制。晚子英奇,理或然也。但命至微妙,宣父難言之。予據先人成說,更稽先人遺訓,故浪揣摩以為後鑑雲。
私は癸運に行きて父母の災に罹(かか)り、また妻子の変に遭う、これが正に謂う身旺して比劫が重々しく損し、財を損じまた妻を傷るこれである。酉運に一入すれば、火と土と俱に敗絶し、事々遂(つ)がざるもまた意中の内にある。壬運は癸と同じからず:一旦運が南方に至れば、壬に利あって癸に利なし。申運の裡(り)は水と土とともに長生を得て、あるいは燕(えん)を貽(のこ)すの謀を成す能わん。さらに下って辛未・庚午・己巳は、官星と印綬の郷に行き、妥安を望むべし。辰運に至れば水土墓に入り、西帰を免れざらん。奈何(いかん)せん時柱上にまた七殺に逢い、加うるに寅と巳と相刑す、妻子は喪に遭う;幸い身に貼(てん)する甲木ありて殺を制す、ゆえにいう「時上の偏官に制あれば、晩子英奇なり」と、理あるいは然らん。ただ命理は極めて精微にして、宣父(孔子)といえども言い尽くし難し。予は先人の已有の成説に拠り、また先人の遺せる訓誨を稽(かんが)え、姑(しばら)く揣摩して記し、後人に遺して鑑戒と為さんとす。
庚寅 乙酉 甲子 戊辰,李廉使之命。癸亥 乙卯 乙未 壬午,張府尹之命。己未 壬申 丙申 庚寅,曾參政之命。戊子 辛酉 戊申 壬子,陳尚書之命。甲午 丁丑 己未 癸酉,邢知府之命。壬午 壬寅 庚子 戊寅,刑司令之命。乙酉 乙卯 辛卯 辛卯,高侍郎之命。丁亥 戊申 壬申 丙午,侯知閣之命。庚午 戊子 癸卯 丁巳,劉中書之命。癸卯 戊午 丁丑 辛丑,王少師之命。
以下は本格に属する十の貴命で、張楠は四柱と官銜を列するのみで断語を加えず:李廉使の命造は庚寅・乙酉・甲子・戊辰;張府尹の命造は癸亥・乙卯・乙未・壬午;曾参政の命造は己未・壬申・丙申・庚寅;陳尚書の命造は戊子・辛酉・戊申・壬子;邢知府の命造は甲午・丁丑・己未・癸酉;刑司令の命造は壬午・壬寅・庚子・戊寅;高侍郎の命造は乙酉・乙卯・辛卯・辛卯;侯知閣の命造は丁亥・戊申・壬申・丙午;劉中書の命造は庚午・戊子・癸卯・丁巳;王少師の命造は癸卯・戊午・丁丑・辛丑。おのおのの造は年・月・日・時を序とし、読者は前に説く時上偏財・身旺任財の理に依りてみずから参験すべし。
傷官食神格
楠曰:傷官食神,一陰一陽謂。傷官陰見陰,陽見陽之謂。食神皆盜我血氣之物也。子平書論傷食神之理,書雖甚多,但所言皆不親切。何以為之傷官也?蓋人之身,以官星為管我之官,如府縣官之類也。出入動作,皆要循守規矩,不敢妄為。今則傷官者,則是傷殺其官,不服官管,如弒殺上官之類,則為強賊化外之民。如此格,就要不見官星,如再見官星,如再見官星,就如打府縣官者,又再去府縣官,則官肯放汝乎?今書止云:“傷官見官。為禍百端。”而不直言其理。
張楠がいう:「傷官」と「食神」は、一陰一陽の分かち——我が生ずる神が我と异性なるを傷官と謂い、同性なるを食神と謂う;皆我が血気を盗泄する物である。子平の家の傷官・食神を論ずる書は甚だ多いといえども、言うところは皆親切ならず。何をもってこれを傷官と為すや。人の身は官星をもって我を管する官長と為し、たとえば府・県の地方官のごとく;一挙一動は皆規矩を循守して、妄りに為すことを敢えてせず。いま傷官という一物は、官長を打ち傷り殺して管束に服せず、たとえば上官を弑殺するがごとく、化外の強賊と為る。ゆえにこの格は柱中に官星を見ざるを要求す;もしさらに官星を見れば、たとえば府県官を打った者が、また府県官を惹(ひ)きに行くがごとく、あの官は汝を放さんや。今の命書はただ「傷官、官を見れば、禍と為ること百端」と言うのみで、その中の理を直(じか)に説き出さざるなり。張楠のこの一番の譬喩は、正に人をして明白ならしめんと欲す:傷官が官を見るを忌むは、名目上の犯忌に在らずして、官がすでに傷られしに、さらに一つの官が来れば、両下に相い争い、禍端は自ずからここより生ずるに在り。
又曰:傷官傷盡最為奇,尤恐傷多反不宜。此雖正理猶《志通玄》云:“傷官之格,四柱並不見,官星本然入格,但太純而無病。”事見下文病藥說。雖然日干有氣,若四柱重重傷官,盜盡我身之氣,如人屢屢服大黃補硝渚般通藥,則身由此而洩,傷氣元氣,則將何以救之。如此之弱,則用附子之藥,方能救其其性命。若八字重疊傷官食神,日主原又衰退弱,急須行印運以破其傷官,行財運以資其日主,此是有病這命,得藥救之,亦多富貴。
また言う:「傷官は傷り尽くすを最も奇と為す、尤も恐るるは傷多きはかえって宜しからず。」この言は正理なれども、《志通玄》にいう:「傷官の格は、四柱の中に一として官星を見ず、本然(ほんねん)格に入ると算す、ただ太く純にして病あって医すべき無し。」この一層は下文の「病薬」の説を看るべし。日干はたとい気ありとも、もし四柱に傷官が重々しければ、我が一身の気を盗泄し尽くす、たとえば人が一再して大黄・芒硝のたぐいの攻下通泄の薬を服するがごとく、身はこれにより泄脱し、元気は傷を受く、されば何をもってこれを救わん。虚するところこの歩(ほ)に至れば、附子のたぐいの回陽の重薬を用いざれば、性命を救い得ず。ゆえに八字の裡に傷官・食神が疊見し、日主がもとよりまた衰弱せる者は、急ぎ「印」運に行きて傷官を破り、「財」運に行きて日主を資(たす)くるを須(もち)いる;これすなわち病ある命が薬を得て救わるる、同じく多く富貴を主る。ここに見るべし張楠と旧説の分歧:旧説は一味に「傷尽くすを奇と為す」を主張す、彼は傷り尽くすこと太く、泄ること過ぎればかえって大病を成すと為し、命の中に病ありて運の裡に薬あれば、こそ真の貴の徴なりとす。
又如日主生旺,比肩太多,財神衰弱,蓋傷官以財為用神也。則又喜見官星,以制其比劫,存起財星也。何又喜見官,前後進退之言也。緣我本身兄弟太多,官星但來制我兄弟,存起我財星,此官星為我之福,不來禍我也。故書云:“木火見官官要旺,金木傷喜見官。”雨人虛立此言,反滋人惑,不徹底講明進退之說,豈不泥耶。何也?蓋木火傷官格,假如甲乙木生正月,見火為假傷官,其火乃虛火,其焰未熾,且木氣樸堅,雖見火而木之真性不焚。再若木旺,則喜庚金旺相之官星,以剋制其木也。則金木有面名之用,則木火見官官要旺,其理然也。
またたとえば日主が生旺し、比肩が太く多くして財神が衰弱せる者は、傷官格はもとより「財」をもって用神と為すがゆえに、この時はまた官星を見て比劫を制し、財星を存起するを喜ぶ。前には官を見るを忌むと言い、ここには官を見るを喜ぶと言う、正にこれ前後進退の活話を看るべきなり。縁(よ)るに我が自身の兄弟が太く多く、官星はただ来りて我が兄弟を管制し、我に財星を存起す、この官星は我が福と為りて、我に禍いに来らざるなり。ゆえに命書にいう:「木火に官を見れば官は旺を要し、金水の傷官は官を見るを喜ぶ。」しかるにあの人々は虚しくこの言を立てて、かえって人の惑を滋(まし)し、始終して進退の理を講明せんとせず、あに死執ならざらんや。この言は何と講ずるや。木火傷官格の裡(うち)、たとえば甲・乙木が正月に生まれて、火を見ればただ「假傷官」と算す、その火は虚火にして、その焰いまだ熾(さか)んならず、しかも木気は朴堅(ぼっけん)にして、火を見るも木の真性は焚かれず;もし木さらに旺なれば、庚金のごとき旺相の官星の来りてこれを克制するを喜ぶ。かくのごとく金と木とおのおのその用あり、「木火に官を見れば官は旺を要す」の理はまさにここに在り。換言すれば、同じ「傷官見官」にしても、身弱く傷重き命の裡には禍、身旺して比劫多き命の裡には福;書上のあの二句の口訣それ自体は錯(あやま)りにあらず、錯りは講ずる人が「いつ進みいつ退くか」を交代(こうたい)せざるに肯(がえ)んぜず、遂に後人をして死句を執りて活人を誤らしむるに在り。
若甲乙木生臨巳午月,炎火盜甲乙木之氣,則謂真傷官也。原又洩木精英太多,再加庚辛官殺,制其日主,此則木火傷官,亦畏見官也。若日主旺,傷官多,見官殺反為我之權殺,亦多富貴。金水傷官喜見官何也?若庚辛日主,生於子月,或亥丑月,重重水氣,洩弱庚辛金之氣,則謂金水冷,則喜丙丁火官星,以暖其金氣也。若水氣不多,金氣不旺,亦畏官星也。又云:“土金官去反成官。”宜去官昨屯,其說近理。“惟有水木傷官格,財官兩見始為歡。”此則見財宜也,見官則不宜也。下此官字,反致惑人。
反対に、甲・乙木が巳・午月に生まれんか、炎火は甲乙木の気を盗み尽くし、これをこそ「真傷官」と謂う。原局ですでに木の精英を泄ること太く多し、さらに庚・辛の官殺を加えて日主を克制せば、この種の木火傷官も同じく官を見るを畏る。もちろん、もし日主それ自体が旺にして傷官また多ければ、官殺を見るはかえって我が手中の権柄と為りて、また多く富貴を主る。「金水傷官は官を見るを喜ぶ」は何の理ぞや。庚・辛金の日主が子月に生まれ、あるいは亥・丑月に生まれ、水気が重々しくして庚辛金の気を泄弱すれば、これを金寒水冷と謂い、ここにおいて丙・丁火のたぐいの官星の来りて金気を暖むるを喜ぶ。もし水気がもとより多からず、金気もまた旺ならざれば、同じく官星を畏る。また一句あり「土金は官を去ればかえって官を成す」、意は宜しく官を去るべくしてかえって格を成す、この説はいまだ理に近し。「ただ水木傷官格のみ、財官の両見してはじめて歡と為す」の一句に至りては、実は財を見るのみ宜しきに合い、官を見るは宜しきに合わず;後のこの「官」の字は、かえって人を岔(まよ)わせるに致す。
然傷官之格,有真傷官,有假傷官。如真傷官者,甲乙日生於巳午未月,真火為傷官用事,蓋甲乙日被火焚其精英,若火多而木性失,則喜北方水運,以破其傷官,扶起其木氣,如止一二點火,亦畏印以破之,故曰破了傷官損壽元,如甲乙木生正二月,見火為假傷官。其火氣尚未熾烈,則用虛火為用神,正謂木能生火木榮昌,木火通明佐廟廊。又曰假傷官行傷官運發,若行南方火運,動其虛火,且木氣堅樸,又得火以洩其精英,金主富貴。若行北方運,破其盛火,正謂假傷官印運必死,真傷官印運必死,真傷官行傷官運必滅。如甲乙木生於巳未月,傷官洩氣太重,再行寅午戌火運,洩木精英太甚,安得不死乎?書云:“木作飛灰,男幾壽夭。”
傷官のこの格は、また「真傷官」と「假傷官」に分かる。謂うところの真傷官は、甲・乙木日が巳・午・未月に生まれ、令にあたる真の火が傷官として事を用いる;甲乙の日主の精英は火に焚かれ、もし火多くして木性が失われれば、北方の水運に行きて傷官を破り、木気を扶起するを喜ぶ。しかし柱中に一二点の火のみあれば、それはかえって印星の来りてこれを破るを畏る、ゆえにいう「傷官を破れば寿元を損ず」と。甲・乙木が正月・二月に生まれて火を見るは、これを假傷官と謂う:火気はいまだ熾烈ならず、即ちこの一点の虚火を取りて用神と為す、正に謂う「木は能く火を生じて木栄昌し、木火通明して廟廊を佐く」と。またいう「假傷官は傷官の運を行けば発す」——もし南方の火運を行けば、あの一点の虚火を催動し、しかも木気はもとより堅実朴質で、また火を借りてその精英を泄し出す、富貴を主る。もし北方の水運に行きてこの盛火を破れば、「假傷官は印運に行けば必ず死し、真傷官は傷官の運を行けば必ず滅す」の言に応ず。たとえば甲・乙木が巳月・未月に生まれれば、傷官の泄気はもとより太く重し、さらに寅午戌の火運を行けば、木の精英を泄ること太く尽きんとして、いずくんぞ死せざるを得んや。命書にいう:「木は飛灰と作(な)り、男子はほとんど夭寿を免れず。」総括すれば:真傷官は令にあたる火が木の元神を焚き尽くし、救法は水に在りてさらに火を行くを忌む;假傷官はいまだ令にあたらざる虚火が木を借りて生起し、用法は火に在りて水を行きて火を破るを忌む。両者は名同じくして実反し、取運もまたちょうど相い背(そむ)く——これが傷官格を分辨する第一の関である。
然傷官格人多傲氣者何乎也?子平之言,未言其理。蓋人用官,為管我之官。我則不畏其宮而傷之,是肯放我為非,豈不是好傲僭者乎,又多聰明者何也?蓋日主之氣破,洩其精英,是其英華發於外也,故多聰明,若日干旺,精英喜洩,則為兒卿為相。若日干弱,洩氣太多著,多為迂謬寒儒。蓋其所洩精英,亦不好精英也。若男以官星為子,見傷官以破之,多主克子,其理易曉。若見財暗生於星,則又有子也,食神格亦多類此。若見二三點,則混為人傷官看,若單見一點食神,為食神生財格,亦要日干旺,食神生其財星,最忌偏印為梟神奪食。若食神多則不畏也,一則與真傷官同,不畏印運也。若止一點,再如食神氣弱,又柱中有官殺,原賴此食神制殺,今被此梟印破去食神,不能來制殺,則反來克身,多主壽夭貧寒。
さて傷官格を帯ぶる人が多く傲気あるは何の故ぞや。子平の書にはその理を講ぜず。もとより人は官星をもって己を管束する官長と為す。傷官の人はあの官長を畏れず、さらにこれを傷らんと欲す、すなわち己を放縦して非を為さんと肯(がえ)んず、あに傲慢僭越を好む者ならざらんや。傷官の人が多く聡明なるはまた何の故ぞや。日主の気が破られて、精英が外に泄れ出で、英華が外に顕れ露(あらわ)る、ゆえに聡明なり。もし日干が旺じて精英は正に泄るを宜とすれば、即ち将を出(い)で相に入る;もし日干が弱くして泄気が多すぎれば、便ち多くは迂腐困頓の寒儒と為る——その泄し出すところの精英は、もとより好き精英にあらざればなり。さらに言えば男命は官星をもって子と為す、傷官が来りて官星を破れば、多く子を克するを主る、この理は明白なり;しかし柱中に財を見れば、財は能く暗に官星を生起し、即ちなお子あり。食神格の理もおおかたこれに類す:食神がもし両三点を見れば、便ち傷官に混同して看る;単に一点の食神を見れば、即ち「食神生財格」で、同じく日干の旺を要し、食神こそ財星を生起し得、最も忌むは「偏印」が梟神と作(な)りて食を奪う。食神が多きはかえって梟を怕れず、この一層は真傷官と同じく、印運を怕れず。もしただ一点の食神ありて、しかもこの食神の気が弱く、柱中に偏(あ)に官殺あれば、もとより全くこれに頼りて殺を制す、いま梟印に破去されて、殺を制し成らず、殺はかえって来りて身を克す、多く寿夭貧寒を主る。ゆえに梟神の食を奪うが禍と為るや、その軽重は全くこの一点の食神が命裡に何の差事を担うかを看る:ただ財を生ずるのみならば、奪い去られるも財を損ずるに過ぎず;正に殺を制するに在れば、奪い去られれば即ち性命に関わる。
傷官格多畏入墓運,故言其禍甚烈,亦不推明立說之意。蓋傷官格,乃傷殺官長之人將如此等人,提入牢獄,必多苦楚,此說亦不甚近理也。但原真傷官太多,洩氣太過者,行傷官墓地,又添一點傷官,愈洩精神多死,亦非之墓之害也。又或假傷官氣輕,日干旺,喜傷官洩其精神,再行傷官墓地,又添一點以洩其精英,入墓運返多富貴,亦不可以入墓為說也,但當以傷官輕重假論之,其理甚是。
旧説はまた傷官格が最も墓に入る運を走るを怕れると講じ、この禍を極めて凶と説くも、同じく立説の本意を講明せんとせず。彼らの解釈は:傷官格はすなわち官長を打ち傷る人、かかる人を牢獄に提げ入れば、自(おの)ずから苦楚多し——この説は実は大いに理に近からず。真の縁故は:原局に真傷官が多すぎて、泄気がすでに太く過ぎる人が、さらに傷官の墓地に走れば、即ちまた一点の傷官を添うるに等しく、精神はいよいよ泄尽す、ゆえに多く死す、「墓に入る」それ自体が彼を害したにあらざるなり。反対に、假傷官は気軽くして日干が旺じ、もとより傷官にその精神を泄らしむるを喜ぶ、さらに傷官の墓地を走りて一点を添えてその精英を泄せば、墓に入る運はかえって多く富貴を主る。見るべし「墓に入る」の一句をもって一概に論ずべからざるを、ただまさに傷官の真か假か・軽か重かに按じて分別判ずべし——これこそ正しき理なり。
補曰:傷官者,我生彼之謂也。陽見陰,如甲生午月,戊生酉月之類;陰見陽,如乙生巳月,己生申月之類。亦名盜氣,喜身旺,喜印綬,喜財星,喜傷官,忌身弱,忌無財,忌官星,歲運同。
補って言う:謂うところの「傷官」は、日主の生ずるところにして、陰陽の属性が日主と相反するあの一類の十神を指す。日主が陽にして生ずる者が陰、たとえば甲木が午月に生まれれば、午中の丁火はすなわち甲の生ずる陰火;戊土が酉月に生まれれば、酉中の辛金はすなわち戊の生ずる陰金。日主が陰にして生ずる者が陽、たとえば乙木が巳月に生まれれば、巳中の丙火はすなわち乙の生ずる陽火;己土が申月に生まれれば、申中の庚金はすなわち己の生ずる陽金。傷官はまた「盗気」と名づく、その専ら日主の元気を泄するがゆえ。それは日主の身旺にして泄に堪えるを喜び、「印綬」の回護あるを喜び、「財星」の泄し出す気を財源に転ずるあるを喜び、それ自身の重見もまた妨(さまた)げず;忌むところは日主の衰弱、柱中の財無き、および「官星」の頭を露して傷官と正面に相沖する。流年大運の喜忌は、原局の喜忌と全く一致す。
如甲生午月,干頭又見丁火重重,柱中有官星顯露,歲運又見,是謂身弱官,傷之不盡,其禍不可勝言。故曰:“傷官見官,為禍百端,”有財有印乃解。若傷官傷盡,四柱不留一點官星,又行身旺及印運,卻為貴也。故《定真篇》云:“傷官見印綬,貴不可言。”
たとえば甲木が午月に生まれて、天干にまた重々しく丁火を透かし、柱裡に偏(あ)に辛金の正官が頭を露し、歳運にさらに官星に逢えば、これを日主もとより弱く、官星はまた傷られて傷り乾(あ)らずと謂い、禍患は数え尽くすべからず。ゆえに「傷官見官、為禍百端」の説あるも、ただ柱中に兼ねて「財星」の通関あり、「印綬」の傷を制するあって、こそ化解し得。反対に、もし傷官が官星を傷ること一乾二浄、四柱に一点の官気も留めず、さらに身旺の運あるいは印綬の運に行けば、かえって貴格と為る。《定真篇》が因って言う:「傷官は印綬を見れば、貴いうべからず。」
如四柱雖傷盡官星,身雖旺,若人無一點財氣,只為貧薄之命。故《元理賦》云:“傷官無財可恃,雖巧必貧,須見財為妙,”是財能生官也。傷官七殺,甚於傷身七殺,其驗如神。年帶傷官,父母不全;月帶傷官,只弟不完;時帶傷官,子息兇頑;日帶傷官,妻妾不免。
しかし四柱がすでに官星を傷り尽くし、日主もまた旺に足るといえども、一点の財気も無ければ、それはただ清寒薄命の命なり。《元理賦》にいう:「傷官に恃(たの)むべき財無ければ、巧なりといえども必ず貧し、須(すべから)く財を見るを妙と為す。」理は傷官の泄し出す秀気が財星を頼りて承接を要し、財はさらに回頭して官を生ずるに在り。傷官の帯ぶる「七殺」は、直ちに身を克する七殺より害を為すこと烈し、その験は神のごとし。傷官が年柱に落れば、父母の双全ならざるを主り;月柱に落れば、兄弟の斉(ととの)わざるを主り;時柱に落れば、子女の凶頑にして教え難きを主り;日柱に落れば、妻妾もまた傷損あるを免れず。
傷官原有官星,運發去官發福,傷官用印不忌官殺,去財方發。傷官用財,見比有禍,行傷官運方發。若四柱傷官無財,又遇比劫,乃行奸弄巧,克妻傷子命。元犯傷官多,不宜復行傷官,須要見官則發,故曰:傷官無官,再見蹇滯。運入官鄉,局中反貴。若傷官輕,只一位者,宜行傷官運,宜輕重較量,不可執一而論。
原局にもとより官星ある者は、大運が官星を去るを待ちてこそ福を発す。印綬を用と為す傷官格は、官殺の来りて印を生ずるを怕れず、かえって印を破る財星を去りてこそ発す。財星を用と為す傷官格は、最も「比肩」「劫財」の来りて財気を分奪するを怕れ、須(すべから)く傷官の運を走りて気を財に泄してこそ発す。もし四柱に傷官が群を成して泄るべき財無く、また比劫に逢えば、かかる人は多く機巧に利を取り、奸を行い巧を弄し、命に妻を克し子を傷る。原局に傷官がすでに多すぎる者は、さらに傷官の運を走るを宜とせず、かえって官星を見るを要してこそ発す、ゆえにいう傷官は一つの官星も見ざれば、さらに傷官の運に逢うもただ滞塞不通なりと;運が官鄕に入れば、局中はかえって貴を顕す。もし原局の傷官が軽くして一位のみあれば、それは傷官の運を行くを宜とす。要するに軽重を権衡すべく、一条の成説に死守すべからず。
又曰:傷官之格,主人才高氣傲,常以天下之人不如己,多詞悔人,眾人多惡之,而貴人亦憚這。故《古歌》云:“傷官其志傲王侯,好勝場中強出頭。”又曰:傷官固不喜官星相見,若金人水傷官,水人木傷官,木人火傷官不大忌見官星。故《古歌》云:“火土傷官宜傷盡,金水傷官喜見官。木火傷官官要旺,土金官去反成官。惟有木水傷官格,財官兩見反為歡。”
また言う:およそ傷官の格を成す人は、才気高くして脾気は傲り、つねに天下の人はみな己に如かずと覚え、言語の間に多く譏刺(きし)して人を侮り、ここにおいて衆人は彼を惡(にく)み、身分ある人もまた彼を三分ばかり憚(はばか)る。ゆえに《古歌》にいう:「傷官その志は王侯に傲り、好勝の場中に強(し)いて頭を出だす。」また言う:傷官は一般に官星と併見を喜ばずといえども、五行を分かちて看るを要す。金の日主が水をもって傷官と為し、水の日主が木をもって傷官と為し、木の日主が火をもって傷官と為すこの三種は、官星を見るも大いに忌まず。ゆえに《古歌》にいう:「火土の傷官は傷り尽くすを宜とし、金水の傷官は官を見るを喜ぶ。木火の傷官は官の旺を要し、土金は官を去ればかえって官を成す。ただ木水傷官格のみ、財官の両見してかえって歡と為る。」分かちて講ずれば:火土の傷官は傷ること乾(あ)らなるを須(もち)い、金水の傷官はかえって官を見るを宜とし、木火の傷官は官星の旺を要してよく、土金の傷官は則(すなわ)ち官を去るを吉と為し、ただ水木の傷官のみ財官の両見ともに受用す。
又曰:男重人傷官固克嗣,然傷官有財亦多兒。亦日傷官有財,死宮有子,傷官無財,子宮有死。女犯傷官固刑夫,然財印俱亦榮夫。故曰:女命傷官,格中大忌。財旺印生,夫榮子貴。《金不換》云:傷官四柱見官,到老無兒。又曰:傷官人務盡,忽見官星則凶。傷官見官,妙入財印乃解。
また言う:男命の傷官重きは固(もと)より嗣(し)を妨ぐるも、しかるに傷官に財あればまた児多し。また一説あり:傷官に財あれば、たとい子星が死地に落るもなお子を得;傷官に財無ければ、たとい子星が地を得る宮に在るもついに夭折す。女命が傷官を犯すは固より夫を刑克するも、ただ財星・印綬が俱に備われば、同じく夫栄え子貴し。ゆえにいう、女命の傷官を見るは格局の中の大忌なり、しかるに一旦財旺して官を生じ、印綬が身を護れば、かえって丈夫は顕栄し、兒子は高貴なり、と。《金不換》にいう:傷官格は四柱の中にさらに官星を見れば、老いて児無し。またいう:傷官はすでに傷るべくんば即ち底まで傷るべし、中途にして忽然として官星が冒出すれば即ち凶なり;傷官見官の局は、財星・印綬あるを妙としてこそ解救し得。
《纂要》云:凡傷官旺相吉,死墓皆凶。陽順陰逆,以用神而推。且如用屬甲,甲長生亥地,沐浴子,冠帶丑。臨官寅,帝旺卯,衰辰,病巳,死午,墓未,絕申、胎酉、養戌是也。
《纂要》にいう:およそ傷官格は、用神が旺相の地に行けば即ち吉、死地・墓地に行けば皆凶なり。陽干は順行し陰干は逆行し、用神それ自身に按じて十二長生を排す。たとえば用神が甲木なれば、甲の「長生」は亥に在り、「沐浴」は子、「冠帶」は丑、「臨官」は寅、「帝旺」は卯、「衰」は辰、「病」は巳、「死」は午、「墓」は未、「絶」は申、「胎」は酉、「養」は戌——即ちかかる次序なり。
補曰:凡傷官格,行旺相吉者,是言四柱傷官輕,而運行旺相臨官帝旺之地,則吉而福榮。死墓皆凶禍敗。如甲生午月,乙生巳月,柱中有寅午戌字,又行戌運,寅午戌三合傷官,謂之入墓,必禍是也。陽順憎愛分明逆。以用神而推者,是言陽傷官為用神,運順行,其禍死者多矣。陰傷官為用神,運順行,其禍死者多矣。陰傷官為用神,運逆行其禍小,未心死也。故《醉醒子氣象篇》云:“入庫傷官,陰生陽死。”
補って言う:謂うところの傷官格が旺相に行けば吉とは、四柱の傷官が偏(かたよ)り軽き情形を指し、この時運が臨官・帝旺のたぐいの旺相の地に走れば、こそ吉利にして福栄を享く。死地墓地に行けば即ち凶にして敗落を招く。たとえば甲木が午月に生まれ、乙木が巳月に生まれ、柱中にすでに寅・午・戌の三字あり、さらに戌運を走れば、寅午戌が三合して火局の傷官を成して戌墓に入る、必ず禍を招くこれである。「陽順陰逆・以て用神を推す」のこの句に至りては、陽干の傷官をもって用神と為す者は、大運順行すれば往々にして禍重くして夭亡に乃至り;陰干の傷官をもって用神と為す者は、大運逆行すれば禍患は較(かな)り軽く、必ずしも死に至らず。ゆえに《酔醒子気象篇》にいう:「庫に入る傷官、陰は生じ陽は死す。」ここの底本は訛字と重出の句あり、「陽順憎愛分明逆」はまさに「陽順陰逆」と読むべく、重複したあの一句は伝抄の誤りに致る、いまもって底本に照して収録して改めず。
夫傷官輕而行旺相固吉,如年上傷官,柱中重重三合太旺,又無財,雖再行旺之地,洩氣愈甚反凶。故古歌云:“年上傷官最可嫌,重怕傷官可嫌不可蠲。”又古歌云:“傷官傷盡最為奇,猶恐傷多反不宜。此格百中吉千變化。消息須要用心機。”又古歌云:“戊己生時氣不全,月時兩處是傷官。必當頭面有虧損,膿血之瘡苦少年。”
傷官が軽くして旺相の地を走るは固(もと)より吉利なれども、もし年柱上に就きて傷官を帯び、柱中にまた層々の三合が傷官を助けて太く旺ならしめ、偏(あ)に承接する財星無くんば、即ちさらに旺地に行くもただ泄気いよいよ甚だしく、かえって凶と成る。ゆえに古歌にいう:「年上の傷官は最も嫌うべし、重ねて怕るるは傷官の嫌うべくして蠲(のぞ)くべからざる。」また古歌にいう:「傷官傷尽は最も奇なり、猶お恐るるは傷多きはかえって宜しからず。この格は百中に吉を千変化す、消息は須(すべか)らく心機を用うべし。」また古歌にいう:「戊己の生時は気全からず、月時の両処これ傷官なり。必ず頭面に虧損あらん、膿血の瘡は少年を苦しむ。」末の一首は戊己土の日主が月・時の両処ともに傷官に坐し、泄気が過重にして、少年の時頭面は破相し易く、瘡を生じて膿を流すを講ず。
觀三歌柱內,傷官既重,不可行旺相也明矣。《纂要》是言輕者,當行旺相也。當輕重較量,不可執一。夫柱內傷官重,而和地墓死固皆凶。然正氣傷官,雖柱中輕,亦不可入墓死之運。故古賦云:“傷官食神並身旺,遇庫興災有禍殃。雖然當有陰陽辨,如前所言甚精詳。”
この三首の歌訣を合わせて看れば、柱中の傷官がすでに過重なれば、さらに旺相の運を行くべからざるは明らかなり。《纂要》のあの言は傷官の軽き命を言う、こそ旺相を行くべし。ゆえに必ず軽重を権衡し、一説に執定すべからず。柱内の傷官が重き者は、旺地を行くも墓死の地を行くも皆凶なり;しかし月令の本気の出ずるところの「正気傷官」なれば、柱中の分量は重からずといえども、同じく墓に入り死に入る運を走るを宜とせず。古賦が因って言う:「傷官食神は併せて身旺、庫に遇えば災を興して禍殃あり。陰陽の辨あるを要するも、前に言うがごときは甚だ精詳なり。」
又格解以下二格,與此格合解,亦非盡傷官。以月令生我者言,正倒祿,非以曰主暗沖者言,內有二字泛指,四柱非指傷官也。《食神格補》曰:“食神者,我生彼之謂也。”陽見陽干,陰見陰干,如甲日見丙,乙日見丁之例。丙祿在巳,甲人食丙,又見巳字,丁祿在午,乙人食丁,又見午字,是謂天廚食神。
また別に、《格解》の書は以下の二格を傷官格に併せて解説す、実はみな傷官に属せず。あの二格は月令の我を生ずる者に就きて論を立てる「正禄」「倒禄」で、日主の暗衝をもって用を取るを言うにあらず;書中の「内有」の二字は汎(ひろ)く四柱を指し、専ら傷官を指すにあらず。以下転じて食神を論ず。《食神格補》にいう:「食神とは、我が彼を生ずるの謂なり。」食神は傷官と同じく日主の生ずるところ、分かれるは陰陽の同じか否かに在り:陽干は陽干を見、陰干は陰干を見、たとえば甲木の日主が丙火を見、乙木の日主が丁火を見るこれである。丙火の禄は巳に在り、甲木は丙をもって食神と為して柱中にまた巳の字を見;丁火の禄は午に在り、乙木は丁をもって食神と為して柱中にまた午の字を見、これを「天厨食神」と謂う。
而食神有氣,要曰千自旺,則貴而有祿,富而有壽,故曰食神有氣勝才官。先要強地旺本干,最忌梟神奪食,此肩分食。又不喜見官星,並刑沖,喜才星相生獨一位見之,則為貴神。蓋重逢見之,則為傷官,反為不美,令人少子,有克難存。
食神に気あれば、さらに日主それ自身も旺を要し、かくのごときにしてこそ貴くして禄あり、富みて寿長し、ゆえにいう食神に気あれば財官に勝(まさ)ると。首要は日主が強旺の地に坐すに在り、最も忌むは「梟神」すなわち偏印の来りて食を奪う、また「比肩」の来りて食を分かつを怕る。食神はまた官星を見るを喜ばず、刑沖を喜ばず;財星の相生を承接するあるを喜び、しかもただ一位を見るを妙と為し、かくのごときは即ち貴神なり。もし食神が重々疊見すれば、気機は転じて傷官と成り、かえって美ならず、人をして子息稀少ならしめ、たとい生ずるも多く克傷ありて、存活し難し。
若食神純粹,主人財厚食豐,度量寬洪,肌體肥大,優遊自足,有子息,有壽考。又忌行食神死絕運,並偏印梟神運,主生災咎不利,惟偏財能制救。故《洪範》云:“偏財能益壽延年,”以其能制梟也。又曰:“食神明朗壽元長,繼母逢之不可當。若無寵來救助,恰如秋草遇秋霜。”
食神が純粋にして雑らざる人は、財厚く食豊かにして、度量は寛宏、身材は肥壮、一生優游自得快(こころよ)し、子あり寿あり。忌むは食神の死地絶地に走るを、また偏印梟神の運を走るを忌み、皆災を生じ咎を招くを主る;ただ「偏財」のみ能く梟神を制して救応す。ゆえに《洪範》にいう:「偏財は能く寿を益し年を延ぶ。」まさに偏財が能く梟神を克制するがゆえ。またいう:「食神明朗にして寿元長し、継母これに逢えば當(あ)たるべからず。もし寵の来りて救助する無ければ、恰似(まさ)に秋草の秋霜に遇えるがごとし。」歌中の「継母」はすなわち偏印梟神で、食神が一旦梟神に奪い去られて救応無ければ、たとえば秋草の霜に遇えるがごとく、頃(しばら)くして凋零するを言う。
古歌云:“食神生旺喜生財,日主剛強福祿來,身弱食多反為害,或逢梟神主凶災。”又曰:“食神生旺無刑剋,全逢此格勝財官。更得運行生旺地,少年折桂拜金蠻。”
古歌にいう:「食神生旺は財を生ずるを喜び、日主剛強なれば福禄来たる。身弱く食多ければかえって害と為り、あるいは梟神に逢えば凶災を主る。」これは食神が令にあたりて能く財を生じ、日主がまた剛強なれば、福禄は自ずから到るを言う;もし日主が弱くして食神多ければ、泄気が太く過ぎてかえって禍害と成り、さらに梟神の食を奪うに逢えば、さらに凶災あり。またいう:「食神生旺して刑克無く、全くこの格に逢えば財官に勝る。さらに運が生旺の地に行くを得れば、少年桂を折り金を拝す。」食神が生旺して刑沖克害を受けず、この一格は財官格に勝り、さらに生旺の運に走れば、少年にして科第に登り仕に入る能(あた)う。
傷官十論
甲木傷官寅午全,火明木秀利名堅。運行最怕財官旺,見戌行來阻壽元。乙木傷官火最強,運逢官殺轉為良。只怕水多傷不盡,終身名利有乘張。丙火傷官燥土重,運行財旺福興隆。如逢水運遭傷滅,世態紛紛總是空。丁火傷官火又柔,生人驕傲有機謀。運逢印綬連官殺,唾手成家孰與儔。
甲木は火をもって傷官と為し、柱中に寅午が會齊(かいせい)すれば、火明らかに木秀でて、功名利禄は穏固なり;大運は最も財旺官旺を怕れ、戌運に走りて火気が庫に入れば、寿元は阻(はば)まる。乙木の傷官は火気の盛なるをもって強と為し、運が官殺に逢えばかえって能く好に転ず;ただ水の多きを怕れ、火を傷ること乾(あ)らず、一生の名利はつねに参差定まらず。丙火は土をもって傷官と為し、燥土が重疊(ちょうじょう)すれば、財旺の運に行きて福気は興隆す;もし水運に逢い火を澆(か)き滅せば、一世の紛擾(ふんじょう)はついに空と成る。丁火の傷官は火性もとより柔にして、かかる人は生まれて驕傲にして機謀多し;運が印綬に逢い連(つら)ねて官殺に逢えば、家を成し業を立つること手を唾(つばき)するがごとく易し、彼と儔(とも)なす者なし。
戊日傷官最怕金,柱中格畏木來侵。金衰不喜行財運,土既消磨金又沉。己日傷官金最旺,弱金柔土喜財鄉。運逢官殺終身福,名利興衷不久長。庚日傷官喜見官,運逢官殺貴無端。正是頑金逢火煉,少年折桂上金蠻。辛日傷官申子辰,傷官傷盡喜財星。東南順運滔滔好,見官見殺返為仇。
戊土の日主は金をもって傷官と為し、最も金気の太く重きを怕れ、柱中の格局はまた木の来りて侵克するを忌む;金はすでに衰弱すれば財運を行くを宜とせず、然らざれば土は消磨され金もまた沈埋せん。己土の日主の傷官は金をもって最旺と為し、金弱く土柔なる時は財鄕に走るを喜ぶ;運が官殺に逢えば一生の福あるも、名利の興盛は長く久しからず。庚金の日主は水をもって傷官と為し、かえって官星を見るを喜び、運が官殺に逢えば貴さは測るべからず、正に謂う頑金は火に錬られんことを要す、少年にして科第に登り仕に入る能う。辛金の日主の傷官は申子辰の水局を結び、傷官傷尽して財星を見るを喜び、運が東南に順行すれば一路滔々として好し、もし官を見殺を見ればかえって仇敵と為る。
再行財旺生官地,財祿無虧得到頭。癸水傷官怕見官,最嫌戊己透天干。再行財旺生官地,世事勞形禍百端。
さらに財旺生官の地に走れば、財禄は終始虧(か)くることなく、底まで保全し得。癸水の日主は木をもって傷官と為す、しかるに官星を見るを怕れ、最も嫌うは戊己の土が天干に透りて身を克す;もしさらに財旺生官の運を行けば、一生奔波して形を労(ろう)し、禍端は百出す。ここの底本は壬水傷官の一節を脱(ぬ)き、上の「再び財旺生官の地を行く」の一句はもとより辛日傷官の後に接すべく、いま底本の原様に照して収録し、補綴を加えず。
丁丑、庚戌、乙巳、壬午。金雞陳秀二公富命,木火傷官,庚金為病。楠曰:乙生戌月木神輕,用火傷官作用神。金水兩般為我病,南方火運長精神。
命造:年柱丁丑、月柱庚戌、日柱乙巳、時柱壬午。これは金鶏の陳秀二公の富命で、木火傷官格に属し、月干の庚金をもって病神と為す。張楠が断じて言う:乙木は戌月に生まれて、木気はもとより軽し、巳午の火を取りて傷官と為し用神に充てる;月上の庚金と時上の壬水のこの両様は、一つは木を克し、一つは火を滅す、皆我が病神なり;南方の火運に一到すれば、用神は地を得て、精神は大いに長ず。
乙木生臨戌月,本金剛而木柔也。若以旺弱而推,人命行南方,似洩氣矣。蓋旺弱命,乃愚術不精妙理。大抵當以有病而論,十月九驗。故八字有病者,窒行去病之運。人多富貴,此造頂喜戌中有一點火星,透出天干,再喜戌午合成火局,作木火假傷官看,喜月上有一點庚金為官星,為我之病神也。
乙木が戌月に生まれれば、戌中の辛金は令にあたり、正に金剛にして木柔の時である。もし単に身旺身弱に按じて推せば、この命は南方の火運に行くは木の気を泄す、有利ならざるに似たり。しかるに旺弱のみを知るは、まさに庸術の妙理に通ぜざるところ。大体まさに「病あり」に着眼すべく、十に九の験あり。八字に病ある人は、必ず病を去る運に走るを要し、多くは能く富貴なり。この造が最も喜ぶは戌中に蔵する一点の丁火が、また天干に透ける;さらに戌と午とが合して火局を成すを喜び、木火假傷官と作して看るべし;月上のあの一点の庚金は官星にして、正に傷官格の病神なり。
何以言之?蓋傷官以官星為病。書云:“有病方為貴”,早年己酉戊申,病神得祿,推其不美。一人南方丙午丁未,去庚金病神,所謂作品中如去病,財祿兩相隨,興家創業,則富宜矣。乙甲運中,雖不及丙丁炎,去庚金為親切,蓋亦喜甲乙以生丙丁也。所以老益精神,只畏壬運來破火,放起庚字,恐生不得祿。但子星不足者,蓋因日主氣火中和也。若以雜氣財官論之,全非妙理也。
何をもってこのように言うや。傷官格は官星をもって病と為すからである。書に講ず「有病すれば方(まさ)に貴と為る」。彼は早年に己酉・戊申の両運に走り、庚金の病神は申酉の地に禄を得、境遇は自ずから佳(よ)からず。一たび南方の丙午・丁未に入れば、火が旺じて金を熔かし、庚金の病神を克去す、正に「格中に病を去るがごとき者は、財禄両々相随(そうずい)す」のこの言に合う、ここにおいて家を興し業を創め、富めるは理の当然なり。乙運・甲運に至りては、丙丁の火のごとく直ちに庚を熔かすに如(し)く贴切ならざるも、なお益あり、甲乙木は能く丙丁の火を生ずればなり。ゆえに彼は年を重ねるほどに精神いよいよ好し。ただ怕るるは壬運の来りて火を破り、庚金を放ち出さしめんことを、生機の継がざるを恐るればなり。子星の単薄なるに至りては、日主と火気が中和に帰して、泄して烈ならざる縁故なり。もし「雑気財官」のあの套(とう)をもってこの命を論ぜば、全く要領を得ざるなり。
己巳、辛未、乙亥、丁丑。營山吳精三公,庚辛金為病神,丙丁火為福神。楠曰:乙木生臨未月提,傷官木火是真機。辛金透出為真病,丁丙交來是福基。
命造:年柱己巳、月柱辛未、日柱乙亥、時柱丁丑。これは営山の呉精三公の命で、庚辛の金は病神、丙丁の火は福神。張楠が断じて言う:乙木は未月の提綱に生まれて、木火傷官を取るをこそ真の機竅と為す;月干の辛金が透き出ずるは、十足の病神;丙丁の火が交わり来るは、便ち福気の根基なり。
乙木生於未月,透出丁火,作真傷官。見辛金己丑,七殺為病。行丁卯丙寅,克去庚金,為去病之神。多子生財,蓋日干有氣,能任子也。一入丑運,三合起殺星,官訟宜也。
乙木は未月に生まれて、時干に丁火が透き出ず、名実相符(ふ)たる「真傷官」である。柱中に辛金と己丑を見、辛金は乙木にとって「七殺」で、正に病神なり。大運が丁卯・丙寅に走り、木火相生して金気を克去す、即ちこれ去病の神なり。この一段の運の裡は子女多く財もまた旺なり、日主の乙木が根を通じて気あり、食傷のこの一路の子星に任えるがゆえ。一たび丑運に入れば、巳酉丑が三合金局に殺星を引動す、官司訴訟に惹(ひ)かるるもまた怪しむに足らず。
己巳、癸酉、戊辰、丙辰。臨川饒惠徽廿六公富命,土金傷官用神。楠曰:戊臨酉月洩精英,丙火生身用印明。癸水劫來傷丙火,南方土運發非輕。
命造:年柱己巳、月柱癸酉、日柱戊辰、時柱丙辰。これは臨川の饒恵徽廿六公の富命で、土金傷官格に属し、印星をもって用神と為す。張楠が断じて言う:戊土は酉月に生まれて、金が旺じて土の精華を泄し尽くす;時上の丙火は日主を生扶し、印を取りて用と為す理は明白に過ぐ;月干の癸水は横(おう)に来りて丙火を克傷す、正に病神なり;一たび南方の火土の運に走れば、発達は小可(しょうか)にあらず。
戊土死於丙,洩土精華英,蓋得己宮丙火,透出天干。傷官身弱者,用印明矣。月上癸水克印為病神,更得年上己土,克去癸水,運官復行官運而死矣。灰其大富。因八字純粹,喜有官星病神,行過辛未庚午,俱去病之神也。又喜戊己,又去壬癸水之病,兩病俱去,其富宜矣。
戊土の死地は酉に在り、酉金が令にあたれば便ち土の精華を泄し尽くす;幸い年支の巳宮に丙火を蔵し、また時干上に透き出ず。傷官が泄気して日主は転じて弱く、印を取りて用と為すは便ち再び明白なり。月干の癸水は丙印を克す、即ちこれ病神;さらに年干の己土を得て癸水を克去し、大運がさらに官運を行くを待ちて、病神は復(ま)た起りて終(つい)す。この造はついに大富なり。八字が純粋にして、また恰好(かっこう)官星・病神の去るべきあり:辛未・庚午の両運を行き過ぐるは、皆去病の神なり;また戊己の土運を喜び、壬癸水という一重の病もまた去る。両重の病がともに去り尽くす、富めるは自然当然なり。
甲戌、庚午、乙亥、丁丑。逸叟自命,真傷官,庚金官星為病。楠曰:乙木生居火土旬,時干秀露火為真。庚金月上為真病,壬癸傷丁便可唉。
命造:年柱甲戌、月柱庚午、日柱乙亥、時柱丁丑。これは張楠が自ら「逸叟」と号して己のため立てし命で、真傷官格に属し、庚金の官星をもって病と為す。彼は自ら断じて言う:乙木は火土の旺にあたる時節に生まれ、時干の丁火が透き出づ、秀気は外に露(あら)われ、火こそ真の用神;月上の庚金は正に真の病神;もし壬癸の水がさらに来りて丁火を傷れば、即ちただ奈何(いかん)と呼ぶのみ。
乙木生午,透也丁,用火為傷官。奈何庚金貼身制我身,而不能用丙丁火地。所以青雲志弗克就,只為此一點庚金羈絆。再行壬癸,仿損所透丁火,愈不能去庚畏也。灰又只畏壬癸天干之水,蓋因丁火露出,火少故也。不畏地支之水。蓋為地支火多,有土去水耳。
乙木は午月に生まれて、時干に丁火を透かせ、火を取りて傷官として用神に作用す。奈何せん月干の庚金は日主に貼(てん)して身を来(きた)り克す、火は便ち力を使い得ず。功名の志は始終実現を得ず、ただこの一点の庚金の羈絆(きはん)に壊(やぶ)れたればなり。もしさらに壬癸の水運を走れば、透き出づる丁火もまた傷られ、さらに庚金を去るの力量無くして、かえってもっとも畏るべし。この造はただ天干上の壬癸の水を怕る、その透き出づる丁火は一点のみ、火はもとより少く、澆(か)かるに堪えざればなり。地支の水はかえって怕れず、地支は火多く、また戊土ありて水を去る能(あた)えばなり。
乙酉、己丑、庚子、壬午。逸叟弟,真傷官用劫。楠曰:庚生丑月氣寒凝,氣弱能親劫有情。最畏丙丁能破劫,西方金旺頗精神。
命造:年柱乙酉、月柱己丑、日柱庚子、時柱壬午。これは張楠の弟の命で、真傷官にして劫財をもって用と為す。張楠が断じて言う:庚金は丑月に生まれて、寒気は凝滞し、日主の気は弱く、ただ劫財に親しむをもって依頼と為すのみ;最も怕るるは丙丁の火が来りて劫財を破壊する;一たび西方の金旺の地に走れば、精神は便ち振作す。
庚生丑月,透出壬水,作金水傷官。金本寒而喜丁火,為暖金之物。然被子水沖之,不用丁火亦明矣。喜年月酉金,類聚一處,庚金見此用劫為用神。早行丙戊丁運,破雲劫神多疾,一入酉申,比劫得地,身旺逐矣。
庚金は丑月に生まれて、時干に壬水を透かせ、金水傷官を構成す。金性はもとより寒くして、丁火に依りてこれを暖むるを本(もと)とすべし;しかるに時支午中の丁火は日支の子水に一冲され、火は用い得べからず、これは甚だ明白なり。幸い年支の酉金と月支の丑土が同気相聚して、庚金これを見て、便ち劫財を取りて用神と為す。早年に丙・戊・丁の諸運に走り、火が来りて劫神を破壊す、因って多く病あり;一たび酉運・申運に入れば、比肩劫財は地を得て、日主は転じて旺に、境遇もまた順遂(じゅんずい)なり。
戊午、己未、丙戌、己亥。叔祖仲器公,火土傷官用印各。楠曰:戊土重重洩火精,身衰用印理分明。早年最畏財傷印,火運來資印遙情。
命造:年柱戊午、月柱己未、日柱丙戌、時柱己亥。これは張楠の叔祖仲器公の命で、火土傷官にして印をもって用と為す(原文の「用印各」の「各」は「格」の字の訛なり)。張楠が断じて言う:戊己の土が層層疊疊(ちょうじょう)として、丙火の精気を泄し尽くす;日主はすでに衰う、印を取りて用と為すは道理分明なり;早年は最も財星の来りて印を傷るを怕る;火運に走りて印星を資助するに至りて、こそ情意の言うべきあり。
丙火生未月,火雖有氣,然四本土多,洩火精英,變旺為弱。賴有甲乙木神結局,身弱用明矣。早行西方,金能克印不利,入戌見土損子。運入北方,水資印氣,興創可驗。入寅艮土晦火,七十四歲死矣。
丙火は未月に生まれて、火気はなお余あるも、四柱に土が多すぎて、火の精華を泄し光(あ)らす、本(もと)の旺はかえって弱と変ず。幸い亥中の甲木・未中の乙木が木局を結成するに頼る、日主はすでに弱く、印を取りて用と為すは便ち明白なり。早年に西方の金運を行けば、金は能く木の印を克す、処境は不利なり;戌運に入りて土重く、また子息を損傷す。運が北方に入れば、水は来りて印星を滋養し、家を興し業を創むるの験は便ち出づ。寅運に至りては、寅中の艮位の土がかえって火気を晦(くら)きに掩(おお)い、七十四歳にして歿す。
戊子、乙卯、丁巳、丁未。閣老貴命,假佃官格。楠曰:火氣重重產四陽,再行木旺火難當。柱中透土成真格,保土存財入廟廊。
命造:年柱戊子、月柱乙卯、日柱丁巳、時柱丁未。これは一位の内閣大学士の貴命で、假傷官格に属す(原文の「假佃官格」の「佃」は「傷」の字の訛なり)。張楠が断じて言う:火気は重々しく、陽気の漸(ようや)く盛んならんとする二月に生まる;さらに木旺の運を行けば、火勢はさらに当(あ)たり難し;柱中に土を透かせばこそ真格を成す;土を保ち財を留むれば、便ち朝堂に位列する能う。
丁巳日生於四陽之月,炎氣方熾,再加卯未結成木避以生之,則火氣愈炎。其精好洩,喜年干透己未之土,則火見土而洩真焉,秀氣則在土矣。但戊己土到卯月極衰,而又有乙卯結局之木,以破其土,則土為用神,畏木為克土之病也。所以土少木多,其病甚重。
丁巳日は四陽の月すなわち二月に生まれて、炎気は正に熾(さか)り、さらに卯と未とが木局を合成して火を生ずれば、火勢はいよいよ熾烈なり。かかる火は最も宣泄を要す、幸い年・時に戊土己土を透かせば、火は土を見て真の泄を得、一身の秀気は便ち土の上に落つ。しかるに戊己土は卯月に至りて最も衰弱し、柱中にまた乙卯の結ぶ木局あって来りてこれを克破す、ここにおいて土は用神と為り、木は便ち土を克する病神と成る。土少なく木多し、この病は相当に重し。
早行戊午己未,土衰亦宜行土運。一入庚申辛苦酉,上下皆金,克木淨盡,去盡病根,位入臺閣。入亥木氣得生,病神復作方死。世術或以殺印論,或以拱祿格論,俱無一毫應驗。
早年に戊午・己未に走る、土はすでに衰弱して、本(もと)より土運に行きてこれを補うを宜とす。一たび庚申・辛酉に入れば、天干地支は皆金にして、木を克すること乾乾浄浄(けんけんじょうじょう)、病根は去り尽くし、因って官位は内閣に登る。運が亥に入るを待ち、亥は甲木の長生にして、木気は新たに生を得、病神は再び起り、寿命もまた頭(こうべ)に到る。世の術士はあるいは「七殺配印」を按じてこの命を論じ、あるいは「拱禄格」を按じて論ず、俱に一毫の応験無し。
庚子、己丑、壬寅、辛亥。盱江夏良勝吏部郎中,水木假傷官。楠曰:丑月初旬水有餘,日時類聚木神廳。木衰最喜東方運,一到金鄉便不宜。
命造:年柱庚子、月柱己丑、日柱壬寅、時柱辛亥。これは盱江の夏良勝の命で、官は吏部郎中に至り、水木假傷官格に属す。張楠が断じて言う:丑月の上旬は水気がなお余あり、日支の寅・時支の亥の両木は一か所に聚(あつ)まる;木はすでに衰弱して、最も東方の木運に走るを喜ぶ;一たび西方の金鄕に到れば、便ち合適ならず。
壬水日主,生於十二月,初旬水氣猶旺,再加年上庚子,俱是水鄉,時上金水氣旺,壬水旺甚,多好洩也。女人血氣旺盛,多好淫褻也。壬水望見寅亥進氣之木,壬則望見寅亥進氣之木。壬則洩其精英,在寅亥木上矣。
壬水の日主は十二月に生まれて、上旬は水気がなお旺ん、加うるに年柱の庚子もまた水鄕、時柱の辛亥はまた金水一路にして、壬水は旺すること極処に至り、最も宣泄を要す。これはたとえば人の血気が過盛なれば、気機は総じて出路を求むるがごとし。壬水は一たび寅・亥の両処の進気の木を見れば、便ち自身の精華を木の上に泄す——一身の秀気は、全く寅亥の両木の上に落つ。(ここの底本に一句重出あり、伝抄の誤りに致る。)
所貴者,四柱有庚辛金,暗來損木,類牛山之木也。木神受病甚重,大運入卯,再逢丁卯流年,衰木得局,如枯苗之得雨,勃然而興,中江西解元。壬辰癸運,水滋枯木,擢北方吏部,又選司郎中,名顯天下,大運入己巳,有庚金刑剋寅亥衰木,王榮奏本,戍遼東鐵鼎衛而死也。
貴ぶべきところは:四柱にまた庚辛の金ありて暗に木神を損傷す、たとえば《孟子》の謂う牛山の木の屡々斧斤に遭いて、起ち得ざるがごとし。木神は病を受くること甚だ重く、正に病ありて医すべし。大運が卯に入り、また丁卯の流年に逢う、衰木は木局を成すを得て、たとえば枯苗の雨に遇えるがごとく、勃然として興り、江西の郷試解元に中る。壬辰運・癸運は、水が来りて枯木を滋養す、北京の吏部に提抜され、また司郎中に選授せられ、名声は天下に遍(あまね)し。大運が一たび己巳に入れば、巳中の庚金は寅亥の衰木を刑克し、王栄の奏本に參劾されて、遼東の鉄嶺衛に謫戍(たくじゅく)せられて死す。
蓋因亥再會二字相聯,木神有氣,兩點食神,遂作假傷官格,正謂假傷官運發也。如甲木散亂,原非類聚,亦不作此格,大凡看格不拘月令,只看運靜,歸秀氣在何處,十有八九驗也。
これは因るに寅・亥の両字が連なりて気を成し、木神に根あり、両点の食神を構成し、ここにおいて「假傷官格」と成る、正に「假傷官は傷官の運を行けば即ち発す」のこの言に応ず。もし柱中の甲木が散乱して各(おのおの)処にあって相聚せざれば、即ちこの格と算する能わず。およそ格局を看るに月令に死守するを須(もち)いず、ただ四柱の気機が安頓したる後、秀気は何の処に帰するかを看る、かくのごとき断法は十に八九は皆准(あた)るなり。
甲午、丙寅、乙丑、癸未。盱江張思佈政貴命,木火通明之格。楠曰:乙木生寅喜氣深,能明木火耀光明。日時癸水名為病,虛火南方出翰林。
命造:年柱甲午、月柱丙寅、日柱乙丑、時柱癸未。これは盱江の張思の貴命で、官は布政使に至り、木火通明の格に属す。張楠が断じて言う:乙木は寅月に生まれて、生機は深厚なり;木は能く火を生じ、火はまた木を照らし、一片の光明なり;日支の丑中と時干の癸水は便ち病神なり;火はもとより虚にして運は南方に走りてこれを補い起こす、因って翰林に入るを得たり。
乙丑日,生寅月上旬,木不嫩而火亦不衰也。年月透火能明,時上木神有神,蓋得丑中微有癸水,透出時上,暗來克火,作癸水為病也。所以運行戊己,去病存火,再行南方,亦恐洩木之氣。
乙丑日は寅月の上旬に生まれて、木はすでに太く嫩(わか)からず、火もまたいまだ衰えず。年干の甲木・月干の丙火が透き出で、木火は相い映じて通明す;時柱上に木気もまた精神あり。ただ日支の丑中に蔵する一点の癸水が、また時干上に透き出で、暗に火を克す、ゆえに癸水は即ち病神なり。ゆえに大運が戊・己に走れば、土は能く水を克し、病を去りて火を保つ;たださらに南方に往かば、火が太く盛んはかえって木の気を泄するを恐る。
此則原水破火,所以火輕也,所以行下,補起火來,貴本宜也。運入壬申,破損用神,虛火死矣。此亦假傷官行傷官運多榮顯,假傷官行印運必死。
この造はもとより水ありて火を破る、ゆえに火の分量は偏(かたよ)り軽し;軽きがゆえに、運が南方を行きて火を補い起こせば、顕貴は理の当然なり。運が壬申に入るを待ち、壬水は火を克し申金は木を克し、用神は破損せられ、あの一点の虚火は熄(や)み、人もまた亡故す。これもまた一条を印証す:假傷官格は傷官の運を走れば多くは栄顕し、印運を走れば必ず死す——印星は回頭して所用の食傷を克掉するがゆえなり。
壬子、丙午、乙亥、丁亥。盱江姚弘十公,制過傷官之格。楠曰:乙生離位火雖炎,壬水重重制伏嫌。水重火輕宜見土,北方水運實難痊。
命造:年柱壬子、月柱丙午、日柱乙亥、時柱丁亥。これは盱江の姚弘十公の命で、傷官の制伏されること太く過ぎる格局に属す。張楠が断じて言う:乙木は午月の離火の位に生まれ、火は炎盛なれど、壬水が重々しくしてこれを制伏するを嫌う;水重く火軽ければ、即ち土を見て水を止むるべし;一たび北方の水運に走れば、実に痊(い)え難し。
乙木生臨午月,雖兩丁火分野之所,本來火土真傷官,本然不深畏水,何期壬癸水太多了,水多了則能滅火之光矣。早行戊運,去水存火,生財。大運入申壬,水得生之地,破火,患足破形幾死,幸而有戊蓋頭,己酉庚戌,帶疾處富。一入亥運,壬水得源而死,正謂破了代辦處官損壽元,。
乙木は午月に生まれて、午と両個の亥中には皆火気の分野あり、本(もと)は火土の真傷官にして、理に照れば水を太く怕れざるべし。誰(たれ)か期(ご)せんや壬癸の水が多すぎ、水は一たび多くなれば火光を撲滅し尽くす。早年に戊運を行けば、土は能く水を去りて火を保ち、因って財を生ずる能う。大運が申と壬に入れば、申は壬水の長生の地、水は源を得て火を破り、彼は因って脚の病を患(うれ)え形体は残損して、ほとんど命を喪(うしな)わんとす;幸いに戊土ありて天干上を蓋(おお)い挡(ふせ)ぐ。己酉・庚戌の両運は、残疾を帯ぶといえどもなお富と算す。一たび亥運に入れば、壬水は本源を得て人は死す、正に「傷官を破れば寿元を損ず」のこの言に応ず。(底本この句に訛字あり。)
丁酉、丙午、丁丑、辛亥。福建裴應章尚書,取建祿之格。楠曰:丁火炎火日主強,最宜財庫坐下藏。酉丑金局多坐殺,西方運裡姓名揚。
命造:年柱丁酉、月柱丙午、日柱丁丑、時柱辛亥。これは福建の裴應章尚書の命で、建禄格を取りて看る。張楠が断じて言う:丁火は炎盛にして日主は強旺なり;最も妙なるは日支の丑が金庫にして、財は坐下に蔵す;年支の酉と日支の丑が金局を合成し、財多くして殺を帯ぶ;一たび西方の金運に到れば、声名は遠く揚がる。
丁丑日主,看月干會火局,支會金局。財能生育,乃貴藏在支中有握,丙辛合貴氣,合日干財能生殺,利名顯達西方財路,而萬里飛騰,姓自香,功名顯,壽無強,位重權高振皇邦。雙親選逝,鴛鴦分飛,孔懷四位,晚生三鳳,子女團圓,福壽雙全之造也。
丁丑の日主は、月干の丙火と年干の丁火が火局を会成し、地支の酉丑が金局を会成すを看る。財星は能く官を生じ殺を生じ、貴気は地支の中に蔵れて握ること穏かなり;月干の丙と時干の辛は相合して、貴気はいよいよ顕れ;日主の身上に合至れば、財は便ち能く殺を生ず。名利は西方の財路に顕達して、因って万里に高く飛ぶ:姓氏は香を生じ、功名は顕赫(けんかく)、寿数は綿長、位は重く権は高くして、皇邦を振(ふる)わす。六親に至りては、双親は早く逝き、夫妻は一度分離し、兄弟は四人あり、晩年に三個の出衆の兒を生み、子女は団圓(だんえん)す、福寿双全の命造なり。
丙寅、庚子、壬子、辛亥。書林場環五公富貴,假傷官格。楠曰:壬水重重氣有餘,歲時有木吐南枝。木衷貴有庚辛病,運到東方大有餘。
命造:年柱丙寅、月柱庚子、日柱壬子、時柱辛亥。これは書林の場環五公の富貴の命で、假傷官格に属す。張楠が断じて言う:壬水は重々しくして気勢は余あり;年支の寅・時支の亥の中に木を蔵し、たとえば南に向いて吐き出す花枝のごとし;木はすでに衰弱して、貴ぶべきところは正に庚辛の金の病を作(な)すに在り;運が東方の木地に到れば、便ち綽々(しゃくしゃく)として余あり。
壬子日干,生臨亥十一月,天干又有庚辛,貼助身強。壬水貴精,秀氣從何而洩?蓋喜寅亥兩木,望一陌而生,兩木類聚有情。壬水見木,而洩其真精,秀氣分明在木矣。木衰為病,又有瘐辛浮金,遙欲克木,但庚辛運金,亦不能克地支這靜木也。
壬子の日主は十一月の子水が令にあたるに生まれ、年支にまた亥水あり、天干にまた庚辛の金が透きて身に貼(てん)して相生す、日主は強きこと極点に至る。壬水は精気の泄るべき処あるを貴ぶ、しかるに秀気は何の処より泄るや。喜ぶところは年支の寅木と時支の亥木が位を隔てて相望みて彼此相生し、両木は同類聚合して情あり。壬水は木を見て、真精は便ち木の上に泄り、秀気は分明に木の上に落つ。木衰すれば即ち病、柱中にまた庚辛の浮かぶ金ありて、遙かに木を克せんと欲す;しかるに庚辛はただ天干の虚金にして、たとい行運するも地支裡の安静にして動かざる木を克し動かす能わざるなり。
一入東方寅卯辰乙之支,衰木得此,殆猶枯木之逢春也,則富貴不豐且厚乎。運入巳中,有庚金損木,推其不利,入午未辰地,午中巳土,又且損刃,則死之理,亦可知矣。
一たび東方の寅・卯・辰および乙木の諸運に入れば、衰木はこの一路の生扶を得て、ほとんど枯木の春に逢えるがごときなり、富貴はいずくんぞ豊かにして厚からざらんや。運が巳に入るを待ち、巳中に蔵する庚金は木を損せんと欲す、即ち不利と推断すべし;さらに午・未の地に入れば、午中の己土はまた刃星を損傷し、寿終の理もまた知るべきなり。
乙巳、癸未、戊子、癸丑。盱江梘溪胡錫三公富命,假傷官格。楠曰:戊臨未月土尤強,最喜金成巳丑方。土厚見金多秀氣,日嫌發運火來發。
命造:年柱乙巳、月柱癸未、日柱戊子、時柱癸丑。これは盱江の梘溪(けんけい)胡錫三公の富命で、假傷官格に属す。張楠が断じて言う:戊土は未月に生まれて土気は尤(もっと)も強旺なり;最も喜ぶは巳と丑とが金局を合成する;土厚くして金を見れば、秀気こそ吐き出し得;ただ運裡にさらに火の来るを嫌い、金を焼き壊(こわ)さんとす。
戊土生未,極為土旺也。然辰戌丑未四土之神,然辰土帶木氣克之,戌丑之土帶金氣洩之,此戊土雖旺而不旺故戊臨此三位全,多作稼穡格,不失中和。若未月土火氣也,見火以生之,所以土為極旺也。若土臨此未月,見四柱土重,多作火炎土燥,不可稼穡看。
戊土は未月に生まれて、土気は極点に旺す。しかるに辰戌丑未の四個の土は、性情は各(おのおの)別(わか)つ:辰の土の裡は木気を帯び、木はこれを克せんと欲し;戌の土・丑の土の裡は金気を帯び、金はこれを泄せんと欲す;ゆえに戊土は旺なれど実は真に旺ならず。正にこの故をもって、戊土が辰・戌・丑のこの三月に生まれて四柱に土全からん者は、多くは「稼穡格」と作して看るべく、中和の気を失わざるなり。しかるに未月はそれ自身火気を帯び、火はまた来りて土を生ず、ゆえに未月の土はこそ極旺なり。もし土が未月に生まれて四柱の土がまた重ければ、多くは火炎土燥に属し、稼穡格に当てて看るべからず。
但臨此月之土,見金結局者,不貴即富也。書云:「土逢季位見金多」終為貴論。若此造早年,行午運尚否,火傷金也。一行辛巳庚辰二運,衰金得此,財發數千萬緡。一入寅運,甲辰年,蝦蟆瘟死,家無瞧類,蓋為火克衰金也。
ただこの月に生まるる土は、柱中に金ありて局を結ぶ者は、貴きを顕さざれば即ち必ず富を致す。書にいう:「土、季位に逢いて金多きを見れば」、終(つい)に貴格を按じて論ずべし。この造に就きて言えば、早年に午運を行きてなお否(あ)し、午火は金を傷せんと欲すればなり。一たび辛巳・庚辰の両運に走れば、衰弱の金は幇扶(ほうふ)を得て、財を発すること数千万緡。一たび寅運に入れば、寅午戌は火局を会成し、甲辰年に蝦蟆瘟(がまおん)を患(うれ)えて死す、家中に托するべき人無し、正に火の衰金を克するに致るなり。
乙巳、丁亥、壬午、庚戌。盱江羽旺變為弱格。楠曰:壬臨亥月水難當,財殺重重返受殃。水旺亦宜微見土,若教土重禍難當。
命造:年柱乙巳、月柱丁亥、日柱壬午、時柱庚戌。これは盱江の姓を羽とする者の命で、旺より転じて弱と為る格局に属す。張楠が断じて言う:壬水は亥月に生まれて本(もと)当(まさ)に勢当たるべからざるべし、奈何せん財星殺星が層層疊疊(ちょうじょう)として、かえって殃を受く;水旺なるは固(もと)より些少の土を見てこれを制約するを宜とす、しかるに土が太く重ければ、禍患は当たり難し。
壬水難生亥月,本為水旺也。但四柱火土重重,年上巳沖亥祿,早年出家,丙戌運極貧,火土厚也,乙酉甲申癸運,金水有氣,原作傷官好傲,頗作威福,衣體又能安身。
壬水は亥月に生まれて、理に按(あん)じれば水が旺じて権を当たる。しかるに四柱に火土が層層疊疊として、年支の巳火はまた月支の亥中の禄根を冲掉して、日主の根基は抜かる、因って早年に出家す。丙戌運は火土さらに厚く、窮困すること極点に至る。乙酉・甲申および癸運に至りては、金水に気ありて日主は転じて強に、本命はもとより傷官を帯びて性情高傲、ここの時頗(すこぶ)る威福を作(な)す能(あた)えり、衣食もまた着落を得たり。
一入未運,火土大旺損金,丁酉年五有,火旺月死矣。凡甲乙生寅卯辰月多金,丙丁生巳午未月多水,庚辛生申酉戌月多火,壬癸生亥子丑月多土者,非貧即夭。但喜二點克神,克多者,俱不美,至驗也。此子平之外見,屢試中也。
一たび未運に入れば、火土は大いに旺じて金気を損傷し、丁酉年の五月火旺の時に至りて歿す。およそ甲乙木が寅卯辰月に生まれて柱中に金多く、丙丁火が巳午未月に生まれて柱中に水多く、庚辛金が申酉戌月に生まれて柱中に火多く、壬癸水が亥子丑月に生まれて柱中に土多きは、この四種の情形は貧ならざれば即ち短寿なり——皆令にあたり時を得る日主がかえって克神に圧倒せらるるなり。ただ一二点の克神あって調剤を作すを宜とし、克神が一たび多くなれば俱に美ならず、この一条は極めて霊験なり。これは子平の旧法の外の独得の見で、我は屡々試して屡々中(あた)れり。
己酉、丙寅、甲子、乙丑。盱江劉慶二道人,木衰金旺格。楠曰:甲木生寅木尚微,初旬木嫩畏金欺。雖然有火怕金去,水運那堪火又危。
命造:年柱己酉、月柱丙寅、日柱甲子、時柱乙丑。これは盱江の劉慶二道人の命で、木衰して金旺の格局に属す。張楠が断じて言う:甲木は寅月に生まれど木気はなお微弱なり;正月の上旬は木嫩(ぼくどん)にして、最も金の来りて欺凌するを怕る;丙火ありて金を制すべしといえども、金が火気を逼退(ひったい)せんことを怕る;水運を走ればさらに悪し、水は弱木を生ずる能わざるのみならず、またあの一点の火を澆滅(こうめつ)せんと欲す。
甲木生於寅月,初旬木火初生之際。術土推其木向春生,木火通明有貴。夫何木嫩不勝金制,且酉丑合成金局,初行北方水資木氣,衣食頗付佳。一人西方金旺之運,守茅庵度口,且手足瘋癱,酉運而死,若只一點金尚可也。吾都何標四公,是乙亥時也,衰餘蔭行西運亦死。
甲木は寅月の上旬に生まれて、正に木火の初生の時である。術士はこれに拠りて推して言う、木は春に向かいて生じ、木火通明して貴なるべし、と。誰(たれ)か知らんや木嫩は金の来りて克制するに堪えず、況(いわ)んや年支の酉と時支の丑はさらに金局を合成するをや。初め北方の水運に行けば、水は能く木を生じ、衣食はなお過ごし得たり;一たび西方の金旺の運に入れば、ただ茅庵を守りて強(し)いて糊口すのみ、しかも手足は癱瘓(たんかん)して、酉運に至りて便ち歿す。もし柱中に一点の金のみあれば、なおこの至らざらん。わが同郷の何標四公の命はこれに相仿(あいほ)う、ただ乙亥時に生まれたる、一点の余蔭に頼りて、西方の運を行くも同じく身を亡(な)くせり。
己巳、丙寅、甲寅、乙亥。盱江劉翰十一公,金木相停格。楠曰:甲生寅月術猶輕,木嫩金輕得兩停。運入西方金便勝,中和氣失少安寧。
命造:年柱己巳、月柱丙寅、日柱甲寅、時柱乙亥。これは盱江の劉翰十一公の命で、金木が勢均力敵の格局に属す。張楠が断じて言う:甲木は寅月に生まれて、木気は実はまだ軽し;木は嫩(どん)にして金もまた軽く、両辺は恰好相当す;一たび西方の金運に入れば、金は便ち木を圧倒す;中和の気は一たび失われて、安寧を得難し。
甲木生寅,四柱木金,俗看則似木多金少也。殊不知正月氣寒,木神柔脆,木不勝金,甲子癸亥壬戌運,滋木,財發緡。西方申酉戌,騫滯申死矣。
甲木は寅月に生まれて、四柱に木もあり金もあり、俗眼を照れば、木多く金少なく、木は余ありて幇(たす)けを須(もち)いずと似たり。殊に知らず正月は天気なお寒く、木性は柔脆にして、実は金に敵せず。ゆえに甲子・癸亥・壬戌の幾運を走れば、水は来りて木気を滋養し、財源は大いに発す。運が西方の申酉戌に転ずるを待ち、金旺じて木折れ、境遇は蹇滞(けんたい)して、申運に至りて便ち歿す。
辛卯、辛丑、丁卯、癸卯。盱江夏貸岱二公,印制食神太過。楠曰:丁生丑月土神微,卯木三重克過之。喜有三金來克木,一番病過一番醫。
命造:年柱辛卯、月柱辛丑、日柱丁卯、時柱癸卯。これは盱江の夏貸岱二公の命で、印星が食神を制すること太く過ぎる格局に属す。張楠が断じて言う:丁火は丑月に生まれて、丑中の己土食神はもとより微弱なり;柱中に三個の卯木が層層に来りてこれを克し、克すること太く過ぐ;幸い三点の金ありて木を克す;一重の病あれば一重の医あり、病と薬と恰好相当す。
丁生丑月,此命極極難尋用神,蓋丑中有一己土也,得有三點乙木貼身克之,此則用己土為用神,乙木為病也,明矣。蓋得三點辛金,又來克木也,一病一醫,得考壽寧者此也。一生只得酉運五年,極美之運。蓋酉字沖去卯中乙木之病也,運入東方木旺,八十有餘方死。
丁火は丑月に生まれて、この命は極めて用神を尋ね出し難し。丑中に蔵する一点の己土食神、偏(あ)に三個の卯中の乙木が身に貼(てん)して来りてこれを克す、然れば己土を取りて用神と為し、乙木を病神と為す、これは甚だ明白なり。幸い柱中に三点の辛金ありてかえって木を克す——一重の病あれば一重の薬あり、彼の高寿安寧を享くる所以は、まさにここに在り。一生の中ただ酉運のあの五年のみ最も美し、酉は能く卯中の乙木という病神を冲去するがゆえ。後に運が東方の木旺の地に入るも、なお八十有餘に至りてこそ歿したり。
乙卯、己丑、丁亥、壬寅。撫城李元六公,土輕木重之格。楠曰:丁生丑月土神明,火土傷官格自成。只畏木金來克土,再行木運禍非輕。
命造:年柱乙卯、月柱己丑、日柱丁亥、時柱壬寅。これは撫城の李元六公の命で、土軽くして木重き格局に属す。張楠が断じて言う:丁火は丑月に生まれて、月干の己土は顕明にして、火土傷官格は自ずから成立す;ただ木の来りて土を克するを怕る;もしさらに木運を行けば、禍患は軽からず。
丁生丑月,己土透出,乃作傷官,用土明矣。初行丙戌,火來生土,財意頗遂。大運入乙,木來克土,破了傷官而死。蓋因原有乙卯之貼身,又有寅亥二木為助,所以再見乙運,正謂運會原有所害之神,安得不死乎?
丁火は丑月に生まれて、月干に己土が透き出ず、傷官格を構成し、土を取りて用と為すは便ち甚だ明白なり。初め丙戌運を行けば、火は来りて土を生じ、用神は助を得て、財意は頗(すこぶ)る順遂なり。大運が一たび乙木に入れば、木は来りて土を克し、傷官の用神を破壊して亡ぶ。これは因るに原局にもとより乙卯が日主に貼してあり、また寅・亥の両処の木ありてこれを助くる;いまさらに乙運に逢えば、正に謂う大運が原局中のもとより害を為すあの神に会合す、いずくんぞ死せざるを得んや。
壬辰、辛亥、甲戌、丙寅。臨川吳開六公富命,假傷官格。楠曰:甲木雖衰亦有根,丙寅時透火神妍。火虛有焰成真格,金水因知作病源。
命造:年柱壬辰、月柱辛亥、日柱甲戌、時柱丙寅。これは臨川の呉開六公の富命で、假傷官格に属す。張楠が断じて言う:甲木は衰地に在るも、なお根あり;丙寅の時に丙火を透かせ、火神は秀美なり;火は虚にして焰あれば、格局は便ち真と算す;これにより金と水とがこそ病源なるを知る。
甲木得生於亥,辰年木氣托根,甲木寅時得祿。四柱木俱得氣,又有壬水滋之,甲木則變弱成強,望見時上丙火,精光透也貼身,則甲木情思向丙火為用神也。
甲木の長生は亥に在り、月支の亥は正にその生地;年支の辰中に乙木を蔵し、甲木はここに根を托す;時支の寅はまた甲木の禄なり。四柱に木は処処気を得て、さらに年干の壬水ありてこれを滋養す、甲木は便ち弱より転じて強と為る。強に転じたる後、眼を挙げて時干の丙火の精光の透き出でてまた日主に貼するを見れば、甲木の情意は自ずから丙火に帰向し、これを取りて用神に作用す。
則以壬火為破丙之病,辛金為破格之病,早行壬子癸丑,甚是平常,破壞丙火用神。望見東南,有木有火,有土克水,有火克金,病神淨盡,一發轟天,至庚申金水破格而死也。
かくすれば、年干の壬水は即ち丙火を破壊する病神、月干の辛金は則ち格局を破壊する病神(原文の「壬火」はまさに「壬水」と作るべし)。早年に壬子・癸丑に走れば、水旺じて丙火の用神を破壊し、境遇は十分に平常なり。運が東南に転ずるを待ち、木ありまた火あり、土ありて能く水を克し、火ありて能く金を克す、両重の病神は一掃して空し、ここにおいて一発して収拾すべからず。庚申運に至りては、金水併せて来りて格を破り、人もまた故(ふる)くなりぬ。
丁丑、辛亥、壬子、癸卯。休杭葉暢二貧,假傷官嫌印。楠曰:壬臨亥月水汪洋,木透天干作假傷。不全丑中金氣在,西方金運極難當。
命造:年柱丁丑、月柱辛亥、日柱壬子、時柱癸卯。これは休寧・杭州の辺りの葉暢二の貧命で、假傷官にして印を忌む格局に属す。張楠が断じて言う:壬水は亥月に生まれて、一片の汪洋なり;卯中の乙木は天干に透き出で、假傷官を構成す;奈何せん丑中にまた蔵する金気の未だ去らざるあり;一たび西方の金運に到れば、実に承当し難し。
壬水生亥,雖有月上虛財,被時上癸水動之,雖有木為傷官,十月之木,根枯葉落。原有丑中辛金損木,一入西方酉運,會起金來損木。病患瘋癱,手足並行為丐,而又聰明者,傷官洩氣故也。
壬水は亥月に生まれて、年干の丁火という一点の虚浮の財あれど、時干の癸水の一たび来れば克滅せらる。木ありて傷官と作すべしといえども、十月の木は根枯れ葉落ち、もとより生気無し。原局の丑中の辛金はまた木を損せんと欲し、一たび西方の酉運に入れば、巳酉丑の金は会引き起こされて、木を傷ることさらに重し。因って彼は癱病(たんびょう)を得て、手足を併せ用いて爬(は)い乞食す。しかるに彼は偏(あ)にまた聡明にして人に過ぐ、これは傷官の秀気を泄するに致るなり。
丙子、丁酉、壬申、辛亥。陳都爺貴命,時上假食神,水清金白之格。楠曰:金水清清兩字奇,時歸日祿理相隨。分明水火為真秀,黃閣魁名間世稀。
命造:年柱丙子、月柱丁酉、日柱壬申、時柱辛亥。これは陳都御史の貴命で、時上の假食神・水清金白の格局に属す。張楠が断じて言う:金と水の两字は清澈にして相映じ、格外奇特なり;時支の亥は正に壬水の禄にして、日主は時に禄に帰し、理路は一貫す;水と火の両者はこそ真の秀気の所在;ゆえに能く内閣に登り魁首に居る、かかる命は世間に稀なり。
壬生酉月,金水兩字雙清,金水之氣有餘,木火兩字不足。金雖有餘也,而喜天干丙丁,遙來損金也。喜無地支午火,實去破印,所以印得兩全其美,壬水氣雖有餘,喜亥中甲木,洩其精英也。
壬水は酉月に生まれて、金清く水澈(てつ)す、金水の気は余あり、しかして木火の両様は偏(あ)に不足す。金は余ありといえども、喜ばしきは天干の丙丁両火が位を隔てて遙かにこれを損するに、金をして太過ならざらしむ。また喜ぶは地支に午火無くして、真に印星を冲破するに至らず、ゆえに印星は保全せられて恰好なり。壬水の気は余ありといえども、また喜ぶは時支の亥中に蔵する甲木ありて、その精華を宣泄し得るなり。
其貴如此,丙了火,暗銷庚金,而存起亥上食神。所以八月木氣凋零,其病甚重,所以病重者,金大貴也。運入東方,補起水火二字,位登黃閣也,宜矣。此乃天地至清之命,所以為天下至貴人也。
彼の顕貴の縁由は正にここに在り:丙丁の両火は暗に申中の庚金を銷熔して、従(よ)って亥中のあの一点の甲木食神を保全す。八月は金旺じて木凋れ、木気の衰敗は甚(はなは)だしく、これ病の重きなり;病重くしてまた医すべき薬あるは、正に大貴の徴なり。運が東方に入れば、木火は同じく来りて、水火の両様を俱に補い足し、位の内閣に登るは便ち理順にして成章の事なり。これは天地の間の最も清純の命造、ゆえに天下の最も尊貴の人物と為る能う。
甲戌、辛未、己酉、己巳。吾都何廿八公假傷官富命,金輕火重格。楠曰:己臨未月土炎蒸,見火生身益壯神。土旺喜金宜洩氣,養金喜水定超群。
命造:年柱甲戌、月柱辛未、日柱己酉、時柱己巳。これはわが同郷の何廿八公の富命で、假傷官にして金軽く火重き格局に属す。張楠が断じて言う:己土は未月に生まれて、火土は蒸騰す;さらに火を見て身を生ぜば、気勢はさらに壮んなり;土はすでに旺なれば金に来りて気を泄せしむるを喜ぶ;能く水を用いて金を養い留むれば、定めて超群出衆せん。
己土生臨未月,火土炎蒸,其己土炎氣旺盛,更且有火氣生之,其土望見己酉兩全為聚,透也酉金,己土則洩秀氣在金上去。以丙丁火為損金之神。壬申癸酉運美,人戌論災,一人北方用水去火,財富。一入寅運,會成火局,破金而死。
己土は未月に生まれて、火土は蒸騰し、土の燥旺の気は極めて盛ん、況(いわ)んや時支の巳中にまた丙火ありてこれを生ずるをや。かかる土は一たび日支の酉金を見れば、便ち同気相聚し、酉金は秀気を透き出だし、己土は一身の秀気を金の上に泄し去る。丙丁の火は便ち金を損ずる病神と成る。ゆえに壬申・癸酉の両運は最も美し;戌運に入れば災あり;一たび北方の水運に入れば、水を用いて火を去り、因って富を致す。運が寅に入るを待ち、寅午戌は火局を会成して、金を破り、人もまた亡故す。
戊申、己未、戊午、辛酉。撫城周懷魯科貴命,土見金格。楠曰:戊臨未月土重重,燥土尤嫌火氣烘。時歲喜看金吐秀,運行西北志凌雲。
命造:年柱戊申、月柱己未、日柱戊午、時柱辛酉。これは撫城の周懐魯の郷試中式の貴命で、土旺じて金を見る格局に属す。張楠が断じて言う:戊土は未月に生まれて、土気は重々し;燥土は最も火のさらに来りて烘烤するを嫌う;喜ぶは時柱と年支とに俱に金ありて秀気を吐露する;運が西方・北方に走れば、志気は凌雲する能(あた)う。
日未月,為火炎土燥之格。蓋得辛酉時,金神透出,歲支申宮有水破火,此以火為病,水為福也。大運入壬,蓋得壬來克火,放出辛金,折桂蟾宮,理自然也。後行北方水運尤美。凡戊己土旺,見金多者,極聰明秀氣,至清至貴之命也。
日主の戊土は未月に生まれて、火炎土燥の格である。幸い時柱の辛酉に、金神は天干に透き出ず;年支の申宮にまた壬水を蔵して能く火を破る。かく看れば、火はこれ病神、水はこそ福神なり。大運が壬水に入れば、壬は来りて火を克し、圧(お)さえられたる辛金を放ち出す、ここにおいて郷試に桂を折る、甚だ自然の理なり。後にさらに北方の水運を行くはいよいよ美満なり。およそ戊己土が旺じて柱中に金多き人は、皆極めて聡明にして秀気あり、至清至貴の命なり。
癸卯、甲寅、丙午、戊戌。臨川袁應龍元貴,假傷官,土輕木重。楠曰:丙火生寅火局全,火生戊土洩精元,不堪衰土重逢木,早步蟾宮損少年。
命造:年柱癸卯、月柱甲寅、日柱丙午、時柱戊戌。これは臨川の袁應龍の解元に中りたる貴命で、假傷官にして土軽く木重き格局に属す。張楠が断じて言う:丙火は寅月に生まれて、寅午戌の火局は斉(ととの)う;火は戊土を生じ、正に一身の元気を宣泄す;奈何せん衰弱の土がまた屢々(しばしば)木に逢いて克せらる;早く科第に登る能うも、年寿を折損せり。
丙行日主,結成火局,其火旺矣。原寅中有戊土,午中有己土,又時上透出己土,其丙火身旺,見此土而好洩其精也。正謂有病方為貴格。脫辛逢癸酉流年,克去甲木病神,所以早擢秋闈,甲戌年入亥運,原有甲木,得生於亥,正謂破傷官損壽元而死矣。
丙火を日主と為し、地支の寅午戌は火局を結成し、火勢は極めて旺んなり。原局の寅中に戊土を蔵し、午中に己土を蔵し、時干にまた土を透き出だす。丙火は身旺して、これらの土を見れば正にその精気を宣泄するを好し、土は便ち用神;土を克する木は便ち病神、正にこれ「病あれば方に貴を為る」の格局なり。辛運を脱して癸酉の流年に逢えば、酉金は甲木の病神を克去す、ゆえに早く郷試に中(あた)る。甲戌年に至り運が亥に入れば、原局にもとより甲木あり、亥はまた甲木の長生の地、木は旺じて土を克す、正に「傷官を破れば寿元を損ず」のこの言に応じて、因って歿す。
蓋正月戊己,帶木之寺也,而土神極衰,最畏旺木克之,入亥運甲木得生,其死也明矣。若天假之年,若行庚戌運,庚金克去甲木貴不可言也。凡日干旺者,見有食神傷官。雖在日時,亦只作傷官看,何也?凡日干旺,精氣滿畜,見有通洩血氣之處,則秀氣從之,不可泥執子平,只以月令上用神。
因るに正月の戊己土は、もとより木の地盤に寄生して、土神は極めて衰弱、最も旺木の来りて克するを怕る;一たび亥運に入りて甲木は生を得ば、彼の死もまた意の中に在り。もし天が彼に数年を假(か)さば、庚戌運に走るを待ちて、庚金は甲木の病神を克去し、その時の貴顕は限りなからん。およそ日主が強旺して柱中に食神傷官あるを見る者は、たとい食傷が月令に在らずして日支時支に落つも、同じく傷官格に按じて看るべし。何となれば、日主は一たび旺なれば、精気は充満蓄積して、ただ何の処か宣泄すべき血気の出口あらば、秀気は即ちそこに跟(つ)いて往く、子平の旧法に死守して、必ず月令上に用神を取らざればならぬとすべからざればなり。
如日主衰弱見印星及陽刃,身弱則親印綬陽刃也,身旺則自親食神傷官也。如用食神傷官,只要食傷類聚一處有情,不宜間隔,如前夏衣勝命用木類是也。如此造,多不曉作用土,只以官印。若用官印,如卯亥運不頑強也。此則用衰土,見木克之明矣。
反対に言えば、日主が衰弱して柱中に印星・陽刃ある者は、身弱ければ自ずから印綬と陽刃に親しむ;身旺なれば自ずから食神と傷官に親しむ。もし食神傷官を取りて用と為せば、ただ食傷が同類にして一か所に聚り、彼此情あればよく、別の字に隔て断たるるを宜とせず、前の夏良勝のあの命が寅亥の両木を用いて同類相聚すは即ち例なり。この造に至りては、一般人は多く土を取りて用と為すを暁(あきら)かにせず、ただ官印に按じて論ず。もし真に官印に按じて論ぜば、即ち卯運・亥運は木旺じて火を生じ身を扶く、凶険あるべからざるなり。しかるに事実は彼が衰土をもって用と為し、木の土を克するに遇えば敗る、理は再び明白なり。
丙寅、壬辰、甲辰、丁卯。吾都傅後庵公,木火假傷官,木全寅卯辰互看。楠曰:甲木重重旺氣深,木來用火透春林。柱中最喜壬為病,火土重逢異等倫。
命造:年柱丙寅、月柱壬辰、日柱甲辰、時柱丁卯。これはわが同郷の傅後庵公の命で、木火假傷官格に属し、寅卯辰の東方三字は斉(ととの)い備わり、合わせて看るを要す。張楠が断じて言う:甲木は重々疊疊(ちょうじょう)として、旺気は深厚なり;木旺なれば即ち火を用るを要し、火は透き出でて春林の輝きを生ず;柱中の最も喜ぶべきは壬水ありて病神を作す;一たび火土の運に逢えば、成就は便ち一般に同じからず。
甲木生辰,稟全寅卯辰東方之秀氣,喜年時丙丁虛火透出。作木火假官,透出壬水,為破火之病神,運行南方,衰火得地為美,雖申酉生水破火,亦喜有丙丁蓋頭。戊己運,土能破水,放起用神,老益精神,福壽兩全,只畏北方水破用神也。
甲木は辰月に生まれて、地支の寅卯辰の東方三字は斉備して、一片の東方の秀気を禀受す;また喜ぶは年干の丙火・時干の丁火の両点の虚浮の火が透き出づる。これ便ち木火假傷官格を構成す。月干の壬水が透き出づるは、火を破る病神なり。大運が南方に行き到れば、衰弱の火は地を得て根を生じ、最も美満なり;たとい申酉の運を走るも、金は水を生じて火を破るも、幸いに丙丁ありて天干上を蓋(おお)い遮(さえぎ)る。戊己の土運に至りては、土は能く水を克し、用神を放ち出す、因って年は老ゆるほど精神あり、福寿は双全す。唯一の怕るべきは北方の水運、水は一たび来れば即ち用神を破る。
丙申、癸巳、辛卯、壬辰。吾父啟完公,假傷官用地劫。楠曰:辛金生巳水重重,刑破官星水有功。申巳兩庚來作用,運行申酉樂雍容。
命造:年柱丙申、月柱癸巳、日柱辛卯、時柱壬辰。これはわが父啓完公の命で、假傷官にして劫財を取りて用と為す格局に属す。張楠が断じて言う:辛金は巳月に生まれて水気は重々し;巳申は相刑して、官星の丙火を破掉す、水はかえって功あり;申中と巳中の両処の庚金を取り来たりて用神に作用す;運が申酉に走れば、従容として安楽す。
辛生巳月,本用丙火,夫何貼身有申,破丙明矣。年干丙火,本為虛官可用,時有壬水破之,由是舍丙而從水也。以水為虛傷官,年月兩庚,類聚有情,正作金水傷官用劫也。行申酉比劫得生,安享其樂。入戊己破去假傷官,動多侮吝,入亥生財,大運六十九,庚金劫神死也死矣。
辛金は巳月に生まれて、本(もと)より巳中の丙火を取りて官として用いるべし。奈何せん年支の申と月支の巳は貼(せっ)して相刑し、丙火は破られ、これはすでに明白なり。年干のあの一点の丙火は本(もと)用いるべき虚官なれど、偏(あ)に時干の壬水はまた来りてこれを克す、ここにおいて止むを得ず丙火を捨てて水勢に順従す。すでに水をもって虚傷官と為せば、年支の申と月支の巳中の両処の庚金は同類相聚して情あり、即ち正に金水傷官にして劫財を取りて用と為すなり。申酉の運を行けば、比肩劫財は生扶を得て、安くその楽を享く。戊己の土運に入れば、土は水を克して假傷官を破去し、一動すれば多く挫辱に遭う。亥運に入りて財は生を得、六十九歳の大運に至りて、庚金という劫神は損せられ、人もまた故くなりぬ。
丁未、壬寅、乙丑、丁亥。予兄希禹,木火傷官,官不足格。楠曰:陰木生寅進乞時,又兼三印疊資之。財官之運重重喜,水火逢來實可悲。
命造:年柱丁未、月柱壬寅、日柱乙丑、時柱丁亥。これはわが兄希禹の命で、木火傷官にして官星足らざる格局に属す。張楠が断じて言う:乙木という陰木は寅月に生まれて、正に気勢の漸進の時;また三重の印星ありて層層に生扶す;財運官運は重々して皆喜ぶべし;一たび水火が交わり併せて来れば、実に悲しむべし。
乙生寅月進氣之木,更通三資身,無奈比劫重重爭財,而財不足也。四火制殺太過,早行北方不佳,喜庚辛金蓋頭,破劫存財星,已運財旺生官,有威震比劫之意。行亥運,壬水資比劫,爭財不已,又合丙子年,火制金而水資木,書云:“木火傷官官要旺。”用神受困,患麻症而死矣。
乙木は寅月に生まれて、気勢の正に進む木にして、また三処の根気に通じて身を扶く。奈何せん柱中の比肩劫財は重々しくして、財星を争奪し、財は便ち足らず。年時の両丁に寅中の丙火を加えて、火多くして殺を制すること太く過ぐ。早年に北方の水運を行きて佳(よ)からず、幸いに天干に庚辛の金の蓋頭あり、能く劫財を破りて財星を存す。巳運に至りて財旺じて官を生じ、比劫を威震するの勢あり。亥運を行くに及び、壬水は比劫を生助し、財を争うこと休まず;また丙子年に逢う、丙火は金を克し子水は木を生ず、正に書の謂う「木火傷官は官の旺を要す」、官星はすでに制せられ、用神は困を受け、彼は麻症を患(うれ)えて歿したり。
戊寅、己未、丙戌、乙未。貴女命,作真傷官用印格。楠曰:火逢稼穡洩精神,更喜柱中印綬親。衰印最宜重見印,褒印兩國豈常人。
命造:年柱戊寅、月柱己未、日柱丙戌、時柱乙未。これは一位の貴婦の命で、真傷官にして印をもって用と為す格局に属す。張楠が断じて言う:丙火は満盤の土象に遇えば、精神は皆泄し尽くさる;喜ぶところは柱中に印綬ありて親しむべし;印星はすでに衰う、最も宜しくさらに印を見て相助を来たさしむべし;後に両朝の封贈を受け、褒揚は両国夫人の号に及ぶ、あに尋常の人の比すべきや。
丙火生未,四柱土氣重重,洩弱丙火之氣,正作火土傷官,身弱由自親印綬也。原印星衰弱,運行印旺之鄉。受夫子兩朝封贈。大運入丑,辛金破乙死矣。
丙火は未月に生まれて、四柱の土気は重々疊疊(ちょうじょう)として、丙火の元気を泄し尽くして衰弱ならしむ、正に火土傷官格;日主はすでに弱く、自ずから印綬に親しむを要す。原局の印星はただ時干の一点の乙木、もとより衰弱、後に大運が印旺の郷に走りて、補足を得、因って丈夫と兒子を憑(よ)りて両朝の封贈を受く。大運が丑に入るを待ち、丑中の辛金は乙木の印星を克破し、寿命もまた終(つい)す。
辛丑、丙申、己丑、庚午。逸叟母命,金多用火。楠曰:己土生申金氣重,金多用火返成功。北方見水身多疾,日祿歸時壽福崇。
命造:年柱辛丑、月柱丙申、日柱己丑、時柱庚午。これは張楠自身の母の命で、金多くして火を取りて用と為す。彼が断じて言う:己土は申月に生まれて、金気は甚だ重し;金は一たび多くなれば即ち火を用いてこれを制するを要し、かえって事を成す能う;北方の水運を走れば即ち多く病あり;時支の午は己土の禄にして、日主は時に禄に帰し、寿数と福気とは俱に高し。
己土生申,金氣重重,傷官盜氣多者,用印而不用財也。運入庚子辛丑,壬字洩氣破痊。然柱中真火,而又生吾兄弟三人者,何也?蓋得丙丁二人。克去傷官,存土精英,而能旺夫旺子也。八十七歲,辰運合水破印,親壽方終矣。用印深驗,論用財非深知命理也。吾母一生,夫子衣祿,賴有此丙丁二火,苟無此二火,則孤矣。
己土は申月に生まれて、金気は重々しく、傷官が日主の気を盗泄すること多きは、かかる命はまさに印を取りて用と為すべく、財を取るにあらず。大運が庚子・辛丑に入れば、水は来りて気を泄し、健康は損を受く。しかるに柱中にすでに真火ありて、彼女がまたわが兄弟三人を生み得たるは、何の故ぞや。正に丙・丁の両点の火あるを得て、傷官を克去して土の精華を存し、ゆえに能く夫を旺し子を旺す。八十七歳に至りて辰運を走り、辰は申子と合して水と為りて印星を破り、母の寿数はこそ終れり。見るべし印を取りて用と為すの断法は極めて霊験なり;もしこの命は財を用いるべしと言わば、即ち真に命理を知る人にあらざるなり。わが母の一生、丈夫・兒子と衣食禄養とは、全くこの丙丁の両火に頼る;もしこの両点の火無からば、即ち孤苦依怙(いこ)無からん。
丙寅、甲午、甲戌、丁卯。極貧淫賤,夫星輕而制夫旺星。楠曰:甲生午月火炎炎,剋制夫星本太嫌。運再東方生火氣,孤貧淫妒不堪言。
命造:年柱丙寅、月柱甲午、日柱甲戌、時柱丁卯。これは極めて貧賤の女命で、夫星は太く軽くして夫星を克制する食傷は太く旺なり。張楠が断じて言う:甲木は午月に生まれて、火気は炎炎たり;夫星を克制すること太く過ぐ、もとより嫌うべし;運はまた東方に走り、木はさらに火を生ず;一生孤苦貧寒にして、妒恨(とこん)は平(たい)らが難く、言うに堪えず。
甲生午月,傷辛金宮,星夫俱臨敗絕之地。火氣益炎,辛金夫星之氣益弱。且行東方,木生火熾,夫既受傷,而子胚胎損矣。一生孤貧,桑間濮上之恥可聞乎,正謂無子也。壬辰癸巳運,衣食頗饒,蓋得壬癸水破火存夫。入寅夫絕,木作灰飛絕矣。
甲木は午月に生まれて、午火は直ちに辛金の居する宮を傷る;女命は官殺をもって夫と為し、辛金の夫星と子息の星は俱に敗絶の地に落つ。火気はいよいよ炎にして、辛金の夫星の気はいよいよ弱し。況(いわ)んや大運はまた東方を行き、木は火を生じて火はさらに熾(さか)ん、丈夫はすでに傷を受け、胎孕もまた随(したが)いて損壊す。因って一生孤苦貧寒にして、《礼記》の譏(そし)る「桑間濮上」のごとき醜声もまた伝わり出づ、言い極むればなお無子に因るなり。壬辰・癸巳の両運は、衣食は頗(すこぶ)る寛裕にして、これは壬癸の水が能く火を破りて夫星を保つがゆえ。一たび寅運に入れば、寅午は火に合して、夫星は徹底的に絶滅し、木は化して灰と為りて絶え、人もまた即ち了(おわ)れり。
己丑、己巳、丁丑、己酉。孤貧女命,土有餘木火不中足格。楠曰:丁逢己土食神多,洩損精神定奈何。信是孤貧應有數,子多無子豈差訛。
命造:年柱己丑、月柱己巳、日柱丁丑、時柱己酉。これは孤苦貧寒の女命で、土は余ありて木火は足らざる格に属す。張楠が断じて言う:丁火は三個の己土に逢えば、食神は多すぎ;精神は泄損せられ、実に奈何(いかん)ともすべ無し;かかる孤貧は確かに命の中に数あり;彼女を「子多くしてかえって無子」と言う、少しも差訛(さだ)ならず。
丁火生巳,本為火之分野,殊不知四柱食神傷官太金,洩弱丁為精英,則是母胎虛耗,子無託生之所,正謂子多無子。若得東方甲乙運,有木克去子星,存養丁火精神,庶無尚可生子。此造何期運入西方,全無木氣,財神太重,財多身弱,一生孤若貧寒無子。入戌再加一土,愈洩精神,死矣。
丁火は巳月に生まれて、本(もと)は火の地盤なり。誰(たれ)か知らんや四柱の食神傷官は多すぎて、丁火の精華を泄し尽くすを。女命は食傷をもって子と為し、母体の元気はすでに虚耗してこの歩(ほ)に至れば、胎児は托生すべき処無し、正に謂う「子星多くしてかえって無子」なり。もし東方の甲乙木運に走るを得ば、木をもって多すぎる土(子星)を克去し、丁火の精神を保養し、あるいはなお生育する能わん。期(ご)せざりきこの造は運が西方に入りて、全く木気無く、財星は太く重く、財多身弱の局と成り、因って一生孤苦貧寒にして無子なり。戌運に入りてさらに一重の土を添え、泄気はいよいよ甚だしく、人は便ち歿す。
丙子、辛丑、己卯、庚午。孤寡,木少金多之格。楠曰:坐下夫星木氣微,不堪金旺木無依。西方運入金多見,獨守孤燈只自知。
命造:年柱丙子、月柱辛丑、日柱己卯、時柱庚午。これは孤寡の女命で、木少なくして金多き格に属す。張楠が断じて言う:日支の卯中の夫星は木気もとより微弱なり;偏(あ)に金旺じて、木はさらに依托する所無し;一たび西方の運に入りて金気はいよいよ多し;ただ孤灯を守りて、冷暖は自ら知るのみ。
己土生丑,透出庚辛不宜,乃夫受制太過。己亥運,夫星得生,頗遂室家之一入西方剋夫,孀居到老,一子不肖,宜矣。
己土は丑月に生まれて、天干にまた庚金辛金を透き出だすは、女命にとって甚だ相宜ならず——金は食傷にして、専ら官殺を克す、すなわち丈夫を壓制すること太く過ぐるに等し。己亥運に走る時、亥は木の長生にして、夫星は生扶を得て、家室の事はなお心に称(かな)う。一たび西方の金運に入れば、夫を克する力量はさらに重く、ここにおいて寡居して老いに至る;わずかなる一個の息子もまた器を成さず、皆情理の中にある。
印綬格
楠曰:正印偏印格者,如父母生身之義也,蓋日主得其資助。書云:“印綬生月利官運,畏入才鄉,蓋財乃破印之氣也。”此亦書之死路,非通變之道也。然四柱印星太旺,日主有氣,印疊生身,如人元氣本旺,再服補藥,生可存乎?此則幾用見屠以破印也。四財少,必須運上財神為吉。又若日主根輕。印星又弱,最畏財星,謂之貪財損印,宜也。
張楠がいう:謂うところの「正印」「偏印」格は、父母の身を生養するの義を取る、日主はこれによりて資助を得。書に講ず:「印綬は月令に在りて、官運に行くに利あり、財鄕に入るを畏る、財は即ち印を破るの気なればなり。」これもまた書上の死の路数にして、通権達変の道にあらず。四柱の印星が太く旺じ、日主それ自身に気ありて、印星が層層に身を生ずるを設(も)くば、たとえば人の元気がもとより充足して、さらに補薬を拼命に服すれば、かえって受け得るや。この種の情形は恰好に財星を用いて印を破るを要す。原局の財少なき者は、必ず大運上の財神に頼りてこそ吉なり。反対にもし日主の根基が単薄、印星もまた弱ければ、それはこそ最も財星を怕る、「貪財壊印」と謂う、財を忌むは対(たい)なり。
又有真印假印,如丙日生人,生臨亥月,或用亥月甲木作假印地也。十月木氣,根桔葉落,則此衰木,宜行東方木旺之地,以輔助其根氣,則枯苗得雨,勃然而興,畏巳酉丑運,沖剋其木,尤畏行西方申辛本,天干地支俱全,損傷尤甚。若天干得壬癸甲乙丙丁蓋頭,雖禍亦淺,又若丙丁日主,臨寅卯多根之地,謂之真印也。
印にはまた真假の分かちあり。たとえば丙火の日主が亥月に生まれて、亥中に蔵する甲木を取りて印と為せば、これを「假印」と謂う、木は併(あ)せて令にあたらざればなり。十月の木は根枯れ葉落ち、かくのごとき衰弱の木は、東方の木旺の地に走りてその根気を培助するを宜とす、たとえば枯苗の雨を得るがごとく、勃然として興る;最も怕るるは巳酉丑の金運の来りてこれを冲克する、尤も怕るるは西方の申酉と庚辛に走る、天干地支に金気は俱に備わりて、損傷は格外に重し。もし天干に壬癸の水ありて金を化して木を生じ、あるいは甲乙の木ありて身を幇(たす)け、あるいは丙丁の火ありて金を制して上に蓋(おお)わば、たとい禍あるもまた浅し。反対に、丙丁の日主が寅卯のごとき木気に根ある月に生まれれば、それはこそ「真印」と謂う。
若印多不畏財星,日主輕,如只有一二點印,亦畏財也。大抵木不能勝金,謂之印綬被傷。倘若榮華不久,真假印辯,不可不究。財、官、印、殺、食神、傷官,此六乃日干月令。正格外有陽刃格!此係日月相通。出此之外,或虛邀財官,或刑合財官,或暗拱財官,或沖搖財官,亦幾近理。說見小文。
印星が多ければ財星を怕れず;日主が軽くして、柱中にただ一二点の印ある者は、同じく財を怕る。大体木は金に敵(かな)えず、木印が金に克されば、これを「印綬傷せらる」と謂い、かかる人はたとい栄華あるもまた長く久しからず。真印假印の分辨は、細かく究めざるべからず。財・官・印・殺・食神・傷官のこの六種は、日干と月令の関係に就きて立てる正格なり;正格の外にまた「陽刃格」あり、これは日主と月令とが同気相通じて成る。これ以外に、また虚に財官を邀(もと)め、刑して財官を合し、暗に財官を拱(かが)め、冲して財官を動かすの幾類の取法あり、また大致に理に合す、詳しくは後文の各条に見るべし。
《繼善篇》云:官刑不犯,印綬天德,年月日時支同一宮分。固通格解,謂但四柱中俱有,乃同一命宮分,不必一支。如甲寅丙寅丙寅丁酉,是天德在丁,月德在丙,印綬在寅。如庚申庚辰庚子壬午,是天德月德俱在壬,印綬在辰,天德與印綬同一命宮是己尤通。嚴陵命書謂天月二德星,在日上為的,他處見不當作德論。
《継善篇》にいう:一生に刑獄を犯さざる人は、命中に印綬と天徳ありて、しかも年月日時の地支は同一の宮分に帰す。この言の通行の解釈は:ただ四柱中に印綬と天徳と倶に備わり、同じく一個の命宫に属すれば即ち可とし、必ずしも同じ一個の地支に挤(よ)るを要せず。たとえば甲寅・丙寅・丙寅・丁酉のこの一命は、天徳は丁に在り、月徳は丙に在り、印綬は寅に在り。またたとえば庚申・庚辰・庚子・壬午のこの一命は、天徳月徳は俱に壬に在り、印綬は辰に在り、天徳と印綬とは同じく一個の命宫に処す、いよいよ通順なり。《厳陵命書》は則ち天徳・月徳の両星は日柱上に落つるを要してこそ数と為す、別処に落つるは徳神として論ずべからず、と言う。
古歌云:月逢印綬喜官星,運入官鄉福必清。死絕運臨身不利,後行財運百無成。補曰:甲乙在亥子月生,丙丁在寅卯月生,戊己在巳午月生,壬癸在申酉月生,庚辛在辰戌丑未月生,或在巳午月生,皆是月逢印綬也。若四柱中元有官星,乃是官印相生,方為貴人,誠印綬格所最喜者也。若行官鄉運,則發福幾清厚。行死絕運,輕則災疾損傷重則死亡孝服。若行財鄉,貪財壞印,其禍百端。
古歌にいう:「月に印綬に逢えば官星を喜び、運が官鄕に入れば福は必ず清し。死絶の運が臨めば身に利ならず、後に財運を行けば百として成ること無し。」補って説明す:甲乙木は亥子月に生まれ、丙丁火は寅卯月に生まれ、戊己土は巳午月に生まれ、壬癸水は申酉月に生まれ、庚辛金は辰戌丑未月あるいは巳午月に生まるるは、皆月令に印綬に逢うに属す。もし四柱にもとより官星あれば、便ち官が印を生じ印が身を生ずる「官印相生」で、こそ貴人と成る、正にこれ印綬格の最も喜ぶ配置なり。官星の鄕の運を走れば、福気は清厚なり;印星の死絶の運を走れば、軽ければ災病損傷、重ければ死亡あるいは喪服の痛に遭う;財鄕の運を走れば、貪財壊印して、禍端は百出す。
又曰:重重生氣若無官,常作清高技藝看。官殺不來無爵祿,總為技藝也孤寒。補曰:月生日干年時俱有印綬,是謂重重生氣也,有官方作貴推。若無官殺,非技藝之流,則庸常之輩。總為清高之藝,亦不錫免孤若寒微而已。所謂印綬旺而子息稀是已。
また言う:「重々の生気、もし官無ければ、常に清高の技芸と作して看る。官殺の来らざれば爵禄無く、総て技芸としても孤寒なり。」補って説明す:月令が日干を生扶し、年柱時柱にまた俱に印綬あれば、これを「重々の生気」と謂う;必ず官星あらば、こそ貴命に按じて推すべし。もし官殺無ければ、一技の長に頼りて生を営む人ならざれば、即ち庸常の輩なり;たとい操るところは清高の技芸といえども、孤单寒素を免かるべからず。謂うところの「印綬旺じて子息稀なり」とは、正にこの種の命を言う。
又曰:印授干頭重見比,如行運助必傷身。莫言此格無奇妙,運入財鄉福綠真。補曰:印綬生月,干頭重重,一見印綬之比肩,又行印旺之運,必傷身。所謂木賴水生,水盛則木漂,術逢壬癸水漂流,日主無根枉度秋是巳。印旺遇財乃發,須入財鄉運,乃能發福發祿,如水盛木漂,必須行敗運,以土制木,則木植其根為福,所謂歲運若行財旺也,反凶為吉遇王侯是也。《格解》所謂印綬畏入財鄉之句,不可抱泥是也。
また言う:「印綬は干頭に重ねて比を見る、もし運に助を行けば必ず身を傷る。この格に奇妙無しと言うこと莫かれ、運が財鄕に入れば福禄は真なり。」補って説明す:印綬が月令にあたり、天干にまた層層に印を透かせ、さらに印と同類の比肩を見て、また印旺の運を走れば、必ず身を傷る。これが謂う木は水に頼りて生ずといえども、水が一たび多くなれば木はかえって漂えり;命書に言う木は壬癸に遇えて漂流し、日主は根無くして虚しく光陰を度る、これなり。印旺の命は財に遇えばこそ発す、須(すべか)らく財鄕の運に走るを要し、こそ福を発し禄を発する能う。たとえば水盛んにして木漂えるは、必ず水を制する能う運を走るを要し、土を用いて水を堵(ふさ)ぎ去れば、木はこそ根を植えて福を成す。謂うところの歳運がもし財旺を行けば、凶を反して吉と為りて王侯に遇う、これがその理なり。《格解》のあの句「印綬は財鄕に入るを畏る」は、拘泥死守すべからざるなり。
又曰:印綬官星旺氣純,傷官多遇轉精神。如行死絕並財地,無救反為泉下人。補曰:印逢官星,如值所喜,則為旺氣純也。傷官多遇,值如所忌,則不免轉而不精神也。舊文原是如此,而或者改旺氣為運氣,改傷官為偏官,以轉精神為有精神則非也。
また言う:「印綬官星は旺気純なり、傷官多く遇えば転じて精神す。もし死絶ならびに財地に行けば、救い無くしてかえって泉下の人と為る。」補って説明す:印綬が官星に逢うは、正にその喜ぶところに値(あ)う、ゆえに旺気純粋と謂う;傷官に遇うこと多ければ、則ちその忌むところに値う、気機は便ち転じて萎頓振るわず。旧本の原文はもとよりかくのごとし、しかるに或る人は「旺気」を改めて「運気」と為し、「傷官」を改めて「偏官」と為し、「転じて精神す」を講じて「精神あり」と為す、皆錯(あやま)りなり。
又曰:印星偏者是梟神,柱內最喜見財星。身旺遇之方是福,身衰梟旺更無情。補曰:印星偏者,如甲生亥月,乙生子月之類。無食則為偏印,有食則為梟神。柱中見偏財正財則吉,故曰偏印遇財乃發,又曰偏財能益(算)〔壽〕逢年,身旺遇之吉。若身弱逢梟旺,則為禍矣。所謂梟神興,而早年夭折是也。
また言う:「印星の偏なる者はこれ梟神、柱内に最も財星を見るを喜ぶ。身旺してこれに遇えば方(まさ)にこれ福、身衰えて梟旺ければさらに情無し。」補って説明す:謂うところの偏印は、印星と日主と陰陽の同じきを指し、たとえば甲木が亥月に生まれ、乙木が子月に生まるるのたぐい。柱中に食神無き時はそれはただ「偏印」と呼ぶ;一旦食神ありてそれに奪われれば、即ち「梟神」と呼ぶ。柱中に偏財あるいは正財を見れば便ち吉、ゆえにいう偏印は財に遇えばこそ発すと;またいう偏財は能く寿を益し年を延ぶと(底本ここに「算」は「寿」の訛、両字を存す)、身旺して財に遇えば即ち吉なり。もし身弱くして梟神が旺なれば、即ち禍と成る。謂うところの梟神が権を当たりて早年に夭折すとは、まさにこの種の命を指す。
《絡繹賦》云:印臨子位,受子之榮。梟居祖位,破祖之基。補曰:或曰梟居祖位,破祖之基,甚祖之基,甚應驗。觀《六親論》云:“日時殺刃逢梟,半道妻兒離散”可見。《格解》謂梟居祖位破祖之基,再詳。《玉匣賦》云:華蓋與文星共會,尉遲為五伯良臣。補曰:文星謂印綬也。故《通明篇》云:“印綬文華也”,非文昌之文。
《絡繹賦》にいう:印星が時柱の子息の位に落つれば、兒子の栄養を受くる能う;梟神が年柱の祖上の位に落つれば、祖上の基業を敗壊す。補って説明す:或る人は梟神が祖位に居りて祖上の基業を破るのこの一条を極めて応験ありと講ず。《六親論》の謂う「日時にもし七七殺・陽刃ありてさらに梟神に逢えば、中途にして妻兒离散す」を看れば、印証すべし。《格解》の梟が祖位に居りて祖基を破るの一条の解釈は、なおさらに詳考を作るを要す。《玉匣賦》にいう:華蓋星と文星とが一か所に会せば、尉遅恭は因って五覇の世のごとき良臣と為る。補って説明す:ここの「文星」は印綬を指す、ゆえに《通明篇》に講ず「印綬は即ち文華なり」、文昌星のあの文を指すにあらず。
《寸金籤》云:印綬不喜臨官,帝旺逢之亦不歡。八字逢財無所用,行財不利卻無端。補曰:臨官是日干行臨官之地,印逢則病,故曰不喜見臨官帝旺。是干行帝旺之地,印逢則死,故曰逢之亦不歡八字中產見財星,喜見官星,如如行財旺之鄉,則貪財壞印為禍百端。所謂如行死絕財旺地,無救翻為泉下人。
《寸金籖》にいう:「印綬は臨官を喜ばず、帝旺これに逢うもまた歡ならず。八字に財に逢えば用いる所無く、財を行きて利ならずして端無し。」補って説明す:謂うところの臨官は、日干が臨官の地に走るを言い、この時印星は恰好「病」の位に落つ、ゆえに臨官を見るを喜ばずと言う。謂うところの帝旺は、日干が帝旺の地に走るを言い、この時印星は「死」の位に落つ、ゆえにこれに逢うもまた歓喜せずと言う。八字の中に財星を見るを忌み、官星を見るを喜ぶ;もし財旺の郷に走れば、貪財壊印して、禍端は百出す。これすなわち「もし死絶財旺の地に行けば、救い無くしてかえって泉下の人と成る」のあの言の意なり。
《萬金賦》云:第一限逢印綬鄉,運行生旺必榮昌。官鄉會合遷官職,死絕當關是禍殃。《淵源歌》云:有印無財是福媒,喜逢官位怕臨財。主人囊括文章秀,一舉丹墀面帶來。《雲理賦》云:水泛者活木。補曰:此言水泛木浮格也。蓋甲木生於亥,則無咎。乙木死於亥,水泛木浮,恐無聚作。
《萬金賦》にいう:「第一限に印綬鄕に逢えば、運が生旺に行けば必ず栄昌す。官鄕会合すれば官職を遷(うつ)り、死絶が関にあたるはこれ禍殃なり。」《淵源歌》にいう:「印ありて財無きはこれ福の媒、官位に逢うを喜びて財に臨を怕る。主人は文章の秀を囊括(のうかく)して、一挙に丹墀(たんち)に面(おも)を帯びて来る。」意は印ありて財無き命は福を招くの媒介にして、官星を見るを喜びて財星を見るを怕る、かかる人は文章出衆して、一挙に第に登り君に面する。《雲理賦》にいう:水勢は泛濫(はんらん)して木はなお活す。補って説明す:これは「水泛木浮」格を講ず。甲木の長生は亥に在り、亥月に生まれて災咎なし;乙木の死地は亥に在り、一たび水泛木浮に遇えば、恐らくは成就有り難し。
又曰:水盛則漂木無定,若行土運方榮。補曰:上文論陰木,此論陽木。蓋言甲木歸於子,水敗之鄉,柱中水印太盛,失土止者。人命得之,主漂盪無定,風花好酒,無成之造。遇土運止水,發福為榮。又曰:貪食乖疑,命用梟神因有病。補曰:如日坐梟神,或干支梟印重,運逢食神,必主貧乏生病,更帶刑法,作災不測。故《奧旨賦》云:“歲月時中有偏印,吉凶未萌。大運歲君遇壽星,災殃立至。”
また言う:水が太く盛んなれば木は漂蕩して定まらず、土運に走りてこそ栄顕す。補って説明す:上の条は陰木の乙を講ず、この条は陽木の甲を講ず。これは言う、甲木は子の位に帰す、正に水の沐浴敗地にして、柱中に水印が太く盛んにして止(とど)むる土無し。人がかかる命を得れば、一生漂泊して定まらず、風流を好み杯中の物に嗜(たしな)み、終に成就無し。土運に遇いて水を止めば、こそ福を発して栄顕す。また言う:食を貪りて乖違疑忌を生ずるは、命中に梟神を用いて因って病ありと。補って説明す:たとえば日支が梟神に坐し、あるいは天干地支に梟印が重疊し、大運がさらに食神に逢いて奪われれば、必ず貧乏多病を主り、もしさらに刑法の神を帯ば、災禍は測り難し。ゆえに《奥旨賦》にいう:「歳月時の中に偏印あれば、吉凶はいまだ萌(めば)えず。大運歳君が寿星に遇えば、災殃は立ちどころに至る。」
又曰:命用梟神,富家營辦。又曰:天干二丙,地支全寅,更加生印,死見凶臨。又曰:壬癸多金,生氣酉申。土旺則貴,水旺則貧。又曰:癸日申提,卯寅歲時。年殺月劫,林下孤悽。
また言う:命中に梟神を取りて用と為す人は、多く富家において経営弁事の職を為す。また言う:天干に二個の丙火出づ、地支に寅の字斉(ととの)い備わり、さらに印星の来りて生ずるを加えば、一旦死地に行き到れば、凶禍は即ち来臨す。また言う:壬癸の水日主にして柱中に金多きは、生気は申酉の両処に在り;この時土旺なれば即ち貴く、水旺なれば即ち貧し——水はすでに金に生ぜられて、さらに旺なれば泛濫して制無きがゆえ。また言う:癸水の日主が申をもって月令提綱と為し、年時にまた卯寅を見、年上に殺あり月上に劫あるは、かかる命はただ山林に隠居して、孤单凄凉(そうりょう)なり。
己亥、乙亥、乙丑、丁亥。臨川黃良三公富命,水重輕。楠曰:水氣重重在地支,木漂水泛欲何依。最宜土運來克水,財帛金珠樂有餘。
命造:年柱己亥、月柱乙亥、日柱乙丑、時柱丁亥。これは臨川の黄良三公の富命で、水重くして木軽し。張楠が断じて言う:地支に三個の亥、水気は重々し;木は水に漂えられて、依托する所無し;最も宜しきは土運に走りて水を克する;かくすれば財帛金珠、享用は余あり。
乙木生亥,重重水氣以漂之,早行癸酉壬申,木多見水不利,一入辛未庚午己巳戊辰四運,土止水流,財發萬緡,正謂印綬若多,財要見也。
乙木は亥月に生まれて、重々の水気はこれを漂(うか)べ起(た)たしむ。早年に癸酉・壬申に走れば、金水は併せて旺じ、木はすでに水多きにさらに添う、かえって不利なり。一たび辛未・庚午・己巳・戊辰のこの四歩の運に入れば、運支に土重くして、泛濫の水を止め、財を発すること万緡の多し。正に「印綬もし多ければ、必ず財を見るを要す」のこの言に応ず——印は多くして災を成し、須(すべか)らく財を用いてこれを破るべし。
丁亥、辛亥、乙亥、丁亥。盱江劉三三公,水多漂木之格。楠曰:乙生亥月水重重,殺印分明祖業豐。戊己運中雖發福,再行水運壽年終。
命造:年柱丁亥、月柱辛亥、日柱乙亥、時柱丁亥。これは盱江の劉三三公の命で、水多くして木を漂わす格局に属す。張楠が断じて言う:乙木は亥月に生まれて、四支は皆亥にして水気は重々し;月干の辛金は殺、亥水は印、殺印は分明にして、因って祖業は豊厚なり;戊己の土運の中には福を発する能うも;さらに水運を行けば、寿数は便ち尽头に到る。
乙木生亥,水氣重重,但喜純粹,水原未蓋頭。蓋得祖財豐富,己酉戊運,屠名頗振,酉地殺輕得祿也。原殺星見水,多洩去精神,殺弱入酉得祿,生子甚多。一入申運,壬水太旺,水來泛木死矣。
乙木は亥月に生まれて、水気は重々しく、喜ばしきは四柱が純粋にして雑らず、天干上にまた水の蓋頭して圧(おさ)える無し。因って豊厚の祖産を享くるを得。己酉・戊の両運は、名声は頗(すこぶ)る振作す、酉は辛金の禄地にして、原(もと)単薄の七殺はここに禄を得ればなり。原局の殺星辛金は衆水にその精神を泄し去られ、殺は弱くして酉に入りて禄を得、ゆえに子息は甚だ多し。一たび申運に入れば、申中の壬水は長生して、水勢は太く旺じて、木を泛えて根無からしめ、人は便ち歿す。
壬寅、辛亥、丁巳、辛亥。盱江劉瑛千九公富命,衰印畏財格。楠曰:丁火生臨亥月乾,木神類聚喜相連。柱中最怕金為病,運入東方福祿全。
命造:年柱壬寅、月柱辛亥、日柱丁巳、時柱辛亥。これは盱江の劉瑛千九公の富命で、印星が衰弱して財を怕る格局に属す。張楠が断じて言う:丁火は亥月に生まれて、正に乾位水旺の時にあたる;柱中の木神は同類聚集して、彼此相い連なるは喜ぶべし;最も怕るるは金の来りて病を作す;運が東方の木地に入れば、福禄は便ち周全を得。
丁火生於亥月,火神衰弱,喜年干透出壬水,丁壬化木於亥木神類聚,用神無疑矣。蓋得巳宮有庚來損木,則金為病明矣。運行甲寅乙卯丙辰丁運,枯木逢春,又喜火破庚金存木,富享優遊。入巳強寇毀廬,喪子奇禍,蓋嫌巳中金來克木也。午未木死陰壽。
丁火は亥月に生まれて、火気は衰弱す。喜ぶところは年干に壬水を透き出だし、日主の丁火と相合して木に化し、しかも亥はまた木の長生にして、木神は同類相聚す、用神は即ち疑問無し。しかるに日支の巳宮に庚金を蔵して木を損せんと欲す、然れば金は即ち病神、これもまた甚だ明白なり。大運が甲寅・乙卯・丙辰および丁運に走れば、枯木は春に逢う;また喜ぶは火が能く庚金を克破して木を保つ、因って富きて優游を享く。運が巳に入れば、強盗に房舎を焚毀(ふんき)せられ、また子を喪(うしな)い、連ねて奇禍なり、正に巳中の庚金の来りて木を克するを嫌(いや)むなり。午・未に至りては、木は死墓の地に入り、寿数もまた尽くるなり。
乙丑、辛巳、己巳、庚午。豐城孫世佑佈政貴命,旺變為弱用印格。楠曰:己土雖然坐旺鄉,重重金氣損精陽。旺中變弱來親印,殺運應知佐廟廊。
命造:年柱乙丑、月柱辛巳、日柱己巳、時柱庚午。これは豊城の孫世佑の貴命で、官は布政使に至り、旺より転じて弱と為りて印を取りて用と為す格局に属す。張楠が断じて言う:己土は旺地に坐すといえども、重々の金気にその元その元陽を損傷せらる;旺中より転じて弱、ただ印星に親しむのみ;一たび殺運に走れば、便ち朝廷を輔佐する能う。
己土雖生巳月,本為火生之域。夫何金氣重重?己土見金洩其精氣,賴有三重火氣,大抵土好暖而畏寒,則己土親火為印綬。運行己卯戊寅,殺星太旺,故曰印輕者賴官殺以生之,所以位至方伯。
己土は巳月に生まれど、本(もと)は火の土を生ずる地盤なり。奈何せん柱中の金気は重々し:月干は辛、時干は庚、年支の丑はまた金庫。己土は金を見て、精気は泄され、全く巳・巳・午の三重の火気に頼りて支撐す。大体土は温暖を好みて寒湿を怕る、ゆえに己土は火に親しみ、火を取りて印綬と為す。大運が己卯・戊寅に走れば、卯寅の木は旺じて、己土にとっては殺星が太く旺なり;正に「印星の軽きは官殺に頼りてこれを生ず」のこの言に応ず、殺は印を生じ印は身を生ず、ゆえに官位は一方の布政使に到りぬ。
西內運火輕,猶宜補起火來。大運入子見財而破印,財乃妻也,因妻而致禍也。蓋原無水止有火土,則東方水運不美,此則土虛而好火,畏水傷火,子運死也明矣。
西方の一路の運の裡は火気は転じて軽く、なお宜しく火を補い起こすべし。大運が一たび子水に入れば、財を見て印を破る、財は六親上に妻子を代表す、ゆえに彼は妻室の事に因りて禍を招きぬ。原局はもとより水無くしてただ火土あるのみ、然れば北方の水運に走れば便ち美ならず。この命は土虚にして火を好み、最も水の来りて火を傷るを怕る、子運にして命を喪(うしな)うもまた理順成章なり。(原文の「東方水運」はまさに「北方水運」と作るべし。)
壬戌、壬寅、丁卯、戊申。崇仁方武十凌遲死,貪財壞印。楠曰:丁火生寅木氣柔,財來沖印便成憂。再行財運災難免,直待凌遲死便休。
命造:年柱壬戌、月柱壬寅、日柱丁卯、時柱戊申。これは崇仁の方武十の命で、最後に凌遅の刑に処せらる、起因は貪財壊印に在り。張楠が断じて言う:丁火は寅月に生まれて、木気はなお柔嫩なり;財星の来りて印星を冲は便ち憂患と成る;さらに財運を行けば、災禍は免がれ難し;直に凌遅を受けて死するを待ちてこそ了結す。
丁火日干,生於立春後二三日,其火檄寒矣,其木極嫩矣。正為木嫩火衰,不合年月兩點壬水,再來溼火溼木,時上申宮庚金,沖出嫩木。且有戌了透出,年支戊土透出,月上真土,作正火土傷官用印,不合衰印受傷。
丁火の日主は立春の後二三日に生まれて、火気はなお寒微にして、寅中の木もまた極めて幼嫩なり。正に木嫩火衰の際にあたり、偏(あ)に年月の両干は皆壬水にして、火を澆(そそ)ぎ熄(や)め木を泡(つ)け湿(ぬ)らし;時支の申宮の庚金はまたあの一点の嫩木を冲克す。柱中の戌土に丁火の透き出ずるあり、時干の戊土もまた透き出づ、月令の寅中にまた戊土の本気あり、正格の火土傷官にして印をもって用と為すを構成す;巧ならざるはこの衰弱の印星が恰好に傷を受くる。(原文の「年支戊土透き出づ」はまさに「時干戊土透き出づ」と作るべし。)
一入巳運,庚金得生於巳,壞了衰印,因殺死樂安東陳人云壬餘命,武十為首,問凌遲。迥罪而殆。蓋透出傷官,身衰用印,印昨受傷,故犯此極刑。
一たび巳運に入れば、庚金は巳に長生を得て、本(もと)すでに衰弱の印星を徹底的に破壊す。彼は因って楽安東の陳氏一家二十余口を殺し、首犯方武十として凌遅を判せられ、罪に抵(あ)たりて死す。帰結すれば:天干に傷官が透き出でて身を泄し、日主はすでに衰うればただ印を用いる、偏(あ)に印星は傷を受けて救い無し、ゆえにこそかかる罪を犯しかかる極刑を受くるなり。
乙亥、癸未、丁卯、甲辰。撫城過桓九公,木無金之格。楠曰:丁生未月火揚威,見木重生火不知。大喜庚辛來損木,再行木運本非宜。
命造:年柱乙亥、月柱癸未、日柱丁卯、時柱甲辰。これは撫城の過桓九公の命で、木多くして金の制無き格局に属す。張楠が断じて言う:丁火は未月に生まれて、火勢は正に張揚す;さらに木を見て層層に相生せば、火は旺じて節制を知らず;最も喜ぶは庚辛の金の来りて木を損ずる;もしさらに木運を行けば、本(もと)より合適ならず。
丁火生臨未月,火神猶旺,再見木多,返助其炎威也。初行辛巳庚運,木多見金而克之,行財頗逐。但四柱原無一點金氣,財神無根,生財而不克大通。行為妻,行寅卯助起比劫妻。到此闢妻離子,呻吟不利,豈非命該如是乎?
丁火は未月に生まれて、火気はなお旺んなり、さらに木多きを見れば、かえってその炎威を助長す。初め辛巳・庚運を行けば、木多くして金の来りてこれを克するあり、財運を走りて頗(すこぶ)る順遂なり。しかるに四柱にもとより一点の金気無く、財星は根無くして、財を生ずる能うもついに大通する能わず。財は六親上に妻を主り、運が寅卯に行けば、木は旺じて火を生じて比劫を助起して財を奪わしむ、ここにおいて妻は離れ子は散り、処処呻吟して不利なり、あに命はまさにかくのごとくなるべきにあらざらんや。
辛卯、辛卯、戊寅、壬子。與夫子命,去官留殺同印。楠曰:去官留殺理分明,主弱分明用印星。運入南方夫子旺,逢申破印禍來並。
命造:年柱辛卯、月柱辛卯、日柱戊寅、時柱壬子。これは一位の丈夫・兒子と倶に看る女命で、官を去りて殺を留めて兼ねて印を用いる格局に属す。張楠が断じて言う:官星を去りて七殺を留む、理は分明なり;日主はすでに弱く、自ずから印星を用いるを要す;運が南方に入れば、丈夫と兒子とは俱に旺す;一たび申運に逢い印を破れば、禍事は便ち一斉に来る。
年上兩重乙未夫星,天干兩辛去之,獨用寅中甲丙兩字。早行壬癸運,疊疊損兒,蓋為壬癸傷印也。入巳丙火得祿,生子旺夫,南方火旺,財享安福。脫甲患疾而死,壬水破印也。伯母瑛四孺人命。
年・月の両支の卯中の乙木は官にして、夫星と為す;天干の両個の辛金はこれを克去し、ただ日支の寅中の甲木七殺と丙火印星とが用いるに残る。早年に壬癸の水運を走れば、連々(れんれん)として兒女を損傷す、壬癸が丙火を克して印を傷ればなり。運が巳に入れば、丙火は巳に禄を得て、ここにおいて子を生じ夫を旺す;南方の火旺の一路は、安く福分を享く。甲運を脱したる後に疾を患(うれ)えて歿す、なお時干の壬水が印を破るに致るなり。これはわが伯母瑛四孺人の命なり。
乙卯、戊寅、丙戌、乙未。富女命,無夫星入格。楠曰:丙火生寅土透天,無夫入格福連綿。身衰宜入南方運,用印分明豈偶然。
命造:年柱乙卯、月柱戊寅、日柱丙戌、時柱乙未。これは一位の富貴の女子の命で、柱中に夫星無くしても自(おの)ずから格局を成す。張楠が断じて言う:丙火は寅月に生まれて、戊土は天干に透き出ず;命中に夫星無きはかえって格に入りて、福気は連綿(れんめん)たり;日主はすでに衰う、南方の火運に走るを宜とす;印を取りて用と為す、道理は分明にして、断じて偶然にあらず。
丙火生寅,蓋寅中艮土,戊未又有土,月上戊土透出,寅月火虛,土洩精英太過,正作火土傷官用印。蓋傷官衰者用印,原喜柱中不見夫星。原若有夫行南方運,必主孤貧,此則原無夫星,則不論夫也,所以南方運,助夫生子而富。又作火虛有焰,一入申運,見金破木死矣。
丙火は寅月に生まれて、寅中にもとより艮位の土あり、日支の戌・時支の未はまた皆土、月干の戊土はさらに天干に透き出ず。寅月の火はもとより虚弱にして、土はまたその精華を泄すること太く過ぐ、正に火土傷官にして印を取りて用と為す。傷官が気を泄して日主を衰弱ならしめる者は、即ち印を用いるべし;しかしてこの一造はもとより柱中に夫星を見ざるを喜びとす。もし原局に夫星あらば、さらに南方の火運に走りて夫星を克掉せば、必ず孤苦貧寒を主す;いまもとより夫星無ければ、則ち夫を克するも論ずる所無し、ゆえに南方の運はかえって夫を助け子を生じて富を致す。これもまた「火虚にして焰あり」の一種、一たび申運に入れば、申金は年時の両処の乙木印星を克破して、人は便ち歿す。
陽刃格 附:比劫・建禄格
楠曰:陽刃格,六陽日干謂之陽刃理也,六陰日干不謂之刃。但用刃之說,未究其理,則冥然不知也。書云陽刃無沖要可極品。蓋甲日生臨卯月,甲見卯中乙木,如兄見弟,則能分我之祖財,奪我之祖業,再加歲日時中木又有氣,何用乙木之再助我乎?如是則不用刃也,而以刃為病也,則用庚金七殺。
張楠がいう:謂うところの陽刃格は、ただ甲丙戊庚壬の六個の陽日干のみが陽刃と呼ぶ、乙丁己辛癸の六個の陰日干は刃と呼ばず。ただ「いかに刃を用いるか」のこの一層は、もしその理を深く究めざれば、ただ茫然として其の所以を知らざるのみ。書にいう陽刃は冲を受けず、位は人臣を極むべしと。たとえば甲木の日主が卯月に生まれ、甲が卯中の乙木を見れば、兄の弟に会うがごとく、弟は来りて我が祖産を分かち我が家業を奪う能う;況(いわ)んや年日時中の木気はまた足れるをや、いずくんぞ乙木のさらに我を助けんを用いんや。この種の情形は刃を用いるべからず、かえって刃を取りて病神と作し、改めて庚金の七殺を用いてこれを制す。
若去其刃,疊疊財官七殺,則日干雖旺,則變為弱,此則甲刃為用神。若行酉運,沖去刃星,猶如人衰弱無力,全敕弟來扶持,令被酉金殺死我弟也,則主有極凶殺傷蛇虎之禍矣。若如此等,必須要印綬之運,生起我刃星。比肩運,以助起其刃星。
反対に、もし刃を制去したる後、柱中の財・官・七殺が層層疊疊(ちょうじょう)なれば、日主は本(もと)旺なりといえども転じて弱と為る、この時卯中の甲刃は便ち用神と成る。もしさらに酉運に走りて刃星を冲掉せば、たとえば人はすでに衰弱無力にして、全く弟に頼りて扶持せらる、いま酉金がしかしわがこの弟を殺せば、即ち極凶の刀兵・蛇虎の禍あらん。こういう類の命に碰(あ)たれば、必ず印綬の運に走りて我が刃星を生起し、あるいは比肩の運に走りて刃星を助起することを要す。
又日煞無刃不顯,刃無殺不威。蓋日主旺,得車殺以合去其刃星。然殺乃之人,刃乃之器,刃煞停均,多作兵刑顯宦,若日主弱刃為助,見官煞多,制去其刃,多主盜小俟,然陽刃格,與建祿格頗同。但見祿不言刃者,蓋日月令俱同一體純和也。四柱太旺,又露了出丁火貼身,其刃鋒愈熾,則身首官安得不處乎?如夏柱州之命甚驗,說見人命見驗類。
また言う:七殺は陽刃無ければ顕赫(けんかく)ならず、陽刃は七殺無ければ威武ならず。因るに日主が旺の時、正に七殺を用いて刃星を合去すべし。七殺は刑を執るの人にたとえ、陽刃は人を刑するの器にたとう、両者の分量は相當して、多く兵刑の権を掌る顕宦と成る。もし日主がもとより弱くして刃に頼りて身を幇(たす)けんに、柱中に官殺が多すぎて刃を制去すれば、則ち多くは盗賊の小人に淪落す。陽刃格は建禄格と頗(すこぶ)る相近し、ただ禄を見る時は刃と称せず、日主と月令とが同じく一気に属して、純和にして殺伐を帯びざればなり。もし四柱がもとよりすでに太く旺にして、また丁火を透き出だして身に貼して相生せば、刃鋒はさらに熾(さか)んにして、身首は処を異にするの禍をいずくんぞ免がれんや。夏柱州のあの命のごときは即ち極めて応験あり、詳しくは後の人命見験の各類に見るべし。
建祿格者,日主得主祿之地,非官祿也。書云月令建祿,多無祖屋,而不顯言其理,人用財為馬,官為祿,假如甲日生寅月,甲以辛為官,己土為財,財官到寅為死絕地。人則以財祖業,官為福神,祖為福神都元,此格多無祖業者甚驗矣。原甲日生寅,然上乃甲木之舍,財官空倒,又安有祖屋乎!年上若見此祿,亦主祖業飄零。帶此建格,多主刑妻,與陽刃格同。如甲日見寅,寅中有甲木來克妻也。
謂うところの建禄格は、日主が月令において自身の禄地を得るを言う、官を為すの俸禄を指すにあらず。書にいう月令建禄の人は多くは祖屋無しと、しかるに道理を講明せんと肯んぜず。人は財をもって馬と為し官をもって禄と為す:たとえば甲木の日主が寅月に生まれ、甲は辛金をもって官と為し己土をもって財と為す、しかして辛金と己土とは寅地に到りて皆死絶の処なり。財は祖上の産業を代表し、官は福神を代表し、福神と産業の根元とは俱に空絶す、ゆえにこの一格は多くは祖業無くして、験(しるし)を得ること極めて准(じゅん)なり。甲日が寅に生まれ、寅はただ甲木自身の居所にして、財官は俱に空し、いずくんぞさらに祖屋の言わんことあらんや。年柱上にもしこの禄を見れば、また祖業の飄零(ひょうりょう)を主す。建禄格を帯ぶる人は多く妻室を刑克することを主り、陽刃格と相同じ——たとえば甲日が寅を見れば、寅中に甲木の比肩を蔵し、比肩は財を奪い、財は即ち妻なり。
若四柱有氣太旺,慢不建祿格,要官殺剋制其祿,要財星以為身旺之何托。若或歲日昌中,財殺太多,即旺孌為弱也宜印運以生其福神,宜動運以助起祿也。又日一見財官,自然發福。蓋身旺,原廬舍內無財官,則無祖業,若身旺能任其財,豈不白手成家乎?
もし四柱に気ありて日主が太く旺なれば、建禄格の成法に拘守するを要せず、官殺を用いてこの禄を克制し、財星を有して旺盛の日主に寄托せしむる所あらしむべし。もし年月日時の中に財と殺と多すぎれば、日主は旺より転じて弱と為る、則ち印運に走りて福神を生扶し、比劫の運に走りて禄気を幇起するを宜とす。また言う一たび財官を見れば、自ずから福を発す:日主はすでに旺にして、もとより家門の内に財官無く、ゆえに祖業無し;しかるに身旺にして能く財に担(た)えば、あに正好白手にして家を成すにあらざらんや。
補曰:夫陽刃者,在天為紫暗星,專行誅。在地為陽刃殺,祿前一位是也。喜偏殺伏,則陽刃起於邊戌,發富發貴,為將為相者多矣。故《千里馬》曰:「羊刃偏官有制,應職掌於兵權。」故《三車一覽》云:「陽刃倘同生氣,閫內誰權,忌反伏吟。」經支:鈦吟反刃,歲運與玩命相對,卯見卯,酉見酉是也。遇之必凶,即歲運並臨災殃立至也。
補って説明す:陽刃のこの一神は、天においては紫暗星にして、専ら誅戮(ちゅうりく)を司る;地支においては陽刃殺と呼び、位置は日干の禄位の前の一位なり。それは偏官七殺の来りて伏制するあるを喜ぶ、かくすれば陽刃は辺関において功を立てる能う、富を発し貴を発して、将と相とを為る者は多し。ゆえに《千里馬》にいう:「羊刃と偏官と相配して制あれば、まさに兵権を職掌すべし。」《三車一覧》にいう:「陽刃もし生気と同じく来れば、閨閫(けいこん)の内に誰か権を当たらん、最も忌むは反吟・伏吟。」経文の謂う伏吟は、歳運と本命と相同じきを言う:卯見卯・酉見酉これなり、これに遇えば必ず凶、即ち「歳運并び臨み、災殃は立ちどころに至る」の意なり。
何謂扳吟?蓋沖擊之謂也。如酉沖卯刃,卯沖酉刃是也。遇之即處,即羊刃沖合歲君勃禍至之也,忌酉刃三合君,流年見戌,而卯刃三合,流年見己丑,而酉刃三合,如流年見戌,而卯六匐,流年見辰,而酉六合,其人當年禍必速至,即羊刃合歲君,勃然禍至之謂也。
何をか反吟と謂う。即ち冲撃の謂なり。たとえば酉が来りて卯刃を冲し、卯が来りて酉刃を冲すこれなり、これに遇えば即ち事あり、正に「羊刃は太歳を冲合して、禍患は勃然として至る」の説なり。また忌むは刃と太歳とが三合あるいは六合を結ぶ:流年に巳丑を見て卯刃と三合し、流年に巳丑を見て酉刃と三合し、あるいは流年に戌を見て卯と六合し、流年に辰を見て酉と六合せば、かかる人は当年に必ず速やかに禍を招く、即ち羊刃が太歳を合して禍は倉卒に起これり。(底本この段の字句は多く訛脱あり、いま照録して改めず。)
忌魁罡刑害,全無官印,福神相助則為禍,有官印福神相助則為福,化為友貴。何謂羊刃?甲丙戊庚壬五陽有刃,乙丁己辛癸五干無刃,教訓名羊刃,如命中有刃,不可便言凶,大率與煞七相似。凡有刃者,多有富人,最喜身旺坐祿,合殺有制,殺刃兩全,非常之命。
また忌むは魁罡と刑害と并び見る。もし全く官星印星などの福神の来りて相助する無ければ、則ち禍患と成る;官印福神の相助あれば、かえって福と成り、貴ぶべき象に転化す。何をか羊刃と謂う。甲丙戊庚壬の五個の陽干は刃あり、乙丁己辛癸の五個の陰干は刃無し、前人はこの名目を立ててもって教誡と為す。命中に刃あれば、一見して即ち凶と断ずべからず、その性情は大体七殺と相似たり。およそ刃を帯ぶる人は多く富を成す有り、最も喜ぶは身旺にして禄に坐し、また七殺の来りて合し制伏の神ある、殺と刃と両全なれば、則ち非常の命なり。
《三車一覽》云:羊刃有(三)〔二〕。有劫財羊刃,甲見乙是也,不利於財官格。護祿淹刃,甲見卯是也,大利於歸祿格。斯言誠為確論。若乙見丙,謂倒祿羊刃,則非也。蓋己見丙,名為背祿傷官,誠大利於去官留殺路。名為背祿羊刃,甚牽強解。亦謂乙見丙之說,恐不綬,誠是。
《三車一覧》にいう:羊刃は二種に分かつ(底本「三」は「二」の訛、両字を存す)。一は「劫財羊刃」、たとえば甲木が乙木を見るこれなり、これは財官格に利ならず;二は「護禄陽刃」、たとえば甲木が卯を見るこれなり、これは帰禄格に大いに利あり。この言は確かに定論なり。乙木が丙火を見るを「倒禄羊刃」と謂うに至りては、則ち対ならず。己土が丙火を見るは「背禄傷官」と名づく、官を去りて殺を留むるあの路子に対して確かに大いに好处あり;もしこれを「背禄羊刃」と作せば、解釈は相当に牽強なり。同じく乙見丙のあの種の説も、恐らく講じて通ぜず、前人の駁正は対なり。
又曰:劫財諸格,大忌財官尤甚,雖然亦有用時。《喜忌篇》云:日干無氣,時逢羊刃不為凶。《繼善篇》云:君子格中,也犯七殺羊刃。又曰:甲以乙妹妻庚,凶為吉兆。觀此又不可執一而論也。《洪範》支羊刃喜奪資財化鬼。又曰:身弱財豐,喜羊刃史弟為助。
また言う:およそ劫財の一類の格局は、最も財官を見るを忌み、忌むこと何よりも比べて甚だし;言うはここなれど、またそれを用いるに着く時あり。《喜忌篇》にいう:日干に気勢無き時、時柱に羊刃に逢うは併(あ)せて凶と算ぜず。《継善篇》にいう:君子の命格の中にも、また七殺羊刃を犯す有り。また言う:甲木は妹の乙木をもって庚金に嫁がす、乙庚は相合して、凶はかえって吉兆と成る。これを観ればさらに一条を死守して論ずべからず。《洪範》に講ず羊刃は能く人の資財を奪い、また能く鬼殺を化解す。また言う:日主弱くして財が過豊の者は、正に羊刃のこの兄弟の来りて相幇(たす)くるを喜ぶ。
《撮要》支羊刃怕沖宜合。《易監》支羊刃重重必克妻,《寸金賦》劫財傷父京傷妻。《萬金賦》云:劫若重逢人夭壽。《元理賦》云:殺刃又顯均停,位至王候。殺刃重而無制,身為胥吏。又曰:男多羊刃必重婚。又曰:羊刃不喜刑沖。
《撮要》に講ず羊刃は冲を怕りて合を宜とす。《易監》に講ず羊刃は重々なれば必ず妻を克す。《寸金賦》に講ず劫財はすでに父を傷り、また妻を傷る。《萬金賦》にいう:劫財もし重々相い逢えば、人は多く寿短し。《元理賦》にいう:七殺と陽刃と倶に顕露して分量相當せば、位は王侯に至る能う;殺と刃とは重しといえども制伏の神無ければ、ただ衙門の小吏を為すのみ。また言う:男命に羊刃多きは必ず再婚す。また言う:羊刃は刑冲を喜ばず。
《萬尚書賦》官星帶刃,掌萬將之威權,又曰:傷官有刃,將相公侯。又曰:印刃相當,官高極品。又曰:殺刃休囚,祿薄之士,又曰:煞制刃興,主掌滿營之兵卒。若是用神輕淺,決為吏卒卑官。又曰:刃輔傷官,際一日風雲之會。
《萬尚書賦》に講ず:官星が陽刃を帯ぶれば、万軍の威権を掌る能う;また言う傷官が陽刃を配れば、将相公侯を作すべし;また言う印星と刃星と分量相當せば、官は極品に至る可し;また言う殺と刃と倶に休囚の地に処すれば、ただ禄位微薄の人に過ぎず;また言う七殺は制せられて刃星は興起すれば、満営の兵卒を執掌することを主る。もし用いる所の神が軽浅なれば、則ち必ず小吏卑官のみ。また言う陽刃が傷官を輔助せば、ついに一朝の風雲の際会に遇う能う。
古歌云:羊刃七殺怕逢官,刑沖破害禍非常。大怕財旺居三合,截髮斷指主殘偽。又曰:春夏火逢時旺,秋金冬水一般同。不宜羊刃天干透,運至重逢定有凶。又曰:劫財羊刃不堪侵,不帶官星一世貧。甲乙互逢皆仿此,縱多財帛化為塵。
第一の古歌に講ず:命裡にすでに陽刃ありまた七殺あり、さらに上官星を添えば即ち怕るべし、もしさらに刑・冲・破・害に遇えば、禍事は小可ならざるなり;尤も忌むは財星が三合の局を結ぶ、それは割髪・断指の一類の残傷を招来す。第二は講ず:春夏の月は火が時令にあたりて旺なり、秋の金・冬の水も情形は一般に同じ;かかる時は宜しくさらに陽刃をして天干上に透かせしむべからず、大運がさらに一たび刃地に走れば必ず凶を見る。第三は講ず:劫財と陽刃とに侵奪せられて、柱中にまた官星無くしてそれらを制服する無ければ、即ち一世の貧寒なり;甲木が乙を見、乙木が甲を見るは皆この理に照らして推す、たとい財帛多かるも終に塵土と化すのみ。
又曰:傷官不忌劫相逢,七殺偏官理亦同。若是無官不忌劫,身強遇比劫嫌重。又曰:劫財羊刃兩頭居,外面光華內本虛。官殺兩頭俱不出,少年夭折謾嗟吁。又曰:甲子丁卯非為刃,乙酉庚申理亦同。合起人元財馬旺,中年顯達富豪翁。
第一首は講ず:傷官を帯ぶる人は必ずしも劫財に碰上(ほうじょう)するを忌まず、傷官は能く劫財の気を化開するがゆえ;七殺偏官を帯ぶるの道理もまた同じ、殺は能く劫を制住す。ただ柱中に官無くして、日主がまたもとより強健の時のみ、さらに比肩劫財を添えばこそ太く重きを嫌う。第二首は講ず:劫財と陽刃とが年・時の両頭に分踞し、外表は看るに光鮮なるも、内裏は実は空虚なり;もし官殺が一個も透き出でてそれらを制服する無ければ、少年に夭亡してただ空しく嗟嘆するのみ。第三首は講ず:甲子・丁卯のこの両個の日は併せて陽刃に論ぜず、乙酉・庚申も理は同じ;ただ地支の人元の裡の財星を合起してそれを旺盛ならしむる能えば、中年にして顕達して富豪の翁と成る能う。
又曰:日刃歸時身要旺,正財忌運忌遭沖。且如戊日午為刃,子丑財鄉立見凶。財運無沖還不忌,官星制刃得尊榮。月中有印印斯通,運到官鄉貴亦同。柱若財多嫌殺運,無財殺運喜興隆。
また言う:「日刃が時に帰せば身の旺なるを要し、正財は運を忌みまた冲に遭うを忌む。」日刃が時柱に帰すれば、日主は必ず十分に旺なるを要す;正財の運を走る、あるいは原局が冲せらるるは、皆忌なり。たとえば戊土の日主は午をもって刃と為す、子・丑のごとき財鄕に走り到れば、立ちどころに凶を見る。ただし財運はただ冲を帯びざれば、すなわち忌むを必とせず;官星ありて刃を制せば、かえって尊榮を得る能う。月令中にもし印星あれば、印は能く関を通じて殺を化し、運が官鄕に到れば一樣に顕貴す。柱中に財多き者は、即ち殺運を走るを嫌う、財は殺を生じて身を攻めばなり;柱中に財無き者は、殺運を走ればかえって興隆す、殺は正好刃を制すればなり。
《醉醒子氣象篇》云:權刃復行權刃,刃藥亡身。本注云:權殺也,刃兵也。身旺用此二端,乃兵刑首出之人也。殺旺喜行鄉,刃旺吃虧殺地,若原殺旺復行殺旺之鄉,立業建功處,不免死於刀劍之下。刃多再行羊刃之地,進祿得財處,必然終於藥石之間,數使然也。
《醉醒子気象篇》にいう:権と刃とがすでに局を成して、運がさらに権刃の地に走れば、刀兵に死するならざれば即ち薬石に終る。原注に解釈す:「権」は七殺を指し、「刃」は陽刃を指す。日主が旺にしてこの両樣を用いれば、便ち兵刑を執掌し、出人頭地する人物なり。殺旺の者は制殺の鄕に走るを喜び、刃旺の者は殺地において損を喫(きつ)す。もし原局に殺すでに旺にしてさらに殺旺の運に走れば、正に業を立て功を建つるの際に、刀剣の下に死するを免がれ難し;刃すでに多くしてさらに羊刃の地に走れば、正に禄を進め財を得るの時に、必ず湯薬の中に終結す。これ皆命数の然らしむる所なり。
又曰:幫身羊刃,喜合嫌沖。本注曰:刃乃才身這物,大怕身旺逢之,得一重殺與刃相匐,化為權星。若見官與刃沖戰,乃成惡性殺。用者當審其輕重,好惡何如。
また言う:日主を幇扶するに用いる羊刃は、合せらるるを喜びて冲せらるるを嫌う。原注に解釈す:刃はもとより身を助くるの物、最も怕るるは日主が本(もと)すでに強旺してなおそれに遇う;この時もし一重の七殺を得て刃と相合し相制せば、刃は即ち権星に転化す。もし官星の刃と正面に冲戦するを見れば、かえって凶悪の殺に激成す。刃を用いる人はまさにその軽重を審察し、それがこの一局において喜ぶべきか悪(にく)むべきかを看るべし。
又曰:羊刃臨於五鬼,定須重犯徙流。本注:如壬申生人,五鬼在子。癸酉生人,五鬼在丑。丙寅生人,五鬼在午。丁卯生人,五鬼在未。或者三合之次。一行師《命書》云:羊刃重重又見祿,福貴金玉,斯可謂吉。
また言う:羊刃が五鬼の位に臨めば、定めて屡々(しばしば)刑徒流放の罪を犯すを須(もち)いる。原注に例を挙ぐ:壬申年に生まるる人は、五鬼は子に在り;癸酉年に生まるる人は、五鬼は丑に在り;丙寅年に生まるる人は、五鬼は午に在り;丁卯年に生まるる人は、五鬼は未に在り;また三合の次序に按じて推排する有り。一行禅師の《命書》にいう:羊刃は重々しくしてまた禄を見る者は、福気と富貴とは金のごとき玉のごとし、かくこそ吉と算すべし。
《理愚歌》云:倒戈殺,懸〔之〕刃又同行,形體不免填溝。本注曰:倒乃倒戈殺,懸乃懸針殺。凡倒戈殺,只犯戊字,皆曰倒戈。懸針者,干以甲字與辛字,壇以卯字午字與申字,如此者謂之懸針殺也。《其截歌》云:羊刃更兼倒戈,必作刎頸之鬼。經云:運逢羊刃,財物耗散。
《理愚歌》にいう:倒戈殺と懸針刃とが同時に并び行えば、形体は溝壑に屍を抛(ほう)ずるを免がれず。原注に解釈す:「倒」は倒戈殺を指し、「懸」は懸針殺を指す。およそ倒戈殺は、ただ命中に戊の字を犯す者は皆倒戈と曰う。懸針殺は、天干は甲の字と辛の字を看、地支は卯の字・午の字と申の字を看、これらを具備する者は即ち懸針殺と謂う。《其截歌》にいう:羊刃さらに兼ねて倒戈せば、必ず自刎の冤鬼を作す。経上にいう:大運が羊刃に逢えば、財物は耗散す。
論曰刃。舊曰云:日刃有戌午,壬子三日,與陽刃同法,忌刑破害會合,愛七殺,要行官鄉,便是貴命。若四柱中一來會合,必主奇禍。其人主大須強,性剛果毅,無惻隱慈之心,有刻剝不恤之意,三刑魁罡,發跡於疆場。如或無情,或臨財旺,則主其禍。
日刃を論ず。旧説に講ず:日刃はただ戊午・丙午・壬子の三日あり(原文の「戌午」はまさに「戊午」と作るべし)、断法は陽刃と相同じ:刑・破・害と会合とを忌み、七殺の相配するあるを喜び、官星の鄕に走るを要し、便ち貴命なり。もし四柱中に一たび会合の来りて引動する有れば、必ず奇禍を生ず。この種の人は身材は大多強壮にして、性情は剛強果決にして、惻隠慈悲の心を欠き、刻薄にして人を体恤(たいじゅつ)せざるの意を帯ぶ;もしさらに三刑・魁罡を帯ば、多くは疆場上にて発迹する能う。もし配合が情無し、あるいは刃が財旺の地に臨めば、即ち禍を招くを主る。
或有赦神,如刑害俱全,類皆得地,貴不可皆言獨羊刃以時言之,四柱中不要入財鄉,怕沖陽刃。如戊日刃在午,忌行子正財運;壬刃在子,忌行午正財運;庚刃在酉,忌行卯正財運;甲刃在卯,行巳午並辰戌丑未財運不妨,忌酉運;丙日刃在午,行申酉庚辛財運不妨,忌子運。
もし柱中に別に赦神ありて解救せば、たとい刑害が俱全しても、各神はまた皆地を得れば、那(な)の貴気は即ち一句話に言い尽くし得ず。単に羊刃に就きて論ぜば、なお時柱に按じて看るを要す:四柱の中に財鄕に走入るを宜とせず、また冲して陽刃に来るを怕る。たとえば戊土の日主は刃は午に在れば、即ち子運を行くを忌む、子はその正財にしてまた午刃を冲す;壬水の日主は刃は子に在り、午運の正財を行くを忌む;庚金の日主は刃は酉に在り、卯運の正財を行くを忌む;甲木の日主は刃は卯に在り、巳午および辰戌丑未のこれらの財運を行くは妨げず、ただ酉運が卯を冲するを忌む;丙火の日主は刃は午に在り、申酉庚辛の財運を行くは妨げず、ただ子運が午を冲するを忌む。
論比劫。夫比劫者,陽見陽,陰見陰,陰見陰為比。如甲見甲,乙見乙之類害妻害子。五陽見五陰如甲見乙,是兄見弟,為劫財,不克妻。蓋財者心之慾,方令兄見之,多有爭競,如夷齊能幾人。
比肩劫財を論ず。謂うところの比劫は、陽干が陽干を見、陰干が陰干を見るを「比肩」と呼ぶ、たとえば甲見甲・乙見乙のたぐい、この一種は妻子と子女を妨害す。五陽干が五陰干を見る、たとえば甲木が乙木を見るは、兄が弟に会うにたとえ、「劫財」と呼ぶ、それは併(あ)せて妻を克せず。因るに財は人々の心の欲する所、いま兄弟に同じくこれを見しめば、多くは争奪を起こさんと欲す;伯夷叔斉のごとく能く互相いに推譲する者のごときは、天下に能く幾人あらん。
《六親捷要論》云:分祿須傷主饋人,比肓重疊損嚴親。補曰:財多身弱,喜比劫財扶慢為福。故曰男逢羊刃身弱遇之為奇,財輕身強忌奪。則為也。故曰羊刃多而妻宮有損。歌曰:甲乙相見必妨妻,敗財克父定無疑。
《六親捷要論》にいう:人ありて我が禄を分かつは、必ず中饋(ちゅうき)を主る妻子を傷る;比肩は重々疊疊(ちょうじょう)なれば、父親に損及す。補って説明す:財多くして日主弱き者は、正に比肩劫財の来りて幇扶するを喜び、かえって福気と成る、ゆえにいう男命が羊刃に逢い、身弱の時にこれに遇うはかえって奇特なりと;財軽くして日主が本(もと)強きは、即ち比劫の来りて奪うを忌む、則ちいう羊刃多ければ即ち妻宮に損ありと。歌の裡にいう:「甲乙相い見れば必ず妻を妨げ、敗財父を克するは定めて疑い無し。」
《金不換》云:身旺比劫重,損財又傷妻。比劫遇梟食,妻遭產裡危。《六親論》云:月中歸祿無財官,父喪他鄉。又曰:日逢刃時逢劫,妻妄產亡。又曰:日時背馬分財無救助,妻兒離散。《撮要》云:比肩要逢七殺制。
《金不換》にいう:日主はすでに旺にして比劫また重ければ、すでに財を損じまた妻を傷る;比劫さらに梟神の食を奪うに遇えば、妻子は産里の危あり。《六親論》にいう:月令に帰禄して柱中に財官無き者は、父は他郷に客死す;また言う日支が刃に逢い時支が劫に逢う者は、妻妾は産厄に死す;また言う日柱時柱が財星と相い背き、財はまた奪い分かたれて救助無き者は、妻は離れ子は散ず。《撮要》にいう:比肩は必ず七殺の来りて制するを須(もち)いる。
建禄格
《喜忌篇》云令早逢建祿,切急會煞為凶。《格解》述前二說俟知察之。此誠宜以傳不犯一智者病,但不悟十建祿一說,又附註正官亦非。舊注:以會殺,為暗針對七殺為凶兆。如甲日用酉月,為官星正氣,若年時子辰,則會起申金為七殺,乃甲之寇,故為凶,固是。然官祿之祿,用令字,與雖逢字建字牽強。況子辰暗會,合申殺。尤牽繢不可從。
《喜忌篇》にいう:月令もし建禄に逢えば、切に忌むべし七殺に会合して凶と為るを(底本の「令早」はまさに「月令」と作り、「切急」はまさに「切忌」と作るべし)。《格解》の一書は前人の両種の説を列挙して、讀者自身に辨察せしむるに留む。この種の疑を存して断ぜざるの做法は本(もと)大病無し、ただそれが「建禄」の果たして何を指すかを領会せず、また附会して正官上に到るも、また錯なり。旧注は「会殺」を講じて暗中に七殺に対上して凶兆と為す:たとえば甲木の日主が酉月を用いて正気の官星と為せば、もし年支時支に子・辰あれば、申金を会起して七殺と為り、甲木の仇寇なり、ゆえに凶と為す。この一層は固(もと)より講じて通ず、しかるに「禄」を解して官禄と作すは、即ち原文の「令」の字・「雖逢」「建」の幾個の字と俱に対せず;況んや子辰が暗に会合して申を合して殺と為すは、さらに牽強にして依従すべからず。
或曰會煞,謂坐見七煞。年時天干顯露,地支隱藏。無制伏者是也。似勝舊注。亦與令字,中逢字建字未受,亦不可從。故或者又作月令建祿,此誠是,但無註解。愚補之曰建祿者,月令十干祿是也,非官祿之祿。如甲乙祿在寅卯,丙戊祿在巳,丁己祿在午,庚祿申,辛祿酉,壬祿癸,亥祿子是也。
また或る人は言う、「会殺」は日支が七殺に坐することを指し、年柱時柱の天干は顕露し地支は隱蔵して、しかして制伏の神無きこれなり。この説法は似たり旧注に勝るも、同じく「令」「雖逢」「建」の幾個の字に接せず、また依従する能わず。ゆえにまた或る人はこれを讀んで「月令建禄」と為す、これはこそ対なり、ただ惜しむべきは注解無きを。私はここに一句を補す:謂うところの建禄は、月令が恰好に十天干の各自の禄位なり、官を為すの俸禄にあらず。たとえば甲の禄は寅に在り乙の禄は卯に在り、丙と戊の禄は巳に在り、丁と己の禄は午に在り、庚の禄は申に在り、辛の禄は酉に在り、壬の禄は亥に在り、癸の禄は子に在りこれなり。
會殺者,天干既見殺,地支會合殺旺之謂也。如甲祿在寅忌庚殺,乙祿旺行為祿,亦不宜過旺。喜見財宮,並天干透露,故曰建祿生提月,財官喜透天,不宜身在旺,惟喜茂財源。又日月令建祿,多無祖屋。
謂うところの会殺は、天干上にすでに七殺を見て、地支はさらに会合成して殺旺の局と為るの謂なり。たとえば甲木の禄は寅に在れば、即ち庚金の七殺を忌む;乙木の禄は卯に在り、禄旺もまた宜しく太く過ぐべからず。この一格は財星官星を見るを喜び、併せて天干に透露するを要す、ゆえにいう「建禄は提月に生じ、財官は天に透き出づるを喜ぶ、身のさらに旺なるを宜とせず、ただ財源の茂盛を喜ぶ」と。また言う月令建禄の人は多くは祖屋無しと。
一見官財,自然成福。則福衰弱,反為凶禍,故日乙木生居卯,庚辛干上逢。火旺人發福,殺地壽元終,又曰:春木無金不是奇,金多尤恐返遭危。柱中取得中和氣,福壽庚寧百事宜。
一たび官星財星を見れば、自ずから福を成す;もし福神それ自身が衰弱なれば、かえって凶禍と成る、ゆえにいう:「乙木は卯に生居し、庚辛は干上に逢う。火旺ければ人は福を発し、殺地に入れば寿元は終る。」乙木は卯において禄を得、天干はしかし庚辛の七殺を透かせ、火運に走りて殺を制せば便ち福を発し、殺旺の地に走れば則ち寿終す。また言う:「春木に金無ければ奇と為るに足らず、金多ければ尤も恐らくはかえって危に遭う。柱中に中和の気を取得せば、福寿康寧にして百事は宜し。」春の木は金の来りて修削する無ければ便ち奇を為すに足らず、しかるに金は多すぎればまた恐らくはかえってその害に遭う、総て中和の気を取得するをもって上と為す。
又曰:月令建祿,會殺為凶可也。又加之以雖逢切忌之辭何也?蓋建祿則身旺,有比肩扶助。宜乎不怕殺。然殺如猛虎,有伏制則貴,若無制會殺旺,不問身強弱,必凶,況建祿格,只喜財官,最不喜干帶殺而支會旺,故曰月令雖逢建祿,切忌會殺凶。
或る人は問う:月令建禄にして殺に会すれば凶と為るだけで足りるのに、なぜさらに「雖逢」「切忌」のごとき字眼を加えるのか。答えていう:建禄は本(もと)より身旺にして、また比肩の相助あり、理に按ずれば殺を怕るべからず。しかるに七殺はたとえば猛虎のごとく、それを制伏する神あれば即ち貴気に転ず;もし毫(ごう)も制伏無くしてまた殺旺の局を会成せば、則ち日主の強弱を問わず必ず凶を招く。況んや建禄格はただ財官を喜び、最も喜ばざるは天干が殺を帯びて地支がまた旺局を会成する。ゆえに原文はこそいう「月令はたとい建禄に逢うとも、切に忌むべし殺に会して凶と為る」と。
則雖逢字切忌字,方有落,令字建明不牽強。故取此說,又為之解以破前二說,又《觀洞玄經》云:“甲以寅祿,庚壬本非駕。”又曰:祿可以興騰,有以乎無用。則雖切忌之辭,有輕重斟酌明矣。
かくすれば「雖逢」の字と「切忌」の字とはこそ着落あり、「月令」「建禄」の幾個の字もまた牽強ならず。ゆえにこの説を採用して、併せてこれに拠りて前の両種の解釈を駁倒す。また《観洞玄経》にいう:「甲木は寅をもって禄と為し、庚金壬水は本(もと)それの駕馭する能う所にあらず。」またいう:禄は人をして騰達せしむる能うも、また全然用無きも有り。見るべし「雖」と「切忌」のこの類の措辞は、もとより軽重の斟酌の意を含むと。
財官を見るを喜ぶ例
庚子、戊子、癸丑、庚申,古韓侍郎造。壬申、丙午、己亥、庚午,趙丞相之造。
その一:年柱庚子、月柱戊子、日柱癸丑、時柱庚申、これは古の韓侍郎の命造。其二:年柱壬申、月柱丙午、日柱己亥、時柱庚午、これは趙丞相の命造。両造は倶に月令建禄にして財官は顕露し、日主は担い得て、ゆえに財官を見るを喜ぶの例に列す。
古の殺を見て制あるの例
辛丑、庚寅、甲辰、乙亥,賀丞相之造。木旺春令,日干頭官殺相連,只論殺,運行丙戌丁,制殺鄉,宜為大貴也。況甲乙與庚辛金各成配偶。所以不忌殺也。
年柱辛丑、月柱庚寅、日柱甲辰、時柱乙亥、これは賀丞相の命造。木は春令に旺じて、日主の上に官星の辛と殺星の庚とが接続して并び列す、官殺が混雑の時はただ七殺に按じて論ず。大運が丙戌・丁運に走れば、皆殺を制するの郷、大貴と為るは理の当然なり。況んや甲は庚に配し乙は辛に配して、各々配偶を成し、殺に帰着あり、ゆえに七殺を忌まず。
古の殺に会して凶と為る例
辛丑、辛卯、乙丑、庚辰,施洪富命之格。乙祿在卯,干頭俱透露庚辛,喜行戌亥二運,木火旺位,制伏之鄉發福。入酉運丑酉會殺旺,死於非命。
年柱辛丑、月柱辛卯、日柱乙丑、時柱庚辰、これは施洪の富命の格局。乙木の禄は卯に在り、正に建禄なり;しかるに天干上に庚辛が俱に透き、官殺は斉(ひと)しく現る。戌・亥の両運に走るを喜ぶ、そこは木火が旺にあたり、官殺を制伏するの郷にして、因って福を発す。運が酉に入るを待ち、丑は酉と会合成して金局と為りて殺勢は大いに旺じ、ついに命ならずして死す。正にこれ「殺に会して凶と為る」の実例なり。
壬寅、丁未、丙寅、壬辰。夏閣老貴命,火有餘水不足格。楠曰:丙火炎光熾若炊,宜行殺運濟江湖。庚辛壬癸登黃閣,印比重重壽心殂。
命造:年柱壬寅、月柱丁未、日柱丙寅、時柱壬辰。これは夏閣老の貴命で、火余ありて水足らざる格局に属す。張楠が断じて言う:丙火の光焰は熾盛にして炊竈(すいそう)のごとし;宜しく七殺の運に走りて、江湖の水を用いて調済すべし;庚辛壬癸の一路の運にて内閣に登る;もし印星比肩が重々しくさらに来れば、寿数は即ち終結せんとす。
丙寅日主,歲月曰上,火氣炎甚,得年時壬水稼出,正謂水火有既濟這功,但四術中火土之氣還勝,金水之氣還輕也,所以運到壬子癸丑,干支皆水,為水氣不跳,以補其水也,所以運登黃閣,為天下這首相也。其貴蓋在月於丁為,透出陽刃,合去壬殺,正謂刃殺相幫,威權萬里。一入甲寅運,助起火氣,則又火有餘而水不足也。蓋因丁火陽刃透也,正謂陽刃倒戈,必作無頭之鬼,甲運死宜矣。
丙寅の日主は、年月日の三処に火気は極めて炎にして、幸い年干と時干とに倶に壬水を透き出だす、正に水火既済の功なり。ただし四柱の中に火土の気はなお上風を占め、金水の気はなお単薄を嫌う、ゆえに大運が壬子・癸丑に走り到れば、干支は皆水にして、足らざる水を補い足し、因って位は内閣に登りて、天下の首相と為りぬ。その貴気は実は月干の丁火に在り:丁は丙の陽刃にして、透き出でて正好壬水の七殺を合去す、謂うところ刃と殺とが彼此相い幇(たす)け、威権は万里に及ぶ。一たび甲寅運に入れば、木は来りて火を助け、また火余ありて水足らざるの局と成る。これに加えて丁火の陽刃は透き出で、正に「陽刃倒戈せば、必ず無頭の鬼を作す」のこの言に応ず、甲運に死するもまた怪しむに足らず。
壬寅、丁未、丙申、壬辰。吾都吳高一,水有餘貧命不足之格。楠曰:丙丁未月火雖炎,水氣重侵又不然。火氣若衰宜木運,再行水運禍連綿。
命造:年柱壬寅、月柱丁未、日柱丙申、時柱壬辰。これはわが同郷の呉高一の貧命で、水余ありて火足らざる格局に属す。張楠が断じて言う:丙丁は未月に生まれて、火は炎盛なれど;しかるに水気は重々しく来りて侵せば、情形は便ち一樣ならず;火気はすでに衰うれば、宜しく木運に走りてこれを生ずべし;もしさらに水運を行けば、禍患は連綿として絶えず。
丙火雖旺,不合夏至後二陰之際,水氣進氣,更加丙臨申位,三合火局,水有餘而火不足也。且在丙火下旬,金水進氣,火氣將衰。若夏閣老生在丙火上旬,火神正旺。此命再行壬子癸丑,豈不殺重身輕乎。
丙火は旺にあたるといえども、奈何せん夏至の後陰気が漸く生ずるの時に生まれ、水気は正に進気の途にあり;況んや日主の丙火は申上に坐し、申子辰の一路の水郷(原文の「三合火局」はまさに水局と作るべし)、水余ありて火足らざると成れり。これに加えて彼は丙火旬の下段に生まれ、金水は進気して火気は将に衰えんとす。夏閣老のあの一造は丙火旬の上段に生まれ、火神は正に旺なり、情形は恰好相反す。この命はさらに壬子・癸丑に走れば、あに七殺重くして日主軽きにあらざらんや。
初行西方,尚作蹇滯守儒,再行北方,作乞丐宜矣。此命本不當編入此例,但與夏推州之造只差一字,故同編,以便比例故也。視者詳之。
彼は初め西方の金運を行きて、なおただ困頓不遇にして儒生の本分を守るのみ;さらに北方の水運に走れば、乞丐に淪落するもまた怪しむに足らず。この命は本(もと)「財官を見るを喜ぶ」のこの一類の例に編入すべからざるも、ただそれが夏閣老のあの一造とわずかに一字を差(たが)うるがゆえに、ゆえに并びて一緒に編む、対照比較に便(べん)ならんがためなり。看る者はまさにその中の分別を細看すべし。
庚午、辛巳、丙申、壬辰。吾都何泳一,火少金水多。楠曰:丙火雖生得祿鄉,不堪財殺重茫茫。變強成弱多貧夭,再入財鄉壽豈長。
命造:年柱庚午、月柱辛巳、日柱丙申、時柱壬辰。これはわが同郷の何泳一の命で、火少なくして金水多し。張楠が断じて言う:丙火は巳月に生まれて禄の郷を得るといえども;しかるに財星殺星の茫茫たる一片に堪えず;本(もと)強きはかえって変じて弱と為りて、多くは貧困夭折を主す;さらに財鄕に走入れば、寿数はいずくんぞ長久ならんや。
丙火雖得祿於巳,不合四柱多水之氣勝,早行午未運,火旺助身,衣食頗給,一入申運,財殺太多,帶疾而死,有乙未時生人,火旺頗旺,入西方頗可,此是吾都詹獎五命也。
丙火は巳月において禄を得るといえども、奈何せん四柱に水気が上風を占む。早年に午・未運に走れば、火は旺じて身を助け、衣食はなお過ごし得べし;一たび申運に入れば、財と殺と倶に多すぎて、身弱くして勝(た)えず、疾を帯びて亡ぶ。また同年月日に生まれて乙未時に在る一人あり、木火は身を幇(たす)けて較(か)く旺にして、西方の運に走るはなお可なり、これはわが同郷の詹奨五の命なり。
専禄格
《纂要》云:此格甲寅乙卯庚申辛酉是也。柱中忌官殺,不宜刑沖破害,藏運亦同。《元理賦》云:八專日支同類,殺運殺年多凶,正此之謂此。
《纂要》にいう:この格は甲寅・乙卯・庚申・辛酉の幾個の日を指し、日主は自ら禄地に坐す。柱中は官殺を見るを忌み、また刑冲破害を宜とせず、大運が暗蔵の官殺の処に走るも同じく忌なり。《元理賦》にいう:八専の日は、日支と日干とが同じく一類に属し、七殺の運を走り七殺の年に逢えば多く凶険あり。講ずる所は正にこの一格なり。
壬辰、庚戌、辛酉、辛卯。金溪徐龍岡命,專祿格,以官殺為病格。楠曰:辛酉分明專祿格,戊中有火喜神沖。殺星原是柱中病,去殺方知祿位榮。
命造:年柱壬辰、月柱庚戌、日柱辛酉、時柱辛卯。これは金谿の徐龍岡の命で、専禄格にして官殺をもって病神と為す。張楠が断じて言う:辛酉の日主は分明に専禄格;戌中に丁火を蔵して、正に神の来りてこれを冲開するを喜ぶ(原文の「戊中」はまさに「戌中」と作るべし);殺星はもとより柱中の病;殺星を去りて、こそ禄位の榮顕を知る。
辛酉專祿,見戌有丁,為損祿之病神,辰字去之,所以有病者貴。癸丑運癸丑年,丑刑戌火去病盡矣。聯登黃甲,其貴宜矣,只畏丙丁兩字損祿。
辛酉日は自ら専禄に坐し、月支の戌中に丁火を蔵するを見れば、これ禄気を損傷する病神;年支の辰が来りて戌を冲し、病神を去る、ゆえにいう病ある命はかえって貴しと。癸丑運の癸丑流年に至りては、丑は戌と相刑して、戌中の火を徹底的に刑去し、病根は尽く除かる、ここにおいて連々(れんれん)として挙に中り、進士甲科に登る、顕貴は理の当然なり。この一造はただ丙・丁の两字の出現して禄気を損傷するを怕る。
雑気財官印綬格 附:時墓格
楠曰:雜氣財官者,蓋辰戌丑未四字,乃天地不正之氣,為天地四個牢獄之所,又為天地四個收藏之庫。如丙丁日生辰月,若天干透也戊己多,則作雜氣火土傷官格;如透出乙木多,則作雜氣印綬格;如透出癸水多,方作雜氣財官格;如戊日生戌月,身弱透丁火多,作雜印綬格,透辛金作雜氣傷官格。
張楠がいう:謂うところの雑気財官は、辰戌丑未のこの四個の字に就きて言う。それらは天地の間の不純正の気にして、天地の四座の牢獄の所にたとえ、また天地の四個の收藏の庫なり。たとえば丙丁の日主が辰月に生まれて、天干にもし多く戊己の土を透かせば、則ち雑気火土傷官格と作す;もし多く乙木を透かせば、則ち雑気印綬格と作す;もし多く癸水を透かせば、こそ雑気財官格と作す。またたとえば戊土の日主が戌月に生まれて、日主弱くして多く丁火を透かせば、雑気印綬格と作し;辛金を透き出だせば、則ち雑気傷官格と作す。見るべし同じ一個の月令も、何を透き出だすかを看てこそ格を定むるなり。
又曰:雜氣財官喜見沖。惟日干旺,用雜氣財官者,喜見之,原財藏天地之庫中,牢密堅固。如戊日生辰月,癸乙為財官,錢在庫中,十分牢固,若無戌時鎖匙,豈能開之,沖開財庫,福興隆然也。若不用財官,則不可把沖開作論。當以中和偏枯看,或嫌其沖為害神,再沖也來,其害愈甚。
また言う:雑気財官は冲せらるるを喜ぶ。この言はただ日主が強旺にして正に雑気財官を取りて用と為す命に対してのみ成立す。因るに財は本(もと)天地の庫裡に蔵し、封じて極めて牢固なり:たとえば戊土の日主が辰月に生まれ、辰中の癸水は財・乙木は官にして、銭は庫中に鎖されて十分に堅牢、もし戌のこの把の鎖匙(ようし)無くして開くは、いずくんぞ取り出すを得んや。財庫を冲開せば、福気は自ずから興隆す。しかるにもしこの一局が併(あ)せて財官を取りて用と為さざれば、一概に「冲開をもって美と為す」に按じて論ずべからず、まさに中和と偏枯の角度よりこれを看るべし:時として冲はかえって害神と為り、冲すること多ければ、害することいよいよ重し。
如丙日生辰月,露出乙木印星,再看又有乙木休貼作印綬格。柱中原略有金氣,原印星衰也,若再行戌運,戌中辛金,沖破我辰中乙木,此原是貪財壞印看,豈可雜氣財官喜見沖論乎?
たとえば丙火の日主が辰月に生まれて、辰中の乙木印星が透き出で、柱中にまた別に乙木ありて身に貼して相い幇(たす)くれば、これは即ち印綬格と作して看る。もし柱裡にもとより略(や)や金気を帯びて、印星はすでに衰弱に属し、この時さらに戌運に走れば、戌中の辛金は辰中の乙木を冲破す、那(な)は分明に貪財壊印の凶象、いずくんぞ「雑気財官は冲を見るを喜ぶ」のこの句を把(と)りてこれに套(かぶ)せんや。
又如丙丁日生戌月,透出戊土多,作雜氣傷官格看,原日干丙丁屬火,到九月授衣之月,火氣寒涼,見土多洩弱火之精,喜東主木運,克去其傷官,不來洩我,喜木運又來資我則吉。若到辰運,再沖出戌中戊土來,愈洩弱我精神,安得不死,此亦不可作雜氣財官喜見沖也。惟身旺有財官,方喜沖開,早年發達。此格與傷官甚難看,此格要露庫中何物也來,方可定用神。書之中概以沖開為美,豈不謬也。
またたとえば丙丁の日主が戌月に生まれて、天干に多く戊土を透かせば、雑気傷官格と作して看る。丙丁は火に属し、九月の天寒くして衣を授くるの時に到れば、火気はもとより清冷、さらに土多きを見てその精華を泄し来るを、則ちさらに弱し。この時東方の木運に走るを喜ぶ、一には木は戊土を克して、傷官をしてさらに我を泄せしめず;二には木はまた回頭して我を生ず、ゆえに吉と為す。もし辰運に走り到れば、辰は戌を冲して戌中の戊土を冲し出だし、我を泄すこといよいよ狠(はなは)だしく、いずくんぞ死せざるを得んや。これもまた「雑気財官は冲を見るを喜ぶ」と算作すべからず。ただ身旺にして柱中に財官ある者のみ、こそ庫門を冲開するを喜び、早年に便ち発達する能う。この一格は傷官格と同じく看難し、関鍵は庫中の何物を透き出だすかを看るに要して、こそ用神を定むる能う。命書は一概に冲開を把(と)りて美事と作す、あに荒謬ならざらんや。
古歌云:雜氣財官印月官,天干透露始為豐。財多官旺宜沖破,切忌干支壓伏重。補曰:財者,養命之源;官者,扶身之本;印綬者,資身之基也。此三者藏蓄於辰戌丑未之月,乃四隅之氣,非天地東西南北之正氣,故曰雜氣財官印綬格。
古歌にいう:「雑気財官は印の月宮に在り、天干に透露して始めて豊と為る。財多く官旺なれば宜しく冲破し、切に忌むべし干支の圧伏重きを。」補って説明す:財は命を養うの源頭、官は身を扶くの根本、印綬は身を立つるの基礎なり。この三樣は辰戌丑未のこの四個の月に蔵蓄して、四隅の気に属し、東西南北の四方の純正の気にあらず、ゆえに「雑気財官印綬格」と呼ぶ。
此格喜透露,喜刑沖破害,或用財官,而財官透,或用印綬而印綬透,透財則富,透官則貴,透印則吉,享萬物之見成,故曰始為豐。若財官印閉錮於庫中,不中不刑,則少年不發庫中人,所以宜沖破也。若支干則遇比劫之壓伏,官遇食傷之壓伏,印綬遇財星之壓伏,而且太多,則欲其富貴,而享現成之福也難矣,故曰切忌干支壓伏重。
この一格は庫中の物が天干に透き出づるを喜び、また刑冲破害の来りて庫を開くを喜ぶ:財官を取りて用と為して財官が透き出づ、印綬を取りて用と為して印綬が透き出づ、財を透かせば則ち富み、官を透かせば則ち貴く、印を透かせば則ち吉なり、現成の福分は享用すべし、ゆえに「始めて豊と為る」と言う。もし財官印が一直に庫裡に鎖されて、冲もせず刑もせざれば、則ち「少年は庫中の人を発せず」の言に応ず、ゆえに冲破を宜とす。反対に、もし地支天干上に財が比劫に遇いて圧伏せられ、官が食傷に遇いて圧伏せられ、印綬が財星に遇いて圧伏せられ、しかも圧すること太く重ければ、則ち富貴を欲し現成の福を享けんとするもまた難し、ゆえに「切に忌むべし干支の圧伏重きを」と言う。
又曰:辰戌丑未為四季,印綬財官居雜氣。干頭透出格為真,只論財多為尊貴。補曰:辰有乙戊癸,乃水土之墓庫,為春季;戌中有辛戊丁,乃火之墓庫,為秋季;丑中有癸巳辛,乃金之墓庫,為冬季;未中有丁己乙,乃為木之墓庫,為夏季。此四季中,所藏印綬財官,皆天地不正之氣,故曰居雜氣。須看格中透出,何字為福。大概雜氣格,透出貴氣固為妙,亦以財多為尊貴,所謂無官見財,亦能生官,多為及第之命是巳。
また言う:「辰戌丑未は四季と為り、印綬財官は雑気に居す。干頭に透き出でて格は真と為り、ただ財多きを論じて尊貴と為す。」補って説明す:辰中は乙・戊・癸を蔵し、水の墓庫にして、春季の末に属す;戌中は辛・戊・丁を蔵し、火の墓庫にして、秋季の末に属す;丑中は癸・己・辛を蔵し、金の墓庫にして、冬季の末に属す;未中は丁・己・乙を蔵し、木の墓庫にして、夏季の末に属す。この四個の季月の蔵する印綬財官は、皆天地の不正の気にして、ゆえに「雑気に居す」と呼ぶ。須(すべか)らく格中に透き出づる、どの字かを看てこそ福を成す。大体雑気格の裡に貴気を透き出だすは固(もと)より妙を為すも、また財多きをもって尊貴と為す、謂うところ官無くとも財を見れば一樣に官を生ずる能う、多くは科第の命なり。
又曰:雜氣從來自不純,天干透出始為真,身強財旺生官祿,運見沖刑聚寶珍。補曰:辰戌丑未,居於四隅,雖非東西北純然之正氣,然天元透露,方為真格。身強,如庚申辛酉之類。財旺,如未木行東方,戌火行南方,辰水行北方,丑金行西方,生旺之地,則自有青紫貴,而發官發祿矣。四柱無人沖刑,而運逢之,則珍寶自聚,所謂他倉庫豐盈金滿屋是巳。
また言う:「雑気は従来より自ずから不純なり、天干に透き出でて始めて真と為す、身強く財旺じて官禄を生じ、運に冲刑を見れば宝珍を聚む。」補って説明す:辰戌丑未は四隅に処し、東西南北のごとき純粋の正気にあらざるといえども、ただ天元に蔵する所の物を透露せば、こそ真格と算す。謂うところの身強は、たとえば日主が庚申・辛酉のこの類の自ら禄旺に坐する;謂うところの財旺は、たとえば未中の乙木が東方に走り、戌中の丁火が南方に走り、辰中の癸水が北方に走り、丑中の辛金が西方に走り、各々生旺の地に帰すれば、自ずから紫袍青綬の貴気ありて、官禄は両発す。四柱それ自身に冲刑無くして、大運がこれに碰上せば、則ち珍宝は自ずから聚まり、正に謂うところ倉庫は豊盈して黄金は屋に満つこれなり。
又曰:五行四季月支逢,印綬干頭再顯榮。四柱相生喜官殺,更饒財產有崢嶸。補曰:甲乙生於丑月,丙丁生於辰月,戊己生於戌未月,庚金生於辰戌月,壬癸生於戌月,皆月支逢季月也,各有印綬藏庫,喜干頭顯露,又要柱中官殺相生,財星有氣,則財生官,官生印,印生身。身克財則榮貴,所謂印賴殺生,官因財旺是巳。或曰此以雜氣綬言,有官祿,不惟貴顯,更資財產業饒盛,亦不要見財。
また言う:「五行は四季の月支に逢い、印綬は干頭にさらに榮を顕す。四柱相生して官殺を喜び、さらに財産を饒(あ)まして崢嶸(そうこう)あり。」補って説明す:甲乙木は丑月に生まれ、丙丁火は辰月に生まれ、戊己土は戌月未月に生まれ、庚金は辰月戌月に生まれ、壬癸水は戌月に生まるるは、皆月支が季月に落つ、各自に印綬を庫中に蔵して、それが天干に透き出づるを喜ぶ;また柱中に官殺の来りて相生し、財星に気あるを要す、かくのごとく財は官を生じ、官は印を生じ、印は身を生じ、日主はさらに回頭して財を制すれば、便ち榮貴を成す。これが謂うところの「印は殺に頼りて生じ、官は財に因りて旺す」なり。或る人はまた言う、この一条は雑気印綬に就きて言う、命に官禄ある者はただ顕貴のみならず、さらに産業をして豊饒ならしむる能う;ただしすでに印をもって用と為せば、すなわち財星を多く見るを宜とせず。
又曰:月令提綱不可沖,十沖九命返為凶。惟有財官逢墓庫,運行到此返成功。補曰:財官遇於提月,最不可沖,沖則十有九凶。惟財官居庫,不沖不發,須行運方能發福。
また言う:「月令提綱は冲すべからず、十冲すれば九命はかえって凶と為る。ただ財官が墓庫に逢うのみ、運がこの處に行き到ればかえって功を成す。」補って説明す:財官はもし正に月令提綱にあたれば、最も冲すべからず、一たび冲すれば十に九は凶。ただ財官が墓庫裡に鎖さるるのみ、冲せざれば発せず、必ず大運が冲開し得る地支に走り到るを待ちて、こそ福を発する能う。この两句は看るに矛盾するも、その分別は正に財官が当令して用を得るか、それとも庫中に閉鎖せらるかに在り。
又曰:生旺須逢墓庫絕,墓庫必來生旺發。生中生旺過非宜,墓庫逢休終不發。補曰:生加生旺過非宜,此申上文生財須逢墓庫絕而言也,非有別意。墓庫逢休終不發,日上文墓庫必來生旺發言也,亦非有別意。如柱中財官印生旺,不宜入財官印墓也,故曰旺官旺印與旺財,入墓有禍。如日干生旺,不宜入日干庫地,故曰身旺入庫必興災。墓必來生旺發,如財官居墓庫,必來財官生之地發財發官。如身主墓庫,必來身主生財之地可以發身。
また言う:「生旺は須(すべか)らく墓庫絶に逢うを要し、墓庫は必ず生旺に来りて発す。生に加えて旺しき過ぐるは宜ならず、墓庫が休に逢えば終に発せず。」補って説明す:「生に加えて旺しき過ぐるは宜ならず」は、上句「生旺は須らく墓庫絶に逢うを要す」の意を申説するにして、別の含意無し;「墓庫が休に逢えば終に発せず」は、上句「墓庫は必ず生旺に来りて発す」の意を申説するにして、また別の含意無し。たとえば柱中の財官印が本(もと)すでに生旺なれば、宜しくさらに財官印の墓地に入るべからず、ゆえにいう旺官・旺印と旺財とは墓に入れば便ち禍ありと。またたとえば日主が本(もと)すでに生旺なれば、宜しく日主の庫地に進入すべからず、ゆえにいう身旺して庫に入れば必ず災を興すと。「墓庫は必ず生旺に来りて発す」に至りては、これは言う財官がもし墓庫に居れば、須らく財官の生を得る地に走り到りてこそ財を発し官を発す;日主がもし墓庫に居れば、須らく日主の生を得る地に走り到りてこそ身を振起する能う。
又生加旺過非宜,如身居生旺,加以身財官生旺之運,則太過必禍,所謂遇生地之相逢,宜退身主生旺之運,則太過有咎。所謂財多無財,運逢化殺生災,官多無官,太旺傾危是己。如身居生旺,加以身主生旺之運,則太必弱。所謂遇生地之相逢,宜退身而避位,生地相逢,壯年不祿是己。墓庫逢休終不發,如財官居墓庫之地,又逢身主休敗之運,何以發身。
さらに言う「生に加えて旺しき過ぐるは宜ならず」:日主は本(もと)すでに生旺の地に処して、さらに日主と財官と倶に生旺の大運を加えれば、則ち太く過ぎて必ず禍患を生ず、謂うところ生地の相逢に遇えば、かえって退いて位を避くるべし。財は多すぎればかえって無財に等しく、運が財に逢いて化して殺と為れば即ち災を生ず;官は多すぎればかえって無官に等しく、太く旺なれば即ち傾覆せんとす。日主は本(もと)生旺に居りて、また日主生旺の運を加えれば、看るに強極のごとくも、実は物は極まれば必ず反りて弱に転ず、ゆえにいう「生地相逢えば、壮年にして禄あらず」と。「墓庫が休に逢えば終に発せず」に至りては、これは言う財官はすでに墓庫の地に居りて、また日主の休囚敗絶の大運に碰上せば、何をもってか身を発せんや。
《三車》云:財官雜氣格透也財者富,透也官者貴,透也印綬者享父母田產宅舍財帛之富,有文書宣敕廕庇之貴。如無透出,沖開少許則發,身旺為妙,不宜身弱、沖刑太過。《景鑑》云:“雜氣財官身旺,有沖而發,若太過反受孤貧。”孤貧者,身弱閉財浩蕩,兩年刑沖是也。
《三車》にいう:財官雑気格の裡に、財を透き出だす者は富を主り、官を透き出だす者は貴を主り、印綬を透き出だす者は父母の遺す田産房舎と財帛の富を享くる能う、併せて文書誥敕・祖蔭庇護の貴あり。もし一樣も透き出ださざれば、ただ少々冲開せばも発する能う;総じて日主の旺なるをもって妙と為し、宜しく日主の弱くして冲刑また太く過ぐるを取らず。《景鑑》にいう:「雑気財官にして日主旺なれば、冲ありて便ち発す;もし冲すること太く過ぎれば、かえって孤苦貧寒を受く。」謂うところの孤貧は、日主が本(もと)弱く、庫中の財は浩蕩にして任じ難く、また連年に刑冲に遭うの情形を指す。
《集說》云:庫財者蓄藏這謂,辰戌丑未是也。如月令透出者,或歲時透也才,亦不要一點官星,可用此格。由見辰土庫為財庫,須四柱天干透出戊己為妙。大抵四柱中,有財氣多者,無不入貴格。無官見財亦能生官,多入財第之命。但不要財藏於庫中,須要刑沖破害,以開其局鑰,方能發福。
《集説》に講ず:謂うところの庫財は、蓄蔵の意なり、辰戌丑未の四庫を指す。もし月令中に蔵する財が天干に透き出づ、あるいは年時上に財星を透き出だせば、たとい一点の官星無くとも、またこの格を用いる能う。たとえば辰土の庫をもって財庫と為せば、則ち須らく四柱の天干に戊己を透き出だしてこそ妙なり。大体四柱中に財気多き者は、貴格に入らざるは無し;たとい官無くとも、財を見れば能く官を生じ、多くは科第の命なり。ただ財をして一直に庫中に閉せしむべからず、必ず刑冲破害ありてこの把の鎖鑰を開きてこそ、福を発する能う。
又曰:夫庫官者,蓄藏之謂也,以辰戌丑未四季月令得之是也,但不知庫中所透何物,用月干透出七殺。不怕刑沖破害,尤喜制伏之地,又要有合,方可為貴。如無制伏,又無合,本身又弱,必為害也。如丙子日見辰時為庫官,必難發於少年,多屬水庫。但不要天干傷官,如作品官主宰號晚成。行運亦不要行傷官之地,喜官星之鄉,喜身旺官旺,喜沖喜露,天干財印忌閉。
また言う:謂うところの「庫官」も、また蓄蔵の意なり、月令が辰戌丑未の四季月に落つるに就きて言う。ただ庫中の透き出づるは何物なるかを知らず、もし月干の透き出だすは七殺なれば、則ち刑冲破害を怕れず、尤も制伏し得るの地に走るを喜び、また合ありてこれを羈絆するを要して、こそ貴を成す能う。もしすでに制伏無く、また合神無く、日主それ自身はまた弱ければ、那(な)は必ず害を成す。たとえば丙子日に辰時を見れば、辰は水庫にして官を蔵す、かかる命は少年に発し難く、多くは水庫の一類に属す。柱中は天干に傷官を見るを要せず;もし官を為す能わば、また大器晩成を主す。行運も同じく傷官の地に走るを要せず、官星の鄕に走るを喜び、身旺にして官もまた旺なるを喜び、庫門を冲開し官星が透露するを喜び、最も忌むは天干上の財印がそれを閉鎖する。
又曰:如丙丁生人,以辰庫官,水土庫於辰故也。須年月日時有木,或亥卯未並寅為清。如無木,則土奪丙丁之官,則濁卑而不清,亦不榮顯。《洪範》云:“時逢乙木與南墓。雖富而不仁,丙遇金陰而北墓,縱貧而有德。”補曰:南墓謂未庫也,北墓謂丑庫也,陰金,謂辛金丙火之正財也。
また言う:たとえば丙丁に生まるる人は、辰をもって庫官と為す、水と土と倶に辰に墓すればなり。かかる命は須らく年月日時中に木あるを要し、あるいは亥卯未および寅の字あれば、格局はこそ清と算す。もし一点の木も無ければ、辰中の戊土は丙丁の官星たる癸水を奪い去り、格局は便ち濁にして卑下、榮顕する能わず。《洪範》にいう:「時に乙木に逢い南墓に入れば、富むといえども仁ならず;丙は陰金に遇いて北墓に入れば、貧しといえども徳あり。」補って説明す:南墓は未庫を指し、北墓は丑庫を指す;陰金は辛金を指し、丙火の正財なり。
又曰:辰戌丑未全備乃財庫,富貴之尊。又曰:財星入墓,正主刑沖必定刑妻。又曰:冠帶互逢,定是風聲之丑。補曰:辰戌丑未互換,犯之故曰互逢,定主風聲不美,此以女命言。男命遇之,大富貴,終主克父母。又曰:四柱有鬼之墓,乃無巳入黃泉,歲運無星絕之鄉,定主鴛配分飛異路。
また言う:辰戌丑未の四庫が斉備せば、便ち財庫は俱全にして、富貴の尊顕を主す。また言う:財星が墓庫に落ちて、もし正に刑冲に遇えば、必ず妻子を刑克す。また言う:冠帯の位が互相いに交わり逢えば、定めて好からざる名声あり。補って説明す:辰戌丑未が彼此交換して出現するを「互逢」と呼ぶ、これを犯せば必ず声名の美ならざるを主す、これは女命に就きて言う;男命がこれに遇えばかえって大富大貴、ただついに父母を克するを要す。また言う:四柱中に官鬼の墓あれば、配偶は即ち黄泉に入るの虞あり;歳運がさらに夫星の絶敗の鄕に走り到れば、必ず夫妻は分飛して各々異路に奔るを主す。
《集說》曰:八字之中,甲以辛為無,遇丑是金鬼之庫。若重見辛,必主夫巳死入黃泉也。流年大運入官鬼絕敗之地,定主夫婦死別之兆。又曰:財星入墓,少許刑沖必發。《四言獨步》云:月生四季,日坐庚金。何愁主弱,旺地成名。
《集説》に講ず:八字の中に、甲木は辛金をもって官鬼と為す(女命は即ち夫星)、丑に遇えば即ち金鬼の庫なり。もし柱中に重ねて辛を見れば、必ず丈夫の早く亡びて黄泉に入るを主す。流年大運が官鬼の絶敗の地に走り到れば、また定めて夫婦死別の兆あり。また言う:財星が墓に入る者は、ただ少々の刑冲あれば便ち発する能う。《四言独歩》にいう:「月は四季に生じ、日は庚金に坐す。何をか愁えん主の弱きを、旺地にして名を成す。」日主が四季月に生まれて坐下に庚金の相助あれば、日主の弱きを憂慮するを須(もち)いず、旺地に走り到れば一樣に名を成す。
又曰:壬日戌提,癸干未月。運喜東方,逢克則絕。前或改為逢沖則絕。又曰:戌己丑月,比肩不忌。疊金入格,忌逢午戌。又曰:曲直丑月,比記憶肩帶印多金,壬癸丑日,土厚多金。補曰:曲直謂甲乙木生丑月。多金則貴,印能化殺敵也。壬癸生丑月,土厚則貴。以其金庫生申故也。
また言う:壬水の日主は戌をもって月令提綱と為し、癸水の日主は未月に生まる、大運は倶に東方の木地を喜び、一たび克に逢えば便ち絶つ——或る人はまた「逢克」を改めて「逢冲」と作す。また言う:戊己土の日主が丑月に生まれ、比肩を見れば忌むを必とせず;金が層層疊疊として格に入る者は、午・戌の来りて金を克するに逢うを忌む。また言う:甲乙木が丑月に生まれて比肩を帯び印を帯びてまた金多き、および壬癸水が丑日丑月に生まれて土厚くして金多きは、皆取るべき格なり。補って説明す:「曲直」は甲乙木が丑月に生まるるを指し、この時金多ければかえって貴し、印ありて殺を化して生と為す能えばなり。壬癸水が丑月に生まれ、土厚ければ則ち貴し、丑は金庫にして、金は申において生を得て、土の殺を化して水を生ずる能えばなり。
古歌云:財官遇在庫中藏,不露光芒福不昌。若得庫門開透露,定教官貴不尋常。《繼善篇》云:納粟奏名,財庫居生旺之地。此段《格解》附正財下誤矣,今正定。
古歌にいう:「財官は庫中に遇い蔵さる、光芒を露さざれば福は昌ならず。もし庫門を開きて透露するを得ば、定めて官貴をして尋常ならざらしむ。」財官は庫裡に蔵して光を見ざれば、福気は便ち昌盛ならず;一たび庫門が打開して財官が透露せば、官職貴気は自ずから尋常と同じからず。《継善篇》にいう:能く米粟を捐納して官名を取得する人は、命中の財庫が生旺の地に落つ。この一段を《格解》はそれを正財の条目の下に附す、これは錯なり、いま正して定む。
補曰:此段有二說,一說財庫居生旺,如金人生於未月,是謂財庫。要日干居於自生自旺鄉,方能長財發福。此說可從。《格解》謂但解本文未順,非也。蓋取用憑憑藉於生月,取四季之月,為雜氣財庫,或雜氣時,本本國有日坐庫,如辛未日,而取格者也。況雜氣喜身旺,謂日干取於生地,如甲子日居子自旺,如甲寅之類,生於辰月財庫。
補って説明す:この一段に両種の解釈あり。第一種はいう「財庫は生旺に居す」、たとえば金の日主が未月に生まれ、未は木庫にして金に対しては財庫;必ず日主それ自身が長生あるいは帝旺の郷に処してこそ、財を積み福を発する能う。この一説は依従すべし。《格解》はいう本文に照らして解釈せば順ならずと、実はこれ対ならず。取用は本(もと)より生月に憑借す:四季の月を取りて雑気財庫と作し、あるいは雑気の時を取る、また日主が自ら庫位に坐する有り、たとえば辛未日は即ちこれに拠りて格を取る。況んや雑気格は身旺を喜び、謂うところ日干は生の地を得るを要す、たとえば甲子日は子に坐して沐浴にして自ら旺にし、甲寅日は禄に坐するのたぐい、さらに辰月のごとき財庫の月に生まれんを。
舊注:謂須要一物開之,如戌沖開辰庫是也。經曰:“少年難發庫中人。只怕有物壓之,故曰納粟奏名。”此說誠順而有理,何謂不順!
旧注にいう:必ず一様の物ありて庫門を開くを須(もち)いる、たとえば戌を用いて辰庫を冲開するこれなり。経上に講ず:「少年は庫中の人を発し難し。」ただ庫上に別に他物ありて圧しえて開く能わざるを怕る、ゆえにただ米粟を捐納して官名を取得するに頼り、科第の正途を循(したが)うにあらず。この説法は確かに順暢にして理あり、いずくんぞそれを順ならずと言わんや。
一說此言世之人納粟奏名者,乃是身臨財庫。居於月令生旺之守。假令金以木傑財,庫於未,辛未日生人,是身臨財庫,若生於冬月,謂之財庫居生地,若生於有春月,謂之財庫居旺地,故日財庫居生旺之地。此說亦似牽強。
第二種の説法は認む:世の捐納して官を得る人は、日主それ自身が財庫に臨みて、しかしてこの財庫がまた月令の生旺の位に居す。たとえば金は木をもって財と為し、木庫は未に在り、辛未日に生まるる人は便ち身が財庫に臨む;もし冬月に生まれ、木は亥において長生を得れば、即ち財庫は生地に居すと呼ぶ;もし春月に生まれ、木は正に旺にあたれば、即ち財庫は旺地に居すと呼ぶ。ゆえにいう「財庫は生旺の地に居す」と。この一説はしかるに似たり牽強なり。
蓋雜氣喜愛身旺,如身居休囚也,天元贏弱,正為富室貧人,豈能納粟奏名乎?財庫固要生旺,須要身居生旺,可以當之。此說不如前說,亦當參者。如身居生旺,財庫亦生旺更妙,可外身而專言財庫生旺乎?
因るに雑気格は首要として日主の強旺を喜ぶ;もし日主が休囚の地に処し、天元は贏弱(えいじゃく)なれば、那(な)は満屋の財貨を守りても受用する能わざる「富室の貧人」、いずくんぞさらに捐納して官を得る能わんや。財庫は固(もと)より生旺を要す、さらに日主それ自身が生旺してこそこれに担(た)える。ゆえに第二説は第一説に如かず、ただしまた参看すべし。もし日主が生旺し財庫もまた生旺なれば、那は自ずからさらに妙なり;いずくんぞ日主を撇(す)てて単に財庫の生旺を講ずる能わんや。
《鷓鴣天》云:雜氣財官仔細推,乾坤四季吐光輝。身強財旺生官位,運至中年掛紫衣。官星顯達利名齊,輕裘肥馬鳳凰池。英雄若得開財庫,五花官誥拜丹墀。
《鷓鴣天》のこの詞は専ら雑気財官を詠み、この一格を必ず細かく推詳するを要すと言う、天地の間に辰戌丑未の四個の季月は自ずから一段の光華あり。日主が強健して財星が旺盛にして能く官位を生起する人は、大運が中年に走り到れば便ち紫色の朝服に換える能う。官星は一たび顕達せば、名と利とが同時に手に到り、これより軽暖の皮裘を着て肥壮の駿馬に騎り、中樞の要地に出入す。英雄豪傑はもし鎖さるる財庫を打開する能わば、便ち五色の誥命を捧げて、丹墀の下に君恩を拝受する能う。
又曰:印綬生身稟氣清,辰戌丑未月中生。四柱無財當顯達,遇印升加福壽增。官旺之運定享通,龍樓鳳閣也馳名。無滯早年癸甲第,一聲霹靂振家聲。
また唱えていう:「印綬は身を生じて禀気清し、辰戌丑未の月中に生す。四柱に財無ければまさに顕達すべし、印に遇えば升加して福寿は増す。官旺の運は定めて亨通を享け、龍楼鳳閣にも名を馳す。滞り無く早年に甲第に登り、一声の霹靂は家声を振るわす。」これは言う雑気印綬格の人は禀気が清純にして、四季の月に生す;四柱に財の来りて印を壊すを見ざれば、まさに顕達すべし;さらに印星の来りて加うるに遇えば、福寿は俱に増す;官旺の運を走れば必ず亨通して、宮闕に出入して声名は遠く播(ま)きる;早年に順利に科に登り、一声の霹靂のごとく家門を震動す。
《玄機賦》云:旺官旺印與旺財,入墓有禍。傷官食神並身旺,遇庫興災。補曰:官輕印財輕,入墓無妨。如四柱財官,三合太旺,則天元贏弱,又入墓運三合,則官旺克身,財旺生殺,則贏弱太過必禍。如上柱印綬太旺,重重三合,又入墓運三合,則生氣太過必禍。空謂木盛水漂,土多金埋是已。
《玄機賦》にいう:旺官・旺印と旺財とは、墓に入れば便ち禍あり;傷官食神は日主と同じく旺にして、庫に遇えば便ち災を興す。補って説明す:官軽く・印軽く・財軽き者は、墓に入るは併(あ)せて事を妨げず。もし四柱の財官が三合を経て太く旺なれば、日主の天元はかえって贏弱、この時さらに墓運に走入りてまた三合に逢えば、官旺なれば即ち来りて身を克し、財旺なれば即ち往きて殺を生じ、贏弱は極処に到りて必ず禍患を生ず。またもし柱中に印綬が太く旺にして、重々の三合、さらに墓運の三合に入れば、生気が太く過ぎてもまた必ず禍を生ず、正に木は太く盛んにして水は漂わされ、土は多すぎて金は埋めらるるがごとし。
柱內傷官食神經,遇庫無災,若傷官食神三合太旺,又遇墓合,則絕氣,愈甚必災,此以身弱之極而言。已注論傷官格內。身弱遇庫無災,惟四柱比劫三合,則身旺已無倚劫,又遇庫身愈旺,無制必災,此以身旺之極而言。故曰旺雖逢墓庫絕,生加生旺過非宜。又曰中和為福,偏黨為災。
柱中に傷官食神の分量軽き者は、庫に遇えて併せて災禍無し;もし傷官食神が三合にして太く旺に、また墓庫の来りて合するに遇えば、日主は絶気してさらに甚だしく、必ず災を生ず——これは日主が衰弱して極点に到るに就きて言う、前の傷官格を論ずる時にすでに注明せり。反対に、日主が弱き時に庫に遇うは本(もと)災無し;ただ四柱の比劫が三合せば、日主はすでに旺じて劫財の相助を須(もち)いず、さらに庫の来りて旺を助くるに遇いて制伏の神無ければ、また必ず災を生ず——これは日主が強旺して極点に到るに就きて言う。ゆえにいう「旺は墓庫絶に逢うといえども、生に加えて旺しき過ぐるは宜ならず」、また言う中和はこそ福と為り、一党に偏すれば便ち災と成る。
金神格
楠曰:甲日金神格,取癸酉乙丑己巳三個時。書曰:“甲日金神,偏宜火制。”又曰:“金神遇火貴無疑,金火災殃有之,此格多生大貴。”但論之未明顯。
張楠がいう:甲木日主の金神格は、癸酉・乙丑・己巳のこの三個の時辰を取る。書上に講ず:「甲日の金神は、偏(あ)に火を用いてこれを制するを宜とす。」また講ず:「金神は火に遇えば、貴なるは疑うを必とせず;金と火とが配合して当を失せば、また災殃有るを免がれず。」この一格は多く大貴の人を出す、ただ前人の議論はなお明白なるに足らず。
但甲日四柱氣旺,金神又或有一二點者,遇火制之極貴。此即同時上偏官格一樣看。若金神氣輕,柱中有火制之太過,大畏火鄉太制其金神,又喜金水以助其金神出。
実はただ甲木日主の四柱が気勢強旺にして、金神がまた一二点あれば、火の来りて制するに遇えば便ち極貴、これは「時上偏官格」の看法と完全に一樣なり——金神は甲木にとって即ち七殺にして、殺重く身強く、火ありて制伏してこそ器を成す。もし金神それ自身の気が軽く、柱中の火がすでにそれを制すること太く過ぎれば、則ち最もさらに火鄕に走りて金神を制死するを怕り、かえって金運水運の来りて金神を助起するを喜ぶ。
乙日金神,乙丑、己巳、癸酉三時也,主多貴。己日見巳酉丑金,己日金而洩其氣也,即時上假傷官也。何以言之?書云:“己日金神,偏嫌火制。”若己日干精英涵蓄太過,望見此三時,金清而且秀,己土貪生而洩其秀氣也。
乙木日主の金神も、また乙丑・己巳・癸酉のこの三個の時辰なり、多く顕貴を主す。己土日主が巳酉丑の金を見るは、那は己土が金を生じて自身の気を泄す、時上の假傷官に等し。何をもってかくのごとく言うや。書上に講ず:「己日の金神は、偏(あ)に火の来りて制するを嫌う。」もし己土日主の精気が涵蓄して太く満ちて、正に出口を須(もち)いれば、一たびこの三個の時辰を見れば、金はすでに清くしてしかも秀、己土は便ちそれを生ずるを楽しみ、秀気を皆金の上に泄し去る。
若原滯火金神氣衰,最畏火而傷之。喜金運以助金神,喜水運破火,存起金神,多主富貴。若己日干原衰,金神犯重,己土見金而太洩也,則又宜火運,以破金而存己土也。
もし原局にもとよりすでに火ありて滞留し金神の気弱ければ、則ち最も火のさらに来りてそれを傷るを怕る;この時金運に走りて金神を助起するを喜び、水運に走りて火気を克破して金神を保つを喜び、多く富貴を主す。反対に、もし己土日主が本(もと)すでに衰えて、金神がまた太く重ければ、己土は金を見て泄すること太く狠(はなは)だし、則ち火運に走るを宜とし、火を用いて金を克して己土を保つべし。同じ一個の金神も、日主の強弱に随いて喜忌は相反す、一概に論ずべからず。
舊賦云:夫金神者,只有三時乙丑、己巳、癸酉是也,是乃破敗之神。要柱有火局制伏,運入火鄉為勝。如術中帶羊刃七殺,真貴人也。若四柱中有火局,及運行火氣,便為貴命。若無制伏,則寬猛不濟。柱中怕見木及水鄉運,由為禍矣。亦要月令通金局,或有金氣方論。
旧賦に講ず:金神はただ乙丑・己巳・癸酉の三個の時辰あるのみ、それは本(もと)破敗の神、必ず柱中に火局ありて制伏するを要し、運が火鄕に入りてこそ力を得ると算す。もし命中に同時に羊刃・七殺を帯ば、那は即ち真の貴人なり。四柱中に火局あり、あるいは大運が火気の地に行き到れば、便ち貴命と成る。もし制伏の神無ければ、則ち寛と猛とは済(な)すこと能わず、格局は成らず。柱中は木を見るを怕り、また水郷の運に走るを怕る、それは皆禍を招かん。これ以外にまた月令が金局と相通じ、あるいは柱中に確かに金気あらばこそ、この一格に按じて論ずる能う。
古歌云:金神巳酉丑之時,殺刃中來真貴人。運氣最宜逢火局,水鄉相見禍臨身。又曰:性多狠暴才明敏,遇木相生立困窮。制伏運行運火局,招遷貴顯富顯窮。
古歌にいう:「金神は巳酉丑の時に在り、殺刃の中より来れば真の貴人。運気は最も宜しく火局に逢うべし、水郷に相見れば禍は身に臨む。」金神が巳酉丑の時に落ち、また七殺陽刃の中より来れば、便ち真の貴人;大運は最も宜しく火局に遇うべし、一たび水郷を見れば便ち禍事あり。また言う:「性は多く狠暴にして才は明敏、木に遇いて相生せば立ちどころに困窮す。制伏の運に行きて火局に逢えば、遷を招きて貴顕し貧窮を免かる。」この種の人は性情は狠厲暴烈にして才思は敏捷なり;もし木に遇いて生助せらればかえって困窘と成る;金神を制伏する能う火局の運に走り到れば、便ち昇遷顕貴して、困窮を脱擺する能う。
丁亥、癸丑、己未、癸酉。金溪高谷南少卿,己日金神,土金假傷官。楠曰;日干己未坐金神,土厚金輕理自真。運轉西方金旺地,金輕豈作等閒人。
命造:年柱丁亥、月柱癸丑、日柱己未、時柱癸酉。これは金谿の高谷南少卿の命で、己日金神・土金假傷官格に属す。張楠が断じて言う:日主は己未にして時に金神に坐す;土厚く金軽し、道理は本(もと)自ずから分明なり;大運が西方の金旺の地に転じ到れば;金はすでに軽より転じて旺と為れば、この人はあに等閑の輩ならんや。
己未日主,生於丑月,兩土氣厚,凡身旺多好洩也。見酉丑結成金局,用金為假傷官。又為己日金神,蓋喜有甲乙木之官殺,為傷官格之病,所以運行西方金運破木,其貴宜矣。
己未の日主は丑月に生まれて、日支の未と月支の丑との両重の土、土気は極めて厚し;およそ日主強旺の者は皆宣泄を須(もち)いる。柱中に時支の酉と月支の丑とが金局を結成するを見れば、便ち金を取りて假傷官と為して土を泄す。これはまた正に己日の金神なり。喜ばしきは柱中に甲乙木の官殺ありて、傷官格の病神と成る;ゆえに大運が西方の金運に走りて木気を克破し、病根を去れば、顕貴は理の当然なり。
飛天禄馬格 附:倒冲禄馬格
楠曰:飛天祿馬格,蓋取為官,財為馬。蓋只有庚子曰,見子字多,沖出午中丁火為官星,沖出己土為印星,則庚日得官印矣。蓋欲子多,則能沖出,亦畏有丑字,則欄路道,不能沖出。畏午字丁字己字則破格。壬日有財官金,暗沖出午中丁火為財星,己土為官星,則壬日有財官矣,亦喜子多,則能沖出財官,畏見丑欄之,午破之。
張楠がいう:飛天禄馬格は、禄を把(と)りて官と看(み)、馬を把りて財と看る。ただ庚子日あるのみ、柱中に子の字多くして、こそ午中の丁火を暗冲して官星と作し、午中の己土を冲き出だして印星と作し、かくすれば庚金日主は空より官と印とを得。ゆえに子の字の多きを要してこそ冲して動く能う;また柱中に丑の字ありて子を絆(ほだ)し、去路を挡(さえぎ)りて冲き出だす能わざるを怕る;また午の字・丁の字・己の字を見て填実せば、それは即ち格を破る。壬子日も理は同じ:暗に午中の丁火を冲き出だして財星と為し、己土を官星と為し、壬水日主は便ち財官を有す;同じく子の字多きを喜んでこそ冲き出だす能う、丑の字の来りて絆(ほだ)すを怕り、午の字の来りて填破するを怕る。
又癸亥會,欄中本無官星也。用亥字倒沖出巳中丙火為正財,戊土為正官,畏子字欄住路不能沖,及巳運破其格。蓋亦喜亥多,方能沖出,又丁巳日干,本無官星,喜巳多,暗沖出亥中壬水為官,要巳多方能沖,畏午字攔之,亥字破硌。
さらに癸亥日を看るに、柱中にもとより官星無し、即ち亥の字を用いて巳中の丙火を倒冲して正財と作し、戊土を正官と作す;子の字の路に挡(さえぎ)って冲して動かざるを怕り、および巳運に走りて格局を填破するを怕る。同じく亥の字多きを要してこそ冲き出だす能う。またたとえば丁巳日は、それ自身にもとより官星無し、則ち巳の字多きを喜び、暗に亥中の壬水を冲き出だして官星と作す;必ず巳の字多くしてこそ冲して動く能う、午の字の攔阻するを怕り、また亥の字の出現して格を填実して破るを怕る。
此數格,俱以干月時無官,俱要巳多,暗沖其官星出來。此數格自非造化自然之理,故作聰明鳳取其理。便庚子旺,若見子多似水金洩氣,似要有火暖之。若金水氣寒,失中和之道,亦不可以飛天論之。丙午日,午字多,暗沖子中癸水為官,理亦同前。此格俱繫本然無官星,但以類聚我,又多沖之,以取其官。此取其官。此理似無而又有,似非而僅有是也。
この幾個の格は、俱に年月時上にもとより官無くして、全く同じ一個の字の聚まり多きに頼りて、対宮の官星を暗に冲き出だす。言い極むれば、これは併(あ)せて造化自然の理にあらずして、後人が故(こ)に聡明を作して勉めて安排し出だせる名目なり。たとえば庚子日はたとい身旺なりとも、もし子の字が多すぎれば、金はすでに水に気を泄されて、即ち火ありてこれを温暖するを要す;金水が一片の寒気にして中和の道を失せば、また飛天禄馬を把りてこれを論ずべからず。丙午日に午の字多きは、暗に子中の癸水を冲して官星と作す、道理は前と相同じ。この一類の格局は皆本然に官星無くして、ただ同類の相聚まるを借り、また多く対宮を冲して、官星を取り出だす。この理は似たり無くしてまた有り、似たり非にして僅かに一線の通ぜるを存す。
《喜忌篇》云:內有正倒祿飛,忌官星亦嫌羈絆。楠曰:內有者,蓋言四柱中有庚子、壬子、辛亥、癸亥四日,為正飛天祿馬,固忌官星填露,亦忌合神羈絆。強庚子日要柱中有子字多,虛沖午字出,為庚日之官星。柱中有寅字,則子字貪合不能沖午中之祿。其柱中有子宛午字填實,或丑字絆住,則不貴也。丙己字為七煞偏官,則減分數,歲運亦須忌之。如古蔡妃造。
《喜忌篇》にいう:命中にもし正飛・倒冲の禄馬の格あれば、すでに官星の出現を忌み、また合神の羈絆を嫌う。張楠が解釈す:謂うところの「内有」は、四柱中に庚子・壬子・辛亥・癸亥のこの四個の日あるを指し、正飛天禄馬に属す;すでに官星の填実透露を忌み、また合神ありて用いる所の字を絆(ほだ)すを忌む。たとえば庚子日は、柱中に子の字多きを要して、こそ虚に午を冲き出だして庚金の官星と作す能う;もし柱中に寅の字あれば、子は寅と合するを貪りて午中の禄を冲して動かず。もし柱中にすでに午の字ありて填実し、あるいは丑の字ありて子を絆住せば、則ち貴ならず。丙の字・己の字は庚金にとって七殺偏官にして、見れば分数を減ずを要し、歳運上にもまた忌むを須(もち)いる、たとえば古の蔡妃の命造。
己未 丙子 庚子 丙子 以三子暗沖午,而未合也。如壬子日,要柱中有子字多,虛沖午中己字出,壬日得官星。柱中有壬戌未,得一字可全為妙。亦不要四柱中有丑宛絆住,則子字不能去沖午中之祿。若四柱中午字填字。或丑字絆住,則不貴也。戊己字淡七煞偏官,則減分數,歲運亦須忌之,如古橫行正使浩造。
蔡妃の命造:年柱己未、月柱丙子、日柱庚子、時柱丙子、三個の子に頼りて暗に午を冲し、しかして年支の未はまた午と相合す。またたとえば壬子日は、柱中に子の字多きを要し、虚に午中の己土を冲き出だして壬水の官星と作す;柱中に壬・戌・未ありて、その中の一字を得て成全を来すを妙と為す。同じく丑の字ありて絆住する無きを要し、否(いな)ずんば子は即ち午中の禄を冲して動かず;もし柱中に午の字ありて填実し、あるいは丑の字ありて絆住せば、また貴ならず。戊の字己の字は壬水にとって七殺偏官にして、見れば分を減じ、歳運上にもまた忌諱するを須(もち)いる。たとえば古のあの横行正使浩の命造。
壬子 壬子 壬子 壬寅。壬子 壬子 壬子 丙午 亦三子暗沖午財官出,則以三子沖填實為禍。
その一:年月日の三柱は皆壬子、時柱は壬寅。其二:年月日の三柱は皆壬子、時柱は丙午。前の一造は三個の子に頼りて暗に午を冲し、財官を冲き出だして格を成す;後の一造は同じく三子の午を冲すといえども、しかし時支の午の字がすでに填実するに因りて、かえって禍と成る。両造はただ一個の時支を差(たが)うるのみにして、吉凶は完全に相反す。
《鷓鴣天》云:祿馬飛天識者希,庚壬二日報君知。暗逢丁字為官祿,寅戌來合換紫衣。擎象簡,佩金魚,凌煙閣上姓名題。虛合官星財祿厚,金榜標名到鳳池。
《鷓鴣天》のこの詞にいう:この一格を識得する人は少なく、関鍵はただ庚子・壬子の両個の日に在り。暗に午裡の丁火を冲き出だして官と禄と当作し、さらに寅・戌の両支を得て午を合住せば、便ち紫色の朝服に換える能う。その時に到りては象牙の笏板を手に捧げ、腰間に金魚の符袋を懸け、名字は凌煙閣上に題す。官星は虚に合して来るといえども、財と禄とは極めて豊厚にして、ついに金榜に名を標して中樞に進入する能う。
古歌云:庚寅二日重逢子,虛沖祿馬號飛天。如行金水多清貴,運轉南方數有難。如辛癸二日生亥,柱中亥字多,沖出巳中丙火戊土為官星。柱中要有申酉丑字,但得一字合起為貴。若柱中有戊巳丙三字則壞。此格有戊字,則亥不能去沖,歲運亦忌。運重太歲輕,再見巳字填實。則為禍矣。
古歌にいう:「庚壬の二日に重ねて子に逢う、虚に禄馬を冲して飛天と号す。もし金水に行けば多く清貴なり、運が南方に転ずれば数に難あり。」さらに辛亥・癸亥の両日に生まるる人のごとき、柱中に亥の字多ければ、巳中の丙火・戊土を冲き出だして官星と作す能う;柱中に申・酉・丑の字有るを要し、その中の一字を得て巳を合起すれば便ち貴し。もし柱中に戊・巳・丙のこの三個の字出現せば即ち格を壊す:戊の字あれば、亥は便ち冲して動かず、歳運上にもまた忌なり。軽重に就きて言えば、大運の分量は重く太歳は較(か)く軽し;もしさらに巳の字を見て填実せば、則ち禍と成る。
楠曰:舊經傳甚明。但辛癸日,多逢亥字沖巳,若四柱中有戌字,則亥不能去沖。何也?蓋亥見戌為天羅,主一生蹇滯凶害,所以不能去沖。與他羈絆不同,或者疑舊文戌字,謂恐作寅字,非也。如丞相造:丁未、癸卯、癸亥、癸丑,亥沖丑合。古曹廊中造:壬申、辛亥、癸亥、壬子,亥沖申合。
張楠がいう:旧経の伝え下せるこれらの講法はすでに甚だ明白なり。ただ一点を補するを要す:辛亥・癸亥日は多く亥の字に逢いて巳を冲す、もし四柱中に戌の字あれば、亥は即ち冲して動かず。何となれば、亥は戌を見て「天羅」と呼び、一生蹇滞多凶害を主り、ゆえに冲き出だす能わず、これは別の合神羈絆と性質同じからず。或る人は旧文の「戌」の字はまさに「寅」の字と作るべしと疑う、那(な)は対ならず。たとえば某丞相の命造:年柱丁未、月柱癸卯、日柱癸亥、時柱癸丑——亥によりて巳を冲し、さらに丑によりて巳中の金気を合起す。またたとえば古の曹廊中の命造:年柱壬申、月柱辛亥、日柱癸亥、時柱壬子——亥によりて巳を冲し、さらに申によりて巳を合起す。両造は倶に「亥多くして巳を冲し、申酉丑の一字を得て合する」の条件に合す。
《鷓鴣天》云:飛天祿馬貴非常,辛癸都來二日強。無庚丙戌生官祿,逢合沖官近聖王。利祿俱顯姓名揚,酉丑一位最高強。運逢巳午凶災起,歲歲年年受禍殃。
《鷓鴣天》のこの詞にいう:この格は貴なること奇に出で、辛亥・癸亥の両日は最も力を得る。柱中に庚金・丙火と戌土の来りて妨碍するを見ざれば、官と禄とは自ずから生出す;一冲一合に頼りて官星を手に取り到れば、便ち聖明の君に親近する能う。その時に到りては名利は双顕して声名は遠く揚がり、しかして酉を帯ぶるあるいは丑を帯ぶるの一種は最も高強なり。一たび大運が巳・午に走り到りて冲局を填実せば、凶災は随いて起こり、年を経歳を経て禍に遭う。
庚子、甲申、庚子、甲申。高功韶尚書,飛天祿馬格。楠曰:庚申日主子申重,午內財官暗喜沖。金水兩千無剝雜,邦家萬世有奇功。
命造:年柱庚子、月柱甲申、日柱庚子、時柱甲申。これは高功韶尚書の命で、飛天禄馬格に属す。張楠が断じて言う:庚金の日主にして子・申の两字は重複す;午中に蔵する財官は、正に暗冲せらるるを喜ぶ;金水の両様は清純にして剥雑無し;因って国家の為に万世の奇功を立つる能う。
庚生申月,下通申子之氣,水盛則能動午中丁己作財官。再行北方,重重水氣沖之,如喜身主有氣,飛天祿馬格真也。
庚金は申月に生まれて、地支は申と子との水気に通ず;水勢は一たび盛んなれば、即ち午中の丁火・己土を撼動して、取り来たりて財と官と作す能う。大運がさらに北方に走れば、重々の水気は午を冲しに往き、格局はさらに成る。これに加えて日主の庚金は申において禄に坐して本身に気あり、こ の番の冲动に担(た)える、ゆえにこの飛天禄馬格は真格なり。
倒沖祿馬格。舊賦雲丙午日,柱中用午字多,沖出子宮癸水為官星,不論帶合。若柱中有未字絆信,則午不能去沖,柱中大忌見子字則禍也。如丁巳日,柱中用巳字多,沖出亥中壬水為官星,柱中忌見壬亥字不美也,不論合。若四柱中有辰字,則巳不能去沖,歲君大運亦同,運重歲君輕。
さらに倒冲禄馬格を言う。旧賦に講ず:丙午日は、柱中に午の字多きを用いて、子宮の癸水を冲き出だして官星と作す、この一格は合を帯ぶるを講究せず。もし柱中に未の字ありて午を絆(ほだ)せば、午は即ち冲して動かず;柱中に最も忌むは子の字を見て填実する、見れば便ち禍あり。またたとえば丁巳日は、柱中に巳の字多きを用いて、亥中の壬水を冲き出だして官星と作す;柱中に壬の字・亥の字を見るを忌む、見れば即ち美ならず、同じく合を論ぜず。もし四柱中に辰の字あれば、巳は便ち冲き出だす能わず。太歳と大運との道理は相同じ、ただ大運の分量は重く太歳は較(か)く軽し。
楠曰:舊經文明白。但丁日巳字多沖亥,若四柱中有辰字,則巳不能去沖。何也?蓋巳見辰為地網,主多生蹇滯凶害,所以不能去沖,與他羈絆不同。而或有疑舊文辰字,當作申字,亦非也。《易散》云:丙丁離巽動江湖,歲運無官入仕途。厚利榮名還有利,定教榮貴感皇都。
張楠がいう:旧経文は本(もと)より説く明白なり。ただ一句を補するを須(もち)いる:丁巳日は巳の字多きに頼りて亥を冲す、もし四柱中に辰の字あれば、巳は即ち冲して動かず。何となれば、巳は辰を見て「地網」と呼び、多く蹇滞凶害を生ずるを主り、ゆえに冲き出だす能わず、これは別の合神羈絆と性質同じからず。しかして或る人は旧文の「辰」の字はまさに「申」の字と作るべしと疑う、また対ならず。《易散》にいう:「丙丁は離巽(りそん)して江湖を動かし、歳運に官無くして仕途に入る。厚利榮名はさらに利あり、定めて榮貴をして皇都に感ぜしむ。」
又曰:丙午丁巳名倒刑,若無辰未絆相宜。不逢壬癸來真實,富貴雙全大出奇。《繼善篇》云:得佐聖君,貴在沖官逢合。此正倒祿飛之謂也。
また言う:「丙午・丁巳は名づけて倒冲、もし辰未の来りて絆(ほだ)す無ければ最も相宜なり。壬癸の来りて官星を填実するに逢わざれば、便ち富貴双全にして大いに奇に出づ。」《継善篇》にいう:能く聖明の君主を輔佐する人は、貴なる処は即ち官星は冲き出だされ来たるにして、また合に逢いて成全するに在り。講ずる所は正に正飛天禄馬と倒冲禄馬のこの両格なり。
子遥巳格
楠曰:子遙巳,取甲子日甲子時,蓋取子中癸水,遙運巳中戊土,戊土動丙火。丙火合辛金,甲木取辛金為官星也。忌四柱天干有庚金七煞絆住甲字,但此遙遠作合,理亦通也。月令有正格可用為是,無正格以此取用。此下場近是百非,屢試亦有驗。畏西方申酉戌巳酉丑運,實了官星也。
張楠がいう:子遥巳格は、甲子日に甲子時を配るを取る。その推法は:子中の癸水は遙かに巳中の戊土を牽動し、戊土はさらに巳中の丙火を引動し、丙火は辛金と相合して、しかして甲木は正に辛金をもって官星と為す、官星はかくのごとく遥かに牽引き出ださる。この一格は四柱の天干に庚金の七殺ありて甲木を絆(ほだ)すを忌む。この種の位を隔てて遥かに合するは、道理上にも勉めてまた講じて通ず。もし月令に別に正格の用いるべきあれば、なお正格をもって准と為す;実に正格無くて、こそそれを用いて取用す。この一類の格法は大抵百の中に一はなり難し、ただし屡々試験すればまた確かに応験する有り。それは西方の申酉戌と巳酉丑の運に走るを怕る、それは官星を填実せしめん。
《喜忌篇》云甲子日再遇子時,畏庚辛申酉丑午。曰此格舊傳以甲子日見甲子時,其子遙合巳宮戊土,來動丙,又去合酉中辛金為官星,要行身旺鄉,如月令通木,方論歲運。及四柱中忌有辛申酉字為官殺填實,子忌丑字絆住,午字沖子,不能去遙,並未有喜官運之說,而《格解》喜官運何也?
《喜忌篇》にいう:甲子日にさらに甲子時に遇うは、庚・辛・申・酉・丑・午のこの幾個の字を怕る。或る人は解釈す:この一格は旧伝に甲子日が甲子時を見るをもって、子を用いて巳宮の戊土を遥合し、戊土は丙火を引動し、丙火はさらに酉中の辛金を合しに往きて官星と作す;身旺の郷に走るを要し、もし月令が木に通じて根あれば、こそ歳運を論ずる能う。四柱中に辛・申・酉の字ありて官殺を填実するを忌み、子は丑の字の絆住するを怕り、午の字の来りて子を冲するを怕る、一たび絆冲せられれば即ち遥かに動く能わず。旧説の裡に従来より「官運を喜ぶ」のこの一条無く、しかるに《格解》はしかし官運を喜ぶと言う、これは何の故ぞや。
作曰:此格固不可見正官星,若生春月,又坐印重重,並生冬月,印愈旺矣。無官則身旺無極,歲運遇見官星,多有資財昌盛,功名顯達,大富貴者,作嘗驗之矣。故曰木旺得金,方成棟樑,官印兩全,乃是貴人。此待格局,亦當通變,不可執一,以為不可見官星,《格解》此說極是。經曰:“通變以為神”,是也。
答えていう:この一格は原局に固(もと)より正官星を見るべからざれど、もし春月に生まれて、坐下に印星ありてまた重々しく;あるいは冬月に生まれて、水印はいよいよ旺なり。原局にすでに官星無ければ、日主は旺じて約束無し;この時歳運上に官星に遇見せば、多くは資財は昌盛し功名は顕達して、大富大貴を成す、われ曾て自ら験証せり。ゆえにいう木は旺じて金の修削を得て、こそ棟梁の材と成り、官と印と両全なれば、こそ貴人なり。格局に対待するもまたまさに通権達変すべく、一条を死守して、絶に官星を見るべからずと認定すべからず。《格解》のこの説法は極めて対なり。経上に講ず「能く通変するをこそ神と呼ぶ」、正にこの意なり。
觀古歌云:“甲子重逢甲子時,休言生旺不相宜。月生日主根元壯,運入官鄉反得奇。”則《格解》非無稽也,可見矣。蔌者不司此歌,改月生日主根元壯而為無根壯,又改運入官反得奇而為反不奇,俱非。辦以生春月冬月,干支水木太多者論,要輕重較量。如生傷官食神印綬財官之月,只以六格斷之,不可作予遙。不然則差之毫釐,謬之千里。
さらに古歌の謂うを看るに:「甲子は重ねて甲子時に逢う、休(や)めよ生旺は相宜ならずと言うを。月は日主を生じて根元壮んなり、運が官鄕に入ればかえって奇を得。」見るべし《格解》は併(あ)せて無稽の談にあらざると。浅陋の人はこの歌を暁(あきら)かにせず、「月生日主根元壮」を改めて「無根壮」と為し、また「運入官郷反得奇」を改めて「反不奇」と為す、倶に錯なり。要(よう)するに春月・冬月に生まれて干支に水木が多すぎるの情形に按じて論ずべく、また軽重を権衡するを須(もち)いる。もし傷官・食神・印綬・財官のこれらの月に生まれれば、ただ六個の正格に按じて断ずるのみ、子遥巳を作して看るべからず。さもなくば、毫厘を差(たが)えば千里を謬(あやま)らん。
己亥 乙亥 甲子 甲子 古錢丞相造。自十六七後,就行金鄉酉申運,並運干庚辛金四十年不斷,官至宰相,則生月多印綬,當行官運也明矣。
古の銭丞相の命造:年柱己亥、月柱乙亥、日柱甲子、時柱甲子。彼は十六七歳の後より、即ち一路に酉・申の金郷の運に走り、運干の庚辛金を加えて、四十年断えず、官は宰相に到りぬ。見るべし生月に印綬多き子遥巳格は、正に官運に行くべきにして、この道理は甚だ明白なり。
丙寅 壬辰 甲子 甲子 古趙知府造。三十旬內,行申酉官鄉運,功名顯達,官至知府,則生春身旺之月,喜行官旺也明矣。豈可以遙巳為皆不可見官星填實哉。
古の趙知府の命造:年柱丙寅、月柱壬辰、日柱甲子、時柱甲子。彼は三十幾歳のあの幾年裡に申・酉の官鄕の運に走り、功名は顕達して、官は知府に到りぬ。見るべし春天の身旺の月に生まるるは、正に官旺の運に行くを喜ぶにして、これもまた甚だ明白なり。いずくんぞ一概に子遥巳格は皆官星を見て填実すべからずと認定せんや。
《鷓鴣天》云:甲臨子位日時全,遙作蟾宮折桂仙。癸水子中遙巳動,丙戊相合用祿權。財滾滾,福綿綿,白衣脫去紫維穿。庚辛申酉丑午絕,富貴榮華四十年。
《鷓鴣天》のこの詞にいう:甲木の日主にして日・時の両柱が倶に子に逢えば、便ち遥かに科第に中るを得て、月宮に桂を折るがごとし。子裡の癸水は遥かに巳宮を牽動し、丙火と戊土との相合を引き出だし、官禄権柄はこれよりして来る。ここにおいて財源は滾滾(こんこん)として、福沢は綿長たり、白衣を脱きて紫服に換る。ただ柱中に庚・辛・申・酉・丑・午のこの幾個の破格の字を断絶せば、即ち四十年の富貴榮華あり。
丑遥巳格
楠曰:丑遙巳格,取癸丑日,丑字多遙合巳中戊土為官星。要丑字多,又辛丑日,亦遙合巳中丙火為官星。畏有巳字填實,畏有寅字絆了丑,不能遙,理亦同前。辛癸日多逢丑地,不喜官星。歲時逢子巳二宮,虛名虛利。
張楠がいう:丑遥巳格は、癸丑日を取り、柱中の多個の丑の字を用いて巳中の戊土を遥合す、戊土は便ち癸水の官星、ゆえに必ず丑の字多きを須(もち)いる。辛丑日もまた一樣にして、巳中の丙火を遥合して辛金の官星と作す。この一格は巳の字ありて来りて填実するを怕り、また寅の字ありて丑を絆(ほだ)して遥かに動かざらしむるを怕る、道理は前の子遥巳格と相同じ。辛日癸日が多く丑地に逢うは、本身は併(あ)せてさらに官星を見るを喜ばず;もし年・時にまた子・巳の両宮に逢いて攪擾(かくじょう)せば、便ちただ虚名虚利に落つ。
或曰:此格舊傳以辛丑、癸丑二日用丑多為主,以丑辛動巳中丙火戊土為官星。喜申酉二字,但得一字合起為妙。若四柱中原有子字絆住,巳字填實,不能去遙,歲運亦同,原無官星,方用此格。未有喜官運之說,而《格解》謂喜官運,何也?
或る人は言う:この一格は旧伝に辛丑・癸丑の両日をもって主と為し、多個の丑の字を用いて巳中の丙火・戊土を牽動して官星と作す;申・酉の両字あるを喜び、その中の一字を得て巳を合起せば便ち妙なり。もし四柱中にもとより子の字ありて丑を絆住し、あるいは巳の字ありて填実せば、即ち遥かに動く能わず、歳運上の忌諱もまた一樣なり;必ず原局に官星無くて、こそこの格を用いる。旧説の裡に従来より「官運を喜ぶ」のこの一条無く、しかるに《格解》はしかし官運を喜ぶと講ず、これは何の故ぞや。
何曰:此格固不可見官星,然四柱身極旺,亦喜官鄉,運與子遙同斷。故古歌云:“辛日癸日多逢丑,名為遙巳合官星。莫言不喜官星旺,誰信官來返有成。”又觀古歌云:“諸般貴氣雖合格,六格大綱維去得。更看向背運辰行,不可一途而取格。”子遙丑遙二格身大旺,喜向官運益明矣。
答えていう:この一格は原局に固(もと)より官星を見るべからざれど、しかるに四柱の日主が極旺の時は、同じく官鄕に走るを喜び、断法は子遥巳格と相同じ。ゆえに古歌にいう:「辛日癸日は多く丑に逢う、名づけて遥巳にして官星を合す。莫言(もい)え官星の旺を喜ばずと、誰か信ぜん官の来ればかえって成る有るを。」また古歌を看るにいう:「諸般の貴気は格に合すといえども、六格の大綱は去り得るを須(もち)いる。さらに向背の運辰の行を看向せよ、一途をもって格を取るべからず。」見るべし子遥・丑遥の両格は、ただ日主が大いに旺なれば、即ち官運に走るを喜ぶ、この道理はいよいよ明白なり。
《鷓鴣天》云:癸辛二日丑宮中,遙合巳上得官星。申酉合巳功名顯,富貴榮華萬事通。丙丁破,戊己沖,重茵列鼎所恩榮。年時有子終為絆,如無此字位三公。補曰:丙丁破,是言辛日大運遇丙丁官殺也。戊己 言癸日大運遇戊己官殺也,重茵列鼎反恩榮,正《格解》反謂喜官運也。
《鷓鴣天》に唱えていう:「癸辛の二日は丑宮中に在り、遥かに巳上を合して官星を得。申酉が巳を合せば功名は顕れ、富貴榮華にして万事は通ず。丙丁は破り、戊己は冲す、重茵(ちょういん)に坐して鼎を列べて恩榮を受く。年時に子あれば終に絆(ほだ)しと為り、もしこの字無ければ位は三公に至る。」補って説明す:謂うところの「丙丁破」は、辛日の大運が丙丁のこの類の官殺に遇うを指す;謂うところの「戊己」は、癸日の大運が戊己のこの類の官殺に遇うを指す。すでにそれらに遇うはかえって能く重席に坐し鼎食を列べて恩榮を受くと言えば、正に《格解》の講ずる官運を喜ぶに印証すべし。
壬騎龍背格
格言:壬騎龍背格,取壬辰日辰字多,則能沖出戌中丁火為財星,要辰字寅字多,寅多則能以騎龍為言,非根正理,但美名以取運人聽信。取辰字多沖戌,理亦頗有,不可專以此論禍福。八字中無正格,方以此矣看。
格法に講ず:壬騎龍背格は壬辰日を取り、柱中に辰の字多ければ、即ち戌中の丁火を冲き出だして財星と作す能う;辰の字あるいは寅の字多きを要す。「騎龍」と呼ぶ所以は、辰は龍と為り、壬水は龍背の上に騎(の)る——この名目は併(あ)せて正理に出づるにあらず、ただ聴きよき名を取りて人の信服せしめんがためのみ。多個の辰を用いて戌を冲するに至りては、道理はかえってまた講じて過ぐ、ただ単にこの一点に憑りて吉凶禍福を断ずべからず。八字の中に実に正格の取るべき無き時に、こそこの一格に按じて看る。
《喜忌篇》云:陽水疊逢辰位,是壬騎龍背之鄉。古賦云:此格以壬辰日為主,四見辰字多貴。寅字多者富。壬日坐辰土,以丁為財,以己為官,以辰沖戌中丁戊,壬辰日得財官。而寅午戌三合,以壬日坐寅,卻要年月時上,多聚辰字,方可為貴。
《喜忌篇》にいう:陽水の壬日は重疊して辰の位に逢えば、即ち壬騎龍背の郷なり。古賦に講ず:この一格は壬辰日をもって主と為し、柱中に辰の字多きは貴を主り、寅の字多きは富を主す。壬水は辰土上に坐し、丁火をもって財と為し己土をもって官と為す;辰を用いて戌中の丁火と戊土とを冲すれば、壬辰日は便ち空より財官を得。しかして寅午戌は三合して火局と成るもまた財にして、壬日はもし寅に坐せば、さらに年月時上に多く辰の字を聚めるを須(もち)いて、こそ貴を成す能う。
若壬辰日有,年月時上皆有寅字。只為富命,以寅午戌為財得地。若年月時皆辰字,則沖出財官所以名揚四海,威振八方,而大貴也。古歌云:壬騎龍背怕官居,重疊逢辰貴有餘。設若寅多辰字少,須應豪富比陶朱。
もし壬辰日にして年月時上に皆寅の字あれば、那はただ富命と算す、寅午戌は火に合して財星は地を得るのみなればなり。もし年月時に皆辰の字あれば、戌中の財官を冲き出だして、便ち名は四海に揚がり威は八方に震い大貴を成す能う。古歌にいう:「壬騎龍背は官の居るを怕る、重疊して辰に逢えば貴は余あり。設(も)し寅多くして辰の字少なければ、須(すべか)らく豪富にして陶朱に比すべし。」——原局にすでに官星ありて填実するを怕り、辰多ければ則ち貴く、寅多くして辰少なければ則ちただ陶朱公のごとき豪富なり。
《鷓鴣天》云:壬綺龍背喜非常,寅子多兮福命祥。辰字若多官印重,韜略英雄佐聖王。榮封紫誥綬金章,澄清四海鎮邊疆。先賢立就窮天理,肅整威儀壓四方。
《鷓鴣天》のこの詞にいう:この一格は喜ぶべきこと尋常に同じからず。柱中に寅・子の两字多き者は、福厚くして命は祥なり;辰の字多き者は、冲き出だす官と印との分量は即ち重く、胸中に韜略を抱く人は聖主を輔佐する能う。その時に到りては紫色の誥命の封を受け、金印綬帯を佩びて、天下を澄清して辺関を鎮守す。前賢がこの法を立つるは、天地の理を窮究して来れるなり;その人は儀容は粛整にして、威勢は四方を懾服するに足る。
井欄叉格
楠曰:井欄叉格,蓋取庚子庚申庚辰三日,要申子辰全,沖動午財官,為庚日之財官也。畏有寅午戌字,則破壞格矣。庚日時逢潤下,忌壬癸巳午之方,時遇子申,其福減半。舊注曰:“此論井欄叉格。”蓋言六庚日生人,地支得申子辰全,乃謂全逢潤下。蓋庚用丁為官,而子沖午,庚用未為財,而申沖寅。戌中戊土為庚之印,而辰沖之,以申子辰三義來沖寅午戌,為財官印綬。
張楠がいう:井欄叉格は、庚子・庚申・庚辰のこの三個の日を取り、地支の申子辰が斉全するを要して、午位を冲动しに往き、午中の財官を冲き出だして庚金の財官と作す。最も怕るるは柱中に寅・午・戌の字ある、一見すれば即ち格を破る。有る説いう「庚日に時が潤下に逢えば、壬癸巳午の方を忌む;時に子申に遇えば、その福は半減す」、旧注に講ず:「これは井欄叉格を論ず。」意は六個の庚日に生まるる人、地支に申子辰が斉全するを得れば、即ち全く潤下に逢うと謂う。庚金は丁火をもって官と為し、子を用いて午を冲す;乙木をもって財と為し、申を用いて寅を冲す;戌中の戊土は庚金の印にして、辰を用いて戌を冲す。申子辰の三字をもって斉しく来りて寅午戌を冲せば、財・官・印綬は即ち皆取り到りぬ。
四柱中須用申子辰全為貴,不必三個庚子,若有三庚尤妙。只要庚日生庚年日時,北方傷官,南方火地不為貴,此乃壬癸巳午之方,而此格最忌者也。若是時遇丙子。則是時上偏官。若時是申時,則是歸祿格,其福減半,則福氣不全,虛名薄利而已。
四柱の中に必ず申子辰が俱全してこそ貴なり、併(あ)せて必ず三個の庚子を要せず;もし天干に三個の庚あれば、那は即ちさらに妙なり。ただ庚日に生まれて年・日・時にもまた庚を見るを要す。北方の水地は庚金の傷官、南方の火地はその官殺にして、この両処に走るは倶に貴と為らず、それは正に「壬癸巳午の方」にして、また本格の最も忌む所なればなり。もし時柱が丙子なれば、則ち時上偏官格と成る;もし時柱が申時なれば、則ち帰禄格と成る、福分は半減して、福気は全からず、ただ虚名薄利のみ。
補曰:忌壬癸巳午之方,謂忌北方傷官,南方官運雲。舊注甚明。可改壬癸巳午之方,為忌壬癸之方何也?傳云:“中和為福,偏黨為災。”格中申子辰,會傷官之旺,若再遇北方壬癸運,則傷民洩氣太過必禍。正所謂四柱若三合傷官之殺,乃運行傷官。其禍不可言也。
補って説明す:謂うところの壬癸巳午の方を忌むは、これは言うすでに北方の傷官の地を忌み、また南方の官運を忌むと、旧注の講ずるは甚だ明白なり。或る人は「壬癸巳午の方」を改めてただ「壬癸の方」を忌むと為さんと欲す、これはまた何の故ぞや。経伝上に講ず:「中和は福と為り、一党に偏すれば災と為る。」この一格の裡の申子辰は本(もと)すでに傷官の旺局を会成し、もしさらに北方の壬癸の運に走れば、気を泄すこと太く過ぎて必ず禍を招かん。正に謂うところ四柱はすでに三合して傷官の勢を成し、大運はさらに傷官を行けば、その禍は言うべからざるなり。
《鷓鴣天》云:庚日全逢申子辰,井欄叉格合官星。相逢三格多官星,巳午未臨受苦辛。壬癸破,丙丁沖,柱運無逢得顯名。不作蓬萊三島客,出須金榜玉偕行。
《鷓鴣天》のこの詞にいう:庚金の日主は地支に申・子・辰の三字を凑(あつ)め斉えば、この一格は便ち暗に官星を合出す。しかるに三個の字が一か所に聚まれば、官星もまた随いて多きを嫌う;一たび巳・午・未の三支が来臨せば、即ち辛苦を受け尽くすを要す。壬癸の水は格を泄破し、丙丁の火は来りて冲填す、ただ原局と大運とが俱にそれらに碰上せざれば、便ち名を揚ぐる能う。かかる人はもし蓬莱仙島に往きて方外の客を為らざれば、一たび仕へ出れば便ち金榜に題名して腰に玉帯を擊(くく)る顕宦なり。
觀壬癸破之句,則考經文又謂忌壬癸者可見。又觀吾邑王封君造:癸卯、庚申、庚子、庚辰,合此井欄叉格,宦成名立,敕封御史。至壬子運,癸亥歲,干支俱傷官太過不祿,則經文所謂忌壬癸者益信。
「壬癸破」のこの一句を看れば、即ち経文裡の謂う忌む壬癸は確かに拠る所有るを知るべし。またわが県の王封君の命造を看るに:年柱癸卯、月柱庚申、日柱庚子、時柱庚辰、正にこの井欄叉格に合して、因って官を成し名を立て、敕封されて御史と為りぬ。壬子運の癸亥年に至りては、干支は倶に水にして、傷官の気を泄すこと太く過ぎて歿す。これ即ちさらに経文の謂う忌む壬癸は虚ならざるを証実す。
六乙鼠貴格
楠曰:六乙鼠貴,只取乙亥乙未日見丙子時。蓋子來動巳,然巳與申合起庚金,為乙木之官星。見庚辛則破乙,不能取用。若乙丑乙酉乙巳日,坐下官星破格不取。有正格只論正格,無正格方論此論。近理之所無也。《喜忌篇》云:陰木獨遇子時,為六乙鼠貴格,陰木者,乙木也。獨遇子時者,用鼠不用猴也,貴即天乙貴人也,乙生入以子申為貴之格。申時則官星業露,所以不能取也。
張楠がいう:六乙鼠貴格は、ただ乙亥・乙未の両日に丙子時を配るを取る。取法は子の来りて巳を牽動し、巳はさらに申と相合して庚金を引起す、庚金は正に乙木の官星なり。もし柱中にすでに庚辛を見れば、乙木は克されて、この一格は即ち用いて成らず。乙丑・乙酉・乙巳の三日に至りては、日支下に官星に坐して格はすでに填実せられ、取らず。正格あるはただ正格を論じ、正格無くてこそこの一格を論ず、実はそれは近く理無き所なり。《喜忌篇》にいう:陰木が単独に子時に遇えば、即ち六乙鼠貴格なり。「陰木」は乙木を指し;「独遇子時」はこれは言うただ鼠を用いて猴を用いず、「貴」は天乙貴人を指し、乙木は子と申とをもって天乙貴人と為す;もし申時を用いれば、官星は即ち明白に擺(ひら)き出づ、ゆえに取る能わざるなり。
舊注曰此論大怕午字沖之,丙子時子字之多為妙,鼠之聚貴也。或四柱中有庚字辛字申字酉字丑字,內則庚辛金則減分數,歲君大運亦然。如月內有官星。不用此格。若四柱元無字星,方用此格。
旧注に講ず:この一格は最も午の字の来りて子を冲するを怕る;丙子時にして柱中に子の字多きを妙と為す、それは鼠の聚まりて貴を成すなり。もし四柱中に庚・辛・申・酉・丑のこの幾個の字出現せば、その中の庚辛金は尤も分数を減ずるを要し、太歳大運上にもまた一樣なり。もし月令の内にもとより官星あれば、この格を用いず。必ず四柱にもとより官星無くて、こそそれを用いる。
《古歌》乙巳鼠貴格:陰木天干丙子時,乙巳運貴實為奇。無沖官殺方為美,少年準疑拜丹墀。又曰:乙木天然時丙子,無官沖害方為此。管教一舉占螯頭,播名四海振今古。
《古歌》に乙日鼠貴格を詠じていう:「陰木は天干に丙子時、乙巳の運に貴なるは実に奇なり。冲無く官殺無くてこそ美を為す、少年にしてまさに丹墀に拝せんと拟す。」乙木の日主に丙子時を配れば、格局は奇特なり;ただ冲無く官殺の来りて局を攪(かく)する無ければ、少年にして朝廷に入り君に面する能う。また言う:「乙木は天然に時は丙子、官無く害を冲する無くてこそこれを為す。教(きょう)せよ一一挙に鰲頭(ごうとう)を占めて、名を四海に播(ま)きて今古を振るわさん。」——一挙に魁を奪い、名は四海に伝わり、古今を震動せん。
又云六乙鼠貴格:陰木逢陽要子多,名為鼠貴貴嵯峨。柱中只怕南離位,困苦傷殘怎奈何。《鷓鴣天》云:六乙時逢丙子中,官高位顯福興隆。午字顯露非為貴,克破用神定主凶。防酉丑,忌庚辛,傷官四柱合豐享。柱無官殺榮華顯,玉殿金皆有路通。
また六乙鼠貴格を詠じていう:「陰木は陽に逢いて子の多きを要し、名づけて鼠貴にして貴は嵯峨(さが)なり。柱中はただ南離の位を怕る、困苦傷残にして奈何(いかん)ともすべ無し。」乙木が陽時に配して子の字多きを要してこそ、貴気はこそ高峻なり;ただ南方離火の位の来りて冲するを怕る、那は即ち困苦傷残にして奈何ともすべ無し。《鷓鴣天》に唱えていう:「六乙は時に丙子中に逢い、官高く位顕れて福は興隆す。午の字顕露せば貴と為るに非ず、用神を克破せば定めて凶を主す。酉丑を防ぎ、庚辛を忌み、傷官は四柱に合して豊亨す。柱に官殺無ければ榮華は顕れ、玉殿金階に路は通ず。」
補曰:此格忌官殺刑破害,丑為官庫,所以並忌。夫有丑絆子,之說,而或以為忌丑絆子非也。此子字為六乙天乙貴人,喜合不喜沖,非若遙巳祿飛之子字,而丑為羈絆也。
補って説明す:この一格は官殺と刑破害とを忌む;丑は官星の庫にして、ゆえに丑に連ねて一併(べい)に忌諱す。或る人が「丑の来りて子を絆(ほだ)す」の説法を搬出して、丑を忌むを解してそれが子を絆すを怕ると為すに至りては、那(な)は対ならず。ここの子の字は六乙日の天乙貴人にして、本身は合を喜びて冲を喜ばず;それは子遥巳格・飛天禄馬格の裡のあの遥合しに往き暗冲しに往く子の字と同じからず、ゆえに丑はそれに対して併せて羈絆を構成せず。
六陰朝陽格
楠曰:六陰朝陽格,蓋取六辛日,四柱無官殺方取。辛以丙火為官,蓋取辛日戊子時,子能動巳。辛未日則見未中丁火為破格。辛卯日則卯破子,則不能合巳。辛未日則見未中丁火為七殺,破辛金。亦畏巳字破格,午字沖子,不能動巳。只喜財運,畏官殺運破格也。有別格則用別格,理不出於自然也。
張楠がいう:六陰朝陽格は六個の辛日を取り、必ず四柱に官殺無くてこそ取用する能う。辛金は丙火をもって官と為し、辛日に戊子時を配るを取り、子を用いて巳を牽動しに往かしめ、巳中の丙火は便ち官星なり。辛未日は行かず、未中の丁火は辛金にとって七殺にして、一見すれば即ち格を破ればなり;辛卯日もまた行かず、卯は子と相刑して、子は破られて即ち巳を合しに往く能わざればなり。これ以外にまた柱中に巳の字ありて填実するを怕り、午の字の子を冲するを怕る、子は一たび冲せられれば即ち巳を動かす能わず。この一格はただ財運を喜び、官殺の運に走りて格を破られるを怕る。もし別に正格の取るべきあれば、なお別の格を用い、この一類の取法は本(もと)自然の理に出づるにあらざればなり。
古歌云:辛逢戊子號朝陽,運喜西方祿位昌。丑午丙丁無出現,腰金衣紫入朝堂。補曰:丑午丙丁無出現一句,蓋言丙丁不可填實,午字不可沖子,以照經文誠是,外經文並傳不可見塊字絆字則非也。蓋也為金庫乃身旺地,亦朝陽格所喜者也。觀古造,西王大尉命,辛丑日戊子時,富貴之極,財丑不能絆子也,明矣。
古歌にいう:「辛は戊子に逢いて朝陽と号す、運は西方に喜びて禄位は昌んなり。丑午丙丁の出現無ければ、腰に金を帯び衣に紫を衣て朝堂に入る。」補って説明す:「丑午丙丁の出現無ければ」のこの一句は、これは言う丙丁は官星を填実すべからず、午の字は来りて子を冲すべからず、この両層は経文に照らして看れば確かに錯(あやま)らず;しかし経文の外にまた伝え出づる「丑の字の来りて絆(ほだ)すを見るべからず」の説法は、則ち対ならず。丑は本(もと)金庫にして、正に辛金の身旺の地にして、また朝陽格の喜ぶ所なり。古人の命造を看るに:西王太尉は辛丑日戊子時にして、富貴は極点に到りぬ、見るべし丑は併(あ)せて子を絆住する能わざると。
如子遙巳格,用子巳遙合,怕丑絆住,不能遙。飛天祿馬格,用子字暗沖,怕丑絆住不能沖,此朝陽格,子字乃實字不用合,不用沖,何畏於丑哉?
分別はこれに在り:子遥巳格は子と巳とが位を隔てて遥合するに頼る、ゆえに丑が子を絆住して遥かに動かざらしむるを怕る;飛天禄馬格は子の字の往きて暗冲するに頼る、ゆえに丑が子を絆住して冲して動かざらしむるを怕る。しかるにこの朝陽格裡の子は実実在在の字にして、すでに合に頼らず、また冲に頼らず、那はなお丑を怕れて何を為さんや。
《繼善篇》云:陰若朝陽,切忌丙丁離位。補曰:此離位謂南方巳午之位,與丙丁相照也。《格解》離位,謂巳午未,加以未字非也。未乃財神本庫,又印綬旺地,故舉《繼善篇》朝陽生於季月,可稱印綬,觀古造王郡主命:己未 辛未 辛未 戊子有三未字,貴為王侯,則未字不忌也,明矣。
《継善篇》にいう:陰金はもし朝陽の格を成せば、切に忌むべし丙丁と離位とを。補って説明す:ここの「離位」は南方巳午の位を指し、丙丁と互相いに映照す。《格解》は離位を講じて巳午未と為し、未の字を把(と)りて算え入れるは、那(な)は対ならず。未は本(もと)財星の本庫にして、また印綬の旺地なり。ゆえに《継善篇》に別に一説あり、朝陽格が季月に生まれれば、印綬と称すべし。古人の命造を看るに:王郡主は己未・辛未・辛未・戊子にして、柱中に三個の未の字ありて、しかし貴くして王侯と為る、見るべし未の字は併せて必ず忌むにあらざると。
《秘訣》云:辛日子時,忌行火地,西北行來則吉,東南一去優凶。補曰:《格解》云:“西北行來,北字恐誤”非也。蓋西北謂水運行辛亥,辛苦謂西,亥謂北,故曰西北。況納間屬金,朝陽喜印旺之鄉,此所以曰西行來則吉。
《秘訣》にいう:辛日子時の命は、火地に行くを忌み、西北に往きて行けば則ち吉、東南に一往せば則ち憂凶なり。補って説明す:《格解》に講ず「西北行来」の「北」の字は恐らく誤字、実は然らず。謂うところの西北は、大運が辛亥に行き到るを指す:辛は西に属し、亥は北に属す、ゆえに西北と曰う。況んや辛亥の納音は金に属し、しかして朝陽格は印旺と金旺の郷に走るを喜ぶ、これが「西北行来則吉」の縁故なり。
《格解》疑北字恐誤,是泥於北方水鄉大忌之說,不知《秘訣》西北,以納南,故曰東南一去憂凶,謂大運行乙巳,乙謂東,巳謂南,故曰東南。況納音屬火,朝陽最忌火之鄉,此所以曰東南一去憂凶也。不然,東方東財氣火鄉,何以曰憂凶也?
《格解》は「北」の字に誤有るを疑うは、「北方の水郷は大いに忌む」のこの一成の説に拘泥するなり、《秘訣》の謂う西北は納音に就きて言うを知らざるなり。同じく「東南一去則憂凶」は、大運が乙巳に行き到るを指す:乙は東に属し、巳は南に属す、ゆえに東南と曰う;乙巳の納音は火に属し、しかして朝陽格は最も火の郷を忌む、これが「東南一去則憂凶」の縁故なり。さもなくば、東方は本(もと)辛金の財気の郷にして、何をもってかかえってそれを憂凶と言わんや。
古歌曰:辛日單單逢戊子,六陽貴格喜朝陽。丙丁巳午休填實,歲運輪逢一例詳。補曰:星士多以辛日單單為日宜單,不可再見辛字,非也。蓋言單單見戊子,不可再見子字也。子乃一陽初生,再見子字,非單單也。故曰文陰盡處一陽生。《格解》未及,故附補之。
古歌にいう:「辛日は単々に戊子に逢う、六陰の貴格は朝陽を喜ぶ。丙丁巳午は休めよ填実を、歳運が輪に逢うは一例に詳なり。」補って説明す:星士は多く「辛日単々」を講じて日干は単なるを宜としてさらに辛の字を見るべからずと為す、これは錯なり。それは言うただ単々に一個の戊子時を見る、さらに第二個の子の字を見るべからず。子は一陽が初めて生ずるの位にして、さらに一個の子を見れば、即ち「単々」と呼ばざるなり。ゆえに言う文の陰は尽くる処に一陽は生じて復(かえ)ると。この一層は《格解》が講ずるに及ばず、ゆえにここに附して補す。
戊辰 辛酉 辛酉 戊子 古張知院造。戊辰 辛酉 辛丑 戊子 古西王大尉造。觀此二貴格,可見單言辛者,非也。《鷓鴣天》云:戊子時逢六日辛,朝陽動丙合官星。庚辛若遇堪為喜,紫綬金章拜聖君。寅卯貴,丙丁貧,北方運至定傷身。中和純粹為官貴,定作三臺八位臣。
古の張知院の命造:戊辰・辛酉・辛酉・戊子。古の西王太尉の命造:戊辰・辛酉・辛丑・戊子。この両個の貴格を看れば、柱中に皆辛の字は一個に止まらず、見るべし「単々」を講じてただ一個の辛を許すと為すは、対ならず。《鷓鴣天》に唱えていう:「戊子時に逢えば六日の辛、朝陽は丙を動かして官星を合す。庚辛はもし遇えば堪えて喜を為す、紫綬金章にして聖君を拝す。寅卯は貴く、丙丁は貧し、北方の運至れば定めて身を傷る。中和純粋は官貴と為り、定めて三台八位の臣を作さん。」
刑合格
楠曰:刑合格者,取癸亥、癸卯、癸酉日,見甲寅時,原四柱無字殺,方可用。蓋取寅時,則寅能刑巳,則刑出巳中戊土作官星,則戊與癸相合也,故曰刑合格。若癸巳日,則有戊土破格,癸未癸丑日,坐下有七殺破格,又畏有巳字,京破格。有申字則申來沖破了寅,則寅不能刑也巳也,理也人為。
張楠がいう:刑合格は癸亥・癸卯・癸酉の三日を取り、甲寅時を配し、原局の四柱に官殺無くてこそ用いる能う。甲寅時を取る所以は、寅が能く巳を刑して、巳中の戊土を刑し出だして官星と作し、しかして戊はまた癸と相合す、ゆえに「刑合格」と呼ぶ。もし癸巳日なれば、日支にもとより戊土在りて格は即ち破られ;癸未・癸丑日は、日支下に己土の七殺を蔵して、また格を破る;これ以外にまた柱中に巳の字ありて填実して格を破るを怕る。もし申の字あれば、申は来りて寅を冲破して、寅は即ち巳を刑して動かず。これらの道理はついに人為の安排し出だせるものなり。
《喜忌篇》云:六癸日時逢寅位,歲月怕戊己二方。舊注曰:此論刑合格。以六癸日為主星,用戊土為正氣官星。喜逢甲寅時,用刑巳中戊土,癸日得官星,如庚寅刑不成。惟甲寅時,是行運與飛天祿馬同。若四柱有戊字己字,又怕庚寅傷甲字,刑壞了。忌申字則減分數,歲君大運亦忌。
《喜忌篇》にいう:六個の癸日にして時柱が寅の位に逢うは、年月上に戊・己の両様を見るを怕る。旧注に解釈す:これは刑合格を論ず。六癸日をもって主と為し、戊土を用いて正気の官星と作し、甲寅時に逢うを喜び、寅に頼りて巳中の戊土を刑し出だせば、癸日は便ち官星を得。もし庚寅時なれば即ち刑して成らず、ただ甲寅時のみ行く;行運の喜忌は飛天禄馬格と相同じ。もし四柱に戊の字己の字ありて官殺を填実し、あるいは庚の字ありて来りて時干の甲木を傷れば、刑局は即ち壊る。申の字を見るを忌み、見れば分数を減じ、太歳大運上にもまた同じく忌む。
古歌云:癸日生人時甲寅,最忌四柱帶官星。若無戊己庚申日,壯歲榮華達帝京。補曰:癸日生人,即六癸日。時甲寅,即時若逢寅閏也。惟此為刑合格。最嫌四柱帶官星,言用寅暗刑巳中戊土,為癸日之官星,怕四柱中帶戊並巳填字,言官星,則殺亦在其中。故下文云,若無戊土之官,己土之殺,並巳字填實,及庚金克申,申字沖寅,可謂此格之純。則早年發達,登庸朝寧矣。
古歌にいう:「癸日の生人は時に甲寅、最も忌むは四柱に官星を帯ぶる。もし戊己庚申の字無ければ、壮歳に榮華して帝京に達す。」補って説明す:癸日の生人は即ち六個の癸日なり;時に甲寅とは即ち時柱が寅に逢う。ただこれのみが刑合格なり。謂うところの最も四柱に官星を帯ぶるを嫌うは、寅に頼りて暗に巳中の戊土を刑して癸日の官星と作すを以て、ただ柱中にすでに戊の字あるいは巳の字ありてそれを填実するを怕る;官星と言えば、七殺もまたその中に包めらる。ゆえに下句にこそ言う:ただ戊土の官・己土の殺無く、また巳の字の填実も無く、また庚金の来りて甲を克する無く、申の字の来りて寅を冲する無ければ、この格は純粋と算すべく、則ち早年に便ち発達し、朝に登庸せられん。
又曰:陰水寅時格正清,又愁庚克不能刑。運行若不填蛇地,方得清高有利名。又曰:癸日生人得甲寅,此名刑合格為真。若無戊己庚申字,便是腰金帶玉人。又曰:癸日寅時刑合格,入此格時須顯赫。官星七殺莫相逢,庚申巳字為災厄。
第二の歌にいう:癸水が寅時に配すれば、格局は本(もと)清純、ただ庚金の来りて甲木を克壊して刑局を成さざらしむるを愁うるのみ;ただ大運が巳の位に走り入りて格を填実せざれば、便ち清高を保ちて名有り利有り。第三にいう:癸水の日主が甲寅の時辰を得れば、こそ真の刑合の格;柱中に戊土・己土・庚金・申支のこの幾個の字無き者は、便ち腰に金帯を纏い身に美玉を佩ぶの顕貴の人なり。第四にいう:癸水の日主が寅時に逢いて刑合を成せば、この格に入ればまさに顕赫すべし;ただ官星と七殺とが倶に碰见すべからず、庚・申・巳の三字は一たび現われれば即ち災厄なり。
《鷓鴣天》云:但求癸日甲寅時,刑出官星貴可知。寅申沖出多災禍,若見庚金便主悲。逢戊己,遇刑沖,一生名利必然無。年時日月無刑害,須還馬上錦衣榮。補曰:舊注謂寅暗刑巳中戊土為癸日之官星,怕見庚克寅中甲木,申字沖寅,刑不起官星。未有怕見亥字,午戌字為羈絆,而或者乃創為亥字午戌字為羈絆,則非也。觀古潘節使造成:乙未 癸未 癸亥 甲寅 則亥不絆寅也,明矣。甲戌 甲戌 癸酉 甲寅 古陳侍郎之造。則午戌不能絆寅也,明矣。非若遙巳祿馬之忌絆神也。
《鷓鴣天》に唱えていう:「ただ癸日の甲寅時を求めよ、官星を刑し出だせば貴は知るべし。寅申に冲き出だされば多くの災禍、もし庚金を見れば便ち悲を主す。戊己に逢い、刑冲に遇えば、一生の名利は必然として無し。年時日月に刑害無ければ、須(すべか)らく馬上に錦衣の榮あらん。」補って説明す:旧注はただ講ず寅が暗に巳中の戊土を刑して癸日の官星と作す、庚の来りて寅中の甲木を克するを怕り、申の来りて寅を冲するを怕りて、官星を刑起す能わざるに致る;従来より亥の字・午戌の字の来りて羈絆と為るを怕ると説かず。或る人は空より亥の字と午戌とが羈絆と為るの説法を造出す、那(な)は錯なり。古の潘節使の命造を看るに:乙未・癸未・癸亥・甲寅、見るべし亥は併せて寅を絆(ほだ)さざると。またたとえば古の陳侍郎の命造:甲戌・甲戌・癸酉・甲寅、見るべし午戌もまた寅を絆住する能わざると。それは子遥巳・飛天禄馬のあの絆神を忌むの格と同じからず。
合禄格
楠曰:合祿格者,蓋取六戊日,逢庚申時,原四柱無官印,方取此格。蓋取時上庚,合起乙木為戊土星也。只畏甲木克戊,制了本身。又畏丙字破了庚字,不能合乙。又畏寅字沖破了申字,又畏卯字見了官星。書云庚申時逢戊日,名食神干旺之鄉,歲月犯甲丙卯寅,此乃遇而不遇,緣此格只作時上食神格。若歲月無官殺,此格亦出正理,只要不傷破庚申兩字,亦多有驗。
張楠がいう:合禄格は六個の戊日に庚申時を配するを取り、原局の四柱に官星印星無くてこそ用いる能う。取法は時干の庚金を用いて乙木を合起しに往かしめ、乙木は便ち戊土の官星なり。ただ甲木の来りて戊土を克し、日主本身を制するを怕る;また丙火の来りて庚金を克破するを怕り、庚は一たび破られれば即ち乙を合動する能わず;また寅の字の申の字を冲破するを怕り;また卯の字の出現して官星を明らかに擺(ひら)くを怕る。書上にいう庚申時に戊日に逢えば、食神は干旺の郷に在ると呼ぶ、もし年月上に甲・丙・卯・寅に犯れば、即ち遇えども遇わざると成る。縁由はこの一格は実はただ時上食神格と当作して看るに在り。もし年月上に官殺無ければ、この格はかえってまた正理に合す、ただ庚・申の两字を傷破せざれば、また応験するものも少なからず。
一拱貴格,蓋只取甲寅一個日主,見甲子時,何為貴?蓋取甲日取辛金官為貴,蓋拱丑中辛金官貴也,蓋取子寅兩字為佳,丑字在中間走不得耳。又取日時丙甲夾住丑中辛金,只畏庚字來破甲,則不能不拱。又畏申字破寅字,則亦不能拱。
別に一種の拱貴格あり、ただ甲寅のこの一個の日主を取り、甲子時を配す。何をもって貴と算すや。甲木が辛金をもって官と為すが故に、しかして子と寅との間は正に一個の丑を夾(きょう)めて、丑中に辛金を蔵し、この官貴は即ち当中に拱せらる。妙処は子・寅の两字が一前一後にして、丑は中間に夾まりて走り去るを得ざるに在り。また日干時干の両個の甲を取りて丑中の辛金を夾住す。この一格はただ庚の字の来りて甲を克するを怕り、甲は一たび破られれば即ち拱して成らず;また申の字の寅の字を冲破するを怕り、同じく拱して成らず。
丑亦畏午字,沖破子字,亦不能拱。丑又畏庚辛申酉己丑破格。此格頗驗,便(不)要得中和,太旺太弱爾不取。幫原此格蓋丑中辛金為貴,又取甲日見丑,為天乙貴人之義也。
拱せらる所の丑はまた午の字の来りて子を冲破するを怕り、子は一たび冲せられれば即ち拱して住す能わず;これ以外にまた庚・辛・申・酉・己・丑のこれらの字の出現して格を破るを怕る。この一格は頗(すこぶ)る応験す、ただし総じて日主が中和してこそ行けばよく、太く旺なり太く弱なるは倶に取らず。根底に帰すれば、この格の貴とする所は丑中の辛金にして、同時にまた甲日が丑を見れば正に天乙貴人のこの一層の意を取る。
《格解》云:秋冬生者為妙。《喜忌篇》云:庚申時逢戊日,名食神干旺之方,歲月犯甲丙卯寅,此乃遇而不遇。補曰:此段舊注謂專旺食神格,而或者又謂合神格,亦通。蓋合祿格,原鄉戊日庚申時,癸日庚申時,二日食神合祿,喜忌本同。
《格解》にいう:この一格は秋冬の両季に生まるるを妙と為す。《喜忌篇》にいう:庚申時に戊日に逢えば、名づけて食神は干旺の方に在り;年月上にもし甲・丙・卯・寅に犯れば、即ち遇えども遇わざるなり。補って説明す:この一段の旧注はそれを専旺食神格と称す、しかして或る人はまたそれを合神格と称す、両説は倶に講じて通ず。因るに合禄格は本(もと)より戊日庚申時と癸日庚申時との両種を包めて、倶に食神をもって禄を合すを以て、喜忌はもとより相同じなればなり。
舊賦云:此格六戊日生者,以庚申時,虛合卯中乙木為官星貴氣。若四柱中丙甲為殺,卯為官,丙為梟。庚寅沖申,及巳字刑申,則壞了貴氣,此乃遇而不遇。若生秋冬之月,身財兩旺,又不犯官殺刑沖破害及梟,則富貴非輕,故曰純粹,主大貴,填實減大半。
旧賦に講ず:この一格は六個の戊日の生人に庚申時を配し、庚を用いて卯中の乙木を虚合して、取り来たりて官星貴気と作す。もし四柱中に甲木出現すれば便ち七殺・丙火出現すれば便ち梟神・卯の字は便ち官星を填実す;またもし寅の来りて申を冲する有り、巳の来りて申を刑する有れば、貴気は即ち壊る、これが謂うところの遇えども遇わざるなり。もし秋冬の月に生まれて、日主と財星と両旺にして、また官殺・刑冲破害および梟神に犯さざれば、則ち富貴は軽からず、ゆえにそれを純粋と称して大貴を主す;一たび填実せられれば、福分は即ち一大半を減ぜられるを要す。
古歌云:申時戊時食神奇,最喜秋冬福有餘。丙甲卯寅來克破,遇而不遇主孤貧。六癸日為主,喜逢庚申時合巳中戊土,癸日得官星。若四柱中有戌字並巳字,刑壞子申時,或丙字,及傷庚申時,則減分數,歲君大運亦然。又曰四柱中原無官星,方用此格。
古歌にいう:「申時に戊日は食神奇なり、最も喜ぶは秋冬にして福は余あり。丙甲卯寅の来りて克破すれば、遇えども遇わざるにして孤貧を主す。」さらに癸日の一路を言う:六個の癸日をもって主と為し、庚申時に逢うを喜び、申を用いて巳中の戊土を合出せば、癸日は便ち官星を得。もし四柱中に戌の字・巳の字ありて来りて申時を刑壊し、あるいは丙の字ありて来りて庚申を傷れば、倶に分数を減ずるを要し、太歳大運上も同じくしかり。また言う:必ず四柱にもとより官星無くて、こそこの格を用いる。
壬午 己酉 戊午 庚申 史春坊之命。壬申 辛亥 戊寅 庚申 鄭知府之命。丙申 庚子 戊申 庚申 吳知縣之命。癸酉 乙丑 癸丑 庚申 和同知之命。
合禄格の四個の実例:史春坊の命造は壬午・己酉・戊午・庚申;鄭知府の命造は壬申・辛亥・戊寅・庚申;呉知県の命造は丙申・庚子・戊申・庚申。この三造は皆戊日庚申時。第四の造の和同知は癸酉・乙丑・癸丑・庚申にして、癸日庚申時の一路に属す。
曲直仁寿格
楠曰:曲直位壽格者,如甲日干,地支寅卯辰俱全,便得東方仁壽之氣,故又曰仁壽。此格屢驗。大畏庚申辛酉字,沖破東方秀氣,雖夭亦貴;八清沌。吾見此格,亦不畏其寅卯辰字太多,及不畏壬癸生木類,只怕申酉庚辛破格也。只要寅卯辰三字全,方作此格。若有申酉一字破之不吉。
張楠がいう:曲直仁寿格は、たとえば甲木日主にして地支に寅卯辰の三字が斉全すれば、便ち東方の一片の仁寿の気を禀受す、ゆえにまた「仁寿」と呼ぶ。この一格は屡々応験す。それは最も庚申・辛酉のこの類の字の来りて東方の秀気を冲破するを怕り、たとい夭亡せずとも、貴気はまた純浄ならず。われの見る所のこの類の命は、併(あ)せて寅卯辰の字の多すぎるを怕らず、および壬癸水の来りて木を生ずるを怕らず、ただ申酉庚辛が格を破るを怕るのみ。要するに必ず寅卯辰の三字斉全して、こそこの一格を作す;もし申あるいは酉の一字ありてこれを破れば、即ち吉ならず。
《格解》云:此格日干甲乙木,地支要寅卯辰,或亥卯未全,無半分庚辛之氣,行運喜東北方,用此怕西方運,更怕刑沖。李部兵造 甲寅 丁卯 乙未 丙子。詩曰:甲乙生人寅卯辰,又名仁壽兩堪評。亥卯未全嫌白帝,若逢坎位必身榮。
《格解》にいう:この一格は日干を主として甲乙木、地支は須(すべか)らく寅卯辰斉全するか、あるいは亥卯未斉全するかを要し、しかも一糸の庚辛金の気もあってはならず;行運は東方と北方とを喜び、最も西方の運を怕り、さらに刑冲を怕る。李部兵の命造は甲寅・丁卯・乙未・丙子。詩の裡にいう:「甲乙の生人は寅卯辰、また名づけて仁寿にして両(りょう)に評すべし。亥卯未全すれば白帝を嫌い、もし坎位に逢えば必ず身は榮(さか)ゆ。」白帝は西方の金を指し、坎位は北方の水を指す:合して木局を成しながら西方の金を忌み、一たび北方の水の来りて木を生ずるに遇えば、身は必ず榮顯す。
《碧淵賦》云:亥卯未逢於甲乙,富貴無疑。又曰:木傳寅卯辰之方,功名自有。壬寅、癸卯、甲子、戊辰。臨川機橋丘普一公,木全類相。楠曰:甲木生臨寅卯辰,木全類相喜全仁。時逢財庫為休倚,南逢生財大異人。
《碧淵賦》にいう:甲乙の日主が亥卯未の三合に逢えば、富貴は疑い無し;また言う木気が寅卯辰のこの一方に貫通せば、功名は自ずから手に到る。命造:年柱壬寅、月柱癸卯、日柱甲子、時柱戊辰。これは臨川の機橋の丘普一公の命で、木気は斉全にして同類相聚まる。張楠が断じて言う:甲木は寅卯辰の俱全の地に生す;木は全く同類相聚まりて、喜ばしきは仁気の完足なり;時支の辰は水庫にしてまた財庫、倚靠すべし;一たび南方の火運に走りて財を生ぜば、便ち大いに尋常ならざる人物なり。
甲木生卯,木神純粹,地支稟全東方,一片秀氣。又喜有財透出身旺,用時上偏財,極好施舍恤孤,其格是有矣。有一甲申日干者反貧,蓋為有申金,能破東方秀氣,不知者反以此為美,蓋不知有此格也。入申運死,破木明矣。
甲木は卯月に生まれて、木神は純粋にして、地支の寅卯辰は東方の気を收めて完全なり、一片の秀気なり。また時干の戊土の財星が透出して、しかして日主は身旺して担(た)えるを喜び、時上の偏財を取りて用と為す、ゆえにこの人は極めて施舍を楽しみ孤苦を体恤す、格局は確かに成立せり。別に一個の同じ年月にして日主は甲申の者有りて、かえって貧寒なり、ただ一個の申金多くして東方の秀気を破る能えばなり;暁(あきら)かにせざる人はかえって申金を把りて美処と当作す、それは曲直のこの一格あるを知らざるなり。あの人は一たび申運に入れば便ち歿す、申の来りて木を破る、道理はさらに明白なることなし。
稼穡格
楠曰:稼穡格者,蓋取戊己日干,見辰戌丑未,及巳午未字多,若四柱無官殺,則用此格。但丑辰戌月,四柱純土無木克者,多從此格。運喜南方火土之地,及行西方金制木之運,多富貴見木運克破稼穡必死其妙載在見驗稼穡類。戊己日生未月太旺,則不入此格。但辰戌丑月土弱,方作此格。
張楠がいう:稼穡格は戊己土の日主を取り、地支に多く辰戌丑未を見、あるいは多く巳午未を見る、ただ四柱に官殺無ければ、即ちこの格を用いる。ただし通例は丑・辰・戌の三個の月に生まれ、四柱は純土にして木の来りて克する無き者が、こそ多くこの格に帰す。行運は南方の火土の地を喜び、また西方の金運に走りて木を制しに往くを喜ぶ;かくすれば多く富貴を主す。一たび木運に走りて稼穡を克破せば、必ず命を喪(うしな)う、その中の精微の処は後の「見験稼穡類」に載す。戊己日が未月に生まれて土気が太く旺なるは、かえってこの格に入らず;ただ辰・戌・丑の月に生まれて土気偏(あ)に弱き時に、こそこの一格を作す。
《格解》云:此格日干戊己,地支要辰戌丑未全,無木剋制,有水為用,方成此格。運喜西南,忌東北。張真人造 戊戌 己未 戊辰 癸丑。詩曰:戊己生居四季中,戌辰丑未要全逢。喜逢財地嫌官殺,運到東方定有凶。一說東方字運,北方財運,俱忌,故曰嫌之。東北更怕刑沖。《碧淵賦》云:戊己局全四季,榮冠諸曹。
《格解》にいう:この一格は日干は戊己土、地支は辰戌丑未の四字斉全するを要し、木の来りて克制する無く、水ありて用神を為して、こそ格を成す;行運は西方南方を喜び、東方北方を忌む。張真人の命造は戊戌・己未・戊辰・癸丑。詩の裡にいう:「戊己は四季の中に生居し、戌辰丑未は全く逢うを要す。財地に逢うを喜びて官殺を嫌い、運が東方に到れば定めて凶あり。」別に一説ありて認む東方の官殺の運と北方の財運とは倶に忌むを要すと、ゆえに一個の「嫌」の字を用いる;東方北方は尤も刑冲を怕る。《碧淵賦》にいう:戊己の日主にして四季の支が斉全せば、榮顯は同僚に冠たり。
壬午、癸丑、己丑、戊辰。撫城張華二公富命,土全稼穡。楠曰:己臨丑月土重重,寒土堪全稼穡功。有木微微夾作病,運行金針主財豐。
命造:年柱壬午、月柱癸丑、日柱己丑、時柱戊辰。これは撫城の張華二公の富命で、土気は完足して稼穡格を成す。張楠が断じて言う:己土は丑月に生じて、土気は重々(ちょうちょう)なり;寒土もまた能く稼穡の功を成就す;ただ一点の微弱の木ありてその中に夾まりて病を作す;大運が金地に走り到れば、金は能く木を克して、財源の豊厚を主す。
己土生臨十二月,日坐土恆,四柱純土,且土氣寒,堪作土全稼穡。賴辰時微有水氣,暗來損土,豈不為病乎?早行東方甲寅乙卯二運,提出辰中乙木,來克稼穡之土,深為不利。運到丙辰丁巳戊午己未,衰土喜見生扶,財發數十萬緡。
己土は十二月に生まれて、日支はまた丑土に坐し、四柱は一片の純土にして、しかも土気は寒冷なり、正に土全の稼穡と作して看るべし。ただ時支の辰中に略(や)や水気を帯びて、暗に土性を損耗す、これあに病と為らざらんや。早年に東方の甲寅・乙卯の両運に走りて、辰中の乙木を引発し出だして稼穡の土を克し来たる、甚だ不利なり。運が丙辰・丁巳・戊午・己未に到れば、寒土は火の来りて生扶するを得て、正に喜ぶ所に合して、財は数十万緡に発す。
再行庚申辛酉壬戌,克盡辰中乙木病神,富蓋一郡。行亥會木局方死,老壽五福,本自然也。有一命壬午癸丑己丑己巳,蓋緣巳丑合成金局,只作傷官,不作稼穡,且貧而患耳聾疾,只作庸醫,蓋為傷官行財衰運也。
さらに庚申・辛酉・壬戌に走れば、金気は辰中の乙木の病神を克し尽くして、家の富は一郡に冠たり。亥運に行き到るに直(あた)りて、亥卯未は木局を会成し、こそ寿終す;高齢に活到りて五福俱全するは、本(もと)理の当然なり。別に一個の命は壬午・癸丑・己丑・己巳にして、ただ時柱を差(たが)うるのみなれど、しかし巳と丑とが金局を合成するに因りて、ただ傷官格と作して看るべく、稼穡と作す能わず;この人は貧寒にしてまた耳聾を患え、ただ平庸の医を為すのみ、即ち傷官格にして行く所の運はまた財気衰弱なればなり。
炎上格
楠曰:炎上格,丙丁生寅卯月,得寅午戌全,則為火虛有焰,畏水破格,亦畏火氣太炎,則火不虛矣。畏金水破火破木。此格略驗。《格解》云:且如丙丁二日見寅午戌全,或巳午耒全亦是。忌水鄉金地,喜行東方運怕沖,要身旺,歲運同。
張楠がいう:炎上格は丙丁火の日主が寅月卯月に生まれ、地支に寅午戌斉全せば、これを「火虚にして焰あり」と呼ぶ——火は根ありて過燥に至らず。それは水の来りて格を破るを怕り、また火気の太く炎なるを怕る、火は一たび太く旺なれば則ち「虚」ならざればなり。これ以外にまた金水の来りて火を破り木を破るを怕る。この一格はただ略(や)や応験するのみ。《格解》にいう:丙丁の両日が寅午戌斉全を見、あるいは巳午未斉全もまた是なり;水郷と金地とを忌み、東方の木運に行くを喜びて冲を怕り、また日主の旺に足るを要し、太歳大運の喜忌は相同じ。
張太保造 乙未 辛巳 丙午 甲午。詩曰:夏火炎天焰焰高,無不方知是顯豪。運行木地方成器,一舉崢嶸奪錦袍。《碧淵賦》云:寅午戌遇於丙丁,榮華有日。又曰火臨巳午未之域,顯達之人。
張太保の命造は乙未・辛巳・丙午・甲午。詩の裡にいう:「夏火は炎天にして焰焰として高し、水無くてこそ知るこれ顕豪なるを。運が木地に行けば方(はじ)めて器を成し、一挙に峥嵘(せいこう)として錦袍を奪う。」夏天の火は炎勢高漲し、正に水の来りて破る無きに因りてその豪を見る;木運に走り到りて火は依る所有りて器を成し、一挙に魁を奪う。《碧淵賦》にいう:丙丁の日主が寅午戌の三合に遇えば、榮華は期すべし;また言う火気が巳午未のこの一方を占據するは、顕達の人なり。
潤下格
《格解》云:且如壬癸日,要申子辰全,或亥子丑全是也。忌辰戌丑未宮鄉。喜西方運,不宜東南,怕沖剋,歲運同。詩曰:天干壬癸喜冬臨,更值申辰會局成。或是全歸亥子丑,等閒平步上表雲。萬宗仁造 庚子 庚辰 壬申 辛亥。《碧淵賦》云:壬癸格得申子辰,福優財足。又曰:水歸亥子丑之源,榮華之客。
《格解》にいう:潤下格は壬癸水の日主にして、地支に申子辰斉全するか、あるいは亥子丑斉全するかこれなり;辰戌丑未のこれらの土の宮郕に走るを忌み、西方の金運を喜び、東南の木火は宜ならず、冲克を怕り、太歳大運の喜忌は相同じ。詩の裡にいう:「天干の壬癸は冬に臨むを喜び、さらに申辰の会局の成るに値(あた)る。あるいは全く亥子丑に帰するは、等閑に平歩して青雲に上る。」万宗仁の命造は庚子・庚辰・壬申・辛亥。《碧淵賦》にいう:壬癸の日主にして申子辰を得るは、福厚くして財足る;また言う水気が亥子丑のこの本源に帰するは、榮華の人なり。
従革格
《格解》云:且如庚辛日,見巳酉丑全,或申酉戌全者是也。忌南方運,若庚辛旺運則吉也。詩曰:金居從革貴人欽,造化清高福祿深。四柱火來相混雜,空門藝術漫經綸。《碧淵賦》云:庚辛局全巳酉丑,位重權高。又曰:金備申酉戌之地,富貴無虧。
《格解》にいう:従革格は庚辛金の日主にして、地支に巳酉丑斉全するか、あるいは申酉戌斉全する者これなり;南方の火運を忌み、もし庚辛金の旺運に走れば則ち吉なり。詩の裡にいう:「金は従革に居りて貴人に欽(まね)かれ、造化は清高にして福禄は深し。四柱に火の来りて相雑混せば、空門芸術にして漫(みだ)りに経綸す。」金が従革を成せば則ち貴人の敬重を受け、格局は清高にして福禄は深厚なり;一たび四柱に火を夾雑して来りて金を克せば、即ちただ僧道方術の裡に空しく経営するのみ。《碧淵賦》にいう:庚辛の日主にして巳酉丑が局を成すは、位重く権高し;また言う金気が申酉戌の地を占全するは、富貴は虧(か)くること無し。
楠曰:從革格,謂庚辛日干,見申酉戌全,或巳酉丑全。此多祿雜,原非純粹可觀,與壬癸潤下格理同。此二格吾見多矣,未嘗有富貴者。但當以別理推之,止有曲直稼穡二格,多富貴。火全巳午未格,亦見其美。由是尊其所正,而闢其所謬也。
張楠がいう:従革格は、謂う庚辛の日干が申酉戌斉全を見、あるいは巳酉丑斉全する。この類の命は多く禄気は駁雑にして、もとより純粋可观とは講ずべからず、壬癸の潤下格と道理一樣なり。この両個の格をわれ見ること多し、未だ嘗て真の富貴なる者有らず。まさに別の道理に按じてこれを推すべし。真に多く富貴を出だすは、ただ曲直・稼穡の両格あるのみ;火気の巳午未を占全する炎上格も、またよきを見る。これによりてその正なる所を尊び、しかしてその謬(あやま)れる所を闢(ひら)く。
年時上官星格
楠曰:年時上官星格者,蓋虛官用之多貴,喜財以生之或年上日支下亦用,但月上正官,世無可用之理,其理載下文人命見驗時上官星類。原官星虛,尤畏傷官克之。時上財庫格,如壬癸日見戌時,如癸日或又作時上財官格,蓋喜虛財,旺鄉富貴。
張楠がいう:謂うところの年上・時上の官星格は、柱中のあの虚浮無根の官星を指して把(と)りて用神と作すを以て、多く顕貴する能う、併せて財星ありてそれを生ずるを喜ぶ;官星が年干あるいは日支の下に落つるも、一樣に用うべし。ただ月令上の正官は、世に実に用うべきの理無し、その中の道理は後文の「人命見験・時上官星類」に載す。すでに原局の官星は虚浮せば、即ち格別に傷官の来りてそれを克するを怕る。別に時上財庫格あり、たとえば壬癸の日主が戌時を見る;癸日のこの種の配置もまた時上財官格と当作して看るべし、取る所は正にあの一点の虚財にして、財旺の郷に走り到れば便ち富貴なり。
《纂要》歌曰:年上官星為歲德,喜逢財印旺身宮。不逢七殺居官位,富貴榮華比石崇。辛酉、丁酉、癸卯、壬戌。臨川會元山御史貴命,時上財庫官星格。楠曰:癸臨酉月本無為。秀氣財官喜在時。時上虛官真可用,必能平步上雲梯。
《纂要》の歌にいう:「年上の官星は歳徳と為り、財印に逢い身宮を旺かすを喜ぶ。七殺に逢わず官位に居れば、富貴榮華は石崇に比す。」命造:年柱辛酉、月柱丁酉、日柱癸卯、時柱壬戌。これは臨川の会元山御史の貴命で、時上財庫官星格に属す。張楠が断じて言う:癸水は酉月に生まれて、本身は為す所無し;一身の秀気と財官とは、喜ばしきは皆時柱上に落つ;時上のあの一点の虚官は真に用うべし;この人は必ず平歩して雲梯に上る能う。
癸水生酉,偏印本非用神,蓋得戌時財官之庫,然酉月火土極衷,喜財官輕而病也。又得卯中乙木暗來損土,其病重而甚明也。病重名大貴,喜年上有酉金,能破去卯木也。書云:“格中如去病,財祿兩相隨。”所以運行癸巳,會起金來,破去卯中乙木病神,聯登科甲,御史權尊,宜矣。運入寅卯,木來乘盛,克我虛官,隱而不仕,其知幾乎》
癸水は酉月に生まれて、酉金は偏印にして、本(もと)より用神と為す能わず;幸いなるは時支の戌は財と官との庫なり。酉月裡に火土は極めて衰えて、喜ばしきは正に財官の分量軽くして病ありて医すべし。また日支の卯中の乙木ありて暗に戌中の戊土官星を損傷せば、病は即ちさらに重くしてさらに明らかなり。病重ければ名声は大にして貴気は高し。さらに年支に酉金ありて、卯木のこの病神を克去する能うを喜ぶ。書上にいう:「格中にもし病を去れば、財禄は両々相随う。」ゆえに大運が癸巳に行き到れば、巳酉丑は金局を会起して、卯中の乙木の病神を破り去り、ここにおいて連ねて挙に中り科甲に登り、御史に到りて権位は尊崇せらる、理の当然なり。運が寅卯に入るを待ちては、木勢は旺に乘じて、わがこの一点の虚官を克し、彼は即ち隠退して仕えず——これもまた幾微を識ると算すべし。
凡月上正官,無可用之理,時上虛官,則有可用之理矣。乙巳、乙酉、庚午、丁亥。大源楊洪六公富命,金火相停時上官星之格。楠曰:庚金身旺透官星,金氣微輕木火盈。辛巳庚辰金運補,當年財富頗馳名。
およそ月令上の正官には用うべきの理無く、時上のあの一点の虚官は、かえって用うべきの理あり。命造:年柱乙巳、月柱乙酉、日柱庚午、時柱丁亥。これは大源の楊洪六公の富命で、金と火とが勢均力敵にして時上の官星を取る格局に属す。張楠が断じて言う:庚金は身旺して時干に丁火の官星が透出す;ただ金気は略(や)や単薄を嫌い、木火は却って充盈せり;辛巳・庚辰のこの両歩の金運に走りて金気を補足す;当年に便ち家資は富厚にして、頗(すこぶ)る名声あり。
庚金酉月,雖日極旺,然金亦喜旺,不宜火太過,制其精也。只喜巳中有金合局,所以金得乘旺也。然有三火三木,似木火氣過盈,金氣頗不足,行辛巳庚辰戊己運,興財富。有乙亥年人,有亥年人,只多了一亥字,則為金不足,木火過多,一生貧苦。吾都王彖一命也。
庚金は酉月に生まれて、日主は極旺なりと言うといえども、しかし金は本(もと)より旺を喜びて、火の太く来りてその精気を銷熔するを宜とせず。幸いなるは年支の巳と月支の酉とが金局を合成して、金はこれに因りてさらに旺に乘ずるを得。しかるに柱中に三か所の火・三か所の木ありて、木火の気は未(いま)だ過盈を免かれず、金気はかえって不足を嫌う;ゆえに辛巳・庚辰および戊己の諸運に走りて金を補い土を助ければ、便ち財富を興起す。別に一人はただ年支を亥に換えて、一個の亥の字を多くせるのみなれど、金は即ちさらに不足にして木火はいよいよ多く、一生は貧苦なり、それはわが同郷の王彖一の命なり。
丁丑、己酉、庚申、辛巳。金溪黃希憲貴命,年上虛官格。楠曰:金頑遇火貴無疑,火少金多理最宜。官弱最宜官旺地,少年平步上雲梯。
命造:年柱丁丑、月柱己酉、日柱庚申、時柱辛巳。これは金谿の黄希憲の貴命で、年上虚官格に属す。張楠が断じて言う:頑金は火の鍛煉に遇えば、貴は疑うを必とせず;火少なくして金多きは、配置は最も相宜なり;官星はすでに弱ければ、最もまさに官星の旺地に走るべし;因って少年にして便ち平歩して雲梯に上る能う。
庚生酉月,金水旺矣。巳中雖有丙火七殺,申宮壬水去之,止留年上一點虛官,有可用之理,然官弱最宜官旺運,所以貴也。若金衰行南方亦不貴。說在前。
庚金は酉月に生まれて、金気と水気と倶に旺なり。時支の巳中に丙火の七殺を蔵すといえども、しかし日支の申宮の壬水に克去されて、ただ年干の丁火のこの一点の虚官を留む、正に用うべきの理に合す。官はすでに弱ければ、則ち最も官旺の運に走りてそれを補うを宜とし、ゆえに顕貴す。反対に、もし金が本身衰弱なれば、たとい南方の火運に走るともまた貴ならず——この一層の道理は前にすでに講じたり。
従化格
楠曰:從化格者,書云:“得化得從,顯達功名之客。”但六陰日主,身弱多作從化,多主富貴。如乙日干庚辰時,地支或全巳酉丑,或見辰戌丑未四字多,亦作乙庚化金看,行西方富貴無疑。一見丙丁運,破金卻死。說見下文見驗,從化格類。六陽日干,不能從化也。
張楠がいう:従化格は、書上に講ず「能く化し能く従する人は、顕達功名の客なり」。ただし六個の陰日干にして日主また弱き者のみが、こそ多く従化と作して看られ、しかも多く富貴を主す。たとえば乙木日主に庚辰時を配し、地支に或いは巳酉丑斉全、或いは辰戌丑未のこの幾個の字甚だ多ければ、即ち乙庚の合して金に化すと作して看て、西方の金運に走れば富貴は疑い無し;一たび丙丁の火運に遇いて金を克破せば、人は即ち歿す。詳しくは後文の「見験・従化格類」を見よ。六個の陽日干は則ち従化する能わず。
《格解》云:十干化合論《淵海十段錦》當參考。賦云:古人論造,先論從化,從化不成,方論財官。財官無取,方論格局。若從化成局,則富貴備矣。甲己化土從木,乙庚化金從火,戊癸化火從水,丁壬化木從火,丙辛化水從火。
《格解》にいう:十天干の合化の道理は、まさに《淵海子平》中の《十段錦》を参看すべし。賦の裡に講ず:古人が命を論ずるは、先ず能く従化するかを看る;従化が成らざれば、こそ財官を論ず;財官に取るべき無ければ、こそ格局を論ず。もし従化が局を成す能わば、富貴は即ち斉備す。合化の名目に至りては:甲と己とは合して土に化し、乙と庚とは合して金に化し、戊と癸とは合して火に化し、丁と壬とは合して木に化し、丙と辛とは合して水に化す(底本の各句下に附する「従木」「従火」「従水」等の字は、語多く訛誤あり、いま照らして録して改めず)。
論化之格,化之真者,名公巨卿,化之假者,孤兒異性。逢龍好化,飛龍在天,利見大人。宋蕭丞相造 癸巳 丁巳 癸酉 戊午。此乃戊癸化火之格,又戊癸化火,生於十月不得令。又一命癸亥、癸亥、癸亥、戊午,貧管貨藥。
化の格局を論ずるに:化して真なる者は、名公巨卿なり;化して假なる者は、孤児と成るあるいは姓を改め宗を易える人なり。合化はまた須(すべか)らく辰(龍)に逢いてこそ化し易し、正に《乾卦》九五の謂う「飛龍は天に在り、大人を見るに利あり」がごとし。宋の蕭丞相の命造は癸巳・丁巳・癸酉・戊午にして、これは戊癸化火の格なり。同じく戊癸化火も、もし十月の水旺に生まれれば即ち令を得ず。別に一命は癸亥・癸亥・癸亥・戊午にして、便ちただ貧寒の薬材の経紀なり。
古富貴造 甲戌 丁卯 壬寅 甲辰 此乃丁壬化木之象,得令,又寅卯辰全。方狀元造 辛亥 辛丑 丙子 己亥 此乃丙辛化水之相。宋章丞相造 丙戌 庚寅 辛巳 甲午 此乃丙辛從火,妻從夫化。
古の一個の富貴の命造:甲戌・丁卯・壬寅・甲辰にして、これは丁壬の合して木に化すの象にして、すでに卯月に生まれて令を得、地支はまた寅卯辰斉全せり。方状元の命造:辛亥・辛丑・丙子・己亥にして、これは丙辛の合して水に化すの相なり。宋の章丞相の命造:丙戌・庚寅・辛巳・甲午にして、これは丙辛の相合して火勢に順従し、妻が夫に随いて化するに属す——辛は丙の配にして、かえって丙火に従いて行く。
張主事造 己未 丙寅 丁巳 壬寅 此乃丁壬化木之相。李知府造 丁酉 丙午 丁巳 壬寅 此乃丁壬從火,夫從妻化。又一賤造 甲子 丁卯 壬申 乙巳 丁壬化木,二月得令。異乎巳申有金,化木不成,支元刑壞。《四言獨步》云:十干化神,有影無形。無中生有,禍福難憑。
張主事の命造:己未・丙寅・丁巳・壬寅にして、これは丁壬の合して木に化すの相なり。李知府の命造:丁酉・丙午・丁巳・壬寅にして、これは丁壬の相合して火勢に順従し、夫が妻に随いて化するに属す。別に一個の下賤の命造は甲子・丁卯・壬申・乙巳にして、丁壬は合して木に化して二月に生まれて令を得、本(もと)より格を成すべし;異なるは巳と申との中に倶に金を蔵して、金は木を克して木に化する成らず、地支はまた巳申の相刑ありて根基を敗壊す。《四言独歩》にいう:十天干の化神は、影有りて形無し、無の中より有を生ずるの物にして、それに憑りて禍福を断ずるは併(あ)せて可靠ならず。
此言化合不可專憑也。《元理賦》云:“不化不從,淹留仁路之人。得化得從,顯達功名之士。化志祿旺者生,化成祿絕者死。”此言化合當參考也。補曰:蓋化成造化,要行木局,祿旺則發。如丁壬化木,月令喜寅,或行東南方運則發。餘仿此例。化成造化,最怕行祿馬衰絕之鄉,臺戊癸化火行水鄉,丁壬化木行金鄉,輕則罷職,重則喪生。
張楠はこれに拠りて判定す:「化合」の説はただ一端に憑りて信を取るべからず。《元理賦》にいう、化気する能わずまた従勢する能わざる人は、ただ平順仁厚の路上に滞留して、一生に起色の多少無し;能く化し能く従する人は、こそ功名顕達の士なり。化気にして化する所の神が「禄旺」の地に坐するは能生発し、化気にして「禄絶」の郷に落ち入るは則ち夭亡す。見るべし化合を看るもまた化する所の神の旺衰を参照するを要すと。補注は続きて言う:化気はすでに別に一番の造化を立つれば、即ち必ず化する所のあの一行の旺地に走るを要し、能く局を会成し、臨官帝旺に逢えば、こそ発達せん。たとえば「丁壬化木」は、月令は最も寅を見るを喜び、あるいは大運が東南の木火の郷に走れば、即ち発迹する能う、其余の各化はこれに依りて類推す。反対に、化気の命は最も化する所の神の衰絶の所に走り到るを怕る:戊癸化火にしてしかし北方の水運に行き、丁壬化木にしてしかし西方の金運に行けば、軽ければ官を罷め職を丟(うしな)い、重ければ性命を送る。
辛亥、癸巳、戊午、丙辰。臨川陸江副使命,化火畏水。楠曰:戊逢癸化火神高,巳午根通火局牢。亥巳本來為我病,東方木火顯英豪。戊午生巳月,干通火局,喜癸水貼身,戊從癸化,用火有情。又喜丙辰時,有火透也,用火無疑。更得亥中有壬,微來破火,病在此矣,此為火不足之象也。
これは臨川の陸江副使の命造:年柱辛亥、月柱癸巳、日柱戊午、時柱丙辰にして、「戊癸化火」にして水を畏むの一類に属す。張楠が断語の詩を作していう:戊土は癸水に遇いて火に化して火神は高く透け、巳午は根に通じて火局は牢固なり;年支の亥と月支の巳とは本(もと)より命中の病根;大運が東方の木火の地に走り到りて、こそ英豪の気象を顕出す。細かに命理を看るに:戊午日は巳月に生まれて、天干と地支と倶に火局に通じ、喜ばしきは癸水が日干に貼身して、戊土は本性を舎てて癸に従いて火に化し、火を取りて用と為して情意は相投ず。時柱はまた丙辰にして、丙火は天干に透けて、火を用うるは便ちさらに疑うべきなし。ただ亥中に壬水を蔵して、暗に来りて火を破る、毛病は即ちここに出づ、ゆえに全体の格局はなお火気の不足を嫌う。
運行東方,聯登黃甲至副使。蓋得殺旺,暗生丙火也。幫雖有殺,被庚克之,殺印病衷為病,所以東方殺犯,兩顯其貴。此乃大運入子,沖破午中丁火而死,破格破印明矣。若柱中無水火多,則北方不畏,因原帶水也。
彼の大運は一路に東方の木地に走りて、木は旺じて火を生じ、原局の缺(か)く所の火気を補足し、ここにおいて連ねて第に登り、官は副使に到りぬ。これは因るに東方の木は戊土にとって「七殺」にして、殺旺なればかえって暗に丙火を生起せばなり。原局に殺星有るといえども、しかし庚金に克されて、殺と印と倶に病根を帯ぶ;正に病を帯ぶるに因りて、東方の運は殺星を激発し出だして、かえって両度顕貴す。大運が子水に進入するを待ちては、子は午を冲して午中の丁火を破り、人は即ち歿す——格は破られ印は破られて、看て取ること清々明白なり。反対に言えば、たとい原局裡に水無くして火多ければ、則ち北方の水運に走るは併せて怕るべからず;この命の水を怕る所以は、正に原局が本(もと)より亥中の壬を帯ぶるに在り。
丁巳、癸丑、乙酉、庚辰。盱江傅弼王公富命,乙庚化金之格。楠曰:乙木生逢金局全,乙逢庚化透天元。本文金運誇豪富,見火傷金壽不堅。乙木無根,生丑月合成金局。且時上庚金透出,乙木舍命從庚。大運喜入西方,純金之地,財富甲鄉,一入甲木暗損金氣,退悔退財。一入丙運,丙火克庚,傷損金神,死矣。雖無金局,若有辰戌丑多生金,亦入此格。
これは盱江の傅弼王公の富命:年柱丁巳、月柱癸丑、日柱乙酉、時柱庚辰にして、「乙庚化金」の格に属す。張楠が断語して言う:乙木は金局の斉全の時に生まれ、乙は庚に逢いて合して化し、庚金はまた天干に透出す;大運が金地に行く時は富は一方に甲なり;一たび火の来りて金を傷るを見れば、寿数は便ち牢靠ならず。細かにその理を言うに:乙木は原局に根の依るべき無く、丑月に生まれて、巳酉丑の三字は金局を合成す;時上の庚金はまた天干に透けて、乙木はただ本性を舎てて、庚に随いて金に化すを須(もち)いるのみ。大運は最も西方の純金の地に進入するを喜び、財富は一郷に冠たり。一たび甲木の運に行き到れば、甲木は暗に金気を損耗して、事業は即ち退歩し銭財は即ち折損す。さらに丙火の運に進入すれば、丙火は直に庚金を克して、化する所の金神を傷り、人はもまた歿す。たとい原局に三合の金局を凑(あつ)め成さざるとも、ただ辰・戌・丑の一類の土多くして能く金を生ぜば、同じくこの格に入る能う。
来兵拱財格
楠曰:來兵拱財格,但癸酉日癸亥時、甲寅日甲子時,作此格。癸酉日零部件戌中丁火戊土為財官,地支有酉亥二字,夾住戌,不能走出也。如甲寅夾丑中財官,有子寅二字夾住丑字,不能走出。若沖刑日進,則不能夾也。亦要地支字多,方夾得牢固。餘日干作不得此格。
張楠が「来兵拱財格」を解釈す:ただ癸酉日に癸亥時を配し、甲寅日に甲子時を配するこの両種の組合のみがこの格を成す能う。癸酉日の拱する所は戌にして、戌中に丁火を蔵して「財」と為し戊土を蔵して「官」と為す;地支に酉・亥の両個の字ありて戌を中に夾(きょう)めて、それをして走り出だす能わざらしむ。甲寅日に甲子時を配するも理は同じく、夾む所は丑中の財官にして、子・寅の二字は丑の字を夾住して、また走り去るを得ざるなり。たとい日支時支が冲せられ刑せられれば、夾む力量は即ち散じて、拱して牢(ろう)ならず。これ以外にまた地支の同類の字の多きを要して、夾めてこそ結実なり。かの両組を除く外、別の日干はこの格を配出す能わず。
《格解》引詩曰:己卯相逢己巳時,黑雞得遇水豬奇。金馬木猴相見後,夾兵財庫福相隨。舊注云:己卯日己巳時,夾辰字水庫為財。癸酉日癸亥時,夾戌中火庫為財。庚午日甲申時,夾未中木庫為財。拱祿相似,不要填實虛位,怕沖月時,或沖日干七殺。
《格解》に旧詩を引いていう:己卯日が己巳時に碰上し、癸酉(黒鶏)が癸亥(水猪)に遇うは最も奇特、庚午(金馬)と甲申(木猴)とが相配するの後、財庫を夾住せば便ち福気の相随う有り。旧注に解釈す:己卯日己巳時は、中間に一個の辰の字を夾めて、辰は水庫にして水は正に己土の財なり;癸酉日癸亥時は、戌中の火庫を夾住して財と為す;庚午日甲申時は、未中の木庫を夾住して財と為す。これは「拱禄格」と道理相似たり——夾む所のあの虚位は実字に填め満たさるべからず、また月柱・時柱の冲を受くるを怕り、さらに日干の「七殺」を冲动するを怕る。
補曰:財怕空亡,戌亥為甲子旬中空亡。癸酉繫甲子旬中日辰,難拱空亡之財庫。前既論其不可以拱貴,此豈能拱財乎?或曰拱祿為拱天乙貴人。然辰戌名為邊鄙惡弱之地,天乙不臨,謂之拱貴人,愈見其妄矣。庚午日甲申時,此拱財支拱而干相剋,亦牽強。故《淵源》詩歌,原無此拱。拱日墓丙午申未中乙,壬子、壬寅丑中辛,此載淵源未。丙辰、辛卯、癸酉、癸亥,張尚書之命。庚戌、戊子、癸酉、癸亥,金丞相之命。甲子、癸酉、癸酉、癸亥,柳總管之命。
補注に反駁していう:財星は最も「空亡」に落つるを怕り、しかして戌・亥は恰恰として甲子旬中の空亡なり。癸酉のこの日辰は本(もと)より甲子旬に属し、いずくんぞ能く一個の空亡の財庫を拱せんや。前にはすでにそれが貴を拱する能わざるを論定せば、ここにまたいずくんぞ財を拱する能わんや。或る人は言う拱禄は即ち「天乙貴人」を拱すると。しかるに辰・戌は従来より辺鄙悪弱の地と称せられ、天乙貴人は根本(こんぽん)としてその位に臨まず、なお強(し)いて拱貴人と説成すれば、さらにその荒唐を顕出す。庚午日甲申時に至りては、地支は拱すといえども、天干の庚と甲とは却って相克す、同じく牽強なり。ゆえに《淵源》の一系の詩歌の裡には本(もと)よりこの一類の拱法を收めず。拱日墓の説法に至りては:丙午日申時は未中の乙を拱し、壬子日壬寅時は丑中の辛を拱すは、《淵源》もまた曾て載録せず。旧書の挙げたる例には:丙辰・辛卯・癸酉・癸亥は、張尚書の命;庚戌・戊子・癸酉・癸亥は、金丞相の命;甲子・癸酉・癸酉・癸亥は、柳総管の命なり。
歳徳扶殺格
楠曰:歲德撫殺格者,如四柱日主旺健,見年歲上殺星出,可多假此釘,以作威權。四柱八字,以年上官殺為年之令,其殺比日時不同。若年上天干地支俱有殺,再加日有殺,金作殺重身輕,宜行制殺運。如年上殺輕,亦宜殺旺之旺地。輕重不同,斟不入也。補曰:是也。如年為君位,日為臣位,臣得君權。又如年為祖,日為己身,殺有制,則上祖曾為要職也。《纂要》歌曰:年上偏官為歲殺,食神印綬福興隆。不會官星財旺地,雁塔題名有路通。古歌曰:歲德壬來見戊年,財旺身強祿自然。更得運來財旺地,文章聰慧更忠賢。
張楠がいう:謂うところの「歳徳扶殺格」は、四柱の日主が旺健にして、しかして年柱上に「七殺」が透出せば、即ちこの一顆の殺星を借りて威権に充当する能うを指す。八字の中に、年上の官殺は一年の令を代表して、それは日支・時支上の殺と分量は併せて相同じからず。もし年柱の天干地支に倶に殺を帯び、さらに日柱にも殺有れば、那は即ち「殺重く身軽し」と成りて、まさに制殺の運に走るべし;もし年上の殺が本(もと)より軽ければ、かえって殺星の旺盛して地を得るの運に走るを宜とす。軽重は同じからず、一概に論ずべからず。補注に賛同していう:正にかくのごとし。年柱は譬(たと)うに君位にし、日柱は譬うに臣位にし、臣子は君主の権を借り到る、即ちこの意なり;またたとえば年柱は祖上を代表し、日柱は自身を代表す、殺星に制伏あれば、便ち祖輩は曾て要職に担任せりを説明す。《纂要》の歌訣にいう:年柱上の「偏官」は即ち歳殺と呼ばれ、食神・印綬を配して制化し来れば、福気は便ち興隆す;ただ官星を会合せず財旺の地に落ち入らざれば、雁塔に題名するは自ずから路は通ぜり。旧歌にまたいう:壬水の日主が戊土の年に見るは、即ち謂うところの歳徳扶殺;財星は旺にして日主は強ければ、禄位は自ずから手に到る;さらに大運の財旺の地に行き到るに逢えば、文章は聡慧にしてまた忠厚賢良なり。この両首の歌訣の謂う所は皆年上の七殺は用うべしといえども濫(みだ)りにすべからざるの道理なり。
問撫殺格,《格解》所收詩歌,喜柱運財旺生殺。《纂要》所載喜食神印綬制殺。經殺格同,而辭意不同何也?蓋身強殺無根,喜財旺生殺,不宜言制,故曰無犯鬼輕,制卻為非。身弱殺有根,喜食印制化,不宜財生,故曰殺旺有制卻為貴本。二者各有攸宜,論者當輕重較量。說詩者,貴以意逆志。
或る人は発問す:同じく扶殺格なるに、《格解》の收むる所の詩歌は原局と大運とが財旺にして殺を生ずるを喜ぶと言い、《纂要》の載する所はしかし食神・印綬をもって殺を制するを喜ぶと言う。すでに同じ一個の格なれば、何をもって措辞は相反するや。答えは身と殺との強弱に在り:日主が強くして七殺は根無ければ、則ち財星を用いて旺にして殺を生ずべく、さらに制伏を講ずるを宜とせず、ゆえに「鬼軽くばさらに犯すべからず、一味の制伏はかえって毛病と成る」の説法あり;日主が弱くして七殺は根有れば、則ち食神・印綬を用いて制化すべく、さらに財を用いて往きて殺を生ずるを宜とせず、ゆえに「殺旺して制あればこそ貴の根本」の説法あり。両種の講法は各々その適用の場合有り、命を論ずる人は軽重の間に権衡するを要す。古人の詩訣を読むは、貴ぶべきは己の体会をもって作者の本意を揣摩するに在り、字面を死摳すべからず。
又補歳徳扶財格
《淵海》注曰:且如甲人見戊己年是也。若財命有氣,則主其人得上祖物業,身弱者不近祖也,故曰年上財官生於富貴之家,須要身旺,可以當之。
《淵海子平》の注文にいう:謂うところの年上扶財は、たとえば甲木日主が戊・己の年を見る、年干は便ち彼の財星なり。たとい財星と日主との両辺倶に気あれば、主としてこの人は能く祖上より遺せる産業を承受す;日主が衰弱なるは、かえって祖業に沾(うるお)う能わず。ゆえに「年上に財官を見れば、富貴の家に生る」の説法あり、ただし前提は必ず身旺を要し、身旺してこそこの一份の財官に担(た)える。
専財格
《纂要》云:如甲日見己巳時,乃專財格,最喜見財官旺鄉,發福發貴,不宜見比劫分奪。故歌曰:日時秀氣最難尋,甲日己時福眾臨。惟怕從肩分奪去,資財成敗是非侵。此即時馬格,名異而理同。如庚辛日生寅卯時,壬癸日生巳午時,丙丁時,丙丁日生申酉時,戊己日生亥子時,皆專財格。《格解》所收古歌,與《纂要》辭異而旨同,但所收舊註解牽強不可從。
《纂要》にいう:たとえば甲木日主が己巳時に生まれれば、即ち「専財格」と呼び、最も大運が財旺・官旺の郷に走り到るを喜び、能く福を発し貴を発し、最も命中に「比肩」「劫財」の来りて財星を分奪するを忌む。ゆえに歌訣に講ず:日柱と時柱との秀気は最も斉(そろ)え難し、甲日に己時を配すれば衆福は斉しく臨む;ただ比肩が財を分け走るを怕れば、銭財は便ち成る有り敗るる有り、是非は跟(つ)いて侵擾す。この格は実は即ち旧説の「時馬格」にして、名目は異なりて道理は一樣なり。これに照らして類推す:庚・辛日が寅卯時に生まれ、壬・癸日が巳午時に生まれ、丙・丁日が申酉時に生まれ、戊・己日が亥子時に生まるるは、倶に「専財格」に属す——取る所は皆時支が恰恰として日主の財郷に落つるなり。《格解》の收むる所の古歌は、《纂要》と文字は異なりて宗旨は一致す;ただそれの附するあの旧注は解釈して牽強にして、依従すべからず。
日徳格
舊賦曰:日德有五日,甲寅、丙辰、戊辰、庚辰、壬戌是也。其福要多,而忌刑沖破害,惡性官星,憎財旺,加臨會合,懼空亡而見魁罡,此數者乃格之大忌也。喜行身旺運發福,大抵日德,主人性格慈善,日德若多,福祿豐厚,運行身旺,大是奇絕。若有財官加臨,別尋他格,正能免非橫之災。若旺氣已衰,來克魁罡,其死必矣。或未發福,連至魁罡,亦生禍患。一脫於此,必能再發。
旧賦にいう:「日徳」は倶に五個の日あり、甲寅・丙辰・戊辰・庚辰・壬戌これなり。この格は福気の厚重を要と為し、刑・冲・破・害を忌諱し、官星を悪(にく)み、財旺を憎恨し、会合の来りて加臨するを怕り、また空亡に落ち入りてまた「魁罡」に碰上するを怕る、この幾様は皆本格の大忌なり。それは身旺の運に走りて福を発するを喜ぶ。大体に日徳を帯ぶる人は性情は慈善なり;日徳を重ねて見るは、福禄は尤も豊厚にして、さらに身旺の運を行けば、境遇は極めて出奇なり。たとい命裡に別に財官の加臨有れば、則ち別の格を改めて論ずべし、かくすればかえって意外の横禍を免かる能う。もし日主の旺気がすでに衰退して、また魁罡を冲克し来れば、必ず死するは疑い無し;たとい未だ福を発せざるとも、連ねて魁罡の地に行き到れば、また禍患を生ずるを要す。一たびこの一段を脱すれば、なお能く再度発達せん。
古歌云:丙辰切忌見壬辰,壬戌提防戊戌臨。日坐庚辰畏庚戌,甲寅還且慮庚辰。補曰:此言四柱及運行運,不要見魁罡惡宿也。丙辰日主,忌見庚辰魁罡也。又曰:日德有殺喜身強,不喜財星官旺鄉。為性溫柔埸慈善,一生福壽喜非常。注曰:此格忌刑沖破害,京不要見官,會合空亡之地。喜行身旺,發福矣,如甲午壬申壬戌壬寅。若四柱中有財官,當以別格論之,若行魁罡運大忌。楠曰:日德格有五,甲寅、戊辰、丙辰、丙辰、壬戌日也。何以見其為德也?不考原委,不詢來歷,誤雙日德名之,此不是子乎中謬說乎?
旧歌にいう:丙辰日は最もさらに壬辰を見るを忌み、壬戌日は戊戌の来臨を提防す、日に庚辰に坐するは庚戌に撞くを怕り、甲寅日もまた庚辰を顧慮するを得。補注に解釈す:これは言う四柱の中および大運の経る所は、倶に魁罡のこの類の悪星に撞くべからず;丙辰の日主は庚辰の魁罡を見るを忌む、便ち一例なり。旧歌にまたいう:日徳格が七殺を帯ぶる時は身強を喜び、財星・官星の旺盛の郷に走るを喜ばず;この種の人は性情は温柔慈善にして、一生の福寿は非常なり。注文にいう:この格は刑冲破害を忌み、また官星を見るべからず、会合と空亡の地とを忌む;身旺の運に走れば便ち福を発する能う、たとえば甲午・壬申・壬戌・壬寅のかかる八字なり。たとい四柱の中に別に財官有れば、則ち別の格に按じてこれを論ずべし;もし魁罡の運に行き到れば、則ち大忌なり。張楠はしかし言う:日徳格の列する所は甲寅・戊辰・丙辰・壬戌の幾個の日に過ぎず、何を憑りてか即ちそれを「徳」と断定せんや。すでに来龍去脈を考究せず、また名目の出処を追問せずして、即ち誤りて「日徳」のこの名字を安じ上ぐ、これは正に子平書裡の謬説にあらずや。
日貴格
古歌曰:金遇豬雞且兔蛇,刑沖破害漫諮嗟。才臨會合方為貴,晝夜分之始乃佳。舊注曰:天乙貴人,甲戊兼牛羊之關。止有四日,丁酉、丁亥、癸巳、癸卯日,最怕刑沖破害,及空亡魁罡。運若行三合運可發,如歲運沖破害,則貴人生怒,反成其禍。經云:崇為寶也。日生宜日貴,癸卯癸巳,夜生宜夜貴,丁酉丁亥,方始為貴。
旧歌にいう:日貴の命が亥(猪)・酉(鶏)と卯(兎)・巳(蛇)に遇えば、もし刑冲破害に逢わばただ空しく嗟嘆するのみ;須(すべか)らく財星が位に臨み三合が会聚してこそ貴を算し、また生るるが白天か夜裡かを分け清めて、こそ妥当を算す。旧注に解釈す:ここに謂う所は即ち「天乙貴人」にして、口訣は「甲戊兼牛羊」のあの一套に起る。日貴に合するはただ四個の日:丁酉・丁亥・癸巳・癸卯、最も刑・冲・破・害を怕り、また空亡と魁罡とを怕る。大運はもし三合の地に走り到れば便ち発達する能う;もし流年大運が来りて冲し破り損害せば、貴人は即ち怒を動かして、かえって禍端と成る。経文の謂う「崇を宝と為す」は、正にこの意なり。白天に生まるるは日貴を取るを宜とし、即ち癸卯・癸巳;夜裡に生まるるは夜貴を取るを宜とし、即ち丁酉・丁亥、かくすればこそ真貴と称するを得。
《鷓鴣天》云:丁亥無沖癸卯星,丁匡癸巳定豐盈。貴人會合官星顯,馬列門排富壽增。財滿庫,稟盈庭,清名標寫得升騰。為人正直無私曲,稟性忠良如秤平。楠斷曰:日貴格,如甲戊兼牛羊,乙己鼠猴鄉之類也。焉有斯理?雖曰天乙貴人,日主響亮此貴人之上,或作日貴,命其休咎。然貴人之說,名有數端,原取名之不據理出,即與憤丑日生小兒,諸多關殺,妄謬之說同。雖曰日主臨之,不財官印星,獨以貴人為主,甚為虛庭。且原六諸多貴人之說,只是飄空而立,不根理出,豈可信乎?六乙鼠貴格,亦同此例,謬說無疑也。
《鷓鴣天》の一詞にいう:丁亥日は冲を受けず、癸卯日は貴星が位に在り、丁と癸巳と相配すれば便ち豊盈を主す;貴人は会合して官星は顕達し、車馬は門前に排列して、富貴と寿数とが一同に増長す。財貨は倉庫に満ち装わり、俸禄は庭院に堆み満ち、清名は榜上に写し書きて節々升腾す;人と為りて正直にして私曲無く、禀性は忠厚公平にして一杆の秤のごとし。張楠はこれに対し断語を下していう:謂うところの日貴格は、ただ「甲戊は牛羊を兼ぬ」「乙己は鼠猴の郷」のこの一類の天乙貴人の口訣に非ざるなし、あにこの道理あらんや。たとい天乙貴人と言うとも、また日主が恰恰としてこの謂うところの貴人の上に坐するに過ぎず、即ちそれを日貴と呼ばれ、これに拠りて人の休咎を断ず。しかるに貴人の名目は本(もと)より好幾套ありて、当初名を取る時に併せて義理に依りて推し出せず、これは丑日に生まるる小児に種種の関殺を安じるに与(くみ)して、同じく妄謬の説に属す。たとい日主が真に貴人に坐臨すとも、もし財官印星を撇き開きて看ず、単に貴人を把りて主と作さば、またただ一片の空談なり。況んやもとよりあの許多の貴人の説は、皆空より立てられて、義理をもって根柢と為さず、いずくんぞ信ずべからんや。「六乙鼠貴格」もまたこの一路に同じく、疑い無く謬説なり。
魁罡格
古歌云:壬辰庚戌庚辰日,戊戌魁罡四坐神。日上加臨重柱內,運行身旺作文臣。聰明果斷慈祥少,刑殺財官大可嗔。舊注曰:此四柱中,疊疊逢之。如甲寅年戊辰月庚辰日庚辰時,當撐大權之命也。若四柱只有一位,疊疊沖之,則多值刑害,困窮而已。運行日主旺,發福百端,運財官之運,其禍立至矣。楠斷曰:魁罡格,取壬辰庚戌庚辰戊戌,臨四墓之地,取其為魁罡,能撐大權。並不以取交論,何以臨比墓之上就能掌握威權?此亦子平書之大謬也。
旧歌にいう:壬辰・庚戌・庚辰のこの三個の日に、戊戌を加えて、合して「魁罡」の四個の坐神と称す;日柱が魁罡に坐して柱中にまた重疊に出現し、大運が身旺の地に走り到れば便ち文臣を作す能う。この種の人は聡明果断なれど、しかし幾分の慈祥を少なうし、一たび刑・殺・財・官を見れば大いに憎むべし。旧注に解釈す:謂うところの魁罡は、四柱の中に重疊して遇うを要してこそ算す、たとえば甲寅年・戊辰月・庚辰日・庚辰時は、即ち能く大権を執掌する命なり。たとい四柱にただ一位の魁罡のみありて、また屡々冲せらるれば、則ち多く刑害に遭う、困窮するのみ;大運が日主の旺地に走り到れば、福気は百般に涌き来り、一たび財官の運に走り入れば、禍事は立刻に到る。張楠はこれに対し断語を下していう:魁罡格が壬辰・庚戌・庚辰・戊戌を取るは、それらが倶に辰戌丑未の四墓の地に坐するに因って、即ちこれに拠りて魁罡と呼ばれ、能く大権を撐(ささ)え執ると言う。しかるにこの中には併せて相交相制の道理を講清せず、何を憑りて墓庫の上に坐すれば即ち威権を掌握する能わんや。これもまた子平書裡の大謬誤なり。
六壬趨艮格
《纂要》云:此格以六壬生寅時,並寅字多者,又謂之合祿格。壬祿在亥,寅與亥合,柱中不宜見刑沖破害,乃可掌大權也。運行中則壞寅宇,則降字失職,亦能生災豁竊盜之事。不要見亥字,故曰六壬趨艮,逢亥月者貧。
《纂要》にいう:この格は六個の壬日が寅時に生まれ、しかして柱中に寅の字多き者をもって准と為し、またそれを「合禄格」と呼ぶ。壬の禄位は亥に在り、寅は亥と相合して、禄を合して来たるに等し;柱中に刑・冲・破・害を見るを宜とせず、かくしてこそ大権を執掌する能う。大運はもし寅の字を破壊する所に走り到れば、即ち職を降じ位を失い、また災禍と窃盗のたぐいの事を招く能う。この格はまた亥の字を見るべからず(禄位は一たび填実せられれば、合の意は即ち沒せり)、ゆえにいう「六壬は艮に趨り、亥月に逢う者は貧なり」と。
古造如壬寅、壬寅、壬寅、壬寅,方為大貴。古歌云:壬喜逢寅庚喜辰,雲龍風虎越精神。支干重疊無沖破,知是清朝食祿人。又曰:壬日寅時火貴格,此為趨艮福非常。大怕刑站並克破,歲運相逢有禍殃。楠斷曰:六壬趨艮,謂用寅中甲木,能合己土,為壬之官,謂用寅中丙火,能合辛金,為壬之印。是無中生有之說,吾恐謬也。大抵現前拱祿飛天祿馬之說,相為表裡。此說尤非,故以謬名實際情況。
古書の挙げたる例は、四柱は全く壬寅にして、かくしてこそ大貴を算す。旧歌にいう:壬日は寅に逢うを喜び庚日は辰に逢うを喜ぶ、雲は龍に従い風は虎に従い、格別の精神;天干地支は重疊して冲破無ければ、清明の世に俸禄を食む人と知るべし。また一首にいう:壬日が寅時に生まれれば貴格と呼ばれ、これ即ち趨艮にして福気は尋常に同じからず;最も刑冲と克破とを怕り、流年大運は一たび撞上せば便ち禍殃あり。張楠が断語していう:謂うところの六壬趨艮は、これは講ず寅中に蔵する甲木を取りて己土を合し、己土を把りて壬の「正官」と当作し;また寅中に蔵する丙火を取りて辛金を合し、辛金を把りて壬の「印綬」と当作す。これは空より生じ出だせる説法にして、われそれが錯なるを恐る。大抵にそれは前に講じ過ぐる「拱禄」「飛天禄馬」と相い表裏と為し、しかしてこの一説は尤も通ぜず、ゆえにただそれに「謬」の一字の実評を與うるのみ。
六甲趨乾格
《星命綜宗》云:且如六甲日主,棰中要亥字多,乃為天門之位,為北胡之垣,甲木賴之長生,人以甲日生亥字多者,自然富貴矣,亦忌巳字沖之,又忌寅字,亦可作合祿。新安伯造 戊辰 癸亥 甲子 乙亥。補曰:觀此造有,則此格不忌財也。可見古歌有“歲運若逢財旺處,官災患難起來錄”之說,何也?蓋天干甲字多,忌見財,天干透緩,會印局不忌財,故早六甲趨乾,透印綬為佳。財見,位列名卿。又曰:“歲運逢官財旺處,官星申子共來。”要忌喜何如,故曰忌喜能分,禍福自見。楠曰:六甲趨乾,謂亥乃天之門戶,謂甲日生臨如此,謂之趨乾。假如別日干生臨亥上,何以不謂之趨乾也?然天門亦西北之界,類天門之戶,豈可論入之禍福乎?此說是子平之大謬也。
《星命綜宗》にいう:たとえば六個の甲日の日主は、柱中に亥の字多きを要し、亥は天門の位にして北方玄武の垣、甲木はそれに依頼して「長生」を得;ゆえに甲日に生まれて亥の字多き人は、自ずから富貴なり。この格はまた巳の字の来りて亥を冲するを忌み、また寅の字を忌む(寅は甲の禄にして、それを見れば便ち填実と成る)、ただし角度を換えてまた合禄と当作して看るべし。書中の挙げたる新安伯の命造は:年柱戊辰、月柱癸亥、日柱甲子、時柱乙亥。補注にいう:新安伯のこの命造が財星を帯ぶるを看れば、見るべしこの格は併せて一概に財を忌むにあらず。那(な)れば旧歌は何の故にまた「流年大運にもし財旺の処に碰上せば、官非災患は即ち連々と来る」の説法あるや。分別はこれに在り:天干に甲の字多く比劫は群を成す時は財を見るを忌む、群劫が財を奪えばなり;もし天干に印綬を透出し地支にまた印局を会成せば、則ち財を忌まず。ゆえに六甲趨乾は印綬を透するを上と為し、この時さらに財星を見れば、かえって位は名卿に列する能う。旧歌にまたいう「流年大運が官旺財旺の処に走り到れば、官星は申子の水局と一同に来る」、究竟是(これ)忌か喜かは具体の配合を看るを要し、ゆえにいう忌と喜とを分かち清むる能えば、禍福は自ずから顕現すと。張楠は則ち言う:六甲趨乾の講法は、亥を把(と)りて天の門戸と当作し、甲日に生まれて亥に臨めば即ち趨乾と呼ぶ。しかるに別の日干に換えて亥上に臨まば、何をもって則ち趨乾と呼ばざるや。況んや謂うところの天門はただ西北方位の境界にして、ただ天門の名目を取るのみにて、いずくんぞそれに拠りて一人の禍福を論断せんや。この一説もまた子平書裡の大謬誤なり。
勾陳得位格
《統宗》云:且如戊己日生,值亥卯避為官,申子辰水局為財是也,正是戊寅、戊子、戊申、己卯、己未、己亥日主是也。忌刑沖殺旺,則反生災矣。歲運同。丁都督造 丁亥 丁未 己卯 戊辰。古歌云:勾陳得位會財官,無沖破命必然端。申子北方東卯木,管教一舉拜金鸞。
《星命綜宗》にいう:たとえば戊・己の日主は、亥卯未の木局に遇えば便ちその「官」にして、申子辰の水局に遇えば便ちその「財」なり、指す所は正に戊寅・戊子・戊申・己卯・己未・己亥のこの幾個の日主これなり。この格は刑冲を忌諱し、また七殺の太く旺なるを忌み、否(いな)ずんばかえって災を生ず;流年大運もこの看法に同じ。書中は丁都督の命造を挙げて例と為す:年柱丁亥、月柱丁未、日柱己卯、時柱戊辰。旧歌にいう:勾陳は位を得て財官を会合し、冲破無き命は必然として端正なり;申子は北方の水局を会成して財と為り、東方の卯木は官と為り、管教せよ一挙に成名して、金鑾殿上に拝せんことを。
玄武当権格
《統宗》云:且臺壬癸二日生,值寅午戌火局為財,最丑未為官,壬寅、壬戌、癸巳、癸丑、癸未、日是也。忌破弱。歲運同。李都丑造 丙戌 甲午 壬寅 辛亥。古歌云:玄武當權妙入神,日干壬癸坐財星。官星若也居門戶,無破當為大用人。
《星命綜宗》にまたいう:たとえば壬・癸の両種の日主は、寅午戌の火局に遇えば便ちその「財」にして、丑未の土に遇えば便ちその「官」なり、指す所は正に壬寅・壬戌・癸巳・癸丑・癸未のこの幾個の日これなり。この格は破れらるるを忌み身弱を忌み、流年大運もこの看法に同じ。書中は李都督の命造を挙げて例と為す:年柱丙戌、月柱甲午、日柱壬寅、時柱辛亥。旧歌にいう:玄武が権に当たるはその妙は神に入り、日干の壬癸にして坐下に財星;官星ももしまた門戸の位に居り、破損無ければまさに国家の大用の人と為るべし。
楠斷曰:勾陳得位,以盡戊己為勾陳,其一理也。得位謂財官之地,若戊己身主不柔,則能任財官也,則謂之勾陳得位也,宜矣。若戊己氣弱,臨其財大旺之地,或為財多身弱,臨其財官之地,或為財多身弱,或殺重身輕,若勾陳得位美,豈不謬乎!玄武當要,與此相同,故予並闢之。
張楠が断語を下していう:勾陳得位のこの名目は、戊己土を一概に勾陳と呼ぶ、この一層はなお講じて通ず。謂うところの「得位」は、指すは財官の地に坐す;たとい戊己の日主が本身併せて衰弱ならずして、財官に担(た)える能わば、それを勾陳得位と呼ぶも、またなお妥当と算す。しかるにもし戊己が気弱くして、しかも財星の極旺の処に臨み、「財多くして身弱」と成り;あるいは財官俱全の地に臨みて、なお財多くして身弱、甚だしきは「殺重くして身軽し」——かかる情形になおそれを夸(ほこ)りて勾陳得位の美格と為さば、あに荒謬ならずや。玄武当権の道理はこれと完全に一樣、ゆえにわれはこの両個の格を一併(べい)に駁し去る。
財官双美格
《財鑑沙條妙經》云:六壬生丑午位中,先要根源見水通。亥命未宮休帶殺,生平何處不春見。補曰:此本為壬生臨午位,號日祿馬同鄉。而《格》輯入正官類,慧也。又敗經文休帶殺,為休見,是以亥卯未,為吏官之煞,則鑿矣。此煞乃干頭中己土為正官,若柱中無亥卯未木局,傷官之神,主為貴推,不知四季喜忌不同。
《財鑑沙条妙経》にいう:六個の壬日が丑・午の位に生まれ、先ず水の根源の相通ずる有るを要し;亥と未との両宮は七殺を帯ぶるを要せず、一生に処るところ皆春天のごとし。補注にいう:これは本(もと)壬水日主が午位に坐臨するを講じ、それを「禄馬同郷」と呼ぶ(午中に丁火を蔵して財と為し己土を蔵して官と為し、財官は倶に一支に在り)。《格解》がそれを正官の一類に編入するは、見地ありと算すべし。しかるにそれが経文裡の「休帯殺」を講じて「見るべからず」と為し、また亥卯未を把りて官星の煞と当成すれば、これは即ち穿鑿なり。ここに謂う所の煞は、指すは天干上の己土の正官が傷せらるる;もし柱中に亥卯未の木局のこの「傷官」の神の来りて官を傷る無ければ、自ずから貴命に按じて推すべし。ただし論者は四季の喜忌は本(もと)相同じからざるを知らず。
蓋待壬午日生春生夏者,最忌亥卯未木局,春逆行比肓運猶稍解。生秋埏,為印綬,能克木遠害,不如不見之為妙,在輕重斟酌。生科亥月,純喜亥卯霜,生子月者次,已形卯,子亥水故也。何者?蓋古賦云:“壬午癸巳二日,同一財官雙全美也。喜生秋科,通金水月氣,忌生春夏通木火月氣,值所喜則大跺,值所忌慢反禍。”由此觀之,如此二日子月正通水月氣,根見水通之謂也。身臨祿旺,喜見財官,主富跺,故日科生則玄開武當權,跺為王侯。
知るべし壬午日が春天・夏天に生まるるは、最も亥卯未が合して木局を成すを忌む、木旺なれば則ち水を泄して官を傷ればなり;春月に生まるるはもし大運が逆に比肩劫財の郷に行けば、かえってなお稍(や)や化解する能う。秋天に生まるるは、金旺にして「印綬」と為り、印は能く木を克して木の禍害を推し遠ぐ、ただし総じて原局が根本より木局を見ざるに如かざるを来りて乾浄と為す、これは軽重を看て斟酌するを要す。亥月に生まるるは、かえって純に亥・卯を喜ぶ;子月に生まるるは次一等にして、すでに卯を帯び出だすに因りて、しかして子と亥と倶に水なればなり。何をもってかくのごとく分かつや。古賦に講じ過ぐ:壬午・癸巳のこの両個の日は、同じく「財官双美」に属す;秋季に生まるるを喜びて、金水の月気に通ず;春夏に生まるるを忌諱して、木火の月気に通ず。喜ぶ所に碰上せば則ち大貴、忌む所に碰上せばかえって禍患と成る。これより之を観れば、この両個の日はもし子月に生まれれば、正に水の月気に通じて、即ち経文の謂う「根源は水に通ずるを見」の意なり。日主は禄旺の地に坐臨し、また財官を見るを喜びて、大富大貴を主す、ゆえにいう生れてその時に逢えば即ち玄武の権に当たり、貴くして王侯と為る。
且祿頭是宜帶財官,天月二德,故《壺中子》曰:“帶天月二德屠冠,帶七殺梟食。”故司馬季主云:“祿要而不要煩,且要祿干不帶七殺,反傷不帶梟食。”女《洞玄經》云:“壬以祿,戊寅本非駕。”女《格錄歌》云:“祿馬更有值多般說,自衰自死兼敗絕。”是壬午癸巳日生埏,以亥為值所喜者也。
さらに言うに、禄位の天干上は財官を帯ぶるを宜とし、「天徳」「月徳」の二徳貴人を帯ぶるを宜とす、ゆえに《壺中子》にいう:天月二徳を帯ぶるは官を加え爵を進む、七殺と梟神食神とを帯ぶるは則ち然らず。司馬季主もまたいう:禄は清純を要して繁雑を要せず、禄位の天干が七殺を帯びず、傷を受けず、また梟神の食を奪うを帯びざるを要すと。《洞玄経》にいう:壬水は亥をもって禄と為し、戊寅は本(もと)よりそれを駕馭する能わず。《格録歌》にいう:禄馬の説はさらに種種の講究ありて、その自身の衰なるか死するかを看るを要し、あるいは敗絶の地に落つるかを看る。これらを綜合すれば、壬午・癸巳の両日の生人は、亥をもって喜ぶ所の位置と為す。
壬癸以卯為貴人,宜合忌,帶空亡,頭上宜帶財官,不宜帶殺梟。故《醉醒子》子平云:“貴人頭上帶財官,門充駟馬。且貴人以未宮井鬼這合,為家居出入之門三合,況未與午六合有情。”《喜忌篇》云:“四柱干支,喜三合之地。”
壬・癸の両干は卯をもって「天乙貴人」と為し、貴人は他の支と相合するを宜として、空亡に落つるを忌む;貴人の上頭は財官を帯ぶるを宜として、七殺と梟神とを帯ぶるを宜とせず。ゆえに《酔醒子》の子平の法を論じていう:貴人の上頭に財官を帯ぶれば、門前に便ち駟馬の車あり。また言う貴人は未宮をもって井鬼の分野と相合して、これは家居出入の門戸の三合なり、況んや未と午とは本(もと)より六合にして情有るを。《喜忌篇》もまたいう:四柱の干支は、三合の地に落つるを喜ぶと。これらの講ずる所は皆亥卯未と壬午・癸巳と相配する時の好処なり。
《醉醒子》云:“君不見祿馬貴人無準托,考究五行之善惡,天元贏弱未為災,地氣堅牢是歡樂。”又《珞錄子》云:“每見貴人食祿,無非祿馬司鄉。”又《理愚歌》云:“貴人落在空亡裡,祿馬背違如不值。”是亥卯未乃壬午癸巳二所深喜,而不可忌。正所謂惟有水木傷官格,財官兩見反為歡者,正所謂有病方為貴,無傷不是奇者也。
《酔醒子》にまたいう:君は見ずや、禄馬貴人は本身は併(あ)せて依憑するに足らず、なお五行の善悪を考究するを須(もち)いる;天干は衰弱しても未だ災殃と為すを必とせず、地支の気は堅牢なればこそ真に喜ぶべし。《珞琭子》にいう:毎に貴人の俸禄を享受するを見るに、禄馬同郷の格局なるに非ざるなし。《理愚歌》にいう:貴人はもし空亡の裡に落ちれば、禄馬は背離して、遇えずに等しきと為る。見るべし亥卯未は正に壬午・癸巳のこの両個の日の深く喜ぶ所にして、一概に忌諱すべからず。これ即ち古人の謂う「ただ水木傷官格ありて、財官両見すればかえって歓と為る」、即ち「病有ればこそ貴格と成り、傷無ければかえって奇ならず」の道理なり。
吾邑王耕山命 己卯 乙亥 壬午 庚子。萬泉董正郎命 甲午 乙亥 癸巳 丁巳。皆生亥月,帶天德貴人,頭上戴財,一戴官。皆不戴殺刃。但有傷官之神,現仿今通顯,正所謂通水月氣,值所喜則大貴也。如此二日,生春寅卯月,取傷官格,則文季而不明。生夏干月,官星太旺,天無贏弱。又作亥卯未合局,則洩氣愈甚,如病人重負,何以當此財官。又頭戴殺刃,凶神會聚雖日水木傷官,喜見財官,何益也。雖有貴人,失祿失時失勢,何益也,觀古造:己酉 丙寅 癸巳 庚申。此癸水身弱,又在春月,傷官洩氣,年干頭帶殺,常有腸毒之病。古謝五郎造 乙酉 壬午 壬午 癸卯。年頭上帶傷官,居祿癸卯,貴人頭上帶刃箭,天無贏弱,死二囹圄。
張楠は本郷の王耕山の命を挙げて例と為す:年柱己卯、月柱乙亥、日柱壬午、時柱庚子。また万泉の董正郎の命を挙ぐ:年柱甲午、月柱乙亥、日柱癸巳、時柱丁巳。この両造は倶に亥月に生まれ、「天徳貴人」を帯び、貴人の上頭に一個は財星を戴き一個は官星を戴きて、しかして倶に七殺と羊刃とを戴かず。柱中にもまた「傷官」のこの一顆の星有るといえども、両人は如今却って通達顕貴なり。これは正に前に謂う所に応ず:生月は水の月気に通じて、喜ぶ所の配合に碰上せば、便ち大貴の命なり。反対に言えば、壬午・癸巳のこの両個の日はもし春天の寅月・卯月に生まれれば、ただ「傷官格」を取る能うのみ、文運は有るといえども顕明ならず。もし夏月に生まれれば、官星(土)は太く旺にして日主の天干は衰弱し、これに加えて亥卯未が合して木局を成せば、水気を泄することいよいよ甚だしく、病人の重担を背負うがごとく、いずくんぞこの一份の財官に担(た)えんや。たとい貴人の上頭にまた七殺・羊刃を戴き、凶神は一処に聚まり、たとい口々に「水木傷官は財官を見るを喜ぶ」と言うとも、また何の益か有らん。たとい命裡に貴人有るとも、しかし禄を失い時令を失い気勢を失えば、同じく用処無し。下に幾個かの古人の命造を看て証と為す。第一造:年柱己酉、月柱丙寅、日柱癸巳、時柱庚申。この癸水日主は本身衰弱にして、また春月に生まれ、寅中の甲木は「傷官」にしてその気を泄し;年干の己土は七殺を帯びて身を圧し、ゆえにこの人は常に腸中の毒瘡の病を患う。第二造は古人の謝五郎の命:年柱乙酉、月柱壬午、日柱壬午、時柱癸卯。年干上に乙木の傷官を帯び、時支の卯はまた壬癸の貴人の居る所なれど、しかしこの貴人の上頭に却って羊刃の凶箭を帯び、天干の日主は衰弱にして依る無し、結果は牢獄の中に死す。
又一古造 癸卯 乙卯 癸巳 癸丑。行辛亥運,梟透,並亥合傷官木局,不祿。戊申 丙辰 壬午 乙巳。生春寅月,正水木傷官洩氣,二歲行已卯運,運干頭帶殺,而又傷官旺地遂死。此五造正所謂通木火月氣,值所忌則反禍之謂也。
さらに一造を看る:年柱癸卯、月柱乙卯、日柱癸巳、時柱癸丑。この人は辛亥の大運に行き到りて、運干の辛金は「梟神」にして透出して食を奪い、運支の亥はまた卯と合して傷官の木局を成し、ここにおいて身を亡ぶ。さらに一造:年柱戊申、月柱丙辰、日柱壬午、時柱乙巳にして、春天の寅月に生まれ、正に水木傷官の気を泄するの象なり;己卯運に行き到る時に、運干は己土の七殺を帯び、運支の卯はまた傷官の旺地にして、ここにおいて死す。この幾個の命造は、正に前に言う所の「木火の月気に通じて、忌む所の配合に値(あ)えば、かえって禍と成る」なり。
如生秋申月則為印綬格。金旺水生,木死不克土,因然。亦忌傷官,並干頭殺。吾邑有一造 壬申 己酉 癸巳 癸丑。月干頭帶殺,四十九行甲寅東方傷官運,雙目失明,雖秋亦忌傷官也。又一造 甲申 癸酉 癸巳 甲寅。不帶殺,雖鉅富,因年時干帶傷官,福祿無功名。又壬午癸巳二日,於亥卯未傷官木局。四季有忌不忌,又有喜不喜,忌可以四季均為見亥卯未非貴推開哉?作《沙條經》者,誠家於理學,欲以發“淵源”之所未發,以破後人之疑,而後人反疑之,誤矣。
たとい秋天の申月に生まれれば、則ち「印綬格」と成る:金は旺じて水を生じ、木は秋天に死地に処して土を克する能わず、本(もと)より好配合なり。ただしこの時もまた同じく傷官を忌諱し、また天干上に七殺を冒出するを忌む。張楠は本郷の一個の命造を挙ぐ:年柱壬申、月柱己酉、日柱癸巳、時柱癸丑。月干の己土は七殺を帯びて、四十九歳に甲寅の東方傷官運に行き到りて、双目は失明す。見るべしたとい秋天に生まるるとも、傷官はなお旧(もと)より忌諱なり。さらに一造:年柱甲申、月柱癸酉、日柱癸巳、時柱甲寅。この一造は天干に七殺を帯びず、ゆえに巨富を成し;ただ年干と時干とが倶に甲木の傷官を帯ぶるに因りて、福禄有るといえども功名無し。総じて言えば、壬午・癸巳のこの両個の日が亥卯未の傷官木局に遇上すれば、四季の中には或いは忌み或いは忌まず、また或いは喜び或いは喜ばざるあり、いずくんぞ四季を分かたず、一たび亥卯未を見れば即ち貴命にあらずと断定せんや。《沙条経》を写せる人は、実は義理に精しく、ただ《淵海子平》の講じ透さざる所を講じ出だして、後人の疑惑を解除せんと好(この)む;後人はかえって彼を疑う、那は即ち錯なり。
又如帶殺制伏去留,則不在此限,宜輕重較重。棄命從殺,身弱無根,而殺不帶透於干者,不在此限。古丞相命 丙戌 壬辰 壬戌 庚戌。地支純土,七殺太旺,壬水無歸,得從其殺。且運行南方火土鄉,位至宰相。至丁酉辛巳年,類成金局,扶得身旺,與殺為敵,遂附《補天乙妙旨》註解日:凡人翕有祿馬貴人,因有富而吉亦有貧賤而凶,是皆無準托也。何者?蓋考祿馬而吉。頭上帶財官,三合六合,生旺進氣,是謂五行之惡,善慢貴而吉,頭上帶殺梟形沖破害,衰給絕無氣,是謂五行之惡,惡則貧賤而凶。
またたとえば七殺を帯びて制伏有り去留取舍有るは、則ち上面のこれらの限制を受けず、まさに軽重に就きて比較すべし。「棄命従殺」に至りては——日主は衰弱にして毫も根気無く、七殺もまた天干上に透せざる——もまたこの限を受けず。書中は古の一位の丞相の命を挙ぐ:年柱丙戌、月柱壬辰、日柱壬戌、時柱庚戌。地支は清く一色の土にして、七殺は太く旺にして、壬水は帰依する所無く、己を舎てて殺に従うを須(もち)いるのみ;これに加えて大運は一路に南方の火土の郷に走りて、殺勢を助起し、官は宰相に至る。丁酉・辛巳のこの両年に到りては、金局を会成して、日主を扶えて身旺さしめ、かえって七殺と敵と為り、ここにおいて——ここの底本の文句はここに到りて中断し、下文に脱漏あり。下に《補天乙妙旨》の注解を附す:およそ人命裡に同じく禄馬貴人を帯ぶるも、或いは富貴にして吉なり、或いは貧賤にして凶なり、見るべし単に禄馬貴人に憑れば頼るべからざると。何となれば、禄馬を考究して吉を得るは、多くは貴人の上頭に財官を帯び、また三合六合の相扶えありて、生旺進気の地に処す、これは五行の善に属し、善なれば便ち貴くして吉なり;上頭に七殺・梟神を帯び、また刑冲破害に逢い、衰敗絶気の処に落つるに至りては、これは五行の悪に属し、悪なれば便ち貧賤にして凶なり。
若壬午癸巳癸未,坐財官,柱中隱顯太旺,是謂天元贏弱,故日官星太旺,無元贏弱之名。財為養命之源,官乃扶身之本,宜郭福榮,是旺財官為我用,富貴歡樂而有餘也。五行惡,則地氣不牢,不堅牢即弱之謂也。身弱則不能勝財,貧賤憂戚而不足也。
壬午・癸巳・癸未のこの幾個の日のごときは、日支に財官に坐し、もし柱中の財官が明透なるを論ぜず暗藏を論ぜず太く旺盛に過ぐれば、日主は即ち担(た)えず、これを「天元贏弱」と呼ぶ、ゆえにこそ「官星は太く旺にして、天元贏弱」の説法あるなり。財は命を養うの源頭にして、官は身を扶うるの根本にして、本(もと)より福気榮顯を帯び来るべし;ただ財官が旺にして能く我が為に用せらるれば、自ずから富貴歓楽にして余あり。反対に、五行の気は一たび悪なれば、地支の気は即ち牢固ならず;牢固ならざれば即ち弱と謂うなり。身弱なれば便ち財星を駕馭する能わず、一生は貧賤憂愁にして処々に足らず。
拱禄拱貴二格
《喜忌篇》支拱祿拱貴,填實則凶。補日:祿謂臨官之祿,貴為官星之貴,非天乙貴人之貴也。《格解》拱祿是拱財星也,拱貴是拱天乙貴人也,非也。拱祿有五日,五祿中皆無財,何以為之拱財,拱貴有五日雖四日之拱內,亦合看天乙貴人,而非甲之貴人也。官星與貴人拱天乙貴人也。
《喜忌篇》にいう:地支の拱禄・拱貴の格局は、実字に填め満たされれば則ち凶なり。補注に解釈す:ここの「禄」は臨官の禄を指し、「貴」は官星の貴を指し、併(あ)せて天乙貴人の貴にあらず。《格解》は言う拱禄は即ち財星を拱し、拱貴は即ち天乙貴人を拱す、これは錯なり。拱禄に五個の日あり、この五個の禄位の當中には皆財星無し、何を憑りて拱財と呼ばんや。拱貴に五個の日あり、その中の四日の拱する所の位はまた兼ねて天乙貴人を看るべきといえども、しかし那は併せて甲干の貴人にあらず。要するに、この格の拱する所は官星の貴にして、しかして龍統(こもの)の天乙貴人にあらず。
如癸亥日與癸丑時,癸丑(時)[日]與癸亥時,皆拱子中癸水為祿;丁巳日與丁未時,則拱午中丁火為祿;己未日與己巳時,則拱午中己土為祿;戊辰日於戊午時,則拱巳中戊土為祿;此五日五時而拱祿格。如甲申日與甲戌時,則拱酉中辛金為官貴;甲寅日與甲子時,則拱丑中辛金為官貴;戊申日與戊午時,則拱未中乙木為官貴;乙未日與乙酉時,則拱申中庚金為官貴;辛丑日與辛卯時,則拱寅中丙火為官貴;此五日五時為拱貴格。
具体的に言えば:癸亥日に癸丑時を配し、癸丑日に癸亥時を配するは、両者は倶に子を中間に夾めて、子中の癸水を取りて禄と為す;丁巳日に丁未時を配するは、午を夾住して、午中の丁火を取りて禄と為す;己未日に己巳時を配するは、午を夾住して、午中の己土を取りて禄と為す;戊辰日に戊午時を配するは、巳を夾住して、巳中の戊土を取りて禄と為す。以上の五個の日に五個の時辰を配するは、即ち「拱禄格」を構成す。拱する所は皆日干それ自身の臨官の位にして、ゆえに拱禄と名づく。さらに拱貴を言う:甲申日に甲戌時を配するは、酉を夾住して、酉中の辛金を取りて甲の官星の貴と為す;甲寅日に甲子時を配するは、丑を夾住して、丑中の辛金を取りて官貴と為す;戊申日に戊午時を配するは、未を夾住して、未中の乙木を取りて戊の官貴と為す;乙未日に乙酉時を配するは、申を夾住して、申中の庚金を取りて乙の官貴と為す;辛丑日に辛卯時を配するは、寅を夾住して、寅中の丙火を取りて辛の官貴と為す。以上の五個の日に五個の時辰を配するは、即ち「拱貴格」を構成す。拱する所は皆日干の正官にして、ゆえに貴と称す。
此二格純粹,大貴。喜身旺印綬傷官食神,忌刑沖了日時拱位,又怕四柱中有傷日干七殺,皆拱不信祿貴。又怕四柱中見祿見貴,謂之填實則凶。蓋此二格者,只宜虛拱,如器皿空則能容物,所以填則凶。亦忌祿貴落空。
この両個の格はもし配し得て純粋なれば、大貴を主す。それらは日主の身旺を喜び、印綬・傷官・食神の来りて相助するを喜ぶ;刑冲が日柱時柱の夾む所のあの虚位を破壊するを忌諱し;また四柱の中に日干を傷る七殺の出現するを怕り、かくのごとき一来すれば拱する所の禄貴は便ち倶に数と作さざるなり。さらに怕るるは四柱裡にすでに明白白々として禄の字・貴の字を見る、これを「填実すれば則ち凶」と呼ぶ。因るにこの両個の格は全く虚処の相夾むに頼る、器皿が必ず中空にしてこそ物を盛る能うがごとく、一たび填め満たされれば即ち用無し。これ以外にまた拱する所の禄貴が空亡に落ち入るを忌む。
《鷓鴣天》云:甲寅甲子丑貴鄉,戊辰戊午祿中藏。刑沖填實空亡遇,禍患官滅不可當。無官透,如榮晶,青霄在路把名揚。定持權柄三公位,衣紫腰金拜聖王。問,《三車》即云:喜傷官食神,而古歌又日:“怕傷官在月支”何也?(格解)收官食二說,而言鞭忌不同之故。蓋有財則有傷官食神,《景臨》云:“無財而不之教訓。蓋有財印而不喜傷官”正此謂也。
《鷓鴣天》の詞にいう:甲寅日に甲子時を配するの夾む所の丑は貴郷にして、戊辰日に戊午時を配するの夾む所の巳裡には禄を蔵す;一たび刑冲・填実あるいは空亡に遇上せば、禍患と官災とは挡(さえぎ)る能わず。もし官星の透出無くして格局は清瑩(せいえい)なれば、青雲の路上に便ち名を揚ぐる能う、定めて権柄を手握して位は三公に列し、紫袍を穿て金帯を佩びて聖君を朝拜せん。或る人は問う:《三車一覧》はこの格が傷官食神を喜ぶと言い、しかるに古歌はしかし「月支に傷官あるを怕る」と言う、これは何の故ぞや。《格解》は官星を喜ぶと食傷を喜ぶとの両種の説法を倶に收め入るるも、しかし宜忌の同じからざるの縁由を講清せず。実は分別は財の有無に在り:財有れば傷官食神の力を泄して官を生ずる能うれば、食傷を見るを妨げず;もし原局が財印相配の格局なれば、則ち傷官の来りて印を破るを喜ばず。前人の謂う「財無ければ便ちこれを言うに足らず、財有り印有れば則ち傷官を喜ばず」、正にこの意なり。
《格解》云:癸酉癸亥癸時,亦拱戌中戊土之貴。注不言及何也?補曰:斯言失之矣。蓋癸酉日,繫甲子旬中,甲子旬以戌亥為空亡。既為拱亡,則拱不信貴人,所以不取此日時為拱貴也。蓋子平所謂拱貴,最忌天中殺,天中即空亡,有走貴人之說,則此日時,不可拱貴也,又何疑?
《格解》にまたいう:癸酉日に癸亥時を配すれば、また戌中の戊土の貴を拱住する能う、何の故に旧注は提及せざるや。補注に答えていう:この言は之を失せり。因るに癸酉日は甲子旬に属し、しかして甲子旬は戌・亥をもって空亡と為す。夾む所はすでに空亡の位なれば、則ち拱する所の貴人は数と作さず、因ってこの日時を把りて拱貴格に列入せざるなり。因るに子平の法の講ずる拱貴は、最も「天中殺」を忌み、天中殺は即ち空亡にして、従来より「空亡は能く貴人を赶(お)い去る」の説法あり。すでにこのごとくなれば、この日時は貴を拱する能わず、また何の疑いか有らん。
日禄帰時格
《喜忌篇雲》日祿歸時沒官星,號日青雲得路。舊注曰:此論歸祿格。要四柱中無一點官星,方用此格,號曰青雲得路,最要日干生旺,兼行食神傷官之鄉,可發福。但歸祿格有六忌:一則刑沖。二則作合,三則倒食,四則官星,五則日月天元同,六則歲月天元同,犯此六忌,不可一例以為貴矣。若時支有祿,年月亦有謂之聚福歸祿,主大貴。如甲子、丙子、癸丑、壬子,此是張都統命,乃子多為聚福祿矣。
《喜忌篇》にいう:日干の禄は時支に落ちて四柱に官星を見ざれば、これを「青雲の路を得」と呼ぶ。旧注に解釈す:ここに講ずるは帰禄格なり。必ず四柱の中に一点の官星も無くて、こそこの格を用いる能う、ゆえに青雲の路を得と称す。最も要緊なるは日干それ自身の生旺にして、さらに食神・傷官の郷に走れば、即ち福を発する能う。ただし帰禄格に六樣の忌諱あり:一に忌むは刑冲、二に忌むは他の支と作合し、三に忌むは倒食(梟神が食を奪う)、四に忌むは官星、五に忌むは日柱と月柱との天干相同じ、六に忌むは流年と月柱との天干相同じ;この六忌に犯せば、則ち一概に貴命と当作する能わず。たとい時支に禄有りて、年支月支にもまた有れば、則ち「福を聚めて禄に帰す」と呼び、大貴を主す。たとえば甲子・丙子・癸丑・壬子は、これは張都統の命にして、即ち子の字多くして福禄を聚め成せり。
《四言獨步》云:日祿居時,青雲得路。月令財官,遇之吉助。補曰:日祿居時者,蓋言甲乙日祿在寅卯時,丙丁日祿在巳午時,戊己日亦祿在巳午時,庚辛日祿在申酉時,壬癸日祿在亥子時是也。柱中無一點官星,則發科甲第,仕路通,故日青雲得路。如月令有官,只以財官論,謂財官雙美格可也。遇祿時,則祿助身旺,可以勝此財官,故曰吉助,是言助官,非言財官助祿也。
《四言独歩》にいう:日干の禄は時支に居れば、便ち青雲の路を得;もし月令にまた財官有れば、それに遇えば吉助を得。補注に解釈す:謂うところの日禄は時に居るは、指すは甲・乙日の禄は寅卯時に在り、丙・丁日の禄は巳午時に在り、戊・己日の禄もまた巳午時に在り、庚・辛日の禄は申酉時に在り、壬・癸日の禄は亥子時に在りこれなり。柱中に一点の官星も無ければ、便ち科挙に登第し仕途は通達す、ゆえに青雲の路を得と呼ぶ。たとい月令に本(もと)より官星有れば、則ちただ財官格に按じて往きて論ずべく、それを「財官双美格」と称すもまた可なり。この時さらに禄の時支に居るに遇えば、禄は能く日主を帮扶して身旺さしめ、日主は便ちこの一份の財官に担(た)える、ゆえに言う吉助——これは言う禄が官を帮助するにして、併せて財官が禄を帮助するにあらず。
日忌見官星,何以日官助祿?觀《三車一覽》云:“歸祿只有七日,如乙日見卯時,是偏財格,丙日見癸巳時,是官顯露,辛日見丁酉時,是時上偏官格論也,此三日繫歸祿格。”可見月令有財有官,只當以財官論也,則如助謂祿助財非也。《格解》照舊書財官誠是。
すでにこの格は官星を見るを忌む、いずくんぞまた官が能く禄を助くと言わんや。《三車一覧》の講ずる所を看るに:帰禄はただ七個の日のみが格に足る、たとえば乙日が卯時を見るは「偏財格」と算し、丙日が癸巳時を見るは官星が顕露し、辛日が丁酉時を見るは「時上偏官格」に按じて往きて論ずべし——この三個の日は禄に坐すといえども、しかし各々別格に帰す。見るべし月令にもし財有り官有れば、則ちまさに財官に按じて論ずべしと。那(な)れば「吉助」を講じて禄が往きて財を帮くと為すも、また対ならず。《格解》は旧書に依照して旧(もと)より財官論と作すは、正しきなり。
《纂要》支有祿最怕官星到。《元理賦》云:日祿歸時,見財則清高富貴。《四言獨步》云:庚日申時,透財歸祿。名利清高強比肩奪福。補曰:如日甲申時,乃干祿居申,時干透甲木為財星,非泛言年月二也。如此則登科第顯功名如拾芥,故曰名利高強。如年月干遇庚字為比肓,慢犯歲月同月日同之忌,必分財減祿,而奪福也。
《纂要》にいう:時支にすでに禄有れば、最も官星の到来を怕れ。《元理賦》にいう:日禄は時に帰してまた財星を見れば、清高富貴を主す。《四言独歩》にいう:庚日が申時に生まれ、天干に財星を透出して禄は時支に帰せば、名利は清高なり;もし比肩を見れば、福気は即ち奪われ去る。補注に解釈す:たとえば庚日が甲申時に生まれば、庚の禄は正に申に在りて、しかして時干に甲木を透出して庚の財星と為す——謂う所は時干に財を透するにして、併せて泛泛に年干月干を講ずるにあらず。かくのごとき配合なれば、科第に登り功名を顕すは草芥を拾うがごとく容易なり、ゆえにいう名利は高強なりと。たとい年干あるいは月干上にまた庚の字出現して「比肩」と為れば、即ち前に謂う所の流年は月と同じく月は日と同じの忌諱に犯し、必ず財星を分け損じ禄気を減じて、福分を奪い走るなり。
古歌云:福祿逢財名利全,干頭不忌透財源。身強無破平生好,大怕行來遇比肩。又曰:青雲得路祿歸時,元命逢之貴且廳。四柱無沖官不於,少年平步年雲梯。又曰:日祿居時格最良,怕官嫌殺喜身強。若見比肩分動祿,刑沖破害最難當。
旧歌にいう:帰禄の命はさらに財星に逢えば、名利は便ち倶に斉全し、天干上に財源を透すは併(あ)せて忌諱せず;ただ日主が身強にして格局は破無ければ、一生は順遂なり、最も怕るるは大運の走り来たりて比肩に遇いて財を奪う。さらに一首にいう:青雲の路を得とは正に禄は時支に帰す、本命はそれに遇えば便ち顕貴を主す;四柱に冲無くまた官星の来りて干擾するを見ざれば、少年の時に便ち平歩して雲梯に登上する能う。さらに一首にいう:日禄は時に居るのこの格は最も良し、官星を怕り七殺を嫌いて身強を喜ぶ;もし比肩の来りて禄気を分奪するを見、さらに刑冲破害を加えれば、則ち最も承当し難し。
又曰:甲坐寅宮見虎鄉,祿星遙合主榮昌。運中若見庚辛酉,露出官星起禍殃。又曰:時歸日祿祿興隆,切忌官星混在中。干頭帶合支帶破,少年獨步賽龍鍾。《鷓鴣天》云:甲乙相逢寅卯時,日干歸祿福查隨。財多旺處聲名顯,列絕休囚信有期。安社稷,定華夷,青雲有路上天梯。登金步玉承恩寵,雁塔題名到鳳池。古賦云:日祿歸時,貴重為人所敬。此言女命,須見財方可。《捷馳千里馬》云:女遇傷官歸祿,遇之極吉。
さらに一首にいう:甲木は寅宮に坐してまた虎(寅)の郷を見、禄星は遥かに相合して榮昌を主す;大運中にもし庚・辛・酉を見れば、官星は一たび露れれば即ち禍殃を生ずるを要す。さらに一首にいう:時支は正に日干の禄にして、禄気は興隆せり、最も忌むは官星のその中に混雑する;もし天干は合住せられ地支は冲破せられれば、少年は独行するもかえって老態龍鐘に似たり。《鷓鴣天》の詞にいう:甲乙の日主が寅卯時に碰上せば、日干は禄に帰して福気は相随う;財多くして旺地に処れば声名は顕達し、もし衰絶休囚の処に落ち入れば、応験もまた定期あり。かかる人は能く社稷を安定し華夷を平定し、青雲に路ありて直に天梯に上り、金階に登り玉陛に歩みて恩寵を承受し、雁塔に題名して一貫して鳳池(中書省)に到る。古賦にいう:日禄は時に帰する人は貴重にして、衆人に敬せらる。この句は女命に就きて言うにして、須(すべか)らくさらに財星を見てこそ数と為す。《捷馳千里馬》にいう:女命が傷官に遇いてまた帰禄するは、極めて吉利なり。
四位純全格
補日:子午卯酉位全,雖主男女灑色昏迷,然而男有者尚吉,女凶,故日寅申巳亥,位至三公。為四孟格,男命得之,主大富貴,故人寅申巳亥,位至三公。女命得之,主心不定,教訓日寅申巳亥,巳亥相朝心不主。辰戌丑未全為四庫,男命得之,為九五之尊,故日辰戌丑未全,順行帝王無疑。女命得之多不美,教訓日冠帶互逢,定是風聲之丑。
補注にいう:地支の子午卯酉の四正が斉全するは、たとい男女の酒色に沉迷するを主すとも、しかるに男子はそれを得てなお且(か)つ吉を算し、女子はそれを得れば即ち凶なり。寅申巳亥の四支が斉全するは、それを「四孟格」と呼び、古語にいう「寅申巳亥全せば、位は三公に至る」;男命はそれを得て大貴を主り、女命はそれを得ればしかし心の定まらざるを主す、ゆえに訓誡の話にいう「寅申巳亥は斉備し、巳亥は相対して、心は便ち主を為すを得ず」。辰戌丑未の四支が斉全するは、それを「四庫格」と呼ぶ;男命はそれを得て九五の尊を為す能う、ゆえにいう「辰戌丑未全せば、順に行けば則ち帝王を為すは疑い無し」;女命はそれを得て多くは美ならず、訓誡の話にいう「冠帯の位は互相いに交逢して、定めて名声の好からざるの丑事なり」。
《洪範》云:寅申巳亥疊見,有聰明生發之心。子午卯酉重逢,懷灑色荒淫之志。辰戌丑末全備,乃財庫富貴之尊。此言男命也。《淵源》云:寅申巳亥全,孤淫腹便便。子午逢卯酉,定是隨人走。辰戌與丑未,婦道之大忌。此言女命也。
《洪範》の一書にいう:寅申巳亥が重疊に出現する人は、心思は聡明にして生発するを善とす;子午卯酉が重複して相逢う人は、酒色に沉溺するの荒淫の志を懐く;辰戌丑未の四庫が斉備する人は、財庫を掌握するの富貴の尊なり。この三句の講ずる所は皆男命なり。《淵源》の一書は則ちいう:寅申巳亥が斉全する女子は、孤单にして放縦にして、肚腹は便便たり;子午はさらに卯酉に遇上せば、必定として人に随いて私奔す;辰戌と丑未と斉しく見るは、婦道の大忌なり。この三句の講ずる所は皆女命なり。見るべし同じく四位純全なるも、男女の吉凶は恰恰として相反すと。
天元一気格
《四言獨步雲》天元一氣,地物相同。人命得此,位列三公。舊註解云:且如周益公命,庚辰、庚辰、庚辰、庚辰、乃合此。又有四個壬寅,四個癸亥,惟有四個辛卯,則貧夭之命,其餘皆貴。又有四個甲戌,亦主破家,主人伶俐聰明,若行火鄉稍可,終不成大器。
《四言独歩》にいう:天干は一気にして純粋に、地支もまたそれと相配す、人命がこの種の格局を得れば、位は三公に列する能う。旧注に解釈す:たとえば周益公の命は、四柱は倶に庚辰にして、正にこの格に合す。これ以外にまた四柱が全く壬寅の、全く癸亥の有りて、また皆貴を主す。ただ四柱が全く辛卯のは、かえって貧寒夭折の命と為りて、其余の各种の一気格は皆顕貴を主す。また四柱が全く甲戌の有りて、また家業を破敗するを主り、この種の人はたとい伶俐聡明なりとも、もし大運が火郷に走り到ればなお稍(や)や好し、ついに大器を成さず。
天干順食格・地支拱来格・両干不雑格・一気生成格
古歌云:富貴天干順食奇,地支拱來少人知。兩干不雜順還貴,一氣生成世上稀。舊《纂要》註解曰:如脫脫丞相命,壬辰、甲辰、丙戌、戊戌,丙食戊,而辰中戌中戊土,皆為食神。況壬食甲,甲食丙,丙食戊,此為天干順食格也。如帖木遠太師命,甲寅、戊辰、丙午、丙申,寅辰夾卯字,辰午夾巳字,壬申夾未字,止為地支夾拱格也。如葉丞相命,庚寅、戊寅、庚寅、戊寅,此謂兩干不雜也,如火午赤國,癸亥、癸亥、癸丑、癸丑,此謂一氣生成格也。
旧歌にいう:富貴の中に天干の順次に相食するをもって奇と為し、地支の互相いに夾拱するはしかし人の知る少なし;両干は交錯して混雑せず順に行けばまた貴く、四柱は一気に生成せば則ち世上稀なり。《纂要》の旧注に例を挙げて解釈す:脱脱丞相の命は壬辰・甲辰・丙戌・戊戌にして、丙火は戊土を生じて食神と為し、しかして辰中・戌中に蔵する戊土は倶に丙の食神なり;況んや壬水は甲木を食し、甲木は丙火を食し、丙火は戊土を食す、天干は一路に順にして相生相食し、これ即ち「天干順食格」なり。帖木児太師の命は甲寅・戊辰・丙午・丙申にして、寅と辰とは卯の字を夾住し、辰と午とは巳の字を夾住し、午と申とは未の字を夾住す、これはただ「地支夾拱格」と算すのみ。葉丞相の命は庚寅・戊寅・庚寅・戊寅にして、庚戊の両干は交替して別の干を糁(まじ)えず、これを「両干不雑」と呼ぶ。火午赤国の命は癸亥・癸亥・癸丑・癸丑にして、これを「一気生成格」と呼ぶ。
補曰:《纂要》曰時,原繫俱癸丑,而《格解》改為俱癸亥,非也。蓋年月同癸亥,曰時同癸丑,干支皆北方水鄉,秀氣不雜,故曰一氣生成,若支干同癸亥,則是天元一氣矣。二格大同小異,不然,上文既言天元一氣,而此豈有復言者哉?又補曰:考諸《五星指南》兩間不雜格,即連珠格,故又謂兩間連珠格。觀甲子年乙亥月甲子日乙丑時,乃五侍郎造,庚辰、辛巳、庚辰、辛巳可見矣。《獨步》云:“八字連珠,三神有用,”此之謂也。或改二神有用,為支神有用,非也。
補注にいう:《纂要》の原書の写す所の日柱時柱は倶に癸丑なれど、しかるに《格解》はしかし改めて倶に癸亥と為す、これは錯なり。因るに年柱月柱は同じく癸亥にして、日柱時柱は同じく癸丑にして、干支は倶に北方の水郷に在りて、秀気は純にして雑らず、ゆえに「一気生成」と呼ぶ;もし四柱の干支が全く癸亥なれば、那は即ち「天元一気」と成る。この両個の格は大同小異なり、否(いな)ずんば上文にすでに天元一気を講じ過ぎて、しかしてここにあにさらに復言する者有らんや。補注にまたいう:《五星指南》の載する所の「両間不雑格」を考うるに、即ち「連珠格」なり、ゆえにまた「両間連珠格」と呼ぶ。甲子年・乙亥月・甲子日・乙丑時のこの一造を看るに、および五侍郎の庚辰・辛巳・庚辰・辛巳は、即ち明白なり。《四言独歩》にいう「八字は連珠して、三神は用有り」、講ずる所は正にこれなり。或る人は「三神有用」を改めて「支神有用」と為す、那は錯なり、因るに連珠の取る所は正に三位の天干の次第に接続して串を成すにして、支神と改め作せば便ち講じて通じて通ぜざればなり。
三合聚集格
《指南》舊注曰:或干辰帶三位,支神帶三位,納音帶三位,皆云三合聚集。假如乙丑年乙酉月丁巳時,三個乙,謂之干三合。又如丙寅年庚寅月戊寅曰戊午時,三個寅,謂之支三合。又如辛卯年木,庚寅月木,丙戌月土,巳亥時木,三個木,謂之納音三合。蓋以一身二,二生三,三生萬物,盈數之義也。按此三格,當看四柱用神喜忌何如,值得喜則為福,值所忌則為禍,更看制化用如何。
《五星指南》の旧注にいう:或いは天干に三個の相同の字出現し、或いは地支に三個の相同の字出現し、或いは納音に三種の相同の五行出現するは、倶に「三合聚集」と呼ぶ。たとえば乙丑年・乙酉月・丁巳時にして、天干に三個の乙有り、これを干三合と呼ぶ;またたとえば丙寅年・庚寅月・戊寅日・戊午時にして、地支に三個の寅有り、これを支三合と呼ぶ;さらにたとえば辛卯年の納音は木に属し、庚寅月の納音は木に属し、丙戌月の納音は土に属し、己亥時の納音は木に属し、三か所の納音は同じく木なり、これを納音三合と呼ぶ。取義は「一は二を生じ、二は三を生じ、三は万物を生ず」に在り、これは数満ちて盈(み)たるの意なり。ただし張楠の看るに依れば、この三個の格は皆四柱の用神の喜忌如何を看るを要す:喜ぶ所に碰上せば便ち福にして、忌む所に碰上せば便ち禍にして、さらに制化の用うべき有りや無しやを看るを要す。
福徳格
《統宗》云:陰土有三,己巳、己丑、己酉是也。四柱中不見丙丁寅午戌者為貴,歲運皆司,若得巳酉三合金局全局全者尤貴。若運行見寅午戌,則降官失財矣,是非不免,忌刑沖破害。詩曰:陰土逢蛇雞與牛,名為福德號貔貅。秀氣火來侵克破,須教名利一時休。
《星命綜宗》にいう:陰に属する土の日主に三個有り、即ち己巳・己丑・己酉これなり。四柱の中に丙・丁と寅・午・戌の火を見ざるを貴と為し、流年大運もまたこれに照らして看る;もし巳酉丑の三合金局を凑(あつ)め斉える能わば、那は即ちさらに貴し。たとい大運が寅午戌の火地に走り到れば、即ち職を降じ財を失い、是非もまた免かるる能わず;この格は併せて刑冲破害を忌む。配する所の詩にいう:陰土は巳(蛇)・酉(鶏)と丑(牛)とに遇えば、名づけて福徳にして貔貅(ひきゅう)と号す;一たび火の来りて侵克しこの一份の秀気を破れば、名利は便ち頓時に収場す。
陰火止有三曰,丁巳、丁酉、丁丑是也。四柱見財官旺位為貴,不要見沖。如運行卯位,別無與酉合支干者,當減財降官矣。如辰與酉合,申與巳合是也。詩曰:陰火相臨巳酉丑,生居酉月壽難長。更兼名利多成敗,破耗荒淫祿不昌。
陰に属する火の日主もまたただ三個のみ、即ち丁巳・丁酉・丁丑これなり。四柱に財官を見て旺位に処するを貴と為し、ただし冲せらるるを要せず。たとえば大運が卯位に走り到れば(卯は酉を冲す)、柱中にまた別に酉と相合する能う干支無くて解救せば、即ち財を損じ職を降ずるを要す。謂うところの相合して救うは、たとえば辰と酉と合し、申と巳と合する便ちこれなり。配する所の詩にいう:陰火の日主は巳酉丑に臨みて、もしまた酉月に生まれれば、寿数は長からんこと難し;これに加えて名利は多く成り多く敗れて、破耗荒淫にして禄気は旺ならず。
陰水有三曰,癸巳、癸酉、癸丑是也,即與飛天祿馬同。其月生在巳,名為月臨風,丑遙巳中戊土為官星,如有巳字填實,故成敗多矣。譬如盛物這器,空則容物,實則不能。詩曰:癸巳癸酉月臨風,名物遲延作事空。名利生成難有望,始知成敗若匆匆。
陰に属する水の日主に三個有り、即ち癸巳・癸酉・癸丑これなり、その理は「飛天禄馬」と相同じ。もし月支が巳に生まれれば、それを「月臨風」と呼ぶ;癸日は丑を用いて巳中の戊土を遥合して官星と作す、たとい柱中にすでに明白に一個の巳の字有りて虚位を填実せば、成敗は即ち多し。これは譬(たと)うに物を盛るの器皿、空なればこそ物を容るる能う、満ち装われば則ちさらに装い下ぐる能わず。配する所の詩にいう:癸巳・癸酉にして月臨風に逢えば、名分事物は倶に遅延して、事を作せば落空す;名利は本(もと)より指望有り難く、こそ知る成敗の来去は匆匆(そうそう)たるを。
陰金有三日,辛巳、辛酉、辛丑是也。四柱有丁火旺位,及寅午戌者,平生衣祿貧薄。若巳酉丑三合者妙,若遇丙丁則為官星,歲運亦然。值寅者卻為吉,乃天乙貴人也。詩曰:辛巳雞牛三位運,合作金局祿貴全。若遇丁火寅午戌,平生衣祿也熬煎。
陰に属する金の日主に三個有り、即ち辛巳・辛酉・辛丑これなり。四柱の中にもし丁火ありて旺位に処し、あるいは寅午戌の火局を見れば、一生の衣食禄位は即ち貧薄なり。能く巳酉丑の三合金局を凑め成せば最も妙なり。もし丙・丁火に遇えば、辛金にとって本(もと)官星にして、流年大運もまたこれに照らして論ず。寅の字に遇上するに至りてはかえって吉利にして、因るに寅は辛金の「天乙貴人」なればなり。配する所の詩にいう:辛巳と酉(鶏)・丑(牛)との三位は相運して、合して金局を成せば則ち禄と貴と倶に斉全す;もし丁火と寅午戌とに遇上せば、一生の衣禄は便ち煎熬を受くるを要す。
陰木有三曰,乙巳、乙酉、乙酉是也。不宜六月牛,在他月皆以另格斷之。蓋六月建耒,乃是木庫。乙干屬木,下帶金旺之地,金能克木故也。以下克上不吉。詩曰:陰木加臨丑酉蛇,生居六月暗諮磋。為官得祿難長久,縱有文章不足誇。《淵源》云:八月生人人短壽,後改為六月俱通。參考可也。
陰に属する木の日主に三個有り、即ち乙巳・乙酉・乙丑これなり。この格は六月の丑(牛)月に生まるるを宜とせず、別の月に生まるるは皆別に他格に按じてこれを断ずるを要す。因るに六月は未に建て、未は木の墓庫なり;乙干は木に属し、下面はまた金旺の地に坐して、金は能く木を克し、これは下をもって上を克す、ゆえに吉ならず。配する所の詩にいう:陰木の日主は丑・酉と巳(蛇)とに臨みて、もし六月に生まれれば便ちただ暗に嗟嘆するのみ;官を為し禄を得るも長久なり難く、たとい文章の才華有るとも夸るに足らず。《淵源》の一書にいう八月に生まるる人は短寿なり、後にまた改めて六月と為す、両説は倶に講じて通じて、参看すべし。
神趣八法
類象。丁卯 甲辰 甲寅 甲子。詩曰:春木支全寅卯辰。格符類象貴非輕。喜行坎地根深固。身強敵殺在庚辛。夫類象者,乃天地之一類也。如春生或甲乙天干,值志支寅卯辰全,無間斷破壞,謂之奪東方一片氣秀氣。怕引至時上,為死絕之鄉,謂之破了秀氣,運至死絕,即不吉兆。或得時上,或得年引至生旺,謂之秀氣加臨,十分吉兆。
第一法は「類象」と呼ぶ。挙げたる命造は丁卯・甲辰・甲寅・甲子。詩にいう:春の木にして地支は寅卯辰斉全すれば、格局は類象に符(あ)えり、貴気は軽からず;北方の坎水の運に走るを喜びて根基を深固ならしめ、身強の後に便ち能く庚辛金の七殺と抗衡す。謂うところの類象は、指すは全局が天地間の同一類の気に帰す。たとえば春天に生まれて、天干は甲乙木にして、地支はまた寅卯辰斉全して、中間に間断破壊無ければ、則ち東方の一片の秀気を独占すと呼ぶ。最も怕るるはこの一股の気が時柱に引き至られて死絶の郷に落ち入る、那は則ち秀気を破すと呼び、大運はさらに死絶の地に走り到れば、便ち吉兆にあらず。反対に、もし時柱あるいは年柱が能くそれを生旺の処に引き至らば、則ち秀気の加臨と呼び、十分の吉利の征兆なり。
更妙甲祿在寅,年透火丁,喜身強洩秀氣精英於火矣,故曰火明木秀曰主強,定作狀元郎。早行東方木運,實病其太強,而未遇涼劑,不遂宜矣。今遊坎地,根深蒂固,定作富貴之造,喜庚辛金劑蓋頭,必竺我先人蓋頭之說。身強而殺敵,衣紫及穿緋,木得金裁,廟廊宰輔。姑附此知者監訇獄之,以俟後驗雲。
この一造はさらに妙なるは甲木の禄が正に寅に在り、年干にまた丁火を透出して、日主は身強にして秀気の精英を火の上に泄す、ゆえにいう「火は明にして木は秀にして日主は強ければ、定めて状元郎を作さん」。早年に東方の木運に走りて、毛病は恰(あたか)も木がすでに太く強くして清涼の薬剤に遇わざるに在り、自ずから順遂ならず。如今は北方の坎水の地に行き到りて、水は能く木を生じて、根深く柢(ね)固し、必定是(これ)富貴の造;さらに庚辛金の運干の上に圧して調剤を作すを喜び、これは正に先人の謂う所の「蓋頭(がいとう)」の論に合す。身強にして能く七殺と相敵すれば、便ち紫袍を穿て緋衣を佩ぶ能う;木は金に裁削せられて材を成して、朝廷の宰輔を作す能う。ここに姑(しばら)く附記して、識者に審察評判せんを請い、日後の験証を留待す。
屬象。夫屬象者,乃天干甲乙生,值地支亥卯未全者都是也。從象。夫從象者,如甲乙日主無根,遇地支純金,謂之從金。若四柱純土,謂之從土。四柱純水,謂之從水。四柱純木,謂之從木,只有秀氣者吉,無秀氣者不吉。或天干再有甲乙字,或有根者不吉,其從木者,須得木旺乃吉,死絕地凶。
第二法は「属象」と呼ぶ:天干は甲・乙木にして、地支はまた亥卯未の三合が斉全するは、皆この一類に帰属し、全局の気は一家に同属す。第三法は「従象」と呼ぶ:甲・乙の日主が毫も根気無く、地支は清く一色の金なれば、則ち従金と呼ぶ;四柱が清く一色の土なれば、則ち従土と呼ぶ;清く一色の水なれば、則ち従水と呼ぶ;清く一色の木なれば、則ち従木と呼ぶ。従する所の一方に泄すべき秀気有るをこそ吉と為し、秀気無きは即ち吉ならず。たとい天干にまた甲・乙を冒出して身を帮け、あるいは日主が地支に根有れば、則ち吉ならず、根有れば便ち肯んじて真に従わざればなり。従木のに至りては、なお木気の旺盛を須(もち)いてこそ吉を算し、木の死絶の地に落ちれば即ち凶なり。
化象。夫化象者,如甲己生人,在辰戌丑未月,天干有一己字合甲字,謂之甲己化土。喜行火旺運,如見甲乙木生旺運化不成,反為不吉。八字中有二甲字,謂之爭合。有一乙字,謂之妒合。皆為破格。照象。昭象者,如丙曰巳午未年月曰,遇時上一位卯木,謂之火木相甚吉,如壬癸曰,申子辰全,遇時上有一位金,謂之金水相照,大吉。若年干有照者,亦吉也。返象。返象者,所謂值月令用神,引至時上一位為之絕鄉,謂之用而不用,皆為返運。返去太甚,則大不吉。
第四法は「化象」と呼ぶ:たとえば甲・己の両干が同じく現わるる人にして、辰・戌・丑・未のこの四個の土月に生まれ、天干に一個の己の字有りて甲の字を合住せば、則ち「甲己は土に化す」と呼ぶ。この種の命は火旺の運に走るを喜ぶ、火は能く土を生ずればなり。たとい甲・乙木の生旺の運に遇上せば、土は木に克せられて、化は即ち化して成らず、かえって不吉と為る。八字の中にもし両個の甲の字出現して一個の己を争えば、それを「争合」と呼ぶ;もし一個の乙の字出現して搀奪(さんだつ)せば、それを「妬合」と呼ぶ、両者は倶に破格と算す。第五法は「照象」と呼ぶ:たとえば丙火の日主にして、年月日の地支は巳・午・未の南方の一片の火なり、時柱上に一位の卯木に遇えば、則ち火木の相照すと呼び、甚だ吉なり;またたとえば壬・癸水の日主にして、地支は申子辰斉全し、時柱上に一位の金に遇えば、則ち金水の相照すと呼び、大吉なり。もしこの一顆の相照の神が年干に出現すれば、同じく吉利なり。第六法は「返象」と呼ぶ:月令上に本(もと)取り定めたる用神が、時柱に引き至られて絶地に落ち入るは、これを用いながら用いる能わずと呼び、倶に返運と算す。返ること太く甚しければ、則ち大いに不吉なり。
鬼象。鬼象者,乃秋生甲乙曰,地支純金,謂之鬼象。要行鬼生旺之運則吉,怕見至死絕鄉,又得身旺則不吉。伏象。伏象者,乃寅午戌三合全,又值五月生,逢壬曰而天干無丁字,壬水又無根,乃取午中之丁火,合壬水而伏之,所謂伏象。運至水火之守衛皆吉,只愁水旺之鄉不利也。
第七法は「鬼象」と呼ぶ:甲・乙木の日主が秋天に生まれて、地支は清く一色の金なれば、金は木を克して便ち鬼象と呼ぶ。この種の命は鬼(金)の生旺の運に走るを要してこそ吉なり、金の死絶の郷に走り到るを怕る;もし日主がかえって転じて身旺と為りて鬼と相争えば、また吉ならず。第八法は「伏象」と呼ぶ:地支は寅午戌の三合火局が斉全し、また五月に生まれて、日主は壬水にして天干に丁の字を見ず、壬水それ自身もまた根無くして、ここにおいて午中に蔵する丁火を取りて壬水を合住してそれを伏住す、これを伏象と呼ぶ。大運が水火の交守する地に走り到れば倶に吉なり、ただ愁うは水旺の郷に走り入れば、那は即ち利ならず。
大運を論ず
夫大運者,就月上起。譬之樹苗,樹之見苗則名。月之用神,則知其格,故謂交運。如同接木然,論命有根苗化實者,正合此意,豈不宜哉。或甲乙得寅卯運,名曰動劫財敗財,主克父乃克妻破財爭鬥之事。行丙丁巳午運,主吉慶增產。辰戌丑未戊己財運,主名皆通。此乃死法譬喻,須隨格局喜忌推之,其驗如神,不宜與太歲相剋,若歲沖運又吉,運沖歲則甚不利,歲運相生者吉,宜細推無不應驗。
大運は月柱上より起りて排す。これは譬(たと)うに樹と苗とのごとし:苗を見てこそ何の樹なるかを知る;月令の用神を看清してこそ、命は何の格なるかを知る、ゆえに「交運」と呼ぶ。交運は接木するがごときにして、命を論ずるに「根・苗・花・実」の四柱の層層に相生するを講究し、正にこの意に合す、あに恰当ならずや。例を挙げて言えば、甲・乙木の日主が寅・卯の運に行き到れば、寅卯はそれの比劫にして、「劫財を動かし財を敗す」と名づけ、父を克し妻を克し、また財を破り争闘の事を主す。同じく甲乙の日主が丙・丁・巳・午の食傷の運に行き到れば、喜慶の門に臨み家業は増益すを主す;辰戌丑未と戊己の財運に行き到れば、則ち名利は両通す。ただしこれらは倶に例を挙げたるの死法にして、実際の推断は必ず各人の格局の喜忌に随いて往きて看るを須い、かくのごとくしてこそ霊験は神のごとし。これ以外に大運は太歳と相克するを宜とせず:流年が大運を冲するはなお吉を算し、大運が流年を冲するは則ち甚だ不利;歳と運とが彼此相生するを吉と為す。ただ細やかに推求すれば、応験せざる無し。
太歳を論ず
太歲,乃天中天子,甚不可犯之,若犯之則凶,雲日犯歲君,災殃必重,五行有救,其年反必為財,如甲日見戊土太歲是也。克重者死,甲乙生寅卯亥未日時,犯克歲君,決死無疑。有救則吉。大抵太歲不可傷之,犯歲者其年必主凶喪,是下犯上之意。如以勾絞、死亡、咸池、宅墓、病符、死符、白虎、羊刃諸殺推之,干不克歲,尤防運克歲,亦如此不利,倘有貴人祿馬化之則吉也。
太歳は譬(たと)うに天上の天子のごとく、最も冒犯すべからず、一たび犯せば即ち凶なり。ゆえにいう「日干が歳君を冲犯すれば、災殃は必定として沈重なり」。もし五行の中にまた別に救応有れば、この年はかえって財を得る能う、たとえば甲木の日主が戊土の太歳に遇上するは、戊土は正に甲の財星にして、即ちこの類に属す。克すること太く重きは死す:甲・乙木の日主が寅・卯・亥・未のこれらの日時に生まれ、木気は極旺にして往きて歳君を克犯すれば、必死として疑い無し;もし救応有れば、則ち転じて吉と為る。大体に太歳は損傷すべからず、太歳を冲犯する人は、その年は必ず凶喪の事を主す、これは下をもって上を犯すの意なればなり。もしさらに勾絞・死亡・咸池・宅墓・病符・死符・白虎・羊刃のこれらの神煞と配合して一同に推算せば、凶意はさらに明らかなり。ただ日干が歳を克すべからざるのみならず、尤も防ぐべきは大運の往きて歳を克する、那はまた同じく不利なり。たとい命中に貴人・禄馬のたぐい有りて化解する能わば、則ち転じて吉と為る。
格局の生死を認(みと)むるの歌
夫格局,皆自有定論,今略具而述之。印綬見財行財運,又見死絕入黃泉。如柱比肩,庶幾有解。正官見殺及傷官刑沖破害,歲運相併必死,正財偏財見比肩分奪,又見歲運沖合必死。傷官之格,財旺身弱,官殺重見,混雜沖刃,歲運又見必死。拱祿拱貴,刑沖填實,及曰祿歸時,見七煞官星者必死。其餘諸格,並忌煞及填實,歲運並臨,此亦具其大概而言,一不可拘,二須敢斷。
各种の格局の成敗生死は、前人は皆定説有り、ここに略その要を挙ぐ。「印綬格」は最も財を見るを忌み、もし原局にすでに財星有りて大運がまた財郷に走り、さらに日主の死絶の地に逢えば、即ち命は黄泉に入るを要す;たとい柱中に比肩有りて日主の為に財勢を分担せば、なお差(い)ほど解救す可し。「正官格」は七殺の混雑するを見るを怕り、また傷官の来りて官星を傷るを怕り、これに刑冲破害を加え、流年大運は一斉に凑り到れば、必死なり。「正財」「偏財」の格は比肩の来りて分奪するを見るを怕り、もし流年大運がまた来りて財星を冲合せば、また必死なり。「傷官格」はもし財旺にして日主は衰弱し、また官殺は重ねて見えて彼此混雑し、なお羊刃を冲动すれば、流年大運はさらに来りて凑合せば、必死なり。「拱禄」「拱貴」の両格はもし刑冲せられ、あるいは実字に虚位を填め満たされ;および「日禄帰時格」はもし七殺・官星を見れば、また必死なり。其余の各种の格局は、一概に七殺と填実とを忌諱し、尤も怕るるは流年大運の同時に圧り到る。以上はただその大概を挙ぐるに過ぎず:一来に死して成規を守るべからず、二来に事に臨みてまた敢えて断語を下すを須す。
五星論
金星論
夫金者,西方白帝之神,金天氏執矩司事。張晏曰:“金為義,義者成。成者方,方矩行。收劍之令,主肅殺之權,執性堅剛。春月見之,性柔體弱,常用日時坐命處,以生旺助其柔性,見木多則反成銼志,謂春乃青帝行權,木神用事,更加木盛,則金治之無力,所謂執力小,而不能負重也。”
金は、西方の白帝の神にして、少昊金天氏が矩尺を執掌して事を司どる。張晏がいう:金は五常の中に「義」に属し、義は成就を主り、成就の物は方正にして、方正なれば即ち矩を用いて度量するを要す;金は収斂の令を行い、粛殺の権を掌り、秉性は堅硬剛強なり。金はもし春月に見えば、性情は柔弱にして形体は単薄にして、通例は日柱時柱の坐する処に依りて生を得旺を得て、それのこの一份の柔弱を扶助するを要す;この時もし木多きを見れば、かえってそれの志気を挫傷す。因るに春天は青帝の権に当たり木神の用事する時にして、これに加えて木盛なれば、金は即ち木を治するに力無く、正に謂う所の能力は小にして重担を担う能わざるなり。
《五行大論》曰:水近木遠,克其無門。火多則溫其性,煉其形,謂在春月,尚有餘寒之氣,而其本性,正居柔之中,當貴乎火之暖氣也。水多則其性愈寒,其力愈熾。謂在春月性柔體弱,加以水增其寒勢,不能施鋒銳,然則惡乎水盛也。金見乃助其形,若無火徒加金鐵,反為無用失類之狀。然則金能助形,又見火以煉之,土厚養其性,助其形,治其水,得其體白形剛,設使土盛亦不利焉,謂春月乃木旺時,土散塵飛,厚而不寒,當喜水去矣。
《五行大論》にいう:水は近処に在りて木は遠処に在れば、金は即ちその克伐を施展するに門無し。春月の金はもし火多きを見れば、火は能くその性情を温暖しその形質を鍛錬す;因るに春天はなお余寒の気を留めて、しかして金の本性は正に柔弱の中に居り、最も火の暖気を貴び需(もと)む。反対に、水多ければ則ち金性は愈(いよいよ)寒冷にして、寒勢は愈々張揚す;春月の金は本(もと)より性柔く体弱くして、さらに水の来りて寒気を助長するを加えれば、即ち鋒鋭の気を施展し出だす能わず、ゆえに最も水盛を悪(にく)む。春月の金はもし同類の金を見れば、それの形体を壮大するを帮く能う;ただしもし火の来りて鍛錬する無くして、ただ一味に鉄を添え金を加うれば、かえって廃物と成りて、本類の用処を失う。ゆえに既に金の来りて形を助くを要し、また火の来りて鍛錬するを要す。土厚ければ能く金性を涵養し金形を帮助し、また能く水を制住して、金体をして潔白にして形質は剛強ならしむ。ただし土はもし太く盛なるもまた好からず:春月は正に木旺に当たりて、土は木に克せられて散乱して塵のごとく、たとい厚きとも寒を蔵する能わず、この時はかえって水の来りて浮土を冲り去るを喜ぶべし。
夏月之金,性尚在柔,未執方,猶嫌死絕,貴乎旺相,見木助火,傷形克體,謂夏月乃赤帝行權,火神用事,當是木槁,無形並遇其火,則火性愈猛,故為傷形克體。若以見火多,卻為不厭,性溫體泣潤肌膚,土盛火暴,執方不能自化,展轉無剛革之威。時當夏月,土多則成滯金。助體剛形飭自立,時有當權火氣,出乎自然變化也。
夏月の金は、性情はなお柔軟にして、未だ定型して方を執らず、最も死絶の地に落ち入るを嫌い、旺を得相を得るを貴ぶ。この時もし木の来りて火を助くを見れば、即ちその形を傷りその体を克するを会す;因るに夏天は赤帝の権に当たり火神の用事する時にして、木はすでに枯槁し、一たび火に遇えば、火性はさらに猛く、ゆえにいう形を傷り体を克すと。たといただ火多くして木の助くる無ければ、却って太く厭うべきにあらず、火は能くその性を温めその肌膚を潤す。ただし土盛にして火はまた暴烈なれば、金は埋住せられて自行して変化する能わず、展転の間に剛強変革の威勢無し。夏月に土多ければ、金は便ち滞塞して通ぜず;ただ金体を帮扶して形質を剛整にして自立する能わしめ、さらに当令の火気に順いて往きて調剤すれば、こそ自然なる変化の道なり。
秋日秋金當權乘勝,經曰金氣肅而雕萬物,木多則反傷斧斤。謂秋乃白帝行權,金神用事,時雖木死,琢之不難,謂有取而轉進退,則反費精神。“《五行大論》云:”猶石鼯之畏貪,若靈龜之曳尾,金多愈剛,剛而必折,謂乃本性本權,更加本形相助,失乎旺,旺則極,極則反於造物不耐扶。
秋天に到りては、金は権に当たり勢を得。経書にいう金気は粛殺して万物を凋落せしむ;この時木はもし太く多ければ、かえって斧斤の刃を損傷す。因るに秋天は白帝の権に当たり金神の用事する時にして、木はたといすでに凋死すとも、砍削するは難からず、ただ取舎進退の間に反覆して斟酌するを要し、かえって精神を白費す。《五行大論》にいう:これは譬(たと)うに石鼠が多きを貪りてかえってその害を受く、霊亀が尾を曳いて自ら泥途に陥るがごとし。金はさらに多ければ愈々剛硬にして、剛は極処に到れば必定として折れり;因るに秋金は本(もと)より権に当たり性を得て、また同類の相助するを加えれば、則ち中和の旺を失い——旺は極点に到れば便ち極にして、極なれば則ち物は極まりて必ず反す、造化もまた扶持する能わず。
若琉璃火盛,可以成形,謂時當暴亂,須用物以制其暴性,性肅則形成,形成則可施鋒銳,有鋒銳可施,收斂之功,水潤體光,水白金清,精神銳秀,執性不剛。物無反惡,土盛生金,其性愈隆。物能稼穡,形成所執,物有所成。
この時もし炉火が熊熊として盛なれば、かえって能く金を鍛じて器形を成さしむ。即ち言うは金性は正に暴烈の際に当たりて、必ず他物を借りてこの一份の暴性を制約するを須い;性情は一たび粛なれば形質は便ち成り、形質はすでに成れば、鋒刃はこそ施すべき処有りて、鋒刃に用有れば、収斂の功もまた効を見る。もし水を得て来りて滋潤すれば、金体は便ち光沢有り、水は清にして金は白く、精神は鋭利秀发にして、秉性もまた一味の剛硬ならずして、万物は則ちそれに因りてかえってその害を受けざるなり。土盛なれば能く金を生じて、金性をして愈々隆厚ならしむ;土は能く稼穡して物を養い、金形はすでに成りて各々その執る所有りて、万物はここにおいて各々成る所有り。
冬月之金,形寒性冷,水秀金柔,木多不能琢削之功,反成無用。水盛則金氣愈寒,謂冬月乃黑帝行權,水神用事,加之以水,則金寒水冷,不能執化。火多性溫體健。物當成器,鋒銳可施,時隆財相,金見聚氣,則形微氣盛也,土多制水生金,生不寒,體不懦,加之火助土厚,則子母俱有成物之功,可以成剛,可以成銳,吉無用不利也。”
冬月の金は、形体は寒冷にして性情は陰涼なり;水はたとい秀美なれどしかし金をして愈々柔ならしめ、この時木はさらに多くとも、金は砍削し往くの力气無く、かえって无用の物と成る。水盛なれば則ち金気は愈々寒く、因るに冬天は黒帝の権に当たり水神の用事する時にして、さらに水を添え上げれば、便ち金は寒に水は冷にして、変化を執掌する能わず。もし火多ければ、則ち金性は温を得体質は強健にして、正に器を成すべく、鋒刃は施展すべし。この時財星は隆盛にして相気は時を得て、金は聚斂の気を見れば、形体は微弱なるといえども気勢は旺盛なり。土多ければ能く水を制しまた能く金を生じて、生じて寒からず体質は弱からず;さらに火の来りて土を助けて厚からしむるを加えれば、那(な)れば土は母に金は子にして、母子は倶に万物を成就するの功有り:練りて剛を成す能う、磨きて鋭を成す能う、往きて利ならざる無し。
木星論
夫木者,東方清帝之神,庖羲氏執規司事。張晏曰:“木為仁,仁者生,生曰員,故曰規,行生泰之權,持華秀之令,春月得之漸有生長之象。孟春之令,猶有微寒,當用火以溫暖,則木無盤屈之拘,當有舒泰之美。才當春木,陽壯物渴,藉水資扶,益加秀茂,夏月之木,根燥葉乾,盤而且直,屈而已伸,水滋其形,而無稿巧。水病水死,救之無功,水生水旺,滋之有力。蓋謂蟀不能救旺中之鬼也。”又云:勺水不能生木,然用生旺,金多木能成器,時當赤帝行權,土養無水潤成其木也。
木は、東方の青帝の神にして、伏羲氏が円規を執掌して事を司どる。張晏がいう:木は五常の中に「仁」に属し、仁は生長を主り、生長の物は形は円(まる)く、ゆえに規を用いて度量す;木は生発通泰の令を行い、花繁葉秀の権を掌る。春月に生まるるの木は、漸々に生長の象を顕出す。ただし孟春の時節はなお微寒を帯びて、まさに火を用いて温暖すべく、木はこそ蜷曲して拘を受けざるを得て、舒展通泰の美有らん。春意が正に濃くするに及んで、陽気は壮盛にして万物は乾渇し、即ち水を借りて資助扶持するを要し、木はこそ愈々秀麗茂盛す。夏月の木は、根は燥に葉は枯れ、たとい盤曲すともなお能く挺直し、たとい屈抑すとも終に伸展を得、この時は必ず水の来りてその形体を滋潤する有るを須い、こそ枯槁して巧を失わざらん。しかるに水はもし病・死の地に処すれば、来りて救うも功効無し;水はもし生・旺の地に処すれば、滋潤し起してこそ力量有り。これは即ち言うは一点の残余の力は旺極の中の禍患を救う能わざるなり。またいう:一勺の水は木を生ずる能わず、必ず水それ自身が生を得旺を得るを須い。夏月に金多ければ、かえって能く木を琢りて器物を成さしむ;因るにこの時は赤帝が権に当たりて、もしただ土の来りて培養するのみ有りて水の往きて滋潤する無ければ、またこの一棵の木を養い成す能わざればなり。
木助木以成林,徒逞鬱鬱之觀,終無結果之成。若居夏季,見金相成,時乃金相,得之已成形,謂金相能施功,可成琢削之象。秋月木氣漸寒冷,木漸凋敗。初秋之時,火勢未衰,猶喜東木以相資。仲秋謂木之到秋中,果已成實,葉以凋零,當用金以琢之,乃成物狀。秋深近冬,漸漸嚴氣,畏之以水,見水愈寒,喜之以火,見火溫暖,木併成林,則上乘而下滅,謂秋木成林。上乘者而禽歸之棲也,下滅者百草不能生也。
夏月にもし一味に木をもって木を助けて樹林を長成せば、ただ徒らに一片の郁郁葱葱の観瞻を逞しうするに過ぎず、終に果実を結出する能わず。たとい夏末の季月に生まれて、金の来りて相成就するを見れば好し:この時金は「相」の地位に処して、木はすでに成形し、金は能く砍削の功を施展して、能く木を琢りて器物を成す能う。秋月に到れば、木気は漸々寒冷にして、樹木は逐步に凋敗す。初秋の時は火勢はなお衰退せず、なお旧(もと)より東方の木の来りて火勢を資助するを喜ぶ。仲秋は木が秋天の正中に到るにして、果実はすでに結成し、葉子は凋零し始む、この時はまさに金を用いて砍削すべく、こそ有用の器と為る能う。秋深くして冬に近ければ、粛殺厳寒の気は漸々生じ、木は最も水を怕り——水を見れば即ちさらに寒く;しかして火を喜び——火を見ればこそ温暖す。この時衆木は連なりて一片の樹林を成せば、便ち上頭は繁盛にして下頭は滅絶す:謂うところの上頭の繁盛は、言うは飛鳥は倶に帰り来たりて棲息す;謂うところの下頭の滅絶は、言うは林下の百草はさらに長じ出ずる能わず。
冬月物藏伏時,起已歸根,用多土以掩之,則根深蒂固,水多氣冷,根損形亡,謂當時黑帝行權,水神用事,正冰霜欲結,更加之以水。則根不能存,形必亡也。火見交加,卻謂濟物,謂冬氣已寒,得火成溫暖之氣,則木之根莖,吾知其無冷損之害,可以濟物,喻如寒木向陽也”。
冬月は万物が潜蔵蟄伏するの時候にして、生機はすでに根部に收回せり、この時はまさに厚土を用いてそれを掩護し起して、こそ根深く柢固からん。水はもし太く多ければ則ち気候は寒冷にして、根は損を受け形体は消亡す;因るに冬天は黒帝の権に当たり水神の用事する時にして、正に冰霜は結ばんと将(まさ)にす、さらに水を添え上げれば、根は即ち保つ能わずして、形体は必定として衰亡す。反対にもし火の来りて交加する有れば、却って能く万物を救助す:冬気はすでに寒く、火を得て温暖の気を生ぜば、木の根莖は便ち寒冷の侵損を遭わざる能う、能く物を済(たす)く。これは即ち譬(たと)うに寒天の樹木が陽光に向かうがごとし。
水星論
夫水者,北方黑帝之神,高陽氏執權司事。張晏曰:“水為智,智者謀,謀者重,故曰權。行嚴凝之令,主殺物之權。執性不定,決諸東則東流,決諸西則西流。春月之水,性濫滔淫,加之以水,更逢生旺,必有崩堤潰岸之勢。經曰:滔滔不止,必有自溺之憂,喜逢土止,而無氾濫之患。
水は、北方の黒帝の神にして、顓頊高陽氏が秤錘を執掌して事を司どる。張晏がいう:水は五常の中に「智」に属し、智は謀划を主り、謀划は穏重を貴ぶ、ゆえに権(秤錘)を用いて比擬す;水は厳寒凝冱の令を行い、粛殺万物の権を掌る。その性情は最も固定せず、東に決口すれば即ち東に流れ、西に決口すれば即ち西に流る。春月の水は、性情は泛滥して恣肆にして、もしさらに水を添え、また生旺の地に逢えば、必ず堤岸を冲き潰すの勢有り。経書にいう:滔滔として止まざるの水は、必ず自溺の憂有り。ゆえに春水は土の来りて堤防阻止するに遇うを喜びて、こそ泛滥の患無からん。
夏月之水,執性歸源,時當涸際,而無氾濫之患。謂夏乃赤帝主權,日炎物燥,當用水潤,到此之時,若施一滴之功,可澤十里之潤,貴乎水助也。秋月之水,母旺子相,表裡光瑩,遇金助則子母俱和,而金白水清。謂秋金旺,金能生水,則水更遇相會,則曰子母和會,而金白水清也。冬月之水。其形得地,其勢得時,火氣減而寒氣增,大寒凜凜,不結冰凝,水本不死,水結冰凝,而曰死也。遇火則增暖減寒,而性狀不凝不結,謂冬水勢寒,更加水則愈冷,惟喜在於火木也。”
夏月の水は、性情は収斂して本源に帰回し、時は涸渇の際に値(あた)りて、自ずから泛滥の憂慮無し。因るに夏天は赤帝が権を主りて、日頭は炎熱にして万物は乾燥し、正に水の滋潤を需(もと)む;この時候に到りては、たとい一滴の水を施すとも、能く十里を沢被(たくひ)す、ゆえに水の相助する有るを貴ぶ。秋月の水は、母(金)は旺にして子(水)は相にして、表裡は倶に瑩澈して光を発す;さらに金の来りて相助するに遇えば、母子は倶に和して、便ち「金は白く水は清し」。因るに秋天は金旺にして、金は能く水を生じ、水はまた相気に逢いて会合す、ゆえにそれを子母和会・金白水清と呼ぶ。冬月の水は、形体は地を得て気勢は時を得。ここに火気は衰減して寒気は増長し、大寒は凛凛たり;もしなお氷を結び凝らざれば、水の本性は即ち死せず、一たび凝結して氷を成せば、則ちそれを死と呼ぶ。火に遇えば便ち暖を添え寒を去りて、性状は凝らず結ばず。要するに冬水は勢は本(もと)寒冷にして、さらに水を添えればただいよいよ冷なるのみ、ゆえにそれの唯一の喜ぶ所は火と木とに在り——火はその寒を解き、木はその勢を泄す。
火星論
夫火者,南方赤帝之神,神農氏執衡司事。張晏曰:“火為禮,禮者齊,齊者平,故曰衡。行炎陽之令,主成齊之權。生當春月,母旺子相,勢力並行,加以聲旺損物損身,得以死絕。明晦繼傳,見木則愈加輝煌,抱新救火,則火勢增炎。夏月之火,執力行權,輝煌則失之易滅,掩藏則可以無殃,見休囚,乃曰成功不退,逢生旺,謂之不息,炎炎火減其勢,終無自焚之咎。木助其炎,必主夭折。逢金無水,難成造物之功,有水有金,必作良工之巧。
火は、南方の赤帝の神にして、神農氏が秤杆を執掌して事を司どる。張晏がいう:火は五常の中に「礼」に属し、礼は斉整を主り、斉整なれば則ち平正にして、ゆえに衡(秤杆)を用いて比擬す;火は炎陽の令を行い、成就整粛の権を掌る。火は春月に生まれて、母(木)は旺にして子(火)は相にして、勢力は一同に運行す;もしさらに声勢の過旺を加えれば、かえって物を損いまた自身を損う、死絶の地を得て来りてそれを収斂するを須い。明と暗とは交替して相承け、木を見れば則ち愈々輝煌す;柴薪を抱きて往きて火を救えば、火勢はただいよいよ炎烈す。夏月の火は、正に権に当たり力を得。それは太く輝煌なるはかえって熄灭し易く、稍(やや)掩蔵すれば却って災無き能う。休囚の地に遇うは、それを「成功にして退かず」と呼ぶ;生旺の地に碰上するは、それを「熾盛にして息まず」と呼ぶ。炎炎の烈火はその気勢を削減するを要して、こそ終に自焚の禍無からん。もしさらに木の来りて火焰を助長する有れば、必ず夭折を主す。夏火はもしただ金に逢いて水無ければ、造化の功を成す能わず;すでに水有りてまた金有れば、水火は既済にして金は鍛錬を得て、必ず能く巧匠の器を作さん。
秋月之火,性息體休,終歸晦地,見生旺又似東行,逢死絕愈增晦味。木助其體,晦而復明,土閉其形,內明外暗,土木或加,光而且曄,晦而且明,謂秋火本晦,若見生旺,又加太陽東出之光,且死絕失之本暗。喜木生,惡土掩。若有土更有木,又為喜。冬月之火,鬼旺身衰,韜光晦跡,暑氣絕而寒氣增,惡死絕而好生旺。遇木生則照而無晦,逢水愈減其光,謂冬月寒氣增,則火死。得木生,因之以成形。金多返慮旺成為昌,謂火死難以施力,不利見金也”
秋月の火は、性情は止息し形体は休歇し、終に帰して晦暗の地に至るを要す。もし生旺の処を見れば、また太陽の東昇するがごとく重ねて亮起す;もし死絶の地に碰上せば、晦暗の味道は即ちさらに重し。木の来りてその形体を帮扶する有れば、即ち暗より転じて明に;土の来りてその形体を閉塞する有れば、即ち外面は昏暗にして内裡は明亮なり。土と木とはもし一同に加え上げ来れば、かえって既に光りてまた亮(あき)らかに、既に暗くしてまた明なり。要するに秋火は本(もと)より暗に偏す、もし生旺を見れば、さらに一輪の東出の太陽の光を加うるに等し;もし死絶に落ちれば、即ち本来の昏暗に失す。ゆえに秋火は木の来りて生ずるを喜び、土の来りて掩うを厭う;もし既に土有りてまた木有れば、那はまた転じて喜ぶべし。冬月の火は、我を克する水(鬼)は正に旺にして自身は衰弱にして、ただ韜光晦迹して蹤跡を隠蔵する能うのみ。この時暑気は断絶して寒気は増長し、ゆえに最も死絶の地を厭い、最も生旺の郷を喜ぶ。木に遇いて生ぜられれば、即ち照耀して晦暗に至らず;水に遇えば則ち愈々その光芒を削減す。因るに冬月は寒気は一たび増せば、火は便ち死地に処す;木を得て相生して、こそそれに因りて形を成す能う。金多きに至りては、かえって顧慮するを要す:金は火の財にして、火はすでに衰死して、金を克して財を取るに力無く、財旺はかえって負担を成す、ゆえに冬火は金を見るに利ならず。
土星論
夫土者,中央黃帝氏之神,軒轅氏執繩司事。張晏曰:“土為信,信者誠,誠者直,故曰繩。居五行之中,行負戴之令,主養育之權。三才五行。皆不可失。得高下而居位,居四季而有功,金得之鋒銳愈剛,火得之光明照燭,木得之英華越秀,水得濫波不泛,土得之稼穡豐隆。旺之不息,必能為山,散之不聚,必能為地,用之無窮,生之罔極,土之謂也”。
土は、中央の黄帝の神にして、軒轅氏が縄墨を執掌して事を司どる。張晏がいう:土は五常の中に「信」に属し、信は誠実を主り、誠実なれば則ち正直にして、ゆえに縄墨を用いて比擬す。土は五行の正中に居りて、負載承托の令を行い、養育万物の権を掌る;天地人の三才と五行とは、皆それを欠くべからず。土は高き処に処りても低き処に処りてもその位に安く、四季の末月に旺を寄せて各々功用有り:金はそれを得て、鋒刃は愈々剛利に;火はそれを得て、光明は能く物を照燭し;木はそれを得て、花葉はいよいよ秀美に;水はそれを得て、泛滥の波涛はさらに横流せず;土はそれ自身にてそれを得れば、則ち稼穡は豊隆なり。土は旺盛にして積聚すること止まざれば、必ず能く高山を堆成し;散開して凝聚せざれば、必ず能く大地を鋪成す。之を用いて尽きず、之を生じて窮まらず、謂う所は土なり。
金不換看命縄尺
財官旺而日主弱,運行身旺最為奇。日主旺而財官弱,運行財鄉名利馳。身旺比劫重,損財又傷妻。比劫逢梟食,妻遭產裡危。逢官官入墓,父死他鄉土,支干官鬼眾,兄弟最難為。傷官四柱見,伯道老無兒。地支純財局,大富大貴不須疑。若行官旺運,納粟奏名賢。去官留殺者,威顯在邊夷。財旺暗生官,用賄求名利,棄印就財者,子立整根基。偏印反傷官,女人最須忌。刑夫並害子,孤自守孤幃。
財官は旺盛にして日主は衰弱なるは、大運が身旺の地に走り到るを最も奇妙と為す。日主は旺盛にして財官は衰弱なるは、大運が財郷に走り到れば便ち名利は飛馳す。身旺にして比肩劫財また重ければ、既に財を損いまた妻を傷る。比劫の外にさらに梟神の食を奪うに逢えば、妻子は臨産の危有り。官星に遇いて官星が墓に入るは、父は他郷に客死す。地支天干に官鬼は衆多なれば、兄弟は最も保全し難し。四柱の中に処々に傷官を見るは、晋朝の鄧伯道のごとく老いて児無し。地支が純粋の財局を合成せば、大富大貴は疑うを須せず。財局はすでに成りて、もしさらに官旺の運に行かば、便ち粟米を捐納して賢良の名声を得る能う。命中に正官を去り単に七殺を留めるは、威名は辺疆異域に顕赫す。財旺にして暗に官星を生出するは、財貨に靠りて往きて功名を求取す。印綬を舎棄して財星に就くは、子孫は能く門戸を立て家業の基礎を整頓す。「偏印」(梟神)がかえって傷官を傷るに至りては、これは女命の最も忌諱するを須す:既に夫を刑克しまた子女を妨害し、孤零零として空帏を独守するのみ。
傷官見官者,運喜入財地。名標龍虎榜,身到鳳凰池。比劫偏印格,傷官受剋制。侄男為親嗣,義女為偏妻。偏官制伏過,僧道守閒居。財多身弱者,溺水及漂尸。身旺而敵殺,衣紫及穿緋。虛邀並暗拱,早歲步雲梯。夾貴並六合,陶朱堪足擬。得一分三格,前賢皆掩蔽。此術莫輕傳,洩漏天之機。
傷官格にしてまた官星を見るは、大運は財地に走り入るを喜びて、財をして往きて通関化解せしめ、かくして便ち龍虎榜に名列し鳳凰池に身入る能う。比劫と偏印とが権に当たりて、傷官は克制を受くるは、多くは姪児をもって香火を承継し、義女を收りて偏房を作す。「偏官」(七殺)が制伏せられて太く頭を過ぐるは、ただ僧道を為して閑居して日を度るのみ。財多くして身弱の人は、往々にして溺水漂尸の厄有り。身旺にして能く七殺と相抗するは、則ち紫袍を穿て緋衣を佩びて顕貴す。虚位の相邀い暗に夾拱するの格局は、年紀は軽くして便ち雲梯に歩上する能う。地支が貴人を夾めてまた六合に逢うは、富は陶朱公に比す可し。能くこの幾條を三等の格局に分辨し出だすは、前代の賢人をさえ相形見絀せしむ。这套の方法は軽々しく人に傳うなかれ、怕るるは天機を泄漏するなり。
金不換骨髓歌断
甲日子提為印綬,順行不似逆行高。官多殺盛東為美,午未相逢總徒勞。陽木天元值丑提,分明大運喜東西。發財發福多榮達,午未之中亦不宜。甲木生東值孟春,財多殺重定超群。順行火地多難顯,逆走終為富貴人。
甲木の日主が子月に生まれ、子中の癸水はその「正印」にして、大運は順行するは逆行するに如かず高し。命中に官多く殺盛なるは、東方の比劫の地に走るをこそ好し、能く身を帮けて殺を敵すればなり;もし午・未の火地に碰上せば、気を泄して功無くして、総じて白費なり。甲木が丑月に生まれ、丑は雑気にして、大運は明白に東方と西方とに走るを喜ぶ——東方は身を帮け西方は財官を取る;かくして便ち財を発し福を発し、榮顯通達する能う、ただ午未の火地はなお旧(もと)より宜ならず。甲木が孟春の寅月に生まれ、身旺にして禄を得、命裡にもし財多く殺重ければ、かえって定めて衆に出ずる能う;この時大運が順行して南方の火地に到れば、気を泄すること太く甚だしくして顕達し難く、逆行して東北の地に回れば、終に富貴の人と為る。
陽木春生值卯提,柱中有殺最為奇。不拘逆順東南地,申酉相逢反不宜。甲木辰提喜有官,逆行東地弗為歡。順行南地多顛倒,除是根深富貴看。陽木根深在巳月,柱中財殺喜相逢。逆行早歲聲名顯,順行須防夭壽終。
甲木が仲春の卯月に生まれ、羊刃は権に当たりて、柱中に七殺有りて刃を制するを最も奇特と為す;この時は順行を拘らず逆行を拘らず、東方南方に走るは倶に可なり、ただ申・酉の金旺の地に碰上するをば、殺重くして身は摇れ、かえって宜ならず。甲木が辰月に生まれ、辰中に乙木の余気有りて、柱中に官星を透出するを喜ぶ;大運は逆行して東方の比劫の地に回れば即ち喜ぶに足らず、順行して南方の火地に到ればまた顛倒多し——ただ日主の根基が深厚ならざるに非ざれば、こそ富貴に按じて看る可し。甲木が巳月に生まれて根基が深厚なれば、柱中に財星七殺の相逢うを見るを喜ぶ;大運は逆行すれば則ち早年に声名は顕揚し、順行すればかえって夭折して寿を損ずるを提防するを要す。
甲木日干居午月,傷官木火喜生財。順行怕入西方運,東北行來更妙哉。陽木有根生六月,財官有氣福非常。逆行最喜東方運,惟恐初生壽不長。甲木無根值孟秋,財多殺旺恨身柔。運行順地遲方好,逆運須防夭更休。
甲木の日主が午月に生まれ、これは木火の「傷官」の格にして、傷官を用いて往きて財を生ずるを喜ぶ;大運は順行して西方の金地に入るを怕り、傷官が官殺を見れば則ち禍を生ずればなり、もし東北方に往きて走ればかえってさらに妙なり。甲木が六月の未土に生まれて本身に根有るは、財星官星は倶に気有りて、福分は非常なり;大運は逆行して東方の帮身の地に走るを最も喜ぶ、ただ怕るるは初生の時に身弱にして寿短ならん。甲木が孟秋の申月に生まれて毫も根気無ければ、財多く殺旺にして、最も恨むは自身の柔弱なり;大運は順行するはたとい遲きも好し、もし逆行すれば則ち夭折して命を殞するを提防するを要す。
甲木酉提用正官,順行坎地必成歡。逆轉南離官被制,須知祿盡見閻王。甲木戌提用財官,順運東南福更寬。若得柱中逢亥未,逆行名姓達金鸞。甲木生元值亥提,柱中有殺更為奇。中年最喜東方運,午未之中數不齊。
甲木が酉月に生まれ、酉中の辛金はその「正官」にして、官を用いて格と為す;大運は順行して北方の坎水の地に到れば、官印は相生して、必然として喜ぶべし。もし逆行して南方の離火に到れば、火は来りて金を克し官星は制伏せられて、那は即ち禄気は用い尽きて、性命は保ち難し。甲木が戌月に生まれ、戌中の戊土は財に辛金は官にして、財官を取りて用と為す;大運は順行して東南に到れば、福気はさらに寬し。もし柱中にまた亥・未に逢い木と相会して局を成せば、日主は根有りて、逆行するもまた能く功名を金鑾殿上に顕達す。甲木が亥月に生まれ、亥水は身を生じて印と為し、柱中にもし七殺有れば則ちさらに奇なり;中年は最も東方の運に走るを喜び、午・未の火地に至りては、気数は即ち参差不斉なり。
乙木生居子月中,更無官煞喜匆匆。逆行大運非常美,無殺無官逆運通。乙木提綱值丑官,南方第一次西東。縱然名不登金榜,豪富終須比石崇。乙生寅月木傷官,財殺相逢更有歡。順運連行多福祿,無財無殺亦貧寒。
乙木の日主が子月に生まれ、子水は印にして天は寒にして、柱中にもしさらに官殺の来りて牽制する無ければ、かえって喜ぶべし;大運は逆行するは非常に美妙にして、正に殺無く官無きに因りて、逆運はこそ通暢なり。乙木が丑月に生まれ、丑中の辛金はその「七殺」にして己土は財にして、南方の火運に走りて殺を制するを第一等と為し、その次は西方と東方;かかる命はたとい名字は金榜に登らずとも、家資は終に晋朝の石崇と比すべし。乙木が寅月に生まれ、寅中の丙火はその「傷官」なり;もし柱中に財星七殺の相逢う有れば、則ちさらに喜ぶべし;大運は順行して一路に便ち福多く禄多し、反対にもし既に財無くまた殺無ければ、またただ貧寒のみ。
乙木提綱值仲春,財官有氣亦超群。火金大運皆為美,白手興家邁等倫。乙木辰提為雜氣,西方大運亦為高。若行戌運多顛倒,刑併入財壽不牢。乙木相逢孟夏時,運行東北始為奇。柱中更值無根裔,順運終防壽不齊。
乙木が仲春の卯月に生まれ、自ら禄地に坐して身旺にして、柱中に財官はもし倶に気有れば、同じく衆を超え群に出ず;大運は火地に走りて秀を泄し、金地に走りて官を取るは、倶に美運と算し、能く白手にて家を興して儕輩を超過す。乙木が辰月に生まれ、「雑気」の財官格に属して、大運は西方の金地に走るもまた高格を算す;ただもし戌運に行き到れば、辰戌は相冲して庫門は撞き開けられ、多く顛倒の事有りて、刑冲はまた併せて財郷に入りて、寿数は便ち牢靠ならず。乙木が孟夏の巳月に生まれ、火旺にして気を泄し、大運は東北方の水木の地に走るをこそ奇を算す;たとい柱中にまた毫も根苗無ければ、順行して南方に到りては、終に寿数の斉(ととの)わざるを防ぐを要す。
乙木如逢午月天,食神有氣怕身輕。柱中若是根基薄,大運提防喜逆行。未月生逢乙日干,柱中官殺亦為歡。順行西北傷元壽,逆走東南福更寬。乙木生來值孟秋,財官印綬忌身柔。中年不許行西北,順運無如逆運通。
乙木が午月に生まれ、午中の丁火はその「食神」にして、食神はたとい気有るともしかし日主の太く軽きを怕る;柱中にもし根基が単薄なれば、大運は即ち留意するを要し、逆行して東方に回りて身を帮くをもって喜びと為す。乙木が未月に生まれ、未中の乙木は余気有りて依る可くして、柱中に官殺を見るもまた喜ぶ可し;大運は順行して西北の金水の地に到れば、金は来りて身を克してかえって寿元を傷り、逆行して東南に到れば則ち福気はさらに寬し。乙木が孟秋の申月に生まれ、財・官・印はたとい俱全すとも、最も日主の柔弱を忌む;中年は西北の金水の郷に走るを宜とせず、順行するは総じて逆行するに如かず通達なり。
乙木酉月殺多強,大運功名佐廟廊。若是有根尤更妙,南行火運貴非常。乙生戌月多財殺,惟恐初年疾病生。若到中年多發達,不拘順逆總宜行。乙木居亥印生身,逆走西南富貴真。有殺有官猶喜順,到頭大限怕逢辰。
乙木が酉月に生まれ、七殺は強旺にして令に当たりて、ただ大運が身を扶え住むを要して、便ち功名は顕達して朝廷を輔佐する能う;たとい日主本身に根有れば、那は即ちさらに妙にして、さらに南方の火運に往きて走りて殺を制せば、貴は言う可らず。乙木が戌月に生まれ、財星七殺は倶に多く、ただ怕るるは早年に身弱にして病多き;もし中年に熬(あ)えて到れば、多く能く発達し、その時は大運の順行を論ぜず逆行を論ぜず、総じて行く可し。乙木が亥月に生まれ、亥水は印にして身を生じ、大運は逆に西南の財官の地に走りて、富貴はこそ真なり;もし命中に官殺俱全せば、却ってまた順行を喜ぶ;末(すえ)の大限に到りては、最も辰に碰上するを怕る——辰は水の庫にしてまた亥と相害して、事を出だし易し。
丙火冬生值子綱,有印生身大吉昌。運入東南多發達,逆行難保壽年長。丙火如逢丑月看,土多格局作傷官。印多運入西方美,根淺東南福不全。丙多官殺值寅提,運入南方分外奇。若是官輕尤喜北,總然大運要行西。
丙火が冬天の子月に生まれ、官星は令に当たりて身弱にして、命中にもし印星有りて来りて身を生ぜば、便ち大吉大昌なり;大運は東南の木火の地に進入すれば多く能く発達し、逆行して西北に到れば、寿数は即ち長久を保ち難し。丙火が丑月に生まるるは、土の多寡を看るを要す:土多ければ即ち「傷官」格に按じて論ず;命中に印星多きは、大運は西方の財地に走るを美と為し;もし日主の根基が淺薄なれば、たとい東南に走るとも福気は全からず。丙火が寅月に生まれて官殺また多きは、大運は南方の帮身の地に進入すれば格外に奇妙なり;たとい官星が本(もと)より軽ければ、かえって北方に走りて官を補うを喜ぶ;ただし総じて言えば大運はなお西方に行きて官を生ずるを要す。
丙火日干卯提綱,干弱如逢喜火鄉。若是無官尤不利,卻行身旺亦平常。丙火辰提戊己多,傷官火土更如何。逢財逢印多通達,南北相逢總不過。丙火建祿日干強,官殺相逢大吉昌。順逆運行多發達,若行戌運有災殃。
丙火の日主が卯月に生まれ、卯木は印と為す;もし天干は衰弱なれば、則ち火郷に走りて身を帮くを喜ぶ。たとい柱中に一点の官星も無ければ、尤も不利にして、その時はたとい身旺の地に走り到るともまたただ平平なり。丙火が辰月に生まれて戊己土また多ければ、火土の「傷官」の格局を成せり、那(な)れば如何(いか)にすべきや。財星あるいは印星の来りて調剤するに遇えば、多く能く通達す;もしただ南北の両頭に在りて来り回るは、終にこの一関を過ぐる能わず。丙火が巳月に生まるるは「建禄」にして、日干は強旺にして、この時官殺の相逢うはかえって大吉大昌なり;大運は順行するも逆行するも多く発達し、ただ戌運に走り到れば、火は墓庫に入りて、災殃あるを要す。
丙火午月作傷官,有殺當為貴命看。金水運行多吉利,如行水地不為歡。丙逢未月傷官顯,官殺相逢未足奇。如得獨官為貴氣,運行西北利名馳。丙火申提日主柔,得從得化始為優。若從水位傷元壽,逆去東南福祿周。
丙火が午月に生まれ、羊刃は権に当たりて土をもって傷官と為す;命中に七殺有りて刃を制せば、まさに貴命に当作して看るべし。大運は金水の地に走れば多く吉利なり、ただしもし一味に水地に走り入りて金の相生する無ければ、また喜ぶに足らず。丙火が未月に生まれ、傷官は顕露して、この時官殺の相逢うは併(あ)せて奇を算せず;たとい一位の清純の官星を得て独り用うれば、こそ貴気にして、大運は西北の金水の郷に走れば、名利は便ち馳騁して至る。丙火が申月に生まれ、日主は柔弱にして、須(すべか)らく「従格」あるいは「化格」の成立を得てこそ上乘を算すべし;もし一味に水位に従えば、かえって寿元を傷る;東南の木火の地に逆行するに如かずして、福禄は周全なり。
丙逢酉月火衰微,比劫扶身壽不奇。逆去東南為背祿,順行水地始為奇。丙逢戌月土重重,有殺無官回不同。大運順行多富貴,若逢官殺亦中中。丙火亥提為殺印,分明大運喜東南。中年富貴非常美,運若西方壽不齊。
丙火が酉月に生まれ、火気は衰微にして、比肩劫財に靠りて来りて身を扶えば、寿数もまた奇特と算するに足らず;大運は逆行して東南に往くはたとい身を帮くとも、しかし禄位を背离するの象にして、順行して水地に進入すれば、かえって転じて奇局を出だす(水有れば便ち官有りて、火は弱に官は清なり)。丙火が戌月に生まれ、土は重重曇曇として火気を泄し;命裡に七殺有りて正官無きは、情形は便ち官殺混雑の時と大不相同なり;大運は順行すれば多く富貴を主り、もしさらに官殺に逢えば、またただ中等のみ。丙火が亥月に生まれ、亥中の壬水は殺に甲木は印にして、殺印は相生して、大運は明白に東南に走るを喜ぶ;中年の富貴は非常に美満にして、もし西方の金地に走りて殺を生じ身を克せば、寿数は便ち参差不斉なり。
丁火如逢子月提,柱中有殺更無虧。平生最喜東方運,若到西方福不齊。丁火丑月事如何,四柱分明怕土多。運入東方俱發達,南方火地不相宜。丁火逢寅印綬明,柱中有水喜南行。運行北地尤通達,西方財鄉禍患生。
丁火が子月に生まれ、水旺にして火弱くして;柱中にもし七殺有りて配し得て当を得れば、また亏欠を算せず。この種の命は一生に最も東方の木運を喜びて来りて身を生ぜば、もし西方の財地に走り到りて殺を生ぜば、福気は便ち斉全ならず。丁火が丑月に生まるるの情形は如何。四柱は最も土多きを怕り、土多ければ則ち火気を泄して傷官は太く重しと成る;大運は東方の木地に進入すれば倶に能く発達し、南方の火地に至りては、かえって太く相宜ならず。丁火が寅月に生まれ、寅木は印と為して印綬は分明なり;柱中にもし水有りて官星を作さば、則ち南方に走りて身を帮くを喜ぶ;大運は北方の水地に行けば尤も通達にして、もし西方の財郷に走れば、財は旺じて殺を生じて、禍患は即ち来る。
丁逢卯月有印星,南北應多遂利名。獨殺若無官混雜,金章紫綬至公卿。丁逢辰月本傷官,順入南方福更寬。逆運初年多蹇剝,更逢戌亥壽相干。丁逢巳月本剛強,大運何愁入水鄉。運入順行初不利,中年最喜入西方。
丁火が卯月に生まれ、卯木は印と為して印星は位に在り;大運は南行を論ぜず北行を論ぜず、多く能く心に遂えて名利を得。もし命中にただ一位の七殺有りて正官の来りて混雑する無ければ、格局は清純にして、便ち金印を佩び紫綬を系して位は公卿に至る能う。丁火が辰月に生まれ、辰中の戊土はその傷官なり;大運は順行して南方の帮身の地に進入すれば、福気はさらに寬し;逆行すれば則ち早年に多く艱難挫折し、さらに戌・亥に碰上せば(辰戌は相冲し亥水は火を克す)、寿数は即ち牽累を受く。丁火が巳月に生まれ、地を得て本(もと)より自ずから剛強にして、大運は何を愁いて水郷に走り入らん。ただ順行の初はなお且つ利ならず、中年に到りて最も西方の財地に進入するを喜ぶ。
丁逢建祿本身強,無水須防壽不全。若得運中逢七殺,姓名遠達九重天。未月逢丁要見財,無財到底命多乖。若逢財殺方為美,西方大運更奇哉。丁逢申月日干強,大運南方喜逆行。若是根深尤喜順,中年發達更崢嶸。
丁火が午月に生まるるは「建禄」にして、本身は強旺なり;もし柱中に水無くして調剤を作さざれば、即ち寿数の全からざるを防ぐを要す。たとい大運裡に能く七殺に碰上して来りて制衡せば、名声は能く朝廷の九重の上に遠達す。丁火が未月に生まれ、財星を見るを須(すべから)く;財無ければ、到底として命途は乖舛なり。もし財と殺とが同時に具備してこそ美を算し、大運は西方の財地に走れば則ちさらに出奇なり。丁火が申月に生まれて日干はなお強なれば、大運は南方に走りて、逆行をもって喜びと為す;たとい日主の根基が深厚なれば、かえって順行を喜びて、中年に発達して、気象はいよいよ崢嶸なり。
丁逢酉月用偏財,官殺相逢更妙哉。大運逆行多順遂,功名兩字稱心懷。丁逢戌月傷官旺,官殺雖多卻不防。南與東方多順遂,榮華富貴福無疆。丁生亥月用官星,順逆東南福不輕。若是煞星多混雜,壽年尤恐半凋零。
丁火が酉月に生まれ、酉中の辛金はその「偏財」にして、財を用いて格と為す;さらに官殺の相逢う有れば、財は官を生じてさらに妙なり。大運は逆行すれば多く順遂にして、功名の両字は能く心に称う。丁火が戌月に生まれ、戌中の戊土は傷官をして旺盛ならしめ;この時官殺はたとい多くともまた提防するを必とせず、傷官は能く制すればなり。大運は南方と東方とに走れば多く順遂にして、榮華富貴の福分は辺際無し。丁火が亥月に生まれ、亥中の壬水はその官星にして、官を取りて用と為す;大運は順逆を論ぜず、ただ東南の木火の地に落ちさえすれば、福気は倶に軽からず。たとい七殺が太く多くして官と混雑を成せば、寿数は恐らく中途にして一半凋零せんことを要す。
戊土日干生子月,坐支辰戌最為奇。支虛更值財神位,運怕東兮又怕西。戊土丑月日干堅,更有財官福壽全。逆順運行俱得地,若無財殺亦徒然。戊土寅月日干輕,殺印相生格局明。運入火鄉尤發達,逆行水地總平平。
戊土の日主が子月に生まれ、子水は財にして;日支にもし辰・戌のこの類の同類の土に坐せば、最も奇妙を為す、身は根有りて財に担(た)える能うればなり。たとい地支は虚浮にして、また正に財神の位に落ちれば、日主は根無くして、大運は則ち既に東方の木の来りて身を克するを怕りまた西方の金の来りて気を泄するを怕る。戊土が丑月に生まれ、日干は堅実にして;もしさらに財有り官有れば、福寿は双全す;この時大運は順行するも逆行するも倶に地を得る能う、ただもし既に財無くまた殺無ければ、また終に徒然なり。戊土が寅月に生まれ、日干は軽に偏す;寅中の甲木は殺に丙火は印にして、殺印は相生して格局は分明なり;大運は火郷に進入すれば尤も発達し、逆行して水地に到れば則ち総じて平平なり。
戊土卯月用官星,有印相生格局清。南運發財強北運,如逢酉地壽元傾。戊土辰月日干強,更有財星福祿昌。順運西南應發達,財官輕處亦非良。戊土巳提為建祿,柱中財殺更為奇。逆行大運宜東北,順走西南事不齊。
戊土が卯月に生まれ、卯中の乙木はその官星にして、官を取りて用と為す;もしさらに印星の相生する有れば、格局は便ち清純なり。大運は南方に走りて財を発するは、北方に走るに勝り;もし酉地に碰上して卯を冲せば、官星は冲せられて、寿元は即ち傾覆するを要す。戊土が辰月に生まれ、日干は強旺にして;もしさらに財星有れば、福禄は昌盛す;大運は順行して西南に到れば発達するべく、もし財官は倶に軽ければ、また好命を算するを得ず。戊土が巳月に生まるるは「建禄」にして、柱中にもし財有り殺有れば則ちさらに奇なり;大運は逆行して東北の水木の地に走るを宜とし、順に走りて西南に到ればかえって事事斉(ととの)わず。
戊土五月印當權,大運分明喜殺官。官殺重時宜順運,官輕逆運妙無端。戊土生來季夏天,若無財煞未周全。逆行更喜東方運,順逆財多亦不然。戊土生申用食神,有財有煞貴堪倫。逆行火地必通達,火地行來反受屯。
戊土が五月の午中に生まれ、丁火は印と為して権に当たりて、身旺にして印重なり;大運は明白に官殺の来りて制するを見るを喜ぶ。官殺が重ければ順運に走りて往きて泄化するを宜とし、官星が軽ければ逆運に走ればかえって妙にして端無し。戊土が季夏の未月に生まれ、もし財星七殺無ければ、格局は便ち周全ならず;大運は逆行して東方の木地に走りて官殺を取るをさらに喜び、もし順逆の間に財は過多にして身は担(た)えざれば、また一樣に行かず。戊土が申月に生まれ、申中の庚金はその「食神」なり;さらに財有り殺有れば、貴気は人と比すべし。大運は逆行して火地に到れば能く身を生じて通達す、ただし火地に走ること太く過ぐれば、かえって受阻す。
戊土生來值酉提,怕行坎水喜火離。除非四柱元辰旺,卯運相逢最不宜。戊土戌月日干強,財殺重逢更吉祥。運氣不拘行順逆,若無財殺亦平常。戊土亥提財殺真,身強有火更超群。逆行早歲須防酉,順運中年忌卯辰。
戊土が酉月に生まれ、酉金は土気を泄し;大運は北方の坎水に走るを怕り(気を泄して財を生じて身はいよいよ弱く)、南方の離火に走りて来りて身を生ずるを喜ぶ。ただ四柱が本身に元気が旺盛ならざるに非ざれば、こそ別当に論ず;もし卯運に碰上して酉を冲せば、最も宜ならず。戊土が戌月に生まれ、日干は強旺にして;この時財と殺とが重重に相逢うはかえってさらに吉祥を加う、身強にして担(た)える能うればなり。大運は順行を論ぜず逆行を論ぜず倶に可なり;もし既に財無くまた殺無ければ、またただ平常の命なり。戊土が亥月に生まれ、亥中の壬水は財に甲木は殺にして、財殺は倶に真なり;日主は身強にして柱中に火有りて来りて身を生ぜば、則ちさらに衆を超え群に出ず。大運は逆行する時は早年に酉運の気を泄するを防ぐを須し、順行する時は中年に卯・辰の木旺の地を忌諱す。
己土子月用財星,有殺無官格局清。大怕柱身中太弱,順行寅卯早凋零。己土丑月日干堅,四柱分明忌比肩。若有財宮並有殺,逆行大運福無邊。己土卯月殺當權,逆運須知壽不堅。順逆火鄉無極妙,官星相會不周全。
己土の日主が子月に生まれ、子水はその財星にして、財を取りて用と為す;命中にもしただ七殺有りて正官の来りて混雑する無ければ、格局は便ち清純なり。最も怕るるは日主の四柱中に過て衰弱なる、かくのごときなれば大運は順行して寅・卯の木旺の地に到りて、即ち早々に凋零するを要す。己土が丑月に生まれ、日干は堅実にして根有り;四柱は最も比肩の来りて分奪するを忌む;もし既に財位有りてまた七殺有れば、大運は逆行すれば則ち福気は辺際無し。己土が卯月に生まれ、卯木の七殺は権に当たりて;大運は逆行すれば寿数は牢靠ならざるを知るを須し;順逆を論ぜず、ただ火郷に走り到りて身を生じ殺を制せば、便ち妙は極処に到り;もしさらに官星の殺と相会して混雑を成す有れば、格局は即ち周全ならず。
己土辰提雜氣真,財官有氣定超群。順行運氣尤當妙,逆運行時不十分。己土巳月身尤旺,印綬傷官格局清。身旺最宜財運遇,無財逆運亦相應。己土午月本身強,建祿分明理更長。官殺輕時宜順運,官輕逆運亦榮昌。
己土が辰月に生まれ、真の「雑気」格にして;柱中に財と官とが倶に気有れば、必定として衆を超え群に出ず;大運は順行するは尤も妙に当たりて、逆行するは即ち十分に足らず。己土が巳月に生まれ、火を得て身を生じて尤も旺なり;巳中の丙火は印に庚金は傷官にして、印綬と傷官と相配して、格局は清純なり;身旺は最も財運に遇いて往きて発泄するを宜とし、もし柱中に財無ければ、逆運に走るもまたなお相応なり。己土が午月に生まるるは「建禄」にして、本身は強旺にして、道理はいよいよ深長なり;官殺が軽ければ順運に走りて往きて官を補うを宜とし、官星がさらに軽ければ逆運に走るもまた一樣に榮昌なり。
己土未月欣逢煞,刃殺相逢更妙哉。運氣中年多發達,不拘順逆稱心懷。己土申月用傷官,若是身輕必不安。所喜須宜行逆運,怕逢寅卯殺相干。己土八月辛金旺,若是身輕命不牢。旺喜順行衰喜逆,無財無殺不為高。己土如逢九月天,財官兩旺福無邊。運行順逆皆平穩,發達之時在壯年。亥提己土用財官,身旺財官總是歡。若是身柔欣順運,東方難保壽平安。
己土が未月に生まれ、七殺に遇上するを欣びとす;羊刃と七殺と相逢えば、刃殺は相制してさらに妙なり。この種の命は中年に発達多く、大運は順逆を拘らず倶に心に称う。己土が申月に生まれ、申中の庚金は「傷官」にして、傷官を取りて用と為す;もし日主が軽に偏せば必定として安ならず;喜ぶ所は逆運に走りて火土の地に回りて身を帮くを宜とし、最も怕るるは寅・卯の木の来りて殺をもって相犯するに碰上する。己土が八月の酉中に生まれ、辛金の食神は旺盛にして気を泄し;もし日主が身軽なれば、性命は即ち牢靠ならず;身旺のは順行を喜び、身衰のは逆行を喜ぶ;もし既に財無くまた殺無ければ、格局もまた高と算するを得ず。己土が九月の戌中に生まれ、財と官とは両旺にして、福気は辺際無し;大運は順行するも逆行するも倶に平穩にして、発達の時は壮年に在り。己土が亥月に生まれ、亥中の壬水は財に甲木は官にして、財官を取りて用と為す;身旺なれば則ち財官は総じて喜ぶ可し;もし日主が柔弱なれば、即ち順運に走るを宜とし、もし東方の木地に往けば、寿数は便ち平安を保ち難し。
子月如逢庚日干,有財有殺始平安。西方不似東方運,午運如逢壽數完。庚金丑月有財官,格局分明雜氣看。木火柱無終不美,東南運氣遇為歡。庚金寅月日干微,上透天干命愈奇。逆運初年嫌子丑,順行大運怕逢難。
庚金の日主が子月に生まれ、水旺にして気を泄し;須(すべか)らく柱中に財有り殺有りてこそ、平安を算すべし。大運は西方に走りて身を帮くは、かえって東方に走りて財官を取るに如かず;もし午運に碰上せば、火は来りて金を克して、寿数は即ち完(おわ)る。庚金が丑月に生まれ、柱中に財有り官有れば、格局は分明に「雑気」に按じて看るべし;もし四柱の中に一点の木火も無ければ、終に美ならず;大運は東南の木火の郷に遇えばこそ喜ぶ可し。庚金が寅月に生まれ、日干は微弱にして;もし寅中の財官が天干上に透出せば、命はさらに奇なり;大運は逆行する時は早年に子・丑の水地に走りて気を泄するを嫌い、順行する時はまた難関に遇上するを怕る。
庚金生值仲春時,官煞如逢命始奇。但嫌四柱元神弱,順運三句恐殞危。庚金三月土重重,更有財官福祿豐。逆運固知強順運,中逢子地有災凶。庚金四月殺星強,有制方知殺伏強。若是無根又無制,其人多有少年亡。
庚金が仲春の卯月に生まれ、財星は令に当たりて;もし官殺に遇い配せられれば、命はこそ奇を算す。ただ嫌うは四柱の元神が衰弱にして担(た)えざる、かくのごときなれば順行して三歩の後に、恐らく殞身の危有らん。庚金が三月の辰中に生まれ、土は重重曇曇として金を生じ;さらに財有り官有れば、福禄は豊厚なり;大運は逆行するは固(もと)より順行するに強けれど、ただ中途に子水の地に碰上すればなお災凶有り。庚金が四月の巳中に生まれ、丙火の七殺は強旺なり;必ず制伏を得て、こそこの殺は降せられて伏せたるを知る;もし日主が既に根気無くまた制殺の物無ければ、この人は多くは少年に夭亡す。
五月庚金喜有根,有根有水貴堪言。逆行大運宜東地,子字相逢總不然。庚金未月土旺地,戊己土重命無過。若是土輕行逆運,康寧福壽沐恩波。七月庚金金太剛,坐支若實亦平常。財官兩旺宜行順,財殺輕時逆運強。
庚金が五月の午中に生まれ、火旺にして金を克し、最も自身に根有るを喜ぶ;既に根有りてまた水有りて火を制せば、貴気は便ち言う可し。大運は逆行して東方の財地に走るを宜とし、もし子の字に碰上して午を冲せば、則ち総じて妙ならず。庚金が未月に生まれ、土旺にして能く金を生じ;戊己土はさらに重くともまた過失無し;もし土はかえって軽に偏せば、則ち逆運に走りて往きて補い、一生は康寧福寿にして恩沢を沐浴す。庚金が七月の申中に生まれ、金気は太く剛にして;日支にもしまた同類に坐実せば、またただ平常なり;財と官とが両旺するは順運に走るを宜とし、財と殺とが倶に軽きは逆運に走ってこそ強し。
八月庚金用刃星,柱中有殺最相應。有財無殺純金局,從革尤當顯姓名。庚金九月喜逢財,殺透天干亦妙哉。順命初年嫌子地,逆行離巽有凶災。庚金十月日干衰,有土相逢亦妙哉。順運必然強逆運,中年惟恐有危災。
庚金が八月の酉中に生まれて羊刃と為り、刃を取りて用と為す;柱中に七殺有りて来りて刃を制するを、最も相応と為す。もしただ財有りて殺無く、地支にまた純粋の金局を合成せば、那は即ち「従革」の格と成りて、尤も能く名声を顕揚すべし。庚金が九月の戌中に生まれ、財星に遇上するを喜ぶ;七殺が天干に透出するもまた甚だ妙なり。順行の命は早年に子水の地に走りて気を泄するを嫌い、逆行するは則ち南方の離火・東南の巽木の地に到りて凶災有り。庚金が十月の亥中に生まれ、日干は衰弱にして;もし土有りて相逢い金を生ぜば、また甚だ妙なり;大運は順行するは必然として逆行するに強けれど、ただ中年は恐らくなお危難有らん。
子月辛金喜丙丁,若然無火亦平平。運行木火多通達,財殺多時喜逆行。辛金丑月宜丁火,戊己重重亦不妨。無火土多防壽夭,縱然不夭也平常。辛金寅月財官旺,大運不須喜逆行。若是無財行順運,中年惟恐喪殘生。
辛金の日主が子月に生まれ、天は寒にして水は冷にして、最も柱中に丙・丁火の来りて局を暖めるを喜ぶ;もし一点の火も無ければ、またただ平平なり。大運は木火の地に走れば多く能く通達し;もし財と殺とが太く多ければ、則ち逆行して往きて避くるを喜ぶ。辛金が丑月に生まれ、丁火を用いて候を調るを宜とす;戊己土は重重曇曇たるもまた妨げず、土は能く金を生ずればなり。もし既に火無くして土また多ければ、即ち夭寿を防ぐを要す;たとい夭せずとも、またただ平常の命なり。辛金が寅月に生まれ、財と官とは倶に旺なり;大運は必ずしも逆行するを要せず。たとい柱中に財無くしてまた順運に走れば、中年は恐らく命を喪わんことを要す。
卯月辛金如有殺,坐支有土更為奇。順行逆轉名多顯,若到西方反不齊。辛金生於辰月中,有財有殺更和同。順行逆運多通達,富貴榮華福壽崇。辛金巳月官星旺,傷食全無亦不過。逆行但妨官子否,順行一路總蹉跎。
辛金が卯月に生まれ、財星は令に当たりて;もし柱中に七殺有りて、日支にまた土に坐して来りて身を生ぜば、則ちさらに奇なり。かくのごときなれば大運は順行するも逆転するも倶に名声は顕達する能う;ただ西方の比劫の地に走り到りて財を奪えば、かえって参差不斉なり。辛金が辰月に生まれ、もし財有り殺有りて彼此は調和せば、配合はさらに好し;大運は順行するも逆行するも多く能く通達し、富貴榮華にして福寿は崇隆なり。辛金が巳月に生まれ、巳中の丙火は官と為して官星は旺なり;もし一点の食傷も無くして往きてそれを制せざれば、またこの一関を過ぐる能わず;逆行すればただ官星の子息を傷るを提防するを須し、順行すれば則ち一路に蹉跎(さた)なり。
辛金午月殺當權,四柱根深逆順堅。若是無根堪棄命,如行西運大屯難。未月辛金殺印全,印多尤似有虧偏。逆行水運多通達,順運初年略不然。申月辛金金水清,傷官有殺最相應。坐支無酉方為妙,運入東南顯姓名。
辛金が午月に生まれ、午中の丁火の七殺は権に当たりて;四柱にもし根基が深厚なれば、大運は順逆ともに穏当なり;たとい毫も根気無ければ、索性に乾脆として「命を棄てて殺に従う」に如かず、この時さらに西方の帮身の運に走れば、かえって大いに困頓を受く。辛金が未月に生まれ、未中の丁火は殺に己土は印にして、殺印は俱全す;ただ印はもし太く多ければ、かえって偏枯にして虧有るを顕出す;大運は逆行して水運に到れば多く能く通達し、順行すれば則ち早年に略して順遂ならず。辛金が申月に生まれ、金は白く水は清くして;柱中の壬水は傷官にして、さらに七殺の相配する有るを最も相応と為す;日支はさらに酉に坐せざる(比劫を重ねざる)をこそ妙と為し;大運は東南の財官の地に進入すれば、便ち名声を顕揚する能う。
辛金酉月日干強,財殺相逢更異常。逆運到頭多發達,順行水地未為良。戌月辛金煞印全,柱中有制福無邊。逆行順去俱無阻,巳地相逢總不然。辛金亥月若無官,水冷應知金太寒。若有官星又有殺,定應名姓到金鸞。
辛金が酉月に生まれ、日干は強旺にして;この時財と殺とが相逢えば、格外出色にして、身強にして担(た)える能うればなり。大運は逆行して頭に到れば多く能く発達し、順行して水地に進入して気を泄せば、則ち良を算せず。辛金が戌月に生まれ、戌中の丁火は殺に戊土は印にして、殺印は俱全す;柱中にもし食傷有りて来りて殺を制せば、福気は辺際無し;大運は逆行するも順行して往くも倶に阻碍無し、ただ巳地に碰上するをば(巳は戌と相害して火はまた殺を助け)、則ち総じて妙ならず。辛金が亥月に生まれ、もし柱中に官星無ければ、水は冷にして金は寒にして、格局は便ち太く涼なりを嫌う;もし既に官星有りてまた七殺有りて来りて局を暖め威を立てば、必定として名は金鑾殿上に揚がる。
壬子生逢子月天,無財無殺未周全。終身困苦多流落,縱到財鄉亦枉然。壬水丑月喜逢財,財旺身強更妙哉。運氣順行經水火,堪為萬事稱心懷。壬水如逢寅月生,食神旺相亦相應。南方運氣增財帛,有殺終須播姓名。
壬水の日主が子月に生まれて日柱はまた壬子なれば、水は旺の極なり;もし柱中に既に財無くまた殺無くして往きて発泄し約束せざれば、格局は便ち周全ならず;この種の人は終身に困苦して多くは他郷に流落し、たとい財郷に走り到るともまた枉然なり(身旺にして依るべき用神無し)。壬水が丑月に生まれ、財星に遇上するを喜ぶ;財旺にして身はまた強なれば、則ちさらに妙なり;大運は順行して水火の地を経歴せば、万事は倶に心に称う。壬水が寅月に生まれ、寅中の甲木はその「食神」にして、食神は旺相にしてまた甚だ相応なり;大運は南方の財地に走れば能く財帛を増益す;柱中にもし七殺有れば、終に能く名声を傳揚す。
壬逢卯月傷官格,逆行無如順運高。殺透更加身旺處,功名富貴壽彌高。壬水辰月殺星強,甲乙相逢殺伏降。更得財星並印綬,不拘順逆亦相當。壬水生逢夏月天,財星官殺旺堂前。無根只怕初年夭,若到中年福愈堅。
壬水が卯月に生まれ、卯木は「傷官」にして傷官格と為る;大運は逆行するは順行するに如かず高し。もし七殺が天干に透出して、日主はまた身旺の地に処せば、能く殺に担いまた能く秀を泄して、功名富貴と寿数とは倶に極めて高し。壬水が辰月に生まれ、辰中の戊土の七殺は強旺なり;もし甲・乙木に遇い来りて土を克せば、七殺は即ち降伏せらる;さらに財星と印綬との相配するを得れば、大運は順逆を拘らず倶に相当なり。壬水が夏天の巳月に生まれ、財星と官殺とは倶に旺盛にして面前に擺(ひら)かれ;日主にもし根無ければ、ただ怕るるは早年に夭折せん;もし中年に熬えて到る能わば、福気はかえってさらに堅実なり。
壬水午月財星旺,亥水相逢更異常。若是無根多棄命,平生白手置田莊。壬水生逢季夏時,分明雜氣異為奇。順行逆轉皆通達,卯地相逢總不宜。壬水生身為殺印,有財有用亦相當。運行南地強如北,卯地相逢命不長。
壬水が午月に生まれ、午中の丁火の財星は旺盛にして;もし亥水に遇い根を作す能わば、情形は即ち格外出色なり。たとい毫も根気無ければ、多くは「命を棄てて財に従う」を要し、かかる人は一生に白手にて起家して田荘を置き下ぐ。壬水が季夏の未月に生まれ、未は雑気にして、格局は分明にして奇特なり;大運は順行するも逆転するも倶に能く通達し、ただ卯地に碰上するをば(卯未は合して木を成して気を泄す)、総じて宜ならず。壬水が申月に生まれ、申中の庚金は印に戊土は殺にして、殺印は相生して日主を生扶し;さらに財星の用うべき有れば、また相応して好し;大運は南方の財地に走れば北方に走るに強く、もし卯地に碰上せば、寿命は即ち長からず。
壬水相逢八月天,分明印綬格當權。無官怕入財鄉運,有殺應須福愈堅。壬水生來值季秋,財多殺旺忌身柔。財居火地俱通達,遇木之鄉返不周。壬水亥提為建祿,柱中有火運宜東。南方運氣俱為美,若是無財亦不通。
壬水が八月の酉中に生まれ、酉金は水を生じて、分明に「印綬」格は権に当たる;柱中にもし官星無ければ、財郷の運に進入して往きて印を壊るを怕る;もし七殺有りて印と相生せば、福気は便ちさらに堅実なり。壬水が季秋の戌月に生まれ、財多く殺旺にして、最も自身の柔弱を忌む;財はもし火地に落ちて(財はその位を得て)倶に能く通達し、もし木郷に遇上して気を泄し殺を助けば、かえって周全ならず。壬水が亥月に生まるるは「建禄」にして身旺なり;柱中にもし火有りて財を為せば、大運は即ち東方に往きて走りて火を生ずるを宜とす;南方の運もまた倶に美を算し;たとい柱中に根本より財無ければ、那は即ち行き通らず。
癸水冬生值子提,財官重見最為奇。順行喜到東南運,逆走西方亦不宜。癸水丑提為雜氣,無財無印不堪推。順行木火俱為妙,逆運西南壽不齊。癸水寅月木傷官,官殺重逢禍百端。北運不如南運好,若到申宮壽有干。
癸水の日主が冬天の子月に生まれ、身旺にして令に当たりて;財と官とが重重に出現するを最も奇特と為す、身旺にしてこそ担(た)える能うればなり。大運は順行して東南の財官の地に到るを喜び、逆に走りて西方の金地に到りて身を生ずるは、かえって宜ならず。癸水が丑月に生まれ、「雑気」に属す;もし既に財無くまた印無ければ、即ち推し起すに由無し;大運は順行して木火の地に到れば倶に妙にして、逆運に走りて西南に到れば則ち寿数は参差不斉なり。癸水が寅月に生まれ、寅中の甲木は「傷官」なり;もし官殺が重重に相逢い傷官と交戦せば、禍端は百出す;大運は北方に走るは南方に走るに如かず好し;もし申宮に到りて寅を冲せば、寿数は即ち損を受くるを要す。
癸水生來卯月中,無官無殺喜和同。順行南地多清貴,恐入西方壽早終。癸水辰月喜逢財,雜氣分明格美哉。若是無根身太弱,順行南運必多災。癸水巳提財更旺,官多不與殺相同。有根逆運多財足,順入西方早見凶。
癸水が卯月に生まれ、卯は食神にして秀を泄し;柱中に既に官無くまた殺無くして来りて局を攪かす無ければ、一片の和諧は最も喜ぶ可し;大運は順行して南方の財地に到れば多く清貴を主り、もし西方の金地に進入して食を奪い身を生ずること太く過ぐれば、恐らく寿数は早く終わらん。癸水が辰月に生まれ、財星に遇上するを喜ぶ;雑気は分明にして格局は美好なり;たとい日主が根無くして身は太く弱なれば、順行して南方の財運に到れば必然として災多し。癸水が巳月に生まれ、巳中の丙火は財にして財はさらに旺なり;この時官多きは殺多きと情形は同じからず(官は清にして用う可く、殺は重ければ則ち身を傷る);日主に根有るは逆運に走れば便ち財源は充足し、順行して西方に進入すれば、かえって早く凶險を見る。
癸水生逢午月中,分明財殺格相同。無根運不行中地,棄水從財反有功。癸水未月殺星強,有刃無官祿位昌。運入東方經制伏,定看名姓列朝堂。癸水生來值孟秋,有財終不忌身柔。順行北運尤為妙,若是無財反不周。
癸水が午月に生まれ、午中の丁火は財に己土は殺にして、財殺は同宮にして、格局は前の財殺格と相同じ。もし日主に根無くして大運はまた帮身の地に走らざれば、索性に水性を舎棄して「財に従う」は、かえって功有り。癸水が未月に生まれ、未中の己土の七殺は強旺なり;柱中にもし羊刃有りて相抗して正官の来りて混雑する無ければ、禄位は昌盛す;大運は東方の木地に進入して往きて七殺を制伏せば、必定として名は朝堂に列せらるを看る。癸水が孟秋の申月に生まれ、金旺にして水を生じ;柱中に財有れば、終に身弱を忌まず;大運は順行して北方に到れば尤も妙なり;もし一点の財も無ければ、かえって周全ならず。
癸水酉月印生身,有殺方為格局真。逆運須知強順運,功名富貴又超群。戌月如逢癸日干,分明雜氣用財官。運行木火多財祿,逆運初年壽有干。癸日生來亥月中,傷官水木總相同。逆行最妙南方運,順走須知忌卯凶。
癸水が酉月に生まれ、酉金は印と為して身を生じ;柱中に七殺有りて印と相生するを要して、格局はこそ真を算す。大運は逆行するは順行するに強かるを知るを須し、かくのごときなれば功名富貴は倶に衆を超え群に出ず。癸水の日主が戌月に生まれ、分明に「雑気」にして、財官を取りて用と為す;大運は木火の地に走れば財禄を得ること多し;もし逆行すれば、早年に寿数は即ち妨害有り。癸水が亥月に生まれ、亥中の甲木は傷官にして、水木傷官の道理は前の講ずる所と同じ;大運は逆行して南方の財地に到れば最も妙なり;順行すれば則ち卯運の凶を忌諱するを知るを須す(木は旺じて気を泄すること太く甚だし)。
十天干体象全編論
甲木詩曰:甲木天干作首排,原無枝葉與根莖。欲存天地千年久,直向沙泥萬丈埋。成就不勞炎火鍛,資扶偏愛溫泥佳。斷就棟樑金得用,化成灰碳火為災。乙木詩曰:乙木根莖種得深,只宜陽地不宜陰。漂浮最怕多逢水,克斷何須苦用金。南去火炎災不淺,西行土重禍尤侵。棟樑不是連根物,辨別功夫好用心。
甲木の詩にいう:甲木は天干の首に排列せり、もとより枝叶と根茎とを脱したるの干材なり;それを天地間に存留せしめて千年久しからんことを欲せば、即ち万丈の沙泥に深く埋め入るるを得るを須す(喻うに甲木は土に培わるるを喜びて火に煉せらるるを喜ばず)。材を成すは烈火の鍛焼を要せず、それを扶助するは偏偏として温潤の湿土を最も愛す。もし金に斫削せられて棟梁を成せば、那は金のその用を得たるなり;もし火に焼かれて灰炭を成せば、火は便ち災と為る。乙木の詩にいう:乙木は根有り莖有りて、深く種うるを要し、ただ向陽の地に栽うるを宜として陰湿を宜とせず。それは最も水多きして漂浮して依る無きを怕り、また苦しく金を用いて来りて克断するを必とせず。南に往けば則ち火炎は太く甚だしく災害は浅からず、西に行けば則ち土は重く金は旺じて禍患はいよいよ侵す。知るべし棟梁の材は本(もと)より根を帯びたるの活木にあらず、甲乙の別は、一番の辨析の工夫を費すを要す。
丙火詩曰:丙火明明一太陽,原從正大立綱常。洪光不獨窺千里,巨魄尤能遍八荒。出世肯為浮木子,傳生不作溫泥娘。江湖死水安能克,惟怕成林木作殃。丁火詩曰:丁火其形一燭燈,太陽相見奪光明。得時能鑄千金鐵,失令難熔一寸金。雖少乾柴猶可用,縱多溼木能不生。其間衰旺當分曉,旺比一爐衰一檠。
丙火の詩にいう:丙火は分明に即ち一輪の太陽なり、本(もと)より正大光明をもって綱常を樹立す。その光輝はただ千里を照見するのみならず、その形魄はさらに能く八荒に遍く及ぶ。それは出世の後は肯んじて浮木の子を甘作せず(木生の恩を受けず)、傳生の時もまた願わずただ温泥の母を作す(専ら土の泄に頼らず)。江湖裡の死水はいずくんぞそれを克住する能わんや、ただ怕るるは樹木の成林して、かえって禍殃と成る。丁火の詩にいう:丁火の形象はただ一盞の燭灯にして、一たび太陽(丙火)を見れば便ち光明を奪い去られ。令を得る時は能く千斤の鉄を熔鋳し、令を失う時は一寸の金をさえ熔化し難し。たといただ少許の乾柴のみ有るともなお旧(もと)より用う可く、たとい湿木多く有るともまた火を生じ起す能わず。その間の衰旺は必ず分辨し清むるを須す:旺の時は譬(たと)うに一整座の熔炉、衰の時はただ一盞の孤灯なり。
戊土詩曰:戊土城牆堤岸同,振河及海要根重。柱中帶合形還壯,日下乘虛勢心窮。力薄不勝金漏洩,功成安用水疏通。平生最要東南健,身旺東南健失中。己土詩曰:己土田園屬四維,坤深為萬物之基。水金旺處身還弱,火土功成局最奇。失令豈能埋劍戟,得時方可用磁基。漫誇印旺兼多合,不遇刑沖總不宜。
戊土の詩にいう:戊土は譬(たと)うに城牆と堤岸とに同じくして、能く江河を振束し海潮を抵御せんと要すれば、必ず根基の厚重を須い。柱中にもし合を帯びて助を得れば、形体はなお壮実を算し;日主の底下にもし虚に乘じて根無ければ、気勢は便ち窮尽す。土力が単薄なれば則ち金の来りて泄漏するに経えず、功業はすでに成りてまた何ぞさらに水を用いて疏通するを要せん。それは一生に最も東南方の木火を需(もと)めて自身を強健ならしむ;ただし身はすでに旺盛にしてなお一味に東南なれば、則ち中和を失う。己土の詩にいう:己土は田園の土にして、辰戌丑未の四維に旺を寄せ;坤徳は深厚にして、万物の生長するの根基なり。それは水旺金旺の処に処れば則ち自身は衰弱し、火を得て土を生じて局を成せばこそ最も奇妙なり。時令を失えば、剣戟をさえ埋め住む能わず;時令を得れば、こそ用いて瓷器の胎基を作す可し。徒らに印旺にしてまた合多きを夸説すなかれ、もし刑冲に遇い往きて局面を打ち開かざれば、終に宜ならず。
庚金詩曰:庚金頑鈍性偏剛,火制功成怕火鄉。夏產東南遇鍛鍊,秋生西北亦光芒。水深反見他相剋,木旺能令我自傷。戊己干支重遇土,不逢沖破即埋藏。辛金詩曰:辛金珠玉性虛靈,最愛陽和沙水清。成就不勞炎火鍛,滋扶偏愛溼泥生。木多火旺宜西北,水冷金寒要丙丁。坐祿通根身旺地,何愁厚土沒其形。
庚金の詩にいう:庚金は頑硬遲鈍にして性情は剛に偏し、火に靠りて来りて克制してこそ器を成す能う、しかしまた一味に火郷に走り入るを怕る。夏天に東南に生まれて、正に鍛錬に遇上す;秋天に西北に生まれて、また自ずから光芒有り。水は太く深ければかえってそれをして制を受けしめ(金は水底に沉む)、木は太く旺なれば則ちそれが往きて木を克して自身は傷を受く。もし戊己の天干と地支とが重重に皆土なれば、冲破に遇わざれば、金は即ち埋没せらる。辛金の詩にいう:辛金は譬(たと)うに珠玉のごとく、性情は虚霊にして、最も温和の陽気と清澈の沙水とを愛す。それは器を成すは烈火の鍛焼を要せず、滋養扶助するはかえって湿潤の土を偏愛す。木多く火旺なれば西北に走りて往きて火を避け身を帮くるを宜とし;水は冷に金は寒なればまた丙丁火の来りて温暖するを須い。ただ禄位に坐し身旺の地に通根すれば、何を愁いて厚土のその形体を埋没せんとや。
壬水詩曰:壬水汪洋並百川,漫流天下總無邊。干支多聚成漂盪,火土重逢傷本原。養性結胎須未午,長生歸祿屬乾坤。身強原自無財祿,西北行程厄少年。癸水詩曰:癸水應為雨露麼,根通亥子即江河。柱無坤坎還身弱,局有財官不尚多。申子辰全成上路,午寅戌備要中和。假饒火土生深夏,西北行程豈太過。
壬水の詩にいう:壬水は汪洋浩瀚にして、百川を兼納し、天下に漫流して辺際無し。干支の中に水の聚まること太く多ければ則ち漂蕩して依る無く、火土は重重に相逢えばまたその本源を傷る。その養・胎の二位は未と午とに在り、長生は申(坤位)に在りて帰禄は亥(乾位)に在り。身は太く強ければ本(もと)より財無く禄無くして享る可き無く、さらに西北の金水の地に往きて走れば、少年の時に便ち厄難有り。癸水の詩にいう:癸水はまさに雨露の水を算すべきか、しかし一たび根を亥・子に通ぜば、即ち江河と成る。柱中にもし申(坤)と子(坎)と無くて身を帮けざれば、なお旧(もと)より身弱なり;局裡に財有り官有るも、また多きを宜とせず。申子辰の三合が斉全せば便ち上等の出路なり;午寅戌の火局が斉備する時は則ち中和を講究するを要す。たとい火土が深夏に生まれて水気は全く乾きたれば、那(な)れば西北の金水の地に往きて走るは、またあに太く過ぐと算せんや。
十二支詠
子宮詩曰:月支子水占魁名,溪澗汪洋不盡情。天道陽回行土旺,人間水暖寄金生。若逢午破應無定,縱遇卯刑還有情。柱內申辰來合局,即成江海發濤聲。丑宮詩曰:隆冬建丑怯冰霜,誰識天時轉二陽。暖生城能生萬物,寒金難道只深藏。刑沖戌未非無用,類聚雞蛇信有方。若在日時多水木,直須行入巽離鄉。
子宮の詩にいう:月支は子水にして、十二支の首の名号を占め、溪澗は奔流し汪洋は尽きず。この時天道は一陽回復して土気は正に旺にして、人間は水は暖にして、金気もまたここに寄托して生ず。もし午の来りて相冲相破するに逢えば、気機は便ち動揺して定まらず;たとい卯の来りて相刑するに遇うとも、彼此はなお情有りを算す。柱中にもし申・辰有りて来りて水局を合成せば、則ち江海の翻涌の勢と成る。丑宮の詩にいう:隆冬に丑を建つれば、人をして冰霜を畏懼せしむ、しかし誰か知らん天時はすでに二陽に転じたるを。暖気は一たび生ぜば、土は便ち能く万物を長養し;寒金もまたただ深藏するべきにあらず。丑と戌・未との相刑冲するは併せて全く用無しにあらず(三土の相刑は能く庫を開く)、酉(鶏)・巳(蛇)と同類相聚すればさらに定向有り。たとい日柱時柱に水木は偏りて多ければ、まさに東南の巽離の郷に往きて暖を取るべし。
寅宮詩曰:艮宮之木建於春,氣聚三陽火在寅。志合蛇猴三貴客,類同卯未一家人。超凡入聖惟逢午,破祿傷提獨慮申。四柱火多嫌火地,從來燥木不南奔。卯宮詩曰:卯木繁華氣稟深,仲春難道不嫌金。庚辛疊見愁申酉,亥子重來忌癸壬。禍見六沖應落葉,喜逢三合便成林。若歸時日秋金重,更向西行患不禁。
寅宮の詩にいう:寅は東北の艮宮の木に属して、春首に建てられ、三陽の気は会聚して、丙火もまた寅に長生す。それは巳(蛇)・申(猴)と志気は相投じて三刑三会の客を成し、また卯・未と同気にして一家人なり。超凡して聖に入らんと要せば、ただ午に逢いて火局を合成するのみ;破禄傷提を言わば、則ちただ申の来りて寅を冲するを怕る。四柱に火はすでに多きは、則ちさらに火地に走るを嫌う、乾燥の木は従来より南に奔るを宜とせざればなり。卯宮の詩にいう:卯木は繁盛華美にして、禀気は深厚にして、仲春の木はあに金を嫌わざるの道理有らんや。庚辛は重疊に出現すれば便ち申酉の地を愁い、亥子は再三に重ねて来ればまた壬癸の水を忌む。六冲の禍を見れば、木は即ち落葉の飘零するがごとく;三合に逢うを喜べば、木は便ち林を成す。もし日柱時柱はまた秋金重重なれば、さらに西に往きて行けば、禍患は即ち受け堪え難し。
辰宮詩曰:辰當三月水泥溼,長養堪培萬物根。雖是甲衰乙餘氣,縱然壬墓癸遇魂。直須一鑰能開庫,若遇三沖即破門。水土重逢西北運,只愁厚土不能存。巳宮詩曰:巳當初夏火增光,造化流行正六陽。失令庚金生賴母,得時戊土祿隨娘。三刑傳送翻無害,一見登明便有傷。行到東南生發地,燒天炎焰不尋常。
辰宮の詩にいう:辰は三月に当たりて水土は潮湿にして、最も能く万物の根を長養培植す。たとい甲木はここに到りてすでに衰すとも、しかしなお乙木の余気有り;たとい壬水はここに到りて墓に入るとも、癸水はしかしここに於いて魂気を得。一把の鑰(かぎ)(戌)を用いてこそこの水庫を打ち開く能う、もし三重の冲撃に遇えば、庫門もまた撞き破らる。水と土とが重重に重逢してまた西北の運に走れば、ただ愁うは厚土もまた保つ能わざらん。巳宮の詩にいう:巳は初夏に当たりて火勢は光を増し、造化の流行は正に六陽の極に当たる。庚金はここに於いて令を失えば、全く戊土の母に靠りて来りて生ぜられ;戊土はここに於いて時を得れば、禄位は母気に随いて来る。巳と寅申とは三刑すれども、かえって害無し;一たび亥(登明)の来りて冲するを見れば、便ち損傷有り。もし大運が東南の生発の地に走り到れば、火焰は天を燒(や)きて、来勢は尋常に非ず。
午宮詩曰:五月炎炎火正升,六陽氣逐一陰生。庚金失位身無用,己土歸垣祿有成。申子齊來能戰克,戌寅同見越光明。東南正是身強地,西北休囚巳喪形。未宮詩曰:未月陰深火漸衰,藏官藏印不藏財。近無卯亥形難變,遠帶刑沖庫亦開。無火怕行金水去,多寒偏愛丙丁來。用神喜忌當分曉,莫把圭璋作石猜。
午宮の詩にいう:五月は炎炎として火勢は正に升りて、六陽は尽頭に到りて一陰は悄然として生ず。庚金はここに於いて位を失えば、身はすでに用無し;己土はここに於いて本垣に帰りて、禄位は成有り。申と子とが一斉に到来すれば便ち午と交戦相克し、戌と寅とが同見すれば則ち火局を会成して愈々光明なり。東南は正にそれの身強の地にして、西北は則ち休囚にして形体は消亡す。未宮の詩にいう:未月は陰気は漸々深く、火勢は漸々衰え;未中は乙木を蔵して官と為し丁火を蔵して印と為すも、しかし財を蔵せず。近処にもし卯・亥の来りて会合する無ければ、その形質は就中変化し難し;遠処にもし刑冲を帯びれば、この木庫もまた能く打ち開かる。柱中に火無きは金水の運に走るを怕り、寒気多きは丙丁火の来るを偏愛す。用神の喜忌は必ず分辨し清むるを須し、美玉を把りて頑石と当作して胡猜すなかれ。
申宮詩曰:申金剛健月支逢,水土長生在此宮。巳午爐中成劍戟,子辰局裡得光鋒。木多無火終能勝,土重埋金卻有凶。欲識斯神何所似,溫柔珠玉不相同。酉宮詩曰:八月從魁已得名,羨他金白水流清。火多東去愁寅卯,木旺南行怕丙丁。柱見水泥應有用,運臨西北豈無情。假饒三合能堅銳,不比頑金未煉成。
申宮の詩にいう:申金は剛健にして、月支はそれに逢えば最も本色を顕出す;水と土とは皆この一宮に長生す。それは巳・午の炉火に遇えば便ち鍛じて剣戟を成し、子・辰の水局に落ち入れば便ち磨きて光鋒を出だす。木はたとい多くとも火の来りて助くる無ければ、申金は終に能くそれに勝ち;土はもし太く重くして金を埋め住めば、かえって凶有り。問うこの一神は何に似たるや。それは温潤柔和の珠玉(辛金)と大いに相同じからず。酉宮の詩にいう:八月の酉は「従魁」と呼ばれて、すでに名号を得たり、最も羡む可きは金は白く水は清なり。火はもし多くして大運は東に行けば、則ち寅卯の火を生ずるを愁い;木はもし旺にして大運は南に行けば、則ち丙丁の金を克するを怕る。柱中に水と湿土とを見ればまさに用有るべし;大運は西北に走り到れば、あに情無しと言う能わんや。たとい三合金局は能くそれを堅硬鋭利ならしむとも、またあの未曾だ鍛錬せざるの頑金に同じからず。
戌宮詩曰:九月從魁性最剛,漫云於此物收藏。洪爐巨火能成就,鈍鐵頑金賴主張。海窟沖龍生雨露,山頭合虎動文章。天羅雖是迷魂陣,火命逢之獨有傷。亥宮詩曰:登明之位水源深,雨雪生寒值六陰。須待勝光方用土,不逢傳送浪多金。五湖歸聚源成象,三合羈留正有心。欲識乾坤和暖處,即從艮震巽離尋。
戌宮の詩にいう:九月の戌は性情は最も剛にして、徒らにここに於いて万物の収蔵すると言うなかれ。それは洪炉巨火の帰する所の墓庫にして、能く器物を成就す;鈍鉄頑金は全くそれに靠りて主張を為す。それは辰(海窟の龍)を冲き開けば便ち雨露を生出し、寅(山頭の虎)と相合すれば便ち文章を生動す。辰戌の謂うところの「天羅」はたとい一座の迷魂陣なれど、ただ火命の人がそれに遇上してこそ真に損傷有り。亥宮の詩にいう:亥は「登明」と呼ばれて、水源は極めて深し;雨雪は寒を生じて、正に六陰の候に当たる。必ず午(勝光)の来りて相配するを待ってこそ土を用うる能う;もし申(傳送)の相生するに逢わざれば、白(むな)しく許多の金有るともまた用無し。五湖の水は帰聚してここに於いて大象を成し、三合水局はそれを羈留せば、正に心を有して成全す。問うて天地間の温暖和煦の去処を識らんと欲せば、即ち東北の艮・東方の震・東南の巽と南方の離とのこの幾か所に就きて尋ねよ。
総詠
五行用法總無真,入聖超凡別有神。直向源頭尋出處,死生衰旺自能分。干支所屬:東方甲乙寅卯木,南方丙丁巳午火,西方庚辛申酉金,北方壬癸亥子水,中央戊己辰戌丑未土。天干合:甲與己合,乙與庚合,丙與辛合,丁與壬合,戊與癸合。
総の詩にいう:五行の用法は本(もと)より一成不変の準則無し、聖に入り凡を超えんと要すれば別に一段の神機有り;ただ直に源頭に向かいてその出処を尋ねれば、死生衰旺は自ずから分辨し清まる能う。下に基本的対照を列す。干支の所属する方位と五行:東方は甲乙寅卯にして木に属し、南方は丙丁巳午にして火に属し、西方は庚辛申酉にして金に属し、北方は壬癸亥子にして水に属し、中央は戊己と辰戌丑未にして土に属す。天干の五合:甲と己と合し、乙と庚と合し、丙と辛と合し、丁と壬と合し、戊と癸と合す。
地支合:子與丑合,寅與亥合,卯與戌合,辰與酉合,巳與申合,午與未合。地支會局:寅午戌會成火局,亥卯未會成木局,申子辰會成水局,巳酉丑會成金局。五行相生:金生水,水生木,木生火,火生土,土生金。五行相剋:金克木,木克土,土克水,水克火,火克金。十干祿:甲祿到寅,乙祿到卯,丙戊祿在巳,丁己祿居午,庚祿居申,辛祿居酉,壬祿居亥,癸祿居子。
地支の六合:子と丑と合し、寅と亥と合し、卯と戌と合し、辰と酉と合し、巳と申と合し、午と未と合す。地支の三合会局:寅午戌は会して火局を成し、亥卯未は会して木局を成し、申子辰は会して水局を成し、巳酉丑は会して金局を成す。五行の相生する次序:金は水を生じ、水は木を生じ、木は火を生じ、火は土を生じ、土は金を生ず。五行の相克する次序:金は木を克し、木は土を克し、土は水を克し、水は火を克し、火は金を克す。十天干の禄位:甲の禄は寅に在り、乙の禄は卯に在り、丙と戊との禄は同じく巳に在り、丁と己との禄は同じく午に在り、庚の禄は申に在り、辛の禄は酉に在り、壬の禄は亥に在り、癸の禄は子に在り——皆各干の臨官の地なり。以上の合・会・生・克と禄位とのこの幾組の対照は、八字を排し十神を取り刑冲会合を看るの基本の功夫にして、必ず先に熟々と背誦するを須す。
五行發用:長生,沐浴,冠帶,臨官,帝旺,衰,病,死,墓,絕,胎,養。四生:火生在寅,金生在巳,水土長生居申,木生在亥。四敗:火敗在卯,金敗在午,水土敗在酉,木敗在子。四官:火官在巳,金官在申,水土臨官在亥,木官在寅。四庫:火庫居戌,金庫居丑,水土庫居辰,木庫居未。四絕:火絕在亥,金絕在寅,水土絕在巳,木絕在申。右以上五行,長生、沐浴、敗、官、庫、絕等例,在陽順陰逆圖中考出,以為初學有所持循也。
五行の運行して経る所の十二個の段階は:長生・沐浴・冠帯・臨官・帝旺・衰・病・死・墓・絶・胎・養なり。四長生の位:火は寅に長生し、金は巳に長生し、水と土とは同じく申に長生し、木は亥に長生す。四沐浴(敗)の位:火は卯に敗れ、金は午に敗れ、水土は酉に敗れ、木は子に敗る。四臨官の位:火は巳に臨官し、金は申に臨官し、水土は亥に臨官し、木は寅に臨官す。四墓庫の位:火庫は戌に在り、金庫は丑に在り、水土庫は辰に在り、木庫は未に在り。四絶の位:火は亥に絶し、金は寅に絶し、水土は巳に絶し、木は申に絶す。以上の五行の長生・沐浴・臨官・墓庫・絶等の條例は、倶に後の「陽順陰逆図」裡より查し出だす能う、ここに列するは初学の人に依拠し循わるべき有らしむるが為なり。
地支相沖:子午相沖,寅申相沖,卯酉相沖,辰戌相沖,巳亥相沖,丑未相沖。三刑:寅刑巳上巳刑申,丑戌相刑未與辰。卯刑子上子刑卯,辰午酉亥自相刑。六害:六害子未不相親,丑害午兮寅巳嗔。卯害辰兮申害亥,酉戌相逢轉見深。
地支の六冲:子と午と相冲し、寅と申と相冲し、卯と酉と相冲し、辰と戌と相冲し、巳と亥と相冲し、丑と未と相冲す——皆七位を隔て方位は正対するの両支なり。三刑の口訣:寅は巳を刑し巳は申を刑す、これは無恩の刑なり;丑は戌を刑し戌は未を刑し未は丑を刑す、これは恃勢の刑なり;卯は子を刑し子は卯を刑す、これは無礼の刑なり;辰・午・酉・亥は則ち各々自ら相刑して、自刑と呼ぶ。六害の口訣:子と未とは彼此相亲しまず、丑は午を害し、寅と巳とは互相いに嗔怒し、卯は辰を害し、申は亥を害し、酉と戌とは相逢えば、害意は転じてさらに深し。
十二支中所藏法:子藏癸水是祿位,丑己三分辛及癸。寅藏甲丙戊木火,辰有戊兮乙與癸。巳藏丙戊及庚金,午宮卻有丁火己。未宮丁乙己同臨,申宮庚金壬水戊。酉宮辛金一位美,戌有丁辛戊土至。亥藏壬甲二天干,十二宮中須記取。
十二地支の蔵する所の人元の口訣:子中はただ癸水を蔵し、正に癸の禄位なり;丑中は己土三分を蔵し、兼ねて辛金と癸水とを蔵す;寅中は甲木・丙火と戊土とを蔵す;辰中は戊土を蔵し、兼ねて乙木と癸水とを蔵す;巳中は丙火・戊土と庚金とを蔵す;午宮は則ち丁火と己土とを蔵す;未宮は丁火・乙木・己土が同処す;申宮は庚金・壬水と戊土とを蔵す;酉宮はただ辛金の一位のみ有りて、最も純美なり;戌中は丁火・辛金と戊土と有り;亥中は壬水と甲木との両個の天干を蔵す。この十二宮の蔵干は、務めて牢记するを須す。ここの底本は卯宮を列せず、まさに脱漏と當(あた)るべし。
論五行生剋制化各有所喜忌例:金旺得火,方成器皿。火旺得水,方成相濟,水旺得土,方成池沼。土旺得木,方成疏通。木旺得金,方成棟樑。此乃身旺遇官殺入格。純粹不雜,運又不背,即至卿相之地。金賴土生,土多金埋。土賴火生,火多土焦。火賴木生,木多火熾。木賴水生,水多木漂。水賴金生,金多水濁。此乃身弱逢印,太旺重疊,即為所害。金多生水不忌,獨水三犯庚辛云云。金能生水,水多金沈。水能生木,木盛水縮。木能生火,火多木焚。火能生土,土多火掩。土能生金,金多土虛。此乃身弱傷官食神,重疊太旺,故有所害。如或日強,又比肩重疊,方不忌傷官食神。若純一不雜,又為格局。
下に五行の生克制化に各々喜忌有るの條例を講ず。金は旺にして火を得て来りて鍛錬せば、こそ器皿を成し得;火は旺にして水を得て来りて相済せば、こそ既済の功を成し得;水は旺にして土を得て来りて約束せば、こそ池沼を蓄え成し得;土は旺にして木を得て来りて疏松せば、こそ気を通じ得;木は旺にして金を得て来りて砍削せば、こそ棟梁を做し成し得。この一組の講ずる所は倶に日主の身旺にして官殺に遇上して、正に格に入るの情形なり。ただ格局が純粋にして雑らず、大運はまた用神に違背せざれば、即ち公卿宰相の地位に到る能う。金は土に頼りて生ぜられ、しかし土は太く多ければかえって金を埋め住む;土は火に頼りて生ぜられ、しかし火は太く多ければかえって土を烤(あぶ)り焦がす;火は木に頼りて生ぜられ、しかし木は太く多ければかえって火をして熾にして失控ならしむ;木は水に頼りて生ぜられ、しかし水は太く多ければかえって木を漂浮せしむ;水は金に頼りて生ぜられ、しかし金は太く多ければかえって水を混濁せしむ。この一組の講ずるは身弱にして印に逢い、印星は太く旺にして重重曇曇にして、かえってその害を受くるなり。ただし金多くして水を生ずるは本(もと)忌を算せず、ただ水弱くして屡々庚辛を見るをば、別当に論ず。さらに次の一組を看る:金は能く水を生ずるも、しかし水多ければ則ち金は沉み;水は能く木を生ずるも、しかし木盛なれば則ち水は縮み;木は能く火を生ずるも、しかし火多ければ則ち木は焚かれ;火は能く土を生ずるも、しかし土多ければ則ち火は掩われ;土は能く金を生ずるも、しかし金多ければ則ち土は虚し。この一組の講ずるは身弱にして傷官食神は重疊にして太く旺にして、ゆえに害を受くるなり。たとい日主が本(もと)より強く、また比肩が重重に身を帮けば、こそ傷官食神を忌まず;もし食傷が純一にして混雑せざれば、かえって自ずから一格を成す。
金能克木,木堅金缺。木能克土,土重木折。土能克水,水多土蕩。水能克火,火炎水乾。火能克金,金多火息。此乃身弱,逢財太旺重疊,返能相害。若身強遇財入格局者,即為富貴八字。金弱遇火,必見銷熔。火弱逢水,必見息滅。水弱逢土,必為淤塞,土弱逢木,必遭傾陷。木弱逢金,必為坎折。此乃身弱,又遇官殺剝雜太旺,必為殘疾夭折貧賤也。
金は能く木を克するも、しかし木は太く堅硬なればかえって金を崩缺せしむ;木は能く土を克するも、しかし土は太く厚重なればかえって木を折断せしむ;土は能く水を克するも、しかし水は太く多ければかえって土を冲蕩せしむ;水は能く火を克するも、しかし火は太く炎烈なればかえって水を烤乾せしむ;火は能く金を克するも、しかし金は太く多ければかえって火を圧熄せしむ。この一組の講ずるは身弱にして財星に遇い太く旺にして重疊せば、本(もと)より我は財を克すべきが、結果はかえって財に害せらる。もし身強にして財に遇い恰好として格に入るは、那(な)れば即ち富貴の八字なり。さらに次の一組を看る:金は弱くして火に遇えば、必ず熔化せられ;火は弱くして水に遇えば、必ず澆滅せられ;水は弱くして土に遇えば、必ず淤塞せられ;土は弱くして木に遇えば、必ず傾陷せられ;木は弱くして金に遇えば、必ず砍折せられん。この一組の講ずるは身弱にしてまた官殺に遇い剥削混雑して太く旺なれば、那(な)れば必定として殘疾・夭折あるいは貧賤なり。
強金得水,方挫其鋒,強水得木,方洩其勢。強木得火,方化其頑,強火得土,方止其焰。強土得金,方宣其滯。此乃身弱遇鬼,得物以化則吉。如甲日被金殺來傷,若時上一位壬癸水,申子辰解之,即化凶為吉。餘仿此。
金は太く強にして水を得て来りて泄せば、こそその鋒芒を挫住し得;水は太く強にして木を得て来りて泄せば、こそその気勢を泄し掉(す)て得;木は太く強にして火を得て来りて泄せば、こそその頑硬を化し開き得;火は太く強にして土を得て来りて泄せば、こそその火焰を止住し得;土は太く強にして金を得て来りて泄せば、こそその滞塞を宣し開き得。この一組の講ずるは身弱にして「鬼」(七殺)に遇い来りて攻むるも、ただ一物有りて能くそれを化泄せば、即ち転じて吉と為る。たとえば甲木の日主が金の殺に傷せらるるも、もし時柱上に一位の壬水あるいは癸水有り、あるいは地支は申子辰合して水局を成せば、金は便ち往きて水を生じ水はまた来りて木を生じて、凶象は立刻に吉象と化す。其余の各种の情形は倶にこの道理に照らして類推す。
吉神類
天乙貴人:甲戊兼牛羊,乙己鼠猴鄉,丙丁豬雞位,壬癸兔蛇藏,庚辛逢馬虎,此是貴人方。《三車一覽賦》云:天乙文星,得之者聰明智慧。《驚神賦》云:日干坐貴,一世清高。《通明賦》云:貴壓三刑終執正。一作政。《秘訣》云:貴人喜合。又云:為人正大者,天乙生旺。《富貴賦》云:顯貴者,身臨貴宿。
「天乙貴人」の口訣は:甲・戊の両干は兼ねて丑(牛)未(羊)を取り、乙・己の両干は子(鼠)申(猴)を取り、丙・丁の両干は亥(猪)酉(鶏)を取り、壬・癸の両干は卯(兔)巳(蛇)を取り、庚・辛の両干は午(馬)寅(虎)を取る、これ即ち貴人の所在するの方位なり。《三車一覧賦》にいう:天乙は文星にして、それを得る者は聡明にして智慧有り。《驚神賦》にいう:日干は貴人の上に坐すれば、一生は清高なり。《通明賦》にいう:貴人は能く三刑を壓し住めて、終に正道を執守す(「正」は一本「政」と作す)。《秘訣》にいう:貴人は他の支と相合するを喜ぶ;またいう人と為りて正直寛厚なるは、天乙貴人が生旺の地に処するなり。《富貴賦》にいう:顯貴の人は、命身は貴人の星宿に臨む。
天德 解曰:正月生見丁字,二月生見申字,三月生見壬字,四月生見辛字,五月生見亥字,六月生見甲字,七月生見癸字,八月生見寅字,九月生見丙字,十月生見乙字,十一月生見子字,十二月生見庚字,此為天德。月德 解曰:寅午戌月在丙,申子辰月在壬,亥卯未月在甲,巳酉丑月在庚,此為月德。
「天徳」の推法は:正月に生まるる人は柱中に丁の字を見、二月は申の字を見、三月は壬の字を見、四月は辛の字を見、五月は亥の字を見、六月は甲の字を見、七月は癸の字を見、八月は寅の字を見、九月は丙の字を見、十月は乙の字を見、十一月は子の字を見、十二月は庚の字を見る、これ即ち天徳貴人なり。「月徳」の推法は:寅午戌の三個の月に生まるるは丙をもって月徳と為し、申子辰の三個の月に生まるるは壬をもって月徳と為し、亥卯未の三個の月に生まるるは甲をもって月徳と為し、巳酉丑の三個の月に生まるるは庚をもって月徳と為す。両者は合して天月二徳と称し、倶に厄を解くの神なり。
《三車一覽賦》云:天月二德扶持,利官少病。又云:二德扶持,眾惡皆散。《心鏡賦》云:天月二德為救解,百災不為害。《相心賦》云:二德印生,作事施恩佈德。《幽微賦》云:慈祥敏慧,天月二德呈祥。《奧旨賦》云:命虧殺旺,要天月二德呈祥。《秘訣》云:天月二德臨日主,一生無險無虞。更遇將星,名登相府。
《三車一覧賦》にいう:天徳月徳の扶持する有る人は、官運に利して疾病少なし;またいう二徳は扶持して、種種の凶悪は倶に消散す。《心鏡賦》にいう:天月二徳は救解の神にして、百般の災殃は倶に傷るに及ばず。《相心賦》にいう:二徳と印星と相生する人は、事を行いて恩を施し徳を布く。《幽微賦》にいう:性情は慈祥にして機敏聡慧なるは、天月二徳の祥を呈するなり。《奥旨賦》にいう:命局に虧有りて七殺また旺なるは、天月二徳に靠りて祥を呈し解救するを要す。《秘訣》にいう:天月二徳は日主の上に臨めば、一生は険凶も憂虞も無し;もしさらに將星に遇えば、名字は能く宰相府に登る。
學堂 解曰:甲日生遇亥月,或亥時。乙日生遇午月,或午時。丙日生遇寅月,或寅時。丁日生遇酉月,或酉時。戊日生遇寅月,或寅時。己日生遇酉月,或酉時。庚日生遇巳月,或巳時。辛日生遇子月,或子時。壬日生遇申月,或申時。癸日生遇卯月,或卯時。《三車一覽》云:學堂有氣,惟利師儒。《富貴賦》云:聰明命坐學堂。
「学堂」の推法は日干の長生の地を取る:甲日生は亥月あるいは亥時に遇い、乙日生は午月あるいは午時に遇い、丙日生は寅月あるいは寅時に遇い、丁日生は酉月あるいは酉時に遇い、戊日生は寅月あるいは寅時に遇い、己日生は酉月あるいは酉時に遇い、庚日生は巳月あるいは巳時に遇い、辛日生は子月あるいは子時に遇い、壬日生は申月あるいは申時に遇い、癸日生は卯月あるいは卯時に遇う。《三車一覧》にいう:学堂に気有る人は、最も師長儒生を為すに利あり。《富貴賦》にいう:聡明の人は、命裡に学堂に坐す。学堂の取る所は正に日干の長生の処にして、生気の聚まる所なり、ゆえに人をして読書は聡頴にして文教の職に宜しと主す。
官貴學館 解曰:官貴學館者,以官貴長生之位為學館。如甲乙以庚辛金為官貴,金生於巳,臨官於申,是甲乙日生人,遇巳字申官,即為官貴學館。十干例此推之。華蓋 解曰:寅午戌生見戌字,亥卯未生見未字,申子辰生見辰字,巳酉丑生見丑字,此為華蓋是也。
「官貴学館」の推法:官星貴神の長生の位をもって学館に当作す。たとえば甲・乙木は庚・辛金をもって官貴と為し、金は巳に長生し申に臨官す、ゆえに甲乙日に生まるる人は、柱中に巳の字と申の字とに遇上すれば、即ち官貴学館なり。其余の十干は倶にこの办法に照らしてこれを推す。「華蓋」の推法:年支が寅午戌に属するは戌の字を見、亥卯未に属するは未の字を見、申子辰に属するは辰の字を見、巳酉丑に属するは丑の字を見る、これ即ち華蓋なり——倶に三合局の墓庫の位を取る。
《三車賦》云:華蓋重重,勤心學藝。又云:華蓋乃聰明之士。古云:華蓋逢空,偏宜僧道。《奧旨賦》云:柱若逢華蓋,犯二德,乃清貴之人。《通明賦》云:華蓋臨身,定為方外之人,留心於蓮社蘭臺,容膝於蒲團竹偈。《造微賦》云:印綬逢華蓋,尊居翰苑。古歌云:生逢華蓋主文章,藝術偏多智慮長。
《三車賦》にいう:華蓋が重重に出現する人は、肯んじて心を用いて芸を学ぶ;またいう華蓋は聡明の士の標誌なり。古語にいう:華蓋はもし空亡に落ち入れば、偏偏として僧道を為すに宜し。《奥旨賦》にいう:柱中にもし華蓋に逢い、また天月二徳を帯びれば、便ち清貴の人なり。《通明賦》にいう:華蓋が身に臨む人は、必定是(これ)方外の士にして、一心は仏門の蓮社と文苑の蘭台とに留意し、蒲団竹榻の間に身を安んず。《造微賦》にいう:印綬はさらに華蓋に逢えば、尊く翰林院に居る能う。旧歌にいう:生まれて華蓋を帯ぶる人は文章を主り、技藝は偏りて多くして思慮は深長なり。
將星 解曰:如寅午戌生見午字,申子辰生見子字,巳酉丑生見酉字,亥卯未生見卯字,此為將星。古歌云:將星文武兩相宜,祿重權高足可知。驛馬 解曰:寅午戌生見申字,申子辰生見寅字,巳酉丑生見亥字,亥卯未生見巳字,此為驛馬。
「將星」の推法:年支が寅午戌に属するは午の字を見、申子辰に属するは子の字を見、巳酉丑に属するは酉の字を見、亥卯未に属するは卯の字を見る、これ即ち將星なり——倶に三合局の帝旺の位を取る。旧歌にいう:將星の人は文武の両途に倶に相宜し、俸禄は豊厚にして権柄は高峻なるは、推して知るべし。「驛馬」の推法:年支が寅午戌に属するは申の字を見、申子辰に属するは寅の字を見、巳酉丑に属するは亥の字を見、亥卯未に属するは巳の字を見る、これ即ち驛馬なり——倶に三合局の長生の位の对冲の地を取る、ゆえに奔走遷動を主す。
《三車賦》云:馬逢鞭策,身不安閒。《造微論》云:馬頭帶劍,鎮壓邊疆。又云:壬申癸酉為真劍。《身命賦》云:馬奔財鄉,發如猛虎。《集說》云:貴人馬多升擢,常人馬多奔波。又云:馬忌空亡。古歌云:人命若還逢驛馬,大利求名求利者。
《三車賦》にいう:驛馬はさらに鞭策の催趕するに遇えば、人は一身に安閑を得ず。《造微論》にいう:馬頭に劍を帯び(馬と七殺と同柱にして)、辺疆を鎮鎭する能う;またいう壬申・癸酉をこそ真の「馬頭帶劍」と算す。《身命賦》にいう:驛馬は財郷に奔向する人は、発達し起ること猛虎のごとし。《集説》にいう:貴人の命裡に馬多きは主として升遷提拔し、平常の人は馬多ければ則ちただ奔波労碌するのみ;またいう驛馬は最も空亡に落つるを忌む。旧歌にいう:人の命裡にもしなお驛馬に遇上せば、名を求め利を求める者に大いに利あり。
天赦 解曰:春戊寅日,夏甲午日,秋戊申日,冬甲子日。《三車一覽》賦云:命中若逢天赦,處世百事無憂。《集說》云:天赦若於命中守,逢凶不凶甚嗜酒。福德秀氣 解曰:要己丑日主,生臨地支巳酉丑全者,為福德。要天干三個乙字,地支巳酉丑全者,為秀氣。
「天赦」の推法:春天に生まるるは戊寅日を取り、夏天に生まるるは甲午日を取り、秋天に生まるるは戊申日を取り、冬天に生まるるは甲子日を取る。《三車一覧賦》にいう:命裡にもし天赦に逢えば、世に処りて百事は倶に憂慮を用いず。《集説》にいう:天赦はもし命中に守れば、凶に遇うも凶を成さず、ただこの種の人は頗る酒を嗜む。「福徳秀気」の推法:己丑をもって日主と為し、地支にまた巳酉丑斉全するを須して、それを福徳と呼ぶ;天干に三個の乙の字有りて、地支にまた巳酉丑斉全するを須して、それを秀気と呼ぶ。
福星貴人 解曰:甲丙相邀入虎鄉,更逢鼠穴最高強。戊申己未丁亥遇,乙癸逢牛福祿昌。庚趕馬頭辛帶巳,壬騎龍背喜非常。《三車一覽賦》云:福星貴人眾所欽,命中最喜值此神。鸞喜二德解神歌 解曰:卯起紅鸞逆數通,欲知天喜是相沖。更有解神須逆數,戌中到酉是真宗。欲求天德順從酉,月德要依巳順逢。有人命限逢斯到,喜中加喜又無凶。
「福星貴人」の口訣は:甲・丙の両干は相邀いて寅(虎)の郷に進入し、もしさらに子(鼠)の穴に逢えば即ち最も高強なり;戊は申を取り己は未を取り丁は亥を取り;乙・癸の両干は丑(牛)に逢えば則ち福禄は昌盛し;庚は午(馬)の頭に赶(お)い至り、辛は巳を帯びて、壬は辰(龍)の背に騎る、喜ぶ可きは非常なり。《三車一覧賦》にいう:福星貴人は衆人に欽敬せられ、命中最もこの一神に値(あ)うを喜ぶ。「鸞喜二徳解神歌」にいう:紅鸞は卯位より起して逆に數えて通じ、天喜を知らんと欲せば即ち紅鸞の对冲の位に在り;さらに解神有りてまた逆に數えるを須し、戌より數えて酉に到るをこそ正宗と為す;天徳を求めんと欲せば即ち酉位より順に數え、月徳は則ち巳位に依りて順に逢うを要す。人の命限にもしこの幾位に逢い到れば、便ち喜に喜を加えてまた凶险無し。
凶神類
六甲空亡 曰:甲子旬中無戌亥,甲戌旬中無申酉,甲申旬中無午未,甲午旬中無辰巳,甲辰旬中無寅卯,甲寅旬中無子丑。《造微賦》云:空亡更臨寡宿,孤獨龍鍾。《集說》云:凡人命內帶空亡,一生主聰明。喪門 解曰:子生人見寅字,丑生人見卯字,寅生人見辰字,卯生人見巳字,辰生人見午字,巳生人見未字,午生人見申字,未生人見酉字,申生人見戌字,酉生人見亥字,戌生人見子字,亥生人見丑字,此曰生年上推之。弔客 解曰:子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥,戌亥子丑寅卯辰巳午未申酉,照前喪門推去為弔客。《集說》云:命前三辰為喪門,命後三辰為弔客,本曰歲神犯之,主喪服哭泣輕者主損遠親。
「六甲空亡」の推法:十天干は十二支に配すれば、每旬に必ず两支の余りて干の配すべき無し、那の两支は即ち空亡なり。甲子旬は戌・亥を缺き、甲戌旬は申・酉を缺き、甲申旬は午・未を缺き、甲午旬は辰・巳を缺き、甲辰旬は寅・卯を缺き、甲寅旬は子・丑を缺く。《造微賦》にいう:空亡はさらに寡宿に臨めば、孤独にして老態龍鍾を主す。《集説》にいう:凡そ人の命裡に空亡を帯ぶるは、一生にかえって聡明を主す。「喪門」の推法:生年の地支より前に數えて両位を過ぐ。子年生のは寅の字を見、丑年生のは卯の字を見、寅年生のは辰の字を見、卯年生のは巳の字を見、辰年生のは午の字を見、巳年生のは未の字を見、午年生のは申の字を見、未年生のは酉の字を見、申年生のは戌の字を見、酉年生のは亥の字を見、戌年生のは子の字を見、亥年生のは丑の字を見る、倶に生年上よりこれを推す。「弔客」の推法:上の一行に子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥を列ねて生年と為し、下の一行は戌亥子丑寅卯辰巳午未申酉に対応し、前の喪門の办法に照らして推し去れば、即ち弔客なり。《集説》にいう:命の前三位は喪門と為し、命の後三位は弔客と為す;本命と流年の歳神とがそれに冲犯せば、喪服哭泣の事有るを主り、軽きもまた遠房の親屬を折損するを主す。
勾神解曰:子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥,卯辰巳午未申酉戌亥子丑寅,照前例推去,即為勾神。絞神解曰:子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥,酉戌亥子丑寅卯辰巳午未申,照前例推去,即為絞神。《造微論》云:勾神疊於三刑,定是頻遭編配。《集說》云:命前四辰為勾,命後四辰為絞。如午生人,酉為勾,卯為絞。若本曰與歲運逢之,主災滯傷身,或退財勾連之事。
「勾神」の推法:上の一行に子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥をもって生年と為し、下の一行は卯辰巳午未申酉戌亥子丑寅に対応し、前例に照らして推し去れば、即ち勾神なり。「絞神」の推法:生年の一行は変わらず、下の一行は酉戌亥子丑寅卯辰巳午未申に対応し、前例に照らして推し去れば、即ち絞神なり。《造微論》にいう:勾神と三刑と重疊するは、必定として屡々発配充軍に遭う。《集説》にいう:命の前四位は勾と為し、命の後四位は絞と為す。たとえば午年生の人は、酉は勾に卯は絞なり。もし本命と流年大運とが碰上せば、災病滞塞にして身を傷り、あるいは財を破り牽連せらるるの事を主す。勾は命の前に絞は命の後に在りて、一前一後に本命を夾み住めば、ゆえに古人はそれらを牽絆纏身の凶神と看作したり。
孤神解曰:子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥,寅寅巳巳巳申申申亥亥亥寅,照前例推之,即為孤神。寡宿解曰:子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥,戌戌丑丑丑辰辰辰未未未戌,照前例推之,即為寡宿。秘訣云:雙辰合黨,鰥寡而孤。《驚神賦》云:員神方,抱孤寡貴人同一位。又云:孤神華蓋,曰時相犯主伶仃,又云:孤華主為林下僧尼。
「孤神」の推法:子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥をもって生年と為し、順次に寅・寅・巳・巳・巳・申・申・申・亥・亥・亥・寅に対応し、前例に照らして推し出せば即ち孤神なり——取る所は生年の三合局の所在する方位の下一の孟支なり。「寡宿」の推法:生年は順次に戌・戌・丑・丑・丑・辰・辰・辰・未・未・未・戌に対応し、前例に照らして推し出せば即ち寡宿なり——取る所は本方位の前一の墓庫支なり。《秘訣》にいう:孤寡の両辰は党を結び合せば、即ち鰥寡孤独なり。《驚神賦》にいう:孤神寡宿はもし貴人と同じく一位に処せば、情形はまた別当に論ず;またいう孤神と華蓋とが日柱時柱上に互いに犯せば、孤零伶仃を主す;またいう孤神と華蓋と倂見すれば、多くは山林間の僧尼を作す。
《通明賦》云:孤寡雙辰帶官印,定作叢林領袖。《身命賦》云:男孤神,他鄉之客。女寡宿,異省之婦。古歌云:孤神切忌男克婦,寡宿須教女害夫。隔角 解曰:以日時上起,日與時隔一字,即為隔角。如丑日卯時,辰日午時,未日酉時,戌日子時之類。《心鏡賦》云:隔角相逢犯歲君,徒流定分明。
《通明賦》にいう:孤寡の双辰が官星印綬を帯びれば、かえって必定として仏門叢林の領袖と為る。《身命賦》にいう:男命に孤神を帯ぶるは、多くは他郷に客居する人;女命に寡宿を帯ぶるは、多くは遠く異省に嫁ぐの婦。旧歌にいう:孤神は最も男子の妻を克するを忌み、寡宿は則ち女子をして夫を害せしむ。「隔角」の推法:日柱と時柱上より起して、日支と時支との中間に一個の字を隔てれば、即ち隔角なり。たとえば丑日は卯時に配し(中間に寅を隔て)、辰日は午時に配し(中間に巳を隔て)、未日は酉時に、戌日は子時に配す、皆この類に属す。《心鏡賦》にいう:隔角は相逢いまた歳君に冲犯せば、充軍流放の事は分明に断ず可し。
咸池 解曰:寅午戌生人見卯字,申子辰生人見酉字,巳酉丑生人見午字,亥卯未生人見子字,即為咸池殺。此以生年上起,或又以日上起,此殺有在日時上者為緊。《幽微賦》云:酒色猖狂,只為桃花帶殺。《玉凼賦》云:天德與咸池同會,晚年有風月之情。《秘訣》云:桃花驛馬,一生不免飄蓬。又云:桃花倒插,慷慨風流。又云:有人命內帶咸池,自是天然惹是非。男子逢之多慷慨,女人為此逞風情。
「咸池」(俗に桃花と称す)の推法:年支が寅午戌に属するは卯の字を見、申子辰に属するは酉の字を見、巳酉丑に属するは午の字を見、亥卯未に属するは子の字を見れば、即ち咸池の殺なり——取る所は三合局の沐浴の位なり。この殺は生年上より起し、ある人はまた日支上より起す;日柱時柱上に落つるは関係が最も緊要なり。《幽微賦》にいう:酒色に猖狂する人は、ただ桃花がまた殺を帯ぶるが為にのみ。《玉匣賦》にいう:天徳と咸池とが一処に会すれば、晩年に風月の情有らん。《秘訣》にいう:桃花と驛馬と同現すれば、一生は飄泊を免れず;またいう桃花は倒に挿せば、人と為りて慷慨風流なり;またいう人の命裡にもし咸池を帯びれば、自ずから天生に是非を招惹し、男子はそれに逢えば多くは慷慨に、女子はそれに逢えば則ち風情を逞しゅうすること愛す。咸池の取る所は三合局の沐浴の地にして、沐浴はまた敗地と呼ばる、ゆえにこの煞は専ら色欲を主す。
《通明賦》云:桃花帶合,必是浪遊之子。《造微論》云:咸池更會曰官司,緣妻致富。又云:桃花若臨帝座。因色亡身。《驚神賦》云:風流破蕩,因奸干弱坐咸池。伏吟 解曰:子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥,子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥,對字推之,即為伏吟。返吟 解曰:子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥,午未申酉戌亥子丑寅卯辰巳,沖宮推之,即為返吟。
《通明賦》にいう:桃花はさらに合を帯ぶるは、必ず浪蕩遊冶の人なり。《造微論》にいう:咸池はもし官星と会合せば、かえって能く妻子に因りて富に致る;またいう桃花はもし帝旺の位に臨めば、色に因りて身を喪わん。《驚神賦》にいう:風流破敗の人は、多く姦情に因りて身を弱くしまた咸池に坐す。「伏吟」の推法:子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥をもって一行と為し、下は照様にさらに子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥を排して、両両相対に字字相同なれば、それを伏吟と呼ぶ。「返吟」の推法:上の一行はなお旧(もと)より子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥にして、下の一行は午未申酉戌亥子丑寅卯辰巳に対応し、両両相冲すれば、それを返吟と呼ぶ。
書云:“返吟伏吟,哭泣淋淋。不傷自己,也損他人。”其法如子年生人,遇流年歲君是子,即為伏吟。如子年生人,遇流年歲君是午,即為反吟,餘皆例推。《古歌云》:伏吟之殺不堪聞,運限如逢一例論。又云:返吟不但害妻兒,家活難成卓立遲。元辰 解曰:子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥,如子年生見未字,丑年生見午字,寅年生見酉字,卯年生見申字,辰年生見亥字,巳年生見戌字,即是。《秘訣》云:大耗懸針,非貧即夭。《身命賦》云:禍莫禍於元辰。
書にいう:「返吟伏吟は一到せば、哭声は絶えず;自己を傷らずとも、また旁人に損及す。」その具体の推法:子年生の人が流年の太歳に遇い又是た子なれば、即ち伏吟なり;子年生の人が流年の太歳は午に遇えば、即ち返吟なり、其余は倶にこの類に照らして推す。旧歌にいう:伏吟のこの煞は聴くに堪えざるも、大運流年に碰上すれば一様に論断す;またいう返吟はただ妻子児女を妨害するのみならず、家業もまた成り難く立身も遅し。「元辰」(また大耗と名づく)の推法:子年生のは未の字を見、丑年生のは午の字を見、寅年生のは酉の字を見、卯年生のは申の字を見、辰年生のは亥の字を見、巳年生のは戌の字を見れば、即ち是なり、其余は類推す。《秘訣》にいう:大耗と懸針と同見すれば、貧ならずともまた夭せり。《身命賦》にいう:禍患は元辰よりさらに厲しきは無し。元辰の取る所は本命と七位を相隔て彼此和せざるの処にして、気は既に相背すれば、ゆえに専ら耗散を主す。
劫殺 解曰:子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥,巳寅亥申巳寅亥申巳寅亥申,如申子辰年生見巳字,寅午戌年生見亥字,亥卯未年生見申字,巳酉丑年生見寅字,是也。破軍 解曰:子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥,亥申巳寅亥申巳寅亥申巳寅,如申子辰年生見亥字,亥卯未年生見寅字,寅午戌年生見巳字,巳酉丑年生見申字,是也。
「劫殺」の推法:子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥をもって生年と為し、順次に巳・寅・亥・申・巳・寅・亥・申・巳・寅・亥・申に対応す。帰納して起せば即ち:申子辰年生のは巳の字を見、寅午戌年生のは亥の字を見、亥卯未年生のは申の字を見、巳酉丑年生のは寅の字を見れば、是なり——倶に三合局の絶地の位置を取る。「破軍」の推法:生年は順次に亥・申・巳・寅・亥・申・巳・寅・亥・申・巳・寅に対応す。帰納して起せば即ち:申子辰年生のは亥の字を見、亥卯未年生のは寅の字を見、寅午戌年生のは巳の字を見、巳酉丑年生のは申の字を見れば、是なり。破軍の取る所は三合局の長生の位の对冲の処にして、劫殺と一前一後に遥かに相呼応し、倶に折損耗敗を主す。
《三車一覽賦》云:亡劫往來,佛口蛇心之輩。又破軍三重,必是徒流之輩。古歌云:命值官符官事多,漫誇永智逞嘍羅。祖宗財物如山阜,也是漂流水上波。又云:一位破軍如口嘴,兩重生旺主徒流。三重遇著須當絞,四位逢之定斬頭。
《三車一覧賦》にいう:亡神と劫煞とが往来交錯するは、口に仏を念じ心は蛇蝎のごときの輩なり;またいう破軍は重疊して三層なるは、必定として徒刑流放を判せらるる人なり。旧歌にいう:命裡に官符に遇上せば、官非の事は即ち多し、徒らに自ら夸口して何の機智能耐かを逞しゅうすなかれ;祖宗の留し置きたる財物は山のごとく堆くとも、またただ水上に漂う浮波なり。またいう:命に一位の破軍を帯びれば多嘴多舌のごとく、両重の破軍また生旺に逢えば、徒流の刑を主り;三重に遇著せば即ち絞刑に処する可く、四位倶に逢上せば、定めて斬首を要す。
懸針 解曰:凡八字柱中刑多拖腳,如懸針之狀者,即是懸針殺。如甲申辛卯甲午之類是也。秘訣云:懸針聚刃,可作屠沽。平頭 解曰:凡八字四柱中,字多平頭者,謂之平頭殺,如甲子甲辰甲寅丙辰丙戌丙寅之類是也。秘訣云:平頭懸針帶刃,主六畜之中。集說云:平頭一格占天干,年刃懸針殺斗攢。破格刑沖無旺氣,披羊帶角畜生看。
「懸針」の推法:凡そ八字の柱中に刑を帯びて字形は多く下に拖くるの筆脚有りて、看去(みれば)一根の懸りたる針に像れば、即ち懸針殺なり、例えば甲申・辛卯・甲午の類の是なり。《秘訣》にいう:懸針はまた羊刃を聚めたる人は、屠戸酒保を做り往く可し。「平頭」の推法:凡そ四柱の中に字形は多く平頂なるを、それを平頭殺と謂う、例えば甲子・甲辰・甲寅・丙辰・丙戌・丙寅の類の是なり。《秘訣》にいう:平頭・懸針また羊刃を帯ぶるは、六畜と伍するを主す。《集説》にいう:平頭のこの一格はただ天干を看て、年上の羊刃と懸針の凶煞とが一処に攢聚し;もし格局は破られ刑冲は交加してまた旺氣無ければ、即ちただ毛を披き角を戴くの畜類と作して看る他無し。
紫暗星 解曰:祿前一位,在天為紫暗星,專行誅戮。人命遇此,更加刑沖破害,其人必主兇惡,死於兵戈之下。流霞殺 解曰:甲雞乙犬丙羊加,丁是猴鄉戊見蛇,己馬庚龍辛逐兔,壬豬癸虎是流霞。男主他鄉死,女主產後亡。
「紫暗星」の推法:日干の禄位の前の一位は、天上に於いてそれを紫暗星と呼び、専ら誅戮の事を管す。人の命がそれに遇上し、さらに刑冲破害を加えば、この人は必定として凶悪にして、兵刃の下に死す。「流霞殺」の口訣は:甲干は酉(鶏)を見、乙干は戌(犬)を見、丙干は未(羊)を見、丁干は申(猴の郷)を見、戊干は巳(蛇)を見、己干は午(馬)を見、庚干は辰(龍)を見、辛干は卯(兔)を追逐し、壬干は亥(猪)を見、癸干は寅(虎)を見る、これ即ち流霞なり。男子がそれを犯せば他郷に客死を主り、女子がそれを犯せば産後に身亡を主す。
沖天殺 解曰:生日對時人壽短,年生月對壽不長。此時五行沖天殺,有人值此少年亡。忌生日對生時,生時對生命是也。五鬼殺 解曰:木命逢牛鼠,金人忌馬羊。火人卯辰是,水土犬雞鄉。男女命值此,都是守空房。
「冲天殺」の口訣は:生日と生時と相冲する人は寿命短く、生年と生月と相冲するは寿数もまた長からず;これ即ち五行中の冲天殺にして、人有りてそれに碰上せば便ち少年に身亡す。忌む所は正に生日と生時と相対冲し生時と生年と相対冲するの両種の情形なり。「五鬼殺」の口訣は:木命の人は丑(牛)子(鼠)に遇上し、金命の人は午(馬)未(羊)を忌み、火命の人は卯と辰と是とし、水命土命の人は戌(犬)酉(鶏)の郷に在り。男女の命裡にそれに碰上せば、倶に空房を獨り守るを要す。
紅豔殺 解曰:多情多欲少人知,六丙逢寅辛見雞。癸臨申上丁見未,眉開眼笑樂嬉嬉。甲乙午申庚見戌,世間只是眾人妻。戊己怕辰壬怕子,祿馬相逢作路妓。任是富家官宦女,花前月下會佳期。吞焰煞 解曰:豬犬羊逢虎必傷,猴蛇相會樹頭亡。犬逢雞子遭徒配,兔趕蛇兒走遠鄉。鼠見犬須當惡死,馬牛逢虎定相傷。兔猴逢犬難迴避,龍來龍去水中殃。
「紅艷殺」の口訣は:多情多欲にして人知ること少なし——丙干は寅を見、辛干は酉(鶏)を見、癸干は申に臨み、丁干は未を見、倶に眉を開き眼を笑(わら)いて嬉游して楽を取り;甲乙の両干は午と申とを見、庚干は戌を見、世間に於いてはただ衆人の妻を做す;戊己の両干は辰を怕り、壬干は子を怕る;これらの神煞はさらに禄馬と相逢えば、即ち路旁の妓女に淪落す。たとい富家官宦の人家の女兒なりとも、また花前月下に情人と私会するを要す。「吞焰煞」の口訣は:亥(猪)・戌(犬)・未(羊)は寅(虎)に遇上せば必ず傷を受け、申(猴)と巳(蛇)と相会すれば則ち樹頭に墜りて亡び;戌(犬)は酉(鶏)・子(鼠)に逢えば発配に遭うを要し、卯(兔)は巳(蛇)を追逐すれば則ち遠く他郷に走り;子(鼠)は戌(犬)を見れば惡死有る可く、午(馬)丑(牛)は寅(虎)に逢えば定めて相傷し;卯(兔)申(猴)は戌(犬)に逢えば躲(よ)け開くる難く、辰(龍)は来り辰は去れば則ち水中の殃有り。
三丘五墓 解曰: 三丘五墓得人愁,爹孃妻子盡不周。春丑夏龍秋即未,三冬逢犬是三丘。欲知五墓對宮是,命若逢之切忌憂。天羅地網 解曰:辰為天羅,戌為地網。嘗雲辰戌名為羅網。天乙不臨。如人命有此,主克陷淹滯之疾,牢獄之災。馬前神煞 驛馬,六害,華蓋,劫殺,災殺,年殺,月殺,亡神,將星,攀鞍。
「三丘五墓」の口訣は:三丘五墓は人をして愁わしめ、父母妻子は倶に周全し難し。春天に生まるるは丑を取り、夏天に生まるるは辰(龍)を取り、秋天に生まるるは未を取り、冬天に生まるるは戌(犬)に逢う、これ即ち三丘なり;五墓を知らんと欲せば、即ち三丘の对冲の宮を取れ。人の命にもしそれに碰上せば、切に憂患を提防するを要す。「天羅地網」の解釋:辰を天羅と呼び、戌を地網と呼び、嚮來より辰戌は即ち羅網の地と言い、天乙貴人はここに臨まず。人の命にもしこの両位有れば、克傷陷落・淹滞して愈え難きの疾、および牢獄の災を主す。「馬前神煞」は倶に十位にして、順次に:驛馬・六害・華蓋・劫殺・災殺・年殺・月殺・亡神・將星・攀鞍なり。
流年星耀 解曰:太歲劍鋒伏尸同,二曰太陽並天空,三是喪門並地喪,四是勾絞貫索同,五為官符並五鬼,六是死符小耗攻,七是欄杆並大耗,八是暴敗天厄同,九是飛廉白虎位,十是捲舌福星聰,十一天狗弔客患,十二病符切莫逢。太白星 解曰:子午卯酉的在巳,寅申巳亥的在酉,辰戌丑未的在丑,人命有此,主孤夭貧賤殘疾徒配。
「流年星耀」の口訣は、流年と本命との相距るの位次に按じて十二位の星神を排出す:第一位は太歳にして、同宮するはまた剣鋒・伏屍有り;第二位は太陽併せて天空なり;第三位は喪門併せて地喪なり;第四位は勾・絞と貫索と同処す;第五位は官符併せて五鬼なり;第六位は死符と小耗と来りて攻む;第七位は欄杆併せて大耗なり;第八位は暴敗と天厄と同宮す;第九位は飛廉・白虎の位なり;第十位は卷舌と福星と併せて聡なり;第十一位は天狗・弔客の患有り;第十二位は病符にして、切にそれに逢うなかれ。「太白星」の推法:生年が子午卯酉に属するは巳に落ち、寅申巳亥に属するは酉に落ち、辰戌丑未に属するは丑に落つ。人の命にこの星有れば、孤独夭折・貧賤殘疾にして充軍発配に至るを主す。
斧劈星 解曰:子午卯酉,蛇頭開口。寅申巳亥,雞頭粉碎。辰戌丑未,牛頭大忌。命若有此,主破財刑沖等項。孤虛神 解曰:空亡對宮為孤虛。如甲子旬中生,以戌亥字為空亡,即以戌亥對宮辰巳為孤虛。餘例此推。
「斧劈星」の推法:生年が子午卯酉に属するは、巳(蛇)を取りて斧劈と為し、それを「蛇頭開口」と呼ぶ;寅申巳亥に属するは、酉(鶏)を取りて斧劈と為し、それを「鶏頭粉碎」と呼ぶ;辰戌丑未に属するは、丑(牛)を取りて斧劈と為し、それを「牛頭大忌」と呼ぶ。命にもしこの星有れば、破財と刑冲と一类の事を主す。「孤虚神」の推法:空亡の对冲の宮は即ち孤虚なり。たとえば甲子旬中に生まれて、戌・亥の両字をもって空亡と為せば、那(な)れば戌亥の对冲の宮たる辰・巳は即ち孤虚なり。其余の各旬はこの類に照らして推す。
八字を起すの訣
年上遁月:甲己之年丙作首,乙庚之歲戊為頭。丙辛之歲尋庚上,丁壬壬寅順行流。更有戊癸何處起?甲寅之上好追求。細語世人相傳記,免得當事時用疑。日上遁時:甲己還加甲,乙庚丙作初。丙辛從戊起,丁壬庚子居,戊癸何方發?壬子是真途。
年干より月干を推するの口訣を「年上遁月」と呼ぶ:甲年と己年は、正月は丙寅より起す;乙年と庚年は、正月は戊寅より起す;丙年と辛年は、正月は庚寅上より尋ね;丁年と壬年は、正月は正に壬寅にして、順に往下に排せよ。さらに戊年癸年は何処より起すか。甲寅の上に到りて好く追尋するを要す。この幾句は仔細に世人に傳え記せしめ、臨事の時に猶疑不定なるを免れんが為なり。日干より時干を推するの口訣を「日上遁時」と呼ぶ:甲日と己日は、子時はなお旧(もと)より甲子より起す;乙日と庚日は、子時は丙子をもって始めと為す;丙日と辛日は、戊子より起す;丁日と壬日は、子時は庚子に落つ;戊日と癸日は何方より発端するか。壬子をこそ正路と為す。
看命人式
凡看命,排下八字,以日為主,取年為根,為上祖,才知世派之盛衰。取月為苗,為父母,則知親蔭之有無。日干為身,支為妻,時為花實為子息,方知嗣續之所歸。法分月氣淺深,得令不得令,年時露出財官,須要身旺。如身衰財旺,多反破財傷身,身旺財多財亦旺,財多稱意,若無財官,次看印綬,得何局勢,吉凶斷之。學者不可執泥,而不知通變也。
凡そ命を看るは、先ず八字を排し開きて、日干をもって主と為す。年柱を樹根に当作して、祖上を代表し、それより門第世系の盛衰を知る能う;月柱を幼苗に当作して、父母を代表し、それより親長の庇蔭の有無を知る能う;日干は自身を代表し、日支は妻室を代表し;時柱を花と果実とに当作して、子息を代表し、それより子嗣の帰着を知る能う。推法上は月気の淺深を分辨し、日主の令に当たるか否かを看て;年柱時柱にもし財官を透出せば、必ず日主の身旺にして担(た)え起るを須す。たとえば身衰にして財旺なれば、多くはかえって財を破り身を傷り;身旺にして財多ければ、財もまたそれに随いて旺に、財多ければこそ心に称い意に如う。たとい柱中に財官無ければ、その次に印綬を看て、それの結成する如何なる局勢かを看て、それに拠りて吉凶を判断す。学者は切に成法に死守して通権達変を知らざる可からず。
月令詳辨
假令年為本,帶官星印綬,則年上有官,出自祖宗。月為提綱,帶官星印綬,則慷慨聰明,見識高人,時為輔佐。平生操履,若年月日有吉,則時要歸生旺之處,若凶神,則要時歸制伏之鄉。時上吉凶神,則要年月日吉者生之,凶者制之。假令月令有用神,得父母力。年有用神,得神宗力。時有用神,得子孫力。反此不吉也。
仮令(もし)年柱をもって根本と為し、年上に官星印綬を帯びれば、那(な)れば即ち官は祖宗より来るなり。月柱は提綱にして、月上に官星印綬を帯びれば、この人は便ち慷慨聡明にして見識は人に高人(たか)一等なり。時柱は輔佐にして、一生の操守行履を主す:もし年月日の三柱が倶に吉なれば、那(な)れば時柱は生旺の処に帰するを要し;もし柱中に凶神有れば、那(な)れば時柱は能くそれを制伏するの地に帰するを要す。かえって之、時柱上の吉神凶神も、また年月日に靠りて照应するを要し——吉なるは生扶有るを要し、凶なるは制伏有るを要す。またたとえば月令上に用神有れば、父母の力を得るを主り;年柱上に用神有れば、祖宗の力を得るを主り;時柱上に用神有れば、子孫の力を得るを主す。これと相反するは、即ち吉ならず。
大運を起す法・陽男陰女
如甲子年,甲己之年丙作首,正月逢丙寅,初一立春後一日生男,折除三日,為一歲,順數至二月驚蟄,得三十日起十歲,丁卯是也。如乙丑年,乙庚之歲戊為頭,正月起戊庚,初一立春,十八日生女,順數至二月驚蟄,四三十二日,四歲運,己卯順行是也。餘仿此。
たとえば甲子年は、「甲己之年丙作首」に按じて、正月は丙寅月なり。初一に立春して、一日を過ぎての後に男孩を生下す;三日をもって一歳に折算するの規矩をもって、順に往きて後に數えて二月の驚蟄に到れば、共に三十日を得て、即ち十歳に運を起すと為し、第一步の大運は丁卯是なり。またたとえば乙丑年は、「乙庚之歳戊為頭」に按じて、正月は戊寅より起す;初一に立春して、十八日に女孩を生下し、順に數えて二月の驚蟄に到れば、余るは十二日にして、三日一歳にして、四歳に運を起すを得、第一步の大運は己卯にして、順行して排し下ぐ。其余の情形は倶にこの類に照らして推す。ここの底本の「正月起戊庚」の「庚」はまさに「寅」の誤と當(あた)るべし。
大運を起す法・陰男陽女
如乙丑年,乙庚之歲戊為頭,正月起戊寅,初二立春,後十五日生男,逆數至初一日立春,五三十五,五歲運逆行。如甲子年,甲己之年丙作首,正是丙寅,初一立春,後十日生女,逆數至初一日立春止,得九日三三得九,三歲運逆行。餘仿此。
たとえば乙丑年は、「乙庚之歳戊為頭」に按じて、正月は戊寅より起す;初二に立春して、立春の後十五日に男孩を生下し(乙は陰年にして、陰男は逆行す)、生日より逆に數えて初二の立春のこの日に回り到れば、共に十五日にして、三日を折して一歳と為し、五歳に運を起すを得て、大運は逆行す。またたとえば甲子年は、正月は正に丙寅なり;初一に立春して、立春の後十日に女孩を生下し(甲は陽年にして、陽女は逆行す)、逆に數えて初一の立春に回りて止まるまで、九日を得て、三三にして九を得て、即ち三歳に運を起す、大運は逆行す。其余の情形は倶にこの類に照らして推す。
子平挙要
造化先須看日主,坐官坐印衰強取。天時月令號提綱,原有原無輕重舉。露官藏殺方為福,露殺藏官是禍胎,殺官俱露將何擬,混雜去留用心機。有官怕損忌刑沖,官輕見財為福利。年上傷官最可嫌,重怕傷官不可益。傷官用財乃為福,財絕官衰禍亦然,貪合忘官榮不足,貪合忘殺為己福。堪嗟身弱並財多,更歷官鄉禍相逐。財多身弱食神來,財多生殺必為災。會合天地有刑剋,更宜達士細推裁。
一人の造化を推究せんには、先ず日主を看るを須す:それの坐するは官か印か、衰旺強弱の上より取用する。生辰の値する所の月令をば「提綱」と號(よ)び、用神の原本よりの有無・分量の軽重は、倶にここより衡量するを要す。官星は明透して七殺は暗藏すれば、こそ福気を算し;七殺は明透して官星は暗藏すれば、即ち禍胎なり。もし官と殺とが倶に透出せばまた如何すべき。那(な)れば即ち「混雑」の中に於いて心思を用いて去留取捨するを要す——一を留め一を去ってこそ清なり。既に官星有ればそれが損傷せられんを怕り、最も刑冲を忌む;官星はもし軽きを嫌えば、財星を見て来りてそれを生ずるはかえって利有り。年柱上に傷官の出現するは最も嫌悪す可く、重疊の傷官はさらに害有りて益無し。傷官はもし能く財を用いて通関流転せば、こそ福気を成し;もし財はすでに絶えて官はまた衰えれば、同じく禍なり。日干が他と合するを貪りて官星を忘れれば、榮顯は便ち足らず;かえって之、合を貪りて七殺を忘れれば、倒に自己の福と成る。最も嗟嘆す可きは身弱にして財多きにして、さらに官郷に走り往けば、禍事は便ち接連として相逐う。財多く身弱の時にもしまた食神有りて来りて財を生ぜば、財は旺じてさらに往きて殺を生じて、必ず災殃を成す。天干地支の間の会合の中にまた暗に刑克を含む、これらはさらに通達の士の細々と推詳して裁断するを須す。
江湖摘錦
用之為官不可傷,用之為財不可劫。用之印綬不可破,用之食神不可奪。若有七殺須要制,制伏太過反為凶。傷官最怕行官運,傷官尤喜見財星。印綬好殺嫌財旺,羊刃怕沖喜合迎。比肩要逢七殺制,七殺尢喜見食神。此是子平撮要法,江湖術者仔細明。
それを官星の用と為すは、それをして傷を受けしむ可からず;それを財星の用と為すは、それをして劫奪せられしむ可からず;それを印綬の用と為すは、それをして破壊せられしむ可からず;それを食神の用と為すは、それをして梟神に奪い去られしむ可からず。命裡にもし七殺有れば、必ず制伏有るを須するも、ただし制伏するが太く過ぐれば、かえって凶と轉ず。傷官格は最も官運に走るを怕りて、しかし尤も財星を見るを喜ぶ(傷官は財を生じて則ち秀気は流通す)。印綬格は七殺の来りて相生するを好みて、しかし財星の太く旺にして来りて印を破るを嫌う。羊刃は冲せらるるを怕りて、合の来りて迎順するを喜ぶ。比肩は太く多ければ七殺に靠りて来りて制するを要す。七殺は太く重ければまた最も食神の来りて制するを喜ぶ。これ即ち子平の法門の撮要にして、江湖上の術士は仔細に弄明白するを要す。
男命小運定局
乙丑一歲、丙寅二歲、丁卯三歲、戊辰四歲、己巳五歲、庚午六歲、辛未七歲、壬申八歲、癸酉九歲、甲戌十歲。乙亥十一歲、丙子十二歲、丁丑十三歲、戊寅十四歲、己卯十五歲、庚辰十六歲、辛巳十七歲、壬午十八歲、癸未十九歲、甲申二十歲。乙酉廿一歲、丙戌廿二歲、丁亥廿三歲、戊子廿四歲、己丑廿五歲、庚寅廿六歲、辛卯廿七歲、壬辰廿八歲、癸巳廿九歲、甲午三十歲。乙未三一歲、丙申三二歲、丁酉三三歲、戊戌三四歲、己亥三五歲、庚子三六歲、辛丑三七歲、壬辰三八歲、癸卯三九歲、甲辰四十歲。乙巳四一歲、丙午四二歲、丁未四三歲、戊申四四歲、己酉四五歲、庚戌四六歲、辛亥四七歲、壬子四八歲、癸丑四九歲。此法陽命甲子時生,則行乙丑,二歲丙寅,陰則癸亥,周而復始。
これは男命の「小運」の排定表にして、歳を逐うて一個の干支を配す:一歳は乙丑、二歳は丙寅、三歳は丁卯、四歳は戊辰、五歳は己巳、六歳は庚午、七歳は辛未、八歳は壬申、九歳は癸酉、十歳は甲戌;十一歳より二十歳に至るまで順次に乙亥・丙子・丁丑・戊寅・己卯・庚辰・辛巳・壬午・癸未・甲申;二十一歳より三十歳に至るまで順次に乙酉・丙戌・丁亥・戊子・己丑・庚寅・辛卯・壬辰・癸巳・甲午;三十一歳より四十歳に至るまで順次に乙未・丙申・丁酉・戊戌・己亥・庚子・辛丑・壬辰・癸卯・甲辰;四十一歳より四十九歳に至るまで順次に乙巳・丙午・丁未・戊申・己酉・庚戌・辛亥・壬子・癸丑。この法の起例は:陽年の命はもし甲子時に生まれれば、一歳は便ち順行して乙丑に到り、二歳は丙寅;陰年の命は則ち逆行して癸亥に到り、周して復た始めに復す。謂うところの小運は、大運と併行するの另一套の逐年の干支にして:大運は十年に一換して、一段の時期の大勢を管し;小運は一年に一移して、一年の内の細處を管す。旧法は男命は生時の干支より起算して、陽年は順行・陰年は逆行し、一歳に一位、六十甲子を轉じ尽くしてまた頭より来るを復す;推断する時は須(すべか)らく小運と大運・太歳との三者を合して看て、相生相扶すれば則ち一年は安順に、相冲相克すれば則ち当年に災を生じ、尤も幼年にして未だ大運に交らざるの時を最も喫緊と為す。表中の三十八歳の「壬辰」はまさに「壬寅」の誤と當(あた)るべし、底本はこのごとくにして、改動を與(あた)えず。
女命小運定局
乙丑一歲、丙寅二歲、丁卯三歲、戊辰四歲、己巳五歲、庚午六歲、辛未七歲、壬申八歲、癸酉九歲、甲戌十歲。乙亥十一歲、丙子十二歲、丁丑十三歲、戊寅十四歲、己卯十五歲、庚辰十六歲、辛巳十七歲、壬午十八歲、癸未十九歲、甲申二十歲。乙酉廿一歲、丙戌廿二歲、丁亥廿三歲、戊子廿四歲、己丑廿五歲、庚寅廿六歲、辛卯廿七歲、壬辰廿八歲、癸巳廿九歲、甲午三十歲。乙未三一歲、丙申三二歲、丁酉三三歲、戊戌三四歲、己亥三五歲、庚子三六歲、辛丑三七歲、壬辰三八歲、癸卯三九歲、甲辰四十歲。乙巳四一歲、丙午四二歲、丁未四三歲、戊申四四歲、己酉四五歲、庚戌四六歲、辛亥四七歲、壬子四八歲、癸丑四九歲。此法陰命甲子時生,則行乙丑,二歲丙寅,陽則癸亥,周而復始。
これは女命の「小運」の排定表にして、干支と歳数との配法は男命の表と完全に相同じ:一歳は乙丑、二歳は丙寅、三歳は丁卯、四歳は戊辰、五歳は己巳、六歳は庚午、七歳は辛未、八歳は壬申、九歳は癸酉、十歳は甲戌;十一歳より二十歳に至るまでは乙亥・丙子・丁丑・戊寅・己卯・庚辰・辛巳・壬午・癸未・甲申;二十一歳より三十歳に至るまでは乙酉・丙戌・丁亥・戊子・己丑・庚寅・辛卯・壬辰・癸巳・甲午;三十一歳より四十歳に至るまでは乙未・丙申・丁酉・戊戌・己亥・庚子・辛丑・壬辰・癸卯・甲辰;四十一歳より四十九歳に至るまでは乙巳・丙午・丁未・戊申・己酉・庚戌・辛亥・壬子・癸丑。異なる所はただ起例に在りて:女命は陰年の命の甲子時に生まるるをもって、一歳は順行して乙丑、二歳は丙寅;陽年の命は則ち逆行して癸亥、周して復た始めに復す——男命の陰陽順逆と恰(あたか)も相反す。男女を分列して两张の表を要する所以は、正に小運が大運と同じく陽男陰女は順行・陰男陽女は逆行するを講究すればなり;起点は同じく生時の干支にして、方向は却て男女の陰陽に因りて異なり。断法上はなお小運・大運と当年の太歳との三者を合して看るを要す:三者は相生相扶すれば則ち一年は安穏に、彼此は冲克すれば則ち病訟破財の憂有り;女命は尤も小運の夫星と子星とを冲动するか否かを看るを要す、那(な)れは一年の中の家宅の順逆に関係すればなり。
陽順陰逆生旺死絶図
壬生庚甲,絕、病,癸、巳、乙,胎、敗,丁、丙,己、戊,旺、死、辛、祿。壬、敗、庚、甲,胎、死,癸、午、乙,絕、生,丁、丙,己、戊,祿、病、辛、旺。壬、冠、庚、甲,養、墓,癸、未、乙,墓、養,丁、丙,己、戊,冠、衰、辛、衰。壬、祿、庚、甲,生、絕,癸、申、乙,死、胎,丁、丙,己、戊,敗、旺、辛、病。壬、養、庚、甲,墓、衰,癸、辰、乙,養、敗,丁、丙,己、戊,衰、墓、辛、冠。生論、旺陽、死順、絕陽、圖逆。
この一段は「陽順陰逆生旺死絶図」の表格の文字にして、底本は方格に刻まれ、每格の中央に一個の地支を標し、四周に十天干のその支上の十二長生の状態を標出し、陽干は順行・陰干は逆行す。ここは原刻の字序に依りて巳・午・未・申・辰の五格を録出す:巳格中は、壬は絶・庚は長生・甲は病・癸は胎・乙は敗(沐浴)にして、丁と己とは同じく旺に在り、丙と戊とは同じく禄に在り、辛は死なり。午格中は、壬は胎・庚は敗・甲は死・癸は絶・乙は長生にして、丁己は禄に在り、丙戊は旺に在り、辛は病なり。未格中は、壬は養・庚は冠帯・甲は墓にして、癸は墓・乙は養にして、丁己は冠帯に在り、丙戊は衰に在り、辛は衰なり。申格中は、壬は長生・庚は禄・甲は絶にして、癸は死・乙は胎にして、丁己は敗に在り、丙戊は病に在り、辛は旺なり。辰格中は、壬は墓・庚は養・甲は衰にして、癸は養・乙は敗にして、丁己は衰に在り、丙戊は冠帯に在り、辛は墓なり。末尾の竪排の十字は、正に図名「生旺死絶図」と「論陽順陰逆」との両行が交錯して成れるなり。
壬、旺、庚、甲,敗、胎,癸、酉、乙,病、絕,丁、丙,己、戊,生、祿、辛、死。壬、胎、庚、甲,死、旺,癸、卯、乙,生、祿,丁、丙,己、戊,病、絕、辛、敗。壬、衰、庚、甲,冠、養,癸、戌、乙,衰、墓,丁、丙,己、戊,養、冠、辛、墓。壬、絕、庚、甲,病、祿,癸、寅、乙,敗、旺,丁、丙,已、戊,死、胎、辛、生。壬、墓、庚、甲,衰、冠,癸、丑、乙,冠、衰,丁、丙,己、戊,墓、養、辛、養。生、死、庚、甲,旺、敗,癸、子、乙,祿、病,丁、丙,己、戊,絕、生、辛、胎。壬、病、庚、甲,祿、生,癸、亥、乙,旺、死,丁、丙,己、戊,胎、敗、辛、絕。
これは同一の図の余下する七格の文字にして、順次に酉・卯・戌・寅・丑・子・亥なり。酉格中は、壬は敗・庚は旺・甲は胎にして、癸は病・乙は絶にして、丁己は長生に在り、丙戊は禄に在り、辛は死なり。卯格中は、壬は死・庚は胎・甲は旺にして、癸は長生・乙は禄にして、丁己は病に在り、丙戊は絶に在り、辛は敗なり。戌格中は、壬は冠帯・庚は衰・甲は養にして、癸は衰・乙は墓にして、丁己は養に在り、丙戊は冠帯に在り、辛は墓なり。寅格中は、壬は病・庚は絶・甲は禄にして、癸は敗・乙は旺にして、丁己は死に在り、丙戊は胎に在り、辛は長生なり。丑格中は、壬は衰・庚は墓・甲は冠帯にして、癸は冠帯・乙は衰にして、丁己は墓に在り、丙戊は養に在り、辛は養なり。子格中は、壬は旺・庚は死・甲は敗にして、癸は禄・乙は病にして、丁己は絶に在り、丙戊は長生に在り、辛は胎なり。亥格中は、壬は禄・庚は病・甲は長生にして、癸は旺・乙は死にして、丁己は胎に在り、丙戊は敗に在り、辛は絶なり。子格の首字は底本は「生」と刻せど、まさに「壬」の字の訛と當(あた)るべし、なお原樣に照らして録存す。
地支造化図
巳。日分半。庚五半。戊七分。丙七日十日二,六二分。午。二分。半。丙分丁己十半。十七日三日三,日三分。未。六半。乙丁分。己三九十日日八一三,日分分。申。五半。壬戊分。庚七己十日共六二七日分日。辰。六半。癸乙,分。戊三九,十日二,八一三日分分。地支造化之圖。酉。生。六半。庚,分辛十,半。二日,丁十三長日分。
この一幅の「地支造化之図」は、もと各地支の蔵する所の人元およびその令に当たるの日数(人元司事分野)を標注したるの方格表にして、刻本の行款は拆散せられ、字序は錯落す、ここは原字に照らして録存して改動を加えず。辨認し得るの大意は:巳宮は戊土・庚金・丙火によりて分司して、各々若干の日と若干の分とを占め;午宮は丙・丁・己によりて分司し;未宮は丁・乙・己によりて分司し;申宮は戊・壬・庚・己によりて分司し;辰宮は乙・癸・戊によりて分司し;酉宮は辛金をもって主と為し、兼ねて丁火の長生の位を記す。各格中の「七日」「三分」「五日半」の一类の字様は、倶にその蔵干の本月中に於いて用事するの日数と分数とにして、前文の「十二支中所蔵法」と相表裡す。
卯。生。六半。甲,分乙十,半。二日,癸十三,長日分。戌。分。戊丁辛,十三九,八日日,日一分,六分。分。寅。日分半。戊,五半。丙七,分。申七日,十日二,六二分。丑。分。己辛癸,十三九,八日日,日一二,六分。分。子。生。六半。壬,分癸十,半。二日,辛十三,長日分。亥。日分半。戊,五半。甲七,分。壬七日,十日二,六二分。
これは同一の図の余下する六格の文字にして、順次に卯・戌・寅・丑・子・亥なり。卯宮は乙木をもって主と為し、兼ねて甲木と癸水の長生の日分とを記し;戌宮は辛金・丁火・戊土の三者によりて分司し;寅宮は戊土・丙火・甲木によりて分司す(図中の「申」の字はまさに「甲」の訛と當るべし);丑宮は癸水・辛金・己土によりて分司し;子宮は癸水をもって主と為し、兼ねて壬水と辛金の長生の日分とを記し;亥宮は戊土・甲木・壬水によりて分司す。每格の記する所の「十日二分」「七日半」の類は、倶にその蔵干の本支中に於いて輪値用事するの天数にして、地支蔵干の先後の次序と相配す、ゆえに「地支造化之図」と称す。
天干五陽通變
甲丙戊庚壬。甲丙戊庚壬 為比肩兄弟之類。乙丁己辛癸 為劫財羊刃,主克父及妻。丙戊庚壬甲 為食神,天廚壽星,又為男。丁己辛癸乙 為傷官,盜氣,克子息,剝官。戊庚壬甲丙 為偏財偏妻,又為父,為妾。己辛癸乙丁 為正財,正妻,主克母。庚壬甲丙戊 為偏官,七殺,將星權。辛癸乙丁己 為正官,榮身星也。壬甲丙戊庚 為倒食梟神,主克子息。癸乙丁己辛 為印綬庇廕。
これは甲・丙・戊・庚・壬の五個の陽干をもって日主と為す時の、十神の対照表なり。每行の前面の五個の字は、順次に甲・丙・戊・庚・壬のこの五個の日主に対応す。日主が自己と相同じき甲丙戊庚壬を見るは、「比肩」にして、兄弟の一类を代表し;乙丁己辛癸を見るは、「劫財」「羊刃」にして、父を克しまた妻を克することを主り;丙戊庚壬甲を見るは、「食神」にして、また天厨・壽星と称し、また兒子を代表す;丁己辛癸乙を見るは、「傷官」にして、我が気を盗泄し子息を克し官職を剥奪することを主り;戊庚壬甲丙を見るは、「偏財」にして、偏房・父親と妾とを代表し;己辛癸乙丁を見るは、「正財」にして、正妻を代表し、母を克することを主り;庚壬甲丙戊を見るは、「偏官」即ち七殺にして、將星と権柄とを代表し;辛癸乙丁己を見るは、「正官」にして、人をして身を榮にするの星なり;壬甲丙戊庚を見るは、「倒食」の梟神にして、子息を克することを主り;癸乙丁己辛を見るは、「印綬」にして、庇蔭を代表す。
天干五陰通變
乙丁己辛癸。乙丁己辛癸 為比肩兄弟。丙戊庚壬甲 為傷官,小人。丁己辛癸乙 為食神,天廚,壽星。戊庚壬甲丙 為正財,正妻,克母。己辛癸乙丁 為偏財,偏妻。庚壬甲丙戊 為正官,祿馬。辛癸乙丁己 為偏官七殺。壬甲丙戊庚 為印綬正人。癸乙丁乙辛 為梟神,偏印,倒食,主克子。甲丙戊庚壬 為敗財逐馬。
これは乙・丁・己・辛・癸の五個の陰干をもって日主と為す時の、十神の対照表にして、每行の前の五字は順次にこの五個の日主に対応す。日主が同類の乙丁己辛癸を見るは、「比肩」にして、兄弟を代表し;丙戊庚壬甲を見るは、「傷官」にして、小人を招くを主り;丁己辛癸乙を見るは、「食神」にして、また天厨・壽星と称し;戊庚壬甲丙を見るは、「正財」にして、正妻を代表し、母を克することを主り;己辛癸乙丁を見るは、「偏財」にして、偏房を代表し;庚壬甲丙戊を見るは、「正官」にして、禄位と驛馬とを代表し;辛癸乙丁己を見るは、「偏官」即ち七殺なり;壬甲丙戊庚を見るは、「印綬」にして、端正の人を代表し;癸乙丁己辛を見るは、「梟神」「偏印」「倒食」にして、子を克することを主り;甲丙戊庚壬を見るは、「敗財」にして、禄馬を驅逐するを主す。陰干と陽干との配する所の十神の名目は正に互いに表裡を為す。
陰陽通変の妙訣
子平之法,一曰:官分之陰陽,曰官,曰殺,甲乙見庚辛是。二曰:財分之陰陽,曰正曰偏,甲乙見戊己是。三曰:生氣之陰陽,曰印綬曰倒食,甲乙見壬癸是。四曰:竊氣之陰陽,曰食神,曰傷官,甲乙見丙丁是。五曰:同類之陰陽,曰劫財,曰羊刃,甲乙見甲乙是也。人之富貴貧賤壽夭,皆不出此五者,術士不明其格,亂惑世人,無異乎命不驗也。今立格定局訣於左,以便稽考。
子平法の綱領はただ五条である。第一条は、我を剋する神を陰陽に分けること:日主と陰陽が異なるものを「正官」、陰陽が同じものを「七殺」という。たとえば甲・乙の木が庚・辛の金に遇うのがそれである。第二条は、我が剋する神を陰陽に分けること:一つを「正財」、一つを「偏財」という。たとえば甲・乙の木が戊・己の土に遇うのがそれである。第三条は、我を生ずる神を陰陽に分けること:一つを「印綬」、一つを「倒食」(偏印)という。たとえば甲・乙の木が壬・癸の水に遇うのがそれである。第四条は、我が気を泄らす者を陰陽に分けること:一つを「食神」、一つを「傷官」という。たとえば甲・乙の木が丙・丁の火に遇うのがそれである。第五条は、我と同類の者を陰陽に分けること:一つを「劫財」、一つを「羊刃」という。たとえば甲・乙の木が甲・乙の木に遇うのがそれである。人の一生の富貴貧賤と寿夭は、すべてこの五類の関係の外に出ない。術士がその格法を理解せず、むやみに世人を惑わせるのだから、推命が的中しないのも無理はない。ここに格局を定める口訣を下に並べて、調べ考える便りとする。
格局を定める訣
甲日定格:甲日寅月是建祿,卯月羊刃可堪憑。三月財星藏辰庫,巳為食神財暗伏。午月丁火傷官格,未月雜氣取財星。七月申提七殺論,酉為正氣官星得。九月戌中惟雜氣,十月偏印格局真。十一月取正印格,丑中雜氣仔細詳。
甲木の日主は月令によって格を定める:寅月に生まれれば「建禄」;卯月は「羊刃」で、これに凭って取用できる;三月は辰の中に戊土の財星が蔵している、雑気の財である;巳月は丙火が「食神」で、巳中の戊土財星は暗に伏している;午月は丁火が当令し、「傷官格」を取る;未月は雑気に属し、その中の財星を取る;七月は申中の庚金が「七殺」;八月は酉中の辛金が正純の気で、「正官格」を得る;九月は戌中、やはり雑気として論ずるのみ;十月は亥中の壬水が「偏印」で、格局は清真である;十一月は子中の癸水で「正印格」を取る;十二月は丑中に蔵するもの、その雑気を仔細に分別しなければならない。
乙日定格:乙曰寅月號傷官,卯為建祿格中真。三月財官俱雜氣,巳中傷官財星端。午提丁火食神格,未中雜氣曰財官。申月正氣官星論,八月酉中作殺推。戌內財官俱雜氣,亥月正印便扶身。子癸之中偏印是,雜氣推來在丑中。
乙木の日主は月令によって格を定める:寅月に生まれれば、寅中の丙火が「傷官」;卯月は「建禄」で、格の中で最も真である;三月は辰中の財と官がともに雑気に属する;巳月は丙火が傷官で、巳中の戊土財星も端正で用いられる;午月は丁火が「食神」;未月の雑気の中では財と官を取れる;申月は庚金が正純の気で、「正官」として論ずる;八月は酉中の辛金が乙と同じく陰で、かえって「七殺」として推す;戌中の財官はともに雑気に属する;亥月は壬水が「正印」で、ちょうど身を扶けるに足る;子月は癸水が「偏印」;丑月に至っては、やはり雑気に従って推す。
丙日定格:丙日逢寅偏印生,卯月正印喜官星。辰初雜氣用食神,巳中定取建祿格。午火羊刃又傷官,未取傷官宜傷盡。申是偏財喜旺神,酉月財旺生官格。戌上雜氣為食神,亥月偏印七殺真。子中正官宜官旺,丑宮分明雜氣生。
丙火の日主は月令によって格を定める:寅月に生まれれば、寅中の甲木が「偏印」で身を生ず;卯月は乙木が「正印」で、さらに官星に遇って官印相生を成すのを喜ぶ;辰月は初め雑気に属し、その中の戊土「食神」を用いられる;巳月は定めて「建禄格」を取る;午月は「羊刃」であるとともに、己土がまた傷官である;未月は「傷官」を取り、傷が清浄であるのを宜しとする;申月は庚金が「偏財」で、財神の旺を得るのを喜ぶ;酉月は辛金の財が旺し、「財旺生官格」を成す;戌月の雑気の中、戊土は「食神」;亥月は甲木が偏印、壬水が七殺で、殺印ともに真である;子月は癸水が「正官」で、官星の旺を得るのを宜しとする;丑宮は分明にやはり雑気の生ずるところである。
丁曰定格:丁日寅提正印評,卯上偏印格局真。辰初雜氣未傷官,巳上傷官便生財。午中建祿分明取,未月食神獨可嗔。申內正財生官格,酉月偏財可追尋。戌中雜氣未傷官,亥月正官及正印。子月偏官七殺真,丑月雜氣是財官。
丁火の日主は月令によって格を定める:寅月に生まれれば、寅中の甲木が「正印」;卯月は乙木が「偏印」で、格局は清真である;辰月は初め雑気に属し、その中の戊土は「傷官」;巳月は戊土の傷官がまた財を生ずることができる;午月は分明に「建禄」を取る;未月は己土が「食神」で、ひとえに惜しまれる(用いるには薄いと嫌う);申月は庚金が「正財」で、財生官格を成す;酉月は辛金が「偏財」で、追い求めることができる;戌月の雑気の中、戊土はやはり傷官;亥月は壬水が「正官」、甲木が「正印」;子月は癸水が丁と同類で相対し、「偏官」七殺の真である;丑月の雑気の中には財と官とがある。
戊日定格:戊藏寅月殺拘印,卯是正官尋貴氣。辰內雜氣財官格,巳上亦取號建祿。午月刃取正印格,未上雜氣作官印。七月食神生財旺,八月傷官喜遇財。戌中雜氣分明取,亥月財殺格中真。子提正財生官格,丑上雜氣號財官。
戊土の日主は月令によって格を定める:寅月に生まれれば、寅中の甲木は七殺で丙火は印、殺印が相拘する;卯月は乙木が「正官」で、その貴気を尋ねるべきである;辰月は雑気に属し、財官格を成す;巳月も「建禄」を取る;午月は羊刃で、午中の丁火は「正印格」を取りうる;未月の雑気の中では官印と看做す;七月は申中の庚金が「食神」で、財を生じて財を旺にすることができる;八月は酉中の辛金が「傷官」で、財に遇って流通するのを喜ぶ;戌月は雑気、分明に取りうる;亥月は壬水が財、甲木が殺で、財殺の格は最も真である;子月は癸水が「正財」で、財生官格を成す;丑月の雑気もやはり財官と号する。
己日定格:己生寅月正官印,卯推七殺便是真。辰是雜氣取財官,己中正印格可清。午中建祿居此位,未土雜氣借財殺。申月傷官真論此,酉中食神亦可尋。戌月借取雜氣格,亥上正財生官格。子月偏財明怕劫,丑月雜氣取財官。
己土の日主は月令によって格を定める:寅月に生まれれば、寅中の甲木が「正官」、丙火が印;卯月は乙木を推して「七殺」とし、最も真切である;辰月は雑気で、その中の財官を取る;巳月は丙火が「正印」で、格局は清純である;午月は「建禄」がまさにこの位に居る;未月は土旺で雑気に属し、その中の財と殺を借取できる;申月は庚金が「傷官」で、まさにこれにしたがって論ずべきである;酉月は辛金が「食神」で、これも尋ねて用いうる;戌月は雑気格を借用する;亥月は壬水が「正財」で、財生官格を成す;子月は癸水が「偏財」で、明らかに比劫が来て分奪するのを畏れる;丑月の雑気の中もやはり財官を取る。
庚日定格:庚到寅宮評財殺,卯月正財便生官。辰初雜氣用偏印,巳火七殺號偏官。午月炎天尋正官,未中雜氣用正印。申中便取建祿格,酉用羊刃格中尋。戌中雜氣用偏印,亥上食神喜身強。子月傷官真可論,丑中只可作雜氣。
庚金の日主は月令によって格を定める:寅月に生まれれば、寅中の甲木は財、丙火は殺で、財殺を評量しなければならない;卯月は乙木が「正財」で、財はまた官を生ずることができる;辰月は初め雑気に属し、その中の戊土「偏印」を用いうる;巳月は丙火が「七殺」で、偏官と号する;午月は炎熱で、丁火はここで「正官」となる;未月の雑気の中では己土「正印」を用いる;申月はそのまま「建禄格」を取る;酉月は「羊刃」で、刃の中から格を取る;戌月の雑気の中では戊土の偏印を用いる;亥月は壬水が「食神」で、日主が身強であるのを喜ぶ;子月は癸水が「傷官」で、まさに傷官として論じうる;丑月はただ雑気と看做すのみである。
辛日定格:辛日寅財旺生官,卯月偏財是福基。辰是雜氣未正印,巳上正官及正印。午月偏官喜梟神,未取雜氣用偏印。申月借取傷官格,酉是建祿怕逢沖。戌中雜氣戊是印,亥日傷官喜見財。子月之中求食神,丑上下旬論偏印。
辛金の日主は月令によって格を定める:寅月に生まれれば、寅中の甲木は正財で、財が旺して官を生ぜしめる;卯月は乙木が「偏財」で、福気の根基である;辰月は雑気に属し、その中の戊土は「正印」;巳月は丙火が「正官」で、戊土はまた正印である;午月は丁火が「偏官」で、梟神(己土の偏印)が来て化するのを喜ぶ;未月は雑気を取り、その中の己土「偏印」を用いる;申月は「傷官格」を借取する;酉月は「建禄」で、最も卯が来て冲するのを畏れる;戌月の雑気の中、戊土は印である;亥月は壬水が「傷官」で、財に遇って流通するのを喜ぶ;子月は癸水、ここで「食神」を求める;丑月は旬中において「偏印」を論ずる。
壬日定格:壬逢寅地號食神,卯上見印取傷官。辰是雜氣為七殺,巳取偏財並偏官。午月財官正兩全,未上雜氣取財官。申月偏印無別論,酉取正印怕逢財。戌月雜氣為七殺,亥未建祿用食神。子月之中羊刃格,丑中雜氣是財官。
壬水の日主は月令によって格を定める:寅月に生まれれば、寅中の甲木は「食神」と号する;卯月は乙木が傷官で、もし印に遇えば傷官配印を取る;辰月は雑気に属し、その中の戊土は「七殺」;巳月は丙火「偏財」と戊土「偏官」とを取る;午月は丁火が財、己土が官で、財官が両全する;未月の雑気の中では財と官を取る;申月は庚金が「偏印」で、ほかに言うべきことはない;酉月は辛金が「正印」で、財が来て印を破るのを畏れる;戌月の雑気の中、戊土は七殺;亥月は「建禄」で、その中の甲木食神を用いる;子月は「羊刃格」;丑月の雑気の中は財と官である。
癸日定格:癸日寅月取傷官,卯月食神定是真。辰中雜氣是正官,巳月正財官便是。午月偏財又偏官,六月雜氣是七殺。申月正印怕逢寅,酉月偏印忌見比。戌中雜氣是財官,亥月借取傷官格。子中建祿定其真,丑中雜氣為七殺。右財官印七殺傷食六者,繫子平的切法,故錄之。
癸水の日主は月令によって格を定める:寅月に生まれれば、甲木は「傷官」;卯月は乙木が「食神」で、定めて真切である;辰月の雑気の中、戊土は「正官」;巳月は丙火が「正財」、戊土が官;午月は丁火が「偏財」、己土が「偏官」;六月は未中の雑気、己土をもって「七殺」とする;申月は庚金が「正印」で、寅が来て申を冲するのを畏れる;酉月は辛金が「偏印」で、比劫に遇うのを忌む;戌月の雑気の中には財と官がある;亥月は「傷官格」を借取する;子月は「建禄」で、その真格を定める;丑月の雑気の中、己土は七殺である。以上の財・官・印・七殺・傷官・食神の六種は、子平法で最も切要な取格の法なので、一あわせてここに録しておく。
子平汎論
傷官若傷盡,卻喜見官星,傷官若論財,見官禍不輕。傷官若用印,克殺不為刑。傷官若論刃,帶合有聲名。傷官用財,不宜印鄉。傷官見官,印運不妨。雜氣財官,印俱不忌。三戊合一癸,得再嫁妻財,受克生子無育。印綬比肩,不忌財鄉。印綬多根,身旺必滯。印綬被傷克父母,官殺混雜克父母,財多身弱克父母,干與支同,損財傷妻。辛卯戊寅,不怕殺合。
傷官が官星を傷り尽くして清浄であれば、かえって再び官星に遇うことを喜ぶ(尽くしてまた見るは、別に一格を成す);傷官がすでに財を用いて格としていれば、再び官星に遇えば禍患は軽くない。傷官が印を配して用となれば、印は七殺を剋制しても刑傷とは算しない。傷官を羊刃とあわせ論ずれば、合を帯びると声名がある。傷官に財を用いる者は、さらに印郷に行って食を奪い財を破るべきではない;傷官がすでに官に見えている者は、印運に行ってもかえって妨げない、印は官を護り傷を制することができるからである。雑気財官格に至っては、印に遇ってもすべて忌まない。三つの戊土が一つの癸水を合しに行くのは、再嫁の婦を娶りかつそれによって財を得るを主とする;もし剋を受けることが重過ぎれば、たとい子を生んでも養い活かせない。印綬格に比肩が身を助ければ、財郷に行くを忌まない(比肩は我がために財を担える)。印綬が多過ぎて至るところ根を持てば、身はすでに旺し過ぎて、かえって滞塞して通ぜない。印綬が財に傷られるは父母を剋すを主とし、官殺混雑もまた父母を剋すを主とし、財多身弱も同じく父母を剋すを主とする。天干と地支が同類で重なれば、財を損ないまた妻を傷るを主とする。辛卯日・戊寅日のこの二種の配置は、七殺が来て合するのを畏れない。
女命比肩即姐妹,貪合多謊詐,財有卻不怕露殺。火命人最好月支屬火,干頭有木,提出火矣。癸酉弱格,見殺必凶。官貴太甚,旺處必傾。土命不論胞胎,只論日時,不怕官殺混雜。陽干方論,陰干不取。子水怕午火,午火不怕子水。寅木不怕金,庚金不怕火,己土不怕木,卯木怕酉金,辰土怕寅木,乙日丑月不怕殺。四柱元有病要去,不去病不發。
女命において比肩はすなわち姉妹を代表する;合を貪る人は多く虚偽欺罔である;命中に財があれば、かえって七殺が露れるのを畏れない(財は通関して殺を生じ、殺は身を攻めない)。火命の人は月支が火に属するのが最もよく、天干の上にさらに木があれば、木は火を提領して出す。癸酉日は衰弱の格に属し、さらに七殺に遇えば必ず凶である。官貴の気が過度に至り、旺が極処に達すれば必ず傾覆する。土命は胞胎を論ずるを須とせず、ただ日柱時柱を看るのみで、官殺混雑も畏れない。これらの講法はただ陽干にのみ適用し、陰干はこれに照らして取らない。子水は午火を畏れ、午火は子水を畏れない;寅木は金を畏れず、庚金は火を畏れず、己土は木を畏れない;卯木は酉金を畏れ、辰土は寅木を畏れる;乙木日主が丑月に生まれるのは七殺を畏れない。四柱にもとより病あるものは必ず病を去らねばならず、病が去らなければ、命は発起することができない。
十干従化の定訣
凡看八字,先明從化為本。從化不成,方論財官。財官無取,方論格局。非格非局,無足論已。若從若化成格成局,必為富貴之命。賦云:火虛有焰,木盛多仁,得化得從,定顯聲名之士,惟甲木則無從化之理。甲己化土乙庚金,丁壬化木盡成林,丙辛化分發清濁,戊癸南方火焰侵。甲己化土,中正之合,辰戌丑未曰稼穡,勾陳得位。乙庚化金,仁義之合,巳酉丑曰從革。戊癸化火,無情之合,得火局曰炎上。天干化合者,秀氣也。地支合局者,福德也。化之真者,名公鉅卿,化之假者,孤兒異姓。化之格局,玄中又玄,妙中又妙。
およそ八字を看るには、まず「従」があるか「化」があるかを究明せねばならない、これが根本である。従化が成立しなければ、初めて財官を論じに行く;財官も取るべきがなければ、初めて格局を論じに行く;格を成さず局を成さなければ、論ずべきことはない。もし従うこともでき、また化して格を成し局を成すことができれば、それは必ず富貴の命である。賦文にいう:火は虚なれどなお光焰があり、木は盛んなれば仁厚の徳多し;化しうる者は必ず声名顕達の士である。ただ甲木は剛健に自立し、従化の道理がない。口訣にいう:甲と己とは合して土に化し、乙と庚とは合して金に化す;丁と壬とは合して木に化し、よく一面の樹林に成り長す;丙と辛とは合して水に化す、清濁を分別すべし;戊と癸とは合して火に化し、火焰は南方に侵向す。分かれていえば:甲己は土に化す、これを「中正の合」といい、地支に辰戌丑未が揃うを「稼穡」という、すなわち勾陳の位を得たりである。乙庚は金に化す、これを「仁義の合」といい、地支に巳酉丑が揃うを「従革」という。戊癸は火に化す、これを「無情の合」といい、火局を得るを「炎上」という。天干が相合して化するは秀気であり、地支が会合して局を成すは福徳である。化して真なる者は、名公巨卿と為りうる;化して假なる者は、孤児異姓に淪落す。化気のこの一路の格局は、玄の中また玄、妙の中また妙である。
十段錦
甲從己合,賴土化生,遇乙兮,妻財暗損,逢丁兮,衣祿成空。貴顯高門,蓋得辛金之力。家殷大富,皆因戊土之功。見癸兮平生發福,逢壬兮一世飄蓬。月遇庚金,家徒四壁。時逢丙火,祿享千鍾。己能化甲,秀在於寅。逢丁兮,他人凌辱,遇乙兮,自己遭逆。陽水重重,奔走紅塵之客。庚金銳銳,孤寒白屋之人。丙內藏辛,必得其貴,戊裡藏癸,不至於貧。若要官職榮遷,先須見癸。家殷大富,務要逢辛。
甲木と己土と相合するは、ひとえに土に頼って自身を化生する。この時もし乙木に遇えば、乙が来て己土を分奪し、妻宮と財星がともに暗に損を受ける;もし丁火に逢えば、丁は化気を泄らして土を生ずること太過で、衣禄は落空する。高門に顕貴なるは、多くは辛金(官星)の力を得たからである;家道殷実となって大富を成すは、みな戊土(財星)の功労である。癸水に見れば一生発福し、壬水に逢えば一世漂泊して依るなし。月柱の上に庚金に遇えば、家は四壁空空となる;時柱の上に丙火に逢えば、千鍾の厚禄を享受できる。己土と甲木と相合して化するは、秀気は寅(甲の禄)に寄託す。この時もし丁火に逢えば、他人の欺凌侮辱を受けるを主とし;もし乙木が来て合を争えば、自己は忤逆に逢遇する。壬水の一类の陽水が重重に現れるは、紅塵を奔走する労碌の人;庚金の鋒鋭が人を逼るは、出身寒微・白屋孤貧の輩。丙火の中に辛金を暗蔵するは、必ず貴を得ることを能くす;戊土の内に癸水を暗蔵するは、貧窮に至らない。もし官職の栄升を要せば、まず癸水に見ることを須とす;家道殷実にして大富と為らんと要せば、必ず辛金に逢うことを務む。
乙從庚化,氣稟西方。蹇難兮,生逢丙地,榮化兮,長在壬鄉。丁火當權,似春花之遇日。辛金持世,若秋草之逢霜。最喜己臨,滿堂金玉,偏宜甲向,禾麥盈倉。日日勞神,蓋為勾陳作亂。時時費力,只因玄武為殃。庚從乙化,金質彌堅。最忌辛金暗損,偏嫌丙火相煎。遇丁官兮,似蛟龍之得雲雨。逢己印兮,若鵬鶚之在秋天。癸水旺兮,田園破蕩。壬水盛兮,財祿增遷。遇戊相侵兮,不成鉅富。逢辰助力兮,永保長年。
乙木は庚金に随って化し、稟くところは西方の金気である。もし丙火の地に生まれれば、火が来て金を剋し、多く蹇滞艱難となる;もし壬水の郷に長ずれば、金水相生して、栄顕通達する。丁火が権を当る時は、春花が暖陽に遇うがごとし;辛金が事を主る時は、秋草が厳霜に遭うがごとし。最も己土の位に臨むを喜び、金玉満堂を主とす;また偏に甲木と相向するを宜しとし、禾麦が倉廩に堆く満つを主とす。もし終日神を労するは、勾陳(戊己土)の乱を為すがゆえ;もし時時力を費やすは、ただ玄武(壬癸水)の禍を為すがゆえ。庚金は乙木に随って化し、金の質はいよいよ堅固となる。最も辛金が暗にそれを損耗するを忌み、また偏に丙火が傍らで煎熬するを嫌う。丁火のこの官星に遇うは、蛟龍が雲雨を得たがごとし;己土のこの印星に逢うは、大鵬の鷲鳥が秋空に翱翔するがごとし。癸水が旺盛の時は、田園は破敗し蕩尽せんとす;壬水が盛大の時は、財と禄はかえって増益し遷升す。戊土が来て侵奪するに遇えば、巨富を成さず;辰土が来て助力するに逢えば、よく多年を長保す。
丙為陽火,化水逢辛。有福兮,戊土在位,成名兮乙木臨身。官爵遷榮,生逢癸巳。家門顯赫,長在庚寅。強橫起於甲午,禍敗發於壬辰。屢遇陰丁,縱富貴能有幾日。重逢己土,須榮華亦似浮雲。辛能化水,得丙方成。四柱最宜見戊,一生只喜逢庚。見己兮何年發福,逢壬兮何日成名,癸水旺兮,縱困而不困。甲木旺兮,須榮而不榮。富貴榮華,重重見乙。傷殘窮迫,疊疊逢丁。
丙は陽火で、辛金に逢って相合して水に化す。もし戊土が位に在れば、福気がある;もし乙木が身に臨めば、名を成すことができる。官爵が遷升栄顕を得るは、多く癸巳に生ま;家門が顕赫なるは、多く庚寅に長ず。人となり強横なるは、起因は甲午に在り;禍敗に遭遇するは、発端は壬辰に在り。もし屡々陰柔の丁火に遇って丙の光を奪われれば、たとい富貴あれども几日を維持できよう;もし重重に己土に逢って化神を混濁されれば、たとい栄華あれども浮雲のごとし。辛金はよく水に化するが、必ず丙火の相合を得て初めて成る。四柱の中に最も戊土に見るを宜しとし、一生ただ庚金に逢うを喜ぶ。もし己土が来て混濁するに見れば、いずれの年にか福を発し得よう;もし壬水が来て化を奪うに逢えば、いずれの日にか名を成し得よう。癸水旺盛の時は、困境に処るも終に困まず;甲木旺盛の時は、栄顕すべきに見えて栄顕しえない。富貴栄華を要せば、重重に乙木に見よ;もし傷残窮迫なれば、多くは叠叠に丁火に逢うがゆえである。
丁為陰火,喜遇陽壬。見丙兮百年安逸,逢辛兮一世優遊。富貴雙全,喜甲臨於天德。祿財雙美,欣己共於金牛。活計消疏,皆因戊敗。生涯寂寞,皆為癸囚。乙木重重,財祿決無成就。庚金燦燦,功名切莫妄求。壬從丁火,秀在東方。遇甲兮多招僕馬,逢辛兮廣置田莊。丙火相逢,乃英雄之豪傑。癸水相會,為辛苦之經商。佩印乘軒,巳臨官位。飄蓬落魄,戌帶殺來。皓首無成,皆為庚金乘旺。青年不遇,蓋因乙木為殃。
丁は陰火で、陽壬に遇って合して木に化するを喜ぶ。丙火に見れば、百年の安逸を享けうる;辛金に逢えば、一世の優游を得うる。富貴双せんと要せば、甲木が天徳の位に臨むを喜ぶ;禄財両美ならんと要せば、己土と丑(金牛)とが同処するを喜ぶ。生計が蕭条零落するは、みな戊土が化神を敗するに因る;一生寂寞冷清なるは、みな癸水が囚われて通ぜざるがため。乙木が重重に現れるは、財と禄は絶えて成就なし;庚金が燦然として眼を耀わすは、功名は妄りに求めることを切莫れ。壬水は丁火に随って相合して木に化し、秀気は東方に寄託す。甲木に遇うは、多く僕従車馬を招き得る;辛金に逢うは、よく田園荘宅を広く置く。丙火と相逢するは、英雄豪傑の流;癸水と相会するは、ただ辛苦して経商するの輩。印綬を佩び高車に乗ることを得るは、巳が官位に臨む;漂泊して蓬のごとく転じ落魄失意なるは、戌が七殺を帯いて来る。到頭白髪蒼蒼として一事成らざるは、みな庚金が旺に乗じて化神を剋伐するに因る;青年の時に才を懐いて遇わざるも、また乙木が祟を為して殃を成すに因る。
戊從癸合,化火成功。見乙兮終能顯達,逢壬兮亦自豐隆,眾貴拱持,喜丁臨於巳位。六親不睦,緣甲旺於寅宮。丙火炎炎,難尋福祿。庚金燦燦,易見亨通。妻子損兮,皆因己旺。謀為拙兮,蓋為辛雄。癸從戊合,火化當臨。丙內藏辛,一世多成多敗,甲中隱己,百年勞力勞心。倉庫豐肥欣逢丁火。田財殷實,喜得庚金。官爵升榮兮,連綿見乙。資財富貴兮,上下逢壬。財源相失兮,緣辛金之太旺,仕途蹭蹬兮,蓋己土之相侵。
戊土と癸水と相合し、火に化して功を成す。乙木に見れば、終竟顕達しうる;壬水に逢えば、また自ずから豊厚隆盛ある。衆貴人が環繞扶持するは、丁火が巳位に臨むを喜ぶがゆえ。六親が和睦せざるは、甲木が寅宮に旺するに縁る。丙火が炎炎と太盛なるは、かえって福禄を尋ね難し;庚金が燦然と現れるは、倒に亨通を見やすし。妻子に損あるは、みな己土の太旺に因る;謀劃が拙劣なるは、多くは辛金が強を逞しゅうする。癸水と戊土と相合すれば、火化の気まさに来臨す。もし丙火の内に辛金を暗蔵せば、一生に成敗多し;もし甲木の中に己土を暗隠せば、百年力を労しまた心を労す。倉庫豊盈なるは、丁火に欣逢するがゆえ;田産財貨殷実なるは、庚金を喜得するがゆえ。官爵が接続して遷升栄顕するは、綿綿と乙木に見るがゆえ;資財富貴なるは、上下ともに壬水に逢うがゆえ。財源が屡々流失するは、辛金の太旺に縁り;仕途が坎坷として前せざるは、多く己土が傍らより侵奪するに因る。
十段化気
甲己歌:甲己化土乙庚金,局中奇妙最難尋。局中六格分高下,貴賤方知有淺深。甲己中央化土神,時逢辰巳脫埃塵。局中歲月趨炎地,方顯功名富貴人。甲己干頭生遇春,平生作事漫勞神。百般機巧番成拙,孤苦伶丁走不停。
甲己の一組の歌訣にいう:甲と己とは合して土に化し、乙と庚とは合して金に化す、化気局の中の奇妙なる処は最も尋究し難し;局中に六等の格式に分かれ、高下同じからず、人の貴賤浅深は始めて弁じ得る。甲己は中央に居して土神に化し、時柱もし辰・巳に逢えば、便ち塵埃を脱して顕達しうる。局中の年柱月柱また炎熱の火地に趨く(火は土を生ず)は、始めて功名富貴の人と顕る。反って、甲己は天干に相合するも春に生まれれば(木旺して土を剋し、化神は制を受く)、一生事を為すも心神を空費し;百般の机巧はかえって拙笨を成し、孤苦伶仃として奔走止まず。
乙庚歌:乙庚金局旺於西,時遇從魁是根基。辰戌丑未如相剋,此是名門將相兒。乙庚最怕火炎炎,志氣消磨主不良。寅午重逢為下格,隨緣奔走覓衣糧。丙辛歌:丙辛化合喜逢申,翰苑英豪氣象新。潤下若居年月上,須知不是等閒人。丙辛化水生冬月,陰日陽時須見清。有土局中須破用,得金相助發前程。
乙庚の一組の歌訣にいう:乙庚は金に化し、金局は西方に旺し、時柱もし酉(従魁)に遇えば便ち根基なり。辰戌丑未は土に属するも化神と相制相成し、このような人は名将相の子なり。乙庚が金に化するは最も火勢炎炎を畏れ、火が来て金を剋せば志気は消磨して人品良からず;もし寅・午が重重に相逢して火局を会せば、便ち下等格局で、ただ縁に随って奔走し衣を謀り食を求むるのみ。丙辛の一組の歌訣にいう:丙辛は化合して水を為す、申(水の長生)に逢うを喜び、主人は翰林苑の中に英豪の気象一新す。もし「潤下」の水局が年柱月柱に落ちれば、尋常の人にあらざるを知るべし。丙辛が水に化して冬月に生まれ、陰日に陽時を配するは、気象は清純を須とす;局中もし土が来て水を剋するあれば、便ちこの土を破去して取用を須とす;もし金が来て相助け水を生ずるを得れば、前程自ずから発達す。
丁壬歌:丁壬化木喜逢寅,亥卯生提是福基。除此二宮皆別論,金多尤恐返傷之。丁壬化木在寅時,蓋世文章邁等倫。曲直更歸年月地,少年平步上青雲。戊癸歌:戊癸南方火炎高,騰光時上顯英豪。局中無水傷年月,獻賦龍門奪錦袍。天元戊癸支藏水,敗壞門庭事緒多。行運更逢生旺地,傷妻克子起風波。
丁壬の一組の歌訣にいう:丁壬は木に化して最も寅に逢うを喜び、月令が亥・卯に生ずるもまた福気の根基なり;この几宮の外は皆別に論を作し、金もし多過ぎれば、尤もそれが回りて来て化神を傷るを畏る。丁壬が木に化して寅時に生まるるは、文章は世を蓋い同輩を超迈す;もし「曲直」の木局がまた年柱月柱の地に帰すれば、少年便ち青雲を平步しうる。戊癸の一組の歌訣にいう:戊癸は火に化して南方に生まれ、火勢炎炎として高漲し、光焰が時柱の上に騰ぐれば、便ち英豪の本色を顕す;局中もし水が来て年柱月柱を傷ることなければ、便ち龍門に賦を献じて錦袍を奪い得る。反って、天干は戊癸相合するも、地支に水を蔵せば、便ち門庭を敗壊し事端叢生す;大運さらに水の生旺の地に走到れば、便ち妻を傷り子を剋して風波を起す。
五陰歌
陰土蛇雞去會午,名為福德號貔貅。火來侵害傷殘處,事事蹉跎百事憂。己巳己酉並己丑,福德秀氣真希有。若逢歲運沖剋破,縱是榮華事不久。陰木相逢牛與蛇,生居八月暗諮嗟。為官得祿難長久,縱有文章不足誇。
陰土(己)は巳(蛇)・酉(鶏)に遇いてまた午火を会しに行くを、名づけて福徳といい、貔貅と号す;一旦火が来て侵害しその元気を傷れば、便ち事事蹉跎し百般の憂愁あり。己巳・己酉にさらに己丑を加えたこの三つの日は、真に稀有の福徳秀気の格である;もし流年大運が来て冲剋破壊するに碰上れば、たとい栄華あれども維持すること久しからず。陰木(乙)は丑(牛)と巳(蛇)とに遇うに、もしまた八月酉中に生まれれば、便ちただ暗自に嘆息するのみ;官を為して禄を得るも長久し難く、たとい文章才華あれども誇耀するに足らず。
陰火相連巳酉丑,生居木日壽難長。更兼名利多成敗,破蕩荒淫福不昌。癸臨酉丑月臨風,百事遲延作者空。名利平生難有望,是非得失事匆匆。金居從革貴人欽,造有清高福祿深。四柱火來相混雜,空門藝術漫經綸。
陰火(丁)は巳酉丑の金局に連なるに、もしまた木日に生まれれば(木は金に剋されて火を生ぜしめず)、寿数は長からんと難し;これに加えて名利は成敗多く、破敗荒淫して福気は昌ならず。癸水日主が酉・丑に臨み、月令また「臨風」の位に逢えば、百事は遅延し、為すこと皆落空す;一生名利は指望あること難く、是非得失は去来匆匆たり。金もし「従革」の格を成せば、貴人に欽敬せられ、このような命造は清高にして福禄深厚なり;ただ四柱の中もし火が来て混雑し金を剋するあれば、便ちただ空門の裏に在って技芸をもって生を謀り、空しく一番の経綸を有するのみ。
天元一字歌
天元一字水為源,生在秋冬妙莫言。大小吉神逢一位,少年雲路必高遷。天元一字土為基,四季生時便是奇。辛酉二丈為格局,聰明俊秀異常兒。天元一字木為根,傳送登明顯福元。四柱官星如得地,功名利祿好爭先。天元一字若逢金,時日魁罡福氣深。庫位逢沖並帶貴,平生德行貴人欽。天元一字火融融,大吉功曹時日沖。沖起財官為發用,生平富貴福興隆。
「天元一字」とは四柱の天干が同一字なるをいう。もしこの一字が水に属すれば、水をもって源頭とし、秋冬に生まれて令を得れば、妙は言うべからず;大運流年さらに上一位の吉神に逢えば、少年便ち青雲の路に高升しうる。もしこの一字が土に属すれば、土は万物の基、辰戌丑未の四季月に生まれれば便ち奇なり;辛・酉の一路の金気を配して格を成せば、聡明俊秀にして常人に異なる子なり。もしこの一字が木に属すれば、木は根をもって本とし、地支に申(伝送)・亥(登明)を見れば便ち福気の本元を顕す;四柱の官星もしまた地を得れば、功名利禄は尽く先んずるを可とす。もしこの一字が金に属すれば、日柱時柱また魁罡に坐し、福気深厚なり;墓庫の位が冲に逢いまた貴人を帯ぶれば、一生徳行は貴人に欽敬せらる。もしこの一字が火に属すれば、火気融融として、地支の丑(大吉)・寅(功曹)が日時の間に相冲す;冲して庫中に蔵する財官を起して我が用と為せば、一生富貴にして福気興隆す。
運晦歌
比肩事物莫爭論,聞訟官司為別人。兄弟親友財帛事,閉門莫與論和平。劫財羊刃兩頭居,外面光華內本虛。官殺兩頭居不出,因此當原慢嗟吁。
大運が比肩の地に走到るは、凡事人と争うなかれ、一たび詞訟官司あるを聞けば、それは多くは他人のために惹く麻煩なり;兄弟親友の間に銭財に渉る事あれば、寧ろ門を閉じて出ずるとも、搀和して説和しに行くなかれ。大運が劫財・羊刃の両頭に当令する時走到るは、外表看るに光鮮なれど、裏頭は実に空虚なり;官星七殺は両頭に夾まれて伸展し出ざるを得ず、ゆえにこのような運に碰上れば、ただ性を耐えて慢慢に嘆息し忍過するのみ。
運通歌
三合財官得運時,綺羅香裡會佳期。洋洋已達青雲志,財祿婚姻喜氣宜。運遂時來事事宜,布衣有分上天梯。貴人輕著些兒力,指日青雲實可期。自是生來不受貧,官居華屋四時春。夏涼冬暖清高處,餚饌杯盤性別人。此運祥光事轉新,一團和氣藹陽春。青雲有信天書近,定是超群撥萃人。甲子丁卯非為刃,乙酉庚申理一同。合起人元財馬旺,中年顯達富家翁。
三合が局を成す財官が恰も好運に逢えば、便ち綺羅香風の中に良辰佳期を会す;青雲の志は洋洋として得意に実現し、財禄と婚姻は一派の喜気なり。運は既に順遂にして時機また来れば、事事皆合宜し、布衣の身も天梯に登るに份あり;ただ貴人が稍々一点の力を出せば、青雲直上は日を指して待つべし。このような人は生来貧寒を受けず、官を為して華屋の中に住し、四季は春のごとし;夏は凉爽・冬は温暖、居処は清高にして、飲饌杯盤も常人と同じからず。この一步の運に行到れば、祥光普照して万象更新し、一団和気は温煦の陽春のごとし;青雲路上に音信あり、天子の詔書近し、定めて超群抜萃の人ならん。甲子日と丁卯日とは羊刃と算せず、乙酉日と庚申日とは道理相同じ;ただ地支の中に蔵する人元を合起し、財星駅馬を興旺せしめ得れば、中年便ち顕達して富家翁と成ることを能くす。
刑剋歌
比肩羊刃日時逢,若問年齡父道凶。父母干支相會合,旺星健旺壽如松。克父那堪妻又傷,堪居道院共僧房。閒身作保防連累,財破妻災有幾場。
日柱時柱の上に比肩と羊刃とに逢うは、もし年歳大小の事を問わば、父親の一方に対して凶なり――比劫は財を奪い、財はすなわち父星なるがゆえ。反って、もし父母を代表する年月干支が彼此会合して情あれば、旺星健旺にして、父母の寿数は松柏のごとく長久ならん。父を剋しまた妻室を傷る人は、むしろ道院に住して僧房を共にするに如かず;この種の人は閑着無事に人のために保を作し、牽連せらるるを提防すべく、財を破り妻子が災に遭う事は幾場かあらん。
刑妻歌
天干透出弟兄多,財絕官衰旺太過。月令又逢身旺地,青春年少哭嫦娥。當生四柱有財星,羊刃時逢定克刑。歲運更行妻墓絕,妻宮必見損年齡。
天干の上に透出した比肩兄弟が多すぎれば、財星は奪われて絶地に至り、官星もこれに随って衰弱し、身旺があまりに過ぎる;月令がまた身旺の処に落ちれば、青春年少の時に妻子の亡きがらを哭することになる。もし出生の四柱の中にもとより財星があって、時柱の上にまた羊刃に逢えば、必ず妻室を刑剋する;流年大運がさらに妻星の墓地・絶地に走到れば、妻宮は必ず折損し、妻子はその天年を尽くし難い。
剋子歌
五行四柱有傷官,子息初年必不安。官鬼運臨身旺地,可存一二老來看。嗣中沖旺見刑沖,月令休囚子息空。官鬼敗亡重見克,如無庶出必螟蛉。印綬重疊克子斷,子息難存誰為伴。若還留得在身邊,帶破執拗難使喚。
四柱五行の中に傷官を帯びる(傷官は官を剋し、官は子星である)は、子息は早年に必ず安穏ならず;もし大運が官鬼の身旺の地に臨むに走到れば、なお一二を保って、老来の看顾に留めうる。子嗣宮位はもとより旺相なのに、また刑冲に遭逢し、これに月令が休囚無気を加えれば、子息は落空する;官鬼が一路敗亡して重重に剋を受けるは、庶出の子でなければ、必ず螟蛉の子を抱養しなければならない。印綬が重重叠叠する(印は食傷を剋し、また子を奪うを主とす)は、剋子と断じうる、子息は存留し難く、誰が相伴せん。たといなお一つを身辺に留めうるとも、多くは残破を帯び、性情は執拗として使い動かせない。
時逢七殺本無兒,此理人當仔細推。干上食神支又合,兒孫定是貴而奇。女人印綬月時逢,官食遭傷子息空。當主過房兼別立,孤辰重犯兩無功。局中官殺兩難清,羊刃重重或助之。八字純陽偏印重,妨夫疊疊更妨兒。
時柱の上に七殺に逢うは、例によって本主に児なしと説くが、この道理はなお仔細に推敲を須とす:ただ天干の上に食神が来て殺を制し、地支またこれと相合すれば、児孫はかえって必ず貴顕にして出奇なり。女命がもし月柱時柱の上に重ねて印綬に逢えば、官星と食神はともに傷剋され、子息は落空する;この種の人は多く他人の子を過継ぐか別に門戸を立てるかして、もし再び重重に孤辰を犯せば、両頭ともに功効を見ない。命局の中に官と殺が混雑して清純なり難く、羊刃がまた重重に来て相助け、八字は純に陽干で偏印が偏重するは、このような女命は屢々夫を妨げ、さらに子女を妨害する。
帯疾歌
戊己生時氣不全,月時兩處見傷官。必當頭面有虧損,膿血之瘡苦少年。日主加臨戊己生,支神火局氣薰蒸。沖刑剋破當殘疾,髮禿那堪眼不明。丙丁日主五行衰,七殺加臨三合來。升合日求衣食缺,耳聾殘疾面塵埃。壬癸重重疊疊排,時辰設若見天財。縱然頭面無斑癩,定是其人眼目災。丙丁火旺疾難防,四柱休囚辰巳方。木火相生來此地,啞中風疾暗中亡。
戊己土が時上に生じて気が周全せず、月柱時柱の両処にまたともに傷官を見れば、この人は頭面に必ず損の亏があり、少年の時に膿血瘡瘍の苦しみを受ける。日主が戊己に臨んで生じ、地支がまた火局を会成すれば、熱気が熏蒸し;さらに冲・刑・剋・破に遭えば、便ち残疾を負い、頭髪は脱落し、眼睛も明瞭に看る能わず。丙丁火が日主を作して五行が衰弱し、七殺がまた加臨し、三合会局して来れば、この種の人は日日奔忙してもなお衣食短缺し、多く耳聾残疾あって、面に塵土の色を帯ぶ。壬癸水が重重叠叠に排列し、時辰の上に若しまた財星に見れば、たとい頭面に斑癩なくとも、必ず眼目の災いあり。丙丁火が太旺なれば疾病は防ぎ難く、四柱休囚して気は辰・巳の方位に落ち;もし木火相生してまたこの一処に匯すれば、便ち喑唖・中風の疾あり、知らず知らずのうちに命を喪う。
寿元歌
壽算幽玄識者希,識時須是洩天機。六親內有憎嫌者,歲運逢之總不宜。壽星明朗壽元辰,繼母逢之不可當。寵妾不來相救助,命如衰草值秋霜。丙臨申位逢陽水,定見天年夭可知。透出干頭壬癸水,其人必定死無疑。
寿数の推算は幽深玄妙にして、能く懂る者は極めて少なく、真に能く懂るは、これ天机を泄漏するなり。六親の中にもし命局に憎嫌せらるる星あれば、流年大運が一たびそれに逢上すれば、総じて宜しからず。寿星明朗・寿元の辰穏固は本来好事なれど、もし「継母」(偏印が食を奪う)の来臨に碰上れば、承受しえず;さらに寵妾(偏財)の出でて救助するなくんば、性命は秋霜の下の枯草のごとし。丙火が申位に臨み(丙は申に在りて病地)また陽水(壬水七殺)が来て剋するに逢えば、天年夭折は知るべし;もし壬・癸水がさらに天干に透出せば、この人は必ず死して疑いなし。
飄蕩歌
偏財得位發他鄉,慷慨風流性要剛。別立家園三兩處,因名因利自家忙。偏財得所最為良,透出羊刃甚可傷。破蕩家庭渾閒事,敗門辱祖逞兇強。偏財別立在他鄉,寵妾防妻更足傷。愛慾有情妻妾眾,更宜村酒野花香。
偏財が位を得る人は多く他郷に発迹し、人となり慷慨風流にして性情剛強なり;往往にして两三処に別に家園を立て、名のため利のため、一生忙しくして止まず。偏財がもしその所を得れば本来最も好し、しかるに一旦天干が羊刃を透出して奪い来れば、大いに傷すべし;この種の人は家業を敗散せしむるを尋常の事と作し、門風を敗壊し祖宗を辱めて、一味に強を逞しゅうす。偏財が別に他郷に立つは、侍妾を寵愛して正妻を提防せねばならず、さらに足りて人を傷る;この種の人は情愛の欲念濃厚にして、妻妾衆多にして、また偏に村中の酒と野外の花香とを愛す。
女命歌
財官印綬三般物,女命逢之必旺夫。不犯殺多無混雜,身強制伏有稱呼。女命傷官福不真,無財無印受孤貧。局中若見傷官透,必作堂前使喚人。有夫帶合須還正,有合無夫定是偏。官殺犯重成下格,傷官重合不須言。官帶桃花福壽昌,桃花帶殺少禎祥。命中切忌桃花犯,劫比桃花大不良。女命傷官格內嫌,帶財帶印福方堅。傷官旺處傷夫主,破了傷官損壽元。
財・官・印綬のこの三つのものは、女命が遇えば必ず夫を旺にす;ただ七殺を多く犯さず、官殺混雑なく、日主が身強にして制伏し得住せば、便ち好名分あり。女命に傷官を帯ぶれば福気は真ならず、もしまた財なくまた印なくして化解するなくんば、孤苦貧寒を受けん;命局の中にもし傷官が天干を透出するを見れば、多くは人家の堂前に使い走る人と為らん。正夫(官星)あってまた合を帯ぶるは、なお名分端正と算す;ただ合のみ有って正夫なきは、それ必ず偏房なり。官殺が重复して冲犯すれば下等格局と成り、傷官が重重としてまた合に逢えば、さらに多く説くを須とせず。官星が桃花を帯ぶれば、福寿昌隆を主とす;桃花もし七殺を帯ぶれば、吉祥少なし;命中に切に忌むは桃花に冲犯せらるること、尤も劫財比肩にさらに桃花を加うれば、大いに不良なり。女命は最も傷官の入格を嫌い、須らく財を帯び印を帯びて、福気こそ堅固ならん;傷官が旺地に処れば便ち夫主を傷る、しかるに傷官を破ること太尽ければ、また自身の寿元を折損せん。
月建生剋
正月建寅歌:正月寅宮元是木,木生火旺得長生。戌兼午未宮中喜,申酉休囚數莫行。寅月重逢午戌亥,庚申為主兩推排。無根有力方宜火,主弱休囚怕火來。
正月建寅の歌訣にいう:正月の寅宮は本来木に属し、木は火を生ぜしめ、丙火また寅に在りて「長生」を得るがゆえに、火気これに随いて旺す。柱中に戌を見、兼ねて午・未を見れば、皆喜ぶべし(火局または火土の郷を会成す);もし申・酉を見れば、木は金に剋されて休囚無気となり、このような運数は行くことを要せず。寅月もし重重に午・戌・亥に逢い、また庚・申を以て主と為すは、便ち身と財の両頭を分けて推排すべし:日主は根無くしてなお力あるは、始めて火を用いるに宜し;日主が衰弱して休囚するは、火の来て気を泄し身を剋するを怕る。
如用寅宮木火神,南方午未祿財欣。逆行戌亥還當旺,破損憂愁見酉申。庚辛主弱逢寅月,午戌加臨會殺星。日主無根宜透土,逆行金水福隆興。戊己身衰喜建寅,重重官殺必榮身。只宜木火相生局,運到西方怕酉申。
もし寅宮の蔵する所の甲木・丙火を取りて「用神」と為さば、運程が南方の午・未の二支に転ずるは、まさに木火が地を得、禄旺して財豊かなる歓欣の処なり。もし大運が逆行して戌・亥に至れば、寅木は亥に在りて「長生」を得、丙火は戌に在りて庫に入りてなお余根あり、なお当旺にして用いうると算す;一旦酉・申に行到れば、金旺して木を伐りまた火の根気を絶ち、用神は破られ、憂愁損傷便ちこれに随って至る。庚・辛金日主が寅月に生まるるは、金は「絶地」に臨みて身弱、柱中にもし再び午・戌と寅とが会して火局を成せば、火はすなわち金の「七殺」、殺星は党を成して最もよく身を傷る;この種の日主また根無し、最も好むは天干が戊己土を透出して火を泄し金を生じ、大運が逆行して申酉亥子の金水の郷に至り、比劫印綬の身を助くるを得て、福気こそ隆盛ならん。戊己土日主が身衰にして寅月に生を喜ぶは、ひとえに寅中の丙火「長生」に頼って土を生ず、ゆえに寅中の甲木官殺は重重叠見するも、かえって印を借りて殺を化し身を栄えしめうる;ただし木火相生の格局のみ宜しく、運が西方の申酉に至り、申が来て寅を冲し、丙火の長生の根を冲壊せば、憂惧すべきなり。
二月癸卯歌
丙丁二月身逢印,大怕庚辛酉丑傷。水運發榮木火旺,西方行運定遭殃。甲日卯月重逢丑,格中有火不須嫌。再行火土興財祿,歲運宜金怕水纏。木正榮於卯月中,若將為用喜生逢。北方亥子成名利,午未行來助福濃。
丙・丁火日主が二月の卯木の月に生まるるは、卯木は火を生じ、まさに身が「印綬」に坐す;最も怕るるは天干が庚辛金を透出し、地支に再び酉と丑とを見て金局を会成する、金は来て木を剋し、印星は傷を受け、火は便ち生源を失う。この種の命は水運に行けばかえって発栄す、水は卯木を生じ、木はさらに転じて火を生じて、木火同じく旺するがゆえ;一たび西方の申酉に走れば、金旺して木を伐り、必ず殃に遭う。甲木日主が卯月に生まるるは、本来「建禄」の当旺、柱中にまた丑土を重見す、丑中の辛金は甲の「正官」、己土は「正財」、ただ格中に丙丁火あって辛金を制住せば、必ずしもこれを嫌うを須とせず。此の後さらに火土の運に行けば、火は「食傷」にして土は財、財禄興旺す;流年大運は金に見て官を成すを宜しとし、最も怕るるは水が来て木を生じまた火を澆滅して、格局に纏着すること。卯月は木の最も栄旺する月份、もしこの旺木を取りて「用神」と作さば、喜ぶは運程が再び生扶に遇うこと:北方の亥・子水地は水が来て木を生じ、名を成し利を得べく;南方の午・未火地は木火通明にして、また福気を助けて愈濃からしめうる。
己卯日主當二月,殺星有露福偏奇。只宜木火重迎見,金水行來數必虧。庚辛卯月多逢木,日主無根怕旺財。南北兩頭多有破,如逢申酉福方來。卯宮大怕遇金降,火旺根深制伏強。四柱有金嫌巳丑,運來酉上定損傷。癸日無根卯月逢,局中有火返成功。如行身旺多財福,若到官鄉數必終。
己土日主が卯上に坐して二月に生まるるは、卯中の乙木が己土を剋し、是れ「七殺」の当令;この種の殺星明露の格局は、福気かえって奇特に来る、身もし能く殺を任せば、殺は即ち権柄に化するがゆえ。それはただ木火の重重相見るを宜しとす――木は殺、火は印、殺は印を生じ印はさらに身を生じて、方に「殺印相生」を成す;一たび金水に行けば、金は土気を泄し水はまた殺勢を助長し、命数必ず亏けん。庚・辛金日主が卯月に生まれて柱中の木また多きは、卯木は金の財星なれど、惜しむらく日主根無く、身弱して財を任する能わず、最も財の旺を怕る。運行して南方火地は火が来て金を剋し、北方水地は金を泄して木を生じ、両頭ともに破損あり;ただ申・酉の金郷に転じて禄を得刃を得て、身強して能く財を担いで、福気始めて来る。卯宮は木旺して、最も金の来て剋伐するを怕る;もし柱中に火旺して木根また深ければ、火は能く金を制し、かえって制伏し得住す。しかるに四柱一旦金を帯ぶれば、便ち巳・丑の二支が酉と合して金局を成すを嫌い、運さらに酉上に到れば、金気全備して、必ず木神を損傷す。癸水日主が根無くして卯月に生まるるは、水は木に泄れて本已に衰弱なれど、格局の中もし火あれば、便ち水生木・木生火の「食傷生財」を成し、かえって成功しうる。此の後大運が身旺の地に走れば、財福自ずから多し;もし官殺の郷に到れば、土が来て水を剋し身はさらに堪えず、命数必ず終らん。
三月建辰歌
三月辰宮只論土,煞多金水化為祥。提綱若用財官印,金水相逢命有傷。戊土無根日坐寅,重重水旺福財深。如行水火宮中吉,金水相逢禍必侵。三月干頭只用金,火生土還真厚福。身為壬癸多逢土,火旺提防禍必臨。
三月辰は土月、命を看るにまずこの一片の土を論ず;辰はまた水庫、柱中に「七殺」多きは、金水を得て泄化通関せば、凶はかえって祥を成す。もし月令辰土を以て提綱と作して「財」「官」「印」の三神を取用せば、便ち再び金水の冲泄に遇うを怕れ、用神損を受ければ、命は傷有らん。戊土日主が寅上に坐すは、寅中の甲木は土を剋し、丙火は土を生ぜしむるも土は終竟根無し;この時柱裏に水重重として旺なれば、水はまさに戊土の財、身はまた寅中の丙火の印を借りて暖を取り生扶せられ、財福かえって深厚なり。この種の命は水運火運に走る皆吉、一たび金水並見に逢えば、金は土気を泄し水はまた財星を党助し、禍必ず侵し来らん。三月生の人はもし天干にただ一位の金を取りて用と為さば――金は土の生ずる所の「食傷」――さらに火の土を生じ土の転じて金を生ずるを得て、源流絶えざるは、始めて真の厚福なり。日主が壬・癸水にして柱中に土多きは、土は即ち水を剋する「官殺」、此の時最も要なるは火運を提防すること:火は土を生じ、土愈旺なれば水愈危く、禍事必ず臨まん。
四月建巳歌
甲乙如臨如四天,木鄉水旺振財源。北方水地多凶破,酉丑相逢我便言。四月干頭水土逢,火鄉木旺祿還通。如行金水多成敗,更怕提綱相對沖。金水干頭四月胎,土為正印木為財。身強土厚宜金水,日主輕浮怕水來。壬日巳月金火土,無根無印怕財鄉。順行申酉升名利,逆走東方壽不長。四月金生火旺土,三般神用要分明。財官印綬藏宮內,運看高低仔細尋。
甲・乙木日主もし四月のこの巳火の天に臨まば(底本は「如臨如四天」と作す、字に訛脱あり、仍原文に依りて照録す)、木気は已に火に泄る;木旺水旺の郷に行到れば、水は来て木を生じ、木はさらに火を生じて火は土財を生じ、財源始めて振う。反ってもし北方水地過重なれば、水多くして木漂い、また巳中の丙火を澆熄し、多く凶破を主とす;酉と丑とが会して金局を成して木を剋するに至っては、さらに多く説くを須とせず。四月生の人は天干に水を見また土を見るは、火郷に走れば木旺して火明し、禄気仍通ず;もし金水に行けば、金は木を剋し水は火を滅し、成敗反復し、さらに怕るるは大運の地支が月令巳と相冲すること――亥来りて巳を冲し、提綱一たび破られれば、全局皆動く。天干が庚辛金・壬癸水にして四月に気を受け胎を成すは、巳中の戊土は金の「正印」、寅卯甲乙の木は金の財星:身強して土また厚重なるは、金水に行ってその秀気を泄するを宜しとす;日主が本より軽浮して根無きは、水の来てさらに金気を泄するを怕る。壬水日主が巳月に生まるるは、巳中に庚金・丙火・戊土を蔵し、日主は根無くまた印無し、最も怕るるは再び財郷に入る、財多身弱はかえって禍患を成す。この命は順行して申・酉は、金は水を生じて身は印助を得、名利上昇す;逆走して東方の寅卯は、木が来て水を泄し、寿元長からず。四月は金が生を受け、火まさに旺し、土が禄を得る月份、「財」「官」「印」のこの三般の神は各用いる所有り、必ず分辨明白を須とす;財官印綬は皆巳宮の内に蔵し、格局の高低は大運がいずれを引出すかを看るを要し、須らく仔細に尋繹すべし。
五月建午歌
五月宮中正火榮,高低貴賤兩分明。財官並用宜生旺,化殺欣逢要水平。五月炎炎正論火,如逢木火自然興。西方金水多防克,丑上須知怕子迎。午宮怕水子來沖,用火逢沖數必凶。日主庚辛如會煞,運中逢此返成功。財官印綬如藏午,西北休臨申子辰。木土火鄉還富貴,再行申酉戌災重。
五月午宮は火の最も栄旺する時候、命の高低貴賤はこの一点において最も分明に分かる。もし「財」と「正官」とを並用せば、身と財官とが俱に生旺の地に居るを便冝とす;もし火多くして「七殺」を成して殺を化せんと要せば、則ち水に欣逢し、一箇の水火既済の平衡を取る。五月炎炎として、命を論ずるにまずこの一団の火を論ず:柱中さらに木火に逢えば、火は自然に興旺す。西方申酉の金・北方壬癸の水多ければ、便ちそれが剋伐して用を損なうを防ぐを要す;地支の丑土は本能的に火を晦ますが、また子水が来て丑と相合して牽絆するを怕る。午宮は最も水を怕れ、殊に子の来て午を冲するを怕る、用神は火にして冲に遭えば、命数必ず凶なり。但し日主もし庚・辛金なれば、午中の丁火はまさにその「七殺」、運裏に水に逢って午を冲し火を制すれば、かえって殺を去りて功を成す。假使「財」「官」「印」の三者が皆午中に蔵せば――己土は財、丁火は官殺、乙木の余気は印――大運は西北の申・子・辰に走ることを要せず、申子辰は会して水局を成して午を冲し、用神尽く破らる;木・土・火の郷に走ればなお富貴を主とし、さらに申・酉・戌に行けば、金旺して水を生じ、災禍便ち重し。
六月建未歌
未月支藏木官時,不分順逆格高低。南方行去東方旺,西位休愁戌亥虧。
六月未土の中に乙木の余気を蔵す、もしこの乙木がまさに日主の「官星」なれば、格局便ち自ずから依託あり、大運の順行なるも逆行なるも論ぜず、皆高低を分かち出して無用に至らず。運が南方の巳午に向かえば、火は未土を生じ土はまた官星の根を養う;東方の寅卯に転ずれば、木は旺気を得、官星さらに強し。たとい西方申酉に走到るとも、愁うるを須とせず;ただ戌・亥の地に到って、戌は火庫にして土燥し木枯れ、亥中の壬水はまた金を泄し木を助けて序を失い、始めて亏損を見る。
七月建申歌
印綬財官月建中,北方回喜福還真。水清金旺多生貴,大限行來最怕寅。庚辛二日藏申月,有官有印有財星。逆行辰巳榮財祿,北方須知富貴成。壬癸生臨七八月,火土多厚北方奇。無傷無破休行水,帝旺臨字運不宜。
七月建申、申中に庚金・壬水・戊土を蔵し、「印綬」「財」「官」は皆月建の内に収まる;この種の命は回頭して北方亥子に走るを喜び、金水相生して、福気始めて真なり。水清くして金旺するは、「金白水清」の貴格、多く貴人を出す;但し大運は最も寅に行到るを怕れる――寅申一たび冲せば、月令の用神は便ち冲散さる。庚・辛金日主が申月に身を蔵するは、申中の庚金は禄、壬水は食傷、戊土は印、柱裏に官・印・財の三者倶備す。大運逆行して辰・巳に至るは、辰は水土の庫、巳は金の長生、財禄栄盛す;順走して北方水地は、金水相生して、富貴もまた成就しうる。壬・癸水日主が七月申・八月酉に生まるるは、金旺して水を生じ、もし柱中に火土また厚ければ、火は財、土は官、則ち北方水郷に走るが最も奇妙なり。倘若原局に傷無く破無く、本身已に格を成せば、便ちさらに水運に行くを須とせず;水已に充足してさらに「帝旺」の地に到れば、旺極まりて変を生じ、運かえって宜しからず。
八月建酉歌
甲乙無根八月逢,庚辛金旺不嫌凶。北方水運財星足,逆走南方得失中。酉月藏金乙日逢,北方亥子水重重。離明午未財權重,巳丑加臨壽必終。甲乙酉月多官煞,無根日主一生低。北方順走休臨丑,逆走南方巳上虧。
甲・乙木日主が根無くして八月酉金の月に生まるるは、庚辛金旺して官殺権を当る、本来凶象なれど;但し身弱して極処に至りて能く命を棄て相従すれば、あるいは印星あって殺を化すれば、かえってその凶を嫌わず。この命は北方亥子の水運に走れば、水は木を生じまた金気を泄し、木は滋養を得て始めて財を任し、財星方に足る;逆走して南方巳午の火地は、火は金を制しうるもまた木を泄し、得失半ばす。酉月は金気まさに蔵し、乙木日主これに逢うは、最も北方亥・子の水の重重に来て身を生じ殺を化するを喜ぶ。もし南方離明の午・未の地に転入せば、木は火を生じ火は土を生じ、土は乙木の財、財権は重しと雖も身は任する能わず;さらに巳と丑とが酉と同じく会して金局を成すに遇えば、殺重く身軽く、寿元必ず終らん。甲・乙木が酉月に在るは多くは官殺並見して、日主また根無く、一生の格局低微なり。順行して北方水地は本来好しと雖も、丑に臨到するを要せず――丑は酉と会して金局を成し、かえって官殺を助く;逆走して南方は、また巳上に於いて亏を受く、巳酉はまさに金局の始なり。
丁生酉月天干癸,去煞方能可去財。有氣保身存印綬,無情行到水中來。秋金酉丑重金旺,除非火煉有聲名。東方行去盈財祿,西北來臨禍必傾。酉為印綬火為財,食用傷官一例排。金水相生榮福厚,南方休到午中來。
丁火日主が酉月に生まるるは、酉中の辛金は丁の「偏財」、天干また癸水を透出して「七殺」;この時この重き殺を去るか、この重き財を舎て去るか、二者は並留すること能わずして、格局始めて清純を算す。もし丁火本身気有りて、また乙木「印綬」を存住して身を生ぜしめ得れば、命は保たる;一旦運程が情無く水郷に走進すれば、水旺殺強にして、丁火は剋を受けて危し。秋の金が酉と丑とに遇って会局すれば、金重金旺、火の来て煅錬して器を成すあらざれば、声名を博すること能わず。この種の命は東行して寅卯は、木は金の財、財禄豊盈す;西北の申酉亥子来臨すれば、金水益盛にして制無く、禍必ず傾覆せん。もし日主が酉金を以て「印綬」と為し、火を以て財と為せば、則ち「食神」「傷官」もまた同一の路数に依りて排して看る。金水相生するは、栄華福沢深厚なり;ただ南方に走るを要せず、殊に午中に到るを要せず、午火は金を剋し、印星をも傷る。
九月建戌歌
九月戌中藏火土,庚辛不忌日無根。格中若無財官印,運到南方福祿真。甲乙秋生九月中,火衰金旺怕庚辛。如臨木火興家計,金水纏來福便臨。財官印綬九月臨,發旺升騰見卯寅。順去北方行子丑,逆行嫌酉破逢申。
九月戌土の中に丁火と戊土とを蔵し、火土同宮;庚・辛金日主が此の月に生まるるは、たとい自身根無くとも、戌中の戊土が印と為って生ずるあれば、それを忌諱するを須とせず。倘若格局の裏に明らかなる「財」「官」「印」の取るべきなくんば、則ち調候を以て論を立て、運が南方火地に到れば、火は能く金を暖め土はまた生を得、福禄始めて真なり。甲・乙木が秋末九月に出生するは、火気已に衰え金気まさに旺し、最も怕るるは天干にさらに庚辛を透出して木を剋すること。もし行運が木火の郷に臨到せば、木は比劫の相助を得、火はまた庚辛を制住し、家業興旺す;一旦金水が糾纏して来れば、金は木を剋し水は金を泄して木を助けその常序を失い、福気便ち到り難し。もし「財」「官」「印」が皆九月戌中に斉備せば、則ち卯・寅の木地に遇う時最も能く発旺昇騰す、木が来て土を疏し、まさに庫中の用神を引出すがゆえ。この命は順行して北方の子・丑はなお可なり、逆行すれば則ち酉を嫌う、酉戌相連して金気太過に重く、さらに申に逢えば、申は来て寅を冲し、発旺の根を皆破る。
戌月金生藏火土,或行南北或行東。不分順逆高低格,大運逢辰壽必終。壬日無根戊己多,生居九月忌財過。逆行休用南方午,寅丑如逢奈若何。丙丁日主戌中句,財透天干作用神。此格傷官煞喜旺,只愁煞旺又傷身。
戌月は土旺して能く金を生じ、戌中また丁火・戊土を蔵し、火土並見す;このような命はあるいは南方に行き、あるいは北方に行き、あるいは東方に行き、皆各々取るべきあり、順行逆行に拘泥して格局の高低を分つを須とせず。ひとり大運が辰に逢うは最も凶――辰戌相冲して、庫中の火土を冲散し、寿元必ず終らん。壬水日主が本身根無く、柱中に戊・己土また多く、九月土最も旺する時に生まれれば、土はまさに水を剋する「官殺」にして、水弱して財を任する能わず、ゆえに財が再び過重なるを忌む。この命は逆行して南方午火を用いるなかれ、午火は土を生じて官殺を助起す;寅・丑の地に遇上するも奈何ともし難く、寅中の丙火は土を生じ、丑は湿土にしてまたその勢いを助く。丙・丁火日主の命句が戌中に落つるは、戌裏の辛金は財、もし財が天干に透出せば、則ちそれを取りて「用神」と作す。この種の格局は「傷官」が財を生ずるを喜び、また「七殺」旺相にして権を成すを喜ぶ;ただ愁うるは殺太旺して、かえってまた日主の身を傷ること。
十月建亥歌
水木生居亥月乾,財官印綬喜相連。用壬運旺西方去,用木須欣寅卯邊。亥月壬殺喜東南,來至東南發顯官。大運愁逢金水地,再行西兌壽難完。財官印綬立乾宮,水木相生福祿通。喜水喜金嫌火土,運行最怕巳刑沖。水旺當生亥子宮,根多水弱格中逢。重行火土財官旺,運到西方一路通。日主無根干上金,月通亥子土來侵。只宜印綬扶身位,何怕提綱損用神。
十月建亥、亥は後天卦位において乾に属す;水と木とがこの一月に生じ、亥中の壬水・甲木並び旺し、「財」「官」「印綬」は往往にして一気に連成す。もし壬水を取りて用と為せば、大運は西方申酉に往くを宜しとし、金は能く水を生じて源頭竭きず;もし甲木を取りて用と為せば、則ち寅・卯の木旺の地を喜び、用神は此に於いて禄を得る。亥月の壬水もし日主の「七殺」なれば、則ち東南木火の郷を喜ぶ――木来りて水勢を泄去し、火はまたその財官を成し、運東南に至って始めて官職を顕達しうる;最も愁うるは大運再び金水に逢い、殺勢さらに旺し、もしさらに西方兌金に行けば、寿数保全し難し。「財」「印」は皆亥のこの乾宮の内に立ち、水木相生して、福禄自然に暢通す。この種の命は水を喜び金を喜びて火土を嫌い、火土一たび来れば便ち水を剋し金を晦ます;行運最も怕れるは巳、巳は亥と相冲しまた申と相刑し、提綱一たび動けば、全局皆傷る。水は本来亥・子の二宮に於いて当旺なるべきも、柱中もし木根太多ければ、かえって水気を泄薄して、「根多水弱」の格を成す。此の時重ねて火土に行けば、火は財、土は官、財官旺するも身の能く担任するを須とす;西方金地に転じて水を生じ身を助くれば、始めて一路通順なり。もし日主根無くして天干にただ一点の金あるのみ、月令は亥・子の水に通じ、また土の来て剋侵するあれば、則ちただ「印綬」の金を取りて身を扶け位を守るを宜しとするのみ;身既に倚靠する所有り、又なんぞ必ず月令裏の水土が用神を損するを怕れん。
十一月建子歌
丙丁日主月逢子,支下存申時又辰。火土旺鄉成富貴,再行金水禍難禁。子宮有水金鄉旺,見土休囚忌破支。元有土離逢水貴,午來沖破壽元終。庚金遇水多強吉,火土相逢未必凶。運去元神番作貴,再行午運禍重重。庚日逢寅午戌行,日通火局是提綱。如行金水番成局,火土又來禍怎當。水歸冬旺樂無憂,透用財官富九州。逆順不分還富貴,提綱刑剋事多休。
丙・丁火日主が十一月子水の月に生まれ、地支の下にまた申あり、時上に再び辰を見れば、申子辰は三合して水局を成し、「官殺」勢を成して火弱已極まる。この種の命は必ず火土旺郷に走るを須とし、火は比劫の相助を得、土は能く水を制して、始めて富貴を成す;さらに金水に行けば、金は水を生じ水は火を剋し、禍患は挡え止め難し。子宮は本より水地、もしさらに金郷に行けば、金水俱に旺す;此の時土を見ればかえって休囚して力無く、ただそれが地支の格局を冲破し去るを怕る。原局もし土有りてまた南方離火の位に居れば、水の来て潤沢し調剤するを得、かえって貴顕を主とす;但し午来りて子を冲せば、水火交戦して用神は冲さる、寿元もまた終る。庚金日主が水多きに遇うは、水は「食傷」にしてその秀気を泄し、多く強旺して吉を主とす;たとい火土相逢するとも、火は官殺、土は印綬、未だ必ずしも凶ならず。運程走過して元神かえって引発せられ、翻って貴命と作る;たださらに午運に行けば、午中の丁火は庚を剋する太甚にして、禍は重重叠叠に来る。庚金日主もし大運が寅・午・戌に逢い、日支また火局に通じ、而してこの火局はまさに提綱の在る所なれば、便ち殺重身軽を成す。此の時金水の運に行けば、水来りて火を制し、金来りて身を助け、翻って局を成し得;もし火土再び来て殺勢を生扶せば、あの禍事はまたなんぞ担当し得起さん。水は冬天に回帰して当旺するは、本より快楽無憂の象;天干再び「財」「官」を透出して用と為せば、九州に富甲すべし。このような命は順行なるも逆行なるも妨げず、なお富貴を主とす;ひとり提綱が刑冲剋破を受ければ、諸事多く休止せんとす。
十二月建丑歌
甲子生居丑月中,無根金水不嫌凶。重行金水聲名顯,火土相逢破本宗。丙丁坐丑財中殺,四柱無根忌水鄉。運到火鄉加火助,須知顯振利名香。壬癸生居丑月提,有金有土格中奇。順行辰巳興財祿,逆去升高申酉支。
甲子日が十二月丑月の中に生まるるは、木既に根無くして柱裏に金水重叠し、看れば凶象に似れど、其実嫌うに足らず――《独歩》の謂う所の「乙木根無し、生れて丑月に臨み、金多ければ転じて貴し」は、まさにこの理:金は能くその官星を成し、水は能くその身を生じ、弱極まりて従えばかえって格を成す。この命さらに金水の運に行けば、声名顕達す;一たび火土に遇えば、火は木気を泄し、土はまた金を助けて根を傷り、かえって本宗の根基を破る。丙・丁火日主が丑上に坐すは、丑中の辛金は財、癸水は「七殺」、財裏に殺を帯ぶ;四柱また根無く、最も忌むは再び水郷に入る、殺重くて身を剋す。運火郷に到れば、比劫を得て火に加え相助け、身強して能く財殺を任じ、自然名利顕振す。壬・癸水日主が丑月を以て提綱と為すは、丑中に辛金有り己土有り、金は印、土は官、格中に兼備して、最も奇特なり。順行して辰・巳は、辰は水土の庫、巳は金の長生、財禄興起す;逆走して申・酉の金支は、印星地を得、地位もまたこれに随いて昇高す。
戊土生居十二月,傷官財旺藏時節。水清金白助格中,若見火土多周折。己干提丑支金局,煞旺身強格局高。金水重來名利厚,財鄉火地不堅牢。丙日多根丑局逢,財官藏在見祿中。水鄉有旺金鄉吉,土困行南總是空。庚辛丑月申居正,火土來臨福祿齊。壬癸天干或支出,一見己土喜相宜。
戊土日主が十二月丑月に生まるるは、丑中の辛金は「傷官」、癸水是「正財」、傷官と財とが俱にこの一時節の内に蔵す。もし柱中に水清く金白くして、金水相生して格局を助け来れば、便ち上乘に属す;一旦火土の並び来るを見れば、火は土を生じ土はまた金を埋め、傷官と財星とが俱に困住せられ、事多く周折す。己土日主が丑を以て提綱と為し、地支さらに巳酉丑の金局を会成すれば、身を泄すこと太過なり;此の時もし「七殺」また旺にして日主自身強健なれば、殺は能く権柄に化し、格局かえって高し。金水重重としてさらに来れば、名利厚実なり;一たび財郷火地に走到れば、火来りて金を剋し水源を焼乾し、根基便ち堅牢ならず。丙火日主が根多く、また丑と巳酉とが会局するに逢えば、丑中の辛金は財、癸水は官、財官は俱に丙火が禄を見根を得る格局の中に蔵す。この命は水郷に行きて旺気あり、金郷に行くも吉;ひとり土が火気を困住せしめ、さらに南に往けば、看れば身を助くるに似て其実功なく、総じて落空す。庚・辛金日主が丑月に生まれ、而して申金まさにその位に当たれば、金気は坐得結実なり;さらに火土の来臨あれば、火は官、土は印、福禄斉全す。もし壬・癸水が天干に透出し、あるいは地支の中より透出して泄気太重ければ、一たび己土の来て水を制し金を存するを見れば、便ちまさに合する所の宜しきなり。
看命捷歌
凡觀男子命,先論財官始。有財乃為妻,有官方作子。印綬為二親,比肩乃兄弟。財死慮喪妻,官死宜克子。印死父母亡,比死傷兄弟。凡觀女子命,先須看夫子。以官為夫星,傷食乃子女。印綬是雙親,比肩作姐妹。官死怕刑夫,傷食死克子。印死損椿萱。比死喪兄弟。
およそ男子の命を看るには、まず「財」「官」の两样より看起す:財ありて始めて妻室あり、官ありて始めて子息あり。「印綬」は父母双親を代表し、「比肩」は兄弟を代表す。ゆえに財星が死絶の地に落ちれば、便ち妻を喪うを慮るを要し;官星が死地に落ちれば、子を剋するに防ぐべし;印星が死地に落ちれば、父母保ち難し;比肩が死地に落ちれば、則ち兄弟を傷る。およそ女子の命を看るには、まず夫と子とを看るを要す:「官星」を以て夫星と為し、「傷官」「食神」を以て子女と為し、「印綬」は双親、「比肩」は姉妹と作す。官星が死地に入れば便ち夫を刑剋するを怕れ、傷官食神が死地に入れば子女を剋傷し、印星が死地に入れば父母に損及し、比肩が死地に入れば則ち兄弟姐妹を喪う。
有財乃有夫,有夫方有子。財旺自生官,夫榮並子貴。子亡夫死,必是下賤孤貧。子秀夫榮,定知榮華富貴。有子有夫而貧寒者,蓋因身在衰鄉。無子無夫而昌盛者,乃是身居旺地。貴人少者,不富亦昌。食神多者,非尼即妓。
女命は財ありて始めて夫あることを得、夫ありて後始めて子あることを得、財は能く官を生じ官は便ち夫、夫既に栄顕なれば、子もまたこれに随いて貴盛なるがゆえ。もし子星と夫星とが俱に已に死亡せば、必ず下賤孤貧の命;子星秀発して夫星栄旺なれば、自然に知るべし是れ栄華富貴の人。夫子倶全するも仍ほ貧寒なるもあるは、それ日主自身が衰敗の郷に落ちて、夫子の栄を担い起す能わざるがゆえ;無夫無子にしてかえって昌盛するもあるは、それ日主自身が旺地に居りて、能く自立するがゆえ。柱中に「貴人」少なきは、たとい富まずともなお安昌なり;「食神」太多きは、泄気過甚にして心性放縦、出家して尼と為るか、流落して妓と為るかならん。
正官格歌:用官喜身旺,嫌刃與沖刑。傷食俱所忌,喜印及財星。七殺格歌:七殺喜印刃,傷官與食神。合煞身旺者,所忌見官星。殺星如不旺,方喜用財生。用財歌:用財嫌比劫,七殺及偏財。身弱忌羊刃,身旺印宜哉。印綬歌:印綬兼身旺,喜殺與官星。沖印為無用,亦畏有財臨。
《正官格歌》にいう:「正官」を取りて用と為すは日主の身旺を喜び、「羊刃」と冲刑とが来て官星を動揺せしむるを嫌う;「傷官」「食神」は皆忌む所に在り、「印綬」が官を化して身を生ずるを喜び、また「財星」が官星を生助するを喜ぶ。《七殺格歌》にいう:「七殺」は印有り刃あるを喜ぶ――印は能く殺を化し、刃は能く殺に敵し、また傷官食神の来て殺を制するを喜ぶ;もし能く七殺を合去して日主また旺ならば、最も忌むは再び「正官」の来て混雑する;倘若殺星本来旺ならざれば、始めて「財」を用いてそれを生ずるを喜ぶ。《用財歌》にいう:財を用うるは最も「比肩」「劫財」の来て分奪するを嫌い、また「七殺」が財気を盗泄し「偏財」が重叠するを嫌う;身弱のは「羊刃」に見るを忌み、身旺のは則ち印の相輔あるを宜しとす。《印綬歌》にいう:「印綬」は須らく日主身旺を兼ねて始めて好し、「七殺」と「官星」との来て印を生ずるに見るを喜ぶ;印が冲破せられれば便ち無用を成し、また財星の臨来して印を壊すあるを畏る。
羊刃歌:甲祿到寅,卯為羊刃,乙祿卯,辰為羊刃。丙戊祿己,午為羊刃。丁己祿午,未為羊刃。庚祿申,酉為羊刃。辛祿酉,戌為羊刃。壬祿亥,子為羊刃。癸祿子,丑為羊刃。祿前一位是也。羊刃喜傷煞,所忌劫刑沖,身旺與印綬,不喜格中逢。以上數格歌,並逸叟所著。三奇格歌:天上三奇甲戊庚,地下三奇乙丙丁。若人命值三奇貴,三元及第冠群英。太乙妙指法:乙丙丁,甲戊庚,上局相生復生。不作蓬萊三島客,也應金殿玉階行。
《羊刃歌》は十干の刃位を列挙す:甲の禄は寅に在り、卯は便ちその「羊刃」;乙の禄は卯に在り、辰は羊刃と為す。丙・戊の禄は巳に在り(底本は「禄己」と作す、字に訛誤あり、仍原文に依りて照録す)、午は羊刃と為す;丁・己の禄は午に在り、未は羊刃と為す。庚の禄は申に在り、酉は羊刃と為す;辛の禄は酉に在り、戌は羊刃と為す。壬の禄は亥に在り、子は羊刃と為す;癸の禄は子に在り、丑は羊刃と為す。総じて言えば、禄位より往きて一位を数うれば、すなわち羊刃の在る所。羊刃は「傷官」「七殺」の来て相配するを喜ぶ――刃は能く殺を合し、殺は能く刃を制す;忌む所は「劫財」および刑と冲。日主身旺あるいは印綬重叠するは、格中にさらに羊刃に遇うを喜ばず。以上のこれら几首の格歌は、皆逸叟の作る所なり。《三奇格歌》にいう:天上三奇は甲・戊・庚、地下三奇は乙・丙・丁;もし人の命裏にこの三奇の貴に值えば、便ち三元に連中し群英に冠絶せん。《太乙妙指法》にいう:乙丙丁と甲戊庚とのこの二組は、上局に排せば便ち輾転相生・生じて復た生ずるの勢いを成す;この格ある人は、蓬莱三島の仙客と為らずとも、金殿玉階の上に行歩すべし。
諸格に救あるを論ず
亥卯木旺不逢金,丑土休嗟見木侵。巳午土高何怕木,寅宮何忌水源深。丑巳金堅休怯火,印木分明忌酉金。戌辰未土何憂水,申喜炎神忌土星。酉金大忌午合寅,逆順高低仔細尋。運向北方為富貴,如臨離火必傷身。
この一篇は各格が凶に遇いて救あるの道理を講ず。亥と卯とが会して木局を成し木気まさに旺するは、便ち金の来て剋するに逢うを怕れず;丑は湿土にして能く金を生じ、たとい木の来て侵すを見るとも、嗟嘆するを須とせず。巳午火が旺なれば則ち土はこれに随いて高厚となり、又なんぞ必ず木の来て疏泄するを怕れん;寅宮は木が「長生」の地を得、又なんぞ必ず水源深长を忌まん。丑と巳とが会して金を成し金気堅実なれば、便ち火の来て煅錬するを怯れず;もし木を以て「印」と為して分明弁ずべければ、それ始めて酉金の来て印を剋するを忌む。戌・辰・未のこれらの土は本より堤防の能有り、何をか愁えん水の来て冲激するを;申中の壬水は炎火の調候に見るを喜ぶも、土星が水の源頭を塡塞するを忌む。酉金は最も午火の来て剋するを忌み、而して寅はまた午と合して火勢を引動す、ゆえに順行逆行・格局の高低は皆仔細に推尋を須とす;運北方水地に向かえば、金水相生して秀を泄し、便ち富貴を主とし、もし南方離火に臨到せば、必ず身を傷る。
壬癸逢申火破支,局中有殺貴方知。惟有寅宮最怕申,水來克火太無情,木多根旺方為救,無甲終年破耗人。甲乙臨乾遇比肩,丙丁丑月不相嫌。庚金生巳翻成貴,壬癸逢離破了泉。戊己生於丑月中,或逢羊刃在天宮。金多有水方成貴,火重須嫌比劫同。
壬・癸水日主が申に逢着して火は地支に破られしは、須らく局中別に「七殺」の用いうるあるを看て、始めて貴気を見出すことを得。惟だ寅宮は最も申を怕れる――申来りて寅を冲し、水はまた跟いで火を剋し、最も是れ無情;この時木多くして根旺なるを要して始めて救ありと算し、倘若柱中に并びて甲木無くんば、便ち終年財を破り耗散する人なり。甲・乙木が亥のこの乾位に臨みまた「比肩」に遇いて相扶けらるると、丙・丁火が丑月に生ずると、便ち彼此相妨害せず。庚金が巳月に生ずれば、巳中の戊土は長生して庚金もまた長生し、翻って貴格を成す;壬・癸水が南方離火の地に行到れば、則ち泉源を烤乾せらる。戊・己土が丑月の中に生じ、あるいはまた「羊刃」が天干に顕露するに逢う、此の時金多くして水の通関するあれば、方に貴を成し得;火気重ければ、則ち「比肩」「劫財」の同じく来てその燥烈を助くるを嫌うべし。
取格指訣歌断
以日為主本,而取提綱為用。次年月日時為實,逢官看財,逢財看殺,逢殺看印,逢印看官。歌曰:一官二印三財位,四殺五食六傷官。立法先詳生與死,次分貴賤吉凶看。
格を取るの要訣は、日干を以て一身の本と為し、而して月令提綱を取りて用神の出ずる所と作す;其次は年・月・日・時の四柱を把りて実拠と作して参看す。「官星」に遇上すれば便ち財の来てそれを生ずる有無を看、「財星」に遇上すれば便ち「七殺」の来てそれを盗む有無を看、七殺に遇上すれば便ち「印」の来てそれを化する有無を看、印に遇上すれば便ち官の来てそれを生ずる有無を看、環環相扣合す。歌裏に説く:第一に官を看、第二に印を看、第三に財位を看、第四に殺を看、第五に食神を看、第六に傷官を看;法を立るにまずこれらの神の生と死とを詳辨し、然る後に貴賤吉凶を分つを須とす。
節気歌断
凡看命,要論節氣淺深,以分輕重。立春一日火方生,雨水之中木正榮。驚蟄春分皆論木,其中輕重在三旬。木茂水聚清明候,穀雨水土兩存形。立夏五朝尤是土,土金相會旺中旬。小滿之時丙火用,火土芒種不須論。夏至陰生陽始極,一交小暑木存形。土最旺時交大暑,立秋坤土五朝存。
およそ命を看るには、節気の入る深浅を論じ、これを以て五行力量の軽重を分辨す。立春の頭一天、火始めて生を受く;雨水節中に到れば、木気まさに栄発す。驚蟄・春分は皆木を以て論じ、その中の軽重は已に経過したる几个の十天を看るに在り。清明時節は木気茂盛にして水気聚斂し、穀雨は則ち水と土との両種の形質並存す。立夏の後頭五天は仍ほ土を当てて看、土と金と交會するはまさにこの一旬の旺処に在り。小満の時は丙火を取りて用と為し、芒種は火土相承け、別に分別を作すを須とせず。夏至一陰始めて生じて陽気は極処に到り、一たび小暑に交われば、木なお余形を留む。土の最も旺するときは大暑に交わり、立秋の後五天は、仍ほ坤土の権を当たるなり。
坤土既生金自旺,時逢處暑水方生。白露秋分金旺極,寒露七日尚言金。火土聚時霜降後,立冬乾氣水將盈。二候一朝方用水,木須小雪始能生。大雪水生陰正極,陽生冬至火堪論。小寒火絕卻言水,大寒金土兩存形。此是五行生旺理,再憑造化定衰興。
坤土既に生発せば、金気自然これに随いて旺盛なり;時令処暑に逢えば、水始めて生を受く。白露・秋分は金旺極処に到る時、寒露の頭七天も、なお金を以て論ずるを要す。霜降の後は火と土と聚合し、立冬は則ち乾位の水気まさに盈満せんとす。両候零一天を過ぎるを要して、始めて真に水を取りて用と為す;木は須らく小雪を待ちて、始めて生ずる能わし。大雪の時水は生を受けて陰気まさに極まり、冬至一陽来復せば、便ち火を論ずべし。小寒は火已に絶地に入るも、仍ほ水を説かざるべからず;大寒は則ち金と土の两样形質並存す。これがすなわち五行が節気に随いて生旺するの道理、さらに各人の造化に凭りて衰と興とを断定す。
万尚書瓊璣三盤賦
官星帶刃,掌萬將之威權,印綬生身,居三臺之重位。傷官有刃,將相公侯;印綬逢官,早沾雨露。官無刃而有印,非臺憲之職,必郡守之尊;殺有制而無梟,非肅殺之權,即兵刑之任。財氣遇正官,聲價遠馳於六國;食神帶七殺,英雄獨壓於萬人。印刃相隨,官高極品;財星正立,位步超群。殺刃休囚,祿薄官卑之士;財神無氣,朝封夕貶之官。正印月逢,官居翰苑;偏財時見,位列皇朝,祿高有王佐之才,班馬有封侯之體。名標金榜,蓋緣六格清純;身近龍顏,只為四柱不濁。
「官星」にして「羊刃」を帯ぶるは、能く万軍将士の威権を掌る;「印綬」が日主を生扶するは、三台宰輔の重位に居るべし。「傷官」さらに羊刃を配すれば、出将入相・公侯期すべし;印綬また官星相生に逢えば、早年便ち君王の雨露恩沢を沾む。官星刃無くして印あるのみのは、たとい台諫憲司の職を為さずとも、必ず一郡太守の尊栄あり;「七殺」制伏有りて「梟神」が食を奪う無きは、たとい粛殺の兵権を掌らずとも、兵部・刑部の一类の職任に当出ずべし。財気に「正官」を配上するは、声価六国の外に遠播す;「食神」が「七殺」を帯ぶるは、英雄の名独り万人に圧す。印と刃と相随えば、官位極品に高し;財星端正にして立てば、地位群倫を超出す。反って説くに、殺と刃とが俱に休囚の地に落つるは、ただ俸禄微薄・官職卑下の士;財神全く気勢無きは、便ち早朝に封を受け晩に貶に遭う官。「正印」月令に逢えば、翰林院に官居すべし;「偏財」時上に見れば、朝班の内に位列す。禄気高きは帝王を輔佐するの才有り、班列顕赫なるは侯を封ぜらるるの相あり。名字能く金榜に標せらるるは、全く六格の清純にして駁ならざるに因り;身能く天顔に親近するは、ただ四柱の清にして濁らざるがため。
木向春生,遇金制必為宰輔之臣;火當夏令,得水滋定作阿衡之任。秋金宜以煅煉,膺紫誥以治民;冬水得土以提防,謁金門而進諫。寅申巳亥兼全,位至三公之列,子午卯酉全備,職封一品之官。二德俱全,為官清正,三奇均正,終能濟世安邦,七殺專權,自解調元贊化。
木が春天に生じて金の来て裁制するに遇うは、必ず宰輔の臣と為る;火が夏令に当たりて水の来て滋潤するを得れば、定めて伊尹「阿衡」のごとき輔政の職に任ず。秋の金は宜しく火を用いて煅錬し、始めて紫誥を領受して百姓を牧養し得;冬の水は土の来て堤防し約束するを得て、始めて金門に進謁して君に進諫し得。地支の寅・申・巳・亥四生の位が兼ねて全きは、位三公の列に至る;子・午・卯・酉四正の位全備するは、職一品の官を封ず。天徳・月徳の二徳俱全するは、官と為りて清廉端正なり;三奇斉正のは、終に能く世を済い邦を安んず;「七殺」独りその権を専らにするは、自然に能く元気を調和し教化を贊助せん。
科甲之星不陷,青年及第登科;催官之曜俱強,指日攀龍附鳳。官星印旺,獨居一代之功名,殺制刃興,主掌滿營之兵卒。若是用神輕淺,決為吏卒卑官,倘逢命脈遭傷,須要乞骸避位。用財無比劫,治邦振廉介之稱;用食絕梟神,在位有得入之譽。
科名を主る星曜が陥落せざるは、青年時便ち及第登科す;官を催す星曜が皆強旺なるは、指日の間に攀龍附鳳し得。官星と印星とが俱に旺なるは、独り一代の功名を享く;殺を以て刃を制して刃気興発するは、満営の兵卒を主掌す。もし用神軽浅にして力無ければ、注定してただ吏卒の一类の卑官を為すのみ;倘若命脉の根基が損傷に遭わば、則ち告老を乞求し退位して禍を避くべし。「財」を用いて柱中に「比肩」「劫財」の来て争奪する無きは、邦国を治めて廉潔耿介の称あり;「食神」を用いて「梟神」の食を奪うの患を絶たるは、官に居り位に在りて職に称い体に得たるの誉あり。
若先財而後印,居官必一歲一升,倘先印而後財,入試許百發百中,金多無火,功名蹭蹬之儒;木重無金,歲月蹉跎之士。火明木秀,斯人必負經魁;金水極清,此輩擬登甲第。金逢火煉,早步金階;木得金裁,廊廟輔宰。
もし命中に先に財を見て後に印を見るは、官を為せば必ず一年一升す;倘若先に印を見て後に財を見るは、考に赴けば便ち彼に百発百中を許す。金多くして火の来て煅錬する無きは、功名蹭蹬にして進み難き書生;木重くして金の来て裁削する無きは、歳月蹉跎して成なきの士。火明にして木秀なるは、此人必ず能く経魁を奪得せん;金水の清なること極処に到るは、此の一輩は高く甲第に登るを望むべし。金が火に逢って煅錬せられれば、早々便ち金階を踏上す;木が金を得て裁成せられれば、廊廟に入りて宰政を輔弼すべし。
食神制殺,遂十年燈火之光;刃輔傷官,際一旦風雲之會。格局無官相雜,可知腰佩金魚,祿多有印相輔,職位定登臺鼎。干透財官雙美,中年身到鳳凰池;支藏祿馬兩全,壯歲首登龍虎榜;時上食神騎祿馬,斯人睡手掇功名。
「食神」が能く「七殺」を制するは、終に十年寒窗灯火の功を成就す;「羊刃」が「傷官」を輔佐するは、一朝風雲際會の運に赶上す。格局の裏に官星の来て混雑する無ければ、知るべし此人は腰に金魚の袋を佩ぶ;禄気多くしてまた印の相輔あるは、職位定めて台鼎の尊に登らん。天干に財と官とを透出して両相俱に美なるは、中年便ち身鳳凰池の畔に到る;地支に禄と馬とを暗蔵して两样斉全なるは、壮年に頭一名として龍虎榜に登る;時上に「食神」が禄馬に騎るは、此人睡手の間に便ち功名を拾得す。
財官一位,狀元一舉無疑,身殺兩停,魁甲兩途有分。官印無刃無殺,職居翰苑之清;偏官有制有生,威鎮藩垣之士。列金階而陳大計,緣柱中金水相涵;登玉殿以進忠言,值命內水火相照。金馬文章,官印輔明於歲月;玉堂翰職,財殺不黨於提綱。六壬趨艮透財印,早步青雲;六甲趨乾無破沖,捷登黃甲,飛天祿馬,少壯冠場;拱祿無傷,早歲跨灶;衣紫腰金,財輔官旺。
財と官とが各々一位を得て重叠せざるは、一挙に魁を奪い状元疑いなし;日主と七殺とが両相停匀して力量相當するは、文武両途に皆その分あり。官印斉全にして羊刃無く七殺の来て攪擾する無きは、職翰林院の清要の位に居る;「偏官」既に制伏ありまた生扶あるは、威名一方の藩鎮を鎮守す。能く金階に列身して大計を陳説するは、柱中に金水相涵するに縁り;能く玉殿に登上して忠言を進献するは、命内の水火交映するに值うがゆえ。能く金馬門のごとき文章を写すは、官星印星が年月の間に在りて輔助分明なるがゆえ;能く玉堂翰苑の職に任ずるは、財と殺とが月令提綱と党勢を結成せざるがゆえ。六壬日「趨艮」して寅位に於いて財印を透出するは、早年便ち青雲に步入す;六甲日「趨乾」して亥位に於いて破無く冲無きは、很快に黄甲に登上す。「飛天禄馬」格の人は、少壮の年に科場に冠絶す;「拱禄」格にして損傷する所無きは、早歳便ち父輩に勝る;能く紫袍を衣て金帯を繫ぐは、財星が官星を輔助してこれを旺盛ならしむるなり。
歲德扶官扶馬,許君早拜金階,日辰夾貴夾財,準擬榮登仕路。子丑遙合巳宮,是一舉成名之輩;二德配宮,類周勃當時入相。兩干不雜,效相如昔日題橋。壬日騎龍,入仕必擁旗喝道;乙干見鼠,讀書有封誥臨門。居邦食祿萬鍾,得祿與其合祿,入相為官一品,正官不雜偏官。
太歳の徳が官星を扶助し禄馬を扶助するは、彼に早く金階の栄を拜受するを許すべし;日辰が貴人を夾拱し財星を夾拱するは、准定して仕路に栄登せん。子と丑とが遙かに巳宮に合して禄気を引出するは、一挙に名を成すの輩;天月の二徳がその宮位に配得するは、周勃が当年に入朝して相と為りしがごとし。天干の両位純粋にして相混雑せざるは、司馬相如の昔日に橋に題して志を立てしに効うべし。壬辰日「壬騎龍背」の人は、入仕の後必ず旗を擁し道を喝せん;乙日に子時を見る「六乙鼠貴」の人は、書を読めば便ち封誥門に臨むの望あり。邦国の内に在りて禄万鍾を食むは、既に本禄を得また合禄を得るなり;入朝して相と為り官一品に居るは、正官純粋にして偏官を雑えざるなり。
用物清純,為德秀之名;行運順平,作青雲之客,申時癸日合官,為折桂之人;癸日寅時刑合,作探花之客。庚日三合水局,貴冠諸儒;時逢一位偏官,名揚萬里。金神帶印,內閣股肱;祿馬同鄉,當朝柱石,貴人出色。金水涵清;貴命傷官,風霜滿路。相合相生,男子定登將相;無沖無破,女人必配儒臣。論命知貴賤之殊,察理要中和之氣,江湖星士,請監於斯。
用いる所の神が清純にして雑ならざるは、「徳秀」の美名を得;行運一路順平なるは、青雲直上の客と作る。申時にして癸日が官星と相合するは、桂を折り第に登る之人;癸日が寅時に逢うて刑合して官星を引出するは、探花及第の客と作る。庚日に三合して水局を成すは、貴気諸儒の上に冠たり;時上恰も一位の「偏官」に逢うは、名声万里に揚ぐべし。「金神」を帯びてまた印の相配あるは、内閣に入りて股肱の臣と為るべし;禄と馬とが同じく一郷に在るは、当朝の柱石・出色の貴人なり。金水相涵して清澈なるは最も貴ぶべし;命本貴にしてまた「傷官」に見るは、一路風霜労碌なり。柱中に相合相生するは、男子定めて将相の位に登らん;冲無く破無きは、女人必ず儒雅の臣に配せん。命を論ずるに貴賤の分別を知るを要し、理を察するに最も中和の気を要す、江湖上の星命の士、請う此を以て鑑と為せ。
崖泉男命賦
凡觀男命,先觀日主之盛衰,次察財官之強弱。日主旺,財官得地,一生福祿優遊。日干衰,財官敗絕,一世貧窮到老。日主旺而財官衰,遇財官發福。財官旺而日主弱,運行身旺馳名。財旺官柔,不可以官柔而言不貴。官旺財絕,縱貴也不顯榮。財星入庫逢沖破,富有千倉。官星正氣遇刑沖,貴而不久。官若有沖還有合,頭腳崢嶸;庫逢沖破最逢沖,家資漸退。
およそ男子の命を看るには、まず日主の盛衰を看、其次に「財」「官」の強弱を察す。日主旺して財官また各々その地を得るは、一生福禄従容優游す;日干衰えて財官已に敗絶の郷に到るは、一世貧窮して老死に至る。日主旺して財官衰するは、財官の運に遇上すれば便ち福を発し得;財官旺して日主弱なるは、大運が身旺の地に行到するを待って始めて名を馳せうる。財旺して官柔弱なるは、官柔なるがゆえに彼を断じて貴ならずとすべからず、財自ずから能く官を生ず。官旺して財已に絶たるは、たとい貴顕なるも栄耀ならず。財星が庫中に蔵して冲破に逢うは、かえって富に千倉あるを主とす、庫開きて財出づるがゆえ;官星が一柱の正気にして刑冲に遭うは、貴なりと雖も長久ならず。官星もし冲有りてまた合の来て解救するあれば、頭脚斉整・気象崢嶸なり;財庫冲に逢いて冲する太過なるは、家産かえって漸々退敗す。
四柱純財身更旺,不貴即當大富。財官入墓,非損子即傷妻。財官皆臨敗絕,寡獨貧寒蹇滯。財官俱值於空亡,中途子喪妻傷,奔走仕途少得。傷官就祿,財星秉令支中,早配豪門淑女。官星得祿日時,定生折桂賢郎。月令財居絕地,妻無內助之賢。時上官星無氣,有子不能跨灶。傷官羊刃日時,莊子鼓盆之嘆。丙辛遁入酉時,他日何人掃墓。
四柱純に財星にして日主さらに旺なるは、貴ならずとも当に大富なるべし。財と官とが都て墓庫に入るは、子を損なわざれば則ち妻を傷る。財官俱に敗絶の地に臨むは、孤寡貧寒・諸事蹇滞なり。財官また都て空亡上に落つるは、中途に子喪い妻傷み、仕途を奔走するも得る所少なし。「傷官」にして禄位に就き、財星また地支の中に於いて令を秉り権を当つるは、早年に便ち豪門の淑女に配得す。官星が日・時上に禄を得るは、定めて桂を折り科に登る賢良の児郎を生ず。月令の財星が絶地に落つるは、妻子に内助の賢なし。時上の官星全く気勢無きは、児子あると雖も父輩に勝る能わず。日・時上に「傷官」と「羊刃」とが並見するは、荘子の盆を鼓して妻を喪いしの嘆あるべし。丙・辛遁行して酉時に入到するは、他日また誰がか墓を掃さん――是れ子嗣保ち難きを説くなり。
財星帶合日干衰,外春風而內懷奸詐,陽木金多無火制,性剛暴而兇惡之徒,印旺財輕身更弱,錦心繡口之人;財多印輕身又弱,有學寒酸之輩。身弱財多,偏聽內語。官少身弱,一子傳芳。學海奔波,非縣佐也,只是儒官。財多殺重,富家榮干之人。印破財傷,少遂青雲之志。印旺一見財鄉,自然家肥屋潤,印輕倘行財運,俄然夢入南柯。印重重財被劫,嚴慈重拜北堂。
財星合を帯びて日干また衰するは、外表は春風和煕のごとくして内裏に奸詐を懐く。陽木日主にして金多くまた火の来て制する無きは、性情剛暴にして、是れ凶悪の徒。印旺して財軽く身またさらに弱きは、錦心繍口の文人;財多くして印軽く身また弱きは、学問ありて寒酸なる一輩。身弱にして財多きは、容易に婦人の枕辺の言に偏聴し易し。官少なくして身弱きは、ただ一子を得て家を伝う。終身学海の中に奔波するは、県丞県尉を為す能わず、ただ个の教職儒官のみ。財多くして殺また重きは、富家のために門面を操持撑持する人。印破られ財また傷を受くるは、青雲の志を遂ぐる能わざること少なからず。印旺のは一たび財郷を見れば、自然に家肥え屋潤う;印軽のは倘若財運に行到れば、忽然として便ち南柯に夢入るがごとし。印星重重して財劫奪せらるるは、須らく北堂に於いて継母を重拜すべし。
印綬若行身旺運,到底尋常。陽剛陰柔,兄強弟弱。陰盛陽衰,弟必強兄。羊刃劫財財疊疊,花燭重輝之事。術中殺印相生,身旺功名顯達。印旺殺輕,馳身定享科名。殺旺印輕,出仕定居武將。帶殺魁罡逢沖戰,性高強而生殺之權。羊刃七殺交加,守邊城軍民受惠。七殺有制化為權,定產麒麟之子。食多殺少又身柔,子少而性無發越。
「印綬」格もし身旺の運に走れば、秀気泄れ出ずる能わず、到底ただ尋常の命のみ。陽干剛にして陰干柔なり、ゆえに陽を兄と為せば則ち兄強くして弟弱し;陰気盛にして陽気衰すれば、則ち弟必ずその兄に強過ぐ。「羊刃」「劫財」にして財星また叠叠重見するは、再娶して花燭を重設するの事あるを主とす。命術の中に「殺印相生」して日主また旺なるは、功名顕達す。印旺して殺軽きは、名を馳する身定めて能く科第の名を享けん;殺旺して印軽きは、出仕して定めて武将を為さん。殺を帯びてまた「魁罡」日、再び冲戦に逢うは、性情高強にして、生殺の権を掌る。羊刃と七殺と交加并見するは、邊城を戍守して軍民その恩惠を受く。七殺制伏あって権柄に化するは、定めて麒麟のごとき貴子を生ず。食神多くして殺少なく日主また柔弱なるは、子息少なくして性情もまた発越する所無し。
傷官入墓,要分陰陽:陽傷官入墓,地老天荒;陰傷官入墓有病何妨。傷官若見四柱,有子難繼書香。大運得入財鄉,麒角麟毛可寶。金水傷官得令,五經魁首文章。火土水木傷官,恃己凌人傲物。火明木秀,日主強定作狀元郎。傷官身旺若逢財,身到鳳凰抬;傷官身弱見傷官,平地起風波。傷官運若見刑沖,一夢入幽冥。羊刃殺敵殺,黃金榜上定標名。傷官有情來合殺,金榜標名定是真。
「傷官」墓に入るは、陰陽を分けて看るを要す:陽干の傷官墓に入るは、天荒れ地老いて終身沉滞するを主とす;陰干の傷官墓に入るは、たとい病痛あれども事に妨げず。傷官もし四柱の中に到る処皆見れば、児子あるも書香を継ぐこと難し。大運もし能く財郷に進入せば、傷官転じて財を生じ、便ち麟角鳳毛のごとく宝貴すべし。「金水傷官」月令の気を得るは、文章は五経の魁首を奪うべし;火土傷官・水木傷官のは、多く才を恃んで人を凌ぎ傲慢に物を待す。火明にして木秀、日主また強きは、定めて状元郎と作る。傷官にして身旺して再び財に逢うは、身鳳凰池に到るべし;傷官にして身弱くしてまた再び傷官に見れば、平地に便ち風波を起さん;傷官の運に再び刑と冲とに遇上するは、さらに一夢にして幽冥に入る、性命保ち難し。「羊刃」刃を以て殺に敵するは、黄金榜上に定めて名を標せん;傷官情有りて来て七殺を合去するは、金榜に名を標すことさらに真確疑いなし。
夫年論妻災何處,看財星受克淺深。子命推母病源深,看印星受傷輕重。癸用庚金為印星,乙庚暗合,定然母氏心邪。庚用乙木作財星,重見庚辛,必主室人內亂。戊用癸妻坐亥酉,妻主好色而好酒,己用甲官子午時,縱然有子損而危。倒沖格井欄叉,有財位居臺閣。甲趨乾,壬趨艮,身旺乃朝庭之相。拱祿貴夾丘鄉,無填實,為廊廟之人。
丈夫この一年に妻子の災い何の処に在るかを問わんと欲せば、便ち財星の剋を受くる深浅を看よ;児子の命に母親の病源の深浅を推さんと要せば、便ち印星の傷を受くる軽重を看よ。癸水日主が庚金を用いて「印星」と作すに、もし乙と庚と暗合せば、定めて母親の心思正ならず。庚金日主が乙木を用いて「財星」と作すに、柱中に庚辛を重見して争合すれば、必ず家中の妻妾内乱するを主とす。戊土日主が癸水を以て妻と為して亥・酉の上に坐するは、妻子は色を好みまた酒を好む。己土日主が甲木を以て官と為して子時・午時に生まるるは、たとい子あれども損傷して危殆ならん。「倒冲格」と「井欄叉格」とは、もし財星の相配あれば、位台閣に居るべし。甲日「趨乾」して禄を亥に寄せ、壬日「趨艮」して禄を寅に寄するに、身旺なれば便ち朝廷宰相の材なり。「拱禄」「拱貴」にしてあの一処の貴地を夾住し、また実字に填占せられざるは、廊廟の上の人物なり。
金木交叉身更弱,為技藝而招惹是非。水火遞互帶魁罡,犯刑名而多遭囹圄。羊刃傷官逢沖戰,性兇惡而與人少合。水多木少又身柔,性飄蓬而五湖四海。群陽妒合一陰,如楚漢爭鋒之象。諸陰爭合於陽,不過蛙鳴蟬噪。逢沖則凶,有合反吉。有合則吉,妒合反凶。
金と木と交叉して相戦し日主さらに弱きは、ただ一門の技芸に頼りて生を謀り、また常にこれに因りて是非を招惹す。水と火と遞相に交攻してまた「魁罡」を帯ぶるは、容易に刑律を触犯して多く牢獄に遭う。「羊刃」と「傷官」と並見してまた冲戦に逢うは、性情凶悪にして、人と少なからず相合し能わず。水多くして木少なく日主また柔弱なるは、性情飄蓬として定まらず、五湖四海に浪迹す。衆多の陽干が妒争して一箇の陰干を合するは、楚漢争鋒の象のごとし;衆多の陰干が争いて一箇の陽干を合し去るは、蛙鳴蝉噪のごとく、徒らに喧鬧するのみ。総じて冲に逢うは本来凶なり、もし合の来て解するあれば便ち吉に転ず;合有るは本来吉なり、もし妒合を成せばかえって凶。
甲乙生逢寅卯辰,為仁壽,見坎地多者登榮。丙丁局全寅午戌,位重權高逢水鄉坎離交媾。戊己局全辰戌,火運始許飛騰。壬日全逢申子辰從潤下,見財地榮登仕路;辛日子時畏離位,喜見西方,弱而有救。壬癸生申亥子,志識多能。運行火土鄉,名蓋當朝。
甲・乙木が生じて寅・卯・辰の東方三支全備に逢うは、仁徳にして長寿を主とす、もしさらに北方坎水の地を多見すれば、栄顕に登るべし。丙・丁火にして地支が寅午戌の火局を全く會するは、位重く権高し、もし水郷に逢えば便ち坎離交媾の妙を成す。戊・己土にして局中辰・戌俱全するは、火運に行かんことを要して始めて飛騰を許す。壬水日主が全く申子辰に逢いて「潤下」の勢いに順従するは、財地を見れば便ち仕路に栄登し得;辛金日主が子時に生まるるは、南方離火の位を畏懼し、西方金地に見るを喜び、弱しと雖も救あり。壬・癸水が申・亥・子月に生ずるは、志向識見多才多能、火土の郷に運行せば、名声は当朝を蓋圧すべし。
甲日亥月,見離壽促。乙日卯提,官鄉發祿。卯字提綱,到乾宮歸寄兩途。丙子寅月,逢坤兌,火不西行。丁日酉提,到艮方,明無不滅。壬水亥月到震方,子巽方,子旺母衰;陰水運到坤申生,土重露珠乾燥,陰木運到巽方,木被巽風吹折,到離位煙滅灰飛。陽土陽金陽火,逢坎地總入幽冥。陰木陰金陰水,到離巽,居安不慮危。壬癸耗在北方,無土制定損溝澗,戊日寅提見酉申,十死一生,己日酉月到寅宮,少全安逸。辛逢巽地,少樂多憂。
甲木日主が亥月に生まれ、もし南方離火を見れば、寿命短促を主とす。乙木日主が卯を以て提綱と為すは、官星の郷に走到れば便ち禄を発し得。卯字を以て提綱と為すは、乾宮亥位に到れば、あるいは帰しあるいは寄するの両条の走るべき路あり。丙火日主が子日寅月に生ずるは、もし西南の坤土と西方の兌金とに逢えば、火は宜しく再び西に行くべからず。丁火日主が酉を以て提綱と為し、東北艮方の寅位に行到れば、光明熄滅せざるなし。壬水が亥月に生じて運が東方震位に到り、あるいは子水が東南巽位に行到るは、皆子旺して母衰す。陰水が行運して西南坤申の受生の地は、土重ければ露珠の晒乾せらるるがごとし;陰木が行運して巽方は、木は巽風に吹折せられ;さらに南方離位に到れば、さらに煙滅灰飛せん。陽土・陽金・陽火のこの三样は、北方坎水の地に逢到すれば、総じて幽冥に入るを要す。陰木・陰金・陰水のこの三样は、南方離位と東南巽位とに走到れば、かえって能く安に居りて危を慮るを須とせず。壬・癸水の気は北方に於いて耗散し、もし土の来て制約する無ければ、一定に溝澗を潰損し泛濫して帰無からん。戊土日主が寅を以て提綱と為してまた酉・申を見るは、是れ十死一生の局。己土日主が酉月に生まれて運が寅宮に到るは、安逸を保つ能くする少なし。辛金が東南巽地の木旺の処に逢到するは、快楽少なくして憂愁多し。
崖泉女命賦
凡觀女命要身弱,正氣官星要得祿。有財無殺混官星,定配賢良富貴族。無官便要看財星,財旺生官富貴真。食神祿旺有財星,子貴夫榮理最明。食神祿旺財官衰,子貴夫愚無所託。財官敗絕食神衰,夫愚子懦無所依。財官得祿食神強,因子因夫紫誥章。食神入墓子必損,官星入墓夫先亡。
およそ女命を看るには、日主の身弱柔順なるを要して好しとし、而して夫星と作す「正官」は須らく禄を得て気あるを要す。柱中に財有りて「七殺」の来て官星を混雑する無きは、定めて賢良富貴の夫家に配得す。もし命裏に官星無くんば、便ち財星を看るを要す:財旺して能く官を生ぜば、富貴始めて真実を算す。「食神」禄を得て旺にして、また財星の承接あるは、子貴にして夫栄ゆ、この道理最も分明なり。もし食神禄旺して財官衰敗すれば、則ち子は貴しと雖も夫は愚、婦人終に託する所無し;もし財官俱に敗絶の地に到り食神また衰えば、便ち是れ夫愚く子懦れ、全く依拠無し。財と官とが俱に禄を得て食神また強きは、子に因り夫に因りて紫誥の封贈を受く。食神が墓庫に入るは、子息必ず損傷有らん;官星が墓庫に入るは、丈夫先に亡せん。
食神重見在中央,早年父母后先傷。縱然蟄蟄螽斯羽,瓜瓞綿綿也難當。干支官食落空亡,後嗣良人命不長。日時辰戌兩相沖,既取偏房獨守空。雖然有子難登第,百歲光陰不善終。金水傷官柱內逢,其人如玉更玲瓏。有財帶印隨夫貴,淑善幽閒主饋中。傷官太旺若無財,一對鴛鴦兩拆開。
「食神」が月令中央に於いて重重叠見するは、早年に父母便ち先後して傷を受く。たとい《詩経》の説く所の螽斯の羽を振いて子孫衆多、瓜瓞綿綿として絶えざるがごとくとも、承当し得起し難し。天干地支上の官星と食神とが都て空亡に落つるは、後代と丈夫との寿命皆長からず。日支と時支とが辰・戌両相冲するは、たとい嫁して偏房と為るとも、仍ほ独り空閨を守らん。このような命は子あると雖も、科第に登ること難く、百年の光陰多くは善終を得ず。柱中もし「金水傷官」に逢えば、その人美玉のごとくさらに玲瓏聡慧を顕す;さらに財有りて印を帯ぶるは、夫に随いて貴を得、淑善幽嫻にして、一家の中饋を主持すべし。もし傷官太旺にして財の来て化泄する無ければ、傷官は直に夫星を剋し、一対の鴛鴦終竟に両下に拆散せんとす。
干頭戊己土重重,心內玲瓏無發達。子午卯酉號桃花,官帶桃花福祿誇。殺帶桃花貧且賤,為娼為妓走天涯。柱中梟食並傷官,子死夫亡是兩端。梟食傷官女命嫌,財食官印女命喜。梟食傷官運見財,決然有子不須猜。支內財官印綬多,非淫即賤損兒郎。癸日生人用戊官,少年定嫁白頭郎。若還亥酉支中見,好飲桑中約夜郎。干支暗合貴人多,畫眉咬指笑呵呵。支內暗藏官帶合,定然有寵在偏房。擇婦沈靜要純和,察理詳明不用多。識得崖泉如鏡賦,萬卷千秋永不磨。
天干上に戊・己土重重叠見するは、心裏玲瓏機巧なると雖も、終に発達の時無し。子・午・卯・酉のこの四正の支を「桃花」と叫ぶ:官星が桃花を帯ぶるは、福禄誇るべし;「七殺」が桃花を帯ぶるは、則ち貧にして且つ賤し、甚だしきは娼と為り妓と為り、天涯に流落せん。柱中に「梟神」が食を奪いてまた「傷官」を并見するは、子死と夫亡とのこの两样の禍事皆発生し得べし。総じて説けば、梟神・食神・傷官は女命の嫌う所、財・食・官・印こそ女命の喜ぶ所なり。もし原局に梟食傷官患を成して、而して大運に財を見て通関化泄せば、則ち决然に子あり、再び猜疑するを須とせず。地支の内に財・官・印綬太多くして雑乱なるは、淫佚ならざれば則ち卑賤、さらに児郎を損傷せん。癸水日主が戊土を取りて官星と為すに、戊癸相合して戊土年長なれば、少年時に定めて白頭の老郎に嫁せん。倘若地支の中にまた亥と酉とを見れば、水旺金清にして情性放縦、便ち酒を飲むを好み、また《詩経・桑中》の写す所のごとき私相約會あらん。干支の間に暗合して貴人また多きは、夫妻は眉を畫き指を咬み笑語呵呵として、親暱余りあり。地支の内に官星を暗蔵してまた合を帯ぶるは、定めて是れ偏房の中に於いて寵を受くるなり。総じて婦人を擇取するは、沉静純和を貴ぶ;命理を察看するはただ詳明扼要を要し、多を貪るを須とせず。能くこの一篇の《崖泉》の明鏡のごとき賦文を識れば、万卷千秋も永く磨滅せざらん。
講命捷徑賦
詳觀三命,細究五行。格局乃八字之樞機,日干為一身之主宰。清濁辨乎貴賤,運限決於榮枯。莫言身弱而為造化之衰,勿以殺多而斷壽年之夭。要在隨時變通,須知入眼分明。陰為柔物,身遇刑剋亦無妨。陽主剛強,原逢殺官而兩破。壬癸生巳午月,逆運當主榮華。丙丁值孟冬時,順行早當發達。壬水喜財官,惟八月逢財則破。戊己入北方之運,一生作事無成。庚金無火,非夭即貧。身旺無財,縱壽則否。
詳細に年・月・日のこの三命を観察し、細緻に五行の生剋を推究す。格局は八字の樞紐機要、日干は一身の主宰。清と濁とが貴と賤とを分辨し、大運限度が栄と枯とを決定す。一たび身弱を見れば便ち造化衰敗と説くなかれ、また一たび七殺多きを見れば便ち寿年短夭と断ずるなかれ、關鍵は遇う所の時に随いて変通するに在り、必ず一眼に看得分明を須とす。陰干性柔なれば、日主たとい刑剋に遇上するとも、未だ必ずしも妨有らず;陽干は剛強を主り、原局もし七殺と正官と并見に逢えば、かえって両下俱に破る。壬・癸水が巳・午火月に生ずるは、財旺身弱、大運逆行して金水の郷に到れば、当に栄華を主とすべし;丙・丁火が孟冬亥月に值るは、官殺当令、順行して東南木火の地に到れば、早年に便ち当に発達すべし。壬水は財と官とに見るを喜ぶ、惟だ八月酉金当令の時に再び財に逢えば、木は金に剋され水はその生源を失い、格かえって破る。戊・己土が北方水運に行入るは、土虚しくして水泛濫し、一生事を作して成無し。庚金もし火の来て煅錬する無ければ、夭折ならざれば便ち貧困。日主身旺にして柱中に財の用いうる無きは、たとい長寿なるも終竟成無し。
建刃若行財官運,為人必白手成家。庚金若行巳午方,定是中年損壽。月逢羊刃,運神喜殺以嫌財輕,殺透天干,歲月怕官而喜制。殺輕制重,為人到底屯稟。殺重制輕,身旺終須發達。時帶傷官,男命決然損子,柱中印綬,女命決定無兒。印綬與傷官,為人奸吝偏淺,兼作事虛花。正財隱於地支,良賈深藏之士;官殺透於時月,浮潺淺露之人。
月令が「建禄」あるいは「羊刃」なるは、もし財官の運に行けば、その人必ず能く白手にして家を成さん。庚金もし巳・午の南方に行到れば、火旺して金を剋し、定めて是れ中年に寿元を損せん。月上に羊刃に逢うは、行運に「七殺」の来て刃を制するを喜び、而して財星の軽薄無力を嫌う;七殺が天干に透るは、歳運裏に再び「正官」の来て混雑するを怕れ、却って食傷の来てこれを制する有るを喜ぶ。殺軽くして制伏太重きは、人と為りて到底困頓拘謹なり;殺重くして制伏太軽、但し日主身旺なるは、終竟に還って発達せん。時柱に「傷官」を帯ぶるは、男命决然に子を損せん;柱中に印綬太重きは、女命決定して児無し――印は能く食傷を剋し、食傷はまさに女命の子星。印綬と傷官と同見するは、人と為りて奸吝にして器量偏狭、事を為すもまた虚浮にして実ならず。「正財」が地支裏に隠蔵するは、是れ良賈深蔵して虚のごときの士;官殺が時上月上に透露するは、則ち是れ浮浅薄露の人。
金白水清,聰明特達。土多火少,晦性昏朦。月逢墓庫,官殺混雜亦無傷。格用財神,比劫重逢於不利。干支同而傷官重,害子刑妻。財星旺而日主強。興家創業。二月丁火有殺,榮貴非常。子提干火無財,飄蕩之士。土怕寒而喜暖,水嫌印而宜財。身強殺淺,不宜有制。印多身旺,最喜逢財。
金が白く水清き者は、聡明にして抜きん出て通達す。土多くして火少なき者は、性情晦くして昏蒙たり。月令が辰・戌・丑・未の墓庫に逢う者は、官と殺雑り交わるといえども傷に至らず、庫が収蔵するをもってなり。格中に財神を取りて用と為す者は、「比肩」「劫財」重ねて現るれば便ち利あらず。天干と地支同類にして「傷官」重き者は、子を害しまた妻を刑す。財星旺にして日主強き者は、能く家を興し業を創す。二月卯木の月にして丁火日主また「七殺」有る者は、栄貴非常なり。子を以て提綱と為し天干に火有りて財無きは、漂泊して依る無きの士なり。土は寒冷を怕れて温暖を喜び、水は印星の重きを嫌いて財を見るを宜しとす。身強にして殺浅きは、更に制伏有るを宜しとせず。印多くして身旺きは、最も財に逢うて印を損ずるを喜ぶ。
大抵日主是人之根基,財官為人之祿馬。財官旺而身主強,多主富貴。財官輕而日太旺,亦見貧寒。印綬多而宜見殺,傷官重而不忌官。一位食神,富貴賢良之女。滿盤金水,淫邪智慧之人。官殺混而財星多,夫多重疊。印綬多而日主旺,子息難成。甲乙木生丑月,必主光亨。壬癸水值孟秋,終當富貴。四柱中有辰龍,方為得化。三元內無比劫,可作得從。從殺者必然富貴,從財者定主富豪。棄命無從,決然夭壽。
大体これを言えば、日主は人の根基にして、財と官は人の禄馬なり。財官旺にして日主また強きは、多く富貴を主す。財官軽くして日主太だ旺きも、また貧寒を見る。印綬多きは、宜しく「七殺」を見て印を生じ身を制すべし。「傷官」重きは、反って官を見るを忌まず。ただ一位の「食神」有るは、富貴にして賢良の女子なり。満盤ことごとく金水なるは、淫邪にして智巧多きの人なり。官殺混雑にして財星また多きは、丈夫重畳して一つに止まらず。印綬多くして日主また旺きは、子息成り難し。甲・乙の木、丑月に生ずるは、必ず前程光亨を主す。壬・癸の水、孟秋申月に値するは、終に富貴なるべし。四柱の中、辰龍有るを要し、化気始めて成るを得たり。三元の内「比肩」「劫財」無きは、乃ち「従格」と作して看るべし。殺に従うは必然として富貴、財に従うは定めて富豪を主す。若し命を棄ててまた従う所無きは、決然として夭寿す。
四言独歩
先天何處?後天何處?要知來處,便是去處。四柱排定,三才次分。日干為主,配合元神。神殺相絆,輕重較量。月為提綱,論格推詳。日干為主,喜見財官。分其貴賤,次看淺深。獨則易取,亂則難尋,先看月令,次看淺深。年根為本,月令為中。日生百刻,時旺時空。身主要強,月提得令。用物為財,表實為正。干與支同,損財傷妻。月支年同,破刑祖基。
先天は何の処にか在る、後天はまた何の処にか在る。来る処を知るを要す、来る処は便ち去る処なり——我を生ずるの源は即是ち帰宿の地なり。四柱いったん排定せられれば、天・地・人の三才、次に依りて分明なり。日干を以て主と為し、再び各柱の元神を配合す。吉神と凶殺、彼此相い牽絆す、須らくそれらの軽重を較量すべし。月令は提綱なり、格局を論ずるは全てここより推詳す。日干は仍ほ主体なり、財と官の相い輔くを見るを喜ぶ。先ず貴賤を分かち出し、再び気の浅深を看る。用神単独にして専一なれば取り易く、紛乱駁雑なれば求め難し。故に先ず月令を看、其の次節気の浅深を看る。年は根本、月令は中に居り、一日百刻にして時辰に旺有り空有り。日主要して強健、月領要して時を得令を得。用いる所の物は財を以て主と為し、外表と実質相符するをもって端正と算す。天干と地支同類にして重畳なるは、財を損じまた妻を傷つ。月支と年支相同じきは、祖上の基業を破壊刑傷す。
月令建祿,多無祖屋。一見財官,自然成福。五行生旺,不慮休囚。東西南北,數盡方休。用火愁水,用木愁金。喜氣能分,禍福自真。辰戌丑未,四土之神。人元三用,透旺為真。寅申巳亥,四生之局。用物身強,遇之發福。子午卯酉,四敗之局。男犯興衰,女犯孤獨。進氣退氣,命物相爭。進氣不死,退氣不生。財官臨庫,不沖不發。四柱干支,喜刑相合。
月令「建禄」なるは、多半祖上の房産継ぐ可き無し。但し一たび財官相配を見れば、自然に福気を成就す。五行すでに生旺を得れば、便ち休囚を憂うるを須いず。東西南北四方の運数走り尽くして、一生始めて終了と算す。火を取りて用と為せば水の来り克するを愁え、木を取りて用と為せば金の来りて伐るを愁う。喜と忌と能く分辨清かなれば、禍と福は自然に推して真確を得。辰・戌・丑・未は四位の土神にして、その中に蔵するの人元三様用う可し、天干に透出して旺に当たるを以て真と為す。寅・申・巳・亥は四生の局にして、用神力を得て日主また強ければ、遇えば便ち福を発す。子・午・卯・酉は四敗の局にして、男子これを犯せば一生興衰常無く、女子これを犯せば孤独にして依る無し。気に進有り退有り、命中の物彼此相い争う。進気は死地に処るといえども死せず、退気は生地に逢うといえども生ぜず。財官墓庫の中に蔵し、冲開に遇わざれば発する能わず。四柱干支の間にも、また其の相い刑するを喜びて反って合を成すの情形有り。
官殺重逢,制殺有功。如行帝旺,逢之不凶。印綬根深,旺中不發。印綬根多,旺中不發。先印後財,自成其辱。先財後印,反成其福。傷官用財,無官有子。傷官無財,子宮有死。時上偏財,怕逢兄弟,印綬逢財,比肩不忌。拱祿拱貴,填實則凶。提綱有用,論之不同。庚日申時,透財歸祿。名利高強,比肩奪福。天元一氣,地物相同。人命得此,位列三公。
官と殺重ね重ね畳み見るは、能く殺を制し住むれば便ち功有り。若し「帝旺」の地に行き到りて日主身強ならば、これに逢うも凶と為さず。「印綬」根基深固なるは、旺運に走り到りて反って発達する能わず。印綬根多きは、同じく旺き処にて発し出す能わず——此の二句底本重ねて出で、語意相同じ。先ず印を見て後に財を見るは、財来たりて印を壊し、自ら其の辱を取る。先ず財を見て後に印を見るは、財官を生じ官再び印を生じ、反って福気を成す。「傷官」にして能く財を用いるは、縱え官無くともまた子有り。傷官にして財泄す可き無きは、子星便ち死地に落つ。時上の「偏財」は兄弟比肩の来たりて分奪するに逢うを怕る。但し若し「印綬」を以て用と為して財に逢うは、比肩反って忌むに及ばず、比肩能く財に敵し印を護るをもってなり。「拱禄」「拱貴」の格は、実字にて其の一位を填め占められれば便ち凶。月令提綱若し本身正しく有用の神ならば、立論また上述と同じからず。庚金日主申時に生まれ、天干財を透して時上に帰禄するは、名利高強、ただ比肩の来たりて其の福を奪うを怕る。天干四位一気純粋にして、地支四物も彼此相同じきは、人命此を得て三公に位列す可し。
八字連珠,元神有用。造化逢之,名利必重。金神帶殺,身旺為奇。更行火地,名利當時。六甲生春,時犯金神。水鄉不發,土重名真。甲乙丑月,時帶金神。月干見殺,雙目不明。甲寅重寅,二巳刑殺。終身必損,遇火難發。乙日卯月,金神剛烈。富貴比肩,財旺死絕。天干二丙,地支全寅。更行生印,死見凶臨。火旺來寅,透土坐申。衣祿多厚,見水傷身。
八字干支、次第相い連なりて串珠の如くにして、元神また用有るは、造化此の種の格に逢えば、名利必然として厚重なり。「金神」七殺を帯びて日主身旺なるは、是れ奇特の格なり。再び南方火地に行きて煅錬すれば、名利便ち当時に応ず。六甲日、春天に生まれて時上金神を犯すは、水郷に行きて発達する能わず、土重きを要して乃ち真の成名の処なり。甲・乙の木、丑月に生まれて時上金神を帯ぶるは、若し月干再び七殺を見れば、双目失明を主す。甲寅日にして寅また重ねて見え、再び両個の巳来たりて刑克し殺を成すは、終身必ず損傷有り、火に遇うもまた発達難し。乙木日主、卯月に生まれて金神を帯ぶるは、性情剛烈なり。富貴人と比肩す可きといえども、一旦財旺なれば便ち死絶の地に入る。天干に両個の丙有り、地支寅字全備なるは、再び運行して印を生じ身を助くれば、反って死地にて凶を見る。火旺にして運また寅に来り、天干土を透して日申に坐するは、衣禄多くして豊厚なり、只是れ水を見れば便ち身を傷るを要す。
六戌生寅,月令水金。火鄉有救,見土刑身。己日戌月,火神無氣。多水多金,眼昏目閉。秋金坐午,丙丁透露。運至離明,血傷泉路。金旺秋時,二庚夾丙。遇卯傷情,逢離順境。庚金坐午,辛金坐未。煞旺西方,東生取貴。辛逢卯日,年月見酉。時帶朝陽,為僧行丑。辛日坐亥,月莫臨戌。水運若行,須防目疾。辛日坐巳,官印遇祿。順行南方,顯貴榮福。
六個の戊日寅月に生まれて月令また水と金を見るは、火郷に走れば便ち救有り——火能く土を暖めて金を制す。若し再び土の来たりて身を助くるを見れば、反って刑傷を成す。己土日主戌月に生まれ、戌中の火すでに庫に入りて気無く、柱裏再び水多く金多きは、泄耗交加して、眼目昏花閉塞を主す。秋天の金午上に坐し、丙・丁火また天干に透出し、運行南方離明の地に到れば、血光の傷にして黄泉に入るを主す。秋令金旺にして両個の庚一個の丙を夾むは、卯木に遇えば財来たりて情性を傷り、南方離火に逢えば反って順境を成す。庚金午に坐し、辛金未に坐するは、皆火土の下に坐するなり。七殺西方金郷に旺なり、須らく東方木火の受生の地より貴を取るべし。辛金卯日に逢い年月また酉を見るは、酉と卯相い冲す。時上若し「朝陽」子時を帯びれば、多く出家して僧と為るを主し、行運丑に在り。辛金日主亥に坐するは、月支戌に臨むを要せず。若し水運に行かば、須らく眼目の疾を防ぐべし。辛金日主巳に坐するは、巳中の丙火官と為し戊土印と為して庚金長生を得、官印また禄気に逢う。南方に順行し、顕貴にして栄福を享く。
酉金逢離,透土何慮。無土月傷,壽元不住。陰金遇火,逢土成刑。陽金遇火,透土成名。壬寅壬戌,陽土透干。不混官星,名崇祿顯。壬癸兼金,生於酉申。土旺則貴,水旺則貧。癸向巳宮,財宮拘印。運至南方,利名必振。癸日巳亥,殺財透露。地合傷官,有勞無福。癸日申提,卯寅戌時。年殺月劫,林下孤悽。癸日干己,陰煞重逢。無官混雜,名利富貴。
酉金、南方離火の来り克するに逢う。若し天干土を透出して通関し火を化して金を生ずれば、また何の慮る可きか有らん。仮令土無からば、月令の金神傷を受け、寿元便ち保つ能わず。陰金辛、火に遇い再び土に逢うは、土多く金を埋めて反って刑傷を成す。陽金庚、火に遇い土を透出するは、火土を生じ土再び金を生じて、反って名を成す能う。壬寅・壬戌此の両日にして陽土天干に透りて官星と作るは、只だ七殺と混雑せざらば、名位崇高にして禄気顕達なり。壬・癸の水、金を兼ねて酉・申月に生ずるは、土旺なれば金水制有りて貴し、水旺なれば泛濫収むる無くして貧なり。癸水日主巳宮に向かうは、巳中の丙・戊財と為し官と為し、また庚金の印を拘え住む。運南方火地に至れば、利と名必然として振起す。癸日にして巳・亥並び見るは、巳中の戊土殺と為し丙火財と為し、殺と財都て透露し出で、地支また傷官を合し出せば、則ち労碌にして福無し。癸日、申を以て提綱と為して時卯・寅・戌に落つるは、年上に殺有り月上に劫有り、林下の孤凄を主す。癸日にして天干己を見るは、是れ陰土の殺重ね重ね来り逢うなり。只だ正官の来り混雑する無からば、仍ほ名利富貴を主す。
殺多有制,女人必貴。官星犯重,濁濫淫類。陽火申提,無根從煞。有根兩旺,脫根壽促。壬日戊提,癸干未月。運喜東方,逢沖即絕。乙日酉月,見水為奇。有根丑絕,無根寅危。庚日申時,柱中金局,支無會合,傷官劫妻。癸日寅提,壬日亥時,莫犯提綱,禍福別推。提綱有用,最忌刑沖。沖運則吉,沖用則凶。三奇透露,日干要強。其根有用,富貴榮昌。
七殺多しといえども制伏有るは、女人必ず貴顕を主す。正官重ね重ね畳み犯すは、反って混濁淫濫の類を成す。陽火丙、申を以て提綱と為して日主根無きは、只だ命を棄てて殺に従う能うのみ。若し根有りて身と殺両相俱に旺ならば、一旦根を脱すれば寿命便ち短促なり。壬水日主、戊を以て提綱と為し、癸干にして未月に生ずるは、行運東方木地に喜びて土を制す、一たび冲に逢えば便ち絶境に入る。乙木日主酉月に生まれ、水を見て殺を化し身を生ずる最も奇妙なり。根有るは丑に入りて絶するを怕れ、根無きは寅地に到りて反って危険有り。庚金日主申時に生まれて柱中また金局を成し、地支に他の会合泄化に供する無きは、「傷官」制無ければ便ち妻財を劫奪す。癸日寅を以て提綱と為し、壬日亥時に生ずるは、皆提綱を冲犯するを去る可からず、禍福須らく別に推断を作すべし。月令提綱若し正しく有用の神ならば、最も刑と冲を忌む。冲する所が忌神の運なれば則ち吉、冲する所が用神なれば則ち凶。三奇天干に透露するは、日干必ず強健を須う。根基能く我が用と為するを得て、始めて富貴栄昌なる能う。
十干化氣,有影無形。無中生有,禍福難憑。十惡大敗,格中不忌,若會財官,反成富貴。格局推詳,以殺為重。制煞為權,何愁損用。煞不離印,印不離煞。殺印相生,功名顯達。時煞無根,煞旺最貴。時煞多根,煞旺不利。八月官星,大忌卯丁。卯丁克破,有情無情。印綬比肩,喜行財鄉。印無比肩,畏行財鄉。財官印綬,大忌比肩。傷官七煞,反助為權。
十天干の化気は、只だ影子有りて実形無し、是れ無中に生有の説にして、もって禍福を断ずるに憑信し難し。謂う所の「十悪大敗」日は、格局の中に於ては忌まず、若し能く財官に会合せば、反って富貴を成就す。格局を推詳するに、「七殺」を以て最も要緊と為す。能く殺を制せば便ち権柄と化し、又何ぞ其の用神を損傷するを愁えん。殺は印を離るる能わず、印もまた殺を離るる能わず。「殺印相生」のは、功名顕達す。時上の七殺根無ければ、殺旺にして反って最も貴し。時上の七殺根多ければ、殺再び旺んずれば利あらず。八月酉金令に当たりて官星を取るは、大いに卯と丁を見るを忌む——卯は来たりて酉を冲し丁は来たりて金を克す、一冲一克、有情に似て実は無情なり。「印綬」を以て用と為して柱に「比肩」有るは、財郷に行くを喜ぶ、比肩能く財を挡りて印を護るをもってなり。印にして比肩の相い護る無きは、便ち財運に行くを畏る。若し財・官・印を以て用と為せば、大いに比肩の来たりて分奪するを忌む。「傷官」と「七殺」に至りては、反って能く彼此相い牽制して権勢を助成す。
傷官見官,格中大忌。不損用神,何愁官至。日祿居時,青雲得路。月令財官,遇之吉助。壬騎龍背,見戌無情。寅多則富,辰多則榮。日德金神,月逢土旺,雖有名利,祖業飄蕩。甲日金神,偏宜火地。己日金神,何勞火制。六甲寅月,透財時節。西北行程,九流成業。陽火無根,水鄉必忌。陰火無根,水鄉有救。年干會火,日時會金。己干用印,官澈名清。
「傷官見官」は、格局の中に於て大忌なり。但し只用神を損傷せざれば、官星来りても又何ぞ愁うるに足らん。日禄恰も時上に居るは、是れ青雲路を得るの格なり。月令本より財官有るは、これに遇えば便ち吉助なり。「壬騎龍背」格は、戌を見て辰を冲せば便ち無情を成す。地支寅字多きは富を主す、寅能く午中の財を合するを因とす。辰字多きは栄を主す、辰能く戌中の官庫を冲開するを因とす。日主「日徳」にしてまた「金神」を帯び、月令再び土旺に逢うは、名利有りといえども、祖業終に飄蕩して守らず。甲日の金神は、偏に南方火地に行きて煅錬するを宜しとす。己日の金神は、土本能く金を生ず、便ち火の来りて之を制するに煩うを須いず。六甲日寅月に生まれて時上財を透するは、西北方に運行し、九流雑藝の中に事業を成就す可し。陽火丙根無きは、水郷必ず忌む所に在り。陰火丁根無きは、水郷反って救有り。年干火局を会成し日時金局を会成し、己土日主印を取りて用と為すは、官星澄澈にして名声清正なり。
辛金月辰,庚無丑庫。逆數清孤,順行豪富。辛金坐酉,財官臨印。順行南方,名利必振。土生四季,日坐庚辛。何愁主弱,旺地成名。壬坐午位,祿馬同鄉。重遇火局,格最高強。傷官之格,女人最忌。帶財帶印,返成富貴。官星桃花,福祿堪誇。煞星桃花,朝劫暮嗟。食神生旺,勝似財官。濁之則賤,清之則發。此法玄玄,微妙難言。學者得授,千金莫傳。
辛金辰月に生まれ、庚金また丑此の金庫に帰す可き無きは、大運逆行すれば清高孤寒、順行すれば豪富なり。辛金日主酉上に坐し、財と官また印位に臨むは、南方火地に順行すれば、名利必然として振起す。土、辰戌丑未四季の月に生まれて日支庚・辛に坐するは、何ぞ日主の衰弱を愁えん、旺地に走り到れば自ら名を成す能う。壬水日主午位に坐す、午中の丁火財と為し己土官と為し、是れ「禄馬同郷」なり。若し再び重ねて火局に遇えば、格局最も高強なり。「傷官」の格は、女人最も忌む所にして、傷官直に夫星を克すをもってなり。但し若し財を帯びて化する能く、印を帯びて制する能ければ、反って富貴を成就す。官星「桃花」を帯ぶるは、福禄誇る可し。「七殺」桃花を帯ぶるは、早朝劫されて夕に興嘆し、終日寧からず。「食神」生旺の気を得るは、財官に勝過す。濁気に混ぜられれば便ち賤し、清純にして雑らざれば便ち発す。此の一套の法門、玄のまた玄にして、微妙言伝し難し。学者若し師授を得ば、縱え千金有りとも人に軽伝するを要せず。
身弱論
陽木無根,生於丑月。水多轉貴,金多則折。乙木無根,生臨丑月。金多轉貴,火多則折。丙火無根,子申全見。無制無生,此身貧賤。六甲坐申,三重見子。運至北方,須防橫死。丙臨申位,陽水大忌。有制身強,旺成名利。己入亥宮,怕逢陰木。月逢印生,自然成福。
陽木甲根無くして丑月に生ずるは、水多ければ転じて貴と為る、水能く木を生ずるをもってなり。金多ければ木摧折せらる。陰木乙根無くして丑月に生臨するは、金多ければ反って転じて貴し、是れ弱極まりて殺に従うなり。火多ければ気を泄し過ぎて折損す。丙火日主根無くして子・申全き見るは、水局勢を成し、既に制伏無くまた生扶無し、此の身必定として貧賤なり。六甲日申上に坐してまた三重に子を見るは、申子水局を会成し、木漂って依る無し、運北方水地に至れば、須らく横死を防ぐべし。丙火申位に臨むは、最も陽水壬の来り克制するを忌む。若し戊土水を制して日主また身強なれば、旺地に走り到れば名を成し利を得る能う。己土日主亥宮に入るは、陰木乙の来りて身を克するに逢うを怕る。若し月上印星の相生に逢えば、自然に福気を成就す。
己日逢殺,印旺財伏。運轉東南。貴高財足。壬寅壬戌,陽土透出。不混官星,名顯榮祿。陰水無根,火鄉有貴。陽水無根,火鄉即畏。丁酉陰柔,不怕多水。比肩透露,格中反忌。戊寅日主,何愁殺旺。露火成名,水來漂盪。庚午日主,支火炎炎,見土則貴,見水為嫌。辛未身弱,卯提入格。癸酉身弱,見財成格。癸巳無根,火土重見。透財名彰,露根則賤。
己土日主、七殺に逢いて印旺にして財また潜伏し顕れざるは、運東南木火の地に転じ到れば、殺化を得て印生を得、貴位高くして財もまた充足す。壬寅・壬戌両日にして陽土戊天干に透りて七殺と作るは、只だ正官と混雑せざらば、名声顕揚にして禄位栄盛なり。陰水癸根無きは、火郷に行き到りて反って貴気有り、弱極まりて財に従う能うをもってなり。陽水壬根無きは、一たび火郷に到れば便ち畏る可し。丁酉日主陰柔にして、並びに水多きを怕れず、弱にして従う能し。若し「比肩」透露して身を助け従勢を破れば、格中反って忌を成す。戊寅日主、何ぞ七殺甲木の旺盛を愁えん——寅中の丙火以て殺を化す可し。只だ火を透出せば便ち名を成す能う、一たび水を見れば便ち漂蕩して成る無し。庚午日主にして地支火気炎炎たるは、土を見て火を泄し金を生ぜしめれば則ち貴し、水を見て火を激せば則ち嫌わり。辛未日主身弱、卯を以て提綱と為せば便ち格に入る可し。癸酉日主身弱、財を見るもまた格を成す能う。癸巳日主根無くして火土重ね重ね出現するは、財星を透出せば則ち名声彰顕し、一たび根気を露出すれば反って低賤なり、従格破られたるをもってなり。
棄命従殺格
甲乙無根,怕逢申酉。殺合逢之,雙目必朽。甲木無根,生於五月。水多轉貴,金多則折。乙木酉月,見水為奇。有根丑絕,無根寅危。乙木坐酉,庚丁透露。二庫歸根,孤神得失。丙火申提,無根從殺。有根南旺,脫根壽促。陽火無根,水鄉必忌。陰火無根,水鄉有救。
甲・乙の木根無きは、申・酉金郷に逢うを怕る。若し殺星之と相合してまた之に逢えば、双目必ず朽壊を主す。甲木根無くして五月午火の月に生ずるは、水多ければ転じて貴と為り、金多ければ便ち摧折せらる。乙木酉月に生ずるは、水を見て殺を化し身を生ずる最も奇妙なり。根有るは丑に入りて絶し、根無きは寅に到りて反って危有り。乙木酉上に坐して庚金・丁火都て透露するは、庚は七殺と為し丁は食傷能く殺を制す。若し丑・戌両庫都て根に帰せば、孤立の神彼此の間便ち得失分明を見る。丙火申を以て提綱と為して日主根無きは、只だ命を棄てて殺に従う能うのみ。若し根有りて南方火旺ならば、一旦根を脱すれば寿命便ち短促なり。陽火丙根無きは、水郷必ず忌む所に在り。陰火丁根無きは、水郷反って救有り、弱極まりて従う能くをもってなり。
陰火酉月,棄命就財,北方入格,南地為災。戊己亥月,身弱為美。卯月同推,嫌根劫比。庚金無根,寅官火局。南方有貴,須防壽促。辛巳陰柔,休囚官殺。運限加金,聰明顯達。壬日戌提,癸干未月。運喜東方,逢沖則絕。棄命從財,須要會財。棄命從殺,須要會殺。從財忌殺,從殺喜財。若逢根氣,命殞無猜。
陰火丁酉月に生まれ、命を棄てて財に就く可し、運北方水地に走れば便ち格に入り、南方火地に走れば反って災と為る——火来りて身を助け、従財の勢を破るなり。戊・己の土亥月に生ずるは、身弱を以て美と為す、弱くして始めて財に従う能し。卯月に生ずるも同じく推論す、只だ柱中根有ること及び「比肩」「劫財」の来りて身を助くるを嫌う。庚金根無くして寅中の丙火官と為し地支また火局を会成するは、南方に走れば貴気有りといえども、仍ほ寿命の短促を防ぐを須う。辛巳日主陰柔にして、官と殺都て休囚無力の地に処る。運限上再び金を加えて身を助くれば、反って聡明にして顕達す。壬水日主戌を以て提綱と為し癸干にして未月に生ずるは、行運東方木地に喜びて土を疏す、一たび冲に逢えば便ち絶境に入る。之れを要するに命を棄てて財に従うは、須らく柱中財局を会成するを要す。命を棄てて殺に従うは、須らく柱中殺局を会成するを要す。財に従うは七殺の気を盗むを見るを忌み、殺に従うは却って財の来りて殺を生ずるを喜ぶ。若し命中尚ほ一点の根気を留めて尽く棄つるを肯んぜざれば、則ち命殞するは疑い無きなり。
五言独歩
有病方為貴,無傷不是奇。格中如去病,財祿喜相隨。寅卯多金丑,貧富高低走。南地怕逢申,北方休見酉。建祿生提月,財官喜透天。不宜身再旺,惟喜茂財源。土厚多逢火,歸金旺遇秋。冬天水木泛,名利總虛浮。甲乙生居卯,金多反吉祥。
命中に病有りて、始めて其の貴格と為るを成す。毫も損傷無ければ反って奇特と算するに足らず。格局の中若し能く此の「病」を去れば、財と禄自然に踵を接して来る。寅・卯木旺の地若し多く金と丑土を見ば、貧と富・高と低此に於て途を分かつ。南方火地に生ずるは申金に逢うを怕れ、北方水地に生ずるは酉を見るを要せず、皆原局の調候と用神を傷るなり。月令「建禄」なるは、財と官の天干に透出するを喜ぶ。日主更に旺運に行くを宜しとせず、只だ財源の茂盛を喜ぶ。土厚重なるは多く火の来り生助するを喜び、金本位に帰するは則ち秋天に旺気に遇うを要す。冬天水多くして木浮泛するは、名と利終に虚浮にして実あらず。甲・乙の木卯月に生まれて金多きは、金能く木を裁じて器を成す、反って吉祥なり。
不宜重見殺,火地得衣糧。火忌西方酉,金沉怕水鄉。木神休見午,水到卯中傷。土宿休行亥,臨官在巳宮。南方根有旺,西北莫相逢。陰日朝陽格,無根月建辰。西方還有貴,惟怕火來侵。乙木生居酉,莫逢全巳丑。富貴坎離宮,貧窮申酉守。
上文を承けて言えば、卯月の甲乙木金を見るを宜しとすといえども、「七殺」の重ね重ね畳み見るを宜しとせず。南方火地に走り到りて殺を制すれば、便ち衣食俸禄を得。火最も西方酉地を忌み、金太だ沈重なるは水郷に入るを怕れ、木神午火を見て自焚するを要せず、水卯中に行き到れば則ち木に泄されて傷を受く。土星亥に行き到るを要せず——亥は是れ土の絶地なり、土の「臨官」は巳宮に在り。南方火土の地根気旺盛にして、西北金水の郷相逢うを莫れ。「陰日朝陽」格は、日主根無くして月建辰に在るを是とす。此の種の格西方金地に走れば尚ほ貴気有り、惟独南方火の来り侵克するを怕る。乙木酉月に生ずるは、再び巳と丑に逢いて金局を会成するを要せず。運北方坎水・南方離火の宮に走れば則ち富貴、申・酉金地に守れば便ち貧窮なり。
有殺只論殺,無殺方論用。只要去殺星,不怕提綱重。甲乙若逢申,殺印暗相生。木旺金逢旺,冠袍必掛身。離火怕重逢,北方返有功。雖然宜見水,猶恐對提沖。八月官星旺,甲逢秋氣深。財神兼有助,名利自然亨。曲直生春月,庚辛干上逢。
柱中に「七殺」有るは、只だ殺を論ず、便ち他を論ずるを須いず。殺無きは、乃ち用神を論ず。只だ殺星を去る能くば、便ち月令提綱の殺気重きを怕れず。甲・乙の木若し申に逢えば、申中の庚金殺と為し壬水印と為し、殺と印暗中に相生し、反って好局を成す。木旺にして金もまた旺に逢うは、金木相成して、冠袍必然として身に挂る。南方離火重畳再び逢うを怕れ、北方水地に走れば反って功有り。宜しく水を見て救済するを説くといえども、仍ほ其の正しく月令提綱に対して相冲するを恐る。八月酉金官星最も旺なり、甲木之に逢い秋気すでに深し、若し財神また幇助有りて官を生ぜば、名と利自然に亨通す。「曲直」格春月に生まれて天干また庚・辛に逢うは、須らく下文を看て分説すべし。
南離推富貴,坎地卻為凶。甲乙生三月,庚辛戌未存。丑宮壬癸位,何慮見無根。木茂宜金火,身衰鬼作關。時分西與北,輕重辨東南。時上胞胎格,月逢印綬通。殺宮行運助,職位列三公。二子不沖午,二寅不沖申。二午不沖子,二申不沖寅。
上文を接ぎて言えば、曲直格春に生まれて干上に庚辛有るは、南方離火に走りて金を制すれば則ち富貴と推し、北方坎水に走りて金を生ぜば反って凶と為る。甲・乙の木三月辰土の月に生まれ、庚・辛の金と戌・未の土並び存し、丑宮また壬癸水の位次なるは、便ち日主の根無きを憂うるを須いず。木気茂盛なるは宜しく金の来りて裁削し火の来りて秀を泄するを見べし。日主衰弱の時、官殺便ち「鬼」と成り、一道の過ぎ去る能わざる関と成る。時辰は西方と北方を分かち清め、軽重は則ち東方と南方を辨明すべし。「時上胞胎」格は、須らく月令印綬に逢い貫通するを要す。再び七殺の宮行運の相助を得ば、職位三公に列す可し。地支相冲に至りては、両個の子一個の午を冲せず、両個の寅一個の申を冲せず、両個の午一個の子を冲せず、両個の申一個の寅を冲せず——衆は寡に敵せず、反って冲動する能わざるなり。
得一分三格,財官印綬全。運中逢克破,一命喪黃泉。進氣死不死,退氣生不生。終年無發旺,猶忌少年刑。時上偏財格,干頭忌比肩。月生身主旺,貴氣福重添。運行十載數,上下五年分。先看流年歲,深知來往旬。時上一位貴,藏在支中是。主主要剛強,名利方有氣。
其の一を得て能く三格に分かちて看るは、財・官・印綬三様俱全なり。此の様の命若し運中に於て克破に遇えば、一命便ち黄泉に喪わる。気正しく進むは、死地に処るといえども死せず。気すでに退くは、生地に逢うといえども生ぜず。終年発旺の機を見ざるは、尚ほ年少の時の刑傷を忌む。「時上偏財」格は、天干最も「比肩」の来りて分奪するを忌む。若し月令能く生扶して日主身旺なれば、貴気と福沢更に幾分を添う。大運一歩十年の数を管し、上の五年は天干を重んじ下の五年は地支を重んず。先ず流年太歳の吉凶を看、深く来往一旬の内の気数を究む。謂う所の「時上一位貴」は、地支の中に蔵するを是とす。総じて日主必ず剛強を須い、名と利始めて承く可き気有らん。
喜忌篇
四柱排定,三才次分。專以日上天元,配合八字干支,支中有見不見之刑,無時不有。凡看命,先看四柱年月日時,次分天地人三元。乾為天元,支為地元。以支中所藏者為人元,年為基根,月為提綱,日為命主,時為分野,故以日主天元配合,取其官貴財印鬼敗傷爭。此論八字支干有見不見之形,造化生旺制克衰絕,只是支中所藏之造化也,無時不有。四季中有墓絕中餘氣也,五行休旺,配合生死也,刑沖剋破,變化也。或三合六合之貴地,雖祿馬妻財子孫父母兄弟,皆是見不見之刑,無時而不有也。神殺相絆,輕重較量。神者,貴人也。殺者,七殺也。若神殺混雜,看入節氣之深淺,或有去官留殺,或有去殺留官,四柱或歲運,亦當知輕重較量也。
四柱いったん排定せられれば、天・地・人三才次に依りて分明なり。専ら日柱天干を取りて主と為し、八字の干支を配合す。地支の中に見えると見えざるの刑克有り、時無くして在らず。凡そ命を看るには、先ず年・月・日・時の四柱を看、其の次天・地・人三元を分かち出す。天干は是れ天元、地支は是れ地元、地支の蔵する所の蔵干は是れ人元なり。年は根基、月は提綱、日は命主、時は分野なり。故に日主此の天元を用いて全局を配合し、其の中の官・貴・財・印及び鬼・敗・傷・争等の神を取り出すを要す。此の処に言う八字干支に「見不見之形」有るとは、造化中の生・旺・制・克・衰・絶を指し、皆不过是れ地支の蔵する所の那の点の造化の作用するに在り、時無くして有らず。辰戌丑未四季の中に墓有り絶有り余気有り。五行の休と旺は、生と死に配合す。刑・冲・克・破は、則ち変化の由りて生ずる所なり。また三合六合の貴地、及び禄馬・妻財・子孫・父母・兄弟の如きも、皆「見不見之刑」に属し、時無くして在らず。謂う所の「神殺相絆、軽重較量」は、神は貴人を指し殺は七殺を指す。若し神と殺混雑して並び見れば、則ち節気に入るの深浅を看、或いは官を去り殺を留め、或いは殺を去り官を留め、四柱の中に在ると歳運の上に在るとを論わず、皆当に其の軽重を較量するを知るべし。
若乃時逢七殺,見之未必為凶。月制干強,七殺反為權印。此論時上一位貴格,只用一位,方為可貴。別位不要再見。始為清貴。若年月上再見之,反為辛苦艱難之命。要日干生旺,不畏刑傷,羊刃為人性重,剛執不屈,若四柱中元有制伏,卻要行官旺運,然後可發福,又不可專言制伏,貴在得其中道,乃盡法無民之喻。假如甲申,丙寅,乙卯,辛巳,此命專用日干旺,時上偏官,月上制伏,此是史彌遠衛王之命也。壬子,庚戌,戊戌,甲寅,時上偏官,月上制伏,行丙寅東方運,白手發財成家。庚子,戊子,戊庚,甲寅,時上偏官,年上制伏,早年登第,歷仕至尚書,乃先年巡按繡衣李如圭八字也。
「若乃時七殺に逢えば、之を見る未だ必ずしも凶と為さず。月干強を制すれば、七殺反って権印と為る」——此れは「時上一位貴」格を講ず。七殺只だ一位を用いて始めて貴と算し、別の柱位の上に再び見る可からず、方に清貴と為る。若し年上月上また見れば、反って辛苦艱難の命を成す。此の種の格は日干の生旺を要し、始めて刑傷を畏れず。「羊刃」を帯ぶる人は性情持重にして、剛執屈服を肯んぜず。若し四柱の中原本より制伏七殺の神有れば、則ち官旺の運に行くを要し、然る後に始めて福を発す可し。却ってまた一味只だ制伏を講ずる可からず、其の中道を得るを貴ぶ、正しく「尽法無民」の喩の如し——法令極処に用いれば、反って治む可き百姓無し。例を挙げて言えば、甲申・丙寅・乙卯・辛巳此の一造は、専ら日干の旺相を取り、時上は偏官、月上に丙火の制伏有り、此れは宋朝衛王史弥遠の命なり。壬子・庚戌・戊戌・甲寅此の一造は、時上偏官にして月上制伏し、丙寅東方の運に行き到り、白手財を発し家を成す。庚子・戊子・戊庚・甲寅此の一造は(底本日柱は「戊庚」と作る、字に訛誤有り、仍ほ原文に依りて照録す)、時上偏官にして年上制伏し、早年第に登り、歴官尚書に至る、是れ当年の巡按繍衣御史李如圭の八字なり。
財官印綬全備,藏蓄於四季之中。此論雜氣財官印綬格。四季者,辰戌丑未也,乃天地不正之氣,為雜氣也。蓋辰中有乙木餘氣,壬癸之庫墓,有戊己之正位,辰戌丑未各隨所藏之氣而言之。此四者藏蓄雜氣,為我之官星財氣祿馬印綬也。須看四柱天元透出何字為福,次分節氣淺深。若殺旺官少,要制伏,不喜財,若主旺相沖,要行財運庫旺,大抵福聚之地,不可破傷,如無所忌,大發財。假如丙戌,戊戌,甲午,己巳,雜氣財官格。此命用辛官,己為財,戌中有辛金餘氣,戊己土為財,史太師越王浩命。辛丑,壬辰,丙戌,乙未,此八字是邵豳的。行官印運,早年登科,仕至御史。辛未,辛丑,庚戌,庚辰,此八字亦辰戌丑未全,奈比劫多,又土重金埋,行酉運身旺,背逐之鄉,所以為刀筆吏,功名無成,終自鰥獨。
「財官印綬全備し、四季の中に蔵蓄す」——此れは「雑気財官印綬格」を講ず。謂う所の四季は、則ち辰・戌・丑・未にして、それらは天地の不正の気なり、故に「雑気」と叫ぶ。辰中に乙木の余気有り、また壬癸水の庫墓なり、尚ほ戊己土の正位有り。辰戌丑未各おの蔵する所の気に按じて分別して論定す。此の四支雑気を蔵蓄し、正しく是れ我が官星・財気・禄馬と印綬の在る所なり。須らく四柱天干の透出するは哪れの字かを看て始めて福と算し、其の次節気の深浅を分辨す。若し七殺旺にして正官少なければ、則ち制伏を要し、財の来りて殺を生ずるを喜ばず。若し日主旺にして庫支相冲すれば、則ち財運に行きて庫中の気を旺発せしむるを要す。大体これを言えば、福気聚集する処は破傷せらる可からず。若し忌諱する所無ければ、便ち大いに其の財を発す能う。例を挙げて言えば、丙戌・戊戌・甲午・己巳は、是れ雑気財官格なり。此の命戌中の辛金を取りて官と為し己土を財と為し、戌裏に辛金の余気を蔵し、戊己土便ち甲木の財なり、此れは太師越王史浩の命なり。辛丑・壬辰・丙戌・乙未此の八字は邵豳のなり、官印の運に行き、早年科に登り、官御史に至る。辛未・辛丑・庚戌・庚辰此の八字もまた辰戌丑未四庫俱全なり、奈何せん比肩劫財太多く、また土重く金を埋む。酉運に行きて身旺といえども、却って背禄逐馬の郷なり、故に只だ刀筆の小吏を做し、功名成る無く、終身鳏居孤独なり。
官星財氣長生,鎮居於寅申巳亥。此財官生旺於四孟,寅申巳亥,乃五行長生之地。如壬申,辛亥,己巳,丙寅,此命先榮後辱,己用甲為官,亥中有甲木長生,己用壬為財,申中有壬水長生,己用丙為印綬,寅中有丙火長生,巳中有金長生,此四孟格局。壬寅,乙巳,癸亥,庚申,此八字初行丙午丁未運好,一到酉戌亥,巳中丙戊財官死於酉,用神損傷,家自消乏,妻子俱喪。
「官星財気長生し、寅申巳亥に鎮居す」——此れは財と官四孟の月に生旺するを説くなり。謂う所の四孟は、則ち春夏秋冬四季の頭の一個月にして、地支正しく寅・申・巳・亥に当たり、亦た正しく五行の長生の地なり。譬如壬申・辛亥・己巳・丙寅此の一造は、先ず栄顕して後に辱を受く。己土甲木を以て官と為し、亥中の甲木長生を得。己土壬水を以て財と為し、申中の壬水長生を得。己土丙火を以て印綬と為し、寅中の丙火長生を得。巳中の庚金もまた長生を得。四様の用神皆長生の上に坐す、此れ即ち四孟格局なり。又如壬寅・乙巳・癸亥・庚申此の八字は、初め丙午・丁未の運に行きて甚だ好し、一たび酉・戌・亥の地に到れば、巳中の丙火と戊土此の一対の財官酉に於て死し、用神損を受け、家業自然に消乏し、妻と子も皆亡故せり。
庚申時逢戊日,名食神干旺之方。歲月犯甲丙寅卯,此乃遇而不遇。此乃專旺食神格。戊以庚為食神,其中有庚金建祿,戊土用水為財,申中有水長生,乃財旺也。或用乙為官星,庚能合卯中乙木,為戊土官貴氣。若四柱透出甲丙寅卯四字,則壞了申中庚之貴氣,此乃遇而不遇也。丙子,己亥,戊辰,庚申,此八字乃一生員的,緣露了丙字,但中備卷三次,庚子年起貢,運行甲辰水土庫於辰,用神入墓,卒於北京。
「庚申の時戊日に逢うは、食神干旺の方と名づく。歳月甲・丙寅卯を犯すは、此れは遇い而して遇わず」——是れ「専旺食神格」なり。戊土庚金を以て「食神」と為し、申中の庚金正しく「建禄」を得。戊土また水を以て財と為し、申中の壬水長生を得、故に財もまた旺なり。或いは乙木を取りて官星と為し、庚金能く卯中の乙木を合し住め、戊土の為に官貴の気を帯来す。若し四柱甲・丙・寅・卯此の四個の字を透出せば、甲木戊土を克し丙火庚金を克し、便ち申中の庚金の貴気を壊す、此れ便ち「遇い而して遇わず」と叫ぶなり。譬如丙子・己亥・戊辰・庚申此の八字は、一位の生員の命なり、只だ因みて天干に丙字を露出して食神を壊せり。三回考中備巻したれども、庚子年貢に起り、甲辰の運に行き到る時、水土の庫辰に帰し、用神墓に入り、終に北京に卒せり。
月生日干無天財,乃印綬之名。此乃論印綬格,十干生我者是也。為父母,為生氣,又能護我之官星,故印綬無傷官之患矣。大要生旺,忌死絕,若四柱中元有官星尤好,忌見財運。若行官運則發,若行財旺鄉,貪財壞印,其禍百端,行死絕運必死。如丙辰,甲午,乙未,丁卯,此命月生日干,為印綬格,繫高和尚命,大運丁酉,流年壬午,當年三十歲。至元十九年三月廿四日遭極刑,何故?印生逢死絕之運,又見壬來破印也。此流年用天元,大運用地支。壬申,辛亥,乙未,己卯,此八字繫廣東李兆龍僉事的,行乙卯運,水到卯宮傷,去官。
「月生日干、天財無きは、乃ち印綬の名」——此れは「印綬格」を論ず。十干の中我を生ずる那の様は則ち印にして、それは我が父母なり、我が生気なり、また我が官星を護る能う、故に印綬有れば傷官の患と為るを怕れず。大要印星の生旺に在り、其の死絶の地に落入るを忌む。若し四柱の中原本より官星有れば更に好し、只だ財運を見るを忌む。官運に行けば便ち発達する能う、財旺の郷に行けば便ち財を貪り印を壊し、禍患百出す。死絶の運に行き到れば、必定として命を喪う。譬如丙辰・甲午・乙未・丁卯此の一造は、是れ月令日干を生ずるの印綬格にして、高和尚の命と為る。大運丁酉に走り到り、流年壬午、其の年三十歳、至元十九年三月二十四日極刑に遭えり。此れ何の故ぞや。印星死絶の運に逢い、また壬水の来りて印を破るを見るを以てなり。此の処流年は天干を取りて看、大運は地支を取りて看る。又如壬申・辛亥・乙未・己卯此の八字は、是れ広東僉事李兆龍の命なり、乙卯の運に行く時、水卯宮に到りて木に泄され傷を受け、印星損を受け、此れに因りて官職を丢せり。
日祿居時沒官星,號青雲得路。此論歸祿格,要四柱中無一點官星,方為此格。號為青雲得路。最要日干生旺,兼行食神傷官之鄉,可發福。但歸祿有六忌,一則沖刑,二則作合,三則倒食,四則官星,五則日月天元同。六則歲月天元同。犯此六者,不可一例以為貴矣。假如:甲子,丙子,癸丑,壬子,此是張統領命,乃子多為聚福歸祿矣。甲子,丁丑,乙丑,己卯,此蔡文輝八字,術士皆許讀書有功名之造,後學醫,行辛巳運,庚子年不祿,此非日祿歸時。《獨步雲》:“乙木無根,生臨丑月。金多轉貴,火土則折。”
「日禄時に居り官星没し、号して青雲路を得る」——此れは「帰禄格」を論ず。四柱の中一点の官星も無きを要して、始めて此の格と算し、号して青雲路を得ると為す。最も日干の生旺を要し、兼ねて食神・傷官の郷に行き、方に福を発す可し。但し帰禄に六様の忌諱有り。一に冲刑を忌み、二に作合を忌み、三に倒食を忌み(即ち梟神の食を奪う)、四に官星を忌み、五に日干と月干相同じきを忌み、六に年干と月干相同じきを忌む。此の六様を犯せば、便ち一概に貴格と作して看る能わず——帰禄の貴ぶ所は本より時上の那の一位の乾浄の禄なり、一旦冲せられ合せられ、梟神に倒食せられ、官星に填め占められ、或いは月干年干と重ねて出れば、禄便ち帰り住む能わず。譬如甲子・丙子・癸丑・壬子、此れは張統領の命なり、子字多くして福を聚め、正しく帰禄の義に合す。又如甲子・丁丑・乙丑・己卯は、是れ蔡文輝の八字なり、術士たち皆彼に読書功名有るを許すも、彼後に医を学びに行き、辛巳の運に行き、庚子年身亡せり——此れ本より日禄時に帰るの格にあらず。『独歩』の中に説く、「乙木根無し、丑月に生臨すれば、金多ければ転じて貴、火土は則ち折る」と。説く所の正しく是れ此の一類なり。
陽水疊逢辰位,是壬騎龍背之鄉。如壬辰日生,遇辰字多者貴,寅字多者富。蓋壬以己土為官星,丁火為財星,辰巳並沖戌中之官庫,所以貴也。寅字多,能合午中之財,所以富也。丙子,甲午,壬辰,甲辰,此一生員八字,術士見其早年利考,皆作壬騎龍背格,許其堪取青紫。餘獨以財格看,謂酉戌運未善,至此果不祿,且無嗣。
「陽水畳みて辰位に逢うは、是れ壬騎龍背の郷」——如き壬辰日に生まるる所の人、辰字多きに遇うは貴を主し、寅字多きに遇うは富を主す。此れは壬水己土を以て官星と為し丁火を以て財星と為すを以てなり。辰と巳並べ起して戌中の官庫を冲动し、官星冲せられて出ず、故に貴し。寅字多ければ能く午中の財を合し住む、故に富なり。譬如丙子・甲午・壬辰・甲辰此の一位の生員の八字は、術士其の早年考試順利なるを見て、皆壬騎龍背格と作し、其の青紫の貴を取る能くを許す。我は独り財格を以て之を看、其の酉・戌両運の佳ならざるを説く。其の時に到りて果たして身亡し、しかも後嗣無かりき。
陰木獨遇子時,為六乙鼠貴之地。此格大怕午字沖丙子時,子字多妙,謂之聚貴也。或四柱中有庚字辛字申字酉字丑字,內則有庚辛金,則減分數,歲君大運亦然。如月內有官星,則不用此格。若四柱中元無官星,方用此格。丁卯,壬子,乙巳,丙子,此一胥吏八字,術士皆謂六乙鼠貴,許其功名,行申運頗得辦事北京,至未運來為事罷。此只好作印看。
「陰木独り子時に遇うは、六乙鼠貴の地と為る」——此の一格最も午字の来りて丙子時を冲するを怕る、子字多ければ反って妙なり、「聚貴」と叫ぶ。若し四柱の中に庚・辛・申・酉・丑此れらの字有れば、裏面皆庚辛金を含みて乙木を克す、便ち分数を減ずるを要し、歳君と大運の上に於て遇うも相同じ。仮令月令の内に本より官星有れば、便ち此の格を用いず。只だ四柱の中原本官星無き、始めて此の格を用う。譬如丁卯・壬子・乙巳・丙子は、是れ一位の胥吏の八字なり、術士たち皆説いて六乙鼠貴と為し、彼に功名を許す。彼申運に行く時、頗る北京に於て事を辨ずる能うも、未運に到りて事に因りて罷せらる。此の一造実は只だ印綬と作して看る可し。壬水生乙木は印と為り、子時の貴は並びに真に丙火官星を引出すを得ず、故に功名限有り。
庚日全逢潤下,忌壬癸巳午之方。時遇子申,其福減半。此論井欄叉格。此是庚申庚辰庚子,三庚水局為貴。何也?蓋庚用丁為官,子沖午,庚用木為財。而申沖寅,戌中戊土為庚之印,而辰沖之,又辰戌為財印,故以申子辰三叉來沖寅午戌為財官印綬。若四柱中須用申子辰全為貴,不止庚金,得三庚全者尤奇,或戊子丙辰亦不妨。喜行東方財地,北方傷官,南方火地不為貴,此乃壬癸巳午之方也。假如:庚子,庚辰,庚申,丁丑,此是王都統制命,丁卯出邊上,得十四官誥,庚申,戊子,庚辰,丙戌,此一生員八字,亦候過稟,後告侍親,惟放發些財而不貴。何也?所謂生江南則為橘,生江北則為枳,土產故也。
「庚日全き潤下に逢う、壬・癸・巳・午の方を忌む。時子申に遇うは、其の福半減す」——此れは「井欄叉格」を論ず。即ち庚申・庚辰・庚子三個の庚日水局を会成して貴と為る。何の為ぞや。庚金丁火を以て官と為し、子能く午を冲して官星を引出す。庚金木を以て財と為し、申能く寅を冲して財星を引出す。戌中の戊土は是れ庚金の印なり、辰能く戌を冲して印星を引出す。又因て辰・戌本より是れ財と印の庫なり、故に申子辰此の三叉を用いて寅午戌を冲し、財・官・印綬を一斉に冲し出さんとす。四柱の中須らく申子辰俱全なるを要して始めて貴と算す、只だ庚金に限らず、若し三個の庚字全備なるは更に奇特と為し、或いは戊子・丙辰を配するも妨げず。此の種の格は東方財地と北方傷官の地に行くを喜ぶ。南方火地は則ち貴と為らず、那れ正しく忌む所の壬・癸・巳・午の方なり。譬如庚子・庚辰・庚申・丁丑、此れは王都統制の命なり、丁卯年辺上に戍り出で、先後に十四道の官誥を得たり。又如庚申・戊子・庚辰・丙戌は、是れ一位の生員の八字なり、もまた廩膳に候補したること有り、後に養を告げて親に侍し、只だ些の財を発せしのみにして並びに顕貴ならず。此れ何の故ぞや。正しく同一種の樹の、江南に生ずれば便ち橘を結び、江北に生ずれば便ち枳に変ずるが如く、是れ水土出産の同じからざるの道理なり。
若逢傷官月建,如凶處未必皆凶。此論傷官格。傷官之法,務要傷盡,而不為禍。四柱若元有官星,傷之尤重,元無官星,傷之則輕。若三合會起傷官之殺,及運行傷官之地,其禍不可言矣。故傷官見官,為禍百端。若當生年干,有傷官七煞為禍最重,謂之福基受傷,終身不可除去,若月時上見傷官之地,可發福矣。若女人命有傷官者,主剋夫,若見合多,則為卑賤,不娼則淫,非奴婢則師尼。何故?傷官傷夫。若四柱中財來合去,非良婦也。己卯,癸酉,戊寅,庚申,此八字一附學生,地支六沖,作戊日庚申時之格不得,只好作傷官看,行南方運,常考不利,克妻無嗣,己運卒。
「若し傷官月建に逢うは、凶き処の如きも未必だし皆凶ならず」——此れは「傷官格」を論ず。傷官を用うるの法は、務めて傷みて乾浄なるを要して、始めて禍と為るに至らず。四柱の中原本官星有るは、傷せらるること其れ殊に重し。原本官星無きは、傷せば反って軽し。若し三合傷官此の一路の殺気を会起し、また運傷官の地に行き到れば、其の禍説き尽くす能わず、故に「傷官見官、禍百端と為る」の説有り。若し出生の年干の上に傷官と七殺有るは、禍最も重し、福基の傷を受くと叫ぶ、終身除き去る能わず。若し月上・時上に於て傷官の地を見れば、倒って還だ福を発す可し。女人命裏に傷官有るに至りては、夫を克すを主す。若しまた合の太多きを見れば、便ち卑賤に属し、娼と為らざれば便ち淫と為り、奴婢と作らざれば便ち師尼と作る。何の為ぞや。傷官正しく其の夫星を傷るを以てなり。若し四柱の中また財有りて官を合し去らば、那れ更に良家の婦人にあらず。譬如己卯・癸酉・戊寅・庚申此の八字は、是れ一位の附学生員なり、地支六位相冲し、「戊日庚申時」の食神専旺格と作らんと欲するも作るを成さず、只だ傷官と作して看る可し。南方の運に行きて、屢々考利あらず、妻を克し後嗣無く、己運の上去世せり。
內有正倒祿飛,忌官星亦嫌羈絆。內有正倒祿飛者;乃丁巳得巳字多。巳沖出亥中壬水為官星,乃正飛天祿馬格也。若辛日得亥字多,亥沖出巳中丙火為官星,乃是倒飛天祿馬也。其中若壬癸辰巳,皆是官星羈絆也,則減分數,歲運亦同。壬辰,辛亥,癸亥,癸亥,都堂王守仁八字,倒飛天祿馬格。戊寅,癸亥,癸亥,癸亥,此乃丐者八字,露出戊字官星,斯為下矣。
「内に正倒禄飛有り、官星を忌むも亦た羈絆を嫌う」——謂う所の正飛・倒飛禄馬は、丁巳日にして巳字多きは、巳を用いて亥中の壬水を冲し出して官星と作す、此れ「正飛天禄馬格」なり。辛日にして亥字多きは、亥を用いて巳中の丙火を冲し出して官星と作す、此れ「倒飛天禄馬格」なり。其の中若し壬・癸・辰・巳等の字を見れば、皆官星を羈絆し住む、分数を減ずるを要し、歳運の上に於て遇うも相同じ。壬辰・辛亥・癸亥・癸亥は、是れ都堂王守仁の八字にして、倒飛天禄馬格に属す。戊寅・癸亥・癸亥・癸亥は、却って一個の乞丐の八字なり、只だ因みて年干に戊土此の一点の官星を露出して、冲する所の処を填実せり、虚神一たび実となれば便ち霊ならず、同じく三個の癸亥にして、一個は位都堂に至り一個は乞丐に淪落す、便ち此の様の下等に落到せり。
六癸日,時逢寅位,歲月怕戊己二方,此論刑合格。以六癸日為主星,用戊土為正氣官星,喜逢甲寅時,用巳中戊土,癸日得官星,如庚寅刑不成,推甲寅時,是行運與飛天祿馬同。怕四柱中有戊字己字,又怕庚寅傷甲字,刑壞子,忌申字,仔細推之。假如癸酉,辛酉,癸卯,甲寅,此是婁參政命。己卯,乙亥,癸未,甲寅,此八字年上露出己字,所以功名蹭蹬,屢科不第。
「六癸日、時寅位に逢う、歳月戊・己二方を怕る」——此れは「刑合格」を論ず。六個の癸日を以て主星と為し、戊土を用いて正気官星と作し、甲寅時に逢うを喜び、寅を借りて巳を刑し巳中の戊土を取用し、癸日便ち官星を得たり。若し是れ庚寅時なれば便ち刑成さず、故に推定して甲寅時を要す。其の行運の喜忌は飛天禄馬格と相同じ。此の一格は四柱の中に戊字・己字有りて官星を填実するを怕れ、また庚寅の庚金の甲木を傷るを怕れ、もまた子字を刑壊するを怕れ、並びに申字を見るを忌む、須らく仔細に推詳すべし。譬如癸酉・辛酉・癸卯・甲寅、此れは婁参政の命なり。又如己卯・乙亥・癸未・甲寅此の八字は、年上己土を露出す、故に功名蹭蹬にして、屢々試に応じ第せず。
甲子日再遇子時,畏庚辛申酉丑午。此論子遙巳格。甲用辛官。辛祿在酉,二字為甲木之印綬,遙合巳中之丙戊,合動酉中之辛,為甲之官。木喜壬癸亥子月,忌庚辛申酉,乃金來傷甲木,午來沖子,子丑羈絆,則不能去遙合矣。假如庚申,甲戌,甲子,甲子,此乃是羅御史之命,雖然是遙巳,然年上有庚申,沖剋甲運,行戊寅,寅刑己,反成禍矣,乙丑年罷官。癸丑,己未,甲子,甲子,此八字乃一好賭博人。家業蕩盡,其中畏庚辛申酉丑午,此年支正露出丑字,行東方北祿之鄉,所以貧窮。
「甲子日再び子時に遇う、庚・辛・申・酉・丑・午を畏る」——此れは「子遥巳格」を論ず。甲木辛金を以て官と為し、辛の禄酉に在り。子と酉此の两字は甲木の印綬に関係し、子より巳中の丙・戊を遥合し、再び丙戊より酉中の辛金を合动し、甲木の官星と成る。此の格は壬・癸・亥・子の月を喜び、庚・辛・申・酉を忌む、金の来りて甲木を傷るを以てなり。もまた午の来りて子を冲し丑の来りて子を羈絆するを忌む、一旦絆せられ住めば、便ち遥合に行く能わず。譬如庚申・甲戌・甲子・甲子、此れは羅御史の命なり。遥巳を合成すといえども、然るに年上に庚申の来り冲克する有り、戊寅の運に行き到り、寅己を刑しに行き、反って禍事を成し、乙丑年官を罷めらる。又如癸丑・己未・甲子・甲子此の八字は、是れ一個の賭博を好む人なり、家業蕩尽せり。此の格の畏る所は正しく是れ庚・辛・申・酉・丑・午にして、他の年支恰も丑字を露出せり、丑来りて子水を絆し住む、遥合の力便ち使い出す能わず。又東方と北方の禄地に行きて、比劫財を奪う、故に終に貧窮に帰せり。
辛癸日多逢丑地,不喜官星。歲時逢子巳二宮,虛利虛名。此論丑遙巳格。只辛丑癸丑二日可用,但要四柱中無一點官星,方用此格。蓋辛用丙官,癸用戊官。丙戊祿在巳。惟丑能遙巳,丙戊之祿出矣。不要填實巳位,子字羈絆,不能遙矣,若申酉得一字為妙。假如乙丑,己丑,癸丑,癸丑,乃是葉侍郎之命。又有丁丑,癸丑,辛丑,己丑,此是王通判之命也。癸丑,乙丑,癸丑,癸亥,此八字白手發財成家,乃丑遙巳格真也。
「辛癸日多く丑地に逢う、官星を喜ばず。歳時子巳二宮に逢えば、虚利虚名」——此れは「丑遥巳格」を論ず。只だ辛丑・癸丑此の両個の日子のみ用う可し、しかも四柱の中一点の官星も無きを要して、始めて此の格を用う。辛は丙を以て官と為し、癸は戊を以て官と為し、丙・戊の禄皆巳に在り。惟だ丑のみ能く巳位を遥合し、丙戊の禄を引き出すを得。故に実字を以て巳位を填め住むるを要せず、また子字の来りて丑を羈絆するも要せず、否ずれば便ち遥動する能わず。若し能く申或いは酉其の中一個の字を得て相配すれば更に妙なり。譬如乙丑・己丑・癸丑・癸丑は、是れ葉侍郎の命なり。又丁丑・癸丑・辛丑・己丑有り、是れ王通判の命なり。再如癸丑・乙丑・癸丑・癸亥此の八字は、三個の丑斉しく来たりて巳を遥し、巳位またかつて填実せられず、故に白手財を発し家を成す、乃ち真の丑遥巳格なり。
拱祿拱貴,填實則凶。此論拱貴拱祿二格者,乃兩位虛拱貴祿之地,四柱不可佔了貴祿之宮,則填實不容物,只為官星榮顯也。其祿貴者,比之盛物之器皿,若空則容物,乃貴祿顯榮。經云官崇祿顯,定是夾祿之鄉。又忌傷了日時,皆供不住矣。假如丁巳,丙午,甲寅,甲子,此是王郎中之命,此二甲來夾丑中之貴氣,丑中癸水餘氣,辛金庫墓,己土乘旺,乃甲木之財,豈不為貴,後運行辛丑除通判,入庚子運,庚金克甲木,又是午月,沖破甲子,乃天中殺,即空亡,夾貴不住,走了貴人,一旦壞了。庚戌,戊子,壬辰,壬寅,此乃戴大寶命,十一歲行庚寅中舉,十九歲戊辰年中探花,行辛卯運填實卒。
「拱禄拱貴、填実すれば則ち凶」——此れは拱貴・拱禄両個の格を論ず。謂う所の拱とは、両個の柱位虚虚として貴禄の地を夾み住むるなり。四柱自ら那の貴禄の宮を占め住むる可からず、一旦填実すれば便ち再び東西を容るる能わず、全て此の一処の官星を頼りて栄顕するを以てなり。禄と貴は譬えば物を盛るの器皿の如し、空しくして始めて物を容るる能く、貴と禄始めて栄耀を顕す。経の上に説く、「官崇く禄顕るるは、定めて是れ夾禄の郷」と。又日柱・時柱を傷るを忌む、傷れば便ち都て拱し住む能わず。譬如丁巳・丙午・甲寅・甲子は、是れ王郎中の命なり。両個の甲来たりて丑中の貴気を夾み住めり、丑中に癸水の余気・辛金の庫墓・己土の旺に乗じて権に当たる有り、皆是れ甲木の財なり、豈に貴ならざるを得んや。後に辛丑運に行きて通判を授けられ、一たび庚子運に入れば、庚金甲木を克し、又午月に逢い甲子を冲破す——子は正しく是れ天中殺、亦た即是ち空亡なり——夾貴夾み住む能わず、貴人走り去り、一時に便ち敗壊せり。又如庚戌・戊子・壬辰・壬寅、此れは戴大宝の命なり、十一歳庚寅運に行きて挙に中り、十九歳戊辰年探花に中り、辛卯運に行きて拱する所の位を填実して卒せり。見る可し、拱格は全く虚位を靠りて貴を取る、虚なれば則ち霊、実なれば則ち死す、命を看る時最も先ず此の一層を辨ずるを要す。
時上偏財,別宮忌見。此論時上偏財格,又名時馬格,與時上偏官同,用時上天元,及支內人元,只要時上一位有之始為貴,若別位有之,便多了,難作偏財而論,要身旺,不要克破,要財旺即發矣。假如丁酉,己酉,戊子,壬子、邵統制命也。丁丑,己酉,丁丑,辛亥,此八字時上偏財,月支又酉丑會局,所謂別宮忌見也,家業破盡。
「時上偏財、別宮見るを忌む」——此れは「時上偏財格」を論ず、また「時馬格」と叫ぶ、時上偏官と同一の路数なり。時柱の天干及び地支の中の蔵する所の人元を取りて看るに、只だ時上に此の一位有れば始めて貴と算す。若し別の柱位の上にも有れば、便ち多きを嫌う、難し財と当たりて論ずるに。此の格は日の主身旺を要し、克せられ破せらるるを要せず、財一たび旺なれば便ち発す。譬如丁酉・己酉・戊子・壬子は、是れ邵統制の命なり。又如丁丑・己酉・丁丑・辛亥此の八字は、時上是れ偏財といえども、月支却って酉・丑と金局を会成し、財別宮に散ず、正しく是れ謂う所の「別宮見るを忌む」なり、此れに因りて家業破り尽きたり。
六辛日逢戊子,嫌午位運喜西方。此論六陰朝陽格,辛金至亥為六陰之地,而得子時,故曰六陰盡處一陽生,故云六陰朝陽之格,乃謂盡陰還陽。辛用丙官,癸為壽星,只要子字一位,若多不中,喜戊干,戊來合癸,動巳中暗丙,丙為辛之官星。四柱中忌見午沖破子祿。西方乃金旺之地,故喜也,東方財氣之鄉次之,不要行南方火鄉,北方水鄉傷官也。
「六辛日戊子に逢う、午位を嫌い運は西方を喜ぶ」——此れは「六陰朝陽格」を論ず。辛金亥に行き到れば便ち六陰の地なり、而又子時を得る、謂う所の六陰尽きる処一陽来復す、故に六陰朝陽と称す、意は陰気尽头に到りて還りて陽に帰するを言うなり。辛金丙火を以て官と為し癸水を以て寿星と為す、只だ一位の子字有れば足る、多ければ反って中らず。天干戊を見るを喜ぶ、戊来りて癸水を合し住め、巳中暗藏の丙火を動かし出す、丙正しく是れ辛金の官星なり。四柱の中、午の来りて子中の禄を冲破するを見るを忌む。西方は是れ金旺の地なり、故に最も喜ぶ。東方財気の郷は之れに次ぐ。南方火郷に行きて日主を傷るを要せず、もまた北方水郷に行きて傷官を過重せしむるを要せず。
假如戊辰,庚申,辛卯,戊子,此畢甫遇命,運行西方。又如己未,辛未,辛未,戊子,此王郡玉命,運行東方。甲寅,甲戌,辛卯,戊子,此一生員命,術士皆作六陰朝陽格推,行東方運家破,歲考問充吏,看來還要作貪財破印而論為是。
譬如戊辰・庚申・辛卯・戊子、此れは畢甫遇の命なり、大運西方金地に行きて此の格に応えり。又如己未・辛未・辛未・戊子は、是れ王郡玉の命なり、大運東方財地に行きたり。再如甲寅・甲戌・辛卯・戊子は、是れ一位の生員の命なり、術士たち皆六陰朝陽格に按じて推すも、他は東方運に行く時家業破敗し、歳考の後問罪せられ吏役に充たさる。看れば此の一造還だ是れ「貪財破印」と作して論ずべきなり。
五行遇月支偏官,歲時中亦宜制伏。類為去官留殺,亦有去殺留官,四柱純雜有制,定居一品之尊。略見一位正官,官殺混雜反賤。此論偏官,即七殺,若四柱中全無一點官星,用七殺為偏官。若有正官,此為七殺之鬼,乃爭奪之人也,故謂見不見之刑。最要日干生旺,故喜身旺,怕沖,喜羊刃,只要制伏,不要四柱見正官,有兄不顯其弟之說。或四柱中犯歲運,或是去官留殺何也,得制伏可也。若官殺混雜,不為清福,只此偏官七殺為貴。七殺乃小人也,小人多兇暴,無忌憚,乃能勞力,以養君子也。惟是無術以控制之,則不能馴伏而為用矣。若四柱中原無制伏,要行制伏之運。四柱中原有制伏,要行殺旺之鄉,若有制伏,又行制伏之運。蓋為盡法無民之喻。
「五行月支偏官に遇うは、歳時の中にも亦た宜しく制伏すべし。類は官を去り殺を留むると為し、亦た殺を去り官を留むる有り。四柱純雑制有れば、定めて一品の尊に居る。略しく一位の正官を見れば、官殺混雑反って賤し」——此れは偏官を論ず、亦た即是ち七殺なり。若し四柱の中全く一点の官星無からば、便ち七殺を取りて偏官に当たりて用う。若し別に正官有れば、那の七殺便ち争奪の鬼賊と成る、故に「見不見之刑」と叫ぶなり。此の格最も日干の生旺を要し、故に身旺を喜び冲を怕れ、羊刃の相い敵する有るを喜ぶ。只だ制伏有るを要し、四柱更に正官を見るを要せず、謂う所の「兄有れば其の弟顕れず」の説法有り。或いは四柱の中歳運を犯す、或いは官を去り殺を留む、何を以てかもまた行く能く通ずるや。制伏を得れば以て可なるを以てなり。若し官殺混雑なれば、便ち清福にあらず。単に偏官七殺を取って始めて貴と算す。七殺譬えば小人の如し、小人多く凶暴にして忌憚する所無し、然れども気力を出だして君子を奉養する能う。只是れ若し彼を控制するの法子無ければ、便ち馴伏せしめて我が用と為す能わず。故に四柱の中原本制伏無きは、則ち制伏の運に行くを要す。四柱の中原本すでに制伏有るは、則ち殺旺の郷に行くを要す。若しすでに制伏有りて而又制伏の運に行かば、那れ便ち「尽法無民」の譬喩と成る——法用うること太だ尽なれば、反って治む可き民無し、殺制死せられ、権もまた従りて生出する無からん。之れを要するに殺は制して恰も好き処を得るを要す。制すること及ばざれば則ち身其の害を受け、制すること太だ過ぎれば則ち貴気尽失す。其の間の軽重は全て日主の強弱と制神の多寡の上に在りて斟酌す。
假如己未,乙亥,丙寅,辛卯,此是王章明之命,此月偏官制伏在年上,兼日坐長生,又木三合,日主逢貴,所以發祿,後遭刑戮,無棺槨,初行壬申起福運。乙酉,乙酉,乙酉,乙酉,兩個婦人,同此八字,一個極貴,一個極貧而有壽,何也?蓋婦人之命,貴賤從夫也。乙酉,辛巳,乙卯,辛巳,此乃朱舉人命,行戊寅運,乙卯科中試,行丁丑,是巳酉丑會金局,乃殺重,壬戌年不祿。
譬如己未・乙亥・丙寅・辛卯、此れは王章明の命なり。月上の偏官、年上の己土に制伏せられ、加うるに日主寅此の長生の地に坐し、地支また亥卯未の三合木局有り、日主貴に逢う、故に禄位を発せり。後に却って刑戮に遭い、死して棺椁無し、起初壬申運に行く時正しく是れ福を起すの運なりき。又如乙酉・乙酉・乙酉・乙酉は、両個の婦人有りて同じく此の一副の八字なり、一個は極めて貴く、一個は極めて貧しく然れども長寿なり。此れ是れ何の為ぞや。婦人の命は、貴賤皆丈夫に随うを以てなり。再如乙酉・辛巳・乙卯・辛巳は、是れ朱挙人の命なり、戊寅運に行き、乙卯科試に中れり。丁丑運に行き到れば、巳酉丑金局を会成し、殺気太だ重し、壬戌年身亡せり。
戊日午月,勿作刃看,時歲火多,卻為印綬。此論羊刃者,非犬羊之羊,乃是陰陽之陽。此祿前一位,是惟陽位有刃,陰位無矣。如丙戊祿在巳,午為羊刃也。戊日得午月,午上不為刃。刃不為刃者何也?乃陰火生陽土,正謂月生日干,若歲干時干又見火,乃是印綬格矣。
「戊日午月、刃と作して看る勿れ。時歳火多ければ、却って印綬と為る」——此の処に論ずる所の羊刃は、是れ犬羊の羊にあらず、而も陰陽の陽なり、故に只だ陽干のみ刃有り、陰干に無し。刃は禄前の一位に在り。如き丙・戊の禄巳に在れば、午便ちそれらの羊刃なり。可なり、戊土日主午月を得れば、午上便ち刃に当たりて看る可からず。刃何の故ぞや其の刃と成らざる。午中の蔵する所の丁火是れ陰火にして、陰火能く陽土を生ずを以てなり、正しく「月令日干を生ず」の義に合し、是れ印にして刃にあらず。若し年干・時干また火の来りて相助くるを見れば、那れ便ち乾脆として印綬格と成る、羊刃格と全然両路なり。
月令雖逢建祿,切忌會殺為凶。大凡命中,以財官為貴。若四柱中有作合,以貪合忘官,又兼會起七殺,反為凶兆。且如甲日用酉月,為官星正氣。若年時子辰,則會起申中庚為七殺,乃甲之鬼賊,故為凶。官星七殺交差,卻以合殺為貴。官星乃貴氣之神。純而不雜,乃為清福,雜而不純,便壞造化,有支中合出七殺為吉兆,經云合官星不為貴,合七殺不為凶,乃是五行賴之救助,且如甲日生人得卯時,卯中之乙,能合庚字,為甲之偏官,是為合殺也。若男子得之和氣,與人投合貴者。女人得之,多生心意不足,雖美麗性樂私情,主剋夫壞子矣。如庚日生,四柱見丙為殺,則有申辰合起子為水局來救之,丙化為官,則為吉矣。
「月令建禄に逢うといえども、切に殺を会して凶と為るを忌む」——大凡命中財と官を以て貴と為す。若し四柱の中相合する処有れば、日主貪合に因りて官星を忘れ、又兼ねて地支七殺を会起せば、反って凶兆と成る。譬如甲木日主酉月を用いて官星の正気と為す、本是れ清純の格なり。若し年支・時支子と辰を見れば、子辰便ち申と水局を会成し、申中の庚金を引動し七殺と化す、庚金正しく是れ甲木の鬼賊なり、官清の格便ち攪壊せらる、故に凶と断ず。「官星七殺交差すれば、却って殺を合するを以て貴と為す」——官星は是れ貴気の神にして、純にして雑らざる乃ち清福なり、雑にして純ならざれば便ち造化を壊す。若し地支の中に能く七殺を合し出して、之を牽制し住むれば、反って是れ吉兆なり。経の上に説く、「官星を合するは貴と為らず、七殺を合するは凶と為らず」と、正しく五行此の一合を要靠として救助するを以てなり。譬如甲日生の人卯時を得れば、卯中の蔵する所の乙木能く庚字を合し住む、庚正しく是れ甲木の偏官なり、此れ便ち合殺と叫ぶ。男子此を得れば、性情和気にして、人と投合して能く人に因りて貴を得。女人此を得れば、多く心意足らざるの感を生ず、美貌有りといえども、却って性私情を喜び、夫を克し子を壊るを主す。又如庚金日主、四柱丙火を見て七殺と為す、若し申と辰有りて子字を合起して水局を成し来りて救えば、水能く火を制し、丙便ち官星と化す、凶もまた転じて吉と為る。見る可し、同じく是れ一個の七殺にして、合有り制有れば便ち貴気を成し、合無く制無き乃ち是れ災殃なり。
柱中官星太旺,天元贏弱之名。大抵人生以財官祿為貴,取其中和之氣為福厚,偏黨之氣為福薄。若官星太旺,天元身弱,又行官旺鄉,反成其禍。且如甲乙日,天元用庚辛申酉巳丑為官貴,四柱中官星既多,元有制伏則妙。本身弱,雖行制伏之運,乃可發福。若行官旺之鄉,乃造化太過,其禍害破財,不可勝言,運數亦然。辛巳,庚子,丙子,癸巳,此八字官旺行丙申運,丙臨申為殺重之位,甲子年十月,不祿。
「柱中官星太だ旺なれば、天元贏弱の名」——大抵人生財・官・禄を以て貴と為し、中和の気を取りて始めて福厚し、一党に偏すれば便ち福薄し。若し官星太だ旺にして日主此の天元衰弱なれば、又官旺の郷に行きて、反って禍と成る。譬如甲・乙木日主、庚・辛・申・酉及び巳・丑の中の蔵する所の金を以て官貴と為す。四柱の中官星既に衆多なれば、原局若し食傷の制伏有れば妙なり。本身弱しといえども、只だ走る所是れ制伏の運ならば、もまた還だ福を発す可し。若し官旺の郷に行き到れば、便ち造化太だ過ぎる、禍害と破財之れを説き尽くさず、運数を推す時も又如是なり。辛巳・庚子・丙子・癸巳此の八字は、官殺太だ旺なり、丙申運に行き到り、丙火申地に臨むは正しく是れ殺重の位なり、官旺再び殺地に逢い、日主更に倚る所無し、甲子年十月便ち身亡せり。此れ正しく説明す、命を看るは官星の多寡に在らず、身と官と能く相称するや否やに在り。
日干旺甚無依,若不為僧即道。此論時旺,主本得地,乃為時旺之鄉也。其人沉痾不染,耆年齒牢髮黑,強其體骨,天年過數,此格多出俗避位,出塵尚志,慕道修禪,乃日干甚旺。且如庚日生人,月時在申,或運又西方,此庚以火為官星,火至西方而死,庚以木為財,木至西方而絕,既是財官祿馬俱無,則欲步於前程,何以設施,故無依,蓋全身遠害之命也。假如乙卯,丙子,丙午,癸巳,此祁真人命,日干旺於東方南方運矣。
「日干旺甚しく依る無し、若し僧と為らざれば即ち道」——此れは時上の旺気を論ず。日主根本地を得、正しく時旺の郷に処る。此の様の人沈疴に染まず、年高くして歯牙堅牢・鬚髪仍ほ黒く、体骨強健にして、天年往々にして常数を超過す。此の一格多く脱俗避位・超塵尚志・慕道修禅の人に出づ、正しく日干太だ旺にして依拠する所無きを以てなり。譬如庚金日主、月と時皆申に在り、行運また西方を走る。庚星火を以て官星と為す、而も火西方に到れば便ち死す。庚金木を以て財と為す、而も木西方に到れば便ち絶す。財・官・禄・馬一様も有ること無し、縱え前程の上に於て進取有らんと欲するも、また何を将てか施展出さん。故に「無依」と説く、此れ実に己身を保全し禍害を遠避するの命なり。譬如乙卯・丙子・丙午・癸巳は、是れ祁真人の命なり、日干東方と南方の運の裏に於て極処に旺んじたり。
印綬生月,歲時忌見財星,運入財鄉,卻宜退身避位。此論月生日干,乃印綬之名。印綬乃喜官星,畏財氣,若天干財鄉,乃為壞印也,印綬者,乃我氣源,須要根固。若行財運者,宜退身避位,不然必遭降謫徒配也。假如庚戌,甲申,癸丑,丁巳,此命月中正氣,庚金印綬,主本雜氣,不合巳中丙火,為癸之財,其水見財。貪財壞印。一生蹭蹬,故曰:印綬在刑剋之地,身亂身亡之故也。後大運行己丑,流年丙寅四月破家,何故?元有傷印之殺,歲運又行傷運氣,庚入墓也。丙寅,丙申,癸丑,乙卯,此八字癸水日干,以申中庚金為印綬,丙火為財克庚金,印綬被傷,亥運即得咯血之疾而卒。蓋乙木為壽星,乙死於亥,金主肺,得血疾無疑。
「印綬生月、歳時財星を見るを忌む。運財郷に入れば、却って宜しく身を退き位を避くべし」——此れは月令の日干を生ずるを論ず、亦た即是ち印綬なり。印綬は官星を喜びて財気を畏る、若し天干財郷に走り到れば、便ち是れ印を壊る。印綬は是れ我が気の源頭にして、必ず根基牢固を須う。若し財運に行き到れば、便ち当に身を退き位を避くべし、否ずんば必ず貶謫流配に遭わん。譬如庚戌・甲申・癸丑・丁巳此の一造は、月令是れ申中の正気庚金印綬と作し、日主本身また雑気を帯び、偏偏たる時上丁巳、巳中の丙火正しく是れ癸水の財なり、水一たび財を見れば便ち財を貪りて印を壊る、故に一生蹭蹬せり。因りて説く、印綬刑克の地に落つるは、是れ身乱れ身亡するの縁故なり。後に大運己丑に行き、流年丙寅四月家を破れり。此れ是れ何の為ぞや。原局本より印を傷るの殺有り、歳運また印を傷るの気に行き到り、庚金墓に入るを以てなり。又如丙寅・丙申・癸丑・乙卯此の八字は、癸水日干申中の庚金を以て印綬と為し、両個の丙火財と為して庚金を克す、印綬傷を被る。亥運に到れば便ち咯血の疾を得て卒せり。乙木是れ他の寿星にして、而も乙木亥に於て死す、金また肺を主り、肺気火に傷せらる、血疾を得るは是れ疑い無きを以てなり。此の両造皆是れ財の来りて印を壊るの様子なり。一個は家を破り、一個は命を喪い、軽重異なるといえども、病根は却って一轍に同じ。
劫財羊刃,切忌時逢。歲運並臨,災殃立至。劫刃乃是日上天元,分爭財祿,比肩是也。陽刃者,日干祿前一位是也,且如祿馬,甲祿在寅,甲用己土為財,見卯為刃,刃來相侵奪己士矣。假如戊午日並月相同者,二三午戊字者,共相侵奪癸水為財,故曰劫財。以戊祿在巳前一辰,見午,午有己土克癸水,此謂之劫財羊刃。故主破財散業,離家失土,施恩反怨,心性卒暴,進退孤疑,偏生庶妻為正,帶疾破相,性勇貪婪,志大心高,傷害不足。若大運流年逢之,因財爭競,不然疾病連妻子矣。
「劫財羊刃、切に時に逢うを忌む。歳運并び臨めば、災殃立ち至る」——劫と刃は皆是れ日干と同類にして来りて財禄を分争するなり、亦た即是ち比肩の一類なり。陽刃は是れ日干禄前の那の一位なり。且つ如く禄馬、甲の禄は寅に在り、甲は己土を以て財と為し、卯を見れば便ち刃なり、刃一たび来れば便ち己土の財を侵奪す。譬如戊午日にして月柱相同じく、或いは両三個の午と戊字有るは、便ち共に来りて癸水此の一点の財を侵奪す、故に劫財と叫ぶ。戊の禄は巳に在り、往前一辰便ち午なり、午中に己土有りて能く癸水を克す、此れ便ち劫財羊刃と叫ぶなり。故に財を破り業を散じ・家を離れ土を失い・恩を施して反って怨恨を招き・心性急躁・進退遅疑・往々にして庶妻を以て正室に扶し・また疾病破相を帯び・性情勇悍にして貪婪・志大きく心高くして每每不足に傷るを主す。若し大運流年再び之に逢上せば、便ち財に因りて争競を起し、不然れば則ち疾病妻子児女に連累す。謂う所の「歳運并臨」は、正しく是れ流年と大運同時に劫刃の地に踏み到り、両重の劫奪一斉に圧し来る、故に災殃立ち至ると説くなり。
假如癸未,乙卯,甲子,已巳,此岳飛命,此為劫財羊刃,行運辛亥流年,辛酉三十九歲,合起辛亥,災禍起坐囹圄亡身。戊寅,乙卯,甲戌,甲子,此八字有祖業,有子息,無兄弟,父母早喪。自今正發,行己未運,甲子年,因宮事破財不祿。戊寅,已卯,甲子,甲子,此八字有些祖業,有庶生兄,無子息,父母亦早喪,丁巳運癸卯年,被兄打成疾死,何也?蓋春木無金,歲運又見卯也。
譬如癸未・乙卯・甲子・己巳、此れは岳飛の命なり、正しく劫財羊刃に属す。行運辛亥に到り、流年辛酉其の年三十九歳、辛亥と合起して、災禍随いて来り、身陷まりて囹圄にて亡せり。又如戊寅・乙卯・甲戌・甲子此の八字は、祖業有り子息有り、然れども兄弟無く、父母早く喪せり。本来正しく発達に当たるも、己未運に行き、甲子年公事に因りて財を破りて身亡せり。再如戊寅・己卯・甲子・甲子此の八字は、些かの祖業有り、庶出の兄有り、然れども子息無く、父母もまた早く喪せり。丁巳運癸卯年、兄長に打ち傷せられて疾と成りて死せり。此れ是れ何の縁故ぞや。春天の木金の来りて裁制する無く、比劫すでに重く、歳運また再び卯を見るの縁故を以てなり。
日干背祿,歲時喜見財星。運至比肩,號日背祿逐馬。祿之向也為順,背也為逆,且如甲得寅為祿,若遇己丙為背祿。經云:背祿主無疑之論。主初明後晦,喜財星,戊己土助其身,火至亥無氣,比肩見甲分財,經云:馬者,在乎財位,乃甲見寅為生旺處;甲用土為財,用金為官,土至寅病,金至寅絕,乃祿馬不扶身。賦云:馬劣財微,宜退身避位。豈不謂之守窮途而悽惶也。
「日干禄に背く、歳時財星を見るを喜ぶ。運比肩に至れば、号して背禄逐馬と曰う」——禄位に朝い向かうて走るは是れ順、禄位に背きて走るは是れ逆。且つ如く甲寅を以て禄と為す、若し己と丙に遇上せば、便ち是れ背禄なり。経の上に説く「背禄は疑い無きの論を主す」は、此の種の命起初明朗にして後来晦暗を説くなり。それは財星を喜び、戊己土の来りて其の身を助くるを喜ぶ。火亥に行き到れば便ち気無し、比肩再び甲を見ればまた来りて彼の財を分たんと欲す。経の上また還だ説く「馬は、財位に在り」と。甲寅を見る本是れ生旺の処なり、可なり甲土を以て財と為し金を以て官と為す、土寅に到れば是れ病地、金寅に到れば是れ絶地、故に禄と馬都て身を扶し起す能わず。賦の裏に説く「馬劣り財微なれば、宜しく身を退き位を避くべし」、豈に正しく是れ彼の窮途に困守して凄惶として依る無きを説くにあらずや。
五行正貴,忌刑沖剋破之官。此論正氣官星者。提綱之要,要年時上有財氣,乃貴人也。忌刑沖剋破之神填之。四柱干支,喜三合六合之地。凡支干有三合六合者,乃天地陰陽萬物,皆有感應相合。倘得剛柔相制,兩兩相對所以有眷屬,妻妾,貴乎大人之重,幾乎上人之象。合財為官祿之相從,舍刑為刑殺之相壓也。
「五行正貴、刑冲克破の官を忌む」——此れは正気官星を論ず。月令提綱最も要緊にして、還だ須らく年上時上に財気有りて之を生ずるを要し、那れ始めて其の貴人と成るを成す。最も刑・冲・克・破の神の来りて其の中を填塞するを忌む。「四柱干支、三合六合の地を喜ぶ」——凡そ干支の間三合六合有るは、是れ天地陰陽万物皆感応有りて相合するの理なり。倘若能く剛柔互相に制約し・両両相い対せば、故に始めて眷属妻妾の象有り、大人の器重を得るを貴ぶ、居りて人上に近乎くの気象なり。財を合するは、是れ官と禄互相に依従す。刑を舎去するは、是れ刑と殺本より彼此相い圧制するの縁故を以てなり。
日干無氣,時逢羊刃不為凶。且如甲申日,卯時為刃,此是申中庚金,能克卯中乙木為財為馬為妻,須逢刃不為凶矣。甲午,丁卯,戊子,戊午,此八字戊土春生則弱也,喜午時為刃,以幫其身。原有福業,行南方印運,增創大業。但官殺混雜,考降稟後,納粟去作國子生終。
「日干気無し、時羊刃に逢うも凶と為らず」——且つ如く甲申日にして時卯に在る、卯本より是れ甲木の羊刃なり。然るに申中の庚金能く卯中の乙木を克し住む、乙木既に是れ甲の財・もまた馬・もまた妻なり、如今庚金に制せられ住む、故に刃に逢い反って凶と為らず。譬如甲午・丁卯・戊子・戊午此の八字は、戊土春天に生まれ本来衰弱なり、時上午の羊刃と為して来りて其の身を幇扶するを喜ぶ。此の人原より祖上の福業有り、南方印運に行く時増えて大業を創れり。只是れ命中官殺混雑にして、歳考廩膳を降せられ、後に粟米を捐納して国子監生と做して終れり。
官殺兩停,喜者存之,僧者棄之。甲用辛酉為官星,又見申庚,何以訣?又見三合之混同,甲乙用庚辛為官貴,而有巳有丑,是官殺混雜,雖行制伏之運,或去殺用官,或去官用殺,方發福。若混雜之命,歲更在旺鄉混官殺,其禍不可具述矣。
「官殺両停、喜ぶ者は之を存し、憎む者は之を棄つ」——甲木辛・酉を以て官星と為す、若しまた申と庚を見れば、該当に如何に裁断せん。何う況んやまた三合有りて其の間を混同するを。甲・乙の木庚辛を以て官貴と為す、柱中却ってまた巳有り丑有りて金局を会成す、此れ便ち是れ官殺混雑なり。縱え制伏の運に行くとも、も須らく或いは殺を去りて官を用い、或いは官を去りて殺を用い、方に能く福を発すべし。若し本より便是れ混雑の命なれば、歳運更に旺郷に於て官と殺と一斉に攪混せば、那の禍患便ち叙説し尽くす能わず。
地支天干合多,變雲貪合忘官。且如甲用辛為官,而有丙,見庚為殺而有乙。乙用庚為官,而辛為殺,又有丙及支干多合,此陽官陰殺,乃是造化之必然也。若四柱有合,是為貪合忘官。經云:合星官不為貴,合七殺不為凶,五行有救助之謂也。
「地支天干合多ければ、変じて云う貪合忘官」——且つ如く甲木辛を以て官と為して柱中丙有りて来りて辛を合し、庚を以て殺と為して柱中乙有りて来りて庚を合す。乙木庚を以て官と為し辛を以て殺と為し、柱中また丙有り、加うるに干支の間多く相合する有り。陽干の見る所は是れ官、陰干の見る所は是れ殺、此れ本より是れ造化の必然なり。若し四柱の中処処に合有れば、便ち貪合忘官と叫ぶ。経の上に説く「官星を合するは貴と為らず、七殺を合するは凶と為らず」は、講ずる所正しく是れ五行の間彼此救助有るの道理なり。
四柱殺旺運純,身旺為官清貴。此七殺即偏官也,喜制伏,四柱內以殺為官。且如甲忌庚為殺,而甲生於寅地,乃身旺,其甲暗包丙長生,則不畏金為殺,以殺化為官星,則甲庚各自有特旺之勢,而行純旺運,乃為極品之貴。
「四柱殺旺運純、身旺にして官と為れば清貴」——此の処の七殺は即是ち偏官にして、制伏有るを喜ぶ、四柱の内便ち殺を以て官に当たりて用う。且つ如く甲木庚を忌みて殺と為す、可なり甲は寅地に生まれ、本身すでに旺なり、寅中又暗く丙火の長生を蔵す、丙火能く庚金を制す、故に金の来りて殺と作るを怕れず、殺反って化成して官星と為る。此の様に甲と庚各自皆特別旺盛の勢有り、更に一路純粋の旺運に行けば、便ち極品の貴を成す。
凡見天元太弱,內有弱處復生。此論日主自坐官殺,乃為人元弱處復生,乃是胎生元命。且如甲胎在申,申中有庚金為偏官,壬水為印綬,受氣相感,氣生胎元。得壬水長生,酉上沐浴,戌上冠帶,亥上臨官,如人之算日必生木矣,此格只要官星旺運,方可發福,不要沖破刑剋。
「凡そ天元太だ弱きを見れば、内に弱き処復た生ずる有り」——此れは日主自ら官殺の上に坐するを論ず、正しく是れ人元衰弱の処に於てまた復た生ずるを得、亦た即是ち胎生元命なり。且つ如く甲木申に於て胎を受く、申中に庚金有りて偏官と為し壬水有りて印綬と為し、気を受けて彼此感応し、気便ち胎元の上に生ず。壬水申に於て長生を得、酉に到れば是れ沐浴、戌に到れば是れ冠帯、亥に到れば是れ臨官。就く一個人の産期を推算するが如く、其の時に到れば必然として木を生出さん。此の一格只だ官星旺運に行きて、始めて福を発す可し、切に冲破刑克に遇上るを要せず。
柱中七殺全彰,身旺極貧無救。傷官乃祿之七殺。敗財乃馬之七煞,偏官乃身之七煞,四柱有之,身旺建祿,不為富矣。無殺女人之命,一貴可作良人。大抵看男命,與女命不同,女命不取官星,不取財星,不取貴人,不取三合六合,不要敗馬生旺暴敗,不要干支剛強羊刃,不要比肩,乃見如此,何以知其貴賤乎?答曰:陰人者,全靠夫主,夫富貴妻變富貴,夫貧賤妻亦貧賤,乃天地陰陽之理也。凡女人之命,大喜要安靜清貴,旺夫旺子為妙。若絕氣並刑沖破害不美,若女命貴一併夾貴者,必為貴人妻矣。
「柱中七殺全彰、身旺なるも極貧救う無し」——傷官是れ禄の七殺、敗財是れ馬の七殺、偏官是れ身の七殺。四柱の中此の幾様皆在有れば、便し身旺にして月令建禄なるも、富ぶ能わず。「殺無き女人の命、一貴以て良人と作る可し」——是れ女命只だ七殺の混雑無く、一位の純正の貴気有れば、便ち良人に嫁ぐを得と説くなり。大抵男命を看ると女命を看ると同じからず。女命は官星を取らず、財星を取らず、貴人を取らず、三合六合を取らず、敗馬と生旺暴敗を要せず、干支剛強の羊刃を要せず、もまた比肩を要せず。既に此れら皆取らざれば、また何を憑りてか彼女の貴賤を知らん。回答えて曰く、女子は全く丈夫を靠る、夫富貴なれば則ち妻随いて富貴、夫貧賤なれば則ち妻もまた貧賤、此れ是れ天地陰陽の道理なり。凡そ女人の命、最も安静清貴を喜び、能く夫を旺し子を旺するを好しとす。若し絶気及び刑・冲・破・害に逢えば便ち美ならず。若し女命中正貴と夾貴並び見れば、必定是れ貴人の妻子なり。
貴眾合多,定是尼師娼婢。貴者,官殺也。官者正夫,殺者偏夫。合者地支暗合,三合六合,心多不足,雖生美質,性樂私情,非良婦也。偏官時遇制伏太過乃是貧儒。偏官命主人性聰明,剛強傲物。若四柱中制伏多,乃盡法無民也。中和之氣為福厚,偏黨為福薄。假如丙午,甲午,癸亥,乙卯,此乃是錢雁秀才之命,月上偏官,所以傷殘,目盲足跛,卻有文章秀氣,終身貧窮矣。
「貴衆く合多ければ、定めて是れ尼師娼婢」——謂う所の貴は、官と殺を指す。正官是れ正夫、七殺是れ偏夫。謂う所の合は、地支暗合及び三合六合を指す。此の様の女命は心里多く足るを知らず、生まれつき美好の資質有りといえども、却って性私情を喜ぶ、是れ良家の婦人にあらず。「偏官時に制伏太だ過ぐるに遇うは、乃是れ貧儒」——偏官格の人は性情聡明にして、剛強にして物に傲る。若し四柱の中制伏太多ければ、便ち「尽法無民」と成り、反って用無し。中和の気始めて福厚く、一党に偏すれば便ち福薄し。譬如丙午・甲午・癸亥・乙卯、此れは銭雁秀才の命なり、月上偏官にして制伏太だ過ぐ、故に身傷残有り、眼盲しく脚跛なり。月上偏官原本聡明剛強を主すも、制せらるること太だ尽き、威権尽失して、只剩下だ一点の文章秀気のみ、終身貧窮のみなり。
四柱傷官,運入官鄉必破。此論傷官,四柱有官星,運入官鄉破者輕,須要明輕重。假如癸未,癸亥,辛未,癸巳,此五都丞命,辛以丙為官,巳中有丙,月中有壬水,則破其官星也。五行絕處,即是胎元,生日逢之,名曰受氣。李侍郎命,即胎元逢生,名曰受氣。詩曰“五行絕處是胎元,生日逢之富貴全。更若支元來佑助,定榮衣冠早乘軒”,度理可以知幽微之妙,度性可以知生死之理。甲辰,壬申,丙子,己丑,丙子日乃胞胎日,支會水局,喜甲木生之,己土制之,一交甲戌運,甲子科中試。是以陰陽罕測,不可一理而推,務要稟得中和之氣,神分貴賤,略敷古聖之遺蹤,約以今賢之博覽,若此法參詳,論命無差無忒。
「四柱傷官、運官郷に入れば必ず破る」——此れは傷官を論ず。四柱の中原本官星有るは、運官郷に入りて破る所還だ軽しと算す、総じて須らく其の軽重を辨明すべし。譬如癸未・癸亥・辛未・癸巳は、是れ五都丞の命なり。辛金丙火を以て官と為し、巳中正しく丙火を蔵す。可なり月支亥裏に壬水有り、水来りて火を克し、便ち彼の官星を破掉せり。「五行絶する処、即是ち胎元。生日之に逢う、名づけて受気と曰う」——李侍郎の命は、正しく是れ胎元生に逢う、受気と叫ぶ。詩の裏に説く、「五行絶する処是れ胎元、生日之に逢えば富貴全し。更に若し支元来りて佑助せば、定めて衣冠を栄えて早く軒に乗らん」と。物理を推度すれば幽微の妙処を知る可く、性情を推度すれば生死の道理を知る可し。甲辰・壬申・丙子・己丑此の一造は、丙子日正しく是れ胞胎の日なり、地支水局を会成し、甲木の来りて丙火を生じ己土の来りて水を制するを喜ぶ。一たび甲戌運に交われば、甲子科便ち試に中れり。故に説く、陰陽の理罕ねば測度する能わず、一個の道理を拿して一概に推し去る可からず。務めて中和の気を禀得することを要して、始めて諸神の貴賤を分辨するを好しとす。此の処略々古聖の遺法を陳述し、再び今賢の博覧を以て参ず。若し能く此の法子に照らし参詳せば、命を論ずるに差错有ること無からん。
継善篇
人稟天地,命屬陰陽,生居覆載之間,盡在五行之內。欲知貴賤,先觀月令及提綱。歌釋:提綱即是月令,先觀氣候淺深吉凶。官印與財神,忌劫沖刑,衰運逢吉,則為吉斷,遇凶則為凶評,生於節氣,屬何神,貴賤貧富由命定。
人天地の気を禀受して生まれ、命分かれて陰陽に属し、天覆地載の間に活き、一切皆是れ五行の外に出ず。一個人の貴賤を知らんと要せば、先ず月令と提綱を看る。歌釈に説く、提綱は即是ち月令なり、先ず節気の浅深と吉凶を看る。官星・印綬と財神は、皆「劫財」及び冲と刑を忌む。衰運の中若し吉神に逢えば、便ち吉と断じ、若し凶神に遇えば、便ち凶と評す。哪れの節気に生まれ・哪れの一位の神に属するや、貴賤貧富便ち此に由りて定下す。
次斷吉凶,專用日干主本。三元要成格局,四柱喜見財官。用神不可損傷,日主最宜健旺。歌釋:專以日干為主,次看印綬財官。甲子生於酉月,其中官祿端詳。寅午戌嫌丙丁,又嗔比劫,傷官破印,反為下賤,無劫財運馨香。辰戌丑未,祖遺糧,戊己名登金榜。又韻:欲問三元何取,天時地利人和。例如甲子日生,吾憑此依例無訛,甲天干地癸人窠,印綬財官真可賀。若還有此又無傷,身惹天香臺閣坐。取用正官為例,嫌以劫破傷官。一位正財為美,財多生殺為殃。比肩運行失旺,值斯男效才良,身衰財運禍難當,家健家肥福又旺。
其の次吉凶を断ず、専ら日干を以て一身の本と為す。天・地・人三元要して格局を合成し、四柱の中財と官を見るを喜ぶ。用神損傷せらる可からず、日主最も健旺を宜しとす。歌釈に説く、専ら日干を以て主と為し、其の次印綬と財官を看る。甲子日酉月に生まれのは、其の中の官と禄仔細に端詳するを要す。地支寅午戌火局を会成するは、丙丁の再び透るを嫌い、また比肩劫財を悩む。若し傷官印を破れば、反って下賤を成し、惟だ劫財の運を走らざる乃ち安穏芬芳なり。地支辰戌丑未を帯ぶるは、祖上遺留の産業有り、戊己土日主更に名金榜に登る可し。又一叚の韻語に説く、三元如何に取るかを問わんと要せば。取る所は是れ天時・地利・人和なり。例如甲子日生まれ、我此の例を憑りて推し去れば錯り有ること無し。甲是れ天干、子中の癸水是れ地元、蔵する所の神便ち是れ人元の窠臼なり、印綬と財官俱全、真に慶賀に値す。若し既に此れら有りて又損傷を受けざれば、此の身便ち天香に沾りて台閣に坐す可し。取用正財を以て例と為す、便ち劫財と傷官の来りて之を破るを嫌う。一位の正財有る最も美し、財多くして七殺を生起すれば便ち災殃を成す。比肩の運を走れば則ち其の旺気を失う、此の種の情形に遇上れば、男子還だ能く効力して才を見る。身衰にして財運に行けば、禍事当たり難し、身健なれば則ち家肥え屋潤いて福気また旺し。
年傷日干,名為主本不和。歌釋:年逢七煞剋日,祖宗無力過房。若還日月及時中,歸祿逢財夭喪。殺旺運逢為禍,印生多福為祥。比肩旺運莫疑猜,只是單衾紙帳。歲月時中,大怕煞官混雜。歌釋:大凡財官印食,俱憑生月用之。見財作財而斷,逢官以官而議。逢印作印而論,淺深氣便思之。死絕敗衰較量,生年月運,貴多基多,出宗而求貴。
年柱日干を傷れば、根本と主体和せずと叫ぶ。歌釈に説く、年上七殺の来りて日主を克するに逢うは、祖宗力無く庇蔭せず、多く他房に過継するを主す。若し日・月及び時柱の中に於て、本すでに帰禄して而又財の来りて奪うに逢えば、夭亡喪敗を主す。殺旺の運遇上れば便ち禍、印星身を生じて福多ければ便ち祥。比肩旺運を走るは猜疑を須いず、不过是れ孤衾紙帳・清冷にして日を度るのみ。「歳月時の中、大いに煞官混雑を怕る」——歌釈に説く、大凡財・官・印・食は、皆出生の月を憑りて取用す。財を見れば便ち財に按じて断じ、官に逢えば便ち官に就きて議し、印に逢えば便ち印に依りて論ず、其の気の浅深便ち此に由りて思量す。再び死・絶・敗・衰を拿りて軽重を較量し、生年と月運を参看す。貴気多く根基厚きは、往々にして本宗を離れて始めて貴顕を求め得るなり。
取用憑於生月,當推究於淺深。發覺在於曰時,要消詳於強弱。官星正氣,忌見刑沖。歌釋:官星正印莫混,財多傷食莫逢。且如乙卯見庚辰時月,戌逢沖損,甲生巳酉丑月,午未火局休逢,若還官旺見沖,干有印見之吉用。
用神を取るは出生の月を憑る、当に其の気の浅深を推究すべし。顕発し出ずるは則ち日と時の上に在り、要して仔細に日主の強弱を分辨す。官星是れ一柱の正気にして、最も刑と冲を見るを忌む。歌釈に説く、官星と正印相い混ずるを要せず、財多きは更に傷官食神に逢うを要せず。且つ如く乙卯日にして月・時庚辰を見れば、若し戌来りて相冲せば便ち損傷有り。甲木巳・酉・丑金月に生まれのは、午・未火局便ち再び逢うを要せず、火来りて金を克せば便ち官星を傷る。倘若官星本旺にして又冲を見れば、只だ天干印星の見る可き有れば、便ち冲を化して吉と為して堪えて用う可し。
時上偏財,怕逢兄弟,生氣印綬,利官運畏入財鄉。歌釋:年月時來生日,號為印綬資身。運行官印起珍珠,財旺運逢破印。印旺無制孤蹇,相停官印超群。旺財破印命歸云,官運擬為貴命。七煞偏官喜制伏,不宜太過。歌釋:無制為七煞,七煞有制是偏官。有制有煞則為良,一制一伏為上。制過貧寒愚蠢,喜行七煞之鄉。身旺無制旺身強,卻要運行煞向。傷官復行官運,不測災來,羊刃沖合歲君,勃然禍至。歌釋:細論傷官喜忌,忌之不併官來。歲君月建日辰猜忌者,最為刑害。應如仇人相見,怒生廝殺難回。
時上の偏財は、兄弟比肩の来りて分奪するに逢うを怕る。生気の在る所と作る印綬は、官運を走るに利ありて財郷に進入するを畏る。歌釈に説く、年・月・時来りて日主を生ずるは、之れを印綬資身と叫ぶ。行運官印の地に走り到れば、便ち珍珠を生出するが如く貴し。財旺の運一たび到れば、便要して印を破らん。印太だ旺にして制無きは、反って孤苦蹇滞を主す。官と印力量相い停み均衡するは、始めて群倫を超出す。財旺印を破れば、命便ち雲散ずるが如し。官運に行くは、方に貴命と擬す可し。七殺と偏官は制伏有るを喜ぶ、但し制する太だ過ぐれば便ち宜しからず。歌釈に説く、制伏無きは之れを七殺と叫ぶ、七殺制伏有れば便ち偏官と叫ぶ。制有りまた殺有る乃ち良好と算し、一制一伏最も上乘を為す。制すること太だ過ぐるは、反って貧寒愚蠢を主す、此の時倒って七殺の郷に行きて补足するを喜ぶ。身旺にして殺制無く日主また更に強きは、も須らく殺の方向に運行するを要す。「傷官復た官運に行けば、不測の災い来る。羊刃歳君に冲合すれば、勃然として禍至る」——歌釈に説く、細かに傷官の喜と忌を論ず、忌む所は是れ官星を一並びに来らしむるを要せざるなり。太歳・月建・日辰此れらの地方最も忌諱するは、正しく是れ刑と害なり。一旦遇上れば、便ち仇人相い見るが如く、怒気一たび生ぜば、厮殺便ち挽回し難し。
如逢此者,必生災禍,宜精研喜忌。歌釋:甲子日時丁卯,算來羊刃之功。歲運辛酉若相逢,丁破辛卯無用。丙日生時甲子,年逢戊已相同。甲能破戊戊子沖,制之返為吉用。富而且貴,定因財旺生官。歌釋:洪遣富而且貴,定因財旺生官。身強財積福如山,不露財官貴算。財旺無官亦妙,財神疊露浮蕩。若還主弱不能生,定是富家貧漢。
若し此れらに遇上れば、必ず災禍を生ず、当に精研して喜と忌をすべし。歌釈に説く、甲子日にして時上丁卯、算し来れば正しく是れ羊刃の功なり——卯是れ甲の刃、丁火能く官殺を制す。歳運若し辛酉に逢えば、丁火以て辛金を破る可し、只是れ卯酉に冲せられて用を失えり。丙火日主甲子時に生まれ、年上戊或いは己に逢うもまた同一の道理なり。甲木能く戊土を破る、而も戊と子相冲し、之を制し住む、反って吉用を成す。「富み且つ貴し、定めて財旺にして官を生ずるに因る」——歌釈に説く、大凡富みて又貴きは、一定是れ財旺にして能く官を生ずるに因る。身強にして財山の如く積めば、福気もまた山の如し。財と官明露して外に在らざる、乃ち真の貴算なり。財旺にして官無きもまた妙なり、只是れ財神畳畳顕露すれば便ち浮蕩にして実あらず。若し日主衰弱にして財を担ぎ起さず・官を生ずる能わざれば、那れ定めて是れ富家裏の窮漢なり。
非夭則貧,必是身衰遇鬼。歌釋:甲生庚金秋旺,身衰制也難當。時逢寅卯夭須防,豈知木絕金旺,無疾禍重孤苦,早發須是夭亡。刃食須印禍推詳,貴顯民豪達士。六壬生臨午位,號日祿馬同鄉。歌釋:壬日生臨午位,午時丁己財官。更逢寅午戌來詳,最喜刑沖官煞旺。又怕財官顯露,魁傷歲運為殃。正官為祿馬財鄉,午月時運一樣。
夭亡ならざれば便ち貧困のは、必定是れ日主衰弱にして「鬼」に遇上る、亦た即是ち身を克するの官殺なり。歌釈に説く、甲木秋天に生まれて庚金正しく旺なり、身既に衰弱、縱え制伏有るも担当し起す能わず。時上再び寅・卯に逢う、看れば根有るに似たれど、其の実要して夭折を防ぐべし。豈に知らず秋天木絶して金旺、縱え疾病無くとも禍重く孤苦し、早年発達は反って是れ夭亡の兆なり。羊刃有り食神有るは、還だ須らく印星を看て禍福を推詳すべし、宜しきを得るは便ち是れ貴顕豪達の士なり。「六壬生まれて午位に臨む、号して禄馬同郷と曰う」——歌釈に説く、壬水日主生まれて午位に臨む、午時の中丁火財と為し己土官と為す。若し再び寅・午・戌に逢い火局を会成せば、便要して細細に推詳すべし。最も刑冲の官殺の気を引き旺するを喜ぶ。又財と官の顕露して外に在るを怕れ、魁罡傷を受けて歳運の上に於て殃と成る。正官の在る所正しく是れ禄馬財郷なり、午月に生ずると午時の運に行くとは、道理是れ一様なり。
癸日坐向巳官,乃是財官雙美。歌釋:癸日生居巳位,財官福祿何如。巳藏丙戊最為奇,丙是財神官是巳。月時運同倒沖刑,貧賤多疑。歲運官煞露分明,減福艱辛而已。財多身弱,正是富屋貧人。歌釋:財神二三疊見,身衰福淺難承。算來先富積珍珠,後破家囊似聲。日主若逢印助,始見富貴稍臨。正財乘旺倚妻榮,壬事迷花不定。
癸水日主巳此の官宮に坐向するは、正しく是れ「財官双美」なり。歌釈に説く、癸日巳位に生まれ、財と官の帯来する福禄如何。巳中に丙火と戊土を蔵す、最も奇特なり。丙火是れ癸水の財神、戊土便ち其の官なり(底本は「官是巳」と作る、語稍や訛脱有り)。若し月・時と運と一同に来りて倒冲相刑せば、反って貧賤にして多疑を主す。歳運の上官と殺と明明白白露し出すも、也不过だ福気を減じ・多く艱辛を添うるのみなり。「財多く身弱、正しく是れ富屋貧人」——歌釈に説く、財神両三重畳出現し、身既に衰弱、福薄くして承受し起す能わず。算し来れば先ず是れ富有にして珍珠を積み得、後来家囊破り尽き、只剩下個虚名のみ。日主若し能く印に逢い相助を得ば、始めて略しく富貴身に臨むを見る。正財旺に乗ずるは妻家に倚仗して栄ゆる可し、只是れ其の中に耽溺し、事多く花に迷いて定まらず。
以煞化權,定作寒門之貴客。歌釋:癸日提逢癸丑,天干二氣相連。雖然逢煞本身堅,子丑俁之殺淺。未與年支干煞,相停身煞也憎。如斯富貴兩雙全,顯祖名揚福祿堅。又韻:逢煞切宜看印,印綬化煞為權。殺多宜食制為先,後富必當先蹇。甲日見庚申煞,喜逢木旺東行。丙丁寅午火燥,庚制過,反為下賤。
能く七殺を化して権柄と為すは、定めて是れ寒門裏出づの貴客なり。歌釈に説く、癸水日主にして月提癸丑に逢う、天干両気相い連なり、七殺に遇上るといえども、本身却って堅実なり。子と丑相い並べば、殺気便ち浅し。未と年支の干殺彼此相い停み、身と殺勢均力敵にして、も仍ほ相い憎む。此の様の命は富と貴両様双全にして、能く祖宗を光顕し・名を外に揚げて福禄堅牢なり。又一叚の韻語に説く、七殺に逢う切に先ず印を看るを要す、印綬能く殺を化して権と為す。殺多きは宜しく食神を以て制伏を先と為すべし、日後の富貴必定として先ず一叚の蹇滞を経るを要す。甲木日主庚申を見て殺と為すは、木旺に逢いて東行するを喜ぶ。若し丙・丁と寅・午と火を過度に燥烈せしめば、庚克制せらるること太だ過ぎ、反って下賤を成す。
登科甲第,官星臨無破之宮。歌釋:丙日生官丑月,財官歸祿名馳。庫中之物喜沖奇,柱外刑沖運喜。其造逢沖則貴,登科位至同知。若還柱內有沖刑,運再逢之不吉。納粟奏名,財庫居生旺之地。歌釋:丁巳日提己丑,時逢辛丑財全。年干乙卯助身堅,巳火出來鍛鍊。豈料財多歸庫,土金二曜結緣。分明納粟去朝天,學士名登金榜。
能く科甲に登るは、是れ官星破損無きの宮位に臨むなり。歌釈に説く、丙火日主にして官星丑月に生ずるは、財と官禄位に帰し、名声遠く馳す。庫中の蔵する所の物は、冲開せられて始めて奇特と算するを喜ぶ、只だ冲刑柱外の大運より来るは便ち喜ぶ可し。此の種の造化は冲に逢えば便ち貴し、能く科に登りて官同知に至る。若し原局柱内本すでに冲有り刑有れば、運上再び逢うは、便ち吉ならず。「粟を納め名を奏す、財庫生旺の地に居る」——歌釈に説く、丁巳日にして月提己丑、時上また辛丑に逢う、財星斉全なり。年干乙卯来りて身を助け之を堅実ならしめ、巳中の火透し出でて金を煅錬す。哪れに料到せん、財多くして尽く庫中に帰入せり、土と金両曜結びて因縁を成せり。分明是れ粟米を捐納して天子に朝見し、学士の名を以て金榜に登りたるなり。
又韻:庚日生居未月,未中乙木為財。財星歸庫要沖開,無躍鴻門光彩。申日戊辰土重,逢沖富貴美哉。因財而得富貴,貫朽粟陳豪邁。官星太旺,經臨旺處必傾。歌釋:柱中官星太旺,身強反福為奇。主旺無沖方論,運行財地家肥。身衰若行財地,化鬼反必傾危。若然印綬喜財依,父死早歲無久遺。
又一叚の韻語に説く、庚金日主未月に生まれ、未中の乙木便ち其の財なり。財星既に庫中に帰入せば、便要して冲開せられて乃ち用い着く可し、否ずんば鴻門を躍過するが如き光彩無し。申日にして戊辰土重きは、冲に逢えば則ち富貴美好なり。此れら皆是れ財に因りて富貴を得る、銭串朽爛し・陳粟倉に満つ、気象豪邁なり。「官星太だ旺、経て旺処に臨めば必ず傾く」——歌釈に説く、柱中官星太だ旺なり、若し日主身強なれば、反って之を以て福と為す、最も奇特なり。要して日主旺にして官星冲を受けざれば、始めて此の様に論ずるを好しとす。運行財地に到れば、財能く官を生じて家道富厚なり。若し日主衰弱にして又財地に行けば、財官殺を生じ官鬼と化す、反って必ず傾危なり。倘若本是れ印綬格にして財の来りて相依るを喜ぶは、も主として父親早く亡び、遺蔭長久なる能わず。
印綬被傷,倘若榮華不久。歌釋:六甲生逢癸地,最嫌戊己來侵。如柱財外運逢之退藏,災刑可避。運不見財為美,柱中財氣超群。詩書博覽事多知,虎榜高標名姓。有官有印,無破作廊廟之材。歌釋:有印逢之為上,妙逢官煞為祥。仍分官煞莫剛強,富貴名登金榜。最忌財星破印,又嫌傷食破官。運行不錯食皇糧,有家破壞毀傷。
印綬傷を被るは、縱え栄華有るとも長久なる能わず。歌釈に説く、六甲日生まれ癸水に逢いて印と為す、最も戊・己土の来り侵克するを嫌う。若し柱中原より財有りて運上再び逢えば、便ち当に退蔵収斂すべし、災と刑は還だ避け開く可し。行運財を見ざる乃ち美し、柱裏財気縱え群を超すとも、も須らく節制有るを要す。此の様の人は詩書博覧し・事を見る多く明にして、能く虎榜上姓名を高標す。「官有り印有り、破無ければ廊廟の材と作る」——歌釈に説く、印有りて逢う可きは上と為し、更に妙なるは官殺に逢い生じて印と為るを祥とす。不過仍ほ官と殺を分かち清むるを要し、太だ剛強なる可からず。此の如くなれば則ち富貴にして名金榜に登る。最も財星の来りて印を破るを忌み、又傷官食神の来りて官を破るを嫌う。行運錯らざれば能く皇家の俸禄を食む。運若し対わざれば、家業もまた破壊毀傷せん。
無印無官,有格乃作朝廷大用。歌釋:命內無官無印,須觀有格為奇。壬騎龍背及飛天,遙巳朝陽之例,倒沖食傷雜氣。魁罡日祿居時,金神鼠貴井欄叉,又無破,化生為貴。名標金榜,須還身旺逢官。得佐聖君,貴在沖官逢合。歌釋:日主高強察理,官星有氣當時。若逢財印助根基,無破文場得意。傷食劫財莫逢,財官旺氣權威。首登虎榜鳳凰池,烏帽金冠霞帔。
既に印無く又官無し、只だ格有りさえすれば、も能く朝廷の大用と作る。歌釈に説く、命内官無く印無ければ、便ち須らく成格有るや無きやを看て始めて奇と算す。「壬騎龍背」「飛天禄馬」「子遥巳」「六陰朝陽」此の一類、及び倒冲・食傷・雑気等の格、還だ「魁罡」「日禄居時」「金神」「六乙鼠貴」「井欄叉」有るが如き、只だ破損無からば、皆能く化生して貴と為る。「名金榜に標る、須らく還だ身旺にして官に逢う。聖君を佐くるを得、貴は官に冲て合に逢うに在り」——歌釈に説く、日須高強にして、始めて理を察するを好しとす。官星其の時に当たりて気有るを要す。若し再び財と印に逢い来りて根基を幇助し、破損無からば、文場の上便ち意を得。傷官・食神・劫財皆逢うを要せず。財と官旺気の聚る所、始めて権威有らん。此の様の人頭一名虎榜に登り・身鳳凰池に入り、烏帽金冠・霞帔身に加う。
又韻語曰:亥沖巳位,丙為官祿之藏。丙丁透出巳嗔殃,反丙逢辰絆當。癸亥巳藏丙戊,為官祿位軒昂。不逢寅戊巳垣鄉,定擬紫袍卿位。非格非局,見之焉得為奇。身弱遇官,得後徒然費力。歌釋:非格非局細察,只因破損傷神。身弱官多先貴後貧,費力榮心。身若居官難發,運行身旺財榮。官星一二弱無嗔,相停曰為貴命。
又一叚の韻語に説く、亥来りて巳を冲す、巳中の丙火正しく是れ官禄の蔵する所なり。若し丙・丁すでに天干に透せば、再び巳中の丙を冲し出せば反って嗔怒の殃を成す。丙また辰に逢えば、便ち牽絆せられ住む。癸亥日にして巳中丙・戊を蔵するは、正しく是れ官と禄の位次にして、気象軒昂なり。只だ寅・戊の来りて巳此の垣郷を占め住むに逢わざれば、定めて紫袍卿相の位と擬す可し。「格に非ず局に非ず、之を見る焉んぞ奇と為すを得ん。身弱にして官に遇う、得るも徒らに力を費やす」——歌釈に説く、既に格を成さず局を成さざるは、要して細細に察看すべし、往々にして只だ原局破損して用神を傷るに因る。身弱にして官多きは、先ず貴くして後に貧し、白ら費やし尽くす栄進の心なり。身弱にして官位に居れば、発達する能わしと難し。須らく身旺の地に運行して、財始めて栄盛ならん。官星只だ一両位にして稍や弱きは、嗔怪するを須いず。只だ日主と相い停み均衡せば、便ち貴命と叫ぶ。
小人命內,亦有正印官星,君子格中,也犯七煞羊刃。歌釋:小人有正官正印中,傷克刑沖。惡多善少反為凶,可擬讒庾而論。君子羊刃七煞,善多惡少相逢。煞星喜刃而相同,制煞身強貴用。為人好煞,羊刃必犯於偏官。歌釋:羊刃若逢七煞,主人心毒害民,徒然富貴不長,自大聲高氣象。甲日見庚為煞,卯來為刃分明。若逢印吉好求名,逢殺亦看刃。
小人の命裏にも、一様に正印と官星有るを会す。君子の格中にも、一様に七殺と羊刃を犯すを会す——吉凶は神煞の名目に在らず、配合に在り。歌釈に説く、小人正官正印有りといえども、却って傷克刑冲の中に処り、悪多くして善少なし、反って凶と成る、讒言を進むるの小人と比して論ず可し。君子羊刃と七殺に逢うといえども、却って是れ善多くして悪少なし。殺星刃の来りて相配するを喜ぶ、二者同心にして、能く殺を制して日主また強し、正しく是れ可貴の用なり。「人好んで殺するは、羊刃必ず偏官に犯る」——歌釈に説く、羊刃若し七殺に逢えば、此の人心地狠毒にして民を害するを主し、縱え富貴有るも長久ならず、只だ自大声高の気象に落つのみ。甲木日主庚を見て殺と為し、卯来れば便ち刃なり、分明として辨す可し。若し印星に逢えば則ち吉、好んで功名を求む、殺に逢うの時もまた一並びに刃を看るを要す。
素食慈心,印綬遂逢於天德。歌釋:大凡印旺重重,天月德而助吉。仁義禮智信常存,好善濟人利物。富貴超群,發達心慈,拜道祀佛,有終有始。事三思,財旺為人反覆。生平少病,日主高強。一世安然,財命有氣。歌釋:寅卯專嫌戰克之鄉,壽年鶴算少災殃,福發渾如海漾。甲生辰戊丑未,安然財命榮昌。財官印綬旺為良,心地寬洪方能小祥。
素を喫して慈心を存するは、是れ印綬また天徳に逢うなり。歌釈に説く、大凡印星旺にして重ね重ね畳み見え、再び天徳・月徳の来りて助くる有れば、便ち吉を主す。此の様の人は仁・義・礼・智・信常に心に存し、善を好み施しを楽しみ、人を済い物を利す。富貴群を超え、発達の後仍ほ心に慈憫を存し、道を拝し仏を祀り、始め有りて終わり有り、事に遇うて再三思量す。惟独財旺なるは、人と為りて容易に反復す。「生平病少く、日主高強。一世安然、財命気有り」——歌釈に説く、寅・卯木旺の人は専ら戦克の郷に走るを嫌う。若し此の忌無からば、寿数鶴算の長きが如くして災殃少なく、福気発起すれば渾として海波の蕩漾するが如し。甲木辰・戌・丑・未四季の土月に生まれのは、安然にして財と命都て栄昌す。財・官・印綬旺相なるを良と為し、心地寛洪の人乃ち此の一份の吉祥を得る能う。
官刑不犯,印綬天德同官。少樂多憂,蓋因日主身弱。歌釋:印綬喜逢天德,平生福祿聲香。乙日酉月煞剛強,又嫌己丑金旺。若還無制夢黃梁,辛苦憂愁刑喪。倘然日主衰弱,其造斷然不良。身強殺淺,假煞為權。歌釋:化煞為權可以取,甲生寅卯之鄉。木逢亥卯戌未行,何怕庚金作黨。乙生巳酉丑月,喜逢火局相當。若逢亥卯未生殃,處世艱難貧相。
一生官府刑獄を触犯せざるは、是れ印綬と天徳官位に同在するなり。快楽少くして憂愁多きは、大抵日主の身弱なるを因とす。歌釈に説く、印綬最も天徳に逢うを喜ぶ、一生福禄にして声名芬芳なり。乙木日主酉月に生まれ、七殺剛強にして、又己・丑の土の助けて金を旺ならしむるを嫌う。若し再び制伏無からば、一生便ち黄粱の一夢の如く、辛苦憂愁にして刑喪多し。倘若日主本より衰弱なれば、此の造化断然として好からず。「身強殺浅、仮煞権と為す」——歌釈に説く、七殺を化して権柄と為すは是れ取る可きなり。如く甲木寅・卯の郷に生まれ、本身すでに旺なり。木再び亥卯・戌未の地に行きて木局を会成せば、又何を以てか庚金の党を結びて殺と為るを怕れん。乙木巳・酉・丑金月に生まれのは、火局の来りて金を制するに逢うを喜びて、始めて相当と算す。若し亥卯未木局に逢えば反って災殃を生じ、世に処り艱難にして貧相を現ず。
殺重身輕,終身有損。歌釋:陰不生於乙酉,時逢辛巳少祥。身輕煞重最難當,又恐運行煞向。縱有富貴疾病,無疾富貴早亡。如斯嫩草又逢霜,柳絮風吹飄蕩。衰則變官為鬼,旺則化鬼為官。歌釋:日主生來衰弱,官多化鬼為殃。若逢主旺煞來降,變鬼為官顯達。官多必難領受,煞重無制夭亡。身衰身旺細推詳,只喜化煞為上。
七殺重くして日主身軽きは、終身皆損虧有り。歌釈に説く、陰干宜しく乙酉此の様の位置に生ずべからず、時上再び辛巳に逢えば、便ち吉祥少なからん。身軽にして殺重きは最も担当し難く、又恐るらくは大運再び殺の方位に走向せんことを。此の種の命は縱え富貴有るも疾病を帯び、便し病無くとも、富貴来ること早くして去ること速し、正しく嫩草又霜打に遭い・柳絮風に吹き飄蕩せられて依る無きが如し。「衰すれば則ち変じて官を鬼と為し、旺なれば則ち化して鬼を官と為す」——歌釈に説く、日主生まれて衰弱なるは、官多ければ便ち化して鬼と為りて殃と為る。若し日主旺にして殺来りて降伏を受ければ、鬼便ち変じて官と為りて顕達す。官多きは必ず領受し難く、殺重くして制無きは夭亡せん。身衰か還だ身旺か、要して細細に推詳すべし。総じて能く殺を化するを以て上と為す。
月生日干運行不喜財鄉。日主無依,卻喜運行財地。歌釋:月生日干為印,不宜財運壞傷。甲生亥子印無沖,巳午辰戌丑未損,日主生旺太過,若無格局印逢,豈知身旺卻無依,運喜財鄉多福重。時歸日祿,生平不喜官星。歌釋:日祿居時最妙,年提畏煞官星強,官制祿,祿難歸,但見官星格善,月提運喜財地,無官職顯名高。天干之內見官星,運喜食傷福泰。
月令日干を生ずるは、行運財郷を走るを喜ばず。但し日主旺極まりて依拠する所無きは、反って財地に行くを喜ぶ。歌釈に説く、月令日干を生ずれば便ち印なり、宜しく財運の来りて敗壊損傷するを要せず。甲木亥・子月に生まれて印星冲を受けざる最も好し。若し巳・午・辰・戌・丑・未此れらの財と土の地を見れば、印便ち損を受く。日主生旺太だ過ぎて、柱中又成格無く、只是れ印星重畳するに至りては、豈に知らんや身旺反って依る無きを、此の時運財郷を喜びて、福気始めて厚重なり。「時日禄に帰る、生平官星を喜ばず」——歌釈に説く、日禄時上に居る最も妙なり、只だ年・月提綱の上七殺と官星太だ強きを怕る。官来りて禄を制すれば、禄便ち帰り難し。若し只だ一位の官星を見て格局本善なれば、月提行運また財地を喜び、縱え官職無くとも名声高顕なり。天干の内若し官星を見れば、行運便ち食神傷官の去りて之を制するを喜び、福始めて安泰なり。
陰若朝陽,切忌丙丁離位。歌釋:六辛時逢戊子,號日陰去朝陽。運行西地姓名香,一舉首登金榜。仍忌丙丁離位,最嫌官殺相傷。歲時最怯此星藏,只是經商之客。太歲乃眾煞之主,入命未必為殃。若逢戰鬥之鄉,必主刑于本命。歌釋:歲乃人君之象,未可便作凶言。生當羊刃克流年,不死災刑非淺。沖破歲君為禍,應如臣犯於君。夫子遭陳於蔡地,渾如六國吞秦。
「六陰朝陽」の格は、切に丙・丁と南方離位を忌む。歌釈に説く、六個の辛日にして時戊子に逢う、号して陰尽きて還りて陽・陽気に朝向すと為す。運行西方金地なれば則ち姓名芬芳、一挙便ち高く金榜に登る可し。仍ほ要して丙・丁と離位を忌み、最も官殺の来りて相い傷るを嫌う。歳運と時上最も暗く此れらの星を蔵するを怕る、若有れば、便ち只だ個の経商の客而已なり。「太歳乃ち衆煞の主なり、命に入る未だ必ずしも殃と為らず。若し戦闘の郷に逢えば、必ず本命に於て刑するを主す」——歌釈に説く、太歳是れ人君の象徴にして、一見すれば便ち凶と断ず可からず。若し生年羊刃を帯びて去りて流年を克せば、縱え死に至らずとも、災と刑もまた浅からず。歳君を冲破せば便ち禍なり、便ち譬えば臣子の君王を冒犯するが如し。孔夫子の陳・蔡の間に於て困に遭えるが如く、又如六国の秦に呑并せらるるが如し。
歲傷日干,有禍必輕。日犯歲君,災殃必重。歌釋:歲傷日如父怒子,禍則輕而可恕。日犯歲如子怒父,下犯上者難容。日干喻如臣子,太歲時若君父。凶運災重歲再逢。柱凶流年定故。五行有救,其年返必為祥,四柱無情,故論名為克歲。歌釋:甲日主來逢戊,名為日犯歲君。庚辛柱制福非輕,柱若無庚運蹇。庚辛日主於甲,歲傷日干略病。食神印綬制清平,無制災非刑並。庚辛來傷甲乙,丙丁先見無危。丙丁反克庚辛。壬癸逢之不畏。戊己愁逢甲乙,干頭須用庚辛。壬癸慮遭戊己,甲乙臨之有救。壬來克丙,須用戊去當頭。癸去傷丁,卻喜己來相制。
太歳の来りて日干を傷るは、禍有るも必定として軽し。日干の去りて太歳を冒犯するは、災殃必定として重し。歌釈に説く、太歳日干を傷るは、譬えば父親の児子に発怒するが如く、禍軽くして寛恕す可し。日干太歳を犯すは、譬えば児子の父親に発怒するが如く、下を以て上を犯せば便ち容忍し難し。日干譬えば臣子、太歳は則ち君父の如し。凶運の中災禍本すでに重く、若し太歳再び来りて相逢し、原局また凶なれば、那一年的流年便ち定めて事を出さん。五行の間若し救助有れば、那一年反って必然として祥と為る。四柱の間全く情義無き、始めて「剋歳」と叫ぶ。歌釈に説く、甲木日主にして流年戊に逢えば、甲去りて戊を克す、之れを日歳君を犯すと叫ぶ。此の時柱中若し庚・辛有りて来りて甲木を制し住めば、福気便ち軽からず、柱裏若し庚金無ければ、運便ち蹇滞す。反って、庚・辛日主にして流年甲に逢うは、是れ太歳の来りて日干を傷る、不過だ略しく小病有る而已。食神・印綬の来りて調制する有れば便ち清平にして事無し、制無ければ則ち災と刑并び至る。庚辛の来りて甲乙を傷るは、只だ先ず丙丁を見れば便ち危険無し、丙丁反って能く庚辛を克するを以てなり。壬癸之に遇上るもまた畏るるを須いず。戊己甲乙の来り克するに逢うを愁えば、天干の上須らく庚辛を用いて木を制すべし。壬癸戊己に克せらるるを遭うを憂えば、甲乙身に臨めば便ち救有り。壬の来りて丙を克するは、須らく戊土を用いて頭に当たりて拦るべし。癸の去りて丁を傷るは、却って己土の来りて相い制するを喜ぶ。
庚得壬男制丙,反作長年。甲以乙妹妻庚,凶為吉兆。歌釋:庚得壬男制丙,子來救母無病。甲得乙妹配庚,親成是凶而吉慶。故曰有心變愛,果然無意傷人。貪歡喜合殺忘刑,福旺名揚財勝。天元雖旺,若無依倚是常人,日主太柔,縱遇財官為寒士。歌釋:天元日主太旺,歲時月印財官。三才不顯,主貧寒僧道孤形之漢。日干柔金生旺,財官多返生殃。當之不住守寒窗,辛苦囊消貌癯。
庚金壬水此の「兒子」を得て去りて丙火を制し住むは、反って能く長寿を保つ。甲木乙木此の「妹妹」を把りて庚金に嫁がせれば、凶も転じて吉兆と成る。歌釈に説く、庚金壬水を得て丙を制するは、正しく是れ兒子の来りて母親を救う、母親便ち病無し——庚能く壬を生ず、故に壬を子と為す。丙火本より庚金を克す、壬来りて丙を制し、庚始めて安を得たり。甲乙妹を以て庚金に許配す、乙庚相合して親を成す、本是れ凶にして変じて吉慶と作る。故に説く、心有る之人反って愛意を生ず、果然とすれば便ち意無くして人を傷るなり。歓合を貪りて刑克を忘る、福気旺盛にして名声遠く揚がり財もまた豊勝なり。日主天元旺なりといえども、若し倚靠す可き用神無ければ、也只是れ個の平常人なり。日主太だ柔弱なるは、縱え財と官に遇上るも、也不過だ是れ個の寒士なり。歌釈に説く、天元日主太だ旺にして、年・月・時上の印と財官また格局を成さざれば、天地人三才皆顕発せず、便ち貧寒を主し、多く是れ僧道の一類形影孤单の人なり。日干柔弱にして金気生旺し財官また多きは、反って災殃を生出す。担当し起す能わず、只だ好く寒窗に守り、辛苦にして日を度り、囊中空空にして形容枯槁す。
女人無煞,帶二德受國家之封。歌釋:女以官為夫星,不宜七煞爭功。無官七煞是夫宮,不喜官星相混。財官印綬全帶,夫榮妻貴名門。二重天月德相逢,職掌皇家贈俸。男命身強,遇三奇為一品之貴。歌釋:日主高強富貴,財官印綬俱全。甲逢辛己癸為緣,乙戊庚壬可見。丙日癸辛乙未,丁壬庚甲高遷。戊喜癸乙丁卯,己壬甲丙三元。庚辛壬癸例依前,無破名登金殿。
女人命中七殺無く、又天徳月徳二徳を帯ぶるは、国家の封誥を受く可し。歌釈に説く、女命官星を以て夫星と為し、宜しく再び七殺の来りて之と功を争うを要せず。若し原局官無ければ、那の七殺便ち権く夫宮に当たる、此の時また正官の来り混雑するを喜ばず。財・官・印綬都て斉備なるは、夫栄え妻貴し、名門に出づ。天月二徳重ね重ね相逢するは、能く皇家の贈る所の俸禄を掌る。「男命身強、三奇に遇うて一品の貴と為る」——歌釈に説く、日主高強なれば便ち富貴を主す、還だ要して財・官・印綬都て斉全なるを。甲日辛・己・癸を以て三奇の縁と為し、乙日は則ち戊・庚・壬を見、丙日癸・辛・乙を用い、丁日壬・庚・甲に逢えば便ち高遷を得。戊日癸・乙と丁卯を喜び、己日は則ち壬・甲・丙を以て三元と為す。庚・辛・壬・癸各日前例に依りて類推し、只だ破損無からば、皆可なり名金殿に登る。
甲逢己而生旺,定懷中正之心。歌釋:甲逢己土合中旺,富貴榮華定可量。常懷中正得人心,常遇貴人須可望。甲屬東方生木之氣,主乎仁。土屬中央厚土之氣,主乎信,甲己化土,而四柱中更帶生旺,為人忠厚,乃正直之人也。丁遇壬而太過,必犯淫訛之亂。歌釋:乙日生六甲,心存仁義忠良。日時甲己是財官,化合家興財旺。丁日遇壬太過,化官作鬼為殃。柱中三兩巧淫娼,夫重沿門彈唱。
甲木己土に逢い相合して又生旺なるは、一定として中正の心を懐く。歌釈に説く、甲己土に逢う、合して旺地に居れば、富貴栄華以て預量す可し。常に中正の念を存すれば便ち人心を得、常に貴人の扶助に遇うもまた指望す可し。此れ是れ甲東方の生木の気に属し、主る所是れ「仁」、土中央の厚重の気に属し、主る所是れ「信」を以てなり。甲己合して土と化し、四柱の中又生旺を帯ぶれば、其の人便ち忠厚にして正直なり。「丁壬に遇うて太だ過ぐれば、必ず淫訛の乱を犯す」——歌釈に説く、乙木日主六甲の中に生まれ、心に仁義忠良を存す。日・時上甲と己相配し、一は財と為し一は官と為し、合化の後家業興りて財気旺なり。丁火日主壬水に遇うて太だ過ぐるに至りては、官合化せられて転じて鬼と為り、反って禍殃と為る。柱中若し両三重此の様の合有れば、女子便ち淫佚に巧みにして流れて娼妓と為り、丈夫もまた一再更換し、門に沿いて唱を売りて日を度る。
丙臨申位,逢陽水,難獲延年。歌釋:丙日生於申位,申長生水疏通。壬申壬子及辰中,七煞剛強禍重。壬午壬寅壬戌,其禍輕而無用。煞多身弱定成凶,仔細參詳理同。己入亥宮,陰木見終為損壽。歌釋:為人日生己亥,禍逢乙木交爭。殊知亥有木長生,無制夭亡蹭蹬。乙巳乙丑乙酉,煞中以義掩恩。乙未乙亥卯森森,不死貧寒偃蹇。
丙火申位に臨み、又陽水壬の来り克するに逢うは、長寿を獲得し難し。歌釈に説く、丙日申位に生まれ、申是れ水の長生の地にして、水源疏通して断絶せず。若し壬申・壬子及び壬辰此れらの水地に坐する壬を見れば、七殺剛強にして、禍と為る便ち重し。若し是れ壬午・壬寅・壬戌なれば、壬水根無くして、禍便ち軽くして作用を起さず。之れを要するに殺多くして身弱なれば必定として凶と成る、須らく仔細に参詳すべし、道理皆是れ一様なり。「己巳宮に入る、陰木見る終に寿を損す」——歌釈に説く、人若し己亥日に生まれれば、禍便ち乙木と己土の交争の上に出づ。亥中木長生を得るを知るを要し、木既に根有りて又制伏無ければ、便ち夭亡蹭蹬を主す。若し乙巳・乙丑・乙酉を見れば、殺在りといえども金能く之を制す、是れ殺の中に於て義を以て恩を掩うなり。若し是れ乙未・乙亥にして卯木森森として林を成せば、縱え死に至らずとも、も貧寒困頓なり。
庚值寅而遇丙,生旺無危。歌釋:假如庚寅日主,生於丙火煞剛。寅中艮土返為祥,以煞化權為上。庚日生申歸祿,其中旺氣高強。反將丙火化為官,臨危見機無恙。乙遇巳而見辛,身衰有禍。乙逢庚旺,長存仁義之風。歌釋:乙木生臨巳位,身衰有禍禎祥。丙辛庚乙配鸞凰,處世無如福長。陰水逢庚之地,春風四海名揚。上和下睦體三綱,貫世超群少恙。
庚金寅に値して又丙火に遇う、只だ日主生旺なれば便ち危険無し。歌釈に説く、假如庚寅日主、丙火令に当たるの時に生まれ、七殺剛強なり。然るに寅中艮位の蔵する所の戊土反って能く通関して金を生じ、化して祥瑞と為る、殺を以て権に化する最も上乘なり。庚日若し申に生まれて帰禄せば、其の中旺気高強にして、反って能く丙火を化して官星と作る、危に臨むの際機を見て事を行い、安然として恙無し。「乙巳に遇うて辛を見る、身衰して禍有り。乙庚旺に逢う、長く仁義の風を存す」——歌釈に説く、乙木生まれて巳位に臨む、気を泄して身衰す、禍と福便ち此の処に於て分判す。丙と辛合し・庚と乙合するは、鸞鳳相配するが如し、世に処るの福此れより長久なる無し。陰水癸庚金相生の地に逢うは、春風の如く名四海に揚がる。上下和睦し、能く三綱の義を体し、群を超え倫を絶して災少く病少なし。
丙合辛生,鎮掌威權之職。歌釋:丙合辛生夏令,歲月時見辛多。龍韜豹略志蕭何,又怯刑傷克破。辛日見丙得合,逢生逢祿中和。運行官旺福崇峨,四海名揚振播。木重逢火位,銘為氣散之文。歌釋:一木疊逢火位,夏生丙丁重逢。火能洩木氣,豈知無功,作事無成貧困。支喜寅午戊巳,戊己財通。火木化無凶,福祿優遊家潤。
丙と辛相合して生ずるは、能く威権の職を鎮守掌握す。歌釈に説く、丙辛を合して夏令に生まれ、年・月・時上また多く辛金を見る。此の様の人は胸懐に龍韬豹略を蔵し、志向蕭何の一般なり、只是れ仍ほ刑・傷・克・破に怯む。辛日丙を見て合を得、又生に逢い禄に逢えば、気象中和なり。行運官旺の地に到れば、福気崇高巍峨として、四海の内名声振揚す。「木重ねて火位に逢う、銘して気散の文と為す」——歌釈に説く、一株の木にして重畳火位に逢い、夏天に生まれて又丙・丁重ねて見る、火固より能く木の気を泄す、豈に知らんや泄すること太だ過ぎれば便ち功無く、事を作して成る無くして貧困す。地支寅・午・戌・巳を見るを喜び、再び戊己を配して財路を相通ぜしむ。火と木化して凶と成るに至らず、福禄優游にして家道潤沢なり。
獨水三犯庚辛,號日體全之象。歌釋:壬癸兩庚辛,喜生歲日時中。癸生辛透又庚逢,歲日時中亦用。莫道印多不悅,一梟一正不凶。故知號曰休全功,五伯諸候食俸。水歸冬旺,生平樂自無憂。歌釋:癸亥年提甲子,癸亥壬子時真。提時傷劫運南程,最喜食財官印。師人含山縣住,掌下三百姓陳。煞官旺處反為嗔,刑若百端病症。癸亥、甲子、癸亥、壬子,老彭之命。
独り一点の水にして三次庚・辛に遇上るは、号して「体全」の象と為す。歌釈に説く、壬・癸の水にして両位の庚辛有るは、其の年・日・時の中に分布するを喜ぶ。癸水日主にして辛金透出し・又庚金に逢う、年・日・時上一様に用う可し。印星多きを便ち喜ばずと説くを莫れ、一個の「梟神」偏印・一個の「正印」並び見るは、其の実凶ならず。故に知る、此れを体全の功と叫ぶと、五覇諸侯の一般の俸禄を享く可し。「水冬旺に帰す、生平楽しみ自ら憂い無し」——歌釈に説く、癸亥年にして月提甲子、日癸亥・時壬子は、乃ち真格なり。提綱と時上傷官劫財を帯び、運南方を走る、最も食神・財・官・印の斉備を喜ぶ。此の位の命主是れ含山県の人にして、三百戸の百姓を掌る。若し殺と官旺の処反って嗔怒と成れば、刑傷便ち百端にして病症を生出さん。癸亥・甲子・癸亥・壬子は、正しく是れ老彭の命なり。
木向春生,處世安然有壽。歌釋:甲乙生於春月,柱逢寅卯重重。溫良性格定慈心,青史朝廷備用。財食印官旺處,火旺又反夭窮。術能精究似中庸,談命宜知變動。金弱遇火炎之地,血疾無宜。歌釋:庚日生居火地,柱逢丙丁重逢。若還寅午戌全通,不病也防疾重。男主瘋癆疾蠱,女產血勞之風。若無制伏歲時中,火急宜修棺冢。
木春天に向かいて生ずるは、世に処り安然にして寿有り。歌釈に説く、甲・乙の木香月に生まれ、柱中又重ね重ね寅・卯に逢着すれば、其の人性格温良にして、必ず慈心を懐き、朝廷の用と為る可くして名青史に列す可し。財・食・印・官皆旺き処に在る最も好し。若し火太だ旺にして木を泄すること過甚なれば、反って夭亡窮困を主す。命術若し能く中庸の境に精研せば、命を談ずる時便ち宜に随いて変通するを知らん。「金弱くして火炎の地に遇う、血疾宜しき無し」——歌釈に説く、庚金日主火地に生居し、柱中丙・丁重ね重ね相逢す。若し再び寅・午・戌三支貫通して火局を成せば、病を生ぜずともも要して重疾を防ぐべし。男子多く風癱労瘵と蠱脹の疾を主し、女子は則ち産後血労の患有り。倘若歳運の中都て制伏の神無からば、那れ便ち火急に棺塚を預備すべし。
土虛逢木旺之鄉,脾傷定論。歌釋:甲子年提丁卯,己丑日時乙亥。歲時提路木徘徊,煞重脾寒疾害。運行坎地夭折,歲逢木地定災。西南方可發錢財,俊士閩丘後代。甲子、丁卯、已丑、乙亥,甯子之命。金遇艮而遇土,號曰還魂。歌釋:庚金生寅遇火,其中艮土為祥。天干戊日若相逢,扳桂雲梯可上。重見丙丁相剋,必當壽夭貧寒。不見丙丁逢戊己,管教家富粟千倉。
土虚弱にして木旺の郷に逢うは、定めて脾臓傷を受くと断ず。歌釈に説く、甲子年にして月提丁卯、己丑日・乙亥時。年・時と提綱一路皆是れ木の徘徊にして、七殺太だ重し、脾胃虚寒にして疾害を生ずを主す。行運北方坎水の地に到れば則ち夭折し、流年木地に逢えば必定として災有り。只だ西南土金の方を走る乃ち財を発す可し。此の人是れ俊士閩丘の後代なり。甲子・丁卯・己丑・乙亥は、正しく是れ甯子の命なり。「金艮に遇い土に遇う、号して還魂と曰う」——歌釈に説く、庚金寅に生まれて火に遇う、寅正しく東北艮位に当たり、其の中の蔵する所の戊土反って祥瑞と為る。天干若し再び戊日に逢い相配せば、月桂を攀折するの雲梯便ち登り上るを得。若し丙・丁重ねて見えて来りて金を克せば、必ず寿夭貧寒を主す。丙丁を見ずして戊己に逢えば、管して家中千倉の粟を富有せしめん。
水入巽而見金,名為不絕。歌釋:壬癸生居巳地,本為富貴而看。柱嫌戊己作災殃,豈逢庚金為上。壬水受氣於巳,水得母而長生。而能生水,故曰水入巽云云。土臨卯位,未中年必定灰心。金遇火鄉,雖少壯必然挫志。歌釋:己日提逢卯位,身強有制貴人。殺多無制本身輕,疾苦心中不正。庚辛性柔煞旺,少年挫志無成。作為性燥宜招刑,旺制堪為貴命。
水東南巽位に流入りて又金を見るは、名づけて「不絶」と曰う。歌釈に説く、壬・癸の水巳地に生居し、本来是れ富貴と作して看るなり。柱中便ち戊・己土の来りて災殃と作るを嫌う、哪れに庚金に逢うを以て上と為すに及ばんや。壬水巳に於て気を受く、巳中の庚金正しく是れ水の母親なり、水得て長生す、庚金又転じて水を生ずる能う、故に「水巽に入る」云云と説く。「土卯位に臨む、未中の年必定として心を灰す。金火郷に遇う、少壮なるも必然として志を挫く」——歌釈に説く、己土日主にして月提卯に逢う、身強にして又制伏有るは、是れ貴人なり。若し殺多くして制無く本身また軽ければ、便ち多く疾苦にして心思正しからず。庚・辛の金性本柔にして七殺旺盛なるは、少年の時便ち志を挫きて成る無し。急躁たると作るは容易に刑罰を招惹し、惟だ身旺にして殺制有る、乃ち貴命と称するに堪う。
金木交差刑戰,仁義俱無。水火遞互相傷,是非日有。歌釋:甲乙庚辛左右,乙逢左右庚辛。庚辛申酉旺支神,安有始終性情。又是官煞混雜,所以無仁無義。財鄉發福更勞心,潢潦財能有勝。木從水養,水而木則漂流。歌釋:甲乙生居子地,但逢一二為奇。壬癸亥子疊干支,則木漂流無倚。辛亥年提庚子,甲申乙丑交支。年逢丁酉運申隨溺水,故閩吳吉。
金と木交錯して相い戦うは、仁と義都て談ずるに及ばず。水と火逓に相い傷害するは、是非天天にして有り。歌釈に説く、甲・乙の木左右皆是れ庚・辛の金、乙木もまた左右庚辛の夾攻に逢う。地支再び庚辛の居る所の申・酉旺神有れば、哪れに還だ始終一の性情有らん。此れまた是れ官と殺の混雑なり、故に仁無く義無し。財郷に走り到れば福を発する能うといえども、却って更に心を労す。財積潦の水の如し、勉强してもまた能く一時に勝取す。「木水に従りて養う、水多くして木則ち漂流す」——歌釈に説く、甲・乙の木子地に生居し、只だ一両位の水に逢う乃ち奇と為る。若し壬・癸と亥・子干支の上に於て層層畳見すれば、木便ち漂流して依倚する所無し。譬如辛亥年にして月提庚子、甲申・乙丑地支に交錯し、流年丁酉に逢い行運申に到れば、随いて水に溺れて亡せり、此れは閩地の呉吉の事なり。
金賴土生,土厚而金遭埋沒。歌釋:庚辛日逢戊己,辰戌丑未俱齊。若逢火土疊干支,土重埋金無氣。縱有金珠萬斛,難攀月桂仙枝,西江月下細詳之,休道命之理微。是以五行不可偏格,務稟中和之氣。更能絕慮妄思,鑑命無差無訛矣。歌釋:看命先觀日主,次審歲月時支。去留強弱舒配之,輕重淺深察理。節稟中和之氣,運參向背之宜。三才偏正產何時,俱藏西江月裡。
金は要して土に靠りて生ぜられんとす、可なり土太だ厚ければ、金反って埋没せらる。歌釈に説く、庚・辛日主戊・己に逢着し、辰・戌・丑・未四庫また斉備す。若し再び火と土干支の上に層層畳見すれば、土重く金を埋め、金便ち気無し。此の様の人は縱え金珠万斛有るとも、難し月中の桂枝を攀折せん。『西江月』の調子の下に於て細細に推詳せよ、命理精微にして懂り難しと説くを莫れ。「是を以て五行偏格す可からず、務めて中和の気を禀う。更に能く慮を絶ち妄思し、命を鑑むれば差無く訛無からん」——歌釈に説く、命を看るに先ず日主を看、其の次年・月・時の地支を審察す。去るべきは去り留むべきは留め、強弱緩舒配合得当にして、再び其の軽重浅深の理を察す。節気は要して中和の気を禀得し、行運は要して向と背の相宜を参詳す。天・地・人三才の偏と正、生まるるは何の時候に在るや、皆此の『西江月』の裏に蔵せり。
六神篇
五行妙用,難逃一理之中。進退存亡要識變通之道。命之理微,聖人罕言。正官佩印,不如乘馬。詩釋:正官無印本無權,佩印如何又不然。只為印多官洩氣,不如乘馬得高遷。七煞用財,豈宜得祿。詩釋:財星生旺殺傷身,四柱全無倚靠神。天命相從成貴象,運行得祿受孤貧。
五行の妙用変化万端なれども、却って一個の道理より逃れ出づ。進退存亡の分際は、全く変通を懂るを靠る。命理精微なり、故に聖人少く之を談ず。本篇の解決せんと要するは、即是ち「正官」「七殺」「正印」「偏印」「正財」「偏財」「食神」「傷官」此れらの六神各自の体性と喜忌なり。先ず「正官印を佩ぶるは、馬に乗るに如かず」を説く。詩釈に講ず、正官若し印綬旁に無ければ、本来権柄を顕し出す能わず。可なり印を佩びて又為何ぞ反って好からざる。只だ印一たび多ければ、官星の気皆印に泄し走らる、官印を生じ印身を生ず、官位便ち空し、倒不如れ「馬に乗る」——官星をして財の上に坐せしめ・財に由りて官を生ぜしむ——始めて高昇す能う。再び「七煞財を用う、豈に宜しく禄を得んや」を説く。詩釈に講ず、財星生旺は殺に為に力を添えて来りて身を傷るに等しく、四柱裏又一個の倚靠す可き救神無し。此の種の命は反って宜しく殺勢に順いて「従殺」の貴象を成すべし、一旦行運日主の禄を得るの地に到れば、日主転じて強くなり殺と相い抗せんと要し、従格破られ、便ち只だ孤苦貧寒有るのみ。
印逢財而罷職。詩釋:印綬貪財德有傷,難從天地立綱常。更無比動來相救,罷職偷閒歸故鄉。財逢印以遷官。詩釋:身旺誠能掌大財,財多身弱便生災。遷官何處求根本,歲運還須有印來。命當夭折,食神孑立逢梟。詩釋:七殺重重主太柔,食神一位立當途。梟神印綬無財救,夭折芳魂逐水流。
印星財星に遇上れば便要して官を丢さん。詩釈に講ず、印綬一旦財星を貪戀すれば、徳行便ち損傷を受け、難し天地間に於て綱常を立ち起さん。柱中若し再び「比肩」「劫財」出でて財を奪い印を救う無ければ、只だ能く職を罷め賦閑し、郷に回りて了事するのみ。反って「財印に逢いて以て官を遷す」。詩釈に講ず、身旺の人確かに能く大財を掌握す、可なり財多くして身弱なれば便要して災を生ぜん。官を升るの根本是れ哪れに在るかを問わんと要せば、還だ須らく歳運の裏印の来りて身を生じ・日主をして財官を担ぎ起さしむる有るや無きやを看るべし。「命当に夭折せん、食神孑立して梟に逢う」に至りては。詩釈に講ず、七殺重ね重ね畳畳、日主太だ柔弱にして、全く孤零零たる一位の食神を靠りて路に当たりて殺を制す。此の時「梟神」偏印出でて食を奪い、柱中又財星の去りて梟を制し食を救う無ければ、殺を制するの神一たび断たれ、人便ち夭折し、芳魂水に随いて去る。
運至凶危,羊刃重逢破局。詩釋:用財不有殺重來,羊刃逢之必奪財。再遇刃鄉應破局,傷妻敗業見非災。爭正官不可無傷。詩釋:官星一位比肩重,爭奪之間最有凶,傷盡直須官不用,自無冰炭到胸中。歸七煞最嫌有制。詩釋:比肩本是無知物,一見傷官勢必歸。第恐食神來制之,喪家心事自成灰。
行運凶危の地に走り到るは、多半「羊刃」の重ね重ね相逢して格局を冲破するを因とす。詩釈に講ず、本来財を取りて用と為す、偏偏たる七殺重ね重ね圧し来り、再び羊刃に逢えば、羊刃必定として来りて財を奪わん。歳運若しまた羊刃の郷に走り到れば、格局就此れに於て破掉し、妻を克し業を敗し、横禍接連して至る。「正官を争うは傷無くんば不可なり」。詩釈に講ず、官星只だ一位有りて比肩衆多なるは、衆人一官を争奪する最も是れ凶険なり。此の時索性として傷官を用いて官星を傷み尽し、乾脆として官を棄てて用いず、胸中反って冰炭相い激するの煎熬無からん。「七煞に帰する最も制有るを嫌う」。詩釈に講ず、比肩本是れ進退を知らざるの物なり、一たび傷官を見れば便ち勢に順いて帰附し去り、身を泄して傷官を生ず。最も怕るる所は是れ食神再び出でて七殺を制し住む、殺既に制尽せられ、比肩帰依する所無く、家業敗落し、心事灰と成る。
官星煞地,難守其官。詩釋:正官純雜殺如頑,荊棘門居特立難。情性豈無君子恨,堅冰當道虎狼關。煞在官鄉豈能變煞。詩釋:殺多堅佞性偏剛,混入官星禮儀邦。頑石豈能變化,依然心事尚豺狼。貪財壞印擢高科,印分輕重。詩釋:印旺偏官弱不堪,用財生殺豈為貪。只愁印薄逢財旺,未許蟾宮把桂攀。
官星七殺の地に落つれば、此の官便ち守り住む能わず。詩釈に講ず、純正の官星一旦七殺を混雑せば、性情便ち頑劣に起り、荆棘叢の裏に住るが如く、其の身を独り善くせんと欲するもまた難し。其の人の心中豈に君子式の抱憾無からんや、无奈何せん堅冰道に当たり、虎狼関を把る。「煞官郷に在りて豈に能く煞を変ぜんや」。詩釈に講ず、殺多きの人堅忍にして奸佞、性情剛烈に偏す、縱え官星此の礼義を講ずるの邦国に混じ進むとも、頑石又哪れに能く就此れに於て変化せん、骨子裏仍是れ豺狼の心腸なり。「財を貪り印を壊り高科を擢ぶ、印軽重を分かつ」。詩釈に講ず、印旺にして偏官衰弱用るに堪えざる時、財を取りて去りて殺を生じ以て印に配す、此れ怎麼に能く財を貪り印を壊ると叫ばんや——故に「財を貪り印を壊る」此の句の旧話は要して印の軽重を分かちて看るを要す。只だ印本より薄く、又財旺に逢い来りて印を壊れば、那れ便ち蟾宮に桂を折るを指望するを莫れ。
運比用財纏萬貫,比得資扶。詩釋:見財不用是何哉?財多旺甚日干衰。得遇比肩資扶處,白手猶能聚大財。運到旺鄉身反弱。詩釋:身弱拖根微有助,未從七煞未從財。假饒歲運扶身記,戰敵無成力反衰。財旺劫處禍猶輕。詩釋:偏正財多禍必多,日干無力奈如何。真逢比劫分將去,省得貧魔與病魔。
行運比肩に遇うて後に能く財を用いるは、万貫の財を纏む可し、比肩正しく来りて身を幇すを以てなり。詩釈に講ず、財を見て却って用い上げざるは是れ何の縁故ぞや。是れ財太多く太だ旺にして日干衰弱、担ぎ起す能わざるなり。比肩の来りて資助扶持するに遇うを待ち、白手家を起してもまた能く大財を聚むる。「運旺郷に到りて身反って弱し」。詩釈に講ず、身弱にして根気拖帯し・只だ一点々の幇助を得るは、既に能く七殺に順わず、もまた能く財星に順わず、両头に着かず。縱え歳運来りて身を扶すとも、力量仍ほ以て敵と相い争うに足らず、交戦成る無く、反って更に衰弱を顕す。「財旺劫の処、禍猶ほ軽し」。詩釈に講ず、偏財正財一たび多ければ、禍事必ず多し、无奈何日干力無くして承受す。此の時若し真能く比肩劫財に遇上りて我が為に一部分を分け去らしめば、反って貧魔と病魔の糾纏を省去す。
財逢有傷,還忌陰謀之賊。詩釋:財無劫奪則無傷,支庫中間有暗藏。莫道小人不明露,豈知君子在高梁。殺無明制,當尋伏敵之兵。詩釋:並多七殺正相刑,明制無人慢自驚。沖出暗藏兵有用,馬陵樹下火燒林。貴人頭上戴財官,門充駟馬。詩釋:貴人互換得相成,上戴財官更顯明。進氣有根還有合,定從千里握兵刑。
財星傷を受け、還だ要して暗に陰謀を行うの賊を提防すべし。詩釈に講ず、財は只だ劫財の来りて奪う無ければ便ち傷を受けず、怕る可きは是れ地支庫中還だ暗く劫財を蔵するなり。小人明に頭を露す無ければ便ち妨無しと為すを以て莫れ、殊に知らず君子梁の上に高臥し、梁の下正しく人の窺伺する有るを。「殺明制無し、当に伏敵の兵を尋ぬべし」。詩釈に講ず、七殺並び見て又互相に刑克し、柱上明制の神を找し出す能わず、只だ能く徒らに自ら驚くのみ。此の時地支暗藏の食神・傷官を把りて冲し出せば、此の支の伏兵便ち用場に派するを得、譬えば孫臏の馬陵道の大樹の下に伏を設け・火を挙げて号と為し・一挙に敵を破るが如し。「貴人頭上に財官を戴く、門駟馬を充たす」。詩釈に講ず、天乙貴人互換位を得て彼此相成し、上頭又財と官を戴く、格局更に顕明なり。進気の神既に根有り又合有れば、必定として千里の地を坐擁し、兵権刑柄を掌握せん。
生旺宮中藏劫殺,勇奪三軍。詩釋:長生劫煞本非奇,生旺宮中卻正宜。舉鼎有為真足羨,每從邊塞拂旌旗。為跨馬以亡身。詩釋:歲運逢財日主貪,又無比刃與成行。格中若見如斯局,此命危亡立馬看。因得祿而避位。詩釋:官星失馬不為官,得馬登庸理自然。只恐此身行遇祿,解還金帶向林泉。
長生・帝旺の宮裏に劫煞を蔵するは、勇力有りて三軍の帥を奪う可し。詩釈に講ず、長生劫煞を帯ぶる本来算する奇特に足らず、可なり生旺の宮に落つれば却って正しく相宜なり。此の種の人力鼎を挙げる能く、作為以て人を羨ますに足り、往々にして辺塞の上に於て旌旗を揮動す。「馬を跨りて以て身を亡ぼすと為る」。詩釈に講ず、歳運財に逢いて日主財を貪り、柱中又比肩・羊刃の己と同行し身を幇する無ければ、格局の裏若し此の様の局面出現せば、此の条の命の危亡立ちて即ち見る能う。「禄を得るに因りて位を避くと為る」。詩釈に講ず、官星若し「馬」を失えば——馬即是ち財星なり——便ち官を成さず、財相生を得て始めて自然に登庸す。只怕だ此の身行運禄に遇う、比劫財を奪い、官星養を失い、只だ好く金帯を解きて林泉に帰隠す。
印解兩賢之厄。詩釋:兩殺重來威制重,食神無奈見梟神。柱中有印能成化,丁火奚能害此身。財勾六國之爭。詩釋:比刃貪官圖利名,無財彼此自相寧。黃金一見成戰局,惹起燕齊魏趙爭。眾煞混行,一仁可化。詩釋:偏官疊見將何救,制殺無如化殺高。行去不勞重見食,疾之已甚禍相遭。
印星能く両賢相い持するの困厄を化解す。詩釈に講ず、両重の七殺圧し来り、威勢人を逼る、本当に食神を用いて去りて制すべきに、偏偏たる食神又梟神に碰上りて来りて奪わる。柱中若し正印有れば、便ち能く殺を化して身を生ずるの気と為す、丁火の殺又怎麼に能く此の身を傷るを得んや。「財六国の争いを勾す」。詩釈に講ず、比肩と羊刃各自官位名利を貪図す、只だ柱中財無からば、彼此還だ能く相い安んじて事無し。一たび黄金の如き財星擺し出でるを見れば、立刻として戦局と成る、譬えば燕・斉・魏・趙の利の為に相い攻するが如し。「衆煞混行、一仁以て化す可し」。詩釈に講ず、偏官層層畳見す、何を将てか去りて救わん。制殺終に化殺の高明に如かず——化殺は即是ち印星を用いて殺気を引き来りて身を生ぜしめ、仁を以て暴を化す。行運の時須らく再三食神を重ねて見て硬制するを須いず、攻治過甚なれば、反って禍を招く。
一煞倡亂,獨力可擒。詩釋:一殺為妖應有限,不逢財印本為福。只消一食能歸我,何必干支制伏多。印居殺地,化之以德。詩釋:甲木逢申用煞神,縱然無火未傷身。中藏壬水生歸化,惟恐干支見土神。印居殺地,齊之以刑。詩釋:偏財偏官坐一宮,不能為福卻為凶。局中要解侵凌患,制伏還須用一沖。
只だ一位の七殺出でて乱を倡するは、一己の力を憑りて即ち能く之を擒え住む。詩釈に講ず、一位の殺の作す能くの妖終に限有り、只だ再び財に逢い来りて之を生ぜず・印星に貪合せられざれば、本身反って是れ福なり。只だ消して一位の食神能く我が用と為されて去りて之を制するを須い、何必に満盤干支皆制伏の神を排し上げん。「印殺地に居り、之を化するに徳を以てす」。詩釈に講ず、甲木日主申に逢う、申中の庚金七殺と為す、縦え柱上丙丁火の殺を制する無くとも、も未だ必ずしも身を傷らず、申中還だ壬水を蔵するを以てなり、殺能く印を生じ印能く身を生ず、自然に化解に帰す、只怕だ干支再び戊己土を見て去りて壬水を克掉せんことを。下一条の標題仍ほ「印殺地に居り」と作る、文義に按ずれば当に是れ「財殺地に居り」の訛ならん。詩釈に講ず、偏財と偏官同じく一宮に坐し、財殺を生じて身を攻め、不但福と為る能わず、反って凶と成る。此の層の侵凌の患を解するを要せば、便ち一個の冲を得て以て之を制伏するを要す——上一条徳を以て化し、此の一条刑を以て斉う、正しく是れ両種の対治の法なり。
兄弟破財財得用。詩釋:此法從虛邀祿馬,天干不動地支沖。但愁綰合併填實,用力艱難未有功。殺官斯主主須從。詩釋:只力豈能支旺煞,無根端的只相從。他行他運成家業,我運身強業反空。一馬在廄,人不敢逐。詩釋:一財得所不遮搓,天地明明眾所看。計取秋毫應不許,除非私向中探。
兄弟——即ち比肩劫財——財を破るといえども、財却って此に因りて用を得。詩釈に講ず、此の一法是れ虚処より禄馬を遥邀し、天干兵を按じて動かず、地支の相冲を靠りて暗藏の財官を冲し出さんとす。只怕だ合絆に遇上り、或いは那の虚位実字に填め住められ、那れ便ち気力を費尽すも功無からん。「殺官斯の主主須らく従うべし」。詩釈に講ず、孤单の日主帅えば旺殺を支撑し得住すを得ん。日主全然根無し、便ち只だ能く殺勢に順従して従格を成す。殺旺財旺此れら「他」に属するの運裏に行き到れば反って能く家を成し業を立て、一たび我を幇し身強の運に転ぜば、従格破られ、家業反って空と成る。「一馬廐に在り、人敢えて逐わず」。詩釈に講ず、一位の財星其の所に安んじて得、人遮拦争奪する無く、天地間明明白白として彼処に擺り、衆目の睹る所なり。之を算計せんと欲するも一絲一毫も許さず、暗裏に私自探取するを除く。
一馬在野,人共逐之。詩釋:庫墓藏財財不露,有何疑忌有何妨。誰知比劫能為福,暗竊陰謀不敢當。財臨生劫庫破生宮,兼奉兩家宗祁。詩釋:局中財以神為家,財要根深印要華。若使破根財不立,螟蛉過繼定無差。身坐比肩成比局,當為幾度新郎。詩釋:我成我局必傷妻,比占妻宮總不宜。鴛帳豈能諧白髮,無如冷落自家知。
一位の財星野外に露れば、衆人便ち皆来りて之を追逐す。詩釈に講ず、財辰戌丑未四庫墓の中に蔵して外に露れざれば、何の可疑忌有らん・何の妨礙有らんや。誰に想到せん比肩劫財有る時もまた能く福を成すを、只是れ暗中窃取の陰謀終に人に見る可からず。——此の一条と上一条の詩釈に按ずれば、文義恰好として互換す、読む時須らく留意すべし。「財生劫庫に臨み生宮を破る、兼ねて両家の宗祁を奉ず」。詩釈に講ず、一局の中、財は要して我を生ずるの神を以て家と為し、財須らく根深く、印須らく華茂ならん。若し根破せられて財立ち住む能わざれば、日主帰依する所無く、別家に過継して嗣子と做り・両头にて宗祧を奉祀するは、便ち免る可からざるの事なり。「身比肩に坐して比局を成す、当に幾度の新郎と為るべし」。詩釈に講ず、我自ら比肩の局を結成せば、必定として妻を傷つ、比肩妻宮を占め住む総じて宜しからず。鴛帳の中哪れに能く頭白くして老に到らん、其の中の冷落只だ自家のみ知る。
父母一離一合,須知印綬臨財。詩釋:正宗偏財同一所,悲歡離合豈能辭。印財生祿同鄉者,立業成家尚有之。夫妻隨娶隨傷,蓋為比肩伏馬。詩釋:比肩原伏妻財下,七煞藏身奪未成。乍見食神來制煞,鼓盆難免嘆壯生。子為子填,孤磋伯道。詩釋:欲求子位在生時,填食休囚恐沒兒。不解孤貧原有命,理怨天道忒無知。
父母時に聚まり時に散ず、此れ是れ印綬と財星同一処に臨むに因るを知るを要す。詩釈に講ず、正印と偏財同じ一個の位置上に擠り合い、財の印を克するは子の母を克するが如く、悲歓離合便ち躲れ掉る能わず。若し印・財・禄三者恰好として同一の郷に在りて彼此礙らざれば、業を立て家を成すも倒って還だ指望有り。「夫妻娶に随いて傷る、蓋し比肩馬に伏するを為す」。詩釈に講ず、比肩原本妻財の下に埋伏し、七殺又其の中に身を蔵す、本殺を借りて去りて比肩を制せんと欲するも未だ成らず。忽然として食神出でて殺を制し住む、比肩制無く、妻宮保ち難し、荘子盆を鼓して歌うの喪妻の痛、壮年便ち免る可からず。「子は子の為に填め、孤しく磋く伯道」——晋人鄧攸字は伯道、乱世の中子を棄てて以て侄を全うし、終身嗣無く、時人「天道知らず、鄧伯道をして兒無からしむ」と嘆ず。詩釈に講ず、子を求むるは要して生時の子位を看る、時上の食神若し填実せられて又休囚の地に落つれば、恐怕くは兒子無からん。孤苦無後本是れ命中注定なるを明白せざる人は、只だ会して一味天道太だ情理に通ぜずと埋怨するのみ。
妻宮妻守,賢齊孟光。詩釋:妻宮妻守無相剋,五煞桃花未有緣。誰知謝安財堪比,相夫應各孟光賢。入庫傷宮,陰生陽死。詩釋:五陽歸庫無生氣,故有傷官入庫名。天地未嘗生意息,返魂猶在五陰生。幫身陽刃,喜合嫌沖。詩釋:柱逢羊刃本為凶,合煞成權最有功。破局喪身困憊甚,偏官忘合正官沖。
妻宮妻星に由りて自ら守住するは、妻子の賢徳東漢の孟光に比す可し。詩釈に講ず、妻宮と妻星両相に克せず、柱中又五煞・桃花此れらの淫邪の縁を帯びず。誰に知らん此の様の財星謝安家の門風と堪比するを堪うを、其の妻夫を相る、個個皆孟光の案を挙げて眉に斉うの賢徳有り。「庫に入りて宮を傷る、陰生じ陽死す」。詩釈に講ず、五個の陽干墓庫に帰入すれば便ち生気無し、故に「傷官庫に入る」の名有り。然るに天地間の生意未だかつて止息せず、陽死するも陰猶ほ生く、返魂の機正しく五個の陰干の身の上に落つ。「身を幇する陽刃、合を喜び冲を嫌う」。詩釈に講ず、柱中羊刃に逢う本是れ凶に属す、可なり羊刃七殺を合し住めて化して権柄と為す、最も是れ功有り。一旦格局破せられれば便要して身を喪わん、困頓疲憊極点に到る——故に羊刃の盼む所は是れ偏官と相合して権を成す、怕るる所は是れ正官に冲犯せらるるなり。
權刃復行權刃,刀藥忘身。詩釋:偏官羊刃要均停,赫赫飛揚萬里名。用神更行權煞地,英雄難免喪刀兵。財官再遇財官,貪汙罷職。詩釋:祿無求進俸無餘,輕節清高幾不如。行到財官遇俸祿,貪汙歸去浪嗟吁。祿到長生原有印,清任加官。詩釋:官強印旺皆為貴,印旺官強用不齊。祿到長生官得地,九重雨露沐光來。
羊刃と七殺此の両様の「権刃」本すでに格を成し、行運再び権刃を畳上せば、便要して刀兵薬石に死せん。詩釈に講ず、偏官と羊刃要して旗鼓相当・勢均力敵にして、始めて赫赫として名万里に揚ぐるの気象有らん。用神若し再び権殺の地に行き到れば、一头独り重く、英雄もまた難を免れず身を兵刃に喪わん。「財官再び財官に遇う、貪污にて職を罷む」。詩釈に講ず、本来俸禄限有りて求進する所無く、清高の名節に守りても罢了せん。偏偏たる行運財官俸禄の叢集する処に走り到り、貪心一たび起れば、終に貪污を以て官を罷めて帰る、徒らに嗟嘆す。「禄長生に到りて原より印有り、清任にて官を加う」。詩釈に講ず、官強と印旺皆貴格と算す、只是れ印旺と官強両者往々にして其の用を兼得する能わず。若し身禄長生の地に行き到り、官星また各お其の位を得れば、便ち九重宮闕の雨露光華身を沐浴し、清要の任の上再び官階を加う。
馬行帝旺舊無傷,官途進爵。詩釋:偏正之財用得輕,不逢妒合與傷刑。健馳帝旺臨官處,積白堆黃享大名。財旺身衰,逢生即死。詩釋:孤寒何意獲多財,正欲相求若自捱。忽遇有情生旺處,苟貪惹得喪身災。刃強殺薄,見煞生官。詩釋:健逢羊刃一財輕,意在生官不敢生。七殺俱來成配合,得蘇財困旺官星。茲法玄玄之妙,今頗習而成章。少助愚蒙,並明萬一。
財星帝旺に行き到りて向来傷無きは、仕途の上に於て爵を進む可し。詩釈に講ず、偏財正財用いること軽にして重からず、又妒合・傷克と刑冲に遇わず。財健旺の地帝旺・臨官の処に於て馳騁し、白銀黄金堆積して山と成り、大名を享有す。「財旺身衰、生に逢えば即ち死す」。詩釈に講ず、孤寒の人本来多財を獲得するの意無し、正しく求取せんと欲する時又自ら硬撑するが如し。忽然として有情の財星生旺の処に遇上り、一味として苟且に貪求し、反って身を喪うの災いを惹き来る。「刃強く殺薄し、煞を見て官を生ず」。詩釈に講ず、身健にして羊刃に逢い・財星また軽し、本財を用いて官を生じて羊刃を牽制せんと欲す、无奈何財薄くして敢えて生ぜず。七殺一並びに到来するを待ち、羊刃と配合して局を成し、財始めて困窘の中より蘇醒し、転じて去りて官星を生旺せんとす。全篇結語に説く、此の一套の法門玄のまた玄にして、如今已に研習純熟して篇章を編成せり、聊か愚蒙の者の為に一点の助力を添え、其の中万分の一の道理を説明せしめんとす。
気象篇
今夫立四柱而取五行,定一運而關十載。清濁純駁,萬有不齊,好惡是非,理難執一。是必先觀氣象規模,乃富貴貧窮之綱領畢具,次論用神出處,凡死生窮達之精微盡知。乃若一陽解凍。註釋:冬月水成冰凍,盛寒時也。至後則一陽發動,暖氣初生,有火得用,則雖堅冰寒凍,亦可解矣。
四柱を排定して以て五行を取り、一歩の大運を定むれば便ち十年の休咎に関渉す。命局に清有り濁有り・純有り駁有り、千差万別して、喜と忌・是と非、道理死して一端に執る能わず。故に必ず先ず整個の命局の「気象」規模を看るを須い、富貴貧賤の大綱便ち都て具備せり。其の次再び「用神」の出処を論ずれば、生死窮通の精微の処もまた尽く其の中に在り。本篇の解決せんと要する正しく是れ此の次第の問題なり。先ず全局気象の清濁高低を辨じ、再び一字一神の取用に落る。比如「一陽解凍」。注釈に説く、冬月水凝りて氷と成る、正しく是れ極寒の時なり。冬至以後一陽発動し、暖気初めて生ず、命中若し火用う可き有れば、縱え是れ堅氷寒凍も、も能く解き開かん。
三伏生寒。註釋:夏已炎極,至後則一陰發生。三伏中暑深陰盛,為火退寒生之漸,所謂夏草遭霜也。陽亢不制,亢則害也。註釋:此象亢陽無制,更不包藏陰物。而運又行東南,則陽剛失中,而必至為害也。用此者孤貧兇暴。剛而能柔,吉之道也。註釋:此言五陽生於陰月,干支夾合陰柔之物,運道又行陰柔之鄉,乃為吉也,用此者縱然寒賤,終必榮華。
「三伏寒を生ず」。注釈に説く、夏天すでに炎熱極点に到り、夏至以後一陰便ち暗々に生出す。三伏の中暑気最も深くして陰気漸く盛んなり、正しく是れ火退き寒生ずるの開端なり、即是ち謂う所の夏日の草もまた霜に遭うなり。「陽亢にして制せず、亢すれば則ち害なり」。注釈に説く、此の一象是れ亢盛の陽制伏無く、柱中又一点の陰柔の物を包蔵せず、行運再び東南陽旺の地に走れば、陽剛便ち中道を失い、必定して害を成す。此の種の命を用うる人は孤苦貧寒にして性情凶暴なり。「剛にして能く柔なるは、吉の道なり」。注釈に説く、此れは五個の陽干陰月に生まれ、干支の間又陰柔の物を夾合し、運路もまた陰柔の郷を走るを講ず、便ち是れ吉なり。此の種の命を用うる人は縦え出身寒微なるも、終に栄華有らん。見る可し、気象の高低は陰陽の本身に在らず、偏と中に在り。
柔弱偏枯,小人之象。註釋:此象不中之道也,四柱中但見陰柔,而不入格。干支又不包陽,則終於柔懦。用此者機心陰險,無所不至。剛健中正,君子之風。註釋:四柱中陽而藏陰,剛柔得中,不犯破克刑沖,用此者德行過人,忠直蓋世,故曰君子之風。過於寒薄,和暖處終難奮發。註釋:四柱純陽,生於十月絕五陰之根,日干又見寒弱,而無剛健之氣,縱遇和暖之,亦難發達。
「柔弱偏枯、小人の象」。注釈に説く、此の一象走る所是れ中正の道にあらず、四柱裏只だ陰柔を見て格局を成さず、干支の間又一毫の陽気を含まず、終に柔懦に流る。此の種の命を用うる人は機心陰険にして、何の事も做し出すを得。「剛健中正、君子の風」。注釈に説く、四柱陽を以て主と為して暗く陰気を蔵し、剛と柔各お其の中を得、又破・克・刑・冲を犯らず。此の種の命を用うる人は徳行人に過ぎ、忠直世を蓋う、故に君子の風と称す。「過だ寒薄なれば、和暖の処終に奮発し難し」。注釈に説く、四柱純是れ陽干なれども、却って十月に生まれ、五個の陰干の根気断絶し、日干又寒弱を顕して剛健の気無く、縦え行運和暖の地に遇うとも、も発達し難し。
過於燥烈,水激處反有凶災。註釋:四柱純火,生於夏至之前,火性炎烈,佳遇水激,不惟不能制,而反致害矣。用此者夭折孤貧。過於執實,事難顯豁。註釋:執實者,用一而不通也。假如用官無財,用印無殺,多合少成者,遇事終無顯達。過於清冷,思有淒涼。註釋:此言金水過於清寒,不遇和暖之運,平生獨食孤眠,生涯寂莫,人不堪期憂矣。
「過だ燥烈なれば、水激する処反って凶災有り」。注釈に説く、四柱純是れ火にして、又夏至以前に生まれ、火性炎烈極点に到る、此の時偏に水に遇い来りて相い激すれば、不但之を制し住む能わず、反って禍を招く。此の種の命を用うる人は夭折孤貧なり。「過だ執実なれば、事顕豁し難し」。注釈に説く、謂う所の執実は、即是ち一物を死守して変通を知らざるなり。譬如官星を用いて却って財の来りて之を生ずる無く、印綬を用いて却って七殺の来りて印を生ずる無し、柱中合多くして成就少なし、事に遇うて終に顕達す能わず。「過だ清冷なれば、思い凄涼有り」。注釈に説く、此れは金水一片過だ清寒なるを講ず、行運又和暖の地に遇わず、一生独り食い孤り眠り、生涯寂寞として、那の一份の憂苦是れ人の受け忍ぶ能わざる所なり。此の三条皆一個の「過」の字を説くに在り。気象中和を貴ぶ、極処に偏すれば便ち病と成る。
過於有情,志無遠達。註釋:局中之物,不可過於有情,若遇有情,則牽迷不能自脫,外衣所見矣,其志安能遠達哉!過於用力,成亦多難。註釋:凡注中得自然之妙為妙,若用力扶持,終為不美,其成就終必艱難矣。過於貴人,逢災自愈。註釋:八字中原多貴人,二德扶用財官,不有刑破,雖居顛沛之中,亦無妨矣。過於惡殺,遇福難亨。註釋:八字中原多惡殺,三刑六沖,又與財官反背,縱遇財官之地,將何享福之基。
「過だ有情なれば、志遠達無し」。注釈に説く、一局の中の干支過だ有情なる可からず、一味として合い来り合い去れば、便ち牽絆迷惑せられて自ら拔く能わず、眼界只だ近処外表に落ち、志向哪れに還だ能く遠大ならんや。「過だ力を用うれば、成るもまた難多し」。注釈に説く、凡そ命局能く自然の妙を得る乃ち妙と叫ぶ、若し力を費して扶持せんと要せば、終に美ならず、就使成就すともも必定として艱難なり。「過だ貴人多ければ、災に逢い自ら愈る」。注釈に説く、八字の裏本来多く貴人を帯び、又天徳・月徳二徳の扶助する所の財官有りて、且つ刑冲破害に遭わざれば、那麼便し身顚沛流離の中に処るもも妨無し。「過だ悪殺多ければ、福に遇うも亨り難し」。注釈に説く、八字の裏本来多く悪殺を帯び、三刑六冲斉備し、又財官と背道して馳す、縦え行運財官の地に遇うとも、又何を將てか享福の根基と作さん。
五行絕處,祿馬扶身。註釋:凡遇絕處,不可便指為凶。蓋凶處亦有福神相助,如木絕於申,申有壬水為印,庚戊為財官,皆我所用之物,不能傷身。四柱奇中,比肩分福。註釋:古以官為貴,以財為奇,局中得遇財官,乃為吉矣。如見比肩則無忌憚,爭官劫財,福無全美。陰陽固有剛柔。註釋:陽剛陰柔,天地之道也。此言剛柔之道,雖陰陽之中,抑且不能去者也。
「五行絶處、禄馬身を扶く」。注釈に説く、凡そ五行の絶地に遇うは、一見すれば便ち凶と断ず可からず。凶処にもまた福神の相助くる有り、譬如木申に絶す、申中却って壬水を蔵して「印」と為し・庚金と戊土を「官」と「財」と為し、皆我が用う可きの物にして、並んで身を傷る能わず。「四柱奇中、比肩福を分かつ」。注釈に説く、古人官を以て貴と為し・財を以て奇と為し、命局の中財官を得遇すれば便ち吉なり。可なり一たび比肩を見れば、它便ち憚忌する無く官を争い財を劫し、福気便ち十全十美なる能わず。「陰陽固より剛柔有り」。注釈に説く、陽は剛を主り・陰は柔を主る、此れ是れ天地の道なり。此処に剛柔の理を講ず、陰陽の中に含むといえども、却是れ一刻も去り得ざるなり——通篇気象の清濁高低を論ず、説き到る所皆剛と柔此の両個の字の上に落つ。
干支豈無顛倒。註釋:顛之倒之,反覆之謂之,如干有壬癸甲乙丙丁,支有亥子丑之類是也。父無子而不獨。註釋:木以火為子息,四柱中如無丙丁巳午之位,則無子矣。若地支暗畜有火,亦不為無子矣。子有父而反孤。註釋:木以水為父母,若被損克,則不得其所。如甲乙日生於亥子之年月,值四季,水被土傷,所生之人失矣,豈不孤哉!
「干支豈に顛倒無からんや」。注釈に説く、謂う所の顛倒は、即是ち次序反覆の義なり、譬如天干壬癸甲乙丙丁を排し、地支亥子丑の類を排す、先後錯位する便ち是れなり。「父子無くして獨ならず」。注釈に説く、木火を以て子息と為す、四柱の中若し丙・丁・巳・午此れらの位置無ければ、就算して子無しとす。但し地支裏若し暗く火を蔵すれば、も子無しと算せず、故に父と為る獨孤に至らず。「子父有りて反って孤なり」。注釈に説く、木水を以て父母と為す、父母若し損克せられれば、便ち安頓を得る能わず。譬如甲・乙の木亥・子の年月に生まれ、年月又辰戌丑未四季土旺の時に値し、水土に傷せられ、我を生ずるの神就此れに於て失わる、兒子と做る豈に反って孤单と成らざらんや。
生尚可以再生。註釋:局中之物,原有長生,先被克損,歲運復遇生旺之地,身力復強,如再生也。死不可以復死。註釋:凡柱中之物,原值死絕之宮,復來歲運,再遇死地,不為更凶之論,蓋死無二也。即死亦非為鬼。註釋:木值春生,得時乃旺。柱中雖遇死絕之中,若運行生旺之鄉,亦不為之死也。逢生又不成人。註釋:木值秋生,失時乃弱。柱中雖遇生旺之官。若運行衰絕之一地,終不為之生地。
「生尚ほ以て再生す可し」。注釈に説く、局中の物本より長生の気有り、先に克損せられ、歳運裏再び生旺の地に遇えば、身力重新して強く起る、就て重ねて活きる一次の如し。「死以て復た死す可からず」。注釈に説く、柱中の物原本就に死絶の宮に坐す、歳運再来りて又死地に遇うも、更に凶と算作する能わず、死は只だ一次有りて、第二次の死す可き無きを以てなり。「即ち死すも亦鬼と為るに非ず」。注釈に説く、木春天に生まれ、時を得れば便ち旺なり。柱中死絶の地に処るといえども、只だ行運生旺の郷に走り到れば、もまた死に当たりて論ず可からず。「生に逢うて又人と成らず」。注釈に説く、木秋天に生まれ、時を失えば便ち弱し。柱中生旺の宮に遇うといえども、只だ行運衰絶の地に走り到れば、終に生地と算するを得ず。生死の論は要して月令時序と合わせて一并に看るを要し、単に一字の十二運を憑る能わず。
五行各得其所者,歸聚成福。註釋:凡五行不可虛名失位,俱要得令歸坦,方能為貴,若歸聚一局,妙不可言。一局皆失其垣者,流蕩無依。註解:凡日主用神,俱要著落之處。如四柱中不得通根有靠,又遇空亡死絕,則終無成立,必然飄蕩失所矣。大運折除成歲。註釋:大運者,八字之表裡也。取用乃度其淺深,成歲須知多寡是也。
「五行各お其の所を得る者、帰聚して福を成す」。注釈に説く、五行徒らに虚名有りて其の本位を失う可からず、皆令を得て各お坦途に帰し、乃ち貴を成す能う。若し能く帰聚して一個の整局と成れば、那れ更に妙言う可からざるなり。「一局皆其の垣を失う者、流蕩して依る無し」。注釈に説く、日主と用神皆要して着落の処有らん。四柱の中若し能く根を通じ靠有らず、又空亡・死絶に碰上れば、終に立ち起る能わず、必定として飄蕩して帰する所無し。「大運折除して歳を成す」。注釈に説く、大運是れ八字の表と裏なり。用神を取るは要して其の深浅を度量し、而して三日を折りて一歳と為し以て運を起す、須らく先ず生日の節気に距るの多寡を算し清すべし。
小運逆順由時。註釋:小運者,補大運之不足而立名也。古人以男起丙寅,女起壬申,以是定逐年禍福,鮮有不左。予嘗見一秘書,以為男女小運,皆由生時而行之,順逆亦以年定。六合有功,權尊六部。註釋:凡四柱中,有刑沖剋破,木為凶論,得神挽回有力者,即反為祥,其福高厚。
「小運逆順時に由る」。注釈に説く、小運是れ大運の不足を補うの為に別に立つるの名目なり。旧法男命一律に丙寅より起り・女命一律に壬申より起り、之を用いて逐年の禍福を推定す、鮮し出錯せざる無し。張楠自ら嘗て一部の秘本を見たりと説く、男女小運皆当に生時より起算し・順行逆行もまた年干の陰陽に照りて定むべしと主張す——他が辨ずる所正しく是れ旧説此の固定起例の非なり。「六合功有り、権六部を尊ぶ」。注釈に説く、四柱の中若し刑・冲・克・破有れば、本凶と作して論ず、若し一神の出でて挽回して力量足るを得れば、反って転じて祥瑞と為り、福気高厚にして、以て位六部に尊ぶ可し。
三刑得用,威震邊疆。註釋:刑本不吉,得用者富貴聰明,無用者孤貧凶夭。何以為得用?三刑有氣,日主剛強。何以為無用?三刑無氣,日主衰弱。天地包藏神得用,豁達胸襟。註釋:如八字中不見亥申二字,得左右之神拱起二字,兼有貴氣,不落空亡,須當顯豁。風雨激烈貴無虧,發揚姓字。註釋:巳為風門,卯為雷門,八字中虛拱二位,更有貴人歲運,若逢沖起,必能發達。
「三刑用を得、威辺疆を震う」。注釈に説く、刑本来吉ならず、用い上げる人は富貴にして聡明、用上げざる人は孤貧にして凶夭なり。怎の様にして始めて用を得と算する。三刑の神気有り、日主又剛強なり。怎の様にして用無しと算する。三刑気無く、日主衰弱なり。見る可し、吉凶は刑の本身に在らず、日主の担うや担わざるやに在り。「天地神を包蔵して用を得、豁達胸襟」。注釈に説く、譬如八字裏本より亥・申二字を見ず——亥は天門と為り・申は地戸と為る——却って左右の神に由りて虚拱して此の両字を出だし、又兼ねて貴気を帯びて空亡に落ちず、胸襟自ずから当に開闊顕豁たるべし。「風雨激烈にして貴亏けず、姓字を発揚す」。注釈に説く、巳是れ風門、卯是れ雷門、八字裏虚に此の両位を拱し、歳運再び貴人に遇い、一たび冲に逢い而して激発し起れば、必ず能く発達して名を揚げん。
賊地成家,賊亂家亡身必喪。註釋:此法如歲月日中,有神爭合為妻,月支陷弱其中,欲出而不可得,故曰賊地。更得歲月之神自刑,無暇合我,得時支乘機與月支成合,是謂賊地成家。富貴不淺,大運去賊則安,再見賊亂,其家必亡而身喪矣。梁材就斷,木多金缺用難成。註釋:夫木本賴金斷以成器,若金被神留合,不能克其木,卻要木與金為鄰,就彼雕琢可也。若木盛金弱,則雖就金,亦不能斷而有用,木與金作合,彼此兩強,乃為貴論。
「賊地家を成す、賊乱れば家亡び身必ず喪わん」。注釈に説く、此の一法是れ年・月・日の中別の神有りて来りて我が妻星を争合し、妻星月支裏に陥りて困せられ、出でんと欲するも又出で来らず、故に「賊地」と叫ぶを指す。若し年月の神恰好として自刑し、来りて我を合するを顧みず、時支便ち機に乗じて月支と合を成し、妻星を把りて救い出す、此れ便ち「賊地家を成す」と叫ぶ、富貴浅からず。大運賊を把りて除き去れば便ち安穏なり、再び賊の来りて乱を作すに遇えば、家必ず亡びて身もまた喪わん。「梁材断に就く、木多く金缺けて用成し難し」。注釈に説く、木本要して金の斫削に靠りて始めて器を成す、若し金別の神に合し住められて木を克し動かす能わざれば、那れ便ち木と金を相い隣らせ、金に就きて雕琢を受くるを得て乃ち可なり。若し木盛んにして金弱ければ、縦え金に就くとも、も斫り動かす能わずして棟梁の材を成さず。必ず木と金相合して両辺の勢力皆強きを得て、始めて貴と作して論ず。木と金の関係正しく是れ「材」と「工」の関係なり、一強一弱都て器を成す能わず。
純陽地戶包陰,兵權顯赫。註釋:八字純陽,本為偏黨,殊不知子寅辰午申戌,暗拱丑卯巳亥未酉之陰,二象相濟,則反全天地之正氣,發福菲小。獨虎天門帶木,臺閣清高。註釋:凡歲月得寅一位,卻要時帶天門,虎必朝天,甲日柱內更有卯未合局,木盛生風,風從於虎,豈不美哉!若刑沖剋破,不得印綬財官則無用矣。
「純陽地戸陰を包む、兵権顕赫」。注釈に説く、八字純是れ陽にして、本来一党に偏す、殊に知らず子・寅・辰・午・申・戌此の六個の陽支、暗中に丑・卯・巳・亥・未・酉此の六個の陰支を拱夾し、陰陽二象互相に調済し、反って天地の正気を保全し、福を発すること小ならず。「独虎天門木を帯ぶ、台閣清高」。注釈に説く、年月の中寅此の一位を得——寅虎に属す——還だ要して時支亥此の天門を帯び、便ち是れ虎天門に朝る。若し是れ甲木日主、柱内再び卯・未有りて寅と木局を合成せば、木盛んにして風を生じ、風また虎に従う、豈に美ならざらん哉。倘若刑冲克破に遭い、又印綬財官に配し上げざれば、便ち用無し。
學堂逢驛馬,山斗文章。註釋:凡身坐長生之位,皆為學堂,更得驛馬交馳,又得高大氣象。帶財煞貴人者,文章瀟灑出塵。日主坐咸池,江湖花酒。註釋:咸池,又名桃花煞,男女逢之,必然淫亂,多因花酒流落江湖。若見財官貴德同宮,反得標格清奇,富貴安享,大忌刑合,只喜空亡。福滿須防有禍。註釋:凡用印生身,乃為我之福也。運行比印旺地,生扶太過。福滿處豈無禍生,是以君子須知防也。
「学堂駅馬に逢う、山斗の文章」。注釈に説く、日主長生の位に坐すれば便ち「学堂」と叫ぶ、再び駅馬往来交馳を得れば、気象便ち高大なり。若し財・殺・貴人を帯ぶれば、文章清逸にして塵を出で、声望泰山北斗の如し。「日主咸池に坐す、江湖の花酒」。注釈に説く、咸池又の名桃花煞、男女之に逢えば必然として淫乱し、多半酒色に因りて江湖に流落す。若し財・官・貴人と天月徳同じ一宮に在るを見れば、反って能く格調清奇、富貴安享し、最も刑と合を忌み、倒れて空亡に落つるを喜ぶ。「福満つれば須らく禍有るを防ぐべし」。注釈に説く、印を用いて身を生ずる本は我が福なり。可なり運行比肩・印綬皆旺なる処に到れば、生扶頭を過ぎ、福満つるの処豈に禍を生ぜざらんや、故に君子須らく預防を知るべし。此れ仍ほ是れ気象の上一個の「過」の字なり。満つれば則ち損を招く、前面の「過だ貴人多し」諸条と同一の意脈なり。
凶多未必無禎。註釋:局中原多官煞,再行官煞歲運,其凶乃甚。歷盡艱難,後必有制身旺之運,否極泰來之象。馬頭帶箭,生於秦而死於楚。註釋:此言驛馬。在時日之下者,若見有刑沖,謂之帶箭,主人決定異國喪亡也。馬後加鞭,朝乎南而慕乎北。註釋:凡取用驛馬,順則年取其日時,逆則時用其日主,馬無提攔,則縱肆而不可遏,如後再加刑沖,馬必疾行,終無安頓之地,主人一生勞碌,奔競四方。若刑沖之神,遇有三合六合,則不為加鞭矣。
「凶多くとも未だ必ずしも禎無し」。注釈に説く、命局の中本来官殺便ち多く、再び官殺の歳運を行えば、凶険更に甚だし。然るに艱難を歴尽したる後、必ず殺を制し身旺の運接続して上がり、正しく是れ否極まり泰来るの象なり。「馬頭箭を帯ぶ、秦に生まれて楚に死す」。注釈に説く、此処に講ずるは是れ駅馬なり。駅馬日・時の下に落ち、若し又刑冲を見れば、便ち「箭を帯ぶ」と叫ぶ、主人必定として異郷に客死す。「馬後鞭を加う、南に朝りて北に慕う」。注釈に説く、凡そ駅馬を取りて用と為す、順行は年上より日時に取り到り、逆行は時上より日主に取り到る。馬若し東西提し住め拦る無ければ、便ち放縦して遏止す可からず、後頭再び刑冲を加えれば、馬必ず疾馳し、終に安頓の処無く、主人一生労碌して、四方に奔競す。若し那の刑冲の神又三合六合に羈絆せられ住めば、便ち鞭を加うと算せず。駅馬此の両条、一条は其の止まりて傷を帯ぶるを説き、一条は其の動きて制無きを説く、皆是れ安身立命の気象にあらず。
一將當關,群邪自服。註釋:將者,貴重之神也。關者,要緊之處也。邪者,妒我之物也。假於甲乙日生於金旺年月,皆來克我,得丙丁透出干上,制殺為權,而殺自服矣。眾凶克主,孤力難勝。註釋:此言殺重身輕,孤獨無助者,蓋無當關可救之神也。則不能勝所克矣,決主夭疾。脫此輩忌見此輩。註釋:此言如甲己化土,脫木氣而從妻家,若見甲乙寅卯未亥,皆我比肩,則有原旺之藉,豈無咎哉。
「一将関に当たる、群邪自ら服す」。注釈に説く、「将」是れ貴重の神、「関」是れ要緊の処、「邪」是れ我を嫉妬し・来りて我を害するの物なり。譬如甲・乙の木日主金旺の年月に生まれ、衆金皆来りて我を克す、只だ丙・丁天干の上に透して殺を制し権と為せば、衆殺自然に馴服す。「衆凶主を克す、孤力勝ち難し」。注釈に説く、此れは殺重く身軽くして孤立し助無きの命を講ず、一個の関に当たりて救う可きの神無きを以て、日主克する所の物に勝つ能わず、必ず夭亡多疾を主す。「此の輩を脱するは此の輩を見るを忌む」。注釈に説く、譬如甲と己合して土と化し、已に木気を脱し去りて妻家に順従す、此の時若し再び甲・乙・寅・卯・未・亥此れらの我と同じ一党の比肩を見れば、木便ち旧日の旺気依る可き有りて、化格之に随いて破せられ、怎麼に能く災咎無からんや。
化斯神喜見斯神。註釋:如乙庚化金,喜見金旺,而妻得依其夫。丁壬化木喜見木旺,而子得依其母之類是也。驛馬無韁,南北東西之客。註釋:無韁,馬無合也。東西南北,無所不至矣。若遇此,必主飄零。桃花帶殺,娼妓隸卒之徒。註釋:桃花日時相見是也。不惟忌刑合有情,尤忌五煞同處,凡遇此者,不知禮義廉恥之徒也。
「斯の神に化するは斯の神を見るを喜ぶ」。注釈に説く、譬如乙と庚合して金と化せば、便ち金旺を見るを喜ぶ、妻子の丈夫に依靠するを得るが如同なり。丁と壬合して木と化せば、便ち木旺を見るを喜ぶ、兒子の母親に依靠するを得るが如く、皆是れ此の道理なり。上一条は化気の後旧党を見るを忌むと説き、此の一条は化気の後新神を見るを喜ぶと説く、両条要して合わせて看るを要す。「駅馬繮無し、南北東西の客」。注釈に説く、謂う所の繮無しは、即是ち駅馬に合神の羈絆し住むる無きなり。東西南北到らざるの処無く、此の種の命に遇上れば必ず一生飄零を主す。「桃花殺を帯ぶ、娼妓隷卒の徒」。注釈に説く、即是ち桃花日・時上に於て相い見るなり。不但其の別支と刑合して情有るを忌み、尤も五煞と同処するを忌む。凡そ此の種の命に遇うは、皆是れ礼義廉恥を知らざるの輩なり。
母子有始終之靠。註釋:如戊日坐辰,生於申月,然土以金為子,金養於辰,少倚母而自強,老得子而有靠。夫妻得生死相依。註釋:如丙丁坐子月,用酉金。然火以金為妻。金生於子,適夫家以養其身。火至酉亡,賴妻家以活其命。雙眼無瞳,火土熬乾癸水。註釋:癸水在人屬腎,為一身之基,兩目之本。目關五行,惟瞳屬水,水涸腎虛,則瞳無所依。
「母子始終の靠有り」。注釈に説く、譬如戊土日主辰に坐して申月に生まれ、土金を以て子と為し、金辰の上に於て養を得。年少の時母親に倚りて自ら強し、年老の時兒子を得着して靠有り。「夫妻生死相依を得」。注釈に説く、譬如丙・丁の火子月に生まれて酉金を取りて用と為す、火金を以て妻と為す。金長生子に在り、女子の夫家に出嫁して身を養うを得るが如く、火酉に到れば便ち死し、又妻家に靠りて来りて性命を接続す。「双眼瞳無し、火土癸水を熬乾す」。注釈に説く、癸水人身に於て腎に属し、是れ一身の根基・両眼の本原なり。眼目五行に関渉すといえども、惟独瞳仁水に属す、水一たび干涸して腎虚なれば、瞳仁便ち依托を失う。
大腸有病,丙丁克損庚金。註釋:庚屬大腸,宜臨水土,嫌者丙丁寅卯,得局無制。然庚金雖得托根,又被沖破,便有此疾。土行溼地而傾根,伯牛有恨。註釋:戊土屬脾,四柱中不有生旺通根之位,又加水浸金虛,運行溼地,歲見木克,因而有疾。火值炎天而得局,顏子無憂。註釋:火乃文明之象,生於九夏,三合寅午戌,用火愈發輝,少用木資其火,不宜見水拖根,遏火之炎。人生得此,樂道無憂。火行極處,多遇木生,反主夭貧,至不利也。
「大腸病有り、丙丁庚金を克損す」。注釈に説く、庚金人身に於て大腸に属し、宜しく水土の地に坐すべく、忌む所は是れ丙・丁と寅・卯結びて火局を成して人之を制する無きなり。庚金縦え根托す可き有るも、那の根若し又冲破せられれば、便要して此の病を得ん。「土行湿地にして根を傾く、伯牛恨有り」——伯牛是れ孔子の弟子冉耕、身悪疾を染めて終る。注釈に説く、戊土人身に於て脾に属し、四柱の中生旺通根の処無く、再び水の来りて浸泡し・金の来りて気を盗むを加え、運行湿地に到り、流年又木の来りて土を克するを見る、此れに因りて疾を成す。「火炎天に値して局を得、顔子憂い無し」。注釈に説く、火是れ文明の象にして、盛夏に生まれ、寅・午・戌三合成局し、火を用いて便ち愈々光輝す。宜しく略しく木を用いて火勢を資助すべく、宜しく水の火根を拖し住め・火の炎上の性を遏め住むるを見るべからず。人生まれて此れを得れば、能く顔回の如く貧に安んじ道を楽しみて憂い無し。但し火極旺の処に行き到り、若し又頻々に木に遇い来りて生ぜれば、反って夭亡貧困を主し、最も是れ不利なり。
水泛木浮,死無棺槨。註釋:木從水泛,不遇土提防,更值死鄉沖並,是必墮崖落水,橫禍毒亡,多不為美。火炎土燥,主受孤單。註釋:土因火燥,萬物不生。初運南行,廢而無運,後來雖遇財官,不能為用,以致孤貧奔走,無家之命也。妻多力弱,花粉生涯。註釋:凡用財為妻,最要得位得時,日主更喜剛強,歲月有倚,陰陽各得其所,良配可知。若財多散亂,刑合不齊,日主孤柔,不能任用,必因其妻而獲利,以養其身也。
「水泛れて木浮かぶ、死して棺椁無し」。注釈に説く、木水に随いて漂泛し、又土の来りて堤を築き提防する無く、再び死絶の郷と冲并に碰上れば、必定として崖に墜ち水に落ち、横死し毒亡し、多半善終を得ず。「火炎土燥、孤单を受くるを主す」。注釈に説く、土火に烤せられて焦燥し、万物便ち生長する能わず。早年大運又南方火地に往き走り、一路荒廃して無運に等しく、後来縦え財官に遇うとも、も力任用する無く、以て孤貧奔走し、帰する家無きの命と成り至る。「妻多く力弱し、花粉の生涯」。注釈に説く、凡そ財星を取りて妻と為す、最も要して位を得時を得、日主更に剛強を喜び、年月上倚靠する所有り、陰陽各お其の所を得れば、好配偶便ち知る可し。若し財多くして散乱し、刑と合参差不斉にして、日主孤弱柔懦にして財を任じ起す能わざれば、便ち必然として妻子の掙り来るの銭に靠りて自ら養い、脂粉の営生を做し起す。
馬弱比多,形骸飄泊。註釋:凡遇財旺身強,生平安樂。若見財輕比重,終必飄泊江湖,逐財困苦,安享何能。性靈形寢,多因濁裡流清。註釋:凡八字,濁中流有一點孤清,則人雖樸陋,穎悟機謀異常,與眾回異也。貌俊心蒙,蓋是清中涵濁。註釋:此論用神清奇,特立中或有物來傷之,主其人外雖貌美,內無學識,皆迷酒色。凡遇凶神交會,善雖小而難成。吉耀並臨,惡雖多而亦化。道從理悟,神入心生。熟讀苦求,巨微判矣。
「馬弱く比多し、形骸漂泊す」。注釈に説く、凡そ財旺身強の人一生安楽なり。若し財軽くして比肩重ね重ねなれば、終に江湖に漂泊し、利を逐うの為に困苦し、哪れに安享を談じ上げんや。「性霊形寝、多く是れ濁裏清を流るに因る」。注釈に説く、八字渾濁の中若し一点の孤清流れ出ずれば、那の人相貌朴陋なるといえども、却って穎悟機変常人に異なり。「貌俊にして心蒙し、蓋し是れ清中濁を涵するなり」。注釈に説く、此れは用神本来清奇特立し、中間却って一物出でて之を傷るを講ず、其の人外表美なるも、胸中却って学識無く、多半酒色に沈迷するを主す。此の両条正しく是れ全篇清濁を論ずるの帰結なり。清中に濁を帯びと濁中に清を透す、人品高下便ち此に於て分かつ。全篇結語に説く、凡そ凶神交會に遇えば、善事小なるも難し成らん。吉星并び臨めば、悪事多きも能く化解せん。道理要して義理の上より悟るを要し、神機要して心裏より生ぜん。熟読苦求すれば、大処小処自然に分判して明白ならん。
渭涇論
《易》曰:“乾道成男,坤道成女。”陰陽剛柔,各有其體。故女命以柔為本,以剛為刑,以清為奇,以濁為賤。乾,陽也,坤,陰也。陰陽交則成人道。陽剛而陰柔,稟得乾道,則為男,稟得坤道,則為女,故男剛而女柔。陽有陽體,陰有陰體,且女命貴乎陰靜,最忌陽剛,貴乎清而賤乎濁也。
『周易・繋辞上』に説く、「乾道男を成し、坤道女を成す」。陰と陽・剛と柔、各お各お其の本体有り。故に女命柔順を以て根本と為し、剛強を以て刑克と為し、清純を以て奇貴と為し、混濁を以て下賤と為す。乾是れ陽、坤是れ陰、陰陽相交して始めて人道を成就す。陽性剛にして陰性柔、乾道を禀受するは男子と成り、坤道を禀受するは女子と成る、故に男子剛にして女子柔なり。陽に陽の体性有り、陰に陰の体性有り。女命陰柔安静を貴ぶ、最も陽剛の外に露るるを忌み、気象清純を貴びて混濁を以て賤と為す。本篇篇名「渭涇」即ち涇渭、涇濁渭清・是非を分かち清むの義を取る——張楠の辨ぜんと要する所、正しく是れ旧時諸家の女命を論ずる時の清濁分かたず・是非混淆するの種種の説法なり。
三奇得位,良人萬里封侯。三奇者,財官印,非乙丙丁也。女命以官星為夫,如甲生人見辛為官,即夫也。辛金長生於子,旺於申酉之地,以己土為財,得辰戌丑未之地,以癸水為印,得亥子丑之方,皆得其位,主其夫有貴,故曰萬里封侯。
「三奇位を得、良人万里に侯を封ず」。此処に謂う所の三奇は、是れ財・官・印三様を指し、并びに術家の常に講ずる乙・丙・丁三奇にあらず——張楠先ず此の名目を把りて辨じ清む。女命官星を以て丈夫と為す、譬如甲木日主辛金を見て正官と為せば、辛金便ち是れ其の丈夫なり。辛金長生子に在り、申・酉の地に於て旺なり。辛己土を以て財と為し、辰・戌・丑・未四庫の地を得。辛癸水を以て印と為し、亥・子・丑北方の位を得。財・官・印三者皆各お其の位を得、其の丈夫の顕貴を主す、故に万里に侯を封ずと説く。
二德歸垣,貴子九秋步月。二德者,天月二德也。天德貴人,正丁二坤,三壬四辛,五乾六甲,七癸八寅,九丙十乙,子巽丑庚之例。至月德貴人,寅午戌月在丙,申子辰月在壬,巳酉丑月在庚,亥卯未月在甲之例是也。女命帶之,當主生子登科。
「二徳垣に帰す、貴子九秋に月を歩む」。謂う所の二徳は、就きて是れ天徳貴人と月徳貴人なり。天徳貴人の口訣は、正月丁に在り・二月坤に在り(即ち未申の位)・三月壬に在り・四月辛に在り・五月乾に在り(即ち戌亥の位)・六月甲に在り・七月癸に在り・八月寅に在り・九月丙に在り・十月乙に在り・十一月巽に在り(即ち辰巳の位)・十二月庚に在り。月徳貴人は則ち、寅午戌月丙に在り、申子辰月壬に在り、巳酉丑月庚に在り、亥卯未月甲に在り。女命此の両徳を帯びて各お本位に帰すれば、生ずる所の兒子の能く登科及第するを主す。「九秋に月を歩む」説く所正しく是れ秋闈に桂を折るの栄耀なり。
一官一貴,烏雲兩鬢擁金冠。女命只取官星一位,無官取七殺一位。七煞偏官也,貴人只取一位,毋得重見。重見即二夫也。亦要乘旺,祿馬暗合,主有此貴,貴人不宜重見,多者乃為貴重合多之論。
「一官一貴、烏雲両鬢金冠を擁す」。女命只だ一位の官星を取りて夫と為し、柱中官星無ければ便ち一位の七殺を取る、七殺就きて是れ偏官なり。貴人もまた只だ一位を取り、重ねて見る可からず、重ねて見れば就きて兩個の丈夫有るに等し。此の一官一貴還だ要して旺に乗り、禄と財暗中に相合し、始めて此の份の貴気有るを主し、鬢辺雲鬟始めて金冠を戴き起すを得。貴人宜しく重ねて見るべからず、多ければ便ち「貴重合多」と成る——合すること太だ多ければ便ち淫濫に流れ、反って更に貴ならず。
四殺四空,皎月滿懷啼玉筋。女命忌煞多,並四柱空亡,主剋夫傷子,重疊再嫁,還主孤單,故云啼玉筋。玉筋者,淚痕也。冬月天寒極矣,啼哭淚已憂冰,如玉筋之狀,故云玉筋。
「四殺四空、皎月懐に満ちて玉筋を啼す」。女命七殺太だ多きを忌諱し、もまた四柱空亡に落つるを忌む。殺多空多ければ、夫を克し子を傷り・一嫁再嫁し、頭に到りて仍ほ孤单に帰するを主す、故に「玉筋を啼す」と説く。玉筋就きて是れ涙痕なり。冬月天寒極点に到り、哭き出すの涙未だ地に落ちずして便ち凍住し、腮辺に垂れて一双の玉箸の如し、故に玉筋と称す——懐に皎月を満ちて独自涙を垂る、正しく是れ此の様の光景なり。
官行官運,鏡破釵分。女人命中只取一位正官為夫,又行官星之運,則又遇一夫星也。豈不為二夫爭一妻也,必主分離之事。如甲以辛金為官,則為一夫矣。若又遇辛運酉之地,主有剋夫而再嫁之理。故云鏡破釵分也。
「官官運に行く、鏡破れ釵分かる」。女子命中只だ一位の正官を取りて夫と為す、若し行運又官星の地に走り到れば、再び一個の夫星に遇うに等しく、豈に兩夫一妻を争うと成らざらんや、必ず分離の事を主す。譬如甲木日主辛金を以て官と為せば、此れ就きて一位の丈夫なり。若し行運又辛に遇い、或いは酉此の辛金の旺地に走り到れば、便ち夫を克し再嫁するの理有り、故に鏡破れ釵分かると説く。旧説只だ女命官星を見るを喜ぶを講ず、張楠此に於て辨明す、官星原より只だ宜しく一位なり、一たび官運再来りに逢えば、喜便ち転じて忌と成る。
鏡破者,徐德言尚樂昌公主,因國亂分離,公主剖鏡,各執一半,其他日恐情緣未斷,再圖相會。樂昌公主果於越國公楊素處得之,德言約以貨鏡為期,公主得鏡悲泣,越公聞而知之,召德言還其妻。此為破鏡之故事。
謂う所の「鏡破れ」は、破鏡重ねて圓くなるの旧事より出づ。陳朝の徐徳言楽昌公主を娶りて妻と為し、国破れ離乱に因りて分散す、公主一面の銅鏡を把りて両半に剖し、夫妻各お一半を執り、他日の情縁未だ断たず還だ能く此に憑りて相い認めんを怕る。後来楽昌公主果然として越国公楊素の府中に流落し、徐徳言便ち之と市上に於て鏡を売るを期と為すを約定す。公主那の半面の鏡子を見、悲泣止まず、楊素此の事を聴き聞き、便ち徐徳言を召し来り、妻子を把りて他に還す。此れ便ち破鏡の典故なり——張楠之を引くは、是れ女命分離の象有るも、も未だ必ずしも全く重合の機無しと説くなり。
財入財鄉,夫榮子貴。財者,命之源也。男命以財為妻,故謂之妻財。女人以財而事夫,則其夫榮矣。凡女人之命,有財得地,又行財運,而財更盛,定主其夫家富貴,生子亦貴。衣錦藏珍,官星有氣。官星者,女人之夫星也。五行中得生旺無沖者,主其夫亦榮貴,故身衣錦繡而藏珍寶者有之。堆黃積白,財庫無傷。黃與白者,金與銀也。凡人有財豐厚者,必得財庫以藏之。以辰戌丑未為四庫,既藏財物倉庫。恐有傷之,傷之則財散矣,又豈能保其長富乎?
「財財郷に入る、夫栄え子貴し」。財是れ一命の源頭なり。男命財を以て妻と為す、故に「妻財」と叫ぶ。女命は則ち反って財を以て去りて丈夫を奉事す、財旺なれば則ち夫其の養を得て栄顕す。凡そ女子の命、柱中財有りて地を得、行運又財郷を走れば、財勢愈々盛んにして、必ず夫家の富貴を主し、生ずる所の兒子もまた貴し。「衣錦珍を蔵す、官星気有り」。官星就きて是れ女人の夫星にして、五行の中生旺を得て冲克を受けざるは、其の丈夫もまた栄顕富貴を主す、故に始めて身錦繡を穿ち・家珍宝を蔵するの人有り。「黄を堆ね白を積む、財庫傷無し」。黄と白は、指す所是れ黄金と白銀なり。凡そ財貨豊厚の人、必ず財庫有りて来りて収蔵するを得。辰・戌・丑・未四庫就きて是れ財物を収蔵するの倉庫にして、最も其の冲破損傷せらるるを怕る、一たび傷れば則ち財散じ、又哪れに能く長久の富有を保得住せんや。此の三条合わせて看れば、女命の栄枯全く財と官両様の能く地を得て而又傷を受けざるや否やに係る。
大抵官多不榮,財多不富。女命官多者,則夫多矣,豈得為榮哉?且如男子眾多,與一女共處一室,如柳巷花街之流,安得有榮?而且有辱其身者也。但凡女命官多者,取其一官為主,以去留舒配之義斷之,只得其安樂,不得其榮華。財多者以事他人,自己亦不能富矣。且女命隨其夫之貴賤,委身於人,豈由自身者乎?
総じて説く、女命官多ければ反って栄えず、財多ければ反って富まず。官多き就きて是れ夫多し、哪れに栄を談じ上げんや。譬如許多の男子と一個の女子一室に共処すれば、那れ就きて柳巷花街の流なり、怎麼に会して栄光有らん、反って自身を辱没す。凡そ女命官多きは、要して其の中一位の官を取りて主と為し、去留舒配の義理に按じて去りて判断するを要し、も只だ能く個の安楽を得、栄華を得ず。財多きは、那の財是れ用いて他人を奉事するに在り、自己反って富み起さず。況んや女命丈夫の貴賤に随いて以て定まり、身を人に委し、哪れに自己に由りて作主を得んや——此れ正しく是れ張楠の旧説「女命財官を喜ぶ」の偏を辨ずるの処なり。
用正印而逢梟,蘭階夜冷。正印者,生我之母也。如甲人以癸水為正印,又逢壬水為偏印。偏印,即嫋神也。梟者東方不仁之鳥,長成則食其母,故曰梟,女命以正印為用,又逢梟印,未免有侵凌之禍,主其人有蘭階夜冷之淒涼矣。
「正印を用いて梟に逢う、蘭階夜冷たし」。正印是れ我を生ずるの母親なり。譬如甲木日主癸水を以て正印と為す、若し又壬水に逢えば、壬水就きて是れ偏印なり。偏印又の名「梟神」。梟是れ東方の一種の不仁の鳥にして、長じ大きくなれば自己の母親を喫掉す、故に名を取りて梟と為す。女命本来正印を取りて用と為す、却又梟印の来りて奪うに逢えば、未免侵凌の禍に遭い、其の人の蘭階夜冷・庭戸凄清の孤寂有るを主す。同じく是れ印星なり、正印我を生じて梟神我を奪う、名分只だ一字を差するも、禍福却って正しく相反す。
用梟神而遇印,玉樹春榮。梟神不仁之辰,正印慈善之辰,雖惡人得善人正之為惡亦反福矣。凡女命以梟為用,遇正印則為吉助,如玉樹臨於春風中矣。金清水冷,日鎖鸞臺。金生冬月之間,水且寒矣。且金為水母,金洩氣過多,而水又冷,則為骨肉無情之論。女命遭此,故曰日鎖鸞臺。
「梟神を用いて印に遇う、玉樹春栄ゆ」。梟神是れ不仁の神、正印是れ慈善の神なり。悪人善人を得着して来りて匡正せば、那の份の悪反って能く転じて福と為る。凡そ女命本梟神を以て用と為し、再び正印の来りて相助するに遇えば、便ち是れ吉なり、好比玉樹春風の中に立つるが如し。此の一条と上一条恰好として対照を成す。印を以て用と為すは最も梟の来りて奪うを忌み、梟を以て用と為すは反って印の来りて正するを喜ぶ。「金清水冷、日鸞台に鎖さる」。金冬月に生まれ、水本すでに寒し。金又が是れ水の母親にして、金気を泄すること過多にして水偏に冷たし、母子の間便ち骨肉無情の象と成る。女命此の種の格局に遇上る、故に終日鸞台の上に鎖され、形影単只なりと説く。
土燥火炎,夜寒衾帳。土生夏月,火已盛矣。且土賴火生,火愈盛而土亦愈燥,正謂子枯母盛之論。女命遇此,亦主孤單為無依之命。群陰群陽,清燈自守。五行天之中,干地支俱見陰者,謂之群陰,俱見陽者,謂之群陽,似無相濟之理,陰陽不得為配,男無妻而女無夫,其理然也。
「土燥火炎、夜衾帳寒し」。土夏月に生まれ、火已に太だ盛んなり。土本要して火に靠りて来りて生ぜんとす、可なり火愈々盛んなれば土便ち愈々燥し、正しく是れ謂う所の子枯れて母盛んなり。女命此の種の格局に遇上れば、もまた孤单して依る無きの命と成るを主し、衾帳夜寒し。「群陰群陽、清灯自ら守る」。五行の中、天干地支全く陰を見るを「群陰」と叫び、全く陽を見るを「群陽」と叫ぶ。一味として純陰或いは純陽なれば、便ち相い済するの理無く、陰と陽配して対を成さず、男の妻無く・女の夫無し、道理本是れ此の如し、只だ落得て清灯独り守る。
重官重印,綠鬢孤眠。女命只喜一官一印,則為一夫。若重見則為重夫,必主剋夫。雖少年且有孤眠獨宿之意,假使有不克夫者,亦主遠別離隔,經年未得歡合,縱榮貴亦難免此。田園廣置,食神得位不逢官。食神者,女命以之為子。子星得位,則可以養母。食神主衣祿豐厚,女命甲生者,以丙為食,甲能生丙,以丙為子,子既得祿,未有不養其母者也。甲見辛為官,且辛與丙合,使其子而戀其妻,則忘其母之謂,故云不逢官可矣。
「重官重印、緑鬢孤眠す」。女命只だ一位の官・一位の印を喜ぶ、那れ始めて一夫と算す。官印若し重ねて見れば、便ち重夫と成り、必ず夫を克するを主す。縦え青春年少の時に在るも、もまた孤眠独宿の光景有り。假使僥幸にして夫を克せずとも、もまた遠別離隔を主し、経年累月団聚歓合を得ず、縦え栄華富貴を享くるも、も此の一層を免る可からず。「田園広く置く、食神位を得て官に逢わず」。女命食神を以て子女と為し、子星位を得れば便ち能く母親を奉養し、食神本身又衣禄豊厚を主す、故に田園広く置くと説く。譬如甲木日主丙火を以て食神と為す、甲能く丙を生ず、丙就きて是れ其の兒子なり。兒子既に禄を得、母親を奉養せざるの道理無し。可是れ甲辛金を見て官と為し、辛又が丙と相合すれば、那れ便ち兒子自己の妻子に恋して母親を忘るるに等しく、食神合し去られ、母親便ち養う所無し、故に官星に逢わざる乃ち好しと説く。
粟帛盈餘,印綬逢時還遇煞。用印者,雖有煞方顯,女命甲生,以癸水為印,庚金為殺,印賴殺生,遇之則顯。男主權貴,女主富厚。故云粟帛盈餘。傷官不見官星,猶為貞潔。女以官為夫,最忌傷夫之人。凡女人甲生者,以辛為正夫,以丁火為傷官,取火克金之故,若無癸水以制之,則夫受傷。但用傷官者,四柱不見官星,無官星則傷官無所可傷,反為貞潔之婦。且傷官為我生之子女,只喜傷盡,更有財助,則為福矣。
「粟帛盈余、印綬時に逢い還た煞に遇う」。印を取りて用と為る人、要して七殺有りて始めて印の作用を顕し出すを得。譬如甲木日主癸水を以て印と為し・庚金を以て殺と為す、印殺に靠りて来りて生ぜられ、七殺に遇上れば、印便ち顕達す。此の種の配合男命は権貴を主し、女命は富厚を主す、故に粟帛盈余と説く。「傷官官星を見ず、猶ほ貞潔と為る」。女官を以て夫と為し、最も柱中夫を傷るの神有るを忌む。譬如甲木日主辛金を以て正夫と為し・丁火を以て傷官と為す、火能く金を克するを以てなり、若し癸水の来りて丁を制する無ければ、丈夫便要して傷を受けん。但若し傷官を取りて用と為りて四柱裏根本に官星を見ず、傷す可き官無ければ、傷官便ち悪を作すに従る無く、反って貞潔の婦と成る。況んや傷官是れ我が生ずる所の子女なり、此の時只だ官星の傷れ乾净なるを喜び、再び財星の来りて引化相助する有れば、便ち転じて福と成る。旧説一たび女命傷官を帯ぶるを見れば便ち賤と断ず、張楠此に於て辨明す、傷官の禍と為る只だ傷る可き官有るに在り、傷る可き官無ければ反って貞潔と成る。
無食多逢印綬,反作刑傷。凡女人之命,取食神為子,如無食神,則無子星。殊不知無子則無以為養,多遇印綬,則損子矣。故云反作刑傷。窮梟見食,坐產花枯。甲木以壬水為梟,以丙為食,是壬克丙之故,俗云梟神能奪人之食。女人以食為子,故以坐產喻之然也。
「食無く多く印綬に逢う、反って刑傷と作る」。女子の命食神を以て子と為し、柱中若し食神無ければ、便ち子星無し。要して子無ければ便ち人の奉養無く、再び多く印綬の来りて食を克するに遇うを知るを要す、那是れ更に一歩進みて子を損す、故に反って刑傷と成ると説く。「窮梟食を見る、坐産花枯る」。甲木壬水を以て梟神と為し・丙火を以て食神と為す、壬水丙火を克す、俗語の以て梟神能く人の食を奪うと説く所以なり。女人食神を以て子と為す、食梟に奪わるれば、就て臨産の時花枝先に枯るるが如し、故に「坐産」を用いて以て比喻と作る。
惡煞混官,臨春葉落。惡煞,七煞也。女以正官為夫,偏官為偏夫,豈宜見之。若無正官,即以七殺為正夫。若有正夫,最忌見之。如婦人有二夫,一善一惡,混同一室,豈不反傷其身乎?故曰臨春葉落。
「悪煞官に混ず、春に臨みて葉落つ」。悪煞就きて是れ七殺なり。女命正官を以て正夫と為し・偏官を以て偏夫と為し、本之を出現せしむべからず。若し柱中原本正官無ければ、那れ便ち七殺を以て権く正夫を充たす。可なり一旦已に正夫有れば、最も再び七殺の来り混ずるを見るを忌む。好比一個の婦人兩個の丈夫有り・一善一悪・同じく一室に処るが如し、豈に反って自身を傷らざらんや、故に正しく春時に当たりて葉子先に落つと説く。
遠合勾情,背夫尋主。沖官破食,棄子從人。女命若三合六合,又有驛馬交情,桃花臨水,干帶雙鴛,支逢四殺,皆主與人私通。有官遇沖,有食遇破,夫子即被沖破,豈有不從他人者乎?
「遠合情を勾す、夫を背き主を尋ぬ。官を冲し食を破る、子を棄て人に従う」。女命若し柱中三合・六合牽連断たず、又駅馬往来交情有り、桃花水位に臨み、天干成雙の合神を帯び、地支四位の凶殺に逢えば、皆人と私通するを主す。官星有りて冲に遇い、食神有りて破に遇うは、丈夫と子女此の両様の根基皆冲破せられ、哪れに去りて他人に依附せざるの道理有らんや。
財衰印絕,幼出娘門。婦人之命,以財衰無以事夫,以印絕出身微賤,豈得以福氣論之。身旺運強,早刑夫主。婦人不宜身旺剛健,貴乎身弱沈靜。若身旺又行身旺之運,必主刑夫。
「財衰印絶、幼くして娘門を出づ」。婦人の命、財衰すれば便ち資財の去りて丈夫を奉事する無く、印絶すれば便ち出身微賤にして、年幼にして娘家を離るるを得、哪れに還だ福気を談じ上げんや。「身旺運強、早く夫主を刑す」。婦人宜しく身旺剛健ならず、貴ぶ所は身弱にして沈静なり。若し本身已に旺にして、行運又身旺の地に走れば、官星制を受けて夫星位を失い、必ず早年丈夫を刑克するを主す。
五煞簪花,日夜迎賓送客。五煞,謂咸池紅豔劫殺破耗之類。又見桃花殺,謂之簪花。凡女命帶亡劫咸池,切不可合焉,貴人亦然,必主外貌尊重,內意嬌淫,心好酒色,如庚申己丑丁亥壬寅是也。
「五煞花を簪す、日夜賓を迎え客を送る」。五煞是れ咸池・紅艶・劫殺・破耗の一類の凶神を指す。若し再び桃花殺を見れば、便ち「花を簪す」と叫ぶ。凡そ女命亡神・劫殺・咸池を帯ぶるは、千万別支と相合する可からず、貴人を帯ぶるも一様なり。一旦合し起れば、必ず外表看去端荘穏重にして、内心却って嬌媚淫蕩・酒を好み色を貪るを主す、譬如庚申・己丑・丁亥・壬寅此の一造就きて是れなり。全篇女命を論ず、帰結の処仍ほ開篇の那句話に在り。柔と清を以て貴と為し、剛と濁を以て賤と為す。
三刑帶鬼,始終克子傷夫。三刑者,寅刑巳,巳刑申,申刑寅,丑刑戌,戌刑未,未刑丑,子刑卯,卯刑子,辰午酉亥自刑之類。如帶三刑,又帶鬼者,主刑夫克子之造。楊妃貌美,祿傍桃花。桃花煞,一名咸池殺,此殺主人清秀美貌,如寅午戌生人見卯是,巳酉丑生人見午是,申子辰生人見酉是,亥卯未生人見子是也。殊不知桃花煞,年月帶之為園中之花,與官星合祿主貴,堪為良婦。若時上帶之,謂之牆外桃花,任人攀折,反為下賤。所以桃化會祿合官星者,以楊妃比之。
女命四柱既に「三刑」を帯び又「鬼」(身を克するの七殺)を帯ぶれば、一辈子皆子を克し夫を傷る。謂う所の三刑は、是れ寅巳を刑し・巳申を刑し・申寅を刑すの一組、丑戌を刑し・戌未を刑し・未丑を刑すの一組、子卯を刑し・卯子を刑すの一組、再び辰・午・酉・亥四個の自刑の支を加う。女命若し既に三刑を帯び、又身を克するの鬼を帯ぶれば、就きて是れ丈夫を刑克し・子女を損傷するの命造なり。唐代の楊貴妃容貌絶美なり、只だ其の「禄」辺に「桃花」に靠り傍くを因とす。桃花煞又の名「咸池煞」、此の煞を帯ぶるの人生まるること清秀美麗なり。寅午戌年の生人卯を見、巳酉丑年の生人午を見、申子辰年の生人酉を見、亥卯未年の生子を見れば、皆是れ桃花なり。但し要して位置を分かつを要す。桃花年柱・月柱に落つるは、是れ園子裏の花なり、若し「官星」と相合して又「禄」に逢えば、反って貴気を主し、賢良の婦と作る可し。若し時柱に落つれば、便ち「墻外桃花」と叫ぶ、路人の攀折に任せ、反って下賤を主す。故に桃花能く禄に会し官星に合するは、始めて楊貴妃を拏り来りて比拟す。
謝女才高,身任詞館。女人之命,帶詞館,主有才學,五行旺處,即為詞館。或生坐於詞館之上,如木生人,得庚寅為正。華蓋臨官,情通僧道。華蓋星其形如寶蓋之狀,此星主孤。有官有印者,遇之為翰苑之尊,華蓋逢空,宜為僧道。女人命犯華蓋,則與僧道同流,故曰情通僧道。
晋代の謝道韞才華衆に出づるは、是れ命裏身「詞館」に居るを因とす。女子の命詞館星を帯ぶれば、文才学問有るを主す。謂う所の詞館は、就きて五行最も旺なる那の位置を取り、或いは日主恰好して詞館の上に坐す、例如木命人庚寅一柱を得れば便ち正格なり。命「華蓋」を帯びて又官に臨めば、性情便ち僧道と相通ず。華蓋星の形状帝王の車駕の上の宝蓋の如く、此の星孤独を主す。命中原有「官星」「印綬」の人之に遇えば、反って翰林院の一類の清貴の職と成る。華蓋若し空亡の上に落つれば、便ち出家して僧を做し道を做するに宜し。女人命華蓋を犯せば、便ち僧道と同一の流類なり、故に「情僧道に通ず」と説く。
孤辰坐印,身作尼姑。孤辰寡宿,男女忌見。女人有此,亦主為師尼之類,不然亦且孤寡,身太旺尤忌。訣曰:“寅卯辰人怕巳丑,巳午未人怕申辰。申酉戌人嫌丑未,亥子丑人寅戌嗔。”胞胎常墮,食旺身衰。胞胎者,受胎之月也。若身衰而逢食神生旺,則主有墮胎之患。食者,子也。所以子旺而母衰,其理然也。
「孤辰」印綬の上に坐すれば、本人多半尼姑を做さん。孤辰・寡宿此の両顆の星は、男命女命皆之を見るを忌諱す。女人命裏之れ有れば、もまた出家して師姑尼僧を做するを主す。就算して出家せずとも、終にも孤单寡合し、日主太だ旺なる尤も其れ忌諱す。口訣に説く、寅卯辰年生の人巳と丑を見るを怕れ、巳午未年生の人申と辰を見るを怕れ、申酉戌年生の人丑と未を嫌い、亥子丑年生の人寅と戌を悩恨す。常々小産堕胎するは、是れ「食神」旺にして日主衰するを因とす。謂う所の「胞胎」は、指す所是れ胎を受くる那の月份なり。若し日主本身衰弱にして、却って食神生旺に遇上れば、便ち堕胎の患有るを主す。食神女命裏に於て子女を代表し、子女の気太だ旺にして母体太だ弱ければ、自然に承受し住む能わず、道理就きて此処に在り。
鸞風頻分,官輕比重。如甲生人,又重見一二甲,則弟妹眾多。且夫主無力,使比肩爭奪,定奪其夫,則有分離之義,謂之官輕比重。姐妹剛強,乃作填房之婦。姐妹者,甲見乙、乙見甲之類。四柱重見之,入乘旺相,主其女不得洞房花燭之歡,當為填房續娶之婦。或為二婚側室之命也。
夫妻鸞鳳の如く屡屡分離するは、是れ「官星」軽くして「比肩」重きを因とす。譬如甲木日主、四柱裏又重复して一両個の甲字出現せば、便ち姉妹兄弟衆多を主す。同時に夫星力無く、此れらの比肩に争奪せられ、丈夫終に奪い去られんと要し、於是に分離の象有り、此れ便ち官軽比重と叫ぶ。姉妹の星剛強なるは、多半只だ能く填房を做し去るのみ。謂う所の姉妹は、是れ甲の乙を見・乙の甲を見る此の一類の陰陽互いに異なるの同類の神なり。四柱裏重ね重ね出現し、又旺相の気に乗れば、便ち此の女子洞房花燭の初婚の喜を享くる能わざるを主し、只だ能く嫁し去りて弦を続け填房と作る、或いは是れ二婚・偏房小妾と作るの命なり。
財官死絕,當招過繼之兒。財堪養命,夫賴終身,二者死絕,則無以延年。且官死絕,不能生子,必過繼他人之子,以續宗枝可也。苟不承繼,則絕嗣而無所望。如甲生人,以辛為官,以己為財,辛死於己,己絕於子是也。餘者並同此例。
「財」と「官」都て死絶の地に落つれば、将来養い抱きて過継ぐの兒子を要す。財以て命を養う可く、官是れ終身の依る所の丈夫なり、此の両様皆死絶の地に到れば、便ち生機を延続するに従う無し。況んや官星死絶すれば便ち子を生ずる能わず、必ず他の子を過継ぎて来りて宗嗣を接続せしめて乃ち可なり。倘若承継せざらん肯んぜば、便要して後を絶たん、再び指望無し。例を挙げて説く、甲木生人辛金を以て官星と為し・己土を以て財星と為す、辛金巳位に死し・己土子位に絶す、正しく是れ此の種の情形なり。其の余の各日主皆此の例に照りて推す。
官臨財地必榮夫,身入敗鄉須克子。官者,女人之夫星也。官行財鄉,財為祿也,官之遇祿,豈不榮乎?財者男子以之為妻,妻即財也。女人以之事夫,財旺則夫亦盛。故以榮夫喻之。例如五行至敗絕之地,主克子而孤,且甲木生於亥,而敗於子,子為甲之沐浴,如人初生臨水而浴,故為險地,是取克子之義然矣。
官星財地に走り到れば、一定として能く丈夫を顕榮せしむ。日主敗地に落ち進めば、便ち子を克するを免れ難し。官星是れ女人の夫星なり。官星財郷に行き到れば、財就きて是れ官の俸禄なり、官俸禄を得、怎麼に榮えざるを得んや。財男命裏に於て妻子を代表し、妻就きて是れ財なり。女命裏に於ては則ち是れ用いて丈夫を奉事するの東西にして、財旺なれば則ち夫もまた之に跟いて興盛す、故に「夫を榮す」を用いて以て形容す。反って、五行敗絶の地に走り到れば、便ち子を克して孤苦を主す。譬如甲木長生亥に在り、敗地子に在り、子位是れ甲木の「沐浴」、譬えば嬰児剛ち生まれ出でて便ち水に下りて洗浴す、是れ極めて凶険の地方にして、取る所正しく是れ子を克する此の一層の意思なり。
殺梟破祿連根,墮冰肌於水火。如甲生人以庚為殺,以壬為梟,且甲之祿被殺梟破之,則身被害,主有水火之厄。比劫遭刑喪局,掩玉骨於塵沙。比劫者,兄弟姐妹之類。在人命中主有爭端,如又遭刑,為禍非輕,正謂之劫財羊刃是也。婦人遇此妒害相戕,如人家兄弟多者,有財則爭,無財則禍,更加刑殺,則亡身害命。
「七殺」と「梟神」禄気を把りて根に連ねて冲破せば、冰清玉潔の身子便要して水火の災に於て毀れん。譬如甲木生人庚金を以て七殺と為し・壬水を以て梟神と為す、甲木の禄寅に在り、殺と梟両面より破壞せられ、本身便要して害を受け、溺水・焚焼の一類の災厄有るを主す。「比肩劫財」再び刑冲・三合を遭いて局を成せば、玉の如き骨骸便要して塵沙の中に埋没せん。比劫兄弟姉妹の一類の同輩を代表し、命裏に於て是非争端を主す。若し又刑に遭遇せば、禍事更に軽からず、亦即是ち謂う所の「劫財」「羊刃」なり。婦人此の種の格局に遇上れば、同輩の間彼此嫉妬して相い残し、就て人家兄弟多ければ、銭有れば則ち産を争い、銭無ければ則ち禍を生ずるが如く、再び刑殺を加えれば、便ち喪身害命に鬧り到らん。
交馳逢驛馬,母氏荒涼。女命貴乎恬靜,最忌驛馬。《格解》云馬是扶身之本,馬即財也。祿為養命之源,祿即官也。無非財官交互相見之理。男命喜有之,女人以財事夫,莫非得妻家之財,以事夫也。豈不為損母氏之財物,故曰母氏荒涼。
「駅馬」交馳奔走せば、娘家便要して敗落荒涼せん。女命恬靜を以て貴と為し、最も駅馬奔波を忌諱す。『格解』に説く、馬是れ自身を扶持するの根本、馬就きて是れ財なり。禄是れ性命を養活するの源頭、禄就きて是れ官なり。説き來り説き去れば、不過だ是れ財と官の交互相見の道理なり。男命此の一套有るを喜び、女命は却って是れ財を拿りて去りて丈夫を奉事す、那不れば就きて娘家の財物を把りて搬き去りて夫家を供養するに等しからずや。母家の財産此れに因りて耗損す、故に「母氏荒涼」と説く。
差錯對孤神,夫家零落。陽差陰錯者,止有十二日,丙子、丁丑、戊寅、辛卯,、壬辰、癸巳、丙午、丁未、戊申、辛酉、壬戌、癸亥。陽日為陽差,陰日為陰錯,女子逢之,公姑寡合,妯娌不足。日月時兩重,或三重犯之極驗,只日家犯之尤重。婦人犯之,故主夫家零落。
「陽差陰錯」再び「孤神」に對すれば、夫家一定として零落せん。陽差陰錯只だ十二個の日子有り、丙子・丁丑・戊寅・辛卯・壬辰・癸巳・丙午・丁未・戊申・辛酉・壬戌・癸亥なり。其の中陽干の日を陽差と叫び、陰干の日を陰錯と叫ぶ。女子生まれて此れらの日子に逢えば、公婆と合わず来らず、妯娌と跟してもまた処り好からず。若し日・月・時裏重复して両重甚至三重に犯上せば、應驗すること極めて準なり。単に日柱の犯す、分量最も重し。婦人之を犯せば、故に夫家の敗落を主す。
五馬六財,窮敗比肩之地。馬即財也。甲子生人,以己為財,自甲至己乃六,為財之母,倘比肩兄弟多者,則劫而分之,故曰窮敗,女人無財以事夫,亦可謂窮矣。八官七殺,分離刑害之鄉。甲子生人,以庚午為殺,辛未為官。自甲子至庚午為七殺,辛未為八官。七殺為偏夫,八官為正夫,倘遇三刑六害,或夫死或夫離,此之謂也。
「五馬六財」比肩の地に落つれば便要して貧窮敗落せん。馬就きて是れ財なり。甲子年生の人己土を以て財と為す、甲より己に數え到りて正しく是れ第六位なり、是れ財の本源なり。倘若比肩兄弟の一類の同類の神太だ多ければ、便ち把りて此の点の財劫奪瓜分せん、故に窮敗と説く。女人財無くして以て丈夫を奉事す可からず、も窮と算す。「八官七殺」若し刑害の郷に落つれば、便ち夫妻の分離を主す。甲子生人庚午を以て七殺と為し・辛未を以て正官と為す。甲子より下に庚午に數え到りて恰も是れ第七位なり、故に七殺と稱す。辛未に數え到れば是れ第八位なり、故に八官と稱す。七殺是れ偏夫、八官是れ正夫、一旦三刑六害に遇上れば、丈夫の死去するに非ざれば、就きて是れ夫妻の離散なり、説く所即是ち此の個なり。
刑空官煞,幾臨嫁而罷濃妝。既以官煞為夫星,當要旺相,不受剋制,正謂夫貴則妻榮。倘若官星落空,殺星被刑,二者俱不得力,已受凶人所制,自己安能獲福哉?謂臨嫁而罷濃妝者幾希。
官星と七殺又刑を被り・又空亡に落つれば、往々にして出嫁の前夕に到りて却って濃妝を卸下せんと要す。既に官煞を以て夫星と作せば、該当に旺相有力にして克制を受けず、正しく謂う所の丈夫顕貴、妻子始めて跟いて榮耀す。倘若官星空亡に落ち進み、殺星又刑冲に遭い、兩者皆力を得ず、已に凶神に制伏せられ、自己哪れに還だ能く福を得んや。説くは快く出嫁せんとして却って妝を卸了す、此の様の事離れ離るること遠からず。
沖剋印財,縱得家難成厚福。財者可以養命,印者可以生身,二者人以之獲福,假令沖剋不能見用,固不可以為福。縱然成家,亦無安享之榮。女人之命,以財事夫,既被沖剋,難以安福斷之。
「印」と「財」皆冲克せられれば、縦え家を成すともも難し厚福有らん。財以て命を養う可く、印以て身を生ず可し、人就きて此の両様に靠りて福を得。假使它ら冲せられ克せられ・用上げられざれば、自然に福気と算するを得ず。就算して能く家を成し業を立つとも、も安穏榮華を享くる能わず。女人の命本是れ財を拿りて去りて丈夫を奉事す、財既に冲克せられれば、便ち能わず安享福気に按じて來りて断ずを。
不若藏財不露,明殺無傷。命中有財,貴乎藏而不露,則露者人人得而奪之,藏之者,始而安穩,終而豐厚。殺露者有何傷?書云:財藏則豐厚,官露則清高,其斯之謂歟。殺重印行財,多財遇印。印與財本相剋。克者,假使甲以癸為印,以己為財,甲以己為妻,且財多亦為喜。但恐有印,則財破之,重印行財稍可,多財遇印,則謂貪財壞印,若有劫財乃可。
倒不如れ財をして蔵して露れざらしめ、明に擺るるの七殺反って妨無し。命裏財有るは、蔵し起して外に露れざるを貴ぶ。天干に露るれば、人人皆來りて搶う。地支に蔵するは、起初安穏にして、日后豊厚なり。七殺顯露するに至りては、又甚の損傷有らんや。書の上に説く「財蔵すれば則ち豊厚、官露るれば則ち清高」、講ずる所正しく是れ此の個なり。七殺重きは宜しく印有るべく、印重きは宜しく財運を行るべし、但し財多くして又印に碰上れば就きて麻煩なり。印と財本来相克す。譬如甲木癸水を以て印と為し・己土を以て財と為す、甲又が己土を以て妻と為す、財多き本是れ好事、只怕だ命裏印有り、財一たび多ければ便要して去りて印を破らん。印重くして財運を行るは還だ可以と算す。財多くして再び印に遇上れば、便ち「財を貪り印を壞る」と叫ぶ、別に劫財有りて來りて財を分け掉るを除き、始めて事を壞るに至らず。
四敗非家人之有幸,四沖豈良婦而無嫌。此等皆女人所忌者。水聚旺鄉,花街之女。水之性就下,而不能返也。又至旺鄉,且有汪洋之勢,故女人之性似之者,何也。謂從其夫而不能由己,且婦人之質,若水之柔且清,賦性然也。若與金會合,則欲從其類,若花街之女也。
子午卯酉「四敗」斉全なるは、是れ家を持つ人の福気にあらず。寅申巳亥「四冲」並び見るは、賢良の婦もまた難を免れず人に嫌疑を招かん——此れら皆是れ女命の忌諱する所なり。水気旺郷に聚まるは、容易に花街柳巷の女と淪落せん。水の本性是れ下に往き流れて頭を回らず、再び旺地に走り到れば、便ち汪洋泛濫の勢有り。為甚に它を拏りて女人の性情に比す。女子出嫁すれば便ち夫に随いて以て行き、自主する能わざるを因とす。而して婦人の資質本來就きて水の一様の又柔又清の如く、天性此の如し。可是れ水一旦金と會合すれば、金水を生じ、水便ち一心に同類に奔向せんと要し、那就きて花街の女と成る。
金成秀麗,桃洞之仙。金之質極美,故以婦人喻之。女命金生得西方之秀氣,加柔火以成質,並無瑕玷,非仙而何。四生馳四馬,背井離鄉。寅申巳亥者,四生之局也。又為馬所馳之地,女人之命,最忌驛馬,帶之者,主有遠行出嫁離鄉。
金秀麗の質を成就するは、就て桃花洞裏の仙女の如し。金の質地極めて美なり、故に拿り來りて婦人に比擬す。女命金に屬して西方の秀気を得、再び一点の柔和の火を加えて來りて器質を煉成し、通體瑕疵無し、是れ仙女に非ずして何ぞや。寅申巳亥此の「四生」の地又「四馬」を馳せば、便要して井を背き郷を離れん。寅・申・巳・亥是れ五行長生の四個の位置にして、亦正しく是れ駅馬奔馳の地なり。女命最も駅馬を忌む、之を帯上するは、主に遠く他方に嫁し・故郷を離るるを要す。
三合帶三刑,傷夫敗業。婦人最忌有合,若與官星合,乃正夫相合為妙。又若有二三合,則為相妒,且為眾人之妻,又帶三刑,則骨肉相戕,並損六親,故曰傷夫敗業,理必然矣。暗殺逢刑,槁砧不善。殺,亦為夫也,且暗有刑傷,主其夫不善,且為惡人乎。明官跨馬,夫主增榮。官星喜露,露者謂之明官,又逢祿馬,主其夫出仕馳名。黃金滿嬴,一財得所。如甲木生人,用己土為財。又得辰戌丑未之地,乃財星得地也。其婦主有富貴,為相夫益子之造也。
三合局裏又三刑を夾めば、便要して夫を傷り家を敗さん。婦人最も命裏合多きを忌諱す。若し只だ官星と相合すれば、那是れ正夫と相合するにして、反って是れ好事なり。可要して兩三處の合有れば、便ち彼此争妒と成り、衆人の妻を做るに等し。再び三刑を帶上せば、骨肉の間互相に殘害し、六親皆損を受く、故に夫を傷り業を敗すと説く、道理必然此の如し。地支に蔵するの暗殺又刑に遇上れば、丈夫必定として不良なり。七殺もまた以て夫星と看作す可し、若し暗中に刑傷を帶びれば、便ち丈夫の品行善からず、甚至是れ個の凶惡の人を主す——「槁砧」是れ古時丈夫を稱するの隱語なり。官星顯露して又駅馬に騎れば、丈夫必然として榮を增す。官星天干に透出するを喜ぶ、透出するを「明官」と叫び、再び禄と馬に逢上すれば、丈夫出仕して官を做し・聲名遠く播るを主す。黄金屋を堆ね滿たすは、只だ一顆の財星地を得るに因る。譬如甲木生人己土を用いて財と為し、又辰・戌・丑・未此れらの土旺の地に逢えば、就きて是れ財星地を得なり。此の様の婦人富貴有るを主し、是れ丈夫を相助け・子女に有益なるの命造なり。
紅顏失配,兩貴無家。貴人,天乙貴人也,凡女命不宜多見。經云貴眾合多,定是師尼娼婢。凡一官者,亦為一貴,若重見者主剋夫,且如人無家者,不得地之謂也,所以主少年而失配也。
紅顔女子配偶を失去するは、是れ命裏兩重の貴人却って安身する處無きを因とす。此処の貴人は「天乙貴人」を指し、女命宜しく多見すべからず。經書の上に説く、貴人多く・合又多きは、一定として師姑・尼僧・娼妓・婢女の流なり。凡そ一位の官星有れば、もまた一重の貴と算す。若し貴人重复して出現せば、反って夫を克するを主す。謂う所の「家無し」は、是れ貴人有力の地方に落到らず・帰着する所無きを説く、故に年紀軽軽にして配偶を失去するを主す。
先比後財,自貧至富。四柱中,先有比肩,然後行財運,謂之為先比後財。若四柱原有財有比,不為先比而後財,乃是財源被劫,則不為美也。此以行運逢財,方是此斷。沖官合食,靠子刑夫。官者,女人之夫也,食者,女人之子。官被沖,主其夫不得力,食神帶合,其子得濟,所以靠子而終身。死絕胞胎,花枯寂寂。胞胎者,受氣之月也。如逢死絕,主一生寂寞,至老而孤苦也。
先に比肩を見・後に財運を行るは、能く窮より變じて富と為る。四柱の中先に比肩有り、然る後大運財地に走り到る、此れ始めて「先比後財」と叫ぶ。倘若四柱裏本來就に財・比同じく現れれば、那就きて先比後財と算せず、而是れ財源當場に劫奪せられ、反って美ならず。此の一条一定として大運の上に於て財に遇見し、始めて此の樣に断ず可し。官星冲せられ・食神合を帶ぶるは、一辈子兒子に靠り、却って丈夫を刑克す。官星是れ女人の丈夫、食神是れ女人の子女なり。官星冲せられれば、丈夫力を得ざるを主す。食神又合有りて來りて相助ければ、子女出息有るを主す、故に終身兒子に依靠して以て活を過す。氣を受くるの胞胎の月死絶の地に落つれば、就て花朵枯萎し・冷冷清清たるが如し。謂う所の胞胎は、指す所是れ氣を受け胎を成す那の月份なり。若し它死に逢い絶に逢えば、一生寂寞にして、到老孤苦して依る無きを主す。
長生根本,瓜瓞綿綿。五行得長生之位,女人多俊雅,且有子孫綿遠,謂之瓜瓞綿綿。根本者,木生亥,火生寅,金生巳,水土生申,故曰根本也。合貴合才,珠盈金屋。合貴者,官星夫星得合也。只合其一官為貴,非合貴人也。合財者,財神也。女人以財事夫,男子以財為妻。故喜合之,主有珠盈金屋。
長生の地是れ命の根本にして、之を得れば則ち子孫瓜瓞の一樣の綿延して絶えず。五行長生の位を得れば、女人多半清秀文雅にして、而且子孫延續久遠なり、此れ就きて「瓜瓞綿綿」と叫ぶ。謂う所の根本は、就きて是れ木長生亥に在り、火長生寅に在り、金長生巳に在り、水と土長生申に在り、故に根本と稱す。貴を合し住め・財を合し住むるは、珠宝金屋に堆ね滿たさん。「合貴」は指す所是れ官星夫星相合を得る——只だ此の一位の官星を合する始めて貴と算す、并びに是れ天乙貴人を合し去るにあらず。「合財」は指す所是れ財神を合し住むるなり。女人財を拿りて丈夫を奉事し、男人財を以て妻室と為す、故に皆之を合し住むるを喜ぶ、家中珠玉屋に滿つるを主す。
破財破食,衾冷蘭房。女命最喜者,財與食而已,財以事夫,食以養老,假使破之,將何為生,遇此者甘受淒冷,故曰衾冷蘭房。呂后名馳天下,只緣陰並陽剛。女人之命,以純陰為柔則為貴福。兼併陽剛者,乃奪夫之權,多能多為,未免有陰邪之刑。故以呂后例之。
財破せられ・食神破せらるるは、蘭房の中被褥冰冷なり。女命最も喜ぶ所不過だ財と食の兩樣なり。財用いて丈夫を奉事し、食神用いて老を養い終を送る。假使此の兩樣皆破壞せられれば、何を靠りて來りて日子を過さん。此の種の命に碰上れば只だ好く甘心して清冷を受く、故に「衾冷たし蘭房」と説く。漢代の呂后名天下を震すは、只だ她の純陰の命裏陽剛の氣を并び進めたるに因る。女子の命純陰柔順を以て貴と為し福と為す。若し陰中陽剛を并せば、便要して丈夫の權柄を奪い、多才多藝・事事頭を出だし、難を免れず陰狠邪僻の刑傷を帶出せん、故に呂后を拿り來りて以て例子と作る。
綠珠身墮樓前,蓋是梟沖煞位。命有用梟者,為事多不仁,婦人不宜有之,殺者女人亦忌之。何況又逢梟而沖之,綠珠之命,未嘗有之。以此譬喻之言,學者宜詳審之。秋水通源,剔眸立節。此言壬癸生於秋月,又兼有亥子水之源者。況秋金旺而又生水,水性清,金性剛。又以眼喻秋水,故云剔眸,有節之操。
晋代の綠珠樓を墜ちて死するは、正しく是れ她の命裏梟神七殺の位置を冲したるを因とす。命中梟神を取りて用と為る人は、行事多半不仁にして、婦人尤も宜しく之れ有るべからず。七殺もまた是れ女命の忌む所なり、況んや梟神又來りて殺を冲し、兩凶相い激するをや。綠珠の八字未だ必ずしも真に是れ此の如し、此れ只是れ用いて以て比方を打つの話なり、學者當に細細に體會すべく、死看するを莫れ。壬癸水秋月に生まれて水源相通ずるは、眼神清亮にして剔透の秋水の如く、能く貞節を立ち起す。此れは説く所是れ壬・癸の日主秋季に生まれ、又兼ねて亥・子此れらの水の源頭有るなり。況んや秋天金旺にして金又が水を生ず、水性澄清にして、金性剛硬なり、再び眼睛を拿りて秋水に比作す、故に「眸を剔く」と説く、是れ節操有るの意思なり。
冬金坐局,斷臂流芳。金生於冬月,又得巳酉丑局,此金之從類。夫金之性主義,有剛果毅然之立。男子稟之有威武之權,女人稟之有堅貞之節。此謂冬金者,則為金白水清,且水冷而金寒,故云斷臂流芳,其理然矣。
冬天生の金再び金局の上に坐せば、能く臂を斷ち節を全うし・芳を後世に流るるの剛烈有らん。金冬月に生まれ、又巳酉丑三合金局を得、此れ是れ金本類に帰す。金の性情「義」を主り、剛強果決・毅然として自立するの品格有り。男子之を禀受すれば、便ち威武の權柄有り。女子之を禀受すれば、便ち堅貞の節操有り。此処に説く所の冬金は、正しく是れ金白水清の象にして、水既に寒冷・金亦また清寒なり、故に「臂を斷ち芳を流す」と説く、道理就きて此處に在り。
姐妹同宮,未適而先有恨。姐妹者,比劫也。如甲生,重見甲乙之類。如甲寅乙卯之日月,謂之同宮。恐有爭妒之意,故未適而先有恨。命財有氣,配夫到老無憂。命,謂本命也。財,謂財帛也。二者有生旺之氣,可以榮身,可以助夫,豈不謂之到老而無憂也。是以榮枯貴賤,所造淵源,務要投明博學,領受真傳。若夫理誤時差,雖先賢不自知矣。
姉妹の星同じ一宮に在れば、還だ出嫁せずして先に怨恨を結ぶ。姉妹就きて是れ比肩劫財なり、譬如甲木日主重复して甲・乙の一類を見るが如く。像して日柱甲寅・月柱乙卯此の樣に一處に連れば、便ち「同宮」と叫ぶ。同類相聚まれば、難を免れず争奪嫉妬の意有らん、故に未だ嫁さずして先に恨有り。本命と財星皆氣有るは、丈夫に配して以て到老憂無からん。「命」は指す所は本命日主、「財」は指す所は財帛なり、此の兩樣皆生旺の氣有れば、既能く自身を榮耀し、又能く丈夫を幇助す、怎麼に到老憂無しと説かざるを得んや。故に一個の人の榮枯貴賤、其の源頭の在る所、務めて要して明師に投拜し・廣く學問を求め、親く眞傳を受けて乃ち可なり。若し是れ道理錯りを弄し・時辰差えを算すれば、縱え是れ前代の賢人もまた自身の失誤を察覺するに從る無し。
定眞篇
夫生日為主者,行君之令,法運四時,陰陽剛柔之情,內外否泰之道。以生日為主者,以所生之日干為主。譬之人臣也,行君之令者 即主行月令,提綱所起之運也,言君者,即本命年庚也。如本命甲子,年即是歲君。正月生,月令建丙寅。男命則運順行丁卯戊辰,故謂以日為主者,蓋以其為如人臣,主行歲君所建之月令,為命運也。法運四時者,法者,理也。運者,行運也。四時者,春夏秋冬也。子平之理,如運行寅卯辰,則屬春,行巳午未,則屬夏之類是也。
出生の日を以て主と為すの推命法は、好比臣子の君王の號令を奉行し、理數に依りて春夏秋冬四時の中に運行し、陰陽剛柔の性情を分辨し、内外閉塞と通泰の道理を推究す。謂う所の「生日を以て主と為す」は、就きて是れ出生する那一天の天干を以て主と為す。它好比人臣なり。「君の令を行う」是れ月令を奉行せんと要するを説く、亦就きて是れ月令提綱の起出する所の大運なり。此處に説く所の「君」は、指す所は本命の年柱干支なり。譬如本命是れ甲子なれば、此の一年就きて是れ「歲君」なり。正月に生まれ、月令丙寅を建つ。男命の大運便ち順行丁卯・戊辰す。故に日干を以て主と為すと説くは、是れ日干人臣の如同にして、歲君の建立する所の月令を奉行するを負責し、此に由りて命運を排出するを因とす。「法運四時」の「法」是れ理數、「運」是れ行運、「四時」是れ春夏秋冬なり。子平の法の道理は、大運寅・卯・辰を走れば就きて春に屬し、巳・午・未を走れば就きて夏に屬し、其の餘此に照りて類推す。
陰陽剛柔之情者,蓋甲丙戊庚壬為陽,乙丁己辛癸為陰,陽之性情則剛,陰之性情則柔也。內外否泰之道者,蓋十二支中所藏人元,謂之內,十干露出謂之外。否者塞也。泰者,通也。若八字中,天干陰陽,剛柔配合有情,地之提綱所藏人元用神或財或官或印,行生旺胎養運。則吉而向泰,行死墓絕運,則凶而向否。
「陰陽剛柔の情」是れ説く。甲・丙・戊・庚・壬陽に屬し、乙・丁・己・辛・癸陰に屬す。陽干の性情剛健にして、陰干の性情柔順なり。「内外否泰の道」是れ説く。十二地支の中の蔵する所の「人元」之を内と叫び、十天干外に顯露するを外と叫ぶ。「否」是れ閉塞、「泰」是れ通達なり。若し八字裏天干の陰陽剛柔配合情有るを得、地支月令提綱の蔵する所の人元用神——或いは是れ財、或いは是れ官、或いは是れ印——又長生・帝旺・胎・養此れらの運に走上れば、就きて吉にして通泰に趨く。之に反して死・墓・絶の運に走れば、就きて凶にして閉塞に趨く。
進退相傾。賦云:將來者進,成功者退,蓋春木夏火秋金冬水,與夫四季之土,其氣進也。或用之為財官,斯美矣。若春水土夏金秋木冬火,其氣休囚,謂之退矣。或用為財官,未善也。又用神行運值旺相則吉。行死絕休囚則凶。此進則彼退,彼進則此退,入此則出彼,出彼則入此,互相傾逐如此。
五行の氣進有り退有り、彼此相い傾軋す。旧賦に説く、正しく來らんと要するの氣を「進」と叫び、已に成功するの氣を「退」と叫ぶ。春天の木・夏天の火・秋天の金・冬天の水、及び辰戌丑未四季月の土、皆是れ氣正しく前進するの時候にして、它らを拿りて財と作り・官と作れば、便ち很好なり。之に反って、春天の水土・夏天の金・秋天の木・冬天の火は、氣已に休囚して、就きて之を「退」と叫作す、拿り來りて財官と作れば便ち好しと足らず。再者、用神行運旺相に遇えば就きて吉、行きて死絶休囚に到れば就きて凶。此の一方進めば則ち那の一方退き、那の一方進めば則ち此の一方退く。此の邊に進めば就きて那の邊に出で、那の邊に出でれば就きて此の邊に進む、彼此就きて是れ此の樣に互相に傾軋追逐す。
動靜相伐。八字或甲日干,有辛字為官,又露庚字為煞,斯謂之動。動,擾動也,即庚逢丙擾之意。若有物以制其殺,或合其殺,而無丁字以傷其官,斯謂之靜。靜。安靜也。地支有沖刑破害,亦謂之動,否則靜也。行運亦有生剋制化,宜向宜背者,是即八字動靜相伐之謂也。舊說乾為天,能動不能靜。支為地,能靜不能動。甲乃天之首,子乃地之首,終於亥。甲傳與子。周流不息,循環十二支,一動一靜,一陰一陽,相代用之。
動と靜彼此相い攻伐す。譬如甲木日干、天干辛金有りて正官を作し、又庚金透出して七殺を作す、此れ就きて「動」と叫ぶ。動就きて是れ擾動、正しく庚金丙火に遇上れば便ち攪擾せらるるの意思の如し。倘若別に物件有りて能く此の個の七殺を制し住め、或いは此の個の七殺を合し住め、同時に又丁火の來りて那顆の正官を傷る無ければ、此れ就きて「靜」と叫ぶ、靜就きて是れ安寧なり。地支若し冲・刑・破・害有れば、も動と算作す。無ければ就算して靜とす。大運の中同じ樣に生・克・制・化有り、迎い向く可き有り・背離す可き有り、此れ就きて是れ八字動靜相伐の意思なり。旧説以て天干天に屬し、能く動し而して靜する能わず。地支地に屬し、能く靜し而して動する能わずと為す。甲是れ天干の首、子是れ地支の首、一路排して亥に至りて止み、甲又が子に傳え、周流息まず、循環十二支す、一動一靜・一陰一陽、交替して用と為す。
取固享出入之緩急。固,滯塞也,亨,通達也。八字日主贏弱,四柱財官七殺乘旺,或印綬被傷財破,此等乃滯塞之造。日主健旺,而值財官印綬,無少傷克,或煞有制,此等乃通達之造。出者,脫也。入者,交也。運順行如出戌入亥,逆行如出亥入戌之類。或有值宜向之運,於早年而達之迅速者。亦有或值宜向之運,於晚年而達之遲緩者,至於固滯之運,亦有早暮不一,學者須識取之。
要して命局是れ滯塞か還だ通達か、及び大運出入の快慢を看るを要す。「固」是れ滯塞、「亨」是れ通達なり。八字日主瘦弱、四柱の財・官・七殺却って正しく旺氣に乘り、或いは印綬傷せられ・財に破せらるるの一類は、就きて是れ滯塞の命造なり。日主健旺にして、又財・官・印綬に遇上りて毫も傷克無く、或いは七殺制伏有るの一類は、就きて是れ通達の命造なり。「出」是れ脫離、「入」是れ交進なり。大運順行は、如く戌運を出でて亥運に入る。逆行は、則ち如く亥運を出でて戌運に入るの類なり。人有りて迎い向く可きの好運に碰上り、早年就きて迅速に通達す。又人有りて同じ樣に迎い向く可きの好運に碰上るも、却って晚年に到りて始めて慢慢發達す。滯塞の運に至りては、同じ樣に早有り晚有り、能わず一概に以て論ず、學者必ず須らく辨認して清楚すべし。
求濟復散斂之巨微。濟,功名之成也。復,功名反覆不就也。散,財之破也。斂,財之積也。功名之濟復,財帛之散斂,雖有大小多寡之不同,皆命運所主。若八字原有官,行官運則發官。原有財,行財運則發財,原有災,行災運則發災。學者須搜求之。雖然亦要識其地方山川風氣,平日所產人物可如,方得大小高下之理。古云生江南則為橘,生江北則為枳。正此之謂也。
還だ要して功名の成と敗・財帛の散と聚、及び它らの分量の大小を探求するを要す。「濟」是れ功名成就、「復」是れ功名翻覆して成らず、「散」是れ錢財破耗、「斂」是れ錢財積聚なり。功名の成敗・財帛の聚散、大小多少の不同有るといえども、却って皆命と運に由りて主宰せらる。若し八字原本官星有れば、官運を走れば就きて官を發す。原本財星有れば、財運を走れば就きて財を發す。原本災を帶びれば、災運を走れば就きて災を出づ。學者必ず須らく細細に推求すべし。話此の如しといえども、還だ要して各地山川の風土氣象・平素の出でる所の人物如何を了解し、始めて能く格局大小高下の分寸を定め出す。古人同じ一種の樹江南に生まれれば是れ橘・江北に生まれれば就きて枳と成ると説く、講ずる所正しく是れ此の個の道理なり。
釋之曰:法有三要,以乾為天,以支為地。支中所藏者為人元,分四柱以年為根,月為苗,日為花,時為實。又釋:四柱之中,以年為祖上,則知世代宗派盛衰之理:月為父母,則知親蔭名利有無之類;以曰為己身,推其干,搜用八字,為內外生克取舍之源。干弱則求氣旺之藉,有餘以補不足之法。
解釋して説く、推命の法三個の要點有り——天干を以て天と為し、地支を以て地と為し、地支の中の蔵する所を「人元」と叫ぶ。四柱の分工は則ち、年柱根と為り、月柱苗と為り、日柱花と為り、時柱果實と為る。又解釋して説く、四柱の中年柱を以て祖上を代表し、此に由りて家族世代宗派の興衰を知る可し。月柱を以て父母を代表し、此に由りて父母の蔭庇と名利の有無を知る可し。日柱を以て自身を代表し、日干を推詳し、遍く整個の八字を搜し、内外生克・取用捨棄の總根源と作為す。日干衰弱なれば、便要して旺氣を借助して來りて之を扶助せん。日干餘有れば、就きて它を用いて去りて不足の處を補う。
以年為根,月為苗,日為花,時為實者,看年月中,若有財官印綬,無少克破,是根苗先有氣也;而所生日時,又相合得宜,則花萼開而果實結也。經云:“根在苗先,實從花後”是也。以年為祖上,根基田宅,世代宦派之宮。蓋健刃劫煞伏年,祖基必微賤。若年月日合為富貴,或值祿馬印綬而無克破刑沖,則根基光華世代不衰也,反此則不然矣。
謂う所の年を根と為し・月を苗と為し・日を花と為し・時を實と為す。年柱月柱の中若し財・官・印綬有りて絲毫の克破無ければ、就きて是れ根と苗先に生氣有るを看る。再び生ずる所の日柱時柱又配合得宜なるを看れば、那就きて花萼開放し・果實結成す。經書の上に説く「根苗の先に在り、實花の後に在り」、正しく是れ此の意なり。年柱祖上を代表し、是れ家業根基・田宅產業和び世代仕宦門第の在る所の宮位なり。若し羊刃・劫財・七殺此れらの強悍の神年柱に潛伏せば、祖上の根基一定として微賤なり。若し年・月・日三柱配合して富貴の象を成し、或いは禄・馬・印綬に逢上して而して克破刑冲無ければ、那麼根基光耀にして世代衰えず、之に反れば就きて是れ此の樣ならず。
以生月為父母之宮,若月內有財官之星,旺相無沖破,又日干居生旺之地,然矣,以生月為父母之宮,若月內有財官之星,旺相無沖破,又日干居生旺之地,其人必承父母之福,居死絕之地。為人雖承父母之福,終不為久長親蔭也。
出生の月柱を以て父母宮と作す。若し月柱の内財星官星有り、旺相にして冲破を受けず、日干又生旺の地に居れば——此處底本文字重出し、語意即是ち此の如し——此の樣の人一定として能く父母の福蔭を承受せん。之に反って、日干若し死絶の地に坐せば、人と為るもまた一點の父母の餘福を承け得るといえども、終に是れ長久にして可靠の親蔭にあらず。
以日為己身者,是生日天元,乃人之己身也。必須推詳,生日天元臨何宮之分,搜用八字,外而干上透露,有何為官殺印等,內而支中所藏,有何字為官殺印等,或去官留煞,或去煞留官,不亦日干為生克取舍之源乎。夫日干貴乎旺,若日干弱,則求資於印刃,以扶其弱,或運行身旺之地,亦美。若有餘,則欲謀乎官殺,以制其強,或運行財官之地亦喜。
日柱を以て自身を代表す、指す所は出生日の「天元」即ち日干なり、那就きて是れ本人なり。必ず須らく仔細に推詳すべし。此の個の日干哪の一宮哪の一分野に落つるか、再び遍く八字を搜す——外面天干の上甚麼を透出したるか、哪些は是れ官・是れ殺・是れ印。裏面地支の蔵する所の又有哪些の字是れ官・是れ殺・是れ印。然る後決定して或いは官星を去りて七殺を留下し、或いは七殺を去りて官星を留下す。見る可し、日干正しく是れ生克取捨の總根源なり。日干旺を以て貴と為す。日干弱ければ、就きて印綬と羊刃に求助して來りて之を扶持せんと要し、或いは大運身旺の地に走り到れば、も美事と算す。日干餘有りて太だ強ければ、便要して官殺を謀求して來りて之を制伏せんと要し、或いは大運財官の地に走り到れば、同じ樣に喜ぶ可し。
干同以為兄弟,如乙以甲為兄,忌庚重也。甲以乙為弟,畏辛重也。辛多則傷乙木,庚多則傷甲木,如此則兄弟有克。如甲日生以乙為弟,柱中有辛字多克乙木,不得姐妹之力也。乙日生人,以甲為兄,若四柱中有庚金重克甲木,則生平不得兄弟之力也,凡看兄弟有無,以此例推之。
日干と同類の五行兄弟を代表す。譬如乙木甲木を以て兄と為せば、就きて庚金重疊を忌諱す。甲木乙木を以て弟と為せば、就きて辛金重疊を害怕す。辛金多ければ會して乙木を傷り、庚金多ければ會して甲木を傷る、此の樣にして兄弟便要して克を受けん。譬如甲日生の人乙木を以て弟妹と為す、柱中辛字太だ多ければ、乙木を把りて克し壞し、就きて姉妹の幇助を得ず。乙日生の人甲木を以て兄長と為す、若し四柱の中庚金有りて重重に甲木を克伐せば、就きて一辈子兄弟の力を得ず。凡そ兄弟の有無・得力與否を看るは、皆此の例に照りて去りて推す。
干克以為妻財,財多干旺,則多稱意若干衰則財反禍矣。財多干旺者,力能任財則為福。干衰弱力不能任,則財反禍矣。賦云“財多身弱,正為富室貧人。”此之謂也。干與支同,損財傷妻。干與支同者,甲寅乙卯之類。又曰若地支同局之命,則損財傷妻。更月令氣旺,年時不見財官,又無格局,窮必徹骨矣。
日干の克する所の五行就きて是れ妻と財なり。財多くして日干もまた旺なれば、事事心に稱う。日干衰弱なれば、財反って禍と成る。財多く日干又が旺なる人は、力量以て財を擔ぎ起すに足る、故に是れ福なり。日干衰弱・財を擔き動かさず、財就きて反って來りて禍害と變成す。旧賦に説く「財多く身弱者、正しく是れ富人の家裏に住むの窮人」、講ずる所就きて是れ此の個なり。天干と地支同じ一類に屬すれば、會して財を損し妻を傷る。謂う所の干支相同は、是れ甲寅・乙卯此の一類、天干地支皆是れ木なり。又説く地支若し日干と同類の局を結成するの命も、もまた要して財を損し妻を傷る。再び月令の氣正しく旺を加え、年柱時柱又財官を見ず、も格局を構成せず、那就きて一定として骨に徹るまで窮せん。
男取克干為嗣,女取干生為子,存失皆然。以時分野,當推貧賤富貴之區也。假令甲乙生人,以庚辛為子息,女命甲乙生以丙丁為子息,更看時辰在何分野,輕重生旺,定其多少。若四柱有克子息之星,可言無子矣。假如六庚日午時生,乃子嗣多數。謂庚以乙為財,乙木去生火。火克庚金,為子之星,午時乃火之分野,丁火建祿之鄉,當有子多,生顯貴命矣。若生於戌亥子時,則是金水分野,火絕之地,則子息少矣,當生孤獨貧賤之子,不然僧道過房螟蛉之命矣。
男命日干を克する五行を取りて子嗣と作し、女命日干の生ずる所の五行を取りて子女と作す、子女の存亡皆此に照りて看、再び時柱の在る所の分野に按じて、子女の貧賤富貴の區分を推斷す。譬如甲・乙の木日主庚・辛の金を以て子息と為す。女命甲・乙の木生人は、則ち丙・丁の火を以て子息と為す。還だ要して時辰甚麼の分野に落つるかを看、その輕重生旺を視て、子女の多少を定む。若し四柱の中子息を克するの星有れば、就きて以て子無しと断ず可し。譬如庚日午時に生まれれば、子嗣便ち多し。庚金乙木を以て財と為し、乙木火を生じ、火來りて庚金を克す、正しく是れ庚の子星なり。午時是れ火の分野、又が是れ丁火建禄の郷、故に當に多子有るべし、且つ能く顯貴の兒子を生出す。若し戌・亥・子時に生まれれば、那是れ金水の分野・火の絶地、子息就きて稀少にして、生み下すも多く是れ孤獨貧賤の子、不然れば就きて是れ出家して僧道と為り・人に過繼し・螟蛉を抱養するの命なり。
女取干生亦然。論子息多少,於生時內參詳,萬無一失。看生時在何宮分,若在長生沐浴冠帶臨官帝旺之鄉,定其多嗣,當生出美麗富貴之子,落在衰病死墓絕無氣胞胎沖刑之鄉,定主子少,當生孤若貧財之子。《理愚歌》云:“五行真假少人知,知時須是洩天機。”是也,俗以甲子乙丑海中金,即婁景之前,未知金在海中之論。
女命日干の生ずる所の神を取りて子女と作す、道理もまた一樣なり。要して子息多少を論ぜば、就きて生時の上に於て參詳す、萬無一失なり。生時哪の一宮分に落つるかを看る。若し長生・沐浴・冠帶・臨官・帝旺の郷に落つれば、一定として子嗣衆多にして、還だ能く俊美富貴の兒子を生出す。若し衰・病・死・墓・絶此れらの無氣の地に落ち、或いは胞胎・冲刑の郷に落つれば、一定として子女稀少にして、生下するもまた是れ孤苦貧寒の子なり。『理愚歌』に説く「五行の眞假人の知る少なし、眞に説き破るを要せば就きて是れ天機を泄漏す」、正しく是れ此の意なり。世俗甲子・乙丑を把りて「海中金」と叫作す、其の實漢代婁景先生以前に在りては、根本に金海中に在る此の一説無し。
《理愚歌》所云五行真假少人知,知時須是洩天機。五行真假者,納音是也。乃天地大衍數也,先布大衍四十九數在地,次將甲己子午九,乙庚丑未八,丙辛寅申七,丁壬卯酉六,戊癸辰戌五,己亥當屬四等數除之,除減不盡,又按五行數除之。餘者水一火二木三金四土五,相生取用,便是納音也。
『理愚歌』の謂う所「五行眞假知る人少なし、時を知る須らく是れ天機を泄すべし」、其の中の五行眞假は、指す所就きて是れ「納音」なり。納音天地の大衍の數より出づ。先ず大衍の數四十九を把りて地上に布き、再び干支各自の數目に按じて去りて減ず——甲・己・子・午は九と算し、乙・庚・丑・未は八と算し、丙・辛・寅・申は七と算し、丁・壬・卯・酉は六と算し、戊・癸・辰・戌は五と算し、巳・亥の一類は四と算す。減じて再び減ず可からざるに到れば、就きて再び五行の數に按じて去りて除す。餘る所の數目は、一は水と為り・二は火と為り・三は木と為り・四は金と為り・五は土と為り、然る後相生の關係に依りて取用し、得出する所のもの就きて是れ納音なり。
相生者,餘一生木,餘二生土,餘三生火,餘四生水,餘五生金,且如甲子乙丑四個字,干支共除了三十四數,外有十五數,以二五除了一十,餘數得五,屬土,土能生金,是甲子乙丑金也,又如丙寅丁卯四個字,干支共除了二十六數,外有二十三數,以四五除了二十,餘剩得三屬木,木能生火,是丙寅丁卯火也。餘者依此。
謂う所の相生取用。餘數一と為れば則ち木を生じ、二と為れば則ち土を生じ、三と為れば則ち火を生じ、四と為れば則ち水を生じ、五と為れば則ち金を生ず。譬如甲子・乙丑此の四個の字、干支の數一共に三十四を減じ去り、還だ十五を剩し、再び五を用いて去りて除す、兩個の五を除き去りて共に十、餘數五を得て土に屬す、土能く金を生ず、故に甲子乙丑是れ金なり。又如丙寅・丁卯四個の字、干支の數一共に二十六を減じ去り、還だ二十三を剩し、五を用いて去りて除す、四個の五を除き去りて共に二十、餘數三を得て木に屬す、木能く火を生ず、故に丙寅丁卯是れ火なり。其の餘此に照りて類推す。
豈得有金在海中,火在爐中之說,世有不肖之術,未遇明師道聽途說,錯論古道,迷誤後人,焉能中理。故將甲子乙丑金喻,子丑近北方坎水之地,為海中金。丙寅丁卯火,喻寅卯,近東方生火之地,如爐火之說。自婁景先生以前,並無金在海中火在爐中。子平之法不用胎元小運納音,專以生日天元為主,配合八字干支,並支中所藏人元,或當生為財為官,為禍為福。依此參詳人命,貴賤得失榮枯賢愚可知矣。
哪れに眞に甚の金海裏に在り・火爐中に在るの道理有らんや。世上些個の器を成さざるの術士有り、明師に遇うたること無く、道聽途説して、古法を講じ錯り、後人を貽誤す、怎麼に能く道理に合乎せんや。甲子乙丑の金を把りて海中金と叫ぶの所以は、是れ子・丑北方坎水の地に靠近するを因とす。丙寅丁卯の火を把りて爐中火と叫ぶは、是れ寅・卯東方火を生ずるの地に靠近するを因とし、始めて爐火の比喩有り。婁景先生以前よりして、從來金海中に在り・火爐中に在るの名目無し。子平の法胎元・小運・納音を用いず、專ら出生日の天元を以て主と為し、八字干支及び地支の蔵する所の人元を配合し、它らの當生の時是れ財是れ官・禍を成し福を成すを看る。此の樣に照りて人命を參詳すれば、貴賤・得失・榮枯・賢愚皆推知する可し。
或以年為主,則可知萬億富貴相同者。以甲子年生,便為本命忌日之戒。世之談三命者,皆以古法,往往多以年為主,則可知萬億用胎元小運納音為論,似水之渙漫,而無所歸矣,富貴有相同者謬矣。故子平之法,專以生日天元為主,日下支辰為妻宮,生年為本命根基,又為祖上田宅之宮。如甲子生,便為本命太歲之尊神,忌生日支干與太歲沖並戰鬥克害,名為主本不和。則人生來不靠祖業田宅,暌敗宗親,應難倚依。若生月時中,與本命干支會合入局,或遇財官貴氣,則生平當有祖宗田宅,茲其豐厚,聲譽之美也。
假如仍ほ舊に年柱を以て主と為せば、那就きて會して千萬人の富貴完全相同なるの荒謬の結論を推出せん——凡そ甲子年生の人、皆要して本命に照りて去りて同じ一個の日子を忌諱す。世上三命を談ずる人皆古法に守り、往々にして年柱を以て主と為し、於是に胎元・小運・納音を拿り來りて以て論を立つ、水の一樣の散漫にして帰る無きが如く、千萬人富貴相同なるの説法を推出す、實在是れ荒謬なり。故に子平の法專ら出生日の天元を以て主と為し、日柱下面の地支妻宮と為り、出生年本命の根基と為り、同時にもまた是れ祖上田宅の宮なり。譬如甲子年生、甲子就きて是れ本命太歲此の位の尊神なり、最も出生日の干支の太歲と相冲・相并・戰鬥克害するを忌諱す、那叫して「主本不和」と作す。此の樣の人生まれ來りて能わず祖業田宅に倚靠し、宗親と乖離敗散し、甚だ難し以て依托する所有らん。若し生月・生時の中に於て能く本命干支と會合して局を成し、或いは財官貴氣に遇上れば、那麼一生自ずから祖宗の留下する田宅有り、家業豐厚にして、聲譽もまた好し。
以月為兄弟,如火命生酉戌亥子月,言兄弟不得力之斷。月為兄弟之宮,如男取比和同干,便為兄弟之星,且如六丙日生人,以丁火為弟妹,六丁日生人,以丙火為兄姐,若臨酉戌亥子月,言兄弟不得力之論。謂酉月火死,戌月火之墓,亥月火絕氣,子月火懷胎,故言兄弟不得力之斷。其餘依此,萬無一失。
月柱を以て兄弟を代表す。譬如火命人酉・戌・亥・子此の幾個の月に生まれれば、就きて兄弟力を得ずと断ず。月柱是れ兄弟宮、男命日干と同類相比の五行を取りて兄弟の星と作す。譬如丙日生の人丁火を以て弟妹と為し、丁日生の人丙火を以て兄姐と為す。若し酉・戌・亥・子月に生まれれば、便要して兄弟力を得ずと断ぜん。酉月是れ火の死地、戌月是れ火の墓庫、亥月火氣已に絶し、子月火尚ほ胎中に在るを因とす、故に兄弟力を得ずと説く。其の餘の各命此に照りて類推せよ、萬無一失なり。
或日為妻,如在空刑剋殺之地,言克妻妾之斷。論妻妾者,以生日支辰,為妻妾之星。無所克之物為上,若在空刑剋害之地,則克妻妾,不然重婚再娶。或時為子息,臨死絕之鄉,言子少之斷。論子息多少者,當以生時為子息宮。男取克干為子息星,女取干生為子息星。若臨死墓胎絕衰病之地,子息甚少。
日柱を以て妻子を代表す。若し日支空亡・刑冲・克殺の地に落つれば、就きて妻妾を克すと断ず。妻妾を論ずるは要して出生日の地支を以て妻妾の星と為し、東西の來りて之を克する無きを以て上と為す。若し空亡刑害の地に落つれば、便要して妻妾を克せん、不然ればもまた重婚再娶せん。時柱を以て子息を代表す。若し時柱死絶の鄉に落つれば、就きて子女稀少と断ず。子息多少を論ずるは、當に生時を以て子息宮と為すべし。男命日干を克する五行を取りて子息星と為し、女命日干の生ずる五行を取りて子息星と為す。若し此の顆の星死・墓・胎・絶・衰・病の地に落つれば、子息就きて極めて少なし。
如男命六乙日申時生,當有子息多。乙木以庚金為子生子息。申時乃金之分野,庚金建祿之鄉,故言子多者也,若生子丑寅卯辰巳午時,為子息極少之斷,謂居墓死絕胎克害受制之鄉。或四柱之中有刑破克害損子,時中定是晚年少子嗣,不然遲矣。縱有亦須僧道過房,貧賤夭折,螟蛉出祖之輩也。
譬如男命乙木日主申時に生まれれば、當に子息衆多あるべし。乙木庚金を以て身を克するの神と為し、正しく是れ其の子息星なり。申時是れ金の分野、又が是れ庚金建禄の郷、故に子多しと説く。若し子・丑・寅・卯・辰・巳・午此れらの時辰に生まれれば、便要して子息極めて少しと断ぜん、子息星墓・死・絶・胎及び克せられ害せられ制せらるるの地方に落つるを因とす。或いは四柱の中刑・破・克・害有りて子星を損傷し、時柱の上又が是れ此の如しなれば、那麼必然として晚年子少なく、不然ればもまた子を得ること甚だ遲し。縱え子有るも、多半もまた是れ出家僧道・他人に過繼・貧賤夭折・螟蛉を抱養・宗を離れ祖を出づるの一類なり。
論命皆非人之可為,造物陰陽之所致。後世術士,不知斯理,而僭亂於俗,故不可言傳,當考幽微之妙矣。前篇論生年,為祖上父母,世代宗派盛衰之宮,切忌四柱中有刑沖破害之物。傷於生年,應主祖宗暌敗,根基雖有,親蔭無倚也。以生月為兄弟之宮,若比和者,兄弟之星也。若臨死絕墓胎之月,言兄弟不得力也。以日辰為妻妾宮,若臨空刑剋害之地。言克妻妾也。以時為子息之星,子星若臨絕死墓之鄉,言子息少之斷。
推命の得る所の結果皆是れ人力の安排する能く所にあらず、全く是れ造化陰陽の決定する所なり。後世の術士此の個の道理を明白せず、胡亂に僭改し・世俗を擾亂す、故に此の門の學問只だ能く口耳相傳に靠る可からず、必ず須らく自ら去りて其の中の幽深微妙の處を考究すべし。前面の一篇に講ず、出生年是れ祖上父母・世代宗派興衰の宮位にして、最も四柱の中刑・冲・破・害の物有りて來りて年柱を損傷するを忌む。年柱一たび傷れば、就きて祖宗の乖離敗落を主し、根基在るといえども、父母の蔭庇却って倚靠するに從る無し。出生月を以て兄弟宮と為し、日干と同類相比する就きて是れ兄弟星なり。若し月柱死・絶・墓・胎の月に落つれば、就きて兄弟力を得ずと説く。日支を以て妻妾宮と為し、若し空亡・刑冲・克害の地に落つれば、就きて妻妾を克すと説く。時柱を以て子息の星と為し、子星若し絶・死・墓の郷に落つれば、就きて子息稀少と断ず。
五行元理消息賦
詳其往聖,鑑以前賢,論生死全憑鬼谷,推消息端的徐公。陽生陰死,陽死陰生,循環逆順,變化見矣。蓋陽木生亥死午,存亡易見。陰水跨馬防豬,吉凶可知,丙生艮而遇雞死,丁生兌而逢虎傷,戊藏寅而酉地沒,己生酉而寅宮亡。庚逢蛇而崢嶸,遇子鼠則難當。辛生子死於巽地,壬生申滅於震方,癸得兔而衣祿足,運行猴地見災殃。十干生死同斷,造化依理推詳,又憑權刃雙顯,均停位至侯王。
往古聖人の遺法を細察し、前代賢者の成説を取鑑す。生死を論ずるは全く鬼谷子の傳授に憑り、消息を推するは則ち徐子平を以て最も的當と為す。陽干順行して生ずるの地方は、正しく是れ陰干逆行して死するの地方なり。陽干死處又が是れ陰干生處、一順一逆循環往復し、變化便ち皆顯現し出づ。譬如陽木甲長生亥に在り・午に死す、存亡一望して知る可し。陰水癸の午位是れ其の絶地・亥位是れ其の旺郷、謂う所の「馬を跨りて猪を防ぐ」、吉凶もまた就きて明白なり。丙火長生艮方の寅に在りて酉雞に死し、丁火長生兌方の酉に在りて寅虎に傷る。戊土丙に隨いて寅に藏生して酉地に沒し、己土丁に隨いて酉に長生して寅宮に亡す。庚金巳蛇に逢えば則ち頭角を嶄露し、子鼠に遇えば則ち承當し難し。辛金子に生まれて巽方の巳に死し、壬水申に生まれて震方の卯に滅す。癸水卯兔を得れば則ち衣禄豐足し、運行申猴の地に到れば便ち災殃を見る。十天干の生死皆此の法則に照りて去りて断ず、造化只だ要して理に依りて推詳せば便ち知曉す可し。再者、若し「權星」七殺と「羊刃」雙雙顯露して力量均衡せば、位子做りて侯王に到る可し。
註釋:如甲生人卯月,得庚為權星,須得刃來合七煞,方為貴,如有刃無殺,刃必劫。有煞無刃,煞必傷身。己亥,癸酉 庚午 戊寅 此造庚日以丙為煞,辛為刃,地支寅午會火局,則丙殺旺也。酉金羊刃得時,又轉生歲食神,乃食前殺後,而刃煞雙顯,主大貴也。戊寅運壬辰年,拜右丞相傳國將軍。
注解に説く、譬如甲木生人卯月に生まれ、庚金を得て「權星」亦就きて是れ七殺と為す、必ず須らく羊刃有りて來りて此の個の七殺を合し住め、始めて貴格と算す。若し只だ羊刃有りて七殺無ければ、羊刃一定として去りて財を劫さん。若し只だ七殺有りて羊刃無ければ、七殺一定として要して身を傷らん。一命造を舉ぐ、己亥年・癸酉月・庚午日・戊寅時。此の造庚金日主丙火を以て七殺と為し・酉中辛金を以て羊刃と為す。地支寅午會して火局を成し、午中に藏する丙火七殺此れに因りて轉旺す。酉金羊刃令に當たり時を得、又頭を回りて去りて年支亥中の食神壬水を生じ、食神前に在り・七殺後に在るの格局を形成し、羊刃と七殺雙雙顯露し、大貴を主す。戊寅大運を行き・壬辰流年に逢い、官右丞相・傳國將軍に拜せらる。
中途或喪或危,運扶官旺。平生為貴為富,身殺兩停。註釋:凡命身煞兩停者,富貴雙全,若偏則賤,乙酉 乙酉 乙酉 甲申 此造乙木生於八月,酉金七煞,與申酉類成金局,乙與時支庚合,從煞為貴也。金乃主義,故為人稟性剛毅,為國良臣,乃尚書命也。
中年の途中或いは喪亡或いは危殆するは、是れ大運官星を扶し起して它を太だ旺ならしむるを因とす。一生貴と為り富と為るは、是れ日主と七殺勢均力敵するを因とす。注解に説く、凡そ命裏日主と七殺兩相に停勻するは、富貴雙全なり。若し一邊偏重すれば、就きて轉じて下賤と為る。一命造を舉ぐ、乙酉年・乙酉月・乙酉日・甲申時。此の造乙木八月に生まれ、酉中辛金是れ七煞、申と酉又同類にして金局を會成す。乙木時支申中の藏する所の庚金と相合し、日主根無くして只だ能く煞に從う、因りて以て貴と為る。金五行に於て「義」を主る、故に此の人禀性剛毅にして、是れ國家の良臣、此れ是れ官至尚書の命なり。
大貴者,用財而不用官。註釋:凡用官者,多受人之制。用財者,蓋我克他人。所以用財命有貴。辛亥 庚寅 丙子 丁酉 此造六丙生人,自坐官星,喜庚辛酉金為財,乃財旺,則自坐生官,行丁亥運,丙戌年中狀元。
眞正の大貴の人は、取用する所は是れ財にして官にあらず。注解に説く、凡そ官星を取りて用と為るは、多半要して別人の節制を受けん。財を取りて用と為るは、是れ我が去りて他人を克制す、故に財を用うるの命始めて大貴有り。一命造を舉ぐ、辛亥年・庚寅月・丙子日・丁酉時。此の造丙火日主自ら子中癸水官星に坐し、喜ぶ所は是れ庚・辛と酉中の金財を作す。財旺にして又能く官を生ず、日主自ら坐する所の官星便ち生扶を得たり。丁亥大運を行き・丙戌流年に逢い、狀元に考中す。
當權者,用殺而不用印。註釋:凡印綬多生滋官,如月支偏官,時上一位貴格,從煞格,多大貴。己巳 癸酉 乙丑 甲申 此建寧府彭僉事命,柱中巳酉丑會局,以從煞論也。印賴煞生。註釋:凡印綬格,如印多見官者,合殺生印者,主大貴也 辛亥 庚子 甲辰 乙亥 此造甲木冬生,地支亥辰,水局生身,行申酉運,庚金七煞臨祿乃全盛,而印綬得局,官至御史。
實權を掌握する人は、取用する所は是れ七殺にして印綬にあらず。注解に説く、印綬多きは只だ會して去りて官星を滋生す。月支偏官に坐し・時上只だ一位の七殺有るの貴格の像、及び從煞格は、多半大貴なり。一命造を舉ぐ、己巳年・癸酉月・乙丑日・甲申時、此れ是れ建寧府彭僉事の命、柱中巳酉丑三合金局、從煞格に按じて來りて論ず。印綬要して七殺に靠りて來りて相生せん。注解に説く、凡そ印綬格、若し印多くして又官星を見、能く七殺を合し住め・它をして轉じて印綬を生ぜしむるは、大貴を主す。一命造を舉ぐ、辛亥年・庚子月・甲辰日・乙亥時。此の造甲木冬天に生まれ、地支亥と辰會して水局を成して來りて身を生ず。申・酉大運を行き、庚金七煞禄地に臨みて力量全盛にして、印綬又水局を結成し、官御史に做り到る。
官因財旺。註釋:“凡官星得令則吉,最喜財旺生之。甲寅 己巳 癸巳 癸丑 此造癸日坐巳,為財官,逢寅財旺,官星得生,甲木合己,行西北方運,位至封相封王。食居先,殺居後,功名兩全。註釋:凡月令有食神,時上有七煞者,主大貴。戊午 戊午 乙丑 辛巳 此造乙以丁己為財及食神,丁己祿於午,以辛金為七煞,庫於丑,身殺兩停,財權兼備,官拜都尉。
官星要して財旺に靠りて來りて生ぜん。注解に説く、凡そ官星令に當たれば就きて吉、最も喜ぶは旺财有りて來りて它を生ずるなり。一命造を舉ぐ、甲寅年・己巳月・癸巳日・癸丑時。此の造癸水日主巳に坐し、巳中丙火財と為り・戊土官と為る。又寅木の助け起すの財氣に逢い、財旺なれば則ち官相生を得。甲木又己土を合し住め、西北方の運を行き、位封相封王に至る。食神前に在り・七殺後に在るは、功名と實權兩樣皆全し。注解に説く、凡そ月令食神有り・時柱の上七煞有るは、大貴を主す。一命造を舉ぐ、戊午年・戊午月・乙丑日・辛巳時。此の造乙木丁火を以て食神と為し・己土を財と為し、丁と己皆午に禄す。辛金を以て七煞と為し、辛の墓庫丑に在り。日主と七殺勢均力敵にして、財と權兼備し、官都尉に拜せらる。
酉破卯,卯破午,財名雙美。註釋:夫酉破卯者,用支元多見酉字,以酉暗沖卯中乙木為財,運行金鄉,如見卯木,則主不吉。卯破午者,用支元多見午字,以卯破午中己土為財,運會木神為妙,如逢午未己土,則不吉。丁酉 已酉 辛酉 丙申 此酉破卯也。又生秋令,官至令尹,衣錦還鄉。癸亥 乙卯 乙卯 戊寅 此卯破午也,巳合真格,八十而卒。
酉を用いて去りて卯を破り・卯を用いて去りて午を破れば、以て財と名雙雙美滿す可し。注解に説く、謂う所の酉の卯を破るは、是れ地支多く酉字を見、酉に靠りて去りて暗に卯中の乙木を冲し、它を把りて冲し出して財を當て用と為す。此の種の命大運宜しく金郷を走るべし、若し命裏或いは運裏明に卯木を見れば、反って吉ならず。謂う所の卯の午を破るは、是れ地支多く午字を見、卯に靠りて去りて午中の己土を破りて財を當て用と為す。大運木神と會合する最も妙、若し再び午・未と明透の己土に逢えば、就きて吉ならず。兩命造を舉ぐ、丁酉年・己酉月・辛酉日・丙申時、此れ是れ酉の卯を破るの例子、又秋天金令に生まれ、官令尹に做り到り、錦を衣て鄉に還る。癸亥年・乙卯月・乙卯日・戊寅時、此れ是れ卯の午を破るの例子、已に眞格を合成し、活きて八十歲にして去世す。
福享五行歸祿。註釋:凡五行陰陽相均,八字或四柱各歸祿,或歸祿臨生旺之地,或身殺相等,均主人多增福壽溫厚造也。丙寅 甲午 己巳 丙寅 此造已木生於午月,甲祿寅,丙祿巳,己祿午,乙祿卯,雖不富貴,卻一生溫飽享福,年八十餘歲,康健精神。
能く福氣を安享するは、是れ五行各自禄に歸するの命なり。注解に説く、凡そ五行陰陽彼此均衡し、八字或いは四柱各自自ら其の禄に坐し、或いは歸禄の處又生旺の地に臨み、或いは日主と七殺力量相當すれば、皆人と為りて多く福を增し壽を添るを主し、是れ温厚の命造なり。一命造を舉ぐ、丙寅年・甲午月・己巳日・丙寅時。此の造午月に生まれ、甲禄寅に在り・丙禄巳に在り・己禄午に在り・乙禄卯に在り、各干皆歸る可きの禄有り。富貴と算上げる能わずといえども、却って一生温飽して福を享け、活きて八十多歲、身體康健・精神飽滿なり。
癸丑 癸亥 丁卯 丁未 此乃福建建寧府建安縣林壽官八字,諱釗號石庵,其人積德行善,秉忠盡孝,克勤克儉,已成鉅萬之家。敦仁敦義,允叨無疆之壽。生子七人,長子官拜令尹,四子職至省察,其他登庠序者,藹藹吉土,間有侍庭闈者,造造良民。生女五人,各配宦門,階前孫枝二十四條,條條挺秀。堂下曾蘭一十九葉,葉葉爭芳。更有五代之孩提,又遂兩眼之快睹。
再び一造を舉ぐ、癸丑年・癸亥月・丁卯日・丁未時。此れ是れ福建建寧府建安縣林壽官の八字、他名は釗・號は石庵。此の人德を積み善を行い、忠を盡し孝を盡し、勤勞節儉して、已に巨萬の家業を挣下せり。人と為りて敦厚仁義、因りて以て止境無きの高壽を承受せり。他七個の兒子を生めり、長子官令尹に拜し、第四子省察の職に做り到り、其の餘府學縣學に考進する、個個皆是れ和氣の吉士なり。還だ身邊に留りて雙親を侍奉する有り、もまた皆是れ分を安んずるの良民なり。五個の女兒を生めり、各自仕宦の人家に嫁入す。臺階前の孫輩二十四枝有り、枝枝挺秀す。堂下の曾孫一十九葉有り、葉葉芳を争う。更に第五代の幼童有り、他の老人家をして親眼看見せしめ、快慰無比なり。
即今萬曆十七年算起,壽數九十七,耳目尚精神,齒髮更伶俐,飲食如常,動履健順,言語無顛倒,施為未改體。躬逢朝廷恩例,欽賜冠帶榮身,續承都府,贈以金,贈以衣,繼蒙按院賁以布並銀。昔年楊郡守,請與鄉飲,客歲張府尊重禮高年。長子七十已上,見居林下,鶴髮童顏對椿樹,餘子七九將近,各在庭前,戲彩斑衣娛華陽。藍袍孫子,泮苑有聲。佇看對對登廊廟。白衣曾玄,書香可賴,行將個個拜丹墀,盛矣。目前之美景如斯,彰彰莫掩,必也後代之繁祉定見,生生無窮。
今年萬曆十七年より算し起れば、他已に九十七歲なり。耳目仍ほ舊に靈敏にして、牙齒頭髮もまた還だ齊整し、飲食照常・行動穩健・説話顛三倒四せず・舉止一として當年の如し。他親く朝廷の恩典に趕上し、欽賜の冠帶を蒙りて以て身を榮す。接いて都府又相繼ぎて他に金帛衣物を贈り、後來按察院もまた布匹と銀兩を送り來る。前些年楊郡守他を請いて鄉飲酒禮に參加せしめ、去年張知府又が厚禮を以て此の高年長者を尊敬せり。他の長子已に七十開外、如今鄉里に於て閒居し、鶴髮童顔にして庭前の椿樹に對す。其の餘の諸子もまた皆年近六七十、各お庭前に於て彩衣を穿ちて嬉戲し、老父を逗して歡喜せしむ。藍袍を穿つるの孫輩縣學裏已に名聲有り、眼看に對對に朝堂に登らんと要す。還だ是れ白衣の身の曾孫玄孫、書香靠有りて、將來もまた會して個個朝に入りて丹墀に拜謁せん、眞是れ興盛なり。眼前の美景既に此の如く顯然なれば、日后子孫の繁盛福澤、もまた一定として源源として絶えざらん。
壽稱八字相停。註釋:凡五行得中和者必壽,經云五行不可偏枯,要稟中和之氣。 丁巳 壬寅 戊辰 丙辰 此命火土相停,癸巳運丁亥年,不祿。晦火無光於稼穡。註釋:丙丁火非特畏水為凶,若遇土重,以晦其光,俱主不吉之兆。戊戌 戊午 丙午 己丑 此女命丙日生,逢午戌火局,四柱土神太重,以掩其光,乃愚蠢人,終為灶下之婢妾。
長壽と稱するを得るは、是れ八字各方の力量相停するの命なり。注解に説く、凡そ五行中和の氣を得る人必定として長壽し、經書の上に説く五行偏枯す可からず、要して中和の氣を禀受せんと。一命造を舉ぐ、丁巳年・壬寅月・戊辰日・丙辰時、此の命火と土兩相に停勻し、癸巳大運を行き・丁亥流年に逢いて去世す。火厚土に晦まされ、光明盡く失う。注解に説く、丙・丁の火不只だ水を怕れて乃ち凶なり、若し土太だ重きに遇い來りて其の光を掩晦せば、同じ樣に皆是れ不吉の兆なり。一命造を舉ぐ、戊戌年・戊午月・丙午日・己丑時。此れ是れ女命、丙火日主午・戌に逢い會して火局を成す、可なり四柱土神太だ重く、火光を把りて都て掩い住む、此の人愚鈍にして、最終只だ竈下の婢妾を做る。
盜木絕氣於丙丁。註釋:凡火盛成局,則木臨火地,煙滅灰飛,若陽宮食神多者是。然陽木則成,陰木次之。丙戌 丙申 甲午 丙寅 此甲午生於申月,乃偏官格也。年時寅午戌會火局,制伏七煞太過,又會失垣,乃一俗人,行寅運丙戌年不祿。
木丙丁火に盜泄せられ、氣就きて斷絶す。注解に説く、凡そ火勢旺盛にして火局を結成し、木火地に落ちれば、便要して煙消灰飛せん。四柱陽干食神太だ多き正しく是れ此の種の情形なり。陽木此れに遇えば還だ能く一點を成就す、陰木就きて更に一等を差す。一命造を舉ぐ、丙戌年・丙申月・甲午日・丙寅時。甲木申月に生まれ、本是れ偏官格なり。可なり年・時の寅・午と戌會して火局を成し、七煞を把りて制伏する太だ過ぎ、申金七殺又本位を失う、故に只是れ個の平庸の人、寅運を行き・丙戌年に逢いて去世す。
火虛有焰。註釋:凡丙丁日,遇甲乙寅卯木生之,或類火局。皆為火虛有焰而吉也。若被土重掩光,則火實無為。戊戌 乙卯 丙午 己亥 此李狀元命,木火通明,殺生印,火明木秀。
火看似虛空なるも、却って能く火焰を騰起す。注解に説く、凡そ丙・丁の日主甲・乙・寅・卯の木に遇上りて來りて生ぜられ、或いは地支會して火局を成せば、皆「火虛にして焰有り」と算す、是れ吉象なり。若し厚土に掩い住められて光明せば、火結實するも却って作為する所無し。一命造を舉ぐ、戊戌年・乙卯月・丙午日・己亥時、此れ是れ李狀元の命なり。木火通明にして、亥中壬水七殺去りて卯木印綬を生じ、印又火を生ず、故に火明にして木秀なり。
金實無聲。註釋:陽金出土,須有火鍛,方能成器。若無火鍛鍊,則金成塊物,而內實無聲也。人命亦然。戊申 庚申 庚申 甲申 此造金生七月,地支純金,類成頑金,而無水火鍛鍊,又行西方金鄉,乃金實無聲也。
金太だ結實にして反って聲音を發出す能わず。注解に説く、陽金土裏より出づ、必ず須らく火の鍛煉有りて始めて器を成す能う。若し火の來りて鍛煉する無ければ、金就きて只是れ一整塊の頑物、內裏實心にして敲き響かず。人の命もまた是れ此の樣なり。一命造を舉ぐ、戊申年・庚申月・庚申日・甲申時。此の造金七月に生まれ、地支清一色是れ金、一團の頑金を結成す、却って水火の來りて淘洗鍛煉する無く、大運又西方金郷を走る、正しく是れ謂う所の「金實にして聲無し」。
水泛木浮者活木。註釋:水泛木浮,不分陰陽,用之不驗。蓋甲木生亥無咎,乙木死於亥,水泛則浮也。辛亥 庚子 乙未 甲申 此女命以庚金為夫,喜透歸祿,夫星得地,年殺又生於予而得垣。以格論之,為官殺混雜,以理推之,則又不然,取甲木配辛,日主乙與庚合。甲乙互相配合也。行卯運合局。身旺為福。一交甲辰運,申子辰三合水局,又遇丁亥年,壬水太旺,八字運歲,全是水象,庚金沉水,乙木死絕,乃水泛木浮也。如活木無土以培其根,被壬水浸淹搖盪其根矣,果患面腫浮面之病,而不祿矣。
謂う所の「水泛木浮」は、指す所是れ根有るの活木なり。注解に説く、水泛木浮を講じて而して陰陽を分かたざるは、用い起して是れ準ならず。甲木長生亥に在り、水多くともも并びに災禍有らざるを因とす。乙木却って亥に死す、水一たび泛濫すれば便要して漂浮せん。一命造を舉ぐ、辛亥年・庚子月・乙未日・甲申時。此れ是れ女命、庚金を以て丈夫と為し、喜ぶ所は是れ庚金天干に透出して時支申正しく是れ其の禄地、夫星地を得て力有り。年上辛金七殺又子月に生まれて各お其の位を得。若し格局に按じて硬套せば、此れ是れ官殺混雜なり。道理に按じて細推すれば却って然らず。時干甲木を取りて去りて年干辛金に配し、日主乙木則ち月干庚金と相合し、甲・乙兩木分別して兩金と配對し、各お歸着有り。卯運を行きて木局を合成し、身旺して福と為す。一たび甲辰大運に交れば、申子辰三合水局、又丁亥流年に碰上り、壬水太だ旺にして、八字・大運・流年全く水象と成り、庚金水底に沈み、乙木死絶して依る無し、正しく是れ水泛木浮なり。活木若し土の來りて根を培う無ければ、便ち壬水に浸泡せられ・根須を把りて搖き散らさる、此の人果然として面部浮腫の病を患いて以て亡故せり。
土重金埋者陽金。註釋:凡金宜乎水土滋生,而被土重埋者,乃陽金也。蓋陽金為成器之物,土重不能滋,而反滋生。戊辰 戊午 庚辰 丁丑 此造庚金生逢五月,乃正官格也。惜乎無一點財星,官無生意地支純土,又透出梟神掩火,而金遭埋沒,行西北方財官運,皆名利俱無也。
謂う所の「土重金埋」は、説く所是れ陽金なり。注解に説く、金本來要して水土に靠りて來りて滋養生發せん、可なり厚土に埋め住めらるるは、正しく是れ陽金なり。陽金是れ已に器を成したるの東西にして、土一たび重ければ便ち能わず它を滋養し、反って它を蓋い住む。一命造を舉ぐ、戊辰年・戊午月・庚辰日・丁丑時。此の造庚金五月に生まれ、本是れ正官格なり。可惜柱中一點の財星無く、官相生扶の意を得ず、地支又清一色是れ土、天干再び戊土梟神透出して丁火を掩い、金就きて埋没せらる。大運西北方の財官の地を走るも、も依舊として名利兩空なり。
水盛則危。註釋:凡水盛滔滔,貴乎土止,雖曰土克水,然水局者,必要土培為福。四柱全水象而無土止者,則有洩流之患。壬子 癸卯 壬子 庚子 此女命氾濫而無土止,更兼羊刃傷官,又行西北運,而流走無定,淫亂太盛,乃下賤也。
水太だ盛んなれば就きて危險なり。注解に説く、凡そ水勢滔滔たるは、貴ぶ所は土有りて來りて它を止むるに在り。雖然と説くも土是れ水を克する、但し水局を成したるの命は、一定として要して土有りて來りて堤を培して始めて是れ福なり。四柱全く是れ水象にして土の來りて約束する無きは、就きて潰決橫流の禍患有り。一命造を舉ぐ、壬子年・癸卯月・壬子日・庚子時。此れ是れ女命、滿局泛濫して土の制約無く、又兼ねて子中の羊刃と卯木傷官有り、大運再び西北金水の地を走り、於是に行止定まる無く・淫亂太だ甚し、終に下賤に歸す。
火明則滅。註釋:凡火無不明之理,無不滅之象,若非聖人洩機,孰得而知之。是以命貴在得中和,方為上格,太過不及者下格矣。陽金得煉太過,變革奔波。註釋:凡五行歸祿者,不喜見官星。且如陽金歸祿,兼坐火庫,則金已成器,不必再要見火陶熔,恐變革也。
火極明に燒き到るの時もまた便要して熄滅せん。注解に説く、火明亮せざるの道理無し、もまた熄滅せざるの結局無し。若し是れ聖人天機を泄漏せざらば、誰人能く此の層の意思を懂得せんや。故に命中和の氣を得るを貴ぶ、始めて上等格局と算す、太過と不及皆是れ下格なり。陽金鍛煉頭を過ぐれば、一生要して變動奔波せん。注解に説く、凡そ五行已に禄に歸したるは、喜ばず再び官星を見るを。譬如陽金禄に歸し、又火の墓庫の上に坐すれば、金已に煉り成りて器物と為るを説明す、必ずしも要して再び火の來りて熔鑄するを見ず、否則只怕だ又要して重新變形改造せん。
癸卯 庚申 庚戌 甲申 此造庚金,日坐火庫,得煅成器,再行丁巳運火鄉再段,反為太過之患矣。蓋以物理推之,庚申歸祿,乃從革而成氣之象也。復行火鄉,又見損而不成物也。果在此運,事物變革,受其勞祿,再行卯運,及歲支財神會局,受職州判,大發財利。
一命造を舉ぐ、癸卯年・庚申月・庚戌日・甲申時。此の造庚金日主戌此の火の墓庫の上に坐し、已に鍛煉を受け過りて器を成せり。若し再び丁巳大運を行きて火郷に走り進みて重新鍛打せば、反って太過の患と成る。事物の道理に按じて推す。庚金申に坐し禄に歸す、是れ「從革」にして氣象を成す。再び火郷を走れば、就きて已に成りたるの器物を把りて又が一回損壞するに等しく、東西を做り成さず。此の人果然として此の步の運裏諸事變動し、此れ為に勞碌奔波せり。再び卯運を行くを等到し、流年地支の財神と會して財局を成し、始めて職を受けて州判を做り、大いに財利を發す。
陰木歸垣失令,終為身弱。註釋:凡五行失令者,縱然歸祿得垣,被比局持勢於月令,不作身旺格矣。癸丑 甲寅 乙卯 己卯 此造乙日坐卯,雖祿得坦,奈生於寅月,陽木得令,陰木反弱,累年未遇。古云木向春生,作生旺論。卻乙在二月得令,甲在正月。若失其時,反為身弱。直運至辛亥,亥卯合局印授扶身,戊子年中舉,會試下第,授長山縣知縣。
陰木雖然と本位に歸到るも、却って時令を失い、終に還だ是れ身弱なり。注解に説く、凡そ五行令を失うは、縱え禄に坐し位を得るとも、も同類の神に月令の勢頭を仗りて壓し過られ、身旺格と算する能わず。一命造を舉ぐ、癸丑年・甲寅月・乙卯日・己卯時。此の造乙木日主卯に坐し、雖然と禄其の位を得るも、无奈何寅月に生まる——寅月是れ陽木甲の令に當たり、陰木乙反って弱を顯す、故に多年遇わず。古人木春天に生まれれば就きて生旺に按じて論ずと説く、其の實乙木要して二月卯に到りて始めて令に當たり、甲木始めて正月寅の令に當たる。自己の時令を錯過すれば、反って是れ身弱なり。一直に辛亥大運に行き到る、亥と卯合して木局を成し、亥中壬水印綬日主を扶し起し、戊子年舉人に中り、會試落第し、長山縣知縣に授せらる。
土重而掩火無光,逢木反為有用。註釋:此與晦火無光同論。癸未 己未 丙戌 己丑 此八字丙日主,干支俱繫土象,無木成其火,故掩火無光。水盛則漂木無定,若行土運方榮。註釋:此言陽木也。如甲木居於子,乃木敗之鄉,而水太盛,無土以制之,主風流無度,好酒色之徒。甲寅 乙亥 甲子 甲子 此造甲日,身坐敗地,生亥水失土所止,此人雖智巧,能說能為,特虛名一生,功名無成。
厚土火光を掩い住めて它をして發亮するに從らしめず、此の時木に遇上れば反って用有り。注解に説く、此の一条前面の「火を晦して光無し」と是れ同一個の道理なり。一命造を舉ぐ、癸未年・己未月・丙戌日・己丑時。此の八字丙火日主、干支全く是れ土象、木の來りて火勢を成就する無し、故に火光掩わる。水太だ盛んなれば就きて木を漂して着落無からしむ、要して土運を走る始めて興榮す可し。注解に説く、此處に講ずるは是れ陽木なり。譬如甲木子の上に坐す、子是れ木の敗地、而して水又太だ盛んにして、土の來りて節制する無ければ、就きて人と為りて風流無度・酒色を貪戀するを主す。一命造を舉ぐ、甲寅年・乙亥月・甲子日・甲子時。此の造甲木日主自ら敗地に坐し、亥月に生まれて滿盤の水土の止蓄無し。此の人雖然と機智靈巧・説く能く做る能くとも、却只だ落得て一生虚名、功名毫も成就無し。
五行不可太盛,八字須要中和。註釋:凡太過不及皆不吉也,貴乎稟中和之氣。人能持此語以為論,則修齊治平之道,不出乎此,人命亦然。辛亥 戊戌 壬辰 甲子 此造壬祿於亥,子辰全是水象,喜得月令干支純土止水,一生富貴,壽年九十九而終,得中和之命。
五行以太だ旺盛なるを以て可とせず、八字總じて要して中和に歸せん。注解に説く、太過と不及皆吉ならず、貴ぶ所は中和の氣を禀受するに在り。人若し能く此の句の話を拿りて去りて事理を衡量せば、那麼身を修め・家を齊え・國を治め・天下を平ぐるの道理もまた此より出でず、人の命同じ樣に此の如し。一命造を舉ぐ、辛亥年・戊戌月・壬辰日・甲子時。此の造壬水禄亥に在り、子と辰又皆が是れ水象なり。喜ぶ可し月柱干支純是れ戊戌の土にして、水を把りて止め住む、故に一生富貴にして、活きて九十九歲善終す、是れ中和の氣を得たるの命なり。
土止水流全福壽,土虛木盛必傷殘。運會元辰,須當夭折。註釋:凡水滔滔無土止者,必主飄蕩,壽亦不永矣。丁丑 壬子 壬申 辛丑 此造壬生子月,水局太旺,丑申金壬俱金水象,而無土止,行亥運,十六歲而死。
土有りて水流を止めるは、福と壽皆能く保全す。土虛にして木旺なるは、必定として傷殘せん。大運再び元辰凶星に會せば、便要して夭折せん。注解に説く、凡そ水勢滔滔して土の制約無きは、必ず一生飄蕩を主し、壽命もまた長久ならず。一命造を舉ぐ、丁丑年・壬子月・壬申日・辛丑時。此の造壬水子月に生まれ、水局太だ旺なり。丑・申と壬・辛又皆が金水の一類に屬し、全く土の來りて止蓄する無し。亥運に行き到り、十六歲就きて死せり。
木盛多仁。註釋:凡造化逢木命而通月令,或從化類成局者,主性敦厚,仁慈富貴,又化象得寅卯辰全尤妙。甲戌 丁卯 壬寅 甲辰 此造寅卯辰全,化像得令,作傷官用財格,乃王僉事命。
木氣旺盛の人多く仁心有り。注解に説く、凡そ命造是れ木命にして又月令に通ず、或いは從化・同類結びて木局を成すは、性情敦厚・仁慈にして富貴を主す。化象若し能く寅・卯・辰三支斉全を得れば、尤も其れ美妙なり。一命造を舉ぐ、甲戌年・丁卯月・壬寅日・甲辰時。此の造寅・卯・辰斉全し、化象又月令を得、傷官財を生ずるの格局と取作す、是れ王僉事の命なり。
土薄寡信。註釋:凡土得正令,而無刑害者,其言誠實,若土薄而刑壞者,主人寡信不實。甲寅 甲戌 己酉 己巳 此造是趙子昂命,即趙孟兆。己巳 壬申 己酉 甲戌 此造是劉宦官命,即劉瑾。
土氣單薄の人少く信用を講ず。注解に説く、凡そ土當令の氣を得て刑害を受けざるは、説話誠實なり。若し土本身單薄にして又刑冲に壞されれば、就きて人と為りて寡信にして實ならざるを主す。兩命造を舉ぐ、甲寅年・甲戌月・己酉日・己巳時、此れ是れ趙子昂の命、趙子昂就きて是れ元代の趙孟頫なり。己巳年・壬申月・己酉日・甲戌時、此れ是れ劉宦官の命、亦就きて是れ明代の權閹劉瑾なり。
水旺居垣須有智。註釋:凡水旺居垣,或化象,或從類得局者,主人有智謀才藝,為人面圓美須。若不成局者,主性奸猾,不實之人也。金堅主義卻能為。註釋:夫庚辛金者,在五行主義。若以為用神,或屬化從類,得局歸垣者,主人必有義,而剛毅豪傑,或刑戰失令者,無義兇頑也。若陽金運行寅午戌方,則煉成器,若陰金運行子丑亥方,則為佳也。
水旺にして各お其の位に安んずる人必定として智慧有り。注解に説く、凡そ水旺本位に居り、或いは化象を成し、或いは同類會合して局を成すは、人と為りて智謀才藝有り・面龐圓潤・須髯秀美を主す。若し結びて局を成さざれば、就きて性情奸猾・人と為りて實ならざるを主す。金質堅剛の人「義」を主り、而且能く事を幹す。注解に説く、庚・辛の金五行裏に於て義を主る。若し它を取りて用神と作し、或いは化象・從格の一類に屬して結局位に歸するは、此の人必定として義氣を重んじ、剛毅にして豪傑の風有り。若し刑冲交戰せられて又時令を失えば、就きて變じて義氣を講ぜざるの凶頑の徒と成る。陽金の大運寅・午・戌火方を走れば、能く鍛煉して器を成す。陰金の大運子・丑・亥水方を走れば、始めて好しと算す。
金水聰明而好色。註釋:夫水主智,金主義,金白水清,聰明好色,如水太旺,必是酒色無安之人。水土混雜必多愚 註釋:夫水主智,被土而混雜者,令人多愚魯矣。遐齡得於中和,夭折喪於偏枯。註釋:凡造化得中和者必壽,偏枯者必夭,又如煞強身弱,而失中和者,其人亦夭。
金水相生の人聰明なれども、もまた女色を貪好す。注解に説く、水五行に於て「智」を主り、金「義」を主る、金白水清便ち是れ聰明の象なり、同時にもまた好色し易し。若し水勢太だ旺なれば、必定として是れ酒色に沉溺し・安分を得ざるの人なり。水と土混雑して一塊に在れば、人多半愚鈍なり。注解に説く、水既に智を主る、土に攪き渾されれば、人就きて多半愚笨遲鈍なり。長壽五行中和より來り、夭折五行偏枯より起る。注解に説く、凡そ命造中和の氣を得る必定として長壽し、偏枯の必定として短命す。再如七殺強にして日主弱・中和を失去するは、此の種の人同じ樣に短壽なり。
辰戌剋制並沖,犯刑名。註釋:凡魁罡全更帶刑沖者,必主犯刑,女命亦然,若身坐辰戌以有貴者,如貴亦主破敗不成,若女人則傷夫克子。以日時為重,年月次之。子卯相刑門戶,全無禮德。註釋:夫子卯為禮義,日月為門戶,郭璞玉照雲子卯相刑門戶,全無禮德。予取用甚驗。月令日支見者為奇,值時次之。無禮德者,主帷薄不修,丑聲外聞。壬子 癸卯 丙子 丁酉 此丙子用金為財祿,不合丁火坐酉中長生之地,財神又被劫,更子卯相刑,故妻不賢,惟薄不修,家道不肅。
辰と戌互相に克制して又彼此冲击す、主要して刑法を触犯す。注解に説く、凡そ「魁罡」斉全して又刑冲を帶ぶるは、必ず刑を犯すを主し、女命もまた一樣なり。若し日主辰・戌の上に坐して命中貴氣有れば、即便して貴を得るも、もまた中途破敗して成り難きを主す。女人遇上すれば則ち要して夫を傷り子を克せん。此の一条日柱・時柱を以て重と為し、年柱月柱之に次ぐ。子と卯門戸の位に於て相い刑すれば、就きて全く禮法德行無し。注解に説く、子と卯本禮と義を主り、日と月是れ出入の門戸なり。郭璞『玉照定眞經』に説く子卯門戸に於て相い刑すれば、便ち全く禮德無し、我が取り來りて驗證するに、非常に靈なり。此の兩支月令と日支に出現する最も是れ緊要、時柱に落つる之に次ぐ。謂う所の禮德無しは、指す所是れ家中帷帳の内檢點を修めず、醜聞外面に傳るなり。一命造を舉ぐ、壬子年・癸卯月・丙子日・丁酉時。此の造丙火酉金を以て財禄と為す、无奈何時干丁火正しく酉此の自身長生の地に坐し、財星又劫奪せられ、再び子卯相刑を加え、故に妻子賢ならず・閨門修まらず・家道整肅せず。
棄印就財審偏正。註釋:凡印格忌財,此理明矣。若正印居月令者,不可見財。偏印居月令者,卻喜年時見財,不妨棄印就財,舍輕就重。丁亥 戊申 壬申 丙丁 此造壬生七月,坐長生祿於亥,印身旺也。喜丙丁財透,而祿於午,又行運南方之地。所以棄印就財而貴。
要否か印綬を捨棄して去りて財を取る、先ず正印か還だ偏印かを分清するを得。注解に説く、凡そ印格財星を見るを忌む、此の個の道理是れ明白なり。但若し月令に當たる是れ正印なれば、那就きて財を見る可からず。若し月令に當たる是れ偏印なれば、反って年柱・時柱に財を見るを喜び、妨げず印を捨て財を取り、輕きを丢開き・重きを就きて取る。一命造を舉ぐ、丁亥年・戊申月・壬申日、時柱丙午と作す。此の造壬水七月に生まれ、申中長生・亥中禄を得、印と身皆旺なり。喜ぶ可し丙・丁の火透出して財を作し、禄午の上に在り、大運又南方火地を走る、故に印を棄て財に就きて貴を得たり。
棄財就殺論剛柔。註釋:凡陰干從地支純殺者,多貴。蓋陰柔能從物,若陽干則次之。蓋陽干不受制也。己巳 癸酉 乙丑 甲申 此陰木從金也。見前。傷官無財難恃,雖巧必貧。註釋:夫傷官格者,須要身旺敵財。財要生氣,不要盜財之氣,便是發福。若無官又無財官,雖巧必貧。
要否か財を捨棄して去りて七殺に從う、須らく日干の剛柔を看るを要す。注解に説く、凡そ陰干地支清一色の七殺に遇上りて它に順從するは、多半富貴なり。陰干柔順にして能く人に從うを因とす。陽干就きて一等を差す、陽干性剛にして、肯んぜず制を受けん。一命造を舉ぐ、己巳年・癸酉月・乙丑日・甲申時、此れ是れ陰木金に從うの例子、前面已に舉げ過り。傷官格財無ければ便ち依靠する所無く、人再び靈巧なるも必定として貧窮なり。注解に説く、傷官格必ず須らく身旺して始めて財を擔ぎ起す能う。財要して生氣有らん、可からず反って別の東西に財氣を盜泄せられ、此の樣にして始めて能く福を發す。若し既に官星無く・又財官倚靠す可き無ければ、此の人縱え靈巧なるも一定として貧寒なり。
丙子,壬,辰辛,丁酉,此造六辛生人,以壬水為傷官,歸予子辰水局,乃柱中無一點甲乙寅卯之財,此人至巧一生貧,己酉,庚午,己卯,乙丑,此造己用庚傷官,歸於酉丑金局,柱中又無一點財神,須巧多能,平生不遂。
一命造を舉ぐ、丙子年・壬辰月・辛某日・丁酉時(底本此處干支排印錯亂す)。此の造辛金日主壬水を以て傷官と為し、壬水子辰水局に歸入す。可なり柱中一點の甲・乙・寅・卯の木財無し、故に此の人手藝極めて巧なるも、却って窮り了して一辈子せり。再び一造を舉ぐ、己酉年・庚午月・己卯日・乙丑時。此の造己土庚金を用いて傷官と為し、庚金酉丑金局に歸入し、柱中同じ樣に一點の財神無し、此の人雖然と靈巧多能なるも、一生却って諸事遂わず。
食神制煞逢梟,不貧則夭。註釋:凡用食神為福,被梟神克之,不貧則夭。若梟神無食神者,卻作偏印而論。戊寅 丙辰 戊申 丙申 此造以庚金為食神,不合二丙透出,而生於寅,五歲行乙巳運,巳午會火局,因火驚死。
食神を用いて去りて七殺を制するも、却又梟神に碰上れば、貧窮ならざれば就きて夭折す。注解に説く、凡そ食神を取りて福と為るは、梟神に克奪せられ、貧ならざれば則ち夭なり。若し命裏只だ梟神有りて奪う可きの食神無ければ、那就きて仍ほ舊に偏印に按じて去りて論ず、凶と算せず。一命造を舉ぐ、戊寅年・丙辰月・戊申日・丙申時。此の造申中庚金を以て食神と為す、偏偏たる兩個の丙火天干に透出し、又寅月に生まれて火長生の氣有り。五歲乙巳大運に交り、巳と午會して火局を成し、火食神を克し、此の人火災に因りて驚を受けて死せり。
男多羊刃必重婚。註釋:夫羊刃在命,若無煞,則刃必劫財,而主克妻。或刃旺財弱,而行刃運,決主克妻。女犯傷官須再嫁。註釋:凡命陽見陽,陰見陰,多無情。若陰見陽,則夫婦和鳴也。如甲見庚為殺,辛為官,見丙為食,丁為傷,犯此主剋夫。
男命羊刃多きは、一定として要して再婚せん。注解に説く、羊刃命中に在り、若し七殺の來りて它に配する無ければ、羊刃必定として去りて財星を劫奪し、因りて以て妻を克す。或いは羊刃旺にして財星弱く、大運又羊刃の地を走れば、那就きて要して妻を克すと斷定す。女命傷官を犯すは、多半要して改嫁せん。注解に説く、凡そ命裏陽干陽干を見・陰干陰干を見れば、彼此多く情意無し。陰干陽干を見れば、始めて是れ夫妻和鳴の象なり。譬如甲木庚金を見て七殺と為し・辛金を見て正官と為し、丙火を見て食神と為し・丁火を見て傷官と為す。女命傷官官を克する此の一層を犯上せば、就きて夫を克するを主す。
貧敗者,皆因旺處遭刑。註釋:凡命身旺,再遇歸祿生地富貴者,則退身避位。常人則貧賤夭折也。孤寡者,只為財神被劫。註釋:凡月令財神,被比肩羊刃分劫,以奪其福,其人不特貧賤,亦孤寡也。
貧窮敗落に淪落する人は、皆是れ最も旺なる地方偏偏たる刑に遭うを因とす。注解に説く、凡そ日主已に身旺、再び歸禄・長生此れらの旺を助くるの地に遇到すれば、原本富貴の人該当に身を退き位を讓り・好きを見て就きて收むべし。普通の人碰上せば、便要して貧賤甚至夭折せん。孤苦寡居と變成する人は、只だ財神劫奪せらるるを因とす。注解に説く、凡そ月令の上の財神比肩・羊刃に瓜分劫奪せられ、他の福氣を把りて搶走せらるれば、此の種の人不但貧賤、而且孤寡にして依る無し。
去殺留官方論福,去官留殺有威權。註釋:賦雲甲以乙妹妻庚,凶為吉兆。凡論官者,以要去煞為福,用殺者,必要去官為貴。逢傷官反得夫星,乃為財命有氣。註釋:此論夫婦陰陽之正理也。如女命戊日生,以乙木為夫。則戊為燥土,乙為活木克燥土,則無情也,安能成生育之功。蓋戊生於寅,須得陽火化煉,方能成器,故以甲木為夫也。又不專以夫星定之,如無夫星原有傷官,而財神有氣,皆作有夫論也。如傷官為用神者,亦不可損傷也。
七殺を去り・正官を留下して、始めて以て福を論ず可し。正官を去り・七殺を留下すれば、則ち能く威權を掌る。注解に説く、旧賦に講ず「甲妹妹乙を把りて庚に嫁がす」、凶反って吉兆と成る。凡そ正官を用うるは、必ず須らく七殺を去る始めて是れ福なり。凡そ七殺を用うるは、必ず須らく正官を去る始めて貴と為る。女命傷官に逢い反って夫星を得るは、那是れ財と命皆生氣有るを因とす。注解に説く、此處に講ずるは是れ夫婦陰陽配合の正理なり。譬如女命戊土日主、本當に乙木を以て夫と為すべし。但し戊是れ燥土、乙是れ活木、活木去りて燥土を克す、彼此情無し、怎麼に能く生育の功を成就せんや。戊土長生寅に在り、須らく陽火を得て來りて化煉して始めて器を成す能う、故に寧ろ甲木を取りて夫と為す。而且也專ら夫星に靠りて來りて定むるにあらず。若し命中夫星無く、原本却って傷官有り、而して財神又生氣有れば、も皆夫有りと算して以て論ず。若し傷官正しく是れ用神なれば、同じ樣に可からず它を損傷すを。
遇梟神而喪子息,定因福薄無嗣。註釋:夫女造。日主是陰干,則以傷官為子,食神為女。陽干則以食神為子,傷官為女。若男命,則陽干以七殺為子,官星為女。陰干則以官為子,比如歲運逢偏正印太過,皆主子女見刑,更看向背輕重而言,不可執一論之。
梟神に遇上りて子女を喪失するは、一定として福薄にして以て後無きを致す。注解に説く、女命の方面、日主是れ陰干なれば、就きて傷官を以て兒子と為し・食神を以て女兒と為す。日主是れ陽干なれば、就きて食神を以て兒子と為し・傷官を以て女兒と為す。男命の方面、陽干七殺を以て兒子と為し・正官を以て女兒と為す。陰干則ち正官を以て兒子と為す。譬如流年大運の上偏印・正印の來る太だ多ければ、皆子女要して刑傷を受けんを主す。還だ要して此れらの神と日主是れ相向か還だ相背か・分量是れ輕是れ重を看るを要し、能わず一条を死守して來りて論ず。
二戌沖辰禍不淺。註釋:如八字原有辰戌相沖,又運逢戌再沖,主禍不淺。兩干不雜名利齊。註釋:凡兩干不雜,更入格,方作貴論。如或刑沖剋戰,不為善也,宜細詳之。丙子辛卯相逢,荒淫滾浪。註釋:凡八字天干相合,地支相刑,如丙合辛,子刑卯之類,乃滾浪桃花,男犯之好酒色荒淫,因而喪身,病在膀胱腎經,若子卯歲亦然。如甲寅己巳,一同論之。壬辰 壬子 丙子 辛卯 此造天干丙辛相合,不合地支子卯刑之,行乙卯運,因貪色病膀胱而亡。
兩個の戌來りて一個の辰を冲す、禍事浅からず。注解に説く、譬如八字原本就に辰・戌相冲有り、大運又戌に逢い再び來りて冲する一次、就きて禍患軽からざるを主す。天干只だ兩個の字を用いて而して夾雜せざるは、名と利皆能く斉全せん。注解に説く、凡そ「兩干雜らず」の格局、還だ要して能く格に入りて、始めて以て貴命に按じて論ず可し。如果其の中刑・冲・克・戰を帶びれば、就算して好しと得ず、當に細細に分辨すべし。丙子と辛卯兩柱相逢すれば、荒淫放蕩を主す。注解に説く、凡そ八字天干相合して地支相刑する、像して丙と辛合し・子と卯刑する此の一類は、就きて「滾浪桃花」と叫ぶ。男命犯上せば、酒を好み色を貪り・荒淫無度にして、因りて以て命を喪い、病膀胱と腎經に在り。若し流年子・卯に逢えば、情形もまた一樣なり。又如甲寅と己巳兩柱相配するも、も此の個の道理に照りて論ず。一命造を舉ぐ、壬辰年・壬子月・丙子日・辛卯時。此の造天干丙と辛相合し、偏偏たる地支子と卯相刑し、乙卯大運を行くの時、女色を貪戀するに因りて膀胱の病を患いて死せり。
子午卯酉全備,酒色荒迷。註釋:凡子午卯酉全者,謂之遍野桃花。若入格不失局者,須貴而有財,皆主荒淫酒色薄德之人。天干煞顯,無制者賤。註釋:凡天干透殺,身有所歸;遇食神則貴。如煞顯而無食神制之,更沖戰者,賤也。
子・午・卯・酉四支斉備なるは、多く酒色に沈迷す。注解に説く、凡そ子午卯酉四支斉全なるを、「遍野桃花」と叫作す。此の種の命若し能く格に入りて局を失わざれば、もまた能く富貴にして財有り、但都て人と為りて荒淫好色・德行淺薄を主す。天干七殺顯露して制伏無きは、命必ず低賤なり。注解に説く、凡そ天干七殺透出すれば、日主總算して歸着する所有り。若し再び食神の來りて它を制するに遇えば、就きて貴と為る。倘若七殺顯露して食神の制伏無く、反って日主と冲戰して休まざれば、那就きて賤なり。
癸丑 辛酉 乙卯 癸未 此造生於秋令,而煞旺,坐卯而身強敵殺,柱中無食神以制殺,更透梟神,卯酉丑未相沖,為性不仁,兇惡好殺,貧乏終身。地支財伏,暗生者奇。註釋:郭璞云:壬癸生於寅月,暗藏三陽之火為財。而暗生官,斯為貴命,若透出丙丁則不妙。順行喜午未運,逆行喜戌亥運。若申酉運則散,見刑行夾煞主死。
一命造を舉ぐ、癸丑年・辛酉月・乙卯日・癸未時。此の造秋天金令に生まれて而して七殺正しく旺なり、日主乙木卯に坐し、身強以て殺と相い敵するに足る。可なり柱中食神の來りて殺を制する無く、反って癸水梟神を透出し、卯と酉・丑と未又兩兩相冲す。此の人性情不仁にして、凶惡殺を好み、窮困一生す。財星地支に潛伏して暗に官を生ずるは、格局最も奇なり。注解に説く、郭璞講ず、壬・癸の水寅月に生まれ、寅中暗藏の丙火是れ它らの財なり。此の財又暗に去りて戊土官星を生ずれば、就きて是れ貴命なり。若し丙・丁明に天干に透出せば反って妙ならず。大運順行は午・未運を喜び、逆行は戌・亥運を喜ぶ。若し申・酉運を走れば、暗財就きて散ず。再び刑冲に遇い或いは夾殺の地に行き到れば、死を主す。
因財致禍,羊刃與歲運並臨。註釋:凡月支羊刃,喜見官殺,不要見財,如歲運又見刃,必因財致禍,輕則災咎,重則喪身。貪食乖疑,命帶梟神應有禍。註釋:凡支干梟食重者,遇七煞的歲運,則貪食生病,更帶刑沖,則主禍不淺矣。
錢財に因りて禍を招くは、是れ羊刃と流年大運一同に身に臨むの緣故なり。注解に説く、凡そ月支羊刃に坐するは、喜ぶは官殺の來りて它を制するを見、要して財を見るを莫れ。如果流年大運又羊刃を見れば、一定として財に因りて禍を惹き、輕ければ則ち災殃過錯、重ければ則ち命を喪う。食を貪りて而して乖違疑慮を生出するは、是れ命梟神を帶ぶるの應有の禍患なり。注解に説く、凡そ干支の間梟神と食神皆重き人は、七殺の在る所の流年大運に遇上れば、便ち會して食を貪るに因りて病を生ず。再び刑冲を帶びれば、禍事就きて淺からず。
癸未 丁巳 丁卯 癸卯 此造自坐梟神奪食,有貪食之病。行戊午運,戊子年,丁食午中己土,發殺祿於子,與日時卯宮無禮相刑,故初年食耗而退。日時相逢卯酉,始生必主遷移。註釋:夫卯酉,乃日月出入之門戶。如卯日生,逢亥月令,又逢酉時,必主有生之日,家居不定,有遷移修造之事。
一命造を舉ぐ、癸未年・丁巳月・丁卯日・癸卯時。此の造日主自ら卯木梟神に坐して來りて食を奪う、貪食の病有り。戊午大運を行き・戊子流年に逢う、丁火午中己土を以て食神と為す、而して癸水七殺又子の上に於て禄を得て發動し、子と日・時兩個の卯宮無禮の刑を構成す、故に早年飲食耗損に因りて退敗せり。日柱時柱一たび卯と酉に逢えば、出生の時家中必ず遷移有らん。注解に説く、卯と酉是れ日月出入の門戸なり。譬如卯日生の人、亥を遇うて月令と為し、又酉時に遇えば、必ず出生那の段の日子家居定まらず・搬遷或いは房舍を修造するの事有るを主す。
癸丑 辛酉 乙卯 壬午 此造乙與辛戰鬥,而卯日酉月相沖,始生之日,主遷移不定。又主所生之處,左有樹木,右有金鋪,前有道路。造化因逢戌亥,平生敬信神祗。註釋:夫戌亥為天門,玉照雲時逢戌亥。道士僧人。身坐天門者,若不是僧道,亦主敬信神佛。己酉 丙子 戊戌 癸亥 此命身坐戊戌,一生敬信神祗。
一命造を舉ぐ、癸丑年・辛酉月・乙卯日・壬午時。此の造乙木と辛金交戰し、卯日と酉月又が相冲し、出生那れらの日子家中遷移定まらず。還だ出生の地方左邊樹木有り・右邊金鋪有り・前面道路に臨むを主す。命造若し戌・亥に逢えば、一辈子神明を敬信す。注解に説く、戌と亥是れ「天門」なり。『玉照定眞經』に説く時柱戌・亥に逢うは、多く是れ道士僧人なり。日主张门の上に坐するは、即便して出家せずとも、もまた神佛を敬奉信仰するを主す。一命造を舉ぐ、己酉年・丙子月・戊戌日・癸亥時。此の命日主戌に坐し・時上又が是れ亥、一生神明を敬信せり。
陰克陰,陽克陽,財神有用。官化殺,官太旺,太過傾危。註釋:夫官星多者,則化官為殺,人命遇之返凶矣。戊子 丙辰 癸巳 丙辰 此造癸用戊土為官,柱中太多,反為不吉。行壬戌運,官多化煞而逝。
陰干陰干を克し・陽干陽干を克す、此の樣にして得來るの財神始めて用有り。正官一旦化成して七殺と為れば、官星太だ旺にして、頭を過ぐれば便要して傾覆危亡せん。注解に説く、官星太だ多ければ、便ち會して官より變じて殺と成り、人命遇上して反って轉凶す。一命造を舉ぐ、戊子年・丙辰月・癸巳日・丙辰時。此の造癸水戊土を用いて正官と為す、可なり柱中土太だ多し、反って吉ならず。壬戌大運を行き、官多く煞と化して去世す。
煞多無殺,反不為害。註釋:此即從殺格,若煞旺運,多富貴。甲寅 癸酉 乙酉 乙酉 此造乙木身弱,喜得四柱無一倚靠之神,地支三重酉,只作得從煞看,故富貴也,位至三公太保。
七殺多き極處に到りて反って殺無きに等し、倒って禍害を成さず。注解に説く、此れ就きて是れ「從殺格」なり、若し七殺旺の運を走れば、多半富貴なり。一命造を舉ぐ、甲寅年・癸酉月・乙酉日・乙酉時。此の造乙木身弱、喜ぶ可し四柱の中一個の倚靠して身を幇す可きの神無く、地支三重の酉金、只だ能く從煞に按じて來りて看る、故に反って富貴にして、位三公太保に至る。
財多逢財,運逢化殺生災。註釋:凡局財多,歲運見財者,謂之財化煞凶也。印多無印,運忌比劫旺地。註釋:凡印綬多得地者,最不宜比肩劫財身旺地。詩云:印綬不以無根,論比劫相逢總不宜。運行財地並比劫,命行值此主傷悲。又云:印綬不喜行臨官,帝旺逢之亦不歡。運行身旺地,未可許榮昌,最喜官煞也。
財已に多くして又再び財に逢えば、大運の上財就きて化して七殺と為りて災を生ず。注解に説く、凡そ命局本來財多く、流年大運再び財を見るは、就きて「財煞と化す」と叫ぶ、是れ凶象なり。印太だ多くして反って印無きに等し、大運比肩劫財の旺地を走るを忌む。注解に説く、凡そ印綬多くして又各お其の地を得る人は、最も宜しく再び比肩・劫財此れらの身旺の地を走るべからず。詩有りて説く、印綬怕れず根無きを、只だ比肩劫財相逢して總じて宜しからずを論ず。大運財地に走り到りて又比劫を并見すれば、命裏此の一歩に碰上れば便要して傷悲せん。又詩有りて説く、印綬喜ばず臨官運を走るを、帝旺に遇上るも同じ樣に歡喜せず。大運身旺の地を走れば、能わず它に榮華昌盛を許す、最も喜ぶ所還だ是れ官殺の運なり。
八字得局失垣,平生不遇。註釋:凡木逢亥卯未,金逢巳酉丑之類,乃得局。若木局秋生,金局夏生,豈不失垣乎,主平生不遇。壬申,癸丑,壬子,甲辰 此八字申子辰會水局,而生於丑月,失垣也。其人心胸茅塞,名利無成,行午運沖日干不祿。
八字雖然と會して局を成すも、却って本位時令を失い、一辈子志を得ず。注解に説く、凡そ木亥卯未に逢い・金巳酉丑に逢う此の一類は、皆局を得と算す。但し木局若し秋天に生まれ・金局若し夏天に生まれれば、豈に是れ本位を失うにあらざらんや。那就きて一生遇わざるを主す。一命造を舉ぐ、壬申年・癸丑月・壬子日・甲辰時。此の八字申・子・辰會して水局を成す、却って丑月に生まる、正しく是れ垣を失うなり。此の人心思閉塞にして、名利皆成ずる所無く、午運を行きて日干を冲克して亡せり。
四柱歸垣得局,早歲軒昂。註釋:凡木局春生,火局夏生,金局秋生,水局冬生,土生四季月,皆為歸垣得局,富貴無疑矣。癸亥木 乙卯木 乙未木 壬午木 曲直格。癸酉金 乙丑金 庚辰金 辛巳金 從革格。壬寅火 丙午火 丙戌火 甲午火 炎上格。庚午水 甲申水 壬子水 甲辰水 潤下格。
四柱既に本位に歸して又會して局を成すは、年紀軽軽にして氣宇軒昂たり。注解に説く、凡そ木局春天に生まれ・火局夏天に生まれ・金局秋天に生まれ・水局冬天に生まれ、土辰戌丑未四季の月に生まるれば、皆垣に歸し局を得と算す、富貴疑無し。下面四個の例子を舉ぐ、每柱の下に注するは是れ納音なり。癸亥・乙卯・乙未・壬午、納音皆木、是れ「曲直格」。癸酉・乙丑・庚辰・辛巳、納音皆金、是れ「從革格」。壬寅・丙午・丙戌・甲午、納音皆火、是れ「炎上格」。庚午・甲申・壬子・甲辰、納音皆水、是れ「潤下格」。
木逢類象,榮貴高遷。註釋:如甲乙天干,生於春月,地支值寅卯辰全,而無間斷破害,必主榮貴。惟怕引至時上,為死絕之鄉則不吉。癸卯 甲寅 甲辰 乙亥 此造木生春月,四柱純全旺,又非死絕鄉,故官至御史。
木同類の象に遇上れば、就きて能く榮貴にして屡屡高昇す。注解に説く、譬如天干是れ甲・乙の木、春月に生まれ、地支又寅・卯・辰斉全にして中間間斷破害無ければ、必ず榮貴を主す。只怕だ此の股の氣時柱に引き到るも却って死絶の郷に落ち進めば、那就きて吉ならず。一命造を舉ぐ、癸卯年・甲寅月・甲辰日・乙亥時。此の造木春月に生まれ、四柱清一色木にして氣純全にして且つ旺、時上亥又が是れ木の長生にして死絶の郷にあらず、故に官御史に做り到る。
命用梟神,富家營造。註釋:如甲用丙為食神,而丙來生戊土,則戊乃甲之財也。夫丙既為甲之食神,則為丙之梟神,而丙受甲之役使也。庚子 戊寅 壬子 壬寅 此造壬生庚為偏印,寅為財食,故壬子生寅木,而為庚之財也,卻賴庚金生身,故為富家掌財也。
命裏梟神を取りて用と為るは、多く富貴の人家に於て產業を經營す。注解に説く、譬如甲木丙火を以て食神と為し、丙火又去りて戊土を生じ、戊土便ち是れ甲木の財なり。丙火既に是れ甲木の食神なれば、那麼丙火に對して言えば甲木就きて是れ其の梟神なり、故に丙火要して甲木の差遣を聽くを要す。一命造を舉ぐ、庚子年・戊寅月・壬子日・壬寅時。此の造壬水庚金を以て偏印と為し、寅中丙火の財と甲木の食を藏す。壬水寅木を生養し、寅木又轉じて庚金の財と成り、而して日主壬水本身還だ要して庚金相生に靠るを要す、故に此の人是れ富家に於て錢財を掌管するの角色なり。
財官俱敗者死。註釋:凡命以官與財為用者,俱要行財官旺鄉為福。如行敗地,謂之祿馬衰,主死。戊子 丙辰 癸巳 庚申 此造癸用戊官丙財,得祿於己,運行方受赦令,行酉運不祿。
財と官皆敗地に走り到る人會して死せん。注解に説く、凡そ官星と財星を以て用神と為るの命は、皆要して財官旺盛の郷に走る始めて是れ福なり。若し敗地に走り到れば、就きて「禄馬衰」と叫ぶ、死亡を主す。一命造を舉ぐ、戊子年・丙辰月・癸巳日・庚申時。此の造癸水戊土を以て官と為し・丙火を財と為し、官と財皆巳中に於て禄を得、行運當時を得れば還だ能く朝廷の赦令を蒙受す。酉運に走り到るを等到すれば、巳酉相合し・財官盡く敗し、就きて去世せり。
食神逢梟者凶。註釋:凡食神為福者,柱中不要梟神。如歲運又見梟神,輕而災咎,重則損神。甲辰 丙寅 壬子 辛亥 此造甲木食神得祿,造化可取,不合身坐刃地,會水局。奪了丙火財星,行庚午運,食神被傷,而一貧徹骨。
食神梟神に碰上れば就きて凶なり。注解に説く、凡そ食神を以て福と為るの命は、柱中要して梟神有るを要せず。如果流年大運又梟神を見れば、輕ければ則ち災殃過失、重ければ則ち性命を損傷す。一命造を舉ぐ、甲辰年・丙寅月・壬子日・辛亥時。此の造甲木食神寅に於て禄を得、本來造化取る可し。无奈何日主自ら子中羊刃に坐し、又辰・亥と會して水局を成し、丙火財星を把りて奪い去る。庚午大運に行き到るを等到すれば、庚金梟神來りて食神を傷り、此の人就きて骨に徹るまで窮せり。
歸祿有財而獲福。註釋:凡歸祿格無官星者,號曰青雲得路,本用財也,固喜傷官食神生財為貴。壬寅,辛亥,壬寅,辛亥,此造以寅中丙火為福,而身旺敵財,喜行東方之地,極貴。無財歸祿必須貧 註釋:凡歸祿格無官煞,又無財星,不入他格,貧命也。辛丑 庚子 壬申 辛亥 此命無財可倚,而金水太旺,運行西方,賣盡田園而貧。
歸禄格裏財有りて始めて能く福を得。注解に説く、凡そ歸禄格にして官星を見ざるを、「青雲路を得」と叫ぶ、本來就に該当に財を取りて用と為すべし、故に最も喜ぶ所是れ傷官・食神の來りて財を生ず、那才是れ貴なり。一命造を舉ぐ、壬寅年・辛亥月・壬寅日・辛亥時。此の造寅中丙火を以て福氣の在る所と為し、日主身旺以て財を擔ぐに足り、東方木地に走りて火を生ずるを喜び、極めて貴し。歸禄格若し財無ければ、就一定として貧窮せん。注解に説く、凡そ歸禄格既に官煞無く・又財星無く、もまた能わず別の格局に歸入すれば、那就きて是れ貧命なり。一命造を舉ぐ、辛丑年・庚子月・壬申日・辛亥時。此の命財の倚靠す可き無く、金水又太だ旺にして、大運再び西方金地を走る、田園を把りて賣り盡して而して窮困す。
太歲忌逢戰鬥。註釋:此日犯歲君也,若為用神者無咎,如壬日以丙火為財,柱中原有財,雖犯太歲,反為吉也。羊刃不喜刑沖。註釋:凡羊刃而無殺制者,逢羊刃歲君而多凶。若無財者輕,有財者重,更帶傷官沖刑戰鬥,主禍不淺。
太歲最も日干と交戰するを忌む。注解に説く、此れ就きて是れ謂う所の「日歲君を犯す」なり。不過だ若し此の個の太歲恰も是れ用神なれば、便ち會して過錯有らず。譬如壬水日主丙火を以て財と為し、柱中原本就に財有り、雖然と日干と太歲相い犯すとも、反って是れ吉なり。羊刃喜ばず刑せられ冲せらるるを。注解に説く、凡そ羊刃有りて七殺の來りて制する無きは、羊刃當値の太歲に遇上れば多半凶なり。命裏財無きは禍輕く、財有るは禍重し。再び傷官と冲・刑・戰鬥を帶上せば、禍事就きて淺からず。
豈知遇正官,卻無俸祿。註釋:如甲用辛為官,以物元推之,甲乃陽木,辛乃陰金,不能克之,以成其器也。戊辰 戊午 庚辰 丁丑 此造用丁為官,祿於午,惜乎無財,官無生意,行西北方運,財官皆背,名利俱無。
哪れに想到せん、正官に遇上るも依舊として俸禄無きを。注解に説く、譬如甲木辛金を用いて正官と為す、事物本質に按じて推究す。甲是れ陽木、辛是れ陰金、陰柔の金陽剛の木を克し動かさず、也就きて器物を雕琢して成さず。一命造を舉ぐ、戊辰年・戊午月・庚辰日・丁丑時。此の造丁火を用いて正官と為し、丁禄午に在り。可惜柱中財無く、官相生扶の意を得ず、大運又西北金水の地を走り、財と官皆背離し、結果名利兩空なり。
蓋緣逢七煞,乃有聲名。註釋:夫七煞乃權也。以五行之理推之,煞即正官之用,如庚金制甲,甲制戊土之類。如時上貴格,而無損壞,乃一品宰相。甲申 丙寅 乙卯 辛巳 此造源遠命,拜將封王,一位貴格也。
聲名有るの所以は、正しく是れ命裏七殺に逢うを因とす。注解に説く、七殺就きて是れ權柄なり。五行の理に按じて來りて推せば、七殺其の實もまた能く正官と當てて使用す、譬如庚金甲木を制服し・甲木戊土を制服する此の一類の如し。若し是れ時柱の上獨り一位の七殺有るの貴格にして、又損壞せられざれば、那就きて是れ一品宰相の命なり。一命造を舉ぐ、甲申年・丙寅月・乙卯日・辛巳時。此の造根源深遠にして、官拜將封王に至る、正しく是れ時上一位の貴格なり。
不從不化,淹留仕路之人。得從得化,顯達功名之士。註釋:夫不從不化者,最怕傷了貴氣。若得化得從者,其功必顯達也。甲午 丁卯 壬申 乙巳 此造丁化壬木,二月得令,惜乎壬水自坐長生持勢,巳申類金局以克木,化木不成,又支元刑沖,乃下造也。辛亥 辛丑 丙子 己亥 此造地支亥子丑,類成水局而化,有所貴,故貴。此翰林方狀元命。
既に能く從わず・又が能く化せざるは、仕途の上只だ能く滯留して進まず。能く從い能く化するは、功名顯達す。注解に説く、從わず化せざるの命は、最も貴氣を把りて傷掉するを怕る。若し真能く化を得從を得れば、功業一定として顯達す。兩命造を舉ぐ、甲午年・丁卯月・壬申日・乙巳時。此の造丁と壬相合して木に化せんと欲し、又二月木令に當たるに生まれ、本化す可し。可惜壬水自ら申中長生に坐し、勢を仗りて肯んぜず從化せず、巳と申又同類にして金局を成して來りて木を克し、木に化成らず、地支再び刑冲有り、故に只是れ下等の命造なり。辛亥年・辛丑月・丙子日・己亥時。此の造地支亥・子・丑同類にして會して水局を成し而して順利に化成す、因りて以て貴氣有り、此れ是れ翰林方狀元の命なり。
化成祿旺者生。註釋:凡化成造物者,要行本祿旺運,如戊癸化火局,要行南方運。化成祿絕者死。註釋:凡化成局者,最怕行祿絕馬衰之運。如戊癸化火行水鄉,丁壬化木行金鄉,輕則殘廢,重則傷生。
化神已に成りて又禄旺の運を走るは、能く生發す。注解に説く、凡そ化氣已に化成したるの命は、要して化神本身禄旺の運を走るを要す、譬如戊癸合して火と化せば、便要して南方火運を走るを要す。化神已に成りて却って禄絶の運に走り到れば、死亡を主す。注解に説く、凡そ化氣局を成したるの命は、最も化神禄絶・駅馬衰敗の運を走るを怕る、譬如戊癸火と化して却って水郷を行き・丁壬木と化して却って金郷を行けば、輕ければ則ち殘廢、重ければ則ち命を喪う。
處僧道之首,用煞反輕。註釋:夫煞,乃權星也。若身旺殺輕者,必為僧道之首。或入格清則貴而富,必是天師。受憲臺之職,偏官得地。註釋:凡煞有制伏,刑沖有用,財食兼備,必受憲臺之職。
能く僧道の領袖を做るは、是れ七殺を取りて用と為りて而して七殺偏に輕し。注解に説く、七殺是れ權星なり。若し日主身旺にして七殺輕ければ、必定として僧道の首と成る。倘若格に入りて格局清純なれば、就きて既に貴且つ富、甚至能く道教の天師を做る可し。能く御史台の官職を擔任するは、是れ偏官地を得て力有り。注解に説く、凡そ七殺制伏有り、刑冲用いること恰當にして、財と食神又兼備せば、必定として御史台の一類の執法の職に受任せん。
生地相逢,壯年不祿。註釋:如八字已旺,再行歸祿生地。經云金剛太強,自刑其身。木落歸根,水流趨東,則為自刑。如庚辛用丙丁為官,甲木為財,火木至申酉死絕,財官俱敗,用神被傷,故壯年不祿也。
再び長生の地に碰上れば、壮年便要して死去せん。注解に説く、譬如八字本已に甚だ旺、大運又歸禄・長生此れらの旺を助くるの處を走る。經書の上に説く、金太だ剛強にして、反って自ら刑して自ら傷る。木凋落して根に歸り・水東に流れて返らず、も皆自刑と算す。譬如庚・辛の金丙・丁の火を以て官と為し・甲木を以て財と為す、火と木申・酉の地に到れば皆是れ死絶、財と官同じく敗地に歸し、用神傷を受く、故に壮年に就きて亡故せり。
時歸敗絕,老後無終。註釋:凡命以年為祖宗,月為父母,日為己身,日支為妻妾,時為子息。又月為初主,日為中主,時為未主,時歸敗地,主晚損子息。己酉 丙子 丙寅 辛卯 此造先貴後賤,蓋丙前逢官,後歸敗地,又子卯相刑,失其官顯,故先貴後賤,而子癸生乙木,盜官之氣也。
時柱敗絶の地に落つれば、晚年善終を得ず。注解に説く、凡そ推命年柱を以て祖宗と為し・月柱を以て父母と為し・日干を以て自身と為し・日支を以て妻妾と為し・時柱を以て子息と為す。又月柱を以て前半段を管し・日柱を以て中間一段を管し・時柱を以て末後一段を管す。時柱敗地に落ち進めば、就きて晚年子女を損傷するを主す。一命造を舉ぐ、己酉年・丙子月・丙寅日・辛卯時。此の造先に貴後に賤なり。丙火前面子中癸水正官に遇う、後面却って卯此の敗地に歸入し、子卯相刑を加え、官貴此れに因りて失去す、故に先貴後賤なり。而且子中癸水又去りて卯中乙木を生じ、官星の氣を把りて盜泄し掉れり。
財逢旺人多富。註釋:如甲乙生人,用戊己為財,八字有火局,則財神有氣,或運行南方及長生之地,必發福。官遇長生命必榮。註釋:如丁日干,以壬水為官,四柱得壬申字,即官長生也,其命必榮達。
財星旺地に遇上る人多半富有す。注解に説く、譬如甲・乙の木生人戊・己の土を以て財と為す、八字裏若し火局有れば、火能く土を生じ、財神便ち生氣有り。或いは大運南方及び財の長生の地を走れば、必定として福を發す。官星長生に遇上れば、命一定として榮顯す。注解に説く、譬如丁火日干壬水を以て正官と為す、四柱の中若し壬申此の一柱を得れば、申正しく是れ壬水の長生、亦就きて是れ官星長生に坐す、此の樣の命必定として榮達す。
丁生酉境,丙辛遇之絕嗣。財臨煞地,父死而不歸家。若能觀覽熟讀詳玩,貴賤萬無一失。註釋:辛金以火為子,酉時乃火死地,有丙字合,化水克火,主無嗣。庚午有甲申字財臨殺,主父死,子客在外。
丁火酉地に落ち、再び丙と辛相合に遇上れば、便要して後を絶たん。財星七殺の地に臨めば、父親外面に死して而して家に歸る能わず。若し能く此れらの話を把りて反覆閱讀し・熟記詳玩せば、貴賤を判斷する就きて萬無一失なり。注解に説く、辛金玉火を以て子星と為し、酉時是れ火の死地なり。再び丙字有りて來りて辛と相合し、丙辛水と化して又轉じて來りて火を克す、故に子嗣無きを主す。庚午日再び甲申此の一柱を見れば、甲木の財正しく申中庚金七殺の上に臨み、就きて父親の亡故を主し、而して兒子外面に客居す。
五行生剋賦
大哉干支,生物之始。本乎天地,萬象宗焉。太易生水,未有氣也。太初生火,有氣未有體也。太始生木,有形未有質也。太素生金,有質未有體也。太極生土,形質具有也。此乃生物之始,本乎天地之初。所以五行之生,水數一,火數二,木數三,金數四,土數五,五行即成質,而太極既混沌,一判胚胎,胎輕清為天,重濁為地。二氣相成,化而成天,且日月星辰,山川草木,人民魚龍禽獸,萬物宗之而生是也。
偉大なるかな天干地支、它ら是れ萬物生成の開端、根源天地に在り、一切物象皆它らを以て本と為す。天地初開の第一階段「太易」水を生出す、那の時連れて氣も還だ未だ有らず。第二階段「太初」火を生出す、氣有りて而して還だ形體無し。第三階段「太始」木を生出す、形有りて而して還だ質地無し。第四階段「太素」金を生出す、質地有りて而して還だ具足の形體無し。「太極」に到りて土を生出し、形と質就きて皆斉備せり。此れ便ち是れ萬物を生成するの起點、根源天地初分の時に在り。故に五行の生成の數は、水一と為り・火二と為り・木三と為り・金四と為り・土五と為る。五行既に實質に凝成し、太極原本の混沌一たび判分すれば、就きて胚胎に結成す。輕清の上升して天と為り、重濁の下沉して地と為る。陰陽二氣交相に配合し・化育して形を成し、於是に日月星辰・山川草木・人民魚龍禽獸、萬物皆此を以て本と為りて生ず。
有陰陽變化之機,時候淺深之用。以地為陰,以天為陽,言陰陽交合,而能生物。如人之婦與夫合,而生子,謂之變化之機。時謂四時,而分春夏秋冬,以三時為一春,三時為一夏,三時為一秋,三時為一冬,一時為三個月,以十二時為一日,三十日為一月,十二月為一年。一時有八刻,每時初刻,初一刻之分,故有淺深。候乃五日一候,每月三十日,分作六候,一年共計七十二候,如正月東風解凍,蟄蟲始振,魚陟負冰,獺祭魚,雁北歸,草木萌動之類是也。故有淺深用之。
其の中陰陽變化の樞機有り、もまた時令節候深淺の分別有り。地陰に屬し・天陽に屬し、陰陽交合して始めて能く萬物を生養す、就て人間夫婦結合して而して子女を生ずるが如く、此れ就きて變化の樞機と叫ぶ。「時」は指す所は四時、春・夏・秋・冬に分かつ。每三段の時令合して一春と為り、三段一夏と為り・三段一秋と為り・三段一冬と為る、每一段又が是れ三個月なり。十二時辰一日と為り、三十日一月と為り、十二月一年と為る。每個の時辰八刻有り、又初刻・初一刻等等に分かつ、故に深淺先後の別有り。「候」是れ五日を以て一候と為し、每月三十日六候と分作し、一年共に七十二候なり。譬如正月の東風凍を解き・蟄蟲始めて振動し・魚兒氷の下に浮び・水獺魚を陳べて祭り・大雁北に歸り・草木萌動するの類、皆是れ候なり。故に用い起すに要して深淺を分かつを要す。
故金木水火土原無主形,生剋制化,理取不一。水能生木,木能生火,火能生土,土能生金,金能生水,此生生不絕之義。金能克木,木能克土,土能克水,水能克火,火能克金,此取制化之義。雖無形之可觀。其變化之理無窮。
故に金・木・水・火・土本來固定の形體無く、它らの間の生・克・制・化、取用の道理もまた一種に止まらず。水能く木を生じ、木能く火を生じ、火能く土を生じ、土能く金を生じ、金能く水を生ず、此れ是れ生生して絶えざるの意思なり。金能く木を克し、木能く土を克し、土能く水を克し、水能く火を克し、火能く金を克す、此れ是れ制伏化解の意思なり。五行具體の形狀見る可き無きといえども、其の中變化の道理却って無窮無盡なり。
假如死木,偏宜活水長濡。木之枯者,謂之死。賴水生之,得沾濡澤,可以復生。假若逢金則剝削矣,逢火則焚盡矣,得水濟之,逢春則榮。故云偏宜活水。理亦然矣。譬若頑金,最喜洪爐火段。庚辛金生於秋月,無火制伏者,謂之頑金。夫金之質,木堅剛之物。人稟之性主義,有剛果毅然卓立。若要成器,必得洪爐丙丁之火,鍛鍊操持成物,方能用之於世。如無丙丁制之,俗云一塊死鐵,不堪用也,故曰頑金。
譬如已に枯死したるの木、偏偏たる要して活水長久に滋潤して始めて可なり。木枯槁すれば就きて死木と叫ぶ、水に靠りて來りて滋生し、潤澤を得れば還だ能く復活す。假使它金に遇上れば、便要して砍削せられん。火に遇上れば、便要して燒盡せられん。惟有り水を得て相い濟し、春天に到れば便ち能く重新繁茂す、故に偏に活水に宜しと説く、道理正しく是れ此の如し。又譬如冥頑化せざるの金、最も喜ぶ所は洪爐大火の來りて鍛打するなり。庚・辛の金秋月に生まれて火の來りて制伏する無きを、就きて頑金と叫ぶ。金の質地是れ堅硬剛強の物にして、人它を禀受すれば、性情「義」を主り、剛強果決・卓然として自立するの品格有り。可なり它器物と成らんと要せば、必ず須らく洪爐裏の丙・丁の火反覆鍛煉把持を得て、始めて能く世上に拿到して以て用いん。如果丙・丁の來りて它を制する無ければ、俗話就きて一塊の死鐵と叫び、用場に派し上げられず、故に頑金と稱す。
太陽火忌林木為讎。太陽,日也,屬火,居午位。為人君之德,諸星不敢犯,惟忌木星,春夏之木為林木也,正謂春生夏長,木之茂盛,蔽日之光,故云:忌林木為讎。若夫秋木調零,冬木全落,其葉不能蔽日之光,此言丙火生於春夏,遇木盛者忌之,秋冬不忌。
太陽の一般の丙火、林を成すの樹木を把りて仇敵と當て作す。太陽就きて是れ日、火に屬し、午位に居り、人君の德性を具有し、衆星皆敢えて它を冒犯せず、惟独木星を忌諱す。春夏の木便ち是れ謂う所の林木なり。春天萌生し・夏天長茂し、枝葉繁密にして、太陽の光を把りて遮蔽し住む、故に林木を以て仇と為すと説く。秋天の木已に凋零し・冬天の木葉子落盡するに至りては、就きて日光を遮り住む能わず。見る可し、此の一条是れ丙火春夏に生まれて木太だ盛んに遇う始めて忌諱すを説く、秋冬に生まれは并びに忌まず。
樑棟材求斧斤為友。甲木,為樑棟木也。夫樑棟之木,必得斧斤斫削雕刻,然後方可成器。斧斤者,庚金也,以斧斤喻之,而取象也。此言甲木生春。須得庚金剝削,然後有貴。若生於秋,則太過,恐傷之不為貴矣。且主筋疼骨痛之病。
梁を做り棟を做るの木材は、要して斧頭を把りて朋友と當てるを要す。甲木就きて是れ梁棟の材なり。凡そ梁棟を作るの木頭は、必ず須らく斧頭の砍削雕琢を經過して、始めて能く器物と成る。此處の斧頭は指す所は庚金、是れ斧頭を拿りて來りて比方を打ち象を取るなり。故に此の一条是れ説く。甲木春天に生まれ、須らく庚金を得て來りて砍削整治し、然る後始めて能く貴ならん。若し秋天に生まれれば、金氣本已に太だ過ぐ、再び砍削せられれば只怕だ反って損傷を受け、就きて其の貴と成さず、而且筋疼骨痛の一類の毛病有るを主す。
水隔火不能熔金。夫金生於秋,棲身旺之地,難得丙火以陶熔,方可成器而貴。四柱又見壬水,以克其火,則火不能熔金,使其金仍為堅剛之氣,亦不可以言貴。若無羈絆,當為從化而論可也。
水中間に隔たれば、火就きて金を熔煉する能わず。金秋天に生まれ、正しく自己の旺地に栖身し、難得に丙火の來りて陶鑄熔煉する有り、那の樣にして始めて能く器を成して貴ならん。可なり四柱裏若し又壬水出現して去りて此の個の火を克せば、火就きて金を熔かし動かさず、金仍ほ舊に是れ一團の堅硬剛強の氣、也就きて貴を談じ上げられず。倘若此の塊の金全く牽絆拘束無ければ、那就きて當に從化格に按じて來りて論ずべし。
金沉水豈能克木。且如甲木喜庚金為煞,若有金,又在申子辰之局,謂之金沉水底,水盛金沉,安能克其木哉?此為遇而不遇之象也。活木忌埋根之鐵。活木,無根之木,陽木也。若遇金旺有根。即能傷木,則自身受制於人,豈得為福哉,若有丙火制金,可以言福。
金水底に沈めば、哪れに還だ能く木を克し動かさんや。譬如甲木庚金を喜びて七殺を作して來りて自己を砍削せんとす、可なり此の金若し申子辰の水局裏に落ちれば、就きて「金水底に沈む」と叫ぶ。水勢一たび盛んなれば、金就きて沈み下去り、怎麼に還だ木を克し得んや。此れ就きて是れ看似遇上るも其の實遇上らざるに等しきの情形なり。活木最も根の下に埋まるの鐵を忌諱す。謂う所の活木は、是れ根無きの木、亦就きて是れ陽木甲なり。它若し金旺にして金又根有るに遇上れば、就きて真能く木を傷り、日方便ち處處人に受制せられ、怎麼に福と算上げんや。若し命中丙火有りて來りて金を制し住めば、那就きて以て福を論ず可し。
死金嫌蓋項之泥。此言金質之弱,人遇土多,是謂土重而金遭埋沒之故。如以金為日主,歲月時又見戊己,支中又逢辰戌丑未之方是也。此象主一生被人壓伏,未可以通達斷之。甲乙欲成一塊,須知穿鑿之功。甲乙之木,生於寅卯辰之方,為之一塊,此為曲直仁壽之格局也。壬癸能達五湖,蓋有並流之性。水至於亥子丑之地,乃為湖海,則為會局,其性相併,得汪洋之勢。此等生人,有福有量,才智之士也。樗木不禁利斧。樗,朽木也,性質枯弱,言甲乙之木,生於秋金之地,則傷其身,當以亦弱疾病之輩,若有丙丁,方可取福,或行南運,制之亦美,東方之運大美,更遇西方亡矣。
生氣無きの死金は、最も頭頂の上に蓋い到るの泥土を嫌う。此れは説く所是れ金の質地本弱、人若し又土太だ多きに遇えば、就きて土重金埋と成る。譬如金を以て日主と為し、年・月・時上又戊・己土を見、地支裏再び辰・戌・丑・未此れらの土の方位に逢う、正しく是れ此の種の情形なり。此の種の命象一生人に壓制せられ、能わず通達顯貴に按じて去りて断ずを主す。甲・乙の木一整塊に凝成せんと要せば、須らく穿鑿雕琢の功夫を懂得するを要す。甲・乙の木寅・卯・辰東方一片に生まれれば、就算して一塊に凝成し、此れ便ち是れ「曲直仁壽」の格局なり。壬・癸の水能く五湖に通達す、是れ水匯流并行の天性有るを因とす。水亥・子・丑の地に到れば、就きて湖海と成る、亦就きて是れ會して水局を成し、各路の水性情相い并び、汪洋浩大の氣勢を得たり。此の樣の命、人福氣有りてもまた度量有り、是れ才有り智有るの士なり。臭椿の一類の散木利斧の砍伐に經えず。「樗」是れ朽壞の木、性質枯槁虛弱なり。此れは説く所是れ甲・乙の木秋天金旺の地に生まれれば、便要して本身を砍傷せられ、只だ能く體弱多病の輩と算作す。若し命中丙・丁の火有りて金を制せば、始めて以て福を取る可し。或いは大運南方火地に走りて去りて金を制するも、も美と算す。東方木地に走りて身を幇せば、那就きて大美なり。要是再び西方金運に遇上れば、那就きて活き成らざらん。
真珠最怕明爐。此當作庚戌辛亥生人,遇丙寅丁卯是也,餘者非謂此論。蓋庚戌辛亥者,納音為釵釧之金,所以怕丙丁卯爐中之火,非專以金怕火之論也。若壬申癸酉劍鋒金,又喜明爐也。
珍珠の一般の細金最も熊熊の明爐を怕る。此の一条當に庚戌・辛亥年生の人丙寅・丁卯に遇上るを指すべし、別の干支并びに此に照りて論ぜず。庚戌・辛亥の納音是れ「釵釧金」、是れ首飾の一類の細金を因とす、故に丙寅丁卯此の種の「爐中火」を怕る、并びに是れ籠統に金皆火を怕ると説くにあらず。若し換えて壬申・癸酉の「劍鋒金」と為れば、那反って明爐の來りて鍛打するを喜ぶ。
弱柳喬松,時分衰旺。壬午癸未為楊柳,至於五六月將衰矣。謂之弱柳,柔軟之象,生於春謂之盛。喬松者, 庚寅辛卯松柏木也,生於春謂之喬松。此言木之盛衰,與他木不同論也。
柔弱の垂柳と高大の青松は、要して時令に按じて它らの衰と旺を分別するを要す。壬午・癸未納音是れ「楊柳木」、五六月に到れば就きて漸漸衰敗す、故に弱柳と叫ぶ、是れ柔軟の象なり。若し春天に生まれれば、那就きて旺盛と算す。謂う所の喬松は、指す所は庚寅・辛卯の「松柏木」、春天に生まれれば就きて是れ挺拔の喬松なり。此れは説く所是れ此の兩種の木の盛衰、要して別の木と分かち開きて來りて論ずるを要す。
寸金丈鐵,氣用剛柔。寸金言其微弱,丈鐵言其剛健,此可審氣候之淺深而用也。柔者,用土以資之,剛者用火以制之,可以言福。隴頭之土,少木難疏。戊寅己卯城頭土也。寅為艮山,非浮薄土。既為山,難得木以疏之,木少與山不相稱,故須得均平,方見山林之秀。以人類之,則有福矣。
一寸の金と一丈の鐵は、取用の時要して剛柔を分かつを要す。一寸金它を形容して微小柔弱とし、一丈鐵它を形容して粗大剛健とす、須らく節候の深淺を審察して再び用法を定むるを要す。柔弱のは土を用いて去りて它を資生し、剛硬のは火を用いて去りて它を制伏す、此れ始めて以て福を論ず可し。田隴高處の厚土は、木太だ少なければ就きて疏通し開く能わず。戊寅・己卯納音是れ「城頭土」、寅又が是れ艮方の山、是れ輕浮單薄の土にあらず。既に是れ山なれば、就きて難得に木の去りて它を疏松する有り、木若し太だ少なければ、山の分量と相い稱せず。故に必ず須らく兩邊均衡して、始めて山林の秀氣を顯し出すを得。用いて以て人に比すれば、那就きて福有り。
爐內之金,溫泥反蔽。金賴土生,又云溫泥反蔽,何也?假如丙寅丁卯為爐,且壬寅癸卯為金箔,其力甚薄,又在紅爐之內,雖有浮土,不能助之,反為掩蔽。雨露安滋朽木。木至午而死,至未而入墓矣。雖有雨露,安能得活,終為不達之象。
爐子裏の金は、温軟の泥土反って它を把りて蓋い住む。金本來土に靠りて來りて相生す、此處却って温泥反って遮蔽と成ると説く、為甚ぞや。譬如丙寅・丁卯納音是れ「爐中火」、壬寅・癸卯納音是れ「金箔金」、金箔の力量極めて薄く、又紅爐の中に落ち、雖有り一点の浮土、非但幇し上げられず、反って它を把りて掩蓋し掉れり。雨露怎麼に能く朽木を滋養せんや。木午位に到れば就きて死し、未位に到れば就きて墓に入る。縱有り雨露、又怎麼に能く活き過來せん、終に是れ不通達の象なり。
城牆不產珍金。城牆之土,陽土也。惟能提防氾濫,豈能產物乎?猶人之積土成陂,雖產者惟草木而已,安有珍金者乎?劍戟功成,遇火鄉而反壞。美如劍戟,賴火以成其器。倘若運至南方,重見丙丁,此為之太過,反傷其質,故云反壞。
城墻の上の土珍貴の金を長出す能わず。城墻の土是れ陽土、它只だ能く用いて水の泛濫を擋し住む、哪れに能く東西を生產せんや。就て人土を堆して堤岸を築成し、上頭長し出で來る至多是れ草木、怎麼に會して珍貴の金有らんや。劍戟已に鍛造成功し、再び火郷に遇えば反って毀壞す。劍戟此の樣の精美の兵器、本火に靠りて來りて器形を成就す。倘若大運南方に走り到り、重重に再び丙・丁の火を見れば、就きて是れ鍛煉太だ過ぎ、反って其の質地を傷る、故に「反って壞る」と説く。
城牆積就,至木地而生愁。城牆虛浮之土,遇木多則克之,或裂或傷,豈能當其任哉?癸丙春生,不雨不晴之象。癸者,陰水也。在天為雨露之水,在地為泉石之水。丙者,陽火也。在天為太陽之象,在中為爐中之火,故生於春月,二者相兼,欲雨而不雨,欲晴而不晴,各有進退之狀。人命稟此之象,亦將以為不顯不達之人也。
城墻已に堆築し起りて、一たび木地に到れば便要して愁を發せん。城墻此の種の虛浮の土は、木多きに遇上れば便ち克伐せられ、開裂するに非ざれば損壞す、怎麼に水を擋ぐの重任を擔當し得起さんや。癸水と丙火同じく春天に生まれ、是れ既に雨を下さず又晴を放たざるの景象なり。癸是れ陰水、天に於ては雨露の水と為り・地に於ては泉石の水と為す。丙是れ陽火、天に於ては太陽の象・人間に於ては爐中の火なり。此の兩樣一同に春月に生まれれば、就きて雨を下さんと欲して下り成らず・晴を放たんと欲して晴れ得ざると成り、各自進退定まらず。人の命此の種の氣象を禀受するは、也就きて是れ個の顯達せず・通泰せざるの人なり。
乙丁冬產,非寒非暖之天。乙木者,陰木也。丁火者,陰火也。乙木在天為丹桂,丁火在天為星,生於冬月水盛之地,水不能克,所以不能為寒為暖之象,正得比和之義。極鋒抱水之金。此言壬申癸酉乃劍鋒之金,極其利也,則金必生水,支水干金,謂之抱水之金,其氣堅剛,功成不退。
乙木と丁火同じく冬天に生まれ、是れ既に寒と算せず又暖と算せざるの天氣なり。乙是れ陰木・丁是れ陰火。乙木工の上に於て丹桂に比作し、丁火天の上に於て星辰に比作す。它ら冬月水盛の地に生まれ、水却って此の點の微陽を克し倒る能わず、故に既に嚴寒の象を成さず、もまた温暖の象を成さず、正しく「比和」の意思に合す。鋒利極點に到るは是れ水を抱くるの金なり。此れは説く所是れ壬申・癸酉納音「劍鋒金」、鋒利比無し。金必定として水を生じ、而して此の兩柱正しく是れ天干金に屬し・地支水を藏す、故に水を抱くるの金と叫ぶ、氣質堅剛にして、功成の後もまた退縮せず。
最鈍離爐之鐵 爐者,火也。言金剛無火制,即為鐵也。安得成器而言之,當作無用之物可矣。運至陶熔之地,可以為用。甲乙遇金強,魂歸西兌。西方金旺之地,甲乙生於秋天,正以金為斧斤,敬無火制,則其身喪矣,故曰魂歸西兌。
最も鈍なるは是れ爐火を離れたるの鐵なり。爐就きて是れ火なり。此れは説く所是れ金雖剛硬なるも、若し火の來りて制煉する無ければ、就きて只是れ一塊の生鐵、怎麼に器物を成し得んや。只だ能く無用の物と當てて看待す。大運能く陶鑄熔煉するの火地に走り到るを等到し、始めて以て用場に派す可し。甲・乙の木強金に遇上れば、魂魄便要して西方兌位に歸せん。西方是れ金旺の地、甲・乙の木秋天に生まれ、金正しく好く它を砍伐するの斧頭を作す。若し火の來りて金を制し住むる無ければ、木身便要して命を喪わん、故に「魂西兌に歸す」と説く。
庚辛逢火旺,氣散南離。此為庚辛夏長,丙丁得位。如人日主,以庚辛受丙丁之鍛鍊。則身受制太過。苟無土以生身,無壬癸以制火,則身無所賴,安可以福論之。順運行於西北,可言發一運之財。
庚・辛の金火旺に遇上れば、氣便要して南方離位に消散せん。此れは説く所是れ庚・辛の金夏天に生長し、而して丙・丁の火各お其の位を得。若し人の日主是れ庚・辛の金、一味として丙・丁の火の鍛煉を承受すれば、就きて是れ本身制せられる太だ過ぎなり。假使既に土の來りて身を生ずる無く、もまた壬・癸水の來りて火を制する無ければ、日主要依靠する所無し、怎麼に能く福を論ぜんや。只だ大運に順いて西北金水の地に走り到りて、始めて以て一步の運の財を發すと説く可し。
土燥火炎,金無所賴。土生火之盛之地,則身已燥矣。則己身所以暴燥,不能安逸,何暇生金?且金之母燥急,其子亦無所賴,理之然也。木浮水泛,火不能生。陽木無根之木,生於冬三月,則水溢矣。經云:水泛木浮者陽木。譬如木浮水上者則溼,豈能生火哉?主人飄蕩湖海之象。遇土提防,可以言福,若運行西北,不為美矣,見東南可以興隆,此為身弱者,則喜水多,未免有淫濫之譏。
土乾燥・火熾烈なれば、金便ち依靠無し。土火盛の地に生まれ、本身已に焦燥に烤せらる。自己既に暴躁安んぜず、哪れに還だ餘力有りて去りて金を生ぜんや。況んや金の母親此の樣に燥急なれば、兒子を做るの金自然倚賴する所無し、道理就きて是れ此の如し。木泛濫の水の上に漂えば、火便ち生じ起る能わず。陽木是れ根無きの木、冬季三個月に生まれれば、水便要して泛溢せん。經書の上に説く「水泛木浮」講ずる所是れ陽木なり。譬如木水面の上に漂う、本身濕透し、怎麼に點して火に着け得んや。此れ主人一生江湖の上に漂蕩するが如し。若し土の來りて堤を築き水を防ぐに遇えば、就きて以て福を論ず可し。若し大運西北金水の地を走れば、便ち美ならず。東南木火の地を走れば、始めて能く興隆す。反って來りて説く、此れ是れ身弱の人に就きて言うなり、身弱本水多きを喜びて來りて生扶す、但し水多きもまた難を免れず放縱淫濫の譏評を招來せん。
九夏熔金,安制堅剛之木。九夏者,四五六月九十日也。謂之九夏,且如庚辛生於九夏,丙丁之地,火旺太甚,金弱則熔化矣。己身受制,如行東方財運,則不能勝任,不可以言富貴矣。遇壬癸濟之為美。
盛夏の火金を把りて都て熔化す、它還だ怎麼に去りて堅硬の木を制伏せんや。謂う所の「九夏」は、指す所是れ四・五・六三個月共に九十天なり。譬如庚・辛の金盛夏丙・丁の當令の地に生まれ、火旺なる太だ厲害にして、金本來就に弱し、便ち要して熔化せられん。本身既に制を受け、若し大運再び東方木地の財郷を走れば、就きて此の份の財を擔ぎ起す能わず、富貴を談じ上げられず。此の時若し能く壬・癸の水の來りて救濟するに遇上れば、始めて美事と算す。
三冬溼土,難堰泛監之波。三冬者,冬季三個月也。如土生於三冬,且冬令屬水,土弱水盛,安能塞其巨流?反為傷身之害矣。行東南運,可以濟生,遇土運可以發福,無此二者已矣乎。
隆冬の濕土は、泛濫の大水を擋し住む能わず。「三冬」は指す所は冬季の三個月なり。土若し三冬に生まれ、而して冬令本水に屬し、土弱く水盛んにして、怎麼に那の股の巨流を堵し得住せんや。反って傷身の害と成る。此の種の命大運東南木火の地を走れば、以て救濟を得る可し。土運に遇い身を幇さば、以て福を發す可し。此の兩樣皆無ければ、也就きて完了せり。
輕塵撮土,終非活木之基。此為土輕木盛之論。此言一撮土之多,不能為山,安能任其活木乎?且木賴土培,土少木盛,則土瘦損矣。其為貧乏之象。廢鐵銷金,豈能滋流之木。言金遇休囚之地,則已廢矣,安能有生水之力。此謂自己血脈消耗已盡,不能與他人為母,亦主貧寒之象。
薄薄の一層の浮塵・一撮の細土は、終に能く活木の扎根するの基礎と作る能わず。此の一条講ずるは是れ土輕くして木盛んなり。只だ一撮の土の那麼多、山を堆り成さず、怎麼に活木を承載し得起さんや。況んや木要して土に靠りて來りて培育せん、土少く木旺なれば、土就きて耗し瘦し損壞す、此れ是れ貧乏の象なり。廢鐵の一般に銷蝕し了したるの金は、哪れに還だ能く流れに順い生ずるの木を滋養せんや。此れは説く所是れ金休囚の地に落ち、本身已に廢物と成り、哪れに還だ水を生ずるの力量有らんや。自己の血脈已に耗盡し、能わず再び別人の母親を做るに等し、同じ樣に是れ貧寒の象なり。
木盛能令金自欺。此言木多金少,不能制伏,謂人自己身旺,官殺輕微,反傷之也,亦云太過之謂 土虛反被水相欺 土生於亥子丑,水盛土虛,此為不及之論,尚言富貴哉。火無木則終其光。火賴木生,木為火之母,火為文明之象。若無木生之火,安得有光?雖得子母相依,共發光輝,以顯揚於天表可也。
木太だ旺盛にして、反って金をして自ら其の辱を取らしむ。此れは説く所是れ木多く金少く、金木を制伏する能わず。好比人自己身旺にして官殺輕微、官殺反って日主に傷られ、也就きて是れ謂う所の太過なり。土太だ虛なれば、反って水に欺負せらる。土亥・子・丑水旺の月に生まれ、水盛んにして土虛し、此れ是れ不及の一面、還だ甚の富貴を談ぜんや。火木無ければ、光明終に斷絶せん。火木に靠りて來りて生ず、木是れ火の母親、火則ち是れ文明の象徵なり。若し木の來りて火を生ずる無ければ、火哪れに來りて光有らんや。母子相依り、始めて能く一同に光輝を發出し、天表の間に顯揚せん。
木無火則晦其質。如木生人,稟東方一路之秀氣。柱中須見火,則顯其身,且火乃木之子也。如有人根本,賴子以顯揚,以生光輝,理亦然也。乙木秋生,拉枯摧朽之易也。乙木,陰木也。自夏至後,六陰皆生,雖枯朽之時,不能摧其根也。須金盛能生水,水生木,有生生不絕之理也。但恐土多助殺,傷身之患也。
木火無ければ、本質就きて晦暗にして顯れず。譬如木命の人東方一路の秀氣を禀受す、柱中必ず須らく火を見、始めて能く此の份の秀氣を把りて顯發し出さん、而して火正しく是れ木の兒子なり。就て人根基有るも、還だ要して子女に靠りて去りて發揚光大し、始めて光輝を生出す、道理是れ一樣なり。乙木秋天に生まれ、好像枯枝朽木を摧折するが如く容易に傷せらる。乙是れ陰木、夏至以後六陰の氣漸く生ず、雖然と枯朽の時節に到るも、其の根却って還だ摧き斷る能わず。此の時須らく金旺にして金能く水を生じ・水再び木を生ずるに靠り、生生不絶の理を形成す。只怕だ土太だ多くして去りて金殺を幇助せば、那就きて傷身の患有らん。
庚金冬死,沉沙墜海豈難乎。庚金生於巳,而死於子。子為水旺之處,湖海之汪洋,況金又能生水,而使其身沉於水鄉,不能見用於世。主為人寒薄,骨肉無依之論也。凝霜之草,不能克土,出土之金,不能勝木。此二者氣尚未足,故不能任其力也。
庚金冬天に死し、沙底に沈み・海中に墜落する還だ容易ならずや。庚金長生巳に在りて而して子に死す。子是れ水最も旺なる地方、湖海汪洋の如同なり、況んや金還だ要して水を生ぜん、於是に自身水郷に沈沒し、能わず世人に用いられん。此れ人と為りて寒微薄・骨肉倚靠する所無きを主す。霜を結ぶるの小草土を克し動かさず、剛が土裏より出で來るの金もまた木に勝ち過ぐ能わず。此の兩樣の東西氣力皆還だ足らず、故に它らの該有の作用を擔ぎ起す能わず。
火未焰而先煙。此言初生之火,未乘旺而先洩其氣,蓋有土多之故也。水既往而猶溼。此言水之盛溢,雖死已盡,尚有餘波,主有智謀餘足之象。大抵水寒不流,木寒不發,土寒不生,火寒不烈,金寒不熔,則無火制,皆非天地之正氣也。此謂五行生非其時,況入稟之,亦猶是也。且水寒則凝冰,故不流,木寒則凍根,故不發,土寒不生,則火不旺,金寒不熔則無火制,此皆不逢時之謂也。
火還だ未だ火焰を騰起せざるに、就きて先に煙を冒せり。此れは説く所是れ初生の火尚未だ旺に乘らず、氣先に泄し掉られ、原因是れ土太だ多し。水已に流れ過去るも、地上還だ是れ濕なり。此れは説く所是れ水勢盛大にして、雖已に流盡死絶すとも、還だ餘波を留り、此の人智謀有りて而且餘力充足なるを主す。大抵來りて説く、水寒なれば就きて流動せず、木寒なれば就きて發芽せず、土寒なれば就きて生養せず、火寒なれば就きて猛烈せず、金寒なれば就きて熔け開かず——是れ火の來りて制煉する無きを因とす。此れら皆是れ天地の正常の氣にあらず。此れは説く所是れ五行生まるるの時に當らず。人若し此の種の氣を禀受せば、情形もまた一樣なり。水一たび寒なれば就きて氷を結ぶ、故に流れず。木一たび寒なれば就きて根を凍し住む、故に發せず。土寒能わず生養し、火便ち旺し起る能わず。金寒熔く能わず、就きて是れ火制を缺少す。此れら皆生まるるに時に逢わざると叫作す。
然萬物初生未成,成久則滅。其超凡入聖之機,起死回生之妙,不象而成,不形而化。固用不如固本,花繁豈若根深。用者,用神也,須以之為令,宜乎堅固,苟本不固,用亦無所為也。本者,命也。命不固,雖固其用一時而已,猶君弱臣強之象。
然而萬物剛が生ずるの時未だ形を成さず、成ること久しければ又消滅に歸す。其の中超凡入聖の關鍵・起死回生の奧妙は、往往形象を見ずして自然成就し、形迹に落ちずして自然變化す。與其用神を把りて牢固に弄るより、不如根本を把りて牢固に弄れ。花開くこと再び繁盛なるも、も根の扎る深きに比せず。「用」就きて是れ用神、要して它に靠りて號令を發す、自然當に堅固すべし。可是根本若し牢ならざれば、用神再び好しとてもも施展するに從る無し。「本」就きて是れ命、亦就きて是れ日主本身なり。日主牢固ならざれば、縱え用神を把りて固め得住るとも、也不過風光一時、就て君主軟弱にして臣子強橫の樣子の如し。
且如北金戀水以沉形。庚辛生於亥子丑,為金沉水底之象。南木飛灰而脫體。甲木生於巳午未,則木又生火,火盛木焚,巳成灰燼之說。東水旺木以枯源。水生於東,春月木旺,則水將枯,亦為子多母枯之象。西土實金而虛己。金旺於秋,以土生之,則金實而土虛,所謂子壯而母虛之故。火因土晦皆太過,五行貴在中和理,求之求之勿苟言,掬盡寒潭須見底。
譬如金北方に落ちて、水を貪戀着して而して形體を沈沒す。庚・辛の金亥・子・丑月に生まれれば、就きて是れ金水底に沈むの象なり。木南方に落ちて、飛灰と化作して而して本體を脫去す。甲木巳・午・未月に生まれ、木又去りて火を生じ、火盛んにして木焚燒せられ、早く灰燼と成る。水東方に落ちて、木一たび旺なれば就きて水源を把りて抽き乾す。水春月木旺の時に生まれれば、水便要して枯竭せん、此れもまた子女多くして母親枯瘦の象なり。土西方に落ちて、金を把りて養い實して而して自己虛空す。金秋に旺、再び土を用いて去りて它を生ぜば、金充實して而して土虛耗す、正しく是れ謂う所の兒子壯にして母親虛し。火土に掩晦せらる、も皆が太過に屬す。五行中和に貴ぶ此の個の道理は、要して一再探求し、可からず輕率に斷語を下す。就て一潭の寒水を舀り乾して、潭底を見ざれば可ならざるが如し。
一行禪師天元賦
三才既定,五氣混同。分之順逆,賢者皆通。三才者,乃天干地支人元,分為三。五氣即金木水火土之氣,混同於中,當以陰順陰逆分之,然後可以論命。甲得癸而滋榮,衣食自然豐足。甲乃陽木無根,若無水則枯朽矣,不可雕琢也。癸水,乃陰水也,猶石泉地中之脈,不泛不浮。甲木賴之以滋身,方得榮茂,而可以活生。癸為甲之母,母子相顧,則衣食自然豐矣。且甲生於春,自然承旺,生於冬則癸旺,癸能滋之,可以言福。
三才既に確定し、五行の氣其の中に混同す。再び順行逆行に按じて分かち開きて來りて看れば、賢明の人便ち皆が能く通曉す。謂う所の三才は、是れ天干・地支・人元此の三層なり。五氣就きて是れ金・木・水・火・土の氣、三才の中に混同す。當に陽干順行・陰干逆行の規矩に按じて分別推排し、然る後始めて以て命を論ず可し。甲木癸水を得れば就きて滋潤繁榮し、衣食自然豐足す。甲是れ陽木にして根無く、水無ければ便要して枯朽し、もまた材を雕琢して成さず。癸是れ陰水、地下石縫裏の泉脈の好比にして、泛濫せずも漂浮せず。甲木它に靠りて自身を滋養し、始めて能く榮茂にして生機絶えず。癸是れ甲の母親、母子彼此相い照應し、衣食自然豐厚なり。況んや甲春天に生まれ本旺氣を承く。冬天に生まれれば則ち癸水正しく旺なり、癸能く它を滋養す、もまた以て福を論ず可し。
乙伴壬而獲福,天賜祿位高崇。乙木乃陰木有根之物,如根之屈曲,有未伸之象。及至發生成林,藉壬水以養。壬水,陽水也。若江海之水,不能損有根之木,雖多只為淹沒,不能飄流,猶樹木得雨露之恩,故曰天賜祿位高崇,理必然矣。
乙木壬水に伴着すれば就きて能く福を獲、如同上天高崇の禄位を賜給す。乙是れ陰木、是れ根有るの物、樹根地下に盤曲し、還だ未だ舒展せざるの樣子有るが如し。發して林を成すを等到せば、便要して壬水に靠りて來りて滋養せん。壬是れ陽水、江海の水の好比、它損傷する能わず根有るの木——水再び多くとも也不過它を把りて淹し住む一陣、冲き走る能わず、反って樹木雨露の恩澤を得たるが像す。故に此れは説く是れ上天高崇の禄位を賜予す、道理必然此の如し。
丙乙友會,平生福壽超群,出世深茂才舉。丙乃陽火也,乙乃陰木也。陰木生陽火,此為相生之義。且乙為丙之母,丙為太陽之象。在天為日,在人道為君為父為夫,主剛毅不屈,有文明之體,又得乙木生之,是為交會,逞其光輝,故得超群之象,且安壽考焉。
丙火と乙木朋友と結びて相い會すれば、一生福壽常人を超過し、出仕立身根基深厚にして才干舉用を得。丙是れ陽火・乙是れ陰木、陰木陽火を生ず、正しく相生の義に合す。乙是れ丙の母親。丙是れ太陽の象、天の上に於て就きて是れ日、人倫の中に於て君・父・夫を代表し、剛毅屈せずを主り、文明の體を具有す。再び乙木を得て來りて生ぜば、兩者交會し、光輝大放す、故に超羣出衆の象有り、而且安く高壽を享く。
戊印丁兮,似虎居山谷之威。戊為陽土,賴丁火生之,丁即戊之母。母為印綬,且土無正位,寄生於火,乘旺於四季,辰戌丑未之方。故以土為山谷,若虎居山谷之間,自然有威,以命理論之,亦頗為福矣。
戊土丁火を以て印と為す、就て老虎山谷に盤踞する那の樣に自ら威勢有り。戊是れ陽土、丁火に靠りて來りて生ぜ、丁便ち是れ戊の母親、母親就きて是れ印綬なり。土本身專屬の方位無く、火の位置に寄生し、而して辰・戌・丑・未此の四季の月に乘旺す。故に土を把りて山谷に比作す。老虎山谷の間に住めば、自然威嚴有り。命理に按じて來りて看れば、此の樣の配合もまた頗る福有り。
己交丙兮,象龍得風雲之勢。陽火生陰土,陽生陰之義,猶父生女之象,丙為己父是也。此言人身得父母之庇,如龍得風雲之勢,任其自如也,豈不為富貴也哉。庚逢己丑,官祿有餘 庚金以己為母,此言金生人,若逢火地,則敗其身矣,要有土以生之,則為福矣。若運至土亦可。若土太多,則埋金質,亦無福矣。只以中和取之為上。
己土丙火に交われば、就て龍風雲を得たるが如く勢有り。陽火陰土を生ず、是れ陽の陰を生ずるの道理、好比父親女兒を生ず、丙火便ち是れ己土の父親なり。此れは説く所は人父母の庇蔭を得、如同龍風雲の助を得、任意に騰躍自如なり、怎麼に能く富貴ならざらん。庚金己丑に遇上れば、官と禄皆餘有り。庚金己土を以て母と為す。此れは説く所は金命の人若し火地に走り到れば、本身便要して敗壞せん、必ず須らく土有りて來りて它を生じて始めて是れ福なり。若し大運土地に走り到れば、もまた以て可なり。但し土若し太だ多ければ、反って金質を把りて埋没し、同じ樣に福無し。總じて中和を取る最も上なり。
辛到戊鄉,衣食自足。辛金遇戊土之鄉,是為父母之邦,豈不為得所哉?且金賴土生,土盛而金埋沒,如辛日四柱有土,不宜又行土運,原無印綬,忽遇印鄉,如逢父母,則快何如也。
辛金戊土の地に走り到れば、衣食自然充足す。辛金戊土の地界に遇上れば、父母の邦に歸るに等し、怎麼に其の在る所を得と算せざらんや。不過だ金雖土に靠りて來りて生ずとも、土太だ盛んなれば又會して金を埋没せん。譬如辛日主四柱本已に土有れば、就きて宜しく大運再び土地を走るべからず。反って、若し本命原本印綬無く、忽然として印綬の郷に行き到れば、就て外面に流落する人忽然として父母に遇見するが如く、那是れ何等の痛快なるや。
壬辛得會,福壽無疆。壬水賴辛金為母,得生生不絕之義,如壬水生於夏,則無根矣。若逢辛運之方,謂之福壽無疆。癸庚相逢,偏饒僕馬。癸水以庚金為母,如以癸日干,四柱有庚金為印,如無丙傷之,則主人多僕馬富厚。柱中無庚印,或運至印綬之方,亦可為榮矣。
壬水と辛金相い會すれば、福壽窮盡無し。壬水辛金を以て母と為し、母子相承すれば便ち生生不絶の意有り。譬如壬水夏天に生まれ、本已に根無し。若し辛金の運に行き到れば、就きて「福壽無疆」と叫ぶ。癸水と庚金相い逢えば、格外に僕從車馬多し。癸水庚金を以て母と為す。譬如癸水日干、四柱庚金有りて印と為し、只だ要して丙火の來りて此の顆の印を傷る無ければ、就きて此の人僕從車馬衆多・家道富厚を主す。若し柱中庚金の印無くして、而して大運印綬の郷に走り到れば、同じ樣に以て榮顯す可し。
清高符印,須知冠冕以乘軒。符印,官印之星也。此等星辰,為唐符國印之星。人命遇之,蓋有冠冕軒輿之貴,非為人君,則為王候之貴也。唐符國印之星,惟張果老通玄先生命理,專用此二星取貴。
清高の「符印」の星、須らく它官帽を戴き・高車に乘るを主するを知るを要す。符印就きて是れ官印の星、此の一類の星辰即ち謂う所の「唐符」「國印」なり。人命遇上すれば、便ち冠を戴き車に乘るの貴氣有り。是れ人君を做るに非ずとも、もまた是れ王侯の一級の顯貴なり。唐符・國印此の兩顆の星は、只有り張果老通玄先生の命理專ら它を拿りて來りて貴を取る。
沖破祿星,應顯威權而解綬。祿星者,官星也。子平云:用之為官不可沖,用之為祿不可破。破而沖之,兩相為害。雖有威權,遇之則避身退位矣。陽木甲逢庚敗,枝幹不得無傷。甲木,陽木也。若生不逢春,遇庚金則削之,未免傷其肢體也。剝削太過,木之受傷。以人命喻之,主有筋骨疼痛之疾,豈能獲福哉?若行火運,制庚之地,可以言造化矣。
禄星冲破せられ、本來顯赫の威權もまた要して官印を交還せん。禄星就きて是れ官星なり。子平の法に説く、它を用いて官星を作れば就きて可からず冲せらるるを、它を用いて禄を作れば就きて可からず破せらるるを。一旦又破し又冲せば、兩下皆が禍害と成り、縱有り威權、此の一歩に碰上ればも只だ能く身を退き位を讓る。陽木甲庚金に遇上りて敗すれば、枝幹難を免れず傷を受けん。甲是れ陽木、若し生ずるの時春天に逢わず、庚金に遇上れば便要して砍削せられ、免れ難し肢體に傷及せん。砍削太だ過ぎれば、木便ち傷を受く。人命の上に用いれば、就きて筋骨疼痛の毛病有るを主す、怎麼に能く福を得んや。若し大運火地に走りて去りて庚金を制せば、那就きて以て造化を談ず可し。
陰木乙遇辛金,莖葉自然有損。此言陰克陰之故,乙為陰木,藏之地下,辛金亦藏於地下,是為陰克陰。若木主有氣,則不畏也。炎炎丙火,遇壬而赫赫無光。丙火,陽火也,取日之象,懸象在天,昭然光顯。壬水陽水,為江海,寂然在下,豈能克丙乎?但於運行交會相濟處克之是也,或水到火鄉,火到水鄉,相制者,是為此論。
陰木乙辛金に遇上れば、莖と葉自然要して受損せん。此れ是れ陰の陰を克するの緣故なり。乙是れ陰木、地下に藏す。辛金もまた地下に藏す、正しく是れ陰の陰を克す。若し日主木本身氣有れば、倒っても不怕れず。熾熱の丙火、壬水に遇上れば便ち赫赫の光焰全く無し。丙是れ陽火、太陽の象を取り、高く天上に懸り、光明昭著たり。壬是れ陽水、江海の好比、靜靜として下面に在り、怎麼に丙を克し得んや。只有り大運交會・水火相濟の地方に於て始めて克を談じ上げられ、或いは水火郷に走り到り・火水郷に走り到り、兩相に制約して、始めて此の一条に按じて來りて論ず。
爍爍陰丁,逢癸而明輝自暗。陰火逢陰水,本雲相剋。且丁火為星光,懸象在天,癸水在地為泉水,豈能克天上之丁?以理論之,丁行癸鄉,癸逢丁運,兩相會合,則為相剋,其理然歟。
閃爍の陰火丁、癸水に遇上れば、明亮の光輝自然黯淡す。陰火陰水に遇えば、理に按じて本是れ相克なり。可なり丁火是れ星光、高く天上に懸る。癸水地下に於て是れ泉水、怎麼に天上の丁を克し到らんや。理に依りて來りて説く、只有り丁癸の地界に走り到り・或いは癸丁の運に碰上り、兩下會合して、始めて相克と算す、道理正しく是れ此の如し。
戊守甲位,惟賴庚方能吉。戊土本因木克,陽克陽也。陽土為城頭之土,堤防之岸,遇陽木而克之,則有崩裂之患。須得庚金克其甲木,以救其危可也,然後可以言吉。己坐乙鄉,知是干頭有鬼。此言陰干克陰干,謂之鬼也。如己土日主,生臨卯位,乃為坐下之鬼。又行寅卯之運,又遇甲乙,乃為相剋之鄉,身旺則逢官為福,身弱則遇鬼為禍。
戊土甲木の位置に守り在れば、只有り庚金に靠りて始めて能く吉に轉ず。戊土本來要して木に克せられん、此れ是れ陽の陽を克す。陽土好比城頭の土・堤防の岸、陽木の來りて克するに遇上れば、就きて崩塌開裂の患有り。必ず須らく庚金有りて去りて甲木を克し住め、始めて此の個の危局を救い得、然る後始めて吉を談じ上げられん。己土乙木の郷に坐すれば、就きて天干の上「鬼」有るを知る。此れは説く所は陰干陰干を克す、被克の一方就きて對方を鬼と稱す。譬如己土日生生じて卯位に臨めば、卯中乙木便ち是れ坐下の鬼なり。大運又寅・卯を走り、天干再び甲・乙に遇えば、就きて是れ相克の郷なり。此の時身旺なるは、鬼即ち轉じて官星と為りて而して福と成る。身弱なるは、鬼に遇えば就きて禍と成る。
庚逢丙戰,勢自傾危。辛被丁侵,克伐成害。此言庚辛金,被丙丁之火,克而害之,主人不能為福。須得壬癸之水,以制丙丁之火,濟其均平,可以為富貴也。壬憂戊至,蹇澀難通。癸怕己臨,屯晦驚惶。壬癸之水,其性愛潤下,又遭戊己土以滯之,則阻而不通,主人不能獲福。土若太多,則為貧賤斷之。水若太多,則為氾濫淫奔斷之。只要均平,故曰:土止水流全福壽。
庚金丙火に遇い交戰すれば、形勢自然傾危なり。辛金丁火に侵犯せられ、克伐害を成す。此れは説く所は庚・辛の金丙・丁の火に克害せられ、此の人福を得る能わざるを主す。必ず須らく壬・癸の水の來りて丙・丁の火を制し住め、兩邊をして均衡せしめ、始めて以て富貴す可し。壬水戊土の到來を擔憂し、處境滯澁にして通じ難し。癸水土己の身に臨むを害怕し、前途晦暗にして驚惶す。壬・癸の水の本性喜ぶ所は滋潤向下、偏偏たる戊・己の土に壅塞せられ、於是に阻滯して通ぜず、此の人福氣を得ざるを主す。土若し太だ多ければ、就きて貧賤に按じて來りて断ず。水若し太だ多ければ、又泛濫淫奔に按じて來りて断ず。總じて只だ要して兩下均平なれば就きて好し、故に説く、土能く水流を止むれば、福と壽皆能く保全すと。
干鬼帶祿旺,扶持更破。身衰者,干頭遇克,謂之帶鬼。若逢祿旺,則能扶持。更有破敗,為福且少。為禍更多,主人或富或貧,進退無常之命也。支神無吉神,禍皆難免。支神者,地支中所藏之神,亦宜有吉神相助,可以為福也。若有相剋之神,遇禍患則難免矣。如甲木生於子月,子宮以癸水為印,豈不為美哉?此命若年日時中有己,土旺則克癸水,是謂吉神受害。審此推之,則無不驗矣。
天干の上鬼有りて同時に禄旺を帶ぶれば、雖有り扶持又が破せらる。日主衰弱・天干の上又克身の神に遇えば、就きて「鬼を帶ぶ」と叫ぶ。若し禄旺に碰上れば、還だ能く扶持一把す。可是既に扶持して又破敗を帶ぶれば、得るの福就きて少く、招くの禍反って多し、此の人時に富み時に貧し・進退常無きを主す。地支の藏する所若し吉神無ければ、禍患皆が難を免れず。謂う所の支神は、是れ地支の中の藏する人元、も當に吉神の相助有りて、始めて能く福を成すべし。若し藏する所是れ相克の神なれば、禍患に遇上れば就きて躲け掉る能わず。譬如甲木子月に生まれ、子宮裏の癸水正しく是れ其の印綬、豈に美しからざらんや。可なり此の命若し年・日・時の中己土出現せば、土一たび旺なれば就きて癸水を克す、此れ就きて吉神害を受くと叫ぶ。此の樣に照りて細審推求せば、應驗せざる無し。
尊堂福壽崇高,皆言甲到丙鄉。甲到丙鄉者,是食神之地。甲能生丙,丙乃甲之子也,名曰食神。甲且食丙之祿,如子之養父,豈不為福壽尊榮歟!朝省權貴優升,蓋為乙居丁舍。乙木能生丁火,亦如父食子之養,皆為吉人矣。
母親福壽崇高なるは、皆是れ甲木丙火の郷に走り到るの緣故なり。甲丙郷に到れば就きて是れ食神の地に到るなり。甲能く丙を生じ、丙是れ甲の兒子、名づけて食神と叫ぶ。甲反って丙の禄を享用す、正し做る父親兒子の奉養を受くるが如く、怎麼に能く福壽尊榮ならざらん。朝廷省部裏に於て權貴を做りて而不斷に陞遷するは、是れ乙木丁火の屋舍に住み進むを因とす。乙木能く丁火を生ず、同じ樣に是れ父親兒子の奉養を享用し、皆が吉人の命に屬す。
官木併疊,丙食戊而成功。此言丙火食戊土之養也。穀麥盈倉,丁啖己而有旺。此言丁火食己土之祿也。要得豐足,無過戊得逢庚。此言戊土食庚金之祿也。欲問高遷,全賴己加辛地。此言己土食辛金之祿也。滿堂金玉,庚祿有壬。廣置田園,辛能食癸。此言庚金食壬水之祿,辛金食癸水之祿,皆言子養父也。壬食甲而有旺,眾福如麻。癸向乙而生成,入食列鼎。此言任水食甲木之祿,癸水食乙木之祿,皆十干生成之祿。
官星と木重重疊疊、丙火要して戊土を享用して始めて能く成功す——此れは説く所は丙火戊土の奉養を受くるなり。谷麥倉廩に堆滿す、是れ丁火己土を享用して而して轉旺す——此れは説く所は丁火己土の禄を受くるなり。家道豐足せんと要せば、戊土庚金に遇上るより好き無し——此れは説く所は戊土庚金の禄を受くるなり。能く高昇する否かを問わんと要せば、全く己土辛金の地に加臨するに靠る——此れは説く所は己土辛金の禄を受くるなり。金玉堂に滿つ、是れ庚金の禄壬水に在り。田園を廣置す、是れ辛全能く癸水を享用す——此れは説く所は庚金壬水の禄を受け・辛金癸水の禄を受く、皆是れ兒子父親を奉養するの意思なり。壬水甲木を享用して而して轉旺し、衆多の福氣紛至沓來す。癸水乙木に朝向して而して生成を得、享用豐盛にして鼎を列べて食するが如し——此れは説く所は壬水甲木の禄を受け・癸水乙木の禄を受く、皆が十天干生成の食禄に屬す。
五行休廢,得救助以災輕。四柱金木水火土,遇休囚死絕之地,柱中有一在長生帝旺之方,則頗相助,雖有災亦輕矣。四柱官印,無損壞而祿重。四柱干頭有官星印星,無沖無破,主人一生祿重。但恐遇克害之運,犯小運流年沖破,止一年之不利,不為永久矣。
五行雖休廢に處るも、若し救助を得れば、災禍就きて輕し。四柱の中の金・木・水・火・土休・囚・死・絶の地に落つるも、只だ要して柱裏還だ一處長生・帝旺の方位に在れば、就きて頗る能く相助し、縱有り災殃もまた重からず。四柱官有り印有りて而して損壞を受けざるは、一生禄位深厚なり。四柱天干の上官星・印星有り、既に冲を受けずも破に遭わず、此の人一生禄重きを主す。只怕だ克害の大運に碰上り、或いは小運・流年に冲破せられ、不過だ那もまた只是れ一年の不利、會して長久せず。
甲逢丁而成焰,資財累歲多虧。乙遇丙而化灰,金玉自消難聚。此言甲木生丁火,乙木生丙火,為傷官盜氣之論。傷官者,我生之子也,為人傲氣,不循規矩,能消耗父母之財物,視人不如己,喜財則榮,無財則貧。
甲木丁火に遇いて而して火焰を騰起せば、家產連年虧損す。乙木丙火に遇いて而して灰燼と化作せば、金玉自ら消散し・積聚し難し。此れは説く所は甲木丁火を生じ・乙木丙火を生ず、皆が傷官日主の氣を盜泄するに屬す。傷官是れ我の生ずる所の子女、人と為りて傲慢にして、規矩を守らず、能く父母の財物を耗し掉り、眼裏別人を看不起す。此の種の命財有れば便ち榮し、財無ければ便ち貧す。
天元正敗,丙見己而傷殘。干祿全輕,丁值戊而衰弱。此言火土傷官之為害,上下相戕之理。戊若逢辛,須仗吉殺以扶持。己宜輸庚,實賴五行之救助。此言土金傷官,吉煞謂財官印也,惟忌官喜財也。
日干正しく敗地に當たり、丙火再び己土を見れば便要して傷殘せん。天干の禄氣本來就に輕く、丁火再び戊土に碰上れば就きて更に衰弱す。此れは説く所は火土傷官の帶來するの禍害、是れ上下互相に殘傷するの道理なり。戊土若し辛金に遇上れば、須らく吉神と七殺を仗りて來りて扶持するを要す。己土宜しく氣を把りて庚金に輸す、實在に要して五行別處の救助に靠るを要す。此れは説く所は土金傷官なり。謂う所の吉煞は、指す所は財・官・印此れらの神。此の種の格局官星を見るを忌みて而して財星を見るを喜ぶ。
庚申見癸,蕩散資金。此言庚金生癸水,則有蕩散之禍,須得土以止之,方為發福,無土止之,則為散漫。主人流蕩,淫慾亡家。辛祿遇壬,銷熔福祿。辛金生壬水為傷官,是為金水傷官。主人清秀好歌樂,極聰明,淫佚無度,遇土止之則福。無土止之,終為下格矣。
庚金癸水を見れば、資財便要して蕩盡散失せん。此れは説く所は庚金去りて癸水を生ず、會して耗散の禍有らん。必ず須らく土有りて來りて水を止め、始めて能く福を發す、土止無ければ就きて一味として散漫し、此の人漂泊放蕩・縱欲に因りて家を敗するを主す。辛金の禄氣壬水に遇上れば、福禄就きて銷熔せらる。辛金壬水を生ずるは是れ傷官、此れ「金水傷官」と叫ぶ、此の人清秀・歌舞音樂を愛好し・極めて聰明にして、もまた淫逸無度なるを主す。土の來りて止めるに遇えば便ち是れ福、土止無ければ、終に是れ下等の格局なり。
年少逢災,壬傷乙運。此言壬水生乙木為傷官,又行傷官之運,主有災晦。祖財隨廢,癸被甲侵。此言癸水生甲木為傷官,柱中有制則吉,無制則凶。衣食難求,幼歲常逢五鬼。夫日干弱,見殺即為鬼,謂之陰鬼害身,暗中不覺若身旺者,化鬼為官,則能資身為福。 且五鬼陰煞也,害人不淺。
年紀軽軽にして災に遭うは、是れ壬水乙木の運に傷るるなり。此れは説く所は壬水乙木を生じて傷官と為し、大運又傷官の地を走る、災殃晦氣有るを主す。祖上の家業敗落に跟着す、是れ癸水甲木に侵奪せらるるなり。此れは説く所は癸水甲木を生じて傷官と為し、柱中東西有りて傷官を制し住めば就きて吉、制無ければ就きて凶なり。衣食も皆が求め得難し、是れ幼年常常に五鬼に遇上るなり。日干衰弱の時、七殺を見れば就きて鬼と成る、名づけて陰鬼身を害すと叫ぶ、暗中侵蝕して而して人自ら覺えず。若し日主身旺なれば、鬼反って化して官星と為り、能く自身を扶助して而して福と成る。況んや五鬼陰煞に屬し、人を害する淺からず。
遁悶休囚,長年元值三刑。此言刑敗之理。禍本難免,祿本逢衰。若遇敗神,茲生休咎。官為祿本,有官而無祿,則為假官,雖榮而不貴。有祿而無官,則無所施。官祿若行衰絕之地,難免不惟其禍矣。敗神者,破敗之神,命內逢之,主一生休咎不利。
一生鬱悶として志を得ず・諸事休囚するは、是れ本命長年三刑に値するを因とす。此れ講ずるは是れ刑冲敗壞の道理なり。禍患難を免れず、是れ禄の根本已に衰敗せり。若し再び敗神に遇上れば、便要して災咎を生出せん。官星是れ禄の根本なり。官有りて禄無きは、是れ假官、雖有り榮名却って顯貴せず。禄有りて官無ければ、就きて施展する處無し。官と禄若し衰絶の地に走り到れば、那禍事就きて躲け過ぐ能わず。謂う所の敗神は、是れ破敗を主するの神煞、命裏逢上せば、一生吉少く凶多く・諸事不利を主す。
況乎甲憎乙向,逢之自己多災。乙被甲臨,反與他人為助。甲乙者,比肩兄弟姐妹之類。猶人之有兄弟多者,有家產則爭而分奪,無家財則起禍端,手足不相顧。有身弱者,喜兄弟相助,但乙見甲為兄,為劫財,以上臨下之禍,遇財而劫之也。
況んや甲木乙木の來りて靠近するを憎惡し、碰上れば自己反って災多し。乙木甲木に臨壓せられ、力量却って去りて別人を幇せり。甲と乙就きて是れ比肩・劫財の一類の兄弟姐妹なり。好比人家兄弟多き、家產有れば就きて争いて瓜分し、家產無ければ就きて禍端を鬧し出し、手足の間互不い照顧す。若し日主身弱なれば、倒って兄弟の來りて幇襯するを喜ぶ。但し乙木甲木を見るは是れ兄長を見る、劫財に屬し、是れ上を以て下を壓するの禍患、一たび財に遇到すれば便要して他に劫し去られん。
壬行癸厄,丙最輸丁。辛忌庚方,丁嫌暗丙。此皆比肩動財之禍也。戊同己兮,多生脾胃之疾。戊己土,在人身為脾胃,倘若遇木克之,刑傷脾土矣,故有脾胃之疾。戊同己兮,反有奔波之事。己為弟,戊為兄,人各自立,則無傷於和氣,倘若兄弟同處有蕭牆之變,反主奔波勞苦,安得有怡怡之樂耶?
壬水癸水に走り到れば便ち厄有り、丙火最も丁火に輸し、辛金庚金の方位を忌諱し、丁火暗處の丙火を嫌惡す——此れら皆是れ比肩劫財財星を驚動するの帶來するの禍患なり。戊土と己土同じく現れれば、多く脾胃の病を生ず。戊・己の土人身に於て脾と胃に對應す、倘若木の來りて克するに遇えば、脾土就きて刑傷せられ、故に脾胃の疾有り。戊土と己土同じく現れれば、反って多く奔波の事有り。己是れ弟・戊是れ兄、各自門戸を獨立し、倒ってもまた和氣を傷らず。倘若兄弟同居一處にして而して內訌を起せば、反って奔波勞苦を主し、哪れに還だ兄弟怡然として相處するの樂趣有らんや。
柔能制剛,多因辛與庚期。太重之餘,乃是辛居庚地。此言庚辛金之剛柔也。庚剛而辛柔,庚為劍鋒之器,故云剛能殺萬物,辛為釵釧之質,故云柔能為美觀。若辛見庚,又為甚也。
柔能く剛を制伏す、多半是れ辛金と庚金一處に相い約するを因とす。分量重きこと太だ過ぐるは、正しく是れ辛金庚金の地界に住み進むなり。此の一条講ずるは是れ庚・辛二金の剛と柔なり。庚性剛にして辛性柔なり。庚好比劍鋒の一類の兵器、故に剛強以て萬物を殺伐するに足ると説く。辛好比釵釧の一類の首飾、故に柔美以て觀賞に供するに足ると説く。若し辛金再び庚金を見れば、此の層の意思就きて更に明顯なり。
癸中隱丙,壬午遇之多傷。癸以丙為財,任其所用,若遇壬午,又傷其丙,壬為癸之兄,且劫丙財,故曰多傷,午中亦有丙,況午上壬支亦是丙財,壬又傷支午之丙是也。壬內藏丁,癸水翻然自敗。壬與丁正有夫妻之義,又遭癸水克丁,乃為弟奪其妻,則傷敗也,反為大禍。
癸水裏暗藏す所は丙火の財、壬午此の一柱に遇上れば多く損傷を受く。癸丙を以て財と為し、本任意に取用す可し。若し壬午に遇えば、丙火便要して傷を受けん。壬是れ癸の兄長にして、會して來りて丙財を劫奪せん、故に多く傷ると説く。況んや午中本來就に丙火を藏し、而して此の個の午又壬の下に坐す、午中の丙同じ樣に是れ癸の財、壬便ち地支午裏の丙をも連れて一倂に傷れり。壬水の裏面丁火を藏し、癸水一たび來れば反って自己敗落す。壬と丁本夫妻相合の義有り、偏偏たる又癸水に去りて丁を克せられ、弟弟にして兄長の妻子を奪えるに等しく、兩下俱に傷り、反って大禍を成す。
陽者若為暗損,平生為惡輕生。陽者,剛也,有果敢剛義之能。若遇暗損,當有自棄其身矣。陰位即曰敗神,處世憂賤抑塞。陽者,柔也,女人之質喜之。若男命純陰,亦少剛助,處於世亦為抑塞基志。若得五陽聚局,可以言富貴矣。
陽干若し暗處に於て損を受ければ、一生惡を行いて而して性命を輕視す。陽就きて是れ剛、果敢剛正の能力有り。若し暗中の損傷に遭えば、便ち會して自暴自棄し・自身を糟蹋せん。陰の位置一旦敗神と成れば、處世便ち憂愁卑賤・處處阻塞す。陰就きて是れ柔、女人の資質它を喜ぶ。可なり男命若し純是れ陰干なれば、也就きて剛強の助力を缺少し、立身處世同じ樣に志向阻まる。若し能く五個の陽干聚りて格局を成すを得れば、那就きて以て富貴を論ず可し。
甲見辛而化官,剛柔相濟。甲以辛而為官,甲剛而辛柔,故能相濟而不相剋也。乙見庚而為福,兄弟同鄉。乙與庚合,是夫妻之理。庚金能克乙木,為正官而為有福也。猶兄弟同鄉,而且和也。
甲木辛金を見て而して化して正官と為るは、是れ剛柔相い濟す。甲辛を以て官星と為す。甲性剛にして・辛性柔、故に兩者能く相い濟して而して相克に至らず。乙木庚金を見れば便ち是れ福、如同兄弟同じく一郷に住す。乙と庚相合す、是れ夫妻配合の道理なり。庚金能く乙木を克す、乙に對して來りて説けば正しく是れ正官、因りて以て福有り、好比兄弟同じく一處に住みて而して彼此和睦せんが如し。
水火既濟,卻言丙對癸鄉。癸水克丙火,丙為太陽在天,癸水在地居坎,上下懸隔,豈能相剋?而子午相對,正得既濟之象,終為吉兆。意氣相承,乃是丁歸壬舍。丁與壬本相合,陽水不能克陰火也,故同舍而居,相投而樂。
水火既濟の格局は、説く所是れ丙火癸水の郷に對す。癸水本來丙火を克す、可なり丙是れ天上の太陽、癸水地下に於て坎に屬し、一上一下相隔遙遠にして、怎麼に克し得着んや。而して子と午恰好南北相對し、正しく『既濟』の卦水火交融の象に合し、終に是れ吉兆なり。意氣彼此相い承接す、説く所是れ丁火壬水の屋舍に歸る。丁と壬本來相合す、陽水陰火を克する能わず、故に同じく一屋に住み、情投意合して而して相い安んず。
戊臨乙位,土得木而生成。木賴土以培養,土賴木以洩其氣,兩得而生成,雖云克之何相害也。己向甲鄉,陰遇陽而可貴。己與甲,本以陰陽相配之義,以為夫婦之道。故云甲與己合,甲以己為財,以妻之財而享之,安得不貴乎?
戊土乙木の位置に臨めば、土木に相配を得て反って成就す。木要して土に靠りて來りて培育し、土要して木に靠りて來りて其の滯氣を疏泄す、兩下各お其の需する所を得て而して共同に成就す。雖説木是れ土を克する、又哪れに相い害すると談じ上げられんや。己土甲木の郷に朝向すれば、陰干陽干に遇いて而して貴し可し。己と甲本就に陰陽相配の意思有り、夫婦の道を構成す、故に甲と己相合すと説く。甲木に對して來りて言えば己土是れ財、妻子の帶來するの財物を以て自己の享用に供す、怎麼に能く貴ならざらんや。
白虎通道,庚加丁臨。太陰得路,辛歸丙舍。庚辛金為白虎,加之丁火克庚金,得配陰陽之道,以柔而濟剛,無相害也。辛為太陰,遇丙且合而歸之,是為正義。壬憐己兮,遠泛洪波。壬為江海之水,己為平地之土。壬水至於陰土之上,則成洪波遠泛,無以止之,須得陽土止之,遂塞其流矣。
白虎の神道路暢通す、是れ庚金丁火に加臨す。太陰の神去路を得、是れ辛金丙火の屋舍に歸入す。庚・辛の金四方の神の中に於て白虎に屬し、再び丁火を加え來りて庚金を克せば、正しく陰陽相配の道に合し、柔を以て剛を濟し、彼此害無し。辛太陰に屬し、丙火に遇上れば便ち相合して而して它に歸附す、此れ是れ名正言順の配合なり。壬水己土を憐惜するも、却って它を把りて遙遙泛濫の洪波と冲し成す。壬是れ江海の水・己是れ平地の土。壬水陰柔の己土の上面に漫り到れば、就きて洪波遠泛と成り、己土它を止め住む能わず、必ず須らく陽土戊と換えて來りて堵せば、始めて能く此の股の水流を塞き住めん。
癸喜戊兮,澄瀾漂渺。癸與戊合,得其正義。且癸為水,得合陽土,本無波濤之泛,故曰癸喜戊兮,云云。陽遇陰而化合,陰得陽而成器。此言從化,陰陽相得之義。又有甲己相逢,化土為福,則夫婦遐昌。甲己以成合矣,甲屬木,己屬土,甲以從己,以化土為財。猶人以身從妻之財,可以為福,得全夫婦之道,得申子辰可也。
癸水戊土を喜歡す、水面澄清にして波光渺遠たり。癸と戊相合す、是れ名正言順の配合なり。癸本是れ水、能く陽土に合上り、本身又波濤泛濫の患無し、故に「癸戊を喜ぶ」此の如し此の如しと説く。陽干陰干に遇えば便ち化合し、陰干陽干を得れば便ち器を成す。此れ講ずるは是れ從化、亦就きて是れ陰陽彼此相い得るの道理なり。又如甲と己相い逢えば、化して土と成れば便ち是れ福、夫婦此れに因りて久遠昌盛す。甲己既に已に合を成し、甲木に屬し・己土に屬す、甲己に順從して而して化して土と為す、土本是れ甲の財なり。好比人自身を以て妻家の財產に依附す、もまた以て是れ福と為り、還だ能く夫婦の道を保全す。地支若し申子辰の類の相配を得ればもまた以て可なり。
乙庚和合,成金得位,則東西類化。乙庚化金,要在巳酉丑十一月可也。丙辛化水,智顯則必主文章。丙與辛合,從金之義,金則生水,辛亦化為水矣。是謂金水相生,反歸本質矣。丁壬為木,聰明則近善多仁。壬水生木,則從而化之,法以正二月間可化。木主仁,故好仁。戊癸得化,祿位崇高。二者相逢,三才可立。戊土賴火生,從火而化之,是歸本質,此皆生生不絕,化化無窮之義。
乙と庚和合し、化して金と成りて而して各お其の位を得、東方の木と西方の金便ち同類にして而して化す。乙庚金と化す、要して巳・酉・丑及び十一月此れらの金水の時に生まれて始めて成る。丙と辛水と化し、智慧顯發し、必ず文章の才を主す。丙と辛相合す、本順從するの意思有り。金又能く水を生じ、辛也就きて之に隨いて而して化して水と為す、此れ金水相生と叫ぶ、反って其の本質に歸す。丁と壬木と化し、人と為りて聰明にして而して善良に近く・多く仁心有り。壬水本能として木を生ず、於是に順從して而して化して木と為す。法度に按じて要して正月・二月の間に於て始めて化し成るを得。木「仁」を主る、故に此の種の人仁を好む。戊と癸化合を得て、禄位崇高なり。此の兩者相い逢えば、天地人三才便ち以て確立す可し。戊土火に靠りて來りて生ぜ、火に順從して而して化す、正しく是れ本質に歸回す。以上種種、皆是れ生生不絶・化化無窮の意思なり。
陰遇陽而化官,到旺方官崇位顯。一陰一陽而成配,乃有化道,化得真者,則為貴論。陽得陰而成配,臨有氣財旺妻賢。陽,男也。陰,女也。故以陰陽相合,為之夫婦,若有生氣,主財旺且妻賢,若遇休囚死絕,主散財而傷妻。
陰干陽干に遇いて而して化して官星と成り、旺地に走り到れば便ち官高く位顯し。一陰一陽配して一對を成し、始めて化合の道有り。化する所眞切なるは、就きて貴命に按じて來りて論ず。陽干陰干を得て而して配偶を成し、氣有るの地に臨めば則ち財旺にして妻賢し。陽男を代表し・陰女を代表す、故に陰陽相合すれば就きて夫婦を成す。此の一對若し生氣有るの地方に落つれば、財旺にして而且妻子賢惠を主す。若し休・囚・死・絶の地に落つれば、就きて財を破り而且妻を傷るを主す。
是以平生不足,甲為壬傷。處世多屯,乙因癸克。甲木賴壬以生,且壬為陽水,故有浮泛之性,甲木無根,恐有飄流之失,故曰平生不足。乙乃陰木,癸乃陰水,但以根莖之資,豈成大林之茂,故曰處世多屯。
故に一生總じて欠缺有るは、是れ甲木壬水に傷られしを因とす。處世多く困頓有るは、是れ乙木癸水に克せられしを因とす。甲木本壬水に靠りて來りて生ぜ、可なり壬是れ陽水、性泛濫を好む。甲木若し根無ければ、就きて冲せられて漂流失所するを怕る、故に一生足らざると説く。乙是れ陰木・癸是れ陰水、只だ能く根莖一點の滋養を供給し、哪れに大片の森林の繁茂を成し得んや、故に處世多く屯難と説く。
陽自敗兮,丙為甲傷。陰不明兮,丁緣乙制。丙火賴甲木生之,以為光明。尚甲之受制於庚,則不能生木之火。且丁賴乙生,因乙受制不能助丁之力也。上之陵下兮,戊遭丙食,卑恐欺尊兮,己傷丁炎。此言倒食之理也。
陽火自ら敗落を行くは、是れ丙火甲木傷を受くるに因りて累を受くるなり。陰火能わず明亮なるは、是れ丁火乙木制せられしに因りて養を失うなり。丙火要して甲木に靠りて來りて生じて始めて光明有らん、倘若甲木先に庚金に制し住められれば、就きて火を生出する能わず。同じ樣に、丁火乙木に靠りて來りて生ぜ、乙木一たび制を受ければ、就きて力量無くして去りて丁火を幇せん。上位の下位を欺凌するは、是れ戊土丙火に倒食せらるるなり。卑下の尊長に冒犯するは、是れ己土反って來りて丁火の炎勢を傷るるなり。此處講ずるは是れ「倒食」の道理なり。
陽庚嘹唳兮,戊土晦之。辛祿卑薄兮,己陰破之。此言庚辛之質,因戊己多而掩美質,不能顯達也。失之於智,皆因庚禍於壬。喪之於權。每遇辛傷於癸。此言壬癸之水,又因庚辛所擾。猶人之母多,撫其一子,反為害。故有智有權,皆失喪也,不得自專。
陽金庚本可として清越の聲を發出す可く、却って戊土に掩晦せらる。辛金の禄氣本就に單薄、又己土此の陰柔の土に破せらる。此れは説く所は庚・辛の金の美質、戊・己の土太だ多きを因りて掩蓋せられ、能わず顯達す。智慧を失掉するは、皆が是れ庚金壬水に禍を添えたるを因とす。權柄を喪失するは、往往辛金癸水を傷りたるに由於る。此れは説く所は壬・癸の水又庚・辛に攪擾せらるるなり。好比一個の人母親太だ多き、衆人一個の孩子を撫養し、反って害と成る。故に本當に有るべきの智慧と權柄、皆が喪失し掉り、自己主を做る能わず。
甲乙常欣戊己,乃為身內之財,丙丁尤喜庚辛,實是生成之福。甲乙以戊己為財。丙丁以庚辛為財,乃生成正理,故安享之。勾陳得位,戊歸壬鄉。陰土逢財,己加癸位。勾陳,戊己土也,以辰戌丑未而得地。陰土,己土也。癸,陰水也。己以癸為財也。
甲・乙の木常に戊・己の土を見るを喜歡す、那是れ自家分內の財なり。丙・丁の火尤も庚・辛の金を喜歡す、那實在に是れ天生の福氣なり。甲・乙戊・己を以て財と為し、丙・丁庚・辛を以て財と為す、此れ是れ生成の正理、故に能く安然として享用す。勾陳の神位を得るは、是れ戊土壬水の郷に歸到す。陰土財に遇上るは、是れ己土癸水の位置に加臨す。勾陳就きて是れ戊・己の土、辰・戌・丑・未の上に於て地を得。陰土は指す所は己土、癸是れ陰水、己土正しく癸水を以て財と為す。
庚辛寅卯自然而福壽。寅卯木旺之鄉,庚辛以甲乙木為財,得自然之福壽。壬癸丙丁喜樂以無虞。壬癸水以丙丁火為財,亦得其自然之用,何其有不虞之患?當知我害彼吉,彼害我凶。以直而言之,消詳為可矣。
庚・辛の金寅・卯に走り到れば、自然福を享き壽長し。寅・卯是れ木旺の郷、庚・辛甲・乙の木を以て財と為す、故に能く自然而然の福と壽を得。壬・癸の水丙・丁の火を見れば、歡喜快樂にして而して憂無し。壬・癸の水丙・丁の火を以て財と為す、もまた是れ自然合用、哪れに會して意外の患有らんや。總じて要して明白せん、我去りて對方を克害すれば就きて是れ吉、對方來りて我を克害すれば就きて是れ凶。直に照りて説けば就きて是れ此の樣、其の中細節還だ須らく自己仔細に推詳せん。
捷馳千里馬賦
榮枯得失,盡在生克之中。富貴榮華,不越中和之外。太過無制伏者貧賤,不及失生扶者刑夭。蓋夫木盛逢金。高作棟樑之具。水多遇土,修防堤岸之功。火煉堅金,鑄出鋒刃之器。木疏土旺,培成稼穡之禾。火炎有水,名為既濟之功。水淺金多,號曰體全之象,削之剝之為奇,生我扶我為忌。
人一生の榮と枯・得と失は、全く五行生克の中に在り。富貴榮華も、も「中和」の二字の外より出でず。太過にして制伏するの東西無きは、貧賤なり。不及にして又生扶を失掉するは、刑傷夭折す。譬如木旺盛にして金に遇上れば、就きて能く砍削して高大の棟梁と成す。水太だ多くして土に遇上れば、就きて堤岸を修築するの功用在り。火來りて堅硬の金を鍛煉すれば、能く鋒利の刀刃を鑄出す。木來りて旺盛の土を疏松すれば、能く成熟の莊稼を培育す。火太だ炎熱にして水の來りて濟する有れば、就きて「既濟」の功と叫ぶ。水淺くして金多きは、就きて「體全」の象と叫ぶ。總じて、能く我を削り・我を剥ぐの始めて是れ奇。一味として我を生じ・我を扶くるは反って忌む可し。
丙丁生於冬月,貴於戊己當頭;庚辛出於夏間,妙乎壬癸得所。甲乙秋生妙玄武,庚辛夏長貴勾陳。丁卯水多憎北地,逢己反作貴推。庚寅火盛怕東南,遇戊翻為榮斷。秋生甲乙透丙丁,莫作傷看。夏榮戊己露庚辛,當為貴論。火值水多,貴逢木運。土逢木旺,榮入火鄉。庚逢子重水金寒,最宜炎照。戊遇酉多金脫局,偏愛熒煌。
丙・丁の火冬月に生まれ、貴ぶ所は戊・己の土頭に當たりて寒水を擋し住むに在り。庚・辛の金夏天に生まれ、妙なる所は壬・癸の水各お其の位を得て來りて火を制するに在り。甲・乙の木秋天に生まれ、妙なる所は玄武の水有りて金を化して木を生ずるに在り。庚・辛の金夏天に長ずるは、貴ぶ所は勾陳の土有りて火を泄して金を生ずるに在り。丁卯の命水太だ多ければ就きて北方を憎惡し、若し己土に逢えば反って貴に按じて來りて推す。庚寅の命火太だ盛んなれば就きて東南を怕れ、若し戊土に遇えば反って榮顯と斷ず。秋天生の甲・乙の木丙・丁を透出するは、要して傷官と當てて來りて看るを莫れ、那是れ調候の用なり。夏天旺の戊・己の土庚・辛を露出するは、當に貴に按じて來りて論ずべし、那是れ秀を泄するの神なり。火命水多きに遇うは、貴ぶ所は木運に走りて關を通ずるに在り。土命木旺に遇うは、榮ある所は火郷に走りて殺を化するに在り。庚金子水重重に遇えば、水冷く金寒し、最も宜しく炎炎の火有りて來りて照暖す。戊土酉金太だ多きに遇い而して金已に局を脫すれば、もまた偏愛明亮的火有りて來りて温養す。
金生秋月土重重,貧無寸鐵。火長夏天金疊疊,富有千鍾。甲乙夏榮土氣厚,功名半許足田莊。丙丁冬旺水源清,爵祿雙全榮錦繡。壬趨艮,甲趨乾,清名之士。辛朝陽,乙鼠貴,文學之官。破局以貧而斷,入格以貴而推。後學君子,毋忽於斯。
金秋月に生まれて而して土重重疊疊なれば、反って窮りて一寸の鐵無し——土多く金を埋むるの故なり。火夏天に長じて而して金層層疊疊なれば、却って千鍾の粟を富有す——火旺正好金を熔かして財を為す。甲・乙の木夏天に繁茂して而して土氣厚實なるは、功名只だ一半を許す、倒って能く足够の田莊有らん。丙・丁の火冬天に於て當旺にして而して水源清澈なるは、爵位俸祿雙全、榮華錦の如し。壬水艮方の寅に趨り・甲木乾方の亥に趨るは、是れ清名の士なり。辛金朝陽格・乙木鼠貴格は、是れ文學の官なり。格局破せらるるは貧窮に按じて來りて断じ、能く格に入るは顯貴に按じて來りて推す。後學の君子、要して此れらを輕忽するを莫れ。
絡繹賦
參天地之奧妙,測造化之幽微。判人生之貴賤,取法則於干支。決生死之吉凶,推得失之玄妙。日乃己身,須究強弱。年為本主,宜細推詳。年干父兮支母,日干己兮支妻。月干兄兮支弟,時支女兮干兒。後煞克年,父母早喪。前煞克後,子息必虧。馬入妻宮,必得能家之婦。煞臨子位,當招悖逆之兒。祿入妻宮,食妻之祿。印臨子位,受子之榮。梟居年位,破祖之基。財宮月旺,得父資財。所忌財傷祿薄,最嫌鬼旺身衰,原其克彼為財,生我為印。食神暗見,人物豐肥。梟印重生,祖產飄蕩。
天地の奧妙を參究し、造化の幽深を測度す。人生の貴賤を判定し、干支に於て取法す。生死の吉凶を決斷し、得失の玄機を推求す。日干就きて是れ本人、必ず須らく其の強弱を細究せん。年柱是れ本命の主、當に仔細に推詳すべし。年干父親を代表し・年支母親を代表す。日干是れ自身・日支是れ妻子。月干是れ兄長・月支是れ弟弟。時支是れ女兒・時干是れ兒子。後面の七殺頭を回りて去りて年柱を克せば、父母早亡す。前面の七殺去りて後面の時柱を克せば、子女必ず虧損有らん。驛馬妻宮に入れば、一定として能く家を持するの媳婦を娶り到らん。七殺子女の位に臨めば、會して忤逆の兒子を招來せん。禄妻宮に入れば、是れ妻子の財禄に靠りて日子を過す。印子女の位に臨めば、是れ兒子の帶來するの榮耀を受くるなり。梟神年柱に居れば、便要して祖上の根基を破壞せん。財宮月柱に於て當旺なれば、能く父親の資財を得。忌諱する所は是れ財傷を受け・禄太だ薄き、最も嫌惡するは是れ鬼旺にして而して身衰なり。根を追り底を究むれば、我の克する所是れ財、我を生ずる是れ印。食神支中に暗藏すれば、人長得て豐滿肥潤す。梟印重重相い生ずれば、祖產便要して飄散せん。
財生官,官生印,印生身,富貴雙全。傷黨財,財黨殺,殺攻身,凶窮兩逼。馬落空亡,遷居飄泊。祿遭沖破,別土離鄉。富貴生身,化凶煞而名垂萬古。貴宜乎多,祿宜乎少。絕慮忘思,無差無誤。
財去りて官を生じ・官去りて印を生じ・印再び身を生ず、此の樣に一路相い生ずれば、富貴雙全なり。反って、傷官財を幇し・財又七殺を幇し・七殺來りて日主を攻めば、那就きて凶險と窮困兩面に夾逼せらる。驛馬空亡に落ち進めば、一辈子遷居漂泊す。禄神冲破に遭えば、只だ好く鄉を離れ井を背く。若し命中の富貴の神能く日主を生扶し、凶煞を連れても亦己用と化せば、名聲以て万古に流傳す可し。貴人宜しく多く、禄神宜しく少なし。此れらの道理を把りて反覆揣摩して再び思慮を費やさざるの地步に到れば、推斷便ち會して差錯有らず。
玄機賦
官印財食。無破清高。煞傷梟刃。用之最吉。善惡相交。喜去惡而崇善。吉凶混雜。忌害吉而向凶。有官有煞。宜身旺制煞為奇。有煞有印。畏財興助煞為禍。身強煞淺。煞運無妨。煞重身輕。制鄉為福。身旺印多。喜行財地。財多身弱。畏入財鄉。男逢比劫傷官。克妻害子。女犯傷官偏印。喪子刑夫。幼失雙親。財星太重。為人孤克。身旺無依。
正官・正印・正財・食神此の四種の吉神は、破損無ければ就きて清高と顯る。七殺・傷官・梟神・羊刃此の四種の凶神は、若し能く善く驅使を加え、用い起して最も吉なり。善神惡神交錯するの時は、要して惡を去り・善を抬舉せん。吉凶混雜するの時は、忌諱す吉神を傷りて而して凶神に偏向するを。命中官と殺并見するは、宜しく日主身旺にして而して能く七殺を制し住め、那始めて奇と算す。命中殺と印并見するは、就きて財星起りて去りて殺を助け而して禍を生ずるを怕る。身強にして殺淺きは、七殺の運を走る并びに妨礙無し。殺重くして身輕きは、殺を制するの郷に走る始めて是れ福なり。身旺にして印又が多きは、喜ぶ所は財地に走りて去りて印を破る。財多くして身弱なるは、就きて怕る所は再び財郷に進む。男命比肩劫財傷官を加うるに逢うは、妻を克し子を害す。女命傷官偏印を加うるを犯すは、子を喪い夫を刑す。幼年雙親を失去するは、多く財星太だ重く印を克したるを因とす。人と為りて孤獨刑克するは、多く身旺にして而して依託する所無きを因とす。
年沖月令。離祖成家。日被提沖。絃斷再續。時日對沖。傷妻克子。日通月氣。得祖安身。是以木歸春長。遇庚辛反假為權。火居夏生。見壬癸能為福厚。土逢辰戌丑未。木重成名。金生申酉巳丑。火鄉發福。水居亥子。戊己難侵。身坐休囚。平生未濟。身旺者喜行祿馬。身弱者忌見財官。得時俱為旺論 。失令更作衰看。四柱無根。得時為旺。日干無氣。遇劫為強。身弱喜印。主旺宜官。
年柱月令を冲せば、要して祖居を離れ自己成家せん。日柱月令提綱に冲せられれば、婚姻斷弦の如くして而して須らく再續せん。時柱と日柱正しく相い對冲すれば、妻を傷り子を克す。日干と月令の氣相い通ずれば、能く祖業を承けて而して安身立命す。故に木春天に生長し、庚・辛の金に遇上れば、反って假の官殺を把りて眞の權柄と變成す。火夏天に生まれ、壬・癸の水を見れば、反って能く厚福を成就す。土辰・戌・丑・未四庫に逢えば、重重の木有りて來りて疏通して始めて能く名を成す。金申・酉・巳・丑金旺の處に生まれれば、要して火郷に走りて鍛煉して始めて能く福を發す。水亥・子旺地に居れば、戊・己の土就きて難を以て侵犯す。日主体囚の地に坐すれば、一生難を以て成す。身旺の人喜ぶ所は禄・馬の運を走る、身弱の人忌諱す所は財と官を見る。時令を得たるは、皆旺に按じて論ず。時令を失したるは、更に要して衰に按じて來りて看る。四柱雖然と根無くとも、只だ要して時令を得ればも旺と算す。日干雖然と氣無くとも、劫財に遇い身を幇さばも強と算す。身弱の喜ぶ所は印綬、日主旺の宜しく官星有るべし。
甲乙秋生金透露。水木火運榮昌。丙丁冬降水汪洋。火土木方貴顯。戊己春生。西南方有救。庚辛夏長。水土運無妨。壬癸逢於土旺。金木宜榮。身弱有印。煞旺無傷。忌行財地。傷官傷盡。行官運以無妨。傷官用印宜去財。傷官用財宜去印。傷官財印俱彰。將何發福。身旺者用財。身弱者用印。用財去印。用印去財。方發其福。正所謂喜者存之。憎者去也。
甲・乙の木秋天に生まれて而して金天干に透出するは、水・木・火の運を走る始めて榮昌す。丙・丁の火冬天に生まれて而して水勢汪洋なるは、火・土・木の方に走る始めて貴顯す。戊・己の土春天木旺の時に生まれ、西南金土の方に走る始めて救有り。庚・辛の金夏天火旺の時に長じ、水運に走りて火を制し・土運に走りて金を生ずる皆が妨げ無し。壬・癸の水土旺に碰上れば、宜しく金地に走りて土を化して水を生じ・木地に走りて土を疏し、始めて榮顯を得。身弱にして印有るは、七殺再び旺なるもも身を傷る能わず、只だ忌む所は財地に走りて印を破る。傷官若し傷ること乾乾淨淨なれば、反って以て官運を走りて而して妨げ無し。傷官印を取りて用と為すは、就きて該当に財を去るべし。傷官財を取りて用と為すは、就きて該当に印を去るべし。若し傷官・財・印三者皆が明擺すれば、甚を靠りて福を發せんや。答案是れ、身旺の財を取り・身弱の印を取る。財を取れば就きて印を去り・印を取れば就きて財を去る、此の樣にして始めて福を發し出すを得。正に謂う所の喜歡するの留下し・憎惡するの去掉すなり。
財多身弱。身旺運以為榮。身旺財衰。財旺鄉而發福。重犯官星。只宜制伏。食神疊至。須忌官鄉。頑金無火。大用不成。強木無金。清名難著。木多得土財帛厚。火焰逢波祿位高。有官有印。無破為榮。無印無官。有格取貴。羊刃極喜偏官。金神最宜制伏。雜氣財官。刑沖則發。官貴太盛。旺處必傾。身太旺喜見財官。主太柔不宜祿馬。旺官旺印與旺財。入墓有禍。傷官食神並身旺。遇庫興災。
財多くして身弱なるは、要して身旺の運を走る始めて榮す。身旺にして財衰なるは、要して財旺の郷に走る始めて福を發す。官星重複出現するは、只だ宜しく食傷を用いて去りて制伏せん。食神層層疊出するは、就きて須らく官郷に走るを忌諱せん。頑固の金火の來りて鍛煉する無ければ、大器を成す能わず。強壯の木金の來りて砍削する無ければ、清名難を以て顯著す。木多くして土を得れば、財帛豐厚なり。火焰水波に遇上れば、禄位高顯す。官有り印有りて而して破損を受けざるは、是れ榮なり。既に印無く又官無くとも、但し另に能く格を成せば、もまた以て貴を取る可し。羊刃最も偏官の來りて配するを喜歡す。金神格最も宜しく東西の制伏有るべし。辰戌丑未雜氣の中の財官は、要して刑冲に靠りて庫を把りて打開して始めて發す。官貴太だ盛んなるは、旺極處に到れば必ず要して傾覆せん。日主太だ旺なれば、喜ぶ所は財と官を見る。日主太だ柔弱なれば、就きて宜しく再び禄馬を見るべからず。官旺・印旺連同して財旺なるは、一旦墓に入れば就きて禍有り。傷官・食神身旺を加上するは、墓庫に遇うもまた要して災を興せん。
運貴在於支取。歲重向乎干求。印多者行財而發。財旺者遇比無妨。格清局正。富貴榮華。印旺官明。聲名特達。合官非為貴取。合煞莫作凶推。桃花帶煞喜淫奔。華蓋重逢多剋剝。平生不發。八字休囚。一世無權。身衰遇鬼。身旺則宜洩宜傷。身衰則喜扶喜助。務稟中和之氣。莫令太過不及。若遵此法推詳。禍福驗如影響。
大運を看るは、要緊の在地支に在り。流年を看るは、要緊の在天干に在り。印太だ多き人は、財運を走る始めて發す。財已に甚だ旺なる人は、比肩に遇上るももまた妨げ無し。格局清純端正なるは、自然富貴榮華す。印旺にして官復明朗なるは、名聲格外顯達す。官星合し住めらるるは、便ち能わず貴氣と當てて來りて取る。七殺合し住めらるるは、もまた要して凶と當てて來りて推するを莫れ。桃花再び七殺を帶ぶれば、容易に淫奔す。華蓋重重相い逢えば、多く克削剝奪有り。一辈子發し起る能わざるは、是れ八字休囚にして氣無きを因とす。一世權柄無きは、是れ身衰にして而して鬼克に遇うを因とす。身旺就きて該当に它を泄し・它を傷るべし、身衰就きて喜ぶ所は它を扶し・它を助くる。總じて務めて中和の氣を禀受し、要して它をして太過或いは不及せしむるを莫れ。若し此の個の法則に照りて去りて推詳せば、禍福應驗する影の形に隨い・回聲の聲に應ずるが如く準なり。
憎愛賦
吉福最宜生旺,祿馬全要精神。魁罡有靈變之機,離坎乃聰明戶,日干旺而災咎寡,財命衰而惆悵多。或問人性情善惡賢愚,先推官煞旺衰。方究機巧靈變,觀幽閒瀟灑之人。遇華蓋孤虛之宿,好恃勢霸道之輩。犯偏官劫刃之權,其所憂者福,其所優者福不福,其所慮者成不成。福不福者,吉處遭凶;成不成者格局見破。傷其格則死,破其局則禍。譬之苗逢秋旱,而冬稟虛空。花被春霜,而夏果無成。縱有迴天轉軸之機,終無建功立業之遂。
吉を主り福を主るの神は、最も宜しく生旺の地に落つるべし。禄神と驛馬は、全く要して精神氣力有るを要す。「魁罡」は隨機應變の機巧有り、離位と坎位是れ聰明の出づる所の門戸なり。日干旺なれば則ち災咎少く、財と命衰なれば則ち煩惱多し。若し人一個の性情の善惡賢愚を問う者有れば、先ず官星七殺の旺衰を推し、然る後再び其の機巧應變を研究す。凡そ幽靜閒雅・瀟灑出塵の人を看るは、多半命華蓋・孤虛此の類の星宿に遇う。凡そ勢を仗りて人を欺き・專橫霸道の輩は、多半偏官・劫財・羊刃此の類の權殺を犯せり。人の憂慮する所、第一是れ福なり。人最も放し下せざるは、是福有るか還だ福無きか。最も掛心するは、是れ成り得るか還だ成り得ざるか。謂う所の福有りて又福無きは、是れ吉處偏偏たる凶に遭うなり。謂う所の能く成るも又成らざるは、是れ格局破せらるるなり。格局を傷れば便要して命を送らん、局面を破れば便要して禍を生ぜん。此れ好比禾苗秋旱に遇上れば、冬天に到れば就きて顆粒收穫無し。花朵春霜に挨れば、夏天に到れば就きて果を結び成さず。縱有り回天轉軸の本事、終に能わず功業を建功立せず。
豈不見酈生烹鼎,范增背疽。淵明東歸,子美西去,孟軻不遇,馮衍空回。困於溝壑,命使其然。淹滯無成,何勞差嘆。是以時有春秋,月有圓缺。常觀資蔭之子,親一喪而無聊。或見耕釣之人,運一通而殊顯。
難道見ざらんや、漢代酈食其鼎鑊に烹られ、項羽の謀士范增背上疽を生じて死し。陶淵明官を棄て東に歸り、杜甫流落西蜀す。孟子列國を周游して而して明主に遇わず、東漢の馮衍朝廷に上書するも空手にして而して回る。此れらの人溝壑の間に困頓するは、皆是れ命它をして此の如くならしむ。既に滯留成る無き是れ命なれば、又何必に徒らに嗟歎せん。故に時令春有り秋有り、月亮圓有り缺有り。常見有些父祖の蔭庇に依仗するの子弟、雙親一たび去世すれば就きて依傍する所無し。もまた常見耕田垂釣の平常人、運一たび通ずれば就きて格外に顯達す。
或有少依祖父之榮,長借兒孫之貴。又有垂髻難苦,至老無依。蓋因四柱之旺衰,以致大運之亨否。豈不見枯槁之木,縱逢春而不榮。茂盛之標,雖凌霜而不敗。時日更虧年月,定無下梢。生時旺氣朝元,必有晚福。消息妙在變通,禍福當察衰旺。庶幾君子,其鑑是辛。
もまた人年少時祖父の榮顯に依靠し、年老時又兒孫の貴氣に沾る有り。還だ人垂髫童年より就きて艱難困苦し、一直に老に到るまで依る無く靠る無き有り。此れ皆是れ四柱本身の旺衰に由り、大運の亨通するか否かを決定せり。難道見ざらんや、已に枯槁したるの樹木、縱え春天に逢上するもも再び繁榮せず。本就に茂盛の枝條は、即便して霜を經るもも會して敗落せず。時柱日柱反って來りて年柱月柱を虧損するは、一定として好き收場無し。出生の時辰旺氣本元に歸回するは、必ず晚年の福有らん。消息を推するの妙處靈活變通に在り、禍福を斷ずるは當に衰と旺を細察すべし。但し願わくは君子們此を以て鑑と為さんことを。
萬金賦
欲識五行生死訣,萬金賦與凡人說。星中但以限為憑,子平只以運為訣。運行先布十二宮,看來何格墮時節。財官印綬與食神,但知輕重審分明。官星怕逢七煞運,七煞猶畏官星臨。官殺混雜人必夭,去官留殺仔細尋。
五行生死の口訣を知らんと欲せば、此の篇『萬金賦』一般人に説き給う。星命の學只だ「限」を拿りて憑據を作す、子平の法却って單に「運」を以て要訣と為す。大運を排すには要して先ず十二宮の位置を布し出し、再び此の個の八字甚の格に屬し・甚の時節に落つるを看る。財・官・印綬と食神此の幾樣の吉神は、只だ要して它らの輕重を把りて分辨清楚せば就きて行く。正官七殺運に碰上るを怕れ、七殺もまた正官身に臨むを怕る。官と殺混雜すれば、人多半短命す、要して仔細に分辨するを要す、該当に官を去るか還だ該当に殺を留むるかを。
留官去殺莫逢煞,留煞去官官莫逢。日時偏正問何財,大怕干頭帶劫來。劫若重來人夭壽,孰知偏正甚為災。有財官運須榮顯,財旺官鄉是福胎。只怕日干元自弱,財多生煞趕身災。財多身弱行財運,此處方知下九臺。
留官去殺と決定するは、就きて再び七殺に碰るを別れ。留殺去官と決定するは、就きて再び正官に遇うを別れ。日柱時柱の上要して問清せよ、見る所是れ偏財か還だ正財か、最も怕る所是れ天干の上又劫財を帶びて來る。劫財若し重重出現せば、人就きて短壽す。誰人能く想到せん、偏財正財反って大災と成るを。命裏財有り・大運官を走れば、自然榮顯す。財旺にして又官郷を走れば、那是れ福氣の胎胞なり。只怕だ日干本來就に弱く、財一たび多ければ就きて去りて七殺を生じ、反って來りて日主を追着して災を生ず。財多身弱の人再び財運を走れば、此の一歩に到りて始めて知る要して九級の臺階に跌落せんと。
第一限逢印綬鄉,運行生旺必榮昌。官鄉會合遷官職,死絕當頭是禍殃。若是逢財來壞印,墮崖落水惡中亡。莫道食神非易訣,食神有氣勝財官。只怕梟神前外截。傷官命運若逢官,斬絞徒流禍百端。日德日貴逢克戰。此命危亡立馬看。戊己土皆分四季。雜氣透開如吾意。逐一依定數中推。吉凶禍福無差謬。
第一步大運若し印綬の郷に走り到れば、運行生旺の地必定として榮昌す。再び官郷を會合すれば、就きて能く官職を升遷す。若し印綬死絶の處に落ちて頭に當たれば、那就きて是れ禍殃なり。若是財星の來りて印を破るに遇上れば、就きて崖に墜ち・水に落ち・非命に死するの險有り。以て食神是れ要緊の口訣にあらずと爲るを莫れ、食神只だ要して氣有れば、財と官に勝過す。只怕だ梟神前頭に於て橫裏它を截き住むるを。傷官格の人若し大運の上正官に遇到すれば、就きて斬首・絞刑・徒刑・流放等等百般の禍端有り。日德・日貴此れらの吉格若し克戰に遇到すれば、此の命危亡立刻見る可し。戊・己の土辰戌丑未四季の月に分屬し、雜氣の中の財官冲開せられ透出して、始めて我が心意に合す。逐條定數に依着して去りて推せば、吉凶禍福就きて會して差錯有らず。
相心賦
人居六合,心相五行。欲曉一生,辨形察性。官星愷悌,貴氣軒昂。印綬主多智慧,豐身更且心慈。食神善能飲食,體厚而好謳歌。偏官七煞,勢壓三公。喜酒色而偏爭好鬥,愛軒昂而扶弱欺強。性情如虎,急躁如風。
人生活上下四方の中に在り、心性五行と相應す。一個人の一生を知らんと要せば、便要して其の形貌を辨し・其の性情を察するを要す。命正官を帶ぶる人和樂平易にして、貴氣軒昂たり。印綬多き人智慧多く、身體豐滿にして而且心地慈善なり。食神旺の人飲食を善くし、體態厚實にして而して唱歌を喜歡す。偏官也就きて是れ七殺、氣勢能く三公を壓倒す。此の種の人酒色を喜好し、偏に又争強好鬥を愛す。氣派軒昂を講究し、弱者を扶助して而して強者を欺壓す。性情老虎の像し、急躁疾風の如し。
梟印當權,使心機而始勤終怠,好學藝而多學少成。偏印劫刃,出祖離家,外象謙和尚義,內心狠毒無知,有刻薄之意,無慈惠之心。偏正財露,輕財好義。愛人趨奉,好說是非。嗜酒貪花,亦係如此。傷官傷盡,多藝多能,使心機而傲物氣高,多詭詐而侮人志大。顴高骨峻,眼大眉粗。
梟神と偏印權に當たる人は、心機を使うを愛し、事を做る起初勤快にして後來懈怠す。各種の技藝を學ぶを喜歡すれども、却って學ぶこと多くして而して成ること少し。偏印再び劫財・羊刃を配上する人は、會して祖業を離れ出外自立せん。外表謙和にして義氣を講ず、內心却って狠毒にして而して無知、只だ刻薄の意有りて、慈愛の心無し。偏財正財天干に顯露する人は、錢財を輕看して而して義氣を行うを好む。別人自己を奉承するを喜歡し、是非を説くを愛す。酒を嗜み色を貪るも、もまた此の一類に屬す。傷官傷ること乾淨の人は、多才多藝・樣樣能幹す。心機を使うを愛して而して目中無人・氣焰高揚す。詭詐多端・他人を輕侮して而して志向遠大す。相貌の上多く是れ顴骨高聳・骨骼峻拔・眼睛大にして而して眉毛粗し。
日德心善身穩厚,而作事慈祥;魁罡性嚴有操持,而為人聰敏。金神貴格,天地奇哉,有剛斷明敏之才,無刻薄欺瞞之意。五陰會局,為人佛口蛇心。二德印生,作事施恩佈德。火炎土燥,必聲焦而好禮。水清兌下,主言悟而施仁。果合如然,失地返此。事則舉其大略,須要察其細微。欲識性情,學者用心於此。
命「日德」を帶ぶる人心地善良にして、舉止穩重厚實、事を做る慈祥なり。命「魁罡」を帶ぶる人性情嚴厲にして而して操守有り、人と為りて聰明敏捷なり。金神格若し貴格を成せば、天地の間もまた奇特と算す。此の種の人剛毅決斷・明白敏捷の才幹有りて、却って刻薄欺瞞の心無し。四柱五行純陰會局の人は、佛口蛇心、嘴上慈悲にして而して心裏狠毒なり。命天德・月德二德を帶びて又印綬相生を得る人は、事を做り恩を施し德を布す。火太だ炎・土太だ燥の人は、聲音焦啞にして而して禮數を講ずるを好む。水清にして而して西方兌位に生まれし人は、説話悟性有りて而して仁德を施行す能う。以上皆是れ配合當時を得たるの應驗、若し五行地を失えば、情形就きて反る。此處只だ大略を舉げたり、還だ須らく自ら去りて其の細微を察するを要す。一個人の性情を懂得せんと要せば、學者就きて此の上面に於て心を用よ。
仙機賦
天既生人,人各有命。所有早年富貴,八字運限咸和。中世孤單,五行逢敗死絕。過房入舍,年月旺而運強。隨母從父,偏財空而印旺。早歲父亡,偏財臨絕死之宮。幼歲母離,只為財多印死。官逢死氣之方,子難招得。如見傷官太甚,子亦難留。己身入敗,早歲興衰。若見傷官所生,必主依人過活。婁星越宮所生,亦是他人義女。
上天既に人を生下せば、人就きて各お各の命有り。凡そ早年就きて富貴なるは、是れ八字と運限皆が和順なり。中年孤單のは、是れ五行敗・死・絶の地に落つるなり。別人に過繼し・別家に入贅するは、是れ年柱月柱旺にして大運又強し。母親に跟着して改嫁し繼父を認めるは、是れ偏財落空して而して印綬偏に旺なり。早年父を喪うは、偏財絶・死の宮に臨む。幼年母に離るるは、只だ因りて財多く印星を把りて克し死す。官星死氣の方位に落つれば、子女難を以て招來す。若し傷官太だ重きを見れば、子女もまた留まる能わず。日主自身敗地に落ち進めば、早年便要して興衰を經歷せん。若し是れ傷官に生じ出る所の人なれば、必定として他人に依附して活を過さん。星命の上婁星越宮の生ずる所に屬するは、もまた多く是れ人家に義女を做るを給う。
印綬逢生,母當賢貴。偏財歸祿,父必崢嶸。官煞逢祿,子當顯達。比肩得祿,兄弟名高。 此乃男命之玄機,略說女人之奧妙。印綬多而老無子,傷官旺而防傷夫。食神一位逢生旺,招子須當拜聖明。父母之官,男命之斷。依其此法,萬無一矣。
印綬生扶を得たるは、母親一定として賢良顯貴なり。偏財自己の禄に坐するは、父親必定として人の頭を出る。官星七殺禄に逢うは、兒子將來顯達す。比肩禄を得るは、兄弟名聲甚だ高し。以上是れ男命の玄機、下面略く女命の奧妙を説く。印綬太だ多きは、老に來りて子無し。傷官旺盛なるは、要して夫を傷克するを防がん。食神只だ一位有りて而又生旺に逢うは、子を得るの後當に神明を拜謝すべし。父母那の一層の宮位に至るの看法は、是れ男命に就きて言うの斷法なり。此の個の方法に照りて去りて推せば、萬無一失なり。
金玉賦
他來克我為官星,身旺當權。我去克他為妻財,干強則富。財星有破,賣祖基別立他鄉。印受被傷,失宗業拋離故里。人命以貴神為福,遭克陷則凶禍不祥。五行會凶曜為災,喜合煞並食神為貴。四柱有吉曜相扶,推金積玉。五行無凶煞侵犯,名顯聲揚。
別人來りて我を克するは、那是れ官星、日主身旺なれば就きて能く權を當つ。我去りて別人を克するは、那是れ妻と財、日干強健なれば就きて能く富に致る。財星若し破壞せられれば、便要して祖上の基業を賣掉して別處に到り另に門戸を立てん。印綬若し損傷を受ければ、便要して祖宗產業を丟掉し・故郷を離れん。人の命貴神を以て福と為す、貴神一旦克せられ陷せられれば、就きて凶禍不祥なり。五行若し凶星に會上せば就きて災を成す。喜ぶ所は是れ東西有りて七殺を合し住め、再び食神の來りて制するを加上すれば、那就きて是れ貴なり。四柱若し吉星扶助有れば、以て金を堆り玉を積む可し。五行若し凶煞の來りて侵犯する無ければ、自然名顯聲揚す。
柱中若有華蓋,逢二德乃清貴之人。官星七煞落空亡,在於九流之輩。為官卑職。推尋子位,先面觀煞官。 死絕者嫡庶難存,太旺者別門求覓。妻星顯露,子息必多。刑害嗣宮,男女罕得。四宮背祿,不可妄求,官將不成,財當不聚。八字無財,須求本分。越外若貪,必招凶災。噫!甘貧養拙,非原憲之不才。鼓腹吹笙。使伍員之挫志。順則行,逆則棄。知命樂天,困窮合義。洪範數終,淵源骨髓。
柱中若し華蓋有り、再び天德・月德に逢えば、就きて是れ清高顯貴の人なり。官星と七殺空亡に落ち進むは、只だ能く九流の一類に淪し、官を做るももまた是れ卑微の小職なり。子女の位を推さんと要せば、先ず要して官殺此の兩顆の星を看るを要す。官殺死絶の地に落つるは、嫡出庶出の子女皆が難を以て保全す。官殺太だ旺なるは、就きて別の門戸に到りて子を尋ぬるを得(過繼)。妻星顯露するは、子女必ず多し。子嗣の宮刑に遭い害に遭うは、兒女皆が難を以て得。年月日時四宮皆が禄氣に背離するは、可からず妄想強求す、官做り成らず・財もまた聚まり住まず。八字の裏財無きは、只だ須らく本分を安守すべし。若し一味として外に向かいて貪求せば、必定として凶災を招來せん。唉、貧窮に甘んじ・拙を守りて自ら養うは、并びに是れ孔子弟子原憲才干無きにあらず。肚子を鼓して笙を吹きて食を討うも、も曽て伍子胥此の樣の人物をして志氣を挫けしめたり。命順なれば就きて事を行い、命逆なれば就きて放し下す。天命を知りて而して天を樂み分を安んずれば、雖困窮とももまた道義に合す。『尚書・洪範』の講ずる所の數此に到りて止まる、其の中淵源正しく是れ命學の骨髓なり。
人鑑論
天道尚有虧盈,人事豈無反覆。或始貧而終富,或先敗而後成。當舍短而從長,毋取彼而舍此。居官居貴,五行醇而不疵。 多滯多憂,八字難而又戰。兄弟多逢,宜嗟原憲之貧窮。印綬疊逢,可比老彭之高壽。九宮旺相,難逃邀我於桑中。四柱合和,未免題詩於葉上。是以妻宮有克,少年早娶之人。兒位逢傷,未歲損成家之子。
天道尚且虧有り盈有り、人事怎麼に會して反覆無からんや。人起初貧窮にして而して終に富有す有り、人先に失敗に遭いて而して後來成功す有り。命を看るは當に其の短を捨て・其の長を取り、要して此に偏執して而して彼を丟掉するを莫れ。能く官を做り・能く顯貴するは、是れ五行醇正にして而して瑕疵無し。處處滯礙・時時憂愁するは、是れ八字艱難にして而又相い交戰す。比肩兄弟屡屡出現するは、就きて該当に孔子弟子原憲の那の樣の清貧の如きを嘆息すべし。印綬層層疊見するは、以て彭祖の那の樣の高壽に比作す可し。命宮諸位旺相なるは、難を免れず桑間濮上の私情の約有らん。四柱和合太だ多きは、もまた免れ難し紅葉詩を題するの一類の情緣あらん。故に妻宮若し克を受ければ、多く是れ少年早婚の人。子女の位若し傷に遇えば、往往中年便要して已に能く家を持するの兒子を損折せん。
淵源集説
最貴者官星為命,時得偏正財為福。最凶者七煞臨身,逢天月二德呈祥。官星如遇劫財,雖官不貴。七煞如逢資助,其殺必威。羊刃若逢印綬,縱貴有殘疾在身。七煞無制逢官,為禍而壽元不長。三偏三正,位居一品之尊。四柱四合,福坐眾人之上。羊刃更兼會殺,千里徒流。用財若遇劫壓,一生貧困。榮辱兩端,妍媸一判。自古相傳,非賢匆授。
最も貴なるは是れ官星を以て命と為し、時柱の上再び偏財或いは正財を得て來りて相生すれば、就きて是れ福なり。最も凶なるは是れ七殺身に臨む、若し能く天德・月德二德に逢上すれば、反って能く祥瑞を呈現す。官星如果劫財に遇上れば、雖有り官もまた貴ならず。七殺如果資助を得れば、此の個の殺必定として威猛なり。羊刃若し印綬に逢えば、縱え顯貴なるも身上もまた殘疾を帶ぶ。七殺制伏無くして而又官星混雜に遇えば、就きて禍患と成りて而して壽元長からず。偏神三位・正神三位配して停勻するは、位一品の尊に居る。四柱の間四處相合するは、福氣衆人の上に高居す。羊刃再び兼ねて七殺に會上するは、要して千里に流放せられん。財を用いて而して劫財壓制に遇上るは、一生貧困す。榮と辱兩頭・美と醜一判するは、就きて此れらの分際の上に在り。此れらの話自古口耳相傳す、是れ賢德の人に非ざれば要して輕易に傳授するを莫れ。
妖祥賦
命不易看,子平可推。先要取其日干,次則詳其月令。年時共表其吉凶,妖祥不忒歲月。通參成敗,禍福無遺。或有不見之形,須當審究。更有分抽之緒,後學難知。天清地濁,自然稟一氣之生。五行正貴,忌刑沖剋破之鄉。四柱干支,喜三合六合之地。寅甲巳亥,乃財官印綬長生。丑未戌辰,繫祿馬印星寄庫。日貴時貴,大忌刑沖剋破。拱祿拱貴,最怕填實刑沖。觀無合有合,逢凶不凶。傷官之於年運,到官鄉不喜。羊刃沖合歲君,運臨而禍至。辰戌魁罡,忌官星怕逢七殺。金神日刃,喜七殺而忌刑沖。
命容易に看る能わず、好在り子平の法有りて以て推求す可し。先要して日干を取定し、其次月令を詳審す。年柱と時柱一同に吉凶を顯示し、妖異と祥瑞歲月の上に於て會して差錯せず。成敗を把りて通盤參合すれば、禍福就きて遺漏する所無し。其の中有些形迹を見る能わざるの東西、必ず須らく細究せん。還だ有些分支旁出の頭緒、後學の人甚だ難く明白せり。天清地濁にして、萬物自然一氣を禀受して而して生ず。五行の中正常の貴神は、忌む所は刑・冲・克・破の郷に落つる。四柱干支則ち喜ぶ所は三合・六合の地有るなり。寅・申・巳・亥是れ財・官・印綬の長生の地(原文「寅甲巳亥」當に寅申巳亥と為すべし)。丑・未・戌・辰是れ禄・馬・印星寄存の墓庫なり。日貴・時貴此れらの格は、大いに刑冲克破を忌む。拱禄・拱貴此れらの格は、最も怕る所は實字に填滿せられ或いは刑冲に遭うなり。命を看る要して留意せん、本來合無くして而して忽然合有る、那の樣にして凶に逢うももまた以て凶ならず。傷官格流年大運の上に於て、官郷に走り到れば就きて喜ばず。羊刃去りて冲し・去りて太歲に合すれば、運一たび到れば禍就きて來る。辰戌魁罡格官星を忌み・七殺に逢うを怕る。金神格と日刃格却って七殺を喜んで而して刑冲を忌む。
時上偏官要制伏,身強喜官,專殺莫逢。鬼旺亦要制伏為強,但看本有本無,遇而不遇,要稟中和。辛癸日多逢丑地,怕填實不喜官星。甲子日再逢子時,嫌丑午亦畏庚辛。壬癸亥子,祿馬飛天,離巽丙丁聚巳午。倒沖天祿,壬騎龍背。辰多沖戌官星,乙用丙字聚貴。聲名遠大,財命有氣,雖背祿而不貧。財絕命衰,縱建祿而不富。
時柱の上の偏官要して制伏有るを要し、身強の喜ぶ所は官星を見る、但し專に七殺を用うる時就きて再び正官に碰るを別れ。鬼神旺盛なるも也要して能く制伏して始めて強と算す、只だ命裏本來制神有るか無きか・是れ遇上るか還だ遇上らざるかを看る、總じて要して中和に歸せん。辛日・癸日多く丑地に逢うは、是れ「合禄」の一類の格局、怕る所は實字に填滿せられ、もまた官星を喜ばず。甲子日再び子時に逢うの「飛天禄馬」格は、丑と午を見るを嫌い、もまた庚・辛の來りて克するを怕る。壬・癸日地支多く亥・子なるは、就きて是れ禄馬飛天格、虛に南方離巽の丙・丁を冲するに靠り、巳・午の禄を把りて聚め過來す。謂う所の倒冲天禄の「壬龍背に騎る」格は、是れ地支辰多く、辰を用いて去りて戌中の官星を冲す。乙木丙字を用いて來りて貴人を聚合するももまた是れ同じ理なり。此れらの格成れば就きて名聲遠大なり。財と命皆が生氣有るは、雖然と禄を背くともも貧窮に至らず。財已に絶え・命又衰するは、縱え建禄に坐するもも富し起る能わず。
癸到艮山,怕庚辛忌逢戊土,壬逢丑地,忌戊己怕見庚金。庚遇早申子辰。乃井欄叉,謂之入局。忌丙丁,愁巳午,戊日申時,怕甲丙亦忌寅卯。辛金己土若遇,謂之從格,名為秀氣。四柱火傷又無救,返是災屯。丑日戊子時,忌子多,怕相沖。陽水逢辰見戊己,災臨難逃。
癸水艮方の寅位に到るは、即ち「癸日艮に趨る」格、庚・辛の來りて水を生じ氣を泄するを怕れ、もまた戊土を見るを忌む。壬水丑地に逢うは、即ち「壬丑に騎る」の一類の格、戊・己の土を忌み、庚金を見るを怕る。庚日地支申・子・辰斉全に遇うは、就きて是れ「井欄叉」格、名づけて入局と叫ぶ。此の一格丙・丁を忌み、巳・午を愁う。戊日申時に生まれは、是れ「戊日艮に趨る」の一類の格、甲木・丙火を怕れ、もまた寅・卯を忌む。辛金己土の類に遇上りて而して日主全く根氣無きは、就きて從格と叫ぶ、名づけて秀氣を得と爲す。四柱若し火に傷られて而又救無ければ、反って災難困頓と成る。丑日戊子時の「六陰朝陽」格は、子字太だ多きを忌み、もまた冲せらるるを怕る。陽水壬辰に逢いて而又戊・己の土を見るは、災禍頭に臨みて難を以て躲け過ぐ。
甲見戊時名偏財,身運喜財鄉,丁日辛年號歲財,運逢戊貴。乙逢申位,忌見刑沖。日時歸祿,官逢有禍。另有天沖地擊,陰錯陽差。貪合忘官,劫財從官難成貴,貪合忘殺,身旺時福祿增加。官藏殺見有制伏,亦自輝煌。官見殺藏,身柔弱終見奔波。身弱喜逢旺運身強愛煞鄉。將來者進,成功者退,富貴賢者善,重犯者奇,宜通變而推禍福,決無差誤矣。
甲木戊土を見るの時、名づけて偏財と叫ぶ、此の種の命日主と大運皆が財郷に走るを喜歡す。丁火日主辛金の年に逢うは、名づけて「歲財」と叫ぶ、大運戊土に遇えば就きて貴し。乙木申位に逢うは、忌む所は刑冲を見る。日柱時柱歸禄の格局は、官星に遇上れば反って禍有り。此外還だ天干相冲・地支相撃有り、及び陰錯陽差此れらの名目。相合を貪圖して而して官星を忘掉するは、劫財又官に跟着して走り、就きて難を以て貴を成す。相合を貪圖して而して七殺を忘掉するは、只だ要して身旺なれば、福禄反って增加す。官星支中に藏し・七殺顯露して而して制伏有るは、もまた自ら一番の光彩有り。官星顯露して而して七殺暗藏し・日主又柔弱なるは、終に要して奔波勞碌せん。身弱の喜ぶ所は旺運を走る、身強の愛する所は七殺の郷に走る。將要して到來するの氣進と叫び、已に成功したるの氣退と叫ぶ。富貴にして而して賢德の善と為し、凶神重叠にして而して能く駕馭するの奇と為す。總じて當に靈活變通して去りて禍福を推すべし、就きて絶對に會して差錯有らず。
幽微天干賦
一氣即判,天地闢焉。三才既定,陰陽立焉。於是乎運用五行之造化,於是乎推遷四時之氣候。洛出神龜,河生龍馬。八卦露太易之象,九疇彰洪範之篇。是以聖人仰則觀天,俯則察地。以類萬物之情,以通神明之意。辦四時之氣候,成於律呂,取五行之造化,為之卜筮。
元氣一たび判分を經れば、天地就きて開闢せり。天地人三才既に確定し、陰陽就きて此に建立す。於是に始めて能く五行の造化を運用し、始めて能く四季節候の遷移を推排す。洛水裏文字を背負うの神龜浮び出で、黃河裏圖畫を背負うの龍馬現る。八卦『易』最初の物象を顯露し、九疇『尚書・洪範』一篇に彰明す。故に聖人頭を抬げて天象を觀察し、頭を低めて地理を審察し、用いて以て萬物の情狀を比類し、用いて以て神明の意旨を貫通す。四時の氣候を分辨し、十二律呂を制成す。五行の造化を取用し、用いて以て占筮問卜す。
然後以乾為天,與地相配。以支為地,與干相連。主靜以持載,主動以斡旋。下以應五行之風景,上以應五位之經纏。日月雖明,不能照於毫忽。鬼神雖奧,不能察其幽玄。成天下之美麗,序人事之綿綿,故有化而不化之由,聚而不聚之義,合而不合之類,秀而不秀之體。聚而不聚者,損其財用。化而不化者,損於貴氣。合而不合者,三主必背。秀而不秀者,一生何遂。
然る後天干を以て天と為し、地と相配し。地支を以て地と為し、天干と相連す。靜に屬するの一方萬物を承載し、動に屬するの一方周轉運行す。下に往きて地上五行の風物景象に對應し、上に往きて天空五星の運行軌道に對應す。日月雖然と光明なるも、極めて細微の處に照り到らず。鬼神雖然と深奥なるも、もまた其の中の幽玄を察し透る能わず。它ら天下の美好を成就し、人事綿綿不絶を安排す。故に命裏該化するも而して化し成らざるの緣由有り、該聚するも而して聚まり攏らざるの情形有り、該合するも而して合上らざるの類別有り、該秀するも而して秀で出づる能わざるの體格有り。該聚にして聚まらざるは、錢財用度便要して受損せん。該化にして化せざるは、貴氣便要して折を打たん。該合にして合せざるは、年月時三主必定として相い背かん。該秀にして秀でざるは、一生哪れに能く心を稱え得んや。
又有不化而化之局,不聚而聚之者,不秀而秀之用,不合而合之事。不聚而聚之者,終於富足,不化而化之者,定於權貴。不合而合者,必達於官職。不秀而秀者,須享於祿位。定四時己旺未旺,察五行有氣無氣。有顯隱,有休囚。有進退,有否泰。人亨通,有屯蹇,有駁雜,有純粹。隨物而變物,因類而求類。
另一面、もまた本該化せざるに却って化し成りたるの格局有り、本該聚らざるに却って聚まり攏りたるの情形有り、本該秀でざるに却って秀で出で來るの用法有り、本該合せざるに却って合上りたるの事有り。聚まらずして聚まるは、終に富足す。化せずして化するは、一定として權貴なり。合せずして合するは、必ず官職を做り到る能う。秀でずして秀づるは、自ら當に禄位を享有すべし。命を推する要して先ず四時の氣已に旺なるか還だ未だ旺ならざるかを定め、再び五行氣有るか還だ氣無きかを察するを要す。其の中顯有り隱有り、休有り囚有り、進有り退有り、否有り泰有り。人事の上亨通有り・困頓有り・駁雜有り・純粹有り。總じて事物の變化に隨いて去りて變化を看、類別に依着して去りて同類を尋求す。
至五事,俱宜自旺,一物不可偏傷。水不勝火,奔波而流落。火不勝金,困難而愴隍。有秀無官,但施巧於技藝。見財無比,惟逐利於經商。三辛見丙兮,財多破散。二壬就丁兮,家道豐稔。土力敗水,則胃弱而色黑。木氣刑土,則脾衰而面黃。性顯聰明,蓋為水家之秀。事能決斷,因成金氣之剛。
金木水火土此の五樣に説き到れば、皆が當に各自旺氣有るべく、任何の一樣もも可からず偏に損傷を受くる。水火を制し住む能わざるは、一生奔波流落す。火金を制し住む能わざるは、處境困難にして而して驚惶す。秀氣有りて而して官星無きは、只だ好く巧思を把りて技藝の上に用う。財を見て而して比肩身を幇す無きは、只だ能く經商に靠りて去りて利を逐う。三個の辛金去りて一個の丙火を見れば、財雖多しともも要して破散せん。兩個の壬水去りて一個の丁火に就けば、家道反って豐足す。土の力量水を把りて冲し敗れば、人就きて胃虛にして而して面色黑を發す。木氣去りて土を刑せば、人就きて脾弱にして而して面色黃を發す。性情聰明を顯るは、是れ水此の一家の秀氣を得たるを因とす。事を辦する能く決斷するは、是れ金氣の剛強を成就したるを因とす。
太歲與命不和,有殃無福。四柱與命各旺,有福無殃。男逢兩位之妻,必須置妾。女純真夫之氣,定主淫娼。火炎水涸者,多自壞之苦。木秀火明者,有吉慶之祥。甲木如革之方,桎梏圓土。戊土居潤下之勢,萍梗他鄉。
太歲と本命和せざれば、只有り災殃有りて福氣無し。四柱と本命各自旺氣有れば、就きて福有りて而して殃無し。男命若し兩位の妻星を見れば、必定として妾を納せん。女命若し夫星の氣太だ純太だ眞にして而して節制する所無ければ、反って淫蕩に流るるを主す。火太だ炎・水烤し乾かさるる人は、多く自作自受の苦有り。木秀氣を得・火又明亮の人は、吉慶の祥有り。甲木若し從革の西方金地に走り到れば、就て枷鎖を戴せられ牢中に囚わるるが如し。戊土若し潤下の北方水勢の裏に處せば、便要して浮萍斷梗の一樣に他郷に漂泊せん。
又若陽死陰生,陰死陽生。關五行之所變,由五氣之所藏,外合五常,而應乎動靜。內合五曜,而通乎表裡。俱旺則玄之所使,俱衰則化而為物。失運則百無一通,化物則十有九死夫旺則妻必從夫而化,婦旺則夫必從婦而歸。一財未必勝兩官,一祿不能當兩鬼。
再如陽干死するの地方正しく是れ陰干生ずるの地方、陰干死するの地方正しく是れ陽干生ずるの地方。此れ關係するは五行如何に變化するか、五氣何處に藏するかに取决す。外に對して仁義禮智信五常に配合し、人の動靜と相應す。內に對して五星に配合し、表裏を貫通す。五行皆旺なれば、就きて那の玄妙の理に由りて來りて驅使す。五行皆衰なれば、就きて化して人に擺布せらるるの物件と成る。運を失えば、百件の事一件の通達無し。他物と化成れば、十個の裏九個は要して死せん。丈夫一方旺なれば、妻子就きて必定として夫に隨いて而して化す。妻子一方旺なれば、丈夫就きて必定として妻に歸從す。一顆の財星未必抵し過ぐ能わず兩顆の官星、一處の禄氣もまた擋し住む能わず兩個の鬼神。
頭面有損,則申破甲乙。眼目有災,則丙沉亥子。愛仁好義,日時因旺於庚辛。多信多仁,基本位專於戊己。美資貌者,春夏之生木。無見識者,丑未之困水。木堅則心直以行仁,為旺則性急而好禮。五行氣足,體必至於充肥。四柱過多,性自成於頑鄙。
頭面の上損傷有るは、是れ申中庚金甲・乙の木を破るなり。眼睛災有るは、是れ丙火亥・子の水に沈沒す。既に仁を愛し又義を好むは、是れ日柱時柱の上庚・辛の金正しく旺なり。信用を講じ又仁德を講ずるは、是れ根本の位專ら戊・己の土に屬す。資質容貌美好のは、多く是れ春夏の生ずる所の木なり。見識無きは、多く是れ丑・未の土中に困るの水なり。木質堅實の人は、心思正直にして而して能く仁を行う。火氣旺盛の人は、性子急躁なるも却って禮を好む。五行の氣充足すれば、身體一定として豐滿肥壯す。四柱某の一行太だ多ければ、性情自然變じて頑固鄙陋と成る。
蓋夫本位為主,次位為賓。陽干順行,陰干逆行。氣無歸根,終身歸於何地。物有倚托,一世托於他人。藏暗合者,官高極品。遇貴祿者,位非常論。十干臨死絕病衰,殘居塵土。五行入生旺庫墓,榮列簪纓。乙庚丙辛,德秀在巳酉丑申。丁壬甲乙,德秀在亥卯未寅。寅午戌巳兮,德丙丁而秀戊癸。申子辰亥兮,德壬癸而秀丙辛。五行落於本鄉,則貴亦富。四氣臨於破處,更賤且貧。可謂生旺為上,德秀為奇。
大抵本位是れ主・次位是れ賓なり。陽干順いて排し、陰干逆して排す。一個人の氣若し歸根の處無ければ、終身もまた歸り到るを哪れに知らん。若し倚托する所有れば、那一辈子就きて別人に依託するを得。地支暗中相合するは、官極品に做り到る可し。貴人と禄に遇上るは、地位同じ常にあらず。十天干若し死・絶・病・衰の地に臨めば、只だ能く殘缺にして塵土に混迹す。五行若し生旺及び庫墓の地に進入せば、反って能く榮顯して而して位簪纓に列す。乙・庚・丙・辛此の幾干は、天德月德と秀氣巳・酉・丑・申に在り。丁・壬・甲・乙此の幾干は、德秀亥・卯・未・寅に在り。地支寅午戌と巳は、丙・丁を以て德と為し・戊・癸を以て秀と為す。地支申子辰と亥は、壬・癸を以て德と為し・丙・辛を以て秀と為す。五行本郷に落つるは、既に貴且つ富なり。四時の氣破損の處に臨み到るは、越發又賤又貧す。故に生旺を以て上等と為し・德秀を以て奇特と為すと説く。
身坐學堂,文藝入清高之格;命臨鬼禍,盜賊犯徒配之危。祿內隱傷,作兵戎于軍戌。秀中鬼克,掌吏職於官司。母旺鬼休,牛馬與奴僕浩大;母衰鬼旺,父子及兄弟散離。官印雙全,乘旄戟而居武職。德秀兼備,應科甲而入文員。兩在鬼鄉,逢倒食必為奴婢。一歸有氣,遇基月定主孤窮。
日主「學堂」の上に坐するは、文才藝業を憑りて清高の格局に進入す。本命鬼禍の地に臨むは、會して盜賊と淪して而して服刑流放の危有らん。禄氣の中暗に傷克を藏するは、要して兵を當て邊を戍らん。秀氣の中鬼に克せらるるは、只だ能く官府裏に於て個の胥吏を做る。我を生ずるの印星旺にして而して我を克するの鬼衰なるは、牛馬牲口と僕役皆が衆多なり。印星衰にして而して鬼旺なるは、父子兄弟離散す。官と印雙全のは、以て旌旗戈戟を執掌して而して武職に居る可し。天德月德と秀氣兼備のは、能く科舉に應じて而して文官の列に入る。兩樣皆が鬼郷に落ち、再び倒食に遇上れば、必定として人の奴婢と為る。只有り一處氣有るの地に歸し、又那の不利の月に碰上れば、一定として孤單窮困す。
此則天地相臨,上下相應。氣順則和,氣逆則病。非其位則邪,當其位則正。及有所生,互有所制,互有所勝,互有所衰,彌綸於天地之道,包括於人民之命。探頤索隱而見其隱,窮里盡性而識其性。既不可以一理而觀,又不可以一途而定。若能極於玄機,乃禍福吉凶之龜鑑。
此れ就きて是れ天と地互相に臨照し・上と下彼此相い呼應す。氣順なれば就きて平和し、氣逆なれば就きて病を生ず。該在の位置に在らざれば就きて邪、該在の位置に居れば就きて正。彼此生ずる所有り、もまた彼此制する所・勝する所・衰する所有り。此の套の道理天地の道を籠罩し、もまた世人の命運を概括せり。幽深を探究し・隱微を搜尋して、始めて能く那の隱藏の部分を見ん。事理を窮究し・物性を徹盡して、始めて能く那の本然の性質を認識す。既に可からず只だ一条の道理を用いて去りて看る、もまた可からず只だ一条の路より去りて定む。若し能く其の中玄機を極處に推し到れば、那就きて是れ禍福吉凶を判斷するの明鏡なり。
人元消息賦
夫天清而動者,其位尊。地濁而靜兮,其位卑。故處尊者,斡運而不息,處卑者,守靜而專位。是以位尊者干,位卑者支,故干配於支,有德秀者,有凌克者,有氣雄者,有氣弱者,凡辨象擇其年月日時,德用多少者,遇本屬者從本屬,遇運氣則從運氣斷。
天清明にして而して運動止まず、其の位置尊貴なり。地渾濁にして而して安靜動かず、其の位置卑下なり。故に尊位に處するは周轉運行して而して停息せず、卑位に處するは安靜を守りて而して本位に專居す。因此に位尊なる是れ天干、位卑なる是れ地支。天干と地支相配すれば、就きて德秀を帶ぶる有り・相い凌ぎ相い克する有り・氣勢雄壯なる有り・氣力衰弱なる有り。凡そ命象を辨別するは、要して年・月・日・時の間に於て挑選し、德と用の多少を看るを要す。本命の屬する所に碰上れば就きて本命の屬する所に依りて來りて断じ、運氣に碰上れば就きて運氣に依りて來りて断ず。
凡看命者,先須理求精當,詳遠審近。以婦從夫,或以夫從婦。從其夫用之,或從其婦用之。夫若有氣則從夫,婦若有氣則從其婦。凡有氣無氣,須看配用何支。若在有氣處,則從其有氣斷。若在無氣處,則從無氣斷之。故人之生也,以太歲為本,以日月為主,出乎月建,通乎歲君,此乃極高命也。假令精當者丙寅甲寅,殘薄者,戊寅壬寅。以上觀之,則可知也。
凡そ命を看る人は、先ず要して道理を把りて精確恰當に求得し、既に遠處を詳審し・又近處を審察せん。或いは時妻を以て夫に從い、或いは時夫を以て妻に從う。丈夫一方に順從すれば就きて夫を取りて用と為し、妻子一方に順從すれば就きて妻を取りて用と為す。丈夫一方氣有れば就きて夫に從い、妻子一方氣有れば就きて妻に從う。氣有り氣無きに至るは、須らく它配する所是れ哪の一個の地支を看るを要す。氣有るの處に配すれば、就きて氣有るに按じて來りて断ず。氣無きの處に配すれば、就きて氣無しに按じて來りて断ず。故に人一たび出生すれば、太歲を以て根本と為し・日柱月柱を以て主と為し、氣月建より出でて而して上に歲君に通ず、此れ始めて是れ極高の命なり。譬如配する精當を得る是れ丙寅・甲寅、配する殘缺單薄を得る是れ戊寅・壬寅。此の兩組に照りて去りて看れば、道理就きて明白せり。
其富貴者,本命與月時輔日,或臨德秀之方,更用生旺之地。方辨陰陽,循環順逆。故陽死陰生,陰死陽生。陽金受氣於寅順行,陰木受氣於酉逆行。故一隅為例,則三隅而可知矣。富者多逢生旺,貴者多遇官鄉。
那れらの富貴の人は、是れ本命と月柱時柱一同に日柱を輔助し、或いは天德月德と秀氣の方位に落ち、再び用神生旺の地に處するを加上す。此の樣にして始めて好く陰陽を分辨し、順逆の循環を推排す。故に陽干死するの地方陰干生じ、陰干死するの地方陽干生ず。陽金庚寅の上より氣を受けて而して順行し、陰木乙酉の上より氣を受けて而して逆行す。此の一個の角落を舉げ出して例子を作れば、其の餘三個の角落もまた就以て推知す可し。富の人多半生旺に逢い、貴の人多半官郷に遇う。
假令甲以辛為官,己以丙為貴,至如勾陳得地,落壬申,位至三臺,玄武當權,遇亥子,官封一品。癸見庚申為武職,辛逢戊子中高科,此乃見真官而貴也。至如富者,莫不五行氣足。假令甲辰辰甲戌落寅亥,金帛盈家。丁亥丁卯到酉亥,珍珠滿室。又或六甲為主,到庚辛重死徒刑。六丙日身亥子,的應貧賤。或遇化者,不拘此例。
譬如甲木辛金を以て官星と為し、己土丙火を以て貴人と為す。再如土に屬するの勾陳地を得て、壬申の上に落つれば、以て三台の尊に位至す可し。水に屬するの玄武權に當たり、亥・子に遇上れば、以て官一品に封ず可し。癸水庚申を見れば、多く武職を任ず。辛金戊子に逢えば、能く高第に考中す。此れ皆是れ眞正の官星に遇見して而して貴を得たるなり。富の人に至るは、無くて非ず五行の氣充足するなり。譬如甲辰・甲戌の命寅・亥に落つれば、金銀布帛家に滿つ。丁亥・丁卯の命酉・亥に走り到れば、珍珠室に滿つ。反って、若し甲日を以て主と為して而して庚・辛重叠の地に走り到れば、就きて死亡或いは徒刑の厄有り。丙日日主亥・子に落つれば、確實に貧賤と應驗す。若是化氣格局に遇上れば、就きて此の個の例子の拘束を受けず。
丙辛化水,到亥子位列天庭。丁壬化木,臨寅位身居宰職。或有氣無官,可作生涯於技藝,如見財無氣,僅任吏職於官司。陰水有秀,失地者身為僧道。陽火無歸,遇水兮定作兇徒。金到火鄉,財多聚散。旺水入火地,家道榮昌。頭面有損,酉金逢於甲乙。眼目有災,丙火沉於亥子。是以日克者為妻,妻生者為子。考其生旺,定其死絕。子臨旺位必多,時到敗中必絕。
丙と辛水と化するは、亥・子に走り到れば便ち能く朝堂に位列す。丁と壬木と化するは、寅位に臨めば便ち能く身宰輔の職に居る。若し日主氣有りて而して官星無ければ、以て技藝に靠りて生を謀る可し。若し財を見て而して財又氣無ければ、只だ能く官府裏に於て個の小吏を當つ。陰水癸秀氣有れども、但し地を失する就きて去りて僧道を做る。陽火丙歸着無く、再び水に遇上れば、一定として凶徒と成る。金火郷に走り到れば、財來ること多きもまた散ずること多し。旺水火地に進めば、家道反って榮昌す。頭面損を受くるは、是れ酉中の金甲・乙の木に遇上るなり。眼目災有るは、是れ丙火亥・子の中に沈沒す。故に日干の克する所是れ妻、妻星の生ずる所是れ子。它らの生旺を考察し、它らの死絶を判定す。子星旺位に臨めば必定として子女多く、時柱敗地に落つれば必定として嗣を絶つ。
詳論時辰,須分形狀。金木相面多青白,壬癸相面多黑色。壬得氣而肥,癸失時而瘦。火相面赤而圓,土象色黃而厚。木象帶青而秀長,兼主聰明仁義。火好禮而性急,金好殺而剛直。土主信而敦崇,水方圓而多智。如此校量,時辰定矣。
時辰を細論するに、還だ要して人の形貌を分辨するを要す。金に屬し木に屬するは、面相多く青白なり。壬癸水に屬するは、面相多く黑色を帶ぶ。壬水氣を得る人體態肥胖し、癸水時を失する人身形消瘦す。火に屬する面色紅潤にして而して臉型偏に圓、土に屬する面色黃を發して而して身形厚實、木に屬する面青色を帶びて而して清秀修長、并且人と為りて聰明仁義を主す。火性の人禮を好みて而して急躁し、金性の人殺伐を好みて而して剛直し、土性の人信を守りて而して敦厚崇實し、水性の人事を處する圓通にして而して多く智謀有り。此の樣に照りて一一に比對衡量すれば、時辰もまた就以て定め下すを得。
更詳運之得失,須借身而言之,得地失時,如田疇之渴雨。得時失地,如損塊於塗泥。得時者易為舉擢,失運者難以升遷。故火到南方而榮,水臨北位而顯。木入金鄉而衰,土到南方而疾。旺處生而死處滅,死處生而旺處脫。更要干神相助,我克者為先。舉祖者當有五焉,破祿則亡,氣絕則病。時臨鬼位,更遇克者則傷。生值敗鄉,復見臨官而絕。
再び大運の得と失を詳審するに、必ず須らく日主本身と結合して來りて説くを要す。地を得て却って時を失するは、好比田地正しく乾渴して雨を等つ。時を得て却って地を失するは、好比一塊の土爛泥の裏に掉り進む。時を得る人容易に提拔せられ、運を失する人難を以て升遷す。故に火南方に走り到れば就きて榮し、水北位に臨めば就きて顯る。木金郷に進めば就きて衰し、土南方に到れば就きて疾患有り。旺處に於て生發し、死處に到れば就きて消滅す。死處に於て生發し、旺處に到れば反って脫落す。此外還だ要して天干の上の神の來りて相助するを要し、其の中我の克する所の財星を以て先と為す。祖業を破敗するの情形を説かんと要せば、大約五種有り。禄破せられれば就きて死亡有り、氣斷絶すれば就きて病を生ず、時柱鬼位に臨みて而又克に遇う就きて傷を受く、日主敗郷に生まれて而再び臨官を見れば便要して絶せん。
更詳凶會,太歲與二動俱傷。運遇此凶,如何脫厄。今參詳古聖法式。發明吉凶,度量輕重,然後看命,推論五行,真象取用於日之間,校其吉凶,百發百中故巫咸之書,乃真經秘訣。
再び凶險の會合を細審す。太歲と大運・流年此の兩個の動くの東西一同に傷を受け、運裏此の種の凶に碰上れば、怎麼に災厄を躲け開け得んや。如今古聖の法式を參詳し、其の中吉凶を發明し、它らの輕重を權衡し、然る後再び去りて命を看・五行を推論し、日干の上より眞正の象と用を取定し、據りて以て吉凶を核校すれば、就きて能く百發百中す。故に巫咸の留下したる那の部の書、始めて是れ眞經秘訣なり。
地支賦
元一氣兮沖寒,稟清濁兮有位。真仙以支為地,以乾為天,乾為天兮,與地相併,支為地兮,與天相連。宮分十二,位列三元。稟五行九天之外,論八卦萬古之前。三生之命,一氣如常。然於年中而論月,從日下而論時。時旺則當富貴,時衰則主貧寒。落何地而成象,居何位而升遷。土居專位,為人豐厚尊崇。水臨亥子,足智方圓大量。觀歲運而明禍福,度逆順而定災祥。窮五行之細數。察十干之幽玄。
元始の一氣寒冥の中に於て冲和し、清濁の分を禀受して而して各お位置有り。道を得るの人地支を以て地と為し・天干を以て天と為す。天干是れ天、地と相い并ぶ。地支是れ地、天と相連す。地支の宮十二に分かち、位次天・地・人三元を排列す。五行の禀受遠く九天の外に在り、八卦の論説早く万古の前に在り。人此の三世の命、元氣本來常の如し。不過だ要して年柱の中に於て去りて月柱を論じ、日柱の下より去りて時柱を論ずるを要す。時柱旺なれば就きて當に富貴、時柱衰なれば就きて貧寒を主す。要して它何の地方に落ちて而して象を成し・何の位次に居りて而して升遷するを看るを要す。土自己專屬の位に居るは、人と為りて豐厚にして而して尊貴崇高なり。水亥・子に臨むは、智謀充足・事を處する圓通にして而して度量有り。流年大運を觀察すれば便ち禍福を明白し、順逆を揣度すれば便ち災祥を判定す。五行細微の度數を窮究し、十天干幽深の道理を審察す。
甲遊從革,風災困苦。戊逢潤下,萍梗屯稟。從失地而變,因失地而化。五行失地,休言祿馬同鄉。時臨旺處,不問空亡死敗,物自有成,物自有敗。是以須憑造化之用,窮出沒之根。詳德秀之奇,言吉凶之悔吝。
甲木游き走りて西方從革の金地に到れば、就きて風疾の災と困苦有り。戊土北方潤下の水勢に碰上れば、就て浮萍斷梗の一樣に漂泊艱難す。命の要して「從」せんとする所以は、是れ地を失して始めて變化を起すを因とす。要して「化」せんとする所以は、もまた是れ地を失して始めて他物と轉成すを因とす。五行一旦地を失せば、就きて再び甚の禄馬同郷の好話を説くを別れ。反って、時柱旺處に臨むは、空亡・死敗を連れても皆が以て計較せず去る可し。事物自ら成の一面有り、もまた自ら敗の一面有り。故に必ず須らく造化の用法に憑りて、五行出沒の根源を窮究せん。天德月德と秀氣の奇特の處を詳審し、再び來りて吉凶悔吝を斷ず。
金旺火盛,堅剛得制無虧,木盛金衰,一世為人下賤。金中之水,祿位顯赫而遷升。水中之木,有德清高於蓮社。若夫金多好殺,水性多淫。戊己壯而富足,庚辛虧而寡貧,丁到巳而飄泊,辛到子而性忤。己逢戌未多差,庚到亥辰儒雅。甲乙畏臨從革,戊己喜逢潤下。
金旺にして而して火もまた盛んなるは、堅硬剛強の質鍛煉制伏を得て、就きて虧損無し。木盛んにして而して金衰なるは、一辈子人と為りて下賤なり。金の中の生ずる所の水は、禄位顯赫にして而して不斷に升遷す。水の中の生ずる所の木は、德行清高にして東晉廬山蓮社裏の高士の如有り。金多き人殺伐を好み、水多き人性情淫佚に偏するに至る。戊・己の土壯實の富足し、庚・辛の金虧損の孤寡貧寒す。丁火巳位に走り到れば反って漂泊を主し、辛金子位に走り到れば性情忤逆す。己土戌・未に逢えば多く差錯有り、庚金亥・辰に到れば則ち儒雅を顯る。甲・乙の木西方從革の地に臨むを怕れ、戊・己の土却って北方潤下の水に遇上るを喜歡す。
論六親兮身不變,取富貴兮時不化。以年為祖氣之根,月為門戶之元。日主本身之氣,時為引變之實。干配於支,各歸於何地。象配於化,各高於何氣,順得失之高下,窮旺相之何類。木中之火逢癸巳而當進。土內之金,逢火運而當退。時敗則貧寒,時豐則富足。逢衰敗而多賤,遇生旺而多貴。癸臨子位,坐居兩府之權。丁霸離宮,定立三公之位。丙丁盛而好禮,壬癸旺而足智。各分三等,支為次第。
六親を論ずる要して日主本身を以て變わらざるの坐標と為し、富貴を取るは則ち時柱を以て化せざるの歸宿と為す。年柱是れ祖上の氣の根、月柱是れ門戸の本元、日干是れ本身の氣、時柱是れ變化を引き出すの果實なり。天干地支を配上し、各自甚の地方に歸り到る。本象化神を配上し、各自哪の一種の氣に高し。此れらに順いて去りて得失の高下を看、旺相哪の一類に屬するを窮究す。木の中の藏する所の火癸巳に遇上れば當に進益有るべく、土の中の藏する所の金火運に遇上れば就きて該当に退避すべし。時柱落敗すれば就きて貧寒し、時柱豐厚なれば就きて富足す。衰敗に逢う多く下賤、生旺に遇う多く顯貴す。癸子位に臨めば、能く兩府の那の樣の權柄に坐上る。丁火離宮に於て霸を稱すれば、一定として三公の位に立たん。丙・丁旺盛の人禮を好み、壬・癸旺盛の人智に足る。以上各お上中下三等に分かち、地支を用いて來りて次第を排し出す。
甲己寅未為上,丑酉為中,亥子為下。乙庚申卯為上,丑酉為中,午亥為下。丙辛巳寅為上,辰酉為中,亥子為下。戊癸子卯為上,巳寅為中,戌亥為下。甲己化土,辰戌丑未;乙庚化金,巳酉丑申;丙辛化水,亥子辰申。丁壬化木,亥卯未寅。戊癸化火,巳午戌寅。丙遇絕而富少,時逢癸旺而多金。金居旺火,難保肢體。土臨水位,定患沉療。癸見庚申為右職,辛逢戊子中高科,年分何類,時隱幽玄。舉其大者,當有五焉,破祿之刑。化身則喪,歸元則死,時臨鬼位更逢克者傷命,居死地復見臨官則喪,故旺處生而死處衰,死處生而旺處脫。今者參詳奧旨,起自軒轅得術之人,當共秘焉。
甲と己相配するは、寅・未に坐するを上等と為し・丑・酉に坐するを中等と為し・亥・子に坐するを下等と為す。乙と庚相配するは、申・卯に坐するを上と為し・丑・酉を中と為し・午・亥を下と為す。丙と辛相配するは、巳・寅に坐するを上と為し・辰・酉を中と為し・亥・子を下と為す。戊と癸相配するは、子・卯に坐するを上と為し・巳・寅を中と為し・戌・亥を下と為す。化氣の需する所の地支に至るは、甲己土と化する要して辰・戌・丑・未、乙庚金と化する要して巳・酉・丑・申、丙辛水と化する要して亥・子・辰・申、丁壬木と化する要して亥・卯・未・寅、戊癸火と化する要して巳・午・戌・寅。丙火絶地に遇上れば、富もまた多からず。時柱癸水正旺に逢えば、反って金多し。金旺火の中に處せば、肢體保ち難し。土水位に臨めば、一定として久治癒せざるの沉疴を患上せん。癸水庚申を見れば、以て右職を任ず可し。辛金戊子に逢えば、能く高科に考中す。年柱哪の一類に分屬する、時柱更に幽深の玄機を藏す。其の大要を舉ぐれば、約して五条有り、皆が禄破損を被り・刑冲に遭受するに關す。本身化し掉られれば就きて喪亡し、本元に歸還すれば就きて死す。時柱鬼位に臨みて而又克に遇うは、性命に傷及す。日主死地に坐して而再び臨官を見るは、同じ樣に命を喪う。故に旺處に於て生發するは、死處に到れば就きて衰す。死處に於て生發するは、旺處に到れば反って脫落す。如今此れらの奧妙宗旨を參詳し出す——它軒轅黃帝以來道を得るの人の傳授に起自す——當に共同に其の中の秘密を保守すべし。
病源賦
凡講生命,須逢主神。倘值五行之克,斯成百病之因。眇聾長嘆之徒,災殃中首。破傴諮嗟之輩,病寡纏身。原夫造化先明,陰陽可啟。究三元致敗之道,通五臟違和之理。甲庚乙辛,氣損於肢。戊甲己乙,風中乎體。形遠傷而頭自偏,鬼土克而眼昏昧。木為金制,不無掌手之兒童。火被水刑,未免失明之子弟。當其修長因逢生旺,矮小蓋因衰淺。
凡そ人の生命を論ずるは、總じて要して先ず主神を找し準むるを要す。一旦五行相克に碰上れば、那就きて是れ百病の根由なり。眼を瞎し耳を聾して而して長年嘆息する人は、是れ災殃頭部に傷るるなり。背を駝し傴僂して而して唉聲絶えざる人は、是れ病痛身に纏わるなり。此れらを明白せんと要せば、須らく先ず造化の道理を弄清し、陰陽の門戸始めて打ち開くを得。天・地・人三元の敗に致るの途徑を研究し、五臟失和の原理を貫通す。甲庚に克せられ・乙辛に克せられ、木四肢を主る、故に氣手脚に於て損傷す。戊甲に克せられ・己乙に克せられ、土肌肉を主る、木土を克すれば便ち風邪身體に中るが如し。形體遠處に於て傷を受ければ、頭便ち偏斜せん。身を克するの土鬼と為れば、眼睛就きて昏花不明なり。木金に制せられれば、難を免れず手掌殘缺の孩子を生出せん。火水に刑せられれば、免れ難し失明の子弟有らん。人長得て修長なるは、是れ生旺の氣に逢着するを因とす。長得て矮小なるは、則ち因りて氣衰して而して淺薄なり。
丁旺於亥卯未之鄉,感離火之太熱。丙絕於申子辰之地,傷坎水之尤寒。土敗而胃有積,木刑而面瘡瘢,乙見於辛,豈是目神之弱。戊逢於甲,安能手足之完。但見癸逢己而內疝當針,壬遇戊而外癃可畏。庚緣丙而血下,辛值丁而氣鬱。金刑死木,破傷而亡。火害衰金,癩疾而殛。戊甲災隆,辛丁禍重。庚丙主贅瘤之疾,我曰必無。戊甲多折臂之優,難云則個。
丁火亥・卯・未木局の郷に旺なるは、是れ離位の火太だ熱を感受し、上焦燥病を主す。丙火申・子・辰水局の地に絶するは、是れ坎位の水寒に傷せられ、下元虛冷を主す。土損敗を受ければ、胃裏便ち積滯有り。木刑冲に遭えば、臉上便ち瘡を生じ疤を留む。乙木辛金相い克するを見れば、眼睛の神氣豈に能く弱からざらんや。戊土甲木相い克するに逢えば、手足哪れに能く周全を保ち得んや。若し癸水己土に逢うを見れば、內疝の症要して針を用いて治せん。壬水戊土に遇えば、小便不通の外癃の疾甚だ可怕し。庚金丙火に因りて血を下し、辛金丁火に遇いて而して氣郁す。金去りて已死の木を刑克すれば、外傷破損して而して亡するを主す。火去りて已衰の金を害すれば、惡瘡癩疾して而して死するを主す。戊土甲木に遇えば災禍隆重し、辛金丁火に遇えば禍患深沉す。人庚金丙火に遇うは贅瘤を生ずるを主すと説く有り、我以て未必と為す。戊土甲木に遇う多く折臂の患有りと説くも、もまた難を以て一概に論ず。
大抵木犯刑而疥癬,火因鬼而遇狂。痴呆則水遭而死墓,暗啞則值於刑傷。土臨甲乙,則嘔吐而損胃。金見丙丁則衄血。水敗則駝腰,莫用軒岐之法。金刑龜,脊,安施扁慮之方?觀夫時敗而優果偏多,日衰而福能幾許。
大體來りて説く、木刑冲に遭えば就きて疥癬を生じ、火鬼神に克制せられれば就きて狂病を發す。癡呆は是れ水死地墓庫に落つるを因とし、喑啞は是れ刑傷に遇上るを因とす。土甲・乙の木に遇えば、就きて嘔吐して而して脾胃を損傷す。金丙・丁の火を見れば、就きて鼻血を流す。水敗壞すれば要して背を駝し腰を彎せん、那の時黃帝・岐伯の醫法もまた用い上げられず。金刑克に遭いて而して脊背龜の如く佝僂せば、扁鵲・倉公の藥方又何處より施用せんや。那の時柱落敗の人を看れば、憂患格外に多し。日主衰弱の人は、福氣又が能く幾分有らんや。
主衰鬼制則殘疾,身破金傷則苦楚,火因遇北。陽失利而奈何,木朽逢南。陰弱產而失所,經不云乎。陰根於陽,陽根於陰。陰見陽而災少,陽無陰而害深。辛見乎丁,常有失強之妾。庚逢於丙,每懷疾病之心。別有懸針則刺面以支身,羊刃則砭肱而灸股。陰干三刑,邪必中臟,陽神七煞,病敗於腑。鬼曰災厄,敗身疾苦。日時居衰,乃大患之不療。支干皆刑,雖小疾之莫愈,氣相得則安和,氣相旺則不取,是疾也,雖坐於攝養之乘方,必生於八字之所主。
日主衰弱にして而して鬼に制せられれば、就きて殘疾と成る。本身破せられ・又金に傷られれば、就きて苦楚を受く。火若し北方水地に走り到れば、陽氣失利し、無可奈何なり。木若し已に朽ちて而又南方火地に逢えば、陰氣衰弱し、生養所を失う。經書の上説かざる乎、陰陽を以て根と為し・陽陰を以て根と為す。陰中陽を見れば、災禍就きて少し。陽中陰無ければ、害處就きて深し。辛金丁火を見れば、家中常常に健壯を失去するの妾室有り。庚金丙火に逢えば、心裏總じて疾病の憂慮を懷く。此外還だ「懸針」の煞有り、面部を刺傷して以て身を傷るを主す。「羊刃」の煞は、主要して胳膊の上に於て砭刺し・大腿の上に於て艾灸す。陰干三刑に遇えば、邪氣必定として五臟に侵入す。陽神七殺に遇えば、病害必定として六腑を敗壞せん。謂う所の鬼は、就きて是れ災厄、是れ身體を敗壞し・疾苦を帶來するの東西なり。日柱時柱皆が衰地に居るは、是れ大病にして而して治す能わず。干支全く皆が刑を帶ぶるは、即使小病ともも難を以て痊癒す。氣彼此相い得れば就きて平安調和し、氣過ぎて偏旺なれば就きて取る可からず。見る可し疾病此の件事は、雖然とももまた平日調養法を得るか否かに係る、根子却って一定として八字の主する所の格局裏に生ず。
