增删卜易
增删《黄金策》千金賦 第三十四
六爻納甲典籍
まず体例書で装卦の手順を握り、それから卦例集へ進む。取用神は断法全体の要となる一手であり、書ごとの処理の違いを対照する価値がある。
増删卜易 野鶴老人著
増删卜易序
野鶴曰:卜易之道,乃伏羲、文王、周公、孔子四大聖人之心法也。得其精者可以參天量地;粗知其理亦可趨吉避凶。凡學卜者可以深求,亦可淺學。淺學者只要先學裝卦,知道動變及卦之六沖、卦變六沖,看熟《用神章》中占何人、占何事以何爻為用神;再看何為旬空、月破及春夏秋冬四時衰旺、生克沖刑,即知決斷禍福。
野鶴老人自ら述べる:卜筮易占という学問は、伏羲・文王・周公・孔子の四聖人が伝えた心法である。その精妙に会得した者は天地を賛し万物を量ることができ、おおまかにその理を知るだけでも吉に趨り凶を避けるに足る。ゆえに占いを学ぶ者は深く探究してもよく、浅く学ぶにとどめてもよい。浅く学ぶ者はまず「装卦」を覚えればよい。すなわち六十四卦の世爻・応爻・地支五行・六親を一つずつ六爻に配することである。次に「動」とは何か「変」とは何か、どの卦がもとより「六沖卦」で、どの卦が動変の末に六沖となるかを知り、それから本書の《用神章》を読み熟して、ある人・ある事を占うにどの爻を「用神」に取るべきかを知る。さらに「旬空」とは何か「月破」とは何か、春夏秋冬の四季における五行の旺衰、ならびに生・剋・沖・刑という幾重もの関係を明らかにすれば——ここまでできれば、すでに禍福を判断できるのである。
假令占功名者得旺官持世,或動爻作官星生合世爻,求名如拾芥耳。倘遇子孫持世,或子孫動於卦中,不拘占入場占升遷悉如水中撈月。占求財若得財星持世,或日月動爻作子孫生合世爻,或官鬼持世財動生之,或父母持世財動克之世,皆許求財之易如摘枝耳。若遇兄弟持世及兄弟爻動於卦中,或世臨旬空月破,何異緣木求魚。
例を挙げよう。功名を占って、官鬼爻が旺相でしかも世爻に臨んでいれば、これを「旺官持世」という。あるいは卦中に動爻があって官星に化して世爻を生合するなら、功名を求めることは身をかがめて地上の草を拾うほど容易い。逆に、子孫爻が世に臨むか、子孫爻が卦中で発動すれば——子孫は官星を剋し傷つける神である——入場の試験を占っても官職の昇進を占っても、すべて水中の月を掬うがごとく、労して功なしである。財を求めることを占って、妻財爻が世に臨むか、日辰・月建および動爻が子孫を化して世爻を生合し(子孫は財を生ず)、あるいは官鬼が世に臨んで財爻が発動して官を生じ、あるいは父母が世に臨んで財爻が発動して世爻を剋する——これらの情形はいずれも求財の容易なりと断じられ、手を伸ばして枝を折るがごとし。もし兄弟爻が世に臨むか、兄弟爻が卦中に発動すれば——兄弟は銭財を劫奪する神である——あるいは世爻がちょうど「旬空」「月破」に落ちるなら、求財は木に登って魚を取るに等しく、まったく望みがない。
如占一年月令現任官者,宜官星持世,財動生之,皆許吉慶。若遇官鬼相剋,日月動爻作子孫沖剋世爻,或作官鬼沖剋世爻,或世空世、官破官空,或世動化回頭克及子孫持世皆為凶兆。士民而占流年者,最喜財爻及子孫爻持世,管許一歲亨通。若遇官鬼持世,得日月動爻作財星生合世爻者,必見災非。倘世破世空及鬼動克世多見凶災。兄動克世,口舌破財。
現任の官員の一年の運程を占うなら、官星が世爻に臨み、さらに財爻が発動して官を生ずるのが最もよく、いずれも一年吉慶を主る。もし官鬼がかえって世を剋したり、日辰・月建および動爻が子孫を化して世爻を沖剋したり、官鬼を化して世爻を沖剋したり、あるいは世爻が空に落ち官星が破・空に逢い、さらに世爻が発動して変出した爻が回頭して世を剋し、および子孫が世に臨めば——現任官は最も子孫を忌む。子孫は官を剋するからである——これらはすべて凶兆である。平民の身で一年の流年を占う者は、妻財爻または子孫爻が世に臨むを最も喜び、一年の亨通を保てる。もし官鬼が世に臨み、さらに日辰・月建あるいは動爻が財星を化して世爻を生合すれば、財は鬼を生じ鬼は身を傷るゆえ、必ず災禍・官非に見舞われる。もし世爻が破・空に逢い、官鬼が発動して世を剋すれば、おおむね凶災がある。兄弟が発動して世を剋すれば、口舌の是非・財の破耗を主る。
以上官府士民占流年者,合世之月則吉,沖世之月則凶。皆不宜世爻變鬼及化回頭之克定見凶危。又不宜財動化父,父化財爻,鬼化父母必有長上之災。弟兄變鬼,鬼變弟兄,防手足之厄。財化鬼,鬼化財,財化兄,兄化財,主傷克妻妾婢僕。子化鬼,鬼化子,父化子,子化父,小口有傷。青龍天喜持世生世而有喜。虎鬼發動主孝服。騰蛇朱雀臨兄,鬼動而克世者,須防口舌。玄武臨兄,鬼動而克世者,防賊盜及陰人。
以上、官員も庶民も流年を占うにあたり、世爻と相合する月は吉、世爻と相沖する月は凶である。すべて世爻が発動して官鬼を変出することを宜しとせず、変出した爻が回頭して世を剋することも宜しとせず、この二つの変化を見れば必ず凶危がある。また財爻が発動して父母を変出し、父母爻が財爻を変出し、官鬼が父母を変出することを宜しとせず、これらの変化はいずれも家中の長上に災いがあることを主る。兄弟爻が官鬼を変出し、官鬼が兄弟を変出すれば、手足たる親族に事あるを防ぐべし。財爻が官鬼を変出し、官鬼が財爻を変出し、財爻が兄弟を変出し、兄弟が財爻を変出すれば、妻妾および婢女・僕従を剋し傷つけることを主る。子孫が官鬼を変出し、官鬼が子孫を変出し、父母が子孫を変出し、子孫が父母を変出すれば、家中の幼い者に損傷があることを主る。「青竜」「天喜」が世爻に臨みあるいは世爻を生ずれば、喜慶の事あり。「白虎」が官鬼に臨んで発動すれば、家中に孝服を着て喪事を執り行うことを主る。「螣蛇」「朱雀」が兄弟爻に臨み、官鬼が発動して世爻を剋すれば、口舌争訟を防ぐべし。「玄武」が兄弟爻に臨み、官鬼が発動して世を剋すれば、盗賊を防ぎ、また婦人の陰私の事をも防ぐべし。
如占避訟防非、仇人為害及行江漂海、深入險地旅店孤眠,窮鄉僻壤,投寺宿廟,或營中貿易,錯買盜物,或見鄰家火起,或聞瘟疫流行,防虎狼,防盜寇,或夜行早起,或險偷關,或已入是非之場,心憂禍患,或欲管閒事,恐惹災非,或人病家以防沾染,或誤服毒物恐致傷生,或已定重罪而盼郝,或已得險病病而防危,或問此物此藥可以服否,或問歹人烈馬傷害我否,凡遇一切防火慮患者,但得子孫持世及子孫動於卦中,或世動變出子孫,或世動化回頭相生,或官鬼動以相生,即使身坐虎口,管許安如泰山,唯忌官鬼持世,憂疑不解。鬼克世災禍必侵。世動化鬼及化回頭克者,禍已及身,避之不及,唯世爻空者無憂,世爻破者不利。
さらにこのような類の占問がある。訴訟を避け是非を防ぎ、仇人の加害に備える。江を渡り海を航し、険地に深く入る。独りで旅宿に投じる。窮郷僻壤に身を置く。寺廟に宿を借りる。軍営の中で商売をする。誤って贓物を買い取る。隣家の火事を見る。疫病の流行を聞く。虎狼を防ぎ盗匪を防ぐ。深夜に道を急ぎ、早暁に出立する。危険を冒して関卡を偷越する。すでに是非の場に巻き込まれて禍患を憂う。余計な事に関わりたいが禍を招くを惧れる。病人の家に行くが伝染を惧れる。誤って毒物を服して命を傷めるを惧れる。すでに重罪に判定されて赦免を待ち望む(原文の「盼郝」は即ち赦を待ち望む意)。すでに険症を得て危亡を防ぐ。ある物・ある薬が服せるか否かを問う。その凶人、その烈馬が己を傷つけはしないかを問う。およそこの類の災を防ぎ患を慮る占問は、卦中に子孫爻が世に臨むか、子孫爻が卦裡に発動するか、世爻が発動して子孫を変出するか、世爻が発動して変爻が回頭して世を生ずるか、官鬼が発動してかえって世を生ずるかすれば、たとえ身を虎口のそばに据えても、泰山のごとく安穏ならしめる。ただ官鬼が世に臨むを忌む。それは憂難解けがたきの象である。官鬼が世を剋すれば、災禍必ず身に侵す。世爻が発動して官鬼を変出し、あるいは変爻が回頭して世を剋すれば、禍はすでに己の身に臨み、避けようにも避けられないことを示す。ただ世爻が「旬空」に落ちる者のみ憂いなし。空なればしばらくその剋を受けぬがゆえである。世爻が「月破」に逢する者は、ついには利あらず。
占病者如自占病,若得世爻旺相或日月動爻生合世爻,或子孫持世,或子孫動於卦中,不拘久病近病,或求神或服藥,立保安康。近病者世值旬空或世動化空,或卦逢六沖及卦變六沖,不須服藥,即許安痊。久病者官鬼持世,遇休囚,或遇日月動爻克世,或值旬空月破,世動化空化破或卦逢六沖,卦變六沖,或世動化鬼及化回頭克者,速宜救治,遲者扁鵲難醫。
疾病を占う。まず己の病を自ら占う場合を述べる。世爻が旺相であるか、日辰・月建および動爻が世爻を生合するか、子孫爻が世に臨むか、子孫爻が卦中に発動すれば、久病・新病を問わず、神を求めても薬を服しても、たちまち平安を保てる。新たに得た病は、世爻がちょうど「旬空」にあるか、世爻が発動して変出した爻が空に落ちるか、あるいは本卦がもとより「六沖卦」であるか、本卦が変出した卦が六沖となるか——いずれも薬を服せずとも痊える。六沖は離散を主り、新病これに遇えば病気自ら散ずるからである。久病の人はこれと正反対である。官鬼が世に臨み、しかも休囚無気に逢するか、日辰・月建および動爻に世を剋されるか、世爻がちょうど旬空・月破にあるか、世爻が発動して空・破を化するか、卦が六沖に逢うか卦が変じて六沖となるか、世爻が発動して官鬼を変出しおよび変爻が回頭して世を剋するか——これらに逢えば速やかに救治すべく、引き延ばせば扁鵲のごとき名医とて治し得ない。
占父母病以父母爻為用神。若得父爻旺相,或日月動爻生父母,或父動化旺,不拘久病近病,求神服藥立見安寧,近病者父爻值旬空,父動化空,或卦逢六沖,不藥而痊。久病者父爻值旬空月破,父動化空、化破,父動化財,財化父母,卦逢六沖,卦變六沖,或父爻休囚又出被日月動爻沖剋,為子者須宜急急求醫,親嘗湯,勿遠離也。
父母の病を占うには、卦中の父母爻を「用神」とする。父母爻が旺相であるか、日辰・月建および動爻が来たりて父母爻を生ずるか、父母爻が発動して旺相となれば、久病・新病を問わず、神を求め薬を服せば速やかに平安を得る。新病の場合、父母爻がちょうど旬空にあるか、父母爻が発動して空を化するか、卦が六沖に逢すれば、薬を服せずとも癒える。久病の場合は心すべし。父母爻が旬空に逢いかつ月破に逢するか、発動して空・破を化するか、父母爻が発動して財爻を変出し、財爻が父母を変出するか——財は父を剋し得、父母の忌神である——あるいは卦が六沖に逢い、卦が変じて六沖となるか、あるいは父母爻そのものが休囚無気でしかも日辰・月建および動爻に沖剋されるか。これらに遇えば、子女たる者は速やかに医を迎え治療を求め、自ら湯薬を嘗めて進め奉り、父母のもとを遠く離れるべからず。
占兄弟病者,若得兄爻旺相,或臨日月動爻相生,或動化旺化生,不拘病之遠近,立許全安。近病者,兄爻值旬空及動而化空,卦逢六沖,服藥即愈。久病者兄爻值旬空月破及動而化空化破,卦逢六沖,卦變六沖,兄動化鬼,鬼動化兄,或兄爻休囚被日月動爻沖剋,急急服藥求神,遲則難調理。
兄弟の病を占うには、兄弟爻を用神とする。兄弟爻が旺相であるか、ちょうど日辰・月建に臨みかつ動爻の相生するがあるか、兄弟爻が発動して旺相となり、生扶の爻を変出すれば、病の久しきを問わず全快すると断じ得る。新病の場合、兄弟爻がちょうど旬空にあるか、発動して空を化するか、卦が六沖に逢すれば、薬を服せば癒える。久病の場合、兄弟爻が旬空に逢いかつ月破に逢するか、発動して空・破を化するか、卦が六沖に逢い、卦が変じて六沖となるか、兄弟爻が発動して官鬼を変出し、官鬼が発動して兄弟を変出するか、あるいは兄弟爻が休囚無気で日辰・月建および動爻に沖剋されれば、急いで薬を服し神を求むべし。遅れれば調治しがたい。
占子孫病者,子孫爻旺相,或臨日月,或日月動爻生合,或子孫爻化回頭生,化旺,不拘病之新久,服藥求神即愈,近病者子孫爻值旬空及動而化空,卦逢六沖,卦變六沖,不藥而癒,出痘者不宜六沖,久病者子孫逢旬空月破及動而化空化破,卦逢六沖,卦變六沖,子孫動而化鬼,鬼化子孫,父化子,子化父及日月動爻沖剋者,速宜服藥,心則難於治矣。
子女の病を占うには、子孫爻を用神とする。子孫爻が旺相であるか、ちょうど日辰・月建に臨むか、日辰・月建および動爻が来たりて生合するか、子孫爻が発動して変爻が回頭してこれを生じ旺相となれば、病の新久を問わず、薬を服し神を求めれば痊える。新病の場合、子孫爻がちょうど旬空にあるか、発動して空を化するか、卦が六沖に逢い、卦が変じて六沖となれば、薬を服せずとも癒える。ただし天然痘にかかった子は例外で、痘を出すに最も六沖を忌み、一沖すれば痘は収まらない。久病の場合、子孫爻が旬空・月破に逢するか、発動して空・破を化するか、卦が六沖に逢い、卦が変じて六沖となるか、子孫爻が発動して官鬼を変出し、官鬼が子孫を変出し、父母が子孫を変出し、子孫が父母を変出すれば——父母は子孫を剋する忌神である——および日辰・月建と動爻に沖剋されれば、速やかに薬を用いるべし。さらに遅れれば治しがたい(末句の原文「心則難於治矣」の「心」は「遅」の誤り)。
占妻妾病者,以財爻為用神,財爻旺相或臨日月,或日月動爻相生,或財爻化子孫及化帝旺者,不拘久病近病,治之即愈,近病者妻財逢旬空及動而化空,或爻逢六沖,卦變六沖,何須服藥,即許災除。久病者財爻逢旬空月破及動而化空化破,卦逢六沖,卦變六沖,或財動化鬼,鬼化財爻,兄動化財,財化兄弟,名醫亦難取效。
妻妾の病を占うには、妻財爻を用神とする。財爻が旺相であるか、ちょうど日辰・月建に臨むか、日辰・月建および動爻が来たりて相生するか、財爻が発動して子孫を変出し(子孫は財を生ず)、「帝旺」の地に変ずれば、久病・新病を問わず治せば即ち癒える。新病の場合、妻財爻が旬空に逢するか、発動して空を化するか、卦が六沖に逢い、卦が変じて六沖となれば、薬を服するに及ばず、災病自ら消除する。久病の場合、財爻が旬空に逢いかつ月破に逢するか、発動して空・破を化するか、卦が六沖に逢い、卦が変じて六沖となるか、あるいは財爻が発動して官鬼を変出し、官鬼が財爻を変出し、兄弟が発動して財爻を変出し、財爻が兄弟を変出すれば——兄弟は財を剋する忌神である——いかに高明の名医といえども奏功しがたい。
凡占三黨六親及官長、師生、婢僕諸人之病,皆於用神章內以取用神。占朋友、外人以應爻為用神,理之常也,往往多有不驗者何也?疑因不甚關切,不誠之故耳。
およそ父族・母族・妻族の「三党」および六親、ならびに上司長官・師長学生・婢女僕従などあらゆる人の病を占うには、みな本書の《用神章》に赴き、いずれの爻を用神に取るべきかを査べよ。朋友および外の人の事を占うに至っては、常理によれば「応爻」を以て用神とすべきである。しかるに実際に占えばしばしば霊験なし。これは何ゆえか。おそらく占うところの人が己との関係切近ならず、卦を問うに心誠ならざれば、感応もまた真ならざるがゆえであろう。
野鶴曰:客有問於予曰:“據爾之言,占卜極易事也,即如占功名得旺官持世以成名,子孫持世而失望。占疾病近病逢沖逢空,不藥而癒;外病逢沖逢空靈丹莫救。如若得此,顯然者自是不難知矣。倘占疾病不逢六沖,用神不遇旬空,旺不旺而衰不衰,凶不凶而吉不吉。又如占功名,官與子孫皆不持世,六爻亂動,財父同興,何以決之?”
野鶴老人自ら述べる:かつてある客が私に問うて曰く——あなたの言うとおりなら、占いは実に至って容易いことだ。たとえば功名を占えば、旺官が世に臨めば名を成し、子孫が世に臨めば落空する。疾病を占えば、新病は六沖に遇い・旬空に遇えば、薬を服せずとも癒え、久病は沖に遇い空に遇えば、霊丹妙薬も救い戻せない(原文の「外病」は即ち「久病」の誤り)。もし占い出した卦が真にかくのごとく、眼前に一目瞭然なら、判断するに難からぬは当然だ。しかし万一病を占って六沖に遇わず、用神も旬空に落ちず、旺と言えば旺ならず、衰と言えば衰えず、凶と見れば凶ならず吉とも言えず、またたとえば功名を占って官鬼と子孫のいずれも世に臨まず、六爻が乱れて一斉に発動し、財爻と父母爻が同時に興るときは、いかに断ずべきか。
予曰:爾若垂廉賣卜,每日數卜之占,未必盡得顯而易見之卦,凶中藏吉,吉處藏凶者有之,必須奧理深求,細心參悟,爾欲自知趨避者,必然卦不亂占,心無雜念,每遇一事,即刻卜之,神不欺人。如若間有卦之恍惚,次早潔誠再卜,再遇恍惚,還可再卜,自然響應,只不可心懷兩事而占,一念至誠則應,若占兩三事者,則不靈也。
私は彼に答えて曰く:あなたがもし簾を掲げて人のために卜を売り、一日に数卦を占うなら、自然、卦ごとに明白というわけにはいかず、凶の中に吉を蔵し、吉の裡に凶を伏せる情形はあるものだ。それは必ず奥理を深く推し求め、細心に参悟せねばならぬ。しかしもしあなたがただ己のために趨避を判断せんと欲するだけなら、必ずし得るところだ。乱に占わず、心中に雑念なく、一事に逢うごとに、その時に即座に占えば、神明は人を欺かない。万一偶に一卦を占って朧げに見えて明らかでなければ、翌日の早暁に身を潔め心を誠にして再び占う。再占してなお含混ならば、なお再び占ってよく、自ずから明白な回応を得る。ただ決して、心中に同時に二つの事を蔵して卦を占うべからず——一つの念が専一至誠であってこそ感応は霊なり。もし一卦に二三の事を問わんとすれば、霊験なからん。
又如占疾病更容易耳,一人有病,一家俱可代占,但有一卦爻逢六沖或卦變六沖,或用神值旬空或用神動而化空者即愈,久病逢此者難治。又如防災慮患,但得子孫持世,便與霹靂同居,管許安然無恙,有何難耶?
さらに疾病を占うは即ちいっそう容易い。一人が病めば、全家人が皆彼のために占い得る。その中に一卦でも六沖卦があれば、あるいは本卦が変出した卦が六沖となれば、あるいは用神がちょうど旬空にあるか、用神が発動して変出した爻が空に落ちれば、病は癒える。もし久病の人がこれらに遇えば、かえって治しがたい。またたとえば災を防ぎ患を慮るを占うに、卦中に子孫爻が世に臨めば、たとえ彼を雷霆とともに住まわせても、安然として事なからしめることを保す。かくのごとく卦を断ずるに、何の難しさがあろうか。
客曰:再占有瀆之,不敢再三,何敢連占幾日?予曰:因此一語,誤盡卜卦之人,豈不聞三人占聽二人之言,一事既可三處而占,何妨再占?然亦有不可再瀆者,以此一事一刻而再占也,須於次日再卜可也。又有連日亦不可再瀆者,如占功名,已得子孫持世,我心不悅,必欲求其官鬼持世而後已,此則謂之再三瀆也。
客曰く:《周易・蒙卦》に「初筮告、再三瀆、瀆則不告」と言う。再び占うは即ち神明を瀆すことで、二三次すら敢えてせぬに、どうして連日占い続けることを敢えてできよう。私曰く:まさにこの一句が天下の卜卦する者をみな誤らせたのだ。あなたは《尚書・洪範》の「三人占、則従二人之言」の句を聞いたことがないか。同一の事、すでに三人をして分かち占わしめ得るなら、己が再び占うに何の妨げがあろう。ただし確かに再び問うべからざる情形もある。同一の事を同一の時辰のうちに相継いで再占するは不可なり。翌日を待って再び卜すべし。また数日連ねても再び問うべからざる情形がある。たとえば功名を占って、すでに子孫が世に臨むを占い出し(功名の望みなきを主る)、自己心中に痛快ならず、官鬼が世に臨むを占うまで罷めざらんとすれば——これこそ真に「再三瀆」と言うべきものだ。
然予亦有見其再三瀆者,未見神之不應也,予因少年復功名占過七次,竟有六次而得子孫持世,此乃神不厭我多問而屢報也。又有厭予多問者,如我問求財卦已明,現有財我心知矣,我再問之神不告矣,而又以我未占之事告我也。如一日占求財,旺財持世,是我明知辰日得財,次日再占一卦,果於辰日得財否?卦得申金兄動而不得,是何說耶?及到辰日得財,至申日因他事而破財。而悟辰日之得財,次日而再問之,神不告矣,報我申日而破財也。故知再三瀆者,神亦不見責而又報我未問之事也,此事極多。
しかし私も反復して占問する者を見たことがあるが、神明がこれにより応えなくなったのは見たことがない。私自身、若きとき功名を回復せんがため、前後七度占うたが、その中に六度も子孫が世に臨み(望みなきを主る)、これはまさに神明が私の問うこと多きを嫌わず、かえって度々如実に告げたを示す。神明が私のくどいを嫌ったこともある。たとえば私が財を求めるを問うに、卦象すでに明白に財ありとし、心中すでに知れたるに、さらに一度問えば、神はもはや重ねて答えず、かえって私の占わざる事を告げた。ある日私が求財を占うに、旺財が世に臨み、辰日に財を得べきを知りえた。翌日また一卦を占い、果たして辰日に財を得るや否やを験せんとしたところ、申金の兄弟爻が発動するを占い出し、財を得ずを主る——これはどういうことか。後に辰日に至り果たして財を得、申日に至り別の事により財を破った。私ここに悟れるは、辰日に財を得る一事は、頭の一卦ですでに報じたり。翌日さらに問えば、神は重ねて言わず、かえって予め申日の破財を告げたり。これより知る、いわゆる「再三瀆」は、神明これを怪しまず、かえって私の問わざる事を併せて告げるなり。この類の事は私の経歴する極めて多し。
予著此書傳後賢之秘法者,無他法也,教學者凡遇卦之恍惚,心若未明,多占無礙,倘卦中已明現,不可再瀆。至於占病者,一人有病,一家俱可代占,自有顯然之卦,再者遇事即占,乘此心而未亂,不可多積事情於心,事多心亂即非一念之誠也。教其深學卜者,後有分占之法及予所辟諸書之謬,宜細味之,此皆予四十餘年須臾不離以得之也,實先賢之所未傳。須宜通前徹尾,細心詳悟,自然巧奪天工,參天地之化育,測鬼神之隱微而不難矣!
私がこの書を作りて後世の賢者に伝えんとする秘法は、実は他のものにあらず。卦を学ぶ者を教うるに、およそ卦象の含糊にして心中決しかねるに逢えば、多く占うとも妨げなし。もし卦中すでに明白に示せば、さらに問うべからず。占病に至っては、一人病めば全家皆代わりに占い得、必ず明白なる一卦を占い出さん。さらにありては事に遇うて即座に占う。この一念の未だ他の事に攪乱されざるに趁る。多くの事を心中に堆積することなく、事多ければ心乱る。それは即ち「一念之誠」にあらず。深く卜を学ばんと欲する者に至っては、本書の後になお「分占」の法あり、および我が各家の卜書の謬誤を駁斥する所あり、みな細やかに体昧すべし。これらはみな我が四十余年、片刻もこの道を離れずして得たる所にして、実に前賢の未だ伝えざりしものなり。読者は須らく頭より尾に至るまで貫通し、細心に参詳領悟すべし。自ずから天工を巧みに奪い、天地化育の功を参賛し、鬼神隠微の機を窺測せん。それもまた難からず。
増删卜易巻之一
八卦章第一
乾為父、震為長男、坎為中男、艮為少男;坤為母、巽為長女、離為中女、兌為少女。
八卦は一家の人に配す。「乾」は父親を象徴し、「震」は長子を象徴し、「坎」は次子を象徴し、「艮」は幼子を象徴す。「坤」は母親を象徴し、「巽」は長女を象徴し、「離」は次女を象徴し、「兌」は幼女を象徴す。これは《周易・説卦伝》の定めたる取象なり。乾坤両卦は父母にして、其余の六卦は皆乾坤の交感によりて生ず。三画の中にただ一画の陽爻あるは男に属し、ただ一画の陰爻あるは女に属し、さらにその一画の居る位次によりて長・中・少を分つ。六爻占法は主に五行生剋を以て吉凶を断ずるといえども、この一層の父母子女の取象は卦を識るの根本にして、卦名を読み、内外卦を分つに皆まずこれを思うべし。
卦象図第二
乾三連“三”,連得三爻俱是單,為乾卦(一點為單)。坤三斷“三三”,連得三爻俱是拆,為坤卦(兩點為拆)。震仰孟“=:”,初爻單,二爻、三爻俱是拆,為震卦。艮覆碗“=:”,初爻、二爻俱是拆,三爻單,為艮卦。離中虛“一一”,初爻單、二爻拆、三爻單,為離卦。坎中滿“一”,初爻拆、二爻單、三爻拆,為坎卦。兌上缺“二”,初爻、二爻俱是單,三爻拆,為兌卦。巽下斷“一一”,初爻拆,二爻、三爻俱是單,為巽卦。
これは八卦の符号を記認する口訣にして、卦画に配して記すべし。銭を揺するとき「単」を得ば一点を画き、陽爻を代表す。「拆」を得ば二点を画き、陰爻を代表す。「乾三連」とは、三画連なりて三条の整線を成し、即ち三爻皆単なり。これ即ち乾卦——一点即ち単なり。「坤三断」とは、三画皆中間より断け、三爻皆拆なり。これ即ち坤卦——二点即ち拆なり。「震仰盂」(底本は「孟」と刻す)とは、卦形仰き放せる盂に似たり。初爻は単、二・三爻は皆拆。これ即ち震卦なり。「艮覆碗」とは、卦形倒さに扣けたる碗に似たり。初爻・二爻は皆拆、三爻は単。これ即ち艮卦なり。「離中虚」とは、中間の一爻は空なり。初爻単、二爻拆、三爻単。これ即ち離卦なり。「坎中満」とは、中間の一爻は実なり。初爻拆、二爻単、三爻拆。これ即ち坎卦なり。「兌上缺」とは、最上の一爻缺口あり。初・二爻は皆単、三爻は拆。これ即ち兌卦なり。「巽下断」とは、最下の一爻断けたり。初爻は拆、二・三爻は皆単。これ即ち巽卦なり。引号裡の符号は刻本卦画の摹写にして、印本すでに漫漶にして清らかならず。読者は文字の言う所の単・拆に依りて自ら画き出せば足る。
八宮六十四卦卦名
乾宮八卦(俱屬金):乾為天、天風姤、天山遁、天地否、風地觀、山地剝、火地晉、火天大有。坎宮八卦(俱屬水):坎為水、水澤節、水雷屯、水火既濟、澤火革、雷火豐、地火明夷、地水師。艮宮八卦(屬土):艮為山、山火賁、山天大畜、山澤損、火澤睽、天澤履、風澤中孚、風山漸。震宮八卦(屬木):震為雷、雷地豫、雷水解、雷風恆、地風升、水風井、澤風大過、澤雷隨。
六十四卦は「八宮」に依りて編排し、每宮は八個の卦を領し、同一宮の八卦は五行属性相同じく、六親を装するとき皆本宮のこの五行を以て「我」と作す。排列に定法あり。首卦は上下同体の八純卦にして、此の後初爻より起り逐爻に上へ変ず。第二より第六卦に至るまで依次に初・二・三・四・五爻を変ず。第七卦は第六卦より退き戻りて再び第四爻を変ず。「遊魂卦」と称す。第八卦は内卦三爻を一斉に復元す。「帰魂卦」と称す。まず金に属する乾宮を見よ。乾為天(八純の首卦)、天風姤(初爻変)、天山遯(二爻変)、天地否(三爻変)、風地観(四爻変)、山地剥(五爻変)、火地晋(遊魂)、火天大有(帰魂)。水に属する坎宮は同じ次序に依りて、坎為水、水沢節、水雷屯、水火既済、沢火革、雷火豊、地火明夷(遊魂)、地水師(帰魂)。土に属する艮宮は、艮為山、山火賁、山天大畜、山沢損、火沢睽、天沢履、風沢中孚(遊魂)、風山漸(帰魂)。木に属する震宮は、震為雷、雷地豫、雷水解、雷風恒、地風升、水風井、沢風大過(遊魂)、沢雷随(帰魂)。
巽宮八卦(屬木):巽為風、風天小畜、風火家人、風雷益、天雷無妄、火雷噬嗑、山雷頤、山風蠱。離宮八卦(屬火):離為火、火山旅、火風鼎、火水未濟、山水蒙、風水渙、天水訟、天火同人。坤官八卦(屬土):坤為地、地雷復、地澤臨、地天泰、雷天大壯、澤天夬、水天需、水地比。兌宮八卦(屬金):兌為澤、澤水困、澤地萃、澤地咸、水山蹇、地山謙、雷山小過、雷澤歸妹。
以下は後の四宮にして、次序は前の四宮と完全に同じ。木に属する巽宮が領するは、巽為風(八純の首卦)、風天小畜、風火家人、風雷益、天雷无妄、火雷噬嗑、山雷頤(遊魂)、山風蠱(帰魂)。火に属する離宮が領するは、離為火、火山旅、火風鼎、火水未済、山水蒙、風水渙、天水訟(遊魂)、天火同人(帰魂)。土に属する坤宮が領するは(底本は「宮」を誤って「官」と刻す)、坤為地、地雷復、地沢臨、地天泰、雷天大壮、沢天夬、水天需(遊魂)、水地比(帰魂)。金に属する兌宮が領するは、兌為沢、沢水困、沢地萃、沢地咸(この卦は通行本に「沢山咸」と作る。底本は「山」を「地」と訛す)、水山蹇、地山謙、雷山小過(遊魂)、雷沢帰妹(帰魂)。以上前の四宮に連なり合せて六十四卦を成す。卦名を占い出したる後、第一歩は即ちそれの何の宮に帰属するかを認め清め、然る後に本宮五行に拠りて「兄弟・父母・妻財・官鬼・子孫」の五類の六親を定め出さん。
八宮図第三
八卦各宮全圖(初學點卦,不會裝卦者,須裝照此全圖裝拼、應五行)。 乾宮八卦屬金 乾為天 天風姤 天山遁 父母戌土′世 父母戌土′ 父母戌土′ 兄弟中金′ 兄弟申金′ 兄弟申金′應 官鬼午火′ 官鬼午火′應 官鬼午火′ 父母辰士′應 兄弟酉金′ 兄弟申金′ 妻財寅木′ 子孫亥水′ 官鬼午火″世 子孫子水′ 父母丑士″世 父母辰土″ 天地否 風地觀 山地剝 父母戌土′應 妻財卯木′ 妻財寅木′ 兄弟申金′ 官鬼巳火′ 子孫子水″世 官鬼午火′ 父母未土″世 父母戌土″ 妻財卯木″世 妻財卯木″ 妻財卯木″ 官鬼巳火″ 官鬼巳火″ 官鬼巳火″應 父母未土″ 父母未土″應 父母未土″ 火地晉 火天大有 官鬼巳火′ 官鬼巳火′應 父母未土″ 父母未土″ 兄弟酉金′世 兄弟酉金′ 妻財卯木″ 父母辰土′世 官鬼巳火″ 妻財寅木′ 父母未土″應 子孫子水′
以下は八宮六十四卦の装卦全図にして、初學者の査用に供す。剛に卦を点することを学び、未だ自ら六親五行を配すること能わざる人は、卦名を占い出したる後、直ちにこの図に照らして地支・五行・六親・世応を抄し下せば即ち可なり。每一格は上より下へ第六爻より初爻に至る。「′」は陽爻(単)を表示し、「″」は陰爻(拆)を表示す。まず乾宮を見よ。八卦皆金に属す。故に金を以て「兄弟」と為し、土を以て「父母」と為し、木を以て「妻財」と為し、火を以て「官鬼」と為し、水を以て「子孫」と為す。世爻の位置に定則あり。首卦は第六爻に在り、第二卦は初爻に退り、此の後逐卦に上昇し、第三卦は二爻に、第四卦は三爻に、第五卦は四爻に、第六卦は五爻に在り。第七卦遊魂は四爻に退り戻り、第八卦帰魂は三爻に落つ。応爻は永遠に世爻と相隔たること二位なり。図中、乾為天の世は上爻戌土に、天風姤の世は初爻丑土に、天山遯の世は二爻午火に、天地否の世は三爻卯木に、風地観の世は四爻未土に、山地剥の世は五爻子水に、火地晋(遊魂)の世は四爻酉金に、火天大有(帰魂)の世は三爻辰土に在り、一一相合す。底本の刻工に誤る処あり。天風姤の前一卦の「兄弟中金」は「兄弟申金」と作るべく、「父母辰士」「父母丑士」の「士」は皆「土」と作るべし。読者は上下文に依りて改正せば可なり。
兌宮八卦屬金 兌為澤 澤水困 澤地萃 父母來土、、世 父母未土、、 父母未土、、 兄弟酉金、 兄弟酉金、 兄弟酉金、應 子孫亥水; 子孫亥水、應 子孫亥水、 父母丑土、、應 官鬼午火、、 妻財卯木、、 妻財卯木、 父母辰土、 官鬼巳火、、世 官鬼巳火、 妻財卯木、、世 父母未土、、 澤山咸 水山蹇 地山謙 父母未土、、應 子孫子水、、 兄弟酉金、、 兄弟酉金、 父母戌土、 子孫亥水、、世 子孫亥水、 兄弟申金、、世 父母丑土、、 兄弟申金、世 兄弟申金、 兄弟申金、 官鬼午火、、 官鬼午火、、 官鬼午火、、應 父母辰土、、 父母辰土、、應 父母辰土、、 雷山小過 雷澤歸妹 父母戌土、、 父母戌土、、應 兄弟申金、、 兄弟申金、、 官鬼午火、世 官鬼午火、 兄弟申金、 父母丑土、、世 官鬼午火、、 妻財卯木、 父母辰土、、應 官鬼巳火、
兌宮の八卦も皆金に属す。故に六親の配法は乾宮と完全相同なり。金は兄弟、土は父母、木は妻財、火は官鬼、水は子孫。この一宮の排版は一種の符号を換えたり。単に「、」一つを写すは陽爻、連ねて「、、」二つを写すは陰爻にして、前の乾宮の「′」「″」と意思同じ。ただ刻本の用字統一せざるのみ。八個の卦は依次に兌為沢・沢水困・沢地萃・沢山咸・水山蹇・地山謙に、遊魂の雷山小過と帰魂の雷沢帰妹を加ふ。世爻はなお定則に照らして安放す。兌為沢の世は上爻未土に、沢水困は初爻卯木に退り、沢地萃は二爻巳火に升り、沢山咸は三爻申金に、水山蹇は四爻申金に、地山謙は五爻亥水に、雷山小過遊魂は四爻午火に退り戻り、雷沢帰妹帰魂は三爻丑土に落つ。兌宮首卦上爻の「父母来土」は「父母未土」の訛にして、「子孫亥水;」の分号も「、」の刻み壊れたるものに注意すべし。また本宮第四卦は、前の卦名表に「沢地咸」と写し、ここに「沢山咸」と作る。ここを以て正と為す。
離宮八卦屬火 離為火 火山旅 火風鼎 兄弟巳火、世 兄弟巳火、 兄弟巳火、 子孫未土、、 子孫未土、、 子孫未土、、應 妻財酉金、 妻財酉金、應 妻財酉金、 官鬼亥水、應 妻財申金、 妻財酉金、 子孫丑土、、 兄弟午火、、 官鬼亥水、世 父母卯木、 子孫辰土、、世 子孫丑土、、 火水未濟 山水蒙 風水渙 兄弟巳火、應 父母寅木、 父母卯木、 子孫未土、、 官鬼子水、、 兄弟巳火、世 妻財酉金、 子孫戌土、、世 子孫未土、、 兄弟午火、、世 兄弟午火、、 兄弟午火、、 子孫辰土、 子孫辰土、 子孫辰土、應 父母寅木、、 父母寅木、、應 父母寅木、、 天水訟 天火同人 子孫戌士、 子孫戌土、應 妻財申金、 妻財申金、 兄弟午火、世 兄弟午火、 兄弟午火、、 官鬼亥水、世 子孫辰土、 子孫丑土、、 父母寅木、、應 父母卯木、
離宮の八卦は皆火に属す。六親は便ちかく配す。火は兄弟、水は官鬼、土は子孫、木は父母、金は妻財——およそ本宮五行の生ずる所は即ち子孫、本宮五行を剋するは即ち官鬼、本宮の剋する所は即ち妻財、本宮を生ずるは即ち父母なり。八卦依次に離為火・火山旅・火風鼎・火水未済・山水蒙・風水渙、遊魂天水訟、帰魂天火同人。世爻の位置。離為火は上爻巳火に、火山旅は初爻辰土に退り、火風鼎は二爻亥水に、火水未済は三爻午火に、山水蒙は四爻戌土に、風水渙は五爻巳火に、天水訟遊魂は四爻午火に退り戻り、天火同人帰魂は三爻亥水に在り。図中「子孫戌士」の「士」は「土」と作るべし。また火山旅の第三爻は「妻財申金」と刻すが、渾天甲子に拠れば艮宮内卦は「妻財申金」と為すべく、火風鼎の同位の「妻財酉金」と写法同じからず。読者は本宮首卦の地支を以て準と為し逐爻に核対せば可なり。
震宮八卦屬木 震為雷 雷地豫 雷水解 妻財戌士、、世 妻財戌土、、 妻財戌土、、 官鬼申金、、 官鬼申金、、 官鬼申金、、應 子孫午火 子孫午火、應 子孫午火、 妻財辰土、、應 兄弟卯木、、 子孫午火、. 兄弟寅木、、 子孫巳火、、 妻財辰士、世 父母子水、 妻財未土、、世 兄弟寅木、、 雷風恆 地風升 水風井 妻財戌土、、應 官鬼酉金、、 父母子水、、 官鬼申金、、 父母亥水、、 妻財戌土、世 子孫午火、 妻則丑土、、世 官鬼申金、、 官鬼酉金、世 官鬼酉金、 官鬼酉金、 父母亥水、 父母亥水、 父母亥水、應 妻財丑土、、 妻財丑土、、應 妻財丑土、、 澤風大過 澤雷隨 妻財未土、、 妻財未土、、應 官鬼酉金、 官鬼酉金、 父母亥水、世 父母亥水、 官鬼酉金、 妻財辰士、、世 父母亥水、 兄弟寅木、、 妻財丑土、、應 父母子水、
震宮の八卦は皆木に属す。六親の配法は、木を兄弟と為し、水を父母と為し(水は木を生ず)、金を官鬼と為し(金は木を剋す)、火を子孫と為し(木は火を生ず)、土を妻財と為す(木は土を剋す)。八卦依次に震為雷・雷地豫・雷水解・雷風恒・地風升・水風井、遊魂沢風大過、帰魂沢雷随。世爻。震為雷は上爻戌土に、雷地豫は初爻未土に退り、雷水解は二爻辰土に、雷風恒は三爻酉金に、地風升は四爻丑土に、水風井は五爻戌土に、沢風大過遊魂は四爻亥水に回り、沢雷随帰魂は三爻辰土に在り。この一宮は刻本の訛字比較的多し。「妻財戌士」「妻財辰士」の「士」は皆「土」なり。地風升の「妻則丑土」は「妻財丑土」なり。雷水解第三爻末尾に多出せる一個の点も刻痕にして、理会するに及ばず。また震為雷の第四爻「子孫午火」の下に陽爻符号を漏刻せり。震卦六爻の排法に拠れば、それは一個の陽爻なり。
巽宮八卦屬木 巽為風 風天小畜 風火家人 兄弟卯木、世 兄弟卯木、 兄弟卯木、 子孫巳火、 子孫巳火、 子孫巳火、應 妻財未土、、 妻財未土、、應 妻財未土、、 官鬼酉金、應 妻財辰土、 父母亥水、 父母亥水、 兄弟寅木、 妻財丑土、、世 妻財丑土、、 父母子水、世 兄弟卯木、 風雷益 天雷無妄 火雷噬嗑 兄弟卯木、應 妻財戌土、 子孫巳火、 子孫巳火、 官鬼申金、 妻財未土、、世 妻財未土、、 子孫午火、世 官鬼酉金、 妻財辰土、、世 妻財辰土、、 妻財辰土、、 兄弟寅木、、 兄弟寅木、、 兄弟寅木、、應 父母子水、 父母子水、應 父母子水、 山雷顧 山風蠱 兄弟寅木、 兄弟寅木、應 父母子水、、 父母子水、、 妻財戌土、、世 妻財戌土、、 妻財辰土、、 官鬼酉金、世 兄弟寅木、、 父母亥水、 父母子水、應 妻財丑土、、
巽宮の八卦は同じく木に属す。六親の配法は震宮と同じ。木は兄弟、水は父母、金は官鬼、火は子孫、土は妻財。八卦依次に巽為風・風天小畜・風火家人・風雷益・天雷无妄・火雷噬嗑、遊魂山雷頤、帰魂山風蠱。世爻の落点。巽為風は上爻卯木に、風天小畜は初爻子水に退り、風火家人は二爻丑土に、風雷益は三爻辰土に、天雷无妄は四爻午火に、火雷噬嗑は五爻未土に、山雷頤遊魂は四爻戌土に退り戻り、山風蠱帰魂は三爻酉金に在り。図中「山雷顧」は「山雷頤」の形訛なり。天雷无妄と火雷噬嗑の両卦に留意すべし。无妄の外卦は乾にして戌・申・午を納め、噬嗑の外卦は離にして巳・未・酉を納む。両卦の上三爻の地支は完全に同じからず。図を抄するに最も行を看串びやすし。須らく逐爻に対し準すべし。
坎宮八卦屬水 坎為水 水澤節 水雷屯 兄弟子水、、世 兄弟子水、、 兄弟子水、、 官鬼戌土、 官鬼戌土、 官鬼戌土、應 父母申金、、 父母申金、、應 父母申金、、 妻財午火、、應 官鬼丑土、、 官鬼辰土、、 官鬼辰土、 子孫卯木、 子孫寅木、、世 子孫寅木、、 妻財巳火、世 兄弟子水、 水火既濟 澤火革 雷火豐 兄弟子水、、應 官鬼未土、、 官鬼戌土、、 官鬼戌土、 父母酉金、 父母申金、、世 父母申金、、 兄弟亥水、世 妻財午火、 兄弟亥水、世 兄弟亥水、 兄弟亥水、 官鬼丑土、、 官鬼丑土、、 官鬼丑土、、應 子孫卯木、 子孫卯木、應 子孫卯木、 地火明夷 地水師 父母酉金、、 父母酉金、、應 兄弟亥水、、 兄弟亥水、、 官鬼五上、、世 官鬼丑士、、 兄弟亥水、 妻財午火、、世 官鬼丑上、、 官鬼辰土、 子孫卯木、應 子孫寅木、、
坎宮の八卦は皆水に属す。六親かく配す。水は兄弟、火は妻財(水は火を剋す)、土は官鬼(土は水を剋す)、金は父母(金は水を生ず)、木は子孫(水は木を生ず)。八卦依次に坎為水・水沢節・水雷屯・水火既済・沢火革・雷火豊、遊魂地火明夷、帰魂地水師。世爻。坎為水は上爻子水に、水沢節は初爻巳火に退り、水雷屯は二爻寅木に、水火既済は三爻亥水に、沢火革は四爻亥水に、雷火豊は五爻申金に、地火明夷遊魂は四爻丑土に退り戻り、地水師帰魂は三爻丑土に在り。地火明夷の一卦は刻み壊れたること最も甚し。「官鬼五上」は「官鬼丑土」と作るべく、下の「官鬼丑上」も「官鬼丑土」なり。地水師の「官鬼丑士」も同じく「丑土」なり。三処皆「土」字の刻残に因りて誤れり。およそこの図を査して字形の可疑なる処に遇わば、皆回頭して本宮首卦の納甲次序を以て核対すべし。
艮宮八卦屬土 艮為山 山火賁 山天大畜 官鬼寅木、世 官鬼寅木、 官鬼寅木、 妻財子水、、 妻財子水、、 妻財子水、、應 兄弟戌土、、 兄弟戌土、、應 兄弟戌土、、 子孫申金、應 妻財亥水、 兄弟辰土、 父母午火、、 兄弟丑土、、 官鬼寅木、世 兄弟辰土、、 官鬼卯木、世 妻財子水、 山澤損 火澤睽 天澤履 官鬼寅木、應 父母巳火、 兄弟戌土、 妻財子水、、 兄弟未土、、 子孫申金、世 兄弟戌土、、 子孫酉金、世 父母午火、 兄弟丑土、、世 兄弟丑土、、 兄弟丑土、、 官鬼卯木、 官鬼卯木、 官鬼卯木、應 父母巳火、 父母巳火、應 父母巳火、 風澤中孚 風山漸 官鬼卯木、 官鬼卯木、應 父母巳火、 父母巳火、 兄弟未土、、世 兄弟未土、、 兄弟丑土、、 子孫申金、世 官鬼卯木、 父母午火、、 父母巳火、應 兄弟辰土、、
艮宮の八卦は皆土に属す。六親の配法は、土を兄弟と為し、火を父母と為し(火は土を生ず)、木を官鬼と為し(木は土を剋す)、水を妻財と為し(土は水を剋す)、金を子孫と為す(土は金を生ず)。八卦依次に艮為山・山火賁・山天大畜・山沢損・火沢睽・天沢履、遊魂風沢中孚、帰魂風山漸。世爻。艮為山は上爻寅木に、山火賁は初爻卯木に退り、山天大畜は二爻寅木に、山沢損は三爻丑土に、火沢睽は四爻酉金に、天沢履は五爻申金に、風沢中孚遊魂は四爻未土に退り戻り、風山漸帰魂は三爻申金に在り。この一宮は特に「官鬼」と「兄弟」の分弁に留意すべし。寅木・卯木は皆土を剋するなり。故に一概に官鬼と作す。辰・戌・丑・未の四土は同類にして皆兄弟と作す。初學者は常に辰土を誤りて妻財と当てる。須らく記すべし、土は本宮の我にして、土に遇えば兄弟たるのみ。
坤宮八卦屬土 坤為地 地雷復 地澤臨 子孫酉金、、世 子孫酉金、、 子孫酉金、、 妻財亥水、、 妻財亥水、、 妻財亥水、、應 兄弟丑土、、 兄弟丑土、、應 兄弟丑土、、 官鬼卯木、、應 兄弟辰土、、 兄弟丑土、、 父母巳火、、 官鬼寅木、、 官鬼卯木、世 兄弟未土、、 妻財子水、世 父母巳火、 地天泰 雷天大壯 澤天夬 子孫酉金、、應 兄弟戌土、、 兄弟未土、、 妻財亥水.. 子孫申金、、 子孫酉金、世 兄弟丑土、、 父母午火、世 妻財亥水 兄弟辰士、世 兄弟辰土、 兄弟辰土、 官鬼寅木、 官鬼寅木、 官鬼寅木、應 妻財子水、 妻財子水、應 妻財子水、 水天需 水地比 妻財子水、、 妻財子水、、應 兄弟戌土、 兄弟戌土、 子孫申金、、世 子孫申金、、 兄弟辰土、 官鬼卯木、、世 官鬼寅木、 父母巳火、、 妻財子水、應 兄弟未土、、
坤宮の八卦も皆土に属す。六親の配法は艮宮と相同じ。土は兄弟、火は父母、木は官鬼、水は妻財、金は子孫。八卦依次に坤為地・地雷復・地沢臨・地天泰・雷天大壮・沢天夬、遊魂水天需、帰魂水地比。世爻。坤為地は上爻酉金に、地雷復は初爻子水に退り、地沢臨は二爻卯木に、地天泰は三爻辰土に、雷天大壮は四爻午火に、沢天夬は五爻酉金に、水天需遊魂は四爻申金に退り戻り、水地比帰魂は三爻卯木に在り。図中「妻財亥水..」の二点は陰爻符号の小点と刻み成りしもの、「兄弟辰士」の「士」はなお「土」と作るべし。沢天夬第四爻「妻財亥水」は爻符を漏刻せり。乾宮は内に在り兌宮は外に在るの納甲に拠ればそれは陽爻なり。八宮全図ここに至りて俱に具わる。占卦の人はただ卦名を認め出し、本宮のこの一格に照らして逐爻に抄録せば、世応・五行・六親便ち皆斉備せん。
當年有一朋友宦遊之時,野鶴老人以此全圖相送,友說:我不知五行焉能斷卦?答曰:先學點卦,點出卦象看是何卦,即出全圖內尋出此卦,照樣裝排“世”“應”“五行”“六親”,不用念卦畫,不知五行生剋之理,亦能決斷四宗大事,不管卦中動與不動即照此圖內單看世爻。如占防憂慮患者,若得子孫持世無憂,官鬼持世憂疑難解,須加意防之。占功名者若得官鬼持世即許成名,子孫持世且待時。占求財妻財持世者必得,兄弟持世者難求。占病者若得六沖卦近病不藥而癒,久病妙藥難調。
当年ある朋友が外に出て官を為さんとせり。野鶴老人この全図を彼に贈る。朋友曰く、我は五行すら懂わず、どうして卦を断ぜん。野鶴老人答えて曰く、あなたまず卦を点することを学べ。卦象を揺し出してそれのいずれの卦かを見れば、全図に就きてこの一卦を找出し、照様に「世」「応」・地支五行および六親を抄し下せ。かくのごとくすれば、卦画を背誦するを要せず、五行生剋の道理を懂るをも要せず、照様に四類の大事を判断し得、しかも卦中に動爻あるなしを問わず、ただこの図上の世爻の一処を見れば足る。具体はかくのごとし。憂患を防ぎ慮るを占うに、子孫爻が世に臨めば便ち憂いなく、官鬼爻が世に臨めば則ち憂難解けず、必ず格外に提備すべし。功名を占うに、官鬼爻が世に臨めば即ち彼の名の成るを許し、子孫爻が世に臨めば則ち時機を待つのみ。財を求めるを占うに、妻財爻が世に臨めば必ず財を得、兄弟爻が世に臨めば則ち求め得がたし。疾病を占うに、六沖卦を得れば、新病は薬を服せずとも癒え、久病は良薬も医しがたし。
友問:何以謂之子孫持世?答:子孫與世字同在一爻者即是子孫持世。倘得官鬼與世字同在一爻者即是官鬼持世,其餘兄弟、妻財持世皆由此說。或問:何謂六沖卦?答:六沖卦者乾為天、坎為水、艮為山、震為雷、巽為風、離為火、坤為地、兌為澤,此八宮第一卦皆是六沖卦,再者天雷無妄、雷天大壯也是六沖卦一共十卦,其餘不是。
朋友問う、いかにして「子孫持世」と算す。答えて曰く、図上「子孫」の両字と「世」の字とが同一爻上に標せば、即ち子孫持世なり。もし「官鬼」と「世」とが同一爻に在らば、それ即ち官鬼持世なり。其余の兄弟持世・妻財持世は皆この弁法に照らして認めよ。又問う、何をか「六沖卦」と謂う。答えて曰く、六沖卦とは上下両卦の相対する六爻の地支が一一相沖する卦を指し、共に十個あり。八宮の第一卦——乾為天・坎為水・艮為山・震為雷・巽為風・離為火・坤為地・兌為沢——この八個の純卦は皆六沖なり。此の外天雷无妄・雷天大壮の両卦も亦六沖なり。合せて共に十卦、其余の五十四卦は皆あらず。
或問:求官者若得官鬼持世,求名必成,求財者得妻財持世,求財必得,倘若官鬼爻與妻財爻或值旬空月破或被卦中子孫發動以傷官,兄弟發動以傷財,雖遇官鬼持世、妻財持世有何益也。答:你知五行之理,神早知之,所得之卦,若非凶中藏吉,定是吉中藏凶。此乃神聖引人以知其奧,自然要看旬空、月破,生克、沖刑,今吾友不知五行之理,神亦早知,如若求名,禱於神曰:功名若成,賜我於官鬼持世。倘若無望,賜我子孫持世。如占防憂患,禱於神曰:目下若有禍者,卦得官鬼持世,若能免禍逃災者,賜我於子孫持世。所得之卦自然顯而易見,若有隱微者即是神變欺人,何以為神?
ある人質疑して曰く、官を求める人が官鬼持世を占えば必ず名を成し、財を求める人が妻財持世を占えば必ず財を得。しかし万一その官鬼爻・妻財爻がちょうど「旬空」に落ちるか「月破」に逢い、あるいは卦中に発動する子孫爻に官星を傷られ、発動する兄弟爻に財星を劫されば、官鬼持世・妻財持世たりといえども、また何の用かあらん。野鶴老人答えて曰く、あなたすでに五行の道理を懂る。神明は早くよりあなたの懂るを知れり。故にあなたに給う卦は凶の中に吉を蔵するか、即ち吉の裡に凶を伏す——これ正に神明の意を有してあなたを引きてその中の奥妙を参透せしめんとするにして、あなた自ずから即ち旬空・月破・生剋・沖刑を看るべし。いま我がこの朋友は根本に五行を懂わず。神明も早くより彼の懂わざるを知れり。故に彼の功名を求むるとき、ただ神明に向かい禱告して曰く、功名もし成らば、即ち我に官鬼持世の卦を賜え。もし指望なからば、即ち我に子孫持世の卦を賜え。憂患を防ぎ慮るを占わば禱告して曰く、いま目下もし真に禍あらば、即ち我に官鬼持世を賜え。もし禍を免れ災を逃れんば、即ち我に子孫持世を賜え。かくのごとく求め来たる卦は自ずから一目瞭然ならん。もしなお彼に一個の隠晦にして弁じがたき卦を給わば、それ即ち神明の法を変えて人を騙すにして、なんぞ神明と算せん。
況我作此一段簡易之法,單欲教其全不知五行之理者學會點卦,即照全圖裝排就知決斷四宗大事。倘若稍知五行之理者,不可以此為法,務必細讀此書卷後何謂空而不空,破而不破,何為墓而不墓,絕而不絕。何為真反吟假反吟,何謂進不進、退不退,何為回頭克者生,何為回頭克者死。何處可看用神,何處不看用神,何為占此而應彼,何為占遠而應近,何為得其法者百占百靈,何為不得其法者百占不驗。伺為元神不生用神,何為忌神無力能害用神。何處闢諸占者之謬,何處增巧驗之奇。細觀種種秘法,方能決事如神。
況んや我のこの一套の簡易法門を立つるは、本來ただ全く五行を懂わざる人を教えて卦を点せしめ、全図に照らして装排一たびすれば即ち四類の大事を判断せしめんとするのみ。もしすでに五行を略懂る人ならば、即ちこのを以て定法と当てるべからず。務めて本書後面の各巻を細読し、これらの関節を明白にせよ。何をか「空而不空」と謂い、何をか「破而不破」と謂う。何をか「墓而不墓」とし、何をか「絶而不絶」とする。何をか真の反吟とし、何をか仮の反吟とする。何をか「進而不進」「退而不退」と謂う。いかなる回頭剋かかえって生を主り、いかなる回頭剋か才に死を主る。いずれの場合に用神を看るべく、いずれの場合に用神を看るを必とせざる。何をかこの事を占うてかの事に応ずと謂い、何をか長遠の事を占うて眼前に応ずと謂う。なんとなれば法を得たる人は百占百霊、法を得ざる人は百占不験なる。いかなる情形下に元神用神を生ずる能わず、いかなる情形下に忌神は力なきといえどなお用神を傷害し得る。書中いずれの処か旧日占家の謬説を駁斥し、いずれの処か新増の精妙なる験例なる。この許多の秘法を細細に看過せば、事を断ずる才に神のごとくならん。
又問:假令占防災、慮、患,若得子孫持世自是無憂,若得官鬼持世驚恐必見,若卦中並不現者何以決之?答:一卦不見再占一卦,再若不見他日又占,昔人泥其不敢再占,所以無法。我見易經有:“三人占聽二人之言。”古人一事既可決於三處,今人何妨再占,余生平以來稍得其奧者全賴多占之力也,事之緩者,遲遲再占,事急者歇歇又占。不管早晚,不必焚香。深更半夜亦可占之。只要單為此事而占,不可又占他事,但有心懷兩三事而占卦者,非一念之誠,決無靈驗。
またある人問う、假如憂患を防ぎ慮るを占うに、子孫持世を占えば固より憂いなく、官鬼持世を占えば必ず驚恐を見る。しかしもし卦中に両様共に出現せざれば、則ちいかに断ぜん。答えて曰く、一卦看り出さざれば即ち再び一卦を占い、再び看り出さざれば即ち日を改めて再び占え。前人は「不敢再占」の一句に拘泥せり。故に含糊の卦に遇えば則ち束手無策なり。我古書上に「三人占、則従二人之言」の話あるを見る(この語は《尚書・洪範》に出づ。野鶴老人ここに《易経》と称す)、古人は一事なお三処に求決し得。今人再び一度占うに何の不可かあらん。我この一生わずかにその中の奥妙を得たるは、全く多占の力を頼れり。事の緩なるは徐々に再び占い、事の急なるは歇きること一會してまた占う。早晚を拘わず、焚香するをも必とせず、深更半夜照様に占い得べし。唯一の要求は、ただこの一事のために占うて、順帯に別の事を問うべからず。およそ心中に同時に両三の事を蔵して卦を占う者は、即ち「一念之誠」にあらず。決して霊験ならざらん。
假令占功名或是官鬼持世,或是子孫持世,得其一者得失已知,不必占矣,不必厭其子孫持世,務求其官鬼持世而後已,此非理也。如占求財或是妻財持世或是兄弟持世,得其一者則止,不必再占。倘一事而與眾人同其禍福者,各占一卦決之更易。即如行舟遇暴風,家中防火燭,人人俱可占之。
例を挙げて言わん、功名を占うに、占い出す所は官鬼持世ならずんば即ち子孫持世なり。ただその中の一様を得れば、成と不成とはすでに清楚にして、再び占うを必とせず。子孫持世を討厭するに因りて、官鬼持世を占うまで罷めざらんとすること勿れ。それは道理なきなり。財を求めるを占うも亦同じ。妻財持世ならずんば即ち兄弟持世なり。一様を得れば便ち手を停むべし。再び占うを必とせず。倘若この事の禍福は許多の人の共に承担する所ならば、則ち每人各々一卦を占えば、かえって決断しやすし。譬如同船に暴風に遇うか、あるいは全家火燭を防備するか、船上・家中人人皆占い得べし。
但有一卦若得子孫持世皆同無患。又如占疾病,病人自占,若不得六沖卦者一家俱可代占,但有一人得六沖之卦,或繫近病或繫久病吉凶合瞭然矣?世人凡有疑難,開口則說求神問卜。可見欲知未來之吉凶,除卜之外,無他矣。我習周易有年,所卜之事,感應之理,就如神聖開口說話。真令人毛骨悚然。因而不知周易之妙,不念卦書,不得不送此秘訣,試去行之,覓見其靈,從此自肯唸書學卜,此法甚善。你亦可以傳人縉紳、士民、行商、坐賈,無人不可。不用須要全不知五行生剋之人方用此法,倘若稍知五行者,神必現隱微之卦,須要先念渾天甲子、六親歌,占出卦來會裝五行六採。
この許多の卦裡、ただ一卦の子孫持世あらば、同行同住の人便ち皆禍患なし。再び如く疾病を占うに、病人自ら占う。もし六沖卦を占い出さざれば、全家人皆彼に為りて占い得べし。ただ一人の六沖卦を占い得るあらば、則ち新病なりとも久病なりとも、吉凶即ち皆明白ならん。世上の人は疑難あるごとに、口を開き便ち神を求め卜を問うと言う。未来の吉凶を預知せんと欲せば、占卜の外別の办法なきを見るべし。我《周易》を研習すること多年、およそ占いし所の事の、その感応の理は、简直に神明の口を開きて話するがごとく、真に人をして毛骨悚然たらしむ。正にこの朋友の《周易》の妙処を懂わず、かつ卦書を読むを肯ぜざるに因りて、我不得已この套の秘訣を彼に贈り、彼をして試みに照弁せしめ、一旦霊験を見れば、自ずから書を読み卜を学ぶを肯ずん。この弁法甚だよし。あなたもそれを別人に伝えて可なり。官紳・百姓・行商・坐賈、用い得ざる者なし。ただ説明すべし。全く五行生剋を懂わざる人のみこの法を用うるにあらず。倘若すでに五行を略懂れば、神明は必ず彼に一個の含蓄隠微の卦を給わん。則ち先ず「渾天甲子」と「六親歌」とを背熟し、卦を占い出して自ら五行六親を装する能わざるべからず(原文の「六采」は即ち「六親」の訛)。
再學變動,卦中必有動爻,動則必變。即知動變然後再看用神、元神、忌神,知此者即如入周易之門也。再看四時旺相章、五行相生相剋章、五行相沖相合章、旬空月破生旺墓絕章,又如進周易之堂也。再看後卷各門各類占何事以何法斷之,漸漸由淺入深,以得其奧,不須半載工夫,得餘數十年之真學也。今餘先點一卦,教爾學看用神及五行生剋旺衰之理。
次の一歩は再び「動」と「変」とを学ぶ。卦中総じて動爻あるべし。一動すれば必然に別の一爻を変出す。動と変とを懂得し、然る後に再び「用神」「元神」「忌神」を看よ。この一層に懂到れば、即ち《周易》の大門に走り入ると算す。接き下りて《四時旺相章》・《五行相生章》および《五行相克章》・五行相沖相合の各章、および旬空・月破・生旺墓絶の諸章を読めば、則ち《周易》の厅堂に登るに等し。再び後面各巻の分門別類の内容を読み、いずれの類の事を占うにいずれの一套の断法を用うべきかを看て、浅より深に入り、慢慢とすれば即ちその精奥を得べし。半年の工夫を用うるに及ばず、即ち我が几十年の真学問を手に学び取らん。いま我先ず一卦を摆き出して、あなたを教えて用神および五行生剋旺衰の道理を看せしめん。
凡問事先寫年月日辰,再照六神章中寫出六神然後占卦。即如占得乾為天卦: 父母戌土′世 兄弟申金′ 官鬼午火′ 父母辰土′應 妻財寅木′ 子孫子水′ 自占吉凶者以世爻為用神,此卦世臨戌土,即以此戌土自己之身。宜於旺相,最怕休囚。宜逢巳午之火相生,忌寅卯之木而相剋,又不宜世爻落空,更不宜世爻臨月破。此世爻戌土有四處生克沖合。
およそ事を問うは、先ず占卦当当天の年・月・日の干支を紙上に写し、再び《六神章》の口訣に照らして青竜・朱雀・勾陳・螣蛇・白虎・玄武の六神を六爻の傍らに配し、然る後に才に卦を起こす。譬如「乾為天」を占い得れば、上より下へ六爻は、上爻父母戌土(陽爻、世爻ここに在り)、五爻兄弟申金、四爻官鬼午火、三爻父母辰土(応爻ここに在り)、二爻妻財寅木、初爻子孫子水。およそ自ら己の吉凶を占うは、即ち世爻を以て用神と為す。この卦の世爻は戌土に臨む。この戌土即ち占卦人自身を代表す。それは旺相に宜しく、最も休囚無気を怕れ、巳火・午火の来生に遇うを喜び(火は土を生ず)、寅木・卯木の来剋に遇うを忌む(木は土を剋す)。また世爻の「旬空」に落つるを宜しとせず、さらに世爻の「月破」に逢するを宜しとせず。この世爻戌土は、共に四箇所あってそれに対し生・剋・沖・合の作用を発生し得る。
月建能生克沖合:此卦世爻戌土如在寅卯月占卦,被寅卯之木傷克,即為世爻受傷。自占吉凶者謂之休囚不利。若在辰月占卦,辰沖戌土,戌為月破,此謂之世爻逢月破,即如自己身子如破格也,百無所為。若在巳午月占卦,巳午之火乃是官鬼,能生戌土,謂之火旺土相,世爻逢旺相,諸事可為。若在未丑月占卦,此兩月土旺之時亦能幫扶戌土,此世爻戌土亦謂之旺相,亦以為吉。若在戌月占卦,世爻戌土而為月建,此旺相以當時也,自占吉凶,諸事享通。若在申、酉、亥、子月占卦此戌土皆為洩氣之時,謂之世爻休囚無力。此謂之月建能生克、沖合世爻戌土之用神也。要知何以謂之用神者,自占吉凶用此世爻為主,不說世爻而曰用神,占父母以父母爻為用神。
第一処は月建(占卦の所在する月份の地支)にして、生じ能く剋し能く沖し能く合し能し。この一卦の世爻戌土に就きて言わば、もし寅月・卯月に卦を占えば、木は土を剋し、世爻は寅卯の木に傷剋され、即ち世爻の受傷にして、自占吉凶は便ち休囚不利と作る。もし辰月に卦を占えば、辰は戌と相沖し、戌土は「月破」と成る。これを世爻の月破に逢うと謂い、譬えば自己のこの人すでに残破失格にして、何事も作し成さざるがごとし。もし巳月・午月に卦を占えば、巳午の火は本卦の裡では官鬼にして、火は土を生じ得。これを「火旺土相」と謂い、世爻は旺相の気を得て、諸事皆作為し得べし。もし未月・丑月に卦を占えば、この両月は皆土旺の時にして、同類相扶け、もって戌土を幇扶し得。世爻も同じく旺相と算し、亦吉を主る。もし戌月に卦を占えば、世爻戌土自身即ち月建にして、これ当令の旺なり。自占吉凶諸事亨通せん。もし申・酉・亥・子の四箇月に卦を占えば、土は金を生じに行き、水を剋しに行き、皆泄気耗力の時に属し、即ち世爻の休囚無力と謂う。以上即ち月建の世爻戌土この用神を生剋沖合し得るの道理なり。また順帯に何をか「用神」と謂うを説明せん。自占吉凶は世爻を以て主と為し、世爻と称せず用神と称す。同理、父母を占えば即ち父母爻を以て用神と為し、別の人事を占うも各々取る所有り。
日辰能生克沖合:此卦世爻戌土,若在寅卯日占卦,寅卯之木能克戌土,此世爻受日辰傷克不利之象。若在辰日占卦,辰沖戌土,謂之世爻暗動。若在巳午日占卦,巳午之火即是官鬼能生戌土。此謂之世爻逢官鬼而生旺,諸事皆吉。若在未丑日占卦,土遇土而幫扶,此戌土亦為得助。若在戌日占卦,謂之世爻臨日建當令得權。若在申酉亥子日占卦,此戌土無克無生。此謂之日建能生克沖合用神也。
第二処は日辰(占卦当当天の日支)にして、生じ能く剋し能く沖し能く合し能し。なおこの一卦の世爻戌土を以て例と為さば、もし寅日・卯日に卦を占えば、寅卯の木は戌土を剋し得。これ世爻の日辰に傷剋される不利の象なり。もし辰日に卦を占えば、辰は戌土を沖す。これを世爻の「暗動」と謂う——静爻旺相にして日辰に一沖せられ、動かざるに似て実はすでに動けり。もし巳日・午日に卦を占えば、巳午の火即ち本卦の官鬼にして、戌土を生じ得。これを世爻の官鬼相生を得て轉旺すと謂い、諸事皆吉なり。もし未日・丑日に卦を占えば、土は同類に遇い相幇扶し、戌土も助けを得たりと算す。もし戌日に卦を占えば、則ち世爻の日建に臨むにして、当令権を得たり。もし申・酉・亥・子日に卦を占えば、この戌土は剋されたるもなく、生を得たるもなし。不吉不凶なり。これ即ち日建の用神を生剋沖合し得るの道理なり。須らく注意すべし、日辰と月建とは同じく権を有すといえども、日辰は四季常に旺にして、月建の只管一月たるに似ず。
卦中之動爻能生克沖合。此卦世爻戌土,倘卦中第二爻寅木發動能克戌土,第四爻午火官鬼發動能生戌土,第三爻辰土發動能沖戌土,此謂之卦中之動爻能生、克、沖、合用神。世爻發動變出之爻能回頭生、克、沖、合。世爻發動,動而必變,變出巳午之火謂之回頭生世。變出寅卯之木謂之回頭克世,變出辰土謂之回頭沖世,變出卯木謂之合世。此謂之用神自動變出之爻能生克沖合用神也。
第三処は卦中の動爻にして、生じ能く剋し能く沖し能く合し能し。なおこの一卦の世爻戌土を看よ。假如卦中第二爻の寅木が発動せば、木は土を剋し、即ち戌土を剋傷し得。第四爻午火官鬼が発動せば、火は土を生じ、即ち戌土を生助し得。第三爻辰土が発動せば、辰戌相沖にして、即ち戌土を沖動し得。これ即ち卦中の動爻の用神に対し生・剋・沖・合の作用を発生し得ると謂う——須らく記すべし、動爻のみこの份の力量を有し、安静の爻は自ら他の爻を生剋すること主動せず。第四処は世爻の自己発動したる後に変出するあの爻にして、回頭して生じ、回頭して剋し、回頭して沖し、回頭して合し得。世爻一たび発動せば、必然に一個の新爻を変出す。巳火・午火を変出すれば「回頭生世」と謂い、寅木・卯木を変出すれば「回頭剋世」と謂い、辰土を変出すれば辰戌相沖にして「回頭沖世」と謂い、卯木を変出すれば卯は戌と相合にして「合世」と謂う。これ即ち用神自身の発動して変ずる爻が、反って用神に対し生剋沖合の作用を起こすの道理なり。
以上四處若得全來生合用神者,諸占全吉。倘有三處相生一處相剋,也以吉斷。若有兩處克兩處生者,須看旺衰。生用神之神旺相者則以吉斷,克用神之神旺相者可以凶推。尚遇三處相剋一處相生,若得相生之爻旺相者也可斷為克處逢凶中得解。若值休囚者有生之名無生之實,與四處俱來克者同斷,諸占大凶。
以上の四処——月建・日辰・卦中動爻・世爻の変ずる所の爻——もし全く来生して用神を合せば、則ち何事を占うとも吉なり。倘若その中の三処相生し一処相剋するも、なお吉と断ず。もし両処剋し両処生じ、勢均力敵ならば、即ち双方の旺衰を比較すべし。用神を生ずるあの一方旺相ならば、即ち吉と断じ、用神を剋するあの一方旺相ならば、即ち凶と推す。假如三処相剋し、ただ一処相生するに遇えば、ただこの来生の爻の本身旺相ならば、なお「剋処逢生」と断作し得。凶中に解を得ん。しかしもしこの来生の爻ちょうど休囚に値えば、則ち空しく相生の名を有して相生の実なし。四処一斉に来剋するに分別なし。何事を占うとも大凶を主らん。
或問:此卦世爻戌土並無變出寅卯巳午之理?答:他爻多有變出回頭生克,藉此以為法也。又問:卯木能克戌土又與戌合,還是以之為合還是以之為克?答:五行相合章註解極明。
ある人問う、この一卦は六爻皆静にして、世爻戌土根本に発動せず。どこに寅卯を変出し或いは巳午を変出してそれを生剋すると談ずるを得ん。答えて曰く、別の卦裡に動爻の回頭生・回頭剋を変出する情形多し。ここはただ乾為天のこの一卦を借りて個の例子を作り、道理を講通せしめんとするのみ。又問う、卯木すでに戌土を剋し得、卯は戌とまた相合す。則ち到底「合」に拠りて論ずべきか、それとも「剋」に拠りて論ずべきか。答えて曰く、この一層は本書《五行相合章》の裡に注解極めて明白なり。あそこに至れば自然に清楚ならん——大体合して力あれば即ち合を以て論じ、合の中に剋を帯ぶれば則ち双方の旺衰を看るを須とす。
又問:此卦乾為天,卦中午火作官星,如何午月午日占卦也以午火作官星何也?答:不拘占得何卦,卦內若以巳午火作官星者,如遇巳午月日占卦,此巳午日也作官星,卦中若以巳午之火作財星者,而巳午月日也作財星,餘仿此。旺相休囚者,四時旺相查之。空破者旬空月破章查之。沖合者五行相合章查之。暗動者在暗動查之。回頭生回頭克者在動變生克章查之。日辰月建者在日辰月建章查之,生克者五行相生,五行相剋章查之。生克者五行相生、五行相剋章查之。元神者元神章查之。用神、官星者在用神章查之。
又問う、この一卦は乾為天にして、卦中の午火は官星を充當す。則ち午月・午日に卦を占うとき、なんとなれば月建・日辰のこの午火を連れて官星と看做す。答えて曰く、いずれの卦を占い得るを問わず、ただ卦内が巳午の火を以て官星を充當と為さば、巳午月・巳午日に卦を占うに遇えば、この月建日辰の巳午も同じく官星と看るべし。卦内もし巳午の火を以て財星を充當と為さば、則ち巳午月日も即ち財星と看るべし。其余の各爻もこれに依りて類推す——月建日辰の六親の身份は、一律に本卦の定むる所に随う。その他の名目に至っては、本書に各々專章あり査すべし。旺相休囚を辨ぜんと欲せば《四時旺相章》を査し、旬空月破を辨ぜんと欲せば《旬空章》《月破章》を査し、沖と合とを辨ぜんと欲せば《五行相合章》を査し、暗動を辨ぜんと欲せば《暗動章》を査し、回頭生・回頭剋を辨ぜんと欲せば《動変生剋章》を査し、日辰・月建の権能は《日辰章》《月将章》を査し、相生相剋は《五行相生章》《五行相克章》を査し、元神の用法は《元神章》を査し、用神と官星の取法は《用神章》を査すべし。
占父母者以卦中父母爻為用神。此卦辰、戌兩爻俱是父母,若兩爻俱動或都不發動,擇其旺者為用神。如一爻動者擇其動者為用神。父母即臨辰戌兩爻二土,即以土為父母,宜火相生,怕木相剋、忌臨旬空、月破亦有四處生克沖合,但宜生多克少為吉。與前世爻相參看。占室舍、車舟、文章、章奏、都以父母爻為用神,須在用神章細看。占他人者以應爻為用神,此卦用臨辰土,欲其吉者宜四處相生,欲其衰者宜四處沖剋。
父母の事を占うは、即ち卦中の父母爻を以て用神と作す。乾為天のこの一卦は、三爻辰土と上爻戌土とが皆父母爻にして、「用神両現」に属す。もし両爻同時に発動し、あるいは両爻皆安静ならば、即ちその中の旺相なるあの一爻を取りて用神と作す。もしただ一爻のみ発動せば、便ち発動するあの一爻を取る。父母すでに辰・戌の両個の土爻上に落つるを以て、即ち土を以て父母を代表と為す。このゆえに火の相生に来たるに宜しく(火は土を生ず)、木の相剋に来たるを怕れ(木は土を剋す)、またそれの旬空に落ち月破に逢するを忌む。それも同じく前に言う所の月建・日辰・動爻・変爻この四処の生剋沖合あり。総じて生多く剋少なきを以て吉と為す。この一段は前の世爻を講ずる一段と対照して看るべし。此の外、房屋・車船・文章・奏章の一類の事を占うも、皆父母爻を以て用神と為す。詳細の取法は《用神章》を看るべし。別人の事を占うは則ち応爻を以て用神と為す。この一卦の応爻は正に三爻辰土なり。占う所の人の吉利を望まば、即ちこの四処皆来たりてそれを生ずるを盼み、彼の衰敗を望まば、即ちこの四処皆来たりてそれを沖剋するを盼め。
占兄弟者以兄弟爻為用神。此卦申金兄弟即為此爻,宜土相生,怕火相剋,忌臨月破、旬空,也有四處生克,都是多生少克為吉,克多生少為凶。又云:兄弟爻乃劫財之神。如占弟兄姐妹之否泰者,宜其生旺不宜臨月破旬空。如占妻、妾、婢、僕及財物者宜克多生少。更喜逢空逢破,使其不能劫我之財,克我之妻妾、婢、僕。
兄弟の事を占うは、即ち兄弟爻を以て用神と作す。乾為天のこの一卦の五爻申金は便ち兄弟爻なり。金は土の来生あるに宜しく(土は金を生ず)、火の来剋あるを怕れ(火は金を剋す)、また月破・旬空に落つるを忌む。それも同じくあの四処の生剋を受け、総じて生多く剋少なきを以て吉と為し、剋多く生少なきを以て凶と為す。ただしなお一一層を補わん。兄弟爻は本身「劫財之神」なり。故に取用は占う所の何の事かを看るべし。もし占う所が兄弟姉妹本人の順逆安危ならば、則ち兄弟爻の生旺を望み、それの月破に逢い旬空に落つるを望まず。もし占う所が妻妾・婢女・僕人および銭財貨物ならば、情形恰好相返る——このとき兄弟爻は忌神にして、かえってそれの剋多く生少なきを望み、最もそれをして空に落ち破に逢せしむを好とす。かくのごとくして初めてそれは力なくして我が財を劫奪し、我が妻妾婢僕を剋傷する能わざらん。
占妻、妾、婢、僕及占財物都以妻財爻為用神,此卦寅木妻財就是用神。忌臨旬空月破,宜水相生,怕金相剋,也有四處生克,多生少克為吉與前同看。凡占金銀、買賣都以妻財為用神,須在用神章中細看。占子孫者以子孫爻為用神,此卦子水就是用神。忌臨月破、自空,喜金相生、怕土相剋。也有四處生克沖合,宜其克少生多,與前同看。占他事者以子孫爻為用神者,也從用神章查之。
妻妾・婢女・僕人および銭財器物を占うは、一概に妻財爻を以て用神と作す。乾為天のこの一卦の二爻寅木は即ち用神なり。それは旬空に落ち月破に逢するを忌む。木は水の来生あるを喜び(水は木を生ず)、金の来剋あるを怕る(金は木を剋す)。同じくあの四処の生剋を受け、亦生多く剋少なきを以て吉と為す。看法は前の数条と相同じ。およそ金銀買賣を占うは皆妻財爻を以て用神と為す。細法は《用神章》を査すべし。子孫の事を占うは即ち子孫爻を以て用神と作す。この一卦の初爻子水便ち是なり。それは月破に逢うを忌み、自身の空に落つるを忌む。水は金の来生あるを喜び(金は水を生ず)、土の来剋あるを怕る(土は水を剋す)。同じく四処の生剋沖合あり、それの剋少なく生多きを宜しとす。看法は前と同じ。また別に若干の事項ありて亦子孫爻を取りて用神と為す(例えば医薬・僧道・六畜等)。一併せて《用神章》の裡に赴きて査すべし。
占功名者以官鬼爻為用神,此卦午火官星即為用神。此爻最忌逢空、逢破,怕水相剋,宜木相生。也有四處生克與前同看。占鬼崇、妖櫱、亂臣、賊盜都以官鬼爻為用神,須在用神章細看。以上所論諸事,後卷都有細法。恐爾不得其門而入,寫此以為綱領,引爾入門也。知此綱領再細詳後卷,各章由淺入深,自入佳境。
功名を占うは即ち官鬼爻を以て用神と作す。乾為天のこの一卦の四爻午火官星便ち用神なり。この一爻は最も旬空に落ち月破に逢するを忌む。火は水の来剋あるを怕れ(水は火を剋す)、木の来生あるに宜し(木は火を生ず)。同じく四処の生剋を受け、看法は前と相同じ。此の外、鬼祟妖孽・乱臣賊盗を占うも皆官鬼爻を以て用神と為す。細法は《用神章》を看るべし。以上の言う所のこの幾類の事は、後面各巻に皆いっそう細緻なる断法あり。我あなたの門径を摸り得ざるを怕るるがゆえ、故に先ずこの一段を写し下して綱領と作し、あなたを引きて門に入らしめん。この綱領を掌握し、再び去りて後面各巻を細読し、逐章に浅より深に入れば、自然に漸々佳境に入らん。
前八宮全圖都是靜爻,然而卦必有動,動則必變,後篇雖有動變章,恐爾不明,再排一變卦為例,爾宜細詳。卦有“O”變出,“O”為重,重為陽,陽動變陰。卦有“X”變出,“X”為交,交為陰,陰動變陽。
前のあの張の八宮全図上に排せるは皆安静の爻なり。しかるに実際に卦を占えば総じて爻の発動あり。一たび発動せば必然に新爻を変出す。後面また別に《動変章》ありて專らこの事を講ずといえども、我あなたのなお明白ならざるを怕るるがゆえ、故に再び一個の変爻を帯びたる例子を排き出す。あなた須らく仔細に体会すべし。銭を揺するときもし三箇の銭皆背ならば「O」と記し、これを「重」と謂う。重は陽に属し、陽爻発動すれば便ち変じて陰爻と成る。もし三箇の銭皆字ならば「X」と記し、これを「交」と謂う。交は陰に属し、陰爻発動すれば便ち変じて陽爻と成る。即ち言う所は、老陽は変じて少陰と為り、老陰は変じて少陽と為り、動爻は一定に変じて自己と相反するあの一種と成る。
如得“澤天夬”變出“天風姤”卦: 兄弟未土″ 動 兄弟戌土′ 子孫酉金′世 子孫申金′ 妻財亥水′ 父母午火′應 兄弟辰土′ 子孫酉金′ 官鬼寅木′應 妻財亥水′ 妻財子水′ 動 兄弟丑土″世 澤天夬,上三爻外卦乃是兌卦,兌為澤,下三爻內卦乃是乾卦,乾為天,澤在上,天在下,即是澤天夬卦。從全圖內找出澤天夬卦,照樣裝出世應、五行、六親然後再看動爻。
例を挙げて言わば、「沢天夬」を揺出して「天風姤」に変ず。左辺は本卦の沢天夬にして、上より下へ依次に、上爻兄弟未土(陰爻、発動)、五爻子孫酉金(世爻ここに在り)、四爻妻財亥水、三爻兄弟辰土、二爻官鬼寅木(応爻ここに在り)、初爻妻財子水(発動)。右辺は変卦の天風姤にして、両個の動爻と相対する位置に兄弟戌土と兄弟丑土とを変出す(変卦の世爻は初爻に落つ)。まず本卦のいかに認むるかを言わん。上三爻は外卦にして兌を為す。兌即ち沢なり。下三爻は内卦にして乾を為す。乾即ち天なり。沢は上に在り天は下に在り。合せて正に沢天夬なり。卦名を認め出したる後、八宮全図の裡に赴きて沢天夬のこの一格を找出し、照様に世応・地支五行・六親を抄し下し、然る後に再びいずれの幾爻か発動するを看よ。
上三爻兌卦,第六爻“交”動變出“一”爻,即是兌卦變乾卦為乾為天。下三爻乾卦初爻動“O”變為“一一”爻,即是乾卦變巽卦為巽為風。天在上,風在下即為天風姤卦。在全圖內找出天風姤卦,以姤卦初爻之丑土,寫在前卦初爻發動子水之旁謂之子孫變出丑土。以姤卦第六爻之戌土寫在前卦六爻發動之旁,即是未土變出戌土。餘爻不動不變不必寫出。按六親者姤卦之丑土、戌土原是父母,今俱寫兄弟何也?六親須照前卦而按前卦澤天夬土為兄弟,所以變卦之丑、戌二土也寫兄弟。餘卦仿此。
再び変卦のいかにして得出せしかを言わん。上三爻は兌卦にして、その中の第六爻は「交」と記す。これ老陰の発動にして、一条の整画の陽爻を変出す。ここにおいて兌卦は便ち変じて乾卦と成る。即ち天なり。下三爻は乾卦にして、その初爻は「O」と記す。これ老陽の発動にして、一条の断開せる陰爻を変出す。ここにおいて乾卦は便ち変じて巽卦と成る。即ち風なり。天は上に在り風は下に在り。合せて便ち天風姤なり。再び全図の裡に赴きて天風姤のこの一格を找出せよ。姤卦の初爻の丑土を本卦初爻のあの発動する子水の傍らに写す。これを「子孫変出丑土」と謂う。姤卦の第六爻の戌土を本卦上爻のあの発動の爻の傍らに写す。これ即ち「未土変出戌土」なり。其余の四爻はすでに動かざるを以て即ち変ぜず、別に写すを必とせず。ここに一個の要緊の処あり。天風姤本身の六親に拠れば、丑土・戌土は原本皆父母なりき。いまなんとなれば一律に兄弟と写すや。変爻の六親は本卦に跟い隨い定まるを以て、しかも本卦沢天夬は坤宮に属し五行は土に属す。土は「我」なり。故に土は兄弟たるのみ。変出の丑・戌両土も即ち跟いて兄弟と写す。其余の各卦は皆この規矩に照らして弁ず。
渾天甲子章第四
乾在內:子水、寅木、辰土;乾在外:午火、申金、戌土。 坎在內:寅木、辰土、午火;坎在外:申金、戌土、子水。 辰在內:辰土、午火、申金;辰在外:戌土、子水、寅木。 震在內:於水、寅木、辰土;震在外:午火、申金、戌土。 巽在內:丑土、亥水、酉金;巽在外:未土、巳火、卯木。 高在內:卯木、丑土、亥水;離在外:酉金、未土、巳火。 坤在內:未土、巳火、卯木;坤在外:丑土、亥水、酉金。 兌在內:巳火、卯木、丑土;兌在外:亥水、酉金、未土。
この一章は「納甲」を講ず。即ち十二地支を八経卦の三箇の爻上に配するなり。同一の経卦も、下三爻(内卦)に放ると上三爻(外卦)に放るとでは配する所の地支同じからず。故に每卦は内・外の両行に分かちて記す。乾卦は内卦に在るとき、初爻より上へ依次に子水・寅木・辰土なり。外卦に在るとき、四爻より上へ依次に午火・申金・戌土なり。坎卦は内に在れば寅木・辰土・午火、外に在れば申金・戌土・子水。艮卦は内に在れば辰土・午火・申金、外に在れば戌土・子水・寅木(底本は「艮」を誤って「辰」と刻す)。震卦は内に在れば子水・寅木・辰土、外に在れば午火・申金・戌土(底本の「于水」は即ち「子水」)。巽卦は内に在れば丑土・亥水・酉金、外に在れば未土・巳火・卯木。離卦は内に在れば卯木・丑土・亥水、外に在れば酉金・未土・巳火(底本の「高在内」は即ち「離在内」)。坤卦は内に在れば未土・巳火・卯木、外に在れば丑土・亥水・酉金。兌卦は内に在れば巳火・卯木・丑土、外に在れば亥水・酉金・未土。乾・坎・艮・震の四卦は陽に属し、地支は順行しかつ皆陽支を取る。巽・離・坤・兌の四卦は陰に属し、地支は逆行しかつ皆陰支を取る。この条の規律を記熟せば記し誤ること易からず。
如得天風姤卦,上三爻是乾卦即乾在外午火、申金、戌土: 戌土一 申金一 午火一 酉金一 亥水一 丑土 下三爻是巽卦即巽在內丑土、亥水、酉金。點卦由下而上,故裝五行也由下而上,餘仿此。
例を挙げて言わば、天風姤の卦を占い得れば、上三爻は乾卦にして「乾在外」に属す。故に四爻より上へ依次に午火・申金・戌土を配す——図上に写せば即ち上爻戌土・五爻申金・四爻午火なり。下三爻は巽卦にして「巽在内」に属す。故に初爻より上へ依次に丑土・亥水・酉金を配す——即ち初爻丑土・二爻亥水・三爻酉金なり。每個の地支後のあの一豎は陽爻の記号なり。須らく注意すべし、卦を点ずるは下より上へ点ずるを以て、故に地支五行を装するも一律に初爻より上へ装す。其余の各卦は皆この弁法に照らす。
六親歌章第五
乾兌宮金兄、土父、木財、火鬼、水子。乾兌宮八卦都屬金。坎宮水兄、火財、土鬼、金父、木子。坎宮八卦都屬水。坤艮宮土兄、火父、木鬼、水財、金子。坤艮宮八卦都屬土。離宮火兄、水鬼、土子、木父,金財。離宮八卦都屬火。震巽木兄、水父、金鬼、火子、土財。震巽宮八卦都屬木。
これは六親を配する口訣なり。六親を定むるの総原則はただ一句あり。本宮の五行を以て「我」と為し、我と同類なるは兄弟、我を生ずるは父母、我の生ずるは子孫、我を剋するは官鬼、我の剋するは妻財。乾宮と兌宮とは皆金に属す。故に金爻は兄弟と作し、土爻は父母と作し、木爻は妻財と作し、火爻は官鬼と作し、水爻は子孫と作す。坎宮は水に属す。故に水爻は兄弟、火爻は妻財、土爻は官鬼、金爻は父母、木爻は子孫。坤宮と艮宮とは皆土に属す。故に土爻は兄弟、火爻は父母、木爻は官鬼、水爻は妻財、金爻は子孫。離宮は火に属す。故に火爻は兄弟、水爻は官鬼、土爻は子孫、木爻は父母、金爻は妻財。震宮と巽宮とは皆木に属す。故に木爻は兄弟、水爻は父母、金爻は官鬼、火爻は子孫、土爻は妻財。八宮は合せて五組を成す。この五句を背熟せば、いずれの一卦も皆立刻に六親を配出し得べし。
如占得乾為天: 父母戌土、世 兄弟申金、 官鬼午火、 父母辰土、應 妻財寅木、 子孫一子水、 照乾宮金兄、土父、木財、火鬼、水子、裝之,所以辰、戌土為父母,申金為兄弟,火為官鬼,木是妻財,水是子孫,餘卦仿此。
例を挙げて言わば、乾為天を占い得れば、先ず前章の納甲に拠りて地支を装す。初爻子水・二爻寅木・三爻辰土・四爻午火・五爻申金・上爻戌土。再び乾宮の「金為兄弟、土為父母、木為妻財、火為官鬼、水為子孫」のこの一句に照らして六親を配す。ここにおいて辰土・戌土の両爻は皆父母、申金は兄弟、午火は官鬼、寅木は妻財、子水は子孫。世爻は上爻戌土上に標し、応爻は三爻辰土上に標す。図中初爻の「子孫一子水」は一個の「一」字を多出せり。これ刻本の衍文なり。其余の各卦は皆この弁法に照らして装す。
世応章第六
乾為天“世”在六,天風姤“世”在初,天山遁“世”在二,天地否“世”在三,天地觀“世”在四,山地剝“世”在五,火地晉“世”在四,火天大有“世”退在三。隔世爻兩位即是應爻,餘卦仿此。
この一章は世爻・応爻のいかに安放するかを講ず。乾宮八卦を用いて示範と作す。乾為天は本宮首卦にして世爻は第六爻に在り。天風姤は初爻の変じ来たる所にして世爻は即ち初爻に退る。天山遯は二爻変にして世爻は第二爻に在り。天地否は三爻変にして世爻は第三爻に在り。風地観は四爻変にして世爻は第四爻に在り(底本の「天地観」は「風地観」の訛)。山地剥は五爻変にして世爻は第五爻に在り。火地晋は遊魂卦にして世爻は五爻より第四爻に退り戻る。火天大有は帰魂卦にして世爻は再び第三爻に退る。世爻を定めば応爻は找し易し——世爻より上へ或いは下へ相隔たること两位なるあの一爻即ち応爻なり。例えば世は初爻に在れば則ち応は四爻に、世は三爻に在れば則ち応は上爻に在り。其余の七宮の卦は皆この規矩に照らして安放す。
動変章第七
六爻不動則不變,動則必變,“O”為陽動則變“ ″ ”,“X”為陰動則變“ ′ ”。如乾卦初爻動則變為巽卦。 ′ ′ ′ ′ O ″ 乾卦上下爻動則變為坎卦: O ″ ′ ′ O ″ 坤卦中爻動,變為坎卦: ″ ″ X ′ ″ ″ 坤卦中三爻都動變作乾卦。
六爻の当中に、発動なき爻は則ち改変せず。一たび発動せば必定に相反する一爻を変出す。記号「O」は老陽にして、陽爻発動すれば便ち変じて陰爻「″」と成る。記号「X」は老陰にして、陰爻発動すれば便ち変じて陽爻「′」と成る。幾個かの例を挙ぐ。乾卦の三爻は本来皆陽なり。もし初爻発動せば、初爻は陽より陰に変じ、上の両爻は動かず。ここにおいて乾卦は便ち変じて巽卦と成る。乾卦もし上爻と初爻との両処発動せば、この両爻は皆陽より陰に変じ、中間の一爻はなお陽なり。ここにおいて変じて坎卦と成る。坤卦の三爻は本来皆陰なり。もし中間のあの一爻発動せば、それは陰より陽に変じ、上下の両爻は動かず。ここにおいて坤卦は変じて坎卦と成る。坤卦もし三爻一斉に発動せば、三箇の陰爻は全く変じて陽爻と成り、即ち乾卦と成就す。左辺の一列は本卦にして、右辺の一列は変じ出したる卦なり。対照して看れば即ち明白ならん。
如占得水天需卦變天水訟: 妻財子水″ 動 兄弟戌土′ 兄弟戌土′ 子孫申金′ 子孫申金″世 動 父母午火′世 兄弟辰土′ 動 父母午火″ 官鬼寅木′ 兄弟辰土′ 妻財子水′應 動 官鬼寅木″應 上三爻坎卦即是坎在外卦申金、戌土、子水,所以四爻申金、五爻戌土、六爻子水。變為乾卦即是乾在外卦午火、申金、戌土所以申金變出午火,子水變出戌土,申爻不動則不變。變出之爻按六親者仍照正卦而推,餘卦仿此。
再び一例を看よ。水天需を占い得て天水訟に変ず。本卦の水天需は上より下へ、上爻妻財子水(陰爻、発動)、五爻兄弟戌土、四爻子孫申金(世爻、発動)、三爻兄弟辰土(発動)、二爻官鬼寅木、初爻妻財子水(応爻、発動)。発動の各爻は各々新爻を変出して右辺の一列に排す。ここに講ずる所は変爻の地支のいかに来たるかなり。本卦の上三爻は坎卦にして「坎在外」に属す。故に四爻申金・五爻戌土・上爻子水。この三爻の中に両爻発動ありて、変じて乾卦と成れり。乾卦は外に在りて午火・申金・戌土を配す。故に原来の申金位は午火を変出し、原来の子水位は戌土を変出す。五爻申金は動きなく、即ち変ぜず。変出の爻のいずれの六親と算するかに至っては、なお旧に依りて本卦の所属の宮に拠りて推す——水天需は坤宮に属し、土は兄弟、火は父母。故に変出の戌土は兄弟と写し、変出の午火は父母と写す。其余の各卦は皆この弁法に照らす。
用神章第八
父母爻:占父母即以卦中之父母爻為神。祖父母、伯、叔、姑、姨、父母,凡在我父母之上,或與我父母同輩之親及師長、妻父母、乳釋之父母,三父、人母或僕占主人皆以父母爻為用神。占天地、城池、牆垣、宅舍、屋宇、舟車、衣服、雨具、綢緞、布匹、章奏、文書及書館文契也以父母爻為用神,物類亦多在變通,一切庇護我身者是也。
まず父母爻を言わん。父母の事を占うは、即ち卦中の父母爻を以て用神と為す。およそ輩分の我が父母の上なる人、あるいは我が父母と同輩の親属——祖父母・伯父・叔父・姑母・姨母、および師長・岳父岳母・乳母およびその丈夫、また礼制上の言う所の「三父八母」(底本の「人母」は即ち「八母」の訛、継父・養父等の三種の父と嫡母・継母・養母等の八種の母を指す)、乃至僕人の主人を占うも、一概に父母爻を取りて用神と為す。事物の一類に至っては、天地・城池・囲墻・住宅・房屋・船車・衣服・雨具・綢緞布匹・奏章・文書および学館の契据、も皆父母爻を以て用神と為す。この類に帰入し得べき物件はなお甚だ多し。自己の変通に依りて推すを要す。総の原則は、およそ我が身体を遮蔽庇護し得べきものは皆父母爻に属す。
官鬼爻:占功名、官府、雷霆鬼神、妻占夫皆以官鬼爻為用神。占亂臣賊盜、邪崇也以官鬼爻為用神,物類亦多,一切拘束我身者是也。兄弟爻:占兄弟、姐妹、族中兄弟、姑姨、妹夫及結拜兄弟都以兄弟爻為用神。兄弟乃同類之人,彼得志則欺凌,見財則奪,所以占財物以此為劫神,占謀事以此為阻神、占妻妾、婢僕以此為刑傷克害之神。占姊丈妹夫以世爻為用神子屢得驗。
再び官鬼爻を言わん。功名前程を占い、官府衙門を占い、雷霆鬼神を占い、および妻子の丈夫を占うは、皆官鬼爻を以て用神と為す。乱臣・盗賊・邪祟妖異を占うも、同じく官鬼爻を取る。この一類に帰入し得べき事物も甚だ多し。総の原則は、およそ我が身を拘管束縛し得べきは皆官鬼に属す。接ぎて兄弟爻を言わん。兄弟姐妹・同族兄弟・姑表姨表・妹夫および結拜弟兄を占うは、皆兄弟爻を以て用神と為す。兄弟は我と同類の人なり。彼一旦勢を得れば則ち我を欺圧せんとし、銭財を見れば則ち分奪に来たらんと欲す。故に財物を占うときそれは「劫財之神」にして、事を謀るを占うときそれは「阻隔之神」にして、妻妾婢僕を占うときそれは「刑傷剋害之神」なり。また野鶴老人補充して曰く、姐夫・妹夫を占うは実は世爻を以て用神と為すがいっそう准なり。他自己は屡試して屡験す(原文の「子屡得験」の「子」は「予」と作るべく、作者の自ら称するなり)。
妻財爻:占妻妾、婢、僕、役,我驅使之人皆以要財爻為用神。占貨財、珠寶、倉庫一切使用之財物亦以妻財爻為用神。子孫爻:占子孫、占女、女婿、侄、甥、門生凡在我子孫輩中皆以子孫爻為用神。占忠臣、良將、醫藥、僧、道、兵卒皆以子孫爻為用神。占六畜、禽獸亦以子孫爻為用神。子孫福德之神。為制鬼之神、為解憂之神、為剝官之神,諸事見之為喜,獨占功名者忌之。
再び妻財爻を言わん。妻子・小妾・婢女・僕役、およそ我に駆使せらるる人を占うは、皆妻財爻を以て用神と為す(原文の「要財爻」の「要」は「妻」の訛)。貨物銭財・珠宝・倉庫および一切の我に供用せらるる財物を占うも、亦妻財爻を取る。最後に子孫爻を言わん。児子・女児・女婿・侄児・外甥・門生、およそ輩分の我の下なる者を占うは、皆子孫爻を以て用神と為す。忠臣・良将・医生薬物・僧人道士・兵卒を占うも、皆子孫爻を取る。牛馬猪羊等の六畜および禽獣を占うも、同じく子孫爻を取る。子孫のこの一爻は「福徳之神」なり。それは能く官鬼を制伏す。故に憂を解くの神なり。しかるにそれも能く官星を剥奪す。故にまた官を傷るの神なり。このゆえに別の事を占うて子孫を見るは皆喜兆なり。唯だ功名を占う人は最もそれを忌諱す。
用神・元神・忌神・仇神章第九
用神,即前各類之用神也。元神,生用神之神即為元神。忌神克用神之爻也。仇神者克元神而生忌神也。
この一章は断卦の四箇の角色を立起す。いわゆる「用神」とは、即ち前一章に占う所の人・占う所の事に拠りて定め下したるあの一爻なり。およそ能く用神を生ずる爻は「元神」と謂い、それは用神の根源にして、元神力あれば則ち用神靠あり。およそ能く用神を剋する爻は「忌神」と謂い、それは用神の対頭なり。また一種の爻ありて、それは去りて元神を剋し、同時にまた忌神を生じ、両頭共に倒忙を幇す。これを「仇神」と謂う。四者の関係はかく記し得べし。仇神は元神を剋し忌神を生じ、忌神は用神を剋し、元神は用神を生ず。一卦手に到れば、先ず用神を認め、再び元神の力あるなき・忌神の制あるなき・仇神の出現あるなきを看れば、吉凶の大局は即ち定まらん。
例:辰月戊申日占父近病,得乾為天變天小畜。 父母戌土′世 妻財卯木′ 兄弟申金′ 官鬼巳火′ 官鬼午火′ 動 父母未土″應 父母辰土′應 父母辰土′ 妻財寅木′ 妻財寅木′ 子孫子水′ 子孫子水′世 一人持此卦而問余曰:近病逢沖即愈。此卦乃係六沖,但父病之甚,再爾看愈於何日?餘說此卦辰土、未土、戌土三重父母爻,當擇其旺者而用之,今辰土父母臨月建,即用辰土為用神,目下病重者,乃因申日沖寅木而暗動,木動以克辰土。彼問:卦中午火發動,寅木雖動,不克辰土。余曰:午火雖動化出未土,午與未合,午未相合不生辰土,所以此辰土單受寅木之克,不得午火之生,故此病體沉重,須待丑日沖去未土而午火無合,其土災退。果於丑日起床。
これは一則の実占なり。辰月戊申日、ある人父に為りて新たに得たる病を占いて、「乾為天」を揺出して「風天小畜」に変ず(底本は一個の「風」字を脱す)。本卦の六爻は上より下へ、上爻父母戌土(世爻)、五爻兄弟申金、四爻官鬼午火(発動)、三爻父母辰土(応爻)、二爻妻財寅木、初爻子孫子水。四爻午火動きて父母未土を変出す。占者卦を執りて野鶴老人に問うて曰く、書上に新病六沖に遇えば則ちよしと講ず。この一卦乾為天は正に六沖卦なり。しかるに父の病重きこと甚し。あなた再び看て、到底いずれの日に能くよくせん。野鶴老人曰く、父病を占うは父母爻を取りて用神と為す。この卦は辰土・変出の未土・上爻戌土、共に三重の父母あり。当にその中の最旺なる一個を取るべし。いま辰土父母は正に辰月に当たり、月建に臨む。故に即ち三爻辰土を用いて用神と作す。目下病重きの縁故は、戊申日の申金の二爻寅木を沖したるにあり。寅木は静なりといえども沖せられて「暗動」と成れり。木一たび動けば即ち来たりて辰土を剋す。用神傷を受く。故に病沈めり。占者反問して曰く、卦中四爻午火明明発動す。火は能く土を生ず。寅木は動きたりと算すとも辰土を剋し倒す能わざらん。野鶴老人答えて曰く、午火は発動すといえども、それの変出する所は未土なり。午は未と正好相合す。動爻合せられて住せば則ち絆せられ、辰土を生ずる能わず。故にこの辰土はただ単に寅木の剋を受け、午火の生を得ず。病体才にかくのごとく沈重なり。須らく丑日を待つべし。丑は未土を沖開し、午火合絆なし。才に手を騰げて土を生じ得。あの時災病自ずから退かん。後に果たして丑日に牀を起ちて痊愈す。
元神・忌神衰旺章第十
元神雖生用神,須要旺相,方可生得用神。元神能生用神者有五:元神旺相或臨日月或日月動爻生扶者一也。元神動化回頭生及化進神者二也。元神長生帝旺於日辰三也。元神與忌神同動四也。元神旺動臨空化空五也。占以臨空化空為無用,非也。殊不知動不為空,皆應沖空實空之日而有用也。故以為吉能生用神,此五者乃有力之用神也,諸占皆吉。
元神は用神を生ずる爻なりといえども、それは自ら必ず旺相にして、才に真に用神を生じ動かし得べし。元神確かに能く用神を生ずるの情形に五種あり。第一、元神本身旺相、あるいは恰も日辰・月建に臨み、あるいは日辰・月建および動爻の来たりて生扶するあり。第二、元神発動して変出する爻の回頭してそれを生じ、あるいは動じて「進神」を化する(申化酉・亥化子のごとき、弱より強に轉ず)。第三、元神は日辰上に「長生」を得るか「帝旺」を得る。第四、元神と忌神と同時に発動す——忌神は本要用神を剋せんとすといえども、それは先ず元神を生じに行くを得、かえって接続相生と成る。第五、元神旺相にして発動し、自身正に旬空に落つるといえども、あるいは発動後に変出する爻の空に落つる。ある人は空に落ち空を化せば則ち用なしと以為す。これは対らざるなり。須らく知るべし、爻は一たび発動せば則ち空と算せず。沖空・填実のあの日に到れば照様に力あり。故にこの一条はなお吉と算し、元神は照様に能く用神を生ず。以上の五種は皆有力の元神にして、何事を占うとも皆吉なり。
例:酉月辛亥日占求財得兌為澤卦變雷水解卦: 父母未土″世 父母戌土″ 兄弟酉金′ 動 兄弟申金″應 子孫亥水′ 官鬼午火′ 父母丑土″應 官鬼午火″ 妻財卯木′ 父母辰土′世 官鬼巳火′ 動 妻財寅木″ 斷曰:寅日得見財,亦如心。彼曰:卯木妻財爻空而月破,又被金克,初爻巳火官雖生世,亥日沖散又化旬空何以為吉。余曰:神兆機於動,餘從來不言散,正因巳火化空,所以目下不見,待甲寅日出空而相見。寅木之財以生官,官來生世,果於寅日早見木日得財。
これは一則の実占なり。酉月辛亥日ある人求財を占いて、「兌為沢」を揺出して「雷水解」に変ず。本卦は上より下へ、上爻父母未土(世爻)、五爻兄弟酉金(発動)、四爻子孫亥水、三爻父母丑土(応爻)、二爻妻財卯木、初爻官鬼巳火(発動)。両個の動爻は分別に兄弟申金と妻財寅木とを変出す。野鶴老人断じて曰く、寅日即ち財を見る能く、しかも称心如意ならん。占を求むる人服せずして曰く、二爻卯木は妻財なり。すでに旬空に落ち、また酉月に沖せられて月破と成れり。なお動爻酉金の剋を受けん。初爻巳火官鬼は世を生ずといえども、亥日は正に巳火を沖し、沖散せり。況んやそれの変出する寅木も亦旬空の内に在り。かくのごとくなおいかに吉と算せん。野鶴老人答えて曰く、卦機は「動」の上より顕れ出づるなり。我向來いわゆる「沖散」を講ぜず。正に巳火の発動して変出する寅木の空に落つるに因りて、故に目下財はなお見えず。甲寅日に到りて空を出れば、財は即ち現れ出づん。あの時に至りて寅木の財は去りて巳火官鬼を生じ、官鬼は再び来たりて世爻を生ず。財は自ずから手に到らん。後に果たして寅日の一早に財を見たり。当日木日に財を得たり。
元神雖現又有不能生用神者有六:元神休囚,不動或動而休囚又被傷克者一也。元神休囚又逢自空、月破二也。元神休囚動化退神三也。元神衰而又絕四也。元神入三墓五也。元神休囚動而化絕、化克、化破、化散六也。以上元神無力生用神,無用之元神也,雖有如無。
元神は卦中に出現すといえども用神を生ずる能わざるの情形も亦六種あり。第一、元神休囚無気、あるいは安静不動、あるいは動くといえどもなお休囚にして、また別爻に傷剋せらる。第二、元神休囚にして、同時に自身「旬空」に落ちるか「月破」に逢す。第三、元神休囚にして発動し、却って「退神」を化出す(酉化申・子化亥のごとき、愈々変じて愈々弱し)。第四、元神本已衰弱にして、また「絶」地に逢す。第五、元神は「三墓」に入る——即ち日墓に入り、動爻の墓に入り、あるいは発動して自己化じて墓中に入る。第六、元神休囚にして発動し、却って絶を変出し・剋を変出し・破を変出し・散を変出す。以上の六種は皆無力の元神にして、卦裡に摆けども実は無きに等し。
忌神動而克害用神者有五:忌神旺相或遇日月動爻生扶或臨日月者一也。忌神動化回頭生扶退神者二也。忌神旺動動臨空化空三也。忌神長生帝旺與日辰四也。忌神與仇神同動五也。以上之忌神者如斧戟之忌神,諸占大凶。忌神雖動,不能克用神者有七:忌神休囚不動,而動休囚被日、月動爻克者一也。忌神靜臨空破二也。忌神入三墓三也。忌神衰動化退神四也。忌神衰而又絕五也。忌神動化絕化破、化克、化散六也。忌神與元神同動七也。此忌神者乃無力之忌神也,諸占化凶為吉。以上論元神、忌神之有力、無力者,亦要用神有氣,倘若用神無根謂之元神有力亦難生,忌神無力何足喜。
忌神発動して真に能く用神を剋傷するの情形に五種あり。第一、忌神旺相、あるいは日辰・月建および動爻の生扶を得るか、あるいは本身即ち日辰・月建に臨む。第二、忌神発動して変爻の回頭してそれを生じそれを扶く。退神を化すといえどももなお力あり。第三、忌神旺にして発動す。自身空に落ちるか空を化すといえども。第四、忌神は日辰上に長生を得・帝旺を得。第五、忌神と仇神と同時に発動す——仇神は忌神を生じ、忌神いっそう凶なり。この五種の忌神は利斧長戟のごとく、何事を占うとも大凶なり。反って忌神は発動すといえども用神を剋し動かす能わざるの情形に七種あり。第一、忌神休囚にして動かず、あるいは動くといえどもなお休囚にしてまた日辰・月建および動爻に剋せらる。第二、忌神安静にしてまた旬空に落ち・月破に逢す。第三、忌神は三墓に入る。第四、忌神衰弱にして動じて退神を化す。第五、忌神衰弱にしてまた絶地に逢す。第六、忌神発動して絶を化し・破を化し・剋を化し・散を化す。第七、忌神と元神と同時に発動し、それは先ず元神を生じに行き、元神は再び用神を生ず。かえって接続して好事と成れり。この七種は無力の忌神にして、何事を占うとも皆能く凶を轉じて吉と為す。ただしなお一句を補わん。以上の元神忌神の有力無力を講ずるは、前提は用神自己気あるなり。倘若用神本身根なからば、則ちそれは元神いかに力あるとも扶け起こす能わざらん。用神すでに救う所なからば、忌神力なきはまた何の喜ぶべきかあらん。
例:巳月乙未日自占病得澤風大過變火風鼎卦: 妻財未土″ 動 子孫巳火′ 官鬼酉金′ 動 妻財未土″應 父母亥水′世 官鬼酉金′ 官鬼酉金′ 官鬼酉金′ 父母亥水′ 父母亥水′世 妻財丑土″應 妻財丑土″ 自占病世爻亥水為用神,被未土忌神動而克水,幸得酉金元神亦動,忌神未土反生元神之酉金,金生亥水,接續相生,化凶而為吉。其如亥水月沖日克,值月破而被克,雖有生扶生之不起,如樹無根,寒谷不回春也。果卒於癸卯日,應卯日者沖去元神之日也。此謂之用神無根,元神有力亦難生。
これは一則の実占なり。巳月乙未日、ある人自己が自己の病を占いて、「沢風大過」を揺出して「火風鼎」に変ず。本卦は上より下へ、上爻妻財未土(発動)、五爻官鬼酉金(発動)、四爻父母亥水(世爻)、三爻官鬼酉金、二爻父母亥水、初爻妻財丑土(応爻)。両個の動爻は分別に子孫巳火と妻財未土とを変出す。自己病を占うは世爻を以て用神と為す。世爻は四爻亥水なり。上爻未土は忌神にして、発動して来たりて亥水を剋す。幸いに五爻酉金元神も同時に発動せり。ここにおいて忌神未土は先ず元神酉金を生じに行き、酉金は再び亥水を生ず。一路接続相生にして、本来は凶なるにかえって吉と成れり——これ正に前の言う所の「忌神と元神と同動」の格局なり。惜しむべきは、亥水用神は巳月に在りて月建に相沖せられ、月破と成れり。また未日の土に剋せらる。破しかつ剋せられ、たとえ元神の生扶あるも扶け起こす能わず。譬えば樹のすでに根を断たるるがごとく、寒谷は再び春に回る能わざらん。結果この人は癸卯日に去世せり。卯日に応じたるは、卯と酉と相沖するに因りて、あの一日は正に元神酉金を沖し去るの日なりき。この一卦は即ち「用神無根、元神力ありとも亦生じ難し」と謂うべし。
五行相生章第十一
金生水、水生木、木生火、火生土、土生金。凡用神、元神宜於逢生,月建生、日建生,動爻生、動化回頭生。如卯月己卯日弟占兄已得重罪,叩問能救否。得復之震: 子孫酉金″ 兄弟戌土″世 妻財亥水″ 子孫申金″ 兄弟丑土″應 動 父母午火′ 兄弟辰土″ 兄弟辰土″應 官鬼寅木″ 官鬼寅木″ 妻財子水′世 妻財子水′ 兄弟爻為用神,丑土兄動日月克之,明現大罪難脫,幸得兄爻丑土化午火父母回頭相生,斷曰:速速行之。父母化兄爻相生為吉,後蒙恩免死。
五行相生の次序は、金は水を生じ、水は木を生じ、木は火を生じ、火は土を生じ、土は金を生ず。およそ用神と元神とは皆生に逢うを以て好と為す。生の来路に四条あり——月建の来生・日辰の来生・卦中動爻の来生・自身発動して変出する爻の回頭来生。一実占を挙ぐ。卯月己卯日、ある人兄長に為りて卦を占う。兄長はすでに重罪に判せられ、なお救い下し得べきや否やを問うて、「地雷復」を揺出して「震為雷」に変ず。本卦は上より下へ、上爻子孫酉金、五爻妻財亥水、四爻兄弟丑土(応爻、発動)、三爻兄弟辰土、二爻官鬼寅木、初爻妻財子水(世爻)。動爻丑土は父母午火を変出す。兄長の事を占うは兄弟爻を以て用神と為す。用神即ち四爻丑土なり。この時卯月卯日にして木土相剋す。日建月建は一斉に来たりて丑土を剋す。明らかに摆けり大罪逃れがたし。幸いなる所は丑土発動して午火父母を変出して回頭相生す。火は土を生ず。絶処救あり。野鶴老人便ち断じて曰く、赶紧に奔走して営救せよ。父母爻変じ出して来たりて兄弟爻を生ずるは吉象なり。およそ文書・長輩・恩典一路通ずべし。後に果たして恩を蒙りて死罪を免る。
五行相克章第十二
金克木、木克土、土克水、水克火、火克金。凡忌神、仇宜於逢克,月克、日克、動爻克用神、化回頭克,此四者用神、元神俱逢一克,他處不見生扶者,則為凶兆。占吉事樂極生悲,占凶事須宜急急迴避。如卯月戊寅日占父官事已擬重罪得澤地萃卦變天火同人: 父母未土″ 動 父母戌土′應 兄弟酉金′應 兄弟申金′ 子孫亥水′ 官鬼午火′ 妻財卯木″ 動 子孫亥水′世 官鬼巳火″世 父母丑土″ 父母未土″ 動 妻財卯木′ 外卦未土父母,卯月克之,內卦亥卯未合成木局又相剋制,月剋日刑全無助,果至重刑。
五行相克の次序は、金は木を剋し、木は土を剋し、土は水を剋し、水は火を剋し、火は金を剋す。忌神と仇神とは皆剋せらるるを以て好と為す。反って剋の来路も亦四条あり——月建の来剋・日辰の来剋・卦中動爻の用神を来剋・用神自身発動して変爻の回頭来剋。用神或いは元神ただその中の一剋に挨せば、しかも別処に生扶接済なからば、即ち凶兆なり。吉慶の事を占えば楽極まりて悲を生ぜん。凶険の事を占えば則ち赶紧に回避すべし。一実占を挙ぐ。卯月戊寅日、ある人父親の官司のために卦を占う。父親はすでに重罪を擬定せられ、「沢地萃」を揺出して「天火同人」に変ず。本卦は上より下へ、上爻父母未土(発動)、五爻兄弟酉金(応爻)、四爻子孫亥水、三爻妻財卯木(発動)、二爻官鬼巳火(世爻)、初爻父母未土(発動)。父親を占うは父母爻を取りて用神と為す。外卦上爻の未土父母は正に卯月の木に剋せらる。内卦裡は亥・卯・未の三支また合して木局と成し、木局も亦来たりて土を剋す。用神四面敵を受く。すでに月建の剋あり、また寅日の刑あり。全く一処の生扶なし。後に果たして重刑を判ぜらる。
同日妹占兄官事同此一案亦擬重罪得天地否變天水訟: 父母戌土′應 父母戌土′ 兄弟申金′ 兄弟申金′ 官鬼午火′ 官鬼午火′世 妻財卯木″世 官鬼午火″ 官鬼巳火″ 動 父母辰土′ 父母未土″ 妻財寅木″應 申金兄爻為用神,巳火鬼動,刑剋申金,重罪定矣。幸喜辰日沖動戌土父母暗動生申,克處逢生,若有父母可以救之,後因父年八十,援例恩留免死。
同じ日に、別に一人の妹妹ありて哥哥に為りて同一の案件の官司を占う。哥哥も亦重罪を擬せられ、「天地否」を揺出して「天水訟」に変ず。本卦は上より下へ、上爻父母戌土(応爻)、五爻兄弟申金、四爻官鬼午火、三爻妻財卯木(世爻)、二爻官鬼巳火(発動)、初爻父母未土。兄長を占うは兄弟爻を以て用神と為す。用神は五爻申金なり。二爻巳火官鬼発動す。巳と申とはすでに相刑しかつ相剋す。火は来たりて金を剋す。重罪すでに定局と成れり。幸いなる所はこの一天は辰日にして、辰は戌と相沖し、上爻の戌土父母を沖じて「暗動」ならしむ。土動きて金を生ず。用神は剋の中に生を得る。これ即ち「剋処逢生」なり——しかも暗動するは父母爻にして、長輩のこの一路ありて彼を救い得べきを説明す。後に果たして他の父親すでに八十歳なるに因りて、養親留侍の成例に依照して上請し、恩を蒙りて死罪を免る。
聖人作易,令人趨吉避凶,未卜而不知者,是大數也,卜之而神不告,亦大數也,既已卜之,神己先之,明知故犯者,亦不可盡委之於數也、命也。
聖人の《易経》を創制するに本意は人をして吉に趨り凶を避け得しめんとするにあり。一人の人占卜なく、しかして事先に事の出ずるを知らざるは、それは天数の使然なり。占卜して神明偏に明告せざるも、亦それは天数の使然なり。しかるにすでに占したるに因りて、神明もすでに先ず征兆を顕示し出だせるに、あの人なお明知して故犯し、一頭撞きて上る——この種の結果は則ち全く「天数」「命定」に推す能わざらん。野鶴老人のこの一句は読者を提醒するに在り。占卜の価値は占後に改むるに肯ずるに在り。卦象凶を報じて回避するに肯肯ぜざれば、責任は人に在りて天に在らず。
剋処逢生章第十三
受此處之克,得他處之生,即為克處逢生。大凡用神、元神克少生多為吉。忌神者以克少生多為凶,所以忌神宜克不宜生也。如辰月丙申日占弟癌症業已臨危得既濟卦變革卦: 兄弟子水″應 官鬼未土″ 官鬼戌土′ 父母酉金′ 父母申金″ 動 兄弟亥水′世 兄弟亥水′世 兄弟亥水′ 官鬼丑土″ 官鬼丑土″ 子孫卯木′ 子孫卯木′應 斷日:月建辰土雖克亥水,兄弟賴申日以生之,又得動爻相生,臨危有救,果於本日酉時遇名醫救活也,至巳亥日以全生。
ある一処来たりて剋し、別の一処却って来たりて生ず。これ即ち「剋処逢生」と謂う。大体上に言えば、用神と元神とは皆剋少なく生多きを吉と為す。忌神は恰好相反す。忌神は剋少なく生多きかえって凶と為す。故に忌神は剋を挨ぐに宜しくして生を受くるに宜しからず。一実占を挙ぐ。辰月丙申日、ある人弟弟に為りて病を占う。弟弟はすでに病危なり。「水火既済」を揺出して「沢火革」に変ず。本卦は上より下へ、上爻兄弟子水(応爻)、五爻官鬼戌土、四爻父母申金(発動)、三爻兄弟亥水(世爻)、二爻官鬼丑土、初爻子孫卯木。動爻申金は兄弟亥水を変出す。弟弟を占うは兄弟爻を以て用神と為し、三爻亥水を取る。野鶴老人断じて曰く、辰月の土は亥水を剋すといえども、この一天は申日にして申金は能く亥水を生ず。卦中四爻申金また発動して来生す。一日辰一動爻の両処相生にして、危境に在るといえども救あり。後に果たして当天酉時に名医に遇い、人を救い活かし、巳・亥日に至りて完全に康复せり。
動静生剋章第十四
六爻安靜旺相之爻,可以生得休囚之爻,亦可以克得休囚之爻,蓋旺相者有力之人也。例:令春天寅卯月占得坤卦。 子孫酉金″世 妻財亥水″ 兄弟丑土″ 官鬼卯木″應 父母巳火″ 兄弟未土″ 如占父母巳火為父母,三爻之卯木當春旺相能生巳火,父母既逢春,木相生,父旺能克子孫。如占子孫,子孫衰矣。春木當令能克丑未,二土臨兄弟,如占兄弟謂之休囚無氣,餘仿此。
六爻全く安静なるとき、その中の旺相の爻はなお旧に依りて休囚の爻を生じ動かし得、亦休囚の爻を剋し動かし得。旺相は譬えば一個の気力ある人にして、動かずとも人を圧し得住するがごとし。例を挙げて言わん。春天の寅月・卯月に坤為地の一卦を占い得れば、六爻上より下へは上爻子孫酉金(世爻)・五爻妻財亥水・四爻兄弟丑土・三爻官鬼卯木(応爻)・二爻父母巳火・初爻兄弟未土。六爻俱に静なり。もし父母を占えば、即ち二爻巳火を以て用神と為す。三爻卯木は正に春令に当たりて旺相なり。木は能く火を生ず。故に父母爻は生を得たり。父母すでに春木相生に逢いて轉旺せば、火旺なれば便ち去りて金を剋す。ここにおいて上爻の酉金子孫は即ち傷を受けたり。故に同一の卦も、もし子孫を占えば子孫はかえって衰敗なり。再び看るに春天木当令なり。木旺なれば能く土を剋す。卦中の丑土・未土両爻は皆兄弟にして、旺木に剋せらる。故にもし兄弟を占えば、即ち休囚無気と謂うべし。其余の各卦は皆この道理に照らして推す。
例:令春占得兌卦變歸妹卦: 父母未土″世 父母戌土″應 兄弟酉金′ 動 兄弟申金″ 子孫亥水′ 官鬼午火′ 父母丑土″應 父母丑土″世 妻財卯木′ 妻財卯木′ 官鬼巳火′ 官鬼巳火′ 酉金發動雖則休囚,動而能克旺相之卯木,卯木當令能克丑未二土,今既木被金傷,亦難克土,餘仿此。
再び一例を挙ぐ。なお春天に卦を占うて、兌為沢を得て雷沢帰妹に変ず。本卦は上より下へ、上爻父母未土(世爻)、五爻兄弟酉金(発動)、四爻子孫亥水、三爻父母丑土(応爻)、二爻妻財卯木、初爻官鬼巳火。動爻酉金は兄弟申金を変出す。春天金は本來休囚なり。しかるに五爻酉金すでに発動せば、動けば即ち力あり。照様に当令旺相の卯木を剋し得住す。これ即ち上の一例と相対す。静爻は旺相を憑りて人を圧し、動爻は発動を憑りて勝を取る。卯木は本来当令にして、能く去りて丑土・未土の両個の土爻を剋す。いまそれは先ず酉金に傷せられ、自ら顧みる暇なし。亦即ち土を剋し動かす能わず。其余の情形は皆この道理に照らして推す。
動変生剋沖合章第十五
卦有動爻,動而必變,夫變出之爻能生克沖合本位之動爻,不能生克他爻,而他爻與本位之動爻,亦不能生克變爻。例:令子月卯日占得坤卦變火地晉: 子孫酉金″世 動 父母巳火′ 妻財亥水″ 兄弟未土″ 兄弟丑土″ 動 子孫酉金′世 官鬼卯木″應 官鬼卯木″ 父母巳火″ 父母巳火″ 兄弟未土″ 兄弟未土″應 酉金發動,酉為動爻,變出巳火,巳為變爻,變爻之巳火能回頭克本位之酉金,並不能克生他爻。四爻之丑土能動而生世爻之酉金,不能生變出之酉金,而變出之酉金亦不能生克他爻。
卦中に動爻あれば、一動すれば必然に新爻を変出す。変じ出したるこの爻は、ただそれの本位上のあの動爻に対して生・剋・沖・合の作用を起こすのみ。別の爻に管及ぶ能わず。同じく別の爻と本位の動爻とものちにこの変爻を傷る能わず。例を挙げて言わん。子月卯日に坤為地を占い得て火地晋に変ず。本卦は上より下へ、上爻子孫酉金(世爻、発動)、五爻妻財亥水、四爻兄弟丑土(発動)、三爻官鬼卯木(応爻)、二爻父母巳火、初爻兄弟未土。上爻は父母巳火を変出し、四爻は子孫酉金を変出す。上爻酉金発動す。それは動爻にして、変出の巳火即ち変爻なり。この巳火はただ能く回頭して本位の酉金を剋するのみ。別の爻を剋するにも生ずるにも及ばず。四爻丑土発動す。土は金を生ず。それは能く世爻上のあの酉金を生ず。しかし変卦裡の新たに変じ出したるあの酉金を生ずるに到らず。しかも変出のこの酉金も亦同じく別爻に対していかなる生剋の作用をも起こさず。
然則變爻誰能制之?惟日月能生之、克之、沖之、令之何也?日月如天,能生克動爻、靜爻、變爻、飛爻、伏爻、而諸爻不能傷日月。黃金策曰:爻傷日月,徒受其名。既如此卦子水月建能克世爻變出之巳火。卯為日建能沖變出之酉金是也,餘仿此。
然らば変爻すでに別爻の管束を受けず、なお誰かあってそれを制し得住し得ん。ただ日辰と月建とあり。日辰・月建は能くそれを生じ・それを剋し・それを沖し・それを約束す。何を以てか。日月は譬えば高く懸かる天にして、能く動爻・静爻・変爻・飛神・伏神を生剋し得、しかもこれらの爻は反って日月の分毫をも傷る能わざるがゆえなり。《黄金策》言うこと好し。爻の日月を傷らんと去るは、不過白く一個の名声を担うのみ。即ちこの一卦を就きて言わん。子月の子水は月建にして、水は火を剋し、能く世爻の変出する所のあの巳火を剋掉す。卯日の卯木は日建にして、卯は酉と相沖し、能く四爻変出のあの酉金を沖動す。其余の各卦は皆この道理に照らして推す。
四時旺相章第又十五
正月寅為月建,寅木旺,卯木次之。二月卯當月建,卯木旺,寅木次之。正二月木為旺、火為相,其餘金火土作休囚。三月辰為月建辰土旺,丑未之土次之,土生金,金為相,相雖不旺,還有餘氣。其餘俱作休囚,四月巳為月建,巳火旺、午火次之。五月午為月建,午火旺,巳火次之,四五月火為旺,土相其餘俱作休囚。六月未為月建,未土旺,辰戌次之,土生金,金為相,火雖衰,但有餘氣,其餘俱作休囚。七月申為月建,申金旺,酉金次之。八月酉為月建,酉金旺,申金次之。七八月金旺,金生水、水為相,其餘俱作休囚,九月戌為月建,戌土旺,丑未次之,土生金,金為相,其餘俱作休囚。十月亥為月建,亥水旺、子水次之。十一月為月建子水旺、亥水次之。十月十一月水旺,水生木,木為相,其餘俱作休囚。十二月丑為月建,丑土旺,辰戌之土次之,土生金,金為相,水雖衰,還有餘氣,其餘俱作休囚。
この一章は四季裡の五行の旺衰を講ず。規矩は甚だ簡単なり。当月の地支の所属五行を「旺」と為し、それの生ずる所のあの一行を「相」と為し、其余の各行は皆「休囚」と算す。正月は寅を建て、寅木最旺なり。卯木これに次ぐ。二月は卯を建て、卯木最旺なり。寅木これに次ぐ。正・二の両月は木旺火相にして、金土水は皆休囚と作す(原文ここに「金火土」の「火」は衍字なり)。三月は辰を建て、辰土旺なり。丑土未土これに次ぐ。土は能く金を生ず。故に金を相と為す。相は旺に及ばざるといえども、総じてなお一分の余気あり。其余は皆休囚と作す。四月は巳を建て、巳火旺なり。午火これに次ぐ。五月は午を建て、午火旺なり。巳火これに次ぐ。四・五の両月は火旺土相にして、其余休囚。六月は未を建て、未土旺なり。辰戌の両土これに次ぐ。土は金を生ず。金を相と為す。火はすでに衰えたりといえども、なお余気を留めり。其余休囚。七月は申を建て、申金旺なり。酉金これに次ぐ。八月は酉を建て、酉金旺なり。申金これに次ぐ。七・八の両月は金旺にして、金は水を生ず。水を相と為す。其余休囚。九月は戌を建て、戌土旺なり。丑未これに次ぐ。金はなお相と為す。其余休囚。十月は亥を建て、亥水旺なり。子水これに次ぐ。十一月は子を建て、子水旺なり。亥水これに次ぐ。十・十一の両月は水旺にして、水は木を生ず。木を相と為す。其余休囚。十二月は丑を建て、丑土旺なり。辰戌の両土これに次ぐ。土は金を生ずがゆえに金を相と為す。水はすでに衰えたりといえども、なお余気あり。其余休囚。須らく留意すべし、三・六・九・十二のこの四個の土月は、前一季の旺気なお散じ尽くさず。故に書中特別に「なお余気あり」の四字を点出す。
月将章第十六
月將即是月建又為月令。掌一月之權,司三旬之令。一月三十日內當權得令。操持萬人之提綱,巡察六爻之善惡,能助卦爻之衰弱,能挫爻象之旺強,制服動變之爻,扶起飛伏之用。月將乃當權之帥,萬卜以之為綱領。爻之衰弱者能生之合之、比之、拱之、扶之,衰而亦旺。爻之強旺者能沖之克之、刑之、破之,旺而亦衰。
いわゆる「月将」とは、即ち月建にして、また月令とも謂い、占卦当月の地支を指す。それは一箇月の権柄を掌管し、三旬三十天の号令を統轄し、この一箇月裡に当権得勢す。それは全卦の総綱にして、六爻の善悪を巡察す。能く衰弱の爻を扶助し、亦能く過旺の爻を挫折す。能く動爻と変爻とを制服し、能く伏藏して出でざる用神を扶起す。月将は譬えば当権の主帥にして、一切の占卜は皆それを以て綱領と作す。衰弱の爻に対しては、それは以てそれを生じ・それを合し・それと同類に比し・それを拱し・それを扶く可く、衰爻は此に因りて亦能く轉旺す。強旺の爻に対しては、それは以てそれを沖し・それを剋し・それを刑し・それを破す可く、旺爻は此に因りて亦會に轉衰す。故に一卦を看るに先ず月建を看よ。用神は月建の助を得るや、それとも月建の抑に遭うや。吉凶の底子は即ち一半を定めらる。
卦有變爻剋制動爻者,月建能制變爻。卦有動爻剋制靜爻者,月建亦能制服動爻。用神伏藏被飛神壓住者,月建能沖剋飛神,生助伏神而為用也,爻逢月合而有用,爻逢月破而無功。月建合爻為月合,乃有用之爻也。月建沖爻即為月破,乃無用之爻也。月建不入爻亦為有用,月建一入卦愈見剛強。卦無用神即以月建為用神,不必尋伏神也。月建入卦動而作元神者為福更大,動而作忌神者為禍更深,不入卦者緩之。爻值月建旺相,當謂逢空不空,逢傷無害。古有此說,余試不然,在旬內者畢竟為空。
卦中もし変爻ありて回頭して動爻を剋制せば、月建は能く反ってあの変爻を制し住む。もし動爻ありて静爻を剋制せば、月建も亦能くあの動爻を制し住む。用神伏蔵して現れず、上の「飛神」に圧し住せらるるとき、月建は能く飛神を沖剋し、伏神を生助し、伏神をしてなお旧に依りて用い得しむ。爻と月建と相合するを「月合」と謂い、有用の爻なり。爻の月建に沖せらるるは、即ち「月破」にして、無用の爻なり。月建は即ち六爻の中に出現せずとも、その権力は照様に効力あり。一旦それ本身も卦に上れば、あの一爻は格外に剛強なり。もし卦中根本に用神を見ずば、即ち直ちに月建を拏して用神と当て、再び伏神を找すを必とせず。月建が卦に上りまた発動せば、もしそれが元神を充當すれば得福いっそう大、もしそれが忌神を充當すれば禍を為すこといっそう深し。卦に上らざるは力量即ち来たること緩し。また一条の旧説あり。爻が月建に臨み旺相すれば、旬空に落つるとも空と算せず、剋せらるるとも妨げなしと。野鶴老人曰く、この一条は我試みたるに必ずしも然らず——ただなお本旬の内に在るば、落空の爻は畢竟なお空なり。旬を出でるを待ちて初めて真に管く用いらん。
如寅月庚戌日占求財得火天大有: 官鬼巳火′應 父母未土″ 兄弟酉金′ 父母辰土′世 妻財寅木′ 子孫子水′ 斷曰:寅木財爻為用神,財爻克世,此財必得,但目下尚空,要到甲寅日出空可得。果於甲寅得之。若以逢空不空非也。若在旬內還作空亡,待出旬不為空也。
これは一則の実占なり。寅月庚戌日に求財を占いて、「火天大有」を揺出す。六爻俱に静にして、上より下へ、上爻官鬼巳火(応爻)、五爻父母未土、四爻兄弟酉金、三爻父母辰土(世爻)、二爻妻財寅木、初爻子孫子水。野鶴老人断じて曰く、財を占うは妻財爻を以て用神と為し、即ち二爻寅木を取る。木は土を剋し、財爻正に来たりて世爻を剋す。およそ財爻の世を剋するは皆財必ず手に到るを主る。故にこの筆の財は一定能く得べし。ただ目下寅木はなお旬空の内に落つるのみ。甲寅日に到りて空を出でて初めて手に到る能し。後に果たして甲寅日に財を得たり。この一卦は正に旧説を駁するに用うべし。ある人は爻の月建に臨めば則ち「逢空不空」と講ず。寅木すでに寅月の月建たれば、当下即ち財あるべし——事実は然らざるなり。ただなお本旬の内に在るば、それは依旧として空亡と算す。必ずこの一旬を出づるを待ちて才に空と算せず。
逢空不空終非落底之空,逢傷亦傷卻有待時之用。所以用神逢空,勿即指為空,畢竟為空。但此空者乃目下旬內之空也,待至出空之日則不空也。作忌神者出而為禍,作元神者出而不為福,非比休囚之真空到底而為空也。爻值月建乃為旺矣,或被他爻所克,即謂之逢傷,占病者目下不愈,占事者目下不成,待至沖去傷爻之日則不受其傷矣,病者必愈、事必成。故曰:逢傷亦傷卻有待時之用。
此に由りて両句の口訣を立つべし。「逢空不空」とは、この種の空は終究徹底到底の空にあらずと謂うなり。「逢傷亦傷」とは、目下傷を受くるといえども、なお一個の時を待ちて発するの用を留めたるを謂うなり。故に用神空に落つるも、馬上にそれの用なしと断定する勿れ。しかもそれは目下畢竟空なり——この空はただ本旬之内の空にして、出空のあの日を待てば則ち空ならず。それはもし忌神ならば、出空の日便ち発作して禍を為す。それはもし元神ならば、出空の日便ち効を顕して福を為す。これは休囚無気の「真空」と根本に同じからず。真空は才に到底全空なり。同じく爻の月建に臨むは本來旺相なり。しかるにもし別の爻に剋し住せられば、即ち「逢傷」と謂う。病を占うは目下好き能わず、事を占うは目下成す能わず。あのそれを傷る爻を沖掉するの日を待てば、それは再び制せられず、病人は必ず愈え、事情は必ず成さん。故に曰く、「逢傷亦傷、却有待時之用」。
如酉月丙寅日占謁貴得山風蠱變山水蒙: 兄弟寅木′應 兄弟寅木′ 父母子水″ 父母子水″ 妻財戌土″ 妻財戌土″世 官鬼酉金′世 動 子孫午火″ 父母亥水′ 妻財辰土′ 妻財丑土″ 兄弟寅木″應 世臨月建之官,定得面見,但被午火回頭之克,須待子日沖去午火方得拜謁,果得見於丙子日,故曰逢傷亦傷卻有待時之用。
これは一則の実占なり。酉月丙寅日、ある人一人の貴人に見え得べきや否やを占いて、「山風蠱」を揺出して「山水蒙」に変ず。本卦は上より下へ、上爻兄弟寅木(応爻)、五爻父母子水、四爻妻財戌土、三爻官鬼酉金(世爻、発動)、二爻父母亥水、初爻妻財丑土。世爻酉金は子孫午火を変出す。世爻は正に官鬼にして、また酉月の月建に臨み、旺相有力なり。故に一定にこの位の貴人に見え得べし。惜しむべし、それが発動したる後に午火を変出せり。火は金を剋し、これ「回頭剋」なり。目下傷られて住せり。故に見ること成さず。必ず子日を待つべし。子は午と相沖し、この午火を沖掉せば、才に拜謁に往く能し。後に果たして丙子日に見えたり。これ正に「逢傷亦傷、却有待時之用」の実例なり。
日絕、日沖、日克,須察別位有生扶。化絕、化墓、化克,又怕他爻增制克。爻值月建,墓於日或日建沖剋者可以敵之,無吉無凶之象,倘得他爻又動相扶者為吉兆。恐他爻又來剋制用神,雖臨月建,亦難敵也。
用神もし日辰上に絶に逢い、あるいは日辰に沖せられ剋せられば、即ち別の爻位上に生扶ありて救うあるなきを看るべし。用神もし発動して絶を化出し・墓に化入し・回頭剋を化せば、則ち再び別の爻ありて一重の剋制を加うるを怕る。具体に言わば、爻の月建に臨むは本已に旺相なり。即ちそれが日辰上に墓に入り、あるいは日建に沖剋せらるるとも、月建の力を憑ればなお敵し得過ぐ。ただ不吉不凶の象と算す。もしこの時別に他の爻ありて発動して来たりてそれを扶助せば、則ち轉じて吉兆と成れり。反ってもしまた別の爻ありて来たりてこの用神を剋制せば、則ち一重の月建の旺も両面の夾攻を抵ふる能わず。終究敵し難し。
如:寅月丙申日占官之升遷得艮卦變山雷頤: 官鬼寅木′世 官鬼寅木′ 妻財子水″ 妻財子水″ 兄弟戌土″ 兄弟戌土″世 子孫申金′應 動 兄弟辰土″ 父母午火″ 官鬼寅木″ 兄弟辰土″ 動 妻財子水′應 寅木官星持世臨月建而旺相,雖被申日沖剋,喜申子辰合成水局,以生官,不獨無害,定然三月高遷,果於三月升任雲南太守,即升者乃因爻得水局生扶,應三月者辰土出空之月也,應雲南者,世與官星皆在六爻之故耳。
これは一則の実占なり。寅月丙申日、ある人ある位の官員の升遷し得べきや否やを占いて、「艮為山」を揺出して「山雷頤」に変ず。本卦は上より下へ、上爻官鬼寅木(世爻)、五爻妻財子水、四爻兄弟戌土、三爻子孫申金(応爻、発動)、二爻父母午火、初爻兄弟辰土(発動)。升遷を占うは官鬼爻を以て用神と為す。この卦の官鬼は正好世を持す。即ち上爻寅木にして、また寅月の月建に臨み、旺相有力なり。丙申日の申金来たりて寅木を沖剋すといえども、看るに不利に似たり。しかるに妙なるは卦中の申金・子水・辰土の三支が湊斉して合して水局と成し、水は木を生じ、反って生助して官星を為す。かくのごとくして一來すれば不但害なく、なお一重の生扶を添えたり。故に三月裡に必ず高陞あると断ず。後に果たして三月に升任して雲南太守と為れり。能く升るは、官星の水局の生扶を得たるに因る。三月に応じたるは、初爻辰土この時正好旬空を出づるに因る。雲南に応じたるは、世爻と官星と皆第六爻に在るに因る——六爻は上に居り、遠方辺地の位と為す。
又如:午月丁未日占弟被訟吉凶得困卦變雷風恆卦。 父母未土″ 父母戌土″應 兄弟酉金′ 動 兄弟申金″ 子孫亥水′應 官鬼午火′ 官鬼午火″ 動 兄弟酉金′世 父母辰土′ 子孫亥水′ 妻財寅木″世 父母丑土″ 酉金兄爻為用神,午月克之,未日生之,可以相敵,但不宜又動出午火相剋,正所謂最怕他爻增剋制。彼問有害否?余曰:午火為月建動於卦中,謂之入卦者更見剛強,又謂之月建作忌神,為禍不淺,大凶之象,又問凶在何時?余曰:酉金兄爻化退神,今歲辰年太歲相合,自是無妨,恐退至申年而無路矣,果於本年下獄至申年而重刑。
これは一則の実占なり。午月丁未日、ある人弟弟の官司を吃するの吉凶を占いて、「沢水困」を揺出して「雷風恒」に変ず。本卦は上より下へ、上爻父母未土、五爻兄弟酉金(発動)、四爻子孫亥水(応爻)、三爻官鬼午火(発動)、二爻父母辰土、初爻妻財寅木(世爻)。弟弟を占うは兄弟爻を以て用神と為し、五爻酉金を取る。午月は火来たりて金を剋し、未日は土来生じて金を生ず。一剋一生本來敵し得べし。壊れたるは壊れたるに卦中三爻また発動して一個の午火を出して来たりてそれを剋するに在り——これ正に前の言う所の「最怕他爻増剋制」なり。占を求むる者問う、妨害ありや。野鶴老人曰く、この午火本身即ち当月の月建にして、いままた卦裡に出現して発動す。「月建入卦」と謂い、格外剛強なり。しかもそれの充當する所は忌神にして、禍を為すこと極めて深し。これ大凶の象なり。又問う、凶は何の時ぞ。答えて曰く、五爻酉金発動して申金を化出す。これ「退神」にして、本已に步步後退す。今年は辰年にして、辰は酉と相合し、太歳に合し住せられ、暫時なお妨げなし。ただ申年に退り至れば路なくして行く可からざるを怕るのみ。後に果たして当年即ち獄に下り、申年に至りて重刑を判ぜらる。
天象吉者從斯而泰,天象凶者出月遭殃。克少生多者天象吉也,克多生少者天象凶也。天象雖凶,在月內還許不礙,出此月而受其殃。用神遇之得福不輕,忌神逢之得禍不淺,此言用神臨月建而用神休囚無救者諸占皆凶。
卦の大格局吉なれば、即ち此より順遂せん。大格局凶なれば、一たびこの月を出でれば殃に遭わん。いかにして吉凶の大格局を分つや。剋少なく生多きは吉象にして、剋多く生少なきは凶象なり。要緊なるは、格局は凶なりといえども、ただなお本月の内に在るば、月建の力を憑りてなお彼の礙なきを許す。一たびこの月を出でれば、殃禍即ち落ち下る。再び月建の加臨する効果を言わん。用神月建を得れば、福気軽からず。忌神月建を得れば、禍患浅からず。反ってもし月建忌神のあの一辺に落ち、しかも用神自身休囚にしてまた救を求むる処なからば、則ち何事を占うとも凶なり。
生扶忌神乃助惡而為虐,剋制用神乃邀路而截糧。忌神克害用神得月建剋制忌神者名為有救。若月建反生忌神者助惡為虐也。如用神得元神之生,月建又生元神吉而又吉,倘月建剋制元神者如劫神強奪食也。物窮則變,器滿則傾。用神衰遇時則發,即如用神臨火,冬占不旺,等到春來則旺矣,謂之物窮則變,又如正月占卦,用神臨寅木月建謂之大旺,若到秋季遇金沖剋不無破敗,故謂之器滿則傾。
月建が去りて忌神を生扶するは、惡人を幇して行凶せしむるに等し。月建が去りて用神を剋制するは、半路に糧道を攔截するに等し。故に曰く、忌神正に用神を剋害するのとき、もし月建反って忌神を剋制せば、即ち「有救」と謂う。もし月建かえって去りて忌神を生ぜば、則ち惡を助けて虐を為すなり。同じく用神本已に元神の相生を得、月建また来たりて元神を生ずれば、それは吉の上に吉を加ふ。もし月建偏に元神を剋制せば、強盗当面に口糧を奪い去るがごとし。此の外なお両句の話を懂るべし。「物窮則変、器満則傾」。用神目下衰弱なりといえども、時を得るの季を待てば自ずから発達せん——例えば用神火に属せば、冬天に卦を占えば旺ならず、春来たりて木旺にして火を生ぜば即ち旺なり。これを物極まりて必ず反ると謂う。反って正月に卦を占えば、用神寅木に臨み、正に月建に当たり、大旺と算し得べし。しかるに秋天に至りて金旺なれば、金来たりて沖剋し、破敗を免れがたし。これ即ち器満ちれば則ち傾くと謂う。卦を断ずるにただ眼前の一時の旺衰を看る能わざるべからず。それの日后の消長を連れて一併せに推算すべし。
如:寅月丁酉日占開鋪面得艮卦變明夷卦。 官鬼寅木′世 動 子孫酉金″ 妻財子水″ 妻財亥水″ 兄弟戌土″ 兄弟丑土″世 子孫申金′應 妻財亥水′ 父母午火″ 兄弟丑土″ 兄弟辰土″ 動 官鬼卯木′應 世臨寅木得令,當時目下開張,即許熱鬧,獨嫌日辰克世,世化回頭之克,生少克多,又是六沖卦,不吉。彼曰:我是夥計不同心?或是別有他圖?余曰:鬼在身邊須防疾病,夥伴從此變心,受其累,果於六月疾至,八月夥計盜盡。鳴之於官,分文不復。此謂之當時旺相無傷,過時有害。應六月者,木墓於未,夥計變心者,應爻申金秋天當令,而沖剋世爻,財被盜盡者,四爻子財落空亡。
これは一則の実占なり。寅月丁酉日、ある人店舗を開くを占いて、「艮為山」を揺出して「地火明夷」に変ず。本卦は上より下へ、上爻官鬼寅木(世爻、発動)、五爻妻財子水、四爻兄弟戌土、三爻子孫申金(応爻)、二爻父母午火、初爻兄弟辰土(発動)。世爻寅木は子孫酉金を変出す。世爻寅木は正に寅月に当たりて令を得たり。故に目下開張は必定熱鬧ならん。しかるに嫌うべきは丁酉日の酉金来たりて世爻を剋し、世爻発動してまた酉金を変出して回頭してそれを剋す。生少なく剋多し。況んや艮為山本身は六沖卦にして離散を主る。総じて吉ならず。占を求むる者問う、これ夥計の我と同心ならざるか。それとも別に他の圖謀あるか。野鶴老人曰く、官鬼即ち世爻の身上に貼り就く。先ず疾病を提防すべし。合伙の人は此より心を変ず。あなたは彼の連累を受けん。後に果たして六月裡に病み倒れ、八月に夥計貨財を偸み尽くして精光とせり。官府に告ぐるも一文も追回せず。これ即ち「当時旺相無傷、過時有害」と謂うべし。六月に応じたるは、木の未に墓するに因る。夥計心を変じたるは、応爻申金の秋天に至りて当令し世爻を沖剋するに因る。財の盗まれ尽きたるは、四爻の子水妻財の正に旬空に落つるに因る。
逢絕不絕,逢沖不散,日生月克,兼看生扶,日克月生,兼查沖剋。月將當權,其能衰絕?旺相如剛,其能沖散?月剋日生遇幫而愈旺,月生日克逢他削而亦衰。如午月戊辰日占妹臨產吉凶得火地晉: 官鬼巳火′ 父母未土″ 兄弟酉金′世 妻財卯木″ 官鬼巳火″ 父母未土″應 酉金兄爻為用神,月令克之,日建生之,許之無礙,卯日卯時必生,果於次日卯時生,母子平安,應卯時者,酉金與辰日相合。黃金策曰:若逢合住,必待沖開,此月克而日生,無增剋制或幫扶也。
再び幾句の口訣を立つ。爻の月建に臨めば則ち「逢絶不絶、逢沖不散」。日辰来生じて月建来剋するは、須らく連帯して別処に生扶のあるなきを看るべし。日辰来剋して月建来生ずるは、須らく連帯して別処に沖剋のあるなきを査すべし。月将すでに当権すれば、どこに衰え得、絶え得んや。旺相の爻は硬きこと鋼鉄のごとし。どこに沖き散らさんや。ただしもし月剋して日生し、再び別爻の幇扶に逢えば、愈々旺なり。もし月生して日剋し、再び別爻に削損せられば、亦照様に轉衰す。一実占を挙ぐ。午月戊辰日、ある人妹妹の臨産の吉凶を占いて、「火地晋」を揺出す。六爻俱に静にして、上より下へ、上爻官鬼巳火・五爻父母未土・四爻兄弟酉金(世爻)・三爻妻財卯木・二爻官鬼巳火・初爻父母未土(応爻)。妹妹を占うは兄弟爻を以て用神と為し、四爻酉金を取る。午月は火金を剋し、戊辰日は土金を生ず。一剋一生正好相當なり。故に彼女の礙なきを許し、併せて卯日卯時に必定生産すると断ず。後に果たして第二天の卯時に生み下し、母子平安なり。卯時に応じたるは、酉金の辰日と相合して絆せられたるに因りて、卯の来たりて沖開するを待たざれば不可なりき。《黄金策》に「若逢合住、必待沖開」と言う。正にこの意なり。この一卦は月剋して日生し、別処すでに剋制を增添するもなく、亦幇扶を加うるもなし。故にただ一剋一生の相抵に拠りて断ず。
日辰章第十七
子水、丑土、寅木、卯木、辰土、巳火、午火、未土、申金、酉金、戌土、亥水。日辰為六爻之主宰,司四時之旺相。前章言:月令司三旬之令,令於春則生,令於秋則殺,春夏秋冬各令其時,獨日辰不然,四時俱旺,操生殺大權與月建同功。沖旺相之靜爻,既為暗動,沖衰弱之靜爻為日破,爻之旺而靜者沖之則為暗動,愈得其力,爻之衰而靜者,沖之則為日破,愈加無用。沖空即起,沖合即開,爻之衰弱,能生扶合拱,如時雨以滋苗,爻之強旺,能克害刑沖,似秋霜殺草。
十二地支は各々五行に配す。子は水に属し、丑は土に属し、寅は木に属し、卯は木に属し、辰は土に属し、巳は火に属し、午は火に属し、未は土に属し、申は金に属し、酉は金に属し、戌は土に属し、亥は水に属す。占卦当当天の地支は即ち「日辰」と謂い、それは六爻の主宰にして、四時の旺相を統轄す。前一章に月令はただ一旬の令を管すると言えり。春天当令すれば則ち生を主り、秋天当令すれば則ち殺を主る。春夏秋冬は各々その時節あり。唯独日辰は然らず。それは四季常に旺にして、生殺の大権を操り、月建と同等の力あり。日辰の作用にかくのごとき幾条あり。一個の旺相の静爻を沖せば、あの爻は即ち「暗動」と成る。一個の衰弱の静爻を沖せば、あの爻は即ち「日破」と成る。即ち言う所は、旺にして静なる爻は沖せられてかえって愈々その力を得、衰にして静なる爻は沖せられて則ち愈々無用と成る。空に落つる爻は日辰に一沖せられて即ち「起」き、合し住せられたる爻は日辰に一沖せられて即ち「開」く。衰弱の爻に対しては、日辰は以てそれを生じ・それを扶け・それを合し・それを拱す可し。及時雨の禾苗を滋潤するがごとし。強旺の爻に対しては、日辰は以てそれを剋し・それを害し・それを刑し・それを沖す可し。秋霜の野草を掃き尽くすがごとし。
爻遇旬空,日辰沖起而有用,謂之沖空則實。逢合住遇日建以沖開,謂之沖合則散。他書有云,爻逢月建日沖而不散,是明知當令,不畏日沖,及至講論禍福不拘旺相休囚,一概俱以散論,最重要者散,獨余屢試不驗,偏不應乎散,“神兆機於動,動則必驗”,不見其散也,旺相者沖之愈強,休囚無氣者,間乎有散,亦百中僅一二也。
爻もし正に旬空に落ち、日辰に一沖せられてかえって起用するを、これを「沖空則実」と謂う。爻もし合し住せられ、日建の来沖に遇えば便ち合開くを、これを「沖合則散」と謂う。別の卜書上に、爻の月建に臨むは日辰に沖せらるるとも散ぜずと言う——この話は本身は当令の爻の日沖を怕れざるを明白せるなり。しかるにあの書は一たび禍福を論断するに至れば、即ち爻の旺相休囚を管せず、一律に「沖散」を按して処理し、「散」を看ること最も重しと為す。唯独野鶴老人屢次試験して皆霊ならず、偏に一個の「散」字に応えず。他の看法は、卦機は動の上より顕れ出づるなり。一動せば必ず応験あり、いずれの散ぜるや散ぜざるやを看出す能わず。旺相の爻は愈々沖して愈々強し。休囚無気の爻は偶に沖散するありといえども、不過一百次裡に一兩次に碰上するのみ。
逢月破而不破,遇沖剋而無傷,似與月建同權,中天日麗,旺相之機。生多克少錦上添花,生少克多,寡不敵眾。既如酉月卯日占卦,爻臨卯木謂之逢破不破,假使爻中有動出申酉之金或卯爻動化申酉,此謂之寡不敵眾,破亦為破,傷亦為傷。餘仿此。
爻もし恰も日辰に臨まば、則ちそれは月破に逢うとも破と算せず、沖剋に遇うとも傷を受けず。権力はほとんど月建に相当し、譬えば正午の太陽の空に当たりて高照するがごとく、最も旺相の時機なり。この時もし再び生多く剋少なからば、便ち錦上に花を添ゆ。しかるに生少なく剋多からば、則ち寡は衆に敵せざるなり。例を挙げて言わん。酉月卯日に卦を占う。卦中に一爻ありて正に卯木なり。酉月は本來卯を沖して月破と成すといえども、それは卯日に臨む。故に「逢破不破」と謂う。假使卦裡別に申金・酉金発動し、あるいはこの卯爻自己発動して申酉を変出せば、則ちそれは寡は衆に敵せず——破すべきはなお破し、傷すべきはなお傷す。其余の情形は皆この道理に照らして推す。
如申月戊午日占病得天山遁變天風姤: 父母戌土′ 父母戌土′ 兄弟申金′應 兄弟申金′ 官鬼午火′ 官鬼午火′應 兄弟申金′ 兄弟酉金′ 官鬼午火″世 動 子孫亥水′ 父母辰土″ 父母丑土″世 世爻午火臨日辰,本主旺相,不宜申金月建生亥水回頭克世,卒於亥月。
これは一則の実占なり。申月戊午日に病を占いて、「天山遯」を揺出して「天風姤」に変ず。本卦は上より下へ、上爻父母戌土、五爻兄弟申金(応爻)、四爻官鬼午火、三爻兄弟申金、二爻官鬼午火(世爻、発動)、初爻父母辰土。世爻午火は子孫亥水を変出す。自ら病を占うは世爻を以て用神と為す。世爻午火は正に戊午日の日辰に臨み、本當に旺相と算すべし。壊れたるは壊れたるにそれの発動したる後に亥水を変出せるに在り。水は火を剋し、これ回頭剋なり。しかも申月の月建また去りてこの亥水を生じ、回頭剋の力をいっそう足さしむ。日辰は旺なりといえども、月建の加持する回頭剋を抵ぐる能わず。結果この人は亥月に死せり——正に亥水の当令権を得るの月份なり。
又如:巳月亥日占僕何日回得夬卦變履卦: 兄弟未土″ 動 兄弟戌土′ 子孫酉金′世 子孫申金′世 妻財亥水′ 父母午火′ 兄弟辰土′ 動 兄弟丑土″ 官鬼寅木′應 官鬼卯木′應 妻財子水′ 父母巳火′ 亥水財爻為用神,亥為月破,臨日建而不破,不宜重疊四重土動以傷之,諺云:雙拳不敵四手,不獨難望歸期,預防不測,果於午月卯日得信中途已遭害矣。此章當與月建章參看。
これは一則の実占なり。巳月亥日、ある人僕人のいずれの一天に帰り来るかを占いて、「沢天夬」を揺出して「天沢履」に変ず。本卦は上より下へ、上爻兄弟未土(発動)、五爻子孫酉金(世爻)、四爻妻財亥水、三爻兄弟辰土(発動)、二爻官鬼寅木(応爻)、初爻妻財子水。僕人を占うは妻財爻を以て用神と為し、四爻亥水を取る。巳月は亥を沖す。亥水は本来月破なり。幸いにそれは正に亥日の日建に臨む。故に破して破せず。惜しむべし卦中の土爻太多なり。上爻未土発動し・三爻辰土発動し、両個の動爻また各々戌土・丑土を変出し、前後共に四重の土が一斉に来たりて水を剋す。俗話に言う、双拳は四手に敵し難しと。用神かくのごとく囲攻せられ、帰期の望みなきのみならず、なお意外を防備すべし。後に果たして午月卯日に消息を得たり。あの僕人は半路上ですでに害に遇えり。この一章は《月将章》と対照して読むべし。日辰と月建の権力は才に分け清まらん。
總注:旺之者,爻之帝旺於日月也;比之者,爻與日月同也;扶之、拱之者爻與日、月同類也;墓之、絕之者爻墓絕於日月也。李我平日:易以爻臨日辰莫能散之、莫能空之,謂逢空而不空也,然動逢日沖謂散,既作日辰又有日辰來沖乎?旬空者乃旬內之所無也,既是旬空其又有臨日辰之事?故知讀書之不足如此。
ここに前文の幾個の術語を総じて注せん。いわゆる「旺之」とは、爻の日辰或いは月建上に「帝旺」を得るを指す。いわゆる「比之」とは、爻の地支の日月と完全相同なるを指す。いわゆる「扶之」「拱之」とは、爻と日月と同一類の五行に属するを指す(寅と卯・申と酉のごとき)。いわゆる「墓之」「絶之」とは、爻の日月上に墓に入り・絶に逢うを指す。校訂者李我平(字は坦、楚江の人)の按語に曰く、占書上に爻の日辰に臨めば便ち沖して散ぜず、空し得ずと講ず。故に「逢空而不空」と謂う。しかるにまた動爻の日辰の沖に遇えば便ち散と算すと言う。試みに想え、あの一爻すでに本身即ち日辰たれば、どこにさらに別の一個の日辰ありて来たりてそれを沖せん。再び旬空を言えば、それはこの一旬裡に根本に有らざるあの両個の地支を指す。すでに本旬この支なからば、またどうしてそれの正に日辰に臨むの事あらんや。見るべし、ある人は書を読むこと細ならず、前後自ら相矛盾してこの地步に至るを。
六神章第十八
甲乙日 丙丁日 戊日 己日 庚辛日 壬癸日 元武 青龍 朱雀 勾陳 滕蛇 白虎 白虎 元武 青龍 朱雀 勾陳 滕蛇 滕蛇 白虎 元武 青龍 朱雀 勾陳 勾陳 滕蛇 白虎 元武 青龍 朱雀 朱雀 勾陳 滕蛇 白虎 元武 青龍 青龍 朱雀 勾陳 滕蛇 白虎 元武
これは六神を配するの起例表なり。表頭は占卦当当天の天干にして、六類に分つ。下面の六行は上より下へ第六爻より初爻に対応す。査法は日干のあの一列に照らし、下より上へ六神を爻の傍らに写す。甲日・乙日は青竜を初爻に起こし、上へ依次に朱雀・勾陳・螣蛇・白虎にして、上爻は玄武なり。丙日・丁日は朱雀を初爻に起こし、上へ依次に勾陳・螣蛇・白虎・玄武にして、上爻は青竜なり。戊日は勾陳を初爻に起こし、上へは螣蛇・白虎・玄武・青竜にして、上爻は朱雀なり。己日は螣蛇を初爻に起こし、上へは白虎・玄武・青竜・朱雀にして、上爻は勾陳なり。庚日・辛日は白虎を初爻に起こし、上へは玄武・青竜・朱雀・勾陳にして、上爻は螣蛇なり。壬日・癸日は玄武を初爻に起こし、上へは青竜・朱雀・勾陳・螣蛇にして、上爻は白虎なり。見るべし、六神の次序は永遠に青竜・朱雀・勾陳・螣蛇・白虎・玄武と循環して変わらず。ただ起首のあの一位は日干に随いて移るのみ。
諸書無不以青龍為吉,白虎為凶。天元賦曰:身旺龍持多吉處。碎金賦曰:龍動家有喜,虎動家有喪。卜筮元龜曰:滕蛇白虎憂尊長。卜筮大全曰:畏口御刀之白虎,喜赴水之青龍。閱奧章占疾痛滕蛇主死,白虎主喪。此皆不以五行,竟以六神而斷生死。惟千金賦曰:虎興而遇吉神不害其吉,龍動而逢凶曜難掩其凶。此正理也,然則六神而不驗耶乎,乃附合之神也,卦之吉者逢龍而更吉,卦之凶者逢白虎而更凶,且元武主盜賦,朱雀主口舌,無不驗也,至於家宅墳塋不可少也。
各家の卜書に青竜を以て吉と当て白虎を以て凶と当てざるはなし。《天元賦》に身爻旺にして青竜加臨すれば多く吉を主ると言い、《碎金賦》に青竜動けば則ち家に喜事あり、白虎動けば則ち家に喪事ありと言い、《卜筮元龜》に螣蛇白虎は憂および尊長を主ると言い、《卜筮大全》にあの刀を啣えたる白虎を怕れあの水に赴く青竜を喜ぶべしと言い、《閲奥章》に疾病を占うに螣蛇は死を主り白虎は喪を主ると講ず。これらの説法は皆五行を撇開して管せず、単に六神を憑るのみで人の生死を断ず。ただ《千金賦》の言う所のみ理に在り。白虎興動して吉神に遇上せば、それの吉を妨害せず。青竜発動して凶曜に碰上せば、亦それの凶を掩う能わず。然らば六神は到底霊なるや否や。野鶴老人の看法は、六神はただ「附和之神」のみ——卦本身吉なれば青竜に遇えばいっそう吉、卦本身凶なれば白虎に遇えばいっそう凶。それは独自に禍福を決定する能わず。ただしその中の玄武は盗賊を主り朱雀は口舌を主るの両条は、倒底屢試して屢験す。占家宅・占墳塋に至っては、六神はいっそう少なからざるべし。
如戊子日占生產,得山地剝變風地觀卦: 朱雀 妻財寅木′ 妻財卯木′ 青龍 子孫子水″世 動 官鬼巳火′ 元武 父母戌土″ 父母未土″世 白虎 妻財卯木″ 妻財卯木″ 勾陳 官鬼巳火″應 官鬼巳火″ 滕蛇 父母未土″ 父母未土″應 子水子孫化絕變鬼,本日落草而亡,卻是青龍臨子孫,亦可謂之喜耶?
これは一則の実占にして、「青竜必ず喜を主る」の旧説を反駁するに用う。戊子日に生産を占いて、「山地剥」を揺出して「風地観」に変ず。戊日は勾陳を初爻に起こす。故に六神は上より下へ依次に朱雀・青竜・玄武・白虎・勾陳・螣蛇なり。本卦は上より下へ、上爻妻財寅木(朱雀)、五爻子孫子水(青竜、世爻、発動)、四爻父母戌土(玄武)、三爻妻財卯木(白虎)、二爻官鬼巳火(勾陳、応爻)、初爻父母未土(螣蛇)。生産を占うは子孫爻を以て用神と為す。即ち五爻子水なり。この子水発動して巳火官鬼を変出す。水は巳に絶す。これ「化絶」なり。変出するまた官鬼なり。これ「変鬼」なり。両重の凶象畳みて一たり。結果嬰児は当天一たび地に落ちて即ち死せり。しかるにこの一爻上に偏偏坐するは青竜なり——青竜子孫に臨みて、なおそれを喜事と言う能わんや。
又如申月甲辰日占兄病得屯之震: 元武 兄弟子水″ 官鬼戌土″世 白虎 官鬼戌土′應 動 父母申金″ 勾陳 父母申金″ 動 妻財午火′ 媵蛇 官鬼辰土″ 官鬼辰土″應 朱雀 子孫寅木″世 子孫寅木″ 青龍 兄弟子水′ 兄弟子水′ 子水兄爻為用神,卦中忌神、元神同動,土動生申,申金動而生子水,月建又生子水,至戊申日沉痾復起,其可謂之蛇動死,虎動主喪耶?
再び一則の実占を看よ。「白虎動主喪、螣蛇動主死」の旧説を反駁するに用う。申月甲辰日に兄長の病を占いて、「水雷屯」を揺出して「震為雷」に変ず。甲日は青竜を初爻に起こす。故に六神は上より下へ玄武・白虎・勾陳・螣蛇・朱雀・青竜なり。本卦は上より下へ、上爻兄弟子水(玄武)、五爻官鬼戌土(白虎、応爻、発動)、四爻父母申金(勾陳、発動)、三爻官鬼辰土(螣蛇)、二爻子孫寅木(朱雀、世爻)、初爻兄弟子水(青竜)。兄長を占うは兄弟爻を以て用神と為し、上爻子水を取る。卦中の戌土は忌神にして(土は水を剋す)、申金は元神にして(金は水を生ず)、両者同時に発動す。忌神戌土は先ず申金を生じに行き、申金は再び子水を生ず。接続相生にして凶かえって吉と成れり。況んや申月の月建も亦来たりて子水を生ずるを。故に彼の病愈せんと断ず。後に果たして戊申日に至りて沈疴痊愈し、牀を起ちて復原せり。この一卦は白虎官鬼に臨みて発動し、螣蛇も亦卦中に在り。もし旧説に照らさば豈に死を主り喪を主るべからざらんや。見るべし六神は孤立して生死を断ずべからず。
六合章第十九
子與丑合、寅與亥合、卯與戌合、辰與酉合、巳與申合,午與未合。相合法有六:日月合爻者一也。爻與爻合者二也。爻動化合者三也,卦逢六合四也。六沖卦變六合卦五也。六合卦變六合卦六也。日、月合爻者,假令丑月占得坎卦,世爻子水與月建作合是也。爻與爻合者,假令得天風姤卦、世爻丑動化出子水作合是也。卦逢六合者即如天地否卦內外六爻自相和合是也,不動亦是。六沖卦變六和卦者,假令得乾為天乃是八純六沖卦,若外卦三爻值動,乃是乾之泰卦,謂之六沖變六合是了。六合卦變六合者即如占得旅卦變賁卦是也。
十二地支は両両相合して、共に六対あり。子と丑と合し、寅と亥と合し、卯と戌と合し、辰と酉と合し、巳と申と合し、午と未と合す。相合の情形は一共有りて六種なり。第一種は日辰或いは月建の卦中の某爻と相合するなり。第二種は卦中の両爻自ら相合するなり。第三種は爻発動して変出する爻とそれと相合するなり。第四種は本卦本身即ち「六合卦」なるなり。第五種は六沖卦変じて六合卦と成るなり。第六種は六合卦また変じて六合卦と成るなり。逐条に例を挙ぐ。日月の爻を合するは、譬如丑月に坎為水を占い得れば、世爻子水は丑月の月建と相合す。爻と爻と合するは、譬如天風姤を占い得れば、世爻丑土発動して子水を変出し、子丑相合す。卦の六合に逢うは、譬如天地否は内外六爻本身即ち両両相合す。即ち一爻動かずとも算す。六沖変じて六合と成るは、譬如乾為天を占い得れば、それは本來八純の六沖卦にして、もし外卦三爻発動せば、即ち変じて地天泰と成る。これ便ち六沖変じて六合と謂う。六合また変じて六合と成るは、譬如火山旅を占い得て山火賁に変ずれば、前後両卦皆六合なり。
爻之合者,靜而逢合,謂之合起。動而逢合,合謂之合絆。爻與爻合謂之合好,爻動化合謂之化扶。爻靜或與日月動爻合者得合而起。即使爻值休囚亦有旺相之意。爻動或與日月動爻合者謂之動逢合而絆住,反不能動之意。爻動與動爻相合,乃得他來合我,與我和好,相助之意。爻動化出之爻回頭相合者,謂之化扶,得他扶助之意。
合に同じからざる名目ありて、効果も亦同じからず。安静の爻の合に遇うを「合起」と謂い、発動の爻の合に遇うを「合絆」と謂い、両爻互相合するを「合好」と謂い、発動の爻の変出する爻の回頭して来合するを「化扶」と謂う。分別して言わん。安静の爻もし日辰・月建或いは動爻と相合せば、即ち合されて「起」き来たる。即ちそれ本来休囚なりといえども、幾分かの旺相の意思を帯ぶ。発動の爻もし日辰・月建或いは動爻と相合せば、則ちそれは動じて合し絆せられ、かえって動彈すること得ず。事情は此に因りて耽擱す。発動の爻と別の一個の動爻と相合するは、それは別人の主動に来たりて我と交好するにして、相助の意思あり。発動の爻の自己変出する爻の回頭して来たりてそれを合するを「化扶」と謂い、人の扶持を得るの象なり。故に「合」字を見れば、先ず合する所のこの一爻の静か動かを分け清むべし。静なる者は合を得て起き、動なる者は合に遇いて絆す。
凡得諸合,諸占皆以為吉,占名成,占利利就,占婚必成,占身發福,占宅興旺,占風水聚氣藏風、占求謀遂心合意,然必用神有氣相宜,用若失陷無益。卜書曰:萬事若得三六合,諸事必得久遠,有始有終。但宜吉事逢之,事必就,不宜凶事逢之,事之難結。
およそ卦中合を得れば、何事を占うとも皆吉を以て論ず。功名を占えば則ち功名成すべく、利益を占えば則ち利益就すべく、婚姻を占えば必定事を成し、自身を占えば則ち福気発達し、住宅を占えば則ち家道興旺し、風水を占えば則ち風を蔵し気を聚め、事を謀るを占えば則ち称心合意せん。ただし一個の前提あり——用神本身気あるを要して才に相宜なり。用神もしすでに失陥無力ならば、合を得るも用なし。卜書上に言う、万事もし三合・六合を得れば、諸事皆能く長久にして始有り終有りと。しかしこの話はただ吉事に対して管用す。吉事合に逢えば、事情必ず成す。凶事合に逢えば即ち好からず。纏住して散ぜず、かえって了結し難し。
如申月丙子日占出門,得明夷小過。 父母酉金″ 官鬼戌土″ 兄弟亥水″ 父母申金″ 官鬼丑土″世 動 妻財午火′世 兄弟亥水′ 父母申金′ 官鬼丑土″ 妻財午火″ 子孫卯木′應 動 官鬼辰土″應 世動破,余曰:合住必有事絆,不能動身。伊曰:因何而阻?余曰:卦中子動變鬼,防兒女不安。彼曰:因小女多病,男家催促成婚,今欲往外求取財物以備妝奩。余曰:所得何病?彼曰:血枯成勞。余曰:卯木子孫申月絕之,子日刑之,且動而變鬼,恐嫁之不及矣。後因病重,此人未去,女死辰日,夫應不去者,世動而逢合也,女死辰日者,卯木子孫變辰土之故也。此乃爻之遇合、卦逢六合之驗也。餘又驗其六沖卦變六合者。
これは一則の実占なり。申月丙子日に遠門を出づるを占いて、「地火明夷」を揺出して「雷山小過」に変ず。本卦は上より下へ、上爻父母酉金、五爻兄弟亥水、四爻官鬼丑土(世爻、発動)、三爻兄弟亥水、二爻官鬼丑土、初爻子孫卯木(応爻、発動)。世爻丑土発動す。しかし丙子日の子水に合し住せらる(子丑相合)。野鶴老人曰く、動じて合せられれば、必ず事情の牽絆あり。走り成さず。あの人問う、何の事に因りて受阻するか。答えて曰く、卦中初爻子孫発動して官鬼辰土を変出す。子女の不安を防ぐべし。あの人曰く、正に小女児の多病にして、男家また婚を成さんことを催すに因りて、我此に才に門を出でて些かの銭財を弄して嫁粧を弁ぜんと思うなり。野鶴老人問う、彼女の得たる何の病か。答えて曰く、血枯成癆なり。野鶴老人曰く、初爻卯木は子孫にして、申月金旺なれば木は申に絶す。子日また卯木を刑す。況んやそれ発動して官鬼を変出するを。出嫁に及ばざるを怕るのみ。後に女児病重く、この人果たして門を出でず。女児は辰日に死せり。「走り成さず」に応じたるは、世爻動じて合に逢いて絆せられたるに因る。「辰日に死す」に応じたるは、卯木子孫の変出せる正に辰土なるに因る。これ即ち爻の合に遇い卦の六合に逢うの験例なり。野鶴老人接ぎてまた六沖卦変じて六合の情形を験証す。
如未月丁巳日占已悔婚還可成否得離卦變火山旅: 兄弟巳火′世 兄弟巳火′ 子孫未土″ 子孫未土″ 妻財酉金′ 妻財酉金′應 官鬼亥水′應 妻財申金′ 子孫丑土″ 兄弟午火″ 父母卯木′ 動 子孫辰土″世 斷曰:此卦從來難以吉斷,因得屢驗六沖變合,散而復聚,離而必合,此婚一定還成,果於次年三月仍成婚。
これは一則の実占なり。未月丁巳日、ある人一門のすでに反悔せる婚事のなお成し得べきや否やを占いて、「離為火」を揺出して「火山旅」に変ず。本卦は上より下へ、上爻兄弟巳火(世爻)、五爻子孫未土、四爻妻財酉金、三爻官鬼亥水(応爻)、二爻子孫丑土、初爻父母卯木(発動)。動爻卯木は子孫辰土を変出す。野鶴老人断じて曰く、単にこの一卦を看れば、用神は併せて吉を見ず、旧法に照らせば甚だ好処に向かい断じ難し。しかるに離為火は六沖卦にして、変出の火山旅は却って六合卦なり。我屢次験したるこの種の「六沖変六合」の格局は、皆散じて復た聚まり、離れて必ず合す。故にこの門の婚事は一定になお成し得べしと断ず。後に果たして第二年三月に至りて婚を成せり。
諸合皆以用神旺者為吉,獨此六沖卦變六合得不看用神,竟以吉斷。占婚姻先吳越而後朱陳,占夫妻先參商後必合好,占功名始則艱駐,終頃榮顯。占求謀先難後易,占身命先困後顯,占風水巧處奇逢,占家宅先衰後盛。
前面の各種の合は、皆用神旺相なるを要して才に吉と算す。唯独「六沖卦変六合卦」のこの一格は、以て用神を看ずとも、径直に吉と断ずべし。それの意思は先ず散じ後に聚まり、先ず難く後に成すなり。故に曰く、婚姻を占えば、起初は呉越両国のごとく怨を結び、後来は却って朱陳村の世代通婚の和好と成れり。夫妻を占えば、起初は参星と商星との此出し彼沒し相見えざるがごとく、後来必定和合せん。功名を占えば、開頭艱難遅滞にして、最終に栄顕せん。事を謀るを占えば、先難く後易し。身命を占えば、先困頓して後顕達せん。風水を占えば、會に巧処に奇縁に遇わん。家宅を占えば、先衰敗して後興盛せん。
六合卦變六合。爻逢六合已為吉兆,動而變六合謂始終而作合也。占風水百代顯榮。占宅舍千秋基業、占婚姻白頭相守,占功名仕路亨通,占財帛聚積如山,占兄弟累世同居,宜合吉,不宜合凶,諸占用神臨日月者,吉之又吉也。惟占訟獄不利,冤仇難解,及占憂疑怪事,終不開心,占孕胎安,占產難生,若再用神受克,更為凶兆。
再び「六合卦変六合卦」を言わん。卦の六合に逢うはすでに吉兆なり。発動したる後また変じて六合と成れば、則ちそれは自始至終皆相合なり。風水を占えば百代顕栄を主り、住宅を占えば千秋基業を主り、婚姻を占えば白頭偕老を主り、功名を占えば仕途亨通を主り、財帛を占えば聚積して山のごときを主り、兄弟を占えば累世同居を主る。ただし記するを要す。合はただ吉事に宜しく、凶事に宜しからず。およそこの類の占問にして、用神また恰も日辰・月建に臨むは、いっそう吉の上に吉を加う。唯独訴訟牢獄を占うは最も不利にして、冤仇纏糾して解け難し。憂疑怪事を占うも亦好からず。鬱結終に開懷せず。懐孕を占うは倒底胎安なれど、分娩を占うは却って難産なり。もし再び用神の剋を受くるを加えば、則ちいっそう凶兆なり。
如卯月甲寅日占風水得困之節。 父母未土″ 子孫子水″ 兄弟酉金′ 父母戌土′ 子孫亥水′應 動 兄弟申金″應 官鬼午火″ 父母丑土″ 父母辰土′ 妻財卯木′ 妻財寅木″世 動 官鬼巳火′世 余曰:占祖塋必有其故,自葬後何事不亨?今日之念因何而起?明以告我,方敢決斷。彼曰:自葬之後功名屢困,年近五旬,尚無子息,是以問之曰:此塋之有疑否?余曰:龍自右脈來,水亦從左而還源,流水不歸漕之故耳。彼曰:何以知之,余曰:亥水子孫化申金生之,申為源流,寅日沖之,若能使水歸漕,不至傍流者,明年起用,再拜丹墀,申年定生鱗種,彼曰:長久安泰否?余曰:六合萬載安然。
これは一則の実占なり。卯月甲寅日に祖墳の風水を占いて、「沢水困」を揺出して「水沢節」に変ず。本卦は上より下へ、上爻父母未土、五爻兄弟酉金、四爻子孫亥水(応爻、発動)、三爻官鬼午火、二爻父母辰土、初爻妻財寅木(世爻、発動)。野鶴老人先ず問う、祖墳を占うは必ず縁故あり。安葬以後よりいずれの一件事か順ならざるか。今天この念頭を動かすは何の為めか。明白に説明せば我才に敢えて断ぜん。あの人曰く、安葬の後より、功名屢屢受挫し、年は五十に近くしてなお兒子なし。故にこの座の墳塋は是れ問題あるや否やを問わんと思うなり。野鶴老人曰く、この塊の地の来龍は右辺より来たり、水も亦左辺より回帰して源頭に歸す。毛病は流水の本漕に歸らず、旁流して走泄するに出づ。あの人問う、あなたどうして之を知るか。答えて曰く、四爻亥水は子孫にして、発動して申金を変出して来たりてそれを生ず。申金即ち水の源頭なり。しかるに甲寅日の寅木は去りて申金を沖す。源頭沖せられて、故に水散じて聚まらず。もし能く法を設けて水をして漕に歸らしめ、再び旁流せざらしめば、明年即ち能く起復任用して、重ねて朝堂に上らん。申年に至りて一定に兒子を生まん。あの人また問う、能く長久安泰せんや。答えて曰く、この卦六合なり。万年安然を保すべし。
申子辰合成水局、巳酉丑合成金局、寅午戌合成火局、亥卯未合成木局。此三合者有四。一卦之內有一爻動而合局者一也。若兩爻動一爻不動亦成合局者二也。有內卦初爻、三爻、動而變出爻成三合者三也。又有外四多爻、六爻動、動而變出之爻成三合者四也。然此三合者有凶有吉。如占功名合成官局謂之官旺,合成財局財旺生官,倘若合成子孫局者乃傷煞之神也。如占求財合成財局者謂之財庫;合成子孫局者謂之子局生財;倘若合成兄弟局者乃破財、耗財、阻隔之神也。如占祖塋、家宅宜父母爻而合局也。如占婚姻、夫婦、宜財官旺而合局。凡占求謀喜慶之事宜於成局,永遠堅牢。
接ぎて「三合局」を講ず。申・子・辰の三支は合して水局と成り、巳・酉・丑は合して金局と成り、寅・午・戌は合して火局と成り、亥・卯・未は合して木局と成す。三合を構成するの途徑に四種あり。第一、一卦の内に三支俱に全し、その中に一爻発動せば、即ち合して局と成す。第二、三支の中の両爻発動し一爻安静なるも、亦局を成すと算す。第三、内卦の初爻と三爻と発動し、変出の爻を加えて三支を湊斉して局と成す。第四、外卦の四爻と六爻と発動し、変出の爻を加えて三支を湊斉して局と成す。三合局本身に凶有り吉有り。合し成す所のいずれの類の六親かを看るを要す。功名を占えば、官局を合し成せば即ち官星旺なり。財局を合し成せば則ち財旺にして官を生ず。皆好し。もし子孫局を合し成せば、則ちそれは傷官の神にして事を壊す。求財を占えば、財局を合し成すを「財庫」と謂い、子孫局を合し成すを「子局生財」と謂う。皆吉なり。もし兄弟局を合し成せば、それは破財・耗財・阻隔の神なり。祖墳・家宅を占うは、父母爻の局を合するに宜し。婚姻夫婦を占うは、財爻・官爻の旺にして局を合するに宜し。およそ事を謀り喜慶の一類を占うは、皆局を成すを以て好と為し、長久牢固を主る。
若占官訟、憂疑而合局者,終身團結,其心難於消釋,但三合其局者必要世爻在局者為美,若世爻不在於局內,須要局生世爻為吉,局克世爻為凶,三爻若有兩爻動,不成局,須待後之補湊合成其局,謂之虛三待用。一爻明動一爻暗動亦作兩爻動。三合局中若有一空破者,待填滿之日月成之。有一爻入墓者待沖開之日成之。
反ってもし官司訴訟或いは憂疑の事を占うて合局に遇えば、則ちそれは一世を纏糾し心結解け難し。また三合成局に一個の要緊の条件あり。最も好しとは世爻本身即ち局中に在るなり。もし世爻局内に在らざれば、即ちこの局の世爻を生ずるか世爻を剋するかを看るべし——世を生ずるは吉を為し、世を剋するは凶を為す。また一種の情形あり。三支の中ただ両爻発動にして第三支は根本に卦上に在らず。暫時合して局を成す能わず。即ち日后あの一支の補うを待ちて才に局を成すと算す。これを「虚三待用」と謂う。須らく注意すべし、一爻明動し一爻暗動するも、亦両爻発動に照らして論ず。局中もし一爻の空に落ち或いは破に逢うあらば、須らく填実のあの一天・あの一月を待ちて才に局を成すと算す。もし一爻の墓に入るあらば、即ち墓庫を沖開するの日を待ちて才に局を成すと算す。
凡得三合名利婚姻、家宅、風水、用神旺者無不為吉,必要世爻在局為美、若不在於局內須要局生世爻為吉,局克世爻為凶。如占財,財局生世利於我財,局生應利於他。占出行用神在三合內被合而留。占行人用神在三合之內被合不回。又有內卦外卦而成三合者須分內外。如占家宅若屬外宅不宜外卦克內,若居內宅須宜內卦生外卦,又如占彼此之形者,內卦為我,外卦為他。外卦合局而內卦者為吉,克內卦者為凶。
総じ括めて言わん。およそ功名利禄・婚姻・家宅・風水を占うて三合局を得れば、ただ用神旺相なれば、不吉なきなり。なお世爻の局中に在るを以て最も好しと為し、世爻局中に在らざれば、即ち局の世を生ずるか局の世を剋するかを看よ。世を生ずるは吉、世を剋するは凶。例を挙げて言わん。財を占うに、もし財局来たりて世爻を生ぜば、この財は我に対して利あり。もし財局去りて応爻を生ぜば、則ちそれは対方に便宜せしむ。出行を占うに、用神三合の内に落ちて合し住せられれば、人は即ち走り成さず留め置かる。行人を占うに、用神三合の内に落ちて合し住せられれば、人は即ち帰り来る能わず。此の外また内卦・外卦各々局を成すあり。須らく内外を分け清むべし。家宅を占うに、もし住む所は外宅ならば、外卦の来たりて内卦を剋するを宜しとせず。もし住む所は内宅ならば、即ち内卦の外卦を生ずべし。また如く双方対峙の形勢を占うは、内卦は我方を代表し、外卦は対方を代表す。外卦局を合して来たりて内卦を生ずるは吉を為し、来たりて内卦を剋するは凶を為す。
如卯月丁巳日上下兩村因田水撕打得離之坤卦。 兄弟巳火′世 動 妻財酉金″世 子孫未土″ 官鬼亥水″ 妻財酉金′ 動 子孫丑土″ 官鬼亥水′應 動 父母卯木″應 子孫丑土″ 兄弟巳火″ 父母卯木′ 動 子孫未土″ 斷曰:內卦為我村,亥卯未合成木局,外卦為人村,巳酉丑合金局來克木,幸衰金不克旺木,不足畏也。況係六沖卦變六沖,有人解散必不成訟,後果勸散。
これは一則の実占なり。卯月丁巳日、上下両個の村子が田水を争うを為めに打ち起こせり。「離為火」を占い得て「坤為地」に変ず。本卦は上より下へ、上爻兄弟巳火(世爻、発動)、五爻子孫未土、四爻妻財酉金(発動)、三爻官鬼亥水(応爻、発動)、二爻子孫丑土、初爻父母卯木(発動)。野鶴老人断じて曰く、内卦は我らのこの一村を代表し、内卦の亥・卯・未の三支は合して木局と成す。外卦は対方のあの一村を代表し、外卦の巳・酉・丑の三支は合して金局と成す。金来たりて木を剋す。幸いなる所はこの時正に卯月に当たり、木旺にして金衰す。衰金は旺木を剋し動かす能わず。懼るるに足らず。況んや本卦離為火は六沖卦にして、変出の坤為地も亦六沖卦なり。六沖は離散を主る。必ず人の出面して調解せん。官司を打ち成さざらん。後に果たして人に勧め散ぜられん。
或問:彼此之形,必以世應為主,如何不言世應?余曰:若無內外合局者,須看世應,今彼此兩村即內外兩卦人眾同心,彼此合局,神之如用靈驗顯然,故舍世應而不用也,若非卦化六沖,未有不成非也。
ある人問う、双方対峙の形勢を占うは、歴來世爻・応爻を以て主と為す。あなたどうして世応を提せざる。野鶴老人回答して曰く、もし内外両卦各自に局を合せざれば、則ち自然に世応を看るべし。いまこの両個の村子は恰好内外両卦各々一局を成し、正に両辺各自人多く心斉しきを表示す。神明このような卦象を用いて事に応ず。霊験なること再び清楚なることなし。故に即ち世応を撇開して用いず。なお一句を補うべし。この一卦もし六沖を化成せざらば、この場の是非は鬧だ大きくせざるなきなり。
六沖章第二十
子午相沖、丑未相沖、寅申相沖、卯酉相沖、辰戌相沖、巳亥相沖。相沖之法有六。日月沖爻者一也,卦逢六沖二也,六合卦變六沖三也,沖變六沖四也。動爻變沖五也、爻與爻沖六也。沖者散也,凡占凶事宜於沖散、占吉事而不宜,必兼用神而言,用神旺雖沖不破,用神失陷凶而又凶,六合卦變六沖卦者,用神旺者始吉終凶,圖事難成,有始無終也。爻沖有五:爻與月沖謂月破。爻遇日沖為暗動。休囚而遇日沖謂之日破。動爻化回頭沖。如逢仇敵。爻遇爻沖謂之相殺也。
十二地支は両両相沖して、亦六対あり。子午相沖、丑未相沖、寅申相沖、卯酉相沖、辰戌相沖、巳亥相沖。相沖の情形に六種あり。日辰或いは月建の爻を沖するは一。本卦本身是れ六沖卦は二。六合卦変じて六沖卦と成るは三。六沖卦また変じて六沖卦と成るは四。動爻変出の爻来たりてそれを沖するは五。卦中両爻自ら相沖するは六。沖の本義は「散」なり。凶事を占うは沖散に宜しく、吉事を占うは即ち宜しからず。ただしなお必ず用神に連れて一斉に看るべし——用神旺相なれば、沖すといえども破せず。用神すでに失陥せば、則ち凶の上に凶を加う。六合卦変じて六沖卦と成るは、即ち用神旺相にしても、亦是れ始吉終凶にして、事を謀る成し難く、始有りて終なし。また爻の沖せらるるの名目に五種あり。爻の月建に沖せらるるを「月破」と謂い、旺爻の日辰に沖せらるるを「暗動」と謂い、休囚の爻の日辰に沖せらるるを「日破」と謂い、動爻変出の爻の回頭してそれを沖するは、譬えば仇敵に碰上するがごとく、卦中一爻の別の一爻を沖するを「相殺」と謂う。
如巳月戊戌日占財得風雷益: 兄弟卯木′應 兄弟卯木′應 子孫巳火′ 子孫巳火′ 妻財未土″ 妻財未土″ 妻財辰土″世 妻財辰土″世 兄弟寅木″ 兄弟寅木″ 父母子水′ 父母子水′ 辰土財爻持世,因值旬空,戌日沖空填實,本日辰得財。
これは一則の実占なり。巳月戊戌日に求財を占いて、「風雷益」を揺出す。六爻俱に静にして、上より下へ、上爻兄弟卯木(応爻)、五爻子孫巳火、四爻妻財未土、三爻妻財辰土(世爻)、二爻兄弟寅木、初爻父母子水。財を占うは妻財爻を以て用神と為す。この卦の財爻は正好世を持す。即ち三爻辰土なり。惜しむべしそれ正に旬空に落つ。本来出空を待ちて才に財あるべし。妙なるはこの一天は戊戌日にして、辰戌相沖し、この空爻を一沖せば即ち「起」き、落空かえって当場に填実す。故に即ち当天の辰時に財を得たり。これ正に前の言う所の「沖空則実」なり。
又如午月丙辰日占出外經商貿易財如何得恆之豫卦: 妻財戌土″應 妻財戌土″ 官鬼申金″ 官鬼申金″ 子孫午火′ 子孫午火′應 官鬼酉金′世 動 兄弟卯木″ 父母亥水′ 動 子孫巳火″ 妻財丑土″ 妻財未土″世 世爻酉金化卯相沖及反覆之卦,幸辰日合之,沖中逢合,又得戌土為財,暗動生世,雖則反覆不常,卻有財利。果此人去而復反者三次,中途發財。前曰:爻動化沖,如逢他敵,乃是化回頭之克也。此卦世爻酉金化卯沖世而不克世,又得辰日沖動戌財生世所以為吉。
これは一則の実占なり。午月丙辰日、ある人出外経商の財運いかんを占いて、「雷風恒」を揺出して「雷地豫」に変ず。本卦は上より下へ、上爻妻財戌土(応爻)、五爻官鬼申金、四爻子孫午火、三爻官鬼酉金(世爻、発動)、二爻父母亥水(発動)、初爻妻財丑土。世爻酉金は兄弟卯木を変出す。世爻酉金発動して卯木を変出す。卯酉相沖にして、これ「動而化沖」なり。加うるに本卦変卦は反復の象あり。看るに不吉に似たり。幸いなる所は丙辰日の辰と酉と相合して、沖の中に合を帯び、あの一沖を絆し住めり。又辰日の上爻戌土妻財を沖動して、それをして暗動して来たりて世爻を生ぜしむるに因る。故に行程は反復不定といえども、終究は財利あるなり。後にこの人果たして去りて回り、回りて又去り、来回三趟にして、半路上にて財を発せり。前に「爻動化沖、如逢仇敵」と言えり。それは回頭剋を化出するの情形を指す。この一卦の世爻酉金の化する所の卯木はただ世を沖して世を剋せず(金はかえって能く木を剋す)。また辰日の戌土の財を沖動して来たりて世を生ずるを得たり。故に吉と断ず。
又如酉月乙未日占子久出不歸生死如何得坤卦: 子孫酉金″世 妻財亥水″ 兄弟丑土″ 官鬼卯木″應 父母巳火″ 兄弟未土″ 世持子孫以臨月建,未日生之,雖是六沖之卦,此子必歸。果於子年建功卯年得意而歸,此應靜而逢沖之驗也。
これは一則の実占なり。酉月乙未日、ある人兒子の久しく出でて歸らず、是れ死か是れ活かを占いて、「坤為地」を揺出す。六爻俱に静にして、上より下へ、上爻子孫酉金(世爻)、五爻妻財亥水、四爻兄弟丑土、三爻官鬼卯木(応爻)、二爻父母巳火、初爻兄弟未土。兒子を占うは子孫爻を以て用神と為す。この卦の子孫は正好世を持す。即ち上爻酉金にして、しかもそれ恰も酉月の月建に臨み、また未日の土の来生を得(土は金を生ず)、旺相にして靠あり。坤為地は是れ六沖卦にして離散を主るといえども、用神すでにかくのごとく力を得たれば、なおこの子必ず歸らんと断ず。後に果たして子年に功を立て、卯年に意を得て回れり。これ即ち「静爻雖逢六沖、只要用神旺相仍歸」の験例なり。
又有巳月甲寅日占嚴師訓子得天地否卦變乾卦: 父母戌土′應 父母戌土′世 兄弟申金′ 兄弟申金′ 官鬼午火′ 官鬼午火′ 妻財卯木″世 動 父母辰土′應 官鬼巳火″ 動 妻財寅木′ 父母未土″ 動 子孫子水′ 以應為用神,世應相合,應臨戌父,巳月生之,乃飽學之士,獨嫌卦變六沖,合而變沖,不久之兆,彼問曰:因何事而不久?餘日:子水子孫值旬空,卦中未土父動,防子孫災變,後果兩月,其子得病,辭師未久而子死矣。
これは一則の実占なり。巳月甲寅日、ある人一人の厳師を請じて来たりて兒子を教えんこといかんを占いて、「天地否」を揺出して「乾為天」に変ず。本卦は上より下へ、上爻父母戌土(応爻)、五爻兄弟申金、四爻官鬼午火、三爻妻財卯木(世爻、発動)、二爻官鬼巳火(発動)、初爻父母未土(発動)。外人を占うは応爻を以て用神と為す。応爻は正に上爻戌土父母にして、世爻卯木と相合す(卯戌相合)。師生投縁を説明す。戌土また巳月の火の来生を得て、是れ一学問紮実の先生なり。惜しむべし天地否は本来六合卦にして、変出の乾為天は却って六沖卦なり。合して沖に変ずるは、能く長久ならざるの兆なり。あの人問う、何を以てか長久ならざる。野鶴老人曰く、卦中初爻の子水子孫は正に旬空に落ち、しかも初爻未土父母はまた発動して来たりてそれを剋す。須らく孩子に災変あるを防ぐべし。後に両個月を過ぎて、孩子果たして病めり。先生を辞退して没久しく、孩子即ち死せり。
凡得六合變六沖者,諸占先合後離、先親後疏、先濃後淡,始榮終悴,得而復失成而後敗、惟占官非,盜賊事者宜之。
およそ六合卦変じて六沖卦と成るを占い得るは、何事を占うを論ぜず、皆先ず合し後に離れ、先ず親しみ後に疏し、先ず濃く後に淡く、起初栄盛にして終歸憔悴し、手に到りてまた失去し、成功してまた敗落するを主る。唯独官司是非を占い盗賊を占うのこの両類の事は、かえってこの種の卦象に宜し——沖は離散を主るを以て、是非自ずから散去し、盗賊自ずから走り開かん。
如申月已卯日父子七人俱蒙拿問。得巽卦變坤卦: 兄弟卯木′世 動 官鬼酉金″世 子孫巳火′ 動 父母亥水″ 妻財未土″ 妻財丑土″ 官鬼酉金′應 動 兄弟卯木″應 父母亥水′ 動 子孫巳火″ 妻財丑土″ 妻財未土″ 此係卦變巽木化坤土,名為化去不克,當主無妨,只因世爻變鬼,卯木化酉金,木破金克,巳火子孫又化亥水,父子兩爻皆被其傷,六沖亂室,一家俱受刑。占法皆以六沖卦宜於官事,喜其沖散,然必看木之大小,又宜兼用神而言,此卦六沖變沖,亦可謂之官事逢沖而散。
これは一則の実占なり。申月己卯日、某家の父子七人は一斉に拿問せられ獄に下れり。「巽為風」を占い得て「坤為地」に変ず。本卦は上より下へ、上爻兄弟卯木(世爻、発動)、五爻子孫巳火(発動)、四爻妻財未土、三爻官鬼酉金(応爻、発動)、二爻父母亥水(発動)、初爻妻財丑土。整卦に就きて看れば、巽木変じて坤土と成るは、是我去りて彼を剋すにして、「化去不剋」と謂い、本来妨げなきべし。壊れたるは両処に在り。一つは世爻卯木発動して酉金官鬼を変出す。卯は申月に在りて本已に剋を受く。いままた変出の酉金に回頭して相沖相剋せらる。是れ世爻変鬼なり。二つは五爻巳火子孫発動して亥水を変出す。水は火を剋す。子孫も亦傷せらる。父子両条の線の用神皆傷を受け、加うるに六沖の門戸を擾乱するを以て、故に一家人皆刑を受けたり。旧法皆六沖卦は官非に宜しと言い、それの沖散の義を取る。しかるになお看るべし沖せらるる所の爻の力量の大小を、さらに用神に連れて一斉に看るを要す。この一卦は六沖また変じて六沖と成る。もしただ旧法に照らさば、豈に亦「官事沖に逢いて散ず」と言うべからざらんや。
三刑章第二十一
寅刑巳、巳刑申、子刑卯、卯刑午、丑戌相刑、未辰相刑。又云:辰午酉亥謂之自刑,夫三刑者,余屢試之,或因用神休囚又兼他爻犯之,刑者則見凶,而獨犯三刑得驗者少,占過數十年只驗得一卦。
相刑の地支は、寅は巳を刑し、巳は申を刑し、子は卯を刑し、卯は午を刑し、丑と戌とは相刑し、未と辰とは相刑す。また一説あり、辰・午・酉・亥の四支は各々自ら相刑して、「自刑」と謂う。ただし野鶴老人は三刑に対し甚だ保留す。彼屢次試験して、およそ応験するは、多くは用神本已に休囚にして、また別に他の爻ありて来たりて剋傷するに因りて、才に凶を見るを発見す。単に三刑を犯して能く応験するは、実に甚だ少なし。幾十年を占い、ただ一卦を験したるのみ。この一章の分量は此に因りて重からず。読者は三刑を看るに太だ死ならしむべからず。
如寅月庚申日占子痘症,得風火家人變離卦。 兄弟卯木′ 子孫巳火′世 子孫巳火′應 動 妻財未土″ 妻財未土″ 動 官鬼酉金′ 父母亥水′ 父母亥水′應 妻財丑土″世 妻財丑土″ 兄弟卯木′ 兄弟卯木′ 斷曰:巳火子孫既當春令,子孫旺相許之可治,後死於寅日寅時。後悟月建在寅,日建在申,與巳爻子孫共作三刑,獨此一卦,無他爻之傷也,至於子卯、辰戌丑未亦有驗者皆附和而為凶也。
これはあの唯一応験せる一卦なり。寅月庚申日、ある人孩子の痘を出づるを占いて、「風火家人」を揺出して「離為火」に変ず。本卦は上より下へ、上爻兄弟卯木、五爻子孫巳火(応爻、発動)、四爻妻財未土(発動)、三爻父母亥水、二爻妻財丑土(世爻)、初爻兄弟卯木。孩子を占うは子孫爻を以て用神と為し、五爻巳火を取る。当時正に寅月にして、木旺にして火を生ず。子孫爻旺相なり。故に野鶴老人医治安んことを断ぜり。誰知孩子後に寅日寅時に死せり。事後に才に悟り出だせり。月建は寅、日建は申、加うるに子孫爻の巳にして、寅・巳・申の三支恰好湊りて三刑と成せり。しかもこの一卦は此の外併せて別の爻の来たりて子孫を傷るなし。これ才に三刑真に独立して応験するの例子なり。子刑卯・辰戌丑未相刑のあの幾種に至っては、亦偶有応験するといえども、実は皆別の凶象に附和して一同に顕現するのみ。
暗動章第二十二
靜爻旺相日辰沖之為暗動,靜爻休囚日辰沖之為破,暗動者有喜有忌。用神休囚得元神暗動以相生;忌神明動於卦中,得元神暗動而生用神,此皆謂之喜也。用神休囚無助,若遇忌神克害用神,此皆謂之忌也。占以暗動福來而不知,禍來而不覺。又曰:吉凶之應於動,有急緩之應,則緩非此論,何當不知不覺,報應亦非緩也。
安静の爻もし本身旺相にして、日辰に一沖せられば、即ち「暗動」と謂う。もし本身休囚にして、日辰に一沖せられば、則ち「日破」と成れり。暗動に可喜の一面あり、亦可忌の一面あり。可喜なるは、用神休囚無力のとき、元神暗動して来たりてそれを生ず。あるいは卦中忌神明明白白に発動して、しかも元神暗動して接住して来たりて用神を生ず——この両種は皆好事なり。可忌なるは、用神休囚にしてまた助を求むる処なきに、偏偏忌神の暗動して来たりてそれを剋害するに遇う。占家常に言う、暗動の応験は「福来たりて自己知らず、禍来たりて自己察せず」。野鶴老人また一句を補う。吉凶は動爻上に応ずるにして、快有り慢有り。慢なるあの種は別に説法ありて、併せて暗動に属せず。暗動は実は併せて慢からず。ただ事先察覺し易からざるのみ。報応の来たるは一様に快なり。
即如寅月已未日占女痘得坤之師卦: 子孫酉金″世 子孫酉金″應 妻財亥水″ 妻財亥水″ 兄弟丑土″ 兄弟丑土″ 官鬼卯木″應 父母午火″世 父母巳火″ 動 兄弟辰土′ 兄弟未土″ 官鬼寅木″ 酉金子孫,雖則春令休囚,得日辰生之,二爻巳火動而克金,得未日沖動丑土,土動生金,花雖密以全生。彼曰:目下甚危。余曰:不妨,今日未申時有救,果於申時遇明醫救治,何當緩也?
これは一則の実占なり。寅月己未日、ある人女児の痘を出づるを占いて、「坤為地」を揺出して「地水師」に変ず。本卦は上より下へ、上爻子孫酉金(世爻)、五爻妻財亥水、四爻兄弟丑土、三爻官鬼卯木(応爻)、二爻父母巳火(発動)、初爻兄弟未土。女児を占うは子孫爻を以て用神と為し、上爻酉金を取る。寅月は木旺にして金衰す。酉金は本已に休囚なり。幸いに己未日の土の来生を得る。しかるに二爻巳火発動し、火は金を剋して来たりて用神を傷す。この時未日また衝動して四爻の丑土を動かす——丑未相沖にして、丑土は旺にして静なれば、沖せられて即ち暗動と為す——暗動の丑土は酉金を生起し、用神に救あり。故に痘花は密なりといえども、亦性命を保全し得べしと断ず。占を求むる人曰く、目下病勢甚だ危険なり。野鶴老人曰く、妨げなし。今天の未時・申時に即ち救あり。後に果たして申時に高明の医師に遇いて救治せらる。見るべし、暗動の応験はどこに慢きや。
動散章第二十三
占以日辰而沖動爻,謂之沖散,又以爻動沖爻,亦能沖散,予屢試之,旺相者沖之不散,有氣者沖之不散,休囚者間有沖散,亦千百中之一二也,其故何也?神兆機於動,動必有因。雖則今日受制,後逢值日而不散也。
占家に一個の説法あり。日辰が去りて一個の動爻を沖するを「沖散」と謂い、一個の動爻が去りて別の一爻を沖するも、亦能くそれを沖散す。野鶴老人屢次試験して、結論は曰く、旺相の爻は沖して散ぜず、有気の爻も亦沖して散ぜず。ただ休囚無気の爻のみ偶に沖散せらるるあり。しかも千百次裡にも不過一兩次なり。何を以てか。卦機は動の上より顕れ出づるを以て、一爻すでに発動せば、背後必定その縁由あり。即ち今天日辰に制し住せらるるとも、当該爻の日に値るのあの一天を待てば、それは照様に応験して、併せて真に散ぜず。
如丑月丁酉日占父出外一載無音得風水渙變坎卦。 父母卯木′ 動 官鬼子水″世 兄弟巳火′世 子孫戌土′ 子孫未土″ 妻財申金″ 兄弟午火″ 兄弟午火″應 子孫辰土′應 子孫辰土′ 父母寅木″ 父母寅木″ 卯木父爻發動而生世,又化子水回頭生許之,在外平安。世空者還至交春即歸,果於二月得意而回。此非卯動酉日沖之?何當散也?李我平日:黃金策以空亡為重,沖散為輕。易冒最重沖散,細閱占驗多因錯課。
これは一則の実占なり。丑月丁酉日、ある人父親の外出一年にして音信なきを占いて、「風水渙」を揺出して「坎為水」に変ず。本卦は上より下へ、上爻父母卯木(発動)、五爻兄弟巳火(世爻)、四爻子孫未土、三爻兄弟午火、二爻子孫辰土(応爻)、初爻父母寅木。動爻卯木は官鬼子水を変出す。父親を占うは父母爻を以て用神と為し、上爻卯木を取る。それ発動して来たりて世爻を生ず(木は火を生ず)。また子水を変出して回頭してそれを生ず(水は木を生ず)。故に父親の在外平安を断ず。世爻この時正に旬空に落つ。故に開春に至りて才に回り来るを待つと断ず。後に果たして二月裡に意を得て歸れり。請う看よ、卯木は明々白々に発動せり。しかも丁酉日の酉金は正に卯木を沖す。もし「沖散」の説に照らさば、この一爻は早くも散ずべし。しかるにそれは偏偏応験せり。どこに散じ得べけんや。校訂者李我平の按語に曰く、《黄金策》は空亡を看ること重くして沖散を看ること軽し。《易冒》は却って最も沖散を重しとす。細看するに《易冒》の存する所の占例、多くは即ち沖散を迷信して卦を断錯りたるに因る。
卦変生剋墓絶章第二十四
卦變者:變生、變克、變墓、變絕、比和。予得驗者,凡遇卦化克者,不論用神之衰旺皆以凶推。此乃巽卦變坎卦,巽木變坎水謂之化生,水回頭以生木,也即以吉斷。此乃震卦化乾卦,震木變乾金謂之化克,金回頭以克木,也即以凶推。卯月辛巳日來人不言所事。占得巽卦變乾卦。問之所占何事?伊曰:代卜長輩功名。余曰:功名須要親占,代占難取用神,從不敢斷,幸此卦而易見,巽木化乾金,即為化回頭克,為絕卦也,不必問名,壽命不長,果於削職後七月而終。
この一章は整卦の変化を講ず。本卦の所属する卦体が別の一卦体に変成するは、共有りて五種の関係なり。変生・変剋・変墓・変絶・比和(同類)。野鶴老人の試験して得たる所の結論は、およそ卦体の化剋するに遇えば、用神の旺衰を論ぜず、一概に凶を推す。例を挙げて説明す。巽卦変じて坎卦と成る。巽は木に属し、坎は水に属す。水は回頭して来たりて木を生ず。これを「化生」と謂い、即ち吉と断ず。震卦変じて乾卦と成る。震は木に属し、乾は金に属す。金は回頭して来たりて木を剋す。これを「化剋」と謂い、即ち凶と断ず。下面は実占なり。卯月辛巳日、来人は何の事を占うかを説するを肯んぜず。「巽為風」を揺出して「乾為天」に変ず。野鶴老人彼に問いて到底何を占うかとせば、他才に長輩に替りて功名を占うと言う。野鶴老人曰く、功名を占うは必ず本人の親占を須う。代占は用神を取り難し。我向來敢えて断ぜず。幸いにこの一卦は一望にして知る可し——巽木変じて乾金と成るは、正に化出の回頭剋にして、是れ「絶卦」なり。功名は問うを必とせず。この位の長輩は壽命も亦長からざらん。後にあの位の長輩は革職せられ、七個月の後即ち去世せり。
又如午月丙寅日占主病,得離卦變坎卦,離火變坎水,回頭來克,但因午月火旺,許之冬令必危。果卒於九月丁亥日。此皆不看用神之衰旺也。
又如く午月丙寅日、僕人有りて主人に替りて病を占う。「離為火」を揺出して「坎為水」に変ず。離は火に属し、坎は水に属す。水は回頭して来たりて火を剋す。また化剋の象なり。ただ当時は午月にして、火は正に旺に当たるに因りて、故に目下はなお撐持し得べし。野鶴老人便ち冬天に至りて必定危険ならんと断ず。後に果たして九月丁亥日に死せり——亥は水に属し、正に水の旺にして火を剋するの時なり。以上のこの両卦は、断ずるの時皆用神の旺衰を看ることなし。単に卦体化剋の一条を憑るのみで凶を定めたり。見るべし、卦体の変化は根本なり。
李我平曰:易冒墓絕章云,日月當令非真,卻不知凶事將來,神機早兆,日月當時雖旺,過時則有消,即如此篇,占主病午月得離變坎,目今夏火雖旺,冬來火衰命絕。易冒反伏章云:(日月非空破,徒往則重。又曰:半徒往徒未半凶吉),種種疑論,皆非經驗。卦體如人之根本,卦變刑剋絕,如樹連根出土,目前枝葉雖青,能保長不朽乎?當時旺,過時而衰,空破雖虛,填實則應,且半凶半吉之論,難作後人法,此書只以回頭克者為凶,見易胃反伏章中之占驗,明是回頭之克,誤作反覆休囚。如寅月癸酉日占長子病。得震之兌,此非震木化兌金回頭之克耶?此二卦竟未看出,土遭木克,木被金傷,以震為長男,占長子所以不吉。殊不知卦變回頭之克,少女亦難保也,今以彼之占驗而謂彼之錯誤,無他說也。
校訂者李我平の按語に曰く、《易冒》の墓絶章に「爻の日月に臨み当令するは即ち真墓真絶と算せず」と講ずといえども、凶事将に臨まんとするの時、神機は早く已に先に徴兆あるを懂らず——日月は当时は旺なりといえども、あの時令を過ぐれば即ち消退せん。即ち本篇のこの一卦を拿げば、主人に替りて病を占い、午月に離変じて坎を得たり。目下の夏天は火は旺なりといえども、冬天に到れば火衰して命は即ち絶ゆ。《易冒》の反伏章また「日月非空破、徒往則重」「半徒往徒未半凶吉」この一類の含混の話あり(原文ここに刻本すでに残)。種種疑似の論は、皆実際の占験の中より得たるにあらず。卦体は譬えば人の根本のごとし。卦体一旦刑・剋・絶を変出せば、大樹の根を連ねて土を抜き出づるがごとく、眼前の枝葉はなお青しといえども、どうしてそれの長久不朽を保せんや。当时は旺にして時を過ぐれば便ち衰す。空破は一時虚にして無力なりといえども、填実の期一たび至れば照様に応験す。あの種の半凶半吉・模棱両可の論法に至っては、さらに能く後人に法度を為すに拿ぐべからず。本書はただ一条を認め准ず。およそ回頭剋するは即ち凶なり。再び《易冒》反伏章裡に存する占例を看よ。寅月癸酉日に長子の病を占いて、震為雷を得て兌為沢に変ず——これは明らかに震木の兌金を化するの回頭剋にあらずや。彼は偏偏看え出だせず、ただ土の木に剋せられ木の金に傷せらるるを講じ、又震卦の長男を象徴するに因りて、故に長子は不吉と断ず。殊に知らず、卦体すでに回頭して剋を受けば、兌卦の象徴する所の少女も亦一様に保ち難し。いま我彼の自己存する所の占例を拿げて来たりて彼の自己の錯誤を指出す。此の外は併せて別の話の説く可きなし。
反伏章第二十五
卦有卦變,爻有爻變。卦變者內外動而反伏者同一卦也。如乾卦變坤卦。爻變者內外爻動而反伏者,非同一卦也。如升之觀是也。又有外卦反伏而內卦不動者,如觀之坤是也。又有內卦反伏而外卦不動者如巽之觀是也。內卦反伏,內則不安。外卦反伏,外則不寧。內外反伏者,內外不寧之象也。皆主成而敗,敗而成,有而即無,無而即有,得而失,失而得,來而去,去而來,散而聚,聚而散,動而思靜,靜而思動。
この一章は「反吟」(書中には「反伏」と写作す)を講ず。反吟は両層に分つ。一層は卦体に在り、一層は爻位に在り。卦体の反吟は、内外六爻俱に動し、変出の卦と本卦と通體相反するなり。乾為天変じて坤為地と成るがごとし。爻位の反吟は、内外の爻発動して変出の地支と本位と相沖するなり。ただし前後は併せて同一の対卦にあらず。地風升変じて風地観と成るがごとし。またただ外卦反吟にして内卦動かざるあり。風地観変じて坤為地と成るがごとし。亦ただ内卦反吟にして外卦動かざるあり。巽為風変じて風地観と成るがごとし。断法は曰く、内卦反吟は家内安からず、外卦反吟は外事寧らず、内外都て反吟は、即ち内外俱に寧からざるの象なり。総の意象は反反復復なり。成りてまた敗れ、敗れてまた成り。有りて眼を轉じれば又無く、無くして忽然として又有り。得て復た失い、失いて復た得る。来たりて又去り、去りて又来たる。散じて又聚まり、聚まりて又散ず。動きてまた安静を想い、静まりてまた動くを想う。
占功名者,用爻旺相,遷而又行往他處,去而仍復來。用神失陷有或降或升,或得或失矣。占財物聚散不常,買賣經營興衰往來不定。占墳墓宅舍,欲遷不遷,或遷之而再遷,或目下就有遷移之事,占以久遠之事者目前就有變動。占天時晴而即雨,雨而又睛。占婚姻反覆難成。占疾病癒而有病。占盜賊官非,見而又見。占出行,行至中途變反,即使到彼,一事無成。占行人外卦反伏者,用神旺相必歸,不然變他處。在外之人而占家宅者,內卦反伏,家庭人口不安。占彼此之形勢者,內卦反伏,我亂他定,外卦反伏,他亂我定。
門を分け類を別して言わん。功名を占うに、用神旺相なるは、調任してまた別の処に往くを要し、去りてまた会に再び回り来る。用神失陥するは、即ち忽ち降り忽ち升り、忽ち得て忽ち失う。財物を占うは、聚散常なし。売買経営を為すは、興衰の來去定まらず。墳墓住宅を占うは、遷らんと想うて遷り成らず、あるいは遷りてまた再び遷るを要し、あるいは目下即ち搬動の事あり。およそ長遠の事を占うは、眼前に先ず変動あり。天气を占うは、剛き晴れてまた雨、雨過ぎてまた晴る。婚姻を占うは、反復して成り難し。疾病を占うは、好きてまた犯す。盗賊・官司を占うは、一回出でてまた一回出づ。出行を占うは、半路に走り至りてまた折り回る。即ち目的地に到るとも、亦一事成らず。外出未帰の人を占うに、もし外卦反吟なれば、用神旺相なるは必定回り来る。否らざれば即ち改めて別の処に往けり。人外地に在りて家中を占うに、もし内卦反吟なれば、家裡の人口安からず。彼此対峙の形勢を占うに、内卦反吟は我方乱れて対方穩なり。外卦反吟は対方乱れて我方穩なり。
反伏卦用神旺相不變沖剋者雖則反覆,事之必成,第恐用神而化回頭之沖剋者,即是卦變大凶之象,如卯月壬申日占隨官府上任。得比之井: 妻財子水″應 妻財子水″ 兄弟戌土′ 兄弟戌土′世 子孫申金″ 子孫申金″ 官鬼卯木″世 動 子孫酉金′ 父母巳火″ 動 妻財亥水′應 兄弟未土″ 兄弟丑土″ 斷曰:世臨官鬼值月建而旺,隨去必成,因內卦反伏,事有反覆,不宜世爻絕於申日又化回頭沖剋,此行不吉,不去者為上,後有官府直接得缺,近於賊營,辭而不去,及至官府去後,忽又因他故而隨去矣,至七月城破與官府一同被害。與官府同害者,世爻與官鬼同受酉金之沖剋也,不去而又去者,卦得反伏之故也。
不過反吟の卦も亦全是れ壞ならず。ただ用神旺相にして、また変出の沖剋なからば、則ち反反復復といえども、事情終歸能く成さん。最も怕るるは用神発動して回頭沖・回頭剋を変出するなり。それは即ち卦体大凶の象なり。一実占を挙ぐ。卯月壬申日、ある人一人の官員に跟随して上任に往くは合適か否かを占いて、「水地比」を揺出して「水風井」に変ず。本卦は上より下へ、上爻妻財子水(応爻)、五爻兄弟戌土、四爻子孫申金、三爻官鬼卯木(世爻、発動)、二爻父母巳火(発動)、初爻兄弟未土。世爻卯木は子孫酉金を変出す。野鶴老人断じて曰く、世爻は正に官鬼にして、また卯月の月建に臨みて旺なり。跟随して往くこの件事本身は成す能し。ただ内卦反吟なれば、事情必ず反復あらん。さらに不利なるは世爻卯木の壬申日に「絶」に逢い、また酉金を変出して来たりて回頭して沖剋するなり(卯酉相沖、金また木を剋す)。故にこの行は吉ならず。なお去らざるを上と為す。後にあの位の官員は直接一個の缺に補せらる。地點は賊寇の営地に靠近す。此人便ち辞謝して跟随せず。官員先に走りたる後を待ちて、彼は忽然としてまた別の縁故に因りて追随して去れり。七月に至りて城池攻破せられ、彼はあの位の官員と一同に害に遇えり。官員と同じく禍害に遭えりは、世爻と官鬼と同時に酉金に沖剋せられたるに因る。去らずと言いて却って去れりは、正に卦中の反吟の致す所なり。
又如卯月已亥日占升遷,得臨變中孚。 子孫酉金″ 動 官鬼卯木′ 妻財亥水″應 動 父母巳火′ 兄弟丑土″ 兄弟未土″世 兄弟丑土″ 兄弟丑土″ 官鬼卯木′世 官鬼卯木′ 父母巳火′ 父母巳火′應 斷曰:世臨卯木月建之官,又長生於亥日,世與官星同臨旺地,許之即升,果於本月聞報,由江西升任山東,未及一載復任江西,應本月升者卯官而值月令升山東者,官臨卯木,復任江西者,外卦反伏,去之而復反也。
再び一則の相反する実占を看よ。卯月己亥日に升遷を占いて、「地沢臨」を揺出して「風沢中孚」に変ず。本卦は上より下へ、上爻子孫酉金(発動)、五爻妻財亥水(応爻、発動)、四爻兄弟丑土、三爻兄弟丑土、二爻官鬼卯木(世爻)、初爻父母巳火。野鶴老人断じて曰く、世爻は正に卯木官鬼にして、恰も卯月の月建に臨む。木また亥に長生し、しかもこの天は正に亥日なり。世爻と官星と同じく旺地に処る。故に彼の立刻高陞せんことを許す。後に果たして当月即ち消息を接して、江西より升任して山東と為す。一年に到らざるに、また調べられ回りて江西と為す。当月に升るに応じたるは、官星卯木の正に月令に値るに因る。山東に升り往けりは、官星の卯木の東方に臨むに因る(卯は東方の偏北に在りて山東の方位と相応す)。また調べられ回りて江西と為れりは、外卦反吟にして、去りてまた回り来るを要するに因る。同じく反吟なりといえども、前の一卦は世爻化して回頭沖剋を為すに因りて凶なり。この一卦は世官地を得たるに因りて吉なり。見るべし、反吟本身は併せて吉凶を定めず。
反伏者有內外伏呤者,內外憂鬱呻吟之象。內卦動變伏吟,內則呻吟,外卦動變伏吟,外則憂鬱。占名者久困官途,淹留任路。占利者財源耗散,無利可圖。占墳塋宅舍,欲遷而不能,守之而不利。占婚姻而不樂。占疾病呻吟。占口舌官非,事非難解。占出行總於動移。占行人在外憂鬱。占彼此之形勢者,內卦為我,外卦為他,內伏吟我心不遂,外伏吟他忌不安。然伏吟而較反吟者,反吟有沖有克,爻若受克,得禍不輕。伏吟之卦,用神旺相,沖開之年月,其志則伸,用神休囚,沖開之年月,憂鬱不吉。
反吟と相対するまた「伏吟」あり。動爻変出の地支が本位と完全相同にして、紋絲動かざるは、内外憂鬱呻吟の象なり。内卦動変して伏吟と成れば家内呻吟し、外卦動変して伏吟と成れば外事憂鬱す。功名を占うは、久しく官場に困み、淹滞して任上に在りて遷轉を得ず。財利を占うは、財源耗散して図る可き利なし。墳塋住宅を占うは、遷らんと想うて遷り動かず、守るもまた利あらず。婚姻を占うは、成すとも亦快活ならず。疾病を占うは、纏綿呻吟す。口舌官非を占うは、纏糾して解け難し。出行を占うは、總じて身を動かす能わず。外出の人を占うは、人外面に在りて憂鬱す。彼此の形勢を占うに、内卦は我を代表し外卦は他を代表す。内伏吟は我心遂わず、外伏吟は対方局促安からず。伏吟と反吟と相比すれば、反吟は沖有りまた剋有り。爻一旦剋を受けば、禍を得ること軽からず。伏吟は則ち停滞に重しとす。伏吟の卦は、もし用神旺相なれば、沖開のあの一年あの一月を待てば、志向即ち能く伸展せん。もし用神休囚なれば、即ち沖開くとも、亦依旧として憂鬱して吉ならず。
如申月癸巳占父外任平安。得到姤之恆卦: 父母戌土′ 動 父母戌土″應 兄弟申金′ 動 兄弟申金″ 官鬼午火′應 官鬼午火′ 兄弟酉金′ 兄弟酉金′世 子孫亥水′ 子孫亥水′ 父母丑土″世 父母丑土″ 斷曰:巳火日辰生父母,當許在任平安,獨憂卦得伏吟,乃是不祥之象,任上必有事故,不得意以呻吟也。彼曰:開地方苗獨之變,可有妨礙否?余曰:日建生父,他事無礙。有問:何時歸來?余曰:伏吟欲歸而不能,辰年可歸,後知苗獨作亂,地方不祥,驚險異常,寅年占卦,辰年缺歸,午年又官者,占時遇巳日扶起午火之官,當日亥水克之而不盡,今午火官星值年依然旺矣。
これは一則の伏吟の実占なり。申月癸巳日、ある人父親の在外官を為すは平安か否かを占いて、「天風姤」を揺出して「雷風恒」に変ず。本卦は上より下へ、上爻父母戌土(発動)、五爻兄弟申金(発動)、四爻官鬼午火(応爻)、三爻兄弟酉金、二爻子孫亥水、初爻父母丑土(世爻)。両個の動爻変出の地支は本位と完全に一様なり(戌はなお戌・申はなお申)。正に伏吟なり。野鶴老人断じて曰く、癸巳日の巳火は父母爻を生ず(火は土を生ず)。彼の任上平安を応許す。ただ卦の伏吟を得たるを憂う。是れ不祥の象にして、任所必定事を出だし、鬱鬱として志を得ざらん。あの人問う、当地は正に苗民の変を鬧す。妨げあるか。答えて曰く、日建は父母を生ず。別の事は皆礙なし。又問う、何れの時に能く回り来るか。答えて曰く、伏吟は回らんと想うて回り得ざるを主る。辰年に到りて才に回り得べし。後に苗民の乱を作して地方寧からず、凶険異常なるを知り得たり。この卦は寅年に占えり。果たして辰年に才に任を卸して回り、午年に重新して出仕せり。午年の復出は、占卦の時正に巳日に逢いて四爻の午火官星を扶け起せり。当天は亥水ありて来剋すといえども、剋し尽くすことなし。午火官星の年に値り当令するを待ちて、それは自然にまた旺起せり。
李我平曰:易林補遺有曰,爻有伏吟不吉,術者未聞卦有反吟最凶,占卜家誰覺?不看用神之衰旺竟以反吟為畏途,今野鶴此論法,比之井卦,世途沖,事反伏,身受其殃。臨之中孚,世官得地,雖反伏,官連遷轉,教人之法,何等透澈。
校訂者李我平の按語に曰く、《易林補遺》に「爻に伏吟あれば不吉」と講じたれども、術士らは留意せざりき。また「卦に反吟あれば最も凶」と講ず。占卜の人に真に懂る者幾人ぞ。彼らは用神の旺衰を看ず、一たび反吟を見れば即ち畏途と当作る。いま野鶴老人この一番の論法は即ち透徹なること多し。水地比変じて水風井のあの一卦は、世爻沖剋を遭り、事また反吟せり。故に身その殃を受けたり。地沢臨変じて風沢中孚のあの一卦は、世爻と官星と皆地を得たり。同じく反吟といえども、官職は接続して遷轉せり。同じく反吟にして吉凶両分す。全て用神に在り。かくのごとく人を教うるを、才に透徹明白と謂うべし。
旬空章第二十六
甲子旬中戌亥空 甲戌旬中申酉空 甲申旬中午未空 甲午旬中辰巳空 甲辰旬中寅卯空 甲寅旬中子丑空 何謂旬空?如甲子至癸酉日為一旬,此十日之內,並無戌亥,以爻逢戌亥為空亡,又名旬空,餘仿此。旬空之法,諸書論太煩,有真空、假空、動空、沖空、填空、無故自空、有散而空、墓空、絕空、害空、安空、破空。野鶴曰:旺不為空,動不為空,有日建動爻生扶者不為空,動而化空、伏而旺相皆不為空。月破為空。有卦不動為空,爻反伏而被克為空,真空為空,真空即春土、夏金、秋木、三冬逢火是真空。
六十甲子は六旬に分たれ、每旬十天にして、天干十位は地支十二位に配す。總じて両個の地支ありて輪に上がらず。あの両支は即ち「旬空」と謂う。歌訣は曰く、甲子旬中戌亥空、甲戌旬中申酉空、甲申旬中午未空、甲午旬中辰巳空、甲辰旬中寅卯空、甲寅旬中子丑空。何を旬空と謂うか。譬如甲子日より癸酉日に至るを一旬と為す。この十天裡に戌と亥とに排し到らず。故に卦爻もし戌・亥に臨まば、即ち空亡と謂い、亦旬空と謂う。其余の各旬は此に照らして推す。旧日の各家の旬空を講ずるは太だ繁瑣なり。真空・假空・動空・沖空・填空・無故自空・散而空・墓空・絶空・害空・安空・破空のかくのごとき多くの名目を分出せり。野鶴老人それを歸併して幾句と為す。爻旺なれば空と算せず、爻動けば空と算せず、日建或いは動爻の生扶する有れば空と算せず、発動して変出の爻の空に落ち・伏蔵して本身旺相なるも、亦皆空と算せず。真正に空と算するはただ幾種あり。月破に逢うは空と算し、卦中安静にして動かざるは空と算し、爻反吟に遇いてまた剋せらるるは空と算し、また「真空」は空と算す。いわゆる真空とは、春天の土爻・夏天の金爻・秋天の木爻・冬三月の火爻を指す——本已に休囚到底して、再び旬空に落つ。それは才に徹底の空なり。
夫余初學卜,凡遇旬空,無法而斷,欲以之為到底全空,卻又應乎填實之日,而不空以之為不空,卻有到底全空。後得多占之法,凡遇旬空,命之再占,卦吉者許之出旬而不空,卦得凶者許之空矣。
野鶴老人自ら述べて曰く、我剛く占卜を學びしの時、一たび旬空に碰上すれば即ち断ずる辦法なかりき。それを当作りて徹底の空と為さんと想えば、偏偏また常に填実のあの一天に応じたり。それを当作りて空ならずと為さんと想えば、偏偏また真に到底全空のありき。後に我「多占」の辦法を摸索出だせり。およそ旬空に遇上して拿げ准ぜざるは、即ち彼をして再び一卦を占はしむ。後の一卦もし吉ならば、即ち彼にこの一旬を出でば便ち空と算せざるを許す。後の一卦もし凶ならば、則ちそれの真空到底を断定す。両卦を用いて合せ參ずれば、旬空のこの難題は才に解き開かる。
如辰月乙卯日占求財得家人之賁。 兄弟卯木′ 兄弟寅木′ 子孫巳火′應 動 父母子水″ 妻財未土″ 妻財戌土″應 父母亥水′ 父母亥水′ 妻財丑土″世 妻財丑土″ 兄弟卯木′ 兄弟卯木′世 斷曰:丑財持世遇旬空,雖有巳火之生,巳火又化回頭之克,不能生丑土之財,此財既無生扶當主難求。或又因三月之丑土財爻有氣,古法有氣不為空,不敢竟斷,命之再占。
これは一組の両卦合參の実占なり。辰月乙卯日に求財を占いて、先ず「風火家人」を揺出して「山火賁」に変ず。本卦は上より下へ、上爻兄弟卯木、五爻子孫巳火(応爻、発動)、四爻妻財未土、三爻父母亥水、二爻妻財丑土(世爻)、初爻兄弟卯木。動爻巳火は父母子水を変出す。野鶴老人断じて曰く、二爻丑土妻財は世を持せども、却って正に旬空に落つ。五爻巳火発動して以て土を生ず可しといえども、それの変出する子水は回頭して火を剋す。巳火は自身保ち難く、丑土の財を生ずる能わず。用神すでに生扶なからば、この筆の財は求め難かるべし。不過当時は三月辰月にして、土は正に当令なり。丑土財爻は有気と算す。しかも旧法に「有気不為空」と講ず。故に敢えて此に就きて死を断ぜず。便ち彼をして再び一卦を占はしむ。
又得暌之損: 父母巳火′ 官鬼寅木′應 兄弟未土″ 妻財子水″ 子孫酉金′世 動 兄弟戌土″ 兄弟丑土″ 兄弟丑土″世 官鬼卯木′ 官鬼卯木′ 父母巳火′應 父母巳火′ 因得此卦合前卦而決之,竟斷曰:財無氣矣,不必勞心。彼問:何故?余曰:前卦丑則雖則空而有氣,後卦子水財空伏於五爻未土之下,伏而又空,空而被克,知其無財而無疑也,後果全無。
第二卦は「火沢睽」を揺出して「山沢損」に変ず。本卦は上より下へ、上爻父母巳火、五爻兄弟未土、四爻子孫酉金(世爻、発動)、三爻兄弟丑土、二爻官鬼卯木、初爻父母巳火(応爻)。この一卦は六爻に妻財を見ず。是れ用神の卦に上がらざるなり。野鶴老人両卦を合げて断じて曰く、財すでに気なし。再び心思を費すを必とせず。占を求むる人縁故を問う。野鶴老人曰く、前の一卦の丑土妻財は落空すといえども、好歹なお月令の気あり。この一卦の妻財は子水にして、落空するのみならず、なお伏蔵して五爻未土の下に在り——伏してまた空、空してまた上頭の未土に剋せらる(土は水を剋す)。両卦対看すれば、財なきは疑問なきなり。後に果たして一文も得るなかりき。
又如子月辛亥日占遠行求財得大畜。 官鬼寅木′ 官鬼寅木′ 妻財子水″應 妻財子水″應 兄弟戌土″ 兄弟戌土″ 兄弟辰土′ 兄弟辰土′ 官鬼寅木′世 官鬼寅木′世 妻財子水′ 妻財子水′ 斷曰:世逢寅木,子月亥日俱作財神而生世,有喜。應爻為地頭,世應相生,乃全美之卦,獨因世值旬空,若依古法斷者,無故自空大凶之兆,故許之而遠去始能求財耶,命之再占。
再び一組の両卦合參の実占を看よ。子月辛亥日、ある人遠行求財を占いて、先ず「山天大畜」を揺出す。六爻俱に静にして、上より下へ、上爻官鬼寅木、五爻妻財子水(応爻)、四爻兄弟戌土、三爻兄弟辰土、二爻官鬼寅木(世爻)、初爻妻財子水。野鶴老人断じて曰く、世爻は寅木にして、しかも子月の月建・亥日の日辰は皆水なり。本卦裡に在りて皆財神を充當す。水また木を生ず。故に両重の財気は世爻を生扶す。是れ喜兆なり。応爻は往く所の地頭を代表す。世応相生して、人地相宜を説明す。本來一個十全の好卦なり。唯独世爻は正に旬空に落つ——旧法に照らせばこれを「無故自空」と謂い、是れ大凶の兆なり。到底彼に遠行求財を許すべきか、それとも許さざるべきか。拿げ准ぜず。便ち彼をして再び一卦を占はしむ。
又得明夷之豐: 父母酉金″ 官鬼戌土″ 兄弟亥水″ 父母申金″世 官鬼丑土″世 動 妻財午火′ 兄弟亥水′ 兄弟亥水′ 官鬼丑土″ 官鬼丑土″應 子孫卯木′應 子孫卯木′ 斷曰:此卦與前卦相同,此行大有財發。斷得世爻丑土化午火回頭相生,目下月破,行到此頭已出月矣,出月而不為破,開春寅卯月,以前卦決者乃世爻出空之月也,逢子亥財生,滿心如願。彼曰:去得成否?余曰:甲寅日世爻出空之日,準行無疑,果於乙卯日起程,後到彼地,寅卯月間,諸事順心,滿載而歸。
第二卦は「地火明夷」を揺出して「雷火豊」に変ず。本卦は上より下へ、上爻父母酉金、五爻兄弟亥水、四爻官鬼丑土(世爻、発動)、三爻兄弟亥水、二爻官鬼丑土、初爻子孫卯木(応爻)。動爻丑土は妻財午火を変出す。野鶴老人断じて曰く、この一卦は前の一卦と意思同じ。この行は大いに財発あらん。世爻丑土発動して午火を変出して回頭相生す(火は土を生ず)。是れ助を得るの象なり。目下丑土は子月に一沖せられて月破と成るといえども、彼の身を動かして走りてあの地方に到るを待てば、すでにこの月を出でたり。月を出でば即ち破と算せず。発財の時に至っては、即ち開春の寅月・卯月に在り——前の一卦に照らして推せば、それは正に世爻寅木の旬空を出づるの月份にして、また子水・亥水の両重の財の来たりて世を生ずるに逢う。必定意に称い願いのごとくならん。あの人問う、この趟は走り成さんや。答えて曰く、甲寅日は世爻の空を出づるの日なり。あの天に身を動かせば准じて錯なし。後に果たして乙卯日に程を起ち、あの地方に到りて、寅卯両月は諸事心に順い、満載して歸れり。
野鶴曰:多占之法,能消許多疑惑,不然只以前卦決斷者,無故自空,如入深淵大凶。實則旺財生世,腰纏萬貫之徵。許之去耶?阻之勿去耶?李我平曰:空亡之說,鬼神不測之妙,似有又無,似無又有,實有到底全空,又有填實不空,此以多占兩卦合而決之。真為洩盡鬼神之機也,天地這理論,皆從空而生。謂之懸空以待用,凡占遇空,不可即以為空也,然又有中空之日,實空之時,事在一旬之外,許其出空之日而應之,若占遠之大事,尚無定期,非旬可以定者,大象不吉,乃可謂到底空也。大象若吉,太歲月建又可填之,然又不如多占兩卦,實為妙法。
野鶴老人自ら述べて曰く、多占の辦法は能く許多の疑惑を消す。もしただ前面のあの一卦を憑りて断ぜば、世爻無故自空して、即ち深淵に入るがごとき大凶と成らん。しかるに実際上それは旺財の世を生じ、腰に万貫を纏うの徴兆なり。あなたは彼に往くを許すべきと言うか、それとも彼を拦えて往かしめざるべきと言うか。校訂者李我平の按語に曰く、空亡のこの一説は、正に鬼神の測り難き微妙の処なり——似有りて又无く、似无にして又有り。確実に到底全空の有り、確実に填実の後に即ち空ならざる有り。野鶴老人多占を用いて両卦合參して決断するは、真に鬼神の機を泄し尽くせり。天地間の道理は皆「空」の上より生じ出づ。いわゆる一処の空位を懸けて以て将来の取用を待つなり。およそ卦を占いて空に遇えば、当下に就きてそれを空と断ずべからず。不過なお分け清むを要す。中途填空の日子有り、真正実空の時候有り。事情もし一旬の外に在れば、即ちそれの出空のあの一天に応ずるを許す。もし占う所の長遠大事なれば、本來定期なく、一旬を以て框み住める可きにあらず。則ち即ち大象を看るを要す——大象不吉なれば、才にそれの到底全空を説く可し。大象もし吉なれば、太歳と月建も亦能くこの空を填実す。話は此の如しといえども、終究多占の両卦合參に如かず。それは実に最も妙なる法門なり。
生旺墓絶章第又二十六
長生、沐浴、冠帶、臨官、帝旺、衰、病、死、墓、絕、胎、養。餘得驗者,只驗生旺墓絕,其餘不驗,不必用之。 金長生在巳 旺在酉 墓在丑 絕在寅 木長生在亥 旺在卯 墓在來 絕在申 土水長生在申 旺在子 墓在辰 絕在巳 且如主事爻屬木,若在亥日占卦即主事爻長生於亥日。若在卯日占卦,木旺於卯。若在未日占卦,木墓於未。若在申日占卦,木絕於申,其餘仿此。又如主事爻屬木,動而變出亥水者,謂之化長生,動而變出卯木者謂之化旺,動而變出未土者謂之化墓,動而變出申金者謂之化絕,餘仿此。
五行寄生十二宮の名目は、長生・沐浴・冠帯・臨官・帝旺・衰・病・死・墓・絶・胎・養なり。野鶴老人曰く、この十二位裡、彼の試験し下してただ長生・帝旺・墓・絶のこの四位のみ霊験して、其余の八位は皆験ならず。用うるを必とせず。四位の配法は、金は巳に長生し、酉に帝旺し、丑に墓に入り、寅に絶に逢う。木は亥に長生し、卯に帝旺し、未に墓に入り(底本の「墓在来」の「来」は「未」の訛なり)、申に絶に逢う。土と水とは宮を同じうして、皆申に長生し、子に帝旺し、辰に墓に入り、巳に絶に逢う。用法に両条あり。一は日辰を看る。譬如主事の爻は木に属し、亥日に卦を占えば、この爻は即ち亥日に長生す。卯日に占えば、木は卯に旺なり。未日に占えば、木は未に墓す。申日に占えば、木は申に絶す。二は変爻を看る。なお木に属する主事爻を以て例と為せば、それ発動して亥水を変出するを「化長生」と謂い、卯木を変出するを「化旺」と謂い、未土を変出するを「化墓」と謂い、申金を変出するを「化絶」と謂う。其余の五行は皆此に照らして推す。
覺子曰:金雖長生在巳,且宜金爻旺相,或日月動爻生扶,再遇巳日占卦,或是卦中動出巳爻,或是金爻動而化出巳火,皆謂長生。倘若金爻休囚無氣,再遇巳午火多者,烈火煎金,論克不論生也。金爻雖墓於丑土,若得未土沖動,或卦中土多生金,論生不論墓也。土爻雖絕於巳,必須休囚無氣,又逢巳爻謂之絕。若土爻旺相,或得日月動爻生扶,再遇巳爻,巳火反能生土,論生不論絕也。巳爻雖長生於寅,倘日月動爻及變出之爻又逢申金者,謂之三刑,論刑不論生也。古以土爻長生在申,又曰土長生在寅,無處考證,餘以天時考之,常見土臨父母。有申日雨者,亦有子日雨者;又見土臨子孫,有申日晴者,亦有子日晴者。故知土長生於申,旺於子,實知土寄生於申而無疑也。
增删者李文輝(号は覚子)補充して曰く、金は巳に長生すといえども、なお金爻本身旺相か、或いは日辰・月建および動爻の生扶あるを須う。この時再び巳日の卦を占うに遇い、或いは卦中巳爻を動出し、或いは金爻発動して巳火を化出せば、才に長生を算得す。倘若金爻休囚無気にして、卦中偏偏巳火午火また多からば、則ちそれは烈火の金を煎ずるにして、ただ剋を論じて生を論ずる能わず。金は丑土に墓すといえども、もし未土ありて丑土を沖動し、或いは卦中土多くして来たりて金を生ぜば、則ち生を論じて墓を論ぜず。土は巳に絶すといえども、亦必ず土爻の休囚無気、再び巳爻に遇いて才に絶と謂うべし。もし土爻旺相にして、或いは日月動爻の生扶を得、再び巳爻に遇えば、巳火は反って来たりて土を生ず。則ち生を論じて絶を論ぜず。火爻は寅に長生すといえども、もし日辰・月建・動爻或いは変爻裡にまた申金を出現せば、寅・巳・申は湊りて三刑と成す。則ち刑を論じて生を論ぜず。土の長生に至っては、古人に申に在りと説く有り、亦寅に在りと説く有り。考証する由なし。我天时の占験を拿げて以て考察す。常に土爻の父母を充當するを見る(父母は雨を主る)。申日に雨を下す有り、亦子日に雨を下す有り。又土爻の子孫を充當するを見る(子孫は晴を主る)。申日に晴れ放つ有り、亦子日に晴れ放つ有り。此に由りて土の申に長生し子に帝旺し、土と水と宮を同じうして申に寄生するは、疑問なきを知るべし。
曾於午月已卯日占妻病得震之豐: 妻財戌土″世 動 子孫巳火′ 官鬼申金″ 妻財未土″世 子孫午火′ 官鬼酉金′ 妻財辰土″應 妻財辰土″ 兄弟寅木″ 兄弟寅木″應 父母子水′ 父母子水′ 辰土財爻為用神,近病逢沖即愈,許之當愈於辰日,不然酉日必愈,後因連日昏沉,竟於子日起床,許辰日愈者,辰土逢值之日也。許酉日者,辰與酉合動而逢合之日也,今愈子日辰土財爻旺於子也。
これは一則の実占なり。午月己卯日に妻子の病を占いて、「震為雷」を揺出して「雷火豊」に変ず。本卦は上より下へ、上爻妻財戌土(世爻、発動)、五爻官鬼申金、四爻子孫午火、三爻妻財辰土(応爻)、二爻兄弟寅木、初爻父母子水。動爻戌土は子孫巳火を変出す。妻子を占うは妻財爻を以て用神と為す。卦中財爻両現す。三爻辰土を取る。震為雷は六沖卦にして、新病沖に逢えば即ち好くべし。故に野鶴老人先ず彼女に辰日に痊愈せんを許し、不然れば酉日に必ず愈えん。誰知彼女は一連幾天昏沈して醒めず、子日に至りて才に牀を起てり。頭を回りて看れば、辰日を許したるは、用神の日に値るを取るなり。酉日を許したるは、辰と酉と相合して動じて合に逢うの日を取るなり。しかるに実際子日に応じたるは、則ち土の申に長生し子に帝旺するに因る——辰土財爻は正に子に旺なり。この一卦は恰好土と水と宮を同じうして寄生するの説を印証せり。
李我平曰:生旺墓絕之論,金生在巳,木生在亥,水生在申,火生在寅,四大長生,理之正也。惟土寄生,未得關入。法云:火土長生在寅。知子上是胞胎,此即土寄生於寅。今五行家戌土生寅己土生酉。易冒雖曰:唯土之長生不一,山中有坤土生於申,若分陰陽,則戌土生寅已土生寅,實未得其據。此專以天時考證者土長生於申,萬古之不易也。
校訂者李我平の按語に曰く、生旺墓絶を講ずるに、金は巳に長生し・木は亥に長生し・水は申に長生し・火は寅に長生す。この四大長生は正理にして異議なし。唯独土の寄生する所はどこぞ、一直に定論なし。ある法書は火と土と同じく寅に長生すと言い、土は子位上に在りて胞胎と為すと言う。これ即ち土を寅に寄生せしむるなり。いま五行を講ずる人また戊土生寅・己土生酉の分法あり。《易冒》も亦土の長生は一処に止まらず、山中の坤土は申に生ずと言う。もし陰陽を分かてば、則ち戊土生寅・己土生寅——これらの説法は実は皆拠る所を拿出す能わず。ただ本書のみ天时の占験を用いて以て考証し、土は申に長生すと断定す。これ才に万古不易の定論なり。
各門類題頭總注章第又二十六
後值分門各類當用字眼,恐其煩絮,不便全寫,只用題頭即如後有用神宜旺,不可指定旺於四時,但得用神臨日月、或遇日月動爻變爻生扶、或用爻遇長生逢帝旺,皆謂之旺。用神化吉:凡用神元神動化回頭生、化長生、化帝旺、化扶助、化日月皆為化吉。用神化凶:凡用神原神動化回頭克、化絕、化墓、化空、化鬼、化退神皆為化凶。
後面門を分け類を別する各章はいくらかの固定の説法を用いるを要す。每処皆書くこと囉嗦なるを免れんが為めに、ここに先ず幾個の題頭を一次に交代し清楚せん。譬如後文に「用神宜旺」と言うは、死に認めて四季当令のあの一種の旺と為す勿れ。ただ用神恰も日辰或いは月建に臨み、或いは日辰・月建・動爻・変爻の生扶を得、或いは用神長生に遇い・帝旺に逢うを、皆算して旺と為す。いわゆる「用神化吉」は、用神或いは元神発動したる後、変出の爻が回頭してそれを生じ、或いは長生を化出し・帝旺を化出し・扶助を化出し・日辰月建を化出するを指す。これら皆化吉と謂う。いわゆる「用神化凶」は、用神或いは元神発動したる後、変出の爻が回頭してそれを剋し、或いは絶を化し・墓を化し・空を化し・官鬼を化出し・退神を化出するを指す。これら皆化凶と謂う。
歲君:即當年太歲。歲五即卦中第五爻為太歲。五位:卦中第五位為君位。易經曰:九五之尊。身即世爻。古以身為卦身、身世,余試之不驗,後遇身者,即以之為世,非卦身,世身。三墓即用爻入日墓、入動墓、動而化墓,非古法之世墓、身墓、命墓。主象即定事吉凶之爻。古法以卦中世爻為主象,又名主事爻。即如占父母兄弟則卦中父母爻兄弟爻為主事爻,餘仿此。老陰而成少陽謂之變,老陽而成少陰謂之化。古以變如物消亡而後長出,退而又進。化如物之生成而後敗,進而又退。余試之不驗。化進神、化生旺,雖化亦為吉。變鬼、變克,雖變亦為凶。各章所言變即是化,化即是變。
再び幾個の名詞を交代せん。「歳君」は即ち当年の太歳なり。書中に「歳五」と言うは、卦中の第五爻正に太歳に当たるを指す。「五位」は卦中の第五爻を指し、是れ君位なり。《周易》乾卦に「九五之尊」と講ずるは即ちこの位置なり。書中の言う所の「身」は、一律に世爻を指す——旧法別に「卦身」「世身」の名目を立つ。野鶴老人試みて験なからず。故に後文およそ「身」字を見れば皆世爻と当作って看よ。卦身にあらず亦世身にあらず。「三墓」は用爻の日辰の墓に入り・動爻の墓に入り・発動して自ら化して墓に入るのこの三種を指す。旧法の言う所の世墓・身墓・本命墓にあらず。「主象」は即ちこの件事の吉凶を決定するのあの一爻なり。旧法は世爻を以て主象と謂い、又主事爻と謂う。本書は則ち占う所に按じて定む。譬如父母を占えば即ち父母爻を以て主事爻と為し、兄弟を占えば即ち兄弟爻を以て主事爻と為す。其余は類推す。「変」と「化」とに至っては、老陰変じて少陽と成るを「変」と謂い、老陽変じて少陰と成るを「化」と謂う。旧説に「変」は事物の消亡したる後重新して長出するに似て、退の中に進ありと講じ、「化」は事物の生成したる後随即敗壊するに似て、進の中に退ありと講ず。野鶴老人試みて併せて霊験ならず。彼の看法は、進神を化し生旺を化するは、称して「化」と曰うとも亦是れ吉なり。官鬼を変出し剋神を変出するは、称して「変」と曰うとも亦是れ凶なり。故に本書各章裡に「変」と言えば即ち「化」にして、「化」と言えば即ち「変」なり。両字は分別を加えず。
各門類応期總注章第又二十六
靜而逢值逢沖:如主事爻臨子水不動,後逢子日午日而應之,餘仿此。動而逢合逢值:如主事爻臨子水發動,後遇丑日子日而應之,餘仿此。太旺者逢墓逢沖:如主事爻臨午火,又遇巳火午月日占卦,或卦中巳午爻太多,後逢亥子日應之,又有戌日應之乃火入墓也,餘仿此。衰絕者,遇生遇旺:如主事爻屬金,占卦於巳午月日,即是休囚無氣,後逢土月日或至秋令當時,則旺矣!餘仿此。
この一章は「応期」を総注す。即ち事情のいずれの一天・いずれの一月に応ずるかなり。第一条、静爻は日に値り或いは沖日に応ず。譬如主事の爻は子水にして安静にして動かざれば、則ち子日(値)或いは午日(沖)に応ず。其余は類推す。第二条、動爻は合日或いは値日に応ず。譬如主事の爻は子水にして発動せば、則ち丑日(合)或いは子日(値)に応ず。其余は類推す。第三条、太旺の爻は墓に入り或いは沖せらるるの時に応ず。譬如主事の爻は午火にして、偏偏また巳月午月・巳日午日に卦を占い、或いは卦中巳午の爻太多にして、火旺極処に到れば、則ち亥日子日(水来たりて沖剋す)に応ず。亦戌日に応ずる有り。火は戌に墓するに因る。其余は類推す。第四条、衰絶の爻は生を得或いは轉旺の時に応ず。譬如主事の爻は金に属して、却って巳月午月・巳日午日に卦を占えば、火旺にして金衰す。正に休囚無気なり。則ち土月土日(土は金を生ず)或いは秋天に到りて金当令するを待ちて、它才に旺起し得べし。其余は類推す。
入三墓俱喜沖開:如主事爻臨午火,假使火墓於戌,後逢辰日則應之,餘仿此。遇六合亦宜相擊:如主事爻與月作合,或動而化合,吉凶必待沖開之月日應之。即如主象臨子,與丑作合,後逢午未日應之是也,餘仿此。月破喜填:如子月占,主事爻臨午火,乃為月破。後逢未日應之,謂之破而逢合。又有逢午月應之,填實之月,則不破矣!餘仿此。
第五条、およそ三墓に入るは皆一沖ありて墓庫を打開くを喜ぶ。譬如主事の爻は午火にして、火は戌に墓すれば、則ち辰日に応ず——辰戌相沖して、墓庫を沖開き、人事随いて動く。其余は類推す。第六条、六合に遇うも亦一沖を待つを要す。主事の爻と月建と相合し、或いは発動して合爻を化出して、合し絆せられたるは、吉凶皆沖開のあの一月あの一日を待ちて才に応ず。譬如主象は子水にして、丑土と相合せば、則ち午日或いは未日(午は子を沖し・未は丑を沖す)に応ず。其余は類推す。第七条、月破は填実を喜ぶ。譬如子月に卦を占いて、主事の爻は午火にして、子午相沖せば、即ち月破と成れり。後來未日に応じたり。午と未と合するに因りて、「破而逢合」と謂う。亦午月に応ずる有り。それは填実の月にして、一たび填実せば即ち破と算せず。其余は類推す。
旬空最愛填沖:詳空亡論章。大象吉而受克,須待克神受克:如用神臨辰土,得日月動爻生扶,乃為大象吉也。倘被寅卯克害,後逢申酉日沖剋克神則吉,餘仿此。大象凶而受克,須防克者逢生:即如前說,用神臨辰土,既無日月動爻生扶,乃為大象凶也。再逢寅卯剋制者,後逢寅卯亥日,則凶。餘仿此。元神來助來扶,貴看用神衰旺,忌神來沖剋,須觀元氣興衰。化進神、逢值逢合:如申動酉,乃為進神,為福為禍,有應申月日者,有應巳月日者,餘仿此。化退神、忌值忌沖:如酉化申,乃為退神,為凶為吉,有應申月日者,有應寅日月者,餘仿此。問有應於獨發獨靜:詳獨發章。問有應於變爻動爻:如爻臨戌土,變出酉金,其吉凶有戌日應者,有酉日應者,餘仿此。
第八条、旬空は最も填実或いは沖せらるるを喜ぶ。詳しくは前面の《旬空章》を見よ。第九条、大象本來吉にして用神剋を受くるは、それを剋するのあの神自己剋を挨くを待つを要す。譬如用神は辰土にして、また日辰・月建・動爻の生扶を得たれば、これは大象吉なり。倘若寅木卯木に剋害せられば、則ち申日酉日の金来たりて寅卯を沖剋するを待ちて、あの時才に轉じて吉と為る。其余は類推す。第十条、大象本來凶にして用神剋を受くるは、それを剋するのあの神反って生を得るを提防するを要す。なお辰土用神を以て例と為せば、すでに日月動爻の生扶なかれば、これは大象凶なり。再び寅卯に剋制せられば、則ち寅日・卯日或いは亥日(亥水は木を生じ、木はさらに力有り)に到りて、凶事即ち発作す。其余は類推す。第十一条、元神来たりて相助相扶するの時、要緊なるは用神本身の衰旺を看るなり。忌神来たりて沖剋するの時、要緊なるは元神の興衰を看るなり。第十二条、進神を化するは値日或いは合日に応ず。譬如申金発動して酉金を変出するは、是れ進神なり。それの帯来するは福か禍かを論ぜず、申月申日に応ずる有り、亦巳月巳日(巳申相合)に応ずる有り。其余は類推す。第十三条、退神を化するは値日を忌み沖日を忌む。譬如酉金変出して申金と成るは、是れ退神なり。吉凶を論ぜず、申月申日に応ずる有り、亦寅月寅日に応ずる有り。其余は類推す。第十四条、独発或いは独静の爻上に応ずる有り。詳しくは後面の《独発章》を見よ。第十五条、変爻或いは動爻上に応ずる有り。譬如某爻は戌土にして、酉金を変出せば、則ち吉凶は戌日に応ずる有り、亦酉日に応ずる有り。其余は類推す。
勿謂爻之不驗,遠近當分:遠事定之以年月,近事應之於日時。再問有占遠應近,占近應遠,占月應年,占日應時,亦所當知。倘遇卦之不明,再占是一法。卦有恍惚者,再占一卦,不可妄斷。世空元動,須待元神逢值。如甲辰旬,占求財,得困之坎,主亥日得財,餘仿此。世衰元靜,必然是元氣逢沖。如秋占圖謀,得困卦後逢巳日成事,餘仿此。
最後の幾条。動輒卦爻験なしと言う勿れ。応期の遠近は本來分け清むべし。長遠の事を占うは、年月を用いて定む。眼前の事を占うは、日時上に応ず。此の外また遠事を占いて却って近処に応じ、近事を占いて却って遠処に応じ、本來月に応ぜんと想うて却って年に応じ、本來日に応ぜんと想うて却って時に応ずるの情形あり。亦皆心裡に数あるを要す。倘若卦象明白ならざるに遇上せば、再び一卦を占うは即ち一個の辦法なり——卦に含糊恍惚あれば、即ち再び一卦を占いて合せ參ぜよ。空に憑りて乱れ断ずべからず。また両句あり。「世空元動、須待元神逢値」。譬如甲辰旬裡に求財を占いて、沢水困を得て坎為水に変ずれば、世爻空に落ちて元神発動す。則ち亥日に応じて財を得べし(亥は元神の値日なり)。其余は類推す。「世衰元静、必然元気逢沖」。譬如秋天に事を謀るを占いて、沢水困卦を得れば、世爻衰にして元神安静なり。則ち元神の沖動せらるるの日を待つを要す。後來巳日に応じて事を成せり。其余は類推す。
帰魂遊魂章第又二十六
游魂卦為各宮之第七卦,如乾宮中之火地晉,坤宮中之水天需。歸魂卦為各宮之第八卦,如乾宮中之火天大有,坤宮中之水地比。古以游魂行千里,我行此事而欲久者,游魂而不能久,心無定向,遷改不常。占身命無安家樂業之所,占行人遊遍他鄉。占出行,行無定止。占家宅,遷變不常,占墳塋,亡靈不能安妥。野鶴曰:須以用神為主,然後以此參之,若舍用神執此而斷者,謬也。古以歸魂不出疆,諸事拘泥不行,與游魂卦相反而斷之,可也。野鶴曰:亦須以用神為主。
「遊魂卦」は每宮の第七卦にして、乾宮の火地晋・坤宮の水天需のごとし。「帰魂卦」は每宮の第八卦にして、乾宮の火天大有・坤宮の水地比のごとし。旧説に遊魂は「行千里」を主ると講ず。我一件事を為して本來長久を想うに、遊魂を占い得れば即ち長久なる能わず。心は定向なく、改め来たりて改め去る。身命を占うは、家を安んじ業を樂しむの処なし。外出の人を占うは、漂游して他郷に在り。出行を占うは、行蹤定まらず。家宅を占うは、遷移常なし。墳塋を占うは、亡霊安妥を得ず。野鶴老人曰く、これらはただ参考を作す可きのみ。卦を断ずるはなお須らく用神を以て主と為し、先ず用神を看、再び遊魂の義を拿げて以て参照せよ。もし用神を撇開して単に遊魂を憑りて断断ぜば、則ち錯れり。旧説また帰魂は「不出疆」を主ると講ず。諸事拘泥して進行する能わず。正に遊魂と相反す。かくのごとく対照して断ずるも亦可なり。野鶴老人依旧として強調す。帰魂卦は同様に必ず用神を以て主と為すべし。
增删卜易卷之二
野鶴老人著,楚江李坦我平鑑定,湖南李文輝覺子增刪,男婿陳文吉茂生、茹芝山秀仝校。
本巻は「野鶴老人」撰著し、楚江人李坦(字は我平)鑑定し、湖南人李文輝(号は覚子)增删し、李文輝の両位の女婿陳文吉茂生・茹芝山秀と一同に校訂す。「鑑定」は全書の是非を審定するなり。「增删」は旧説中の謬誤を删去し、親身の占験して得たる所を補入するなり。これ亦正に本書の名を取りて《増删卜易》と為すの由来なり。
月破章第二十七
正申、二酉、三戌,四亥、五子、六丑、七寅、八卯、九辰,十巳、十一午、十二未,月建沖之為月破,逐月之破日是也。諸書皆以用神臨月破如悖時也,即是枯根木,逢生生之不起,逢傷更傷者重,雖現於卦,有跡如無,伏於卦中,終莫透露,雖有日辰之生,亦不能生,動而作忌神者不能為害,作變爻者不能傷克動爻。
正月の月破は申、二月は酉、三月は戌、四月は亥、五月は子、六月は丑、七月は寅、八月は卯、九月は辰、十月は巳、十一月は午、十二月は未なり。およそ当月の「月建」に沖せらるる地支を即ち「月破」と謂う——正月は寅を建て、寅申相沖すれば、故に正月は申を以て破と為す。其余の各月は皆此に照らして推す。每月中にこの地支に輪到するのあの一天は、即ち当該月の「破日」なり。各家の卜書皆曰く、用神月破上に落つるは、譬えば人の生まれて時に逢わざるがごとく、また一株の根すでに枯れたる樹のごとし。別の爻来たりてそれを生ずるも扶け起す能わず、別の爻来たりてそれを傷るは却って傷ること格外重し。かくのごとき爻は明らかに卦中に現ずといえども、形迹有りて亦無きに等し。もし卦裡に伏蔵せば、終究透露し出づる能わず。縱に日辰の来生有るとも、亦それを生起す能わず。それ発動して忌神を充當するも、人を害する能わず。それ変爻を為すも、亦動爻を傷剋する能わず。
野鶴曰:餘得其驗,動則能傷於爻,變則能傷於動,何也?神兆機於動。事之無吉無凶則不動矣,既動則有禍福之基,目下雖破,出月則不破,今日雖破,實破之日則不破,合之日則不破,近應日遠應年月。惟而不動又無日辰動爻生助者則到底而破矣。
野鶴老人自ら述べて曰く、我親試して得たる所は旧説と同じからず——月破の爻はただ発動せば、照様に能く別の爻を傷る。変爻を為すも、照様に能く変ずる所の動爻を傷る。何を以てか。「神兆機于動」を以てなり。神意は爻の発動を借りて以て機兆を顕出す。一件事もし吉無く凶無からば、卦爻は本來動く能わざるなり。すでに動けば、すでに禍福の根子を埋下せり。眼下は破なりといえども、この月を出でば便ち破せず。今日は破なりといえども、「実破」の日(本支当値して填実するの日)に到れば便ち破せず、それと相合するの日に到るも亦破せず。応期近きは日上に応じ、遠きは年月上に応ず。ただあの種のすでに月破に落ち・また安静にして動かず・さらに日辰動爻の来たりて生助する無きの爻のみ、是れ破到底して終歸無用なり。
如亥月已丑日占將來有官否。得兌化訟卦 父母未土″世 動 父母戌土′ 兄弟酉金′ 兄弟申金′ 子孫亥水′ 官鬼午火′世 父母丑土″應 官鬼午火″ 妻財卯木′ 父母辰土′ 官鬼巳火′ 動 妻財寅木″應 此卦官動而生世,世動化進神,雖然有官之象,但官逢月破,世遇旬空,然空者猶月日辰相沖,沖空則實不為空矣,而破者又無日辰動爻之生,占以日建亦生不起,況無日建動爻以生乎?餘疑之即無所用,何故動而生世?命之再占,又得出水地比卦。
これは一則の実占なり。亥月己丑日(原文は「已丑」と作る)に将来官を得べきか否かを占いて、「兌為沢」を揺出して「天水訟」に変ず。本卦は上より下へ、上爻父母未土(世爻、発動、父母戌土を変出)、五爻兄弟酉金(兄弟申金を変)、四爻子孫亥水(官鬼午火を変、変卦の世と為る)、三爻父母丑土(応爻、官鬼午火を変)、二爻妻財卯木(父母辰土を変)、初爻官鬼巳火(発動、妻財寅木を変、変卦の応と為る)。此卦官鬼発動して来たりて世爻を生じ、世爻自身発動してまた「進神」を化出す。看去確かに官有るの象なり。しかるに初爻巳火官星は正に亥月に当たり、巳亥相沖して官は「月破」に落つ。世爻未土また旬空の内に在り。落空の爻は月建日辰の来沖に遇いて、「沖空則実」、反って空と算せず。しかるに落破の官星はすでに日辰・動爻の来生なく、縱に日建有るとも亦それを生起す能わず。況んや卦中根本に日建動爻のそれを生ずるなきを。野鶴老人此に因りて疑いを起す。すでに月破の爻は一も用うる所なからば、それ何を以てかなお発動して来たりて世を生ずる。於是にあの人をして再び一卦を占はしめて、水地比を得たり。
妻財子水″應 妻財子水″應 兄弟戌土′ 兄弟戌土′ 子孫申金″ 子孫申金″ 官鬼卯木″世 官鬼卯木″世 父母巳火″ 父母巳火″ 兄弟未土″ 兄弟未土″ 斷曰:命若無官,官不得生世持世,今即前卦動官相生,後得官臨世位,食祿王家終須有日。彼問:應在何年?余曰:前卦官臨月破,定於實破之年,果於巳年承襲長房世職,若以月破,百無所用,霄壤之隔也。
後の一卦水地比は六爻安静にして、上より下へ、上爻妻財子水(応爻)、五爻兄弟戌土、四爻子孫申金、三爻官鬼卯木(世爻)、二爻父母巳火、初爻兄弟未土。野鶴老人断じて曰く、一個人命裡にもし官なからば、官星は即ち来たりて世を生ぜず、亦世爻上に坐せざらん。いま前の一卦官星発動して相生し、後の一卦官星また正に世位に臨めば、見るべし朝廷の俸禄を領受するは終にその日あらん。あの人いずれの一年に応ずるかを問う。答えて曰く、前卦の官星は月破に臨めば、即ち「実破」の年に定む——破爻は本支当値の年份に到れば、破は反って填実す。後に果たして巳年に長房の世職を承襲せり。正に前卦のあの巳火官星に応ず。倘若旧説に照らして月破を一概に百の用うる所なしと看成せば、断じ出だしたる結果は事実と真に天壌の別あらん。
又如辰月戊子日占父何日歸得乾之夬 父母戌土′世 動 父母未土″ 兄弟申金′ 兄弟酉金′世 官鬼午火′ 子孫亥水′ 父母辰土′應 父母辰土′ 妻財寅木′ 妻財寅木′應 子孫子水′ 子孫子水′ 父母持世,破而化空,既無日生,又無動助,以古法斷者,作用神而無氣,其父不能歸也。餘不以此論之,竟斷朱雀臨父動而持世,卯日有信,午未日必歸,果於卯日得信,乙未日到家,應卯日得信者,破而逢合之日也。應未日歸者,父化未土旬空出空之日到也。古訣用神之論謂之動逢月破,我位既失,化月建,為退之不及。此卦父爻破而動而化空,競退以歸家。
又如く辰月戊子日に父親いずれの天に回り来るかを占いて、「乾為天」を揺出して「沢天夬」に変ず。本卦は上より下へ、上爻父母戌土(世爻、発動、父母未土を変出)、五爻兄弟申金(兄弟酉金を変、変卦の世と為る)、四爻官鬼午火(子孫亥水を変)、三爻父母辰土(応爻)、二爻妻財寅木(変卦中に応と為る)、初爻子孫子水。父親を占うは父母爻を以て用神と為す。用神恰好世を持す。戌土は辰月に辰に沖せられ、是れ「月破」なり。発動して変出する未土また旬空裡に落つ。すでに日辰のそれを生ずるなく、また動爻のそれを扶けるなく、もし旧法に照らさば、用神気なく、父親回り来る能わず。野鶴老人は却ってこのように断ぜず。戌爻上は「朱雀」を乘ず。朱雀は音信を主る。父爻朱雀を帯びて発動してまた世を持せば、便ち卯日に信あり・午未日に必ず歸らんと断ず。後に果たして卯日に家書を得、乙未日に家に到れり。卯日に信を得るに応じたるは、卯戌相合して、破爻合に逢うの日便ち作用を起すに因る。未日に家に歸るに応じたるは、父爻の化する所の未土正に旬空に落ち、空を出づるあの天人即ち到れりに因る。旧訣に用神を論ずるに一条あり。発動して月破に逢えば、本位すでに失守せり。戌化未は「退神」にして、又化月建はただ「退之不及」を算すと言う。しかるにこの一卦は父爻すでに破・また発動・また空を化す。偏偏一路退りて家に回れり。
又如午月癸卯日占後遇功名 官鬼寅木′世 官鬼卯木′ 妻財子水″ 動 父母巳火′ 兄弟戌土″ 兄弟未土″世 子孫申金′應 動 官鬼卯木″ 父母午火″ 父母巳火″ 兄弟辰土″ 兄弟未土″應 斷曰:寅木官星持世被申金動爻克,今年七月必有凶。彼曰:看因何事。余曰:應動而克世,必有仇家。又問:礙於功名否。余曰:若非子水動爻,去位必矣,幸有子孫接續相生,降級離任而不免耳。
又如く午月癸卯日に今后の功名を占う。卦象は上より下へ、上爻官鬼寅木(世爻、官鬼卯木を変)、五爻妻財子水(発動、父母巳火を変)、四爻兄弟戌土(兄弟未土を変、変卦の世と為る)、三爻子孫申金(応爻、発動、官鬼卯木を変)、二爻父母午火(父母巳火を変)、初爻兄弟辰土(兄弟未土を変、変卦の応と為る)。野鶴老人断じて曰く、寅木官星は世爻上に坐せども、却って三爻申金発動して来剋せらる。今年七月に必ず凶事あらん。あの人何の事に因るかを問う。答えて曰く、応爻発動して来たりて世爻を剋せば、必ず仇家を招きたるなり。又問う、功名を妨害するか。答えて曰く、もし五爻子水のこの動爻無からば、官位一定に丟掉せん。幸いに申金は子水を生じ・子水また寅木を生じ、一路接続相生して関を通ぜり。則ちただ級を降り任を離るるのみ。この一層は却って免るべからず。
次日,有幕客知易理而問曰:既知子水,接續相生,卜書有云,忌神與原神同動,官與世爻得兩生也,今冬高升之兆,如何反說離任。余曰:子水破而化空,卜書有曰:雖有如無,作原神而無用,餘因不依古法,而斷神兆機於動,動必有因,所以斷之降級而已。若在冬至月,始有此驗,倘在他月,子水而未實破,還不可知。果於七月,成大非,冬至月事結降級調用。餘彼時,已往他省,復來呼喚,至彼而又卜之。
第二天、易理を懂る幕僚有りて来たりて問う。すでに子水の中間に在りて接続相生するを知れば、卜書上に忌神と元神と同時に発動して、官星と世爻と両頭皆生を得ると講ず。今冬は正に高陞の兆なり。あなたどうして反って任を離るべしと言うや。野鶴老人答えて曰く、子水は午月に沖せられ、正に月破なり。変出の巳火また旬空に落つ。卜書にかくのごとき爻を「雖有如無」と講ず。元神を為すも亦作用を起す能わず。我の旧法に照らして断断ぜざる所以は、「神兆機于動」を以てなり——爻すでに動けば、必ずそれ動くの縁故あり。故にただ級を降るに至るまで断ず。しかもこの応験は冬至のあの月(子月)に到りて才に分暁を見ん。あの時子水は正にその破を填実す。もし別の月份に換えば、子水はなお未だ破を実せず。なお説准る能わず。後に果たして七月に大乱子を出だし、冬至の月に到りて案子了結して、級を降り另行調用せらる。あの時野鶴老人はすでに別の省に去れり。主人また人を派して来たりて請えば、あの処に到りてまた一卦を占えり。
寅月丙辰日占得地澤臨 子孫酉金″ 子孫酉金″ 妻財亥水″應 妻財亥水″應 兄弟丑土″ 兄弟丑土″ 兄弟丑土″ 兄弟丑土″ 官鬼卯木′世 官鬼卯木′世 父母巳火′ 父母巳火′ 余曰:聞得士民保留,鞏蒙不必,待子年仍以原品起用,知易理幕客在坐,問曰:九五亥水生官,如何不允。余曰:被日克,將來子年亥水旺也,又合前卦,五爻子水值太歲而不破,起用無疑。
寅月丙辰日に占えば、地沢臨を得たり。六爻安静にして、上爻子孫酉金、五爻妻財亥水(応爻)、四爻兄弟丑土、三爻兄弟丑土、二爻官鬼卯木(世爻)、初爻父母巳火。野鶴老人曰く、本地の士民正に上書して挽留を聞く。ただ未だ必ずしも准る能わざるを怕る(此句原文は「鞏蒙不必」と作る。字に訛脱あり)。子年に至るを待ちて才に原品級に照らして起用せん。座に在るあの易理を懂る幕僚問う、五爻亥水は官星卯木を生ず。何を以てか挽留准らざる。答えて曰く、亥水は丙辰日の辰土に剋せられ、眼下力なし。将来子年に到れば、水旺当令して、亥水才に勢を得ん。再び前面のあの一卦に合せて看れば、前卦五爻は正に子水にして、子年に到ればそれは太歳に値り、即ち再び破ならず。起用は疑問なきなり。
果於甲子年巳月仍以原品起用專補兩任,卯年而開督府。餘勸離榮,公曰:何也?余曰:仍以前卦決。因申金克世,子雖動臨破化空,不能生世生官,所以成非構怨。及子月雖則實破,其力尚輕,雖不至於削職,猶有降級之事。值子年乃實破之年也,值太歲是以當權起用。明年辰戌是子水入墓之年,太歲克去子水,申金仍復克世。有克無生,較昔年之禍更甚,不聽,果於辰年三月,條陳雖留萬世芳名,而得罪解往矣。士之辨日破者乃因破而動,勿以此斷。
後に果たして甲子年巳月に原品級に照らして起用せられ、接続して両任の実缺に補し、卯年に至りて府を開いて総督と為れり。野鶴老人は却って彼に急流勇退を勧む。あの位の公卿何を以てかを問う。答えて曰く、なお前の一卦に照らして決断す。前卦の申金は世爻を剋し、子水は発動すといえども、却又月破に臨み・また旬空を化して、世を生ずる能わず亦官を生ずる能わず。故に才に是非を招き出だし怨仇を結びたり。子月に到れば、子水は破を填実すといえども、力量なお軽し。此に因りて革職に至らず、ただ級を降るのみ。子年に到れば才に真の実破の年にして、また太歳当権に値す。故に能く起用せらる。明年辰年は子水の墓に入るの年にして(水は辰に墓す)、太歳の土は子水を剋去し、申金便ちまた回頭して来たりて世を剋す。剋有りて生なし。当年のあの場の禍よりも重し。彼は聴かず。後に果たして辰年三月に、上条陳は万世の美名を留めたりといえども、罪を獲て押解せられて去れり。以上の辨ずる所の月破は、言う所は皆破に因りて発動するの爻なり。安静にして動かざるの破爻はこのように照らして断ずべからず。
李我平曰:易冒之論,月破動作忌神而無害,動作元神而無用,動逢日辰生之而不起,曰百無所用之卦也。易林補遺亦曰:如臨月破之爻,不拘衰旺,更作凶推,逢生不受,遇克能招,亦謂雖有而如無也,觀此艮之觀卦,占時而值月破,不能接續相生,勾訟士庭,值月建以填宮,其力尚輕,猶有降罰之事,值太歲而當權仍以原品而起用,至辰而入墓禍匪輕,平生凶吉,關乎一爻月破,豈可謂之有亦如無,毫無所用耶?
李我平曰く、《易冒》の月破を論ずるは、それの発動して忌神を為すも亦人を害する能わず、発動して元神を為すも亦作用を起す能わず、発動して日辰の来生に遇うも亦それを生起す能わず、総じて歸る所は「百无所用」の一爻なりと言う。《易林補遺》も亦曰く、およそ月破に臨むの爻は、衰旺を管せず一概に凶を作して推し、生に遇うても受け起す能わず、剋に遇うては却って招き来たす。同様に「雖有如無」の意思なりと。しかるに上面のあの一卦(原文は「艮之観卦」と作る)を看れば、占うの時子水は正に月破に値り、因りて接続相生する能わず。以て訟事に牽連し公庭に對簿するを致せり。子月に到りて本宮を填実すれども、力量はなお尚輕く、ただ級を降るの處分を落とすのみ。子年に到りて太歳当権に値れば、便ち原品に照らして起用せらる。辰年に到りて子水墓に入れば、禍事は即ち軽からざるなり。一個人の半生の吉凶は、全てこの一爻の月破上に係る。どうしてそれを「有也如無」・毫も用うる処なしと言う能わんや。
飛伏神章第二十八
若用神不現,即以日月為用神,倘日月非用神者,則於宮首卦尋之,因本宮首卦,父子財官六親俱全之故耳,假令占得天風姤卦 父母戌土′ 兄弟申金′ 官鬼午火′應 兄弟酉金′ 子孫亥水′ 父母丑土″世
およそ卦中に用神を見ざれば、先ず日辰月建を看よ。日月は正に要する所のあの一位の六親なれば、即ち日月を用いて用神に当つ。倘若日月は併せて用神にあらざれば、即ち本宮の首卦(八純卦)裡に到りて尋ねよ。本宮首卦は父母・子孫・妻財・官鬼の六親斉全にして、一定に找し得るを以てなり。譬如天風姤を占い得ば、上より下へ、上爻父母戌土、五爻兄弟申金、四爻官鬼午火(応爻)、三爻兄弟酉金、二爻子孫亥水、初爻父母丑土(世爻)。
若占妻財,取財爻為神,用此姤卦以寅卯木爻為妻財,今六爻無寅卯,即是用神不上卦,如於寅卯月占者,則以日月為用神,倘非寅卯月,須在宮首卦,乾為天卦內尋之。乾宮首卦乾為天。 父母戌土′世 兄弟申金′ 官鬼午火′ 父母辰土′應 妻財寅木′ 子孫子水′
假如妻子を占い或いは銭財を占わば、即ち妻財爻を取りて用神を為す。姤卦は乾宮に属し、乾宮は木を以て妻財と為す。故に寅木卯木を看るを要す。いま六爻裡に併せて寅卯なければ、これ即ち「用神不上卦」と謂う。もし正に寅月卯月に占いしなれば、便ち月建を以て用神に当つ。もし寅卯月にあらざれば、即ち本宮首卦の乾為天裡に到りて尋ねるを得べし。乾宮首卦は乾為天にして、上より下へ、上爻父母戌土(世爻)、五爻兄弟申金、四爻官鬼午火、三爻父母辰土(応爻)、二爻妻財寅木、初爻子孫子水。
此卦寅木妻財在二爻,即以此寅木伏於姤卦亥水之下,姤卦二爻之亥水即為飛神,寅木妻財即為伏神,亥水而生寅木,謂之飛來生伏得長生,此用神不現,尋得伏神而遇生扶有用,亦為用神,便作吉斷,餘仿此。又如占得天山遁 父母戌土′ 父母戌土′ 兄弟申金′應 兄弟申金′應 官鬼午火′ 官鬼午火′ 兄弟申金′ 兄弟申金′ 官鬼午火″世 官鬼午火″世 父母辰土″ 父母辰土″
乾為天の妻財寅木は二爻に在れば、即ちこの寅木を姤卦の二爻亥水の底下に安ず。姤卦二爻の亥水を「飛神」と謂い、それの下面に蔵する寅木妻財を即ち「伏神」と謂う。亥水は寅木を生ず。これを「飛来生伏」と謂い、伏神は長生を得たり。このように用神は卦に上がらずといえども、却って伏神を尋ね得てしかも伏神は生を受け扶を受くれば、それは照様に能く用神を当てて使用す。便ち以て吉を断ず可し。其余は類推す。又如く天山遯を占い得ば、上より下へ、上爻父母戌土、五爻兄弟申金(応爻)、四爻官鬼午火、三爻兄弟申金、二爻官鬼午火(世爻)、初爻父母辰土。
如占子孫,取子孫為用神,此係乾宮卦,水為子孫,今六爻並無亥水,亦是子孫不現,倘在亥子月日占者,即以月日為用神,若非亥子月日亦在乾為天卦內尋之,乾為天初爻之子水子孫以伏於遁卦初爻辰土之下,辰土即是飛神,子水便是伏神,此乃飛來克伏,謂之飛克,伏神遭克害,名為伏神受制,有用亦無用矣,即作凶推,餘仿此。
假如子女を占わば、即ち子孫爻を取りて用神を為す。天山遯は乾宮に属し、乾宮は水を以て子孫と為す。いま六爻裡に併せて亥水なし。此も亦是れ子孫の卦に上がらざるなり。倘若正に亥月子月・亥日子日に占いしなれば、即ち日月を以て用神に当つ。もし亥子月日にあらざれば、依旧として乾為天卦裡に到りて尋ねよ。乾為天の初爻の子水子孫は、便ち遯卦の初爻辰土の底下に伏す。辰土は飛神にして、子水は伏神なり。土は水を剋す。これを「飛来剋伏」と謂い、簡称して「飛剋」と曰う。伏神すでに剋害を遭えば、即ち「伏神受制」と謂う。縱に用有るとも亦無用と変成す。ただ凶断を作すのみ。其余は類推す。
伏神有用者有六:伏神得日月生者一也;伏神旺相者二也;伏神得飛神生者三也;伏神得動爻生者四;伏神得遇日月動爻沖剋飛神者五也;伏神得遇飛神空破休囚墓絕者六也。黃金策曰:空下伏神,易於引撥,此論近理,但有不獨飛神空亡而伏神得出,但得飛神臨破休囚入墓而伏神皆易出也,何也?飛神逢破墓衰空,雖有若無,所以伏神易於出現。此六皆有用之伏神也,雖曰不現亦如現矣。
伏神の能く作用を起すに六種の情形あり。一は伏神の日辰月建の来生を得るなり。二は伏神本身の旺相当令するなり。三は伏神のそれの上面に圧する飛神の来生を得るなり。四は伏神の卦中動爻の来生を得るなり。五は日月或いは動爻の去りて飛神を沖剋して、それを圧し住むの東西を打開くなり。六は飛神の自己空に落ち・破に逢い・休囚・墓に入り・絶に逢い、それを圧して住めざるなり。《黄金策》に「空下伏神、易於引拔」と言う。飛神の空に落つれば伏神は容易に出頭す。この話は理に近し。ただ飛神の空亡の一種に止まらず。飛神の月破に逢い・休囚・墓に入るも、伏神は皆容易に出づる能し。何を以てか。飛神は一旦破に逢い・墓に入り・衰弱・空に落てば、本身即ち有りと雖も無きがごとし。底下の伏神を圧し住む能わず。伏神は自然に顕現し易し。以上の六種は皆有用の伏神にして、卦に上がらずと説うとも、実は卦に上がりたると一様なり。
又伏神終不得出者有五。伏神休囚無氣者一也;伏神被日月沖剋者二也;伏神被旺相之飛神克者三也;伏神墓絕於日月飛爻者四也;伏神伏囚值空月破者五也。此五者乃無用之伏神也,雖有如無,終不能出。黃金策曰:伏居空地,事於心違。餘得驗者,非此論也。凡用神旺相而遇旬空,出空之日則出矣。
反って伏神の終究出で来る能わざるに五種あり。一は伏神の休囚無気なり。二は伏神の日辰月建に沖剋せらるるなり。三は伏神の旺相の飛神に剋せらるるなり。四は伏神の日月或いは飛爻上に墓に逢い・絶に逢うなり。五は伏神すでに伏して休囚にして、また旬空或いは月破に落つるなり。この五種は無用の伏神にして、有りと雖も無きに等しく、終究頭を出ずる能わず。《黄金策》また「伏居空地、事与心違」と言う。意思は伏神の空に落つれば則ち事情は如ごとく意ならざるなり。野鶴老人の親試して験したる所に照らせば、併せてこの道理にあらず——およそ用神本身旺相にして、ただ暫時旬空に遇うのみ。空を出づるのあの一日を待てば、それは自然に出で来たるなり。
如卯月壬辰日占候文書何日得領,得山火賁卦 官鬼寅木′ 妻財子水″ 兄弟戌土″應 妻財亥水′ 父母午火/兄弟丑土″ 官鬼卯木′世 午火父母為用神,空而伏於二爻丑土之下,壓住難出,許甲午日出空必得,果得於甲午日。
これは一則の実占なり。卯月壬辰日に等候の公文のいずれの天に領し得べきかを占いて、「山火賁」を揺出す。六爻安静にして、上爻官鬼寅木、五爻妻財子水、四爻兄弟戌土(応爻)、三爻妻財亥水、二爻兄弟丑土(その下に父母午火を伏す)、初爻官鬼卯木(世爻)。文書を占うは父母爻を以て用神と為す。卦中に見えず、正に二爻丑土の下に伏し、また旬空に値して、丑土に圧し住められ、一時出で来る能わず。野鶴老人便ちそれに甲午日の空を出づるの時必定領し得べしを許す。後に果たして甲午日に手に領し得たり。
又酉月丙辰日占子病。得地風升 官鬼酉金″ 父母亥水″ 子孫午火/妻財丑土″世 官鬼酉金′ 父母亥水′ 妻財丑土″應 黃金策曰:空下伏神,易於引撥,此卦午火子孫伏於丑土之下,丑土旬空伏易出,許午日子孫出現必愈,果於午日起床。
又如く酉月丙辰日に兒子の病を占いて、「地風升」を揺出す。六爻安静にして、上爻官鬼酉金、五爻父母亥水、四爻妻財丑土(世爻、その下に子孫午火を伏す)、三爻官鬼酉金、二爻父母亥水、初爻妻財丑土(応爻)。《黄金策》に「空下伏神、易於引拔」と言う。この一卦は兒子を占うに子孫爻を取りて用神と為す。午火子孫は正に四爻丑土の下に伏し、しかも丑土は恰も旬空の内に在り。飛神すでに空なれば、伏神は容易に出頭せん。野鶴老人午日の子孫出現の時に病必ず痊愈せんを許す。後に果たして午日に即ち牀を下れたり。
以上用神不現,皆在本宮首卦尋之,古法又有凡得八純首卦用神若值空破,又在他宮尋之,比如占得乾為天內有用神空破衰絕者,往坤宮尋之,謂之乾坤來往互換,易林補遺又以歸魂卦取離宮第四卦也。野鶴曰:何必如此?用神衰敗則禍福已知矣,為何不再占一卦合斷?餘於用神不現,即有伏神亦不用之,再占兩卦用神必現。
以上に講ずる所の用神の卦に上がらざるは、皆本宮首卦の裡に到りて伏神を尋ねるなり。旧法また一条あり。およそ八純首卦に揺り到れば、用神もし正に空破に落てば、即ち再び別宮に往きて尋ねよ——譬如乾為天を占い得て、卦裡の用神が空破衰絶なれば、便ち坤宮に往きて找す。「乾坤来往互換」と謂う。《易林補遺》また帰魂卦は離宮の第四卦を取るを要すと言う。野鶴老人曰く、何ぞ必ずしもこれらの弯子を繞らんや。用神すでに衰敗せば、禍福は実はすでに明白に擺れり。何を以てか干脆再び一卦を占いて合げて断ぜざる。我は用神の卦に上がらざるに遇上せば、伏神有るを算すとも亦それを用いることなし。只管再び両卦を占う。用神は一定に顕現せん。
一日到一宅上見醫者滿座。卯月丙辰日占父病得地雷復卦 子孫酉金″ 妻財亥水″ 兄弟丑土″應 兄弟辰土″ 官鬼寅木″ 妻財子水′世 父母用神不現,明知巳火父母伏於二爻寅木之下,旺木以生巳火,飛來生伏,必愈之症,不以此斷,令再卜之,占得山澤損。
ある天一戸の人家に到り、ただ請じ来たる医師の屋に満ちて坐するを見るのみ。卯月丙辰日に父親の病を占いて、「地雷復」を揺出す。六爻安静にして、上爻子孫酉金、五爻妻財亥水、四爻兄弟丑土(応爻)、三爻兄弟辰土、二爻官鬼寅木、初爻妻財子水(世爻)。父親を占うは父母爻を取りて用神と為す。卦中に見えず。野鶴老人明らかに巳火父母の正に二爻寅木の下に伏するを知る。卯月は木旺にして、旺木は巳火を生ず。是れ「飛来生伏」なり。この断法に照らせば必ず治し可きの症なり。彼は却って此に就きて定断するを肯んぜず。あの家人をして再び一卦を卜はしめて、山沢損を得たり。
官鬼寅木′應 官鬼寅木′應 妻財子水″ 妻財子水″ 兄弟戌土″ 兄弟戌土″ 兄弟丑土″世 兄弟丑土″世 官鬼卯木′ 官鬼卯木′ 父母巳火′ 父母巳火′ 巳火父母明現於初爻,春占木旺火相,斷之即愈,彼因病勢甚危,伊猶未決,次子又占,得漸之巽。
山沢損は上より下へ、上爻官鬼寅木(応爻)、五爻妻財子水、四爻兄弟戌土、三爻兄弟丑土(世爻)、二爻官鬼卯木、初爻父母巳火。この一卦は巳火父母明々白々に初爻上に現ず。春天に卦を占えば木旺にして火相なり。父母爻は気を得て力有り。即刻愈ゆ可しと断ず。ただ病勢太重なるに因りて、あの家人はなお放心せず。於是に次子また一卦を占いて、風山漸を得て巽為風に変ず。
官鬼卯木′應 官鬼卯木′世 父母巳火′ 父母巳火′ 兄弟未土″ 兄弟未土″ 子孫申金′世 子孫酉金′應 父母午火″ 動 妻財亥水′ 兄弟辰土″ 兄弟丑土″ 餘疑曰:兩卦俱當即愈,如何此卦亥水回頭克父母,忽而悟曰:是也,前兩卦巳火旺不受傷克,乃應目前之愈,此卦亥水克父,今冬難延,即到前令自占,此卦竟於前卦相同,再請夫人卜之,又得此卦。
風山漸変じて巽為風と成るは、上より下へ、上爻官鬼卯木(応爻、変卦中に世と為る)、五爻父母巳火、四爻兄弟未土、三爻子孫申金(世爻、子孫酉金を変、変卦の応と為る)、二爻父母午火(発動、妻財亥水を変出)、初爻兄弟辰土(兄弟丑土を変)。野鶴老人疑いを起す。前の両卦は皆立刻痊愈すべし。どうしてこの一卦は父母午火発動して、反って変出の亥水に回頭して来剋せらるる。念を轉じて忽然として明白す。前の両卦は巳火旺相にして傷剋を受けず。応ずる所は眼前に即ち好きせん。この一卦は亥水の父爻を剋するは、応ずる所は今冬は支撐し難きなり。於是に病人の跟前に走り至り、彼をして自ら一卦を占はしむ。得る所は竟にこの一卦と同じかりき。再び彼の夫人を請じて来たりて卜せしむるも、又是れこの一卦なり。
餘連見此卦,毛骨松然,有神乎?無神乎?占父亥水回頭克父,自占病亥水克世,妻占夫亥水剋夫,三卦雷同,同如一手推出,今冬之危,扁鵲亦難為矣,餘且不言,只以前卦斷目前之愈,問請醫曰:卦中不得見,列位各見何如?曰:病勢甚險,遂公議一方,對症便好,不然只看陰功德行耳,內有一位冷笑不言,餘請問姓,答曰,姓壽,因私問曰:此公之祥,何如?彼曰:我可治之,不服我藥,奈何。
野鶴老人接続して同一の卦を見て、禁じて毛骨悚然とせず。この世の上は到底神有るか無神あるか。兒子は父親を占いて、是れ亥水の回頭して父爻を剋するなり。病人は自ら占いて、是れ亥水の世爻を剋するなり。妻子は丈夫を占いて、是れ亥水の夫爻を剋するなり——三卦は一手に出ずるがごとく、全然一様なり。今冬のこの一関は、即ち扁鵲の再世なりとも亦挽回し難し。彼は暫時説破せず、ただ前の一卦を拿げて眼前は好轉せんと断じ、轉じて座に在る医師に問う。卦上はなお明白ならず。諸位は各々何の見解あるか。衆医曰く、病勢甚だ険なり。於是に公議して一個の方子を出だす。対症なれば便ち好し。不然れば即ちただこの家人の平日の陰功徳行を看るのみ。内中に一位ありてただ冷笑して口を開かず。野鶴老人彼の貴姓を請問せば、答えて姓は寿と言う。便ち私下に彼に問う、この位の老先生の吉凶いかん。寿医師曰く、我は治し得べし。ただ彼は我の薬を服するを肯んぜず。何の辦法かあらん。
餘暗囑其子曰:太翁之病,須用姓壽者治之。次早壽姓來謝,餘問將來何如?壽曰:目下不妨,今冬難保。余曰:公言與數相合,真神醫也。果絕於亥月,餘之不取伏神,多占幾卦以決禍福而更穩。即知目前之生,又知將來之死,非多占之力耶?
野鶴老人便ち暗地に病人の兒子に嘱託す。老太爺のこの病は、須らくあの姓の寿の者を請じて来たりて治すべし。第二天一早に寿医師は前に来たりて謝を道う。野鶴老人彼の日后いかんを問えば、寿医師曰く、眼下は事を妨げず。今冬は保ち難し。野鶴老人曰く、あなたの話は卦数と正に合す。真に神醫なり。後に果たして亥月に過世せり。見るべし、我は伏神を取りに往かずして、多く幾卦を占いて以て禍福を定むれば、反っていっそう穏当なり。すでに眼前の能く好轉せんを知り、また将来の不治を為らんを知る。これは正に多く幾卦を占うの功効にあらずや。
李我平曰:古法用伏神雖有驗,然伏神之衰旺休囚刑沖剋害月破旬空亦有難於把握者,此謂多占兩卦又有用神,真秘法也,以此之秘,急欲傳世,真婆心也。或曰:多占兩卦,雖有詩言,不敢再三,然亦有再占者,何為秘訣?余曰:既知再占,何故用神不現而尋伏神,伏神無用又尋互卦,互之不得又尋於化,況易冒變互章中所存占驗,非惟牽強且錯誤頗多。
李我平曰く、旧法の伏神を用うるは亦有りて応験すといえども、伏神の衰旺休囚・刑沖剋害・月破旬空は、実在に把握し難きの時候有り。野鶴老人のこの「多占両卦、用神自然出現」の辦法は、真に秘法なり。彼は急ぎてこの秘法を世人に傳えんと欲す。真に一片の婆心なり。ある人問う、多く両卦を占うは、古詩裡に「不敢再三」の説法有りといえども、再占の人は本來より之れ有り。此れを何の秘訣と算すや。我答えて曰く、すでに再占し可きを知れば、則ち何を以てか用神の卦に上がらざるの時偏に伏神を尋ねに往き、伏神無用なればまた互卦を尋ねに往き、互卦尋ね着かざればまた変化の爻を尋ねに往かんや。況んや《易冒》の「変互章」裡の収する所の占験は、不但牽強にして、しかも錯処甚だ多し。
有子月戊寅日占官得困之兌卦 父母未土″ 父母未土″世 兄弟酉金′ 兄弟酉金′ 子孫亥水′應 子孫亥水′ 官鬼午火″ 父母丑土″應 父母辰土′ 妻財卯木′ 妻財寅木″世 動 官鬼巳火′ 彼斷曰:飛爻午之官已臨破矣,巳官伏神長生於寅,至孟春必得升遷。余斷之:黃金策曰,飛爻變爻俱無用神者,始尋伏神。此卦初爻寅木變出巳火官星,孟春官遇長生,且財爻獨發亦生官矣。不曰變出之官而曰伏神者,何也?幸次卦伏神變爻皆巳火也。倘後人遇他卦,亦執此為法,用變爻乎?用神乎?非傳世教人之法而不取也。
《易冒》裡にかくのごとき一例あり。子月戊寅日に官職を占いて、沢水困を得て兌為沢に変ず。上より下へ、上爻父母未土(変卦中に世と為る)、五爻兄弟酉金、四爻子孫亥水(応爻)、三爻官鬼午火(父母丑土を変、変卦の応と為る)、二爻父母辰土(妻財卯木を変)、初爻妻財寅木(世爻、発動、官鬼巳火を変出)。あの書断じて曰く、飛爻午火官星はすでに破に臨めり。巳火官星は伏神にして、寅に長生す。孟春に到りて必ず升遷を得べし。李我平評して曰く、《黄金策》の講ずるは明白なり。飛爻・変爻裡に皆用神を尋ね出づる能わざれば、才に伏神を找しに往け。この一卦は初爻寅木明々白々に巳火官星を変出せり。孟春は正に官星長生の地なり。況んや財爻独発して亦来たりて官を生ずるを。何を以てか変出の官星と言わざる、偏に伏神と言うを要せんや。不過碰巧この一卦の伏神と変爻と同じく巳火なるのみ。倘若後人別の卦に遇うて亦此に照らして法を為さば、到底変爻を用うべきかそれとも伏神を用うべきか。これは世を傳えて人を教うるの法子にあらず。故に取らず。
觀於化章中之占驗更為可笑,有辛卯年丙申子日占存亡 妻財卯木′ 動 父母未土″ 官鬼巳火′ 兄弟酉金′應 父母未土″世 動 子孫亥水′ 妻財卯木″ 妻財卯木″ 官鬼巳火″ 官鬼巳火″世 父母未土″應 父母未土″ 彼斷曰:水為子孫不現,卻得丙月辛年,丙辛化水,後至亥月甲辰日申子辰合成水局,亥月而歸。余斷曰:世爻未土發動化出亥水子孫,是亥月即見子也,世與子孫亥卯未三合成局,明明父子相逢,何故而取於化?即使卦中亥水不現,子水日建亦作用神,疊疊用神而不取,左支右吾,以取於化,是誤後人,非教後人也。
再び《易冒》の「変化章」裡に収する占験を看よ。いっそう可笑なり。一例あり。辛卯年丙申月子日に人の存亡を占う(原文は「辛卯年丙申子日」と作る)。卦象は上より下へ、上爻妻財卯木(発動、父母未土を変)、五爻官鬼巳火(兄弟酉金を変、変卦の応と為る)、四爻父母未土(世爻、発動、子孫亥水を変出)、三爻妻財卯木、二爻官鬼巳火(変卦中に世と為る)、初爻父母未土(応爻)。あの書断じて曰く、水は子孫にして、卦中に現れず。却って好しとは年干の辛・月干の丙にして、丙辛水を化す。後來亥月甲辰日に到りて、申子辰は三合成して水局と為す。人便ち亥月に回り来たり。李我平評して曰く、世爻未土発動して、明々白々に亥水子孫を化出せり。亥月は自然に兒子を見え得べし。世爻の未・化する所の亥・卦中の卯また湊りて亥卯未三合局と成す。父子の相逢は眼前に擺れり。何ぞ必ずしも天干化合を取りに往かんや。即ち卦中亥水現れずとも、日建の子水は亦以て用神に当つ可し。眼前層層皆用神なるに取らずして、左支右絀して干支化合を取りに往く。これは後人を誤るにして、後人を教うるにあらず。
進神退神章第二十九
進神退神者,爻之動而化也,化進化退,吉凶禍福有喜忌之分,所喜者宜於化進,所忌者宜化退神。 進神 亥化子、寅化卯、巳化午、申化酉、丑化辰、辰化未、未化戌。 退神 子化亥、卯化寅、午化巳、酉化申、辰化丑、未化辰、戌化未。 進神由此而進也,如春天花木枝繁葉茂。退神由此而退也,如秋天花木漸漸凋零。
いわゆる「進神」「退神」は、爻発動したる後の変出する所のあの一支に就きて言うなり。変出の支は本支より一歩を進めば、即ち化進神なり。一歩を退けば、即ち化退神なり。化進化退は各々喜忌の別あり——およそ喜ぶ所の爻(用神・元神)は、化進神に宜し。およそ忌む所の爻(忌神・仇神)は、化退神に宜し。化進神の有りて七組。亥は子を化し・寅は卯を化し・巳は午を化し・申は酉を化し・丑は辰を化し・辰は未を化し・未は戌を化す。化退神の亦有りて七組。子は亥を化し・卯は寅を化し・午は巳を化し・酉は申を化し・辰は丑を化し・未は辰を化し・戌は未を化す。水木火金は各々同行相隣の両支を以て進退を論ず。亥の進みて子と為し・寅の進みて卯と為すがごとし。四土は則ち辰・未・戌・丑の次序に按じて遞進す。丑の進みて辰と為し・辰の進みて未と為し・未の進みて戌と為すがごとし。進神は勢に順いて前に向かう。譬えば春天の花木の枝繁く葉茂るがごとし。退神は勢に順いて後に退く。譬えば秋天の花木の漸々凋零するがごとし。
申月癸卯日占鄉試得恆變大過 妻財戌土″應 妻財未土″ 官鬼申金″ 動 官鬼酉金′ 子孫午火′ 父母亥水′世 官鬼酉金′世 官鬼酉金′ 父母亥水′ 父母亥水′ 妻財丑土″ 妻財丑土″應 斷曰:酉金官星持世旺相,當時卯日沖之而暗動,又得九五爻上官進神財助生扶,不獨今秋折桂,來春佔鰲頭,果得聯捷。
申月癸卯日に郷試を占いて、「雷風恒」を揺出して「沢風大過」に変ず。上より下へ、上爻妻財戌土(応爻、妻財未土を変)、五爻官鬼申金(発動、官鬼酉金を変出)、四爻子孫午火(父母亥水を変、変卦の世と為る)、三爻官鬼酉金(世爻)、二爻父母亥水、初爻妻財丑土(変卦中に応と為る)。野鶴老人断じて曰く、功名を占うは官鬼を以て用神と為す。酉金官星は正に世爻上に坐す。申月は金旺にして用神旺相なり。癸卯日の卯木は来たりてそれを沖す。静爻沖に逢えば便ち「暗動」なり。五爻官星の申化酉は又是れ化進神なり。上下なお戌土・丑土の両重の財爻ありて生扶す。かくのごとき卦は、不但今秋郷試の桂を折るのみ、来春會試も亦能く魁を奪わん。後に果たして接続して考中せり。
卯月乙丑日占求婚成否 子孫巳火′ 動 父母子水″應 妻財未土″世 動 妻財戌土′ 官鬼酉金′ 動 官鬼申金″ 妻財辰土″ 兄弟卯木″世 兄弟寅木″應 子孫巳火″ 父母子水′ 動 妻財未土″ 斷曰:財爻持世化進神,巳火子動而生世,但因巳火化子水回頭之克,必待午日沖去子水,午火又合世爻,其婚必成,果於午日允婚。或曰:間爻酉金鬼動,豈無阻耶?余曰:鬼化退神雖有被阻而無力也。此卦世爻未土財化旬空,古以財化旬空,謂之動日月而空且不能進,此處未土無力,動散而化空,亦能進矣。
卯月乙丑日に求婚の成る能うや否やを占う。卦象は上より下へ、上爻子孫巳火(発動、父母子水を変、変卦の応と為る)、五爻妻財未土(世爻、発動、妻財戌土を変出)、四爻官鬼酉金(発動、官鬼申金を変)、三爻妻財辰土(兄弟卯木を変、変卦の世と為る)、二爻兄弟寅木(応爻、子孫巳火を変)、初爻父母子水(発動、妻財未土を変)。野鶴老人断じて曰く、婚を占うは財爻を以て用と為す。財爻恰好世を持す。未化戌は是れ化進神なり。上爻巳火子孫発動して来たりて世爻を生ず。ただ是れ巳火は子水を変出し、反って回頭に剋し住めらる。故に午日の子水を沖去するを待つを要す。況んや午と未と相合して、正に世爻に合するを。あの時婚事必ず成らん。後に果たして午日に親を許せり。ある人問う、中間の四爻酉金官鬼発動するは、豈に阻碍なからんや。野鶴老人答えて曰く、官鬼の酉化申は是れ化退神なり。阻撓有りといえども、却って力を使い上ぐる能わず。この一卦の世爻未土の化する所の戌土は正に旬空に落つ。旧説およそ財の旬空を化するは便ち動じて空を化すと謂い・進む能わずと。此処は未土本已に力なし。動じて渙散してまた空を化すとも、照様に進み成り得たり。
酉月甲辰日占自陳何如 父母酉金″應 父母酉金″ 兄弟亥水″ 兄弟亥水″ 官鬼丑土″ 官鬼丑土″世 妻財午火″世 動 兄弟亥水′ 官鬼辰土′ 動 官鬼丑土″ 子孫寅木″ 動 子孫卯木′應 斷曰:世化回頭之克,官化退神,子孫化進神,三爻皆非吉象,大凶之兆,果於次年革職拿問。古以動日月化空破謂之不退,此卦官子孫動休囚而化空破,進者進而退者竟退。
酉月甲辰日に自己の上疏陳情の結果を占う。卦象は上より下へ、上爻父母酉金(応爻)、五爻兄弟亥水、四爻官鬼丑土(変卦中に世と為る)、三爻妻財午火(世爻、発動、兄弟亥水を変出)、二爻官鬼辰土(発動、官鬼丑土を変)、初爻子孫寅木(発動、子孫卯木を変出、変卦の応と為る)。野鶴老人断じて曰く、世爻午火動じて亥水を変出す。水は来たりて火を剋す。是れ「回頭之剋」なり。官星の辰化丑は是れ化退神なり。官星一たび退けば則ち官位保ち難し。子孫の寅化卯は是れ化進神なり。子孫は正に官を剋するの忌神にして、忌神は反って節節進む。三爻皆是れ吉象にあらず。是れ大凶の兆なり。後に果たして第二年に革職せられ拿問せらる。旧説は動爻もし日月に臨みて空破を化せば便ち「不退」と謂う。この一卦の官星と子孫とは皆休囚にして発動して空破を化す。進むべきは照様に進み、退ぐべきは竟に亦真に退げり。
丑月丙戌日占父有信至已起程我去迎之可能遇否。 子孫子水″ 動 官鬼巳火′ 父母戌土′ 動 父母未土″ 兄弟申金″世 動 兄弟酉金′應 兄弟申金′ 兄弟申金′ 官鬼午火″ 官鬼午火″ 父母辰土″應 父母辰土″世 父化退神,父已歸矣,世化進神而欲去,父爻生世一定相逢,必相會於未日,果得遇未日,應未日,戌父化未,又破又空至未日乃實空實破之日也,若執古法動日月而化空破,謂之退其爻,豈有歸來之日也。
丑月丙戌日に占う。父親來信してすでに身を動かしたと言う。我迎えに往きて遇上し得べきか否や。卦象は上より下へ、上爻子孫子水(発動、官鬼巳火を変)、五爻父母戌土(発動、父母未土を変出)、四爻兄弟申金(世爻、発動、兄弟酉金を変、変卦の応と為る)、三爻兄弟申金、二爻官鬼午火、初爻父母辰土(応爻、変卦中に世と為る)。父爻の戌化未は是れ化退神なり。正に父親すでに回程に在るを見る。世爻の申化酉は是れ化進神なり。正に自己要に身を動かして迎えに往かんとするを見る。父爻また来たりて世爻を生ず。父子一定に相遇せん。即ち未日に碰上せん。後に果たして未日に遇着せり。未日に応じたるは、戌土父爻の化出せる未土が丑月に丑に沖せられて破と為り・また旬空に値するに因りて、未日に到れば正に空を填実し破を填実するの日なるに因る。もし旧法を死守して、動爻日月に臨みて空破を化せば便ちこの一爻を退ぐと算すと言わば、則ちどこになお帰来の日あらんや。
戌月癸亥日占本年冬今得關差否水澤節變需卦 兄弟子水″ 兄弟子水″ 官鬼戌土′ 官鬼戌土′ 父母申金″應 父母申金″世 官鬼丑土″ 動 官鬼辰土′ 子孫卯木′ 子孫寅木′ 妻財巳火′世 兄弟子水′應 丑土官動化進神許丑日必得,果得於丑日。古以動日月化空破,謂之不進,此卦動非日月而化空破,亦能進也。
戌月癸亥日に今年冬天関卡上の差事を得べきか否かを占いて、「水沢節」を揺出して「水天需」に変ず。上より下へ、上爻兄弟子水、五爻官鬼戌土、四爻父母申金(応爻、変卦中に世と為る)、三爻官鬼丑土(発動、官鬼辰土を変出)、二爻子孫卯木(子孫寅木を変)、初爻妻財巳火(世爻、兄弟子水を変、変卦の応と為る)。差事を占うは官鬼を取りて用神と為す。三爻丑土官星発動して辰土を化出す。正に化進神なり。野鶴老人便ち丑日に必ず得べしを許す。後に果たして丑日に手に到れり。旧説は動爻の空破を化するを「不進」と謂う。この一卦の発動するはすでに日建にあらず亦月建にあらず。化出の辰土また空破に逢えども、照様に進み成り得たり。
又如未月丁卯日占功名始得出仕否得火天同人變革卦 子孫戌土′應 動 子孫未土″ 妻財申金′ 妻財酉金′ 兄弟午火′ 官鬼亥水′世 官鬼亥水′世 官鬼亥水′ 子孫丑土″ 子孫丑土″ 父母卯木′ 父母卯木′應 余曰:若以古法斷者,子孫動克財官,終身而無官也,餘許辰年出仕,何也?戌土子孫孫雖動幸化退神,不克官也,辰年沖去戌土,是以許之,果於辰年得選豈可謂之動空化日月而不退也。
又如く未月丁卯日に功名を占い、何れの時に能く出仕するかを問う。「同人」を揺出して「革」に変ず(原文は「火天同人」と作る。同人は本來天火同人なり)。上より下へ、上爻子孫戌土(応爻、発動、子孫未土を変出)、五爻妻財申金(妻財酉金を変)、四爻兄弟午火(官鬼亥水を変、変卦の世と為る)、三爻官鬼亥水(世爻)、二爻子孫丑土、初爻父母卯木(変卦中に応と為る)。野鶴老人曰く、もし旧法に照らして断ぜば、子孫発動して財を剋し官を剋す。此人は終身官なし。我は却って彼に辰年の出仕を許す。何を以てか。上爻戌土子孫は発動すといえども、幸いに戌化未は是れ化退神なり。退けば即ち官星を剋し動かす能わず。辰年に到りて辰戌相沖して、戌土を沖き去れば、官星さらに妨げなし。故に敢えて許す。後に果たして辰年に官に選上せらる。これをどうして動爻の空を化し日月を化すれば便ち退ぐ能わずと言う能わんや。
又如申月辛卯日占病得澤天夬卦變大壯 兄弟未土″ 兄弟戌土″ 子孫酉金′世 動 子孫申金″ 妻財亥水′ 父母午火′世 兄弟辰土′ 兄弟辰土′ 官鬼寅木′應 官鬼寅木′ 妻財子水′ 妻財子水′應 此公因抱危症。余曰:子孫持世,明日辰日必遇良醫,果於次日用針而愈。或曰:子孫化退神,何其用藥亦效?余曰:動變皆屬秋金,當相得令,占近事豈可曰退?若占久遠之事,待休囚之時而退者得也,古以動破散而化日月無階無路,謬也。
又如く申月辛卯日に病を占いて、「沢天夬」を揺出して「雷天大壮」に変ず。上より下へ、上爻兄弟未土(兄弟戌土を変)、五爻子孫酉金(世爻、発動、子孫申金を変出)、四爻妻財亥水(父母午火を変、変卦の世と為る)、三爻兄弟辰土、二爻官鬼寅木(応爻)、初爻妻財子水(変卦中に応と為る)。この位は病むこと甚だ重し。野鶴老人曰く、病を占うは子孫を以て医薬と為す。子孫また恰好世を持す。明天辰日に必定良医に遇わん。後に果たして第二天に鍼を施して即ち好きたり。ある人問う、子孫の酉化申は是れ化退神なり。どうして薬を用うるになお効有る。答えて曰く、動爻と変爻と同じく秋金に属し、申月は正に当令時を得たり。占う所は又是れ眼前近事なり。どうしてそれを退と言う能わんや。もし占う所の長遠の事なれば、則ち金気の休囚するの時を待ちて才にその退を見ん。旧説は動爻破に逢い散に逢うて日月を化するを便ち「无階无路」と為す。是れ錯なり。
又如丑月癸卯日占妻病服藥可愈否?得臨之泰 子孫酉金″ 子孫酉金″應 妻財亥水″應 妻財亥水″ 兄弟丑土″ 兄弟丑土″ 兄弟丑土″ 動 兄弟辰土′世 官鬼卯木′世 官鬼寅木′ 父母巳火′ 妻財子水′ 斷曰:兄動化進,神靈莫拘,其妻死於辰日,此乃兄動臨月建而化旬空,亦可謂之不進耶?
又如く丑月癸卯日に妻子の病の薬を服して好き得べきか否かを占いて、「地沢臨」を揺出して「地天泰」に変ず。上より下へ、上爻子孫酉金(変卦中に応と為る)、五爻妻財亥水(応爻)、四爻兄弟丑土、三爻兄弟丑土(発動、兄弟辰土を変出、変卦の世と為る)、二爻官鬼卯木(世爻、官鬼寅木を変)、初爻父母巳火(妻財子水を変)。野鶴老人断じて曰く、妻を占うは妻財を以て用神と為す。兄弟は正に財を剋するの忌神なり。いま兄弟発動してまた進神を化す。財を剋するの力は節節增長す。即ち神霊なりとも亦拘え管する能わず。彼の妻子は果たして辰日に死せり。この一卦は兄弟爻発動の時正に丑月の月建に臨み、変出の辰土また旬空に落つ。豈に亦能くそれを「不進」と言わんや。
又如戌月癸未日占病得乾之夬 父母戌土′世 動 父母未土″ 兄弟申金′ 兄弟酉金′世 官鬼午火′ 子孫亥水′ 父母辰土′應 父母辰土′ 妻財寅木′ 妻財寅木′應 子孫子水′ 子孫子水′ 斷曰:久病逢沖莫治,又是父爻持世,妙藥難醫,雖化退神,非病退也,乃精神命脈漸漸消枯之象也,防日月沖破未土而無路矣,果卒於丑月。
又如く戌月癸未日に病を占いて、「乾為天」を揺出して「沢天夬」に変ず。上より下へ、上爻父母戌土(世爻、発動、父母未土を変出)、五爻兄弟申金(兄弟酉金を変、変卦の世と為る)、四爻官鬼午火(子孫亥水を変)、三爻父母辰土(応爻)、二爻妻財寅木(変卦中に応と為る)、初爻子孫子水。野鶴老人断じて曰く、久病の人は卦爻沖に逢う。是れ医治し可からざるの象なり。況んや父母爻また世上に坐するを——父母は子孫の忌神にして、子孫は即ち医薬なり。父爻当権すれば、再び妙なる薬も亦効を見ること難し。戌化未は是れ退神といえども、退ぐる所は病にあらずして、而是れ人の精神命脉の一点々々消枯して下るなり。なお日辰月建の未土を沖破するを提防すべし。則ちさらに生路なし。後に果たして丑月に死せり。正に丑未相沖して未土沖破せらるるの月份なり。
又如戌月已卯日占母血崩一年有餘得同人變解 子孫戌土′應 動 子孫戌土″ 妻財申金′ 動 妻財申金″應 兄弟午火′ 兄弟午火′ 官鬼亥水′世 動 兄弟午火″ 子孫丑土″ 動 子孫辰土′世 父母卯木′ 動 父母寅木″ 斷曰:卯木父母值臨日建,世爻戌土以生申金,金生亥水,丑土化破,非丑土化進神以塞亥水,此父母爻得旺相水生,精血太旺,至丑月土旺,令父母爻既無水養且化退神,正以絕其源,源絕危險,果卒於丑月,此乃父臨日建不化空破,亦能退也。
又如く戌月己卯日に母親の血崩すでに一年多きを占いて、「天火同人」を揺出して「雷水解」に変ず。上より下へ、上爻子孫戌土(応爻、発動)、五爻妻財申金(発動、変卦中に応と為る)、四爻兄弟午火、三爻官鬼亥水(世爻、発動、兄弟午火を変)、二爻子孫丑土(発動、子孫辰土を変出、変卦の世と為る)、初爻父母卯木(発動、父母寅木を変出)。野鶴老人断じて曰く、母親を占うは父母爻を取りて用神と為す。初爻卯木父母は正に己卯日の日建に当たる。卦中の戌土は申金を生じ、申金は亥水を生じ、亥水また轉じて卯木を生ず。一路相生す。二爻丑土は本來以てこの股の水を拦え住む可しといえども、偏偏丑土発動して辰を化し・自身また月破に逢い、それを堵え住む能わず。父母爻かくのごとく旺相して生を受くるは、正に血の下ること太多・精血妄行するに応ず。丑月の土旺に到るを待てば、父母爻はすでに水の滋養なく、自己又是れ卯化寅の退神なり。源頭一たび断たれれば即ち危険なり。後に果たして丑月に死せり。見るべし、父爻は日建に臨むといえども・また空破を化せずとも、照様に能く退ぐ。
又如卯月癸酉日占父母近病得萃之否 父母未土″ 動 父母戌土′應 兄弟酉金′應 兄弟申金′ 子孫亥水′ 官鬼午火′ 妻財卯木″ 妻財卯木″世 官鬼巳火″世 官鬼巳火″ 父母未土″ 父母未土″ 斷曰:未土父母動化進神,戌值旬空,近病逢空即愈,許次日退災,果於甲戌出空即愈,此乃父爻休囚而化空也,若以古法動日月化空破尚且不進,今休囚而化空,可得愈耶?
又如く卯月癸酉日に父母の新たに得たる病を占いて、「沢地萃」を揺出して「天地否」に変ず。上より下へ、上爻父母未土(発動、父母戌土を変出、変卦の応と為る)、五爻兄弟酉金(応爻、兄弟申金を変)、四爻子孫亥水(官鬼午火を変)、三爻妻財卯木(変卦中に世と為る)、二爻官鬼巳火(世爻)、初爻父母未土。野鶴老人断じて曰く、上爻未土父母発動して戌土を化出す。是れ化進神にして、しかも戌土は正に旬空に落つ。「近病逢空即愈」。便ち第二天の災退を許す。後に果たして甲戌日の空を出でて即ち痊愈せり。ここに父爻本身休囚にして、化出する又是れ空爻なり。旧法に照らせば、動爻日月に臨みて空破を化するはなお且つ進む能わずと算す。いま休囚にしてまた空を化せば、豈にさらに好き得ざるべしと言うべからざらんや。しかるに事実は偏偏空を出づるの日に病は即ち好きたり。
又如辰月癸丑日占病得困變解 父母未土″ 父母戌土″ 兄弟酉金′ 動 兄弟申金″應 子孫亥水′應 官鬼午火′ 官鬼午火″ 官鬼午火″ 父母辰土′ 父母辰土′世 妻財寅木″世 妻財寅木″ 斷曰:世爻寅木而值旬空,酉金忌神搖於五位,古法謂之避空,餘以為謬也,此時逢空,出空一定遭傷,後卒於六月。應未月者,土爻未土乃世爻之墓,已破,丑日沖開,謂之開墓,以待彼克,而入墓不死也。或問:酉金化退神,如何克木?余曰:丑土生酉金,旺而不退。
又如く辰月癸丑日に病を占いて、「沢水困」を揺出して「雷水解」に変ず。上より下へ、上爻父母未土(父母戌土を変)、五爻兄弟酉金(発動、兄弟申金を変、変卦の応と為る)、四爻子孫亥水(応爻、官鬼午火を変)、三爻官鬼午火、二爻父母辰土(変卦中に世と為る)、初爻妻財寅木(世爻)。野鶴老人断じて曰く、世爻寅木は正に旬空に落ち、五爻酉金忌神発動して来たりてそれを剋す。旧法はこれを「避空」と謂い、落空の爻は正好剋傷を躲け開くと言う。我は以てこれは錯なりと為す。眼下の空に逢うは躲け過ぐ可しといえども、空を出でば一定にこの一剋を挨ける。後に果たして六月に死せり。未月に応じたるは、木は未に墓するに因る。未土は正に世爻寅木の墓庫なり。この墓は本已に月破にして、また丑日に沖き開かれ、「開墓」と謂う——墓は開きて、ただ忌神の剋来を待つ。人は剋に随い入りて墓に入る。もし墓閉じて入り入る能わざれば、反って死せず。ある人問う、酉金すでに退神を化すれば、どうしてなお木を剋し動かす能うや。答えて曰く、癸丑日の丑土は酉金を生助す。金は正に力を得たり。退き下る能わず。
又如辰月乙丑日占妻母病得隨之否 妻財未土″應 動 妻財戌土′應 官鬼酉金′ 官鬼申金′ 父母亥水′ 子孫午火′ 妻財辰土″世 兄弟卯木″世 兄弟寅木″ 子孫巳火″ 父母子水′ 動 妻財未土″ 斷曰:子水父爻動化未土回頭克父母,上爻未土又化進神以克父,須防戌日,果卒於甲戌日,乃戌土出空之日也,古法散如無也,此卦未土發動,丑日沖之,又化旬空月破,竟不見其散也。
又如く辰月乙丑日に妻子の母親の病を占いて、「沢雷隨」を揺出して「天地否」に変ず。上より下へ、上爻妻財未土(応爻、発動、妻財戌土を変出)、五爻官鬼酉金(官鬼申金を変)、四爻父母亥水(子孫午火を変)、三爻妻財辰土(世爻、兄弟卯木を変、変卦の世と為る)、二爻兄弟寅木(子孫巳火を変)、初爻父母子水(発動、妻財未土を変出)。岳母を占うはなお父母爻を取りて用神と為す。野鶴老人断じて曰く、初爻子水父爻発動すといえども、却って未土を変出して反って回頭してそれを剋す。上爻未土また戌土を化して是れ化進神なり。土進めば則ち父を剋するの力いっそう重し。須らく戌日を防ぐべし。後に果たして甲戌日に死せり。正に戌土の空を出づるの日なり。旧法は動爻の日辰に沖散せらるるは便ち無きがごとしと言う。この一卦は上爻未土発動して丑日に相沖せられ、化出の戌土また旬空・月破に逢えども、却って全然それの散ずるを見ず。
又如申月乙卯日占出得屯之節 兄弟子水″ 兄弟子水″ 官鬼戌土′應 官鬼戌土′ 父母申金″ 父母申金″應 官鬼辰土″ 官鬼丑土″ 子孫寅木″世 動 子孫卯木′ 兄弟子水′ 妻財巳火′世 斷曰:世臨寅木動而化進神,合當就行,因繫月破,目下未必能行,出月方可,後至亥月方行由燕至粵,次八月歸來。余曰:途中安否?彼曰:往來託庇平安。餘以子孫化進神知其平安,故問之耳。夫應亥月行者,破而逢合之月也。此乃動破化日辰,豈可謂之不能進耶?
又如く申月乙卯日に遠門を出づるを占いて、「水雷屯」を揺出して「水沢節」に変ず。上より下へ、上爻兄弟子水、五爻官鬼戌土(応爻)、四爻父母申金(変卦中に応と為る)、三爻官鬼辰土(官鬼丑土を変)、二爻子孫寅木(世爻、発動、子孫卯木を変出)、初爻兄弟子水(妻財巳火を変、変卦の世と為る)。野鶴老人断じて曰く、世爻寅木発動してまた進神を化す。本當に身を動かすべし。ただ寅は申月に沖せられ、正に月破に落つるに因りて、眼下未だ必ずしも走り成さざらん。この月を出でて才に行くべし。後來亥月に到りて才に程を起ち、燕地より一直に広東に到り、第二年八月に回れり。野鶴老人彼に一路平安か否かを問えば、あの人曰く、往返は皆庇を托して平安なり。これは子孫爻の進神を化するに因る。子孫は平安解厄を主る。故に才に此の一問あり。亥月に行を起すに応じたるは、寅亥相合して、破爻合に逢うの月便ち能く起用するに因る。これ正に動爻破に逢うて変出の日辰の支なるの例子なり。どうしてそれを進む能わずと言う能わんや。
又如辰月已未日占兄何日歸來得履之兌 兄弟戌土′ 動 兄弟未土″世 子孫申金′世 子孫酉金′ 父母午火′ 妻財亥水′ 兄弟丑土″ 兄弟丑土″應 官鬼卯木′應 官鬼卯木′ 父母巳火′ 父母巳火′ 斷曰:兄動化退,已有歸志,但因戌逢月破,在外諸事未遂,六月可望,後至戌月方回,乃應實破之月也,此乃動破而變日月,豈可謂之退不及也?
又如く辰月己未日に哥哥いずれの天に回り来るかを占いて、「天沢履」を揺出して「兌為沢」に変ず。上より下へ、上爻兄弟戌土(発動、兄弟未土を変出、変卦の世と為る)、五爻子孫申金(世爻、子孫酉金を変)、四爻父母午火(妻財亥水を変)、三爻兄弟丑土(変卦中に応と為る)、二爻官鬼卯木(応爻)、初爻父母巳火。兄弟を占うは兄弟爻を以て用神と為す。野鶴老人断じて曰く、兄爻発動して退神を化す。退は即ち回りて走るなり。見るべし彼はすでに歸意有り。ただ戌土は辰月に辰に沖せられ、正に月破に落つ。外に在りて諸事未だ弁妥せざれば、六月裡に望みて回り来る可し。後來戌月に到りて才に回れり。応ずる所は正に「実破」の月なり。この一卦は動爻すでに月破に逢い、変出の未土又是れ占日己未の日建なり。どうしてそれを「退之不及」と言う能わんや。
又如辰月乙未日占子病得大有變睽,同時祖又占子孫亦得此卦 官鬼巳火′應 官鬼巳火′ 父母未土″ 父母未土″ 兄弟酉金′ 兄弟酉金′世 父母辰土′世 動 父母丑土″ 妻財寅木′ 妻財卯木′ 子孫子水′ 官鬼巳火′應 斷曰:父母臨月建化退神,此子死於次日。
又如く辰月乙未日に兒子の病を占いて、「火天大有」を揺出して「火沢睽」に変ず。同一天に孩子の祖父は孫子を占いて、揺出せる亦是れこの一卦なり。上より下へ、上爻官鬼巳火(応爻)、五爻父母未土、四爻兄弟酉金(変卦中に世と為る)、三爻父母辰土(世爻、発動、父母丑土を変出)、二爻妻財寅木(妻財卯木を変)、初爻子孫子水(官鬼巳火を変、変卦の応と為る)。兒子を占うは子孫爻を取りて用神と為す。初爻子水は即ち用神なり。父母は則ち子孫を剋するの忌神なり。野鶴老人断じて曰く、父母辰土は正に辰月の月建に臨み、力量本來大なり。辰化丑は是れ化退神といえども、当月当令して、一時それを退け動かす能わず。忌神かくのごとく当権すれば、この孩子は第二天即ち死せり。
又如卯月丙寅日衙役占官府升否得解之困 妻財戌土″ 妻財未土″ 官鬼申金″應 動 官鬼酉金′ 子孫午火′ 父母亥水′應 子孫午火″ 子孫午火″ 妻財辰土′世 妻財辰土′ 兄弟寅木″ 兄弟寅木″世 斷曰:官動化進神,秋來得令必遷,後報升於巳月,應巳月者,動而逢合之月,申金又長生於巳,此乃動日月而化空破,豈可謂之不進耶?
又如く卯月丙寅日、一名の衙役が本官の升遷する會否を占いて、「雷水解」を揺出して「沢水困」に変ず。上より下へ、上爻妻財戌土(妻財未土を変)、五爻官鬼申金(応爻、発動、官鬼酉金を変出)、四爻子孫午火(父母亥水を変、変卦の応と為る)、三爻子孫午火、二爻妻財辰土(世爻)、初爻兄弟寅木(変卦中に世と為る)。上司を占うは官鬼を取りて用神と為す。野鶴老人断じて曰く、官星発動して進神を化す。秋天の金気当令するを待ちて必定升遷せん。後來巳月に即ち升を報じたり。巳月に応じたるは、巳申相合して、動爻合に逢うの月即ち応ずるに因る。況んや申金の巳に長生するを。これ又是れ動じて空破を化すといえども照様に能く進むの例子なり。どうしてそれを進まずと言い好からんや。
又如巳月乙丑日占試中否得兌之訟 父母未土″世 動 父母戌土′ 兄弟酉金′ 兄弟申金′ 子孫亥水′ 官鬼午火′世 父母丑土″應 官鬼午火″ 妻財卯木′ 父母辰土′ 官鬼巳火′ 動 妻財寅木″應 斷曰:未父化進神,巳火官動而生世,吉兆顯然,坐以待報,果於寅日揭榜,中第八名,古法動破散化日月尚不能進,此卦動散化空亦能中矣。
又如く巳月乙丑日に試験の中るか中らざるかを占いて、「兌為沢」を揺出して「天水訟」に変ず。上より下へ、上爻父母未土(世爻、発動、父母戌土を変出)、五爻兄弟酉金(兄弟申金を変)、四爻子孫亥水(官鬼午火を変、変卦の世と為る)、三爻父母丑土(応爻、官鬼午火を変)、二爻妻財卯木(父母辰土を変)、初爻官鬼巳火(発動、妻財寅木を変、変卦の応と為る)。試験を占うは、父母は文書功名の本にして、官鬼は名位の係る所なり。野鶴老人断じて曰く、未土父母は世を持してまた進神を化し、初爻巳火官星発動して来たりて世爻を生ず。吉兆分明なり。只管安坐して好消息を待て。後に果たして寅日に榜を揭げ、第八名に考中せり。旧法は動爻破に逢い散に逢い・日月を化出するはなお且つ進む能わずと算すと言う。この一卦は世爻発動して丑日に沖散せられ、化出の戌土また旬空に落てども、照様に考中せり。
又如未月丁丑日占母路隔千里何時來得火天大有變井 官鬼巳火′應 動 子孫子水″ 父母未土″ 動 父母戌土′世 兄弟酉金′ 動 兄弟申金″ 父母辰土′世 兄弟酉金′ 妻財寅木′ 子孫亥水′應 子孫子水′ 動 父母丑土″ 斷曰:卦初爻子水化出丑父,子與丑合,被合不來,未父化進神,亦應不來,幸得未土生起酉金兄爻,兄化退神而合世,父母必不來,兄弟必來。彼曰:有妹無弟。果於次年三月妹至,此乃兄弟化空,爻空亦能退也。
又如く未月丁丑日に母親の千里の外に遠く在りていずれの時に能く来るかを占いて、「火天大有」を揺出して「水風井」に変ず。上より下へ、上爻官鬼巳火(応爻、発動、子孫子水を変)、五爻父母未土(発動、父母戌土を変出、変卦の世と為る)、四爻兄弟酉金(発動、兄弟申金を変)、三爻父母辰土(世爻、兄弟酉金を変)、二爻妻財寅木(子孫亥水を変、変卦の応と為る)、初爻子孫子水(発動、父母丑土を変出)。野鶴老人断じて曰く、初爻子水は丑土父爻を変出す。子丑相合して、合し住められれば便ち来り成らず。五爻未土父爻の戌を化するは是れ化進神なり。進は往きて前に走るなり。亦来らざるを主る。幸いに未土は生起して四爻酉金兄爻を生ず。兄爻の申を化するは是れ退神なり。退は即ち回り来るなり。申金また世爻辰土と相合す。故に母親は必ず来らず、兄弟輩は却って一定に来らん。あの人曰く、我ただ妹妹有りて弟弟なし。後に果たして第二年三月に妹妹到れり。この一卦は兄爻の化する所の申金正に旬空に落つ。見るべし、爻は空に落つといえども、照様に能く退ぐ。
又如未月辛丑日占開金銀器皿店得火雷噬嗑化屯卦 子孫巳火′ 動 父母子水″ 妻財未土″世 動 妻財戌土′應 官鬼酉金′ 動 官鬼申金″ 妻財辰土″ 妻財辰土″ 兄弟寅木″應 兄弟寅木″世 父母子水′ 父母子水′ 財爻妻財持世化進,生意興隆,甲戌日開張,財源茂盛,妻財持世化進神乃久遠豐隆之象。余曰:代爾擇甲戌日開張,管許大發,果開市於戌日,至今此店興盛豐隆,此乃動日月而空,豈可謂之不進耶?
又如く未月辛丑日に一家の金銀器皿店を開くを占いて、「火雷噬嗑」を揺出して「水雷屯」に変ず。上より下へ、上爻子孫巳火(発動、父母子水を変)、五爻妻財未土(世爻、発動、妻財戌土を変出、変卦の応と為る)、四爻官鬼酉金(発動、官鬼申金を変)、三爻妻財辰土、二爻兄弟寅木(応爻、変卦中に世と為る)、初爻父母子水。売買を占うは妻財を以て用神と為す。財爻世を持してまた進神を化す。正に生意興隆の象なり。甲戌日を擇んで開張せば、財源茂盛なり。財世を持して進を化するは、長久豊厚を主り、ただ一時の利のみならず。野鶴老人曰く、我はあなたに替りて甲戌日を擇定して開張せしめん。管保大発せん。後に果たして戌日に市を開き、この家店は至今興旺なり。ここに未化戌はまた旬空に逢う。仍是れ動じて空を化すといえども照様に能く進む。どうしてそれを進まずと言う能わんや。
野鶴曰:夫進神之有四:動旺相而化旺,乘勢而進,一也;動休囚而化休囚,待時而進,二也;動爻變爻有一而值衰,待旺相之日而進者,三也;動爻變爻有一而空破,待填實之日而進者,四也;退神之法有四:動旺相而化旺相或有日月動爻生扶,占近事得時而不退者一也;動休囚而化休囚及時而退者二也;動爻變爻有一而旺相待休囚之時而退者三也;動爻變爻有一而逢空破待填實之日而退者四也。
野鶴老人総じ結して曰く、進神に四種の情形あり。一は動爻旺相・変爻亦旺相にして、気勢に乗じて当下即ち進む。二は動爻休囚・変爻亦休囚にして、時を得令を得るのあの一天を待ちて才に進む。三は動爻と変爻との中に一個の衰弱あるを待ちて、それの轉旺の日に才に進む。四は動爻と変爻との中に一個の空に落ち或いは破に逢うありて、填実の日を待ちて才に進む。退神も亦四種の情形あり。一は動爻旺相・変爻亦旺相にして、或いは別に日辰月建・動爻の生扶有り、占う又是れ近事にして、正に時を得るに当たり、一時退き下る能わず。二は動爻休囚・変爻亦休囚にして、時候に到れば自然に退く。三は動爻と変爻との中に一個のなお旺相あるを待ちて、それの休囚の時に才に退ぐ。四は動爻と変爻との中に一個の空破に逢うありて、填実の日を待ちて才に退ぐ。
李我平曰:初看易冒,有大進不進不能進祗近理,後見動日月而化空破,無階無路,謂之不進,故知謬也。動爻既臨日月,逢空不空,逢破不破,況化空破?即日月如天,雖化空破,知浮雲之掩日,實空實破之期即是雲開霧散,司令當權,何以謂之不進?又曰:動值破散而變日月謂我位既失,何以得前?殊不知既動而破,自有實破之期,既動而散,自有填實之日,況化日月,名為化旺,後日填實愈旺強,何以謂之不前?伊存格式:申月卯日占兄弟得兌之豐。
李我平曰く、起初《易冒》を読みて、それの進神を講じて「大進」「不進」「不能進」の幾層に分つを見、以てなお近理と覚えり。後來それの動爻日月に臨みて空破を化せば便ち「无階无路」にして不進と謂うを見、才に錯れりを知る。動爻すでに日辰月建に臨めば、本身即ち空に逢うとも空ならず・破に逢うとも破せず。況んやただ空破を化出するのみなるを。日月は譬えば天上の太陽のごとし。縱に空破を化出するも、亦不過浮雲の暫時日を遮るのみ。実空実破の時候に到れば、正に雲開き霧散じ・権を当たり令を司るの日なり。どうしてそれを進まずと言う能わんや。それまた曰く、動爻破に逢い散に逢うて日月を変出するは、是れ「我位既失、何以得前」なり。殊に知らず、すでに動じて破に逢えば、自ら実破の期有り。すでに動じて沖散せられれば、自ら填実の日有り。況んや化出するは日月にして、あれを「化旺」と謂う。日后填実して起らばいっそう強旺なり。どうしてそれを前進する能わずと言う能わんや。《易冒》の存する格式はこのように一例なり。申月卯日に兄弟を占いて、兌為沢を得て雷火豊に変ず。
父母未土″世 父母戌土″ 兄弟酉金′ 動 兄弟申金″世 子孫亥水′ 官鬼午火′ 父母丑土″應 動 子孫亥水′ 妻財卯木′ 動 父母丑土″應 官鬼巳火′ 妻財卯木′ 酉爻兄弟被卯日沖,雖化申為月建,亦不及退,不退者,建也,不及退者,謬也。彼日月將章云:爻臨月將,逢散不散,七月之酉金,雖非月將,奈日不旺,況化月建,動變盡屬堅金,幫助共扶,如山如岡。知曰:焉能沖散?他章俱存占驗,獨此章只存數式,餘故知其乃揣摩之說,非經驗而得也。
この一卦は上より下へ、上爻父母未土(世爻、父母戌土を変)、五爻兄弟酉金(発動、兄弟申金を変出、変卦の世と為る)、四爻子孫亥水(官鬼午火を変)、三爻父母丑土(応爻、発動、子孫亥水を変)、二爻妻財卯木(発動、父母丑土を変、変卦の応と為る)、初爻官鬼巳火(妻財卯木を変)。《易冒》曰く、酉金兄爻は卯日に相沖せらる。化出の申金は正に当月の月建なりといえども、亦ただ「不及退」を算す。李我平評して曰く、それを退がずと言うは是れ対なり。化出する即ち月建なるを以てなり。「不及退」と説成すは却って通ぜず。《易冒》自己の「日月将章」も亦講ず。爻の月将に臨めば則ち沖に逢うとも散ぜず。七月の酉金は月将にあらずといえども、日辰の卯木は併せて旺ならざるを奈何せん。況んやそれの化出するは月建にして、動爻変爻全是れ堅硬の金なり。彼此幇扶して、穩なること山岡のごとし。一個の卯日どうしてそれを沖き散らさんや。別の章裡には皆実占を存して証を為す。唯独この一章はただ幾個の格式を列すのみ。見るべし、これらの話は揣摩して出で来たるにして、占験して得たるにあらず。
随鬼入墓章第三十
古有日墓、動墓、化墓之三墓。世爻隨鬼入墓、本命隨鬼入墓、卦身隨鬼入墓、世身隨鬼入墓。覺子曰:執此數論,若逢辰戌丑未之日,竟不敢占卦,非世臨鬼、即卦身臨鬼、即本命臨鬼,然又不獨辰戌丑未日而他日亦不敢占,何也?卜卦之中不免有二三墓爻發動,非世命而入、即二身而入、及動而化墓、非世爻動化、即二身動化,再不然難保其本命不化墓也。
旧説に「日墓」「動墓」「化墓」の三種の墓あり。日辰恰も墓庫なるを日墓と謂い、卦中の動爻の墓庫なるを動墓と謂い、動爻の墓庫を変出するを化墓と謂う。墓に入るの対象また四種に分つ。世爻鬼に随い入りて墓・本命(占者の生年の地支)鬼に随い入りて墓・卦身鬼に随い入りて墓・世身鬼に随い入りて墓。李文輝(号は覚子)曰く、これらの幾条を死守せば、則ちおよそ辰・戌・丑・未日に逢えば简直に卦を起すを敢えてせざらん——世爻の官鬼に臨むにあらざれば、即ち卦身の官鬼に臨み、再び不然れば本命の官鬼に臨む。總じて一様ありて撞上せん。しかもなお辰戌丑未日に止まらず。別の日子も亦一様に占うを敢えてせず。何を以てか。一卦の中に兩三個の墓爻の発動を免れ難し。世爻・本命の墓に入るにあらざれば、即ち卦身・世身の墓に入る。動爻の墓庫を化出するにあらざれば、即ち世爻動じて墓を化し・二身動じて墓を化す。再び不然れば亦本命の墓を化せざるを保し難し。
一卦之中不必看刑沖剋害破散絕空,凡占疾病凶危之事,只以隨鬼入墓即知凶吉也,余屢於疾病之占卦,卦卦留神,見世爻旺者二身隨鬼入墓而不死也。本命隨鬼入墓而不死也,存留驗,不驗又試,試之不驗,而再試之,一而十,十而百,全不驗者,始盡刪之,便是世爻用爻隨鬼入日墓入動墓或動而化墓,亦是休囚無氣始見危,若旺而有扶亦有求解。
あのように照らして看れば、一卦の中に根本に再び刑・沖・剋・害・破・散・絶・空を看るを必とせず。およそ疾病凶危の事を占うは、ただ鬼に随い入りて墓の一条を憑れば即ち吉凶を知る。李文輝曰く、我病を占うの卦上に多年留心し、卦卦記録す。世爻旺相の時に卦身・世身の鬼に随い入りて墓するも人の死せざるを見たる有り、亦本命の鬼に随い入りて墓するも人の死せざるを見たる有り。およそ応験するは即ち留め置き、験ならざるは再び試み、試みてなお験ならざれば再び試む。一次・十次・上百次して、全然験なきは才に尽行删去す。見るべし、即ち世爻或いは用爻の鬼に随い入りて日墓に入り・動墓に入り・或いは動じて墓を化するも、亦それ本身休囚無気なるを要して才に危険を見ん。倘若旺相にしてまた生扶有らば、依旧として解救の余地有り。
如申月戊辰日占夫病癸亥命 子孫戌土′應 兄弟巳火′世 妻財申金′ 動 子孫未土″ 兄弟午火′ 妻財酉金′ 官鬼亥水′世 官鬼亥水′應 子孫丑土″ 子孫丑土″ 父母卯木′ 父母卯木′ 斷曰:妻占夫,亥水官星為用神,墓於辰日,乃夫星夫命皆入墓於辰日,古法斷之必死,余曰:不獨不死,明日愈。何也?辰日沖動戌土以生申金,因世爻亥水空亡不受其生,明日己巳沖起亥水,得遇金生,其病如失,果於次日大愈。
如く申月戊辰日、妻子は丈夫の病を占う。丈夫は癸亥年生なり。卦象は上より下へ、上爻子孫戌土(応爻、兄弟巳火を変、変卦の世と為る)、五爻妻財申金(発動、子孫未土を変)、四爻兄弟午火(妻財酉金を変)、三爻官鬼亥水(世爻、変卦中に応と為る)、二爻子孫丑土、初爻父母卯木。野鶴老人断じて曰く、妻の夫を占うは官鬼を以て用神と為し、即ち三爻亥水を取る。水は辰に墓す。戊辰日は正にそれの墓なり。夫星と夫命(癸亥)と同時に辰日に墓に入る。旧法に照らせば必ず死して疑いなし。我は却って言う。不但死せず、明天即ち好せん。何を以てか。辰日は上爻戌土を沖動し、戌土は五爻申金を生じ、申金は本來以て亥水を生じ来る可しといえども、ただ世爻亥水の正に空亡に落つるに因りて、この份の生を受け起す能わず。明天己巳日に到れば、巳亥相沖して、空亡の亥水を沖き起せば、それは即ち金の生扶を接住し得べし。病は自然に失せたるがごとし。後に果たして第二天に大好きたり。
又如戌月甲寅日會試能聯捷否? 父母戌土″ 動 妻財寅木′世 兄弟申金″ 子孫子水″ 官鬼午火′世 動 父母戌土″ 兄弟申金′ 兄弟申金′應 官鬼午火″ 官鬼午火″ 父母辰土″應 父母辰土″ 斷曰:世爻隨官入三墓,動墓,化墓,又入月德之墓,明歲辰年沖開墓庫,發榜之期,又遇辰月沖開三墓,不獨連登,定中狀元。日月合成官局旺相當時,卦之全美,如玉無暇,果然如是。
又如く戌月甲寅日に會試の接続して高中し得べきか否かを占う。卦象は上より下へ、上爻父母戌土(発動、妻財寅木を変、変卦の世と為る)、五爻兄弟申金(子孫子水を変)、四爻官鬼午火(世爻、発動、父母戌土を変出)、三爻兄弟申金(変卦中に応と為る)、二爻官鬼午火、初爻父母辰土(応爻)。野鶴老人断じて曰く、世爻午火は即ち官星なり。火は戌に墓す——上爻戌土発動するは「動墓」にして、世爻自身の戌土を変出するは「化墓」にして、戌月の月建又是れ一重の墓なり。世爻官星に随いて一連して三重の墓に入れり。明年辰年は辰戌相沖して、正好墓庫を沖開く。しかも発榜の期また恰も辰月に在りて、再び一次三墓を沖開く。このように不但接続して中式するのみ、一定になお状元に中らん。況んや寅日・午爻・戌土の三者は合して火局と成し、官星旺相当令して、整個の卦は完美なること一塊の瑕なき玉のごときを。後に果たして此の如し。
又如申月己丑日占病壬申命得雷風恆 妻財戌土″應 妻財戌土″應 官鬼申金″ 官鬼申金″ 子孫午火′ 子孫午火′ 官鬼酉金′世 官鬼酉金′世 父母亥水′ 父母亥水′ 妻財丑土″ 妻財丑土″ 此卦日命隨鬼入墓,世爻隨鬼入墓,世身又落旬空,卦身又臨月破,若執古法斷之,百無一生,因世爻旺相,許未日愈,果起床於未日者,沖開丑墓之日而出也。古法以墓為沉滯昏迷之象,此說近理,此人病中不思湯藥,昏昏沉沉,至未日忽然更醒,不藥而癒,豈可一概謂之隨鬼入墓也。
又如く申月己丑日に病を占う。病人は壬申年生なり。「雷風恒」を揺出す。六爻安静にして、上爻妻財戌土(応爻)、五爻官鬼申金、四爻子孫午火、三爻官鬼酉金(世爻)、二爻父母亥水、初爻妻財丑土。この一卦は本命申金と世爻酉金と皆金に属し、金は丑に墓す。己丑日は正に墓庫なり。本命と世爻と連なり官鬼を一併せに日墓に収め去れり。是れ「随鬼入墓」なり。世身また旬空に落ち、卦身また月破に臨む。もし旧法を死守せば、これは百に一生なきの卦なり。ただ世爻酉金の申月に旺相するに因りて、野鶴老人彼に未日の痊愈を許す。後に果たして未日に牀を下れり。正に丑未相沖して丑墓を沖き開きて人脱け出づるを得たるの日なり。旧法は墓に入るは沈滞昏迷を主ると言う。この話は倒底理に近し。此人は病中に薬を服せんことを想わず、昏昏沈沈として、未日に到りて忽然として清醒し、薬を吃せずとも亦好きたり。見るべし、一概に随鬼入墓を拿げて死を断ずる能わず。
又如未月戊辰日占已定重罪可蒙赦免否 兄弟寅木′應 兄弟寅木′應 父母子水″ 父母子水″ 妻財戌土″ 妻財戌土″ 官鬼酉金′世 動 妻財丑土″世 父母亥水′ 兄弟卯木′ 妻財丑土″ 動 子孫巳火′ 世爻隨鬼入動墓,又動而化墓,古以為凶,餘以為吉。斷日月生世,丑墓月破,破羅破網,容易而出。明歲酉年定蒙赦免。果於次年辰月蒙赦而出。
又如く未月戊辰日にすでに重罪を定めたる人の赦を蒙り得べきか否かを占う。卦象は上より下へ、上爻兄弟寅木(応爻)、五爻父母子水、四爻妻財戌土、三爻官鬼酉金(世爻、発動、妻財丑土を変出、変卦の世と為る)、二爻父母亥水(兄弟卯木を変)、初爻妻財丑土(発動、子孫巳火を変)。世爻酉金は即ち官鬼なり。金は丑に墓す。初爻丑土発動するは「動墓」にして、世爻自身また丑土を変出するは「化墓」なり。世爻鬼に随いて両重墓に入る。旧説は以て大凶と為す。野鶴老人は却って吉と断ず。彼曰く、未月の土は世を生じ、戊辰日の土も亦世を生ず。日月皆来たりて生扶す。しかもあの丑墓は未月に未土に一沖せられ、正に月破なり——墓庫すでに破れれば、譬えば羅網の洞を破れたるがごとく、人容易に鑽り出づるを得べし。明年酉年に一定に赦を蒙らん。後に果たして第二年辰月に赦を獲て獄を出でたり。
餘因屢試而得驗者,只驗世爻入墓有三:世爻隨鬼入日墓,入動墓,動而化墓。此三墓者,自占看世爻,旺相者非真,代占看用神,用神旺相者非真,惟世爻休囚被克,而又入墓者,是也。墓神破,日月動爻沖破,亦非真也。墓破如破網,容易而出矣。
野鶴老人曰く、我屢次試験して得たる所は、真正に応験する世爻入墓はただ三種のみ——世爻鬼に随い入りて日辰の墓に入り、動爻の墓に入り、および動じて墓庫を変出するなり。この三種の墓は、自己が自己を占うは即ち世爻を看よ。世爻旺相なるは真に墓に入ると算せず。別人に替りて占うは即ち用神を看よ。用神旺相なるも亦真と算せず。ただ世爻休囚にしてまた剋せられ、然る後に墓に入るのみ、才に真の入墓なり。墓神本身の月破に逢い、或いは日辰・月建・動爻に沖破せらるるに至っては、亦皆真と算せず——墓破れるは網破れたるに如同じく、人容易に身を脱す。
占功名,世旺得地,沖開墓庫之年月成名,世若空破休囚,始終難成之象;占身命,世旺得地,沖開墓庫之年月發跡。世爻空破休囚,終身寂寞,如日月之無光也;占出仕,出行得世旺得地沖開墓庫之日月遂心。世若空破休囚,多見去而不返。
以下門を分け類を別して随鬼入墓の断法を言わん。功名を占うに、世爻旺相して地を得たるは、墓庫を沖開の年月に到りて名を成さん。世爻もし空破休囚ならば、則ちそれは始終成り難きの象なり。身命を占うに、世爻旺相して地を得たるは、墓庫を沖開の年月に到りて発跡せん。世爻空破休囚なるは、終身寂寞冷落して、日月の光輝を失いたるがごとし。出仕を占い出行を占うに、世爻旺相して地を得たるは、墓庫を沖開の日月に到りて意に称い意のごとくならん。世爻もし空破休囚ならば、多半は去れば即ち回り来る能わざらん。
占求財圖利,世旺者,沖墓之日月而成,若空破休囚,終無成日;占婚姻,世旺得地及財爻有氣而生世者,沖墓之日月而成,若空破休囚,非病於他鄉即流落也;占胎產,子孫入動墓化墓者,旺則沖墓之日月即生。財爻空破休囚,妻遭產厄,子孫空破,子必危亡;
求財圖利を占うに、世爻旺相なるは、墓庫を沖開の日月に到りて手に得べし。空破休囚なるは、終究事を成すの日なし。婚姻を占うに、世爻旺相して地を得・財爻また気有りて来たりて世を生ずるは、墓を沖くの日月に到りて成就せん。世爻空破休囚なるは、病死して他郷にあらざれば即ち流落して外に在らん。胎産を占うに、子孫爻の動墓に入り或いは墓を化するは、ただそれ旺相なれば、墓を沖くの日月に到りて即ち臨盆せん。財爻もし空破休囚ならば、産婦は難産の厄に遭わん。子孫爻もし空破ならば、孩子は必ず危亡あらん。
占入公門,世旺得地,沖墓之年月如心,空破休囚,常遭枷鎖刑獄;占家宅,世旺者,或得財爻生世,沖開之年月興家。空破休囚,身衰家破。占祖塋者與家宅同;惟占新塋未葬者,旺相休囚皆不宜也;占偷關偷險,世爻旺相,又得生扶,難而無危,憂心難釋,鬼在身邊故耳;占訟事,世旺者得理,空破休囚被克者,必遭刑獄。
衙門に進みて差に当たるを占うに、世爻旺相して地を得たるは、墓庫を沖開の年月に到りて心に称わん。空破休囚なるは、常に枷鎖刑獄の災に遭わん。家宅を占うに、世爻旺なるか、或いは財爻有りて来たりて世を生ずるは、墓庫沖開の年月に到りて家を興し業を立てん。空破休囚なるは、人衰え家破る。祖墳を占うは家宅を占うと同一の断法なり。ただ新墳未だ安葬せざるを占うは、旺相休囚を論ぜず、随鬼入墓を見れば皆相宜ならず。私に関卡を越え・険を渉りて偸渡するを占うに、世爻旺相にしてまた生扶を得たるは、艱難といえども大険なし。ただ心裡に始終放下し得ざるのみ。それは官鬼即ち身辺に在るに因る。官司を占うに、世爻旺なるは理を占め住み得べし。世爻空破休囚にしてまた剋せらるるは、必ず刑獄に遭わん。
諸占世爻若旺,墓爻而值空破,待墓爻填實之日月而吉;世爻空破休囚者,又在墓爻填實這日月而凶。古以世臨破鬼,如占防患,禍患潛消,餘以為非。月破既為白虎鬼,目下雖無妨,實破之年月非吉。如申月己未日占賊來否得大畜之泰卦 官鬼寅木′ 動 子孫酉金″應 妻財子水″應 妻財亥水″ 兄弟戌土″ 兄弟丑土″ 兄弟辰土′ 兄弟辰土′世 官鬼寅木′世 官鬼寅木′ 妻財子水′ 妻財子水′ 彼時土賊興發常來,鄉人了無寧日。一日忽報賊來,此人攜妻而避,因小女未隨,復去抱女,同遭賊害,夫應自身之死者,世臨破鬼而入日墓,女之死者,上爻鬼變子孫之故耳。豈可謂世臨破鬼,禍患消耶。
総じて起して言わば、各類の占問はただ世爻旺相にして、しかも墓爻正に空破に落つれば、墓爻填実のあの日月を待ちて便ち吉なり。世爻もし空破休囚ならば、同様に墓爻填実の日月上に凶に応ず。旧説曰く、世爻上に月破の官鬼を坐すれば、もし災患を防備するを占えば、禍患自ずから暗暗に消去せんと。野鶴老人は以て対ならずと為す。この月破の官鬼はすでに「白虎」を帯ぶ。眼下は礙なきといえども、一たび実破の年月に到れば即ち吉兆にあらず。下面は一則の実占なり。如く申月己未日に強盗の来る會否を占いて、「山天大畜」を揺出して「地天泰」に変ず。上より下へ、上爻官鬼寅木(発動、子孫酉金を変出、変卦の応と為る)、五爻妻財子水(応爻、妻財亥水を変)、四爻兄弟戌土(兄弟丑土を変)、三爻兄弟辰土(変卦中に世と為る)、二爻官鬼寅木(世爻)、初爻妻財子水。あの時土匪四起して、時々来たりて劫す。郷里安寧を得ず。一天忽ち賊到を報ず。这人は妻子を帯びて躲避す。小女児の跟い上がらざるに因りて、また回りて女児を抱く。父女一同に賊に害せらる。彼本人の死は、世爻上に月破の官鬼を坐するに応ず——寅木は申月に申に沖せられ、しかも寅木また己未日の日墓に入れり(木は未に墓す)。女児の死は、上爻官鬼発動して子孫を変出するに応ず——女児を占うは正に子孫を以て用神と為し、用神は官鬼の変ずる所に由る。凶象すでに明なり。このように看れば、どうして世の破鬼に臨めば便ち禍患自ら消ゆと言う能わんや。
(鬼臨月破,不動者不驗。)李我平曰:此論雖隨墓令人刮目,每卦之動墓多見,倘再遇辰戌丑未之日,疊疊墓爻,若兼世命二身,非此即彼,以入墓也,真無暇他論,況諸書章不言及旺衰,概以隨墓不吉,如占功名旺官臨身,豈可曰履仕途而不返,占防災世臨月破又隨鬼入墓,豈可竟曰無憂,顛倒凶吉,不得不為正之。
原書ここに夾注の一句あり。官鬼は月破に臨むといえども、もし安静にして動かざれば便ち応験せず。李我平曰く、野鶴老人のこの番の随墓の論は、実在人をして刮目せしむ。卦中の動墓は本來常見なり。倘若再び辰・戌・丑・未日に碰上せば、墓爻層層畳畳たり。再び世爻・本命・卦身・世身を一併せに算入れ来れば、是れこの入墓にあらざれば即ちあの入墓なり。真に忙しくして別の道理を顧みるに及ばざらん。況んや各家書裡の随鬼入墓を講ずるは、一概に爻の旺衰を提せず、ただ入墓すれば便ち不吉と言うを。然らば功名を占うの時官星旺相にしてまた身に臨まば、豈に亦能く彼の一たび仕途に上れば即ち回り来る能わずと言わんや。災を防ぐを占うの時世爻月破に臨みまた鬼に随い入りて墓せば、豈に竟に彼の憂なしと言う能わんや。これは吉凶を皆顛倒するなり。それに改正を與えざる能わず。
独発章第三十一
五爻俱動,一爻不動,謂之獨靜;五爻不動,一爻獨動,謂之獨發。事之成敗,由乎用神;應期遲速,亦由乎用神;獨發獨靜,古有驗之,余試亦有驗也,皆在驗事應之後,如會神機,非初敢執之而斷禍福與應期也。況卦得獨靜雖少,而獨發者多,如舍其用神,執之而決事者,謬也,過也。
六爻の中の五爻皆動してただ一爻のみ動かざるを「独静」と謂い、五爻皆動かずしてただ一爻のみ発動するを「独発」と謂う。一件事の成敗は、用神に取決す。応期の遅速も亦用神に取決す。独発独静は、古人験したる有り、野鶴老人自己の試るも亦験有り。ただしあれは皆事情応験したる後頭を回りて看て、才に暗に神機に合すと覚ゆ。併せて一開始より敢えてそれを拿げて以て禍福を断じ応期を定むるにあらず。況んや卦中独静を得るは少ないといえども、独発を得るは却って多きを。もし用神を丟開き、単に一個の独発の爻を憑りて去りて事情を決断せば、それは錯りたるにして亦是れ過分なり。
曾於辰月甲戌日占迎請父王靈柩允否? 官鬼巳火′應 官鬼巳火′世 父母未土″ 父母未土″ 兄弟酉金′ 兄弟酉金′ 父母辰土′世 子孫亥水′應 妻財寅木′ 動 父母丑土″ 子孫子水′ 妻財卯木′ 彼有門客知易,謂寅木一爻獨發,化出丑父,乃應正月得見父靈。余曰,此隔靴搔癢也。卦中父爻持世,據被寅木剋制,乃身不能動,靈亦不能動也。欲身動而靈動,必待沖開寅木之年月也,再請一卦,合而決之。
曾て辰月甲戌日に父王の靈柩を迎請する事の獲准し得べきか否かを占えり。卦象は上より下へ、上爻官鬼巳火(応爻、変卦中に世と為る)、五爻父母未土、四爻兄弟酉金、三爻父母辰土(世爻、子孫亥水を変、変卦の応と為る)、二爻妻財寅木(発動、父母丑土を変出)、初爻子孫子水(妻財卯木を変)。主人に易を懂る門客有りて曰く、二爻寅木の一爻独発して、丑土父爻を変出す。正月に父親の靈柩を見るに応ずべし。野鶴老人曰く、これは隔靴搔痒なり。卦中父母爻は正に世を持せども、却って発動の寅木に剋し住めらる——自身動く能わざれば、靈柩も亦即ち動く能わず。人の能く動き靈柩の能く動くを要せんには、必ず寅木を沖開の年月を待つを得べし。於是にまた一卦を占うを請い、合げて以て定断せん。
又得澤火革變既濟 官鬼未土″ 兄弟子水″應 父母酉金′ 官鬼戌土′ 兄弟亥水′世 動 父母申金″ 兄弟亥水′ 兄弟亥水′世 官鬼丑土″ 官鬼丑土″ 子孫卯木′應 子孫卯木′ 余曰:此正前卦相合,前卦應沖開寅木者,申也。此世化申金回頭生,亦應申月。世臨虎動因喪事,而卯木沖動九五,又來生世,今年申酉月必蒙恩。眼下月破,萬萬不能。後應申月所請準,酉歲迎靈而歸,兩卦皆是獨發,可執之耶。
第二卦は沢火革を得て水火既済に変ず。上より下へ、上爻官鬼未土(兄弟子水を変、変卦の応と為る)、五爻父母酉金(官鬼戌土を変)、四爻兄弟亥水(世爻、発動、父母申金を変出)、三爻兄弟亥水(変卦中に世と為る)、二爻官鬼丑土、初爻子孫卯木(応爻)。野鶴老人曰く、この一卦は正に前卦と相合す。前卦は寅木を沖開を待つを要す。寅を沖す能うは正に申なり。この一卦は世爻亥水発動して申金を変出す。是れ回頭相生にして、亦申月に応ずべし。世爻上は「白虎」を乘じて発動す。正に占う所は喪事なるに因る。初爻卯木また五爻酉金を沖動して、酉金は轉じて来たりて世爻を生ず。故に今年申月酉月に一定に恩を蒙り獲准せん。眼下亥水は正に月破に当たる。万万弁じ成す能わず。後に果たして申月に請う所獲准し、酉年に靈柩を迎え回れり。この両卦皆是れ独発の卦なり。見るべし、独発の一爻は豈に死執する能わんや。
又如午月甲申日防漲水沖去麥子 子孫戌土′應 動 子孫未土″ 妻財申金′ 妻財酉金′ 兄弟午火′ 官鬼亥水′世 官鬼亥水′世 官鬼亥水′ 子孫丑土″ 子孫丑土″ 父母卯木′ 父母卯木′應 友人執此而問。余曰:戌土子孫一爻獨發,昨日丙戌,定皆大晴,如何還雨,余曰:爾憂麥被水沖,神以子孫發動克去身邊之鬼示爾憂非,應晴也。雖則目下晴,決不漲水,即以此卦而決陰晴,卯日必大晴也,彼曰:何也?余曰:動而逢合之日晴,則爾無憂也。果於卯日大晴。
又如く午月甲申日に大水の麦子を沖き走るを防ぐを占う。卦象は上より下へ、上爻子孫戌土(応爻、発動、子孫未土を変)、五爻妻財申金(妻財酉金を変)、四爻兄弟午火(官鬼亥水を変、変卦の世と為る)、三爻官鬼亥水(世爻)、二爻子孫丑土、初爻父母卯木(変卦中に応と為る)。朋友独発の説を拿げて来たりて問う。上爻戌土子孫の一爻独発す。昨天は正に丙戌日なり。説に照らせば大晴すべし。どうして反って雨を下すや。野鶴老人答えて曰く、あなたは麦子の水に沖せらるるを擔心す。神は即ち子孫発動してあなたの身辺の官鬼を剋去して、以てこの份の擔憂は多余なるをあなたに告げる。応ずる所は正に天晴なり。眼下すでに晴れ放つといえども、亦断じて水を漲らさざらん。もし単にこの一卦に就きて陰晴を決せば、卯日に必定大晴せん。あの人何を以てかを問う。答えて曰く、動爻合に逢うの日即ち晴る——戌と卯と合す。あの天に到ればあなた便ち憂なし。後に果たして卯日に大晴せり。
又如辰月甲午日開煤 得家人變益卦 兄弟卯木′ 兄弟卯木′應 子孫巳火′應 子孫巳火′ 妻財未土″ 妻財未土″ 父母亥水′ 動 妻財辰土″世 妻財丑土″世 兄弟寅木″ 兄弟卯木′ 父母子水′ 丑土財爻持世,日生之,許其可開。問應何時見煤?余曰:財靜未月沖開,應在六月。及至六月,竟不見煤,歇而開,開而歇,未年占卦,至亥年辰月始得見煤,此乃應於獨發亥水化辰土,年月俱應,斷卦之時,誰以亥年辰月而斷耶?
又如く辰月甲午日に煤窯を開くを占いて、風火家人を得て風雷益に変ず。上より下へ、上爻兄弟卯木(変卦中に応と為る)、五爻子孫巳火(応爻)、四爻妻財未土、三爻父母亥水(発動、妻財辰土を変出、変卦の世と為る)、二爻妻財丑土(世爻、兄弟寅木を変)、初爻兄弟卯木(父母子水を変)。礦を開くは財爻を以て用神と為す。丑土財爻は正に世を持す。甲午日の午火は来たりてそれを生ず。野鶴老人便ち彼に開く可きを許す。あの人何れの時候に煤を見る能うかを問う。答えて曰く、財爻安静なり。未月の丑土を沖開を待つを要す。六月に応ずべし。しかるに六月に到るに竟に煤を見ず。停々開々・開々停々す。未年にこの一卦を占えり。亥年辰月に至りて才に煤を見着せり。これは恰好独発の亥水とそれの化する所の辰土上に応ず。亥は年に応じ・辰は月に応じ、年月皆応せり。しかるに当初卦を断ずるの時、又是れ誰か能くこの一爻を憑りて「亥年辰月」を説き出ださんや。
又如寅月庚戌日占女病 兄弟巳火′應 動 官鬼子水″ 子孫未土″ 動 子孫戌土′ 妻財酉金′ 動 妻財申金″世 兄弟午火″世 動 妻財申金′ 子孫辰土′ 動 兄弟午火″ 父母寅木″ 子孫辰土″應 古有以獨靜之爻而斷應期,譬如此卦,寅木獨靜,若不看用神,斷寅日生也?斷寅日死也?餘以卦土為子孫,雖則休囚,得巳午火動而生之,未土子孫化進神,辰土子孫化回頭生,許之寅日當愈,然亦不敢竟斷,命伊母再占一卦。
又如く寅月庚戌日に女児の病を占う。卦象は上より下へ、上爻兄弟巳火(応爻、発動、官鬼子水を変)、五爻子孫未土(発動、子孫戌土を変)、四爻妻財酉金(発動、妻財申金を変、変卦の世と為る)、三爻兄弟午火(世爻、発動、妻財申金を変)、二爻子孫辰土(発動、兄弟午火を変)、初爻父母寅木(子孫辰土を変、変卦の応と為る)。古人に独静の爻を拿げて応期を断ずる有り。譬如この一卦は、ただ初爻寅木のみ独静す。もし用神を看ざれば、到底寅日に生と断ずべきか、それとも寅日に死と断ずべきか。野鶴老人は卦中の土爻を取りて子孫と為す——女児を占うは子孫を以て用神と為す——土は寅月に休囚すといえども、却って巳火・午火の発動して来生有り。五爻未土子孫の戌を化するは是れ化進神なり。二爻辰土子孫動じて午火を変出するは、是れ回頭相生なり。此に拠りて彼女に寅日当に愈えんを許す。然而なお敢えて一口に咬み定めず。又叫びて彼女の母親をして再び一卦を占はしむ。
父母戌土′ 父母戌土′ 兄弟申金′ 兄弟申金′ 官鬼午火′應 官鬼午火′世 兄弟酉金′ 動 父母辰土″ 子孫亥水′ 動 妻財寅木″ 父母丑土″世 動 子孫子水′應 亥水子孫化寅木空亡,近病逢空即愈,出空之日也。與前卦相合。余曰:寅日大愈,目下病體雖重,管許無虞。果於寅日全愈。此雖應前卦一爻獨靜,必應用神之旺也,又得後卦顯然,方敢以寅日決之。
後の一卦は上より下へ、上爻父母戌土、五爻兄弟申金、四爻官鬼午火(応爻、変卦中に世と為る)、三爻兄弟酉金(発動、父母辰土を変)、二爻子孫亥水(発動、妻財寅木を変)、初爻父母丑土(世爻、発動、子孫子水を変、変卦の応と為る)。女児を占うはなお子孫を取りて用神と為す。二爻亥水子孫発動して、変出の寅木は正に旬空に落つ。「近病逢空即愈」。空を出づるのあの一日に応ずべし。これは前の一卦の断ずる所と正に合す。野鶴老人便ち曰く、寅日に大好せん。眼下病は沈重といえども、管保妨げなし。後に果たして寅日に全愈せり。この一次は応じたるは前卦独静のあの一爻寅木上に在りと説うとも、実は依旧として用神旺相に応ず。また後の一卦の講ずるこのように分明有りて、才に敢えて寅日を拿げて以て定断を為せり。
李我平曰:易冒以吉凶之生由乎動,所以重於動而輕於用。事應之來不驗於用神於卦象,此教人重於獨靜,獨靜不用用神者明矣。又云:雖不離用而亦不執用爻也,此又教人用用神、不用用神也。又曰:獨發靜可用,時日吉凶須審用卦,又教人重於用卦也。留書傳世,須一字開後人之茅塞,一言破千古之疑患,即曰用用神之,又曰不用用神主,既無定,何以為法,得此可以醒世。
李我平曰く、《易冒》は以て吉凶は爻の発動に由りて生ずと為す。故に動爻を重くして用神を軽しとす。また事情の応験は用神に在らずして卦象に在りと言う。これは分明に人を教えて独静を看重せしむるなり。独静の時は必ずしも用神を用いず。また「虽不離用而亦不執用爻」と言う。これまた成りて人を教えてすでに用神を用い・また用神を用いざらしむ。また独発独静は用う可しと言い、しかも時日の吉凶は須らく用卦を審察すべしと言う。これ又是れ人を教えて用卦を看重せしむ。書を著して世を傳うは、本當に一個字に後人の茅塞を點開き、一句話に千古の疑難を破るべし。いまは一會兒に用神を用うべしと言い、一會兒にまた用神を用いずと言う。主張すでに定准なく、何を以て法則に当てんや。野鶴老人のこの一章有りて、才に以て世人を點き醒ます可し。
両現章第三十二
用神兩現,如占父母卦中兩爻父母者是也。舍其休囚,用其旺相,舍其靜爻,而用動爻,舍其月破,而用不破,舍其旬空,用其不空,舍其被傷,用其不傷。此古法也。得其驗者,應乎旬空月破,舍其不空,而用旬空,舍其不破,而用月破。
いわゆる「用神両現」は、卦中同一の位の六親の両爻出現するを指す。譬如父母を占うて卦裡に両個の父母爻有るがごとし。旧法の取舍は、休囚を舍てて旺相を取り、静爻を舍てて動爻を取り、月破を舍てて破せざるを取り、旬空を舍てて空ならざるを取り、傷剋せらるるを舍てて傷を受けざるを取る。これは古法なり。しかるに野鶴老人の親試して得たる所は、応験するは反って常に旬空・月破のあの一爻上に在り。空ならざるを舍てて旬空のを用い、破せざるを舍てて月破のを用う。
如未月庚子日占求財得風天小畜 兄弟卯木′ 兄弟卯木′ 子孫巳火′ 子孫巳火′ 妻財未土″應 妻財未土″應 妻財辰土′ 妻財辰土′ 兄弟寅木′ 兄弟寅木′ 父母子水′世 父母子水′世 應臨月建之財以克世,許之必得,彼問何時到手,餘以次日辛丑沖動未財日得,卻得於辰土出空之日,此乃舍其不空而用旬空。
如く未月庚子日に求財を占いて、「風天小畜」を揺出す。六爻安静にして、上爻兄弟卯木、五爻子孫巳火、四爻妻財未土(応爻)、三爻妻財辰土、二爻兄弟寅木、初爻父母子水(世爻)。卦中財爻両現す。応爻未土財は正に未月の月建に臨む。土来たりて世爻子水を剋す。財爻世を剋するは財必ず手に到るを主る。野鶴老人便ち彼に一定に財を得べしを許す。あの人何れの時に手に到るかを問う。野鶴老人本來以て第二天辛丑日は丑未相沖して、未土財爻を沖動せば便ち得べしと為せり。結果は却って三爻辰土の空を出づるのあの一日に得たり。これ即ち空ならざる未土を舍てて、反って旬空の辰土上に応じたるなり。
未月甲午日占升遷得師之渙卦 父母酉金″應 動 子孫卯木′ 兄弟亥水″ 動 妻財巳火′世 官鬼丑土″ 官鬼未土″ 妻財午火″世 妻財午火″ 官鬼辰土′ 官鬼辰土′應 子孫寅木″ 子孫寅木″ 斷曰:世爻極旺,既臨日建又得月令作官星而合世,但卦中官星兩現,一空一破,至辰年官而出空一定高升,然反吟於外卦,當得驗者,去而復來,果於辰年,調於河南,五月因他故,又調回楚,十月而升督府,十年兩調一升,皆應實空之年也。
未月甲午日に升遷を占いて、「地水師」を揺出して「風水渙」に変ず。上より下へ、上爻父母酉金(応爻、発動、子孫卯木を変)、五爻兄弟亥水(発動、妻財巳火を変、変卦の世と為る)、四爻官鬼丑土(官鬼未土を変)、三爻妻財午火(世爻)、二爻官鬼辰土(変卦中に応と為る)、初爻子孫寅木。野鶴老人断じて曰く、世爻午火極旺なり。すでに甲午日の日建にして、また未月月令の生扶を得、未土なお官星を作して来たりて世を合す。ただ是れ卦中官星両現し、一個は空に落ち一個は破に逢う。辰年に到りて官星空を出でて才に一定に高陞せん。又外卦「反吟」を成すに因る。反吟は去りて復た返るを主る。故になお會に調べ去りて再び調べ回る。後に果たして辰年に河南に調へられ、五月に別の縁故に因りてまた湖広に調べ回り、十月に升任して総督と為れり。十年の間に両調一升し、皆填実空亡の年份上に応じたり。
又如亥月丙午日母占子何日脫厄,得豫之歸妹 妻財戌土″ 妻財戌土″應 官鬼申金″ 官鬼申金″ 子孫午火′應 子孫午火′ 兄弟卯木″ 妻財丑土″世 子孫巳火″ 動 兄弟卯木′ 妻財未土″世 動 子孫巳火′ 餘見卦中三現子孫,俱生世爻,午逢日建而靜,兩爻巳火逢月破許巳年脫厄,乃實破之年也,果脫厄於巳年。此乃卦中用神三現,而用逢破之爻也。
又如く亥月丙午日、母親は兒子のいずれの天に難を脱するかを占いて、「雷地豫」を揺出して「雷沢帰妹」に変ず。上より下へ、上爻妻財戌土(変卦中に応と為る)、五爻官鬼申金、四爻子孫午火(応爻)、三爻兄弟卯木(妻財丑土を変、変卦の世と為る)、二爻子孫巳火(発動、兄弟卯木を変)、初爻妻財未土(世爻、発動、子孫巳火を変)。母の子を占うは子孫を以て用神と為す。野鶴老人卦中子孫三現し、皆来たりて世爻を生ずるを見る。四爻午火は正に丙午日の日建に当たるも安静にして動かず。二爻巳火と初爻の変ずる所の巳火と皆亥月に沖せられ、正に月破なり。彼便ち巳年の厄を脱するを許す。それは「実破」の年なり。後に果たして巳年に難を脱せり。これ即ち用神三現して偏偏あの破に逢うの爻を取るの例子なり。
野鶴曰:餘竟以月破而斷年者,非只此一卦也。因此位老夫人之長公棄封疆而歸,本人自身占過,申金子孫發動,動逢合乃應巳年;弟又占兄,申金兄動亦應巳年,此卦巳火子孫回頭生世,雖逢月破,合前二卦故敢許以巳年,以卜易者一則全其靈機達變,二則卦要留神記之,若不留心記得前卦,此卦午火日建生世,何不許其午年,況午歲又是合世之年,何敢許其巳年,許巳年者,因合前卦而斷也。
野鶴老人曰く、我月破の爻を拿げて年份を断ずるは、この一卦に止まらず。この位の老夫人の長子は封疆大吏の職を辞して郷に回れり。他自己先に一卦を占えり。申金子孫発動して、動じて合に逢う(巳申相合)。巳年に応ず。他弟弟また哥哥を占えば、申金兄爻発動して、亦巳年に応ず。この一卦に到りて、巳火子孫動じて回頭して世を生ず。月破に逢うといえども、前の両卦に合せて看れば、故に才に敢えて巳年を許す。卜易を學ぶの人は、一要に全て靈機応変を憑り、二要に占い過ぎたる卦を留心して記え住む。倘若曾て前の両卦を記得せざらば、単にこの一卦を看れば、午火はすでに日建にしてまた来たりて世を生ず。何を以てか彼に午年を許さざる。況んや午年はなお世爻未土と相合するの年なるを。敢えて巳年を定むる所以は、正に前の両卦に合せて一併せに断じ出だせるなり。
星煞章第三十三
太乙貴人 甲戊兼牛羊,乙巳鼠猴鄉,丙丁豬雞位; 壬癸兔蛇藏,庚辛逢馬虎,此是貴人方。 假令甲戊庚日占卦,又中見丑未者,即是貴人。 祿神 甲日到寅,乙初到卯,丙戌祿在巳,丁己祿居午,庚祿居申,辛祿在酉。 假令甲日占卦,爻中見寅為祿;乙日占卦,爻中卯為祿,餘仿此。
先ず「太乙貴人」を言わん。歌訣は曰く、甲日戊日は兼ねて牛羊を看る。即ち丑と未なり。乙日己日は鼠猴の郷に在り。即ち子と申なり(原文は「乙巳」と作る。当に「乙己」なるべし)。丙日丁日は猪雞の位に在り。即ち亥と酉なり。壬日癸日は兎蛇に蔵す。即ち卯と巳なり。庚日辛日は馬虎に逢う。即ち午と寅なり——これらは便ち貴人の所在なり。譬如甲日・戊日・庚日に卦を占いて、爻中に丑或いは未を見れば、即ち是れ貴人なり。再び「禄神」を言わん。甲日の禄は寅に在り、乙日の禄は卯に在り(原文の「乙初」は当に「乙禄」と作るべし)、丙日戊日の禄は巳に在り(原文は「丙戌」と作る)、丁日己日の禄は午に在り、庚日の禄は申に在り、辛日の禄は酉に在り。譬如甲日に卦を占いて、爻中に寅を見れば便ち是れ禄なり。乙日に卦を占いて、爻中に卯を見れば便ち是れ禄なり。其余は類推す。
驛馬 申子辰馬到寅,巳酉丑馬在亥,寅午戌馬居申,亥卯未馬在巳。 假令子日、申日、辰日占卦,爻中見寅即為馬,餘仿此。 天喜 春戌,夏丑,秋畏,冬未。 假令春天正月占卦爻中見戌即為天喜,三月雖以戌為天喜,又為月破,若發動於卦中扶助旺相之用神者,以之為喜,不以為破,餘仿此。
再び「駅馬」を言わん。申子辰日の馬は寅に在り、巳酉丑日の馬は亥に在り、寅午戌日の馬は申に在り、亥卯未日の馬は巳に在り。譬如子日・申日・辰日に卦を占いて、爻中に寅を見れば即ち是れ駅馬なり。其余は類推す。再び「天喜」を言わん。春天は戌を見、夏天は丑を見、秋天は辰を見(原文は「秋畏」と作る。当に「秋辰」の訛なるべし)、冬天は未を見。譬如春天正月に卦を占いて、爻中に戌を見れば便ち是れ天喜なり。三月に到るはなお戌を以て天喜と為すといえども、三月は辰を建て辰戌相沖して、戌また月破と成れり。この時それもし卦中に発動して旺相の用神を扶助せば、即ち依旧として天喜と当作って看て、月破と作して論ぜず。其余は類推す。
諸書星煞最多,餘留心四十餘載獨驗貴人祿神驛馬天喜,然不能獨操禍福之權,用神旺者見之愈吉,用神失陷雖有如無。李我平曰:伏羲觀奇偶以判陰陽,文王以爻辭而斷凶吉,周公之後,決禍福於五行,易道窮矣,今兼吉凶煞星,不知起自何人。喪門拓墓大殺飛鷹,加此驗語驚人,往往全無應驗,易冒疾病章云:卜卦不死星煞不死用神煞(此處缺),出爾反爾,後學何從,即如此書得驗貴人祿神驛馬亦必附和用神之旺相,即不能獨操禍福之權。
各家書裡の星煞の名目は最も多し。野鶴老人留心四十多年、独独「貴人」「禄神」「駅馬」「天喜」のこの四種を験したり。しかるにそれらも亦単独に禍福を主宰する能わず。用神旺相なるは、見ればいっそう吉。用神失陥なるは、有りと雖も無きに等し。李我平曰く、伏羲は奇偶の数を観て以て陰陽を判ち、文王は爻辞を係げて以て吉凶を断じ、周公以降は便ち五行を用いて禍福を決す。易道は此に到りてすでに説き尽くせり。いままた一堆の吉凶煞星を添上ぐ。いずれの人より起こるかを知らず。「喪門」「拓墓」「大殺」「飛鷹」、これらの名目を加えて、断語は聴くに駭人なりといえども、却って往々にして全然応験なし。《易冒》の「疾病章」に「卜卦不死星煞不死用神煞」と言う(此処底本に缺文あり)。前後自ら相矛盾す。後學をしていずれの一頭に依従せしめんや。即ち本書の験したる貴人・禄神・駅馬も亦必ず用神の旺相に附著して才に靈なり。終究単独に禍福を主宰する能わず。
增删《黄金策》千金賦 第三十四
予以為誠意先生千金賦曰:吉凶神煞之多端,何如生剋制化之理,一言以敝之矣。 增刪《黃金策千金賦》第三十四 動靜陰陽,反覆變遷。前動變章註解明白。太過者損之斯成。舊注主事爻重複太多,事不專一,故宜損之。且如土為主事爻多,卦中多逢丑戌辰未,謂之大過,須待寅卯月日剋制土爻,然彼成事,或占時得遇寅卯日月亦好。
我は以て劉基(世に誠意伯と称す)の《千金賦》裡に言う所のあの句「吉凶神煞之多端、何如生剋制化之理」は、すでに占卜の根本を一言にして道い尽くせりと為す。以下は《黄金策・千金賦》に対して為す所の增删にして、第三十四章と列す。賦文に「動静陰陽、反復変遷」と言う。この一層の道理は前面の《動変章》にすでに注解し甚だ清楚なり。賦文また「太過者損之斯成」と言う。旧注解釈して曰く、主事の爻は卦中に重復出現太多なれば、事情即ち専一ならず。故に剋制の辦法を用いて以てそれを減損し下るを要す。譬如「土」を以て主事爻と為し、しかも卦中の丑・戌・辰・未の四土層出して窮まらざれば、これ即ち「太過」と謂う。必ず寅・卯の木旺の月份日子に到りて来たりて土爻を剋制するを待ちて、あの件事才に弁じ成すを得べし。或いは卦を起す当时正に寅卯日・寅卯月に碰上するも亦是れ好し。
野鶴曰:不獨後逢寅卯月日,得逢辰月辰日者,或許成事,何也?辰乃土之墓庫,謂之用爻重疊,須墓庫以收藏是也,餘仿此。不及者益之則利。何為不及?若主事爻只有一位,又不旺,謂之不及,其事難成。且如金為主事爻,若在夏天占得休囚死煞,若得日辰動爻生之,或得後來逢生助之日月,皆有利益,其事亦成。餘以此論是理。但要主事爻原有根蒂,衰而逢生者,如旱苗得雨也,勃然而興,故謂之有扶有助,衰弱休囚亦吉。只恐衰弱無助,休囚失陷,雖逢生合,亦難生矣,豈不聞制中弱主,難以為持。
野鶴老人曰く、ただ後來寅卯月・寅卯日に遇上するのみ能く事を成すにあらず。辰月・辰日に遇上するも亦一様に能く事を成さん。何を以てか。辰は土の「墓庫」なり。用神の重畳太多の時、正に墓庫の来たりて収納蔵蓄するを須う。其余の各行は以て此に照らして推す可し。賦文に「不及者益之則利」と言う。何を「不及」と謂うか。主事の爻は卦中にただ一位出現し、また令に当たり地を得ざれば、これ即ち「不及」と謂う。事情甚だ弁成し難し。譬如「金」を以て主事爻と為し、もし夏天に卦を起せば、金正に「休囚」「死絶」の地に処る。この時もし日辰或いは動爻の来たりてそれを生ずるを得、或いは後來それを生扶するの月份日子に遇上せば、皆事情に対して益あり。事情照様に能く成さん。我は以てこの説法は理に在りと為す。ただ前提は主事爻本身根拠有るを要す。衰弱にして生扶に逢えば、乾旱の禾苗の雨水を得たるがごとく、勃然として興起せん。故に扶有り助有るの時は、即ち休囚衰弱なりとも亦吉と算す。最も怕るるは衰弱にして毫も幇扶なく、休囚にして徹底失陥せるなり。あのように即ち生合に遇上するも、亦生発し起ること難し——豈に古人の言う所を聞かざるや。壓制の中に在るの衰弱の用神は、撐持し起る能わざるなりと。
生扶拱合,時雨滋苗。克害刑沖,秋霜殺草。前五行生剋、三合六合章、月將日辰章,三刑六害章,註解極明。長生帝旺,爭如金谷之園。死墓絕空,乃是泥犁之地。前《生旺墓絕章》、《空亡章》詳之。日辰為六爻之主宰,月將是萬卜之提綱。前《日辰月將章》詳之。
賦文曰く、「生」「扶」「拱」「合」を得るは、及時雨の禾苗を滋潤するがごとし。「剋」「害」「刑」「沖」に遭うは、秋霜の野草を摧折するがごとし。この幾層の道理は、前面の《五行生剋章》《三合六合章》《月将日辰章》《三刑六害章》に皆注解して十分明白なり。賦文また曰く、用神の「長生」「帝旺」の地に処るは、身の石崇金谷園のごとき富貴の郷に在るがごとし。「死」「墓」「絶」「空」の地に落つるは、泥犁地獄に墮入するがごとし。この両句は前面の《生旺墓絶章》と《空亡章》裡に講じて甚だ詳細なり。賦文再び曰く、日辰は六爻の主宰にして、月建は万般占卜の総綱なり。この一層は前面の《日辰月将章》にすでに詳解有り。
最惡者歲君,宜靜不宜動。歲君乃當年之太歲是也。或旺動暗沖剋世爻,占年運者,必須是一年中的大事。占官事的,一定得是朝廷的大事,占卜升遷官運以及占卜面聖朝君,或者占卜向聖上請功的,皆宜太歲生合世爻,動而生世更吉。最忌刑沖剋世。除此數占之外,皆與他要等也。何也?太歲雖司一年之令,尊而不親,難仰吉凶,皆不及日月。古以太歲不理家庭瑣事,此理是也。所以太歲沖爻為歲破不以為凶,合爻為歲合不以為吉。爻之衰者,太歲不能生之,爻旺者太歲不能制之,遇月破者即破,逢旬空者旬空,此非月建日建力也?
賦文曰く、最も畏る可きは「歳君」にして、それは静に宜しく動に宜しからず。いわゆる歳君は、即ち当年の太歳なり。太歳もし旺相発動して暗中に世爻を沖剋せば、およそ一年運程を占うは、応ずる所は必ずこの一年裡の大事なり。およそ官府の事を占うは、応ずる所は必ず朝廷層面の大事なり。升遷官運を占い・天子に覲見を占い・朝廷に功を報じ賞を請うを占うのこの幾類の事は、皆太歳の世爻を生合するを以て宜しきと為し、太歳発動して世を生ずるはいっそう吉にして、最も太歳の世爻を刑沖剋害するを忌む。この幾種の占問を除くの外、其余の事は即ち太歳を看るにあのように重くするを必とせず。何を以てか。太歳は一年の令を主管すといえども、尊貴にして親近ならず。吉凶応験はそれに指望し難し。終究月建・日辰の来たるがごとき切実ならざるなり。古人は太歳は家庭瑣事を管せずと言う。この話は是れ対なり。故に太歳の某爻を沖するを「歳破」と謂うも、必ずしも凶と断ずるを必とせず。太歳の某爻を合するを「歳合」と謂うも、亦必ずしも吉と断ずるを必とせず。爻衰弱の時は太歳それを生起す能わず、爻旺相の時は太歳亦それを圧し住む能わず。月破に逢うべきは照様に破し、旬空に逢うべきは照様に空なり——見るべし、真正に作用を起すは、豈に月建と日辰にあらざらんや。
野鶴曰:作當年禍福,不以為重,作後世之吉凶,其實不輕。且如主事爻屬木爻,卦中申酉金動,謂之木被金傷,縱使木旺金衰,目下可保無事,後遇申酉歲難免其殃。如巳月壬子日占鄉試得水地比 妻財子水″應 妻財子水″應 兄弟戌土′ 兄弟戌土′ 子孫申金″ 子孫申金″ 官鬼卯木″世 官鬼卯木″世 父母巳火″ 父母巳火″ 兄弟未土″ 兄弟未土″ 巳月父爻當月建文星旺矣,獨嫌官星持世,卯木旬空,許之卯科方得遂意。子年占,果於卯年登科。卯年者,太歲填實不空也。
野鶴老人曰く、太歳を当年禍福の主宰と看作れば、分量は併せて重からず。それを日后応期の標誌と看作れば、分量は却って着実に軽からず。譬如主事の爻は木に属し、卦中申金・酉金発動せば、これを「木被金傷」と謂う。縱に木旺にして金衰すとも、眼下は事なきを保す可し。将来申年・酉年に碰上せば、あの場の災殃は終究躲げ掉る能わず。例如巳月壬子日に郷試の為めに卦を起して、《水地比》を得たり。六爻は上より下へ依次に妻財子水(応)・兄弟戌土・子孫申金・官鬼卯木(世)・父母巳火・兄弟未土。六爻皆静にして変卦なし。巳月は正に父母爻の月建にして、文章を主るの文星旺極なり。ただ官星卯木の世を持してまた「旬空」に落つるを嫌う。故に我彼に卯年のあの一科に到りて才に意に称わんを許す。此卦は子年に占えり。後に果たして卯年に科に登れり。卯年に応じたるは、卯年太歳の空亡の卯木を填実したるに因る。
不驗者身位,宜刪而不宜存。舊係最要者身位,喜扶而不喜傷。原注有云,古用身世而不驗,故用卦身。野鶴曰卦身亦不驗,亦用世爻。或曰間有驗者。餘用世爻,百發無不百中也。然間有之驗,乃偶然湊合耳,何足為法。世為己,應為人,大宜生合。世為自己,應為他人,凡兼彼此之事,兼而用之,欲他扶助我者,喜應爻生合世爻。我欲代他而謀事者,亦世爻而生應也,兼彼此而不應也。
賦文の原句は「最要者身位、喜扶而不喜傷」と作る。野鶴老人改めて「不験者身位、宜删而不宜存」と為す。旧注曰く、古人「世身」を用いて霊験ならず。故に改めて「卦身」を用う。野鶴老人曰く、卦身も同様に霊験ならず。なお是れ「世爻」を用うべし。ある人は卦身偶にも亦応験すと言う。我一律に世爻を用いて百発百中す。あの偶然の一兩次の応験は、不過碰巧湊合するのみ。どうして法則と立つる能わんや。賦文に「世為己、應為人、大宜生合」と言う。世爻は自己を代表し、応爻は他人を代表す。およそ双方に牽渉する事は、両爻要して合せ看るべし。対方の我を幇扶せんを希望せば、即ち応爻の来たりて世爻を生合するを喜ぶ。我対方に替りて事を謀らば、則ち世爻の去りて応爻を生ずるに当たるべし。ただ自己一方の事に関するのみなれば、便ち応爻を牽扯するを必とせず。
如卯月辛巳占自陳何如 得恆之升 妻財戌土″應 官鬼酉金″ 官鬼申金″ 父母亥水″ 子孫午火′ 動 妻財丑土″世 官鬼酉金′世 官鬼酉金′ 父母亥水′ 父母亥水′ 妻財丑土″ 妻財丑土″應 余曰:酉官持世破而且空,又動出午火,相剋,不獨削職,須防五六月還見凶災。或曰,幸得世應相生,又變升卦,必相救解,余曰,自占自陳,與應何干,此迂腐之論也,果於五月下獄。
例如卯月辛巳日、ある人自己の為めに朝廷に「自陳」考核の事の為めに卦を起して、《雷風恒》を得て《地風升》に変ず。本卦六爻は上より下へ、妻財戌土(応)・官鬼申金・子孫午火(発動)・官鬼酉金(世)・父母亥水・妻財丑土。変卦は依次に官鬼酉金・父母亥水・妻財丑土(世)・官鬼酉金・父母亥水・妻財丑土(応)。我曰く、官星酉金は世を持して、すでに月破に逢いまた旬空に落ち、卦中なお午火を動出して来たりてそれを剋す。不但職を削るのみ、なお五六月間に別に凶災あるを防ぐを得べし。旁人曰く、好きなるは世応相生して、本卦また《升》卦に変成す。必定人ありて搭救化解せん。我曰く、自己が自己の事の為めに卦を起すは、応爻と何の相干あるか。これは迂腐の論なり。後に此人果たして五月に獄に下れり。
動為始,變為終,最怕交爭。動爻為事之始,變爻為事之終,不宜互相沖克。應位遭傷,不利他人之事,世爻受制,豈宜自己之謀。自占者,宜世爻旺相,或臨日月,或日月動爻扶助,或動而化吉,諸占皆吉。占他人以應爻為用,喜他旺者,宜臨旺相之地,又宜日月動爻以生扶;喜他衰者,宜臨墓絕空之鄉,及被日月動爻沖剋。世應俱空,人無準實。世空自己不真,應空他人不實,世應俱空,彼此皆無準實。內外競發,事必翻騰。卦中動爻少者,吉凶自有條理,容易剖斷。若內卦外卦紛紛亂動,則吉凶不定,必人情不常,事體反覆,全無定論,須再占一卦,合而決之。
賦文に「動為始、変為終、最怕交争」と言う。動爻は事情の開端を代表し、変爻は事情の結局を代表す。両者は互相沖剋するに宜しからず。賦文に「應位遭傷、不利他人之事。世爻受制、豈宜自己之謀」と言う。自己に替りて占うは、世爻旺相に宜しく、或いは世爻正に日建月建に当たり、或いは日月動爻の扶助有り、或いは発動して吉象を変出せば、かくのごとく諸占皆吉なり。別人に替りて占うは則ち応爻を以て用神と為す。対方の興旺を希望するは、応爻宜しく旺相の地に居り、併せて日月動爻の生扶を得べし。対方の衰敗を希望するは、応爻宜しく墓・絶・空の郷に落ち、併せて日月動爻に沖剋せられべし。賦文に「世應俱空、人无准実」と言う。世爻空なれば則ち自己の这边は真ならず、応爻空なれば則ち対方の那边は実ならず。両爻俱に空なれば、彼此皆靠り住む能わず。賦文に「内外競発、事必翻騰」と言う。卦中の動爻少なければ、吉凶自ら条理有りて、剖断し易し。もし内卦外卦紛紛として乱動せば、吉凶便ち従りて定むる無く、必定人情反復・事体翻騰して、全然定論なし。この時須らく再び一卦を起して、両卦を合せて決断すべし。
世或交重,兩目自顧瞻於馬首。應如發動,一心似托於猿攀。舊注世應皆不動,動則反覆不常,如馬首,似猿攀,意以無寧。野鶴曰:吾不敢以之為是,亦不敢以為非。此乃用不旺,象不成之說也。若用爻得地,大象當成,世動不受剋制,應動三合世爻,圖事成之更速。
賦文曰く、世爻もし発動せば、人は両眼に馬頭を盯着するがごとく心神定まらず。応爻もし発動せば、対方の心思は猿猴の枝に攀ずるがごとく安頓する処なし。旧注此に拠りて以て世応皆安静を以て好しと為し、一動せば即ち反復无常にして安寧を得ずと為す。野鶴老人曰く、この話は我敢えてそれの対を断定せず、亦敢えてそれの錯を断定せず。それの講ずる所は実は用神旺ならず卦象成らざる時の情形なり。もし用神地を得・卦の大象本來事を成すべきなれば、則ち世爻発動して剋制を受けず・応爻発動してまた世爻と三合を結成せば、反って事を弁ずることいっそう快し。
用爻有氣無他故,所作皆成。主象徒存更被傷,凡謀不遂。用爻及主象,即主事之爻也。或旺有生扶,或有氣並無他爻剋制,事之必成。倘衰弱無力又逢剋制,雖則出現亦無用矣。爻遇旬空,逢沖而有用。旬空得遇日辰沖者,謂之沖空,實不為空,反為有用。倘動爻空者,日辰沖之更實。
賦文に「用爻有気無他故、所作皆成。主象徒存更被傷、凡謀不遂」と言う。ここの「用爻」と「主象」は、指す所は皆主事の爻なり。それ或いは旺相にして生扶有り、或いは当令せずといえども気有りて且つ別爻の剋制なからば、事情即ち必定能く成さん。倘若それ衰弱無力にしてまた剋制を受けば、縱に卦上に現ずとも、亦無きに等し。賦文に「爻遇旬空、逢沖而有用」と言う。旬空に落つる爻もし日辰に沖動せられば、「沖空」と謂う。実はすでに空と算せず、反って変じて有用と為る。もし落空するは動爻なれば、日辰再び来たりてそれを沖せば、いっそう実処に落ち到る。
合遭破以無功。舊注爻相合,如兩人同心,事必克濟。若日月動爻沖剋者,則為合處逢沖。須防小人挑唆,合好之中,以生疑忌。只在自為之事者,亦被旁人挑阻,我事難成。餘得驗者,凡三合六合,雖不宜目下日月動爻沖剋,又宜後來之月沖開。正所謂如逢合住,沖破成功。且如爻中寅與亥合,事若在申巳之日月方成其事,餘仿此。古之不動,宜為之合,非也,兩爻皆動,始為合。
賦文に「合遭破以无功」と言う。旧注曰く、両爻相合するは、両人同心のごとく、事情必ず能く弁成せん。もし日月動爻に沖剋せられば、即ち「合処逢沖」にして、須らく小人の中より挑撥するを防ぐべし。本來和好の局面裡に猜忌を生出せん。即ち是自己一人の事なるも、亦旁人に阻撓せられて成り難からん。我験証し下るに是れこのよう。およそ「三合」「六合」は、眼下固然として日月動爻に沖剋せらるるに宜しからざるなりといえども、却又日后月份ありてこの合を沖開くを須う。正にいわゆる「如逢合住、沖破成功」なり。譬如卦中寅と亥と相合せば、あの件事は申月申日・巳月巳日に到りて才に弁じ成るを得べし。其余は以て此に照らして推す可し。旧説の以て両爻安静すれば即ち相合と算するに至っては、則ち是れ対ならず——必ず両爻皆発動して、才に真正に合を構成す。
動空化空,皆成凶吉。舊係必成凶。餘得驗者,動不為空,動而化空,亦不為空,吉凶皆應沖空實空之日,予故更之。刑合克合,終見乖淫。舊注合者,和合也。見之為吉,殊不知合中有刑有克,畢竟不合。用午字為財爻,寅為福神,因午字帶自刑,名為刑合,不以為合,而為刑也。野鶴曰:午既自刑,乃自有刑害之禍,得福神而作合,是救解其禍矣,反不為吉者,非也。余嘗得驗,世爻午火,化未相合,已定重刑,後競得釋放,免於災禍。動逢合而絆住。舊注忌神動逢日月相合,則不成凶。原神動逢日月合住則不濟事。此亦有理,餘得驗者,後逢沖開之日月,吉凶俱成。
賦文の原句は「動空化空、皆成凶」と作る。野鶴老人改めて「皆成凶吉」と為す。我験証の結果は、爻は一たび発動せば即ち再び空と算せず、発動して空爻を変出するも亦空と算せず。是れ吉か是れ凶か皆沖空或いは填実のあの一天に応ず。故に我この一句を改めたり。賦文に「刑合剋合、終見乖淫」と言う。旧注曰く、合は即ち和合にして、これを見れば吉を為す。しかるに知らず合の中に刑を夾み・剋を夾むは、終究竟真の合と算し得ざるを。譬如午を以て財爻と為し・寅を以て福神と為す。午は「自刑」を帯ぶるに因りて、これ即ち「刑合」と謂う。合と当作る能わず、ただ刑と当作るのみ能し。野鶴老人曰く、午すでに自刑せば、本來自ら刑害の禍を帯ぶ。いま福神を得て来たりてそれと合を作せば、正にこの場の禍を解き開くなり。反って不吉と断ずれば、これ即ち錯れり。我親験せり。某卦の世爻午火は、未土を変出してそれと相合す。当时すでに重刑を定めたり。後來竟に釈放を獲て、災禍を免れたり。賦文に「動逢合而絆住」と言う。旧注曰く、忌神発動して日月に合し住められれば、即ち凶起る能わず。原神発動して日月に合し住められれば、即ち幇助し上ぐる能わず。この話も亦道理有り。我験し到る所は、後來この合を沖開の月份日子を待てば、吉なるべき凶なるべきは即ち皆兌現せり。
如未月庚寅日占官運。 官鬼未土″ 兄弟子水″應 父母酉金′ 官鬼戌土′ 兄弟亥水′世 動 父母申金″ 兄弟亥水′ 兄弟亥水′世 官鬼丑土″ 官鬼丑土″ 子孫卯木′應 子孫卯木′ 斷曰:世臨亥水,今歲子年,太歲拱扶,九五酉金,雖不發動,亦有生意。世爻又化回頭生,又得日辰相合,六爻未土官星當權得令,仕途平坦,如順水行舟也。惟疑權操兩省,不為不當,如何兄爻持世,財伏被克,此美中不足也。公問,後日何如。余曰:防巳年太歲沖害,刑申,不無蹭蹬榮歸之日,只落得四海一空囊耳。果於巳年被論,宦囊消索。此乃世逢合而絆住,逢沖之年月則開。
例如未月庚寅日に官運を占う。本卦六爻は上より下へ、官鬼未土・父母酉金・兄弟亥水(世、発動)・兄弟亥水・官鬼丑土・子孫卯木(応)。変卦は依次に兄弟子水(応)・官鬼戌土・父母申金・兄弟亥水(世)・官鬼丑土・子孫卯木。我断じて曰く、世爻は亥水にして、当年は子年を為す。太歳子水は世爻を拱扶す。五爻酉金父母は未だ発動せずといえども、亦世を生ずるの意有り。世爻また申金を変出して、「化回頭生」を成し、なお日辰寅木と相合す。上爻未土官星は権を当たり令を得て、仕途平坦にして、水に順いて舟を行かすがごとし。ただ是れ彼は両省の権を手に握り、地位を論ずれば併せて当たらざるにあらずといえども、兄爻世を持し・財爻伏蔵して剋を受く。これは美中不足なり。彼日后いかんを問う。我曰く、巳年太歳の亥を沖し・また変出の申金を刑するを防ぐを要す。ただ蹉跌して官を罷め郷に歸るの一天有らんを怕る。頭到りて両袖空空ならん。後に果たして巳年に參劾せられ、宦囊耗尽せり。これ正に世爻の「逢合而絆住」にして、一たびこの合を沖開の年月に到れば、事情便ち発作せり。
靜逢沖而暗興。暗動章註解極明。入墓難克。舊注墓者,滯也。忌神入墓不克用神。且如木為用神,金為忌神,若在丑日占者,金入墓矣,焉能克木。卦中動出丑爻,亦向此推。金爻動而化丑亦是,餘仿此。
賦文に「静逢沖而暗興」と言う。この一層は前面の《暗動章》に注解して極めて清楚なり。賦文に「入墓難剋」と言う。旧注曰く、墓は即ち停滞にして、忌神一たび墓に入れば便ち用神を剋し動かす能わず。譬如木を以て用神と為し・金を以て忌神と為す。もし丑日に卦を起せば、金は丑墓に入る。なおどうして木を剋せんや。卦中丑爻を動出するも、亦この道理に照らして推す。金爻発動して丑土を変出するも、同様に此の如し。其余は以て類推す可し。
野鶴曰:是則是也,屢見後逢沖開墓庫日,依然木被金傷。帶旺非空。旺者乃旺之爻而遇旬空不作空論,倘遇本日之日辰沖者,謂之空逢沖而有用,遇後日之日辰沖,謂之沖起,過此一旬而出空者,謂之填實,但不為之空也,倘若發動更不為空。
野鶴老人曰く、この話は對固然として對なりといえども、我屢次見るに、後來墓庫を沖開のあの一天を待てば、木は照様に金に傷せらる。賦文に「帯旺非空」と言う。爻本身旺相にしてまた旬空に逢えば、即ち空と当作る能わず。もし卦を起す当日に即ち日辰に沖せられば、「空逢沖而有用」と謂う。もし此の後某日に日辰に沖せられば、「沖起」と謂う。この一旬を過ぎて空亡を走出すを「填実」と謂う——この幾種の情形は皆空と算せず。倘若この爻なお動を発せば、則ちさらに空と算せず。
有助有扶,衰弱休囚亦吉。此指主事爻而言,且如主事爻無氣本為不美,若得日辰與動爻生扶拱合,即為得助,與前不及者益之則利相同。貪生貪合,刑沖剋害皆忘。此亦指主事爻而言,且如主象臨卯木,遇申爻動而克之,卦中動出亥水,申金貪水之生,不來克木。又如主事爻臨子水欲卯木動而相刑,若得旁爻動出戌字,卯與戌合,不來刑子,此乃貪合忘刑。又如用爻臨巳字,卦中動出亥水,動克一火,若得卯木同動,亥卯未合成木局,反來生火,亦謂之貪合忘克忘沖,餘皆仿此。
賦文に「有助有扶、衰弱休囚亦吉」と言う。これは主事の爻に就きて講ずるなり。譬如主事爻本來気なく、好しと算し得ざるなりといえども、ただしもし日辰と動爻との生・扶・拱・合を得れば、即ち「得助」と謂う。前面の「不及者益之則利」と是れ同一の意思なり。賦文に「貪生貪合、刑沖剋害皆忘」と言う。此も亦是れ主事爻に就きて講ずるなり。譬如主象は卯木にして、申金発動して来たりてそれを剋するに遇上せり。しかも卦中又亥水を動出せば、申金は亥水を生じに往くを貪着して、即ち木を剋するを顧みるに及ばず。又如く主事爻は子水にして、本來卯木の発動して来たりてそれを刑する有り。もし旁爻戌土を動出せば、卯と戌と相合して、卯は即ち子を刑し来たらず。これを「貪合忘刑」と謂う。再如く用神は巳火にして、卦中亥水を動出して来たりてこの一点の火を剋す。もし同時に卯木も亦動けば、亥卯未合して木局と成り、木反って来たりて火を生ず。これを「貪合忘剋忘沖」と謂う。其余の情形は皆可なり此に照らして推す。
別衰旺以明克合,辨動靜以定刑沖。衰旺克合,前五行生剋章及四時旺相章中已註明白。動靜刑沖,前動變章已註明。併不併因多字眼,合非合因少支神。舊注卦爻既成,未免有刑沖併合,然多一字不成其名,少一字亦不成刑沖併合之名也。且如子日卜卦,卦中有一子字而謂之並,若有二字則分開而太過也,名雖為並,其實不能並之,二午則不沖,二卯則不刑,二巳則不克,此多一字,不成刑沖剋害之名。野鶴曰:若爻中二子不合二丑,名為合,不成者,亦有理也。若以日辰不能並爻出之二子不能沖爻中之二午者非也,日月如天,無處不沾雨露,不然何以為之巡查六爻之善惡。
賦文に「別衰旺以明剋合、辨動静以定刑沖」と言う。衰旺と剋合とは、前面の《五行生剋章》と《四時旺相章》にすでに講じ明白せり。動静と刑沖とは、前面の《動変章》に亦すでに注明せり。賦文に「并不并因多字眼、合非合因少支神」と言う。旧注曰く、卦爻すでに排定せば、刑・沖・并・合有るを免れ難し。ただし一個字多く出でば即ちその名を成さず、一個字少なければ亦その名を成さず。譬如子日に卦を起して、卦中ただ一個の子字有るのみ、才に「并」と謂う。もし両個の子字有れば、力量分散して反って太過す。名義上は并と謂うといえども、実は并して起らざるなり。同様に卦中両個の午は即ち沖と算せず、両個の卯は即ち刑と算せず、両個の巳は即ち剋と算せず——これは一個字多ければ便ち刑沖剋害の名を成さざるなり。野鶴老人曰く、もし卦中両個の子対して両個の丑・名を合と曰うて実は合成さざるを講ずれば、これはなお講じ通ず可し。ただしもし日辰は卦中の両個の子を「并」し能わず・卦中の両個の午を沖動し能わずと言わば、則ち錯れり。日月は上天に如同じく、沾らざる処なくその雨露に及ぶ。否らざればまた何を憑りてそれの六爻の善惡を巡查すと言わんや。
即如丑月壬子日占訟 父母戌土′ 父母戌土′ 兄弟申金′應 兄弟申金′應 官鬼午火′ 官鬼午火′ 兄弟申金′ 兄弟申金′ 官鬼午火″世 官鬼午火″世 父母辰土″ 父母辰土″ 斷:世臨午火,子日沖之,休囚為日破,不為暗動,今日若審,必有責罰,果於本日見官責杖二十,此即卦見二午,豈可謂之一子不沖二午耶,又曰寅巳申為三刑,若有寅巳二字,而無申字,或有寅申二字,而無巳字,但少一字,不成三刑,又曰亥卯未為三合,卦有二,內少一字者,不成三合。
即ち如く丑月壬子日に一樁の官司の為めに卦を起す。六爻は上より下へ、父母戌土・兄弟申金(応)・官鬼午火・兄弟申金・官鬼午火(世)・父母辰土。六爻皆静なり。断語は曰く、世爻午火は子日来たりてそれを沖す。午火は丑月に休囚無気なり。この一沖は便ち「日破」と成り、「暗動」と当作って看る能わず。今天もし堂に過ぎて審を受けば、必ず責罰を挨けん。当天果たして官に見えて、杖責二十せらる。この一卦裡には明々白々に両個の午有り。どうして一個の子は両個の午を沖動し能わずと言う能わんや。旧注また曰く、寅・巳・申は三刑を為す。もし卦中ただ寅・巳有りて申なく、或いはただ寅・申有りて巳なからば、一個字少なければ即ち三刑を成さず。又曰く、亥・卯・未は三合を為す。卦中ただその中の両位有りて一位を缺けば、即ち三合を成さず。
野鶴曰:此二者皆非其說,殊不知虛一待用,待後時之月日可以填之。如巳月未日占久病得困之兌卦 父母未土″ 父母未土″世 兄弟酉金′ 兄弟酉金′ 子孫亥水′應 子孫亥水′ 官鬼午火″ 父母丑土″應 父母辰土′ 妻財卯木′ 妻財寅木″世 動 官鬼巳火′ 斷曰:世爻寅木化出巳爻,寅能刑巳,三刑少申字,防申日之危,果卒於申日,此乃少一字,得後來之申日補之,豈可謂少一字不成三刑耶。
野鶴老人曰く、この両条の説法は皆対ならず。殊に知らず、卦中は以て「虚一待用」す可し。缺くるあの一位は自ら後來の月份日子有りて去りて填補せん。例如巳月未日に一場の久病の為めに卦を起して、《沢水困》を得て《兌為沢》に変ず。本卦六爻は上より下へ、父母未土・兄弟酉金・子孫亥水(応)・官鬼午火・父母辰土・妻財寅木(世、発動)。変卦は依次に父母未土(世)・兄弟酉金・子孫亥水・父母丑土(応)・妻財卯木・官鬼巳火。断語は曰く、世爻寅木は巳火を変出す。寅は能く巳を刑す。寅巳申三刑はただ一個の申字を缺く。須らく申日の危を防ぐべし。此人果たして申日に死せり。これ即ち卦中一字少なく、後來の申日に由りて補い上げたるなり。どうして一字少なければ便ち三刑を成さずと言う能わんや。
如酉月乙巳日占升遷得澤地萃之天地否 父母未土″ 動 父母戌土′應 兄弟酉金′應 兄弟申金′ 子孫亥水′ 官鬼午火′ 妻財卯木″ 妻財卯木″世 官鬼巳火″世 官鬼巳火″ 父母未土″ 父母未土″ 斷曰:巳火官星持世由臨日建,卜書曰官臨日月即升,且巳日沖動亥月與發動之未爻,欲成三合,因少卯字,明年卯月必升,此乃虛一待用,果升於卯月,豈可謂之少一字不成三合耶。
例如酉月乙巳日に升遷を占いて、《沢地萃》を得て《天地否》に変ず。本卦六爻は上より下へ、父母未土(発動)・兄弟酉金(応)・子孫亥水・妻財卯木・官鬼巳火(世)・父母未土。変卦は依次に父母戌土(応)・兄弟申金・官鬼午火・妻財卯木(世)・官鬼巳火・父母未土。断語は曰く、巳火官星は世を持し、また正に日建に当たる。卜書に「官臨日月即升」と言う。しかも巳日は四爻亥水を沖動し、加うるに発動の未土を以て、眼に看るに亥卯未三合を湊成せんと欲す。ただ一個の作用を起す卯字を差すのみ。故に明年卯月に必定升遷せん——これ正に「虚一待用」なり。後に果たして卯月に升れり。どうして一字少なければ便ち三合を成さずと言う能わんや。
爻遇令星物難我害。日辰月建章註解極明。伏居空地事與心違。伏,伏神也。伏也又空,諸事難成之象。舊存占驗丙申日占文書 子孫酉金″應 妻財亥水″ 兄弟丑土″ 兄弟辰土′世 官鬼寅木′ 伏父母巳火 妻財子水′ 斷曰:以父母爻為用神,此卦六爻無父母巳火,父母伏於妻財寅木之下,又遇旬空,所以文書不成。野鶴曰:伏而又空,事之不成者是也。但此卦文書之不成者,非因空也,乃因飛神在寅,伏神在巳與申日作三刑之故耳,何也。申日沖動,寅木以生巳火謂之飛來生伏得長生,伏神既得長生,則為有氣不空,不然何以謂之飛不沖開亦枉然,餘故曰:非因空也,三刑也。
賦文に「爻遇令星物難我害」と言う。この一層は《日辰月建章》に注解して極めて明白なり。賦文に「伏居空地事与心違」と言う。「伏」は伏神を指す。伏してまた旬空に逢うは、是れ諸事成り難きの象なり。旧書の存する所の占験は曰く、丙申日に一份の公文を占う。六爻は上より下へ、子孫酉金(応)・妻財亥水・兄弟丑土・兄弟辰土(世)・官鬼寅木(父母巳火はその下に伏す)・妻財子水。旧断曰く、文書を占うは「父母」を以て用神と為す。此卦六爻は父母巳火を見ず。父母は二爻寅木の下に伏し、また旬空に逢う。故に文書は弁じ成らず。野鶴老人曰く、伏してまた空・事情成らずは、この話本身は錯ならず。ただしこの一卦の文書の成らざるは、原因は併せて空に在らずして、而在りて飛神は寅・伏神は巳にして、卦を起すの申日と湊りて寅巳申三刑と成すに在り。何を以てかこのように言うや。申日は寅木を沖動し、寅木便ち去りて巳火を生ず。これを「飛来生伏」と謂う。巳火また寅に長生す。伏神すでに長生を得れば、即ち気有りて以て空と為さざるなり——否らざれば「飛不沖開亦枉然」のこの一句話また何より説き起さんや。故に我曰く、文書の成らざるは空に因るにあらず。是れ三刑に因るなり。
伏無提攜終徒耳,飛不沖開亦枉然。凡用神不現,伏於卦中,須宜月建日辰,沖開飛神,生合扶起飛神,即為有用。空下伏易於引拔。伏神不空而飛神空,易於出現,何也,飛神即空,乃上無壓住之爻也,而伏神再得月建日辰生扶拱合,脫然出矣。制中弱主難以維持。用爻休囚又被月建日辰制服,縱遇生扶,亦不濟事也。
賦文に「伏无提携終徒耳、飛不沖開亦枉然」と言う。およそ用神の卦上に現れずして卦中に伏蔵するは、必ず月建・日辰を頼りて以て飛神を沖開き、併せて伏神を生合扶起せば、伏神才に有用と算す。賦文に「空下伏易於引拔」と言う。伏神空ならずして飛神空なれば、伏神は容易に出頭す。何を以てか。飛神一たび空に落てば、上面即ちそれを圧し住むの爻なし。伏神再び月建日辰の生・扶・拱・合を得れば、自然に脱然として出づ。賦文に「制中弱主難以維持」と言う。用神本已に休囚にして、また月建日辰に圧服せられれば、縱に別に生扶有るとも、亦事に済なきなり。
如辰月丙辰日占地下忽然起五色之光疑有古窖。 父母巳火′ 官鬼寅木′應 兄弟未土″ 妻財子水″ 子孫酉金′世 動 兄弟戌土″ 兄弟丑土″ 動 子孫酉金′世 官鬼卯木′ 妻財亥水′ 父母巳火′應 動 兄弟丑土″ 余曰:財伏而空,全無影響,伊曰:既是無財,何故有五色之光,余曰,乃妖氣也。彼時人人望財,議論紛紛,有曰子動爻中,兄弟交重偏有望,此卦兄動生子,子動生財,又是內卦合成金局生水旺,何曰無財。余曰,爾知其一,不知其二,子孫雖旺,不生無蒂之財。子水伏而有空,又被日月飛神剋制,財從何來,後競掘之,掘破缸一口,盡是瓦屑泥土。
例如辰月丙辰日、ある人地下に忽然として五色の光が昇るを見て、心裡に底下に古代の窖蔵が埋まるを疑い、この為めに卦を起す。本卦六爻は上より下へ、父母巳火・兄弟未土・子孫酉金(世、発動)・兄弟丑土(発動)・官鬼卯木・父母巳火(応、発動)。変卦は依次に官鬼寅木(応)・妻財子水・兄弟戌土・子孫酉金(世)・妻財亥水・兄弟丑土。我曰く、財爻は伏蔵してまた空に落つ。根本に何の財もなし。彼曰く、すでに財なければ、何を以てか五色の光有らんや。我曰く、それは妖気なり。当时人人財を得るを盼み、議論紛紛たり。ある人は卦書に「子動爻中、兄弟交重偏有望」と講ずと言う。この一卦は兄爻動じて来たりて子孫を生じ、子孫動じて来たりて財を生じ、内卦また合して金局と成りて水旺す。どうして財なしと言う能わんや。我曰く、あなたはただその一を知りてその二を知らず。子孫は旺といえども、却って根なきの財を生起す能わず。子水は伏蔵してまた空に逢い、なお日辰月建と飛神とに剋制せらる。財は何処より来たらん。後に果たして挖れり。ただ一口の破缸を挖出せるのみ。裡面は尽く瓦屑泥土なりき。
日傷爻真罹其禍,爻傷日徒受其名。日月如天如君,六爻如臣如萬物。日辰能刑沖剋害得卦爻,而卦爻不能刑沖剋害日月。墓中人不沖不發。舊注大抵用爻入墓,則被阻滯,諸事費力難成,須得日辰動爻沖破或克破其墓,方有力也。
賦文に「日傷爻真罹其禍、爻傷日徒受其名」と言う。日辰月建は天に譬え君に譬え、六爻は臣子に譬え万物に譬ゆ。日辰は能く卦爻を刑沖剋害す。卦爻は却って日月を刑沖剋害する能わず、ただ空しく一個の名目を担うのみ。賦文に「墓中人不沖不發」と言う。旧注曰く、大抵用神墓に入れば、即ち処処受阻して、諸事力を費し成り難し。必ず日辰或いは動爻を頼りてこの墓を沖破し剋破して、用神才に力を使い上ぐるを得べし。
如戊寅日占財得同人之乾卦 子孫戌土′應 子孫戌土′世 妻財申金′ 妻財申金′ 兄弟午火′ 兄弟午火′ 官鬼亥水′世 子孫辰土′應 子孫丑土″ 動 父母寅木′ 父母卯木′ 官鬼子水′ 用爻入墓,喜得日辰克破,後果得財。以用空入墓許以無財者,非也,殊不知雖空而遇沖,沖空則實,雖墓而克破,破墓則開。野鶴曰:此極有理,屢試屢驗,但要用神有力,方可許之,倘若用神休囚無氣,雖遇沖開之日,亦難發矣。
例如戊寅日に求財を占いて、《天火同人》を得て《乾為天》に変ず。本卦六爻は上より下へ、子孫戌土(応)・妻財申金・兄弟午火・官鬼亥水(世)・子孫丑土(発動)・父母卯木。変卦は依次に子孫戌土(世)・妻財申金・兄弟午火・子孫辰土(応)・父母寅木・官鬼子水。用神申金は丑墓に入る。好きなるは日辰寅木の丑土を剋破せる。後に果たして財を得たり。もしただ用神すでに空にしてまた墓に入れば便ち財なしと断ぜば、それは錯れり。殊に知らず、空と雖も沖に遇えば、沖空は反って填実し、墓に入ると雖も墓は剋破せられ、破墓は便ち開く。野鶴老人曰く、この話は極めて道理有り。我屢試屢験せり。ただ必ず用神本身力有りて才に以てこのように彼に許す可し。倘若用神休囚無気なれば、縱に墓庫を沖開の日子に遇上するも、亦発動し難し。
如未月戊辰日占年運。 子孫酉金″ 子孫酉金″ 妻財亥水″ 妻財亥水″世 兄弟丑土″應 兄弟丑土″ 兄弟辰土″ 動 子孫申金′ 官鬼寅木″ 父母午火″應 妻財子水′世 動 兄弟辰土″ 斷曰:世爻子水是申子辰三合水局,不宜日月克世,世爻化回頭克,動爻辰土又克,此乃世爻休囚無氣也,卯年占,卒於午年,應午年者,世臨歲破之年也,豈可謂之墓中人不沖不發耶。
例如未月戊辰日に一年運程を占う。本卦六爻は上より下へ、子孫酉金・妻財亥水・兄弟丑土(応)・兄弟辰土(発動)・官鬼寅木・妻財子水(世、発動)。変卦は依次に子孫酉金・妻財亥水(世)・兄弟丑土・子孫申金・父母午火(応)・兄弟辰土。断語は曰く、世爻子水は変出の申金・発動の辰土と湊りて申子辰三合水局と成す。惜しむべし日辰月建皆来たりて世を剋し、世爻自身また辰土を変出して「回頭剋」と成し、卦中動爻辰土再び来たりてそれを剋す。これは世爻休囚無気の象なり。此卦は卯年に占えり。此人は午年に死せり。午年に応じたるは、子水世爻の午年に到りて正に「歳破」に逢うに因る。見るべし、どうして一味に「墓中人不沖不發」と言う能わんや。
身上鬼不去不安。諸占最怕克世,獨官鬼持世者,若非職役之人,最宜日月動爻相沖克,反為吉矣,何也,非克世爻,乃克去身邊之鬼。如午月癸丑日占妻病 父母未土″ 子孫子水″應 兄弟酉金′應 父母戌土′ 子孫亥水′ 動 兄弟申金″ 妻財卯木″ 妻財卯木″世 官鬼巳火″世 官鬼巳火″ 父母未土″ 父母未土″ 問來人病得幾時,彼曰三月病起,余曰卯日財空,明日出空,必定退災,彼曰,醫空不藥矣。余曰,不妨,此卦亥水子孫獨發,克去世爻之鬼,應在明日寅日,寅與亥合,合起子孫之日,爾無憂也,果於次日退災,不藥而癒,亦不獨此,又因卯木財空,次日出空而退災。
賦文に「身上鬼不去不安」と言う。諸般の占問は最も世を剋するを怕る。独り官鬼世を持する時のみ、もし公門の飯を吃する当差の人にあらざれば、反って最も日月動爻の来たりて沖剋するに宜し。かくのごときは反って吉を為す。何を以てか。それの剋するは世爻本身にあらずして、而是れ身辺に纏うあの鬼を剋去するに因る。例如午月癸丑日に妻子の病を占う。本卦六爻は上より下へ、父母未土・兄弟酉金(応)・子孫亥水(発動)・妻財卯木・官鬼巳火(世)・父母未土。変卦は依次に子孫子水(応)・父母戌土・兄弟申金・妻財卯木(世)・官鬼巳火・父母未土。我来たる人に病幾久しきかを問う。彼曰く三月裡に病起こりしと。我曰く、卯木財爻は眼下空に落つ。明天空を出でて、一定に災を退かん。彼曰く、薬石皆用を管せず。我曰く、妨げなし。この一卦は亥水子孫独発して、世爻身上の鬼を剋去せり。明天寅日に応ずべし——寅と亥と合す。正に子孫を合し起さるるの日なり。あなた必ずしも憂慮するを要せず。第二天果たして災を退き、薬を吃せずして好きたり。これはなお一個の縁故に止まらず、亦卯木財爻の本來空に落ち、次日空を出でて災を退くに因る。
曾如辰月戊子日占小舟過關恐盤阻得水地比變澤山咸卦。 妻財子水″應 兄弟未土″應 兄弟戌土′ 子孫酉金′ 子孫申金″ 動 妻財亥水′ 官鬼卯木″世 動 子孫申金′世 父母巳火″ 父母午火″ 兄弟未土″ 兄弟辰土″ 世爻之鬼,乃滿腹憂疑之象,申金克去身邊之鬼則無憂也。果於卯日過關,並無阻滯。
又如く辰月戊子日、ある人小船を駕して関卡を過ぎ、盤査阻留せらるるを怕れて卦を起して、《水地比》を得て《沢山咸》に変ず。本卦六爻は上より下へ、妻財子水(応)・兄弟戌土・子孫申金(発動)・官鬼卯木(世、発動)・父母巳火・兄弟未土。変卦は依次に兄弟未土(応)・子孫酉金・妻財亥水・子孫申金(世)・父母午火・兄弟辰土。世爻は官鬼を帯び、是れ満腹憂疑の象なり。好きなるは申金子孫発動して、身辺のこの鬼を剋掉すれば、即ち憂慮す可き無し。後に果たして卯日に順利に関を過ぎ、毫も阻滞なかりき。
德入卦無謀不遂。舊注德者,得也,指與天地合其德。主事爻,天干地支上下相合是也,存有占驗。戌月己酉日占文書得小畜之蠱 兄弟卯木′ 兄弟寅木′應 子孫巳火′ 動 父母子水″ 妻財未土″應 妻財戌土″ 妻財辰土′ 官鬼酉金′世 兄弟寅木′ 父母亥水′ 父母子水′世 動 妻財丑土″ 謂五爻動出丙子,文書與世爻變出辛丑干支相合,應戊子日成其文書,餘以此論為多事之論。
賦文に「徳入卦无謀不遂」と言う。旧注曰く、「徳」は即ち得にして、「天地とその徳を合す」の義を取る。卦上に落ちては、主事の爻の天干地支の上下相合するを指す。旧書に一則の占験を存す。戌月己酉日に公文を占いて、《風天小畜》を得て《山風蠱》に変ず。本卦六爻は上より下へ、兄弟卯木・子孫巳火(発動)・妻財未土(応)・妻財辰土・兄弟寅木・父母子水(世、発動)。変卦は依次に兄弟寅木(応)・父母子水・妻財戌土・官鬼酉金(世)・父母亥水・妻財丑土。原断曰く、五爻の動出の変爻は干支を丙子と納し、正に文書の象にして、世爻の変出の辛丑と上下相合す(丙辛相合・子丑相合)。故に戊子日に文書を弁成するに応ず。我は以てこれは節外生枝の論と為す。
野鶴曰:鬼谷三才論含爻辭以五行以定禍福者乃用地支。既用地支,不得不以天干為配,未聞以天干而定吉凶。以天干配於地支者,欲全用周天甲子卦,又止於四十八爻。所以乾內卦甲坤之內用乙,乃十干之首,乾之外卦用壬,坤之外卦用癸,皆十干之尾。乾之內卦用子,與坤之外卦相合,坤之內卦用未,與乾之外卦相合。二老上下相映,陰陽相配,中包六子,甲乙之次者丙丁,用之於少男少女,艮與兌也。戊己用之於中男中女,坎與離也,庚辛用之於長男長女,震與巽矣,以全上下干支,此乃配偶之法也。故謂之渾天甲子。而禍福吉凶皆地支生剋制化克合刑沖以判之。今又以天干而判休囚者,每卦皆宜用也。何獨於此,況小畜變蠱五爻朱雀為文書,動臨巳火變出子水文書,而世爻臨子水父母,又為文書,酉日生之,化丑合之,疊疊文書旺動於卦中,便非干支相合,亦不能說無成,故曰多事之論。
野鶴老人曰く、《鬼谷三才》の一派は爻辞を論じ五行を以て禍福を定む。用うる所は皆是れ地支なり。すでに地支を用いれば、即ち天干を配上せざるを得ずといえども、却って曾て天干を憑りて来たりて吉凶を判ずるを聞かず。地支に天干を配するは、本意は周天六十甲子を全く用上せんと欲するに在り。然るに六十四卦の爻位はただ四十八爻を装し得るのみ。故に乾卦の内卦は甲を納し・坤卦の内卦は乙を納す。甲乙は十干の首なり。乾卦の外卦は壬を納し・坤卦の外卦は癸を納す。壬癸は十干の尾なり。乾の内卦は子より起こり、坤の外卦と相合す。坤の内卦は未より起こり、乾の外卦と相合す。乾坤の二老は上下相映じ陰陽相配し、中間に六個の子女卦を包む。甲乙の後は丙丁にして、少男少女に配す。即ち艮と兌なり。戊己は中男中女に配す。即ち坎と離なり。庚辛は長男長女に配す。即ち震と巽なり。かくのごとく上下の干支を配し斉えるは、本來是一套の配偶の法にして、故に「渾天甲子」と謂う。禍福吉凶に至っては、一概に地支の生剋制化・剋合刑沖に由りて判定す。いま忽然として天干を拿げて来たりて休囚を判ぜんと欲すれば、則ち毎一卦皆このように用いべし。何ぞ必ずしも単にこの一卦上に講ずるや。況んや《小畜》の《蠱》に変ずるの一卦は、五爻朱雀は本來文書を主り、動爻は巳火にして子水父母を変出す。亦是れ文書なり。世爻また子水父母を坐す。同様に是れ文書なり。酉日はそれを生じ、丑土を変出してそれを合す。重重文書は卦中に旺動す。即ち干支相合なきとも、亦弁成せずと説き上ぐる能わず。故に我旧注は節外生枝の論と曰う。
忌臨身而多阻無成。忌即忌神,占不宜持世。如占官子孫為忌神,子孫持世求名不成,占財兄爻為忌神,兄爻持世,求財不獲。野鶴曰:此論極是。然餘得有驗者,兄爻持世化出財爻而得財,世臨財爻化出父母而見父。如巳月丙申日占財得未濟變鼎卦 兄弟巳火′應 兄弟巳火′ 子孫未土″ 子孫未土″應 妻財酉金′ 妻財酉金′ 兄弟午火″世 動 妻財酉金′ 子孫辰土′ 官鬼亥水′世 父母寅木″ 子孫丑土″ 此乃忌臨世位化酉財,即於酉日得財。
賦文に「忌臨身而多阻无成」と言う。「忌」は即ち忌神にして、事を占うは最も忌神の世を持するに宜しからず。譬如功名を占うは子孫を以て忌神と為し、子孫世を持せば便ち名を求めて成らず。銭財を占うは兄弟を以て忌神と為し、兄爻世を持せば便ち財を求めて獲ず。野鶴老人曰く、この話は極めて対なり。ただ我も亦験し到りて例外有り。兄爻世を持して財爻を変出せば、照様に財を得。世爻財を坐して父母爻を変出せば、照様に父親を見る。例如巳月丙申日に求財を占いて、《火水未済》を得て《火風鼎》に変ず。本卦六爻は上より下へ、兄弟巳火(応)・子孫未土・妻財酉金・兄弟午火(世、発動)・子孫辰土・父母寅木。変卦は依次に兄弟巳火・子孫未土(応)・妻財酉金・妻財酉金・官鬼亥水(世)・子孫丑土。これ正に忌神の世位に坐して酉金財爻を変出するなり。於是に即ち酉日に財を得たり。
又如申月戊午年占領文書得風雷益卦之家人 兄弟卯木′應 兄弟卯木′ 子孫巳火′ 子孫巳火′應 妻財未土″ 妻財未土″ 妻財辰土″世 動 父母亥水′ 兄弟寅木″ 妻財丑土″世 父母子水′ 兄弟卯木′ 此亦忌臨世位,即於酉日而得文書,同日子占父亦得此卦,亥日見父,其故何也,疑是動爻不克變爻之故耳。然亦無多見者,餘既得驗,不得不以告之,然非教後人之法也。諸占必以忌神持世多阻無成者為是。
又如く申月戊午日に公文を領取する為めに卦を起して、《風雷益》を得て《風火家人》に変ず。本卦六爻は上より下へ、兄弟卯木(応)・子孫巳火・妻財未土・妻財辰土(世、発動)・兄弟寅木・父母子水。変卦は依次に兄弟卯木・子孫巳火(応)・妻財未土・父母亥水・妻財丑土(世)・兄弟卯木。文書を占うは父母を以て用神と為す。財爻は正にそれの忌神なり。ここは同様に是れ忌神の世に坐するにして、却って酉日に文書を領到せり。同一天ある人は父親を占うも亦この一卦を得たり。結果は亥日に父親を見たり。これは何の縁故か。我猜むるに是れ動爻の変爻を剋せざるの関係ならん。この類の例子は併せて多見せず。我すでに親自験し到れば、大家に告げざるを得ずといえども、それは以て後人の依循する法則と当作る能わず。およそ占は、なお「忌神持世多阻无成」を以て正解と為す。
卦遇凶星避之皆吉。舊注凡值用神空凶,遇日月動爻沖剋者,謂之避空,反不遭其沖剋之害,舊存有占驗:六月壬子日占子病得姤之大過 父母戌土′ 動 父母未土″ 兄弟申金′ 兄弟酉金′ 官鬼午火′應 子孫亥水′世 兄弟酉金′ 兄弟酉金′ 子孫亥水′ 子孫亥水′ 父母丑土″世 父母丑土″應 謂父母旺動,用爻亥水子孫而無氣,本為凶兆,喜得用爻值旬空而避之,至丙子日而愈,蓋丙子者,則前面已過,又是亥水子孫值子日而臨帝旺故耳。
賦文に「卦遇凶星避之皆吉」と言う。旧注曰く、およそ用神の空に落ちて卦象凶なり、また日月動爻の沖剋に遇上するを、これを「避空」と謂う。用神は反って沖剋の害を躲け去れり。旧書に一則の占験を存す。六月壬子日に兒子の病を占いて、《天風姤》を得て《沢風大過》に変ず。本卦六爻は上より下へ、父母戌土(発動)・兄弟申金・官鬼午火(応)・兄弟酉金・子孫亥水・父母丑土(世)。変卦は依次に父母未土・兄弟酉金・子孫亥水(世)・兄弟酉金・子孫亥水・父母丑土(応)。原断曰く、父母旺にして発動し、用神亥水子孫は気なし。本來是れ凶兆なり。喜ぶ所は用神正に旬空に逢いて躲け過ぎ去れり。丙子日に到りて病愈せん。丙子日に到れば、凶険の時段はすでに過去し、しかも亥水子孫は子日に正に帝旺に当たるに因る。
野鶴曰:此論非理,諸占最惡者忌神,既動於卦中,禍已兆矣。用神靜者逢沖之日遭害;用神動者,逢合之日遭傷;用神破者,實破之日而遇;用神空者,出空之日相逢。是乃未曾出一可以避之,出空必遇其害,豈曰出空則前面已過,反不受其禍,此說悖也,謬也,餘得其驗者,原神動於卦中,用神空者,出空之日而得。忌神動於卦中,而用神空者,出空之日逢殃,屢占屢驗,獨近病逢空不論。凡占近病,用神得遇旬空者,不拘日月動爻克害,用神出空之日即愈。即獨此一事,論空不論克也。他占皆忌。此姤之大過,定是占於近病,不悟近病逢空,繼而曰諸事皆可避之,此誤後人也。
野鶴老人曰く、この説法は合理ならず。諸般の占問の最も悪む可きは忌神なり。忌神すでに卦中に動けば、禍端はすでに形を現せり。用神安静なるは、沖せらるるのあの一天に応じて害を受く。用神発動なるは、合せらるるのあの一天に応じて傷を受く。用神月破に逢うは、月破を填実のあの一天に応じて碰上す。用神空に落つるは、空を出づるのあの一天に応じて撞見す。空亡の期間は不過未だ出頭せざるのみ。併せて以て躲避する能う可きにあらず。一たび空を出でれば必ず害に遇わん。どうして空を出でて以後凶険はすでに過去して、反ってその禍を受けずと説き出す能わんや。この説法は理に悖り荒謬なり。我験し到る所は、原神は卦中に動して用神空に落つれば、空を出づるの日即ち所願を得償す。忌神は卦中に動して用神空に落つれば、空を出づるの日即ち殃に遭う。屢占屢験なり。独り「近病逢空」は是れ例外なり。およそ新得の病を占うは、用神もし旬空に逢えば、日月動爻のどうやって剋害するを管せず、用神空を出づるの日即ち痊愈せん——ただこの一件事のみ是れ空を論じて剋を論ぜず。其他の占問は一概に空を以て忌と為す。この《姤》の《大過》に変ずるの例子は、必定近病を占えり。旧注は近病逢空の道理を懂せず、接ぎて即ち諸事皆「避」す可しと言う。これは後人を誤導するなり。
爻逢忌殺敵之無傷。舊注忌爻發動,心事不利,若得日月動爻幫助用爻,可以敵之,不傷於彼,事亦可成,餘以此論是理。申月乙未日占脫役得損之節 官鬼寅木′應 動 妻財子水″ 妻財子水″ 動 兄弟戌土′ 兄弟戌土″ 子孫申金″應 兄弟丑土″世 兄弟丑土″ 官鬼卯木′ 官鬼卯木′ 父母巳火′ 父母巳火′世
賦文に「爻逢忌殺敵之無傷」と言う。旧注曰く、忌神発動せば、心中謀る所は利ならず。もし日月動爻を得て来たりて用神を幇助せば、即ち能く忌神と相抗して、それに傷せられず、事情照様に能く成さん。我は以てこの説法は理に在りと為す。旧書の挙ぐる所の例子は曰く、申月乙未日に差役を脱免する為めに卦を起して、《山沢損》を得て《水沢節》に変ず。本卦六爻は上より下へ、官鬼寅木(応、発動)・妻財子水(発動)・兄弟戌土・兄弟丑土(世)・官鬼卯木・父母巳火。変卦は依次に妻財子水・兄弟戌土・子孫申金(応)・兄弟丑土・官鬼卯木・父母巳火(世)。
謂世臨丑土,而子水財動生助寅木之鬼,木之鬼動而克世,喜得日辰未土、五爻變出戌土扶助世爻,可以敵其寅木之鬼,不能傷身。野鶴曰:以此作後人之法者,亦誤人也。何也,一重未土扶世,豈可敵其寅鬼傷身之惡煞耶?殊不知寅木鬼動,月建破之,未日墓之,此寅木之鬼破,保無事者也!此誤作戌未二土幫扶者,錯也!況變爻戌土從無幫助正卦之爻,作有一例,可以比之。
原断曰く、世爻は丑土を坐す。子水財爻は発動して去りて寅木官鬼を生じ、木鬼発動して来たりて世を剋す。好きなるは日辰是れ未土・五爻また戌土を変出して、皆来たりて世爻を扶助す。以て寅木の鬼を抵当するに足りて、身を傷るに至らず。野鶴老人曰く、これを以て後人の法則と当作るは、同様に是れ人を誤るなり。何を以てか。単に一重の未土の世を扶くを憑りて、どうして寅鬼の身を傷るがごとき悪煞を抵当し住む能わんや。殊に知らず、寅木官鬼は動ずといえども、却って申月月建に沖破せられ・また未日に木墓に収め入れらる。この寅木の鬼は本身すでに破敗せり。故に才に事なきを保ち得たり。旧断は誤りて戌・未の両土の幇扶の力と認作す。是れ錯を弄せり。況んや変爻戌土は従来本卦の爻を幇助し去る會なきを。それを以て一個の可比照の例子と当成すは、いっそう不通なり。
辰月乙未日占月令得泰之豐 子孫酉金″應 兄弟戌土″ 妻財亥水″ 子孫申金″世 兄弟丑土″ 動 父母午火′ 兄弟辰土′世 妻財亥水′ 官鬼寅木′ 動 兄弟丑土″應 妻財子水′ 官鬼卯木′ 世爻辰土,月建助之,丑土動而化回頭之生,又來扶助。雖則寅木鬼動而世爻旺相有助有扶可以相敵,然此後至辛丑日尚亦見其凶非,因一言觸怒上司,幾乎危殆,幸得解救。應解救者,因得日月之土幫扶也。
辰月乙未日に本月運程を占いて、《地天泰》を得て《雷火豊》に変ず。本卦六爻は上より下へ、子孫酉金(応)・妻財亥水・兄弟丑土(発動)・兄弟辰土(世)・官鬼寅木(発動)・妻財子水。変卦は依次に兄弟戌土・子孫申金(世)・父母午火・妻財亥水・兄弟丑土(応)・官鬼卯木。世爻辰土は辰月月建の相助有り。丑土発動してまた午火を変出して「化回頭生」と成り、亦来たりて世爻を扶持す。寅木官鬼発動有ると雖も、但し世爻旺相にして助有り扶有り、以てそれと抗衡するに足る。饒もこのごとしと雖も、辛丑日に到りてなお凶事を出だせり。此人は一句話に因りて上司を触怒して、幾んど危殆ならんとせり。幸いにして人を得て解救せり。能く解救する所以は、正に日辰月建の土の来たりて世爻を幇扶するを頼れるに因る。
主象休囚怕見刑沖剋害。主象旺相,尚難敵乎刑沖剋害之爻,況休囚耶?用爻變動忌遭死墓絕空。舊注死墓絕乃陷阱之地,若用爻動而化墓化絕化死化空者,不問公私大小之事,皆主不成。占病逢之,必死無疑。予得驗者,化墓化絕,若動爻旺相,或臨日月幫助,亦無大害,化墓者,沖開之日月而成,化絕者逢生旺之日月而就。至於化空之說,更得多驗,占謀事,實空之日必成。占近病,出空之日即愈。
賦文に「主象休囚怕見刑沖剋害」と言う。主象は即ち旺相なりとも、なお且つ刑沖剋害の爻を抵当し難し。何況や休囚無気なるを。賦文に「用爻変動忌遭死墓絶空」と言う。旧注曰く、死・墓・絶は皆是れ陥穽の地にして、用神発動して墓・絶・死・空を変出するは、公事私事・大事小事を論ぜず、一概に成らず。病を占いて遇上せば、必ず死して疑いなし。我験し到る所は却って是れ、墓を変し・絶を変するは、ただ動爻本身旺相なれば、或いは日辰月建の幇扶有れば、亦大害なし——墓を化するは、墓庫を沖開の月份日子に到れば即ち成さん。絶を化するは、生旺の月份日子に到れば即ち成さん。「化空」に至っては、我験し得るいっそう多し。事を謀るを占うは、空亡を填実のあの一天必ず成さん。新得の病を占うは、空を出づるのあの一天即ち好し。
用化用有用無用。舊主既有用爻,不可動而又化出來。謂之化去,或旁發出,皆不濟事。故雖有用,即如無用。一般占病尤忌。野鶴曰:此論非理。用爻若化進神,諸占皆吉。即使他爻動出者,再得此助幫扶,何謂無用。豈不知太過者損之斯成,有曰用爻重疊,得墓庫以收藏。如果用爻太多,待至傷損之日,墓庫之日,成之更穩,反曰無用。非也當刪。
賦文に「用化用有用无用」と言う。旧注曰く、卦中すでに用神有れば、即ち発動したる後また一個の用神を変出するを宜しからず。あれを「化去」と謂う。旁爻別に一個の用神を動出するも、亦一様に事に済ならず。故に用神有ると雖も無きに等し。病を占うは尤も忌諱す。野鶴老人曰く、この説法は合理ならず。用神もし「進神」を変出せば、諸占皆吉なり。即ち是れ別の爻の動出せる用神なるも、亦是れまた一重の幇扶を添う。どうして无用と謂う能わんや。豈に「太過者損之斯成」を知らざるや。また「用爻重叠、得墓庫以蔵」の説法有り。もし用神真に太多なれば、それを剋損するの日子・それを収蔵するの墓庫の日を待てば、事情反って成ることいっそう穩なり。どうして反って无用と説かんや。この一条は対ならず。当に刪去すべし。
空化空雖空不空。餘得驗者,不獨空化空則不為空,動亦不為空。動不為空,為禍為福,沖空實空之月日必應。養主狐疑,墓多曖昧。此亦長生沐浴之中之二位星是也。餘用生旺墓絕,其餘不驗。今之驗化出者亦驗生旺墓絕。墓者,滯也。用神動而化墓者,近病久病遇之,主昏迷之象。用神旺者,沖開墓庫之日則安。用神休囚,又被刑沖剋害者,難愈。逢空者,近病者愈,久病者凶。捕獲遇之,深藏難保。身命遇之,愚蒙不振。失脫遇之,暗藏不見。婚姻遇之,皆闇昧不明之象。若動爻化墓,墓神回頭克動爻,勿以闇昧論,乃凶兆也。忌回頭克我者是也。如若墓神為鬼,回頭克用,更凶。化養化病化胎又化沐浴俱不驗者刪之。
賦文に「空化空雖空不空」と言う。我験し到る所は、不但空爻の空爻を変出するは空と算せざるのみ、およそ発動の爻は皆空と算せず。すでに発動すれば即ち空と為らざれば、則ち是れ禍か是れ福か、必定沖空或いは填実のあの月・あの一天に応ずべし。賦文に「養主狐疑、墓多暧昧」と言う。ここの「養」と「墓」は是れ長生十二位中の両位なり。我ただ長生・帝旺・墓・絶の四位を用い、其余は皆霊験ならず。いま爻の変化を検験するも、亦ただ生・旺・墓・絶のみ管用す。墓の意思は停滞なり。用神発動して墓を変出せば、近病久病に遇上するを論ぜず、皆神志昏迷の象を主る。用神旺相なるは、墓庫を沖開のあの天に到れば即ち安好なり。用神休囚にしてまた刑沖剋害を受くるは、即ち痊愈し難し。用神空に逢えば、近病の者は愈え・久病の者は凶なり。人を緝捕拿獲するを占いて墓に入るに遇上せば、是れ深蔵して獲難し。身命を占いて遇上せば、是れ愚昧にして振わざるなり。失物を占いて遇上せば、是れ暗蔵して尋ね難し。婚姻を占いて遇上せば、皆是れ暧昧不明の象なり。もし動爻墓を変出し、しかもこの墓神反って来たりて動爻を剋せば、即ちただ暧昧と当作る能わず。あれは是れ凶兆にして、即ちいわゆる「忌回頭剋我」なり。倘若墓神又是れ官鬼にして、回頭して来たりて用神を剋せば、則ちいっそう凶なり。化養・化病・化胎・化沐浴のこの幾項に至っては、一概に霊験ならず。当に刪掉すべし。
化生旺兮禍福有三。生者動爻化長生也。如亥水動化出申金,即化長生又回頭之生,化酉金者不曰化沐浴而曰化回頭之生,此二者動爻有氣化爻旺相,諸占皆吉,旺者,長生之第五位者是也。金木水火而化旺即是化進神,且如申金化酉金,亥水化子水,寅木化卯木,巳火化午火,主占無不亨吉。惟土寄生於申,旺於子水為進神,辰未土動而化出子爻者,乃為化旺,丑土化出子爻者,即為化旺,又為化合,諸占皆吉。化官鬼兮吉凶有二。動爻變出官,吉凶有二,何也?占功名者,世爻旺相,或臨日月或日月生扶動而變出官星,又無破損,乃為得官之兆也。世若休囚,受克動而變出官星者乃為變鬼,不惟難於王家食祿,須憂夢沉黃梁。
賦文に「化生旺兮禍福有三」と言う。「生」は動爻の自己の長生を変出するを指す。譬如亥水発動して申金を変出せば、すでに是れ化長生にして、又是れ回頭相生なり。酉金を変出するは、化沐浴と謂はず、亦化回頭生と謂う。この両種の情形はただ動爻気有り・変爻旺相なれば、諸占皆吉なり。「旺」は長生十二位中の第五位の帝旺を指す。金木水火の旺を化するは即ち化進神に等し。譬如申金の酉金を変し・亥水の子水を変し・寅木の卯木を変し・巳火の午火を変するは、占う所は亨通せざる無し。独り土は申に長生し・子に帝旺す。故に土爻の子水を変出するのみ才に進神と算す。辰土・未土発動して子爻を変出するは、是れ化旺なり。丑土の子爻を変出するは、すでに是れ化旺にして、又是れ子丑相合なり。諸占皆吉なり。賦文に「化官鬼兮吉凶有二」と言う。動爻の官鬼を変出するは、吉凶は両種の情形を分かつを要す。功名を占うの人は、世爻旺相にして、或いは世爻正に日辰月建に当たり、或いは日月の生扶有れば、この時発動して官星を変出して破損なからば、是れ官を得るの兆なり。世爻もし休囚にして剋を受け、発動して官星を変出せば、則ちあれは「変鬼」にして、不但朝廷の禄を食み難きのみ、なお一場の黄粱夢の沈むを擔心するを得べし。
如戌月甲寅日占候選何時得缺,得益變騫 兄弟卯木′應 動 父母子水″ 子孫巳火′ 妻財戌土′ 妻財未土″ 官鬼申金″世 妻財辰土″世 動 官鬼申金′ 兄弟寅木″ 子孫午火″ 父母子水′ 動 妻財辰土″應 斷曰:世爻臨月破,又有寅日傷克,又有上爻中卯木克世爻,有克無生,世爻變出官星,其實是變鬼,果然在第二年寅月沒有中榜,正如神告曰:“命限危功名不必生矣”
例如戌月甲寅日に候補いずれの時に実缺を得るを占いて、《風雷益》を得て《水山蹇》に変ず。本卦六爻は上より下へ、兄弟卯木(応、発動)・子孫巳火・妻財未土・妻財辰土(世、発動)・兄弟寅木・父母子水(発動)。変卦は依次に父母子水・妻財戌土・官鬼申金(世)・官鬼申金・子孫午火・妻財辰土(応)。断語は曰く、世爻辰土は正に戌月月破に逢い、また寅日に剋傷せられ、上爻卯木も亦来たりて世を剋す。剋有りて生なし。世爻は官星を変出すと雖も、実是れ「変鬼」なり。果たして第二年寅月に到るもなお未だ中るを得ず。正に神明の告ぐるがごとく、命限すでに危く、功名は必ずしも再び指望するを要せず。
又如巳月壬申日占開店貿易 子孫酉金″世 動 官鬼寅木′ 妻財亥水″ 妻財子水″世 兄弟丑土″ 兄弟戌土″ 官鬼卯木″應 官鬼卯木″ 父母巳火″ 父母巳火″應 兄弟未土″ 兄弟未土″ 斷曰:占生意看財爻,此卦財臨月破,雖則子動生財,生之不起,況世與子孫,一同變鬼,不獨營運難圖,今秋必因子女以致官非。果於八月,因子賭博送官,子受杖刑而死。此應酉金子孫應變鬼。
又如く巳月壬申日に店を開きて買賣を為すを占う。本卦六爻は上より下へ、子孫酉金(世、発動)・妻財亥水・兄弟丑土・官鬼卯木(応)・父母巳火・兄弟未土。変卦は依次に官鬼寅木・妻財子水(世)・兄弟戌土・官鬼卯木・父母巳火(応)・兄弟未土。断語は曰く、生意を占うは財爻を看るを要す。この一卦は財爻亥水は正に月破に逢う。子孫発動して来たりて財を生ず有ると雖も、亦それを生起す能わず。何況や世爻は連なりて子孫と一起に官鬼と変成するを。不但生意は做し難きのみ、今年秋天はなお必定子女に因りて官司に惹き上がらん。果たして八月に到りて、兒子は賭博に因りて官に送られ、杖刑を受けて死せり。これ応ずる所は正に酉金子孫の鬼を変ずるなり。
忌回頭之克我。爻動化克者,如金爻動變火克金,木爻動變金克木,謂之回頭克也。覺子曰:餘存占驗,凡占回頭之克,占病、占壽、占年運,得之十有九死,亦有占名利、及占家庭得之亦見危亡,何也?其人大限至矣,自己無知猶有名利之求,如神戒曰:數之將盡,何用他求,警戒勿貪,庶幾不羅乎羅網,即使難以迴避,亦可保其正寢,疑神之告,乃此意耳。
賦文に「忌回頭之剋我」と言う。爻発動して自己を剋するの五行を変出するを謂う。譬如金爻発動して火を変出して金を剋し・木爻発動して金を変出して木を剋す。これ即ち「回頭剋」と謂う。李文輝(号は覚子)曰く、我の積存する所の占験裡、およそ回頭剋に遇うて病を占い・寿元を占い・一年運程を占うは、十に八九是れ死なり。亦名利を占い家事を占いてそれに遇上する有り、同様に危亡を見る。何を以てか。あの人は大限すでに到るに、自己は懵然として覚えず、なお名を求め利を求む。これは神明の告戒するに如同じく、気数將に尽きんとす、何ぞ必ずしも他に求めんや。それを警戒して貪求せざらしめば、或いはなお能く羅網に落ちずんばあらん。即ち躲げ掉る能わずとも、亦なお能く善終を保たん。我神明の告示を揣摩すれば、正にこの意思なり。
勿反德以扶人。古法相生須宜他生我,相剋還宜我克他。如占彼此兩家之事者,宜應爻生世。如占財者,宜財生世,如占官者,宜官生世。如世去生助他爻,洩盡自己之氣也。惡曜孤寒,怕日辰之並起。刑沖剋害之要即為惡曜,非諸星之凶煞。凡見此爻動而沖剋用神,若此星孤立無助,或休囚無力,雖則傷害用神,用神旺相可以敵之,必然無妨,得禍亦輕。惟怕日辰動爻助他為害,彼必狐假虎威,仗勢作惡,得禍不淺也。前月將日辰章內,最怕他爻增剋制,同此意耳。
賦文に「勿反徳以扶人」と言う。古法は相生を講ずるはそれの来たりて我を生ずるを要し、相剋を講ずるは我の去りてそれを剋するを要す。譬如双方の事を占うは、応爻の世爻を生ずるに宜し。求財を占うは、財爻の世爻を生ずるに宜し。功名を占うは、官爻の世爻を生ずるに宜し。もし反って是れ世爻の去りて別の爻を生助すれば、則ち自己の気力を全て泄光せり。賦文に「惡曜孤寒、怕日辰之並起」と言う。ここの「惡曜」は刑・沖・剋・害の爻を指し、併せて各種の神煞にあらず。およそこの種の爻の発動して来たりて用神を沖剋するを見れば、ただそれ孤立して援なく、或いは休囚無力なれば、用神を傷ると雖も、ただ用神旺相なれば即ち以て抵当するに足り、必定妨げなし。縱に禍有るも亦軽し。最も怕るるは日辰或いは動爻の反って来たりてそれを助けて虐を為すなり。則ちそれは即ち狐虎の威を假り・勢を仗りて悪を為して、禍を為すこと淺からざらん。前面の《月将日辰章》裡に「最怕他爻增剋制」と言う。講ずる所は正に同一の意思なり。
用爻重疊,喜墓庫以收藏。舊注用爻若無日辰動爻損之,必須得墓庫收藏,然後可得。舊存占驗。丁丑日占財 兄弟卯木′ 動 妻財未土″ 子孫巳火′ 官鬼酉金′ 妻財未土″應 動 父母亥水′世 妻財辰土′ 官鬼酉金′ 兄弟寅木′ 父母亥水′ 父母子水′世 動 妻財丑土″應 彼斷曰:卦有兩財,初爻上爻又化出兩財,日辰又是財,本為太過,喜得世爻上有辰字,乃為財庫,謂之財有庫以收藏,後主得財。餘以此論,極其得理,屢試屢驗,但不必卦中有庫,後來逢庫之日月亦成其事。
賦文に「用爻重叠、喜墓庫以収蔵」と言う。旧注曰く、用神もし日辰・動爻の来たりてそれを損減するなければ、即ち必ず墓庫の収蔵を頼り、然る後に才に手を得る能う。旧書に一則の占験を存す。丁丑日に求財を占う。本卦六爻は上より下へ、兄弟卯木(発動)・子孫巳火・妻財未土(応、発動)・妻財辰土・兄弟寅木・父母子水(世、発動)。変卦は依次に妻財未土・官鬼酉金・父母亥水(世)・官鬼酉金・父母亥水・妻財丑土(応)。原断曰く、卦中本來両重の財爻有り、初爻と上爻とまた各々一重の財を変出し、日辰丑土も亦是れ財なり。本來是れ太過に属す。喜ぶ所は卦中に辰土のこの財庫有りて、「財有庫以収蔵」と謂う。故に後來財を得たり。我は以てこの説法は極めて道理有りと為し、屢試屢験せり。ただ必ずしも卦中に現成の庫有るを要せず。後來庫神当値の月份日子に碰上せば、事情一様に弁成せん。
如午月戊午日占何日雨得地風升變恆卦。 官鬼酉金″ 妻財戌土″應 父母亥水″ 官鬼申金″ 妻財丑土″世 動 子孫午火′ 官鬼酉金′ 官鬼酉金′世 父母亥水′ 父母亥水′ 妻財丑土″應 妻財丑土″ 友人持此卦問余曰:今日占雨,父母不動,而丑土之財又化出午火回頭生,竟是大旱之年也。余曰:壬戌日必雨。友曰:父臨月建,陰雨連旬,今子孫臨月建,亦同此意,如何得雨?余曰:午火子孫臨日月旺之極矣,乃為用爻重疊,逢墓庫以收藏,故知戌必雨。果於戌日申時雨。
例如午月戊午日にいずれの天に雨を下すかを占いて、《地風升》を得て《雷風恒》に変ず。本卦六爻は上より下へ、官鬼酉金・父母亥水・妻財丑土(世、発動)・官鬼酉金・父母亥水・妻財丑土(応)。変卦は依次に妻財戌土(応)・官鬼申金・子孫午火・官鬼酉金(世)・父母亥水・妻財丑土。友人この卦を拿げて我に問うて曰く、今天雨を占うに、父母爻動かず、丑土財爻また午火を変出して回頭生と成す。看るに是れ一個の大旱の年ならん。我曰く、壬戌日に必定雨を下さん。友人曰く、父母は月建に臨みて、なお且つ陰雨連旬を主る。いま子孫は月建に臨む。道理相同じきに、どうして雨を下さんや。我曰く、午火子孫はすでに日辰に臨みまた月建に臨み、旺は極処に到る。これ正に「用爻重叠」にして、須らく墓庫を頼りて以て収蔵せん。午火は戌に墓す。故に戌日必ず雨なるを知る。後に果たして戌日申時に雨を下せり。
事阻隔兮間發。舊注世應中間兩爻謂之間爻,動則事事阻隔。謂之兩爻在世應之中,動阻兩家之事,使彼此不能相通。又曰世應中間兩爻發動所求多阻隔。覺子曰:以此爻作為間爻試之果驗,但看所占何事,須是彼此兩家之事始可用之。婚姻以之為媒妁,詞訟以之為證,買賣以之為牙行,借貸成文以之為中保,舟車以之為附載。交遊以之為幫開,胎產以之為收生保姆。
賦文に「事阻隔兮間発」と言う。旧注曰く、世爻と応爻との間の両爻を「間爻」と謂う。一動せば即ち事事阻隔す。この両爻は世応の中間に夾り、一動せば便ち双方の事を阻断して、彼此相通ずる能わざらしむ。また世応中間の両爻発動せば、求むる所の事は多く阻隔有りと曰う。李文輝曰く、この両爻を間爻と当作りて験せば、果たして応験せり。ただ占う所は何事なるかを看るを要し、必ず双方に牽渉する事にして才に用上ぐるを得べし。婚姻を占うは、間爻是れ媒人なり。官司を占うは、間爻是れ証人なり。買賣を占うは、間爻是れ牙行経紀なり。借貸立契を占うは、間爻是れ中人保人なり。船を乘り車を坐るを占うは、間爻是れ同行搭載の人なり。交游を占うは、間爻是れ中より撮合する人なり。胎産を占うは、間爻是れ接生の穩婆なり。
心退悔兮世空。舊注自占世為主象,若無明動爻傷克而世爻無故自空者,必主心惰意懶,自不向前。野鶴曰:此論為是。前曰無故之空,如入深淵大壑,諸占大凶者,非也!易林補遺有曰世應皆空,故不向前,退悔,主賓皆動二邊,日後更張。所以不獨世空不宜,應爻亦不宜也。謂之世應皆空,事無準實,凡動而空者,不以此論。
賦文に「心退悔兮世空」と言う。旧注曰く、自己事を占うは世爻を以て主象と為す。もし卦中併せて明動の爻の来たりて傷剋する無く、しかも世爻無縁無故に自ら空亡に落つれば、必ず此人心懶意惰にして、自己肯んじて前に向かわざるを主る。野鶴老人曰く、この話は是れ対なり。前人の「無故之空」を説くは深淵大壑に墜るがごとく諸占大凶と為すに至っては、則ち錯れり。《易林補遺》曰く、世応皆空なれば、故に肯んじて前に向かわずして退悔の心を生ず。主客両辺皆動けば、日后必ず別に爐竈を起すを要す。見るべし、ただ世爻の空に落つるのみ好からざるにあらず、応爻の空に落つるも同様に好からず。これ即ち「世応皆空、事无准実」と謂うなり。およそ発動して空に落つるの爻は、この例に在らず。
卦爻發動須看交重。舊注交動主未來之事,重動主過去之事。余試間有驗者。大凡爻象有一定不可移者,可以為法,間有驗者,乃偶然之合耳。動變比合當明進退。進神章已註明。殺生身莫將吉斷,用克世勿作凶看。蓋生中有刑害之兩妨,合處有克傷之二慮。殺生世者,是日月動爻動臨忌神而生世,非凶煞也,不以吉斷者,何也?謂忌神既旺,用衰矣,世雖逢生何益?
賦文に「卦爻発動須看交重」と言う。旧注曰く、「交」動は未来の事を主り、「重」動は過去の事を主る。我試し下るにただ偶々霊験するのみ。大凡爻象は一定にして移易す可からざるの規律有りて、才に以て法則と立つ可し。偶々霊験するは、不過碰巧湊合するのみ。賦文に「動変比合当明進退」と言う。この一層は《進神章》にすでに注明せり。賦文に「殺生身莫将吉断、用剋世勿作凶看、盖生中有刑害之両妨、合処有剋傷之二慮」と言う。いわゆる「殺生世」は、日辰月建或いは動爻本身の忌神を充当して来たりて世を生ずるを指し、併せて何の凶神悪煞にあらず。何を以てか世を生じて反って吉を断ずる能わざる。忌神すでに旺なれば、用神即ち衰う。世爻縱に生を得ると雖も、又何の益処有らんやに因る。
如戌月丙子日占父任雲南何時得信?得地澤臨卦 子孫酉金″ 子孫酉金″ 妻財亥水″應 妻財亥水″應 兄弟丑土″ 兄弟丑土″ 兄弟丑土″ 兄弟丑土″ 官鬼卯木′世 官鬼卯木′世 父母巳火′ 父母巳火′ 占信者,朱雀巳火父母為用神,日辰子水克巳火,忌神戌月乃巳火月墓,日克音信茫然之兆也。而世爻卯木雖遇日生月合,何益於事。殺生身勿將吉斷,此之謂也,後果無音訊,四年知父而遇害矣。
例如戌月丙子日、雲南に在りて官を為すの父親のいずれの時に信を来すかを占いて、《地沢臨》を得たり。六爻は上より下へ、子孫酉金・妻財亥水(応)・兄弟丑土・兄弟丑土・官鬼卯木(世)・父母巳火。六爻皆静なり。音信を占うは朱雀の臨む所の巳火父母を以て用神と為す。日辰子水は巳火を剋し、戌月又是れ巳火の墓庫なり。用神すでに日剋を被りまた月墓に入る。正に音信茫然の象なり。世爻卯木は日辰の相生を得・また戌月と相合すと雖も、事に於て何の補いか有らん。「殺生身莫将吉断」、説く所は正にこの種の情形なり。後に果たして音訊全く無く、四年の後に才に父親の早已に遇害せるを知れり。
用克世勿作凶看者,乃用為克世也,舊注主事爻動來克世,乃是事來趕我,事必速成,我雖見克,亦何傷哉,故云克世者不以為凶。覺子曰:此論未必全是,餘之得驗如占財財為用神,財爻克世者必得。占行人用神克世者即至,占醫藥子孫為用,子孫克世者即愈,此外數占皆不宜用神克世也,若占功名,官鬼克世,非災即禍,豈可曰勿作凶看。
賦文に「用剋世勿作凶看」と言う。指す所は用神の来たりて世爻を剋するなり。旧注曰く、主事の爻発動して来たりて世を剋するは、あれは事情の我を趕いて来たるにして、必定甚だ快く弁成せん。我剋せらるると雖も、又何の妨害有らんや。故に用神の世を剋するは凶と算せずと曰う。李文輝曰く、この説法は未だ必ずしも全対ならず。我験し到る所は、求財を占うは財を以て用神と為し、財爻世を剋すれば必定財を得。出門在外の人を占うは、用神世を剋すれば即ち人將に到らんとす。医薬を占うは子孫を以て用神と為し、子孫世を剋すれば病即ち痊愈せん——この幾種を除くの外、其余の各占は皆用神の世を剋するに宜しからず。譬如功名を占うは、官鬼是れ用神にして、官鬼世を剋するは災にあらざれば即ち禍なり。どうして凶と作して看ずと説く能わんや。
如丑月庚子日占關差得否得泰之明夷 子孫酉金″應 子孫酉金″ 妻財亥水″ 妻財亥水″ 兄弟丑土″ 兄弟丑土″世 兄弟辰土′世 妻財亥水′ 官鬼寅木′ 動 兄弟丑土″ 妻財子水′ 官鬼卯木′應 占官差以官鬼為用,此卦辰土持世,寅木官鬼克世,世爻空,即於壬寅日得差,次年三月死於中途,豈可謂之用克世勿作凶看。
例如丑月庚子日に関卡上の差事を得る能うか否かを占いて、《地天泰》を得て《地火明夷》に変ず。本卦六爻は上より下へ、子孫酉金(応)・妻財亥水・兄弟丑土・兄弟辰土(世)・官鬼寅木(発動)・妻財子水。変卦は依次に子孫酉金・妻財亥水・兄弟丑土(世)・妻財亥水・兄弟丑土・官鬼卯木(応)。差事を占うは官鬼を以て用神と為す。この一卦は辰土世を持し、寅木官鬼発動して来たりて世を剋し、世爻また旬空に逢う。於是に即ち壬寅日にこの份の差を得たり。しかるに第二年三月、此人は赴任の途中に死せり。このように看れば、どうして用神の世を剋すれば便ち凶と作して看ずと説く能わんや。
刑害不宜臨用。主事爻與日月動爻作三刑者,占事不成。占物不好。占病必死。占人有患。占婦人不貞潔。占文書有破綻。占訟必有罪責。動化刑亦然。死絕豈可持世。用爻世爻絕於日辰,或化絕,有舊注諸事不利,餘以休囚被克而又絕者,是也。旺相不妨,動逢沖而事散。六沖章注極明。絕逢生而事成。大凡世與用神或絕於日或化絕,若得日月動爻生者,謂之絕處逢生,且入寅日占卦酉為用神,酉絕於寅,若在辰戌丑月未月,或爻中動出辰戌丑未,以土生酉金,皆謂之絕處逢生。
賦文に「刑害不宜臨用」と言う。主事の爻は日辰月建或いは動爻と湊りて三刑と成れば、事を占えば則ち成らず、物を占えば則ち好からず、病を占えば必ず死し、人を占えば則ち災患有り、婦人を占えば則ち貞潔ならず、文書を占えば則ち破綻有り、官司を占えば必ず罪責を受けん。発動して刑を変出するも、亦是れ一様なり。賦文に「死絶豈可持世」と言う。用神或いは世爻の日辰上に「絶」の地に処る、或いは発動して絶を変出するは、旧注は諸事利ならずと曰う。我は以てただ休囚にして剋を受けまた絶に逢うのみ是れこのごとしと為し、旺相なるは併せて事を妨げず。賦文に「動逢沖而事散」と言う。この一層は《六沖章》に注解して極めて明白なり。賦文に「絶逢生而事成」と言う。大凡世爻と用神と日辰上に絶に逢い、或いは絶を変出するは、もし日月動爻を得て来たりてそれを生ぜば、即ち「絶処逢生」と謂う。譬如寅日に卦を起して酉金を以て用神と為せば、酉金は寅に絶す。この時もし辰・戌・丑・未月に在り、或いは卦中辰戌丑未土を動出して来たりて酉金を生ぜば、皆絶処逢生と算す。
如逢合住須沖破以成功,若遇休囚必旺相而成事。應期章有注。速則動而克世爻,緩則靜而生身。此獨占行人而用之,他占不用。謂用神動而克世,行人回來之速也。用神靜而生世,行人歸來緩也。且如占父母何日歸,父母動而克世者,許之歸。
賦文に「如逢合住須沖破以成功、若遇休囚必旺相而成事」と言う。この両句は《応期章》裡に注解有り。賦文に「速則動而剋世爻、緩則静而生身」と言う。この一条はただ出門在外の人を占うの身上に用い、別の占問は用いず。意思は用神発動して世を剋すれば、行人回り来ること快し。用神安静にして世を生ずれば、行人回り来ること緩し。譬如父母のいずれの日に家に歸るかを占うは、父母爻発動して世を剋するは、即ち以て彼に快く回るを許す可し。
父亡而事無頭緒,福隱而事不稱情。古法卦中無父母,事無頭緒,卦無子孫無喜悅,餘以此論為多事,凡占事者,用神原神忌神仇神克害刑沖破墓空絕日月飛伏許多事故尚無定論,不敢尋不當用之爻耶,餘恐枝葉多生。鬼雖禍災,伏尤無氣。天元賦中無鬼論雖則有理,實亦多事,余生平以占官鬼疾病當用者則用,不當用者則不用也。子雖福德,多反無功。覺子曰:以之為忌神者,實則不宜,以之為用神者,多則何害?豈不聞損之斯成,逢墓庫以收藏也。
賦文に「父亡而事无頭緒、福隠而事不称情」と言う。古法は以て卦中父母爻無ければ、事情即ち頭緒なしと為し、子孫爻無ければ、即ち喜慶なしと為す。我は以てこれは節外生枝と為す。およそ一件事を占えば、用神・原神・忌神・仇神、加うるに剋・害・刑・沖・破・墓・空・絶および日辰月建・飛神伏神のこの許多の関節を以てすれば、なお且つ論じ定め難し。どうしてなお敢えてあの用いられざる爻を找しに往かんや。我怕るるは枝節の生ずることいよいよ多きなり。賦文に「鬼雖禍災、伏尤無気」と言う。《天元賦》裡の「無鬼」の議論は幾分か道理有ると雖も、実亦是れ多事なり。我一生卦を占うに、官鬼のこの一爻は、当に用神と作すの時は即ち用い、当に用いざるの時は即ち去りてそれを理せず。賦文に「子雖福徳、多反无功」と言う。李文輝曰く、子孫もし是れ忌神なれば、多きは確かに宜しからず。もし是れ用神なれば、多き一些は又何の妨害有らんや。豈に「太過者損之斯成」を聞かざるや。なお以て墓庫を頼りて収蔵する能し。
虎興遇吉神不害其為吉,龍動而逢凶曜難掩其為凶。此為得理。六神章已注。元武為盜賊之事,亦必官爻。朱雀為口舌之神,必須兄弟。此論欠理,元武朱雀勾陳騰蛇動而不克世者,無礙。動而克世者,皆以為凶,勿分兄弟官鬼。吉凶神煞之多端,何如生剋制化之一理。此之言也,學者亦深味之。除惡未盡,須防死灰復燃。克害刑沖之神,若得日月動爻剋制者,須盡其根,若除而未盡,將來遇生扶之年月,仍復為禍。
賦文に「虎興遇吉神不害其為吉、龍動而逢凶曜難掩其為凶」と言う。白虎は凶と雖も、もし臨む所は吉神なれば、それの吉を為すを妨害せず。青龍は吉と雖も、もし臨む所は凶曜なれば、亦それの凶を為すを掩う能わず。この話は理に在り。《六神章》にすでに注解有り。賦文に「元武為盗賊之事、亦必官爻。朱雀為口舌之神、必須兄弟」と言う。この一条は講じ通ぜず。元武・朱雀・勾陳・騰蛇の発動して世を剋せざるは、皆妨げなし。発動して世を剋するは、一概に凶と断ず。必ずしも再び去りてそれの臨む所は兄弟なるか官鬼なるかを分かつを要せず。賦文に「吉凶神煞之多端、何如生剋制化之一理」と言う。この一句話は、易を學ぶの人は当に反復して体味すべし。賦文に「除悪未尽、須防死灰復燃」と言う。あの剋・害・刑・沖の凶神は、もし日月動爻を得て来たりてそれを剋制せば、必ず根に連ねて除き尽くすを要す。もし除きて未だ浄ならざれば、将来それを生扶するの年月に碰上して、照旧に禍を為さん。
如卯月甲申日占病得地山謙變水山蹇 兄弟酉金″ 子孫子水″ 子孫亥水″世 動 父母戌土′ 父母丑土″ 兄弟申金″世 兄弟申金′ 兄弟申金′ 官鬼午火″應 官鬼午火″ 父母辰土″ 父母辰土″應 斷曰:亥水子孫長生於申日,世遇日建逢生,雖化戌土之克,春令土衰,卯月剋制,有殺無妨。果於丁亥日全愈。豈知卯木雖克戌土,還有相合之意,亥水雖長生,戌土亦得長生於申,後至巳月亥逢月破,巳火生助戌土,諺語:斬草不除根,萌芽依舊生。復得病而死。
例如卯月甲申日に病を占いて、《地山謙》を得て《水山蹇》に変ず。本卦六爻は上より下へ、兄弟酉金・子孫亥水(世、発動)・父母丑土・兄弟申金・官鬼午火(応)・父母辰土。変卦は依次に子孫子水・父母戌土・兄弟申金(世)・兄弟申金・官鬼午火・父母辰土(応)。断語は曰く、亥水子孫は申日に長生し、世爻は日建の相生を得る。戌土を変出して来たりてそれを剋すと雖も、但し春天土衰して、また卯月の剋制有り。凶殺有ると雖も亦妨げなし。此人果たして丁亥日に痊愈せり。誰か知らん、卯木は戌土を剋すと雖も、卯戌の間はなお相合の意有り。亥水は長生を得ると雖も、戌土は同様に申に長生す。巳月に到りて、亥水は月破に逢い、巳火また戌土を生助す。正にあの句の諺語「斬草不除根、萌芽依旧生」に応じ、此人は旧病復発して死せり。
傷害不重,枯木猶有逢春。世與動爻有氣,若被日月動爻沖剋者,目下雖克傷,他日逢生再發。水要看源,木要尋根。凡占身命、家宅、功名、墳墓、貿易等事,欲其久遠者。用神雖則為重,而元神必須兼看。用神為事之體,元神為事之本。用神雖旺,原神若被傷克者,即如水無泉源,木無根蒂,金火土者皆同。
賦文に「傷害不重、枯木猶有逢春」と言う。世爻と動爻の本身気有れば、日月動爻に沖剋せらるると雖も、眼下些かの剋傷を受くるも、日后生扶に遇えばなお再度発達せん。賦文に「水要看源、木要尋根」と言う。およそ身命・家宅・功名・墳墓・買賣のこの類の長遠を看るを要するの事を占うは、用神固然として要紧なりといえども、元神も亦必ず一併せに察看するを須う。用神は一件事の本体にして、元神は一件事の根本なり。用神縱に旺相なりとも、元神もし傷剋せられば、即ち譬えば水の泉源なきがごとく樹の根柢なきがごとし。用神の金に属し・火に属し・土に属するは、道理皆一様なり。
如午月庚寅日占掣籤何處。得大畜變中孚卦。 官鬼寅木′ 官鬼卯木′ 妻財子水″應 動 父母巳火′ 兄弟戌土″ 兄弟未土″世 兄弟辰土′ 動 兄弟丑土″ 官鬼寅木′世 官鬼卯木′ 妻財子水′ 父母巳火′應 斷曰世臨寅木官星,必得東缺。非廣東即山東。獨嫌子水月破動而化絕,恐不能到任。彼曰:何也?余曰:財為養命之源,又為朝廷之祿,今財臨絕地,是無財無祿,世爻寅木無水滋生,乃為凶兆。彼曰:改日潔誠再占。余曰可也。
例如午月庚寅日、籤を抽きて分発していずれの処に官に任ずるかの為めに卦を起して、《山天大畜》を得て《風沢中孚》に変ず。本卦六爻は上より下へ、官鬼寅木・妻財子水(応、発動)・兄弟戌土・兄弟辰土(発動)・官鬼寅木(世)・妻財子水。変卦は依次に官鬼卯木・父母巳火・兄弟未土(世)・兄弟丑土・官鬼卯木・父母巳火(応)。我断じて曰く、世爻は寅木官星を坐す。寅は東方に属す。必定東辺の缺に分れん。広東にあらざれば即ち山東ならん。ただ子水財爻の正に月破に逢い、また発動して巳火を変出して「化絶」と成すを嫌う。ただ任に到る能わざらんを怕るのみ。彼何を以てかを問う。我曰く、財是れ命を養うの源にして、また朝廷の俸禄を代表す。いま財爻は絶の地に落つ。即ち是れ財無く禄無し。世爻寅木も亦水の滋養を失せり。これ是れ凶兆なり。彼曰く、日を改めて斎戒誠心して再び占わん。我曰く可なり。
甲午日又得臨之節。 子孫酉金″ 妻財子水″ 妻財亥水″應 動 兄弟戌土′ 兄弟丑土″ 子孫申金″應 兄弟丑土″ 兄弟丑土″ 官鬼卯木′世 官鬼卯木′ 父母巳火′ 父母巳火′世 余曰此與前卦,卦名雖殊,其理一也。又是亥水財爻被回頭克,不獨難以到任,還妨秋令危災。後果於七月,先得瀉疾,略好後,因服補藥太過,吃一次藥,只能喝一兩水,後竟渴死。
甲午日に再び占いて、《地沢臨》を得て《水沢節》に変ず。本卦六爻は上より下へ、子孫酉金・妻財亥水(応、発動)・兄弟丑土・兄弟丑土・官鬼卯木(世)・父母巳火。変卦は依次に妻財子水・兄弟戌土・子孫申金(応)・兄弟丑土・官鬼卯木・父母巳火(世)。我曰く、この一卦は前の一卦と卦名は異なると雖も、道理は完全相同す。又是れ亥水財爻の戌土を変出して「回頭剋」と成せり。不但任に到り難きのみ、なお秋天の危災を防ぐを要す。後に果たして七月に到りて先に瀉痢を得、稍や好きの後また補薬の服する太過に因りて、每薬を服する一次はただ一両口の水を喝し下る能うのみ。最後に竟に渇きて死せり。
動爻空破又何妨。如戌月己巳日餘占南行得大有之大壯 官鬼巳火′應 動 父母戌土″ 父母未土″ 兄弟申金″ 兄弟酉金′ 官鬼午火′世 父母辰土′世 父母辰土′ 妻財寅木′ 妻財寅木′ 子孫子水′ 子孫子水′應 餘以應爻為官星動而生世,官貴相生者,雖則可喜,但嫌巳火墓於戌月而又化墓,生我之官爻即又入墓耶,兼且又是六沖,疑為不吉。
賦文に「動爻空破又何妨」と言う。例如戌月己巳日、我は自己の南行の為めに卦を起して、《火天大有》を得て《雷天大壯》に変ず。本卦六爻は上より下へ、官鬼巳火(応、発動)・父母未土・兄弟酉金・父母辰土(世)・妻財寅木・子孫子水。変卦は依次に父母戌土・兄弟申金・官鬼午火(世)・父母辰土・妻財寅木・子孫子水(応)。我看るに応爻是れ官星発動して来たりて世を生ず。官貴は我と相生す。本來是れ可喜に属す。ただ巳火の戌月に墓に入り、発動してまた戌土を変出し、依旧是れ化墓なるを嫌う——我を生ずるの官爻は自己却って墓に入れり。加うるに此卦是れ六沖なるを以て、此に因りて此行吉ならざるを疑う。
又亥月甲辰日又占得大有變畜卦 官鬼巳火′應 妻財寅木′ 父母未土″ 子孫子水″應 兄弟酉金′ 動 父母戌土″ 父母辰土′世 父母辰土′ 妻財寅木′ 妻財寅木′世 子孫子水′ 子孫子水′ 餘疑又得此卦,巳火雖則生世又為月破,破而不能生我,這何益。況間爻酉金兄動乃阻隔耗財之神,疑之不行。
亥月甲辰日にまた一次占うも、なお《火天大有》を得たり。この回は《山天大畜》に変成す。本卦六爻は上より下へ、官鬼巳火(応)・父母未土・兄弟酉金(発動)・父母辰土(世)・妻財寅木・子孫子水。変卦は依次に妻財寅木・子孫子水(応)・父母戌土・父母辰土・妻財寅木(世)・子孫子水。我心裡疑を犯す。又得この一卦。巳火官星は来たりて世を生ずと雖も、却って亥月月破に逢う。破れれば即ち我を生じ動かず。又何の益有らんや。何況や間爻酉金兄弟発動して、正に行程を阻隔し銭財を耗散するの神なるを。於是に身を動かすの念頭を打消せり。
及至甲寅日又占又得大有之大壯 官鬼巳火′應 動 父母戌土″ 父母未土″ 兄弟申金″ 兄弟酉金′ 官鬼午火′世 父母辰土′世 父母辰土′ 妻財寅木′ 妻財寅木′ 子孫子水′ 子孫子水′應
甲寅日に到りて再び占うも、又得《火天大有》して《雷天大壯》に変ず。本卦六爻は上より下へ、官鬼巳火(応、発動)・父母未土・兄弟酉金・父母辰土(世)・妻財寅木・子孫子水。変卦は依次に父母戌土・兄弟申金・官鬼午火(世)・父母辰土・妻財寅木・子孫子水(応)。前後三次卦を起して、得たるは竟に同一副の卦象なり。
連得三次,餘始悟,曰:此行到明年三四月必定如心。巳火之官動而生世,目下雖破入墓,明年三月沖開戌墓,巳火得出,至巳月得令,當時不破不空,旺相而生世矣。即於巳日起程,行至中途遇舊識,母死又被回祿,同行,行不數日,又遇知己,道及某處有奇門一部,乃係抄本,命餘同去買之,同道兩日,餘卜一卦,又得大有之大壯,餘對友曰:此卦得之四次,非叫我買書,乃促我行也。竟行,後至地頭,已二月矣。一日於將軍府中,將軍問曰:江南其撫國,功名將來何如?余曰:向於酉年占得艮之觀卦,即許酉年離任,又許今年三月仍以原品起用。
一連三次同一卦を得て、我これ才に醒悟して曰く、此行は明年三四月に到りて才に意に称わん。巳火官星発動して来たりて世を生ず。眼下は破に逢い墓に入ると雖も、明年三月に到りて戌墓を沖開けば、巳火は便ち脱出を得。再び巳月に到れば、それは令に当たり時を得、すでに破せず亦空ならず、旺相にして来たりて世を生ず。於是に我即ち巳日に身を動かせり。半路に走りて一位の旧相識に遇う。他母親去世して、家裡また火災に遭う。便ち我と同行せり。幾天も走らざるに、また一位の知交に遇う。某処に一部の《奇門》抄本有りて、我に同じく買いに往かんことを要す。同行二天して、我一卦を起せば、又得《大有》して《大壯》に変ず。我朋友に対して曰く、この一卦は我已に四次得たり。見るべし、是れ我を叫びて書を買いに往かしむるにあらず、而是れ我を催して路に上がらしむ。於是に徑直に前行して、目的地に到達するの時已是れ二月なり。一天将軍府中に在りて、将軍我に問うて曰く、江南のあの位の巡撫は、日后功名いかん。我曰く、従前酉年に我彼の為めに占えり。《艮》を得て《観》に変ず。当时就に彼に酉年離任を許し、また彼に今年三月になお原来の品級を以て起用せんを許せり。
卯月戊戌日占目下功名升否? 兄弟巳火′世 動 子孫戌土″世 子孫未土″ 妻財申金″ 妻財酉金′ 兄弟午火′ 官鬼亥水′應 動 子孫辰土″應 子孫丑土″ 父母寅木″ 父母卯木′ 官鬼子水′ 余曰:離變震卦,六沖而變六沖,世爻化墓入墓,亥水官星動化回頭之克,大凶之兆,勿望升遷,且防刑獄。將軍曰:此吾侄也。曾在二十九歲于都門向爾占過,許之四十九歲有險。今年四十九歲,有何險處?余曰,既是卦之前後照應,目下諸事更宜慎之。一日於藩司署中藩臺向余曰:此係餘府尊,因得罪制臺,已為辯護,看何如?
卯月戊戌日に眼下功名の升遷し得べきか否かを占う。本卦六爻は上より下へ、兄弟巳火(世、発動)・子孫未土・妻財酉金・官鬼亥水(応、発動)・子孫丑土・父母卯木。変卦は依次に子孫戌土(世)・妻財申金・兄弟午火・子孫辰土(応)・父母寅木・官鬼子水。我曰く、《離》の《震》に変ずるは、是れ六沖卦の六沖卦に変ず。世爻巳火は戌土を変出す。すでに是れ化墓にして、自身また墓に入る。亥水官星発動して辰土を変出して「回頭剋」と成す。これ是れ大凶の兆にして、升遷は必ずしも指望するを要せず。なお牢獄の災を防ぐを要す。将軍曰く、これ是れ我の侄児なり。他二十九歳の時曾て京城に在りてあなたに向かいて占えり。あなたは彼に四十九に四十九歳に険有らんを許せり。今年正に四十九歳なり。究竟険は何処に在るか。我曰く、すでに前後両卦互相照応せば、眼下諸事はいっそう当に謹慎すべし。又一天、我布政使衙門裡に在りて、藩台我に対して曰く、この一位は本府知府にして、総督を得罪したるに因りて、我已に彼に替りて弁護し過ぎたり。あなた看るに結果いかん。
卯月庚子日占得風山漸。 官鬼卯木′應 官鬼卯木′應 父母巳火′ 父母巳火′ 兄弟未土″ 兄弟未土″ 子孫申金′世 子孫申金′世 父母午火″ 父母午火″ 兄弟辰土″ 兄弟辰土″ 斷曰:子孫持世,官臨應爻,祿位已屬他人矣。萬萬難於復職。藩臺曰:令爾報喜,如何此說?余曰:有喜則報,此卦無喜可報也。府尊曰:今日不誠,明早請到敝處,誠意卜之。
卯月庚子日に卦を起して、《風山漸》を得たり。六爻は上より下へ、官鬼卯木(応)・父母巳火・兄弟未土・子孫申金(世)・父母午火・兄弟辰土。六爻皆静にして変卦なし。我断じて曰く、復職を占うは官鬼を以て用神と為す。いま子孫世を持す。正に官星を剋傷するの象なり。しかも官星卯木はまた卯月の月建に当たるに、却って応爻上に坐す。見るべしあの官位はすでに別人に歸せり。復職は万万望無し。藩台曰く、あなたを叫び来たるはあなたに喜を報ぜんことを要するなり。どうしてこの種の話を説き出すや。我曰く、喜有れば自然に喜を報ぜん。この一卦は実在に喜の報ず可き無し。知府曰く、今天心誠ならず。明早請うて我のあの裡に到り、斎戒誠心して再び占わん。
卯月辛丑日又占得火地晉卦 官鬼巳火′ 官鬼巳火′ 父母未土″ 父母未土″ 兄弟酉金′世 兄弟酉金′世 妻財卯木″ 妻財卯木″ 官鬼巳火″ 官鬼巳火″ 父母未土″應 父母未土″應 余曰:今日卦與昨日相同,世爻破而入墓,官星兩現,皆空破,彼之不服,余曰,再占一卦不妨。又得恆之大過。
卯月辛丑日にまた占いて、《火地晋》を得たり。六爻は上より下へ、官鬼巳火・父母未土・兄弟酉金(世)・妻財卯木・官鬼巳火・父母未土(応)。六爻皆静にして変卦なし。我曰く、今天のこの一卦は昨天の意思と完全一様なり——世爻酉金は卯月に正に月破に逢い、また丑日に金墓に収め入れらる。すでに破して且つ墓に入る。卦中官星巳火は両度出現するも、却って皆空亡月破の地に落つ。功名依旧として着なし。他依旧として服せず。我曰く、則ち再び一卦を起すも亦妨げなし。於是に又得《雷風恒》して《沢風大過》に変ず。
妻財戌土″應 妻財未土″ 官鬼申金″ 動 官鬼酉金′ 子孫午火′ 父母亥水′世 官鬼酉金′世 官鬼酉金′ 父母亥水′ 父母亥水′ 妻財丑土″ 妻財丑土″應 余曰:恭喜,此地爵位雖已失矣!速速援刑例,再任西方。彼曰:何以見之?余曰:持世官星破而入墓,所以知其失之就矣!幸五爻官化進神乃再任之官也。
この一卦の本卦六爻は上より下へ、妻財戌土(応)・官鬼申金(発動)・子孫午火・官鬼酉金(世)・父母亥水・妻財丑土。変卦は依次に妻財未土・官鬼酉金・父母亥水(世)・官鬼酉金・父母亥水・妻財丑土(応)。我曰く、恭喜せり。此地の官位は固然として保ち住む能わざるなりといえども、但し請うて赶紧に「刑例」に依りて捐納せば、以て西辺に到りて再度出任する可し。彼何を以て見得るかを問う。我曰く、世を持する酉金官星はすでに破してまた墓に入れば、故に原缺すでに失うを知る。好きなるは五爻申金官星発動して酉金を変出す。是れ「化進神」にして、あれは便ち再度官を得るの象なり。
餘於彼地二月,占過數卦,尚無應驗,及至三月將軍之侄因昔年因陳不前,都中有人報出行文拿問;又見邸報,江南撫軍果以原品起用;又本府府尊命下,不准復職,後援刑例果於巳年補陝慶陽府知府。餘於彼地三五月,了無寧日。悟前火天大有連得四次,巳火之官而生世爻,應巳月官以相生,須知神報吉凶之月日不可照樣而書符,全在人之變通也。
我あの地方に二月に到るまで待ちて、先前占いしの幾卦は皆なお未だ応験せず。三月に到りて、将軍の侄児は当年の自陳考核に未だ通過を獲せざりしに因りて、京中に人参奏する者有り、行文し下りて拿問せんと要せり。また邸報を見れば、江南巡撫は果たして原品を以て起用せられり。本府知府の批示も亦下れり。復職を准さず。後來他は刑例に依りて捐納して、果たして巳年に陜西慶陽府知府に補せり。我あれに三月より五月に到るまで待ちて、一天も清閑を得ず。これ才に悟り到れり。先前の《火天大有》の一連四次得たるは、巳火官星の来たりて世爻を生ずるは、正に巳月官星相生の時に応ず。見るべし神明の報ずる所の吉凶の月日は、能わず本を照らして科を宣すがごとく死套す可からず。全て人自己の變通する會否に在り。
大匠誨人,必以規矩。卜者決斷,全在靈機。古聖先賢,教人占卜,先教人動靜衰旺生扶拱合刑沖剋害破墓絕空,種種關節不可放過,書宜熟看,自能觸類旁通,隨機應變,爻象一成,即知禍福。用者重之,不用者去之,切不可謬柱而鼓瑟也。筮必誠心,子日不忌。天下無事不由心生,心動求神,必須至誠。故曰:誠則形,形則聚,聚則明。心誠求之,卦必顯而易見。古有子不問卜,黃金策曰只在誠與不誠,不在子與不子。占勿二念,早晚何妨。一念之誠,可格天地。一籃之用,可享鬼神。若懷兩三事而占者,念既不專心,何能一念多心?即是不誠!故曰:遇事即占,不認早晚,慎勿兩念,二念不驗。
高明の工匠は人を教うるに、一定に先ず規矩を教う。卜者の決断は、却って全て靈活の機変に在り。古來聖賢は人を教えて占卜するに、先ず動静・衰旺・生扶拱合・刑沖剋害および破・墓・絶・空のこれらの関節を教えて、一様も放過するを許さず。書は読み熟するを要し、自然に能く類に触れて傍通し機に随いて応変して、卦象は一たび排し出でれば即ち禍福を知る。用着くるはそれを看重し、用着かざるはそれを舍去して、切に琴柱に膠住して瑟を弾ずるがごとき死板なる可からず。占筮は必ず誠心を須う。「子日不宜問卜」の忌諱に至っては大に必ずしも用いず可し。天下の事は心に由りて生生ぜざる無し。心動きて神を求むるは、必ず至誠を須う。故に曰く、内に誠なれば則ち外に形い、外に形えば則ち気聚まり、気聚まれば則ち霊明なり。誠心して去りて求めれば、卦象は必定明白易見なり。古人に「子日不問卜」の説法有り。《黄金策》は却って曰く、関鍵はただ誠と不誠とに在りて、是れ子日なるか否かに在らず。一次の占卜はただ一個の念頭を存するべし。早く占い晩く占うも皆要紧ならず。一念の誠は以て天地を感格する可し。一籃の薄々たる祭品も亦以て鬼神を享祀するに足る。もし心裡に両三件事を揣えて去りて占えば、念頭すでに専一ならざれば、怎麼して能く一念の中に許多の心思を容れ下る能わんや。あれは即ち不誠なり。故に曰く、事に遇えば即ち占え。早晚を論ぜず、千万に兩個の念頭を起す勿れ。二念は即ち霊験ならず。
曾有先占求財後占丈人之病。辰月乙丑日占求財得隨之否 妻財未土″應 動 妻財戌土′應 官鬼酉金′ 官鬼申金′ 父母亥水′ 子孫午火′ 妻財辰土″世 兄弟卯木″世 兄弟寅木″ 子孫巳火″ 父母子水′ 動 妻財未土″
曾てある人先に求財を占い、随後に岳父の病を占えり。辰月乙丑日に求財を占いて、《沢雷随》を得て《天地否》に変ず。本卦六爻は上より下へ、妻財未土(応、発動)・官鬼酉金・父母亥水・妻財辰土(世)・兄弟寅木・父母子水(発動)。変卦は依次に妻財戌土(応)・官鬼申金・子孫午火・兄弟卯木(世)・子孫巳火・妻財未土。
由占妻父病得水山騫 子孫子水″ 子孫子水″ 父母戌土′ 父母戌土′ 兄弟申金″世 兄弟申金″世 兄弟申金′ 兄弟申金′ 官鬼午火″ 官鬼午火″ 父母辰土″應 父母辰土″應 若依本人之言告而斷者先占求財,滿盤俱足財星,其財彼得。占丈人病者,父母臨日月而不死,卻不知二事從此人之念而出,神以前卦應丈人之病,財動克父,丈人病重辰日。應辰日者,財爻屬土,有辰乃土之墓耳。後卦反應求財,兄爻持世,不得。若非留神參悟,以前卦而斷求財,以否卦斷丈人之病者,令人噴飯。餘故曰:一念只占一事,不仿早占晚占,心懷兩三事者,半夜求神,亦有錯矣。
接ぎて岳父の病を占いて、《水山蹇》を得たり。六爻は上より下へ、子孫子水・父母戌土・兄弟申金(世)・兄弟申金・官鬼午火・父母辰土(応)。六爻皆静なり。もし来たる人の自己言う所の次序に照らして去りて断ぜば、先に占いたるのあの卦は満盤皆財星にして、財は必ず手に到らん。後に岳父の病を占えば、父母爻は正に日辰月建に当たり、人は死する能わず。しかるに知らず、この両件事は皆同一人の一個の念頭より出づるにして、神明は実は前の一卦を岳父の病上に応じたるなり——前卦の財爻発動して来たりて父母を剋すれば、故に岳父は辰日に病重し。辰日に応じたるは、財爻の土に属し、辰は正に土の墓庫なるに因る。後の一卦は反って求財上に応ず。兄爻世を持し、財は求め得ず。もし留心して参悟せざれば、依旧として前のあの卦を拿げて求財を断じ・後のあの卦を拿げて岳父の病を断ぜば(原文ここに「以否卦」と作る。当に「以后卦」の訛なるべし)、則ち大方に笑い貽かんと要せん。故に我曰く、一個の念頭はただ一件事を占い、早く占い晩く占うを論ぜず。心裡に両三件事を揣える人は、即ち半夜に神を求むるも、亦一様に錯を出だすを要せん。
我事不可命人。我有心事,不可叫他人代我去占,我之一念,他又一念,事二念也!曾有現任官府命家人代占防害,卯月戊戌日占主人目下災悔否。得比之咸 妻財子水″應 兄弟未土″應 兄弟戌土′ 子孫酉金′ 子孫申金″ 動 妻財亥水′ 官鬼卯木″世 動 子孫申金′世 父母巳火″ 父母午火″ 兄弟未土″ 兄弟辰土″
自己の事は以て別人を叫びて代占せしむ可からず。我心裡に事有れば、他人をして我に替りて卦を起さしむ能わず。我ここに一個の念頭あり、他あれに又一個の念頭あれば、一件事は即ち兩個の念頭と成る。曾て一位の現任官員有りて家人を叫びて患を防ぐの事を代占せしめり。卯月戊戌日、家人は主人の眼下に災悔の有無を占いて、《水地比》を得て《沢山咸》に変ず。本卦六爻は上より下へ、妻財子水(応)・兄弟戌土・子孫申金(発動)・官鬼卯木(世、発動)・父母巳火・兄弟未土。変卦は依次に兄弟未土(応)・子孫酉金・妻財亥水・子孫申金(世)・父母午火・兄弟辰土。
此卦若以本人念,占防害者,喜子孫克世,克去身邊之鬼。而無覆也。告以家人,占主以父母為用神,又以官爻而兼用,巳火父爻旬空而墓於戌日,卯官雖臨月建,難擋疊疊之金,目下雖則無妨,秋來豈無險厄?豈知此卦,競應官府自己之念,世爻為用,子孫克世,以解其災。至申日聞信,有人往上司揭告,被人勸阻,訟之未成。若以家人占主而決者,差別遠矣;又有不應主人之念,而應家人之念者,故日我事必要親占,命他人而代者,難取用神,必於不驗。
この一卦はもし本人の念頭に按じて看れば、患を防ぐの事を占うは正に子孫発動して来たりて世を剋するを喜び、身辺の鬼を剋去せば、便ち傾覆の憂なし。しかるにもし家人の代占に按じて断ぜば、僕従の主人を占うは当に父母を以て用神と為し兼ねて官爻を看るべし。巳火父爻はすでに旬空に落ち、また戌日に墓に入る。卯木官星は月建に臨むと雖も、亦卦中の重重の金を挡き住る能わず——眼下は妨げなきと雖も、秋天に到りて豈に険厄なからんや。誰か知らん、この一卦は竟にあの位の官員の自己の念頭に応じたり。世爻を以て用神と為し、子孫世を剋す。正に好く他的灾を化解せり。申日に到りて消息を傳え来たる。人有りて上司のあれに到りて彼を挙発せんとし、旁人に勧め住められて、訟事成して鬧さざりき。もし真に家人の主人を占うに按じて断ぜば、即ち相差すること太遠ならん。亦主人の念頭に応ぜずして、反って家人の念頭に応ずるの例子有り。故に曰く、自己の事は必ず親自占うを須う。別人を叫びて代占せしむれば、用神は即ち取り定め難く、必然に験せざるなり。
他是誠心,持頌問神,讓我先占,恐神不許。我真誠問,早已舉念,我讓他占,神必應我。曾於辰月癸未日欲占功名先代尊長而占於病。得姤之渙卦 父母戌土′ 妻財卯木′ 兄弟申金′ 官鬼巳火′世 官鬼午火′應 動 父母未土″ 兄弟酉金′ 動 官鬼午火″ 子孫亥水′ 父母辰土′應 父母丑土″世 妻財寅木″
別人の誠心に誦祷して神を問うも、却って我をして先に占はしめば、ただ神明の答允せざらんを怕るのみ。我すでに誠心に念を動かして問わんとすれば、念頭は早已に起せり。この時我彼をして先に占はしめば、神明必定なお我の念頭に応ぜん。曾て辰月癸未日、我本來自己の功名を占わんと欲せり。却って先に尊長に替りて一場の病を占いて、《天風姤》を得て《風水渙》に変ず。本卦六爻は上より下へ、父母戌土・兄弟申金・官鬼午火(応、発動)・兄弟酉金(発動)・子孫亥水・父母丑土(世)。変卦は依次に妻財卯木・官鬼巳火(世)・父母未土・官鬼午火・父母辰土(応)・妻財寅木。
本人占功名得天澤覆 兄弟戌土′ 兄弟戌土′ 子孫申金′世 子孫申金′世 父母午火′ 父母午火′ 兄弟丑土″ 兄弟丑土″ 官鬼卯木′應 官鬼卯木′應 父母巳火′ 父母巳火′ 若以前卦,斷子病者,其子必死。何也?亥水子孫,日月傷克,世爻暗動,又傷子孫,兄申酉金,又被午火克壞,謂之忌神旺而元神衰,勢之必死,豈知本人舉念在前,前卦而應功名,午火官動而生世,世動官興,五月高遷。後卦竟應父占子病,申金子孫,日月生之,次日即愈。
接ぎて本人に由りて功名を占いて、《天沢履》を得たり(原文は「覆」と作る)。六爻は上より下へ、兄弟戌土・子孫申金(世)・父母午火・兄弟丑土・官鬼卯木(応)・父母巳火。六爻皆静なり。もし前の一卦を拿げて去りて孩子の病を断ぜば、あの孩子は必ず死して疑いなし。何を以てか。亥水子孫は日辰月建に傷剋せられ、世爻また暗動して来たりて子孫を傷し、本來子孫を生ず可きの申金・酉金兄弟はまた午火に剋壊せらる。これを忌神旺にして元神衰うと謂う。勢い必ず是れ死なり。誰か知らん、本人の起念は先に在りて、前の一卦は竟に功名上に応じたり。午火官星発動して来たりて世を生じ、世動じて官興る。五月裡果たして高陞せり。後の一卦は反って父親の兒子を占うの病に応じたり。申金子孫は日辰月建の相生を得、第二天病便ち好きたり。
他事由他動念,慎勿提他。他之心事,未動念而占,我提醒他,叫他占,乃我之念也。曾有父叫子占功名午月辛酉日占功名得萃變遁。 父母未土″ 動 父母戌土′ 兄弟酉金′應 兄弟申金′應 子孫亥水′ 官鬼午火′ 妻財卯木″ 動 兄弟申金′ 官鬼巳火″世 官鬼午火″世 父母未土″ 父母辰土″
別人の事は別人の自己に由りて念を動かすを要し、切に去りて彼を提醒する勿れ。彼心裡の事は本來未だ念を起して占わず。是れ我彼を提醒して彼を叫びて去りて占はしめれば、則ち変じて我の念頭と成る。曾て父親有りて兒子を叫びて功名を占はしめり。午月辛酉日に功名を占いて、《沢地萃》を得て《天山遯》に変ず。本卦六爻は上より下へ、父母未土(発動)・兄弟酉金(応)・子孫亥水・妻財卯木(発動)・官鬼巳火(世)・父母未土。変卦は依次に父母戌土・兄弟申金(応)・官鬼午火・兄弟申金・官鬼午火(世)・父母辰土。
此子十有五歲,父叫他占將來有功名否?若於官星持世,夏火當令,未土父爻為文章,父化進神,功名有望,豈知父叫子占,乃父之念也,此卦乃是父占子也,父動克子只傷妻,此子未年而死。未年死子者,未土父動,值未年以傷子也。夫應七月傷妻,卯木財爻絕於申也。餘今亦曾叫人而占,另有一法,先向伊曰,爾之某事,須占一卦,目下我起之念,爾且莫占,待少刻忘懷,爾忽想起念而占之,即數之念,也屢驗。
この孩子は才に十五歳なり。父親は彼を叫びて將來功名の有無を占はしむ。もし単に卦象を看れば、官星世を持して巳火は夏天に当令す。未土父爻は文章を代表し、父爻発動してまた戌土を変出して「化進神」と成す。功名甚だ指望有り。誰か知らん、是れ父親の兒子を叫びて占わしめ、起念するは実は是れ父親なり。故にこの一卦は実は父親の兒子を占うを為す。父母爻発動して来たりて子孫を剋し、同時に財爻も亦傷を受く。結果この孩子は未年に死せり。未年に死せるは、未土父爻発動して、未年に到りて正に値を当たりて子を傷るに因る。妻子は七月に死せり。卯木財爻の申に絶するに因る。我いまもし人を叫びて代占せしめんと欲せば、別に一個の法子有り。先ず彼に対して曰わん、あなたの某件事は当に一卦を占うべし。眼下この念頭は我の起せるなり。あなた且つ占う勿れ。一會兒を過ぎてこの話を忘れ去るを待ち、あなた忽然自己想起して再び占わば、あれ才にあなた自己の念頭と算す。この法子は屢試屢験なり。
我占必以直告,卻莫昧已,此等極多,難以枚舉,有為婚姻故,占月令者。因功名,故占流年。有現任官府,慾望他人之缺,不便言之。故占在任之吉凶,有孝廉不明言卜會試,卻問功名,有已生子,故問有子否?如未月癸亥日占流年得艮卦。 官鬼寅木′世 官鬼寅木′世 妻財子水″ 妻財子水″ 兄弟戌土″ 兄弟戌土″ 子孫申金′應 子孫申金′應 父母午火″ 父母午火″ 兄弟辰土″ 兄弟辰土″
自己卦を起すは一定に問う所の事を直説し、以て自己瞞りて自己する可からず。この類の事は極めて多く、挙げても挙げ盡さず。ある人は婚事の為めに却って去りて本月運程を占い、ある人は功名の為めに却って去りて一年流年を占い、現任官員有りて別人の缺を盼み、明言し便ならず、便ち去りて自己在任上の吉凶を占い、挙人有りて肯んじて會試を卜すると明説せず、ただ籠統に功名を問い、ある人はすでに兒子を生めりといえども、なお兒子の有無を問う。問う所と心裡に想う所と対得上せざれば、卦象も亦自然に號に對得上せざるなり。例如未月癸亥日に一年流年を占いて、《艮為山》を得たり。これ是れ八純卦にして、六爻は上より下へ、官鬼寅木(世)・妻財子水・兄弟戌土・子孫申金(応)・父母午火・兄弟辰土。六爻皆静にして変卦なし。
此人已往軍前援例,故占流年,只謂命有功名,流年必現,卻不知占功名,以官為官,最喜官星持世。占流年以官為鬼,不宜官鬼持世,餘以此理告之,彼曰:煩人援例,如不知成否?余曰:此卦官星持世,長生於亥日,業已成矣。亥水為財,財旺生官。果於申日文書實收俱到,應申日者,寅木官星持世,靜而逢沖之日也。若以流年作鬼斷者,如天遠矣。
这人は実はすでに軍前に到りて捐納して官を求め、才に流年を占うを借りて来たりて問う。心に想うに命中もし功名有れば、流年上に自然に顕出せんと。彼は懂せず。功名を占うの時の「官」は即ち官職にして、最も官星の世を持するを喜ぶ。流年を占うの時の「官」は却って是れ鬼祟にして、最も官鬼の世を持するを忌む。我この個の道理を彼に告ぐ。彼曰く、人を托して捐納の事を弁ずるに、成るか成らざるかを知らず。我曰く、この一卦は官星世を持し、また亥日に長生す。すでに弁成せり。亥水是れ財にして、財旺なれば自ら能く官を生ぜん。果たして申日に到りて、批文と實収憑據と一併せに送到せり。申日に応じたるは、寅木官星世を持して安静にして、沖に逢うの日即ち是れ応期なるに因る。もし真に流年に按じて官星を以て鬼と当作りて断ぜば、則ち相差すること天遠ならん。
占遠應近,務必留心。天下之理生於動,有機則動,凡來占者,事在目前,心神迫情,兩心相感,起課之人精神亦聚,吉凶立建;事尚無機,或占後運,或占不關切之事,甚有作戲談而問占卦之人,不得已而應之,兩心毫無相攝,卦亦茫然,卦之成者戲以遠而報近事,或以近事而報遠。如未月丙辰日占財。得咸之大過 父母未土″應 父母未土″ 兄弟酉金′ 兄弟酉金′ 子孫亥水′ 子孫亥水′世 兄弟申金′世 兄弟酉金′ 官鬼午火″ 動 子孫亥水′ 父母辰土″ 父母丑土″應
遠事を占うて近事に応ずるは、務めて留心せよ。天下の理は皆「動」上より生じ出づ。機兆有りて才に動く。およそ来たりて占を求むるの人は、もし事情眼前に迫り・心神焦切なれば、両下裡の心意相感じて、卦を起すの人の精神も亦凝聚し、吉凶は立刻に断じ出づるを得べし。もし事情未だ機兆有らず、或いは占う所は日后の運気、或いは占う所は切身ならざるの事、甚至て人ありて占卦を拿げて玩笑に当てて来たりて問い、卜者已むを得ず應付一下せば、両下の心は毫も相攝せず、卦象も亦即ち茫然として歸る無し。このように成せるの卦は、往往遠事を把りて近事に報じ、或いは近事を把りて遠事に報ず。例如未月丙辰日に求財を占いて、《沢山咸》を得て《沢風大過》に変ず。本卦六爻は上より下へ、父母未土(応)・兄弟酉金・子孫亥水・兄弟申金(世)・官鬼午火(発動)・父母辰土。変卦は依次に父母未土・兄弟酉金・子孫亥水(世)・兄弟酉金・子孫亥水・父母丑土(応)。
此人閒問,家中常見白人,必有古窖,何時得財?余曰:卦中鬼變子孫,目下子女不利,彼小女出花,余曰:須防亥日,果死於亥日。彼問:何所問得財,神報目下而死女?應亥日者,午火鬼化亥水子也。又如酉月甲辰日占本月月令。得遁之姤卦。
这人はただ閑に問う。家裡常に白衣の人影を看見す。想定すに底下に古時の窖蔵有らん。いずれの時候にこの筆の財を得る能うか。我曰く、卦中官鬼は子孫を変出す。眼下子女利あらず。他家の小女児は正に天花を出づ。我曰く、亥日を防ぐを要す。結果女児果たして亥日に死せり。彼曰く、我問う所是れ財を得るにして、神明はどうして報じたるは却って眼前の女児夭折なるか。亥日に応じたるは、午火官鬼の亥水子孫を変出せるに因る。又如く酉月甲辰日に本月運程を占いて、《天山遯》を得て《天風姤》に変ず。
父母戌土′ 父母戌土′ 兄弟申金′應 兄弟申金′ 官鬼午火′ 官鬼午火′應 兄弟申金′ 兄弟酉金′ 官鬼午火″世 動 子孫亥水′ 父母辰土″ 父母丑土″世 世爻午火動化亥水回頭克,世辰年占卦,在午年子月而死。占月令而現壽元,此占近而應遠也。
この一卦の本卦六爻は上より下へ、父母戌土・兄弟申金(応)・官鬼午火・兄弟申金・官鬼午火(世、発動)・父母辰土。変卦は依次に父母戌土・兄弟申金・官鬼午火(応)・兄弟酉金・子孫亥水・父母丑土(世)。世爻午火発動して亥水を変出し、「回頭剋」と成す。此人は辰年に卦を起し、午年子月に到りて身死せり。問う所は不過本月運程なるに、卦上に現出せるは却って是れ寿元の長短なり。これ即ち近事を占うて遠事に応ずるなり。
占此應彼,必須詳察。大凡占出卦象,必須細為詳查,卦有不應所問之事,而反應所未問之事,其故何也?神有舍小事而報大事,有舍小吉而報大凶,有舍此應彼,占我應他,占他應我,乃旦夕禍福將至,機之一動,卦必現,故曰:知機其神乎,此之謂也。
这件事を占うて却ってあの件事上に応ずるは、必ず仔細に察看するを須う。大凡卦象排したる後は、皆細々に審査するを要す。卦には問う所の事に応ぜず、反って未問の事に応じたるの時有るに因る。これ是れ何の縁故か。神明は時に小事を舍てて大事を報じ、時に小吉を舍てて大凶を報じ、時に此を舍てて彼に応ず——自己を占うて別人の身上に応じ、別人を占うて反って自己の身上に応ず。此は皆旦夕の間に即ち禍福臨頭有るに因る。機兆一動せば、卦上必定顯現す。故に「知機其神乎」と曰う。講ずる所は正にこの個の道理なり。
如巳月已未日占小廝病 妻財子水″應 妻財子水″ 兄弟戌土′ 兄弟戌土′ 子孫申金″ 子孫申金″世 官鬼卯木″世 動 子孫申金′ 父母巳火″ 父母午火″ 兄弟未土″ 兄弟辰土″應 余曰:此卦不應小廝病,而應今秋功名有礙,彼曰:何也?余曰:世臨卯木之官化申金子孫回頭克,是以知之。彼曰:我問小廝,如何應在功名?餘日:神之機常常如此,舍小事而報大凶,公之諸事須宜慎之,果於七月,被論革職,此占他而應我也!
例如巳月己未日に小厮の病を占う。本卦六爻は上より下へ、妻財子水(応)・兄弟戌土・子孫申金・官鬼卯木(世、発動)・父母巳火・兄弟未土。変卦は依次に妻財子水・兄弟戌土・子孫申金(世)・子孫申金・父母午火・兄弟辰土(応)。我曰く、この一卦は小厮の病に応ぜず、倒に今年秋天功名に妨害有るに応ずべし。彼何を以て見得るかを問う。我曰く、世爻は卯木官星を坐し、発動して申金子孫を変出して「回頭剋」と成す。故に知る。彼曰く、我問う所是れ小厮なり。どうして功名上に応ずる能わんや。我曰く、神明の機兆は常常此の如し。小事を舍てて大凶を報ず。您凡事皆当に謹慎すべし。果たして七月に到りて、此人は參劾革職せらる。これ即ち別人を占うて自己の身上に応ずるなり。
又如申月戊寅日占身病得坤之比 子孫酉金″世 妻財子水″應 妻財亥水″ 動 兄弟戌土′ 兄弟丑土″ 子孫申金″ 官鬼卯木″應 官鬼卯木″世 父母巳火″ 父母巳火″ 兄弟未土″ 兄弟未土″ 斷曰:卦中世爻酉金絕於寅日,所幸秋天問卜,正值旺相,故自身無災。防九十月妻財有危。因亥水財爻化戌土為回頭克。彼曰:吾病已重。余曰:卦中子孫持世,不藥而癒。果不久病癒。九月妻死,是占我應他。
又如く申月戊寅日に自己の病を占いて、《坤為地》を得て《水地比》に変ず。本卦六爻は上より下へ、子孫酉金(世)・妻財亥水(発動)・兄弟丑土・官鬼卯木(応)・父母巳火・兄弟未土。変卦は依次に妻財子水(応)・兄弟戌土・子孫申金・官鬼卯木(世)・父母巳火・兄弟未土。断語は曰く、世爻酉金は寅日に「絶」の地に処る。幸いにして是れ秋天に卜を問うにして、酉金正に旺相に当たる。故に自身災なし。倒に九・十月に妻子の危険有るを防ぐを要す。亥水財爻の戌土を変出して「回頭剋」と成せるに因る。彼曰く、我病已に甚だ重し。我曰く、卦中子孫世を持す。薬を吃せずとも亦好かん。果たして久しからずして病便ち好き、しかも九月裡妻子去世せり。これ是れ自己を占うて別人の身上に応ずるなり。
又如未月丁亥日占母病得坤之剝。 子孫酉金″世 動 官鬼寅木′ 妻財亥水″ 妻財子水″世 兄弟丑土″ 兄弟戌土″ 官鬼卯木″應 官鬼卯木″ 父母巳火″ 父母巳火″應 兄弟未土″ 兄弟未土″ 斷曰:此卦不現母病,而現子女有災。彼曰:何也?余曰:令堂近病,卦得六沖即愈,只不宜爻中現出子孫變鬼,伊曰:小兒初生兩月。餘日:八月防之。果於八月其子驚風,又來卜之。
又如く未月丁亥日に母親の病を占いて、《坤為地》を得て《山地剥》に変ず。本卦六爻は上より下へ、子孫酉金(世、発動)・妻財亥水・兄弟丑土・官鬼卯木(応)・父母巳火・兄弟未土。変卦は依次に官鬼寅木・妻財子水(世)・兄弟戌土・官鬼卯木・父母巳火(応)・兄弟未土。断語は曰く、この一卦の現出せるは母親の病にあらずして、而是れ子女に災有るなり。彼何を以てかを問う。我曰く、令堂是れ新得の病にして、卦六沖に逢えば便ち痊愈せん。ただ卦中に子孫の鬼を変ずるを現出するに宜しからざるのみ。彼曰く、家裡の小兒は才に兩個月生まれし。我曰く、八月に提防を要す。果たして八月に到りて、この孩子は驚風を発し、他又来たりて卦を占えり。
酉月丁卯日又占子病 得既濟之革 兄弟子水″應 官鬼未土″ 官鬼戌土′ 父母酉金′ 父母申金″ 動 兄弟亥水′世 兄弟亥水′世 兄弟亥水′ 官鬼丑土″ 官鬼丑土″ 子孫卯木′ 子孫卯木′應 斷曰:卯木子孫,臨月破,又動出申金傷克,雖值日辰,難過酉月卯日。還有救否?余曰:向占母病,已應八月死子。今又得此凶卦,何以救之?果死於卯日。夫應於卯日者,乃實破之日也。
酉月丁卯日に再び孩子の病を占いて、《水火既済》を得て《沢火革》に変ず。本卦六爻は上より下へ、兄弟子水(応)・官鬼戌土・父母申金(発動)・兄弟亥水(世)・官鬼丑土・子孫卯木。変卦は依次に官鬼未土・父母酉金・兄弟亥水(世)・兄弟亥水・官鬼丑土・子孫卯木(応)。断語は曰く、卯木子孫は正に酉月月破に逢い、卦中又申金を動出して来たりてそれを傷剋す。卯日の日辰に当たると雖も、亦酉月裡の卯日を熬り過ぐる能わず。彼なお救い有るか無きかを問う。我曰く、先前令堂の病を占いて、已に八月に子を死するに応じたり。いま又得このようなの凶卦。なお怎麼救う能わんや。孩子果たして卯日に死せり。卯日に応じたるは、あの天は正に月破を填実の日子なるに因る。
李我平曰:黃金策千金賦,乃誠意先生所著,昔有人曰:有能易一宇者,予以千金,後因刻板錯誤,以訛傳訛,致白玉生瑕,不意野鶴老人,前後增刪,另作解注,以成全壁。餘不能遣以千金,從此名之萬金賦可也。
李坦(字は我平)曰く、《黄金策・千金賦》是れ誠意伯劉基の作る所なり。当年人有りて話を放ち曰く、誰か能くその中の一個字を改動せば、即ち彼に千金を送らん。後來刻版に誤有りて、訛を以て訛を傳え、譬えば白玉の瑕疵を生ぜるがごとし。不料野鶴老人前後増删して、別に注解を作し、終にそれをして復た完璧と成さしめたり。我千金を拿出して相贈る能わざれば、則ち此よりそれを把りて《萬金賦》と叫作せん。
天時章第三十五
增刪《黃金策 》天道旱澇不定,易爻陰晴可測。古以晴雨之占,不可以有試其行術而輕瀆鬼神,如亢旱求雨,澇則求晴,始可卜之。余曰:不然,正可以此試其術何也!卦之微妙,初學難知,以人事而卜,不易得驗;以天時而卜,目下即可得驗。天時人事,皆不離五行。天時得驗,人事驗矣,余初學卜,皆賴天時之巧應,得其微妙之處。
以下は依旧として《黄金策》に対するの増删なり。賦文曰く、天道の旱涝に定准なきも、易卦の爻象は以て陰晴を測知す可し。古人は以て晴雨を占うは以て術数を試験し鬼神を軽慢す可からずと為し、必ず大旱に雨を求め水涝に晴を求むるがごとき確かに実事有るを得て、才に以て卦を起す可しとす。我曰く然らず。恰恰当にそれを拿げて術数を試験すべし。何を以てか。卦理精微にして、初學の人は明白し易からず。人事を拿げて占えば、一時験証し難し。天時を拿げて占えば、当天即ち分曉を見る。天時も好し人事も好し、皆五行を離れず。天時上に験し准ぜば、人事も亦自然に験し准ぜん。我当初卜を學ぶは、全て天時を占うの屢々巧く応ずるを頼りて、才にその中の微妙の処を摸得着たり。
子孫為日月星斗,動則萬里晴光。黃金策以財動者,八方咸仰晴光,非也。子孫發動,萬里無雲,財以子孫為原神,財動雖晴,倘如子孫休囚空破,或現而不動,必不大晴,當有浮雲薄霧。如卯月甲午日占晴 兄弟戌土″ 兄弟未土″ 子孫申金″ 動 子孫酉金′世 父母午火′世 妻財亥水′ 兄弟辰土′ 兄弟辰土′ 官鬼寅木′ 官鬼寅木′應 妻財子水′應 妻財子水′ 申金子動化進神,酉日碧天如洗。或曰:凡存占驗,皆尚奇微巧驗,此卦顯而易見,何故錄之?余曰:令初學者易知,由淺以入深也。奇驗於理,後卷有之。
賦文に「子孫為日月星斗、動則萬里晴光」と言う。《黄金策》の原句は「妻財発動、八方咸仰晴光」と作る。あれ是れ対ならず。子孫発動して、才是れ萬里雲なし。財爻は子孫を以て原神と為す。財動は晴を主ると雖も、可是れ子孫もし休囚空破ならば、或いは卦中に現ずと雖も発動せざれば、即ち晴ること徹底せず。総要して些かの浮雲薄霧有らん。例如卯月甲午日に天晴を占う。本卦六爻は上より下へ、兄弟戌土・子孫申金(発動)・父母午火(世)・兄弟辰土・官鬼寅木・妻財子水(応)。変卦は依次に兄弟未土・子孫酉金(世)・妻財亥水・兄弟辰土・官鬼寅木(応)・妻財子水。申金子孫発動して酉金を変出す。是れ「化進神」にして、酉日に到りて果たして碧空如洗たり。ある人曰く、およそ収存する所の占験は皆あの奇巧入微のを取るべし。この一卦は一望にして知る。何ぞ必ずしも録し入れんや。我曰く、為めに是れ初學の人をして明白し易からしめ、浅きより深きに入らしむるなり。道理の奇奧なる験例に至っては、後面の幾巻に在ること有り。
父母為雨雪霧霜,發則八方潤澤。凡占,須以分看,或求晴、求雨、求雪、求霜,念專於一而神告矣。宜分請求於何地?神曰:域內晴否?或占本鄉、或占本省、不然天下何日不晴?何日不雨?指其地而占之可也。法以父母為天地,天地閉塞,而日月塞,而日月掩藏,此亦近理。餘以父母為厚雲重霧,父動傷子,掩其日月也。所以父爻發動,雲霧迷天,日月掩藏而雨矣。
賦文に「父母為雨雪霧霜、発則八方潤沢」と言う。およそ天時を占うは、必ず分け開きて問うを須う。晴を求め・雨を求め・雪を求め・霜を求む。念頭を一件上に専注せば、神明才に明白の告示有らん。なお分け清めて問う所はいずれの一処の地方なるかを要す——是れ本郷を問うか、それとも本省を問うか。否らざれば天下の大に、いずれの一天か晴なからざらん。いずれの一天か雨なからざらん。地方を指定して来たりて占って才に対なり。旧法は父母爻を把りて天地と当作り、天地閉塞すれば則ち日月遮蔽せらると言う。この話も亦なお理に近し。我は則ち父母爻を把りて厚雲重霧と看作す。父母発動すれば即ち子孫を傷剋して、正に是れ日月を遮住せり。故に父爻一動せば、雲霧天に迷い、日月隱沒して、天即ち雨を下さんとす。
如巳月甲戌日占天何日雨得小過之旅 父母戌土″ 動 官鬼巳火′ 兄弟申金″ 父母未土″ 官鬼午火′世 兄弟酉金′應 兄弟申金′ 兄弟申金′ 官鬼午火″ 官鬼午火″ 父母辰土″應 父母辰土″世 因連日大晴,本日卯時占何時雨?即於辰時起云,辰末巳初雷雨大作,應辰時者,戌日沖辰父而暗動,雷雨大作者,戌化巳火鬼也。
例如巳月甲戌日にいずれの天に雨を下すかを占いて、《雷山小過》を得て《火山旅》に変ず。本卦六爻は上より下へ、父母戌土(発動)・兄弟申金・官鬼午火(世)・兄弟申金・官鬼午火・父母辰土(応)。変卦は依次に官鬼巳火・父母未土・兄弟酉金(応)・兄弟申金・官鬼午火・父母辰土(世)。連日大晴なるに因りて、当天卯時に卦を起して何時雨を下すかを問う。結果辰時に即ち雲を起し、辰末巳初に雷雨大作せり。辰時に応じたるは、戌日の初爻辰土父母を沖して「暗動」と成せるに因る。是れ雷雨なる所以は、則ち上爻戌土の巳火官鬼を変出せるに因る。官鬼は雷電を主る。
妻財天氣晴明。財動克父而生子孫,所以主睛。如酉月乙巳日占本日陰晴:得升之恆 官鬼酉金″ 妻財戌土″應 父母亥水″ 官鬼申金″ 妻財丑土″世 動 子孫午火′ 官鬼酉金′ 官鬼酉金′世 父母亥水′ 父母亥水′ 妻財丑土″應 妻財丑土″ 此卦丑土財動化出午火子孫,上半日雖晴常有浮雲掩日,至午時之後滿天紅日無雲,所以財爻雖主晴明,難免無雲,至午時而見子孫,始大晴也。
賦文に「妻財天気晴明」と言う。財爻発動するは能く父母を剋し・また能く子孫を生ず。故に天晴を主る。例如酉月乙巳日に当天の陰晴を占いて、《地風升》を得て《雷風恒》に変ず。本卦六爻は上より下へ、官鬼酉金・父母亥水・妻財丑土(世、発動)・官鬼酉金・父母亥水・妻財丑土(応)。変卦は依次に妻財戌土(応)・官鬼申金・子孫午火・官鬼酉金(世)・父母亥水・妻財丑土。この一卦は丑土財爻発動して午火子孫を変出す。上半天は晴と雖も、却って常に浮雲の日を遮る有り。午時以後に到りて、満天紅日再び片雲なし。見るべし、財爻は晴明を主ると雖も、なお雲有るを免れ難し。直に午時子孫の当値に到りて、才是れ大晴なり。
官鬼雷霆霧電。官鬼乃父母之原神,動則生父,故主霧霆雷電。或應雷霆,不拘春復秋冬,方可執以為雷霆霧電看是也。如巳月丁卯日占天何日雨得恆之大過 妻財戌土″應 妻財未土″ 官鬼申金″ 動 官鬼酉金′ 子孫午火′ 父母亥水′世 官鬼酉金′世 官鬼酉金′ 父母亥水′ 父母亥水′ 妻財丑土″ 妻財丑土″應 世爻酉鬼暗動,申鬼明動化進神,本日申時,霹雹擎天,遠方大雨,而本處灑來幾點,或曰:因父爻月破。予曰:非也,父爻若動,雖臨月破,亦作大雨。
賦文に「官鬼雷霆霧電」と言う。官鬼是れ父母の原神にして、一動せば即ち父母を生ず。故に雷電霧霆を主る。時に雷霆上に応ずる有り。春夏秋冬を論ぜず、皆雷霆霧電に照らして看る可し。例如巳月丁卯日にいずれの天に雨を下すかを占いて、《雷風恒》を得て《沢風大過》に変ず。本卦六爻は上より下へ、妻財戌土(応)・官鬼申金(発動)・子孫午火・官鬼酉金(世)・父母亥水・妻財丑土。変卦は依次に妻財未土・官鬼酉金・父母亥水(世)・官鬼酉金・父母亥水・妻財丑土(応)。世爻酉金官鬼は日辰に沖せられて暗動し、五爻申金官鬼は明動してまた酉金を変出して「化進神」と成す。当天申時に便ち雷霆天を震い、遠処は大雨を下し、本地はただ幾点を洒下せり。ある人はこれは父爻の月破に逢うに因ると言う。我曰く是れならず。父爻はただ発動せば、即ち正に月破に逢うとも、照様に能く大雨を下さん。
應乃太虛,逢空雨晴難定,世為大地,受克天變非常。覺子曰:占雨用父爻,占晴用子孫爻、財爻,世應何干?余曾占雨占晴,一卦不現,再占兩卦。六爻不動者,務必求其動而驗之。何故而曰雨晴難定?假使人間趨避,亦可答曰我難定耶?至於世爻受克而天變者,繫偶然湊合一兩卦耳,何得以之為法?余常占得官父兄爻克世者不少,未見天變,此兩句宜刪之。
賦文に「応乃太虚、逢空雨晴難定。世為大地、受剋天変非常」と言う。李文輝曰く、雨を占うは父母爻を用い、晴を占うは子孫爻・財爻を用いるに、世爻応爻と何の相干有らん。我雨を占い晴を占うに、一卦看出し得ざれば即ち再び両卦を占う。六爻皆動かざるは、一定に動爻を求め得て才に験証し好し。何を憑りて「雨晴難定」と説かんや。倘若人間は吉を趨り凶を避けんと要するに、亦能く一句に「我定め得ず」と回答する能わんや。世爻剋を受ければ即ち天変すと説くに至っては、あれは不過一兩卦の偶然湊合するのみ。どうして法則と立つる能わんや。我常常官鬼・父母・兄弟の世を剋するの卦を占い到るに、併せて天変を見ず。この両句は当に删去すべし。
若論風雲全憑兄弟。兄弟發動,雖主風雲乃云淡風輕之景,非晴非雨之天。每見兄動而日月於雲中穿走,怎隱乍出現。如午月丁亥日占本日陰晴得逐之否 父母戌土′ 父母戌土′應 兄弟申金′應 兄弟申金′ 官鬼午火′ 官鬼午火′ 兄弟申金′ 動 妻財卯木″世 官鬼午火″世 官鬼巳火″ 父母辰土″ 父母未土″ 或曰:兄動為風雲,今日還是陰天。余曰:申金兄爻為雲,化卯木財爻,是由雲霧中變出日色之象,果一日陰雲申時而見日色,次日卯時大晴。
賦文に「若論風雲全憑兄弟」と言う。兄弟発動は風雲を主ると雖も、亦是不過雲淡風軽の光景にして、是れ晴れず且つ雨らざるの天気なり。我常見るに兄爻一動せば、日月は即ち雲縫裡を穿行して、忽隱忽現す。例如午月丁亥日に当天の陰晴を占いて、《天山遯》を得て《天地否》に変ず。本卦六爻は上より下へ、父母戌土・兄弟申金(応)・官鬼午火・兄弟申金(発動)・官鬼午火(世)・父母辰土。変卦は依次に父母戌土(応)・兄弟申金・官鬼午火・妻財卯木(世)・官鬼巳火・父母未土。ある人曰く、兄爻動は風雲を主る。今天はなお是れ陰天ならん。我曰く、申金兄爻是れ雲にして、それは卯木財爻を変出す。正に是れ雲霧裡より日色を透出するの象なり。結果この一天は陰雲密布して、申時に到りて太陽を露出し、第二天卯時に大晴せり。
更詳四季推辭,須配五行參決。黃金策曰:父母爻四時主雨,若臨金水雨大而不止,若臨火土雨小而不久。覺子曰:此係不論衰旺四時,皆以父臨水則雨大,臨火則雨小。既不論衰旺如何,後章又曰:父持月建必然陰雨連旬,假使巳午未月火土當令之時,正大雨施行之際,若值父臨火土而動,如以旺衰而論,父旺當主陰雨連旬;若以五行來決,論火土者當斷之雨小。古法之錯,何以不刪?更可笑者,舊注有云,冬天以子孫為霜雪,以子孫為霜雪,倘值冬令占晴,以何爻而用?明昔賢悖理之廖,當時而不省悟者,何也?
賦文に「更詳四季推辞、須配五行参決」と言う。《黄金策》曰く、父母爻は四季皆雨を主る。もし金・水に臨めば則ち雨大にして止まず。もし火・土に臨めば則ち雨小にして久しからず。李文輝曰く、これ是れ四時の衰旺を管せず、一律に父爻の水に臨めば即ち雨大・火に臨めば即ち雨小に按じて断ずるなり。すでに衰旺を論ぜず、後面の一章は却ってまた「父持月建必然陰雨連旬」と言う。假使巳・午・未月の火土当令の時に在らば、正に大雨盛行の季節にして、偏偏父爻は火土に臨みて発動す。旺衰に按じて論ぜば、父旺なれば当に陰雨連旬を主るべし。五行に按じて論ぜば、火土に臨めば又当に雨小と断作すべし。古法の自ら相矛盾すること此の如し。何を以てか删せざる。いっそう可笑なきは旧注の冬天は子孫を以て霜雪と為すと説くなり——すでに子孫を把りて霜雪と当作れば、則ち冬天に晴を占うはまたいずれの一爻を用いべきか。前賢のこの類の理に悖るの謬は明明白白なり。当时の人は竟に省悟せず。是れ何の為めか。
如子月已亥日因連日雪占何日晴得觀之比 妻財卯木′ 動 子孫子水″應 官鬼巳火′ 父母戌土′ 父母未土″世 兄弟申金″ 妻財卯木″ 妻財卯木″世 官鬼巳火″ 官鬼巳火″ 父母未土″應 父母未土″ 斷曰:兩爻火鬼暗動,今日還是陰天,卯木財爻化出子孫子水,明日卯時必晴。果於次日卯時,雲開日出,此子水者既臨月建,又有亥月拱之,旺之無比。若以之為霜雪,不獨不晴,既當雪深十尺。所以占天時,不論旺衰,亦未有以子孫為霜雪也。
例如子月己亥日、連日雪を下すに因りていずれの天に晴れ放つかを占いて、《風地観》を得て《水地比》に変ず。本卦六爻は上より下へ、妻財卯木(発動)・官鬼巳火・父母未土(世)・妻財卯木・官鬼巳火・父母未土(応)。変卦は依次に子孫子水(応)・父母戌土・兄弟申金・妻財卯木(世)・官鬼巳火・父母未土。断語は曰く、両爻巳火官鬼は日辰に沖せられて暗動す。今天はなお是れ陰天なり。卯木財爻は子水子孫を変出す。明天卯時に必定晴れ放たん。果たして第二天卯時に雲開き日を出づ。この子水はすでに子月月建に当たり、また亥日の拱扶有りて、旺にして以て加うる無し。もし旧説に照らして子孫を把りて霜雪と当作れば、則ち不但晴るべからざるのみ、反って積雪十尺なるべし。故に天時を占うはすでに衰旺を論ぜざる能わざるにして、亦従来子孫を把りて霜雪と作すの道理なし。
晴或逢官,為煙為霧。舊注卦得時兆,爻中又有鬼動者,必須有濃雲重霧,或惡風晦暗,冬或大寒,夏或大熱,非風和日霞之天。餘以此論有理,但須分別時辰。既如辰月已卯日占本日陰晴得屯之臨 兄弟子水″ 父母酉金″ 官鬼戌土′應 動 兄弟亥水″應 父母申金″ 官鬼丑土″ 官鬼辰土″ 官鬼丑土″ 子孫寅木″世 動 子孫卯木′世 兄弟子水′ 妻財巳火′ 斷日寅木子孫化進神,今日大晴,五爻戌土鬼動,戌亥時必主黑雲。果於戌時,星辰無光。若以一日之煙霧斷者,錯也。
賦文に「晴或逢官、為煙為霧」と言う。旧注曰く、卦すでに晴の徴兆を現出して、爻中又官鬼の発動有れば、則ち必ず濃雲重霧、或いは悪風晦暗、冬天は特別寒・夏天は特別熱にして、総じて是れ風和日麗の天気にあらず。我は以てこの話理有りと為す。ただ必ず分け清めていずれの時辰に応ずるかを須う。例如辰月己卯日に当天の陰晴を占いて、《水雷屯》を得て《地沢臨》に変ず。本卦六爻は上より下へ、兄弟子水・官鬼戌土(応、発動)・父母申金・官鬼辰土・子孫寅木(世、発動)・兄弟子水。変卦は依次に父母酉金・兄弟亥水(応)・官鬼丑土・官鬼丑土・子孫卯木(世)・妻財巳火。断語は曰く、寅木子孫は卯木を変出して「化進神」と成す。今天大晴せん。五爻戌土官鬼発動す。戌時亥時に必ず黑雲を起さん。果たして戌時に到りて、星光すら見る能わざるに連ねり。もしこの煙霧の象を把りて籠統に一整天と断作せば、則ち錯れり。
雨而遇福,為電為虹。卦得有雨之象,子孫亦動者,非有閃電,則有彩虹,餘以之為非。三合成財問雨難堪八卦。三合財局子孫局者,主晴.三合父局主雨,三合鬼局,黑霧迷天或雷電閃爍,三合木局主風。五鄉連父晴怪殺臨空。舊注謂父爻空而無雨,子孫及財爻空而不晴。余常占雨,父母休囚不動,果是難望。若值空者,勿謂無望,常得父爻動而逢空,不應沖空之日,則應填實之期。百試百驗,財與子孫空者,同此。財化鬼陰晴不久。舊注繫財化鬼陰晴未定,非也。
賦文に「雨而遇福、為電為虹」と言う。卦すでに雨有るの象を現出して、子孫また発動せば、閃電有るにあらざれば即ち彩虹有らん。我は以てこの話対ならずと為す。賦文に「三合成財問雨難堪」と言う。卦中三合して財局或いは子孫局を成すは晴を主り、三合して父母局を成すは雨を主り、三合して官鬼局を成すは黑霧天に迷い或いは雷電閃爍を主り、三合して木局を成すは風を起すを主る。賦文に「五郷連父晴、怪殺臨空」と言う。旧注は父爻空に落てば即ち雨無く、子孫・財爻空に落てば即ち晴れずと曰う。我平日雨を占うに、父母休囚にしてまた発動せざれば、確かに雨有るを望み難し。ただしもしただ空に落つのみなれば、切に指望なしと説く勿れ。我常遇うに父爻発動してまた空に逢うのを、沖空のあの天に応ぜざれば、即ち填実のあの天に応ず。百試百験なり。財爻・子孫の空に落つるも、道理相同じ。賦文に「財化鬼陰晴不久」と言う。旧注は財鬼を化すれば則ち陰晴未定と解作す。あれ是れ錯れり。
如巳月甲寅日因連日晴占何日雨,得既濟變蹇 兄弟子水″應 兄弟子水″ 官鬼戌土′ 官鬼戌土′ 父母申金″ 父母申金″世 兄弟亥水′世 父母申金′ 官鬼丑土″ 妻財午火″ 子孫卯木′ 動 官鬼辰土″應 若以財化鬼陰晴未定,此卦卯木子孫化辰土鬼,豈可曰陰晴兩來,殊不知卯木子卯日晴,辰土鬼日天變則不晴矣。余斷辰日天陰,巳日必雨。何以知其巳日雨?卦中申金父爻暗動,動而逢令之日,果於辰日天變,巳日大雨,故曰,子孫爻、財爻、化鬼,晴之不久,父爻動化子,乃雨之不久,非陰晴而難定。
例如巳月甲寅日、連日晴天なるに因りていずれの天に雨を下すかを占いて、《水火既済》を得て《水山蹇》に変ず。本卦六爻は上より下へ、兄弟子水(応)・官鬼戌土・父母申金・兄弟亥水(世)・官鬼丑土・子孫卯木(発動)。変卦は依次に兄弟子水・官鬼戌土・父母申金(世)・父母申金・妻財午火・官鬼辰土(応)。もし「財化鬼則陰晴未定」に按じて看れば、この一卦是れ卯木子孫の辰土官鬼を変出するなり。豈に即ち陰晴両可と説かんや。殊に知らず、卯木子孫の管する所是れ卯日の晴れ放つにして、辰土官鬼の管する所是れ辰日の天変じて晴れざるなり。我辰日天陰り・巳日必ず雨と断ず。怎麼して巳日の雨を下るを知る。卦中申金父母の日辰に沖せられて暗動し、動爻はそれの当令の日子に応ずるに因る。後來果たして辰日天変じ・巳日大雨せり。故に曰く、子孫爻・財爻の官鬼を変出するは、是れ晴久しからず。父爻発動して子孫を変出するは、是れ雨久しからず。併せて何の陰晴難定にあらず。
父化兄風雨靡常。父化兄,父化鬼或卦中父動兄動皆主風雨交作,若論前後,動者為先,變者為後,既如兄化父先風而後雨,鬼化父春夏占者先雷後雨。覺子曰:鬼動雖為雷電,應雷者少,黑雲者多,不可執之。父化子雨後晴明,弟化孫雲開日出。舊注繫母化子,長虹滿帶,非也。
賦文に「父化兄風雨靡常」と言う。父母の兄弟を変出し・父母の官鬼を変出し、或いは卦中父爻兄爻同時に発動するは、皆風雨交加を主る。もし先後を論ぜば、動爻は先に在り・変爻は後に在り。兄爻の父母を変ずれば、即ち是れ先に風を起し後に雨を下す。官鬼の父母を変ずれば、春夏の占う所は則ち是れ先に雷を打ち後に雨を下す。李文輝曰く、官鬼発動は雷電を主ると雖も、実際は雷を打つ上に応ずるは少なく・黑雲上に応ずるは多し。死執する可からず。賦文に「父化子雨後晴明、弟化孫雲開日出」と言う。旧注はこの一句を「母化子則長虹満天」と解作す。あれ是れ対ならず。
如午月乙卯日因連日雨本日亦雨,占何日晴 父母酉金″ 動 子孫寅木′世 兄弟亥水″ 兄弟子水″ 官鬼丑土″世 官鬼戌土″ 兄弟亥水′ 父母申金′應 官鬼丑土″ 妻財午火″ 子孫卯木′應 動 官鬼辰土″ 余曰:今日酉時必見紅輪西墮,明日還見陰天。彼曰:何也?余曰:六爻酉父化子,今日酉時落日。初爻卯木化辰鬼,明朝辰日必是陰雲。果於酉時忽然天開,見日色。次日迷雲而雨。
例如午月乙卯日、連日雨を下し・当天も亦下り中に在るに、いずれの天に晴れ放つかを占う。本卦六爻は上より下へ、父母酉金(発動)・兄弟亥水・官鬼丑土(世)・兄弟亥水・官鬼丑土・子孫卯木(応、発動)。変卦は依次に子孫寅木(世)・兄弟子水・官鬼戌土・父母申金(応)・妻財午火・官鬼辰土。我曰く、今天酉時に一定能く夕陽の西下を看見せん。明天はなお是れ陰天なり。彼何を以てかを問う。我曰く、上爻酉金父母は寅木子孫を変出す。故に今天酉時に落日を見ん。初爻卯木子孫は辰土官鬼を変出す。故に明天辰日に必ず陰雲を起さん。果たして酉時に到りて天忽然として放開き、日色を露出せり。第二天は却って是れ迷雲雨を帯びたり。
父持月建必然陰雨連旬。舊注;父母臨月建而動者雨必不止,野鶴曰:此以旺衰而言,余試不驗。如午月丙午日占何日雨得大壯之升 兄弟戌土″ 子孫酉金″ 子孫申金″ 妻財亥水″ 父母午火′世 動 兄弟丑土″世 兄弟辰土′ 子孫酉金′ 官鬼寅木′ 妻財亥水′ 妻財子水′應 動 兄弟丑土″應
賦文に「父持月建必然陰雨連旬」と言う。旧注曰く、父母爻正に月建に当たりまた発動せば、雨必定下りて停まざらん。野鶴老人曰く、これ是れ単に旺衰上より講ずるなり。我試せば併せて霊験せず。例如午月丙午日にいずれの天に雨を下すかを占いて、《雷天大壯》を得て《地風升》に変ず。本卦六爻は上より下へ、兄弟戌土・子孫申金・父母午火(世、発動)・兄弟辰土・官鬼寅木・妻財子水(応、発動)。変卦は依次に子孫酉金・妻財亥水・兄弟丑土(世)・子孫酉金・妻財亥水・兄弟丑土(応)。
又如申月丙辰日占何日得坎之困 兄弟子水″世 官鬼未土″ 官鬼戌土′ 父母酉金′ 父母申金″ 動 兄弟亥水′應 妻財午火″應 妻財午火″ 官鬼辰土′ 官鬼辰土′ 子孫寅木″ 子孫寅木″世 前卦午火父動,未時一陣大雨而酉時既晴。後卦申金爻動庚申日雨辛酉半陰晴亥時大晴。前卦不惟父持月建,且臨日辰,從卦父持月建,辰日生之,旺莫如此也。似此之旺且無風雨連旬,而況他乎?余試天時,兄坐長生,才能定風累日。
又如く申月丙辰日にいずれの天に雨を下すかを占いて、《坎為水》を得て《沢水困》に変ず。本卦六爻は上より下へ、兄弟子水(世)・官鬼戌土・父母申金(発動)・妻財午火(応)・官鬼辰土・子孫寅木。変卦は依次に官鬼未土・父母酉金・兄弟亥水(応)・妻財午火・官鬼辰土・子孫寅木(世)。前の一卦は午火父母発動して、未時に一陣の大雨を下し、酉時に即ち晴れたり。後の一卦は申金父母発動して、庚申日に雨を下し、辛酉日は半陰半晴にして、亥時に到りて大晴せり。前の一卦の父爻は不但月建に当たるのみ、なお正に日辰に臨む。後の一卦の父爻は月建に当たり、また辰日の相生を得て、旺は極処に到れり。旺このように成るもなお且つ連旬風雨なし。何況や別の卦なるを。我天時を試験するの心得は曰く、兄爻の長生の地に坐する、才に連日風を刮るを断じ定め得べし。
如辰月戊申日占本日陰晴得中孚之小畜卦 官鬼卯木′ 官鬼卯木′ 父母巳火′ 父母巳火′ 兄弟未土″世 兄弟未土″應 兄弟丑土″ 動 兄弟辰土′ 官鬼卯木′ 官鬼寅木′ 父母巳火′應 妻財子水′世 丑土兄動化進神臨月令,父長生於申日,若論旺衰,旺之無比,並不見,狂風累日,只見一日陰雲而已。或曰:兄動化進神不見狂風者,以何爻而至狂風?余曰:水動化進神乃狂風可。
例如辰月戊申日に当天の陰晴を占いて、《風沢中孚》を得て《風天小畜》に変ず。本卦六爻は上より下へ、官鬼卯木・父母巳火・兄弟未土(世)・兄弟丑土(発動)・官鬼卯木・父母巳火(応)。変卦は依次に官鬼卯木・父母巳火・兄弟未土(応)・兄弟辰土・官鬼寅木・妻財子水(世)。丑土兄爻発動して辰土を変出して「化進神」と成し、また正に辰月月令に当たる。父母巳火は申日に長生の位に処る。もしただ旺衰を論ぜば、以て旺極と謂う可し。然而なお併せて連日の狂風なく、ただ一天の陰雲有るのみ。ある人問う、兄爻化進神すら狂風を刮り起す能わざれば、則ちいずれの一爻を要して才に行うや。我曰く、水爻発動して進神を化する、才に狂風と算し上ぐるを得べし。
父財無助旱澇有常。舊注:官鬼空伏,父母無氣,而財爻旺動者必旱;子孫空伏,妻財無氣,而父爻旺者必澇,再遇日月動爻扶者,澇必至於浸沒。覺子曰:若重旺衰,此論何當無理?餘存四十餘年之占驗,天時無日不占,時當澇者鬼動亦雨,兄動亦雨,父鬼休囚無氣者動亦有雨。時當旱者,父持月建,亦不過濃雲重霧而已。故章有云,竟發父官,連朝風雨,凡卦中父鬼亂動而雨水連續而不止也。福德帶刑日月必蝕。此乃特占日月之論,不可以占陰晴之卦偶而湊合者而棄斷也。
賦文に「父財无助旱涝有常」と言う。旧注曰く、官鬼空に落ち或いは伏蔵し・父母気なく、しかも財爻旺動するは、必ず旱を主る。子孫空に落ち或いは伏蔵し・財爻気なく、しかも父爻旺なるは、必ず涝を主る。再び日月動爻の来たりて扶くるに遇えば、涝は以て田地を淹沒するに至らん。李文輝曰く、もし旺衰を看重せば、この話どうして道理無からん。我四十多年の占験を積み、天時天天皆占う。当に涝すべきの時候に到れば、官鬼動くも亦雨を下し、兄弟動くも亦雨を下し、父母官鬼休囚無気にして発動するも、照様に雨有り。当に旱すべきの時候に到れば、父爻縱に月建に当たるとも、亦不過濃雲重霧のみ罷れり。故に本章の後面に才に「竟発父官、連朝風雨」と言う——およそ卦中父母官鬼乱動すれば、雨水即ち連綿として止まず。賦文に「福徳帯刑日月必蝕」と言う。これ是れ専門に日食月食を占う時の説法にして、以て陰晴を占うの卦の偶然湊合し上がるを拿げて、即ち拠りて以て判断する可からず。
雨嫌妻位以逢沖。占雨倘父爻不動而妻財暗動者還主晴明。占晴若子財不動而父母暗動者還主雨。晴利父官而化退。舊係晴利父爻之入墓成動而化墓,必主晴明,餘以為非父爻入墓,沖開之時則雨。何得利於占晴?惟父動化退神,勢必晴也。
賦文に「雨嫌妻位以逢沖」と言う。雨を占うの時もし父爻動かず、しかも財爻日辰に沖せられて暗動を得れば、依旧として晴を主る。晴を占うの時もし子孫・財爻動かず、しかも父母沖せられて暗動を得れば、依旧として雨を主る。賦文に「晴利父官而化退」と言う。旧説は以て晴を占うは父爻の墓に入るに利有り、或いは父爻発動して墓を変出すれば、必ず天晴を主ると為す。我は以て然らずと為す。父爻墓に入れば、墓庫を沖開の時を待ちて照様に雨を下さん。どうして晴に利有りと談ずるに及ばんや。ただ父爻発動して「退神」を変出するのみ、才に必定晴れ放たん。
如丑月戊辰日久雪占晴,得隨之震。 妻財未土″應 妻財戌土″世 官鬼酉金′ 動 官鬼申金″ 父母亥水′ 子孫午火′ 妻財辰土″世 妻財辰土″應 兄弟寅木″ 兄弟寅木″ 父母子水′ 父母子水′ 斷曰:鬼化退神雨將止矣,果於酉時霧散天開。凡得父化退神,雨亦將止。兄動化退神,雲將開。於子孫財爻化退神者,晴不久矣。
例如丑月戊辰日、久雪の後晴れ放つを占いて、《沢雷随》を得て《震為雷》に変ず。本卦六爻は上より下へ、妻財未土(応)・官鬼酉金(発動)・父母亥水・妻財辰土(世)・兄弟寅木・父母子水。変卦は依次に妻財戌土(世)・官鬼申金・子孫午火・妻財辰土(応)・兄弟寅木・父母子水。断語は曰く、官鬼酉金は申金を変出す。是れ「化退神」にして、雨雪將に止まんとす。果たして酉時に到りて霧散じ天開く。およそ父爻の退神を化するに遇上せば、雨も亦將に止まんとす。兄爻発動して退神を化すれば、雲將に散開せんとす。反って、子孫爻・財爻の退神を化するは、晴ること久しからず。
子伏財飛淡雲霧輕。舊係子伏財飛曝夫猶抑,謂財動雖主晴明,若子孫休囚空伏乃陰晴之象。餘以此論是理,此章首句,原繫“妻財發動,八方咸仰晴光。”餘故改曰:“子孫發動,萬里晴光”。父衰鬼旺少雨濃雲。占雨以父爻為主,若父爻不動且不暗動,而官鬼者動必主濃雲厚霧而無雨。倘爻變出父母者不拘旺衰皆主有雨。卦傳暗沖雖空有望。父母官鬼靜而逢空,日建沖之主雨。子孫財爻靜而逢空,日建沖之主晴,木臨兄鬼靜而逢空,日建沖之主風。兄弟臨空日建沖主輕風薄霧。
賦文に「子伏財飛淡雲霧軽」と言う。旧句は「子伏財飛、曝夫猶抑」と作る。意思是れ財爻発動は晴明を主ると雖も、但し子孫もし休囚・落空・伏蔵なれば、依旧是れ半陰半晴の象なり。我は以てこの話理に在りと為す。本章の首句は原本「妻財発動、八方咸仰晴光」と作る。故に我それを把りて「子孫発動、萬里晴光」と改む。賦文に「父衰鬼旺少雨濃雲」と言う。雨を占うは父爻を以て主と為す。もし父爻すでに明動せずまた暗動せずして、ただ官鬼発動するのみあれば、必ず濃雲厚霧にして雨なきを主る。倘若いずれの一爻か父母を変出せば、旺衰を論ぜず皆雨有りを主る。賦文に「卦傳暗沖雖空有望」と言う。父母・官鬼安静にして空に落ち、日建に一沖せられれば則ち雨を主る。子孫・財爻安静にして空に落ち、日建に一沖せられれば則ち晴を主る。木爻の兄弟或いは官鬼に臨み・安静にして空に落ち、日建に一沖せられれば則ち風を主る。兄弟空に落ちて日建に沖せらるるは、軽風薄霧を主る。
如巳月已卯日占何日晴得離卦 兄弟巳火′世 兄弟巳火′世 子孫未土″ 子孫未土″ 妻財酉金′ 妻財酉金′ 官鬼亥水′應 官鬼亥水′應 子孫丑土″ 子孫丑土″ 父母卯木′ 父母卯木′ 酉財旬空,本日日建沖動,次日即晴,乃應動而逢沖之日。
例如巳月己卯日にいずれの天に晴れ放つかを占いて、《離為火》を得たり。六爻は上より下へ、兄弟巳火(世)・子孫未土・妻財酉金・官鬼亥水(応)・子孫丑土・父母卯木。六爻皆静にして変卦なし。酉金財爻は正に旬空に逢う。当天の日建卯木はそれを沖して、暗動と成る。第二天即ち晴れ放ちたり。これ正に安静の爻沖せられれば即ち起るの道理に応じ、応期即ちそれの沖に逢うの次日に落つ。
福興被克,沖則成功。卦中子孫爻動化回頭克,或被動爻克,須待沖去克神之日始晴。父財動而被克亦同此斷。如丑月甲戌日占何日雨得震之豫卦。 妻財戌土″世 妻財戌土″ 官鬼申金″ 官鬼申金″ 子孫午火′ 子孫午火′應 妻財辰土″應 兄弟卯木″ 兄弟寅木″ 子孫巳火″ 父母子水′ 動 妻財未土″世 斷曰:父母子水動被未土回頭克,丑日雨。應丑日者,沖去未土合起父母,故雨。
賦文に「福興被剋、沖則成功」と言う。卦中子孫爻発動して回頭剋を変出し、或いは別の動爻に剋せらるれば、必ず剋神を沖去のあの一天を待ちて才に晴れ放たん。父爻・財爻発動して剋を受くるも、亦この道理に照らして断ず。例如丑月甲戌日にいずれの天に雨を下すかを占いて、《震為雷》を得て《雷地豫》に変ず。本卦六爻は上より下へ、妻財戌土(世)・官鬼申金・子孫午火・妻財辰土(応)・兄弟寅木・父母子水(発動)。変卦は依次に妻財戌土・官鬼申金・子孫午火(応)・兄弟卯木・子孫巳火・妻財未土(世)。断語は曰く、父母子水発動すといえども、却って変出の未土に回頭して剋し住めらる。丑日に到りて才に雨を下さん。丑日に応じたるは、丑の未土を沖去し、また子水父母と相合してそれを合し起すを以て、故に雨有るなり。
“木動生風,風伯肆虐”(缺)“金空則響,電母施威”(缺)如辰月癸卯日因晴占何日雨。得蹇卦 子孫子水″ 子孫子水″ 父母戌土′ 父母戌土′ 兄弟申金″世 兄弟申金″世 兄弟申金′ 兄弟申金′ 官鬼午火″ 官鬼午火″ 父母辰土″應 父母辰土″應 或曰:卦中辰戌父爻,月建又是父爻,明日辰日沖動,戌父必然有雨。余曰:戌臨月破,如何有雨?陰雲而已,果於次日常見陰雲。
賦文なお「木動生風、風伯肆虐」「金空則響、電母施威」の両句有り。底本此処の注文は皆已に脱漏せり。例如辰月癸卯日、久晴に因りていずれの天に雨を下すかを占いて、《水山蹇》を得たり。六爻は上より下へ、子孫子水・父母戌土・兄弟申金(世)・兄弟申金・官鬼午火・父母辰土(応)。六爻皆静なり。ある人曰く、卦中辰土・戌土皆是れ父母爻にして、月建辰土も亦是れ父母なり。明天是れ辰日にして、一沖せば即ち戌土父母を沖動す。必定雨有らん。我曰く、戌土正に辰月の月破に逢う。どうして雨を下し得べけんや。至多陰雲のみ罷れり。果たして第二天ただ一天の陰雲を見るのみ。
沖則應,填則實,最喜動空。人以為空則無功,殊不知動而空者,占晴占雨若非沖空之日,定應填實之朝。如未月丙午日占何雨,得離之旅 兄弟巳火′世 兄弟巳火′ 子孫未土″ 子孫未土″ 妻財酉金′ 妻財酉金′應 官鬼亥水′應 妻財申金′ 子孫丑土″ 兄弟午火″ 父母卯木′ 動 子孫辰土″世
賦文に「沖則応、填則実、最喜動空」と言う。人們は以て空に落てば即ち作用を起さずと為す。殊に知らず、発動して空に落つるの爻は、晴を占い雨を占うも沖空のあの天に応ぜざれば、即ち一定に填実のあの天に応ず。例如未月丙午日にいずれの天に雨を下すかを占いて、《離為火》を得て《火山旅》に変ず。本卦六爻は上より下へ、兄弟巳火(世)・子孫未土・妻財酉金・官鬼亥水(応)・子孫丑土・父母卯木(発動)。変卦は依次に兄弟巳火・子孫未土・妻財酉金(応)・妻財申金・兄弟午火・子孫辰土(世)。
斷曰:卯木父動臨於旬空,己酉若不雨,卯日必雨。或曰:如何定在兩日?余曰:不難,再占一卦。得離卦不動。余曰:此卦還以前卦相同。再占一卦又得艮之謙卦 官鬼寅木′世 動 子孫酉金″ 妻財子水″ 妻財亥水″世 兄弟戌土″ 兄弟丑土″ 子孫申金′應 子孫申金′ 父母午火″ 父母午火″應 兄弟辰土″ 兄弟辰土″ 斷曰:甲寅日陰雲,乙卯日必雨,辰日而又晴矣。彼曰:何餘知止?余曰:此卦又是寅木鬼動值旬空,出空之日,必定天變。前卦卯木父變辰土子孫,故知卯日必雨辰日必晴。果於寅日雲卯日大雨辰日大晴。所以動則不為空矣。
断語は曰く、卯木父母発動して正に旬空に逢う。己酉日もし雨を下さざれば、卯日に必定雨を下さん。ある人問う、怎麼してこの両天の中に定め得るか。我曰く、難からず。再び一卦を占えば即ち是れなり。第二卦は《離為火》を得て、六爻動かず。我曰く、この一卦はなお是れ前卦と一個の意思なり。再び第三卦を占いて、《艮為山》を得て《地山謙》に変ず。本卦六爻は上より下へ、官鬼寅木(世、発動)・妻財子水・兄弟戌土・子孫申金(応)・父母午火・兄弟辰土。変卦は依次に子孫酉金・妻財亥水(世)・兄弟丑土・子孫申金・父母午火(応)・兄弟辰土。断語は曰く、甲寅日陰雲し、乙卯日必ず雨し、辰日また晴に轉ず。他我に問うに何を憑りてこのように准く断じ得るかと。我曰く、この一卦又是れ寅木官鬼発動して旬空に逢う。空を出づるの日必定天変せん。前の一卦は卯木父母辰土子孫を変出す。故に卯日必ず雨・辰日必ず晴を知る。果たして寅日雲を起し・卯日大雨し・辰日大晴せり。見るべし、発動の爻は即ち空と算せざるなり。
占雨遇財動,欲雨須得財墓絕。雨須宜父動鬼動,倘父鬼不動,又見妻財子孫動者,須待財爻入墓或臨絕之日有雨。占晴須於財動,倘若父母發動,須得父爻臨墓絕之日方能得晴。如戌日丙午日占何日雨。得坎之井卦 兄弟子水″世 兄弟子水″ 官鬼戌土′ 官鬼戌土′世 父母申金″ 父母申金″ 妻財午火″應 動 父母酉金′ 官鬼辰土′ 兄弟亥水′應 子孫寅木″ 官鬼丑土″ 或曰:今日占雨,如何有動財爻,想是大旱,而無雨也。余曰:非也,化出酉父,酉日就當有雨。但因日建,又因午火,必待戌日午火入墓,方曉有雨。果於酉日天變,戌日而雨,午火財爻墓於戌也。
賦文に「占雨遇財動、欲雨須得財墓絶」と言う。雨を求むるは本來父爻・官鬼の発動に宜し。倘若父鬼動かずして、反って財爻・子孫の発動を見れば、即ち財爻の墓に入り或いは絶に臨むのあの天を待ちて才に雨有らん。晴を占うは則ち財爻の発動に宜し。倘若父母発動せば、即ち父爻の墓に臨み絶に臨むのあの天を待ちて才に晴れ放つ能し。例如戌月丙午日にいずれの天に雨を下すかを占いて、《坎為水》を得て《水風井》に変ず。本卦六爻は上より下へ、兄弟子水(世)・官鬼戌土・父母申金・妻財午火(応、発動)・官鬼辰土・子孫寅木。変卦は依次に兄弟子水・官鬼戌土(世)・父母申金・父母酉金・兄弟亥水(応)・官鬼丑土。ある人曰く、今天雨を占うに、偏偏動く是れ財爻なり。想定すに是れ大旱雨なからん。我曰く、是れならず。財爻は酉金父母を変出す。酉日に即ち雨有るべし。ただ午火すでに日建にして・自身また旺なるに因りて、必ず戌日午火の墓に入るを待ちて、才に雨を見着る能し。果たして酉日天変じ・戌日雨を下せり——午火財爻の墓は正に戌に在るなり。
占晴逢子動,望晴只待子逢生。占晴得子財動,占雨得父動,後逢長生之日應之。如卯月丁巳日占何日雨:得渙之坎卦 父母卯木′ 動 官鬼子水″世 兄弟巳火′世 子孫戌土′ 子孫未土″ 妻財申金″ 兄弟午火″ 兄弟午火″應 子孫辰土′應 子孫辰土′ 父母寅木″ 父母寅木″ 卯木父動,當應在卯戌日,而雨卻應長生亥日。
賦文に「占晴逢子動、望晴只待子逢生」と言う。晴を占いて子孫・財爻の発動を得、雨を占いて父母の発動を得るは、応期往往用神の長生に逢うのあの一天に落つ。例如卯月丁巳日にいずれの天に雨を下すかを占いて、《風水渙》を得て《坎為水》に変ず。本卦六爻は上より下へ、父母卯木(発動)・兄弟巳火(世)・子孫未土・兄弟午火・子孫辰土(応)・父母寅木。変卦は依次に官鬼子水(世)・子孫戌土・妻財申金・兄弟午火(応)・子孫辰土・父母寅木。卯木父母発動す。常理に照らせば当に卯日或いは卯と相合の戌日に応ずべし。この場の雨は却って卯木長生の亥日に応じたり。
竟發父官,連朝猛雨。卦中父鬼重疊或又鬼變父,父變鬼,父化兄,兄化父,或連日又占並不見子孫財爻發動者,一定連旬風雨。如午月乙卯日占何日晴,得晉之歸妹。 官鬼巳火′ 動 父母戌土″應 父母未土″ 兄弟申金″ 兄弟酉金′世 官鬼午火′ 妻財卯木″ 父母丑土″世 官鬼巳火″ 動 妻財卯木′ 父母未土″應 動 官鬼巳火′ 斷曰:父鬼疊見,乃連朝風雨之象。次日又占,又是鬼父同動,果雨旬日。
賦文に「竟発父官、連朝猛雨」と言う。卦中父母・官鬼重重出現し、或いは官鬼父母を変じ・父母官鬼を変じ・父母兄弟を変じ・兄弟父母を変じ、又或いは連日再び占うも皆子孫・財爻の発動を見ざれば、則ち一定是れ連旬風雨なり。例如午月乙卯日にいずれの天に晴れ放つかを占いて、《火地晋》を得て《雷沢帰妹》に変ず。本卦六爻は上より下へ、官鬼巳火(発動)・父母未土・兄弟酉金(世)・妻財卯木・官鬼巳火(発動)・父母未土(応、発動)。変卦は依次に父母戌土(応)・兄弟申金・官鬼午火・父母丑土(世)・妻財卯木・官鬼巳火。断語は曰く、父母と官鬼と重重畳見す。正に是れ連日風雨の象なり。第二天再び占うも、依旧是れ官鬼父母同動せり。果たして十来天の雨を下せり。
多逢財子,累日明晴。未月甲午日占何日雨。得屯之中孚 兄弟子水″ 動 子孫卯木′ 官鬼戌土′應 妻財巳火′ 父母申金″ 官鬼未土″世 官鬼辰土″ 官鬼丑土″ 子孫寅木″世 動 子孫卯木′ 兄弟子水′ 妻財巳火′應 大旱望雲雷,卦中父爻不動,子孫重疊化進神,疑其木爻入墓之日必雨。又令他日占之,又得財爻子不動,次日又占並無父動鬼動,知其旱矣,果然兩月不雨。
賦文に「多逢財子、累日明晴」と言う。未月甲午日にいずれの天に雨を下すかを占いて、《水雷屯》を得て《風沢中孚》に変ず。本卦六爻は上より下へ、兄弟子水(発動)・官鬼戌土(応)・父母申金・官鬼辰土・子孫寅木(世、発動)・兄弟子水。変卦は依次に子孫卯木・妻財巳火・官鬼未土(世)・官鬼丑土・子孫卯木・妻財巳火(応)。当时正に大旱に逢いて、人人雲雷を盼ぐ。卦中父爻動かず、子孫寅木は重畳してまた卯木を変出して化進神と成す。我疑心すらくは木爻の未墓に入るのあの天を待ちて才に雨有らんと。於是に又叫びて人をして別日に再び占はしむ。得たる所は依旧是れ財爻子孫用事して・父鬼動かざるの象なり。第三天再び占うも、なお是れ父爻官鬼の発動有らず。これ才に断じて真の旱と為すを定めたり。果たして兩個月雨を下さざりき。
卦得反吟晴雨終須反覆。如辰月庚寅日占何日晴得觀之升 妻財卯木′ 動 兄弟酉金″ 官鬼巳火′ 動 子孫亥水″ 父母未土″世 父母丑土″世 妻財卯木″ 動 兄弟酉金′ 官鬼巳火″ 動 子孫亥水′ 父母未土″應 父母丑土″應 斷曰:卯木財現,明日必晴。但卦得內外反吟,晴而還雨,果於次日晴還又雨。
賦文に「卦得反吟、晴雨終須反覆」と言う。例如辰月庚寅日にいずれの天に晴れ放つかを占いて、《風地観》を得て《地風升》に変ず。本卦六爻は上より下へ、妻財卯木(発動)・官鬼巳火(発動)・父母未土(世)・妻財卯木(発動)・官鬼巳火(発動)・父母未土(応)。変卦は依次に兄弟酉金・子孫亥水・父母丑土(世)・兄弟酉金・子孫亥水・父母丑土(応)。断語は曰く、卯木財爻は卦中に現ず。明天必定晴れ放たん。ただし内外卦皆「反吟」を成す。晴れ過ぎたる後なお雨を下さん。果たして第二天晴れ放ち、随即また雨を下し起せり。
爻逢伏象,旱澇必待沖開。伏吟卦動如不動,子財動者,沖開之必晴,父爻動者,沖開之日必雨。如辰月甲戌口占雨,得大壯變震卦。 兄弟戌土″ 兄弟戌土″世 子孫申金″ 子孫申金″ 父母午火′世 父母午火′ 兄弟辰土′ 動 兄弟辰土″應 官鬼寅木′ 動 官鬼寅木″ 妻財子水′應 妻財子水′ 占雨,父爻不動,兄鬼同動,木動生風,無雨而有風也。既於本日申時沖開寅木,扳木狂風。
賦文に「爻逢伏象、旱涝必待沖開」と言う。卦「伏吟」を成すの時は、動爻は動かざるに等し。子孫・財爻発動するは沖開の日を待ちて才に晴れ、父爻発動するは沖開の日を待ちて才に雨ならん。例如辰月甲戌日に雨を占いて、《雷天大壯》を得て《震為雷》に変ず。本卦六爻は上より下へ、兄弟戌土・子孫申金・父母午火(世)・兄弟辰土(発動)・官鬼寅木(発動)・妻財子水(応)。変卦は依次に兄弟戌土(世)・子孫申金・父母午火・兄弟辰土(応)・官鬼寅木・妻財子水。雨を占うて父爻動かず、ただ兄弟・官鬼同動するのみ。木動して風を生ず。故に雨なくして風有り。当天申時に寅木を沖開し、果たして能く樹木を折断するの狂風を刮り起せり。
合父鬼沖開有雷則雨,合財兄克破無風不晴。父母合住本主不雨,若遇鬼沖動者,須待必雷震而後有雨。卦中若無鬼爻動而他爻沖動者亦有雨。他爻又無沖動者,須待沖開之日有雨,財子兩爻被合亦同此推。覺子曰:合父鬼沖開之日必雨,合財子沖開之日必晴。必雷有風者仍然耳,不它執之。半晴半雨卦中財父同興。舊注:妻財父母同興,或是子孫鬼爻同動,必然半晴半雨。餘以此論亦謬,殊不知各因其時。
賦文に「合父鬼沖開有雷則雨、合財兄剋破無風不晴」と言う。父母合住せらるるは、本來雨を下さざるを主る。もし官鬼の来たりてそれを沖動するに遇えば、即ち先に雷を打ちて後に雨有るを要す。卦中もし官鬼無くして、別の爻に由りて父母を沖動せば、亦一様に雨有り。連て別の爻も亦来たりて沖動せざれば、即ちこの合を沖開のあの天を待ちて才に雨を下さん。財爻・子孫の合住せらるるも、この道理に照らして推す。李文輝曰く、父母官鬼の合住せらるるは、沖開の日必ず雨。財爻子孫の合住せらるるは、沖開の日必ず晴。必ず雷を打ち・必ず風を起すと説くに至っては、ただ是れ常例にして、死執する可からず。賦文に「半晴半雨卦中財父同興」と言う。旧注曰く、財爻父母同時に発動し、或いは子孫官鬼同時に発動すれば、必定半晴半雨なり。我は以てこれも亦是れ謬論なりと為す。殊に知らず、各々当时の節候に按じて以て看るを要するを。
如酉月癸未日占何晴。得訟之隨卦。 子孫戌土′ 動 子孫未土″應 妻財申金′ 妻財酉金′ 兄弟午火′世 官鬼亥水′ 兄弟午火″ 子孫辰土″世 子孫辰土′ 動 父母寅木″ 父母寅木″應 動 官鬼子水′ 此卦子孫父母同興,寅木父化火兄,又是一日陰雨,至戌時,天開而見星斗,應戌時晴者,戌土子孫而值時也。
例如酉月癸未日にいずれの天に晴れ放つかを占いて、《天水訟》を得て《沢雷随》に変ず。本卦六爻は上より下へ、子孫戌土(発動)・妻財申金・兄弟午火(世)・兄弟午火・子孫辰土(発動)・父母寅木(応、発動)。変卦は依次に子孫未土(応)・妻財酉金・官鬼亥水・子孫辰土(世)・父母寅木・官鬼子水。この一卦は子孫と父母と同時に発動し、初爻寅木父母また火兄の象を生起す。故に又是れ一天の陰雨なり。戌時に到りて天開き、星斗を看見せり。戌時に晴れ放つに応じたるは、上爻戌土子孫の正にあの時辰に当たるに因る。
又雨又晴爻上母子皆動。如巳月丙申日占何日得臨之蒙 子孫酉金″ 動 官鬼寅木′ 妻財亥水″應 妻財子水″ 兄弟丑土″ 兄弟戌土″世 兄弟丑土″ 父母午火″ 官鬼卯木′世 兄弟辰土′ 父母巳火′ 動 官鬼寅木″應 卦中父母子孫皆動,因巳火父空,亥日沖空則雨。亥日而雨,即於亥日酉時晴,應酉時者,上爻動出酉金子孫之故耳。前卦父興子孫同動,戌土子孫應本日戌時晴。後卦父興子孫同動應他日之雨晴之時也。覺之占遠應近可積為神。
賦文に「又雨又晴、爻上母子皆動」と言う。例如巳月丙申日にいずれの天に雨を下すかを占いて、《地沢臨》を得て《山水蒙》に変ず。本卦六爻は上より下へ、子孫酉金(発動)・妻財亥水(応)・兄弟丑土・兄弟丑土・官鬼卯木(世)・父母巳火(発動)。変卦は依次に官鬼寅木・妻財子水・兄弟戌土(世)・父母午火・兄弟辰土・官鬼寅木(応)。卦中父母と子孫と皆発動す。巳火父母の空に落つるに因りて、亥日の沖空を待ちて才に雨を下さん。亥日に雨を下し、当天酉時に即ち晴に轉じたり。酉時に応じたるは、上爻の酉金子孫を動出せるに因る。前面のあの一卦は父母子孫同動して、戌土子孫は当天戌時の晴れ放つに応じたり。この一卦は父母子孫同動せるに、却って別の日子の雨晴の時刻に応じたり。見るべし、「遠を占いて近に応ず」の道理は、体会して到れば便ち神助するがごとし。
如酉月初五戊子日占中秋雨。得小過之豐卦 父母戌土″ 父母戌土″ 兄弟申金″ 兄弟申金″世 官鬼午火′世 官鬼午火′ 兄弟申金′ 子孫亥水′ 官鬼午火″ 父母丑土″應 父母辰土″應 動 妻財卯木′ 卦中辰父發動,當許中秋有雨,殊不知應在初九辰日即雨。
例如酉月初五戊子日、中秋のあの天に雨を下すや否やを占いて、《雷山小過》を得て《雷火豊》に変ず。本卦六爻は上より下へ、父母戌土・兄弟申金・官鬼午火(世)・兄弟申金・官鬼午火・父母辰土(応、発動)。変卦は依次に父母戌土・兄弟申金(世)・官鬼午火・子孫亥水・父母丑土(応)・妻財卯木。卦中辰土父母発動す。本來当に中秋雨有るを許すべし。誰か知らん、竟に初九の辰日に応じて即ち雨を下せり。
即於壬辰日又占中秋晴否癸巳日又占,得屯之中孚 兄弟子水″ 動 子孫卯木′ 官鬼戌土′應 妻財巳火′ 父母申金″ 官鬼未土″世 官鬼辰土″ 官鬼丑土″ 子孫寅木″世 動 子孫卯木′ 兄弟子水′ 妻財巳火′應 一卦財動,一卦子動,不見父鬼爻動,知其晴,果於中秋夜,月明星稀。
於是に壬辰日にまた中秋晴れるか晴れざるかを占い、癸巳日に再び一度占う。その中の一卦《水雷屯》を得て《風沢中孚》に変ず。本卦六爻は上より下へ兄弟子水(発動)・官鬼戌土(応)・父母申金・官鬼辰土・子孫寅木(世、発動)・兄弟子水。変卦は依次に子孫卯木・妻財巳火・官鬼未土(世)・官鬼丑土・子孫卯木・妻財巳火(応)。両卦は一個は財爻動き・一個は子孫動き、皆父母官鬼の発動を見ず。これに因りて中秋必ず晴と断じ定む。果たして中秋の夜裡月明星稀なりき。
誠得卜日應時,方得其奧。辰日癸巳日占甲午日,臨造此日有雨否 父母戌土′ 動 父母未土″應 兄弟申金′應 兄弟酉金′ 官鬼午火′ 子孫亥水′ 兄弟申金′ 兄弟申金′世 官鬼午火″世 官鬼午火″ 父母辰土″ 父母辰土″
もし真に能く日に占い・時に応ずるを得ば、才にその中の奥妙を得着たると算す。辰月癸巳日に次日甲午の動土興造のあの天に雨の有無を占う。本卦六爻は上より下へ、父母戌土(発動)・兄弟申金(応)・官鬼午火・兄弟申金・官鬼午火(世)・父母辰土。変卦は依次に父母未土(応)・兄弟酉金・子孫亥水・兄弟申金(世)・官鬼午火・父母辰土。
彼以父動有雨,余曰:應時日看,今日申戌時而無雨者,明日必有雨也。果於本日申時雨。彼:又是如何申時雨?余曰:戌土是長生在申。又問:雨至何時?余曰:父化退神,雨不久。明日必晴。果於次日大晴,野鶴曰:或向余曰:有動而逢合、逢值,可能只知其日也。余曰:昔人不知多占之法,亦不明其此理,錯斷有之,天機未必全洩,全在人之變通。聖人立教設此天時,教人以驗人事。即如子孫持世發動,占天時者皓日當空,無雲點綴。乃至墓絕之日,黑暗無光。若占身命,烈烈轟轟,揚揚得志,後逢墓衰之年,災非同至。餘言:教人以天時而驗人事,取效之速。今欲久知一日者不難,曾因官長有事,命在旦夕,因占得子孫持世,勸之勿憂,必蒙赦免。彼不肯信,意欲先尋自盡。餘設法。
他は父爻発動するに因りて即ち雨有りと断ず。我曰く、時辰に按じて以て応ずるを要す——今天申時・戌時もし雨を下さざれば、明天即ち一定に雨有らん。結果当天申時に便ち雨を下せり。彼問う、怎麼して偏偏是れ申時なるか。我曰く、戌土は申に長生す。又問う、雨はいずれの時候まで下るか。我曰く、父爻の未土を変出する是れ「化退神」にして、雨下ること長からず。明天必ず晴れん。果たして第二天大晴せり。野鶴老人曰く、ある人我に問う、動爻の合に逢い・値に逢うは、是れただ日に推し到る能くして時辰に推し到る能わざるか否か。我曰く、従前の人は多く幾卦を占うの方法を懂せず、亦この層の道理を明白せず。故に断錯るの時候有り。天機は未必已に泄尽せず。全て人の会して変通するか否かを看る。聖人教を立てて「天時」のこの一門を設けしは、本意是れ人を教えて天時を拿げて人事を験証せしめんと欲するなり。譬如子孫世を持してまた発動するは、天時を占えば即ち是れ驕陽空に当たり・片雲生ぜず。墓絶の日に到れば、便ち昏暗光なし。同様の卦象もし身命を占えば、即ち是れ眼下轟轟烈烈・揚々として志を得。墓に入り衰敗の年に到れば、災禍一斉に門に上がる。我説き過ぎたり。人を教えて天時を用いて人事を験せしむるは、是れ見効最も速きに因る。如今連て一日の内の応験すら推し准ぜんと要すとも、実は難からず。曾て一位の官長有りて事を出だし、性命はただ旦夕に在り。我彼の為めに子孫世を持するを占い得て、彼に勧めて憂慮するを必とせず・必定赦に蒙らんとす。彼肯んじて信ぜず、なお先に行きて自盡せんと想う。我於是に一個の法子を想出せり。
酉日丙子日占何日雨得蒙之臨卦 父母寅木′ 動 妻財酉金″ 官鬼子水″ 官鬼亥水″應 子孫戌土″世 子孫丑土″ 兄弟午火″ 子孫丑土″ 子孫辰土′ 父母卯木′世 父母寅木″應 動 兄弟巳火′
酉月丙子日にいずれの天に雨を下すかを占いて、《山水蒙》を得て《地沢臨》に変ず。本卦六爻は上より下へ、父母寅木(発動)・官鬼子水・子孫戌土(世)・兄弟午火・子孫辰土・父母寅木(応、発動)。変卦は依次に妻財酉金・官鬼亥水(応)・子孫丑土・子孫丑土・父母卯木(世)・兄弟巳火。
上下寅木父動,明知寅日必雨,再叫人占何日雨,又得大壯之泰卦 兄弟戌土″ 子孫酉金″應 子孫申金″ 妻財亥水″ 父母午火′世 動 兄弟丑土″ 兄弟辰土′ 兄弟辰土′世 官鬼寅木′ 官鬼寅木′ 妻財子水′應 妻財子水′
上爻と初爻との両重の寅木父母同時に発動す。以て寅日必定雨を下すを知る可し。我又別人を叫びて再びいずれの天に雨を下すかを占はしめ、《雷天大壯》を得て《地天泰》に変ず。本卦六爻は上より下へ、兄弟戌土・子孫申金・父母午火(世、発動)・兄弟辰土・官鬼寅木・妻財子水(応)。変卦は依次に子孫酉金(応)・妻財亥水・兄弟丑土・兄弟辰土(世)・官鬼寅木・妻財子水。
前卦寅木父動,當應寅日,此卦午火父爻長生於寅亦是。又叫人再占,得隨之屯。 妻財未土″應 父母子水″ 官鬼酉金′ 妻財戌土′應 父母亥水′ 動 官鬼申金″ 妻財辰土″世 妻財辰土″ 兄弟寅木″ 兄弟寅木″世 父母子水′ 父母子水′ 又見亥水父動知寅日必雨也,何也?亥水父動,動而逢合之日,亦應寅日。
前の一卦は寅木父母発動し、応期当に寅日に在るべし。この一卦は午火父母寅に長生し、指向するも亦是れ寅日なり。我又人を叫びて再び一度占はしめ、《沢雷随》を得て《水雷屯》に変ず。本卦六爻は上より下へ、妻財未土(応)・官鬼酉金・父母亥水(発動)・妻財辰土(世)・兄弟寅木・父母子水。変卦は依次に父母子水・妻財戌土(応)・官鬼申金・妻財辰土・兄弟寅木(世)・父母子水。また亥水父母の発動を見る。以て寅日必定雨を下すを知る可し。何を以てか。亥水父母すでに発動せば、即ちそれと相合のあの一天に応ずべし。寅と亥と合す。依旧として寅日に落つるなり。
又至寅日五更又占本日何時有雨得睽之履 父母巳火′ 兄弟戌土′ 兄弟未土″ 動 子孫申金′世 子孫酉金′世 父母午火′ 兄弟丑土″ 兄弟丑土″ 官鬼卯木′ 官鬼卯木′應 父母巳火′應 父母巳火′
寅日五更に到りて、再び当天いずれの時辰に雨を下すかを占いて、《火沢睽》を得て《天沢履》に変ず。本卦六爻は上より下へ、父母巳火・兄弟未土(発動)・子孫酉金(世)・兄弟丑土・官鬼卯木・父母巳火(応)。変卦は依次に兄弟戌土・子孫申金(世)・父母午火・兄弟丑土・官鬼卯木(応)・父母巳火。
餘以前三卦俱應寅日而雨此,卦未土動化出申金子孫,此應一爻獨發,知其未時必雨申時大晴,清晨往彼安慰之曰:卜公之卦子孫持世無災,公不肯信,試看今日未時雨,申時晴者,公知我卦之靈,從此不須憂也,彼留於家,見午末未初雨從西南而來,未時大雨,申時雲散天開。合家齊曰:真神卦也。余曰:既知天時,何難知其人事?公宜寬心,過半月,果蒙恩赦。或日:未土兄動,如何指定未時必雨?余曰:神已報定寅日雨,今日再問者,又報晴時,不然目下已是晴天,如何又現申金子孫?申時晴耶。全在靈機變通耳。
前面の三卦皆寅日の雨を下すに指向す。この一卦又是れ未土兄弟発動して申金子孫を変出す。一爻独発に属す。我便ち未時必ず雨・申時大晴を知る。清晨我往きてあの位の官長を安慰して曰く、為めに占いたるの卦は子孫世を持す。本來災禍無し。您は却って肯んじて信ぜず。今天且つ未時の雨を下し・申時の晴れ放つを看よ。您即ち我の卦の霊なるか霊ならざるかを知らん。此より必ず再び憂うるなからん。他我を把りて家中に留む。午末未初に到りて、雨は西南より過ぎ来たり、未時に大雨を下し起し、申時に雲散じ天開く。全家斉声に曰く、真に是れ神卦なり。我曰く、すでに天時すら知るを得ば、人事又何の知り難き有らん。您只管心を寛くせよ。半個月を過ぎて、他果たして恩赦に蒙れり。ある人問う、未土是れ兄弟爻なり。兄爻発動するに怎麼して即ち未時必ず雨と指定するか。我曰く、神明は先前すでに寅日雨有りを報じ定めたり。今天再び問えば、報ずる所は便ち是れ晴に轉ずるの時辰なり。否らざれば眼下本來すでに晴れ放ちたるに、卦上何ぞ必ずしもまた申金子孫を現出して・申時の晴を指明せんや。これ全て人の機に臨みて変通するに在り。
増删卜易 巻之三
野 鶴 老 人 著 楚江李 坦我平鑑定 湖南李文輝覺子增刪男婿陳文吉茂生茹芝山秀仝校
本巻の題署曰く、野鶴老人著。楚江人李坦(字は我平)鑑定。湖南人李文輝(号は覺子)増删。其子と女婿の陳文吉(字は茂生)・茹芝山秀と一同校訂す。
身命章第三十六
諸書占身命,謂妻財子祿一卦,能包壽夭窮通,六爻兼斷。殊不知父子財官兄弟,各有相忌相傷,若以一卦而兼斷者,即如父母旺相,變應之微,又曰父旺傷子,豈世之有父母者,皆無子嗣之人也?又曰見兄則財莫能得,又為克妻之神,又曰兄弟爻與紫荊並茂,倘值旺兄持世,克妻耶?耗財耶?手足外傷耶?易林補遺有曰兄動妻亡財相,故執此論者,世之貧人寒士,皆失偶之人耶?至於財官子孫皆同此論,不暇細辨。必兼而斷者,即先醫猶在,執此問之,知亦無從置喙。覺子曰餘今得其法,乃分占之法也,占父母占兄弟,另占—卦終身財福何如?占終身功名有無?占終身夫妻偕老否?占終身子嗣及幫元俱宜分占。
各家の身命を占うを講ずるの書皆曰く、妻財・子孫・官禄は一卦にして即ち能く寿夭窮通を包み尽し、六爻兼ねて断ず。殊に知らず、父母・子孫・妻財・官鬼・兄弟は彼此各々相忌相傷有り。もし一卦を用いて兼ねて断ぜば、則ち父母旺相の時便ち父旺は子を傷ると説かんを要す——豈に世上およそ父母有るの人皆子嗣なからんや。又兄弟を見れば則ち財は得る可からずと言い、兄弟また是れ妻を剋するの神にして、同時にまた兄弟爻は手足の紫荆の並び茂るがごときを主ると言う。倘若旺兄世を持せば、究竟当に妻を剋し財を耗すと断ずべきか、それとも手足の傷を受くると断ずべきか。《易林補遺》に兄動すれば則ち妻亡び財散ずと言う。もしこの論を死守せば、世上の貧寒の士は豈に皆喪偶の人と成らざらんや。財爻・官爻・子孫に至っても、亦皆同様の矛盾有り。一時辨じて辨じ勝ぐ可からず。真に一卦兼ねて断ぜんと要せば、即ち前代の名医なお在ると雖も、これらの問題を拿げて去りて彼に問えば、彼も亦嘴を插むに由なし。李文輝曰く、我如今弁法を找着せり。即ち是れ「分占」の法——父母を占うは別に一卦を占い、兄弟を占うは別に一卦を占い、再び別に一卦を占いて終身の財福いかんを看る。此の外終身功名の有無・終身夫妻の能く偕老するか否か・終身子嗣及び科名は、皆当に分け開きて来たりて占うべし。
終身財福章第三十七
福財旺相,鐘鳴鼎食之家。世爻旺相無傷,既富且壽。覺子曰:占財宜於財旺,占壽獨重世爻,未聞財福不旺而世爻獨旺,即許富與壽也。執此論者世之多壽者皆富貴之人也。凡占終身財福,世爻財爻子孫爻三者無一失陷,定是家殷戶足、福祿綿長。財世旺相而福神不旺者,乃先富後貧之人也。何也?子孫者,財之源也。水無源流,終須枯涸,謂之財旺福空榮華不久。世與福爻旺相而財爻不旺者,乃無財享福之人也。既曰無財,焉能享福?此人心有現成之事業,祗知坐享,不知生發;或是財托他人掌管,祗知花費,不試艱難。財與福爻旺相而世爻不旺者,乃富屋之貧人也。
賦文に「福財旺相、鐘鳴鼎食之家」と言う。旧注は世爻旺相にして傷なければ便ちすでに富み且つ寿なりと解作す。李文輝曰く、財を占うは当に財爻の旺なるか旺ならざるかを看るべし。寿を占うは則ち専ら世爻を重んず。従来財福皆旺ならずしてただ世爻独り旺なるがあれば、即ち以て彼に又富み又寿を許す能しと聞かず。もしこの説法を死守せば、世上の長寿の人は豈に皆富貴の人と成らざらんや。およそ終身財福を占うは、世爻・財爻・子孫爻の三者に一個も失陥なければ、必定家道殷実・福禄綿長なり。財爻と世爻と旺相にして子孫旺ならざるは、是れ先に富み後に貧するの人なり。何を以てか。子孫是れ財の源頭にして、水に源頭なければ終究乾涸せんを要す。これを「財旺福空、栄華不久」と謂う。世爻と子孫と旺相にして財爻旺ならざるは、是れ福有りて財無きの人なり。すでに財無ければ、何を拿げて福を享けん。這種の人は現成の家業を守り、ただ坐享を知りて生発を懂せず。或いは銭財を別人に托して掌管せしめ、他ただ花銷を知りて艱難を知らず。財爻と子孫と旺相にして世爻旺ならざるは、則ち是れ富屋の裡に住するの窮人なり。
覺子曰:以上之論,不旺所句者,無氣失陷謂之不旺,得地有氣亦謂之不旺,空破墓絕亦謂之不旺。財福旺而世爻不旺而有氣者,從逢生之年復旺相。故謂之財福司權,榮華有日。財福兩旺,世爻無氣者,不為吉也,雖旺財豐衣足食,不免痴瘂暗聾、或遭疾病官非、或繫吝澀鄙俗。財福兩旺而世爻失陷者,更為凶也,雖有萬斛金銀,難買長生藥丹。前論財與福神,雖則不旺,亦宜有氣,若失陷者,更為凶兆,財福失陷,立見傾家,唯動空及動而破者,不妨定(應實)破(實)空之年月也。
李文輝曰く、以上に講ずる所の「不旺」の含義に幾層有り。無気失陥を不旺と叫び、僅に地を得気有るも亦を不旺と叫び、落空・逢破・入墓・臨絶も同様にを不旺と叫ぶ。もし財福旺にして世爻は旺ならざると雖もなお気有れば、生に逢うの年を待ちて即ち重新旺相せん。これ即ち「財福司権、栄華有日」と謂うなり。財福両旺にして世爻全然気無きは、即ち吉と算するを得ず。縱に家資豊厚・衣食缺かざると雖も、亦痴唖聾瞽を免れず、或いは疾病官非に遭い、或いは人と為りて吝嗇鄙俗なり。財福両旺にして世爻失陥するはいっそう凶なり。縱に萬斛の金銀有るも、亦長生の丹薬を買う能わず。前面に財爻と福神とは縱に旺ならずとも亦気有るを須うと言い、もし竟に失陥に至らば、則ちいっそう是れ凶兆なり。財福一旦失陥せば、立刻に即ち傾家を見る——ただ発動して空に落ち・発動して破に逢うの此の列に在らざるのみ。応期は空破を填実の年月に定まる。
財世休囚,龜釜生塵之宅。世爻財爻福爻三者無氣、或空破墓絕、或動而變凶,乃無衣乏食之人也。世爻得地、而財福失陷者,此人身強力健、或有小謀小技,亦可支撐度日。世爻福爻有氣、財爻無氣者,雖則貧寒樂享清福。世爻財爻有氣、福爻而無氣者,此人雖無積蓄,手頭常過金銀、或代人掌財,再得日月動爻生扶者,亦許小成。
賦文に「財世休囚、亀釜生塵之宅」と言う。世爻・財爻・子孫の三者皆気無く、或いは落空・逢破・入墓・臨絶し、或いは発動して凶象を変出するは、これ是れ衣を缺き食を缺くの人なり。世爻地を得て財福失陥するは、此人身強力壮にして、或いは些かの小本事小手芸有りて、亦能く支撐して日を度る。世爻と子孫と気有りて財爻気無きは、貧寒と雖も、倒に能く安く清福を享く。世爻と財爻と気有りて子孫気無きは、此人積蓄無しと雖も、手頭常に銀銭の経過有り、或いは人に替りて銭財を掌管す。再び日月動爻の生扶を得れば、或いは許りに小小の成就有らん。
如卯月申日占終身財福得復之頤 子孫酉金″ 動 官鬼寅木′ 妻財亥水″ 妻財子水″ 兄弟丑土″應 兄弟戌土″世 兄弟辰土″ 兄弟辰土″ 官鬼寅木″ 官鬼寅木″ 妻財子水′世 妻財子水′應 五爻亥水財、世爻子水財,皆長生於申日,雖不當令,卻得日建之生,獨嫌酉金福沖破而化絕,生平衣祿不少,難於積蓄成家。果此人自三十七歲入典鋪掌櫃,財東更換者三,此人依然在櫃,活至七旬之一,每年工食養家,此應財爻持世遇長生也,生四子二女。若執古法而兼看,卦中子孫破化絕,乃無子也。
例如卯月申日に終身財福を占いて、《地雷復》を得て《山雷頤》に変ず。本卦六爻は上より下へ、子孫酉金(発動)・妻財亥水・兄弟丑土(応)・兄弟辰土・官鬼寅木・妻財子水(世)。変卦は依次に官鬼寅木・妻財子水・兄弟戌土(世)・兄弟辰土・官鬼寅木・妻財子水(応)。五爻亥水財と世爻子水財と皆申日に長生す。当令せざると雖も、却って日建の相生を得る。ただ酉金子孫の沖破せられ・また寅木を変出して「化絶」と成せるを嫌む。故に此人一生衣食缺かずといえども、却って積蓄して家を成すこと難し。後來果たして此の如し。他三十七歳より当鋪に在りて掌櫃を為し、東家は三任を換えたるも、他依旧として櫃上に留まり、七十一歳に活き到り、每年工銭を頼りて家を養えり。これ正に財爻世を持してまた長生に逢うに応ず。此人は四子二女を生めり。もし古法に照らして一卦兼ねて断ぜば、卦中子孫は破を被りまた絶を化す。豈に彼に兒子無しと断ぜんと要せざらんや。
黃金策曰:世位休囚,非貧即夭。餘以為非貧者,須觀財福。夭者,單用世爻。非夭即貧,不是卜易之理。世居空位,終身作事無成。舊注大忌世空,一生百事無成。餘以此論近理,但未分出旺與動,世爻旺而空者,謂之帶旺匪空。動不為空,遇日建沖者,沖空則實空之年,勃然發福。豈曰無成。
《黄金策》に「世位休囚、非貧即夭」と言う。我は以て、彼の貧なるか貧ならざるかを言うは、財爻子孫を看るを要し、彼の夭なるか夭ならざるかを言うは、ただ世爻を看ると為す。「非夭即貧」の両件事を把りて一処に捆るは、是れ卜易の道理にあらず。賦文に「世居空位、終身作事無成」と言う。旧注は最も世爻の落空を忌み、以て是一生百事成らずと為す。我は以てこの話なお算して理に近しと為す。ただ是れ旺と動とを分け清めざるのみ。世爻旺にして空に落つるは、「帯旺非空」と謂う。発動すれば即ち空と算せず。日建の来たりて沖するに遇うは、是れ「沖空則実」にして、填実のあの年に到りて反って勃然として福を発す。どうして一事成らずと説く能わんや。
如戌月辛亥日占終身財福得比之觀卦 妻財子水″應 動 官鬼卯木′ 兄弟戌土′ 父母巳火′ 子孫申金″ 兄弟未土″世 官鬼卯木″世 官鬼卯木″ 父母巳火″ 父母巳火″ 兄弟未土″ 兄弟未土″應 斷曰:世爻雖空,月建合之,亥日生之,子水財爻動而生世,卯年一定成家,丑年占卦,果至卯年立業成家。彼時定鼎之初,雲貴才平,此人於川中帶出附子黃蓮桑材數擔,勃然家蓄數千餘金,從此立業成家,連年豐足,此豈可謂終身作事無成耶?
例如戌月辛亥日に終身財福を占いて、《水地比》を得て《風地観》に変ず。本卦六爻は上より下へ、妻財子水(応、発動)・兄弟戌土・子孫申金・官鬼卯木(世)・父母巳火・兄弟未土。変卦は依次に官鬼卯木・父母巳火・兄弟未土(世)・官鬼卯木・父母巳火・兄弟未土(応)。断語は曰く、世爻卯木は空亡に落つると雖も、却って戌月月建のそれと相合する有り、亥日また来たりてそれを生じ、子水財爻なお発動して世を生ず。卯年に一定に家を成し業を立てん。此卦は丑年に占えり。果たして卯年に到りて業を立て家を成せり。あの時正に開国の初に当たり、雲南貴州は剛剛平定せり。此人は四川より附子・黄連・桑材の若干担を販出して、一下子に数千両の銀子を積み起し、此より業を立て家を成し、連年豊足せり。このようなの人をどうして「終身作事無成」と説く能わんや。
又如酉月辛未日占終身財福得頤卦 兄弟寅木′ 兄弟寅木′ 父母子水″ 父母子水″ 妻財戌土″世 妻財戌土″世 妻財辰土″ 妻財辰土″ 兄弟寅木″ 兄弟寅木″ 父母子水′應 父母子水′應 斷曰:財爻持世,雖有未日扶拱,不宜旬空。卦中無火生助,占身命之最忌也,難許成家。此人自二十五歲至五十多歲東奔西走,一事無成,後因貧困,從戒外出。如此者謂之生平作事無成,可也。
又如く酉月辛未日に終身財福を占いて、《山雷頤》を得たり。六爻は上より下へ、兄弟寅木・父母子水・妻財戌土(世)・妻財辰土・兄弟寅木・父母子水(応)。六爻皆静にして変卦なし。断語は曰く、財爻戌土世を持す。未日の同類扶拱有ると雖も、可惜正に旬空に逢う。卦中又火爻無くして土を生助することなし。財すでに空に落ちまた来たる源無し。これ是れ身命を占うの最も忌諱する所にして、彼に家を成し業を立つるを許し難し。此人は二十五歳より五十多歳に到るまで東奔西走して一事成らず。後來貧困なるに因りて、戒を受け家を出でて去れり。これのごときは、才に真に以て「生平作事無成」と説く可し。
身入墓鄉,到老求謀多淚。世爻有墓,但有一墓者,若休囚無氣,主其人如痴如醉、不伶不俐、動靜行藏心不響快、凡為不遂。覺子曰:世爻若得臨於日月,或日月生扶、或動而化吉、不逢沖墓之年,果然顛倒昏迷,及逢墓庫沖開,如苗逢雨。諺云:福至心靈,爻中再有財福相生,或財福旺相者,陡然富足,故曰墓中人逢沖之年而發,豈可謂到老而多淚耶?
賦文に「身入墓郷、到老求謀多涙」と言う。世爻に墓有れば、哪管ただ一個の墓のみあるも、ただ世爻休囚無気なれば、此人便ち如痴如醉・不伶不俐にして、一挙一動心裡皆爽快ならず。およそ為す所有れば皆意に遂わず。李文輝曰く、世爻もし正に日辰月建に当たり、或いは日月の生扶を得、或いは発動して吉を変ずれば、則ち墓を沖せざるの年份に在るは固然昏昏沉沉たるも、一たび墓庫を沖開の年份に到れば、即ち禾苗の雨に遇うがごとし。諺語に「福至心霊」と言う。卦中再び財福相生有り、或いは財福旺相なれば、此人便ち陡然として富足せん。故に「墓中人逢沖之年而発」と言う。どうして彼の到老ただ多く涙を流すに落つるのみと説く能わんや。
如午月丙戌日占終身財福得節卦 兄弟子水″ 兄弟子水″ 官鬼戌土′ 官鬼戌土′ 父母申金″應 父母申金″應 官鬼丑土″ 官鬼丑土″ 子孫卯木′ 子孫卯木′ 妻財巳火′世 妻財巳火′世 此人旺財臨世,平素手有餘錢,亦因世入戌墓,酷好如痴賭,後至巳年因開鉛礦,連開數穴,富冠一鄉。野鶴曰:古法當應沖開戌墓之年,此卦而應沖世之年。
例如午月丙戌日に終身財福を占いて、《水沢節》を得たり。六爻は上より下へ、兄弟子水・官鬼戌土・父母申金(応)・官鬼丑土・子孫卯木・妻財巳火(世)。六爻皆静にして変卦なし。此人の世爻は旺相の財爻を坐す。平素手頭常に余銭有り。亦世爻巳火の戌土墓中に落つるに因りて、故に酷く赌博を好み・沉溺して痴のごとし。後來巳年に到りて鉛鉱を開採し、一連に幾処の鉱井を開き、一郷に富甲せり。野鶴老人曰く、古法に按ぜば本來当に戌墓を沖開のあの一年に応ずべし。この一卦は却って世を沖の年に応じたり。即ち世爻巳火の値に臨み・亥と相冲するの巳年なり。
卦宮衰弱根基淺,爻象豐隆命運高。爻象豐隆,占身命最重。世爻、財爻、福爻,得遇生扶,自然命運高強。唯卦宮之衰弱者不驗,常見根基淺薄之人,宮幾旺,是不為法。若問成家嫌六沖之為卦。舊注:凡遇六沖,必主其人作事有始無終。前卦六沖,前三十年生涯淡泊,後卦六沖,三十年後家業凋零。余曰:非也,若之以兩卦六沖斷六十年之休咎,而世與財福置之於何地?若世財福爻無氣,再遇六沖卦者是也。
賦文に「卦宮衰弱根基浅、爻象豊隆命運高」と言う。爻象豊隆は、身命を占うの時最も要緊なり——世爻・財爻・子孫爻の生扶を得れば、命運自然高強なり。「卦宮衰弱」の一説に至っては、我験すに霊ならず。常見るに根基浅薄の人の、卦宮偏偏甚だ旺なり。見るべし、以て法と為すに足らず。賦文に「若問成家嫌六沖之為卦」と言う。旧注曰く、およそ六沖卦に遇えば、此人事を為すは必定始有りて終無し。前の一卦六沖は、前三十年生涯淡泊し、後の一卦六沖は、三十年後家業凋零す。我曰く然らず。もし兩個の六沖卦を拿げて六十年の休咎を断ぜば、則ち世爻と財福とまた何の位置に擺るか。ただ世爻・財爻・子孫皆気無く、再び六沖卦に遇わば、才に以てこのように断ず可し。
如寅月乙巳日占財福 兄弟戌土″ 兄弟戌土″ 子孫申金″ 子孫申金″ 父母午火′世 父母午火′世 兄弟辰土′ 兄弟辰土′ 官鬼寅木′ 官鬼寅木′ 妻財子水′應 妻財子水′應
例如寅月乙巳日に一生財福を占いて、《雷天大壯》を得たり。六爻は上より下へ、兄弟戌土・子孫申金・父母午火(世)・兄弟辰土・官鬼寅木・妻財子水(応)。六爻皆静にして変卦なし。此卦は父母午火世を持して四爻に居り、官鬼寅木また寅月の令に当たる。正に是れ官父両旺の象なり。
餘見此卦,世旺官父旺,見其人才品異常,問曰:近來所作何事?彼曰:在庠,因家寒,意欲行醫,不名財福如何?余曰:卦中官父兩旺,寅年必有際遇,午未年定登金榜。伊曰:予知不能,竟無此念。余曰:爾雖以財為問,而神告將來可成名。後果於寅年醫好富翁,厚贈讀書。午年一榜,富翁及親友又贈,援例縣令,未幾丁艱,及至補缺未幾,裡誤而歸,囊筐消然。應寅年者,寅年而實空。應午年發者,世爻而值年月,功名反覆而不久者,六沖之卦也。宦囊消索者,子水財爻絕於日也;
我看るにこの一卦は世爻旺・官爻父爻も亦旺なり。又見るに此人才貌品格衆に出ず。便ち彼に問うに近來何の営生を為すかと。他曰く、県學に在りて書を読む。家境寒素なるに因りて、行を改めて医を行わんと想う。財福いかんかを知らず。我曰く、卦中官父両旺なり。寅年必ず際遇有らん。午年・未年に一定に金榜に名を題せん。他曰く、我自ら考え取る能わざるを知り、早已にこの個の念頭を断てり。我曰く、你はただ財福を問うと雖も、神明は却って你に告げて將來能く名を成すを。後來他果たして寅年に一位の富翁の病を治し愈し、富翁は厚く銭財を贈りて彼に供して書を読ましめ、午年に挙人に中り、富翁と親友とまた再び銀を贈り、他例に依りて捐納して県令と為す。上任久しからずして父母の喪に遭遇し、服満ちて缺を補すもまた久しからず、公事の失誤に因りて罷め歸り、行囊蕭然たり。寅年に応じたるは、寅年の空亡を填実せるに因る。午年に応じて発達せるは、世爻午火の正にあの一年の年支に当たるに因る。功名反覆して長久ならざるは、所得是れ六沖の卦なるに因る。宦囊耗尽せるは、則ち子水財爻の巳日に絶するに因る。
要知創業喜六合以成爻。舊注:占身命得六合卦,主其人春風和氣,交結善友,百事如心。交遊春風者有理,若以百事如心未必然,世必以用神兼之,爻象吉者,吉而又吉,爻象凶者,合亦無益。動身自旺獨力撐持。舊注:世爻不遇日辰動爻生扶,而自強自旺,其人必白手成家,此屢驗。但須財爻持世,而自強自旺,多自成家。若兄父官鬼持世,未必僅可撐持而已。
賦文に「要知創業喜六合以成爻」と言う。旧注曰く、身命を占いて六合卦を得れば、此人春風和気・広く善友を結び・百事心の如し。彼の人を待つこと春風のごとしと言うは、この道理有り。彼の百事心の如しと言えば、即ち未必なり——総要して用神を兼ね看るを要す。爻象吉なるは、是れ吉上に吉を加う。爻象凶なるは、縱に合に逢うも亦益処なし。賦文に「動身自旺独力撑持」と言う。旧注曰く、世爻に日辰動爻の生扶なきも、却って自身強旺すれば、此人必定白手に家を成さん。この一条は屢々応験す。ただ須らく是れ財爻世を持して自強自旺なるを以て、才に多半能く自己掙り出だして一份の家業を為すを得べし。もし是れ兄弟・父母・官鬼世を持せば、未必家を成さず。不過勉强支撐するのみ罷れり。
如申月壬子日占終身之財福 子孫酉金″應 子孫酉金″ 妻財亥水″ 妻財亥水″應 兄弟丑土″ 兄弟丑土″ 兄弟辰土′世 動 兄弟丑土″ 官鬼寅木′ 官鬼卯木′世 妻財子水′ 父母巳火′ 世臨辰土,旺於子日,雖無刑傷沖剋,亦無生扶,真可謂之自強自旺,此人原來稍有家業,因賭致貧,問將來還有發旺否?余曰:兄爻持世,永無發福之秋,且世爻逢退,難許長年。後從當夫頭死於丑年。
例如申月壬子日に一生の財福を占う。本卦六爻は上より下へ、子孫酉金(応)・妻財亥水・兄弟丑土・兄弟辰土(世、発動)・官鬼寅木・妻財子水。変卦は依次に子孫酉金・妻財亥水(応)・兄弟丑土・兄弟丑土・官鬼卯木(世)・父母巳火。世爻は辰土を坐し、子日に在りて旺を為す。すでに刑傷沖剋無く、亦生扶無し。真に以て自強自旺と謂う可し。此人原本略かに家業有り。赌博に因りて敗落し、来たりて將來なお能く発達するか否かを問う。我曰く、兄爻世を持す。永く福を発するの日無し。何況や世爻辰土は丑土を変出す。是れ「化退神」にして、連て長寿も亦指望し難し。後來他人に為めに当鋪伙計の頭目を為して、丑年に死せり。
衰世遇扶,因人創立。此果屢驗。世爻無氣,得遇日月動爻有一而生扶者,必遇好人提拔,但亦要財爻持世,或日月動爻作財以生世,因人照管成家,若父兄持世僅可度日,屢見日月生世,貴人生世,常得官貴垂青。如丑月丙辰日占終身財福得未濟之睽 兄弟巳火′應 兄弟巳火′ 子孫未土″ 子孫未土″ 妻財酉金′ 妻財酉金′世 兄弟午火″世 子孫丑土″ 子孫辰土′ 父母卯木′ 父母寅木″ 動 兄弟巳火′應
賦文に「衰世遇扶、因人創立」と言う。この一条は屢々応験す。世爻気なしとも、ただ日辰・月建或いは動爻の中のいずれの一様を得て来たりて生扶せば、必定好人の提拔に遇わん。ただし亦財爻世を持し、或いは日月動爻財爻を充当して来たりて世を生ずるを要して、才に能く人の照拂を憑りて家を成さん。もし是れ父母・兄弟世を持せば、則ちただ勉强日を度る能うのみ。我屢次見るに日月世を生じ・貴人世を生ずるの人は、常常官長の青睞を得る。例如丑月丙辰日に終身財福を占いて、《火水未済》を得て《火沢睽》に変ず。本卦六爻は上より下へ、兄弟巳火(応)・子孫未土・妻財酉金・兄弟午火(世)・子孫辰土・父母寅木(発動)。変卦は依次に兄弟巳火・子孫未土・妻財酉金(世)・子孫丑土・父母卯木・兄弟巳火(応)。
斷曰:兄爻持世,耗財之神,雖得寅木相生,而財不聚。彼曰:作何事可以成家?余曰:木生火旺,木火通明,胸中靈巧,況朱雀臨父,筆硯可以營生。後因叔父作衙門命之貼,寫得上人之意,可度日而財不聚。叔父提拔者,應寅木父爻生,又是筆墨營生。
断語は曰く、兄爻世を持す。是れ財を耗すの神なり。寅木父母の来たりて生ず有ると雖も、銭財終究聚め住む能わず。他問う、何の事を為して才に家を成す能わんや。我曰く、木は火を生じて火旺し。木火通明なり。你胸中霊巧なり。何況や朱雀は父母爻に臨む。以て筆墨を憑りて営生す可し。後來他叔父の在する所の衙門裡に在りて書辦を為し、写す所の東西は上司の心意に合し、以て日を度る能しといえども、却って依旧として銭を攢め下る能わず。叔父の彼を提拔するは、正に寅木父爻の世を生ずるに応ず。筆墨を以て生と為すも、亦朱雀の父母に臨む上に応ず。
日持合助一生偏得小人心,歲月克沖半世未沾君子德。世爻不論旺衰但得歲月日建有一而生扶者,君恩寵愛、君子相親、小人忠敬,平人者必得貴客扶持。又曰:父來生得父輩之恩,兄來克受兄之累,此則問有驗不可執之。世爻有氣或被日月有一而沖剋者,仕者上位相陵、同僚不睦、小人毀謗,若太歲五爻沖剋者,君恩失寵,世若休囚者更甚。平人而得此者,官貴欺陵,新朋妒忌,下輩欺侮。世若休囚更甚。遇龍子而無氣,縱清高亦是寒儒。此果屢驗。凡得青龍子孫持世,必然立志高遠,不慕富貴。即子孫無氣,亦主絕俗超群,自甘寒薄。
賦文に「日持合助一生偏得小人心、歳月剋沖半世未沾君子徳」と言う。世爻は旺衰を論ぜず、ただ太歳・月建・日辰の中に一様有りて来たりて生扶せば、官を為るは即ち君王の恩寵・正人の親近・下層の忠敬を得。平民百姓も亦必ず貴人の扶持を得ん。又曰く、父母爻の来たりて生ずるは、得る所是れ父輩の恩惠なり。兄弟爻の来たりて剋するは、受くる所是れ兄弟の拖累なり——この一条は偶々霊験し、死執する可からず。反って、世爻気有りと雖も太歳・月建・日辰の中のいずれの一様に沖剋せらるれば、官を為るは即ち上級の欺圧を受け・同僚と不睦し・小人の毁謗を被らん。もし是れ太歳と五爻との来たりて沖剋すれば、則ち是れ君恩を失せり。世爻休囚のはいっそう甚だし。平民之に遇えば、即ち官府の欺凌を受け・新交の妒忌・晩輩の欺侮を受くべし。世爻休囚のはいっそう甚だし。賦文に「遇龍子而無気、縱清高亦是寒儒」と言う。この一条は屢々応験す。およそ青龍子孫の世を持するを得れば、此人必定志を立てて高遠・富貴を慕わず。即ち子孫気無きも、亦彼の流俗を超脱し清寒に甘んずるを主る。
如酉月癸丑日占終身除功名外何事可為?得卦如下: 父母戌土′ 父母戌土′ 兄弟申金′ 兄弟申金′應 官鬼午火′應 官鬼午火′ 兄弟酉金′ 兄弟申金′ 子孫亥水′ 動 官鬼午火″世 父母丑土″世 父母辰土″
例如酉月癸丑日、人有りて来たりて占う。自己一生の中、功名を除きの外なお何の事を為す可き有るか。得る所の卦の六爻は上より下へ、父母戌土・兄弟申金・官鬼午火(応)・兄弟酉金・子孫亥水(発動)・父母丑土(世)。変卦は依次に父母戌土・兄弟申金(応)・官鬼午火・兄弟申金・官鬼午火(世)・父母辰土。
斷曰:財星伏於二爻,又值空亡,正所謂內外無財,伏又空,財莫能聚,且喜子孫獨破遇青龍,雖不持世,亦主清高,生平非義不取,不以富貴關心。彼曰:祖有恩蔭,讓與弟承襲,令欲挾會遍遊,取樂山水,可能如願否?余曰:亥水子孫變鬼,財爻又空,子死妻空,絕俗離群之事,如有此志,此卦驗之幾矣。彼曰:餘年四十有三,自二十一歲妻亡之後,竟未續絃,子女皆無。余曰:卦之相合,必如其願。後聞此人遊川廣填黔,及至十餘載之後,致書於家。竟入華山,不知所終。
断語は曰く、財星は二爻の下に伏し、また正に空亡に逢う。これ即ちいわゆる内外財無く・伏し且つ空なるにして、銭財聚め起す能わず。喜ぶ可きは子孫一爻独り動きて青龍に臨むなり。世を持せざると雖も、亦此人の清高・一生不義の財取らず・富貴を心上に放らざるを主る。他曰く、祖上に恩蔭有り。我弟に譲りて承襲せしめたり。如今行囊を帯びて四処雲遊し、情を山水に寄せんと想う。能く願いの如くなるか否か。我曰く、亥水子孫は官鬼を変出し、財爻また空に落つ。是れ子女存し難く・妻室空虚の象にして、正に絶俗離群のこの件事に合す。你若し真に此の志有れば、この一卦は応験に離れて遠からず。他曰く、我今年四十三歳にして、二十一歳妻子亡故の後より一直に續弦せず、子女も亦皆無し。我曰く、卦象は你の心願と正に相合す。必定願いの如くならん。後來聞くに此人は四川・広東を遊歴し、又貴州に入り、十多年後に一封の家書を寄せて回り来たる。竟に華山に入りて、此後下落を知らず。
覺子曰:餘因父子兄財官鬼各有相忌,難以一卦決之,是以分占得理,然亦有不占財神卦中現出旺財,不問功名爻象現出旺官,目下刑妻克子不待另占,卦中先現刑傷,不可不詳加細查。或曰:既謂分占,何故又言兼斷?余曰:此理難同俗人而言,來人慾占事者其幾動矣,人之至親,莫過於骨肉,人之得志,莫過於利名,神不告已問之事者,以重大者而先告也,即如此卦福遇青龍清高之客,子孫變鬼絕後之人,兼之財伏而空,乃是離塵絕俗,以此數事,正合福遇青龍清高之客也,似顯而見,何須另卜再卦?不然,此財爻者以之為財帛空耶?以之為妻妾空耶?
李文輝曰く、正に父母・子孫・兄弟・妻財・官鬼各々相忌有るに因りて、一卦以て尽く決する能わざるが難し。故に我分け開きて来たりて占うを主張して才に合理と為す。然而亦このようなの情形有り。併せて財を占わざるに、卦中却って旺財を現出し、併せて功名を問わざるに、爻象却って旺官を現出し、眼下即ち刑妻剋子の応有りて、別に占うを必とせず、卦裡已に先に刑傷を顕出す——これらは皆仔細に察看せざる能わざるなり。ある人問う、すでに分占を主張せば、何を以てか又兼ねて断ずと言うや。我曰く、この個の道理は常人と細講し難し。来たる人事を占わんと要せば、心中の機兆早已に動けり。人の最も親しきは骨肉に過ぎず、最も看重するは名利に過ぎず。神明の問う所に答えずして先に別のを答えるは、是れいっそう重大のを將に先に彼に告げんと欲するに因る。即ちこの一卦のごとし。子孫は青龍に臨む。是れ清高の客なり。子孫は鬼を変ず。是れ絶後の人なり。再び財爻伏蔵して空に落つるを加う。正に是れ塵を離れ俗を絶つの象なり。この幾件は互相印证して、皆「福遇青龍、清高之客」のこの句の話に合す。明明白白眼前に擺る。何ぞ必ずしも再び別に一卦を占わんや。然らざれば、この個の財爻は究竟財帛の落空と算すべきか、それとも妻妾の落空と算すべきか。
逢虎妻而旺強,雖鄙俗偏為富客。舊注為白虎臨財持世,雖其人不知禮義,然必家道殷實,果有驗。又曰:旺財若有制服,亦粗知文墨,此又非理,論旺財逢制,及應將來之破敗也,豈以文墨言?如午月丙子日占財福得明夷之豐 父母酉金″ 官鬼戌土″ 兄弟亥水″ 父母申金″世 官鬼丑土″世 動 妻財午火′ 兄弟亥水′ 兄弟亥水′ 官鬼丑土″ 官鬼丑土″應 子孫卯木′應 子孫卯木′ 世臨白虎化出旺財生世,果此人目不識丁,鄙俗不堪,農生盡可度日,人丁六畜豐盛。戌年占卦,值子年農生被蝗蟲食盡,全家瘟疫,六畜亦瘟。應子年者,占時原有子日沖其午火,因午火而值月建可以相敵,令遇子年,增其沖剋,所以破敗。
賦文に「逢虎妻而旺強、雖鄙俗偏為富客」と言う。旧注は白虎財爻に臨み世を持すれば、此人礼義を懂せざると雖も、家道必定殷実と曰う。この話確かに応験有り。旧注また曰く、旺財もし制服を受ければ、此人も亦粗く文墨に通ず。則ち合せず理なり。旺財制を受くるは、応ずる所是れ將來の破敗なり。どうして文墨に扯げ上ぐる能わんや。例如午月丙子日に財福を占いて、《地火明夷》を得て《雷火豊》に変ず。本卦六爻は上より下へ、父母酉金・兄弟亥水・官鬼丑土(世、発動)・兄弟亥水・官鬼丑土・子孫卯木(応)。変卦は依次に官鬼戌土・父母申金(世)・妻財午火・兄弟亥水・官鬼丑土(応)・子孫卯木。世爻は白虎に臨みて旺財を変出して来たりて世を生ず。此人果たして目丁を識らず・鄙俗不堪にして、農務を恃みて以て日を度るに足り、人口牲畜皆興旺せり。卦は戌年に占えり。子年に到りて庄稼は蝗虫に吃光せられ、全家瘟疫に染み、六畜も亦瘟に遭えり。子年に応じたるは、卦を占うの時本來子日のあの午火を沖する有りて、ただ是れ午火月建に当たりてなお能く抵挡せるに因る。如今また子年に逢い、沖剋加倍す。故に敗落せり。
父母持身辛勤勞祿,鬼爻持世疫病纏綿,遇兄則莫能聚財,遇子則身不犯刑。黃金策曰:父母官鬼持世皆可斷為辛勤勞碌、疾病纏綿。舊注曰:若是貴人勿以此斷。此說非理,實知不是貴人,焉知將來不貴?曾有人占財福酉月壬辰日得恆卦 妻財戌土″應 妻財戌土″應 官鬼申金″ 官鬼申金″ 子孫午火′ 子孫午火′ 官鬼酉金′世 官鬼酉金′世 父母亥水′ 父母亥水′ 妻財丑土″ 妻財丑土″ 問曰:爾過禱告曾問功名否?彼曰:生意人問,何有功名之念?余曰:此卦財生官旺,竟可問名。彼曰:天有落下來之官,亦不到我頭上。
賦文に「父母持身辛勤労碌、鬼爻持世疫病纏綿、遇兄則莫能聚財、遇子則身不犯刑」と言う。《黄金策》は父母或いは官鬼世を持すれば、皆辛苦労碌・疾病纏身と断ず可しと言う。旧注は却って又「若是貴人、不可這樣断」と曰う。この話理に合せず。眼下明かに彼の是れ貴人にあらざるを知るに、どうして彼の將來貴ならざるを知らん。曾て人有りて酉月壬辰日に財福を占いて、《雷風恒》を得たり。六爻は上より下へ、妻財戌土(応)・官鬼申金・子孫午火・官鬼酉金(世)・父母亥水・妻財丑土。六爻皆静なり。我彼に問う、你禱告の時功名を問うたるや。他曰く、買賣を為す人の来たりて問うなり。哪に何の功名の念頭有らん。我曰く、この一卦は財旺にして官を生ず。実は甚だ以て功名を一問す可し。他曰く、即ち天上より官を掉下すとも、亦我の頭上に砸り着かざらん。
命再占得噬嗑變否卦 子孫巳火′ 妻財戌土′應 妻財未土″世 動 官鬼申金′ 官鬼酉金′ 子孫午火′ 妻財辰土″ 兄弟卯木″世 兄弟寅木″應 子孫巳火″ 父母子水′ 動 妻財未土″ 余曰:世爻未土之財變出申金之官,明明以財而變官。前卦財旺生官者,因世臨月建之官,辰日沖動戌土之財,暗動生世。雖可許名,不敢指以年月,後卦世臨未土而逢空,實空之年包出仕。果於卯年援例入臨,巳年初任兵馬即加納縣令,未年再位江南。舊注官鬼持世疾病纏綿,若是貴人。勿以此斷。此人原非貴人。豈謂之疾病纏綿耶?
我彼を叫びて再び一卦を占はしめ、《火雷噬嗑》を得て《天地否》に変ず。本卦六爻は上より下へ、子孫巳火・妻財未土(世、発動)・官鬼酉金・妻財辰土・兄弟寅木(応)・父母子水(発動)。変卦は依次に妻財戌土(応)・官鬼申金・子孫午火・兄弟卯木(世)・子孫巳火・妻財未土。我曰く、世爻未土財爻は申金官星を変出す。明明是れ財より官に変ずるに由る。前の一卦の財旺官を生ずと説く所以は、是れ世爻正に月建に当たるの官星にして、辰日また戌土財爻を沖動してそれを暗動せしめて来たりて世を生ぜしむるに因る。彼に名を成すを許す可しと雖も、却って敢えて年月を指定せず。この一卦は世爻未土を坐して旬空に逢う。空亡を填実のあの年に到れば即ち出仕すべし。後來果たして、卯年に例に依りて捐納して監に入り、巳年に初めて兵馬司の職に任じ、随即再び捐めて県令と為し、未年また調任して江南と為す。旧注は官鬼世を持すは疾病纏綿を主ると言い、又「若是貴人則不可這樣断」と言う。这人本來併せて貴人にあらず。豈に即ち彼に疾病纏綿を断ずべけんや。
又如巳月已丑日占終身財福得歸妹之臨卦 父母戌土″應 兄弟酉金″ 兄弟申金″ 子孫亥水″應 官鬼午火′ 動 父母丑土″ 父母丑土″世 父母丑土″ 妻財卯木′ 妻財卯木′世 官鬼巳火′ 官鬼巳火′ 余曰:卦中財福不旺,而官父兩旺,如何不問功名?彼曰功名之念已滅。余曰:世臨日建月建生身,必主顯貴中舉,巳午年富貴逼人來也。果於午年保舉,雖非科甲,身為科裡之官,此豈可謂父母持身辛勤勞碌耶?
又如く巳月己丑日に終身財福を占いて、《雷沢帰妹》を得て《地沢臨》に変ず。本卦六爻は上より下へ、父母戌土(応)・兄弟申金・官鬼午火(発動)・父母丑土(世)・妻財卯木・官鬼巳火。変卦は依次に兄弟酉金・子孫亥水(応)・父母丑土・父母丑土・妻財卯木(世)・官鬼巳火。我曰く、卦中財爻子孫皆旺ならず、官爻父爻却って両旺す。何を以てか功名を問わざる。他功名の念頭早已に熄えたりと曰う。我曰く、世爻正に丑日の日建に当たり、又有巳月月建の来たりて身を生ず。必ず顕貴にして挙に中るを主らん。巳年午年に富貴は会して自己門に找し上がらん。後來果たして午年に人の保挙を得て、科挙正途の出身にあらざると雖も、亦科班の職の官を為せり。このようなの人を、どうして父母身を持せば一定に辛勤労碌と説く能わんや。
父母臨身勞碌貧寒之輩。或曰:黃金策乃卜筮之宗,未有占身命而以父子財官兼斷之理。余曰:既不為信,即看父母持身之解注,其可知矣。謂占身不可見父兄官鬼持世,爻遇父則克傷子女,一生勞碌,不得安逸。豈非父為克子之神,又為一生勞碌之神?即執論之,但遇父爻持世,不獨一生勞碌辛勤,官不旺而父旺者,雖不見用於朝廷,名盛之傳。衰而又逢沖剋,即欲寄食於公門,凶多吉少。
賦文に「父母臨身、労碌貧寒之輩」と言う。ある人曰く、《黄金策》是れ卜筮の宗師の作なり。哪に身命を占うて父・子・財・官を分けて兼ねて断ずるの道理有らん。我曰く、你若し信ぜざれば、ただそれの「父母持身」のこの一条の注解を看れば即ち明白なり。それは身命を占うは父母・兄弟・官鬼の世を持するを見る可からずと言い、爻父母に遇えば即ち子女を剋傷し・一生労碌して安逸を得ず——これは正に父母を把りてすでに子を剋するの神と当作り・また労碌の神と当作るにあらずや。即ちそれのこの説法に依れば、父爻世を持するの人に遇上するも、亦未必ただ一生辛勤労碌のみならず。もし官星旺ならずして父爻旺なれば、朝廷の任用を被る能わざると雖も、亦能く文名を以て世に傳わらん。もし父爻衰弱にしてまた沖剋に逢わば、則ち即ち官府裡に在りて一口の飯を謀らんと想うも、亦是れ凶多吉少なり。
如子月乙未日占終身財福得兌卦 父母未土″世 父母未土″世 兄弟酉金′ 兄弟酉金′ 子孫亥水′ 子孫亥水′ 父母丑土″應 父母丑土″應 妻財卯木′ 妻財卯木′ 官鬼巳火′ 官鬼巳火′ 斷曰:卯木之財,而入未日之墓,巳火之官,休囚無氣,名不能成,利不能就,惜乎旺父臨身,才愈高而和愈寡,況得卦遇六沖,一事無成之象。後屢見逢顯貴聘之,才高氣傲,皆不待瓜期辭矣。目摯十餘載,貧寒炎泊,後隨表弟升任雲南,不知所終。
例如子月乙未日に終身財福を占いて、《兌為沢》を得たり。六爻は上より下へ、父母未土(世)・兄弟酉金・子孫亥水・父母丑土(応)・妻財卯木・官鬼巳火。六爻皆静にして変卦なし。断語は曰く、卯木財爻は未日の木墓に落入し、巳火官星は子月に休囚無気す。名すでに成る能わざれば、利も亦即ち成らず。惜ぶ可きは旺相の父爻世を持するなり——才気愈高ければ、投合する人愈少なし。何況や所得又是れ六沖の卦にして、正に是れ一事成らざるの象なり。後來屢々顕貴の人の彼を聘する有り。他才高く気傲くして、皆任満ちるを等たずして辞し去れり。このように蹉跎して十幾年、貧寒淡泊にして、最後に表弟に跟随りて雲南に往きて任に赴き、終る所を知らず。
兄父臨世財耗貧寒。舊係遇兄則財莫能聚解。注有云:世逢兄爻必克妻妾,一生必不聚財,既以之為克妻,又以之為破耗,執此而論,世之傷妻者,皆貧困之人也。假使貧者偕老,富者斷絃,何以決之?故予以分占之法,實得理也。覺子曰:凡占財福,兄爻持世,雖不許之富足,亦看旺衰,旺則貧而好義,衰則多疾病官非,得日月生扶,貧而樂。得日月作財而合世,富而驕。旺臨蛇虎元武,奸盜詐為之兇頑。衰遇勾陳雀武,揹負肩挑之躬漢,受克受制,下賤隸卒。得合得扶,上人抬舉。全在人之通變,人觀其輕重而言。
賦文に「兄父臨世、財耗貧寒」と言う。旧本は「遇兄則財莫能聚」と作る。注裡に世爻兄弟に遇えば必ず妻妾を剋し・一生財を聚め住む能わずと言う。すでにそれの妻を剋すと言い、またそれの財を破ると言う。この講法に照らせば、世上妻子を死したるの人は豈に皆窮困の人ならざらんや。假使窮人夫妻偕老し・富人中年妻を喪せば、又怎麼断ずべきか。故に我分占の法を用うるは、実在是れ道理有るなり。李文輝曰く、およそ財福を占うは、兄爻世を持すは固然彼に富足を許す能わざるも、亦なお旺衰を看るを要す。兄爻旺なるは、貧と雖も義を好む。兄爻衰なるは、疾病官非多し。日月の生扶を得るは、貧にして自ら樂しむ。日月財爻を充当してまた来たりて世を合するは、富みて驕縱す。兄爻旺にして螣蛇・白虎・玄武に臨むは、是れ奸猾盗詐の凶頑の徒なり。兄爻衰にして勾陳・朱雀・玄武に遇うは、是れ背負肩挑の苦力なり。剋を受制を受くるは、是れ下賤の差役なり。合を得扶を得るは、能く上人の抬挙を受く。これ全て人の事に臨みて変通し、軽重を看て以て定むるに在り。
官衰無破公門異行資生。官鬼持世,休囚無氣者,乃纏綿病疾殘疾之人也。若有氣者,或入公門或挾術行道,再遇日月動爻貴人扶助,皆得貴客相親,從此成家立業,財若無氣,空有虛名而已。財弱有商賈百工事業。財爻福爻自來旺相者,或商或賈或守農生,成之富足,樂享豐饒,倘遇衰財持世,或得日月動爻生扶合助者,暴發興家,守農莊年時豐稔,習工藝巧奪天工。慕道修持皆為子孫持世。子孫乃恬淡之神,如若持世,孤立無助,又遇財爻陷者,若有高尚之志,許之為道為僧。若無出家之志,不可妄斷,殊不知見子,則身不犯刑,許之生平,不犯官刑可也。
賦文に「官衰無破、公門異行資生」と言う。官鬼世を持して休囚無気なるは、是れ纏綿病痛・身に残疾有るの人なり。もし官鬼気有れば、此人或いは衙門に進みて差を当たり、或いは一門の方術を恃みて道を行い、再び日月動爻と貴人との扶助に遇えば、皆能く貴人の相親むを得、此より家を成し業を立つ。ただ是れ財爻もし気無ければ、終究ただ虚名声に落つるのみ。賦文に「財弱有商賈百工事業」と言う。財爻子孫本來旺相なるは、或いは経商し・或いは坐賈し・或いは務農して、皆能く富足豊饒せん。倘若衰弱の財爻世を持して、しかも日月動爻の生扶合助を得れば、亦能く暴発して家を興さん——務農すれば則ち年成豊稔し、做工すれば則ち手藝巧に天工を奪わん。賦文に「慕道修持皆為子孫持世」と言う。子孫是れ恬淡の神なり。もし世を持して孤立無助にして、また財爻失陥するに碰上せば、此人もし高尚の志有れば、以て彼に出家して道を為し僧を為すを許す可し。もし他併せて出家の念頭無ければ、即ち乱断す可からず。ただ「遇子則身不犯刑」を記住して、彼に一生官刑を犯さざるを許せば便ち是れなり。
家傾名喪乃因官鬼傷身。凡遇官鬼克世,世多旺者,生平多招刑憲,或招嫉妒、或小人暗害、或殘疾纏綿。若鬼旺身衰,乃身傷家傾之兆,動之不必以財福為問,速尋趨避之法可也。如世爻動而變鬼克世,及日月作官鬼而克世者,更凶。如卯月癸未日占終身財福得革之家人 官鬼未土″ 動 子孫卯木′ 父母酉金′ 妻財巳火′應 兄弟亥水′世 動 官鬼未土″ 兄弟亥水′ 兄弟亥水′ 官鬼丑土″ 官鬼丑土″世 子孫卯木′應 子孫卯木′ 應外卦世與日月同為三合,以為吉卦,不宜世爻變鬼,又化回頭之克,上爻未土又克,目下雖則無妨,今年五月沖開其合,或是酉月沖開卯木,須防不測。果至巳月而生惡瘡,卒於酉月。
賦文に「家傾名喪乃因官鬼傷身」と言う。およそ官鬼の世を剋するに遇うは、世爻もしなお算して旺なれば、此人一生多く刑罰を招き、或いは人の嫉妒を招き、或いは小人の暗害を被り、或いは残疾纏身なり。もし官鬼旺にして世爻衰なれば、則ち是れ身傷家敗の兆なり。この種の卦に遇上せば必ず再び財福を問うなかれ。急ぎて去りて吉を趨り凶を避くるの弁法を找す才に是れなり。もし世爻発動して官鬼を変出して来たりて世を剋し、或いは日辰月建官鬼を充当して来たりて世を剋せば、則ちいっそう凶なり。例如卯月癸未日に終身財福を占いて、《沢火革》を得て《風火家人》に変ず。本卦六爻は上より下へ、官鬼未土(発動)・父母酉金・兄弟亥水(世、発動)・兄弟亥水・官鬼丑土・子孫卯木(応)。変卦は依次に子孫卯木・妻財巳火(応)・官鬼未土・兄弟亥水・官鬼丑土(世)・子孫卯木。世爻は日辰月建と湊りて亥卯未三合を成す。本來以て吉卦と当作る可し。宜しからざるは世爻官鬼を変出し、また「回頭剋」を成し、上爻未土も亦来たりて世を剋す。眼下妨げなきと雖も、可なり今年五月一たびこの個の三合を沖開し、或いは酉月に到りて卯木を沖開せば、即ち不測を防ぐを要す。果たして巳月に到りて悪瘡を生じ、酉月に死せり。
財化退兮不利於已。財爻持世化進神,或動而生世者,事業從此而進,家道自此豐亨,若化退神,家業自此漸退,日剝月削,漸生蕭條,若世爻再被刑剋沖害者,非漸退也,即見家覆財傾。世逢合住受制於人。世臨財爻兄者,而得日月動爻合住,衣食僅可度日,難許豐足。世爻無氣而被合,財福無氣,兄動卦中,乃奔走受制之下賤人也。
賦文に「財化退兮不利于己」と言う。財爻世を持して進神を変出し、或いは発動して来たりて世を生ずれば、事業此より長進し、家道此に由りて豊盈す。もし退神を変出せば、家業即ち漸々衰退し、日削月剥して、一天天蕭條せん。世爻再び刑剋沖害を受くれば、則ち是れ漸退にあらずして、而是れ立ち見るに家敗れ財傾くなり。賦文に「世逢合住受制于人」と言う。世爻財爻或いは兄爻に臨みて日月動爻に合住せらるれば、衣食僅に以て日を度るに足り、豊足を許し難し。世爻気無くしてまた合住せられ、財爻子孫も亦気無く、卦中なお兄爻の発動有れば、則ち是れ奔走して人下に在り・処処制を受くるの下賤の人なり。
終身功名有無章第三十八
官父興隆,文章見用。凡得旺父持世、官動生之,或官星持世、父爻旺動,或官星父爻旺動、生合世爻,或日月作官星、父母生合世,皆主成名之象。學成文武藝,貨與帝王家。鬼財搖發,納栗成名。官星持世、財動相生,或世臨官動化財,世臨財動化官,或官星動而生合世爻,或日月作官星生合世爻,皆主納栗以奏名。
賦文に「官父興隆、文章見用」と言う。およそ旺相の父爻世を持して官星の発動して来たりて生ずる有るを得、或いは官星世を持して父爻旺動し、或いは官星父爻旺動して来たりて世爻を生合し、或いは日辰月建官星・父母を充当して来たりて世爻を生合するは、皆是れ名を成すの象なり。正にいわゆる學び成りて文武の藝を帝王家に貨し与するなり。賦文に「鬼財揺発、納栗成名」と言う。官星世を持して財爻発動して来たりて生じ、或いは世爻官に臨みて財を変出し・世爻財に臨みて官を変出し、或いは官星発動して世爻を生合し、或いは日辰月建官星を充当して世爻を生合するは、皆捐納の途迳を以て功名を博取するを主る。
如辰月乙未日占終身功名有無得地火明夷變豐卦 父母酉金″ 官鬼戌土″ 兄弟亥水″ 父母申金″世 官鬼丑土″世 動 妻財午火′ 兄弟亥水′ 兄弟亥水′ 官鬼丑土″ 官鬼丑土″應 子孫卯木′應 子孫卯木′ 此公原是武蔭,巳任卑宮,因病告退,即無官矣。問將來還有功名否?此卦丑土官星持世,化出午火,財旺生官,卯年占卦,巳年援例連連加納,官至府佐,未年出仕,戌年升任。黃堂古法以動而逢沖謂之散,此係未沖世爻之丑土,竟不見其散也。
例如辰月乙未日に終身功名の有無を占いて、《地火明夷》を得て《雷火豊》に変ず。本卦六爻は上より下へ、父母酉金・兄弟亥水・官鬼丑土(世、発動)・兄弟亥水・官鬼丑土・子孫卯木(応)。変卦は依次に官鬼戌土・父母申金(世)・妻財午火・兄弟亥水・官鬼丑土(応)・子孫卯木。この位は本來武職蔭生にして、已に卑微の官を做し過ぎ、病に因りて告退し、眼下官を身上に無し。来たりて將來なお功名有るか無きかを問う。此卦は丑土官星世を持し、発動して午火を変出す。財旺にして官を生ず。卦は卯年に占えり。巳年に他接続して例に依りて捐納し、官は府佐に至り、未年に出仕し、戌年に升任せり。古法は「動而逢沖」を把りて「散」と叫作す。しかるにここに未土の沖する所は正に是れ世を持するの丑土なり。併せて散じ去ることなかりき。
獨旺於官,立功建業。凡卦中財爻父爻皆不得地,而官星獨旺或日月作官星而生世,或虎臨世動,或虎臨金鬼動而生合世爻,皆主立功以成名也。如戌月戊辰日占終身功名有無得蠱卦 兄弟寅木′應 兄弟寅木′應 父母子水″ 父母子水″ 妻財戌土″ 妻財戌土″ 官鬼酉金′世 官鬼酉金′世 父母亥水′ 父母亥水′ 妻財丑土″ 妻財丑土″ 日月作財生世,白虎臨金官持世,若入文途,必以援例,若入武途,可以立功。彼曰:有功名否?余曰:官星持世日月生,豈曰無官?後此人亦未食糧,竟隨營破寨,奮勇當先,主帥嘉之,即以官。不出五載,建奇功,官至元戎將軍。
賦文に「独旺于官、立功建業」と言う。およそ卦中財爻父爻皆地を得ずして、独り官星旺相し、或いは日辰月建官星を充当して来たりて世を生じ、或いは白虎世に臨みて発動し、或いは白虎金爻官鬼に臨み発動して来たりて世爻を生合するは、皆軍功を憑りて業を立て名を成すを主る。例如戌月戊辰日に終身功名の有無を占いて、《山風蠱》を得たり。六爻は上より下へ、兄弟寅木(応)・父母子水・妻財戌土・官鬼酉金(世)・父母亥水・妻財丑土。六爻皆静なり。日辰月建皆土に属し、財爻を充当して来たりて世を生ず。白虎また金爻官鬼の世を持するに臨む。此人もし文途を走れば、必ず捐納を恃むを得べし。もし武途を走れば、以て戦功を憑りて名を成す可し。他問う、到底功名有るや無きや。我曰く、官星世を持して日月の来たりて生ず有り。どうして官無からんや。後來此人は併せて粮餉を領取せず、ただ営に随いて寨堡を攻打し、奮勇して先に当たり、主帥は嘉許して、地に就りて彼に官に官職を給えり。五年を出でずして、屢々奇功を建て、官は兵を統ぶるの将軍に至れり。
歲五生世,平步登雲。凡得太歲及五爻動而生世皆旺,主庶民食祿,平步登雲。太歲入爻,又宜發動。倘得五爻生世,亦要發動,而世與官星亦宜旺相,方可斷之。福德動搖,豈是朝廊之客。凡得子孫持世發動,終非朝廊之貴客。
賦文に「歳五生世、平歩登雲」と言う。およそ太歳及び五爻の発動して来たりて世を生じ、しかも両者皆旺なるを得れば、平民も亦朝廷の禄を食し、一歩天に登るを主る。太歳は爻に入れば、なおそれの発動するを要して才に好し。五爻世を生ずるも、同様にそれの発動するを要し、併せて世爻と官星と亦旺相ならんを須うて、才に以てこのように断ず可し。賦文に「福徳動揺、豈是朝廊之客」と言う。およそ子孫世を持して発動するを得れば、終究是れ朝堂上の貴客にあらざるなり。
如戌月丁卯日占終身功名有無得需卦 妻財子水″ 妻財子水″ 兄弟戌土′ 兄弟戌土′ 子孫申金″世 子孫申金″世 兄弟辰土′ 兄弟辰土′ 官鬼寅木′ 官鬼寅木′ 妻財子水′應 妻財子水′應 斷曰:子孫持世,休問功名。彼曰:作何事可以成名?余曰:任爾才能倚馬,力能舉鼎,終身不許成名。但此人功名之念切甚,讀書苦勝囊螢,文章當時竟未游泮,後從戌二十餘載,或立軍功,或援例納栗,奔馳於名利之場,皓首無成,此子孫克官之徵驗也。
例如戌月丁卯日に終身功名の有無を占いて、《水天需》を得たり。六爻は上より下へ、妻財子水・兄弟戌土・子孫申金(世)・兄弟辰土・官鬼寅木・妻財子水(応)。六爻皆静なり。断語は曰く、子孫世を持す。功名は必ず再び問うなかれ。他曰く、則ち何の事を為して以て名を成す可きか。我曰く、任憑你才思敏捷にして馬に倚りて待つ可きがごとく・気力大にして能く鼎を扛ぐとも、終身も亦名を成すを許さざらん。可なるに这人の功名を求むるの念頭極めて切にして、読書の苦は古人の嚢螢映雪に勝えたるに、文章は却って終始未だ進學する能わざりき。後來奔走して二十多年、或いは軍功を立て、或いは例に依りて捐納し、名利場上に馳逐して、直に白頭に到るまで一成る所無し。これ正に是れ子孫官を剋するの験証なり。
破空臨世,終須白屋之人。世靜而臨旬空月破,官逢月破自空,皆主不得成名。惟世與官星空破而動者,勿以此斷。又如巳月乙卯日占終身功名得旅卦 兄弟巳火′ 兄弟巳火′ 子孫未土″ 子孫未土″ 妻財酉金′應 妻財酉金′應 妻財申金′ 妻財申金′ 兄弟午火″ 兄弟午火″ 子孫辰土″世 子孫辰土″世 斷曰:雖是爻逢六合,嫌其子孫持世,官逢月破,勿想成名,彼曰:業已援例。余曰:費盡萬金,終難食祿。至子年得病,丑年得蠱病而終。
賦文に「破空臨世、終須白屋之人」と言う。世爻安静にして旬空・月破に逢い、或いは官星月破に逢い・自身空に落つるは、皆名を成す能わざるを主る。ただ世爻と官星と空破と雖も発動したるのみ、此に照らして断ず可からず。又如く巳月乙卯日に終身功名を占いて、《火山旅》を得たり。六爻は上より下へ、兄弟巳火・子孫未土・妻財酉金(応)・妻財申金・兄弟午火・子孫辰土(世)。六爻皆静なり。断語は曰く、爻六合に逢うと雖も、可惜子孫世を持し、官星また月破に逢う。名を成すは必ず指望するなかれ。他曰く、我已に捐納し過ぎたり。我曰く、縱に萬金を費尽すとも、終究禄を食し難し。子年に到りて他病を得、丑年に蠱脹の症に因りて去世せり。
寿元章第三十九
世爻旺相,永享長年,身位休囚,須防夭折。凡占壽元,獨以世爻為根本,世爻或旺相、或臨日月、或得日月生扶及動爻生扶、或動而化生化旺化回頭生者,乃大壽之征也。世爻休囚,防之於沖剋之年,再有刑傷克害者,動而逢合逢值之年,靜而逢值逢沖之年,皆在應期章內斷之。休囚隨鬼入墓,衰逢助鬼之傷,皆為凶兆。世動化退,化鬼又化回頭之克,化絕、化墓、化破空,夕陽無限好,只恐不多時,皆於應期章內決之。
賦文に「世爻旺相、永享長年。身位休囚、須防夭折」と言う。およそ寿元を占うは、ただ世爻を以て根本と為す。世爻或いは旺相し、或いは正に日辰月建に当たり、或いは日月の生扶及び動爻の生扶を得、或いは発動して生を化し・旺を化し・回頭生を化するは、皆是れ長寿の徴なり。世爻休囚なるは、それを沖剋するの年份に事を出だすを防ぐを要す。再び刑傷剋害有れば、もし世爻発動せば、即ち合に逢い値に逢うの年に応じ、もし世爻安静なれば、即ち値に逢い沖に逢うの年に応ず。一概に《応期章》の法則に照らして去りて断ず。世爻休囚にして官鬼に随いて墓に入り・衰弱にしてまた鬼を助くるの爻に傷せらるるは、皆是れ凶兆なり。世爻発動して退神を化し・官鬼を化し・回頭剋を化し・絶を化し・墓を化し・破を化し・空を化せば、則ち是れ夕陽好しと雖も、ただ多く無からんを恐る。具体の応期も同様に《応期章》裡に決定す。
如辰月乙巳日占壽得中孚卦 官鬼卯木′ 官鬼卯木′ 父母巳火′ 父母巳火′ 兄弟未土″世 兄弟未土″世 兄弟丑土″ 兄弟丑土″ 官鬼卯木′ 官鬼卯木′ 父母巳火′應 父母巳火′應 世臨未土,巳日生之,月建扶之,遂鬼孫期頤之祝,必享長年。彼曰:看在何時?余曰:占以初爻管五年,二爻管五年,共作三十年。再占一卦,又作三十年,余試四十餘載,並無應驗,不以為法,止以世爻衰旺而斷知長短,欺人之法,餘不為之。此卦象過二十年公再卜之。此人占卦之時五十三矣,後至七旬之一相遇而曰:向年所占,壽元還可記否?余曰:占得中孚卦,原許二十年後再占。彼笑而占。
例如辰月乙巳日に寿元を占いて、《風沢中孚》を得たり。六爻は上より下へ、官鬼卯木・父母巳火・兄弟未土(世)・兄弟丑土・官鬼卯木・父母巳火(応)。六爻皆静にして変卦なし。世爻は未土を坐す。巳日はそれを生じ、辰月はそれを扶く。以て一個の期頤の祝を奉上す可し。必ず高寿を享けん。他いずれの時候に活き到る能うかを問う。我曰く、旧法に初爻は五年を管し・二爻は五年を管し・六爻共に三十年を管し、占い満ちて再び一卦を占いてまた三十年を管すとの説法有り。我試すこと四十多年、従来応験有らず。故にそれを把りて法則と当てず、ただ世爻の衰旺に按じて個の大概の長短を断ず。人を欺くの弁法は我為さず。この一卦は二十年を過ぎて您に請う再び来たりて占え。此人は卦を占うの時五十三歳なり。後來七十一歳の時又碰上せり。他問う、当年の占う所の寿元は、您なお記え得るか。我曰く、占い得たる是れ《中孚》卦にして、本來即ち二十年後に再び占わんと説好せり。他笑い又再び一卦を占えり。
申月已卯日占得山澤損之復卦 官鬼寅木′應 動 子孫酉金″ 妻財子水″ 妻財亥水″ 兄弟戌土″ 兄弟丑土″應 兄弟丑土″世 兄弟辰土″ 官鬼卯木′ 動 官鬼寅木″ 父母巳火′ 妻財子水′世 余曰:若是父爻鬼動,公之壽則不久矣。今見多鬼搖發,反為不礙,今年太歲在子,遠享八年之福,至未年發是其時也。彼曰:何也?余曰:未年鬼多入墓,又是世逢年破。果終於未年七月。
申月己卯日に《山沢損》を占い得て《地雷復》に変ず。本卦六爻は上より下へ、官鬼寅木(応、発動)・妻財子水・兄弟戌土・兄弟丑土(世)・官鬼卯木(発動)・父母巳火。変卦は依次に子孫酉金・妻財亥水・兄弟丑土(応)・兄弟辰土・官鬼寅木・妻財子水(世)。我曰く、もし是れ父爻と官鬼と一斉に発動せば、您の寿数は即ち長からざらん。如今ただ幾重の官鬼の揺動を見る。反って妨げなし。今年太歳は子に在り。なお以て八年の福を享く可し。未年に到れば便ち是れ尽頭なり。他何を以てかを問う。我曰く、未年は官鬼多く墓庫に入り、世爻丑土また当年の歳破に逢う。後來他果たして未年七月に去世せり。
元神宜於安靜。占壽,世為根本,元神為滋生之物,宜旺而靜不宜動搖,其故何也?占他事宜元神動者,動則而有力也,占壽元不宜發動,動則已有限期矣,非元神逢絕墓之年,即在元神被沖剋之歲。
賦文に「元神宜于安静」と言う。寿元を占うは世爻を以て根本と為す。元神是れ世爻を滋養するの物にして、旺相にして安静なるに宜しく、動揺するに宜しからず。何を以てか。別の事を占うの時は元神発動して才に好し。動けば則ち力有り。独り寿元を占うは発動に宜しからず。一動すれば即ち寿命を与えて期限を划するに等し——元神の絶に逢い墓に入るの年份に応ずるにあらざれば、即ち元神の沖剋せらるるの年份に応ずるなり。
如辰月乙卯日占壽得中孚之暌 官鬼卯木′ 父母巳火′ 父母巳火′ 動 兄弟未土″ 兄弟未土″世 動 子孫酉金′世 兄弟丑土″ 兄弟丑土″ 官鬼卯木′ 官鬼卯木′ 父母巳火′應 父母巳火′應 余曰:世爻未土,月拱日克,可以敵之,反不宜巳火動而生世,今歲太歲在申,餘恐亥年不利,後卒於戌年。應在巳火入墓之年。
例如辰月乙卯日に寿元を占いて、《風沢中孚》を得て《火沢睽》に変ず。本卦六爻は上より下へ、官鬼卯木・父母巳火(発動)・兄弟未土(世、発動)・兄弟丑土・官鬼卯木・父母巳火(応)。変卦は依次に父母巳火・兄弟未土・子孫酉金(世)・兄弟丑土・官鬼卯木・父母巳火(応)。我曰く、世爻未土は辰月の拱扶有り。卯日の剋を被ると雖も、亦なお抵挡し得住す。反って巳火父母の発動して来たりて世を生ずるに宜しからず。今年太歳は申に在り。我怕るらくは亥年の彼に対して不利ならん。後來他戌年に死せり。正に巳火元神の墓に入るのあの一年に応じたり。
忌神最怕動搖。忌神不動,自是平安,動則已有限期矣。非應逢合之年,必應逢值之歲。如寅月已酉日占壽得剝之無妄卦 妻財寅木′ 父母戌土′ 子孫子水″世 動 兄弟申金′ 父母戌土″ 動 官鬼午火′世 妻財卯木″ 父母辰土″ 官鬼巳火″應 妻財寅木″ 父母未土″ 動 子孫子水′應 斷曰:世化申金回頭之生,不宜寅月沖破,又嫌戌土未土動而克而無生也,須防卯歲,果卒於卯年,乃應戌土逢合之年而克世也。
賦文に「忌神最怕動揺」と言う。忌神動かざれば、自然平安なり。一動すれば即ち期限を划定するに等し。忌神の合に逢うの年に応ずるにあらざれば、即ち忌神の値を当たるの年に応ず。例如寅月己酉日に寿元を占いて、《山地剥》を得て《天雷无妄》に変ず。本卦六爻は上より下へ、妻財寅木・子孫子水(世、発動)・父母戌土(発動)・妻財卯木・官鬼巳火(応)・父母未土(発動)。変卦は依次に父母戌土・兄弟申金・官鬼午火(世)・父母辰土・妻財寅木・子孫子水(応)。断語は曰く、世爻子水は申金を変出す。本來是れ「回頭生」なり。可惜寅月来たりて申金を沖破す。又戌土・未土の発動して来たりて世を剋して一爻もそれを生ずる無きを嫌む。卯年を防ぐを須う。此人果たして卯年に死せり。正に戌土と卯との相合し・合し起して世を剋するのあの一年に応じたり。
趨避章第四十
聖人作易,原令人趨吉避凶,若使吉不可趨,凶不可避,聖人作之何益?世人卜之何用?或曰:年炎月晦,可以避之,死生如何能避?余曰:安於正寢者,雖有可避之方,亦不須避。康節先生臨終呼弟子沐浴更衣,群弟子哭曰:先生何不忌神避殺,以樂天年,先生曰不怕二程夫子笑,要作神仙不甚難。故曰:可避也。若占得死於水者,莫近河旁,死於刑者,不可違條犯法,未有不化凶而為吉。
聖人の《易》を作すは、本意是れ人をして吉に趨り凶を避けしめんと欲するなり。もし吉は趨る可からず・凶は避くる可からざれば、聖人それを作して何の用有らん。世人それを卜して又何の用有らん。ある人問う、年災月晦は以て躲避す可し。生死は怎麼して避け開く能わんや。我曰く、能く卧榻に善終を得るの人は、即ち躲避す可きの法子有ると雖も、亦必ずしも避くるなからん。邵雍先生終に臨みて弟子を叫びて彼に替りて沐浴更衣せしむ。衆弟子哭して曰く、先生は何を以てか凶神を禳解し・凶殺を避け開きて、以て天年を享けざる。先生曰く、程顥・程頤の両先生の笑うを怕れず、神仙を做さんと想うは実は難しと算せず。見るべし、凶是れ以て避くる可きなり。もし水に死すと占い得れば、則ち河辺に靠近る勿れ。刑に死すと占い得れば、即ち条に違い法を犯す勿れ——凶を化して吉と為す能わざる無し。
也曾於漢口卯月丙寅日占索債得否得益之中孚 兄弟卯木′應 兄弟卯木′ 子孫巳火′ 子孫巳火′ 妻財未土″ 妻財未土″世 妻財辰土″世 妻財丑土″ 兄弟寅木″ 動 兄弟卯木′ 父母子水′ 子孫巳火′應
我亦曾て漢口に在り。卯月丙寅日に人に替りて債を討するに要到する能うか能わざるかを占いて、《風雷益》を得て《風沢中孚》に変ず。本卦六爻は上より下へ、兄弟卯木(応)・子孫巳火・妻財未土・妻財辰土(世)・兄弟寅木(発動)・父母子水。変卦は依次に兄弟卯木・子孫巳火・妻財未土(世)・妻財丑土・兄弟卯木・子孫巳火(応)。
此人慾渡江索債,因屢取不得,欲與之廝鬧,問得財否?成非否?餘見此卦,本日日辰動化進神克世,因世爻落空,辰時出空,被日月動爻之克,必有危亡之禍,留之早膳,過此時辰去亦不遲,彼必欲去,餘苦留之,飯後去到江傍,忽而跑回,向余拜謝活命之恩。余曰:此其何故?彼曰:今早四隻大船橫渡,行至江心,忽起暴風,盡覆沒。此時尸滿長江,若不蒙君苦留,已在江中矣。余曰:依數全無救星,定是兄之德行,我有何功,此非謂之避之則吉也?
这人は江を渡りて債を討せんと欲す。屢討して得着せざるに因りて、相手と一場を吵闹せんと打算し、来たりて銭を要到する能うか・是非を鬧し出ださんかを問う。我看るにこの一卦は、二爻寅木正に当天の日辰に当たり、発動して卯木を変出して「化進神」と成して来たりて世を剋す。世爻辰土本來旬空に落ち、辰時に到りて一たび空を出でれば、即ち日辰動爻の剋を挨るを要す。必ず性命の危有らん。我彼を留めて早飯を吃せしめ、曰く、この個の時辰を過ぎて再走るも亦遲からず。他執意して走らんと要す。我苦苦として住め留む。飯後他江辺に到りて、忽然跑り回り来たりて我に拜謝して救命の恩を謝す。我縁故を問う。他曰く、今早四隻の大船横渡して、江心に走り到るや忽ち暴風を起して、全部翻えり。此刻長江上は処処皆是れ尸首なり。若し您の苦留に蒙らざれば、我早已に江中に身を葬らん。我曰く、卦数に照らして看れば、你全く救星無し。これ一定に是れ你自己の徳行の致す所にして、我何の功労有らん。これは正にいわゆる之を避くれば則ち吉なりにあらずや。
最忌官鬼持世。凡占防患克世者,皆不為吉,獨鬼爻克世更凶,火鬼須防火炎,木鬼須防木窖,水鬼克世沉溺之憂,土鬼傷身巖檣之厄,金鬼劍刀斧鍬。玄武戾充盜賊兵戈。蛇雀官非兼防火厄,勾陳田土又係牢獄,青龍雖是吉神,克世亦為凶象,或因酒危亡身,間有喜中起禍。既以五行六神而定,再以八卦參之,乾兌為寺,又屬金形,坎兌以水為災,離以火,震有舟車,巽防婦女之奸,坤艮郊野山林,又為老婦妖童之惑,諸類多門,在人通變。
賦文に「最忌官鬼持世」と言う。およそ患を防ぐを占うは、世を剋するの爻は皆吉と算せず。独り官鬼の世を剋するはいっそう凶なり。火鬼は火災を防ぐを要し、木鬼は木器の人を傷るを防ぐを要し、水鬼世を剋するは沉溺の憂有り、土鬼身を傷るは崖岸墙壁の厄有り、金鬼は則ち刀剣斧鑿の傷に応ず。玄武鬼に臨むは盗賊兵戈を防ぐを要し、螣蛇・朱雀鬼に臨むは官非を主り兼ねて火厄を防ぎ、勾陳鬼に臨むは田土糾紛を主りまた牢獄を主る。青龍は是れ吉神と雖も、世を剋するは同様に是れ凶象なり。或いは酒色に因りて身を喪し、間或亦有りて喜中より禍を生ず。すでに五行と六神とに按じて断じ定め、再び八卦を拿げて来たりて参看す。乾・兌是れ寺廟にして、又金形の物に属す。坎と兌とは水を以て災と為す。離は火を以て災と為す。震は舟車の厄を主る。巽は婦女の奸を防ぐを要す。坤・艮是れ郊野山林にして、又老婦・妖童の迷惑を主る。この類の名目衆多にして、全て人の事に臨みて変通するに在り。
如丑月戊子日占夢得益之中孚卦 兄弟卯木′應 兄弟卯木′ 子孫巳火′ 子孫巳火′ 妻財未土″ 妻財未土″世 妻財辰土″世 妻財丑土″ 兄弟寅木″ 動 兄弟卯木′ 父母子水′ 子孫巳火′應 此人因夢一身之血,入河洗之。余曰:血乃財也,洗去者,破財之兆也。今占得此卦,元武發動化進神,克世克財不獨劫財,遠防身遭木害,巽宮屬木,又係木動克世,木害須防。彼曰:何以避之?余曰:世與木爻皆在內卦,出外可避,巽為少女,勿貪幼婦。彼曰:應在何時?余曰:交春可以避之。彼曰:年歲逼如何遠去?不意果於正月亥日宿於妾房,被賊明火入室,席捲一空,身受木器所傷,若不宿於少婦之室,或者扒牆而出,未必受其傷。
例如丑月戊子日に一個の夢の為めに卦を起して、《風雷益》を得て《風沢中孚》に変ず。本卦六爻は上より下へ、兄弟卯木(応)・子孫巳火・妻財未土・妻財辰土(世)・兄弟寅木(発動)・父母子水。変卦は依次に兄弟卯木・子孫巳火・妻財未土(世)・妻財丑土・兄弟卯木・子孫巳火(応)。这人夢に自己一身皆是れ血なるを見て、河裡に跑り去りて洗わんとす。我曰く、血即ち是れ財なり。血を洗掉すは是れ財を破るの兆なり。如今この一卦を占い得て、玄武発動してまた進神を化し、すでに世を剋しまた財を剋す。不但財を劫せられんとするのみ、なお身上の木器の害を受くるを防ぐを要す——巽宮は木に属し、又是れ木爻発動して世を剋す。木害は防がざる可からず。他怎麼して避くるかを問う。我曰く、世爻と木爻と皆内卦に在り。出門して外地に在れば即ち避け開く能し。巽是れ少女なり。切に年軽の婦人を貪恋する勿れ。他いずれの時候に応ずるかを問う。我曰く、春を交えれば即ち以て避け過ぐ可し。他曰く、年関逼近せり。怎麼遠行せんや。不料正月の亥日に、他小妾の房裡に宿せり。強盗は火把を打ちて屋裡に闖し入り、家産を席巻一空し、他自己は木器に打傷せらる。若し少婦の房裡に宿せざらざれば、或いは墻を翻して即ち跑り出去し、未必この場の傷を受けざらん。
獨宜福德隨身。 占夢兆 占漂洋過江 占愈險偷關 占防瘟疫 占防病 占誤食毒物 占遠領火起 占防伊害 占避難 占賊盜生發 占孤身夜行 占宿店朝 占入山 占仇人訛詐 占已定大罪 占入不毛 大凡一切憂疑、驚恐、防災、防患者,皆宜子孫持世,或福神動於卦中。古法曰:但得子孫乘旺動,飛殃橫禍化為塵。
賦文に「独宜福徳随自」と言う。下列の各類の占問皆適用す。夢兆を占い・漂洋江を渡るを占い・険に渉り关卡を偷越するを占い・瘟疫を防ぐを占い・病を防ぐを占い・誤りて毒物を食するを占い・遠処の失火を占い・他人の加害を防ぐを占い・難を避くるを占い・盗賊生発を占い・孤身夜行を占い・客店に投宿するを占い・山に入るを占い・仇人の訛詐を占い・已に定案せるの大罪を占い・荒僻不毛の地に進入するを占う。大凡一切の憂疑・驚恐・防災・防患の占問は、皆子孫の世を持し、或いは福神の卦中に発動するに宜し。古法曰く、ただ子孫旺に乗りて発動せば、飛び来たるの横禍も亦会して塵土と化せんと。
如午月丁亥日占夢前夫叫去已隨去矣 兄弟子水″應 父母酉金″ 官鬼戌土′ 動 兄弟亥水″ 父母申金″ 官鬼丑土″應 兄弟亥水′世 動 官鬼辰土″ 官鬼丑土″ 子孫寅木″ 子孫卯木′ 兄弟子水′世 斷曰:世爻亥水臨日辰,豈當重重土克?今冬防厄。果於九月成癆,臘月而死。
例如午月丁亥日、人有りて前夫の来たりて彼を叫びて同じく往かんを夢見、夢裡已に跟随りて去れり。此の為めに卦を起す。本卦六爻は上より下へ、兄弟子水(応)・官鬼戌土(発動)・父母申金・兄弟亥水(世、発動)・官鬼丑土・子孫卯木。変卦は依次に父母酉金・兄弟亥水・官鬼丑土(応)・官鬼辰土・子孫寅木・兄弟子水(世)。断語は曰く、世爻亥水は正に亥日の日辰に臨むと雖も、又怎麼して卦中の重重の土爻の来たりて剋するを経得住せむや。今年冬天に災厄を防ぐを要す。果たして九月に到りて癆病と成り、腊月に身死せり。
如戌月戊申日,占夢母叫去,已隨去矣,得風山漸。 官鬼卯木′應 官鬼卯木′應 父母巳火′ 父母巳火′ 兄弟未土″ 兄弟未土″ 子孫申金′世 子孫申金′世 父母午火″ 父母午火″ 兄弟辰土″ 兄弟辰土″ 凶夢相同,生死各別,前卦世爻變鬼,死於臘月,後卦子孫持世,竟無凶災。覺子曰:雖然子孫持世,難為吉兆,如逢月破,出月無憂。若臨旬空,許之出旬無憂。未至出旬之日,盡屬虛疑空憂。
例如戌月戊申日、人有りて亡母の来たりて彼を叫びて同じく往かんを夢見、夢裡已に跟随りて去れり。此の為めに卦を起して、《風山漸》を得たり。六爻安静なり。六爻は上より下へ、官鬼卯木(応)・父母巳火・兄弟未土・子孫申金(世)・父母午火・兄弟辰土。この一例と上の一例との做したる凶夢相同じ。生死の結果は却って截然として同じからず。前の一卦は世爻官鬼を変出して、人腊月に死せり。この一卦は「子孫」世を持して、竟然一点の凶災も無かりき。覺子曰く、「子孫」世を持すと説くと雖も、亦一概に吉兆と当作る能わず——「子孫」もし「月破」に逢わば、出でてこの個の月を得て才に憂なし。もし「旬空」に落てば、出でてこの一旬を得て才に憂なし。未だ旬を出づるのあの一天以前に到らざるは、いわゆる凶険は皆なお是一場の虚疑空憂なり。
如巳月庚辰日,占防患,得夬卦。 兄弟未土″ 兄弟未土″ 子孫酉金′世 子孫酉金′世 妻財亥水′ 妻財亥水′ 兄弟辰土′ 兄弟辰土′ 官鬼寅木′應 官鬼寅木′應 妻財子水′ 妻財子水′ 世臨子孫值旬空,事之不結,終日憂煎。 又於乙酉日,占得無妄。 妻財戌土′ 妻財戌土′ 官鬼申金′ 官鬼申金′ 子孫午火′世 子孫午火′世 妻財辰土″ 妻財辰土″ 兄弟寅木″ 兄弟寅木″ 父母子水′應 父母子水′應 世臨午火子孫又值旬空,事又反覆不結。
例如巳月庚辰日、人有りて如何に患を防ぐかを占いて、《沢天夬》を得たり。六爻安静なり。六爻は上より下へ、兄弟未土・子孫酉金(世)・妻財亥水・兄弟辰土・官鬼寅木(応)・妻財子水。世爻は正に是れ「子孫」酉金にして、偏偏「旬空」に落つ。故に事情は遲遲として了結せず、此人整日憂煎せり。乙酉日に到りて他又一卦を占いて、《天雷无妄》を得たり。六爻は上より下へ、妻財戌土・官鬼申金・子孫午火(世)・妻財辰土・兄弟寅木・父母子水(応)。世爻は依旧是れ「子孫」午火にして、依旧「旬空」に落つ。事情此に因りて反覆不定にして、なお了結する能わず。
乙酉日又占,得節之坎卦。 兄弟子水″ 兄弟子水″世 官鬼戌土′ 官鬼戌土′ 父母申金″應 父母申金″ 官鬼丑土″ 妻財午火″應 子孫卯木′ 官鬼辰土′ 妻財巳火′世 動 子孫寅木″ 餘日甲寅日則事結矣。彼曰:何也?余曰:世下巳火變寅木子孫,又值旬空,幸得卦遇六沖,所以結矣。果結於甲寅日。
同じく乙酉日に在りて、他再び一卦を占いて、《水沢節》を得て《坎為水》に変ず。本卦六爻は上より下へ、兄弟子水・官鬼戌土・父母申金(応)・官鬼丑土・子孫卯木・妻財巳火(世、発動)。変卦は依次に兄弟子水(世)・官鬼戌土・父母申金・妻財午火(応)・官鬼辰土・子孫寅木。我曰く、甲寅日に到れば事情即ち了結せん。他縁故を問う。我曰く、世爻底下の巳火発動して寅木「子孫」を変出し、また正に「旬空」に落つ。幸いなるはこの卦は「六沖」に逢う。沖すれば則ち速決す。故に能く結ばん。後來果たして甲寅日に了結せり。
克在內,世在外,宜於外避。克神若在內卦,動而克世,宜出外避之,克神若在外卦,動而克世,宜在家避之。 如寅月丁卯日,占流年,得益之睽。 兄弟卯木′應 子孫巳火′ 子孫巳火′ 動 妻財未土″ 妻財未土″ 動 官鬼酉金′世 妻財辰土″世 妻財丑土″ 兄弟寅木″ 動 兄弟卯木′ 父母子水′ 子孫巳火′應
賦文に「剋在内、世在外、宜于外避」と言う。世を剋するの忌神もし内卦に発動して来たりて世爻を剋せば、即ち当に出門して外地に到りて躲避すべし。忌神もし外卦に発動して来たりて世爻を剋せば、反って当に家中に留まりて躲避すべし。例如寅月丁卯日に一年流年を占いて、《風雷益》を得て《火沢睽》に変ず。本卦六爻は上より下へ、兄弟卯木(応)・子孫巳火(発動)・妻財未土(発動)・妻財辰土(世)・兄弟寅木(発動)・父母子水。変卦は依次に子孫巳火・妻財未土・官鬼酉金(世)・妻財丑土・兄弟卯木・子孫巳火(応)。
余曰:今秋必有險厄,寅木動爻臨月建化進神克世,此時大盛貪榮,不來克害,六七月衰墓之時,防土木之厄。彼曰:可避否?余曰:宜往外方可避。又問何方為吉?余曰:目下去者宜往西方。六七月去者,宜往東方,何也?六七月木衰矣,所以反宜於東。此人竟未出門,捱至七月初七,又得凶夢,初八即往東行二十八里,地震房塌,人口被傷,獨伊得免。
我曰く、今年秋天に必ず凶険有らん。寅木動爻は正に月建に臨み、また「進神」を化出して来たりて世を剋す。眼下それ気勢極めて盛んにして志得り意満ち、反って来たりて加害せず。六七月木の衰墓に入るの時を待ちて、即ち土木の厄を防ぐを要せん。他能く避くるか能わざるかを問う。我曰く、外地に往きて避くるに宜し。又いずれの一方を吉と為すかを問う。我曰く、眼下即ち身を動かすは西方に往くに宜しく、六七月才に走るは東方に往くに宜し。何を以てか。六七月は木已に衰敗す。故に反って東方に宜しきに因る。这人竟に出門せず、七月初七に捱り到りて又凶夢を做し、初八に才に身を動かして東に向りて二十八里を走れり。あの天地震して房塌れ、家中の人口は圧傷せらる。独り彼一人幸免れり。
世在外,克在外,宜於家居。世爻與忌神皆在外卦者,不可出行,宜家居可避。世與忌神在內卦者,不可家居,宜於外避。出行章云:路上有官休出外,中有鬼莫居家。同此意耳。 如未月丙子日,占僕人為禍否,得解之震。 妻財戌土″ 妻財戌土″世 官鬼申金″應 官鬼申金″ 子孫午火′ 子孫午火′ 子孫午火″ 妻財辰土″應 妻財辰土′世 動 兄弟寅木″ 兄弟寅木″ 動 父母子水′
賦文に「世在外、剋在外、宜于家居」と言う。世爻と忌神と皆外卦に在るは、出行す可からず。家中に守れば即ち避け開く能し。世爻と忌神と皆内卦に在るは、家を守る可からず。外面に到りて躲避するに宜し。《出行章》に「路上有官休出外、宅中有鬼莫居家」と言う。講ずる所は正に同一の意思なり。例如未月丙子日、仆人の禍を作さんか否かを占いて、《雷水解》を得て《震為雷》に変ず。本卦六爻は上より下へ、妻財戌土・官鬼申金(応)・子孫午火・子孫午火・妻財辰土(世、発動)・兄弟寅木(発動)。変卦は依次に妻財戌土(世)・官鬼申金・子孫午火・妻財辰土(応)・兄弟寅木・父母子水。
此公知僕役變心,意欲處治,尚無實跡,故占之。斷卦者若執奴僕為財,則遷矣,彼既防患,只看忌神,此卦世臨辰土,兩重寅木傷之,余曰:不獨此人,還有附從者。彼日:何法處之?余曰:彼實無實跡,如何處之?但未月乃木之墓,七月乃木之絕,此兩月乃露之月也。公宜出外,自能免禍,果依語而行,往莊上住過半月,兩僕矣一婦隨去一婦未去,未去之婦而曰:彼二人原欲害主而逃,今因外出,不能相害,此非避凶之徵耶?
この位の主人は僕役の心を変えたるを察覚し、処治せんと想い、又実据を抓得ず。故に来たりて占う。卦を断ずるの人もし「奴僕は当に妻財を作して看る」の成法を死守せば、即ち断じ偏えり。他すでに問う所是れ患を防ぐなれば、則ちただ忌神を看るを要す。此卦の世爻是れ辰土にして、両重の寅木に傷せらる。我曰く、祟を作すはこの一人に止まらず。なお跟从する有り。他いずれの弁法を用いて処治するかを問う。我曰く、すでに実据無ければ、怎麼して処治せんや。ただ是れ未月是れ木の「墓」にして、七月是れ木の「絶」なり。この両個の月は正に是れ事情敗露の月份なり。您は宜しく出門在外せば、自然禍を免れん。他果たして話に依りて行き、荘上に到りて半個月を住せり。兩個の仆人は走りて、一個の婦人は跟て去り、一個の婦人は去らざりき。去らざるの婦人曰く、あの両人は本來即ち主人を害し再び逃走せんと想えり。如今主人は外出して、下手を下す能わず。これは正に凶を避くるの応験の明証にあらずや。
避患於生世之方,趨吉於福神之地。凡避兵、避盜、避瘟、養病、避是非、皆宜避於生世之方及子孫為吉。子孫若發動於卦中,不拘克世持世,俱以為吉。 如巳月戊辰日,占防流兵,得臨之暌卦。 子孫酉金″ 動 父母巳火′ 妻財亥水″應 兄弟未土″ 兄弟丑土″ 動 子孫酉金′世 兄弟丑土″ 兄弟丑土″ 官鬼卯木′世 官鬼卯木′ 父母巳火′ 父母巳火′應
賦文に「避患于生世之方、趨吉于福神之地」と言う。およそ兵を避け・盗を避け・瘟を避け・病を養い・是非を避くるは、皆世爻を生ずるの方位に躲え到るに宜しく、併せて「子孫」の在する所の方を以て吉と為す。「子孫」もし卦中に発動せば、それの世を剋するか世を持するかを論ぜず、一概に吉を作して論ず。例如巳月戊辰日、如何に流窜の乱兵を防備するかを占いて、《地沢臨》を得て《火沢睽》に変ず。本卦六爻は上より下へ、子孫酉金(発動)・妻財亥水(応)・兄弟丑土(発動)・兄弟丑土・官鬼卯木(世)・父母巳火。変卦は依次に父母巳火・兄弟未土・子孫酉金(世)・兄弟丑土・官鬼卯木・父母巳火(応)。
彼時流兵為害,到處遭殃,此人知易占得此卦,終日焦憂,餘問其故,彼曰:巳酉丑合成金局而克世,世爻又臨騰蛇之鬼,數在結中,乃萬莫能逃矣。餘笑而曰:爾與兵賊同居,保爾無事。彼曰:何也?余曰:子孫合成金局,克去身邊之鬼,夫復何憂?彼曰:酉金子孫,旺於巳月,又化巳火,論克如何論生?余曰:酉金得丑未二土以相生,如何為克?後此人屢次遇兵變,或避之,或有驚無險,自癸未占卦到地方安定。彼曰:子孫福神,信乎有驗,世之看書不到,論理不徹,以吉為凶者,不獨我一人而已。
あの時乱兵の害を為して、処処殃に遭えり。这人は卜易を懂し、此卦を占い得たる後整日焦憂せり。我彼に問うに何を以てかと。他曰く、巳酉丑三合して金局を成して来たりて世を剋し、世爻また「螣蛇」の鬼に臨む。命数已に劫中に在り。萬萬逃げ掉る能わず。我笑い曰く、你只管兵賊と一処に住せば、你を保して事無からしめん。他何故を問う。我曰く、合して金局を成すは正に是れ「子孫」にして、それの剋去するは你の身辺のあの官鬼なり。なお何を愁えんや。他曰く、酉金子孫は巳月裡に旺にして、また巳火を化出す。理を論ずるは是れ剋にして、怎麼して反って生と説成すか。我曰く、酉金は丑・未の両重の土の来たりて相生する有り。怎麼して剋と算せんや。後來这人屢次兵変に遇上して、或いは避け開き、或いは驚有りて険なし。癸未年にこの一卦を占うより起こりて、一直に地方平定するに到れり。他曰く、「子孫」是れ福神にして、果たして応験せり。世上の読書家に到らず・理を論じて透徹せず・吉を把りて凶と断成するは、看來我一人に止まらず。
如巳月丙戌日,占通鄉避亂,得乾之大有。 父母戌土′世 官鬼巳火′應 兄弟申金′ 動 父母未土″ 官鬼午火′ 兄弟酉金′ 父母辰土′應 父母辰土′世 妻財寅木′ 妻財寅木′ 子孫子水′ 子孫子水′ 眾以子孫屬水,金動生之,北方為吉。余曰:非此議論,兄動化進神乃破財之象,午火得令而生世,往南避之為吉。信餘之言,皆從南避,後果從北來,放火燒村而去,房屋稻轂盡成灰燼,乃申金兄動破財之故耳,所以生方為吉,子孫之方亦吉,又當以旺衰分別,火乃鬼方,生我何礙。
例如巳月丙戌日、全郷一同にいずれの処に往きて乱を避くるかを占いて、《乾為天》を得て《火天大有》に変ず。本卦六爻は上より下へ、父母戌土(世)・兄弟申金(発動)・官鬼午火・父母辰土(応)・妻財寅木・子孫子水。変卦は依次に官鬼巳火(応)・父母未土・兄弟酉金・父母辰土(世)・妻財寅木・子孫子水。衆人皆曰く、「子孫」は水に属し、申金発動して来たりてそれを生ず。北方に往くを吉と為す。我曰く、是れこの個の道理にあらず。兄弟発動して「進神」を化す。是れ財を破るの象なり。午火当令して世爻を生ず。南辺に往きて躲える才に吉なり。衆人我の話を信じて、皆南に往きて避く。後來乱兵果たして北面より過ぎ来たり、火を放ちて村を焼きて去れり。房屋稲穀尽く灰烬と成れり——これ正に申金兄爻の発動して財を破るに応ず。見るべし、世を生ずるの方位は固然吉なりといえども、「子孫」の方位も亦吉なり。なお再び旺衰を分かつを要す。火是れ官鬼の方位と雖も、それは能く我を生ず。又什麼の妨げ有らん。
世遇生扶,百年正寢,身遭克害,分五類推。凡占終身結果如何,但得世爻旺相,或有功爻日月生扶,或動而化吉,皆許無疾而終。 如若世逢剋制刑沖,須以五行兼六神而斷,受五行之克,以疾病而言,如兼六神之凶,即以橫亡而斷。火屬金肺經之病;土來刑水,腎受其傷;水克火,以傷心;金克木,而肝疾;脾虛胃弱,皆因木旺刑沖。腸損腰傷,乃謂仇神獨發。兼騰蛇以心驚,帶青龍而酒色,勾陳腫脹,朱雀顛狂,虎必血災,元因氣惱。
賦文に「世遇生扶、百年正寝。身遭剋害、分五類推」と言う。およそ一生の結局いかんを占うは、ただ世爻旺相にして、或いは得力の爻と日月との来たりて生扶し、或いは発動して吉を化する有れば、皆無疾にして終ると断ず可し。世爻もし反って剋制刑沖に遭わば、即ち五行と六神とを合げて一併せに来たりて断ずるを要す。五行の剋を受くるは、疾病上より言う。再び六神の凶を兼ぬれば、即ち横死に按じて断ず。火の来たりて金を剋するは、是れ肺経の病なり。土の来たりて水を刑するは、腎はその傷を受く。水の火を剋すれば則ち心を傷す。金の木を剋すれば則ち肝病有り。脾虚弱胃なるは、皆木旺の刑沖に因る。腸損腰傷は、是れ仇神独発の致す所なり。「螣蛇」を兼ぬれば驚悸を主り、「青龍」を帯ぶれば酒色を主り、「勾陳」は腫脹を主り、「朱雀」は癲狂を主り、「白虎」は必ず血光の災有り、「玄武」は則ち気悩に因りて起る。
虎元金鬼,難免盜賊兵戈;水鬼龍元,宜遠江湖池井;蛇雀木鬼犯官刑,臨火須防焚害,蛇木又言縊絞,勾陳土鬼牢獄。諺云:一樣之生,百樣之死,卦如神見,理宜細詳。 如未月癸亥日,占定何罪,得中孚變臨卦。 官鬼卯木′ 動 子孫酉金″ 父母巳火′ 動 妻財亥水″應 兄弟未土″世 兄弟丑土″ 兄弟丑土″ 兄弟丑土″ 官鬼卯木′ 官鬼卯木′世 父母巳火′應 父母巳火′ 斷曰:木鬼臨白虎,絞罪定矣,但幸世臨月建,木鬼雖動,又被酉金回頭之克,外卦反覆,雖定絞罪,終有改刑,果議絞罪,後蒙駁番撥活罪。
「白虎」「玄武」は金爻官鬼に配するは、盗賊兵戈の禍に遭うを免れ難し。水爻官鬼の「青龍」「玄武」を帯ぶるは、江湖池井に遠離するに宜し。「螣蛇」「朱雀」は木爻官鬼に配するは会して官刑を犯さん。もし火爻に臨めばなお火焚の害を防ぐを須う。「螣蛇」の木に配するはまた自縊と絞刑とを主る。「勾陳」の土爻官鬼に配するは牢獄を主る。諺語曰く、一様に生まれ、百様に死す。卦象は譬えば神明の現身するがごとし。道理は必ず細々に推詳するを須う。例如未月癸亥日、いずれの罪を判ぜらるるかを占いて、《風沢中孚》を得て《地沢臨》に変ず。本卦六爻は上より下へ、官鬼卯木(発動)・父母巳火(発動)・兄弟未土(世)・兄弟丑土・官鬼卯木・父母巳火(応)。変卦は依次に子孫酉金・妻財亥水(応)・兄弟丑土・兄弟丑土・官鬼卯木(世)・父母巳火。断語は曰く、木爻官鬼は「白虎」に臨む。絞刑是れ定まりたるなり。幸いなるは世爻正に月建に臨み、木鬼発動と雖も、又変出の酉金に回頭して来たりて剋せらる。外卦反覆不定なり——絞罪を定むると雖も、終究改判せんと要す。後來果たして議じて絞罪と成し、その後上級の駁回翻案に蒙りて、改めて活罪と為せり。
父母寿元章第四十一
凡占祖父祖母,占父母須宜分占。 父臨日月椿庭晚放榮華,母值空破萱草殘年憔悴。 古以陽爻為父,陰爻為母。此論非也。父母爻或旺相或臨日月動爻生扶及動而化吉,長享遐齡。父母爻休囚,不遇刑傷克害,晚年多病,遠保無傷。休囚又被刑沖,或日月動爻之克及動而變凶,承歡宜早。
およそ祖父・祖母を占い、或いは父親・母親を占うは、皆当に分け開きて一人一卦とすべし。賦文に「父臨日月、椿庭晩放栄華。母値空破、萱草残年憔悴」と言う——「椿庭」は父親を指し、「萱草」は母親を指す。古法は陽爻を把りて父と当て・陰爻を把りて母と当てたるも、この説法是れ対ならず。父母爻はただ旺相にして、或いは日月に臨み・動爻の生扶を得、或いは発動して吉を化せば、老人皆能く長く高寿を享けん。父母爻もし休囚にして未だ刑傷剋害に遇わざれば、晩年は多病と雖も、長遠に看ればなお保ちて傷なきを得べし。もしすでに休囚にしてまた刑沖を被り、或いは日月動爻に剋せらる、或いは発動して凶を変ずれば、則ち当に早く歓を承け孝を尽くすべし。
如丑月庚子日,先占父壽,得姤卦。 父母戌土′ 父母戌土′ 兄弟申金′ 兄弟申金′ 官鬼午火′應 官鬼午火′應 兄弟酉金′ 兄弟酉金′ 子孫亥水′ 子孫亥水′ 父母丑土″世 父母丑土″世 又占,占母壽,得大壯之升。 兄弟戌土″ 子孫酉金″ 子孫申金″ 妻財亥水″ 父母午火′世 動 兄弟丑土″世 兄弟辰土′ 子孫酉金′ 官鬼寅木′ 妻財亥水′ 妻財子水′應 動 兄弟丑土″應
例如丑月庚子日、先に父親の寿元を占いて、《天風姤》を得たり。六爻安静なり。六爻は上より下へ、父母戌土・兄弟申金・官鬼午火(応)・兄弟酉金・子孫亥水・父母丑土(世)。接ぎて又母親の寿元を占いて、《雷天大壯》を得て《地風升》に変ず。本卦六爻は上より下へ、兄弟戌土・子孫申金・父母午火(世、発動)・兄弟辰土・官鬼寅木・妻財子水(応、発動)。変卦は依次に子孫酉金・妻財亥水・兄弟丑土(世)・子孫酉金・妻財亥水・兄弟丑土(応)。
斷曰:前卦兩現父母,取月建丑土為用神,旺於子日,又與日合,蒂固根深,大椿永茂。後卦午火父母動被日沖,初爻子水又動,此午火有克無生,因初爻子水化出丑土,貪合不來克火,防丙子年。加以太歲沖之,是其時也。癸酉年占至乙巳年三十餘載,復遇其人而問曰:尊翁健否?答曰:甚健。問及堂,答曰:果終於子年。若以古法,陽為父,陰為母,前卦丑戌兩現,俱以旺而斷者,如天遠矣。
断語は曰く、前の一卦は父母両現す。正に月建に臨むの丑土を取りて用神と為す。それは子日裡に旺を得、また日辰と相合す。以て根深く蒂固しと謂う可し。父親この株の大椿は長茂して衰えず。後の一卦は午火父母発動して、子日に沖動せられ、初爻子水また発動して来たりて剋す。この重の午火はただ剋有りて生無し。好きなるは初爻子水は丑土を化出して、相合を貪りて来たりて火を剋せず。故に丙子年を防ぐを要す——あの一年は太歳また来たりてそれを沖す。正に是れ応期なり。此卦は癸酉年に占えり。乙巳年に到りて已に三十多個の年頭なり。我再び這個人に遇う。問う、令尊なお康健なるか。他答えて曰く、甚だ康健なり。又令堂に問及すれば、他答えて曰く、果たして子年に過世せり。倘若古法に照らして陽爻を以て父と為し・陰爻を以て母と為さば、前の一卦は丑土戌土両現して、一概に旺相に按じて去りて断ぜば、則ち差すること天壌ならん。
又如巳月乙酉日,占父壽,得巽之姤卦。 兄弟卯木′世 妻財戌土′ 子孫巳火′ 官鬼申金′ 妻財未土″ 動 子孫午火′應 官鬼酉金′應 官鬼酉金′ 父母亥水′ 父母亥水′ 妻財丑土″ 妻財丑土″世 斷曰:亥水父臨月破,又被未土相傷,雖則酉日沖動卯木克土,土旺木衰,不惟不許長年,且無長月,果終於本年冬至日,應子日者沖去午火而未土以克亥水。
又如く巳月乙酉日に父親の寿元を占いて、《巽為風》を得て《天風姤》に変ず。本卦六爻は上より下へ、兄弟卯木(世)・子孫巳火・妻財未土(発動)・官鬼酉金(応)・父母亥水・妻財丑土。変卦は依次に妻財戌土・官鬼申金・子孫午火(応)・官鬼酉金・父母亥水・妻財丑土(世)。断語は曰く、亥水父母は正に「月破」に逢い、また発動の未土に傷せらる。酉日卯木を沖動し・卯木能く未土を剋すと説くと雖も、奈何土旺にして木衰え、それを救い住む能わず。これは不但彼に長年を許す能わざるのみ、連て長一点の月份も亦過ぎ難し。果たして当年冬至日に過世せり。子日に応じたるは、子水の変出の午火を沖去して、未土気を泄する処無く、径に来たりて亥水を剋傷するに因る。
又如卯月丙寅日,占祖母壽,得中孚。 官鬼卯木′ 官鬼卯木′ 父母巳火′ 父母巳火′ 兄弟未土″世 兄弟未土″世 兄弟丑土″ 兄弟丑土″ 官鬼卯木′ 官鬼卯木′ 父母巳火′應 父母巳火′應 斷曰:巳火父母,日月生之,且有大壽。伊曰:家父為祖母拜天,許拜七年,我因家父勞於公事,我停妻未娶,代為禮拜。余曰:可見喬梓大孝,感格天心。此卦日月相生,勿謂非神之力,戌年占及至次年,偶因痰堵,此子又來卜之。
又如く卯月丙寅日、祖母の寿元を占いて、《風沢中孚》を得たり。六爻安静なり。六爻は上より下へ、官鬼卯木・父母巳火・兄弟未土(世)・兄弟丑土・官鬼卯木・父母巳火(応)。断語は曰く、巳火父母は日辰・月建の来たりて生ず有り。祖母なお大寿有らん。あの人曰く、家父は祖母の為めに天を拜して寿を祈り、願を許して拜し足ること七年なり。家父の公務労碌に因りて、我便ち婚事を停下して・暫く妻を娶らず、父に代りて礼拜す。我曰く、見るべし、你們父子両代の大孝は、天心を感動せり。この一卦は日月相生す。以てこれ是れ神明の力にあらずと認むる勿れ。此卦は戌年に占えり。第二年に到りて、祖母偶々痰の堵え塞ぐに因りて、この位の孝子また来たりて占卜せり。
丑月庚子日,占得歸妹變復卦。 父母戌土″應 兄弟酉金″ 兄弟申金″ 子孫亥水″ 官鬼午火′ 動 父母丑土″應 父母丑土″世 父母辰土″ 妻財卯木′ 動 妻財寅木″ 官鬼巳火′ 子孫子水′世 剛未裝畢,家人來曰:老太已去世矣。此子急去,餘詳此卦,丑土父母,既臨月建,又有午火暗動相生,雖則木動克土,化退神絕於申日,豈無救耶?隨即趕到其家,北人上欲臨終,不肯停床已抬於門板之上,痰塞於喉,稍有微息,餘以白生磨三錢,滾水化開,掀牙灌之,忽而叫曰:冷甚。隨即復移燒坑,又活十有三載。
丑月庚子日に《雷沢帰妹》を占い得て《地雷復》に変ず。本卦六爻は上より下へ、父母戌土(応)・兄弟申金・官鬼午火(発動)・父母丑土(世)・妻財卯木(発動)・官鬼巳火。変卦は依次に兄弟酉金・子孫亥水・父母丑土(応)・父母辰土・妻財寅木・子孫子水(世)。卦剛剛装し畢るや、家人即ち来たりて報す。老太太已に去世せり。この孝子急いで回り趕る。我細看此卦。丑土父母すでに月建に臨み、又有午火の暗動して来たりて生ず。卯木発動して土を剋すと説くと雖も、可なりそれの化する是れ「退神」にして、又申日に絶す。怎麼して救い無からんや。我随即他家に趕り到れり。北方の風俗は、人終に臨みて床上に留まるを許さず。老太太已に門板の上に抬き到らる。痰は喉に堵えて、ただ一糸の微息を剩すのみ。我「白生磨」三銭を用い、滾水に化し開き、牙関を撬き開きて灌し下せば、她忽然として叫んで曰く、好く寒し。当即ち又熱く焼きたるの炕上に移し回り、後來また十三年を活きたり。
兄弟章第四十二
凡占兄弟,須宜問明,或因弟兄不睦,將來和好否?或因弟兄雖多,將來得濟否?或問將來有兄弟否?或占兄弟壽元,便於判斷。 兄弟爻旺相遇生扶,紫荊並茂。兄弟爻或旺或相,臨日月或日月動爻生扶及動而化吉,長杭大被和睦致詳。 弟位休囚兼受制,雁亭公飛。兄弟爻休囚者,若問得濟,雖有如無;若問將來有否,從此無矣;如問兄弟壽元,長年有限。倘休囚又逢破空及日月動爻刑剋或動而化凶者,諸占皆不吉也。
およそ兄弟を占うは、須らく先に占う所何事なるかを問明すべし。是れ兄弟不和に因りて、將來能和好する能うかを知らんと欲するか。是れ兄弟多しと雖も、將來能く他們の済助を得るかを知らんと欲するか。是れ將來なお兄弟有るか無きかを問うか。それとも兄弟の寿元を占うか。問い清めて才に判断に便なり。賦文に「兄弟爻旺相遇生扶、紫荆並茂」と言う——「紫荆」は田氏兄弟の家を分け・庭中の紫荆枯れて復た栄えたるの典故を用い、兄弟同心を喩う。兄弟爻或いは旺或いは相にして、日月に臨み・日月動爻の生扶を得、或いは発動して吉を化せば、即ち能く長枕大被・和睦して老い到らん。賦文また「弟位休囚兼受制、雁亭公飛」と言う。此句の底本に訛有り。当に「雁行孤飛」と作るべし。兄弟離散を喩う。兄弟爻休囚なるは、もし済を得るを問わば、有りて無きに等し。もし將來なお兄弟有るか無きかを問わば、此より即ち無かるべし。もし兄弟の寿元を問わば、亦長からざる幾年なり。倘若すでに休囚にしてまた「月破」「旬空」に逢い、或いは日月動爻に刑剋せられ、或いは発動して凶を化せば、則ち各種の問法皆吉ならず。
如申月丙辰日,占弟兄和好否?得濟否?得大有之乾。 官鬼巳火′應 父母戌土′世 父母未土″ 動 兄弟申金′ 兄弟酉金′ 官鬼午火′ 父母辰土′世 父母辰土′應 妻財寅木′ 妻財寅木′ 子孫子水′ 子孫子水′ 弟兄臨月建,未土爻動以相生,又化出兄爻。余曰:弟兄雖多,有一位屬猴者得濟。彼問何故?余曰:神化於動,動而變出,以臨月建,自是超群撥類。彼曰:果有金弟屬猴,克曾功一第,餘三人皆從別業,可見數之責驗如此,後一年又登申榜。
例如申月丙辰日、兄弟の間能和好する能うか否か・將來能く済を得るかを占いて、《火天大有》を得て《乾為天》に変ず。本卦六爻は上より下へ、官鬼巳火(応)・父母未土(発動)・兄弟酉金・父母辰土(世)・妻財寅木・子孫子水。変卦は依次に父母戌土(世)・兄弟申金・官鬼午火・父母辰土(応)・妻財寅木・子孫子水。兄弟爻酉金は正に申月月建に臨み、未土父母発動して来たりてそれを生じ、動爻また一重の兄弟を変出す。我曰く、兄弟多しと雖も、ただ一位の猴に属するの能く済を得るのみ。他何故を問う。我曰く、神機は動爻に顕す。動じて変出のこの一爻また月建に臨む。自然抜萃に出づ。他曰く、果たして一個の猴に属するの弟弟有りて、已に一榜に中り過ぐ。其余の三人は皆改めて別業に就けり。見るべし、卦数応験する如此。一年を過ぎて、この位の弟弟又申年の榜に中れり。
又如未月辛丑日,占兄弟還有,得既濟變革。 兄弟子水″應 官鬼未土″ 官鬼戌土′ 父母酉金′ 父母申金″ 動 兄弟亥水′世 兄弟亥水′世 兄弟亥水′ 官鬼丑土″ 官鬼丑土″ 子孫卯木′ 子孫卯木′應 余曰:兄弟雖有,必不得滋。亥水兄爻持世,申父動而生之,此一位得酒之弟,尚未生也,應爻之子水,雖則出現,巳值旬空,故曰必不得薄。彼曰:果一位舍弟已得顛狂之症,所以再問有無。余曰:必有,乃異母所生。彼曰:何也?余曰:父母化出之爻,是以知之。又問:子水之兄弟臨空而不得力,是也。亥水持世之兄爻,如何亦不得濟。余曰:第四爻申金化出之亥水,即是此爻,卦之微妙,爾豈得知。後果異母有出,父亡而扶之。余曰:投真成人,後事未老。古法父母而有兄弟胞於異母,餘未得試。
又如く未月辛丑日、將來なお兄弟有るか無きかを占いて、《水火既済》を得て《沢火革》に変ず。本卦六爻は上より下へ、兄弟子水(応)・官鬼戌土・父母申金(発動)・兄弟亥水(世)・官鬼丑土・子孫卯木。変卦は依次に官鬼未土・父母酉金・兄弟亥水(世)・兄弟亥水・官鬼丑土・子孫卯木(応)。我曰く、兄弟是れ有るべし。ただ是れ終究済助を得る能わず。亥水兄爻世を持し、申金父母発動して来たりてそれを生ず。この一位の能く得力するの弟弟はなお未だ出生せざるなり。応爻上の子水兄弟已に出現すと雖も、却って正に「旬空」に落つ。故に必定頼り上ぐる能わずと説く。他曰く、果たして一個の舍弟已に癲狂の症を得たり。故に才に再び来たりてなお有るか無きかを問う。我曰く、一定にまた有らん。而且是れ異母の生ず所なり。他何を以て見得るかを問う。我曰く、この一爻是れ父母爻の変化し出したるなり。此に由りて以て知る可し。他又問う、子水兄弟空に臨みて得力せざるは、これ是れ明白なり。亥水世を持するの兄爻は、何を以てか亦済を得ざる。我曰く、第四爻申金の化し出したるのあの重の亥水は、指す所正に是れこの一位にして、卦中の微妙の処は、你どうして即ち尽く知る能わんや。後來果たして庶母は兒子を生み、父親亡故の後は彼に由りて扶養せらる。我曰く、此子は日后確かに能く人と成る。後事なお遠し。古法の父母爻は能く異母の生ず所の兄弟を帯し出すと講ずるに至っては、我なお曾て験証せざるなり。
夫婦章第四十三
夫婦之占,亦須分別,或占妻壽,或占夫妻偕老否?或占夫妻和睦否?或占妻有刑傷破敗否?占妾占婢,一卦只占一人,不可概問。 財福生身可遂唱隨之願。應爻合世堪為睦和之兆。 黃金策專以應爻為妻,其故何也?因其身命章中,父子弟兄妻財官鬼,以一卦而兼斷之,設以財為妻者,又以何爻為財帛?不得不以應爻而為妻位。不顧驗與不驗,竟以應爻為妻,雖然以應爻為妻者,亦非全非理也,占妻財爻為重,應爻次之,財爻旺相,應爻空破,仍以吉斷,應爻旺相,財爻空破,即以凶推,應旺財旺,吉而又吉,應破財破,凶而更凶,故以應爻為附和也。
夫婦の事を占うも亦須らく分け開きて問うべし。是れ妻子の寿元を占うか。是れ夫妻能く白頭偕老するかを占うか。是れ夫妻和睦するか否かを占うか。それとも妻子に刑傷破敗の有無を占うか。妾を占い・婢を占うは、一卦はただ一人を占い、籠統に合げて問う可からず。賦文に「財福生身、可遂唱随之願。応爻合世、堪為睦和之兆」と言う。《黄金策》は専ら応爻を以て妻と為す。是れ何の縁故か。それの《身命章》は父母・子孫・兄弟・妻財・官鬼を把りて一卦裡に放りて合げて断ずるに因る。もし妻財爻を以て妻子と作さば、又いずれの一爻を拿げて銭財と作さんや。応爻を把りて権く妻位を充てざるを得ず。それは験するか験せざるかを管せず、一味に応爻を以て妻と為す。応爻を以て妻と為すと説くと雖も、亦併せて全く道理無きにあらず。妻を占うは財爻を以て重と為し、応爻是れ其次なり。財爻旺相にして応爻空破なれば、依旧として吉断を作す。応爻旺相にして財爻空破なれば、即ち凶推を作すを得べし。応旺なり財も亦旺なれば、是れ吉上に吉を加う。応破なり財も亦破なれば、是れ凶上に凶を加う。故に応爻はただ一個の輔助と算す可きのみ。
財爻或旺、或相、或臨日月、或日月動爻生扶及動而化吉,又與世爻相生合者,如占偕老,定然舉案齊眉,若問和睦,必無反目,若問妻命之妍妯入夫門,夫家隨旺,占妾占婢,指而問者,亦同此斷。 財動化兄,失履遺管之嘆,弟兄持世,鼓盆箕踞之悲。 財動化兄者,乃化鬼、化回頭克、化退神、化絕、化墓、化破、化空之類是也,不拘何問,玉碎珠沉。弟兄持世或兄爻動於卦中,或日月臨兄弟以傷財,或兄化財爻,不拘問妻問妾,皆不得長年。
妻財爻或いは旺・或いは相・或いは正に日月に臨み、或いは日月動爻の生扶を得、或いは発動して吉を化し、また世爻と相生相合するは、もし白頭偕老を占わば、夫妻定然案を挙げて眉に斉し。もし和睦を問わば、必ず反目に至らず。もし妻子の命を問わば、このようなの女子は夫門に嫁ぎ入れば、夫家は便ち跟て興旺し起る。妾を占い・婢を占うは、ただ名を指して問えば、亦この弁法に照らして断ず。賦文また「財動化兄、失履遺管之歎。弟兄持世、鼓盆箕踞之悲」と言う——「鼓盆」は《荘子》の妻死して盆を鼓して歌うの典故を用い、両句皆是れ妻を喪するの象なり。いわゆる財動兄を化すは、連て官鬼を化し・回頭剋を化し・退神を化し・絶を化し・墓を化し・破を化し・空を化すのこの一類をも算し入る。問う所いずれの一桩なるかを論ぜず、皆玉碎し珠沈むを主る。兄弟爻世を持し、或いは兄爻卦中に発動し、或いは日月正に兄弟に臨みて来たりて財爻を傷り、或いは兄爻財爻を化出するは、問う所妻なるか妾なるかを論ぜず、皆能く長久せざるを主る。
財旺兄衰終須反目,克財財退必主生離。兄爻持世而財爻旺者,不能克妻,終乘琴瑟,相見如仇。兄爻持世財化退神者,亦同此意,非反目即生離。 酉月辛巳日,占夫婦將來和俁否?得泰卦。 子孫酉金″應 子孫酉金″應 妻財亥水″ 妻財亥水″ 兄弟丑土″ 兄弟丑土″ 兄弟辰土′世 兄弟辰土′世 官鬼寅木′ 官鬼寅木′ 妻財子水′ 妻財子水′
賦文に「財旺兄衰終須反目、剋財財退必主生離」と言う。兄爻世を持して財爻旺なるは、兄爻は妻を剋し動かす能わず。夫妻終身共に処ると雖も、却って相見ること仇の如し。兄爻世を持して財爻「退神」を化するも、亦是れこの個の意思なり。反目にあらざれば即ち生離なり。例如酉月辛巳日、夫婦將來能和好する能うか否かを占いて、《地天泰》を得たり。六爻安静なり。六爻は上より下へ、子孫酉金(応)・妻財亥水・兄弟丑土・兄弟辰土(世)・官鬼寅木・妻財子水。
兄爻持世以克妻財,幸財爻亥水酉金生之,財旺難於克害。彼曰:目下不和,將來和好否?余曰:巳日沖動亥水,又臨驛馬,妻財臨馬而暗動,心去難留,生離之象。此人自此之彼,常為此事而占,十有除次,若非兄爻持世,定遇財化退神,後竟生離。黃金策:世為一生之本,應為百歲之妻,此卦世應相生,如鮑宣娶恆氏之斷者,失千里也。
兄爻世を持す。本來妻財を剋傷せんと要す。幸いなるは財爻亥水は酉金の来たりて生ず有り。財旺なれば即ち剋害せられ難し。他問う、眼下不和なり。將來能和好する能うか否か。我曰く、巳日は亥水を沖動し、亥水また正に「駅馬」に臨む。妻財駅馬に臨みて暗動す。心已に走り去れり。留め住る能わず。是れ生離の象なり。这人此より一次次にこの件事の為めに来たりて占い、前後十多回にして、兄爻世を持するにあらざれば、即ち財爻「退神」を化すなり。後來果たして生離せり。《黄金策》に「世為一生之本、応為百歳之妻」と言う。此卦は世応相生す。もしそれに照らして鮑宣の桓氏を娶るがごときの佳偶と断成せば、則ち相差すること千里ならん。
動妻旺相,續絃堪許白頭。卦中財爻多現,若分正庶者,自當以應爻臨財而作正妻之位也,倘被日月動爻沖剋及動而化凶,乃結髮之妻傷也。若得他爻之財旺相、或動而化吉及他爻變出之旺相,相生合世爻者,及再醮之事反遂白頭。如若財爻不臨於應,又以正卦之財為正妻,之卦之財為再娶。
賦文に「動妻旺相、續弦堪許白頭」と言う。卦中財爻多現して、正妻と偏房とを分かつを要するの時は、自然応爻上のあの一重の財爻を以て正妻の位と作す。この一爻もし日月動爻に沖剋せられ、或いは発動して凶を化せば、即ち是れ元配傷損を受けんと要す。もし別の財爻旺相にして、或いは発動して吉を化し、或いは別爻に由りて変出して旺相にして、また世爻と相生相合せば、則ち續娶の事は反って能く白頭して老い到らん。倘若財爻併せて応爻上に落ちざれば、即ち本卦の財爻を以て正妻と為し、変卦の財爻を以て續娶の妻と為す。
妻財克身,非刑傷必然姤悍。妻財克世,世若休囚空破、或墓絕、或動而變凶、或隨鬼入墓,但逢一者天命夭亡。旺財克世,世爻得地者,雖無刑傷,必遭姤悍。 應財生世,非內助即獲外財。卦中但遇財爻生合世爻,亦不可只以和美斷之,問有應在得妻家之財力也,否則內助必善於持家。
賦文に「妻財剋身、非刑傷必然姤悍」と言う——「姤悍」即ち悍妬なり。妻財爻世を剋し、世爻もし休囚・空に逢い・破に逢い、或いは墓に入り・絶に入り、或いは発動して凶を変じ、或いは官鬼に随いて墓に入るは、ただその中の一様を占い着けば、本人即ち夭亡の虞有り。もし是れ旺財の世を剋して世爻自身地を得れば、則ち刑傷の禍無しと雖も、亦必ず一位の悍妬の妻を娶り到らん。賦文また「応財生世、非内助即獲外財」と言う。卦中およそ財爻の世爻を生合するに遇うも、亦一味に夫妻和美と断作る可からず。有るは妻家の財力を得着するに応ずるなり。否ざれば即ち内助の善く家を持するなり。
如巳月丁未日,占夫妻偕老否?得無妄變觀卦。 妻財戌土′ 兄弟卯木′ 官鬼申金′ 子孫巳火′ 子孫午火′世 動 妻財未土″世 妻財辰土″ 兄弟卯木″ 兄弟寅木″ 子孫巳火″ 父母子水′應 動 妻財未土″應 滿盤俱是財爻,世爻變出之未土,與世爻相合,此未土之財,乃正妻也,臨日建遇月生扶,不獨偕老,且許賢比周南,果此公美妾十餘,正夫人賢而無妒,夫妻同庚而生,妻活八旬有一,夫年八十二歲。此卦若以世應相沖相剋而斷之,遠如天壤。
例如巳月丁未日、夫妻能く白頭偕老するか否かを占いて、《天雷无妄》を得て《風地観》に変ず。本卦六爻は上より下へ、妻財戌土・官鬼申金・子孫午火(世、発動)・妻財辰土・兄弟寅木・父母子水(応、発動)。変卦は依次に兄弟卯木・子孫巳火・妻財未土(世)・兄弟卯木・子孫巳火・妻財未土(応)。満盤皆是れ財爻にして、その中世爻の変出の未土は世爻と相合す。この一重の未土の財才に是れ正妻なり。それ正に未日日建に臨み、又月建の生扶を得て、不但能く偕老せんのみ、なお她の賢徳は《詩経・周南》の称頌する所の后妃に比す可きを許す。後來この位の先生果たして美妾十余人有りて、しかも正夫人は賢恵にして妬まざりき。夫妻同年に生まれ、妻子は八十一歳に活き、丈夫は八十二歳に活きたり。この一卦もし世応の相冲相克に照らして去りて断ぜば、即ち事実と相去ること天壌ならん。
子嗣章第四十四
凡問子嗣,須明告之,或已有子後還生否?或問現在之子,將來可保長年否?或從未生育,終有子否? 易告未來,不告已往,即如占天時,神報將來之旱潦,不言昨日之陰晴雨,若含糊而問,假使從前有子,問後來還可生否?後若不生,神必現無子之卦,不報以前之有,乃現將來之無,斷卦之人,依卦而斷,爾肯服耶?又有現今有子,將來若難存者,神亦現無嗣之卦,爾雖以曰有,神告曰無,神肯阿諛耶?
およそ子嗣を問うは、必ず話を把りて明白に説くを要す。是れ已に兒子有りて、以後なお生むか生まざるかを問うか。是れ現在の兒子將來能く長寿を保ち得るかを問うか。それとも従来生育せずして、終究兒子有るか無きかを問うか。《易》はただ將來を告げて、已往を告げず。譬えば天時を占うがごとき、神明の報ずるは往後の旱涝にして、昨日の是れ陰是れ晴を説き去る能わざるなり。もし含糊に問うて、従前已に兒子有りて、ただ以後なお能く再生するか否かを問わば、則ち將來もし生まざれば、神必然に無子の卦を現出せん——それは你の従前の有を報ぜずして、ただ你の將來の無を現ず。卦を断ずるの人は卦に照らして直に断ず。你肯んじて服さんか。又有現在兒子有りて、將來却って存活し難き有れば、神も亦照樣に無嗣の卦を現出せん。你は有りと説き、神は你に無しと告ぐ。豈に神もまた阿諛奉承を你に為さんや。
即如寅月癸女日,占子嗣多少,得坤之艮。 子孫酉金″世 動 官鬼寅木′世 妻財亥水″ 妻財子水″ 兄弟丑土″ 兄弟戌土″ 官鬼卯木″應 動 子孫申金′應 父母巳火″ 父母午火″ 兄弟未土″ 兄弟辰土″ 斷曰:鬼變子孫,子孫變鬼,有一而遇者,皆無子也。此卦兩現,無子之兆。彼曰:少年難於子嗣,自五旬之外,連得四子,長子已六歲矣。余曰:依此卦象,恐俱難存。彼甚不悅,豈知婢妾甚多,三五年內生者生,而死者死,生過九子,並無一存,臨終過侄立嗣,承龍世音。
就きて寅月癸女日に子嗣多少を占いて、《坤為地》を得て《艮為山》に変ず。本卦六爻は上より下へ、子孫酉金(世、発動)・妻財亥水・兄弟丑土・官鬼卯木(応、発動)・父母巳火・兄弟未土。変卦は依次に官鬼寅木(世)・妻財子水・兄弟戌土・子孫申金(応)・父母午火・兄弟辰土。断語は曰く、官鬼は子孫に変じ・子孫は官鬼に変ず。ただ一様を占い着くれば、皆無子を主る。此卦は両様皆現ず。是れ無子の兆なり。他曰く、我年軽の時子嗣艱難にして、五十歳以後接続して四個の兒子を生み、長子は皆六歳なり。我曰く、この卦象に照らして看れば、恐怕皆保ち住むこと難からん。他甚だ高興せず。誰か知らん、他婢妾衆多にして、此の後三五年間に生ずるは生じ・死するは死し、前後九個の兒子を生み過ぎて、竟に一個も存活する無し。終に臨みてただ姪を過継して嗣を立て、香火を接続するを得たり。
福德旺隆,育兒賢德。福德即子孫爻,若旺遇生扶,或臨日月,或帝旺長生於日,或動而化吉,必產賢兒。 子孫衰弱,生子愚痴。子孫多衰弱,必生痴愚之子,衰而被克,休囚無氣,或落絕空破,或動而化凶,或日月動爻沖剋,或父化子,子化父,鬼變子孫,或父空持世,皆生生而不有,子孫逢空不礙,必得子沖空實空之年。覺子曰:黃金策,子化兄,生兒不肖,殊不思化兄及回頭之生,如何不肖?註解又曰:化鬼亦不尚,化鬼者百無一活,先不肖而已耶?
賦文に「福徳旺隆、育児賢徳」と言う。「福徳」即ち是れ子孫爻にして、それもし旺相にして又生扶を得、或いは正に日月に臨み、或いは日辰上に「帝旺」「長生」を坐し、或いは発動して吉を化せば、必ず賢能の兒子を生まん。賦文また「子孫衰弱、生子愚痴」と言う。子孫爻の多半衰弱なるは、必ず癡愚の子を生まん。衰えて又剋せられ、休囚して気無く、或いは「絶」「空」「破」に落ち、或いは発動して凶を化し、或いは日月動爻に沖剋せられ、或いは父母子孫を化し・子孫父母を化し・官鬼子孫に変じ、或いは父母世を持して空に落つるは、皆生みて育たざるを主る。子孫爻空に逢うは併せて事を妨げず。ただ空を沖し・空を実するの年份を待ち到れば便ち子を得る能し。覺子曰く、《黄金策》は「子は兄に化し、児を生みて不肖なり」と講ず。却って想到らざりき、化出の兄弟は正に是れ回頭相生なるに、怎麼して不肖ならんや。注解また「鬼に化するも亦好からず」と言う——官鬼に化するは百に一の活無し。どうしてただ不肖のみならんや。
申月辛卯日,占子嗣,得復卦。 子孫酉金″ 子孫酉金″ 妻財亥水″ 妻財亥水″ 兄弟丑土″應 兄弟丑土″應 兄弟辰土″ 兄弟辰土″ 官鬼寅木″ 官鬼寅木″ 妻財子水′世 妻財子水′世 斷曰:身帶吉而子扶,日建沖動上爻子孫而生世,有遠方之子來。彼喜而曰:我於三十七歲有子,已十八矣,因亂失散,至今無所出。余曰:恭喜,明現子從六爻動來生世,此子見歸。彼曰:何時得見?曰:明歲申辰與酉金相合,定然得意而歸。果於次年六月父子相逢。
申月辛卯日に子嗣を占いて、《地雷復》を得たり。六爻安静なり。六爻は上より下へ、子孫酉金・妻財亥水・兄弟丑土(応)・兄弟辰土・官鬼寅木・妻財子水(世)。断語は曰く、世身は吉を帯びて子孫の来たりて扶くる有り。卯日は上爻の酉金子孫を沖動して来たりて世を生ず。遠方の兒子の帰来有るを主る。他高興して曰く、我三十七歳上に一個の兒子を生み、如今十八歳なり。兵乱に因りて失散し、至今再び生育せず。我曰く、恭喜なり。卦中分明に子孫の第六爻より動じて来たりて世を生ずるを現出す。この孩子は回り来たらんと要す。他いずれの時候に能く見るかを問う。我曰く、明年申・辰の期は酉金と相合す。他必定称心如意に帰来せん。果たして第二年六月に父子重逢せり。
財化子,可辨正出庶出。卦有財而無子孫者,須看變出之爻,變爻子孫。庶出也。即斷曰:正無所出,定得偏生。卦有子孫,亦有子孫變爻,又非此論,即變爻之為晚子。倘若正庶俱已生子,而問賢愚者,以正卦之子為正出,變爻之子為庶出。 子化子,須知本宮他宮。子孫化子孫得驗者二:少年無子得此者,應多生子。現有子得此者,乃應多子而多孫。老年無子得此者,扶他人之子而為子,須宜分別化出他宮者,立異姓之子;化出本宮,立族中子。
賦文に「財化子、可辨正出庶出」と言う。卦中に財爻有りて子孫爻無きは、変出の爻を看るを要す。変爻是れ子孫なれば、則ち是れ庶出なり。以て直断す可し。正妻出ずる所無し。必ず偏房の生ず所を得べし。もし卦中本來子孫有りて、另外子孫の変爻有れば、則ちこの条に照らして論ぜず。あの変出の一重は当に晩年の子と作すべし。倘若嫡庶已に皆子を生みて、ただ他們の賢愚を問わば、即ち本卦の子孫を以て嫡出と為し、変爻の子孫を以て庶出と為す。賦文また「子化子、須知本宮他宮」と言う。子孫の子孫を化して応験するは両種有り。少年にして子無きの人この卦を得れば、日后多く兒子を生むを主る。現に子有るの人この卦を得れば、子多く孫も亦多きを主る。老年にして子無きの人この卦を得れば、是れ他人の子を扶養して子と為すなり。なお分別するを須う。化出の爻は他宮に属すれば、立つる是れ異姓の子なり。化出の爻は本宮に属すれば、立つる是れ族中の子なり。
如亥日庚子日,占子孫有無?得屯之節卦。 兄弟子水″ 兄弟子水″ 官鬼戌土′應 官鬼戌土′ 父母申金″ 父母申金″應 官鬼辰土″ 官鬼丑土″ 子孫寅木″世 動 子孫卯木′ 兄弟子水′ 妻財巳火′世 此公年已六旬,並無所出,自知易理,得此卦甚喜,以為世爻子孫又化子孫,月建合之,日辰生之,有子必多,豈知子孫化子孫,原非已出,次年三月終於任立侄孫承嗣。
例如亥日庚子日、將來子孫有るか無きかを占いて、《水雷屯》を得て《水沢節》に変ず。本卦六爻は上より下へ、兄弟子水・官鬼戌土(応)・父母申金・官鬼辰土・子孫寅木(世、発動)・兄弟子水。変卦は依次に兄弟子水・官鬼戌土・父母申金(応)・官鬼丑土・子孫卯木・妻財巳火(世)。この位の先生年已に六十にして、膝下併せて出ずる所無し。他自己も亦易理を懂し、此卦を得て甚だ歓喜し、以て世爻是れ子孫にしてまた子孫を化出し、月建それと相合し、日辰また来たりてそれを生ず。將來必定多子ならんと。誰か知らん、子孫の子孫を化するは原本即ち親生にあらず。第二年三月に他任上に死して、姪孫を立てて嗣を承継せしめたり。
父占子,知其易養,子臨貴,難曰成名。父占子,止知易養,難斷高貴,子孫旺相,剋制官星,子若休囚,馬能食祿,所以易養,否則不難知也。子孫化相,或動而化吉、或臨日月、或日月動爻生扶、或長生帝旺,皆許成人,如休囚空破動而變凶,水泡風燈,至於子孫之富與貴者,旺相一遇生扶,自然富貴,若以科甲科名而斷者,及欺人之法也。
賦文に「父占子、知其易養。子臨貴、難曰成名」と言う。父親を做して兒子を占うは、ただ能く好きか好からざるか養い活けるを知るのみ。他將來貴なるか貴ならざるかを断じ難し。子孫爻旺相なれば即ち官星を克制し、兒子もし休囚せば、官星才に禄を食す能し——故に旺相はただ容易に養い大きくせんを説明するのみ。此外の事は併せて明白に難からず。子孫爻「相」気を得、或いは発動して吉を化し、或いは正に日月に臨み、或いは日月動爻の生扶を得、或いは「長生」「帝旺」を坐するは、皆彼の成人長大を許す。もし休囚・空破に逢い・動じて凶を変ずれば、則ち水泡風灯のごときの頼り住めざるなり。子孫の富と貴に至っては、旺相にして又一たび生扶に遇えば、自然富貴なり。もし此に拠りて即ち人の科甲功名を断ぜば、是れ人を騙すの把戯なり。
黃金策曰:子帶貴人自有登天之日,又日祿貴臨爻,童年拜相。以貴祿臨子孫化鬼者,不為化鬼而為化官,即許登天拜相。餘查天乙貴人臨爻並無祿到。貴人臨馬上有丁巳日見亥水子孫,乃為貴人,與為同官,餘皆不是有祿者,無貴人馬,此信筆妄談也,何嘗經驗,況余屢占子女,若子孫變鬼,萬無一活。
《黄金策》に「子帯貴人、自有登天之日」と言い、又「禄貴臨爻、童年拝相」と言い、また貴人・禄神の子孫に臨みて官鬼を化するは、鬼を化すると算せずして官を化すと算し、即ち彼の登天拝相を許すと言う。我査過せり。天乙貴人の爻に臨むは併せて禄神の同到有らず。貴人の駅馬に臨むは、ただ丁巳日に亥水子孫を見るのこの一種のみ貴人と官星との同臨に算し得て、其余皆非なり。禄有るは又貴人・駅馬無し——これ不過信筆の胡説にして、何嘗真に験証し過ぎたらん。何况我屢次子女の為めに卦を起し、ただ子孫の官鬼に変ずれば、萬に一の活無し。
如亥月丙辰日,占子易養否?得姤之旅卦。 父母戌土′ 官鬼巳火′ 兄弟申金′ 動 父母未土″ 官鬼午火′應 兄弟酉金′應 兄弟酉金′ 兄弟申金′ 子孫亥水′ 動 官鬼午火″ 父母丑土″世 父母辰土″世 亥水子孫臨月建五爻,兄動以相生,旺莫旺於此也,若以吉神論之,丙日以亥為貴人,貴莫貴於此也,豈知子爻變鬼,死於次年五月。
例如亥月丙辰日、兒子の好きか好からざるか養い活くるを占いて、《天風姤》を得て《火山旅》に変ず。本卦六爻は上より下へ、父母戌土・兄弟申金(発動)・官鬼午火(応)・兄弟酉金・子孫亥水(発動)・父母丑土(世)。変卦は依次に官鬼巳火・父母未土・兄弟酉金(応)・兄弟申金・官鬼午火・父母辰土(世)。亥水子孫は正に亥月月建に臨みて第五爻に居り、又有兄爻の発動して来たりて生ず。旺に旺して再び旺する能わざるに到れり。もし吉神を論ぜば、丙日は亥を以て天乙貴人と為す。貴も亦貴にして再び貴なる能わざるに到れり。誰か知らん、子孫爻官鬼を変出せり。この孩子は第二年五月に即ち死せり。
黃金策曰:有官鬼無傷,曹彬取印終封爵。覺子曰:官鬼無傷者,必是子孫爻被傷被傷被克休囚無氣,所以不能傷克官鬼,既是如此衰弱之子孫,又封官封爵,餘不信也。又曰:父身有氣,車微顯名。覺子曰:父占子,父為忌神,或動或旺,必於克子,救死不暇,何得顯名?或曰:疑是嬰兒之自占。余曰:嬰兒乃無知無識孩童,占富占貴,全在人之一念,三五歲之嬰孩,可知富貴之念耶?況身命後章有:若卜嬰兒之造化,固知非代占耶。
《黄金策》に「有官鬼无傷、曹彬取印終封爵」と言う。覺子曰く、官鬼の傷無き所以は、必ず是れ子孫爻の傷せられ剋せられ・休囚して気無く、才に官鬼を傷剋し動かす能わざるなり。すでに是れこのようの衰弱の子孫なれば、なお他の官を封じ爵を封ずるを説くは、我信ぜず。它又「父身有気、車微顕名」と言う。覺子曰く、父親の兒子を占うは、父母爻正に是れ忌神にして、それ一たび発動し或いは一たび旺を得れば、必定子を剋す。死を救うも来たり及ばず。どうして顕名に談じ及ぶ能わんや。ある人曰く、この一条は恐怕是れ嬰児の自己の占うならん。我曰く、嬰児是れ無知無識の孩童にして、富を占い貴を占うは全て人の一念の間に在り。三五歳の娃娃に、富貴の念頭有ることを得んや。何况《身命章》の後文に另外「若し嬰児の造化を卜せば」の一句有れば、見るべし、嬰児を占うは本來即ち大人の代占なり。どうして是れ嬰児の自占ならん。
代占六親,不宜世爻化鬼。占父母、兄弟、妻妾、兒孫,先看世爻,雖占六親,常有帶出自身之凶者,世爻化鬼、化回頭克、休囚化空破墓絕及隨鬼入墓,日月同克,休問他人,且防自己。 雖問父母,亦有應兒孫。常見占父母之卦爻中帶出刑傷兄弟兒孫妻妾者,有占兒孫亦有兼應父母兄弟妻妾者,不可不知。此謂占此而應彼也。此論前已表明,餘占而屢見也。
賦文に「代占六親、不宜世爻化鬼」と言う。父母・兄弟・妻妾・兒孫を占うは、皆先に世爻を看るを要す。占う所是れ六親と雖も、卦中却って常に卦を問うの人自身の凶兆を帯し出す。世爻官鬼を化し・回頭剋を化し、或いは休囚にして空を化し・破を化し・墓を化し・絶を化し、及び官鬼に随いて墓に入り・日月一斉に来たりて剋するは、則ち別に去りて別人を問う勿れ。先に自己を防げ。賦文また「雖問父母、亦有応児孫」と言う。常に父母を占うの卦裡に兄弟・兒孫・妻妾を刑傷するを帯し出すを見、亦有兒孫を占い而して兼ねて父母・兄弟・妻妾に応ずる有り。知らざる可からず。これ即ち此を占いて彼に応ずと叫ぶなり。この個の道理は前文已に講明せり。我卦を占うの時屢々見たり。
學業章第四十五
儒業者,父母世爻同旺,終須變化成龍。日月動爻相生,定是王家儲器。世爻父母皆宜旺相,或動而變吉、或父母持世、日月動爻生合世,攀龍附鳳,指日可期。 財動卦中,青燈不久。子孫持世,自首無成。財動克文章,讀書中道而廢。子動無官之象,皓首必不成功名。
読書のこの一条の路を走るは、賦文に「父母世爻同旺、終須変化成龍。日月動爻相生、定是王家儲器」と言う。世爻と父母爻と皆旺相に宜しく、或いは発動して吉に変じ、或いは父母世を持し、或いは日月動爻世爻を生合せば、則ち龍に攀り鳳に附き・飛黄騰達は指日に待つ可し。賦文また「財動卦中、青灯不久。子孫持世、白首无成」と言う。財爻発動して父母文書を剋せんと要すれば、読書即ち半途にして廃せん。子孫発動は是れ官星無きの象にして、白首に到るも亦功名を挣い来たる能わず。
九流者,財興官旺,道重人欽。兄動世衰,有毀無譽。財持世,官持世,財官世爻皆宜得地。卦中兄爻持世,只可餬口,難許成家。覺子曰:古以九流,皆以官鬼為吉,殊不知天師家及驅邪治鬼之家,巫師醫家,皆以子旺,能於治鬼,必以子孫持世及子孫發動而為吉也。 百工皆以財為用神,子孫元神,最忌兄爻持世及兄爻旺動者,勞碌終身,餘以求財章同斷。以上皆不宜世爻空破墓絕休囚諸事無成。世若休囚,而又隨鬼入墓及受日月動爻沖剋,或動而化鬼化絕化克者,不唯學業難成,且防不測。
九流百業を做するは、賦文に「財興官旺、道重人欽。兄動世衰、有毀无誉」と言う。財爻世を持し・官爻世を持するは皆好し。財・官と世爻と皆地を得るに宜し。卦中もし是れ兄爻世を持せば、即ちただ糊口する能くするのみ、成家立業を望み難し。覺子曰く、古人は九流の業は一概に官鬼を以て吉と為すと講ず。却って知らず、天師の一門及び邪を駆り鬼を治するの人・巫師・医家は、皆子孫の旺盛を要して才に鬼を制し得住す。必ず子孫の世を持し或いは子孫の発動を以て吉と為さんを須う。百工匠作に至っては、一律に妻財を以て用神と為し・子孫を以て元神と為す。最も兄爻の世を持し或いは兄爻の旺動を忌む。是れ労碌終身の命にして、我それを把りて《求財章》と同様に看待す。以上の各業皆世爻の空・破・墓・絶或いは休囚に宜しからず。否ざれば諸事成る無し。世爻もし休囚にして又官鬼に随いて墓に入り、及び日月動爻に沖剋せられ、或いは発動して鬼を化し・絶を化し・剋を化するは、不但學業成り難きのみ、なお不測の禍を防ぐを要す。
治経章第四十六
占以金作春秋,毛詩為木,書經為水,火為禮記,土為易經。覺子曰:不可概問,須指定而卜之,禱於神曰:我習此經何如? 父旺官興,王家棟樑。世空子動,蓬華寒儒。官鬼持世,父動相生,或日月臨父母生世,或官爻旺相、父爻持世,及世爻動而化吉,皆飛騰變化之兆。世空世破,及動而變凶,或子孫財爻持世,父母官鬼空破,須宜另於一經處,誠心再卜。
いずれの一部の経を治するかを占うは、金爻を以て《春秋》に配し、木爻を以て《毛詩》に配し、水爻を以て《書経》に配し、火爻を以て《礼記》に配し、土爻を以て《易経》に配す。覺子曰く、以て籠統に合げて問う可からず。必ず一経を指定して来たりて卜し、神に向りて祝告して「我この一部の経を修習する如何」と曰わんを須う。賦文に「父旺官興、王家棟梁。世空子動、蓬華寒儒」と言う。官鬼世を持して父母発動して来たりて生じ、或いは日月正に父母に臨みて来たりて世爻を生じ、或いは官爻旺相にして父爻世を持し、及び世爻発動して吉を化するは、皆是れ飛騰変化の兆なり。世爻もし空に逢い破に逢い、或いは発動して凶に変じ、或いは子孫・妻財世を持して父母・官鬼空破なれば、即ち当に另に一経を換え、誠心にして再び卜すべし。
如酉月丙子日,占木經能發否,得益之觀。 兄弟卯木′應 兄弟卯木′ 子孫巳火′ 子孫巳火′ 妻財未土″ 妻財未土″世 妻財辰土″世 兄弟卯木″ 兄弟寅木″ 子孫巳火″ 父母子水′ 動 妻財未土″應 斷曰:卦中旺官合世,不宜初爻朱雀子水文章動化未土回頭之克,宜於改經。彼問:宜改何經?余曰:古法餘占不驗。意欲何經,再占一卦。即卜易經。得天火同人: 子孫戌土′應 子孫戌土′應 妻財申金′ 妻財申金′ 兄弟午火′ 兄弟午火′ 官鬼亥水′世 官鬼亥水′世 子孫丑土″ 子孫丑土″ 父母卯木′ 父母卯木′
例如酉月丙子日、木に属するの《毛詩》を修習して能く発達するか能わざるかを占いて、《風雷益》を得て《風地観》に変ず。本卦六爻は上より下へ、兄弟卯木(応)・子孫巳火・妻財未土・妻財辰土(世)・兄弟寅木・父母子水(発動)。変卦は依次に兄弟卯木・子孫巳火・妻財未土(世)・兄弟卯木・子孫巳火・妻財未土(応)。断語は曰く、卦中旺相の官星は世爻と相合す。本來是れ好事なり。奈何初爻の「朱雀」子水は正に是れ文章の爻にして、それ一たび発動すれば却って未土を化出して回頭して来たりて剋す。故に別経を改め治するに宜し。他当にいずれの一経に改むべきかを問う。我曰く、古法のあの套の五行配経は、我占う過ぎて併せて霊験せず。你想う所いずれの一経を治するかは、即ち再び一卦を占え。於是先に《易経》を卜して、《天火同人》を得たり。六爻安静にして、上より下へ、子孫戌土(応)・妻財申金・兄弟午火・官鬼亥水(世)・子孫丑土・父母卯木。
余曰:旺官持世,難以為吉。父臨月破,宜再更之。又占書經,得豐之離: 官鬼戌土″ 動 妻財巳火′世 父母申金″世 官鬼未土″ 妻財午火′ 父母酉金′ 兄弟亥水′ 兄弟亥水′應 官鬼丑土″應 官鬼丑土″ 子孫卯木′ 子孫卯木′ 旺父持世,官動生之,因今日子日沖午火傷金,此經相宜。下科壬子沖去午火,管許高發,果於子科中魁。
我曰く、旺相の官星世を持す。反って吉と説き難し。父母爻また「月破」に逢う。なお当に再び改むべし。於是又《書経》を占いて、《雷火豊》を得て《離為火》に変ず。本卦六爻は上より下へ、官鬼戌土(発動)・父母申金(世)・妻財午火・兄弟亥水・官鬼丑土(応)・子孫卯木。変卦は依次に妻財巳火(世)・官鬼未土・父母酉金・兄弟亥水(応)・官鬼丑土・子孫卯木。旺相の父母世を持し、官鬼発動して来たりてそれを生ず。又今天是れ子日に因りて、子水午火を沖去し、午火便ち申金を傷り着かず。見るべし、この一経最も相宜なり。下一科是れ壬子年にして、子水午火を沖去す。包管高に中らん。後來他果たして子年のあの一科に魁を奪えり。
延師章第四十七
父爻旺相,就而正焉。父母爻既為師長,又為詩書。延師受教,即以此爻為用神,宜旺相或臨日月及動而化吉。如若休囚空破絕及動而化凶,有素食之譏,無師資之益。 世位相生,博約善誘。父旺生合世爻,成人有德,若克世爻,而世爻得地者,有責成之功。世若休囚,必受師尊之累。
賦文に「父爻旺相、就而正焉」と言う。父母爻はすでに師長を代表し、又詩書を代表す。老師を請い教を受くるは、即ちこの一爻を以て用神と為し、それの旺相・或いは正に日月に臨み・或いは発動して吉を化するに宜し。もし休囚・空に逢い・破に逢い・絶に入り、或いは発動して凶を化せば、則ちただ一個の飯を白く喫するの譏評に落ちるのみ、師資の益を得る能わず。賦文また「世位相生、博約善誘」と言う。父母爻旺にして世爻を生合するは、學生成人して徳有り。もし父爻世を剋して世爻自身地を得れば、反って督責成就の功有り。世爻もし休囚せば、必ず師長の累を受けん。
父入墓中,懶於教訓。父爻入三墓及臨絕者,若非偷安懶惰,定是師不授教。 財臨世上,懦弱不嚴。財爻持世乃我克父母,若非師不嚴,定是我師畏凌。 鬼化文書克世,訟由乎學。鬼動化父母,沖剋世爻,異日必主爭訟,能使日月動爻制服鬼爻,亦不相宜,此何故也?神兆機於動。目前雖可制服,他日鬼逢生旺必見災。非不唯鬼動化父,但繫鬼動克世,或世動變凶,皆不宜從。
賦文に「父入墓中、懶于教訓」と言う。父爻三墓に入り或いは「絶」地に臨むは、老師の安を偷み懶惰するにあらざれば、即ち根本肯んじて業を授けざるなり。賦文に「財臨世上、懦弱不厳」と言う。財爻世を持すは即ち我の父母を剋するなり。老師の管教厳ならざるにあらざれば、便ち老師反って我を怕る。賦文に「鬼化文書剋世、訟由乎學」と言う。官鬼発動して父母を化出して来たりて世爻を沖剋するは、日后必ず學を求むるに因りて争訟を起さん。就中日月動爻を靠りて鬼爻を制服する能くするも、亦依旧宜しからず——是れ何の縁故か。神機は動爻に顕す。眼下は圧し得住すと雖も、他日鬼爻一たび生旺に逢えば即ち災を見ん。ただ鬼動して父を化するのみならず、およそ鬼動して世を剋し、或いは世爻動じて凶に変ずるは、皆跟从するに宜しからず。
月扶世爻日助,青出於藍。世爻旺相,或父母持世,或官星持世,日月動爻生扶,及世爻動而化吉,必有長進,青出於藍。 動衰變旺,先惰後勤。動旺變衰,先勤後怠。父化父而殊經,父化財而多病,化鬼顯貴之交,父化兄貪財好利。 三合連年受教,六沖半載難留。世與父爻兼日月作三合者,情同父子,連年受業,門牆始終成就。卦得六沖,或世克父爻,或父爻克世者,彼此不投,難收一發之功。
賦文に「月扶世爻日助、青出于藍」と言う。世爻旺相にして、或いは父母世を持し、或いは官星世を持し、日月動爻の生扶を得、及び世爻発動して吉を化するは、學業必ず長進有り、青は藍より出づ。賦文また「動衰変旺、先惰後勤。動旺変衰、先勤後怠」と言う。父爻の父爻を化するは、中途に於て治する所の経を改換するを主る。父爻の財爻を化するは、老師多病を主る。父爻の官鬼を化するは、顕貴を結交するを主る。父爻の兄弟を化するは、老師の財を貪り利を好むを主る。賦文に「三合連年受教、六沖半載難留」と言う。世爻と父爻と再加えて日月湊りて三合を成すは、師生情は父子に同じく、連年業を受け、入門より成就に到るまで始終一の如し。もし卦「六沖」を得、或いは世爻父爻を剋し、或いは父爻世爻を剋すれば、彼此投縁せず。連て一年半載の功夫も亦收め到る能わず。
父為子而延師者,應為西席,世乃東家,宜世應相生合,不宜相剋相沖,應生世,我得其益,應爻空破,延之不就,應動他有變,世空我意不專。 覺子曰:雖以世應為主,父爻不可缺之,父旺與子孫相合,名實兼收,父動克子孫,無益有害,子動化克,不宜延之,子動化鬼,速宜辭絕。
父親を做して兒子に替りて老師を延請するは、応爻は西席先生を代表し、世爻は東家主人を代表す。世応相生相合に宜しく、相冲相克に宜しからず。応爻世を生ずれば、我あの辺は益を得。応爻空破なれば、請うも亦請い来たる能わず。応爻発動すれば、相手は另外卦を変ず。世爻空に落つれば、是れ我自己の心意専ならざるなり。覺子曰く、世応を以て主と為すと雖も、父母爻も亦欠く可からず。父爻旺にして子孫爻と相合するは、名と実と兼ねて收む。父爻発動して子孫を剋するは、請えば害有りて益無し。子孫爻発動して回頭剋を化するは、聘請するに宜しからず。子孫爻発動して官鬼を化するは、急いで辞退するを要す。
如寅月戊午日,占子從師。 兄弟巳火′ 兄弟巳火′世 子孫未土″ 子孫未土″ 妻財酉金′應 妻財酉金′ 妻財申金′ 官鬼亥水′應 兄弟午火″ 子孫丑土″ 子孫辰土″世 動 父母卯木′ 子動化克,不宜從之,不聽。後因師責,逃至橋頭,跌折右足。
例如寅月戊午日、兒子のこの位の老師に跟て書を読む如何を占う。六爻は上より下へ、兄弟巳火・子孫未土・妻財酉金(応)・妻財申金・兄弟午火・子孫辰土(世、発動)。変卦は依次に兄弟巳火(世)・子孫未土・妻財酉金・官鬼亥水(応)・子孫丑土・父母卯木。子孫爻発動して回頭剋を化す。この位の老師に跟从するに宜しからず。主人は聴かざりき。後來孩子は老師に責罰せられ、橋頭に逃げて、右腿を跌き断えり。
求名章第四十八
野鶴曰:凡占小考,當見占得吉卦,後竟道考無名,何也?動之應近而不應遠,已應府縣之有名也,必須先占縣者,再占府考,又占道考,但得吉卦者,許榜上有名。若有卦而不吉者,勿望道考而成名也。
野鶴曰く、およそ小考を占うに、常に吉卦を占い得るを見て、後來道試は却って榜上に名無し。是れ何の縁故か。動爻の応験は近きに応じて遠きに応ぜず。あの吉卦は已に県試・府試の名有る上に応じたるなり。故に必ず先に県試を占い、再び府試を占い、又道試を占い、毎一場皆吉卦を得て、才に彼の榜上に名有るを許す。もしいずれの一場の卦吉ならざれば、則ち道試に到りてなお名を成す能うを指望する勿れ。
童試章第四十九
父旺官興,堪期首選。官衰父發,亦論掄收。官星持世,得日月動爻相生相合,道選無疑。父爻持世,得日月動爻相生相合者,亦要官星有氣,始許成名。 子興財發於卦中,難游泮水。子動克官,財動克父,或持於世爻者皆不宜也。 世破身空兼墓絕,再奮芸窗。世爻空破墓絕,或被日月動爻沖剋及動而變凶者,不能遂志。
賦文に「父旺官興、堪期首選。官衰父発、亦論掄収」と言う。官星世を持して日月動爻の相生相合を得るは、選ばるるに疑い無し。父爻世を持して日月動爻の相生相合を得るは、なお官星の気有るを要して、才に名を成すを許す。賦文に「子興財発于卦中、難遊泮水」と言う——「遊泮」は考え中りて入學するを指す。子孫発動して官星を剋し、妻財発動して父母を剋し、或いはこの両者世を持するは、皆相宜ならず。賦文に「世破身空兼墓絶、再奮芸窗」と言う。世爻空に逢い・破に逢い・墓に入り・絶に入り、或いは日月動爻に沖剋せられ、及び発動して凶に変ずるは、この一科は志を遂ぐる能わず。只好書窗下に回りて再び発奮を作さん。
父旺遭傷,收而復棄。沖中逢合,見棄復收。父母旺相,若化休囚空破墓沖,若得日月動爻相合者,謂之沖中逢合必獲績取。 父衰變旺,愈出愈奇。爻化退神,日長日短。父衰動而化回頭生、化進神,文章得意勝於前。皆不宜化退神,化退神者,前篇稍遂,後勁不力,衰化退神及化克化空破墓絕或回頭克者,窗下午日長,場中一日短。
賦文に「父旺遭傷、収而復棄。沖中逢合、見棄復収」と言う。父母爻本來旺相にして、もし休囚・空・破・墓・沖を化成せば、即ち是れ取中して又黜落せらるるなり。もし能く日月動爻の来たりて相合するを得れば、これを「沖中逢合」と叫び、終究は是れ取中なり。賦文また「父衰変旺、愈出愈奇。爻化退神、日長日短」と言う。父爻衰弱にして発動して回頭生を化し・「進神」を化するは、文章は做すれば做するほど得意にして、後場は前場に勝れり。各種の情形皆「退神」を化するに宜しからず。退神を化するは、前の一篇はなお順手と算するも、後面は即ち勁を使い上ぐる能わず。衰えて退神を化し、及び剋を化し・空を化し・破を化し・墓を化し・絶を化し或いは回頭剋を化するに至っては、窗下に苦讀する時は日子の太だ長きを嫌い、考場に文を作る時又一天の太だ短きを嫌わん。
如亥月丙戌日,占道考,得豐之革卦。 官鬼戌土″ 官鬼未土″ 父母申金″世 動 父母酉金′ 妻財午火′ 兄弟亥水′世 兄弟亥水′ 兄弟亥水′ 官鬼丑土″應 官鬼丑土″ 子孫卯木′ 子孫卯木′應 父母持世化進神,日建作官而生世,文章愈出愈奇,後勝於前,定蒙首選,果取案首。
例如亥月丙戌日、道試を占いて、《雷火豊》を得て《沢火革》に変ず。本卦六爻は上より下へ、官鬼戌土・父母申金(世、発動)・妻財午火・兄弟亥水・官鬼丑土(応)・子孫卯木。変卦は依次に官鬼未土・父母酉金・兄弟亥水(世)・兄弟亥水・官鬼丑土・子孫卯木(応)。父母世を持して「進神」を化し、戌日日建また官星を作して来たりて世爻を生ず。文章は出ずれば出ずるほど奇にして、後場は前場に勝る。定能く首選に取られんを蒙らん。後來果たして案首に考えたり。
歳科考章第五十
父宜旺相,最忌休囚;官宜生身,不宜克世。父與世爻旺相及得日月動爻生扶及動而化吉,全無破綻者,定考超等。若此兩爻旺相而逢生上等;旺而無生,相而遇扶,無刑沖剋破者次之;有一而遇刑沖剋者又次之;世爻受克,教刑不免;世父同受克,劣等無疑。
賦文に「父宜旺相、最忌休囚。官宜生身、不宜剋世」と言う。父母爻と世爻と皆旺相にして、又日月動爻の生扶を得、或いは発動して吉を化し、全く破綻無きは、一定超等に考えん。この両爻旺相にして又生に逢うは、上等に列す。旺にして生無く・相にして扶を得・刑沖剋破無きは次の一等。両者の中に一爻の刑沖剋に遇上する有るは、又次の一等。世爻剋を受くるは、教官の責罰を挨るを免れず。世爻と父爻と一同に剋を受くるは、必ず是れ劣等にして疑い無し。
野鶴曰:此云是也,亦要人之通變,觀其世父兩爻輕重而言之,卦之全美世父兩爻有生扶,而六沖變沖反吟伏吟動變克化絕即是破綻。父爻受克而無救,難免塗鴉;世爻受克而有扶,亦業姑許。 覺子曰:此以父爻之旺衰而列等第是也,易之卦得進神考於上等,退而考下等,假使卦無進退之神,何以定之?
野鶴曰く、この話是れ対なり。但しも要して人に通変を知らしめ、世・父の両爻孰れ軽く孰れ重きを看て以て定めん。卦象即ち全美にして世父両爻皆生扶有るも、ただ「六沖」・変出の沖卦・「反吟」「伏吟」に遇上し、或いは動じて剋に変じ・絶を化せば、則ち是れ破綻なり。父爻剋を受けて救い無きは、文章潦草にして棄てらるるを免れ難し。世爻剋を受けて另に扶助有るは、亦なお勉强取中す能し。覺子曰く、父爻の旺衰に照らして来たりて等第を排定するは、これ是れ対なり。しかるに《易》卦は「進神」を得れば上等に考え・「退神」を得れば下等に考う。仮使一卦すでに進神無く亦退神無ければ、又何を把りて以て定めんや。
如申月乙巳日,占歲考,得大過之鼎卦。 妻財未土″ 動 子孫巳火′ 官鬼酉金′ 動 妻財未土″應 父母亥水′世 官鬼酉金′ 官鬼酉金′ 官鬼酉金′ 父母亥水′ 父母亥水′世 妻財丑土″應 妻財丑土″ 斷曰:財動克父,乃不通變之論也。此卦乃亥水父爻持世,申月生之,父旺而身亦旺,巳日沖之,為暗動,未土財爻雖動,喜其生助酉金,酉官生世,名為接續相生,一定篇篇華錦。財生官旺優等。後果取超等補稟。野鶴曰:大凡卦遇六沖變沖及六爻亂動,父旺世旺,還考平等。倘若父衰受刑剋及世爻休囚受克及變凶者,孫山無疑。
例如申月乙巳日に歳考を占いて、《沢風大過》を得て《火風鼎》に変ず。本卦六爻は上より下へ、妻財未土(発動)・官鬼酉金(発動)・父母亥水(世)・官鬼酉金・父母亥水・妻財丑土(応)。変卦は依次に子孫巳火・妻財未土(応)・官鬼酉金・官鬼酉金・父母亥水(世)・妻財丑土。断語は曰く、一たび財動を見れば即ち父を剋すと説く。これ是れ通変を知らざるの論調なり。此卦は亥水父爻世を持し、申月来たりて生ず。父旺にして世身も亦旺なり。巳日それを沖す。是を「暗動」と為す。未土財爻発動と雖も、可喜なるはそれ転じて去りて酉金を生助し、酉金官星また来たりて世を生ず。これを「接続相生」と叫ぶ。文章一定篇篇錦繍ならん。財は官を生じ・官は又旺す。当に優等に取るべし。後來果たして超等に考え、廩生を補せり。野鶴曰く、大凡卦「六沖」に遇い・変出の沖卦及び六爻乱動するは、即ち父旺世旺なるも、不過一個の平等を考うるのみ。倘若父爻衰弱にして刑剋を受け、世爻休囚にして剋を受け或いは凶に変ずれば、則ち必定名は孫山に落つるなり。
飛神無助身無克,榮辱無施。父爻出現,不旺不衰,雖無生扶,亦無剋制而世爻不被沖剋者,可保平等。 伏藏旺相也遭傷,賞罰不定。 如午月乙卯日,占歲焉,得地天泰卦。 子孫酉金″應 子孫酉金″應 妻財亥水″ 妻財亥水″ 兄弟丑土″ 兄弟丑土″ 兄弟辰土′世 兄弟辰土′世 官鬼寅木′ 官鬼寅木′ 妻財子水′ 妻財子水′
賦文に「飛神无助身无剋、荣辱无施」と言う。父爻卦中に出現し、旺ならず亦衰えず、生扶無しと雖も、亦克制無し、而して世爻又沖剋せられざるは、以て一個の平等を考え保つ可し。栄を談ずるに及ばず亦辱を談ずるに及ばず。賦文また「伏蔵旺相也遭傷、賞罰不定」と言う。例如午月乙卯日に歳考を占いて、《地天泰》を得たり。六爻安静なり。六爻は上より下へ、子孫酉金(応)・妻財亥水・兄弟丑土・兄弟辰土(世)・官鬼寅木・妻財子水。
午火月建為父母,而卦中之巳火伏藏於寅木之下,旺而又遇飛神之生,爻逢六合,只不宜日辰克世,發落之日,承宗師面叱念,字法古筆,姑取三等,後悔之。此巳午之火,非又旺也及字端邊,但此卦雖多逢,事卻少見,存之為法。
午火月建即ち是れ父母にして、しかも卦中の巳火は二爻寅木の下に伏蔵し、すでに旺にして又飛神の来たりて生ずるを得、卦また「六合」に逢う。ただ卯日日辰の来たりて世爻を剋するに宜しからず。発落して名次するのあの日に、學台当面訓斥し、彼の字法古人の筆意を倣うに念を置きて、姑且三等に取りて、事後他甚だ後悔せり。ここに説く所の巳火・午火は、其の実併せて真の旺と算せず。応験の処はただ字体の端正なるか否かのこれら細節上に落ちたり。このようなの卦は常に遇うと雖も、このようなの事は却って見ること少なし。姑且記し留めて以て一条の成法と作さん。
以上總而言之,父與世爻旺相遇生扶為上,略有破綻者次之,刑傷有救者又次之,刑傷無救而輕者又次之。世爻父爻被刑沖剋破而重者,劣等必矣。全要通變,須卦之吉凶兼用神衰旺之輕重也。
以上の各条を総括す。およそ歳考の等第を占うは、「父母」爻と「世」爻と皆旺相の地に処りて又生扶を得るは、是れ上等の格局なり。両爻好しと雖も略々瑕疵有るは次の一等。刑傷を受けて却って另に救応有るは再び次の一等。刑傷を受けて救応無く、但し傷うること重からざるは又次の一等。もし「世」爻と「父母」爻と同時に刑せられ・沖せられ・剋せられ・破せられて、而且傷うること甚だ重ければ、則ち必定劣等に落ちん。この類の卦を断ずるは全て霊活変通に在り。すでに整卦吉凶の大勢を看るを要し、亦「用神」の衰旺程度の軽重を兼ねて顧みるを要す。
增稟章第五十一
覺子曰:占稟若不得其秘,而望靈者少也,何也?占稟用財,財乃文章之忌神,不知其竅,卜歲焉而兼問稟,財爻若旺,父母受傷,則如休囚如何得稟?餘有法也,先占歲科之吉凶,再占一卦而問稟,即其秘也。
增删する者李文輝(覺子)自ら述べる。能く廩生の名額を補し上ぐるか否かを占うは、もしその中の訣竅を掌握せざれば、霊験を指望するは極めて少なし。何を以てか。廩稟を占うは「妻財」爻を用いて「用神」と作すを要す。しかも財爻は恰恰「父母」文書の爻の忌神なり。この個の関竅を懂さざるの人は、歳考を占うの時順帯して補稟を問う。卦中財爻一たび旺すれば、父母爻即ち傷を受けん。父母すでに休囚せば、又怎麼して廩稟を補し上ぐる能わんや。我另に弁法有り。先に一卦を占いて歳考・科考の吉凶を定め、再び另に一卦を起して専ら補稟を問う。これ即ちその中の秘訣なり。
稟以財爻為用神,財爻持世或動而生世為吉,與求財章同斷。有稟而恐換者,忌兄弟持世,兄爻發動及財逢空破墓絕,動而變凶者,有失也,如官鬼兄爻克世者,輕則草糧,重則道罰,倘卦中三合兄局者,亦主草糧。
補稟は「妻財」爻を以て「用神」と為す。財爻世を持し、或いは発動して来たりて世爻を生ずるは、皆吉象に属す。判法は《求財章》と相同じ。已に廩を食して人の頂換するを被るを怕るるは、「兄弟」爻の世を持するを忌み、亦兄爻の発動を忌み、及び財爻の旬空に落ち・月破に遇い・墓に入り・絶に逢い、或いは発動して凶爻を変出するは、皆喪失する所有るを主る。もし「官鬼」爻或いは兄弟爻来たりて世爻を剋せば、軽きは不過廩粮を停給するのみ(原文は「草粮」と作る)、重きは提學道の責罰を受くるを要す。倘若卦中に三支の爻の会して兄弟局を成す有れば、同様に粮を停むを主る。
考道才章第五十二
官爻持世生世,我必業收。父母空破墓絕,他不見用。如世爻受克及空破墓絕,或動而變凶、或子孫持身動於卦中,皆不錄之。父母生世持世者吉,休囚空破者凶。
「官鬼」爻世を持し或いは来たりて世爻を生ずれば、我この一次は必ず収録せられん。「父母」爻もし旬空に落ち・月破に遇い・墓に入り・絶に逢わば、主考官便ち肯んじて我の文章を取用せざらん。仮如世爻剋を受け、或いは世爻空・破・墓・絶し、或いは発動して凶爻を変出し、又或いは「子孫」爻身に臨みて併せて卦中に動くは、皆是れ録取せざるの列に属す。父母爻世を生じ・世を持するを吉と為し、父母爻休囚或いは空に落ち破に遇うを凶と為す。
発案持榜章第五十三
父為用神,衰者宜生旺之日;旺而靜者,逢值沖之日;動而逢值逢合之日;空與入墓,必待沖開;破與旬空,須期填實。餘又得驗,心有憂懼,若得子孫持世,值子孫之日而發案。心有歡喜,若得官星持世,逢官鬼之日而掛榜。
発案・掛榜の日期は「父母」爻を以て「用神」と為す。父爻衰弱なるは、それの生を得旺を得るの日に応ずべし。旺にして安静なるは、沖せらるるの日に応ずべし。已に発動したるは、値日或いは合に逢うの日に応ずべし。空に落ち・墓に入るは、必ず沖開の時を待つ。月破と旬空とのは、填実の期を等たんを要す。我另外なお一条を試し出せり。心裡憂懼を懐きて来たりて占うは、もし「子孫」爻の世を持するを得れば、即ち子孫爻値日のあの天に発案す。心裡満懐の歓喜を懐きて来たりて占うは、もし「官鬼」爻の世を持するを得れば、即ち官鬼値日のあの天に掛榜す。
延試章第五十四
典會場斷,官星為用,父爻次之。若持世爻得日月歲五生合者,定蒙道拔。官爻世爻三合,定蒙異寵隆恩。世與官爻有一而逢空墓絕刑沖剋害及動而變凶者,不詳之兆。歲五官鬼沖無世爻者不測之災。
典試・会場の一類の延期補考の断法は、「官鬼」爻を以て「用神」と為し、「父母」爻はこれに次ぐ。官爻もし世を持し、又日辰・月建・太歳と五爻の生扶或いは相合を得れば、必ず提學道の抜取を蒙らん。官爻と世爻と会して三合を成せば、必ず格外の寵遇恩典を蒙らん。世爻と官爻との中に一個の旬空に落ち・墓に入り・絶に逢い、或いは刑・沖・剋・害せられ、及び発動して凶に変ずる有れば、皆是れ不祥の兆なり。太歳と五爻上の「官鬼」が世爻を沖剋して世爻孤立して援無きは、意外の災有るを主る。
郷試章第五十五
父旺官興,姓標虎榜。父官持世而旺相,或臨日月、或日月動爻生扶、及動而變生,名登龍虎。子搖財動,名落孫山。子孫財爻持世,及動於卦中,終須下第。兄弟乃奪標之惡客。俗傳兄弟爻興難上榜,凡見兄爻持世及動者,皆以為之不吉,殊不知有喜有忌,所喜者卦中財爻同興,喜其兄動以制財也。卦中父官兩動者,又喜兄爻持世,父動以生世也。兄弟持世,若臨日月或旺相,再得官父兩旺、或官動生父、父動生世,必添科名。兄不能掄元而奪魁也,故謂之兄弟乃奪標之客。覺子曰:卦中官鬼子孫同動,官臨旺相遇生扶,子孫弱而被克,再宜父動,最怕兄興。
「父母」爻旺にして「官鬼」爻興れば、姓名便ち虎榜の上に標る。父爻・官爻世を持して旺相の地に処り、或いは日辰月建に臨み、或いは日月と動爻との生扶を得、或いは発動して我を生ずるの爻を変出するは、皆名は龍虎榜に登るを主る。「子孫」揺動し・「妻財」発動すれば、則ち名は孫山に落つ。子孫爻・財爻世を持し、或いは卦中に動くは、終究第に落つるを要す。「兄弟」爻是れ来たりて錦標を奪取するの惡客なり。世俗伝わる所は兄弟爻一たび興れば即ち榜上し難しと言い、およそ兄爻の世を持し或いは発動するを見れば皆不吉と当作る。殊に知らず、その中に可喜有り亦可忌有るを。可喜なるは卦中財爻同時に発動するなり。喜ぶ所は正に兄爻動して来たりて財爻を制し住むるなり。卦中父母・官鬼の両爻斉しく動くは、亦兄爻の世を持するを喜ぶ。父爻発動して以て世を生ず可きに因る。兄弟世を持すは、ただ日辰月建に臨み或いは身旺相の地に処り、再び官爻父爻両旺を得、或いは官動して父を生じ・父動して世を生ぜば、一定科名を添え得ん。ただ是れ兄爻自身は能く人に替りて元を掄び魁を奪う能わず。故にそれを奪標の客と言う。增删する者李文輝(覺子)自ら述べる。卦中「官鬼」と「子孫」と同動して、官爻旺相にして又生扶を得、子孫衰弱にして克制せらるるは、この時最も父爻の発動に宜しく、最も兄爻の興起を怕る。
日月為制煞之將軍。官星父母世爻有一而被動爻剋制,或化回頭克,若得日月沖制克神,亦許得意,故謂制惡煞將軍。又如,世爻旺相而官父兩爻有一而伏藏不現,倘得日月沖制飛神,提出伏神者,許高發。又如官父世爻有一而不生者,若得日月生扶亦同此意。
日辰・月建是れ凶煞を制伏するの将軍なり。官星・父母・世爻の中に一個の動爻に克制せらるる有り、或いは回頭剋を化出するも、ただ日月能くあの剋神を沖制せば、亦なお彼に得意を許す。故に日月を称して惡煞を制服するの将軍と為す。又如く世爻旺相にして、しかも官爻・父爻の中に一個の伏蔵して現れざる有れば、倘若日月の上に圧するの「飛神」を沖制して「伏神」を提出すれば、亦彼の高に中るを許さん。再如く官・父・世の三者の中に一個の生助を得ざる有れば、ただ日月の来たりて生扶するを要す。道理は上面と相同じ。
二合無沖,定登甲第。官父世爻合成父局官局,不遇日月沖破者,定許連登,倘若合成兄局,得遇日月生扶,官星亦旺者,亦許得意。唯忌合成子孫局者,不為吉也。合成財局雖不為美。然亦得驗于吉者。
両重会合して沖破無ければ、必定高く甲第に登る。官爻・父爻・世爻会合して父母局或いは官鬼局を成し、又日辰月建の沖破に遇わざるは、一定彼の接連して中式するを許す。倘若合して兄弟局を成せば、ただ日月の生扶を得・官星も亦旺なれば、同様に彼に得意を許す。独り合して子孫局を成すを忌諱す。則ち吉と算せざるなり。合して財局を成すは説くに美事と算上せずと雖も、然るに我亦曾て吉に応ずるの例子を試し出せり。
如卯月甲申日占會試得艮之益。官鬼寅木′世,官鬼卯木′應;妻財子水″動,父母巳火′;兄弟戌土″,兄弟未土″;子孫申金′應動,兄弟辰土″世;父母午火″,官鬼寅木″;兄弟辰土″動,妻財子水′。寅木旺官持世,申日沖之,暗動又得日辰會成財局,不唯不克世爻,反來生世,一定高捷,果得及第。
卯月甲申日に会試を占いて、艮卦を得て益卦に変ず。本卦六爻は上より下へ、官鬼寅木(陽爻)世を持し・妻財子水(陰爻)発動・兄弟戌土(陰爻)・子孫申金(陽爻)応を持して併せて発動・父母午火(陰爻)・兄弟辰土(陰爻)発動。変ずる所の益卦六爻は依次に官鬼卯木応を持し・父母巳火・兄弟未土・兄弟辰土世を持し・官鬼寅木・妻財子水。寅木是れ旺相の官星にして又世を持す。甲申日来たりてそれを沖す。是れ「暗動」に属す。動爻の子水・申金再び辰土を加え、日辰と会して申子辰の水局を成す。水是れ艮宮寅木世爻の財にして、この個の財局は不但世爻を剋せざるのみ、反って回頭して世を生ず。此に因りて必ず高く中ると断定せり。後來果たして第に及べり。
六爻竟發空赴科場。舊係六爻竟發,功名恍惚以難成,此論是理。餘見占功名必中者,卦象一成,若非旺父生身,定是旺官持世。功名無成者不是子孫持世,即是子孫財爻發動,或是世爻破空,或是六爻亂動,功名必無成。
六爻争相い発動すれば、ただ科場に空しく一たび跑るを怕る。旧説に六爻斉動すれば、功名恍恍惚惚として成し就げ難しと言う。この話是れ道理有るなり。我の見る所およそ功名を占いて必ず中るの卦は、卦象一たび成れば、旺相の父爻の来たりて世身を生ずるにあらざれば、即ち旺相の官爻の世を持すなり。功名成らざるは、子孫の世を持するにあらざれば、即ち子孫・財爻の発動し、或いは世爻の破に遇い空に落ち、或いは六爻乱動するなり——このようなの卦は、功名一定成らざるなり。
出現無情,難遂青雲之志。父與官星雖則出現,若不生合世爻,或不持世,或世爻空破,亦屬無益。父與官星生合世爻,若又被日月動爻沖壞者,亦作無情之喻。伏藏有用,終辭白屋之人。官父有一而不上卦,須看伏神,若伏而旺相,或得日月沖去飛神,生起伏神,準登科及第。
用神「出現」して却って情無ければ、青雲の志を遂げ難し。父爻と官星と卦中に現ると雖も、もし世爻を生合せず、又世を持たず、或いは世爻空に落ち破に遇えば、同様に益処有らず。父爻・官星本來世爻を生合するも、却又日辰・月建或いは動爻に沖壊せらるるは、此も亦無情と算作す。用神「伏蔵」して依然として用有れば、終に能く白屋寒門を辞別す。官爻・父爻の中に一個の卦に上らざる有れば、即ちそれの「伏神」を看るを要す。伏神もし旺相にして、或いは日月の上に圧するの「飛神」を沖去して伏神を生じ起すを得れば、一樣に彼の登科及第を准す。
太歲作官星,終登黃甲。太歲乃國君,父官臨太歲,動而生合世爻,乃人臣面君之象,當主君臣契合,連捷無疑。太歲必要入爻,入爻亦要發動,或持世爻,始如此說。日月沖剋世,且守青燈。卦中官父雖旺而世爻休囚空破墓絕及動而變凶,或日月沖剋世爻,須知求名在我,我位既失,何以成名。
太歳化作して官星と為れば、終に黄甲に登る。太歳は國君を象徴す。父爻或いは官爻太歳に臨み、発動して世爻を生合するは、正に是れ人臣の君王に面見するの象にして、君臣契合し・接連して中式すること疑い無きを主る。不過太歳は必ず卦爻の中に入るを須う。爻に入りてなお発動し、或いは干脆世を持して、才にこのように論断する能し。日辰月建世爻を沖剋すれば、只好且く青灯を守らん。卦裡官爻・父爻旺すと雖も、しかも世爻休囚・空に落ち・破に遇い・墓に入り・絶に逢い、或いは発動して凶に変じ、又或いは日月に沖剋せらるれば、名を求むるの主体は我自身に在るを知るべし。我の位置すでに失守せば、なお何を憑りて名を成さんや。
卦遇六沖,此去難題雁塔。爻逢六合,這回可奪鰲頭。如午月丙辰日占鄉試。得兌卦:父母未土″世,父母未土″世;兄弟酉金′,兄弟酉金′;子孫亥水′,子孫亥水′;父母丑土″應,父母丑土″應;妻財卯木′,妻財卯木′;官鬼巳火′,官鬼巳火′。
卦は六沖に遇えば、この一たびは雁塔に名を題すること難し。爻は六合に逢えば、この一回は以て独り鰲頭を占む可し。午月丙辰日に郷試を占いて、兌卦を得たり。六爻安静にして一も発動する無し。故に変卦と本卦と完全相同なり。六爻は上より下へ、父母未土(陰爻)世を持し・兄弟酉金(陽爻)・子孫亥水(陽爻)・父母丑土(陰爻)応を持し・妻財卯木(陽爻)・官鬼巳火(陽爻)。兌是れ八純卦にして、正に是れ六沖の象なり。
舊注:卦逢六沖,沖之即散。餘見此卦,雖係六沖,世父皆逢旺地,不敢決之,請再占一卦。又得臨之師卦:子孫酉金″,子孫酉金″應;妻財亥水″應,妻財亥水″;兄弟丑土″,兄弟丑土″;兄弟丑土″,父母午火″世;官鬼卯木′世,兄弟辰土′;父母巳火′動,官鬼寅木″。
旧注曰く、卦六沖に逢えば、一たび沖すれば即ち散ず。野鶴老人自ら述べる。我看るにこの一卦は、六沖に属すと雖も、世爻と父爻と却って皆旺地に落つ。敢えて此に就りて判定せず。於是彼に請いて再び一卦を占わしめたり。又臨卦を得て師卦に変ず。本卦六爻は上より下へ、子孫酉金(陰爻)・妻財亥水(陰爻)応を持し・兄弟丑土(陰爻)・兄弟丑土(陰爻)・官鬼卯木(陽爻)世を持し・父母巳火(陽爻)発動。変ずる所の師卦六爻は依次に子孫酉金応を持し・妻財亥水・兄弟丑土・父母午火世を持し・兄弟辰土・官鬼寅木。
此卦官星持世,雖則不旺,初爻官生父旺,與前卦相合,許之吉兆,果得成名。凡得六沖卦,官父世爻俱旺者,不必再占,竟許必得。如父旺者,須再占一卦,再得吉者,以吉斷之,後卦凶者,即以凶推。凡得六合卦,亦要官父世爻得地,有一失陷不遇生扶者,雖六合亦無益矣。
この一卦は官星世を持す。旺と算すに足らずと説くと雖も、初爻父母巳火発動して官鬼寅木を化出し、官と父と互相に生助して転じて旺なり。恰も前の一卦と互相に印証す。於是彼に吉兆を許し、後來果たして名を成せり。およそ六沖卦に遇えば、ただ官爻・父爻・世爻の三者皆旺なれば、即ち必ず再び占うなからん。径に彼の必ず得るを許せ。もし只是れ父爻旺なれば、即ち再び一卦を占うを須う。後卦依旧として吉なれば便ち吉と断じ、後卦転じて凶なれば便ち凶と断ず。およそ六合卦に遇うも、亦官・父・世の皆地を得るを要す。その中に一個の失陷して又生扶を得ざる有れば、縱に是れ六合なるも亦益処無し。
父旺官衰終須下第。父爻旺相官臨空破墓絕及動而變凶變克雖有錦鄉。文章終遇紅紗蔽目。父衰官旺堪許登科。官爻旺而生世持世,若是父爻不旺,謂之福齊文不齊,反許遂志。
父爻旺にして官爻衰えれば、終に第に落つるを須う。父爻旺相と雖も、官爻却って旬空・月破・墓に入り・絶に逢い、或いは発動して凶に変じ・剋に変ずれば、則ち縱に満腹の錦繍文章有るも、亦終究譬えば一層の紅紗に遮られて考官の眼を掩えたるがごとく、賞識を得ず。父爻衰えて官爻旺なれば、反って彼の登科を許す。官爻旺相にして来たりて世を生じ或いは直接世を持すれば、即ち父爻旺ならずと雖も、これを「福分足りて文章足らず」と叫作し、反って彼の願を遂ぐるを許す。
應合日生必資鶚薦。官父兩旺而世爻不旺,或得日月扶助,又得應爻動而生合世爻者,必得推薦之力。動傷日克還守雞窗。應爻動爻雖來生合世爻,而應爻又被日月沖剋者,薦亦無功。
応爻来たりて合し・日辰来たりて生ずれば、必定名公の薦抜の力を借り得ん。官爻父爻両旺にして世爻旺ならざれば、もし日辰月建の扶助を得、又応爻の発動して来たりて世爻を生合するを得れば、必ず能く他人の推薦の力を獲得せん。動爻それを傷り・日辰それを剋すれば、なお得て鶏窗を守りて苦讀せん。応爻或いは別の動爻来たりて世爻を生合すと雖も、可なりこの応爻自身又日月に沖剋せられれば、則ち擧薦も亦結果有るまじきなり。
世動化官化克蝶夢堪憂。舊有身官化鬼月扶,連步蟾宮。又曰:身興變鬼,來試方成。又曰:身動化空用旺,豹變翻成蝶夢。皆以卦身而言,余試總無應驗,唯驗於世爻,而世爻化鬼亦有兩驗。卦中父母旺相而世爻化出官星者,若不回頭克世乃為變官,今科即中,豈等來科?若休囚被克,動而化出官星者,乃為化鬼,不唯不中,且見危災。化出鬼爻克世者更凶。
世爻発動して官星を化出し或いは剋神を化出せば、便ち是れ「蝶夢堪憂」なり。旧説に「卦身の官鬼を化して月建の扶助を得れば、連歩して蟾宮に入る可し」有り、又「卦身興起して鬼に変ずれば、下一科応試して才に成就する能し」と言い、又「卦身発動して空を化して用神旺相なれば、豹変反って蝶夢と成る」と言う。この幾条皆是れ「卦身」に就りて論を立つるなり。野鶴老人自ら述べる。我屢試して皆応験せず。ただ世爻上に応験す。しかも世爻の鬼を化するは又両種の情形を分かつ。卦中父母旺相にして・世爻官星を化出せば、もし変爻回頭して世を剋せざれば、あれを「変官」と叫び、本科即ち中る。どうしてなお下一科を等たんや。もし世爻休囚にして剋を受け、発動して官星を化出せば、則ち是れ「化鬼」にして、不但中らざるのみ、なお凶険の災禍を見んを要す。化出の鬼爻再び回頭して世を剋せば、即ち更に凶なり。
如卯月戌辰日占得離之既濟。兄弟巳火′世動,官鬼子水″應;子孫未土″動,子孫戌土′;妻財酉金′動,妻財申金″;官鬼亥水′應,官鬼亥水′世;子孫丑土″,子孫丑土″;父母卯木′,父母卯木′。
卯月戌辰日(干支原文如此)に卦を占いて、離卦を得て既済に変ず。本卦六爻は上より下へ、兄弟巳火(陽爻)世を持して併せて発動・子孫未土(陰爻)発動・妻財酉金(陽爻)発動・官鬼亥水(陽爻)応を持し・子孫丑土(陰爻)・父母卯木(陽爻)。変ずる所の既済六爻は依次に官鬼子水応を持し・子孫戌土・妻財申金・官鬼亥水世を持し・子孫丑土・父母卯木。世爻巳火動じて子水官鬼を変出す。正に是れ上文の説く所の世爻鬼を化するの象なり。
舊注:身官化鬼,月扶鵬程,連步蟾宮。謂卦身如得官爻臨之,必有成望,若得出現發動化出官爻,又得月建生之合之者,亦必聊捷。覺子日:此卦已為卦身,又是世爻變出子水官星,又得月建生合,正合此說,竟未見其連捷,不唯不能連捷,且難保其長年,其故何也?因變出子水之鬼回頭克。後客死於途中。
旧注曰く、卦身の官鬼を化し、又月建の扶助有れば、鵬程萬里にして連歩して蟾宮に入る可し。意思是れ卦身上もし官爻の臨む有れば、必ず成名の望有り。もしこの官爻出現して又発動して官爻を化出し、再び月建のそれを生じそれに合するを得れば、亦必定接連して中式せん。增删する者李文輝(覺子)自ら述べる。この一卦の巳火はすでに是れ卦身にして、又是れ世爻にして、なお子水官星を変出し、併せて月建の来たりて生じ来たりて合するを得たり。完全符合して上面のあの種の説法に合う。却って根本彼の聯捷するを見ず。不但聯捷する能わざるのみ、連て寿数も亦保ちて長久なり難し。縁故は何れに在るか。就中変出の子水の鬼の回頭して世爻を克制するに因る。後來此人は途中に客死せり。
身興化旺化生,龍池變化。世爻旺相動而變出官星迴頭生合世爻者,不作變鬼,乃為變官。世退官星化退,窗下囊螢。世與官父相旺內有一而化進神者,名姓高懸,占鄉試必連捷。獨不喜化退神,世化退神,若非臨場之阻,必無勇往之心,父化退神學問日頹,文章漸腐,官退化神,皓首無成,當於進退章中參考。
卦身興起して旺を化し・生を化するは、是れ龍池変化・一擧騰達の象なり。世爻旺相にして、発動して官星を変出して又回頭して世爻を生合するは、鬼を変ずと算せずして、官を変ずと算す。世爻退き・官星退を化すれば、ただ能く窗下に嚢螢して苦讀するのみ。世・官・父の三者皆旺にして、その中に一個の進神を化する有れば、姓名は榜上に高く懸り、郷試を占いて必定接連して中式せん。独り退神を化するを喜ばず。世爻退を化するは、臨場に阻まるるにあらざれば、即ち自己勇往し前進するの心無きなり。父爻退を化するは、學問一天天に頹廃し、文章漸漸に陳腐す。官爻退を化するは、白頭に到るも亦成就無し。これらは当に《進退章》を参看すべし。
財臨白虎持身,幛前枕塊。舊財臨白虎必丁憂,然亦不唯臨虎,凡遇財爻持世,或財動卦中,父母又值休囚空破,及財動化父,父動化財,皆枕塊之兆。乾卦如天亦當官父兩旺。雷聲如震猶有空破之嫌。古以乾震之卦既以為吉,余試務必官父兩旺,始以吉斷,否則未見為吉卦。
財爻白虎に臨みて又身を持するは、靈幛の前に塊を枕して孝を守るを主る。旧説に財の白虎に臨むは必定丁憂すと言う。其の実ただ白虎に臨むのみ才にこの如くなるにあらず。およそ財爻の世を持し、或いは財爻の卦中に動き、而して父母爻又休囚・旬空・月破に値し、及び財動して父を化し・父動して財を化するに遇うは、皆是れ居喪塊を枕するの兆なり。乾卦は如天の象有ると雖も、亦官爻父爻の両旺を要して才に好し。震卦の雷声响くと雖も、依然として空に落ち破に遇うの嫌有るを怕る。古人は乾・震の二卦を占い得れば便ち吉と算すと以為す。我試し下るに必ず官・父の両旺を要して、才に吉と断ず。否ざれば併せて見るに是れ吉卦と得ず。
衰旺克沖,輕重須宜細玩。墓絕空破,應期章內詳之。前應期章宜熟記,各門各類,無不問其應期,熟則觸類旁通,隨心應變。凡遇用神衰要有根,旺宜沖,刑剋要有救,沖要逢合。
衰と旺・剋と沖との間の軽重の分寸は、須らく細々に玩味すべし。墓に入り・絶に逢い・旬空・月破の応験の時日に至っては、已に前面の《応期章》裡に講明せり。あの一篇の《応期章》は当に読み熟すべし。各門各類の占問は、応期を追問せざる無し。読み熟せば自然能く類に触れて旁通し・心に随いて変に応ぜん。大凡「用神」衰弱せば即ちそれに根有るを要し、旺して極処に到れば即ち沖を受くるに宜しく、刑せられ剋せられれば即ち救応有るを要し、沖に遇えば即ち合の来たりて解する有るを要す。
升選候補章第又五十五
官爵榮身,須宜持世。財祿恩養,最喜生身。旺官持世及日月動爻作官星生合世爻,或世爻發動化出官星生世皆吉。又日時動生官,得美缺。官臨日月,必超遷。
官爵の自己の身上に加わらんと要するは、最も「官鬼」爻の世を持するに宜し。俸禄恩養の自己の手裡に落ちんと要するは、最も「妻財」爻の来たりて世身を生ずるを喜ぶ。旺相の官爻世を持し、或いは日辰・月建・動爻官星を充当して来たりて世爻を生合し、又或いは世爻発動して官星を化出して回頭して世を生ずるは、これら皆是れ吉象なり。此外、日辰・時辰或いは動爻発動して去りて官爻を生ずるは、能く肥美の缺分に補し到らん。官爻直接日辰月建に臨むは、必ず級を越えて遷転するを得ん。
子孫持世,休望榮蔭。官位空破,勿恩升遷。子孫持世,子孫動於卦中,升遷無期。官臨空破墓絕及動變凶,補升無望。雨露承恩,名中逢合。世與官星三合官局財局,或生世,或世在局中,或官星持世與日月動爻相合,得逢六合卦及卦動變六合者,皆是天賜之恩。
「子孫」爻世を持せば、則ち官蔭身に榮えんを指望する勿れ。官爻空に落ち破に遇えば、亦必ず升迁を盼ずるなからん。子孫世を持し、或いは子孫卦中に動くは、升迁は遙遙として期無し。官爻旬空・月破・墓に入り・絶に逢い、及び発動して凶に変ずるは、缺を補し職を升るも皆指望無し。雨露恩を承くるは、全て名分の中に於て合に逢うに在り。世爻と官星と会して三合の官局或いは財局を成し、或いはこの個の局の来たりて世を生じ、或いは世爻本身即ち局中に在り、又或いは官星世を持して日辰・月建・動爻と相合し、再加えて六合卦を占い得或いは卦変じて六合と為るは、皆是れ上天の賜う所の恩典なり。
如申月已亥日占缺得否得井之節卦。父母子水″,父母子水″;妻財戌土′世,妻財戌土′;官鬼申金″,官鬼申金″應;官鬼酉金′動,妻財丑土″;父母亥水′應,兄弟卯木′;妻財丑土″動,子孫巳火′世。斷曰:內卦巳酉丑合成官局,而生應爻,不來生世,正所謂出現無情,此缺不得。彼曰:如何不得?余曰:官生應爻,一定不得,後果另選別人。
申月己亥日に或る官缺に能く補し到るか否かを占いて、井卦を得て節卦に変ず。本卦六爻は上より下へ、父母子水(陰爻)・妻財戌土(陽爻)世を持し・官鬼申金(陰爻)・官鬼酉金(陽爻)発動・父母亥水(陽爻)応を持し・妻財丑土(陰爻)発動。変ずる所の節卦六爻は依次に父母子水・妻財戌土・官鬼申金応を持し・妻財丑土・兄弟卯木・子孫巳火世を持す。野鶴老人断じて曰く、内卦の巳・酉・丑の三字は会して官局を成す。可なりこの個の官局はただ去りて応爻を生じて、併せて来たりて世爻を生ぜず。正に是れ前面の説き過ぎたる「出現して情無し」なり。この個の缺は補し到らず。来人何を以てか補し到らざるを問う。我曰く、官爻ただ応爻を生ずれば、即ち一定你に輪り到らず。後來果たして另に別人を選べり。
風雲未際,沖上加沖。世官不旺,得六沖,或是官被日月相沖,或是卦得六沖,乃風雲未際之時也。元神衰靜曳氣爻搖,問升遷以無期。假令官爻司木,衰而不動,火爻發動是也,餘仿此。世爻發動,官化進神,望榮除而在即。世爻發動,或動而化吉,或祿馬日月臨世,及官動化吉生合世爻,皆可束裝以待。
風雲未だ際会する能わざるは、是れ沖の上に沖を加うるに因る。世爻と官爻と皆旺ならずして、又六沖を占い得、或いは官爻日辰月建に相冲せられ、或いは整卦本身即ち是れ六沖なれば、これ即ち風雲相い際会せざるの時候なり。「元神」衰弱安静にして氣を泄するの爻反って揺動すれば、升迁を問えば便ち遙遙として期無し。譬如官爻木に属し、衰弱にして発動せず、偏偏火爻発動して木氣を泄す。其余は以てこの類に依りて推す可し。世爻発動し・官爻進神を化すれば、榮升の任命即ち眼前に在り。世爻発動し、或いは発動して吉爻を化出し、或いは禄神・駅馬・日辰月建世爻に臨み、及び官爻発動して吉を化して又世爻を生合するは、皆行装を收拾して上任を等つ可きなり。
世官破而休望,世福空而亦升。世臨日破即使官星持世,不獨不能升選,且防他變。子孫持世值旬空,亦不當升。若占兩三日之內者,許之必得,其故何也?子孫尚未出空不克官也。野鶴曰:占過三個,俱皆得官,得官之後,隨即死亡。
世爻或いは官爻破に遇えば即ち必ずしも指望するなからん。世爻上の「子孫」もし旬空に落てば、倒もなお能く升る能し。世爻日辰に沖破せられれば、即ち官星世を持すと雖も、不但升選する能わざるのみ、なお別の変故を提防するを要す。子孫世を持して正に旬空に値するは、本來も亦当に升るべからず。但しもし問う所是れ両三天以内の事なれば、即ち彼の必ず得るを許す。縁故は何れに在るか。子孫未だ空を出でずして、暫く官爻を剋し到らざるに因る。野鶴老人自ら述べる。この一類の卦は我占う過ぎて三例有り。皆官を得たり。しかるに官を得るの後随即死亡せり。
申月戊寅日占得差否。得澤天夬卦。兄弟未土″,兄弟未土″;子孫酉金′世,子孫酉金′世;妻財亥水′,妻財亥水′;兄弟辰土′,兄弟辰土′;官鬼寅木′應,官鬼寅木′應;妻財子水′,妻財子水′。斷曰:子孫持世,此差不得,世空亦不得。豈知不出三日得差,行至中途而死,其故何也?三日之內而得差者,子孫未出空也。中途而死者世爻空也。
申月戊寅日に能く差事に派せらるるか能わざるかを占いて、沢天夬卦を得たり。六爻安静にして、変卦と本卦と相同じ。六爻は上より下へ、兄弟未土(陰爻)・子孫酉金(陽爻)世を持し・妻財亥水(陽爻)・兄弟辰土(陽爻)・官鬼寅木(陽爻)応を持し・妻財子水(陽爻)。野鶴老人断じて曰く、子孫世を持す。この差事は派せ到らず。世爻又空に落つ。更加派せ到らず。どうして想到せん、三天を出でずして他即ち差を得たるを。走りて半路の上に到りて却って死せり。是れ何の縁故か。三天の内に能く差を得るは、子孫なお未だ空を出でずして官を剋し住めざるに因る。半路上に身死するは、則ち世爻空に落ちて自身根無きに因る。
隨官入墓,世旺者官升。助鬼傷身,身衰者禍至。古以隨官入墓,助鬼傷身,皆以為凶。余屢試之,世旺者競升,世衰者不吉。助鬼傷身,元神同動者,其官必升。世若休囚者,必有禍至。
世爻「官に随いて墓に入る」は、ただ世爻旺相なれば、反って官職の上升を主る。「鬼を助けて身を傷る」は、もし世身衰弱なれば、即ち禍事の頭に臨む有らん。古人は官に随いて墓に入り・鬼を助けて身を傷るを一概に凶象と看做す。野鶴老人自ら述べる。我屢次試験するに、世爻旺なるは反って先を争いて升迁し、世爻衰なるは才に不吉なり。鬼を助けて身を傷るに至っては、ただ「元神」同時に発動して来たりて接済すれば、官職必定上升せん。世爻もし是れ休囚にして氣無ければ、則ち才に必ず禍患有らん。
如寅月乙未日占升遷得比之觀。妻財子水″應動,官鬼卯木′;兄弟戌土′,父母巳火′;子孫申金″,兄弟未土″世;官鬼卯木″世,官鬼卯木″;父母巳火″,父母巳火″;兄弟未土″,兄弟未土″應。斷曰:卯木旺官持世,子水財動相生,雖則墓於未日,幸世反得助,無妨,果得升於亥月。
寅月乙未日に升迁を占いて、比卦を得て観卦に変ず。本卦六爻は上より下へ、妻財子水(陰爻)応を持して併せて発動・兄弟戌土(陽爻)・子孫申金(陰爻)・官鬼卯木(陰爻)世を持し・父母巳火(陰爻)・兄弟未土(陰爻)。変ずる所の観卦六爻は依次に官鬼卯木・父母巳火・兄弟未土世を持し・官鬼卯木・父母巳火・兄弟未土応を持す。野鶴老人断じて曰く、卯木是れ当令の旺官にして又世を持す。子水財爻発動して来たりて相生す。卯木未日に於て墓に入ると説くと雖も、幸いに世爻反って財の来たりて助益するを得たり。妨げ無し。後來果たして亥月に升迁せり。
又如戌月辛酉日占何日補官,得蹇之需。子孫子水″,子孫子水″;父母戌土′,父母戌土′;兄弟申金″世,兄弟申金″世;兄弟申金′,父母辰土′;官鬼午火″動,妻財寅木′;父母辰土″應動,子孫子水′應。寅木財爻生助午火之鬼,火鬼克世,乃為助鬼傷身。幸辰土生申金,午火貪生忘克,今年冬月必升,果得升於冬月。應冬月者,辰土化子水空亡,十一月則不空矣。
又如く戌月辛酉日に什麼の時候に能く官職に補し上ぐるかを占いて、蹇卦を得て需卦に変ず。本卦六爻は上より下へ、子孫子水(陰爻)・父母戌土(陽爻)・兄弟申金(陰爻)世を持し・兄弟申金(陽爻)・官鬼午火(陰爻)発動・父母辰土(陰爻)応を持して併せて発動。変ずる所の需卦六爻は依次に子孫子水・父母戌土・兄弟申金世を持し・父母辰土・妻財寅木・子孫子水応を持す。変出の寅木財爻は午火官鬼を生助し、火鬼来たりて申金世爻を剋す。これ即ち是れ「鬼を助けて身を傷る」なり。幸いなるは辰土発動して申金を生じ、午火は辰土を生ずるを貪着して便ち世を剋するを忘れたり。故に今年冬月必定升迁すると断定せり。後來果たして冬月に升れり。冬月に応じたるの道理は、辰土の化する所の子水正に旬空に値し、十一月に到れば子水即ち空ならざるなり。
古以晉升為吉,又云屯蹇為凶。晉卦升卦,果得屢驗。亦要世爻得地,若失陷,亦不為吉。屯卦蹇卦,世爻旺者何妨。前篇亥月丙寅日占驗,世爻旺者,竟超升,豈非屯卦耶?
古人は《晋》《升》の二卦を占い得るを以て吉と為し、又《屯》《蹇》の二卦を得るを凶と為すと以為す。我の試験に就るに、《晋》卦・《升》卦は確かに屢々吉に応ず。但しも要して世爻地を得て才に行く可し。世爻もし失陷せば、同様に吉と算せず。《屯》卦・《蹇》卦はただ世爻旺相なれば、又什麼の妨げ有らん。前面の擧げたる亥月丙寅日のあの一次の占験は、世爻旺相の人竟然として級を越えて升迁せり。あれは正に《屯》卦にあらずや。
升迁何方章第五十六
官金而應西,木官應於東,水北火南土中,此古法也。餘之得驗,木官而應山東,有應廣東者。金官雖應山西,有應江西,廣西者。又有以住處而定東西南北者。
官爻金に属せば即ち西方に応じ、官爻木に属せば東方に応じ、水に属すれば北方に応じ・火に属すれば南方に応じ・土に属すれば中央に応ず——これ是れ古法なり。野鶴老人自ら述べる。我の試験し到る所は、木官は山東に応ずる有りて、亦広東に応ずる有り。金官は多く山西に応ずと雖も、却って亦江西・広西に応ずる有り。此外また一種の算法有りて、是れ卦を問うの人の現に居するの地を以て中心と為して以て東西南北の方位を定むるなり。
如未月己巳日住在京都占地方得歸妹變解。父母戌土″應,父母戌土″;兄弟申金″,兄弟申金″應;官鬼午火′,官鬼午火′;父母丑土″世,官鬼午火″;妻財卯木′,父母辰土′世;官鬼巳火′動,妻財寅木″。
未月己巳日、此人京城に住む。將に什麼の地方に外放せんとするかを占いて、帰妹卦を得て解卦に変ず。本卦六爻は上より下へ、父母戌土(陰爻)応を持し・兄弟申金(陰爻)・官鬼午火(陽爻)・父母丑土(陰爻)世を持し・妻財卯木(陽爻)・官鬼巳火(陽爻)発動。変ずる所の解卦六爻は依次に父母戌土・兄弟申金応を持し・官鬼午火・官鬼午火・父母辰土世を持し・妻財寅木。全卦ただ初爻巳火官星の発動するのみ。方位の消息即ちこの一爻上に落つ。
彼時有山東真定兩缺,此卦巳火官星,許之真定。彼曰:何也?余曰:巳火官星,乃南方也,必得真定,真乃都門之南也。果得真定。又有以初爻為內地,以五爻六爻為邊缺。應初爻者,世與官星皆在初爻者是也。應五六爻者,或世在五爻,官在六爻;或世在六爻,官在五爻;戌土官星持世,同在五爻六爻是也。若在二三四爻以五行決之。
当時正に山東と真定との両個の缺の選ぶ可き有り。この一卦是れ巳火官星発動す。我便ち彼に真定を得るを許す。他縁故を問う。我曰く、巳火官星は南方に属す。必ず真定を得べし。真定正に京城の南に在るに因る。後來果たして真定に補せり。另外また一種の看法有りて、是れ初爻を把りて内地と当作し、五爻・六爻を把りて辺遠の缺と当作す。初爻に応ずるは、是れ世爻と官星と皆初爻に落つるなり。五六爻に応ずるは、或いは世は五爻に在りて官は六爻に在り、或いは世は六爻に在りて官は五爻に在り、又或いは戌土官星世を持して・世と官と同じく五爻六爻に在るなり。もし世と官と二・三・四爻に落つれば、即ち依旧五行を用いて以て方向を判定す。
野鶴曰:大概問其地方,雖則有驗,然不如指其缺而問之,此缺我得否?我得詞林否?我得部屬否?我得科道否?我得正印否?官星持世者,必得。官動生合世爻者,必得。三合官局而生世者,必得。世空世破官破官空,俱不得。子孫持世、子孫發動,不得。官臨應爻,不得。三合局而生應爻,不得。
野鶴老人自ら述べる。大凡籠統に將來いずれの一方に去るかを問うは、説くに亦応験有ると雖も、終究は具体の缺を指して来たりて問うに如かず——この個の缺は我能く得るか得ざるか。我能く翰林院に進むか。我能く部屬に補し到るか。我能く科道言官に補するか。我能く正印実職を得るか。このように占い来たれば、官星世を持するは、必ず得。官爻発動して世爻を生合するは、必ず得。三合官局又來たりて世を生ずるは、必ず得。世爻空に落ち・世爻破に遇い・官爻破に遇い・官爻空に落つるは、皆得る能わず。子孫世を持し或いは子孫発動すれば、得る能わず。官爻ただ応爻に臨めば、得る能わず。三合局ただ応爻を生ずれば、亦得る能わず。
在任吉凶章第五十七
官旺財興,仕途顯赫。子搖兄動,減俸休官。官旺遇生扶,或動而化吉,世旺財動以生世,皆主兵民頌德,官新無波。官臨日月生合世爻,三合官局生合世爻,或官星持世日月生扶,歲五又相生合,近君者,蒙異寵,在位者,不久超升,外任者必為卓異。兄弟持世,兄爻發動,若非破耗財物,定然咸俸除糧。子孫持世及子動而有制,降級而已。
官爻旺・財爻興れば、仕途便ち顕赫なり。「子孫」揺動し・「兄弟」発動すれば、即ち俸を減ぜられ甚至官を罷めらるるを要す。官爻旺相にして又生扶を得、或いは発動して吉爻を化出し、世爻旺にして財爻発動して来たりて世を生ずるは、皆軍民その徳を称頌し・任上清平にして波無きを主る。官爻日辰月建に臨みて来たりて世爻を生合し、或いは三合官局世爻を生合し、又或いは官星世を持して日月の生扶を得・太歳と五爻と亦来たりて生合するは、朝に在りて君に近きは特殊の恩寵を蒙受し、職に在るは久しからずして級を越えて升迁し、外任は必ず卓異に擧げられん。もし兄弟世を持し或いは兄爻発動せば、財を破り物を耗するにあらざれば、就一定俸を減ぜられ粮を革められん。子孫世を持し、或いは子孫動くと雖も另に制伏有るは、不過降級するのみなり。
官旺兄興,清風兩袖。父發鬼旺,恩露三賜。兄動雖有為減俸耗財之神,亦不可執之,若得官星旺相,乃是為官清正,非義不取,非無財也。官星旺相,財臨空破者,亦同此斷。旺父臨世,官動臨歲五,或日月生扶,外任者必蒙上官推薦,近君及大位者三賜榮加。
官爻旺にして兄爻興るは、是れ兩袖清風の清官なり。父爻発動して官爻旺なれば、則ち屢々君恩の賞賜を受く。兄爻発動は固然是れ俸を減じ財を耗するの神なれども、却って亦死執す可からず。もし官星旺相なれば、則ち是れ官と為りて清正にして不義の財は一概に取らず。併せて当眞財路無きにあらず。官星旺相にして財爻恰も旬空・月破に臨むは、亦このように論断す。旺相の父爻世爻に臨み、官爻発動して太歳・五爻に臨み、或いは日辰月建の生扶を得るは、外任は必ず上司の保薦を蒙り、近臣と高位に居るは則ち屢々恩を加え榮寵せらる。
兄鬼安靜,地方無事。兄鬼亂動於卦中,旱澇兵星、地方不寧之兆。日月沖剋,誹謗多招。日月克官,或克世爻,及朱雀騰蛇克世,世爻休囚者,得禍不輕,世爻旺相有敕者,多招是非,須且檢點,政事勤慎,以免愆尤,官鬼克世,世旺官衰者,亦主誹謗,世衰官旺,若臨蛇雀,必見彈章。
「兄弟」と「官鬼」と皆安静なれば、轄地便ち平安にして事無し。兄・鬼卦中に乱動すれば、即ち是れ旱涝兵災・地方不寧の征兆なり。日辰月建来たりて沖し来たりて剋すれば、便ち多く誹謗を招く。日月官爻を剋し或いは世爻を剋し、及び朱雀・螣蛇の爻世を剋するは、世爻もし休囚せば、禍を得ること軽からず。世爻もし旺相にして另に救応有れば、亦不過多く是非を招くのみ。ただ自ら檢点を加え・政事を勤慎すれば、即ち過失を免るる能し。官鬼世を剋して世旺にして官衰なるは、同様に誹謗を受くるを主る。世衰えて官旺にして、官爻又螣蛇・朱雀に臨むは、必定弾劾の奏章を喫せんと要す。
化進神,沖變合,加官晉爵。世爻旺相,官化進神,官星旺相,世化進神,及世官得地,財化進神,皆有晉爵之徵。爻反吟,入三墓,反覆昏庸。卦得反吟,雖是身動不寧,若得世與官多旺相,一定升遷,世爻若與官星衰者,必遭降罰,降後還憂慮焦灼。世與官星被克者,定有不測之禍。世爻休囚被克化墓者,多反覆立見災非。世爻有氣化墓入墓者,亦主朦朧昏憤。
進神を化出し・沖より合に変ずるは、皆是れ官を加え爵を晋めるの象なり。世爻旺相にして官爻進神を化し、官星旺相にして世爻進神を化し、及び世・官皆地を得て財爻進神を化するは、皆爵秩を晋升するの征兆有り。卦爻反吟を出現し・世爻三墓に落入るは、則ち反覆不定・昏聵無為を主る。反吟卦を占い得るは、是れ身心動蕩安ならずと雖も、ただ世爻と官爻と大多旺相なれば、一定升迁せん。世爻と官星と衰弱なるは、必ず降級の責罰に遭い、職を降ぜられて後なお憂愁焦灼せんと要す。世爻と官星と同じく克制せらるるは、一定意外の禍有らん。世爻休囚して剋を受け又墓に化入るは、事情多く反覆して災禍立ちて現れん。世爻氣有ると雖も墓を化し或いは墓に入るは、亦頭腦昏昧・糊裏糊塗を主る。
世破兄空,居官不久。身衰化鬼,命盡當危。世破世空官空破,在任無多日矣。世衰動而化鬼及化回頭之克者,須防壽命無(堅)。世化官而遇官,政權多攝。世爻旺相,化出官星生合比助世爻者,得權攝。化出官星刑傷克害世者,反受權攝之害也。化出官星拱助比合者,亦主政權攝。
世爻破に遇い・兄爻空に落つれば、官を做して長久する能わず。世身衰弱にして又鬼爻を化出せば、寿数將に尽きんとして危険有らん。世爻破に遇い・世爻空に落ち、或いは官爻空に落ち破に遇うは、任上に待つこと幾天を得ざらん。世爻衰弱にして又発動して鬼爻を化出し、或いは回頭剋を化出するは、寿命の持久し難きを防ぐを須う(原文「无堅」の二字に闕損有り)。世爻官星を化出して卦中又另に官爻有れば、多く他人の職権を兼摂するを主る。世爻旺相にして、化出の官星来たりて世爻を生合し・比助せば、便ち署理兼摂の権を得る能し。化出の官星反って来たりて世爻を刑し・傷り・剋し・害せば、則ち反って別人の職権を代摂するの害を受けん。化出の官星拱扶比合するは、亦政務を兼摂す可きを主る。
世臨官而遇馬,差遣煩勞。官星持日月動加臨驛馬者,多有差遣,日月動爻作財而扶者,差中得利。卦中兄爻發動,日月動爻刑剋世爻者,辛苦賠財,心有望於差遣者,不待驛馬加臨,但遇世動即有差矣。
世爻上に官星に臨みて又駅馬に遇うは、差遣頻繁・奔波労碌を主る。官星日辰・月建或いは動爻に臨みて又駅馬を加臨するは、多く派差有らん。もし日辰・月建或いは動爻財爻を充当して来たりて扶助せば、この一たびの差事はなお能く利を得ん。倘若卦中兄爻発動し、日辰月建と動爻と又來たりて世爻を刑剋せば、則ち是れ白く辛苦一場してなお銭を賠ぐなり。心裡本來即ち派差を盼ずるの人は、其の実必ずしも駅馬の加臨を等つを要せず。ただ世爻発動せば、即ち差事の下り来たる有らん。
官合龍興恩命至。青龍官星持世,或世臨日月,或日月動爻生合世爻,或世臨歲五之爻,或歲五生合世,或世官三合皆為吉兆。大位者上恩特殊,平位者加級超升。財臨福動佳音來。財爻持世及卦中財動,或父母爻休囚空破,若有尊長,切不可以財斷之,須防孝服。
官爻合に逢い・青龍興旺なれば、恩命即ち將に到らんとす。青龍の臨む所の官星世を持し、或いは世爻日辰月建に臨み、或いは日辰月建と動爻と来たりて世爻を生合し、或いは世爻太歳と五爻とに臨み、或いは太歳五爻来たりて世爻を生合し、又或いは世爻と官爻と会して三合を成すは、皆是れ吉兆なり。高位に居るは特別の恩典を得、位卑きは則ち級を加え越えて升る。財爻身に臨み・「子孫」発動すれば、好消息便ち来たらん。不過財爻世を持し或いは卦中財爻発動するの時、もし父母爻正に休囚・旬空・月破に値し、而して家中又尊長の堂に在る有れば、切に一味に財を得と当作りて断ずる可からず。喪服の事有るを防ぐを須う。
如寅月壬午占在任平安否得頤之噬嗑卦。兄弟寅木′,子孫巳火′;父母子水″,妻財未土″世;妻財戌土″世動,官鬼酉金′;妻財辰土″,妻財辰土″;兄弟寅木″,兄弟寅木″應;父母子水′應,父母子水′。有人出此卦而問余曰:今歲占在任之流年,世爻變鬼,我甚憂之、余曰:財休囚得午火生之,自身不妨,須防孝服。彼曰:財非臨虎,如何主孝?余曰:迂也,午日沖動子水,父母被戌土財爻克,世化官空,八九月必見,果於八月丁艱。
寅月壬午日に任上に於て平安なるか否かを占いて、頤卦を得て噬嗑卦に変ず。本卦六爻は上より下へ、兄弟寅木(陽爻)・父母子水(陰爻)・妻財戌土(陰爻)世を持して併せて発動・妻財辰土(陰爻)・兄弟寅木(陰爻)・父母子水(陽爻)応を持す。変ずる所の噬嗑六爻は依次に子孫巳火・妻財未土世を持し・官鬼酉金・妻財辰土・兄弟寅木応を持し・父母子水。人有りてこの一卦を拿げて来たりて我に問う。今年任上の流年を占うに、世爻竟に鬼爻を変出せり。我甚だ憂慮す。野鶴老人答えて曰く、財爻休囚と雖も、却って午火日辰の来たりて生ずるを得たり。你本人妨げなし。ただ是れ喪服を提防するを要す。他曰く、財爻又併せて白虎に臨まざるに、怎麼して孝服を主らんや。我曰く、これ即ち迂なり——午日子水父母を沖動し、父母又戌土財爻に剋せられ、加うるに世爻の化する所の官爻正に旬空に値す。八九月間に必ず分曉を見ん。後來果たして八月に父の喪に遭い丁憂せり。
援例章第五十八(およそ財を用いて名を圖る者は此に同じ)
財旺官空,且有堆金於白屋。財旺世旺而官臨月破旬空,或被日月沖剋,及動而變凶,官如朽木枯枝,雖有旺相之財,生之不起,終與屬日月之富翁,難食王家之天祿。妻搖鬼旺,定然執王拜丹(墀)。世與官星二者不可一陷,若財官兩旺而世爻失陷者,終使得官難安享。若官世兩旺財星失陷者,乃有例而無財也。
財爻旺にして官爻空なるは、不過寒門裡に金子を堆くるのみなり。財爻旺・世爻も亦旺なれども、可なり官爻却って月破・旬空に臨み、或いは日辰月建に沖剋せられ、或いは発動して凶爻を変出せば、この官爻就きて朽木枯枝のごとし。縱に旺相の財の去りてそれを生ずる有るも亦それを生じ起す能わず。此人終究只是れ一個の銭有るの富翁にして、朝廷の俸禄を喫し上ぐる能わず。財爻揺動して官爻旺相なれば、必定能く笏を執りて丹墀の下に拜せん。不過世爻と官星との両者は一個も失陷有る可からず。もし財・官両旺にして世爻失陷せば、縱に官を得るも亦安んじて享く難し。もし官・世両旺にして財星失陷せば、則ち是れ捐納の例の循ぶ可き有るも銭を拿出す能わざるなり。
如丑月乙卯日占援例得豫之否卦。妻財戌土″動,妻財戌土′應;官鬼申金″動,官鬼申金′;子孫午火′應,子孫午火′;兄弟卯木″,兄弟卯木″世;子孫巳火″,子孫巳火″;妻財未土″世,妻財未土″。斷曰:財動生官,不宜世臨月破,破而被克者,有官不能享也。後竟納之,名敗身喪。
丑月乙卯日に捐納例を援りて官を求むるを占いて、豫卦を得て否卦に変ず。本卦六爻は上より下へ、妻財戌土(陰爻)発動・官鬼申金(陰爻)発動・子孫午火(陽爻)応を持し・兄弟卯木(陰爻)・子孫巳火(陰爻)・妻財未土(陰爻)世を持す。変ずる所の否卦六爻は依次に妻財戌土応を持し・官鬼申金・子孫午火・兄弟卯木世を持し・子孫巳火・妻財未土。野鶴老人断じて曰く、財爻発動して官を生ず。本來是れ好事なり。可惜世爻未土正に丑月月破に当たり、すでに破に遇い又卯木日辰に剋せらる。これ即ち是れ官を得るも亦享くる能わざるなり。後來他到底捐納せり。結果名声敗壊して身も亦保たざりき。
財靜子飛空用意。子孫持世,財爻動與不動者皆不可行,財臨空破亦不可行。子孫財星官星同動者又可行,其故何也?子動生財,財動生官,故可行。兄興財動枉勞心。兄弟爻持世或兄爻發動乃是破耗之神,白費其財,終不成名,若得官星同動者,又可以行之,何也?以官鬼而制兄也。野鶴曰:卦中官星不動,但遇兄弟持世、兄父發動、及財爻持世化兄弟,百無一成,即使成,後凶,有他故,終無食祿之方。
財爻安静にして「子孫」高く飛ぶは、白く心思を費やすに等し。子孫世を持するの時は、財爻動くと動かざるとを論ぜず皆事を行う可からず。財爻空に落ち破に遇うも亦行う可からず。独り子孫・財星・官星の三者同時に発動するは却って又行う可し。是れ何の縁故か。子動して財を生じ・財動して官を生じて、一路相生するに因る。故に行う可し。「兄弟」興り・財爻動くも、亦是れ枉げて自ら心を労するなり。兄弟爻世を持し或いは兄爻発動するは、あれ是れ破耗の神にして、銭財白く花掉して、終究名を成す能わず。もし官星同時に発動するを得れば、倒も又事を行う可し。何を以てか。官鬼能く兄爻を制し住むるに因る。野鶴老人自ら述べる。卦中官星動かずして、ただ兄弟世を持し・兄爻父爻発動し、及び財爻世を持して兄弟を化出するを見るは、一百件裡に一件を成す能わず。即ち僥幸に辦成するも、日后亦凶険或いは別の変故有りて、終究禄を食するの路無し。
武試章第五十九 文試に準じて見てもよい
文試者,官父而重。武試者,首重官爻。世破官空休指望,官興財旺亦堪圖。世與官星有一而逢空破者,不須指望。武場雖不以父為重,余常得驗官父兩旺者,竟得掄元。然又有財動生官競得中者,何也?然其中必有隱事。
文場の試験では「官鬼」と「父母」の二爻を重く見る。武場の試験ではまず官爻を重んじる。世爻が破に遇い官爻が空に落ちれば望みはなく、官爻が興り財爻が旺ならまだ図る余地がある。世爻と官星のどちらかが旬空に落ちるか月破に遇えば、望むだけ無駄である。武場では父母の文書を重んじないが、野鶴老人は自ら述べている。「私はしばしば官と父がともに旺な人が武魁を取るのを見てきた」と。しかし財爻が発動して官を生じて合格した者もいた。これはなぜか。その奥には必ず明かしにくい別の隠情があるのである。
空赴武閣皆為子孫持世。子孫發動,即使力能扛鼎,百步穿楊皆無益於事矣。試期病阻乃因官鬼克世。日月動爻克世,世動化鬼、化克世,非臨場病阻,即有災禍臨身到。
武場へ無駄足を運ぶのは、多くは「子孫」爻が世に就いているためである。子孫がいったん発動すれば、たとえ力では鼎を担ぎ、矢では百歩先の楊枝を射抜く腕前があっても、事の役には立たない。試期に至って病に阻まれるのは「官鬼」が世を剋するためである。日辰・月建あるいは動爻が世爻を剋しに来るか、世爻が発動して鬼爻や回頭剋を化出すれば、試場で病に阻まれるか、災いが身に降りかかるかである。
麾下に投じ効力し・入武従軍章第六十
官宜旺相不宜空破休囚,財世兩爻怕見刑沖剋破。世與官星皆旺動而化吉。財為祿養,豈宜日月刑沖?世爻失陷及動而變凶,有難;官星失陷及動而變凶,難許成名;財爻失陷及動而變凶,乏糧無祿,即使官旺廚(灶)無煙;唯喜官星持世,財動相生,或世動化吉,將來之封候拜將可期,豈唯百夫之長而已耶。
軍に投じて効力するには、官爻は旺相がよく、落空・遇破・休囚は宜しくない。財爻と世爻の二つは刑・冲・剋・破に遭うことを最も恐れる。最良は世爻と官星がともに旺で、発動して吉爻を化出することだ。財爻が司るのは俸禄と給養であり、日辰月建の刑冲にどう耐えられようか。世爻が失陥するか発動して凶に変わるなら本人に難があり、官星が失陥するか発動して凶に変わるなら成名は望めず、財爻が失陥するか発動して凶に変わるなら糧も兵餉もなく、官爻が旺相でも竈の下に煙は立たない。ただ官星が世に就き財爻が発動して生じに来るか、世爻が発動して吉を化するのを喜ぶ。こうあれば将来は侯に封じられ将に拝されることも望め、百夫長どころの話ではない。
覺子曰:雖以此斷,無不驗者,但要識來人之意,彼若以名利而問,以此而決者是也。如若尚未見用,占問可能收用,又以官星為收用之官,官來生合世爻者必收。官爻克世及空破者,不祿。如不知其此竅,竟以此官星斷自己之功名,如天遠也。
増删者の李文輝(覚子)は自ら述べる。「上のように断じれば外れることはないが、来た人の本意を見極めねばならない。将来の功名・利禄を問うためなら上の法で定まる。もしまだ录用されず、ただ收録されるかを占うのであれば、その時の官星は彼を收録する長官を表す。官爻が世爻を生合しに来れば必ず取り立てられ、官爻が世を剋するか落空・遇破なら錄されない。この急所を知らず、この官星を一味に自分の功名と見なして断れば、天と地ほど違う誤りになる」。
署印・差遣を謀る章第六十一
財與官星不可有一而不旺,子孫兄弟不可一而動搖,世陷財空,不如守己,官空世破,且讓他人。用財而圖者與援例同推。衰世隨鬼入墓,世動化克化鬼,子孫兄弟持世,謀署謀差,自投羅網。
印務の署理や差遣を謀るには、財爻と官星はどちらも旺でなくてはならず、「子孫」と「兄弟」はどちらも揺動してはならない。世爻が失陥し財爻が落空するなら本分を安んじて守るに及ばず、官爻が落空し世爻が破に遇うなら他人に譲るがよい。金を使って謀る場合は、判法は前の《援例章》と同じである。世爻が衰弱して鬼に随って墓に入るか、世爻が発動して剋神や鬼爻を化出し、あるいは子孫・兄弟が世に就くなら、こうして署缺や差事を謀るのは自ら網に投じ込むも同然である。
面聖・上書・叩閽・献策・条陳の入れ・劾奏章第六十二
凡占文書亦須採用。旺父持世,宜日月歲五以維持。父母為文書章奏,持世合世,奏必見準,再得歲五及日月動爻生合者見用。兄弟臨身,喜父母化吉而拱合。兄弟持世,日月生之,或世爻父母爻動而化吉,或化父母生世。皆得喜動龍顏,因文見用。
文書の類を占うことはすべて本章の法を用いることができる。旺相の「父母」爻が世に就き、さらに日辰・月建・太歳と五爻の維持を要する。父母爻は文書・章奏を表し、それが世に就くか世と合すれば奏章は必ず准許される。さらに太歳・五爻および日辰月建・動爻が生合しに来れば、なおさら採用されて登用される。「兄弟」爻が身に臨んだとき喜ばしいのは、父母爻が吉を化してまた拱合しに来ることだ。兄弟が世に就いて日月の生助を得るか、世爻・父母爻が発動して吉爻を化出し、あるいは父母を化出して世を生ずれば、いずれも天子の竜顔を大いに悦ばせ、その文章のために登用される。
財爻持世破文書。財爻持世,財爻發動,克破文書,無益之奏。倘得父母持世,財官同動者而又喜之,其故何也?以財動而生官,官動而生世也?子福臨身防降罰。子孫為克官之神,有職之官章奏者不宜見之,或持世或發動,輕則降罰,重則休官,無職之人而章奏者有兩論之,須查來人之念,彼行此事原為名者,見之不成名;彼此事恐其有禍,若見之則無禍。
「妻財」爻が世に就くと文書を冲破する。財爻が世に就くか財爻が発動すれば、いずれも父母の文書を剋破し、その奏章は上げても無駄である。もし父母爻が世に就き、財爻と官爻が同時に発動するなら、かえって喜ばしい。なぜか。財が動いて官を生じ、官が動いてまた世を生じ、一路に連なってゆくからだ。「子孫」爻が身に臨むときは降級・責罰を防がねばならない。子孫は官を剋する神であり、職ある官員が奏章を上るとき最も見てはならないもので、持世であれ発動であれ、軽ければ降級を受け、重ければ官を失う。官職なき者の上書では二つの場合に分け、来た人の心づもりを見ねばならない。その事がそもそも名を求めるためなら、子孫を見れば名は成らず、その事が禍を招かぬためなら、子孫を見てかえって禍はないのである。
世臨空破難以迴天。世臨旬空月破及臨絕及入三墓者,不蒙見準。宜早知機。世動變凶或日月歲五動爻沖剋世爻者,不唯難以迴天,且防不測之禍。子動臨身力能折檻。或曰:前說子動克官,不宜見之,此喜子孫持世者,何也?野鶴曰:須看事之大小,有職之官行此事,若預料此事即不准,行無過於革職而巳,子孫者即為克官之神也。欲保全功名,子孫發動,切勿行之,倘若條陳,將相諫君,非若得準行,名垂竹帛,如不見準,禍及其身,所以反喜子孫持世,即使殿折廷諍,可保無禍。古以子發乾官為吉,非也。子孫為制鬼之神,未聞獨在乾官而為福神也。
世爻が落空・遇破すれば天意を挽回しがたい。世爻が旬空・月破に臨むか、絶地に臨み三墓に入るなら、奏章は准許されず、早めに機を知って止めるべきだ。世爻が発動して凶に変わるか、日辰・月建・太歳・五爻・動爻が世爻を冲剋すれば、回天しがたいばかりか意外の禍も防がねばならない。「子孫」が発動して身に臨めば、かえって檻を折って直諫する力がある。問う人がいた。「前は子が動いて官を剋し、上奏に見るべからずと言ったのに、ここでは子孫の持世を喜ぶのは何の理か」。野鶴老人は答えた。「事の大小を見るのだ。職ある官員がこの事をなし、奏章が准かないと料するなら、最も重くても革職にすぎない。子孫はもともと官を剋する神である。功名を全うせんとする人は、子孫が発動するのを見たらくれぐれも上奏してはならない。しかし条陳を進め、将や相の身分で君王を諫め諍う場合は、准かれば名を竹帛に垂れ、准かなければ禍が身に及ぶ。だからかえって子孫の持世を喜ぶのだ。殿上で檻を折って廷争しても、禍なきを保てる」。古人は子孫が乾宮に発動してこそ吉と言うが、その言は誤りだ。子孫はもともと鬼を制する神であり、乾宮に限って福神になるとは聞いたことがない。
最怕官爻克世,不宜助鬼傷身。卦中官爻發動克世者大凶,若又得財爻發動助鬼爻傷身,災禍難免。若世動化鬼、發動化回頭克、隨鬼入墓、卦得反吟、卦變絕、世被沖者,事非重大,急宜止之。歲五生身防受制,六爻恍惚且休行。太歲生世要入卦,不在爻中,不能生世。且如今歲子年,須看卦中有生之名,無生之實。
最も恐れるべきは官爻が世爻を剋しに来ることで、「助鬼傷身」が現れるのも宜しくない。卦中で官爻が発動して世を剋すのは大凶で、さらに財爻が発動して鬼爻を生助し世身を傷つければ、災禍は免れがたい。世爻が発動して鬼を化し回頭剋を化出するか、鬼に随って墓に入るか、卦が反吟となるか、卦が変じて絶に入るか、世爻が冲されるか——事がどうしても止められないのでない限り、急いで手を引くべきだ。太歳と五爻が世身を生じに来ても、それが制されることを防がねばならない。六爻が恍惚として定まらなければ、しばらく動いてはならない。太歳が世を生ずるには卦爻の中に入っていなければならず、爻の内になければ世を生じられない。たとえば今年が子年なら、卦の中に子水の爻があるかを見る。世を生ずる名だけあって実がなければ、数には入らないのである。
如申月戊辰日占上書得中孚之損。官鬼卯木′,官鬼寅木′應;父母巳火′動,妻財子水″;兄弟未土″世,兄弟戌土″;兄弟丑土″,兄弟丑土″世;官鬼卯木′,官鬼卯木′;父母巳火′應,父母巳火′。
申月戊辰の日に上書を占い、風沢中孚の卦を得て山沢損の卦に変じた。本卦の六爻を上から下に言えば、官鬼の卯木(陽爻)、父母の巳火(陽爻)が発動、兄弟の未土(陰爻)が世に就き、兄弟の丑土(陰爻)、官鬼の卯木(陽爻)、父母の巳火(陽爻)が応に就く。変じた損の卦の六爻は順に、官鬼の寅木が応に就き、妻財の子水、兄弟の戌土、兄弟の丑土が世に就き、官鬼の卯木、父母の巳火である。全卦で五爻の巳火父母のみが発動しており、文書の消息はこの一爻にある。
斷曰:五位巳火生世,不宜巳火受克,此書宜上。問曰:有害否?余曰:巳火雖則不能生世,卦中無克之爻,利害皆無從言起,上與不上皆可。後此人上書,不准。野鶴曰:凡上書劾奏,果有興利除害,益於國者,舍身而為國雖蹈湯赴火而不辭,何用占卜?倘若事無關係、或因忿而抱不平、或以直而報怨、事在兩可之間者,得世與父爻皆無刑沖剋破,及歲五日月相生,方可行之。倘爻中亂動而用神衰或生少克多,六爻恍惚者,即宜止之,言出禍隨,得不慎乎?
野鶴老人は断じた。「五爻の巳火が発動して世を生じに来るが、ただこの巳火が申月に剋されるのが惜しい。この書は上げてよい」と。来た人は問うた。「上げれば害があるか」。私は言った。「巳火は世を生じられないが、卦の中に世を剋する爻もなく、利も害も論ずるに足りない。上げても上げなくてもよい」と。後にその人は書を上げたが准許されなかった。野鶴老人はまた自ら述べる。「およそ上書・弾劾は、実に利を興し害を除き国家に益する大事ならば、身を捨てて国に報い湯を蹈み火を赴くも義に辞せず、何の占卜があろうか。もし事がさして関わらず、あるいは一時の憤激で人のために不平を鳴らし、あるいは『直言』を借りて私怨を報いる類で、やってもやらなくてもよいものならば、世爻と父爻がともに刑・冲・剋・破を受けず、また太歳・日辰・月建が相生する卦を得てこそ、してよいのだ。卦中の衆爻が乱れ動いて『用神』が衰弱するか、我を生ずる者少なく我を剋する者多く、六爻が恍惚として明らかでなければ、直ちに手を止めるべきである。言葉は口を出れば禍が随う。どうして慎まずにいられようか」。
父旺官生叨蒙贈爵,旺官持世平步登雲。旺父持世,官動生之,旺官持世,官持日月生之,官則上加官,士則登(臺)閣,平人得者,立見平步登雲。野鶴曰:斷卦者最重來之一念:有為人者,有為己者,有為自身而要怨者,有為保全人己立功名,有為財利者,有為免自己之賠累者,有為辨下屬之賠累者,有事之多端,在人通變,士民上書,雖則亦有忠心為國,亦有藉此以作梯階而求名也,倘若得官旺而父不旺,亦可許之贈職。
父爻が旺で官爻が生じに来れば、贈爵を蒙ることができる。旺官が世に就けば、そのまま平歩して雲に登れる。旺相の父爻が世に就き官爻が発動してそれを生ずるか、旺相の官爻が世に就き日辰月建が生じに来るなら、官ある者は官の上に官を重ね、士人は台閣に登り、平民・百姓が占えばただちに平歩青雲が見える。野鶴老人は自ら述べる。「卦を断ずるに最も肝要なのは、来た人のその時の一念である。人のため、己のため、自らの冤を訴えるため、互いを全うし功名を建てるため、財利のため、自己の賠累を免れるため、下僚の賠累を弁疏するため——事は千差万別で、すべて断卦の人の臨機の変通にかかっている。士民の上書には、忠誠から国のためというものもあれば、この道を階梯として名を求めるものもある。もし卦中の官爻が旺で父爻が旺でなくとも、贈職を得ることは許してよい」。
我念為名,忌子孫之發動,我念利,忌兄弟以臨身。如丑月丙辰日出具文伸枉保全功名得大壯之夬卦。兄弟戌土″,兄弟未土″;子孫申金″動,子孫酉金′世;父母午火′世,妻財亥水′;兄弟辰土′,兄弟辰土′;官鬼寅木′,官鬼寅木′應;妻財子水′應,妻財子水′。父母持世,月建文書生旺,但不宜子動傷官,七八月申金得令之秋功名壞矣,果蒙上臺題保,未勞準行,八月削職,此乃為名,父旺亦屬無益。
心に期するのが名ならば「子孫」の発動を忌み、心に期するのが利ならば「兄弟」の臨身を忌む。丑月丙辰の日、ある人が文書を具して冤屈を雪ぎ功名を全うせんと求め、雷天大壮の卦を得て沢天夬の卦に変じた。本卦の六爻を上から下に言えば、兄弟の戌土(陰爻)、子孫の申金(陰爻)が発動、父母の午火(陽爻)が世に就き、兄弟の辰土(陽爻)、官鬼の寅木(陽爻)、妻財の子水(陽爻)が応に就く。変じた夬の卦の六爻は順に、兄弟の未土、子孫の酉金が世に就き、妻財の亥水、兄弟の辰土、官鬼の寅木が応に就き、妻財の子水である。父母爻が世に就き、また丑月の月建に生扶されて文書はもとより旺である。ただ子孫が発動して官爻を傷つけたのが惜しく、七・八月に申金が当令する頃、功名は損なわれた。後に果たして上司が保本を出してくれたものの、批准施行を待たないうち八月に職を削られた。この人のこの占いはもともと名のためであり、父爻は旺でも用をなさなかったのである。
占防劾、慮大計、及已有事尚未結案者:世旺官崇,憂心冰解。旺官持世,喜照雙眉。世與官星旺相何憂?再得日月動爻生扶,或得世爻官爻臨於日月,及動而變吉,防參劾者何慮?已(參)而未結案者無憂,定蒙卓異。凡得旺官者亦同此推。
以下は、弾劾されるのを防ぎ、大计の考覈を憂え、すでに事が起きてまだ结案していない場合の占法を述べる。世爻が旺で官爻が高ければ、憂いは自ずと氷のように解ける。旺相の官爻が世に就けば、喜色が眉に照る。世爻と官星がともに旺相なら、何を憂えることがあろう。さらに日辰月建と動爻の生扶を得るか、世爻・官爻が直に日辰月建に臨み、発動して吉爻を変出すれば、参劾を防ぐ人が何を愁えよう。すでに参されて案が結ばれていなくても憂うるに足らず、かえって必ず卓異に挙げられる。およそ旺官を占い得た者はすべてこのように推し断すればよい。
如未月戊申日占因避誤軍糧己被劫得豐之旅。官鬼戌土″動,妻財巳火′;父母申金″世,官鬼未土″;妻財午火′,父母酉金′應;兄弟亥水′,父母申金′;官鬼丑土″應,妻財午火″;子孫卯木′動,官鬼辰土″世。斷曰:世臨日建月建生之,動出戌宮又來相生,官爵無恙,彼不以為然,豈知因獲奇功,保本隨至,功名仍復保全。或曰:卯木子孫發動,如何不克官?余曰:木絕於申,所以有救。
未月戊申の日、ある人が責任を避けて軍糧を誤ったため、かえって自ら刧掠されるに至り、雷火豊の卦を得て火山旅の卦に変じた。本卦の六爻を上から下に言えば、官鬼の戌土(陰爻)が発動、父母の申金(陰爻)が世に就き、妻財の午火(陽爻)、兄弟の亥水(陽爻)、官鬼の丑土(陰爻)が応に就き、子孫の卯木(陽爻)が発動する。変じた旅の卦の六爻は順に、妻財の巳火、官鬼の未土、父母の酉金が応に就き、父母の申金、妻財の午火、官鬼の辰土が世に就く。野鶴老人は断じた。「世爻の申金はまさに戊申日の日建に臨み、また未月の月建が生じに来て、上爻に発動した戌土も相生しに来る。官爵は恙ない」と。彼は初めそれを然りとしなかったが、後に奇功を立てたことにより保挙の本章がたちまち上達し、功名は依然として全うされた。ある人が問うた。「卯木の子孫が発動して、なぜ官爻を剋さないのか」。私は言った。「木は申の上で絶に逢う。だから官爻に救いがあるのだ」。
福世孫搖身化福,官空鬼破變爻克。子孫持世、子孫動於卦、世動化子孫、官空及動化回頭之克,皆主罷職休官。子動財空,減祿罰奉。兄弟持世、兄弟發動、或財破及財動化凶,倘得官爻旺相,罰俸而已,官爻失陷,利名雙失。
「子孫」が世に就き、子孫が揺動し、世身が子孫を化出するか、官爻が落空し鬼爻が破に遇い、変爻が回頭して剋しに来るなら——子孫が世に就くこと、子孫が卦中で動くこと、世爻が発動して子孫を化出すること、および官爻が落空するか発動して回頭剋を化出することは、いずれも罷職・休官を主る。子孫が発動して財爻が落空すれば禄を減らされ俸を罰される。兄弟が世に就き兄弟が発動するか、財爻が破に遇い財爻が発動して凶に変わるなら、もし官爻がなお旺相なら俸禄を罰されるに過ぎない。官爻がすでに失陥していれば、名も利もともに失う。
身衰鬼克,貶責凌辱。世衰不遇生扶,又有歲五日月動爻刑沖剋世,或世隨鬼入墓、動化鬼化克、及虎蛇刑剋世爻者,輕則貶罰,重則刑獄。或曰:何以謂之輕重?余曰:輕者乃世爻有救,重者乃世爻休囚,又被刑傷沖剋也。卦靜世空官又陷,林下閒人世空者退休之兆,官又空破休囚者削職無疑。
世身が衰弱して鬼爻が剋しに来れば、貶責と凌辱を受けると主る。世爻が衰弱して生扶を得られず、さらに太歳・五爻・日辰・月建・動爻が刑冲剋して世に来るか、世爻が鬼に随って墓に入るか、発動して鬼や剋を化し、また白虎・螣蛇の爻が世爻を刑剋するなら、軽ければ官を貶められ罰を受け、重ければ身が刑獄に陥る。問う人がいた。「軽重はどう分けるか」。答え曰く、「軽いのは世爻に別に救應がある場合、重いのは世爻がもとより休囚していてさらに刑・傷・冲・剋を受ける場合だ」。全卦が安静で世爻が落空し官爻がまた失陥しているなら、ただ林下の閑人となるしかない。世爻の落空は退休の兆であり、官爻がさらに落空・遇破・休囚なら、削職は疑いない。
世陷逢殺興何礙。古有身空殺動避禍之徵,餘以為非。殊不知世者動於卦中世爻空者,持世爻出空之月日必遭其害,豈能避之?惟世空逢六神動而相生,卦中雖有忌神發動亦無礙矣。待世爻出空之日,忌神反生六神而生世也。官隆世陷,身辱官存。古有身邊伏鬼若非空,官職猶在,謂凡遇凶兆,若得官爻持世或官伏世下而旺,雖見責罰而官職猶存。野鶴曰:世遇五爻之克,若得旺官持世,雖受辱,仍可為官。身旺官陷,位去身安。世爻旺相不受傷克,官破官空及被刑沖剋害或動而變凶者,官祿雖失,身不逢傷。
世爻が失陥して凶煞がまさに興っているとき、妨げがないと言えようか。古書に「世身が落空し凶煞が発動すれば禍を避けられる」という説があるが、野鶴老人は自ら述べる。「私はそれは誤りと思う。凶煞がすでに卦中に動いているのに世爻は一時的に空に落ちているだけで、世爻が空を出る月日には必ずその害を蒙る。どうして避けられよう。ただ一つの例外がある。世爻が落空しながら六神の爻が発動してそれを生ずるときは、卦中に忌神が発動していても妨げない。世爻が空を出る日に忌神はかえってその六神を生じ、六神がまた世を生ずるからだ。官位が尊く隆んで世爻が失陥するのは、身は屈辱を受けて官職は存する象である。古書に『世身の下に伏する鬼爻が落空しなければ官職はまだある』とあるのは、およそ凶兆に遇うとき、官爻が世に就くか官爻が世爻の下に伏して旺相なら、責罰を受けても官職は依然として保たれるという意である」。野鶴老人はまた自ら述べる。「世爻が五爻の剋を受けても、旺相の官爻が世に就いている限り、辱めを受けてもなお官を続けられる。世身が旺で官爻が失陥するのは、官を失って身は安らかという象である。世爻が旺相で傷剋を受けず、官爻が遇破・落空するか刑冲剋害されて発動して凶に変わるなら、官禄は失われても人身は損なわれない」。
養親・告病・辞官章第六十三
子旺子興,必能遂願,官旺克世,總不如心。子孫持世子孫發動,乃無官之果,必能遂我偷閒。若官星持世或官動克世合世,難脫利名靼鎖。告假不忌反吟,休致須宜化退。告病及養親乃暫歸之事,得反吟卦者,乃應將來再任,故不忌之,惟辭官者,不宜見之,非目下屢辭反覆,乃將來遠入留(臺),若得伏吟必不能行。世與官星化退神者如願,世與官星而化進神者,五事羈身,難於歇手。
「子孫」が旺で子孫が興れば、必ず願いどおりに帰ることができる。官爻が旺で世を剋すれば、結局意に叶わない。子孫が世に就くか子孫が発動するのは無官の象であり、必ず私の閑を偸む願いを遂げられる。官星が世に就くか官爻が発動して世を剋し合しに来れば、名の韁・利の鎖から振りほどきがたい。告假は反吟を忌まないが、告老・退休は退神を化するのが宜しい。告病と養親はいずれも一時の帰家であり、反吟の卦を占い得れば、将来また任に出る応えがあるので、忌む必要はない。ただ辞官のみが反吟を見るに宜しくない。あれは目下辞めてまた繰り返すか、将来また遠く台省に赴いて職に供することになるからだ。もし伏吟の卦を得れば、必ず行くことができない。世爻と官星が退神を化する者は願いどおりになり、世爻と官星が進神を化する者は諸事が身に纏わり、手を放しがたい。
陵の修築・河の修治、一切の营造公務・防患章第六十四
福搖子動無尤,鬼克兄沖有患。子孫持世子動卦中事無尤慮,有始有終。官鬼克世而受累,兄動以賠財,鬼兄持世同推。父世官生因公加爵。父母持世,官星動而生合世爻者,必因公事加官。財興官旺獲利榮名。旺官持世,財動而相生,不獨因公得利,遠許名榮旺,財爻持世世動化財生世,皆同此斷。
「子孫」が揺動すれば過失はなく、「官鬼」が剋しに来て「兄弟」が冲しに来れば禍患がある。子孫が世に就くか子孫が卦中で動けば、この公事は憂うるに足らず、始めあれば終わりがある。官鬼が世を剋すものは累を受け、兄爻が発動するものは銭財を賠墊し、鬼爻または兄爻が世に就くのもこのように推す。父母爻が世に就き官爻が生じに来るのは、公事によって爵を加えると主る。父母が世に就き、官星が発動して世爻を生合すれば、必ずこの公事を執ったことで官を昇る。財爻が興り官爻が旺なら、利を得るとともに栄名も得る。旺相の官爻が世に就き財爻が発動してそれを生ずれば、公事によって利を得るだけでなく、後日に名声の顕栄も許される。財爻が世に就くか、世爻が発動して財爻を化出して世を生ずるのも、すべてこのように断ずる。
六沖不久六合堅牢。工程皆以父爻為用神,不旺或受沖剋又得六沖卦者必不堅久,化沖者亦然,又看世爻旺相,又得六合卦者永遠堅。野鶴日:凡占公務,初入工程而防患,宜子孫動搖無尤,倘若已見(疏)(憂)而防患者,必有功名之慮,子動以傷官也。豈曰:子動而無尤耶?初入工程,兄動以防賠財,已見(疏)(憂)兄動而防罰俸。
六冲ならば長く続かず、六合あってこそ牢固である。工程はいっさい「父母」爻を「用神」とする。父爻が旺でないか冲剋を受け、また六冲の卦を占い得たなら、工程は必ず堅く久しくなく、卦が変じて六冲になるのも同じである。さらに世爻が旺相かどうかを見るべきで、世が旺でかつ六合の卦を得れば、工程は長く稳固であろう。野鶴老人は自ら述べる。「およそ公務を占うに、工程がちょうど起工したばかりで事の出るのを防ぐなら、子孫の揺動を見るのが宜しい。それなら過失はない。もしすでに疏漏の憂いが出てから防患に来たなら、必ず功名に牵连する。子孫が一動すれば官爻を傷つけるからだ。この時どうして子孫が動けば咎なしなどと言えよう。工程の初起しの時、兄爻が発動すれば銭財の賠墊を防ぐべきで、すでに疏漏の憂いが出た時は、兄爻の発動は俸の罰を防がねばならない」。
僧官・道紀・医官(雑)職・陰陽寺官章第六十五
僧官醫官亦喜官爻發動。舊係豈可爻書發動,謂僧道醫官占功名,乃以子孫為用神,不宜父動而克子也。野鶴曰:此非理也,若他占僧道醫人,乃以子孫旺相,道業高強,父母興隆,庸愚懦弱。若僧道醫家自占道藝,亦以子孫為用神,子孫旺相,鬼服龍降。今以自占功名,子動而克官也,如何反為用?非也,仍看官爻。官星持世或日月動爻以相生,父母持世或得旺官相生,其名必成。陰陽(雜)職俱以子動為嫌。子孫動子持世皆許必不成名,篤則以俗家求名同斷。
僧官・医官が功名を占うのも、同じく官爻の発動を喜ぶ。旧本はここに「岂可爻书发动」と作すが、文字に訛脱があり、その言うところは「僧道・医官が功名を占うには『子孫』を『用神』とするので、父爻が発動して子孫を剋するのを宜しとしない」という意である。野鶴老人は自ら述べる。「この言は道理に合わない。もし他人が僧道・医人のために彼らの道行・医術を占うなら、それこそ子孫の旺相をもって道業の高強とし、父母の興隆をもって庸愚・懦弱とすべきだ。僧道・医家が自らその身の道芸を占うのも、確かに子孫を用神とし、子孫が旺相なら竜を降し虎を伏せられる。しかしいまは自ら『功名』を占うのだ。子孫が一動すれば官爻を剋するのに、どうしてかえってそれを用神とするのか。誤りだ。やはり官爻を見るべきである。官星が世に就くか、日辰・月建・動爻がそれを生じに来るか、父母が世に就いて旺官が相生すれば、この職名は必ず成就する。陰陽の雑職の類についても、同じく子孫の発動を忌む。子孫が発動するか子孫が世に就けば、いずれも名が成らないと許される。真に論ずるなら、俗家の求名と同じ断法である」。
功名はいかなる品級に至るか章第六十六
占法:水一火二木三金四土五,官臨火者,官居二品,官星屬水,一品之尊。野鶴曰:水至二數位至公侯者,何以定之?官設九品,數止於五六七品者,何以定之?餘得其法者,指占之法也。我能公侯否?我能將相否?我能一品否?我能八座否?旺官臨日月,指日可期,官破及刑沖終生失望,子孫持世,猶如止渴望梅,官動生身,恰似探囊取物。
古の占法は、水は一に配し、火は二に、木は三に、金は四に、土は五に配する。官爻が火に属すれば官は二品に居り、官爻が水に属すれば一品の尊である。野鶴老人は自ら述べる。「では水一・火二の上にさらに公侯の位があるのを、何をもって定めるのか。官階は九品を設けているのに、この数は五・六・七品までしかないではないか。どうやって定めるのか。私の得た法門は『事を指して占う』である。私は公侯に封じられるか。私は将相になれるか。私は一品に至れるか。私は八座に列できるか。このように占うのだ。旺相の官爻が日辰月建に臨めば、日を指して待てる。官爻が破に遇うか刑冲されれば、終生の望みはない。子孫が世に就けば、梅を望んで渇きを止めるがごとき。官爻が発動して世身を生じに来れば、嚢を探って物を取るがごとく易い」。
曾有邑宰問將來官至方面否,巳月乙卯日占得雷山小過。父母戌土″,父母戌土″;兄弟申金″,兄弟申金″;官鬼午火′世,官鬼午火′世;兄弟申金′,兄弟申金′;官鬼午火″,官鬼午火″;父母辰土″應,父母辰土″應。午火官星持世後,果官至命事,又子月乙亥日官至方伯。問將來能於開府否?連占三卦子孫持世,後果降調而歸。
かつてある県令が将来方面の大員になれるかを問い、巳月乙卯の日に雷山小過の卦を占い得て、六爻は安静、変卦は本卦と同じであった。六爻を上から下に言えば、父母の戌土(陰爻)、兄弟の申金(陰爻)、官鬼の午火(陽爻)が世に就き、兄弟の申金(陽爻)、官鬼の午火(陰爻)、父母の辰土(陰爻)が応に就く。午火の官星が世に就き、また巳月の生扶を得て、後に果たして官は憲事に至った。また子月乙亥の日に占い、官は方伯(布政使)に至った。彼はまた将来府を開き牙を建てて督撫になれるかを問い、続けて三卦を占ってすべて子孫が世に就き、後に果たして降職して呼び戻された。
又因占會試許之必中,又問可能鼎甲否?余曰:必須再占一卦。卯月甲申日得節之蹇。兄弟子水″,兄弟子水″;官鬼戌土′,官鬼戌土′;父母申金″應,父母申金″世;官鬼丑土″動,父母申金′;子孫卯木′動,妻財午火″;妻財巳火′世動,官鬼辰土″應。
また一度、人のために会試を占い、必ず中ると許した。彼は続けて鼎甲に中れるかを問い、野鶴老人は言った。「これは別に一卦を占わねばならない」と。卯月甲申の日に水沢節の卦を得て水山蹇の卦に変じた。本卦の六爻を上から下に言えば、兄弟の子水(陰爻)、官鬼の戌土(陽爻)、父母の申金(陰爻)が応に就き、官鬼の丑土(陰爻)が発動、子孫の卯木(陽爻)が発動、妻財の巳火(陽爻)が世に就きかつ発動する。変じた蹇の卦の六爻は順に、兄弟の子水、官鬼の戌土、父母の申金が世に就き、父母の申金、妻財の午火、官鬼の辰土が応に就く。
斷曰:古以蹇為不吉,餘重用神。此卦世臨巳火,卯月生之,申日合青龍持世,中鼎甲而無疑,但非今科之鼎甲也。公曰:何也?余曰:世爻變出辰土之官,乃辰年之鼎甲也。公曰:此數暗含我機,我少年得一預兆,亦應辰年。傷(畢)即回,至甲辰科殿試,果得首唱傳(臚)。以教人指其事而占者,無不驗也,何必諄諄執古法而猜耶。
野鶴老人は断じた。「古人は《蹇》の卦を不吉と見るが、私はただ『用神』を重んじる。この卦は世爻が巳火で、卯月がそれを生じに来て、甲申の日は巳と相合し、青竜がまた世爻の上に持つ。鼎甲に中ることに疑いはない。ただ本科の鼎甲ではないだけだ」と。その方の公は何故かと問うた。私は言った。「世爻が辰土の官星を変出した。応えるのは辰年の鼎甲である」と。彼は言った。「この数は暗に私の縁と合う。私は少年の時一つの前兆を得て、それも辰年に応じていた」と。言い終えて帰り、甲辰科の殿試に至り、果たして名は前列にあって傳臚唱名に首を居した。これで見れば、人に具体的な事を指して占わせれば応えないことはなく、どうして古法に死に抱きついて苦しみ猜測する必要があろう。
子が父の動名を占う章第六十七
父動官動相生,日月作官星而生父母,父旺化官動而化吉,皆許成名。財克父,子動傷官,父官動而變凶,日月克官克父,或父爻衰墓破絕皆許無益。如卯月壬辰日占父何時起用得風水渙變夬。父母卯木′動,子孫未土″;兄弟巳火′世,妻財酉金′世;子孫未土″動,官鬼亥水′;兄弟午火″動,子孫辰土′;子孫辰土′應,父母寅木′應;父母寅木″動,官鬼子水′。
息子が父のために仕途の起復を占う。父爻と官爻がともに動いて互いに生助するか、日辰月建が官星を充てて父母を生じに来るか、父爻が旺で官爻を化出し発動してまた吉を化すれば、これらはみな成名を許す。反対に、財爻が父を剋し、子孫が発動して官を傷つけ、父爻・官爻が発動して凶に変わり、日辰月建が官・父を剋するか、父爻が衰弱・入墓・遇破・逢絶すれば、いずれも望みなしと許される。卯月壬辰の日に父がいつ起用されるかを占い、風水渙の卦を得て沢天夬の卦に変じた。本卦の六爻を上から下に言えば、父母の卯木(陽爻)が発動、兄弟の巳火(陽爻)が世に就き、子孫の未土(陰爻)が発動、兄弟の午火(陰爻)が発動、子孫の辰土(陽爻)が応に就き、父母の寅木(陰爻)が発動する。変じた夬の卦の六爻は順に、子孫の未土、妻財の酉金が世に就き、官鬼の亥水、子孫の辰土、父母の寅木が応に就き、官鬼の子水である。
內卦寅木父母旺而化出子水之官,許寅年仍以原品起用,果應於寅年。後終於未年。又以此卦悟之,初爻寅年而起用,上爻卯木父動而化未年,占時未墓爻空,謂之空墓以待死,所以終於實墓之年,又因用神重疊墓庫以收藏也。
内卦の初爻の寅木父母が旺相で、また子水の官星を化出してそれを生ずる。ゆえに寅年に仍りてもとの品級で起用されると許し、後に果たして寅年に応じた。この人は結局未年に死んだ。野鶴老人はこの一卦からまた一層を悟った。初爻は寅年の起用に応じ、上爻の卯木父母が発動して未土を化出したのはまさに未年に応じる。占卦の当時、未土という墓庫の爻がちょうど旬空で、これを「空墓以待」と言う。だから未土が填実したその年に死んだ。さらに卦中に父母の用神が重複して現れるが、重複した用神は終には墓庫に収蔵されねばならないのだ。
財を求める章第六十八
諸書之論求財,弗如黃金策裡真論,余屢試驗,惜乎未經分別,今以前段為總論,以後賢易曉,內有屢試而不驗者,刪之,餘另得驗者,增之。財旺福興,公私稱意。財空福絕,上下連心。上至國計,下至營謀,無不以財為用。公私占卜皆以財為用神,子孫者乃生助財爻之元神也,俱宜旺而化吉,又宜生合世爻,公私皆得如意。若逢衰墓絕空刑沖剋害,動而變凶,日月沖剋破者,上下皆連心矣。
各家の書で求財を論ずるのは、皆《黄金策》ほど真に切ならない。野鶴老人は自ら述べる。「私はそれを屡々試してきたが、残念ながら原書は条分縷析されていなかった。いま私は総論を前段に置き、後の人が明らかにしやすいようにした。その中の屡試して驗ならないものは删り去り、私が別に試して応えたものを増補して入れた。財爻が旺で『子孫』が興れば、公事も私事も意に叶う。財爻が空で子孫が絶すれば、上上下下がみな心を焦がす。上は国家の度支から、下は個人の営謀に至るまで、『妻財』を以て用としないものはない。公の占いも私の占いもいずれも財爻を『用神』とし、子孫は財爻を生助する『元神』である。二つとも旺相が宜しく併せて吉爻を化出し、また世爻を生合しに来るのが宜しい。こうすれば公私ともに如意である。もし衰弱・入墓・逢絶・落空・刑冲剋害に遭い、あるいは発動して凶に変わるか、日辰月建に冲剋破されるなら、上下ともに愁えることになる」。
有福無財,兄弟交重偏有望。兄弟乃劫財之神,占財之忌也,財與兄爻同動,必主阻隔破耗,倘若得子孫與兄弟同動,又為可喜,兄動生子,故謂之有望。財爻兄爻子孫爻俱動於卦中者,更為可喜,其故何也?兄動生子,子動生財,其利甚厚且有久遠源流長之利益也。兄與財振,官爻發動亦堪求。兄爻與財爻同動而官鬼亦動者,亦許得財,以官鬼剋制兄爻之故耳。
「子孫」があって「妻財」がなければ、たとえ兄弟爻が重々に発動しても、かえってまだ望みがある。兄弟はもともと財を劫する神で、財を占うとき最も忌む。財爻と兄爻が同時に発動すれば、必ず阻隔と破耗を主る。しかし子孫と兄弟がともに動くなら、それはまた喜べる。兄爻が発動して子孫を生じに行くから、だからまだ望みがあると言うのだ。財爻・兄爻・子孫爻の三者がみな卦中で動くのはなおさら喜べる。なぜか。兄が動いて子を生じ、子が動いて財を生じ、一路に連なり、利息はきわめて厚く、しかも源が遠く流れが長い長久の利だからだ。兄爻と財爻がいっしょに振動するときは、官爻もまた発動していさえすれば同じく財を求められる。官鬼は兄爻を剋制できるので、兄爻が制されれば財を劫せないのだ。
財福俱無,莫若守株待兔。財與子孫爻俱不現於卦中,或現於卦中又值休囚空破墓絕,或被刑沖剋害,求則無益,不如守株待兔。覺子曰:倘得日月為財,或伏而旺者,亦可求也。父兄爻動,無殊緣木求魚。父動克福神,兄動克財爻,此二爻動於卦中,凡有所圖,水中撈月。
財爻も子孫もないなら、株を守って兎を待つほうがましだ。財爻と子孫爻がともに卦中に現れないか、あるいは現れてもちょうど休囚・旬空・月破・入墓・逢絶に当たるか、刑冲剋害されれば、求めに行っても益はなく、安んじて坐って待つに及ばない。増删者の李文輝(覚子)は自ら述べる。「もし日辰または月建そのものが財であるか、財爻は伏蔵していても旺相ならば、それでもなお求めに行ってよい」と。「父母」と「兄弟」の二爻が発動するのは、木に縁って魚を求めるに異ならない。父爻が発動すれば子孫を剋し、兄爻が発動すれば財爻を剋す。この二爻が卦中で同時に動けば、およそ図るところがある者は、みな水の中の月を撈うがごとき空しさとなる。
如酉月戊午日占求財得革卦。官鬼未土″,官鬼未土″;父母酉金′,父母酉金′;兄弟亥水′世,兄弟亥水′世;兄弟亥水′,兄弟亥水′;官鬼丑土″,官鬼丑土″;子孫卯木′應,子孫卯木′應。斷曰:卦中財爻不現,亥水兄爻持世,父臨月建生助兄爻,如緣木以求魚也。
酉月戊午の日に求財を占い、沢火革の卦を得て、六爻は安静、変卦は本卦と同じであった。六爻を上から下に言えば、官鬼の未土(陰爻)、父母の酉金(陽爻)、兄弟の亥水(陽爻)が世に就き、兄弟の亥水(陽爻)、官鬼の丑土(陰爻)、子孫の卯木(陽爻)が応に就く。野鶴老人は断じた。「卦の中に根本的に『妻財』の爻が見えないのに、偏に亥水の兄弟が世に就き、五爻の酉金父母はまたちょうど酉月の月建に当たって兄爻を生助しに行く。兄が旺なら財を劫することがいよいよ甚しい。これは木に登って魚を捉えるのと同じである」と。
多財反覆,必須墓庫以收藏。卦中財臨日月,謂之重疊,若許求謀得意之時,須待財爻入墓之日。且如水作財神辰日而得,餘仿此。無鬼分爭,又怕友重而阻滯。兄弟乃爭奪阻隔耗財之神,宜官鬼動而制之,以免分爭之患。覺子曰:兄爻發動,喜鬼動以制之,倘卦中兄爻安靜者,又不宜乎鬼動,反曳財爻之氣也。且有口舌。
財爻が多すぎればかえって反復して定まらず、必ず墓庫に収蔵されねばならない。卦中の財爻がまた日辰月建に臨むのを「重叠」と言う。この時は求謀の得意を許すが、財爻が墓に入るその日を待ってこそ手に入る。たとえば水が財神なら、辰の日に財を得るに応じ、残りはこれに類推する。卦中に「官鬼」がなければ人が来て分争し、兄爻が重々なのはまた阻滞を恐れる。兄弟は争奪・阻隔・耗財の神であり、最も宜しいのは官鬼が発動してそれを制し、人に分け奪われるを免れることだ。増删者の李文輝(覚子)は自ら述べる。「兄爻が発動するときは、官鬼の発動してそれを制するのを喜ぶ。もし卦中の兄爻がもとより安静なら、官鬼の発動は宜しくない。鬼が動けばかえって財爻の気を泄し、しかも口舌を招く」。
兄如太過,反不克財。舊注卦中一位兄爻動者,最為利害,如若兄弟爻多動者,反不劫財。覺子曰:非也,兄爻多者,待兄爻入墓之日,及克損爻之日,必劫其財,謂之太旺者損之斯成。世遇兄臨,必難求望。古以卦身臨兄爻,難於求望,餘因卦身不驗,以兄爻持世,難遂圖謀。野鶴曰:全在人立通變,兄弟而持世者,雖則為忌亦有不當忌者。
兄爻がもし多すぎれば、かえって財を剋せない。旧注は言う。「卦中に兄爻がただ一つ動くとき最も猛烈で、兄弟爻が多く動けばかえって財を劫せぬ」と。増删者の李文輝(覚子)は自ら述べる。「そうではない。兄爻が多いのは、兄爻が墓に入るその日か、兄爻を剋損するその日に、必ずこの財を劫し去る。これが『太旺なる者はそれを損抑してこそ事が成る』という理だ。世爻の上に兄爻が臨めば、財を求めて必ず望みがたい。古人は『卦身』が兄爻に臨むのを求望しがたしとしたが、私は卦身が屡々試して驗ならないので、兄爻の持世に改めて図謀の遂げがたいを断ずる。ただこれも全く人の臨機の変通にある。兄弟が世に就くのは固より忌みだが、その中にも忌とすべからざる情形がある」。
如未月丁卯日借貸得晉卦。官鬼巳火′,官鬼巳火′;父母未土″,父母未土″;兄弟酉金′世,兄弟酉金′世;妻財卯木″,妻財卯木″;官鬼巳火″,官鬼巳火″;父母未土″應,父母未土″應。斷曰:雖則兄爻持世無財,但喜卯日即是財星,古以財爻持世沖世者必得,況應爻未土旺而生世,明日必獲,果得財,應辰日者,世動逢合之日也。
未月丁卯の日に借貸を占い、火地晋の卦を得て、六爻は安静、変卦は本卦と同じであった。六爻を上から下に言えば、官鬼の巳火(陽爻)、父母の未土(陰爻)、兄弟の酉金(陽爻)が世に就き、妻財の卯木(陰爻)、官鬼の巳火(陰爻)、父母の未土(陰爻)が応に就く。野鶴老人は断じた。「兄爻が世に就き卦中の財爻が力なしとはいえ、喜ばしいのは丁卯日そのものが財星で、卯木がまた世を冲しに来ることだ。古法は財爻が世に就くか財が来て世を冲すれば必ず財を得ると言う。まして応爻の未土が当令して世を生じに来る。明日必ず借りられる」と。後に果たして財を得た。辰の日に応じた理は、辰と世爻の酉金が相合し、まさに世が動いて合に逢う日であったからだ。
又如巳月丁巳日占求財得即濟變渙卦。兄弟子水″應動,子孫卯木′;官鬼戌土′,妻財巳火′世;父母申金″,官鬼未土″;兄弟亥水′世動,妻財午火″;官鬼丑土″動,官鬼辰土′應;子孫卯木′動,子孫寅木″。斷曰:若逢久遠之財有否,則無財。若問目下之財,明日戊午必得,其故何也?兄臨世爻日破月破,不克變出之財,日月俱作財來沖世,只因應爻而逢空,明日沖實,定送財來,果於次日送來。
また巳月丁巳の日に求財を占い、水火既済の卦を得て風水渙の卦に変じた。本卦の六爻を上から下に言えば、兄弟の子水(陰爻)が応に就きかつ発動、官鬼の戌土(陽爻)、父母の申金(陰爻)、兄弟の亥水(陽爻)が世に就きかつ発動、官鬼の丑土(陰爻)が発動、子孫の卯木(陽爻)が発動する。変じた渙の卦の六爻は順に、子孫の卯木、妻財の巳火が世に就き、官鬼の未土、妻財の午火、官鬼の辰土が応に就き、子孫の寅木である。野鶴老人は断じた。「長遠の財路を問うなら、それはない。眼前の財を問うなら、明日戊午の日に必ず手に入る。縁故はどこか。世爻の亥水兄弟が巳日に冲破されまた巳月に冲破され、すでに変出した財爻を剋する力がない。日辰と月建がともに財爻を作して世を冲しに来る。ただ応爻の子水がちょうど旬空に逢っているゆえ、明日空爻が冲実すれば、必ず人が財を届けに来る」と。後に果たして翌日に届いた。
財來就我終須易,我去尋財必是難。舊注凡遇財爻生世合世克世持世,皆謂之財來就我,若卦中雖有財爻,不來生合世爻亦非我之財也。野鶴曰:此說財不生合世爻,非我之財,即如前二卦兄爻持世,何當財來生合,總要斷卦之靈機應變,徹悟其理,自然觸類旁通,不可拘執。
財が自ら門に尋ねて来るのは、手に入れるに結局易しい。私が出て四方に財を求めれば、必ず艱難である。旧注は言う。「およそ財爻が世を生じ、世と合し、世を剋し、世に就くのに遇えば、みな財が我に就くと数える。卦中に財爻があっても、世爻を生合しに来なければ、我の財ではない」と。野鶴老人は自ら述べる。「この説に照らせば、財が世爻を生合しなければ我の財ではない。しかし前の二卦はいずれも兄爻が世に就き、何嘗も財が生合しに来たことがあろうか。それでも終に財を得たではないか。卦を断ずるには総じて機に随い変に応じ、道理を徹底的に想い通せば、自ずと類に触れて旁通できる。決して成説を死守してはならない」。
福變財生利源滾滾。財得子動生之,如財之有源也,其利豐厚,倘得子動化財,財動化子,皆同此斷。兄傷鬼克,口舌紛紛。財爻持世,兄爻亦動者,不獨劫財,還防傷已,如若鬼動克世者更凶。覺子曰:黃金策云,兄連鬼克,口舌難逃,謂兄動變鬼沖剋世爻者,不獨無財,還防口舌,殊不知兄動變鬼,即是兄化回頭之克,自顧不暇又焉能沖剋世爻耶?
「子孫」が財に変じ財が生助を得れば、利源は滾々と来る。財爻が子孫の発動して生ずるを得れば、水に源があるがごとく、獲利は豊かである。もし子孫が発動して財爻を化出するか、財爻が発動して子孫を化出すれば、すべてこのように断ずる。「兄弟」が傷つけに来て「官鬼」が剋しに来れば、口舌が紛紛となる。財爻が世に就き兄爻がまた動けば、我の財を劫するばかりでなく、我が身を傷つけることも防がねばならない。さらに鬼爻が発動して世を剋すれば、なおさら凶である。増删者の李文輝(覚子)は自ら述べる。「《黄金策》に『兄連れて鬼剋すれば口舌は逃れがたい』とある。その意は、兄爻が発動して鬼爻を変出して世爻を冲剋するのは、財がないばかりか口舌をも防ぐべし、というものだ。しかし兄爻が動いて鬼に変ずるは、まさに兄爻が回頭の剋を化したのであり、それは己を顧みる暇すらなく、どうしてまた世爻を冲剋しに行けようか」。
財局合福德,萬倍利源可追。世與財爻或與子孫爻三合成局,諸占物追財豐。野鶴曰:須要在局中或是合成子孫財局生世,方為全美,倘如合成父局,勞碌卒苦,合成兄局破耗多端,合成鬼局,口舌災非,克世者更凶。歲君逢劫殺,一年生意無聊。劫殺者乃兄弟之爻也,兄臨太歲一年破耗。
財局と「子孫」が相合すれば、万倍の利源も求められる。世爻と財爻、あるいは世爻と子孫爻が会して三合局を成せば、貨物を占い帳を討つのは皆財を豊かに獲ると主る。野鶴老人は自ら述べる。「これはさらに世爻そのものが局中にあるか、あるいは合成した子孫局・財局が世を生じに来るのでなければ、十全十美とは言えない。もし父母局を合成すれば、それは労碌辛苦であり、兄弟局を合成すれば破耗百出し、官鬼局を合成すれば口舌の災禍である。局がまた世を剋しに来ればなおさら凶である。太歳の上に劫殺に遇えば、一年の生意に起色がない。劫殺とは兄弟の爻であり、兄爻が太歳に臨めば一年の破財・耗損を主る」。
増删卜易 巻之四
野鶴老人著,楚江李坦我鑑定。湖南李文輝覺子增刪。婿陣之吉茂生男茹芝山秀。
本巻の署名:野鶴老人が撰著し、楚江人の李坦我が審定し、湖南人の李文輝(号は覚子)が増補・删訂した。校讐に参与したのはさらに女婿の陣之吉・茂生、および息子の茹芝・山秀である。これは旧刻本の巻首の題名格式で、著者・鑑定者・増删者と家族の中で校訂を助けた人を標明するために用いられた。
貴人を謁見して財を求める章第六十九
世克官,官生世,須宜謁見;財臨破,鬼克世,枉費奔馳。野鶴曰:見貴有兩間也,為名者用官,為利者用財,皆宜持世及生合世爻為吉,如逢空破,墓絕及動而變凶者,徒勞奔馳之力耳。倘若世爻化鬼化克及隨墓助傷者,更不宜行,若非到彼之凶,定在中途遇禍,凡謁貴者同斷。世動遇空,身興遇破。世動化空破者,勿曰不吉,乃應到彼之月日也。
世爻が官爻を剋し、官爻が世爻を生ずるなら、謁見に赴くべきである。財爻が破に遇い、鬼爻が世を剋すなら、行っても無駄足である。野鶴老人は自ら述べる。「貴人に謁見するには二つの情形に分かれる。名を求めるためなら『官鬼』を『用神』とし、利を求めるためなら『妻財』を用神とする。両者とも持世するか世爻を生合するを吉とする。もし旬空・月破・入墓・逢絶に遇うか、発動して凶に変われば、それは徒らに一回の脚力を費やすに過ぎない。もし世爻が鬼を化し剋を化するか、鬼に随って墓に入り、財が動いて鬼を助け身を傷つけるなら、いっそう赴くに宜しくない。そこへ着いて事が起きるか、さもなくば必ず半道で禍に遇う。およそ貴人に謁見するはみなこのように断ずる。世爻が発動して空に遇い、世身が興起して破に遇う——世爻が発動して空を化し破を化するのは、一概に不吉と言うべきではない。あれは往々にして相手の許へ到る月份・日子に応じるのである」。
如申月丁卯日占出行謁見貴人得同人。子孫戌土′應,子孫戌土′應;妻財申金′,妻財申金′;兄弟午火′,兄弟午火′;官鬼亥水′世,官鬼亥水′世;子孫丑土″,子孫丑土″;父母卯木′,父母卯木′。
申月丁卯の日に出門して貴人を謁見するを占い、天火同人の卦を得て、六爻は安静、変卦は本卦と同じであった。六爻を上から下に言えば、子孫の戌土(陽爻)が応に就き、妻財の申金(陽爻)、兄弟の午火(陽爻)、官鬼の亥水(陽爻)が世に就き、子孫の丑土(陰爻)、父母の卯木(陽爻)である。世爻の亥水官鬼はちょうど旬空に逢い、四爻の申金財爻はちょうど申月の月建に当たる。この二点が断語の鍵である。
斷曰:官星持世而空,出亥日得見,官府財利如心,果於出空之日見官,財利得意,月建財爻生世之故耳,官世相合,財動相生,財持世,官無缺陷,再得日月照臨,彼此緣投有幸。日月照臨者,日月生世生財,或世爻財爻而臨日月是也。
野鶴老人は断じた。「官星が世に就いて旬空に落ちる。空を出る亥の日を待ってこそ見える。その官長に見えれば、財も利も意に叶う」と。後に果たして出空のその日に官に見え、財利もまことに得意であった。これは月建の申金の財爻が世爻を生じに来た故である。およそ官爻と世爻が相合し、財爻が発動して世を生じに来て、財爻が世に就き官爻に欠陥がなく、さらに日辰月建の照臨が加われば、双方は投縁して幸いである。「日月照臨」とは、日辰月建が世爻または財爻を生じに来るか、あるいは世爻・財爻そのものが日辰月建に臨んでいることを指す。
為名宜父動,因利忌兄興。凡與謁貴既得世與官星相合相生,必然得見,若為名利,須宜另占,不可此卦而斷之,為名者宜父官兩旺,為利者宜財福兩旺。六合六沖須看用,反吟化退枉奔馳。爻逢六合亦要用神旺相,世與財官相合乃為吉兆,卦逢六沖必須用神受克失陷始作凶徵。卦得反吟及世動化退多見難於行動,勉強而去,空返而歸。
名を求めて謁見に行くには、「父母」爻の発動が宜しい。利を求めて謁見に行くには、「兄弟」爻の興起を忌む。およそ謁貴の占は、世爻と官星が相合相生すれば必ず見える。しかしさらに名利が成るかを問おうとするなら、別に一卦を占うべきで、この一卦をもって兼ねて断じてはならない。名を求めるには父爻・官爻の両旺が宜しく、利を求めるには財爻・子孫の両旺が宜しい。六合と六冲はいずれも「用神」の如何を見るべきで、反吟に遇うか世爻が退を化すれば無駄足となる。爻が六合に逢うにも用神が旺相で、世爻が財・官と相合してこそ吉兆である。卦が六冲に逢うにも、用神が確かに剋され失陥してこそ、凶の兆とする。反吟の卦を占い得たか、世爻が発動して退神を化するのは、多くは行き成らず、無理に行っても空手で帰る。
貴人謁貴宜世應以相生,平人見貴宜官貴而相合。貴人謁貴人,宜於世應相合相生,平人見貴人,宜官貴相合相生及官星持世。覺子曰:有心而問見貴求名者,官星持世生世必得官。有心問謁貴者,官星生世合世而得見,切勿以此得見貴人之官星換作成名而斷也。
身分ある人が貴人を謁見するには、世爻と応爻が相生するのが宜しい。平民・百姓が貴人に見えるには、官貴の爻が世と相合するのが宜しい。貴人が貴人を謁見するには世応の相合相生が宜しく、平民が貴人に見えるには官貴の爻が世と相合相生するか、官星が直ちに世に就くのが宜しい。増删者の李文輝(覚子)は自ら述べる。「もし来た人が心に問うのが、貴人に見えて功名を求められるかならば、官星が世に就くか世を生ずれば必ず官を得る。もし心に問うのがただ貴人に見えるかどうかならば、官星が世を生じ世と合すれば見えるのである。この『貴人に見える』の官星を、『必ず成名する』に換えて断じてはならない」。
貴人謁貴,世應若相沖克,財伏而空,去之何益?平人見貴,官克世世變鬼變克更凶。平人見貴,官克世變鬼變克勿去,去則須防不測,財官生世合世為吉。凡出行求財謁貴出行章參看。
貴人が貴人を謁見するのに、もし世爻と応爻が互いに冲剋し、財爻がまた伏蔵して落空を兼ねるなら、行って何の益があろうか。平民が貴人に見えるのに、官爻が世を剋するか、世爻が鬼爻や剋神を変出するなら、なおさら凶である。平民が貴人に見えるに、およそ官爻の世を剋する、世爻の鬼・剋に変ずるに遇えば、行ってはならない。行けば意外の禍を防がねばならない。財爻・官爻が世を生じ世と合するものだけが吉である。およそ門を出て財を求め、貴人を謁見する者は、さらに《出行章》を参看すべきである。
貴人のために奔走し効力して財を得る章第七十
最重財官兩旺,不宜世應皆空。世遇財應臨福,我益他損;應臨官世逢破,他益我損。兄爻持世,不如閒處安身;應克世爻,防慮他人反目。世遇財官臨應,無不遂也。世逢空破墓及動而變凶,皆非吉也。應克世兄克世,見災還淺。鬼克世世化鬼,得病不輕。
貴人に替わって奔走し力を出すには、最も切要なのは財爻と官爻がともに旺なることで、最も忌むのは世爻・応爻がともに落空することだ。世爻の上に財に遇い応爻の上に「子孫」が臨めば、我が益を得て相手が損を受ける。応爻の上に官が臨み世爻が破に遇えば、相手が益を得て我が損を受ける。兄爻が世に就くなら、閑居して身を安くするに及ばない。応爻が世爻を剋するなら、相手が顔を翻すのを防ぐべきだ。世爻が財に遇い官爻が応の位に臨めば、事事みな心に遂う。世爻が旬空・月破・入墓に逢い、および発動して凶に変ずるは、いずれも吉利ではない。応爻が世を剋するか兄爻が世を剋するのは、受ける災いはなお軽い。官鬼が世を剋するか世爻が鬼を化すれば、得る病は軽くない。
行を開き店を開きおよび各色の舗面の章第七十一
世為已,應為人,大宜相合。財為本,福為基,最喜同興。古法應為夥計,又為下顧之客。黃金策曰:開行定主有人投。覺子曰:須在來人之念;有心而問夥計,應為夥計,若得世應相生相合,彼此同心。應生世,他益於我。世生應,我益於他。
世爻は自分を表し、応爻は他人を表す。最も宜しいのは両方が相合することだ。「妻財」は元手であり、「子孫」は根基である。二者がともに興旺することを最も喜ぶ。古法は応爻を合伙の伙计ともし、また上門して来る客ともする。《黄金策》に言う。「行桟を開けば必ず投靠しに来る人がある」と。増删者の李文輝(覚子)は自ら述べる。「これは来た人が心に何を問うかを見るべきだ。心に問うのが伙计なら、応爻は伙计を表す。世と応が相生相合すれば、双方は同心して力を合わせる。応爻が世を生ずれば、彼が我に益あり、世爻が応を生ずれば、我が彼に益ある」。
相剋相沖而情有變,應爻克世,我被他瞞;世克應爻,他從我願;應臨元武兄爻,暗中盜騙;應臨官鬼克世,明降災非;世財應兄,受他之累;世財應子,得他之力。世應空合,彼此有虛詐之心也。來人之念重在買賣者,須以應爻為下顧之客,應爻生合於世,生客來交成故舊;世應相沖相剋,熟人終久變成仇。
世応が相克相冲すれば、情分が変を生ずる。応爻が世を剋すれば、我が彼に蒙騙される。世爻が応を剋すれば、彼は事事我の意に順う。応爻の上に玄武が臨みかつ兄弟爻なら、暗に偸盜・欺騙をなす。応爻の上に官鬼が臨み世を剋しに来れば、明に災いを招き禍を惹く。世爻が財で応爻が兄なら、彼の連累を受ける。世爻が財で応爻が子孫なら、彼の助力を得られる。世応は合すれど双々ともに落空するは、彼此ともに虚情假意を存するのである。もし来た人が心により重きを置くのが売買の生意なら、応爻を上門の顧客としなければならない。応爻が世爻を生合すれば、生の客も老の主顾に変わる。世応が相冲相克すれば、熟人も終には顔を翻して仇となる。
鬼作災非須忌動,財為活計畏刑沖。鬼動招非克世最忌,古云:鬼現爻中見非,日有鬼搖克世災禍連繫,須看鬼值何神克世,須於家室章內詳之。財為資本,忌衰墓空破及動而變凶,或日月刑沖剋,更忌世與財空,俱開不成。鬼兄發動有制何妨,隨墓助傷多凶少吉。鬼動招非,若得子孫制鬼,或日月沖剋鬼爻,謂之有制。覺子曰:凡遇兄鬼同動者,不可曰鬼動招非,以鬼能制兄爻,不劫財也。兄弟又為陰隔破耗之小人,得此鬼動可以制服,獨不宜乃為助鬼以傷身也。
「官鬼」は災禍・是非を主り、最もその発動を忌む。「妻財」は営生の元手であり、最も刑を受け冲を受けるを恐れる。鬼が動けば非を招き、その中でも世を剋するを最も忌む。古人は鬼爻が卦中に現れれば是非が見え、日日に鬼爻が揺動して世を剋すれば、災禍は連なり絶えないと言う。さらにこの鬼爻がどの六神に配して世を剋するかを見るべきで、これらは《家宅章》に別に詳しく説く。財爻は資本であり、その衰弱・入墓・落空・遇破、および発動して凶に変ずるか、日辰月建に刑冲剋制されるを忌む。さらに忌むのは世爻と財爻が同時に落空することで、それは根本的に開くことができない。鬼爻・兄爻が発動しても、それを制伏するものがあれば妨げない。しかし鬼に随って墓に入り、財が動いて鬼を助け身を傷つければ、凶多吉少である。鬼が動いて非を招くとき、子孫が鬼爻を制するか、日辰月建が鬼爻を冲剋すれば、これを「有制」と言う。増删者の李文輝(覚子)は自ら述べる。「およそ兄爻と鬼爻がともに動くに遇うて、一概に鬼が動けば非を招くと言ってはならない。鬼は兄爻を制し得るので、兄爻は財を劫せない。兄弟はまた暗に阻隔し破耗する小人であり、ちょうどこの鬼の動きを藉りて制服するのだ。ただ宜しくないのは、財爻がかえって鬼を助けて自身を傷つけることである」。
卦得反吟多反覆。卦得反吟,欲行不行,行而又止。才開而又剪,剪而又開,倘店開久矣,遇此一定更遷。沖中變合再重興。爻逢六合及六沖卦變六合或世財爻子孫共成三合,定是前後重興,惟六合變沖則不宜也,眼前熱鬧,終久蕭條。合夥不嫌兄弟,蝕本內外無財。世應臨兄不吉,兄爻發動不吉,倘若世臨兄爻,日月作財星沖剋世者,反為吉也。內外無財伏而又空,必然之蝕本,屢驗。
反吟の卦を占い得れば、事は多く反復する。開こうとして開かれず、開いてはまた止まり、やっと開張すればすぐ店仕舞いし、仕舞ってはまた改めて開張する。もし店がすでに久しく開いていて反吟に遇えば、必ず迁移して改める。冲から合に変ずるなら、なお改めて興旺できる。爻が六合に逢うか、六冲の卦が六合に変わるか、あるいは世爻・財爻・子孫爻が会して三合を成せば、いずれも前後して二度興旺すると主る。ただ六合が六冲に変ずるのは宜しくない。眼前は賑やかでも、終久は蕭条となる。合伙して生意をなすには「兄弟」を嫌うに及ばず、本当に本を蝕むのは内外卦にともに財なきことだ。世爻または応爻が兄爻に臨むは不吉、兄爻の発動も不吉である。もし世爻が兄に臨み、日辰月建が財星を充てて世爻を冲剋しに来れば、かえって吉である。内外卦にいずれも財爻が見えず、財がまた伏蔵してかつ落空すれば、必ず本を蝕む。この一条は屡々試して屡々驗した。
行に投ずる損益の章第七十二
官若興隆,行主可千金之託;應如空破,牙人無毫忽之能;官旺應旺,生合世爻,其人可托,如靜衰空破,即是奸險小人。倘若交財,定遭欺騙。世被應傷,遭他陷害,財逢兄克,慮彼相瞞;應克世爻,帳目難清,兄克財爻已入套矣。兄動貨難脫卸,子興物宜交共;兄雀並搖,難逃口舌,武鬼同發,須慮盜賊;
貨物を行桟に託する。官爻が興旺なら、この行主は千金を託するに足る。応爻が落空・遇破なら、この牙行の経紀は毫も能耐がない。官爻が旺で応爻も旺で、また世爻を生合しに来るなら、この人は託すべきだ。もし応爻が安静・衰弱でかつ落空・遇破なら、それは奸険の小人であり、もし彼と銭財を交割すれば、きっと欺騙される。世爻が応爻に傷つけられれば、彼の陥害に遭う。財爻が兄爻に剋されれば、彼が隠瞞するのを防ぐべきだ。応爻が世爻を剋するなら、帳目は算えて明らかにしがたい。兄爻が財爻を剋するなら、すでに人の圈套に落ちている。兄爻が発動すれば貨物は出手しがたく、「子孫」が興旺すれば貨物は交付して出すに宜しい。兄爻と朱雀がともに揺動すれば口舌の争いを免れず、玄武と官鬼がともに発動すれば盗賊を防がねばならない。
貨を囤え貨を売る章第七十三
財爻衰者須停脫,妻旺當時可脫之;積貨賣貨皆不宜財逢空破及動而變克;財衰宜囤,財旺宜脫;如春天占得財爻屬木,謂之旺,宜速發賣;若臨金水土者,宜堆積也。臨火為旺,亦不宜堆;此論四時之衰旺也。覺子曰:衰雖可買,須查其根底,雖衰宜有根,將來再發,若無根底,終久難於出脫,不可不知。
財爻が衰弱なら、しばらく出手してはならない。財爻が当旺なら、時に乗じて貨を脱すべきだ。囤積も発売も、財爻が落空・遇破するか発動して剋神を変出するのは宜しくない。財爻が衰なれば囤めるが宜しく、財爻が旺なれば脱するが宜しい。たとえば春に占い得て財爻が木に属すれば、木は春に当令してこれを旺と言う。速やかに発売すべきだ。もし財爻が金・水・土に属すれば、春にはいずれも当令せず、堆存して待つのが宜しい。財爻が火に属すれば春には相であり旺とも言う。同じく堆積に宜しくない。これは四季の衰旺について言うのだ。増删者の李文輝(覚子)は自ら述べる。「財爻が衰弱の時は買い入れてよいが、それに根底があるかを査しなければならない。衰えて根あるものは将来また旺となる。もし全く根底がなければ、終に出手しがたい。この点は知らぬではいられない」。
如寅月己亥日占收貨得頤卦。兄弟寅木′,兄弟寅木′;父母子水″,父母子水″;妻財戌土″世,妻財戌土″世;妻財辰土″,妻財辰土″;兄弟寅木″,兄弟寅木″;父母子水′應,父母子水′應。古以財爻衰者宜收貨,此卦辰戌之財衰而不遇生扶,謂之無根,將來終不得價,不可收買,但求問者不聽,後來存貨堆積四年,朽壞大半,大虧其本。
寅月己亥の日に貨物の買入れを占い、山雷頤の卦を得て、六爻は安静、変卦は本卦と同じであった。六爻を上から下に言えば、兄弟の寅木(陽爻)、父母の子水(陰爻)、妻財の戌土(陰爻)が世に就き、妻財の辰土(陰爻)、兄弟の寅木(陰爻)、父母の子水(陽爻)が応に就く。古法は財爻の衰弱する時は貨を収めるに宜しいと言うが、この一卦では辰・戌の二支の土財が寅月のうちに衰弱し、また何の生扶も得ない。これを「无根」と言う。将来は終に好い価で売れず、買い入れるべきではなかった。惜しいことに卦を問うた人は聴かず、後にこの荷は四年堆れて大半が朽ち壊れ、元手はひどく損なわれた。
貨有定時,須憑時令,物無定者,指利而占。定時者有貴賤之時也,比之麻葛得價於夏令,棉花得價於冬天,又如木料綢緞無定時也。財化進神不可收積,化退者,其價將落,有貨速宜出脫。兄爻持世,破敗之端;覺子曰:算甚命,問甚卜,虧人是禍,財將義取者,神告顯然。財之不義者,神不告矣。
ある貨物には定まった行市の時節があり、それは時令に凭って断ずる。定まった時節のないものは、獲利の如何を指して占う。「定时有」とは、それに貴と賤の季節があることを言う。たとえば麻布・葛布は夏に価が売れ、棉花は冬に価が売れる。また木料・綢緞のごときは、定まった時節がない。財爻が進神を化すればこれ以上収め囤えてはならない。財爻が退神を化すれば価はまさに下がらんとする。手に貨ある者は速やかに脱手すべきだ。兄爻が世に就くは破敗の開端である。増删者の李文輝(覚子)は自ら述べる。「何の命を算え、何の卜を問おうか。人を亏負すること自身が禍である。財を取るに道義に合すれば、神明は自ずと明白に告げる。もし不義の財を取るなら、神明は肯んじて告げない」。
財值旺衰墓絕,自有得令之秋,妻逢沖破伏空,豈無乘除之日。財爻太旺旺者得利於墓庫之月,休囚者出脫於生旺之時,入墓必待沖開,逢絕當逢生旺,月破者填實之,被克者沖去克神之秋,伏藏者得價於出現之時,旬空者沖空實空之月,如逢合住亦待沖開。
財爻は当旺・衰弱・入墓・逢絶を論わず、おのずとそれが当令する時節がある。財爻はたとえ冲され破され伏蔵し落空しても、総じて消長し転機する日子がある。財爻が太旺なら、利を得るのはそれが墓庫に入る月份である。財爻が休囚なら、出脱するのはそれが生を得旺を得る時である。入墓したものは必ず冲して墓庫を開くを待ち、逢絶したものは長生に遇い旺を得る時に応じ、月破のものは填実の月を待ち、剋されたものは剋神を冲し去る時を待ち、伏蔵したものはそれが出現する日を待ってこそ価が売れ、旬空のものは空を冲するか填実する月に応じる。もし合い住せられれば、同じく冲開を待たねばならない。
如子月己丑日占何時得價得歸妹之兌。父母戌土″應,父母未土″世;兄弟申金″動,兄弟酉金′;官鬼午火′,子孫亥水′;父母丑土″世,父母丑土″應;妻財卯木′,妻財卯木′;官鬼巳火′,官鬼巳火′。斷曰:卯木財爻子月生之,財有根蒂,目下不得價者,被申金動而剋制,待寅月沖去申金,其價必漲,果於正月勃然大長,此乃財爻被克待沖去克神之月。
子月己丑の日に、貨物がいつ価を売れるかを占い、雷沢帰妹の卦を得て兌為沢の卦に変じた。本卦の六爻を上から下に言えば、父母の戌土(陰爻)が応に就き、兄弟の申金(陰爻)が発動、官鬼の午火(陽爻)、父母の丑土(陰爻)が世に就き、妻財の卯木(陽爻)、官鬼の巳火(陽爻)である。変じた兌の卦の六爻は順に、父母の未土が世に就き、兄弟の酉金、子孫の亥水、父母の丑土が応に就き、妻財の卯木、官鬼の巳火である。野鶴老人は断じた。「二爻の卯木財爻は子月の水に相生を得て、財は根を有する。目下価を売れないのは、五爻の申金の発動に剋制されているからだ。寅月に至って申金が冲し去られれば、価は必ず騰がる」と。後に果たして正月に価は猛り騰がった。これはまさに財爻が剋され、剋神を冲し去る月を待つ例である。
財逢合而當令。遇合者有應動而逢合之月而得價也。亦有財爻衰靜,占時得遇日月生合者,其價目下正及時也。如寅月己酉日占脫貨於何時得賁卦。官鬼寅木′,官鬼寅木′;妻財子水″,妻財子水″;兄弟戌土″應,兄弟戌土″應;妻財亥水′,妻財亥水′;兄弟丑土″,兄弟丑土″;官鬼卯木′世,官鬼卯木′世。
財爻が合に逢いかつ当令すれば、価は至る。いわゆる逢合とは、あるものは財爻の発動して合に遇うその月に応じてこそ価を売れ、あるものは財爻が衰弱・安静にして占卦の当時ちょうど日辰月建の来て生し合するを得れば、目下こそ好機である。寅月己酉の日に貨物がいつ脱手するかを占い、山火賁の卦を得て、六爻は安静、変卦は本卦と同じであった。六爻を上から下に言えば、官鬼の寅木(陽爻)、妻財の子水(陰爻)、兄弟の戌土(陰爻)が応に就き、妻財の亥水(陽爻)、兄弟の丑土(陰爻)、官鬼の卯木(陽爻)が世に就く。
斷曰:亥水財爻,酉日生之,寅月合之,目下正及時也。但因世爻暗動,身動方可出脫。彼曰:我聞某處得價,欲移貨去賣,不知可否?余曰:卦已明現,速宜行之,果去,不數日,得價出脫。此乃爻逢六合,財逢月合,及時脫貨也。財逢沖而當起;財旺而靜或旺而空得今日之日神沖者,其價漸漸漲矣;倘若靜而休囚,日沖為破,勿以此斷。
野鶴老人は断じた。「三爻の亥水財爻は己酉日の金に生を得て、また寅月と相合す。目下まさに貨を脱する好時である。ただ世爻の卯木が酉日に冲されて暗動しているゆえ、人は自ら一たび奔走してこそ売り得られる」と。彼は言った。「某所に価が好いと聞き、貨を運んで売りたいが、可なりや」と。私は言った。「卦の上に明らかに顕れている。速く行け」と。彼は果たして行き、数日ならずして好い価で売れた。これは爻が六合に逢い財がまた月建と相合し、ちょうどその時に当たって貨を脱した例である。財爻が冲に逢い価が起つ——財爻が旺で安静なら、あるいは旺で落空していても、当の日辰が来て冲すれば、価は漸漸騰がる。もし財爻が安静でかつ休囚なら、日辰が一冲すれば「破」となる。この条に照らして断じてはならない。
貨を売るに守るべきか動くべきか章第七十四
內財衰而外財旺,往他鄉。外卦財旺生合世爻者,持世者,宜往他鄉;倘若財不生合世爻及世動化凶者,他鄉花如錦,我去不逢春。應財外而世財內,須查動靜;應爻以外財爻持世者,最好收財,必須待應爻發動而與世爻相生相合,不然的話,應財再旺,我也收不到好處。
内卦の財が衰えて外卦の財が旺なら、外郷へ行って売買すべきだ。外卦の財爻が旺相でかつ世爻を生合しに来るか、あるいは外卦の財がそのまま世に就くなら、他郷へ往くに宜しい。もし財爻が世爻を生合せず、あるいは世爻が発動して凶に変ずるなら、それは他郷に繁花が錦のごとくでも、我が往って春に追いつけぬのである。財が応爻・外卦にあり、世爻の財が内卦にあるなら、動と静を見るべきだ。応爻の外にまた財爻が世に就くは、もともと財を収めるに最も利あるが、必ず応爻の発動して世爻と相生相合するを待たねばならない。然らざれば、応爻の上の財がどれほど旺でも、我はその好処を得られない。
六沖須宜別圖,六合還宜坐守。卦得六沖,雖宜改圖,余屢試之財旺者何須更改,財衰者改亦無益。野鶴曰,凡得此象,須令本人再占,占問更改何如?卦得財世兩旺,許之改圖,再逢衰者還須耐守。卦得六合,亦看財爻衰旺,財持世而動者,不可坐守,衰而靜者,守待旺時可也。
六冲を占い得れば別に打算を立てるべきで、六合を占い得ればなおもと处に守るが宜しい。卦が六冲を得れば、説のごとく弦を改め張を更えるべきだが、野鶴老人は自ら述べる。「私は屡々試してきたが、財爻が旺なら何を改める必要があろう。財爻が衰なら改めても好処はない。およそこの卦象に遇うたら、本人に別に一卦を占わせ、あげて『門路を改換するは如何』を問わせるべきだ。新しい卦で財爻と世爻がともに旺なら、改図を許す。もし依然として衰弱なら、やはり耐えて守り続けねばならない。六合を占い得ても、財爻の衰旺を見るべきだ。財爻が世に就きかつ発動するは坐守すべからず。財爻が衰弱で安静なら、守ってその旺に転ずるを待てばよい」。
財衰變旺,先屈後生,財旺變衰,先金后土。謂財爻動而變也,財衰變旺,目下雖賤,將來必長。財旺而變衰絕,如若賣貨宜於急賣,倘若收貨,切不可收。買貨與賣貨相反,財爻旺而可賣,衰者宜買,內卦財衰,宜於外賣,世爻財旺,近地相宜,財化進神,宜往外方發賣,世爻化退,宜回近地出脫。
財爻が衰から旺に変ずるは、先に屈を受けて後に伸ぶを得るのである。財爻が旺から衰に変ずるは、先には値があって後には泥土のごとく賤くなる。これは皆財爻が発動して変化あることを言う。財が衰から旺に変ずるは、目下価は賤くても将来必ず騰がる。財が旺で衰絶に変ずるは、貨を売るなら急いで脱手すべきで、貨を収めるなら断じて収めてはならない。買と売の道理はちょうど相反する。財爻が旺なら売れる、財爻が衰なら買うが宜しい。内卦の財が衰なら、外地へ行って売るが宜しく、世爻の上の財が旺なら、近き处に交易するが宜しい。財爻が進神を化するは、遠くへ往って発売するが宜しく、世爻が退神を化するは、近地に回って出脱するが宜しい。
いずれの方へ往いて売買するか章第七十五
屢次試驗都須指明方向才能占卜。如午月戊子日占往楚買豆得臨卦。子孫酉金″,子孫酉金″;妻財亥水″應,妻財亥水″應;兄弟丑土″,兄弟丑土″;兄弟丑土″,兄弟丑土″;官鬼卯木′世,官鬼卯木′世;父母巳火′,父母巳火′。
多次の試験を経て、この類の占問はみな具体の方向を指し明らかにしてこそ霊なるを得た。午月戊子の日に楚地へ往って豆を買うを占い、地沢臨の卦を得て、六爻は安静、変卦は本卦と同じであった。六爻を上から下に言えば、子孫の酉金(陰爻)、妻財の亥水(陰爻)が応に就き、兄弟の丑土(陰爻)、兄弟の丑土(陰爻)、官鬼の卯木(陽爻)が世に就き、父母の巳火(陽爻)である。財爻の亥水は外卦の応位に居り、世爻の卯木は内卦にあり、日辰の子水はまさに世を生じに来る。この数点が断語の拠るところである。
斷:亥水財爻休囚於外,所以楚地豆子必賤,子水日建而生世爻,必能得厚利。但閒間爻兄弟月生日合,耗費的錢一定多。後果中間人作弊,告到官府,誤了一個月。幸好到地頭上價格上漲,果然得了厚利。此乃指其地而占者無不驗也。
野鶴老人は断じた。「亥水財爻は外卦にあって午月に休囚す。見るべし、楚地の豆価は必ず廉い。戊子日の子水日建はまた世爻を生じに来る。この行きは必ず厚利を得られる。ただ中間の閑爻は兄弟の丑土で、午月の相生を得、また子日と相合す。兄爻がすでに旺なら、路上の花費は必ず少なからぬ」と。後に果たして中間人に手を回され、官府に閙えて官事を打ち、一月を耽误した。幸いに目的地に到りて価が騰がり、終に厚利を得た。これが地点を指し明らかにして占えば応えぬことなき例である。
いかなる貨を買うを吉とするか章第七十六
古以金財而像珠寶玉石,水財以類魚鹽,火財陶冶東品,五穀為土財,青龍水利又兼喜慶之用,白虎金財,喪儀屠宰之物,玄武水利,朱雀火宜,蛇利於出入,勾陳利於農工。如未月戊申日占往粵東探親可帶何貨歸來得利得旅卦。兄弟巳火′,兄弟巳火′;子孫未土″,子孫未土″;妻財酉金′應,妻財酉金′應;妻財申金′,妻財申金′;兄弟午火″,兄弟午火″;子孫辰土″世,子孫辰土″世。
古法は金に属する財を珠宝玉石に比し、水に属する財を魚塩に比し、火に属する財を陶冶焼造の物に比し、五穀は土財と算える、とした。また青竜は水上の利を主り併せて喜慶の用品を兼ね、白虎は金財に属して喪儀と屠宰の物を主り、玄武は水利を主り、朱雀は火類に宜しく、螣蛇は販運の出入に利あり、勾陳は農事工作に利ありとした。未月戊申の日、ある人が粤東へ往って親を訪い、何の貨を帯びて帰れば利を得られるかを占い、火山旅の卦を得て、六爻は安静、変卦は本卦と同じであった。六爻を上から下に言えば、兄弟の巳火(陽爻)、子孫の未土(陰爻)、妻財の酉金(陽爻)が応に就き、妻財の申金(陽爻)、兄弟の午火(陰爻)、子孫の辰土(陰爻)が世に就く。
斷曰爻逢六合,世應相生,此行遂意,如問置實何貨,餘無此法,不敢相誤,但喜既得吉卦,任爾冬天買扇,夏天買氈亦得厚利。後此人買攢香翠毛而歸,俱得大利。若執古法斷者,此卦酉金為財可買珠寶玉石耶?財臨玄武,可買水利魚鹽耶?
野鶴老人は断じた。「爻は六合に逢い、世応もまた相生す。この一たびは必ず心に叶い意に如う。いかなる貨を置き办うべきかを問うに至っては、私にその法門はなく、敢えて乱に言って人を誤らん。ただ吉卦を占い得た以上、冬に扇を買いに行こうが夏に毡毯を買いに行こうが、同じく厚利を得られる」と。後にこの人は攒香と翠羽を買って帰り、いずれも大利を獲た。もし古法に死に就いて断ずれば、この卦の財爻は酉金なり。されば珠宝玉石を買うべきか。財爻の上はまた玄武に臨む。されば魚塩の水貨を販ぐべきか。
借貸の章第七十七
世逢兄,何須開口,應空破,難遂我心,財若空破,休指望。子興財發可相求,世應兩爻皆不宜月破旬空,兄弟一爻切不可臨身及動。如未月丁卯日占借貸得兌之震。父母未土″世,父母戌土″世;兄弟酉金′動,兄弟申金″;子孫亥水′,官鬼午火′;父母丑土″應,父母辰土″應;妻財卯木′動,妻財寅木″;官鬼巳火′,子孫子水′。斷曰兌卦屬金變震卦屬木,金克木為財,卯木財爻化退神酉金兄動亦化退神,幸得財臨日辰旺而不退,明日辰日合住酉爻必得,果於辰日。
世爻の上に「兄弟」が臨めば、口を開いて借りに及ばず。応爻が落空・遇破すれば、我が心願を遂げがたい。財爻が落空・遇破すれば、さらに指望するな。ただ「子孫」が興り「妻財」が発動してこそ求借に行ける。世・応の二爻はいずれも月破・旬空が宜しくなく、兄弟の一爻はさらに身に臨みあるいは発動することを切に可ならずとす。未月丁卯の日に借貸を占い、兌為沢の卦を得て震為雷の卦に変じた。本卦の六爻を上から下に言えば、父母の未土(陰爻)が世に就き、兄弟の酉金(陽爻)が発動、子孫の亥水(陽爻)、父母の丑土(陰爻)が応に就き、妻財の卯木(陽爻)が発動、官鬼の巳火(陽爻)である。変じた震の卦の六爻は順に、父母の戌土が世に就き、兄弟の申金、官鬼の午火、父母の辰土が応に就き、妻財の寅木、子孫の子水である。野鶴老人は断じた。「兌の卦は金に属し、変出した震の卦は木に属す。金は木を剋し得るゆえ、木はこの卦の財である。卯木財爻が動いて寅木を化出するは退神を化し、酉金兄爻が発動して申金を化出するも退神を化す。幸いに財爻の卯木はちょうど丁卯日の日辰に臨み、旺にして退かず、明日辰の日は辰と酉が合して酉金の兄爻を合い住すれば、銭は必ず借りられる」と。後に果たして辰の日に借り得た。
債を放ち債を索める章第七十八
兄臨世,放則無歸。兄弟爻持世,索財不予。應鬼克身,防負義。應財生世,定懷忠。古以世應同人,放債必然連本折,謂不獨世臨兄弟忌之,應臨兄者亦忌。官鬼克身,美意終成惡意。
「兄弟」爻が世の位に臨めば、銭を放ち出せば収め回ることができない。兄弟爻が世に就けば、帳を討りに行っても人は肯んじて還さない。応爻の上の「官鬼」が世身を剋しに来るは、相手が信を背き義を負るを防ぐべきだ。応爻の上の「妻財」が世爻を生じに来るは、相手が必ず誠意を懐くのである。古法は世・応の两处がともに同一の爻(ともに兄弟に臨む)なら、債を放てば必ず本銭さえ折り尽くすと言う。その意は、ただ世爻が兄弟に臨むを忌むのみならず、応爻が兄弟に臨むも同じく忌むべし、ということだ。官鬼が世身を剋しに来るは、一片の好意が終にかえって怨仇となるのである。
六畜を売買する章第七十九
山野獸禽,須尋福德。六畜牛犬,亦看子孫。不拘家禽野獸皆以子孫為用神,末看財爻持世,子動生之,或日月動爻生財或財動化子孫,乃吉象也。不拘買賣畜禽,多多益善,大有利息。子孫持世,財爻合世,亦有利益。獨防鬼變子孫,子孫變鬼,父化子,子化父,父兄持世,財臨空破,不可行之。
山野の禽獣は、「子孫」爻の上に消息を求めるべきだ。牛犬の類の六畜も、同じく子孫爻を見る。家禽であれ野獣であれ、いっさい子孫を「用神」とし、其次に財爻が世に就くかどうかを見る。子孫が発動して財を生じに来るか、日辰・月建・動爻が財を生じに来るか、財爻が発動して子孫を化出すれば、皆吉象である。こうあれば買うも売るも、牲畜・禽鳥は多いほどよく、獲利はきわめて厚い。子孫が世に就き財爻が世に合しに来るも、同じく利あり。ただ鬼爻が子孫を変出し、子孫が鬼爻を変出し、および父が子を化し子が父を化するを防ぐべきだ。もし「父母」または「兄弟」が世に就き、財爻がまた落空・遇破すれば、この売買は為すべからざるものである。
如丑月丁卯日買馬往南發賣 得鼎之大有。兄弟巳火′,兄弟巳火′應;子孫未土″應,子孫未土″;妻財酉金′,妻財酉金′;妻財酉金′,子孫辰土′世;官鬼亥水′世,父母寅木′;子孫丑土″動,官鬼子水′。斷曰:內卦子孫雖臨月建,不宜動而變鬼,外卦未土子孫,又臨月破,不宜買,幸而間爻酉財暗動生世,馬雖多死,財不致於大耗,後果買馬七十餘匹,一路多死,僅存二十八匹,幸而得價不然大虧其本。
丑月丁卯の日、ある人が馬を買って南方へ運び発売せんとし、火風鼎の卦を占い得て火天大有に変じた。本卦の六爻を上から下に言えば、兄弟の巳火(陽爻)、子孫の未土(陰爻)が応に就き、妻財の酉金(陽爻)、妻財の酉金(陽爻)、官鬼の亥水(陽爻)が世に就き、子孫の丑土(陰爻)が発動する。変じた大有の六爻は順に、兄弟の巳火が応に就き、子孫の未土、妻財の酉金、子孫の辰土が世に就き、父母の寅木、官鬼の子水である。野鶴老人は断じた。「内卦初爻の子孫丑土はちょうど丑月の月建に当たるが、惜しいかなそれが発動して子水の鬼爻を変出した。外卦五爻の未土子孫はまた丑月に冲破された。ゆえにこの馬は買うべきではない。幸いに中間の酉金財爻が暗動して世爻を生じに来る。馬は少なからず死ぬが、銭財は大耗に至らない」と。後に果たして七十余匹の馬を買い、一路上多くが死に、残るは二十八匹のみであった。幸いに好い価で売り出せたので、さもなくば本銭の損は大きかったろう。
博戯の章第八十
有技力,首重世應,若勝以得財者,兼用財。又世喜臨於日月,財宜日月生扶,世爻動而化吉,應帶財而生世,皆我勝。世財休囚空破或被刑沖剋害,及卦中父動者,多破其財。如巳月戊申日占鵪鶉 得漸之巽卦。官鬼卯木′應,官鬼卯木′世;父母巳火′,父母巳火′;兄弟未土″,兄弟未土″;子孫申金′世,子孫酉金′應;父母午火″動,妻財亥水′;兄弟辰土″,兄弟丑土″。
およそ技芸・気力を比試する博戯は、まず世爻と応爻を見る。もし勝ち取って銭を贏ることを靠むなら、兼ねて「妻財」爻を見る。世爻は最も日辰月建に臨むを喜び、財爻は日月の生扶を得るが宜しく、世爻が発動して吉を化し、応爻が財を帯びて世を生じに来れば、これらは皆我が方の獲勝を主る。世爻または財爻が休囚・落空・遇破するか、刑冲剋害され、および卦中に「父母」爻が発動するは、多くは銭を輸す。巳月戊申の日に鶉の斗いを占い、風山漸の卦を得て巽為風の卦に変じた。本卦の六爻を上から下に言えば、官鬼の卯木(陽爻)が応に就き、父母の巳火(陽爻)、兄弟の未土(陰爻)、子孫の申金(陽爻)が世に就き、父母の午火(陰爻)が発動、兄弟の辰土(陰爻)である。変じた巽の卦の六爻は順に、官鬼の卯木が世に就き、父母の巳火、兄弟の未土、子孫の酉金が応に就き、妻財の亥水、兄弟の丑土である。
斷曰:子孫持世以臨日辰,父爻雖動,亥水制之,獨不宜亥為月破,雖可制火,今日巳午時切不可斗。彼曰:何也?余曰:巳午時午火父母得令,必克子孫,果於早勝,午時又大敗破財。
野鶴老人は断じた。「子孫の申金が世に就き、またちょうど戊申日の日辰に臨む。二爻の午火父母が発動するも、変出した亥水に制せられる。ただ一つ好くないのは亥水がちょうど巳月の月破に当たることで、それは火を制し得るも力量は到底有限だ。ゆえに今日巳時・午時に至れば決して斗うべからず」と。彼は何故かと問い、私は言った。「巳・午の二時はまさに午火父母の当令する時で、必ず子孫を剋傷する」と。後に果たして朝のうち連勝し、午時に至って大いに敗れて銭を輸した。
会を請い会を摇ぐ章第八十一
請會須宜財旺,更宜世應相生。卦遇六沖,財雖旺而不久。六沖變合,世應相剋亦成。六合變沖,有始無終。財逢絕破,速宜止之。搖會得否,旺財持世必得。如占何時可得,財破財空填實之日,財若伏藏,出現之日。財太旺者,逢墓之日。財衰絕者,逢相生之日。倘得財化回頭之克及衰靜而逢空破又土遇六沖者,會場必散,終無得會之日矣。
合会(民間が輪番に資を集める銭会)を発起するは、財爻の旺相が宜しく、さらに世爻と応爻の相生するが宜しい。卦が六冲に遇えば、財爻は旺でも長からず。六冲が六合に変ずるは、たとえ世応が相克してもなお成り得る。六合が六冲に変ずるは、始めあって終わりなし。財爻が絶に逢い破に逢うは、急いで手を止めるべきだ。摇会に会を得るか否かを問うに至っては、旺相の財爻が世に就きさえすれば必ず得られる。いつ得られるかを問えば、財爻が破に遇い落空したものは填実の日に応じ、財爻が伏蔵したものは出現の日に応じ、財爻が太旺のものは入墓の日に応じ、財爻が衰弱して逢絶したものは生を得る日に応ずる。もし財爻が回頭剋を化出するか、衰弱・安静にしてまた落空・遇破し、さらに卦が六冲に逢うなら、この会は必ず散夥し、終に会を得る日なし。
険を冒して財を求むる章第八十二
覺子曰:古以青龍財爻為吉,餘以此非營生之本,乃喪心之事也。行此喪心之事,亦敢告之於神耶?既告之於神而神若以吉凶而報者,乃神之教人而作喪心之事也,可謂之大道之易卦耶?可謂之伏羲之大神耶?然不獨此,凡占非禮非義之事,不忠不孝之謀,一念之惡,神隨知之,即不告之於神,亦遭天譴。書曰:惠迪吉,從逆凶,何須問卜?
増刪者李文輝(覚子)が自ら述べる。古人は青竜が財爻に加臨するを吉となしたが、私は、铤而走険して財を求めるはもとより正当の営生ではなく、良心を喪い尽くした業だと思う。この種の良心を喪った事をなして、なお敢えて神明に禀告するか。神明に禀告した以上、神明がなお吉凶をもって答えを垂れるなら、それは神明が人に良心を喪う事を教えるに等しく、これをなお大道の《易》卦と呼ぶことができようか。伏羲の伝えた大神と呼ぶことができようか。何も険を冒して財を求める一事に限らない——およそ非礼非義の事、不忠不孝の謀を占うものは、心に一念の悪を動かしただけで、神明はすでに知る。神明に告げずとも、同じく天譴を受ける。《尚書・大禹謨》に「正道に順えば吉、逆理に従えば凶」とある。この種の事は、また何ぞ卜に問うまでもない。
婚姻の章第八十二
覺子曰:男家占女,不拘父母親朋而代占者,無不以財為用。女家占男,皆以官為用。用官者,官有生扶。用財者,財爻旺相,即許婚。今見古今諸書文,以財旺傷克父母爻,不知宜財之旺而為吉也?宜財不旺而為吉也?或曰:黃金策云,翁姑不睦,皆因妻位交重。海底眼曰:財動喪雙親。易冒亦曰:妻財動父母參商。俱以財動傷克父母,未說旺也。
増刪者李文輝(覚子)が自ら述べる。男家が女方を占うは、父母であれ親友の代占であれ、「妻財」爻を以て「用神」とせざるはない。女家が男方を占うは、いっさい「官鬼」爻を以て用神とする。官爻を用うるは官爻に生あり扶あるを要し、財爻を用うるは財爻の旺相を要する——備わればこの親事を許す。しかるに今、古今の各家の書を見るに、みな財爻が旺なれば父母爻を傷剋すると言う。さては財の旺を吉とするか、財の旺ならざるを吉とするか。ある人は挙証して言う。《黄金策》には「公婆と媳婦の和睦せざるは、皆妻位の重重に現わるるに因る」とあり、《海底眼》には「財爻の発動は双親を喪う」とあり、《易冒》にも「妻財一たび動けば父母は便ち参商の二星のごとく相見えず」とあると。これらは皆ただ財の「動」が父母を傷剋すると言うのみで、財の「旺」が傷むとは言っていない。
余曰:動能傷父母,旺則不能傷耶?假令春天占卦,財爻屬木,謂之女命旺而可取,但父母爻定然屬土,如此當權得令之財爻不克休囚之父母耶?何必曰動?殊不知者人言動而不言旺者,正恐後人駁論,所以不言其旺,不得己而言動也,豈知亦被看破。
私は答えて言う。財爻の発動が父母を傷み得るなら、財爻が当旺なれば傷められぬとでも言うのか。譬えば春に卦を占して財爻が木に属すれば、木は春に当令し、彼らの説に照らせばこれは女方の命が旺で娶るべきだという。しかしこの時父母爻は必ず土に属し、土は春に休囚する。かくのごとく権を当て令を得た財爻が、休囚して気なき父母を剋さぬことがあろうか。何ぞ必ず「動」と言わざるを得んや。実はあの人々が「動」のみを講じて「旺」を講ぜぬは、まさに後人が話柄を捉えて駁するを恐れ、ゆえに「旺」の字を避けて已まず「動」のみを言う——どうしてこの一点の心思も、すでに人に見抜かれているとは知らないのだ。
或曰:據爾之論,何以為法?余曰:分占之法也。先要財官旺相,既得吉卦,再占妨克父母,是其法也。黃金策專以應為妻位,易冒亦以應為妻,欲其旺相乃為賢良發福之女,又以應為女家父母,謂之應爻旺相,必是富貴之家,若休囚必宅貧寒之宅。執此論,則旺相賢良之女皆出於富貴之家?種種悖謬,餘不知何以千百年來竟無一人道破。
ある人が問う。汝の説によれば、いかなる法を用いるべきか。私は言う。「分占」の法を用いる。まず一卦を占し、財爻・官爻の旺相を要す。すでに吉卦を得たら、更に別に一卦を占して、あげて父母を妨剋するか否かを問う——これがすなわち法である。《黄金策》はあげて応爻を以て妻位となし、《易冒》もまた応爻を以て妻とし、応爻の旺相をもってこそ賢良にして福ある女子と言う。しかしそれはまた応爻を以て女方の父母となし、応爻が旺相なれば必ず富貴の家に出、応爻が休囚なれば必ず貧寒の門戸と言う。この套の説に照らせば、さては旺相にして賢良の女子はみな富貴の人家に出るというのか。種々の荒謬、私は千百年来竟に一人もそれを点破する者なきを解せない。
男卜女,姻財要旺。女占男,配鬼宜興。男家代占女,專以財為用神,以應爻為女家,財宜旺相動而化吉,應爻不宜空破又克世爻。女家代占男,專以官為用神,以應爻為男家,宜官生旺相動而化吉,應爻不宜空破墓絕,不宜克世。男人自占妻者,亦以財爻為用神,以應爻為女身,財與應爻皆宜生世持世合世,必忌破墓絕空。
男方が女方を占うは、婚姻上の財爻は旺を要す。女方が男方を占うは、配偶の属する鬼爻は興を要す。男家が人に代わりて女方を占うは、あげて「妻財」を以て「用神」とし、応爻を以て女家に代表せしむ。財爻は旺相・発動して吉を化するを宜しとし、応爻は落空・遇破を宜しとせず、さらに世爻を剋しに来るを宜しとせず。女家が人に代わりて男方を占うは、あげて「官鬼」を以て用神とし、応爻を以て男家に代表せしむ。官爻が生を得て旺相し、発動して吉を化するを宜しとし、応爻は落空・遇破・入墓・逢絶を宜しとせず、また世を剋するを宜しとせず。男子が自ら妻室を占うも、同じく財爻を以て用神とし、応爻を以て女子本身に代表せしむ。財爻と応爻はいずれも世を生じ、世に就き、あるいは世に合するを宜しとし、最も遇破・入墓・逢絶・落空を忌む。
財旺生身,應值破空當取,應爻生世,財爻破絕勿求。野鶴曰:財爻應爻同來生合世爻者更吉,大抵以財爻為重,他爻為附和耳。黃金策曰:應為白髮之妻,重應而又重財,謬也。
財爻が旺相にしてまた世身を生じに来るは、たとえ応爻がちょうど月破・旬空に逢うとも、この親事は娶るべきだ。反対に、ただ応爻が世を生じても財爻が遇破・逢絶するは、求めに行くな。野鶴老人が自ら述べる。「財爻と応爻がともに来て世爻を生合するが最吉。大体はなお財爻を主とし、他の各爻はせいぜい陪衬に過ぎない。《黄金策》は応爻が白頭偕老の妻を代表すと言い、応爻をも重んじ財爻をも重んじて両頭を要す——これは誤りである」。
子月癸酉日自占婚 得恆變鼎。妻財戌土″應動,子孫巳火′;官鬼申金″,妻財未土″應;子孫午火′,官鬼酉金′;官鬼酉金′世,官鬼酉金′;父母亥水′,父母亥水′世;妻財丑土″,妻財丑土″。斷曰:酉官持世,戌土財爻動而生世,又得世應相生,戌土雖值旬空,動不為空,明日出空之日,求之必允,果於次日巳時允婚,夫妻白頭相守,兒女成行。
子月癸酉の日、ある人が自ら婚事を占い、雷風恒の卦を得て火風鼎に変じた。本卦の六爻を上から下に言えば、妻財の戌土(陰爻)が応に就き併せて発動、官鬼の申金(陰爻)、子孫の午火(陽爻)、官鬼の酉金(陽爻)が世に就き、父母の亥水(陽爻)、妻財の丑土(陰爻)である。変じた鼎の卦の六爻は順に、子孫の巳火、妻財の未土が応に就き、官鬼の酉金、官鬼の酉金、父母の亥水が世に就き、妻財の丑土である。野鶴老人は断じた。「酉金官爻が世に就き、上爻の戌土財爻が発動して世を生じに来る。世応もまた互相生助す。戌土は旬空に正しく当たるが、発動の爻は空となさず、明日はまさにそれが出空の日だ。往いて親を求めば必ず応允す」と。後に果たして翌日巳時に婚を許され、この夫婦は白頭偕老し、児女は群を成した。
又如寅月丙午日女家代占婚 得臨之既濟卦。子孫酉金″,妻財子水″應;妻財亥水″應動,兄弟戌土′;兄弟丑土″,子孫申金″;兄弟丑土″動,妻財亥水′世;官鬼卯木′世動,兄弟丑土″;父母巳火′,官鬼卯木′。
また寅月丙午の日、女家が娘に代わりてこの婚事を占い、地沢臨の卦を得て水火既済に変じた。本卦の六爻を上から下に言えば、子孫の酉金(陰爻)、妻財の亥水(陰爻)が応に就き併せて発動、兄弟の丑土(陰爻)、兄弟の丑土(陰爻)が発動、官鬼の卯木(陽爻)が世に就き併せて発動、父母の巳火(陽爻)である。変じた既済の六爻は順に、妻財の子水が応に就き、兄弟の戌土、子孫の申金、妻財の亥水が世に就き、兄弟の丑土、官鬼の卯木である。女家が男を占うは、官爻の卯木を以て用神とし、応爻の亥水が男家を代表す。この一卦の関鍵は、応爻の亥水が発動して戌土を化出し、回頭して来て剋するに在り。
覺子曰:女家占男,以官為用,以應爻為男家,此古法也,亦死法也,斷卦之時,須要人之活變,未必全得顯而易見者,即如此卦,女家占男,卯木旺官持世,其婚必成,而應爻受克,又為男家不允,似此何以決之,要知財官為重,世應為輕,雖是女家占男,亦要財爻不致於換陷,此—卦也,男女二人財被回頭克又逢丑土之克,如何能生卯木之官?男女不能相合相生,婚雖成終有他變,後果聘定於四月,未及成婚被賊兵劫去,應巳月者亥水逢月破也。
増刪者李文輝(覚子)が自ら述べる。女家が男を占うに官爻を以て用神とし応爻を以て男家とするは、古法であり、また死法である。断に臨んではなお人の霊活な変通を靠み、事は必ずしも皆明面に擺られているわけではない。この一卦を取って言えば、女家が男を占い、卯木の旺官が世に就けば、理に照らせばこの婚事は必ず成る。しかし応爻は剋を受け、また男家が肯んじて応ぜざると断ずべきだ——このように両頭が矛盾して、どう定奪するか。知るべし、財爻・官爻を重とし、世爻・応爻を軽とす。たとえ女家が男を占うとも、財爻に陥落あるか否かを見なければならない。この一卦の中、男女双方の係わる財爻の亥水は、すでに変出した戌土に回頭剋され、また丑土の剋を受ける。どうして卯木官爻を生じに行けよう。男女の間、相合・相生し得ざれば、婚事はたとえ説き成しても、終に別の変故を出す。後に果たして四月に聘を下したが、成親に及ばぬうち、女子は賊兵に擄われた。巳月に応じたは、亥水がちょうど巳月の月破に当たるがゆえである。
財值休囚破散,終非舉案之姻。官逢衰墓絕空,難遂齊眉之願。財爻官爻不宜墓絕空破,又不宜動而化破化散化克化鬼,乃夭折貧寒之合。男占忌財爻犯之,女占忌官爻犯之。男女自占,世爻忌犯,參商難免。世爻空亡,動化退,終須失望。動而空者實空之月日必成,靜而空者終不成也。世動化進神,事在必成。若化退神,終須難就。應爻靜而空破及化退神,亦同此推。
財爻がもし正しく休囚・遇破・散気に値すれば、終に挙案斉眉の良縁ではない。官爻がもし衰弱・入墓・逢絶・落空すれば、また白頭偕老の心願を遂げがたい。財爻・官爻はいずれも入墓・逢絶・落空・遇破を宜しとせず、また発動して破を化し散を化し剋を化し鬼を化するを宜しとせず、それは夭折あるいは貧寒の姻縁である。男方が占うは財爻がこれらの病を犯すを忌み、女方が占うは官爻がこれらの病を犯すを忌む。男女が自ら占うは、すなわち世爻が犯すを忌み、犯せば参・商の二星のごとく各々東西に分かれるを免れない。世爻が旬空に落ち、あるいは発動して退神を化するは、終に失望す。世爻が発動して落空するは、填実の月日に到ればなお成り得、安静にして落空するは、すなわち終に成らず。世爻が発動して進神を化するは、事は必ず成る。もし退神を化せば、終に成就しがたい。応爻が安静にして落空・遇破し、および退神を化するも、これに照らして類推せよ。
應一何空,財化進,夙有良緣。應空他人不實,若動化退神,必有退悔之心,若得財爻動化進神而生世者,雖見退悔,終是良緣。若世應動而破者。亦應實破之時、世應皆空多費力,反吟多變事難成。世應俱空,皆無準實,反吟卦變,反覆難成。野鶴曰:倘得空而逢旺財鬼相生,先雖不允,後終還成。
応爻が落空するも、ただ財爻が進神を化すれば、依然として宿世の良縁である。応爻が落空するは、相手が実在せざるを明らかにし、もし応爻が発動してまた退神を化すれば、あの相手は必ず反悔の心を存す。しかし財爻が発動して進神を化しまた世を生じに来るなら、たとえ相手が一時反悔しても、終に良縁である。もし世爻・応爻が発動して遇破するは、また填実・月破の時に応ずる。世爻・応爻がともに落空すれば、気力を多く費やす。反吟を占い得れば変故多く事成りがたい。世応ともに空なれば、両辺ともに准実なし。反吟の卦と卦の変じて反吟となるは、反反復復して成ること難し。野鶴老人が自ら述べる。「もし落空しながらまた旺相の財爻・鬼爻が来て相生するに逢えば、それならば先には応ぜずとも、最後に依然として成り得る」。
男占兮兄動,卦中非配偶。兄爻持世或兄動,乃傷妻阻隔之神,此婚必難成,已成者,遇此不免刑傷。覺子曰:兄爻持世,若得財爻動來相合,此婚必成。世兄爻化出財爻,此婚亦能成。女占兮官爻持世是良緣。女占男不宜子孫持世發動,子孫乃傷夫之神,未成者不成,已成者傷夫再嫁。惟官星持世合世生世旺相者,不獨姻緣必就,可期舉案齊眉。卦中官鬼重疊亦主再嫁。
男方が来て占うに「兄弟」が発動すれば、この卦の中はその人の配偶ではない。兄爻が世に就きあるいは兄爻が発動するは、妻を傷み阻隔する神で、この婚事は必ず説き成りがたい。すでに成親したものがそれに遇えば、また刑傷を免れない。増刪者李文輝(覚子)が自ら述べる。「兄爻が世に就く時、もし財爻の発動して来てそれと相合するを得れば、この婚事はなお必ず成る。世の上の兄爻が財爻を化出するは、この婚事もまた成り得る。女方が来て占うに官爻が世に就けば、便ち良縁である。女が男を占うは最も『子孫』が世に就きあるいは発動するを宜しとせず、子孫は夫を傷む神で、未だ成らざるは成らず、已に成りたるは夫を剋して再嫁す。ただ官星が世に就き、世に合し、世を生じ、かつ旺相なるのみ、ただに姻縁必ず成就するばかりでなく、なお夫妻の相敬して賓のごとくなるを指望し得る。卦中に官鬼が重重に現わるるも、また再嫁を主る」。
財官世應刑世夫妻反目。如巳月已亥日占夫妻不和將來如好否?得需之大過卦。妻財子水″,兄弟未土″;兄弟戌土′,子孫酉金′;子孫申金″世動,妻財亥水′世;兄弟辰土′,子孫酉金′;官鬼寅木′,妻財亥水′;妻財子水′應動,兄弟丑土″應。
財爻・官爻あるいは世爻・応爻が互相に世の位を刑剋するは、夫妻は必ず反目す。巳月己亥の日、ある人が夫妻の不和、将来重ねて好を修め得るかを占い、水天需の卦を得て沢風大過に変じた。本卦の六爻を上から下に言えば、妻財の子水(陰爻)、兄弟の戌土(陽爻)、子孫の申金(陰爻)が世に就き併せて発動、兄弟の辰土(陽爻)、官鬼の寅木(陽爻)、妻財の子水(陽爻)が応に就き併せて発動である。変じた大過の六爻は順に、兄弟の未土、子孫の酉金、妻財の亥水が世に就き、子孫の酉金、妻財の亥水、兄弟の丑土が応に就く。これは妻が夫を占うもので、寅木官鬼は夫の爻だが、世の上には夫を剋する子孫の申金が坐している。
斷曰:女占夫,不宜子孫持世,乃剋夫之象,幸寅木子水相生,不能傷之,所以不和,今兼應爻為夫,應逢子丑作合,夫已有外遇,水木相生,兩人情密。彼曰:果然。後如何?余曰:兩人不是姻緣,雖則不能死別,必有生離,果於次年寅月休妻,此人六月再取彼婦,應寅月者,夫臨寅木而沖世也,應六月者未土沖開初爻丑土,子水來生其寅木也。
野鶴老人は断じた。「女子が丈夫を占うは、最も子孫が世に就くを宜しとせず、それは夫を剋する象だ。幸いに初爻の子水財と二爻の寅木官が相生し、子孫は一時夫爻を傷むに及ばず。ゆえにただ不和のみである。今さらに兼ねて応爻の丈夫を代表するを見るに、応爻の子水が発動して変出の丑土と相合す。見るべし、丈夫はすでに別に外遇があり、水と木が相生して、両人の情意はまさに密である」と。あの人は言った。「果たして然り。これより後は如何」と。私は言った。「この両口子はもともと姻縁にあらず。死別に至らぬまでも、必ず生離せん」と。後に果たして翌年寅月に妻を休し、この人は六月のうちにあの外遇の婦人を娶った。寅月に応じたは、夫爻の臨む寅木が来て世爻を冲するがゆえ。六月に応じたは、未土が初爻の丑土を冲開して、子水が便ち寅木を生じに行き得るがゆえである。
旺相爻逢六合彼此同心。爻逢六合占婚最宜,更要財官旺相為吉,男忌財逢破墓,女防官位克絕,六沖變六合者更吉,眼下不允,日後必成。已成婚不和睦者,終究和美。忌六沖,卦無財官,主婚不成,勉強成之,若非死別,定是生離。六合變六沖,雖許允後必更張,已成者終須折枕。
用神が旺相にして爻がまた六合に逢えば、夫妻は必ず同心す。婚を占うは最も爻が六合に逢うを宜しとし、さらに財爻・官爻が旺相してこそ吉と算うる。男方は財爻の遇破・入墓を忌み、女方は官爻の剋され逢絶するを防ぐべきだ。六冲が六合に変ずるはさらに吉で、目下応ぜずとも、日后必ず説き成る。すでに成婚して和睦せざるも、最終にまた和美す。最も忌むは六冲で、卦中にまた財爻・官爻なければ、それは婚事の成らざる象で、勉強して成せば、死別ならぬは生離である。六合が六冲に変ずるは、一時応允するも日后必ず変故を生じ、すでに成親したるも、終に床を分かち離散せん。
占用咸臨節泰,忌逢暌革解離。覺子曰:易冒有云,卦得咸臨節泰,若不遇合沖變,雖財官衰陷隨墓助傷,皆不為凶。暌革解離,則為凶兆,雖用神全備而化合,亦不為吉,此言用神不騰於卦,驗也。曾於巳月丁卯日占婚於何時 得泰卦。子孫酉金″應,子孫酉金″應;妻財亥水″,妻財亥水″;兄弟丑土″,兄弟丑土″;兄弟辰土′世,兄弟辰土′世;官鬼寅木′,官鬼寅木′;妻財子水′,妻財子水′。
婚を占うは《咸》《臨》《節》《泰》の諸卦を得るを宜しとし、《睽》《革》《解》《離》を得るを忌む。増刪者李文輝(覚子)が自ら述べる。「《易冒》に言く、咸・臨・節・泰を占い得れば、ただ合中に冲に変ぜざるを遇えざるのみ、たとえ財爻・官爻が衰弱・失陥し、鬼に随って墓に入りあるいは財が動いて鬼を助くるとも、皆凶と算えず。もし睽・革・解・離を得れば、便ち凶兆で、たとえ用神が斉備しまた化合すとも、吉と算えず、と。これは卦象が以て用神に圧勝し得ると言うに等しい——この話は靠むべからざるものである」。
餘見此卦,兄爻持世,亥財臨月破旬空,子水之財,世爻克之,日辰刑之,古雖以泰卦為吉,餘焉敢以為之婚姻大事而試卦耶,命之再占。又得坤卦。子孫酉金″世,子孫酉金″世;妻財亥水″,妻財亥水″;兄弟丑土″,兄弟丑土″;官鬼卯木″應,官鬼卯木″應;父母巳火″,父母巳火″;兄弟未土″,兄弟未土″。
かつて巳月丁卯の日に婚事のいつ成るかを占い、地天泰の卦を得て、六爻は安静、変卦は本卦と同じであった。六爻を上から下に言えば、子孫の酉金(陰爻)が応に就き、妻財の亥水(陰爻)、兄弟の丑土(陰爻)、兄弟の辰土(陽爻)が世に就き、官鬼の寅木(陽爻)、妻財の子水(陽爻)である。野鶴老人は自ら述べる。「私がこの一卦を見るに、辰土兄爻が世に就き、五爻の亥水財爻はちょうど巳月の月破に当たりまた旬空に逢い、初爻の子水財爻はすでに世爻の辰土に剋され、また丁卯の日辰に相刑された。古人は《泰》卦を以て吉卦となしたが、私はどうして婚姻の大事を以てこの套の成説の試験を替えて為せよう。ここに彼に更に一卦を占わせた」。また坤為地の卦を得て、六爻は安静、変卦は本卦と同じであった。六爻を上から下に言えば、子孫の酉金(陰爻)が世に就き、妻財の亥水(陰爻)、兄弟の丑土(陰爻)、官鬼の卯木(陰爻)が応に就き、父母の巳火(陰爻)、兄弟の未土(陰爻)である。
世爻休囚為日破,亥水財爻臨月破,卦遇六沖,大凶之兆,故知前得泰卦,非為吉也,仍用財官世應者為是,然亦不可竟以為是,凡有所疑,勿執古法而斷,須以再占之卦而決之,後卦若吉即以吉斷,後卦凶者則以凶推,神不欺人,彼此兩無誤矣。
この一卦は世爻の酉金が休囚し、また卯日に冲破され、亥水財爻は依然として月破、坤は八純卦で正しく六冲に逢う——大凶の兆である。これによりて前の《泰》卦が決して吉ならざるを知るべく、依然として財・官・世・応を以て断ずるをもって正しきとす。ただしまたこのまま自己が一定に是と認めるべきでもない。およそ疑惑あれば、古法を死抱して硬断するなかれ、再占の一卦を以て決断せよ——後の卦が吉なら便ち吉を断じ、後の卦が凶なら便ち凶を推せ。神明は人を欺かざる。こうすれば卜者と問者の両辺ともに錯らない。
財化財未必婚姻兩度,鬼化鬼難曰相守百年。黃金策曰:財爻重疊,重作新人,余屢試之,男家占女家,財爻重疊旺相生合世爻者,多主賢妻美妾,財化財,或應雙娶、或應婢妾同來、或應妻妾之多、或應收妝奩甚厚,惟忌爻中兄動及日月沖剋財爻,花燭重重亦不免耳。
財爻が財爻を化出するも、必ずしも二たび親を成すとは限らず、鬼爻が鬼爻を化出するも、百年相守るとは言いがたい。《黄金策》は財爻の重畳すれば更に新人を作すと講ずるが、野鶴老人が自ら述べる。「私は屡々試してきたが、男家が女方を占う時、財爻が重畳して旺相にして、また来て世爻を生合するは、多くはすでに賢妻ありまた美妾あるを主る。財爻が財を化するは、あるものは同時に二房を娶るに応じ、あるものは婢妾を併せて門を過ぐるに応じ、あるものは妻妾の人数の众多に応じ、あるものは受取る妝奩の格外に豊厚なるに応ずる。ただ独り忌むは卦中の兄爻の発動、あるいは日辰・月建が財爻を冲剋する——そうなれば、花燭を重ね办じ續絃して再娶するもまた免れがたい」。
兄臨元武,防劫騙。鬼臨白虎,遇凶喪。兄鬼動臨元武,防局中奸詐騙財,縱使世應相生,財官無害,必須大費,鬼臨虎動或不來過門或遇門不久,必見喪事。應財世鬼,夫唱婦隨。應鬼世財,夫權妻奪。世持鬼應持財,謂之陰陽得位,必然鸞鳳和鳴。鬼臨應財持世,牡雞司晨,妻奪夫權,惟贅婿得之反吉。
兄爻の上に玄武が臨めば、劫騙を防ぐべく、鬼爻の上に白虎が臨めば、凶喪に遇わん。兄爻あるいは鬼爻が発動して玄武を帯ぶるは、この婚事のうちに詐を使い財を騙る人あるを提防すべし。たとえ世応が相生し財官ともに損なきとも、必ず大いに破費せん。鬼爻が白虎を帯びて発動するは、あるいは女方がもとより門を過がず、あるいは門を過ぎても長く待たず、必ず喪事に碰う。応爻が財で世爻が鬼なれば、夫唱え婦随うを主り、応爻が鬼で世爻が財なれば、妻子が丈夫の権を奪うを主る。世の上に鬼が坐り応の上に財が坐るを、陰陽各々その位を得と言い、必ず夫妻は和鳴す。反対に鬼が応位に在りて財が世を持てば、牝鶏晨を司り妻が夫権を奪う——ただ入贅の女婿が占い得て然るものはかえって吉である。
此の婚に子嗣の有無章第八十三
子孫旺相或休囚而動及動而化吉,皆主有子。子化進神化回頭生,有子必多。如逢子孫墓絕動而變鬼鬼變子孫父化子子化父父動克子,皆因我命無兒,不成此婚亦無子也,惟多積陰德以培之。
「子孫」爻が旺相にして、あるいは休囚ながら発動し、および発動して吉爻を化出するは、皆子嗣あるを主る。子孫が進神を化し回頭生を化するは、児子は必ず多い。もし子孫の入墓・逢絶、発動して鬼爻を変出し、鬼爻が子孫を変出し、父母が子孫を化し、子孫が父母を化し、あるいは父爻が発動して子孫を剋するに遇えば、それは自己の命に児なきで、たとえこの親を結ばずとも、別に娶りて同じく児なし——ただ陰徳を多く積みて培植するのみである。
如申月丁丑日因有妾多占何命者有子 得革之夬卦。官鬼未土″,官鬼未土″;父母酉金′,父母酉金′世;兄弟亥水′世,兄弟亥水′;兄弟亥水′,官鬼辰土′;官鬼丑土″動,子孫寅木′應;子孫卯木′應,兄弟子水′。
申月丁丑の日、ある人が姫妾の众多なるに因り、いずれの房の命に児子を生み得るかを占い、沢火革の卦を得て沢天夬に変じた。本卦の六爻を上から下に言えば、官鬼の未土(陰爻)、父母の酉金(陽爻)、兄弟の亥水(陽爻)が世に就き、兄弟の亥水(陽爻)、官鬼の丑土(陰爻)が発動、子孫の卯木(陽爻)が応に就く。変じた夬の卦の六爻は順に、官鬼の未土、父母の酉金が世に就き、兄弟の亥水、官鬼の辰土、子孫の寅木が応に就き、兄弟の子水である。関鍵は卯木の子孫が申月のうちに絶に逢い、二爻の鬼爻が発動してまた子孫の寅木を変出すに在り。野鶴老人は断じた。「卯木の子孫は申月にまさに絶地、鬼爻は寅木の子孫を変出すも寅木はまた申月に冲破さる——これは您本人の命に児なきで、いずれの房の妾の命と何の相関あらん」と。彼は即ち八字を拿出して見せたれば、甲寅・甲戌・甲子・戊辰であった。私は言った。「この八字は純陽にして陰を包む象あるも、兵権を掌り顕赫を主るが、嫌は天干四柱が並頭重畳して地支また層層冲剋するに在り、同じく児なきを主る」と。あの公は問うた。「いかなる办法か」と。私は言った。「陰徳を多く積みて培植せよ」と。彼は言った。「不孝は三あり、後なきが最大」と。これより彼は貧寒を賑済し、人の夫婦団円を成全し、橋を修し路を鋪き、薬を施し棺を施して、後に相続いて二つの児子を生んだ。終に臨んで彼は児子に嘱して言った。「もし陰功を積まざりせば、汝らあらじ。汝らはすでに成人せり。さらに多く徳を積め」と。
斷曰:卯木子孫絕於申月,鬼變子孫又逢月破,公命無子,與女命何干?即出八字看之,甲寅甲戌甲子戊辰,余曰:八字雖有純陽包陰,兵權顯赫,但嫌並頭重重疊疊克罡,亦主無子。公曰:有何法耶?余曰:多積陰德以培之。公曰:不孝有三,無後為大。嗣後施濟貧寒,全人夫婦,修橋砌路,施藥施棺,連生二子,臨終囑其子曰:我非陰功,不能有爾,爾皆成人,多宜積德。
野鶴老人は斷じた。「卯木の子孫は申月に正しく絶地、鬼爻は雖も寅木の子孫を變出すも、寅木はまた申月に冲せられ破れたり——これは您本人の命に兒子なし。いずれの房の妾の命と何の相干あらん」。彼は隨即に八字を拿出して看れば、是れ甲寅・甲戌・甲子・戊辰なり。我は言った。「この八字は雖は純陽の陰を包む象あって兵權を主掌して顯赫を主るも、嫌うところ、天干は四柱に並頭して重疊し、地支はまた層層に冲剋す。同じく兒子なしを主る」。あの公は問う。「何か办法あるか」。我は言った。「多く陰徳を積みて以て培植せよ」。彼は言った。「不孝は三あり、後なきが最大なり」。これより彼は貧寒を賑濟し、別人の夫婦の團圓を成全し、橋を修め路を鋪き、藥を施し棺を施し、後來に接連して兩個の兒子を生めり。臨終の時、彼は兒子に囑咐して曰く、若し陰功を積まざらば、便ち汝らある可からず。汝らは皆已に成人せり。さらに多く徳を積むべし、と。
此の婚、父母に宜しきか否か章第八十四
專以父母為用神,父母爻或旺或衰,皆不忌也。所忌者財爻發動,必此婚之有妨。如財化父母,父母動化墓絕空破及回頭克,動而破散或日月克父母,乃桑榆暮景之秋,不成此婚亦難免耳。
この一門はあげて「父母」爻を以て「用神」とする。父母爻の或は旺或は衰は、皆忌ぶに足らず。忌ぶところは財爻の発動にして、それならば一定にこの親事に妨げあらん。財爻が父母を化出するか、あるいは父母爻が発動して入墓を化し逢絶を化し落空を化し遇破を化しおよび回頭剋を化するか、あるいは発動して破散し、またあるいは日辰・月建に剋されるに至っては、それは已に桑榆の晩景、寿数まさに尽きんとする象で、たとえこの親を結ばずとも、同じく免れがたい。
寵を納るる章第八十五
為子嗣故,以子孫為用神,與前段同斷,否則專看財爻,亦與占子同斷。占配僕,以財爻為用,財爻持世,或動而生合世爻,動而化進、化生、化財,皆得忠誠效力;散破空絕,非懶惰即疾病。財爻克世沖世,負義忘恩之徒也。財化鬼化絕化墓化克及鬼化財爻,貧窮壽夭。
妾を納るるがもし子嗣のためなれば、すなわち「子孫」爻を以て「用神」とし、判法は前の章と同じである。もし子嗣のためでなければ、あげて「妻財」爻を看て、判法は児女を占うと同じである。配婢・僕を買うを占うは、財爻を以て用神とする。財爻が世に就き、あるいは発動して来て世爻を生合し、あるいは発動して進神を化し生を化し財爻を化出するは、皆忠誠に効力する人を得られる。財爻が散気・遇破・落空・逢絶するは、此の人は懶惰ならぬは多病である。財爻が世を剋しあるいは世を冲するは、信を背き恩を忘るる徒である。財爻が鬼を化し絶を化し墓を化し剋を化し、および鬼爻が財爻を化出するは、その人は貧窮にしてしかも短寿である。
離婦を取り娼婦を贖う章第八十六
防患者,用子孫。子孫持世,子孫發動,皆無憂也。財爻持世,子動相生者,更吉。鬼兄克世隨助傷,鬼爻持世,婚姻雖就,病患隨之。財克世,兄持世,落人之局,必人財兩失。防攔阻者,鬼動有禍,兄爻持世,到底難成,財動相生,不謀而就,六沖變沖為凶。三合六合者吉。六合變沖,成而不久。六沖變合,終必有成。強奪婚、遂私約,非祥非義,勿告於神。出妾休妻,原非所欲,有不得己而出者,必去難留。
再嫁の婦を娶りあるいは娼妓の身を贖うは、もし日后に事出づるを防がんとするなら、すなわち「子孫」爻を用いる。子孫が世に就きあるいは子孫が発動するは、皆憂慮すべきなし。財爻が世に就きて子孫が発動して来てそれを生ずるは、さらに吉。鬼爻・兄爻が世を剋し、あるいは鬼に随って墓に入り、財が動いて鬼を助けて身を傷める——鬼爻が世に就くは、婚事は成るも病患もまた随って来る。財爻が世を剋し兄爻が世に就くは、別人の設けた圏套に落ち入り、必ず人財両空ならん。もし人の中より拦阻するを防がんとするは、鬼爻の発動すれば便ち禍事あり、兄爻が世に就けば到底成りがたく、財爻が発動して来て世を生ずれば、謀を費やさずして自然成就す。六冲が六冲に変ずるは凶を為し、三合・六合は吉を為す。六合が六冲に変ずるは、成るも長からず。六冲が六合に変ずるは、終に成り得る。強く婚配を搶い私に苟合を訂るるに至っては、祥ならざるかつ義ならざれば、以て神明に禀告するなかれ。妾を遣い妻を休するに至っては、もともと人の願う所にあらざれば、もし実に已むを得ざるあって出さんとするあれば、占い得て去るべきは留めがたい。
胎孕の章第八十七
卜胎之虛實,占孕之安危,問產婦之吉凶,測胎中之男女,各宜分占,親占代占,皆用子孫,惟子占母孕,以弟兄爻為用神也。福神旺相遇生扶,麟捶兆瑞。子孫休囚逢破衰,泡孕空虛。子孫臨日月、或遇日月動爻生扶、或動而化吉,皆許成孕。若臨空破衰絕、或被刑沖剋害、或動而變鬼化絕化破、或鬼變子、父變子、子化父,水泡空燈,惟動而空者不防。
真に胎を懐いたか否かを卜し、胎孕の安穏か否かを占い、産婦の吉凶を問い、腹中の男女を測る——この四件の事は各々分かちて占うを要す。自ら占うと人に代わりて占うとを問わず、皆「子孫」爻を以て「用神」となす。ただ独り児女が母に代わりて其の懐孕を占うは、「兄弟」爻を以て用神とす。子孫が旺相にしてまた生扶を得るは、麟児の瑞を呈する兆である。子孫が休囚にしてまた破に逢い衰に逢うは、胎孕は水泡のごとく落空せん。子孫爻が日辰・月建に臨み、あるいは日月と動爻の生扶を得、あるいは発動して吉爻を化出するは、皆それが確かに孕を成したを許す。もし子孫が落空・遇破・衰弱・逢絶し、あるいは刑冲剋害され、あるいは発動して鬼爻を変出し絶を化し破を化し、またあるいは鬼爻が子孫を変じ父母が子孫を変じ子孫が父母を化するなら、それは水泡・空灯の一場の虚幻のごとし。ただ発動して落空するのみは忌ぶに足らず。
子化子雙生有準。子動化子孫、或卦中子孫動、或已有旺相之子孫動者他爻又變出旺之子孫,皆主雙胎。卜筮元龜云:子孫兩旺,定是雙胎。覺子曰:兩動兩旺者,此斷是也。內有一衰,一死一生,一陰一陽者一女一男。兩現一不動者,非也。
子孫が子孫を化出するは、双生は准なり。子孫が発動して子孫を化出するか、卦中に別に子孫の発動あるか、またあるいはすでに一つの旺相の子孫が発動して別爻が更に一つの旺相の子孫を変出する——これらは皆懐くところ双胎を主る。《卜筮元亀》に言く、子孫の两处ともに旺なれば、一定に双胎なり、と。増刪者李文輝(覚子)が自ら述べる。「二つの子孫が皆動し皆旺なる時、かく断ずるをもって对とす。もし二つのうち一つの衰弱あれば、すなわち一死一生である。もし一陰一陽ならば、それは一女一男である。二つの子孫が皆卦中に現わるも、一つに発動せざるあるに至っては、すなわちこの条に照らして断ずること能わざる」。
陽變陰男女可辨。六爻靜,先看卦包陰包陽,生女陽包陰,生男陰包陽,坎卦、大過、小過、咸、恆卦是也。陽包陰,離卦、中孚、頤、損卦是也,其餘非也。六爻既靜若無包,須看子孫值陽為男,值陰為女。卦有動爻雖有子包而不用,神兆機於動,先看動爻。一爻動者,陽動為女,陰動為男;兩爻動者,看上爻;若有三爻發動,看中爻;卦中多動者,來心不誠,改日再占。即刻連占亦不驗也。
陽爻より変じて陰爻となるにより、男女は便ち分かち辨えられる。六爻が皆安静なる時は、まず整卦の「陰包陽」か「陽包陰」かを看る。陰包陽は男を生む——指すところは坎卦・大過・小過・咸・恒のこの数卦(外陰にして中陽)。陽包陰は女を生む——指すところは離卦・中孚・頤・損のこの数卦(外陽にして中陰)。その余の卦はこの例に属さず。六爻がすでに静にしてまた包象を成さざれば、すなわち子孫爻を看る。子孫が陽爻に居るは男、陰爻に居るは女である。卦中にもし動爻あらば、たとえ包象あるともそれを用いず。神明の兆は先ず動爻の上に顕るればなり、まず動爻を看る。ただ一爻の動なるは、陽爻の動は女を生み陰爻の動は男を生む。二爻の動なるは、上の那一爻を看る。三爻の発動あるは、当中の那一爻を看る。卦中の動き多すぎるは、来問する人の心誠ならざるなり。日を改めて更に占え——当下に接続して再占するも応験あらじ。
如辰月戊辰日占孕男女得小過之豫卦。父母戌土″,父母戌土″;兄弟申金″,兄弟申金″;官鬼午火′世,官鬼午火′應;兄弟申金′動,妻財卯木″;官鬼午火″,官鬼巳火″;父母辰土″應,父母未土″世。
辰月戊辰の日に胎孕の男女かを占い、雷山小過の卦を得て雷地豫に変じた。本卦の六爻を上から下に言えば、父母の戌土(陰爻)、兄弟の申金(陰爻)、官鬼の午火(陽爻)が世に就き、兄弟の申金(陽爻)が発動、官鬼の午火(陰爻)、父母の辰土(陰爻)が応に就く。変じた豫の卦の六爻は順に、父母の戌土、兄弟の申金、官鬼の午火が応に就き、妻財の卯木、官鬼の巳火、父母の未土が世に就く。全卦ただ三爻の申金兄弟が発動するのみで、しかも陽爻が動いて陰爻の卯木を変出する。
余曰:爾之來意,還是問妻孕平安?還是問孕之男女?彼曰:兩事俱問。余曰:日後須宜分占,不可同問。幸此卦兩事俱現,兄爻雖動,不克變出之財爻,草正坐草無虞,卦中陽動變陰,必然主女。彼曰:小過卦謂之陰包陽,如何生女?余曰:神兆機於動,先重動爻。果於壬申日生女,產母平安。覺子曰:占妻平安及占男女,原宜分占,彼若閒時而問兼問者,還可同斷,若在臨產危急時而問者,切不可以男女而斷。
野鶴老人は彼に問うた。「汝の来る本意は、妻子の懐孕の平安か否かを問うか、胎児の男女かを問うか」と。彼は二件とも問うと言った。私は言った。「これより後は分かちて占うを要し、一卦に同問すべからず。幸いにこの一卦は両件ともに顕れた。兄爻は発動するも、それが変出する卯木財爻を剋するに及ばず——産婦の臨盆は虞なし。卦中は陽爻の発動して陰爻を変出す——あれは必ず女を生む」と。彼は言った。「小過卦は陰包陽と呼ばれるではないか、どうして女を生む」と。私は言った。「神明の兆は先ず動爻の上に顕る。ゆえにまず動爻を重んずる」と。後に果たして壬申日に女児を生み、産婦もまた平安であった。増刪者李文輝(覚子)が自ら述べる。「産婦の平安を占うと胎児の男女を占うは、もともと分かちて占うべし。来人がもし閒時に順帯して同問するは、なお併せて断じ可。もし臨産の危急の時に問い来たるは、切に男女を断ずるべからず」。
産婦の安否を問う章第八十八
坐草臨盆嫌鬼動,胎前產後忌兄搖。財臨絕破妻難保,鬼化妻財命不牢。問產婦夫占代占,皆以財為用神。雖則不宜鬼動,倘若兄動克財,又宜鬼動制服兄爻。不宜財變鬼、鬼變財、兄化財、財化兄,及妻逢月破休囚破絕化墓化絕,或日月沖剋,皆為凶兆。覺子曰:問胎產婦,雖宜分占,另有不待分占,而卦中先現者,須宜留心。
臨盆・坐草の際は最も「官鬼」の発動を嫌い、産前・産後は最も「兄弟」の揺動を忌む。財爻が逢絶・遇破すれば妻子は保ちがたく、鬼爻が妻財を化出すれば性命は牢ならず。産婦の安危を問うは、丈夫の自占と他人の代占とを問わず、皆「妻財」を以て「用神」とす。鬼爻の発動を宜しとせずと言えども、もし兄爻が発動して来て財を剋せば、それならばまた鬼爻の発動して兄爻を制服するを有すべきだ。財爻が鬼を変じ鬼爻が財を変じ、兄爻が財を化し財爻が兄を化し、および財爻が月破・休囚・遇破・逢絶・化墓・化絶に逢い、あるいは日辰・月建に冲剋されるを宜しとせず——これらは皆凶兆である。増刪者李文輝(覚子)が自ら述べる。「胎を問うと産婦を問うは分かちて占うべしといえども、また分占を待たずして卦中に先に顕れるあり。留心して体会するを要す」。
如子月乙亥日占妻孕平安否 得豐之小過卦。官鬼戌土″,官鬼戌土″;父母申金″世,父母申金″;妻財午火′,妻財午火′世;兄弟亥水′,父母申金′;官鬼丑土″應,妻財午火″;子孫卯木′動,官鬼辰土″應。
子月乙亥の日に妻子の懐孕の平安か否かを占い、雷火豊の卦を得て雷山小過に変じた。本卦の六爻を上から下に言えば、官鬼の戌土(陰爻)、父母の申金(陰爻)が世に就き、妻財の午火(陽爻)、兄弟の亥水(陽爻)、官鬼の丑土(陰爻)が応に就き、子孫の卯木(陽爻)が発動する。変じた小過の六爻は順に、官鬼の戌土、父母の申金、妻財の午火が世に就き、父母の申金、妻財の午火、官鬼の辰土が応に就く。用神は午火の妻財で、それは子月に正しく月破に当たり、また乙亥日の水に剋される。
斷曰:午火妻財臨月破,又被亥日克之,冬天之火囚被克,全無生扶,命之難保。彼曰:卯木子孫,動而生火,何謂全無生扶?余曰:卯木子孫動而變鬼,神曰:母子皆喪。非生火之卯木也。斷卦者須以知機,會神之意。彼又曰:財雖不旺,卯木子孫得子月亥日以生之,何謂子亦難保。余曰:變鬼之子孫,縱臨日月亦無益矣。卦得六沖,子旺財強終是喜。爻逢六合,財空子破亦為憂。
野鶴老人は断じた。「午火の妻財は正しく子月の月破に当たり、また亥日の水に剋され、冬の火はもと已に囚死してまた剋を受け、全く生扶なし——性命は保ちがたい」と。彼は言った。「初爻の卯木子孫が発動して来て火を生ずるに、どうして全く生扶なしと言える」と。私は言った。「卯木の子孫は発動して辰土の鬼爻を変出せり。これは神明が我らに母子ともに喪亡せんと告ぐるなり。それは已にあの火を生じ得る卯木にあらず。卦を断ずる人は須く機を識り神明の用意を領会し得べし」と。彼はまた問うた。「財爻は旺ならずといえども、卯木の子孫は子月と亥日の水に生を得て来たるに、どうして孩子さえも保ちがたい」と。私は言った。「已に鬼と変じたる子孫は、たとえ日辰・月建に臨むとも用なし。六冲の卦を占い得ても、ただ子孫が旺にして財爻が強なれば、終に喜事なり。爻が六合に逢うも、もし財爻が落空し子孫が遇破せば、同じく憂患なり」。
産期の章第八十九
產期有遠近之分,遠則應月,近則應日。子孫動者逢合逢值,靜者逢值逢沖,空者沖空實空之日,破者實破逢合之期。白虎兄弟而動,值日而生。子孫臨絕,待生旺之日。又有子遇長生胎養之日。伏藏者出現之日而生也。
産期には遠近の分あり。日のなお遠きは月份に応じ、日の已に近きは具体の某日に応ずる。「子孫」爻が発動するは、逢合あるいは値日の時に応じ、子孫が安静なるは、値日あるいは冲せられる時に応じ、子孫が旬空に落つるは、冲空あるいは填実の日に応じ、子孫が月破に遇うは、填実あるいは逢合の期に応ずる。白虎の臨むところの兄弟爻が発動するは、それが値日する日に分娩す。子孫爻が絶地に臨むは、それが生を得旺を得る日を待つを要す。このほかにも子孫爻が長生・胎・養のあの数日に遇うに応ずるあり。子孫が伏蔵して現われざるは、すなわちそれが出現する日に生産す。
嬰児の否泰章第九十 身命・子孫の章と同断
出行の章第九十一
人為利名,奔馳道路,風波不測。占卜應以世爻為先,旺相宜行,空亡宜止。世為出行人,生旺有氣則吉,動而化吉,及化子孫者更吉。如若休囚空破,動而化凶者不宜行也。應為地頭,又為傍倚人,他若空破墓絕或動而化絕化回頭克者,去之無益。世傷應位,不拘遠近相宜。應克世爻,公私皆主不利。我去克他,所向通達。應來刑沖剋世,不可行之。
人は名利のために路上に奔波し、風波は測りがたし。出行を占うはまず世爻を看るべし。世爻が旺相なれば便ち行くべきで、世爻が落空すれば便ち停まるべきだ。世爻は出行の人を代表し、生を得旺を得て気あれば便ち吉。発動して吉を化し、とりわけ「子孫」を化出するはさらに吉。もし休囚・落空・遇破し、あるいは発動して凶に変ずれば、出門に宜しからず。応爻は目的地を代表し、また途中の投靠・依傍する人を代表す。応爻がもし落空・遇破・入墓・逢絶し、あるいは発動して絶を化し回頭剋を化すれば、それならば往くも好処なし。世爻が能く応の位を剋傷するは、路の遠近を論ぜずともに合適。応爻が反って世爻を剋するは、公事・私事ともに利あらず。我が往って彼を剋すれば、至るところ樣樣通達す。応爻が来て世を刑し冲し剋するは、身を動かすこと能わざるなり。
八純亂動,在處皆凶。兩間齊空,獨行則吉。六沖卦及動而變沖,世爻休囚被克者,終去不成,有始無終,去亦諸般不就。兩間爻者,乃同行附載之人,動而克世,必遭其害,動臨兄爻,破我之財,生合我者為吉,倘兩間齊空,若非中途梗阻,定然無伴孤行。靜遇日沖必動,動逢合住而留。世爻暗動者必去,世爻旺靜逢沖之日必去,世爻動而化合或被日月動爻合者,必有事故,阻滯不行。覺子曰:余常得驗,亦有應在沖開之日而行。
八純卦にして六爻が乱動するは、どこへ行っても凶。二つの間爻が同時に落空するは、独り上路すればかえって吉。六冲の卦を占い得、あるいは卦動して六冲と変じ、世爻がまた休囚して剋を受くるは、終に行き成らず。たとえ始めあるとも終わりなく、往くも事事遂わず。いわゆる「両間爻」は、世応の間のあの二爻で、同行・搭伴する人を代表す。それらが発動して来て世を剋せば、必ず其の害を遭う。それらの上に兄爻が臨めば、我が銭財を破せん。来て我を生合するこそ吉なれ。もし両間爻がともに落空すれば、半路に阻まるるにあらざれば、一定に同伴なく孤身独行である。世爻が安静にして日辰の来て冲するに遇うは、必ず身を動かす。世爻が発動して合い住せられれば、すなわち留まらん。世爻が暗動するは必ず往く。世爻が旺にして安静なるは、冲せられる日に応じて身を動かす。世爻が発動して化合し、あるいは日辰・月建・動爻に合い住せられるは、必ず事故あって耽搁して行き成らず。増刪者李文輝(覚子)が自ら述べる。「私は常に試して出すに、また冲開して合い住せる日に応じてこそ身を動かすあり」。
官鬼交重災禍重。武鬼動憂盜賊,雀鬼發防訟非,虎鬼疾病纏綿,蛇鬼風波警驗,勾陳鬼動,事有勾連。鬼動逢龍,戒於嫖賭。鬼發震乾車馬患,鬼發兌坎慮風波。坤艮之鬼,山間道野逢殃。巽離之官,炎廠林窖罹難。餘在趨避章中詳之。福神發動患殃消。出行得子孫發動,子孫持世、世化子孫,程途萬里,百禍潛消,子孫克世者亦吉。
「官鬼」が重重に発動すれば、災禍は便ち重し。玄武の臨む所の鬼爻が発動するは、憂うるは盗賊。朱雀の臨む所の鬼爻が発動するは、訟事・是非を防ぐべし。白虎の鬼が動くは、疾病の纏綿を主る。螣蛇の鬼が動くは、路上の風波・惊険を主る。勾陳の鬼が動くは、事の牽連・糾纏せん。鬼が動いて青竜に遇うは、嫖賭を戒むべし。鬼爻の震宮・乾宮に発動するは、車馬の患を防げ。兌宮・坎宮に発動するは、水上の風波を慮れ。坤宮・艮宮の鬼は、山間・野道に殃を遭う。巽宮・離宮の官爻は、窯廠・林藪・地窖の類の地方に難を罹る。これらは私が《趨避章》に別に詳説す。「子孫」が発動すれば、禍患は便ち消ゆ。出行に子孫の発動を占い得、あるいは子孫が世に就き、あるいは世爻が子孫を化出すれば、たとえ路途万里なりとも、百般の禍患も悄然として消散す。子孫の来て世爻を剋するさえも、これ吉なり。
父克世爻,風雨舟車行李。父母持世而動或被父動沖剋世爻,餘得驗者,有應舟車行李之累,有應風雨淋漓。世爻旺者無妨,最怕休囚而為凶也。兄沖世位,花月散耗災非。財爻持世,兄爻沖剋,有應在花朝月夕,無端浪費,有應小輩明欺暗騙,致成災非,破耗百出。
「父母」爻が世を剋するは、風雨と舟車・行李の累を主る。父母爻が世に就きて発動し、あるいは世爻が発動の父爻に冲剋される——野鶴老人は自ら述べて我の試み出したるは、あるものは船車・行李の累を受くるに応じ、あるものは一路風雨に淋漓するに応じたと。世爻が旺相なるは妨げず、最も怕るは世爻の休囚、それならば凶を成す。「兄弟」爻が世の位を冲するは、花酒の耗散と災禍・是非を主る。財爻が世に就きて兄爻に冲剋されるは、あるものは花朝月夕の場合に端なく浪費するに応じ、あるものは小輩の明に欺き暗に騙すに応じ、災禍を惹出し破耗百出するに至る。
反吟化退中途返,六沖隨墓始終凶。卦得伏吟世動者,沖開之日月成行。卦得反吟可到中途亦返,世逢沖剋大凶,六沖卦世靜世空必不能行。隨鬼入墓,世若休囚,不返之兆。六合化沖不吉,六沖化合方亨。六合卦變六沖,及卦變克絕者,坐家亦恐凶危。
反吟を占い得あるいは世爻が退神を化するは、半路に走りて折り返すを要す。六冲を占い得あるいは鬼に随って墓に入るは、始より終に至るまで皆凶。伏吟の卦を占い得て世爻が発動するは、伏吟を冲開するあの日・月に応じて身を動かす。反吟の卦を占い得れば、半路まで走り得るも、なお返回を要す。世爻が更に冲剋されれば、すなわち大凶である。六冲の卦にして世爻が安静あるいは世爻が落空するは、必定に行き成らず。鬼に随って墓に入り、世爻がまた休囚するは、往きて回らざる兆である。六合が六冲に変ずるは不吉、六冲が六合に変ずるこそ亨通す。六合の卦が六冲と変じ、および卦が剋に変じ絶に変ずるは、たとえ家中に安坐するも凶危あらんを恐る。
舟行の章第九十二
登舟問何日至,世爻發動,合日值日而到。若得子孫持世及子孫他爻發動者,值日而到。世化退及反吟卦,中途而返。問舟行平安否?子孫持世克世生世合世,一路平安。官鬼持世憂鬱驚恐,官鬼沖剋世爻災非必見,兄動破財。風阻者勿以兄弟為風雲,乃以子孫為順風,動而逢合逢值,靜而逢沖之日,空逢沖實之日,與天時章陰晴同斷。
船に上がりていずれの日か到るを問う。世爻が発動するは、それと相合する日あるいはそれが値日する時に応じ、もし「子孫」が世に就き、あるいは別爻の子孫が発動すれば、すなわち子孫の値日する日に応じて到る。世爻が退神を化しおよび反吟の卦を占い得るは、半路上に折り返すを要す。もし行船の平安か否かを問わば、子孫が世に就き、あるいは子孫が世を剋し世を生じ世に合するは、一路平安。「官鬼」が世に就くは一路の憂郁・惊恐、官鬼が世爻を冲剋するは必ず災禍を見、「兄弟」が発動するは財を破らん。風に阻まれて留まるに至っては、兄弟爻を以て風雲となすなかれ、而も子孫爻を以て順風とすべし。子孫が発動するは逢合あるいは値日の時に応じ、子孫が安静なるは冲せられる日に応じ、子孫が落空するは冲空・填実の日に応ずる。判法は《天時章》に陰晴を論ずると同じ。
同舟共行の章第九十三
同行共處應為尊,南路同舟一樣論。應傷世位遭他害,墓絕空破見吾恩,只宜生合相扶助,永賴維持如至親。三合同途皆遂意,六沖半路便灰心。起居為害搖兄鬼,水睦清平動子孫。占他人以應為用,占親戚必看用神,不宜兄鬼動而克世,最宜相合相生。
伴を結び同行し、共に一船に処するは、応爻を以て相手の主と為し、南路に走り船を同じくするもこれに照らして論ず。応爻の来て世の位を傷むるは、彼の害に遭わん。応爻が墓に落ち絶に逢い空に落ち破に遇うは、反って我が恩恵を受く。総じて世応の相生・相合して彼此扶助するを以て宜と為す。それならば便ち長く相倚りて至亲のごとくなり得る。世応が会して三合を成すは、一路同行して皆称心。六冲に遇うは、半路に走りて灰心して散夥す。起居の間に乱子を出づるは、「兄弟」「官鬼」の揺動するがゆえ。水路の和睦・太平は、すなわち「子孫」の発動に靠る。同行の外人を占うは応爻を以て用神と為し、同行の親戚を占うは必ず六親に按じて用神を取らねばならぬ。総じて兄爻・鬼爻の発動して来て世を剋するを宜しとせず、最も彼此の相生・相合するを宜とす。
行人の章第九十四
問行人之歸期,有遠有近,遠則應月,近則應日,亦有去久,若在日下當歸,又可以日斷也。問行人之否泰,另占一卦,不可一卦而兼斷也。世克用兮人未動,用爻克世必然歸。占親人在用神章中求之,疏者以應爻為用神,世克用神且無歸志,用神克世近日回家。余試果驗。墓絕空破,歸信杳然,明搖暗動,歸鞭發矣。伏藏才出現之日,動而逢合之日,動化進神不返,用神化退而歸,動逢合有事阻隔,動化鬼在外危災,最怕動而化克,還防卦變反吟。
門を出た人の帰期を問うは、遠近あり。遠きは月份に応じ、近きは日子に応ず。また出でて久しく、而も目下まさに回り来たるに当たるあり——それならばまた某一天に断じ得る。門を出た人の外に平安なるか否かを問うに至っては、別に一卦を占うを要し、一卦を以て兼ねて両事を断ずべからず。世爻が用神を剋するは、人はまだ身を動かさず。用神が世爻を剋するは、必定に回り来たる。自家の親人を占うは、《用神章》に按じて用神を取れ。関係の疏遠なる人は、すなわち応爻を以て用神と為す。世爻が用神を剋するは、相手はまだ家に回る心なし。用神が世爻を剋するは、近日便ち家に到る。野鶴老人が自ら述べる。「私は試みたり、果たして応験したり」。用神が入墓・逢絶・落空・遇破するは、帰期・音信ともに渺茫。用神が明動あるいは暗動するは、帰程は已に啓動せり。用神が伏蔵するはそれが出現する日に応じ、用神が発動するは逢合の日に応ず。発動して進神を化するは回らず、用神が退神を化するは反って回らんとす。発動して合に逢うは事あって阻隔され、発動して鬼を化するは外に危険・災禍あり。最も怕るは発動して剋神を化出し、また卦の変じて反吟となるを防ぐべし。
世爻空者行人即至,用神靜逢休囚空破者且不思歸,動空旺空者實空沖空之月日必歸,惟恐卦變克絕及反吟卦,用神被克被沖者,皆難望其歸也。用神三合,沖開之月日而來。卦逢六沖,行人無定而不返。用爻墓者開墓之日,用爻無病可斷歸期,用爻有病在外不安。野鶴曰:用神墓絕空破受傷,謂之有病。來人問行人在外平安否,須看有病無病。若問歸期,只可看卦象來與不來而斷也。
世爻が落空するは、門出の人は馬上到る。用神が安静にしてまた休囚・落空・遇破するは、相手はまだ家に回る念なし。用神が発動して落空し、あるいは旺にして落空するは、填実あるいは冲空のあの月日に到れば必ず回る。最も怕るは卦が剋に変じ絶に変じおよび反吟の卦、用神がまた剋され冲される——それは皆彼の回り来たるを指望しがたし。用神が三合に合い住せられるは、合局を冲開する月日に応じて家に到る。卦が六冲に逢うは、行人の行踪は一定せずして回らず。用神が墓に入るは、墓庫を冲開するあの日に応ず。用神に「病」なければ便ち帰期を断じ得、用神に「病」あればすなわち彼が外にあって安寧ならざるなり。野鶴老人が自ら述べる。「用神が入墓・逢絶・落空・遇破して傷を受くるを、便ち病ありと言う。来人が行人の外に平安なるか否かを問わば、用神の病あるか病なきかを看るを要す。もしただ帰期を問わば、すなわちただ卦象の上に彼が来たるか来たらざるかを看て以て断ずるのみ」。
如酉月戊申日占母在外何時來得旅之艮卦。兄弟巳火′,父母寅木′世;子孫未土″,官鬼子水″;妻財酉金′應動,子孫戌土″;妻財申金′,妻財申金′應;兄弟午火″,兄弟午火″;子孫辰土″世,子孫辰土″。此卦若問父母平安否,父母卯木日月動爻沖剋,必不安矣。今問其來否,不以此斷,只可斷用神伏藏也,克而不來,六合沖亦不來,後果在外平安。
酉月戊申の日に母親の外にあっていつ回るかを占い、火山旅の卦を得て艮為山に変じた。本卦の六爻を上から下に言えば、兄弟の巳火(陽爻)、子孫の未土(陰爻)、妻財の酉金(陽爻)が応に就き併せて発動、妻財の申金(陽爻)、兄弟の午火(陰爻)、子孫の辰土(陰爻)が世に就く。変じた艮の卦の六爻は順に、父母の寅木が世に就き、官鬼の子水、子孫の戌土、妻財の申金が応に就き、兄弟の午火、子孫の辰土である。野鶴老人は言った。「この一卦、もし問うところが母親の平安か否かなれば、それならば用神の卯木父母は日辰・月建と動爻に一斉に冲剋され、必定に平安ならず。今問うところは回るか否かなれば、便ちかように断ずる能わず。ただ用神の伏蔵して現われず、また剋を受くるを断ずるのみ——ゆえに来たらず。六合が冲開せられ、やはり来たらず」と。後に母親は果たして外にあって平安であった。
又如亥月甲子日占僕人何日回得革之夬卦。官鬼未土″,官鬼未土″;父母酉金′,父母酉金′世;兄弟亥水′世,兄弟亥水′;兄弟亥水′,官鬼辰土′;官鬼丑土″動,子孫寅木′應;子孫卯木′應,兄弟子水′。此卦若問僕人在外之吉凶者,必不歸矣,何也?午火財爻伏而破日月之克,今問何日可到,不以此斷,世空者速至,此人來矣,巳日必到,應巳日者,沖空之日也,巳火又是財爻,果於巳日到。
また亥月甲子の日に僕人のいずれの日に回るかを占い、沢火革の卦を得て沢天夬に変じた。本卦の六爻を上から下に言えば、官鬼の未土(陰爻)、父母の酉金(陽爻)、兄弟の亥水(陽爻)が世に就き、兄弟の亥水(陽爻)、官鬼の丑土(陰爻)が発動、子孫の卯木(陽爻)が応に就く。変じた夬の卦の六爻は順に、官鬼の未土、父母の酉金が世に就き、兄弟の亥水、官鬼の辰土、子孫の寅木が応に就き、兄弟の子水である。野鶴老人は言った。「この一卦、もし僕人の外にある吉凶を問わば、それは必定に回り来たる能わず。なぜか。僕人を代表する午火財爻が伏蔵して現われず、また日辰・月建の水に冲剋されるがゆえ。今問うところはいずれの日に到り得るかなれば、かように断ぜず。世爻が旬空に落つるは、人は反って快到す——この人は来たるべきで、巳日に必ず到る。巳日に応ずるは、巳の来て世爻の亥水の空を冲し、而も巳火本身がまた正しくあの財爻なるがゆえ」と。後に果たして巳日に家に到った。
未月戊戌日占伯何日來 得屯之隨卦。兄弟子水″,官鬼未土″應;官鬼戌土′應,父母酉金′;父母申金″動,兄弟亥水′;官鬼辰土″,官鬼辰土″世;子孫寅木″世,子孫寅木″;兄弟子水′,兄弟子水′。父母為用神,克世者速至,七月必到,後於亥月方到,應亥月者父母化出之爻也。
未月戊戌の日に伯父のいずれの日に来たるかを占い、水雷屯の卦を得て沢雷随に変じた。本卦の六爻を上から下に言えば、兄弟の子水(陰爻)、官鬼の戌土(陽爻)が応に就き、父母の申金(陰爻)が発動、官鬼の辰土(陰爻)、子孫の寅木(陰爻)が世に就き、兄弟の子水(陽爻)である。変じた随の卦の六爻は順に、官鬼の未土が応に就き、父母の酉金、兄弟の亥水、官鬼の辰土が世に就き、子孫の寅木、兄弟の子水である。伯父は尊長に属し、「父母」爻を以て用神と為す。申金の父母が発動して来て寅木の世爻を剋す——用神が世を剋する人は来たること速やかなり。本に七月に必ず到ると断じたが、後に却って亥月に至ってこそ来た。亥月に応じたは、亥水が正しくこの父母爻の変出したあの一支なるがゆえである。
如丑月庚午日占父遠去何日回得履卦。兄弟戌土′,兄弟戌土′;子孫申金′世,子孫申金′世;父母午火′,父母午火′;兄弟丑土″,兄弟丑土″;官鬼卯木′應,官鬼卯木′應;父母巳火′,父母巳火′。斷曰:今日乃是午日,午火父爻克世爻,今日必到。果於申時到。
丑月庚午の日に父親の遠行、いつ回るかを占い、天沢履の卦を得て、六爻は安静、変卦は本卦と同じであった。六爻を上から下に言えば、兄弟の戌土(陽爻)、子孫の申金(陽爻)が世に就き、父母の午火(陽爻)、兄弟の丑土(陰爻)、官鬼の卯木(陽爻)が応に就き、父母の巳火(陽爻)である。野鶴老人は断じた。「今日は正しく庚午日、四爻の午火父母は恰も日辰に臨み、火の来て申金の世爻を剋す——用神が世を剋すれば、今日に到る」と。後に果たして申時に家に到った。
寅月亥日占主人何時回,以父母為用。得大畜之益。官鬼寅木′,官鬼卯木′應;妻財子水″應動,父母巳火′;兄弟戌土″,兄弟未土″;兄弟辰土′動,兄弟辰土″世;官鬼寅木′世動,官鬼寅木″;妻財子水′,妻財子水′。斷曰:子水財爻化出巳火父爻,動爻不克變爻,巳日必到,果於巳日到。
寅月亥の日に主人のいつ回るかを占い、僕人が東家を占うに「父母」爻を以て用神と為し、山天大畜の卦を得て風雷益に変じた。本卦の六爻を上から下に言えば、官鬼の寅木(陽爻)、妻財の子水(陰爻)が応に就き併せて発動、兄弟の戌土(陰爻)、兄弟の辰土(陽爻)が発動、官鬼の寅木(陽爻)が世に就き併せて発動、妻財の子水(陽爻)である。変じた益の卦の六爻は順に、官鬼の卯木が応に就き、父母の巳火、兄弟の未土、兄弟の辰土が世に就き、官鬼の寅木、妻財の子水である。野鶴老人は断じた。「五爻の子水財爻が発動して巳火の父母を化出す。動爻は本位を剋するのみでそれが変出する爻を剋せず。ゆえに巳火は礙なく、巳日に必ず到る」と。後に果たして巳日に家に到った。
亥月甲子日占夫在外還往他省去否得大壯之大過。兄弟戌土″,兄弟未土″;子孫申金″動,子孫酉金′;父母午火′世,妻財亥水′世;兄弟辰土′,子孫酉金′;官鬼寅木′,妻財亥水′;妻財子水′應動,兄弟丑土″應。
亥月甲子の日、妻子が丈夫の外にあって更に別省へ往くか否かを占い、雷天大壮の卦を得て沢風大過に変じた。本卦の六爻を上から下に言えば、兄弟の戌土(陰爻)、子孫の申金(陰爻)が発動、父母の午火(陽爻)が世に就き、兄弟の辰土(陽爻)、官鬼の寅木(陽爻)、妻財の子水(陽爻)が応に就き併せて発動である。変じた大過の六爻は順に、兄弟の未土、子孫の酉金、妻財の亥水が世に就き、子孫の酉金、妻財の亥水、兄弟の丑土が応に就く。妻が夫を占うは二爻の寅木官鬼を以て用神と為す。而して五爻の申金子孫が発動して進神を化し、来てそれを剋す。
斷曰:妻占夫官為用神,申動克之,寅木夫爻受克不往他處去矣。不日必回。彼曰:何以其回也。余曰:日月生扶,夫生世爻必有歸志。問曰:何日可到。余曰:巳日必到,應巳日者,合住申金之日也。果於巳日到。或曰:用爻有病,莫問歸期,此卦申金化進神以克寅木,如何許回?余曰:彼問夫之平安,即以不利斷之,今加往他處去否,夫爻受到制,不往他鄉,斷卦者各有取用耳。
野鶴老人は断じた。「妻子が丈夫を占うは、官爻を以て用神と為す。申金が発動して来て剋すれば、寅木の夫爻は制を受け、便ち更に別の处へ往かず、数日ならずして一定に回り来たる」と。彼女は問うた。「何を憑って彼の回り来たると言う」と。私は言った。「亥月の水・子日の水は皆来て寅木を生扶し、夫爻はまた往きて世爻の午火を生ず。見るべし、彼は家に帰る心あるなり」と。彼女はいずれの日に到り得るかを問い、私は言った。「巳日に必ず到る——巳日に応ずるは、巳が申と相合して、寅木を剋する申金を合い住すればなり」と。後に果たして巳日に家に到った。ある人が質疑して曰く、「用神にすでに『病』あれば便ち帰期を問うべからず。この一卦、申金が進神を化して来て寅木を剋すに、どうして反って彼の回り来たるを許す」と。私は言った。「彼女がもし丈夫の平安か否かを問わば、私は不利に照らして断ぜん。今問うところはまた別省へ往くか否かなれば、夫爻は正に制を受けるがゆえに他郷へ往かざるなり。卦を断ずる人は問うところ何事かを看て、各々用を取るべし。一概に論ずる能わざるなり」。
餘於戌月丙戌日由江右登舟占一路平安否得蠱之巽。兄弟寅木′應,兄弟卯木′世;父母子水″動,子孫巳火′;妻財戌土″,妻財未土″;官鬼酉金′世,官鬼酉金′應;父母亥水′,父母亥水′;妻財丑土″,妻財丑土″。
野鶴老人が自ら述べる。「私は戌月丙戌の日に江西(江右)より船に登り、この一路の平安か否かを占い、山風蠱の卦を得て巽為風に変じた。本卦の六爻を上から下に言えば、兄弟の寅木(陽爻)が応に就き、父母の子水(陰爻)が発動、妻財の戌土(陰爻)、官鬼の酉金(陽爻)が世に就き、父母の亥水(陽爻)、妻財の丑土(陰爻)である。変じた巽の卦の六爻は順に、兄弟の卯木が世に就き、子孫の巳火、妻財の未土、官鬼の酉金が応に就き、父母の亥水、妻財の丑土である。全卦ただ五爻の子水父母が発動するのみで、而もそれは巳火の子孫を化出す」。
餘疑酉金鬼爻持世,一路憂疑之象,初不知風阻之說也,及至戊子日,風雨大作,舟泊南康,始悟此卦,子水父動,子日之風雨也,見其化出巳火子孫,即知巳日方晴,果泊五日,巳日天晴得風順矣,自此始悟子孫乃行舟之順風也。
野鶴老人が自ら述べる。「我は当時ただ酉金鬼爻の世に就くを疑い、一路の憂疑の象と為したるのみで、初めは『風阻』のこの層の道理を解さざりき。戊子日に到りて風雨大作し、船只は南康に停泊して、我は始めて恍然としてこの一卦を明白せり。子水の父母が発動するは、応ずるところ正しく子日の風雨なり。更にそれが巳火の子孫を化出するを看れば、便ち巳日に到ってこそ放晴するを知る。果たして五日停まりて、巳日に天晴れ風も順なり。これより我は悟出せり——子孫爻はすなわち行船の須要とする順風なり」。
非を防ぎ訟を避くる章第九十五
憂慮官可邦,喜官居空破,最宜子動,子若持世無非,鬼雀同興口舌不免,蛇鬼克世災患相侵,武鬼必凶盜賊陰人,白虎鬼定有傷痕見血,世動克應我興詞,應克世爻他有訟。子孫動子孫持世必不成非,鬼持世鬼克世應動克世定然成訟。
官司の身に纏わるを憂慮するは、「官鬼」爻の正しく落空・遇破するを喜び、最も「子孫」の発動を宜しとす。子孫がもし世に就けば、是非は自然なし。鬼爻が朱雀とともに興れば、口舌は免れがたし。螣蛇の鬼の来て世を剋するは、災患の相侵す。玄武の鬼は必ず凶で、盗賊あるいは陰私の人を主る。白虎の鬼は一定に血光・傷痕を見ん。世爻が発動して往きて応爻を剋するは、我が出面して状を告ぐるなり。応爻が来て世爻を剋するは、別人の我を告ぐるなり。総じて子孫が発動しあるいは子孫が世に就けば、必定に是非を閙け成らず。鬼爻が世に就き、鬼爻が世を剋し、あるいは応爻が発動して来て世を剋せば、すなわち一定に官司を打たん。
斗毆争競の章第九十六
彼此相爭尋世應,不宜沖剋喜相生,日月克身我必受辱,動爻克應他必遭刑,應克世者他勝,世克應者我贏,世空破世動化退我心怯焉,應動應旺化進神他得勢耳,卦遇六沖必散,卦逢六合必成。亦不離乎子孫爻,子孫發動子孫持世爭不成,日月動爻宜於克應不宜克世,世宜旺動克應,及動而化吉官事必贏。
双方の相争うは、すなわち世爻と応爻の上に消息を求む。互相に冲剋するを宜しとせず、喜ぶは彼此の相生するなり。日辰・月建が我が世身を剋せば、我は必ず辱を受け、動爻が相手方の応爻を剋せば、彼は必ず刑責に遭う。応爻が世を剋するは彼が勝ち、世爻が応を剋するは我が贏る。世爻が落空・遇破し、あるいは世爻が発動して退神を化するは、我が心の胆怯なり。応爻が発動し、応爻が旺相にしてまた進神を化するは、相手方の勢を得たるなり。卦が六冲に遇えば、この場の争いは必ず散ず。卦が六合に逢えば、必定に打ち起こらん。この一門もまた「子孫」爻を離るる能わず。子孫が発動しあるいは子孫が世に就けば、便ち争い成らず。日辰・月建と動爻は応爻を剋するを宜として世爻を剋するを宜しとせず。世爻は旺相・発動して往きて応を剋し、あるいは発動して吉を化するを宜とす。それならば官司は必ず贏る。
詞を興し訟を挙ぐる章第九十七
官父同興公庭有理,父官克世受屈含冤。世化退神世空世破,卦變六沖,世被刑沖,終不成訟。財與子孫發動克破文書官鬼亦不成之。
「官鬼」と「父母」が一同に興るは、公堂に到りて理を占む。反って父爻・官爻が却って来て世を剋するは、便ち屈を受け冤を含まん。世爻が退神を化し、あるいは世爻が落空・遇破し、あるいは卦が六冲に変じ、あるいは世爻が刑され冲されるは、この場の官司は終に打ち起こらず。財爻と「子孫」が発動して、父母の文書と官鬼の両樣を剋破すれば、訟事は同じく成らず。
已に重罪を定められたる章第九十八
福宜旺相最忌官興。子孫持世子孫發動已到法場終必赦免。官鬼克世或官鬼持世,又被日月動爻沖剋或世動化凶,雖定輕罪疑改重。
已に重罪を判定せられたるは、「子孫」の旺相を宜とし、最も「官鬼」の興起を忌む。子孫が世に就きあるいは子孫が発動するは、たとえ人は已に法場に押されとも、終になお赦を遇い死を免れん。官鬼が世を剋し、あるいは官鬼が世に就きて世爻がまた日辰・月建・動爻に冲剋され、あるいは世爻が発動して凶に変ずるは、たとえもとより定むるところ軽罪なりとも、只怕なお改判して重罪と成さんことを恐る。
疾病の章第九十九
野鶴曰:人有七情,致生百病,急於問卜,以慰其心,奈何卜筮諸書舛錯悖謬,奈人反無定見,既取用卦身世身,兼用本命,又有不看身命用神,單看卦驗,卦得明夷、大過、觀,賁、蠱、夬、豐、同人、大畜、需卦,斷之必死。又云:死氣喪門臨本命,早備衾棺。又云:蛇動主死,虎動主喪,以星煞六神而斷生死,獨不思假使惡煞凶神臨身守舍,若得用神二身旺相,斷之生耶?死耶?余試多年或生或死,全憑用神,餘皆不驗,人有不看用神而斷生死者,卦變為六沖是也。
野鶴老人が自ら述べる。人には喜・怒・憂・思・悲・恐・惊の七種の情志あり、それに因りて百病を生ず。急いで卜に問い以て心を寛ぐを求むるも、无奈卜筮の各家の書は錯謬百出して、人々はかえって主見を失う。あるいは「卦身」「世身」を取りて凭りとし、あるいはまた兼ねて本命の爻を看る。また根本的に身命・用神を看ずに、単に卦名を凭りて断ずるあり——なんぞ占い得たる明夷・大過・観・賁・蠱・夬・豊・同人・大畜・需のこれらの卦は、断定して必ず死すと言い、また死気・喪門が本命の爻に臨めば早く衾被・棺木を予備せよと言い、また螣蛇の動は死を主り白虎の動は喪を主ると言う。これらは皆星煞・六神を以て生死を断ずるものである。彼らは竟に思わざるか。もし悪煞・凶神が正しく身に臨み宅を守るとも、用神と身爻とが皆旺相ならば、それならば到底生を断ずべきか死を断ずべきか。野鶴老人が自ら述べる。「私は多年試験せり。或は生或は死は全て用神に凭る。其余は皆応験せず。真に用神を看ずとも生死を断じ得るあらんには、ただ一条あり、すなわち卦が変じて六冲となるのみ」。
六沖變沖,久病難於調治。久病者,卦逢六沖,卦變六沖,不論用神之衰旺,乃不治之疾也,近病逢之,不藥而癒。卦變克新病亦主危亡。卦變者,亦六沖而變六沖,何其近病亦危?乃因化回頭之克也。如巽木變乾金,艮坤化震巽,皆謂之回頭相剋,雖非墓絕,亦主危亡,若化比和、化克去、及化回頭相生,近病吉久病凶,六沖之故耳。除此沖剋之外,必看用神。
六冲がまた六冲に変ずれば、久病は便ち調治しがたし。久病の人が六冲の卦を占い得、あるいは卦が六冲に変ずれば、用神の衰旺を論ぜず、皆不治の症である。反対に、新たに得たる病が六冲に遇えば、薬を喫せずとも好く。卦が変じて回頭剋を帯ぶるは、新病さえも危亡を主る。ここに言う卦変は、同じく六冲が六冲に変ずるなり。なぜ近病さえも危険なりや。それが回頭の剋を化出せばなり。譬えば巽木が乾金と変じ、艮土・坤土が震木・巽木と変ずるは、皆回頭相克と呼ぶ。たとえ入墓・逢絶にあらずとも、また危亡を主る。もし化して比和と成り、化して剋神を去り、あるいは化して回頭相生すれば、それならば近病は吉、久病は凶——凶はなお六冲の上に凶なり。この類の冲と剋を除くのほか、其余は一概に必ず用神を看るを要す。
用遇旬空,近病何須憂慮,用逢月破,久病難許安寧。自占病,世為用神,占父母弟兄取用神者皆在用神章內詳之,用神動靜而值旬空,及化空者,若無日月動爻沖剋,許之沖空實空之日即愈,倘逢沖剋病雖重而不死,若值月破須看用神之衰旺,旺則愈於實破之日及出月而愈,衰而受克者必危。久病用神值旬空月破者,即使用神旺相,亦無法以治之。野鶴曰:海底眼黃金策皆云,主空無救中殂,不分近病久病,非經驗也。覺子曰:餘得驗者,近病值旬空,若逢三合六合者必成久病而終。
用神が旬空に落つるは、近病は憂慮するに足らず。用神が月破に逢うは、久病は安寧を得がたし。自己が病を占うは世爻を以て用神と為す。父母・兄弟などを占うに如何に用神を取るかは、皆《用神章》のうちに詳説せり。用神は動静を論ぜず、ただ正しく旬空に値し、あるいは発動して空を化するに、もし日辰・月建・動爻の来て冲剋するなければ、便ちそれが冲空あるいは填実のあの日に痊愈せんことを許す。もしまた冲剋に遇えば、病は重しといえどもまた死せず。もし用神が正しく月破に当たれば、すなわちその衰旺を看るを要す。旺なるは填実・月破のあの日に応じ、あるいはこの月を出でて便ち好し。衰弱にしてまた剋を受くるは、必定に危険なり。久病の人が用神の旬空に落ちあるいは月破に逢うは、たとえ用神が旺相なるも、医洽する能わざるなり。野鶴老人が自ら述べる。「《海底眼》と《黄金策》は皆『用神が落空して救なければ便ち中途に夭亡す』と言い、近病・久病を分たず一概に論ず。これは経験のうちより得たるにあらず」。増刪者李文輝(覚子)が自ら述べる。「私の試み出したるは、近病に用神が旬空に落ち、もしまた三合あるいは六合に逢いてそれを合い住せられば、必定に久病と拖りて死す」。
用化鬼鬼化用慎防不測,忌化用用化忌最難調醫。自占病,不宜世爻變鬼及化回頭克,占兄弟妻子皆不宜鬼變弟兄妻子及弟兄妻子而變鬼,又不宜兄變財財化兄,父化子子化父。野鶴曰:鬼乃父母之元神,父動化鬼乃為化生,輕病者即愈,久病者鬼化父,父化鬼皆主危亡,或曰:用神化鬼即為凶兆,假使又值旬空,近病者何以斷之?余曰:曾有占驗請試詳。
用神が鬼爻を化出し、鬼爻が用神を化出するは、皆意外を慎防するを要す。忌神が用神を化出し、用神が忌神を化出するは、最も医治しがたし。自己が病を占うは、世爻が鬼爻を変出しあるいは回頭剋を化出するを宜しとせず。兄弟・妻子の病を占うは、皆鬼爻が兄弟・妻子の爻を変出するを宜しとせず、また兄弟・妻子の爻が鬼爻を変出するを宜しとせず、さらに兄が財を変じ財が兄を化し父が子を化し子が父を化するを宜しとせず。野鶴老人が自ら述べる。「官鬼は父母の『元神』なり。ゆえに父爻が発動して鬼爻を化出するは、反って化生と算え、軽病は即刻好し。しかし久病の人は、鬼が父を化すると父が鬼を化するとを論ぜず、皆危亡を主る」。ある人が問う。「用神が鬼を化するはすでに凶兆なり。もしそれが同時にまた旬空に落ちたらば、近病はどう断ずべきか」と。私は言った。「これは私かつて実占の例あり。下面の細説を看よ」。
申月庚寅日占子近病 得恆之解卦。妻財戌土″應,妻財戌土″;官鬼申金″,官鬼申金″應;子孫午火′,子孫午火′;官鬼酉金′世動,子孫午火″;父母亥水′,妻財辰土′世;妻財丑土″,兄弟寅木″。斷曰:鬼變子孫,夭折之兆,幸得子孫值旬空,近病即愈,恐其難過午年,果在出空之日而愈,辰年占卦至午年出花而死。
申月庚寅の日に児子の新たに得たる病を占い、雷風恒の卦を得て雷水解に変じた。本卦の六爻を上から下に言えば、妻財の戌土(陰爻)が応に就き、官鬼の申金(陰爻)、子孫の午火(陽爻)、官鬼の酉金(陽爻)が世に就き併せて発動、父母の亥水(陽爻)、妻財の丑土(陰爻)である。変じた解の卦の六爻は順に、妻財の戌土、官鬼の申金が応に就き、子孫の午火、子孫の午火、妻財の辰土が世に就き、兄弟の寅木である。野鶴老人は断じた。「鬼爻が子孫を変出すは、もともと夭折の兆なり。幸いにこの子孫は正しく旬空に値し、近病が空に逢うはかえって即愈を主る。ただ彼が午年を熬り過ぎ得ざらんことを怕る」と。後に果たして出空のあの日に病は好くなった。而してこの一卦は辰年に占いしに、午年に到りて孩子は天花を出でて死せり。
動墓絕化墓絕須忌生旺,日月克動爻克最怕休囚。用神逢墓絕及動而化墓化絕全看衰旺,用神旺者何須慮,用神衰者實堪優。日月動爻沖剋者亦須看用神旺衰,旺相者沖去克神之日而愈,休囚者生助克神之日而危。散破無援脫氣,忌搖元動仇興。用神臨散遇破乃全無生扶,或脫氣休囚者,皆無根蒂,少吉多凶,忌神動克用神,若有元神發動許之有救,只恐仇神又動,當許凶危,須於元神章內詳之。
用神が発動して入墓・逢絶し、あるいは墓を化し絶を化するは、それが本身正しく生旺に当たるを怕る。日辰・月建あるいは動爻に剋せられるは、それが本身休囚なるを怕る。用神が墓に逢い絶に逢いおよび発動して墓を化し絶を化するは、全てその衰旺を看る。用神が旺なるは何を憂うるや、用神が衰なるこそ真に愁うべし。日辰・月建・動爻に冲剋せられるも、また用神の衰旺を看るを要す。旺相なるは剋神を冲し去るあの日に応じて痊愈し、休囚なるはすなわち剋神を生助するあの日に危に転ず。用神が散気・遇破にしてまた援なき・泄気——用神が散気し遇破するは、すなわち全く生扶なきなり。あるいは泄気・休囚なるは、皆根柢なく、吉少なく凶多し。忌神が発動して来て用神を剋する時、もし「元神」の発動あれば、なお彼に救あるを許す。ただ怕るは「仇神」がまた動して来て元神を剋する——それならば凶危を断ずべし。これらは《元神章》に別に詳説す。
世持鬼病雖輕而難療。此有兩說,自占病,官鬼持世,其病難痊,雖得子動克去身邊之鬼,目下雖愈,終不斷根,不然遲遲又生他病,此之謂病不離身,身不離藥,世臨官鬼以臨帝旺長生,必得久遠疾病。代占六親之病,若見官鬼持世,為憂疑之狀,惟喜子孫發動克去我之憂疑,即使用神衰弱,管許平安。
「世爻」の上に「官鬼」が坐するは、病は重からざるも医し好しがたし。この一句は二種の情形に分かちて講ずるを要す。自己が自己の病を占うに、官鬼が世爻の上に臨めば、この病は便ち痊愈しがたし。たとえ卦中に「子孫」の発動ありて、自己の身に貼りたる鬼爻を剋し去るとも、眼下は好くとも、終に根を断ずる能わず。然らざれば一陣を拖りてまた別の毛病を生ぜん。これを病は身を離れず身は薬を離れずと呼ぶ。もし世爻の臨む所の官鬼がまた正しく「帝旺」「長生」の地に坐すれば、あれは必定に経年累月の痼疾を落下せん。父母・兄弟・妻児のこれら六親に代わりて病を占うに、卦中にもし官鬼が世に就くを見れば、あれはただ占卦する人の自己心中の憂疑・不安の樣子にして、病人に事あるにあらず。この時最も喜ぶは「子孫」の発動して、我がこの一份の憂疑を剋し去る——たとえ病人を代表する「用神」が衰弱・無力なるも、彼の平安を管保す。
如申月壬子日占子病得遁卦。父母戌土′,父母戌土′;兄弟申金′應,兄弟申金′應;官鬼午火′,官鬼午火′;兄弟申金′,兄弟申金′;官鬼午火″世,官鬼午火″世;父母辰土″,父母辰土″。斷曰:令郎今日即愈。何以知之?余曰:官鬼持世,憂也,今日子日沖去憂心,管許立愈,果於本日愈。覺子曰:如占自身及兄弟妻兒者,此法是也,若占父母之災,官鬼為父母之元神,豈宜子動而傷耶?妻占夫宜鬼為用神,又豈子動以傷官耶?不惟不能解憂反添優也。
申月壬子の日に児子の病を占い、天山遯の卦を得て、六爻は安静、ゆえに変卦は本卦と同じ。六爻を上から下に言えば、父母の戌土(陽爻)、兄弟の申金(陽爻)が応に就き、官鬼の午火(陽爻)、兄弟の申金(陽爻)、官鬼の午火(陰爻)が世に就き、父母の辰土(陰爻)である。野鶴老人は断じた。「令郎は今日便ち好くならん」。傍人は彼に何を憑って知るかを問い、野鶴老人は言った。「『官鬼』が世爻の上に坐するは、あれは我が父と為す者の一片の憂心なり。今日は壬子日、日辰の子水は正しく午火のこの一点の憂愁を冲し去る。即刻痊愈するを管保す」と。後に果たして当日に便ち好くなった。覚子曰く、もし占うところが自己および兄弟・妻子・児女の病なれば、上面のこの法を用うるは对なり。しかしもし父母の災病を占わば、「官鬼」は正しく「父母」爻を生養する「元神」なり。どうして「子孫」に発動せしめて往きてそれを剋傷せしめんや。妻子が丈夫の病を占うは、もと官鬼を以て「用神」とすべし。どうして子孫に発動せしめて往きて官鬼を剋傷せしめんや。かようにすれば但ただ憂を解する能わざるのみならず、反って憂愁を添出さんとするなり。
身臨福德,勢雖險以堪醫。亦有兩說,自占病子孫持世不藥而痊,臨應破者空實破之日而愈。代占六親之病不必看用神之衰旺,即知其安。何也?子孫乃喜悅之神,只要旺相,若動於卦中者亦為吉慶。
「世爻」の上に「子孫」(すなわち福徳)が坐するは、病勢は険なりとも、総じてなお医するを得るあり。この一句もまた二種の情形に分かつ。自己が病を占うに、子孫が世に就くは、薬を喫せずとも好し。もしこの子孫が旬空・月破の地に落ちたれば、すなわち旬空を填実し破を実するあの日を待ってこそ痊愈せん。六親に代わりて病を占うは、ただ子孫が世に就きさえすれば、「用神」の衰旺さえも看るに及ばず、径直に病人の事なきを知り得る。なぜか。「子孫」は喜悅の神なり。ただそれが旺相なれば、たとえ世に就かずしてただ卦中に発動するのみでも、同じく吉慶の兆なり。
鬼化長生,忌化進,須慮添災。鬼爻發動病勢必重,若長生,病勢必輕,克用神者為忌神,若動化進神,亦同此意。忌神化退,其疾病漸減。覺子曰:鬼為父母之元神,占父母者,其病即愈。亦為女人占夫之用神,占夫者亦即愈。福搖化克卦反吟,病必反覆。自占病及占兄弟病,得子孫動者,制服官鬼,其病即愈。倘子孫動而化克,即使病癒後還發,反覆之象,卦得反吟者亦同上意。
「官鬼」が発動して「長生」を化出し、「忌神」が発動して「進神」を化出するは、皆病の上に災を添うるを提防すべし。鬼爻が一たび発動すれば、病勢は必定に沈重す。もし長生に逢えば、病勢はすなわち軽し。およそ「用神」を剋するあの一爻を忌神と呼ぶ。忌神が発動して進神を化するは、道理は鬼の長生を化するがごとく同じく、一樣に災を添うるを主る。反対に忌神が「退神」を化出すれば、病は便ち一日一日と軽減す。覚子曰く、官鬼はもと「父母」爻の元神なり。父母の病を占うに鬼が長生を化するに遇えば、父母の病は反って便ち好し。官鬼はまた婦人が丈夫を占う時の用神なり。丈夫の病を占うにそれに遇えば同じく即刻痊愈せん。「子孫」この福神が発動して回頭剋を化出し、あるいは卦が「反吟」に逢うは、病は必定に反復す。自己の病を占いおよび兄弟の病を占うに、卦中に子孫の発動あれば、能く官鬼を制伏して、病は便ち好し。もし子孫が発動して回頭剋を化出せば、あれは病の好くてまた再び犯すなり、反復の象なり。卦が反吟を得るもこの意に照らして断ず。
用絕逢生危而有救,主人得助,重亦何妨。用爻受刑沖剋害,但得日月動爻有一而生扶者,乃為絕處逢生,臨危有救。用神不宜太弱,弱則體虛,卒難痊癒,但得生扶拱合,雖得重病亦不至死,覺子曰:用神亦不宜於太旺,易理貴乎中庸,過猶不及。用臨日月休尋伏。凡用神不現再占。卦前卷伏神章中註解明白。
「用神」が「絶」に入りてまた生に逢うは、危にして救あるなり。病人が人の相助を得るを主り、病は再び重しとも妨げず。用神が刑・冲・剋・害を受くるも、ただ日辰・月建・動爻のうち一つあって来てそれを生扶せば、便ち「絶处逢生」と呼び、危に臨んで自ら救応あり。用神は太弱を宜しとせず。太弱なれば便ち病人の体質は虚にして、一時に痊愈しがたし。しかしただ生あり扶あり拱あり合あれば、たとえ得たるところ重病なりとも、命を送るに至らず。覚子曰く、用神もまた太旺を宜しとせず。《易》の理は最も中庸を貴ぶ。過頭と不及とは一樣の毛病なり。用神がもし正しく日辰・月建に臨めば、便ち更に「伏神」を尋るに及ばず。およそ用神が卦に上がらざるは、別に一卦を占うが便なり。この一節は本書の前巻《伏神章》のうちに注解すこぶる明白なり。
痘疹の章第一百
平時而問男女何時出花鬼,鬼爻為用,鬼爻靜者逢值逢沖,鬼爻動者逢值逢合,鬼衰逢生旺之年,鬼旺鬼多逢墓庫之歲。鬼空鬼破填實之時,鬼若伏藏出現之歲。出花而問吉凶,卦忌六沖兼忌子孫化鬼及鬼化子孫,父化子孫、子孫化父、子孫伏而空破,皆非吉兆。
平日に預かり家のうちの男女のいつ天花を出づるかを問うは、「官鬼」爻を以て「用神」と為す。鬼爻が安静なるは、それと同値しあるいはそれと相冲する年月に応じ、鬼爻が発動するは、それと同値しあるいはそれと相合する年月に応ず。鬼爻が衰弱なるは、それが生を得旺を得るあの年に応じ、鬼爻が旺相あるいは卦中に鬼爻の多く現わるるは、それが墓庫に入るあの年に応ず。鬼爻が旬空に落ち月破に逢うは、空を填め破を実する時に応じ、鬼爻が伏蔵して卦に上がらざるは、それが出現する年に応ず。すでに痘を出でてまた吉凶を問わば、卦は「六冲」を忌み、また「子孫」が「官鬼」を化し官鬼が子孫を化するを忌む。「父母」が子孫を化し子孫が父母を化し、子孫が伏蔵してまた空に逢い破に逢うは、皆吉兆にあらず。
問花之密者,鬼動而臨日月及動爻生扶,花必稠密,如值空破休囚墓絕,痘必來朗。鬼動乾宮,多生頭上。鬼搖坤卦,腹上多叢。艮宮多於手,兌宮多於口,坎離上身,震巽下身。火鬼其色紅紫,金鬼其色虛白,水鬼頌防痘,木鬼雜細,土鬼腫大。以上四條,分占四卦,不可一卦而斷之,大抵全在子孫爻也。子孫臨日月及日月動爻相生,動而化吉不受刑傷沖剋,爻不亂動,花中密以全生,痘雖暗仍收功。
痘瘡の出づるが稀なるか密なるかを問う。鬼爻が発動してまた日辰・月建に臨み、あるいは動爻の生扶を得るは、痘は必定に稠密に出ず。もし鬼爻が落空・逢破・休囚・入墓・逢絶すれば、痘は便ち稀朗に出づ。鬼爻が乾宮に動するは、痘は多く頭上に生じ、鬼爻が坤卦に動するは、多く腹上に叢生し、艮宮に動するは多く手上に、兌宮に動するは多く口上に、坎・離の両宮は上身を主り、震・巽の両宮は下身を主る。火鬼の出づる痘は色は紅紫、金鬼は色は虚白、水鬼の一路は最も提防を須い、木鬼は雑にして細碎、土鬼は腫にして粗大。以上の出痘の時日・吉凶・稀密・部位のこの四条は、四卦に分かちて各々占うを要し、一卦を以て兼ねて断ずる可ならず。而して総の関鍵は、全て「子孫」爻の上に在り。子孫爻が日辰・月建に臨み、あるいは日月・動爻の相生を得、発動して吉神を化出し、刑傷・冲剋を受けず、卦中の諸爻がまた乱動せざれば、それならば痘の出づるが密なるとも性命を保全し得、痘色は暗しとも終に功を収むるを得る。
病源の章第百一
火屬心經,發熱咽乾口燥。水歸腎部,惡寒盜汁遺精。金肺、木肝、土為病歸脾胃。衰輕旺重,動則牽連身軀,騰蛇心驚,青龍則酒色過度,勾陳腫脹,朱雀則言語顛狂,白虎有損傷,女子則血崩血暈。元武憂鬱,男人則陰症臨虛。
鬼爻の火に属するは、病は心経に在り、症は発熱・咽乾・口燥を見る。水に属するは、病は腎部に帰し、症は畏寒・盗汗・遺精を見る。金に属するは病は肺に在り、木に属するは病は肝に在り、土に属するは病は脾胃に帰す。鬼爻が衰なるは病は軽く、旺なるは病は重く、一たび発動すれば便ち全身に牽連す。更に「六神」を配して看る。鬼が「螣蛇」に臨むは心の惊を主り、「青竜」に臨むは酒色の過度の致す所なり、「勾陳」に臨むは腫脹を主り、「朱雀」に臨むは言語の顛狂を主り、「白虎」に臨むは跌打・損傷を主り、婦人に在りてはすなわち血崩・血暈なり、「玄武」に臨むは憂郁を主り、男子に在りてはすなわち陰虚の症なり。
野鶴曰:此乃黃金策占疾病之首論也,餘以為之撞門槌,對俗人而言,不得不以此而斷之。若知分占之法,另占一卦以定吉凶,庶有後驗,若即以此卦,兼斷其生死者,如若有靈,吾不信也。要知來人而問病,有何所犯?何以治癒?及問吉凶何如?我且以發寒發熱而妄猜,而病人不得趨避之旨,問卦何益?今見此章,單言病症,並不言及何法治之,如果心經發熱,來人豈不知也?請問治其熱者是何法也?無益之論,故書刪之。
野鶴老人は言った。「上面のこの一段は《黄金策》が疾病を占うの開篇の総論なり。私がそれを見るに、不過は一根の敲門に用うる撞門槌のみ——卦理を解せざる俗人に面して、已まず先ずそれを以て数句の応景の話を説かざるを得ざるなり。もし『分占』の法を解せば、便ち別に一卦を起してあげて吉凶を断ずべく、日后にこそ験の准なるを得ん。もしこの一卦を拿りてすでに病症を断じ、また兼ねて生死を断ずるは、それがなお応験し得ると言うは、私は信ぜず。知るべし、来人が病を問うは、問うところは究竟に何を冲犯したか、如何なれば医し好るか、および吉凶は到底如何なるかなり。我が却って彼の発寒・発熱を拿りて胡乱に猜測すれば、病家は一句の吉に趨り凶を避くる話を得ず。それならばこの一卦を問いて何の用あらん。今この一章を看るに、ただ是れ何の病症なるかを講じ出すのみで、何の法子を以て医治するかを講ぜず。もし真に心経の発熱ならば、来て卦を問う人は自己豈に知らざらんや。請う、退くべきこの熱はまた何の法子を用いるべきか。これは一段の用処なき議論なり。ゆえに本書はそれを刪去せり」。
余嘗以來人問病,先命占其吉凶,卦得吉者,許之調理即愈,不必服藥求神,卦得凶者,命之延醫,卦得鬼動克用神者,命之再占,或占家宅、或占墳墓、務必求其是何所犯?何法治之?庶不負來人之問也。
私は平日、人の来て病を問うに遇えば、総じて先ず彼に一卦の吉凶を占わしむ。卦が吉を得れば、便ち彼に徐徐に調理すれば自ら好くならんを許し、薬を喫するに及ばず、また神を求むるに及ばず。卦が凶を得れば、便ち彼に急いで医生を請わしむ。卦中にもし「官鬼」が発動して来て「用神」を剋せば、便ち彼に更に一卦を占わしめ、あるいは家宅を占い、あるいは墳墓を占い、務めて究竟に何を冲犯したか・何の法子を以て解すべきかを査出す。こうしてこそ人家の来て問うたこの一卦に辜かざるなり。
鬼神の章第百二
凡占鬼神,卦中鬼值休囚及空破墓絕,非鬼神之害也。官鬼屬金旺相者,武神及西方之神。休囚者,刀劍身之鬼。鬼臨木者,旺則文神及東方之神。衰則倚草附木之妖,或是刑杖懸樑之鬼。水為河海及北方之神,休囚者池井江湖水死之鬼。火鬼火神及雷公電母窯之神,休囚者湯火焚燒之鬼也。土鬼土神及中央之朝及掌管山川社稷之神,休囚者牆倒屋塌土死之鬼。
およそ鬼神の作祟を占問するは、卦中の「官鬼」がもし正しく休囚に当たり、あるいは落空・逢破・入墓・逢絶すれば、それならば鬼神の害を作すにあらず。官鬼が金に属して旺相なるは、武神および西方の神なり。休囚なるは、刀剣の下に死せる鬼なり。官鬼が木に属するは、旺相なるは文神および東方の神なり、衰弱なるは則ち草に依り木に附する精怪、あるいは刑杖を受け自ら縊れて死せる鬼なり。水に属するは、旺相なるは江河・湖海の神と北方の神なり、休囚なるは則ち池・井・江・湖のうちに淹れ死せる水鬼なり。火に属するは、旺相なるは火神および雷公・電母・窯神なり、休囚なるは則ち滾湯・烈火に焼燙せられて死せる鬼なり。土に属するは、旺相なるは土神・中央の神および山川・社稷を掌管する神祇なり、休囚なるは則ち墻の倒れ屋の塌れに圧死せる土鬼なり。
古以金木水火土各有其神,即如金官者,謂之天將闢公金剛伍公嶽公等神,餘以為非武神者不可,書斷之神也有敕卦者有來卦者,各方土俗不同,書之未載者更多,何得各朝而祭之?須問病人或於某武神朝中許願信而未還?或於何朝城穢汙作踐?心有所疑者,指其神而占之,鬼爻或旺或動,是此神也。如不上卦,再占他處之神可也。鬼值木火水土者,皆用此法,得罪於正神者,香花紙馬祭之。勾惹邪祟之鬼者,用漿紙錢夜靜之時金鬼者向西送之,水鬼者向北送之,餘仿此。
古人は金・木・水・火・土を各々配定して一位の神と為せり。譬えば金爻を官鬼と為せば、すなわち天将・辟公・金剛・伍公・岳公の一類の神と説き成せり。私は以為す、ただそれが武神の一路に属するを断定すれば便ち可なり。必ずしも是れいずれの一位なるかを坐実するに及ばず。書上の列する所の神は、あるものは朝廷の敕封、あるものは民間の自来の奉祀す。各地の風俗同じからず、書のうちに載せざる所はさらに多し。どうして一廟一廟を皆遍く祭ることを得ん。須く病人自身に問うべし。是れ某座の武神廟のうちに願を許して而も還さざるか。還るはいずれの廟のうちに汚穢・作践したりしや。心のうちにいずれの一处を疑うか、便ち那一位の神を指定して占え。鬼爻が或は旺或は動なれば、すなわちこの一位なり。もしあの一爻が卦に上がらざれば、更に別处の神を占うが便なり。鬼爻の木に属し・火に属し・水に属し・土に属するは、皆この法子に照らして办せよ。正神に得罪したるは、香花・紙馬を用いて祭れ。邪祟・野鬼に招惹したるは、すなわち漿水・紙銭を用い、夜深・人静なるに趁りて送り出せ——金鬼は西へ向かって送り、水鬼は北へ向かって送り、其余はこれに照らして類推せよ。
野鶴曰:凡得時災瘟癖,照此法而祭送者,余屢驗之。倘係瘋癆氣蠱,既失調於前,酒色傷身,又失慎重於後,與鬼神何干?發之送之皆無益矣,惟節飽食、遠色慾、息氣養神,其病自減。余遊遍江湖,曾至黔蜀粵,見其病不服藥,專祭祀鬼神,先用三牲五牲,後至殺牛宰馬一次不愈,甚至二三十次,因病致窮者多矣,殊不知害他命而救命,其罪愈彰,所以屢見割性命之多者,終不能救其死,可不戒與?今下路讀書人亦信此邪神者,餘實不解。神農當百草遺救生靈,未聞有何聖賢,教人宰牲命以救命也。
野鶴老人は言った。「およそ時気・瘟疫の一類の災病に染上するは、上面のこの法子に照らして祭送せば、私は多回試みて皆応験せり。もし得たるところが瘋・癆・臌・膈のこの類の重症ならば——先前に調養を失当し、酒色が身子を傷め、後来また謹慎を知らず——これは鬼神と何の相関あらん。打發するも送るも、全く用処なし。ただ飲食を節制し、女色を遠ざけ、肝火を平息し、精神を静養せば、病はこそ一日一日と軽減せん。私は江湖を走遍して、貴州・四川・広東に到過せり。あの处の人が病を生じて服薬を肯んぜず、一味に鬼神を祭祀するを見る。起用は三牲・五牲を以てし、後来は竟に牛を殺し馬を宰るに至る。一度做しても好しを見ず、甚至りて二三十次を連做し、病を看るに因りて家を傾け産を尽くすに弄到する多し。彼らはどこで知らんや、別の性命を害して自己の性命を換うるは、罪過はただ越々彰顯するのみなるを。ゆえに屡屡見る、牲を殺すこと最多き人家は、頭到來してなお一条の命を救い回る能わず。これ豈に以て戒めと為すべからざるか。今は下江一帯の読書人さえもこの種の邪神を信ず。私は実に明白を想得ず。神農は百草を遍嘗して、薬方を留めて以て生霊を救活せり。いまだかつていずれの聖賢か人に牲命を殺して人命を救えと教えしを聞かざるなり」。
李我平日:易冒以鬼臨金者為關公,嶽王補遺,又以青龍神為寺亭候第,不知關公之前,金鬼與青龍,是何神也?又曰祭者降之以福,不祭者降災,豈非邪神與?正直之神豈能為此事?此書前後無一不合於理,獨此疾病章中,亦言鬼神之事,餘實不服,因今人問病,開口先問鬼神,不得不從俗耳,智者察之。
李我平は言った。「《易冒》は鬼爻の金に臨むを関公・岳王と説き、《卜筮全書補遺》はまた青竜神を漢寿亭侯と説けり。それならば請うて問わん。関公の未だ生まれざる之前、金爻の鬼と青竜とはまた是れいずれの神ぞや。書上はまた言う、彼を祭るには便ち福を降し、祭らざるには便ち災を降すと——これは豈に邪神と成らざらんや。正直の神明はどうしてこの種の事を為さんや。この部の書は前前后後、情理に合乎らざる一处なきなし。独りこの疾病の一章のうちにもまた鬼神を講起せり。私は実に服せず。ただ今人の病を問うに、口を開けば先ず是れ鬼神に撞りしや否やを問えば、作者は已まず姑く流俗に随順するのみ。事理を明白する人は自ら分辨せよ」。
医を延く章第百三
野鶴曰:有人而問余日,問卜以求神延醫而服藥,有是理乎?余曰:若無此理,伏羲書卦,神農嘗藥,作何事耶?彼曰:然則又有不能救者,何也?余曰:有根者可以救之,無根者則不能也。人之星辰過宮或是交運脫運,謂之移花接木之年,移其有根之花木者,上則遮蓋,下宜澆溉則活矣,不洗不溉,見日則枯,服藥求神者即此意也。若使無根之木無蒂之花,雖澆雖蓋,亦無用矣。
野鶴老人は言った。「ある人が私に問う。卦を占うに靠りて神を求め、医を請い、薬を服するは、真にこの道理あらんか。私は答えた。もしこの道理なくば、それならば伏羲が八卦を画して占筮の端を開き、神農が百草を遍嘗して医薬の端を開くは、究竟是れ何を為すぞや。あの人はまた問うた。すでに理あらば、なぜなお救い回る能わざる人あらんや。私は言った。根あれば救い活し得、根なければ便ち救い活す能わず。人の命宫の星辰が宮を過り、あるいは正しく運に交わり運を脱する際は、術家はこれを『移花接木』の年と呼ぶ。一棵の根ある花木を移すに、上頭はそれの為に陽を遮り、下頭はそれの為に水を澆れば、また活きる。淋さず澆らざれば、太陽が一たび晒せば便ち枯死す——服薬・求神は正しくこの意なり。もし本より一段の根なき木、一朶の蔕なき花ならば、たとえまた澆りまた盖うとも、終にまた用処なきなり」。
自占求醫,應爻為醫人,代六親而求醫者,亦以應為醫人。鬼作憂神休妄動,福為喜悅而生扶。自占代占,鬼雖憂疑之神也,若持世及動於卦中,得子孫動而制之,此醫可請,手到成功。若得子孫臨應爻者乃明醫也,其故何也?子孫乃制鬼之神,非真正能制法魔之鬼也,乃先去憂神,我無優也。
自己が医を請うを占うは、「応爻」を以て医生と為す。六親に代わりて医を請うも、同じく応爻を以て医生と為す。「官鬼」は憂神なり。それを妄動せしむるなかれ。「子孫」この福神は喜悅を主り、最もそれが来て生扶するを喜ぶ。自占と代占とを論ぜず、官鬼はただ憂疑の神のみなれども、それがもし世に就き、あるいは卦中に発動すれば、この時「子孫」に発動してそれを制住せしむるを得れば、この医生は請ひ得べく、一請すれば便ち手到りて病除せん。もし子孫が正しく応爻の上に落ちあらば、あれは更に一位の高明の医生なり。これ是れ何の緣故ぞや。子孫は鬼を制する神なり。別に真に能く何の妖魔・厲鬼を降伏するにあらず。ただ先ず我が為に心頭の憂神を除き去るのみ、我が心のうち便ちまた憂えざるなり。
應作醫人,不宜空破墓絕。應爻空破墓絕休囚衰弱,或旺相而被日月動爻沖剋,或動而化鬼化絕化回頭克,藥不見效。子孫制鬼,最喜旺相生扶。子孫臨在應或發動於卦中亦要旺相,不受刑沖剋害破墓絕空,藥必見效。子動化鬼化克,其藥不精,子動化空實空之日有效。子動化生化旺化進神者,其藥更靈。古以子動化子孫,其藥必雜,非也,子動化子孫而旺相者另改藥品,即比仙丹。
応爻はすでに医生と看るを当たれば、便ち落空・逢破・入墓・逢絶を宜しとせず。応爻がもし落空・逢破・入墓・逢絶し、あるいは休囚・衰弱し、あるいは旺相なりとも日辰・月建・動爻に冲剋され、あるいは発動して「官鬼」を化出し・絶を化し・回頭剋を化すれば、それならば薬は喫し下去するも効を見ず。「子孫」は能く官鬼を制す。最もそれが旺相にして生扶あるを喜ぶ。子孫は応爻の上に坐するも卦中に発動するもを論ぜず、皆旺相を要し、刑・冲・剋・害を受けず、破・墓・絶・空に逢わざれば、薬はこそ必定に効を見ん。子孫が発動して官鬼を化出しあるいは回頭剋を化するは、この薬は精ならず。子孫が発動して空を化するは、旬空を填実するあの日に到ってこそ効あらん。子孫が発動して生を化し旺を化し「進神」を化するは、薬は便ちさらに霊なり。古人は子孫が発動してまた子孫を化出するは其の薬は必ず雑なりと言えり。この話は对ならず。子孫が子孫を化してまた旺相なるは、別に一味の薬品を換えたるなり。あれは简直に仙丹に比方するを得ん。
醫克用爻近病即愈。自占病,應爻克世者制我之病也,應爻克用神亦如此斷。惟不宜乎久病及體弱之人,非得克病身亦受其傷矣。應爻臨兄鬼而克用神及克世爻者不拘久病近病必遭其殃。
医生の一方が「用神」を剋住するは、新病は立刻に好し。自己が病を占うに、応爻の来て世爻を剋するは、あれは医生が我が病を制住したるなり。応爻が用神を剋するもかように断ず。ただ久病の人と体質の虚弱なる人とはこの如くあるを宜しとせず——彼らは剋に経えず、病は固然剋住するも、身子もまた随いて傷を受けん。もし応爻の上に坐するが「兄弟」あるいは「官鬼」にして、また来て用神を剋し世爻を剋せば、それならば久病・新病を論ぜず、病人は必定に殃に遭わん。
父爻持世妙藥難調。自占病,父持世藥不見功,宜於靜養,遠色慾息氣惱可也。兄弟持世有子孫動於卦中者,醫再延之,惟嫌鬼旺鬼興誤服藥餌。才爻持世切莫誤食肥甘,旺相遇生扶良醫有見,休囚逢沖剋無藥可醫。
「父母」爻が世に就くは、再び好き薬もまた調理しがたし。自己が病を占うに、父母が世に就くは、薬を喫しても功効を見ず。ただ静養を宜とし、女色を遠ざけ恼怒を平息するのみで是れ已む。「兄弟」が世に就きて卦中に別に「子孫」の発動あるは、この医生はなお再び請い得べし。ただ怕るは「官鬼」がまた旺にしてまた動けば、すなわち湯薬を誤服せん。「妻財」が世に就くは、切に肥甘・厚味を誤喫するなかれ。総じて応爻が旺相にしてまた生扶に逢うは、良医に遇うを得るなり。応爻が休囚にしてまた冲剋に逢うは、便ち医すべき薬なきなり。
子不代父以占藥,妻不代夫而卜醫。子占父宜父爻旺相,占藥占醫又以子孫為用神,父旺以傷子也,一爻不能兩用。妻占夫宜官鬼旺相占醫占藥亦以子孫為用神,子旺又能傷夫,所以不能代占醫也。
児子は父に代わりて薬を占わず、妻子は丈夫に代わりて医を卜らず。児子が父の病を占うは、「父母」爻の旺相を要してこそ好し。しかるに薬を占い医を占うはまた「子孫」を以て「用神」とすることを得す——父母が一たび旺なれば便ち子孫を剋傷す。一個の爻は同時に両樣の用場を派する能わず。妻子が丈夫の病を占うは、「官鬼」の旺相を要してこそ好し。医を占い薬を占うはまた子孫を以て用神とすることを得す——子孫が一たび旺なればまた反って丈夫を代表する官鬼を剋傷す。ゆえにこの両種の人は医を請うのこの一層を代占する能わざるなり。
延醫於子孫方,治病以應爻定。卦中子孫爻旺者,延醫於子孫之方。且如午火子孫或旺或動,請南方之醫,餘仿此。卦中子孫休囚空破者又看應爻旺否,若得應爻旺相生合用神即於應爻之方請之。且如應爻臨申金,延醫必在西南,餘仿此。如卦中有一爻獨發而生用神者又以此方而延醫。以五行而定名姓,水爻動黠水之姓,火爻動姓名像火,木爻草頭木,傍土爻姓氏有土。且如占妻病,妻爻屬水,得申金發動以相生,請錢姓之醫以治之,餘仿比。
「子孫」の在する所の方位に到りて医を請い、医治の成るか否かはすなわち「応爻」によりて判定す。卦中の子孫爻が旺なるは、便ち子孫の方位に往きて医を請え。譬えば子孫が午火なれば、或は旺或は動、便ち南方の医生を請え。其余はこれに照らして類推せよ。卦中の子孫が休囚・落空・逢破せば、更に応爻の旺なるか否かを看よ。もし応爻が旺相にしてまた「用神」を生合せば、便ち応爻の方位に到りて請え。譬えば応爻が申金なれば、医を請うは必ず西南に在り。其余はこれに照らして類推せよ。もし卦中に別に一爻あって独自発動して来て用神を生ぜば、またあの一爻の方位に按じて医を請う可し。また五行に按じて医生の姓氏を定むる可し。水爻が発動せば、水旁を帯びたる姓を取れ。火爻が発動せば、姓名は火に像えよ。木爻は草頭・木旁の姓を取れ。土爻はすなわち姓氏のうち土を帯びたるを取れ。譬えば妻子の病を占うに、妻財爻が水に属して、申金の発動して来て相生するを得れば、便ち銭と姓する医生を請い医治せしめよ。其余はこれに照らして類推せよ。
不起之病,卦中不現其醫。立愈之災,爻中不見服藥。屢見占醫之卦,無藥可醫之病者,神不現其醫矣。若非用神化鬼、鬼化用神,即是忌神化六親、六親化忌神,及用神化絕、化克、化墓,久病逢沖、逢空、隨鬼入墓,此皆無藥而醫也。病之即愈,神亦不現其醫。近病者,若非卦得六沖,即觀用值旬空,或用神化回頭生。自占者,子孫持世,此皆不藥而癒也。
起ち来たる能わざる病は、卦のうちに便ち医生を現出さず。立刻に好くならんとする災は、爻の中にもまた服薬の象を見ざるなり。私は屡屡医を占う卦を見る。およそ医すべき薬なき病は、神明は便ち医生を卦の上に顕さざるなり。この種の卦は「用神」が「官鬼」を化し官鬼が用神を化するにあらざれば、すなわち「忌神」が六親を化し六親が忌神を化し、および用神が絶を化し剋を化し墓を化し、久病のまた冲に逢い空に逢い鬼に随って墓に入る——これらは皆医すべき薬なき象なり。反対に、病が馬上に便ち好くならんとするは、神明も同じく医生を顕さず。新病の卦は、「六冲」を得るにあらざれば、すなわち用神が正しく旬空に値し、あるいは用神が回頭生を化出す。自己が占うは、すなわち「子孫」が世に就く。これらは皆薬を喫せずとも好くならんとするなり。
医卜往治の章第百四
大抵與醫卜相仿。世為已,應爻為病人,若得世爻旺相,子孫財爻持世,世生應爻,世爻動化進神,化回頭生,日月動爻臨財星子孫而生,在此皆手到病除。近病者應值旬空,或動而化空、化回頭生、化旺、化退,日月動爻生應爻,及卦逢六沖、卦變六沖,此皆速宜往救,莫令他人先到以成功也。久病者應爻旺相,或逢日月動爻相生,或動而化生化旺,應臨子孫,應臨財動生世,雖然久病,我必除根,除此之外,皆不宜往,徒累盛名。
医家が自ら往きて医治すべきか否かを占うは、大抵病家の医を請うを占うに相仿れるも、ただ世応を互換するのみ。「世爻」は我がこの医生、「応爻」は病人なり。もし世爻が旺相にして、あるいは「子孫」「妻財」が世に就き、あるいは世爻が応爻を生じ、あるいは世爻が発動して「進神」を化し回頭生を化し、あるいは日辰・月建・動爻が財星・子孫を帯びて来て世を生ずる——これらの卦は往けば皆手到りて病除せん。病人が新病なれば、応爻が正しく旬空に値し、あるいは応爻が発動して空を化し回頭生を化し旺を化し退を化し、あるいは日月・動爻が来て応爻を生じ、および卦が「六冲」に逢い卦が「六冲」に変ずる——これらは皆急いで前に往きて救治すべし。別の医生に先を争われて手に到り功を立てられざるようにせよ。病人が久病なれば、すなわち応爻が旺相にして、あるいは日月・動爻の相生を得、あるいは発動して生を化し旺を化し、あるいは応爻の上に子孫が坐し、あるいは応爻が妻財に臨み発動して来て世を生ずるを要す——かようにすればたとえ久病なりとも、我もまた必ず彼の為に根を除くを得べし。これらの卦象を除くのほか、皆往くを宜しとせず。徒らに自己の名声を連累するのみ。
野鶴曰:諸書無不以官為鬼為病,應為醫人,子孫為藥,理固然也,但此宜鬼者非鬼非病,乃憂神耳。占子病者,父母愛子之心,未病憂疾,況已病乎?自占病者,性命在呼吸之間,且一人不起,舉室驚惶,誰不憂乎?此官鬼者,即一家之憂神也,惟除此憂者,乃賴子孫爻也。
野鶴老人は言った。「各家の書上は『官鬼』を以て鬼と作し病と作し、『応爻』を以て医生と作し、『子孫』を以て薬と作さざるは莫し。道理はもと来不錯なり。ただし私は言わん、ここに官鬼はすでに鬼にあらず、また病にあらず、ただ一個の『憂神』のみ。児子の病を占うは、父母と為る者の児子を疼くれば、病なき時さえ尚且つ彼が病を害せんことを擔心す。いわんやすでに病倒せるをや。自己が自己の病を占うは、性命はすなわち一呼一吸の間に在り。いわんや一人が床に臥して起たざれば、満屋子の人は皆惊慌す。誰か能く憂えざらんや。ゆえにこの官鬼は、すなわち一家人の憂神なり。而して能くこの一份の憂愁を除去するは、全て『子孫』爻に靠る」。
如午月甲寅日一人病在危篤,醫家不治,迎餘到宅,見有三十餘人至親,淚眼不乾,密友愁容可掬,此非一家之憂乎?及至弟占兄病得屯之中孚卦。兄弟子水″動,子孫卯木′;官鬼戌土′應,妻財巳火′;父母申金″,官鬼未土″世;官鬼辰土″,官鬼丑土″;子孫寅木″世動,子孫卯木′;兄弟子水′,妻財巳火′應。
午月甲寅の日、一人の病危急なるありて、医家は已に医治を肯んぜず、我を請いて彼の家に到らしむ。ただ見る三十余位の至親は泪眼未だ乾かず、密友は個個満面の愁容——これは正しく一家人の憂愁ならずや。隨いて病人の弟弟によりて哥哥の病を占わしめ、水雷屯の卦を得て風沢中孚の卦に変じた。本卦の六爻を上から下に言えば、兄弟の子水(陰爻)が発動、官鬼の戌土(陽爻)が応に就き、父母の申金(陰爻)、官鬼の辰土(陰爻)、子孫の寅木(陰爻)が世に就き併せて発動、兄弟の子水(陽爻)である。変じた中孚卦の六爻は順に、子孫の卯木、妻財の巳火、官鬼の未土が世に就き、官鬼の丑土、子孫の卯木、妻財の巳火が応に就く。
餘即笑而言曰:列位放心,今日半夜退災,明日卯日即起床。只見大小一門愁容變喜,此卦中之子孫爻者,是藥耶?是解之神耶?許即愈者何也?此人雖是險痘,其實近病,子水兄爻值旬空,近病逢空好,值半夜子時而不空也。
野鶴老人は当に笑いていいた。「諸位は放心せよ。今夜半夜里便ち災を退かん。明日卯日に便ち起床し得べし」。ただ見る一門大小の愁容は頓時に喜色と化作せり。請うてこの卦中の「子孫」爻を看よ。それは究竟是れ薬なるか、それとも解憂の神なるか。なにを以て彼が即刻痊愈するを敢えて許すや。この人は出づるところ険痘なりといえども、説底はなお新病なり。子水の兄弟爻は正しく旬空に値し、新病が空に逢うは反って好事なり。而して夜半の子時に到れば、この子水は便ち空ならざるなり。
或曰:近病逢空,何不許沖空之午日,實空之子日?余曰:因子水化卯木子孫,世爻又臨寅木子孫動化卯木子孫,次日即是卯日,正一家解憂疑之時,所以許半夜實空之時也,果於子時退災,次日起床,此何嘗用藥而制鬼耶?
ある人が問う。「新病が空に逢うは、なぜ冲空の午日・旬空を填実する子日に応験するを許さざるか」と。野鶴老人は言った。「子水の兄爻が卯木の子孫を化出し、世爻の上はまた寅木の子孫が発動して卯木の子孫を化すれば、第二天は正しく卯日なり。あれはこそ一家人が憂疑を解開する時なり。ゆえにただ夜半に旬空を填実するあの一刻に許すのみ」と。後に果たして子時に災を退き、第二天に便ち床を起たり。ここに何嘗一味の薬を用いて何の鬼を制したるあらんや。
又如一日時值初更叩門入曰:家小主有病相迎占卜。餘問得病源自山東回後頃刻得病,餘即自占一卦。未月壬子日得節之比卦。兄弟子水″,兄弟子水″應;官鬼戌土′,官鬼戌土′;父母申金″應,父母申金″;官鬼丑土″,子孫卯木″世;子孫卯木′動,妻財巳火″;妻財巳火′世動,官鬼未土″。巳火財爻持世,子動生世,子孫乃喜悅之神,此行有益。及到達伊家,值醫檢藥。
またある日、時候は已に初更に到り、ある人が門を敲いて進入して言う。「我家の小主人が病せり。特に先生の卦を占うを請いに来たり」と。私は病源を問い明れば、山東より回来して頃刻の間に便ち病倒したりと言う。私は当下に先ず自己の為に一卦を占えり。未月壬子の日、水沢節の卦を得て水地比の卦に変じた。本卦の六爻を上から下に言えば、兄弟の子水(陰爻)、官鬼の戌土(陽爻)、父母の申金(陰爻)が応に就き、官鬼の丑土(陰爻)、子孫の卯木(陽爻)が発動、妻財の巳火(陽爻)が世に就き併せて発動す。変じた比卦の六爻は順に、兄弟の子水が応に就き、官鬼の戌土、父母の申金、子孫の卯木が世に就き、妻財の巳火、官鬼の未土である。巳火の財爻が世に就き、子孫が発動して来て世爻を生ず。子孫は喜悅の神なり。見るべし、この行きは益あるなり。彼の家に到るを等しうして、正しく医生が用薬を斟酌するに碰上したり。
壬子日占子病得解之坎卦。妻財戌土″,父母子水″世;官鬼申金″應動,妻財戌土′;子孫午火′動,官鬼申金″;子孫午火″,子孫午火″應;妻財辰土′世,妻財辰土′;兄弟寅木″,兄弟寅木″。餘見此卦生疑,近病得六沖不死之症耶?是子孫變鬼必死之病耶?不敢斷之,再請親人卜之。
同じく壬子のこの一日、またこの家に代わりて小主人の病を占い、雷水解の卦を得て坎為水の卦に変じた。本卦の六爻を上から下に言えば、妻財の戌土(陰爻)、官鬼の申金(陰爻)が応に就き併せて発動、子孫の午火(陽爻)が発動、子孫の午火(陰爻)、妻財の辰土(陽爻)が世に就き、兄弟の寅木(陰爻)である。変じた坎卦の六爻は順に、父母の子水が世に就き、妻財の戌土、官鬼の申金、子孫の午火が応に就き、妻財の辰土、兄弟の寅木である。野鶴老人はこの一卦を見て反って疑を起せり。「これは究竟、新病が『六冲』を得て必ず死に至らざる症なるか、それとも『子孫』が『官鬼』を変出して死せざる可ならざる病なるか」。一時に断定するを敢えてせず、便ち再び彼の家の親人に一卦を卜らしむ。
叔占侄病得坤卦。子孫酉金″世,子孫酉金″世;妻財亥水″,妻財亥水″;兄弟丑土″,兄弟丑土″;官鬼卯木″應,官鬼卯木″應;父母巳火″,父母巳火″;兄弟未土″,兄弟未土″。又見六沖,知不死矣。問有舊病否?彼曰:從無病根,便自山東一路而來,亦無病起,適間日落之時,忽而滿床亂滾,口不能言。余曰:既無舊病,餘敢保之即愈,再請醫者卜之。
ここにまた彼の叔父に侄児の病を占わしめ、坤為地の卦を得て、六爻は安静、変卦は本卦と同じ。六爻を上から下に言えば、子孫の酉金(陰爻)が世に就き、妻財の亥水(陰爻)、兄弟の丑土(陰爻)、官鬼の卯木(陰爻)が応に就き、父母の巳火(陰爻)、兄弟の未土(陰爻)である。坤は八純卦にして、本身就中「六冲」なり。ここにまた六冲を見れば、この病は死に至らざるを知るべし。野鶴老人は便ち問うた。「彼は従前に老病根あらしや」と。家里の人は言った。「従来病根なく、この一路山東より回来するもかつて病せず。剛才日落の時分、忽然として満床に乱滾し、話さえ説き出す能わざりき」と。野鶴老人は言った。「すでに旧病なからば、我は敢えて彼の即刻に好くならんを担保す。更に彼に病を看る医生にも一卦を卜らしめよ」と。
得井之明夷卦。父母子水″,官鬼酉金″;妻財戌土′世動,父母亥水″;官鬼申金″,妻財丑土″世;官鬼酉金′,父母亥水′;父母亥水′應動,妻財丑土″;妻財丑土″動,兄弟卯木′應。應為病人,世克應爻還不妨,乃是剋制病人之病也,但不宜應爻化回頭克,定用藥有誤。餘問東家:藥曾吃否?答曰:未熱。問醫者曰:所得何病?所下何藥?伊曰:三伏之天中受暑,不過解暑之涼藥耳。餘私對東家曰:令郎不死,卻得必死之卦,恐此藥來必對症者,再請復看。
医生は水風井の卦を占い得て地火明夷の卦に変じた。本卦の六爻を上から下に言えば、父母の子水(陰爻)、妻財の戌土(陽爻)が世に就き併せて発動、官鬼の申金(陰爻)、官鬼の酉金(陽爻)、父母の亥水(陽爻)が応に就き併せて発動、妻財の丑土(陰爻)が発動す。変じた明夷卦の六爻は順に、官鬼の酉金、父母の亥水、妻財の丑土が世に就き、父母の亥水、妻財の丑土、兄弟の卯木が応に就く。医家が自占するは、「応爻」は便ち病人なり。世爻が応爻を剋するはなお紧要去らず。あれは医生が病人の病を剋制するなり。ただ応爻が発動して回頭剋を化出するを宜しとせず。あれは准是れ薬を用るに誤あるなり。野鶴老人は便ち主人に問うた。「薬は喫したりしや」と。答えて言った。「未だ煎熱せず」と。また医生に問うた。「得たるは何の病ぞ。下したるは何の薬ぞ」と。医生は言った。「三伏天のうちに暑に中たり。不過は些か解暑の涼薬のみ」と。野鶴老人は私下に主人に対して言った。「令郎は本に死すべからざる。今は却って一個の必死の卦を占い出せり。ただ怕るはこの薬は未だ必ず对症せざらんか。還って医生に請うて更に一遍復看せしめよ」と。
醫者曰:床上亂滾,不能把脈,隨以家人問途中何如,家人言曰:到家熱極,移床於此有風之處,再用大冰二塊,安於涼床之下,命侄女掌扇,一覺睡熟,忽然醒來呼喚幾聲,即不言矣。餘想熱極之人,臥冰臨風,空曠之場,使人掌扇,其病可知,醫者亦曰:適看病已扶入喜矣,不知此節,看來寒藥實不可服。余曰:竟用附子肉桂,方可治之,更命伊父占之。
医生は言った。「病人は床上に乱滾して、根本に脈を把る法なし」と。ここに随行の家人に一路の情形如何なりしを問う。家人は言った。「家に到る時は熱の厉害なる。便ち床を挪してこの有風の地方に処せしめ、また両大塊の氷を拿りて涼床の底下に安め、侄女に旁らに扇を打たしめたり。彼は一覺に熟睡し、忽然として醒めて数声を喊せしが、便ち再び声を出さざりき」と。野鶴老人は心に想う。一個の熱の極处に到りたる人は、氷上に睡り風口に当たり空曠の处に躺り、また人に扇を打たしむ。この病の来路はまた明白せり。医生もまた言った。「方才病を看る時、人は已に屋のうちに扶入せられ、なおこの一节あるを知らざりき。かように看れば、寒凉の薬は実に服すべからざるなり」と。野鶴老人は言った。「附子・肉桂のこの等の大熱の薬を用うるに非ざれば、こそ治し得べけれ。便ち病人の父に再び一卦を占わしめよ」と。
壬子日占用附子可否得大有之大畜。官鬼巳火′應,妻財寅木′;父母未土″,子孫子水″應;兄弟酉金′動,父母戌土″;父母辰土′世,父母辰土′;妻財寅木′,妻財寅木′世;子孫子水′,子孫子水′。子孫臨日辰,酉金兄動以相生,服用一劑,保管立愈。醫家先用乾薑湯試之,少刻開言肚疼之甚。余曰:何如快服此藥。醫家加減調理一夜,次日曰愈,此人之不死也。因我出門子孫發動一卦而斷定矣。厥後連占數卦,皆合前象,方敢用大熱之劑,起死回生,不然一劑涼藥,寒上加寒,能於治耶?
壬子日に附子の用い得べきか用い得べからざるかを占い、火天大有の卦を得て山天大畜の卦に変じた。本卦の六爻を上から下に言えば、官鬼の巳火(陽爻)が応に就き、父母の未土(陰爻)、兄弟の酉金(陽爻)が発動、父母の辰土(陽爻)が世に就き、妻財の寅木(陽爻)、子孫の子水(陽爻)である。変じた大畜卦の六爻は順に、妻財の寅木、子孫の子水が応に就き、父母の戌土、父母の辰土、妻財の寅木が世に就き、子孫の子水である。薬を占うは「子孫」を以て用神と為す。子水の子孫は正しく壬子日の日辰に臨み、また酉金の兄弟の発動して来てそれを生ずる有り。見るべし、この薬は一剤を服せば便ち立刻に愈せんを管保す。医家は先ず乾姜湯を用いて彼を試したれば、不多時に病人は口を開きて肚子の疼さ厉害なりと言えり。野鶴老人は言った。「還って何を等つや。速く附子のこの一剤を服せよ」と。医家は加減・調理して一夜、第二天に病は便ち好くなった。この人の死なざる所以は、実は早く我が出門せし前に自占のあの一卦に子孫の発動するを見し時に便ち断定せり。此の後に接続していずれかの卦を占うに、卦象は皆前と相合す。ここに敢えて大熱の方剤を用い、居然として死に回り生に起さしめたり。然らざれば一剤の涼薬を下去せば、寒の上に寒を加え、還って治し好るを得んや。
覺子曰:此卦酉金兄動以生子孫,服此熱藥而病癒者。使前賢見之,又以酉金兄爻而為藥也。凡卜藥亦有當卜之道,或醫家看臨危之症,欲投此藥,可以起死回生,惟恐一失,繫不少得子孫動者必喜悅也,即可用之,用而必效。
覚子曰く、「この一卦は酉金の兄弟が発動して来て子孫を生ず。ゆえにこの剤の熱薬を服して病は便ち好し。もし従前のあの先生の見たらば、また酉金の兄爻を便ち是れ薬と言わん。およそ薬を占うも、また自ら占うべき道理あり。譬えば医家が一個の垂危の症候を看て、一剤の猛薬を投ぜんと想うに、本より起死回生すべきも、ただ怕るは万一の失手あれば、牽係少なからざるなり。この時『子孫』の発動するを占い得れば、あれは便ち一片の喜悅の象なり。便ち儘に用いよ。用い下去れば必定に効を見ん」。
或泛詢行用,或長途穹旅,無處得寺醫,有人傳一奇方占得子孫動者其方必效,或半夜更深,延醫不及,檢黠古方,及家藏凡藥,實對此症,不敢擅用,不可不占,皆以子孫為用神,但得子孫持世,子孫發動,服之立可解憂,此諸占之子孫者,不拘金木水火土也,或旺或動,即為喜悅之神,(用此方而兄爻不動,何喜之有,)切不可又以金臨子孫而用針,火屬子孫而用炙,錯也誤也。
また譬えば泛泛と打听して来たる一個の方子を試みて用いんとし、あるいは長途の旅次・荒僻の地方に好き医生を尋り得ざれば、ある人が一個の奇方を伝う。『子孫』の発動するを占い得れば、あの方子は必定に効を見ん。再如半夜・更深にして、医を請うに及ばず、翻検して一張の古方を檢出し、あるいは家のうちに存する現成の薬あり。看るに確かに对症なるも、敢えて擅自に動用せざれば、それならば占わざる可ならず。これらは皆子孫を以て「用神」と為す。ただ子孫が世に就き、あるいは子孫が発動すれば、服し下去れば立刻に以て憂を解すべし。ここに説く所の子孫は、それが金に属し・木に属し・水に属し・火に属し・土に属するを論ぜず。ただ或は旺或は動なれば、便ち是れ喜悅の神なり。(もしこの方子を用いて兄爻が動かざれば、また何の喜ぶべきあらんや。)切にまた子孫が金に属せば便ち針を用うべし・子孫が火に属せば便ち灸を用うべしと説くなかれ。あれは大錯特錯なり。
一日到一府中,眾客告曰:老先生昨日在後園仆倒,扶起出狂言,至今不知人事,諸位醫者內有曰:不服人參不能提氣。有曰:幸無痰上,若吃人參,痰上則難治矣。余曰:就卜人參吃得否。寅月丁卯日子占父病吃人參好否。得萃之否卦。父母未土″動,父母戌土′應;兄弟酉金′應,兄弟申金′;子孫亥水′,官鬼午火′;妻財卯木″,妻財卯木″世;官鬼巳火″世,官鬼巳火″;父母未土″,父母未土″。
ある日、一位の官宦の人家に到り、満座の客人は我に告げて言った。「老先生は昨日後園のうちに跌倒し、扶起せば便ち胡話を説き、到今は人事不省なり」と。在場の医生は、あるものは言った。「人参を服さざれば気を提起し得べからず」と。あるものは言った。「幸いに未だ痰の涌上せざる。もし人参を喫せば、痰は一たび上がり来れば治しがたからん」と。野鶴老人は言った。「それならば一卦を占い、人参の喫し得べきか喫し得べからざるかを看ん」と。寅月丁卯の日、児子によりて父の病を占い、人参を喫するは好きか否かを占わしめ、沢地萃の卦を得て天地否の卦に変じた。本卦の六爻を上から下に言えば、父母の未土(陰爻)が発動、兄弟の酉金(陽爻)が応に就き、子孫の亥水(陽爻)、妻財の卯木(陰爻)、官鬼の巳火(陰爻)が世に就き、父母の未土(陰爻)である。変じた否卦の六爻は順に、父母の戌土が応に就き、兄弟の申金、官鬼の午火、妻財の卯木が世に就き、官鬼の巳火、父母の未土である。
占人參必以子孫為用神,若不通變,見卦中父動克子孫不過曰人參不可服也。餘非此斷,子占父病,父爻為用神,未動化戌,父戌旬空,人參莫用,藥亦莫服,明日辰日沖空即愈,果於雞鳴甦醒,次日不藥而癒。
常法に按ずれば、人参を占うは「子孫」を以て用神とすべし。もし通変を知らざれば、卦中の「父母」が発動して来て子孫を剋するを見、無非は一句、人参は服すべからずと言うのみ。野鶴老人は却ってかように断ぜず。「すでに児子が父の病を占うは、便ち父母爻を以て用神とすべし。この卦は未土の父母が発動して戌土を化出す。而してこの戌土は正しく旬空に値す。ゆえに人参は用うるに及ばず、別の薬もまた服するに及ばず。明天辰日に到りてこの旬空を冲開せば、病は自然に便ち好し」と。後に果たして鶏叫の時分に蘇醒し、第二天は薬を喫せずして痊愈したり。
又如一日在席間,見東翁口歪眼斜痰涎長流,餘亦在座,乃即問曰:家有牛黃,但不知可服否?餘命占之。亥日辛酉日子占父病吃牛黃丸可否,得夬卦。兄弟未土″,兄弟未土″;子孫酉金′世,子孫酉金′世;妻財亥水′,妻財亥水′;兄弟辰土′,兄弟辰土′;官鬼寅木′應,官鬼寅木′應;妻財子水′,妻財子水′。
またある日酒席の上に在り、主人の口は歪み眼は斜めにして痰涎は直流するを見たり。我もまた座に在り、主人の家は便ち問うた。「家のうちに牛黄あり。ただ服し得べきか服し得べからざるかを知らず」と。私は彼に一卦を占わしめたり。亥月辛酉の日、児子によりて父の病を占い、牛黄丸を喫するは行けるか否かを占わしめ、沢天夬の卦を得て、六爻は安静、変卦は本卦と同じ。六爻を上から下に言えば、兄弟の未土(陰爻)、子孫の酉金(陽爻)が世に就き、妻財の亥水(陽爻)、兄弟の辰土(陽爻)、官鬼の寅木(陽爻)が応に就き、妻財の子水(陽爻)である。薬を占うは「子孫」を以て用神と為す。この卦は酉金の子孫が恰好に世爻の上に坐し、而してこの一日はまた正しく辛酉日なり。
余曰:灌服此丸可保立愈,服之便醒,喜子孫持世也。或曰:同是子占父藥,一卦看父爻,一卦看子孫,其故何也?余曰:前卦父爻發動,神兆機於動,以父母斷之,後卦子孫持世值日,子孫乃喜悅之神,父病即安則喜悅矣,卦無不靈,在人通變。
野鶴老人は言った。「この丸薬を灌めば、立刻に好くなるを管保す」。灌せば果たして便ち醒めた。これは「子孫」の世に就くを喜ぶなり。ある人が問う。「同じく児子が父の薬を占うに、前の一卦は父母爻を看て、後の一卦は却って子孫爻を看る。是れ何の緣故ぞ」と。野鶴老人は言った。「前の一卦は父母爻が発動せり。いわゆる『神の兆は動に機す』、便ち父母爻を以て断ずべし。後の一卦は子孫が世に就き、また正しく辛酉日に当たりて子孫が日辰に臨む。子孫はもともと喜悅の神なり。父の病が一たび安ければ、一家は自然に喜悅す。卦は霊ならざるなく、全て人の通変し得るか得ざるかに在り」。
又如申月癸卯日因楊梅瘡占醫好否。得履之否卦。兄弟戌土′,兄弟戌土′應;子孫申金′世,子孫申金′;父母午火′,父母午火′;兄弟丑土″,官鬼卯木″世;官鬼卯木′應動,父母巳火″;父母巳火′動,兄弟未土″。
また申月癸卯の日のごとし。ある人が楊梅瘡を患うに因り、請いたるこの医生が医し好すか医し好さざるかを占い、天沢履の卦を得て天地否に変じた。本卦の六爻を上から下に言えば、兄弟の戌土(陽爻)、子孫の申金(陽爻)が世に就き、父母の午火(陽爻)、兄弟の丑土(陰爻)、官鬼の卯木(陽爻)が応に就き併せて発動、父母の巳火(陽爻)が発動す。変じた否卦の六爻は順に、兄弟の戌土が応に就き、子孫の申金、父母の午火、官鬼の卯木が世に就き、父母の巳火、兄弟の未土である。
斷曰:此醫不可用之,雖係子孫持世,應為醫人,不宜應爻與巳火克申金,又有卯木生火,世爻雖旺,巳日一定添災,不聽,竟延此醫治之,卯辰日服藥還保平常,巳日忽然變症,遍身疼痛難當,病人著急而問余曰:可傷命否?余曰:世值日建,何如傷命?快服解藥,過此巳午日則止疼矣,即服解藥至申日其病如常。
野鶴老人は断じた。「この医生は用い得べからず。卦中は『子孫』が世に就くといえども、『応爻』は医生を代表す。応爻の卯木が巳火と一斉に来て申金の世爻を剋するを宜しとせず。いわんや卯木はまた巳火を生じ、火勢はさらに盛んなり。世爻の申金は申月にあって令を得るも、巳日に到れば一定に災を添えん」と。病家は聴かず、竟にこの医生を請いて医治せしめたり。卯日・辰日に薬を服するはなお平平常常たりしが、巳日に到りて忽然として症を変じ、浑身の疼痛は忍びがたし。病人は着急して、野鶴老人に問うた。「命を送るや否や」と。野鶴老人は言った。「世爻は自ら日月の旺気に撑えられたる有り。どうして命を送らん。急いで解薬を服せよ。この巳日・午日を過ぎれば便ち疼かざらん」と。当下に解薬を服し、申日に到りて病は便ち復して常のごとくなった。
野鶴曰:前篇俱言子孫持世,其病即愈,必要子孫不受克可也,後賢不可不知。李我平曰:此論官鬼為憂神,子孫為喜悅解憂之神,雖係古法,用之得當,非合鬼神之機,不能幻想至此,然又有不以鬼作憂神者,全在來人念之所指,彼問病之吉凶,若得鬼爻持世,鬼動卦中,豈為憂神?子孫持世,子孫發動則為解憂喜悅之神是也。
野鶴老人は言った。「前面の几篇は皆『子孫』が世に就けば病は便ち好しと講じたり。しかし必ず子孫の剋を受けざるを須す。後来の学者はこの一層を知らざる可ならず」。李我平は言った。「ここに『官鬼』を以て憂神と当て、『子孫』を以て喜悅・解憂の神と当つるは、古法に属すといえども、而も用うること恰当なり。もし鬼神の機に暗合せざれば、またこの一層の上に想到る能わざりしならん。ただしまた官鬼を以て憂神と為さざる時あり。全て来て卦を問う人の心のうちに指すところいずれの一件かを看る。彼がもし問うところが病の吉凶なれば、それならば鬼爻が世に就き鬼が卦中に動するは、どうしてただ一個の憂神なることを得ん。この時、子孫が世に就き子孫が発動して、こそ解憂・喜悅の神と算え得べけれ」。
彼問犯何鬼神者,卦現金鬼,必沖犯於武神。水鬼者犯罪於河神也。彼問病原,火鬼必屬心經,水鬼必腎部,子孫旺而動者不藥而癒,非教人以此子孫爻為治病之藥,金為子孫而用針,火持子孫而用炙,殊不知子孫若旺,其病自痊,何用針炙?子孫者值空破,用針炙而何益?
彼がもし問うところがいずれの一路の鬼神を冲犯したかなれば、それならば卦に金鬼を現ずれば、必ず武神を冲犯したり。卦に水鬼を現ずれば、すなわち河神に罪を獲たり。彼がもし問うところが病根の出づるところいずれの处かなれば、それならば火鬼は必ず心経に属し、水鬼は必ず腎部に属す。「子孫」が旺にしてまた動するに至っては、ただ説くところ、薬を喫せずとも自ら好くならんとするのみ。併せて人にこの子孫爻を拿りて病を治する薬と当てよと教えるにあらず。さらに子孫が金に属せば便ち針を用うべし、子孫が火に属せば便ち灸を用うべしと説くにあらず。知るべし、子孫がもし旺なれば、病は自ら痊愈せん。何ぞ針を用い灸を用いんや。子孫がもし正しく旬空・月破に値せば、それならば針を用い灸を用うるもまた何の益かあらん。
諸書皆曰:土鬼忌熱,水鬼忌寒,水鬼若生旺之地,須用大熱之藥以治之。水鬼寒者,宜大寒之藥以功之,餘不知從何見此。假使用神屬土及子占父病,父爻臨土,若得火爻發動,乃生用爻之元神也,豈可以大寒之藥而治元神耶?又如妻占夫病,鬼為用神,假令夫臨水鬼,又可以大熱之藥以攻夫爻之用神耶?常見窮鄉僻壤,無處覓醫,只謂周易乃大聖大賢之書,遵之必靈,以此大寒大熱之藥,不知坑陷如許之命,言及髮指,此書一出,寒熱之藥不可輕用,從此泉下無冤鬼矣。
各家の書上は皆言う。土鬼は熱を忌み、水鬼は寒を忌む。水鬼がもし生旺の地に在れば、須く大熱の薬を用いて往きて治すべし。水鬼が寒に属するは、また大熱の薬を以て攻むべし——前の一句はこそ水鬼は寒を忌むと言い、後の一句はまた人に大寒の薬を拿りて水鬼を攻めよと叫ぶ。前后自ら相矛盾す。私はこの話のどこより看て来たりしかを知らず。もし「用神」が土に属し、而してまた児子が父の病を占い、父母爻が土に臨む。この時もし火爻の発動あらば、あれは正しく用神を生ずる「元神」なり。どうして大寒の薬を拿りて元神を治しに行かんや。また妻子が丈夫の病を占うに、「官鬼」を以て用神と為す。もし丈夫のこの一爻が水鬼ならば、豈に大熱の薬を拿りて自己の丈夫の用神を攻むる可けんや。常に見る、窮郷・僻壤には医を請うことを得ず。ただ《周易》を大聖・大賢の書と當て、照らして做せば必定に応験せらんとし、かようにして大寒・大熱の薬を用い起こし、いくらの性命を坑害したりしかを知らず。説き起こせば人をして髪を指さしむ。この部の書が一たび出れば、寒熱の薬は更に軽く用うる可ならず。これより九泉の下にもまた冤鬼なからん。
家宅の章第百五
野鶴曰:諸書皆曰,一卦之中,可決一家休咎,六爻之內,能分六事吉凶,以卦中之父母爻為屋,又以父母爻為雙親,既為二親,又以五爻為父,四爻為母,如此悖謬糊塗,尚有刊傳為法,餘實不解。
野鶴老人は言った。「各家の書上は皆講ず、一卦の中に便ち一家の休咎を決断し得、六爻の内に便ち六桩の事の吉凶を分つを得ると。すでに卦中の『父母』爻を以て房屋と当て、また父母爻を以て双親と当つ。すでに双親と當てて了えり、却って別に一説を立て、第五爻を以て父と為し第四爻を以て母と為す。かように自ら相牴牾して、糊裡糊塗として、居然としてまた刻印して流傳し、人に奉じられて定法と為さる。私は実に理解する能わざるなり」。
如戌月丙午日占得乾之小畜。父母戌土′世,妻財卯木′;兄弟申金′,官鬼巳火′;官鬼午火′動,父母未土″應;父母辰土′應,父母辰土′;妻財寅木′,妻財寅木′;子孫子水′,子孫子水′世。
譬えば戌月丙午の日に家宅を占い、乾為天の卦を得て風天小畜の卦に変じた。本卦の六爻を上から下に言えば、父母の戌土(陽爻)が世に就き、兄弟の申金(陽爻)、官鬼の午火(陽爻)が発動、父母の辰土(陽爻)が応に就き、妻財の寅木(陽爻)、子孫の子水(陽爻)である。変じた小畜卦の六爻は順に、妻財の卯木、官鬼の巳火、父母の未土が応に就き、父母の辰土、妻財の寅木、子孫の子水が世に就く。下面、野鶴老人は便ちこの一卦を拿りて、逐条に往きて古書上のあの家宅の断法を核対す。
古法有出卦無父母,不免堂上之憂。此卦不獨有父母戌土臨月建,午火官動以相生,即父母雙慶之祥也。若又以五爻為父四爻為母斷者,鬼臨四位,老母多災,執此問之,老母多災即堂上無憂耶?又曰:好爻受克即此逢傷,今五爻申金被午火鬼克,此又老父以生災耶?又曰:鬼動乾宮老父之咎,此卦鬼發乾宮又為老父之咎?
古法は言う。卦のうちにもし「父母」爻を出さざれば、堂上の二老は憂患を免れず。この一卦は但だ父母の戌土が世に就き、また戌月の月建に臨み、さらに午火の官鬼が発動して来てそれを生ず。正しく父母が雙雙に慶を得る吉象なり。しかるにもし別の説に照らし、第五爻を以て父と為し第四爻を以て母と為して断ぜば、鬼が第四爻に臨めば、便ち老母は多災と断ずべし。この両説を拿りて一対すれば、究竟是れ老母の多災なるか、それとも堂上の無憂なるか。書上はまた言う。いずれの一爻か剋を受くれば、あの一位は便ち傷を受く。今第五爻の申金は正しく午火の鬼に剋せらる。これ豈にまた老父は災を生ぜんと断ずべからざらんや。書上はまた言う。鬼の乾宮に動するは老父の災咎なり。この一卦は鬼は恰恰と乾宮に発せり。それならばまた老父の咎と成るか。
又云:火鬼動以防回祿,白虎鬼為喪服之憂。又云:世逢生旺,宅旺家安。此卦世已旺矣,奈因火鬼臨於虎動,可謂之回祿乎?喪服乎?家興宅旺乎?又以官鬼為廳堂,謂之官旺屋宇軒昂。又云:鬼旺鬼興,為災為咎。此卦鬼臨日辰旺動,屋宇軒昂乎?為災為咎乎?
書上はまた言う。火鬼が発動すれば火災を防ぐべし。鬼が「白虎」に臨むは喪服の憂あるを主る。また言う。世爻が生に逢い旺に逢えば、宅は旺に家は安し。この一卦は世爻は已に旺れり。无奈なれど火鬼はまた白虎に臨みて発動す——それならばそれを断じて火災とすべきか。喪服とすべきか。それとも家の興り宅の旺なりとすべきか。書上はまた「官鬼」を以て廳堂と當て、官鬼が旺なれば屋宇は軒昂なりと説く。しかし緊接してまた言う。鬼が旺に鬼が動するは、災を為し咎を為すと。この一卦は鬼爻は正しく丙午日の日辰に臨みて、而して旺にして而も動す——到底それを断じて屋宇の軒昂とすべきか、還ってそれを断じて災を為し咎を為すとすべきか。
又云:財官旺相,熱鬧門庭。又曰:財爻發動,父母遭傷,豈門庭熱鬧之家,皆無父母之家耶?又云:兄爻旺相,紫荊並茂於堂前。又云:兄弟持世,絲絃再理。豈雁行隊隊者皆失履遺之宅耶?種種悖謬,難以枚舉,餘不得已而正之。
書上はまた言う。財爻・官爻が旺相なれば、門庭は熱鬧なり。また言う。財爻が発動すれば、父母は傷に遭う。豈に門庭の熱鬧なる人家は、皆是れ父母なき人家ならんや。また言う。兄弟爻が旺相なるは、是れ紫荆が堂前に并茂し、弟兄が同居して和睦する象なり。また言う。兄弟が世に就くは、是れ配偶を喪いて、重ねて絲弦を理して再娶する象なり。豈に兄弟の行を成し雁陣のごとく斉整なる人家は、皆偶を喪い伴を失う宅子ならんや。この一類の荒謬の处は一桩桩として數え盡す能わず。私は已むを得ずこそ出でてそれを訂正す。
造り買い賃する宅第百六
父旺持世,此處清安宜久住。父爻旺相持世、生世、合世、及世爻動而化父相生,或得日月作父母生合世爻,皆為發福之兆。財爻發動,他方仁裡另宜求。財動以克父爻,另於他處圖之。
「父母」爻が旺にして世に就くは、この一处の宅子は清静・平安にして、久しく住むに宜し。父母爻が旺相にして世に就き、あるいは来て世を生し世に合し、あるいは世爻が発動して父母を化出して相生し、あるいは日辰・月建が本身就是れ父母爻にして来て世爻を生合する——これらは皆福を発する兆なり。もし「妻財」爻が発動すれば、便ち別に別处の仁厚の郷里に到りて尋るべし。財は一たび動けば便ち父母爻を剋すればなり。ゆえにこの一处は取るべからず。須く別に他处に在りて圖謀すべし。
爻逢六合,終見享通。卦遇反吟,多於愁嘆。世爻父爻旺相,又得六合卦者事之必成,成而久遠,但不喜其六沖,六沖不久之象。卦遇反吟,倘加世破,沖剋大凶之兆。世動而化進,綿長百代,父興不化退,增置千間。世動化退,勉強成之,終須退悔。世動而化進神者,成後長遠興隆,名高利厚。
爻が「六合」に逢うは、事は終に歸じて亨通す。卦が「反吟」に遇うは、多半はただ愁歎に落著するのみ。世爻と父母爻とが皆旺相にして、また六合の卦を得るは、この一桩の事は必ず成り、成ればなお長久を得べし。ただ「六冲」を喜ばず。六冲は長久ならざる象なり。卦がもし反吟に遇い、さらに世爻が月破に加えてまた冲を遭い剋を遭えば、あれは便ち大凶の兆なり。世爻が発動して「進神」を化するは、家業は綿長にして百代す。父母爻が興旺にして「退神」を化ぜざれば、日后にまた能く千間の屋宇を添置せん。反対に世爻が発動して退神を化するは、勉强に办し成せども、終に反悔せん。世爻が発動して進神を化するは、办し成して後、長久に興隆し、名高く利厚し。
父動化退神,成後凋零破敗,倘得化進,此後再置千間。最忌隨官入墓,須防鬼動傷身。世爻隨鬼入墓,財爻助鬼克世,及世爻動而變凶,或日月動爻克世,皆不宜行。父動克世及世爻父爻空破墓絕者,亦不宜行。
父母爻が発動して「退神」を化するは、屋宇は造成して後にも凋零・破敗せん。もし化する所が「進神」ならば、此の後はまた能く千間を添置せん。最も忌むは世爻の「官に随って墓に入る」なり。また鬼爻が発動して世身を傷るを提防すべし。世爻が鬼に随って墓に入り、あるいは「妻財」爻が鬼を助けて来て世を剋し、および世爻が発動して凶象を変出し、あるいは日辰・月建・動爻が来て世爻を剋する——これらは皆手を動かすを宜しとせず。父母爻が発動して来て世爻を剋し、および世爻・父母爻が落空・逢破・入墓・逢絶するも、同じく手を動かすを宜しとせず。
野鶴曰:凡蓋造買宅賃宅,世與父爻旺相不犯沖剋者即宜成之,自是榮華昌盛。如問一家之吉凶,雖則須宜分占,亦待遷居入火之時,擇其吉日而占之,告於神曰:今某日遷居,有礙於父母妻子否?若有妨礙,須另擇一時以入門者可也。朝遷以便民間之用者此也。如若蓋造買造占問一家俱宜吉慶,假令家有百口,欲使人人合其吉者百年買不成矣。
野鶴老人は言った。「およそ房を蓋い、宅を買い、宅を賃るは、ただ世爻と父母爻とが旺相にして冲剋を犯さざれば、便ちこの一桩の事を办し成すべく、自然に榮華・昌盛せん。一家人の吉凶を問わんとするに至っては、分かちて来て占うべしと説くといえども、また遷居して宅に進むあの日を待ち、別に吉日を擇んで更に占い、神明に禱告して曰く、某日に遷居せんとす。父母・妻子に妨げあるか無きかと。もし妨げあらば、別に一個の時辰を換えて門に進むのみで是れ已む。時日に順い改易して以て民間の用事に便ずるは、正しくこの道理なり。もし房を蓋い宅を買うのこの一卦の上に便ち全家人人の吉慶を占問せんとせば、もし家のうちに百口の人あらば、人人に皆この吉に合せしめんと欲すれば、あれは一百年も一処の宅子を買い成さざらん」。
宮室を創造する章第百七
創造興工,卦忌六沖,鬼動克世最凶,隨鬼入墓,禍事多逢。父爻旺相,世位興隆,世父兩爻發動化吉大安宅盛,事事享通。
工を動かし造を興すは、卦は「六冲」を忌む。鬼爻が発動して来て世爻を剋するは最も凶。世爻が「鬼に随って墓に入る」は、日后の禍事は頻頻たらん。もし「父母」爻が旺相にして、世爻の居する所の位がまた興隆し、世爻・父母の両爻が発動して吉象を化出せば、あれは便ち人口は大安、宅第は興盛にして、事事亨通す。
方を修め土を動かす章第百八
世臨福德最相宜,官鬼交重有禍基。世旺逢生宜化吉,世衰受克且停工。子孫之方宜起手,官鬼之位莫挑泥。譬如子孫屬水,起手動工宜於北方。官鬼屬火,不可動土於南方。鬼在辰戌丑未,此方切忌動土。豈嫌子象發,偏忌父爻虛,造成屋宇憂沖散,父爻旺相久長居。
方を修め土を動かすは、世爻の上に「子孫」(福徳)の坐するが最も合宜にして、「官鬼」が重畳・交動すれば便ち禍根を埋下す。世爻が旺にして生に逢い、発動してまた吉を化するは、儘に手を動かすべし。世爻が衰弱にしてまた剋を受くるは、暫く工を停めよ。子孫の在する所の方位に在りて手を起こすべく、官鬼の在する所の方位は土を挖りに往くなかれ。譬えば子孫が水に属せば、手を起こし工を動かすは北方に宜しく、官鬼が火に属せば、便ち南方に土を動かす可ならず。鬼爻がもし辰・戌・丑・未の上に落ちあらば、あの几个の方位は切に土を動かすを忌む。どうして子孫爻の発動を嫌わん。反って最も忌むは「父母」爻の虚弱なり。父母が一たび虚なれば、造成したる屋宇もまた冲散せられんことを怕る。父母爻が旺相にして、こそ住むこと長久を得べし。
遷居し火を過ぐる章第百九
占以內三爻為久居之宅,外三爻為未居之房。內克外者外宅不利,不宜遷之,內生外者,外宅興隆,過遷為吉。野鶴曰:餘以此法不善,宅已蓋造買成,今欲入火,假使占得外宅不吉而不遷耶?既有新宅成,舊宅或已棄矣,倘若占得內卦吉者,豈可仍居舊宅耶?覺子曰:此法亦有使處,來人有問欲棄舊宅而買新宅可乎?用此法者宜也。
遷居を占うは、内卦の三爻を以て現今久しく住む舊宅と為し、外卦の三爻を以て未だ搬り入らざる新房と為す。内卦が外卦を剋するは、新宅は利あらず。搬り過ぐるを宜しとせず。内卦が外卦を生ずるは、新宅は興隆す。搬り過ぐるを吉と為す。野鶴老人は言った。「私がこの法子を看るに妥ならず。宅子はすでに盖い成しあるいは買い成し、今正しく日を擇んで宅に進まんとす。もし新宅の吉ならざるを占い出さば、豈に便ち搬らざらんや。すでに新宅は已に成れり。舊宅は或いは早く丢開し了えり。もし内卦の吉なるを占い出さば、豈に還って仍お舊宅に住み回ることを得んや」。覚子曰く、この法子もまた用いるに著く所あり——来人がもし「我は舊宅を丢開して別に新宅を買わんと欲す。行けるか否か」と問わば、この法子を用うれば便ち正しく合適なり。
宅に歸り火に入る章第百十
宅之吉凶,已於蓋造買宅卦中卜就之矣,今占入火之日,須將父母兄弟妻兒各為分占,宜於此日者用之,不宜此日者改之,或改日,或另擇一時以入門,皆可化凶為吉。
宅子の本身の吉凶は、造り買う宅のあの一卦のうちに已に卜定せり。今は宅に進む日子を占うに、便ち父母・兄弟・妻子・児女を各々一卦を占うを要す。いずれの一位かこの日子に合せば、便ちこの天に照らして用い、いずれの一位か合せざれば、便ち彼の為に改む。あるいは別に一天を換え、あるいは当天に別に一個の時辰を擇んで門に進む。皆能く凶を化して吉と為すを得る。
宅に入る六親の凶吉の章第百十一
擇於某日入宅,宜於父母否?再占一卦,宜於兄弟否?再占一卦,宜於妻兒否?占父母,父母宜於旺相。占兄弟妻兒,皆宜旺相而遇生扶,不宜變動而化鬼,及刑沖剋害。或兄弟或妻子內有一卦不利者即令另擇一日或另擇一時俱可。
某日を擇定して宅に進まば、まず一卦を占いて問う。この日子は父母に合するか合せざるか。更に一卦を占いて問う。兄弟に対して合するか合せざるか。更に一卦を占いて問う。妻子・児女に対して合するか合せざるか。父母を占うは、「父母」爻の旺相を要す。兄弟を占い・妻児を占うも、また皆各々の用神が旺相にしてまた生扶を得るを要し、発動して「官鬼」を化出するを宜しとせず、また刑・冲・剋・害を受くるを宜しとせず。兄弟のこの一卦も好く、妻子・児女のこの一卦も好し。ただその中に一卦の利あらざるあれば、便ち彼に別に一天を擇ばしめ、あるいはただ別に一個の時辰を擇ばしむ。皆すべからく可なり。
野鶴曰:餘得周公剋制之法,凡六親所犯之神,令之趨避,無一不驗。且如木臨父母命爻,財動以傷之父母,入宅須擇剋制金爻之日,安父母之床榻宜剋制金爻之方,屢試屢驗。子月丁酉日占擇某日入宅是否有礙父母得萃卦。父母未土″,父母未土″;兄弟酉金′應,兄弟酉金′應;子孫亥水′,子孫亥水′;妻財卯木″,妻財卯木″;官鬼巳火″世,官鬼巳火″世;父母未土″,父母未土″。
野鶴老人は言った。「我は一套の周公の剋制の法を得たり。およそ六親の冲犯する所のあの一路の神煞は、彼に教えて趨避せしめ去れば、一次として靈驗ならざるなし。譬えば父母の本命爻が木に属して、卦中の財爻が發動して来てこの父母爻を傷むれば、それならば宅に進むに須く一個の能く金爻を剋制する日子を擇び、父母の床榻を安放するもまた金爻を剋制する方位を取れ。屢試して屢験せり。子月丁酉の日に占う。擇定せるこの日子に宅に進むは、父母に妨げあるか無きか。沢地萃の卦を得て、六爻は安静、変卦は本卦と同じ。六爻を上から下に言えば、父母の未土(陰爻)、兄弟の酉金(陽爻)が応に就き、子孫の亥水(陽爻)、妻財の卯木(陰爻)、官鬼の巳火(陰爻)が世に就き、父母の未土(陰爻)である」。
斷曰:此日入宅,卯木暗動以克父母。彼曰:即煩另改一日。余曰:不必改日,此日寅卯時吉,申月亦吉,保爾清靜吉祥。彼曰:何也?余曰:申時卯木絕於申也。父母未土及長生於申是以吉也。入宅之時宜父母安床於西南,後照此行,餘目其平安一十七載。
野鶴老人は断じた。「この一天に宅に進むは、卦中の卯木は丁酉日の日辰に一冲せられて『暗動』し、正しく来て父母爻を剋す」と。あの人は言った。「それならば煩わして先生に別に一天を改めんことを」と。野鶴老人は言った。「日を改むるに及ばず。この一天の寅時・卯時は吉なり。申の時辰もまた吉なり。汝の清静・吉祥を保す」と。あの人は問うた。「これは何の道理ぞ」と。野鶴老人は言った。「申時に到れば、卯木は申の上に正しく『絶』地にして、父母を剋し動かす能わず。而して父母の未土は申の上に恰も是れ『長生』なり。ゆえに吉なり。宅に進むの時、父母の床は西南の方に安ずべし」と。後に彼はかように办えり。我は親眼看て彼の家が平安なること一十七年なり。
馬房・猪圈の章第百十二
凡作牛棚馬房雞窩羊欄,亦宜分占。子孫須宜旺動,父母切忌興隆。凡占一切六畜,皆以子孫為用神,不拘豬羊牛馬,皆忌父母發動,動則六畜受傷,亦忌子孫空破墓絕,及被日月動爻刑沖剋害,及子孫動而化空破墓絕、化鬼、化父回頭克,皆主刑傷,此地不宜用之,或更擇地方,或另改一日,改日改地方者另占。
およそ牛棚・馬房・鶏窩・羊欄を搭るも、また一樣一樣と分かちて来て占うべし。「子孫」爻は最も旺相・發動を宜とし、「父母」爻は切に興旺を忌む。およそ一切の六畜を占うは、皆子孫を以て「用神」と為す。猪・羊・牛・馬を論ぜず、皆父母爻の發動を怕る——一たび動けば六畜は便ち傷を受けん。また子孫の落空・逢破・入墓・逢絶し、あるいは日辰・月建・動爻に刑冲剋害せられ、および子孫が發動して空を化し破を化し墓を化し絶を化し「官鬼」を化し「父母」の回頭剋を化するを忌む。これらは皆牲口の刑傷を受くるを主り、この塊の地方は便ち用いるを宜しとせず。あるいは別に一处の地方を換え、あるいは別に一個の日子を改めよ。日子を改め地方を改めるも、皆別に一卦を占うを要す。
生相必須兼看,日月更喜相生。六畜雖以子孫為用神,又宜兼看生相。假令作馬房,子孫不被沖剋為吉也,不宜午爻,亦不宜臨鬼,不宜動而化鬼,餘仿此。凡占六畜,最宜日月生扶,謂之卦得日月生扶,六畜必然繁盛,倘受日月沖剋,牲口絕種無根。
牲口の生肖・屬相は必ず併せて看るを要し、日辰・月建はさらに来て相生するを喜ぶ。六畜を占うは子孫を以て用神と為すといえども、また兼ねて牲口の本身の屬相を看るを要す。譬えば馬房を搭れば、子孫爻が冲剋せられざるは固然吉なれども、馬は午に屬すれば、便ち午のこの一爻が傷を受くるを宜しとせず、また午爻の上に「官鬼」が坐するを宜しとせず、さらに午爻が發動して官鬼を化出するを宜しとせず。其余はこれに照らして類推せよ。およそ六畜を占うは、最も日辰・月建の生扶を得るを喜ぶ。卦が日月の生扶を得れば、六畜は必然に繁盛す。もし日月に冲剋せられば、牲口は便ち種を絶ち根を斷たん。
舊宅の章第百十三
野鶴曰:以前之卜宅者乃卜蓋造買宅之新居也。常見來人而占久住之家宅,古法亦以一卦兼斷諸般之吉凶,先論官鬼次論八宮,以十二生相定六畜之災,午鬼而夭良馬,丑鬼而傷耕牛。又以之定人口之匹,午爻臨鬼馬命者夭,巳鬼爻興蛇命有難。假使午爻臨鬼馬之人不祿耶?悖謬不堪,難以數說,餘不知昔人其何以回復來人之問也。
野鶴老人は言った。「前面の几章の宅を占うは、占う所は皆造り・買賃の新居なり。常に人の来て占うを見るは、却って住了多年の老宅なり。古法は照樣に一卦を拿りて兼ねて種種の吉凶を断ず。先ず「官鬼」を論じ、次に八宮を論じ、再び十二生肖を拿りて六畜の災傷を定め、午爻が鬼と為れば便ち良馬を夭折し、丑爻が鬼と為れば便ち耕牛を傷ると説く。またそれを拿りて家のうちの人口に配し、午爻が鬼に臨めば、馬に屬する人は短命を要し、巳爻の鬼旺なれば、蛇に屬する人は難あると説く。それならば請うて問わん。午爻が鬼に臨めば、家のうち馬に屬する人は一定に死するか。この類の荒謬の处は多く數え清むる能わず。我は真に従前の人がこれらの話を拿りて怎么去来て卦を問う人に答復するを知らざるなり」。
要知彼之來意,或因連年破耗,疑家宅之不安,或因屢科之不第,或因有子求名,疑此宅能興旺子孫否,必用子孫親卜,或因官不升轉,或因子女不孝,或因官災火盜,或因父母六親多病,或因前後左右他人造疑其沖犯,或因家有響動,邪崇鬼形。
緊要なるは先ず明白に彼の来て問う本意を弄清す。あるものは連年の破財に因りて、家宅の不安を疑心す。あるものは屢々應試して中らざるに因る。あるものは兒子の功名を要求して、この宅子の子孫を旺すか旺さざるかを疑心す——この一種は必ず兒子に自己來て卜らしむるを要す。あるものは官を為して多年、升轉を得ざるに因る。あるものは子女の不孝に因る。あるものは官司・火災・盗賊あり。あるものは父母・六親の接連して病を生ずるに因る。あるものは前后・左右の鄰家の動土・興造して、自家に冲犯するを疑心す。還ってあるものは家のうちに響動ありて、邪祟・鬼影を見たるがためにするなり。
須問來人而判,曾因官府十載不升,疑其家宅有礙。余曰:若以一卦而斷全家之事者餘則不能,須指其所疑之事而占之,其應如是。公曰:何也?余曰:卦中不過干支五行雖有現出,難以直指一處,即如火鬼發動為灶神,府上二百餘間,其灶不少,誰知何灶而不安。
これらは皆來人に問い明して後、判ずるを得べし。曾て一位の官員あり。任上に在りて十年、升遷を得ざるに因りて、家宅に礙あるを疑心して、來て我に占うを求む。我は言った。「若し一卦を拿りて全家の事を斷盡さんと欲せば、我は做る能わず。必ず彼の心のうちに疑う所のあの一件を指定して占わば、こそ應験の准なるを得ん」と。あの公は言った。「これ是れ何の為ぞ」と。我は言った。「卦のうちは不過は干支・五行のみ。たとえ一個の象を顯出すとも、難く直指していずれの一处なるか。譬えば火鬼が發動して竈神を主るも、府上は二百余間の房あり、竈頭は便ち少なからず。誰か知らん、是れいずれの一座の竈か不安ならんと」。
又如卯木鬼,門戶不安,古以四爻為門,尊府門戶不少,即以六爻全為門戶,不過定得六重,難知何門而不利,所以指其所疑之處而占之,無不響應,公曰:餘疑院內不宜有井,占問是否。
また譬えば卯木が鬼と為るは、門戸の不安を主る。古法は第四爻を以て門と為す。しかし尊府の門戸は衆多なり。たとえ六爻を全て門戸と當つるとも、不過は六重を定め出すを得るのみで、仍おいずれの一道の門か利ならざるを知らず。ゆえにただ心のうちに疑う所のあの一处を指定して占わば、こそ應験せざるなし。あの公は言った。「我は院子のうちにあの口の井あるべからざるを疑う。便ち这个是れか否かを占問せん」と。
酉日戊寅日占得師之臨。父母酉金″應,父母酉金″;兄弟亥水″,兄弟亥水″應;官鬼丑土″,官鬼丑土″;妻財午火″世,官鬼丑土″;官鬼辰土′,子孫卯木′世;子孫寅木″動,妻財巳火′。斷曰:子孫發動非此井也。公曰:大門對向不利,意欲改之,可否?又占一卦又得同人卦。
酉月戊寅の日に占い、地水師の卦を得て地沢臨の卦に變じた。本卦の六爻を上から下に言えば、父母の酉金(陰爻)が應に就き、兄弟の亥水(陰爻)、官鬼の丑土(陰爻)、妻財の午火(陰爻)が世に就き、官鬼の辰土(陽爻)、子孫の寅木(陰爻)が發動す。變じた臨卦の六爻は順に、父母の酉金、兄弟の亥水が應に就き、官鬼の丑土、官鬼の丑土、子孫の卯木が世に就き、妻財の巳火である。野鶴老人は斷じた。「『子孫』は是れ福神なり。今子孫が發動すれば、見るべし、作祟するはこの口の井にあらず」。あの公はまた言った。「我家の大門の朝向は利ならず。改めんと欲す。行けるか否か」と。ここにまた一卦を占い、天火同人の卦を得たり。
子孫戌土′應,子孫戌土′應;妻財申金′,妻財申金′;兄弟午火′,兄弟午火′;官鬼亥水′世,官鬼亥水′世;子孫丑土″,子孫丑土″;父母卯木′,父母卯木′。斷曰:官持世是此門也,速宜遷改,須再占一卦,改門之後功名何如又得小過之剝。
同人卦は六爻安靜、變卦は本卦と同じ。六爻を上から下に言えば、子孫の戌土(陽爻)が應に就き、妻財の申金(陽爻)、兄弟の午火(陽爻)、官鬼の亥水(陽爻)が世に就き、子孫の丑土(陰爻)、父母の卯木(陽爻)である。野鶴老人は斷じた。「この一卦は『官鬼』が世に就く。見るべし、毛病は正しくこの道の門に出づ。急いで改むべし」。接著してまた彼に再び一卦を占わしめ、門を改めて後功名如何を問わば、雷山小過の卦を得て山地剝の卦に變じた。
父母戌土″動,妻財寅木′;兄弟申金″,子孫子水″世;官鬼午火′世動,父母戌土″;兄弟申金′動,妻財卯木″;官鬼午火″,官鬼巳火″應;父母辰土″應,父母未土″。斷曰:午火官鬼持世,寅日生之,外卦巳合官局,明年、巳年、午年連升大位,果於次年一歲兩升,午年又升官至二品。
小過卦の六爻を上から下に言えば、父母の戌土(陰爻)が發動、兄弟の申金(陰爻)、官鬼の午火(陽爻)が世に就き併せて發動、兄弟の申金(陽爻)が發動、官鬼の午火(陰爻)、父母の辰土(陰爻)が應に就く。變じた剝卦の六爻は順に、妻財の寅木、子孫の子水が世に就き、父母の戌土、妻財の卯木、官鬼の巳火が應に就き、父母の未土である。野鶴老人は斷じた。「午火の官鬼が世に就き、占日戊寅の寅木はまた來てそれを生ず。外卦は巳火を變出して、世上の午火と合して火局を成して官を助く。ゆえに明年および巳年・午年に連升して大位に至らん」。後に果たして第二年に一年の內に兩次升り、午年に到りてまた二品に升った。
福德動搖,不是此方之禍。子孫持世,或動於卦中,或官鬼不動,及六爻安寧,非此處也。官鬼發動,的於此處興妖。官鬼持世克世,官鬼動爻,實因此處有害。野鶴曰:占得果是此處不利,即是修補,再占一卦,修補之後何如?問功名功名章內斷之,求財者求財章內斷之,防患者防患章內斷之,疾病者災病章內斷之。
「子孫」(福徳)が搖動すれば、禍は便ち疑う所のこの一处に在らず。子孫が世に就き、あるいは子孫が卦中に發動し、あるいは「官鬼」が動かず六爻が安寧するは、皆この一处の毛病にあらざるを表明す。官鬼が發動して、こそ確かにこの一处の妖を興し怪を作すに在るなり。官鬼が世に就き、官鬼が世を剋し、あるいは官鬼のこの一爻が發動すれば、あれは實實在在にこの一处の害あるなり。野鶴老人は言った。「占い出して果たしてこの一处の利ならざれば、便ち手を動かして修補し、修補して後再び一卦を占い、修した後如何を問え。功名を問うは、《功名章》のうちに照らして斷じ、財を求むるは《求財章》のうちに照らして斷じ、患を防ぐは《防患章》のうちに照らして斷じ、疾病あるは《災病章》のうちに照らして斷ぜよ」。
曾有士子才重當時,屢科不第,卜家宅何如。余曰:雖則為名而占貴宅,有疑相犯之處否?彼曰:疑宅後有廟。巳月己丑日占得大有之乾卦。官鬼巳火′應,父母戌土′世;父母未土″動,兄弟申金′;兄弟酉金′,官鬼午火′;父母辰土′世,父母辰土′應;妻財寅木′,妻財寅木′;子孫子水′,子孫子水′。
曾て一位の讀書人あり。才名は當時に重んぜられたるも、而も屢々應試して中らず。來て家宅如何を卜れり。我は言った。「雖は功名の為に貴宅を占うと説くとも、心のうちに疑著する相冲犯の地方ありや」と。彼は言った。「宅子の後面のあの座の廟を疑心す」と。ここに巳月己丑の日に占い、火天大有の卦を得て乾為天の卦に變じた。本卦の六爻を上から下に言えば、官鬼の巳火(陽爻)が應に就き、父母の未土(陰爻)が發動、兄弟の酉金(陽爻)、父母の辰土(陽爻)が世に就き、妻財の寅木(陽爻)、子孫の子水(陽爻)である。變じた乾卦の六爻は順に、父母の戌土が世に就き、兄弟の申金、官鬼の午火、父母の辰土が應に就き、妻財の寅木、子孫の子水である。
斷曰:世為本宅,廟為應,世應相生如何有犯?廟前另有一物,未土發動刑世,乃此故耳。彼曰:廟前有一照壁,照壁之後有一株大樹,數百年矣。余曰:即此物也。爾用大獸頭安於尾脊,張口對樹則吉。再一卦修補之後如何,得歸妹之豫卦。
野鶴老人は斷じた。「世爻は自家の宅子、應爻はあの座の廟なり。今世應は相生す。廟はどうして汝を冲犯せん。倒れに廟前に別に一樣の東西あり。未土が發動して來て世爻を刑する——毛病は正しくここに在り」。あの人は言った。「廟前に一堵の照壁あり。照壁の後頭に一株の大樹あり。已に幾百年なり」と。野鶴老人は言った。「正しく是れこの東西なり。汝は屋脊の盡頭に一隻の大獸頭を安め、口を張りてあの株の樹に對準せば、便ち吉なり」。接著してまた一卦を占い、修補して後如何を問わば、雷沢歸妹の卦を得て雷地豫の卦に變じた。
父母戌土″應,父母戌土″;兄弟申金″,兄弟申金″;官鬼午火′,官鬼午火′應;父母丑土″世,妻財卯木″;妻財卯木′動,官鬼巳火″;官鬼巳火′動,父母未土″世。斷曰:修補之後,包爾今科必中,財動生官,官動生世,大吉之兆。果中經魁,下科胞弟又發。
歸妹卦の六爻を上から下に言えば、父母の戌土(陰爻)が應に就き、兄弟の申金(陰爻)、官鬼の午火(陽爻)、父母の丑土(陰爻)が世に就き、妻財の卯木(陽爻)が發動、官鬼の巳火(陽爻)が發動す。變じた豫卦の六爻は順に、父母の戌土、兄弟の申金、官鬼の午火が應に就き、妻財の卯木、官鬼の巳火、父母の未土が世に就く。野鶴老人は斷じた。「修補して後、汝のこの一科は必ず中るを包む——卯木の財爻が發動して來て巳火の官爻を生じ、官爻はまた發動して來て世爻を生ず。是れ大吉の兆なり」。後に果たして經魁に中り、下一科に彼の胞弟もまた中った。
福德臨身,轉災為福。旺財持世,寶藏興焉。子孫持世子孫發動者,鬼崇潛行,即有活鬼出現,可保平安。子動無憂,神藏兔沒。旺相之財持世財動生世合世,必有古窖。若問在於何方,財來尋我,我莫尋他,是我之財,自然出現。若問何時可得,即以此財爻應期章內斷之。
「子孫」(福徳)が世爻の上に臨むは、能く災を轉じて福と為す。旺相の「妻財」が世に就くは、宅の中は還って財寶を藏す。子孫が世に就きあるいは子孫が發動するは、鬼祟はただ潛伏・躲藏するのみ。たとえ真に活鬼の現形あるとも、平安を保つを得。子孫は一たび動けば便ち憂う可きなく、邪神は自然に隱沒して蹤なし。旺相の財爻が世に就き、あるいは財爻が發動して來て世を生し世に合するは、宅のうちに必ず前人の埋下する古窖の藏財あり。もしそれが何の方位に在るかを問わば、知るべし是れ財の來て我を尋るにして、我の往きてそれを尋るにあらず——すでに我が命のうちに得べき財なれば、自然に顯出せん。もしいつ得べきかを問わば、便ち《應期章》のうちに照らしてこの財爻を以て應期を定めよ。
鬼動爻中真祟真妖。鬼臨白虎,必有伏尸。鬼臨元武,水怪山魑。蛇主蟲蛇為妖。雀是官非火盜。勾陳鬼牢獄羈身。青龍鬼色慾而喪。亥子鬼投河溺井之魂,或因水溝池塘之患。辰戌丑未之鬼牆倒屋塌,或因牆垣獸頭之犯。寅卯鬼懸樑自縊,又為門戶棟樑。巳午鬼火傷窯死,兼為爐灶不安。鬼臨申酉之鄉,刀劍之身之魄,或因金錢為怪,又為狐狸為精。
「官鬼」が爻の中に發動すれば、あれはこそ真に妖祟あるなり。鬼が「白虎」に臨めば、宅の下に必ず埋めたる屍骨あり。鬼が「玄武」に臨めば、是れ水怪・山精なり。「螣蛇」に臨めば、蟲蛇の妖と成るを主る。「朱雀」に臨めば、是れ官司・口舌、火災・盗賊なり。「勾陳」に臨めば、牢獄に身を羈するを主る。「青龍」に臨めば、是れ色欲に因りて命を喪う鬼なり。鬼が亥・子に在れば、是れ河に投じ井に溺るる冤魂なり。あるいは水溝・池塘の上に毛病を出づるなり。鬼が辰・戌・丑・未に在れば、是れ墻の倒れ屋の塌れに壓死せられたるなり。あるいは墻垣・屋脊の獸頭が忌を犯したるなり。鬼が寅・卯に在れば、是れ上弔して自縊したるなり。また門戸・棟樑の上に事あるを主る。鬼が巳・午に在れば、是れ火に燒かれ窰の中に死せるなり。兼ねて爐竈の不安を主る。鬼が申・酉の鄉に落つれば、是れ刀劍の下に死せる魂魄なり。あるいは金錢の怪を作し、也可能是れ狐貍の精と成れるなり。
鬼在變爻冤家債主,鬼臨日月供養正神,受克者必受其殃,生世者反得其濟。古法制鬼於庚申日甲子日,或於除夕日,黃錢數張,漿水一碗,卦現金鬼者向西送之,水鬼者向北送之,在人靜處送。屢驗平安,餘仿此。覺子曰:餘有泊雲之法,一正可奪百邪,見怪不怪,其怪自滅。
鬼が變爻の上に出現するは、是れ冤家・債主の門を尋ね來たるなり。鬼が日辰・月建に臨むは、則ち是れ好く供養すべき正神なり。およそ鬼に剋せられる人は、必定に其の殃を受く。反對に鬼が來て世爻を生ずれば、倒れに其の接濟を得るを得。古法の鬼を制するは、庚申日・甲子日を選び、あるいは除夕のあの一天に、黃錢幾張・漿水一碗を用いる。卦に金鬼を現ずれば西に向かって送り、水鬼は北に向かって送る。皆須く人なき靜處を挑んで送れ。この法子は我が多回試みて皆平安を得たり。其余はこれに照らして類推せよ。覺子曰く、「我は別に一套の心を定め念を止むる法門あり——一個の『正』字は便ち百邪を壓倒し得。怪を見て怪と為さざれば、あの怪は自然に消滅せん」。
官克在位,為災為禍。鬼動克世,或世爻隨鬼入墓,及世動變鬼克世,乃是冤家債主,難免禍殃,宜修德作福,自然改禍為祥。財動克父,財化父,父化財,堂上之憂。父動克子,鬼化子,子化鬼,膝前有損。兄弟變鬼,鬼變兄弟,鬼動克兄,妻財變鬼,鬼變妻財,兄動化財,財化兄弟,既防手足刑傷,又主分衾折枕。
「官鬼」が世爻の居する所の位に剋し到れば、便ち是れ災是れ禍なり。鬼爻が發動して來て世を剋し、あるいは世爻が「鬼に隨って墓に入り」、あるいは世爻が發動して鬼を變出して回頭して世を剋する——これは皆冤家・債主の上門にして、禍殃を免れがたし。この時は徳を修め善を行い、廣く福緣を積むべし。自然に能く禍を改めて祥と為さん。「妻財」が發動して「父母」を剋し、あるいは財が父母を化し父母が財を化するは、皆堂上の二老に憂あるを主る。父母が發動して「子孫」を剋し、あるいは官鬼が子孫を化し子孫が官鬼を化するは、皆膝下の兒女に損あるを主る。「兄弟」が官鬼を變じ、官鬼が兄弟を變じ、鬼が動して兄を剋し、および妻財が官鬼を變じ官鬼が妻財を變じ、兄弟が發動して妻財を化し妻財が兄弟を化する——これらはすでに手足の刑傷を受くるを防ぐを要し、また夫妻の衾を分かち枕を折り、生離・死別するを主る。
同居の章第百十四
與六親同居用六親,與外人同居看應爻。世為已,應為人,世應相合相生,日月動爻生合世應者,彼此俱祥。克世我遭喪,克應他遭害,世克應,他畏於我,應克世我被他欺,刑沖者同。與六親同居,宜於財興用神相生,不宜相沖相剋。
六親と合わせ住むは、便ちあの位の六親を代表する爻を取りて「用神」と作す。外人と合わせ住むは、便ち「應爻」を看る。世爻は是れ我、應爻は是れ相手方。世應が相合・相生し、あるいは日辰・月建・動爻が來て世爻と應爻とを生合するは、彼此皆吉祥なり。もし來て世爻を剋せば、是れ我が殃に遭う。來て應爻を剋せば、是れ相手方が害に遭う。世爻が應爻を剋すれば、相手方は我を怕る。應爻が世爻を剋すれば、我は彼に欺かる。相刑・相冲するもまたかように斷ぜよ。六親と同住するは、最も「妻財」の興旺にしてまたあの位の六親の用神と相生するを好しとし、彼此の相冲・相剋するを宜しとせず。
官衙を蓋造する章第百十五
官府自占,世與官星皆宜旺相,子孫持世及子孫動者且勿行,變克變絕反招奇禍,六沖化合,必獲奇祥。
官を為す人が自ら衙署を蓋造するを占うは、世爻と「官星」とが皆旺相を要してこそ好し。もし「子孫」が世に就き、あるいは子孫が卦中に發動せば、この工程は暫く手を動かすなかれ——子孫は官を剋すれば、官身に利あらざればなり。世爻が剋を變出し絶を變出するは、反って意外の禍を招出さん。卦が「六冲」を得て「六合」と變成するは、必ず意外の喜を得ん。
衙宇を占う章第百十六
野鶴曰:凡占舊衙署者,與占舊家宅者同斷,有因人口多病,有因連任不得升遷,有因鬼祟顯見其形,皆可指其疑者而占。曾有一官因連任不得升遷,疑官衙有不利,迎於府中,卜過半月,但有所疑,俱曾占過,皆不現爻,又卜後溝從後流宜否。
野鶴老人は言った。「およそ舊衙署を占うは、舊家宅を占うと一樣に斷ず。あるものは衙裏の人口の多病なるに因り、あるものは連任多年升遷を得ざるに因り、あるものは鬼祟の形を現出するに因る。皆彼の心のうちに疑う所のあの一处を指定して占う可し。曾て一位の官員あり。連任して升遷を得ざるに因りて、官衙に不利の处あるを疑心して、我を接して府に至らしめ、一連に半月を卜せり。およそ彼の心のうちに疑著する所は皆占い遍して、皆應験の爻象を見ず。最後にまた衙後のあの道の水溝の後面より流走するは合適か否かを卜せり」。
如戌月已亥日占得鼎卦。兄弟巳火′,兄弟巳火′;子孫未土″應,子孫未土″應;妻財酉金′,妻財酉金′;妻財酉金′,妻財酉金′;官鬼亥水′世,官鬼亥水′世;子孫丑土″,子孫丑土″。斷曰:即此處違也,宜改往東流,後開溝見許多屍體白骨,餘始悟曰:虎鬼持世,是以有之,再請占一卦。
戌月己亥の日に占い、火風鼎の卦を得て、六爻は安靜、變卦は本卦と同じ。六爻を上から下に言えば、兄弟の巳火(陽爻)、子孫の未土(陰爻)が應に就き、妻財の酉金(陽爻)、妻財の酉金(陽爻)、官鬼の亥水(陽爻)が世に就き、子孫の丑土(陰爻)である。野鶴老人は斷じた。「毛病は正しくこの道の溝に出づ。改めて東に向かって流さしむべし」。後に溝道を掘開して、果たして許多の屍骸・白骨を挖出せり。我はここに恍然大悟せり——もと來是れ「白虎」と「官鬼」とが同じく世爻に臨めばなり。ゆえに底下にこそこれらの東西あれ。ここにまた彼に一卦を占わしめたり。
修溝之後何如得噬嗑之無妄。子孫巳火′,妻財戌土′;妻財未土″世動,官鬼申金′;官鬼酉金′,子孫午火′世;妻財辰土″,妻財辰土″;兄弟寅木″應,兄弟寅木″;父母子水′,父母子水′應。斷曰:未土財化申金官,未年一定高升,後於申年升任,應申年者,值官之年也。
溝を修めて後如何を問わば、火雷噬嗑の卦を得て天雷无妄の卦に變じた。本卦の六爻を上から下に言えば、子孫の巳火(陽爻)、妻財の未土(陰爻)が世に就き併せて發動、官鬼の酉金(陽爻)、妻財の辰土(陰爻)、兄弟の寅木(陰爻)が應に就き、父母の子水(陽爻)である。變じた无妄卦の六爻は順に、妻財の戌土、官鬼の申金、子孫の午火が世に就き、妻財の辰土、兄弟の寅木、父母の子水が應に就く。野鶴老人は斷じた。「未土の財爻が發動して申金の官爻を化出す。財は能く官を生ず。官は正しく升遷を求むる用神なり。未年に一定に高升せん」。後に却って申年に到りて升任したり。申年に應じたは、申金が正しくあの官爻の當値する年なればなり。
寺院を蓋造する章第百十七
大抵與家宅同推,不宜六沖、卦變墓絕及反呤,住持或山主占者皆宜世旺日月動爻相生,宜子孫爻動,忌官鬼爻與兄爻持世,多費無益之事。官鬼持世疾病災殃之累,兄爻動而克世者欲造福反成禍胎,財官生世者雖錢少自有增助,子孫旺相而化進神,多招徒弟,財爻休囚而化退者,有始無終。
寺院を蓋造するは、大体家宅を占うと一樣に推斷す。「六冲」を宜しとせず、卦の變じて墓に入り絶に逢うを宜しとせず、また「反吟」をも宜しとせず。住持あるいは山主の自ら占うは、皆世爻の旺相を要し、また日辰・月建・動爻の相生を得るを要す。「子孫」爻の發動を宜とし、「官鬼」爻と「兄弟」爻の世に就くを忌む——あれはただ冤錢を多花して無益の事を办するのみ。官鬼が世に就くは、疾病・災殃の拖累を受けん。兄弟爻が發動して來て世爻を剋するは、本は福を造らんと欲するも、反って禍胎を結下せん。「妻財」「官鬼」が來て世爻を生ずるは、手上の錢少なしといえども、自ら人の添助するあらん。子孫が旺相にして「進神」を化するは、日后に廣く徒弟を招せん。財爻が休囚にして「退神」を化するは、則ち始めあって終わりなきなり。
李我平曰:卜筮諸書,二十餘種,所論家宅,理不歸一,不知昔賢是何宅見。卜筮大全:初井二灶三床四門五爻為人六爻棟宇。黃金策:初爻是宅二爻宅舍三爻為門四為父母五兄弟六妻財。易冒以初爻為幼二爻為妻三弟四母五爻為父上爻為老。他書俱各不同,不暇細具。
李我平は言った。「卜筮の書は二十余種あり。家宅に講到りては、道理は各々一に歸せず。真に從前のあの先生がどの一所の宅子に照らして看出したるかを知らず。《卜筮大全》は言う。初爻は井、二爻は竈、三爻は床、四爻は門、五爻は人、六爻は棟宇なりと。《黃金策》は言う。初爻は宅基、二爻は宅舍、三爻は門、四爻は父母、五爻は兄弟、六爻は妻財なりと。《易冒》はまた初爻を以て幼輩と為し、二爻を妻と為し、三爻を弟と為し、四爻を母と為し、五爻を父と為し、上爻を老人と為す。別の書はまた各々相同じからず。一時にも及んで細列する能わざるなり」。
易冒又云:鬼動於內,宅室之災。鬼動於外,人口之咎。既以二爻為妻,三爻為弟,假令內爻鬼動,宅室之災乎?弟妻之咎乎?至於五行之鬼,八宮之鬼,既以之定禍災炎盜,又以之定頭目,定病災,彼謂炎鬼主回祿,鬼在乾宮主頭目之患,若以一卦而兼斷,豈失火盜之家,必染頭目之病耶?
《易冒》はまた言う。鬼が内卦に動するは、是れ宅室の災なり。鬼が外卦に動するは、是れ人口の咎なり。しかしそれはすでに二爻を以て妻と為し三爻を以て弟と為せり。それならばもし内卦に鬼の動せば、究竟それを斷じて宅室に災ありとすべきか、還って斷じて妻弟に咎ありとすべきか。五行の鬼・八宮の鬼に至っては、すでにそれを拿りて火災・盗賊を定め、またそれを拿りて頭面・眼目を定め、還ってそれを拿りて病症を定む。火鬼は火災を主り、鬼が乾宮に在れば頭目の患を主ると説く。もし真に一卦を拿りてこれらを兼ねて斷ぜば、豈に火災・盗賊に遭いし人家は、一定に皆頭目の毛病を害さんや。
有曰:合為門,沖為路,不論卦內之有無,但有暗沖與暗合,也應作數。假使有沖無合,有合無沖,豈有門無路之家耶?殊不知占家宅之趨避,願人口以為安,財福旺,而宅與鬼安靜而家寧,於斯而已,何必多生枝條,以亂後人耳目。
還ってあるものは言う。相合するは門にして、相冲するは路なり。卦のうちに現じ出でたるか否かを論ぜず、ただ「暗冲」「暗合」あれば、同じく數に算ると。それならばもし一卦にただ冲ありて合なく、あるいはただ合ありて冲なからば、豈にただ門ありて路なき、あるいはただ路ありて門なき人家あらんや。彼らは全く明白せず。家宅を占うはただ吉に趨り凶を避くるが為のみ。無非は一家人口の平安を盼望する——財爻・福神が旺相にして、宅爻と鬼爻とが安靜なれば、一家は便ち安寧す。如此のみなり。何ぞ必ずしも這許多の枝節を多生して、來て後人の耳目を攪亂せしめんや。
墓葬の章第百十八
野鶴曰:卜墓卜穴,古法之謬與家宅相同,後賢放諸書而自曉,餘因求驗之法,每遇拜掃之時,到各家,命伊占之,或知人覓地而占之,如此多年,始得其秘。
野鶴老人は言った。「墳墓を卜し穴位を卜するは、古法の荒謬の处は家宅を占うと一樣に多し。後來の學者はただ各家の書を擺りて一处に對看せば、自然に明白せらん。我は一套の真に能く應験する方法を求むるが為に、清明の掃墓の時節に逢う毎に、便ち各家に到りて、彼らに各々一卦を占わしむ。あるいはいずれの家か正に地を尋ぬる有りと聽説すれば、また彼に一卦を占わしむ。かようにして許多年を做して、こそその中の訣竅を得著せり」。
地を尋ぬる章第百十九
世爻旺相,祖父魂安。福德興隆,兒孫縮杞。古以二爻為穴,內卦為穴,騰蛇為穴,屢試不驗,所驗者,世為穴也,世宜旺相,或臨日月,或日月動爻生扶,乃吉地也。兒孫乃祭杞之裔,宜於持世,或在他爻旺相,振振螽斯。
世爻が旺相なれば、祖先の魂魄は便ち安んず。「子孫」(福徳)が興隆すれば、兒孫の一支は便ち綿延して絶えず、香火に繼ぐものあり。古法にはあるものは第二爻を以て穴と為し、あるものは内卦を以て穴と為し、あるものは「螣蛇」を以て穴と為す。我は屢々試み來るも皆應験せず。試み下して真に應験するは、世爻を以て穴と為すなり。世爻は旺相を要し、あるいは正しく日辰・月建に臨み、あるいは日月・動爻の生扶を得れば、あれはこそ一塊の吉地なり。兒孫は將來祭祀を主持する後裔なり。最も好きは「子孫」爻の世に就くなり。たとえ別の爻の上に落つるとも、ただ旺相なれば、同じく子孫は衆多にして螽斯は振振たらん。
三合六合,聚氣藏風。世沖六沖,飛砂走石。卦逢六合或世與子孫爻作六合,乃藏風吉穴,代代興隆。若得六沖卦,或六沖變六沖,或世應相沖,沖者散也,必無氣耳。
卦が「三合」「六合」を成すは、是れ氣を聚め風を藏する地なり。世爻が冲せられ卦が「六冲」に逢うは、便ち是れ砂を飛ばし石を走らす地なり。卦が六合に逢い、あるいは世爻と「子孫」爻とが相合して六合を成すは、是れ風を藏する吉穴にして、子孫は代代興隆せん。もし六冲の卦を得、あるいは六冲がまた六冲に變じ、あるいは世應が相冲せば——冲は便ち是れ散なり。あの地方は必定に氣を聚め住む能わざるなり。
六沖變六合,吉地失而復得;六合變六沖,吉地得而復失;此亦有二說:六沖變六合,尋得吉地,先欲買而不成,後又買成,或是地運已衰,真龍去後今復重來,凡得此者,再得世遇子孫旺相,急宜用之。曾驗數占,綿綿科甲。六合變六沖者,或是已得之地而復失,或是地運將衰,龍將去矣,不宜用之。
「六冲」が「六合」に變ずるは、吉地は失いてまた得るなり。「六合」が「六冲」に變ずるは、吉地は得てまた失うなり。ここにもまた二層の講法あり。六冲が六合に變ずる——あるいは已に吉地を尋著して、起先は買わんと欲して買い成さず、後來にまた買い成したり。あるいはこの塊の地の地運は本より已に衰敗して、真龍は去りて今また重ねて來たれり。およそこの種の卦を得て、再び世爻と「子孫」とが皆旺相を加えば、便ち急いでそれを用うべし——我は曾て幾卦かを験せり。用いたりし人家は科甲は連綿として絶えず。六合が六冲に變ずる——あるいは已に手に到りたる地をまた失い、あるいは地運は將に衰えんとし龍脈は將に去らんとす。この一種は便ち用いるを宜しとせず。
世旺而化絕破,吉處藏凶。世衰而化生合,凶中有吉。世爻雖旺不宜化破及化墓絕化回頭克,主先得吉地,後有破綻,若非將來下葬,不得吉日,定因葬後被人傷根,吉變為凶之象。世若衰弱,動而化回頭相生化長生帝旺化日月化合化進神者,先否後喜之兆,目下觀其形勢,雖是不宜下葬之地,將來地運興隆,變成富貴之大地也。
世爻が旺相にして却って「絶」と「破」とを化出するは、是れ吉の处に凶を藏す。世爻が衰弱にして却って生を化出し合を化出するは、是れ凶の中に吉を帶ぶ。世爻は旺なりといえども、また破を化し墓を化し絶を化し回頭剋を化するを宜しとせず。あれは先ず一塊の吉地を得て、後來に破綻を出すを主る。將來下葬の時に吉日を擇み著けざるにあらざれば、就一定に葬して後に人に地脈の根氣を傷られ、吉は反って凶に變ず。世爻がもし本より衰弱なりとも、却って發動して回頭相生を化出し、あるいは「長生」「帝旺」を化し、あるいは日辰・月建を化出し、あるいは合を化し「進神」を化するは、あれは先ず否にして後に喜ぶ兆なり。眼下に其の形勢を看れば、雖は下葬すべからざる地方に似たるも、將來に地運が一たび興れば、便ち富貴の大地と變成せん。
寅月戊午日占地,得頤變無妄卦。兄弟寅木′,妻財戌土′;父母子水″動,官鬼申金′;妻財戌土″世動,子孫午火′世;妻財辰土″,妻財辰土″;兄弟寅木″,兄弟寅木″;父母子水′應,父母子水′應。
寅月戊午の日に一塊の墳地を占い、山雷頤の卦を得て天雷无妄の卦に變じた。本卦の六爻を上から下に言えば、兄弟の寅木(陽爻)、父母の子水(陰爻)が發動、妻財の戌土(陰爻)が世に就き併せて發動、妻財の辰土(陰爻)、兄弟の寅木(陰爻)、父母の子水(陽爻)が應に就く。變じた无妄卦の六爻は順に、妻財の戌土、官鬼の申金、子孫の午火が世に就き、妻財の辰土、兄弟の寅木、父母の子水が應に就く。
斷曰:世爻戌土,春天休囚,化出午火子孫回頭生世,日月世爻其成三合,青龍戲水,以化長生,水源極遠,只因申為月破,戌土克子水,又被日神沖散,春夏有水,秋冬必動。彼曰:正是如此。余曰:不妨,不可求全責備,卦中日月世與子孫共成三合,死者安而生者樂,子孫昌盛,何愁不發,後竟葬之,辰年下葬,酉年孫中亞魁,及至子年,次孫又登鄉榜。
野鶴老人は斷じた。「世爻は是れ戌土なり。春天に在りて正しく休囚に當たる。幸いに發動して午火の子孫を化出して回頭して來て世を生ず。寅月の月建・戊午日の日辰は世爻の戌土と恰も寅午戌の三合を成せり。『青龍』は水爻に臨みて發動し、また『長生』を化出す。見るべし、水源は極めて遠し。ただ申金が正しく月破に當たり、戌土はまた子水を剋し、子水は再び戊午日の日辰に冲散せらるるが因るのみ。ゆえにここの水は春夏はありて秋冬は便ち乾からん」。あの家の人は言った。「正しく是れの如し」と。野鶴老人は言った。「妨げず。地を看るは全きを求め責を備うる能わず。卦中の日辰・月建・世爻と子孫とが共に三合局を成せば、死者は安を得て生者は樂を得、子孫は昌盛せん。還って發達せざるを愁うるあらんや」。後に果たしてここに葬せり。辰年に下葬し、酉年に長孫は亞魁に中り、子年に到りて次孫はまた鄉榜に中った。
世化進神,千秋綿遠。福德化進,百代興旺,世宜旺相化進神、化日月、化回頭生、化合、化長生帝旺,龍安水源地脈長。子孫旺相化進神、或化吉、化生、化日月,賢孫貴子佈滿朝堂。世化退神,終須遷改,子孫化退,代代不如。
世爻が發動して「進神」を化するは、この塊の地は能く千秋綿遠を保たん。「子孫」(福徳)が進神を化するは、子孫は百代興旺せん。世爻は最も好きは旺相にして進神を化し、あるいは日辰・月建を化出し、あるいは回頭生を化し合を化し「長生」「帝旺」を化する——あれは便ち龍脈は安穩、水源は竭きず、地脈は悠長なり。子孫爻が旺相にして進神を化し、あるいは吉を化し生を化し日辰・月建を化出するは、賢孫・貴子は將來に朝堂に布満せん。反對に世爻が「退神」を化するは、終に遷葬・改葬せん。子孫が退神を化するは、一代は一代に如かざらん。
日月宜生福德,動爻不可傷身。世與子孫爻宜日月動爻生扶,不宜日月沖剋。旺世臨虎,棺上加棺。旺福逢龍,寅葬卯發。世臨白虎鬼爻,或是隨鬼入墓,皆主地有伏尸。世爻旺相又遇生扶,乃為棺上加棺。曾見兩人葬者後竟大發。休囚者則不可耳。子孫旺相又遇日月生扶又遇青龍,即為吉地,寅年葬而卯年發也,皆言其發旺之速。
日辰・月建は最も來て「子孫」(福徳)を生ずるを宜とし、動爻は世身を傷る可ならず。世爻と子孫爻とは皆日辰・月建・動爻の生扶を得るを要し、日月に冲剋せらるるを宜しとせず。世爻が旺にして「白虎」に臨むは、是れ棺の上に棺を加うるなり。子孫が旺にして「青龍」に逢うは、是れ寅年に葬り卯年に便ち發すなり。世爻が白虎と鬼爻とに臨み、あるいは「鬼に隨って墓に入る」は、皆この地の底下に舊屍を埋むるを主る。もし世爻が旺相にしてまた生扶を得れば、あれは便ち棺の上に棺を加うる吉象なり——我は曾て兩家がかような地の上に下葬するを見、後來竟に皆大發せり。もし世爻が休囚なれば、あれは便ち用い得べからざるなり。子孫が旺相にして、また日月の生扶を得、また青龍に遇えば、便ち吉地なり。寅年に葬り下して卯年に便ち發す。ここの兩句は皆發旺の速やかなるを形容するなり。
散絕墓空,世與子孫勿見。化克化鬼,弟兄妻子休逢。世爻子孫爻,不宜休囚墓絕空破,不宜動逢破散及化破散、化絕、化墓、化鬼、化退神、化回頭克,但逢一者皆非吉地。六親不宜化鬼、父化子,子化父,鬼化子,子化鬼,兄化鬼,鬼化兄,兄化財,財化兄,財化鬼,鬼化財,此不宜於兄弟妻子。有父母在堂亦不宜鬼化父、父化財、財化父。
散・絶・墓・空のこの四樣は、世爻と「子孫」爻とは皆犯す可ならず。化剋・化「官鬼」のこの兩樣は、兄弟・妻子もまた皆逢う可ならず。世爻と子孫爻とは休囚・入墓・逢絶・落空・逢破を宜しとせず、また發動して破散に遇い、あるいは破散を化し絶を化し墓を化し鬼を化し「退神」を化し回頭剋を化するを宜しとせず——ただ一樣を犯し上げれば、便ち吉地にあらず。六親の各爻もまた官鬼を化出するを宜しとせず。父母が子孫を化し、子孫が父母を化し、官鬼が子孫を化し、子孫が官鬼を化し、兄弟が官鬼を化し、官鬼が兄弟を化し、兄弟が妻財を化し、妻財が兄弟を化し、妻財が官鬼を化し、官鬼が妻財を化する——これらは皆兄弟・妻子に利あらざるなり。家の中になお父母の堂に在るあるは、また官鬼が父母を化し、父母が妻財を化し、妻財が父母を化するを宜しとせず。
應沖世合處逢沖,流移遷徒。反伏卦變化克,洪泛陵墓。擇地不但不喜六沖卦,應沖世者亦非吉也,倘應世相合,爻逢六合,世應子孫三合成局,即為美地。卦得反吟,遇沖開之年月必遷。卦得反吟,遇沖年沖月必變。內外反吟者乃卦變也,如巽變乾,坤變震之類,名為化絕化克得此卦者,重則沖決,輕則遷徙。
應爻が世爻を冲し、あるいは本來相合する所が反って冲開せらるるは、子孫の流離・遷徙するを主る。卦が「反吟」「伏吟」を得、あるいは卦が變じて剋を化するは、洪水の泛濫して墳塋を淹るるを主る。地を擇むは但だ「六冲」の卦を喜ばざるのみならず、應爻が世爻を冲するもまた吉象にあらず。もし世應が相合し、爻がまた「六合」に逢い、世爻・應爻と子孫とが三合局を合成せば、あれは便ち一塊の美地なり。卦が反吟を得るは、冲開の年月に遇えば必定に遷葬せん。卦が反吟を得るは、相冲の年・相冲の月に遇えば必ず變故を生ぜん。內外の卦が皆反吟するは、卦の變じて出ずる所に由る。譬えば巽が乾に變じ坤が震に變ずるの一類のごとく、之を化絶・化剋と呼ぶ。この種の卦を得れば、重ければ墳は水に冲決せられ、輕ければまた遷去を要せん。
如卯月戊子日占地得巽之升。兄弟卯木′世動,官鬼酉金″;子孫巳火′動,父母亥水″;妻財未土″,妻財丑土″世;官鬼酉金′應,官鬼酉金′;父母亥水′,父母亥水′;妻財丑土″,妻財丑土″應。
譬えば卯月戊子の日に地を占い、巽為風の卦を得て地風升の卦に變じた。本卦の六爻を上から下に言えば、兄弟の卯木(陽爻)が世に就き併せて發動、子孫の巳火(陽爻)が發動、妻財の未土(陰爻)、官鬼の酉金(陽爻)が應に就き、父母の亥水(陽爻)、妻財の丑土(陰爻)である。變じた升卦の六爻は順に、官鬼の酉金、父母の亥水、妻財の丑土が世に就き、官鬼の酉金、父母の亥水、妻財の丑土が應に就く。
世為穴,世臨月建,日辰生之,是為吉也,但不宜外卦反吟,世被酉金沖剋,子孫被亥水沖剋,不宜用之。彼曰:已買成矣。余曰:不葬何妨。又曰:地師言為美地,後竟葬之。四年之內,二男一女,相繼而亡,自身又得半身不遂之疾,愚人不怨於已,反怨祖父棺材暴露,竟至二年後沒,應酉年者,謂之再沖之年。父化父,兒孫夭折。子化子,子女成行。卦中不宜父動,父動化父更凶。子孫化子孫不遇傷克,代代兒女成行,決非單傳。
世爻は便ち是れ穴なり。この一卦は世爻の卯木は正しく卯月の月建に臨み、戊子日の日辰の子水はまた來てそれを生ず。本より應に吉なるべし。ただ外卦の「反吟」を宜しとせず——世爻は變出の酉金に冲剋せられ、子孫の巳火はまた亥水に冲剋せらる。ゆえにこの地は用い得べからざるなり。あの人は言った。「地は已に買い下了えり」と。野鶴老人は言った。「葬らざるのみで是れ已む」と。彼はまた言った。「地を看る先生は説く、この塊の美地と」と。後に終に葬り下去せり。四年の內に、兩個の兒子・一個の女兒が相繼いで死亡し、他は自己又半身不遂の病を得たり。この愚人は自己を怪まず、反って祖父の棺木の暴露して外に在るを怪み、結果兩年の後に己れも沒えり。酉年に應じたは、あれは『再冲之年』と呼ぶなり。「父母」が父母を化するは、兒孫は夭折す。「子孫」が子孫を化するは、子女は行を成さん。卦中は父母爻の發動を宜しとせず。父母が發動してまた父母を化出するはさらに凶。子孫が子孫を化して傷剋を遭わざれば、代代兒女は群を成し、決して單傳せざらん。
地の形勢を占う章第百二十
世旺遇長生,來龍甚遠。世衰逢應克,對案山欺。兩間旺而明堂寬,龍虎衰而左右陷,左山旺頭角崢嶸,右山衰爪牙埋伏。朱雀遇刑沖前山雜亂,元武逢破散後脈空虛,龍虎世爻合局,虎踞龍蟠之地。
世爻が旺相にしてまた「長生」に逢うは、來龍は極めて遠し。世爻が衰弱にして應爻に剋せらるるは、是れ對面の案山が穴場を欺壓す。世應の中間のあの兩個の「間爻」が旺相なれば、明堂は便ち寬し。「青龍」「白虎」の兩爻が衰弱なれば、左右の兩邊は便ち低陷す。左邊の山が旺なれば、則ち頭角は峥嶸たり。右邊の山が衰なれば、則ち爪牙は埋伏す。「朱雀」が刑に遇い冲に遇うは、前面の山は雜亂す。「玄武」が破に逢い散に逢うは、後面の來脈は空虚なり。世爻と青龍・白虎とが合成して一局と為るは、便ち是れ虎踞・龍蟠の地なり。
世應相合,山環水繞。水口不固,上爻一定逢空。道路參差,騰蛇必然破散。世爻當令又長生帝旺於日辰,來龍遠大。倘若應爻沖剋世爻者,必因對山高聳,或因臨葬錯對向山,如應爻受克者無礙,改向可也。世爻應爻中間兩間爻以為明堂,旺相者明堂寬大,休囚者明堂下陷,近世之爻而為案山,亦不可克世。龍為左山,虎為右山,兩山旺者,有環抱之勢。俱衰者,不能環抱。
世應が相合するは、是れ山環・水繞の象なり。水口が守り住む能わざれば、必ず是れ上爻が空に落ちたるなり。道路が參差・不齊なるは、必ず是れ「螣蛇」のあの一爻が破散せるなり。世爻が月令に當たり、また日辰の上に「長生」「帝旺」を得るは、來龍は遠大なり。もし應爻が世爻を冲剋せば、必ず是れ對面の山の太高聳なるか、あるいは下葬の時に朝向を對錯せり。もし反對に應爻が剋を受くれば、則ち妨げず。朝向を改むれば便ち可なり。世爻と應爻との中間のあの兩個の「間爻」は明堂と當作す。旺相なれば則ち明堂は寬大、休囚なれば則ち明堂は低陷。世爻に靠近するあの一爻は是れ案山なり。亦た來て世爻を剋する可ならず。「青龍」は是れ左邊の山、「白虎」は是れ右邊の山。兩山が皆旺なるは、環抱の勢あり。兩山が皆衰なるは、便ち抱き攏む能わず。
大抵青龍宜旺扶頭角軒昂,虎山宜衰宜克爪牙埋伏,朱雀遇刑剋沖散及破墓絕空者,前山雜亂。元武逢破散後脈空虛。若得世應龍虎子孫共成三合者乃虎踞龍蟠之大地也。第六爻為上爻,若逢空破,水口不固,逢絕者水涸泉枯。看河道之水者,非論水口,須看卦中之水爻休囚被克,漲退不長。逢生化生長流源遠,再遇青龍源長。看騰蛇為路,如逢沖散小路必多,旺相者必有官道。勾陳為田坡,旺相則有,衰破則無。
大抵「青龍」は旺を宜とし生扶を得るを宜として、こそ頭角の軒昂を顯せしめん。白虎のあの一邊は反って衰を宜とし剋を受くるを宜として、こそ爪牙の埋伏を叫ばしめん。「朱雀」がもし刑・剋・冲・散および破・墓・絶・空に遇えば、前面の山は便ち雜亂す。「玄武」がもし破に逢い散に逢えば、後面の來脈は便ち空虚なり。もし世爻・應爻・青龍・白虎と子孫とが共に三合局を成すを得れば、あれは便ち虎踞・龍蟠の大地なり。第六爻は是れ上爻なり。もし空に逢い破に逢えば、水口は守り住む能わず。もし絶に逢えば、則ち水は涸れ泉は枯れん。河道の水を看るは、水口の上に在りて論ぜず。要に卦中の水爻を看るべし。水爻が休囚して剋を受くるは、水は漲りてまた退き、長じ起る能わず。水爻が生に逢い生を化するは、源遠く流長し。さらに青龍に遇えばさらに源頭は悠長なり。「螣蛇」は道路と看為す。冲散に逢うは、小路は必ず多し。旺相なるは、必ず官道あらん。「勾陳」は田坡と看為す。旺相なれば便ちあり。衰破なれば便ちなし。
丑月庚申日占地形勢得咸卦。父母未土″應,父母未土″應;兄弟酉金′,兄弟酉金′;子孫亥水′,子孫亥水′;兄弟申金′世,兄弟申金′世;官鬼午火″,官鬼午火″;父母辰土″,父母辰土″。
丑月庚申の日に一塊の地の形勢を占い、沢山咸の卦を得て、六爻は安靜、變卦は本卦と同じ。六爻を上から下に言えば、父母の未土(陰爻)が應に就き、兄弟の酉金(陽爻)、子孫の亥水(陽爻)、兄弟の申金(陽爻)が世に就き、官鬼の午火(陰爻)、父母の辰土(陰爻)である。形勢を占うは世爻を以て穴と為す。この一卦は世爻は正しく第三爻の申金兄弟にして、而して占日は庚申、日辰もまた申金なり。世爻は恰も日辰に臨めり。
青龍持世,日辰臨世,來龍由左而至,旺而有氣,左右皆無傷克,龍虎環抱,向山未土雖臨月破,朱雀亥水為前山,申日生之必有朝水,或是帶水,水有其源。騰蛇為路,上爻為水口,俱臨月破,道路參差,水口散亂,兩間爻旺相,明堂寬大,彼曰:果一一無錯,此地吉否?
野鶴老人は斷じた。「『青龍』は正しく世爻の上に坐し、庚申日の日辰はまた世爻に臨む。見るべし、來龍は左邊より過り來たるにして、旺にして氣あり。左右の兩邊は皆傷剋を受けず。是れ龍虎の環抱の勢なり。向山は應爻の未土なり。ただ正しく月破に當たるのみ。『朱雀』の亥水は是れ前面の山なり。申日の相生を得て、前頭に必ず朝水あり。あるいは繞帶の水ならん。而且も水に來源あり。『螣蛇』は是れ道路、上爻は是れ水口なり。この兩處は皆月破に臨む。ゆえに道路は參差・不齊にして、水口もまた散亂す。兩個の間爻は旺相にして、明堂は寬大なり」。あの家の人は言った。「果たして一一として皆差らず。それならばこの地は究竟吉なるか否か」と。
余曰:此乃占地穴之形勢耳,非關吉凶禍福,餘笑前賢以一卦而斷父子弟兄妻財官祿,餘豈效顰耶。若問功名,再占一卦,禱於神曰:安葬此地,我名成否?以官祿章中斷之。發財否?以求財章內斷之。子孫旺否?傷克父母兄弟妻妾否?皆在身命章中父母兄弟章內斷之。
野鶴老人は言った。「この一卦はただ地穴の形勢を占うのみ。吉凶・禍福と相干まらず。我は素來、前人の一卦を拿りて往きて父子・兄弟・妻財・官祿を斷ずるを笑話す。我は豈にまた往きて彼のあの副の樣子を學ばんや。別のを問わんと欲せば、便ち一件一件と別に一卦を起せ。功名を問わんと欲せば、別に一卦を占い、神に向かって禱告して曰く、此の地に安葬せん。我が功名は成るか成らざるかと。《官祿章》のうちに照らして斷ぜよ。發財するか否かを問わんと欲せば、《求財章》のうちに照らして斷ぜよ。子孫が旺するか旺せざるか、會々父母・兄弟・妻妾を刑剋するや否やを問わんと欲せば、皆《身命章》と《父母兄弟章》のうちに在りて斷ぜよ」。
若以占形勢之卦兼斷六親及名利者,即如此卦,兄弟持世乃貧乏艱難無衣而短食矣,請試思之,既得如此吉地,若使家徒壁立,抱衾孤眠,亦可謂之吉地耶?所以餘得分占之法,實則可以醒世,作千古不易之法也。
もしこの形勢を占う一卦を拿りて兼ねて六親と名利を斷ぜば、あれは便ちこの一卦を看よ。「兄弟」が世に就く。豈に贫乏・艱難にして衣を缺き食を缺くの象と成らざらんや。請うて諸位に想い看よ。すでに得たるところかような一塊の吉地なれば、もしこの家をして徒に四壁のみにして、被を抱きて孤眠せしめば、還って吉地と稱するを得んや。ゆえに我の悟出せるこの套の「分占」の法は、實に以て世人を喚醒すべく、立てて千古不易の定法と為すに足る。
或曰:前說父不宜旺,不宜父動化父,是何說也?余曰:占地以世爻子孫爻為主,父動克子,如何不忌?或又問曰:前說化克化鬼兄弟妻子休逢,又何說也?余曰:凡占地者,世與子孫爻旺,即可用之,至於父母兄弟妻財功名,須宜另占一卦,不可兼斷,倘若得地之凶,不待另占,即此占地之卦而先現出六親化鬼、鬼化六親,即是刑傷之地耳。只看六親動而化克化鬼,不必看衰旺空破刑沖,神兆機於動,動而化凶,願益而告我也,我豈能不看又另占耶?
ある人が問う。「前面は『父母』爻は旺を宜しとせず、父母の發動して父母を化するを宜しとせずと説く。これは何の講究ぞ」と。野鶴老人は言った。「地を占うは世爻と『子孫』爻とを以て主と為す。父母は一たび動けば便ち子孫を剋す。どうして忌まざるを得ん」と。またある人が問う。「前面は化剋・化鬼、兄弟・妻子は逢い上ぐ可ならずと説く。これはまた怎么講ぞ」と。野鶴老人は言った。「およそ地を占うは、ただ世爻と子孫爻とが旺なれば、便ち以て用い得べし。父母・兄弟・妻財・功名に至っては、須く別に一卦を占うを得す。この一卦を拿りて兼ねて斷ずる可ならず。もしこの塊の地が當真に凶ならば、別に占うを用いず。便ちこの地を占う一卦のうちに先に六親の鬼を化し鬼の六親を化するを現出せん。あれは便ち家人を刑傷する地なり。ここにただ六親の發動して剋を化し鬼を化するを看るのみ。它の衰旺・空破・刑冲を看るに及ばず——いわゆる『神の兆は動に機す』。それは一たび動けば便ち凶を化出す。是れ神明の意を有して我に告ぐるなり。我は豈に能く見えざるに裝い、非ざれば再び別に一卦を占わざる可ならざるか」。
いつ地を得るかを卜る章第百二十一
世為用神,靜者逢沖逢值,動者逢值逢合,世空者沖實之秋,世破者填實之候,逢合入墓,須待沖開,獨靜獨發值之而遇,世若休囚須旺相,若逢旺相待休囚。世為墳地,靜者逢沖逢值之年月。即如世值子水,靜者應在於午年月,動者應在丑年月亦有應子年,餘仿此。
いつか地を得るを卜るは、世爻を以て「用神」と為す。世爻が安靜なるは、それを冲しあるいはそれと同値する年月に應じ、世爻が發動するは、それと同値しあるいはそれと相合する年月に應ず。世爻が旬空に落つるは、空を冲し實を填むる時に應じ、世爻が月破なるは、實を填め破を補う候に應ず。世爻が合に逢いあるいは墓に入るは、冲開の日を等つを要す。卦中にただ一爻の獨靜・一爻の獨發あるは、應期は便ちあの一爻と相値する時に在り。世爻がもし休囚なれば、須くそれが轉じて旺相の時を等つべし。世爻がもし已に旺相なれば、反ってそれが轉じて休囚に入るを等つを要す。世爻は便ち是れ墳地なり。安靜なるはそれを冲しあるいはそれに値する年月に應ず。譬えば世爻が子水なれば、安靜なれば便ち午年・午月に應じ、發動すれば便ち丑年・丑月に應ず。また子年に應ずるあり。其余はこれに照らして類推せよ。
世空者沖空實空之年,世破者實破之年,世逢三合六合,或世爻化合,或墓於日辰或化墓,皆應沖開之日。卦中一爻獨發,一爻獨靜,亦應逢值之動逢合靜逢沖,即如卦中子爻獨動,應在於丑年,如子爻獨靜,應在於午年,餘仿此。
世爻が落空するは、空を冲し・旬空を填實するあの一年に應ず。世爻が月破なるは、月破を填實するあの一年に應ず。世爻が「三合」「六合」に逢い、あるいは世爻が發動して化合し、あるいは日辰の上に墓に入り、あるいは發動して墓を化する——これらは皆冲開の日子に應ず。卦中にもしただ一爻の獨發・ただ一爻の獨靜あれば、またこの例に照らして推せ。動くはそれと相合する時に應じ、靜なるはそれを冲する時に應ず。譬えば卦中に子爻の獨動あれば、便ち丑年に應ず。子と丑と相合すればなり。子爻が獨靜なれば、便ち午年に應ず。子と午と相冲すればなり。其余はこれに照らして類推せよ。
又如辰月乙卯日占何時得地得復之屯卦。子孫酉金″,妻財子水″;妻財亥水″動,兄弟戌土′應;兄弟丑土″應,子孫申金″;兄弟辰土″,兄弟辰土″;官鬼寅木″,官鬼寅木″世;妻財子水′世,妻財子水′。斷曰:亥水財爻獨發,拱扶世爻,被戌土回頭剋制,今為月破,九月實破,戌土更旺,交冬水旺而得矣。彼曰:得在何方?余曰:占此應此,占彼應彼,如問何方再占一卦。
また辰月乙卯の日のごとく、いつ地を得るを得るかを占い、地雷復の卦を得て水雷屯の卦に變じた。本卦の六爻を上から下に言えば、子孫の酉金(陰爻)、妻財の亥水(陰爻)が發動、兄弟の丑土(陰爻)が應に就き、兄弟の辰土(陰爻)、官鬼の寅木(陰爻)、妻財の子水(陽爻)が世に就く。變じた屯卦の六爻は順に、妻財の子水、兄弟の戌土が應に就き、子孫の申金、兄弟の辰土、官鬼の寅木が世に就き、妻財の子水である。野鶴老人は斷じた。「亥水の財爻は一爻獨發す。本來は來て世爻の子水を拱扶せんとす。可惜しむべし、戌土を化出して回頭してそれを剋す。今戌土は正しく月破に當たる。九月戌月に到りてこの破を填實して、こそ戌土は轉旺せん。冬令に交わり水が旺氣を得るを等てば、地は便ち手に到らん」。あの人はまた問うた。「いずれの方位に得べきか」と。野鶴老人は言った。「占う所はこの一件なれば、便ちただこの一件に應ずるのみ。あの一件を占うは、便ちただあの一件に應ずるのみ。方位を問わんと欲せば、別に一卦を占うを得す」。
いずれの方に地を得るかの章第百二十二
野鶴曰:卜得地於何時,還以世爻為用,卜得地於何方,當以父爻為用也。己葬之後,皆以父爻為用可也。父值亥子,北方自有吉穴。父臨巳午,東南必獲牛眼。父值土爻,得地於辰戌丑未之方。父爻臨木,東北寅卯堪壽。夫臨申酉地在西南。間有驗於墓方者即如父母爻屬木得地於未方,父母爻屬金得地於丑方,餘仿此。
野鶴老人は言った。「いつ地を得るかを卜るは、仍お世爻を以て用と為す。地のいずれの方位に在るかを卜るは、便ち『父母』爻を以て用と為すべし。已に下葬して後も、また一概に父母爻を以て用と為す。父母爻が亥・子に値するは、北方に自ら吉穴あり。父母爻が巳・午に臨むは、東南に必ず好き穴を得ん。父母爻が土に屬するは、地は辰・戌・丑・未の方位に在り。父母爻が木に屬するは、東方偏北の寅・卯の地は以て壽を安ず可し。父母爻が申・酉に臨むは、地は西南に在り。その間にもまた墓庫の方位に應ずるあり。譬えば父母爻が木に屬せば、木の墓は未に在り。便ち未の方に地を得ん。父母爻が金に屬せば、金の墓は丑に在り。便ち丑の方に地を得ん。其余はこれに照らして類推せよ」。
地を占う師の章第百二十三
應為用神,旺相生合世爻,雖愚亦用。休囚沖剋世爻,賢亦不宜。世應俱空莫用,應臨空破非奇。應爻旺相與世爻相生相合,或與世爻作三合,不論應臨才鬼兄父,人惡之而無才,我喜之而有緣。休囚沖剋世爻者,曾使應臨官父,他有博學,我被他愚。世應皆空,彼此無緣。應逢空破,無大無從。
地を看る先生を占うは、「應爻」を以て「用神」と為す。應爻が旺相にして來て世を生し世に合するは、この先生はたとえ愚拙なりとも用いるを得べし。應爻が休囚にして來て世を冲し世を剋するは、たとえ賢能なりとも請うを宜しとせず。世應の兩爻が皆落空するは用いるなかれ。應爻がまた空にしてまた破するもまた好き兆にあらず。應爻が旺相にして世爻と相生・相合し、あるいは世爻と合成して三合局と為るは、應爻の上に坐するが「妻財」「官鬼」「兄弟」か「父母」かを論ぜず、たとえ傍人が彼に本事なしと嫌うとも、我は用いて偏偏と緣あるなり。應爻が休囚にして世爻を冲剋するは、たとえ應爻の上に官鬼・父母が坐して、彼の學問の淵博を顯すとも、我もまた彼に誤られん。世應が皆落空するは、彼此緣なし。應爻が空に逢い破に逢うは、さらに依從する所なし。
穴を點ずる章第百二十四
世在初二爻穴宜下,在五六爻穴在上,三四爻穴宜於中。水持世爻穴近於水,或是坑高之地。世臨土者,即於高堆點穴。世臨寅木,從木盛草之方。申酉持世,有塊石堆。火乃枯焦,紅泥焦土及草木枯焦之處是也。
穴を點ずる法。世爻が初爻・二爻に在るは、穴は下段に點ずべし。世爻が五爻・六爻に在るは、穴は上段に在り。世爻が三爻・四爻に在るは、穴は中段に宜し。水爻が世に就くは、穴は水邊に靠近し、あるいは低窪と高處と相接する地なり。世爻が土に屬するは、便ち高高の土堆の上に穴を點ぜよ。世爻が寅木に臨むは、草木の茂盛なる一方に往きて尋ねよ。申・酉が世に就くは、あそこに一堆の塊石あり。火に屬するは枯焦を主り、便ち是れ紅泥・焦土および草木の枯死する地方なり。
如未月乙巳日占穴 得大壯卦。兄弟戌土″,兄弟戌土″;子孫申金″,子孫申金″;父母午火′世,父母午火′世;兄弟辰土′,兄弟辰土′;官鬼寅木′,官鬼寅木′;妻財子水′應,妻財子水′應。
未月乙巳の日のごとし、穴位を占い、雷天大壯の卦を得て、六爻は安靜、變卦は本卦と同じ。六爻を上から下に言えば、兄弟の戌土(陰爻)、子孫の申金(陰爻)、父母の午火(陽爻)が世に就き、兄弟の辰土(陽爻)、官鬼の寅木(陽爻)、妻財の子水(陽爻)が應に就く。世爻は是れ午火にして、正しく下より數え上ぐる第四爻に落つ。
此地經過法眼,皆言其吉,久占此地,亦許其吉,因屢掘逢石,無處導穴,央余到冢下,得此卦。余曰:世在四爻,穴在中段,因午火持世,即往中段觀看,有一處草木枯焦,有幾朵野花紅色,別處皆無。余曰:即此穴也,掘之必逢土穴。
この塊の地は行家の法眼の看過を經て、皆是れ吉と言う。先前にこの地を占うも、卦もまたそれを許して吉とせり。ただ屢々開掘するに皆石頭に碰上して、穴を下す地方を找著せざるが因るのみ。主家は便ち我を請いて墳山の下に至らしめ、占い得たりこの一卦。野鶴老人は言った。「世爻は第四爻の上に在り。穴は中段に點ずべし。また因る、世に就くは午火なり。火は枯焦を主る」。当下に便ち中段に往きて看れば、果たして一处の草木の枯焦するあり。還って幾朶かの紅色の野花を開けり。別處には皆なし。野鶴老人は言った。「便ち是れここなり。掘り下去せば必定に土穴ならん」。
東家尚疑。余曰:我有一法,將錢一丈點記紅原乳,入數百錢內,公可設下香案,禱告於天,得紅原錢者,即其穴也,令人遍地灑之,果得原錢於紅花之下,掘之周圍僅有丈餘,皆泥土也,餘皆石塊,此公次年開府,兩公郎五年之內俱登甲榜。
主家は還って些か疑惑あり。野鶴老人は言った。「我に一個の法子あり——一枚の銅錢を取り、紅點を用いて記號を做上げ、幾百枚の銅錢の裏に混進せよ。您は香案を設下し、上天に禱告せよ。いずれかにあの枚の記號を做したる錢を拾い到れば、いずれかが便ち是れ穴なり」。ここに人を叫びて錢を遍地に撒開せしめ、果たしてあの枚の記號錢は紅花の底下に落ちたり。掘り下去せば、四圍にただ一丈來りの寬きのみ全て是れ泥土、其余の地方は皆是れ石塊なり。この位の主人は第二年に府を開いて大官と作り、兩位の公子も五年の內に皆甲榜に登った。
地を謀りて竊み葬る章第百二十五
覺子曰:謀地偷葬,乃損人利己之事,以此喪心之為,而問於神,卦若有靈,是神教人而作喪心之事也,殊不知先有心地而後得遇陽地,昔有人恃財倚勢,期陷貧人,謀奪其地以葬親,後遇識者而曰:此地不發,必無地理,此地若發,必無天理,既有天理循環之報,能久遠昌盛者,未之有也。
覺子曰く。「人家の地を謀奪して竊みに下葬するは、是れ人を損い己を利する事なり。この種の良心を喪う舉動を拿りて神に問い往かば、卦がもし真に靈ならば、豈に神明が人を教えて喪心の事を做らしむると成らざらんや。彼らは全く明白せず。先ず一副の好心地あるを要して、後にこそ一塊の好地に遇うに配す。從前ある人が錢財・權勢を仗恃り、計を設けて窮人を坑害し、人家の地を謀奪して來て自己の親人を葬れり。後來に一位の識者に遇い言わく。この塊の地もし發せざれば、ただ世上に地理なしと言う可きのみ。この塊の地もし發せば、あれは便ち世上に天理なきなり。すでに天理に循環・報應あれば、この種の手段に靠りて還って長久・昌盛し得るは、從來不曾有なり」。
祖塋・舊家の章第百二十六
祖父之墓或葬多年或未久,如來卜者必有其因,須宜悉明,方可決斷。有因連年困苦疑,墳塋之不利。有因屢科不發,或有子入場,疑此風水可能發科否?為己者須宜自占,為子孫者命子孫來占,有因仕途蹭蹬連歲不升,疑其風水有礙。
祖輩の墳墓は、あるものは葬りて許多年、あるものは葬り下して久しからず。來て卜る人は必定に其の緣故あり。須く明白に問いてこそ決斷すべし。あるものは連年の困苦に因りて、墳塋の利ならざるを疑心す。あるものは屢試して第せず、あるいは家のうちに兒子の下場して應試せんとするあるに因りて、この處の風水の能く科を發するか否かを疑心す——自己の為に問うは須く自己來て占わしめ、子孫の為に問うは便村子孫に來て占わしめよ。あるものは仕途の蹭蹬にして、連年升遷を得ざるに因りて、風水に礙あるを疑心す。
有因子孫不存,疑其風水相關。有因六親中父母兄弟妻兒或自身多生疾病,疑因風水所致。有因連年官非火盜。有因風水被傷,卜其何法而修補。有因閒問祖塋有地脈否。有問祖塋有傷損否。皆以父母為用神。
あるものは子孫の養い住む能わざるに因りて、風水と相關するを疑心す。あるものは六親の中の父母・兄弟・妻子兒女あるいは自己の屢々病を生ずるに因りて、是れ風水の致す所と疑心す。あるものは連年の官司・火災・盗賊あり。あるものは風水の已に傷を受けたるに因りて、何の法子を以て修補すべきかを卜問す。あるものは不過に閒に一句、祖塋は究竟に地脈ありや否やを問うのみ。また祖塋に傷損あるか無きかを問うあり。ここの幾種の問法は、一概に皆「父母」爻を以て「用神」と為す。
卦遇六沖全無地脈,卦變化絕,勢若倒懸,爻遇伏吟,欲遷不遂,反吟卦現,不遷亦遷,卦變六沖龍巳去,於孫有陵替之危。沖中變合運將來,後代有興隆之象。
卦が「六冲」に遇うは、あの處は全く地脈なし。卦が變じて「絶」を化するは、情勢は倒掛するがごとく危急なり。爻が「伏吟」に遇うは、遷さんと想うとも遷し成さず。「反吟」の卦は一たび現ずれば、遷さんと想わずとも終に遷せん。卦が變じて六冲と成るは、龍脈は已に走去せり。子孫に陵替・衰敗の危あらん。六冲の中に「六合」を變出するは、地運は正要に到來せんとす。後代に興隆の象あらん。
正卦六沖,變卦六沖,全無脈氣,卦變化克,如倒懸之熱,危之急矣,凶災立至,伏吟卦地脈全無,雖有遷意而不能遷。卦得反吟,心不欲遷而終遷矣。卦變六沖有龍已去,子孫從此衰頹。六沖變合,先無地脈,目今地運將興,後代從此發矣。
本卦が是れ六冲にして變卦もまた是れ六冲なるは、全く脈氣なし。卦が變じて回頭剋を化出するは、倒掛して烤を受くるがごとく、危急已極にして、凶災は立刻に到らん。「伏吟」の卦を得るは、地脈は全く無く、遷葬の心あるも動く能わず。「反吟」の卦を得るは、心の裏は併せて遷さんと想わざるも、終究は還って遷せん。卦が變じて六冲と成るは、龍脈は已に離去せり。子孫は此より衰頹せん。六冲が六合に變ずるは、先前は地脈なかりしも、今は地運將に興らんとす。後代は此より便ち發達せんとす。
父母旺相祖墳安然,墓絕休囚後裔零落。已葬之地,父母為用神,宜旺相,或日月動爻生扶,或動而化生日月化比助化進神乃吉地也,兒孫興發之象,亡者安而生者樂。旺而又遇帝旺長生者,來龍久遠,世代興隆,不宜墓絕空破,及動而破散化退神化絕墓化回頭克化旬空化破散,乃凶象也,亡者不安,生者寥落。
「父母」爻が旺相なれば、祖墳は安然たり。父母爻が入墓・逢絶・休囚なれば、後裔は便ち零落せん。已に下葬したる地は、父母爻を以て「用神」と為す。それは旺相を宜とし、あるいは日辰・月建・動爻の生扶を得、あるいは發動して生を化し日辰・月建を化出し比助を化し「進神」を化するは、こそ是れ吉地なり。兒孫の興發し、死者は安を得て生者は樂を得るを主る。父母爻が旺相にしてまた「帝旺」「長生」に遇うは、來龍は久遠にして、世代は興隆せん。父母爻の入墓・逢絶・落空・逢破を宜しとせず、また發動して破散に遇い、あるいは破散を化し「退神」を化し絶を化し墓を化し回頭剋を化し旬空を化するを宜しとせず——あれは皆凶象にして、死者は安んぜず生者は寥落せん。
世爻變鬼,占者不祥,鬼化六親,各屬不吉。世爻變鬼及隨墓助傷,所占之人不吉,兄弟妻子動而化鬼、鬼化兄弟父母妻子者,查其所犯而斷也。又有子命化鬼,鼠命者殃。午命變鬼,馬命不利,餘仿此。野鶴曰:古以父爻不宜旺相,父旺父動子孫不安,餘以為謬也。占舊冢以父為用神,父母旺及動而化吉祖父安,然又扯到傷克子孫者是宜旺耶?不宜旺耶?惟子孫動而化父及父動化子孫,不利於子孫者是也。
世爻が「官鬼」を變出するは、卦を占うこの人は吉ならず。官鬼が六親を化出するは、あの位の六親もまた各々不吉なり。世爻が鬼を變じ、および「鬼に隨って墓に入り」、墓氣に助けられて傷を受くるは、皆卦を占う人の吉ならざるを主る。兄弟・妻子などの爻が發動して鬼を化し、あるいは官鬼が兄弟・父母・妻子を化出するは、便ちそれが冲犯する是れいずれの位かを查明して斷ぜよ。還って一層あり。子のこの一支が鬼を化出せば、鼠に屬する人は殃あり。午のこの一支が鬼を變出せば、馬に屬する人は利ならず。其余はこれに照らして類推せよ。野鶴老人は言った。「古人は『父母』爻は旺相を宜しとせずと講じ、父旺・父動すれば子孫は便ち安からずと言う。我は以為す、この話は荒謬なり。舊墳を占うはすでに父母を以て用神と為せば、父母が旺に父母が發動して吉を化して、こそ祖先は安を得。しかるに彼はまた扯上して父旺は子孫を傷剋せんとす——あれは到底旺を宜とするか、還って旺を宜しとせざるか。真に子孫に利ならざるは、ただ子孫が發動して父母を化出し、父母が發動して子孫を化出するこの兩種のみなり」。
何事に因りて傷せられたるかの章第百二十七
野鶴曰:須宜另占,不可以前卦兼斷,專看沖剋父母之爻為忌神,如得六爻安靜,父母有氣,久後自安,不必補修。克神臨火或臨朱雀,禍必起於窯灶。倘臨土動或兼元武,定因偷葬相傷。金虎因受其驚。木龍有蟠根之礙。克神以帶騰蛇,蛇蟻為巢。土鬼勾陳挖掘動土。元武臨水水浸衾棺。
野鶴老人は言った。「祖墳の究竟何に傷せられたるかを問わんと欲せば、須く別に一卦を起すを要し、前面のあの一卦を拿りて兼ねて斷ずる可ならず。あげて卦中に「父母」爻を冲剋するあの一爻を看る。あれは便ち是れ「忌神」なり。もし六爻が安靜にして、父母爻にまた氣あれば、日子久しくなれば自然に安穩にして、修補するに及ばず。父母を剋するあの一爻がもし火に屬し、あるいは「朱雀」に臨めば、禍は必ず窯竈より起らん。もし土爻の發動にして、また「玄武」を兼ぬれば、あれは一定に人の竊葬するに傷せられたるなり。金爻が「白虎」に臨むは、是れ墳が震驚を受けたるなり。木爻が「青龍」に臨むは、是れ樹根の盤結して礙を為すあり。剋神が「螣蛇」を帶ぶるは、是れ蛇蟻が墳の中に窩を做せり。土爻が鬼と為りまた「勾陳」に臨むは、是れ人ありて近旁に挖掘・動土せり。「玄武」が水爻に臨むは、是れ水が棺衾に浸せり」。
克神臨火恐近處開窯作灶或因火燭之事。土克父母兼元武者必有偷葬。臨勾陳騰蛇者築牆蓋屋以致相傷。金虎地震山搖。木虎砍伐樹木。木逢龍動,穴下有竹木根傷。火與蛇興,冢內有蟻蛇為害。元武水爻克父母,穴中黑水相侵。父母被沖,地風水漫。金克父母,石塊山罔。水沖剋者,低窪水湧。木爻克父,樹木相傷。火克者,穴藏蛇蟻。土動者,蓋造牆垣。
剋神が火に屬するは、ただ怕る近處に窯を開き竈を砌り、あるいは火燭の事を出したるか。土爻が父母を剋しまた「玄武」を帶ぶるは、必ず是れ人の竊葬せるあり。「勾陳」「螣蛇」を帶ぶるは、是れ墻を築き屋を蓋いて墳を壓傷せり。金爻が「白虎」に臨むは、地震・山搖を主る。木爻が白虎に臨むは、是れ人ありて樹木を砍伐せり。木爻が「青龍」に逢い發動するは、穴の底下に竹根・木根の棺木を傷るあり。火爻と「螣蛇」とが同じく興るは、墳內に蟻蟲・蛇類の害を為すあり。「玄武」の水爻が來て父母を剋するは、穴中に黑水の浸入あり。父母爻の冲せらるるは、是れ地風の灌進・水氣の彌漫なり。金爻が父母を剋するは、是れ石塊・山岡の害を為すなり。水爻が冲剋するは、是れ地勢の低窪・積水の上涌なり。木爻が父母を剋するは、是れ樹木の相傷なり。火爻が剋するは、穴の裏に蛇蟻を藏す。土爻が動するは、是れ旁邊に墻垣を蓋いたるなり。
父母爻被日月動爻沖剋及卦動化沖,如在艮坤之宮,卦得亥卯未合成木局克父,必有地風沖歪棺槨。如在離宮,卦得申子辰水局克父者,穴中水湧,水泛棺歪。如在震巽之宮,金局沖剋者,山罔石塊。如在乾兌之宮逢火局沖剋父母者,定因窯火雷驚。爻中水動,地窪水浸。卦得木動,竹木根滕。火主蟲蛇,土因動土,果有犯之,速宜修補。
父母爻が日辰・月建・動爻に冲剋せられ、あるいは卦中に發動して冲を化出せば、便ち宮を分かちて看るを要す。墳がもし艮宮・坤宮に在りて、卦がまた亥卯未の合成する木局を得て來て父母を剋せば、あれは必ず地風の棺槨を吹歪せしめたるなり。もし離宮に在りて、卦が申子辰の合成する水局を得て來て父母を剋せば、あれは是れ穴中の水の涌き、水が棺木を泛歪せしめたるなり。もし震宮・巽宮に在りて、金局の冲剋を得るは、是れ山岡・石塊の害を為すなり。もし乾宮・兌宮に在りて、火局の冲剋して父母に逢うは、一定に是れ窯火あるいは雷驚なり。爻中の水の動するは、是れ地勢の低窪にして水に浸さるるなり。卦中の木の動するは、是れ竹根・木根の盤繞なり。火は蟲蛇を主り、土は動土を主る。查明して果たしていずれか一樣を犯せば、便ち急いで修補せよ。
爻無亂動,須觀五行之有無,卦若安逸,又看地支之缺陷。六爻安靜並無沖剋父母之爻者,又看五行之所少也,卦中無土,須築牆垣。卦無金星,石碑可立。六爻火星缺陷,可立煙灶,或安看守墳塋之宅舍。水爻不現,可作池塘及開河道。木爻不現,多栽樹木。此言五行之所少者,非獨不上卦也,有現於爻空破墓絕無氣者亦如無也。
六爻にもし亂動なければ、便ち五行の中にいずれか一樣を缺けたるを看るを要す。卦がもし十分安靜なれば、便ち再び地支の上に何の缺陷あるかを看よ。六爻が安靜にして、また父母を冲剋する爻なければ、あれは便ち五行に何を少くするかを看よ。卦中に土なければ、墳に一道の墻垣を築くべし。卦中に金星なければ、一塊の石碑を立つ可し。六爻に火星を缺けば、一個の烟竈を立て、あるいは一所の墳を看る人の住む屋舍を安ず可し。水爻の現れざれば、一個の池塘を開きあるいは一条の河道を挖る可し。木爻の現れざれば、多く樹木を栽う可し。ここに説く五行に缺ありは、單にそれが卦に上がらざるを指すにあらず。たとえ卦に上がるとも、而してあの一爻が落空・逢破・入墓・逢絶・全く生氣なければ、同じく算作して無しと為すなり。
修補の秘法の章第百二十八
因窯灶而傷者,命道祭火神設火醮而安之。偷葬及動土相傷,命道設蘸以安土神。因受驚恐而傷者,命道設醮而安墳。或因有竹木蟠根及石塊相傷者,須於墳旁挖坑三尺以探之,輕輕去其竹木石塊,仍命道安墳則吉。
上一章は墳が何に傷せられたるかを査出せり。この一章は症に對する修補の办法を講ず。窯竈に傷せられたるに因るは、道士を請いて火神を祭し火醮を設けて以てそれを安んぜよ。竊葬と動土に傷せられたるに因るは、道士を請いて醮を設けて以て土神を安んぜよ。驚恐を受けて傷せられたるに因るは、道士を請いて醮を設け墳を安んぜよ。もし是れ竹根・木根の盤結あり、あるいは石塊の相傷あらば、須く墳の旁に三尺深きの坑を挖開して探看し、輕輕にあの竹木・石塊を取去り、仍お道士を請いて墳を安んぜば便ち吉なり。
倘因蛇蟻為巢者,多栽苦楝樹其蛇蟻自散,勿信人以焚之其巢穴,傷損性命,余曾親見兩家見蛇為巢,用火焚之,後子孫衰敗不堪。倘穴中因水淹沒者,若有消水之法,設法以消之,倘因地窪終無消水之法,不得不選地而遷也。或因地風吹歪棺木者,前得挖坑二三尺,以探之,後果歪者仍歸於正向,命道安墳則吉。
もし是れ蛇蟻が墳の裏に窩を做したらば、幾棵かの苦楝樹を多栽せよ。蛇蟻は自ら散去せん。切に人の話を聽いて火を以て其の巢穴を燒くなかれ。あれは性命を傷損せん——我は曾て親眼看たり、兩家の蛇窩を發見して火を用いて焚燒せしが、後來に子孫は衰敗して樣子を成さざりしを。もし穴中が水に淹没せられたらば、水を消する法子あるは、便ち法を設けて消去せよ。もし地勢の低窪に因りて、終究に水を消する办法なければ、あれは已まず別に一塊の地を選びて遷葬せざるを得ず。もし是れ地風が棺木を吹歪せしめたらば、先ず二三尺の坑を挖開して探看せよ。果たして歪みたるは、仍お扶正して元來の朝向に回り、再び道士を請いて墳を安んぜば便ち吉なり。
再び修補の吉凶を占う章第百二十九
子孫持世,子孫動搖,修之則吉。既問修補之吉凶,則認世爻為用,子孫持世,子孫發動,修之必獲清安。宜鬼世父爻空,遷則獲福。鬼克世,我必有害,父空破墓絕再被日月動爻傷克者,乃因傷者重,培補亦無益矣,當宜遷之。
「子孫」が世に就き、あるいは子孫が搖動すれば、修補すれば便ち吉。すでに問うところは修補の吉凶なれば、便ち世爻を認めて「用神」と為す。子孫が世に就き、あるいは子孫が發動するは、修せば必ず清静・平安を得ん。もし「官鬼」が世を剋して、而して世爻と「父母」爻とがまた落空せば、あれは便ち遷葬して反って福を得ん。鬼が來て世を剋せば、我は必ず害を受けん。父母爻が落空・逢破・入墓・逢絶し、再び日辰・月建・動爻に傷剋せられば、説明す、この墳は傷ること太重く、培補するもまた用なきなり。當に遷走すべし。
覺子曰:古以遷塋之說,謂父母之墓受傷,兒孫一體之感,致生災禍,理之有也。遷塋改葬不得不行,觀世人富者不貴,改祖墓以求榮,有子不富遷父冢以求富,將父母之遺體為市井之貸利,不意天理難容,身之未榮家產蕩盡,財之未發絕減兒孫。餘之見者不可勝數,附此戒之。
覺子曰く。「古人は墳を遷すを講じ、父母の墳墓が傷を受け、兒孫と先人とは本來一體にして相感ず。因りて災禍を生出す。この道理は是れあり。墳は遷すべき時はまた遷さざるを得ず。しかし世人を看よ。富にして貴ならざるは、便ち祖墳を改めて一個の功名を求む。兒子ありてなお富まざるは、便ち父の墳を遷して發財を求む——父母の遺骸を把りて市井の買賣の本錢と當成す。料らざりき天理は容れがたし。身分は未だ顯榮せざるに、家產は先に蕩盡せり。錢財は未だ發起せざるに、兒孫は倒れに先に斷絶せり。かような例子は我の見る所數え清むる能わず。附記してここに在りて以て鑒戒と為さん」。
新亡を祖塋に附葬する章第百三十
六沖變沖,卦變絕克,父母受傷,內外反吟,且宜他葬。世爻受克隨墓助傷,世動化克化鬼,附葬不宜。父母兄弟妻兒動而化鬼化克,俱有刑沖傷重,惟喜世及六親不逢變克,隨卦靜六合,必得存亡之安。
「六冲」がまた六冲に變じ、あるいは卦が變じて絶を化し剋を化し、「父母」爻が傷を受け、內外の卦が皆是れ「反吟」なる——ここの幾樣は皆別に別處を擇びて安葬すべし。世爻が剋を受け、あるいは「鬼に隨って墓に入り」墓氣に助剋せられ、あるいは世爻が發動して剋を化し「官鬼」を化するは、皆附葬を宜しとせず。父母・兄弟・妻子兒女のこれらの爻が發動して鬼を化し剋を化するも、皆是れ刑冲・傷重の象なり。喜ぶ所は世爻と各位の六親とが皆變剋に逢わず、卦がまた安靜にして「六合」を成せば、あれは便ち死者と生者とが皆安寧を得ん。
如子月丙申日占以父柩附葬祖苗得復之坤卦。子孫酉金″,子孫酉金″世;妻財亥水″,妻財亥水″;兄弟丑土″應,兄弟丑土″;兄弟辰土″,官鬼卯木″應;官鬼寅木″,父母巳火″;妻財子水′世動,兄弟未土″。
子月丙申の日のごとし、占う。父親の靈柩を祖塋の裏に附葬するは行けるか否か。地雷復の卦を得て坤為地の卦に變じた。本卦の六爻を上から下に言えば、子孫の酉金(陰爻)、妻財の亥水(陰爻)、兄弟の丑土(陰爻)が應に就き、兄弟の辰土(陰爻)、官鬼の寅木(陰爻)、妻財の子水(陽爻)が世に就き併せて發動す。變じた坤卦の六爻は順に、子孫の酉金が世に就き、妻財の亥水、兄弟の丑土、官鬼の卯木が應に就き、父母の巳火、兄弟の未土である。
斷曰:世爻被克,不宜附葬之。後仍附葬。數月後不斷曰:腰疼欲死,欲遷其墳。余曰:墳不必遷,卦中世爻被克,幸而旺相,土來克水,命道安土神則吉,果於安墳而愈。余曰:目下雖不遷改,終有遷改。彼曰:何也?余曰:化六沖不久之象。果於子年死母,起此冢合葬於他處也。增刪卜易卷之四終。
野鶴老人は斷じた。「世爻の子水は變出の未土に回頭して剋住せられたり。附葬を宜しとせず」。あの家の人は後來に仍お附葬せり。幾個月を過ぎてまた來て卜問して曰く、腰の疼くこと死せんと欲すほどなり。この座の墳を遷走せんと想う、と。野鶴老人は言った。「墳は遷するに及ばず。卦中の世爻は剋を受くるも、幸いにそれ自身旺相なり。それを剋するは土なり。あれは便ち道士を請いて土神を安んぜば便ち吉なり」。後來に果たして墳を安んじ、腰疼もまた便ち好くなった。野鶴老人はまた言った。「眼下は遷改せざるも、終究は還って遷改せんとす」。あの人は問うた。「為甚麼ぞ」と。野鶴老人は言った。「本卦の復卦は坤卦を變出せり。坤は八純にして、正しく是れ『六冲』と化成せり。六冲は長久ならざる象なり」。後來に果たして子年に母親は去世し、この座の墳を起して、母親と合葬して別處に到り去れり。《增刪卜易》卷の四はここにて完結す。
