焦氏易林注
乾卦から変化した第一条は、変えても変えてもやはり乾――すなわち六爻すべてが陽の「純卦」である(《易林》の体例:各卦の下に六十四条の林辞を繋げ…
易経易学典籍
術数への応用を目指すなら、まず六十四卦の卦爻辞と《説卦伝》の取象に親しむ。義理を目指すなら《繋辞伝》から入るのがよい。
焦氏易林注 巻一
乾之第一
乾。道陟石阪,胡言連謇。譯瘖且聾,莫使道通。請謁不行,求事無功。乾為道、為陟、為山,故曰石阪。為言,在西北,故曰胡言。連謇,口吃也。震為鳴,坎為耳,艮為道、為請求,今為純乾,乾三子具不見,故曰暗、曰聾、曰道不通、曰請求無功,蓋三子各分乾一爻也。又林詞所以不吉者,以卦為純陽,陽遇陽則窒故也。此易之根本大義,自此義不明而易多誤解。○石,汲古作多,謇作蹇,瘖訛瘠。依宋元本。
乾卦から変化した第一条は、変えても変えてもやはり乾――すなわち六爻すべてが陽の「純卦」である(《易林》の体例:各卦の下に六十四条の林辞を繋げ、条首に掲げる卦名が変化先の「之卦」である)。林辞は言う:道を急ぐのに石の坂を登らねばならず、聞こえる胡人の言葉は吃って弁じ難い。通訳を務める者は唖で且つ聾で、話を通じさせることができない。額見や請托は行われず、事を求めても功がない――全体として閉塞不通の凶象である。尚秉和の解説:乾は「道路」「登陟」「山」の卦象を兼ねるから林辞に「石阪」と言い、乾はまた言語を主り、後天八卦では西北に居る――西北は胡の地だから「胡言」と言う。「連謇」とは吃り、言葉がどもることである。尚氏の取象では、震は鳴くこと、坎は耳、艮は道と請求を主るが、ここでは全卦が純乾で、震・坎・艮という乾の「三子」が一つも現れない。だから唖といい、聾といい、道が通じないといい、請求が功なしと言うのである――三つの男卦は本来それぞれ乾の一爻を分け受ける(震は初爻、坎は中爻、艮は上爻)が、純乾の中では形を成し得ない。尚氏はまた指摘する:この林辞が不吉と断ぜられる根拠は、全卦が純陽で、陽が陽に遇えば塞がり通じないことにある。これは《周易》の根本の大義であり、後人がこの理を明らかにしなかったために《易》の解釈に誤りが多かったのである。校記:「石」の字を汲古閣本は「多」に作り、「謇」を「蹇」に作り、「瘖」を「瘠」と誤る。ここでは宋刻本・元刻本に従う。
坤。招殃來螫,害我邦國。病傷手足,不得安息。乾變陰故曰招。日來坤陰為災殃、為毒螫、為害、為邦國。艮手震足,今純坤艮震毀,故曰病傷手足。坤逆行故曰來,《繫辭》“來者,伸也。”即謂坤逆行。○殃,元本作禍,依宋本、汲古。傷,宋元本作在,依汲古。
乾が坤に変わる。林辞は言う:禍殃と毒虫の螫しを招き寄せ、我が邦国を害する。手足は病み傷つき、安らかに休めない。尚秉和の解説:本卦の乾が一変して全陰の坤となる。陽が去り陰が来るから、林辞は「招」の一字を用いる(底本はここを「日来」と作るが、「日」は「曰」の誤字であろう。ちょうど下文「坤逆行故曰来」と照応する)。坤は純陰で、《易林》の取象では災殃・毒殃・毒螫・傷害を主り、また邦国をも主るから「害我邦国」と言う。艮は手を象り、震は足を象るが、ここでは純坤に変わって艮・震両卦の形体がともに毀れたから「病傷手足」と言う。坤気の運行は逆行で、逆行はすなわち「来」――《繋辞伝》に「来者、伸也」とあるのは、まさに坤気が逆行して伸び来ることを指す。校記:「殃」の字を元刻本は「禍」に作る。ここでは宋刻本と汲古閣本に従う。「傷」の字を宋・元刻本はともに「在」に作る。ここでは汲古閣本に従う。
屯。陽孤亢極,多所恨惑。車傾蓋亡,身常憂惶。乃得其願,雌雄相從。坎為孤,一陽居五,民皆歸初,故曰孤亢。坎為憂疑,故曰恨惑、曰憂惶。艮為蓋,震為車。坎破,故傾亡。坤為身,初陽四陰、二陰五陽皆有應與,故曰雌雄相從。○凡六子易林皆有孤、獨、鰥、寡象,人皆知巽寡,餘失傳。不下贅。
乾が屯に変わる。林辞は言う:陽爻が孤高に極位に居り、心は怨恨と迷惑に満ちる。車は転覆し車蓋は失われ、身は常に憂惧の中にある。終わりには願いを遂げ、雌雄が相従う――先は凶、後は吉である。尚秉和の解説:屯は震下坎上で、坎は「孤」の卦象を持つ。この卦は九五の一陽のみが尊位に居り、下の民衆はみな初九に帰するから「孤亢」――孤高にして亢極と言う。坎はまた憂疑を主るから「恨惑」「憂惶」の語がある。艮は車蓋、震は車、そして坎は破損を主るから、車は傾き蓋は亡びる。屯の二・三・四爻が「互体」して坤を成す(互体とは隣り合う三爻を取って別の一卦を組むこと)が、坤は身体を主るから「身」と言う。さらに爻位を見れば、初九の陽と六四の陰が相応じ、六二の陰と九五の陽が相応じて、陰陽それぞれ配偶を得るから、結句に「雌雄相従」と言う。校記:尚氏の附識によれば、震・坎・艮・巽・離・兌という乾坤の生む「六子」卦はいずれも《易林》で孤・独・鰥・寡の類の卦象を取り得るが、世人は巽に「寡」象があることだけを知り、他の五卦のこの象はみな失伝した。以下は逐一贅言しない。
蒙。鴶鵴鳲鳩,專一無尤。君子是則,長受嘉福。艮為鳥,故曰鴶鵴鳲鳩。艮止,故專。一說鳲鳩義與毛同。艮為君子,坎為法則,震為嘉福。○艮,鳥象,失傳。鴶,音戞。鴶鵴鳴鳩,皆布穀也。鴶,各本多訛鵠,依宋元本。
乾が蒙に変わる。林辞は言う:鴶鵴や鳲鳩というカッコウの類は、一に守って専らで、過失がない。君子はこれを模範として、長く嘉い福を受ける――吉象である。「鴶鵴」はカツキクと音し、「鳲鳩」と同じくカッコウの別名である。尚秉和の解説:蒙は坎下艮上で、艮は「鳥」の卦象を持つから林辞に鴶鵴・鳲鳩を挙げる。艮の卦徳は止で、止まれば他所へ往かないから「専一」と言う。別の一説では、「鳲鳩」の取義は《毛詩》と同じだという――《詩・曹風・鳲鳩》は「鳲鳩在桑、其子七兮、淑人君子、其儀一兮」と詠み、まさにカッコウが衆雛を均しく偏りなく育てるのをもって、君子の心の専一を喩える。艮はまた君子を主り、坎は法則を主り、蒙の二・三・四爻が互いに震を成し、震は美好な福禄を主るから「君子是則、長受嘉福」となる。校記:艮の「鳥」象は「逸象」に属する――《説卦伝》に記載がなく後世に失伝し、尚氏が《易林》の辞例から輯補した卦象である。「鴶」はカツと読み、鴶鵴・鳲鳩はいずれもカッコウである。「鴶」の字を諸本は多く「鵠」と誤る。ここでは宋・元刻本に従う。
需。目瞤足動,喜如其願,舉家蒙寵。互離為目。瞤,亦動也。乾為喜、為寵。坎為官室、為家。《西京雜記》“目瞤得酒食,故曰喜。”足,疑為指訛,《左傳》“食指動”是也,伏艮象。○目,汲古訛日,從宋元本。
乾が需に変わる。林辞は言う:瞼がぴくつき足も動く。喜び事が思いのままになり、家を挙げて恩寵を蒙る。尚秉和の解説:需は乾下坎上で、三・四・五爻が互体して離を成す。離は目を主るから「目」と言い、「瞤」もまた跳動の義である。乾は喜慶・恩寵を主り、坎は官署宮室を主りまた家宅をも主るから「挙家蒙寵」と言う。《西京雑記》は瞼の跳動の占験を記し、目瞤は酒食を得ると主るという。だから林辞は「喜」と断ずる。「足」の字については、尚氏は「指」の誤字ではないかと疑う:《左伝》宣公四年に鄭の子公が食指の動きで異味を尝うことを予知したとあり、まさに同類の占候である。需卦の「伏象」(六爻の陰陽をすべて反転して得る卦、すなわち「旁通」)は晋で、晋の二・三・四爻が互いに艮を成し、艮は手指を主るから、ちょうど「食指動」の象に合う。校記:「目」の字を汲古閣本は「日」と誤る。ここでは宋・元刻本に従う。
訟。龍馬上山,絕無水泉。喉焦唇乾,舌不能言。乾為龍馬、為山,在上,坎在下而中為火、為日,故水泉絕。兌為喉舌、為唇,乃兌覆而與火鄰,故焦渴不能言。
乾が訟に変わる。林辞は言う:竜馬が高山に登るも、四方には水泉が絶えてない。喉は渇き唇は乾裂し、舌は言葉を発することができない――乾涸阻絶の象である。尚秉和の解説:訟は坎下乾上で、乾は竜馬を主りまた山を主り、しかも上体に居るから「竜馬上山」である。坎水は本来下体にあるが、二・三・四爻が互いに離を成し、離は火・日であるから、水は火日に灼かれて「絶无水泉」と言う。兌は咽喉と舌を主り、また唇をも主る。そしてこの卦の三・四・五爻が互いに巽を成すが、巽はまさに兌を倒置して成る「覆象」(覆象とは卦体を上下に顛倒して得る卦)であり、この逆さの兌が離火に緊接しているから、焦渇して言葉を発することができないのである。
師。倉盈庾億,宜種黍稷。年豐歲熟,民人安息。坤為腹、為囊,倉庾象也。坤眾故曰盈、曰億、曰豐熟。震為黍稷,坤為歲年、為民人、為安息。後比之升、坤之恆詞同,亦皆以坤為倉庾。《詩小雅楚茨》云“我黍與與,我稷翼翼;我倉既盈,我庾維億。”又《甫田》云“曾孫之稼,如茨如梁;曾孫之庾,如坁如京。乃求千斯倉,乃求萬斯箱;黍稷稻粱,農夫之慶。”○年豐歲熟,元刊作國家富有;安作蕃,依宋本、汲古。
乾が師に変わる。林辞は言う:糧倉は満々と装い、露天の穀囤は万を数える。黍や稷を種えるに宜しく、年は豊かに足り五穀は熟し、百姓は安らかに休する――大吉の豊稔の象である。尚秉和の解説:師は坎下坤上で、坤は腹・口袋を主る――いずれも容れる物で、まさに糧倉と露囤の取象である(「庾」は露天に積む穀囤を指す)。坤はまた众多を主るから「盈」といい「億」といい豊熟と言う。師の二・三・四爻が互いに震を成し、震は黍稷の類の庄稼を主り、坤は年歳・民人・安息を主る。この書の後文「比之升」「坤之恒」の二条の林辞はこの条と同じで、いずれも坤をもって倉庾とする。引く《詩・小雅・楚茨》は、黍が繁茂し稷が整然と育ち、倉はすでに満ち露囤は億を数えると言い、《小雅・甫田》は、曾孫の庄稼は屋根のごとく屋梁のごとく積み上がり、曾孫の穀囤は水の中洲のごとく高丘のごとく高いと言う。ここに千の糧倉・万の穀箱を整え、黍稷稲粱がみな倉に納まる――まさに農夫の喜慶であり、林辞はこの二篇の詩意を化用したのである。校記:「年豊歳熟」の四字を元刻本は「国家富有」に作り、「安息」の「安」の字を「蕃」に作る。ここでは宋刻本と汲古閣本に従う。
比。中夜犬吠,盜在牆外。神明佑助,消散皆去。坤、坎皆為夜。坎為中,故曰中夜。艮為犬,伏兌口,故曰犬吠。坎為盜,艮為牆,坎在外故曰在牆外。伏乾為神,艮為明,坤消故曰消散。○犬,元刊作狗,依汲古。
乾が比に変わる。林辞は言う:夜半に犬が吠え、盗賊が牆外に守っている。神明の保佑と助けを得て、賊人はおのずから消散してことごとく退去する――先は驚き、後は安らぐ。尚秉和の解説:比は坤下坎上で、坤と坎はともに「夜」の卦象を持ち、坎はまた中位に居るから合わせて「中夜」となる。三・四・五爻が互いに艮を成し、艮は犬を主る。比の伏象(六爻の陰陽をすべて反転、すなわち旁通の卦)は大有で、大有の中に兌が互い出て、兌は口――口あってこそ吠えられるから「犬吠」と言う。坎は盗賊を主り、艮は牆垣を主り、そして坎が外卦に居るから盗は牆外にあると言う。伏象大有の下体は乾で、乾は神明を主り、艮はまた光明を主るから、合わせて「神明佑助」となる。坤の卦気は消退を主るから盗賊は「消散皆去」する。校記:「犬」の字を元刻本は「狗」に作る。ここでは汲古閣本に従う。
小畜。據斗運樞,順天無憂,與樂並居。通豫。艮為星,數七,故曰據斗。坎為樞,故曰運樞。乾順行故曰順天。坎伏故無憂。震為樂,艮為居。○汲古多“所行造德”四字,依宋元本。
乾が小畜に変わる。林辞は言う:北斗を手に把え、枢星を運転させ、天道に順えば憂患なく、歓楽とともに一処に居る。尚秉和の解説:この条はすべて「旁通」の象を用いる――小畜の六爻の陰陽を尽く反転すれば豫卦となるから、注文はまず「通豫」と標す。豫の二・三・四爻が互いに艮を成し、艮は星を主りその卦数は七――北斗はちょうど七星だから「據斗」と言う。豫の三・四・五爻が互いに坎を成し、坎は枢軸を主るから「運枢」と言う。小畜本卦の下体は乾で、乾の運行は順行、順行はすなわち天道に合うから「順天」と言う。坎は憂険を主るがここでは伏して見えないから「無憂」である。豫の上体は震で、震は歓楽を主り、艮は居処を主るから合わせて「與楽並居」となる。校記:汲古閣本はこの条に「所行造徳」の四字が多い。ここでは宋・元刻本に従って削る。
履。空拳握手,倒地更起。富饒豐衍,快樂無已。通謙。艮為拳、為手,坤為地,為下。震起,故曰倒地更起。坤為富饒,震為快樂,全用伏象,易卦爻詞每如此也,易林無創例。○倒,汲古作委,依宋元本。
乾が履に変わる。林辞は言う:拳を空しくして両手を握り合い、地に倒れてまた立ち上がる。家道は富饒で豊かに衍び、快楽は尽きることがない――先は挫れ後は興る象である。尚秉和の解説:この条もすべて旁通の象を取る――履の六爻を反転すれば謙となる(艮下坤上)。謙の下体の艮は拳・手を主るから「空拳握手」と言う。坤は大地を主り、また下に居ることを主るから「倒地」がある。謙の三・四・五爻が互いに震を成し、震の卦徳は動・起だから「倒地更起」と言う。坤は富饒を主り、震は快楽を主るから、ここに「富饒豊衍、快楽無已」となる。尚氏は併せて指摘する:この条は完全に伏象を用い、《周易》そのものの卦辞・爻辞も常にこのように象を取るのであって、《易林》が別に新例を創めたわけではない。校記:「倒」の字を汲古閣本は「委」に作る。ここでは宋・元刻本に従う。
泰。不風不雨,白日皎皎。宜出驅馳,通利大道。巽伏故不風,半坎故不雨。震為白,乾為日,震為出、為馳驅、為大塗、為通利。○利,汲古作理,從宋本。
乾が泰に変わる。林辞は言う:風も吹かず、雨も降らず、白日は晴れやかに明るい。門を出て車を馳せるに宜しく、大路は通暢して便利――出行大吉である。尚秉和の解説:泰は乾下坤上で、巽は風を主るがこの卦では巽は伏して見えないから「不風」。坎は雨を主るが、この卦は「半坎」しか湊えない――「半象」とは尚氏の易例で、二爻が或る卦の半分を成すのみで、卦象が全うでなければその義は立たない。だから「不雨」と言う。泰の三・四・五爻が互いに震を成し、震は白色を主り、乾は太陽を主るから合わせて「白日皎皎」となる。震はまた出行・馳駆・大路を主る(《説卦伝》「震為大塗」)、通暢順利を主るから「宜出駆馳、通利大道」と言う。校記:「利」の字を汲古閣本は「理」に作る。ここでは宋刻本に従う。
否。載日晶光,驂駕六龍。祿命徹天,封為燕王。坤為載,乾為日,在上故曰載日。伏震為龍、為駕,乾數六,故曰驂駕六龍。乾為祿,巽為命,乾在上,故曰徹天,伏震為王,兌為燕,故曰燕王。○載,元本作戴,依宋本、汲古。
乾が否に変わる。林辞は言う:車上に太陽を載せ、光芒は晶と輝く。三馬が並んで駕し、六条の竜を駆る。禄位と命数は天に徹して通じ、封じられて燕王となる――顕貴の象である。尚秉和の解説:否は坤下乾上で、坤は承載を主り、乾は太陽を主って上体に居るから「載日」と言う。否の伏象(旁通の卦)は泰で、泰の中に震が互い出て、震は竜・駕馭を主り、乾の卦数は六だから「驂駕六竜」(驂は一車に三馬)と言う。乾は禄を主り、否の三・四・五爻が互いに巽を成し、巽は命を主り、乾はまた高く上体に居るから「禄命徹天」である。伏象泰の中に互い出た震は王を主り、互い出た兌は燕の地を主るから、合わせて「封為燕王」となる。校記:「載」の字を元刻本は「戴」に作る。ここでは宋刻本と汲古閣本に従う。
同人。子號索哺,母行求食。反見空巢,訾我長息。通師。震為子、為號、為哺、為請。請,求也。故曰索哺、曰求食。震為行,坤為母,艮為巢,坤虛,故曰空巢。震為長息,坎上下兩兌口相背,兌為口舌,故曰訾。○巢,依宋元本,汲古作窠。
乾が同人に変わる。林辞は言う:雛鳥が啼いて食を索め、母鳥は出て食を求める。帰ってみれば空の巣があるのみで、かえって長子である我を責める――徒労して怨みを招く象である。尚秉和の解説:この条は旁通の象を取り、同人の六爻を反転すれば師となる(坎下坤上)。師の中に震が互い出て、震は子嗣・号叫・哺育・請求を主る――「請」は求めることだから「索哺」「求食」がある。震はまた行くことを主り、坤は母を主るから「母行求食」である。艮は巢穴を主り、坤の卦徳は虚だから「空巢」となる。震はまた「長息」すなわち長子を主る。師の下体は坎で、坎の卦体は上下に正反対の二つの兌の口を含み互いに背き合う。兌は口舌を主り、口が背けば毀謗となるから「訾我長息」と言う――「訾」は罵り、非難すること。校記:「巢」の字は宋・元刻本に依り、汲古閣本は「窠」に作る。
大有。上帝之生,福佑日成。修德行惠,樂且安寧。乾為上帝、為福、為德惠。通比,比樂坤安。本象、伏象兼取。○第四句元刊作樂安且寧,依汲古。
乾が大有に変わる。林辞は言う:上帝に生養され、福佑が日々に成り遂げられる。徳を修め恵みを広く施し、安楽で且つ寧か――純吉の象である。尚秉和の解説:大有は乾下離上で、乾は上帝・福・徳恵を主る。この数層は本卦自身の象を取ったものである。いわゆる「通比」とは、大有の六爻の陰陽を尽く反転すれば比卦となること。《雑卦伝》に「比楽師憂」とあり、比卦にはもとより歓楽の象があり、比の下体はまた坤で、坤は安寧を主るから、末句「楽且安寧」は伏象を取ったものである。この林辞は本象と伏象を兼用していることが分かる。校記:第四句を元刻本は「楽安且寧」に作る。ここでは汲古閣本に従う。
謙。山險難登,澗中多石。車馳轊擊,載重傷軸。擔負差躓,跌踒右足。艮為山、為石,坎為澗,坎險,故難登。震為車,坎多眚,故轊擊傷軸。坎為轊、為軸,艮為何,故曰擔負。坎蹇,故差躓、故跌踒。差,同蹉也。震為足,艮伏兌,故曰右足。○擔,依汲古。元刊作儋,義同。跌踒,汲古作踠跌,依宋元本。
乾が謙に変わる。林辞は言う:山勢は険峻で登り難く、山澗には乱石が満ちる。車は疾走し、車軸の端が相撞き、積載が重すぎて車軸を傷つける。担う人は足を滑らせて倒れ、右の足を傷つけ折る――険を行って傷を受ける象である。尚秉和の解説:謙は艮下坤上で、艮は山・石を主り、二・三・四爻が互いに坎を成し、坎は山澗を主り、坎の卦徳はまた険だから「難登」である。三・四・五爻が互いに震を成し、震は車を主る。坎は災眚を主るから、車は「轊」(車軸両端の金属の套頭)を撞き、車軸が傷を受ける――坎はまさに轊と軸の取象である。艮には「何」の象があり、「何」はすなわち「荷」、肩に担ぎ背に負うことだから「擔負」と言う。坎はまた蹇難を主るから、足が蹉跌して傷つき折れる――「差」は「蹉」と同じ。震は足を主り、艮の伏する卦は兌で、兌は西方に居り、人身では右を主るから、ことさら「右足」と点明する。校記:「擔」の字は汲古閣本に依り、元刻本は「儋」に作る。両字は義が同じ。「跌踒」を汲古閣本は「踠跌」に作る。ここでは宋・元刻本に従う。
豫。禹鑿龍門,通利水源。東注滄海,民得安存。震為帝,故曰禹。艮手,故曰鑿。坤為門,震為龍,故曰龍門。坎水坤水,故曰水源,震為通利、為東,坤為滄海、為民、為安。
乾が豫に変わる。林辞は言う:大禹が竜門を凿って水源を疎通して流れを暢にする。水は東に滄海に注ぎ、百姓は居を安んじ存を得る――大功が成り民がその利を得る象である。尚秉和の解説:豫は坤下震上で、震は帝王を主るから指して大禹とする。二・三・四爻が互いに艮を成し、艮は手を主り、手を動かして山を開くから「凿」と言う。坤は門戸を主り、震は竜を主り、合わせて「竜門」――竜門は今の山西河津と陜西韓城の間にあり、禹が山口を凿いて河水を洩らしたと伝えられる所である。豫の三・四・五爻が互いに坎を成し、坎は水を主り、坤もまた水を主るから「水源」と言う。震は通利・東方を主り、坤は大海・民衆・安寧を主るから、ここに「東注滄海、民得安存」となる。
隨。乘龍上天,兩蛇為輔。踴躍雲中,遊觀滄海。民樂安處。震為龍,艮為天,故曰乘龍上天。巽蛇,兌卦數二,故曰兩蛇。輔,附也。互大坎為雲,坎在上,震起,故曰踴躍雲中。兌為澤,故曰海,艮為觀、為安。○民樂安處,元刊作安樂長處,依汲古。
乾が随に変わる。林辞は言う:竜に乗って天に飛び上がり、二条の蛇が傍らに附く。雲の中に湧き躍り、滄海を遨遊して観る。百姓は安楽に各々その処に安んず――騰達して衆安の象である。尚秉和の解説:随は震下兌上で、震は竜を主り、二・三・四爻が互いに艮を成し、艮は天を主るから「乗竜上天」と言う。巽は蛇を主り、兌の卦数は二だから「両蛇」と言う。「輔」はすなわち附、依り傍うこと。この卦は二・三の両陰が下にあり、四・五の両陽が中に居り、上六の一陰が上にある。全体は放大了せる一つの坎に形似て、尚氏はこれを「大坎」と称し、坎は雲を主る。坎象が上にあり震が動・起を主るから「踊躍雲中」と言う。兌は沼沢を主り、引き延ばして海となし、艮は観・安定を主るから、ここに「游観滄海、民楽安処」がある。校記:「民楽安処」を元刻本は「安楽長処」に作る。ここでは汲古閣本に従う。
蠱。彭祖九子,據德不殆。南山松柏,長受嘉福。艮為壽,故曰彭祖。彭祖名籛,壽八百歲,即《論語》所謂老彭也。震為子,數九,故曰九子。艮為據,震為德,艮山,震南,故曰南山。巽為松柏,震為嘉福。○德,元刊作得。
乾が蠱に変わる。林辞は言う:彭祖に九人の子があり、徳を秉って危殆なし。南山の松柏のごとく、長く嘉い福を受ける――寿考多子の象である。尚秉和の解説:蠱は巽下艮上で、艮は長寿を主るから指して彭祖とする――彭祖は名を篯と言い、八百年生きたと伝えられ、《論語・述而》「竊比於我老彭」の老彭がこれである。蠱の三・四・五爻が互いに震を成し、震は子嗣を主りその卦数は九だから「九子」と言う。艮は據守を主り、震は徳を主る。艮はまた山を主り、震には「南」の逸象があるから合わせて「南山」と称す。巽は松柏の類の長青の木を主り、震は美好な福禄を主るから「南山松柏、長受嘉福」となる。校記:「徳」の字を元刻本は「得」に作る。
臨。南山昊天,刺政閔身。疾悲無辜,皆憎為仇。通遁。艮為南山。乾盈已正當夏日,故曰昊天。本象。坤為政、為身、為悲、為憎,故刺政憫身。艮為背也。南山昊天,皆小雅篇名,皆刺幽王而悲憫身世也。刺政,承南山而言,謂“赫赫師尹,不平謂何”也。閔身,承昊天言,謂若此無罪,熏胥以鋪也。○閔,宋、元刊、汲古皆作關,依局本。
乾が臨に変わる。林辞は言う:《南山》《昊天》のような詩篇は、時政を譏刺し身を悲しむ。痛切に哀傷して辜なく禍を受け、人人相い憎んで仇怨を結ぶ――讒を受け謗られる象である。尚秉和の解説:この条は旁通の象を兼ねて取り、臨の六爻を反転すれば遯となる(艮下乾上)。遯の下体の艮は南山を主り、乾気は盈満して盛夏に当たるから「昊天」と言う――この二句は伏象を用いる。臨の本卦は兌下坤上で、坤は政事・身・悲・憎を主るから「刺政」「閔身」である。艮にはまた「背」の象があり、背けば相い憎む。尚氏は指摘する:「南山」「昊天」はいずれも《詩・小雅》の篇題に由るもので、すなわち《節南山》と「浩浩昊天」で始まる《雨無正》の類であり、いずれも周の幽王を譏刺して身世を悲しむ作である。「刺政」は「南山」を承け、《節南山》の「赫赫師尹、不平謂何」を言い、「閔身」は「昊天」を承け、《雨無正》の「若此無罪、淪胥以鋪」を言う。校記:「閔」の字を宋刻本・元刻本・汲古閣本はともに「関」に作る。ここでは清代官書局本に従う。
觀。江河淮海,天之奧府。眾利所聚,可以饒有。樂我君子,百福是受。坤為江河淮海,艮為府,坤伏乾,故曰天府。坤為眾、為利、為聚、為富饒。艮為君子,巽伏震為樂,坤為我也。○元本下多百福是受四字,茲從之宋本,汲古無。
乾が観に変わる。林辞は言う:長江・黄河・淮水・大海は、天の財貨を深く蔵する府庫である。衆の利益はみなそこに聚まり、もって富饒に盈ち足る。我が君子を楽しませ、百の福はみな来たって受く――大聚大得の象である。尚秉和の解説:観は坤下巽上で、坤は江河淮海の類の大水を主り、三・四・五爻が互いに艮を成し、艮は府庫を主る。坤の伏する卦は乾で、乾は天を主るから「天之奥府」と言う――「奥」は深く蔵すること。坤はまた衆多・利・聚集・富饒を主るから「衆利所聚、可以饒有」である。艮は君子を主り、巽の伏する卦は震で、震は歓楽を主り、坤は「我」を主るから、ここに「楽我君子」がある。校記:元刻本はこの条の末に「百福是受」の四字が多く、尚氏は従って収録する。汲古閣本にはこの四字がない。
噬嗑。堅冰黃鳥,終日悲號。不見白粒,但見藜蒿。數驚鷙鳥,為我心憂。坎為堅冰,震為黃,艮為鳥、為終。離為日,故曰終日。坎為悲,震為號、為粒,坎隱故不見。震為藜蒿、為驚。艮為黔啄、為鷙鳥。坎為心憂。《詩小雅》“黃鳥黃鳥,無集於榖,此邦之人,不我肯榖。言旋言歸,復我邦族。”林似說此詩。○第二句各本多作常哀悲愁。白作甘,依解之夬校丁晏云“楚策‘俯啄白粒’是也。”
乾が噬嗑に変わる。林辞は言う:堅氷の時節の黄雀は、終日哀しんで号叫する。一粒の白米も見出せず、目にするのは藜や蒿という野草のみ。しきりに猛禽に驚かされ、我が心を憂わしめる――流落して処を失う象である。尚秉和の解説:噬嗑は震下離上で、三・四・五爻が互いに坎を成し、坎は堅氷を主る。震は黄色を主り、二・三・四爻が互いに艮を成し、艮は鳥・終了を主る。離は太陽を主るから合わせて「終日」となる。坎は悲を主り、震は号叫を主りまた穀粒をも主るが、坎はまた隠伏を主るから「不見白粒」である。震は藜蒿の類の野草を主り、また驚駭をも主る。艮はすなわち《説卦伝》のいわゆる「黔喙之属」、くちばしの尖った猛禽だから「鷙鳥」と言う。坎は心憂を主る。引く《詩・小雅・黄鳥》は言う:黄鳥よ黄鳥よ、榖の木に止まるな。この国の人は我を善く遇しない。我は転じて帰り、我が邦の宗族に復る――林辞はこの詩を敷衍しているらしい。校記:第二句を諸本は多く「常哀悲愁」に作る。「白」の字を諸本は「甘」に作る。ここでは本書「解之夬」の条により校改する。丁晏は《戦国策・楚策》に「俯啄白粒」の語があり、証左となり得るという。
賁。室如懸磬,既危且殆。早見之士,依山谷處。艮為室,震為磬,上卦震覆,故曰懸磬。坎險故危殆。震為士、為旦,故曰早見之士。離為見也。艮為山谷,艮止故曰依。○谷處,元本作處谷,依宋本、汲古。
乾が賁に変わる。林辞は言う:屋は空しく逆さに懸けた磬のようで、危なく且つ覆らんとする。先見の明ある士は、山谷に依って隠れて禍を避ける。「室如懸磬」の語は《左伝》僖公二十六年に出て、庫蔵がからっぽで何もないさまを形容する。尚秉和の解説:賁は離下艮上で、艮は屋室を主り、震は磬を主る。上体の艮はまさに震を倒置して成る覆象で、磬が逆さに懸かっているから「懸磬」と言う。二・三・四爻が互いに坎を成し、坎は険を主るから「既危且殆」。三・四・五爻が互いに震を成し、震は士を主り、また早朝を主るから「早見之士」と言う。離は見ることを主る。艮は山谷を主り、艮の卦徳は止――止は依止して遷らないことだから「依山谷処」と言う。校記:「谷処」の二字を元刻本は「処谷」に作る。ここでは宋刻本と汲古閣本に従う。
剝。大禹戒路,蚩尤除道。周匝萬里,不危不殆。見其所使,無所不在。伏乾為王,故曰大禹。艮為路,伏兌為口,故曰大禹戒路,言警備也。坤為惡,故曰蚩尤。艮為道、為手,故曰除道。除,治也。反震為周,坤為萬里,坤安艮止,故不危殆。艮為僮僕,故曰所使,卦為大艮,故無不在。○戒,宋元本作式,依汲古。
乾が剥に変わる。林辞は言う:大禹は前に道を戒め飭し、蚩尤は後に障碍を除く。巡行は万里に周遍して、危なくも殆くもない。遣わされた者は至る所に見え、到らない所はない。尚秉和の解説:剥は坤下艮上で、その伏象(旁通の卦)は夬、夬の下体の乾は王者を主るから指して大禹とする。艮は道路を主り、伏象の中の兌は口を主り、口を出して号令するから「大禹戒路」と言う――すなわち警護設備の義。坤は凶悪を主るから蚩尤と指す。艮は道路を主り、また手を主り、手を動かして道を治めるから「除道」と言う――「除」は治め修めること。艮を倒置すれば震となり、震は周遍を主り、坤は万里の広さを主る。坤の性は安、艮の性は止だから「不危不殆」。艮は僮僕を主るから「所使」と言う。剥卦は一陽が上に、五陰が下にあり、全体は放大了せる艮――「大艮」――に象るから「無所不在」と言う。校記:「戒」の字を宋・元刻本は「式」に作る。ここでは汲古閣本に従う。
復。三人為旅,俱歸北海。入門上堂,拜謁王母,飲勞我酒。震為人,數三,故曰三人,坤為海、為北,震為反,故曰俱歸北海。坤為門戶,震往,故曰入、曰上。坤為母,震為王,故曰王母。坤為我、為漿,故亦為酒,震為言,故曰勞。○王母,汲古作主母,依宋元本。上,元刊作升,依宋本、汲古。
乾が復に変わる。林辞は言う:三人が伴って同行し、ともに北海に帰る。門に入り堂に登って王母を拝見し、主人は酒を斟って我らを慰労する――帰来して礼を受ける象である。尚秉和の解説:復は震下坤上で、震は人を主りその卦数は三だから「三人」と言う。坤は海を主り、また北方を主り、震は帰返を主るから「倶帰北海」と言う。坤は門戸を主り、震は往くことを主るから「入」があり「上」がある。坤は母を主り、震は王を主り、合わせて「王母」となる。坤は「我」を主り、また漿汁を主り、因って酒をも主る。震は言語を主り、言を出して慰労するから「労」と言う。校記:「王母」を汲古閣本は「主母」に作る。ここでは宋・元刻本に従う。「上」の字を元刻本は「升」に作る。ここでは宋刻本と汲古閣本に従う。
無妄。傳言相誤,非乾徑路。鳴鼓逐狐,不知跡處。震為言,艮敗言,故曰誤,艮為徑路、為求。非乾徑路,言非所求之徑路也。震為鼓、為鳴,艮為狐。震為逐、為跡。巽為伏,故無跡。○乾,俗本皆誤於。
乾が无妄に変わる。林辞は言う:伝言を伝え誤り互いに耽誤し、歩くのは己の求める路ではない。鼓を擂って狐を追うが、その蹤跡がどこにあるか摸し得ない――徒労して功なき象である。尚秉和の解説:无妄は震下乾上で、震は言語を主り、二・三・四爻が互いに艮を成し、艮は言語を敗壊し得るから「誤」と言う。艮はまた小径を主り、求取をも主る。「非乾径路」の「乾」はここでは「干」と読むべきで、干求・求取の義――これは己が求める径路ではないと言うのである。震は鼓・鳴響を主り、艮は狐を主る。震はまた追逐・足跡を主り、そして三・四・五爻が互いに巽を成し、巽は隠伏を主るから蹤跡が見えない。校記:「乾」の字を通行俗本は皆「于」と誤る。
大畜。三羊爭雌,相逐奔馳。終日不食,精氣勞疲。兌為羊,震數三,故曰三羊。兌為雌,艮為手,正反兩艮相對,故曰爭雌。震為馳逐,乾為日,兌為食,艮為終,艮止,故終日不食。乾為精氣,爭故勞疲。○羊,汲古作年,雌作妻,依宋元本。
乾が大畜に変わる。林辞は言う:三匹の牡羊が雌を争い、互いに追逐して奔る。終日食べる暇もなく、精気は疲れ果てる――争闘して自ら耗る象である。尚秉和の解説:大畜は乾下艮上で、二・三・四爻が互いに兌を成し、兌は羊を主る。三・四・五爻が互いに震を成し、震の卦数は三だから「三羊」と言う。兌はまた雌を主り、艮は手を主る。上体の艮と互い出た震はちょうど一正一反の二つの艮が相対するもの(震はすなわち艮の覆象)で、両つ方相持するから「争雌」と言う。震は馳逐を主り、乾は日を主り、兌は飲食を主り、艮は終了を主りその徳は止だから「終日不食」。乾は精気を主り、争闘已まないから「精気労疲」。校記:「羊」の字を汲古閣本は「年」に作り、「雌」の字を「妻」に作る。ここでは宋・元刻本に従う。
頤。純服素裳,載主以興。德義茂生,天下歸仁。坤為黑、為裳,震為白,故曰純服素裳。震為主、為載、為興,故曰載主以興。坤為義,震為德、為生,故曰德義茂生。坤為天下,震為歸、為仁,故曰天下歸仁。史記武王載木主,觀兵孟津,八百諸侯來歸,故必素裳。○素,各本皆作黃,載主作戴上,茂作既,均非。茂依比之益校。
乾が頤に変わる。林辞は言う:黒の上衣・白の下裳を服し、先王の木主を載せて兵を起こす。徳と義は茂って生じ、天下はみな仁に帰する――興王の象である。尚秉和の解説:頤は震下艮上で、二、三、四爻が互いに坤を成し、坤は黒色を主り、また下裳を主る。震は白色を主るから「純服素裳」と言う――「純」はすなわち緇、黒色。震はまた神主・承載・興起を主るから「載主以興」。坤は義を主り、震は徳・生を主るから「徳義茂生」。坤は天下を主り、震は帰附・仁を主るから「天下帰仁」。《史記》は周武王が紂を伐った時、車上に文王の木主を載せて孟津で兵を観せ、八百の諸侯が期せずして帰附に来たと記す。木主を載せて出師するのは喪礼の儀だから、必ず白の素裳を服さねばならない。校記:「素」の字を諸本は皆「黄」に作り、「載主」を「戴上」に作り、「茂」を「既」に作る。いずれも誤り。「茂」の字は本書「比之益」の条により校正する。
大過。桀蹠並處,人民勞苦。擁兵荷糧,戰於齊魯。伏坤為惡,故曰桀。巽為盜,故曰蹠。坤為人民、為憂、為勞,故曰勞苦。伏艮為兵、為荷,震為糧,故曰擁兵荷糧。巽齊兌魯,正覆艮相背,艮手,故曰戰。○勞,依元刊。汲古作愁。
乾が大過に変わる。林辞は言う:夏の桀と盗跖のごとき者が同じ世に処して、人民は労苦に堪えない。兵を擁し糧を担ぎ、斉・魯の地で交戦する――乱世に兵を用いる象である。尚秉和の解説:大過は巽下兌上で、その伏象は頤、頤の中に坤が互い出て、坤は凶悪を主るから指して暴君夏桀とする。巽は盗賊を主るから大盗の盗跖と指す。坤はまた人民・憂・労を主るから「労苦」と言う。伏象頤の上体の艮は兵器・肩負を主り、下体の震は糧草を主るから「擁兵荷糧」である。尚氏の逸象では巽は斉を主り、兌は魯を主る。そしてこの卦には一正一反の二つの艮が背向して相対し、艮は手を主り、両手が相向すれば交戦となるから「戦于斉魯」と言う。校記:「労」の字は元刻本に依り、汲古閣本は「愁」に作る。
坎。黃鳥采菉,既嫁不答。念我父兄,思復邦國。黃鳥、采菉皆小雅篇名,皆傷怨曠,故曰既嫁不答。震為黃、為菉,艮為鳥、為採,故曰黃鳥采菉。震為嫁、為言,艮止,故曰不答。坎為思念,震為父兄、為復,艮為邦國。○采菉,自明以後本皆誤為來集,茲依宋元本。
乾が坎に変わる。林辞は《黄鳥》《采緑》の二篇の詩に藉りて立言する:嫁いだのに応えが返ってこない。我が父兄を思い、故国に復ることを思う――怨曠思帰の象である。尚秉和の解説:「黄鳥」「采菉」はいずれも《詩・小雅》の篇名で、両篇とも怨女・曠夫の哀しみを写すから、林辞は「既嫁不答」に接続する。取象について言えば、坎は重坎で、二・三・四爻が互いに震を成し、震は黄色を主り、また緑の草をも主る。三・四・五爻が互いに艮を成し、艮は鳥を主り、また采摘をも主るから、合わせて「黄鳥采菉」となる。震は出嫁・言語を主るが、艮の性は止――話が艮に至れば止まるから「不答」と言う。坎は思念を主り、震は父兄・返帰を主り、艮は邦国を主るから、ここに「念我父兄、思復邦国」がある。校記:「采菉」の二字を明代以降の各本はみな「来集」と誤る。ここでは宋・元刻本に従う。
離。胎生孚乳,長息成就。充滿帝室,家國昌富。通坎。互震為胎、為生,坎為孚,艮為乳,故曰胎生孚乳。震為長息,艮為成,故曰成就。震為帝、為昌,艮為室、為家國,全取旁通象。
乾が離に変わる。林辞は言う:胎に抱いて生み、卵を孵して乳哺し、長子が成長して人となる。子孫は帝王の家に充満し、家と国はともに昌盛して富む――繁衍興旺の象である。尚秉和の解説:この条はすべて旁通の象を取る――離の六爻の陰陽を尽く反転すれば坎となるから、まず「通坎」と標す。坎の中に震が互い出て、震は胎・生を主る。坎自身は「孚」――すなわち孵卵――を主り、互い出た艮は哺乳を主るから「胎生孚乳」と言う。震はまた長子を主り、艮は成就を主るから「長息成就」。震はまた帝・昌盛を主り、艮は宮室・家国を主るから、ここに「充満帝室、家国昌富」となる――全篇に本卦の象を取った句は一句もない。
咸。三人求橘,反得丹穴。女清以富,黃金百鎰。互乾為人,艮數三,故曰三人。艮為求,乾為橘,故曰三人求橘。兌為穴,乾為赤,故曰丹穴。巽為女,承乾故富,故為金。伏坤為黃,故曰黃金。乾為百。顧千里曰“清者,人名。《貨殖傳》所謂巴寡婦清也。清家得丹穴。”○丹穴,依宋元本,汲古作大栗。清,依顧校。諸本皆作貴,惟汲古作青,可證顧說是也。
乾が咸に変わる。林辞は言う:三人は本は橘を求めに行ったのに、かえって丹砂の鉱穴を得た。名を清というあの女子はこれによって富み、黄金百鎰を擁した――意外に財を得る象である。尚秉和の解説:咸は艮下兌上で、三・四・五爻が互いに乾を成し、乾は人を主り、艮の卦数は三だから「三人」と言う。艮は求取を主り、乾は橘を主り、合わせて「三人求橘」となる。兌は孔穴を主り、乾は赤色を主るから「丹穴」と言う。二・三・四爻が互いに巽を成し、巽は女子を主る。巽は上に乾気を承けるから富有し、乾はまた金を主る。咸の伏象は損で、損の中に坤が互い出て、坤は黄色を主るから「黄金」と言う。乾の卦数は百だから「百鎰」と言う――一鎰は二十四両に合する。顧千里は指摘する:「清」は人名であり、《史記・貨殖列伝》に記される巴の地の寡婦清である。她家の先世が丹砂の鉱穴を取得して、その利を独占して数代にわたり巨富となった。校記:「丹穴」は宋・元刻本に依り、汲古閣本は「大栗」に作る。「清」の字は顧氏の校改に依る――諸本は皆「貴」に作り、汲古閣本のみ「青」に作るが、正に顧説の誤らざるを証する。
恆。東山西嶽,會合俱食。百家送從,以成恩福。通益。互艮為山嶽。震東,本卦。兌為西,故曰東山西嶽。坤為會合,震為食,正覆震,故曰俱食。艮為家,震為百、為從、為恩福,艮為成也。
乾が恒に変わる。林辞は言う:東の山・西の岳で、衆人が一処に会してともに飨食する。上百家が相送り相従い、恩徳と福を成し遂げる。尚秉和の解説:この条は旁通の象を兼ねて取り、恒の六爻を反転すれば益となる。益の中に艮が互い出て、艮は山岳を主る。震は東方を主り、恒の本卦の上体である。恒の三・四・五爻が互いに兌を成し、兌は西方を主るから「東山西岳」と言う。益の中に互い出た坤は会合を主り、震は飲食を主る。そして益の下体は震、上体の巽はまさに震の覆象で、一正一反の両震が相合するから「倶食」と言う。艮は家を主り、震は百・随従・恩福を主り、艮はまた成就を主るから、ここに「百家送従、以成恩福」となる。
遯。眵雞無距,與鵲交鬬。翅折目盲,為鳩所傷。巽為雞。《說文》:“目眥傷曰眵”,眥,眼角也。艮離目不全,故曰眵雞。震伏,故無距。艮為鵲、為鬬,震為羽翰。震覆,故翅折。離為目,目眥下裂,故為目盲。艮為鳥、為鳩,巽羸故傷。○眵,依汲古,宋元本作弱,非。
乾が遯に変わる。林辞は言う:眼角の爛れた鶏はもとより脚の距がないのに、喜鵲と闘いに行く。果たして翅は折れ目は盲え、鳩に傷つけられる――己の力を量らず害を受ける象である。尚秉和の解説:遯は艮下乾上で、二・三・四爻が互いに巽を成し、巽は鶏を主る。《説文解字》は眼角の傷を「眵」と言い、「眦」はすなわち眼角である。この卦の艮体に含まれる離象は殘缺して全からず、離は目を主り、目の象が全からざれば眼角に傷があることだから「眵鶏」と言う。震は脚の距を主るがここでは伏没して見えないから「無距」。艮は喜鵲を主り、また争闘をも主る。震は羽翼を主るが、ここでは震は倒置の覆象だから「翅折」。離は目を主り、眼角が下に裂けるから「目盲」。艮はまた鳥・鳩を主り、巽の性は羸弱で、弱き者は必ず傷を受けるから「為鳩所傷」と言う。校記:「眵」の字は汲古閣本に依り、宋・元刻本は「弱」に作る――誤り。
大壯。卻大牆壞,蠧眾木折。狼虎為政,天降罪罰。高弒望夷,胡亥以斃。通觀。巽為卻、為壞、為牆,故曰卻大牆壞。巽為蟲、為木,坤眾,故曰蠧眾,風隕故木折。艮為狼虎,坤為政,故曰狼虎為政。乾為天,坤為罪罰,故曰天降罪罰。艮為宦寺,坤為弒,艮為觀,坤為夷,故曰高弒望夷,言趙高弒胡亥於望夷宮也。坤為胡,居亥,又為斃也。雖人名、地名,無不從象生,本之《易》也。
乾が大壮に変わる。林辞は言う:一たび退避すれば高い牆が倒れ、蛀虫が群がって樹木は折れる。豺狼虎豹が権を握って政を執り、天は罪罰を降す。趙高が望夷宮で君を弑し、秦二世胡亥はこれによって毙命した――亡国の象である。尚秉和の解説:この条はすべて旁通の象を取り、大壮の六爻を反転すれば観となる(坤下巽上)。巽は退却・毀壊・牆垣を主るから「却大牆壊」と言う。巽はまた虫・木を主り、坤は衆多を主るから「蠧衆」と言い、風が吹き摧けば樹木は倒れるから「木折」。観の三・四・五爻が互いに艮を成し、艮は豺狼虎豹を主り、坤は政事を主るから「狼虎為政」。乾は天を主り、坤は罪罰を主るから「天降罪罰」。艮は宦官を主り、坤は弑逆を主る。艮はまた観望を主り、坤は夷を主り、合わせてまさに「望夷」となるから「高弑望夷」と言う――趙高が望夷宮で秦二世を逼殺した一事を指す。坤は「胡」を主りその位は亥に居るから合わせて「胡亥」、坤はまた毙死を主る。尚氏はこれによって強調する:《易林》の中の人名・地名で卦象から生じないものは一つもなく、この取象の方法は本《周易》に由る。
晉。三痴俱走,迷路失道。惑不知歸,反入患口。坤為痴,爻數三,故曰三痴。互艮為道路,坤迷,故曰迷路失道。坎為惑,震為歸,陽居四不反初,故曰不知歸。坎為患,四五形兌,故曰患口。○惑,元刊作或,依汲古。
乾が晋に変わる。林辞は言う:三人の痴人がともに奔走し、路に迷い方向を失う。昏惑して帰りを知らず、かえって禍患の口に撞き込む。尚秉和の解説:晋は坤下離上で、坤は痴愚を主り、その爻数は三だから「三痴」と言う。二・三・四爻が互いに艮を成し、艮は道路を主り、坤の性は迷だから「迷路失道」。三・四・五爻が互いに坎を成し、坎は迷惑を主る。震は返帰を主るが、この卦では九四の陽が四位に居って初位に帰ろうとしないから「不知帰」と言う。坎はまた禍患を主り、九四・六五の一陽一陰が半分の兌を湊え、兌は口を主るから「患口」と言う。校記:「惑」の字を元刻本は「或」に作る。ここでは汲古閣本に従う。
明夷。弓矢俱張,把彈折弦。丸發不至,道遇害患。互坎為弓、為矢,震為張,故曰弓矢俱張。坎為彈,伏巽為弦,坎折,故曰把彈折弦。坎為丸,震為發,坤閉,故不至。震為道塗,坤為患害,故曰道遇患害。
乾が明夷に変わる。林辞は言う:弓と矢がともに張られ、弾弓を握るも弦を崩して断つ。弾丸を射ち出すも標的に届かず、半途でまた祸害に遇う。尚秉和の解説:明夷は離下坤上で、二・三・四爻が互いに坎を成し、坎は弓・矢を主る。三、四、五爻が互いに震を成し、震は張開を主るから「弓矢倶張」と言う。坎はまた弾弓を主り、明夷の伏象は訟で、訟の中に巽が互い出て、巽は繩弦を主り、坎は折断を主るから「把弾折弦」。坎は弾丸を主り、震は発射を主り、坤は閉塞を主るから、射ち出すも「不至」。震は道路を主り、坤は禍患災害を主るから「道遇害患」と言う。
家人。三女求夫,伺候山隅,不見覆關,長思憂嘆。卦二離、一巽,皆女象,坎為夫,故曰三女求夫。艮為關,卦有兩半艮形,故曰復關;坎伏,故不見。不見覆關,詩衛風語也。艮止,故曰伺候。艮山,故曰山隅。坎為憂思,故曰長思憂嘆。○汲古二三句倒置,依元本。元本憂嘆作嘆憂,失韻,依汲古。
乾が家人に変わる。林辞は言う:三人の女子が夫を求め、山の角に守って候する。復関のあの人を望み見ることができず、長く思い憂いて嘆息する。尚秉和の解説:家人は離下巽上で、卦中に二つの離(下体の離と三四五の互離)と一つの巽がある。離と巽はともに女象に属するから「三女」と言う。二・三・四爻が互いに坎を成し、坎は丈夫を主り、合わせて「三女求夫」。艮は関隘を主り、この卦には二カ所の「半艮」の形があるから「復関」と言う。坎はここでは伏没して見えないから「不見」。「不見復関」はもと《詩・衛風・氓》の句で、原詩は女子が土の牆に登って情人を望み、望み見えなければ涕泣涟々たるを写す。艮の性は止――止まるはすなわち守候だから「伺候」と言い、艮はまた山を主るから「山隅」と言う。坎は憂思を主るから「長思憂嘆」。校記:汲古閣本は第二・第三两句の次序が顛倒している。ここでは元刻本に依る。元刻本は「憂嘆」を「嘆憂」に作るが、韻と合わないから、ここでは汲古閣本に従う。
睽。陽旱炎炎,傷害禾穀。穡人無食,耕夫嘆息。重離故曰旱,震為禾稼,二三四五半震兌毀,故曰傷害禾穀。兌為食,坎失,故無食。震為耕、為夫,兌口,故耕夫嘆息。○《易》家人、睽爻詞往往用半象,故此與家人亦多用半象,下蹇、解、漸、歸妹、既、未濟並同,而既、未濟用半象尤多,全本之《易》。
乾が睽に変わる。林辞は言う:烈日が炎々として亢旱して雨が降らず、禾穀は日照りに傷つく。庄稼を収める人に飯がなく、耕す男子は嘆息するのみ。尚秉和の解説:睽は兌下離上で、二・三・四爻がまた互いに離を成す。両離が相重なり火気が極まって盛んだから「旱」と言う。震は禾稼を主るが、この卦の二至五爻は半分の震しか湊えず、兌は毀折を主るから「傷害禾穀」と言う。兌は飲食を主り、三・四・五爻が互いに坎を成し、坎は失去を主るから「無食」。震は耕作を主り、また成年男子をも主り、兌は口を主るから「耕夫嘆息」。校記:尚氏の附識――《周易》の家人・睽の両卦の爻辞は往々にして「半象」を用いるから、《易林》でもこの二卦の下には半象を多く用いる。下文の蹇・解・漸・帰妹・既済・未済の諸卦も同様で、既済・未済は半象を用いること特に多い。これは完全に《周易》の成法に本く。
蹇。騎●逐羊,不見所望。徑涉虎廬,亡羝失羔。坎為●,伏兌為羊,半震為騎、為逐,故曰騎●逐羊。坎隱故不見,離為望也。艮為徑、為虎、為廬,兌伏,故亡羝失羔。○廬,宋元本作穴,依汲古。
乾が蹇に変わる。林辞は言う:畜生に騎って羊を追う(騎る物の底本原字は残欠し、「●」をもって疑を存し、あえて臆補しない)が、求める所のものを望み見ることができない。小径を抄して虎の蟠踞する庵を過ぎれば、牡羊は失われ羊羔も失われた――求める所が尽く失われる象である。尚秉和の解説:蹇は艮下坎上で、坎はその騎乗の物を主る。蹇の伏象は睽で、睽の下体の兌は羊を主る。卦中の半震は騎乗・追逐を主るから「騎●逐羊」と言う。坎は隠伏を主るから「不見」、伏象睽の上体の離は瞻望を主る。艮は小路を主り、また虎・廬舍をも主り、兌はここで伏没するから、牡羊と羊羔はともに亡失する。校記:「廬」の字を宋・元刻本は「穴」に作る。ここでは汲古閣本に従う。
解。闇昧冥語,轉相詿誤。鬼魅所舍,誰知臥處。坎為闇昧、為冥,震為言,故曰冥語。坎上下兩兌口相背,故曰詿誤。坎為鬼魅、為舍、為伏,故曰臥。坎伏,故不知。○轉相,依宋元本,諸家皆作相傳,非。
乾が解に変わる。林辞は言う:昏暗の中で私語をこそこそと言い、展転して相伝えて互いに貽誤する。それは鬼魅の住む所で、誰がそれの臥す処を知ろうか。尚秉和の解説:解は坎下震上で、坎は暗昧・幽冥を主り、震は言語を主り、合わせて「冥語」となる。坎体は上下に正反対の二つの兌口を含んで互いに背向し、口と心とが是と非とで異なるから「詿誤」と言う――詿誤とは牽連して貽誤すること。坎はまた鬼魅・屋舍・潜伏を主るから「臥」と言う。坎が隠伏を主ればこそ「誰知臥処」。校記:「転相」の二字は宋・元刻本に依る。各家本は皆「相伝」に作るが誤り。
損。姬姜祥淑,二人偶食。論仁義福,以安王室。互震為周,故曰姬,伏巽,故曰姜,巽為齊也,震為仁,故曰祥淑。震為人,兌卦數二,故曰二人。兌為食也,震為言,故論仁議福。震為王,艮為室、為安,故曰以安王室。
乾が損に変わる。林辞は言う:姫姓と姜姓の女子は賢淑で吉祥であり、二人は配して夫婦となり同席して食する。仁義と福徳を講論し、もって王室を安んず――吉慶の象である。尚秉和の解説:損は兌下艮上で、二・三・四爻が互いに震を成し、震は周を主り、周の王室は姫姓だから「姫」と言う。損の伏象は咸で、咸の中に巽が互い出て、巽は斉を主り、斉国は姜姓だから「姜」と言う。震はまた仁を主るから「祥淑」。震は人を主り、兌の卦数は二だから「二人」。兌は飲食を主り、震は言語を主るから「論仁義福」。震は王を主り、艮は宮室・安定を主るから、ここに「以安王室」となる。
益。公孫駕驪,載聘東齊。延陵說產,遺季紵衣。艮為孫,震為公、為驪、為駕,故曰公孫駕驪。震為東,巽為齊,震為載,故曰載聘東齊。艮山,故曰延陵,震樂震生,故曰悅、曰產。艮為季,坤為衣裳,震為紵,故曰遺季紵衣。《左傳》“吳公子札聘於鄭,見子產如舊相識,與之縞帶。子產獻紵衣焉。”○聘,宋元本作眄,依汲古。
乾が益に変わる。林辞は言う:公孫が黒い馬を駕り、聘礼を載せて東に斉へ行く。延陵の季子と鄭の子産は一見して旧知のごとく、子産は彼に紵麻の衣を贈る。尚秉和の解説:益は震下巽上で、三・四・五爻が互いに艮を成し、艮は孫を主る。震は公・驪(純黒の馬)・駕車を主るから「公孫駕驪」と言う。震は東方を主り、巽は斉を主り、震はまた載運を主るから「載聘東斉」。艮は山陵を主るから「延陵」と言う。震は歓楽・生長を主るから「悦」と言い「産」と言う――延陵は呉の公子季札の封邑で、「産」は鄭国の子産を指す。艮は季を主り、二・三・四爻が互いに坤を成し、坤は衣裳を主り、震は紵麻を主るから「遺季紵衣」と言う。引く《左伝》襄公二十九年は、呉の公子札が鄭国に聘問し、子産に見えて旧知のごとくであり、彼に縞帯を贈り、子産は紵麻の衣で報いたと記す。校記:「聘」の字を宋・元刻本は「眄」に作る。ここでは汲古閣本に従う。
夬。孤竹之墟,老婦亡夫。傷於蒺藜,不見少齊。東郭棠姜,武子以亡。武子,崔杼也。棠姜,杼妻也。《困》三爻“據于蒺藜入于其宮,不見其妻”,杼占詞也。事見《左傳》襄二十五年。少齊者,《左傳》晉人謂之少齊,言美也。伏剝。坤為寡,中虛,故曰孤竹之墟,坤為墟也。兌為老婦,本大過也。艮為夫,艮伏,故無夫。餘象多未詳。○子,各本多誤氏,茲依丁本。齊,汲古作妻,依宋元本。老,各本皆訛失,依需之剝宋元本校。
乾が夬に変わる。林辞は言う:孤竹国の墟の上、老婦人は夫に死なれた。蒺藜に刺されて、あの美貌の少斉に見ることができない。東郭氏の棠姜は、崔武子を敗亡せしめた。用いるのは斉国崔氏の旧事である:崔武子はすなわち崔杼、棠姜はその妻。《周易》困卦六三の爻辞「據于蒺藜、入于其宮、不見其妻」は、まさに崔杼が棠姜を娶る時に占い得た爻辞で、事は《左伝》襄公二十五年に見え、その後崔氏は果たして覆亡した。「少斉」は《左伝》における晋人の彼女への称呼で、その美貌の義を取る。尚秉和の解説:夬の伏象は剥。坤は寡婦を主り、卦中は空虚だから「孤竹之墟」と言う――坤はもとより「墟」の象を持つ。兌は老婦を主り、この取義は《周易》大過卦九五の「老婦得其士夫」に本く。艮は丈夫を主るが、艮はここで伏没するから「亡夫」。その余の諸象は尚氏自ら「多く詳考し得ず」と認める。校記:「子」の字を諸本は多く「氏」と誤る。ここでは丁晏本に依る。「斉」の字を汲古閣本は「妻」に作る。ここでは宋・元刻本に従う。「老」の字を諸本は皆「失」と誤る。ここでは本書「需之剥」条の宋・元刻本により校正する。
姤。仁政不暴,鳳凰來舍。四時順節,民安其處。通復。震為仁,故曰不暴。坤為文,故曰鳳凰。震為辰,卦數四,坤順,故曰四時順節。坤為民、為安,故民安其處。
乾が姤に変わる。林辞は言う:仁政を施して暴虐でなく、鳳凰が飛来して棲まう。四季は節令に順って運転し、百姓は各々その居に安んず――治世の象である。尚秉和の解説:この条は旁通の象を取り、姤の六爻を反転すれば復となる(震下坤上)。震は仁を主り、仁なれば暴でないから「不暴」と言う。坤は文采を主り、鳳凰は文采の鳥だから「鳳凰」と言う。震は辰を主り、その卦数は四、坤の性は順だから「四時順節」と言う。坤はまた民・安を主るから、ここに「民安其処」となる。
萃。任劣力薄,孱駑恐怯。如蝟見鵲,不敢拒格。坤柔,故曰任劣。力薄曰孱駑,互大坎,故曰恐怯。巽為蝟,艮為鵲,坤弱,故不敢拒格。《史記龜策傳》注“蝟能制虎,見鵲則仰地。”○孱駑,依宋本。元刊作駑孱。
乾が萃に変わる。林辞は言う:担当し得ず気力は薄く、孱弱にして駑鈍で心に畏れを懐く。まるで刺猬が喜鵲を見たように、抵抗を敢えてしない。尚秉和の解説:萃は坤下兌上で、坤の性は柔弱だから「任劣」――事を担当し得ない――と言い、力が薄いを「孱駑」と言う。全卦は下三爻が陰、四・五の両爻が陽、上爻がまた陰で、全体は放大了せる坎――「大坎」――に象り、坎は恐懼を主るから「恐怯」と言う。三・四・五爻が互いに巽を成し、巽は刺猬を主る。二・三・四爻が互いに艮を成し、艮は喜鵲を主る。坤の性は柔弱だから「不敢拒格」。《史記・亀策列伝》の注文に、刺猬は虎を制伏し得るが、喜鵲を見れば身を翻して仰向けに倒れるとあり、正に林辞の取譬の本である。校記:「孱駑」は宋刻本に依り、元刻本は「駑孱」に作る。
升。衛侯東遊,惑於少姬。亡我考妣,久迷不來。震為警衛、為諸侯、為東遊。大坎為惑,兌為少姬。震為父,坤為母,故曰考妣,坤死,故亡,坤為我、為迷,震往故不來。衛文侯避國難,遊齊。少姬,衛女,齊桓夫人。○震父象失傳。迷,依宋元本,汲古作逝。
乾が升に変わる。林辞は言う:衛侯は東に行って游び、少姫に迷わされる。亡き父母を抛きすてて、久しく迷い恋して帰って来ない。尚秉和の解説:升は巽下坤上で、震は警衛(引き延ばして衛国を指す)・諸侯・東行出游を主る。全卦は初爻が陰、二・三の両爻が陽、上三爻が皆陰で、全体は放大了せる坎に象り、坎は迷惑を主る。二・三・四爻が互いに兌を成し、兌は少女を主るから「少姫」と言う。震は父を主り、坤は母を主り、合わせて「考妣」となる。坤は死亡を主るから「亡」と言う。坤はまた「我」・迷を主り、震は往くことを主り、一往して返らないから「久迷不来」。尚氏は指摘する:これは衛文侯が国難を避けて斉に出游したことを言い、少姫は衛国の女で、斉桓公の夫人となった。校記:震の「父」象はすでに失伝し、尚氏が輯出した逸象である。「迷」の字は宋・元刻本に依り、汲古閣本は「逝」に作る。
困。噂噂所言,莫如我垣。歡喜堅固,可以長安。《詩》:“噂沓背憎“箋云“噂噂,對語,背則相憎。”困三至上,正反兩兌口相背,故易曰有言不信,其伏象則正反兩震言相對,故曰噂噂所言。巽為垣墉,坎陷,故莫如我垣。兌悅而伏艮,故曰歡喜堅固,曰長安。○如,俗本誤加。如者,往也,宋本、汲古本均不誤,元本作知。
乾が困に変わる。林辞は言う:人びとは一処に聚まり論議紛紛だが、誰も我が垣の下に来る者はない。心に歓喜して根基は堅固、長く安寧することを得る。引く《詩・小雅・十月之交》「噂沓背憎」に、鄭玄の箋は「噂噂」とは当面して対談し、背を向ければ互いに憎悪すると解く。尚秉和の解説:困卦は三爻から上爻にかけて一正一反の二つの兌口が互いに背向するから、《周易》困卦の辞に「有言不信」と言う。その伏象(旁通の卦賁)の中には一正一反の二つの震が相対し、震は言語を主るから「噂噂所言」と言う。困の三・四・五爻が互いに巽を成し、巽は牆垣を主り、坎は坑陥を主るから「莫如我垣」と言う――「如」は「往」の義で、すなわち来る者がいない。兌は喜悅を主りその伏象は艮、艮は堅固を主るから「歓喜堅固」「可以長安」と言う。校記:「如」の字を通行俗本は「加」と誤る。「如」は往と訓し、宋刻本と汲古閣本はともに誤らず、元刻本は「知」に作る。
井。黿鳴岐山,鱉應幽淵。男女媾精,萬物化生。文王以成,為開周庭。通噬嗑。互艮為黿鱉、為山,下震兩岐,故曰岐山。而初至四正反艮震,震為鳴,故上鳴下應,與《中孚》九二“鳴鶴在陰,其子和之”用象同也。坎為幽,坎男離女,而坎為精,故曰男女媾精,震為萬物、為生、為王。上離為文,故曰文王以成。艮為成也,艮又為庭。震為周、為開,故曰為開周庭。○黿,依汲古,宋元本作鸑。幽淵,依宋元本,汲古作山淵。
乾が井に変わる。林辞は言う:大きな鼈が岐山で鳴き、甲鱼が深淵でこれに和す。男女が精気を交え、万物はこれによって化育して生ず。周文王はこれによって大業を成し、周朝の基業を開いた。尚秉和の解説:この条は旁通の象を兼ねて取る――井の六爻を反転すれば噬嗑となる(震下離上)。噬嗑の中に艮が互い出て、艮は鼋鱉を主り、また山をも主る。下体の震は两岐の形があるから「岐山」と言う。初爻から四爻までは一正一反の艮と震で、震は鳴叫を主るから、上で鳴き下で応じ、《周易》中孚九二「鳴鶴在陰、其子和之」の取象と同じである。坎は幽深を主り、坎は男に属し離は女に属し、坎はまた精を主るから「男女媾精」と言う。震は万物・生・王を主る。上体の離は文を主るから「文王以成」と言う。艮は成就を主り、艮はまた庭を主る。震は周・開辟を主るから、ここに「為開周庭」となる。校記:「鼋」の字は汲古閣本に依り、宋・元刻本は「鸑」に作る。「幽淵」は宋・元刻本に依り、汲古閣本は「山淵」に作る。
革。玄黃虺隤,行者勞罷。役夫憔悴,踰時不歸。通蒙。互震為玄黃。《詩毛傳》“玄黃虺隤,病也。”蒙坎為病、為罷勞,震為行,故曰行者勞罷。坎為夫、為勞卦,故曰役夫憔悴。艮為時,在外,故踰時不歸。
乾が革に変わる。林辞は言う:馬は病んで毛色は晦く脚は萎え、旅の人は疲弊し果てる。役に服する丁夫は面は憔悴し、期限を過ぎても家に帰れない。「玄黄」「虺隤」はともに《詩・周南・巻耳》に出て、《毛伝》は馬が病むさまと解く。尚秉和の解説:この条は旁通の象を取り、革の六爻を反転すれば蒙となる。蒙の中に震が互い出て、震は玄黄の色を主る。蒙の下体の坎は疾病・疲憊を主り、震は行走を主るから「行者労罷」と言う。坎はまた成年男子を主り、且つ《説卦伝》は坎を「労卦」と称するから「役夫憔悴」と言う。艮は時限を主り、艮は外卦にあるから「踰時不帰」。
鼎。弱足刖跟,不利出門。市賈無利,折亡為患。下巽,震伏不見,故曰弱足刖跟,故不利出門,鼎初六“鼎,顛趾”即如是取象。三五伏艮,艮為門。巽為市賈、為利,兌折,故不利、故折亡,大坎為患。○利,汲古訛私,無,從元本,宋本作不。
乾が鼎に変わる。林辞は言う:脚は萎えて力なく、脚の跟は断たれたようで、出門に利なし。商売に利潤なく、折本して禍患となる。尚秉和の解説:鼎の下体は巽で、震は足を主るがここでは伏没して見えず、足の象が成らないから「弱足刖跟」と言い、因って「不利出門」――《周易》鼎卦初六「鼎顛趾」はまさにこの類の象を取る。鼎の三・四・五爻が互いに兌を成し、兌の伏する卦は艮、艮は門を主る。巽は売買・利を主り、兌は毀折を主るから「無利」といい「折亡」と言う。全卦は初爻が陰、中間の三爻が皆陽、五爻がまた陰で、全体はほぼ放大了せる坎に象り、坎は禍患を主る。校記:「利」の字を汲古閣本は「私」と誤る。「無」の字は元刻本に従い、宋刻本は「不」に作る。
震。懸貆素餐,居非其官。失輿剝廬,休坐徙居。懸貆素餐,《詩伐檀》語也,互艮為貆,伏巽繩,故懸貆,震為食、為白,故曰素餐。艮為居、為官,艮覆,故居非其官。震為輿,坎失,故曰失輿。艮為廬,艮覆,故剝廬,“君子得輿,小人剝廬”,《剝》上九爻詞也。艮為坐、為居,艮覆,故休坐徙居。○官,依元本,宋本作安。徙,依元本,宋本作徒。餐,從宋本,元本訛饕。
乾が震に変わる。林辞は言う:庭に貉を懸けて、空しく俸禄を食む。位に居りながらその職に称わず、車を失い家を剥がれ、座に安んぜず移り住むほかない。「懸貆」「素餐」はともに《詩・魏風・伐檀》に出て、詩人は労せずして食う者を譏刺する。尚秉和の解説:震は重震で、二・三・四爻が互いに艮を成し、艮は貆(貉の類の獣)を主る。震の伏する卦は巽で、巽は繩索を主り、繩で吊り懸けるから「懸貆」と言う。震は飲食・白色を主るから「素餐」と言う。艮は居処・官位を主るが、ここの艮は倒置の覆象だから「居非其官」。震は車輿を主り、三・四・五爻が互いに坎を成し、坎は亡失を主るから「失輿」。艮は廬舍を主り、艮がすでに倒置するから「剥廬」――「君子得輿、小人剥廬」はまさに《周易》剥卦上九の爻辞。艮はまた坐・居を主り、艮が覆れば坐は安からず居は定まらないから「休坐徙居」と言う。校記:「官」の字は元刻本に依り、宋刻本は「安」に作る。「徙」の字は元刻本に依り、宋刻本は「徒」に作る。「餐」の字は宋刻本に従い、元刻本は「饕」と誤る。
艮。民怯城惡,奸人所伏。寇賊大至,入我郛郭,妻子俘獲。《左傳》:“成九年楚伐莒,莒城惡,眾潰”。艮為城,坎為民、為怯、為陷,故曰民怯城惡。坎為伏、為奸,互震為人,故曰奸人所伏。坎為寇賊,艮為郛郭,伏巽為入,故曰入我郛郭。震為子,伏兌為妻,艮止,故曰妻子俘獲。○城,依宋元本,汲古訛伐。郛、俘,依宋元本,汲古作邦、繫。
乾が艮に変わる。林辞は言う:百姓は怯懦で城防は残破し、奸細はその中に潜伏する。敵寇は大挙して至り、我が外城に攻め入り、妻子はみな俘えられて行く。引く《左伝》成公九年は、楚が莒を伐ち、莒国の城防は残破し守軍は潰散したと記す――まさにこの景象である。尚秉和の解説:艮は重艮で、艮は城を主る。二・三・四爻が互いに坎を成し、坎は民・怯懦・陥落を主るから「民怯城悪」と言う。坎はまた潜伏・奸邪を主り、三・四・五爻が互いに震を成し、震は人を主るから「奸人所伏」。坎は寇賊を主り、艮は郛郭(外城)を主り、伏象の中の巽は进入を主るから「入我郛郭」と言う。震は子を主り、伏象の中の兌は妻を主り、艮の性は止――止まれば拘執されるから「妻子俘獲」と言う。校記:「城」の字は宋・元刻本に依り、汲古閣本は「伐」と誤る。「郛」「俘」の二字は宋・元刻本に依り、汲古閣本は「邦」「繋」に作る。
漸。陽低頭,陰仰首,水為災,傷我寶,進不利,難生子。坎為首,坎伏故低,坎陽卦而在下,離陰卦在坎上,故曰陰仰首。坎為水災,震為玉、為寶,震覆,故傷。震為行、為子、為生,震覆,故不利、故難。○寶,從汲古,宋元作足。難生子,依宋元本,汲古作生其子,與《易》“婦孕不育”旨背。
乾が漸に変わる。林辞は言う:陽は頭を低く垂れ、陰は首を仰ぐ。大水が災いを成して我が宝を損い、進めば利なく、子を生むに難あり。この条は三言の短句を用い、全書に通行の四言の体例と異なる。尚秉和の解説:漸は艮下巽上で、坎は頭を主り、坎はここで伏――伏すれば低垂するから「陽低頭」と言う。坎は陽卦でありながら下に居り、離は陰卦でありながら坎の上にあるから「陰仰首」と言う。坎はまた水災を主る。震は玉・宝を主るが、震はここでは倒置の覆象だから「傷我宝」と言う。震は行・子・生を主り、震がすでに倒置するから「進不利」「難生子」。校記:「宝」の字は汲古閣本に従い、宋・元刻本は「足」に作る。「難生子」は宋・元刻本に依り、汲古閣本は「生其子」に作る――《周易》漸卦九三「婦孕不育」の意旨と正に相背する。
歸妹。背北相憎,心意不同,如火與金。兌伏艮,艮為背,坎為北、為憎、為心意,離為火,伏艮為金。《詩十月》篇“噂沓背憎。”○宋元本作艮辭,金讀略如京,與憎同協。
乾が帰妹に変わる。林辞は言う:互いに背を向けて相い憎み、心の意向は各々同じでなく、火と金のように相克する。尚秉和の解説:帰妹は兌下震上で、兌の伏する卦は艮、艮は背を主る。二・三・四爻が互いに坎を成し、坎は北方を主り、また憎悪・心意をも主る。三・四、五爻が互いに離を成し、離は火を主り、伏艮はまた金を主り、火は金に克つから「如火與金」と言う。《詩・小雅・十月之交》に「噂沓背憎」の句あり――まさに当面しては聚談し、背後には相い憎む写実である。校記:宋・元刻本はこの数句を「艮」の条の下に繋げる。「金」の字の読みは「京」にやや近く、「憎」の字と押韻する。
豐。太微帝室,黃帝所值。藩屏周衛,不可得入,常安無患。離為星,故曰太微、曰帝室。帝室者,帝座,即紫垣也。震為帝,伏坎為宮室,故曰帝室。震為黃,故曰黃帝。黃帝,軒轅星也。震為叢木、為屏藩、為周、為衛,巽入巽伏,故不可入。○周,從宋元本,汲古作固,於卦象無著。值,從汲古,宋元皆作宜,不協。
乾が豊に変わる。林辞は言う:太微垣の中の帝座宮室は、黄帝の星の値する位次である。四面の藩籬は屏衛して周かく、外人は入ることを得ず、長く安寧して禍患なし。尚秉和の解説:豊は離下震上で、離は星を主るから「太微」と言い「帝室」と言う――帝室はすなわち帝座、紫微垣のこと。震は帝を主り、豊の伏象の中の坎は宮室を主り、合わせて「帝室」となる。震はまた黄色を主るから「黄帝」と言う――黄帝は星象では軒轅星である。震はまた叢木・屏藩を主り、周遍・守衛を主るから「藩屏周衛」。巽は进入を主るが、巽はここで伏没して見えないから「不可得入」。校記:「周」の字は宋・元刻本に従い、汲古閣本は「固」に作る――卦象に落着がない。「値」の字は汲古閣本に従い、宋・元刻本は皆「宜」に作る――韻と協わない。
旅。繭栗犧牲,敬享鬼神。神嗜飲食,受福多孫。互巽,故曰繭,艮為果,故曰栗。離為牛,故曰犧牲。《禮》“祭天地之牛角繭栗”,言其色似之也,故曰繭栗犧牲。伏坎為鬼,震為神、為飲食,故曰神嗜飲食。艮為孫,坎眾,故多孫。
乾が旅に変わる。林辞は言う:角が繭や栗のように小さい犢牛を犠牲として、恭しく鬼神を祭り享ける。神霊はこの酒食を愛し嗜み、ここに福を降して子孫は多し。尚秉和の解説:旅は艮下離上で、二・三・四爻が互いに巽を成し、巽は蚕繭を主るから「繭」と言い、艮は果実を主るから「栗」と言う。離は牛を主るから「犠牲」と言う。《礼記・王制》は天地を祭るに用いる牛を「角繭栗」と講じ、本は牛角の小さきこと蚕繭・栗子のごとき幼犢を指すが、尚氏はその色の相似を形容するものと解し、因って合わせて「繭栗犠牲」と称す。旅の伏象の中の坎は鬼を主り、震は神・飲食を主るから「神嗜飲食」と言う。艮は孫を主り、坎は衆多を主るから「受福多孫」。
巽。出門逢惡,為患為怨。更相擊刺,傷我手端。通震。互艮,故曰出門,坎為惡、為患、為怨,初至四反正艮,艮手,故更相擊刺,坎折,故傷手。○患,宋本作禍。此全用震象,故互坎患。
乾が巽に変わる。林辞は言う:門を出れば悪人に撞き当たり、禍患と怨仇を結ぶ。互いに手を動かして撃ち刺し合い、我が指の端を傷つける。尚秉和の解説:この条は旁通の象を取り、巽の六爻を反転すれば震となる(重震)。震の中に艮が互い出て、艮は門を主るから「出門」と言う。震の中にまた坎が互い出て、坎は凶悪・禍患・怨仇を主る。初爻から四爻までに一反一正の二つの艮があり、艮は手を主り、両手が相向するから「更相撃刺」。坎は折損を主るから「傷我手端」。校記:「患」の字を宋刻本は「禍」に作る。この条は完全に震卦の象を用いるから、「患」は震の中に互い出た坎を取ったのである。
兌。鷁飛中退,舉事不遂,宋人亂潰。《左傳》:“六鷁退飛,風也。”為宋襄公敗徵,故曰宋人亂潰。兌伏艮,艮為鷁,巽為退,互震為舉、為人,艮為宋。《說文》“架木為屋曰宋”,艮形似之,故林以艮為宋。○遂,宋本、汲古作進,依元本,韻葉象亦合。
乾が兌に変わる。林辞は言う:鷁鳥が半空を退きながら飛び、事を挙げても成らず、宋人は乱れ溃えて亡ぶ。《左伝》僖公十六年に「六鷁退飛過宋都」と記し、あれは大風に吹かれたのだと言う。後人はこれを宋襄公の戦敗の凶兆とし、だから林辞は「宋人乱溃」と言う。尚秉和の解説:兌の伏する卦は艮で、艮は鷁鳥を主る。巽は退却を主る。伏象の重艮の中に震が互い出て、震は挙動・人を主る。艮はまた宋を主る――《説文解字》に木を架けて屋を造るを「宋」と言い、艮の卦形は正に屋宇の形に象るから、《易林》は艮をもって宋とする。校記:「遂」の字を宋刻本と汲古閣本は「進」に作る。ここでは元刻本に依る――韻脚にも卦象にもより合う。
渙。跛踦相隨,日暮牛罷。陵遲後旅,失利亡雌。坎蹇,故曰跛踦,巽順故曰相隨。艮為日,坎為暮,故曰日暮,艮為牛,坎勞,故曰牛疲。巽為陵遲,震為後,故曰陵遲後旅。巽為利、為雌,坎失,故曰失利亡雌。
乾が渙に変わる。林辞は言う:足の跛けた者が次々について行くが、日が暮れゆき牛は疲れ果てる。後に行く列はだんだん遠く落ちて、利を失い母畜をも失う。尚秉和の解説:渙は坎下巽上で、坎は蹇難を主るから「跛踦」と言う。巽の性は順従だから「相随」と言う。三・四・五爻が互いに艮を成し、艮は日を主り、坎は昏暗を主り、合わせて「日暮」となる。艮はまた牛を主り、坎は労卦だから「牛罷」――「罷」は疲に通ずる。巽は漸次衰頹を主り、二・三・四爻が互いに震を成し、震は後に居ることを主るから「陵遅後旅」と言う。巽はまた利・雌を主り、坎は亡失を主るから「失利亡雌」。
節。龍角博顙,位至公卿。世祿久長,起動安寧。震為龍,艮為角,震為顙,龍角猶日角。博顙,大顙也,皆貴相。艮為位,震為公,坎為祿,艮為久長,故曰世祿久長。震為起、為動,艮為安,故曰起動安寧。○顙,宋元本作預,非,依汲古。
乾が節に変わる。林辞は言う:額に竜角のごとき隆骨が生じ、天庭は広く豁かで、官位は公卿に至る。世々俸禄を享けて久しく衰えず、一挙一動がみな安寧である。尚秉和の解説:節は兌下坎上で、二・三・四爻が互いに震を成し、震は竜を主り、また額を主る。三・四・五爻が互いに艮を成し、艮は角を主る。「竜角」は相書の言う「日角」のごときもので、「博顙」は額の広大なことで、いずれも顕貴の相に属する。艮は位次を主り、震は公侯を主り、坎は禄を主り、艮はまた長久を主るから「位至公卿」「世禄久長」と言う。震は起・動を主り、艮は安定を主るから「起動安寧」。校記:「顙」の字を宋・元刻本は「預」に作る――誤り。ここでは汲古閣本に従う。
中孚。舜升大禹,石夷之野。徵詣王庭,拜治水土。震為帝,故曰舜禹。艮為石、為野。按:《洛書靈準聽》曰“禹出石夷,掘地代,懷玉斗。”石夷不見於他書,而《蜀志秦宓傳》云“禹生石紐”,又譙周《蜀本紀》“禹本汶山廣柔縣人,生於石紐”,又《吳越春秋》“鯀娶女嬉,吞薏苡有感,剖脅而產高密,家於西羌,地曰石紐。”又《地理通釋》引皇甫謐曰“孟子稱禹生於石紐,西夷人也。”茲曰石夷,不知於石紐是否為一地,不能明也。震為王,艮為庭,震往,故曰徵詣王庭。艮手為拜,伏大坎,坎為水、為土,故曰拜治水土。此以坎為土,與邵子同。○拜,從元本,宋本作刊。
乾が中孚に変わる。林辞は言う:虞舜が大禹を抜擢し、禹は石夷という原野に起った。彼は召しに応じて王庭に赴き、命を受けて水土を治めに行く。尚秉和の解説:中孚は兌下巽上で、二・三・四爻が互いに震を成し、震は帝を主るから舜と禹に指す。三・四・五爻が互いに艮を成し、艮は石・原野を主る。尚氏の按語に:緯書《洛書霊準聴》に「禹出石夷、掘地代、懐玉斗」と記す。「石夷」という地名は他の書に見えず、《三国志・蜀志・秦宓伝》は禹が石紐に生まれたと言い、譙周《蜀本紀》は禹はもと汶山郡広柔県の人で石紐に生まれたと言い、《呉越春秋》は鯀が女嬉を娶り、薏苡を呑んで感じて孕を生じ、脇を剖いて高密(すなわち禹)を生み、家は西羌にあって地名を石紐と言い、《地理通釈》はまた皇甫謐を引いて孟子が禹は石紐に生まれ西夷の人と称すと言う――ここに「石夷」と作るが、「石紐」と同一の地かどうかは断じられない。震は王を主り、艮は庭を主り、震は往くことを主るから「征詣王庭」と言う。艮は手を主り、手は拜礼を行う所以である。中孚の伏象は小過で、小過は全体が放大了せる坎に象り、坎は水を主りまた土をも主るから「拜治水土」と言う。坎をもって土とするのは、宋人邵雍の説と同じである。校記:「拜」の字は元刻本に従い、宋刻本は「刊」に作る。
小過。從風放火,荻芝俱死。三害集房,叔子中傷。巽為風,艮為火,巽艮連,故曰從風放火。巽為草莽、為荻芝,中爻互大過,大過死,故曰荻芝俱死。艮為房,數三,坎為害,在中爻,故曰三害集房。艮為叔子,兌毀,故中傷,以艮為火,邵子所本,三害暴虐頗也。見《左傳昭十四年》注。
乾が小過に変わる。林辞は言う:風勢に従って火を放てば、荻草と芝草がともに焼け死ぬ。三つの害が屋中に集まり、叔子が中傷を受ける。尚秉和の解説:小過は艮下震上で、巽は風を主り、艮は火を主り、巽と艮が相連なるから「從風放火」と言う。巽はまた草莽を主り、荻・芝はこの類に属する。この卦の中間の諸爻の形は大過に近く、大過は死亡を主るから「荻芝俱死」と言う。艮は房屋を主り、その数は三、坎は祸害を主りてちょうど中爻にあるから「三害集房」と言う。艮は叔子を主り、兌は毀折を主るから「中傷」。艮をもって火とするのは、邵雍の取象の本である。いわゆる「三害」とは暴虐偏頗の事を指し、《左伝》昭公十四年の注文に見える。
既濟。楩生荊山,命制輸班。袍衣剝脫,夏熱冬寒。飢餓枯槁,眾人莫憐。卦有三震形,故曰楩、曰荊,又有半艮,故曰山,又有半巽,巽為命、為工、為輸班。坎為制,故命制輸班。震為襦,故曰袍衣,三震上下往復,如剝脫然,言上六之初即成未濟也,坎冬寒,離夏熱。離虛為飢餓、為枯槁,坎為眾,震為笑樂,故曰莫憐。○眾人莫憐,宋本作莫人莫憐,宋本作莫人莫憐,元本作莫人震憐,皆不適,故從汲古。楩,宋元、汲古皆作梗,依局本。
乾が既濟に変わる。林辞は言う:楩木は荆山に生じ、命に奉じて公輸班に付して斫制せしめた。身上の袍衣は剥がれ落ち、夏は熱く冬は寒い。飢えて枯痩するも、衆人に憐れむ者はいない。尚秉和の解説:既濟卦の中に三カ所の震の形があるから「楩」といい「荆」と言い、また半分の艮があるから「山」と言い、また半分の巽がある――巽は命令・工匠を主るから公輸班(すなわち魯班)と指す。坎は裁制を主るから「命制輸班」と言う。震は短衣を主るから「袍衣」と言う。三つの震が上下に往复交替し、衣服が層々に剥落するよう――上六が一旦初位に帰れば未済となると言うのである。坎は冬の寒を主り、離は夏の熱を主る。離は中が空虚だから飢餓枯槁を主る。坎は衆人を主り、震は歓笑を主るが、ここでは震象が成らないから「莫怜」と言う。校記:末句「衆人莫怜」を宋刻本は「莫人莫怜」に作り(底本はこの校語が重出する)、元刻本は「莫人震怜」に作る。いずれも妥当でないから汲古閣本に従う。「楩」の字を宋刻本・元刻本・汲古閣本は皆「梗」に作る。ここでは清代官書局本に従う。
未濟。長面大鼻,來解己憂。遺吾福子,惠我嘉喜。艮為鼻、為面,三艮形故曰長面大鼻。坎為憂,震為解、為福、為子、為嘉喜,此與上卦皆用半象,本之《易》也。○宋元本福子下多“與我惠妻”四字。
乾が未濟に変わる――これは乾卦の下の最後の一条である。林辞は言う:長面で大鼻の人が来て、我のために憂愁を解き去る。彼は福ある子を我に遺し、我に美しい喜慶を賜る。尚秉和の解説:未濟は坎下離上で、艮は鼻・面を主り、卦中に三カ所の艮の形があるから「長面大鼻」と言う。坎は憂愁を主り、震は解除を主り、また福・子嗣・嘉慶喜事をも主る。この条は上の既濟と同じく「半象」を用い、取法は《周易》に本く。校記:宋・元刻本は「福子」の下に「與我恵妻」の四字が多い。
坤之第二
坤。不風不雨,白日皎皎。宜出驅馳,通利大道。純坤無巽、兌象,故不風不雨,伏乾為日,大明,故曰白日皎皎。震為出、為驅馳、為通、為大塗,言陰極宜陽,復成震也。
坤卦の下の第一条は、変じる所もなお坤――すなわち六爻すべてが陰の純卦である。林辞は言う:風も吹かず、雨も降らず、白日は晴れやかに明るい。門を出て車を馳せるに宜しく、大路は通暢して便利――この四句は前の「乾之泰」の条と完全相同である。尚秉和の解説:純坤の中からは巽・兌の象を取り出せない。巽は風を主り、兌は雨沢を主るが、二者とも見えないから「不風不雨」。坤の伏する卦は乾で、乾は太陽を主り、光明盛大だから「白日皎皎」と言う。震は出行・駆馳・通達・大路を主る。震象を取り得るのは、陰が極まれば陽に転ずべく、坤が一動すれば復となって震を生ずるからで、正に「宜出駆馳」の断語に合う。
乾。谷風布氣,萬物出生。萌庶長養,花葉茂盛。《詩毛傳》:“谷風,東風也,陰陽和則谷風至。”按:乾納甲故曰東風,又陰變陽故萬物出生而茂盛,坤為萬物、為萌庶也。○盛,從汲古,宋元本皆作成。
坤が乾に変わる。林辞は言う:東風が生気を布き散らし、万物が萌え出て生ずる。初生の草木は長養を得て、花と葉はみな茂密に繁盛する――生機勃発の吉象である。《毛詩伝》に:「穀風」とはすなわち東風で、陰陽が調和する時に穀風が吹く。尚秉和の按語:乾は納甲の法では天干の「甲」に配し、甲は東方に属するから東風と言う。さらに陰が陽に変ずるから、万物は生じて茂盛する。坤は万物を主り、また初生の衆芽をも主る。校記:「盛」の字は汲古閣本に従い、宋・元刻本は皆「成」に作る。
屯。蒼龍單獨,與石相觸。摧折兩角,室家不足。震為蒼龍,坤寡故曰單獨。艮為石,在上故龍觸石。艮為角,坤數二,坎折,故曰折其兩角。艮為室家,坤窮故不足。○室家,從宋本,元本作家室。
坤が屯に変わる。林辞は言う:一条の青竜が孤々と独行し、往って石に撞き当たる。両角はともに撞き折られ、家室はこれによって全うし得ない。尚秉和の解説:屯は震下坎上で、震は蒼竜を主る。坤は寡少を主るから「単独」と言う。屯の二・三・四爻が互いに坤を成し、三・四・五爻が互いに艮を成し、艮は石を主って上位に居るから、竜が石を触ることとなる。艮はまた角を主り、坤の卦数は二、坎は折断を主るから「摧折両角」と言う。艮は室家を主り、坤は窮竭を主るから「室家不足」。校記:「室家」の二字は宋刻本に従い、元刻本は「家室」に作る。
蒙。城上有烏,自名破家。招呼酖毒,為國患災。艮為城、為烏、為家,坎破,故曰破家,坤為自,艮為名也。震為言,艮手,故曰招呼,坤為毒、為災患、為國。○烏,汲古誤馬,依宋本。《左傳》:“城上有烏破家”,疑烏呼聲似之,或當時俗語。患災,從宋元本,汲古作災患。家,音姑,與烏韻。
坤が蒙に変わる。林辞は言う:城頭に烏が落ちて、自ら「破家」の凶名を叫び出す。毒酒のごとき禍害を招き寄せて、国家の災患となる。尚秉和の解説:蒙は坎下艮上で、艮は城・烏・家宅を主り、坎は破損を主るから「破家」と言う。坤は「自」を主り、艮は名号を主る。蒙の二・三・四爻が互いに震を成し、震は言語を主り、艮は手を主り、手を招き声を出すから「招呼」と言う。坤は毒・災患・邦国を主る。校記:「烏」の字を汲古閣本は「馬」と誤る。ここでは宋刻本に従う。《左伝》に「城上有烏」の記載があり、尚氏は烏の啼き声が聴こえて正に「破家」の二字に似ると疑い、あるいはもと当時の俗語であったかもしれない。「患災」の二字は宋・元刻本に従い、汲古閣本は「災患」に作る。「家」の字はここでは「姑」と読み、「烏」と押韻する。
需。霜降閉戶,蟄蟲隱處。不見日月,與死為伍。通晉。坤為霜,艮為戶,坤閉,故曰閉戶。坎伏,故曰蟄蟲、曰隱處。坎月,離日,坎伏,故不見。坤為死。
坤が需に変わる。林辞は言う:霜降の時節に戸を閉じ、蟄伏の虫は隠れ蔵れる。日月の光を見ることができず、死と伴侶を結ぶ。尚秉和の解説:この条は旁通の象を兼ねて取り、需の六爻を反転すれば晋となる(坤下離上)。坤は霜を主り、晋の中に艮が互い出て、艮は門戸を主り、坤は閉塞を主るから「閉戸」と言う。坎はここで伏没して見えないから「蟄虫」と言い「隠処」と言う。坎は月を主り、離は日を主り、坎がすでに伏没するから「不見日月」。坤は死亡を主るから「與死為伍」。
訟。天之德室,溫仁受福。衣裳所在,凶惡不起。乾為天、為德,坎為室,乾為仁,福為衣,伏坤為裳、為凶惡,坤伏坎陷,故不起。
坤が訟に変わる。林辞は言う:ここは天の徳を施す屋宇で、温厚にして仁愛なれば福を受ける。衣裳のある処は、凶悪が興ることがない。尚秉和の解説:訟は坎下乾上で、乾は天・徳を主り、坎は宮室を主り、乾はまた仁を主る。注文の「福為衣」の「福」の字は「乾」の誤字であろう――乾は上衣を主る。訟の伏象の中の坤は下裳を主り、また凶悪をも主るが、坤はここでは伏で、坎はまた坑陥を主るから、凶悪は興り起こらない。
師。皇陛九重,絕不可登。謂天蓋高,未見王公。震為帝,故曰皇,震數九,自二至上若階陛然,故曰皇陛九重。坤為重也,震為登,坤閉故不可登。乾為人、為王公,乾伏,故不見。○宋元本三四句倒置,茲依汲古。陛,依宋本,汲古、元本作階。
坤が師に変わる。林辞は言う:帝王の階陛は九重の高さがあって、決して攀じ登ることができない。人は皆、天はあのように高遠だと言うが、王公の面を見ることができない。尚秉和の解説:師は坎下坤上で、二・三・四爻が互いに震を成し、震は帝を主るから「皇」と言う。震の卦数は九で、二爻から上爻まで層々に相重なり、正に一段一段の階陛のようだから「皇陛九重」と言う――坤はもとより重疊の象がある。震は登を主るが、坤は閉塞を主るから「不可登」。乾は人を主り、また王公をも主るが、この卦では乾は伏没して見えないから「未見王公」。校記:宋・元刻本は第三・第四两句の次序が顛倒している。ここでは汲古閣本に従う。「陛」の字は宋刻本に依り、汲古閣本と元刻本は「階」に作る。
比。孔德如玉,出於幽谷。飛上喬木,鼓其羽翼,輝光照國。艮堅為金玉,坎為幽谷,在上,故曰出。艮為飛、為喬木,艮手為鼓、為羽翼,艮為輝光、為國,《詩小雅》:“其人如玉”,又“伐木丁丁,鳥鳴嬰嬰。出自幽谷,遷於喬木。”○宋元本皆作四句,並三四句為二句,作升高鼓翼,茲依汲古。
坤が比に変わる。林辞は言う:徳行は美しきこと玉のごとく、幽深の山谷の中から出て来る。高い喬木に飛び上がり、その羽を振るい、光輝は全国を照らす――隠より顕れて才徳が用いられる象である。尚秉和の解説:比は坤下坎上で、三・四・五爻が互いに艮を成し、艮の性は堅で金玉を主る。坎は幽谷を主り、艮はその上に居るから「出」と言う。艮はまた飛翔・喬木を主る。艮は手を主り、羽を搏つ動作も艮に取るから「鼓其羽翼」と言う。艮はまた光輝・邦国を主る。引く《詩・小雅・白駒》に「其人如玉」、《小雅・伐木》に「伐木丁丁、鳥鳴嚶嚶、出自幽谷、遷于喬木」とあり、正に林辞の取意の本である。校記:宋・元刻本はこの条が四句のみで、第三・第四の两句を併せて一句として「升高鼓翼」と作る。ここでは汲古閣本に従う。
小畜。五軛四軏,優得饒有。陳力就列,騶虞悅喜。軛,轅端橫木,駕馬領者。軏,《論語》:“小車無軏。”注:軏,轅端持衡者,通《豫》。艮為小木、為軛、為軏,坎數五,震卦數四,故曰五軛四軏。乾富故曰饒有,震為陳列,艮為騶虞。《毛傳》:“騶虞,義獸也。”震為樂,故悅喜。陳樸國雲《禮記射義》:“騶虞,樂官備也”,注:樂官備者,謂騶虞一發,五豝五●,喻得賢眾多也。故焦氏言“陳力就列,騶虞悅喜”也,又按:五軛四軏,言獵車之盛也。○汲古軛作範,軏作軌,依宋元本。優得,依履之艮校,各本皆作復得。又各本下有“四足無角,君子所服。南征述職,以惠我國”四句,與上不韻,顯為衍文,依履之艮刪,宋本則作下履林,按之卦象亦協。
坤が小畜に変わる。林辞は言う:五つの車轭・四本の軏木で、从容として豊饒富有を得る。力を量って事に任じ各々その列に就き、《騶虞》の楽は歓喜に奏せられる。「轭」は車轅の前端の横木で、馬の頸に駕する。「軏」は、《論語・為政》に「小車無軏」とあり、注家は車轅の前端が横木を銜持する関鍵だと言う。尚秉和の解説:この条は豫卦に通ずる。豫の中に艮が互い出て、艮は小木を主り、因って轭・軏を主る。坎の卦数は五、震の卦数は四だから「五軛四軏」と言う。乾は富を主るから「饒有」。震は陳列を主り、艮は騶虞を主る。《毛伝》は騶虞は仁義ある瑞獣だと言う。震は楽を主るから「悦喜」。陳朴国は《礼記・射義》を引いて「騶虞」は楽官の完備の義を取ると言い、注文はこれを、射《騶虞》の詩を奏し、一発して五豝五●に中るは、得る賢才の衆多なるを喩え、だから焦延寿は「陳力就列、騶虞悦喜」と言ったと解く。尚氏はまた按ずる:「五軛四軏」は猟車の盛んなりを形容する。校記:「軛」の字を汲古閣本は「范」に作り、「軏」を「軌」に作る。ここでは宋・元刻本に従う。「優得」の二字は本書「履之艮」の条により校改し、諸本は皆「復得」に作る。諸本はこの条の下にまた「四足無角、君子所服、南征述職、以恵我国」の四句があり、上文と押韻せず、明らかに衍文だから、「履之艮」の条に依って削る。宋刻本はこの四句を下面の履卦の林辞に繋げるが、卦象から見ても合う。
履。敝笱在梁,魴逸不禁。漁父勞苦,焦喉乾口,虛空無有。通謙。坤為敝,震為篚筥,為笱,艮為梁,故曰敝笱在梁。坤為魚、為魴,在外故逸。乾為父,坎為勞,兌為口,離火,故曰焦喉乾口。○焦喉,各本皆作連室,皆無末句,依遯之大過校。
坤が履に変わる。林辞は言う:破れた魚籠が魚梁に架けられ、魴魚は逃げ去って留められない。魚を打つ翁は空しく苦労し、喉は焦げ唇は乾いて、終に一物も得ない。「敝笱在梁」は《詩・斉風・敝笱》に出る。尚秉和の解説:この条は謙卦に通ずる。坤は破敝を主り、震は竹器(篚・筥・笱みなこれ)を主り、艮は魚梁を主るから「敝笱在梁」と言う。坤は魚を主り、また魴をも主る。魚はすでに卦の外にあるから「逸」と言う。乾は父を主り、坎は労苦を主り、兌は口を主り、離は火を主り、火がその口を燎くから「焦喉乾口」と言う。校記:「焦喉」の二字を諸本は皆「連室」に作り、しかも皆末句がない。ここでは本書「遯之大過」の条により校補する。
泰。雷行相逐,無有攸息。戰於平陸,為夷所覆。震為雷、為逐、為戰,坤為平陸、為夷狄,坤死兌折,故曰為夷所覆。如衛懿公是也。
坤が泰に変わる。林辞は言う:雷の声が隆々と滾り互いに追逐して、歇まる時がない。平かで曠かな原野の上で交戦し、夷狄に打たれて傾覆する。尚秉和の解説:泰は乾下坤上で、三・四・五爻が互いに震を成し、震は雷・追逐を主り、また征戦をも主る。坤は平坦の陸地を主り、また夷狄をも主る。坤は死亡を主り、兌は毀折を主るから「為夷所覆」と言う。歴史上の衛懿公はまさにこの例である――彼は鶴を好んで政を失い、遂に狄人に滅ぼされた。
否。六龍爭極,服在下飾。謹慎管鑰,結禁無出。乾為龍,數六,在上,故曰六龍爭極,乾為衣,坤為裳,故曰服。坤為下、為文,故曰下飾。坤閉,故曰管鑰,曰結禁,坤六四曰“括囊”,是其義也。○下,依宋元本,汲古作不。鑰,元本作鑰。
坤が否に変わる。林辞は言う:六条の竜が至高の位を争い、衣服の紋飾は皆下裳に用いられる。謹んで管鍵を看じ、禁を閉じて出入を許さない――閉塞して自守する象である。尚秉和の解説:否は坤下乾上で、乾は竜を主り、その数は六で上体に居るから「六竜争極」と言う。乾は上衣を主り、坤は下裳を主り、合わせて「服」と称す。坤は下を主り、また文采をも主るから「下飾」と言う。坤は閉塞を主るから「管鑰」といい「結禁」と言う。《周易》坤卦六四の爻辞「括囊」――嚢を括きて露さない――はまさにこの理を講ずる。校記:「下」の字は宋・元刻本に依り、汲古閣本は「不」に作る。「鑰」の字は元刻本では別種の異体字を用いる。
同人。長男少女,相向共語,福祿歡喜。通《師》。震為長男,巽為少女,大過以巽為女妻,故巽亦為少女,震為語,巽震同聲相應,故曰共語,又離上下兩兌口相對,明夷謂曰有言,亦共語也。震為福、為樂。○汲古本共語下有“析薪在克”四字,於上下語甚不協,宋元本無,從之。
坤が同人に変わる。林辞は言う:長男と少女が面を向かい合わせて語り、福禄がともに来て心に歓喜する。尚秉和の解説:この条は旁通の象を兼ねて取り、同人を反転すれば師となる。師の中に震が互い出て、震は長男を主る。同人の二・三・四爻が互いに巽を成し、巽は少女を主る――《周易》大過卦は巽をもって「女妻」とするから、巽もまた少女を主り得る。震は言語を主り、巽と震は同じ声に応ずるから「共語」と言う。さらに離体は上下に二つの兌口を含んで相対し、明夷卦の言う「有言」もまた共語の象である。震はまた福・歓楽を主る。校記:汲古閣本は「共語」の下に「析薪在克」の四字があり、上下文と甚だ調わない。宋・元刻本にこの四字はないから、ここでは宋・元本に従う。
大有。遷延惡人,使德不通。炎火為殃,禾稼大傷。離為惡人、為炎火、為殃,餘未詳。○炎火,從宋元本。汲古作災火。禾稼,宋元本作年榖,年,疑禾之訛,依汲古。
坤が大有に変わる。林辞は言う:ひたすら遷就して延ばし悪人を縦容し、徳教を通行せしめない。烈火が災いを成して、庄稼は大いに損傷を受ける。尚秉和の解説:大有は乾下離上で、離は悪人・烈火・災殃を主る。その余の各句の取象は、尚氏自ら「詳考し得ず」と認める。校記:「炎火」は宋・元刻本に従い、汲古閣本は「災火」に作る。「禾稼」を宋・元刻本は「年穀」に作る。尚氏は「年」は「禾」の誤字ではないかと疑う。ここでは汲古閣本に従う。
謙。修其翰翼,隨風向北。至虞夏國,與舜相得。年歲大樂,邑無盜賊。震為翰翼,坤為北,伏巽,故曰隨風向北。坤為國,震為帝王,故曰虞夏、曰舜。坤為年歲,震為樂,坤為邑,坎為盜賊,坎隱伏,故無盜賊。
坤が謙に変わる。林辞は言う:己の羽翼を整え治め、風に随って北へ飛んで行く。虞・夏の国土に飛び至り、舜帝と相投ずる。年は豊かで大いに歓楽し、城邑の中に盗賊なし。尚秉和の解説:謙は艮下坤上で、三・四・五爻が互いに震を成し、震は羽翼を主る。坤は北方を主る。謙の伏する卦の中に巽があり、巽は風を主るから「随風向北」と言う。坤は邦国を主り、震は帝王を主るから、虞・夏と舜に指す。坤はまた年歳を主り、震は歓楽を主り、坤は城邑を主る。二・三・四爻が互いに坎を成し、坎は盗賊を主るが、坎はここで隠伏して顕れないから「邑無盗賊」。
豫。鉛刀攻玉,堅不可得。盡我筋力,胝繭為疾。艮堅在外為刀,坤柔故曰鉛刀,震為玉,艮為堅,胝繭者,足病,震為足,坎疾,故曰胝繭為疾。筋力,象是否為艮未詳。○胝,汲古誤眠,宋本作視,茲依元本。
坤が豫に変わる。林辞は言う:鉛で鋳た軟刀をもって玉を雕るに、玉は堅すぎて何も得ることがない。我が筋力を尽くし、足に胝繭が磨けて病となる。尚秉和の解説:豫は坤下震上で、二・三・四爻が互いに艮を成し、艮の性は堅で外に居るから刀を主る。坤の性は柔軟だから「鉛刀」と言う。震は玉を主り、艮は堅を主り、軟刀で堅玉を攻めれば自然に一物も得ない。「胝繭」は足に磨けた厚い繭で、足の病に属する。震は足を主り、三・四・五爻が互いに坎を成し、坎は疾病を主るから「胝繭為疾」と言う。「筋力」の二字が艮象を取るかどうかは、尚氏自ら断じ得ないと認める。校記:「胝」の字を汲古閣本は「眠」と誤り、宋刻本は「視」に作る。ここでは元刻本に従う。
隨。舉袂覆目,不見日月。衣衾簠簋,就長夜室。震為袂、為舉,艮為目、為日,兌為月,巽為伏,故曰覆目不見。震為衣衾、為簠簋,艮為室,兌為夜,蓋三至上互大過,大過死故就長夜室,言墓內無光,如長夜也。《禮記》:“齊大飢,黔敖設食於路,有蒙袂而來者,黔敖曰:‘嗟,來食,’曰:‘餘唯不食嗟來食,以至於此。’遂死。”《士喪禮》“幎目緇尺二寸”,注:幎目,覆目者也。即袂也。○袂,宋元本作被,依汲古。衾,依宋元本,俗本誤裳。
坤が随に変わる。林辞は言う:衣袖を擡げて目を覆い、日月を見ることができない。衣被と簠簋の祭器を備えて、長夜のごとき墓室に入る――死喪の象である。尚秉和の解説:随は震下兌上で、震は衣袖・擧起を主る。二・三・四爻が互いに艮を成し、艮は目・日を主る。兌は月を主る。三・四・五爻が互いに巽を成し、巽は隠伏を主るから「覆目」「不見」と言う。震はまた衣被・簠簋(黍稷を盛る祭器)を主り、艮は屋室を主り、兌は夜を主る。この卦は三爻から上爻まで大過の形を互い出し、大過は死を主るから「就長夜室」と言う――墓室の中に光はなく、永夜のごとし。引く《礼記・檀弓》は、斉国の大飢饉に黔敖が路傍に食を設けて賑済し、衣袖で顔を蒙いで来た者があり、黔敖が「おい、食え」と呼ぶと、その人は「私は正に嗟来の食を食らわぬためにこの地步に落ちた」と言って、遂に餓え死んだと記す。《儀礼・士丧礼》に「幎目緇尺二寸」とあり、注家は幎目とは顔を覆う布で、ここの「袂」と義を同じくすると言う。校記:「袂」の字を宋・元刻本は「被」に作る。ここでは汲古閣本に従う。「衾」の字は宋・元刻本に依り、通行俗本は「裳」と誤る。
蠱。賊仁傷德,天怒不福。斬刈宗社,失其邦國。巽為賊、為傷,震為怒,艮為大,艮手為斬刈,震為宗,艮為社,四至上艮震反覆,故曰斬刈宗社。艮為邦國,坎為失。○仁、大,從宋元本,汲古作賊人,作大怒非。
坤が蠱に変わる。林辞は言う:仁愛を残賊し徳行を損傷し、天は震怒して福を降さない。宗廟社稷は斫伐され摧毀され、己の邦国を失う。尚秉和の解説:蠱は巽下艮上で、巽は賊害・損傷を主る。三・四・五爻が互いに震を成し、震は怒を主る。艮は大を主る。艮はまた手を主り、手を動かせばすなわち斬伐。震は宗廟を主り、艮は社稷を主り、四爻から上爻まで艮と震が一正一反に交替して現れるから「斬刈宗社」と言う。艮は邦国を主り、坎は亡失を主るから「失其邦国」。校記:「仁」の字と「大」の字はともに宋・元刻本に従う。汲古閣本は「賊仁」を「賊人」に作り、「天怒」を「大怒」に作る――いずれも誤り。
臨。白龍赤虎,戰鬬俱怒。蚩尤敗走,死於魚口。震為白、為龍,伏艮為虎,乾為赤,故曰白龍赤虎。震為戰、為怒,坤為惡,故曰蚩尤。兌毀故敗,震為走,故曰敗走。坤為死、為魚,兌為口。《湘中志》:“湘南有魚口灘”,唐李紳詩“洛陽城見梅迎雪,魚口橋逢雪送梅。”又兌亦為虎,兌納丁,故曰赤虎,亦通。
坤が臨に変わる。林辞は言う:白竜と赤虎が相搏ち、両方とも盛んに怒る。蚩尤は敗れて逃げ、魚口で死す。尚秉和の解説:臨は兌下坤上で、二・三・四爻が互いに震を成し、震は白色を主り、また竜をも主る。臨の伏象は遯で、遯の中の艮は虎を主り、乾は赤色を主るから「白竜赤虎」と言う。震は戦・怒を主る。坤は凶悪を主るから蚩尤と指す。兌は毀折を主るから「敗」、震は奔走を主るから「敗走」。坤は死亡を主り、また魚を主り、兌は口を主り、合わせて「死于魚口」となる。《湘中志》に湘南に魚口灘があり、唐人李紳の詩にも「魚口橋」を挙げる。尚氏はまた言う:兌もまた虎を主り得る。兌は納甲の法では天干の「丁」に配し、丁は火に属して色は赤だから「赤虎」と称し、この解も通ずる。
觀。北辰紫宮,衣冠中立。含和建德,常受天福。坤為北,艮為星辰、為宮,故曰北辰紫宮。《天文志》:“中宮曰紫宮,即紫微垣也。”坤為衣裳,艮為冠,居中五,故曰中立。伏乾為德、為天福。
坤が観に変わる。林辞は言う:北極星と紫宮は、衣冠を整えて端然と中に立つ。心に中和を懐き徳を建て、常に天の福を受ける。尚秉和の解説:観は坤下巽上で、坤は北方を主る。三・四・五爻が互いに艮を成し、艮は星辰・宮室を主るから「北辰紫宮」と言う。《漢書・天文志》は中宮を紫宮と言い、すなわち紫微垣である。坤は衣裳を主り、艮は冠冕を主り、艮の主爻九五は中位に居るから「中立」と言う。観の伏する卦は大壮で、その中の乾は徳・天福を主るから「含和建徳、常受天福」。
噬嗑。稷為堯使,西見王母。拜請百福,賜我喜子。震為稷、為帝、為行,故曰稷為堯使。坎為西,震為王,伏巽為母,故曰王母。艮手為拜,震為言、為請、為百福、為喜、為子,故曰喜子。○喜,汲古訛嘉,喜子者,《詩》“蠨蛸在戶”疏:蠨蛸,長腳蛛,俗呼為“喜子”,《荊楚歲時記》:“七月七日陳瓜菓乞巧,有喜子網於瓜則以為符。”
坤が噬嗑に変わる。林辞は言う:后稷は堯の遣いを奉じて、西に行って西王母に見える。礼を行って百の福を請い、王母は我に喜子を賜う。尚秉和の解説:噬嗑は震下離上で、震は稷(后稷)・帝・出行を主るから「稷為堯使」と言う。三・四・五爻が互いに坎を成し、坎は西方を主り、震は王を主り、噬嗑の伏象の中の巽は母を主るから「王母」と言う。二・三・四爻が互いに艮を成し、艮は手を主り、手は拜礼を行う所以である。震は言語・請求を主り、また百福・喜・子をも主るから「賜我喜子」と言う。校記:「喜」の字を汲古閣本は「嘉」と誤る。いわゆる「喜子」は、《詩・豳風・東山》「蠨蛸在戸」の孔穎達の疏に、蠨蛸は長脚の蜘蛛で、俗名を「喜子」と言い、《荊楚歳時記》は七月七日に瓜果を陳べて乞巧し、もし喜子が瓜の上に網を結べば、巧を得た吉兆とすると記す。
賁。三人異趣,反覆迷惑。一身五心,亂無所得。互震為人,數三,故曰三人,而三至上正覆震相背,故曰異趣、曰反覆,坎為迷惑也。艮為身,坎數一,故曰一身。坎為心,納戊數五,故曰五心,離為亂,離虛故無得。
坤が賁に変わる。林辞は言う:三人の志趣は各々異なり、反復して迷い定まらない。一つの身に五つの心を生じ、紛乱して一物も得ない。尚秉和の解説:賁は離下艮上で、三・四・五爻が互いに震を成し、震は人を主り、その数は三だから「三人」と言う。三爻から上爻までは一正一反の二つの震が背向して相対するから「異趣」「反復」。二・三・四爻が互いに坎を成し、坎は迷惑を主る。艮は身を主り、坎の卦数は一だから「一身」。坎はまた心を主り、坎は納甲の法では天干の「戊」に配し、戊の数は五だから「五心」と言う。離は紛乱を主り、離は中が虚だから「無所得」。
剝。南山大玃,盜我媚妾。怯不敢逐,退而獨宿。艮山納丙,又為玃,故曰南山大玃,坤為我,伏兌為媚、為妾,坤柔為怯。震為逐,震覆為艮,故不逐。震為進,震覆則為退矣。坤為宿。《博物志》:“蜀南山有大玃,婦人好者,輒盜以去”。《廣韻》:“玃,大猿也。”
坤が剥に変わる。林辞は言う:南山の大猿が、我がかわいい妾を奪い去った。私は臆して追うに及ばず、退き戻って独り夜を過ごすほかなかった。尚秉和の解説:剥は坤下艮上で、艮は山を主り、納甲の法では天干の「丙」に配し、丙は南方に属す。艮はまた玃を主るから「南山大玃」と言う。坤は「我」を主る。剥の伏象は夬で、夬の中の兌は妩媚・妾を主る。坤の性は柔弱だから「怯」。震は追逐を主るが、震はここで倒置して艮となるから「不敢逐」。震は前進を主り、震が一たび倒れれば退となるから「退」と言う。坤は止宿を主る。《博物志》に蜀地の南山に大玃があり、美貌の婦人を見れば奪い去ると言い、《広韻》は「玃」を大猿と言う。
復。眾鬼所逐,反作光怪。九身無頭,魂驚魄去,不可以居。坤為鬼、為眾,震為逐、為反、為玄黃,故曰光怪。坤為身,震納庚金,數九,故曰九身,乾為頭,乾伏,故曰無頭,伏乾為魂,坤為魄,震為驚,艮為居,艮覆故不可居。○鬼,從宋元本,汲古作九。光,宋元本作大,依汲古。
坤が復に変わる。林辞は言う:群れたる鬼に追われ、かえって光怪陸離の形を現す。九つの身に頭がなく、魂は驚いて散じ魄も去る。この地には住むべからず。尚秉和の解説:復は震下坤上で、坤は鬼・衆多を主る。震は追逐・返回を主り、また玄黄の色を主るから「光怪」と言う。坤は身を主る。震は納甲の法では天干の「庚」に配し、庚は金に属してその数は九だから「九身」と言う。乾は頭を主るが、乾はここで伏没して見えないから「无頭」。伏象の中の乾は魂を主り、坤は魄を主り、震は驚駭を主る。艮は居処を主るが、艮はここでは倒置の覆象だから「不可以居」。校記:「鬼」の字は宋・元刻本に従い、汲古閣本は「九」に作る。「光」の字は宋・元刻本は「大」に作る。ここでは汲古閣本に従う。
無妄。延頸遠望,眯為目病。不見叔姬,使伯心憂。艮為頸、為望,離為目,大離故“目病”。《說文》:“眯,草入目中也。”震為草莽而與大離連,故曰眯。《易林》小學之精,用一字無不與卦象確切如此。震為姬,艮為叔,故曰叔姬,震為伯,巽為心、為憂。○眯汲古誤昧,依宋元本。
坤が无妄に変わる。林辞は言う:頸を伸ばして遠くを望めば、草屑が目に迷って目の病となる。叔姫を望み見ることができず、伯氏の心を憂えさせる。尚秉和の解説:无妄は震下乾上で、二・三・四爻が互いに艮を成し、艮は頸項・張望を主る。離は目を主り、この卦は通体が放大した離に近いから「目病」と言う。《説文解字》は「眯」は草屑が目に入ることと言う。震は草莽を主り、震がちょうどこの大離に連なるから「眯」と言う。尚氏はここから《易林》の文字訓詁の精妙を嘆じ、一字を用いるごとに卦象と縷々として合致すると言う。震は姫姓を主り、艮は叔を主るから「叔姫」。震はまた伯を主り、三・四・五爻が互いに巽を成し、巽は心・憂愁を主るから「使伯心憂」。校記:「眯」の字を汲古閣本は「昧」と誤る。ここでは宋・元刻本に従う。
大畜。典冊法書,藏在蘭臺。雖遭亂潰,獨不遇災。伏坤為文,故曰典冊法書,巽為伏、為香,故曰藏在蘭臺,艮為臺也,坤為亂潰、為災,乾福故無災,全用旁通象。
坤が大畜に変わる。林辞は言う:典籍・冊書・法度の文献は、蘭台の中に蔵される。乱れ潰敗に遭うも、独り災いに遇わない。尚秉和の解説:大畜は乾下艮上で、その伏象(旁通の卦)は萃。萃の中の坤は文を主るから「典冊法書」と言う。萃の中に巽が互い出て、巽は隠伏・香草を主るから「蔵在蘭台」と言う――蘭台は漢代に図籍を蔵する官署で、艮は台を主る。坤は乱潰・災禍を主るが、乾は福を主るから「独不遇災」。この条は全く旁通の象を用いる。
頤。自衛反魯,時不我與。冰炭異室,仁道隔塞。震為衛、為反,伏兌為魯,故曰自衛反魯,艮為時,坤為我、為冰,艮為火、為炭、為室,卦正覆艮相背,故曰異室,艮為道,坤閉故道隔塞。○我,依宋元本,汲古作可。非。
坤が頤に変わる。林辞は言う:衛から魯に返るも、時運は我に機会を与えない。氷と炭が二つの室に分かれ居り、仁の道は隔てられ塞がる。「自衛反魯」は《論語・子罕》の孔子の「吾自衛反魯、然後楽正」という言葉を用いる。尚秉和の解説:頤は震下艮上で、震は衛・返回を主る。頤の伏象は大過で、大過の中の兌は魯を主るから「自衛反魯」と言う。艮は時を主り、二・三・四爻が互いに坤を成し、坤は「我」を主り、また氷をも主る。艮は火・炭を主り、また屋室をも主るが、全卦は一正一反の二つの艮が背向して相対するから「異室」と言う。艮はまた道路を主り、坤は閉塞を主るから「仁道隔塞」。校記:「我」の字は宋・元刻本に依り、汲古閣本は「可」に作る――誤り。
大過。瘤癭禿疥,為身瘡害。疾病癃殘,常不遠逮。通《頤》。艮為節,故曰瘤癭禿疥、曰瘡。坤為身、為死,故疾病癃殘,不能逮遠。○遠逮,汲古作屬遠,依宋元本。
坤が大過に変わる。林辞は言う:身に瘤が生じ癭ができ、頭は禿げ疥が生じて、瘡瘍の害となる。疾病が身に纏わり癱瘓残廃して、常に遠く行くことができない。尚秉和の解説:この条は旁通の象を取り、大過を反転すれば頤となる。頤の中の艮は骨節を主るから瘤癭禿疥・瘡と言う。頤の中にまた坤が互い出て、坤は身を主り、また死亡をも主るから、疾病癃残・不能遠行と言う。校記:「遠逮」の二字を汲古閣本は「属遠」に作る。ここでは宋・元刻本に従う。
坎。齊東郭盧,嫁於洛都。俊良美好,媒利過倍。《戰國策》:“韓子廬者,天下之良犬;東郭逡者,天下之狡兔”,《詩齊風》:“廬令令”,《毛傳》:“廬,田犬。”坎中爻艮為郭、為犬,震為東,伏巽為齊。又廬者:“黑色首為黔”,故曰齊東郭廬,舉一字於卦之象數皆合神已。艮為都,震為家,坎為河,故曰洛都。按:此林屢見嫁往也。《列子天瑞篇》:“列子居鄭圃四十年,人無視者,將嫁於衛”,又女子適人亦曰嫁,嫁於洛都者,往售於洛都也,故下雲媒利過倍,媒者,因也,言因犬得利也。○盧,汲古訛廬。齊東,宋本作東齊,茲依元本。
坤が坎に変わる。林辞は言う:斉国の東郭が産んだあの盧犬が、洛都に送り届けられた。毛色は俊良で姿も美しく、仲介した人は倍の利を得た。尚秉和の解説:《戦国策・斉策》に「韓子盧は天下の走ること最も疾き狗、東郭逡は天下の最も狡き兎」と言い、《詩・斉風・盧令》に「盧令令」とあり、《毛伝》は「盧」は田猟に用いる猟犬と言う。坎の中爻は艮を互い出し、艮は外城・犬を主る。二・三・四爻が互いに震を成し、震は東を主る。坎の伏象の中の巽は斉を主る。「盧」はまた黒色と訓じ、黒頭の犬を「黔」と言うから「斉東郭盧」――一字を用いるごとに卦の象数と合し、入神と言うべし。艮は都邑を主り、震は家を主り、坎は河水を主るから「洛都」と言う。尚氏の按語:《易林》には「嫁」の字がしばしば現れる。《列子・天瑞篇》は列子が鄭国の園圃に住むこと四十年、人に知られず「将に衛に嫁がんとす」と言い、ここから「嫁」には往くの義があることが見え、女子の出門も嫁と言う。いわゆる「嫁于洛都」とは、この狗を洛都に販いで売ることで、だから下句に「媒利過倍」と言う――「媒」はすなわち凭借で、この犬に凭って利が倍加するということ。校記:「盧」の字を汲古閣本は「廬」と誤る。「斉東」を宋刻本は「東斉」に作る。ここでは元刻本に従う。
離。齊魯爭言,戰於龍門。構怨連禍,三世不安。中爻巽齊兌魯,而二至五正反兩兌相背,兌為言,故曰齊魯爭言,伏坎中爻,震為戰、為龍,艮為門,故曰龍門。又坎為怨、為禍,離卦數三,故曰三世,離為亂,故不安。○連,依宋元本,汲古作結。
坤が離に変わる。林辞は言う:斉国と魯国が口舌を争い、竜門で戦を開く。怨仇を結び禍患を連ね、三代の人は安寧を得ない。尚秉和の解説:離は重離で、中間の爻は巽と兌を互い出し、巽は斉を主り、兌は魯を主る。二爻から五爻までは一正一反の二つの兌が背向して相対し、兌は言語を主るから「斉魯争言」と言う。離の伏象は坎で、坎の中爻は震を互い出し、震は戦・竜を主り、艮は門を主るから「竜門」と言う。坎はまた怨・禍を主る。離の卦数は三だから「三世」。離は紛乱を主るから「不安」。校記:「連」の字は宋・元刻本に依り、汲古閣本は「結」に作る。
咸。膏澤肥壤,農人豐敞。利居長安,歷世無患。兌為膏、為澤,艮為壤,乾為肥,故曰肥壤,伏震為農人、為豐敞。坤為長安、為世,震樂故無患。○膏,從宋本。汲古、元本作芳。
坤が咸に変わる。林辞は言う:膏潤の雨沢が肥沃の土壤を潤し、農家の収穫は豊足寛裕。安居長久に宜しく、世世代代禍患なし。尚秉和の解説:咸は艮下兌上で、兌は膏・雨沢を主り、艮は土壤を主り、三・四・五爻が互いに乾を成し、乾は肥厚を主るから「肥壤」と言う。咸の伏象は損で、損の中の震は農人を主り、また豊足寛裕をも主る。坤は長安・世代を主り、震は歓楽を主るから「暦世无患」。校記:「膏」の字は宋刻本に従い、汲古閣本と元刻本は「芳」に作る。
恆。倉盈庾億,宜種黍稷。年豐歲熟,民得安息。通《益》。艮為倉庾,坤眾,故盈億,震為黍稷,坤為歲年、為民、為安息。詳《乾》之“師”。
坤が恒に変わる。林辞は言う:糧倉は満ち溢れ、露天の谷囷は万をもって計り、黍・稷を種まくに宜しい。年成は豊足して五穀は熟し、百姓は安穏に歇息を得る。尚秉和の解説:この条は旁通の象を取り、恒を反転すれば益となる。益の中に艮が互い出て、艮は倉廩・谷囷を主る。益の中にまた坤が互い出て、坤は衆多を主るから「盈」「億」と言う。震は黍稷を主り、坤は年歳・民衆・安息を主る。詳しい解説は前の「乾之師」の条を見よ――あの条の林辞はここと全く同じで、同じく坤をもって倉庾とする。
遯。鴟鴞破斧,邦人危殆。賴旦忠德,轉禍為福,傾危復立。艮為鴟鴞,兌為斧,兌覆,故曰破斧。鴟鴞、破斧,《豳風》篇名,皆詠周公之德也。伏坤為邦,震為人,兌毀,故危殆,震為旦、為德,坤為禍,震為福。○旦,依汲古,宋元本皆作其。
坤が遯に変わる。林辞は言う:《鴟鴞》《破斧》に写されたような時局で、国人は危殆の中にある。全く周公旦の忠誠なる徳行に頼って、禍を転じて福となし、傾危の局面を再び扶け起こす。尚秉和の解説:遯は艮下乾上で、艮は鴟鴞を主り、兌は斧を主るが、兌はここで倒置の覆象だから「破斧」と言う。《鴟鴞》《破斧》はともに《詩・豳風》の篇名で、二篇とも周公の徳を歌詠する。遯の伏象は臨で、臨の中の坤は邦国を主る。遯の中に震が互い出て、震は人を主る。兌は毀折を主るから「危殆」。震は旦(周公の名は旦)・徳を主り、坤は禍を主り、震は福を主るから「転禍為福、傾危復立」。校記:「旦」の字は汲古閣本に依り、宋・元刻本はともに「其」に作る。
大壯。歲飢無年,虐政害民。乾溪驪山,秦楚結冤。通《觀》。坤為歲、為飢、為政、為民、為虐害,本卦兌為溪,下乾,故曰乾溪。《易》以乾為陵、為馬,故曰驪山,兌西為秦,震為叢木、為楚,驪山秦地,乾溪楚地,靈王死乾溪,始皇葬驪山,故曰結冤。
坤が大壮に変わる。林辞は言う:年歳は饑饉して庄稼を収めず、暴虐の政令が百姓を戕害する。乾谿と驪山で、秦・楚の両地は冤仇を結ぶ。尚秉和の解説:この条は旁通の象を兼ねて取り、大壮を反転すれば観となる。観の中の坤は年歳・饑饉・政事・民衆を主り、また暴虐残賊をも主る。本卦の大壮の中に兌が互い出て、兌は谿を主り、下体は乾で、合わせて「乾谿」となる。《周易》は乾をもって陵・馬とするから「驪山」(驪はもと純黒の馬)と言う。兌は西方に居り秦を主り、震は叢木を主り楚を主る。驪山は秦地にあり、乾谿は楚地にある。楚霊王は乾谿で死に、秦始皇帝は驪山に葬られたから「秦楚結冤」と言う。
晉。挒絜堁堁,締結難解。嫫母衒嫁,媒不得坐,自為身禍。挒,捩也。絜,《說文》:“麻一專也”,艮為手,言以手捩麻、締結難解也。堁堁,塵起貌。坤為丑,故曰嫫母,離為見,故曰衒,坎為合、為媒,坤為身、為禍、為自。○挒,依汲古。絜,依局本,宋本作捯潔,元本作到椡絜。堁堁,依汲古比之大有校,各本皆作累累。
坤が晋に変わる。林辞は言う:麻縷を撚り搓って塵土が飛揚し、纏めた結びは解き難い。醜女の嫫母が自ら誇り嫁を求め、媒をなす人は座るにも立つにも安からず、かえって自らに禍患を招く。尚秉和の解説:「挒」はすなわち撚る、扭く。「絜」は、《説文解字》は麻一束と言う。晋の中に艮が互い出て、艮は手を主り、手をもって麻縷を撚り搓り、纏結して解き難いと言う。「堁堁」は塵土の揚がるさま。坤は醜陋を主るから「嫫母」と言う――嫫母は伝説中の黄帝の醜妃。離は見ることを主るから「衒」――すなわち自ら炫示すること。三・四・五爻が互いに坎を成し、坎は交合・媒妁を主る。坤は身・禍・「自」を主るから「自為身禍」。校記:「挒」の字は汲古閣本に依る。「絜」の字は清代官書局本に依り、宋刻本は「捯潔」に作り、元刻本は「到椡絜」に作る。「堁堁」の二字は汲古閣本「比之大有」の条により校改し、諸本は皆「纍纍」に作る。
明夷。娵訾開門,鶴鳴彈冠。章甫進用,舞韶和鸞。三人翼事,國無災患。候卦坤居亥為門,互震為開,故曰娵訾開門,娵訾,亥辰也,震為鶴、為鳴,覆艮為冠,艮手向下,故曰彈冠。章甫禮冠。震為進、為樂,故曰舞韶,為音故曰和鸞,鸞,鈴也。坎為和,坤文為鸞鳳,震為人,數三,又為翼,故曰三人翼事。翼,輔也,贊也。坤為事、為國,坎為憂患,震樂故無○娵訾,各本皆訛為“訾陬”,娵訾,亥辰名,坤象。字既顛倒,娵又作陬,似非。
坤が明夷に変わる。林辞は言う:娵訾の次が門戸を開き、鶴が鳴き士人が冠の塵を弾いて出仕の準備をする。章甫の礼冠を戴いて進用を受け、韶楽の舞を踊り鸞鈴の声に和す。三人の賢人が政事を翼輔し、国家に災患なし。尚秉和の解説:卦気候卦の法により、坤は亥の位に居り門を主り、明夷の中に震が互い出て、震は開を主るから「娵訾開門」と言う――「娵訾」は十二星次の一つで、地支の亥に対応する。震は鶴・鳴を主る。艮は倒置して覆象となり冠を主り、艮は手を主り手が下に向くから「弾冠」――弾冠は出仕の準備の表れ。「章甫」は殷代の礼冠。震は進用・楽を主るから「舞韶」。震はまた声音を主るから「和鸞」――鸞はすなわち車上の鈴。坎は和を主り、坤は文采を主り鸞鳳の象となる。震は人を主り、その数は三、また羽翼を主るから「三人翼事」――「翼」は輔佐・賛助。坤は事・国を主り、坎は憂患を主り、震は歓楽を主るから災患なし。校記:「娵訾」の二字を諸本は皆「訾陬」と誤る。娵訾は亥次の名で坤象に属す。諸本は二字を顛倒し、しかも「娵」を「陬」と写す――おそらくみな誤り。
家人。弟姊合居,與類相扶。願慕群丑,不離其友。長女、中女故曰弟姊,互坎為合,故曰合居,艮手為扶,離正反半艮,故曰相扶。《易》“家人”用半象,故亦用半象。互坎為願慕,離為丑,義本《離》上九也,重離故曰群丑,離坎為友,體連故不離,東漢人皆以陰與陰為友,豈知陰陽相遇方為友也。○弟姊合,汲古作姊妹本,茲從宋本。
坤が家人に変わる。林辞は言う:妹と姉が一所に同じく居り、同類と互いに扶け持つ。心にこの群れの同伴を慕い、己の友を離れない。尚秉和の解説:家人は離下巽上で、巽は長女、離は中女だから「弟姉」と言う。二・三・四爻が互いに坎を成し、坎は会合を主るから「合居」。艮は手を主り、扶持の義はこれに取る。離の中に一正一反の二つの半艮を含むから「相扶」。《周易》家人卦はもともと半象を用いるから、《易林》のこの条も半象を用いる。互い出た坎は願望・愛慕を主る。離は「丑」を主る――この取義は《周易》離卦上九の「獲匪其丑」に本づき、この卦は離象が相重なるから「群丑」――丑はすなわち同類。離と坎は友となり、両体が相連なるから「不離其友」。尚氏はここで旧説を正す:東漢の易家は皆、陰と陰をもって朋友と見なしたが、あに知らん、陰と陽が相遇して初めて友と言うのだと。校記:「弟姉合」の三字を汲古閣本は「姉妹本」に作る。ここでは宋刻本に従う。
睽。邯鄲反言,父兄生患。涉叔憂恨,卒死不還。坎,正反兌口相背,故曰反言、故為患、為憂恨。餘象多未詳,或用半象。《史記》:陳勝字涉,吳廣字叔,陳勝遣武臣徇趙,乃反楚,自立為趙王,陳王乃徙繫武臣等家屬宮中,後涉、叔二人皆為下所殺。林似用其事。○叔,從宋元本,汲古訛此。又元本舊注以涉叔為陳涉,非;涉,陳勝字;叔,吳廣字也。
坤が睽に変わる。林辞は言う:邯鄲で反逆の言が伝えられ、父兄はそれによって禍患を生ずる。陳渉と呉叔は憂愁怨み、終に外で死して帰ることができない。尚秉和の解説:睽の中に坎が互い出て、坎体は一正一反の二つの兌口が互いに背向するのを含むから「反言」と言い、それによって禍患・憂恨を主る。その余の各象は多く詳考し得ず、おそらく半象を用いたのであろう。《史記》によれば、陳勝は字を渉といい、呉広は字を叔という。陳勝は武臣を遣わして趙地を攻め取らせたが、武臣は楚に背いて自立して趙王となり、陳王は武臣らの家眷を宮中に移して拘管し、のちに陳渉・呉広の二人はともに部下に殺された――林辞はこの史事を用いたようである。校記:「叔」の字は宋・元刻本に従い、汲古閣本は「此」と誤る。元刻本の旧注は「渉叔」を陳渉一人とするが、誤り:渉は陳勝の字、叔は呉広の字である。
蹇。二人逐兔,各爭有得。愛亡善走,多獲鹿子。震為人,三四及五上兩半震,故為二人,震為兔、為逐,故曰二人逐兔,兩震,故各爭有得。震為爭、為鹿、為子,艮為獲。愛亡者,言喜走也。亡,往也。○汲古有作其,愛亡作愛妾,均依宋元本。又二人宋元本作三人,依汲古。此皆用半象。
坤が蹇に変わる。林辞は言う:二人が兎を追い、各々争って獲るところがある。奔走を好み、因って鹿や小鹿を多く捕える。尚秉和の解説:震は人を主り、この卦の三・四の両爻と五・上の両爻が各々一つの半震を凑えるから「二人」と言う。震は兎・追逐を主るから「二人逐兎」。二つの震だから「各争有得」。震はまた争・鹿・子を主り、艮は獲取を主る。「愛亡」は奔走を好むということ――「亡」はここで「往」と訓ずる。校記:「有得」の「有」の字を汲古閣本は「其」に作り、「愛亡」を汲古閣本は「愛妾」に作る。いずれも宋・元刻本に依る。「二人」を宋・元刻本は「三人」に作る。ここでは汲古閣本に従う。この条は全て半象を用いる。
解。北辰紫宮,衣冠立中。含和建德,常受天福。坎為北、為宮室、為和,震為辰、為衣、為建、為福,餘詳《觀》卦。
坤が解に変わる。林辞は言う:北極星と紫宮は、衣冠を整えて正中に立つ。心に中和を懐き徳を建て、常に天の福を受ける。尚秉和の解説:解は坎下震上で、坎は北方・宮室を主り、また和をも主る。震は星辰・衣・建立・福を主る。この四句は前の「坤之観」の条とほぼ全く同じで、その余の取象は観卦のあの条に詳しい。
損。拜跪請兔,不得其哺。俛首銜枚,低頭北去。艮為拜跪,震為言、為請,艮止,故曰請兔。兌為哺,坤虛,故不得哺。艮為首,坤下,故曰俛首、曰低頭,艮為小木、為枚,兌口,故曰銜枚,坤位北,震往,故北去。
坤が損に変わる。林辞は言う:跪拜して口を開き求告するも、一口の養いも討ち得ない。頭を低くして枚を銜え、黙々と北の方へ行く。尚秉和の解説:損は兌下艮上で、艮は跪拜を主る。二・三・四爻が互いに震を成し、震は言語・請求を主るが、艮の性は止で、求告が止められるから「請兎」と言う。兌は哺食を主り、三・四・五爻が互いに坤を成し、坤は中が虚だから「不得其哺」。艮は頭を主り、坤は下を主るから「俛首」「低頭」。艮はまた小木を主り、すなわち「枚」で、兌は口を主るから「銜枚」――銜枚は行軍で声を禁ずる法である。坤の位は北にあり、震は前往を主るから「北去」。
益。鶴盜我珠,逃於東隅。求之郭墟,不見所居。震為鶴、為珠,巽為盜,震往為逃、為東,故逃於東隅。艮為求、為郭,坤為墟,艮為居,巽伏,故不見。《說苑》:“桓公至郭墟,問郭之所以亡。”下二句用其事;又,此林屢見鶴盜珠,必有故實,今不能考。
坤が益に変わる。林辞は言う:鶴が我が珠を銜って去り、東の隅に逃げた。郭国の廃墟に探しに行くも、それの居る所を見えない。尚秉和の解説:益は震下巽上で、震は鶴・珠を主り、巽は盗竊を主る。震は前往を主り、因って逃・東方を主るから「逃于東隅」と言う。三・四・五爻が互いに艮を成し、艮は求取・外城を主る。二・三・四爻が互いに坤を成し、坤は廃墟を主る。艮はまた居処を主り、巽は隠伏を主るから「不見所居」。《説苑》は斉桓公が郭国の廃墟に至り、土人に郭国がなぜ滅亡したかを問うたと記す――下の二句はこの故事を用いる。尚氏はまた言う、《易林》には「鶴盗珠」がしばしば現れ、必ず別に本する故事があるはずだが、今は考実する由もない。
夬。一簧兩舌,妄言謬訣。三奸成虎,曾母投杼。兌為簧、為舌,《詩》“巧言如簧”。乾卦數一,兌卦數二,故曰一簧兩舌。乾為言,兌口亦為言,乃兌言與乾言相背,故曰妄言謬訣,《夬》九四“聞言不信”,義與此同也。伏艮為虎,坤為奸,互三坤,故曰三奸成虎。坤為母,重坤,故曰曾母。曾層通。凡《易林》用一姓一名無不從象生,與《易》同也。艮為小木、為杼,艮手為投,故曰投杼。《戰國策》:今有人言市有虎,王信之乎?曰:“否。”三人言之,則信矣。《史記甘茂傳》:“昔魯人有與曾參同姓名者殺人,人告其母,織自若也;又一人告之,織自若也;又告之,其母遂投杼而走。”《古樂府》:“三夫成市虎,曾母投杼趨。”林正用其詞。○謬訣,從宋本,元本作謬語,汲古作謀訣,今謬從宋元本,訣從汲古,訣與舌韻。
坤が夬に変わる。林辞は言う:一つの簧に二条の舌が生じ、言い出すのは妄言謬語。三人の奸人の謡言は一頭の虎を造り出し、曾参の母までもが織梭を抛てて逃げた。尚秉和の解説:夬は乾下兌上で、兌は簧・舌を主り、《詩・小雅・巧言》に「巧言如簧」とある。乾の卦数は一、兌の卦数は二だから「一簧両舌」と言う。乾は言を主り、兌は口を主りまた言をも主るが、兌の言と乾の言は方向が相背するから「妄言謬訣」――《周易》夬卦九四の「聞言不信」は取義がこれと同じ。夬の伏象は剥で、剥の中の艮は虎を主り、坤は奸を主る。伏象の中に三重の坤を含むから「三奸成虎」と言う。坤は母を主り、坤象が相重なるから「曽母」――「曽」は「層」に通ずる。尚氏は指摘する:《易林》の用いる一姓一名は、卦象から生ぜざるはなく、これは《周易》と同じである、と。艮は小木を主り、すなわち織布の杼。艮は手を主るから「投杼」。《戦国策・魏策》に龐葱が魏王に問うたと載す:今、人が市に虎ありと言えば、大王は信じますか。答えて曰く、信じません。三人が皆こう言えば、信じます。《史記・甘茂伝》は、昔、魯国に曾参と同姓名の者が人を殺し、人が曾参の母に告げに行くと、彼女は織ること旧のごとし。第二の人が来て言うも、なお旧のごとく織る。第三の人がまた来て言うと、彼女は遂に梭を抛てて逃げた、と記す。古楽府にも「三夫成市虎、曽母投杼趨」の句があり、林辞はまさにこれらの成語を直に用いた。校記:「謬訣」の二字は、宋刻本は「謬訣」に作り、元刻本は「謬語」に作り、汲古閣本は「謀訣」に作る。今は「謬」の字を宋・元刻本に従い、「訣」の字を汲古閣本に従う――「訣」が「舌」と押韻するからである。
姤。孤獨特處,莫與為旅。身日勞苦,使布五穀,陰陽順序。巽寡故曰孤獨、曰無旅,乾為日,通復。坤為身,萬物皆致役,故曰勞苦。巽為谷,卦數五,故曰五穀,巽為順。○依宋元本,汲古作“伯虎仲熊,德義洵美。使布五穀,陰陽順序。”
坤が姤に変わる。林辞は言う:孤孤零零として独り居り、我と伴い同行する人なし。一日中労苦し、さらに五穀を播布して、陰陽を順次に行わしめる。尚秉和の解説:姤は巽下乾上で、巽は寡を主るから「孤独」といい、同伴がないと言う。乾は日を主る。この条はまた復卦に通じ、復の中の坤は身を主る。《説卦伝》は万物はみな坤において労役に服すと言うから「労苦」。巽は穀物を主り、その卦数は五だから「五穀」。巽の性は順だから「陰陽順序」。校記:この条は宋・元刻本に依る。汲古閣本は「伯虎仲熊、徳義洵美、使布五穀、陰陽順序」に作る。
萃。褰衣涉河,水深漬罷。賴遇舟子,濟脫無他。坤為衣、為河,艮手為褰,故曰褰衣。坤水互大坎亦為水,故曰河、曰水深,坤為勞,故曰罷。罷,同疲,音婆,三至五伏震為舟、為子,震出故濟脫。○第二句各本多作“澗流浚多”,依訟之萃校。
坤が萃に変わる。林辞は言う:衣裳を褰げて河を渉るも、水は深く人を疲れさせる。幸いに舟を操る人に遇い、渡り得て身を脱し無事であった。尚秉和の解説:萃は坤下兌上で、坤は衣を主り、また河をも主る。二・三・四爻が互いに艮を成し、艮は手を主るから「褰衣」――すなわち衣襟を褰げること。坤はもともと水を主り、全卦はまた通体が放大した坎のごとく、坎もまた水を主るから「河」といい「水深」と言う。坤は労を主るから「罷」――「罷」は疲に同じく、婆と読む。三から五爻に伏する震は舟・子を主り、合わせて「舟子」となる。震は出を主るから渡って危険を脱し得る。校記:第二句を諸本は多く「澗流濬多」に作る。ここでは本書「訟之萃」の条により校改する。
升。憑河登山,道路阻難,求事少便。坤為河,二陽臨坤水故曰憑河,本《泰》九二也,震為登、為道路,互大坎,故曰阻難,坤為事,艮為求,三至五艮覆,故少便。山象。《升》六四“王用享于岐山”,即以震為山。
坤が升に変わる。林辞は言う:徒歩で河を渉り山を攀じて上るも、道路は塞がり難渋し、事を弁ずるに順手なること少なし。尚秉和の解説:升は巽下坤上で、坤は河を主る。二・三の両陽爻は坤水に緊臨するから「凭河」――徒歩で水を渉ること。この取義は《周易》泰卦九二の「馮河」に本づく。三・四・五爻が互いに震を成し、震は登・道路を主る。全卦は通体が放大した坎のごとしから「阻難」と言う。坤は事を主り、艮は求取を主るが、三から五爻の艮は倒置の覆象だから「少便」。山象については、《周易》升卦六四の「王用亨于岐山」は、正に震をもって山とする。
困。兔罝之容,不失其恭。和謙致樂,君子攸同。離為網、為罝,伏震為兔,故曰兔罝。坎為和,兌悅故曰致樂,伏艮為君子。《詩周南》:“肅肅兔罝”,《傳》“肅,敬也”,故曰不失其恭,林說詩意。
坤が困に変わる。林辞は言う:《兎罝》の詩の武士のような儀容で、恭敬を失わない。和順謙退なるがゆえに歓楽を致し、君子たちは同心同徳。尚秉和の解説:困は坎下兌上で、二・三・四爻が互いに離を成し、離は網羅を主り、すなわち「罝」。困の伏象は賁で、賁の中の震は兎を主るから「兎罝」と言う。坎は和を主り、兌は喜悦を主るから「致楽」。伏象の中の艮は君子を主る。《詩・周南・兎罝》に「粛粛兎罝」とあり、《毛伝》は「粛」は恭敬と言うから、林辞は「不失其恭」と言う――この条はまさにあの詩の本意を講ずる。
井。三女求夫,伺候山隅。不見覆關,泣涕漣如。下巽,上互離,下互兌,故曰三女。坎為夫,本《左氏》也,二至四伏艮為山,艮止故曰伺候。艮為關,初至四正反艮,故曰復關,坎伏故不見。“坎為泣涕”二句,《詩氓》之語也。○如,從宋元,汲古作洳。
坤が井に変わる。林辞は言う:三人の女子が夫を求め、山角に守り候う。復関のあの人を望み見ることができず、涙は漣漣として下る。尚秉和の解説:井は巽下坎上で、下体は巽、上に離を互い出し、下に兌を互い出す。巽・離・兌はみな女象に属するから「三女」と言う。坎は丈夫を主る――この取義は《左伝》に本づく。二から四爻に伏する艮は山を主り、艮の性は止だから「伺候」。艮はまた関を主り、初から四爻に一正一反の二つの艮があるから「復関」。坎はここで伏没するから「不見」。坎はまた泣涕を主る。末の二句は《詩・衛風・氓》の「不見復関、泣涕漣漣」の成語を用いる。校記:「如」の字は宋・元刻本に従い、汲古閣本は「洳」に作る。
革。螟蟲為賊,害我五穀。簞笥空虛,家無所食。互巽為蟲、為伏,故為螟,螟食苗心,言其冥冥難見。巽為賊、為谷,卦數五,兌毀,故曰害我五穀。伏坤為我,伏震為簞笥,坤為虛,伏艮為家,兌為食,坤虛,故無所食。語語本象與對象互用。○五,元本作黍,依宋本、汲古。簞笥,宋元本作中溜,依汲古。
坤が革に変わる。林辞は言う:螟虫が害虫となり、我が五穀を糟蹋する。飯筐・食盒は空っぽで、一家の人は食べる物がない。尚秉和の解説:革は離下兌上で、三・四・五爻が互いに巽を成し、巽は虫・隠伏を主るから「螟」である――螟虫は禾苗の心に鑚って喰い、暗くて察り難く、取るところは正に幽隠の義。巽はまた賊害・穀を主り、その卦数は五、兌は毀折を主るから「害我五穀」と言う。革の伏象は蒙で、蒙の中の坤は「我」を主り、震は箪笥(飯を盛る竹器)を主り、坤は空虚を主り、艮は家を主る。兌は飲食を主り、坤はすでに中虚だから「无所食」。尚氏は指摘する:この条は一句ごとに本卦の象と旁通の象を交互に取用している、と。校記:「五」の字を元刻本は「黍」に作る。ここでは宋刻本と汲古閣本に依る。「箪笥」を宋・元刻本は「中溜」に作る。ここでは汲古閣本に依る。
鼎。望尚阿衡,太宰周公。藩屏輔弼,福祿來同。離為望,巽為稱、為權,故曰望尚阿衡。望尚,太公;阿衡,伊尹也。伏震為周、為福祿,艮為藩屏。
坤が鼎に変わる。林辞は言う:呂望・伊尹のような賢相、また太宰を為す周公。彼らは藩籬屏障のごとく王室を輔佐し、福禄が一斉に到来する。尚秉和の解説:鼎は巽下離上で、離は瞻望を主り、巽は称量・権衡を主るから「望尚阿衡」と言う――「望尚」は呂尚、すなわち太公望を指し、「阿衡」は伊尹の官号。鼎の伏象は屯で、屯の中の震は周を主り、また福禄をも主る。屯の中に互い出た艮は藩屏を主る。
震。三牛生狗,以戌為母。荊夷上侵,姬伯出走。艮為牛,數三,故曰三牛,互艮為狗,震為生,故曰生狗。艮先天居戌方,戌狗,故曰以戌為母。震為草莽、為荊、為侵、為姬、為伯、為走,故曰姬伯出走。○第二句汲古作“以戌其母”,此從宋本。《開元占經》引天鏡云“牛生六畜,兵且起,其君不安。”
坤が震に変わる。林辞は言う:三頭の牛が狗を生み、戌をもって母とす。荊楚の夷狄が上に向かって侵犯し、姫姓の伯主は出て走る――妖異が現れ兵禍の起こる象である。尚秉和の解説:震は重震で、二・三・四爻が互いに艮を成し、艮は牛を主り、その数は三だから「三牛」と言う。この互艮はまた狗を主り、震は生を主るから「生狗」。艮は先天八卦では戌の方位に居り、戌は十二生肖では狗に属するから「以戌為母」。震は草莽・荊楚を主り、また侵犯を主り、さらに姫姓・伯・奔走を主るから「姫伯出走」。校記:第二句を汲古閣本は「以戌其母」に作る。ここでは宋刻本に従う。《開元占経》が引く《天鏡》に言う:牛が別の六畜を生むは、兵禍将に起こらんとし国君安からざるの兆である。
艮。塗遏道塞,求事不得。艮為道塗,艮止故遏塞,艮為求,坎陷不得。
坤が艮に変わる。林辞は言う:路は遮断され道は塞がれ、弁じようとする事は成らない。この二句は前の「乾之艮」の条と全く同じで、《易林》中に同じ辞を異なる卦に繋ぐ情形はもともとよくある。尚秉和の解説:艮は重艮で、艮は道路を主り、艮の卦徳は止で、止はすなわち阻遏堵塞だから「塗遏道塞」と言う。艮はまた求取を主り、この卦の二・三・四爻が互いに坎を成し、坎は坑陷を主り、その中に陥れば自然に求めて得られないから「求事不得」と言う。
漸。探懷得蚤,所願失道。艮為手、為探,坎為懷,巽蟲為蚤,坎為願、為失,艮為道。○宋元本得蚤下多“無有凶憂”、失道下多“善居漸好”四字,茲從汲古。
坤が漸に変わる。林辞は言う:手を懐に伸ばして摸れば、摸り出したのは一匹の蚤。望む事は道を失した。尚秉和の解説:漸は艮下巽上で、艮は手・探取を主る。二・三・四爻が互いに坎を成し、坎は胸懐を主る。巽は虫を主るから蚤である。坎はまた願望・亡失を主り、艮は道路を主り、願望は空しく路は正しくないから「所願失道」――懐を探って蚤を得るは、正に求める者は大にして得る者は小なるの喩え。校記:宋・元刻本は「得蚤」の下に「无有凶憂」の四字、「失道」の下に「善居漸好」の四字を余分に出す。ここでは汲古閣本に従う。
歸妹。飛樓屬道,趾多擾垣。居之不安,覆壓為患。艮為樓,震為覆艮,故曰飛樓。震為道、為趾,伏巽為垣,趾多攪垣者,言樓臨道,行人多攪亂不安也。艮為居,艮覆故不安,故覆壓坎為患也。○樓屬,從宋元本,汲古本作蟻遇,非。壓,宋本、汲古作厭,古通。
坤が帰妹に変わる。林辞は言う:空を凌ぐ高楼が大道に連なり、足音が絶えず、牆垣を擾わして安からざらしめる。中に住むも安穩ならず、ただ塌れ落ちて禍患を圧し出さんことを恐る。尚秉和の解説:帰妹は兌下震上で、艮は楼を主り、震は正に艮を倒置して成った覆象で、楼は空を凌ぎ高く懸かるから「飛楼」と言う。震は道路・足趾を主る。帰妹の伏する卦の中の巽は牆垣を主る。いわゆる「趾多擾垣」とは、楼が大道に緊臨し、往復の行人が多く、住户を掻き攪わして安寧を得しめないと言う。艮は居処を主り、艮はすでに倒置せりから「居之不安」。坎は禍患を主り、因って「覆圧」の災いを恐れる。校記:「楼属」の二字は宋・元刻本に従い、汲古閣本は「蟻遇」に作る――誤り。「圧」の字を宋刻本と汲古閣本は「厭」に作る。古は二字通用した。
豐。義不勝情,以欲自傾。幾利危寵,折角摧頸。艮為角、為頸,上卦艮覆,故曰折角摧頸,又兌亦毀折也。幾利,言好利也。○幾利危寵,從元刊,宋本、汲古作幾危利寵。又寵疑為“躬”之訛字。
坤が豊に変わる。林辞は言う:義理は私情に勝てず、欲を縱にして自ら傾覆を取る。財利を貪り寵幸に戀れて、果ては角を折り頸を摧き傷つく。尚秉和の解説:豊は離下震上で、艮は角・頸を主り、上体の震は正に艮を倒置して成った覆象だから「折角摧頸」と言う。さらに三・四・五爻が互いに兌を成し、兌もまた毀折を主る。「几利」は財利を貪好するということ。校記:「几利危寵」の四字は元刻本に従い、宋刻本と汲古閣本は「几危利寵」に作る。尚氏はまた「寵」は「躬」の誤字ではないかと疑う。
旅。潼滃蔚薈,扶首來會。津液下降,流潦滂沛。互大坎為雲,故曰潼滃蔚薈。艮為首、為扶,《後漢書輿服志》曰:“凡先合單紡為一繫,四繫為一扶,五扶為一首”,雲氣來會與絲縷集合同,故曰扶首。互大坎,故曰津液下降、流潦滂沛。下履之恆詞同,惟扶首作“膚寸”,何休注《公羊》云:“側手為膚,按指為寸。”恆震為反艮,艮反,故象側手、象按指。蓋旅必作扶首,恆必作膚寸,方與卦象密切,近人不論卦象,概謂作扶首合,作膚寸非,疏矣。○扶首,元本作林木,非,依宋本、汲古。潦,宋本作淹,依元本、汲古。下,宋本作來,依汲古。
坤が旅に変わる。林辞は言う:雲気は濃密にして層々堆聚し、絲縷の股を合わせるごとく彙ね集まる。水汽は降りて、積水は滂沱として奔流する。尚秉和の解説:旅卦は通体が放大した坎のごとく、坎は雲を主るから「潼滃蔚薈」と言う――四字はみな雲気の厚重なるさまを形容する。艮は首・扶を主る。《後漢書・輿服志》に言う:単股の絲を併せるを一「系」と言い、四系を一「扶」と為し、五扶を一「首」と為す。雲気の匯聚は絲縷の股を合わせるがごとしから「扶首」と言う。大坎の象はまた水を主るから「津液下降、流潦滂沛」。後文の「履之恒」の条の林辞はこれと同じだが、ただ「扶首」を「膚寸」と写す。何休が《公羊伝》に注して言う:手掌を横たうるを「膚」と言い、一指を按するを「寸」と言う。恒卦の中の震は艮の反象で、艮はすでに翻転し、その形は正に側手・按指に似る。これより見るに、旅卦は必ず「扶首」と作り、恒卦は必ず「膚寸」と作ってこそ、各々の卦象と密合する。近人は卦象を講ぜず、一概に「扶首」を是と断じ「膚寸」を非とするは、未免疏漏。校記:「扶首」を元刻本は「林木」に作る――誤り。ここでは宋刻本と汲古閣本に依る。「潦」の字を宋刻本は「淹」に作る。ここでは元刻本と汲古閣本に依る。「下」の字を宋刻本は「来」に作る。ここでは汲古閣本に依る。
巽。白駒生芻,猗猗盛姝。赫喧君子,樂以忘憂。伏震為駒,巽白故曰白駒,巽為草莽,故為生芻、為長、為高,故曰猗猗盛姝。姝,美也。二四伏艮,艮為君子,赫喧者,容儀盛見。震為樂,故忘憂。○喧,《詩》作咺,《禮大學》作喧,宋本同,汲古訛諠。
坤が巽に変わる。林辞は言う:白き小馬と新たに刈りたる青草、草は柔美にして盛んなり。あの儀表堂堂たる君子は、楽しんで憂いを忘れる。「白駒」「生芻」は《詩・小雅・白駒》に出る。「赫喧」は《詩・衛風・淇奥》の「赫兮咺兮」に出て、儀容の顕盛を形容する。尚秉和の解説:巽の伏する卦は震で、震は馬駒を主り、巽は白色を主るから「白駒」と言う。巽はまた草莽を主り、因って新たに刈りたる青草を主り、また長・高を主るから「猗猗盛姝」――「姝」はすなわち美好。二から四爻に伏するは艮で、艮は君子を主る。「赫喧」は儀容の盛美にして見えるべきを言う。震は歓楽を主るから「楽以忘憂」。校記:「喧」の字は《詩經》は「咺」に作り、《礼記・大学》の引くは「喧」に作り、宋刻本はこれと同じく、汲古閣本は「諠」と誤る。
兌。車馳人趍,卷甲相仇。齊魯寇戰,敗於犬丘。伏震為車、為人、為馳,艮為甲,艮伏故卷甲。巽齊兌魯,伏艮為犬、為丘,兌折,故敗於犬邱。地名,《左傳》:“鄭子然侵宋,取犬邱。”林但取卦象,不必與事相符。
坤が兌に変わる。林辞は言う:車馬は奔馳し人は急趨し、鎧甲を巻いて互いに仇を結ぶ。斉魯の両国は兵を交え、犬丘で敗戦を喫した。尚秉和の解説:兌の伏する卦は艮で、伏象の中の震は車・人・奔馳を主る。艮は鎧甲を主り、艮はすでに伏没せりから「卷甲」と言う。巽は斉を主り、兌は魯を主る。伏象の中の艮は犬・丘を主り、兌は毀折を主るから「敗于犬邱」と言う。犬丘は地名で、《左伝》は鄭国の子然が宋を侵して犬丘を攻め取ったと記す。尚氏は併せて指摘する:林辞はただ卦象に依って字を取るので、必ずしも史事と一一相符しない、と。
渙。舉首望城,不見子貞,使我悔生。震為舉,坎為首,艮為城、為望,坎伏故不見。震為子,艮止為貞。《詩衛風》:“乘彼垝坦,以望復關。”子貞,蓋猶《鄭風》之不見子都、子充,不必有其人。
坤が渙に変わる。林辞は言う:頭を擡げて城頭を望むも、子貞のあの人を見えず、我に世に生くるを悔いさせる。尚秉和の解説:渙は坎下巽上で、二・三・四爻が互いに震を成し、震は擧起を主る。坎は頭を主る。三・四・五爻が互いに艮を成し、艮は城・瞻望を主る。坎はここで伏没するから「不見」。震は子を主り、艮の性は止にして貞を主る。《詩・衛風・氓》に「乗彼垝垣、以望復関」とあり、正に同一の情景。「子貞」という名は、《詩・鄭風》に言う「不見子都」「不見子充」のごとく、必ずしも実にその人あらず。
節。龍鬬時門,失理傷賢。內畔外賊,則生禍難。震為龍,中爻正覆震,故曰鬬。艮為時、為門,故曰時門。《左傳昭二十九年》:“龍鬬於鄭時門之外”是也,艮為賢,坎為失、為賊,在外故曰外賊。震為生,坎為禍難,畔象未詳。○外,從宋本,汲古作生。
坤が節に変わる。林辞は言う:竜が時門の外で闘い、事は条理を失して賢人を傷つける。内に背叛があり外に寇賊があり、ここにおいて禍難を生ず。尚秉和の解説:節は兌下坎上で、二・三・四爻が互いに震を成し、震は竜を主る。中間の爻は一正一反の二つの震だから「鬬」と言う。三・四・五爻が互いに艮を成し、艮は時・門を主り、合わせて「時門」――《左伝》昭公二十九年に「竜鄭の時門の外に闘つ」と記すは、まさにこの事を言う。艮はまた賢人を主り、坎は亡失・賊を主り、坎は外卦に居るから「外賊」。震は生を主り、坎は禍難を主る。「畔」(叛)の字が何の象を取るかは、尚氏自ら詳考し得ないと認める。校記:「外」の字は宋刻本に従い、汲古閣本は「生」に作る。
中孚。安如泰山,福喜屢臻。雖有豺虎,不致危身。互艮為安、為山,震東故曰泰山。震為福喜、為至,艮為豺虎、為身,震樂故不危。○豺,依宋元本,汲古及常本作豹。致,汲古作敢,依宋元本。
坤が中孚に変わる。林辞は言う:安穩なること泰山のごとく、福気・喜事は屡々到来する。豺狼老虎ありと雖も、自身には危害が及ばない。尚秉和の解説:中孚は兌下巽上で、三・四・五爻が互いに艮を成し、艮は安定・山を主る。二・三・四爻が互いに震を成し、震は東方に居り、東岳は正に泰山だから「泰山」と言う。震は福喜・到来を主り、艮は豺虎・身を主る。震は歓楽を主るから「不致危身」。校記:「豺」の字は宋・元刻本に依り、汲古閣本と通行本は「豹」に作る。「致」の字を汲古閣本は「敢」に作る。ここでは宋・元刻本に依る。
小過。初憂後喜,與福為市。八佾列陳,飲御嘉友。互大坎為憂,震為喜、為後,故曰後喜。巽為市,震為舞。佾舞,行列也,行數、人數縱橫皆同。艮,九宮數八,上下正反震亦正反艮,故曰八佾。取象之能直同於《易》矣。震為陳列,兌口為飲,艮為友,艮陽在上,下乘二陰,《易》所謂“一人行則得其友也。”
坤が小過に変わる。林辞は言う:初めは憂愁して後は歓喜し、福気は商売を為すがごとく換え得た。八佾の舞は行列を排し、酒を設けて嘉賓好友を款待する。尚秉和の解説:小過は艮下震上で、全卦は通体が放大した坎のごとく、坎は憂を主る。震は喜・居後を主るから「後喜」と言う。巽は市を主り、震は舞蹈を主る。「佾」は楽舞の行列で、縦横の行数と人数は相等しい。艮は九宮の数では八に配し、この卦の上下はすでに一正一反の二つの震、すなわち一正一反の二つの艮だから「八佾」と言う――尚氏はここにおいてその取象の精妙にして《周易》と肩を並べうるを賛す。震は陳列を主り、兌は口を主り飲を主り、艮は朋友を主る。艮の陽爻は上にあり、下は二つの陰爻を承け、正に《周易》損卦六三の言う「一人行、則得其友」に合う。
既濟。持刀操肉,對酒不食。夫行從軍,少子入獄,抱膝獨宿。艮為刀、為持,坎為肉,故持刀操肉。坎為酒,兌為食,艮止故不食。坎為夫、為眾,故為軍在外,故曰從軍。艮為小子,坎為獄,巽入,故曰小子入獄。艮為抱、為節,故曰抱膝。坎為宿,坎孤,故獨宿,除坎外皆用半象。○少,汲古作小,象同。
坤が既濟に変わる。林辞は言う:手に刀を持ち肉を握り、酒に対するも食うことができない。丈夫は出行して軍に従い、少子はまた獄に下り、ただ膝を抱いて独り夜を過ごすのみ。尚秉和の解説:既濟は離下坎上で、艮は刀・持握を主り、坎は肉を主るから「持刀操肉」と言う。坎は酒を主り、兌は飲食を主るが、艮の性は止だから「不食」。坎は成年男子を主り、また衆多をも主り、衆が外にあればすなわち従軍。艮は小子を主り、坎は牢獄を主り、巽は進入を主るから「少子入獄」。艮はまた抱・関節を主るから「抱膝」。坎は止宿を主り、坎の性は孤だから「独宿」。坎を除くほか、その余の各象は皆半象を用いる。校記:「少」の字を汲古閣本は「小」に作る――取象は同じ。
未濟。陰衰老極,陽建其德。履離戴光,天下昭明。功業不長,蝦蟆大王。首二語言陽皆居上、陰居下也,半震為履,半艮為戴,重離故履離戴光,故天下昭明。震為功業,半震故不長。震為鳴、為王,故曰蝦蟆大王。《淮南子》云:“騂牛被青紫入太廟用以求雨,不如黑蜧”,注:黑蜧即蝦蟇,古謂蝦蟇能求雨,大過之升云:“蝦蟇群聚,從天請雨”,又隨之臨:“鼃池鳴呴,呼求水潦”,故《春秋繁露》云:“春旱求雨,以甲乙日為蒼龍一丈八尺立於壇上,取五蝦蟇錯置社池中,方八尺、深二尺,具清酒膞脯拜跪陳詞”,又《淮南子說林訓》云:“土龍芻狗,旱歲疾疫則為帝”,帝即大王,言當時尊貴也。功業不長,蝦蟇大王者,言如蝦蟇天旱用以求雨,尊貴一時,已則棄置也。○大,宋元本作代,依汲古。
坤が未濟に変わる。これは坤卦の下の最後の条である。林辞は言う:陰気は衰敗して極まり、陽気はその徳を建てる。足は光明を踏み頭は光輝を戴き、天下は一面に昭朗。然れど功業は長久ならず、ただの蝦蟇が大王と為ったに過ぎない。尚秉和の解説:冒頭の二句は、陽は皆上に居り陰は皆下に居るを言う。卦中の半震は「履」(踏み)を主り、半艮は「戴」(頂戴)を主り、離象は相重なるから「履離戴光」「天下昭明」と言う。震は功業を主るが、ここではただ半震だから「不長」。震は鳴叫・王を主るから「蝦蟇大王」と言う。《淮南子》に言う:青紫を披ける赤牛をもって太廟に入り雨を求むるは、黒蜧を用うるに如かず、と。注家は黒蜧はすなわち蝦蟇と言う――古人は蝦蟇が雨を求め得ると為した。本書「大過之升」に「蝦蟇群聚、従天請雨」、「随之臨」に「鼃池鳴呴、呼求水潦」とあるは、皆同類の説。 《春秋繁露》は春旱に雨を求むるの法を記す:甲乙の日に一丈八尺の蒼竜を造って壇上に立て、五只の蝦蟇を取って社壇の水池に放ち、池は方八尺・深さ二尺、清酒・肉脯を備え、跪拜して辞を陳す。《淮南子・説林訓》はまた言う:泥竜・草狗は旱年・疫年に「帝」と奉られる。帝はすなわち大王で、それらが当時極めて尊貴に擡げられたを言う。だから「功業不長、蝦蟇大王」の二句は、人は雨を求むるの蝦蟇のごとく、尊貴なることただ一時で、事過ぎれば抛置かれると言う。校記:「大」の字を宋・元刻本は「代」に作る。ここでは汲古閣本に依る。
屯之第三
屯。兵征大宛,北出玉關。與胡寇戰,平城道西,七日絕糧,身幾不全。坎眾、坤眾,故曰兵。震為征,坎位西,故曰大宛。艮為關,震為玉、為出,坤位北,故曰北出玉關。坤陰為胡,坎為寇,正覆艮震,故曰戰。艮為城、為道,坎為平、為西,震數七,伏乾為日,震為糧,坤虛,故曰七日絕糧。坤為身、為死,故曰不全。《史記》:“高帝至平城,為匈奴所圍,七日不得食”。大宛,西域國名,《史記》有《大宛傳》。坎坤全用先天卦位。
屯卦の下の第一条で、変ずる所もなお屯である。林辞は言う:兵を出して大宛を征討し、北に向かい玉門関を出る。胡人の寇兵と交戦して、平城道の西で囲まれ、七日にして糧が絶え、性命はほとんど保てず。尚秉和の解説:屯は震下坎上で、坎は衆を主り、坤もまた衆を主る。衆はすなわち兵。震は征伐を主り、坎は先天卦位では西に居るから、西域の大宛に指す。屯の三・四・五爻が互いに艮を成し、艮は関口を主り、震は玉・出行を主り、坤の位は北にあり、だから「北出玉関」と言う。坤は陰に属し胡を主り、坎は寇賊を主る。卦中に一正一反の艮と震があるから「戦」と言う。艮は城・道路を主り、坎は平・西を主る。震の卦数は七、屯の伏する乾は日を主り、震は糧を主り、坤は空虚を主るから「七日絶糧」と言う。坤は身・死亡を主るから「身幾不全」。《史記》は漢高帝が平城に至り匈奴に囲まれ、七日食うことを得なかったと記す。大宛は西域の国名で、《史記》に《大宛列伝》がある。この条の中では坎と坤はみな先天八卦の方位を用いる。
乾。泛泛柏舟,流行不休。耿耿寤寐,心懷大憂。仁不逢時,退隱窮居。九家及荀爽皆以乾為河,《易林》亦以乾為江河,乃知荀及九家之所本為河,故曰泛泛、曰流行。乾由屯變來,屯之乾亦乾之屯,屯下震為木、為舟,故曰柏舟。坎為心、為憂、為隱,艮為時、為居,故曰退隱窮居。《左傳》云:“震之離亦離之震”,林所本也。《詩邶風》:“泛彼柏舟,亦泛其流”,《毛傳》謂“婦以柏舟自比,茲曰退隱”,義與毛異。○退,各本皆作復,依咸之大過校。
屯が乾に変わる。林辞は言う:柏木で造った小舟が水上に漂蕩し、流れに随って行き歇まることを肯んじない。輾転して眠り難く、心に大いなる憂いを懐く。仁徳有りて時に生まれ逢わず、退き隠れて困居するほかない。尚秉和の解説:九家易と荀爽はいずれも乾をもって河と為し、《易林》もまた乾をもって江河とする。荀爽と九家の説が自ら本するところ有ることが見えるから、「泛泛」「流行」と言う。この乾は屯から変わり来たもので、「屯之乾」は同時にすなわち「乾之屯」でもある。屯の下体の震は木・舟を主るから「柏舟」と言う。坎は心・憂・隠を主る。艮は時・居処を主るから「退隱窮居」。《左伝》に講ずる「震之離亦離之震」は、正に《易林》のこの取象法の拠り所である。《詩・邶風・柏舟》に「泛彼柏舟、亦泛其流」とあり、《毛伝》は婦人が柏舟に自ら比するを為すとす。ここでは退隱と講じ、取義は《毛伝》と異なる。校記:「退」の字を諸本は皆「復」に作る。ここでは本書「咸之大過」の条により校改する。
坤。采薪得麟,大命隕顛。豪雄爭名,天下四分。坤為薪、為文,故為麟,坤死故曰大命隕顛。遇卦屯震為豪雄,艮為名,初至五正反艮震,故曰爭名。坤為天下,坤拆故四分。《公羊哀公十四年》:“薪採者獲麟,孔子聞之,反袂拭面涕沽巾,自知死不久也。”
屯が坤に変わる。林辞は言う:薪を採る者が麒麟を捕え、大命はここに頹落した。豪傑は名を争い利を逐い、天下は四に分裂した。尚秉和の解説:坤は柴薪を主り、また文采を主り、文采ある獣は正に麒麟。坤は死亡を主るから「大命隕顛」と言う。遇した本卦は屯で、屯の下体の震は豪傑を主る。艮は名声を主る。初爻から五爻までは一正一反の艮と震だから「争名」と言う。坤は天下を主り、坤の性は分裂だから「四分」。《公羊伝》哀公十四年に薪採りが麒麟を捕獲したと記し、孔子はこれを聞いて衣袖を翻して顔を拭い、涙は巾を沾し、自ら世に久しからざるを知った――林辞はこの典故を用いた。
蒙。山崩谷絕,大福既竭。涇渭失紀,玉曆既已。二四艮覆,故曰山崩、曰谷絕,乾為福、為大,三至五乾伏坤喪,故大福竭。坤水、坎水混合漫流,故曰涇渭失紀。震為玉、為時,故為歷。《論語》:“天之暦數在爾躬,天祿永終”。玉曆既己者,言暦數盡也,《史記周本紀》:”幽王二年,三川竭,岐山崩”,《竹書幽王二年》:“涇渭洛竭,岐山崩”,後幽王被犬戎所殺,西周亡。○既,從宋元本,汲古作盡。
屯が蒙に変わる。林辞は言う:山は崩れ谷は絶え、大福はすでに竭きた。涇水・渭水は常軌を乱し、天の定めた暦数も尽きた――国亡ぶの象である。尚秉和の解説:蒙の二から四爻は倒置した艮だから「山崩」「谷絶」と言う。乾は福・大を主り、三から五爻の中で乾は伏没して坤は喪亡するから「大福既竭」。坤水と坎水が混雑して漫流するから「涇渭失紀」。震は玉・時を主り、因って暦数を主る。《論語・堯曰》に「天の暦数は爾の躬に在り……天禄永く終る」とあり、「玉暦既已」とは暦数が尽きに至ったこと。《史記・周本紀》は周幽王二年に三川が枯竭し岐山が崩塌したと記し、《竹書紀年》の幽王二年も涇・渭・洛の三水の枯竭と岐山の崩を記し、その後幽王は犬戎に殺され西周は滅亡した。校記:「既」の字は宋・元刻本に従い、汲古閣本は「尽」に作る。
需。夏臺羑里,湯文所厄。鬼侯輸賄,商王解合。通《晉》。艮為臺、為里,上離故曰夏臺。《書康誥》:“羑”,王肅云:“道也。”艮為道,故曰羑里。坎為水,下有艮火,故曰湯,離為文,桀囚湯夏臺,紂囚文王於羑里,故曰湯文所厄。坎為鬼,四為諸侯,故曰鬼侯。艮為貝,艮手為輸,故曰輸賄。乾為王、為言,故曰商王。坎為合,史稱“鬼侯進女於紂,女不喜淫,醢。”鬼侯與此異。○湯文,從宋元本,汲古作文王,非。輸,依汲古,宋元本皆作俞。
屯が需に変わる。林辞は言う:夏台と羑里は、商湯と周文王の困を受けた所。鬼侯が財貨を献じ、商王は初めて囲みを解き人を放した。尚秉和の解説:この条は旁通の象を兼ねて取り、需を反転すれば晋となる。艮は台・里を主り、上体は離で離は夏に属するから「夏台」と言う。《尚書・康誥》の「羑」の字を、王粛は「道」と解す。艮は道路を主るから「羑里」と言う。坎は水を主り、下に艮火があり、水火相合して「湯」となる。離は文を主るから文王となる。夏桀は商湯を夏台に囚え、商紂は文王を羑里に囚えたから「湯文所厄」と言う。坎は鬼を主り、第四爻の位次は諸侯に属するから「鬼侯」。艮は貝――すなわち財貨――を主り、艮はまた手を主り、手は輸送する所以だから「輸賄」。乾は王・言を主るから「商王」。坎は和合を主り、因って「解合」――すなわち囲みを解き釈放すること。史書は鬼侯が女を商紂に献じ、女子は淫楽を喜ばず肉醤に剁されたと記す――そこの鬼侯はこの条の林辞の言う所と異なる。校記:「湯文」は宋・元刻本に従い、汲古閣本は「文王」に作る――誤り。「輸」の字は汲古閣本に依り、宋・元刻本はともに「兪」に作る。
訟。泥滓汙辱,棄捐溝瀆。所共笑哭,終不顯錄。坎為泥滓、為汙辱、為溝瀆、為眾,伏震為笑哭。坎為隱伏,故不顯錄。○滓,從元本,宋本、汲古作津。所共,從宋本,汲古、元本作為眾。
屯が訟に変わる。林辞は言う:泥滓のごとく汚辱を受け、水溝に丟棄される。人人は皆、彼をもって笑いの種・哭の材と為し、終に顕揚され録用されない。尚秉和の解説:訟は坎下乾上で、坎は泥滓・汚辱・溝渠を主り、また衆多をも主る。訟の伏象の中の震は笑いと哭を主る。坎はまた隠伏を主るから「終不顕録」。校記:「滓」の字は元刻本に従い、宋刻本と汲古閣本は「津」に作る。「所共」の二字は宋刻本に従い、汲古閣本と元刻本は「為衆」に作る。
師。李梅冬實,國多盜賊。擾亂並作,君不得息。互震為李梅,乾為木果,坎為冬,故曰冬實。《左氏春秋僖公三十三年十二月》:“李梅實,書不時也”,坤為國,坎為盜賊,坤眾,故曰多。坤為亂,震為擾、為作、為君,震行故不息。○得,宋元本作能,依汲古。
屯が師に変わる。林辞は言う:李の木・梅の木が冬に実を結び、国中に盗賊が多い。擾攘変乱が一斉に発して、国君は安歇を得ない。尚秉和の解説:師の中に震が互い出て、震は李・梅を主る。乾は木本の果実を主り、坎は冬を主るから「冬実」と言う。《春秋》僖公三十三年十二月に「李梅実」と記し、《左伝》はこれを記した所以は、実を結ぶのが時令に合わず災異に属するからだと言う。坤は邦国を主り、坎は盗賊を主り、坤は衆多を主るから「多」と言う。坤は乱を主り、震は擾動・興作を主り、また君をも主る。震は行動して止まざるを主るから「君不得息」。校記:「得」の字を宋・元刻本は「能」に作る。ここでは汲古閣本に依る。
比。獐鹿逐牧,飽歸其居。反還次舍,無有疾故。艮為獐鹿,坤為牧,反震為逐,坎中滿,故曰飽,艮為居、為次舍,反震為反還,坎為疾,坤為死、為故,艮堅,故無有疾故。
屯が比に変わる。林辞は言う:獐と鹿が牧場を逐って草を食い、飽き足りて各々窩に帰る。宿処に帰れば、病痛もなく変故もない。尚秉和の解説:比は坤下坎上で、三・四・五爻が互いに艮を成し、艮は獐鹿を主る。坤は牧場を主る。艮を反せばすなわち震で、震は追逐を主る。坎の中爻は陽にして内に充実するから「飽」と言う。艮は居処・宿舍を主る。反震は返回を主るから「反還次舍」と言う。坎は疾病を主り、坤は死亡・変故を主るが、艮の性は堅固だから「无有疾故」。
小畜。夾河為婚,期至無船。搖心失望,不見所歡。通《豫》。坎為河,四上下皆陰,故曰夾河。艮為時、為期,坎為婚,震為船,坎伏故無船。坎為心,震為搖,艮為望,坤失,故曰搖心失望。震為歡,坎伏,故不見所歡。○搖,從元本,宋本、汲古皆作淫,非。《戰國策》:“楚王曰:寡人心搖搖如懸旌。”
屯が小畜に変わる。林辞は言う:一河を隔てて婚を議すも、約期が至って船がない。心神は揺蕩して指望を失い、己の愛する人に見えない。尚秉和の解説:この条は旁通の象を取り、小畜を反転すれば豫となる。豫の中に坎が互い出て、坎は河を主る。九四の一爻の上下は皆陰爻だから「夾河」と言う。艮は時・期約を主り、坎は婚配を主り、震は船を主るが、坎はここで伏没するから「无船」。坎は心を主り、震は揺動を主り、艮は瞻望を主り、坤は亡失を主るから「揺心失望」。震は歓愛を主り、坎はすでに伏没せりから「不見所歓」。校記:「揺」の字は元刻本に従い、宋刻本と汲古閣本はともに「淫」に作る――誤り。《戦国策》は楚王の「寡人の心揺揺として懸旌のごとし」と記し、正に「揺心」の用法の証と為すべし。
履。百足俱行,相輔為強。三聖翼事,王室寵光。通《謙》。互震為足、為百、為行,故曰百足俱行。百足,蟲名,《淮南子》:“百足之蟲,至死不僵”是也。兌為輔,坎為聖,震數三,故曰三聖。震為翼,坎為事,故曰翼事。震為王,坎為宮室,艮為光,故曰王室寵光。三聖謂文、武、周公。
屯が履に変わる。林辞は言う:百足虫の衆多の脚爪が一斉に行き、互いに扶持して因って強健。三位の聖人が王事を輔佐し、王室は恩寵と光栄を蒙る。尚秉和の解説:この条は旁通の象を取り、履を反転すれば謙となる。謙の中に震が互い出て、震は足・百・行走を主るから「百足俱行」と言う。「百足」は虫名で、《淮南子》にいわゆる「百足の虫、死に至るも僵れず」とはまさにそれを言う。兌は輔助を主り、坎は聖を主り、震の卦数は三だから「三聖」。震は羽翼を主り、坎は事を主るから「翼事」。震は王を主り、坎は宮室を主り、艮は光輝を主るから「王室寵光」。いわゆる三聖とは、周文王・周武王と周公を指す。
泰。坐位失處,不能自居。調攝違和,陰陽顛倒。言與天尊地卑之義相反也,故曰陰陽顛倒。○調攝違和,宋元本作賊破王邑,因與上下文義不協,故從汲古。
屯が泰に変わる。これは本分片に収める最後の条である。林辞は言う:座位がその処を誤り、自らを安んじ頓けることができない。調養は当を失して身体は和に違い、陰と陽はことごとく顛倒した。尚秉和の解説:泰は乾下坤上で、天は下にあり地は上にあり、《繋辞伝》の「天尊地卑」の常序と正に相反するから、林辞は「陰陽顛倒」と言う。校記:「調摂違和」の四字を宋・元刻本は「賊破王邑」に作る。上下文の義と協わないがゆえに、汲古閣本に依って従う。
否。登几上輿,駕駟南遊。合縱散橫,燕齊以強。艮為幾,坤為輿,乾為馬、為行,故曰駕駟。乾位南,故曰南遊。坤為順,故曰合縱。艮東北為燕,巽為齊,乾健艮堅,故曰強。○齊,汲古作秦,非,依宋元本。
本卦《屯》が《否》に変わる。ここの《否》は「之卦」と呼ばれ、すなわち占えた卦から変じて出たあの卦で、この条の取象は全てその身から来る。林辞は言う:几案を踏んで車に登り、四馬を駕して南方に巡遊する。合縦の約が一たび成れば連横の謀は散じ、燕国・斉国はそれによって強盛となる。これは興旺して勢いを得るを主る辞。尚秉和の解象:《否》卦は坤下乾上、艮は几案を為すから「登几」と言う。坤は車輿を為すから「上輿」。乾は馬・行走を為し、四馬が一車を駕するを「駟」と言うから「駕駟」。乾の位は南方にあるから「南遊」。坤の徳は柔順で、縦は南北を順に連ねるから「合縦」。艮は方位では東北に属し、正に燕国の故地で、巽は斉を為し、乾の性は剛健・艮の性は堅実だから「以強」。校記に言う:「斉」の字を汲古閣本は「秦」に作る――誤り。ここでは宋刻本・元刻本に依る。
同人。三繫維弩,無益於輔。城弱不守,郭君受討。互巽為繩,故曰繫,《離》卦數三,故曰三繫。《後漢書劉昭輿服志》:“凡先合單紡為一繫”是也。伏坎為弓、為弩。維,繫也。言以三繫之絲繫於弩上太弱,故曰無益於輔。伏坤為城,坤柔故曰城弱。坤為郭,伏震為君、為討伐,故曰郭君受討。郭,國名,滅於齊。○繫維,從汲古,宋本、元本作孫荷。城,從宋本,汲古作域。郭,宋元本作邦,汲古作郭。按:元本舊注云“三孫謂季孫、叔孫、孟孫”,昭二十五年三家反攻公,公遜齊,疑林詞指此,非。
《屯》が《同人》に変わる。林辞は言う:三股の細絲を弩機に繋げば、車輔に対して少しの用もなし。城牆は薄弱にして守ることができず、郭国の国君は討伐を受ける。これは力弱く敗亡するを主る辞。尚秉和の解象:《同人》は離下乾上、二三四爻を取って別に一卦を成すを「互体」と言い、ここでは巽を互い出し、巽は繩索を為すから「系」と言う。《離》は卦数の中で三に配するから「三系」。《後漢書》劉昭の補注する《輿服志》に言う:先ず単股の紡絲を合わせて一系と算す――正にこの「系」の字。離の向かいは坎で、六爻の陰陽を全て翻転して得た卦を「伏象」と言い、面を露わさざれどもその象は照らして取用される。伏坎は弓・弩を為す。「維」はすなわち繋ぐこと。三股の絲を弩に掛けるは余りに薄弱だから「无益于輔」。乾の伏象は坤で、坤は城を為し、坤の性は柔弱だから「城弱不守」。坤はまた外城の郭を為し、伏震は君主・討伐を為すから「郭君受討」。郭は古国名で、後に斉国に呑併された。校記に言う:「系維」の二字は汲古閣本に従い、宋本・元本は「孫荷」に作る。「城」の字は宋本に従い、汲古閣本は「域」に作る。「郭」の字は宋本・元本は「邦」に作り、汲古閣本は「郭」に作る。尚氏はまた按ずる:元本の旧注は「三孫」は季孫・叔孫・孟孫を指し、魯昭公二十五年に三家が反して昭公を攻め昭公は斉国に出奔したと言い、林辞はこの事を言うのではないかと疑うが、この講法は誤り。
大有。河伯大呼,津不得渡。船空無人,往來亦難。丁云:“河伯,水神,《援神契》:“河者,水之伯”。按:此用遇卦屯象,坎為河,震為伯、為呼,故曰河伯大呼。艮為止,故津不得渡。震為船,坤虛,故曰船空。震為人,坎伏,故無人。震為往,震覆,故往來難。
《屯》が《大有》に変わる。林辞は言う:河伯が声を放って大きく叫ぶも、渡し場は渡ることができない。船の上は空蕩として人がなく、来たり往きも皆艱難。これは阻滞して通ぜざるを主る辞。尚秉和は先ず清人丁晏の言を引く:河伯は水神で、《孝経援神契》は黄河は衆水の長と言う。尚氏は続けて言う:この条は之卦を取らず、「遇卦」《屯》の卦象を用いる――遇卦とは占筮して得た本卦で、ここではすなわち震下坎上の《屯》。上体の坎は河を為し、下体の震は伯・呼喊を為すから「河伯大呼」。三から五爻に艮を互い出し、艮は静止を為すから「津不得渡」。震は舟船を為し、二から四爻に坤を互い出し、坤は中が虚だから「船空」。震はもともと人を為すが、坎は潜伏して顕れないから「无人」。震は前往を為し、震をまるごと倒して見れば艮となる――これを「覆象」と言い、一卦を上下顛倒して成る卦もその象は取用し得る。往きて復た返るの意はここから出るから「往来亦難」。
謙。甘露醴泉,太平機關。仁德感應,歲樂民安。互坎為水,坤為水,故曰甘露、曰醴泉。坎為平、為機,艮為關,震為仁德、為歲、為樂,坎為心,故曰感應。坤為民,艮為安。舊注《瑞應圖》云“王者,德至則甘露降於松柏。”《六帖》云:“醴泉太平則出。”
《屯》が《謙》に変わる。林辞は言う:甘露は天より降り、醴泉は地より湧き出る。これは太平の世の枢機である。上に仁徳あれば下に感応あり、年は歓楽し百姓は安寧す。これは大吉の辞。尚秉和の解象:《謙》は艮下坤上、二から四爻に坎を互い出し、坎は水を為し、坤もまた水を為すから「甘露」といい「醴泉」と言う。坎は平・弩牙の機を為し、艮は門関を為し、合わせればすなわち「太平機関」。三から五爻に震を互い出し、震は仁徳・年歳・歓楽を為し、坎は心を為し、心が動き相通ずるから「仁徳感応」。坤は百姓を為し、艮は安止を為すから「歳楽民安」。ここの「艮為関」「坎為機」はいずれも《説卦》に見えず、尚氏が《易林》の用象の中から鉤稽し出した「逸象」である――古人はもとその象を有して後世に伝え失われたのを、彼は《易林》に拠って一一復原した。旧注は《瑞応図》を引いて言う:君王の徳が極に至れば、甘露は松柏の上に降る、と。また白居易《白氏六帖》を引いて言う:天下太平なれば醴泉は乃ち湧き出る、と。
豫。重茵厚席,循皋采藿。雖躓不懼,復反其宅。震為茵席,正覆震,故曰重茵厚席。艮為皋,震為藿,艮手,故曰采藿。坎為憂懼、為躓,震樂,故不懼。艮為宅,震為反,故曰反宅。○復反,宋元本作反覆。宅,元本作處,均依汲古。皋,汲古作高,依宋元本。
《屯》が《豫》に変わる。林辞は言う:褥子は一層また一層と舗き、坐席は厚く軟かく墊けられる。水辺の高地に沿って豆葉を採り、縦え蹉跌しても恐れず、依然として自家の屋に帰り得る。これは小さく挫けて終に安んずるの辞。尚秉和の解象:《豫》は坤下震上、上体は震で、震は茵褥・坐席を為す。二から四爻に艮を互い出し、艮は正に震の覆象で、一正一覆の二重の震だから「重茵厚席」と言う。艮は水辺の高地すなわち「皋」を為し、震は豆葉すなわち「藿」を為し、艮はまた手を為し、手を動かして摘むから「循皋採藿」。三から五爻に坎を互い出し、坎は憂懼・蹉倒を為すが、震は歓楽を主るから「雖躓不懼」。艮は屋宅を為し、震は反復の義有りから「復反其宅」。校記に言う:「復反」を宋本・元本は「反復」に作り、「宅」の字を元本は「処」に作る。いずれも汲古閣本に依る。「皋」の字を汲古閣本は「高」に作る。ここでは宋本・元本に依る。
隨。太乙駕騮,從天上來。徵我叔季,封為魯侯,無有凶憂。太乙,星名,即北辰也。艮為星,震為馬,艮在震上,故曰駕騮。否上之初,故曰從天上來。艮為叔季、為求,故曰徵我叔季。兌為魯,震為侯,故曰魯侯。坎為憂,震樂,故無有凶憂。○宋元本無第五句,依汲古。
《屯》が《随》に変わる。林辞は言う:太乙星が黒鬃赤馬を駕り、天上より下来る。我が家の小さい子を徴召し、彼を封じて魯国の諸侯と為す。凶もなく憂いもなし。これは大吉の辞。尚秉和は先ず名物を釈す:太乙は星名で、すなわち北極星。次に象を解す:《随》は震下兌上、二から四爻に艮を互い出し、艮は星を為し、下体の震は馬を為し、艮は震の上に居るから「駕騮」と言う。《随》は《否》卦の上爻が初位に下って変わり来たもので、上より降るから「従天上来」。艮は行い居後る叔と季を為し、また徴求を為すから「征我叔季」。兌は魯地を為し、震は諸侯を為すから「封為魯侯」。坎は憂患を主るが、震は歓楽を主るから「无有凶憂」。校記に言う:宋本・元本には第五句なし。ここでは汲古閣本に依って補う。
蠱。南巴六安,石斛戟天。所指不已,已老復一。將耋乃嫁,墟敝室舊,更為新家。丁云:“石斛、巴戟天,皆藥草名,《神農本草經》曰:石斛出六安,巴戟天出巴郡。”按:震為南,艮為城邑,故曰南巴。互大坎數六,艮為安,故曰六安。艮為石,震為斛,故曰石斛,艮為刀、為戟,在上,故曰戟天。艮為指,震為反、為復,已老復一者,言己年老,復其一子,免其賦役也。艮為堅,故為耋。震為嫁,故曰將耋乃嫁。艮為墟、為室,巽為敝,故曰墟敝室舊。艮為光明、為新、為家。○巴六,從宋元本,汲古作己大,非。斛,依汲古本,宋元本訛解。己老復一,宋元木作耋老復丁,無將耋乃嫁句,此從汲古,以已與一韻,嫁與家韻。墟敝室舊,宋元本作敝室舊墟,以墟與家韻,以文勢言不如汲古,故從之。
《屯》が《蠱》に変わる。林辞は言う:南の巴郡・北の六安は、巴戟天と石斛を出す。戟の刃のごとく真直ぐに青天を指す。手は指して歇まらず、人はすでに老いてまた一丁を添える。八十に近くて初めて娶り、廃墟破屋はみな陳旧し、重ねて新しい家を立てる。これは先に困頓して後に重興するを主る辞。尚秉和は先ず丁晏を引いて言う:石斛・巴戟天はいずれも薬草の名で、《神農本草経》は石斛は六安に出、巴戟天は巴郡に出ると記す。続いて象を解す:《蠱》は巽下艮上、震は南を為し、艮は城邑を為すから「南巴」。数爻を合わせて大坎の形を成し、坎は五行の数で六に配し、艮は安を為すから「六安」。艮は石を為し、震は量器の斛を為すから「石斛」。艮は刀・戟を為し、また上体に居るから「戟天」。艮は手指を為し、震は反復の義有り。「已老復一」は、自らの年齢がすでに高いのにまた一人の子を添え、賦税・徭役を免れ得ると言う。艮の性は堅久だから八十歳の「耋」を取る。震は出嫁を為すから「将耋乃嫁」。艮は廃墟・屋室を為し、巽は敝敗を為すから「墟敝室旧」。艮はまた光明・新・家を為すから、終に「更為新家」。校記に言う:「巴六」は宋本・元本に従い、汲古閣本は「己大」に作る――誤り。「斛」の字は汲古閣本に依り、宋本・元本は「解」と誤る。「己老復一」の句を宋本・元本は「耋老復丁」に作り、「将耋乃嫁」の一句なし。ここでは汲古閣本に従う――「已」と「一」が押韻し、「嫁」と「家」が押韻するから。「墟敝室旧」を宋本・元本は「敝室旧墟」に作る――「墟」と「家」との押韻を取るのであろうが、文勢からすれば汲古閣本に及ばないから、汲古に従う。
臨。家給人足,頌聲並作。四夷賓伏,干戈韜閣。通《遯》。艮為家,震為人、為足,震為音聲、為言、為作,故曰頌聲並作。震卦數四,坤為夷,故曰四夷。震為賓客,伏者,言四夷賓于王庭。巽為伏,兌為斧、為干戈,坤藏故曰干戈韜閣。○伏,從宋元本,汲古作服。伏、服古通用。
《屯》が《臨》に変わる。林辞は言う:家家は豊足し人人は富裕し、頌揚の歌声が一斉に響く。四方の外族は皆、朝覲して帰附し、兵器は武庫に収め封蔵される。これは太平大吉の辞。尚秉和は言う、この条は「旁通」を用いる:一卦の六爻の陰陽を全て反転して得たあの卦を旁通卦と言い、その象は本卦と通用する。《臨》は兌下坤上、旁通はすなわち艮下乾上の《遯》。艮は家宅を為し、震は人・足を為すから「家給人足」。震はまた音声・言語・興作を為すから「頌声并作」。震は卦数の中で四に配し、坤は四方の夷を為すから「四夷」。震は賓客を為し、「賓伏」は四夷が王庭に賓服すると言う。巽は潜伏を為し、兌は斧鉞・兵戈を為し、坤は収蔵を主るから「乾戈韜閣」――刀兵は皆、庫房に蔵された。校記に言う:「伏」の字は宋本・元本に従い、汲古閣本は「服」に作る。伏・服の二字は古来通用する。
觀。東鄰嫁女,為王妃后。莊公築館,以尊王母。歸於京師,季姜悅喜。通《大壯》。震為東鄰、為嫁,兌為女、為妃,震為王、為木,故為桓。莊,訛字也。震又為公,故曰桓公。艮為館、為築,坤為母,伏乾為王,故曰王母。震為歸,坤為京師,艮為季,巽為姜,伏震為喜。按:《左傳莊元年》:“魯為主築館以逆王姬,非為王后”,又桓九年春紀季姜歸於京師,為桓王后。林詞全用此事,據《穀梁疏》:“魯為主方書歸為主,則必築館”,然則莊為桓之訛字無疑。
《屯》が《観》に変わる。林辞は言う:東の隣家が娘を嫁がせ、周王の妃后となった。桓公は彼女のために館舎を営造し、もって王母を尊奉した。女子は京师に嫁ぎ、季姜は心に歓喜した。これは婚配して顕貴となるを主る辞。尚秉和は言う、この条は旁通を用いる:《観》は坤下巽上、旁通はすなわち乾下震上の《大壮》。震は東隣・出嫁を為し、兌は女・妃を為す。震は王を為し、また木を為し、木旁の字は正に「桓」で、林辞の「庄」は誤字であることが見える。震はまた公を為すから「桓公」。艮は館舎・営建を為し、坤は母を為し、伏乾は王を為すから「以尊王母」。震は出嫁して帰るを為し、坤は京师を為し、艮は排行最末の季を為し、巽は姜姓を為し、伏震は喜を為すから「帰于京师、季姜悦喜」。尚氏の按語に言う:《左伝》荘公元年は鲁国が婚を主り館を築いて王姫を迎えたと記すが、あれは王姫であって王后ではない。桓公九年の春に紀国の季姜が京师に嫁ぎ、周桓王の王后となった――林辞は全てこの後の事を用いる。《穀梁伝》の疏に依れば、鲁国が婚を主って初めて「帰」と書し、必ず館を築くのだから、「庄」が「桓」の誤字であることに疑いはない。
噬嗑。陳媯敬仲,兆興齊姜。營邱是適,八世大昌。震為陳,坎為仲,艮為篤敬,故曰敬仲。坎為兆,伏巽為齊、為姜,互艮為營邱,震往,故曰適。艮為世,數八,震為昌。媯,陳姓,敬仲,即公子完。莊二十二年奔齊,初懿氏卜妻,敬仲曰:“有媯之後,將育於姜”,故曰兆興齊姜。
《屯》が《噬嗑》に変わる。林辞は言う:陳国の嬀姓の敬仲は、卜兆に彼が斉国の姜姓において興ると示された。彼は営丘に往きて根を据え、八代の後に大いに昌盛した。これは遠く遷って後に発するを主る辞。尚秉和の解象:《噬嗑》は震下離上、震は陳国を為し、坎は「仲」を為し、艮は篤厚恭敬を為すから「敬仲」。坎は卜兆を為し、伏巽は斉・姜姓を為し、互い出た艮は営丘を為し、震は前行を主るから「営邱是適」。艮は世代を為し、その数は八、震は昌盛を為すから「八世大昌」。嬀は陳国の姓で、敬仲はすなわち公子完。魯荘公二十二年に彼は斉国に出奔した。初め懿氏が娘を彼に嫁がせようとした時、占卜の繇辞に「有嬀の後、将に姜に育たん」とあったから、林辞は「兆興斉姜」と言う。
賁。路多枳棘,步刺我足。不利旅客,為心作毒。艮震為道路,坎為枳棘、為刺,震為步、為足、為旅客,坎險故不利,坎為心、為毒。
《屯》が《賁》に変わる。林辞は言う:路に枳树・荆棘が生い満ち、一歩歩めば我が足を刺し傷つける。外に出て行く人には利あらず、心にも毒害を添える。これは行旅の艱阻を主る辞。尚秉和の解象:艮と震はいずれも道路の象を取り、二から四爻に坎を互い出し、坎は枳棘・芒刺を為し、震は歩み・足・旅客を為す。坎は険陷を主るから「不利旅客」。坎はまた心・毒を為すから「為心作毒」。
剝。天官列宿,五神共舍。宮闕光堅,君安其居。艮為官、為星,故曰天官列宿。漢樂章有五神歌曰:五神相,包四鄰。如淳曰,五神相,太一也,蓋即五星也。艮為舍,反震為神,坤,五行數五,故曰五神共舍。艮為宮闕、為光、為堅、為居、為安,一陽止於上,故曰君安其居,故曰共舍,言五陰承一陽也。
《屯》が《剥》に変わる。林辞は言う:天上の星官星宿は行を列ね、五位の星神は同じく一舎に住する。宮闕は光潔にして堅固で、君王はその中に安居する。これは尊位の安穏を主る辞。尚秉和の解象:《剥》は坤下艮上、艮は官・星を為すから「天官列宿」。漢代の郊祀楽章に《五神》の一章があり、五神が輔相し四隣を包容すると言う。如淳の注は五神相はすなわち太一で、おそらく五星を指す。艮は館舎を為し、震を倒した覆震は神を為し、坤は五行の数で五に配するから「五神共舎」。艮は宮闕・光・堅・居・安を為す。全卦はただ上九の一陽が最上に止まり、五つの陰爻は下にあってそれを承奉するから「君安其居」――「共舎」もまた正に五陰が共に一陽を承ぐるの意。
復。牧羊稻園,聞虎呻喧。懼畏惕息,終無禍患。坤為養、為牧,震為羊,震為稻,坤為園、為虎,震為喧,伏乾,乾惕故懼畏惕息。坤為禍,震樂,故無。○無,從宋元,汲古作免。
《屯》が《復》に変わる。林辞は言う:稻田・園圃で羊を放ち、老虎の吼え喚くを聞く。嚇して息を屏り胆を吊るすも、終に禍患を醸すことなし。これは虚驚にして害なきの辞。尚秉和の解象:《復》は震下坤上、坤は畜養・放牧を為し、震は羊・また稲を為し、坤は園圃・虎を為し、震は喧鬧を為すから「牧羊稲園、聞虎呻喧」。坤の伏象は乾で、《乾》九三に「夕惕若厲」の義があるから「懼畏惕息」。坤は禍を為すが、震は歓楽を主るから「終无禍患」。校記に言う:「无」の字は宋本・元本に従い、汲古閣本は「免」に作る。
無妄。鳴條之災,北奔犬胡。左祍為長,國號匈奴。主君旄頭,立尊單于。震為鳴、為木,故曰鳴條。乾伏坤位北,坤又為胡,艮犬,故曰北奔犬胡。震為祍、為左、為長,《論語》:“吾其被髮左祍”,胡俗也。艮為國、為奴僕,震為號,故曰國號匈奴。震為主,乾為君、為頭,震為多發,故曰主君旄頭。震為立,艮為尊,乾君故曰單于,《史記》:“湯伐桀於鳴條”,又《匈奴傳》索隱引樂彥《括地譜》云:“湯放桀鳴條,其子獯粥妻桀之眾妾,避居北野,隨畜移徙”,中國謂之匈奴。旄頭,被髮也。《漢官儀》:“舊選羽林為旄頭,被髮先驅”是其證。由林詞觀之,《括地譜》之說與古故實合。○災,宋元本作圖,依汲古。
《屯》が《无妄》に変わる。林辞は言う:鳴條の戦の禍乱の後、夏桀の後人は北に奔り胡地に至った。衣襟を左に掩うが彼らの常俗となり、国を立て号を匈奴と言う。君長は頭髪を披散らせ、擁立され尊称されて単于となった。これは亡国して遠く徙るを講ずる辞。尚秉和の解象:《无妄》は震下乾上、震は鳴・木を為すから「鳴條」。乾の伏象は坤で、坤の位は北にあり、坤はまた胡を為し、艮は犬を為すから「北奔犬胡」。震は衣襟・左・長を為す――《論語》に「吾其被髪左衽矣」とあり、正に胡人の風俗。艮は国・奴僕を為し、震は名号を為すから「国号匈奴」。震は主を為し、乾は君・頭を為し、震はまた髪多きを為すから「主君旄頭」。震は立を為し、艮は尊を為し、乾は君を為すから「立尊単于」。《史記》は商湯が鳴條で夏桀を討ったと記す。《匈奴列伝》の索隠が引く楽彦《括地譜》に言う:商湯は桀を鳴條に流放し、桀の子の獯粥は桀の衆妾を娶り、北方の原野に避居して牲畜に随って遷徙し、中原の人は彼らを匈奴と称した。「旄頭」はすなわち被髪で、《漢官儀》は旧来羽林軍を選んで旄頭に充て、被髪して前に道を開かせたと言い、傍証と為し得る。林辞から見るに、《括地譜》の説は古代の史実と合する。校記に言う:「災」の字を宋本・元本は「図」に作る。ここでは汲古閣本に依る。
大畜。克已潔身,逢禹巡狩。錫我玄圭,拜受福佑。艮為身,退在上,故曰潔身。乾為王,震出,故曰逢禹巡狩。震為玄黃、為玉,乾為錫,故曰錫我玄圭。艮為拜,乾為福佑。○福,汲古作錫,非,依宋元本。《禹貢》云:“禹錫玄圭,告厥成功”,圭,宋元、汲古皆作珪,依局本。
《屯》が《大畜》に変わる。林辞は言う:己を克し身を修め潔くし、ちょうど大禹の出でて巡狩するに遇う。我に一枚の黒き玉圭を賜り、我は下拜してこの福佑を領受する。これは賞を受け福を得るを主る辞。尚秉和の解象:《大畜》は乾下艮上、艮は身を為し、退いて上位に処るから「潔身」。乾は王を為し、震は出行を主るから「逢禹巡狩」。震は玄黄の色・玉を為し、乾は賜与を為すから「錫我玄圭」。艮は下拜を為し、乾は福佑を為すから「拜受福佑」。校記に言う:「福」の字を汲古閣本は「錫」に作る――誤り。ここでは宋本・元本に依る。《尚書・禹貢》に「禹錫玄圭、告厥成功」とあり、正に林辞の本するところ。「圭」の字は宋本・元本と汲古閣本は皆「珪」と写す。ここでは局本に依る。
頤。冬華不實,國多盜賊。疾病難醫,鬼哭其室。艮為果實,坤為冬,震為花,坤虛,故花而不實。坤為國,伏巽為盜,正反巽,故多盜。坤為疾病,坤死,故難醫,坤為鬼,震為哭,艮為室,故曰鬼哭其室。
《屯》が《頤》に変わる。林辞は言う:冬に花は開くも果を結ぶことができず、国中に盗賊が蜂起する。病を生じて治し難く、鬼が屋の中で哭く。これは大凶の辞。尚秉和の解象:《頤》は震下艮上、艮は果実を為し、坤は冬を為し、震は花を為し、坤は中が虚だから、花を開くのみで果を結ばない。坤は国を為し、伏巽は盗を為し、一正一覆の二重の巽だから「国多盗賊」。坤は疾病を為し、坤はまた死亡を主るから「疾病難医」。坤は鬼を為し、震は哭を為し、艮は屋室を為すから「鬼哭其室」。
大過。襄送季女,至於蕩道。齊子旦夕,流連久處。兌少故曰季女,伏震為諸侯,故曰襄。震為大塗,故曰蕩道。《齊風》:“魯道有蕩,齊子發夕”,刺齊襄與文姜亂也。巽為齊,伏震為子,震為旦,兌昧為夕,艮止故流連久處。《左傳桓三年》:“齊侯送姜氏於讙”,注:讙,魯地。繇詞言齊襄與妹亂,既送至魯境,而不忍別也。詞皆本象與對象雜用。陳樸園云:“齊風,齊子發夕”,釋文引《韓詩》云:“發,旦也。”今焦氏言齊子旦夕,是《齊詩》以發夕為旦夕,與《韓詩》訓同。
《屯》が《大過》に変わる。林辞は言う:斉襄公は小妹を嫁がせて送り、平坦の大道まで送り届けた。この斉国の女子は朝より暮れまで、流連して去らず久しく留まった。これは男女の失礼を影射する辞。尚秉和の解象:《大過》は巽下兌上、兌は少女を為すから「季女」。伏震は諸侯を為すから「襄」。震は大道を為すから「蕩道」。《詩經・斉風》に「魯道有蕩、斉子發夕」とあり、斉襄公と文姜の乱倫を刺す。巽は斉を為し、伏震は子を為し、震は早朝を為し、兌は昏昧を主りて傍晚を為し、艮は静止を主るから「流連久処」。《左伝》桓公三年は斉侯が姜氏を讙に送ったと記し、杜注は讙は鲁国の地名と言う。この繇辞は斉襄公が妹と私通したを講じ、すでに鲁国の辺境に送ってなお別れを惜しんだのである。全条の用象は本卦の象と旁通の象を夾雑して併用する。尚氏はまた陳朴園を引いて言う:《斉風》の「斉子發夕」を、《経典釈文》の引く《韓詩》は「發」を「旦」と訓す。今、焦延寿は「斉子旦夕」と写す。《斉詩》が「發夕」を「旦夕」と講じ、《韓詩》の訓釈と同じくすることが見える。
坎。朽根倒樹,花葉落去。卒逢火焱,隨風偃仆。通《離》。中爻巽為木,故曰根、曰樹,巽敝,故曰朽,曰倒,巽隕落,故花葉落去。《大過》兌為華,離上互也,離上下皆火,互巽風隕,故偃仆。
《屯》が《坎》に変わる。林辞は言う:樹根は朽爛して大樹は倒れ、花と葉は皆落ち尽きた。忽然としてまた烈火に遇い、風勢に随って地に偃仆す。これは大凶の辞。尚秉和は言う、この条は旁通を用い、《坎》の旁通卦は《離》。《離》の中間の四爻は巽を互い出し、巽は木を為すから「根」といい「樹」と言う。巽は敝敗の義有りから「朽」といい「倒」と言う。巽はまた隕落を主るから「花葉落去」。《大過》は兌をもって花と為し、兌は正に《離》の上半に互い出た所で、《離》の上下両体は皆火で、互い出た巽は風を為し隕落を主るから「随風偃仆」。
離。陰變為陽,女化作男。治道得通,君臣相承。通《坎》。乾二五之坤成坎,坎為中男、為陽卦,故陰化陽、女作男。坎中爻艮為道路、為臣,震為君,故曰君臣相承。《五行志》:“魏襄王十三年,有女子化為丈夫。”
《屯》が《離》に変わる。林辞は言う:陰は転じて陽となり、女子は化して男子となる。治国の道はそれによって通達し、君と臣は互いに相承ける。これは塞より通に転ずるを主る辞。尚秉和は言う、この条は旁通を用い、《離》の旁通卦は《坎》。乾卦の第二・第五の両爻が坤の中に入れば坎となり、坎は中男にして陽卦に属するから「陰変為陽、女化作男」。《坎》の中間の四爻は艮を互い出して道路・臣を為し、震を互い出して君を為すから「君臣相承」。《漢書・五行志》は魏襄王十三年に女子が男子に変じたと記し、林辞と相い印証し得る。
咸。炎絕續光,火滅復明。簡易理得,以成乾功。下艮為火,故曰炎,上兌為絕,故曰炎絕。巽繩為續,艮為火、為光,巽伏,故光滅,乾日,故復明。乾簡坤易,中爻乾,故曰以成乾功。○火,依宋元本,汲古作光,非。以,汲古作仍,依宋元本。
《屯》が《咸》に変わる。林辞は言う:火苗は断えてまた光を接ぎ、火は熄みて重ねて明らかとなる。簡易の理を把握して、因って乾道の功業を成就する。これは絶を転じて続と為すを主る辞。尚秉和の解象:《咸》は艮下兌上、下体の艮は火を為すから「炎」。上体の兌は断絶を主るから「炎絶」。巽は繩を為し、繩は接続し得るから「続光」。艮は火・光を為し、巽は潜伏を主るから「火滅」。乾は日を為すから「復明」。「簡易」は《繋辞》の乾坤易簡の説に本づき、中間の四爻は乾を互い出すから「以成乾功」。校記に言う:「火」の字は宋本・元本に依り、汲古閣本は「光」に作る――誤り。「以」の字を汲古閣本は「仍」に作る。ここでは宋本・元本に依る。
恆。多載重負,捐棄於野。予母誰子,但自勞苦。坤震皆為車,坤厚載物,故曰多載。艮為負,坤重,故曰重負。坤為野,兌附決,故曰捐棄。坤母震子,兌決,故無子。坤致役萬物,故曰勞苦。多用伏象。○予母誰子,依宋元本,諸本作“王母離子”,非。
《屯》が《恒》に変わる。林辞は言う:車に装うこと多すぎ駄に負うこと重すぎて、やむを得ず荒野に丟棄する。空しく母あれど、誰かまた彼女の子なるや、終にはただ自ら徒らに辛苦を受けるのみ。これは労して成すことなきを主る辞。尚秉和の解象:坤と震はいずれも車象を取り、坤は厚徳にして物を載すから「多載」。艮は負荷を為し、坤は沉重を主るから「重負」。坤は原野を為し、兌は附着して断決するの義有りから「捐棄于野」。坤は母を為し、震は子を為すが、兌は決断分離を主るから、母有りて子なしとなる。坤は万物を役使するから「但自労苦」。この条は多く伏象を用いる。校記に言う:「予母誰子」は宋本・元本に依る。各本は「王母離子」に作る――誤り。
遯。江河海澤,眾利室宅。可以富有,飲御嘉客。乾為江河海澤,巽為利,艮為室宅,乾為富,伏兌為口,故曰飲。震為嘉客。○室,汲古及宋本皆作安,惟元本作室。
《屯》が《遯》に変わる。林辞は言う:江河湖海は一面に浩瀚として、種々の利益は皆この一つの屋宅に聚まる。もって富を致し、酒宴を設けて貴客を請ずべし。これは財豊かに宴楽するを主る辞。尚秉和の解象:《遯》は艮下乾上、乾は江河海沢を為し、二から四爻に巽を互い出して利を為し、艮は室宅を為し、乾は富有を為す。伏兌は口を為すから「飲」。震は嘉客を為すから「飲御嘉客」。校記に言う:「室」の字を汲古閣本と宋本は皆「安」に作り、ただ元本のみ「室」に作る。
大壯。冬采薇蘭,地凍堅坼。利走東北,暮無所得。此用遇卦屯象。坎為冬,艮手為採,震為薇蘭,坤為地,履霜堅冰,故曰地凍堅坼。震為東北、為走,伏巽為利,坤為暮,坤虛故無得。○坼,各本多誤難,致韻不協,惟宋本作坼,元本作折。東,宋元本作室,從汲古。
《屯》が《大壮》に変わる。林辞は言う:冬に薇菜・蘭草を採りに行くも、地は凍えて硬く裂ける。東北の方に奔走するは本来利あるべきが、日暮に至り一物も得ず。これは徒労して功なきの辞。尚秉和は言う、この条は之卦を取らず、遇卦《屯》の卦象を用いる:坎は冬を為し、艮は手にして採摘を主り、震は薇蘭を為し、坤は地を為す。《坤》初六に「履霜堅氷至」とあるから「地凍堅坼」。震は東北・奔走を為し、伏巽は利を為し、坤は日暮を為し、坤は中が虚だから「暮无所得」。校記に言う:「坼」の字を各本は多く「難」と誤り、韵脚を協わせ得ざるに至った。ただ宋本は「坼」に作り、元本は「折」に作る。「東」の字を宋本・元本は「室」に作る。ここでは汲古閣本に従う。
晉。鳥鳴嘻嘻,天火將起。燔我室屋,災及妃后。《左傳襄十三年》:“有鳥鳴於宋太廟,曰嘻嘻出出,宋火伯姬被焚,卒”,晉離為鳥,離正反皆兌口,故曰嘻嘻。離為火,艮為天,亦為火,故曰天火。艮為室屋,坤為妃后,火多故曰燔、曰災。○鳥鳴,依宋元本,汲古作鳥鵲,嘻,同嘻,與左氏同。
《屯》が《晋》に変わる。林辞は言う:鳥が嘻嘻と鳴く――天火がまさに燃え起こらんとする。我が房屋を焼き、災禍は王妃と後宮にまで連れ及ぶ。これは大凶の辞。尚秉和は先ず故実を挙ぐ:《左伝》襄公十三年に、鳥が宋国の太廟で鳴き、声は「嘻嘻出出」のごとしと記し、のち宋国は火を失し、伯姫は焼死した。次に象を解す:《晋》は坤下離上、離は鳥を為す。離の正体と覆体はともに兌を含み、兌は口を為すから「嘻嘻」。離は火を為し、艮は天を為しまた火をも為すから「天火」。艮は室屋を為し、坤は妃后を為す。火勢は熾盛だから「燔」といい「災」と言う。校記に言う:「鳥鳴」は宋本・元本に依り、汲古閣本は「鳥鵲」に作る。「嘻」の字は《左伝》の用いた写法と同じ。
明夷。蠆室蜂戶,螫我手足。不可進取,為身害速。此用遇卦屯象。坎為室、為毒,坤為戶,伏巽為蟲,故曰蠆室蜂戶。坎為棘、為刺、為螫,艮為手,震為足、為進取,坤凶,故不可進取,坤為身、為害,震為速。○速,從宋元本,汲古等本多作咎,與足不韻。
《屯》が《明夷》に変わる。林辞は言う:屋の中は蠍子、門の上は馬蜂で、我が手と足を螫し傷つけた。贸然として進むべからず、さもなくば災害はすぐに己の身に落ちる。これは凶険にして守るに宜しきを主る辞。尚秉和は言う、この条は遇卦《屯》の卦象を用いる:坎は室・毒を為し、坤は門戸を為し、伏巽は虫を為すから「蠆室蜂戸」。坎は荆棘・芒刺・螫咬を為し、艮は手を為し、震は足・進取を為し、坤は凶を主るから「不可進取」。坤は身・禍害を為し、震は迅疾を為すから「為身害速」。校記に言う:「速」の字は宋本・元本に従い、汲古閣本の系統は多く「咎」に作る――「足」の字と押韻しない。
家人。崔嵬北嶽,天神貴客。溫仁正直,主布恩德。閔哀不已,蒙受大福。此用《屯》象。坎北艮山,故曰北嶽。震為神、為仁、為客,坎為憂,故曰閔哀。震為恩德、為大福。○閔哀,宋元本、汲古本皆作開衣,非,依局本。閔哀不已者,言悲憫人世,予人以福也。
《屯》が《家人》に変わる。林辞は言う:北岳は高峻巍峨として、天神は尊貴の賓客なり。彼は温厚仁愛にして公正端直、恩徳の施布を主る。世人を哀憫して已まず、人々はここにおいて大福を蒙る。これは大吉の辞。尚秉和は言う、この条は《屯》卦の象を用いる:坎の位は北にあり、艮は山を為すから「北岳」。震は神・仁・賓客を為すから、「天神貴客」「温仁正直」の語有り。坎は憂念を為すから「閔哀」。震は恩徳・大福を為すから「主布恩徳」「蒙受大福」。校記に言う:「閔哀」の二字を宋本・元本と汲古閣本は皆「開衣」に作る――誤り。ここでは局本に依る。いわゆる「閔哀不已」とは、天神が人世を哀憫し、福沢を世人に降すと言う。
睽。伯蹇叔盲,莫與守牧。失我衣裘,代己除服。此用《屯》象。震為伯,坎蹇,故曰伯蹇。艮為叔,互大離,故曰叔盲。坤為牧,坤寡,故莫與守牧。震為衣裘、為服,坤喪坎盜,故曰失。除,治也,言衣裘為人盜去,代我治理服用也。○第二句宋元本作莫為守床,第四句作伐民除鄉,均依汲古。
《屯》が《睽》に変わる。林辞は言う:長男は脚を跛き、次男は目が盲いて、我のために看守放牧する人なし。我が皮衣を失いて、かえって他人が我に代わってこれを打理し着用する。これは残缺して物を失うを主る辞。尚秉和は言う、この条は《屯》卦の象を用いる:震は伯を為し、坎は跛蹇を主るから「伯蹇」。艮は叔を為し、数爻を合わせて大離の形を成して中虚だから「叔盲」。坤は放牧を為し、坤はまた孤寡を主るから「莫与守牧」。震は衣裘・衣服を為し、坤は喪失を主り、坎は盗を為すから「失我衣裘」。「除」は治理するの意で、皮衣が人に盗まれ、かえって我に代わって打理し着用したと言う。校記に言う:第二句を宋本・元本は「莫為守床」に作り、第四句を「伐民除郷」に作る。いずれも汲古閣本に依る。
蹇。為季求婦,家在東海。水長無船,不見所歡。艮為季、為求,伏兌為艮婦,艮為家,互離為東,坎為海、為水,震為船,震覆,故無船。震為歡,震覆坎伏,故不見。○所,汲古本誤欣,依宋元本。
《屯》が《蹇》に変わる。林辞は言う:小さい息子のために嫁を求めるも、女家は遠く東海の浜に在り。水面は遼闊にして船なく、心の人に見えない。これは婚事の阻隔を主る辞。尚秉和の解象:《蹇》は艮下坎上、艮は季・求取を為し、伏兌はすなわち艮に配する婦で、艮は家を為す。互い出た離は東を為し、坎は海・水を為すから「家在東海」「水長」。震は船を為すが、震はすでに倒れて覆象となったから「无船」。震は歓愛を為し、震はすでに覆われ坎もまた伏すから「不見所歓」。校記に言う:「所」の字を汲古閣本は「欣」と誤る。ここでは宋本・元本に依る。
解。山陵邱墓,魂魄失舍。精誠盡竭,長寢不覺。此用《屯》象。艮為山陵、為邱墓,坎為舍、為心、為精誠,坎失,故竭盡。坎為夜、為寢,坤死,故不覺。○誠,汲古作神,從元本。
《屯》が《解》に変わる。林辞は言う:山陵の間は墳塋で、魂魄は帰宿を失った。精気・誠心は皆耗え尽き、長く寝て覚めない。これは死亡を主る辞。尚秉和は言う、この条は《屯》卦の象を用いる:艮は山陵・墳墓を為し、坎は帰宿の舎・心・精誠を為す。坎はすでに失落したから「精誠尽竭」。坎は夜・安寝を為し、坤は死亡を主るから「長寝不覚」。校記に言う:「誠」の字を汲古閣本は「神」に作る。ここでは元本に従う。
損。踦牛失角,下山傷軸,失其利祿。坤為牛,艮為角,兌毀折,故牛踦、故角失。踦,蹇也。艮為山,坤為下,坎為軸,兌折,故傷軸。伏巽為利,坤為失。○踦,宋本作騎,依汲古。
《屯》が《損》に変わる。林辞は言う:瘸脚の牛は角が折れ、山を下るにまた車軸を折り、得べき利禄はことごとく失われた。これは損耗を主る辞。尚秉和の解象:坤は牛を為し、艮は角を為し、兌は毀折を主るから、牛は脚を跛き角は折れる。「踦」はすなわち跛。艮は山を為し、坤は下にありから「下山」。坎は車軸を為し、兌は折断を主るから「傷軸」。伏巽は利を為し、坤は喪失を主るから「失其利禄」。校記に言う:「踦」の字を宋本は「騎」に作る。ここでは汲古閣本に依る。
益。水載船舟,無根以浮。往來溶溶,心勞且憂。坤為水,震為船,坤為載,巽下斷,在水上故曰無根以浮。震為往,又為反,故曰往來,坤水,故曰溶溶。伏大坎為心、為勞、為憂。○載,宋、汲古誤戴,從元本。
《屯》が《益》に変わる。林辞は言う:水面は船只を托するも、根蒂なくただ漂浮するのみ。来たり往きて水波は荡漾し、心は労しくかつ憂いあり。これは漂泊して安からざるを主る辞。尚秉和の解象:坤は水を為し、震は船を為し、坤はまた承載を為す。巽の下画は断われて水上に浮かぶから「无根以浮」。震は前往を為し、また反復の義有りから「往来」。坤は水を為すから「溶溶」。数爻を合わせて成る伏大坎は心・労・憂を為すから「心労且憂」。校記に言う:「載」の字を宋本と汲古閣本は「戴」と誤る。ここでは元本に従う。
夬。有鳥來飛,集於宮樹。鳴聲可惡,主將出去。屯艮為鳥、為飛、為宮、為集、為木,故曰集於宮樹。下震為鳴、為聲,坤為惡,下震為主、為出,此用《左傳》,見前《晉》卦。○宮,宋、汲古作古,非,依元刊。
《屯》が《夬》に変わる。林辞は言う:鳥が飛び来たり、宮中の樹に止まる。鳴き声は人を厭わしめ、主人はまさに去らんとす。これは凶兆して離散するを主る辞。尚秉和の解象:《屯》卦の含む艮は鳥・飛・宮・聚集・木を為すから「集于宮樹」。下体の震は鳴・声を為し、坤は厭悪を主るから「鳴声可悪」。下体の震はまた主・出行を為すから「主将出去」。この条は《左伝》の故実を用いる。前の《晋》卦のあの条を見よ。校記に言う:「宮」の字を宋本と汲古閣本は「古」に作る――誤り。ここでは元刊本に依る。
姤。東徙不時,觸患離憂。井泥無濡,思叔舊居。通《復》。震為東、為徙,艮為時,艮覆,故不時。坤為憂患,震為觸,坤為井、為泥,艮為叔、為居,坤為舊,剝窮上反下,言復舊為剝艮也。
《屯》が《姤》に変わる。林辞は言う:東へ徙るに時を択び得ず、禍患に撞き憂愁を惹く。井には淤泥のみ残り、水を打ち得ず、ただ叔父の旧居を思うのみ。これは遷徙して時を失うを主る辞。尚秉和は言う、この条は旁通を用い、《姤》の旁通卦は《復》。震は東・遷徙を為し、艮は時を為し、艮はすでに覆象となったから「不時」。坤は憂患を為し、震は触犯を為すから「触患離憂」。坤は井・泥を為すから「井泥无濡」。艮は叔・居所を為し、坤は旧を為すから「思叔旧居」。《剥》卦は陽気が上に窮まり返って下に帰すれば《復》となる。いわゆる旧を念い復帰するとは、《復》から再び《剥》に帰るあの艮である。
萃。黃帝所生,伏羲之宇。兵刃不至,利以居止。通《大畜》。震為黃、為帝、為生,故曰黃帝所生。巽為伏,艮為宇,故曰伏羲之宇。艮剛在上為兵刃,艮止,故不至。巽為利,艮為居止。按:伏羲,都陳,黃帝為有熊國君,少典之子。皇甫謐曰:“有熊,今河南新鄭,非陳地”,焦氏時古籍尚多,或別有所據歟。○伏,元本作宓。孟康《漢書》注:“宓,今伏字”,皇甫謐云:“伏羲或謂之宓羲。考諸經史緯候,無宓羲之號,必後世傳寫誤虙為宓,孔子弟子宓不齊、濟南伏生即子賤之後,是知虙與伏古字通用,後誤為宓。”按皇甫說是,故不從元本,依宋本、汲古。
《屯》が《萃》に変わる。林辞は言う:ここは黄帝の生まれた所、また伏羲の居た屋宇である。刀兵はここに至らず、安居に宜しい。これは安土して所を得るを主る辞。尚秉和は言う、この条は旁通を用い、《萃》の旁通卦は《大畜》。震は黄・帝・生を為すから「黄帝所生」。巽は伏を為し、艮は屋宇を為すから「伏羲之宇」。艮は陽剛をもって上に居り兵刃を象り、艮はまた静止を主るから「兵刃不至」。巽は利を為し、艮は居止を為すから「利以居止」。尚氏の按語に言う:伏羲は都を陳に建て、黄帝は有熊国君にして少典の子。皇甫謐は有熊はすなわち今の河南新鄭で、陳地ではないと言う。焦延寿の時代は古書がなお多く、或いは別に本するところがあったのであろう。校記に言う:「伏」の字を元本は「宓」に作る。孟康が《漢書》に注して「宓」はすなわち今の「伏」の字と言う。皇甫謐は伏羲は人あるいは宓羲と称すと言うが、経史緯候を遍考するに宓羲の号なし――必ず後世の伝写が「虙」を誤って「宓」としたのであろう。孔子の弟子宓不斉・済南の伏生はすなわち子賤の後人で、「虙」と「伏」は古字にして通用し、後になって「宓」と誤ったことが見える。尚氏は皇甫謐の説を是とするから、元本に従わず、宋本・汲古閣本に依る。
升。東山拯亂,處婦思夫。勞我君子,役無休已。艮為陵、為東,故曰東山。坤為亂,伏艮為手、為拯。巽為婦,在內,故曰處婦。坤為思,震為夫,坤為勞,震為君子,坤為役,艮止,故已,艮覆故不已。詞皆用《東山》詩意。○無、已,汲古本作役使休止,從宋元本。
《屯》が《升》に変わる。林辞は言う:東山に往きて禍乱を平定すも、家に留まる妻子は夫を思う。我が良人を労せしめ、兵役には歇まる時なし。これは征役の労苦を主る辞。尚秉和の解象:艮は山陵・東を為すから「東山」。坤は禍乱を為し、伏艮は手・拯救を為すから「東山拯乱」。巽は婦を為し、内卦に居るから「処婦」。坤は思念を為し、震は丈夫を為すから「処婦思夫」。坤は労苦を為し、震は君子を為し、坤は徭役を為す。艮は静止を主り本來止息すべきが、艮はすでに覆象となったから「役无休已」。条全体の辞は《詩經・豳風・東山》の意を取る。校記に言う:「无」「已」の二字を汲古閣本は「役使休止」に作る。ここでは宋本・元本に従う。
困。跛躓未起,失利後市,不得鹿子。坎蹇,故跛躓。坎伏,故未起。互巽為利市,坎失,故失利後市。震為鹿、為子,震伏,故不得。○失,依汲古,宋元本皆作先。
《屯》が《困》に変わる。林辞は言う:脚を跛めて地に踬いて起き上がることができず、行情を誤って集市に間に合わず、鹿の仔も獲ることができなかった。これは時を失して獲なきを主る辞。尚秉和の解象:坎は跛蹇を主るから「跛躓」。坎は潜伏して顕れないから「未起」。互い出た巽は利・市を為し、坎は喪失を主るから「失利後市」。震は鹿・幼子を為し、震は潜伏すから「不得鹿子」。校記に言う:「失」の字は汲古閣本に依り、宋本・元本は皆「先」に作る。
井。大蛇當路,使季畏懼。湯火之災,切近我膚。賴其天幸,趨於王廬。巽為蛇,伏震為大塗,故曰大蛇當路。伏艮為季,坎為畏懼,中爻離上坎,故曰湯火。伏艮為膚、為廬,震為王、為走,故曰趨於王廬。○季,從宋元本,汲古等本皆作我,非。緣此用漢高斬當路蛇事。王,汲古本作主,亦非。
《屯》が《井》に変わる。林辞は言う:一条の大蛇が路を挡かどり、小さい息子を嚇して直ちに慄かせる。滾水・烈火のごとき災禍が、我が肌膚に迫り近づく。幸いに天の保佑を得て、急いで王家の屋舎に奔る。これは険中に救いを獲るの辞。尚秉和の解象:巽は蛇を為し、伏震は大道を為すから「大蛇当路」。伏艮は季を為し、坎は畏懼を為すから「使季畏懼」。中間の四爻は離下坎上だから「湯火之災」。伏艮は肌膚・廬舎を為し、震は王・奔走を為すから「切近我膚」「趋于王廬」。校記に言う:「季」の字は宋本・元本に従い、汲古閣本の系統は皆「我」に作る――誤り。この条は漢高祖が路を挡う白蛇を斬った故事を用いるからである。「王」の字を汲古閣本は「主」に作る――これも誤り。
革。從容長閒,遊戲南山。拜祠禱神,神使無患。通《蒙》。反正艮,艮止,故從容。震為遊戲、為南,艮為山,故曰南山。艮手為拜、為祠,震為禱、為神,坎為患,震樂故無患。全用旁通。○禱,汲古作祀,無作免,義皆可通,然禱為震象較切。故從宋元本。
《屯》が《革》に変わる。林辞は言う:从容自在にして長日は清閑、南山に往きて遊玩する。祠廟を拜祭し神明に禱告すれば、神明は人を禍患より免れしめる。これは閑適にして災なきを主る辞。尚秉和は言う、この条は旁通を用い、《革》の旁通卦は《蒙》。《蒙》の中に一正一覆の二つの艮があり、艮は静止を主るから「从容長閑」。震は游戯・南方を為し、艮は山を為すから「游戯南山」。艮は手にして拜を主り、また祠廟を為し、震は禱告・神を為すから「拜祠禱神」。坎は禍患を為すが、震は歓楽を主るから「神使无患」。全条は旁通の取象に拠る。校記に言う:「禱」の字を汲古閣本は「祀」に作り、「无」の字を「免」に作る――意はともに通ずれども、「禱」は震象に合してより贴切するから、宋本・元本に従う。
鼎。區脫康居,慕義入朝。湛露之歡,三爵畢恩。復歸野廬,與母相扶。通《屯》。坤虛故曰區脫。《史記匈奴傳》:“東胡與匈奴中間有棄地千餘里,各居其邊為區脫”是也。坎西。康居,西方國,坤國,故曰康居。坤為義,坎為心,故曰慕義,震往,故曰入朝。坎為露,震為歡、為爵,數三,故曰三爵。坤為野,艮為廬,震為反、為歸,故曰復歸野廬。坤為母,艮手為扶,初至五正反皆艮,故曰相扶。湛露,《詩》篇名,天子宴諸侯入朝之詩。○義,汲古作仁,乾雖為仁,然林詞皆用旁通,坤義合也,故從宋本。復,從汲古,宋本作後,雖亦震象,然不如復字於文理適。
《屯》が《鼎》に変わる。林辞は言う:辺地の区脱・西域の康居より遠く来り、礼義を慕い入朝す。《湛露》の宴の歓待を受け、三杯の酒を飲み尽してこの恩を畢んやす。郊野の廬舎に帰り、母と互いに扶持す。これは遠人が帰化するを主る辞。尚秉和は言う、この条は旁通を用い、《鼎》の旁通卦は《屯》。坤は中が虚だから「区脱」――《史記・匈奴列伝》に東胡と匈奴の間に千余里の棄地があり、双方は各々己の側に区脱を設けたと言い、正にこの語の本するところ。坎の位は西にあり、康居は西方の国、坤は国を為すから「康居」。坤は義を為し、坎は心を為すから「慕義」。震は前往を主るから「入朝」。坎は露を為し、震は歓楽・酒爵を為し、その数は三だから「湛露之歓、三爵畢恩」。坤は郊野を為し、艮は廬舎を為し、震は返帰の義有りから「復帰野廬」。坤は母を為し、艮は手にして扶持を主り、初爻から五爻まで一正一覆ともに艮だから「与母相扶」。《湛露》は《詩經》の篇名で、天子が宴を設けて入朝の諸侯を款待するを写す。校記に言う:「義」の字を汲古閣本は「仁」に作る――乾に仁象あると雖も、この条の林辞は全て旁通を用い、坤が義を主ってこそ相合するから、宋本に従う。「復」の字は汲古閣本に従い、宋本は「后」に作る――これも震象なれど、「復」の字のほうが文理に妥帖する。
震。龜鱉列市,河海饒有。長財善賈,商季悅喜。互艮為龜鱉,伏巽為市。坎為河海,坎眾,故曰饒有。伏巽為利、為長、為商賈,艮為季,震為列、為善,又為悅喜。○財,宋元本皆作錢,賈作價,均依汲古。
《屯》が《震》に変わる。林辞は言う:亀と鼈が市面に列び満ち、江河湖海の物産は豊饒。財貨は増長し売買は順手で、商いする小さい息子は心に満ちて歓喜す。これは経商して利を得るを主る辞。尚秉和の解象:互い出た艮は亀鼈を為し、伏巽は市集を為すから「亀鼈列市」。坎は河海を為し、坎は衆多を主るから「河海饒有」。伏巽は利・長・商賈を為し、艮は季を為し、震は陳列・善を為し、また喜悦を為すから「長財善賈、商季悦喜」。校記に言う:「財」の字を宋本・元本は皆「銭」に作り、「賈」の字を「価」に作る。ここではいずれも汲古閣本に依る。
艮。年常蒙慶,今歲受福。三夫采芑,出必有得。互震為年、為慶、為福、為夫,數三,故曰三夫。艮手為採,震為芑,《詩小雅》:“薄言采芑”,疏:“芑,似苦菜。”震為出,坎為得。○夫,汲古作伏,依宋元本。芑,宋元本作葩,依汲古。
《屯》が《艮》に変わる。林辞は言う:年年、喜慶を蒙り、今年はまた福沢を領受す。三人の壮丁が出でて芑菜を採り、出門すれば必ず収穫あり。これは連年して吉を得るを主る辞。尚秉和の解象:互い出た震は年歳・喜慶・福・成年男子を為し、その数は三だから「三夫」。艮は手にして採摘を主り、震は芑菜を為す――《詩経・小雅》に「薄言采芑」とあり、孔穎達の疏は芑は苦菜に似たりと言う。震は外出を為し、坎は獲得を為すから「出必有得」。校記に言う:「夫」の字を汲古閣本は「伏」に作る。ここでは宋本・元本に依る。「芑」の字を宋本・元本は「葩」に作る。ここでは汲古閣本に依る。
漸。二人俱東,道怒爭訟。意乖不同,使君忷忷。通《歸妹》。震為人、為東,兌卦數二,故曰二人俱東。震為大塗、為怒,故曰道怒。震為言,兌亦為言,故爭訟。坎為意、為憂,故為忷忷。震為君。忷,同恟,懼也。○怒,宋本、汲古作路,依元本。使君忷忷,汲古作使我凶凶,依宋元本。
《屯》が《漸》に変わる。林辞は言う:二人がともに東へ行くに、半途で顔を翻して官司を打つ。心意は乖違して談は合わず、あなたを忷忷として安からざらしめる。これは同行して反目するを主る辞。尚秉和は言う、この条は旁通を用い、《漸》の旁通卦は《帰妹》。震は人・東を為し、兌は卦数の中で二に配するから「二人倶東」。震は大道・発怒を為すから「道怒」。震は言語を為し、兌もまた言語を為し、両言が相争うから「争訟」。坎は心意・憂を為すから「忷忷」。震は君を為す。「忷」は「恟」と同じく、すなわち恐懼。校記に言う:「怒」の字を宋本と汲古閣本は「路」に作る。ここでは元本に依る。「使君忷忷」を汲古閣本は「使我凶凶」に作る。ここでは宋本・元本に依る。
歸妹。樹我藿豆,為鹿兔食。君不慎護,秋無收入。震為藿荳、為立,故為樹。震為足、為走,故為鹿兔。兌口為食。震為君,坎為憂恤,兌正秋,兌毀,故秋無收入。○我,依宋元本,汲古作栽。為鹿兔食,宋元本作鹿兔為食,從汲古。慎,宋元本作恤,亦依汲古。
《屯》が《帰妹》に変わる。林辞は言う:我が植えた豆苗は、ことごとく鹿と兎に食われた。主人が看護を慎まざりしかば、秋に至り一粒も収穫なし。これは防護を失して歉収するを主る辞。尚秉和の解象:震は豆葉豆苗・直立を為すから「樹」。震は足・奔走を為すから、鹿兎の象を取る。兌は口にして進食を主るから「為鹿兎食」。震は君を為し、坎は憂恤を為す。兌は正に秋令に当たり、兌は毀折を主るから「秋无収入」。校記に言う:「我」の字は宋本・元本に依り、汲古閣本は「栽」に作る。「為鹿兎食」を宋本・元本は「鹿兎為食」に作る。ここでは汲古閣本に従う。「慎」の字を宋本・元本は「恤」に作る。これも汲古閣本に依る。
豐。黃鳥悲鳴,愁不見星。困於鷙鳥,鸇使我驚。震為黃、為鳥、為鳴,互大坎,故悲鳴,故愁。離為星,坎伏,故不見。伏艮為鷙鳥、為鸇,坎為困,震為鷙。○下二句依宋元本,汲古作“困於鷙鸇、使我心驚”。又元本困訛因。
《屯》が《豊》に変わる。林辞は言う:黄鳥は悲しく声を鳴かし、愁うるは星光を望み見えざること。凶猛の鷙鳥に困せられ、一只の鸇鳥が我を心驚かしむ。これは強者に迫られしを主る辞。尚秉和の解象:震は黄・鳥・鳴を為し、数爻を合わせて大坎の形を成し、坎は憂を主るから「悲鳴」といい「愁」と言う。離は星を為すが、坎は潜伏すから「不見星」。伏艮は鷙鳥・鸇を為し、坎は困厄を為し、震は凶猛を主るから「困于鷙鳥、鸇使我驚」。校記に言う:後の二句は宋本・元本に依り、汲古閣本は「困于鷙鸇、使我心驚」に作る。元本はまた「困」を「因」と誤る。
旅。雙鳧俱飛,欲歸稻池。經涉萑澤,為矢所射,傷我胸臆。通《節》。兌卦數二,震為鳧、為飛,故曰雙鳧俱飛。兌為池,震為稻,故曰稻池,故曰萑澤。震為涉,坎為矢,震為射,兌為傷,艮為胸臆。○池,依汲古,宋元本皆作食。
《屯》が《旅》に変わる。林辞は言う:二羽の野鴨が一斉に飛び起き、長き稲ある水池に帰らんとす。蘆葦叢生の沼沢を路過すも、箭に射中られ、我が胸臆を傷つく。これは中途に害に遭うを主る辞。尚秉和は言う、この条は旁通を用い、《旅》の旁通卦は《節》。兌は卦数の中で二に配し、震は野鴨・飛を為すから「双鳬倶飛」。兌は池を為し、震は稲を為すから「稲池」、また「萑沢」とも言う。震は跋涉を為し、坎は箭矢を為し、震は射を為し、兌は損傷を主り、艮は胸臆を為すから「経涉萑沢、為矢所射、傷我胸臆」。校記に言う:「池」の字は汲古閣本に依り、宋本・元本は皆「食」に作る。
巽。久客無依,思歸故鄉。霖雨盛溢,道未得通。巽為商旅、為客,重巽故曰久客。伏坎為思,震為歸,艮為鄉,坎為雨,互大坎,故曰霖雨,曰盛溢。伏艮為道,坎陷故不通。○依,從宋元本,他本多作休。霖,宋元本作雷,從汲古本。
《屯》が《巽》に変わる。林辞は言う:久しく客居して外に依拠なく、故郷に帰らんと思う。偏えに連日の大雨にて積水は漫溢し、道路は行き通らず。これは羈旅の阻まるるを主る辞。尚秉和の解象:巽は商旅・客を為し、上下両体とも巽だから「久客」。伏坎は思念を為し、震は帰を為し、艮は郷を為すから「思帰故郷」。坎は雨を為し、数爻を合わせて大坎の形を成すから「霖雨」といい「盛溢」。伏艮は道路を為し、坎は陥険を主るから「道未得通」。校記に言う:「依」の字は宋本・元本に従い、他の本は多く「休」に作る。「霖」の字を宋本・元本は「雷」に作る。ここでは汲古閣本に従う。
兌。道路闢除,南至東遼。衛子善辭,使國無憂。通《艮》。為道路,震為闢除,為南,先天震東北,故曰東遼。震為衛、為子、為辭,艮初至五正反震,故曰善辭。艮為國,互坎為憂,震樂故無憂。○闢,各本多誤僻,闢除者,清治也,惟元本不訛。○此有故實,各家皆不能詳。案:《史記》:“朝鮮王衛滿,本燕人,自全燕時,常略屬遼東真番,後燕王盧綰反,滿率部東渡浿水,都王險,高后時,與遼東太守約為外臣,保塞外,滿遂王三世。林似指此事。
《屯》が《兌》に変わる。林辞は言う:道路は清掃開通し、南は一直に東遼に連なる。衛氏の子は辞令に善く、国家をして憂患なからしむ。これは開通して患なきを主る辞。尚秉和は言う、この条は旁通を用い、《兌》の旁通卦は《艮》。艮は道路を為し、震は清掃開通を為しまた南方を為す。震は先天方位では東北に居るから「東遼」。震は衛・子・言辞を為し、《艮》は初爻から五爻まで一正一覆ともに震だから「善辞」。艮は国を為し、互い出た坎は憂を為すが、震は歓楽を主るから「使国无憂」。校記に言う:「辟」の字を各本は多く「僻」と誤る――「辟除」は清理修治の意で、ただ元本のみ誤らず。尚氏はまた言う:この条には指す史事あるも、各家ともに講じ明らかにせず。《史記》によれば、朝鮮王衛満はもと燕国人で、燕国の全盛の時、常に遼東・真番の一帯を属地とした。後に燕王盧綰が反し、衛満は部を率いて東に浿水を渡り、都を王険城に建て、呂后の時に遼東太守と約して外臣となり塞外を守衛し、衛氏はここにおいて三世王と称した。林辞はおそらくこの事を指す。
渙。同枕共袍,中年相知。少賈無利,獨居愁思。艮為枕,震為袍,中爻正反艮震,故曰同枕共袍。震為年,坎為中,故曰中年。伏兌為少,巽為賈、為利,風散,故無利。巽為寡,艮為居,故曰獨居。坎為憂思。○相知,汲古作分去,少賈作價少,均依宋元本。無利,宋本作無失,於下句文義不協,故從汲古。
《屯》が《渙》に変わる。林辞は言う:枕を同じく被を共にして処するも、中年に至って初めて互いに相知る。若き時に商いして銭を儲けず、独り居りて愁思を懐き満たす。これは孤寂にして成すことなきを主る辞。尚秉和の解象:艮は枕を為し、震は袍を為し、中間の四爻は一正一覆ともに艮震を成すから「同枕共袍」。震は年歳を為し、坎は中を為すから「中年」。伏兌は少を為し、巽は商賈・利を為すが、風の性は離散だから「少賈无利」。巽は孤寡を主り、艮は居処を為すから「独居」。坎は憂思を為すから「愁思」。校記に言う:「相知」を汲古閣本は「分去」に作り、「少賈」を「価少」に作る。いずれも宋本・元本に依る。「无利」を宋本は「无失」に作る――下句の文義と合わざれば、汲古閣本に従う。
節。眾神集聚,相與議語。南國虐亂,百姓愁苦。興師征討,更立賢主。震為神,坎為眾,故曰眾神。坎為集聚。二至五正反震,故曰相與議語。艮為國,震南,故曰南國,伏離為虐亂,震為百、為人,故曰百姓。上坎為愁苦,震為征討,坎眾,故曰興師征討。互震為主、為立,故曰更立賢主。○主,汲古本訛王,依宋元本。
《屯》が《節》に変わる。林辞は言う:衆神が一処に聚まり、互いに商議す。南方の国家は暴虐動乱し、百姓は愁苦に堪えず。ここにおいて兵を出して討伐し、別に賢明の君主を立つ。これは暴を除き更新するを主る辞。尚秉和の解象:震は神を為し、坎は衆多を主るから「衆神」。坎はまた聚集を為すから「集聚」。二爻から五爻まで一正一覆ともに震を成し、震は言語を主るから「相与議語」。艮は国を為し、震は南を為すから「南国」。伏離は暴虐禍乱を主り、震は百・人を為すから「百姓愁苦」。上体の坎は愁苦を為し、震は征討を為し、坎はまた衆を主るから「興師征討」。互い出た震は主・擁立を為すから「更立賢主」。校記に言う:「主」の字を汲古閣本は「王」と誤る。ここでは宋本・元本に依る。
中孚。北陸閉蟄,隱伏不出。目盲耳聾,道路不通。通《小過》。中互大坎,坎為北陸,陸者,道也。《左傳》“日在北陸而藏冰”是也。坎為冬、為隱伏,故曰閉。巽為蟲,亦為伏,故曰閉蟄,曰不出。本卦互大離。目睛漲大故盲。《小過》互大坎耳空塞實,故聾。艮震為道路,坎塞,故不通。
《屯》が《中孚》に変わる。林辞は言う:日が北陸を行く時節、蟄虫は戸を閉じ、潜蔵して出ず。目は見えず耳は聞こえず、道路も堵塞して通ぜず。これは閉塞を主る辞。尚秉和は言う、この条は旁通を用い、《中孚》の旁通卦は《小過》。中間の数爻は互いに大坎を成し、坎はすなわち北陸――「陸」は行道の意で、《左伝》に「日北陸に在りて氷を蔵す」とあり、正にこの用法。坎は冬・潜伏を為すから「閉」。巽は虫を為しまた潜伏を主るから「閉蟄」「不出」。本卦《中孚》の中間に大離を互い出し、眼珠は漲大してかえって明を失うから「目盲」。《小過》の中間に大坎を互い出し、耳孔はもと空なるも塞がれて実となるから「耳聾」。艮と震はともに道路を為し、坎は壅塞を主るから「道路不通」。
小過。痴狂妄作,心誑善惑。迷行失路,不知南北。此用屯象。震為狂,坤迷,故曰痴狂。坎為心、為惑,正覆震相背故曰誑。誑,妄語也。艮震為道路,震為南,坎為北,坎失,故不知。○誑,依宋本,元本作狂,非。迷行,依元本,汲古作迷惑。
《屯》が《小過》に変わる。林辞は言う:痴れ癲れて胡乱に事を行い、心に謊話ばかりで人に惑わされ易い。路を岔れて、南北すら分け辨えない。これは昏乱して拠を失うを主る辞。尚秉和は言う、この条は《屯》卦の象を用いる:震は狂躁を主り、坤は迷惑を主るから「痴狂」。坎は心・迷惑を為し、一正一覆の二つの震が背を負て立つから「誑」――「誑」はすなわち虚言を言うこと。艮と震はともに道路を為し、震は南を為し、坎は北を為し、坎はすでに失落したから「不知南北」。校記に言う:「誑」の字は宋本に依り、元本は「狂」に作る――誤り。「迷行」は元本に依り、汲古閣本は「迷惑」に作る。
既濟。棟隆輔強,寵貴日光。福善並作,樂以高明。此用屯象。坎為極、為棟、為車、為輔,《大過》“棟橈之凶,不可以有輔也”,《詩》“勿棄爾輔”,《毛傳》“輔以佐車”。輔,夾車木也。坎在上,故曰棟隆,艮堅,故曰輔強。艮為日、為光、為寵貴,震為福善、為樂,艮為高明。
《屯》が《既済》に変わる。林辞は言う:棟梁は高く挺え、車輔は堅固で、恩寵の尊貴さは日光のごとし。福沢・善報は一斉に到来し、歓楽して高明の位に居る。これは大吉の辞。尚秉和は言う、この条は《屯》卦の象を用いる:坎は屋極・棟・車・車輔を為す。《大過》に「棟橈之凶、不可以有輔也」と言い、《詩經》に「勿棄爾輔」と言い、《毛伝》は輔は車を輔助するに用いると言う。「輔」はすなわち車廂を夾る木条。坎は上にありから「棟隆」。艮の性は堅実だから「輔強」。艮は日・光・尊寵を為し、震は福善・歓楽を為し、艮はまた高明を為すから「寵貴日光」「福善并作、楽以高明」。
未濟。愛我嬰女,牽衣不與。冀幸高貴,反日賤下。此仍用屯象。震為嬰孩,坤為女,坎為愛,故曰愛我嬰女。震為衣,艮為手、為牽,艮止,故不與。艮為高貴、為求,故曰冀幸高貴。坤為賤下。
《屯》が《未済》に変わる。林辞は言う:我が家の小さな娘を愛でるも、彼女は衣襟を牽いて手を放して人に与えようとしない。本は富貴に攀らんと望んだが、かえって日に日に低賤となる。これは願望の落空を主る辞。尚秉和は言う、この条はなお《屯》卦の象を用いる:震は嬰孩を為し、坤は女を為し、坎は愛憐を為すから「愛我嬰女」。震は衣を為し、艮は手・牽拉を為し、艮は静止を主るから「牽衣不与」。艮は高貴・祈求を為すから「冀幸高貴」。坤は卑賤にして下に居るを主るから「反日賤下」。
蒙之第四
蒙。何草不黃,至未盡玄。室家分離,悲憂於心。震為草、為玄黃,坤貞。未,言草至未而將變色,《詩小雅》“何草不黃”“何草不玄”,箋:玄,赤黑色。艮為室家,二四艮覆,故曰分離。坎為心、為悲愁。○憂,依宋元本,汲古作愁。
《蒙》卦は自ら《蒙》に変わる――本卦が変わらぬ条である。林辞は言う:どの草が枯黄せぬあらんや。未の月に至れば草の色は皆赤黒に転ず。一家の人は両地に分かれ居り、心は悲憂に満つ。これは離散して憂愁するを主る辞。尚秉和の解象:震は草・玄黄の色を為し、坤は貞固を主る。ここの「未」は十二支の未で、草は未月に至れば色を変ずると言う。《詩経・小雅》に「何草不黄」「何草不玄」とあり、鄭玄の箋は「玄」は赤黒色と言う。艮は室家を為し、第二爻から第四爻に互い出た艮は覆象だから「分離」。坎は心・悲愁を為すから「悲憂于心」。校記に言う:「憂」の字は宋本・元本に依り、汲古閣本は「愁」に作る。
乾。海為水王,聽聖且明。百流歸德,無有畔逆,常饒優足。乾為海、為水、為王、為聰聖、為明、為百,《禹貢》:“匯漢朝宗於海,故百流歸德”,乾順行,故無有畔逆,乾富故常饒優足。
《蒙》が《乾》に変わる。林辞は言う:大海は衆水の王で、聴は聡敏にしてまた明察。百川は皆その徳沢に帰附し、一条も背き忤わざるがゆえに、長く富足して余りあり。これは大吉の辞。尚秉和の解象:乾は海・水・王・聡明聖哲・明・百を為すから「海為水王、聴聖且明」。《尚書・禹貢》に江海漢は海に朝宗すと講じるから「百流帰徳」。乾は順行を主るから「无有畔逆」。乾は富有を主るから「常饒優足」。
坤。左輔右弼,金玉滿堂。常盈不亡,富如敖倉。此全用《蒙》象。震為左,震反為右,震為輔弼,故曰左輔右弼。艮為金,震為玉,艮為堂、為厫倉,厫倉所以盛粟,震為粟,故尤切。○汲古本、宋元本首有“天之所有,禍不過家”二句,文義與下不屬,而元本家下一雲左輔右弼云云,是上二句確自為一林,非與下為一林,故刪上二句而附記於此。
《蒙》が《坤》に変わる。林辞は言う:左に輔あり右に弼あり、金玉は庁堂に堆り満つ。長く盈実して耗え尽きず、富は敖倉のごとし。これは大富を主る辞。尚秉和は言う、この条は全て遇卦《蒙》の卦象を用いる:震は左を為し、震の覆象は右を為し、震はまた輔弼の臣を為すから「左輔右弼」。艮は金を為し、震は玉を為し、艮は庁堂・また敖倉を為す。敖倉は粟を盛る所で、震は正に粟を為すから、取象は格別に贴切する。校記に言う:汲古閣本と宋本・元本はこの条の前にさらに「天之所有、禍不過家」の二句があるが、文義は下文に接がらない。元本は「家」の字の下に別に行を起こして初めて「左輔右弼」云云と写すから、上の二句は確かに自ら一条の林辞を成し、下文と合わせて一条としないことが見える。ゆえにその二句を削り、ここに附記する。
屯。安息康居,異國穹廬。非吾習俗,使我心憂。坎位西。安息、康居,皆西方國。又中爻艮止,故曰安息康居。艮為國、為廬、為天,故曰穹廬。坤為我、為俗,坎為心、為憂。
《蒙》が《屯》に変わる。林辞は言う:安息国・康居国は、異邦人が穹廬の帳幕に住む所。そこは我が熟れた風俗にあらず、我が心を憂えさせる。これは客居して異域に在るを主る辞。尚秉和の解象:坎の位は西にあり、安息・康居はいずれも西方の国。中間の四爻は艮を互い出し、艮は静止を主るから、「安息」「康居」の二つの国名も卦象に合する。艮は国・廬帳・天を為し、帳幕は穹隆として天のごとしから「穹廬」。坤は我・風俗を為し、坎は心・憂を為すから「非吾習俗、使我心憂」。
需。范公鴟夷,善賈飾資。東之營邱,易字子皮。把珠載金,多得利歸。坎為毒,故曰范公,范蠡也。《檀弓》:“範則冠而蟬有緌”是也。伏艮為鴟,鴟夷者,革囊,盛酒器。楊雄《酒箴》所謂“鴟夷滑稽,腹大如壺”是也。艮又為革,坎為酒,故曰鴟夷。《易林》用一字兼數象往往如是,范公鴟夷者,言范蠡適齊、號鴟夷子皮也。乾為資財。飾、飭,通治也。離為東,伏艮為營邱、為皮,伏坤為字,故曰易字子皮。艮為把、為金,反震為珠,坤為載、為利,兼用旁通。○鴟,依宋元本,汲古作陶,非。載金,依宋本,元本作戴,非。得利,汲古作福利,依宋元本。
《蒙》が《需》に変わる。林辞は言う:范蠡は自ら鴟夷と号し、経商に善く財貨を打理すること能くす。東行して営丘に至り、名を改めて子皮と曰す。手に明珠を把り車に黄金を載せ、大銭を儲けて帰った。これは経商して大いに獲るを主る辞。尚秉和の解象:坎は毒虫を為す――「范」はもともと蜂類の名だから「范公」と言い、范蠡を指す。《礼記・檀弓》に「范則冠而蝉有緌」とあり、正にこの虫を指す。伏艮は鴟を為し、「鴟夷」は皮の袋で、酒を盛るに用いる。揚雄《酒箴》に「鴟夷滑稽、腹大如壺」とあるはそれ。艮はまた皮革を為し、坎は酒を為すから「鴟夷」。《易林》は常に一字が幾種かの卦象を兼ねて取る――往々にしてこうである。「范公鴟夷」は范蠡が斉に至って自ら鴟夷子皮と号したと言う。乾は資財を為す。「飾」は「飭」と通じ、治理するの意。離は東を為し、伏艮は営丘・皮を為し、伏坤は名字を為すから「東之営邱、易字子皮」。艮は把持・金を為し、覆震は珠を為し、坤は承載・利を為すから「把珠載金、多得利帰」。この条は兼ねて旁通の象をも用いた。校記に言う:「鴟」の字は宋本・元本に依り、汲古閣本は「陶」に作る――誤り。「載金」は宋本に依り、元本は「戴」に作る――誤り。「得利」を汲古閣本は「福利」に作る。ここでは宋本・元本に依る。
訟。老楊日衰,條多枯枝。爵級不進,日下摧隤。巽木乾老,故曰老楊。離為日、為枯、為爵,巽為隕落,故摧隤。○下,依宋元本,汲古作乃。日下,依泰之咸校,宋元本作遂下,汲古作遂乃。
《蒙》が《訟》に変わる。林辞は言う:老楊樹は日に日に衰敗し、枝条は大半枯干した。官爵は升ることができず、日に日に下に向かって垮塌する。これは衰退を主る辞。尚秉和の解象:巽は木を為し、乾は老を主るから「老楊」。離は日・枯槁・爵位を為し、巽は隕落を主るから「摧隤」。校記に言う:「下」の字は宋本・元本に依り、汲古閣本は「乃」に作る。「日下」の二字は《泰》之《咸》のあの条により校訂したもので、宋本・元本は「遂下」に作り、汲古閣本は「遂乃」に作る。
師。小狐渡水,汙濡其尾。利得無幾,與道合契。此用《蒙》象。上艮,故曰小狐、曰尾,坤坎皆為水,故汙濡其尾。坤為財、為聚,坤虛,故得少。震為大塗,故曰道。坎為合、為信,故曰合契。○利,汲古作科,餘多作稍。無,汲古作其,契作符,皆非,依宋元本。
《蒙》が《師》に変わる。林辞は言う:小狐が水を渉り河を渡り、尾を濡らした。得た利は多くあるまいが、正道には合する。これは小利にして正を失わぬの辞。尚秉和は言う、この条は遇卦《蒙》の卦象を用いる:上体は艮だから「小狐」といい「尾」と言う。坤と坎はともに水を為すから「汚濡其尾」。坤は財貨・聚積を為すが、坤は中が虚だから、得る所は多からず。震は大道を為すから「道」。坎は契合・誠信を為すから「与道合契」。校記に言う:「利」の字を汲古閣本は「科」に作り、その余の本は多く「稍」に作る。「无」の字を汲古閣本は「其」に作り、「契」の字を「符」に作る――ともに誤り。ここでは宋本・元本に依る。
比。豕生魚魴,鼠舞庭堂。奸侫施毒,上下昏荒,君失其邦。坎為豕,坤為魚、為育,故曰豕生魚魴。丁晏雲《開元占經》引京氏云:“豕生魚魴,其邑犬水”是也。艮為鼠、為庭堂,艮手為舞,《漢書五行志》:“燕有黃鼠銜其尾舞王宮”,《京房易傳》曰:“誅不原情厥妖鼠舞門”是也。坎為毒、為奸,坎上下兌口相背,故曰奸侫。艮為上,坎為下、為昏荒、為邦,震為君,震覆,故失邦。○邦,元本作國,依汲古。
《蒙》が《比》に変わる。林辞は言う:猪が魴魚を生み、老鼠が庁堂の上で舞を舞う。奸邪佞人が毒害を施放し、上上下下は昏乱荒廃し、君主はその国を失った。これは妖異して亡国するを主る辞。尚秉和の解象:坎は猪を為し、坤は魚・また生育を主るから「豕生魚魴」。丁晏は言う:《開元占経》が引く京房の言に、猪が魴魚を生めば、その城邑は大水が発すべし――正にこの象に合す。艮は鼠・庭堂を為し、艮は手にして舞動を主るから「鼠舞庭堂」。《漢書・五行志》は燕地に黄鼠が尾を銜えて王宮で舞い起こったと記し、《京房易伝》は罪を治めて実情を推究せざれば鼠が門に舞う妖異が現れると言い、ともに印証し得る。坎は毒・奸を為し、坎の上下の二つの兌口は背向して相対するから「奸侫」。艮は上を為し、坎は下・昏乱荒廃・邦国を為し、震は君を為すが、震はすでに覆象となったから「君失其邦」。校記に言う:「邦」の字を元本は「国」に作る。ここでは汲古閣本に依る。
小畜。天地配享,六位光明。陰陽順敘,以成厥功。乾天,伏坤為地,兌食故曰享。乾數六,離為光明,伏艮為位,故曰六位光明。乾陽巽順,乾為功。○厥功,從汲古,宋元本作和平。
《蒙》が《小畜》に変わる。林辞は言う:天と地はともに祭を受け、六爻の位は光明磊落。陰陽は次に順って行い、因ってその功業を成就す。これは大吉の辞。尚秉和の解象:乾は天を為し、伏坤は地を為し、兌は飲食を主るから「配享」。乾の数は六、離は光明を為し、伏艮は爻位を為すから「六位光明」。乾は陽に属し、巽は順を主るから「陰陽順叙」。乾は功を為すから「以成厥功」。校記に言う:「厥功」の二字は汲古閣本に従い、宋本・元本は「和平」に作る。
履。踝踵足傷,右指病癰。失旅後時,利走不歸。通《謙》。震為踝、為足,艮多節,故曰腫、曰傷、曰癰。《釋名》:踵,鍾也,聚也。義與腫同,與《易林》合。艮為指,兌為右,故曰右指。坎為孤、為失,故曰失旅。艮為時,震為後,故曰後時。震為走、為歸,坎陷,故不歸。○宋元本歸作來,從汲古。走不,汲古作不走,非,從宋元本。又右指病癰,元本作右足病擁,非。
《蒙》が《履》に変わる。林辞は言う:脚の踝・脚跟が傷を受け、右の手指に毒瘡が生じた。隊から落伍して时辰を誤り、便利に趨くべきあれど帰ることができない。これは傷病して時を失うを主る辞。尚秉和は言う、この条は旁通を用い、《履》の旁通卦は《謙》。震は踝・足を為し、艮は骨節多しから「腫」といい「傷」といい「癰」と言う。《釈名》は「踵」を鍾・聚と訓じ、義は「腫」と相通ず――正に《易林》の用法に合す。艮は手指を為し、兌は右を為すから「右指」。坎は孤单・喪失を為すから「失旅」。艮は時を為し、震は後を為すから「後時」。震は奔走・帰返を為すが、坎は陥険を主るから「不帰」。校記に言う:宋本・元本は「帰」を「来」に作る。ここでは汲古閣本に従う。「走不」の二字を汲古閣本は「不走」に作る――誤り。ここでは宋本・元本に従う。また「右指病癰」を元本は「右足病擁」に作る――これも誤り。
泰。異體殊患,各有所屬。西鄰孤媼,欲寄我室。主母罵詈,求不可得。坤為體、為患害,乾陽坤陰,故曰異體殊患。六爻皆有應予,故曰各有所屬。兌為西、為孤媼,伏艮為室、為寄。震為主,坤為母,震言兌言,故曰主母罵詈。艮為求,艮伏,故求不可得。○異,汲古作思,殊患作同恩,求不可得作求子不得,皆非,今從宋元本。主母,依汲古,宋元本作王。
《蒙》が《泰》に変わる。林辞は言う:形体は各々異なり患難は同じからず、各々帰属する所有り。西隣の孤老婆が、我家に寄せ住まんことを借り求む。女主人は口を破りて罵り、彼女は求めても成らない。これは人に求めて遂わざるを主る辞。尚秉和の解象:坤は形体・患害を為し、乾は陽に属し坤は陰に属すから「異体殊患」。六爻は両両として応与ありから「各有所属」。兌は西・孤老の婦を為し、伏艮は屋室・寄居を為すから「西隣孤媼、欲寄我室」。震は主を為し、坤は母を為し、震は言を主り兌もまた言を主るから「主母罵詈」。艮は祈求を為すが、艮は潜伏して顕れないから「求不可得」。校記に言う:「異」の字を汲古閣本は「思」に作り、「殊患」を「同恩」に作り、「求不可得」を「求子不得」に作る――皆誤り。今は宋本・元本に従う。「主母」は汲古閣本に依り、宋本・元本は「王」に作る。
否。操●鄉畝,祈貸稷黍。飲食充口,安和無咎。艮手為操,巽為●、為稷黍。坤為畝,乾為言,故曰祈貸,言以●為祭而祈田也。伏兌為口、為食,坤為安。○●即秬,黑黍也。宋元本作●,非。《書洛誥》以秬鬯二卣,秬鬯,皆祭品,言操秬至野祈田也。祈貸,宋元本作折貨,尤非。鄉,音向。安和,宋元本作安利,依汲古。
《蒙》が《否》に変わる。林辞は言う:手に黒黍を捧げて田畝に向かい、稷黍の豊収を祈求す。飲食は腹を充たすに足り、平安和順にして、災禍はあるまい。これは農事に吉を得るを主る辞。尚秉和の解象:艮は手にして執持を主り、巽は黒黍・稷黍を為し、坤は田畝を為し、乾は言語を為すから「祈貸」――意は黒黍をもって祭品として田神に祈祷するに用いる。伏兌は口・飲食を為し、坤は安を為すから「飲食充口、安和无咎」。校記に言う:この残缺の字はすなわち「秬」――すなわち黒黍。宋本・元本は別の字を写すが、誤り。《尚書・洛誥》に「以秬鬯二卣」とあり、秬と鬯はともに祭品で、林辞は黒黍を捧げて田野に往きて祈祷すると言うことが見える。「祈貸」を宋本・元本は「折貨」に作る――誤ることさらに甚だし。「郷」の字は「向」と読む。「安和」を宋本・元本は「安利」に作る。ここでは汲古閣本に依る。
同人。新受大寵,福祿重來。樂且日富,蒙慶得財。離為新,乾為大、為寵、為福祿,重乾故曰重來。離日乾富,故曰日富。乾為慶、為財。○新受大寵,宋元本作所受大喜,依汲古。
《蒙》が《同人》に変わる。林辞は言う:つい先ごろ極大の恩寵を得て、福気・俸禄が連ねて来る。歓楽して日に日に富み、喜慶を蒙ってまた財貨を添える。これは大吉の辞。尚秉和の解象:離は新を為し、乾は大・恩寵・福禄を為す。上下重畳して乾となるから「重来」。離は日を為し、乾は富を主るから「日富」。乾は喜慶・財貨を為すから「蒙慶得財」。校記に言う:「新受大寵」を宋本・元本は「所受大喜」に作る。ここでは汲古閣本に依る。
大有。舉杯飲酒,無益溫寒。指直失取,亡利不歡。通《比》。坤為缶、為杯,艮為舉,坎為酒,兌為飲,離溫乾寒,時之自然,非酒所能改易也。艮為指、為取,乾為直,故指直失取,言指僵不能取物也。坤貧,故亡利。震覆,故不歡。○汲古三四句倒置,直作宜,均依宋元本。
《蒙》が《大有》に変わる。林辞は言う:杯を擧げて酒を飲むも、温寒に対して何の助けもなし。手指は僵直して物を抓めず、利益を失いても喜びを起こさない。これは徒労して利を失うを主る辞。尚秉和は言う、この条は旁通を用い、《大有》の旁通卦は《比》。坤は瓦缶・酒杯を為し、艮は擧を為し、坎は酒を為し、兌は飲を為すから「擧杯飲酒」。離は温を主り、乾は寒を主る――あれは時令の自然で、酒の改め得る所ではないから「无益温寒」。艮は手指・取物を為し、乾は直を為すから「指直失取」――手指が僵硬して物を把めないを講ずる。坤は貧乏を主るから「亡利」。震はすでに覆象となったから「不歓」。校記に言う:汲古閣本は第三・四句の次序を顛倒し、「直」の字を「宜」に作る。ここではいずれも宋本・元本に依る。
謙。日月相望,光明盛昌。三聖茂承,功德大隆。坎月。伏離為日、為目,故曰日月相望。艮為光明,震為盛昌,坎為聖,艮納丙數三,故曰三聖。震為茂、為隆,伏乾為功德。
《蒙》が《謙》に変わる。林辞は言う:日と月が遥々として相対し、光明は極めて盛大。三位の聖人は継ぎ承けて相承け、功業・徳沢は隆盛にして比ぶべくもなし。これは大吉の辞。尚秉和の解象:坎は月を為し、伏離は日・目を為すから「日月相望」。艮は光明を為し、震は盛昌を為すから「光明盛昌」。坎は聖を為し、艮は納甲では丙に配してその数は三だから「三聖」。震は茂盛・隆厚を為し、伏乾は功徳を為すから「三聖茂承、功徳大隆」。
豫。猾夫爭強,民去其鄉。公孫叔子,戰於城南。坎為奸猾,震為夫、為強,坤為民、為鄉,震往,故民去其鄉。艮為叔、為孫,震為子,正反兩震相背,故曰戰。艮為城,震為南,故曰城南。下二句故實未詳。○城南,依汲古,宋元本作瀟湘,雖與上葉,似非。
《蒙》が《豫》に変わる。林辞は言う:奸猾の徒は強を争い勝を鬪わし、百姓は家郷を逃れ去る。公孫と叔子の两方は城南で交戦す。これは兵乱して流離するを主る辞。尚秉和の解象:坎は奸猾を為し、震は丈夫・強を為すから「猾夫争強」。坤は百姓・郷里を為し、震は前往を主るから「民去其郷」。艮は叔・孫を為し、震は子を為す。一正一覆の二つの震が背向して立つから「戦」。艮は城を為し、震は南を為すから「城南」。後の二句の指す史事はもはや考すべくもなし。校記に言う:「城南」は汲古閣本に依り、宋本・元本は「瀟湘」に作る――上文と押韻すると雖も、おそらく誤り。
隨。猿墮高木,不踒手足。保我金玉,還歸其室。巽為高,艮為猿,艮在震木上,故曰猿墮高木。艮手震足,兌折在外,故不踒。踒,折也。艮為金,震為玉、為歸,艮為室。○宋元本“保我金玉”在第四句,依汲古。金玉,汲古作全生,依宋元本。
《蒙》が《随》に変わる。林辞は言う:猿猴が高樹より跌け落ちるも、手脚は折れず。我が金玉を保って、また平安に己の屋に帰る。これは驚き有りて険なきの辞。尚秉和の解象:巽は高を為し、艮は猿を為し、艮は震木の上に居るから「猿堕高木」。艮は手を為し震は足を為し、兌は折断を主りて外卦に居るから「不踒」――「踒」はすなわち折断。艮は金を為し、震は玉・また帰返を為し、艮は屋室を為すから「保我金玉、還帰其室」。校記に言う:宋本・元本は「保我金玉」を第四句に置く。ここでは汲古閣本に依る。「金玉」の二字を汲古閣本は「全生」に作る。ここでは宋本・元本に依る。
蠱。逐狐東山,水遏我前。深不可涉,失利後便。艮狐震逐,震東,艮山,故曰逐狐東山。互大坎,故曰水、曰深不可涉。巽為利,坎為失,故曰失利後便。○遏,汲古作過,依宋元本。
《蒙》が《蠱》に変わる。林辞は言う:東山に往きて狐狸を追うも、前に大水に遮られ、水は深くて過ぎ得ず、時機を過して便利を失う。これは阻まれて利を失うを主る辞。尚秉和の解象:艮は狐を為し、震は追逐を主り、震は東を為し、艮は山を為すから「逐狐東山」。数爻を合わせて大坎の形を成すから「水」といい「深不可渉」と言う。巽は利を為し、坎は喪失を主るから「失利後便」。校記に言う:「遏」の字を汲古閣本は「過」に作る。ここでは宋本・元本に依る。
臨。鑿井求玉,非卞氏寶。名困身辱,勞無所得。震為玉,兌為井,伏艮為求。非卞氏寶,言求之非地也。艮為名,艮反故名困。坤為身、為下,故為辱。坤虛役萬物,故勞無所得。
《蒙》が《臨》に変わる。林辞は言う:井を鑿いて美玉を求めるも、それは卞和の献じたあの宝ではない。名声は困しみ身は辱められ、力を徒らにして一物も得ず。これはその地にあらざるを求むるを主る辞。尚秉和の解象:震は玉を為し、兌は井を為し、伏艮は求取を為すから「鑿井求玉」。「非卞氏宝」は処を求め誤ったと言う。艮は名声を為し、艮は覆象となったから「名困」。坤は身・卑下を為すから「身辱」。坤は中虚にして万物を役使するから「労无所得」。
觀。黃玉溫厚,君子所服。甘露溽暑,萬物生茂。伏震為黃、為玉,坤為厚,艮火,故曰溫厚、曰溽暑。艮為君子,坤為萬物、為暑,兌為露。○厚,宋本、汲古作德,依元本。
《蒙》が《観》に変わる。林辞は言う:黄玉は温潤にして厚重、君子の佩帶する物なり。甘露は降りて暑気は蒸潤し、万物は生長して茂盛す。これは大吉の辞。尚秉和の解象:伏震は黄・玉を為し、坤は厚を主り、艮は火を為すから「温厚」といい「溽暑」と言う。艮は君子を為すから「君子所服」。坤は万物・暑気を為し、兌は露を為すから「甘露溽暑、万物生茂」。校記に言う:「厚」の字を宋本と汲古閣本は「徳」に作る。ここでは元本に依る。
噬嗑。畫龍頭頸,文章不成。甘言善語,說辭無名。震為龍,艮為頭頸,離為文章,坎隱伏,故不成。初至四正覆震,故曰甘言善語、曰說辭。艮為名,坎隱故無名。○善,依宋元本,汲古作美。
《蒙》が《噬嗑》に変わる。林辞は言う:竜を画いて頭と頸のみを画き、纹彩は終に画き成らず。言う所はみな好い話ばかりで、游説の辞は名を成さない。これは始め有りて終りなきを主る辞。尚秉和の解象:震は竜を為し、艮は頭頸を為し、離は文彩を為すが、坎は潜隱すから「文章不成」。初爻から四爻まで一正一覆ともに震で、震は言語を主るから「甘言善語」といい「説辞」と言う。艮は名を為し、坎は隠伏すから「无名」。校記に言う:「善」の字は宋本・元本に依り、汲古閣本は「美」に作る。
賁。招禍致凶,來弊我邦。病在手足,不得安息。艮手為招、為致,坎為災禍、為凶,艮為邦,伏巽為敝。坎為病,艮手震足,坎居中,故病在手足。艮止為安息,坎險故不安。○邦,音崩,與凶韻。
《蒙》が《賁》に変わる。林辞は言う:禍事を招き凶険を致して、我が国家を弊破せしめる。手と足はことごとく病を害し、安寧を得ない。これは大凶の辞。尚秉和の解象:艮は手にして招引招致を主り、坎は災禍・凶を為し、艮は邦国を為し、伏巽は敝敗を主るから「招禍致凶、来弊我邦」。坎は病を為し、艮は手・震は足を為し、坎は中間に居るから「病在手足」。艮は静止を主り本来安息なりと雖も、坎は険陷を主るから「不得安息」。校記に言う:「邦」の字はここで「崩」と読み、「凶」の字と押韻す。
剝。履位乘勢,靡有絕斃。皆為隸圉,與眾庶位。艮為位,反震為履位乘勢。坤喪,故曰絕斃。艮為隸圉,坤為眾庶。艮僕坤眾合居,故曰與眾庶位。○皆圉,汲古作贊圖,非。位,宋元、汲古作伍,依元本。
《蒙》が《剥》に変わる。林辞は言う:高位を踏み権勢に乗ずるも、断絶敗亡の日を免れがたし。終には皆奴僕・馬夫となり、尋常の百姓と同列となる。これは貴より賤に転ずるを主る辞。尚秉和の解象:艮は爵位を為し、覆震は登位乗勢の象有りから「履位乗勢」。坤は喪亡を主るから「絶斃」。艮は奴隷・馬夫を為し、坤は庶民を為す。艮の僕と坤の衆が合一処に処るから「与衆庶位」。校記に言う:「皆」「圉」の二字を汲古閣本は「賛図」に作る――誤り。「位」の字を宋本・元本と汲古閣本は皆「伍」に作る。ここでは元本に依る。
復。獐鹿雉兔,群聚東圃。盧黃白脊,俱往趨逐。九齚十得,君子有喜。此用《蒙》象。坤文為雉,艮為獐,震為鹿、為兔,坤為群、為聚、為圃,震東故曰東圃。盧,黑犬。黃、白,皆犬名。《史記李斯傳》:“吾與汝牽黃犬”,《西京雜記》:“李亨有白望犬”。震為玄黃,又為日也。震為追逐、為口、為齚,震數九,故曰九齚,坤數十,故曰十得。震為喜,艮為君子。○圃,依汲古,宋元本皆作囿。趨,依宋元本,汲古作追。
《蒙》が《復》に変わる。林辞は言う:獐・鹿・野雉・野兎が、群れ聚まって東の園圃に在る。盧・黄・白脊の幾条かの猟犬が一斉に撲り上げて追う。九回咬んで十只を得、主人は心に満ちて歓喜す。これは田猟に大いに獲るを主る辞。尚秉和は言う、この条は遇卦《蒙》の卦象を用いる:坤は文彩有りて雉を為し、艮は獐を為し、震は鹿・兎を為し、坤は群・聚・園圃を為し、震は東方に在るから「群聚東圃」。「盧」は黒犬で、「黄」「白」も皆犬の名。《史記・李斯列伝》に「吾与汝牽黄犬」とあり、《西京雑記》は李亨が白望と名づくる犬を養いしと記す。震は玄黄の色を為し、また日を為す。震は追逐・口・咬嚙を為し、震の数は九だから「九齚」。坤の数は十だから「十得」。震は喜を為し、艮は君子を為すから「君子有喜」。校記に言う:「圃」の字は汲古閣本に依り、宋本・元本は皆「囿」に作る。「趨」の字は宋本・元本に依り、汲古閣本は「追」に作る。
無妄。織錦未成,緯盡無名。長子逐兔,鹿起失路。見利不得,因無所據。巽為帛、為錦、為緯,巽下斷,故曰未成、曰緯盡。艮為名,巽為伏,故無名。震為兔、為長子、為逐、為鹿、為起、為路,巽伏故失路。震為後,巽為利,艮止,故不得。○錦盡,從元本,汲古及宋本作金、作畫,顯為訛字。鹿起失路,依宋元本,汲古作鹿失先路。見,依汲古,宋本作多。後因無所據四字,因疑困之訛字,附記待考。
《蒙》が《无妄》に変わる。林辞は言う:錦はいまだ織り成らざるに緯線が尽き、名堂を織り出せず。長子は野兎を追いに行き、鹿がまた驚き起きて、かえって路に迷う。利を眼の前にしながら手に入らず、終に依り拠なし。これは功敗れて垂成せんとするを主る辞。尚秉和の解象:巽は帛・錦・緯線を為し、巽の下画は断われるから「未成」といい「緯尽」と言う。艮は名を為し、巽は潜伏を主るから「无名」。震は兎・長子・追逐・鹿・驚起・道路を為し、巽はすでに潜伏せりから「失路」。震は後を為し、巽は利を為し、艮は静止を主るから「見利不得」。校記に言う:「錦」「尽」の二字は元本に従い、汲古閣本と宋本は「金」に作り「画」に作る――明らかに訛字。「鹿起失路」は宋本・元本に依り、汲古閣本は「鹿失先路」に作る。「見」の字は汲古閣本に依り、宋本は「多」に作る。末尾「因无所拠」の四字中の「因」は、「困」の訛字と疑われる――ここに附記して考訂を待つ。
大畜。天厭周德,命與仁國。以禮靖民,兵革休息。震為周、為德,乾為天,兌絕,故曰天厭周德。艮為國,震為仁,故曰仁國。伏坤為民、為體,艮止為靖,艮剛在外為刀兵、為膚革,艮止,故休息。○靖,元本作靜,依宋本。
《蒙》が《大畜》に変わる。林辞は言う:上天は周朝の徳運を厭棄し、天命を仁政を行う国に交付した。礼をもって百姓を安んじ、兵戈・甲冑は収めて用いない。これは運を改め太平を致すを主る辞。尚秉和の解象:震は周・徳を為し、乾は天を為し、兌は断絶を主るから「天厭周徳」。艮は国を為し、震は仁を為すから「仁国」。伏坤は民・形体を為し、艮は静止を主りて安定を為すから「以礼靖民」。艮は陽剛をもって外に居り刀兵・皮革甲冑を象り、艮はまた止を主るから「兵革休息」。校記に言う:「靖」の字を元本は「静」に作る。ここでは宋本に依る。
頤。重譯貢芝,來除我憂。善說遂良,與喜相求。震為言,正反震,故曰重譯。艮為芝,震為進,故曰貢芝。坤為我、為憂,震樂,故不憂。正反震,故曰善說、故曰喜。艮為求,正反艮,故曰相求。○貢,宋元本作賀,汲古作買,依局本。遂良,疑有訛字。
《蒙》が《頤》に変わる。林辞は言う:輾転して遠方の来使の言葉を翻訳し、霊芝を進貢し、我のために憂愁を除く。言辞は和善にして賢良に通達し、互いに喜をもって相待つ。これは遠人の来朝を主る吉辞。尚秉和の解象:震は言語を為し、一正一覆の二つの震だから「重訳」――すなわち層層の転訳。艮は霊芝を為し、震は進献を主るから「貢芝」。坤は我・憂を為すが、震は歓楽を主るから「来除我憂」。一正一覆の二つの震だから「善説」といい「喜」と言う。艮は求を為し、一正一覆の二つの艮だから「相求」。校記に言う:「貢」の字を宋本・元本は「賀」に作り、汲古閣本は「買」に作る。ここでは局本に依る。「遂良」の二字は訛誤あると疑われる。
大過。膏壤肥澤,人民孔樂。宜利居止,長安富有。上卦兌,故曰膏澤,乾為肥,伏坤為壤,為人民,伏震為樂。巽為利,伏艮為居止。坤為長安,乾為富有。○宋本、汲古作膏澤肥壤,依元本,與樂協。富有,依汲古,與止協,宋元皆作富貴。
《蒙》が《大過》に変わる。林辞は言う:土地は肥沃にして水沢は豊潤、百姓は甚だ快楽。安居し利を得るに宜しく、長く平安にして富有す。これは大吉の辞。尚秉和の解象:上体は兌だから「膏沢」。乾は肥を主り、伏坤は土壤・人民を為し、伏震は歓楽を為すから「膏壤肥沢、人民孔楽」。巽は利を為し、伏艮は居止を為すから「宜利居止」。坤は長安を為し、乾は富有を為すから「長安富有」。校記に言う:宋本と汲古閣本は「膏沢肥壤」に作る。ここでは元本に依る――「楽」の字と押韻するから。「富有」は汲古閣本に依り――「止」の字と押韻する。宋本・元本は皆「富貴」に作る。
坎。白龍黑虎,起鬐暴怒。戰於涿鹿,蚩尤敗走。居止不殆,君安其所。震為白、為龍,艮為虎、為黔,故曰黑虎。震為起、為鬐、為威武、為怒、為戰、為鹿,坎水,故曰涿鹿。坎為寇盜,故曰蚩尤。坎險,故曰敗走。艮為居止,震為君。○涿鹿,汲古及常本皆作阪泉,於象亦合,然鹿與上韻,故從宋元本。鬐,汲古作伏,從宋元本。
《蒙》が《坎》に変わる。林辞は言う:白竜と黒虎は鬐鬣を竪てて、暴怒して相い闘う。涿鹿の野に大戦し、蚩尤は敗れて逃げる。安居して再び危殆なく、君主はその位に穏坐す。これは先に険ありて後に安んずるの辞。尚秉和の解象:震は白・竜を為し、艮は虎・黒を為すから「白竜黒虎」。震は起・鬐鬣・威武・発怒・戦・鹿を為し、坎は水を為すから「起鬐暴怒」「戦于涿鹿」。坎は寇盗を為すから「蚩尤」。坎は険陷を主るから「敗走」。艮は居止を為し、震は君を為すから「居止不殆、君安其所」。校記に言う:「涿鹿」を汲古閣本と通行本は皆「阪泉」に作る――卦象にも通ずれども、「鹿」の字は上文と押韻するから、宋本・元本に従う。「鬐」の字を汲古閣本は「伏」に作る。ここでは宋本・元本に従う。
離。抱關傳言,聾跛摧筋。眾賤無下,災殃所在。伏艮為關、為手,故曰抱關。正反兌口,故曰傳言。坎為耳,震為行,坎伏故聾,震伏,故跛。巽為殞落,兌毀折,故曰摧筋,蓋伏坎為筋也。坎為眾,離為災殃。○言,宋元本作語,筋作殆,依汲古。汲古下二句作“破賤無災,不安其所”,依宋元本。丁晏云:《淮南子》“聾者可令摧筋”,王制:瘖聾跛躃,百工各以其事食”。按:摧筋謂摩筋,摧揉之使柔也。抱關與跛聾為對文,傳言摧筋為對文,《周禮秋官》掌戮職,雲劓者使守關,守關則傳達禁令,故曰傳言,亦賤職也,故曰眾賤。《爾雅釋訓》:下,落也。《儀禮士相見禮》:“執摯至下”,鄭注:下,君所也。無下者,言眾賤無下落,不得其所也。言與筋亦韻,宋元本筋作殆,非也,將對文之義全失,且眾字亦無著落,此又汲古所據之本,前於宋元本之證也。
《蒙》が《離》に変わる。林辞は言う:関門を守る者は号令を伝え、耳聾腿跛の者は人のために筋を揉む。この輩の下賤人には安身する処なく、災殃は正に彼らの頭上に落ちる。これは賤役が苦しむを主る辞。尚秉和の解象:伏艮は関門・手を為すから「抱関」。一正一覆の二つの兌口だから「伝言」。坎は耳を為し、震は行走を為す。坎は潜伏するから「聾」、震は潜伏するから「跛」。巽は隕落を主り、兌は毀折を主るから「摧筋」――伏坎が正に筋を為すがゆえ。坎は衆を主り、離は災殃を為すから「衆賤无下、災殃所在」。校記に言う:「言」の字を宋本・元本は「語」に作り、「筋」の字を「殆」に作る。ここでは汲古閣本に依る。汲古閣本は後の二句を「破賤无災、不安其所」に作る。ここでは宋本・元本に依る。丁晏は《淮南子》を引いて聾人は筋を揉ませるべしと言い、また《礼記・王制》を引いて瘖・聾・跛・躃の人は各々その能くする手芸に依って生を営むと言う。尚氏の按語に言う:「摧筋」はすなわち摩筋――揉み搓って柔かくする。「抱関」と「跛聾」は相対して文を成し、「伝言」と「摧筋」は相対して文を成す。《周礼・秋官》の掌戮の職に言う:劓刑を受けた者は関を守らせられ、関を守ればすなわち禁令を伝えねばならぬから「伝言」。これもまた賤役だから「衆賤」。《爾雅・釈訓》は「下」は落の意と言い、《儀礼・士相見礼》の「執贄至下」に鄭玄の注は「下」は君主の居る処を指すと言う。「无下」はこの賤役どもに落ち着く処がなく安身の所を得ざると言う。「言」と「筋」もまた押韻し、宋本・元本が「筋」を「殆」に作るは誤り――そうすれば対文の義は全て失われ、「衆」の字も落ち着きなくなる。これもまた汲古閣本の拠る底本が宋本・元本より早い一証拠である。
咸。憂禍解除,喜至慶來。坐立歡門,與樂為鄰。通《損》。震樂,故憂禍解除,喜至慶來。艮坐震立,震歡艮門,故曰坐立歡門。
《蒙》が《咸》に変わる。林辞は言う:憂愁・禍患は皆解除され、喜事・吉慶は連ねて来る。坐すも立つも歓楽の門に在り、快楽と隣りを為した。これは大吉の辞。尚秉和は言う、この条は旁通を用い、《咸》の旁通卦は《損》。震は歓楽を主るから「憂禍解除、喜至慶来」。艮は坐を主り震は立を主り、震は歓を為し艮は門を為すから「坐立歓門」。
恆。折鋒載殳,轝馬放休。行軍依營,天下安寧。兌為鋒、為殳、為折,艮覆兌折,故曰折鋒。震為車,故曰載殳。震為馬,在外,故曰放休。坤為軍,伏艮為營,艮止,故曰依營,言不出也。坤為天下、為安寧。○轝,汲古作與。行軍,宋本、汲古作狩軍,依元本。
《蒙》が《恒》に変わる。林辞は言う:鋒刃を折り長き殳を車に装い、車馬は皆放して歇息せしむ。行軍は地に就いて営に依り駐屯し、天下はここにおいて安寧す。これは兵を罷め安を得るを主る辞。尚秉和の解象:兌は鋒刃・殳・折断を為し、艮は兌の覆象にして折を主るから「折鋒」。震は車を為すから「載殳」。震は馬を為して外に居るから「放休」。坤は軍旅を為し、伏艮は営塁を為し、艮は静止を主るから「行軍依営」――駐屯して再び出動せぬの意。坤は天下・安寧を為すから「天下安寧」。校記に言う:「轝」の字を汲古閣本は「与」に作る。「行軍」を宋本と汲古閣本は「狩軍」に作る。ここでは元本に依る。
遯。至德之君,仁政且溫。伊呂股肱,國富民安。乾為君、為至德、為仁,艮火,故曰溫。艮為臣,故曰伊呂。巽為股,艮為肱,故曰伊呂股肱。伏坤為國、為民,乾富艮安。
《蒙》が《遯》に変わる。林辞は言う:徳行極まれる君主は、仁政を施してまた温和なり。伊尹・呂望のごとき重臣が臂膀を為し、国家は富庶にして百姓は安寧す。これは大吉の辞。尚秉和の解象:乾は君・至徳・仁を為し、艮は火を為すから「温」。艮は臣を為すから、伊尹・呂望の象を取る。巽は大腿を為し、艮は手臂を為すから「伊呂股肱」。伏坤は国・民を為し、乾は富を主り艮は安を主るから「国富民安」。
大壯。千里望城,不見山青。老兔蝦●,遠絕無家。震為千里,艮為城、為望、為山,震東方,色青,艮伏故不見。震為兔、為蝦●。艮為家,艮覆,故無家。○●,汲古作蟆。蟆,●同。山青,依元本,汲古作青山。
《蒙》が《大壮》に変わる。林辞は言う:千里を隔ててあの城を眺めるも、青青たる山色を見えず。老兎と蝦蟇は、遠く隔絶して帰宿なし。これは遠離して所を失うを主る辞。尚秉和の解象:震は千里を為し、艮は城・眺望・山を為す。震は東方に属しその色は青なるも、艮は潜伏すから「不見山青」。震は兎・蝦蟇を為す。艮は家を為し、艮はすでに覆象となったから「遠絕无家」。校記に言う:この残缺の字を汲古閣本は「蟆」に作る――「蟆」とこれは同一の字。「山青」は元本に依り、汲古閣本は「青山」に作る。
晉。有莘季女,為夏妃后。貴夫壽子,毋字四海。坤為茅茹,故曰有莘。艮為季,坤女,故曰有莘季女。離為夏。坤為妃后。艮為貴、為壽,坎為夫、為中子,坤為母、為字。字者,養也。坤為水、為海,反震,卦數四,故曰四海。有莘氏,大禹之母。
《蒙》が《晋》に変わる。林辞は言う:有莘氏の小女が、夏后氏の妃后となった。夫は尊貴にして子は長寿、撫育の徳は四海に及ぶ。これは女が貴にして後有るを主る辞。尚秉和の解象:坤は茅草の叢聚を為すから「有莘」。艮は季を為し、坤は女を為すから「有莘季女」。離は夏を為し、坤は妃后を為すから「為夏妃后」。艮は尊貴・長寿を為し、坎は丈夫・中子を為すから「貴夫寿子」。坤は母・哺育を為し、「字」はすなわち養育。坤は水・海を為し、覆震は卦数の中で四に配するから「四海」。有莘氏はすなわち大禹の母である。
明夷。不虞之患,禍至無門。奄忽暴卒,痛傷我心。坤為患、為禍,坎為憂虞,艮為門,三至五艮覆,故曰無門。坤死故曰卒。坎為心、為痛,坤為我。《道德指歸論》:“道之為物,窺之無戶,察之無門”,無門,言不知禍之所自來也。
《蒙》が《明夷》に変わる。林辞は言う:意料の外の禍患は、来るにそれの進入する門を見出せず。轉眼の間に暴亡し、我が心を痛め傷つく。これは大凶の辞。尚秉和の解象:坤は禍患を為し、坎は憂慮防備を為し、艮は門を為す。三至五爻の艮は覆象だから「无門」。坤は死を主るから「暴卒」。坎は心・痛を為し、坤は我を為すから「痛傷我心」。厳遵《道徳指帰論》は言う:道という物は、窺えば門戸なく察すれば門径なし。ここの「无門」は禍事がどこから来るかを知らぬと言う。
家人。飛鷹退去,不食雉雞。憂患解除,主君安居。此用《蒙》象。艮為鷹、為飛,震反,故退去。本卦離為雉,巽為雞,坎為食,震為解除,上卦兌覆,故不食。坎為憂患、為君主,艮為安居。○雉雞,宋元本作鄰鳥,依汲古。解除,汲古作心解,依宋元本。主君,宋本、汲古作君主,依元本。
《蒙》が《家人》に変わる。林辞は言う:飛び来たる老鷹は退き去り、野雉も家鶏も食わず。憂患は解除され、主人は安然として居処す。これは危を転じて安と為すの辞。尚秉和は言う、この条は遇卦《蒙》の卦象を用いる:艮は鷹・飛を為し、震は覆象となったから「退去」。本卦《家人》の離は雉を為し巽は鶏を為し、坎は吞食を主り、震は解除を主る。上体の兌はすでに倒れて覆象となったから「不食」。坎は憂患・君主を為し、艮は安居を為すから「憂患解除、主君安居」。校記に言う:「雉鶏」を宋本・元本は「鄰鳥」に作る。ここでは汲古閣本に依る。「解除」を汲古閣本は「心解」に作る。ここでは宋本・元本に依る。「主君」を宋本と汲古閣本は「君主」に作る。ここでは元本に依る。
睽。跮蹉側跌,申酉為祟。戌亥滅明,顏子隱藏。二折震成兌,故跮蹉側失。兌西方金,故曰申酉為祟。艮居戌亥,艮為明,艮伏故滅明。艮為顏,艮伏,故顏子隱藏。○蹉,元本作差,差蹉古通。申酉、戌亥,蓋古占術。
《蒙》が《睽》に変わる。林辞は言う:脚步は蹌踉として側に跌け倒れ、申酉の两支が祟りを為す。戌亥の位に至れば光明は泯滅し、顔子は隠蔵して出ず。これは時位の利あらざるを主る辞。尚秉和の解象:第二爻が折れれば、震はすなわち兌となるから「跮蹉側跌」。兌は西方の金に属し、申酉に配するから「申酉為祟」。艮は戌亥の位に居り、艮は光明を為し、艮はすでに潜伏せりから「戌亥滅明」。艮は顔を為し、艮は潜伏すから「顔子隠蔵」。校記に言う:「蹉」の字を元本は「差」に作る――「差」「蹉」は古来相通ず。申酉・戌亥の講法は、おそらく古代の占術より出る。
蹇。司祿憑怒,謀議無道。商氏失政,殷人乏嗣。《漢書天文志》:“司祿,文昌第六星”。此用《蒙》象。艮為星、為官,故曰司祿。震為怒、為言,故為議。坎為心,故曰謀議。艮為道,坎伏,故曰無道。震為子、為人。子者,殷商之姓,坤殺,故無子而乏嗣。○氏,宋本、汲古作民,從元本。
《蒙》が《蹇》に変わる。林辞は言う:司禄の星は雷霆を大いに発するも、謀議の事は全く道に合わず。商朝は政権を失い、殷人は後嗣を絶った。これは亡国して祀を絶つを主る辞。尚秉和は先ず《漢書・天文志》を引いて言う:司禄は文昌宮の第六の星。次に言う、この条は遇卦《蒙》の卦象を用いる:艮は星・官を為すから「司禄」。震は発怒・言語を為すから「議」となる。坎は心を為すから「謀議」。艮は道を為し、坎は潜伏すから「无道」。震は子・人を為す――「子」は正に殷商の国姓で、坤は粛殺を主るから、子なくして後が絶えた。校記に言う:「氏」の字を宋本と汲古閣本は「民」に作る。ここでは元本に従う。
解。望雞得雛,冀馬獲駒。大德生少,有廖從居。巽為雞,離目為望,巽伏,故不得雞而得雛,震為雛也。坎為馬,震為雛、為駒。下二句疑有訛字,義皆未詳。○雛,依汲古,宋元本作雉。
《蒙》が《解》に変わる。林辞は言う:鶏を盼むも雛を得、馬を望むも駒を得る。大徳の家は後代を生養し、廖氏とともに居る。これは得る所が望む所に如かぬの辞。尚秉和の解象:巽は鶏を為し、離は目にして眺望を主り、巽はすでに潜伏せりから、鶏を得ずして雛のみを得る――震が正に雛を為すがゆえ。坎は馬を為し、震は雛・馬駒を為すから「冀馬獲駒」。後の二句は訛字あると疑われ、意は皆講じ明らかにし得ず。校記に言う:「雛」の字は汲古閣本に依り、宋本・元本は「雉」に作る。
損。忉忉怛怛,如將不活。黍稷之恩,靈輒以存。《詩陳風》“心焉忉忉”,《傳》“忉忉,憂貌”,坤為憂,故曰忉忉怛怛。怛,亦憂也。坤死,故曰不活。震為黍稷、為恩,坤虛為餓,故曰靈輒。《左傳宣二年》:“初,趙盾田,見靈輒,餓食之”,故曰靈輒以存。○忉忉,汲古訛切切,俗本又訛叨叨,依宋元本。又汲古多“獲生保年”四字,依宋元本。
《蒙》が《損》に変わる。林辞は言う:憂心は忉忉たり、愁苦に耐え難く、眼の前に生き成さんとするあらず。一頓の黍稷の恩に靠って、霊輒は初めて性命を保った。これは危うくして救いを獲るの辞。尚秉和の解象:《詩経・陳風》に「心焉忉忉」とあり、毛伝は「忉忉」は憂愁のさまと言う。坤は憂を主るから「忉忉怛怛」――「怛」もまた憂なり。坤は死亡を主るから「如将不活」。震は黍稷・恩惠を為し、坤は中虚にして飢餓となるから、霊輒の象を取る。《左伝》宣公二年は趙盾が猟して餓え倒れた霊輒に遇い、彼に飯を給したを記すから「霊輒以存」。校記に言う:「忉忉」を汲古閣本は「切切」と誤り、俗本はまた「叨叨」と誤る。ここでは宋本・元本に依る。汲古閣本はまた「獲生保年」の四字を多く出す。ここでは宋本・元本に依る。
益。噂噂囁囁,夜作晝匿。謀議我資,來攻我室。空盡我財,幾無以食。初至五正反震相對,故曰噂噂囁囁。噂囁,對語也。此句宋元本、汲古原作莫莫輯輯,於卦象不切,依節之艮校。坤為夜,與震連,故夜作晝。伏乾為大明、為晝,巽為伏,故曰晝匿。坤為財、為我,正反震,故曰謀議我資。艮為室,震為伐、為攻,坤虛故財空。震為食,坤飢,故無食。○來,依汲古,宋元本作求。
《蒙》が《益》に変わる。林辞は言う:頭を交え耳を接して窃窃私語し、夜に活動し昼に躲蔵す。密に我が家産を謀り算して、来たりて我が屋舎を攻打し、我が財物を掏空して、ほとんど食べる物も無からんとす。これは劫に遭い家を破るを主る辞。尚秉和の解象:初爻から五爻まで一正一覆の二つの震が相対するから「噂噂囁囁」――「噂囁」はすなわち二人相対して私語すること。この一句を宋本・元本と汲古閣本はもと「莫莫輯輯」に作り、卦象に贴切せず、尚氏は《節》之《艮》のあの条に拠って校改した。坤は夜を為し、震と相連なるから「夜作」。伏乾は大明・白昼を為し、巽は潜伏を主るから「昼匿」。坤は財・我を為し、一正一覆の二つの震だから「謀議我資」。艮は屋室を為し、震は討伐・進攻を為し、坤は中虚だから家財は掏空された。震は食を為し、坤は飢を主るから「幾无以食」。校記に言う:「来」の字は汲古閣本に依り、宋本・元本は「求」に作る。
夬。天之所壞,不可強支。眾口指笑,雖貴必危。乾為天,兌毀,故曰天之所壞,不可強支。兌為口、為笑,坤眾,故曰眾口。伏艮為指、為貴,兌毀,一陰將盡故危。○指,汲古本作遭,乃嘈之訛字,蠱之艮作嘈嘈。首二句本《國語》“天之所支不可壞也”,所壞不可支也。
《蒙》が《夬》に変わる。林辞は言う:上天の毀らんとするものは、人力では硬く支えがたし。衆人は指を点して譏笑し、縦い顕貴なるも必ず危うし。これは勢去りて救い難きを主る辞。尚秉和の解象:乾は天を為し、兌は毀折を主るから「天之所壞、不可強支」。兌は口・譏笑を為し、坤は衆多を主るから「衆口」。伏艮は手指・尊貴を為し、兌は毀折を主り、一個の陰爻は眼の前に消え尽きんとすから「雖貴必危」。校記に言う:「指」の字を汲古閣本は「遭」に作る――それは「嘈」の訛字で、《蠱》之《艮》の一条は「嘈嘈」に作ることをもって証とす。冒頭の二句は《国語》の「天之所支不可壞也」に本づき、反って言えばすなわち天の毀らんとするものは支えがたし。
姤。目動睫瞤,喜來加身。舉家蒙歡,吉利無殃。《說文》:“瞤,目動也”,《西京雜記》:“陸賈曰:目瞤得酒食”。伏震為動、為喜,坤為身。目睫象未詳。○睫,汲古本作頰,俗木多從之,非,依宋元本。《漢書》:“睫瞤得酒肉。”
《蒙》が《姤》に変わる。林辞は言う:眼皮は跳ね睫毛は動き、喜事はまさに身に落ちんとす。全家は皆光を沾い歓喜し、吉利にして災殃なし。これは大吉の辞。尚秉和は先ず字義を釈す:《説文》は「瞤」は眼皮の跳ね動くことと言い、《西京雑記》は陸賈の言に眼が跳ねれば酒食を得ると記す。次に象を解す:伏震は動・喜を為し、坤は身を為すから「目動睫瞤、喜来加身」。「目」「睫」の取る卦象が何かは、なお講じ明らかにし得ず。校記に言う:「睫」の字を汲古閣本は「頰」に作り、俗本は多くそれに沿襲する――誤り。ここでは宋本・元本に依る。《漢書》にも「睫瞤得酒肉」の説法あり。
萃。黿羹芬香,染指拂裳。口飢於手,子公恨饞。艮為黿,坤為羹,巽為臭,故曰芬香。艮為指、為拂,坤水,故染指。坤為裳,艮手,故拂裳。兌為口,坤為飢,口飢於手者,言口飢而恃手也。於,依也。《孔融書》:“舉杯相於”,曹植《樂府》:“心相於”,《杜甫詩》:“良友幸相於”,皆作依恃解,是其證。子公,鄭公子宋也。《左傳宣四年》:“楚人獻黿於鄭靈公,公子宋與子家將見,子公之食指動,以示子家曰:“他日我如此,必嘗異味”,及入,宰夫將解黿,相視而笑,公問,子家以告。及食大夫黿,召子公而弗與,子公怒,染指於鼎,嘗之而出。林詞全述其事。○拂裳,依汲古,古人衣袖寬博,言染指之時須拂裳也,宋元本作弗嘗,於、子公,依宋元本,汲古誤打、誤公子,饞作讒。
《蒙》が《萃》に変わる。林辞は言う:甲魚の羹は香気が鼻に扑鼻し、羹を蘸すに衣裳を撩り上げねばならぬ。口が食べようとすれば手に仰ぐほかなく、子公はこの一口を饞えて恨みを心に結ぶ。これは食を争い怨を結ぶを主る辞。尚秉和の解象:艮は黿を為し、坤は羹を為し、巽は気味を為すから「芬香」。艮は手指・拂拭を為し、坤は水を為すから「染指」。坤は下裳を為し、艮は手を為すから「拂裳」。兌は口を為し、坤は飢を為す。「口飢于手」は口が飢えれば手に倚仗するほかないと言い、「于」は依靠の意。孔融の書信に「擧杯相于」とあり、曹植の楽府に「心相于」とあり、杜甫の詩に「良友幸相于」とあり、皆依靠の講を為す――佐証となり得る。子公はすなわち鄭国の公子宋。《左伝》宣公四年は楚国人が甲魚を鄭霊公に献じ、公子宋と子家がまさに進見せんとするに、子公の食指が忽ち動き、彼は子家に見せて言う、昔の我がこうあれば、必ず珍奇の味を嘗めたと。入って厨人がまさに黿を宰らんとするを見て、両人は相い視て笑い、霊公は問い追り、子家は話を彼に告げた。大夫の黿を分食するに及び、霊公は子公を召して偏えに彼に与えず、子公は怒り、手指を鼎に伸ばし蘸して、嘗めて走り去った。林辞はこの事を完整地に叙述す。校記に言う:「拂裳」は汲古閣本に依る――古人の衣袖は寛大で、染指するに衣裳を撩り上げるを須とす。宋本・元本は「弗嘗」に作る。「于」の字と「子公」は宋本・元本に依り、汲古閣本は誤って「打」に作り誤って「公子」に作り、「饞」の字を「讒」に作る。
升。天福所豐,兆如飛龍。成子得志,六二以興。伏乾故曰天福、曰豐,震為飛、為龍,坤坼為兆,故曰兆如飛龍。伏艮為成,震子,故曰成子。震為興,巽為志,故曰得志。坤數二,伏乾數六,故曰六二。翟云升云:“六二謂十二世也。”愚按:《莊子胠篋篇》:“田成子十二世有齊國”,《釋文》云:“自敬仲奔齊,至莊子九世,知齊政自大公和至威王三世而有齊國,共十二世”,故曰六二以興。○以,從元本,汲古及常本多作已。二,宋本作三,非,從汲古。
《蒙》が《升》に変わる。林辞は言う:上天の賜る福気は正に豊厚で、卜兆は飛竜の騰空するがごとし。田成子は願いを得て償い、十二世に伝わって興盛す。これは家族の発達を主る辞。尚秉和の解象:伏乾あるから「天福」といい「豊」と言う。震は飛・竜を為し、坤は中が裂け開いて卜兆となるから「兆如飛竜」。伏艮は「成」を為し、震は子を為すから「成子」。震は興を為し、巽は志を為すから「得志」。坤の数は二、伏乾の数は六だから「六二」。翟雲升は言う:「六二」はすなわち十二世。尚氏の按語に言う:《荘子・胠篋》は田成子が十二世にして斉国を拠有したと講じ、《経典釈文》は敬仲が斉に奔るより荘子まで共に九世で斉国の政権を掌握し、自ら太公和より威王まで三世にして正式に斉を有し、合わせて十二世と言うから「六二以興」。校記に言う:「以」の字は元本に従い、汲古閣本と通行本は多く「已」に作る。「二」の字を宋本は「三」に作る――誤り。ここでは汲古閣本に従う。
困。氓伯易絲,抱布自媒。棄禮急情,卒罹悔憂。《詩氓》之篇:“氓之蚩蚩,抱布貿絲。匪來貿絲,來即我謀”。布,幣也。貿即易也。伏震為伯,巽為絲、為布,巽為商賈,故抱布易絲。伏艮為抱,坎為合、為媒、為憂。○易絲,宋本、汲古作以婚,依元本。罹,依宋本,元本作離,義同。
《蒙》が《困》に変わる。林辞は言う:あの男子は銭を持ちて糸に換え、布匹を抱えて自ら門に上りて親を言う。礼数を抛きて只一時の情を顧み、終に懊悔・憂愁を落とす。これは苟合して悔を致すを主る辞。尚秉和の解象:《詩経・衛風・氓》に「氓之蚩蚩、抱布貿糸。匪来貿糸、来即我謀」とあり、「布」は銭幣で「貿」はすなわち交換。伏震は伯を為し、巽は糸・布を為し、巽はまた商賈を為すから「抱布易糸」。伏艮は抱を為し、坎は契合・媒妁・憂を為すから「自媒」「悔憂」。校記に言う:「易糸」を宋本と汲古閣本は「以婚」に作る。ここでは元本に依る。「罹」の字は宋本に依り、元本は「離」に作る――意は同じ。
井。夏姬親附,心聽悅喜。利以搏取,無言不許。通《噬嗑》。離為夏,震為姬,兌悅,故親附、故悅喜。坎為心、為聽,巽為利,艮為搏取,震為言。○姬,汲古作姒,依宋元本作震辭。按:《左傳》:巫臣嘗止子反取夏姬,後竟自取,林似指此事。
《蒙》が《井》に変わる。林辞は言う:夏姫は親近して依附し、心に聴けばすなわち歓喜。機会を把えて搏取するに宜しく、口を開けば許さぬことなし。これは人に求めて允を得るを主る辞。尚秉和は言う、この条は旁通を用い、《井》の旁通卦は《噬嗑》。離は夏を為し、震は姫を為し、兌は喜悦を主るから「親附」といい「悦喜」。坎は心・聴を為し、巽は利を為し、艮は搏取を為し、震は言語を為すから「利以搏取、无言不許」。校記に言う:「姫」の字を汲古閣本は「姒」に作る。ここでは宋本・元本に依り、「姫」は正に震の取象に合す。尚氏の按語に言う:《左伝》は巫臣がかつて子反に夏姫を娶るを止め、後に自ら彼女を娶ったを記す――林辞はおそらくこの事を指す。
革。南山昊天,刺政閔身。疾悲無辜,背憎為仇。通《蒙》。震南艮山,故曰南山。本卦離為夏,故曰昊天。《爾雅釋天》:“夏為昊天。”注:言氣皓旰也。坎為刺,坤為政、為身,坎為憂閔、為悲、為疾、為憎、為仇,坤為辜,坤虛故無。艮為背,下坎,故曰背憎。《詩小雅》:“節彼南山,不弔昊天”,為刺譏厲王之詩。林辭全用其意。○昊,從宋元本,汲古誤旻,元本作艮,林象亦合。
《蒙》が《革》に変わる。林辞は言う:南山は高く聳え、昊天は上に在り。時政を譏刺し、自身を哀憫す。痛苦・悲憤にしてもとより罪過なく、裏で人に憎まれて仇怨を結ぶ。これは冤を含み忌に遭うを主る辞。尚秉和は言う、この条は旁通を用い、《革》の旁通卦は《蒙》。震は南を為し艮は山を為すから「南山」。本卦《革》の中の離は夏を為すから「昊天」――《爾雅・釈天》は夏を昊天と呼び、注文は気象の光明盛大を形容すると講ずる。坎は譏刺を為し、坤は政事・自身を為し、坎は憂憫・悲・疾苦・憎悪・仇怨を為し、坤は罪辜を為して中が虚だから「无辜」。艮は背を為し、下体は坎だから「背憎」。《詩経・小雅》に「節彼南山、不弔昊天」とあり、尚氏はそれは厲王を譏刺する詩と言い、林辞は全くその意を取る。校記に言う:「昊」の字は宋本・元本に従い、汲古閣本は誤って「旻」に作り、元本は「艮」に作る――林辞の取象にも通ず。
鼎。三人為旅,俱歸北海。入門上堂,拜謁王母。勞賜我酒,歡樂無疆。通《屯》。震為人,後天數三,震為商旅,故曰三人為旅。坤為海水,位北,故曰北海。震為歸,故歸北海。艮為門堂,震為入、為上,艮為拜,震為謁、為王,坤母,故曰王母。坎為勞、為酒,坤為我。象全用旁通。○宋元本作井林,旁通《噬嗑》,於象不盡合,汲古少“歡樂無疆”四字,不協。
《蒙》が《鼎》に変わる。林辞は言う:三人は伴を結んで同行し、一斉に北海に帰る。門に入り堂に登り、王母を拜見す。彼女は我を慰労し酒を賜りて飲ませ、歓楽に尽きることなし。これは大吉の辞。尚秉和は言う、この条は旁通を用い、《鼎》の旁通卦は《屯》。震は人を為し、後天の数では三に配し、震はまた商旅を為すから「三人為旅」。坤は海水を為し、位は北方に在るから「北海」。震は帰返を主るから「倶帰北海」。艮は門・堂を為し、震は入・上を為し、艮は下拜を為し、震は謁見・王を為し、坤は母を為すから「入門上堂、拜謁王母」。坎は慰労・酒を為し、坤は我を為すから「労賜我酒」。全条の取象は皆旁通を用いる。校記に言う:宋本・元本はこの条を《井》林の下に繋る――すなわち《噬嗑》に旁通すべく、卦象に尽く合せられず。汲古閣本はまた「歓楽无疆」の四字を欠き、韵脚は協わず。
震。愆淫旱疾,傷害稼穡。喪制病來,農人無食。愆者,不及淫者過也。艮為火,坎為疾,故曰旱疾。震為稼穡,艮火,故傷害禾稼。震為人、為農、為食,稼傷,故無食。震初至四與無妄初至四同,京房以無妄為大旱卦,自虞翻莫明其義,由艮火之象失傳也。○愆,汲古作陽,疾作病,制作刈,茲從宋元本。林詞訛誤若此者,直無如何。又宋元本作井林,象亦合。
《蒙》が《震》に変わる。林辞は言う:雨水は或いは欠け或いは濫れ、旱情は災を成して庄稼を傷つく。喪事と疾病は連ねて来り、田を耕す人に食べる飯なし。これは大凶の辞。尚秉和は先ず字義を釈す:「愆」は及ばざる、「淫」は過ぎる。次に象を解す:艮は火を為し、坎は疾を為すから「旱疾」。震は稼穡を為し、艮は火を為すから「傷害稼穡」。震は人・農夫・食を為し、庄稼はすでに傷ついたから「農人无食」。《震》卦の初爻から四爻の形状は《无妄》の初爻から四爻と同じく、京房は《无妄》を大旱の卦と定め、虞翻以下は皆その所以を講じ出せず――正に艮が火を為すこの逸象の失伝したがゆえ。校記に言う:「愆」の字を汲古閣本は「陽」に作り、「疾」を「病」に作り、「制」を「刈」に作る。ここでは宋本・元本に従う。林辞の訛誤がこの地步に至りて、実に如何ともするべくもなし。宋本・元本はまたこの条を《井》林の下に繋る――象にも合す。
艮。攫飯把肉,以就口食。所往必得,無有虛乏。坎為飲、為肉,艮手為攫、為把,互震為口、為食、為往,坎為得,故無有虛乏。○所,元刊作萬,依宋本、汲古。
《蒙》が《艮》に変わる。林辞は言う:飯を抓み肉を把り、口の辺に送ればすなわち食らう。どこへ往くも必ず得る所有り、空手にして餓えることなし。これは随処に食を得るを主る吉辞。尚秉和の解象:坎は飲・肉を為し、艮は手にして抓取執持を主るから「攫飯把肉」。互い出た震は口・食・前往を為し、坎は獲得を為すから「所往必得、无有虚乏」。校記に言う:「所」の字を元刊本は「万」に作る。ここでは宋本と汲古閣本に依る。
漸。鳥飛無翼,兔走折足。雖欲會同,未得所欲。離為鳥、為飛,震為翼,震伏,巽寡髮,故無翼。震為兔、為走、為足,震伏坎折,故曰折足。○所欲,汲古作已惑,依宋元。
《蒙》が《漸》に変わる。林辞は言う:鳥は飛ばんとするも翅膀なく、兎は走らんとするも足を折れり。縦い会合せんと欲するも、心願を達成し得ない。これは心有りて力なきを主る辞。尚秉和の解象:離は鳥・飛を為し、震は翅膀を為す。震はすでに潜伏し、巽はまた稀髪无毛を主るから「无翼」。震は兎・奔走・足を為し、震は潜伏して坎は折断を主るから「折足」。校記に言う:「所欲」の二字を汲古閣本は「已惑」に作る。ここでは宋本・元本に依る。
歸妹。體重飛難,未能踰關。行坐憂愁,不離室垣。此用《蒙》象。坤為身、為重,故曰體重。震為飛,坎陷,故難飛。艮為關,坤閉,故未能踰關。震為踰、為行,坎為憂愁、為宮室,坎陷,故不離。○宋元本無第三句,汲古有有是。未能,依元本,宋本、汲古作不得。
《蒙》が《帰妹》に変わる。林辞は言う:身は重くて飛び起きず、あの関口を越えられない。行くも憂愁し坐るも憂愁し、終始して屋墻より出ず。これは困守して出ざるを主る辞。尚秉和は言う、この条は遇卦《蒙》の卦象を用いる:坤は身を為して沉重を主るから「体重」。震は飛を為し、坎は陥落を主るから「飛難」。艮は関口を為し、坤は閉塞を主るから「未能踰関」。震は跨越・行走を為し、坎は憂愁・宮室を為し、坎は陥落を主るから「不離室垣」。校記に言う:宋本・元本は第三句なし、汲古閣本にはあり――是なり。「未能」の二字は元本に依り、宋本と汲古閣本は「不得」に作る。
豐。四雄並處,人民愁苦。擁兵西東,不得安所。震為雄,卦數四,故曰四雄。互大坎為人民,坎憂,故愁苦。兌為斧、為兵,坎聚,故曰擁兵。震東兌西,震動坎險,故不安。○西東,汲古作東西,依宋元本。
《蒙》が《豊》に変わる。林辞は言う:四個の強人は一地に同処し、百姓は愁苦に堪えず。東西両辺とも兵を擁して自重し、誰も安身の所を得ない。これは割拠して兵乱するを主る辞。尚秉和の解象:震は雄を為し、卦数は四だから「四雄」。数爻を合わせて大坎の形を成して人民を為し、坎は憂を主るから「愁苦」。兌は斧鉞・兵器を為し、坎は聚集を主るから「擁兵」。震は東に在り兌は西に在り、震は動を主り坎は険を主るから「不得安所」。校記に言う:「西東」を汲古閣本は「東西」に作る。ここでは宋本・元本に依る。
旅。譯重關牢,求解己憂。心咸乃成,與善並居。通《節》。中爻反正震,故曰譯重。坎為牢,震為開、為解,艮為求,坎為憂、為心。辭皆費解,必有訛字。○咸,宋元本作惑。譯重,元本作重譯,非。譯重與關牢對文。牢,固也,依汲古。
《蒙》が《旅》に変わる。林辞は言う:輾転して伝訳し、関卡は牢固、人を求めて己の憂愁を解かしむ。心意は合して初めて事を成し得、善人とともに一処に住む。これは他人の力を借るを須とする辞。尚秉和は言う、この条は旁通を用い、《旅》の旁通卦は《節》。中間の四爻は一正一覆ともに震を成すから「訳重」。坎は牢固を為し、震は開・解を為し、艮は求を為し、坎は憂・心を為すから「求解己憂」。この幾句の辞は皆費解にして、必ず訛字あり。校記に言う:「咸」の字を宋本・元本は「惑」に作る。「訳重」を元本は「重訳」に作る――誤り。「訳重」と「関牢」は対文で、「牢」は牢固の意。ここでは汲古閣本に依る。
巽。患解憂除,王母相於。與喜俱來,使我安居。通《震》。為樂,故無憂患。震為王,巽為母,相於者,相依也。義已見前《萃》卦。震為喜,艮為安居。皆用旁通。○於,從宋元本,汲古作予。王,元本作皇,義同。
《蒙》が《巽》に変わる。林辞は言う:禍患は化解し憂愁は消除し、王母は前もて相依る。喜事はともに到来し、我をして安然として居住せしむ。これは大吉の辞。尚秉和は言う、この条は旁通を用い、《巽》の旁通卦は《震》。震は歓楽を主るから「患解憂除」。震は王を為し、巽は母を為すから「王母」。「相于」はすなわち互いに依靠すること――この字義は前の《萃》卦のあの条にすでに講じた。震は喜を為し、艮は安居を為すから「与喜倶来、使我安居」。全条は皆旁通の取象を用いる。校記に言う:「于」の字は宋本・元本に従い、汲古閣本は「予」に作る。「王」の字を元本は「皇」に作る――意は同じ。
兌。冬生不華,老女無家。霜冷蓬室,更為枯株。伏坎為冬,震為生,兌為華,冬,故不華。《大過》以兌為老婦,艮為家,艮伏,故老女無家。坎為霜、為冷,艮為室,震為蓬,故曰蓬室。巽為木,互離,故曰枯株。○更,依元刊,汲古作競。
《蒙》が《兌》に変わる。林辞は言う:冬の中に生長するも花は開かず、老き娘は嫁がずして家なし。霜寒の逼る蓬草の屋は、轉眼して一段の枯木となる。これは孤寒にして成ることなきを主る辞。尚秉和の解象:伏坎は冬を為し、震は生長を為し、兌は花を為す。正に冬令に当たるから「不華」。《大過》は兌をもって老婦とし、艮は家を為し、艮はすでに潜伏せりから「老女无家」。坎は霜・寒冷を為し、艮は屋室を為し、震は蓬草を為すから「霜冷蓬室」。巽は木を為し、中間に離を互い出すから「更為枯株」。校記に言う:「更」の字は元刊本に依り、汲古閣本は「競」に作る。
渙。震慄恐懼,多所畏惡。行道留難,不可以步。坎為恐懼、為畏惡。震為道、為行,坎陷,故留難,故不可步。○步,汲古作涉,從宋元本。
《蒙》が《渙》に変わる。林辞は言う:浑身は発抖し心は恐懼に満ち、処々に可怕可厭の事あり。路に上ればまた阻滞に遇い、寸步も行き難し。これは驚懼して阻まるるを主る辞。尚秉和の解象:坎は恐懼・畏悪を為すから「震慄恐懼、多所畏悪」。震は道路・行走を為し、坎は陥険を主るから「行道留難」「不可以歩」。校記に言う:「歩」の字を汲古閣本は「渉」に作る。ここでは宋本・元本に従う。
節。三夫共妻,莫適為雌。子無名氏,翁不可知。《節》長中少三男俱備,祇兌為女象,故曰三夫共妻。適,主也。莫適為雌,言兌女無所適從也。震為子,艮為名,坎隱,故無名氏。震為父,翁者,父也。坎隱,又二至五正反皆震,故曰不知。此林為愚求索林詞知其用象之始,故志其艱於此。○翁,宋元本作公,義同。
《蒙》が《節》に変わる。林辞は言う:三個の男人が一個の妻を共にするも、誰も彼女の正配を為し得ない。生まれた子は姓氏を報じられず、父が誰かすら分からない。これは淫乱して序を失うを主る辞。尚秉和の解象:《節》卦の中に長男・中男・少男の三者は備わるも、兌の一個の女象のみありから「三夫共妻」。「适」は主の意で、「莫适為雌」は兌の女が帰属する所なきを言う。震は子を為し、艮は名を為し、坎は潜隱すから「子无名氏」。震は父を為し、「翁」はすなわち父。坎は潜隱し、二爻から五爻まで一正一覆また皆震だから「翁不可知」。尚氏の自記に言う:この条は彼が林辞を推求して、初めて《易林》の用象の法を悟り出した起点だから、当時の艱辛をここに記す。校記に言う:「翁」の字を宋本・元本は「公」に作る――意は同じ。
中孚。早凋被霜,花葉不長。非時為災,家受其殃。震為花葉,兌為霜,巽為隕落,故曰凋、曰不長。艮為時、為家,兌折巽落,故為災殃。○災,依宋本,元本作落。早,元本作草,依宋本、汲古。
《蒙》が《中孚》に変わる。林辞は言う:早く凋零してまた霜に打たれ、花も葉も長じることができない。時令に合せざればすなわち災害となり、一家人は皆その殃を受ける。これは時を失して害を受くるを主る辞。尚秉和の解象:震は花葉を為し、兌は霜を為し、巽は隕落を主るから「凋」といい「不長」と言う。艮は時・家を為し、兌は折断を主り巽は隕落を主るから「非時為災、家受其殃」。校記に言う:「災」の字は宋本に依り、元本は「落」に作る。「早」の字を元本は「草」に作る。ここでは宋本と汲古閣本に依る。
小過。雉兔之東,狼虎所從。貪饕凶惡,不可止息。艮為鳥、為雉,震為兔、為東、為之,之,往也。艮為狼虎,震為從,兌為食,震亦為食,故曰貪饕。兌毀為凶惡。艮為止息,坎險,故不可止息。○饕,依汲古,宋元刊作叨。
《蒙》が《小過》に変わる。林辞は言う:野雉と野兎は東へ走り、豺狼虎豹は後に緊く随う。貪く狠くして、一刻も罷めない。これは強が弱を凌ぎ危機の止まぬを主る辞。尚秉和の解象:艮は鳥・雉を為し、震は兎・東・「之」を為し、「之」はすなわち前往だから「雉兎之東」。艮は狼虎を為し、震は跟随を為すから「狼虎所従」。兌は吞食を主り、震もまた食を為すから「貪饕」。兌は毀折を主るから「凶悪」。艮は止息を為すが、坎は険を主るから「不可止息」。校記に言う:「饕」の字は汲古閣本に依り、宋刻本・元刻本は「叨」に作る。
既濟。馬驚破車,主墮深溝。身死魂去,離其室廬。此用《蒙》象。震為馬、為車、為驚,坎破,故馬驚破車。震為主,坎為陷,故曰主墮。坎為溝,在下,故曰深溝。坤為身、為死,故曰身死。震為神、為魂、為去。艮為室廬。○主,依宋元本,汲古作王。
《蒙》が《既済》に変わる。林辞は言う:馬は驚いて車を撞き壊し、車主人は深溝に摔け込む。人は死して魂は散じ、ここにおいて自らの屋舎を離れる。これは大凶の辞。尚秉和は言う、この条は遇卦《蒙》の卦象を用いる:震は馬・車・驚を為し、坎は破損を主るから「馬驚破車」。震は車主を為し、坎は陥落を主るから「主堕」。坎は溝渠を為して下位に居るから「深溝」。坤は身・死を為すから「身死」。震は神・魂・離去を為し、艮は室廬を為すから「魂去」「離其室廬」。校記に言う:「主」の字は宋本・元本に依り、汲古閣本は「王」に作る。
未濟。山林麓藪,非人所處。鳥獸無禮,使我心苦。此用《蒙》象。艮為山,震為林麓,故曰山林麓藪。震為人,坎險,故人不可處。艮為鳥、為獸,坤為禮,坎隱伏,故無禮。坎為心、為勞苦。○非人所處,從元本,汲古作“兆人所往”,兆因與非形近,訛。
《蒙》が《未済》に変わる。林辞は言う:山林と草沢の深き処は、人の居る所ではない。鳥獣は全く礼数なく、我が心を苦しめる。これはその地にあらざる所に処るを主る辞。尚秉和は言う、この条は遇卦《蒙》の卦象を用いる:艮は山を為し、震は林麓を為すから「山林麓藪」。震は人を為し、坎は険を主るから「非人所処」。艮は鳥・獣を為し、坤は礼を為し、坎は潜隱すから「鳥獣无礼」。坎は心・労苦を為すから「使我心苦」。校記に言う:「非人所処」は元本に従い、汲古閣本は「兆人所往」に作る――「兆」と「非」は字形が近く、因って誤を致す。
焦氏易林注巻二
行唐尚秉和節之注
この行は巻二巻首の注者の題署である:本書は行唐人尚秉和が注を作った。尚秉和は字を節之と言い、直隷行唐(今の河北行唐)の人で、清末民初の易学の大家。畢生、《周易》の失伝した「逸象」を鈎稽し漢人の象数の学を復原することに致力し、この《焦氏易林注》は正に彼が《易林》の用象を借りて《周易》の古象を反証する代表作である。
受業蒲城仵道益、豐潤董維城堃校刊
この行に題するは校訂・刊印者である:尚秉和の二人の学生、陝西蒲城の人・仵道益と、直隷豊潤の人・董堃(字は維城)が、ともに校勘し出資してこの書を刊行した。「受業」は学生が師に対する自称で、巻首に題して校刊の役が門人の担う所であることを示す。題署の書法は籍貫を前にし名字を後にするから、「豊潤董維城堃」はすなわち豊潤の人・董堃である。
需之第五
需。久旱三年,草木不生。粢盛空乏,無以供靈。通《晉》。離火艮火,故曰久旱。離數三,坤為年,故曰三年。震為生、為草木,震覆,故不生。震為粢、為簠簋,故為盛。坤虛故空乏。
《需》卦は自ら《需》に変わる――本卦が変わらぬ条である。林辞は言う:連ねて三年の大旱にて、草木は皆生じ出でない。祭器に盛る谷物もまた空しく、神霊に供奉する物なし。これは大凶の辞。尚秉和は言う、この条は旁通を用い、《需》の旁通卦は《晋》。離は火を為し、艮もまた火を為すから「久旱」。離の数は三、坤は年を為すから「三年」。震は生長・草木を為し、震はすでに覆象となったから「草木不生」。震は粢・簠簋の類の祭器を為すから「粢盛」。坤は中虚だから「空乏」、因って「无以供霊」。
乾。火滅復息,君明其德。仁人可遇,身受利福。此用《需》象。中爻離火,上臨坎水,故火滅。然《革》彖曰水火相息,故曰火滅復息。乾為君、為德、為仁人。離為明,伏坤為身。○福,汲古作祿,依宋元本。
《需》が《乾》に変わる。林辞は言う:火は熄えてまた新たに生じ起き、君主はその徳を彰明す。仁徳の人に遇い得、身は利益と福気を承受す。これは否を転じて吉と為すの辞。尚秉和は言う、この条は遇卦《需》の卦象を用いる:中間の四爻は離を互い出して火を為し、上に坎水を臨むから「火滅」。されど《革》卦の彖辞は「水火相息」と講ずるから「火滅復息」。乾は君・徳・仁人を為し、離は明を為し、伏坤は身を為すから「君明其徳。仁人可遇、身受利福」。校記に言う:「福」の字を汲古閣本は「禄」に作る。ここでは宋本・元本に依る。
坤。溫山松柏,常茂不落。鸞鳳所庇,得其歡樂。此仍用《需》象。乾為山,離為火,故曰溫山。坎為木、為堅,故曰松柏、故曰不落。離為文章,故曰鸞鳳。互兌為悅,故歡樂。
《需》が《坤》に変わる。林辞は言う:暖かき山の松柏は、四季長青にして凋落しない。鸞鳳はそこに蔭蔽して棲息し、その歓楽を得る。これは大吉の辞。尚秉和は言う、この条はなお遇卦《需》の卦象を用いる:乾は山を為し、離は火を為すから「温山」。坎は木・堅を為すから「松柏」といい「不落」と言う。離は文彩を主るから「鸞鳳」。互い出た兌は喜悦を主るから「得其歓楽」。
屯。西誅不服,恃強負力。倍道超敵,師徒敗覆。坎位西,坤殺,故曰西誅。艮為負、為堅,故曰恃強負力。艮為道,震為大塗,故曰倍道。震為超,正反艮震,故曰敵。坤為師徒、為喪,故敗覆。丁晏云:“《史記》:“項梁西擊秦,屢敗之,有驕色,後敗死定陶”,林辭似用其事。○西,汲古作四,服作復,均非,從宋元本。○坎西之證。
《需》が《屯》に変わる。林辞は言う:西へ討伐して帰服せぬ人を伐つに、己の兵強力壮を倚仗す。倍の路を急いで敵軍を襲撃するも、結果として全軍は覆没す。これは強を恃みて敗を致すを主る辞。尚秉和の解象:坎の位は西にあり、坤は粛殺を主るから「西誅」。艮は負荷・堅実を為すから「恃強負力」。艮は道路を為し、震は大道を為すから「倍道」。震は跨越を為し、一正一覆の艮と震が相対するから「敵」。坤は師旅・喪亡を為すから「師徒敗覆」。丁晏は言う:《史記》は項梁が西に向かって秦を攻め、屢々秦軍を破って驕色を露し、後に兵が敗れて定陶に死したを記す――林辞はおそらくこの事を用いる。校記に言う:「西」の字を汲古閣本は「四」に作り、「服」を「復」に作る――ともに誤り。ここでは宋本・元本に従う。この条はまた坎の位が西に在る一証拠である。
蒙。三塗五嶽,陽城太室。神明所伏,獨無兵革。丁云:《左傳昭四年》“四嶽三塗,陽城太室,九州島之險”,注:皆山名。正反艮,故山多,震為神明,坎為伏,艮為兵刃、為膚革,坤虛,故無。○所伏,從宋元本,汲古作之保。
《需》が《蒙》に変わる。林辞は言う:三塗山と五岳、陽城山と太室山は、皆神明の潜居する所で、ただ兵禍なし。これは兵を避け安を得るを主る辞。尚秉和は丁晏を引いて言う:《左伝》昭公四年は四岳・三塗・陽城・太室を講じ、これは九州の険要の地で、杜注はこれらは皆山名と言う。尚氏の解象:一正一覆の二つの艮だから群山は重畳する。震は神明を為し、坎は潜伏を主るから「神明所伏」。艮は兵刃・皮革甲冑を為し、坤は中虚だから「独无兵革」。校記に言う:「所伏」の二字は宋本・元本に従い、汲古閣本は「之保」に作る。
訟。三牛生狗,以戌為母。荊夷上侵,姬伯出走。詳《坤》之“震”。三牛,從汲古本,宋元本作二牛。離牛坤牛,數二,故曰二牛。象亦合。
《需》が《訟》に変わる。林辞は言う:三頭の牛が狗を生み、戌狗を母と認める。荆楚の夷は北に進犯し、姫姓の諸侯は出逃す。これは妖異して兵乱するを主る辞。尚秉和は言う、この条の詳細の解説は《坤》之《震》のあの林を見よ。校記に言う:「三牛」は汲古閣本に従い、宋本・元本は「二牛」に作る。離は牛を為し坤もまた牛を為し、その数は二だから、「二牛」に作るも卦象に通ず。
師。鳧游江海,沒行千里。以為死亡,復見空桑。長生樂鄉。震為鳧、為遊行,坤為江海、為沒、為千里、為死亡。二上體復震為桑,坤虛,故曰復見空桑。震為生、為樂,坤為鄉,《呂氏春秋》:“伊尹生空桑。”○沒、桑、長生樂鄉,均依汲古,宋元本作役、作素、作長主凶憂。
《需》が《師》に変わる。林辞は言う:野鴨は江海の中を游動し、潜行して千里。人は皆それを死したりと思うも、それはまた空桑の地に再び面を露す。ここにおいて長生して安楽の郷に在る。これは絶えたる処に逢い生ずるの辞。尚秉和の解象:震は野鴨・游行を為し、坤は江海・沈没・千里・死亡を為す。第二爻より上はまた一つの震体を成して桑を為し、坤は中虚だから「復見空桑」。震は生・楽を為し、坤は郷を為すから「長生楽郷」。《呂氏春秋》は伊尹が空桑に生まれたと記し、正にこの語の本するところ。校記に言う:「没」の字・「桑」の字と「長生楽郷」の一句は皆汲古閣本に依り、宋本・元本はそれぞれ「役」に作り、「素」に作り、「長主凶憂」に作る。
比。太乙駕騮,從天上求。徵召叔季,封為魯侯。無有凶憂。坤乙艮星,故曰太乙。坤為馬,五居坤上,故曰駕騮。艮為天、為求、為叔季,伏兌為徵召、為魯。坎為合、為封,坤為凶坎、為憂,坤虛故無。○求,宋本、汲古作來,召訛君,依元本。
《需》が《比》に変わる。林辞は言う:太乙星は黒鬣赤毛の馬を駕して、天上より下る。我が家の小さい息子を征召し、彼を封じて魯国の諸侯と為し、凶険もなく憂愁もなし。これは大吉の辞で、前の《屯》之《随》の一条と辞意は同じ。尚秉和の解象:坤は納甲では乙に配し、艮は星を為すから「太乙」。坤は馬を為し、第五爻は坤の上に居るから「駕騮」。艮は天・求・叔季を為し、伏兌は征召・魯を為すから「従天上求」「征召叔季」「封為魯侯」。坎は契合・封を為し、坤は凶を主り坎は憂を主り、坤は中虚だから「无有凶憂」。校記に言う:「求」の字を宋本と汲古閣本は「来」に作り、「召」の字を「君」と誤る。ここでは元本に依る。
小畜。紝績獨處,寡處無夫。陰陽失志,為人僕使。巽為紝績、為獨、為寡,震為夫,震伏,故無夫。伏坎為志,坤為失,艮為僕使。○志,從汲古,宋元本作忌。
《需》が《小畜》に変わる。林辞は言う:一人は糸を紡ぎ麻を績みて独りで過ごし、孤零零として夫なし。陰陽の配合は成らず、ただ人に奴僕として使役せらるるのみ。これは孤苦にして僕となるを主る辞。尚秉和の解象:巽は紡織績麻・独・孤寡を為し、震は丈夫を為し、震はすでに潜伏せりから「无夫」。伏坎は心志を為し、坤は喪失を主るから「陰陽失志」。艮は奴僕使役を為すから「為人僕使」。校記に言う:「志」の字は汲古閣本に従い、宋本・元本は「忌」に作る。
履。兵征大宛,北出玉門,與胡寇戰。平城道西,七日絕糧,身幾不全。通《謙》。與《屯》同象,解見《屯》林。
《需》が《履》に変わる。林辞は言う:兵を出して大宛を征討し、北に玉門関を出て、胡人の軍隊と交戦す。平城道の西辺にて困され、七日して糧が絶え、性命はほとんど保ち得ない。これは遠征して囲まるるを主る凶辞で、漢高祖の平城・白登の囲の類の史事を用いる。尚秉和は言う、この条は旁通を用い、《履》の旁通卦は《謙》。それは《屯》のあの条と取象が同じく、解説は《屯》林を見よ――ここでは再び繰り返さない。
泰。楚靈暴虐,罷極民力。禍起乾溪,棄疾作毒。扶伏奔逃,死申亥室。震為木、為楚,楚,叢木也,為神、為靈、為暴。坤為害、為虐,坤役萬物故罷極。坤為民、為禍,兌為溪,下乾,故曰乾溪。坤為疾、為毒。棄疾,靈王弟。艮為扶、為伏,扶伏,匍匐也,言匍匐而逃也。震為奔逃,坤死。坤後天位申,消息卦居亥,故死申亥。伏艮為室。○極,從宋元本,汲古作及,非。伏,從元本,宋本、汲古作仗,非。死申亥室,宋本、汲古作“身死亥室”,非,依元本。申亥者,楚臣。《左傳昭十三年》:“楚靈王暴虐,師潰於乾溪,王遂縊於羋尹申亥氏”,申亥,羋尹無宇之子也。妄者臆改申為身耳。
《需》が《泰》に変わる。林辞は言う:楚霊王は残虐にして凶悪、民力を尽くし果てて用いた。禍事は乾谿に起き、弟の棄疾は風を興し浪を作す。霊王は匍匐して奔逃し、終に申亥の家に死す。これは暴君が身を亡ぼすを主る辞。尚秉和の解象:震は木・楚を為す――「楚」はもともと叢木の名――また神・霊・暴を為す。坤は禍害・虐を為し、坤は万物を役使するから「罷極民力」。坤は百姓・禍を為し、兌は谿を為し、下は乾だから「乾谿」。坤は疾・毒を為す――棄疾は楚霊王の弟。艮は扶・伏を為し、「扶伏」はすなわち匍匐――霊王が這って逃げ去ったと言う。震は奔逃を為し、坤は死を主る。坤は後天方位では申に居り、消息卦では亥に居るから「死申亥」。伏艮は室を為す。校記に言う:「極」の字は宋本・元本に従い、汲古閣本は「及」に作る――誤り。「伏」の字は元本に従い、宋本と汲古閣本は「仗」に作る――誤り。「死申亥室」を宋本と汲古閣本は「身死亥室」に作る――誤り。ここでは元本に依る。申亥は楚国の臣で、《左伝》昭公十三年は楚霊王が暴虐にて軍隊が乾谿で潰散し、霊王は終に羋尹申亥の家に缢れ死したと記す。申亥は羋尹無宇の子である。妄に改める人は底細を明らかにせず、「申」を臆して「身」に改めたのである。
否。雌單獨居,歸其本巢。毛羽憔悴,志如死灰。坤為雌、為寡,艮為居、為巢,伏震為歸,故曰歸其本巢。巽為寡髮,故毛羽憔悴。坤為死、為志,灰,蓋艮象。
《需》が《否》に変わる。林辞は言う:雌鳥は孤零零として独り過ごし、自らのもとの巣に帰る。羽毛は枯槁零落し、心気は死灰のごとく冷たし。これは孤寂にして消沉するを主る辞。尚秉和の解象:坤は雌・孤寡を為し、艮は居処・巣を為し、伏震は帰返を為すから「帰其本巢」。巽は稀髪无毛を主るから「毛羽憔悴」。坤は死・心志を為すから「志如死灰」――「灰」はおそらく艮象を取る。
同人。兩矛相刺,勇力鈞敵。交綏結和,不破不缺。兌為斧、為矛,下離兩兌相對,故曰兩矛相刺。乾健,故曰勇。伏坎為和,巽為退。交綏,退軍名,見《左傳》文十二年交綏注。坎為破、為缺,坎伏故否。○汲古綏訛援,依宋元本。
《需》が《同人》に変わる。林辞は言う:二支の長矛は相い攻め刺し、双方の勇力は相当す。後に各々兵を退して講和し、誰も破損残缺なし。これは勢均して兵を罷むの辞。尚秉和の解象:兌は斧・矛を為し、下体の離の中は二つの兌を含んで相対するから「両矛相刺」。乾の性は剛健だから「勇」。伏坎は和を為し、巽は退を主るから「交綏結和」――「交綏」は両軍が各々兵を退くの説法で、《左伝》文公十二年の注を見よ。坎は破・缺を為し、坎はすでに潜伏せりから「不破不缺」。校記に言う:汲古閣本は「綏」を「援」と誤る。ここでは宋本・元本に依る。
大有。乘船濟渡,載水逢火。賴倖免禍,蒙我生全。通《比》。坤虛為船,坎為水,坤為載,故曰載水。互艮為火,故曰逢火。坤為禍,乾為幸,坤為我,乾為生。○幸,從宋本,汲古作行。
《需》が《大有》に変わる。林辞は言う:船に坐って水を渡るに、船中に水が入りまた火に逢う。幸いに災禍を免れ、我はついに性命を保全した。これは険中に全を得るの辞。尚秉和は言う、この条は旁通を用い、《大有》の旁通卦は《比》。坤は中虚にして船を為し、坎は水を為し、坤は承載を為すから「載水」。互い出た艮は火を為すから「逢火」。坤は禍を為し、乾は僥倖を為し、坤は我を為し、乾は生を為すから「頼幸免禍、蒙我生全」。校記に言う:「幸」の字は宋本に従い、汲古閣本は「行」に作る。
謙。喪寵益尤,政傾家覆。我宗失國,秦滅周室。艮為寵,坤為喪、為尤、為政,艮為家,坎陷,故傾覆。震為宗,坤為我、為國、為失,坎位西,故曰秦。震為周,艮室坤喪,故滅。○益,宋元本作溢,依汲古。
《需》が《謙》に変わる。林辞は言う:恩寵を失いてまた罪過を添え、政局は傾覆し家業は敗亡す。我が宗族は国家を失い、秦国は周王室を滅ぼす。これは亡国を主る辞。尚秉和の解象:艮は恩寵を為し、坤は喪失・過咎・政事を為し、艮は家を為し、坎は陥落を主るから「政傾家覆」。震は宗族を為し、坤は我・国・喪失を為すから「我宗失国」。坎の位は西に在るから「秦」。震は周を為し、艮は室を為して坤は喪亡を主るから「秦滅周室」。校記に言う:「益」の字を宋本・元本は「溢」に作る。ここでは汲古閣本に依る。
豫。冬無藏冰,春陽不通。陰流為賊,國被其殃。坎為冬、為冰,坤為藏,在下故不藏。震為春陽,坎陷,故不通。坤為陰,坎為賊,坤為國、為殃。○陽,從宋本,汲古作江,非。
《需》が《豫》に変わる。林辞は言う:冬に氷を蔵めることなくば、春の陽気は通じ上がらない。陰気は泛濫して禍害を成し、国家は災殃を蒙る。これは陰陽の調を失して災を致すを主る辞。尚秉和の解象:坎は冬・氷を為し、坤は收藏を主りて下位に居るから「冬无蔵氷」。震は春陽を為し、坎は陥阻を主るから「春陽不通」。坤は陰を為し、坎は賊害を為し、坤は国・災殃を為すから「陰流為賊、国被其殃」。校記に言う:「陽」の字は宋本に従い、汲古閣本は「江」に作る――誤り。
隨。田鼠野雞,意常欲逃。拘制籠檻,不得動搖。艮為鼠,巽為雞,艮為田野,故曰田鼠野雞。震為逃,艮為籠檻、為拘,故不得動搖。○常,從宋本,汲古及俗本皆誤當。
《需》が《随》に変わる。林辞は言う:田の老鼠・野地の山鶏は、心に常に逃走せんことを思う。しかるに籠子・柵欄の中に関せられ、動けない。これは制を受けて自由を得ざるを主る辞。尚秉和の解象:艮は鼠を為し、巽は鶏を為し、艮はまた田野を為すから「田鼠野鶏」。震は逃走を主り、艮は籠檻・拘禁を為すから「不得動揺」。校記に言う:「常」の字は宋本に従い、汲古閣本と俗本は皆「当」と誤る。
蠱。佩玉橤兮,無所繫之。旨酒一盛,莫與笑語。孤寡獨特,常愁憂苦。互震為玉、為華、為橤,艮為佩,巽為繫,兌決,故無繫。互大坎為酒,震為盛,坎數一,故曰一盛。震為笑語,巽寡,故無與。艮陽在上,故孤,巽寡震陽在下為獨,兌為特,大坎為憂愁。凡六子《易林》皆有鰥寡孤獨象。○橤,從宋本,汲古作藻,非。《左傳哀十三年》:“佩玉橤兮,餘無所繫之,旨酒一盛兮,餘與褐之父睨之”,林所本也。
《需》が《蠱》に変わる。林辞は言う:佩玉は流蘇を垂れたれど、それを繋げ掛くべき所なし。一器の美酒は眼の前に擺るも、陪して笑い語る人なし。孤单の一身に依頼なく、常に憂愁苦悶す。これは孤独して偶を失うを主る辞。尚秉和の解象:互い出た震は玉・花・流蘇を為し、艮は佩帶を為し、巽は繋繩を為し、兌は決断を主るから「无所繫之」。数爻を合わせて大坎を成して酒を為し、震は盛器を為し、坎の数は一だから「旨酒一盛」。震は笑語を為し、巽は孤寡を主るから「莫与笑語」。艮は陽爻をもって上に居るから孤を為し、巽は寡を主り、震は陽爻をもって下に在りて独を為し、兌は特を為し、大坎は憂愁を為すから「孤寡独特、常愁憂苦」。およそ震・坎・艮・巽・離・兌のこの六子の卦は、《易林》は皆その中から鰥・寡・孤・独の象を取り出し得る。校記に言う:「橤」の字は宋本に従い、汲古閣本は「藻」に作る――誤り。《左伝》哀公十三年に「佩玉橤兮、余无所繫之。旨酒一盛兮、余与褐之父睨之」とあり、正に林辞の本するところ。
臨。沒遊源口,求鮫為寶。家危自懼,復出生道。兌為源、為口,坤為水,震為遊,故曰沒遊源口。坤為魚、為鮫,震為玉、為寶,伏艮為求,故曰求鮫為寶。《述異記》:“鮫人居水中如魚,不廢機織,眼泣成珠”,故曰求鮫為寶。艮為家,艮覆,故家危。二至上體復震為出、為生、為道,故曰復出生道。○寶,從宋本,汲古作室,非。寶與道韻。
《需》が《臨》に変わる。林辞は言う:水源口に潜りて游ぎ、鮫人の珠を求めて宝と為さんとす。家は正に危難にあり、自らも心に恐懼を懐くも、幸いにして再び一条の生路を走出り得。これは険にして救い有るの辞。尚秉和の解象:兌は水源・口を為し、坤は水を為し、震は游泳を為すから「没游源口」。坤は魚・鮫を為し、震は玉・宝を為し、伏艮は求取を為すから「求鮫為宝」。《述異記》は鮫人は水の中に住み、形状は魚のごとく、布を織って輟めず、眼涙が落ちればすなわち化して珍珠となると言い、正にこの語と相合す。艮は家を為し、艮はすでに覆象となったから「家危」。第二爻より上はまた一つの震体を成し、震は出・生・道を為すから「復出生道」。校記に言う:「宝」の字は宋本に従い、汲古閣本は「室」に作る――誤り。「宝」は「道」と押韻す。
觀。河水孔穴,壞敗我室。水深無岸,魚鱉傾倒。坤為河水,艮為孔穴,巽為敗壞,艮為室,坤為我,重坤,故曰水深。艮為岸,巽敝,故無岸。艮為鱉,坤為魚,巽漏,故傾倒。
《需》が《観》に変わる。林辞は言う:河水は孔穴より灌ぎ込み、我が房屋を衝き壊す。水は深くて岸を望見できず、魚鼈までも衝かれて東倒西歪す。これは水患して家を破るを主る辞。尚秉和の解象:坤は河水を為し、艮は孔穴を為し、巽は敗壊を主り、艮は屋室を為し、坤は我を為すから「河水孔穴、壊敗我室」。上下重坤だから「水深」。艮は岸を為し、巽は敝敗を主るから「无岸」。艮は鼈を為し、坤は魚を為し、巽は渗漏を主るから「魚鼈傾倒」。
噬嗑。教羊牧兔,使魚捕鼠。任非其人,費日無功。伏兌為羊,巽為魚,震為兔,艮為鼠,巽為命,故曰教、曰使。艮手為牧、為捕,震為人,上離為日,坎失,故失任、故無功。○捕鼠,從宋本,元本作相捕,非。人,古音仍,與功韻。語本《淮南子主術訓》。
《需》が《噬嗑》に変わる。林辞は言う:羊に教えて兎を放たしめ、魚に命じて鼠を捉らしむ。人を用いて対象を誤り、時日を徒らにして一事も成らない。これはその才にあらざるを用うるを主る辞。尚秉和の解象:伏兌は羊を為し、巽は魚を為し、震は兎を為し、艮は鼠を為し、巽は命令を主るから「教」といい「使」と言う。艮は手にして放牧捕捉を主り、震は人を為す。上体の離は日を為し、坎は喪失を主るから委任の当を失すと言い「无功」と言う。校記に言う:「捕鼠」は宋本に従い、元本は「相捕」に作る――誤り。「人」の字は古音は「仍」のごとく読み、「功」の字と押韻す。この幾句は《淮南子・主術訓》に本づく。
賁。升戶入室,就溫燠食。冰凍北陸,不能相賊。艮為戶、為室,震為升,伏巽為入,故曰升戶入室。離火為溫,震為缶,在離上有若燠食,坎為食也。坎為冰、為凍、為北陸、為賊,震樂,故不賊。
《需》が《賁》に変わる。林辞は言う:門の階を登って屋に入り、暖かき処に就いて熱き食を食う。外は北陸にして氷が封じても、屋中の人を傷つけることなし。これは寒を避け安を得るを主る辞。尚秉和の解象:艮は門戸・屋室を為し、震は登升を為し、伏巽は入を主るから「升戸入室」。離は火を為して温を主り、震は缶を為し、缶は離火の上に架けて正に熱き食に象り、坎はまた食を為すから「就温燠食」。坎は氷・凍・北陸・賊害を為すが、震は歓楽を主るから「不能相賊」。
○燠,從宋元本,汲古等本作暖,非。冰,依宋本,元本作水。
この条は前の片の末尾《需》之《賁》のあの林辞の校勘記を承ぐ:「燠」の字は宋刻本・元刻本に依り「燠」(温暖)に作り、汲古閣本などは「暖」に作る――尚秉和は誤と判定す。「氷」の字は宋本に依り「氷」に作り、元刻本は「水」に作る。本書の校記の中の「汲古」は明末の毛晋が汲古閣に刻した《易林》を指し、「宋本」「元本」は宋刻本と元刻本を指し、この三種は尚氏が《易林》を校勘するに最も倚重した底本である。
剝。孤竹之墟,老婦亡夫。傷於蒺藜,不見少妻。東郭棠姜,武氏破亡。坤為寡,坤虛,故為竹,坤為墟,故曰孤竹之墟。伏兌為老婦,震為夫,震覆坤喪,故曰亡夫。三四句用《遇》卦“需”象。坎為蒺藜,兌為少妻,坎伏,故不見,艮為城郭,震為武,震覆,故武氏破亡。武子者,崔杼,娶東郭偃之姊、棠公之妻,棠公死,武子吊,見棠姜而美之,遂娶之。事見《左傳襄二十五年》。○老,汲古作失,《大過》以兌為老婦,故《易林》本之,遇兌即言老婦,此於經義所關至巨,後人不知老婦指兌,於是說《大過》而誤,《易林》老婦亦不知所謂。
《需》卦が《剥》卦に変わる(本卦より変じて成ったあの卦を「之卦」と呼ぶ)の林辞:孤零零たる竹叢は廃墟の上に生え、老婦は夫を亡くした。蒺藜に刺されて傷つき、若い妻を見ず。斉国の東郭棠姜は、崔武子の一家を破敗滅亡せしむ――通篇は偶を喪い家を破る凶象。尚秉和の解象:坤は寡の象有り、坤はまた中虚で、中空だから「竹」を取り、坤はまた廃墟の象有り――合わせてすなわち「孤竹之墟」。坤が寡・竹・墟を為すこれらの象は《説卦》に記載なく、尚氏が《易林》の用象より輯め出した「逸象」――すなわち経外に散佚した卦象である。「伏象」とは或る卦の陰陽六爻が全て反転して隠伏するあの卦を指し、ここでは伏兌は老婦を為し、震は丈夫を為す。震卦は一たび倒置すればすなわち「覆象」(卦体を上下に顛倒する)となり、坤はまた喪亡を主るから「亡夫」。第三・四の两句は「遇卦」(すなわち占い得た本卦)《需》の卦象を用いる:坎は蒺藜を為し、兌は少妻を為し、坎は伏位に処りて顕現しないから「不見」。艮は城郭を為し、正に「東郭」に合し、震は武を為し、震は覆すから「武氏破亡」。武子はすなわち斉国の大夫崔杼で、彼は東郭偃の姉・棠公の遺孀棠姜を娶った。棠公の死した時、崔杼は前もて吊喪し、棠姜の貌美しいを見て、ここにおいて娶り入れた――事は《左伝・襄公二十五年》を見よ。後に崔氏の一門は果して彼女のために覆滅した。校記:「老」の字を汲古閣本は「失」に作る。《大過》卦は兌をもって老婦とし、《易林》は正にこの例に本づき、およそ兌に遇えばすなわち老婦と言う。これは《周易》の経義に関わること極めて大で、後人は「老婦」の指す所が兌であるを知らず、ここにおいて《大過》を解して誤り、《易林》の中の「老婦」すら何を云うかを知らずに至った。
復。凶憂災殃,日益明彰。福不可釐,三卻夷傷。坤為凶憂災殃。震為明彰。坤禍,故無福。釐,予也。《詩大雅》:“釐爾士女”是也。震數三,三卻,卻錡、卻釐、卻至。伏巽為隙,坤喪故夷。○憂,汲古作禍,晉殺三卻在成七年。
《需》之《復》:凶険・憂患・災禍・殃咎は、日に日に顕露分明す。福気は賜うべくもなく、晋国の郤氏三の大夫はともに誅戮・傷残に遭う。尚秉和の解象:坤は凶・憂・災・殃のこの類の悪象を主る。震は明彰を為すから、日に益々顕露すると言う。坤は禍を為すから、福はなし。「厘」は賜予の意で、《詩経・大雅》の「厘爾士女」(男女の奴僕をあなたに賜う)はすなわちこの用法。震の卦数は三で、「三却」はすなわち晋国の郤錡・郤厘(まさに郤犨に当たる)・郤至の三人。伏巽は嫌隙を為し、坤はまた喪亡を主るから「夷傷」。校記:「憂」の字を汲古閣本は「禍」に作る。晋厲公が三郤を誅殺した一事は、この注は成公七年に繋るも、《左伝》の実載は成公十七年に在る。
無妄。載璧秉珪,請命於河。周公作誓,沖人瘳愈。震為璧、為珪、為載,艮手為秉,故曰載璧秉珪。巽為命,震為請,上乾為河,故請命於河。震為周、為作、為誓、為沖人、為樂,故瘳愈。《史記魯世家》:“成王病,周公為自揃其蚤沈之河,成王病果愈”,沖人,成王也。○作誓,從宋元本,汲古作克敏。按:《金縢》作植璧秉圭,後有此林亦作植璧,然各本皆作載,故依之。
《需》之《无妄》:玉璧を捧げ玉圭を手執して、河神に命を賜わらんことを祈請す。周公は祝冊を書きて誓言を立て、年幼の成王の病はすなわち痊愈した――災を禳うて吉を得るの象。尚秉和の解象:震は璧・珪・載を為し、艮は手を為すから「秉」(執持)を為し、合わせて「載璧秉珪」を成す。巽は命を為し、震は請を為し、上体の乾は大河を為すから「請命于河」。震は周・作・誓・冲人・歓楽を為すから病愈と言う。《史記・魯周公世家》に記す:成王が病した時、周公は自らの指甲を剪って黄河に沈め、身をもって質として河神に禱告し、成王の病は果して愈えた。「冲人」はすなわち年幼の人――成王を指す。校記:「作誓」は宋刻・元刻本に従い、汲古閣本は「克敏」に作る。また按す:《尚書・金縢》の原文は「植璧秉圭」に作り、後面に別の一条の林辞も「植璧」に作るが、ここは各本とも「載」に作るから、なお各本に依る。
大畜。鳥飛鵲舉,照臨東海。尨降庭堅,為陶叔後。封圻英六,履福綏厚。艮為鳥鵲,震為飛舉。乾為海,納甲,故曰東海。震多毛,尨,多毛犬也。艮為庭、為堅,艮為火、為陶,故曰陶叔。震為後、為英,乾數六,艮為封圻,故曰封圻英六。庭堅,皋陶字,言皋陶之後封在英、六二國也,見《史記陳世家》,又《左傳》文五年,楚人滅六、滅蓼。臧文仲曰“皋陶庭堅不祀,忽諸”,又《楚世家》“成王二十六年滅英”,張守節疑英即蓼,非。據《杞世家》,英亦皋陶後。○封圻,從宋元本,汲古作圭祈,非。六,汲古等本皆作雄,惟宋元本作六。飛,依汲古,宋元皆作升。
《需》之《大畜》:鳥は高く飛び、喜鵲は翅を振るい、光は東海の浜に照る。尨降と庭堅が降生し、陶叔の後裔となる。封国は英・六の両地に在り、福禄を履享し、豊厚を安享す――族裔が昌盛して封を受くる吉象。尚秉和の解象:艮は鳥・鵲を為し、震は飛挙を為す。乾は海を為し、「納甲」(八卦に天干を配する)の法により乾は甲を納し、甲は東方に属すから東海と言う。震は毛多く、「尨」はすなわち長毛の狗。艮は庭・堅を為し、合わせて「庭堅」を成し、艮はまた火・陶を為すから「陶叔」。震は后・英を為し、乾の卦数は六、艮は封圻(封疆)を為すから「封圻英六」。庭堅は皋陶の字で、この二句は皋陶の後代が英・六の二つの諸侯国に封を受けたと言う――《史記・陳杞世家》を見よ。また《左伝》文公五年は楚人が六国・蓼国を滅ぼしたを記し、臧文仲は嘆じて言う、「皋陶・庭堅の祭祀が忽ち断絶した」と。《史記・楚世家》は楚成王二十六年に英を滅ぼしたを記す。唐人張守節は英はすなわち蓼と疑うも、尚氏は誤と為す。《史記・杞世家》に拠れば、英国もまた皋陶の後である。校記:「封圻」は宋・元本に従い、汲古閣本は「圭祈」に作る――誤り。「六」の字を汲古などの本は皆「雄」に作り、ただ宋・元本のみ「六」に作る。「飛」は汲古閣本に依り、宋・元本は皆「升」に作る。
頤。危坐至暮,請求不得。膏澤不降,政戾民忒。艮為坐,坤暮。艮為請求,坤虛,故不得。上伏兌為膏澤,艮止故不降。坤為政、為民,坤凶,故曰戾、曰忒。○忒,汲古作惑,依宋元本。
《需》之《頤》:端正に跪坐して日暮に至るも、求むる事に落ち着きなし。恩沢は甘霖のごとく降らず、政令は乖戾にして百姓の行事は常を失す――求め告ぐる門なき滞塞の象。尚秉和の解象:艮は坐を為し、坤は日暮を為す。艮は請求を為し、坤は中が虚だから、求めて得ず。上体の伏兌は膏沢(滋潤の雨露)を為し、艮は静止を主るから、降り来たらざる。坤は政・民を為し、坤の性は凶だから「戾」(乖違)といい「忒」(差失)と言う。校記:「忒」の字を汲古閣本は「惑」に作る。ここでは宋刻・元刻本に依る。
大過。宜昌娶婦,東家歌舞。宴樂有緒,長安嘉喜。通《頤》。巽為婦,震為娶、為東、為歌舞,艮為家,故曰東家歌舞。巽為緒,震為嘉樂。○安,宋元本作樂,依汲古。
《需》之《大過》:宜昌の地に新婦を娶り入れ、東隣の人家は歌い舞う。宴飲の歓楽は連ねて断えず、長く安泰にして喜慶美好――婚嫁に吉を得るの象。尚秉和の解象:「通《頤》」とは《大過》と《頤》が「旁通」する――すなわち六爻の陰陽が全て互いに変じて両卦が相通ずることで、取象の時は旁通の卦を借用し得る。巽は婦を為し、震は娶・東・歌舞を為し、艮は家を為すから「東家歌舞」。巽は緒(糸端の連なりて断えぬ)を為し、震は嘉慶・歓楽を為す。校記:「安」の字を宋刻・元刻本は「楽」に作る。ここでは汲古閣本に依る。
坎。鑿井求玉,非卞氏寶。名困身辱,勞無所得。艮手為鑿、為求,坎為井,震為玉、為寶,艮為身名,坎為困,楚卞和玉最良,然求之於井非其地。坎為勞、為失,故無得。
《需》之《坎》:井を鑿いて美玉を求めるも、卞和のごとき宝璧を得ない。名声は困しみ身は屈辱に遭い、気力を徒らにして一物も獲られず――求むる所がその地を得ざる凶象。尚秉和の解象:艮は手を為すから鑿・求を為す。坎は井を為す。震は玉・宝を為す。艮は身・名を為す。坎は困頓を為す。楚人卞和の献じた璞玉は最も上等なるも、井の中に往きてそれを尋ねれば、処を尋ね誤れるなり。坎はまた労苦・亡失を為すから、労して得なし。
離。鵠思其雄,欲隨鳳東。順理羽翼,出次須日。中留北邑,復反其室。通《坎》。震為鵠、為東,離文為鳳,震為羽翼,艮手為理,互巽,故曰順理。震為出,艮為次,離為日,艮止,故須日。艮為邑,坎北,故曰北邑,艮止故留。震為復,坎室。○出次須日,中留北邑。從宋元本,汲古作“出次日中,須留北邑”,非。因翼日室為韻,妄人盲改,韻不協矣。
《需》之《離》:天鵞はその雄伴を思念し、鳳凰に随って東へ飛ばんと欲す。羽翼を順に梳理し、出行して住みて天日を等候す。中途にて北方の城邑に滞留し、終にまた自らの巢室に帰る――往きてまた返り、未だ遠行し得ざるの象。尚秉和の解象:「通《坎》」はすなわち《坎》と旁通す。震は鵠・東を為し、離は文采有りて鳳を為し、震は羽翼を為し、艮は手を為すから「理」(梳理)を為す。二三四爻あるいは三四五爻の組み成す卦を「互体」と呼び、ここの互体は巽を成し、巽は順を為すから「順理」。震は出を為し、艮は次(旅途の止宿)を為し、離は日を為し、艮は止を主るから、天日を待つを要す。艮は邑を為し、坎は北方に居るから「北邑」、艮は止だから停留す。震は復返を為し、坎は室を為す。校記:「出次須日、中留北邑」は宋刻・元刻本に従い、汲古閣本は「出次日中、須留北邑」に作る――誤り。この条は「翼・日・室」をもって韵脚となし、妄人が乱改した後は韵は協わざるに至った。
咸。早霜晚雪,傷害禾麥。損功棄力,飢無所食。乾為冰、為霜雪,巽為禾麥,兌為傷、為害、為損棄,乾為功,兌為食,伏坤為飢,故無所食。
《需》之《咸》:早く霜を降し遅く雪を落し、禾苗・麦子を皆凍え傷つく。一年の工夫は無駄となり力は費え、飢饉を鬧して食べる物なし――農事が時を失する凶象。尚秉和の解象:乾は氷・霜雪を為し、巽は禾麦を為し、兌は傷・害・損棄を為し、乾は功労を為し、兌は飲食を為し、伏坤は飢饉を為すから、食すべき物なしと言う。
恆。蝙●生子,深目黑丑。雖飾相就,眾人莫取。蝠●,即蝙蝠。《爾雅》注:“齊人謂之蝙●”。巽為蟲,震為生、為子,伏大離,故曰深目。伏坤為黑、為丑、為文飾、為眾,震為人,艮手為取,艮覆,故莫取。○蝙●,從元本,宋本作蝙螺,汲古及常本作蝠螺,皆非。
《需》之《恒》:蝙蝠は小さい崽を生み、眼窩は深陷し色は黒く貌は醜い。縦い打扮修飾して人に凑り近づくも、衆人の中にそれを肯んじて要る者なし――徒らに表有り、人に取られざるの象。尚秉和の解象:「蝠●」はすなわち蝙蝠で、《爾雅》の注は斉地の人はそれを「蝙●」と管称すと言う。巽は虫を為し、震は生・子を為す。伏卦の中の数爻は合成して一個の放大した離象(「大離」と称す)を為し、離は目を為すから「深目」。伏坤は黒・醜・文飾・衆多を為し、震は人を為し、艮は手を為すから取を為し、艮の体は倒置せりから、来たりて取る人なし。校記:「蝙●」は元刻本に従い、宋本は「蝙螺」に作り、汲古閣本及び通行本は「蝠螺」に作る――皆誤り。
遯。去如飛鴻,避凶直東。遂得全脫,與福相逢。艮陽在上為飛,艮為鳥,故為鴻,巽伏,故曰避凶。伏震為東、為脫,乾為福。○直,宋本作且,依元本。
《需》之《遯》:離れ去るに高く飛ぶ鴻雁のごとく、凶険を躲けて径直に東へ。終に全身して険を脱するを得、福気と正面に遇う――禍を避けて吉を得るの象。尚秉和の解象:艮の陽爻は上にあり、翔挙の勢有りて飛を為し、艮は鳥を為すから、因って鴻雁を取る。巽は伏位に処りて顕れないから「避凶」。伏震は東・解脱を為し、乾は福を為す。校記:「直」の字を宋本は「且」に作る。ここでは元刻本に依る。
大壯。婚姻合配,同枕共牢。以降休嘉,子孫封侯。此合對象。言震巽為婚姻、為合配。艮木為枕,震為盆、為牢,《史記平準書》“官與牢盆”,樂彥云:“牢乃盆名”,《禮記昏義》:“共牢而食”注,共牢者,共食一牲也。此則以震盆為象,震為休嘉、為子,兌為孫,震為諸侯。
《需》之《大壮》:婚姻は般配相合し、枕を同じくして臥し器を共にして食す。因って美善吉慶を降し、子孫は封を受けて侯となる――婚姻大吉にして後嗣に蔭の及ぶの象。尚秉和の解象:この条は合わせて両卦の相対待の象を取る。震と巽は相配して婚姻・合配を為す。艮は木に属して枕を為し、震は盆・牢を為す――《史記・平準書》に「官与牢盆」の語あり、楽彦は「牢はすなわち盆の名称」と言う。《礼記・昏義》の「共牢而食」に、注は共牢とは新婚夫婦がともに一頭の牲を食うと言う。ここでは正に震をもって盆を取象する。震は休美嘉慶・子を為し、兌は孫を為し、震はまた諸侯を為す。
晉。咸陽辰己,長安戌亥。邱陵生止,非魚市。不可避阻,終無悔咎。伏乾為陽。消息卦乾居辰己,坤為安,消息卦居戌亥,互艮為邱陵、為止,坤為魚,言邱陵之地非魚市也。坎為阻。○避,依汲古,宋元本作辭。
《需》之《晋》:咸陽は辰巳の方位に対応し、長安は戌亥の方位に対応す。丘陵の地は生養居止すべきも、魚を販る市集ではない。阻碍は躲けられないが、終に悔恨も災禍もなし――阻み有りて咎なきの象。第三句の「非魚市」は三字のみで、全篇四言の例と合わず、底本には脱文あるべし――ここでは照録して補さない。尚秉和の解象:伏乾は陽を為し、「咸陽」の「陽」を取る。十二「消息卦」(乾坤の十二卦を十二辰に配して陰陽の消長を紀る)の位により、乾は辰巳に居る。坤は安を為し、「長安」の「安」を取る。消息卦の中で坤は戌亥に居る。互体は艮を成し、艮は丘陵・止を為す。坤は魚を為し、丘陵の地は魚市にあらずと言う。坎は阻碍を為す。校記:「避」の字は汲古閣本に依り、宋刻・元刻本は「辞」に作る。
明夷。螟蟲為賊,害我五穀。簟笥空虛,家無所食。伏巽為螟。螟,食苗心蟲。坎為賊,坤為害,互震為谷,坤數五,故曰五穀。震為簟笥,坤為空虛,故無所食。○笥,依汲古,宋元本作食。
《需》之《明夷》:螟虫は盗賊と成りて、我が五穀を糟蹋す。竹蓆は空しく竹箱は底を見せ、一家人は食べる物なし――虫災にて貧を致すの象。尚秉和の解象:伏巽は螟を為し、螟は専ら禾苗の心を食う害虫。坎は賊を為し、坤は害を為し、互体は震を成し、震は穀を為す。坤の卦数は五だから「五穀」。震は簟(竹蓆)・笥(竹器)を為し、坤は空虚を為すから、家中に食なし。校記:「笥」の字は汲古閣本に依り、宋刻・元刻本は「食」に作る。
家人。蒙恩拜德,東歸吾國。慷慨宴笑,歡樂有福。象多未詳。祇東歸及宴笑歡樂知用伏象。○蒙,依汲古,宋元本作謀。
《需》之《家人》:恩沢を承け厚徳に拜謝し、東に向かって我が邦国に帰る。意気は慷慨にして宴飲談笑し、歓欣快楽して福気は門に臨む――栄を掛ちて帰り福を受くるの象。尚秉和は坦言す:この条の取象は大半がなお弄清楚せず、ただ「東帰」と「宴笑歓楽」の二処のみ、伏象(六爻の陰陽を全て反し後に隠伏する卦の象)を用いたと見出し得る。校記:「蒙」の字は汲古閣本に依り、宋刻・元刻本は「謀」に作る。
睽。齎貝贖狸,不聽我辭。繫於虎鬚,牽不得求。伏《蹇》。艮為齎,離為貝,艮為狸,震為辭,震覆,故不聽。坎為聽也。艮為虎、為須、為牽,艮止,故不來。
《需》之《睽》:貨貝を帯びて狸子を贖いに行くも、相手は我が説辞を聴くを肯んぜず。あの狸子は老虎の鬚に繋がれたがごとく、牽いても動かず求めても来ない――求め有りて得られざる窒碍の象。尚秉和の解象:本条は《睽》の伏する《蹇》を用いて取象す。艮は賫(物を持ちて往く)を為し、離は貝を為し、艮は狸を為す。震は言辞を為し、震の体は倒置せりから、相手は聴かず――坎こそ聴の象。艮は虎・鬚・牽引を為し、艮は止を主るから、牽いて来られない。
蹇。比目附翼,歡樂相得。行止集周,終不離忒。伏重離故曰比目。兌悅為歡樂,艮為止。○集周,依宋元本,《詩》:“集於道周”是也。汲古作同。
《需》之《蹇》:比目魚の成双し比翼鳥の翅を連ねたるがごとく、歓歓喜喜として互いに契合す。行くも息るも道路の曲り処に相聚まり、終始して分離せず差錯らない――相伴い和合する吉象。尚秉和の解象:伏卦の中に二つの離が相重ね(「重離」)、離は目を為し、両目は相い並ぶから「比目」。兌は喜悦を主るから歓楽を為す。艮は止を為す。校記:「集周」は宋刻・元刻本に依る――《詩経》の「集于道周」(道路の曲がる処に聚集す)が正にこの詞。汲古閣本は「同」に作る。
解。一指食肉,口無所得。染其鼎鼐,舌饞於腹。坎為肉,數一,故曰一指食肉。一,或為以之訛字,不敢定也。震為口,在外,故無得。震為鼎鼐,故染指於鼎鼐也。離為腹。此仍用子公染指於鼎事,詳《蒙》之“萃”。○一,應作以。
《需》之《解》:一本の指を伸ばして肉羹を蘸して食わんとすも、口の中は終に何も食えず。手指は鼎鼐に染み込み、舌は腹中の美味に向かって直ちに饞う――涎を垂らして食を得ざるの象。尚秉和の解象:坎は肉を為し、坎の卦数は一だから「一指食肉」。ただし「一」は或いは「以」の訛字かも知れぬ――尚氏は断じ敢えてせずと言う。震は口を為し、口は外卦に在るから、得る所なし。震は鼎鼐を為すから、手指を鼎に染め込んだと言う。離は腹を為す。ここはなお鄭国の公子宋(字は子公)の鼎に染指した故事を用いる:《左伝》宣公四年に鄭霊公が黿羹をもって客を宴したを載せ、子公の食指は自ら動き、先に指を鼎に伸ばし蘸して嘗めた――詳しくは《蒙》之《萃》の一条を見よ。校記:「一」は「以」と作るべし。
損。曳綸江湖,釣掛魴鯉。王孫利得,以享仲友。通《咸》。巽為綸,艮手為曳。坤為江湖,故曰曳綸江湖。艮為釣、為掛,坤為魚,震為王,艮為孫,故曰王孫。巽為利,兌為友,伏大坎為仲。○江湖,從元本,宋作江海,汲古作汀洲。王孫利得,汲古作“公孫得利”,依宋元本。
《需》之《損》:江湖の上に釣糸を拖き垂綸し、釣鈎には魴魚と鯉魚が掛かる。王孫は因って利を得、この魚をもって仲氏の一班の朋友を宴享す――漁獲して利を得、食をもって友と会する吉象。尚秉和の解象:「通《咸》」はすなわち《咸》と旁通す。巽は綸(釣糸)を為し、艮は手を為すから「曳」を為す。坤は江湖を為し、合わせて「曳綸江湖」を成す。艮は釣・掛を為し、坤は魚を為す。震は王を為し、艮は孫を為すから「王孫」。巽は利を為し、兌は友を為し、伏卦の中の数爻が合成する大坎の象は仲を為す。校記:「江湖」は元刻本に従い、宋本は「江海」に作り、汲古閣本は「汀洲」に作る。「王孫利得」を汲古閣本は「公孫得利」に作る。ここでは宋刻・元刻本に依る。
益。商紂牧野,顛敗所在。賦斂重數,黎元愁苦。坤為惡,故曰商紂。坤為野、為養、為牧,故曰牧野。坤喪,故顛敗,坤為藏,故為賦斂。坤為重,故曰重數。坤為民、為黑,又艮黔震蒼,故曰黎元。伏大坎為愁苦。
《需》之《益》:商紂王は牧野に大戦し、そこは正に彼の傾覆敗亡する所。賦税の征斂は重くかつ頻りで、黎民百姓は愁苦に堪えず――暴政にて国を亡ぼすの象。尚秉和の解象:坤は悪を主るから、暴君商紂を取る。坤は原野・畜養・放牧を為すから「牧野」。坤は喪亡を主るから「顛敗」。坤は收藏を為すから、賦斂を為す。坤は重を為すから「重数」(一再して征斂す)。坤は民・黒を為し、さらに艮は黔(黒)を為し震は蒼を為すから「黎元」(黎黒の民、すなわち百姓)。伏卦の中の数爻が合成する大坎の象は愁苦を主る。
夬。北辰紫宮,衣冠立中。含和建德,常受天福。通《剝》。艮為星,坤北,故曰北辰。艮為宮、為冠,乾為衣,兌為和,乾為天、為福。○立中,依宋本,毛本、元作中立。
《需》之《夬》:北極星と紫微宮は天中に高く懸り、衣冠の斉整たる人は正中の位に立つ。心に中和を懐き徳業を修め立て、長く上天の賜福を承受す――正に居りて福を得る大吉の象。尚秉和の解象:「通《剥》」はすなわち《剥》と旁通す。艮は星を為し、坤は北方に居るから「北辰」(北極星)。艮は宮室・冠を為し、乾は衣を為す。兌は和を為す。乾は天・福を為す。校記:「立中」は宋本に依り、毛晋の汲古閣本と元刻本は「中立」に作る。
姤。輕戰尚勇,不知兵權。為敵所制,從師北奔。通《復》。震為勇、為戰,坤為兵,巽為權,坤迷,故不知兵權。震為征、為奔,坤為師、為北,故曰從師北奔。○從,依宋元本,汲古作徵。
《需》之《姤》:軽率に開戦しひたすら勇を逞しゅうして、用兵の権変謀略を懂さない。結果として敵に制せられ、敗軍に随って北へ奔逃す――勇を恃みて敗を致す凶象。尚秉和の解象:「通《復》」はすなわち《復》と旁通す。震は勇・戦を為し、坤は兵を為し、巽は権謀を為す。坤の性は迷暗だから、兵権を懂さない。震は征行・奔走を為し、坤は師旅・北方を為すから「従師北奔」。校記:「従」の字は宋刻・元刻本に依り、汲古閣本は「征」に作る。
萃。大口宣唇,神使伸言。黃龍景星,出應德門。興福上堂,天下安昌。兌為口、為唇,巽白為宣,伏震為神、為伸。兌為言,伏震為黃、為龍。艮為星、為明,故曰景星。艮為門堂。○唇,從宋元本,汲古作舌。伸,宋元本作仲,依汲古。興、堂,從汲古,宋元本作與、作天,非。
《需》之《萃》:大口は張き開き双唇は宣露し、神霊が彼を駆して言語を伸張せしめるがごとし。黄竜は身を現し景星は祥を呈し、徳有る家の門前に出現して応験を為す。福気は興起して直ちに庁堂に登り、天下は安寧昌盛す――祥瑞が徳に応ずる大吉の象。尚秉和の解象:兌は口・唇を為し、巽は色白きをもって「宣」(顕露)を為し、伏震は神・伸を為す。兌は言を為し、伏震は黄・竜を為す。艮は星・光明を為すから「景星」(瑞星)。艮は門・堂を為す。校記:「唇」は宋刻・元刻本に従い、汲古閣本は「舌」に作る。「伸」を宋刻・元刻本は「仲」に作る。ここでは汲古閣本に依る。「興」「堂」の二字は汲古閣本に従い、宋刻・元刻本は「与」「天」に作る――ともに誤り。
升。凶子禍孫,仗劍出門。凶訟讙囂,驚駭我家。坤為凶禍,震為子孫,伏艮為匕、為劍。坤為門戶,震出,故曰出門。初至四正反兩兌口相背,故曰凶訟讙囂。震為驚駭,坤為我,艮為家,艮反,故驚駭我家。○仗,依元本,宋毛作把。
《需》之《升》:凶悪の息子・禍を招く孫を生み、剣を提げてすなわち門外へ冲し出る。凶狠に争訟し吵闹喧嘩して、我が一家人を嚇して胆は戦き心は驚かす――家門の寧ならざる凶象。尚秉和の解象:坤は凶・禍を為し、震は子孫を為し、伏艮は匕首・剣を為す。坤は門戸を為し、震は外出を主るから「出門」。初爻から四爻まで一正一反の二つの兌を含み、兌は口を為し、両口は相い背くから「凶訟讙囂」。震は驚駭を為し、坤は我を為し、艮は家を為し、艮の体は倒転せりから、我が家を驚駭せしめると言う。校記:「仗」の字は元刻本に依り、宋本と毛晋の汲古閣本は「把」に作る。
困。祝伯善言,能事鬼神。辭祈萬歲,使君延年。三至上正反兌口,故善言,易所謂尚口也,故曰祝伯。祝史以口舌為用。伏震為伯,坎為鬼,伏震為神、為辭、為歲年、為萬、為君,辭猶拜表拜書。○辭祈,從宋元本,汲古本、局本作拜辭,非。
《需》之《困》:主祭の祝官は辞令に長じ、鬼神に侍奉し得。祝辞は万歳を祈求し、君主をして年を延び寿を益せしむ――禱祝して福を得るの象。尚秉和の解象:三爻から上爻まで一正一反の二つの兌を含み、兌は口を為すから「善言」――すなわち《周易》《困》卦の謂う所の「尚口」(専ら口舌に恃む)。此により「祝伯」の象を取る――祝史の職は正に口舌を倚りて事を辦す。伏震は伯を為し、坎は鬼を為し、伏震はまた神・辞・歳年・万・君を為す。ここの「辞」は上表・上書に相当す。校記:「辞祈」は宋刻・元刻本に従い、汲古閣本と書局本は「拜辞」に作る――誤り。
井。珪璧琮璋,執贄見王。百里甯戚,應聘齊秦。伏震為玉、為王,伏艮為手、為執,震為百里,坎為憂戚。巽為齊,兌為秦,百里奚用於秦穆、甯戚以飯牛歌乾齊桓也。
《需》之《井》:手に圭・璧・琮・璋のこれらの玉器を捧げ、見面の贄礼を執りて君王を謁見す。百里奚と寧戚は、各々秦・斉の両国の聘用に応ず――賢士が明主に遇う吉象。尚秉和の解象:伏震は玉・王を為し、伏艮は手・執を為す。震は百里を為し、坎は憂戚を為し、正に両賢士の名字に合す。巽は斉を為し、兌は秦を為す。百里奚は秦穆公に任用せられ、寧戚は牛に飼う歌を唱いて斉桓公に干求し、両人とも微賤より卿相に登った。
革。昧旦乘車,履危蹈溝。亡失裙襦,摧折兩軸。通《蒙》。震為昧旦、為乘、為車、為履、為蹈,坎險為溝瀆,震上坎下,故履危蹈溝。坤為亡失,震為裙襦,坎折坤,坤數二,故曰兩軸。坤為軸也。○震為襦證。
《需》之《革》:天が明けぬうちに車を駆って門を出て、険境を踏んで溝渠に跌け込む。裙子・短襖は皆失い、二本の車軸もまた摧折断裂した――冒険して早行し、車を翻して物を失う凶象。尚秉和の解象:「通《蒙》」はすなわち《蒙》と旁通す。震は昧旦(黎明前)・乗・車・履・蹈を為す。坎は険陷を主り、溝渠を為す。震は上に在り坎は下に在るから「履危蹈溝」。坤は亡失を為し、震は裙襦を為す。坎は坤を折る能くし、坤の卦数は二だから「両軸」、坤はもとより車軸の象も有る。校記:これは震に「襦」象有るの一証拠である。
鼎。膠著木連,不出牛欄。斯饗羔羊,家室相安。通《屯》。坎為膠,震艮坎皆為木,故曰木連。又屯初至五正反兩震相合,亦有木連象。震為出,坤為牛,艮為欄,艮止,故不出。本卦兌為羔羊、為食,故曰饗。艮為家室、為安。○木連,從宋本,汲古及常本皆訛未通,將卦象妙用全失。
《需》之《鼎》:膠のごとく黏り着き、木は一本接ぎて連なり、牛は欄より出られない。ここにおいて羔羊を宰して宴を設け、一家人は和睦して安寧す――安居して出ず、家を守りて安を得るの象。尚秉和の解象:「通《屯》」はすなわち《屯》と旁通す。坎は膠を為し、震・艮・坎は皆木象有りから「木連」。さらに《屯》は初爻から五爻まで一正一反の二つの震が相接するを含み、また木木相連の象を構成す。震は出を為し、坤は牛を為し、艮は欄圈を為し、艮は止を主るから、出られない。本卦の兌は羔羊・飲食を為すから「饗」。艮は家室・安を為す。校記:「木連」は宋本に従い、汲古閣本と通行本は皆別字と誤って講じ通じず、ここの卦象の妙用を全て失った。
震。卷領遯世,仁德不舍。三聖攸同,周國茂興。艮為領,坎伏,故曰卷領、曰遁世。震為仁德,艮止,故不舍,舍,發也。坎為聖,震數三,故曰三聖。艮為國,震為周、為興,故曰周國茂興。○領,依宋元本,汲古作舌。國,依元本,宋、汲古作家。
《需》之《震》:衣領を巻きて隠遁して世を避くるも、仁徳の心は終始して曾て放たない。三位の聖人は志向が同じく、周朝の国運は因って蓬勃して興盛す――徳を隠して世を済う吉象。尚秉和の解象:艮は衣領を為し、坎は伏位に処りて顕れないから「巻領」といい「遁世」と言う。震は仁徳を為し、艮は止を主るから「不舍」――ここの「舍」は発散・放開の意。坎は聖を為し、震の卦数は三だから「三聖」(文王・武王・周公を指す)。艮は国を為し、震は周・興を為すから「周国茂興」。校記:「領」の字は宋刻・元刻本に依り、汲古閣本は「舌」に作る。「国」の字は元刻本に依り、宋本と汲古閣本は「家」に作る。
艮。黍稷苗稻,垂秀方造。中旱不雨,傷風枯槁。互震為禾苗、為秀、為造,造,作也。坎為中、為雨,艮火故旱、故不雨。伏巽為風,離為枯槁。○苗稻,從宋本,汲古作禾稼,韻不協,非。
《需》之《艮》:黍・稷・禾苗・稲子は、正に穂を垂らし秀を抽いて形を成す。中途に大旱に遇いて雨は降らず、また風に吹かれて傷つき、ことごとく干枯した――禾稼がまさに成らんとして旱に遭う凶象。尚秉和の解象:互体は震を成し、震は禾苗・吐穂・「造」を為し、「造」はすなわち生成の意。坎は中・雨を為す。艮は火に属すから、旱・不雨を主る。伏巽は風を為し、離は枯槁を為す。校記:「苗稲」は宋本に従い、汲古閣本は「禾稼」に作る――韵脚は合わず、誤り。
漸。冠帶南遊,與福喜逢。期於嘉貞,拜為公卿。艮冠巽帶,離南。伏震為福,喜為嘉貞者,卜問。《周禮》:“天府秀冬陳玉以貞來歲之美惡”是也。艮手為拜,艮為官,故為公卿。○貞,汲古作徵,依宋本。
《需》之《漸》:衣冠を整え帯子を束ねて南へ遊歴すれば、正に福気と喜びに相逢う。卜問する所の結果は美好にして吉利、拜を受けて公卿の高官と為す――遊に出でて禄を得る大吉の象。尚秉和の解象:艮は冠を為し、巽は帯を為し、離は南方に居る。伏震は福・喜を為す。「嘉貞」の「貞」は卜問で、《周礼》の載す天府の官が冬末に玉器を陳列して来年の年成の善悪を卜問するは、すなわちこの「貞」の字。艮は手を為すから拜を為し、艮はまた官を為すから、公卿の象を取る。校記:「貞」の字を汲古閣本は「征」に作る。ここでは宋本に依る。
歸妹。一巢九子,同公共母。柔順利貞,出入不殆,福祿所在。離為巢,坎數一,故曰一巢。震為子,數九,故曰九子。震為公,伏巽為母,故曰同公共母。震出巽入,震為勇往,故不殆,震又為福祿也。
《需》之《帰妹》:一個の巣に九只の雛鳥を養い、同じ父・同じ母。柔順にして正を守りて吉利、出ずるも入るも危険なく、福禄はまさにここに在り――家族の興旺・挙動の皆吉なるの象。尚秉和の解象:離は巣を為し、坎の卦数は一だから「一巢」。震は子を為し、震の卦数は九だから「九子」。震は公(父)を為し、伏巽は母を為すから「同公共母」。震は出を主り巽は入を主り、震はまた勇にして前往するから、危険なし。震はまた福禄の象有り。
豐。韓氏長女,嫁於東海。宜家宜主,柔順以居,利得過倍。《說文》:“韓,乾也”,故震為韓、為長,兌為女,故曰長女。震為嫁、為東,兌為海,震為主,伏艮為家。巽為順、為利,二四正反巽,故曰倍。○三四兩句從宋元本,汲古作“多貌美好,宜家福壽”。過,汲古作十,亦依宋元本。
《需》之《豊》:韓家の長女は、遠く東海の浜に嫁ぐ。家を持つに宜しく事を主るにも宜しく、柔和順従して安居し、利を獲ること一倍を過ぎ――嫁娶して所を得、家道は日に豊かなる吉象。尚秉和の解象:《説文解字》は「韓」は干(井垣・幹)の義有りて乾と相通ずと言うから、震は韓・長を為す。兌は女を為し、合わせて「長女」を成す。震は嫁・東を為し、兌は海を為す。震は主を為し、伏艮は家を為す。巽は順・利を為し、二爻から四爻まで一正一反の二つの巽を含むから「倍」。校記:第三・四の两句は宋刻・元刻本に従い、汲古閣本は「多貌美好、宜家福寿」に作る。「過」の字を汲古閣本は「十」に作る。これも宋刻・元刻本に依る。
旅。因禍受福,喜盈我室,所願必得。通《節》。坎為禍,震為福喜,艮為室。○汲古多“先人後己”四字,在第三句,此從宋本。
《需》之《旅》:一场の禍事に因ってかえって福を得、喜気は我が屋室に充満し、心に願う所は必ず願いのごとし――禍を転じて福と為す吉象。尚秉和の解象:「通《節》」はすなわち《節》と旁通す。坎は禍を為し、震は福・喜を為し、艮は室を為す。校記:汲古閣本は第三句の位置に「先人後己」の四字を多く出す。ここでは宋本に従い、取らない。
巽。晉平有疾,迎醫秦國。病乃大秘,分為兩豎。逃匿肓上,伏於膏下,和不能愈。通《震》為晉,坎平坎疾,故曰晉平有疾。醫醷同字,酒也。坎為酒,故借用以與象合。坎西故曰秦。艮為國也。坎為病、為隱伏,故曰病乃大秘。互艮為僮僕,故曰豎,正反艮故曰兩豎。坎為心、為膏肓,成十年杜注:“肓,鬲也,心下曰膏”。坎又為逃匿、為和,坎疾,故不愈。《左傳成十年》:“晉景公疾,求醫於秦,秦使醫緩為之,未至,公夢疾為二豎子,曰:‘彼良醫也,懼傷我,焉逃之?’其一曰:‘居肓之上、膏之下,若我何?’醫至,曰:‘疾不可為也,在肓之上、膏之下,攻之不可,達之不及。’”○逃匿肓上、伏於膏下,宋元本作“逃匿膏肓”,雖簡捷似不如汲古文勢足,且韻協,故從汲古。
《需》之《巽》:晋国の平公は病を生じ、秦国より良医を迎請す。病勢は極めて隠秘にして測り難く、化して二個の小童となる。一個は肓の上に蔵れ、一個は膏の下に伏し、名医「和」すら治し得ない――沉疴に起き上がらざる大凶の象。尚秉和の解象:「通《震》」――震は晋を為す。坎は平・疾を為すから「晋平有疾」。「医」と「醷」はもと一字で酒を指し、坎は酒を為すから、この字を借りて卦象と相合せしむ。坎は西方に居るから秦と言い、艮は国を為す。坎は病・隠伏を為すから「病乃大秘」。互体は艮を成し、艮は僮僕を為すから「竪」(小童)、一正一反の二つの艮だから「両竪」。坎は心・膏肓を為す――《左伝》成公十年の杜預の注に「肓はすなわち膈膜、心臓の下を膏と呼ぶ」と言う。坎はまた逃匿・和を為し、坎は疾病を主るから、治し得ない。《左伝・成公十年》に記す:晋景公は重病にて、秦国に医を求め、秦国は医緩を遣わして前来せしむ。医がまだ到らざるに、景公は夢に疾病が二個の小童と化し、一は言う「彼は良医にして、我らを傷つけんことを恐る、どこに躲くべきか」と、一は言う「肓の上・膏の下に居れば、彼は我らを如何ともせん」と。医が至って言う「この病は治し法なし、肓の上・膏の下に在り、灸をもって攻め及ばず、針をもって達し得ず」と。林辞は景公を平公と言い医緩を医和と言う――漢人の伝聞の合併である。校記:「逃匿肓上、伏于膏下」の二句を宋刻・元刻本は「逃匿膏肓」に作り、簡潔なりと雖も、汲古閣本の文勢の充足に如かず、しかも汲古本は押韻するから、汲古閣本に従う。
兌。牡飛門啟,患憂大解。修福行善,不為身禍。牡門,牡也。兌牡在艮,艮伏不見,故曰飛。艮為門,震為啟,故曰牡飛門啟。艮中爻坎為憂患,震為解、為福,艮為身,坎為禍,震樂,故不為身禍。《漢書五行志》:“成帝元延元年,長安章城門門牡自亡”,或謂此事為焦氏所不及見。豈知京房死於元帝時,真不及見此事者,而房有厥妖、門牡自亡之占,可見此事古已有之,不始於成帝時。○牡,依汲古,宋元本皆作杜,非。
《需》之《兌》:門閂は自ら飛び去り大門は洞開し、憂患は此により大いに化解す。福徳を修積し善事を多く行えば、自身に禍殃を招くことなし――厄を解き災を消すの象。尚秉和の解象:「牡」はすなわち門牡――すなわち門閂。兌の牡象は艮の中に寄せられ、艮は伏位に処りて見えないから「飛」(翼なくして失う)。艮は門を為し、震は開啓を為すから「牡飛門啓」。艮の中爻は坎を互い出して憂患を為し、震は解・福を為し、艮は身を為し、坎は禍を為し、震は喜楽を主るから、自身に禍事を帯びない。《漢書・五行志》に記す:漢成帝元延元年に長安の章城門の門閂が自ら失踪した。人あるいはこれに拠って、この条の林辞の講ずる事は焦延寿の及ばず見る所と言う(因って《易林》を後人の偽作と疑う)。殊に知らず、京房は元帝の時に死し、こそ真にこの事を見るに及ばざる人なれど、京房はすでに「厥妖、門牡自亡」のこの占辞有り。門閂の自ら失する怪事は古より有り、成帝の時より始まるにあらざることが見える。校記:「牡」の字は汲古閣本に依り、宋刻・元刻本は皆「杜」に作る――誤り。
渙。追亡逐北,至山而得。稚叔相呼,反其室廬。互震為追逐,艮止故至山而得。艮為叔,中爻正反震,故曰相呼。震為反,艮為室廬。○山,汲古作止,非。又汲古二三句倒置,亦非,依宋元本。
《需》之《渙》:逃亡の人を追赶し敗退の敵兵を追撃し、一直に山辺に追いて初めて追い付く。年幼きと年長きは互いに呼応し、ともに自らの屋舎に帰る――追捕して獲有り、平安にして帰る吉象。尚秉和の解象:互体は震を成し、震は追逐を主る。艮は止を主るから、山辺に至ればすなわち追い付いた。艮は叔を為し、中間の幾爻は一正一反の二つの震を含むから「相呼」。震は反(帰返)を為し、艮は室廬を為す。校記:「山」の字を汲古閣本は「止」に作る――誤り。汲古閣本はまた第二・三の两句の次序を顛倒す――これも誤り。ここでは宋刻・元刻本に依る。
節。鳥鳴葭端,一呼三顛。動搖東西,危栗不安,疾病無患。震為葦、為葭、為鳴,艮鳥在上,故曰葭端。坎數一,震數三,震為呼、為顛、為動搖,震東兌西,坎為栗、為疾病、為患,震樂,故無。
《需》之《節》:鳥は蘆葦の梢頭に立ちて鳴き、一鳴すれば三下に晃动す。東に揺れ西に擺れ、危く懸って戦慄して安穏ならず、小疾有るも大患なし――処境の揺蕩して終に咎なきの象。尚秉和の解象:震は葦・葭・鳴を為し、艮は鳥にしてしかも上に居るから「葭端」(蘆葦の頂端)。坎の卦数は一、震の卦数は三、震は呼・顛・動揺を為す。震は東に居り兌は西に居るから「動揺東西」。坎は戦慄・疾病・患難を為し、震は喜楽を主るから「无患」。
中孚。龍化為虎,泰山之陽。眾多從者,莫敢敉藏。震為龍,艮為虎,震反為艮,故龍化為虎。艮山震東,故曰泰山。艮納丙,丙南,故曰為陽。震為從,正覆震,故曰眾。坎為藏,坎伏,故莫藏。○敉,從元本,撫也、愛也,宋本、汲古作救,義淺。
《需》之《中孚》:竜は変化して虎と成り、泰山の南面に盤踞す。随う人は群を成し隊を為すも、敢えて往きて安撫収留する者なし――威勢の人に逼って衆の近づく能わざるの象。尚秉和の解象:震は竜を為し、艮は虎を為し、震卦は一たび倒転すればすなわち艮と成るから「竜化為虎」。艮は山を為し、震は東方に居るから「泰山」。艮は天干の丙を納し、丙は南方に属し、山の南は陽だから「之陽」。震は従を為し、一正一覆の二つの震だから「衆多」。坎は蔵を為し、坎は伏位に処るから「莫蔵」。校記:「敉」の字は元刻本に従い、意は安撫・愛撫。宋本と汲古閣本は「救」に作る――義理は浅し。
小過。猋風阻越,車馳揭揭。棄古追思,失其和節,憂心惙惙。巽風,艮火炎上,故曰猋風。《爾雅》:“扶搖謂之猋”注:暴風從下上。又《月令》:“猋風暴雨總至。”注:迴風為猋。中爻正反巽,故曰猋風。越,散也、墜也,阻越,猶踰越也。《易林》用一字能含數卦象,此等雖《易》亦少也。震為越、為車、為馳。揭揭,馳貌。震為追,坎為思,坎為和、為失、為憂、為心,《詩檜風》:“匪風發兮,匪車偈兮;顧瞻周道,中心怛兮”,思,周道也。棄古追思者,言古周道滅絕,今追思之,正詩意也,或作棄名則違詩意矣。○猋,從宋元本,汲古作焱,猋,音標。焱,音豔,《說文》:“火華也”。阻越,各本皆訛忽起,古訛名,均依渙之乾宋本校。
《需》之《小過》:暴れ起きた旋風は冲阻して翻越し、車子は疾馳飛奔す。古道を抛きて往昔を追懐し、和諧の節度を失い、心は憂愁して安からず――世道の序を失い、今を撫して昔を追う憂象。尚秉和の解象:巽は風を為し、艮は火に属して炎上するから「猋風」(下より上がる旋風)。《爾雅》は「扶揺を猋と呼ぶ」と言い、注は暴風の下より上がると為す。《礼記・月令》の「猋風暴雨一斉に到来す」に、注は回旋の風を猋と呼ぶと言う。中間の幾爻は一正一反の二つの巽を含むから、猋風と言う。「越」は散・墜で、「阻越」は猶お冲阻踰越と言うがごとし。《易林》は一個の字を用いて幾重もの卦象を包含し得――この種の筆法は《周易》の中すら少見。震は越・車・馳を為し、「掲掲」は奔馳のさま。震は追を為し、坎は思を為す。坎はまた和・失・憂・心を為す。《詩経・檜風》に「風は急に刮ぎ、車は快く走る。回りて周都に通ずる大道を望めば、心は悲しむ」とあり、ここの「思」はすなわち周道を指す。「棄古追思」は古の周道はすでに滅絶し、今はただ追懐するのみと言い、正に詩意に合す。若し「棄名」と作る本あれば、すなわち詩意に違背す。校記:「猋」は宋刻・元刻本に従い、汲古閣本は「焱」に作る――猋の音は標、焱の音は艶。《説文》は焱は火花と言い、二字は同じからず。「阻越」を各本は皆「忽起」と誤り、「古」を「名」と誤る。皆《渙》之《乾》の条の宋本により校正す。
既濟。遊居石門,祿安身全。受福西鄰,歸飲玉泉。此用《需》象。乾為石、為門、為行,故曰遊居石門。乾為福、為祿、為玉,坎為西鄰,兌口,故曰飲。石門,地名。《論語》:“子路宿於石門。”
《需》之《既済》:遊歴して石門に住み、禄位は安穏にして身体は保全す。西辺の隣家にて福を受け、帰りて玉泉の水を痛飲す――外に出でて禄を得、安然として返る吉象。尚秉和の解象:この条は本卦《需》の象を用いる。乾は石・門・行を為すから「游居石門」。乾は福・禄・玉を為し、坎は西隣を為し、兌は口を為すから「飲」。石門は地名で、《論語》に「子路が石門に住宿した」の記載あり。
未濟。登高上山,見王自言。申理我讒,得職蒙恩。震為登,艮為高、為山,震為王、為言、為申,坎離皆上下兌口相背,故曰讒。艮為官,故曰得職。多用半象,《易林》於既、未濟通例也。
《需》之《未済》:高く登りて山に上り、君王に見えて自ら情を陳ず。我が身に加えられたる讒言を申弁洗清し、因って官職を得て恩沢を蒙る――冤を伸べて禄を得る吉象。尚秉和の解象:震は登を為し、艮は高・山を為す。震は王・言・申を為す。坎と離は上下ともに兌口の相背の形を有し、兌は口を為し、両口は相背するから「讒」と言う。艮は官を為すから「得職」。この条は多く「半象」を用いる――すなわち両爻を取り合わせて半個の卦体を成し象を立てる。《易林》は《既済》《未済》の両卦上にこの法を慣用す。
訟之第六
訟。文巧俗弊,將反大質。僵死如麻,流血漂樐。皆知其母,不識其父,干戈乃止。通《明夷》。坤為文,坎為俗,巽為敝,震為反、為白,故曰大質。坤為死,震為麻,坎為血、為樐,坤水、坎水,故流血漂樐。《偽古文尚書武成篇》“血流漂杵”,《孟子》同杵,焦作樐。坤為母,乾為父,明滅故不知。離為干戈。○樐,從宋元本,汲古及常本皆作杵。俗,汲古訛信,依宋元本。
ここより起きては「訟之第六」――すなわち《訟》を本卦とする第六篇で、以下逐条は《訟》が六十四卦に変ずる林辞である。本篇の首条《訟》之《訟》:文飾は機巧にして風俗は敗壊し、まさに質朴の本真に返らんとす。僵斃の死体は乱麻のごとく多く、流れたる血は大盾を漂わせ得。人々は皆ただ自らの母を知るのみ、自らの父を認め得ず、干戈これにして初めて停息す――乱の極まりて治を思い、文より質に返る沈痛の辞。尚秉和の解象:「通《明夷》」はすなわち《明夷》と旁通す。坤は文を為し、坎は俗を為し、巽は敝壞を為す。震は反・白を為し、白はすなわち質素だから「大質」。坤は死を為し、震は麻を為し、坎は血・樐(大盾)を為す。坤は水に属し坎もまた水に属すから「流血漂樐」。偽古文《尚書・武成》篇に「血流漂杵」有り、《孟子》の引文も「杵」に作るも、焦延寿はここは「樐」と寫す。坤は母を為し、乾は父を為す。光明は熄滅するから認め得ず。離は干戈を為す。校記:「樐」は宋刻・元刻本に従い、汲古閣本と通行本は皆「杵」に作る。「俗」の字を汲古閣本は「信」と誤る。ここでは宋刻・元刻本に依る。
乾。文王四乳,仁愛篤厚。子蓄十男,夭折無有。此用《遇》卦“訟”象。乾王離文,故曰文王。艮為乳,初二與三四皆形艮,故曰四乳,又巽數四也。乾為仁愛,伏坤為厚,震為子男,坤數十,故曰十男。坤為死,故曰夭。坎為折,震生故夭折無有。又全用《訟》伏。
《訟》之《乾》:周文王は四つの乳を生ず、仁愛の心は篤実深厚す。十個の息子を養育し、夭折早亡する者一人もなし――徳厚く子多き大吉の象。尚秉和の解象:この条は「遇卦」(占いし本卦)《訟》の象を用いる。乾は王・離は文を為し、合わせて「文王」を成す。艮は乳を為し、初二の両爻と三四の両爻はともに艮形を構成するから「四乳」、これに巽の卦数は四を加ふ。乾は仁愛を為し、伏坤は厚を為す。震は息子・男丁を為し、坤の卦数は十だから「十男」。坤は死を為すから「夭」。坎は折を為すが、震は生を主るから、夭折なしと言う。この条はまた全く《訟》の伏象を借用す。
坤。日入望車,不見子家。長女無夫,左手搔頭。此亦用《遇》卦“訟”象。離伏在下,故曰日入,《易》所謂後入于地也。離為望,伏震為車、為子,坎為室家。《訟》巽為長女,坎為夫,坎隱,故無。伏震為左,反艮為手、為搔,坎為頭,亦用《訟》伏。○車,依汲古,宋元本作東。
《訟》之《坤》:太陽は落山したもなお帰る車子を张望するも、息子と家人を見ず。長女は丈夫なく、ただ左手をもって頭髪を掻いて愁うのみ――盼して至らず、孤居して偶なき凶象。尚秉和の解象:この条も「遇卦」《訟》の象を用いる。離は下体に伏すから「日入」――すなわち《周易》《明夷》の言う所の「後入于地」。離は望を為し、伏震は車・子を為し、坎は室家を為す。《訟》の中の巽は長女を為し、坎は丈夫を為し、坎は隱伏して現れないから「无夫」。伏震は左を為し、倒転した艮は手・搔を為し、坎は頭を為す――皆これ《訟》の伏象を用う。校記:「車」の字は汲古閣本に依り、宋刻・元刻本は「東」に作る。
屯。東上泰山,見堯自言。申理我冤,以解憂患。艮山震東,故曰泰山。震為帝、為言,故曰見堯自言。坎為冤、為憂患,震解。
《訟》之《屯》:東に向かって泰山に登り、帝尭に見えて親しく陳訴す。我が冤屈を申弁洗清し、従って一身の憂患を解きほぐす――冤を訴えて直を得る吉象。尚秉和の解象:艮は山を為し、震は東方に居るから「泰山」。震は帝王・言語を為すから「見尭自言」。坎は冤枉・憂患を為し、震は解散を主るから、憂患は解を得。
蒙。奎軫湯湯,過角宿房。宜時布和,無所不通。艮為星。先天居西北對兌。兌居東南,故曰奎軫。奎,西北宿,軫,東南宿,而坤、坎皆為水,故曰湯湯。角、房,皆東方宿。震為東,故曰過角宿房。艮為時,坎為和、為通,震為軫,艮為角房尤切。○湯湯,依汲古,宋元本作溫湯。按:《天官書》:“奎為溝瀆,凡江河之事皆占之”,又《星經》:“天江近尾。”軫南方宿,故曰湯湯。
《訟》之《蒙》:奎宿と軫宿は水勢浩蕩として、角宿を越えて房宿に住む。時に應じて和気を布き、通らざる所なし――天時に應じて万事亨通する吉象。尚秉和の解象:艮は星を為し、先天卦位は艮は西北に居りて兌と相対し、兌は東南に居るから、西北の奎宿と東南の軫宿を取る。坤・坎はともに水に属すから「湯湯」(水盛んなるさま)。角・房はともに東方の星宿で、震は東に居るから「過角宿房」。艮は時を為し、坎は和・通を為す。震は軫を為し、しかして艮が角・房の二宿を取るは尤其に貼切。校記:「湯湯」は汲古閣本に依り、宋刻・元刻本は「温湯」に作る。また按す:《史記・天官書》は奎宿は溝瀆を主り、およそ江河の事は皆これをもって占うと言う。《星経》は天江星は尾宿に近いと言う。軫は南方の星宿だから「湯湯」と言う。
需。引髯牽頭,雖懼無憂。王母善禱,禍不成災。通《晉》。艮為引、為牽、為髯、為頭,坎為憂懼,坤安,故無憂。坤母乾王,故曰王母。坎上下皆兌口,故曰善禱。坎為禍災,坤安,故不災。○髯,依汲古,宋元本作船。頭,依宋元本,汲古作須。懼,依汲古,宋元作拘。
《訟》之《需》:人に髯を揪められ頭を扯げられても、怕れと雖も真の憂患なし。王母は禱告に善く、禍端は災殃を釀成せず――驚有りて険なきの象。尚秉和の解象:「通《晋》」はすなわち《晋》と旁通す。艮は引・牽・髯(頰髯)・頭を為す。坎は憂懼を為し、坤は安定を主るから、憂患なし。坤は母を為し乾は王を為し、合わせて「王母」を成す。坎の上下にはともに兌口の形有り、兌は口を為すから「善禱」。坎は禍災を為し、坤は安を主るから、災を成さず。校記:「髯」は汲古閣本に依り、宋刻・元刻本は「船」に作る。「頭」は宋刻・元刻本に依り、汲古閣本は「須」に作る。「懼」は汲古閣本に依り、宋刻・元刻本は「拘」に作る。
師。鳧得水沒,喜笑自啄。毛羽悅懌,利以攻玉。公出不復,伯氏客宿。震為鳧,坤水、坎水,故曰沒水。震為喜笑、為口、為啄,坤為自,故曰自啄。震為毛羽、為悅懌,為玉,伏巽為利,坎為破、為攻,故曰利以攻玉。震為公、為出、為復,坤死,故不復。震為伯、為客,坎為夜、為宿。○懌,從元本,宋本、汲古作澤,非。伯,依宋本,汲古訛柏,丁晏釋文不知其為訛字,以為柏氏即柏人,劉毓崧又以為柏谷,皆不知震為伯、為客故也。
《訟》之《師》:野鴨は水を得てすなわち其中に潜没し、歓喜して自ら羽毛を啄み理む。羽毛は滑順にしてそれを喜ばせ、これをもって玉石を琢磨するも合宜なり。主公は門を出でて再び帰らず、伯氏は外に借宿して客と為るしかなし――吉凶半ばして、前半は所を得て後半は帰りを失う。尚秉和の解象:震は鳬(野鴨)を為し、坤は水に属し坎もまた水に属すから「没水」。震は喜笑・口・啄を為し、坤は自を為すから「自啄」。震は毛羽・悦懌・玉を為し、伏巽は利を為し、坎は破・攻治を為すから「利以攻玉」。震は公・出・返を為し、坤は死亡を主るから、出でて返らず。震は伯・客を為し、坎は夜・宿を為す。校記:「懌」は元刻本に従い、宋本と汲古閣本は「沢」に作る――誤り。「伯」は宋本に依り、汲古閣本は「柏」と誤る。丁晏は《易林釈文》を作るにそれが訛字なるを知らず、柏氏はすなわち柏人(地名)と為し、劉毓崧はまた柏谷と為す――皆これ震に伯・客の象有るを知らざるの故なり。
比。水流趨下,欲至東海。求我所有,買魴與鯉。坎坤皆水,故曰趨下。坤為海,納乙,故曰東海。艮為求,坤為我、為魚,故曰魴鯉。○元本多“足關路止”四字,依汲古。
《訟》之《比》:流水は一路に下に向かい、奔りて東海に至らんとす。来たりて我が有する物を求取し、魴魚と鯉魚を買う――勢に順い行い、交易して物を得るの象。尚秉和の解象:坎と坤はともに水に属すから「趨下」。坤は海を為し、坤は天干の乙を納し、乙は東方に属すから「東海」。艮は求を為し、坤は我・魚を為すから「魴鯉」。校記:元刻本は「足關路止」の四字を多く出す。ここでは汲古閣本に依る。
小畜。獐鹿逐兔,安飽其居。反還次舍,無有疾故。通《豫》。艮為獐鹿,震為逐、為兔,在前故曰獐鹿逐兔。艮為居、為安,坎為飽,艮為次舍,震為反,故反次舍。坎為疾,震樂,故無疾。坤為死、為故。○有,汲古作乃,非,依宋元本。
《訟》之《小畜》:獐子と鹿は野兎を追逐し、安穏として飽き食えて好く住む。自らの居舎に帰返し、疾病もなく変故もなし――往返平安にして飲食に缺なき吉象。尚秉和の解象:「通《豫》」はすなわち《豫》と旁通す。艮は獐鹿を為し、震は追逐・兎を為し、兎は前に在るから「獐鹿逐兎」。艮は居・安を為し、坎は飽足を為し、艮は次舎(歇宿の処)を為し、震は返を為すから、次舎に帰返すと言う。坎は疾病を為し、震は喜楽を主るから疾なし。坤は死・故(変故)を為す。校記:「有」の字を汲古閣本は「乃」に作る――誤り。ここでは宋刻・元刻本に依る。
履。樹植藿豆,不得芸鋤。王事靡盬,秋無人收。通《謙》。震為藿豆,艮手為樹植、為芸鋤,坎陷,故不得。震為王,坤為事,震為行,故曰靡監。靡監,無定也,見《詩唐風》注。震為人,震伏故無。兌為秋。○人,依汲古,宋元本作所;又靡元本作無,非。
《訟》之《履》:豆苗を種え下しても、手を騰かして草を除き土を松くする暇なし。王家の差事は了えず、秋に至りて收割する人なし――徭役の農を妨げ、田功の廃棄せらるる凶象。尚秉和の解象:「通《謙》」はすなわち《謙》と旁通す。震は藿豆を為し、艮は手を為すから栽種・耘鋤を為す。坎は陥落を主るから、暇を得ず。震は王を為し、坤は事を為し、震は行走を為すから「靡監」(すなわち林辞の「靡盬」)。靡盬とは歇止定止なし――《詩経・唐風》の注を見よ。震は人を為し、震は伏位に在るから「无人」。兌は秋を為す。校記:「人」の字は汲古閣本に依り、宋刻・元刻本は「所」に作る。「靡」の字を元刻本は「无」に作る――誤り。
泰。弱水之西,有西王母。生不知老,與天相保。坤水坤柔,故曰弱水。互兌為西,乾王坤母,故曰王母。震為生,乾為老,震樂,故不知老。乾為天,震為健,故曰與天相保。汲古多“行者危殆,利居善喜”二句,與上不協,依宋元本。元本注云:“柳宗元曰西海之山有王母,神仙所居,其下有水,散渙無力,不能負芥。”
《訟》之《泰》:弱水の西辺には、西王母が住す。長生して衰老を知らず、天地とともに長く存す――長生久視の大吉の象。尚秉和の解象:坤は水に属し性は柔だから「弱水」(浮力の弱く一茎の草芥すら載せられぬ水)。互体は兌を成し、兌は西方に居る。乾は王を為し坤は母を為し、合わせて「王母」を成す。震は生を為し、乾は老を為し、震は喜楽を主るから、衰老を知らず。乾は天を為し、震は剛健を主るから「与天相保」。校記:汲古閣本は「行者危殆、利居善喜」の二句を多く出し、上文と語意は協わず――ここでは宋刻・元刻本に依る。元刻本の旧注は柳宗元の話を引く:西海の山に王母あり、神仙の居住する所で、山下に水あり、涣散して力なく、一茎の草芥すら浮かべ得ない、と。
否。數窮廓落,困於曆室。幸登玉堂,與堯佑食。乾為陽,九居數之極,故曰數窮。乾為遠,故廓落。艮為室、為時,故曰曆室。艮止為困,乾為玉,艮為堂,乾行,故登玉堂。乾為帝,故曰堯。伏兌為食。○幸,依汲古,宋元作卒。
《訟》之《否》:気数は尽頭に走到りて空空落落、暦室の中に困守す。僥倖して玉堂に登り、帝尭と福食を共享するを得――先に困して後に通じ、絶えたる処に遇うの象。尚秉和の解象:乾は陽を為し、九は陽数の極点だから「数窮」。乾は遠を為すから「廓落」(空闊冷落)。艮は室・時(暦法の暦)を為すから「暦室」。艮は止を主るから困を為す。乾は玉を為し、艮は堂を為し、乾は健行を主るから「登玉堂」。乾は帝を為すから、帝尭を取る。伏兌は飲食を為す。校記:「幸」の字は汲古閣本に依り、宋刻・元刻本は「卒」に作る。
同人。子鉏執麟,春秋作經。元聖將終,尼父悲心。通《師》。震為鉏、為子,坤文為麟,坎為獲,故曰子鉏執麟。震為春,坤為秋,坤為文,故曰春秋作經。乾為聖、為元,坤死,故曰終。乾為聖、為山,故曰尼父。坎為心、為悲。按:《左傳哀十四年》:“叔孫氏之車子鉏商獲麟”,《公羊》、《穀梁》皆以孔子感獲麟而作春秋,《後漢班固傳》注引《演孔圖》云:“孔子母徵在夢,感黑龍而生孔子”,故曰元聖。《公羊》:“孔子見麟,反袂拭面,涕沽袍。”言孔子知將死而悲也。○經,依汲古,宋元本作“春秋作元,陰聖將終”,殊費解。又按:車子鉏商,杜注以車子連文,疏引《家語》服虔語以證其誤。今按:《易林》以子鉏連文,益足證杜注之非,惟王肅、服虔皆以子為姓,鉏商為名。今《易林》以子鉏連文,似以子鉏為姓,商乃其名,服氏、王氏仍誤也。又元字,據《演孔圖》疑為玄,今《漢書》為避清諱改,乃查元刊《易林》亦作元,是原作元,故從而不改。又按:此文下屢見,皆依汲古,此林校正音義皆協。
《訟》之《同人》:子鉏は麒麟を捕獲し、孔子は因って《春秋》の一経を寫作す。大聖人の生命はまさに終結せんとして、尼父の心中は一片の悲傷――聖徳のまさに終わらんとし、筆を絶って麟を獲たるの象。尚秉和の解象:「通《師》」はすなわち《師》と旁通す。震は鉏・子を為し、坤は文采有りて麟を為し、坎は獲を為すから「子鉏執麟」。震は春を為し、坤は秋を為し、坤は文を為すから「春秋作経」。乾は聖・元(大)を為し、坤は死を主るから「将終」。乾は聖・山(丘)を為すから、「尼父」(孔子の字は仲尼)を取る。坎は心・悲を為す。按す:《左伝》哀公十四年は「叔孫氏の車夫子鉏商が麒麟を猟獲した」を記し、《公羊伝》《穀梁伝》はともに孔子は獲麟に感じて《春秋》を作ったと言う。《後漢書・班固伝》の注は緯書《演孔図》を引き、孔子の母顔徴在が夢に黒竜を感じて孔子を生んだと言うから、彼を「元聖」と称す。《公羊伝》は孔子は麒麟を見て、衣の袖を翻して顔を拭い、眼涙は衣袍を沾湿せたと言う――孔子が自らまさに死せんとするを知りて悲しんだと言う。校記:「経」の字は汲古閣本に依り、宋刻・元刻本は「春秋作元、陰聖将終」に作り、甚だ講じ通じ難し。また按す:「車子鉏商」の一名は、杜預の注は「車子」を連読し、孔穎達の疏は《孔子家語》と服虔の説を引きて杜注の誤りを証す。今《易林》を看るに「子鉏」を連読せば、さらに杜注の誤りを証するに足る。ただ王粛・服虔はともに「子」を姓とし「鉏商」を名とするが、《易林》はすでに「子鉏」の連文だから、子鉏を姓とし商こそ名とするようで、ならば服・王の二家もなお旧来の誤りあり。さらに「元聖」の「元」の字は、《演孔図》に拠りてもと「玄」に作るを疑うも、今本《漢書》は清朝の諱を避けて改めたるもの。しかし元刊本《易林》を査すればまた「元」に作るから、もとより「元」に作ることが見え、故に旧に照らして改めない。このほかこの幾句は下文に屢々出現し、皆汲古閣本に依る――汲古本はこの条の校正の後に音韵文義ともに相合すればなり。
大有。尹氏伯奇,父子生離。無罪被辜,長舌所為。周尹吉甫子伯奇為後母所讒,被逐,故曰父子生離。《林》用其事。此用《遇》卦“訟”象,《訟》通《明夷》,互震為尹、為伯、為子,《訟》天水違行,故曰父子生離。《訟》上乾為善,故曰無罪。坎為刑,故曰被辜。兌為舌,《明夷》互震似兌形而長,故曰長舌。
《訟》之《大有》:尹氏の息子伯奇は、父子が生生と分離す。もとより罪なきに刑辜を蒙る――ことごとく長舌婦の讒を進むの致す所――讒に遭いて逐わるる凶象。周宣王の時、尹吉甫の息子伯奇は後母に讒を進められ、放逐に遭うたから「父子生離」――《易林》の用いる所はまさにこの事。尚秉和の解象:この条は「遇卦」《訟》の象を用い、《訟》は《明夷》と旁通す。互体は震を成し、震は尹・伯・子を為す。《訟》卦は上乾・下坎で、天と水は相背して行くから「父子生離」。《訟》の上体乾は善を為すから「无罪」。坎は刑罰を為すから「被辜」。兌は舌を為し、《明夷》の互体震は兌に形似て更に長きから「長舌」。
謙。播木折枝,與母別離。九皋難和,絕不相知。坎為播、為折,震為木、為枝,坤為母。播,種也,言折枝種於他處,故此枝與母木分離。震納庚、數九,艮為皋,故曰九皋,《詩》:“鶴鳴於九皋”。震為鶴,在山上高遠,故難和。○播木,宋元本作蟠枚,和作扣,均依汲古。後此詞屢見,皆依汲古此林校。
《訟》之《謙》:樹を種うる時に枝條を折り下し、あの枝條はすなわち母樹と分離す。鶴は深遠の水沢の中に鳴き、遠くて応和する者なく、互いに断絶して相知らず――骨肉分離・音信隔絶の凶象。尚秉和の解象:坎は播種・折断を為し、震は木・枝を為し、坤は母を為す。「播」はすなわち種――枝條を折りて別の処に種えると言い、因ってこの枝條は母樹と分離す。震は天干の庚を納し卦数は九、艮は皋(水辺の高地)を為すから「九皋」――《詩経》に「鶴鳴于九皋」の句あり。震は鶴を為し、鶴は山上の高遠の処に在るから、応和し難し。校記:「播木」を宋刻・元刻本は「蟠枚」に作り、「和」を「扣」に作る。皆汲古閣本に依る。この後この詞は屢々出現し、一概に汲古閣本のこの条の校する所に依る。
豫。眵雞無距,與鵲格鬬。翅折目盲,為鳩所傷。旁通《小畜》。上巽為雞,半離,故眵目。《說文》:“眵目,傷眥也”。震為足,巽下斷,故無距。離為鵲、為鳩,兩兌口相對,故格鬥。震為羽,坎折,故翅折。震形目無上眥,故目盲。兌決,故為鳩所傷。○汲古多“復歸野廬,與母相扶”二句,與上義不屬,茲從宋元本。
《訟》之《豫》:一只の爛れ眼の鶏は、脚上に距(闘鶏用の骨刺)なきも、鵲と搏闘しに往く。結果として翅は折れ眼は盲い、また斑鳩の傷つく所と為る――自ら量らず自ら敗を取る凶象。尚秉和の解象:本卦は《小畜》と「旁通」(六爻の陰陽全て変じて相通ず)。上体の巽は鶏を為し、また半個の離を含み、離は目を為すから「眵目」(眼角の潰爛)――《説文解字》は「眵」を眼眶に瘡を生ずと解す。震は足を為し、巽の下爻は断けたるから「无距」。離は鵲・鳩を為し、二つの兌口は相対するから搏闘す。震は羽を為し、坎は折断を主るから翅折れ。震の卦形は眼に象りて上瞼を缺くから目盲。兌は決裂を主るから、斑鳩に傷つけられる。校記:汲古閣本は「復帰野廬、与母相扶」の二句を多く出し、上文と語意は相連属せず――ここでは宋刻・元刻本に従う。
隨。甲乙丙丁,俱歸我庭。三丑六子,入門見母。震東方,故曰甲乙。艮納丙,兌納丁,艮為庭,震為歸,故曰甲乙丙丁,俱歸我庭。巽貞丑,震數三,故曰三丑。卦六子俱備,故曰六子。艮為門,巽為入、為母,兌見,故曰入門見母。○以巽為母,可釋《蠱》母象。
《訟》之《随》:甲乙丙丁の四天干は、ともに我が庭院に帰る。三個の丑位・六個の子女は、門を入れば母に見る――子孫団聚・闔家会合の吉象。尚秉和の解象:震は東方に居り、東方は甲乙に配す。艮は天干の丙を納し、兌は天干の丁を納す。艮は庭を為し、震は帰を為すから「甲乙丙丁、倶帰我庭」。巽の卦気は正に丑位に当たり、震の卦数は三だから「三丑」。此の卦は震・坎・艮・巽・離・兌の六個の子卦が斉備するから「六子」。艮は門を為し、巽は入・母を為し、兌は見を為すから「入門見母」。校記:ここに巽をもって母と為すは、《蠱》卦の「母」象を解するに用い得。
蠱。桑葉螟蠧,衣敝如絡。女工不成,絲布為玉。巽為桑、為螟蠧、為絡。震為衣,巽為敝,言桑壞蠶飢無所得絲,故衣敝如絡。巽為女、為工,巽下斷,故不成。巽為絲布,震為玉,言絲布貴如玉也。
《訟》之《蠱》:桑葉は螟虫・蛀虫を生じ、衣裳は破れて一張の網絡のごとし。女工は布を織り成さず、絲と布は玉のごとく貴し――蚕桑に災を被り衣料の騰貴する凶象。尚秉和の解象:巽は桑・螟蠹・網絡を為す。震は衣を為し、巽は敝壞を為す――桑葉が壞れ蚕が餓えて絲を得ず、故に衣服が漁網のごとく破れたるを言う。巽は女・工を為し、巽の下爻は断けたるから、織り成さず。巽は絲布を為し、震は玉を為す――絲布の貴重なること美玉のごとしを言う。
臨。開牢闢門,巡狩釋冤。夏臺羑里,湯文悅喜。伏艮為牢門,震為開、為巡狩、為釋,艮為臺、為里,乾大,故曰夏臺。夏,大也。艮為道,故曰羑里。羑,道也。震為帝王,故曰湯文。震為樂,故悅喜。
《訟》之《臨》:牢獄を打開き大門を敞き、天子は四方を巡狩して、冤を蒙る囚徒を釋放す。夏台に囚われた商湯・羑里に囚われた周文王は、皆歓喜して獄を出る――冤獄の釋を得る大吉の象。尚秉和の解象:伏艮は牢・門を為し、震は開・巡狩・釋放を為す。艮は台・里を為す。乾は大を主るから「夏台」――「夏」はすなわち大の意。艮は道を為すから「羑里」――「羑」もまた道の意。震は帝王を為すから、商湯・周文王を取る。震は喜楽を主るから悦喜と言う。
觀。欽明之德,坐前玉食。必保嘉美,長受安福。艮為光明、為坐,伏震為玉,兌為食,震為佳美,坤為安。○美,汲古作善。
《訟》之《観》:恭敬にして明察の徳を備え、座の前には珍饈美食を擺る。必ず美好を保有し得、長く安寧の福を承く――徳位相称・福を享くること長久の吉象。尚秉和の解象:艮は光明・坐を為し、伏震は玉を為し、兌は飲食を為し、震は佳美を為し、坤は安を為す。校記:「美」の字を汲古閣本は「善」に作る。
噬嗑。武夫司空,多口爭訟。金火當戶,民不安處,年飢無有。震為武夫,艮為官,故曰司,離虛故曰司空。震為口,正反震,故曰多口、故曰爭訟。艮為戶、為金,離火,故曰金火當戶。金火,謂金星、火星也。《史記天官書》:“月五星順入軌道,其逆入若不軌道,以所犯命之,中坐成形,皆群下從謀也,金火尤甚”,故《後漢書天文志》:“孝和帝永元七年二月癸酉,金火俱在參,戊寅金火俱在東井”,特書其異。唐楊炯《渾天賦》:“金火犯之而甚憂”,茲曰當戶,是金火併見也。首二句似用《左傳》“宋華元使民築城,民謳歌嘲笑華元”故事。坎為民,坎險不安。震為年,離虛故飢。○按:此震為武人之證,《易》武人象舊說皆誤。
《訟》之《噬嗑》:武夫は司空の官と為り、衆口は紛紜として争訟を興す。金星・火星は正に門戸に対し、百姓は安居を得ず、年成は飢饉にして一収なし――人にあらざるを任じ、天変して民困する凶象。尚秉和の解象:震は武夫を為し、艮は官を為すから「司」、離は中虚だから「司空」(空缺して実なき官)。震は口を為し、一正一反の二つの震だから「多口」といい「争訟」と言う。艮は戸・金を為し、離は火を為すから「金火当戸」。金火とは太白金星と熒惑火星を指す。《史記・天官書》は月と五星が順行して軌道に入れば常、逆行あるいは軌道を循わざれば、すなわちその侵犯する所の星宿に拠りて事を断ず――其中金・火の為害は尤其に甚だしいと言う。故に《後漢書・天文志》は特に漢和帝永元七年二月癸酉に金火がともに参宿に在り、戊寅に金火がともに東井に在るのごとき異象を記す。唐人楊炯の《渾天賦》もまた「金火が来たりて犯さば大いに憂うべし」と言う。ここに言う「当戸」は、金火の両星の并び現るるなり。冒頭の二句は《左伝》の載する宋国の華元が民を督して城を築き、百姓が歌謡を編みて彼を嘲笑した故事を用いるがごとし。坎は民を為し、坎は険陷を主るから安からず。震は年歳を為し、離は中虚だから飢饉。校記:按す――これは震に「武人」の象有るの一証拠で、《周易》の中の武人の象は、旧説は皆講じ誤れる。
賁。紫闕九重,尊嚴在中。黃帝堯舜,履行至公。冠帶垂裳,天下康寧。艮為闕,坎赤,故曰紫闕。震數九,上震覆,故曰九重。艮貴,故尊嚴。震為帝、為黃,故曰黃帝堯舜。震為履、為行,艮為冠,伏巽為帶。震為裳,艮為反震,故垂裳。震又為康寧也。○裳,從元本,宋本、汲古作衣。闕,宋元作閣。
《訟》之《賁》:紫色の宮闕は重重九道、至尊の天子は其中に端居す。黄帝と尭舜は、行い為す所は極めて公正。冠を戴き帯を束ね、衣裳を垂れて治め、天下は安康寧定す――聖王の拱を垂れて治める大吉の象。尚秉和の解象:艮は宮闕を為し、坎は色赤なりから「紫闕」。震の卦数は九、上体の震は倒転せりから「九重」。艮は尊貴を主るから尊厳。震は帝・黄を為すから、黄帝・尭・舜を取る。震は履・行を為す。艮は冠を為し、伏巽は帯を為す。震は裳を為し、艮は震の反体だから「垂裳」。震はまた康寧の象有り。校記:「裳」は元刻本に従い、宋本と汲古閣本は「衣」に作る。「闕」を宋刻・元刻本は「閣」に作る。
剝。負牛上山,力劣行難。烈風雨雪,遮遏我前,中道復還。艮為背、為負、為山,坤牛,故曰負牛上山。震為行,震覆,故行難,坤柔,故力劣。坤為風、為冰霜,故曰烈風雨雪。艮止為遮遏。坤為我,艮為道,反震為還、為復。○依《旅》之“睽”校,宋元本多“憂苦日歡”四字,與上意不屬。
《訟》之《剥》:牛を負いて山上に爬すも、気力は済わず寸歩も難行。狂風は雨雪を夾み、我が去路を擋ぎ、半道に走到りて折返すのみ――重を負いて行き難く、半途にして廃する凶象。尚秉和の解象:艮は背・負載・山を為し、坤は牛を為すから「負牛上山」。震は行を為し、震の体は倒転せりから、行走は艱難。坤の性は柔弱だから、気力は済わず。坤は風・冰霜を為すから「烈風雨雪」。艮は止を主るから、遮攔阻遏を為す。坤は我を為し、艮は道路を為し、倒転の震は還・復を為す。校記:此の条は《旅》之《睽》の一条に依りて校定す。宋刻・元刻本は「憂苦日歓」の四字を多く出し、上文と語意は相連属せず。
復。蹇兔缺唇,行難齒寒。口病不言,為身生患。震為兔,伏巽下斷,故曰蹇、曰缺唇。震為行,坤閉,故難行。震為齒,坤為冰霜,故寒。震為口、為言,坤害,故曰病,坤閉故不言。坤為身、為患。震為生,故生患。○病,依元本,宋本、汲古作痛。
《訟》之《復》:跛脚の兎は唇を豁け、歩行は艱難にして歯牙は寒を発す。口は病を生じて言を出さず、自身に禍患を招来す――残缺失語・自ら災殃を惹く凶象。尚秉和の解象:震は兎を為し、伏巽の下爻は断けたるから「蹇」(跛)といい「缺唇」と言う。震は行を為し、坤は閉塞を主るから難行。震は歯を為し、坤は冰霜を為すから、歯牙は寒を発す。震は口・言を為し、坤は害を主るから「病」と言い、坤は閉塞するから言を出さず。坤は身・患を為し、震は生を為すから「生患」。校記:「病」の字は元刻本に依り、宋本と汲古閣本は「痛」に作る。
無妄。合體比翼,嘉耦相得。與君同好,使我有福。艮為體,正反艮相對,故曰合體。震為翼,正反震相連,故曰比翼、故曰嘉耦。乾君震君,故同好。乾為福,故曰有福。○嘉,從宋元本,汲古作喜,非。
《訟》之《无妄》:形体は相合し双翼は相并び、美満の配偶は互いに契合す。君上と心を同じく好を同じくして、我は福気を獲得す――配合の宜しきを得、上下同心の吉象。尚秉和の解象:艮は体を為し、一正一反の二つの艮は相対するから「合体」。震は翼を為し、一正一反の二つの震は相連るから「比翼」といい「嘉耦」と言う。乾は君を為し震もまた君を為し、両君は相合するから「同好」。乾は福を為すから「有福」。校記:「嘉」は宋刻・元刻本に従い、汲古閣本は「喜」に作る――誤り。
大畜。口啄卒卒,憂從中出。喪我寶貝,無妄失位。兌為口、為啄,震為卒卒。《漢書司馬遷傳》:“卒卒無須臾之間”,注:卒卒,促遽也。乾為惕、為憂,震為出、為寶,艮為貝,兌毀,故喪,無妄覆,故曰失位。○首句從宋本,汲古作“憒憒不脫”。無妄,汲古作亡妾,宋元本作妻妾,依下《升》林校。
《訟》之《大畜》:口は啄んで止まず匆促慌忙として、憂愁は心の中より生ず。我が宝貝を丟失し、《无妄》卦は倒転して本位を失う――惶遽して物を失う凶象。尚秉和の解象:兌は口・啄を為し、震は「卒卒」を為す――《漢書・司馬遷伝》に「卒卒無須臾之間」あり、注は卒卒はすなわち急促匆遽と言う。乾は警惕・憂を為し、震は出・宝を為し、艮は貝を為す。兌は毀折を主るから「喪」。《无妄》の卦体は倒転せりから「失位」。校記:首句は宋本に従い、汲古閣本は「憒憒不脱」に作る。「无妄」の二字を汲古閣本は「亡妾」に作り、宋刻・元刻本は「妻妾」に作る。ここでは下文《升》条の林辞に依りて校定す。
頤。兩心不同,或從西東。明論終日,莫適我從。震起艮止,故兩心不同。震東,伏兌為西。艮明震論,艮終,伏乾為日,故明論終日。坤為我,震為從,下動上止,故莫適所從。○以艮為光明,凡《易》光明象得解。○我從,依汲古,宋元本作相從。
《訟》之《頤》:両人の心思は一致せず、一は西へ一は東へ。明白に議論して終日すれど、なお我は誰に従うべきかを知らず――意見の分歧・従う所なきの象。尚秉和の解象:震は奮起を主り艮は静止を主るから「両心不同」。震は東に居り、伏兌は西に居る。艮は明を為し震は論を為し、艮は終を為し、伏乾は日を為すから「明論終日」。坤は我を為し、震は従を為し、下卦は動いて上卦は止まるから、従う所なし。校記:艮をもって光明と為すは、およそ《周易》の中の光明の象は皆此によりて解釈を得べし。また:「我従」は汲古閣本に依り、宋刻・元刻本は「相従」に作る。
大過。啞啞笑言,與喜飲食。長樂行觴,千秋起舞,拜受大福。兌為笑言、為飲食,伏震為喜、為樂、為觴、為起舞。兌為正秋,乾為千,故曰千秋。伏艮為拜,乾為大福。○喜,從汲古,宋元本作善。
《訟》之《大過》:啞啞として談笑し、歓歓喜喜として酒を飲み飯を食う。長く歓楽し盃を伝え酒を行い、千秋万歳と身を起して起舞し、拜謝して大福を承受す――歓宴して福を受くる大吉の象。尚秉和の解象:兌は笑語・飲食を為し、伏震は喜・楽・酒盃・起舞を為す。兌は正秋の位に当たり、乾の卦数は千だから「千秋」。伏艮は拜を為し、乾は大福を為す。校記:「喜」の字は汲古閣本に従い、宋刻・元刻本は「善」に作る。
坎。初憂後喜,與福為市。八佾列陳,飲御嘉友。坎為憂,震為喜、為福,艮後天數八,震為佾,佾,樂舞。八佾,橫縱皆八。正反艮震,故用以為象,《易林》用象其精妙不可思議如此。伏巽為市,震為列陳、為飲御,艮為友。○嘉,依元本,宋本、汲古作諸。
《訟》之《坎》:初めは憂愁し後は歓喜し、福気と売買を為し始めた。八佾の楽舞は陣列を排し、宴飲して嘉賓好友を款待す――先に憂いて後に楽しみ、賓主の歓を尽くす吉象。尚秉和の解象:坎は憂を為し、震は喜・福を為す。艮は後天卦位にて数は八に配し、震は佾(行列を成して排する楽舞)を為し、八佾はすなわち縦横各々八行の舞列。此の卦は兼ねて正反の艮と震を有するから、これをもって象を立つ――《易林》の用象の精妙はこのごとく思議ならず。伏巽は市を為し、震は列陳・宴飲侍奉を為し、艮は友を為す。校記:「嘉」の字は元刻本に依り、宋本と汲古閣本は「諸」に作る。
離。西徙無家,破其新車。王孫失利,不如止居。中爻兌為西,艮為家,艮伏,故無家。離為新,伏震為車,兌折,故破。伏震為王,艮為孫,巽為利,兌折,故失利。艮止艮居。○車,從宋元本,汲古作事,非。
《訟》之《離》:西へ遷徙するも帰る家なく、新車もまた弄び壊した。王孫は本銭を折り、原処に安守して動かざるに如かず――妄に動いて利を失う凶象。尚秉和の解象:中間の幾爻は兌を成し、兌は西方に居る。艮は家を為し、艮は伏位に処るから「无家」。離は新を為し、伏震は車を為し、兌は毀折を主るから車破れ。伏震は王を為し、艮は孫を為す。巽は利を為し、兌は折るから利を失う。艮は止・居を主るから、人に止居を勧む。校記:「車」の字は宋刻・元刻本に従い、汲古閣本は「事」に作る――誤り。
咸。鳳凰在左,麒麟處右。仁聖相遇,伊呂積聚。時無殃咎,福為我母。通《損》。坤為鳳凰、為麒麟,震左兌右,乾為仁聖,正反震兌口,故曰伊呂。伊,吾語聲。呂雙口,皆取象震兌。坤為積聚、為殃咎。艮為時,乾福坤母。
《訟》之《咸》:鳳凰は左辺に立ち、麒麟は右辺に在る。仁徳と聖明は相い遇い、伊尹・呂尚のごとき賢臣が一処に聚まる。此の時に当たりて災殃罪咎なく、福気は我が母のごとく我を護る――君臣相い得、瑞応并び至る大吉の象。尚秉和の解象:「通《損》」はすなわち《損》と旁通す。坤は鳳凰・麒麟を為す。震は左に居り兌は右に居る。乾は仁聖を為す。此の卦は正反の震・兌の口象有りから、「伊呂」の二字を取る:「伊」は発語の声、「呂」の字は二個の口を畳ねて成る――皆これ震・兌の口象より取る。坤は積聚・殃咎を為す。艮は時を為す。乾は福を為し、坤は母を為す。
恆。區脫康居,慕仁入朝。湛露之歡,三爵畢恩。復歸舊廬,與母相扶。對象。益中空,故曰區脫,兌西,故曰康居。震為仁、為朝,巽為入,故曰慕仁入朝。互大坎為湛露。湛露,《小雅》詩篇名,勞使臣也。震為歡、為爵,數三,故曰三爵。震為歸,艮為廬,坤為母,正反艮手,故曰相扶。故實詳蒙之鼎。○宋元本及汲古等本無末句,文勢不足,依蒙之鼎補,不惟文足與卦象尤覺神妙有味,且音協矣。
《訟》之《恒》:辺地の区脱哨所と西域の康居国は、中原の仁徳を慕って入朝して進見す。《湛露》の詩のごとき歓宴款待を受け、三爵の酒を飲み畢ればすなわち恩を謝し畢る。旧日の廬舎に帰り、母親と互いに扶持す――遠人の帰化し、栄を掛ちて帰り親を養う吉象。尚秉和の解象:本条は「対象」――すなわち旁通の卦の象を用いる。《恒》と旁通する《益》は中間が空虚だから「区脱」(匈奴辺境の空き土室)。兌は西に居るから「康居」。震は仁・朝見を為し、巽は入を為すから「慕仁入朝」。互体の大坎は湛露を為し、《湛露》は《詩経・小雅》の篇名で、使臣を慰労する詩。震は歓・酒爵を為し、卦数は三だから「三爵」。震は帰を為し、艮は廬を為し、坤は母を為し、一正一反の二つの艮は手を為すから「相扶」。これらの典故の本事は詳しく《蒙》之《鼎》の一条を見よ。校記:宋刻・元刻本と汲古閣などの本は皆末句なく、文気は足らず――ここでは《蒙》之《鼎》に依りて補う。補いし後は但ただ文足るのみならず、卦象と相い印証して更に神妙有り味ありと覚え、しかも音韵もまた協えり。
遯。疾貧望幸,賈販市井。開牢擇羊,多得大牂。《獨斷》云:“天子所臨曰幸,言或得賞賜而喜幸也”。伏坤為貧,艮為望。乾為福、為君,故曰幸。巽為賈販、為市井,艮為牢,伏震為開,兌為羊、為牂。牂,《說文》“牡羊也”。乾為大,故曰大牂。○汲古望幸下多“使伯行販”四字,宋元本無“賈販市井”四字,而元本下注云:一雲疾貧望幸,賈販市井,幸、井為韻較幸販協矣,故從之。多得大牂,汲古訛“喜得天詳”。
《訟》之《遯》:貧窮に苦しみ、天子の駕臨して福を賜わらんを盼し、すなわち市井の間にて売買を為し始む。羊圈を打開きて羊を挑えば、少なからぬ大羊を挑い得――貧より富に転ずる吉象。尚秉和の解象:蔡邕の《独断》は天子の親臨を「幸」と呼び、意は或いは賞賜を得る能うを欣幸と思うと言う。伏坤は貧を為し、艮は望を為す。乾は福・君を為すから「幸」。巽は商販・市井を為し、艮は牢圈を為し、伏震は開を為し、兌は羊・牂を為す。《説文解字》は「牂」は公羊と言う。乾は大を主るから「大牂」。校記:汲古閣本は「望幸」の下に「使伯行販」の四字を多く出し、宋刻・元刻本は「賈販市井」の四字なし。しかるに元刻本の下に注ありて別の一种の本は「疾貧望幸、賈販市井」に作ると言い、「幸」は「井」と押韻し、「幸」「販」の相協に勝るから、この一种に従う。「多得大牂」を汲古閣本は「喜得天詳」と誤る。
大壯。處高不傷,雖危不亡。握珠懷玉,還歸其鄉。伏巽為高,震樂故不傷、不危亡,伏坤為亡也。震為珠,乾為玉,伏艮,艮為握,震為歸,坤為鄉。
《訟》之《大壮》:身は高処に居りて傷を受けず、危険有りと雖も覆亡に至らず。手には明珠を握り懐に美玉を抱き、財貨を帯びて家郷に帰る――危を履みて安を得、富貴にして郷に還る吉象。尚秉和の解象:伏巽は高を為し、震は喜楽を主るから、傷つかず・危亡せず――伏坤にのみ亡失の義有り。震は珠を為し、乾は玉を為す。此の卦は伏艮有り、艮は握持を為す。震は帰を為し、坤は郷を為す。
晉。右手棄酒,左手收柈。行逢禮御,餌得玉杯。艮為手,伏兌為右。坎為酒,離為左。柈,食器也。震為柈,二四震反,故曰收柈。坤為禮,艮為玉、為杯。○收柈,從汲古,宋元本作牧牂,似非。得,汲古作德,依宋元本。
《訟》之《晋》:右手は酒を推し開き、左手は食盤を収む。一路上は礼をもって相待する接応に碰い、また玉杯に盛られた美食を食べ得――行途に礼遇を受くる吉象。尚秉和の解象:艮は手を為し、伏兌は右に居る。坎は酒を為し、離は左に居る。「柈」は食物を盛る盤器で、震は柈を為す。二至四爻の震は倒転の体だから「収柈」。坤は礼を為し、艮は玉・杯を為す。校記:「収柈」は汲古閣本に従い、宋刻・元刻本は「牧牂」に作る――似て正しからず。「得」の字を汲古閣本は「徳」に作る。ここでは宋刻・元刻本に依る。
明夷。養虎牧狼,還自賊傷。大勇小捷,雖危不亡。坤為虎狼、為牧養,坤喪,故賊傷,坎為賊也。震為勇捷,乾大坤小,坎險,故危。震樂坤安,故不亡。
《訟》之《明夷》:老虎を養い豺狼を放牧するも、かえってそれらに己を咬傷せらる。大きなる処には勇あり小さなる処には敏捷あり、凶険なりと雖も滅亡に至らず――患を養い自ら傷つくも終に保全し得るの象。尚秉和の解象:坤は虎狼・牧養を為し、坤は喪亡を主るから、賊に傷つけらると言い、坎はもとより賊なり。震は勇・敏捷を為す。乾は大を主り坤は小を主る。坎は険を主るから危と言う。震は喜楽を主り坤は安定を主るから、覆亡に至らず。
家人。戴堯扶禹,松喬彭祖。西遇王母,道路夷易,無敢難者。通《解》。震為帝,故曰堯禹。下兩半艮,艮為戴、為扶、為堅木、為壽,故為松喬彭祖。坎為西,震為王,巽為母,故曰王母。赤松子、王子喬,皆仙人。彭祖名籛,壽八百歲。《穆天子傳》:“穆王西巡,宴王母於瑤池之上”。艮為道路,坎為平,故曰夷易。夷者,平也。艮皆用半象。○巽母可解《易》。
《訟》之《家人》:頭上には帝尭を頂戴し、身辺には大禹を扶助し、赤松子・王子喬・彭祖と伍を為す。西に往きて西王母に遇い、道路は平坦にして好く行け、敢えて来たりて難を為す者なし――聖に遇い仙を得、通行して阻まざる大吉の象。尚秉和の解象:「通《解》」はすなわち《解》と旁通す。震は帝を為すから、尭・禹を取る。下体は二個の半艮(両爻の合成する半個の卦体)を有し、艮は戴・扶・堅木・長寿を為すから、松・喬・彭祖を取る。坎は西に居り、震は王を為し、巽は母を為すから「王母」。赤松子・王子喬は皆古代の仙人。彭祖の名は籛、相伝えて八百年を生きたと言う。《穆天子伝》は周穆王の西巡を記し、瑶池の上にて西王母を宴したとす。艮は道路を為し、坎は平を為すから「夷易」――「夷」はすなわち平。此の条の艮は皆半象を用う。校記:巽は母象有り、これに拠りて《周易》を解すべし。
睽。秋冬探巢,不得鵲雛。銜指北去,愧我少姬。兌為秋,坎為冬、為巢,半艮為手,故曰探巢。離為鵲,兌為雛,坎失,故不得。兌口為銜,艮為指,坎北,故曰北去。坎為愧,兌為少姬。○愧,依宋本,汲古作慚,元本訛塊。
《訟》之《睽》:秋冬の時節に鳥巣を掏みに行くも、喜鵲の雛鳥を掏め得ず。手指を含みて北へ往き、我が年少の姬妾に愧じる――求むる所は空に落ち、顔を対せむになきの象。尚秉和の解象:兌は秋を為し、坎は冬・巣を為し、半艮は手を為すから「探巢」。離は鵲を為し、兌は雛を為し、坎は失を主るから、掏め得ず。兌は口を為すから銜を為し、艮は指を為す。坎は北に居るから「北去」。坎は羞愧を為し、兌は少姬を為す。校記:「愧」の字は宋本に依り、汲古閣本は「慙」に作り、元刻本は「块」と誤る。
蹇。兩羝三牂,俱之我鄉。留連多難,損其食糧。伏兌為羊,故曰羝、曰牂。羝、牂,皆牡羊也。兌卦數二,艮數三,故曰兩羝三牂。艮為鄉,坎陷艮止,故流連。坎為難,震為食、為糧,震覆故曰損。○牂,從宋元本,汲古作羊。我,宋元本作代,依汲古。
《訟》之《蹇》:二只の公羊・三只の大羊は、一斉に我が郷里に赶り来る。一路は滞留耽擱・艱難重なり、口粮を皆折損し尽した――行程の阻まるる・資粮を耗費する凶象。尚秉和の解象:伏兌は羊を為すから「羝」といい「牂」と言う――羝と牂は皆公羊を指す。兌の卦数は二、艮の卦数は三だから「両羝三牂」。艮は郷を為す。坎は陥を主り艮は止を主るから、滞留して前せず。坎は艱難を為す。震は食・粮を為し、震の体は倒転せりから「損」。校記:「牂」は宋刻・元刻本に従い、汲古閣本は「羊」に作る。「我」の字を宋刻・元刻本は「代」に作る。ここでは汲古閣本に依る。
解。南徙無廬,鳥破其巢。伐木思初,不利動搖。震為行、為南,艮為廬,艮覆,故曰南徙無廬。離為鳥,坎為巢,坎破,故鳥破其巢。震為木、為伐,坎為思,故曰伐木思初。《詩》:“伐木丁丁,鳥鳴嚶嚶”,言鳥尚知求友也。震為動搖,坎險,故不利。○鳥,從宋本,元本、汲古作烏,以《伐木》詩證之作鳥是。初,依宋元,汲古作切。
《訟》之《解》:南へ遷移するも屋舎なく、鳥児の巣もまた毀された。樹木を砍伐する時に当初を想起し、さらに動作有るに宜しからず――遷徙して所を失い、静に宜しく動に宜しからざるの象。尚秉和の解象:震は行・南を為し、艮は廬を為し、艮の体は倒転せりから「南徙無廬」。離は鳥を為し、坎は巣を為し、坎は破を主るから、鳥巣は毀れたり。震は木・伐を為し、坎は思を為すから「伐木思初」。《詩経・小雅・伐木》の「伐木丁丁、鳥鳴嚶嚶」は、鳥すら朋友を求むるを懂得すと説く。震は動揺を為し、坎は険を主るから、利あらず。校記:「鳥」は宋本に従い、元刻本と汲古閣本は「烏」に作る。《伐木》の詩をもって印証すれば、「鳥」に作るこそ正し。「初」は宋刻・元刻本に依り、汲古閣本は「切」に作る。
殞。爭訟不已,更相牽擊。張季弱口,被髮北走。二至上正反震,故爭訟,正反艮,故相擊。震為張,艮為季,坤柔兌口,故曰弱口。震為發,坤位北,故北走。○坤北之證。○擊,從汲古,與上協,宋元本作擊劍,非。顧千里本謂劍當作訽,與下走協,豈知擊與已協,走與口協,汲古可從。
この条の卦題は底本は「殞」と刻す。本篇の六十四卦の次序に按ずれば、ここは当に《訟》之《損》たるべく、「殞」は「損」の形訛なり――照録して改めず。林辞:争吵訴訟は了えず、あなたは拉き我は扯げ、互いに殴撃す。張季は口舌軟弱にて人に説き過ぐる能わず、しかたなく頭髪を披散して北へ逃走す――争訟して敗を致す凶象。尚秉和の解象:二爻から上爻まで一正一反の二つの震を含むから争訟と言い、また一正一反の二つの艮を含むから互いに殴撃すると言う。震は張を為し、艮は季を為す。坤の性は柔・兌は口を為すから「弱口」。震は髪を為し、坤は北方に居るから「北走」。校記:これは坤に北方の象有るの一証拠。また:「撃」の字は汲古閣本に従い、上句と押韻す。宋刻・元刻本は「撃剣」に作る――誤り。顧千里の本は「剣」は当に「訽」と作るべしと認め、下面の「走」と押韻せんことを好むも、殊に知らず「撃」は「已」と相協し「走」は「口」と相協す――汲古閣本は采信すべきなり。
益。延頸望酒,不入我口。初喜後否,利得無有。艮為頸、為望,兌為酒,又為口,坤我。口象覆,故不入我口。震為喜、為後,坤喪,故初喜後否。巽為利,坤亡,故利得無有。○利得,依汲古,宋元本皆作得利。
《訟》之《益》:頸を伸ばしてあの杯の酒を盼するも、酒は我が口に入らず。初めは歓喜し後は空に落ち、もとより利を得んと欲するも結果として一無所有――望みて得られざる凶象。尚秉和の解象:艮は頸・望を為し、兌は酒また口を為し、坤は我を為す。口象は倒覆せりから、我が口に入らず。震は喜・後を為し、坤は喪亡を主るから先に喜び後に否なり。巽は利を為し、坤は亡失を主るから、利を求めて得る所なし。校記:「利得」は汲古閣本に依り、宋刻・元刻本は皆「得利」に作る。
夬。被髮傾走,寇逐我後。亡失刀兵,身全不傷。通《剝》。震為髮,震反,故被髮。被者,下垂也。震為走,震反故傾走。艮陽在上為刀兵,坤為亡失,故曰亡失刀兵。坤為身。○艮為刀證,兵傷韻。
《訟》之《夬》:頭髪を披きて命がけに逃跑し、強盗は後ろより緊く追う。刀剣兵器は皆丟光したれど、人は性命を保全して傷つかず――物を失いて身を保つの象。尚秉和の解象:「通《剥》」はすなわち《剥》と旁通す。震は頭髪を為し、震の体は倒転せりから「被髪」――「被」はすなわち垂れ下る。震は走を為し、震は反せりから「傾走」(倉皇して奔逃す)。艮の陽爻は上に在り、その形は刃のごとしから刀兵を為す。坤は亡失を為すから「亡失刀兵」。坤は身を為す。校記:これは艮に刀象有るの一証拠。「兵」は「傷」と押韻す。
姤。麟鳳所遊,安樂無憂。君子撫民,世代千秋。通《復》。坤為文、為麟鳳,震為遊、為樂,坤為憂,震樂,故安樂無憂。乾為君子,坤為民、為世、為千秋。
《訟》之《姤》:麒麟と鳳凰の游息する所は、安寧快楽にして憂愁なし。君子は百姓を撫育し、世代は相伝えて綿綿と千秋に亙る――仁政の久安なる大吉の象。尚秉和の解象:「通《復》」はすなわち《復》と旁通す。坤は文采有りて麟を為し鳳を為す。震は游・楽を為す。坤は憂を為すが、震は喜楽を主るから、安楽にして憂なしと言う。乾は君子を為し、坤は民・世代・千秋を為す。
萃。褰衣涉河,水深漬罷。賴幸舟子,濟脫無他。坤為衣裳,艮手為褰。坤為水,故曰涉河。上兌互大坎,下坤皆為水,故曰水深。坎勞故疲。伏震為舟、為子、為濟。○漬,依宋本,汲古作請,非。罷,同疲,《唐韻正》疲音皮,皮音婆。凡經傳罷倦之罷、罷休之罷,皆音婆。愚按:《詩召南》:“羔羊之皮,素絲五紽”,即協婆,此罷字與他協,與詩正同。又按:《左傳宣二年》:“牛則有皮,犀兕尚多”,協與此同。
《訟》之《萃》:衣裳を撩りて徒歩で河を過ぐるも、水は深く身を浸潤し人もまた疲乏した。幸いに船夫の相助に倚りて、渡りて険を脱し、別の事故は出さず――険を渉りて済を得る吉象。尚秉和の解象:坤は衣裳を為し、艮は手を為すから「褰」(撩り上ぐ)。坤は水を為すから「渉河」。上体の兌と互体の大坎・下体の坤は皆水に属すから「水深」。坎は労を主るから疲乏。伏震は舟・子(船夫)・渡済を為す。校記:「漬」は宋本に依り、汲古閣本は「請」に作る――誤り。「罷」は「疲」に同じく、顧炎武の《唐韵正》は疲の音は皮・皮の音は婆と言い、およそ経伝の疲倦の「罷」・罷休の「罷」は皆婆の音に読む。尚氏按す:《詩経・召南》の「羔羊之皮、素絲五紽」の「皮」は正に婆の音に協し、ここの「罷」は「他」と相協し、あの詩と同例。また按す:《左伝》宣公二年の「牛則有皮、犀兕尚多」も、協韵の法はこれと同じ。
升。憒憒不悅,憂從中出。喪我金罌,無妄失位。坤迷,故曰憒憒。坤憂,故不悅。坤在外,故曰出。坤為喪、為我,伏艮為金,震為罌,故曰金罌。伏無妄故失位。○悅,從宋元本,汲古訛脫。喪,從宋本,元本作答,此與前《大畜》詞同,而大畜首句宋元本作“口啄卒卒”,於象較切,姑兩存之。
《訟》之《升》:心は昏乱して快くなく、憂愁は内心より生ず。我が金罂を丟失し、《无妄》卦は倒転して本位を失う――心緒の昏乱・財を失い位を失う凶象。尚秉和の解象:坤の性は迷暗だから「憒憒」。坤は憂を主るから悦ばず。坤は外卦に在るから「出」。坤は喪・我を為し、伏艮は金を為し、震は罂(口小而腹大の容器)を為すから「金罂」。伏する所が《无妄》なるが故に「失位」と言う。校記:「悦」は宋刻・元刻本に従い、汲古閣本は「脱」と誤る。「喪」は宋本に従い、元刻本は「答」に作る。この条は前の《大畜》の一条の林辞と同じく、しかして《大畜》の首句は宋刻・元刻本は「口啄卒卒」に作り、卦象には更に貼切――姑く両説を并存す。
困。絆跳不遠,心與言反。尼父望家,萏菡未華。巽為繩,伏震為跳,故曰絆跳,震反,故不遠。坎為心,三上正覆兌相背,故曰心與言反。《易》所謂有言不信者以此。伏震為父,艮為山,故曰尼父。互離為望,艮為家,故曰望家。兌為華、為萏菡,巽落故不華。○《易》有言不信得解。
《訟》之《困》:脚は絆されて、蹦跳して遠からず。心に想うと口に言うとは相違背す。孔夫子は家郷を遠望し、荷花はまだ開かず――言行一致せず、時機まだ至らざるの象。尚秉和の解象:巽は繩を為し、伏震は跳を為すから「絆跳」。震の体は倒転せりから、跳んで遠からず。坎は心を為し、三爻と上爻は一正一覆の二つの兌を構成して相背するから「心与言反」――《周易》《困》卦の謂う所の「有言不信」(言うに人の信ずるなし)は正に此により象を取る。伏震は父を為し、艮は山(丘)を為すから「尼父」。互体は離を成して望を為し、艮は家を為すから「望家」。兌は花・菡萏(荷花)を為し、巽は隕落を主るから、未だ開かず。校記:《周易》の「有言不信」の一語は此により解を得。
井。大牡肥牸,惠我諸舅。內外和穆,不憂飢渴。通《噬嗑》。離為牛、為牡、為牸,震為父、為舅,正反震故曰諸舅。坎為和,內互大坎,外坎,故曰內外和穆。離為飢渴,坎為憂,震樂,故不憂。《詩伐木》篇“既有肥牡,以速諸舅”,林所本。○牡,各本皆作壯,惟元本舊注云壯當作牡。按:《伐木》詩“既有肥牡”,元本注是也,故從之。牸,音字,牝牛也,其見於史漢者亦作牝馬,宋本訛為(牛孛)。
《訟》之《井》:肥壯の公牛母牛を、我が各位の舅氏を款待するに用う。内外の親族は和睦融洽して、飢餓口渴を耽るを須いず――親を宴して族を和する吉象。尚秉和の解象:「通《噬嗑》」はすなわち《噬嗑》と旁通す。離は牛・牡(公)・牸(母)を為し、震は父・舅を為し、一正一反の二つの震だから「諸舅」。坎は和を為し、内に互体の大坎有り外に坎有りから「内外和穆」。離は飢渇を為し、坎は憂を為し、震は喜楽を主るから憂えず。《詩経・小雅・伐木》の「既有肥牡、以速諸舅」(肥えた牲を備え、諸々の舅氏を請う)は、正に林辞の本するところ。校記:「牡」の字を各本は皆「壮」に作り、ただ元刻本の旧注のみ「壮」は当に「牡」と作るべしと言う。《伐木》の詩に按ずれば「既有肥牡」と作るから、元本の注は是なり――故にこれに従う。「牸」の音は字、母牛なり、《史記》《漢書》に見えるも牝馬と寫す。宋本は「牛孛」のこの字に訛った。
革。黃帝建元,文德在身。祿若陽春,封為魯君。通《蒙》。震為黃、為帝,為建。元者,首也,言黃帝始作甲子也。乾為首,坤為文、為身、為祿,震為陽春、為君,兌為魯,故曰魯君。
《訟》之《革》:黄帝は暦元を創建し、文徳は一身に集まる。禄位は和暖の春のごとく生発し、封を受けて魯国の君と為る――徳を立てて封を受くる大吉の象。尚秉和の解象:「通《蒙》」はすなわち《蒙》と旁通す。震は黄・帝・建を為す。「元」は開頭の意で、黄帝が甲子紀年を始創したと言う。乾は首(開端)を為し、坤は文・身・禄を為す。震は陽春・君を為す。兌は魯を為すから「魯君」。
鼎。虎聚磨牙,以待豚豬。往必傷亡,宜利止居。通《屯》。正反艮艮虎,故曰虎聚。艮為磨,兌為牙,正反兌,故磨牙。坎為豚豬,艮止,故曰待。震為行,坎災在上,故往必傷。艮為居止。○利,從宋元本,汲古作待,非。按:本卦巽亦為豬,乾亦為虎,但不如用旁通字字有著。
《訟》之《鼎》:老虎は聚まりて牙を磨き、小猪大猪を捕食せんことを待つ。前往すれば必ず傷を受け命を喪い、なお原地に安守するを宜とす――前に埋伏有り、静に宜しく進に宜しからざる凶象。尚秉和の解象:「通《屯》」はすなわち《屯》と旁通す。一正一反の二つの艮、艮は虎を為すから「虎聚」。艮は磨を為し、兌は牙を為し、一正一反の二つの兌だから「磨牙」。坎は豚猪を為す。艮は止を主るから「待」。震は行を為し、坎の災険は上に在るから、前往すれば必ず傷を受く。艮は居・止を為す。校記:「利」は宋刻・元刻本に従い、汲古閣本は「待」に作る――誤り。また按す:本卦の巽もまた猪象有り、乾もまた虎象有るが、皆旁通の卦を用いて解するに如かず――あちらは字字に着落有り。
震。天地配享,六位光明。陰陽順序,以成和平。震為口、為食,上下震,故曰天地配享。艮為位、為光明,坎數六,故曰六位光明。陽遇陰則通,故曰順序。坎為和平。○六,依蒙之小畜校,各本皆作立,非。○艮為光明可釋《易》。
《訟》之《震》:天地はともに配食して祭を享け、六個の爻位は一片の光明。陰陽は依次に順行し、因って和順太平を成就す――天人相い和する大吉の象。尚秉和の解象:震は口・食を為し、上下体は皆震だから「天地配享」。艮は位・光明を為し、坎の卦数は六だから「六位光明」。陽は陰に遇えばすなわち通暢するから「順序」。坎は和平を為す。校記:「六」の字は《蒙》之《小畜》の一条に依りて校定す――各本は皆「立」に作る、誤り。また:艮は光明の象有り、これに拠りて《周易》を解釈すべし。
艮。猿墜高木,不踒手足。保我金玉,還歸其室。艮為猿,在震上,故曰猿墜高木。艮為手,震為足,坎為折、為踒,震行,故不踒。艮為金、為保,震為玉,為反,艮為室。○墜,汲古作墮。○艮金可釋《易》。
《訟》之《艮》:猿猴は高樹より摔れ落ちたれど、手脚は扭伤せず。我が金玉財物を保って、安然として自らの屋に帰る――険に遇いて傷つかず、財物の損なき吉象。尚秉和の解象:艮は猿を為し、震木の上に処るから「猿墜高木」。艮は手を為し、震は足を為し、坎は折・扭伤を為すが、震は行動無碍を主るから、扭伤なし。艮は金・保を為し、震は玉・返を為し、艮は室を為す。校記:「墜」の字を汲古閣本は「堕」に作る。また:艮は金象有り、これに拠りて《周易》を解釈すべし。
漸。營室紫宮,堅不可攻。明神建德,君受大福。艮為宮室、為星。營室,宿名,居亥方,艮象也。《天文志》:“紫宮為皇極之居”,即北辰也。坎赤,故曰紫。艮為堅、為明,伏震為神、為建、為君、為福。○建,從宋本,汲古訛達。
《訟》之《漸》:営室宿と紫微宮は、堅固にして攻め破れず。神明は昭著にして徳業は建立し、君主は大福を承受す――根基穏固にして天の佑を受くる吉象。尚秉和の解象:艮は宮室・星を為す。営室は星宿の名で、位は亥方に在り、正に艮象に合す。《天文志》は紫宮は天帝の至尊の居する所、すなわち北極と言う。坎は色赤なりから「紫」。艮は堅・明を為す。伏震は神・建・君・福を為す。校記:「建」の字は宋本に従い、汲古閣本は「達」と誤る。
歸妹。孤翁寡婦,獨宿悲苦。目張耳鳴,無與笑語。震為翁,坎為孤,伏巽為震婦,巽寡,故曰寡婦。坎為獨、為宿、為愁苦,互離為目,震為張、為鳴,坎耳,故曰目張耳鳴。震為笑語,坎孤,故無與笑語。
《訟》之《帰妹》:孤单の老翁・寡を守る婦人は、独り夜を過ごし悲傷愁苦す。眼は睜き耳は嗡鳴し、陪して説笑する人なし――孤寡にして依るなき凶象。尚秉和の解象:震は翁を為し、坎は孤を為す。伏巽は震の配偶で、巽は寡象有りから「寡婦」。坎は独・宿・愁苦を為す。互体は離を成し、離は目を為し、震は張・鳴を為し、坎は耳を為すから「目張耳鳴」。震は笑語を為し、坎は孤を主るから、ともに説笑する人なし。
豐。低頭竊視,有所畏避。行者不利,酒酸魚敗,眾莫貪嗜。艮為頭、為視,艮覆,故曰低頭、曰竊視。巽為伏,故曰畏避。震為行,巽顛趾,故不利。巽為魚、為臭,故曰魚敗。兌為酒,從木作酸,故酒酸。○利,依宋元本,汲古作至。竊,宋元本皆作窺,依汲古。
《訟》之《豊》:頭を低くして偸偸と张望し、心に畏懼有りて躲閃す。出行の人は順利ならず、酒は酸味に変り魚もまた腐壊し、衆人は誰も多く食らうを肯んぜず――心に畏懼を懐き、物敗れて人の厭う凶象。尚秉和の解象:艮は頭・視を為し、艮の体は倒転せりから「低頭」といい「竊視」と言う。巽は潜伏を主るから「畏避」。震は行を為し、巽は顛倒足趾の象有るから不利。巽は魚・腐臭を為すから「魚敗」。兌は酒を為し、「酸」の字は木に従う(酉木相生して味は変ず)から、酒酸と言う。校記:「利」は宋刻・元刻本に依り、汲古閣本は「至」に作る。「竊」を宋刻・元刻本は皆「窺」に作る。ここでは汲古閣本に依る。
旅。載金販狗,利棄我走。藏匿淵底,悔折為咎。通《節》。震為車、為載、為商販。艮為金,又為狗,故曰載金販狗。震為走,巽為利,坎失,故曰利棄我走。坤為淵,坎為隱,坎入坤中,故曰藏匿淵底。兌為折。○以艮為金,《易》金象得解。
《訟》之《旅》:金子を拉して狗を販りに往くも、利銭は我を丟きて自ら跑り去る。深淵の底に躲蔵し、悔恨挫折は災禍と成る――経商して本を折り、走投して路なき凶象。尚秉和の解象:「通《節》」はすなわち《節》と旁通す。震は車・載・商販を為す。艮は金を為し、また狗を為すから「載金販狗」。震は走を為し、巽は利を為し、坎は失を主るから「利棄我走」。坤は深淵を為し、坎は隠蔵を主り、坎は坤の中に陥るから「蔵匿淵底」。兌は折を為す。校記:艮をもって金と為せば、《周易》の中の金象は皆講じ通ずべし。
巽。行觸大忌,與司命牾。執囚束繫,拘制於吏。伏震為行、為觸,初至四大過死,故曰大忌。巽為命,初四正反兩巽相背,故與司命牾。《晉書天文志》:“文昌六星在北斗魁前,五曰司命。主壽。”《禮記》五祀之一。伏艮為拘繫、為官,故曰拘制於吏。○忌、牾,從宋元本,汲古作諱、作忤,亦通,然忌與下韻尤合。汲古下多“憂人有喜”四字,宋元本無此句,與上義不合,故從宋元本。又係字依汲古,與吏協,宋元本作縛,非。拘,依宋元,汲古作鉗。
《訟》之《巽》:一挙一動が皆大忌を犯し、司命の神と相抵觸す。捉えられて捆绑囚禁せられ、官吏の拘押管制を受く――神煞を触犯し、身は囹圄に陥る凶象。尚秉和の解象:伏震は行・冲撞を為す。初爻から四爻まで《大過》を構成し、《大過》は死亡の義有りから「大忌」。巽は命を為し、初爻と四爻の処に一正一反の二つの巽が相背するから「与司命牾」。《晋書・天文志》は文昌の六星は北斗魁の前に在り、第五顆を司命と呼び、寿命を主掌すと言う――司命はまた《礼記》の載する五祀の一。伏艮は拘禁繋縛・官吏を為すから「拘制于吏」。校記:「忌」「牾」の二字は宋刻・元刻本に従い、汲古閣本は「諱」「忤」に作る――また講じ通ずるも、「忌」は下文と押韻して更に合す。汲古閣本は下面に「憂人有喜」の四字を多く出すも、宋刻・元刻本にはこの一句なく、しかも上文と語意は合わず――故に宋刻・元刻本に従う。また「繋」の字は汲古閣本に依り、「吏」と相協す。宋刻・元刻本は「縛」に作る――誤り。「拘」は宋刻・元刻本に依り、汲古閣本は「鉗」に作る。
兌。執玉歡喜,佩之解攣。危詳反安,使我無患。通《艮》。艮為執,震為玉、為喜。中二句必有訛字,義未詳。○反,汲古作及,依宋元本。
《訟》之《兌》:手に美玉を執りて満心歓喜し、それを佩戴して手脚の拘攣を解いた。危険は平安に転じ、我に禍患なからしむ――危を転じて安と為す吉象。尚秉和の解象:「通《艮》」はすなわち《艮》と旁通す。艮は執持を為し、震は玉・喜を為す。中間の两句は必ず訛字有り、文義はなお講じ明らかにせず――尚氏はここに疑を存して強解せず。校記:「反」の字を汲古閣本は「及」に作る。ここでは宋刻・元刻本に依る。
渙。機杼紛擾,女功不成。長女許嫁,衣無襦袴。聞禍不成,凶惡消去。坎為機杼。巽為繩、為女功,震為動,艮為成。二五正反震艮,故曰紛擾、曰不成。巽為長女,震為歸、為嫁、為言,故許嫁。震為襦,巽為袴,坎隱,故無襦袴。下二句疑贅。○紛,依宋元本,汲古作騰。功,依汲古,宋元作巧。女,依汲古,宋元作妹。○《震》襦可解《既濟》六四。
《訟》之《渙》:織機と梭子は乱れて一団と成り、女紅は做り成さず。長女はすでに人家に許したるに、短襖・長袴すらなし。聞き及んだ禍事は真と成らず、凶悪の気は消散して去る――先は窘迫、後は平安に転ず。尚秉和の解象:坎は織機と梭子を為す。巽は繩・女紅を為し、震は動を主り、艮は成を主る。二爻から五爻まで正反の震と艮を含むから「紛擾」といい「不成」と言う。巽は長女を為し、震は帰・嫁・言を為すから「許嫁」。震は襦(短襖)を為し、巽は袴を為し、坎は隠伏するから、襦袴なしと言う。末尾の二句は衍文なるを疑う。校記:「紛」は宋刻・元刻本に依り、汲古閣本は「騰」に作る。「功」は汲古閣本に依り、宋刻・元刻本は「巧」に作る。「女」は汲古閣本に依り、宋刻・元刻本は「妹」に作る。また:震は襦象有り、これに拠りて《既済》の六四の爻辞を解すべし。
節。金人鐵距,火燒左右。雖懼不恐,獨得全處。艮為金鐵,震人震距,故曰金人鐵距。艮為火,震左兌右,故火燒左右。坎為憂恐,震樂艮安,故得全處。○距,依宋元,汲古訛巨。
《訟》之《節》:銅で鑄た人・鉄で打った距刺、大火は左右に焼き起る。心は驚くも恐懼に至らず、独り自らの身を保全し得――身は険境に処りて安然無恙の象。尚秉和の解象:艮は金鉄を為し、震は人・距(鶏の足の後の骨刺)を為すから「金人鉄距」。艮は火を為し、震は左に居り兌は右に居るから「火焼左右」。坎は憂恐を為すが、震は喜楽を主り艮は安定を主るから、保全を得能う。校記:「距」は宋刻・元刻本に依り、汲古閣本は「巨」と誤る。
中孚。謝恩拜德,東歸吾國。舞蹈欣躍,歡樂受福。艮為拜,震為謝。兌為恩澤,震為東、為歸,艮為吾、為國。下二句皆震象。○吾,從宋元,汲古作吳,非。欣、歡,依宋元,汲古作歡、作恣。
《訟》之《中孚》:恩沢厚徳を拜謝して、東に向かって我が邦国に帰る。手は舞い足は蹈み欣然として跳躍し、歓歓喜喜として福気を承受す――栄を掛ちて帰り福を受くる大吉の象。尚秉和の解象:艮は拜を為し、震は謝を為す。兌は恩沢を為す。震は東・帰を為す。艮は吾・国を為す。末尾の二句は皆震象を取る。校記:「吾」は宋刻・元刻本に従い、汲古閣本は「呉」に作る――誤り。「欣」「歓」は宋刻・元刻本に依り、汲古閣本は「歓」「恣」に作る。
小過。青牛白咽,呼我俱田。厯山之下,可以多耕。歲樂時節,民人安寧。艮為牛,震東方,色青,故曰青牛。巽色白,兌為咽,故曰白咽。咽,音燕,與田韻。震為呼、為耕,艮為山,兌為下,故曰山下。震為歲時、為樂,艮為安寧。○寧,從宋本,汲古作業。
《訟》之《小過》:青色の牛は白い頸を生じ、我を呼んでともに田に下る。暦山の脚下の地は、多く開耕すべし。年成は好く時令は順い、百姓は安寧す――農事の豊稔・民生の安定する吉象。尚秉和の解象:艮は牛を為し、震は東方に居り東方の色は青だから「青牛」。巽は色白く、兌は咽喉を為すから「白咽」――「咽」は燕の音に読み、「田」と押韻す。震は呼・耕を為し、艮は山を為し、兌は下に在るから「山下」。震は歳時・歓楽を為し、艮は安寧を為す。校記:「寧」は宋本に従い、汲古閣本は「業」に作る。
既濟。白雉群雊,慕德朝貢。湛露之恩,使我得歡。離為雉,震為白、為雊,重離,故群雊。坎為慕,震為朝,坎為露、為恩,震為歡。多用半象。○朝貢,依宋元,汲古作貢朝,非。歡,汲古訛懼,歡與恩韻。湛露,《詩》篇名。
《訟》之《既済》:白色の野鶏は群を成して鳴き、遠方の人は徳化を慕い前來して朝貢す。《湛露》の詩のごとき恩寵を受け、我が心中を歓暢せしむ――徳の遠人を感ずる大吉の象(白雉の入貢は漢代にて盛世の祥瑞と視せらる)。尚秉和の解象:離は雉を為し、震は白・雊(雉の鳴)を為し、二つの離は相重ねるから「群雊」。坎は仰慕を為し、震は朝見を為す。坎は露・恩を為し、震は歓を為す。此の条は多く半象を用う。校記:「朝貢」は宋刻・元刻本に依り、汲古閣本は「貢朝」に作る――誤り。「歓」の字を汲古閣本は「懼」と誤る――「歓」は「恩」と押韻す。《湛露》は《詩経》の篇名。
未濟。避患東西,反入禍門。糟糠不足,憂思我心。坎為避、為患、為西,離為東,故曰避患。東西艮為門,坎為禍,震為糟糠,離飢,故不足。坎為憂思、為心。艮震皆用半象。
《訟》之《未済》:東に躲け西に蔵れて禍を避くるも、かえって禍事の大門に撞かり込む。糟糠すら飽き食う能わず、憂愁は我が心に充満す――禍を避けてかえって禍に遭い、飢困交加する凶象。尚秉和の解象:坎は避・患・西を為し、離は東を為すから「避患東西」。艮は門を為し、坎は禍を為す。震は糟糠を為し、離は飢を主るから不足と言う。坎は憂思・心を為す。此の条の艮と震は皆半象を用う。
師之第七
師。鳥鳴呼子,哺以酒脯。高樓之處,子來歸母。嗇人成功,年歲大有,妬婦無子。震為鳥、為鳴、為子、為哺。坎為酒、為脯、為室,坤為重,故曰高樓。坤母震子,震歸,故曰子來歸母。震為人,坤為吝嗇,故曰嗇人。嗇人,鄉官也。震為功,坤為年歲、為積聚,故大有。坎為妬,伏巽為婦,坤喪故無子。○鳥,宋元本作烏。嗇,宋元本作穡。
ここより起きては「師之第七」――すなわち《師》を本卦とする第七篇で、以下逐条は《師》が六十四卦に変ずる林辞である。本篇の首条《師》之《師》:母鳥は鳴き叫んで幼雛を呼び、酒と肉脯をもってそれを養う。高樓の上にて、孩子は母親のもとに帰る。農官は事を弁じ成し、年成は大豊收――ただ妬み善き婦人に子嗣なし。大体は吉象にして、末句のみ独り一缺有り。尚秉和の解象:震は鳥・鳴・子・哺を為す。坎は酒・脯・室を為し、坤は重畳を主るから「高樓」。坤は母・震は子を為し、震は帰を主るから「子来帰母」。震は人を為し、坤は吝嗇を主るから「嗇人」――嗇人はもと農事を掌る郷官。震は功を為し、坤は年歳・積聚を為すから「大有」。坎は妬を為し、伏巽は婦を為し、坤は喪亡を主るから子なしと言う。校記:「鳥」の字を宋刻・元刻本は「烏」に作る。「嗇」の字を宋刻・元刻本は「穡」に作る。
乾。一簧兩舌,侫言諂語。三奸成虎,曾母投杼。此全用《師》象。震為音,故曰簧,坎數一,故曰一簧。震為舌,坤數二,故曰兩舌。震數三,坤為奸,乾為虎,故曰三奸成虎。坤為母、為重,曾與層同,故曰曾母。坎為杼,事詳坤之夬注。侫言諂語,言坎上下皆兌口,凡《易》云有言者象皆如此。○虎,從汲古,宋元皆作古。
《師》之《乾》:一片の簧舌は二種の声音を発し、尽くこれ奸佞諂媚の言語。三人が謡を造ればすなわち真の老虎と成り、曾参の母すら梭子を抛ちて牆を翻し逃走す――讒言の畏るべき凶象(三人成虎・曽母投杼は皆古人の衆口鑠金を形容する成語)。尚秉和の解象:この条は全く本卦《師》の象を用う。震は声音を為すから「簧」、坎の卦数は一だから「一簧」。震は舌を為し、坤の卦数は二だから「両舌」。震の卦数は三、坤は奸を為し、乾は虎を為すから「三奸成虎」。坤は母・重畳を為し、「曾」は「層」と相通ずから「曽母」。坎は織布の梭子を為し、本事は詳しく《坤》之《夬》の注を見よ。「侫言諂語」は坎の上下に皆兌口の形有るを言う――およそ《周易》の中に「有言」と説くは、取象は皆このごとし。校記:「虎」の字は汲古閣本に従い、宋刻・元刻本は皆「古」に作る。
坤。春桃生花,季女宜家。受福且多,在師中吉,男為邦君。此用《遇》卦師象。震為春、為桃、為花、為生。坎為室家,伏巽為季女。《詩召南》:“桃之夭夭,灼灼其華;之子于歸,宜其室家”。坤為邦,震為長男、為君,故曰男為邦君。○邦,宋元本作封,依汲古。陳樸園引“無在師中,吉”四字,並謂似是武王娶邑姜事,故曰邦君。與毛異。
《師》之《坤》:春に桃樹は花を開き、小女儿は家を成すに宜し。受くる所の福気はまた多く、軍旅の中に処るも吉利、生まれし男孩はまさに一国の君と為らん――婚嫁に吉を得、後嗣の貴顕する大吉の象。尚秉和の解象:この条は「遇卦」《師》の象を用う。震は春・桃・花・生を為す。坎は室家を為し、伏巽は季女(少女)を為す。《詩経・召南》の「桃之夭夭、灼灼其華、之子于帰、宜其室家」は正にこの幾句の本するところ。坤は邦国を為し、震は長男・君を為すから「男為邦君」。校記:「邦」の字を宋刻・元刻本は「封」に作る。ここでは汲古閣本に依る。陳朴園は引いて「无在師中、吉」の四字に作り、またこの条は周武王が邑姜を娶るの事を指すがごとしと言い、故に「邦君」と称す――毛本と同じからず。
屯。殊類異路,心不相慕。牝牛牡豭,獨無室家。艮震皆為道路,相反故曰殊類異路、心不相慕。坎為心也。坎為牝豭,坤為牝牛,艮為室家,坤寡坎孤,故無室家。
《師》之《屯》:種類は同じからず道路は各別にして、互いの心は傾慕せず。一頭の母牛に一頭の公猪を配し、各々孤单して家を成さず――配偶合わず、孤独にして成なき凶象。尚秉和の解象:艮と震はともに道路の象有り、両者の方向は相反すから「殊類異路」「心不相慕」、坎はすなわち心を為す。坎は公猪を為し、坤は母牛を為す。艮は室家を為すが、坤は寡を主り坎は孤を主るから、室家なしと言う。
蒙。折若蔽日,不見稚叔。三足孤烏,遠其元夫。《楚辭》:“折若木以蔽日”,若,木名也。坎為木、為折,離伏,故曰蔽日。艮為叔、為少,坎隱,故不見稚叔。震為足,數三,艮為鳥、為烏,故曰三足孤烏。震為夫、為長,故曰元夫。○若、日,從宋元本,汲古作葉、作目,非。遠,汲古作達,亦非。
《師》之《蒙》:若木を折りて太陽を遮れば、年幼の小叔を見ず。三足の孤烏は高く懸り、その元夫を遠く離る――遮蔽阻隔・親人離散の凶象。尚秉和の解象:《楚辞》に「折若木以拂日」の句あり――「若」は一种の神木の名。坎は木・折を為し、離は伏位に在るから「蔽日」。艮は叔・幼小を為し、坎は隱伏するから稚叔を見ずと言う。震は足を為し、卦数は三、艮は鳥・烏を為すから「三足孤烏」(伝説に日中に三足烏有り)。震は夫・長を為すから「元夫」。校記:「若」「日」の二字は宋刻・元刻本に従い、汲古閣本は「葉」「目」に作る――誤り。「遠」の字を汲古閣本は「達」に作る――これも誤り。
需。雀東求粒,誤入罔域。賴仁君子,脫服歸息。通《晉》。離為雀,位東,艮為求,艮為反,震為粒,故曰雀東求粒。離為網罭,乾為仁、為君子,震為服、為歸,震反為艮,艮止,故曰脫服、曰歸息。《詩》“兩服上襄”注:兩服者,馬之上駕也。脫服,即馳駕也。○丁晏云:罔域即網罭。服,宋本、汲古訛復,元本訛腹,皆不知服訓而妄改。○離東之證。
《師》之《需》:麻雀は東へ往きて穀粒を求めて食わんとし、誤って羅網の裡に闖り入る。幸いに仁厚の君子の相救に頼りて、駕具を卸下して帰り歇息するを得――難に遇いて救いを得る吉象。尚秉和の解象:「通《晋》」はすなわち《晋》と旁通す。離は雀を為し、位は東方に居り、艮は求・返を為し、震は穀粒を為すから「雀東求粒」。離は網罭(漁猟の網)を為し、乾は仁・君子を為す。震は服(車駕)・帰を為し、震は倒転して艮と成り、艮は止を主るから「脱服」「帰息」。《詩経》の「両服上襄」に注は両服はすなわち車を駕して中に居る二匹の馬と言う。脱服はすなわち車駕を卸下す。校記:丁晏は「罔域」はすなわち「網罭」と言う。「服」の字を宋本と汲古閣本は「復」と誤り、元刻本は「腹」と誤る――皆「服」の字の義を懂せずして妄に改めたればなり。また:これは離に東方の象有るの一証拠。
訟。王孫季子,相與孝友。明允篤誠,升擢薦舉,為國乾輔。通《明夷》。震為王、為子,反艮為孫、為季,坤順,故孝友。離明坎信,故曰明允篤誠。震為升擢薦舉。坤為國,震為輔。○乾,依宋元本,汲古作藩。薦,宋本元作家,依汲古。
《師》之《訟》:王孫と幼子は、互いに孝順友愛す。明察誠信・篤実厚道にして、提拔挙薦せられて上り、国家の干城輔弼と為る――徳才の用を見る大吉の象。尚秉和の解象:「通《明夷》」はすなわち《明夷》と旁通す。震は王・子を為し、倒転の艮は孫・季を為す。坤は柔順を主るから孝友。離は明を主り坎は信を主るから「明允篤誠」。震は升擢薦挙を為す。坤は国を為し、震は輔を為す。校記:「乾」の字は宋刻・元刻本に依り、汲古閣本は「藩」に作る。「薦」の字を宋本と元刻本は「家」に作る。ここでは汲古閣本に依る。
比。刖樹無枝,與子分離。飢寒莫食,獨泣哀悲。艮為刀、為手、為木,故曰刖樹。坎為孤,故曰無枝。坎為寒,坤為飢,兌口為食,兌伏,故莫食。坎為獨、為泣、為悲哀。第二句象未詳。○刖樹,從宋本,汲古作削木。泣,汲古作立,依宋元本。
《師》之《比》:樹を砍りて光杆と為し枝条なく、孩子と分離す。飢えかつ寒く食べべき物なく、独り哭泣悲傷す――骨肉離散・凍餒して告ぐるなき凶象。尚秉和の解象:艮は刀・手・木を為すから「刖樹」(枝幹を砍り去る)。坎は孤を主るから「无枝」。坎は寒を為し、坤は飢を為す。兌は口を為すから食を為し、兌は伏位に処るから、食い得ず。坎は独・哭泣・悲哀を為す。第二句の取象は尚氏はなお弄清楚せずと言う。校記:「刖樹」は宋本に従い、汲古閣本は「削木」に作る。「泣」の字を汲古閣本は「立」に作る。ここでは宋刻・元刻本に依る。
小畜。舜升大禹,石夷之野。徵詣玉闕,拜治水土。通《豫》。震為帝、為升,故曰舜升大禹。艮為石,坤為夷、為野,故曰石夷之野。《洛書靈淮聽》:“禹出石夷”是也。震為征、為詣、為玉,艮為闕、為拜,坎為水、為土。○玉,依宋元本,汲古作王,亦合。○坎為土證。又按:《史記夏本紀》注:“楊雄《蜀王本紀》云:‘禹生於石紐’,《括地志》:‘茂州汶川縣石紐山’,《華陽國志》云:‘今夷人共營其地不敢居。’”石夷或指此事。詳坤之中孚。
《師》之《小畜》:虞舜は大禹を提拔し、禹は石夷のこの原野に出づ。彼は玉闕に前往して朝見し、命を受けて水土を治理す――賢才が命を受け、大功を建立する吉象。尚秉和の解象:「通《豫》」はすなわち《豫》と旁通す。震は帝・升挙を為すから「舜升大禹」。艮は石を為し、坤は夷・野を為すから「石夷之野」――緯書《洛書霊淮聴》の謂う所の「禹出石夷」はすなわちこの事。震は征・詣(前往)・玉を為し、艮は宮闕・拜を為し、坎は水・土を為す。校記:「玉」は宋刻・元刻本に依り、汲古閣本は「王」に作る――また講じ通ず。また:これは坎に土象有るの一証拠。再び按す:《史記・夏本紀》の注は揚雄の《蜀王本紀》を引きて「禹は石紐に生る」と言い、《括地志》は石紐山は茂州汶川県に在りと言い、《華陽国志》は当地の夷人はともにあの地方を守護して居り住むを敢えてせずと言う――「石夷」は或いはこの事を指すか。詳しくは《坤》之《中孚》を見よ。
履。義不勝情,以欲自營。見利危躬,滅君令名。通《謙》。坤為義,坎為情、為欲,巽為利,艮為射,坎危兌見,故曰見利危躬。震為君,艮為名,坎滅,故曰滅君令名。○躬,宋元本皆作寵,依汲古。
《師》之《履》:義理は私情を圧えられず、ひたすら嗜欲に憑りて己のために経営す。利益を見れば己身の安危を顧みず、君主の美好の名声を毀った――私を徇って徳を敗る凶象。尚秉和の解象:「通《謙》」はすなわち《謙》と旁通す。坤は義を為し、坎は情・欲を為す。巽は利を為し、艮は射取を為し、坎は危を主り兌は見を主るから「見利危躬」。震は君を為し、艮は名を為し、坎は滅を主るから「滅君令名」。校記:「躬」の字を宋刻・元刻本は皆「寵」に作る。ここでは汲古閣本に依る。
泰。三人北行,六位光明。道逢淑女,與我驥子。震為人,數三,故曰三人北行。坤為北,乾數六,伏艮為位、為光明,故曰六位光明。艮為道,伏巽為淑女、為震婦,故曰與我驥子。震為馬、為子。○《坤》北之證。
《師》之《泰》:三人は北へ行き、六個の爻位は一片の光明。路上にて賢淑の女子に遇い、我に一匹の良駒の子を与う――路を行きて吉に遇い、意外に獲有るの象。尚秉和の解象:震は人を為し、卦数は三だから「三人北行」。坤は北方に居る。乾の卦数は六、伏艮は位・光明を為すから「六位光明」。艮は道路を為し、伏巽は淑女・震の配偶を為すから「与我驥子」。震は馬・子を為す。校記:これは坤に北方の象有るの一証拠。
否。羿張烏號,彀射天狼。柱國雄勇,鬬死滎陽。坤為惡,故曰羿。羿簒夏,《論語》:“羿善射”。鳥號,弓名。伏震為號、為射,艮為烏,故曰烏號、曰彀射。艮為狼,上乾,故曰天狼,星名也。坤為國,艮為柱,故曰柱國。乾健,故曰雄勇。坤為死、為水,故戰死滎陽。滎,水名。按:《史記陳涉世家》:“陳王以房君蔡賜為上柱國,後敗死。”不著死地,死滎陽者為李歸,又吳叔雖死滎陽,為部下所殺,非鬬死也。林詞或別有所據,抑蔡賜亦死滎陽歟?又噬嗑之旅、井之大過柱皆作趙,或國為人名。
《師》之《否》:后羿は烏号の名弓を張り、弦を彀きて天狼星に射る。上柱国は雄武勇猛なるも、終に滎陽に戦死す――勇にして死を免れざる凶象。尚秉和の解象:坤は悪を主るから、夏を篡した后羿を取る――《論語》は「羿は射に善し」と言う。「烏号」は良弓の名。伏震は号・射を為し、艮は烏を為すから「烏号」「彀射」(弓を彀みる)。艮は狼を為し、上体は乾だから「天狼」――あれは星名。坤は国を為し、艮は柱を為すから「柱国」。乾は剛健を主るから「雄勇」。坤は死・水を為すから、滎陽に戦死と言う――滎は水名。按す:《史記・陳渉世家》は陳王が房君蔡賜を上柱国と任じ、後に兵敗れて死したを記すが、どこに死したかを寫さず。滎陽に死したは李帰。呉叔(呉広)は滎陽に死したれど、部下の殺す所で、戦死にあらず。この条の林辞は或いは別に依拠有り、或いはまた蔡賜もまた滎陽に死したか。さらに《噬嗑》之《旅》《井》之《大過》の二条の「柱」の字は皆「趙」に作る――ならば「国」もまた人名なるべし。
同人。季姬踟躕,結衿待時。終日至暮,百兩不來。離為日,伏坎為暮,乾為百,坤為大,輿數二,故曰百兩,巽伏故不來。季姬,指互巽,大過以巽為女妻。《易林》本之,見巽即謂為少齊,季亦少也。陳樸園云:案:《左傳》:“齊桓公有長衛姬,少衛姬”,疑《易林》所云季姬即少衛姬。又同人之隨有“望我城隅,終日至暮,不見齊侯”之語,陳氏並謂其說《衛風靜女》之詩。
《師》之《同人》:小女儿は徘徊して定まらず、衣襟を繫いで時辰を等待す。白天より日暮まで待つも、百輛の迎親の車子はなお来たらず――嫁を待ちて空しく落る失望の象。尚秉和の解象:離は日を為し、伏坎は暮を為す。乾の卦数は百、坤は大車を為し、車の数は二(一車に両輪)だから「百両」。巽は伏位に処るから、来らずと言う。「季姬」は互体の巽を指す――《大過》は巽をもって女妻とし、《易林》はこの例に本づき、巽を見ればすなわち少女と言い、「季」もまた幼小の義。陳朴園は言う:《左伝》に按ずれば斉桓公に長衛姬・少衛姬有り、《易林》の言う季姬はすなわち少衛紀なるを疑う。また《同人》之《随》に「望我城隅、終日至暮、不見斉侯」の語有り、陳氏は併せてこれは《詩経・衛風・静女》のあの詩を講ずると認む。
大有。鴻雁翩翩,始怨勞苦。災疫病民,鰥寡愁憂。通《比》。艮為鴻雁、為飛,故曰翩翩。坎為怨、為勞苦、為災病,坤為民、為寡,艮為鰥,坎為寡。○怨,從宋本,汲古作若。鴻雁,《小雅》篇名,林詞全本之《詩》。
《師》之《大有》:鴻雁は翩翩と飛翔し、始めて旅途の労苦を報怨す。災荒瘟疫は百姓を病ませ、鰥夫寡婦は憂愁して已まない――流離困頓の凶象。尚秉和の解象:「通《比》」はすなわち《比》と旁通す。艮は鴻雁・飛を為すから「翩翩」。坎は怨・労苦・災病を為す。坤は民・寡を為し、艮は鰥を為し、坎もまた寡象有り。校記:「怨」の字は宋本に従い、汲古閣本は「若」に作る。《鴻雁》は《詩経・小雅》の篇名で、この条の林辞は全くあの詩に本づく(流民の労苦を寫し、鰥寡の哀鳴す)。
謙。穿胸狗邦,僵離旁春。天地易紀,日月更始。坤為腹、為胸,卦一陽在五陰之中,坎為穿,故曰穿胸。坤為邦,艮為狗,故曰狗邦。坤死,故曰僵離,艮手,故曰旁春。坤地。艮為天,艮居丑寅,成始成終,故曰易紀、曰日月更始。坎月,艮為日,震為春,故更始。《爾雅釋地》疏:蠁類有八,五曰穿胸,七曰狗軹,八曰旁春。又《逸周書王會》:“正西崑崙、狗國、貫胸、離、丘。”丁晏云:狗邦即犬戎,非。又《山海經》有貫胸國,《淮南子墬形訓》有穿胸民。《後漢書南蠻傳》有封離,楊竦破封離是也。又有那離,見《西羌傳》,疑僵離或封離之音訛字。○旁春,元本作旁美,依宋本、汲古。
《師》之《謙》:穿胸国と狗国、僵離部と旁春部(皆遠方の異族の名)。天地は紀元を改換し、日月は重ねて開始す――綱紀の更張・改朝换代の象。尚秉和の解象:坤は腹・胸を為し、此の卦は一個の陽爻が五個の陰爻の中に夾まり、坎は穿を為すから「穿胸」。坤は邦を為し、艮は狗を為すから「狗邦」。坤は死を主るから「僵離」。艮は手を為すから「旁春」。坤は地を為し、艮は天を為し、艮は丑寅の位に居りて終を成しまた始を成し得るから「易紀」「日月更始」。坎は月を為し、艮は日を為し、震は春を為すから更始と言う。《爾雅・釋地》の疏は遠方の異族は八種有り、第五を穿胸と呼び、第七を狗軹と呼び、第八を旁春と呼ぶと言う。《逸周書・王会》もまた正西の崑崙・狗国・貫胸・離・丘を列す。丁晏は狗邦はすなわち犬戎と言う――誤り。また《山海経》に貫胸国有り、《淮南子・墬形訓》に穿胸民有り。《後漢書・南蠻伝》に封離有り――すなわち楊竦の撃破したあの部。《西羌伝》には別に那離有り――「僵離」は「封離」の音訛なるを疑う。校記:「旁春」を元刻本は「旁美」に作る。ここでは宋本と汲古閣本に依る。
豫。北山有棗,使叔壽考。東嶺多栗,宜行賈市。陸梁雌雉,所至利喜。艮為山,坤為北,艮為果,故曰北山有棗。艮為叔、為壽考,震為東,艮為嶺、為栗,伏巽為賈市。艮為梁,伏離為雉,震為喜。○雉,依宋元本,常本或訛雄。栗,元本訛粟。
《師》之《豫》:北山は棗樹を長じ、叔父をして高寿を享けしむ。東嶺は栗子を多産し、市上に販運するに適す。母の野鶏は高き処に跳躍し、至る所に皆利有り喜有り――物産の豊饒・行商の利を獲る吉象。尚秉和の解象:艮は山を為し、坤は北に居り、艮は果実を為すから「北山有棗」。艮は叔・長寿を為し、震は東を為し、艮は嶺・栗を為し、伏巽は商賈市易を為す。艮は梁(高き処)を為し、伏離は雉を為し、震は喜を為す。校記:「雉」は宋刻・元刻本に依り、通行本に或いは「雄」と訛る。「栗」の字を元刻本は「粟」と誤る。
隨。干旄旌旗,執幟在郊。雖有寶珠,無路致之。震為木、為乾、為羽,故為旄、為旌旗。《左傳》“火焚其旗”即以震為旗。艮手為執,震為寶玉、為路,艮止故無路。《詩墉風》:“了了干旄,在浚之郊”,毛謂美大夫下賢,茲曰:“雖有寶珠無路致之”,是齊說與毛異。○執,依汲古,宋元作撫。珠,依汲古,宋元本作玉。
《師》之《随》:竿頭に犛牛の尾を飾る旌旗、旗を執る人ありて郊野に立つ。宝珠を備えて礼と為すも、それを送り致す路なし――相い贈らんの心有りて通達する由なきの象。尚秉和の解象:震は木・干(旗竿)・羽を為すから、旄・旌旗を為す――《左伝》の「火焚其旗」は正に震をもって旗とす。艮は手を為すから執を為す。震は宝玉・路を為し、艮は止を主るから「无路」。《詩経・鄘風》の「孑孑干旄、在浚之郊」(高き旄旗よ、浚邑の郊外に立つ)は、毛伝は大夫が賢を礼し士に下るを赞美と認む。しかるにここに「雖有宝珠无路致之」と言うを見れば、斉詩の一派の解説は毛伝と同じからざるが見える。校記:「執」は汲古閣本に依り、宋刻・元刻本は「撫」に作る。「珠」は汲古閣本に依り、宋刻・元刻本は「玉」に作る。
蠱。精潔塞淵,為讒所言。證訊詰問,繫於枳溫。甘棠聽斷,怡然蒙恩。震為精潔,兌為淵,坎為塞,《詩衛風》:“秉心塞淵”箋:塞,充實。淵,深也。三上正反震,故曰讒言、曰譏問。艮為拘繫。枳,地名,在魏郡。溫在河內。巽木為枳,艮火為溫,故曰枳溫。凡《易林》用字,無論地名、人名,無不從象生。巽為棠,初四正反兌,故曰聽斷。兌為耳、為聽、為恩。按:以正反震兌為讒、為詰問,則《易》與《左傳》用覆之處皆得解。繫於枳溫,《左傳僖二十八年》:“會於溫,衛侯與元喧訟,於是衛侯不勝寘諸深室”,甘棠聽斷者,《詩召南》甘棠篇,魯韓詩說皆謂召伯聽訟棠下,茲曰蒙恩,似謂召伯能平反冤獄也。○問,宋本、汲古作請,依元本。
《師》之《蠱》:人と為りて純潔にして心を存するに篤実深厚なるも、人の讒を進めるに遭う。伝えられて対質審訊・反復盤問せられ、枳・温の両地に拘押さる。幸いに召伯が甘棠の樹下に聴訟したがごとき明断に遇い、欣然として恩免を蒙る――先に冤を受け後に雪ぐる転吉の象。尚秉和の解象:震は精潔を為し、兌は深淵を為し、坎は充実を為す。《詩経・衛風》の「秉心塞淵」に、鄭箋は「塞」を充実と解し「淵」を深邃と解す。三爻と上爻は一正一反の二つの震を構成するから「讒言」「詰問」。艮は拘繋を為す。枳は地名で、魏郡に在り。温は河内に在り。巽は木に属すから枳を為し、艮は火に属すから温を為し、因って「枳温」と言う――およそ《易林》の用字は、地名人名を問わず、卦象より生ぜざるなし。巽は棠を為し、初爻から四爻まで一正一反の二つの兌を含むから「聴断」。兌は耳・聴・恩を為す。按す:正反の震・兌を取りて讒言と詰問と為せば、ならば《周易》と《左伝》の中のおよそ覆象を用うる処は皆講じ通ずべし。「繋于枳温」の一句は、《左伝》僖公二十八年に諸侯が温に会し、衛侯と元咺が官司を打ち、衛侯は敗訴して深室に拘されたを記す。「甘棠聴断」は《詩経・召南・甘棠》に出で、魯詩・韓詩はともに召伯が曾て棠樹の下に聴訟したと言う。ここに「蒙恩」と言うは、似て召伯の能く人のために冤獄を平反せるを指す。校記:「問」の字を宋本と汲古閣本は「請」に作る。ここでは元刻本に依る。
臨。玄黃瘣隤,行者勞罷。役夫憔悴,踰時不歸。震為馬、為玄黃,坤弱,故曰玄黃。瘣、隤,皆病也,見《毛詩周南》注。震為行,坤役萬物,故勞疲。坤為役,震為夫、為踰、為時、為歸,坤喪故不歸。○瘣,宋本、汲古作虺,與《毛詩》合,元本作瘣,音義與虺同,特字異耳,說詳賁之小過。
《師》之《臨》:黒黄の馬匹は病み倒れ疲れ垮たり、路を赶ぐ人は疲憊して堪えず。服役の丁夫は面容憔悴し、期限を過ぐるも家に帰り得ず――征役の民を労する凶象。尚秉和の解象:震は馬・玄黄の色を為し、坤の性は柔弱だから「玄黄」(馬が病みて毛色の黯敗する)――「瘣」「隤」は皆病の意で、《毛詩・周南》の注を見よ。震は行を為し、坤は万物を役使するから、労累疲乏す。坤は役を為し、震は夫・踰(超過)・時・帰を為し、坤は喪亡を主るから、帰り来らず。校記:「瘣」の字を宋本と汲古閣本は「虺」に作り、《毛詩》と相合す。元刻本は「瘣」に作り、音義は「虺」と同じく、ただ用字を異にするのみ――詳説は《賁》之《小過》を見よ。
觀。膚敏之德,發憤晨食。虜豹禽說,以成主德。艮為膚,巽為敏,伏震為發、為憤、為晨、為食。艮為拘繫、為虜、為禽,艮為豹。伏兌為說,故曰虜豹禽說。豹,魏王豹。說,代相夏說也。見《史記淮陰侯傳》。伏震為主。○說,從宋元本,汲古訛越。多“為王求福”四字。晨食,亦用《淮陰侯傳》,汲古、宋本作忘食,後人臆改,依元本。
《師》之《観》:容儀美好にして才思敏捷の徳は、発憤図強して天の明けぬうちに進食す。魏王豹を俘獲し夏説を擒え、因って君主の功徳を成就す――名将の功を立つる大吉の象。尚秉和の解象:艮は膚(容儀)を為し、巽は敏を為し、伏震は発・憤・晨・食を為す。艮は拘繋・俘虜・擒獲を為し、艮はまた豹を為す。伏兌は説を為すから「虜豹禽説」。豹は魏王豹を指し、説は代国の丞相夏説を指し、二人は皆韓信の擒えたる所――《史記・淮陰侯列伝》を見よ。伏震は主を為す。校記:「説」は宋刻・元刻本に従い、汲古閣本は「越」と誤り、併せて「為王求福」の四字を多く出す。「晨食」もまた《淮陰侯列伝》の事を用い、汲古閣本と宋本は「忘食」に作る――後人の臆改なり。ここでは元刻本に依る。
噬嗑。采唐沬鄉,要我桑中。失信不會,憂思約帶。艮為採,震為唐。唐,菜也。艮為鄉,坎隱,故曰沬鄉。沬,衛邑,見《衛風》。震為要、為桑,坎為中,故曰桑中,《詩》“期我乎桑中”。坎為信、為失,艮止,故不會。坎為憂思,伏巽為帶、為約。約帶即結帶。按:《檜風素冠篇》:“我心蘊結”,《曹風鳲鳩篇》:“心如結兮”,正義云:“憂愁不散,如物之裹結”,即約帶之義也。楊慎謂即古詩“衣帶日以緩”之義,非。
《師》之《噬嗑》:沬郷にて唐菜を采り、我を約して桑林の中に會わしむ。相手は約を失して来らず、我は満心の憂思、衣帯が死結を打ったがごとく解けない――約を失して相思する凶象。尚秉和の解象:艮は采を為し、震は唐を為し、唐は一種の菜。艮は郷を為し、坎は隱を主るから「沬郷」――沬は衛国の城邑で、《詩経・衛風》を見よ。震は要(約)・桑を為し、坎は中を為すから「桑中」――《詩経》に正に「期我乎桑中」の句あり。坎は信・失を為し、艮は止を主るから、来りて相會せず。坎は憂思を為し、伏巽は帯・約を為し、「約帯」はすなわち結を打った帯子。按す:《詩経・檜風・素冠》の「我心蘊結」、《曹風・鳲鳩》の「心如結兮」に、孔穎達の《正義》は「憂愁の積著して散じ開かず、物の纏裹して結を打つがごとし」と言う――正に「約帯」の意。楊慎はすなわち古詩の「衣帯日以緩」(思念により消瘦す)の義と認む――誤り。
賁。伯寧子福,惠我邦國。蠲除苛殘,使季無患。震為伯、為子、為福。艮為邦國、為季,坎為患,震樂,故無患。
《師》之《賁》:長子は安寧にして幼子は福有り、恩惠は我が邦国に遍及す。苛刻残暴の政令を免除し、小輩たちをして憂患なからしむ――善政の民を安んずる吉象。尚秉和の解象:震は伯・子・福を為す。艮は邦国・季(幼子)を為す。坎は患を為すが、震は喜楽を主るから、憂患なしと言う。
剝。讒父佞雄,賊亂邦國。生雖忠孝,敗困不福。通《夬》。兌為言,乾為言,兌口與乾言相背,故曰讒父佞雄。父,長者之稱,言為讒人之長,佞者之雄也。坤為賊、為亂、為邦國。○父,依汲古,宋本、元本作言。讒父佞雄,對文。父亦乾象。困,宋元本作恩,依汲古。淮,汲古作離,依宋元本。又:不福,宋元本作不足,依汲古。○此可釋《夬》“聞言不信”義。
《師》之《剥》:讒を進むる魁首・奸佞の頭目は、邦国を殘害擾乱す。生まれながら忠孝なりと雖も、終に敗落困頓して福を得ず――小人が道に当たり、忠良の害を受くる凶象。尚秉和の解象:「通《夬》」はすなわち《夬》と旁通す。兌は言を為し、乾もまた言を為し、兌口と乾言は両相背反するから「讒父佞雄」。「父」は年長者に対する称呼で、ここでは讒を進むる者の中の頭領・奸佞の中の雄長を指す。坤は賊・乱・邦国を為す。校記:「父」の字は汲古閣本に依り、宋本と元刻本は「言」に作る。「讒父」「佞雄」は対偶して文を成し、「父」もまた乾象なり。「困」の字を宋刻・元刻本は「恩」に作る。ここでは汲古閣本に依る。「淮」の字を汲古閣本は「離」に作る。宋刻・元刻本に依る。また:「不福」を宋刻・元刻本は「不足」に作る。ここでは汲古閣本に依る。さらに:この条は《夬》卦の「聞言不信」の意を解するに用い得。
復。淵泉堤防,水道利通。順注湖海,邦國富有。坤為淵、為泉,坤閉為堤防。震為道,坤水,故曰水道。震為通,伏巽為利,坤為順、為湖海、為邦國、為富有。○利通,依元本,與防韻,宋本、汲古作通利,非。
《師》之《復》:深潭泉源に堤防を築き、水道は通暢して利有り。順流して湖海に注ぎ、邦国は因って富足す――水利の興りて国用の饒なる吉象。尚秉和の解象:坤は淵・泉を為し、坤は閉合を主るから堤防を為す。震は道を為し、坤は水に属すから「水道」。震は通を為し、伏巽は利を為す。坤は順・湖海・邦国・富有を為す。校記:「利通」は元刻本に依り、「防」と押韻す。宋本と汲古閣本は「通利」に作る――誤り。
無妄。江南多蝮,螫我手足。冤繁詰屈,痛徹心腹。乾為江河,位南,故曰江南。蝮,毒蛇也。伏坤為螫。艮手震足,正反震,故曰冤繁,正反艮,故曰詰屈。伏坤為心、為腹。
《師》之《无妄》:江南は毒蛇多く、我が手脚を咬傷した。冤屈は糾纏・曲折にして伸び難く、疼痛は直ちに心腹を透す――毒に遭い冤を受くる凶象。尚秉和の解象:乾は江河を為し、位は南方に在るから「江南」。「蝮」は毒蛇。伏坤は螫咬を為す。艮は手・震は足を為す。一正一反の二つの震だから「冤繁」(糾結繁多)。一正一反の二つの艮だから「詰屈」(彎曲して直ならず)。伏坤は心・腹を為す。
大畜。三人俱行,別離獨宿。一身五心,反覆迷惑,亂無所得。震為人、為行,數三,故曰三人俱行。一陽止上,故曰別離獨宿。通《萃》。坤為身,乾卦數一,故曰一身。巽卦數五,伏坤為心,故曰五心。三至上正覆巽,坤迷,故反覆迷惑。坤虛,故亂無所得。○宿,從汲古,宋元本作食。
《師》之《大畜》:三人はともに路に上るも、中途にて分かれ各々独り宿す。一個の身子は五條の心を揣り、反反復復として主意を拿えず、心は乱れて麻のごとく一獲なし――同行の離散・心志の揺擺する凶象。尚秉和の解象:震は人・行を為し、卦数は三だから「三人俱行」。一個の陽爻は上位に止まるから「別離独宿」。「通《萃》」はすなわち《萃》と旁通す。坤は身を為し、乾の卦数は一だから「一身」。巽の卦数は五、伏坤は心を為すから「五心」。三爻から上爻まで一正一覆の二つの巽を含み、坤は迷暗を主るから、反復して迷惑す。坤は中虚だから、紛乱して得る所なし。校記:「宿」の字は汲古閣本に従い、宋刻・元刻本は「食」に作る。
頤。鴉鳴庭中,以戎災凶。重門擊柝,備不速客。艮為鴉、為庭,震為鳴。坤為災凶,古人常以鴉鵲鳴為占。艮為門,正反艮,故曰重門。震為柝、為鳴,艮為擊,震為客。○鴉,從宋元本,汲古作鶩,非。○此可釋《繫辭》頤與豫象同。
《師》之《頤》:烏鴉は庭院の裡に叫び、兵禍・災凶を預示す。ここにおいて重々に門を設け梆を敲いて夜を巡し、請わざるに自ら来る客に防備す――先に凶兆を見て防を設くるの象。尚秉和の解象:艮は鴉・庭を為し、震は鳴を為す。坤は災凶を為す――古人は常に烏鴉・喜鵲の叫声をもって吉凶を占う。艮は門を為し、一正一反の二つの艮だから「重門」。震は柝(打更の木梆)・鳴を為し、艮は撃を為し、震は客を為す。校記:「鴉」は宋刻・元刻本に従い、汲古閣本は「鶩」に作る――誤り。また:この条は《繫辞》の裡の「重門撃柝」の一段が何を以て《頤》と《豫》と取象同じきかを解するに用い得。
大過。功成事就,拱手安居。立德有言,坐飭貢賦。通《頤》。震為功,艮為成,坤為事,艮為拱、為手、為安居。震為立、為德、為言,艮為坐。坤為貢賦。震為飭。全用旁通。○飭,依汲古,宋元作飾。飾飭古通。
《師》之《大過》:功業は成を告げ事は弁じ妥く、手を拱して安然として閑居す。徳行を樹立し嘉言を留め、坐したまま貢賦を整治して停当す――功成して身安し、拱を垂れて治める吉象。尚秉和の解象:「通《頤》」はすなわち《頤》と旁通す。震は功を為し、艮は成を為し、坤は事を為す。艮は拱・手・安居を為す。震は立・徳・言を為し、艮は坐を為す。坤は貢賦を為し、震は整飭を為す。この条は全く旁通の象を用う。校記:「飭」は汲古閣本に依り、宋刻・元刻本は「飾」に作る――「飾」「飭」は古時相通ず。
坎。國亂不安,兵革為患。掠我妻子,家中飢寒。中爻艮為國,震動,故不安。艮為兵、為革,坎為患。艮手為掠,震子,伏巽為妻,艮為家,坎為寒,伏離為飢。○艮為兵證。
《師》之《坎》:国家は動乱して安寧を得ず、兵戈甲冑は禍患と成った。妻子児女は擄掠せられて去り、家裡はまた飢えかつ寒し――兵乱にて家を破る大凶の象。尚秉和の解象:中間の幾爻は艮を成し、艮は国を為し、震は動を主るから安からず。艮は兵・甲革を為し、坎は患を為す。艮は手を為すから擄掠を為し、震は子を為し、伏巽は妻を為す。艮は家を為し、坎は寒を為し、伏離は飢を為す。校記:これは艮に兵象有るの一証拠。
離。戴堯扶禹,松喬彭祖。西過王母,道路夷易,無敢難者。通《坎》。中爻震為帝,故曰堯禹。艮為扶、為戴,艮堅為松喬、為彭祖。解詳訟之家人。坎為西,震為王,巽為母,故曰王母。艮為道路,坎平,故道路夷易。○松,汲古作從,過作遇,依宋元本。艮為祖,可釋《易》。松喬、彭祖,皆古仙人名。
《師》之《離》:頭に帝尭を戴き大禹を扶助し、赤松子・王子喬・彭祖とともに游ぶ。西に往きて西王母の地を経るも、道路は平坦にして好く行け、敢えて来たりて阻難する者なし――聖に遇い仙を得、一路通達する大吉の象。尚秉和の解象:「通《坎》」はすなわち《坎》と旁通す。中間の幾爻は震を成し、震は帝を為すから、尭・禹を取る。艮は扶・戴を為し、艮の性は堅固だから松・喬と彭祖を取る――詳解は《訟》之《家人》の一条を見よ。坎は西に居り、震は王を為し、巽は母を為すから「王母」。艮は道路を為し、坎は平を為すから、道路は平易と言う。校記:「松」の字を汲古閣本は「従」に作り、「過」を「遇」に作る。ここでは宋刻・元刻本に依る。また:艮は祖象有り、これに拠りて《周易》を解すべし。松・喬と彭祖は皆古代の仙人の名字。
咸。長尾蜲蛇,畫地成河。深不可涉,絕無以北,惆悵嘳息。艮為尾,巽長,故曰長尾。巽為蛇,故曰蜲蛇。蜲蛇,蟲名也。《管子水地篇》“蜲一頭兩身,其形若蛇,其長八尺”是也。通《損》。坤為地、為江河。艮為畫。坤水臨大澤,故曰深不可涉。兌為絕,坤位北,兌口為嘳息。嘳息,猶嘆息。○蜲,依噬嗑之覆校改。北,宋元皆作比,依汲古。惆悵,汲古作惆然,依宋元本。嘳字依汲古,宋元本皆訛會。《說文》:“嘳,大息也”。《晏子春秋》“嘳然而嘆息”。汲古作思,依宋元本。
《師》之《咸》:長い尾巴の蜲蛇は、地上に一劃すればすなわち大河と成る。水は深く徒渉できず、北面の路は全く断絶し、ただ惆悵として長嘆するのみ――去路の断絶する凶象。尚秉和の解象:艮は尾を為し、巽は長を為すから「長尾」。巽は蛇を為すから「蜲蛇」――蜲蛇は虫名で、《管子・水地》篇は「蜲は一個の頭に二個の身子、形状は蛇に象り、長さ八尺」と言う――すなわちこれ。「通《損》」はすなわち《損》と旁通す:坤は地・江河を為し、艮は畫を為す。坤水は大沢に面するから、深くて渉りて過ぐる能わずと言う。兌は絶を為し、坤は北方に居る。兌は口を為すから「嘳息」――嘳息はすなわち長嘆。校記:「蜲」の字は《噬嗑》之《復》の一条に依りて校改す。「北」の字を宋刻・元刻本は皆「比」に作る。ここでは汲古閣本に依る。「惆悵」を汲古閣本は「惆然」に作る。宋刻・元刻本に依る。「嘳」の字は汲古閣本に依り、宋刻・元刻本は皆「会」と誤る――《説文解字》は「嘳」は長嘆と言い、《晏子春秋》に「嘳然而歎息」あり。また一処を汲古閣本は「思」に作る。宋刻・元刻本に依る。
恆。乘龍從蜺,徵詣北闕。乃見宣室,拜守東域。鎮慰黎元,舉家蒙福。震為龍、為乘,巽為蜺。
《師》之《恒》:竜に乗り虹蜺に随いて、一路に北闕に前往して朝見す。ここにおいて宣室にて天子に見るを得、拜して官職を受けて東方の疆域を鎮守しに往く。百姓を安撫し、全家は福沢を蒙る――入朝して任を受け、挙族して福を得る大吉の象。尚秉和の解象:震は竜・乗を為し、巽は蜺(副虹)を為す。本片の源文はここに至りて中断し、尚注の余りの部分(「蜺、日旁気」より以下)は後の一分片に在り――ここでは照録して補さない。
蜺,日旁氣。伏艮為闕。坤為北,震往為詣、為宣明,艮室,故曰宣室。艮為拜、為守,震東,故守東域。坤為黑、為黎元。艮家震福。○坤北證。○域,依汲古,宋元本皆作城。
本条の四言の林辞は上の一分片に在り、ここに接ぐは尚秉和の注の後半截と校勘記。彼は先に字を釋す:「蜺」はすなわち虹蜺で、太陽の傍の一層の雲気を指す。再び取象を講ず:卦中に潜伏する艮は門闕の象有り――一個の三爻の卦の陰陽爻を全部翻転して得たる卦を「伏象」と呼び(兌の伏象は艮のごとし)、《易林》の取象は常にこれを用う。坤は方位上は北に属し、震は前往を主りて「詣」と訓し得、また宣揚顕明の象有り、艮はまた屋室を為し、幾個の象は合わさりて正に漢代の未央宮の「宣室」なり。艮は跪拜・守衛の象有り、震は東方に居るから、林辞は東域を守ると言う。坤の色は黒く、また黎民百姓を為すから、「黎元」有り。艮は家宅を主り、震は福慶を主る。校記二条:一はこの条は坤が北方の象と為すの証拠と作り得。二は「域」の字は汲古閣本に依りて「域」に作り、宋刻本・元刻本は皆「城」に作る。
遯。土與山連,終身無患。天地高明,萬歲長安。艮為土,乾為山,故曰土與山連。艮為終、為身,伏震為樂,故終身無患。乾天坤地,巽高艮明,故曰高明。乾為萬歲。艮安巽長,故曰長安。○艮光明證。
《師》卦が《遯》卦に変ず――《易林》は毎条が皆本卦より別の一卦を変出し、本卦を「遇卦」と呼び、変じて成ったあの卦を「之卦」と呼ぶ。この条の遇卦は《師》、之卦は《遯》。林辞は言う:厚土と高山は相接続し、一生涯は禍患なし。天は高く地は厚くして清明、万年は長久安寧す。これは頭より尾まで吉なる好签。尚注:《遯》は下艮・上乾、艮は土を為し、乾は山を為し、土山は相接するから「土与山連」。艮はまた「終」「身」の二個の取象有り――この類の《説卦》に見えずして漢人が実際に使用した象を、尚氏は「逸象」と称す――艮の下に潜伏する震は歓楽を為し、合わせてすなわち終身に患なし。乾は天を為し坤は地を為し、二三四爻に互い出る巽は高象有り、艮は明象有るから、天地高明と言う。乾は長久を主るから万歳と称し、艮の性は安止・巽の性は長遠だから長安と称す。校記:この条は艮に光明の象有るの証拠として用い得。
大壯。久旱水涸,枯槁無澤。虛修其德,末有所獲。通《觀》。艮為火,故旱、故水涸。坤為水,巽為枯槁,枯槁故無澤。坤為虛,虛故無獲。○艮火可解無妄旱卦。
《師》之《大壮》:久しく旱して雨降らず、水源は干涸し、草木は枯槁して毫も潤沢なし。徒らに徳行を修養するも、頭を到れば得る所なし。これは徒労にして功なき凶签。尚注:《大壮》は《観》と「旁通」――六爻の陰陽が全部相反して両卦は相通ず、すなわち通常言う錯卦――だから《観》の象を取りて講ず。《観》の三四五爻は互い出て艮を為し(二三四・三四五爻は別に卦を組成し、「互体」と呼ぶ)、尚氏は艮に火象有ると認め、火は盛んなればすなわち旱だから、久旱と言い水涸と言う。《観》の下体坤は水を為し、上体巽は枯槁を為し、草木は枯槁すれば自ずから潤沢を談ずべからず。坤はまた空虚を主り、虚なればすなわち收成なし。校記:此の条は艮に火象有るの証拠と作り得、これを用いて《无妄》一卦の中に旱を講ずる林辞を解通し得。
晉。依山倚地,凶危不至。上清下淨,君受其利。坤地艮山。艮為依倚,故曰依山倚地。坤為凶,坎為危,艮安,故凶危不至。艮上坤下,坎水,故曰清淨。伏乾為君。○山,宋元本作天,依汲古。宋元多“受福大明”四字,依汲古。淨,汲古作降,依宋元本。
《師》之《晋》:山に背靠り地に脚を踏み、凶険危難は皆身辺に到らず。上頭は清明にして下頭は潔淨、君主は因って好処を得。尚注:《晋》の下体坤は地を為し、二三四爻は互い出て艮を為して山を為す。艮は依傍倚靠の象有りから「依山倚地」。坤は凶を為し、三四五爻は互い出て坎を為して危を為すが、艮の性は安止だから、凶危は至らず。艮は上に在り坤は下に在り、その間に坎水を夾むから、清淨と言う。坤の伏卦乾は君を為す。校記三条:「山」の字を宋刻・元刻の両本は皆「天」に作る。ここでは汲古閣本に依る。宋元本は汲古閣本に比して「受福大明」の四字を多く出す――ここでは汲古閣本に依りて删去す。「淨」の字を汲古閣本は「降」に作る。ここでは宋・元本に依る。
明夷。火烈不去,必殪僵仆。燔我衣裾,禍不可悔。離火。震往為去,坎陷,故不去,不去必僵仆。坤為死也。震為衣裾,離為燔,坤為我、為禍。○禍,依元本,宋本作福。
《師》之《明夷》:大火は焼けること猛烈にして退くを肯んぜず、人は必ず焼き死して僵れ倒る。火は我が衣襟の下擺を燎り、この場の災禍は後悔するも及ばない。尚注:《明夷》の下体離はすなわち火。三四五爻は互い出て震を為し、震は前行を主りて「去」と訓し得。二三四爻は互い出て坎を為し、坎の性は陥落して受阻すから、火は退き得ず、退き得ざれば人は僵仆を要す。上体の坤は死亡を主る。震はまた衣裾を為し、離は焚焼し得、坤は「我」・禍患を為す。校記:「禍」の字は元刻本に依り、宋刻本は「福」に作る。
家人。配合相迎,利之四鄉。欣喜興懌,所言得當。此用《師》象。坎為配合,巽為利,震為之,震卦數四,故曰利之四鄉。坤為鄉,震為樂、為興、為言。○懌,從汲古,宋元訛釋。
《師》之《家人》:男女は婚配して互いに迎娶し、四方へ往けば皆利有り。人々は皆歓欣喜悦し、説き出す言は皆合宜得体なり。これは和合順遂の吉签。尚注:この条は遇卦《師》の象を取る。《師》の下体坎は交合配対の象有り。《家人》の上体巽は利益を為す。《師》の二三四爻は互い出て震を為し、震は前往を主りて「之」と訓し得、しかして震は卦気の数上は四に属すから「利之四郷」。坤は郷里を為し、震はまた喜楽・興起・言語を為す。校記:「懌」の字は汲古閣本に従い、宋刻・元刻の両本は「釋」と誤る。
睽。清人高子,久屯外野。逍遙不歸,思我慈母。高子,高克。清,鄭邑名。《詩》序:“鄭文公惡高克,使將兵河上,久不召,兵散,故賦《清人》詩”,此似用遇卦師象。○逍,宋元本、汲古皆作道,依局本。
《師》之《睽》:《詩経》の裡のあの清邑の将領高子は、長く国境の外の荒野に駐屯す。彼は外に徘徊して家に帰る能わず、ただ自らの慈母を思念するのみ。尚注:「高子」はすなわち鄭国の大夫高克で、「清」は鄭国の邑名。《毛詩序》は言う:鄭文公は高克を厭い、彼を遣わして兵を帥いて黄河の辺に駐守せしめ、久しく召還を肯んぜず、軍隊は潰散し、国人は因って《清人》のこの詩を作った。この条は見るに依然として遇卦《師》の象を用うるがごとし――《師》はもと軍旅、正に兵を出して久しく戍るの事に合す。校記:「逍」の字を宋刻本・元刻本と汲古閣本は皆「道」に作る。ここでは局本に依りて「逍」に作る。
蹇。武庫軍府,甲兵所聚。非裡邑居,不可舍止。此兼用《師》象。震為武,坤為軍、為府庫。艮為甲兵,坎為聚,艮為邑、為里居、為舍止,多兵故不可舍止。○艮亦為甲兵之證。
《師》之《蹇》:ここは武器庫と軍営の官署で、鎧甲兵器は山のごとく堆積す。それは郷里の民居で家を安んずべき所にあらず、ここに停留し住むべからず。尚注:この条は兼ねて遇卦《師》の象を用う――《師》の互い出る震は威武の象有り、坤は軍隊・府庫を為す。《蹇》の下艮は甲冑兵器を為し、上坎は聚集の象有り。艮はまた城邑・里巷の居所・止息安頓を為すが、ただ兵器があまりに多いから、ここに住むべからず。校記:これもまた艮に甲兵の象有るの一証拠。
解。三德五才,和合四時。陰陽順序,國無咎災。《書洪範》:“六三德一曰正直,二曰剛克,三曰柔克”。五材,金木水火土也。震數三,故曰三德。坎數五,震木,故曰五材。坎為和、為合,震為時,卦數四,故曰四時。離坎雜居,故曰陰陽順序。○才,依宋本,汲古作材。
《師》之《解》:三種の徳行・五様の材質は配備斉く、春夏秋冬に調和して貫通す。陰陽は次序に依って運行し、国家に災禍過失は有るまじき。尚注:《尚書・洪範》の第六疇は三徳を講じ、「一に正を曰い、二に剛を曰い、三に柔を曰う」と言う。「五材」はすなわち金木水火土。《解》の上体震は数において三だから、三徳と言う。下体坎は数において五、震はまた木に属すから、五材と言う。坎は調和・会合の象有り、震は時令を為し、しかして震卦の数は四だから、四時と言う。二三四爻は互い出て離を為し、三四五爻は互い出て坎を為し、一陰一陽は交錯して并び処るから、陰陽順序と言う。校記:「才」の字は宋刻本に依り、汲古閣本は「材」に作る。
損。解衣毛羽,飛入大都。晨門戒守,鄭忽失家。震為解、為衣、為毛羽、為飛。坤為大都。艮為門,震為晨,故曰晨門。艮為守,震言為戒,故曰戒守。坤為鄭,《釋名》“鄭,町也,地多平町。町,然也。町田,區畔也”,故坤為鄭。純取卦形,坤亡,故曰鄭忽失家。艮為家也。鄭忽,鄭昭公名,《左傳桓十一年》“鄭忽出奔衛”是也。○坤為鄭象證。
《師》之《損》:衣裳を脱ぎて毛羽を長じ、大都城の中に飛び入る。守門の人は早朝に戒備把守するも、鄭国の公子忽は家を失った。尚注:《損》の二三四爻は互い出て震を為し、震は解脱の象有り、また衣服・毛羽・飛翔を為す。遇卦《師》の坤は大都を為す。《損》の上体艮は門を為し、震は清晨を為し、合して「晨門」なり。艮は守衛を為し、震は言語を主りて告戒と訓し得、合して「戒守」なり。坤はまた鄭国を為す――《釋名》の「鄭」を解するに「鄭は町なり、地は平町多し。町は然なり。町田は区畔なり」と言う――鄭地は平疇の田界多く、正に坤が地を為し田を為すの形に合すから、坤は以て鄭と為すべし。ここは純粹に卦形の上より言う:《師》より《損》に変じ、坤はなくなったから、鄭忽の家を失うと言い、艮こそ家なり。「鄭忽」は鄭昭公の名字で、《左伝》桓公十一年に「鄭忽は衛に出奔す」と記す――すなわちこの事。校記:此の条は坤に鄭国の象有るの証拠。
益。刖根燒株,不生肌膚。病在心腹,日以焦枯。艮為刀兵、為手,故曰刖根。巽下斷,刖根之象。艮為火,故燒株。震巽皆為木株,艮為膚,巽落,故不生。坤為腹、為心、為病,艮火為焦枯。伏乾為日,是可為艮刀、艮火證。○刖,依元本,宋本、汲古作削,皆淺人妄改。
《師》之《益》:樹根を砍り断き樹桩を焼き去れば、それは再び新たなる皮肉を長じ出さず。病根は心腹の間に扎り込み、日に日に焦乾枯萎す。尚注:《益》の三四五爻は互い出て艮を為し、艮は刀兵・手を為すから「刖根」(刖は砍り断く)。上体巽の初画は断じて連ならず、正に根の砍り断たれた形。艮はまた火を為すから、株を焼くと言う。震と巽は皆木本の樹株に取象し、艮は皮膚を為し、巽は隕落の象有るから、長じ出る能わず。二三四爻は互い出て坤を為し、坤は腹・心・疾病を為し、艮火の烤炙はすなわち焦枯と成る。坤の伏卦乾は日を為す。この条は以て艮が刀を為す・艮が火を為すの二個の象の証拠と為すべし。校記:「刖」の字は元刻本に依り、宋刻本と汲古閣本は皆「削」に作る――あれは象数を通数を通ぜざる人の妄改。
夬。文山紫芝,雍梁朱草。生長和氣,王以為寶。公尸侑食,福祿來處。通《剝》。艮山坤文,故曰文山。艮形似芝,乾舍離。離宮色紫,故曰紫芝。乾為大赤,故曰朱草。兌西,故曰雍梁。乾為生長,兌悅,故曰和。乾為王、為寶、為父、為公。坤為尸,兌為食,乾為福祿。《詩小雅》:“公尸來燕來處,福祿來下”。陳樸園雲《鳧鷖》詩。《鄭箋》以為第三章為祭天地山川之詩,蓋王者德配天地,紫芝、朱草,符瑞並臻也。○四五句依同人之剝增,宋元、汲古諸本皆遺失,不惟不協,事義皆缺。
《師》之《夬》:文采有る山の上に紫色の霊芝を長じ、雍州梁州の一帯に祥瑞の朱草を生ず。天地の生養の気は調和し、君王はそれらを国宝と為す。神を代って祭を受くる公尸は酒食を享用し、福気禄位はこれに随いて降臨安処す。尚注:《夬》は《剥》と旁通し、《剥》の象を取りて見る:《剥》の上艮は山を為し、下坤は文采有り、合して「文山」なり。艮の卦形は上一画が連なり下の両画が断つるは、よく霊芝の様子に似る。乾は八宮にて離に舎る――離宮の顔色は紫だから、紫芝と言う。乾は大赤を為すから、朱草と言う。《夬》の上体兌は西方に居るから、西辺の雍州・梁州を挙出す。乾は生長を主り、兌は喜悦を主るから、和気と言う。乾は王・宝・父・公を為し、坤は尸(古代の祭祀にて死者に代り祭を受くる人)を為し、兌は飲食を為し、乾は福禄を為す。《詩経・小雅・鳧鷖》に「公尸来燕来処、福禄来下」の句有り、陳朴園は末の二句はこの詩に本づくと指出す。《鄭箋》はあの詩の第三章は天地山川を祭るの作と認む――君王の徳は天地と相配して、紫芝・朱草のこれら符瑞こそ一斉に出現するなり。校記:第四・第五の二句は《同人》之《剥》の一条に依りて補上せり――宋刻・元刻と汲古閣の諸本は皆脱漏し、脱せば韻が諧わぬのみならず、事義も半分を缺く。
姤。多載重負,捐棄於野。予母誰子,但自勞苦。通《復》。坤為多載重負、為捐棄、為野。坤為母,震為子,震伏坤死,故曰誰子,言無子也。坤役萬物故勞苦,坤為自。○第三句從宋元本,汲古及常本皆作小任其大,非。
《師》之《姤》:車上には装うこと多く負担は重過ぎて、やむを得ず東西を荒野に丟棄す。母たる者は誰が我が子ぞと一声を問うも、頭を到ればただ自ら苦労を白む。尚注:《姤》は《復》と旁通し、《復》の象を取る:《復》の上体坤は物を載せ能うから、多載重負と言う。坤はまた丟棄・原野を為す。坤は母を為し、下体震は子を為すが、然るに震はすでに潜伏し坤はまた死亡を主るから、「誰子」と問う――実はこれ児子なきを言う。坤は万物を役使して自身は労苦し、坤はまた「自」を為す。校記:第三句は宋刻・元刻本に従い、汲古閣本と通行本は皆「小任其大」に作る――誤り。
萃。鳧雁啞啞,以水為家。雌雄相和,心志娛樂,得其歡欲。艮為鳧雁,正反兌口,故曰啞啞。艮為家,坤為水,兌雌艮雄,坎為和,故曰相和。坎為心志,兌悅為娛樂、為歡。○艮為鳥證。漸、小過得解,詳《焦氏易詁》。
《師》之《萃》:野鴨大雁は啞啞として叫び、水面をもって自らの家と為す。雌雄は両両として相和し、心は快活にして、願いを得酬う。尚注:《萃》の二三四爻は互い出て艮を為し、艮は鳧雁の一類の水鳥を為す。上体兌は口を為し、卦体を倒過して見ればまた一個の兌を成す――この種の倒看して得たる象を「覆象」と呼ぶ――一正一反の二張の口だから「啞啞」。艮は家を為し、下体坤は水を為す。兌は陰に属して雌を為し、艮は陽に属して雄を為し、遇卦《師》の坎は調和の象有るから、相和すと言う。坎は心志を為し、兌は喜悦を主るから、娯楽と言い歓と言う。校記:これは艮に鳥象有るの証拠。《漸》卦の鴻雁・《小過》卦の飛鳥はこれに拠りて皆講じ通ず――詳しくは尚氏の《焦氏易詁》を見よ。
升。耳目盲聾,所言不通。佇立以泣,事無成功。兌為耳,坤閉故聾。離為目,兌半離、目不全,故盲。兌口為言,坤閉,故不通。震為立,坎為泣,坤為事,坤喪,故無功。
《師》之《升》:耳は聾え目は瞎え、説く言は伝わり出ず。久しく立ちて涙を流し、事は弁じ成さず。尚注:《升》の二三四爻は互い出て兌を為し、兌は耳を為し、上体坤は閉塞して通ぜずから、耳聾し。離は目を為すが、兌は半個の離のみを含む――兌の上の両画は正に離の下半なり、この種の両爻が湊って半個の経卦を成す取象を「半象」と呼ぶ――半個の離はすなわち眼が全からず、故に目瞎し。兌は口を為して言語を主り、坤は閉塞するから、話は説き通ぜず。三四五爻は互い出て震を為して站立を為し、遇卦《師》の坎は哭泣を為す。坤は事を為し、坤はまた喪失を主るから、成功なし。
困。天官列宿,五神所舍。宮闕堅固,君安其居。通《賁》。艮為官,在上,故曰天官。艮為星,故曰列宿。坎亦為宿也。震為神,坎數五,故曰五神。五神,金木水火土五星也。艮為舍、為宮闕、為堅固、為安居。震為君。○震為神證。
《師》之《困》:天上の星官は列宿に排布し、金木水火土の五星の停駐する所なり。宮殿門闕は堅固にして摧けず、君主は安穏としてその裡に住む。尚注:《困》は《賁》と旁通し、《賁》の象を取る:上体艮は官を為し、卦の上位に居るから、故に天官と呼ぶ。艮はまた星辰を為すから列宿と言う。二三四爻に互い出る坎もまた星宿の象有り。三四五爻は互い出て震を為して神を為し、坎は数において五だから五神と言う――五神はすなわち金木水火土の五星。艮はまた屋舎・宮闕・堅固・安居を為し、震は君を為す。校記:これは震に神象有るの証拠。
井。范子妙材,戮辱傷膚。後相秦國,封為應侯。巽為蟲,故曰範。《禮檀弓》:“範則冠而蟬有緌”,注:範,蠭也。伏震為子,故曰范子。巽為材,兌為毀折,離為膚,故戮辱傷膚。伏震為相,艮為國,兌西,故曰相秦國。艮為封,伏震為諸侯、為聲,正反震相和答,故曰應侯。《史記范睢傳》:“魏齊笞睢,折脅棄廁中,更溺之後,為秦相,封應侯”,以應侯象正反震,神妙。○第三句依大畜之剝校,各本皆作然後相國。
《師》之《井》:范雎は絶妙の才干有るも、先ず刑辱を遭い皮肉は傷つけられた。後に秦国の相と做り、封じて応侯と為る。尚注:《井》の下体巽は虫を為し、「范」はもと蜂の名字――《礼記・檀弓》は「范則冠而蝉有緌」と言い、注は「范はすなわち蜂」と言う――だから巽は以て范と為すべし。巽の伏卦は震で、震は子を為し、合して「范子」なり。巽はまた材を為し、二三四爻に互い出る兌は毀折を主り、三四五爻に互い出る離は皮膚を為すから、刑辱を受け皮肉を傷つくと言う。伏震は輔相の象有り、兌の伏卦艮は国を為し、兌は西方に居りて秦は西に在るから「相秦国」。艮は封爵を為し、伏震は諸侯・また声音を為し、一正一反の二つの震は彼此応答するから「応侯」。《史記・范雎列伝》は魏斉が范雎の肋骨を打ち折りて厠の中に丟き、また人に向かって彼の身上に尿を撒かせたを記し、後に彼は秦の相と做り、封じて応侯と為す――一正一反の二つの震をもって「応」侯と象るは、実に神妙なり。校記:第三句は《大畜》之《剥》の一条に依りて校正せり――各本は皆「然后相国」に作る。
革。秋冬探巢,不得鵲雛。銜指北去,慚我少夫。兌為秋,互乾為冬,艮為巢、為手,故曰探巢。兌為鵲雛,坤為失,故不得。兌口為銜,艮為指。坎為北,震往,故曰北去。艮為少夫,坎為慚,故曰慚我少夫。正伏象雜用。
《師》之《革》:秋冬の時節に鳥巣を掏りに往くも、喜鵲の雛児を掏り得ず。手指を咬みて北へ走り、我がこの年軽の男子をしてよく羞慚せしむ。尚注:《革》の上体兌は秋を為し、三四五爻に互い出る乾は冬を為す。兌の伏卦艮は巣・手を為すから、巣を探ると言う。兌はまた鵲雛を為し、坤は喪失を主るから、掏り得ず。兌は口を為して銜と訓し得、艮は手指を為す。離の伏卦坎は北方を為し、震は前往を主るから、北へ往くと言う。艮は少年の男子を為し、坎は羞慚の象有るから「慚我少夫」。この条は正象と伏象と交錯して併用す。
鼎。子畏於匡,厄困陳蔡。德行不危,竟脫厄害。通《屯》。震子坎畏。匡,目匡,離象。坎陷,故厄困。震為陳,艮為龜、為蔡,事皆見《論語》。震為行,艮安,故不危,故脫厄害。坤為害。
《師》之《鼎》:孔子は匡地にて囲困を遭い、また陳国・蔡国の間にて飢厄に受け尽くした。徳行が端正なるを以て傾危せず、終に厄難を脱却し得た。尚注:《鼎》は《屯》と旁通し、《屯》の象を取る:《屯》の下震は子を為し、上坎は畏懼を為す。「匡」はもと眼の眶を指し、離の象なり。坎の性は陥落だから、厄困す。震は陳国を為し、三四五爻に互い出る艮は亀・蔡を為す(蔡はもと大亀の名)。匡に困る・陳蔡に厄せらるの両事は皆《論語》に見ゆ。震は行走を主り、艮の性は安止だから、危うからず、故に能く厄害を脱す。二三四爻に互い出る坤は禍害を為す。
震。鴻飛在陸,公出不復。仲氏任只,伯氏客宿。互艮為鴻、為飛、為陸,故曰在陸。震為復、為公、為出,坎陷故不復。坎為仲、為宿,震為伯、為客,首二語見《豳風》,美周公也。震為周,故因以起興。三句見《邶風》。任者,《鄭箋》:相親信也。○以艮為鴻,漸鴻得解。
《師》之《震》:鴻雁は高地に沿いて飛び去り、周公は一走すればすなわち再び帰らず。仲氏の人と為りは信托すべく、伯氏は外に客を做りて留宿す。尚注:《震》は八個の「純卦」の一、上下は同じ卦に相重ねる。二三四爻に互い出る艮は鴻雁・飛・陸地を為すから「在陸」。震は返回・公・外出を為し、三四五爻に互い出る坎の性は陥落だから、出て返らず。坎は仲・宿を為し、震は伯・客を為す。前の二句は《詩経・豳風・九罭》に出づ――周公を赞美する詩で、震は正に周を為すから、それを借りて興を起こす。第三句は《邶風・燕燕》に出づ――「任」の字を《鄭箋》は彼此親近して信任すと解す。校記:艮をもって鴻雁と為せば、《漸》卦の六爻の鴻雁は皆講じ通ずべし。
艮。鶴鳴九皋,避世隱居。抱朴守貞,竟不隨時。互震為鶴、為鳴,艮為皋,震數九,故曰九皋。坎為隱避,艮為居、為抱、為守。震木為樸,艮為貞、為時,坎隱,故不隨時。○貞,從汲古,宋元本作真。義同,而貞切艮象。隨時,依宋元本,汲古作相隨。鶴鳴,《小雅》篇名,序謂誨宣王求賢而隱者。茲云隱居,義與毛同。
《師》之《艮》:白鶴は深遠の沼沢の裡に長鳴し、賢人は乱世を躲开して隠居す。彼は質朴を抱守し正道を固守し、始終として波に随りて流れ逐うを肯んぜず。尚注:《艮》もまた八純卦の一。三四五爻に互い出る震は鶴・鳴叫を為し、艮は水辺の高地を為し、震は数において九だから「九皋」。二三四爻に互い出る坎は隠蔽躲避の象有り、艮は居処・懐抱・守を為す。震は木に属し、木質は斫削を経ざればすなわち「朴」。艮は貞正・時を為し、坎は隠伏を主るから、時に随りて俯仰せず。校記:「貞」の字は汲古閣本に従い、宋刻・元刻本は「真」に作る――両字は義は近しが、「貞」は更に艮象に切合す。「随時」は宋刻・元刻本に依り、汲古閣本は「相随」に作る。《鶴鳴》は《詩経・小雅》の篇名で、《毛詩序》はそれは周宣王を教えて隠居の賢人を求訪せしむる詩と言う。ここに隠居と言うは、義を取るに《毛伝》と同じ。
漸。舜升大禹,石夷之野。徵詣王庭,拜治水土。解見乾之中孚、師之小畜,漸伏象與前同。
《師》之《漸》:虞舜は大禹を提拔し、彼を石夷のあの荒野の裡より起用す。大禹は召に応じて王庭に来たり、命を受けて水土を治理す。尚注:この条の解説は《乾》之《中孚》と《師》之《小畜》の両処を見よ――《漸》の用いる伏象はあの二条と同じく、故に林辞もまた同じ。
歸妹。左輔右弼,金玉滿堂。常盈不亡,富如厫倉。本象、對象雜用。解見蒙之坤。○艮金之證○堂,依元本,宋本、汲古作匱。
《師》之《帰妹》:左右に皆輔弼の賢臣有り、金銀玉帛は庁堂に堆満す。財富は常に満ちて虧損せず、富足すること一座の大糧倉のごとし。尚注:この条は本卦の象と旁通の対卦の象と交錯して使用す――詳解は《蒙》之《坤》の一条を見よ。校記:これは艮に金象有るの証拠。また「堂」の字は元刻本に依り、宋刻本と汲古閣本は皆「匱」に作る。
豐。崔嵬北嶽,天神貴客。衣冠不已,蒙被恩德。通《渙》。巽高,故崔嵬。艮山坎北,故曰北。嶽震為神、為客,艮陽在上而貴,故曰天神貴客。艮為冠,震為衣、為恩德。○艮貴證。
《師》之《豊》:北岳は高峻巍峨として、天神と貴客と降臨す。衣冠は断えず賜下し、人人は皆恩徳を蒙る。尚注:《豊》は《渙》と旁通し、《渙》の象を取る:上体巽は高象有るから、崔嵬と言う。三四五爻に互い出る艮は山を為し、下体坎は北方に居るから、北岳と言う(源文はここ断句して「故曰北。岳震為神」と作るが、当に連読して「故曰北岳。震為神」とすべし)。震は神・客を為し、艮の陽爻は上位に居りて尊貴なり――合して「天神貴客」。艮は冠を為し、震は衣・恩徳を為す。校記:これは艮に尊貴の象有るの証拠。
旅。空槽注器,獖彘不至。張弓祝雞,雄父飛去。艮為槽,互巽為獖彘。《莊子達生篇》“以瓦注者巧”,《釋文》“注,擊也”。注器者,擊器使獖彘聞,然槽空無食,亦不至也,艮止,故曰不至。艮少,故曰獖彘。伏坎為弓,震為張,故曰張弓。巽為雞,兌口為祝。祝者,呼聲。《說苑》“猶舉杖而祝狗,張弓而祝雞”。伏震為雄、為父、為飛,巽伏,故曰飛去。○父,汲古作鳩,從宋元本。獖,依宋元,汲古作(左反犬右屯)。注器,各本作住豬,至作到,依汲古咸之困校。器、至韻。
《師》之《旅》:食槽は空くも器皿を敲きて招呼し、閹せし公猪は併せて来らず。弓弦を拉きて鶏を喚くも、雄鶏はかえって雛児を帯びて飛び去る。尚注:《旅》の下体艮は食槽を為し、二三四爻に互い出る巽は獖彘(閹せし猪)を為す。《荘子・達生》は「以瓦注者巧」と言い、《経典釋文》は「注」を敲撃と解す――「注器」はすなわち器皿を敲きて猪に聞かしむるが、然るに槽の裡は空空として食なく、猪もまた来らず、加うるに艮の性は止だから、至らずと言う。艮はまた少小を主るから、獖彘と言う。艮の伏卦坎は弓を為し、震は張開を為し、合して「張弓」。巽は鶏を為し、三四五爻に互い出る兌は口を為し、「祝」は呼喚の声――《説苑》は「猶挙杖而祝狗、張弓而祝鶏」と言う――正にこの用法。巽の伏卦震は雄・父・飛を為し、しかして巽自体は潜伏して見えずから、飛び去ると言う。校記:「父」の字を汲古閣本は「鳩」に作る。ここでは宋刻・元刻本に従う。「獖」の字は宋刻・元刻本に依り、汲古閣本は左に「反犬」右に「屯」の一個の怪字を作る。「注器」を各本は皆「住猪」に作り、「至」を「到」に作る――ここでは汲古閣本の《咸》之《困》の一条に依りて校正す。「器」は「至」と正に押韻す。
巽。蠻夷戎狄,太陰所積。涸冰冱寒,君子不存。初四大坎,故曰太陰。蠻夷戎狄,皆陰類。坎為冰、為寒,艮為君子,二至四艮伏,故君子不存。○蠻夷,原作胡蠻,冱作凍,均依既濟之謙校。
《師》之《巽》:四方の蠻夷戎狄の地は、極盛の陰気の聚積する所在。水は凍りて氷と成り天は寒く地は凍れ、君子はかの処に居留を肯んぜず。尚注:《巽》は初爻より四爻まで、下一陰・中両陽・上一陰、合して一個の放大した坎を成す――これを「大象坎」と呼ぶ。坎は水を為して陰に属すから太陰と言い、しかして蠻夷戎狄も皆陰類に属す。坎は氷・寒を為す。艮は君子を為すが、しかし二爻から四爻までただ互い出て兌を為すのみで、艮は兌の伏卦に過ぎずして卦体に現れず――故に君子存せずと言う。校記:「蠻夷」は原は「胡蠻」、「冱」は原は「凍」――皆《既済》之《謙》の一条に依りて校正す。
兌。甘露醴泉,太平機關。仁德感應,歲樂民安。解見屯之謙。兌通艮,艮象與謙同。
《師》之《兌》:天は甘露を降し地は甜泉を涌す――これ太平の世道の枢機なり。仁徳の至る所、上下は感応し、年成は好く百姓は安し。尚注:解説は《屯》之《謙》の一条を見よ。《兌》は《艮》と旁通し、取る所の艮象は《謙》卦と同じく、故に林辞もまた同じ。
渙。惡來呼伯,慎驚外客。甲守閉宅,以備凶急。臨折之憂,雖滅無災。丁云:惡來,紂臣名,然此似非用事。惡來,猶聞凶耗也,故呼伯。震為呼、為伯,巽為旅客,在外,故不驚外客。震為驚,艮為甲、為守、為宅,坎閉,故曰閉宅。伏兌為急、為毀折,坎為憂、為滅、為災,震樂故無災。○艮剛在外為甲證。○甲、閉、急,依宋本,汲古作中、作閒、作黠,非。
《師》之《渙》:悪い消息は伝わり来り、急いで兄長を呼喚し、小心して外来の客人を驚動せざるようにす。甲を披りて守衛し門戸を關緊し、以て凶険突発の事に防備す。臨頭折損の憂慮有るも、最後は化解して災禍なし。尚注:丁晏は「惡来」は商紂の臣子の名と言うが、ここは似てあの典故を用いるにあらず――「惡来」はすなわち凶信を聞くの意だから、故に兄長を呼喚す。二三四爻に互い出る震は呼・伯(兄長)を為し、上体巽は旅客を為し、客は外に在るから、外客を驚動せず。震はまた驚を為す。三四五爻に互い出る艮は甲・守・宅を為し、下体坎は閉塞を主るから、宅を閉ずと言う。巽の伏卦兌は急迫・毀折を為し、坎は憂・滅・災を為すが、震は喜楽を主るから、終に災なしに帰す。校記:これは艮の陽爻が外に在りて甲冑の象を取り得るの証拠。また「甲」「閉」「急」の三字は宋刻本に依り、汲古閣本は「中」「閑」「黠」に作る――皆誤り。
節。日月相望,光明盛昌。三聖茂功,仁德大隆。坎為月,艮為日、為觀,正反艮故曰相望。艮為光明,震為盛昌。坎為聖,震數三,故曰三聖。震為茂、為功、為仁德、為隆。三聖,指文、武、周公。
《師》之《節》:日月は遥遥として相対し、光明は極めて盛大なり。三位の聖人は功業茂盛にして、仁徳は大いに隆興す。尚注:上体坎は月を為し、三四五爻に互い出る艮は日を為し、また観望の象有り。艮は正看・倒看に各々一象を成し、両両として相対すから、相望と言う。艮は光明を為し、二三四爻に互い出る震は盛大昌隆を為す。坎は聖を為し、震は数において三だから、三聖と言う。震はまた茂盛・功業・仁徳・隆盛を為す。謂う所の三聖は、周文王・周武王と周公を指す。
中孚。葛藟蒙棘,華不得實。讒佞亂政,使恩壅塞。震為葛藟,伏大坎為棘,故曰蒙棘。兌為華,艮為實,巽隕,故不實。中爻正反震,故曰讒佞。正覆艮,艮止,故壅塞。兌為恩澤。葛藟,《唐風》篇名,毛謂刺晉獻公好攻戰,茲謂刺讒佞,與毛異。
《師》之《中孚》:葛藤は荊棘に纏い上り、花は開くも果を結ばず。讒佞の小人は朝政を擾乱し、君王の恩沢をして壅塞して下らざらしむ。尚注:二三四爻に互い出る震は葛藟を為す。《中孚》の整卦は中虚にして一個の大象離を成し、その伏象は大坎で、坎は棘を為すから「蒙棘」。下体兌は花を為し、三四五爻に互い出る艮は果実を為し、上体巽は隕落の象有るから、果を結ばず。中間の幾爻は一正一反の二つの震だから、讒佞と言う。艮は正看・倒看に皆在り、しかして艮の性は止だから、壅塞す。兌は恩沢を為す。「葛藟」は《詩経・唐風》の篇名で、《毛詩序》は晋献公の用兵を好むを諷刺と認む。ここに讒佞を諷するに用いるは、毛説と同じからず。
小過。鄰不我顧,而望玉女。身多癩疾,誰肯媚者。震為東,故曰鄰。艮陽在上為望。震為玉,兌為女,故曰玉女。艮為身,多節,故曰癩疾。兌為媚。○媚,從宋元本,汲古作媍。
《師》之《小過》:鄰居は我を照看するを肯んぜず、我はかえって美貌の女子を娶らんことを妄想す。自ら一身に癩瘡惡疾有り、誰か肯んじて来たり親近討好せん。尚注:上体震は東方に居る――東鄰――だから鄰と言う。下体艮の陽爻は上に在りて、遠望の象有り。震は玉を為し、三四五爻に互い出る兌は女を為し、合して「玉女」。艮は身を為し、艮の卦形は一陽が二陰を壓して節疣多し――故に癩疾と言う。兌は媚悦の象有り。校記:「媚」の字は宋刻・元刻本に従い、汲古閣本は「媍」に作る。
既濟。精誠所在,神之為輔。德教尚忠,彌世長久。三聖茂功,多受福祉。此用《師》象。坎為精誠,震為輔、為教。坎為忠,故曰尚忠。坤為世,重坤,故曰彌世長久。坎為聖,震數三,故曰三聖。震為功、為福佑。○神之為輔,依元本,宋本、汲古皆作“神為之輔”。忠,依宋元本,汲古作中。《史記》:“夏之政忠”。祉,依宋本,汲古、元本作佑。茂功,依《節》林,宋元本作尚功,汲古作與為。
《師》之《既済》:一片の精誠の至る所、神明もまた来たりて相助す。忠厚を本と為して徳教を推行せば、以て世に伝え久遠ならん。三位の聖人は功業茂盛にして、多く福祉を領受す。尚注:この条は遇卦《師》の象を用う。《師》の下体坎は精誠を為し、二三四爻に互い出る震は輔助・教化を為す。坎はまた忠を為すから、忠を尚ぶと言う。上体坤は世代を為し、《師》の三四五爻はなお坤で、重坤は相畳むから、累世長久と言う。坎は聖を為し、震は数において三だから、三聖と言う。震は功業・福佑を為す。校記:「神之為輔」は元刻本に依り、宋刻本と汲古閣本は皆「神為之輔」に作る。「忠」は宋刻・元刻本に依り、汲古閣本は「中」に作る――《史記》に「夏之政忠」の説法有りて証すべし。「祉」は宋刻本に依り、汲古閣本と元刻本は「佑」に作る。「茂功」は《節》卦のあの林辞に依りて定め、宋刻・元刻本は「尚功」に作り、汲古閣本は「与為」に作る。
未濟。鑽木取火,掘地索水。主母飢渴,子為心禍。此仍用《師》象。伏《同人》。巽木,離火,《師》坤地坎水,坤為母,震為主,故曰主母。震為子,坎為心。○水,依元本,宋本、汲古作泉。子,宋元本作手,依汲古。禍,汲古作福,依宋元本。
《師》之《未済》:木を鑽りて火を取り、地を掘りて水を索む。家を当る主母はまた飢えかつ渇き、児子は彼女の心病と成った。尚注:この条は依然として遇卦《師》の象を用い、また《同人》の象を伏す――《同人》の二三四爻に互い出る巽は木を為し、《未済》の上体離は火を為し、合して木を鑽りて火を取る。《師》の上坤は地を為し下坎は水を為し、合して地を掘りて水を索む。坤は母を為し、《師》に互い出る震は主を為し、合して「主母」。震はまた子を為し、坎は心を為す。校記:「水」は元刻本に依り、宋刻本と汲古閣本は「泉」に作る。「子」を宋刻・元刻本は「手」に作る。ここでは汲古閣本に依る。「禍」を汲古閣本は「福」に作る。ここでは宋刻・元刻本に依る。
比之第八
比。鹿得美草,鳴呼其友。九族和睦,不憂飢乏。艮為鹿,反震為草、為鳴呼。陰陽相遇為友,艮為友,以陽遇陰也,此謂九五也。坤為族,《漢上易》謂坤數九以乙至癸也,故曰九族。坎為和睦、為憂。坤虛為飢乏,比樂故不憂。○宋元本多“長子入獄,霜降族哭”八字,與上文意不屬,斷為衍文,依汲古。
ここより起きて、遇卦は《比》に換わる。《比》之《比》は本卦が自ら変ずる一条:鹿は鮮美の草を見つけて、すなわち鳴き叫んで同伴を招呼す。九族の内は和睦して相处り、餓え窮することを愁えず。尚注:《比》の三四五爻に互い出る艮は鹿を為し、艮を倒過して見ればすなわち震、震は草・鳴叫呼喚を為す。一陰一陽は相遇えばすなわち朋友と結ばる――艮の友と為す所以は、それが陽爻をもって陰爻に遇うが故に、ここに言うは正に九五のこの一爻。下体坤は宗族を為し、朱震の《漢上易伝》は坤の数は九なりと言い、天干の乙より癸まで数えて得たり――故に九族と言う。上体坎は和睦を為し、また憂を為す。坤は中虚にして飢乏を為すが、《比》は親比して相い楽しむ卦だから、憂えず。校記:宋刻・元刻本は此の条に「長子入獄、霜降族哭」の八字を多く出すも、上文と意思連貫せず――後人の衍入と断ず。ここでは汲古閣本に依りて删去す。
乾。繼祖復宗,追明成康。光照萬國,享世久長。乾為祖宗、為大明、為光、為久長,伏坤為萬國。
《比》之《乾》:祖業を継承し宗廟を光復し、上は成王康王の清明の治に追う。光輝は万国に照耀し、江山を享有すること長久なり。尚注:《乾》は祖宗・大明・光・長久を為し、乾の伏卦坤は万国を為す。
坤。麟子鳳雛,生長嘉國。和氣所居,康樂溫仁,邦多哲人。坤為文、為麟鳳、為國、為邦,《遇》卦比坎為和、為明哲。艮火,故曰溫仁。○溫仁,依元本,宋本、汲古作無憂。
《比》之《坤》:麒麟の幼子・鳳凰の雛鳥は、美好の国度に生長す。ここは祥和の気の聚居する所で、安楽にして温厚仁愛、国中に明哲の士多し。尚注:《坤》は文采有るから麟を為し鳳を為し、また国・邦を為す。遇卦《比》の上体坎は和・明哲を為す。《比》に互い出る艮は火象を取り、火の性は温だから、温仁と言う。校記:「温仁」は元刻本に依り、宋刻本と汲古閣本は皆「无憂」に作る。
屯。灼火泉源,釣鯉山巔。魚不可得,火不肯燃。坎為泉,坤亦為水,而坎在上故為泉源。艮為火,在坎下,故曰灼火泉源。艮為山,坤為魚,艮手為釣,故曰釣鯉山巔。坤虛,故二者皆不可得。○火,依宋元本,汲古作灼灼,非。鯉,宋本作鰟。○坤魚艮火確象。
《比》之《屯》:泉水の源頭に火を点き、山頂の上に往きて鯉魚を釣る。魚は当然釣り得ず、火もまた点き起さず。これは求むる所が全然落空する一签。尚注:《屯》の上体坎は泉を為し、二三四爻に互い出る坤もまた水で、しかして坎は上に在るから、泉源と呼ぶ。三四五爻に互い出る艮は火を為し、艮は坎の下に在るから「灼火泉源」。艮はまた山を為し、坤は魚を為し、艮は手を為して釣と訓し得るから「釣鯉山巔」。坤は中虚だから、魚と火の両様は皆得られず。校記:「火」は宋刻・元刻本に依り、汲古閣本は「灼灼」に作る――誤り。「鯉」を宋刻本は「鰟」に作る。また:これは坤が魚を為す・艮が火を為すの確鑿の例象。
蒙。彭生為豕,白龍作災。盜堯衣裳,桀蹠荷兵。青禽照夜,三日夷傷。艮為壽,故曰彭。老彭壽八百。震為生,坎為豕,《左傳》:“豕人立而啼,從者曰公子彭生”也。震為白、為龍。坎為災、為盜。震為帝故曰堯。震衣坤裳,坤為惡,故曰桀蹠。艮為兵、為荷。震為馬。青禽、照夜,皆馬名。震東方,色青,艮鳥,故曰青禽。艮火坤夜,故曰照夜。坤為夷傷,伏離為日,震數三,故曰三日。○彭生,元本作彭名,依宋本、汲古。龍,宋本、汲古作虎,依元本校。照夜,依汲古,宋元作照火,非。
《比》之《蒙》:公子彭生は大猪と化して祟を為し、白龍は下降して災異と成った。強盗は尭の衣裳を偸み、夏桀・盗跖の流は兵器を扛いで横行す。名馬の青禽・照夜は連日奔ること三日、人は創傷を受けた。これは妖異叢生の凶签。尚注:《蒙》の上体艮は長寿を主るから「彭」を取る(老彭は伝説に八百歳を生きた)。二三四爻に互い出る震は生を為し、下体坎は猪を為す――《左伝》は斉国に大豕が人のごとく立ちて啼き、随従はそれは公子彭生と言うを記す――正にこの事。震はまた白・龍を為す。坎は災・盗を為す。震は帝を為すから尭と言う。震は衣を為し、三四五爻に互い出る坤は裳を為し、坤はまた醜悪を主るから、桀跖と言う。艮は兵器・肩扛を為す。震は馬を為し、「青禽」「照夜」は皆古代の名馬の名:震は東方に居り東方の色は青、艮は鳥を為すから青禽と呼ぶ。艮は火・坤は夜だから照夜と呼ぶ。坤は創傷を為し、坤の伏卦離は日を為し、震は数において三だから、三日と言う。校記:「彭生」を元刻本は「彭名」に作る。ここでは宋刻本と汲古閣本に依る。「龍」を宋刻本と汲古閣本は「虎」に作る。元刻本に依りて校正す。「照夜」は汲古閣本に依り、宋刻・元刻本は「照火」に作る――誤り。
需。黍稷醇醲,敬奉山宗。神嗜飲食,甘雨嘉降。庶物蕃殖,獨蒙福祉,時災不至。坎為酒,故曰醇醲。乾為宗,伏艮,故曰山宗。坎為飲食、為雨,伏坤為庶物。乾為福祉。○醲,依觀之坎校,宋本、汲古皆作醴。庶物,從元本,宋本、汲古作黎庶。又宋本無末句,茲從汲古。
《比》之《需》:黍稷で釀成した醇厚の美酒を、恭敬して山神祖宗に献ず。神明はこれらの飲食を享用するを楽しみ、すなわち時宜なる好雨を降す。万物は繁盛して滋長し、独り福祉を蒙り、時令の災は来臨せず。尚注:《需》の上体坎は酒を為すから醇醲と言う。下体乾は宗を為し、乾の伏卦艮は山を為し、合して「山宗」。坎はまた飲食・雨を為す。乾の伏卦坤は庶物を為す。乾は福祉を為す。校記:「醲」の字は《観》之《坎》の一条に依りて校正す――宋刻本と汲古閣本は皆「醴」に作る。「庶物」は元刻本に従い、宋刻本と汲古閣本は「黎庶」に作る。また宋刻本は末の一句なし。ここでは汲古閣本に従う。
訟。李華再實,鴻卵降集。仁哲權輿,蔭國受福。通《明夷》。震為李、為花。乾為實。震為鴻、為卵。坤為降集。震為仁。坎為哲。巽為權。震為輿、為蔭。坤為國。○卵,依汲古,宋元本作飛。○巽為權、震為鴻證。
《比》之《訟》:李樹は花を開きてまた第二次の果を結び、鴻雁の卵は紛紛として落ちて一処に聚まる。仁厚明哲の人はここより歩みを起こし、邦国を庇蔭して福沢を領受す。尚注:《訟》は《明夷》と旁通し、両卦の象を兼取す:《明夷》の三四五爻に互い出る震は李・花を為し、《訟》の上体乾は果実を為す。震はまた鴻・卵を為し、《明夷》の上体坤は降落聚集を為す。震は仁を為し、坎は明哲を為す。「権輿」の本義は草木の初生・事の開端だが、尚氏はそれを拆きて象を取る:《訟》の三四五爻に互い出る巽は権を為し、震は車輿を為す。震はまた蔭庇を為し、坤は国を為す。校記:「卵」は汲古閣本に依り、宋刻・元刻本は「飛」に作る。また:これは巽に権象有り・震に鴻象有るの証拠。
師。千歲之墟,大國所屠。不見子都,城空無家。坤為千歲、為墟、為國、為殺,故曰屠。震為子,坤為都,故曰子都。坎伏,故不見。《鄭風》語也。坤為城、為虛,故曰城空。艮為家,艮覆,故無家。家,音姑。○國,依宋元本,汲古作兵。
《比》之《師》:千年の古城は廃墟と成り、大国に屠戮せられたる所なり。美男子の子都を見ず、城池は空蕩として人家なし。尚注:《師》の上体坤は千歳・廃墟・国・殺戮を為すから、屠と言う。二三四爻に互い出る震は子を為し、坤は都を為し、合して「子都」。下体坎は潜伏するから見えず――「不見子都」は《詩経・鄭風・山有扶蘇》の裡の話。坤は城・空虚を為すから、城空と言う。互い出る艮は家を為し、艮を倒過して見れば艮を成さず――故に家なし。「家」の字はここに「姑」に讀む――上文と押韻するを為す。校記:「国」は宋刻・元刻本に依り、汲古閣本は「兵」に作る。
小畜。王孫公子,把彈攝丸。發輒有得,家室饒足。通《豫》。震為公子、為王,艮為孫,故曰王孫。坎為彈丸。艮子為把、為攝。震為發,坎為得。艮為家,坎為室,坤為饒足。
《比》之《小畜》:王孫公子は手に弾弓を持ち弾丸を扣え、一発してすなわち収獲有り、家は因って富足す。尚注:《小畜》は《豫》と旁通し、《豫》の象を取る:上体震は公子・王を為し、二三四爻に互い出る艮は孫を為し、合して「王孫」。三四五爻に互い出る坎は弾丸を為す。艮は少子・把握・收攝を為す。震は発射を為し、坎は所得を為す。艮は家を為し、坎は室を為し、下体坤は豊足を為す。
履。驪姬讒喜,與二嬖謀。譖殺恭子,賊害忠孝。申生以縊,重耳奔逃。乾馬兌姬,故曰驪姬。正反兌相對,故曰讒。讒喜,言喜讒也。伏坎為謀、為嬖。嬖,愛也。兌卦數二,故曰二嬖。《左傳莊二十八年》:“驪姬嬖,賂外嬖梁五與東關嬖五,使譖太子於公而殺之”,伏坤為殺,震為子,巽為賊,坤為害,坤順為忠孝,故曰賊殺忠孝。震為申、為生,巽繩為縊,故曰申生以縊。坎為耳,坤為重,故曰重耳。震為奔逃。○喜,從宋本,汲古等本訛嬉。逃,從宋本,汲古作走。
《比》之《履》:驪姬は讒を進めるを好み、二個の寵臣と合謀す。誣告して太子申生を殺害し、忠孝の人を殘害した。申生は自縊して死に、重耳は出奔逃亡す。尚注:《履》の上体乾は馬を為し、下体兌は姬妾を為し、合して「驪姬」(驪はもと黒馬の名)。兌は正看・倒看に両両として相対するから讒と言い、「讒喜」はすなわち讒を進めるを好む。二三四爻に互い出る離、離の伏卦坎は謀・寵嬖を為す(嬖はすなわち寵愛)。兌は数において二だから、二嬖と言う。《左伝》荘公二十八年に記す:驪姬は寵を受け、外嬖の梁五と東関嬖五に賄賂を贈り、彼らをして晋献公の面前にて太子を誣陥して彼を殺さしめた。乾の伏卦坤は殺を為し、三四五爻に互い出る巽は賊を為し、巽の伏卦震は子を為し、坤は害を為し、坤の性は柔順にして忠孝と象り得るから、忠孝を殘害と言う。震は申・生を為し、巽は繩にして人を縊り得るから「申生以縊」。坎は耳を為し、坤は重を為し、合して「重耳」。震は奔逃を為す。校記:「喜」は宋刻本に従い、汲古閣等の本は「嬉」と誤る。「逃」は宋刻本に従い、汲古閣本は「走」に作る。
泰。長生無極,子孫千億。柏柱載梁,堅固不傾。震為長生、為子,伏艮為孫,乾為千萬。又坤眾,故曰千億。伏艮為柏、為樑柱、為堅固,故曰不傾。○梁,依汲古,宋元本皆作青,豈知梁與傾為韻。
《比》之《泰》:寿命は長久にして尽頭なく、子孫は多くして千億に至る。柏木は柱を做りて上は大梁を承け、堅固にして傾倒せず。尚注:《泰》の三四五爻に互い出る震は長生・子を為し、震の伏卦艮は孫を為す。下体乾は千を為し萬を為し、上体坤はまた衆多を主るから、千億と言う。伏艮は柏木・梁柱・堅固を為すから、傾かずと言う。校記:「梁」は汲古閣本に依り、宋刻・元刻本は皆「青」に作る――彼らは「梁」が正に「傾」と押韻するに想到せざりしなり。
否。失意懷憂,如幽狴牢。亡子喪夫,附托寄居。卦《否》而象全用遇卦。《比》坎為意、為憂懷、為牢狴,坎陷,故曰幽。艮為子、為夫,坤為喪亡,故曰亡子喪夫。附托寄居,言陰順陽也。艮為居。
《比》之《否》:心願は落空して満懐の憂愁、牢獄の裡に幽禁せられたるがごとし。児子を死せしめ丈夫を無くし、ただ他人に依附して寄居し日を度る。尚注:変じ出せしは《否》卦なりと雖も、取象は全く遇卦《比》を用う:《比》の上体坎は心意・憂懐・牢獄を為し、坎の性は陥落だから「幽」と言う。互い出る艮は子・夫を為し、下体坤は喪亡を主るから、子を亡くし夫を喪うと言う。「附托寄居」は陰柔の陽剛に順從するを言う。艮は居処を為す。
同人。仁智隱伏,麟不可得。龍蛇潛藏,虛居堂室。通《師》。震為仁,坎為智、為隱伏。坤文為麟,坤亡,故不可得。震龍巽蛇,巽伏,故曰龍蛇潛藏。坤為虛,坎為室,故曰虛居堂室。
《比》之《同人》:仁人智士は皆蔵れ去り、麒麟は踪影を見ず。龍蛇は潜伏して出でず、堂屋は空しく住む人なし。尚注:《同人》は《師》と旁通し、《師》の象を取る:《師》に互い出る震は仁を為し、下体坎は智・隠伏を為す。上体坤は文采有りて麟と為すべきも、しかして坤はまた喪亡を主るから、得られず。震は龍を為し、巽は蛇を為し、巽は潜伏して見えずから、龍蛇潜蔵と言う。坤は空虚を為し、坎は室を為し、合して「虚居堂室」。
大有。挒絜堁堁,締結難解。嫫母衒嫁,媒不得坐,自為身禍。挒,捩也。絜、挈同,度也。《莊子人間世》:“見櫟社樹絜之百圍”是也。堁,塵起貌。《淮南子主術訓》:“揚堁而弭塵”是也。卦通《比》。《比》互艮手,故曰挒絜,言捩轉絜度而堁堁塵起也。下重坤,坤土,故曰堁堁。坎陷,故締結難解。[原書作結,誤。]坤惡,故曰嫫母。反震為嫁,離明在上,故曰衒嫁。坎為和合、為媒。艮為坐,坎陷,故不得坐。坤為自、為身、為禍。○挒絜,從宋元本,汲古作列潔。堁堁,從汲古,宋元本作累累。挒絜累累,言以手提絜下累累不絕,與重坤象亦合。然不若堁堁義深,於坤象尤合,且韻尤協。堁,音顆,與解、坐、禍為韻。
《比》之《大有》:また拧りまた量り、塵土は飛揚す。打ち成した結は解き難し。醜女嫫母は自ら炫耀して嫁を求め、媒人は坐すら坐って居らず、自ら禍害を招く。尚注:先ず字を釋す――「挒」は拧転し、「絜」は「挈」に同じく度量する――《荘子・人間世》の「見櫟社樹絜之百囲」はすなわちこの用法。「堁」は塵土の揚る様子で、《淮南子・主術訓》の「揚堁而弭塵」はすなわちこの字。《大有》は《比》と旁通す:《比》に互い出る艮は手を為すから「挒絜」――手をもって拧転し度量して塵土の騰るを言う。《比》の下体は重坤、坤は土を為すから「堁堁」。坎の性は陥落だから、結んで解き難し(此の句の下に原書は一条の校語「原書作結、誤」を夾む)。坤は醜悪を主るから嫫母(伝説の黄帝の醜妻)と言う。艮を倒過して見れば震と成り、震は嫁を為し、離の明は上に在るから、自ら炫耀して嫁を求むと言う。坎は和合・媒人を為す。艮は坐を為し、坎は陥するから、坐って居られず。坤は自・身・禍を為す。校記:「挒絜」は宋刻・元刻本に従い、汲古閣本は「列潔」に作る。「堁堁」は汲古閣本に従い、宋刻・元刻本は「累累」に作る――「挒絜累累」と作れば手をもって提挈して下垂して累累として絶えざるを言い、重坤の象とも合するも、「堁堁」ほど意思深からず――坤土の象と殊更に貼切して、押韻も更に諧なり。「堁」は顆に讀み、解・坐・禍と同韻。
謙。蜩飛墜木,不毀頭足。保我羽翼,復歸其室。伏巽為蜩,震為飛、為木、飛足。艮為頭,艮堅,故不毀。震為羽翼、為歸,艮為室。○蜩,從宋元本,汲古作鳥。
《比》之《謙》:蝉は樹上より飛び墜ちて、頭と脚は皆摔れ壊れず。自らの翅膀を保全して、また巣の中に飛び帰る。尚注:《謙》の三四五爻に互い出る震、震の伏卦巽は蝉を為す。震は飛・木・足を為す(源文の「飛足」は当に「為足」と作るべし)。下体艮は頭を為し、艮の性は堅実だから、毀傷せず。震はまた羽翼・返回を為し、艮は室を為す。校記:「蜩」は宋刻・元刻本に従い、汲古閣本は「鳥」に作る。
豫。陳媯敬仲,兆興齊姜。乃適營邱,八世大昌。詳屯之噬嗑,象多同,故辭同。
《比》之《豫》:陳国の公子敬仲、卜兆は彼が斉国にて興旺せんを預示す。後に彼は果して営丘に到り、子孫は八代に大いに昌盛す。これは陳完の斉に奔る・《左伝》の記する「八世之後莫之与京」の故事を用う。尚注:詳解は《屯》之《噬嗑》の一条を見よ――両処の取る所の象は大半同じく、故に林辞も同じ。
隨。過時不歸,雌雄苦悲。徘徊外國,與母分離。艮時震歸,艮止,故不歸。兌巽雌、艮震雄,中互大坎,故曰苦悲。艮為國、為外,艮止,故徘徊外國。巽為母,震行為離。
《比》之《随》:約定の時節を過ぐるもなお帰らず、雌雄は両下裡に苦苦として悲傷す。人は外国に徘徊して定まらず、母親と離れて両地に分かる。尚注:《随》の二三四爻に互い出る艮は時を為し、下体震は帰を為すが、艮の性は止だから、帰らず。兌と巽は陰に属して雌を為し、艮と震は陽に属して雄を為す。卦中の幾爻は合して一個の放大した坎を成す――すなわち「大象坎」――坎は憂苦を主るから、苦悲と言う。艮は国・外を為し、艮は止だから、外国にて徘徊す。三四五爻に互い出る巽は母を為し、震は行走を主り、走ればすなわち分離なり。
蠱。齊魯爭言,戰於龍門。構怨結禍,三世不安。解見坤之離。《蠱》初至四與離中爻正反兌同,故語同,皆《易》困“有言不信”的注。○結,汲古作連,非。安作寧,失韻,尤非,依宋本校。
《比》之《蠱》:斉国と魯国は互いに争執し、龍門にて交戦す。怨仇を結びて禍患を釀成し、三代の人は安寧を得ず。尚注:解説は《坤》之《離》の一条を見よ。《蠱》は初爻より四爻まで、《離》の中間の幾爻が一正一反の二つの兌を成す形状と同じく、故に林辞も同じ。両処は皆《周易・困》卦の「有言不信」の注脚と視做すべし。校記:「結」の字を汲古閣本は「連」に作る――誤り。「安」の字を「寧」に作ればすなわち韻を失う――更に誤り。ここでは宋刻本に依りて校正す。
臨。府藏之富,王以賑貸。捕魚河海,笱網多得。坤為府藏、為富,震為王、為賑。賑,振也。坤為魚、為河海,伏艮為捕。震為笱,伏巽為繩、為網。○笱網,宋元本訛苟願。
《比》之《臨》:府庫に積蓄は豊厚にして、君王はそれを以て賑済借貸す。江河大海の中にて魚を捕え、竹笱と漁網を以て収獲すること多し。尚注:《臨》の上体坤は府庫・富を為し、二三四爻に互い出る震は王・賑済を為す(賑はすなわち振救)。坤はまた魚・河海を為し、震の伏卦艮は捕捉を為す。震は竹笱を為し、伏巽は繩・網を為す。校記:「笱網」を宋刻・元刻本は「苟願」と誤る。
觀。鳴鶴北飛,下就稻池。鱣鮪鰋鯉,眾多饒有。一笱獲兩,利得過倍。通《大壯》。震為鶴、為鳴、為飛,坤北,故北飛。兌為池,震為稻,坤下,故曰下就稻池。巽坤皆魚,故曰眾饒。震為筐、為笱,乾卦數一,故曰一笱。兌卦數二,故曰獲兩。巽為利市三倍,故曰過倍。○笱,依王謨本,宋元本作狗,汲古訛苟。
《比》之《観》:白鶴は鳴き叫んで北に飛び、落ち下りて稲田水池の辺に停る。鱣魚・鮪魚・鰋魚・鯉魚は多くして数え尽くせず。一只の竹笱はすなわち二条を捕え、利を獲ること一倍に超ゆ。尚注:《観》は《大壮》と旁通し、両卦の象を兼取す:震は鶴・鳴・飛を為し、《観》の下体坤は北方に居るから、北飛と言う。《大壮》の三四五爻に互い出る兌は池を為し、震は稲を為し、坤は下に在るから「下就稲池」。巽と坤は皆魚と為し得るから、衆多豊饒と言う。震は筐・笱を為し、乾は数において一だから、一笱と言う。兌は数において二だから、両を獲と言う。《説卦》は巽を講じて「為近利市三倍」と言うから、利を獲ること倍に過ぐと言う。校記:「笱」は王謨本に依り、宋刻・元刻本は「狗」に作り、汲古閣本は「苟」と誤る。
嗑噬。蒼梧鬱林,道易利通。元龜象齒,寶貝南金,為吾福功。震為叢木,故曰蒼梧鬱林,皆南方郡。艮為郡,震南,故象之尤切。震艮皆為道路,坎為平,故道易利通。易,平易也。離艮皆為龜,艮黔,故曰元龜。震為齒,艮為象,故曰象齒。震為寶,艮為見、為金,離南,故曰南金。《詩魯頌》:“元龜象齒,大賂南金”。○福,依宋本,汲古作歸,非。○艮金證。
《比》之《嗑噬》(すなわち噬嗑、源文はかく倒書す):蒼梧郡・郁林郡の一帯、道路は平坦にして暢通して利有り。大亀甲・象牙・珍貴の貝殻と南方の好銅は、皆我が福気と功業と成った。尚注:下体震は叢木を為すから、蒼梧・郁林と言う――この両処は皆南方の郡名。二三四爻に互い出る艮は郡を為し、震は南方に居るから、取象は格外に貼切す。震と艮は皆道路と為し得、三四五爻に互い出る坎は平を為すから、道路は平易にして暢通すと言う(「易」はすなわち平易)。離と艮は皆亀と為し得、艮の色は黒だから「元亀」(元はすなわち黒)。震は歯を為し、艮は象を為し、合して「象歯」。震は宝を為し、艮は貝(源文は「見」に作るが、当に「貝」の字の訛なるべし)・金を為し、離は南方に居るから「南金」。《詩経・魯頌・泮水》に「元亀象歯、大賂南金」の句有り。校記:「福」は宋刻本に依り、汲古閣本は「帰」に作る――誤り。また:これは艮に金象有るの証拠。
賁。兩火爭明,雖鬬不傷。分離且忍,全我弟兄。艮火離火,故曰兩。三至上正反艮,故曰爭明,曰鬬。坎和,故不傷。坎為分離、為忍,震為伯、為兄,艮坎皆弟,震福,故得全。○艮火證
《比》之《賁》:二団の火は争いて光を放ち、相い闘うも傷損なし。姑く分かれ忍譲し、我ら兄弟を保全し得た。尚注:《賁》の上体艮は火象を取り、下体離はもとより火だから、「両」の火と言う。三爻より上爻まで一正一反の二つの艮だから、明を争い・闘うと言う。二三四爻に互い出る坎は調和の象有るから、傷つかず。坎はまた分離・忍耐を為す。三四五爻に互い出る震は伯・兄を為し、艮と坎は皆弟と為し得、震は福慶を主るから、保全すること能う。校記:これは艮に火象有るの証拠。
剝。伯夷叔齊,貞廉之師。以德防患,憂禍不存。震為伯,震覆,故伯夷。夷,傷也。艮為叔,卦為大艮,故曰叔齊。艮為貞、為廉。廉,側隅也。《前漢賈誼傳》:“廉遠則堂高”,艮陽在上,故曰廉。坤為師、為患,艮為防,故曰防患。坤為憂禍,艮安,故無禍。
《比》之《剥》:伯夷・叔斉の両位は、正を守り清廉の表率なり。徳行を以て禍患を防範し、憂愁災禍は皆存在せず。尚注:震は伯を為すが、《剥》の中の艮は正に震を倒過せしめた覆象で、倒はすなわち傷だから「伯夷」(夷はすなわち傷)。艮は叔を為す。《剥》の全卦は五陰は下に在り一陽は上に在り、一個の放大した艮――すなわち「大象艮」――だから「叔斉」。艮は貞正・廉を為す――「廉」はもと堂基の側稜を指し、《漢書・賈誼伝》は「廉遠則堂高」と言う――艮の陽爻は上に居りて、正にこの形に合すから、廉と為す。下体坤は師表・禍患を為し、艮は防止の象有るから、患を防ぐと言う。坤は憂禍を為し、艮の性は安止だから、禍なし。
復。伯去我東,髮櫛如蓬。展轉空床,內懷憂傷。震為伯、為去、為東。坤為我,震為髮、為蓬,《衛風》詩語也。伏巽為床,坤虛,故曰空床,震動,故曰展轉空床。展轉,動貌也。坤為內、為懷,坤喪,故憂傷。○伯,依元本,汲古、宋本皆作季,非。○震髮證。
《比》之《復》:夫君は東辺に往き去り、我が頭髮は乱れて飛蓬のごとし。空床の上にて翻り覆り、心の裡は満ちて憂傷す。尚注:下体震は伯(ここでは丈夫を指す)・離去・東方を為す。上体坤は我を為し、震は頭髮・蓬草を為す――この幾句は《詩経・衛風・伯兮》の語句を用う。震の伏卦巽は床を為し、坤は中虚だから、空床と言う。震は動を主るから、床上にて展転すと言う(展転はすなわち翻動の様子)。坤は内・懐抱を為し、坤は喪失を主るから、憂傷す。校記:「伯」は元刻本に依り、汲古閣本と宋刻本は皆「季」に作る――誤り。また:これは震に頭髮の象有るの証拠。
無妄。百足俱行,相轉為強。三聖翼事,王室寵光。乾為百,震足,故曰百足。震為行、為輔、為強,《淮南子》:“百足之蟲,雖死不僵”,以扶之者眾也。扶、輔義同。乾為聖,震數三,故曰三聖。震為翼,伏坤為事,艮為室,震王,故曰王室。乾為寵,艮為光。○艮光證。
《比》之《无妄》:百足の虫は一斉に歩を邁ぎ、互いに扶持し転動してこそ強健に顯る。三位の聖人は国事を輔翼し、王室は因って寵を得て光有り。尚注:上体乾は百を為し、下体震は足を為し、合して「百足」。震は行走・輔助・強を為す。《淮南子》は「百足之虫、雖死不僵」と言う――正にそれを扶持する脚の多きが故なり――「扶」と「輔」は意思は相同じ。乾は聖を為し、震は数において三だから、三聖と言う。震はまた羽翼を為し、乾の伏卦坤は事を為し、二三四爻に互い出る艮は室を為し、震は王を為し、合して「王室」。乾は寵を為し、艮は光を為す。校記:これは艮に光象有るの証拠。
大畜。壅遏堤防,水不得行。火盛陽光,陰蜺伏藏,退還其鄉。艮為壅遏、為堤防,乾為江河,艮止,故水不得行。艮為火、為光,陽在上,故曰陽光。巽為蟲,故曰蜺,巽伏,故藏。震為歸,艮為鄉,故曰退還其鄉。○艮火證。
《比》之《大畜》:堤壩は水を攔截し、水流は動かず。陽火は旺盛にして光明、陰に属する虹蜺は蔵れて、それ自らの所に退回す。尚注:上体艮は壅塞・堤防を為し、下体乾は江河を為し、艮は止だから、水は流れて去らず。艮はまた火・光を為し、陽爻は上に居るから、陽光と言う。巽は虫を為し、古人は虹蜺を虫類と視做すから、巽を取りて蜺と為す。巽は此の卦にて潜伏して見えずから、蔵ると言う。三四五爻に互い出る震は帰を為し、艮は郷を為すから、退きてその郷に還ると言う。校記:これは艮に火象有るの証拠。
頤。螣蛇乘龍,年歲飢凶,民食草蓬。《左傳襄二十八年》:“蛇乘龍,宋鄭必飢”,《爾雅》:“螣蛇,龍類,能興雲霧”,坤為蛇,震為龍、為乘,坤在上,故曰螣蛇乘龍。坤為年歲,坤虛,故飢凶。坤為民,震為食,為草蓬。○螣,依元本,宋本、汲古作騰。又汲古第二句多“歲飢蓬蓬”四字,此由下二句而衍,宋元本無,從之。
《比》之《頤》:螣蛇は竜の上頭に騎し、年成は飢荒歉收し、百姓は野草蓬蒿を食するのみ。尚注:《左伝》襄公二十八年に「蛇乘龍、宋鄭必飢」と記し、《爾雅》は螣蛇は竜の一類の物にして雲霧を興起し得と言う。《頤》の中間の幾爻は互い出て坤を為し、坤は蛇を為し、下体震は竜・乘を為す。坤は上に在るから、螣蛇が竜に騎ると言う。坤は年歳を為し、坤は中虚だから、飢荒歉收す。坤は民を為し、震は食・草蓬を為す。校記:「螣」は元刻本に依り、宋刻本と汲古閣本は「騰」に作る。また汲古閣本は第二句に「歳飢蓬蓬」の四字を多く出す――あれは下の二句より衍生せしめたり、宋刻・元刻本はなし。ここでは宋・元本に従う。
大過。鉛刀攻玉,堅不可得。盡我筋力,胝繭為疾。通《頤》。上艮為刀,坤柔,故曰鉛刀。震為玉,艮為攻、為堅。胝繭,手足病。《荀子子道篇》:“手足胼胝”注:皮厚也。《戰國策》:“足重繭而不休息”注:皮皺似繭也。艮為膚、為堅,故曰胝繭。又上艮手、下震足尤切,凡易用一字含數象每如此。○胝,從宋本,汲古訛眠。疾,宋元本作候,依汲古。○艮刀證。
《比》之《大過》:鉛で做った軟刀を持ちて玉を雕るも、玉はあまりに堅硬にして、徒らに気力を費す。筋力を使い尽くし、手脚に老繭を磨りて病と成る。尚注:《大過》は《頤》と旁通し、《頤》の象を取る:《頤》の上体艮は刀を為し、中間に互い出る坤の性は柔軟だから「鉛刀」(鉛の質は軟)。下体震は玉を為し、艮は攻治の象有り・また堅を為す。「胝繭」は手脚の上の毛病:《荀子・子道》は「手足胼胝」と言い、注は皮厚と為し、《戦国策》は「足重繭而不休息」と言い、注は皮が繭のごとく皺と為す。艮は皮膚・堅硬を為すから、胝繭と言う。況んや《頤》の上艮は手を為し、下震は足を為し、取象は殊更に貼切――《易林》は一個の字を用いて幾層の象を兼ね含むこと、往々にしてかくのごとし。校記:「胝」は宋刻本に従い、汲古閣本は「眠」と誤る。「疾」を宋刻・元刻本は「候」に作る。ここでは汲古閣本に依る。また:これは艮に刀象有るの証拠。
坎。恆山浦壽,高邑具在。陰氣下淋,洪水不處,牢人開戶。翟云升云:“《地理志》常山郡有靈壽、浦吾,皆山邑,故曰高邑。”按:中爻艮山坎北,故曰恆山。恆山,北嶽也。坎為浦,艮為壽、為高、為邑。坎水,故曰陰氣下淋,上下坎,故曰洪水,震行,故不處。坎為牢,震為人、為開,艮為戶。○壽,從宋元本,汲古作泛。不,依宋本,汲古作弗,非。《易林》諱弗字,劉毓崧曰“昭帝名弗”,故易林無弗字,只汲古此處一見,後校宋元本果作不。又浦壽如翟解當作蒲,《漢書》作蒲吾,蒲與卦象方合。又牢,元本作勞,依宋本、汲古。
《比》之《坎》:恒山の脚下の浦吾・霊寿――これらの高処の城邑は皆なお在り。陰気は上より淋り下り、洪水は泛濫して停まらず、牢裡の人は機に乗じて門を打開した。尚注:翟雲升は言う、《漢書・地理志》の常山郡に霊寿・浦吾の両地有り、皆山中の邑だから「高邑」と言う。按す:《坎》の中間の幾爻は互い出て艮を為して山を為し、坎は北方に居るから恒山と言う――恒山はすなわち北岳。坎は水濱を為し、艮は寿・高・邑を為す。坎は水だから、陰気の淋り下ると言う。上下は皆坎だから、洪水と言う。互震は行を主るから、水流は停まらず。坎はまた牢獄を為し、震は人・開を為し、艮は門戸を為す。校記:「寿」は宋刻・元刻本に従い、汲古閣本は「泛」に作る。「不」は宋刻本に依り、汲古閣本は「弗」に作る――誤り。《易林》は「弗」の字を避諱し、劉毓崧は漢昭帝の名は弗陵なりと指出し、故に全書は弗の字を用いず、ただ汲古閣本の此処に一度出ずるのみ――後に宋刻・元刻本を核對すれば果たして「不」に作る。また「浦寿」は翟氏の解釈に照れば「蒲」と作るべく、《漢書》は正に蒲吾に作る。「蒲」に作ってこそ卦象と相合す。また「牢」を元刻本は「労」に作る。ここでは宋刻本と汲古閣本に依る。
離。比目四翼,來安我國。福善上堂,與我同床。重離,故曰比目。伏震為翼,卦數四,故曰四翼。伏艮為國、為安、為堂、為床。
《比》之《離》:比目魚は雙を成し四只の翅膀は相い併べ、飛来して我が国家を安定せしむ。福善の神は庁堂に登り、我と同榻にして臥す。尚注:《離》の上下は皆離、両離は相重ねるから「比目」(離は目を為す)。離の伏卦震は翼を為し、震は数において四だから、四翼と言う。伏艮は国・安・堂・床を為す。
咸。杜口結舌,心中怫鬱。去災生患,莫所告冤。兌為口舌,互大坎,故杜口結舌,或取艮止亦通。坎為心、為憂,故怫鬱。坎為災患、為冤,兌口為告,在外,故無可告。○生患,宋元作患生,非。以患與冤協。
《比》之《咸》:嘴を閉緊し舌は結びて話を説き出せず、心の裡は憋悶鬱結す。旧災はさっき去りて新患はまた生じ、冤屈は申訴する地方なし。尚注:《咸》の上体兌は口舌を為し、全卦は上下に両陰・中間に四陽、合して一個の大象坎を成し、坎は陷塞を主るから、口を閉じ舌を結ぶと言う。また下体艮の止象を取りて講ずるをも得。坎は心・憂を為すから、憋悶す。坎はまた災患・冤枉を為す。兌は口を為して申告と訓し得るが、兌は外卦に在りて及ばず――故に告ぐる処なし。校記:「生患」を宋刻・元刻本は「患生」に作る――誤り。「患」をもって「冤」と押韻せしむるを要す。
恆。牽尾不前,逆理失臣,衛朔以奔。通《益》。艮為尾、為牽,坤下,故不前。坤為理、為逆、為臣,坤失,故曰失臣。震為衛、為奔,坤北為朔,故曰衛朔以奔。《左傳桓十六年》:“衛朔奔齊,朔以讒構得國致急子、壽子皆死”,逆理失臣,謂朔不義,為二公子所逐也。○衛,從元本,宋、汲古作惠。惟宋元多“忠莫往來”四字,在第三句。
《比》之《恒》:尾巴を拽いて前に往くを肯んぜず、行事は常理に悖逆して臣属を失い、衛の公子朔は因って出奔す。尚注:《恒》は《益》と旁通し、《益》の象を取る:《益》の三四五爻に互い出る艮は尾・牽拉を為し、二三四爻に互い出る坤は下に在るから、前進せず。坤は條理・悖逆・臣を為し、坤は喪失を主るから、臣を失うと言う。震は衛国・奔走を為し、坤は北方に居りて朔を為し、合して「衛朔」。《左伝》桓公十六年に衛の公子朔が斉国に出奔したを記す――朔は讒言により構陥して君位を奪得し、急子・寿子を害して皆死なしめた。謂う所の「逆理失臣」は、すなわち朔が不義にして、二位の公子の党羽に趕逐せられたを言う。校記:「衛」は元刻本に従い、宋刻本と汲古閣本は「恵」に作る。また宋刻・元刻本は第三句の処に「忠莫往来」の四字を多く出す。
遁。早霜晚雪,傷害禾麥。捐功棄力,飢無所食。詳解在需之咸、遯,初至五與咸同,彼以兌為傷害,此以巽落。
《比》之《遁》:秋霜は下ること早く春雪は落ること晩く、禾苗と麦子を皆凍壊せしめた。先前の功夫気力は全く費やし白くし、飢荒を鬧して食うべき物なし。尚注:詳解は《需》之《咸》と《需》之《遯》の両条に在り。《遁》は初爻より五爻まで《咸》と相同じく、ただあちらは兌の毀折を取りて傷害と為し、こちらは巽の隕落を取りて傷害と為す。
大壯。適戍失期,患生無知。懼以懷憂,發藏閉塞,邦國騷愁。通《觀》。艮為守,故曰適戍。艮為時,坤失,故曰失期。坤迷,故曰無知。坤為患、為憂懼、為藏、為閉塞,震為發,坤為邦國。○知,元本作斯,音訛。《左傳莊八年》:“齊侯使連稱、管至父戍葵丘,瓜時而往,及瓜而代,期戍,公問不至,二人因公子無知作亂”,惟局本作無知,不惟韻協,事當並於象恰合,宋本、汲古作聊益,非。懷,依元本,宋本作發,非。發藏,依宋元,汲古作開藏。
《比》之《大壮》:辺境に戍りに赶けるも換防の期限を誤り、禍患は公子无知により発動せらる。人人は懼れ憂い、倉廩は開きまた閉じ、邦国の上下は騒動して愁苦す。尚注:《大壮》は《観》と旁通し、《観》の象を取る:互艮は守衛を為すから「適戍」。艮はまた時を為し、坤は喪失を主るから、期を失うと言う。坤は昏迷を主るから「无知」――この二字は人名なるも、また知らざるの意を含む。坤は患・憂懼・收藏・閉塞を為し、震は開発を為し、坤は邦国を為す。校記:「知」を元刻本は「斯」に作る――音近して訛を致せり。《左伝》荘公八年に記す:斉襄公は連称・管至父を派して葵丘を戍守せしめ、瓜熟の時に往き、来年の瓜熟の時に換防と約定す。期に到るも君命は下らず、两人はすなわち公子无知を擁立して乱を作す。ただ局本のみ「无知」に作り、押韻するのみならず、事は卦象と恰好相合す。宋刻本と汲古閣本は「聊益」に作る――誤り。「懐」は元刻本に依り、宋刻本は「発」に作る――誤り。「発蔵」は宋刻・元刻本に依り、汲古閣本は「開蔵」に作る。
晉。昊天白日,照臨我國,萬民康樂,咸賴嘉福。離為夏,故曰昊天、曰白日、曰照臨。坤為我、為國、為萬民,反震為樂、為嘉福。
《比》之《晋》:広大の天空に一輪の白日、我が国土を照臨す。万民は安康快楽にして、皆この美好の福気に仰頼す。尚注:上体離は四時にて夏に属し、夏日の天は昊天と称すから、昊天といい白日といい照臨と言う。下体坤は我・国・万民を為す。二三四爻に互い出る艮、艮を倒過して見ればすなわち震、震は喜楽・美福を為す。
明夷。元吉無咎,安寧不殆。時行則行,無之有悔。震為元吉,坎為殆,震為行。之,往也,言勿往則悔也。○汲古無下二句,從宋元本。
《比》之《明夷》:大吉大利にして災禍有るまじく、平安寧静にして危険なし。行動すべき時に至ればすなわち行動し、行かざればかえって悔いを要す。尚注:《明夷》の三四五爻に互い出る震は大吉を為し、二三四爻に互い出る坎は危殆を為し、震は行走を為す。「之」はすなわち往――この一句は、前往せざればすなわち悔を生ずと言う。校記:汲古閣本は末の二句なし。ここでは宋刻・元刻本に従う。
家人。懿公淺愚,不受深謀。無援失國,為狄所賊。通《解》。震為公、為懿。懿,善也。坎為謀,艮為手、為國,艮覆,故無援,故失國。坤為夷狄,坎為賊。丁晏云:《列女傳》“許穆夫人初許求之,齊亦求之,公將與許,女曰:‘許小而遠,齊大而近,倘有戎寇,赴告大國。’懿公不聽”,故曰不受深謀。○謀,依宋元本,與愚協,汲古作“不深受諫”,失韻。
《比》之《家人》:衛懿公は見識淺陋にして、深遠の謀劃を采納するを肯んぜず。結果は孤立無援にして国家を失い、狄人の殺す所と為った。尚注:《家人》は《解》と旁通し、《解》の象を取る:《解》の上体震は公・懿を為す(懿は美好)、下体坎は謀を為す。震を倒過して見れば艮と成り、艮は手・国を為すが、然るに艮はただ覆象にして真に卦位に在らず――故に援なく、故に国を失う。遇卦《比》の下体坤は夷狄を為し、坎は賊害を為す。丁晏は《列女伝》を引きて言う:許穆夫人は当初、許国が求婚に来り、斉国もまた求婚に来り、衛懿公は許国に許さんと打算した。女儿は言うに「許国は小にして遠く、斉国は大にして近し、万一戎寇の患有らば、以て大国に赴告すべし」と。懿公は聴かず――故に深遠の謀劃を接受せずと言う。校記:「謀」は宋刻・元刻本に依り、「愚」と押韻す。汲古閣本は「不深受諫」に作り、韻を失えり。
睽。城上有烏,自名破家。呼喚鳩毒,為國患災。通《蹇》,解詳坤之蒙。蹇、蒙象同,故辭同。惟此以互離為烏。○烏、名,從宋本,汲古作鳥、作號,非。
《比》之《睽》:城頭に烏鴉は落ち、自ら名号を報じ、人家の破敗せんを預告す。鴆鳥毒酒のごとき禍害を招来し、国家に災患を帯来す。尚注:《睽》は《蹇》と旁通し、詳解は《坤》之《蒙》の一条を見よ――《蹇》と《蒙》の取る所の象は同じく、故に林辞も同じ。ただここは互体の離を以て烏鴉と為す。校記:「烏」「名」の二字は宋刻本に従い、汲古閣本は「鳥」「号」に作る――皆誤り。
蹇。長股善走,趨步千里。王良嘉喜,伯樂在道,申見王母。巽為股、為長,故曰長股。《竹書》:“黃帝五十九年長股氏來賓”,又《淮南墜形訓》:“海外三十六國,自西北至西南有修股氏。”高誘曰:“修,長也。”淮南以父諱長,故改為修。長故善走。半震為走、為步、為千里、為王、為良、為嘉喜、為伯樂、為道。離為見。○嘉喜,依汲古,宋元本作嘉言,非。申見王母,從宋元本,汲古作“申生見母”,非。伯樂,依汲古,宋元作伯來。汲古多“下有由子”四字,似衍文。又申疑西之訛,言王良御穆王西見王母也。
《比》之《蹇》:長腿の人は奔走に善く、一迈歩すればすなわち千里。王良はこれに歓喜し、伯楽もまた路上に在りて、一路西に行きて西王母を朝見す。尚注:巽は股・長を為すから「長股」。《竹書紀年》は「黄帝五十九年長股氏来賓」と記し、《淮南子・墜形訓》は「海外三十六国、自西北至西南有修股氏」と言い、高誘の注は「修はすなわち長」と言う――淮南王は父親劉長の名諱を避けたから、「長」を「修」に改めたり。腿は長ければ善く走る。卦中の両爻は湊りて半個の震を成す――この種の取象を「半象」と呼ぶ。半震は走・歩・千里を為し、また王・良・歓喜・伯楽・道路を為す。三四五爻に互い出る離は見を為す。校記:「嘉喜」は汲古閣本に依り、宋刻・元刻本は「嘉言」に作る――誤り。「申見王母」は宋刻・元刻本に従い、汲古閣本は「申生見母」に作る――誤り。「伯楽」は汲古閣本に依り、宋刻・元刻本は「伯来」に作る。汲古閣本は「下有由子」の四字を多く出す――衍文に似たり。また「申」は「西」の字の訛なるを疑う――王良が周穆王のために駕して西に行き西王母を見たを言う。
解。耕石山顛,費種家貧。無聊虛作,苗髮不生。震為耕,半艮為石、為山、為家。震為種,離虛,故貧。震為苗、為髮,離燥,故不生。○虛,依汲古,宋本作處。
《比》之《解》:石頭の山頂の上にて耕種し、徒らに種子を糟蹋し、家裡を貧窮ならしむ。徒労無益に折騰し、禾苗は細くして頭髮のごとく長じ出さず。尚注:上体震は耕作を為し、卦中の両爻は湊りて半個の艮を成し、半艮は石・山・家を為す。震は播種を為し、二三四爻に互い出る離は中虚だから、貧す。震はまた苗・髮を為し、離の性は乾燥だから、長じ出さず。校記:「虚」は汲古閣本に依り、宋刻本は「処」に作る。
損。二人共路,東趨西步。千里之外,不相知處。震為人,兌卦數二,故曰二人。震為路,震東兌西,震為趨、為步,坤為千里,迷故不知。
《比》之《損》:二個の人は同じく一条路を走り、一個は東へ赶き一個は西へ行く。相隔ること千里之外、誰も対方がどこに在るかを知らず。尚注:《損》の二三四爻に互い出る震は人を為し、下体兌は数において二だから「二人」。震は道路を為し、震は東に居り兌は西に居り、震はまた疾走・徐行を為す。遇卦《比》の坤は千里を為し、坤は昏迷を主るから、互いに対方の往く処を知らず。
益。純服素裳,載主以興。德義茂生,天下歸仁。坤為服,色黑,故曰純服。震為白,坤為裳,故曰素裳。震為主、為載、為興、為德,坤為義、為天下,震為茂生、為歸、為仁。《史記周本紀》:“武王載木主觀兵孟津,八百諸侯皆歸周”。○素裳及主,從汲古,宋元本作黃裳、作載土,皆非。此時文王木主在軍,故素服黃裳皆吉服也。
《比》之《益》:純色の祭服と素白の下裳を穿き、車上に先王の木主を載せて師を興す。徳義は盛大にして、天下は仁者に帰向す。尚注:《益》の二三四爻に互い出る坤は衣服を為し、坤の色は黒だから「純服」。下体震は白を為し、坤は裳を為し、合して「素裳」。震は主・載・興起・徳を為し、坤は義・天下を為し、震はまた茂盛滋生・帰附・仁を為す。《史記・周本紀》は周武王が文王の木主を載せて孟津に至り兵を観し、八百の諸侯は皆周に帰附したを記す。校記:「素裳」と「主」の字は汲古閣本に従い、宋刻・元刻本は「黄裳」に作り・「載土」に作る――皆誤り。当時文王の木主は軍中に在ったから、素服・黄裳は皆吉服に算す。
夬。玉銑鐵頤,倉庫空虛。賈市無盈,與利為仇。乾為玉、為金,兌為銑、為頤。銑,鐘口兩旁也。伏艮為倉庫,坤虛故空。巽為賈市、為利,巽覆,故不利。○玉,從汲古,宋元本作五,非。銑、頤,依宋本,汲古利作“玉銳鐵頭”,非。無,從宋本,汲古訛為。
《比》之《夬》:玉で做った鐘角・鉄で打った下顎、倉庫の裡はかえって空空如也。売買を做るも盈余なく、かえって利益と仇を結んだ。尚注:下体乾は玉・金を為し、上体兌は銑・頤を為す――「銑」は鐘口の両旁の部位。兌の伏卦艮は倉庫を為し、坤は中虚だから、倉庫は空なり。兌を倒過して見れば巽と成り、巽は売買・利を為すが、それはただ覆象にして正しく現れず――故に利を得ず。校記:「玉」は汲古閣本に従い、宋刻・元刻本は「五」に作る――誤り。「銑」「頤」は宋刻本に依り、汲古閣本は「玉銳鉄頭」に作る――誤り。「无」は宋刻本に従い、汲古閣本は「為」と誤る。
姤。登崑崙,入天門。過糟邱,宿玉泉。同惠歡,見仁君。乾為山、為行,在西北,故曰登崑崙。乾為天、為門戶。《內經》:“以戌亥為天門”,巽入,故曰入天門。巽為糟,乾為山,故曰糟邱。乾為玉,伏坤為水、為夜,故曰宿玉泉。伏震為樂,乾為君、為仁,《六韜》:“殷君喜為糟邱,回船酒池”,又《南史陳暄傳》:“暄好飲,語兄子秀曰:速營糟邱,吾將老焉”。○乾為山證可解《同人》升其高陵。○同惠歡,依汲古,宋元本作“問惠觀”,非。
《比》之《姤》:崑崙山に登り、天門に入る。酒糟の堆り成した山丘を経て、夜は玉泉の傍に宿す。ともに恩惠の歓楽を享し、仁徳の君主を見る。この条は三言句にして、常見の四言体と異なり。尚注:上体乾は山・行走を為し、乾の位は西北に在るから、崑崙に登ると言う。乾はまた天・門戸を為し、《内経》は「以戌亥為天門」と言い、下体巽は入を主るから、天門に入ると言う。巽は酒糟を為し、乾は山を為し、合して「糟邱」。乾は玉を為し、乾の伏卦坤は水・夜を為すから、夜に玉泉に宿すと言う。巽の伏卦震は歓楽を為し、乾は君・仁を為す。《六韜》は殷紂王は糟を堆りて丘と成し酒池に船を行かせるを好んだと言い、《南史・陳暄伝》は陳暄が飲酒を好み、侄児陳秀に対して「速く糟邱を営め、吾将にそこに老いん」と言えりと記す。校記:乾が山を為すこの象の証拠は、以て《同人》の九三の「升其高陵」を解通すべし。また「同恵歓」は汲古閣本に依り、宋刻・元刻本は「問恵観」に作る――誤り。
萃。團團白日,為月所食。損上毀下,鄭昭出走。乾為日,兌為月,乾上缺,故曰為月所食。兌為毀折,在上,故曰損。上互巽,故曰毀,下坤為鄭,艮為光明、為昭,故曰鄭昭。伏震為出走。《左傳桓十一年》:“鄭昭公立,四月出奔衛”。
《比》之《萃》:圆圆の白日は、月亮に吞食せられた。上は虧損し下は毀壊し、鄭昭公は因って出逃す。尚注:坤の伏卦乾は日を為し、上体兌は月を為す。乾の体は上面に一画缺けたから、月に食われたと言う。兌は毀折を主りて上に居るから「損上」。三四五爻に互い出る巽だから「毀」。下体坤は鄭を為し、二三四爻に互い出る艮は光明・昭を為し、合して「鄭昭」。坤の伏卦震は出走を為す。《左伝》桓公十一年に鄭昭公が即位し、四月にすなわち衛国に出奔したを記す。
升。倉盈庾億,宜稼黍稷。年歲有息,國家富有。伏艮為倉庾,為多,故曰盈億。震為稼、為黍稷、為年歲、為生,故曰息。坤為國、為富有。○年歲有息,依宋本,汲古作“年豐歲熟”。
《比》之《升》:糧倉は装満し、露囤は億を堆り到る。黍稷を種植するに適し、年成に増益有りて、国家は富足す。尚注:《升》の二三四爻に互い出る兌、兌の伏卦艮は倉・露囤を為し、また衆多を主るから、盈億と言う。三四五爻に互い出る震は耕稼・黍稷・年歳・生長を為し、生長はすなわち「息」。上体坤は国・富有を為す。校記:「年歳有息」は宋刻本に依り、汲古閣本は「年豊歳熟」に作る。
困。虎狼結謀,相聚為保。伺齧牛羊,道絕不通,傷我商人。通《賁》。艮為虎狼,坎為謀、為聚,艮止為伺,兌為羊、為齧,離為牛,故曰伺齧牛羊。艮為道,坎陷,故不通。兌為傷,震為商人。○伺囓,依宋元本,汲本訛思嚼,他本或訛同齒。
《比》之《困》:虎狼は合謀し、一処に聚まりて团伙を結成す。窺伺して牛羊を撕咬し、道路は断絶して通ぜず、我がこの行商の人に受損せしむ。尚注:《困》は《賁》と旁通し、《賁》の象を取る:上体艮は虎狼を為し、二三四爻に互い出る坎は謀・聚集を為す。艮の性は止――止まりて動かざればすなわち窺伺。《困》の上体兌は羊・啃咬を為し、《賁》の下体離は牛を為し、合して「伺囓牛羊」。艮は道路を為し、坎は陥するから、通ぜず。兌は毀傷を主り、三四五爻に互い出る震は商人を為す。校記:「伺囓」は宋刻・元刻本に依り、汲古閣本は「思嚼」と誤り、別の本子は或いは「同歯」と誤る。
井。中年摧折,常恐不活。老賴福慶,光榮相輔。坎為中,兌為摧折。伏震為年,初四大過死,故曰不活。坎為恐也。伏艮為壽、為老,震為福慶,艮為光榮。兌為輔,正伏象互用。○中,從汲古,宋本作木。相輔,元本作輔相,依宋本。
《比》之《井》:中年の時に摧折に遭遇し、常に生きて往けざるを担心す。老来に到ればかえって福慶に靠り、光栄顕耀にしてまた輔佐する人有り。尚注:上体坎は中を為し、二三四爻に互い出る兌は摧折を主る。下体巽の伏卦震は年歳を為す。初爻より四爻までの形状は《大過》と相類し、《大過》は頂を滅するの死象有るから、活けずと言う。坎はまた恐懼を為す。兌の伏卦艮は寿・老を為し、震は福慶を為し、艮は光栄を為し、兌は輔助を為す――この条は正象と伏象と交替して使用す。校記:「中」は汲古閣本に従い、宋刻本は「木」に作る。「相輔」を元刻本は「輔相」に作る。ここでは宋刻本に依る。
革。同載共車,中道分去。喪我元夫,獨與孤居。通《蒙》。震為車、為載。坤亦為車,故曰同載共車。艮為道,震為去,正反艮亦正反震,所向不同,故曰分去。坤為喪,震為夫、為長,故曰喪我元夫。艮為居、為獨,震為孤,艮震對,故獨與孤居。○與,從汲古,宋元作為。居,從元本,宋本、汲古作苦,失韻。
《比》之《革》:两人は車を同じくして行くも、半路に走到すればすなわち分道揚鑣す。我は家を当る丈夫を失い、ただ孤单単として独り過活す。尚注:《革》は《蒙》と旁通し、《蒙》の象を取る:二三四爻に互い出る震は車・載を為し、三四五爻に互い出る坤もまた車だから「同載共車」。上体艮は道路を為し、震は離去を為す。艮は一正一反・震もまた一正一反、方向は各々同じからずから、道を分かちて去ると言う。坤は喪亡を主り、震は夫・長を為すから、家を当る丈夫を失うと言う。艮は居・独を為し、震は孤を為し、艮と震の両象は相対するから、独り孤单を伴とすると言う。校記:「与」は汲古閣本に従い、宋刻・元刻本は「為」に作る。「居」は元刻本に従い、宋刻本と汲古閣本は「苦」に作る――韻を失えり。
鼎。飲酒醉酗,距跳爭訟。伯傷叔僵,東家治喪。兌為飲。通《屯》。坎為酒,坤迷。震為決躁,故曰醉酗、曰距跳。正反震,故爭訟。震為伯,艮為叔,坤死為僵、為傷,震為東,艮為家,坤喪,艮手為治,故曰東家治喪。○距跳,宋元作跳躍,依汲古。訟,宋元、汲古皆作鬬,依王謨本。
《比》之《鼎》:酒を飲みて酒瘋を耍すまで飲み、蹦跳して人と争吵して官司を打つ。哥哥は傷を受け叔叔は倒れて起きず、東辺のあの家人は喪事を弁ずるの外なし。尚注:《鼎》の三四五爻に互い出る兌は飲を為す。此の卦は《屯》と旁通し、《屯》の象を取る:上体坎は酒を為し、互い出る坤は昏迷を主る。下体震の性は剛決にして躁動だから、醉酗といい蹦跳と言う。一正一反の二つの震は彼此相抗するから、争訟す。震は伯を為し、互艮は叔を為し、坤は死亡を主るから、僵仆・傷損を為す。震は東を為し、艮は家を為し、坤は喪事を主り、艮は手を為して治弁と訓し得るから「東家治喪」。校記:「距跳」を宋刻・元刻本は「跳躍」に作る。ここでは汲古閣本に依る。「訟」を宋刻・元刻本と汲古閣本は皆「鬬」に作る。ここでは王謨本に依る。
震。出值凶災,逢五赤頭。跳言死格,扶伏聽命,不敢動搖。震為出,坎為災凶。坎數五,為頭、為赤,故曰逢五赤頭。震為言、為跳,艮手為格,初四伏大過死,故曰死格。扶伏,丁晏云:與扶服同,即匍匐也,坎伏,故曰匍匐。坎為耳,故曰聽。伏巽為命。震為搖動,坎懼,故不敢。○跳,依宋與汲古,元本訛姚。死格,依宋元本,汲古作無佑,非。扶伏,依元本,宋本、汲古作扶杖,非。扶伏,即匍匐。聽命,依無妄之中孚校,元本作“扶伏伏聽”,非。
《比》之《震》:一たび門を出ればすなわち凶災に撞かり、五個の紅頭の凶人に遇う。わずかに蹦跳して説話すればすなわち格殺せられ、やむを得ず匍匐して地に伏し発落を聴候し、動彈するを敢えてせず。尚注:《震》は出を為し、三四五爻に互い出る坎は災凶を為す。坎は数において五、また頭・赤を為すから「逢五赤頭」。震は言語・跳躍を為し、互艮は手を為して格撃と訓し得。初爻より四爻まで《大過》の死象を潜伏するから「死格」。「扶伏」は丁晏が「扶服」と相同じと言う――すなわち匍匐。坎は伏蔵を主るから、匍匐と言う。坎は耳を為すから、聴と言う。巽は命を為す――此処は伏象。震は揺動を主り、坎は恐懼を主るから、敢えて動かず。校記:「跳」は宋刻本と汲古閣本に依り、元刻本は「姚」と誤る。「死格」は宋刻・元刻本に依り、汲古閣本は「无佑」に作る――誤り。「扶伏」は元刻本に依り、宋刻本と汲古閣本は「扶杖」に作る――誤り。扶伏はすなわち匍匐。「聴命」は《无妄》之《中孚》の一条に依りて校正す――元刻本は「扶伏伏聴」に作る――誤り。
艮。狼虎爭強,禮義不行。兼呑其國,齊魯無王。艮為虎狼,三至上正反艮,故曰爭強。坤為禮義,艮止,故不行。言坤變艮也。震口為吞,艮為國,伏巽為齊,兌為魯,震為王,震覆,故無王。○齊魯,宋元本作齊晉,依汲古。王,宋元本作主,依汲古。
《比》之《艮》:豺狼虎豹は強を争い勝を鬥い、礼義は廃弛して行われず。大国は小国を吞併し、斉魯の間に共主なくなった。尚注:艮は虎狼を為し、三爻より上爻まで一正一反の二つの艮だから、強を争うと言う。遇卦《比》の坤は礼義を為し、艮に変じて後は艮の性は止だから、礼義は行われず――これは坤が艮に変じたを言う。互震は口を為して吞と訓し得、艮は国を為す。兌の伏卦巽は斉を為し、兌は魯を為し、震は王を為すが、しかして震はここにただ覆象なるのみ――故に王なしと言う。校記:「斉魯」を宋刻・元刻本は「斉晋」に作る。ここでは汲古閣本に依る。「王」を宋刻・元刻本は「主」に作る。ここでは汲古閣本に依る。
漸。南國少子,才略美好。求我長女,賤薄不與。反得醜惡,後方大悔。艮國、艮少,離南,艮巽皆為材,伏兌為美好。艮為求,巽為長女。坎為薄,離為醜惡。伏震為後,坎為悔。此林屢見,殆有故實。陳樸園云:觀明夷之噬嗑云:仲氏爰歸,及此林乃知南國本求婚長女,而女家不與,但以仲女往媵,迨嫡不以媵備數,故明夷之噬嗑云:不我肯顧,乃大悔恨,後其長女反得醜惡,故亦悔也。其它林詞類此者皆指此事。○才略,依元本,汲古宋作方,繫形訛。賤薄,依汲古,宋元作薄賤。
《比》之《漸》:南方国家の少年公子は、才干謀略は皆出衆す。彼は来りて我が家の長女を求娶すが、女家は彼を微薄と嫌みて答應せず。結果は長女はかえって醜悪の人に嫁し、事後にてこそ大いに后悔せり。尚注:下体艮は国・少小を為し、三四五爻に互い出る離は南方に居る。艮と上体巽は皆材と為し得、兌の伏象は美好を為す。艮は求を為し、巽は長女を為す。二三四爻に互い出る坎は微薄を為し、離は醜悪を為す。坎の伏卦震は後を為し、坎はまた悔を為す。この類の林辞は《易林》の中に屢次出現す――おそらく具体の本事有るべし。陳朴園は言う:《明夷》之《噬嗑》に「仲氏爰帰」の一句有るを見て、再びこの条と対照せば、こそ南国はもと長女を求娶し、女家は肯んぜず、ただ次女を送りて陪嫁と做し、後に正妻は陪嫁を数に算めずから、《明夷》之《噬嗑》は「不我肯顧」と言い、ここにおいて大いに悔恨し、しかして長女は後にかえって醜悪の人に嫁し、女家もまた后悔した――其余の類似の林辞は皆この事を指す。校記:「才略」は元刻本に依り、汲古閣本と宋刻本は「方」に作る――字形相近して訛を致せり。「賎薄」は汲古閣本に依り、宋刻・元刻本は「薄賎」に作る。
歸妹。一身兩頭,莫適其軀。無見我心,亂不可治。通《漸》。艮為身,坎數一,故曰一身。坎為頭,兌卦數二,故曰兩頭。坎為心、為隱,故不見。互離為亂。○無見我心,依汲古,宋本無此句。不可治下多“孰為湯漢”四字,費解,故不從。
《比》之《帰妹》:一個の身子に二個の頭を長じ、軀幹はどちらのを聴くべきか知らず。我が心を見得る人なく、乱れて収拾する術なし。尚注:《帰妹》は《漸》と旁通し、《漸》の象を取る:《漸》の下体艮は身を為し、互坎は数において一だから「一身」。坎は頭を為し、兌は数において二だから「両頭」。坎は心を為しまた隠蔽を主るから、見えず。互い出る離は紛乱の象有り。校記:「无見我心」は汲古閣本に依り、宋刻本にはこの一句なし。宋刻本は「不可治」の下に「孰為湯漢」の四字を多く出すも、費解なるが故に採らず。
豐。李耳巢鵲,更相恐怯。偃爾以腹,不能距格。丁晏云:《廣雅釋獸》:“於●,李耳,虎也”,《爾雅釋獸》:“匯,毛刺”,注云:今蝟。《史記龜策傳》:“蝟能伏虎,見鵲仰腹”,虎畏蝟,蝟畏鵲,故云更相恐怯。按:卦通《渙》,坎為耳,震為李,故曰李耳。坎為棘、為蝟,艮為鳥、為鵲,坎為恐怯,離為腹,在下,故曰偃。震為距格,巽順,故不能。○匯,汲古誤槖,相作逢,均非,均依宋元本。
《比》之《豊》:老虎・刺猬と喜鵲は、一物は一物を降し、彼此害怕す。刺猬は嚇えて仰面朝天して肚子を露し、再び抵當し得ず。尚注:丁晏は《広雅・釋獣》を引きて「于●、李耳、虎也」(源文はここに一字殘缺す)と言い、《爾雅・釋獣》の「汇、毛刺」に注はすなわち今の刺猬と言う。《史記・亀策列伝》は刺猬は能く老虎を制伏し、喜鵲を見ればすなわち仰面して肚を翻すと言う――老虎は刺猬を怕れ、刺猬は喜鵲を怕る――故に彼此恐嚇害怕すと言う。按す:《豊》は《渙》と旁通し、《渙》の下体坎は耳を為し、二三四爻に互い出る震は李を為し、合して「李耳」――あれは老虎の別名。坎はまた棘刺・猬を為し、三四五爻に互い出る艮は鳥・鵲を為す。坎は恐怯を主り、《豊》の下体離は腹を為し、腹は下に在るから、仰卧と言う。震は抵當格鬥を為し、巽の性は柔順だから、擋えられず。校記:「汇」の字を汲古閣本は「槖」と誤り、「相」の字を「逢」に作る――皆誤り。併せて宋刻・元刻本に依る。
旅。柏桂棟樑,相輔為強。入敷五教,五室寧康。艮為木、為堅,故曰柏桂、曰棟樑。兌為輔、為強,巽卦數五,又為命令,為入,故曰入敷五教。艮為室,伏震為王、為樂,故曰寧康。○桂,依汲古,宋元本作松柏。入敷,從汲古,宋元作八哲。寧康,從元本,宋作康寧。
《比》之《旅》:柏木桂木は做りて棟梁と成り、互いに支撐して堅固なり。朝廷に入りて五種の倫理教化を推行し、五室の内は安寧康泰す。尚注:下体艮は木・堅実を為すから、柏桂といい棟梁と言う。三四五爻に互い出る兌は輔助・強を為す。二三四爻に互い出る巽は数において五、また命令を為し、また入を主るから「入敷五教」。艮は室を為し、艮の伏卦震は王・楽を為すから、寧康と言う。校記:「桂」は汲古閣本に依り、宋刻・元刻本は「松柏」に作る。「入敷」は汲古閣本に従い、宋刻・元刻本は「八哲」に作る。「寧康」は元刻本に従い、宋刻本は「康寧」に作る。
巽。雀行求食,暮歸孚乳。反其室舍,安寧無故。通《震》。艮為雀,震為行、為食,艮求。坎為暮、為孚,《說文》:“卵,孚也”,楊子《方言》:“雞伏卵而未孚”,艮為乳、為室舍,震為反,艮為安康。○孚,依宋元本,汲古作呼。無,依元本,宋、汲古作如。
《比》之《巽》:麻雀は出でて食を覓め、傍晚に帰りて卵を孵し雛を哺る。自らの巣の裡に帰りて、平安無事なり。尚注:《巽》は《震》と旁通し、《震》の象を取る:互艮は雀を為し、震は行・食を為し、艮は求索の象有り。互坎は傍晚・孵化を為す――《説文》は「卵、孚也」と言い、揚雄の《方言》は「鶏伏卵而未孚」と言う。艮は哺乳・室舎を為し、震は返回を為し、艮はまた安康を主る。校記:「孚」は宋刻・元刻本に依り、汲古閣本は「呼」に作る。「无」は元刻本に依り、宋刻本と汲古閣本は「如」に作る。
兌。四尾六頭,為凶作妖。陰不奉陽,上失其明。通《艮》。為尾,震卦數四,故曰四尾。坎為頭,卦數六,故曰六頭。坎為凶、為妖,兌上下卦陰在上,故曰陰不奉陽。兌昧,故上失其明。
《比》之《兌》:四條の尾巴六個の頭は、凶を興し妖を作す。陰は陽を奉承するを肯んぜず、上位者は因って明察を失う。尚注:《兌》は《艮》と旁通し、《艮》の象を取る:震は尾を為し(源文は一個の「震」の字を脱す)、震は数において四だから「四尾」。互坎は頭を為し、坎は数において六だから「六頭」。坎はまた凶・妖を為す。《兌》の上下両体は皆陰爻が上に在るから、陰は陽を奉ぜずと言う。兌は昏昧の象有るから、上位は明を失う。
渙。一衣三關,結緝不便。歧道異路,日暮不到。震為衣,坎數一,故曰一衣。艮為關,數三,故曰三關。關,即結束,如今之紐扣。坎為合,故曰結緝,坎陷,故不便。艮震皆為道路,二五正反艮震,所向不同,故曰歧道異路。坎為暮,離為日,離伏,故曰日暮不到。○衣,從宋本,汲古作旅,非。翟云升據李白詩謂結緝即與同行者相結合,豈知宋本旅作衣,結緝謂衣也。關,宋元本作闕,今依汲古。
《比》之《渙》:一件の衣裳に三個の襻扣有りて、繫ぐるに甚だ不便なり。岔路は分歧して各々各のを走り、天は黒く成るも到れず。尚注:《渙》の二三四爻に互い出る震は衣を為し、下体坎は数において一だから「一衣」。三四五爻に互い出る艮は關を為し、艮は数において三だから「三關」――「關」はすなわち扣束、今の紐扣に相当す。坎は会合を主るから、結緝と言う。坎はまた陷阻を主るから、不便なり。艮と震は皆道路と為し得、二爻より五爻まで一正一反の艮と震は方向は各々同じからずから、岔道異路と言う。坎は傍晚を為し、離は日を為し、離はここに潜伏するから、天暮れて到れずと言う。校記:「衣」は宋刻本に従い、汲古閣本は「旅」に作る――誤り。翟雲升は李白の詩に拠りて「結緝」を同行者と结伴と講ずるも、宋刻本の「旅」は正に「衣」に作るを知らず――結緝は衣服を説く。「關」を宋刻・元刻本は「闕」に作る。今は汲古閣本に依る。
節。牙櫱生齒,室堂啟戶。幽人利貞,鼓翼起舞。牙、芽通。震為牙櫱,兌為齒,言齒初生若草木之芽櫱也。艮為堂戶,震為啟,艮為幽人。又坎為幽,震為人,亦合。震為鼓、為翼、為起舞。○櫱,依汲古,宋元本作孽。堂,宋元本作當,依汲古。
《比》之《節》:牙床の上に草木の発芽のごとく新歯を長じ、堂屋は門戸を打開した。幽居の人は正道を守持して利有り、以て翅を振りて起舞すべし。尚注:「牙」と「芽」は相通ず。《節》の二三四爻に互い出る震は芽蘖を為し、下体兌は歯を為す――牙歯の初生は、草木の芽を抽ずるがごとしを言う。三四五爻に互い出る艮は堂・門戸を為し、震は開啓を主る。艮はまた幽居の人を為し、或いは上体坎は幽を為し震は人を為すと言うも、また講じ通ず。震は鼓動・羽翼・起舞を為す。校記:「蘖」は汲古閣本に依り、宋刻・元刻本は「孽」に作る。「堂」を宋刻・元刻本は「当」に作る。ここでは汲古閣本に依る。
中孚。春鴻飛東,以馬貨金。利得十倍,重載歸鄉。震為東、為春、為鴻、為飛、為馬。艮為金,震為商旅,與艮對,故曰以馬貨金。《玉篇》:“貨,賣也”。巽為利,兌數十,故曰十倍。震為載、為歸,艮為鄉。○貨,從汲古,宋元本作質。○艮為金證。
《比》之《中孚》:春天の鴻雁は東へ飛び、商人は馬を以て金に換えん。利を獲ること十倍、満載して帰る。尚注:《中孚》の二三四爻に互い出る震は東・春・鴻・飛・馬を為す。三四五爻に互い出る艮は金を為し、震は行商を為し、震と艮は両相対待するから「以馬貨金」――《玉篇》は「貨は賣也」と言う。上体巽は利を為し、下体兌は数において十だから、十倍と言う。震は載・帰を為し、艮は郷を為す。校記:「貨」は汲古閣本に従い、宋刻・元刻本は「質」に作る。また:これは艮に金象有るの証拠。
小過。歡悅以喜,子孫具在。守發能忍,不見殃咎。震為樂、為子,艮為孫,故曰子孫具在。具者,備也。艮為守、為忍,震為發。○具,從宋元本,汲古作俱,非。發,依宋元本,守發者,言或止或作,艮震象也,汲古作守強,非。
《比》之《小過》:歓欣喜悦にして、子孫は斉全す。守るべきはすなわち守り動くべきはすなわち動き、また忍耐し得るから、災禍に碰上らず。尚注:上体震は喜楽・子を為し、下体艮は孫を為すから、子孫斉備と言う(「具」はすなわち備)。艮は守・忍を為し、震は発動を為す。校記:「具」は宋刻・元刻本に従い、汲古閣本は「俱」に作る――誤り。「発」は宋刻・元刻本に依る――「守発」は或いは止まり或いは動くを言い、正に艮と震の両象なり。汲古閣本は「守強」に作る――誤り。
既濟。精神銷落,形骸醜惡。齟齬頓挫,枯槁腐蠹。此用《比》象。坎為精,坤死,故銷落。坤為形、為醜惡,伏兌為齒牙,正反兌故曰齟齬。伏離為枯槁。○齟齬頓挫,從汲古,宋元本作“齬齷挫頓”。
《比》之《既済》:精神は消散衰敗し、形体は醜陋難看なり。牙歯は参差として斉わず処処に受挫し、人は枯木のごとく朽爛して蠹を生ず。尚注:この条は遇卦《比》の象を用う:《比》の上体坎は精を為し、下体坤は死亡を主るから、消散衰落と言う。坤は形体・醜悪を為す。坤の伏卦兌は牙歯を為し、一正一反の二つの兌は上下合わざるから「齟齬」。坎の伏卦離は枯槁を為す。校記:「齟齬頓挫」は汲古閣本に従い、宋刻・元刻本は「齬齷挫頓」に作る。
未濟。登高上山,見王自言。申理我冤,得職蒙恩。艮為山,震為登、為王、為申明。坎為冤,艮為官,坎為恩,故曰得職。多用半象。
《比》之《未済》:高山に登り、君王を見て当面に情を陳す。申訴して我が冤屈を洗清し、官職を得て恩沢を蒙る。尚注:互艮は山を為し、互震は登・王・申明を為す。坎は冤屈を為し、艮は官を為し、坎はまた恩を為すから、職位を得ると言う。この条は多く両爻の湊り成す半象を用う。
焦氏易林注巻三
行唐尚秉和節之注
本巻の注解は直隷行唐の人尚秉和の手より出で、節之は彼の字である。
受業蒲城仵道益、豐潤董維城堃校刊
尚氏の門下にて業を受けた二位の弟子により校訂刊行せられた:一位は蒲城の人仵道益、一位は豊潤の人董維城にして、名は堃。
小畜之第九
小畜。白鳥銜餌,鳴呼其子。斡枝張翅,來從其母。伯仲叔季,元賀舉手。巽為白,離為鳥,兌口為銜,巽為餌。通《豫》。震為鳴、為子、為枝、為羽、為斡、為張。坤為母,震為從、為伯,互坎為仲,艮為叔季、為手。元賀者,賀元日也。舉手,揖也。○元,依汲古,宋元本作尤。
ここから遇卦は《小畜》に変わる。《小畜》之《小畜》は本卦が自ら変じる一条である。林辞は言う:白い鳥が餌を銜え、鳴いてその雛を呼ぶ。雛鳥は枝にとまり翼を張り、飛んで母鳥に従う。伯仲叔季の兄弟たちが、元日の日に拱手して賀し合う。尚氏の解説:《小畜》の上体は巽で白を象り、三四五爻が互いに離を成して鳥とし、二三四爻が互いに兑を成して口すなわち銜と訓じ、巽はまた食餌である。この卦は《豫》と旁通し、《豫》の象を取る:上体の震は鳴くこと・子・枝・羽翼・転動・張開を象り、下体の坤は母、震は従うこと・伯、《豫》の三四五爻が互いに坎を成して仲、二三四爻が互いに艮を成して叔・季、また手とする。「元賀」とは正月初一を賀すること、「举手」とは揖をすることである。校記:「元」は汲古閣本に依り、宋刻・元刻本は「尤」に作る。
乾。東遇虎蛇,牛馬驚奔。道絕不通,商困無功。此用遇卦象。離為東,乾虎巽蛇,故曰東遇虎蛇。離牛乾馬,伏震為驚奔、為道,伏坎,故不通。巽為商賈。○虵,依汲古,宋元本作地。
《小畜》之《乾》:東へ行って虎と蛇に遇い、牛馬は驚いて奔逃する。道は絶えて通じず、商人は困窮して功なし。尚氏の解説:この条は遇卦《小畜》の象を用いる。三四五爻が互いに離を成して東方に居り、下体の乾は虎、上体の巽は蛇、ゆえに「東遇虎蛇」と言う。離は牛、乾は馬、乾の伏卦の震は驚奔・道路とし、離の伏卦の坎は陥塞を主るので通じない。巽は商賈である。校記:「虵」(蛇の異体字)は汲古閣本に依り、宋刻・元刻本は「地」に作る。
坤。子鉏獲麟,春秋作經。元聖將終,尼父悲心。依汲古《訟》之《同人》校,此用《小畜》象。○經,宋元本作元,元聖作陰聖。汲古下三句作"庶士開元,豪雄爭名,都邑倍遊",茲從宋元本。
《小畜》之《坤》:魯人の子鉏商が麒麟を獲たので、孔子はこれにより《春秋》という経を著した。大聖人は自ら終わり近きを知り、孔夫子はこれを悲しんだ。尚氏の解説:この条は汲古閣本の《訟》之《同人》の条に依って校定し、取象はなお《小畜》を用いる。校記:「経」の字は宋刻・元刻本では「元」に作り、「元聖」は「陰聖」に作る。汲古閣本の後三句は「庶士開元,豪雄争名,都邑倍游」と作るが、ここでは宋刻・元刻本に従う。
屯。灼火泉源,釣魚山巔。魚不可得,火不肯然。詳《此》之《屯》。○灼,依汲古,宋元作取。
《小畜》之《屯》:泉の源で火を灼き、山の頂で魚を釣る。魚は得られず、火も燃えようとしない。尚氏の解説:詳しくは《比》之《屯》の条を見よ(源文は「《此》之《屯》」と作るが、「此」は「比」の誤りであろう)。校記:「灼」は汲古閣本に依り、宋刻・元刻本は「取」に作る。
蒙。機關不便,不能出言。精誠不通,為人所冤。坎為機關,坤閉故不便,故言不能出。震為言、為出。坎為心、為精誠,坤閉故不通。坎為冤,震為人。
《小畜》之《蒙》:機関の動きが不自由で、言葉を発することができない。一片の精誠は上に通ぜず、かえって人に冤まれを受ける。尚氏の解説:《蒙》の下体の坎は機関、三四五爻が互いに坤を成して閉塞するので不便、ゆえに言葉が出ない。二三四爻が互いに震を成して言語・外出を象る。坎はまた心・精誠であり、坤が閉塞するので通じない。坎は冤屈、震は人である。
需。故室舊廬,稍蔽紱組。不如新巢,可以樂居。坎為宮室、為廬,乾為故舊。伏坤為帛、為紱組,坎為蔽,離為巢、為新。兌悅故曰樂居。○蔽紱組,從汲古,元本作"稍弊且除",宋作"且徐"。可以,汲古、宋元本作可治,依局本。
《小畜》之《需》:古い屋・老いた家が、かろうじて印綬の丝带を遮蔽する。所詮は新しく結んだ巢には及ばず、住んでこそ安らかである。尚氏の解説:《需》の上体の坎は宮室・廬舎、下体の乾は陳旧を象る。乾の伏卦の坤は布帛・紱組(印を繋ぐ丝带)、坎は遮蔽の象あり。三四五爻が互いに離を成して巢・新とし、二三四爻が互いに兑を成して喜悦を主るので楽居と言う。校記:「蔽紱組」は汲古閣本に従い、元刻本は「稍弊且除」、宋刻本は「且徐」に作る。「可以」は汲古閣本も宋刻・元刻本も「可治」に作るが、ここは局本に依る。
訟。蜲蛇循流,東求大魚。預且舉網,庖人歌謳。巽為蛇、為魚。蜲蛇,行貌。離位東,坎為流水,乾大,故曰大魚。預且,宋漁人名。《莊子》:"神龜見夢於元君不能避餘且之網"。離為網,離火故曰庖人。伏震為歌謳。
《小畜》之《訟》:蛇の身が蜿蜿として流れに順い、東へ行って大魚を求める。漁人の予且が網を張り、厨人が歌を歌う。尚氏の解説:《訟》の三四五爻が互いに巽を成して蛇・魚とし、「蜲蛇」は蜿蜒として行くさま。二三四爻が互いに離を成して東方に居り、下体の坎は流水、上体の乾は大を主るので大魚と言う。「予且」は宋の漁人の名で、《荘子》に神亀が宋元君に夢で託したが、なお余且の網を免れなかったと言う。離は網、離はまた火なので庖厨の人と言い、巽の伏卦の震は歌唱である。
師。鑿山通道,南至嘉國。周公祝祖,襄適荊楚。艮覆,故曰鑿山。震為大塗、為通,故曰通道。震為南,坤為國,震為周、為公、為祝、為荊楚、為諸侯,故曰襄適荊楚。《左傳昭七年》:"公將往楚,夢襄公祖梓慎曰:襄公之適楚也,夢周公祖而行"。按:《詩》云"仲山甫出祖",《毛傳》:"祖,祭道神也",周公祝祖者,謂襄公適楚,夢周公祖而行也。○祖,依宋本,汲古作"周公所祝",非。
《小畜》之《師》:山嶺を鑿き開いて道を通し、南のかなた美しい国に至る。周公が出行のため道神を祭り、魯の襄公が荆楚に向かって発つ。尚氏の解説:二三四爻が互いに震を成し、震を倒せば艮となる。艮は山で倒置されるので鑿山と言い、震は大道・通達なので通道と言う。震はまた南、上体の坤は国。震は周・公・祭祝・荆楚・諸侯なので「襄適荆楚」と言う。《左伝》昭公七年に記す:魯昭公が楚に行こうとして、襄公が彼のために祖道する夢を見た。梓慎が言うには、襄公がかつて楚に行った時も、周公が祖道する夢を見てから発ったのだと。按:《詩経》に「仲山甫出祖」とあり、《毛伝》は「祖とは道の神を祭ること」と解する。周公祝祖とは、襄公が楚に行く際に周公が彼のために道神を祭ってから啓行したということである。校記:「祖」は宋刻本に依り、汲古閣本は「周公所祝」と作るが誤り。
比。鵲近卻縮,不見頭目。日以困急,不能自復。艮為鵲,坤為近、為退,故曰縮卻。縮,退也,言鵲近人而避也。離為目,乾為首,離乾伏,故不見。艮為時,坎為困,震為復,震覆故不能復。○近,從宋元本,汲古作足。以,從宋元本,汲古作久。
《小畜》之《比》:鵲が近づくやすぐ後ろに縮み、その頭と目が見えない。日々に窘迫し危急となり、自ら元の所に帰れない。尚氏の解説:《比》の三四五爻が互いに艮を成して鵲とし、下体の坤は親近・退譲なので「却縮」と言う――縮はすなわち退であり、鵲が人に近づいてまた避けることである。離は目、乾は首だが、離と乾はここではいずれも潜伏して見えないので見えないと言う。艮は時、上体の坎は困、震は返回だが、震はただ覆象にすぎないので帰れない。校記:「近」は宋刻・元刻本に従い、汲古閣本は「足」に作る。「以」は宋刻・元刻本に従い、汲古閣本は「久」に作る。
履。五舌啄難,各自有言。異國殊俗,使心迷惑,所求不得。互巽,卦數五,兌為舌,故曰五舌,舌多故啄難。正反兌相對,故各自有言。通《謙》。坤為國、為俗,艮亦為國,正覆艮,故曰異國殊俗。坤為迷,坎為心,故曰使心迷惑。艮為求,坤喪故不得。○二三句皆用覆象。
《小畜》之《履》:五枚の舌が喋喋して、啄食すら難しい。各々が各々の言を言う。国が異なり風俗が殊なれば、人の心は迷わされ、求める物は得られない。尚氏の解説:《履》の三四五爻が互いに巽を成し、巽は数において五、下体の兑は舌なので「五舌」と言う。舌が多ければ啄食すら難しい。兑は正視・倒視いずれも両々相対するので、各々に各々の説がある。この卦は《謙》と旁通する:《謙》の上体の坤は国・風俗、下体の艮もまた国で、艮は正視・倒視でまた一象を成すので異国殊俗と言う。坤は迷惑を主り、互いの坎は心なので人心を迷わすと言う。艮は求、坤は喪失を主るので求めて得られない。校記:第二・第三の句はいずれも覆象を用いる。
泰。天門開闢,牢戶寥廓。桎梏解脫,拘囚縱釋。乾坤皆為門戶,而乾居戊亥,故曰天門。《乾鑿度》云"乾為天門",《莊子庚桑楚》云"天門者,無有也",萬物出乎無有,本之《易》也。互震故曰開闢。坤閉故曰牢戶、曰桎梏、曰拘囚。震為人,人閉坤中,故有此象。而震為通達,故得解脫縱釋也。○囚,從宋元本,汲古訛困。○坎為牢、為桎梏,坤閉,故與坎同象。此亦失傳之象。
《小畜》之《泰》:天門が大いに開き、牢門は空しい。脚镣と手錠が解かれ、拘引された囚人は釈放を得る。尚氏の解説:乾と坤はいずれも門戸となり得、乾の位は戌亥の間にある(源文は「戊亥」と作るが「戌亥」の訛であろう)ので天門と言う――《乾鑿度》に「乾為天門」、《荘子・庚桑楚》に「天門とは無有也」とあり、万物は無有より生じ、その本源は《易》にある。三四五爻が互いに震を成して動を主るので開辟と言い、上体の坤は閉塞なので牢門・桎梏・拘囚と言う。震は人であり、人が坤の中に关められて初めてこれらの象がある。震はまた通達を主るので、終に解脱し釈放を得る。校記:「囚」は宋刻・元刻本に従い、汲古閣本は「困」と訛る。また:坎は牢・桎梏であり、坤は閉塞を主るので坤と坎は同象――これも久しく失われた一つの象である。
否。堅冰黃鳥,啼哀悲愁。數驚鷙鳥,雛為我憂。艮為堅,乾為水,坤為黃,艮為鳥,伏震為啼、為驚。坤為悲愁,艮為鷙鳥,兌為雛,兌覆故憂。○啼,從汲古,宋本誤當,元本誤常。鳥、雛,從宋元本,汲古作鷂、飄。悲愁,宋本誤愁悲,失韻。
《小畜》之《否》:氷は厚く堅く結び、黄鳥は凄哀に悲愁して啼く。屢々猛禽に驚かされ、幼雛は我が心事となる。尚氏の解説:《否》の二三四爻が互いに艮を成して堅とし、上体の乾は水(氷)、下体の坤は黄、艮は鳥。艮の伏卦の震は啼叫・驚。坤は悲愁、艮はまた鷙鳥。三四五爻が互いに巽を成し、巽を倒せば兑、兑は雛だが兑はただ覆象にすぎないので人を憂えさせる。校記:「啼」は汲古閣本に従い、宋刻本は「当」、元刻本は「常」と誤る。「鳥」「雛」は宋刻・元刻本に従い、汲古閣本は「鷂」「飄」に作る。「悲愁」は宋刻本が「愁悲」と誤り、韻を失う。
同人。日走月步,趣不同舍。夫妻反目,主君失居。通《師》。離日坎月,震為步、為趣、為夫,巽為妻,初至三兩半離相對,故曰反目。震為主君,艮為居,艮覆,故失居。《小畜》九三"夫妻反目",即以兩半離相對為反目也。
《小畜》之《同人》:太陽が一歩歩み、月が一歩歩み、各々異なる宿次へ奔る。夫妻は反目して仇となり、主君は安身の処を失う。尚氏の解説:《同人》は《師》と旁通する:下体の離は日、《師》の下体の坎は月。互いの震は歩・疾行・夫、巽は妻。初爻から三爻まで半離二つが彼此相対するので反目と言う。震は主君、艮は居だが艮はここでは覆象なので失居。《周易・小畜》九三の爻辞「夫妻反目」も、まさに二つの半離が相対する象を以て反目を取る。
大有。金牙鐵齒,西王母子。無有禍殃,候舍涉道,到來不久。兌為齒牙,乾為金鐵,兌位西,乾王坤母,故曰西王母子。坤為禍殃,坤伏故無。候舍涉道,未詳,疑有訛字。○禍,從汲古,宋元本作患。候,宋元本作扶,汲古作候。到,從宋元本,汲古作別。
《小畜》之《大有》:金の如き牙、鉄の如き歯、これは西王母の子女である。禍殃あることなし。館舍を守り道路を渉れば、到來の日は久しからず。尚氏の解説:《大有》の三四五爻が互いに兑を成して歯牙とし、下体の乾は金・鉄。兑は西方に居り、乾は王、乾の伏卦の坤は母なので「西王母子」と言う。坤は禍殃だが坤はここに潜伏するので無し。「候舍渉道」の一句は義が詳らかでなく、訛字あらんかと疑う。校記:「禍」は汲古閣本に従い、宋刻・元刻本は「患」に作る。「候」は宋刻・元刻本は「扶」、汲古閣本は「候」に作る。「到」は宋刻・元刻本に従い、汲古閣本は「別」に作る。
謙。式微式微,憂禍相絆。隔以巖山,室家分散。式微,《邶詩》篇名,坤柔,故曰式微。坎為憂,伏巽繩,故曰絆。艮為巖山、為室家,正反艮故曰分散。○絆,從汲古,宋元本作半,非。式微式微胡不歸,黎臣怨其君不歸,故曰絆。又震為歸,故知半非。又式微,元本訛拭牧,依宋本、汲古。
《小畜》之《謙》:天色は暗くまた暗く、憂愁と禍患が彼此牽絆する。高山峻嶺が人を隔て、一家は四散して分離する。尚氏の解説:「式微」は《詩経・邶風》の篇名。《謙》の上体の坤は柔弱衰微なので式微と言う。二三四爻が互いに坎を成して憂とし、互いの震の伏卦の巽は繩なので絆と言う。下体の艮は岩山・室家で、艮は正視・倒視各々一象を成すので分散と言う。校記:「絆」は汲古閣本に従い、宋刻・元刻本は「半」に作るが誤り――《式微》の詩に「式微式微、胡不歸」とあり、黎国の臣が君主の帰国せぬを怨むので牽絆と言う。また震に帰の象あるが見えれば、「半」と作るのは誤りと分かる。また「式微」は元刻本が「拭牧」と訛るが、ここは宋刻本と汲古閣本に依る。
豫。眾神聚集,相與議語。南國虐亂,百姓勞苦。興師征伐,更立賢主。解詳《屯》之《節》,《節》中爻艮震與《豫》體同。○聚集,從宋元本,汲古作集聚。更,汲古作別,依宋元本。
《小畜》之《豫》:衆の神が聚まりて商議する。南方の国は暴虐にして乱れ、百姓は勞苦堪え難く、ここに兵を興して討伐し、別に賢明の君主を立てる。尚氏の解説:詳しい解説は《屯》之《節》の条を見よ――《節》の中間の爻が互いに成す艮と震は、《豫》の卦体と同じなので林辞も同じである。校記:「聚集」は宋刻・元刻本に従い、汲古閣本は「集聚」に作る。「更」は汲古閣本は「別」に作るが、ここは宋刻・元刻本に依る。
隨。虎狼爭食,禮義不行。兼吞其國,齊魯無王。艮為虎狼,初四正反艮,震口,故曰爭食。坤為禮義,否初往上坤形毀,艮止,故不行。艮為國,兌口,故曰吞。巽齊兌魯,震為王,正反震,故曰無王。言列國互相兼併,周王不能制止也。○義、行、魯,從宋元本,汲古作讓、作能、作晉。王,各本多作主,豈知行與王韻,主雖震象,韻不協,依汲古《比》之《艮》校。
《小畜》之《随》:虎狼が食を争い、礼義はもはや行われない。大国は小国を呑み、斉魯の間に共主なし。尚氏の解説:互いの艮は虎狼、初爻から四爻まで正・反二つの艮があり、震は口なので争食と言う。坤は礼義で、《否》卦の初爻が上位に上れば坤の形体は毁れ、艮の性は止に加わるので礼義は行われない。艮は国、兑は口なので呑と言う。巽は斉、兑は魯、震は王で、正・反二つの震があるので無王と言う。これは列国が互いに兼并し、周天子が制止する力なきを言う。校記:「義」「行」「魯」の三字は宋刻・元刻本に従い、汲古閣本は「讓」「能」「晉」に作る。「王」は各本多く「主」に作るが、「行」と「王」が押韻することを知らない。「主」もまた震の象ではあるが韻が諧わないので、ここは汲古閣本《比》之《艮》の条に依って校正する。
蠱。寄生無根,如過浮雲。本立不固,斯須落去,更為枯樹。《漢書東方朔傳》:"著樹為寄生",師古曰:"寄生者,芝菌之類,為雨淋著樹而生",故曰無根。上艮形似寄生,巽下斷故無根。互大坎故曰浮雲。巽下斷,故本不固,故落去。艮為時、為待,故曰斯須。言寄生頃刻即枯落也。離為枯。丁據《詩正義》以蔦釋寄生,非蔦固名寄生,然非斯須落去之物,與此不合。
《小畜》之《蠱》:寄生の菌芝に根なく、天上を過ぎる浮雲の如し。本が固からず、転眼に墜落し、樹もまた従って枯死する。尚氏の解説:《漢書・東方朔伝》に「樹に着くを寄生と為す」とあり、顔師古の注に「寄生は芝菌の類で、雨水が樹に淋されて生ず」と言うので無根と言う。《蠱》の上体の艮の形状は樹に附着する寄生に酷似し、下体の巽は初画が断かれるので無根。卦中に互いに放大した坎を成すので浮雲と言う。巽の初画が断かれるので本固からず、墜落す。艮は時・等待なので「斯須」すなわち片刻の間――寄生が頃刻に枯落することを言う。互いに出づる離は枯。丁氏は《毛詩正義》に依り「蔦」を以て寄生を解するが、実は蔦は寄生と呼ばれるとはいえ転眼に掉落するものではなく、この林辞と合わない。
臨。子啼索哺,母行求食。反見空巢,訾我長息。詳《乾》之《同人》。○求,依宋元,汲古作取。訾我,宋元作訾弋,汲古作紫弋,依《乾》之《同人》校。
《小畜》之《臨》:雛児が啼泣して食を求め、母は出でて食を覓る。帰って見れば巢は空しく、かえって我が長子を責める。尚氏の解説:詳しい解説は《乾》之《同人》の条を見よ。校記:「求」は宋刻・元刻本に依り、汲古閣本は「取」に作る。「訾我」は宋刻・元刻本は「訾弋」、汲古閣本は「紫弋」に作るが、ここは《乾》之《同人》の条に依って校正する。
觀。駕駟逐狐,輪掛荊棘。車不結轍,公子無得。伏震為駕、為駟、為逐,艮為狐。伏乾為圜、為輪,震為荊棘,艮止,故曰掛。坤為車,艮為道路、為轍,坤閉艮止,故曰車不結轍,言輪不動而無轍跡也。震為公子,坤虛,故無所得。正伏象雜用。
《小畜》之《觀》:四匹の馬の車を駕して狐狸を追うが、車輪は荆棘に挂かる。車は轍印を圧し出せず、公子は一無所得。尚氏の解説:《觀》の上体の巽の伏卦の震は駕・四馬・追逐とし、三四五爻が互いに艮を成して狐。下体の坤の伏卦の乾は圓・輪、震は荆棘、艮の性は止なので挂住と言う。坤は車、艮は道路・車轍だが、坤が閉塞し艮がまた止するので車が轍を圧し出せないと言う――輪が轉ぜず、地上に轍跡なしと言うことである。震は公子、坤は中空なので一無所獲。この条は正象と伏象を交錯して用いる。
噬嗑。方喙廣口,仁智聖厚。釋解倒懸,家國大安。通《井》。兌為口,艮為喙,震為仁,坎為聖、為智,艮為厚,井巽繩為懸,兌為倒巽,故曰倒懸。震為解釋,艮為國家、為安。○家,各本皆作唐,依《井》之《恆》校。
《小畜》之《噬嗑》:方形の嘴、寛闊の口、人となり仁厚明智にして聖徳あり。倒懸の苦を解き、家国大いに安定す。尚氏の解説:《噬嗑》は《井》と旁通する:《井》の二三四爻が互いに兑を成して口、《噬嗑》の互いの艮は喙、震は仁、《井》の上体の坎は聖・智、艮は厚。《井》の下体の巽は繩で懸吊し得、兑はまさに巽を倒した形なので「倒懸」と言う。震は解开の象あり、艮は国家・安である。校記:「家」は各本皆「唐」に作るが、ここは《井》之《恒》の条に依って校正する。
賁。駕福乘喜,東至嘉國。戴慶南行,移居安宅。震為駕、為乘、為福喜、為東、為嘉,艮為國、為戴,震為慶,故曰戴慶。離為南,故曰南行。艮為宅、為居、為安。○東至嘉國,移居安宅。依汲古,宋元本作"來至家國,離我安居",失韻,非。
《小畜》之《賁》:福を駕し喜に乘り、東のかなた美しい邦国に至る。吉慶を戴いて南へ行き、新居に遷りて安頓す。尚氏の解説:《賁》の三四五爻が互いに震を成し、震は駕・乘・福喜・東・嘉。上体の艮は国・頂戴、震は慶なので「戴慶」と言う。下体の離は南方に居るので南行と言い、艮はまた宅・居・安である。校記:「東至嘉国」「移居安宅」の二句は汲古閣本に依り、宋刻・元刻本は「来至家国,离我安居」と作るが、韻を失い誤り。
剝。孔鯉伯魚,北至高奴。木馬金車,駕遊大都。王母送我,騋牝字駒。坤為鯉、為魚,中虛,故為孔。坤位北,艮為奴,艮山在上,故曰高奴。高奴,地名。《項羽傳》:"董醫王上郡高奴"是也。坤為馬,艮木,故曰木馬。坤為車,艮金,故曰金車。坤為都,伏乾為大,故曰大都。乾王坤母,坤我,故曰王母送我。坤為馬、為牝,故曰騋牝字駒。《史記平準書》:"乘字牝者不得集會",字,乳也,即牝也。○字,依宋元本,汲古作牸,字牸同。○坤北艮金確證。
《小畜》之《剥》:孔鯉は字を伯魚と言い、北のかなた高奴に至る。木の馬・金飾りの車、車を駕して大都に遊ぶ。王母が我がために送りをし、高き母馬はなお幼駒を帯びる。尚氏の解説:《剥》の下体の坤は鯉・魚、坤は中空なので「孔」の字を取る。坤の位は北、上体の艮は奴、艮の山は上にあるので「高奴」と言う――高奴は地名で、《史記・項羽本紀》に董翳(源文は「董医」と作る)が上郡の高奴で王と称したと記すのが即ち此地。坤は馬・艮は木で合して木馬、坤は車・艮は金で合して金車。坤は都、坤の伏卦の乾は大を主るので大都と言う。乾は王・坤は母、坤はまた我なので「王母送我」と言う。坤は馬・母馬なので「騋牝字駒」と言う――騋は七尺以上の高頭大馬、「字」は生育の意。《史記・平準書》に「字牝に乘る者は集会を得ず」とあり、字は乳育すなわち母畜である。校記:「字」は宋刻・元刻本に依り、汲古閣本は「牸」に作るが二字は同じ。また:これは坤が北、艮が金である確証である。
復。三足無頭,不知所之。心狂精傷,莫使為明,不見日光。震足數三,乾為頭,乾伏,故曰三足無頭。震為之,坤迷,故不知所之。震為狂、為精神,坤為傷,故曰精傷。坤黑,故不明。乾為日,乾伏,故不見。
《小畜》之《復》:三つの足ありて頭なく、どこへ往くべきか知らない。心神は狂乱し精気は損なわれ、それを明るくするものなく、日光を見ない。尚氏の解説:下体の震は足、震は数において三。乾は頭だが乾はここに潜伏するので三足無頭と言う。震は前往を主り、上体の坤は昏迷を主るので去向を知らず。震は狂・精神、坤は傷なので精傷と言い、坤の色は黒なので不明。乾は日で潜伏するので見ること能わず。
無妄。騋牝龍身,日馭三千。南止蒼梧,與福為婚。道里夷易,安全無忌。震為馬、為龍,巽為牝,艮為身,乾為日,震為馭驅也、為三千、為南、為蒼梧。艮止震巽為夫婦,故曰婚。艮為道、為里,震為夷易,艮安震樂,故無忌。○馭,依宋本,元本訛取,汲古訛越。由二本訛字觀之,似當為趣。
《小畜》之《无妄》:高き母馬が龍の如き身軀を生じ、一日に三千里を走る。南のかなた蒼梧に止まり、福気と縁を結ぶ。道路は平坦で、一路安全にして妨げなし。尚氏の解説:下体の震は馬・龍、三四五爻が互いに巽を成して母馬、二三四爻が互いに艮を成して身、上体の乾は日。震は駆馳・三千・南・蒼梧。艮の性は止で震巽は相配して夫婦を成すので婚と言い、艮は道・里程、震は平易。艮は安・震は楽なので妨げなし。校記:「馭」は宋刻本に依り、元刻本は「取」、汲古閣本は「越」と訛る。この二つの訛字から見れば、原字は「趣」であるべきか。
大畜。辰次降婁,王駕巡狩。廣佑施惠,安國無憂。降婁,即奎婁,戍分艮先天位戌,故曰辰次降婁。乾為王,震為駕、為巡狩。乾為廣、為施惠,艮為安、為國,震樂,故無憂。○狩,依汲古,宋元本作時,非。
《小畜》之《大畜》:歳星が降婁の次に運行し、君王は駕して出巡する。広く保佑の恩恵を施し、国家は安定して憂患なし。尚氏の解説:「降婁」は即ち奎・婁の二宿で、十二辰に配れば戌に属す。艮は先天の方位で正に戌の位に当たるので「辰次降婁」と言う。下体の乾は王、三四五爻が互いに震を成して駕・巡狩。乾は広・施恵、上体の艮は安・国、震は喜楽を主るので無憂。校記:「狩」は汲古閣本に依り、宋刻・元刻本は「時」に作るが誤り。
頤。望幸不到,文章未就。王子逐走,馬騎銜傷。佚跡不得,曷其有常。蔡邕獨斷云:"天子所至,輒有賞賜,故曰幸",言人民冀幸得賞也。艮為望,震為王、為行、為幸,艮止,故不到。坤為文章,艮止,故不就。震為王子、為走、為馬、為騎、為口,故為銜。坤傷,故曰銜傷。震為跡。佚,避也,言遁跡不得也。○文章未就,從宋本增,汲古及各本皆無。佚,從宋本,汲古作失,非。屈子遠遊,離人群而遁佚是其義。○艮為望確證。
《小畜》之《頤》:天子の駕臨を盼つが待たれず、文章もまた成らず。王子は奔逃して外にあり、馬の嚼子は口を傷つける。身を隠し跡を避けんと欲すが能わず、どこに定準あらん。尚氏の解説:蔡邕《独断》に「天子の至る所には必ず賞賜あり、ゆえに幸と言う」とあり、百姓が賞を得るを盼つことを言う。上体の艮は望、下体の震は王・行・幸だが、艮の性は止なので到らず。互いの坤は文章だが艮が止するので文章成らず。震は王子・奔走・馬・騎、また口なので銜となり、坤は傷を主るので銜傷と言う。震は蹤跡、「佚」は即ち躲避で、行跡を隠匿せんと欲して能わざるを言う。校記:「文章未就」の一句は宋刻本に従って補入し、汲古閣本とその他各本には無し。「佚」は宋刻本に従い、汲古閣本は「失」に作るが誤り。屈原《遠遊》が人君を離れて遁世し跡を隠すは、まさにこの意である。また:これは艮に望の象ある確証である。
大過。中原有菽,以待饔食。飲御諸友,所求大得。乾為郊,故曰中原。下巽為菽,兌為飲食、為友。伏艮為求。
《小畜》之《大過》:原野に豆が生え、留めて一頓の好飯と為す。朋友を請じて飲宴し、求むる所は皆大有収穫。尚氏の解説:《大過》の中間の爻が互いに乾を成し、乾は郊野なので「中原」と言う。下体の巽は豆菽、上体の兑は飲食・朋友。兑の伏卦の艮は求である。
坎。亂茅縮酒,靈巫拜禱。神怒不許,瘁愁憂苦。伏巽為茅,坎為酒,祭時灌酒茅上曰縮酒。縮,漏也。《井》九三云,甕敝漏,巽為漏也。伏兌為巫、為禱。艮為拜,震為神、為怒。坎為勞瘁愁苦。○愁憂,從宋元本,汲古作盡愁。
《小畜》之《坎》:茅草を束ね乱して酒を濾し神を祭り、霊巫は跪拜して祈祷する。神明は怒りて応允せず、人はただ憔悴して愁苦するのみ。尚氏の解説:互いの震の伏卦の巽は茅、坎は酒。祭祀の際に酒を茅草の上に浇って滲ませるを「縮酒」と言い、縮は即ち滲漏――《周易・井》九三に「瓮敝漏」とあり、巽はまさに漏の象あり。互いの艮の伏卦の兑は巫・祷告、艮は跪拜、震は神・発怒。坎は勞苦愁憂を主る。校記:「愁憂」は宋刻・元刻本に従い、汲古閣本は「盡愁」に作る。
離。李華再實,鴻卵降集。仁哲以興,蔭國受福。詳《比》之《訟》。
《小畜》之《離》:李の樹が花を開きまた二度目の果を結び、鴻雁の卵は紛紜として落ちて一処に聚まる。仁厚明哲の人はこれにより興起し、邦国を庇蔭して福沢を領受す。尚氏の解説:詳しい解説は《比》之《訟》の条を見よ。
咸。源出陵足,行於山趾。不為暴害,民得安處。通《損》。坤為水,艮陵。震為足、為趾,上山下足,水從山出,故曰源出陵足,行於山趾。坤為害,艮安,故不害。坤為民。○源,汲古作原,依宋元本。處,宋本、汲古作居,從元本。
《小畜》之《咸》:泉水が山陵の脚下より湧出し、山脚に沿って流淌する。水患を醸さず、百姓は安居を得る。尚氏の解説:《咸》は《損》と旁通し、《損》の象を取る:互いの坤は水、艮は山陵、互いの震は足・趾。山は上に・足は下にあり、水は山の中より流出するので「源出陵足,行于山趾」と言う。坤は禍害だが艮の性は安止なので災を成さず、坤はまた民である。校記:「源」は汲古閣本は「原」に作るが、ここは宋刻・元刻本に依る。「處」は宋刻本と汲古閣本は「居」に作るが、ここは元刻本に従う。
恆。客入其門,奔走東西。童女不織,士棄耕畝。暴骨千里,歲饑民苦。通《益》。震為客,艮為門,巽入,震東,兌西,震為奔走,兌少,故曰童女。巽為織,艮止,故不織。震為士、為耕,坤為畝,艮止,故不耕。兌為骸骨,坤為千里,艮火在上,故曰暴骨千里。坤為歲、為民、為飢。○飢,依汲古,宋元本作寒。
《小畜》之《恒》:外人が家門に闖入し、人々は東奔西走する。少女は織機を停め、男子は田地を丟る。尸骨は千里に曝露し、年成は饑荒で百姓は困苦す。尚氏の解説:《恒》は《益》と旁通し、《益》の象を取る:下体の震は客、互いの艮は門、上体の巽は入を主る。震は東に居り・兑は西に居り、震はまた奔走。兑は少小を主るので童女と言い、巽は紡織で艮の性は止なので織らず。震は士・耕作、互いの坤は田畝で艮が止するので耕がず。兑は骸骨、坤は千里、艮の火は上にあるので尸骨千里に曝晒すと言う。坤は年歳・民・饑荒。校記:「饑」は汲古閣本に依り、宋刻・元刻本は「寒」に作る。
遯。天子所予,福祿常在。以永康寧,不憂危殆。乾為天、為福祿,艮安故不危。○汲古無第三句,依宋元本。
《小畜》之《遯》:天子の賜う所は、福気禄位が長く在る。これにより長く康寧を享け、危難を憂うる必要なし。尚氏の解説:上体の乾は天・福禄、下体の艮の性は安止なので危なからず。校記:汲古閣本は第三句を缺く。ここは宋刻・元刻本に依る。
大壯。蝗食我稻,驅不可去。實穗無有,但見空藳。伏巽為蝗,兌為食,震為稻、為驅,艮為果窳、為實穗,艮伏,故無有,坤虛,故曰空藳。○藳,汲古作槁,依宋元。
《小畜》之《大壯》:蝗蟲が我が稲を食らい、赶いても赶い去れない。穗実を結ばず、空秆のみ残る。尚氏の解説:互いの兑の伏卦の巽は蝗蟲、兑は喫、上体の震は稲・驅赶。艮は瓜果・穗実だが艮はここに潜伏するので無し。坤は中空なので空秆と言う。校記:「藳」は汲古閣本は「槁」に作るが、ここは宋刻・元刻本に依る。
晉。牛驥同槽,郭氏以亡。國破空虛,君奔走逃。艮為槽。坤牛坎馬,皆與艮連體,故曰同槽。《說文》:"槽,馬食器也"。艮為郭,坤亡,故曰郭氏以亡。郭,國名,為齊所滅。坤為國、為空虛,坎破,故曰國破。乾為君,乾伏,故曰君逃。○槽,從宋本,汲古作堂,以與亡韻,豈知槽與逃韻。以,從汲古,宋元本作已。郭,國名,為齊所滅,見胡傳。
《小畜》之《晉》:耕牛と千里馬が一つの食槽に拴がれ、郭国はこれにより滅亡す。国土は破敗し空虚となり、国君は奔逃して外にある。尚氏の解説:《晉》の二三四爻が互いに艮を成して槽とし、下体の坤は牛、三四五爻が互いに坎を成して馬で、いずれも艮と連なり体を成すので同槽と言う――《説文》に「槽とは馬の食器也」とある。艮はまた郭、坤は喪亡を主るので「郭氏以亡」と言う。郭は国名で、斉国に滅ぼされた。坤は国・空虚、坎は破損を主るので国破と言い、乾は君でここに潜伏するので君逃と言う。校記:「槽」は宋刻本に従い、汲古閣本は「堂」に作るが、それは「亡」と押韻せんと欲するが故で、「槽」がまさに「逃」と押韻することを知らない。「以」は汲古閣本に従い、宋刻・元刻本は「已」に作る。郭は国名で斉国に滅ぼされたことは、胡安国《春秋伝》に見える。
明夷。狗無前足,陰謀叛北。為身害賊,何以安息。艮為狗,初爻陽,故曰無前足。坎為謀、為伏,故曰陰謀。震為反、為叛,坤為北、為身、為害,坎為賊,震行,故不息。○害賊,從元本,宋本作賊害,不韻。叛,汲古、宋元作其,依局本。
《小畜》之《明夷》:狗に前脚なく、暗に背叛を圖謀する。これは自ら己を害するので、どうして安寧を論じ得よう。尚氏の解説:互いの震を倒せば艮を成し、艮は狗。初爻は陽爻なので前脚なしと言う。二三四爻が互いに坎を成して謀・潜伏とし、合して「陰謀」を成す。三四五爻が互いに震を成して反・叛、上体の坤は北・身・害、坎は賊。震は行動止まざるを主るので安息を得ず。校記:「害賊」は元刻本に従い、宋刻本は「賊害」と作り押韻せず。「叛」は汲古閣本と宋刻・元刻本は「其」に作るが、ここは局本に依る。
家人。兩輪自轉,南上大阪。四馬共轅,無有屯難,與禹笑言。通《解》。坎為輪,重坎,故曰兩輪。離為南,震為上、為阪。坎為木、為轅,震為馬,卦數四,故曰四馬共轅。坎為屯,震樂,故無有屯難。震為笑言、為王,坎勞,故曰與禹笑言。○屯,從元本,宋本、汲古作重。又宋元多"鶴鳴竅穴,不離其室"八字,與上文義不屬,故從汲古。
《小畜》之《家人》:二つの輪が自ら轉動し、南の大きな坡に攀上る。四匹の馬が一轅を共に駕し、阻難なく、大禹と談笑の風生ず。尚氏の解説:《家人》は《解》と旁通し、《解》の象を取る:坎は輪で、卦中に坎の象が重出するので両輪と言う。《家人》の下体の離は南、《解》の上体の震は上・坡坂。坎は木・車轅、震は馬で数において四なので四馬共轅と言う。坎は屯難、震は喜楽を主るので屯難なし。震は笑語・王、坎は勞作を主るので大禹と談笑すと言う。校記:「屯」は元刻本に従い、宋刻本と汲古閣本は「重」に作る。また宋刻・元刻本は「鶴鳴竅穴,不離其室」の八字を多く出すが、上文と意が連貫しないので汲古閣本に従う。
睽。芽櫱生達,陽昌於外。左手執鑰,公言錫爵。此用《小畜》伏象。伏震為芽櫱、為生達,在上,故曰昌外。艮為手、為執,震為左、為鑰、為公、為言、為爵,全用《小畜》伏象。○震為公、為爵,可解《易》。
《小畜》之《睽》:草木が芽を抽き生長し、陽気は外にて昌盛す。左手に鑰匙を持ち、公侯が口を開いて爵位を賜う。尚氏の解説:この条は遇卦《小畜》の伏象を用いる:《小畜》の上体の巽の伏卦の震は芽蘖・生長通達で、震は上位に居るので外にて昌盛すと言う。艮は手・執、震は左・鑰匙・公・言・爵――すべて《小畜》の伏象より取る。校記:震が公・爵を象るというこの二つの象は、《周易》を解き通すに用い得る。
蹇。秋花冬萼,數被嚴霜。甲兵當庭,萬物不生。雄犬夜鳴,民擾大驚。此用《小畜》象。兌為花萼、為秋,乾為冬、為霜,離為甲兵,伏艮為庭。當庭,疑有訛字。震為萬物,兌折,故不生。艮為犬,坎夜,震為擾驚。○兌為華確證,可釋《大過》。
《小畜》之《蹇》:秋に開く花・冬に結ぶ萼、屢々厳霜に遭う。铠甲兵器が庭中に並び、万物は生長能わず。公狗が夜に乱れ吠え、百姓は驚擾して安からず。尚氏の解説:この条は遇卦《小畜》の象を用いる:互いの兑は花萼・秋、下体の乾は冬・霜、互いの離は甲兵、兑の伏卦の艮は庭――「當庭」の語は疑わしく訛字あらんか。震は万物、兑は毁折を主るので生ぜず。艮は犬、坎は夜、震は騷擾驚動を主る。校記:これは兑に花の象ある確証で、《大過》卦の「枯楊生華」を解釈するに用い得る。
解。霜降閉戶,蟄蟲隱處。不見日月,與死為伍。詳《坤》之《需》。
《小畜》之《解》:霜降の時節に門戸を關じ閉ざし、蟄伏の蟲は躲藏する。日月を見ず、ほぼ死人と伍するが如し。尚氏の解説:詳しい解説は《坤》之《需》の条を見よ。
損。身載百里,功加四海。為文開基,武立天柱。坤為身、為載、為百里、為海,震為功,數四,故曰功加四海。坤為文,艮為基,震為武,艮為天、為柱。○天,依汲古,宋元本作大。○震為武證,可解《易》。又載疑為宰。又按:《神異經》:"崑崙有銅柱焉,其高入天,所謂天柱",又《列子》:"共工氏觸不周之山,天柱折,地維絕",立天柱,猶植基也。
《小畜》之《損》:一身が方圓百里を管し、功業は四海に及ぶ。文王のために基業を開創し、武王のために天柱を立てる。尚氏の解説:互いの坤は身・載・百里・海、互いの震は功で、震は数において四なので功四海に加わると言う。坤は文、上体の艮は基、震は武、艮は天・柱。校記:「天」は汲古閣本に依り、宋刻・元刻本は「大」に作る。また:これは震に武の象ある証拠で、《周易》を解き通すに用い得る。また「載」の字は疑わしく「宰」と作るべきか。また按:《神異経》に「崑崙に銅柱あり、その高さ天に入る、所謂天柱」、《列子》に共工氏が不周山に撞き倒し「天柱折れ、地維絶ゆ」とあり、所謂立天柱とは即ち根基を樹立することに等しい。
益。禹作神鼎,伯益銜指。斧斤高閣,憧立獨坐。賣庸不讎,苦困為禍。震為王、為禹、為神、為鼎、為伯。坤為聚、為益。艮為指,震口為銜,伏兌為斧斤,艮為高閣,言斧斤閣置不用也。憧,《說文》:意不定也,《咸》九四"憧憧往來",憧立者,言徙倚不定也。又《集韻》"憧,音惷,與騃同",憧立,猶痴立也。尤與坤迷象合。震立艮坐,坤寡,故曰獨坐。庸傭同。艮為庸,巽為市易,故曰賣庸。《漢書欒布傳》:"窮困賣庸"注:"謂受僱也",坤害故不讎。《漢書高祖紀》:"每留酤讎數倍。"如淳曰:"讎,售也"。坤為困苦、為害,丁晏云:《呂覽》周鼎著倕而齕其指,《淮南子本經》:"周鼎著倕使銜其指。"注:"明不當太巧也",茲作伯益,乃傳聞異詞。凡子書述故事多如此。○憧,從宋元本,汲古作幢,非。立,從汲古,宋元本作位,非。賣庸不讎,從元本,宋本作"不售賣庸",汲古作"賣賈不售"。苦,從宋元本,汲古作讎,乃妄人將讎字移置於此。禍,從宋元本,汲古作害。
《小畜》之《益》:大禹が神鼎を鋳成し、伯益が自らの手指を咬む。斧头は高き処に擱いて用いず、人は痴れて立ち孤零零として坐す。力を出し売っても雇う人なく、困苦は災禍と為る。尚氏の解説:下体の震は王・禹・神・鼎・伯、互いの坤は聚・增益。互いの艮は手指、震は口で銜と訓じ得。兑は斧斤だが、此処は伏象を取り、艮は高閣――斧头を擱置して用いざるを言う。「憧」の字を《説文》は心意定まらずと解し、《周易・咸》九四の「憧憧往来」が即ちこの意。「憧立」とは徘徊して定まらざるを言う。《集韻》にまた「憧、音は惷、騃と同じ」とあれば、憧立は即ち痴れて立つことで、坤の昏迷の象と尤も合す。震は立・艮は坐、坤は孤寡を主るので独坐と言う。「庸」は「佣」に同じく、艮は佣工、上体の巽は交易なので売工と言う――《漢書・欒布伝》に「困窮して庸を売る」とあり、注は人に雇佣されると解す。坤は禍害を主るので売り出せず。《漢書・高祖紀》に「留めて酤う毎に讐数倍す」とあり、如淳の注に「讐とは售なり」。坤は困苦・禍害。丁晏は《吕氏春秋》を引き、周の鼎に倕の像を鋳て彼の手指を咬ませたと言い、《淮南子・本経》に「周鼎に倕を着せて其の指を銜ましむ」とあり、注に「過分に工巧なるべからずを表明す」とある。ここで伯益に換えたるは伝聞の異なるが故――諸子の書が故事を叙述するは多くこの如し。校記:「憧」は宋刻・元刻本に従い、汲古閣本は「幢」に作るが誤り。「立」は汲古閣本に従い、宋刻・元刻本は「位」に作るが誤り。「売庸不讐」は元刻本に従い、宋刻本は「不售売庸」、汲古閣本は「売賈不售」に作る。「苦」は宋刻・元刻本に従い、汲古閣本は「讐」に作るが、それは妄人が「讐」の字を移置したもの。「禍」は宋刻・元刻本に従い、汲古閣本は「害」に作る。
夬。福祚之聚,喜至憂除。如魚逢水,長樂受喜。乾為福,重乾,故曰聚。伏坤為魚、為水,兌悅,故喜。○三四句依汲古,宋元本作"如風兼雨,出車入魚"。
《小畜》之《夬》:福気が汇聚し、喜事到來して憂愁消除す。魚が水に遇うが如く、長く歓楽して喜慶を領受す。尚氏の解説:下体の乾は福で、卦中に乾の象が重出するので聚と言う。乾の伏卦の坤は魚・水。上体の兑は喜悦を主るので喜と言う。校記:第三・第四の句は汲古閣本に依り、宋刻・元刻本は「如風兼雨,出車入魚」と作る。
姤。蒼龍隱伏,麟鳳遠匿。寇賊同處,未得安息。震為蒼、為龍,震伏,故曰隱。坤文為麟鳳,坤伏,故曰匿。巽為寇賊,在內,故曰同處,消陽,故不息。○寇賊,從汲古,元本作冠履,宋本作寇來。蒼龍,從宋本,元本訛倉。
《小畜》之《姤》:蒼龍は隱伏して出でず、麒麟鳳凰は遥か遠く避ける。盗賊はかえって混雑して一処に居り、人は安寧を得ず。尚氏の解説:震は青蒼・龍だが震はここでは伏象なので隱と言う。坤は文采ありて麟鳳と為り得るが、坤もまた潜伏するので匿と言う。下体の巽は寇賊で、巽は内卦に居るので同處と言う。《姤》は一陰が下に生じて歩歩陽気を消去する卦なので安息を得ず。校記:「寇賊」は汲古閣本に従い、元刻本は「冠履」、宋刻本は「寇来」に作る。「蒼龍」は宋刻本に従い、元刻本は「倉」と訛る。
萃。白鶴銜珠,夜食為明。懷安德音,身受光榮。伏震為鶴、為珠,兌口為銜、為食,坤為夜,艮為光明,故曰夜食為明,言得珠而明也。伏震為音,坤為身,艮貴艮光,故曰光榮。○為,從宋元本,汲古作待,非。安,從宋元本,汲古作胡,非。艮為光明,《易》光明象皆得解。○宋元本作《升》林,此必有故實。
《小畜》之《萃》:白鶴が明珠を銜え、夜の進食も照らし見得る。心に安適を懐き名声美好にして、自身は光栄を得る。尚氏の解説:坤の伏卦の震は鶴・珠、上体の兑は口で銜・食と訓じ、下体の坤は夜、互いの艮は光明なので夜に食するも光有りと言う――明珠を得て初めて照らし見得るを言う。伏震はまた声音、坤は身。艮は尊貴にしてまた光明なので光栄と言う。校記:「為」は宋刻・元刻本に従い、汲古閣本は「待」に作るが誤り。「安」は宋刻・元刻本に従い、汲古閣本は「胡」に作るが誤り。艮が光明とするこの象が一旦確立すれば、《周易》中に光明を講ずる所はすべて講じ通せる。また:宋刻・元刻本はこの条を《升》の下に繋げるが、その中に必ず縁故あらん。
升。旦生夕死,名曰嬰鬼,不可得祀。震為旦、為生,坤為夕、為死,兌為嬰兒,坤為鬼,兌食為祀,坤閉,故不可得。○旦,依宋元,汲古作朝。祀,從汲古,宋本訛視。○宋元作《萃》林。
《小畜》之《升》:朝に生まれて暮に死す、これを嬰鬼と言い、祭祀すら受けられない。尚氏の解説:互いの震は早晨・生、上体の坤は傍晚・死。互いの兑は嬰児、坤は鬼。兑は飲食で祭祀と訓じ得るが、坤が閉塞するので祭享を得られない。校記:「旦」は宋刻・元刻本に依り、汲古閣本は「朝」に作る。「祀」は汲古閣本に従い、宋刻本は「視」と訛る。また:宋刻・元刻本はこの条を《萃》の下に繋げる。
困。行役未已,新事復起。姬姜勞苦,不得休息。通《賁》。震為行役,正反震,故不已。離為新,震起,震為姬,巽為姜,坎為勞,故不息。○休,從宋元本,汲古作安。
《小畜》之《困》:徭役の差事は尽きることなく、新しい事がまた続いて來る。姫姜の如き貴婦すら勞苦に従い、休息を得ない。尚氏の解説:《困》は《賁》と旁通し、《賁》の象を取る:互いの震は行役で、正・反二つの震が接続して絶えないので不止と言う。下体の離は新、震は興起を主る。震は姫・巽は姜――姫姜は周代の貴族婦女の通称。互いの坎は勞苦を主るので休息を得ず。校記:「休」は宋刻・元刻本に従い、汲古閣本は「安」に作る。
井。憂患解除,喜至慶來。坐立歡忻,與樂為鄰。詳《蒙》之《咸》。
《小畜》之《井》:憂愁禍患は皆解除され、喜事吉慶が接続して到來す。坐すも立つも歓欣で、快楽と鄰居を為す。尚氏の解説:詳しい解説は《蒙》之《咸》の条を見よ。
革。晨風文翰,大舉就溫。昧過我邑,羿無所得。晨風,鸇也。通《蒙》。艮為鸇,震晨巽風,故曰晨風。坤為文,震為翰,故曰文翰。文翰,詳《大過》之《豫》。艮火,故曰就溫。坤為我、為邑,神黑,故曰昧過我邑。坤為惡,故曰羿。坤虛,故無得。陳樸園云:《詩》:"鴪彼晨風,鬱彼北林",疑齊詩作"溫彼北林",故林詞屢言就溫。溫蘊通用,《雲漢》詩"蘊隆蟲蟲",韓詩作鬱。蘊鬱義同。《毛傳》,鬱,積也。就溫,猶集菀耳。○文,宋元本作之,汲古作天,他本或又訛大,茲依《大過》之《豫》校。○艮鳥震翰確證,《易》多處得解。
《小畜》之《革》:鸇鳥の羽毛に文采あり、高く飛び起きて温暖の地に投ず。天色の昏暗に乗じて我が城邑を掠め、善射の后羿も一無所獲。尚氏の解説:「晨風」は即ち鸇で、一種の猛禽。《革》は《蒙》と旁通し、《蒙》の象を取る:上体の艮は鸇、互いの震は晨・巽は風で合して「晨風」を成す。坤は文采、震は羽翰で合して「文翰」を成す――文翰の取象は詳しく《大過》之《豫》の条を見よ。艮は火なので温に就くと言う。坤は我・邑、坤の色は黒(源文は「神黒」と作るが「坤黒」の訛であろう)なので昏暗中に我が城邑を掠むと言う。坤は醜悪を主るので羿に取り、坤は中空なので一無所得。陳樸園が言う:《詩経》に「鴪彼晨風,鬱彼北林」とあり、齊詩は「温彼北林」と作るを疑う。ゆえに《易林》は屡々「就温」と言う。「温」は「蘊」と通用し、《雲漢》の詩「蘊隆虫虫」を韓詩は「鬱」に作り、蘊と鬱は同義、《毛伝》に「鬱とは積也」とあり、「就温」は即ち「集菀」に等しい。校記:「文」の字は宋刻・元刻本は「之」、汲古閣本は「天」に作り、別の本はあるいはまた「大」と訛るが、ここは《大過》之《豫》の条に依って校正する。また:これは艮が鳥、震が羽翰の確証で、《周易》の多くの処はこれに拠り講じ通せる。
鼎。下田種黍,方華生齒。大雨淋集,粉澇滿甕。通《屯》。坤為下、為田,震為黍、為華、為生。本卦兌為齒,坎雨坤水,故曰大雨淋集、曰紛澇。震為甕,在下承之,故滿甕。○種,依汲古,宋元作稷。方,從元本,宋、汲古作芳。生,從宋元,汲古作當。《詩》"黍稷方華",林詞所本,故知宋、汲古皆誤。甕,亦從宋元本,汲古作"紛榮滿壅",非。滿甕,即盈缶之義。
《小畜》之《鼎》:低い田に黍子を種え、まさに花を開き芒の歯を抽く。大雨は傾盆として下り、積水は瓮より溢れ出るほど満つ。尚氏の解説:《鼎》は《屯》と旁通し、《屯》の象を取る:坤は下・田、震は黍・花・生長。本卦《鼎》の互いに出づる兑は歯、坎は雨・坤は水なので大雨淋注・積涝と言う。震は瓮で下にて承接するので満瓮と言う。校記:「種」は汲古閣本に依り、宋刻・元刻本は「稷」に作る。「方」は元刻本に従い、宋刻本と汲古閣本は「芳」に作る。「生」は宋刻・元刻本に従い、汲古閣本は「當」に作る――《詩経》に「黍稷方華」とあり、まさに林辞の本とする所で、宋刻本と汲古閣本がいずれも誤ることが見える。「瓮」もまた宋刻・元刻本に従い、汲古閣本は「紛榮滿壅」と作るが誤り。「満瓮」は即ち盈缶の意である。
震。鳥庇茂木,心樂願得。君子碌碌,見者有榖。艮為鳥、為庇,震為茂木。艮為君子,艮止,故碌碌。坎為心願,震為樂、為榖,榖,善也。○木,汲古作林,依宋元本。樂,宋元作勞,依汲古。見者有榖,宋元作見春百榖,依汲古。君子句汲古在第二句,依宋元本。
《小畜》之《震》:鳥は茂密の樹に蔭庇を得、心は快活して願いの如くなる。君子は分を安んじ常を守り、彼を見る者は皆好処を得る。尚氏の解説:《震》の二三四爻が互いに艮を成して鳥・庇護とし、震は茂盛の樹木。艮はまた君子で、艮の性は止なので碌碌すなわち常分に安んずと言う。三四五爻が互いに坎を成して心願、震は喜楽・榖――「榖」は即ち善。校記:「木」は汲古閣本は「林」に作るが、ここは宋刻・元刻本に依る。「楽」は宋刻・元刻本は「勞」に作るが、ここは汲古閣本に依る。「見者有榖」は宋刻・元刻本は「見春百榖」と作るが、ここは汲古閣本に依る。「君子」の句は汲古閣本では第二句に排するが、ここは宋刻・元刻本に依る。
艮。折臂踒足,不能進酒。祠祀闊曠,神怒不喜。艮為臂,坎折。震為足,坎蹇,故曰折臂踒足。坎為酒,坎陷,故不進。震為祠祀,艮止,故闊曠。震為神、為怒、為喜,坎憂,故不喜。○震為神確證,凡《易》神象有著。
《小畜》が《艮》に変ず。《易林》は毎一卦の下に各々六十四条を繋げ、条首の卦名は即ち本卦の変じて成る那一卦で、「之卦」と言う。林辞は言う:臂が折れ、足踝が挫傷し、一杯の酒すら捧げて敬獻することができない。祭祀の礼は久しく空廃し、神明は怒りて歓欣して受享することを肯んじない。尚秉和の解説:之卦《艮》の艮は臂、卦中の坎に折断の義あり、ゆえに「折臂」と言う。震は足、坎はまた行走艱難の蹇の象なので「踒足」と言う。坎は酒、坎は同時に坑陥でもあり、酒を送上げられないので「不能進酒」。震は祠祀、艮は停止で、祭祀が一たび停まれば荒疏して空闊となるので「闊曠」。震は神・怒・喜の三種の取象を兼ね、坎は憂愁を主り、喜が憂に掩われるので「神怒不喜」。校記が指摘する:この条は「震為神」の確証――「震為神」は《説卦》に見えず、古書に散落した「逸象」に属し、尚氏はこれに拠り《周易》で神を説く所はすべてその卦象に着落ありと断定する。
漸。學靈三年,仁聖且神。明見善詳,吉喜福慶。鳱鵠知來,告我無憂。學靈,小兒學語也。《小畜》兌為雛、為口,正反兌相對,故曰學靈。乾為年,離卦數三,故曰三年。伏震為仁,坎為聖,震為神、為善,艮為明。祥者,兆也,吉凶之先見者也,惟明者能先見之。震為喜慶、為鳱鵠,震覆為艮,口向內,故曰來。震為言,故曰告。坤為我,坎為憂,震解,故無憂。顧千里曰:《淮南汜論訓》:"乾鵠知來而不知往",鄭注《大射儀》引為鳱。愚按:《廣雅》:"鳱鵠鵲也",《廣韻》:"鳱鵲鳥名",陸賈云:"乾鵲噪而行人至",鳱鵠,乾鵲、乾鵠實一物,即今俗所云喜鵲也。各本皆作鳴鳩飛來,依宋本《晉》之《艮》校。且神明見,宋元本作神明先見,依汲古。
《小畜》が《漸》に変ず。林辞は言う:小児が牙牙として語を学ぶこと三年、長成して後に仁厚・明睿にして神明に通ず。心地清明にして吉凶の征兆を預め見る能く、ゆえに喜慶の福分あり。鵲は未来を預知し得て、飛び來りて我に報じ、憂うべき事なしと言う。尚秉和の解説:「学霊」とは小児が話を学ぶこと。本卦《小畜》の中で兑は幼雛・口で、正・反二つの兑口が相対するは、まさに大人が教え小児が学ぶに似るので「学霊」と言う。乾は年歳、離は卦数において三に属すので「三年」と言う。爻位の背後に潜蔵して顕現せざる那一卦を「伏象」と言い、此処は伏震で仁とする。坎は聖、震は神・善、艮は明。「詳」は即ち「祥」で兆头を指し、吉凶は未だ発生せざるも先に端倪を露し、心明るき人のみ先に見る能し。震は喜慶、また鳱鵠。震を翻転すれば艮を成し、鳥口は内に向くは飛來の状なので「来」と言う。震は言語なので「告」と言う。坤は我、坎は憂、震は憂愁を解散し得るので「無憂」。顧千里の考証:《淮南子・氾論訓》に「乾鵠は來を知りて往を知らず」とあり、鄭玄の《儀礼・大射儀》注は引いて「鳱」と作る。尚秉和の按語:《広雅》に鳱鵠は即ち鵲、《広韻》に鳱鵲は鳥名、陸賈に乾鵲が一たび鳴けば行人到來すとあり、見れば鳱鵠・乾鵲・乾鵠は本一物で、即ち今俗に称する喜鵲である。校記がまた言う:各本この句は皆「鳴鳩飛来」と作るが、此処は宋刻本《晉》之《艮》の条に依って校改する。「且神明見」の一句は、宋刻本・元刻本は「神明先見」と作るが、ここは汲古閣本に依る。
歸妹。三婦同夫,志不相思。心懷不平,至常愁悲。兌為婦,震數三,故曰三婦。震為夫,坎為心志,坎陷,故不平,坎憂,故愁悲也。○至常,宋元本作志常,志與上覆,依汲古。
《小畜》が《帰妹》に変ず。林辞は言う:三つの婦人が一夫に事え、各々心思を懐き、彼此相親し相念わない。心に不平の気を存し、時々愁苦し悲傷す。尚秉和の解説:兑は婦人、震は卦数において三なので「三婦」と言う。震は丈夫。坎は心・志向、坎はまた坑陥不平の象なので「心懐不平」。坎は憂を主るので「愁悲」。校記が言う:「至常」の二字は、宋刻本・元刻本は「志常」と作るが、上句に既に「志不相思」の「志」の字あり、これでは重複するので、ここは汲古閣本に依る。
豐。中田膏黍,以享王母。受福千億,所求大得。坎為土、為中,互大坎,故曰中田。巽為黍、為母,兌食為享,震為王,故曰以享王母。震為福、為千億,伏艮為求。○膏,從宋元本,汲古訛高。《山海經》:"廣都之野,后稷葬焉,其地生膏黍",膏黍者,黏黍也。《豐》中互大坎,故曰膏。
《小畜》が《豊》に変ず。林辞は言う:田地の中に肥美の黏黍が生え、それを持って王母に祭獻する。これにより千億の多き福沢を受け、求むる所あれば皆大いに得ることあり。尚秉和の解説:坎は土・中。一卦の中間の爻より別に取出す卦象を「互体」と言い、爻を跨いで取り成す大坎を「大坎」と言い、《豊》卦の中間はまさに互いに一つの大坎を出ずるので「中田」と言う。巽は黍・母、兑は飲食を主るので「享」となり、震は王で、合して「以享王母」。震は福、また千億の数、伏艮は求取。校記が言う:「膏」の字は宋刻本・元刻本に依り、汲古閣本は「高」と訛る。《山海経》は広都の野が后稷の埋葬の地で、そこは膏黍を出産し、膏黍は即ち黏黍と記す。《豊》卦中は互いに大坎で、坎は水・潤沢なので「膏」と称す。
旅。陽火不災,二耕慶來。降福送喜,鼓瑟歌謳。離艮皆為火,中互大坎,坎水,故不為災。旁通《節》。震為耕,兌卦數二,故曰二耕,春耕、秋耕也。震為喜慶、為福、為鼓瑟、為歌謳。○不災慶來,從宋元本,汲古鼓瑟上多為我二字、歌謳下多送喜二字,為五句,然音皆不協,疑字句有訛誤,然宋元本災來韻,謳不韻,仍未愜。
《小畜》が《旅》に変ず。林辞は言う:烈日炎火は火灾を醸さず、春秋両季の耕作は皆喜慶を帯びる。上天は福沢を降して喜事を送り、ここに瑟を鼓して楽を奏し声を放って歌う。尚秉和の解説:離と艮はいずれも火の象あり、卦中に互いに大坎を出し、坎は水で水は火を制し得るので災を成さず。この卦は《節》と「旁通」する――六爻の陰陽をすべて反転して得る那一卦を、即ち旁通卦と言う。震は耕種、兑は卦数において二なので「二耕」と言い、春耕と秋耕を指す。震は喜慶・福・鼓瑟・歌謳。校記が言う:「不災」「慶来」は宋刻本・元刻本に依る。汲古閣本は「鼓瑟」の上に「为我」の二字を多く、「歌謳」の下に「送喜」の二字を多く出して五句と成すが、読めば音韻皆諧わず、疑わしく訛字錯句あらん。ただ宋元本の「災」「来」の相押すも「謳」は入韻せず、やはり妥帖とは算えない。
巽。陽明不息,君無恩德。伯氏失利,農喪其力。互離火故明不息。震為君、為恩德、為伯,震伏故無、故失利,巽為利也。震為農人,震伏,故喪力。○農,從宋元本,汲古作民。
《小畜》が《巽》に変ず。林辞は言う:烈陽は空に当たり、光熱は停まらない。国君はかえって恩徳を出して下民に施及す能わず。大夫の家は財利を失い、農人は一身の気力を空しく費やす。尚秉和の解説:卦中に互いに離を出し、離は火なので「陽明不息」。震は君・恩徳・長兄伯氏だが、此処は震が潜伏して現れないので「無恩徳」・「失利」と言う――巽は本来こそ利である。震はまた農人で、震は既に潜伏するので農人は自ずから「其の力を喪う」。校記が言う:「農」の字は宋刻本・元刻本に依り、汲古閣本は「民」に作る。
兌。燕雀銜茅,以生孚乳。兄弟六人,姣好悌孝。各得其願,和悅相樂。兌為燕雀、為銜,互巽為茅,故曰銜茅。伏坎為孚,艮為乳,震為生、為兄,艮坎為弟,坎數六,故曰兄弟六人。兌為媚、為悅,故曰姣好。互巽為順,故曰悌孝。兌悅,故曰和樂。艮為鷙鳥,凡鵰鶚之屬,皆為艮象。兌與艮對,燕雀皆小鳥,故為兌象。俗象離非。○姣,從宋本,汲古作交。悌孝,汲古作孝悌,依宋元本。孝與樂韻。
《小畜》が《兌》に変ず。林辞は言う:燕雀が茅草を銜えて巢を筑き、卵を孵し雛を育てる。兄弟六人を生み、個々皆美好に生れ、父兄を敬愛す。各人皆意に称い心に如い、和睦して歓悦し、相处して快楽なり。尚秉和の解説:兑は燕雀・銜、互いに出づる巽は茅草で、合して「銜茅」を成す。伏坎は孚すなわち孵卵、艮は哺乳、震は生育・兄長、艮と坎は弟で、坎は卦数において六なので「兄弟六人」と言う。兑は妩媚・喜悦なので「姣好」、互いの巽は柔順なので「悌孝」、兑は本身即ち悦なので「和悦相楽」。また言う:艮は猛禽で、凡そ雕・鶚の類は皆艮の象に属す。兑は艮と相対し、燕雀は小鳥なので兑の象に帰入す。俗説が燕雀を離に派するは誤り。校記が言う:「姣」は宋刻本に依り、汲古閣本は「交」に作る。「悌孝」は汲古閣本は「孝悌」と作るが、此処は宋元本に依る。「孝」は「楽」と押韻せねばならないが故である。
渙。鶉尾賁賁,火中成軍。虢叔出奔,下失其君。《左傳僖五年》:"龍尾伏辰,鶉之賁賁,火中成軍,虢公其奔",杜注:鶉,鶉火星。尾,尾星。言丙子平旦,鶉火中軍,事有成功也。艮為火、為尾、為星,又為鳥,故曰鶉火、曰鶉尾。賁賁,星體之象。互震為武人,故曰軍。艮手艮虎,故曰虢。《說文》:"虢,虎所攫畫明文也",艮為少,故曰虢叔。震為奔、為君,坎為失、為下。○艮火證。
《小畜》が《渙》に変ず。林辞は言う:鶉尾の星は光焔灼灼、鶉火の星はまさに南天の中に当たり、軍事は告成を得る。虢国の君は出逃して外にあり、下面の臣民は君主を失う。尚秉和の解説:《左伝》僖公五年に童謡「龍尾伏辰,鶉之賁賁,火中成軍,虢公其奔」を載せ、杜預の注に:鶉は鶉火の星を指し、尾は尾星を指す。丙子の日の清晨に鶉火の星が南天の正中に在り、兵を用いれば成功し得ると言う。艮は火・尾・星、また鳥なので「鶉火」「鶉尾」と言い得る。「賁賁」は星体の光芒のさまを形容す。互いに出づる震は武人なので「軍」と言う。艮は手・虎で、「虢」の字は正にこの象を取る――《説文》は「虢」を老虎の抓撓して出す顕明の花紋と解す。艮はまた少なので「虢叔」と称す。震は奔走・君、坎は喪失・下位。校記が言う:これは「艮為火」の逸象の一証拠である。
節。兩人相距,止不同舍。夫妻離散,衛侯失居。中爻正反艮,故曰相距,正反震,故曰兩人。又兌卦數二,亦兩人象。艮為舍、為止,正反艮,故不同舍。震夫巽妻,巽為風而伏不見,故曰離散。震為諸侯、為衛,故曰衛侯。艮為居,坎陷,故失居。○此用覆象,《易》詞用覆者可解。
《小畜》が《節》に変ず。林辞は言う:二人が相持して対峙し、各々歩を止め、一処に住まない。夫妻は離散して分かれ、衛侯は安身の地すら失掉した。尚秉和の解説:中間の爻が正・反二つの艮を成し、艮は止で、両止が相向かうは即ち「相距」すなわち彼此頂き合うこと。正・反二つの震を成すので「両人」と言う。兑は卦数において二で、また兩人の象。艮は屋舍・止で、正反両艮が各々一方に止まるので「不同舍」。震は夫・巽は妻、巽は風で此処は潜伏して現れないので「離散」。震は諸侯・また衛で、合して「衛侯」を成す。艮は居處、坎は陷落なので「失居」。校記が言う:この条は「覆象」を用いる――一卦を全体上下顛倒して得る卦象である。《易》で凡そ覆象を用いる辞句は、これに照らして皆講じ通せる。
中孚。魃為旱虐,風吹雲卻。欲止不得,反歸其宅。艮為火,故曰旱虐。震為神,與艮火連體,故曰魃。《詩大雅》:"旱魃為虐",《毛傳》:"魃,旱神也"。巽為風,兌口為吹,大坎為雲,坎伏,故曰云卻。卻,退也。艮為止、為宅,震為歸,故曰反歸其宅。○魃、虐,從宋本、汲古。旱,從丁釋文,汲古作菑,宋本作燔,元本作魁,為番虎,全訛。
《小畜》が《中孚》に変ず。林辞は言う:旱魃が肆虐し、赤地千里。風が一吹けば雲は皆退散す。旱情を止めんと欲すが能わず、人は己が屋に折り返るのみ。尚秉和の解説:艮は火なので「旱虐」あり。震は神で、艮火と連なり一体を成せば旱神の「魃」となる。《詩経・大雅》に「旱魃為虐」とあり、《毛伝》に魃は旱神と言う。巽は風、兑口は吹、大坎は雲で、坎は潜伏して現れないので「雲却」と言う――却是即ち退。艮は止・屋宅、震は返帰で、合して「反帰其宅」を成す。校記が言う:「魃」「虐」の二字は宋刻本と汲古閣本に依る。「旱」の字は丁氏の釈文に依り、汲古閣本は「菑」、宋刻本は「燔」、元刻本は「魁」に作り、字形はまた「番」旁に「虎」を加えたさまに訛り、全て誤り。
小過。關睢淑女,配我君子。少姜在門,君子嘉喜。艮為城關、為鳥,故曰關睢。兌女震善,故曰淑女。艮為君子,兌者,艮妻,故曰配。巽為姜,大過以巽為女妻,故曰少姜。艮為門,震為喜。○少姜,依汲古,宋元本均作少妻,非。妻應作齊。少齊,見《左傳》,巽象也。陳樸園曰:關睢,乃后妃為文王求嬪,據《易林》則是后妃為文王求少姜而得之矣。愚按:文王妃嬪不見有姜氏,武王后邑姜為太公女,安知非為武王求得乎。又《易林》《師》之《坤》說《桃夭》詩云:男為邦君。陳樸園以為似是武王娶邑姜事,非民間嫁娶,與此正合,此焦詩與毛異處。
《小畜》が《小過》に変ず。林辞は言う:《關雎》の詠ずる賢淑の女子は、まさに我が君子に配すべし。少姜は既に門前に等し待ち、君子は大いに歓喜す。尚秉和の解説:艮は城關・鳥で、合して「關雎」。兑は女、震は善なので「淑女」。艮は君子、兑は艮の配偶なので「配」と言う。巽は姜姓で、《大過》一卦は即ち巽を以て女妻と為すので「少姜」と称す。艮は門、震は喜。校記が言う:「少姜」は汲古閣本に依り、宋刻本・元刻本は皆「少妻」と作るが誤り。「妻」は「斉」と作るべきで、「少斉」は《左伝》に見え、同じく巽の象。陳樸園が言う:《關雎》は本は后妃が文王のために嬪妃を求むるものだが、《易林》に照らせば、かえって后妃が文王のために少姜を求めて求め得たと成る。尚秉和の按語:文王の妃嬪の中に姜姓を査る能わず、武王の王后邑姜は姜太公の女なり。どうして武王のために求め得たのでないと知らんや。また《易林》《師》之《坤》が《桃夭》の詩を講ずるに「男為邦君」と言い、陳樸園は武王が邑姜を娶る事に似て民間の嫁娶でないと為し、正にこの条と相合する。これ即ち焦延壽の説詩が《毛詩》と同じからざる所である。
既濟。慈母赤子,饗賜得士。夷狄服除,以安王家。此用《小畜》象。伏坤為母,震子坎赤,故曰赤子。兌為燕饗,震為士,伏坤為夷狄,坤順,故服。震王艮家。○夷狄服除,依宋元本,汲古作降。家,依宋元,與除韻。服除者,言降服掃除之也。
《小畜》が《既済》に変ず。林辞は言う:慈母が嬰児を撫養し、宴を設けて犒賞して賢士を得る。四方の夷狄は降服し肅清し、王室はこれにより安定す。尚秉和の解説:この条は本卦《小畜》の象を用いる。伏坤は母、震は子・坎は赤色で、合して「赤子」を成す。兑は宴饗、震は士人。伏坤は夷狄、坤の性は柔順なので「服」。震は王、艮は家。校記が言う:「夷狄服除」は宋刻本・元刻本に依り、汲古閣本は「除」を「降」に作る。「家」の字は宋元本に依り、「除」と押韻す。「服除」とは降伏して掃除し尽くすの意である。
未濟。三足孤烏,靈明督郵。司過罰惡,自賊其家,毀敗為憂。《漢志》:"日中有三足烏",《小畜》伏震為足,數三,故曰三足。離為烏,伏坎,故曰孤烏。離為明,坎為賊,艮為家,伏坤為過惡,艮為司,坎為罰。○依《坎》之《渙》校增末句,汲古孤烏訛狐鳴,司訛思,依宋元。家,音姑,與烏韻。丁云:《漢書尹翁歸傳》:"往署督郵,蓋督察之官",愚按:《周禮龜人》:"天龜曰靈屬",《爾雅》:"二曰靈龜。"《古今注》:"龜,一名元衣督郵。"然則靈明督郵謂龜也,與烏同為離象。
《小畜》が《未済》に変ず。林辞は言う:日中に三足の孤烏あり、また霊亀という「督郵」あり。それらは過失を稽察し悪行を懲辦を掌るが、結果はかえって自家を害し、毁敗して憂うべき落とす。尚秉和の解説:《漢書・天文志》に日中に三足烏ありと言う。本卦《小畜》の伏震は足で、震の数は三なので「三足」。離は烏で、その下に坎を伏し、孤单にして偶なく、ゆえに「孤烏」。離は明、坎は賊害、艮は家、伏坤は過失罪悪、艮は主管、坎は刑罰。校記が言う:末の一句は《坎》之《渙》の条に依って校補したもの。汲古閣本は「孤烏」を「狐鳴」と訛り、「司」を「思」と訛るが、此処は宋元本に依る。「家」は「姑」の音に読みて「烏」と押韻す。丁氏が言う:《漢書・尹翁帰伝》の督郵は督察の職を掌る官である。尚秉和の按語:《周礼・亀人》は天亀を霊属と称し、《爾雅》の列する第二種を霊亀と言い、《古今注》に亀はまた「元衣督郵」と名づくとある。されば「霊明督郵」とは亀を指し、それは烏と同じく皆離の象を取る。
履之第十
履。十烏俱飛,羿射九雌。雄得獨全,雖驚不危。元刊《易林》舊注云:"堯時十日並出,羿射其九日,九烏皆死",離為烏,兌數十,故曰十烏。離為惡人,故曰羿。伏震為射,數九,故曰羿射九雌。坤為雌,坤伏乾出,故曰雄得獨全。伏震為驚,坎為險,坎伏故不危。○烏,從宋元本,他本多訛鳥。雄得獨全,雖驚不危,依汲古,宋本作"雖得淂全",元本作"雄雖得全",皆非。又雖驚宋元本作且驚,亦非。
《履》卦が自変し、なお《履》に帰す。林辞は言う:十隻の金烏が一斉に天空に飛び上がり、后羿はその中の九隻の雌烏を射落とした。ただあの雄烏のみ独自に保全され、驚嚇を受けたが危険はなかった。尚秉和の解説:元刻本《易林》の旧注が言うには、堯の時に十個の太陽が一斉に出で、后羿が九個を射落とし、九隻の金烏は皆死んだ。離は烏、兑は卦数において十なので「十烏」。離は凶悪の人なので后羿を指す。伏震は射箭、震の数は九なので「羿射九雌」。坤は雌で、此処は坤が伏し乾が顕れるので「雄得独全」。伏震は驚、坎は険だが坎は潜伏して現れないので「不危」。校記が言う:「烏」の字は宋刻本・元刻本に依り、別の本は多く「鳥」と訛る。「雄得独全,雖驚不危」は汲古閣本に依り、宋刻本は「雖得淂全」、元刻本は「雄雖得全」と作るが皆誤り。「雖驚」は宋元本が「且驚」と作るも、また誤り。
乾。東向蕃坦,相與笑言。子般執鞭,圉人作患。此用《履》象。巽為蕃垣,蕃,垣牆也。蕃與藩通。《詩大雅》:"四國於藩是也",離東故曰東向。初至五兩兌口相對,故曰相與笑言。伏震為子、為般,般,反也。伏艮為執,巽為鞭,故曰執鞭。艮為圉,坎為患。《左傳莊三十二年》:"雩女公子觀之,圉人犖自牆外與之戲,子般鞭之,後犖弒閔",林全用其事。○圉患,從宋元本,汲古等本皆訛作樂,人作歡。○離東證。
《履》が《乾》に変ず。林辞は言う:東向きの一段の矮牆の辺で、衆人は説有笑し言い合う。魯国の子般が圉人に一鞭を抽て、後日に禍患を闖出した。尚秉和の解説:この条は本卦《履》の象を用いる。巽は藩垣で、「蕃」は即ち牆で「藩」と通じ、《詩経・大雅》の「四国于藩」は正にこの義。離の位は東方なので「東向」と言う。初爻から五爻まで二つの兑口が相対するので「相与笑言」。伏震は子・般――「般」は反転の義。伏艮は持執、巽は鞭で、合して「執鞭」を成す。艮は馬を養う圉人、坎は禍患。《左伝》荘公三十二年に記載す:雩祭の時、女公子が傍らに観看し、圉人の犖が牆外より彼女と調笑し、子般は鞭を以て彼を抽て、後に犖は閔公を弑殺した。林辞は完全にこの史事を取用する。校記が言う:「圉」「患」の二字は宋刻本・元刻本に依り、汲古閣本等の本は皆「患」を「楽」と訛り、「人」を「歓」と訛る。また言う:これは「離為東」の一証拠である。
坤。循河榜舟,旁淮東遊。漁父舉網,先得大。坤為河、為淮,履伏震為舟、為東,故曰東遊。坤為聚、為漁,乾為父,故曰漁父。離為網,坤為,巽亦為,兼用遇卦。○榜舟,從汲古,宋作樀,元作摘,皆訛。
《履》が《坤》に変ず。林辞は言う:黄河に沿って船を划き、淮水に傍って一路東に遊ぶ。漁翁が網を挙げ、頭一網にして大魚を撈得た。尚秉和の解説:坤は河・淮、《履》卦の伏震は舟・東方なので「東遊」と言う。坤は聚集・漁捞、乾は父で、合して「漁父」を成す。離は網。坤はあの魚の象を取り得、巽もまた取り得――この条は所遇の卦の象を兼用した。校記が言う:「榜舟」は汲古閣本に依り、宋刻本は「樀」、元刻本は「摘」と作るが皆訛字。また按:林辞「先得大」の下と注文「坤為」「巽亦為」の下に標すあの魚名は、底本が用いるは通行字庫以外の一異体字で、此処は底本の原様に照らして保留し、改易を加えない。
屯。轅折輪破,馬倚僕臥。後旅先宿,右足跌踒。震為轅,坎為輪、為折、為破,震馬艮僕,艮止,故馬倚僕臥。震為後、為行旅,坎為宿,震為足,遇險,故跌踒。○先,從宋元本,汲古作失。
《履》が《屯》に変ず。林辞は言う:車轅が折れ、車輪が破損し、馬は身を歪斜にし、僕人は地に躺す。後頭を歩く旅人がかえって先に住宿し、右脚は既に跌いて扭傷した。尚秉和の解説:震は車轅、坎は車輪、また折断・破損。震は馬、艮は僕人、艮は停止なので「馬倚僕卧」。震は後・行旅、坎は住宿。震は足で、途中に坎険に遇うので「跌踒」。校記が言う:「先」の字は宋刻本・元刻本に依り、汲古閣本は「失」に作る。
蒙。兩人相絆,相與悖戾。心乖不同,訟爭忷忷。震為人,正反震,故曰兩人。伏巽為繩,正反巽故相絆。坎為悖戾,兩人相背,故悖戾、故不同。坎為心,震為言,正反震故訟爭。○絆,從宋元本,汲古作伴。二三句從汲古,宋元作"心不同爭,訟忷忷然",非。
《履》が《蒙》に変ず。林辞は言う:二人が互いに手脚を絆し、彼此頂撞し違逆する。心思は乖離して一処に合わず、吵嚷し争訟して、人心惶惶と鬧す。尚秉和の解説:震は人で、正・反二つの震があるので「兩人」と言う。伏巽は繩索で、正・反二つの巽があるので「相絆」。坎は悖戾で、二人が背向して立つので既に「悖戾」でまた「不同」。坎は心、震は言語で、正反両震が相対して争うので「訟争」。校記が言う:「絆」の字は宋刻本・元刻本に依り、汲古閣本は「伴」に作る。第二・第三の句は汲古閣本に依り、宋元本は「心不同争,訟忷忷然」と作るが誤り。
需。北辰紫宮,衣冠立中。含和建德,常受天福。詳《坤》之《觀》。○立,汲古作在。
《履》が《需》に変ず。林辞は言う:北極星は紫微宮中に居り、衣冠斉整として天心に立つ。心に中和を懐き徳行を樹立し、これにより長く上天の福佑を受く。尚秉和の解説:この条の象数解釈は詳しく前の《坤》之《觀》の条を見よ。そこに既に講じたので、此処は重複しない。校記が言う:「立」の字は汲古閣本は「在」に作る。
訟。遊居石門,祿安身全。受福西鄰,歸飲玉泉。詳《需》之《既濟》。惟此以巽為石,乾為門。○巽為石、坎為西證,可解《易》。○第二句宋元本作"祿身安全",汲古作"祿祉安全",茲依《需》之《既濟》校。
《履》が《訟》に変ず。林辞は言う:優游して石門一帯に隠居し、俸禄は安穩で身家は保全さる。西辺の鄰人より福沢を受け得、帰って清冽の玉泉を痛飲す。尚秉和の解説:象数解釈は詳しく《需》之《既済》を見よ。ただこの条は巽を以て石と為し、乾を以て門と為す。校記が言う:これは「巽為石」「坎為西」の二条の逸象の証拠で、これに拠り《周易》裡の相関の辞句を講じ通せる。また言う:第二句は宋刻本・元刻本は「禄身安全」、汲古閣本は「禄祉安全」と作るが、ここは《需》之《既済》の同文に依って校定する。
師。羊腸九縈,相推稍前。止須王孫,乃能上天。坤為腸,震為羊,數九,故曰九縈。震為王,伏乾為天,詳《蠱》之《剝》。
《履》が《師》に変ず。林辞は言う:羊腸の如き小路が九曲を盤繞し、人々は互いに推し挤して一点点前へ挪る。止まって王孫の引路を等候してこそ、天に登ること能う。尚秉和の解説:坤は腸、震は羊、震の数は九なので「九縈」と言う。震は王、伏乾は天。その余は詳しく《蠱》之《剥》の条を見よ。
比。爭訟相倍,和氣不處。陰陽俱否,谷風毋子。坎上下兩兌口相倍,倍,反也。坎為和,相倍故不和。谷風,《邶詩》篇名,毛謂為夫所棄,茲謂無子,是齊詩義也。坤為風。
《履》が《比》に変ず。林辞は言う:争い訟訴し、彼此背離し、和順の気は存留する所なし。陰陽は皆閉塞して通ぜず、《谷風》の詩のあの婦人の如く、終竟子嗣なし。尚秉和の解説:坎の上下に二つの兑口が互いに背反す――「倍」は即ち反。坎は和気で、両口が相背するので不和。「谷風」は《詩経・邶風》の篇名で、《毛詩》は婦人が丈夫に遺棄されるを写すと言うが、ここでは彼女に子なしと言い、《斉詩》の解釈を用いる。坤は風である。
小畜。郭叔矩頤,為棘所拘。龍額重顙,禍不成殃,復歸其鄉。舊注皆云故實未詳,蓋所據者古今無書,但以象論,似無訛字。卦通《豫》。艮為郭、為叔,兌為頤,坤方,故曰矩頤。坎為棘,艮拘震龍,艮為額、為顙,坤為重,故曰重顙。坤為禍,震解,故不成殃。艮為鄉,震為復、為歸。○矩,各本訛距。龍額,汲古作童顏,非,依宋本。
《履》が《小畜》に変ず。林辞は言う:郭叔は方正の下巴を生え、荆棘に困住せり。龍の如き額頭・層疊の天庭で、禍端に遇うも災殃を醸さず、終に自らの家郷に帰る。尚秉和の解説:旧注は皆この条の本事を詳らかにせずと言い、大概は依拠する書が今古既に失伝したのであろう。単に卦象より見れば、錯字なきに似る。この卦は《豫》と旁通す。艮は郭・叔、兑は口頤、坤は方正なので「矩頤」と言う。坎は荆棘、艮は震龍を拘住し得。艮は額・顙、坤は厚重なので「重顙」。坤は禍、震は解散し得るので「不成殃」。艮は郷里、震は返・帰。校記が言う:「矩」の字は各本皆「距」と訛る。「龍額」は汲古閣本は「童顔」と作るが誤り、ここは宋刻本に依る。
泰。蠆室蜂戶,螫我手足。不得進止,為吾害咎。詳《屯》之《明夷》。
《履》が《泰》に変ず。林辞は言う:蠍子が窩を做り馬蜂が戸を筑き、我が手と足を螫傷した。前に行かんとすも成らず、停まらんとすも成らず、我が禍害と成る。尚秉和の解説:この条の象数解釈は詳しく《屯》之《明夷》の条を見よ。
否。怒非其怨,因物有遷。貪妬腐鼠,而呼鴞鳶。自令失餌,倒被困患。伏震為怒,坤為物、為嫉妬。艮為鼠,巽敝,故曰腐鼠。艮為鴞鳶,震為呼,《莊子》:"鴟得腐鼠,鵷雛過之,仰而視之曰:嚇",林似本此而變其意,言貪得腐鼠呼鴞鳶相助,豈知反為所奪而失餌也。○倒被困患,依丁本、局本,宋元二本皆作"失反被困",汲古作"到掖困患",自令失餌,依汲古增。
《履》が《否》に変ず。林辞は言う:火気を相干らぬ人に発し、外物に随って転移す。一隻の爛れた死鼠を貪饞し、なお鴞と鳶を招呼して分食せしめ、結果は自ら到嘴の物を失い、かえって困厄に落ちる。尚秉和の解説:伏震は怒、坤は外物・嫉妒。艮は鼠、巽は破敗の義あり、ゆえに「腐鼠」と言う。艮は鴞鳶、震は呼喊。《荘子》は鴟鳥が一隻の腐鼠を得て、鵷鶵が頭上を飛び過ぎ、鴟が仰ぎてそれを瞪視して大いに一声「吓」を喝したと講じる。林辞はこの故事に本づきその意を変えたに似て、腐鼠を貪得する人がなお鴞鳶を呼んで帮忙せしめ、どうしてかえって彼らに奪われ、自ら食餌を失ったと言う。校記が言う:「倒被困患」は丁氏本・局本に依り、宋元両刻本は皆「失反被困」、汲古閣本は「到掖困患」と作る。「自令失餌」の一句は汲古閣本に依って補入したものである。
同人。嬰孩求乳,母歸其子,黃麑悅喜。此用《履》伏象。震為嬰孩,艮為乳、為求,震為子、為歸,坤為母,坤舍震上,故曰母歸其子。震為鹿,麑,鹿子也,坤黃,故曰黃麑。震為喜。○宋元本末多"自樂甘餌"。
《履》が《同人》に変ず。林辞は言う:嬰児が哭いて乳を欲しがれば、母は即ち孩子の身辺に帰る。小黄鹿すら歓歓喜喜たり。尚秉和の解説:この条は《履》卦の伏象を用いる。震は嬰孩、艮は乳・求、震は子・帰、坤は母。坤は震の上に安處するので「母帰其子」と言う。震は鹿、「麑」は即ち小鹿、坤は黄色で合して「黄麑」を成す。震は喜。校記が言う:宋刻本・元刻本は末に「自楽甘餌」の四字を多く出す。
大有。針縷徒勞,錦繡不成。鷹逐雉兔,爪折不得。此用《履》象。伏坎為針,巽為縷、為錦繡,兌毀,故曰徒勞、曰不成。伏艮為鷹,離為雉,震為兔、為足、為爪,坎蹇,故爪折不得。本象對象雜用。○徒勞,依汲古,宋元本作勝服。
《履》が《大有》に変ず。林辞は言う:針を穿ち線を引くも工夫を白費し、錦繡は終竟織り成らず。老鷹が野鶏と兎を追逐するも、爪は折れても捉え得ず。尚秉和の解説:この条は本卦《履》の象を用いる。伏坎は針、巽は線縷・錦繡、兑は毁折の義あり、ゆえに「徒労」「不成」と言う。伏艮は鷹、離は野鶏、震は兎・足・爪、坎は行走艱難なので「爪折不得」。この条は本卦の象と相対の卦の象を混合して用いる。校記が言う:「徒労」は汲古閣本に依り、宋刻本・元刻本は「勝服」と作る。
謙。雨潦集降,河渠不通。齊魯閉塞,破費市空。坤水坎水,故曰雨潦、曰河渠。坎為塞,故不通。伏巽為齊,兌為魯,坤閉,故曰齊魯閉塞。坎破,巽為市,坤虛,故市空。○渠、齊,依汲古,宋元作梁、作鄒。
《履》が《謙》に変ず。林辞は言う:大雨積水が一斉に傾下し、河道溝渠は皆堵塞して通ぜず。斉魯一帯は道路封閉し、本銭は折尽し、市面は空蕩たり。尚秉和の解説:坤は水、坎もまた水なので「雨潦」「河渠」あり。坎は堵塞なので「不通」。伏巽は斉、兑は魯、坤は閉合の義あり、ゆえに「斉魯閉塞」。坎は破損、巽は市、坤は空虚なので「市空」。校記が言う:「渠」「斉」の二字は汲古閣本に依り、宋元本は分別に「梁」「鄒」と作る。
豫。封豕溝瀆,水潦空谷。客止舍宿,泥塗至腹,處無黍稷。坎為豕、為溝瀆,《天官書》"奎為封豕為溝瀆,主江河之事",故曰水潦。坎為水。艮為谷,坤虛,故曰空谷。震為旅客,艮止艮舍。坎為宿、為泥塗,坤為腹,故曰至腹。震為黍稷,坤死故無。
《履》が《豫》に変ず。林辞は言う:奎宿という大きな猪が溝渠を掌管し、大水は空谷に灌ぎ満つ。客人は止まって投宿するも、泥漿は腰腹まで深く、落脚する処は一粒の黍稷すらなし。尚秉和の解説:坎は猪・溝渠で、《史記・天官書》に奎宿は即ち封豕・即ち溝瀆で、江河の事を主管すと言うので「水潦」と言う。坎は水。艮は山谷、坤は空虚なので「空谷」。震は旅客、艮は止・屋舍。坎は住宿・泥濘、坤は腹なので泥が深く「至腹」と言う。震は黍稷、坤は死殺の象なので「處無黍稷」。
隨。三奸相擾,桀蹠為友。上下騷離,隔絕天道。震數三,巽為伏、為奸,震為擾,正反震,故曰相擾。兌剛,故曰桀,巽為盜,故曰蹠。艮上兌下,互大坎,故隔絕。艮為道。○友,依汲古,宋元本作交。
《履》が《随》に変ず。林辞は言う:三つの奸人が互いに搅擾し、夏桀と盗跖は朋友を結ぶ。上上下下は騷動し離散し、天道は隔絶して通ぜず。尚秉和の解説:震の数は三、巽は潜伏・奸邪、震は搅擾で、正・反二つの震があるので「相擾」と言う。兑の性は剛暴なので桀を指し、巽は盗なので跖を指す。艮は上に・兑は下にあり、中間に互いに大坎を出し、坎は陥陥なので「隔絶」。艮は道。校記が言う:「友」の字は汲古閣本に依り、宋刻本・元刻本は「交」に作る。
蠱。齊景惑疑,為孺子牛。嫡庶不明,賊孽為患。巽為齊,互離日,故曰齊景,互坎,故疑惑。艮為孺子,離為牛,震為嫡子,兌為孽、為庶。坎為賊、為患、為孺子牛,事見《左傳哀六年》:"鮑子曰:汝忘君之為孺子牛而折其齒乎",孺子名茶。
《履》が《蠱》に変ず。林辞は言う:斉景公は心に疑惑を存し、甘んじて趴下して愛子のために牛と為る。嫡出と庶出の名分は分清せず、終に賊乱の禍を醸成す。尚秉和の解説:巽は斉、互いに出づる離は日で、合して「斉景」を成す。互いに出づる坎は疑を主るので「惑疑」。艮は孺子、離は牛、震は嫡子、兑は庶孽。坎は賊・患で、まさに「孺子牛」の象でもある。この事は《左伝》哀公六年に見える:鮑子が「あなたは国君が孺子のために牛と為り、牙を磕き断ったを忘れたか」と言う――孺子は即ち公子荼で、底本は此処を「茶」と写す。
臨。三羊俱亡,奔走南行。會暮失跡,不知所藏。兌為羊,震數三,故曰三羊俱亡。亡者,逃也。震為亡、為奔走、為南。坤為暮,震為跡,坤迷,故失跡。坤為藏,坤黑,故不知。○所,依宋元,汲古作其。
《履》が《臨》に変ず。林辞は言う:三隻の羊が一斉に走失し、南へ奔逃す。天黑に遭い、蹤跡を追い失い、どこに蔵れたか知らない。尚秉和の解説:兑は羊、震の数は三なので「三羊俱亡」と言う――此処の「亡」は逃走。震は亡失・奔走・南方。坤は日暮、震は足跡、坤は迷乱を主るので「失跡」。坤は潜蔵で、坤はまた黒色なので「不知所蔵」。校記が言う:「所」の字は宋刻本・元刻本に依り、汲古閣本は「其」に作る。
觀。請伯行賈,岱山之野。夜厯險阻,不逢危殆,利如澆酒。通《大壯》。震為伯、為商賈,艮為山,震東,故曰岱山。坤為野、為夜,艮為險阻,巽為利酒,疑坤水象。○夜,依宋元本,汲古作犯。岱,宋元皆訛代,《韻補》云:殆,音以。按:《易林》殆字十九葉以。
《履》が《觀》に変ず。林辞は言う:伯氏に請うて門を出で商賈せしめ、泰山の脚下の原野まで歩む。夜に険阻を翻越するも、危難には遇わず、獲利の多さは酒を傾けるが如く痛快である。尚秉和の解説:この卦は《大壯》と旁通す。震は伯・商賈、艮は山、震は東方にあるので「岱山」すなわち泰山と言う。坤は原野・夜、艮は険阻、巽は利・酒――「澆酒」の一句は大概また坤の水象を兼ね取る。校記が言う:「夜」の字は宋刻本・元刻本に依り、汲古閣本は「犯」に作る。「岱」の字は宋元本とも「代」と訛る。《韻補》に「殆」は「以」の音に読むとあり、按すに《易林》裡「殆」の字は十九處あり皆「以」と相押する。
噬嗑。桑之將落,隕其黃葉。失勢傾側,而無所立。震為桑,伏巽為落、為隕,震為黃,故曰隕其黃葉。坎陷為傾側、為失。○之,依宋元本,汲古作方,非。桑,依宋本,元本與汲古作葉,非。《詩衛風》:"桑之落矣,其黃而隕。"
《履》が《噬嗑》に変ず。林辞は言う:桑樹がまさに凋零せんとし、枯黃の葉が一地に落ちる。人は勢いを失えば身が歪斜し、再び立足の処なし。尚秉和の解説:震は桑、伏巽は隕落、震は黄色なので「隕其黃葉」と言う。坎は坑陥なので「傾側」「失」の義あり。校記が言う:「之」の字は宋刻本・元刻本に依り、汲古閣本は「方」に作るが誤り。「桑」の字は宋刻本に依り、元刻本と汲古閣本は「葉」に作るもまた誤り。《詩経・衛風》に「桑之落矣,其黃而隕」とあり、まさに林辞の本とする所である。
賁。上山求魚,入水捕狸。市非其歸,自令久留。震上,艮山,艮求,下離為魚,坎為水,艮為捕、為狸。狸在上而於下坎水捕之,魚在下而於上山求之,當然不得。伏巽為市。歸,聚也,言所市非地。艮止故久留。○狸,從宋本,汲古作兔。
《履》が《賁》に変ず。林辞は言う:山に走り上がって魚を求め、水に钻り入って狸を捉える。市に赴いて場所を錯り、空しく久しく擔擱する。尚秉和の解説:震は上、艮は山、艮は求、下面の離は魚、坎は水、艮は捕捉・狸。狸は明らかに上にありて、かえって下面の坎水に行って捉え、魚は明らかに下にありて、かえって上面の山裡に行って求む――当然に一無所獲。伏巽は市。「歸」はここでは聚攏の義で、市に赴いて行く処を錯るを言う。艮は止なので「久留」。校記が言う:「狸」の字は宋刻本に依り、汲古閣本は「兔」に作る。
剝。名成德就,項領不試。景公耋老,尼父逝去。艮陽在上為名,坤為成,艮為項領。《詩小雅》:"有鶯其領",《傳》:"領,頸也"。又"四牧項領"傳:"項,大也",箋:但養大其領不肯為用,茲曰不試,與詩義同也,艮止,故不試。艮為火、為景,坤為老,伏乾為父,艮山,故曰尼父。坤死,故逝去。《論語》:"景公曰:"吾老矣,不能用也。"孔子行。"《左傳》:"孔子卒,公誄之曰:哀哉尼父勿自律。"
《履》が《剥》に変ず。林辞は言う:名望既に立ち德行既に成るも、人はあの頸項を肥壯に養いても車を駕するを肯んじない馬の如く、終始任用する人なし。斉景公は年老い、孔夫子は去るほかなかった。尚秉和の解説:艮の陽爻は上にありて名と為り、坤は成就、艮は項領。《詩経・小雅》に「有鶯其領」とあり、毛伝に「領」は即ち脖子。又有「四牡項領」とあり、毛伝に「項」は大、鄭箋にただ馬頸を粗大に養いて用いるを肯んぜざると言う。此処の「不試」は詩義と同じで、艮は止なので「不試」。艮は火・光景なので景公を指す。坤は老、伏乾は父、艮は山なので「尼父」と称す。坤は死亡を主るので「逝去」。《論語》に斉景公が「吾老矣,不能用也」と言い、孔子はここに斉国を去ったと記す。《左伝》に孔子の去世を記し、魯哀公は誄文を作りて「哀哉尼父,勿自律」と曰う。
復。天之奧隅,堯舜所居。可以存身,保我國家。伏乾為天,坤方大,故曰奧隅。震為帝,故曰堯舜。坤為聚、為居、為身、為國家,坤安為保。○第三句宋本作"以存保身",依汲古。第四句宋元本作"為我國家",汲古作"保我邦國",茲保我依汲古,國家依宋元本。
《履》が《復》に変ず。林辞は言う:天角の深きあの幽奥の地は、正に堯舜の安居する所在である。そこに在れば性命を保全し、我が国家を護ることができる。尚秉和の解説:伏乾は天、坤は広大方正なので「奥隅」すなわち深邃の一角と言う。震は帝なので堯舜を指す。坤は聚・居處・身・国家で、坤の性は安順なので「保」と言う。校記が言う:第三句は宋刻本が「以存保身」と作るが、此処は汲古閣本に依る。第四句は宋刻本・元刻本が「為我国家」、汲古閣本が「保我邦国」と作る。現在は「保我」の二字は汲古閣本に依り、「国家」の二字は宋元本に依る。
無妄。涉伯殉名,棄禮誅身。不得其道,成子奔燕。《左傳》:"定九年,晉趙鞅圍衛,討衛之叛,曰:由涉佗、成何,遂殺涉佗,成何奔燕,君子曰:此之謂棄禮"。震為伯,艮為名,坤為禮、為身,坤伏,故曰棄禮誅身。震為道,巽伏,故不得。艮為成,震為子、為奔、為燕。○宋元本作《頤》林。
《履》が《无妄》に変ず。林辞は言う:渉佗は一つの名声のために命を送り、礼数を丟開して、自身をも断送した。行事は正道に合わず、成何は燕国に逃奔せざるを得なかった。尚秉和の解説:《左伝》定公九年に記載す:晋国の趙鞅が衛国を囲攻し、衛人の晋を叛くを追究し、禍根は渉佗・成何の身上に出づると言い、ここに渉佗を殺し、成何は燕国に逃奔した。君子は評して、これを礼法を丟棄すると言うと曰う。震は伯、艮は名、坤は礼・身で、坤は潜伏して見えないので「棄礼誅身」。震は道、巽は潜伏するので「不得其道」。艮は成、震は子・奔逃・燕。校記が言う:宋刻本・元刻本はこの条を《頤》卦の林辞の下に繋げる。
大畜。兩人俱爭,莫能有定。心乖不同,訟言起凶。震為人,三上正反震,故曰兩人、曰相爭、曰無定、曰心乖不同而訟也。伏坤為凶。
《履》が《大畜》に変ず。林辞は言う:二人が一同に争執し、誰も定論を出し得ない。心思は乖違して一処に合わず、争訟の言が一たび起これば、凶事は即ち随って来る。尚秉和の解説:震は人で、三爻から上爻まで正・反二つの震があるので「兩人」・「相争」・「無定」と言い、心思乖離して合わずして訟を興すと言う。伏坤は凶である。
頤。睢鳴淑女,賢聖配耦。宜家受福,吉慶長久。艮為鳥、為睢鳩。震淑坤女,伏乾為聖賢,乾坤為配偶,艮為家,震為福、為吉慶。艮為長久。○慶,依元本,汲古作善,宋本作《無妄》林。
《履》が《頤》に変ず。林辞は言う:雎鳩が關關と和鳴し、賢淑の女子は聖賢の人と配偶を結ぶ。家室は和順にして福沢を承受し、吉慶は綿長久遠なり。尚秉和の解説:艮は鳥・雎鳩。震は善、坤は女で、合して「淑女」を成す。伏乾は聖賢、乾坤相配するは即ち「配耦」。艮は家、震は福・吉慶、艮はまた長久。校記が言う:「慶」の字は元刻本に依り、汲古閣本は「善」に作る。宋刻本はこの条を《无妄》の林辞の下に繋げる。
大過。踰江求橘,並得大栗。烹羊食炙,飲酒歌笑。伏坤為江河,震為踰,艮為橘、為求,乾為大、為木果,故為大栗,兌為羊、為飲食,大坎為酒,震為歌笑,正伏象雜用。○江,依宋元本,汲古作河。炙,依汲古,宋元作肉。飲,汲古作飯,依宋元本。
《履》が《大過》に変ず。林辞は言う:大江を渡りて橘を求め、大きな板栗も併せて得る。羊を烹り肉を炙り、酒を飲み歌を歓く。尚秉和の解説:伏坤は江河、震は跨越、艮は橘・求取、乾は大・樹上の果実なので「大栗」。兑は羊・飲食、大坎は酒、震は歌笑。この条は正象と伏象を混合して用いる。校記が言う:「江」の字は宋刻本・元刻本に依り、汲古閣本は「河」に作る。「炙」の字は汲古閣本に依り、宋元本は「肉」に作る。「飲」の字は汲古閣本は「飯」に作るが、ここは宋元本に依る。
坎。山險難行,磵中多石。車馳轊擊,重載折軸。擔負差躓,跌踒右足。詳《乾》之《謙》。○差,同蹉,依汲古,宋元本訛善。此等處汲古尚存真字,勝宋元本。
《履》が《坎》に変ず。林辞は言う:山路は険峻にして行き難く、澗谷には乱石が叢生す。車は飛馳し、両車の軸頭が相撞し、装載が過重なりて車軸を圧断した。担ぐ人は足を失して絆き倒れ、右脚は跌いて扭傷した。尚秉和の解説:この条の象数解釈は詳しく《乾》之《謙》を見よ。校記が言う:「差」は「蹉」に同じく、汲古閣本に依り、宋刻本・元刻本は「善」と訛る。この類の処は汲古閣本がなお本字を保存し、宋元本に勝る。
離。允利孔福,神所子畜。般樂無苦,得其歡欲。互巽為利,伏震為孔、為福、為神、為子、為般樂、為歡。○允,從汲古,宋元本訛元。
《履》が《離》に変ず。林辞は言う:確かに利あり、福気は大きく、神明に自家の孩子の如く養護せられるが如し。歓楽安逸にして苦楚なく、心に欲する所は皆願いに称う。尚秉和の解説:互いに出づる巽は利、伏震は「孔」(大の義)・福・神・子・般楽・歓。校記が言う:「允」の字は汲古閣本に依り、宋刻本・元刻本は「元」と訛る。
咸。鳥鵲食榖,張口受哺。蒙被恩福,長大成就。柔順利貞,君臣合德。艮為鳥,兌為食,巽為榖,兌為口、為哺。乾為恩福,伏震為長。下艮為成,坤為柔順,巽為利,乾君艮臣,故曰合德。○德,依汲古,宋元本作好。
《履》が《咸》に変ず。林辞は言う:烏鵲が谷粒を啄食し、雛鳥は口を張って餌付けを待つ。恩沢福佑を蒙受し、長成して人となり器と成る。柔順にして正を守るゆえに利あり、君臣の德行は彼此契合す。尚秉和の解説:艮は鳥、兑は食、巽は穀、兑は口・哺喂。乾は恩福、伏震は長。下卦の艮は成、坤は柔順、巽は利、乾は君・艮は臣なので「合徳」と言う。校記が言う:「徳」の字は汲古閣本に依り、宋刻本・元刻本は「好」に作る。
恆。潼滃蔚薈,膚寸來會。津液下降,流潦滂沛。詳《坤》之《旅》,惟彼曰扶首來會,以艮為扶,互坎為首,巽為絲縷,故必曰扶首乃切。此則震為覆艮,艮為手。《公羊傳僖三十一年》何休注此句云:側手為膚,按指為寸,艮覆象,側手,按指故必曰膚寸方切,或者不論何卦謂扶首是膚寸非者,殊不知林詞林字皆由象生也。
《履》が《恒》に変ず。林辞は言う:雲気は蒸騰し濃密に聚攏し、一寸一寸に会合し起こる。水汽は雨露と化して降り、積水は横流して一片滂沱たり。尚秉和の解説:この条は詳しく《坤》之《旅》を見よ。ただそこは「扶首来会」と作り、艮を以て扶と為し、互いの坎を首と為し、巽を丝縷と為すので、「扶首」と言わねば貼切ならず。この条は震が正に艮の覆象で、艮は手である。《公羊伝》僖公三十一年の何休の注がこの句に言う:手を側にして量るを「膚」と言い、手指を按し下げて量るを「寸」と言う。艮の覆象は正に側手按指の形なので、「膚寸」と言わねば貼切ならず。或る人は本卦が何であるかを管せず、一概に「扶首」は錯・「膚寸」は對と断定するが、それは林辞の毎一字が皆卦象より生出することを解せざるの理である。
遁。路多枳棘,步刺我足。不利旅客,為心作毒。詳《屯》之《賁》。
《履》が《遁》に変ず。林辞は言う:路には枳樹荆棘が盡くし、一歩を踏み出せば即ち脚に扎さる。これは門を出て外に在る人に利あらず、心にも又一層の毒害を添える。尚秉和の解説:この条の象数解釈は詳しく《屯》之《賁》を見よ。
大壯。虺蝮所聚,難以居處。毒螫痛甚,瘡不可愈。通《觀》。巽為蟲、為虺蝮。坤聚,艮居,坤害,故不可居。坤陰為毒螫,艮為節、為瘡,坤喪,故不可愈。○首句依宋元本,汲古作虺蛇求聚。
《履》が《大壯》に変ず。林辞は言う:毒蛇の聚集する所は、身を安んじ居ること能わず。螫されて劇痛当たり難く、瘡口は終に長じて好らず。尚秉和の解説:この卦は《觀》と旁通す。巽は蟲・虺蝮の類の毒蛇。坤は聚、艮は居、坤は傷害を主るので「不可居」。坤は陰に属し毒螫と為り、艮は骨節・瘡、坤は喪亡を主るので「不可愈」。校記が言う:首句は宋刻本・元刻本に依り、汲古閣本は「虺蛇求聚」と作る。
晉。麟鳳相隨,察觀安危。東國聖人,后稷周公。君子攸同,利以居止,長無憂凶。離文坤文,故曰麟鳳、曰相隨。離為觀,艮安坎危,坤為國,離東,故曰東國。坎為聖,坤土為后稷,反震為周、為公,艮為君、為居止,坤為憂凶,離明在上,故不凶。○周公下宋元本多共和政令四字,汲古無。察觀,依汲古,宋元作觀察。東國,依汲古,宋元本作東鄰。
《履》が《晉》に変ず。林辞は言う:麒麟と鳳凰が相随して行き、安危の勢いを仔細に審察す。東方の国に聖人出でたり、即ち后稷と周公である。君子たちは志趣相同じく、安居して分を守るに宜しく、長く憂患凶険なし。尚秉和の解説:離は文采あり、坤もまた文采あり、ゆえに「麟鳳」・「相随」と言う。離は觀看、艮は安・坎は危、坤は国、離は東方にあるので「東国」と言う。坎は聖、坤は土なので后稷を指し、反震は周・公。艮は君・居止、坤は憂凶だが、離の光明は高く上に居るので凶ならず。校記が言う:「周公」の下に宋刻本・元刻本は「共和政令」の四字を多く出し、汲古閣本には無し。「察觀」は汲古閣本に依り、宋元本は「觀察」に作る。「東国」は汲古閣本に依り、宋元本は「東鄰」に作る。
明夷。桀亂不時,使民恨憂。六趾為笑,君危臣羞。離為惡人,坤亦為惡,故曰桀。離為亂,坤亦為亂,艮為時,艮覆,故曰不時。坤為民,坎為憂,震為趾,坎數六,故曰六趾。震為笑、為君,坤為臣、為羞,坎險故危。○桀,宋元作築,依汲古本,六,依汲古,宋本訛立。趾,依元本,宋本訛祉,汲古同。《莊子》:"駢拇枝指"注:枝指,六指也。駢拇,謂足拇指連第二指也。又云二者或有餘於數或不足於數,其為憂一也,六趾或為六指,六指屢見他林。
《履》が《明夷》に変ず。林辞は言う:夏桀は暴乱を肆行し挙措は時宜に合わず、百姓をして怨恨し憂愁せしむ。六つの足趾を生じた人はかえって人に取笑われ、国君は処境危険にして、臣子も随って羞辱を蒙る。尚秉和の解説:離は凶悪の人、坤もまた悪なので桀を指す。離は乱、坤もまた乱、艮は時で、艮は翻転して覆象を成すので「不時」。坤は民、坎は憂。震は足趾、坎の数は六なので「六趾」と言う。震は笑・君、坤は臣・羞、坎は険なので「危」。校記が言う:「桀」の字は宋元本が「筑」に作るが、此処は汲古閣本に依る。「六」の字は汲古閣本に依り、宋刻本は「立」と訛る。「趾」の字は元刻本に依り、宋刻本は「祉」と訛り、汲古閣本も同様に訛誤。《荘子》に「駢拇枝指」とあり、注家は枝指は即ち六指、駢拇は脚の大拇指と第二趾の連生と言う。《荘子》はまたこの両樣は一つは常数に多く一つは常数に少なく、累贅と為るは同じと言う。「六趾」は或いは即ち六指か、六指は《易林》の別處に屡々出現す。
家人。黃帝所生,伏義之宇。兵刃不至,利以居止。詳《屯》之《萃》。 ○宇,宋元本作宅,失韻。
《履》が《家人》に変ず。林辞は言う:ここは黄帝降生の地・伏羲居住の所である。兵刃はここに打ち到らず、安居して止息するに宜し。尚秉和の解説:この条の象数解釈は詳しく《屯》之《萃》の条を見よ。校記が言う:「宇」の字は宋刻本・元刻本が「宅」に作るが、そうすれば韻脚を失う。
睽。雀行求粒,暮歸屋宿。反其室舍,安寧如故。詳《比》之《巽》。○屋宿反,依宋本,元本反作及。屋宿,汲古作喔嚅。如,依汲古,宋元本作無。又屋宿《比》之《巽》作孚乳,姑兩存之。
《履》が《睽》に変ず。林辞は言う:麻雀が四處を走り歩いて谷粒を覓食し、天黑すれば屋に帰りて過夜す。自らの窩に帰り、平安にして常の如し。尚秉和の解説:この条の象数解釈は詳しく《比》之《巽》の条を見よ。校記が言う:「屋宿」と「反」の字は宋刻本に依り、元刻本は「反」を「及」に作る。「屋宿」は汲古閣本が「喔嚅」に作る。「如」の字は汲古閣本に依り、宋刻本・元刻本は「无」に作る。また「屋宿」は《比》之《巽》の条では「孚乳」と作る。両説は姑く並存す。
蹇。太倉積榖,天下饒食。陰陽和調,年歲時熟。此用《履》伏象。艮為倉,震為榖,坤聚,故曰積榖、故曰饒食。坎為食也。坎為和,坤為年,歲艮為時。
《履》が《蹇》に変ず。林辞は言う:国家の太倉には穀子が堆満し、天下人は皆食らうに寛裕あり。陰陽は調和し順暢にして、年成は時に按じて成熟す。尚秉和の解説:この条は《履》卦の伏象を用いる。艮は倉廩、震は穀、坤は聚積なので「積榖」・「饒食」と言う――坎もまた食である。坎は和、坤は年、艮は時である。
解。干旄旌旗,執幟在郊。雖有寶珠,無路致之。詳《師》之《隨》。○宋本作損林。
《履》が《解》に変ず。林辞は言う:干旄旌旗が招展し、旗幟を執って城郊に立つ。たとえ手裡に宝珠ありとも、送出す門路なし。尚秉和の解説:この条の象数解釈は詳しく《師》之《随》の条を見よ。校記が言う:宋刻本はこれを《損》の林辞の下に繋げる。
損。履尾蹈顛,墜入寒淵。行不能前,足踒不便。震為履蹈,艮為尾、為顛,坤為淵、為寒,坤下,故墜。震為行,艮止,故不能前。兌折,故足踒。○尾,汲古作危,依宋元本。寒,依宋本,汲古作泉。行,依宋本,汲古作蹇,與下踒義復,故知宋本是,宋本作《解》林。
《履》が《損》に変ず。林辞は言う:虎尾を踩み山の頂に踏み上がり、一たび足を失して冰冷の深淵に墜入す。再び行かんと思うも動けず、脚は扭傷して行動不便なり。尚秉和の解説:震は踩踏、艮は尾・頂巅、坤は深淵・寒冷。坤は下方にあるので「墜」。震は行走、艮は止なので「不能前」。兑は折損を主るので「足踒」。校記が言う:「尾」の字は汲古閣本が「危」に作るが、ここは宋刻本・元刻本に依る。「寒」の字は宋刻本に依り、汲古閣本は「泉」に作る。「行」の字は宋刻本に依り、汲古閣本は「蹇」に作るが、下句の「踒」と意が重複するので、宋刻本が正しいと見える。宋刻本はこの条を《解》の林辞の下に繋げる。
益。銜命上車,合和兩家。蛾眉皓齒,二國不殆。巽為命,震口為銜、為上,坤為車,艮為家,正反艮相對,故曰和合兩家。巽為蛾,艮為眉,震為齒、為白,故曰蛾眉皓齒。坤為國,數二,震樂,故曰二國不殆。此似有故事,待考。○不殆,依汲古,宋元本訛率殭。
《履》が《益》に変ず。林辞は言う:使命を奉じて車に登り出行し、両家を一処に撮合す。あの女子は蛾眉皓齒で、両国はこれにより危難を免れた。尚秉和の解説:巽は命、震口は銜・上、坤は車、艮は家で、正・反二つの艮が相対するので「合和両家」と言う。巽は蛾、艮は眉、震は齒・白で、合して「蛾眉皓齒」を成す。坤は国で、その数は二、震は喜楽を主るので「二国不殆」と言う。ここには一段の本事が蔵されているに似て、なお考証を待つ。校記が言う:「不殆」は汲古閣本に依り、宋刻本・元刻本は「率殭」と訛る。
夬。吉日車攻,田弋獲禽。宣王飲酒,以告嘉功。乾為日、為吉,伏坤為車、為田,艮為禽獲。乾為王、乾又為大明,故曰宣王。兌為飲、為告。乾為功。吉日、車攻,皆《小雅》美宣王詩篇名,禽、攻為韻,與《易》《比九五》象辭禽中韻正合。[尾按:此注出入特大]
《履》が《夬》に変ず。林辞は言う:《吉日》《車攻》の両首の詩の写す如く、好き日を挑みて出猟し、田猟にて禽獣を射獲した。周宣王は酒を設けて慶賀し、この番の美好の功績を宗廟に告ぐ。尚秉和の解説:乾は日・吉、伏坤は車・田猟、艮は禽・擒獲。乾は王、乾はまた大明の象なので「宣王」と言う。兑は飲・告、乾は功。《吉日》《車攻》は皆《詩経・小雅》裡の周宣王を讃美する篇名。「禽」「攻」の二字は相押し、《周易・比》九五の爻象辞裡「禽」の字の用韻と正に相合す。底本の此条の末尾には別に一句の方括號裡の批語あり、この段の注と本事の出入りが特別に大きいと言うが、それは後人の加えた按断で、今は照錄して疑を存す。
姤。金帛貴寶,宜與我市。嫁取有息,利得過母。乾為金、為貴、為寶,伏坤為帛、為我,巽為市。震為嫁、為生、為息。巽為母。○金帛貴、與,依汲古,宋元本作重伯黃、作以。息,汲古作恩,依元本。利得,依宋元本,汲古作得利。母,依宋元,汲古作倍。
《履》が《姤》に変ず。林辞は言う:金子丝帛は皆貴重の宝貨で、正に我と売買を為すに合适す。婚嫁生養に子息ありて、賺る利銭は本金を超過す。尚秉和の解説:乾は金・貴・宝、伏坤は丝帛・我、巽は市集。震は出嫁・生育・孳息。巽は母――「母」は既に巽の母象を取り、銭財上はまた本銭を指す。校記が言う:「金帛貴」の三字と「与」の字は汲古閣本に依り、宋刻本・元刻本は「重伯黄」・「以」に作る。「息」の字は汲古閣本は「恩」に作るが、ここは元刻本に依る。「利得」は宋刻本・元刻本に依り、汲古閣本は「得利」に作る。「母」の字は宋元本に依り、汲古閣本は「倍」に作る。
萃。延頸望酒,不入我口。深以自喜,利得無有。詳《訟》之《益》。
《履》が《萃》に変ず。林辞は言う:脖子を伸ばしてあの一杯の酒を盯るも、始終我が嘴に進まず。心裡に暗に歓喜すること半天、到頭来一点の好処も得られず。尚秉和の解説:この条の象数解釈は詳しく《訟》之《益》の条を見よ。
升。牧為代守,饗食甘賜。得吏士意,戰大破胡,長安國家。此用李牧事。坤為養、為牧、為邑、為北,故曰代。伏艮為守,兌為饗。坤為甘,震為吏士、為戰,兌為折,坤為胡,故曰破胡。坤為安、為國家。巽為長。○食、吏,從宋元本,汲古作養、作利,非。家音姑。○《史記》"李牧為代守,日饗士不與匈奴戰,後大破胡"。
《履》が《升》に変ず。林辞は言う:李牧は代地の守将と為り、日々酒を摆して犒賞し、甘美の賞賜は断えない。深く官吏士卒の心を得、一戦にて匈奴を大破し、国家はこれより長く安寧す。尚秉和の解説:この条は李牧の史事を用いる。坤は養・牧・城邑・北方なので「代」の地名を点出す。伏艮は鎮守、兑は宴饗。坤は甘美、震は吏士・戦事、兑は摧折、坤は胡なので「破胡」と言う。坤は安・国家、巽は長久。校記が言う:「食」「吏」の二字は宋刻本・元刻本に依り、汲古閣本は「養」「利」に作るが誤り。「家」は「姑」の音に読む。また《史記》を引く:李牧は代地の守将と為り、毎日士卒を犒勞して匈奴と交戦せず、後に一挙に胡人を大破した。
困。日出溫谷,臨照萬國。高明淑仁,虞夏配德。離為日、為溫,兌為谷,故曰日出溫谷。伏艮為國,震為萬、為臨,離日為照,故曰照臨萬國。艮為高、為明,震為淑仁、為帝王,故曰虞夏。○仁,汲古作人,德作合,依宋元。
《履》が《困》に変ず。林辞は言う:太陽は温谷より升り、光は万国に臨照す。位は高く居り心地は明るく、善良仁厚にして、德行は虞舜・夏禹と相配するに足る。尚秉和の解説:離は日・温暖、兑は谷なので「日出温谷」と言う。伏艮は国、震は万・臨、離日は照耀を主るので「臨照万国」と言う。艮は高・明、震は善・仁・また帝王なので「虞夏」と言う。校記が言う:「仁」の字は汲古閣本は「人」・「徳」の字は「合」に作るが、ここは皆宋元本に依る。
井。逐兔索烏,破我弓車。日暮不及,失利後時。通《噬嗑》。震為兔、為逐,艮為求、為烏,故曰逐兔索烏。坎為破、為弓、為車,離日,坎暮,坎蹇,故不及。巽為利,震為後、為時,坎為失,故曰失利後時。
《履》が《井》に変ず。林辞は言う:野兎を追い飛鳥を尋ね、自らの弓と車を皆弄壊した。天は既に擦黒くなりても追いつかず、財利を誤り、時機をも誤った。尚秉和の解説:この卦は《噬嗑》と旁通す。震は兎・追逐、艮は尋求・烏で、合して「逐兔索烏」を成す。坎は破損・弓・車。離は日、坎は日暮、坎はまた行走艱難の象なので「不及」。巽は利、震は後・時、坎は喪失なので「失利後時」。
革。訛言妄語,傳相詿誤。道左失跡,不知所處。二上正反兩兌口相背,故曰訛言妄語、曰傳相詿誤。《戰國韓策》"詿誤人主",《漢書》"景帝紀詿誤吏民",言疑誤也。艮為道,震為左、為跡,伏坎為失。○所,依宋本,汲古作戶。○此可解《困彖》"有言不信"。
《履》が《革》に変ず。林辞は言う:謡言妄語が四起し、一は十に伝え十は百に伝えて人を歧途に引入れる。大路の左辺に脚印を丟し、どこへ往くべきか知らない。尚秉和の解説:第二爻から上爻まで正・反二つの兑口が相背するので「訛言妄語」「伝相詿誤」と言う。《戦国策・韓策》に「人主を詿誤す」、《漢書・景帝紀》に「吏民を詿誤す」とあり、「詿誤」は即ち人を迷惑し失誤せしむること。艮は道路、震は左・足跡、伏坎は喪失。校記が言う:「所」の字は宋刻本に依り、汲古閣本は「戸」に作る。また言う:これに拠り《困卦・彖辞》の「有言不信」の一句を講じ通し得る。
鼎。履虎躡蛇,貶損我威。君子失車,去其國家。此用伏象《屯》。震為履躡,艮為虎,坤為蛇,坤柔故損威。震為威也。艮為君子,坤為車、為喪,故失車。坤為家國,震為去。○蛇、車,依宋本,汲古作尾、作否。
《履》が《鼎》に変ず。林辞は言う:脚で老虎を踩み、また蛇に踩み上がり、威風は大いに折扣を打つ。君子は車馬を丟失し、自らの国と家を離れる。尚秉和の解説:この条は《屯》の伏象を用いる。震は踩踏、艮は虎、坤は蛇、坤の性は柔弱なので威風を損なう――震こそ威である。艮は君子、坤は車・また喪失なので「失車」。坤は家国、震は離去。校記が言う:「蛇」「車」の二字は宋刻本に依り、汲古閣本は「尾」「否」に作る。
震。本根不固,華葉落去。更為孤嫗,不得相視。通《巽》。下斷,故曰本根不固,華葉落去。兌為華,巽隕落。嫗,老母也。巽為母、為寡,故曰孤嫗。離目為視。○視,依汲古,宋元本作親。○兌為華可解《大過九五》"巽隕落",見《左傳》。
《履》が《震》に変ず。林辞は言う:根本が牢固ならず、花と葉は皆掉落した。到頭来只だ一つの孤零零たる老婦が残り、相見る人すらなし。尚秉和の解説:この卦は《巽》と旁通す。下面の爻画が断開するので「本根不固,華葉落去」と言う。兑は花、巽は隕落を主る。「嫗」は即ち老婦人、巽は母・寡なので「孤嫗」と言う。離は目なので「視」と為る。校記が言う:「視」の字は汲古閣本に依り、宋刻本・元刻本は「親」に作る。また言う:「兑為華」のこの逸象は《大過》九五の爻辞を講じ通し得、「巽隕落」の説は《左伝》に見える。
艮。五軛四軏,優得饒有。陳力就列,騶虞喜悅。詳《坤》之《小畜》。惟彼作四軏,此作軏,音月。《說文》"轅端持衡者",皆取艮象。騶虞亦艮象,白虎黑文。○軏,汲古訛國,喜悅作悅喜,均依宋元本。
《履》が《艮》に変ず。林辞は言う:五副の車軛・四根の轅頭横木、用度は寛裕にして余りあり。各人が本領を施展し各々其の位に就き、騶虞すら歓喜す。尚秉和の解説:詳しくは《坤》之《小畜》を見よ。ただそこは「四軏」と作り、此処は「軏」と作り、「月」の音に読む。《説文》に軏は轅頭上に車衡を卡住せる部件と言い、これらの器物は皆艮象を取る。騶虞もまた艮象で、白虎に黒色の花紋を帯ぶ。校記が言う:「軏」の字は汲古閣本が「国」と訛る。「喜悦」は汲古閣本が「悦喜」と作り、皆宋刻本・元刻本に依って改正す。
漸。黃帝紫雲,聖哲且神。光明見祥,告我無殃。通《歸妹》。震為帝、為黃,坎為雲,九宮九色,紫離九,故曰紫雲。坎為聖哲,震為神、為福祥,坎為殃。震解,故無殃,震為言,故曰告。○光明見祥,從汲古,宋元本作光見福祥。○《左傳》:"黃帝有云瑞,故以雲紀官"。
《履》が《漸》に変ず。林辞は言う:黄帝の世に紫雲の祥瑞が現れ、聖明睿哲にして神に通ず。光明の中に吉兆が顕れ、来りて我に告げて災殃なからんと。尚秉和の解説:この卦は《帰妹》と旁通す。震は帝・黄色、坎は雲。九宮に九色を配れば紫は離に属し、離の数は九なので「紫雲」と言う。坎は聖哲、震は神・福祥、坎は災殃だが震は解散し得るので「無殃」。震は言語なので「告」と言う。校記が言う:「光明見祥」は汲古閣本に依り、宋刻本・元刻本は「光見福祥」と作る。また《左伝》を引く:黄帝に雲の祥瑞あり、ゆえに雲を以て百官に命名した。
歸妹。五利四福,俱田高邑。黍稷盛茂,多獲藁稻。通《漸》。巽卦數五,為利,故曰五利。震為福,卦數四,故曰四福。巽為高,艮為邑,震為黍稷、為盛茂、為稻,離枯,故曰藁稻。○田,依汲古,宋本作佃。佃,治田也。《詩無田甫田》義同佃。○此巽五震四卦數之證。
《履》が《帰妹》に変ず。林辞は言う:五分の利・四分の福は、皆あの高処の城邑の耕作の中より來る。黍稷は生えて茂盛、多くの乾爽なる稻谷を収下す。尚秉和の解説:この卦は《漸》と旁通す。巽は卦数において五、また利を主るので「五利」と言う。震は福で卦数は四なので「四福」と言う。巽は高、艮は邑、震は黍稷・盛茂・稻、離は干枯を主るので「藁稻」と言う。校記が言う:「田」の字は汲古閣本に依り、宋刻本は「佃」に作る――佃は田地を耕治すること、《詩経》「无田甫田」の「田」と「佃」は同義。また言う:これは巽の数が五・震の数が四の一証拠である。
豐。群虎入邑,求索肉食。大人衛守,君不失國。通《渙》。艮為虎,正反艮,故曰群虎。巽入艮邑,艮求。坎為肉、為食,五為大人,艮為守,故曰大人衛守。震為君,艮為國,坎失,震為主,故不失國。○此坎為肉之證,可解《噬嗑》。
《履》が《豊》に変ず。林辞は言う:一群の老虎が城邑に闖入し、四處に肉食を搜尋す。幸いに大人が鎮守護衛し、国君は国家を丟失せず。尚秉和の解説:この卦は《渙》と旁通す。艮は虎で、正・反二つの艮があるので「群虎」と言う。巽は入、艮は邑、艮はまた求。坎は肉・食、第五爻位は大人、艮は守なので「大人衛守」と言う。震は君、艮は国、坎は喪失を主るが震は主なので「不失国」。校記が言う:これは「坎為肉」の一証拠で、これに拠り《噬嗑》を講じ通し得る。
旅。烏子鵲雛,常與母居。願慕群侶,不離其巢。離為烏鵲,伏震為子,兌為雛,巽為母,艮為居,伏坎為心、為願慕,離為巢,艮止,故不離。○離,依宋元,汲古作育,非。
《履》が《旅》に変ず。林辞は言う:小烏鴉・小喜鵲は、常に母親と住み居る。心は同群の伙伴に恋い、一步も自らの巢を離れない。尚秉和の解説:離は烏鵲、伏震は子、兑は雛、巽は母、艮は居處、伏坎は心・思慕、離は巢。艮は止なので「不離」。校記が言う:「離」の字は宋刻本・元刻本に依り、汲古閣本は「育」に作るが誤り。
巽。蹇驢不材,駿驥失時。筋勞力盡,疲於沙邱。通《震》。為馬,坎蹇,故曰蹇驢。震為材,坎折,故不材。震為駿驥,艮為時,坎陷故失時,坎為勞疲。艮為沙、為邱。丁宴云:《列子說符篇》:"穆公九方皋求馬,三月而反,曰得之矣,在沙邱"。按:坎為脊、為要,筋力或為坎象。
《履》が《巽》に変ず。林辞は言う:跛脚の驢子は中用ならず、駿馬もまた時機を錯過した。筋力は尽き疲れ、沙丘一帯に困頓す。尚秉和の解説:この卦は《震》と旁通す。震は馬、坎は跛行なので「蹇驢」と言う。震は材、坎は折損を主るので「不材」。震は駿驥、艮は時、坎は陷落なので「失時」。坎はまた勞累疲乏を主る。艮は沙・丘。丁宴が言う:《列子・説符篇》に秦穆公が九方皐に馬を相させ、三箇月にして帰って見つけたと言い、馬は沙丘にありと記す。尚秉和の按語:坎は脊・腰、筋力も大概坎象であろう。
兌。玄鬣黑顙,東歸高鄉。朱鳥道引,靈龜載莊。遂抵天門,見我貞君。通《艮》。坎為玄,震為鬣,艮為顙,坎為黑,故曰玄鬛黑顙。互震為東、為歸。艮為高鄉、為鳥。坎赤,故曰朱鳥。艮為龜,居西北,故曰天門。震為君,艮為貞,故曰貞君。載莊,言載運行李也。
《履》が《兌》に変ず。林辞は言う:黒鬃黒額の駿馬は、東へ高処の家郷に帰る。朱雀は前にて路を引き、靈龜は行装を驮ぐ。ここに径直に天門に抵りて、我が貞正の君主に見えたり。尚秉和の解説:この卦は《艮》と旁通す。坎は玄色、震は鬃鬣、艮は額顙、坎はまた黒なので「玄鬣黒顙」と言う。互いに出づる震は東・帰。艮は高郷・鳥。坎は赤色なので「朱鳥」と言う。艮は龜。艮の位は西北に居るので「天門」と言う。震は君、艮は貞正で、合して「貞君」を成す。「載荘」とは行李を驮載することを言う。
渙。探巢得雛,鳩鵲來俱,使我音娛。艮為巢、為探,伏兌為雛。離為鳩,震為鵲,故曰鳩鵲來俱。震為音、為娛。○音,依宋元本,汲古作欣。
《履》が《渙》に変ず。林辞は言う:手を伸ばして巢を掏れば雛鳥に摸到り、斑鳩と喜鵲は一斉に飛來し、叫んで我が心を歓喜せしむ。尚秉和の解説:艮は巢・探取、伏兑は雛鳥。離は鳩、震は鵲なので「鳩鵲来倶」と言う。震は声音・歓娯。校記が言う:「音」の字は宋刻本・元刻本に依り、汲古閣本は「欣」に作る。
節。安上宜官,一日九遷。升擢超等,牧養常山,君臣得安。互艮為官、為安,陽在上,故曰安上。伏離為日,坎數一,故曰一日。震為遷、為升,數九,故曰九遷。艮為山、為臣。震為君。○汲古無末句,宋元本有,有,文氣始足。
《履》が《節》に変ず。林辞は言う:上頭は安穩にして、正に官を為すに宜しく、一日の内に連ねて九級に升る。越級に提拔され、常山の牧守に出任し、君臣皆安寧を得る。尚秉和の解説:互いに出づる艮は官・安で、陽爻は上位に居るので「安上」と言う。伏離は日、坎の数は一なので「一日」と言う。震は遷轉・升進、震の数は九なので「九遷」と言う。艮は山・臣、震は君。校記が言う:汲古閣本は末の一句を缺き、宋刻本・元刻本には有り。この一句あれば、文気は初めて完足す。
中孚。大頭明目,載受嘉福。三雀飛來,與祿相得。伏大坎,故曰大頭,互大離,故曰明目。震為載、為嘉福、為雀,數三,又為飛、為祿,故曰三雀飛來,與祿相得。
《履》が《中孚》に変ず。林辞は言う:頭大きく目明るく、一身に美好の福気を承受す。三隻の雀鳥が飛來し、福と禄は併せて手に到る。尚秉和の解説:卦中に大坎を伏すので「大頭」と言う。互いに大離を出すので「明目」と言う。震は承載・嘉福・雀、震の数は三、震はまた飛・禄なので「三雀飛来,与禄相得」と言う。
小過。遠視千里,不見黑子。離婁之明,無益於光。震為遠、為千里,艮為視,互大坎隱伏,故不見。黑子,坎為黑,震為子也。伏大離,故曰離婁之明。艮為光,居坎下,故無益於光。○三四句依宋元本,汲古作"離婁明視,移於小人",失韻。移,益字之訛,小人乃光形之訛。而汲古等本不知其訛,反注云一作云云,疏已。又於光,汲古注作為光,亦非。
《履》が《小過》に変ず。林辞は言う:千里の外を望見し得るも、眼前の一顆の黒痣を見ない。たとえ離婁の如き目力ありとも、光明を増添するに助けなし。尚秉和の解説:震は遠・千里、艮は觀視、互いに出づる大坎は隠伏して顕れないので「不見」。「黒子」は即ち黒痣、坎は黒、震は子。卦中に大離を伏すので「離婁之明」と言う。艮は光で、坎の下面に處るので「無益于光」。校記が言う:第三・四句は宋刻本・元刻本に依る。汲古閣本は「離婁明視,移于小人」と作り、韻脚を失う――「移」は「益」の字の訛、「小人」は「光」の字の形近による誤り。汲古閣本等の本はその訛を知らず、かえって注を出して「一作」云何と言うは、余りに疏忽である。また「于光」は汲古閣本が「為光」と注作するも、また誤り。
既濟。三女為奸,俱遊高園。背夫夜行,與伯笑言。不忍主母,為失醴酒,冤尤誰告。此用《履》伏象。謙坤為女,震數三,故曰三女。坤為奸,故曰三女為奸。艮為園,巽為高,故曰高園。坎為夫、為夜,艮為背,震行,故曰背夫夜行。震為伯、為笑言,正反震,故曰與伯笑言。坤母震主,故曰主母。坎為憂,故曰不忍。坎為酒、為失、為冤尤,坎隱伏,故無可告語。○為,從宋元本,汲古作成。俱遊高園,依宋元本補,汲古等本俱無。主母,依宋元本,汲古作王母。為失醴酒,冤尤誰告。依汲古,宋元作"失禮酒冤,皇天誰告",非,事詳後《離》之《訟》。
《履》が《既済》に変ず。林辞は言う:三つの女子が暗に醜事を做し、一同に高処の園子に游逛す。夫を背いて夜に門を出で、伯氏と説説笑笑す。主母の面前では交代し難く、甜酒の差事を誤り、満腹の冤屈をまた誰に訴えん。尚秉和の解説:この条は《履》卦の伏象を用いる。坤は女、震の数は三なので「三女」と言い、坤はまた奸なので「三女為奸」と言う。艮は園、巽は高なので「高園」。坎は夫・夜、艮は背、震は行なので「背夫夜行」。震は伯・笑語で、正・反二つの震があるので「与伯笑言」。坤は母、震は主で、合して「主母」を成す。坎は憂なので「不忍」。坎は酒・失・冤屈で、坎は隠伏して顕れないので訴える処なし。校記が言う:「為」の字は宋刻本・元刻本に依り、汲古閣本は「成」に作る。「倶游高園」の一句は宋元本に依って補入し、汲古閣本等の本は皆無し。「主母」は宋元本に依り、汲古閣本は「王母」に作る。「為失醴酒,冤尤誰告」の两句は汲古閣本に依り、宋元本は「失礼酒冤,皇天誰告」と作るが誤り。この事は詳しく後面の《離》之《訟》の条を見よ。
未濟。日辰不良,強弱相振。一鳥兩雛,客勝主人。此仍用《履》伏象。○一鳥兩雛,依汲古,宋元本作一雌,未知孰是。
《履》が《未済》に変ず。林辞は言う:日子と時辰は皆吉利ならず、強きと弱きは互相衝撞す。一隻の鳥が二隻の雛を帯び、客人はかえって主人を壓倒す。尚秉和の解説:この条はなお《履》卦の伏象を用いる。校記が言う:「一鳥両雛」は汲古閣本に依り、宋刻本・元刻本は「一雌」と作るが、なおどちらが正しいか知らない。
泰之第十一
泰。求玉陳國,留連東域。須我王孫,四月來復。主君有德,蒙恩受福。坤為國,震為玉、為陳、為東,伏艮為流連、為須、為孫,乾為王,故曰王孫。兌為月,震為復,卦數四,故曰四月來復。震為主、為君,乾為德、為恩福。○求玉,依宋元本,汲古作有求。《左傳》有韓宣子求玉環於鄭事,茲云陳國未詳。
《泰》卦が自変し、なお《泰》に帰す。林辞は言う:陳国へ行って一塊の玉を求め、東方一帯に盤桓して去らない。我が王孫を待つ、四箇月後に帰來す。主上に徳あり、これにより恩を蒙り福を受く。尚秉和の解説:坤は国、震は玉・陳・東、伏艮は逗留・等待・孫、乾は王で、合して「王孫」を成す。兑は月、震は返復、卦数は四なので「四月来復」と言う。震は主・君、乾は徳・恩福。校記が言う:「求玉」は宋刻本・元刻本に依り、汲古閣本は「有求」に作る。《左伝》に韓宣子が鄭国に玉環を求めた事あり、此処の言う陳国の事はなお査し明らかにならない。
乾。伯夷叔齊,貞廉之師。以德防患,憂禍不存。詳《比》之《剝》。此用泰象。震為伯,坤殺,故曰伯夷。夷,滅也。伏艮為叔,巽為齊,故曰叔齊。
《泰》が《乾》に変ず。林辞は言う:伯夷・叔齊は守正廉潔の表率である。德行を以て禍患に防備すれば、憂愁災禍は皆留まらない。尚秉和の解説:この条は詳しく《比》之《剥》を見よ。此処は《泰》の象を用いる:震は伯、坤は殺を主るので「伯夷」と言う――「夷」は滅絶の義。伏艮は叔、巽は斉で、合して「叔齊」を成す。
坤。濟深難渡,濡我衣袴。五子善權,脫無他故。坤為水,故曰濟深、曰難渡、曰濡。坤為我、為衣袴。
《泰》が《坤》に変ず。林辞は言う:水深く渡り難く、我が衣裳褲子を打湿らした。五つの兒子は随機応変に善く、終に身を脱し、別の事故は出さなかった。尚秉和の解説:坤は水なので「済深」「難渡」「濡」と言う。坤はまた我・衣袴である。
屯。倚立相望,適得道通。驅駕奔馳,比目同床。艮倚震立,艮望,正反艮,故曰相望。震為道、為通、為驅駕奔馳。艮為目,初至五爻正反艮相對,故曰比目。艮為床,坤眾,故曰同床。○得,依宋本,汲古作我。
《泰》が《屯》に変ず。林辞は言う:兩人が門に倚りて立ち、彼此相望み、恰好道路通達す。ここに車を駆りて奔馳し來り、比目双栖・同床共枕の夫妻と成る。尚秉和の解説:艮は倚、震は立、艮はまた望。正・反二つの艮があるので「相望」と言う。震は道・通で、また車を駆り奔馳す。艮は目で、初爻から五爻まで正反二つの艮が相対するので「比目」と言う。艮は床、坤は衆多なので「同床」と言う。校記が言う:「得」の字は宋刻本に依り、汲古閣本は「我」に作る。
蒙。葛藟蒙棘,華不得實。讒佞為政,使恩壅塞。詳《師》之《中孚》。
《泰》が《蒙》に変ず。林辞は言う:葛藤が荆棘に纏住し、花は開くも果を結ばない。讒佞の小人が政を当り、君上の恩沢を壅塞し通ぜしめない。尚秉和の解説:この条の象数解釈は詳しく《師》之《中孚》の条を見よ。
需。四足無角,君子所服。南征述職,與福相得。此用《泰》象。震為足,卦數四,故曰四足。艮為角,艮伏,故無角。乾為君子,震為南、為徵,乾為福。○四足無角,依宋元本,汲古作"四牡兼用"。相得,依宋元本,汲古作同德。
《泰》が《需》に変ず。林辞は言う:四つの腿ありて角を長ぜざる牲口は、正に君子の駕用に合す。南へ出行して朝覲し述職し、福気は随って來る。尚秉和の解説:この条は《泰》卦の象を用いる。震は足で卦数は四なので「四足」と言う。艮は角だが艮は潜伏して現れないので「無角」。乾は君子、震は南・出征、乾は福。校記が言う:「四足無角」は宋刻本・元刻本に依り、汲古閣本は「四牡兼用」と作る。「相得」は宋元本に依り、汲古閣本は「同徳」に作る。
訟。踝踵足傷,左指病癰。失旅後時,利走不來。詳《蒙》之《旅》,通《明夷》。震為足、為踝踵。坎為傷、為病癰。震為左,因明夷互震中互坎故有此象。○足,依汲古,宋元本作之,乃趾音之訛,然則足或為趾。
《泰》が《訟》に変ず。林辞は言う:脚踝脚跟は皆傷を受け、左手の指頭は毒瘡を生じた。隊を掉了し時辰を誤り、眼の前に到手した利益も跑掉した。尚秉和の解説:詳しくは《蒙》之《旅》を見よ。この卦は《明夷》と旁通す。震は足・踝跟、坎は傷・癰瘡。震は左――《明夷》が互いに震を出し震の中にまた互いに坎を出すゆえ、これらの象あり。校記が言う:「足」の字は汲古閣本に依り、宋刻本・元刻本は「之」に作るが、それは「趾」の音訛。この様に言えば「足」は或いは本「趾」に作るか。
師。春城夏國,生長之域。可以服食,保全家國。坤為城、為國,震為春,伏離為夏,故曰春城夏國。震為長生、為食,坤為家,震樂,故保全。○生長,汲古作長生,依宋元本。
《泰》が《師》に変ず。林辞は言う:春の城池・夏の国土は、正に万物生長の地である。ここに在れば衣食を安心し、家と国を保全し得る。尚秉和の解説:坤は城・国、震は春、伏離は夏で、合して「春城夏国」を成す。震は生長・飲食、坤は家、震は喜楽を主るので「保全」し得。校記が言う:「生長」は汲古閣本が「長生」と作るが、此処は宋刻本・元刻本に依る。
比。望驥不來,拘蹇為憂。雨驚我心,風撼我肌。艮為望,乾為驥,乾伏,故不來。坎為蹇、為憂、為雨、為心,坤為我、為風,艮為肌膚、為撼。○拘,宋元本作駒,依汲古。
《泰》が《比》に変ず。林辞は言う:良馬の來るを盼つが馬は來ず。人は拘住せられ脚はまた跛し、満心は只だ憂愁のみ。雨声は我が心を驚動し、風勢は我が肌肤を摇撼す。尚秉和の解説:艮は望、乾は駿馬で、乾は潜伏して現れないので「不来」。坎は跛蹇・憂・雨・心、坤は我・風、艮は肌肤・摇撼。校記が言う:「拘」の字は宋刻本・元刻本が「駒」に作るが、此処は汲古閣本に依る。
小畜。久客無床,思歸我鄉。雷雨滿盈,道不得通。巽為旅客、為床,兌毀折,故無床。伏坎為思,震為歸,坤為我、為鄉,震為雷,坎為雨,坤亦為水,故曰滿盈。艮為道,坎陷,故不通。○滿,從元本,宋本作湧,汲古作浸。
《泰》が《小畜》に変ず。林辞は言う:客居して日久しく、床の一張すらなく、一心に我が家郷に帰らんことを思う。偏に雷雨大作して積水は盈満し、道路は行き通えない。尚秉和の解説:巽は旅客・床、兑は毁折を主るので「無床」。伏坎は思念、震は帰、坤は我・郷里。震は雷、坎は雨、坤もまた水なので「満盈」と言う。艮は道路、坎は陷落なので「不通」。校記が言う:「満」の字は元刻本に依り、宋刻本は「涌」、汲古閣本は「浸」に作る。
履。方船備水,傍河燃火。積善有微,終身無禍。通《謙》。坤為方,震為船,坎為水。方,並也。《詩》"方舟為梁"是也。以船為梁,故曰備水。坤為河,艮為火,故曰傍河然火。坤為積,震為善,坤為身,艮為終,坤為禍。○汲古多"天福吉昌,永得安康"八字。方,從汲古,宋元本作舫。
《泰》が《履》に変ず。林辞は言う:船を併連して水を渡り、河辺に傍って火を生起す。一点一滴に善行を積累すれば、終身禍に遭わない。尚秉和の解説:この卦は《謙》と旁通す。坤は方、震は船、坎は水。「方」は併連の義で、《詩経》の「方舟為梁」が即ちこの義――船を連ねて橋と為すので「備水」と言う。坤は河、艮は火なので「傍河燃火」と言う。坤は積、震は善、坤は身、艮は終、坤は禍。校記が言う:汲古閣本は「天福吉昌,永得安康」の八字を多く出す。「方」の字は汲古閣本に依り、宋刻本・元刻本は「舫」に作る。
否。陟岵望母,役事未已。王政靡盬,不得相保。互艮為山、為望,坤為母,故曰陟岵望母。《爾雅釋山》:"有草木曰岵"。坤為役、為事,乾為王,坤為政,《詩魏風》:"陟彼岵兮,瞻望母兮",又《唐風》"王事靡盬",傳:盬,不攻致也。坤惡,故曰靡監。○靡,依汲古,與詩同,宋元作無,非。
《泰》が《否》に変ず。林辞は言う:草木葱蘢たる山岡に登りて母を遥望すも、勞役の差事は尽頭なし。王家の差事は終に辦し尽くせず、母子は相互に照応し得ない。尚秉和の解説:互いに出づる艮は山・望、坤は母なので「陟岵望母」と言う。《爾雅・釋山》に草木の長ずる山を「岵」と言う。坤は勞役・事、乾は王、坤は政令。《詩経・魏風》に「陟彼岵兮,瞻望母兮」、《唐風》に「王事靡盬」とあり、毛伝に「盬」は辦し牢靠ならず・做し盡くせざるの義。坤は悪を主るので「靡盬」と言う。校記が言う:「靡」の字は汲古閣本に依り《詩》文と同じく、宋刻本・元刻本は「无」に作るが誤り。
同人。多載重負,捐棄於野。予母誰子,但自勞苦。通《師》。坤為載負、為重、為野、為喪,故曰捐棄。坤為母,震為子,坎為勞苦。○三四句從宋本,汲古作"王母離子,思勞自苦"。重負,從宋元本,汲古作負重。
《泰》が《同人》に変ず。林辞は言う:装載は多すぎ背負は重すぎて、半路に荒野に丟棄するほかない。母親ありとするも、誰が自らの兒子かを知らず、到頭来空しく自ら辛苦を討つ。尚秉和の解説:この卦は《師》と旁通す。坤は装載負荷・重・原野・喪失なので「捐棄」と言う。坤は母、震は子、坎は勞苦。校記が言う:第三・四の两句は宋刻本に依り、汲古閣本は「王母離子,思勞自苦」と作る。「重負」は宋刻本・元刻本に依り、汲古閣本は「負重」に作る。
大有。生直地乳,上皇大喜。賜我福祉,壽算無極。通《比》。坤為地,艮為乳。《洛書甄耀度》:政山左崑崙,西南為地乳。王勃《九成宮頌》:峰橫地乳。翟云升釋地乳為醴泉,非。乾為帝、為皇,艮高,九五獨尊,故曰上皇。乾為大,兌為悅,故曰大喜。坤為我,乾為福祉。艮為壽,坤多,故曰壽算無極。○壽算,依汲古,宋元本作受命。直,依宋元本,汲古作值。汲古多"賓於作命"四字,依宋元本。
《泰》が《大有》に変ず。林辞は言う:「地乳」の如き正位に生れ、上皇は大いに歓喜し、我に福祉を賜い、寿数は長く尽頭なし。尚秉和の解説:この卦は《比》と旁通す。坤は地、艮は乳。《洛書甄耀度》に崑崙山の左辺・西南一帯を「地乳」と言う。王勃《九成宮頌》に「峯横地乳」の句あり。翟雲升は「地乳」を醴泉と解すが誤り。乾は帝・皇、艮は高、九五の位は独尊なので「上皇」と称す。乾は大、兑は悦なので「大喜」と言う。坤は我、乾は福祉。艮は寿、坤は多なので「寿算無極」と言う。校記が言う:「寿算」は汲古閣本に依り、宋刻本・元刻本は「受命」に作る。「直」の字は宋元本に依り、汲古閣本は「値」に作る。汲古閣本は「賓于作命」の四字を多く出すが、ここは宋元本に依る。
謙。翕翕,隕墜山顛。滅我令名,長沒不全。詳《否》之《離》。○隕墜山顛,依汲古,宋本元本作崩顛。全,依宋元,汲古作存、作稍墮。
《泰》が《謙》に変ず。林辞は言う:車馬は轟隆隆として一片喧騰し、転眼に山頂より墜落す。我が美名は毁滅せられ、長く沈淪して保全し得ない。尚秉和の解説:この条の象数解釈は詳しく《否》之《離》の条を見よ。校記が言う:「隕墜山顛」は汲古閣本に依り、宋刻本・元刻本は「崩顛」に作る。「全」の字は宋元本に依り、汲古閣本は「存」・「稍堕」に作る。また按:林辞「翕翕」の上は底本が一字を脱去し、後面の《否》之《離》の条の校語に拠れば、あの字は「横」の音に読み車行の声を状す。此処は底本に照らして実録し、補入を予なわない。
豫。東鄰嫁女,為王妃后。莊公築館,以尊王母。歸於京師,季姜悅喜。詳《屯》之《觀》。○悅喜,汲古本作喜悅,茲依宋元本。莊應為桓。
《泰》が《豫》に変ず。林辞は言う:東辺の隣国が女児を嫁出し、天子の妃后と為った。魯君は館舍を修築し、以て王姬の母を尊奉す。女子は京師に出嫁し、季姜は心裡に歓喜す。尚秉和の解説:この条の象数解釈は詳しく《屯》之《觀》の条を見よ。校記が言う:「悦喜」は汲古閣本が「喜悦」と作るが、ここは宋刻本・元刻本に依る。「荘公」の「荘」は「桓」と作るべきで、即ち魯桓公である。
隨。伯虎仲熊,德義淵閎。使布五穀,陰陽順序。震為伯,坎為仲,艮為熊虎。巽為谷,卦數五,故曰五穀。
《泰》が《随》に変ず。林辞は言う:伯虎・仲熊の如き賢臣は、德行道義が深広宏大なり。彼らを派して五谷の政を推行せしめば、陰陽はこれにより順暢有序となる。尚秉和の解説:震は伯、坎は仲、艮は熊・虎。巽は穀で卦数は五なので「五谷」と言う。
蠱。敏捷勁疾,如猿升木。彤弓雖調,終不能獲。巽風為敏捷、為木。艮為猿,在巽上,故曰升木。互大坎為弓,震為玄黃,故曰彤弓。
《泰》が《蠱》に変ず。林辞は言う:動作は敏捷にして力あり、猿猴の樹に攀づるが如し。紅漆の弓は調校好しといえども、到底獲物を射中することができなかった。尚秉和の解説:巽は風なので敏捷の義を取り、巽はまた木。艮は猿で、位は巽の上にあるので「升木」と言う。互いに出づる大坎は弓、震は玄黄の色なので「彤弓」と言う。
臨。舉袂覆目,不見日月。衣裘簟席,就長夜室。詳《坤》之《隨》。○震袂證,可解《歸妹》。
《泰》が《臨》に変ず。林辞は言う:衣袖を抬げて眼睛を遮り、日月を見ない。皮衣と竹席を帯びて、長夜不明の屋子に走り入る。尚秉和の解説:この条の象数解釈は詳しく《坤》之《随》の条を見よ。校記が言う:これは「震為袂」の一証拠で、これに拠り《帰妹》の爻辞を講じ通し得る。
觀。忍丑少羞,無面有頭。耗減寡虛,日以削消。坤為丑、為羞,艮止為忍,又為面。巽為廣顙,艮在下,巽伏,故無面,廣顙在上,故有頭。坤為耗、為虛,巽為寡,伏乾為日,坤為消。○艮為面證。三四句依汲古,宋元本作"虛日以弊,消寡耗減"。
《泰》が《觀》に変ず。林辞は言う:醜事を忍び、廉耻を少なくし、頭ありて顔面なし。財物は耗損し空虚となり、一天天削減し下る。尚秉和の解説:坤は醜・羞、艮は止なので「忍」の義を取り、艮はまた面。巽は寛額、艮は下位にありて巽は潜伏するので「無面」と言い、寛額は上にあるので「有頭」と言う。坤は耗損・空虚、巽は寡少、伏乾は日、坤は消減。校記が言う:これは「艮為面」の証拠。第三・四の两句は汲古閣本に依り、宋刻本・元刻本は「虚日以弊,消寡耗減」と作る。
噬嗑。涸陰冱寒,常冰不溫。凌人惰怠,雹大為災。坎為陰寒、為冰,離為溫,居坎上,故不溫。震為人、為凌,故曰凌人。艮止,故曰怠。離為災,坎為雹,言冬不藏冰,夏致雹災。○涸,依宋元本,汲古作固。凌,依元本,宋本訛令。雹大,依宋元本,汲古訛庖大,按:《周禮天官》有凌人,鄭云:凌,冰室也。引豳風"納於凌陰"為證。凌人藏冰出冰,正以宣洩寒暑,否則陰陽不調,而冰雹為災。情,依《否》之《蹇》校,各本皆作墮。
《泰》が《噬嗑》に変ず。林辞は言う:陰気は凝結し天は寒く地は凍り、常年の氷は化け開かない。氷を掌る凌人は懈怠して職を失し、ここに大雹を降して災と成る。尚秉和の解説:坎は陰寒・氷、離は温暖で、離は坎の上に居るので「不温」。震は人・凌で、合して「凌人」を成す。艮は止なので「怠」と言う。離は災、坎は雹――冬に好好氷を藏せざれば、夏に雹災を招来すと言うこと。校記が言う:「涸」の字は宋刻本・元刻本に依り、汲古閣本は「固」に作る。「凌」の字は元刻本に依り、宋刻本は「令」と訛る。「雹大」は宋元本に依り、汲古閣本は「庖大」と訛る。按:《周礼・天官》に凌人の一職を設け、鄭玄は「凌」は即ち氷室と言い、併せて《豳風》「納于凌陰」を引いて証と為す。凌人は氷を藏め氷を出すを管し、正に寒暑の気を宣泄するに用いる。否るならば陰陽失調し、氷雹は災を成さんとす。校記の末はまた一字ありて《否》之《蹇》の条に依り校定し、各本は皆「堕」に作ると言う。
賁。夏麥麩,霜擊其芒。疾君敗國,使民夭傷。離為夏,震為麥、為麩,坎為芒、為霜,艮手為擊,故霜擊其芒。坎為疾,震為君,艮為國,坎為敗、為民,艮為少,伏兌折,故夭傷。○,從宋本,汲古訛曲。震為君證。
《泰》が《賁》に変ず。林辞は言う:夏の麦子は剛に穗を抽けば、一場の霜が麦芒を打折した。病害は国君に傷及し邦国を敗壞し、百姓を夭折し受傷せしむ。尚秉和の解説:離は夏、震は麦・麸、坎は芒・霜、艮は手なので「撃」と為り、「霜撃其芒」と言う。坎は疾病、震は君、艮は国、坎は敗・民、艮は幼小、伏兑は折損を主るので「夭傷」。校記が言う:校するあの字は宋刻本に依り、汲古閣本は「曲」と訛る――底本のこの字と林辞首句の中の一字は皆已に脱落し、今は底本に照らして実録し臆補しない。また言う、これは「震為君」の一証拠である。
剝。淵涸龍憂,箕子為奴。干叔隕命,殷破其家。坤為淵,艮火在中,故涸。震為龍,震覆,故憂。又坤亦為憂。《萃初六》云"勿恤",《升彖》云"勿恤",以坤為恤,是其證。震為箕子,艮為奴,上震覆為艮,故曰箕子為奴。艮為叔、為求,故曰干叔,殷比干也。坤死,故曰殞命。殷,子姓,震為子,震覆,故曰殷破其家。艮為家也。《明夷彖傳》云:"箕子以之",由此可證箕子指震。○家,音姑。干叔,宋元本皆訛午叔。
《泰》が《剥》に変ず。林辞は言う:深淵は干涸し、龍はこれがために憂う。箕子は貶められて奴と為る。比干は命を送り、殷商の宗室はこれより敗亡す。尚秉和の解説:坤は深淵、艮の火は其の中にあるので「涸」。震は龍で、震は翻転して覆象を成すので「憂」。坤もまた憂を主る――《萃》初六に「勿恤」、《升》彖辞に「勿恤」とあり、皆坤を以て恤と為すは即ち証拠。震は箕子、艮は奴僕で、上面の震は覆って艮を成すので「箕子為奴」と言う。艮は叔・求なので「乾叔」と言い、殷朝の比干を指す。坤は死亡を主るので「隕命」。殷は子姓で、震は子、震は既に翻覆するので「殷破其家」と言う――艮は即ち家。《明夷・彖伝》に「箕子以之」とあり、これにより箕子の取るは震象なるを証し得る。校記が言う:「家」は「姑」の音に読む。「乾叔」は宋刻本・元刻本が皆「午叔」と訛る。
復。跛踦相隨,日暮牛罷。陵遲後旅,失利亡雌。震為行,坤退,故跛踦。坤為夜,故曰暮。為牛、為役,故罷。震為後、為旅,巽為利,巽伏,故失利。坤為雌、為亡。
《泰》が《復》に変ず。林辞は言う:瘸拐として相随して行き、天色は向晚し、牛も累れ垮れた。行程は遅緩にして隊伍の後頭に落ち、本銭を賠し、また母畜を丟した。尚秉和の解説:震は行走、坤は退縮を主るので「跛踦」。坤は夜なので「暮」と言い、坤はまた牛・勞役なので「罷」すなわち疲憊不堪と言う。震は後・行旅。巽は利だが巽は潜伏して現れないので「失利」。坤は雌・亡失。
無妄。桑之將落,隕其黃葉。失勢傾側,如無所立。《詩衛風》:"桑之落矣,其黃而隕"。震為桑,巽為隕落,震為黃、為葉、為立,巽為傾,故曰失勢傾側,如無立也。○之,從宋元本,汲古本作方,非。側,依宋元本,汲古作倒。
《泰》が《无妄》に変ず。林辞は言う:桑樹はまさに凋零せんとし、枯黃の葉が一地に落ちる。一たび勢いを失えば身は傾側し、再び立足の処なきが如し。尚秉和の解説:《詩経・衛風》に「桑之落矣,其黄而隕」とあり。震は桑、巽は隕落を主り、震は黄・葉・立、巽は傾斜なので「失勢傾側,如無所立」と言う。校記が言う:「之」の字は宋刻本・元刻本に依り、汲古閣本は「方」に作るが誤り。「側」の字は宋元本に依り、汲古閣本は「倒」に作る。
大畜。生長以時,長育根本。陰陽和德,歲樂無憂。震為生長,艮為時,震為根荄,二五相應與,故曰陰陽和德。和,合也。震為歲、為樂。○和德,從宋元本,汲古作相和。
《泰》が《大畜》に変ず。林辞は言う:万物は節令に按じて生発し、根本は長養を得る。陰陽の德性は彼此契合し、年成は豊楽にして、憂うべき無し。尚秉和の解説:震は生長、艮は時令、震はまた草木の根。第二爻と第五爻は上下相応ずるので「陰陽和徳」と言う――「和」は即ち相合。震は歳・楽。校記が言う:「和徳」は宋刻本・元刻本に依り、汲古閣本は「相和」に作る。
頤。童女無夫,未有配合。陰陽不和,空坐獨宿。伏巽為童女。震為夫,坤寡,故無夫。上下卦皆男象,故未有配合,故不和。艮為坐、為宿,坤為寡、為夜,故曰空坐獨宿。○夫,從宋元本,汲古作室,非。按:伏兌為少女,童似為兌象,然曰無夫,震為夫,故知童女指巽,《大過》固以巽為女妻也。配合,依汲古,宋元本作匹配。
《泰》が《頤》に変ず。林辞は言う:少女はいまだ丈夫なく、いまだ婚配を成就せず。陰陽は調諧し能わず、空しく坐して独自過夜するほかない。尚秉和の解説:伏巽は少女。震は夫、坤は寡居を主るので「無夫」。上下両卦は皆男象なので「未有配合」、ゆえに「不和」。艮は坐・宿、坤は寡・夜なので「空坐独宿」と言う。校記が言う:「夫」の字は宋刻本・元刻本に依り、汲古閣本は「室」に作るが誤り。按語が言う:伏兑は少女で、「童女」は見れば兑象に似るが、林辞は「無夫」と言い、震こそ夫なので、「童女」の指すは巽と見える――《大過》は本来即ち巽を以て女妻と為す。「配合」は汲古閣本に依り、宋刻本・元刻本は「匹配」に作る。
大過。春令原有,仁德不周。三聖攸同,周國茂興。通《頤》。震為春,巽為命,故曰春令。古者霜降申憲,立春息刑,故曰原有。震為仁、為周,震伏,故不周,震數三,乾為聖,故曰三聖。坤為國。○不周,依汲古,與宥韻,宋元本作不合,與宥不韻。
《泰》が《大過》に変ず。林辞は言う:春の政令は本に寛赦の意を含むも、仁徳は終竟推行し周らず。三位の聖人は志向相同じく、周国はこれにより興盛す。尚秉和の解説:この卦は《頤》と旁通す。震は春、巽は命令で、合して「春令」を成す。古は霜降の後に刑法を申明し、立春の後に用刑を停止すので、「原有」すなわち本に寛宥ありと言う。震は仁・周だが震は潜伏して現れないので「不周」。震の数は三、乾は聖なので「三聖」。坤は国。校記が言う:「不周」は汲古閣本に依り「宥」の字と押韻す。宋刻本・元刻本は「不合」に作り、「宥」と押韻せず。
坎。金精躍怒,帶劍過午。兩虎相距,雖驚無咎。坎水為金精。震為躍怒,艮為劍,納丙,故曰過午。艮為虎,正覆艮,故曰兩虎相距。震為驚。○距,依宋元本,汲古作妒,非。白虎,西方宿,故曰金精。
《泰》が《坎》に変ず。林辞は言う:白虎金精は騰躍して発怒し、剣を佩びて正午の方位を走り過ぐ。両隻の老虎は彼此相対峙し、驚を受けたが災禍を招来することはない。尚秉和の解説:坎は水で「金精」の象。震は跳躍発怒、艮は剣。艮は丙を納め、丙は午位に配するので「過午」と言う。艮は虎で、正・覆二つの艮があるので「両虎相距」と言う。震は驚。校記が言う:「距」の字は宋刻本・元刻本に依り、汲古閣本は「妒」に作るが誤り。白虎は西方の星宿なので「金精」と称す。
離。危坐至暮,請求不得。膏澤不降,政戾民忒。詳《需》之《頤》,離中爻亦伏頤,伏頤,故語同。
《泰》が《離》に変ず。林辞は言う:襟を正し危坐して天黑まで坐すも、求むる事はなお旧より辦成せず。膏雨の如き恩沢は降るを肯んぜず、政令は乖戾して、百姓もまた随って悪く変る。尚秉和の解説:詳しくは《需》之《頤》の条を見よ。《離》の中間の爻もまた《頤》を伏し、同じく《頤》を伏する既にすれば、両處の林辞は相同じ。
咸。老楊日衰,條多枯枝。爵級不進,日下摧頹。詳《蒙》之《訟》。
《泰》が《咸》に変ず。林辞は言う:老楊樹は一天天衰敗し、枝條は大半枯干す。官爵は升り上がらず、一天不如一天に頽敗し下る。尚秉和の解説:この条の象数解釈は詳しく《蒙》之《訟》の条を見よ。
恆。蔡侯適楚,留連江濱。踰曰厯月,思其後君。巽為蔡,震為楚,乾為江河、為日。兌為月,乾為君。○濱,從宋元本,汲古等本作湖,非。後君,從汲古,與濱協,宋元本作君后,以兌為月,與《恆彖傳》同。《左傳》"蔡侯朝楚,楚相囊瓦欲其羔裘而不肯獻,遂留楚二年"。
《泰》が《恒》に変ず。林辞は言う:蔡侯は楚国に到るも、大江の浜に留め置かれた。一日を過し又一月を過し、心は自らの身後の国君に牽挂す。尚秉和の解説:巽は蔡、震は楚、乾は江河・日、兑は月、乾は君。校記が言う:「浜」の字は宋刻本・元刻本に依り、汲古閣本等は「湖」に作るが誤り。「后君」は汲古閣本に依り「浜」と協韻し、宋刻本・元刻本は「君后」に作る。この条は兑を以て月と為し、《恒卦・彖伝》と一致す。《左伝》に蔡侯が楚君を朝見し、楚国の令尹囊瓦が彼の羔皮裘を欲し、蔡侯は献ずるを肯んぜず、ここに楚国に扣留された二年と記す。
遯。右撫劍佩,左援鉤帶。凶訟不止,相與爭戾,失利市肆。艮為劍、為鉤,巽為帶,乾為言,兌口與乾言反,故曰訟、曰爭。巽為利市,風隕故失。○佩,依汲古,宋元本作頭,若依宋本則下句當為帶鉤,與頭協,然各本皆作鉤帶,無如何也。鉤亦兵器。
《泰》が《遯》に変ず。林辞は言う:右手に佩剣を撫し、左手に鉤帶を拉住す。凶険の訟事は尽きることなく、彼此争執し違逆し、市集上の生意すら本を賠した。尚秉和の解説:艮は剣・鉤、巽は帶、乾は言語、兑口は乾言と相反するので「訟」・「争」と言う。巽は利・市で、風は隕落を主るので「失」。校記が言う:「佩」の字は汲古閣本に依り、宋刻本・元刻本は「頭」に作る。若し宋刻本に依れば下句は「帶鉤」と作るべきで「頭」と協韻せんが、しかし各本は皆「鉤帶」に作るも、如何ともし難い。「鉤」もまた一種の兵器である。
大壯。水流趨下,遠至東海。求我所有,買鮪與鯉。詳《訟》之《比》。○與,從宋元本,汲古作得,非。此全用對象,故與《比》同詞。
《泰》が《大壯》に変ず。林辞は言う:水は低処に向かって流れ、一路遠く東海に到る。我が手上の現有を以て換取し、鮪魚と鯉魚を買い回る。尚秉和の解説:この条の象数解釈は詳しく《訟》之《比》の条を見よ。校記が言う:「与」の字は宋刻本・元刻本に依り、汲古閣本は「得」に作るが誤り。この条は全く相対の卦の象を用いるので、林辞は《比》のあの条と完全相同す。
晉。登几上輿,駕駟南遊。合從散橫,燕齊以強。詳《屯》之《否》,齊皆作秦,依《屯》之《否》宋元本校,散衡與秦不利,故知秦非。
《泰》が《晉》に変ず。林辞は言う:几凳を踩みて車子に登り、四匹の馬を駕起して南に巡遊す。合縱の勢いは結成し連横の局は散去し、燕国と斉国はこれにより強盛す。尚秉和の解説:詳しくは《屯》之《否》の条を見よ。各本は「斉」を皆「秦」に作るが、此処は《屯》之《否》の宋刻本・元刻本に依って校改す――連横を拆散するは秦国に利あらず、見れば「秦」と作るは錯である。
明夷。求兔得獐,過其所望。歡以相迎,高位夷傷。震為兔,艮為獐,艮覆,故得獐。離目為望,震在上,故曰過望。震為歡,伏巽為高,艮為位,艮覆,故夷傷。
《泰》が《明夷》に変ず。林辞は言う:本は兔子を捉えんと欲すが、かえって一頭の獐を得、原來の指望を超出した。歓歓喜喜に迎え前に上がるも、高位上の人は既に傷を受けていた。尚秉和の解説:震は兔、艮は獐。艮は翻転して覆象を成すので「得獐」。離は目なので「望」の義を取る。震は上位に居るので「過望」と言う。震は歓、伏巽は高、艮は位。艮は既に翻覆するので「夷傷」。
家人。過時不歸,道遠且迷。旅人心悲,使我徘徊。震為時、為歸,震伏,故不歸。又震巽相反覆,震究為巽,故曰過時。震為道,坎伏,故迷。巽為商旅。坎為心、為悲。
《泰》が《家人》に変ず。林辞は言う:約定の日子を過ぐるもなお帰らず、路はまた遠く辨じ難い。旅人は心中悲苦で、我をして來回に歩き心神不定ならしむ。尚秉和の解説:震は時・帰だが震は潜伏して現れないので「不帰」。また震と巽は互いに反覆で、震は極処に到れば巽と変るので「過時」と言う。震は道路、坎は潜伏するので「迷」。巽は行商旅客。坎は心・悲。
睽。魂孤無室,御宿舍食。盜張民潰,見敵失內。坎為魂、為孤、為室,坎隱,故無室。兌為食,坎為宿、為盜、為民。○次句宋元本作"銜指含食",汲古本作御宿舍食。潰、內,亦依汲古,宋元本作饋、作肉。失內者,失其妻室也。《左傳僖十七年》:"齊侯好內",是內為妻妾也。
《泰》が《睽》に変ず。林辞は言う:魂魄は孤零零として帰宿なく、旅舍裡に将って住宿し吃飯するほかない。盗賊は猖獗し、百姓は潰散し、敵を一見すれば妻室すら丟した。尚秉和の解説:坎は魂・孤・室だが坎は隠伏して顕れないので「無室」。兑は食、坎は宿・盗・民。校記が言う:第二句は宋刻本・元刻本が「銜指含食」、汲古閣本が「御宿舍食」と作る。「潰」「内」の二字もまた汲古閣本に依り、宋元本は「饋」「肉」に作る。「失内」は妻室を丟したこと。《左伝》僖公十七年に「斉侯好内」とあり、見れば「内」は妻妾を指す。
蹇。居如轉丸,危不得安。東西不寧,動生憂患。坎為丸,坎險,故曰危、曰不寧。離東坎西,坎為憂患。○離東坎西證。艮為居,上坎,故曰居如轉丸。
《泰》が《蹇》に変ず。林辞は言う:居處は滾動する彈丸の如く穩ならず、危殆にして安寧を得ない。東辺は安からず西辺は定まらず、一動すれば憂患を生出す。尚秉和の解説:坎は丸で、坎はまた険を主るので「危」・「不寧」と言う。離は東に・坎は西にあり、坎は憂患。校記が言う:これは「離為東」「坎為西」の証拠。艮は居處で、上面は坎なので「居如転丸」と言う。
解。坤厚地德,庶物蕃息。平康正直,以綏百福。此用《泰》象。坤為厚、為庶物。震為蕃息,震大塗,故曰平康正直。乾為百福。
《泰》が《解》に変わる。林辞は言う:坤地の徳性は深厚で、万物がその上に蕃衍生長する。世の道は平安で、人の行いは正直、ゆえに安んじてさまざまな福分を享ける。尚秉和の解説:この条は《泰》卦の象を用いる。坤は厚さ・万物、震は蕃衍生息。震は大道の通途なので「平康正直」と言う。乾は百福。
損。樹蔽牡荊,生蘙山旁。讎敵背憎,孰肯相迎。震為樹、為荊,震陽卦,故曰牡荊。震為生、為蘙。艮為山,二至上正反兩艮震相背,故曰背憎、曰讎敵,相背故不相迎。○樹蘙,依《未濟》之《姤》校,各本皆訛作挒、作賢。山旁,依元本,宋本作山傍,汲古訛止侮。末多"上下有眚"四字。
《泰》が《損》に変わる。林辞は言う:樹木が牡荆を遮蔽し、濃い蔭が山のほとりに延びる。仇敵は互いに背き合って憎み、誰が進んで出て来て迎えようか。尚秉和の解説:震は樹・荆条。震は陽卦なので「牡荆」と言う。震は生・蔭蔽。艮は山。第二爻から上爻まで正・反二組の艮・震が互いに背くので「背憎」「讐敵」と言う――背き合っている以上、自ずと相迎えない。校記は言う:「樹」「蘙」の二字は《未済》之《姤》条に依って校定し、各本は皆「挒」「賢」と讹す。「山旁」は元刻本に依り、宋刻本は「山傍」、汲古閣本は「止侮」と讹す。末に「上下有眚」四字を余分に出す。
益。鳳凰銜書,賜我玄珪,封為晉侯。坤為鳳、為書,震口為銜、為玄、為珪。艮為封。震為晉、為諸侯。○汲古作玄珪賜我,依宋元本。
《泰》が《益》に変わる。林辞は言う:鳳凰が詔書を銜えて飛来し、我に一つの玄色の玉圭を賜り、晋の諸侯に冊封する。尚秉和の解説:坤は鳳・書、震口は銜、震はまた玄色・玉圭。艮は封。震は晋・諸侯。校記は言う:汲古閣本は「玄珪賜我」と作るが、ここは宋刻本・元刻本に依る。
夬。作凶不善,相牽入井。溺陷辜罪,禍至憂有。兌毀折故曰凶。又通《剝》。下坤為凶,艮手為牽,坤為淵、為井、為辜罪、為憂禍,為水,故溺。○坤為憂證。至、有,依宋本,汲古作生、滋。
《泰》が《夬》に変わる。林辞は言う:凶悪不善の事をなし、互いに牽かれて井に落ち込む。沉溺陥落し、罪責は逃れ難く、禍事が門に上り、憂愁が絶えない。尚秉和の解説:兌は毀折を主るので「凶」と言う。この卦はまた《剥》に旁通する。下の坤は凶、艮は手ゆえ「牽」、坤は深淵・井・罪辜・憂禍、坤はまた水なので「溺」。校記は言う:これは「坤為憂」の証拠である。「至」「有」の二字は宋刻本に依り、汲古閣本は「生」「滋」と作る。
姤。悲鳴北行,失其長兄。伯仲不幸,骸骨散亡。通《復》。震為鳴,坤為悲、為北、為失。震為長兄、為伯,震伏故失。兌為骸骨,兌覆風散,故曰散亡。○散亡,依宋元本,汲古作敗亡。坤為北證。
《泰》が《姤》に変わる。林辞は言う:一路悲鳴しながら北に行き、長兄を失う。伯仲の兄弟は難に遭い、尸骨は散じて収殮する所がない。尚秉和の解説:この卦は《復》に旁通する。震は鳴、坤は悲・北・喪失。震は長兄・伯。震は潜伏して現れないので「失」。兌は骸骨。兌は翻覆して風に吹き散らされるので「散亡」と言う。校記は言う:「散亡」は宋刻本・元刻本に依り、汲古閣本は「敗亡」と作る。これもまた「坤為北」の一条の証拠である。
萃。羔衣豹裘,高易我宇,君子維好。兌為羔。互艮為豹。坤為衣裘。巽為高。艮為宇、為君子。○宇,依汲古,宋元作家。好,依宋元,汲古作新。兌為羔證,可見《說卦》羔非訛字。
《泰》が《萃》に変わる。林辞は言う:羔皮衣・豹皮裘を着て、我が屋宇を高く広く改築すれば、君子はここに安らかになる。尚秉和の解説:兌は羔羊、互い出づる艮は豹、坤は衣裘、巽は高、艮は屋宇・君子。校記は言う:「宇」字は汲古閣本に依り、宋刻本・元刻本は「家」と作る。「好」字は宋元本に依り、汲古閣本は「新」と作る。これは「兌為羔」の証拠で、《説卦》の「羔」字は讹字ではないことが見える。
升。日中為市,各抱所有。交易貨貲,貪珠懷寶,心悅歡喜。通《無妄》。巽為市,乾為日,艮手為抱,巽為交易,乾為貨貲,震為珠玉、為悅喜。
《泰》が《升》に変わる。林辞は言う:正午に市を開き、各人が自家の貨物を抱え、互いに財貨を交易し、珠玉を貪求し宝物を懐にして、心に歓喜する。尚秉和の解説:この卦は《无妄》に旁通する。巽は市集、乾は日、艮は手ゆえ「抱」、巽は交易、乾は貨財、震は珠玉・歓悦。
困。振急絕理,恆陽不雨。物病焦乾,華實無有。通《賁》。下離火,艮又為火,故曰暘日不雨。互坎為雨、為病,離火為焦,乾艮為果、為實,兌為華。○兌為華證。《大過九五》即以兌為華。又按:焦、京皆以《無妄》為大旱之卦,亦以艮火互大離為說,自艮火象失傳,虞翻即不解京義。恆,依汲古,宋元作常,陽當作暘。
《泰》が《困》に変わる。林辞は言う:情勢は切迫して条理を失い、長く晴れて雨が降らない。作物は病んで枯焦し、花も開かず、実も結ばない。尚秉和の解説:この卦は《賁》に旁通する。下卦の離は火、艮もまた火なので、烈日が空に当たり雨が降らないと言う。互い出づる坎は雨・病、離火は焦枯を主り、乾と艮は果・実、兌は花。校記は言う:これは「兌為華」の証拠で、《大過》九五も兌を以て華とする。又按ずるに:焦延寿・京房はともに《无妄》を大旱の卦と見做したが、これも艮火が互い出でて大離を成すを以て説を立てたのである。艮為火という象が失われてから、虞翻は京房の意を読み解けなくなった。「恒」字は汲古閣本に依り、宋刻本・元刻本は「常」と作る。「陽」は「暘」に作るべきである。
井。狐狢載剝,徙溫厚蓐。寒棘為疾,有所不足。坎為狐狢,伏艮為手、為剝。巽為茅蓐。坎為寒、為棘、為疾。震為足,震伏,故不足。○厚、有,依宋元本,汲古作萃、作何。又徙汲古作凌,依宋元本。
《泰》が《井》に変わる。林辞は言う:狐貉の皮を剥いだばかりで、運んで行って温厚な褥墊に敷く。寒風と荆棘が病を惹き起こし、いつも足りない所がある。尚秉和の解説:坎は狐貉、伏艮は手・剥取。巽は茅草の褥墊。坎は寒・荆棘・疾病。震は足。震が潜伏して現れないので「不足」。校記は言う:「厚」「有」の二字は宋刻本・元刻本に依り、汲古閣本は「萃」「何」と作る。「徙」字は汲古閣本が「凌」と作るが、ここは宋元本に依る。
革。履踐危難,脫執去患。入福喜門,見誨大君。通《蒙》。震為履踐,坎險,故曰危難。震為脫、為去,坎陷,故曰執,坎憂,故曰患。艮為門,震為福喜。巽為入。乾為大君,震為誨。
《泰》が《革》に変わる。林辞は言う:危難を踏み越え、拘執から身を脱し、禍患を振り払う。福喜の門に入り、大君の教誨を得て見る。尚秉和の解説:この卦は《蒙》に旁通する。震は踩踏、坎は険、ゆえに「危難」と言う。震は脱・去。坎は坑陥、ゆえに「執」と言い、坎は憂を主るので「患」と言う。艮は門、震は福・喜、巽は入。乾は大君、震は教誨。
鼎。四亂不安,東西為患。艮止我足,無出國域。乃得全完,賴其生福。通《屯》。坤為亂,震數四,故曰四亂。震東坎西,坎為憂,故曰東西為患。震為足,艮止。坤為國,艮為域,上坎陷故不出。震為福,言見險能止,故得安全而生福也。全用對象。○坎西之證。
《泰》が《鼎》に変わる。林辞は言う:四方が動乱して安らかでなく、東西両面とも禍患である。我が足を止め、国境を出るなかれ――これでこそ保全して損なわれず、これに依って福を生ずる。尚秉和の解説:この卦は《屯》に旁通する。坤は乱、震の数は四、ゆえに「四乱」と言う。震は東にあり坎は西にあり、坎は憂、ゆえに「東西為患」と言う。震は足、艮は止。坤は国、艮は疆域、上の坎は陥穽なので出ない。震は福――険難を見て止まることを能くし、これを以て平安を得て福を生ずると言うのである。この条は全く相対する卦の象を用いる。校記は言う:これは「坎為西」の一条の証拠である。
震。南國少子,材略美好。求我長女,賤薄不與。反得醜惡,後乃大悔。詳《比》之《漸》。
《泰》が《震》に変わる。林辞は言う:南国の小さい息子は、才幹も謀略も出众である。彼が我が家の長女を求めて娶りに来たが、私はその家が寒微なのを嫌って許さず、結果かえって丑恶な者に許してしまい、事後大いに追悔した。尚秉和の解説:この条の象数の解釈は詳しくは《比》之《漸》の条を見よ。
艮。妄怒失理,陽孤無輔。物病焦枯,年飢於黍。互震為怒,坎為失,陽止於上,故曰孤、曰無輔。坎為病,艮為火,故物病焦枯。震為黍、為年,焦枯故飢。○艮為孤,《易林》凡遇六子皆有孤寡象,不祇巽為寡也。
《泰》が《艮》に変わる。林辞は言う:むやみに怒を発し、条理を失う。陽爻は孤孤零零として輔佐がない。作物は病んで焦枯し、この年は黍子さえ歉收する。尚秉和の解説:互い出づる震は怒、坎は喪失、陽爻は最上位に止まる、ゆえに「孤」「无輔」と言う。坎は病、艮は火、ゆえに「物病焦枯」。震は黍・年歳。焦枯した以上、自ずと饑饉を鬧す。校記は言う:艮にも孤の象がある。《易林》の中で乾坤の生んだ六子の卦に遇うときは皆孤寡の象を取り得て、巽だけが寡となるのではない。
漸。倬然遠咎,闢患害早。田獲三狐,巨貝為寶。風散故倬然遠咎。坎為患害,巽出險故能闢患。艮為狐,數三,故曰三狐。坎為獲,艮為貝,巽為高、為長,故曰巨貝。○艮為貝,《易》震貝得解。巨貝,從汲古,宋元作見民。見,貝之訛。民,巨之訛。
《泰》が《漸》に変わる。林辞は言う:豁然として開け、咎害から遠く離れ、早めに禍患を避ける。田猟で三匹の狐を捕え、また大貝という宝物を得た。尚秉和の解説:風は吹き散らすを能くするので「倬然遠咎」。坎は患害、巽は険から脱し得るので患を避けられる。艮は狐、その数は三、ゆえに「三狐」と言う。坎は獲、艮は貝、巽は高・長、ゆえに「巨貝」と言う。校記は言う:艮に貝の象があり、《周易》の「震貝」という説はこれに拠って講じ通じる。「巨貝」は汲古閣本に依り、宋刻本・元刻本は「見民」と作る――「見」は「貝」の讹、「民」は「巨」の讹である。
歸妹。逐鹿山巔,利去我西。維邪南北,無所不得。震為鹿、為逐,艮覆,故至山顛。兌為西,離南坎北。維邪,呼聲。○維邪,依宋元本,汲古等本作雖邪,疑訛。按:《史記滑稽傳》:"汙邪滿車",疑與此義同。汙維音亦通。史記注:汙邪,下田也。似非。按:《爾雅釋詁》:"伊,維也",注:發語辭。《淮南子》:"今夫舉大木者前呼邪許,後亦應之",此舉重勸力之歌也,然則維邪者,呼聲也。《歸妹》上震為言,下兌為口,故曰維邪。由是推《史記》之汙邪與《淮南》之邪許同,而非下田。
《泰》が《歸妹》に変わる。林辞は言う:鹿の群れを追って直上して山の頂に至るが、利益はかえって我が西から流れ去る。吆喝の声は南北に響き渡り、得られないものはない。尚秉和の解説:震は鹿・追逐、艮は翻って覆象を成すので山の巅まで追った。兌は西方にあり、離は南、坎は北。「維邪」は吆喝の声である。校記は言う:「維邪」は宋刻本・元刻本に依り、汲古閣本などは「雖邪」と作るが、疑わしく讹字か。按ずるに:《史記・滑稽列伝》に「污邪満車」とあり、疑わしくこれと同義か、「污」「維」は読音も相通ずる。《史記》の旧注は「污邪」を低窪の田とするが、似て正しからず。また《爾雅・釋詁》は「伊」は即ち「維」と言い、注は発語辞と称す。《淮南子》は大木を擔ぐ者が前で「邪許」と吆喝し、後ろが随いて応和すると言う。これは重物を運ぶ時に互いに励ます号子である。然らば「維邪」は吆喝の声である。《歸妹》の上の震は言、下の兌は口、ゆえに「維邪」と言う。これより推して《史記》の「污邪」と《淮南子》の「邪許」は一事であって、低田ではないことを知る。
豐。龍蛇所眾,大水來處。滑滑沛沛,使我無賴。震龍巽蛇,互大坎,故曰聚、曰大水、曰滑滑沛沛。○沛沛,宋元本作泲泲,依汲古。
《泰》が《豐》に変わる。林辞は言う:竜蛇の集まる所には、大水が滾滾として来る。水勢は滑らかに奔騰し、一面の汪洋で、我をして依託する所なからしめる。尚秉和の解説:震は竜、巽は蛇、卦中に大坎を互い出づるので「衆」「大水」「滑滑沛沛」と言う。校記は言う:「沛沛」は宋刻本・元刻本は「泲泲」と作るが、ここは汲古閣本に依る。
旅。從風吹火,牽麒驥尾。易為功力,因摧受福。巽為風,兌口為吹,離在上,故曰吹火。艮為尾、為牽,伏震為馬。兌為摧折,震為福。○功力,從宋本,汲古作之功,非。
《泰》が《旅》に変わる。林辞は言う:風勢に順って火を吹き、駿馬の尾に攀り付く。力を出せば功を見るに易く、一番の摧折を経てかえって福を得た。尚秉和の解説:巽は風、兌口は吹、離は上位にあり、ゆえに「吹火」と言う。艮は尾・牽挽、伏震は馬。兌は摧折を主り、震は福。校記は言う:「功力」は宋刻本に依り、汲古閣本は「之功」と作るが、正しくない。
巽。澤狗水鳧,難畜少雛。不為家饒,心其亟逋。通《震》。互艮為狗,兌為澤,故曰澤狗。《說文》:"獺如小狗,水居食魚是也"。震為鳧,坎水,故曰水鳧。二者皆野物,故難畜。震為子、為雛,震伏,故曰少雛。互艮為家,坎為心,震往,故曰逋,言澤狗水鳧不為家畜,時時欲逃也。亟逋,依汲古,宋本作函憂。憂饒古亦葉。
《泰》が《巽》に変わる。林辞は言う:水獺と野鴨は、数匹の小さな仔を養い出すことも難しい。それらは家に富足を添えることができず、心に念じて想うのは逃走だけである。尚秉和の解説:この卦は《震》に旁通する。互い出づる艮は狗、兌は水沢、ゆえに「沢狗」と言う。《説文》は獺の様子は小狗に似て、水に住み魚を食とすると言う。正にこの物である。震は野鴨、坎は水、ゆえに「水鳧」と言う。この二様は皆野生の物なので「難畜」。震は子・雛。震が潜伏して現れないので「少雛」と言う。互艮は家、坎は心、震は往を主るので「逋」、即ち逃亡と言う。水獺野鴨は家畜に成らず、常に逃げることを想うという意である。校記は言う:「亟逋」は汲古閣本に依り、宋刻本は「函憂」と作る。「憂」と「饒」は古音でも相押す。
兌。水壞我裡,東流為海。龜鳧驩囂,不見慈母。通《艮》為里,互坎為水,互震為東,兌為海,艮為龜,震為鳧、為樂,故曰驩囂。巽為母,坎伏故不見。
《泰》が《兌》に変わる。林辞は言う:大水が我が郷里を冲壊し、東に流れ去って大海を成す。亀と野鴨は喧騒して嬉戯するが、再び慈母に見えない。尚秉和の解説:この卦は《艮》に旁通し、艮は郷里。互い出づる坎は水、互い出づる震は東、兌は海。艮は亀、震は野鴨・歓楽、ゆえに「驩囂」と言う。巽は母、坎は潜伏、ゆえに「不見」。
渙。褰衣涉河,水深漬罷。賴幸舟子,濟脫無他。首二句依《訟》之《萃》校,宋元本作"褰衣涉行,水深漬多",汲古作"深漬請罷,非子作者",尤非。罷,音婆。
《泰》が《渙》に変わる。林辞は言う:衣裳を撩り上げて水を渉って河を過るが、水が深すぎて人は泡れて疲憊する。幸い船夫に靠って、ようやく渡り過ぎ、別の事は出なかった。尚秉和の解説:首の二句は《訟》之《萃》条に依って校定する。宋刻本・元刻本は「褰衣渉行,水深漬多」と作り、汲古閣本は「深漬請罷,非子作者」と作るが、殊に正しくない。「罷」は「婆」の音に読む。
節。龜厭江海,陸行不止。自令枯槁,失其都市。憂悔為咎,亦無及己。艮為龜,兌為河海,震為行,艮為陸,互大離為枯槁,巽為市,坎為憂。○悔為,從宋本,汲古作害無。厭作戢,皆非。艮為龜證。末句依宋元,汲古無。
《泰》が《節》に変わる。林辞は言う:亀は江海に厭き、偏に陸上で這い止まない。結果自分を乾枯させ、もと身を安んじた都邑市井を失った。憂愁悔恨は灾咎を成し、悔いても及ばない。尚秉和の解説:艮は亀、兌は河海、震は行走、艮は陸地、互い出づる大離は乾枯を主り、巽は市、坎は憂。校記は言う:「悔為」の二字は宋刻本に依り、汲古閣本は「害无」と作る。「厭」字は汲古閣本が「戢」と作るが、いずれも正しくない。これもまた「艮為亀」の一条の証拠である。末の一句は宋刻本・元刻本に依り、汲古閣本にはない。
中孚。同本異葉,樂仁政德。東鄰慕義,來興我國。互大離為東鄰。艮為國。○政,依宋本,汲古作正。
《泰》が《中孚》に変わる。林辞は言う:同じ根に異なる枝葉を生じる。人々は仁政徳教を楽しみ、東の隣国がこの道義を仰慕して、来て我が国の興隆を助ける。尚秉和の解説:互い出づる大離は東隣、艮は国。校記は言う:「政」字は宋刻本に依り、汲古閣本は「正」と作る。
小過。桃李花實,累累日息。長大成熟,甘美可食,為我利福。震為桃李,兌為花,艮為實、為成,巽為長,兌為食,震為福,巽為利。
《泰》が《小過》に変わる。林辞は言う:桃樹李樹は花を開き実を結び、一房一房が日々に大きく育つ。長じ足り成熟した後、甘美で口に適い、我が利と福を成す。尚秉和の解説:震は桃李、兌は花、艮は果実・成就、巽は長、兌は食、震は福、巽は利。
既濟。重瞳四乳,聰明順理。無隱不形,微見千里。災害不作,君子集聚。此用《泰》象。伏艮為目,巽為重,故曰重瞳。艮為乳,巽數四,故曰四乳。艮明坤順,巽伏故隱。兌為見,坤為千里、為災。乾為福故不災。艮為君子,坤為積聚。文王四乳,舜目重瞳,見《淮南子》。
《泰》が《既濟》に変わる。林辞は言う:眼に二つの瞳仁、胸に四つの乳があり、天生して聡明にして事理に順う。再び隠蔽なる事も遁形する所なく、細微の処も千里之外に見える。灾害は起こらず、君子が紛々として聚まり来る。尚秉和の解説:この条は《泰》卦の象を用いる。伏艮は目、巽は重疊、ゆえに「重瞳」と言う。艮は乳、巽の数は四、ゆえに「四乳」と言う。艮は明、坤は順。巽は潜伏を主るので「隠」となる。兌は見、坤は千里・灾。乾は福、ゆえに灾を成さない。艮は君子、坤は聚積。文王は四乳を生じ、舜の目は双瞳を生じたと、皆《淮南子》に見える。
未濟。實沈參墟,以義討尤。次止結盟,以成霸功。按:《左傳昭元年》:"遷實沈於大夏,主參。"故參為晉星。泰伏艮,艮為星,故曰實沈、曰參,而實沈與參皆晉墟。震為晉也。皆用《泰》象。文意似指晉文伐楚事。止,首止,僖五年齊侯會諸侯於首止。
《泰》が《未濟》に変わる。林辞は言う:実沈の星・参宿の分野の故地で、道義に凭って有罪の人を討伐する。駐軍して止まり会盟し、因って霸主の功業を成就した。尚秉和の解説:《左伝》昭公元年に実沈を大夏に遷し参星を主祭せしめたと言うので、参は晋国の分野の星である。《泰》卦は艮を伏し、艮は星、ゆえに「実沈」「参」と言う。而して実沈と参は皆晋国の故地を指し、震は即ち晋である。これらは皆《泰》卦の象を用いる。文意は晋文公の楚を伐った事を指すようである。「止」は首止を指し、僖公五年に斉侯が首止で諸侯を会合した。
否之第十二
否。秦為虎狼,與晉爭強。併吞其國,號曰始皇。此全用伏。兌為秦、為虎狼。震為晉、為爭,兌為吞。乾為皇、為始。
《否》卦は自変し、仍ほ《否》に帰る。林辞は言う:秦は虎狼のように凶暴で、晋と強弱を争う。遂に列国を呑併し、君主は自ら「始皇」と号した。尚秉和の解説:この条は全く伏象を用いる。兌は秦・虎狼、震は晋・争闘、兌は呑併、乾は皇・始。
乾。江河淮濟,天之奧府。眾利所聚,可以饒有,樂我君子。此用《否》象。坤為江河淮濟。乾為天,坤為府、為眾,巽為利,坤為聚,故曰饒。艮為君子。○首句依汲古,宋元本無,非。濟、聚為韻。
《否》が《乾》に変わる。林辞は言う:江・河・淮・済の四つの大水は、上天が財貨を深く蔵する倉府である。各様の利益が皆ここに汇聚し、人をして富足して余りあるに足り、我が君子を歓楽せしめる。尚秉和の解説:この条は《否》卦の象を用いる。坤は江河淮済、乾は天、坤は府庫・衆多、巽は利、坤は聚、ゆえに「饒」と言う。艮は君子。校記は言う:首句は汲古閣本に依り、宋刻本・元刻本にはこの句がないが、正しくない。「済」と「聚」は正に押韻する。
坤。天之所災,凶不可居。轉徙獲福,留止憂危。否坤為災、為凶,伏震為轉徙。震為福,故曰獲福。艮為留止,坤為憂危,言弗化也。坤為憂證,可釋《易》○憂危,依汲古,宋元作危憂。
《否》が《坤》に変わる。林辞は言う:上天の降す灾殃は、凶くして安居し能わず。別の所に遷れば福を得られ、原地に滞留すれば只憂懼危殆するのみ。尚秉和の解説:《否》卦の坤は灾・凶、伏震は遷徙転移。震は福、ゆえに「獲福」と言う。艮は停留、坤は憂危。守って変通を肯んじないを言う。ここはまた「坤為憂」の証拠で、これに拠って《周易》を解釈し得る。校記は言う:「憂危」は汲古閣本に依り、宋刻本・元刻本は「危憂」と作る。
屯。名成德就,項領不試。景公耄老,尼父逝去。艮為名、為成、為項領,坎伏,故不試。震為諸侯,艮為光,故曰景公。坤為老,艮為山,故曰尼父。震亦為父也。坤亡故曰逝去。《論語》:"景公曰:吾老矣,不能用也",孔子行。○艮為名證。《毛詩》"四牧項領"注:項,大也。按:《魏書蘇則傳》注:則尋出兵,臨其項領,似不以大詁項字,林詞亦然。又按:《後漢呂強傳》:"奸邪項領,膏唇拭舌",又杜詩:"鄉里兒童項領成",似皆以項領為壯盛強橫之兒,與詩詞合,異毛傳。
《否》が《屯》に変わる。林辞は言う:名望は既に立ち徳行は既に成ったが、人は項領を肥やしながら駆使を受けない馬のように任用を得ない。斉景公は年老いて力衰え、孔夫子は去らざるを得なかった。尚秉和の解説:艮は名・成・項領、坎は潜伏して現れないので「不試」。震は諸侯、艮は光、ゆえに「景公」と言う。坤は老、艮は山、ゆえに「尼父」と称す――震もまた父である。坤は亡を主るので「逝去」と言う。《論語》は斉景公が「吾れ老いたり、用うる能わず」と言い、孔子はこれに去ったと記す。校記は言う:これは「艮為名」の証拠である。《毛詩》「四牡項領」の注は「項」は大と言う。按ずるに:《魏書・蘇則伝》の注は蘇則がまもなく兵を出し敵の項領に逼ったと言うが、似て「項」を大と訓じないようで、林辞もまた然り。また《後漢書・呂強伝》に「奸邪項領、膏唇拭舌」とあり、杜甫の詩に「郷里児童項領成」とあり、皆似て「項領」を壮盛強横の様とするようで、詩句の語気に合し、《毛伝》と同じからず。
蒙。持善避惡,福祿常存。雖有豹虎,不能危患。艮手為持,伏乾為善,坤為惡,坎隱,故曰避。震為福祿,艮為豹虎,坎為危患,震出險故無患。
《否》が《蒙》に変わる。林辞は言う:善行を守り悪事を避ければ、福禄は常に身の辺りにある。たとえ豹と虎に遇うとも、我に害を加える能わず。尚秉和の解説:艮は手、ゆえに「持」の義を取る。伏乾は善、坤は悪、坎は隠伏して顕れないので「避」と言う。震は福禄、艮は豹虎、坎は危患。震は険境を脱し得るので禍患がない。
需。避患東西,反入禍門。糟糠不足,憂動我心。詳《訟》之《未濟》。○足,依汲古,宋元本作屬。
《否》が《需》に変わる。林辞は言う:東に躲れ西に蔵れて禍を避けるが、かえって真っ先に禍門に撞き込む。糟糠さえ飽き食べられず、憂愁が我が心を擾す。尚秉和の解説:この条の象数の解釈は詳しくは《訟》之《未濟》の条を見よ。校記は言う:「足」字は汲古閣本に依り、宋刻本・元刻本は「属」と作る。
訟。珪璧琮璋,執贄見王。百里甯戚,應聘齊秦。詳《需》之《井》,惟此以乾為珪璧琮璋。○王,宋本訛五。戚,宋元本作越。
《否》が《訟》に変わる。林辞は言う:珪・璧・琮・璋の玉器を捧げて見面の礼として君王に朝見する。百里奚・寧戚一流の賢才は、招聘に応じて斉国と秦国に行った。尚秉和の解説:詳しくは《需》之《井》の条を見よ。但だこの条は乾を以て珪・璧・琮・璋とする。校記は言う:「王」字は宋刻本が「五」と讹し、「戚」字は宋刻本・元刻本が「越」と作る。
師。揚水潛鑿,使石潔白。裡素表朱,遊戲皋沃。得君所願,心志娛樂。坎為水,震為揚。坎為潛伏,巽為石、為白、為素,伏乾為表、為朱。震為戲遊、為陵、為皋,坎為沃,震為君、為樂,坎為心志。《詩唐風》:"揚之水,白石鑿鑿;素衣朱襮,從子於沃",注:鑿鑿,潔白貌。襮,領也。然則所謂潛鑿亦取伏巽象也。又襮即表。《呂氏春秋忠廉篇》:"臣請為襮",高誘注曰:襮,表也。茲焦亦訓襮為表,與毛傳訓領異。又讀衣為裡,尤異也。裡,各本皆作衣,依《豫》之《大過》宋元本校。
《否》が《師》に変わる。林辞は言う:激揚の流水は水底を冲涮し、石を洗って潔白にする。裏子は素淨で表は朱紅、曲沃の水辺の高地に遊ぶ。国君の賞識を得、心願は償いを得て、心情は歓楽である。尚秉和の解説:坎は水、震は激揚。坎は潜伏、巽は石・白・素、伏乾は外表・朱紅。震は游戯・丘陵・水辺の高地、坎は沃。震は君・楽、坎は心志。《詩経・唐風》に「揚之水、白石鑿鑿。素衣朱襮、従子于沃」とあり、注は「鑿鑿」は潔白の様、「襮」は衣領と言う。然らば謂う所の「潜鑿」もまた伏巽の象を取る。また「襮」は即ち「表」で、《呂氏春秋・忠廉篇》に「臣請為襮」とあり、高誘の注は襮は即ち表と言う。ここでも焦延寿は襮を表と訓じ、《毛伝》の衣領と訳すると異なり、彼はまた「衣」を「里」と読み、更に旧説と相異なる。校記は言う:「里」字は各本皆「衣」と作るが、ここは《豫》之《大過》の宋刻本・元刻本に依って校改する。
比。官爵相保,居之無咎。求兔不得,使伯悔恨。艮為官爵、為居、為求。震為兔、為伯,震覆,故求兔不得。坎為憂,故曰悔恨。○使伯,依汲古,宋元作怕使,非。
《否》が《比》に変わる。林辞は言う:官職爵位は互いに保たれ、其の位に安処して過を招かない。兎を捉えようとして捉えられず、伯氏をして懊悔遺憾ならしめた。尚秉和の解説:艮は官爵・居処・求取。震は兎・伯。震は翻って覆象を成すので「求兎不得」。坎は憂、ゆえに「悔恨」と言う。校記は言う:「使伯」は汲古閣本に依り、宋刻本・元刻本は「怕使」と作るが、正しくない。
小畜。戴元無褌,裸裎出門。小兒作笑,君子憂患。通《豫》。艮為戴,坎為首,故曰戴元。元,首也。坤為褌,坤伏,故曰無褌。艮為皮膚、為身,故曰裸裎。艮為門,震出,故曰出門。震為子、為笑樂,艮小,故曰小兒作笑。艮為君子,坎為憂患。○戴元,宋本、汲古均作載車,依元本,全用對象。
《否》が《小畜》に変わる。林辞は言う:頭上に物を戴くが褌を穿かず、裸身で門を出て行く。小孩子は見て笑いを作し、君子は彼のために憂う。尚秉和の解説:この卦は《豫》に旁通する。艮は戴、坎は頭、ゆえに「戴元」と言う――「元」は即ち頭。坤は褌。坤が潜伏して現れないので「无褌」と言う。艮は皮膚・身体、ゆえに「裸裎」と言う。艮は門、震は外出を主るので「出門」と言う。震は子・嬉笑、艮は小、ゆえに「小児作笑」と言う。艮は君子、坎は憂患。校記は言う:「戴元」は宋刻本と汲古閣本は皆「載車」と作るが、ここは元刻本に依る。この条は全く相対する卦の象を用いる。
履。把珠入口,為我利寶。得吾所有,欣善嘉喜。乾為珠玉,兌口伏艮為手,故曰把珠入口。伏坤為我、為利、為吾。乾為嘉喜。○善,從汲古,宋元本皆作然。
《否》が《履》に変わる。林辞は言う:珠子を手に握り口に含んで、我が利と宝を成す。本応我に属する物を得て、歓欣して善と称し、喜気洋洋である。尚秉和の解説:乾は珠玉、兌は口、その下の伏艮は手、ゆえに「把珠入口」と言う。伏坤は我・利。乾は嘉美歓喜。校記は言う:「善」字は汲古閣本に依り、宋刻本・元刻本は皆「然」と作る。
泰。行不如還,直不如屈。進不如退,可以安吉。內剛外柔方泰,乾進而外則否矣,故林詞以為戒。乾為行、為進,震為反,坤為安。○還、屈,從宋元本,汲古作止、作曲。
《否》が《泰》に変わる。林辞は言う:前に進むは回頭に如かず、一味に剛直は暫く委屈に如かず、進は退に如かず。これでこそ平安吉利を得る。尚秉和の解説:陽剛が内にあり陰柔が外にあってこそ《泰》を成す。乾がもし前進して外卦に跑れば、《否》に変じる。ゆえに林辞はこの言を以て告戒する。乾は行・進、震は返回、坤は安。校記は言う:「還」「屈」の二字は宋刻本・元刻本に依り、汲古閣本は「止」「曲」と作る。
同人。眾鬼瓦聚,中有大怪。九身無頭,魂驚魄去,不可以居。通《師》。坤為鬼,坎亦為鬼,坎眾,故曰眾鬼。震為瓦,坤為聚,坎為怪。坤為身,震數九,故曰九身。坎為頭,坎伏,故曰無頭。震為神、為魂,坤為魄。震又為驚、為去也。○瓦聚,依汲古,宋元本作凡聚,瓦聚疑與瓦合瓦散同義。中有,宋元本作還生,依汲古。
《否》が《同人》に変わる。林辞は言う:群鬼は碎瓦のように堆聚し、その中に一つの大怪物がある。九つの身に頭がなく、人を嚇して魂飛魄散せしめ、この地方には住めない。尚秉和の解説:この卦は《師》に旁通する。坤は鬼、坎もまた鬼、坎はまた衆多、ゆえに「衆鬼」と言う。震は瓦、坤は聚、坎は怪。坤は身、震の数は九、ゆえに「九身」と言う。坎は頭。坎が潜伏して現れないので「无頭」と言う。震は神・魂、坤は魄。震はまた驚・去。校記は言う:「瓦聚」は汲古閣本に依り、宋刻本・元刻本は「凡聚」と作る。「瓦聚」は疑わしく「瓦合瓦散」と同義か。「中有」は宋刻本・元刻本は「還生」と作るが、ここは汲古閣本に依る。
大有。家給人足,頌聲並作。四夷賓服,干戈橐閣。此用否象。艮為家,伏震為人,坤聚,故曰給足。震為頌聲、為作,坤為夷,震卦數四,又為賓客,故曰四夷賓服。艮為干戈,坤為囊,艮止,故曰橐閣。言偃武不用也。○橐,宋元本作囊,依汲古。
《否》が《大有》に変わる。林辞は言う:家々は豊足し人々は温飽し、頌揚の声は一斉に興起する。四方の夷族は皆帰順に来り、兵器は袋に収め束ねて高閣に置く。尚秉和の解説:この条は《否》卦の象を用いる。艮は家、伏震は人、坤は聚、ゆえに「給足」と言う。震は頌声・興起、坤は夷、震卦の数は四、震はまた賓客、ゆえに「四夷賓服」と言う。艮は干戈、坤は口袋、艮は止、ゆえに「橐閣」と言う――武備を停息し兵を動かさないと言うのである。校記は言う:「橐」字は宋刻本・元刻本は「囊」と作るが、ここは汲古閣本に依る。
謙。人面鬼口,長舌如斧。斲破瑚璉,殷商絕嗣。震為人,艮為面,坤為鬼,震為口,故曰人面鬼口。兌為舌,震形長於兌,故曰長舌。伏兌為斧,艮為斲,震為玉,故曰瑚璉。震為子,子為殷,商姓,坤為殺,震子被坤殺死,故殷商絕嗣也。○如斧,從汲古,宋元作為斧。
《否》が《謙》に変わる。林辞は言う:人の面孔・鬼の口を長え、長い舌は斧子のように人を傷つける。瑚琏のような宗廟の礼器をも劈碎し、殷商はこれより後嗣を絶つ。尚秉和の解説:震は人、艮は面、坤は鬼、震は口、ゆえに「人面鬼口」と言う。兌は舌、震の形体は兌より長い、ゆえに「長舌」と言う。伏兌は斧、艮は砍削、震は玉、ゆえに「瑚琏」と言う。震は子。「子」は正に殷商の姓である。坤は殺を主り、震子は坤に殺されるので「殷商絶嗣」。校記は言う:「如斧」は汲古閣本に依り、宋刻本・元刻本は「為斧」と作る。
豫。南山之峻,真人所在。德配唐虞,天命為子。保佑歆享,身受大慶。震為南,艮為山、為真人、為保佑。震為唐虞、為子、為慶,伏乾為天、為命。坤為身。
《否》が《豫》に変わる。林辞は言う:南山は高峻で、真人は即ちそこに住む。徳行は唐堯虞舜に配するに足り、上天は彼を子と認める。神明は保佑し、祭品を歆饗し、自身は大福慶を承受する。尚秉和の解説:震は南、艮は山・真人・保佑。震は唐虞・子・福慶、伏乾は天・命。坤は身。
隨。春桃生花,季女宜家。受福多年,男為邦君。詳《師》之《坤》。
《否》が《隨》に変わる。林辞は言う:春に桃樹が花を開き、少女が嫁ぎ、其の家を和順する。福を受けること多年、生んだ男の子は一国の君と為った。尚秉和の解説:この条の象数の解釈は詳しくは《師》之《坤》の条を見よ。
蠱。鴟鴞破斧,沖人危殆。賴其忠德,轉禍為福,傾危復立。艮為鴟鴞。兌為斧、為毀折,故曰破斧。艮為少子,故曰沖人。互大坎為忠德。震為福、為立,殆,音以。鴟鴞、破斧,豳風詩篇名。沖人,謂成王。忠德,指周公。
《否》が《蠱》に変わる。林辞は言う:正に《鴟鴞》《破斧》の二詩の写すような時局に当たり、年幼の君主の処境は危殆である。全く忠臣の徳に頼って、禍を転じて福と為し、将に傾かんとする勢いを重ねて扶立する。尚秉和の解説:艮は鴟鴞、兌は斧・毀折、ゆえに「破斧」と言う。艮は少子、ゆえに「沖人」と言う。互い出づる大坎は忠徳。震は福・立。「殆」は「以」の音に読む。《鴟鴞》《破斧》は皆《詩経・豳風》の篇名。「沖人」は周成王を指し、「忠徳」は周公を指す。
臨。猿墮高木,不踒手足。保我金玉,還歸其室。詳《訟》之《艮》。
《否》が《臨》に変わる。林辞は言う:猿猴が高い樹から跌け落ちたが、手脚は摔傷しなかった。我が金玉財物を保って、安然として家の中に帰る。尚秉和の解説:この条の象数の解釈は詳しくは《訟》之《艮》の条を見よ。
觀。天之奧隅,堯舜所居。可以存身,保我邦家。詳《履》之《復》。
《否》が《觀》に変わる。林辞は言う:天角の深処のあの幽奥の地は、正に堯舜の安居する所在である。そこにあれば性命を保全し、我が邦国家室を護り得る。尚秉和の解説:この条の象数の解釈は詳しくは《履》之《復》の条を見よ。
噬嗑。伯蹇叔盲,足病難行。終日至暮,不離其鄉。震為伯,坎為蹇,初四互大離,坎為叔,故曰叔盲。震足為行,坎病,故難行。離為日,艮為終,坎夜故曰終日至暮。艮為鄉,艮止,故不離。○病,依宋元,汲古作痛。
《否》が《噬嗑》に変わる。林辞は言う:老大は跛脚、老二は失明し、腿脚に病があり、歩行は艱難である。清早から熬って天黒まで、自分の郷里を離れることもできなかった。尚秉和の解説:震は伯、坎は跛蹇。初爻から四爻まで大離を互い出で、その中に坎があるので「叔盲」と言う。震は足、ゆえに行走の義を取り、坎は病、ゆえに「難行」。離は日、艮は終、坎は夜、ゆえに「終日至暮」と言う。艮は郷、艮はまた止、ゆえに「不離」。校記は言う:「病」字は宋刻本・元刻本に依り、汲古閣本は「痛」と作る。
賁。日月相望,光明盛昌。三聖茂功,仁德大隆。詳《師》之《節》。○茂,從宋元本,汲古作成。
《否》が《賁》に変わる。林辞は言う:日月は遥々として相望し、光明は盛大昌盛である。三位の聖人は功業隆盛で、仁徳は四方に広く被る。尚秉和の解説:この条の象数の解釈は詳しくは《師》之《節》の条を見よ。校記は言う:「茂」字は宋刻本・元刻本に依り、汲古閣本は「成」と作る。
剝。桃李花實,累累日息。長大成就,甘美可食。詳《泰》之《節》。○汲古多"為我利福"四字,宋本無,此用《否》象。巽為桃李,艮為實,伏兌為華。
《否》が《剥》に変わる。林辞は言う:桃樹李樹は花を開き実を結び、一房一房が日々に大きく育つ。長じ足りて材を成し、甘美で口に適う。尚秉和の解説:この条の象数の解釈は詳しくは《泰》之《節》の条を見よ。校記は言う:汲古閣本は「為我利福」の四字を多く出すが、宋刻本にはない。この条は《否》卦の象を用いる。巽は桃李、艮は果実、伏兌は花。
復。入和出明,動作有光。運轉休息,所為允康。入巽故曰和、出震故曰明。震為動作,震旦故曰光明,震出故運轉,龍潛在下故休息,出入無疾故允康。○動作,汲古作所為,依宋元本。
《否》が《復》に変わる。林辞は言う:入れば和順、出れば明朗で、一挙一動に光彩がある。転ずべき時に転じ、休歇すべき時に休歇し、為す所は皆平順安康である。尚秉和の解説:巽に入るので「和」と言い、震に出るので「明」と言う。震は動作、震は天明を主るので「光」と言う。震は出を主るので「運転」。竜は下位に潜伏するので「休息」。出入に阻礙がないので「允康」。校記は言う:「動作」は汲古閣本は「所為」と作るが、ここは宋刻本・元刻本に依る。
無妄。陰衰老極,陽建其德。履離戴光,天下昭明。功業不長,蝦蟆大王。詳《坤》之《未濟》,此以巽為蝦蟆。○大,依汲古,宋元本作代。建,汲古作見,戴作載,俱依汲古《坤》之《未濟》校。
《否》が《无妄》に変わる。林辞は言う:陰気が極まり衰えると、陽気は便ち自己の徳性を樹立する。光明を踏み光輝を頂き、天下は一片昭朗である。惜しいことに功業は長く能わず、到頭只だ「蝦蟆大王」の落ちを得るのみ。尚秉和の解説:詳しくは《坤》之《未濟》の条を見よ。ここは巽を以て蝦蟆とする。校記は言う:「大」字は汲古閣本に依り、宋刻本・元刻本は「代」と作る。「建」字は汲古閣本が「見」と作り、「戴」字は「載」と作るが、皆汲古閣本の《坤》之《未濟》条に依って校定する。
大畜。行役未已,新事復起。姬姜勞苦,不得休止。震為行役、為起,伏坤為事,艮為光明,故曰新事。震為周,故曰姬。伏巽為齊,故曰姜。艮為休止,震起,故不得休止。
《否》が《大畜》に変わる。林辞は言う:徭役は未だ完了せず、新しい差事がまた湧き出る。姫姜のような貴族女子までも従って労苦し、歇息を得ない。尚秉和の解説:震は行役・興起、伏坤は事、艮は光明、ゆえに「新事」と言う。震は周、ゆえに「姫」と言う。伏巽は斉、ゆえに「姜」と言う。艮は休止、震は興起を主るので「不得休止」。
頤。狐鳴室北,飢無所食。困於空邱,莫與同力。艮為狐,震為鳴,艮為室,坤北,故曰室北。坤為飢,震為食,艮為困、為邱,坤虛,故曰空邱。○室,依汲古,宋元本作苑。○坤北證。
《否》が《頤》に変わる。林辞は言う:狐が屋の北で嚎叫し、餓えて食う物を見出せない。空蕩たる土丘に困り、把手を伸ばして来る人がいない。尚秉和の解説:艮は狐、震は鳴叫、艮は屋室、坤は北方にあり、ゆえに「室北」と言う。坤は飢、震は食物、艮は困・丘、坤は空虚、ゆえに「空邱」と言う。校記は言う:「室」字は汲古閣本に依り、宋刻本・元刻本は「苑」と作る。また言う:これは「坤為北」の一条の証拠である。
大過。雄聖伏,名人匿。麟遠走,鳳飛北,擾亂未息。乾為雄、為聖,伏艮為名,巽伏,故曰名人匿。坤文為麟,坤伏不見,故曰遠。坤為鳳、為北,坤伏故曰走、曰飛。按:韻前四句句皆三字,第五句乃為四字,漢魏叢書本竟以四字斷句,非。
《否》が《大過》に変わる。林辞は言う:雄傑の聖人は隠伏して出ず、名望ある人は躲れ蔵れる。麒麟は遠く走り去り、鳳凰は北に飛び去り、扰攘の乱は未だ平息しない。尚秉和の解説:乾は雄・聖、伏艮は名、巽は潜伏を主るので「名人匿」と言う。坤は文采があるゆえ麟となる。坤が潜伏して見えないので「遠」と言う。坤は鳳・北。坤が既に潜伏するので「走」「飛」と言う。按ずるに:用韻から見ると、前の四句は毎句皆三字で、第五句に至って始めて四字である。《漢魏叢書》本は竟に一律に四字で断句したが、誤りである。
坎。疾貧望幸,使伯行販。開牢擇羊,多得大牂。詳《訟》之《遯》。
《否》が《坎》に変わる。林辞は言う:貧窮に苦しみ僥幸を盼んで、伯氏を派遣して門を出て貨を販せしめる。圈門を開いて羊を挑り、肥大の母羊を少なからず挑った。尚秉和の解説:この条の象数の解釈は詳しくは《訟》之《遯》の条を見よ。
離。翕翕,隕墜顛崩。滅其令名,長沒不存。詳《泰》之《謙》。○,依汲古,音橫,車聲,宋本作,音田,與下存韻。
《否》が《離》に変わる。林辞は言う:車馬は轟隆隆と一片喧騰し、転眼の間に墜落崩塌する。美好の名聲は毀滅し尽し、長く沈淪し、復た存在しない。尚秉和の解説:この条の象数の解釈は詳しくは《泰》之《謙》の条を見よ。校記は言う:校するあの字は汲古閣本に依り、「横」の音に読み、車の行く声響である。宋刻本は別に一字を作り、「田」の音に読み、下句の「存」と押韻する。按ずるに:林辞の「翕翕」の上と校語の中で指すこの二字は、底本は皆已に脱落している。ここは底本に照らして実録し、補入しない。
元本第二句作稍稍崩顛,與上韻,汲古則以崩為韻,且與下協。
これは上条の《否》之《離》の校勘記を承接する。元刻本はあの林辞の第二句を「稍稍崩顛」と写し、末字は「顛」に落ち、正好に上の句と押韻する。汲古閣本は則ち「隕墜顛崩」と作り、「崩」字を以て韻脚に充てるが、尚秉和はこのようにしても下文と相協し得ると認める。両本各々韻を取る法があり、尚氏は並列して出して読者の参校に供する。
咸。華落實槁,衣敝如絡。女功不成,絲布如玉。兌為華,巽為隕,故華落。艮為果實,艮火故槁。巽為絡、為敝,伏震為衣,巽落,故曰女功不成。巽為絲布,伏震為玉。○兌為華證可解《大過》九五。○華落實槁,依宋本,汲古作"華薄實藁",非。功、如,從宋本,汲古作功、作為,非。
《否》卦は《咸》卦に変わる(《易林》の体例で、本卦を貞卦と叫び、変じて成るあの卦を「之卦」と言う)。林辞は言う:花朵は落ち尽し、果実は乾枯する。身上の衣裳は破れて一張の漁網の如し。女子の紡織の仕事は成らず、糸と布はかえって玉のように稀罕である。これは衣食が凋敝し婦功が荒廃する象である。尚秉和の解説は:《咸》卦は下艮上兌で、上体の兌は花、二三四爻の互体(六爻卦の中で二至四爻・三至五爻を各々一つの三画卦と成すを互体と言う)は巽を成し、巽は隕落を主るので「華落」と言う。下体の艮は果実、艮はまた「火」という「逸象」(《説卦》正文の外、漢人の易家が《易林》《左伝》等の書から輯出した卦象)があり、火に烤炙されるので「実槁」。巽は絡・敝、正に「衣敝如絡」に合す。《咸》の六爻の陰陽が全変すれば《損》を成し、《損》の互体に震がある。これが即ち「伏震」(旁通の卦の中に潜伏する象)で、震は衣、而して巽は落敗を主り、衣は既に破敝するので「女功不成」と言う。巽は糸布、伏震は玉、合して「糸布如玉」を成す。校勘記は二条:其一は、兌が「華」となるこの象が既に立つ以上、以って《大過》九五の「枯楊生華」を解し得る。其二は、「華落実槁」は宋本に依り、汲古閣本は「華薄実藁」と作るが誤りで、「女功」の「功」字・「如玉」の「如」字も宋本に従い、汲古閣本はこの二処に別に他字を作るが、尚氏は一併に非と判ずる(この条の校語は底本の文字に似て讹脱があり、挙げる汲古の異文は宋本と重出する)。
恆。溫山松柏,常茂不落。鸞鳳所止,得其歡樂。詳《需》之《坤》。○止,從宋元本,汲古作庇。其,從汲古,宋元作以。
《否》卦は《恒》卦に変わる。林辞は言う:暖かい山の松樹柏樹は、四時常青で、従来凋零しない。鸞鳥と鳳凰は即ちここに栖息し、各々其の歓楽を得る。松柏の长青・鸞鳳の来栖は皆安穏長久の吉象である。尚秉和はここで取象を重複せず、只だ詳細な解説は《需》之《坤》のあの条に見よと注明し、あそこでは已に「松柏」「鸞鳳」が各々どの卦象から出るかを講明している。校勘記は言う:「所止」の「止」字は宋刻本・元刻本に従い、汲古閣本は「庇」と作る。「得其歓楽」の「其」字は則ち汲古閣本に従い、宋元本は「以」と作る。
遯。失恃毋友,嘉偶出走。攫如失兔,傫如喪狗。坤伏風隕,故曰失恃。艮為友,巽寡,故毋友。坤為偶,震為嘉、為走,坤震皆伏,故曰嘉偶出走。艮手為攫,攫,撲也。震為兔、為失,失佚古通。佚兔,言兔逸也。艮為狗,巽寡,故曰傫如。伏坤為喪。○失恃毋友,依宋元本,汲古作"失持母教",非。又攫如失兔、傫如喪狗,亦依宋元本,汲古作"攫如失老,如喪家狗",尤非。
《否》卦は《遯》卦に変わる。林辞は言う:母親が亡故し、依靠を失い、身辺にまた朋友がいない。称心の配偶さえ家を出て走った。撲しかかるが撲って空を得、兎を追って兎が逃げるが如し。神情は頽喪し、また狗を失ったが如し。「失恃」は《詩・小雅・蓼莪》の「无父何怙、无母何恃」から出て、専ら母を喪うを指す。尚秉和の解説は:坤は母、《遯》卦の坤象は潜伏して顕れず、加うるに巽が隕落を主るので「失恃」と言う。艮は友、巽は寡少、ゆえに「毋友」。坤は配偶、震は嘉美・奔走。《遯》の中で坤震は皆伏位に落ちるので「嘉偶出走」と言う。艮は手、手あってこそ撲撃し得るので「攫」と称し、攫は即ち撲。震は兎・失。「失」と「佚」は古字通用し、「佚兎」は即ち兎が逃逸した。艮は狗、巽は寡少、ゆえに「傫如」と言い、頽喪して依る所なきを形容する。伏坤は喪亡。校勘記は言う:「失恃毋友」は宋元本に依り、汲古閣本は「失持母教」と作るが、正しくない。「攫如失兎」「傫如喪狗」の二句もまた宋元本に依り、汲古閣本は「攫如失老、如喪家狗」と作り、錯りが更に甚しい。
大壯。太乙駕騮,從天上求。徵我叔季,封為魯侯。通《觀》。坤納乙,居北而互艮為星,故曰太乙。本卦震為駕、為騮、為從,乾為天,伏艮為求,故曰從天上求。艮為叔季,兌為魯,震為諸侯,故曰魯侯。○求,依宋元本,汲古等本皆作來,以文理言來順,以韻言求葉,未知孰是。又徵我叔季,亦依宋元本,汲古等本皆作微我季叔。
《否》卦は《大壮》卦に変わる。林辞は言う:太乙の星神は赤身黑鬃の駿馬を駕して、天上から下りて人才を訪求する。我が家の排行最も小さい子弟を征召し、彼を封じて魯国の諸侯と為す。天より福が降り幼子が貴を得るの吉辞である。尚秉和の解説は:《大壮》は《觀》と「旁通」(両卦の六爻の陰陽が全く相反し、互いに取象し得る)する。《觀》の下体の坤は、納甲の法で坤は天干の「乙」に配し、坤の位はまた北方にあり、《觀》の三四五爻の互体は艮を成し、艮は星、合して正に北方の「太乙」星神である。本卦の《大壮》に回れば、上体の震は駕・騮(赤馬黑鬣の良馬)・従、下体の乾は天、伏艮は求、ゆえに「従天上求」と言う。艮は叔季で、排行の後れる子弟を指す。《大壮》の三四五爻の互体は兌、兌は魯。震は諸侯、合して「封為魯侯」を成す。校勘記は言う:「求」字は宋元本に依り、汲古等各本は皆「来」と作る。文理に就いて言えば「来」字は通順で、押韻に就いて言えば「求」字は「騮」「侯」と相協する。尚氏は坦らかにどちらが正しいか知らないと言う。「征我叔季」もまた宋元本に依り、汲古等各本は皆「微我季叔」と作る。
晉。雙鳧俱飛,欲歸稻池,徑涉萑澤,為矢所射,傷我胸臆。詳《屯》之《旅》。以坎為矢,與易經合,舊說以離為矢,誤。
《否》卦は《晋》卦に変わる。林辞は言う:一対の野鴨が一同に飛び起き、長い稲の池塘に帰ろうとする。葦の叢生する水沢を直穿する時、箭に射中られ、我が胸口を傷つけた。帰途に害に遇うの凶辞である。尚秉和はここで只だ詳解は《屯》之《旅》条に見よと注明し、別に一句の考訂を補う。「矢」を坎の卦象と定めることは《周易》の経文と相合する(《坎》に弓矢の象あり)。旧説は離を以て矢とするが、誤りである。この一句は短いが、尚氏の易象体系の中の関鍵の判断で、全書は凡そ「矢」字に遇えば皆これに拠って坎を取る。
明夷。深坑復平,天下安寧。意娛心樂,賴福長生。坎陷,故曰深坑。坎又為平,故曰復平。坤為天下,坤順,故曰安寧。震為娛樂,坎為心意,震為福、為長生。○坑,依宋本,他本皆作坎。
《否》卦は《明夷》卦に変わる。林辞は言う:もとの深坑は重ねて塡め平らげ、天下は太平安定する。心意は歓娛快活で、福気に靠って長寿を得て享ける。危を転じて安と為すの吉辞である。尚秉和の解説は:《明夷》は下離上坤、二三四爻の互体は坎を成し、坎は陥、ゆえに「深坑」と言う。坎は別に「平」という逸象があるので、また「復平」と言う。上体の坤は天下、坤の性は柔順、ゆえに「安寧」。三四五爻の互体は震を成し、震は娯楽、坎は心・意、震はまた福・長生、合して後の二句を成す。校勘記は言う:「坑」字は宋本に依り、他の本子は皆「坎」と作る。
家人。俱為天民,雲過吾西。風伯雨師,與我無恩。此用《否》象。乾天坤民,故曰天民。坤為雲,伏兌為西,巽為風,伏震,故曰風伯。伏兌為雨,故曰雨師。《獨斷雲》:風伯箕星,雨師畢星,艮為星,故曰風伯、曰雨師。小畜云:密雲不雨,自我西郊。與我無恩者,言上風下火,雨澤不至也。○雨師,依宋元本,汲古等本皆訛為疾雨。
《否》卦は《家人》卦に変わる。林辞は言う:我らは同じく天生の百姓なのに、雲は只だ我が西から飘い過ぎる。風伯と雨師は、我に対して一点の恩沢もない――風を刮すだけで雨を降らさない。久しい旱に雨を望んで得られないの辞である。尚秉和の解説は:この条は貞卦《否》の卦象を取る。《否》の上乾は天、下坤は民、ゆえに「天民」と言う。坤は雲。《否》の伏象(六爻が全変すれば即ち《泰》を成す)の中に兌があり、兌は西、ゆえに「雲過吾西」。巽は風、伏震は伯、合して「風伯」。伏兌は雨、「師」に配して「雨師」と為る。蔡邕の《独断》は風伯は即ち箕星、雨師は即ち畢星と言い、艮は星、ゆえにこの二位の星神は皆艮象の上から取出し得る。《小畜》卦辞の「密雲不雨、自我西郊」と講ずるは、これと同一の機杼である。謂う所の「與我无恩」は、《家人》の上体の巽風・下体の離火を言い、風と火があるのみで、雨沢は終竟降らない。校勘記は言う:「雨師」は宋元本に依り、汲古等各本は皆「疾雨」と讹す。
睽。野鳥山鵲,來集六博。三梟四散,主人勝客。伏艮為鳥、為山野,坎為集,數六,故曰來集六博。梟、雉,皆博採名,故曰野鳥山鵲。兌上缺,故曰三梟。離卦數三,三梟四散,必當時六博採名,《戰國策》云:夫梟棊之所以能為者,以散棊能佐之也。夫一梟不勝五散,明矣,茲曰三梟四散,孰勝負皆不能解。○梟,依汲古,宋元本作島。
《否》卦は《睽》卦に変わる。林辞は言う:野鳥と山鵲が飛来し、六博の棋局の上に落ちる。三枚の梟棋が四枚の散棋に対し、結果主人が客人に勝った。「六博」は漢代に盛行した博戯で、棋子は「梟」「散」の二等に分かれ、梟を貴ぶ。尚秉和の解説は:《睽》の伏象(旁通して《蹇》を成す)に艮があり、艮は鳥・山野。坎は聚集、坎の数は六、ゆえに「来集六博」と言う。「梟」「雉」は本来皆六博の擲采の名目で、林辞はこそ「野鳥山鵲」のような禽名を借りてそれを言う。兌は缺、上爻は口を開くので「三梟」と言う。離卦の数は三。「三梟四散」は必ず当時の六博の采名である。《戦国策》は講する:梟棋が作用を為し得る所以は、散棋が旁から輔助するに靠る。一枚の梟は五枚の散に敵せず、これは明白である。如今林辞は「三梟四散」と言うが、究竟どちらの方が勝つべきか、尚氏は坦らかに自分は解し通せないと言う。校勘記は言う:「梟」字は汲古閣本に依り、宋元本は「島」と作る。
蹇。北陰司寒,堅冰不溫。凌人惰怠,大雹為災。詳《泰》之《噬嗑》。○惰怠,汲古、宋元作情,依局本。
《否》卦は《蹇》卦に変わる。林辞は言う:北方の陰気は寒冷を主管し、堅氷は凝結して暖かくならない。氷を掌る凌人は懈怠して職を失い、これに大冰雹を降して灾を成す。「凌人」は《周礼・天官》の中の専ら蔵氷頒氷を管る官で、古人は蔵氷が時を失すれば雹灾を招致すると認めた。尚秉和はここで詳解は《泰》之《噬嗑》条に見よと注明する。校勘記は言う:「惰怠」の二字、汲古閣本と宋元本は皆「惰」と作るが、ここは湖北官書局本に依って改正する。
解。伊伯智士,去桀耕野。執順以待,反和無咎。震為音、為伯,故曰伊伯。伊吾,讀書聲也。坎為智,故曰智士。離為惡人,故曰桀。震為耕,否艮為野、為執、為待,坎為和。○伯,從汲古,宋元本作傅。《孟子》:伊尹耕於有莘之野而樂堯舜之道。
《否》卦は《解》卦に変わる。林辞は言う:伊尹という智謀ある賢長は、夏桀を離れ、田野の中に退き耕作する。彼は順道を持守し、静かに時機を待ち、後に朝廷に返り天下を調和して、過を致さない。尚秉和の解説は:震は声音・伯(長者の称)、合して「伊伯」を成す――「伊吾」は本来読書の声音なので、震声は「伊」字に配し得る。坎は智、ゆえに「智士」と称す。離は悪人、指す所は夏桀である。震は耕。貞卦《否》の中の艮は野・執・待。坎は和。校勘記は言う:「伯」字は汲古閣本に従い、宋元本は「傅」と作る(「伊傅」と作れば兼ねて伊尹・傅説を指す)。尚氏は併せて《孟子》を引く:伊尹は有莘の野で耕種し、堯舜の道を楽しんだ。正に林辞の「去桀耕野」の出処である。
損。秋風牽手,相從笑語。伯歌季舞,燕樂以喜。兌為秋,坤為風,艮手為牽,震為笑語,為從。二上正反震,故曰相從笑語。震為伯、為歌舞,艮為季,兌為燕。○秋,宋元本作北,依汲古。詩:北風其涼,攜手同行。從,依宋元本,汲古作提。
《否》卦は《損》卦に変わる。林辞は言う:秋風の中で手を携えて同行し、你が我に随い我が你に随って談笑する。長兄は歌を唱え、幼弟は舞を起こし、宴飲して楽を取り、一片の歓喜である。骨肉和睦の象である。尚秉和の解説は:下体の兌は秋、坤は風、艮は手、手は牽引し得るので「牽手」。震は笑語・相従。《損》卦は二爻から上爻まで、正着に看れば震、倒して看れば仍是震。これを「正反震」と呼ぶ。一卦を上下顛倒して取象するを「覆象」と呼び、正象と覆象を兼用すれば、便ち你来我往の意があるので「相従笑語」と言う。震は伯(長兄)・歌舞、艮は季(幼弟)、兌は燕、燕は即ち宴飲。校勘記は言う:「秋」字は宋元本が「北」と作るが、ここは汲古閣本に依る。《詩・邶風・北風》に「北風其涼」「攜手同行」の句があり、見るべく「北風牽手」と作るも自ら来歴がある。「相従」の「従」字は宋元本に依り、汲古閣本は「提」と作る。
益。徙巢去家,南過白馬。東西受福,與母相得。艮為巢、為家,震為徙、為去、為南,巽為白,坤為馬,故曰白馬。白馬,津名,在大伾山南。震為東,伏兌為西。震為福,坤為母。○徙,依汲古,宋元本作從。
《否》卦は《益》卦に変わる。林辞は言う:旧い巢を遷し去り、故家を離れ、南に経て白馬津を過る。東も西も福佑を承受し、最後に母親と重ねて聚合する。遷徙して福を得、母子団円の辞である。尚秉和の解説は:艮は巣・家。震は徙・去・南。巽は白、坤は馬、合して「白馬」を成す。白馬は黄河上の渡口の名で、大伾山の南辺にある。震は東、伏兌は西、ゆえに「東西受福」と言う。震は福、坤は母。校勘記は言う:「徙」字は汲古閣本に依り、宋元本は「従」と作る。
夬。鳥飛跌跛,兩兩相和。不病四支,但去莫疑。伏艮為鳥、為飛,兌折故跌跛。坤數二,重坤,故曰兩兩,兌為和,坤為病、為疑,坤伏,故不病不疑。
《否》卦は《夬》卦に変わる。林辞は言う:鳥は飛び起きて一跌一跛するが、成双成対で彼此相応和する。四肢に別に毛病はなく、只管前去すればよく、猶疑するには及ばない。小挫はあるが実傷なしの可行の辞である。尚秉和の解説は:《夬》の伏象(旁通して《剥》を成す)に艮があり、艮は鳥・飛。上体の兌は毀折を主るので「跌跛」と言う。坤の数は二、《剥》の中で坤象は重出するので「両両」と言う。兌は和。坤は本来病・疑だが、如今坤は伏位に落ちて顕れないので「不病」「莫疑」と言う――「莫疑」は遅疑しないことで、正に「但去」と相応する。
姤。三牛生狗,以戌為母。荊夷上侵,姬伯出走。詳《坤》之《震》。○狗,宋元本作駒,非。
《否》卦は《姤》卦に変わる。林辞は言う:三頭の牛が狗を生み、戌位の狗を以て母と為す。南方の荊蛮は北に侵犯し、姫姓の諸侯の長は国を棄て出奔する。牛が犬子を生むは反常の妖異で、古人は以て兵禍の兆と為す。ゆえに下に夷狄の入侵・諸侯の逃亡を接ぐ。尚秉和はここで詳解は《坤》之《震》条に見よと注明する。校勘記は言う:「狗」字は宋元本が「駒」と作るが、正しくない――「駒」と作れば則ち牛が馬を生むことになり、下文の「以戌為母」の戌狗と対い合わない。
萃。破筐敝筥,棄捐於道。壞落穿敗,不復為寶。通《大畜》。震為筐筥。兌為破,巽為敝,艮為道,艮止不用,故曰棄捐,兌毀,故曰壞落穿敗。震為玉、為寶,震覆,故不為寶。○為,依宋元本,他本皆作所,非。
《否》卦は《萃》卦に変わる。林辞は言う:破れた方筐・旧れた円筥は、路辺に丟棄される。穿孔し散落し、残破に堪えず、再び何らの宝と称するにも足らない。棄置して用なしの象である。尚秉和の解説は:《萃》は《大畜》と旁通する。震は筐・筥(物を盛る竹器、方は筐と言い、円は筥と言う)。兌は破、巽は敝、艮は道路。艮は静止して用いないを主るので「棄捐」、即ち丟棄して要らないと言う。兌は毀折を主るので「壊落穿敗」。震は本来玉・宝だが、ここの震は倒して看て成る覆象で、宝気は已に失われたので「不復為宝」と言う。校勘記は言う:「不復為宝」の「為」字は宋元本に依り、他の本子は皆「所」と作るが、正しくない。
升。結紐得解,憂不為禍。食利供家,受福安坐。巽為結紐。震為解、為樂,故憂不為禍。坤為憂、為禍也。巽為利,兌口,故曰食利。伏艮為家、為安坐。震為福。○紐,從宋元本,汲古等本皆訛紉。供,依宋元本,汲古作僊,非。
《否》卦は《升》卦に変わる。林辞は言う:結んだ縄結びは解かれ、憂愁は災禍を醸すに至らない。経営の利息に靠って家を養い、福気を享けて、安穏として坐享する。厄を解き安を得るの吉辞である。尚秉和の解説は:下体の巽は縄、縄は結びを打ち得るので「結紐」となる。二三四爻の互体は兌を成し、三四五爻の互体は震を成し、震は解・楽、ゆえに憂愁は禍患に変じない――本来坤こそ憂・禍である。巽は利、兌は口、口は食え得るので「食利」と言う。伏艮は家・安坐、震は福。校勘記は言う:「紐」字は宋元本に従い、汲古等各本は皆「紉」と讹す。「供」字は宋元本に依り、汲古閣本は「僊」と作るが、正しくない。
困。白日揚光,雷車避藏。雲雨不行,各自還鄉。巽白離日,震雷震伏,故曰避藏。坎為雲雨,日出坎上,故雲雨不行。伏震為反,艮為鄉,故曰各自還鄉。○還,依汲古,宋元本作止。
《否》卦は《困》卦に変わる。林辞は言う:白日は高く懸り、光芒は四射する。雷車は躲れ蔵れて再び出行しない。雲と雨は皆止み、各々自分の郷里に帰る。雨止み天晴れ、各々本位に帰るの象である。尚秉和の解説は:三四五爻の互体は巽を成し、巽は白、二三四爻の互体は離を成し、離は日。震は本来雷車だが、震は伏位に落ちるので「避蔵」と言う。坎は雲・雨。太陽は既に坎水の上に升ったので、雲雨は自ずと行わない。伏震は返、艮は郷、合して「各自還郷」を成す。校勘記は言う:「還」字は汲古閣本に依り、宋元本は「止」と作る。
井。杜口結舌,心中怫鬱。去災生患,無所告冤。兌為口舌,坎伏,故杜口結舌。坎為心、為憂患凶災、為冤,上坎下互大坎,故無所告冤。○去,依汲古,宋元本作凶。
《否》卦は《井》卦に変わる。林辞は言う:嘴巴を閉じ緊め舌を巻き住めて声を出すを敢えてせず、心の中は憋悶郁結する。旧灾は剛去り、新患はまた生じ、一肚子の冤屈は申訴する所なし。言路が阻塞し冤あるも伸び難いの凶辞である。尚秉和の解説は:兌は口舌、而して兌は伏位にあって顕れないので「杜口結舌」。坎は心・憂患凶灾・冤枉。《井》卦の上体は本来坎で、初爻から四爻までまた陰外陽内・外形は坎に似る。これを「大坎」(六爻整体の輪郭が合して一つの大きな三画卦象を成す)と呼び、険陥は重々なので「无所告冤」。校勘記は言う:「去灾」の「去」字は汲古閣本に依り、宋元本は「凶」と作る。
革。賚貝贖狸,不聽我辭。繫於虎鬚,牽不得來。詳《需》之《睽》。
《否》卦は《革》卦に変わる。林辞は言う:貝幣を帯びて行ってあの狸を贖おうとするが、相手は我が説辞を聴かない。狸は老虎の鬚髪に拴がれ、どう牽いても牽いて来られない。求める物は猛虎の口辺に落ち、力あっても致し得ないの凶辞である。尚秉和はここで取象を重複せず、詳解は《需》之《睽》条に見よと注明する――この林辞は《易林》の中で重出し、凡そ重出する者は尚氏は只だ初見の処で詳注し、後見の処は一律に互見とする。
鼎。鳴鶴抱子,見蛇何咎。室家俱在,不失其所。通《屯》。震為鶴、為子,艮手為抱。巽為蛇,兌見,故曰見蛇。鶴以蛇為糧,故無咎。艮為室家。○鳴,汲古作如,宋本作持,漢魏叢書本作鳴,下屢見亦多作鳴,故從之。
《否》卦は《鼎》卦に変わる。林辞は言う:鶴は一面鳴叫し一面雛鶴を護り、たとえ蛇に遇うとも何の妨害があろうか。一家人は皆在りて各々其の位に安んじ、所を失わない。蛇に見るは本来恐るべき事だが、鶴は蛇を以て食と為すので、かえって灾を成さない。尚秉和の解説は:《鼎》は《屯》と旁通し、《屯》の象を取る――震は鶴・子、艮は手、手は抱き得る。巽は蛇、兌は見、ゆえに「見蛇」と言う。鶴は既に蛇を以て口糧と為すので、自ずと過を致さない。艮は室家。校勘記は言う:「鳴」字は汲古閣本が「如」と作り、宋本は「持」と作り、漢魏叢書本は「鳴」と作る。この句は下文で屡々重出し、多く「鳴」と作るので、「鳴」に従う。
震。逐兔山西,利走入門。賴我仁德,獲為我福。震為兔、為逐。艮山坎西,故曰山西。伏巽為利,艮為門。震為仁德、為福。○坎西證。
《否》卦は《震》卦に変わる。林辞は言う:山の西辺で兎を追趕し、兎は順当に門の中に跑り込む。全く我が平日の仁徳に靠り、この一趟はかえって我が福気を成した。労せずして獲るの吉辞である。尚秉和の解説は:震は兎・追逐。《震》卦の二三四爻の互体は艮を成し、艮は山、三四五爻の互体は坎を成し、坎は西、合して「山西」を成す。伏巽は利、艮は門。震は仁徳・福。校勘記は只だ四字の「坎西証」で、尚氏の自注である。この条は正好に「坎位為西」という逸象に証拠を作り得る――全書は凡そ方位の西字に遇えば皆坎象を取り、ここは硬証の一つである。
艮。興役不休,與民爭時。牛生五趾,行危為憂。互坎為勞,故曰興役不休。坎為眾、為民。艮為時,三上正反艮震,故曰爭時。震為生、為趾,坎納戊,數五,故曰五趾。艮為牛,坎為憂、為危。震行。按:《漢書五行志》:"興徭役奪民時,厥妖牛生五足,秦孝文王五年,有獻五足牛者,劉向以為近牛禍",此自舊事,五行志述之,不得謂林本《漢書》。
《否》卦は《艮》卦に変わる。林辞は言う:徭役は興発して休まず、百姓と農時を争う。牛は五隻の脚趾の怪胎を生み、行事に危険があり、人をして憂慮せしめる。政が苛く民が困り、妖異が随うの凶辞である。尚秉和の解説は:互体の坎は労役、ゆえに「興役不休」と言う。坎はまた衆・民。艮は時。三爻から上爻まで、正看は艮、倒看は震を成し、正反の両象は往来して相奪うので「争時」と言う。震は生・趾。坎は納甲の中で天干の「戊」に配し、戊は五行の数で五、ゆえに「五趾」と言う。艮は牛、坎は憂・危、震は行。尚氏は別に按語を加えて辨偽する:《漢書・五行志》は「興徭役奪民時、厥妖牛生五足」を記し、秦孝文王五年に人が五足牛を献上した。劉向はこれが牛禍に近いと認めたが、これは本来先秦の旧事で、《五行志》は過ぎずそれを転述するのみ。林辞が《漢書》と相合するを以て、則ち《易林》は《漢書》から抄したと断じて其の晩出を定めることはできない。これは尚氏が《易林》を西漢焦延寿の旧本と維護する一処の関鍵の証拠である。
漸。春栗夏梨,山鮮希有。斗千石萬,貴不可販。艮為果,故曰栗梨。伏震為春,離為夏,艮為山,巽為魚,故曰山鮮。梨栗至春夏即壞,故曰希有。艮為斗、為石、為貴、為求,伏震為千萬。○栗,依汲古,宋元作粟。山,依湖北局本,宋元、汲古皆作少,非。販,依宋元本,汲古作求。
《否》卦は《漸》卦に変わる。林辞は言う:春に留まる栗子・夏に始めてある梨の、山の中の鮮貨は、皆稀罕にして得難い。一斗は千銭を売り、一石は萬銭を売り、貴くて根本的に販運買売し得ない。物稀にして価昂まり、市あって貨なしの象である。尚秉和の解説は:艮は果実、ゆえに「栗」「梨」と言う。伏震は春、互離は夏、艮は山、巽は魚、魚は鮮物、ゆえに合して「山鮮」を成す。梨と栗は春夏に至れば腐壊するので「希有」と言う。艮は斗・石・貴・求、伏震は千・萬、合して「斗千石萬」を成す。校勘記は言う:「栗」字は汲古閣本に依り、宋元本は「粟」と作る。「山鮮」の「山」字は湖北官書局本に依り、宋元本・汲古閣本は皆「少」と作るが、正しくない。「販」字は宋元本に依り、汲古閣本は「求」と作る。
歸妹。悲號北行,失其長兄。伯仲不幸,骸骨散亡。震聲兌口,坎悲坎北,故曰悲號北行。震為長兄,坎隱伏,兌折,故曰失其長兄。震為伯,坎為仲,兌為骸骨,兌折坎險,故曰不幸、曰散亡。
《否》卦は《歸妹》卦に変わる。林辞は言う:一路痛哭号啕して北に行き、長兄を失掉した。老大老二は皆不幸に遭い、尸骨も散落亡失した。親を喪い尸を失うの大凶辞である。尚秉和の解説は:震は声、兌は口、坎は悲、坎はまた北方に位するので「悲号北行」と言う。震は長兄、而して坎は隠伏を主り兌は毀折を主るので「失其長兄」。震は伯(老大)、坎は仲(老二)、兌は骸骨。兌は折し坎は険、ゆえに「不幸」「散亡」と言う。
豐。賦斂重數,政為民賊。杼軸空虛,去其家室。坎為聚,故曰賦斂,互大坎,故曰重數。坎為民、為賊、為杼軸,離虛故曰空。艮為家室,艮覆故去。○空虛去其家室,依《復》之《兌》校,各本皆作空盡家去其室。
《否》卦は《豐》卦に変わる。林辞は言う:賦税は一徴再徴し、重くまた密かで、政令は簡直に百姓を残害する賊を成す。織機の杼と軸は皆空しく、百姓は只だ家室を抛下して逃亡する。「杼軸其空」は《詩・小雅・大東》に出て、講する所は正に横征暴斂が民力を搜刮して一空にするである。尚秉和の解説は:坎は聚、聚斂は即ち「賦斂」。六爻の陰爻が陽爻を裹み、整体の外形は合して一つの大坎を成すので「重数」、即ち徴収が頻繁を指す。坎は民・賊・杼軸。離は中虚、ゆえに「空」と言う。艮は家室、ここの艮は覆象を取るので「去其」と言う。校勘記は言う:「空虚去其家室」の一句は、《復》之《兌》条に拠って校訂したもので、各本は原皆「空尽家去其室」と作る。
旅。履服白縞,殃咎併到,憂不能笑。通《節》。震為履、為服,巽為白、為縞,坎為殃咎、為憂,震為笑。○能,依汲古,宋元本作敢。
《否》卦は《旅》卦に変わる。林辞は言う:足に穿く物・身に服する物は全て白縞で、灾殃と罪咎は一斉に到来し、愁えて笑うさえ出来ない。白縞は喪服の色で、通体縞素、遭喪の象である。尚秉和の解説は:《旅》は《節》と旁通し、《節》の象を取る――震は履・服。本卦《旅》の二三四爻の互体は巽を成し、巽は白・縞。坎は殃咎・憂。震は笑、笑おうとして笑えず、正に「憂不能笑」に応ず。校勘記は言う:「不能笑」の「能」字は汲古閣本に依り、宋元本は「敢」と作る。
巽。杜口結舌,言為禍母。代伯受患,無所禱免。互兌為口舌、為言,正覆兌相背,故曰杜口結舌。巽為母,震為伯,震巽相往來,故曰代伯受患。兌為患,兌口為禱。○免,依汲古,宋元本作冤。
《否》卦は《巽》卦に変わる。林辞は言う:嘴を閉じ舌を巻き住めて口を開くを敢えてしない。言語は正に禍を招く根源だからである。長兄のために灾患を承担したが、どう祷告しても免れ得ない。言を慎み禍を避けるも終竟免れ得ないの辞である。尚秉和の解説は:互体の兌は口舌・言語、正看の兌と倒看の覆兌は背中合わせに相向い、口と口は相閉じるので「杜口結舌」と言う。巽は母、震は伯、震と巽の両象は往来して相代えるので「代伯受患」と言う。兌は患、兌はまた口、口は祷告し得るが、惜しいことに祷して益なし。校勘記は言う:「禱免」の「免」字は汲古閣本に依り、宋元本は「冤」と作る。
兌。免冠進賢,步出朝門。儀體不正,賊孽為患。通《艮》。艮為冠,互震為進、為賢。進賢,冠名也。《漢書貢禹傳》:"見責免冠謝",故曰免冠進賢。震為步、為出,艮為朝門,互坎為賊、為患。坎曲故不正。艮為身體。○步出朝門,儀體不正,依汲古,宋元作"步行出朝,門體不正",非。
《否》卦は《兌》卦に変わる。林辞は言う:進賢冠を摘み取り謝罪し、一歩一歩朝門を走出する。儀容体統は已に其の正を失い、奸賊禍孽は因って患を成す。「進賢冠」は漢代の文吏の戴く冠で、臣子は責問される時に帽を脱いで謝罪するは、当時の礼節である。尚秉和の解説は:《兌》は《艮》と旁通する。艮は冠、互体の震は進・賢――「進賢」は本来冠の名称である。《漢書・貢禹伝》に「見責免冠謝」の記載があり、ゆえに「免冠進賢」と言う。震は歩・出、艮は朝門。互坎は賊・患、坎の性は彎曲して直ならず、ゆえに「不正」と言う。艮は身体、ゆえに「儀体」と称す。校勘記は言う:「歩出朝門、儀体不正」は汲古閣本に依り、宋元本は「歩行出朝、門体不正」と作るが、正しくない。
渙。娶於姜女,駕迎新婦。少齊在門,夫子悅喜。巽為姜,震為娶、為駕,巽為婦、為少齊。《左傳昭二年》:"晉人謂之少齊"是也。艮為門,震為夫子、為悅喜。○少齊,依宋元本,汲古等本皆作少妻,非。夫子,亦依宋元本,汲古等本作之子,尤謬。
《否》卦は《渙》卦に変わる。林辞は言う:姜姓の女子を娶ることを迎え、車を駕して新婦を迎えに行く。随嫁の少斉は已に門口に立ち、夫たる者は満心に歓喜する。婚娶が順遂の吉辞である。尚秉和の解説は:巽は姜、震は娶・駕、巽はまた婦・少斉。《左伝・昭公二年》に「晋人は之を少斉と謂う」と記すが、これが即ちこの称呼の来歴で、随嫁の人を指す。艮は門、震は夫子・悦喜。校勘記は言う:「少斉」は宋元本に依り、汲古等各本は皆「少妻」と作るが、正しくない。「夫子」もまた宋元本に依り、汲古等本は「之子」と作り、錯りが更に甚しい。
節。牧羊稻園,聞虎喧讙。畏恐悚息,終無禍患。詳《屯》之《復》。
《否》卦は《節》卦に変わる。林辞は言う:稻田の園圃の中に羊を放ち、忽然として老虎の吼叫喧騰するを聞く。嚇して息を屏り声を出すを敢えてせず、結果始終禍患に遭わなかった。虚驚して害を受けないは、先に危く後に安しの吉辞である。尚秉和はここで取象を重出せず、詳解は《屯》之《復》条に見よと注明する。
中孚。老妾據機,緯絕不知。女功不成,冬寒無衣。兌為妾,老妾,本《大過九五》也。巽為進退、為機、為緯,兌折故緯絕、故女功不成。《左傳昭二十四年》:"嫠不恤其緯而憂宗周之隕"。乾為冬、為寒、為衣,今上下乾象皆缺,故無也。○據,依宋元本,汲古作踞。
《否》卦は《中孚》卦に変わる。林辞は言う:年老いた妾が織機を守るが、緯線が断えても知らない。織事は成らず、冬の厳寒に衣を穿つ物がない。老弱が職を失し衣食に着けなしの凶辞である。尚秉和の解説は:兌は妾、「老妾」と称するは《大過》九五の「老婦得其士夫」の取象に本づく。巽は進退・織機・緯線。兌は毀折を主るので緯線が断絶し、女功も亦成らない。《左伝・昭公二十四年》に「嫠は其の緯を恤れずして、宗周の隕を憂う」とあり、寡婦は自家の織機の緯線を憂えずして、倒れて周室の傾覆を憂うと言う。林辞は正にこの典を用いる。乾は冬・寒・衣。如今《中孚》は上下ともに乾象を缺くので「无衣」と言う。校勘記は言う:「据機」の「据」字は宋元本に依り、汲古閣本は「踞」と作る。
小過。黑龍吐光,使陰復明。燎獵載聖,六師以昌。震為龍,艮為黔,故曰黑龍。兌口為吐,艮為光明,故曰吐光、曰使陰復明。艮為火,故曰燎。震車為載,坎為聖,言文王出獵載太公以歸也。坎數六,坎眾,故曰六師。震為昌也。○明,依宋本,汲古作陽。燎,依宋元本,汲古作熊。惟黑依汲古,宋元本作乘。
《否》卦は《小過》卦に変わる。林辞は言う:黒竜が光芒を吐き、陰暗をして重ねて明亮ならしめる。野を焚いて囲猟する時に聖人を載せて帰り、六軍は因って昌盛する。講する所は周文王が渭濱に出猟して太公望に遇い、之を載せて帰った故事である。尚秉和の解説は:震は竜、艮は黔黑、合して「黒竜」を成す。兌は口、口は吐き得る、艮は光明、ゆえに「吐光」「使陰復明」と言う。艮は火、草を焚いて猟するを「燎」と言う。震は車、車は載せ得る、坎は聖、ゆえに「載聖」と言う。坎の数は六、坎はまた衆、ゆえに「六師」と言う。震は昌。校勘記は言う:「復明」の「明」字は宋本に依り、汲古閣本は「陽」と作る。「燎」字は宋元本に依り、汲古閣本は「熊」と作る。独り「黒」字は汲古閣本に依り、宋元本は「乘」と作る。
既濟。東鄰嫁女,為王妃后。莊公築館,以尊王母。歸於京師,季姜悅喜。詳《屯》之《觀》。○季姜,汲古作姜姬,依宋元本。《左傳桓九年》:"紀季姜歸於京師,為桓公後"是也,莊當為桓。
《否》卦は《既濟》卦に変わる。林辞は言う:東の隣国が女児を嫁がせ、周王の妃后と為った。国君は彼女のために館舎を営築し、以て王后の母を尊崇する。彼女は遠く京師に嫁ぎ、季姜は心に歓喜する。女子の貴き嫁ぎの吉辞である。尚秉和はここで詳解は《屯》之《觀》条に見よと注明する。校勘記は言う:「季姜」は汲古閣本が「姜姫」と作るが、ここは宋元本に依る。《左伝・桓公九年》に「紀の季姜、京師に帰す」と記し、周桓王の王后となった。正にこの事である。これに拠れば、林辞の中の「荘公」は応に「桓公」の誤るべし。
未濟。灌頡東從,道頓跌踦。日辰不良,病為身禍。離為惡人,故曰灌頡。離為東,言顛頡從公子重耳於東也。灌疑為顛之音訛字。離為日,坎為病、為禍、為跌踦。○東從,依宋元本,汲古作同徒。日辰不良,依汲古,宋元本作日食不退,非。
《否》卦は《未濟》卦に変わる。林辞は言う:顛頡は東に往き主君に追従し、途中困頓して顛躓し、足を跌傷した。日子時辰は皆不吉利で、病痛が竟に自身の禍患を成した。尚秉和の解説は:離は悪人、ゆえに「灌頡」と称す。離は東で、指す所は晋の大夫顛頡が公子重耳に随いて東方に流亡した事である――「灌」字は疑わしく「顛」の音訛か。離は日、坎は病・禍・跌踦。校勘記は言う:「東従」は宋元本に依り、汲古閣本は「同徒」と作る。「日辰不良」は汲古閣本に依り、宋元本は「日食不退」と作るが、正しくない。
焦氏易林注卷四
行唐尚秉和節之注。受業蒲城仵道益、豐潤董維城堃校刊。
この二行は巻四の巻首の題署である。注を作したのは直隸行唐の人尚秉和で、字は節之、近代の易学象数一派の大家である。校訂刊行したのは彼の二名の受業弟子――蒲城の人の件道益、豊潤の人の董維城・名は堃である。《焦氏易林注》の各巻の巻首は例に照らして注者と校刊者の籍貫・姓名を題し、以て責任の所属を明らかにする。
同人之第十三
同人。櫜置山顛,銷鋒鑄刃。示不復用,天下大歡。通《師》。坤為櫜,震為陵,乾亦為山陵、為顛。艮為鋒刃,艮覆故銷、故不用。坤為天下,震樂故曰大歡。○櫜置,宋本作密櫜,疑非,茲依汲古。
《同人》卦は仍ほ《同人》に変わり、本卦が自守する辞である。林辞は言う:弓矢兵甲を皮囊に装い、山頂の上に擱置する。刀鋒を銷毀し兵刃を熔鑄して、天下に向かって再び武を動かさないを表明し、於是天下は大いに歓喜する。「櫜」は弓矢甲兵を収蔵する皮袋で、《詩・周頌・時邁》の「載櫜弓矢」が即ちこれである。兵を銷して復た用いないを示すは、武を偃め文を修める太平の気象である。尚秉和の解説は:《同人》は《師》と旁通し、《師》の象を取る――坤は櫜、震は丘陵。本卦の乾もまた山陵・顛頂。艮は鋒刃、ここの艮は覆象を取り、倒転すれば便ち銷毀して用いないので、「銷鋒鑄刃」「示不復用」と言う。坤は天下、震は楽、ゆえに「大歓」と言う。校勘記は言う:「櫜置」は宋本が「密櫜」と作るが、尚氏は其の確ならざるを疑い、ここは汲古閣本に依る。
乾。一臂六手,不便於口。莫肯為用,利棄我走。○便於,從宋本,汲古作使堵,非。
《同人》卦は《乾》卦に変わる。林辞は言う:一条の胳膊の上に六隻の手が長えて、かえって口に物を送るに便ならず。誰も肯んじて我が用を為さず、好処さえ我を撇いて走り去った。手が多くして其の用を得ないは、徒に形骸を具えて利を求めかえって失うの凶辞である。この一条は尚秉和は取象の注を出さず、只だ校勘記を留める:「便于」の二字は宋本に従い、汲古閣本は「使堵」と作るが、正しくない。
坤。獐鹿逐牧,飽歸其居,安寧無悔。○寧,從宋本,汲古作息,此用《同人》伏象。
《同人》卦は《坤》卦に変わる。林辞は言う:獐子と鹿は水草を逐えて放牧し、飽き食えば各々自分の窩に帰り、安穏として、何の懊悔もあるまじい。各々其の所を得るの吉辞である。尚秉和は校勘記の中で連帯して取象を説明する:「安寧」の「寧」字は宋本に従い、汲古閣本は「息」と作る。この一条は貞卦《同人》の伏象を用い、即ち《同人》の六爻の陰陽が全変して成る《師》卦の象で、《師》の中の坤は牧・安、正に林辞に合す。
屯。鴻魚逆流,至人潛處。蓬蒿代柱,大屋顛仆。艮為鴻,坤為魚、為水、為逆,故曰鴻魚逆流。鴻,大也。坎為聖人,在下故曰潛處。坤為蓬蒿,震木為柱。坤在艮屋下,故曰代柱。坎陷故顛仆。○大,從宋元本,汲古作天屋。處,宋元本作渚,依汲古。僕,依《觀》之《需》校,各本皆作倒。《五行志》:"眾逆同志,河魚逆流上",故林詞不吉。
《同人》卦は《屯》卦に変わる。林辞は言う:大魚が水流に逆らって上に竄れ、道ある人は隠伏して出ない。蓬蒿を持って屋柱に替えたので、大屋は於是塌れた。上下が序を失い、柔を以て剛に代えるは、傾覆の象である。尚秉和の解説は:艮は鴻、「鴻」はここでは「大」と講ずる。坤は魚・水・逆、合して「鴻魚逆流」を成す。坎は聖人、下卦に処るので「潜處」と言う。坤は蓬蒿、震は木、木は本柱と作り得る。如今坤は艮屋の下にあり、蓬蒿はかえって柱位に居るので「代柱」と言う。坎は陥落を主るので「顛仆」。校勘記は言う:「大屋」の「大」字は宋元本に従い、汲古閣本は「天屋」と作る。「潜處」の「處」字は宋元本が「渚」と作るが、ここは汲古閣本に依る。「顛仆」の「仆」字は《觀》之《需》条に拠って校訂し、各本は原皆「倒」と作る。尚氏はまた《漢書・五行志》の「衆逆同志、河魚逆流而上」を引き、河魚の逆流は古人が叛乱の兆と視たを説明し、ゆえにこの条の林辞は不吉である。
蒙。三羖五,相遇俱行。迷入空澤,經涉六駁,為所傷賊。伏兌為羊,故曰羖、曰。艮納丙,故曰三羖。坎納戊,故曰五。互震為行,坤為迷、為虛,故曰空澤,坎陷故曰澤。艮為駁,能食虎豹,然曰經涉則非獸也。《詩秦風》:"隰有六駁",《傳》:駁,如馬。陸機云:駁馬,梓榆也。樹皮青白駁犖,遙視似駁馬,故謂之駁。下章云"山有苞棣,隰有樹檖",皆言木,此不應言獸,茲林詞曰經涉六駁,為所傷賊,正用詩語。亦以六駁為木,與陸詁合。坎數六,故曰六駁。坎又為賊。○駁,依宋本,汲古訛駿。末句汲古作為賊所傷,依宋元本。為所傷賊者,言羊為駁木觸傷也。
《同人》卦は《蒙》卦に変わる。林辞は言う:三隻の黒い公羊と五隻の羊が遇い、伴を結んで同行する。路に迷い空曠の水沢に入り、一路六棵の駁樹を穿って過ぎ、駁樹に刮傷された。「羖」は黑色の公羊である。ここは底本が一字を脱し、「五」の下に配する羊名と尚注の中の相応する一処と皆已に失落して、敢えて臆補しない。尚秉和の解説は:伏兌は羊、ゆえに「羖」がありあの脱字の名がある。艮は納甲の中で天干の「丙」に配し、丙の数は三、ゆえに「三羖」と言う。坎は「戊」に配し、戊の数は五、ゆえに「五」と言う。互体の震は行、坤は迷・虚、ゆえに「空沢」と言い、坎は陥、ゆえに沢である。艮は駁。駁は本来伝説の中の虎豹を食い得る猛獣だが、しかし林辞は「経渉」と言うので、見るべくここは獣ではない。《詩・秦風・晨風》に「隰有六駁」とあり、《毛伝》は駁は馬に似ると言う。陸機は駁馬は即ち梓楡で、樹皮は青白に斑駁して遠く看れば一匹の駁馬の如し、因って名を得たと言う。同篇の下の一章はまた「山有苞棣、隰有樹檖」と言い、講する所は皆樹木である。見るべくこの一章もまた応に獣を講ずべからず。林辞の「経渉六駁、為所傷賊」と言うは、正に《詩》の語意を用い、同じく六駁を以て樹と為し、陸機の訓釈と相合する。坎の数は六、ゆえに「六駁」と言う。坎はまた賊。校勘記は言う:「駁」字は宋本に依り、汲古閣本は「駿」と讹す。末句は汲古閣本が「為賊所傷」と作るが、ここは宋元本に依る。謂う所の「為所傷賊」は、羊が駁樹に碰傷されたと言うのである。
需。黃帝出遊,駕龍乘馬。東上泰山,南過齊魯,邦國咸喜。離為黃,乾為帝、乾為馬,故曰駕龍乘馬。離為東,乾為山,兌為魯。伏坤為邦國。兌悅為喜。○東,依宋本,汲古訛乘。
《同人》卦は《需》卦に変わる。林辞は言う:黄帝が出巡し、竜を駕し馬を乘り、東に登って泰山に上り、南に経て斉国魯国を過ぎ、各邦各国は皆歓喜する。至尊が巡狩し四方が咸悦するの大吉辞である。尚秉和の解説は:《需》の三四五爻の互体は離を成し、離は黄。乾は帝・馬、ゆえに「駕竜乘馬」と言う。離は東、乾は山、二三四爻の互体は兌を成し、兌は魯。伏坤は邦国。兌は喜悦を主るので「邦国咸喜」。校勘記は言う:「東上泰山」の「東」字は宋本に依り、汲古閣本は「乘」と讹す。
訟。履危不安,心欲東西。步走逐鹿,空無所得。通《明夷》。震為履,坎為危,故履危不安。坎為心,為西,離為東,震為鹿、為走,坤虛,故空無所得。○坎西、離東證。
《同人》卦は《訟》卦に変わる。林辞は言う:足で危地を踏み、心神は寧からず。心思は忽ち東忽ち西として、主意が拿まらない。徒歩で奔走して鹿を追うが、到頭一無の獲る所がない。心志が揺摆し労して功なしの辞である。尚秉和の解説は:《訟》は《明夷》と旁通し、《明夷》の象を取る――震は履、坎は危、ゆえに「履危不安」と言う。坎は心・また西、離は東、正に「心欲東西」に応ず。震は鹿・走、坤は中虚、ゆえに「空无所得」。校勘記は只だ六字の「坎西、離東証」で、尚氏の自注である。この条はまた「坎位為西」「離位為東」の二条の逸象に証拠を作り得る。
師。望尚阿衡,太宰周公。藩屏湯武,立為侯王。伏離為望,伏巽為權衡。震為主、為周,故曰太宰周公。又乾為聖人,伏重乾,故聖人多也。坤為城、為屏藩,坎水故曰湯。震為武、為王,故曰湯武也。○太宰周公,依宋本,汲古作大半周公,皆訛字。
《同人》卦は《師》卦に変わる。林辞は言う:太公望の呂尚・阿衡と号する伊尹、また太宰を為る周公、この几位の賢輔は屏障のように成湯と周武王を衛護し、各々侯に立てられ王に立てられた。賢を得て国を佐けるの大吉辞である――「阿衡」は伊尹の官号、「太宰」は周公の職名。尚秉和の解説は:伏離は望、伏巽は権衡、「阿衡」の名はこれより象を取る。震は主・周、ゆえに「太宰周公」と言う。乾は聖人、伏象の中で乾はまた重ねて出づるので、聖人は一位に止まらない。坤は城・屏藩。坎は水、ゆえに「湯」と言う。震は武・王、合して「湯武」を成す。校勘記は言う:「太宰周公」は宋本に依り、汲古閣本は「大半周公」と作るが、皆讹字である。
比。白龍黑虎,起伏俱怒。戰於阪泉,蚩尤敗走,死於魚首。詳《蒙》之《坎》。魚首,地名。坎為首,坤為魚,故曰魚首。○魚首,宋元本、汲古皆作魯首,非。敗走作走敗,茲從《益》之《比》較改。
《同人》卦は《比》卦に変わる。林辞は言う:白竜と黒虎、起き伏して皆怒を動かし、阪泉の野で大戦して一場を成す。蚩尤は兵敗して奔逃し、魚首に死した。講する所は黄帝と蚩尤が兵を交えた遠古の戦事である。尚秉和は詳解は《蒙》之《坎》条に見よと注明し、別に二句を補う:魚首は地名である。坎は首、坤は魚、ゆえに「魚首」の二字を取出し得る。校勘記は言う:「魚首」は宋元本と汲古閣本は皆「魯首」と作るが、正しくない。「敗走」は原本は「走敗」と作るが、ここは《益》之《比》条に拠って比対して改正する。
小畜。載石上山,步跌不前。嚬眉之憂,不得所歡,長思憂嘆。通《豫》。艮為石、為山,坤為載,故曰載石上山。震為步,坎陷,故步跌不前。坎為憂,故曰嚬眉,艮為眉也。震為歡,坎伏故不得。坎為憂。○嚬,汲古訛顯,依宋元本。汲古無"長思憂嘆"四字,依宋元本。
《同人》卦は《小畜》卦に変わる。林辞は言う:石を駄いて山上に往くが、脚下が滑って、一步も進み入れない。愁えて双眉を緊く皺め、欲する歓楽は得られず、只だ長く思念し歎息するのみ。重きを負いて行き難く、労して獲る所なしの辞である。尚秉和の解説は:《小畜》は《豫》と旁通し、《豫》の象を取る――艮は石・山、坤は載、合して「載石上山」を成す。震は歩、坎は陥落を主るので「歩跌不前」。坎は憂、憂えれば眉を皺め、艮はまた眉、ゆえに「嚬眉之憂」と言う。震は歓、しかし坎が伏位にあって圧しているので「不得所歓」。坎は仍ほ憂である。校勘記は言う:「嚬」字は汲古閣本が「顕」と讹すが、ここは宋元本に依る。汲古閣本には「長思憂歎」の四字がないが、ここは宋元本に依って補う。
履。周德既成,行軸不傾。申酉昳暮,耄老衰去,箴石不佑。通《謙》。震為周,艮為成,故曰周德既成。震為行,坎為軸,坎平故不傾。坤居申,坎先居酉,故曰昳暮,言日至申酉而暮也。坤為老衰,坎為箴。艮為石,箴,針也,石,砭石,即石箴也。丁晏云:《山海經》:"高氏之山,其下多箴石",注:可以為砥針者是也。坤死,故雖有箴石,不能佑助。○行軸,依汲古,宋本作杼軸。申酉昳暮,依宋元本,汲古作"中酉跌墓"。
《同人》卦は《履》卦に変わる。林辞は言う:周家の徳業は已に成就し、車は行くも軸は穩かにして傾覆しない。しかし日頭は一たび申時酉時を過ぐれば便ち黄昏に近づき、人は耄老に至れば終竟衰謝して去る。針砭薬石も救護し能わず。前半は国運の盛り、後半は人寿の尽きである。尚秉和の解説は:《履》は《謙》と旁通し、《謙》の象を取る――震は周、艮は成、ゆえに「周徳既成」と言う。震は行、坎は軸、坎は平を主るので「不傾」。坤の位は申にあり、坎の位は酉にあるので「昳暮」と言う。日頭が申酉の交に行けば便要天に晚むを講ずるのである。坤は老衰、坎は箴、艮は石。「箴」は即ち針、「石」は即ち砭石、また石箴とも呼ぶ。丁晏は《山海経》の「高氏之山、其下多箴石」を引き、郭注は磨いて針と為し得ると言う。正にこの物を指す。坤は死を主るので、たとえ針石を手に在るとも、佑助し能わない。校勘記は言う:「行軸」は汲古閣本に依り、宋本は「杼軸」と作る。「申酉昳暮」は宋元本に依り、汲古閣本は「中酉跌墓」と作る。
泰。乘雲帶雨,與飛鳥俱。動舉千里,見我慈母。坤為雲,兌為雨,震為乘,伏巽為帶。震為飛、為鳥、為舉動、為千里。坤為母、為我。兌為見。○坤為雲、兌為雨證,可解《易》。動舉,依宋本,汲古作舉動。
《同人》卦は《泰》卦に変わる。林辞は言う:雲を駕し雨を帯びて、飛鳥と一同に路に上る。一挙すれば即ち千里で、往きて我が慈愛の母に見える。行程が順遂で母子相見の吉辞である。尚秉和の解説は:坤は雲、二三四爻の互体は兌を成し、兌は雨。三四五爻の互体は震を成し、震は乘、伏巽は帯。震はまた飛・鳥・挙動・千里。坤は母・我。兌は見。校勘記は言う:坤為雲・兌為雨のこの二条の象はここで確証を得て、以って《周易》の経文を解しに持ち行き得る。「動挙」は宋本に依り、汲古閣本は「挙動」と作る。
否。賚貝贖狸,不聽我辭。繫於虎鬚,牽不得來。詳《需》之《睽》。○艮為貝、為虎、為須證,可釋《易》。於,宋元本作我,依汲古。
《同人》卦は《否》卦に変わる。林辞は言う:貝幣を帯びて行ってあの狸を贖うとするが、相手は肯んじて我が説辞を聴かない。狸は老虎の鬚髪に拴がれ、どう牽いても牽いて来られない。求める物は猛虎の口辺に落ち、たとえ財貨があっても取り返せないの凶辞である。尚秉和は詳解は《需》之《睽》条に見よと注明する。校勘記は言う:艮為貝・艮為虎・艮為鬚のこの三条の象はここで印証を得て、以って《周易》を解釈し得る。「繫于虎鬚」の「于」字は宋元本が「我」と作るが、ここは汲古閣本に依る。
大有。三翼飛來,是我逢時。俱行先至,多得大利。離數三,為飛、為翼,伏艮為時。坤為我,乾為行、為先,伏坤為利。○是,依宋本,汲古作字。
《同人》卦は《大有》卦に変わる。林辞は言う:三隻の鳥が翅を振って飛来し、正に我が好い時に逢った。一同に程を起したが先んじて到達し、許多の大利を得た。時来運転して人に先んじ一步の吉辞である。尚秉和の解説は:離の数は三、離はまた飛・翼、ゆえに「三翼飛来」と言う。伏艮は時。坤は我、乾は行・先、伏坤は利。校勘記は言う:「是我逢時」の「是」字は宋本に依り、汲古閣本は「字」と作る。
謙。兩足四翼,飛入我國。寧我伯姊,與母相得。坤數二,震為足、為翼,卦數四,故曰兩足四翼。震為飛,坤為國、為我。震為伯,伏巽為姊。坤為母。○我國,從汲古,宋本作家國。震數四證、為翼證。
《同人》卦は《謙》卦に変わる。林辞は言う:両隻の足・四隻の翅膀を長えた鳥が、我が国土に飛び込んだ。我が大姐を安撫し、また母親と重ねて聚った。家人団円の吉辞である。尚秉和の解説は:坤の数は二、震は足・翼、而して震卦の数は四、ゆえに「両足四翼」と言う。震は飛、坤は国・我。震は伯(長)、伏巽は姉。坤は母。校勘記は言う:「我国」は汲古閣本に従い、宋本は「家国」と作る。末の「震数四証、為翼証」は尚氏の自注で、この条は「震之数為四」と「震為翼」の二条の逸象に証を作り得るを指す。
豫。按民呼池,玉杖文案。魚如白雲,一國獲願。艮手為按。坤為民、為河,震言坎水故曰呼池。呼池,即呼沱河。《周禮職方氏》作虖池,《戰國策》作呼沱,並同。震為玉、為杖,坤為文,艮為案,故曰玉杖文案。《後漢書禮儀志》:"仲秋,縣道皆案民比戶,年七十授以玉杖,八十九十禮有加文案,乃養老加禮"。坤為魚、為雲,震白,故曰魚如白雲。○按民呼池,依宋元本,汲古作案民湖池。文案,依宋本,汲古等本皆訛為天授。願,依宋本,與案為韻,汲古等本並訛為鯉。
《同人》卦は《豫》卦に変わる。林辞は言う:呼沱河の辺で戸毎に百姓を查点し、玉杖を頒下して文案を立てる。河の中の魚は多くして一片の白雲の如く、全国の人は皆心願を遂げた。写す所は秋に养老の礼を行い、また魚産の豊盛に逢う太平の景象である。尚秉和の解説は:艮は手、手は按験し得る、坤は民・河。震は言、坎は水、合して「呼池」の二字を出す――呼池は即ち呼沱河で、《周礼・職方氏》は「虖池」と写作し、《戦国策》は「呼沱」と写作す。同じ一水の異写である。震は玉・杖、坤は文、艮は案、合して「玉杖文案」を成す。《後漢書・礼儀志》に記載する:仲秋の月、各県各道は皆戸を按して百姓を查点し、年七十に満つるには玉杖を授け、八十九十には礼数は更に隆く、別に文案を立つ。これが即ち养老加礼の制度である。坤は魚・雲、震は白、ゆえに「魚如白雲」と言う。校勘記は言う:「按民呼池」は宋元本に依り、汲古閣本は「案民湖池」と作る。「文案」は宋本に依り、汲古等各本は皆「天授」と讹す。「獲願」の「願」字は宋本に依り、正に上句の「案」字と押韻し、汲古等本は皆「鯉」と讹す。
隨。季姬踟躕,望我城隅。終日至暮,不見齊侯,居止無憂。兌為季姬,艮止故踟躕。艮為日、為望、為城、為終,兌昧,故曰終日。巽為齊,震為諸侯,故曰齊侯,巽伏故不見。艮為居止,震樂,故無憂。陳樸園云:案:《左傳》:"齊桓公有長衛姬、少衛姬",《易林》所云季姬即指少衛姬。《衛風靜女》云:"俟我於城隅",戴震云:"此媵俟迎之禮,諸侯惟親迎嫡夫人,媵則至乎城下,以俟迎者而後入",故《易林》《師》之《同人》云"結衿待時,終日至暮"也,謂林詞全說《靜女》詩而與毛異。○望我,依宋元本,汲古作望還。居止,宋元本作君上,非,依汲古。君者,居之訛。上者,止之訛。
《同人》卦は《随》卦に変わる。林辞は言う:季姫は徘徊して進まず、我が城の角の上で張望する。白天から直に日暮まで待ったが、斉侯の迎えに来るを待たず、只だ就地に安住するほかなく、却って別に憂うべきもない。尚秉和の解説は:兌は季姫、艮は止を主るので「踟躕」。艮は日・望・城・終、兌は昏昧を主るので「終日至暮」と言う。巽は斉、震は諸侯、合して「斉侯」を成す。巽が伏位に落ちるので「不見」。艮は居止、震は楽、ゆえに「无憂」。尚氏はまた陳朴園の按語を引く:《左伝》は斉桓公に長衛姫・少衛姫ありと言い、《易林》の講ずる「季姫」は即ち少衛姫を指す。《静女》(題は《衛風》と作すが、今本は《邶風》に在り)に「俟我于城隅」の一句があり、戴震はこれが媵妾の候迎の礼であると解釈する――諸侯は只だ嫡夫人を親迎し、媵妾は則ち先に城下に到り、迎接の人が来るを待って始めて城に入る。ゆえに《易林》《師》之《同人》の条は「結衿待時、終日至暮」と言う。これに拠れば、林辞は全く《静女》の詩を講じ、而して説法は《毛伝》と同じからず。校勘記は言う:「望我」は宋元本に依り、汲古閣本は「望還」と作る。「居止」は宋元本が「君上」と作るが、正しくなく、ここは汲古閣本に依る――「君」は「居」の讹字、「上」は「止」の讹字である。
蠱。龍渴求飲,黑雲影從。河伯捧觴,跪進酒漿,流潦滂滂。震為龍,兌口為飲。艮為求,互大坎為黑、為雲、為河。震為伯,故曰河伯。震為觴,艮手為捧。坎為酒漿、為流潦。○龍渴求飲,汲古作"龍隅求泉",黑作置,均依宋元本。
《同人》卦は《蠱》卦に変わる。林辞は言う:竜が渇いて水を飲まんと求めると、烏雲は影子のように紧く随いて来る。河伯は酒杯を捧げて、跪いて酒浆を奉上し、雨水は積潦して滂沱として奔流する。甘霖大いに至るの吉象である。尚秉和の解説は:震は竜、兌は口、口は飲み得る。艮は求。六爻は陰が陽を包み、外形は合して大坎を成し、坎は黒・雲・河。震は伯、河に配すれば便ち「河伯」。震は觴、艮は手、手は捧げ得る。坎は酒浆・流潦。校勘記は言う:「竜渴求飲」は汲古閣本が「竜隅求泉」と作り、「黒雲」の「黒」字は汲古閣本が「置」と作るが、両処とも宋元本に依って改正する。
臨。出門逢患,與福為怨。更相擊刺,傷我手端。震為出,坤為門、為患,坤禍,故不福。伏艮為擊,對遯臨,正反艮,故相擊。兌為傷,伏艮為手,坤為我。○福,從宋元本,汲古等本皆訛為怒。
《同人》卦は《臨》卦に変わる。林辞は言う:一たび門を出れば即ち禍患に撞当し、本応福を得るべきがかえって怨を結んだ。彼此往来して撃刺し、我が手指を傷つけた。出行が禍を招き争闘に傷を見るの凶辞である。尚秉和の解説は:震は出、坤は門・患、坤は禍を主るので福を談ずるに及ばない。伏艮は撃。《臨》と《遯》の両卦は相対し、一正一覆の二つの艮象が面と面を向け合うので「更相撃刺」と言う。兌は傷、伏艮は手、坤は我。校勘記は言う:「与福為怨」の「福」字は宋元本に従い、汲古等各本は皆「怒」と讹す。
觀。播天舞,光地乳。神所守,樂無咎。艮為天、為手、為播、為舞。坤地,互艮為乳,艮為守,伏震為樂。坤為安。○此三字四句宋元本作"播天舞地,神明所守,安樂無咎",汲古訛為"播衣樂天,乾坤所命,安樂無咎",皆改作四字三句,茲依《剝》之《兌》宋本校。地乳,詳《泰》之《大有》。
《同人》卦は《觀》卦に変わる。この一条の林辞は通常の四言ではなく、三字一句・共に四句である:天に向かい手を揚げ舞を起し、地上は光润の乳泉を湧出す。神明の守護する所有りて、歓楽にして過を致さず。尚秉和の解説は:艮は天・手・播・舞。坤は地、互体の艮は乳、艮はまた守、伏震は楽、坤は安。校勘記は言う:これは原本三字四句で、宋元本は「播天舞地、神明所守、安楽无咎」に改め、汲古閣本は更に「播衣楽天、乾坤所命、安楽无咎」と讹し、両本ともそれを四字三句に改めた。ここは《剥》之《兌》条の宋本に依って校訂し、三字四句の旧貌を恢復する。「地乳」の一語の解釈は詳しくは《泰》之《大有》条を見よ。
噬嗑。兩金相擊,勇氣鈞敵。終日大戰,不破不缺。震為金,正反震,故曰兩金。艮手為擊,正反艮,故曰相擊。震為勇,正反震,故曰鈞敵。艮為終,離為日,震為戰。兌為破缺,兌伏,故不破不缺。○勇氣鈞敵,依宋本,汲古等本作"武勇敢敵",將林詞用覆之妙全失。
《同人》卦は《噬嗑》卦に変わる。林辞は言う:両把の金刃が対い砍撃し、双方の勇力は相当して勢均力敵である。整整一日打ち合ったが、誰も砍破・砍缺されなかった。尚秉和の解説は:震は金、この卦は正看は震・倒看も仍是震、両象が并立するので「両金」と言う。艮は手、手は撃ち得る、正艮と覆艮が相対するので「相撃」と言う。震は勇、正反の両震は勢力相等しいので「鈞敵」と言う。艮は終、離は日、震は戦。兌は破・缺、兌が伏位に落ちるので「不破不缺」。校勘記は言う:「勇気鈞敵」は宋本に依り、汲古等各本は「武勇於敵」と作る。この一改は、便ち林辞が覆象を借りて「両」「相」「鈞」を取出した妙処を全く丢尽してしまった。
賁。車雖駕,兩矧絕。馬奔出,雙輪脫。行不至,道遇害。震為車、為駕,伏巽為靷。兌卦數二,故曰兩靷。兌折故絕。震為馬、為奔出。坎為輪,兌卦數二,兌毀,故曰雙輪脫。坎陷故行不至。震為道,坎陷為害。○汲古作四字句而添二字作五句,為"大車難駕,兩靷如繩,馬奔山後,輪脫不行,中道遇害。"不有宋元本誰復知廬山真面,誰復知林詞奇妙如此。此與上六卦凡常本詞意失解者,皆賴宋元本復明,其可貴如此。
《同人》卦は《賁》卦に変わる。この一条もまた三字句で、一共に六句:車は雖も套し好いたが、両根の靷帯は断えた。馬は狂奔して出、両隻の車輪は脱落した。目的地に到らず、半路上に於て祸害に遭った。「矧」は応に「靷」と作るべく、車を引く皮帯である。尚秉和の解説は:震は車・駕、伏巽は靷。兌卦の数は二、ゆえに「両靷」と言い、兌は毀折を主るので「絶」。震は馬・奔出。坎は輪、兌の数は二にして兌はまた毀を主るので「双輪脱」と言う。坎は陥を主るので「行不至」。震は道、坎陥は即ち害である。校勘記は言う:汲古閣本は三字句を四字句に改め、また二句を添えて五句を凑成し、「大車難駕、両靷如縄、馬奔山後、輪脱不行、中道遇害」と作す。尚氏は因って感嘆する:要は宋元本があらずんば、誰が還た廬山の真面を見ることを得、誰が林辞の竟に精妙なること此に至るを知らんや。この一条は上文の六卦に連なり、凡そ通行本の詞意の講じ通ぜざる処は、全く宋元本に靠って始めて重ねて明白となり、宋元本の可貴は正にここに在り。
剝。文山紫芝,雍梁朱草。長生和氣,王以為寶。公尸侑食,福祿來處。詳《師》之《夬》。
《同人》卦は《剥》卦に変わる。林辞は言う:文山の紫芝・雍州梁州の朱草は、皆長生和気の化した祥瑞で、君王はそれらを至宝と為す。祭祀の時に神に代わって祭を受ける公尸は人に進食を勧め、福気と禄位は随いて来る。紫芝・朱草は皆古人の謂う所の瑞草で、「公尸侑食」は《詩・大雅・鳬鷖》の祭饗の礼を用いる。尚秉和はここで取象を重出せず、詳解は《師》之《夬》条に見よと注明する。
復。抱珠入口,為我畜寶。得吾所有,欣然嘉喜。震為口、為珠玉、為寶。坤為我、為吾、為畜。震為嘉喜。
《同人》卦は《復》卦に変わる。林辞は言う:珠子を抱えて口に含み入れ、我のためにこの宝を貯蔵せしむ。本来我に属する物を得り返して、欣然として歓喜する。失いて復た得るの吉辞である。尚秉和の解説は:震は口・珠玉・宝。坤は我・吾・畜蔵。震はまた嘉・喜。
無妄。負牛上山,力盡行難。烈風雨雪,遮遏我前。中道復還,憂者得歡。艮為負、為山、為牛,艮止,故力盡行難。互巽為風,乾為冰,故曰雨雪,艮止,故曰遮遏。艮為道,震反,故曰還。坎為憂,震樂,故曰得歡。○力盡,依汲古,宋本作劣。負牛,依宋本,汲古作負車。
《同人》卦は《无妄》卦に変わる。林辞は言う:牛を背負って山上に往くが、気力を使い尽しても歩を挪すことも難しい。狂風は雨雪を挟み、前路を堵死した。半途に走到して只だ折返すほかなく、もと愁えた人はかえって憂を転じて喜と為した。難を知って返り、因って安を得た。尚秉和の解説は:艮は負・山・牛、艮は止を主るので「力尽行難」。互体の巽は風、乾は冰、ゆえに「雨雪」と言う。艮は止、ゆえに「遮遏」。艮は道、震は覆象を取れば即ち返回、ゆえに「還」と言う。坎は憂、震は楽、ゆえに「得歓」。校勘記は言う:「力尽」は汲古閣本に依り、宋本は「劣」と作る。「負牛」は宋本に依り、汲古閣本は「負車」と作る。
大畜。陶朱白圭,善賈息資。三致千金,德施上人。艮火,故曰陶,乾為大赤,故曰陶朱。震為玉、為白,故曰白圭。二人皆善治生致富。乾為富,故曰息資。伏巽為商賈,艮數三,乾為金、為千,故曰三致千金。乾為德,震為人。上人者,及人也。○人,依宋本,汲古作仁。
《同人》卦は《大畜》卦に変わる。林辞は言う:陶朱公の范蠡と白圭は、皆経商して息を生ずるに善い。范蠡は三度千金の富を積み、また徳沢を旁人に施及した。治生に善く富みて徳を好ぶの吉辞である。尚秉和の解説は:艮は火、陶冶は火を須つので「陶」と言う。乾は大赤、赤は即ち朱色、合して「陶朱」を成す。震は玉・白、ゆえに「白圭」と言う。この两位は皆史伝の中の経営して富を致すに善い人である。乾は富、ゆえに「息資」、即ち資財が息を生ずと言う。伏巽は商賈。艮の数は三、乾は金・千、ゆえに「三致千金」と言う。乾は徳、震は人。「上人」は即ち他人に推及する。校勘記は言う:「上人」の「人」字は宋本に依り、汲古閣本は「仁」と作る。
頤。子鉏執麟,春秋作經。元聖將終,尼父悲心。詳《訟》之《同人》。○經,依釋文。元,依汲古,宋本作作元、作陰聖,非。
《同人》卦は《頤》卦に変わる。林辞は言う:車夫の鉏商が麒麟を猟獲し、《春秋》の書は因って筆を結びて経を成した。大聖人は将に終老せんとして、孔夫子は之のために傷心した。用うる所は魯哀公十四年の西狩獲麟・孔子絶筆の故事である。尚秉和はここで詳解は《訟》之《同人》条に見よと注明する。校勘記は言う:「作経」の「経」字は《経典釈文》に依る。「元聖」の「元」字は汲古閣本に依り、宋本は或は「作元」或は「陰聖」と作るが、皆正しくない。
大過。春日載陽,福履齊長。四時不忒,與樂為昌。通《頤》。震為春,乾為日、為陽。震為福履,巽齊,故曰齊長。艮為時,震數四,故曰四時。震為樂、為昌。○昌,依汲古,宋本作倡。
《同人》卦は《大過》卦に変わる。林辞は言う:春の日頭は始めて暖に転じ、福気と禄位は一同に増長する。四季は運行して差錯せず、歓楽は昌盛に伴う。「春日載陽」は《詩・豳風・七月》に出、「福履」は《詩・周南・樛木》の「福履綏之」の成語を用いる。尚秉和の解説は:《大過》は《頤》と旁通し、《頤》の象を取る――震は春、乾は日・陽。震は福履、巽は斉、ゆえに「斉長」と言う。艮は時、震の数は四、ゆえに「四時」と言う。震は楽・昌。校勘記は言う:「為昌」の「昌」字は汲古閣本に依り、宋本は「倡」と作る。
坎。孔德如玉,出於幽谷。飛上喬木,鼓其羽翼,輝光照國。詳《坤》之《比》。○輝,依汲古,宋本作大。照國,依宋本,汲古及常本作耀光照目,非。
《同人》卦は《坎》卦に変わる。林辞は言う:大徳は温润なること玉の如く、幽深の山谷から出る。高大の喬木に飛び上り、双翅を振起し、光輝は一国を照亮する。「出于幽谷、遷于喬木」は《詩・小雅・伐木》に出、賢者の隠より顕へを比喻する。尚秉和は詳解は《坤》之《比》条に見よと注明する。校勘記は言う:「輝光」の「輝」字は汲古閣本に依り、宋本は「大」と作る。「照国」は宋本に依り、汲古閣本と通行本は「耀光照目」と作るが、正しくない。
離。區脫康居,慕仁入朝。湛露之歡,三爵畢恩。復歸穹廬,以安其居。注:詳《訟》之《恆》。○穹,宋本作窮,非。
《同人》卦は《離》卦に変わる。林辞は言う:匈奴の辺地の区脱・西域の康居は、中原の仁徳を仰慕して朝見に来る。「湛露」の宴の款待を受け、三爵を飲んで恩礼を尽くし、然る後自分の穹廬帳幕に帰り、安居すること故の如し。「区脱」は漢と匈奴の間の緩衝の辺地、「湛露」は《詩・小雅》の中の天子が諸侯を燕する楽歌、「三爵」は古礼の中の飲酒の節度である。尚秉和は詳解は《訟》之《恒》条に見よと注明する。校勘記は言う:「穹廬」の「穹」字は宋本が「窮」と作るが、正しくない。
咸。秋冬夜行,照覽星辰。道理利通,終身無患。兌為秋,乾為冬,互大坎為夜。艮為明、為觀,故曰照覽。艮為星辰、為道里。巽為利,艮為身、為終。坎為患,兌悅,故無患。○理,應作裡。無患,依汲古,宋本作何患。
《同人》卦は《咸》卦に変わる。林辞は言う:秋冬の時節に連夜路を趕き、星辰の光亮に靠って方向を辨認する。路程は順利にして暢通し、一生禍患なし。夜行して安を得るの吉辞である。尚秉和の解説は:兌は秋、三四五爻の互体は乾を成し、乾は冬、六爻の外形は合して大坎を成し、坎は夜。艮は明・観、ゆえに「照覧」と言う。艮は星辰・道里。巽は利、艮は身・終。坎は本来患、而して兌は悦を主るので「无患」。校勘記は言う:「道理」の「理」字は応に「里」と作るべく、道里は即ち路程である。「終身无患」は汲古閣本に依り、宋本は「何患」と作る。
恆。鳴鵠抱子,見蛇何咎。室家俱在,不失其所。注詳《否》之《鼎》,古鵠鶴通用。
《同人》卦は《恒》卦に変わる。林辞は言う:鵠鳥は一面鳴叫し一面雛鳥を護り、たとえ蛇に碰见するとも何の妨害があろうか。一家人は皆在りて各々其の所に安んじ、所を失わない。鵠は本来蛇を以て食と為すので、蛇を見て驚かない。尚秉和は取象の詳は《否》之《鼎》条に見よと注明し、併せて一句を補う:古は「鵠」「鶴」の両字は通用するので、あの条は「鳴鶴抱子」と作り、ここは「鳴鵠抱子」と作るが、其の実同じ一条の林辞である。
遯。安如泰山,福壽屢臻。雖有豺虎,不能危身。艮為山、為安、為壽。乾為福,艮為豺虎、為身,艮安故不危。○艮為身證。宋本如訛和。
《同人》卦は《遯》卦に変わる。林辞は言う:安穏なること泰山の如く、福気と寿数は一次次と到来する。たとえ豺狼老虎が旁に在るとも、我が身体を危害し能わない。穏かなること磐石の如きの大吉辞である。尚秉和の解説は:艮は山・安・寿。乾は福。艮はまた豺虎・身、而して艮の性は安止、ゆえに危からず。校勘記は言う:「艮為身」のこの逸象はここで証を得る。「安如泰山」の「如」字は宋本が「和」と讹す。
大壯。耆蒙睡眠,不知東西。歲君失理,命直為曲。王稱為寶。乾老故曰耆。《說文》:"耆,老也"。伏艮故曰蒙。耆蒙,即老少也。艮止坤迷,故曰睡眠。震東兌西,坤迷故不知。乾為君、為年,故曰歲君。坤為理,坤伏故失理。伏巽為命。孟氏逸象乾為直、為王、為寶。震口為稱。○耆蒙睡眠,依汲古,宋本作老目瞢眠。老目者,耆之訛,瞢,蒙之訛。歲君失理,命直為曲,王稱為寶。依汲古,宋本作"君失理命,以直為傴,王珍為寶",非。此又汲古勝宋本處。
《同人》卦は《大壮》卦に変わる。林辞は言う:老人も小孩子も皆昏昏として睡去り、東西の方向さえ辨え得ない。当年の国君は条理を失い、命令して直を以て曲と為さしめ、君王はかえってこの種の顛倒を以て宝と為した。上下が昏昧し是非が倒置するの凶辞である。尚秉和の解説は:乾は老を主るので「耆」と言い、《説文》は「耆、老也」と訓ず。伏艮は少、ゆえに「蒙」と言う。「耆蒙」は即ち老少である。艮は止を主り坤は迷を主るので「睡眠」と言う。震は東、兌は西、坤は既に迷乱するので「不知東西」。乾は君・年、合して「歳君」を成す。坤は理、坤が伏位に落ちるので「失理」。伏巽は命。孟喜易の逸象の中で、乾は直・王・宝。震は口、口は称説し得る。校勘記は言う:「耆蒙睡眠」は汲古閣本に依り、宋本は「老目瞢眠」と作る――「老目」は「耆」の讹字、「瞢」は「蒙」の讹字である。「歳君失理、命直為曲、王称為宝」もまた汲古閣本に依り、宋本は「君失理命、以直為傴、王珍為宝」と作るが、正しくない。これはまた汲古閣本が宋本に勝る一処である。
晉。植璧秉珪,請命於河。周公克敏,沖人瘳愈。此用《同人》象。伏震為珪璧。艮手故曰秉、曰植。坎水坤水故曰河。艮為沖人。沖,幼也。震為公、為周。艮堅故瘳愈。○植璧秉珪,依宋本,汲古等本作載璧秉珪,非。植璧秉珪,金滕文。愈,依汲古。《說文》:"病瘳也"。徐鍇曰:今人作愈,非。由是證宋本作愈非。○《史記魯世家》:"成王有疾,周公揃爪瀋河以祈病瘳"。
《同人》卦は《晋》卦に変わる。林辞は言う:玉璧を竪て玉珪を手執して、河神に向かい命を請う。周公は事を辧するに勤敏で、年幼の成王は於是病癒えた。用うる所は《尚書・金縢》の中の周公が王室のために祈祷した故事である。尚秉和の解説は:この条は貞卦《同人》の象を取る。伏震は珪・璧。艮は手、手は執り得る・樹立し得るので「秉」「植」と言う。坎は水・坤もまた水、ゆえに「河」と言う。艮は沖人――「沖」は即ち幼小、年少の成王を指す。震は公・周、合して「周公」を成す。艮の性は堅固、ゆえに病は癒ゆるを得。校勘記は言う:「植璧秉珪」は宋本に依り、汲古等各本は「載璧秉珪」と作るが、正しくない。「植璧秉珪」は正に《金縢》の原文である。末の一字は汲古閣本に依り、《説文》は「瘉」を「病瘳也」と訓じ、徐鍇は今人が「愈」と写作するは合わずと言う。これに拠って宋本の「愈」字を用いるの正しからざるを証し得る。尚氏はまた《史記・魯世家》を引く:成王は病有りて、周公は自分の指甲を剪りて河中に沈め、成王の病癒えんことを祈求した。
明夷。太王執政,歲熟民富。國家豐有,王者有喜。震為王,坤老,故曰太王。坤為政、為歲、為利,故曰歲熟。坤為民、為富、為國家、為豐。震為王,震喜。○太,依宋本,汲古作大,他本或作天。
《同人》卦は《明夷》卦に変わる。林辞は言う:太王は国政を執掌し、年成は豊熟し、百姓は富足する。国家は殷実富有で、王たる者は満心歓喜する。太王は即ち周の古公亶父で、周室の興王の始めである。尚秉和の解説は:震は王、坤は老を主り、老いて王と為るので「太王」と称す。坤は政・歳・利、ゆえに「歳熟」と言う。坤はまた民・富・国家・豊。震は王、震の性は喜を主る。校勘記は言う:「太王」の「太」字は宋本に依り、汲古閣本は「大」と作り、別の本子に「天」と作る者有り。
家人。訟爭相背,和氣不處。陰陽俱否,谷風無子。離為有言,故爭訟。坎為和,坎伏故不處。谷,毛詩作谷。傳云:東風也。巽為風,離東,故曰東風。震為子,震伏故無子。谷風詩,毛傳謂刺夫婦失道,茲曰無子,蓋齊詩義也。○訟爭,依汲古,宋元本作爭訟。
《同人》卦は《家人》卦に変わる。林辞は言う:争訟は休まず、彼此は背离し、和気は安身する所なし。陰陽は皆閉塞して通ぜず、正に《谷風》の詩の写すが如く、夫妻は和を失いて子嗣なし。尚秉和の解説は:離は有言、有言あれば便ち争訟を生ず。坎は和、坎が伏位に落ちるので和気は「不處」、存留し得ない。「谷」字は《毛詩》は「谷」と写作し、《毛伝》はそれは即ち東風と言う。巽は風、離は東、正に東風である。震は子、震が伏位にあるので「无子」。《谷風》のこの詩は、《毛伝》は夫妻の道の敗壊を諷刺すると言う。ここは却って无子に講じ及ぶが、大いに取る所は《斉詩》一家の解釈か――尚氏はこれより《易林》の用いる詩説は毛氏に出づるにあらざるを推断する。校勘記は言う:「訟争」は汲古閣本に依り、宋元本は「争訟」と作る。
睽。齊魯爭言,戰於龍門。構怨結禍,三世不安。兌魯齊,似用半巽象。正反兩兌口相背,故曰爭言。餘詳《坤》之《離》。
《同人》卦は《睽》卦に変わる。林辞は言う:斉国と魯国は脣槍舌剣に争弁し、進んで龍門で交戦する。怨仇を結んで禍患を醸し、三代の人は安寧を得ない。尚秉和の解説は:兌は魯・斉、ここは似て還た「半象」を用いる――只だ両爻を取って或る三画卦の一半に当て、ここは即ち半箇の巽である。正兌と倒れた覆兌の両張の口は背と背を向け合うので「争言」と言う。其余の取象は詳しくは《坤》之《離》条を見よ。
蹇。鹿得美草,鳴呼其友。九族和睦,不離邦域。此用《同人》象。伏震為鹿、為草、為鳴,伏坤為族,震數九,故曰九族。震樂故和睦。坤為邦域。
《同人》卦は《蹇》卦に変わる。林辞は言う:鹿は肥美の青草を見付け、便ち鳴叫して同伴を招呼して食わしむ。九族は和睦して相处し、誰も自分の邦土を離れない。《詩・小雅・鹿鳴》の「呦呦鹿鳴、食野之苹」の意を用い、宗族が安和の吉辞である。尚秉和の解説は:この条は貞卦《同人》の象を取る。伏震は鹿・草・鳴。伏坤は族。震の数は九、ゆえに「九族」と言う。震は楽、ゆえに和睦。坤は邦域。
解。百里南行,雖微復明。去虞適秦,為穆國卿。百里奚自虞適秦,故曰南行。震為百、為南、為行。離為明,坎為憂虞,震樂故去虞。坎位西,故曰秦。○南,從宋元本,汲古訛難。微,從汲古,宋元本作徵,非。
《同人》卦は《解》卦に変わる。林辞は言う:百里奚は南行し、雖も一度微賤なりしか、後に重ねて顕達した。彼は虞国を離れ秦国に投奔し、秦穆公の国卿を為た。賤より貴に転ずるの吉辞である。尚秉和の解説は:百里奚は虞国から秦国に至ったので「南行」と言う。震は百・南・行。離は明、ゆえに「復明」。坎は憂虞――「虞」字は兼ねて虞国と憂虞の両義を取り、震は楽を主るので「去虞」と言う。坎の位は西に在り、ゆえに秦国を指す。校勘記は言う:「南行」の「南」字は宋元本に従い、汲古閣本は「難」と讹す。「雖微」の「微」字は汲古閣本に従い、宋元本は「征」と作るが、正しくない。
損。梅李冬實,國多寇賊。亂擾並作,王不能制。詳《屯》之《師》。
《同人》卦は《損》卦に変わる。林辞は言う:梅樹李樹は冬天に結果するが、これは節候が倒錯した物妖である。国中に盗賊は衆多し、禍乱は一斉に発作し、君王も弾圧し不住。草木の冬実は古人が灾異の征と視た、ゆえに下に寇乱を接ぐ。尚秉和は詳解は《屯》之《師》条に見よと注明する。
益。府藏之富,王以賑貸。捕魚河海,笱網多得。巨蛇大,戰於國郊,君遂走逃。詳《比》之《臨》。笱,依汲古,宋元訛苟。後三句定為衍文,應依《比》之《臨》校刪。
《同人》卦は《益》卦に変わる。林辞は言う:府庫の積存する財富を、君王は以て百姓に賑済し借貸す。河の中海の中に往き魚を捕え、竹笱も漁網も皆収穫甚だ豊かである。後面の「巨蛇大□、戦于国郊、君遂走逃」の三句は、前の四句と吉凶相反する――其中の「大」の下の一字は底本の存する生僻の字で、字書に徴なく、今原様に照らして保留する。尚秉和は詳解は《比》之《臨》条に見よと注明する。校勘記は言う:「笱」字は汲古閣本に依り、宋元本は「苟」と讹す。後の三句は断定して別処から窜入した衍文として、応に《比》之《臨》条に依って校訂して删去すべし。
夬。牡飛門啟,憂患大解。修福行善,不為身禍。詳《需》之《兌》。○修福行善,依《需》之《兌》校,宋元本皆作"去老乘馬",汲古無第三句。又牡,宋元本訛杜。
《同人》卦は《夬》卦に変わる。林辞は言う:門閂は飛脱し大門は敞開し、憂愁禍患は一挙に解除された。福徳を修積し善事を多く行えば、自身に災禍を招くことなし。「牡」は鎖閂の上の插銷で、牡が飛べば即ち鎖が開き門が啓く。尚秉和は詳解は《需》之《兌》条に見よと注明する。校勘記は言う:「修福行善」の一句は《需》之《兌》条に依って校補したので、宋元本は皆「去老乘馬」と作り、汲古閣本は干脆第三句がない。「牡」字は宋元本が「杜」と讹す。
姤。宜昌娶婦,東家歌舞,長樂歡喜。巽為震婦,震為娶、為昌、為東、為歌舞、為歡樂。伏坤為家。
《同人》卦は《姤》卦に変わる。林辞は言う:正に昌盛の時に妻を娶るに宜しく、東の家はまた唱歌しまた跳舞し、長く歓楽喜悦する。婚事が時を得たの吉辞である。尚秉和の解説は:巽は震の配偶、ゆえに婦となる。震は娶・昌・東・歌舞・歓楽。伏坤は家、合して「東家歌舞」を成す。
萃。正陽之央,甲氏以亡。禍及留籲,煙滅為墟。《左傳宣十六年》:"正月,晉人滅赤狄甲氏及留籲",春正故曰正陽。央,中也,言正月之中也。伏乾為陽,互大坎為中。艮為甲,坤喪兌毀,故曰甲氏以亡。坤為禍,兌口為籲。坤為墟、為滅。○甲,汲古訛申,依宋元。
《同人》卦は《萃》卦に変わる。林辞は言う:正月に陽気が正に中に当たる時、赤狄の甲氏は滅亡した。禍事はまた留吁に牽連し、烟消火滅し、一片の廃墟と化した。尚秉和の解説は:《左伝・宣公十六年》に「正月、晋人は赤狄甲氏及び留吁を滅す」と記す。事は春正月に在るので「正陽」と言う。「央」は中で、正月の中を指す。伏乾は陽、六爻の外形は合して大坎を成し、坎は中位に居り、正に「央」字に合す。艮は甲、坤は喪を主り兌は毀を主るので「甲氏以亡」と言う。坤は禍、兌は口、口は「吁」の声を発す。坤は墟・滅。校勘記は言う:「甲」字は汲古閣本が「申」と讹すが、ここは宋元本に依る。
升。鳧過稻廬,甘樂。雖驅不走,田畯懷憂。震為鳧、為稻、為樂、為。,大麥也。巽為,坤亦為魚。震為驅、為走,坤為田畯、為憂。○鳧,從汲古,宋元本作鳥,非。《詩小雅》:"田畯至喜"。
《同人》卦は《升》卦に変わる。林辞は言う:野鴨は稻田辺の田舎を飛び過ぎ、田中の谷物を貪食し、楽しんで返るを忘れる。趕けども趕き去らず、農事を管る田畯は只だ发愁するほかない。句中のあの字は底本の保留する生僻の字で、字書に徴なく、尚注はそれを大麦と言う。尚秉和の解説は:震は鳧・稲・楽・あの種の谷物――尚注はここでまた一字を脱し、只だ「大麦也」の三字を余して訓釈を作す。巽はあの種の谷物、坤もまた魚。震は駆・走。坤は田畯・憂。校勘記は言う:「鳧」字は汲古閣本に従い、宋元本は「鳥」と作るが、正しくない。尚氏は併せて《詩・小雅・甫田》の「田畯至喜」を引き、見るべく「田畯」は農事を主管する官である。
困。跛踦俱行,日暮車傷,失旅乏糧。通《賁》。坎蹇故曰跛踦。震為行,離為日,坎為夜,故曰日暮。震為車,坎折故傷。震為行旅、為糧,兌毀,故曰失旅乏糧。
《同人》卦は《困》卦に変わる。林辞は言う:瘸腿の人は伴を結んで路に上がるが、天は日暮に至り車はまた壊れ、同行の伙伴を走失し、糧食も断頓した。行旅が困頓するの凶辞である。尚秉和の解説は:《困》は《賁》と旁通する。坎は蹇難を主るので「跛踦」と言う。震は行、離は日、坎は夜、日が夜に入れば便ち「日暮」。震は車、坎は折毀を主るので車傷。震は行旅・糧、兌は毀折を主るので「失旅乏糧」と言う。
井。龍門水穴,流行不害。民安其土,君臣相保。通《噬嗑》。震為龍,艮為門、為穴,坎水為流,流順故不害。坎為民,艮為安、為土,震君艮臣。○艮為臣證。○水,汲古作小,依宋元本。《集韻》害,音曷,與穴韻。
《同人》卦は《井》卦に変わる。林辞は言う:龍門は水道を鑿開し、河水は通行して害を為さない。百姓は本土に安居し、君臣は互相に保全す。用うる所は大禹が龍門を鑿き河を導いて東流せしめた故事である。尚秉和の解説は:《井》は《噬嗑》と旁通する。震は竜、艮は門・穴。坎は水・流、水行は順暢、ゆえに灾害を成さない。坎は民、艮は安・土。震は君、艮は臣、ゆえに「君臣相保」と言う。校勘記は言う:「艮為臣」のこの逸象はここで証を得る。「水穴」の「水」字は汲古閣本が「小」と作るが、ここは宋元本に依る。また《集韻》の中で「害」字は「曷」の若きに読み、正好に「穴」字と押韻する。
革。山陵四塞,遏我徑路。欲前不得,復還故處。通《蒙》。艮為山、為塞、為遏、為徑路。坎陷艮止,故欲前不得。震卦數四,故曰四塞。○四,依宋元本,汲古作西,前作全,非。
《同人》卦は《革》卦に変わる。林辞は言う:山陵は四面に壅塞し、我が小路を挡住した。前に往かんと欲するも通ぜず、只だ原地に退回るほかない。進退が受阻するの辞である。尚秉和の解説は:《革》は《蒙》と旁通する。艮は山・塞・遏・径路。坎は陥を主り艮は止を主るので「欲前不得」。震卦の数は四、ゆえに「四塞」と言う。校勘記は言う:「四塞」の「四」字は宋元本に依り、汲古閣本は「西」と作り、「欲前」の「前」字は汲古閣本が「全」と作るが、皆正しくない。
鼎。兩虎爭鬬,血流漂杵。城郭空虛,蒿藜塞道。通《屯》。艮為虎,坤數二,故曰兩虎。又正反艮,故曰爭鬬。坎為血、為杵,艮為城郭,坤為空虛,震為藜蒿,艮為道。
《同人》卦は《鼎》卦に変わる。林辞は言う:両隻の老虎が相闘い、血は流れて舂米の杵を漂わせるに足る。城池は空蕩として人なく、蒿草藜草が街道に塞満する。「血流漂杵」は《尚書・武成》に出、大戦の惨を形容する。尚秉和の解説は:《鼎》は《屯》と旁通する。艮は虎、坤の数は二、ゆえに「両虎」と言う。正艮と覆艮が相対するので「争鬬」と言う。坎は血・杵。艮は城郭、坤は空虚。震は藜蒿、艮は道路。
震。依叔牆隅,志下心勞。楚亭晨食,韓子低頭。艮為牆、為叔、為依。坎為志、為心、為勞。震為楚、為晨、為食,艮為亭,坎為信,故曰韓子。韓子者,韓信也。艮為頭,坎下首,故低頭。《史記淮陰侯傳》:"常數從南昌亭長寄食,亭長妻患之,不為具食,信怒絕去"。○叔,依宋元,汲古作東。
《同人》卦は《震》卦に変わる。林辞は言う:叔父の家の牆角に靠って身を栖め、志気は低落し心力は交瘁する。楚地の亭長の家で一頓の早飯を討い、韓信は只だ頭を低くするほかなかった。写す所は韓信の未だ遇わざる時に人の門下に寄食した窘境である。尚秉和の解説は:艮は牆・叔・依。坎は志・心・労。震は楚・晨・食、艮は亭。坎は信、ゆえに「韓子」と称す――韓子は即ち韓信である。艮は頭、坎は下垂を主るので「低頭」。尚氏は《史記・淮陰侯列伝》を引く:韓信は常に南昌亭長の家に到り寄食し、亭長の妻子は煩を嫌い、再び彼に飯を備えず、韓信は一怒の下に絶交して去った。校勘記は言う:「依叔」の「叔」字は宋元本に依り、汲古閣本は「東」と作る。
艮。龍生無常,或托空桑。憑乘風雲,為堯立功。震為龍、為生、為桑,互大離,離虛,故曰空桑。坎為雲,伏巽為風。震為乘,艮手為憑。震為帝,故曰堯。按:皇甫謐云:伊尹生於空桑,堯時諸臣。禹生石紐,見史記注。無生空桑者,西漢時古籍多,或別有所據。○空桑,依汲古,宋元本作葉。
《同人》卦は《艮》卦に変わる。林辞は言う:竜の降生は一定の処所なく、或るは身を空桑樹の裏に托す。彼は風雲の勢に凭藉して、帝堯のために功業を建立した。尚秉和の解説は:震は竜・生・桑。六爻の外形は合して大離を成し、離は中空虚、ゆえに「空桑」と言う。坎は雲、伏巽は風。震は乘、艮は手、手は凭倚し得る。震は帝、ゆえに堯を指す。尚氏はまた按語を加えてこの典故を考索する:皇甫謐は伊尹は空桑に生まれたと言う。至於堯の時の衆臣、及び石纽に生まれた禹(《史記》注に見る)は、皆空桑に生まれたの記載なし。史に徴なくする以上、然らば西漢の時は古書は尚多し、焦氏は或は別に本する所有らん。校勘記は言う:「空桑」は汲古閣本に依り、宋元本は「葉」と作る。
漸。魁行搖尾,逐雲吹水。汙泥為陸,下田宜稷。艮為星、為尾。魁,北斗星也。巽進退,故曰搖尾。坎為雲,水兌口向坎,故曰逐雲吹水。坎為汙泥,坎陷故亦為下田。艮為陸,巽為稷,言宜種黍稷也。○水,汲古作火,依宋元本。宜稷,多作為稷,依《巽》之《師》校。
《同人》卦は《漸》卦に変わる。林辞は言う:北斗は運行し、斗柄は尾の如く搖摆し、雲気を駆趕し流水を吹動す。淤泥は乾して陸地を成し、低窪の田は正に稷を種るに宜しい。水退いて地出で耕作すべきの象である。尚秉和の解説は:艮は星・尾――「魁」は即ち北斗星である。巽は進退を主り、進退は定まらず、ゆえに「搖尾」と言う。坎は雲・水、兌は口、口は坎に向かうので「逐雲吹水」と言う。坎は汚泥、坎はまた下陥を主るので、また低田でもある。艮は陸、巽は稷、適に黍稷を種るに宜しいを言う。校勘記は言う:「吹水」の「水」字は汲古閣本が「火」と作るが、ここは宋元本に依る。「宜稷」は多数の本子が「為稷」と作るが、ここは《巽》之《師》条に依って校訂する。
歸妹。跛踦相隨,日暮牛罷。陵遲後旅,失利亡雌。坎蹇故跛踦。離為日、為牛。坎夜坎勞,故曰日暮牛罷。震為商旅、為後,巽為利,巽伏,故曰失利亡雌。巽為震婦,故曰雌也。
《同人》卦は《歸妹》卦に変わる。林辞は言う:瘸腿の人は互相に扶持して走るが、天は日暮に至り、牛も累垮した。一路遅緩で、商隊の後に落ち、利銭を丟い、また母畜を損失した。行遅れて利を失うの凶辞である。尚秉和の解説は:坎は蹇難を主るので「跛踦」と言う。離は日・牛。坎は夜・労、合して「日暮牛罷」を成す――「罷」は即ち疲である。震は商旅・落後。巽は利、巽が伏位に落ちるので「失利亡雌」と言う。巽は震の配偶、ゆえに「雌」と称す。
豐。三人俱行,北求大牂。長孟病足,倩季負糧。柳下之寶,不失我邦。震為人、為行,數三,故曰三人俱行。互大坎為北,兌為羊,震為長孟、為足,坎病,故曰病足。按:《家語》:"叔梁紇之妾生孟皮,孟皮病足"。季,季路也。《家語》子路曰:"吾為親負米百里之外"。互巽為糧,伏艮為季、為負。震為柳,伏坤為下、為邦。○糧,宋元、汲古作囊,依汲古《革》之《恆》校。孟,從宋元,汲古作子。寶,從宋元,汲古作責,非。按:《呂氏春秋》:"齊伐魯,求岑鼎,魯以他鼎往,齊侯曰:柳下季謂是則因受之,魯侯請柳下季,季曰:君以賂欲免國也,臣亦有國,破臣之國以免君之國,所不願也,魯侯乃以真岑鼎往"。我邦,各本皆作驪黃,依汲古《渙》之《豫》校。
《同人》卦は《豊》卦に変わる。林辞は言う:三個の人は一同に路に上がり、北に往き一頭の大母羊を求む。老大の孟皮は腿脚に病があるので、便ち小弟を請じて彼に替わり糧を背負わしむ。柳下惠のように信を以て宝と為す人に靠って、始めて我らの国家を丟わなかった。尚秉和の解説は:震は人・行、震の数は三、ゆえに「三人俱行」と言う。六爻の外形は合して大坎を成し、坎の位は北に在り、兌は羊。震は長孟・足、坎は病、ゆえに「病足」と言う。彼は《孔子家語》に按するに、叔梁紇の妾が孟皮を生み、孟皮は腿に病あり。「季」は季路を指し、即ち子路で、《家語》は子路の自ら述べて「吾れ親のために米を百里之外に負う」を記す。互巽は糧、伏艮は季・負。震は柳、伏坤は下・邦、合して「柳下」と「我邦」を成す。校勘記は言う:「負糧」の「糧」字は宋元本・汲古閣本は皆「囊」と作るが、ここは汲古閣本《革》之《恒》条に依って校訂する。「長孟」の「孟」字は宋元本に従い、汲古閣本は「子」と作る。「柳下之宝」の「宝」字は宋元本に従い、汲古閣本は「責」と作るが、正しくない。尚氏はまた《呂氏春秋》を引く:斉国は魯を伐ち、岑鼎を索取した。魯国は別の鼎を拿って頂替に往き、斉侯は只だ柳下季が認可すれば則ち收下すると言った。魯侯は往きて柳下季を求め、柳下季は言う、君主は一隻の鼎を用いて国難を免れんと欲するが、臣にもまた臣自身の「国」あり、臣の国を毀って君の国を保つは、臣の願わざる所である。魯侯は只だ真の岑鼎を送るほかなかった。「我邦」の二字は各本皆「驪黄」と作るが、ここは汲古閣本《渙》之《豫》条に依って校訂する。
旅。鳳凰在左,麒麟處右。仁聖相遇,伊呂集聚。傷害不至,時無殃咎,福為我母。離為鳳凰、為麒麟。離東為左,兌西為右。坎為聖、為集聚。兌口為伊。巽為齊、為呂。○處右,從宋元,汲古作在右。
《同人》卦は《旅》卦に変わる。林辞は言う:鳳凰は左に在り、麒麟は右に在り。仁人と聖者は相遇し、伊尹・呂望は一斉に会聚す。傷害は到来せず、時運の中に灾殃罪咎なく、福気は母親のように我を護佑する。群賢畢至の大吉辞である。尚秉和の解説は:離は文明を主るので鳳凰・麒麟となる。離の位は東に在り東は即ち左、兌の位は西に在り西は即ち右。坎は聖・集聚。兌は口、口は「伊」の声を出すので伊尹を指す。巽は斉、斉は呂望の封国、ゆえに呂を指す。校勘記は言う:「處右」は宋元本に従い、汲古閣本は「在右」と作る。
巽。乘筏渡海,雖深不殆。曾孫皇祖,累累俱在。伏震為筏、為乘,互大坎為海、為深,兌悅故不殆。伏艮為曾孫、為祖。○海,從宋元,汲古作河,不協,非。
《同人》卦は《巽》卦に変わる。林辞は言う:木筏を乘りて海を渡り、水は雖も深いも危険はない。曽孫と先祖の神主は一個接一個として、皆還た廟の中に在り。険を渉りて安を得、宗祀は絶えないの吉辞である。尚秉和の解説は:伏震は筏・乘。六爻の外形は合して大坎を成し、坎は海・深。兌は悦を主るので危からず。伏艮は曽孫・祖。校勘記は言う:「渡海」の「海」字は宋元本に従い、汲古閣本は「河」と作り、韻脚と協わず、正しくない。
兌。比目四翼,來安吾國。齎福上堂,與我同床。詳《比》之《離》。
《同人》卦は《兌》卦に変わる。林辞は言う:比目魚のように成双した鳥が、合わせて四隻の翅膀で、飛来して我が国家を安定す。福気を帯びて厅堂に登り、我と同榻して共に処る。福が家門に至るの吉辞である。尚秉和はここで取象を重出せず、詳解は《比》之《離》条に見よと注明する。
渙。娶於姜呂,駕迎新婦。少齊在門,夫子悅喜。詳《否》之《渙》。呂、齊,汲古作女、作妻,依宋元本。
《同人》卦は《渙》卦に変わる。林辞は言う:姜姓呂氏の女子を娶ることを迎え、車を駕して新婦を迎えに行く。随嫁の少斉は已に門口に立ち、夫たる者は心中歓喜する。この条は《否》之《渙》の一条と只だ二字を差え、尚秉和は詳解はあの条に見よと注明する。校勘記は言う:「姜呂」の「呂」字・「少斉」の「斉」字は、汲古閣本は分かれて「女」と「妻」と作るが、ここは宋元本に依る。
節。螟蟲為賊,害我稼穡。盡禾殫麥,秋無所得。坎為賊、為害,伏巽為螟蟲。震為禾稼,兌正秋,兌毀折,故秋無所得。○盡禾,汲古作冬禾,依宋元本。
《同人》卦は《節》卦に変わる。林辞は言う:螟虫は害虫を成し、我が庄稼を糟蹋する。禾苗は啃光し、麦子は食尽し、秋に至って顆粒の収穫なし。虫灾で収穫絶えるの凶辞である。尚秉和の解説は:坎は賊・害、伏巽は螟虫。震は禾稼。兌は正当秋令、兌はまた毀折を主るので「秋无所得」。校勘記は言う:「尽禾」は汲古閣本が「冬禾」と作るが、ここは宋元本に依る。
中孚。衣裳顛倒,為王來呼。成就東周,邦國大休。震為衣裳,正反震,故曰顛倒。震為王、為呼、為東周,艮為成、為邦國。按:《齊風》:"東方未明,顛倒衣裳;顛之倒之,自公召之",《毛詩敘》謂朝廷興居無節,焦意似指太公佐周,與毛異。
《同人》卦は《中孚》卦に変わる。林辞は言う:衣裳を穿き顛倒したが、只だ君王が急召するが故に匆匆と趕来した。終に東周の基業を成就し、邦国は大いに安寧を得た。尚秉和の解説は:震は衣裳、正震と覆震が相対し、一順一倒、ゆえに「顛倒」と言う。震は王・呼・東周。艮は成・邦国。尚氏はまた按ずる:《詩・斉風・東方未明》に「東方未明、顛倒衣裳。顛之倒之、自公召之」とあり、《毛詩序》はそれは朝廷の起居に節度なきを諷刺すると言う。焦氏の用意は却って太公が周室を輔佐し忠勤に事に趨るを講ずるが如く、《毛詩》の解釈と同じからず。これもまた尚氏が《易林》に拠って漢代の三家詩説を推求する例証の一つである。
小過。王孫季子,相與為友。明允篤誠,升擢薦舉。震為王,艮為孫、為季子、為友。震為明允,艮為篤誠,震為薦舉,艮手為擢。詞似用《史記》舜舉八元八愷事。○篤,元本訛駕,依宋本、汲古。薦,依汲古,宋元本皆訛慶。
《同人》卦は《小過》卦に変わる。林辞は言う:王孫と季子は彼此結んで朋友を成す。彼らは明信篤実・誠懇にして靠み得るので、因って提拔挙薦を得た。賢者が相与し共に顕達を致すの吉辞である。尚秉和の解説は:震は王、艮は孫・季子・友。震は明允、艮は篤誠。震は薦挙、艮は手、手は提擢し得る。この条の林辞は似て《史記》の中の舜が八元八愷を挙げた故事を用いる。校勘記は言う:「篤」字は元刻本が「駕」と讹すが、ここは宋本と汲古閣本に依る。「薦」字は汲古閣本に依り、宋元本は皆「慶」と讹す。
既濟。踴泉滑滑,流行不絕。汙為江海,敗毀邑里,家無所處。聞虎不懼,向我笑喜。坎為泉,重坎,故流行不絕、故汙為江海。坤為邑里,三坤爻隔絕,故云敗毀。坎為懼,虎與笑喜蓋用半象。○踴,汲古作漏,依宋元。懼,從宋元,汲古作悖。又按:似用《同人》伏象。
《同人》卦は《既濟》卦に変わる。林辞は言う:泉水は噴涌し汩々として停まず、長流して絶えない。積って江海を成し、村邑里巷を冲毀し、人家は安身する所なし。しかし虎嘯を聞き得るも害怕せず、老虎はかえって我に向かって笑意を露わにする。前半は水患、後半は意外の安である。尚秉和の解説は:坎は泉、《既濟》の上体は坎、二三四爻の互体はまた坎を成し、坎象は重出するので流行して絶えず、積水して江海を成す。坤は邑里、三個の坤爻は隔断されるので「敗毀」と言う。坎は懼。至於「虎」と「笑喜」は、大いに半象を用いて取出したか。校勘記は言う:「踊泉」の「踊」字は汲古閣本が「漏」と作るが、ここは宋元本に依る。「不懼」の「懼」字は宋元本に従い、汲古閣本は「悖」と作る。尚氏はまた按ずる:この条は似て亦貞卦《同人》の伏象を用いる。
未濟。桑扈竊脂,啄粟不宜。亂政無常,使心孔明。離為鳥,故曰桑扈竊脂。坎為竊、為脂。竊脂,即桑扈,一物也。《左傳襄四年》:"桑扈竊脂為蠶驅雀者也",《詩小雅》:"交交桑扈",餘似用半象。○扈,宋元本作戶,從汲古。心,依宋元本,汲古作我。
《同人》卦は《未濟》卦に変わる。林辞は言う:桑扈鳥は往きて粟米を啄食するが、本来それの為すべき事ではない。政令は混乱して常軌なく、かえって人の心の中をして格外分明に看るを得しむ。桑扈は虫を食う鳥で、改めて粟を啄むは、正に政が其の常を失うが如し。尚秉和の解説は:離は鳥、ゆえに「桑扈窃脂」と言う。坎は窃・脂。「窃脂」は即ち桑扈で、一物二名である。《左伝・襄公四年》は桑扈は替わって養蚕人のために雀鳥を駆趕する鳥と言う。《詩・小雅》に「交交桑扈」の句あり。其余の取象は大いに半象をも用いる。校勘記は言う:「扈」字は宋元本が「戸」と作るが、ここは汲古閣本に従う。「使心孔明」の「心」字は宋元本に依り、汲古閣本は「我」と作る。
大有第十四
大有。白虎張牙,征伐東萊。朱雀前驅,讚道說辭。敵人請服,銜璧而趨。兌為虎、為牙,西方色白,故曰白虎張牙。白虎,西方宿。離為東,兌為決、為斧鉞,故曰征伐東萊。萊,汲古本作東華。按:《史記》云:師尚父封於營邱,未至國,萊人來伐,爭營邱。營邱,邊萊。萊,夷人也。但太公徵萊今史不詳,不知華萊孰是,姑從宋元。朱雀,南方宿。離為雀,南方色赤,故曰朱雀。兌口,故曰讚道說辭。道導通。乾為玉,兌口故曰銜璧。○東萊,汲古本作東華,依宋元。
《大有》卦は仍ほ《大有》に変わり、本卦が自守する辞である。林辞は言う:白虎は利牙を張き、兵を出して東莱を征討する。朱雀は前面で道を開き、彼に替わり号令を宣揚し辞を致して降を勧む。敵人は帰服を請い、玉璧を口銜に小歩して趨前して罪を請う。銜璧は古代の戦敗して降を乞うの礼節である。尚秉和の解説は:兌は虎・牙、西方の色は白、ゆえに「白虎張牙」と言う――白虎は本来西方の星宿である。離は東、兌は決断を主り・斧鉞、ゆえに「征伐東莱」と言う。「莱」字は汲古閣本は「東華」と作る。尚氏按ずる:《史記》は師尚父は営丘に封を受け、国に至らざるに及び、莱人は来て攻打し営丘を争ったと言う。営丘は莱地に緊隣し、莱人は夷人である。但し太公が莱を征した一事は今天史籍の記載は詳ならず、「華」「莱」どちらが対かは断じ難く、姑く宋元本に依る。朱雀は南方の星宿、離は雀、南方の色は赤、ゆえに「朱雀」と言う。兌は口、ゆえに「賛道説辞」と言う――「道」は「導」と通じ、前に在りて引導する。乾は玉、兌は口、口は銜え得るので「銜璧」と言う。校勘記は言う:「東莱」は汲古閣本は「東華」と作るが、ここは宋元本に依る。
乾。南山太行,困於空桑。老沙為石,牛馬無食。此用《大有》象。乾為山、為行,位南,故曰南山。太行,亦山名也。伏坎為困,艮為桑,坤虛,故曰空桑。艮為沙石。坤為老、為牛馬,兌為食,坤閉,故曰無食。○無食,宋元本作無糧,依汲古。
《大有》卦は《乾》卦に変わる。林辞は言う:南山と太行の間、空桑の地に困頓す。年久しい沙子は板結して石を成し、牛馬には草料の食うべきなし。絶地に食なしの凶辞である。尚秉和の解説は:この条は貞卦《大有》の象を取る。乾は山・行、乾の位は南に在るので「南山」と言う。太行もまた山名である。伏坎は困、艮は桑、坤は中虚、ゆえに「空桑」と言う。艮は沙・石。坤は老・牛馬、兌は食、坤は閉塞を主るので「无食」。校勘記は言う:「无食」は宋元本が「无糧」と作るが、ここは汲古閣本に依る。
坤。播木折枝,與母別離,絕不相知。依《訟》之《謙》校。播,種也,言折枝種於他所,與母樹分離也。○宋元、汲古皆作"蟠木失歧",誤。按:此亦用《大有》伏象。
《大有》卦は《坤》卦に変わる。林辞は言う:樹枝を折りて扦插栽種に往かし、枝條はこれより母樹と分離し、消息を断ち、彼此再び相知らず。草木を以て骨肉の離散を喩う。尚秉和は言う、この一条の文字は《訟》之《謙》条に依って校訂したものである。「播」は即ち種で、折った枝條を別の所に種りて母樹と分かるるを言う。校勘記は言う:宋元本・汲古閣本は皆「蟠木失歧」と作るが、錯りである。尚氏はまた按ずる:この条もまた貞卦《大有》の伏象を用いて義を取る。
屯。噂噂所言,莫如我垣。歡樂堅固,可以長安。詳《乾》之《困》。○宋元本作譐譐,依汲古。莫如我垣,亦依汲古,宋元作"莫知我恆",誤。
《大有》卦は《屯》卦に変わる。林辞は言う:衆人は聚まって七嘴八舌に議論し、皆我がこの垣牆より牢靠なるはないと言う。歓楽にして穏固なり、以て長久平安すべし。「噂噂」は聚語の声で、《詩・小雅・十月之交》の「噂沓背憎」に出ず。尚秉和は詳解は《乾》之《困》条に見よと注明する。校勘記は言う:「噂噂」は宋元本が「譐譐」と作るが、ここは汲古閣本に依る。「莫如我垣」もまた汲古閣本に依り、宋元本は「莫知我恒」と作るが、錯りである。
蒙。雹梅零墜,心思憒憒。懷憂少愧,亂我魂氣。艮為果、為梅,坎為冰,故曰雹梅。《爾雅》葖蘆萉注:紫花大根,俗呼雹突,由此例之,是雹梅為象形之字,作李者非也。坎折故零墜。坎為心思,坎憂故憒憒。坤為我、為亂、為魂氣。○憒憒,依宋元本,汲古作積憒。雹,各本作李,依《頤》之《否》校。
《大有》卦は《蒙》卦に変わる。林辞は言う:雹梅は紛紛として墜落し、心の中は昏乱して清からず。憂愁を懐きまた慚愧を覚え、我が魂魄神気を擾乱す。尚秉和の解説は:艮は果・梅、坎は冰、冰は即ち雹、合して「雹梅」を成す。《爾雅》の「葖、蘆萉」条の注は言う、紫花大根の俗名は「雹突」。この例に照らして推せば、「雹梅」もまた形状に就き名を取る写法で、各本の「李」と作るは対ならず。坎は折毀を主るので「零墜」。坎は心思、坎はまた憂を主るので「憒憒」、即ち昏乱である。坤は我・乱・魂気。校勘記は言う:「憒憒」は宋元本に依り、汲古閣本は「積憒」と作る。「雹」字は各本皆「李」と作るが、ここは《頤》之《否》条に依って校訂する。
需。火雖熾,在吾後。寇雖多,在吾右。身安吉,不危殆。離為火,伏坤為吾,在下故曰在後。坎為寇,兌為右,伏坤為身、為安。殆,音以。
《大有》卦は《需》卦に変わる。この一条もまた三字句:火は雖も猛く焼くも、我が身後に在り。賊寇は雖も多いも、我が右辺に在り。自身は平安吉利にして、危険を致さず。険は身外に在りて己に及ばず、ゆえに吉と為る。尚秉和の解説は:離は火、伏坤は吾、離は下体に在るので「在後」と言う。坎は寇、兌は右。伏坤は身・安。末の一句の「殆」字はここは「以」と読み作し、上文の「右」字と押韻せんがためである。
訟。虎臥山隅,鹿過後朐。弓矢設張,蝟為功曹,伏不敢起,遂至平原,得我美草。乾為虎、為山,伏震為鹿、為後。《廣韻》:"朐,山名",《史記始皇本紀》:"立石上朐界中",由是例之,後朐或山名也。坎為弓矢、為棘、為蝟、為伏,伏坤為平野、為我。震為美草。○遂,依宋元本,汲古作逐。平,汲古、元本作洋,依宋本。坎為矢證。《後漢書百官志》:"功曹主選署及眾事為郡吏長",《論衡》云:"人謂虎食人,功曹為奸所致。"其意以為功曹為吏率虎為獸雄,而蝟能伏虎,故虎畏見。《史記龜策傳》注:蝟能伏虎。
《大有》卦は《訟》卦に変わる。林辞は言う:老虎は山角に臥し、鹿は後朐から経過す。弓箭は已に張設し、刺猬は功曹を充当したので、老虎は便ち伏して起つを敢えてしない。鹿は於是安然として平原に走到し、我が美草を食うことを得た。悪者は制を受け弱者は安を得るの辞である。尚秉和の解説は:乾は虎・山。伏震は鹿・後。《広韻》は「朐」は山名と言い、《史記・秦始皇本紀》に「立石上朐界中」とあり、この例に照らして推せば、「後朐」は或は亦山名ならん。坎は弓矢・棘・猬・伏。伏坤は平野・我。震は美草。校勘記は言う:「遂至」は宋元本に依り、汲古閣本は「逐」と作る。「平原」の「平」字は汲古閣本と元本は「洋」と作るが、ここは宋本に依る。「坎為矢」のこの条の象はここでまた一証を得る。尚氏は併せて《後漢書・百官志》を引く、功曹は選任署置と各種の事務を主管し、郡吏の長である。《論衡》は人は老虎が人を食うは功曹が奸を為すの招致する所と為すと言う――其の意は功曹は群吏の中に於て猶お虎の群獣の中に於て雄を称するが如く、而して刺猬は老虎を制伏し得るので、老虎はそれを見るを怕る。《史記・亀策伝》の注もまた猬は虎を伏せ得ると言う。
師。三火起明,雨滅其光。高位疾顛,驕恣誅傷。伏離為火,數三,故曰三火。坎為雨、為黑,故無光。坎為疾。坤為誅傷。○顛,宋元作巔,依汲古。誅,汲古作深,依宋元。
《大有》卦は《師》卦に変わる。林辞は言う:三堆の火が燃えて光明を起し、一場の雨が火光を浇滅した。高位の身に居る者は很快に傾覆し、驕横放縦は誅戮傷残を招来す。盛極まり驟に衰うの凶辞である。尚秉和の解説は:伏離は火、離の数は三、ゆえに「三火」と言う。坎は雨・黒、ゆえに火光は存せず。坎は疾、迅速の意である。坤は誅傷。校勘記は言う:「疾顛」の「顛」字は宋元本が「巅」と作るが、ここは汲古閣本に依る。「誅傷」の「誅」字は汲古閣本が「深」と作るが、ここは宋元本に依る。
比。疋居楚烏,遇讒無辜,久旅離憂。丁云:"疋,雅同",《說文》:"雅,楚鳥也,一名鸒,一名卑居,秦謂之雅",言雅居楚即謂烏也。艮為烏,故曰烏、曰雅。坎上下兌口相背,故曰讒。坎為憂。○疋居楚烏,依汲古,宋元本作"匹君楚馬",非。旅,依宋元,汲古作散。○艮烏確證。
《大有》卦は《比》卦に変わる。林辞は言う:烏鴉は楚地に栖み、讒言に遭いて無辜に累を受け、長く羈旅して外に在り、憂患に陥る。尚秉和の解説は:丁晏は「疋」と「雅」は同一の字と言う。《説文》は「雅、楚烏也、一名鸒、一名卑居、秦人は之を雅と管呼す」と言う――ゆえに「雅居楚」の講ずるは即ち烏鴉である。艮は烏、ゆえに既に「烏」と称しまた「雅」と称す。坎の上下二個の兌口は背対背で、讒を進める象、ゆえに「讒」と言う。坎は憂。校勘記は言う:「疋居楚烏」は汲古閣本に依り、宋元本は「匹君楚馬」と作るが、正しくない。「久旅」の「旅」字は宋元本に依り、汲古閣本は「散」と作る。末句は尚氏の自注:この条は「艮為烏」のこの逸象の確証である。
小畜。一室百子,同公異母。以義防患,禍災不起。通《豫》。坎為室,數一。坤為百,震為子、為公。坤為母,上下坤相背,故曰異母。坎為患,坤為禍災,坎伏,故不起。○百子、同公,依宋元本,汲古作十子、作同心,似非。
《大有》卦は《小畜》卦に変わる。林辞は言う:一個の宅子の裏に上百個の児子あり、同じ一個の父にして各々其の母あり。礼義を靠って禍端を防范すれば、災禍は発生しない。大家族が義を以て自守するの吉辞である。尚秉和の解説は:《小畜》は《豫》と旁通する。坎は室、坎の数は一。坤は百、震は子・また公、公はここでは父を指す。坤は母、上下二個の坤は背対背、ゆえに「異母」と言う。坎は患、坤は禍灾、坎が伏位に落ちるので「不起」。校勘記は言う:「百子」「同公」は宋元本に依り、汲古閣本は「十子」「同心」と作るが、似て対ならず。
履。商人行旅,資所無有。貪其利珠,流連王市。還家內顧,公子何咎。通《謙》。震為商旅、為行人、為珠,巽為利市,乾為王,故曰王市。艮為家,離為顧,震為公子。○所無,依宋元本,資所無有者,言資無所出也。汲古作"資無所有",非。
《大有》卦は《履》卦に変わる。林辞は言う:商人は外出して行商するが、本銭は却って籌措する所なし。珠玉の厚利を貪り、王城の市集の上で流連忘返する。家に帰り着いて内に向かい一を看るを待つや、公子に又何の過錯かあらん。尚秉和の解説は:《履》は《謙》と旁通する。震は商旅・行人・珠。巽は利・市。乾は王、ゆえに「王市」と言う。艮は家、離は顧、即ち頭を回して看る。震は公子。校勘記は言う:「資所无有」は宋元本に依る――意思は本銭は出ずる可き処なし。汲古閣本は「資无所有」と作るが、正しくない。
泰。禹將為君,北入崑崙。稍進揚光,登入溫湯。代舜為治,功德昭明。乾為君王,故曰禹。伏艮為崑崙。坤位北,艮陽在上為光,艮手,故曰揚光。坤水為湯,艮火,故曰溫湯。震為帝,故曰舜。○揚光,依宋元本,汲古作陽光,非。代舜為治,依宋元本增,汲古無。○坤北證。
《大有》卦は《泰》卦に変わる。林辞は言う:禹が将に位に即いて君とならんとして、北に入り崑崙に至る。一歩一歩前行し、光輝が外に揚がり、温湯の地に登臨する。虞舜に代わって天下を治め、功業と徳行が昭著に顕明である。聖王が命を受ける大吉辞である。尚秉和の解説は:乾は君王、ゆえに禹を指す。伏艮は崑崙。坤の位は北に在り。艮の陽爻が上に居るのは正に光明の象で、艮はまた手、手は高く挙げ得るので「揚光」と言う。坤は水、水にして温熱なれば即ち「湯」、艮は火、合して「温湯」を成す。震は帝、ゆえに舜を指す。校勘記は言う:「揚光」は宋元本に依り、汲古閣本は「陽光」と作すが正しくない。「代舜為治」の一句は宋元本に依って補い入れたもので、汲古閣本にはない。末句の「坤北証」は尚氏の自注:この条は「坤位在北」という象を証し得る。
否。乾行天德,覆幬無極。嘔呼烹熟,使各自得。乾為天,故覆幬無極,伏震兌,故曰嘔呼。艮火坤釡,故曰烹熟。○天,汲古作大,烹作享,均依宋元本。
《大有》卦は《否》卦に変わる。林辞は言う:乾道が運行し、天徳を布施し、覆い庇うこと辺際なし。呼びながら飯菜を煮熟させ、一人一人に各々その需を得させる。上徳が広く被り人人が養いを得る吉辞である。尚秉和の解説は:乾は天、ゆえに「覆幬無極」と言う――覆幬は即ち覆い籠めること。伏震・伏兌は皆声を主るので「嘔呼」と言う。艮は火、坤は釜、火が釜の下に在るので「烹熟」と言う。校勘記は言う:「天徳」の「天」字は汲古閣本が「大」と作し、「烹熟」の「烹」字は汲古閣本が「享」と作すが、両処とも宋元本に依る。
同人。南國盛茂,黍稷醴酒。可以享老,樂我嘉友。乾為南,伏坤為國。震為盛茂、為黍稷,伏坎為酒。乾為老,震為樂。○盛茂,汲古作茂盛,醴作醲,均依宋元本。
《大有》卦は《同人》卦に変わる。林辞は言う:南方の国土は草木が繁盛し、黍稷は豊熟して甘酒を醸成した。これを以て老人を宴享し、また我が好朋友を款待できる。豊年の燕饗の吉辞である。尚秉和の解説は:乾の位は南に在り、伏坤は国。震は盛茂・黍稷、伏坎は酒。乾は老、震は楽。校勘記は言う:「盛茂」は汲古閣本が「茂盛」と作し、「醴酒」の「醴」字は汲古閣本が「醲」と作すが、皆宋元本に依る。
謙。方船備水,傍河燃火,終身無禍。震為船,坤為船,坤為方,方,並也。《詩》"方舟為梁",故可備水。坎水坎河,艮為火,故曰傍河燃火。坤為身、為禍,震喜,故無禍。○汲古多"與夫吉昌,永得安康"二句,依宋元本。
《大有》卦は《謙》卦に変わる。林辞は言う:二艘の船を並連して以て水険を防ぎ、河辺に火を燃やして取暖し照明する。一生禍事なし。備え有りて患無しの吉辞である。尚秉和の解説は:震は船、坤もまた船。坤は方、「方」は即ち并で、二船が相并ぶを方舟と言う。《詩》に「方舟為梁」の説があり、船を併せれば水を防げることが見える。坎は水・河、艮は火、ゆえに「傍河燃火」と言う。坤は身・禍、震は喜を主るので「無禍」。校勘記は言う:汲古閣本は宋元本より「与夫吉昌、永得安康」の二句を多く出すが、ここは宋元本に依り取らない。
豫。雷行相逐,無有休息。戰於平陸,為夷所覆。詳《坤》之《泰》。
《大有》卦は《豫》卦に変わる。林辞は言う:雷の声が隆隆と転がり過ぎ、一陣が一陣を追い、停歇がない。平陸の地で戦を開き、夷人に打たれて全軍覆没した。兵敗の凶辞である。尚秉和はここで取象を重ねて出さず、詳解は《坤》之《泰》条を見よと注明する。
隨。躑躅踟躕,拊心搔頭。五晝四夜,睹我齊侯。震足故躑躅、踟躕。坎為心、為首,艮手,故拊心搔頭。艮為日、為晝,兌為夜,震卦數四,巽五。巽為齊。○睹,依宋元本,汲古作賭。○上二句用《邶詩》注,詳《同人》之《隨》。
《大有》卦は《随》卦に変わる。林辞は言う:行きつ停まりつ徘徊して進み難く、胸を捶き頭を搔いて徒に着急する。整整五箇の昼と四箇の夜を待ち、始めて我が待つ斉侯に見えた。尚秉和の解説は:震は足、足が進み得ないので「躑躅」「踟躕」。坎は心・首、艮は手、ゆえに「拊心搔頭」。艮は日・昼、兌は夜。震卦の数は四、巽の数は五、ゆえに「五昼四夜」と言う。巽は斉。校勘記は言う:「睹」字は宋元本に依り、汲古閣本は「賭」と作す。前の二句は《詩・邶風・静女》の「搔首踟躕」の語意を用い、詳しくは《同人》之《随》条を見よ。
蠱。大口宣唇,神使伸言。黃龍景星,出應德門。與福上堂,天下安昌。詳《需》之《萃》。
《大有》卦は《蠱》卦に変わる。林辞は言う:大嘴が厚唇を張り開き、神明に差遣されて人に替わり話を伝えるが如し。黄竜と景星が出現し、徳ある家の門庭に応験する。福気が随いて堂に登り、天下は安定して昌盛する。黄竜・景星は皆古人の謂う所の祥瑞である。尚秉和は詳解は《需》之《萃》条を見よと注明する。
臨。陰衰老極,陽建其德。履離戴光,天下昭明。詳《否》之《無妄》。第三句各本皆訛"離載陽光",依《坤》之《未濟》校。
《大有》卦は《臨》卦に変わる。林辞は言う:陰気が衰竭して尽頭に至り、陽気が始めてその徳性を樹立する。離明を踏み光輝を頭に戴き、天下は一派昭明である。陰消陽長の吉辞である。尚秉和は詳解は《否》之《無妄》条を見よと注明する。校勘記は言う:第三句は各本皆「離載陽光」と讹すが、ここは《坤》之《未濟》条に依って「履離戴光」と校訂する。
觀。三塗五嶽,陽城太室。神明所伏,獨無兵革。詳《需》之《蒙》,汲古多"下有保國"四字,依宋元本。
《大有》卦は《觀》卦に変わる。林辞は言う:三涂山と五岳、陽城と太室は、皆神明が潜居する地方で、独りこの一帯のみ戦乱兵禍がない。三涂は今の河南嵩県一帯に在り、陽城・太室は皆嵩山の域に属し、古人の謂う所の神明の宅まる形勝の地である。尚秉和は詳解は《需》之《蒙》条を見よと注明する。校勘記は言う:汲古閣本は「下有保国」の四字を多く出すが、ここは宋元本に依り取らない。
噬嗑。年豐歲熟,政仁民樂。利以居止,旅人獲福。震為年歲、為豐熟、為仁樂,伏巽為利。艮為居止,震為旅人。○政仁,依宋元,汲古作仁政,非。
《大有》卦は《噬嗑》卦に変わる。林辞は言う:年成は豊収、政令は仁厚で、百姓は安楽する。就地に安居するに宜しく、門外に出ている旅人も福を得られる。尚秉和の解説は:震は年歳・豊熟・仁楽、伏巽は利。艮は居止、震は旅人。校勘記は言う:「政仁」は宋元本に依り、汲古閣本は「仁政」と作すが正しくない――「政仁」と作ってこそ上句の「歳熟」と対文を成す。
賁。楚烏逢矢,不可久放。離居無群,意昧精喪。作此哀詩,以告孔憂。楚烏,即雅,見《說文》。艮為黔啄,故曰烏。震為叢木,故曰楚烏。坎為矢,故曰楚烏逢矢。艮為居,坎為孤,故曰離居無群。坎為心、為隱伏,故曰意昧。震神坎陷,故精喪。坎為哀憂,震為告。《詩四月篇》:"君子作詩,維以告哀"。○烏,從宋元本,汲古作鳥。矢,宋元本訛天,從汲古。可,宋元本作時,從汲古。群,汲古作辜,從宋元本。汲古無意昧精喪句。
《大有》卦は《賁》卦に変わる。林辞は言う:楚地の烏鴉が飛箭に碰上し、再び長く外に放逸できない。群を離れ索居し、同伴なく、神志は昏昧して精気は消損する。於是この哀傷の詩を写下して、以て深重の憂愁を傾訴する。尚秉和の解説は:「楚烏」は即ち雅、即ち烏鴉で、《説文》に見る。艮は黔黑・啄、ゆえに烏である。震は叢木、「楚」は本叢木を指し、合して「楚烏」を成す。坎は矢、ゆえに「楚烏逢矢」と言う。艮は居、坎は孤、ゆえに「離居無群」と言う。坎は心・また隠伏を主るので「意昧」。震は神、坎は陥、ゆえに「精喪」。坎は哀憂、震は告。《詩・小雅・四月》に「君子作歌、維以告哀」とあり、正に末句の本とする所である。校勘記は言う:「烏」字は宋元本に従い、汲古閣本は「鳥」と作す。「逢矢」の「矢」字は宋元本が「天」と讹すが、汲古閣本に従う。「不可久放」の「可」字は宋元本が「時」と作すが、汲古閣本に従う。「無群」の「群」字は汲古閣本が「辜」と作すが、宋元本に従う。汲古閣本には「意昧精喪」のこの一句がない。
剝。出門大步,與凶惡忤。罵公詈母,為我憂恥。坤為門戶、為凶、為母、為我憂。伏乾為行、為公,兌為罵詈。○凶,依宋元本,汲古作兄,非。恥,亦從宋元本,汲古作趾,非。
《大有》卦は《剥》卦に変わる。林辞は言う:門を出て大股で走るが、偏に凶悪の人と真っ向から碰上した。その人は我が父を辱罵し我が母を咒罵し、我をして又憂愁し又羞恥せしめた。出門して悪に遇う凶辞である。尚秉和の解説は:坤は門戸・凶・母・我・憂。伏乾は行・公、「公」はここでは父を指す。兌は罵詈。校勘記は言う:「凶悪」の「凶」字は宋元本に依り、汲古閣本は「兄」と作すが正しくない。「憂恥」の「恥」字もまた宋元本に従い、汲古閣本は「趾」と作すが正しくない。
復。火至井谷,陽芒生角。犯厯天市,窺觀太極。登上玉床,家易六公。天市,依汲古。《天官書》:"旗中四星曰天市",宋元本作天戶,非。太極,依汲古,即北極也,宋元作太微,不韻。又陽宜作楊,古楊柳不分,即柳星也。按:此亦用《大有》象。離為星、為火,兌為井谷,伏艮為角,離為觀。太極謂五。乾為玉,伏艮為床。
《大有》卦は《復》卦に変わる。これは一条の星象を講ずる林辞である:火星が井宿・谷口の一帯に行き至り、柳星の芒角が生出した。侵犯して天市垣を経過し、北極星を窺看する。玉床に登り、家の中で六位の公卿を換えた。尚秉和は先ず校語を出す:「天市」は汲古閣本に依り、《史記・天官書》は「旗中四星曰天市」と言う。宋元本は「天戸」と作すが正しくない。「太極」もまた汲古閣本に依り、指す所は即ち北極である。宋元本は「太微」と作すが押韻しない。また「陽芒」の「陽」は応に「楊」と作るべく、古は楊・柳を分たず、言う所は即ち二十八宿の中の柳星である。尚氏按ずる:この条もまた貞卦《大有》の象を用いる――離は星・火、兌は井谷、伏艮は角、離は觀。「太極」は北極の五星を指す。乾は玉、伏艮は床、合して「玉床」を成す。
無妄。牧羊逢狼,雖憂不傷。畏怖惕息,終無禍殃。震為羊,震艮對,故曰逢狼。艮為狼,坤為牧、為憂傷,乾惕,故曰惕息。坤為禍殃,坤伏故無。○惕,依汲古,宋元本訛既。
《大有》卦は《無妄》卦に変わる。林辞は言う:羊を放つ時に狼に撞上したが、担驚受怕したものの、到頭傷を受けなかった。嚇して息を屏り戒懼小心し、最終的に禍殃なし。険に遇いて傷つかない辞である。尚秉和の解説は:震は羊、震と艮の両象が相対するので「逢狼」と言う――艮は狼。坤は牧・憂傷。乾は警惕を主るので「惕息」と言う。坤は禍殃、坤が伏位に落ちるので「終無禍殃」。校勘記は言う:「惕息」の「惕」字は汲古閣本に依り、宋元本は「既」と讹す。
大畜。繭栗犧牲,敬事鬼神。神嗜飲食,受福多孫。望季不來,孔聖厄陳。上四句詳《乾》之《旅》。艮為季,艮止,故不來。乾為聖,震為孔、為陳。○鬼,宋元本作貴,神嗜作享者,茲依汲古。
《大有》卦は《大畜》卦に変わる。林辞は言う:角が初生じて繭の如く栗に似た小牛を以て犧牲と為し、恭敬して鬼神を祭事する。神明がこれらの飲食を享用し、便ち福気を降下し、子孫は衆多である。しかし所望の季子は来らず、孔聖人はかえって陳国に困せられた。前の四句は吉、後の二句は凶、一条の中に二転する。尚秉和は言う、前の四句の取象は詳しくは《乾》之《旅》条を見よ。後の二句は則ち:艮は季、艮は止を主るので「不来」。乾は聖、震は孔・陳。校勘記は言う:「鬼神」の「鬼」字は宋元本が「貴」と作し、「神嗜」は宋元本が「神享」と作すが、ここは皆汲古閣本に依る。
頤。大澤治妝,南歸牧羊。長伯為我,多得牛馬,利於徙居。坤為水、為海,故曰大澤。妝,俗作娤,為裝之訛字。震為行,故治裝。伏兌為羊,坤為牧,震為歸、為南、為伯、為長。坤為我、為牛、為馬,震行故徙居。○大澤治妝,宋元本作大蓋治床,依汲古。歸羊,從宋元本。牧,從汲古。牛馬,依宋元本,汲古作馬牛。
《大有》卦は《頤》卦に変わる。林辞は言う:大沢の辺で行装を整治し、南に帰って羊を放つ。長兄が我に替わって操辦し、牛馬を許多得て、遷徙移居するに宜しい。遷居して畜を得る吉辞である。尚秉和の解説は:坤は水・海、ゆえに「大沢」と言う。「妝」は俗に「娤」と写作すが、其の実「装」の讹字で、治妝は即ち治装である。震は行、ゆえに治装を要する。伏兌は羊、坤は牧。震は帰・南・伯・長。坤は我・牛・馬。震は行を主るので徙居に宜しい。校勘記は言う:「大沢治妝」は宋元本が「大蓋治床」と作すが、ここは汲古閣本に依る。「南帰」「牧羊」の「帰」「羊」の二字は宋元本に従い、「牧」字は汲古閣本に従う。「牛馬」は宋元本に依り、汲古閣本は「馬牛」と作す。
大過。枯樹無枝,與子分離。飢寒莫養,獨立哀悲。通《頤》。震為樹,互大離科上槁,故曰枯,巽寡故無枝。震為子,風散故分離。乾為寒,離虛為飢,坤死故莫養。坤為哀悲。
《大有》卦は《大過》卦に変わる。林辞は言う:枯死の樹に枝條なく、父子はこれより分離する。又餓え又寒く、供養する人なく、孤零零として立ちて悲しむ。孤苦にして依る所なしの凶辞である。尚秉和の解説は:《大過》は《頤》と旁通する。震は樹。六爻の外形が合して大離を成し、《説卦》は離は「科上槁」即ち中空にして梢頭が枯干すると言うので「枯」と言う。巽は寡少、ゆえに「無枝」。震は子、巽風は一吹きすれば便ち散ずるので「分離」。乾は寒、離は中空虚にして即ち飢、坤は死亡を主るので奉養する人なし。坤はまた哀悲。
坎。天地九重,堯舜履中。正冠垂裳,宇宙平康。互震為帝,故曰堯舜。震為履,坎為中,艮為冠,坤為裳,坎為平。○履,汲古作治,依宋元本。
《大有》卦は《坎》卦に変わる。林辞は言う:天地は共に九重あり、堯舜は中に居りて行い、事事中を守る。冠冕を戴き衣裳を垂れて治め、宇宙の内は平安康泰である。「垂衣裳而天下治」は《易・繫辞》に出で、無為而治の意である。尚秉和の解説は:互体の震は帝、ゆえに堯舜を指す。震は履、坎は中。艮は冠、坤は裳。坎は平。校勘記は言う:「履中」の「履」字は汲古閣本が「治」と作すが、ここは宋元本に依る。
離。鳧鷖游涇,君子以寧。履德不衍,福祿來成。伏震為鳧鷖,坎為涇,艮為君子,震為履、為福祿。○涇,元本作滛,從宋本、汲古。履,從宋元本,汲古訛復。
《大有》卦は《離》卦に変わる。林辞は言う:野鴨と沙鴎が涇水の上に游弋し、君子は因って安寧する。徳を行いて差錯なく、福気と禄位が便ち来りて彼を成就する。《詩・大雅・鳬鷖》の「鳬鷖在涇、公尸来燕来寧」の語意を用いる。尚秉和の解説は:伏震は鳬鷖、坎は涇水、艮は君子、震は履・福禄。校勘記は言う:「涇」字は元刻本が「滛」と作すが、ここは宋本と汲古閣本に従う。「履徳」の「履」字は宋元本に従い、汲古閣本は「復」と讹す。
咸。裸裎逐狐,為人觀笑。牝雞雄晨,主作亂根。通《損》。坤為身,故曰裸裎。艮為狐,震為逐、為人、為笑,艮為觀,互巽為雞,震為雄、為旦、為鳴,故曰雄晨。震為主,坤為亂。○裸裎,宋元本作臝襢,依汲古。觀,汲古作所,雄作司,均依宋元本。《書》:牝雞之辰,惟家之索。
《大有》卦は《咸》卦に変わる。林辞は言う:身を裸にして狐を追い、人に囲まれ見られて取笑される。母鶏が公鶏に学んで暁を報ずるは、正に禍乱の根子である。前の一句は体統を失い、後の一句は名分を失う。尚秉和の解説は:《咸》は《損》と旁通する。坤は身、赤身は即ち「裸裎」。艮は狐、震は逐・人・笑、艮は觀。互巽は鶏、震は雄・旦・鳴、合して「雄晨」を成す。震は主、坤は乱。校勘記は言う:「裸裎」は宋元本が「臝襢」と作すが、ここは汲古閣本に依る。「觀笑」の「觀」字は汲古閣本が「所」と作し、「雄晨」の「雄」字は汲古閣本が「司」と作すが、皆宋元本に依る。尚氏は併せて《尚書》の「牝鶏之晨、惟家之索」を引く。正に林辞の本とする所である。
恆。典冊法書,藏在蘭臺。雖遭亂潰,獨不遇災。詳《坤》之《大畜》。○書、亂,從宋元本,汲古作言、作禍,《論衡》:"連山藏在蘭臺"。
《大有》卦は《恒》卦に変わる。林辞は言う:典冊と法書は、蘭台の裏に収蔵する。たとえ動乱潰敗に遇うとも、独りそれらのみ災厄に遭わない。蘭台は漢代の宮中の蔵書の所である。尚秉和は詳解は《坤》之《大畜》条を見よと注明する。校勘記は言う:「法書」の「書」字・「乱潰」の「乱」字は宋元本に従い、汲古閣本は「言」と「禍」と作す。尚氏は併せて《論衡》の「連山蔵在蘭台」を引き、以て蘭台が確かに蔵書の重地たるを証し得る。
遯。三痴且狂,欲之平鄉。迷惑失道,不知昏明。通《臨》。坤為痴,震數三,故曰三痴。震起故曰且狂。《詩鄭風》:"不見子都,乃見狂且",《說文》:"且,薦也,薦,進也",《集韻》:"且,徂也",且狂,猶狂且也。坤為平鄉,震為之,坤為迷惑、為失,震為大塗,坤夜震旦,故曰昏明,坤迷故不知。全用對象。○且狂,依汲古,宋元本作俱,非。且,音徂。
《大有》卦は《遯》卦に変わる。林辞は言う:三箇の痴人がまた狂を発し、平郷に往かんと欲する。路上で迷惑して道を失い、天黑いか天亮かも分け得ない。尚秉和の解説は:《遯》は《臨》と旁通する。坤は痴、震の数は三、ゆえに「三痴」と言う。震は動起を主るので「且狂」と言う。《詩・鄭風・山有扶蘇》に「不見子都、乃見狂且」とあり、《説文》は「且、薦也」と訓じ、薦は即ち進で、《集韻》は「且」は「徂」の音と言う。見るべく「且狂」は即ち「狂且」の倒文である。坤は平郷、震は「之」即ち前往。坤は迷惑・失、震は大涂即ち大路。坤は夜、震は旦、ゆえに「昏明」と言い、坤は既に迷乱するので「不知」。整条は全く対卦の象を用いる。校勘記は言う:「且狂」は汲古閣本に依り、宋元本は「俱」と作すが正しくない。「且」は「徂」と読み作す。
大壯。癭瘤瘍疥,為身瘡害。疾病癃痾,常不危殆。通《觀》。艮多節,故曰癭瘤痬疥、曰癃痾。坤為身、為害、為疾病,艮安故不危殆。○害,依宋元本,汲古作患,不協。痾、危殆。皆依汲古,宋元本作痢、作屬逮,似非。
《大有》卦は《大壮》卦に変わる。林辞は言う:身上に癭瘤瘡疥が長えて、肌膚の害を成す。疾病と纏綿して癒えない痼疾は有るものの、始終性命を危うくするに至らない。病にして死なない辞である。尚秉和の解説は:《大壮》は《觀》と旁通する。艮は結節多し、ゆえに「癭瘤瘍疥」「癃痾」と言う。坤は身・害・疾病。艮の性は安止、ゆえに「不危殆」。校勘記は言う:「瘡害」の「害」字は宋元本に依り、汲古閣本は「患」と作し韻と協わない。「痾」字と「危殆」の二字は皆汲古閣本に依り、宋元本は「痢」と作し「属逮」と作すが、見るに対ならない。
晉。三豕俱走,鬬於谷口。白豕不勝,死於坂下。坎為豕,離卦數三,故曰三豕。艮為谷,伏兌為口。兌剛魯毀折故鬬。兌,西方色白,故曰白豕。坤死艮坂,故曰死於坂下。○谷,宋元本作虎,依汲古。
《大有》卦は《晋》卦に変わる。林辞は言う:三頭の猪が一斉に奔走し、谷口で相闘う。白猪は打ち勝てず、山坡の下に死した。尚秉和の解説は:坎は豕、離卦の数は三、ゆえに「三豕」と言う。艮は谷、伏兌は口、合して「谷口」を成す。兌の性は剛鹵にして毀折を主るので相闘う。兌は西方に属し、西方の色は白、ゆえに「白豕」と言う。坤は死を主り、艮は坂、ゆえに「死于坂下」と言う。校勘記は言う:「谷口」の「谷」字は宋元本が「虎」と作すが、ここは汲古閣本に依る。
明夷。賴主之光,受德之佑。雖遭顛沛,獨不凶咎。震為主,離為光,震為德。○主,依汲古,宋元本作先。遭,依宋元本,汲古作造。
《大有》卦は《明夷》卦に変わる。林辞は言う:君主の光輝に靠り、恩徳の庇佑を承受する。顛沛流離に遭遇するも、独り凶険にして禍を致すに至らない。危うき中に恃む所有りの辞である。尚秉和の解説は簡短:震は主、離は光、震はまた徳。校勘記は言う:「頼主」の「主」字は汲古閣本に依り、宋元本は「先」と作す。「雖遭」の「遭」字は宋元本に依り、汲古閣本は「造」と作す。
家人。上義崇德,以建大福。明哲且聰,周武立功。通《解》。震為德、為福、為建,離為明、為哲、為聰,震為周、為武、為功。○哲、立功,從宋元本,汲古作德、作功立,非。
《大有》卦は《家人》卦に変わる。林辞は言う:道義を崇尚し徳行を看重し、以て大福を建立する。既に明達にして又聡敏、周武王は因って功業を建立した。徳を以て功を致す吉辞である。尚秉和の解説は:《家人》は《解》と旁通する。震は徳・福・建。離は明・哲・聡。震はまた周・武・功。校勘記は言う:「明哲」の「哲」字と「立功」の二字は皆宋元本に従い、汲古閣本は「徳」と作し「功立」と作すが正しくない。
睽。四亂不安,東西為患。身止無功,不出國城。乃得全完,賴其生福。兌數四,離為亂,坎險故不安。離為東,坎為西、為患,伏艮為身、為止、為國城,艮止故不出。
《大有》卦は《睽》卦に変わる。林辞は言う:四方は動乱して安寧を得ず、東辺西辺に皆禍患有り。只だ身を按住して動かざるを得ず、何の功業をも談ずるに足らず、国都の城門さえ出ない。しかしこのようにしてかえって自己を保全し、それに靠って活命し福を受けるを得た。乱世に静を守る辞である。尚秉和の解説は:兌の数は四、離は乱、坎は険を主るので「不安」。離は東、坎は西・患。伏艮は身・止・国城、艮は止を主るので「不出」。
蹇。金牙鐵齒,西王母子。無有患殆,涉道大利。詳《小畜》之《大有》,此亦用《大有》象。○涉道大利,依汲古,宋元本作滅害道利。
《大有》卦は《蹇》卦に変わる。林辞は言う:金牙鉄歯を生えたるは、西王母の児子である。禍患危難なく、門を出て路を趕くは大いに利あり。西王母は古神話の中の長生の神で、其の子は自ずと堅固にして傷つき難い。尚秉和は詳解は《小畜》之《大有》条を見よと注明し、併せてこの条もまた貞卦《大有》の象を用いるを指出する。校勘記は言う:「渉道大利」は汲古閣本に依り、宋元本は「滅害道利」と作す。
解。賀喜從福,日利蕃息,歡樂有得。震為喜樂、為賀、為福,伏巽為利,離為日,震為蕃息。
《大有》卦は《解》卦に変わる。林辞は言う:道賀して慶喜し、福気が随いて来到する。日日生じて利し、孳生繁衍し、歓歓喜喜として獲る所有り。財と丁が両方に旺る吉辞である。尚秉和の解説は:震は喜楽・賀・福。伏巽は利。離は日、ゆえに「日利」と言う。震はまた蕃息。
損。昊天白日,照臨我國。萬民康寧,咸賴嘉福。艮一陽在上故為天、為日,納丙,故曰昊天。昊天,夏日也。坤為我、為國,艮為光明,故曰照臨。坤為萬民,震為康寧、為嘉福。○嘉福,依宋元本,汲古作受福。
《大有》卦は《損》卦に変わる。林辞は言う:広大の天空、明亮の白日が、我が国土を光照する。万民は安康寧静して、皆この美好の福気を仰頼する。君明かりて国泰まる吉辞である。尚秉和の解説は:艮は只だ一陽が上に居るので天・日と為る。艮は納甲の中で天干の「丙」に配し、丙は夏に属するので「昊天」と言う――「昊天」が指すは夏日の天である。坤は我・国、艮は光明、ゆえに「照臨」と言う。坤は万民、震は康寧・嘉福。校勘記は言う:「嘉福」は宋元本に依り、汲古閣本は「受福」と作す。
益。左眇右盲,視闇不明。下民多孽,君失其常。震為左,伏兌為右,互大離故曰眇、曰盲、曰不明。坤為黑暗、為下、為民、為孽,震為君。
《大有》卦は《益》卦に変わる。林辞は言う:左眼は偏瞎し右眼は全盲で、物を看るに昏暗して清らかならず。底下の百姓は灾孽が頻生し、君主は常道を失掉した。目盲を以て上の其の明を失うを喩え、政昏く民困る凶辞である。尚秉和の解説は:震は左、伏兌は右。六爻の外形が合して大離を成し、離は目にしてここは損を受けるので「眇」「盲」「不明」と言う。坤は黒暗・下・民・孽。震は君。
夬。吾有黍粱,委積道傍。有囊服箱,運到我鄉,藏於嘉倉。通《剝》。艮為道,坤為委積、為囊、為箱、為鄉,坤載故曰運。坤為藏,艮為倉,又為果蓏。蓏,草實也。黍粱故為艮象。○吾有,從汲古,宋元本作吾家。囊,從宋元,汲古作架。
《大有》卦は《夬》卦に変わる。林辞は言う:我に黍米と高梁有りて、路辺に堆く。布袋有り、また車厢が盛載有りて、運んで我が郷里に帰り、好い倉廩に収める。収成が庫に入る吉辞である。尚秉和の解説は:《夬》は《剥》と旁通する。艮は道、坤は委積・囊・箱・郷。坤は承載を主るので「運」と言う。坤は蔵、艮は倉、艮はまた果蓏――蓏は草本の果実で、黍粱の一類は因って艮象に帰入する。校勘記は言う:「吾有」は汲古閣本に従い、宋元本は「吾家」と作す。「囊」字は宋元本に従い、汲古閣本は「架」と作す。
姤。殊類異路,心不相慕。牝豕無猳,鰥無室家。通《復》。坤為類、為心,震為大塗,坤為牝,巽為豕,故曰牝豕。猳,牡也。坤寡故曰鰥。○牝豕,宋元本作牝猭,依汲古。
《大有》卦は《姤》卦に変わる。林辞は言う:種類は同じからず道路は各別で、彼此心の中に愛慕せず。母猪は公猪に配り得ず、鰥夫は家室を成り得ない。孤独にして偶を失う辞である。尚秉和の解説は:《姤》は《復》と旁通する。坤は類・心、震は大涂即ち道路。坤は牝、巽は豕、合して「牝豕」を成す。「猳」は即ち公猪である。坤は寡を主るので「鰥」と言う。校勘記は言う:「牝豕」は宋元本が「牝猭」と作すが、ここは汲古閣本に依る。
萃。雀行求食,出門見鷂。顛蹶上下,幾無所處。艮為雀、為求,兌為食,艮為門、為鷂,兌折故顛蹶。
《大有》卦は《萃》卦に変わる。林辞は言う:麻雀が出でて食を求めるが、剛めて門を出れば即ち鷂鷹に撞見する。上に竄れ下に跳び、跌跌撞撞して、ほとんど安身の地方を見付け得ない。小さき者が強敵に遇う凶辞である。尚秉和の解説は:艮は雀・求、兌は食。艮はまた門・鷂。兌は毀折を主るので「顛蹶」。
升。野有積庾,穡人駕取。不逢狼虎,暮歸其宇。坤為野、為積、為庾。震為稼穡、為人,故曰穡人。艮為虎狼,艮伏故不逢。坤為莫,震為歸。○積庾,宋本作積庚,元本作種庾,依汲古。狼虎,亦依汲古,宋元本作虎狼,與下宇不韻。
《大有》卦は《升》卦に変わる。林辞は言う:野地に露天の谷垛を堆き、農夫は車を趕えて装運に往く。一路豺狼老虎に遇わず、傍晚に自家の屋檐下に帰る。収穫平安の吉辞である。尚秉和の解説は:坤は野・積・庾――庾は露天に谷を堆く処である。震は稼穡・人、合して「穡人」を成す。艮は虎狼、艮が伏位に落ちるので「不逢」。坤は莫、「莫」は即ち傍晚。震は帰。校勘記は言う:「積庾」は宋本が「積庚」と作し、元刻本は「種庾」と作すが、ここは汲古閣本に依る。「狼虎」もまた汲古閣本に依り、宋元本は「虎狼」と作し下句の「宇」字と押韻しない。
困。膚敏之德,發憤晨食。虜豹禽說,為王求福。詳《師》之《觀》。○虜,依汲古,宋元本訛虎。晨,各本皆作忘,依宋元本《師》之《觀》校改。說,從宋元,淮陰伐趙禽夏說,汲古作越,非。
《大有》卦は《困》卦に変わる。林辞は言う:美好敏捷の徳行有りて、発憤図強し、天未だ亮けざるに飯を食して路に上る。豹を俘獲し夏説を擒え、君王のために福祉を求得した。「肤敏」は《詩・大雅・文王》の「殷士肤敏」の成語を用いる。末の二句は韓信の北伐・代相の夏説を擒えた戦功を用いる。尚秉和は詳解は《師》之《觀》条を見よと注明する。校勘記は言う:「虜」字は汲古閣本に依り、宋元本は「虎」と讹す。「晨食」の「晨」字は各本皆「忘」と作すが、ここは宋元本《師》之《觀》条に依って校改する。「説」字は宋元本に従う――淮陰侯の韓信が趙を伐ち、正に夏説を擒獲したので、汲古閣本は「越」と作すが正しくない。
井。光祀春成,陳寶雞鳴。陽明失道,不能自守,消亡為咎。《漢書郊祀志》:"秦文公獲若石於陳倉北坂城,祠之,其神來,常以夜光輝若流星從東方來,集於祠城,其聲殷殷,若雄雉野雞夜鳴,名曰陳寶"。茲云春城,疑祠城之訛,疑原句無春字,祀成即祠城,或為光集祠城也。卦通《噬嗑》。離為光,坎為集,艮為祠城,震為陳、為鳴,本卦巽為雞。○光祀,從宋元本,汲古作光禮。禮,即集之音訛字。陳寶,宋本、汲古皆作陳項,非,依元本。
《大有》卦は《井》卦に変わる。林辞は言う:神光が祠城に降り、陳宝の神が野鶏のように夜に鳴く。陽明の気が常道を失い、自己を守る能わず、終に消散亡失し、灾咎を成した。尚秉和は先ず《漢書・郊祀志》を引く:秦文公は陳倉北坂城で石に似た一塊の物を得て、其のために祠を立てた。その神は常に夜間に光輝を放出し、流星の如く東方から飛来し、祠城の上に聚集し、声は殷殷として響き、雄雉野鶏が夜に啼叫するが如しで、名を「陳宝」と言う。彼は因って推断する:林辞はここに「春成」と言うが、疑心是れ「祠城」の讹字か、原句は大いに本「春」字なく、「祀成」は即ち「祠城」で、全句は応に神光が祠城に聚集すると言うべし。取象の方面:この卦は《噬嗑》と旁通し、離は光、坎は集、艮は祠城、震は陳・鳴、本卦の巽は鶏。校勘記は言う:「光祀」は宋元本に従い、汲古閣本は「光礼」と作す――「礼」は正に「集」の音讹字である。「陳宝」は宋本と汲古閣本は皆「陳項」と作すが正しくなく、ここは元刻本に依る。
革。左抱金玉,右得熊足。常盈不亡,獲心所欲。通《蒙》。震為左、為玉,艮為金、為抱,兌為右,艮熊震足,坤為多,故曰常盈。坤為亡,震樂故不亡。坎為心、為欲。○艮金證。熊足即熊掌。
《大有》卦は《革》卦に変わる。林辞は言う:左手に金玉を抱え、右手に熊掌を得た。常に満盈して虧損せず、心中の所願に称うた。左右に源に逢う吉辞である。尚秉和の解説は:《革》は《蒙》と旁通する。震は左・玉、艮は金・抱。兌は右。艮は熊、震は足、合して「熊足」を成す。坤は多、ゆえに「常盈」と言う。坤は亡失、震は楽を主るので「不亡」。坎は心・欲。校勘記は言う:「艮為金」のこの条の象はここで証を得る。「熊足」は即ち熊掌である。
鼎。履泥汙足,名困身辱。兩仇相得,身為痛瘧。通《屯》。震為足、為履,坤為土、為水,故曰履泥汙足。艮為名,坎陷,故名困。坤為身,坤下故辱,坤數二故曰兩。正反艮故相仇。○為痛瘧,依宋元本,汲古作其為虐。
《大有》卦は《鼎》卦に変わる。林辞は言う:泥の中に踏み込み足を弄脏し、名声は困り自身は辱められる。両箇の仇家が狭路に相逢い、浑身を瘧疾を発するが如く難受にした。名辱められ身病む凶辞である。尚秉和の解説は:《鼎》は《屯》と旁通する。震は足・履、坤は土・水、土が水と和すれば便ち泥、ゆえに「履泥汚足」と言う。艮は名、坎は陥を主るので「名困」。坤は身、坤は下位に居るので「辱」。坤の数は二、ゆえに「両」と言う。正艮と覆艮が相対するので「相仇」。校勘記は言う:「身為痛瘧」は宋元本に依り、汲古閣本は「其為虐」と作す。
震。安居重遷,不去其。禾米相間,樂得常產。艮為居,艮止,故安居不遷。震往,艮,艮止,故不去其。震為禾米,為樂。○,從汲古,宋元本作亶,音訛字。
《大有》卦は《震》卦に変わる。林辞は言う:旧居に安んじ、肯んじて軽く搬遷せず、自分のあの塊の地方を離れない。禾と米が交錯して相接し、歓歓喜喜として固定の産業を守る。この条の底本に脱字あり:林辞の「不去其」の下に缺くる一字・尚注の「艮」の下に缺くる一字・校語の開頭に缺くる一字は、原同じ一字で、今底本に照らして実収し、臆補を加えない。尚秉和の解説は:艮は居、艮は止を主るので安居して遷らず。震は往を主り艮は止を主るのであの地方を離れない。震は禾米、また楽。校勘記は言う:あの字は汲古閣本に従い、宋元本は「亶」と作すが、音近くして生じた讹字である。
艮。天災所遊,凶不可居。轉徙獲福,留止憂危。互坎為災凶,震為遊,上下卦陽在上故曰天災。艮為居,坎險,故不可居。震為徙、為福,艮止坎危。○憂危,從汲古,與居韻,宋元作危憂。
《大有》卦は《艮》卦に変わる。林辞は言う:天灾の流行する到る所は、凶険にして住み下去られない。別の処に転移すれば福を得られ、留まって去らなければ憂患危険有り。遷るに宜しく守るに宜しからざる辞である。尚秉和の解説は:互体の坎は灾・凶、震は游行。上下両卦の陽爻は皆上位に居るので「天灾」と言う。艮は居、坎は険を主るので「不可居」。震は徙・福。艮は止を主り坎は危を主るので、留下すれば則ち憂危。校勘記は言う:「憂危」は汲古閣本に従い、正に上文の「居」字と押韻し、宋元本は「危憂」と作す。
漸。昧昧墨墨,不知白黑。景雲亂擾,光明隱伏。犬戎來攻,幽王失國。坎隱伏故曰昧墨,故不知白黑。巽為白,坎為黑、為雲,離明,故曰景雲。離為亂、為光明,坎伏艮犬,坎為幽、為失,艮為國,震為王,震伏,故曰幽王。○白黑,依宋元本,汲古作日黑。
《大有》卦は《漸》卦に変わる。林辞は言う:昏昏暗暗として一団漆黑で、白と黒さえ分け得ない。祥瑞の景雲は攪乱され、光明は潜蔵して見えない。犬戎が前に来て攻打し、周幽王は国家を丟掉した。昏乱して国を亡ぼす大凶辞である。尚秉和の解説は:坎は隠伏を主るので「昧昧墨墨」と言い、ゆえに「不知白黒」。巽は白、坎は黒・雲、離は明、合して「景雲」を成す。離は乱・光明。坎は伏位に在り、艮は犬、坎は幽・失、艮は国、震は王にして震が伏位に落ち、正好に凑って「犬戎来攻、幽王失国」を成す。校勘記は言う:「白黒」は宋元本に依り、汲古閣本は「日黒」と作す。
歸妹。鳧雁啞啞,以水為宅。雌雄相和,心志娛樂。得其所欲。詳《大畜》之《鼎》。○心志,依宋元,汲古作常共。
《大有》卦は《歸妹》卦に変わる。林辞は言う:野鴨と大雁が嘎嘎と叫び、水面を以て自家の住処と為す。雌雄は彼此相応和し、心情は舒暢して歓楽し、各々其の願を遂げる。配偶が和諧の吉辞である。尚秉和は詳解は《大畜》之《鼎》条を見よと注明する。校勘記は言う:「心志」は宋元本に依り、汲古閣本は「常共」と作す。
豐。長生無極,子孫千億。柏柱載梁,堅固不傾。震為長生、為子,伏艮為孫。震為千億、為柏柱、為載、為梁,伏艮為堅固。○梁,從汲古,宋元本作器。
《大有》卦は《豊》卦に変わる。林辞は言う:長寿に尽頭なく、子孫は成千上億である。柏木の柱子が大梁を托し、堅固にして傾倒しない。寿考が綿長にして門戸が穩固の吉辞である。尚秉和の解説は:震は長生・子、伏艮は孫。震はまた千億・柏柱・載・梁、伏艮は堅固。校勘記は言う:「載梁」の「梁」字は汲古閣本に従い、宋元本は「器」と作す。
旅。麒麟鳳凰,善政得祥。陰陽和調,國無災殃。離為文明,故曰麟鳳。卦一陰從一陽,二陰從二陽,故曰和調。
《大有》卦は《旅》卦に変わる。林辞は言う:麒麟と鳳凰が出現するは、善政の感召して来た祥瑞である。陰陽は調和し、国家に灾殃なし。尚秉和の解説は:離は文明を主るので、麟鳳は皆文明の獣鳥、故に離より象を取る。至於「和調」は、爻位に就いて講ずる――この卦は陰爻が依次して陽爻に随い、一陰は一陽に従い二陰は二陽に従い、陰陽は両両相配して相悖らないので「陰陽和調」と言う。
巽。天之奧隅,堯舜所居。可以存身,保我室家。伏艮為天,震為帝,故曰堯舜。艮為居、為身、為室家、為保。全用旁通。○室家,從宋元,汲古作家室,非。家,音姑,與居韻。
《大有》卦は《巽》卦に変わる。林辞は言う:天の幽深の一角は、正に堯舜の居住する地方である。そこに在れば性命を保全し、我が家室を守住し得る。安身の地を得る吉辞である。尚秉和の解説は:伏艮は天、震は帝、ゆえに堯舜を指す。艮は居・身・室家・保。整条の林辞は全く旁通の卦より象を取る。校勘記は言う:「室家」は宋元本に従い、汲古閣本は「家室」と作すが正しくない。「家」は「姑」と読み、正に上文の「居」字と押韻する。
兌。配合相迎,利之四鄰。昏以為期,與福笑喜。兌昧為昏,震為福、為笑喜。迎鄰為韻,鄰,音靈。
《大有》卦は《兌》卦に変わる。林辞は言う:男女が配合し、彼此往きて迎え、好処は四隣に惠及する。黄昏を約して成礼の期と為し、福気を伴いて歡笑喜悅する。古礼は婚事を黄昏に行う、ゆえに「昏」は即ち婚である。尚秉和の解説は:兌は昏昧を主るので「昏」と為る。震は福・笑喜。校語は言う:「迎」と「隣」は相押し、「隣」はここは「霊」と読み作す。
渙。砥德礪材,果當成周。拜受大命,對為齊侯。震為德、為材,艮石,故曰砥礪。震為周,艮為拜,巽為命、為齊。
《大有》卦は《渙》卦に変わる。林辞は言う:磨刀石の如く徳行を磨砺し才干を錬煉すれば、果して成周で其の時に遇った。重大の冊命を拜受し、答謝して斉国の諸侯に封ぜられた。用うる所は太公が斉に封を受けた旧事である。尚秉和の解説は:震は徳・材、艮は石、石は物を磨き得るので「砥礪」と言う。震は周、艮は拜、巽は命・斉。
節。與福俱坐,蓄水備火,終無災禍。震為福,艮為坐,坎水艮火,坎為積蓄、為災禍。○宋元本多"思患預防"四字為第三句,依汲古。
《大有》卦は《節》卦に変わる。林辞は言う:福気と一同に安坐し、預め水を蓄えて以て火患を防ぎ、終竟災禍に遭わない。備え有りて患なしの吉辞である。尚秉和の解説は:震は福、艮は坐。坎は水、艮は火。坎はまた積蓄・災禍。校勘記は言う:宋元本は汲古閣本より「思患預防」の四字を多く出し第三句と作すが、ここは汲古閣本に依り取らない。
中孚。晨昏潛處,候時煦煦。卒逢白日,為世榮主。震為晨,兌為昧、為昏,巽為潛,艮為待、為時,震為煦。煦,和也。巽為白,艮為日,震為主、為榮。○晨,元本作畏,依宋本、汲古。候時煦煦,宋元本作候明昭昭,茲從汲古。煦主為韻。
《大有》卦は《中孚》卦に変わる。林辞は言う:早から晚まで潜蔵して出ず、和和暖暖として時機を等候する。終に白日が空に当たるに遇い、一世の栄顕なる人主を成した。時を待って起つ吉辞である。尚秉和の解説は:震は晨、兌は昧・昏。巽は潜。艮は待・時。震は煦――「煦」は温和の意である。巽は白、艮は日、合して「白日」を成す。震は主・栄。校勘記は言う:「晨」字は元刻本が「畏」と作すが、ここは宋本と汲古閣本に依る。「候時煦煦」は宋元本が「候明昭昭」と作すが、ここは汲古閣本に従う。「煦」と「主」の二字は押韻する。
小過。視日再光,與天相望。長生歡悅,與福為多。艮為日、為光、為望、為天,巽長震生,震歡悅為福、為多也。○再,從汲古,宋元本作載。多,從宋元本,汲古作兄。與,從汲古,宋元作以。○艮為天證。
《大有》卦は《小過》卦に変わる。林辞は言う:太陽が重ねて光を放つのを望見し、天と遥遥として相対する。長生して歓悦し、福気は愈々多し。光明が再臨する吉辞である。尚秉和の解説は:艮は日・光・望・天。巽は長、震は生、合して「長生」を成す。震は歓悦・福・多。校勘記は言う:「再光」の「再」字は汲古閣本に従い、宋元本は「載」と作す。「為多」の「多」字は宋元本に従い、汲古閣本は「兄」と作す。「与福」の「与」字は汲古閣本に従い、宋元本は「以」と作す。末句の「艮為天証」は尚氏の自注:この条は「艮為天」という逸象を証し得る。
既濟。大頭明目,載受嘉福。三雀飛來,與祿相觸。坎為大首,離為明目,震為載、為嘉福。離為鳥,卦數三,故曰三雀飛來。震為飛、為祿。除坎離外,皆用半象。○載受嘉福,從宋元本,汲古作再受喜福。三,從宋元本,汲古作二。觸,從汲古,宋元訛單。
《大有》卦は《既濟》卦に変わる。林辞は言う:大きな頭、亮かな目、一再美好の福気を承受する。三羽の雀鳥が飛来し、正に禄位と撞个満杯する。福禄が自ずと来る吉辞である。尚秉和の解説は:坎は大首、離は明目。震は載・嘉福。離は鳥、この卦の数は三、ゆえに「三雀飛来」と言う。震は飛・禄。坎・離の両象を除く外、其の余は皆半象を用いて取り出した。校勘記は言う:「載受嘉福」は宋元本に従い、汲古閣本は「再受喜福」と作す。「三雀」の「三」字は宋元本に従い、汲古閣本は「二」と作す。「相触」の「触」字は汲古閣本に従い、宋元本は「単」と讹す。
未濟。楩生荊山,命屬輸班。袍衣剝脫,夏熱冬寒。立成枯槁,眾人莫憐。詳《乾》之《既濟》。楩,汲古訛梗,依宋元本。
《大有》卦は《未濟》卦に変わる。林辞は言う:楩木が荆山の上に長じるが、性命は公輸班の手裏に握られている。樹皮は袍衣の如く剥ぎ尽くされ、夏は曝晒し冬は凍えを受ける。立てば枯干し、それを憐れむ人もない。楩は南方の良材で、正に材美なるが故に斧斤に遭う、才高きが害を見る凶辞である。尚秉和は詳解は《乾》之《既濟》条を見よと注明する。校勘記は言う:「楩」字は汲古閣本が「梗」と讹すが、ここは宋元本に依る。
謙之第十五
謙。王喬無病,狗頭不痛。亡跛失履,乏我徒從。艮為壽,故曰王喬。王喬,古仙人。坎為病,震樂故無病。艮為狗,坎為首、為痛,震為履,坎蹇故跛。坤為我。○狗,依汲古,宋元本作苟。跛,依汲古,宋元本作破。亡疑為足之訛。震足坎蹇,故曰足跛。
《謙》卦は仍お《謙》に変わり、本卦が自守する辞である。林辞は言う:王子喬は病なく、狗の頭も痛まない。しかし脚は瘸んで鞋も失い、随行の僕従も短缺している。上半は吉、下半は不利、一条の中に二転する。尚秉和の解説は:艮は寿、ゆえに「王喬」と言う――王喬は古代伝説の中の仙人である。坎は病、震は楽を主るので「無病」。艮は狗、坎は首・痛。震は履、坎は蹇難を主るので「跛」。坤は我。校勘記は言う:「狗頭」の「狗」字は汲古閣本に依り、宋元本は「苟」と作す。「跛」字は汲古閣本に依り、宋元本は「破」と作す。尚氏はまた「亡跛」の「亡」は「足」字の讹りを疑う――震は足、坎は蹇、本応に「足跛」と作してこそ象に合う。
乾。喋囁噱嚾,昧冥相摶。多言少實,語無成事。此取遇卦《謙》象。註解詳卷九《明夷》之《豫》。《豫》與《謙》同象。喋,汲古作嗛,依宋元本。噱嚾,宋元本訛處曜,汲古作噱嚶。摶,宋元作待,汲古訛持,依汲古,《中孚》之《升》校有詳說。
《謙》卦は《乾》卦に変わる。林辞は言う:唧唧喳喳として又笑い又嚷え、昏黑の中で互いに扑打する。話すことは多く実事を成すことは少なく、只だ口上に講ずるを顧み、一件も成り得ない。空言功なしの辞である。尚秉和の解説は:この条は所遇の貞卦《謙》の象を取る。詳しい注解は巻九《明夷》之《豫》条を見よ――《豫》と《謙》は互いに倒卦で、取象は相同じく、ゆえに互見し得る。校勘記は言う:「喋」字は汲古閣本が「嗛」と作すが、ここは宋元本に依る。「噱嚾」は宋元本が「処曜」と讹し、汲古閣本は「噱嘤」と作す。「相抟」の「抟」字は宋元本が「待」と作し、汲古閣本は別処で「持」と讹すが、ここは汲古閣本《中孚》之《升》条に依って校訂し、そこに別に詳説あり。
坤。北辰紫宮,衣冠立中。含和建德,常受大福。鉛刀攻玉,堅不可得。詳《坤》之《觀》。多下二句。此亦用《謙》象。艮為刀、為金,坤柔故曰鉛刀。震為玉,艮為堅。○艮為刀、為金證。
《謙》卦は《坤》卦に変わる。林辞は言う:北極星と紫微宮が、衣冠斉整として中央に立つ。和気を含蘊し徳を樹立し、常に大福を享受する。しかし鉛を以て鑄た軟刀を持って玉を雕れば、玉は太く堅硬で、終に成し得ない。前の四句は吉、後の二句は力が任に勝えない喩である。尚秉和は言う、取象は詳しくは《坤》之《觀》条を見よ、只だここは後の二句が多出する。この条もまた貞卦《謙》の象を用いる――艮は刀・金、坤の性は柔軟、柔金は即ち「鉛刀」。震は玉、艮は堅。校勘記は言う:「艮為刀」「艮為金」のこの二条の象はここで証を得る。
屯。東壁餘光,數暗不明。主母嫉妬,亂我事業。震為東,艮為壁,故曰東壁。艮又為火、為光明,坎為暗,故不明。坤為母,震為主,故曰主母。坎為嫉妬,坤為亂、為事業。《列女傳》:"貧婦徐吾與鄰婦會燭,夜續燭,數不給,鄰婦欲擯之,吾曰,一室之內,增一人,燭不為闇,少一人,不為明,何愛東壁之餘光乎?"林用其事。
《謙》卦は《屯》卦に変わる。林辞は言う:東墻が透し来るあの余光は、度々昏暗して明らかならず。主母は嫉妬を心に懐き、我が事業を攪乱した。尚秉和の解説は:震は東、艮は壁、合して「東壁」を成す。艮はまた火・光明、坎は暗、ゆえに「不明」。坤は母、震は主、合して「主母」を成す。坎は嫉妬、坤は乱・事業。彼は併せて《列女伝》を引く:窮婦の徐吾が隣家の婦人と合伙して燭を点け夜織したが、燭を出す份额が足りず、隣婦は彼女を赶出そうとした。徐吾は言う、一間の屋子裏に一人多くても燭光は因って暗くならず、一人少なくても因って亮しくならない、何ぞ東墻のあの余光を吝惜せん。林辞は正にこの故事を用いる。
蒙。下背其上,盜明相讓。子嬰兩頭,陳破其墟。坤為下,艮為背、為上、為明,坎為盜,震為言,正反震相對故曰相讓。震子、震嬰。坎為首,坤數二,故曰兩頭。震為陳,坎為破,坤為墟。兩頭於象甚合,其義未詳,疑為面縛之訛。○相讓,從宋元本,汲古作其,非。讓,責也。子嬰,從汲古,宋元本作嬰子,非。陳,陳涉也,言陳涉亡秦滅子嬰也。
《謙》卦は《蒙》卦に変わる。林辞は言う:下位の者が上位の者を背棄し、盗賊は公然行事して彼此責難する。秦王子嬰は「両頭」し、陳渉は秦都を打破して、それを廃墟に化した。尚秉和の解説は:坤は下、艮は背・上・明、坎は盗、震は言。正震と覆震が相対するので「相譲」と言う。震は子・嬰。坎は首、坤の数は二、ゆえに「両頭」と言う。震は陳、坎は破、坤は墟。彼はまた指出する:「両頭」の二字は卦象の上で很ば合うが、文義は講じ通らず、疑心是れ「面縛」の讹字か(子嬰の漢への降は正に頸を組を以て繫ぎ面縛して出降した)。校勘記は言う:「相譲」は宋元本に従い、汲古閣本は「其」と作すが正しくない――「譲」はここは責備の意である。「子嬰」は汲古閣本に従い、宋元本は「嬰子」と作すが正しくない。「陳」は陳渉を指し、全句は陳渉が起兵して秦を亡ぼし、秦王子嬰が因って滅ぼされたことを言う。
需。鳳生會稽,稍巨能飛。翱翔桂林,為眾鳥雄。離文為鳳,伏艮為山。會稽,山名。艮陽在上為飛、為翱翔、為林、為鳥,坤為眾。全用伏。○能飛,從宋本,元本作飛翔,非。巨,汲古作其,依宋元本。
《謙》卦は《需》卦に変わる。林辞は言う:鳳凰は会稽山に生れ、漸々長じて飛ぶ能う。桂林の上に翱翔し、衆鳥の雄長と為った。微より顕れ、終に群倫の首と為る吉辞である。尚秉和の解説は:離は文明を主るので鳳と為る。伏艮は山――会稽は正に山名である。艮の陽爻が上に居るので飛・翱翔・林・鳥と為る。坤は衆。整条は全く伏象を用いる。校勘記は言う:「能飛」は宋本に従い、元刻本は「飛翔」と作すが正しくない。「稍巨」の「巨」字は汲古閣本が「其」と作すが、ここは宋元本に依る。
訟。鑿井求玉,非和氏寶。名困身辱,勞無所得。坎陷為井,乾為玉、為寶,坎為和,伏坤為身、為辱。艮為名,艮覆故名困。坎為勞。○非和氏寶,依宋本及汲古,元本作"非卞氏室",非。
《謙》卦は《訟》卦に変わる。林辞は言う:井を鑿いて美玉を求めるが、挖到したは和氏のような宝璧ではない。名声は困り自身は辱められ、力を白費して一所得なし。求むるに其の道に非ず、ゆえに徒労である。尚秉和の解説は:坎は陥を主るので井と為る。乾は玉・宝。坎は和、正に「和氏」の「和」に合する。伏坤は身・辱。艮は名、艮は覆象を取るので「名困」。坎は労。校勘記は言う:「非和氏宝」は宋本と汲古閣本に依り、元刻本は「非卞氏室」と作すが正しくない。
師。邦桀載殳,道至東萊。百僚具舉,君王嘉喜。坤為邦、為惡,故曰桀。艮為殳,兵器也。《詩衛風》:"邦之桀兮,伯也執殳"。震為大塗、為陵,震東故曰東萊。東萊,山名。坤為百,艮為官,互震為君王、為嘉喜。○邦桀,從宋元本,汲古訛拜桀。殳,從陳本,元本、宋本、汲古皆訛役。道,從宋元本,汲古作送。《漢書郊祀志》:"東萊山,黃帝所常遊",林詞似指此事。
《謙》卦は《師》卦に変わる。林辞は言う:国中の豪杰が殳を扛ぎ、一路東莱まで行き至る。百官は皆挙用され、君王はこれをもって歓喜する。人を得て事に任ずる吉辞である。尚秉和の解説は:坤は邦・悪、「桀」字はこれより象を取る。艮は殳、殳は一種の長柄兵器。《詩・衛風・伯兮》に「邦之桀兮、伯也執殳」とあり、正にこの二句の出処である。震は大涂・丘陵、震の位は東に在るので「東莱」と言う――東莱は山名である。坤は百、艮は官、互震は君王・嘉喜。校勘記は言う:「邦桀」は宋元本に従い、汲古閣本は「拜桀」と讹す。「殳」字は陳本に従い、元刻本・宋本・汲古閣本は皆「役」と讹す。「道至」の「道」字は宋元本に従い、汲古閣本は「送」と作す。尚氏は併せて《漢書・郊祀志》の「東莱山、黄帝所常游」を引き、林辞はこの事を指すようだと認める。
比。安息康居,異國穹廬。非吾邦域,使伯憂戚。詳《蒙》之《屯》。○穹、戚,依汲古,宋元本作同、作惑。
《謙》卦は《比》卦に変わる。林辞は言う:安息国・康居国は、皆異域の穹廬帳幕である。そこは我が邦土ではなく、出使の長官は因って憂愁悲戚する。安息・康居は皆漢代の西域の国名である。尚秉和は詳解は《蒙》之《屯》条を見よと注明する。校勘記は言う:「穹廬」の「穹」字・「憂戚」の「戚」字は汲古閣本に依り、宋元本は「同」と「惑」と作す。
小畜。江河淮海,天之都市。商人受福,國家富有。詳《否》之《乾》。
《謙》卦は《小畜》卦に変わる。林辞は言う:長江・黄河・淮水・大海は、上天が設けた大都会集市である。商人はそれに凭って福を得、国家はそれに因って富足する。四瀆を以て天然の財貨の通衢と為し、豊饒の吉辞である。尚秉和は詳解は《否》之《乾》条を見よと注明する。
履。同本異業,樂仁尚德。東鄰慕義,來興吾國。通《謙》。震為木,正反震而以三爻為本,故曰同本異葉。震為仁德、為樂、為東、為興,坤為吾、為國。○鄰,依宋元本,汲古訛林。
《謙》卦は《履》卦に変わる。林辞は言う:同じ一箇の根本より出て枝葉は各別で、仁を行うを楽しみ徳行を崇尚する。東辺の隣国がこの道義を仰慕し、来て我が国家を振興する。尚秉和の解説は:《履》は《謙》と旁通する。震は木、正震と覆震が相対し、第三爻を以て共同の根本と為すので「同本異葉」と言う――尚注は「葉」と作し、林辞が「業」と作すとは一処の異文である。震は仁徳・楽・東・興。坤は吾・国。校勘記は言う:「東隣」の「隣」字は宋元本に依り、汲古閣本は「林」と讹す。
泰。白鶴銜珠,夜室為明。懷我德音,身受光榮。震為白、為鶴、為珠,兌為口,故曰銜。坤為夜、為室,震為明、為音,坤為懷、為我、為身,乾為光榮。《搜神記》:"噲參行遇黔鶴,為弋人射傷,收養之,放去,一夜,雌雄各銜一明月珠來以報參"。○室,宋元作食,從汲古。為,從宋元,汲古作反。我,元本作吾,從宋本、汲古。
《謙》卦は《泰》卦に変わる。林辞は言う:白鶴が明珠を銜え来り、夜に屋中は亮しく白昼の如し。心の中で我が徳惠の音を懐念し、自身もまた因って光栄を得る。徳を施して報を受ける吉辞である。尚秉和の解説は:震は白・鶴・珠、兌は口、口は銜え得るので「銜珠」と言う。坤は夜・室。震は明・音。坤は懐・我・身。乾は光栄。彼は併せて《搜神記》を引く:噲参が路上で一羽の黒鶴が猎人に射傷されたのに遇い、便ち収養し、傷が癒えた後放走した。ある夜、その対の鶴が各々一顆の明月珠を銜えて飛来し、噲参に報いた。校勘記は言う:「夜室」の「室」字は宋元本が「食」と作すが、ここは汲古閣本に従う。「為明」の「為」字は宋元本に従い、汲古閣本は「反」と作す。「懐我」の「我」字は元刻本が「吾」と作すが、ここは宋本と汲古閣本に従う。
否。踐履危難,脫厄去患。入福喜門,見吾邦君。伏震為踐履,坤為患,乾在外,故脫厄去患。艮為門,乾為福喜,巽為入,坤為吾、為邦,乾為君。○福,依宋元本,汲古作臨。
《謙》卦は《否》卦に変わる。林辞は言う:一路危難を践踏して過ぎ、厄运を摆脱し禍患を除掉する。福喜の門に走り入り、我が邦国の君主に見える。険を歴て後に通達する吉辞である。尚秉和の解説は:伏震は践履、坤は患。乾は外卦に居り、患は内に在り乾は外に在るので「脱厄去患」し得る。艮は門、乾は福喜、巽は入。坤は吾・邦、乾は君。校勘記は言う:「入福喜門」の「福」字は宋元本に依り、汲古閣本は「臨」と作す。
同人。宮商既和,聲音相隨。驪駒在門,主君以歡。通《師》。震為樂,故曰宮商、曰聲音。震為隨、為馬,坤為門,震為主、為君、為歡,又震為行。驪駒,為送行之詩。
《謙》卦は《同人》卦に変わる。林辞は言う:宮音と商音が既に協調し、声と音が彼此追随する。《驪駒》の歌が門前で唱われ起り、主人と賓客は皆歓暢である。尚秉和の解説は:《同人》は《師》と旁通する。震は楽、ゆえに「宮商」「声音」と言う。震は随・馬、坤は門。震は主・君・歓、震はまた行を主る。「驪駒」は古時に送行する時に唱う詩篇で、其の辞は《漢書・王式伝》の引く所に見え、ゆえに「在門」の送別の意を取る。
大有。天地配享,六位光明。陰陽順敘,以成厥功。詳《訟》之《震》。
《謙》卦は《大有》卦に変わる。林辞は言う:天と地が一同に配祭され享を受け、六爻の位は一片光明である。陰陽は次序に依って運行し、因って其の功業を成就する。天地が交泰して各々其の序を得る吉辞である。尚秉和は詳解は《訟》之《震》条を見よと注明する。
豫。江河淮海,天之奧府。眾利所聚,可以饒有,樂我君子。詳《否》之《坤》。
《謙》卦は《豫》卦に変わる。林辞は言う:長江・黄河・淮水・大海は、上天が深蔵した財貨の府庫である。各種の利益が皆ここに聚集し、以て富饒充足し、我が君子を快楽せしむる可し。前の《謙》之《小畜》の「天之都市」の一条と同一の機杼で、只だ「奥府」の二字を換えた。尚秉和は詳解は《否》之《坤》条を見よと注明する。
隨。雙鳥俱飛,欲歸稻池。徑涉萑澤,為矢所射,傷我胸臆。詳《屯》之《旅》。○萑,依《屯》之《旅》校,宋元本作雚,汲古作藿,皆非。
《謙》卦は《随》卦に変わる。林辞は言う:一対の鳥が一同に飛び起り、長稻の水池に帰らんと欲する。直に蘆葦の叢生する水沢を穿り抜く時、箭に射中てられ、我が胸口を傷えた。《否》之《晋》の一条と首の二字を差すのみで、皆帰途に害に遇う凶辞である。尚秉和は詳解は《屯》之《旅》条を見よと注明する。校勘記は言う:「萑沢」の「萑」字は《屯》之《旅》条に依って校訂し、宋元本は「雚」と作し、汲古閣本は「藿」と作すが、皆正しくない。
蠱。伯仲叔季,日暮寢寐。臝臥失明,喪我貝囊,銜卻道傍。震為伯,大坎為仲,艮為叔季,坎為莫、為寢寐,艮為身、為臝、為臥、為明,兌昧故失明,兌毀折故曰喪。艮為貝,震為道、為囊。○伯,從汲古,宋元本作留。臝,汲古作裸,宋元本作羸,由汲古證之可見宋元本原作臝。羸裸同,故從之。明、喪、貝,從汲古,宋元本作限、虐、具,非。卻,汲古作缷,依宋元本。
《謙》の変ずる所のあの卦を「之卦」と呼び、ここの之卦は《蠱》である。林辞は一家の伯・仲・叔・季の四兄弟を写し、天色が晩に向いて皆床に上り安睡している。赤条条として躺り、眼前は一片漆黑で、銭貝を装う口袋が見えず、還って叼まれ道路の傍に棄てられた――失明して財を破り、竊を遭い辱を受ける凶象である。尚秉和は逐句象源を指出する:《蠱》の三至五爻は互いに震を出し、震は長男、ゆえに「伯」に当たる。初爻は陰・二三爻は陽・四五爻は陰、連なって一個の放大した坎形を成し、「大坎」と呼び、坎は中男、ゆえに「仲」に当たる。上卦の艮は少男、ゆえに「叔」「季」に当たる。坎は「莫」(即ち暮、天色が晩い)・寝臥安睡で、正に「日暮寝寐」に合する。艮は身体・赤裸・躺臥・光明、互兌は昏昧を主り、昏昧が艮明を掩い蔽うので「失明」と言う。兌はまた毀折を主るので「喪」と言う。艮は貝、震は道路・また囊袋、凑って「喪我貝囊、銜却道傍」を成す。この一類は《説卦》に著録せず、尚氏が《易林》の辞句より反推して出した卦象で、「逸象」と呼び、全書注解の根本的工具である。校勘記:「伯」字は汲古閣本に従い、宋刻本・元刻本は「留」と作す。「臝」字は汲古閣本が「裸」と作し、宋元本は「羸」と作す。汲古閣本を以て一対照すれば、宋元本の拠る所の底子は原正に「臝」字であることを知り、而も「羸」「裸」と「臝」は義同じく相通ずるので、「臝」と定め作す。「明」「喪」「貝」の三字は汲古閣本に従い、宋元本は「限」「虐」「具」と作すが、皆錯っている。「却」字は汲古閣本が「缷」と作すが、ここは宋元本に依る。
臨。受終文祖,承衰復起。以義自閒,雖苦無咎。坤為文,伏艮為終、為祖,故受終文祖。坤為衰,震為起,坤為義、為咎,震樂故無咎。○閒,依汲古,宋元本作閉。
之卦は《臨》である。林辞は虞舜の受禅の典故を用いる:《尚書・舜典》は舜が「受終于文祖」、堯の太廟で帝位を接け取ったと言う。承接したは本一対の衰敗局面だったが、能く重新して振作し起った。道義に凭って自己を約束し、眼下は辛苦するも、終竟災禍を招来しない。尚秉和は取象を講ず:坤は文采、「文」字を出す。坤の背後に艮が潜伏し、この種の卦面に出現せず、対面より反求する象を「伏象」と呼び、伏艮は終・祖で、合して「受終文祖」を成す。坤は衰敗を主り、震は奮起を主るので「承衰復起」である。坤は義理・また灾咎、而して震の性は喜楽、喜楽は灾を消し得るので「無咎」と言う、即ち過錯なく禍患に遭わない。校勘記:「閑」字は汲古閣本に依り、宋元本は「閉」と作す。「閑」は防閑・自我約束の意である。
觀。據斗運樞,順天無憂,與樂並居。詳《益》之《節》。
之卦は《觀》である。林辞は写す:北斗天枢の位置を占住し、天道の運転に随い、天に順って行えば憂慮なく、長く歓楽と同住する。これは枢を握り位を得て、安く太平を享くる吉辞である。尚秉和は此処で重ねて注解を出さず、只だこの条の林辞は《益》之《節》の一条と文字相同しく、取象の講解は詳しくはあの条を見よと言うのみである。
噬嗑。周師伐紂,戰於牧野。甲子平旦,天下悅喜。震為周、為伐,坎眾為師,離為惡人,故曰紂。艮為城。《尚書》注:牧野城,周武王所築。震為旦、為子,艮為甲,故曰甲子。坎為平,故曰平旦。艮為天,震為下、為樂。《周書》:"武王伐紂,甲子昧爽,王朝至於商郊牧野",林所本也。
之卦は《噬嗑》である。林辞は武王の商を克するを詠ず:周家の軍隊が商紂を討伐し、両軍は牧野で決戦する。甲子の日に天が剛めて放亮すれば即ち勝負を分け、天下人は歓欣鼓舞せざるなし。暴を除き衆を得る大吉の辞である。尚秉和は講ず:《易林》は一律に震を以て周と為し、震はまた征伐。坎は水・衆、衆は即ち師旅、ゆえに「周師」が象を得る。離は兵戈・悪人、ゆえに紂を指す。艮は城邑、《尚書》の旧注は牧野の城は周武王の築く所と言う。震は天明・子(十二支の子)、艮は甲、合して「甲子」を成す。坎は平、ゆえに「平旦」と言う、即ち天将に亮けんとする時辰である。艮は天、震は下・喜楽、凑って「天下悦喜」を出す。《尚書》の《周書》の裏に「武王伐紂、甲子昧爽、王朝至于商郊牧野」と記すが、正にこの条の林辞の本とする所である。
賁。十雌百雛,常與母俱。抱雞搏虎,誰敢害諸。通《困》。巽為雌,兌為雛,數十故曰十雌。震為百、為子,故曰百雛。巽為母、為雞,艮為虎、為抱,故曰抱雞搏虎。○百,元本作伯,從宋本、汲古。諸,依宋元本,汲古作者,與俱不協。○巽母證。
之卦は《賁》である。林辞は写す:十羽の母鶏が上百羽の小鶏を帯び、雛児は総じて母親の身辺に跟う。母鶏は雛を護るために敢えて老虎と相扑し、誰か敢えて来りてそれらを傷害せん。子を護る勇・外邪の敢えて犯さない吉象を取る。尚秉和は先ず「通《困》」を標す――《賁》と《困》は六爻の陰陽が全然相反し、この種の一正一反の配対関係を「旁通」と呼び、本卦で講じ出せない象は、就ち旁通のあの卦を取って解く。《困》の中で巽は雌、兌は雛、巽の卦数は十、ゆえに「十雌」と言う。震は百・子、ゆえに「百雛」と言う。巽は母・鶏、艮は虎・懐抱、凑って「抱鶏搏虎」を成す。校勘記:「百」字は元刻本が「伯」と作すが、ここは宋刻本と汲古閣本に従う。「諸」字は宋元本に依り、汲古閣本は「者」と作し、上句の「俱」字と押韻しない。尚氏はまた一筆を標す:この条は巽為母という逸象の例証と作し得る。
剝。桀蹠並處,人民愁苦。擁兵荷糧,戰於齊魯。此用《謙》象。坤為惡,故曰桀。坎為盜,故曰蹠。震為人民,坎為愁苦,艮為兵,震為糧,艮手為擁,艮背為荷。震為戰,伏兌為魯,巽為齊,故曰齊魯。
之卦は《剥》である。林辞は乱世を写す:暴君の夏桀と大盗の盗跖が同時に並び世に在り、百姓は愁苦して堪えない。人人が兵器を抱え口粮を背負い、斉・魯の一帯で交戦する。暴政と寇乱が交攻する大凶の象である。尚秉和は言うこの条は之卦《剥》の象を取らず、而是れ回頭して本卦《謙》の象を用いる:坤は悪、ゆえに桀を指す。坎は盗賊、ゆえに跖を指す。震は人民、坎は愁苦。艮は兵械、震は粮食。艮は手、手が兵器を持てば即ち「擁」、艮はまた背、背が口粮を負えば即ち「荷」。震は戦伐、潜伏の兌を取って魯と作し、巽を取って斉と作し、皆《易林》の裏の国名逸象で、合して「戦于斉魯」を成す。
復。南山昊天,刺政閔身。疾悲無辜,背憎為仇。詳《乾》之《臨》。
之卦は《復》である。林辞は《詩経・小雅》の裏の《節南山》《巧言》の一類の刺詩の口気を用いる:終南の高山と蒼蒼たる上天を仰望し、詩を作って時政を讥刺し自身を哀傷する。無辜の人が横に禍殃を遭うを痛心し、背地裏で互相いに憎恨して終に仇讐を結成する。讒佞が道に当たり賢者が害を受ける凶辞である。取象の講解は《乾》之《臨》の一条と相同しく、詳しくはそこを見よ。
無妄。百川朝海,流行不止。道雖遼遠,無不到者。乾為海、為百川。震為行、為道、為遠、為至,故無不到。
之卦は《無妄》である(《無妄》は卦名で、拆き開いて虚妄なしと講じ得ない)。林辞は写す:百川が一斉に朝宗して海に帰り、昼夜奔流して停まない。路は遥遠なるも、到らない所はない。積渐して必ず成り志有れば竟に達する吉象を取る。尚秉和は講ず:《無妄》の上卦乾は海・百川。下卦震は行走・道路・遠・到達、ゆえに「無不到者」と言う。
大畜。目不可合,憂來搖足。悚惕危懼,去其邦域。大離故目不合。震為足、為搖,乾為憂、為危惕。艮為邦域,艮在外故曰去。○危,依汲古,宋元本作為。
之卦は《大畜》である。林辞は写す:両眼が睜いて合えず、憂愁が一来れば両脚は不住に抖える。心の裏で驚悚戒懼し、只好く自分の家邦を離れる。驚憂して出亡する凶象である。尚秉和は講ず:《大畜》は下乾上艮、外面の両爻は陽で中間の四爻の裏に両陰有り、全卦を合して看れば一個の放大した離形で、「大離」と呼び、離は目、目が張きて合えないので「目不可合」と言う。互震は足・揺動、ゆえに「揺足」。乾は憂・惕懼、ゆえに「悚惕危懼」。艮は邦国疆域、艮は外卦に居り、人は外に在れば即ち離去、ゆえに「去其邦域」と言う。校勘記:「危」字は汲古閣本に依り、宋元本は「為」と作す。
頤。鳥升鵲舉,照臨東海。尨降庭堅,為陶叔後。封於英六,履福綏厚。詳《需》之《大畜》。
之卦は《頤》である。林辞は皐陶の後裔が封を受けた故事を詠ず:鳥児が高く飛び喜鵲が翅を振り、光輝は東海を照臨す。尨降・庭堅は皆《左伝》の文公十八年に記す高陽氏の「八愷」の中の賢人で(旧説は庭堅は即ち皐陶)、彼らは陶叔の後代で、子孫は英・六の両国に封を受け、世世福を享け、安く厚禄を享くる。祖蔭を承って爵禄を得る大吉の辞である。取象の講解は《需》之《大畜》の一条と相同しく、詳しくはそこを見よ。
大過。北方多棗,橘柚所聚。何囊載黍,盈我筐筥。通《頤》。坤為北,艮為棗、為橘柚,正反艮故曰聚,坤亦為聚也。坤為囊,艮為何,震為黍、為載、為筐筥。
之卦は《大過》である。林辞は豊収を写す:北方は棗子を多く産し、橘柚も皆ここに聚まる。肩上に口袋を扛いで黍米を装い、我が方筐圓筥を満装した。物阜かに財豊かなる吉象である。尚秉和は「通《頤》」を標し、《大過》と《頤》は六爻の陰陽が全反し、一対の旁通卦で、ゆえに《頤》の象を借りて講ず:坤は北方。艮は棗・橘柚。《頤》の上卦は艮、下卦の震は正に艮を倒した形状で、両個の艮が一正一反相向して対し、「正反艮」と呼び、相向すれば会聚の意有り、ゆえに「聚」と言い、坤は本身も聚の義有り。坤は口袋、艮は「何」(荷に同じ、肩に負う)、震は黍米・載運・また筐筥、凑って「何囊載黍、盈我筐筥」を成す。
坎。懸貆素飡,食非其任。失望遠民,實勞我心。《詩小雅伐檀篇》:"胡瞻爾庭有懸貆兮?不素餐兮?"互艮為貆,震為素、為餐,坎為食,伏巽為繩,故曰懸。艮為望,坎失,故曰失望。坎為民、為勞、為心。○貆,宋元本作狟。飡,汲古作餐,依宋元本。食非其任,言不稱職也。
之卦は《坎》である。林辞は《詩経・小雅・伐檀》を化用す:庭前に猟来の貆(幼貉)を掛け、俸禄を白く食らって事を為さず、位子を占めて職に称わない。百姓を失望疏遠せしめ、実に我が心力を交瘁せしむる。尸位素餐して労あって功なきの凶辞である。尚秉和は先ず《伐檀》の原句「胡瞻爾庭有懸貆兮?不素餐兮?」を引き、再び象を講ず:一卦の中間の四爻を取って別に新卦を組成するを「互体」と呼び、ここは互いに艮を出し、艮は貆。震は素・餐食、坎は喫。潜伏の巽は绳索、縄を以て物を掛くるので「懸」と言う。艮は瞻望、坎は陥失を主り、望んで落空すれば即ち「失望」。坎は民・労苦・心。校勘記:「貆」字は宋元本が「狟」と作す。「飡」字は汲古閣本が「餐」と作すが、ここは宋元本に依る。尚氏はまた「食非其任」の一句を解し、是れ職に称わざるを言う。
離。羔羊皮革,君子朝服。輔政扶德,以合萬國。詳《晉》之《臨》。
之卦は《離》である。林辞は写す:羔羊の皮を以て裘服を製成し、正に君子が上朝に穿く礼服である。それを穿く者は朝政を輔佐し徳教を扶持し、因って万邦を協和し得る。《詩経・召南・羔羊》の在位者の節倹正直を詠ずる意を用い、官に居る得体・位望日に隆る吉辞である。取象の講解は《晋》之《臨》の一条と相同しく、詳しくはそこを見よ。
咸。齊魯爭言,戰於龍門。構怨致禍,三世不安。詳《坤》之《大畜》。○世,依宋元本,汲古作三歲。
之卦は《咸》である。林辞は写す:斉・魯の両国は争執して下せず、龍門で開戦する。怨仇を結んで禍患を招来し、三代の人が皆安寧を得ない。兵が連なり禍が結ばれ、患を子孫に遺す凶辞である。取象の講解は《坤》之《大畜》の一条と相同しく、詳しくはそこを見よ。校勘記:「世」字は宋元本に依り、汲古閣本はこの句を「三歳」と作す。
恆。久陰霖雨,塗行泥潦。商人休止,市空無有。互大坎故曰陰、曰霖雨、曰泥潦。震為大塗、為行、為商人,坎陷故休止。巽為市,兌毀故空無所有。○市空無有,依汲古,宋元本作市無所有。
之卦は《恒》である。林辞は写す:久しい陰が開けず、霖雨が連綿と続き、路上は一片の泥濘と積水である。行商の人は只好く停まって行かず、市集は空空荡荡として貨物がない。商旅が阻まれ生意が蕭条する凶象である。尚秉和は講ず:《恒》の中間の几爻が合して一個の放大した坎形を成し、即ち「互大坎」で、坎は水・雨、ゆえに陰・霖雨・泥潦と言う。震は大道・行走・また商人。坎は陥険を主り、行き得ないので「休止」。巽は往来交易を主り、取って市集と為す。兌は毀折を主るので市上に一無所有。校勘記:末句は汲古閣本に依って「市空无有」と作し、宋元本は「市无所有」と作す。
遯。桃雀竊脂,巢於小枝。搖動不安,為風所吹。心寒慄栗,常憂殆危。艮為鳥故曰桃雀。竊脂,《詩大雅》:"肇允彼桃蟲",《傳》"桃蟲,鷦鷯也"。鷦鷯,即桃雀。《爾雅》:"桑扈、竊脂,皆小鳥",艮為小也。艮為巢、為枝,巽風進退故動搖。乾為寒、為惕,故曰慄慄、曰危殆。○巢,依宋元本,汲古作來,非。心寒,依《旅》之《晉》校。
之卦は《遯》である。林辞は写す:鷦鷯・窃脂の一類の小鳥が、窩を細枝の上に搭てる。風が一吹きすれば揺動して定まらず、心裏は冷えて直ちに顫え、時時危険を憂懼する。根基が牢ならず栖身が安からぬ凶象である。尚秉和は講ず:艮は鳥、ゆえに「桃雀」と言う。桃雀は即ち桃虫で、尚氏は《詩・大雅》の「肇允彼桃虫」を引き、毛《伝》は「桃虫、鷦鷩也」と言い、鷦鷯は即ち桃雀である。《爾雅》は桑扈・窃脂は皆小鳥と言い、而して艮はまた小を主り、正に小鳥の象に合する。艮は巢・樹枝。巽は風、風の性は進退して定まらないので「揺動」と言う。乾は寒・惕懼、ゆえに「栗栗」「危殆」と言う。校勘記:「巢」字は宋元本に依り、汲古閣本は「来」と作すが正しくない。「心寒」の二字は《旅》之《晋》のあの同文の林辞に拠って校定したものである。
大壯。防患備災,凶禍不來,雖困無災。通《觀》。坤為患、為災,艮為防,坤為凶禍,坤閉故困。○均依汲古,宋元本禍作惡,無災作無憂,多"未獲安休"四字。
之卦は《大壮》である。林辞は写す:預め患を防ぎ事先に災に備えれば、凶禍は門に上らない。たとえ一時处境が困頓するも、灾殃を釀成するに至らない。備え有りて患なしの吉辞である。尚秉和は「通《觀》」を標し、《大壮》と《觀》は六爻の陰陽が全反で、旁通の一対、ゆえに《觀》の象を借りて講ず:坤は禍患・災、艮は防備。坤はまた凶禍。坤の性は閉塞、閉塞して通ぜないので「困」。校勘記:これらの几句は皆汲古閣本に依る。宋元本は「禍」を「悪」と作し、「无災」を「无憂」と作し、併せて「未獲安休」の四個字を多く出す。
晉。引頸絕糧,與母異門。不見所歡,孰與共言。艮為頸,震為糧,震覆坤輿閉故絕糧。坤為母、為門,艮亦為門。坤西南、艮東北,故曰異門。震為歡、為言,震覆坤閉,故不見所歡,故無與共言。○頸,依汲古,宋元本作順,非。
之卦は《晋》である。林辞は写す:頸を伸ばして飯を盼んでも粮が絶え、母親と分かれて两個の門戸に処る。心の中の見たい人に見えず、また誰と話を同じくせん。飢困して孤絶の凶象である。尚秉和は講ず:艮は頸項、震は粮。但し震象はここは倒置――一卦を上下顛倒して象を取るを「覆象」と呼ぶ――運動せず、加えて坤は大車にして其の性は閉塞、車は閉して通ぜないので「絶粮」と言う。坤は母・門、艮もまた門。坤は方位に於て西南に属し、艮は東北に属し、両門の方向が同じからないので「異門」と言う。震は歓・言語、震は既に倒置し坤はまた閉塞するので、所歓に見えず、共に語る人もない。校勘記:「頸」字は汲古閣本に依り、宋元本は「順」と作すが正しくない。
明夷。蝦去海,藏於枯裡。街巷褊隘,不得自在。南北極遠,渴餒成疾。坤為魚,故曰蝦。坎為海,坤在外,故曰去海。坤為里、為藏,離為枯、為巷。坎為褊隘,離南坎北,坎為疾,離為渴餒。○褊,汲古作偏,從宋元本。極遠,汲古作無極,從宋元本。
之卦は《明夷》である。林辞は写す:魚蝦が大海を離れ、枯れ乾いた里巷に躲れ入る。街巷は狭窄逼仄して、動き自在にならない。南北の両頭は相隔たること極遠く、又渇き又餓え、終に病み倒れる。所を失い困厄する大凶の象である。(首字は底本が一個の魚旁の僻体と作し、字書に檢し難く、此処は仍お其の旧貌とし改易を作さない。)尚秉和は講ず:坤は魚、ゆえにこの蝦字を出す。坎は海、坤は外卦に居り、海を離れて去るので「去海」と言う。坤は里巷・藏匿、離は枯干・また街巷。坎は狭窄逼仄を主る。離は南に在り坎は北に在るので「南北極遠」と言う。坎は疾病、離の性は燥熱、ゆえに「渇餒」。校勘記:「褊」字は汲古閣本が「偏」と作すが、ここは宋元本に従う。「極遠」は汲古閣本が「无極」と作すが、もまた宋元本に従う。
家人。恭寬信敏,功加四海。闢去不詳,喜來從母。坎為信,巽為母,伏震為喜。
之卦は《家人》である。林辞は《論語・陽貨》の孔子が子張の仁を問うに答えた「恭・寛・信・敏・恵」を取る:恭敬・寛厚・誠信・勤敏を能くすれば、功業は便ち四海に遍及し得る。不祥を駆走せば、喜慶は母親と一同に随いて来る。徳を修めて福を致し家門吉慶の辞である。尚秉和は講ず:《家人》の中で坎は誠信、巽は母。震は潜伏して下に在り形を露さず、震は喜楽を主るので「喜来」と言う。辞裏の「不詳」は即ち不祥である。
睽。歲飢無年,虐政害民。乾溪驪山,秦楚結怨。離虛故飢。坎為眾、為民,兌毀折故曰虐、曰害。坎為溪,離火故曰乾溪。坎為馬,伏艮為山,故曰驪山。兌西故曰秦,離南故曰楚。楚靈王死於乾溪,秦始皇葬驪山,故曰秦楚結怨。坎為怨也。
之卦は《睽》である。林辞は写す:年成は飢荒して顆粒の収なく、苛政が又来りて百姓を残害す。乾谿と驪山の両処は、正に秦・楚が怨を結んだ所在である。楚霊王は窮奢黷武し、衆叛して親離れ乾谿に死し。秦始皇は土木を大いに興し、身後に驪山に葬られた――皆虐政が民を害する様板、ゆえに大凶の辞である。尚秉和は講ず:離は中虚、虚なれば則ち空乏、ゆえに「飢」。坎は衆・民、兌は毀折を主るので「虐」「害」と言う。坎は谿水、離は火、火の性は乾燥、合して「乾谿」を成す。坎は馬(驪は本深黑色の馬)、潜伏の艮は山、ゆえに「驪山」と言う。兌は西方に在り秦を指し、離は南方に在り楚を指し、坎はまた怨、凑って「秦楚結怨」を成す。
蹇。右目無瞳,偏視寡明。十步之外,不知何公。此用《謙》象。伏兌為右,艮離目不全故無瞳,故偏視,坎黑故寡明。坤數十,震為公、為步,正反震,故不知何公。
之卦は《蹇》である。林辞は写す:右眼に瞳仁なく、只だ頭を偏して看るのみで、視力は昏暗である。十歩の外は、向うのあれが哪一位か認め出さない。目盲して察を失い事に臨んで明ならぬ凶象である。尚秉和は言うこの条は仍お本卦《謙》の象を用いる:潜伏の兌は右方を主り、艮と離は合看すれば目形が殘缺して全からず、ゆえに「无瞳」「偏視」と言う。坎の色は黑、ゆえに「寡明」。坤の卦数は十、ゆえに「十歩」と言う。震は公・行歩、而して卦中の震象は一正一反両相背対し、認め清楚にできないので「不知何公」と言う。
解。蜩螗歡喜,草木嘉茂。百果蕃熾,日益庶有。此用《謙》象。震為鳴,伏巽故曰蜩螗。《豳風》注:蜩,蟬也。宋曰螗。震為歡喜,《詩大雅》:"如蜩如螗,如沸如羹",箋云:言飲酒歡呼之聲似蜩螗之鳴,茲曰歡喜,用詩意也。震為草木、為嘉茂、為百、為蕃熾。艮為果、為日。○果、庶,從汲古,宋元作菓、作多。
之卦は《解》である。林辞は写す:蝉児が一片に歓鳴し、草木は繁美茂盛に長ち、百果は結実累累として、家業は一天一天と富足する。生機勃発し日進有余の吉辞である。尚秉和は言う仍お本卦《謙》の象を用いる:震は鳴叫、巽は潜伏して内に在り虫は巽に属するので「蜩螗」と言う。《詩・豳風》の旧注は蜩は即ち蝉で、宋国の方言は螗と呼ぶと言う。震は歓喜。《詩・大雅》の「如蜩如螗、如沸如羹」、鄭《箋》は飲酒歓呼の声は蜩螗の斉鳴するが如しと言い、林辞の「歓喜」二字を用うるは、正に詩意を取る。震は草木・美盛・百・繁茂。艮は果実・日。校勘記:「果」「庶」の二字は汲古閣本に従い、宋元本は「菓」「多」と作す。
損。常德自如,安坐無尤。幸入貴鄉,到老安榮。艮止故曰常德、曰安坐。艮為鄉、為貴,坤為老,震為榮。○幸入,宋本作華萃,元本作華入,依汲古。○艮貴可解《易》。
之卦は《損》である。林辞は写す:恒常の徳を守住し、従容自如として、安然端坐して過失なし。幸いに顕貴の郷に進入し、老来るまで仍お安穩榮顕である。常を守り福を獲て善始善終の吉辞である。尚秉和は講ず:艮の卦徳は止、止まりて遷らないので「常徳」「安坐」と言う。艮は郷里・尊貴、坤は老、震は榮顕。校勘記:「幸入」の二字は宋刻本が「華萃」と作し、元刻本は「華入」と作すが、ここは汲古閣本に依る。尚氏はまた一筆を附す:艮為貴という逸象は、用いて《周易》経伝の若干の講じ難い処を解通し得る。
益。狡兔趯趯,良犬逐咋。雄雌爰爰,為鷹所獲。震為兔、為行,互艮為大。震為逐,震口為咋、為雄,巽為雌,爰爰,行貌。艮為鷹、為獲,《詩小雅》:"躍躍毚兔,遇犬獲之",《釋文》:"躍,他厯反,與趯同",又《王風》:"有兔爰爰",《傳》:"爰爰,行緩也"。○雄雌爰爰,依《未濟》之《師》校,各本作雄雉受害,非。
之卦は《益》である。林辞は写す:狡兎が蹦跳して逃竄し、好い猟犬が追い上げて一口に咬住する。雌雄の野物は慢騰騰として行き、老鹰に逮え去られた。弱者は羅網を逃れ難い凶象である。尚秉和は講ず:震は兔・行走、互艮は大、大犬は即ち良犬。震は追逐、震の形は口に似るので「咋」(咬)と為り、また雄。巽は雌。「爰爰」は行走の样子である。艮は鷹・擒獲。彼は《詩・小雅・巧言》の「躍躍毚兎、遇犬獲之」を引き、《経典釈文》は「躍」は他歴反の音で、「趯」と是一個の字と言う。また《詩・王風・兎爰》の「有兎爰爰」を引き、毛《伝》:「爰爰、行緩也」。校勘記:「雄雌爰爰」の四字は《未濟》之《師》のあの同文に拠って校定したもので、各本は原「雄雉受害」と作すが、正しくない。
夬。春桃生花,季女宜家。受福多年,男為邦君。詳《師》之《坤》。
之卦は《夬》である。林辞は《詩経・周南・桃夭》の「桃之夭夭、灼灼其華、之子于帰、宜其室家」の意を用いる:春に桃樹が花を開き、少女が出嫁して其の家室を安んじ得る。多年福を享け、生んだ男孩は将来一国の君を為す。婚嫁が宜しきを得て子孫貴顕の大吉の辞である。取象の講解は《師》之《坤》の一条と相同しく、詳しくはそこを見よ。
姤。山石朽弊,消崩墮落。上下離心,君受其祟。乾為山、為石,巽為朽弊、為消崩墮落。乾為君,陰消陽,故曰受祟。○消墮,從汲古,宋元本作稍墮。
之卦は《姤》である。林辞は写す:山石が朽壊し、一片一片と崩塌坠落する。上下は離心離徳し、君主は因って殃に遭う。根本が動揺し上位が害を受ける凶象である。尚秉和は講ず:乾は山・石。巽は消散敗壊を主るので「朽弊」「消崩堕落」と言う。乾は君。《姤》は一陰が衆陽の下に生じ、陰気が陽気を侵消するので「受其祟」と言う。校勘記:「消」「堕」の二字は汲古閣本に従い、宋元本は「稍堕」と作す。
萃。水壞我裡,東流為海。龜鳧讙譁,不睹我家。詳《泰》之《兌》。
之卦は《萃》である。林辞は写す:大水が我が里巷を冲毀し、東に奔流して一片の汪洋に匯成した。亀と野鴨が水上で聒噪して休まず、我が家園は已に見えない。水患に産を蕩し家破れ流離する凶辞である。取象の講解は《泰》之《兌》の一条と相同しく、詳しくはそこを見よ。
升。七竅龍身,造易八元。法天則地,順時施恩,富貴長存。元本注:聖人心有七竅,伏羲蛇身。《左傳》:"高辛氏有才子八人,天下謂之八元",互兌為穴、為竅,數七,故曰七竅。震為龍,坤為身,故曰龍身。坤數八,又為地,伏乾為天,故曰法天則地。震為時,坤順,故曰順時。伏乾為富貴。翟云升謂伏義龍身,八元即八卦。○易,汲古作化,施恩作施行,均從宋元本。
之卦は《升》である。林辞は聖人の制作の功を詠ず:心に七竅ある聖人が竜身を生じ、《易》道を創出し八元を開立する。上は天に取法し、下は地に取則し、四時に順応して恩沢を施布し、富貴は長久にして衰えない。聖徳が物を開く大吉の辞である。元刻本の旧注は言う:聖人の心に七竅あり、伏羲は蛇身である。《左伝》文公十八年に「高辛氏有才子八人、天下謂之八元」と記す。尚秉和は講ず:互兌は穴・孔竅、兌の卦数は七、ゆえに「七竅」と言う。震は竜、坤は身、合して「竜身」を成す。坤の卦数は八、坤はまた地、潜伏の乾は天、ゆえに「法天則地」と言う。震は時、坤の性は柔順、ゆえに「順時」と言う。伏乾は富貴。清人の翟雲升は則ち句中が言う所は正に伏羲の竜身で、「八元」は即ち八卦と認める。校勘記:「易」字は汲古閣本が「化」と作し、「施恩」は汲古閣本が「施行」と作すが、皆宋元本に従う。
困。四夷慕德,來興我國。文君陟降,同受福德。坎為夷,伏震,卦數四,故曰四夷。坎為慕,伏艮為國。震為君,互離故曰文君。正反震,故曰陟降、曰福德。○同福,依宋元本,汲古作合其,《詩大雅》:"文王陟降",文君即文王。
之卦は《困》である。林辞は写す:四方の外族が徳化を仰慕し、来りて我邦を助興する。文王の神霊は上下に往来し、君民は同じく福徳を受ける。徳が遠人に被り上下が庥を蒙る吉辞である。尚秉和は講ず:坎は夷、其の中に潜伏する震の卦数は四、ゆえに「四夷」と言う。坎は思慕、伏艮は国。震は君、互離は文、合して「文君」を成す。卦中の震象は一正一反・一上一下、ゆえに「陟降」と言い、もまた由此「福徳」の二字を出す。校勘記:「同」「福」の二字は宋元本に依り、汲古閣本は「合其」と作す。《詩・大雅・文王》に「文王陟降」の句有り、見るべく「文君」は即ち文王である。
井。華首山頭,仙道所遊。利以居止,長無咎憂。伏艮為山,坎為首,兌為華,故曰華首。艮為壽,故曰仙道。伏震為遊,巽為利、為長,艮為居止,坎為憂。
之卦は《井》である。林辞は写す:華首山頭は神仙が往来游息する地方である。ここに安居するに宜しく、長久災禍憂患なし。地を択びて安を得て延年益寿の吉辞である。尚秉和は講ず:伏艮は山、坎は首、兌は華、合して「華首」を成す。艮は長寿を主るので「仙道」と言う。伏震は游、巽は利・長、艮は居止、「咎憂」の二字は則ち坎為憂に出ず。
革。鸇鳩徙巢,西至平州。遭逢雷雹,損我葦蘆。家室飢寒,思吾故初。通《蒙》。艮為鸇鳩、為巢,震行,故曰徙巢。坎為平、為西、為冰雹,震為雷、為葦蘆,兌毀坤我,艮為家室,坤為飢寒。○損,從汲古,宋元本作闢。
之卦は《革》である。林辞は写す:鸇鳩が家を搬き窩を挪し、一路西に遷って平州に至る。半途で雷電冰雹に遇い、我が蘆葦の窩棚を打壊された。一家老小は餓えを受け凍えを受け、只好く当初の旧居を回想する。遷徙して計を失い帰りて思いて返り難い凶象である。尚秉和は「通《蒙》」を標し、《革》と《蒙》は六爻の陰陽が全反で、旁通の一対、ゆえに《蒙》の象を借りて講ず:艮は鸇鳩・巢、震は行動を主るので「徙巢」と言う。坎は平・西・冰雹、震は雷・葦蘆。兌は毀折を主り、坤は我、艮は家室、坤はまた飢寒。校勘記:「損」字は汲古閣本に従い、宋元本は「辟」と作す。
鼎。狗無前足,陰謀叛北,為身害賊。詳《小畜》之《明夷》。艮為狗,初二半艮,無初爻,故無前足。震為足,震伏亦無。○北,依汲古,宋元本作背。《說文》:"背,乖也"。二人相背,《史記魯仲連傳》:"士無反北之心",背乃妄人所改。
之卦は《鼎》である。林辞は写す:狗に前腿なく、暗中に叛離を圖謀して、結果反って自身を害した。陰謀が自敗する凶象である。取象の講解は《小畜》之《明夷》の一条と相同しく、詳しくはそこを見よ。尚秉和はまた補講す:艮は狗。只だ初・二の両爻を取って、艮の一半の形状を得、此の種の取法を「半象」と呼び、半艮は既に一爻を缺くので「无前足」と言う。震は足、而して震はまた潜伏して現れず、同じく足がないに等しい。校勘記:「北」字は汲古閣本に依り、宋元本は「背」と作す。《説文》は「背、乖也」と言い、字形は正に二人の相背する意を取る。《史記・魯仲連伝》に「士无反北之心」有り、見るべく原文は本応に「北」と作すべく、「背」は後人の妄改である。
震。陽孤亢極,多所恨惑。車傾蓋亡,身常驚惶。乃得其願,雌雄相從。詳《乾》之《屯》。○從,依宋元本,汲古作存,乃音訛。
之卦は《震》である。林辞は写す:孤陽が亢進して極処に至り、心中には懊恨疑惑多し。車子は翻り車蓋も失い、人は整天惊慌して定まらない。到後来終に心願を遂げ、雌雄は相随って伴を作す。先凶後吉の辞である。取象の講解は《乾》之《屯》の一条と相同しく、詳しくはそこを見よ。校勘記:「従」字は宋元本に依り、汲古閣本は「存」と作すが、声音相近くして致すの讹字である。
艮。空槽注器,豚彘不到。張弓祝雞,雄鳩飛去。鳩皆作父,依《師》之《旅》校。祝,呼也。
之卦は《艮》である。林辞は写す:空槽の裏に食器を倒れ入れても、猪は肯んじて来りて食さない。弓を張きて又去りて鶏を喚ぶも、雄鳩は早已に飛び去った。呼ぶも応ぜず事と願が違う凶象である。尚秉和は此の条は卦象を講ぜず、只だ校語を出す:末句の「鳩」字は各本皆「父」と作すが、ここは《師》之《旅》の一条に拠って校定する。また「祝」を解して即ち呼喚の意と言う。
漸。長夜短日,陰為陽賊。萬物空枯,藏於北陸。巽為長,坎為夜,離日坎隱,故短日。坎為賊,北方陰,離日為陽,陽為坎陰所蔽,故曰陰為陽賊。巽為草莽、為萬物,離虛故空枯。坎為藏、為北,艮為道,故曰北陸。冬日行北陸。
之卦は《漸》である。林辞は写す:夜は長く昼は短く、陰気が陽気を残害す。万物は凋零枯槁し、皆北陸に蔵れ去った。隆冬に閉蔵し陰盛えて陽衰える象を取り、時運が不利を主る。尚秉和は講ず:巽は長、坎は夜。離は日にして坎に隠没せられるので「短日」。坎は賊。北方は陰に属し、離日は陽に属し、陽は坎陰に遮蔽せられるので「陰為陽賊」と言う。巽は草莽・万物、離は中空虚、ゆえに「空枯」。坎は蔵・北、艮は道路、合して「北陸」を成す――古人は冬天太陽が北陸を運行すると講じ、正に此の意である。
歸妹。爪牙之士,怨毒祈父。轉憂於已,傷不及母。兌為爪牙,震為士、為父,故曰祈父。坎為怨毒、為憂,巽為母,巽伏,故傷不及母。《詩小雅祈父》:"予王之爪牙,胡轉於予恤,有母之尸饔"。祈父,司馬也,言司馬令我久役,移憂於已,不及事母,令母主爨也。林全說詩意。○震父巽母證。
之卦は《歸妹》である。林辞は全く《詩経・小雅・祈父》を用いる:身は王家の爪牙武士たるに、掌兵の祈父を怨恨する。憂患が自己の身上に転じて、痛心するは母親を奉養し得ない。久役して親を思う怨辞である。尚秉和は講ず:兌は爪牙、震は士・父、合して「祈父」を成す。坎は怨毒・憂。巽は母、巽は潜伏して見えないので「傷不及母」と言う。彼は《祈父》の原文「予王之爪牙、胡転于予恤、有母之尸饔」を引き、併せて解釈す:祈父は即ち司馬で、詩意が言う所は司馬が我に長年服役せしめ、憂患を我が身に移し、我をして母親を事奉し得ず、反って老母親に親自炊を主らしむ。此の条の林辞は整個が詩意を敷説するに在り。尚氏はまた標す:此の条は震為父・巽為母の両条の逸象を証し得る。
豐。拜跪請兔,不得臭腐。俛眉銜指,低頭北去。伏艮為拜跪,震為兔,震言,故請兔。巽為臭腐,巽伏故不得。艮為眉,坎陷,故俛眉。艮為指,兌口,故銜指。坎為首、為低、為北。多用伏象。○俛,從汲古,宋元本訛挽。眉,依宋元本,汲古作首。低頭,依宋元本,汲古作不得。
之卦は《豊》である。林辞は写す:跪き磕頭して一隻の兔子を討うも、臭肉爛食さえ討い得ない。只好く眉を垂れ指を咬み、頭を低くして北に走り開く。求乞して遂わず羞を含みて退く凶象である。尚秉和は講ず:伏艮は拜跪、震は兔・また言語、ゆえに「請兔」と言う。巽は臭腐、巽は潜伏して見えないので「不得」。艮は眉、坎は下陥を主るので「俛眉」、即ち低眉。艮は手指、兌は口、口が手指を銜えるので「銜指」。坎は首・低・北。此の一条は大半伏象を用いる。校勘記:「俛」字は汲古閣本に従い、宋元本は「挽」と讹す。「眉」字は宋元本に依り、汲古閣本は「首」と作す。「低頭」の二字は宋元本に依り、汲古閣本は「不得」と作す。
旅。有莘季女,為夏妃后。貴夫壽子,母字四海。巽為草莽、為莘,兌為季女,離為夏,艮貴艮壽,震夫震子,巽為母,兌為海,震卦數四,故曰四海。○夏,從宋元,汲古作王。○巽母可解《易》。
之卦は《旅》である。林辞は写す:有莘氏の小女児が、夏后氏の妃后を為す。丈夫は尊貴、児子は長寿で、她は慈愛して天下を撫育するは母親の如し。「字」は養育の意である。これは女子が貴盛にして沢が四海に及ぶ大吉の辞である。尚秉和は講ず:巽は草莽・莘、兌は少女、離は夏。艮は貴を主り・また寿を主り、震は夫・子、巽は母、兌は海、震の卦数は四、ゆえに「四海」と言う。校勘記:「夏」字は宋元本に従い、汲古閣本は「王」と作す。尚氏はまた標す:巽為母という逸象は用いて《周易》を解通し得る。
巽。季姬躊躇,待孟城隅。終日至暮,不見齊侯。詳《同人》之《隨》。○季姬、暮,從宋元本,汲古作姜、作旦,非。
之卦は《巽》である。林辞は《詩経・邶風・静女》の「俟我于城隅」の情景を化用す:季姫が城角で来回徘徊し、孟氏を等候す。白天より一直に天黑まで等つも、斉侯の影子を見ない。相約して遇わざるの失意の辞である。取象の講解は《同人》之《随》の一条と相同しく、詳しくはそこを見よ。校勘記:「季姫」と「暮」は皆宋元本に従い、汲古閣本は「季姜」・「旦」と作すが、皆正しくない。
兌。邯鄲反言,父兄生患。涉叔憂恨,卒死不還。詳《坤》之《睽》。叔,從宋元本,汲古作此,非。叔,吳廣字也。憂恨,從汲古,宋元作援殂。卒,從汲古,宋元作一。
之卦は《兌》である。林辞は秦末の陳勝・呉広の敗を詠ず:邯鄲の方面より叛離の話が伝来し、父兄輩は因って禍を招く。陳渉・呉叔は憂憤怨恨し、終に外に死して帰来れない。内訌して敗亡の凶辞である。取象の講解は《坤》之《睽》の一条と相同しく、詳しくはそこを見よ。校勘記:「叔」字は宋元本に従い、汲古閣本は「此」と作すが正しくない。「叔」は呉広の字である。「憂恨」の二字は汲古閣本に従い、宋元本は「援殂」と作す。「卒」字は汲古閣本に従い、宋元本は「一」と作す。
渙。逐鹿山巔,利去我西。維邪南北,所求不得。艮為鹿、為山、為巔,震為逐,巽為利,坎為西,震為言,故曰維邪。維邪,呼聲。震為南,坎為北,艮為求。○所求不得,依汲古,宋元作利無不得。
之卦は《渙》である。林辞は写す:山頂の上で鹿を追い、眼看到手の利頭が却って我が西辺に跑去する。吆喝着して一時南に一時北にし、求めんと欲するに到頭手に得ない。奔忙勞碌して一無所獲の凶象である。尚秉和は講ず:艮は鹿・山・山頂、震は追逐、巽は利、坎は西。震は言語を主るので「維邪」の二字を出す――「維邪」は驅趕する時の吆喝声である。震は南、坎は北、艮は求索。校勘記:末句は汲古閣本に依って「所求不得」と作し、宋元本は「利无不得」と作す。
節。穿鼻繫株,為虎所拘。王母祝福,禍不成災,突然自來。艮為鼻,坎為穿,伏巽為繫,震為株,言既穿其鼻又繫於木也。艮為虎、為拘,震為王,伏巽為母,故曰王母。震為福、為祝,坎為禍、為災。○株,汲古作珠,依宋元本。福,依汲古,宋元本訛榴。
之卦は《節》である。林辞は写す:鼻子に繩を穿され、樹樁に拴せられ、老虎に扣留せられたが如し。幸いに王母が福を降し祝禱し、禍事は灾殃を釀成せず、转眼間に自己脱き出す。先困後解して凶に逢いて化して吉と為す辞である。尚秉和は講ず:艮は鼻、坎は穿、伏巽は繩繋、震は樹樁――是れ既に鼻を穿ち又木頭に拴せるを言う。艮は虎・拘執。震は王、伏巽は母、合して「王母」を成す。震は福・祝禱、坎は禍・災。校勘記:「株」字は汲古閣本が「珠」と作すが、ここは宋元本に依る。「福」字は汲古閣本に依り、宋元本は「榴」と讹す。
中孚。虎豹熊羆,遊戲山谷。君子仁賢,皆得所欲。艮為虎豹熊羆、為山谷。《易井九二》"井谷射鮒",以伏艮為谷也。震為遊,艮為君子、為仁賢。○皆,汲古作亦,從宋元本。
之卦は《中孚》である。林辞は写す:虎豹熊羆が山谷の間で游戲する。君子は仁厚賢明にして、人人各々其の願を遂げる。各々其の位に安んじ上下相得る吉辞である。尚秉和は講ず:艮は虎豹熊羆・また山谷――《周易・井》の九二爻辞「井谷射鮒」は、正に伏艮を拿って谷と当てる。震は游、艮は君子・仁賢。校勘記:「皆」字は汲古閣本が「亦」と作すが、ここは宋元本に従う。
小過。梅李冬實,國多盜賊。擾亂並作,王不得制。詳《屯》之《師》。此以正反巽為盜賊,故曰多。
之卦は《小過》である。林辞は写す:梅樹李樹が冬天に結実し、物候は反常である。国中に盗賊が四起し、禍乱が一斉に発作し、君王も压制し得ない。序を失い乱を生ずる大凶の辞である。取象の講解は《屯》之《師》の一条と相同しく、詳しくはそこを見よ。尚秉和はまた一句を補す:ここは一正一反の两個の巽象を拿って盗賊と当て、両象が併見するので「多」と言う。
既濟。望幸不到,文章未就。王子逐兔,犬踦不得。此用《謙》象。艮為望,坤為文章,震為王、為子、為逐、為兔,艮為犬,坎為踦。○王子,依宋元本,汲古作三。
之卦は《既濟》である。林辞は写す:君王の臨幸を盼んでも等来せず、文章も成り得なかった。王子が出て兔を追い、猟犬は腿を瘸み、一無所獲。希望が落空し事事成らざる凶象である。尚秉和は言うこの条は仍お本卦《謙》の象を用いる:艮は瞻望、坤は文章、震は王・子・追逐・兔、艮は犬、坎は跛足、ゆえに「踦」と言う。校勘記:「王子」の二字は宋元本に依り、汲古閣本は「三」と作す。
未濟。千柱百梁,終不傾僵。仁智輔聖,周宗寧康。此用《謙》象。坤為千、百,艮為柱,坎為極、為梁,震仁,坎智,坎聖,震為周。
之卦は《未濟》である。林辞は写す:千根の柱子と百道の横梁は、終竟傾塌しない。仁者智者が聖主を輔佐し、周室の宗廟は安寧康泰である。棟梁に人を得て国祚が綿長の大吉の辞である。尚秉和は言うこの条は仍お本卦《謙》の象を用いる:坤は千・百、艮は柱、坎は屋極・梁。震は仁を主り、坎は智を主り・また聖、震は周。
豫之第十六
豫。冰將泮散,鳴雁噰噰。丁男長女,可以會同。生育聖人。坎為冰,下臨艮火,故曰泮散。艮為雁,震鳴,故曰噰噰。伏兌納丁,《晉書李密傳》:"零丁孤苦",丁男,言孤男無配偶也。巽為長女,震為生,坎為聖,言少男長女及冰未泮而婚嫁也。《周禮媒氏》疏引《韓詩傳》:古者霜降逆女,冰泮殺止。按:《詩邶風》:"士如歸妻,迨冰未泮",據《韓詩》是冰泮後禁嫁也,荀子及家語皆同韓詩說,鄭誤。○聖,從宋元本,汲古作賢。噰噰,從宋元本,汲古作雍雍,與毛詩字異。
《豫》卦は本身変わらず自ら《豫》に遇い、是れこの卦の首条である。林辞は写す:河氷が将に解凍消散せんとし、大雁の鳴声は噰噰たり。孤身の男子と年長の女子が正好に成婚し、還って聖人を生み得る。婚配が時を得る吉辞である。尚秉和は講ず:坎は氷、下面は艮火に臨み、氷は火に遇うので「泮散」。艮は雁、震は鳴叫を主るので「噰噰」。潜伏の兌は「納甲」(八卦が天干を分配する)の上で丁に配す。《晋書・李密伝》に「零丁孤苦」の話有り、謂う所の「丁男」は孤身無偶の男子を言う。巽は長女、震は生、坎は聖、整句が言う所は少男と長女が河氷の未だ解けざる時に趁って嫁娶する。尚氏はまた婚期を考す:《周礼・媒氏》の疏は《韓詩伝》を引き古は霜降に迎娶し氷解すれば則ち止むと言う。《詩・邶風・匏有苦葉》の「士如帰妻、迨氷未泮」は、《韓詩》に依れば正に氷解の後は嫁娶を禁止し、《荀子》と《孔子家語》は皆《韓詩》の説法と相同じく、鄭玄の説は誤と為る。校勘記:「聖」字は宋元本に従い、汲古閣本は「賢」と作す。「噰噰」は宋元本に従い、汲古閣本は「雍雍」と作し、《毛詩》の用字と同じからず。
乾。龍馬上山,絕無水泉。喉焦唇乾,口不能言。詳《乾》之《訟》,此用《豫》象。
之卦は《乾》である。乾・坤・震・巽・坎・離・艮・兌の此の八卦は各々本卦を以て重叠して六画を成し、「純卦」と呼ぶ。林辞は写す:竜馬が高山に登るも、山上に一点の水泉もない。喉嚨は焦渇し嘴唇は干裂し、話さえ説き出せない。乾渇して援なしの凶象である。取象の講解は《乾》之《訟》の一条と相同しい。尚秉和は補明す、ここは本卦《豫》の象を用いる。
坤。蔡侯朝楚,留連江濱。逾時厯月,思其後君。左氏定五年:蔡侯朝,楚子常求其裘,弗與,乃留蔡侯弗使歸。豫震為草莽、為蔡、為楚、為諸侯,坎陷,故流連,坎水故曰江濱。艮為時,坎為月、為思,震為君。全用《豫》象。
之卦は《坤》である。林辞は蔡侯が楚に扣留せられたを詠ず:蔡侯が楚国に到りて朝見するも、江辺に滞留せられて回国を得ない。時令を過ぎ又几個月を挨ぎ、只だ国中の嗣君を思念するのみである。羈旅して所を失う凶辞である。尚秉和は《左伝》定公五年の記載を引く:蔡侯が入朝し、楚国の令尹子常が彼に皮裘を索要し、蔡侯が与えず、子常は便ち蔡侯を扣下して彼を放ち回去らせない。取象は則ち全く本卦《豫》を用いる:《豫》の中の震は草莽・蔡・楚・また諸侯。坎は陥滞を主るので「留連」。坎は水、ゆえに「江濱」と言う。艮は時、坎は月・思、震は君。
屯。文厄羑里,湯困夏臺。仁聖不害,數困何憂。免於縲紲,為世雄侯。中爻坤為文、為里,坤閉故厄。坎為水,艮火,故曰湯、曰夏。艮為臺,震為仁,坎為聖,坤為害。坎為困、為憂,巽為縲紲,巽伏故免。震為雄、為侯。○紲,從汲古,宋元本作索。雄,依宋元本,汲古作明。《史記周本紀》:"紂囚文王於羑里",《殷本紀》:"夏桀囚湯於夏臺"。
之卦は《屯》である。林辞は両位の聖王の困厄を挙ぐ:周文王は羑里に囚えられ、商湯は夏台に困せられた。仁聖の人は終竟傷害を受けず、屡々困厄に遭うも又何ぞ憂う可き。後来は皆牢獄を脱出し、一世の雄侯と為った。暫く困るも終に亨る吉辞である。尚秉和は講ず:中間の几爻は互いに坤を出し、坤は文・里巷、坤の性は閉塞、ゆえに「厄」と言う。坎は水・艮は火、水火の象は合して「湯」と「夏」を成す。艮は台、震は仁、坎は聖、坤は害。坎は困・憂。巽は縲紲(罪人を拘繫する黑繩)、巽は潜伏して現れないので「免」と言う。震は雄・侯。校勘記:「紲」字は汲古閣本に従い、宋元本は「索」と作す。「雄」字は宋元本に依り、汲古閣本は「明」と作す。事は《史記・周本紀》の「紂囚文王于羑里」・《殷本紀》の「夏桀囚湯于夏台」に見る。
蒙。典冊法書,藏在蘭臺。雖遭亂潰,獨不遇災。詳《坤》之《大畜》。
之卦は《蒙》である。林辞は写す:典章図籍・律令法書は、蘭台の中に収蔵す。たとえ喪乱潰散に遭逢するも、独りそれらのみ焚毀に遭わない。文物が全うを得る吉辞である。取象の講解は《坤》之《大畜》の一条と相同しく、詳しくはそこを見よ。
需。氈裘羶國,文禮不飭。跨馬控弦,伐我都邑。伏坤為裘、為文禮、為馬、為我、為都邑,謂匈奴寇邊也。
之卦は《需》である。林辞は写す:毡裘を披き膻気有る外族の邦は、文教礼法を修めない。彼らは戦馬に跨り弓弦を張満し、来りて我が都邑を攻打する。外寇が辺を犯す凶辞である。尚秉和は講ず:潜伏の坤は裘・文礼・馬・我・都邑。整条が言う所は匈奴が辺地に入寇する事である。
訟。星隕如雨,力弱無輔。強陰制陽,不得安土。《左傳莊七年》:"星隕如雨"。離為星,坎為雨,風隕,伏象,明夷,明入地中,故曰陰制陽。坤為土。○第三句宋元本作"強陽制陰",從汲古。
之卦は《訟》である。林辞は写す:流星が紛紛として坠落するは雨の如し、自身は力弱く又人の相助なし。強盛の陰気が陽気を圧制し、故土に安居し得ない。主弱く臣強くして遷離を迫られる凶象である。尚秉和は講ず:《左伝》荘公七年に「星隕如雨」と記有り。離は星、坎は雨。巽風は隕落を主り、ここは伏象を用いる。また《明夷》の「明入地中」の義を取る、ゆえに「陰制陽」と言う。坤は土。校勘記:第三句は宋元本が「強陽制陰」と作すが、ここは汲古閣本に従う。
師。蝗嚼我稻,驅不我去。實穗無有,但見空藁。詳《小畜》之《大壯》。
之卦は《師》である。林辞は写す:蝗虫が我が稲子を啃い、驅赶しても趕走しない。穗上には一顆の実粒も剩さず、只だ空秆子を見るのみである。虫災に収が絶える凶辞である。取象の講解は《小畜》之《大壮》の一条と相同しく、詳しくはそこを見よ。
比。虎飢欲食,為蝟所伏。禹導龍門,避咎除患,元丑以安。艮為虎,坤虛,故飢。伏兌為食,坎為蝟、為伏,伏乾為王、為龍、為門,故曰禹導龍門。坎為患、為隱伏,故曰避咎除患。坤為丑、為安。○所伏,依汲古,宋元本作而伏,非。《史記龜策傳》:"蝟能伏虎,見鵲而仰。"
之卦は《比》である。林辞は写す:餓虎が正に食を喫さんと欲するに、反って小小的刺猬に制せられた。大禹が竜門を鑿開して水を導き、咎殃を躲れ禍患を除掉し、天下は従此安定した。柔を以て剛を制し疏導が宜しきを得る吉辞である。尚秉和は講ず:艮は虎、坤は中虚、ゆえに「飢」。伏兌は食、坎は猬・また潜伏を主る。伏乾は王・竜・門、合して「禹導竜門」を成す。坎は禍患・隠伏、ゆえに「避咎除患」と言う。坤は丑・安。校勘記:「所伏」は汲古閣本に依り、宋元本は「而伏」と作すが正しくない。《史記・亀策伝》は「猬能伏虎、見鵲而仰」と言う、正に林辞の本とする所である。
小畜。蝙蝠夜藏,不敢晝行。酒為酸漿,魴臰鮑羹。巽為蝙蝠,伏坎為夜、為藏,離為晝,震為行,震伏,故不晝行。坎為酒漿,巽為魚、為臰,故曰魴臰鮑羹。○鮑,元本作飽,非,依宋本、汲古。臰同臭。
之卦は《小畜》である。林辞は写す:蝙蝠は夜裏に身を蔵し、白天は敢えて出ない。酒は酸して漿を成し、魴魚は発臭し、鮑魚の熬した羹もまた餿れた。光を見るに堪えず物敗れ家窘む凶象である。尚秉和は講ず:巽は蝙蝠、伏坎は夜・藏匿。離は昼、震は行走、震は潜伏して現れないので白天は出ない。坎は酒漿、巽は魚・また臭、凑って「魴臰鮑羹」を成す。校勘記:「鮑」字は元刻本が「飽」と作すが正しくなく、ここは宋刻本と汲古閣本に依る。「臰」は即ち「臭」字である。
履。精華墜落,形體醜惡。齟齬挫頓,枯槁腐蠧。兌為華,風隕,故墜落。伏坤為形、為醜惡,兌為口,正反兌相對故齟齬。離為枯槁,巽為腐蠧。○兌為華可釋《大過》。
之卦は《履》である。林辞は写す:精華は凋謝坠落し、形体は丑陋に変じる。上下の歯牙は参差して合わず、事事挫折を受け、人は枯木の如く朽壊して蠹を生ず。衰敗して養を失う凶象である。尚秉和は講ず:兌は華、巽風は隕落を主るので「坠落」。伏坤は形体・丑悪。兌は口、両個の兌象が一正一反相対し、歯牙が合わないので「齟齬」と言う。離は枯槁、巽は腐蠹。校勘記:尚氏は標出す、兌為華という逸象は、用いて《周易・大過》の「枯楊生華」の取象を解釈し得る。
泰。兩足不獲,難以遠行。疾步不能,後旅失時。互震為足,兌卦數二,故曰兩足,兌毀故不獲,故不行。震為後、為時,坤喪故失時。
之卦は《泰》である。林辞は写す:両隻の脚が使喚を聴かず、遠路を行き難い。快步したくとも行き動かず、隊伍の後頭に落ちて時辰を誤る。行動が阻まれ坐して時機を失う凶象である。尚秉和は講ず:互震は足、兌の卦数は二、ゆえに「両足」と言う。兌は毀折を主るので「不獲」、ゆえに行き成らない。震は後・時、坤は喪失を主るので「失時」。
否。令妻壽母,宜家無咎。君子之歡,得以長久。巽為妻,乾善故曰令妻。坤為母,艮壽,故曰壽母。艮為家、為君子,伏震為樂,故曰歡。巽為長,艮為久。
之卦は《否》である。林辞は写す:賢美の妻子と高寿の母親有りて、家道は和順して過失あらず。君子の歓楽は、能く長長久久ならん。家室が興旺の吉辞である。尚秉和は講ず:巽は妻、乾は善美を主るので「令妻」、即ち好い妻子と言う。坤は母、艮は長寿を主るので「寿母」と言う。艮は家・君子、伏震は喜楽を主るので「歓」と言う。巽は長、艮は久。
同人。飢蠶作室,緡多亂纏,端不可得。巽為蟲、為蠶,離虛,故曰飢蠶。伏坎為室,巽為緡,離為亂。○飢蠶,宋元本作蠶飢。緡,宋本作昬,元本作緒,均依汲古。端,丁宴依《御覽》校,宋本、汲古皆作緒。
之卦は《同人》である。林辞は写す:餓蚕が糸を吐き繭を作りて室と為すも、絲線は太多く纏って一団と為り、線頭さえ找い出せない。紛乱して緒なく、頭緒を理め出せない凶象である。尚秉和は講ず:巽は虫・蚕、離は中空虚、ゆえに「飢蚕」と言う。伏坎は室、巽は絲繩(緡)、離は乱。校勘記:「飢蚕」は宋元本が「蚕飢」と作す。「緡」字は宋刻本が「昬」と作し、元刻本は「緒」と作すが、皆汲古閣本に依る。「端」字は清人の丁晏が《太平御覧》の引く所に拠って校定したもので、宋刻本と汲古閣本は皆「緒」と作す。
大有。子鉏執麟,春秋作經。元聖將終,尼父悲心。詳《訟》之《同人》。○經,宋本作元,元作陰,皆非,依汲古《訟》之《同人》校,汲古只此不訛,餘皆訛作陰,蓋以經字不協而妄改,豈知麟音苓,心音惺,古與經字皆協,而宋元本改為陰聖尤失解。
之卦は《大有》である。林辞は西狩獲麟を詠ず:叔孫氏の車夫鉏商が麒麟を捕得し、孔子は此のために《春秋》の一経を作す。大聖人の生命は将に尽きんとし、尼父は之のために傷心する。聖道が将に窮まらんとする哀辞である。取象の講解は《訟》之《同人》の一条と相同しく、詳しくはそこを見よ。校勘記:「経」字は宋刻本が「元」と作し、元刻本は「陰」と作すが、皆正しくなく、ここは汲古閣本《訟》之《同人》の一条に依って校定する。汲古閣本は只だ此の一処のみ誤らず、其の余の各処は皆「陰」と讹し、大概は後人が「経」字の押韻しないを嫌って擅りに改めた。却って知らず「麟」の古音は苓の如く読み、「心」の古音は惺の如く読み、古音は「経」字と皆相押するを。宋元本が「陰聖」と改めたは更に講じ通らない。
謙。螟蟲為賊,害我稼穡。盡禾殫麥,秋無所得。詳《同人》之《節》。○殫,宋元本皆作單。
之卦は《謙》である。林辞は写す:螟虫が大害を成し、我が庄稼を糟蹋す。禾も食い光し麦も食い尽し、秋天には顆粒の収なし。虫災に収が絶える凶辞である。取象の講解は《同人》之《節》の一条と相同しく、詳しくはそこを見よ。校勘記:「殫」字は宋刻本・元刻本皆「単」と作す。
隨。憂在腹內,山崩為疾。禍起蕭牆,竟制其國。互大坎為憂,離為腹,艮為山,震為覆艮,故曰山崩。巽為草莽,艮為牆,故曰蕭牆。艮為國。○以覆艮為山崩可知京謂"崩來無咎"之所本以艮為國,可得《易》各處國邑之象。
之卦は《随》である。林辞は写す:憂愁は腹中に積り、山が崩れる如く大病を成した。禍事は自家の蕭牆の内に起り、終に国家をも断送した。内乱に国を亡ぼす大凶の辞である。尚秉和は講ず:互出の大坎は憂、離は腹、艮は山。震は正に艮を倒転した覆象で、山が倒転すれば即ち「山崩」。巽は草莽(蕭は本一種の蒿草)、艮は牆、合して「蕭牆」を成す。艮は国。校勘記:尚氏は此に借りて两条の通例を発明す――覆艮を拿って山崩に当て、以て京房の「崩来无咎」を講ずるの本す所が何処に在るを知り得る。艮を拿って国に当てれば、則ち《周易》の各処の国邑を講ずる象は皆講じ通じ得る。
蠱。茹芝餌黃,飲食玉瑛。神與流通,長無憂凶。震為芝、為黃,兌口故曰茹、曰餌、曰飲食。震為玉、為神、為樂,故不憂。此言神仙導引之事。黃,黃精也。
之卦は《蠱》である。林辞は写す:霊芝を嚼み黄精を服し、玉膏英華を飲食す。精神は天地と流通し、長久憂患凶険なし。修真養生の吉辞である。尚秉和は講ず:震は芝・黄、兌は口、ゆえに「茹」「餌」「飲食」と言う。震は玉・神・また喜楽を主るので不憂。彼は指明する此の条が講ずるは神仙導引の事で、句中の「黄」は即ち黄精である。
臨。一夫兩心,歧刺不深。所為無功,求事不成。震為夫,坤為心,數二,故曰兩心、曰歧。兌毀折故無功,故不成。坤為事。○歧,宋元本作、作拔,皆非,依宋本《噬嗑》之《豐》校。《隴上記》:"狄梁公墓棘直而不歧",歧,尖也,故曰棘刺。又《後漢張堪傳》:"麥穗兩歧,注:一莖兩穗"。亦一證也。又《易坤靈圖》引亦作拔刺。
之卦は《臨》である。林辞は写す:一個の男子が両条の心を懐き、棘刺は分叉して扎り込むこと深からず。所作所為は皆功效なく、办もうと欲する事情も成り得ない。心志が両歧し事の成る所なしの凶象である。尚秉和は講ず:震は夫、坤は心、坤の数は二、ゆえに「両心」と言い、もまたゆえに「歧」と言う。兌は毀折を主るので无功、ゆえに不成。坤は事。校勘記:「歧」字は宋刻本が某字を作し元刻本は「拔」と作すが(宋本が作すあの字は底本に此処已に脱落)、皆正しくなく、ここは宋本《噬嗑》之《豊》の一条に依って校定する。尚氏は挙証す:《隴上記》は「狄梁公墓棘直而不歧」と言い、見るべく「歧」は尖出分叉の意で、ゆえに「棘刺」と連説す。《後漢書・張堪伝》の「麦穂両歧」、注は「一茎両穂」と言う、もまた一証。又《易坤霊図》の引く此の条の林辞も「拔刺」と作す。
觀。十里望煙,渙散四分。形容滅亡,終不見君。坤為里,數十。艮為望。煙,音因,與氤通。班固典引煙煙熅熅,煙熅,天地氣也,與絪縕同。艮陽在上,坤在下,天地氣接,故曰望煙。巽風為散,數四,故曰四分。坤為形、為死,故滅亡。乾伏故不見君。○四分,依宋元本,汲古作四方,以與亡協,豈知煙音因,作分乃協。
之卦は《觀》である。林辞は写す:十里の外に一片の氤氳の気を望見し、转眼に渙散して四処と作る。形体は消亡し、終竟君主に見えない。気散じ人亡ぬ凶象である。尚秉和は講ず:坤は里、坤の数は十。艮は瞻望。「煙」は因と読み、「氤」と相通ず。班固《典引》に「煙煙熅熅」の話有り、煙熅は即ち天地の気で、「絪縕」と同義。艮の陽は上に在り坤は下に在り、天地二気が相接するので「望煙」と言う。巽は風、風は吹散を主り、巽の数は四、ゆえに「四分」と言う。坤は形体・死亡、ゆえに「滅亡」。乾は潜伏して現れないので「不見君」。校勘記:「四分」は宋元本に依り、汲古閣本は「四方」と作すが、是れ「亡」字と押韻せんと欲する。却って知らず「煙」は既に因と読む、作して「分」と為すのみ韻に合するを。
噬嗑。張弓控弩,經涉山道。雖有伏虎,誰敢害諸。坎為弓、為弩,震為張,艮為山道、為虎,坎伏,故曰伏虎。坎為害。○諸,依宋元本,以與虎韻,汲古作者。
之卦は《噬嗑》である。林辞は写す:弓を張き弩を扣満し、一路山間の小道を走り過ぐ。たとえ猛虎が道傍に伏すとも、誰か敢えて来りて加害せん。備え有りて患なしの吉辞である。尚秉和は講ず:坎は弓・弩、震は張。艮は山道・虎。坎は潜伏を主るので「伏虎」と言う。坎はまた害。校勘記:「諸」字は宋元本に依り、因って上句の「虎」字と押韻せんが為である。汲古閣本は「者」と作す。
賁。泉閉澤竭,主母飢渴。君子困窮,乃徐有說。坎為泉,坎伏故閉,下火故竭。震為主,伏巽為母,離虛而燥,故飢渴。艮為君子,坎為困。說脫通,言脫去困窮也。○主母,宋元本作王母,依汲古。
之卦は《賁》である。林辞は写す:泉眼は堵塞し、池沢は乾涸し、主婦は又飢え又渇く。君子は处境困窮し、慢慢地にして才だ解脱を得る。先困後舒の辞である。尚秉和は講ず:坎は泉、坎は潜伏して現れないので「閉」。下面是離火、ゆえに「竭」。震は主、伏巽は母、合して「主母」を成す。離は中虚にして性は燥、ゆえに「飢渇」。艮は君子、坎は困。末句の「説」は「脱」と相通ず、是れ困窮を脱出するを言う。校勘記:「主母」は宋元本が「王母」と作すが、ここは汲古閣本に依る。
剝。野鳶山鵲,弈棋六博。三梟四散,主人勝客。艮為鳶、為鵲、為梟、為山,元本注三梟四散,皆古局戲名,按:《戰國楚策》云:"夫梟棊之所以能為者,以散棊佐之也,夫一梟之不勝,五散亦明矣",按:黃山谷詩:"安知樗蒲局,臨關敗三梟",今博戲失傳,故不知其義。○鳶,從宋元本,汲古作猿。
之卦は《剥》である。林辞は写す:野鳶山鵲は外に在り、人は屋裏で棋を下し六博を玩ぶ。三梟四散の一局棋は、主人が客人に贏った。主勝ち客負ける辞である。尚秉和は講ず:艮は鳶・鵲・梟・山。元刻本の旧注は「三梟」「四散」は皆古代の博戯の名目と言う。尚氏の按語は《戦国策・楚策》の「夫梟棊之所以能為者、以散棊佐之也、夫一梟之不勝、五散亦明矣」を引き、又黄庭堅の詩「安知樗蒲局、臨関敗三梟」を引く。只だ此の種の博戯は今天已に失伝したので、確切の規則を説き清め得ない。校勘記:「鳶」字は宋元本に従い、汲古閣本は「猿」と作す。
復。羊驚馬走,上下揮擾。鼓音不絕,頃公奔敗。震為驚、為羊、為馬、為走、為鼓、為音,坤為頃,震為公,故曰頃公。震為奔,坤為敗。《左傳成二年》:"晉卻克與齊頃公戰,晉人援桴而鼓之,頃公奔敗"。○頃,汲古訛項,依宋本。
之卦は《復》である。林辞は写す:羊は受驚し馬は奔逃し、上上下下は一片紛擾である。戦鼓の声響は個不停で、斉頃公は終に敗走した。敗軍喪師の凶象である。尚秉和は講ず:震は驚・羊・馬・奔走・鼓・声音。坤は頃、震は公、合して「頃公」を成す。震は奔、坤は敗。事は《左伝》成公二年の鞍之戦に出ず:晋国の郤克が斉頃公と交戦し、晋人は桴を執り鼓を撃ち、斉頃公は敗逃した。校勘記:「頃」字は汲古閣本が「項」と讹すが、ここは宋刻本に依る。
無妄。黃帝神明,八子聖聰。俱受大福,天下康平。震為黃、為帝、為神,艮為明,數八,震子,故曰八子。乾為聖聰、為大福、為天,震陽在下,故曰天下。《左傳》:"高陽氏有才子八人",林所本也。○康平,依宋元本,汲古作平康。
之卦は《無妄》である。林辞は写す:黄帝は神明叡智、八位の賢子は聡明聖哲である。一同に大福を承受し、天下は安康太平。聖王が上に在り四海咸寧の大吉の辞である。尚秉和は講ず:震は黄・帝・神、艮は明、其の数は八、震はまた子、ゆえに「八子」と言う。乾は聖聡・大福・天、震陽は下に居るので「天下」と言う。《左伝》文公十八年に「高陽氏有才子八人」と記す、正に林辞の本とする所である。校勘記:「康平」は宋元本に依り、汲古閣本は「平康」と作す。
大畜。輕車醊祖,猋風暴起。泛亂祭器,飛揚鼓舞。明神降佑,道無害寇。震為車、為祭祀,故曰醊祖。祖者,將行犯軷之祭,《詩大雅》"仲山甫出祖"是也。伏巽為風,進退,故曰猋風。震為器,兌毀故泛亂。震為飛揚、為鼓舞、為明神、為福佑、為道,坤為害、為殺,坤伏故無。○首句原作"住馬醊酒",猋作疾,第四句作"飛揚位卓",卓,宋元本又作草,茲依汲古《坎》之《巽》校,祇泛字依本文。
之卦は《大畜》である。林辞は写す:軽車が行に臨み酒を奠めて路神を祭るに、忽然狂風が大作した。祭器は吹き倒され東倒西歪し、祭品は飛揚乱舞した。幸いに明神が福を降し保佑し、一路上寇害なし。出行して険に遇いて終に平安を得る辞である。尚秉和は講ず:震は車・祭祀、ゆえに「醊祖」と言う――「祖」は出行前に路神を祭る「犯軷」の礼で、《詩・大雅・烝民》の「仲山甫出祖」が言う所は即ちそれ。伏巽は風、風の性は進退して定まらないので「猋風」、即ち暴風。震は器皿、兌は毀折を主るので「泛乱」。震は飛揚・鼓舞・明神・福佑・道路。坤は害・殺、坤は潜伏して現れないので「无」と言う。校勘記:首句は原「住馬醊酒」と作し、「猋」は原「疾」と作し、第四句は原「飛揚位卓」と作し、「卓」は宋元本また「草」と作す。これらは皆汲古閣本《坎》之《巽》の一条に依って校改し、只だ「泛」字のみ仍お本条の原文に依る。
頤。螣蛇乘龍,宋鄭飢凶,民食草蓬。《左傳襄二十八年》:"梓慎曰:蛇乘龍,龍,宋、鄭之星也,宋鄭必飢"。震為龍,坤為蛇,在震上故曰乘龍。《說文》以木架屋為宋,故艮為宋。鄭,《說文》地町町然平也,故坤為鄭、為凶、為民。震為食、為草莽。
之卦は《頤》である。林辞は写す:螣蛇が蒼竜の上に騎るに、宋・鄭の両国は飢荒を鬧し、百姓は只だ草蓬を採って充飢するのみ。星象が凶を示し民聊生なからずの辞である。尚秉和は講ず:《左伝》襄公二十八年に梓慎の話「蛇乘竜。竜、宋・鄭之星也、宋鄭必飢」を記す。震は竜、坤は蛇、坤は震の上に居るので「乘竜」と言う。《説文》は「宋」を解して木を以て屋を架すと言う、ゆえに艮を取って宋と為す。《説文》は「鄭」を解して地面平坦の样子と言う、ゆえに坤を取って鄭と為し、坤はまた凶・民。震は食・草莽。
大過。揚水潛鑿,使石潔白。裡素表朱,遊戲皋沃。得君所欲,心志娛樂。詳《否》之《師》。○按:汲古作"衣素表朱",宋元本作"裡素表朱",《毛詩》詁襮為領,謂衣素而黼領朱也,與《爾雅》合,後儒據高誘《呂覽》注及班賦詁襮為表以攻毛,豈知素衣朱表語已不合,茲按林詞亦詁襮為表,然曰裡素,則讀衣為裡也。素裡朱襮,義始分明。○沃,汲古作澤,依宋元本。
之卦は《大過》である。林辞は《詩・唐風・揚之水》を化用す:激揚の水が底下で冲鑿し、石頭を洗いて潔白たらしむ。裏子は素浄面子は朱紅で、人は水辺の高地に游玩す。願いの如く君主に見えて、心志は舒暢歓楽す。心を遂げ意を得る吉辞である。取象の講解は《否》之《師》の一条と相同しく、詳しくはそこを見よ。校勘記:尚氏の按語は言う、汲古閣本は「衣素表朱」と作し、宋元本は「里素表朱」と作す。《毛詩》は「襮」を訓じて衣領とし、是れ白衣に朱紅の黼領を配するを言い、《爾雅》と相合す。後来の学者は高誘《呂氏春秋》の注と班固の賦文に拠り、「襮」を訓じて外表とし、用以て毛《伝》を駁るも、却って知らず「素衣朱表」という話は本身就講じ通らないを。今林辞を看るにまた「襲」を以て外表と当てるも、它が「里素」と言うは、正に「衣」を読みて「里」と為す。素は里・朱は襮、文義はこれ才だ分明する。また:「沃」字は汲古閣本が「沢」と作すが、ここは宋元本に依る。
坎。西過虎廬,驚我前驅,雖憂不危。坎位西,中爻艮為虎、為廬,震為驚,坎為憂危。○危,從汲古本,宋元作尤,非。
之卦は《坎》である。林辞は写す:西に向かって老虎の窩棚を経過し、我が前導の人馬を驚動した。担驚受怕するも、却って真正的の危険なし。驚有りて険なしの辞である。尚秉和は講ず:坎は方位に於て西に属す。中間の几爻は互いに艮を出し、艮は虎・廬舍。震は驚。坎は憂・危。校勘記:「危」字は汲古閣本に従い、宋元本は「尤」と作すが正しくない。
離。衣成無袖,不知所穿。客指東西,未得便安。通《坎》。震為衣,坎為穿,震為袖,中爻正覆震相對,故曰無袖。又中爻亦正覆艮,艮止,故不知所穿。震為客、為東,兌為西。○袖,依宋本,汲古作開。
之卦は《離》である。林辞は写す:衣裳は做成したれど袖子なく、何処より穿き入れんとするを知らない。客人は一会指東し一会指西し、始終安適を得ない。所作が合用に合わず進退して拠を失う凶象である。尚秉和は「通《坎》」を標し、《離》と《坎》は六爻の陰陽が全反で、旁通の一対、ゆえに《坎》の象を借りて講ず:震は衣、坎は穿、震はまた袖。中間の几爻は一正一反の両個の震が相対し、両袖が相抵すれば無きに等しいので「无袖」と言う。中爻は同時にまた一正一反の両個の艮で、艮は止を主るので「不知所穿」。震は客・東、兌は西。校勘記:「袖」字は宋刻本に依り、汲古閣本は「開」と作す。
咸。晨風文翰,隨時就溫。雌雄相和,不憂殆危。《詩》:"鴥彼晨風",《傳》鸇也。巽為風,伏震為晨、為翰,坤為文,故曰文翰。文翰,即晨風。詳《大過》之《豫》。艮為時、為火,故曰溫。震雄巽雌,兌口震鳴,故曰和。○殆危,依汲古,宋本作危殆。
之卦は《咸》である。林辞は写す:晨風鳥は羽毛に文采有りて、時令に順って温暖の地方に飛往す。雌雄は相唱相和し、危険を憂慮する必せず。時に随い所を得る吉辞である。尚秉和は講ず:《詩・秦風・晨風》の「鴥彼晨風」、毛《伝》は晨風は即ち鸇鳥と言う。巽は風、伏震は晨・羽翰、坤は文采、合して「文翰」を成し、文翰は即ち晨風鳥、詳しい講解は《大過》之《豫》の一条を見よ。艮は時・火、ゆえに「温」と言う。震は雄・巽は雌、兌は口・震は鳴、ゆえに「相和」と言う。校勘記:「殆危」は汲古閣本に依り、宋刻本は「危殆」と作す。
恆。心多恨悔,出言為怪。梟鳴室北,聲丑可惡,請謁不得。通《益》。坤為心、為悔恨,震為言、為出、為鳴,艮為梟、為室,坤北,故曰室北。震為聲,坤為丑、為惡,震為請謁,坤閉故不得。○恨悔,從元本,汲古作悔恨。《說苑》:"齊景公為露寢之臺,成而不通,柏常騫曰:臺成,君何為不通?公曰:梟昔者鳴,其聲無不為,吾惡之甚。"
之卦は《恒》である。林辞は写す:心裏は懊恨に満ち、口を開いて話するも人に反常と覚えしむ。猫頭鷹が屋子の北辺で啼叫し、声音は聴き難く可厭である。門に上って求見するも見え得ない。心緒が敗壊し諸事遂わざる凶象である。尚秉和は「通《益》」を標し、《恒》と《益》は六爻の陰陽が全反、《益》の象を借りて講ず:坤は心・悔恨、震は言・出・鳴、艮は梟・室。坤は北方に在るので「室北」と言う。震は声、坤は丑・悪。震は請謁、坤の性は閉塞、ゆえに「不得」。校勘記:「恨悔」は元刻本に従い、汲古閣本は「悔恨」と作す。尚氏はまた《説苑》を引く:斉景公が露寝之台を造り、造成するも却って往かんと肯ぜず、柏常騫が問う「台は已に落成、君王は何故往かざる」と、景公は言う「猫頭鷹が前些日子そこに在りて叫び、あの声音は什麼怪様も皆あり、我は厭悪する甚だし」と。
遯。離女去夫,閔思苦憂。齊子無良,使我心愁。下艮為夫,巽風故曰離女,風散故曰去夫。伏坤為苦憂,巽齊震子,坤惡故無良。坤為我、為心、為愁。○愁,依宋元本,汲古作悲。
之卦は《遯》である。林辞は写す:女子が丈夫を離棄して去るに、人を哀念憂苦せしむ。那位の斉子は行為不善にして、我が心裏を発愁せしむ。(《詩・斉風・南山》の諸篇は文姜を「斉子」と称す。)家室が離散する凶辞である。尚秉和は講ず:下卦の艮は夫。巽は風、風の性は離散、ゆえに「離女」と言い、もまたゆえに「去夫」と言う。伏坤は苦憂。巽は斉・震は子、合して「斉子」を成し、坤は悪を主るので「无良」と言う。坤は我・心・愁。校勘記:「愁」字は宋元本に依り、汲古閣本は「悲」と作す。
大壯。過時不歸,雌雄苦悲。徘徊外國,與叔分離。詳《比》之《隨》。
之卦は《大壮》である。林辞は写す:帰期を過ぐるも還って来ず、雌雄は两下裏に皆苦苦と悲傷す。人は外国に在りて徘徊して定まらず、叔と分隔して両地に在り。久客して帰らず骨肉が離散する凶辞である。取象の講解は《比》之《随》の一条と相同しく、詳しくはそこを見よ。
晉。鵲巢柳樹,鳩奪其處。任力薄德,天命不佑。艮為鵲,離為巢,艮為木,故曰柳樹。離又為鳩,正居巢中,故曰鳩奪其處。
之卦は《晋》である。林辞は《詩・召南・鵲巢》の「維鵲有巢、維鳩居之」を用いる:喜鵲が柳樹の上に巣を築くも、斑鳩が却って来りて強占す。只だ気力を倚仗して徳行は浅薄なれば、天命は保佑しない。巧取豪奪して終に善果なしの凶辞である。尚秉和は講ず:艮は鵲、離は巢、艮はまた木、ゆえに「柳樹」と言う。離は同時にまた鳩、正好しく巢象の中に居るので「鳩奪其処」と言う。
明夷。鶴盜我珠,逃於東都。鵠怒追求,郭氏之墟。不見蹤跡,使我心憂。震為鶴、為珠,坎為盜,故曰盜珠。震為逃、為東,坤為都、為郭、為墟,震為鵠、為怒、為伯,坎為心憂。○鵠,依汲古,宋元本作懷,此有故實,今不能考。
之卦は《明夷》である。林辞は写す:鶴が我が珠子を偷走し、逃げて東都に去った。鵠鳥は憤怒して追趕し、一直に郭氏の廃墟まで追った。却って踪迹を尋ね見ず、我が心裏を発愁せしむ。物を失いて追い難い凶辞である。尚秉和は講ず:震は鶴・珠、坎は盗、合して「盗珠」を成す。震は逃・東、坤は都邑・城郭・廃墟。震は鵠・怒・伯。坎は心・憂。校勘記:「鵠」字は汲古閣本に依り、宋元本は「懐」と作す。此の一条は応に別の旧典有るべし、今天已に查考に由なし。
家人。夫婦相背,和氣弗處。陰陽俱否,莊姜無子。此用《豫》象。震巽為夫婦,巽伏故曰相背。艮為背,正反艮故曰相背。坎為和,震起故弗處。卦一陽陷群陰中,而陰多無應,陰乘陽故曰俱否。巽為姜,震子,坤殺,故無子。震為莊。《詩》綠衣篇注:衛莊公惑於嬖,妾賢而無子。
之卦は《家人》である。林辞は写す:夫妻が互相いに背棄し、和睦の気は留住しない。陰陽は皆閉塞して通ぜず、荘姜は終身子なく。家道和せず嗣無しの凶辞である。尚秉和は言うこの条は本卦《豫》の象を用いる:震は夫・巽は婦、巽は潜伏して現れないので「相背」と言う。艮はまた背、一正一反の両個の艮も同じく相背。坎は和、震は動して奮起するを主るので和気は留住しない。《豫》は一陽が衆陰の中に陥り、陰多くして応なく、陰は反って陽の上に乘る、ゆえに「陰陽俱否」と言う。巽は姜、震は子、坤は殺を主るので「無子」。震はまた荘、合して「荘姜」を成す。《詩・邶風・緑衣》の旧注は言う:衛荘公は嬖妾に迷惑せられ、荘姜は賢なれど無子。
睽。日走月步,趣不同舍。妻夫反目,主君失位。此用《豫》象。艮日坎月,上震,故曰步、曰走,正反震,故曰趣不同舍,艮為舍也。震為夫,坤為妻,《文言》云臣道也,妻道也,是以坤為妻也。艮為目,正反艮故曰反目。震為玉、為君,艮為位,震在外,故曰失位,坎為失也。又《說文》:"睽,兩目不相聽也",互坎為夫,離為坎妃,故曰夫妻。坎上下兩半目相背,故反目,是睽原有反目象也。○日走月步,從元本,宋本、汲古本皆作"月走日步"。趣,依汲古,宋元本作逃。位,依宋元本,汲古作居。
之卦は《睽》である。林辞は写す:太陽は奔走し月亮は徐行し、各々其の奔る所を奔り、落脚処は同じからず。夫妻は反目して和を失い、主君もまた位子を丟う。乖離して位を失う凶象である。尚秉和は言うこの条は本卦《豫》の象を用いる:艮は日・坎は月、上卦は震、ゆえに「歩」「走」と言う。一正一反の両個の震は方向相違うので「趣不同舍」と言い、艮は即ち「舍」。震は夫、坤は妻――《文言伝》は坤は「臣道也、妻道也」と講じ、ゆえに坤を取って妻と作す。艮は目、一正一反の両個の艮、ゆえに「反目」と言う。震は玉・君、艮は位、震は外卦に跑去したので「失位」と言い、坎はまた喪失を主る。尚氏は再び一層を補す:《説文》は「睽、両目不相聴也」と言う。《睽》卦の互坎は夫、離は坎の配偶、ゆえに夫妻の象有り。坎の上下両個の半目は彼此相背するので「反目」――見るべく《睽》卦の本身就含む反目の象を。校勘記:「日走月歩」は元刻本に従い、宋刻本と汲古閣本は皆「月走日歩」と作す。「趣」字は汲古閣本に依り、宋元本は「逃」と作す。「位」字は宋元本に依り、汲古閣本は「居」と作す。
蹇。雒陽嫁女,善逐人走。三寡失夫,婦妬無子。此亦用《豫》象。坎水故曰洛,坤為都,故曰雒陽。坤為女,震為歸,故曰嫁女。震為人、為逐、為走,故曰善逐人走。坤為寡,震為夫,數三,坎失,故曰三寡失夫。坎為妬,震為子,坤為婦、為殺,故曰婦妬無子。
之卦は《蹇》である。林辞は写す:洛陽に嫁いだ女子は、慣れて人に跟いて走るを会する。三個の寡婦は皆丈夫を失い、婦人は相妬し因って無子。女徳修めず家門寧ならざる凶辞である。尚秉和は言うこの条もまた本卦《豫》の象を用いる:坎は水、洛水の「洛」を取り、坤は都邑、合して「雒陽」を成す。坤は女、震は帰、女子が出嫁するを帰と呼ぶ、ゆえに「嫁女」と言う。震は人・追逐・奔走、ゆえに「善逐人走」と言う。坤は寡、震は夫、其の数は三、坎は喪失を主る、ゆえに「三寡失夫」と言う。坎は妬、震は子、坤は婦・また殺を主る、ゆえに「婦妬無子」と言う。
解。周德既成,杼軸不傾。太宰東西,夏國康寧。震為周,坎為杼軸,震為宰、為東,坎為西,離為夏。夏國,大國也。坎又為平,故不傾。
之卦は《解》である。林辞は写す:周家の徳業は已に成就し、織機の杼軸は歪まず倒れず。太宰は東奔西走して政務を操持し、大国は因って安康寧靖す。政修まり国安かなる吉辞である。尚秉和は講ず:震は周、坎は杼軸、震は宰・東、坎は西、離は夏。謂う所の「夏国」は即ち大国である。坎はまた平、平にして傾かないので「不傾」と言う。
損。日中為市,交易資寶。各利所有,心悅以喜。通《咸》。乾為日,在中爻,故曰日中。中巽為市、為交易,巽為寶,巽為利,兌悅震喜,坤為心。○各,依宋元本,汲古作名。○坤為心證。
之卦は《損》である。林辞は《繫辞伝》の記す神農之政「日中為市、致天下之民、聚天下之貨、交易而退」を用いる:正午に市を開き、貨物財宝を拿って互換す。各人は自分の所有の東西に凭って利を得、心裏歓喜す。交易して利を得る吉辞である。尚秉和は「通《咸》」を標し、旁通の《咸》の象を借りて講ず:乾は日、中間の几爻に居るので「日中」と言う。中間に互出の巽は市・交易、巽はまた宝・利。兌は悦を主り震は喜を主り、坤は心。校勘記:「各」字は宋元本に依り、汲古閣本は「名」と作す。尚氏はまた標す:此の条は坤為心という逸象の例証と作し得る。
益。童妾獨宿,長女未室,利無所得。伏兌為妾、為少女,故曰童妾,坤寡故獨宿。巽為長女,艮為室,巽寡故未室。巽為利,坤喪故無得。○童,依宋元本,汲古作僮。
之卦は《益》である。林辞は写す:小婢が独自夜を過し、長女は還た曾て成家せず、一点の利益も撈着しない。孤寡にして成無しの凶象である。尚秉和は講ず:伏兌は妾・少女、ゆえに「童妾」と言う。坤は孤寡を主るので「独宿」。巽は長女、艮は室家、巽もまた寡を主るので「未室」、即ち尚だ家室有らず。巽は利、坤は喪失を主るので「無所得」。校勘記:「童」字は宋元本に依り、汲古閣本は「僮」と作す。
夬。忠言輔成,王政不傾。公劉兆基,文武綏之。乾為王、為成、為言。
之卦は《夬》である。林辞は写す:忠直の言が王業を輔助成就し、王政は穩固にして傾覆を致さず。周家は公劉より基業を開創し、文王・武王に到りて天下を安定した。賢輔が力を得て王業綿長の大吉の辞である。尚秉和は此の条は只だ一句の取象を挙ぐ:乾は王・成・言。
姤。牛驥同槽,郭氏以亡。國破為虛,主君奔逃。詳《小畜》之《晉》。郭亡見《說苑》,詳前。
之卦は《姤》である。林辞は写す:耕牛と駿馬が同槽にして食し、賢愚は分れず、郭国は因って滅亡した。国破れて廃墟を成し、君主は奔出して命を逃る。人を用うる当を得ず以て国を亡ぼす凶辞である。取象の講解は《小畜》之《晋》の一条と相同しく、詳しくはそこを見よ。尚秉和は注明す:郭国が滅亡した故事は《説苑》に見え、前面に已に講じた。
萃。中原有菽,以待饔食。飲御諸友,所求大得。詳《小畜》之《大過》。惟各本饔皆作雉,茲依《大過》林改。
之卦は《萃》である。林辞は《詩・小雅・小宛》の「中原有菽、庶民采之」と《鄭風・女曰鶏鳴》の「弋言加之、与子宜之」の一類の意思を取る:原野裏に豆子が長ち、採来して飯食を備办す。酒を置いて衆友を款待し、所求は大有収穫す。豊足にして客を待ち求めて獲有る吉辞である。取象の講解は《小畜》之《大過》の一条と相同しく、詳しくはそこを見よ。校勘記:各本の「饔」字は皆「雉」と作すが、ここは《大過》のあの条の林辞に依って改正す。
升。多虛少實,語不可知。尊空無酒,飛言如雨。陰多陽少,故曰多虛少實。震為言語,坤亂故不可知。震為樽,兌為酒,坤虛故空無。震言,兌亦為言,言多故如雨。兌為雨。○知,依汲古,宋元本作覆。
之卦は《升》である。林辞は写す:虚の多く実の少なく、説く話は人を頭脳を摸え得せしめない。酒樽は空空として酒なく、流言は却って雨点の如く飛来す。虚浮にして謗多き凶象である。尚秉和は講ず:《升》卦は陰多く陽少し、ゆえに「多虚少実」と言う。震は言語、坤は昏乱を主るので「不可知」。震は酒樽、兌は酒、坤は中空虚、ゆえに「空无」。震は言を主り、兌もまた言を主り、両象は皆言を主り、言多きは下雨の如く、兌は正好また雨と為る。校勘記:「知」字は汲古閣本に依り、宋元本は「覆」と作す。
困。青蠅集蕃,君子信讒。害賢傷忠,患生婦人。蕃,《毛詩》作樊,義皆通藩。《周官大司徒》蕃樂,杜子春讀蕃為藩,是其證,刺幽王詩也。巽為蠅,東方本色青,故曰青蠅。伏艮為蕃、為君子,三至上正覆兌相背,故曰讒。《困》彖曰"有言不信",林所本也。坎為忠、為害、為患,巽為婦,伏震為人。○汲古作"君信讒言",依宋本。
之卦は《困》である。林辞は《詩・小雅・青蝿》を用いる:蒼蝿は籬笆の上に聚り、君子は讒言を聴信した。賢者は害を受け忠臣は傷えられ、禍患は婦人の身上に出ず。讒人が志を得て忠良が殃に遭う凶辞である。尚秉和は講ず:「蕃」字は《毛詩》は「樊」と作し、意思は皆「藩」に通じ、即ち籬笆。《周礼・大司徒》に「蕃楽」有り、杜子春は「蕃」を読みて「藩」と為す、正に旁証である。《青蝿》は周幽王を諷刺する詩である。巽は蝿、東方の本色は青、ゆえに「青蝿」と言う。伏艮は籬藩・また君子。三爻至上爻は一正一反の両個の兌が相背し、兌は口、ゆえに「讒」と言う。《困》の卦辞は「有言不信」と言う、正に林辞の本とする所である。坎は忠・害・患、巽は婦、伏震は人。校勘記:汲古閣本は「君信讒言」と作すが、ここは宋刻本に依る。
井。履株覆輿,馬驚傷車,步為我憂。通《噬嗑》。震為株、為輿、為履,二至四震覆,故曰覆輿。震為馬、為驚,坎破,故車傷。震為步,坎為憂,言行路難也。
之卦は《井》である。林辞は写す:車輪が樹樁を圧上し、車を翻した。馬は受驚し車も撞壊し、只好く徒歩して行き、真に我を発愁せしむ。路を行きて険に遇う凶象である。尚秉和は「通《噬嗑》」を標し、《井》と《噬嗑》は六爻の陰陽が全反、《噬嗑》の象を借りて講ず:震は樹樁・車輿・践履。二至四爻は正に倒れた震、ゆえに「覆輿」と言う。震は馬・驚、坎は破損を主るので車壊。震は歩行、坎は憂――整条が講ずるは行路の艱難である。
革。商風召寇,來呼外盜。間諜內應,與我爭鬬。殫已寶藏,主人不勝。兌西正秋,互巽,故曰商風。巽為伏、為寇盜。《史記天官書》:"風從南方來,大旱;西方,有兵。",故曰召寇,二至上正覆兌,故曰間諜、曰爭鬬。乾為寶,震為主人,震伏故不勝。○第二句汲古作"呼我北盜",依宋元本。
之卦は《革》である。林辞は写す:秋風が一起すれば寇賊を招来し、外面の強盗を全て喚来した。内部には又間諜が内応を作し、我と相闘う。家中の宝蔵は搜刮して一空せられ、主人は終に抵当し得ない。内奸外寇が夾攻し家破れ財尽くる大凶の辞である。尚秉和は講ず:兌は西方に在り正当に秋令に当たり、卦中にまた互いに巽を出して風と為る、ゆえに「商風」と言う――五音は商を以て秋に配し、商風は即ち秋風である。巽は潜伏を主り・また寇盗。《史記・天官書》は「風従南方来、大旱。西方、有兵」と言う、ゆえに「召寇」と言う。二爻到上爻は一正一反の両個の兌、兌は口舌、ゆえに「間諜」と言い、もまたゆえに「争闘」と言う。乾は宝、震は主人、震は潜伏して現れないので「不勝」。校勘記:第二句は汲古閣本が「呼我北盗」と作すが、ここは宋元本に依る。
鼎。逸豫好遊,不安其家。惑於少姬,久迷不來。伏震為樂,故曰逸豫。震為遊,伏艮為家,坎險故不安。兌為少姬,伏坤為迷。此有故實,不能確指。○惑於少姬,依宋元本,汲古作惑有,非。
之卦は《鼎》である。林辞は写す:安逸を貪り四処游荡するを愛し、家に在りて住まず。年輕女子に迷住せられ、長久沉溺して肯んじて回来らず。色に溺れ家を忘るる凶辞である。尚秉和は講ず:伏震は喜楽を主るので「逸豫」と言う。震は游、伏艮は家、坎は険陥を主るので「不安」。兌は少女、ゆえに「少姫」と言う。伏坤は昏迷を主る。尚氏は言う此の一条は応に別の本事有るべし、只だ已に確指に由なし。校勘記:「惑于少姫」は宋元本に依り、汲古閣本は「惑有」と作すが正しくない。
震。吾有驊騮,畜之以時。東家翁孺,來請我駒。價極可與,後無賤悔。震為馬,艮為止、為畜、為時、為家,震東,故曰東家。艮為祖、為少男,故曰翁孺。震為請、為駒、為後,坎為悔。○賤,從宋元,汲古作賊,林意言馬已得善價,可與之不致後悔也。
之卦は《震》である。林辞は写す:我に一匹の驊騮良馬有りて、時に按じて喂养す。東隣の老翁小児が来りて我が馬駒を討う。価銭は既に頂に給到したれば、彼に売りて日后懊悔することあらじ。善価にして沽る吉辞である。尚秉和は講ず:震は馬、艮は止・畜養・時・家。震は東方に在るので「東家」と言う。艮は祖・また少男、ゆえに「翁孺」、即ち老翁と小児と言う。震は請求・馬駒・後、坎は悔。校勘記:「賎」字は宋元本に従い、汲古閣本は「賊」と作す。林辞の意思是れ馬は已に好い価銭に売れ、尽く彼に給う可く、日后後悔するに至らざる。
艮。厄窮上通,與堯相逢。登升大麓,國無凶人。陽窮在上故曰厄窮上通。互震為帝,故曰堯,三上正反震故曰相逢。震為登、為升,艮為山麓、為國,震為人,震樂,故無凶人。《虞書》:"納於大麓,烈風雷雨弗迷",謂舜。
之卦は《艮》である。林辞は写す:困厄は尽頭に到って却って上達通顕し、得て唐堯に相遇う。大麓の任に登り、国中に凶悪の人なし。窮極して通じ明主に遇合する吉辞である。尚秉和は講ず:陽爻は窮して上位に居るので「厄窮上通」と言う。互震は帝、ゆえに堯を指す。三爻と上爻は一正一反の両個の震、ゆえに「相逢」と言う。震は登・升、艮は山麓・国、震は人、震は喜楽を主るので「无凶人」。《尚書・虞書》は「納于大麓、烈風雷雨弗迷」と言い、講ずる所は正に舜である。
漸。眾兔俱走,熊羆在後。踦不能進,失信寡處。伏震為兔、為走,坎眾,故曰眾兔俱走。艮為熊羆,震為後,坎蹇故踦,艮止故不進。坎為信、為失,巽為寡。○踦,依宋元本,汲古作騎,非。
之卦は《漸》である。林辞は写す:一群の兔子が一斉に奔逃し、熊羆が後ろに緊追する。あるものは腿を瘸んで行き動かず、信約を失い只好く孤零零として守る。禍を避けて及ばず信を失い孤処する凶象である。尚秉和は講ず:伏震は兔・奔走、坎は衆、ゆえに「衆兔俱走」と言う。艮は熊羆、震は後。坎は蹇難を主るので「踦」、即ち跛足。艮は止を主るので「不進」。坎は信・また喪失を主り、巽は寡。校勘記:「踦」字は宋元本に依り、汲古閣本は「騎」と作すが正しくない。
歸妹。旁行不遠,三思復返。心多畏惡,日中止舍。震為行、為返,坎為思,震數三,故曰三思。坎為心、為畏、為中,離為日,伏艮為止、為舍。○惡,依宋元本,汲古作患。
之卦は《歸妹》である。林辞は写す:横に走り出て多く遠からず、再三思量すれば折りて回来る。心裏には畏懼厭悪多く、正午に停下して歇宿する。畏縮して前ならざる象である。尚秉和は講ず:震は行・返回、坎は思、震の数は三、ゆえに「三思」と言う。坎は心・畏・中、離は日、合して「日中」を成す。伏艮は止・舍館。校勘記:「惡」字は宋元本に依り、汲古閣本は「患」と作す。
豐。倉唐奉使,中山以孝。文侯悅喜,擊子徵召。元本注:魏太子擊封中山,三年不召,其傅趙倉唐請使,魏文侯大悅,召擊子立之。伏艮為倉、為山,巽順故曰孝。離為文,震為侯、為喜、為子,艮手故曰擊子。震為召。○倉唐,從宋元本,汲古作倉皇,非。
之卦は《豊》である。林辞は写す:趙倉唐が命を奉じて出使し、中山のあちらの孝心を稟達し上げる。魏文侯は聴いて大いに歓喜し、便ち児子の魏撃を召回した。使に其の人を得て父子が重合する吉辞である。元刻本の旧注は言う:魏の太子撃は中山に受封し、三年召見を得ず、彼の師傅趙倉唐が出使を請うて、魏文侯は大いに喜悅し、魏撃を召回して太子に立てた。尚秉和は講ず:伏艮は倉・山、巽の性は柔順、ゆえに「孝」と言う。離は文、震は侯・喜・子。艮は手、「撃」は正に手の動作、ゆえに「撃子」と言う。震は召。校勘記:「倉唐」は宋元本に従い、汲古閣本は「倉皇」と作すが正しくない。
旅。入天門,守地戶。君安樂,不勞苦。艮為門,陽在上為天,巽入,故曰入天門。先天艮居戌亥,《乾鑿度》以乾為天門,與艮同位,故艮亦為天門,巽為地戶,而艮為守、為戶牑,故曰守地戶。伏震為君、為樂。○地戶,依宋元本,汲古作城戶,非。○汲古下有"文山蹲鴟,肥腯多脂。王孫獲願,載福巍巍"四句,宋元本同,惟勞苦下多"一說"二字,顯為另一林詞,與上三字句文不相屬。○艮為天證。
之卦は《旅》である。此の一条は難くも三字句を用いる:進みて天門に入り、守りて地戸を固す。君王は安楽にして、勞苦を受けない。高く居て安きを得る吉辞である。尚秉和は講ず:艮は門、陽爻は上に居れば便ち天、巽は入を主るので「入天門」と言う。先天方位に按ずれば艮は戌亥の間に居り、《乾鑿度》は乾を以て天門と為し、乾と艮は同じくこの一位に在るので、艮もまた天門に充当し得る。巽は地戸、而して艮は守・門窓、ゆえに「守地戸」と言う。伏震は君・喜楽。校勘記:「地戸」は宋元本に依り、汲古閣本は「城戸」と作すが正しくない。また汲古閣本は此の条の下に還って「文山蹲鴟、肥腯多脂。王孫獲願、載福巍巍」の四句を接続し、宋元本も亦有るが、只だ「勞苦」の下に「一説」の两个字を多く出す。あれは顕然として另外一条の林辞で、上面の三字句と文気が相連属しない。尚氏はまた標す:此の条は艮為天という逸象を証し得る。
巽。登階上堂,見吾父兄。左酒右漿,與福相迎。通《震》。為登。艮為堂、為階,震為父、為兄、為左,兌為右,互大坎為酒漿,震又為福。
之卦は《巽》である。林辞は写す:級を拾って堂に登り、我が父親兄長に見る。左邊に酒を擺し右邊に漿を設け、福氣と相迎う。家人が歓會し福を迎え吉を納る吉辞である。尚秉和は「通《震》」を標し、旁通の《震》の象を借りて來て講ず:注文の「為登」の上に底本は一字を脱し、文例に按ずれば応に「震」。艮は堂・台階、震は父・兄・左、兌は右。中間に互出の大坎は酒漿。震はまた福。
兌。秋蛇向穴,不失其節。夫人姜氏,自齊復入。兌正秋,巽為蛇,兌為穴,互巽為齊、為姜,伏震為人、為夫。《左傳》:"莊姜與齊襄通,屢赴齊會齊侯。"
之卦は《兌》である。林辞は写す:秋蛇は時に按じて洞に歸り、応有の節候を錯過しない。夫人姜氏は斉国より又回来った。物を取るに各々時有り、去りて復た返る象である。尚秉和は講ず:兌は正に秋令に當たり、巽は蛇、兌は穴。互巽は斉・姜、伏震は人・夫、合して「夫人姜氏」を成す。彼の引く所の《左伝》は「荘姜與斉襄通、屢赴斉會斉侯」と作し、言う所は魯国の夫人が斉襄公と私通し屢々斉に赴きて斉侯に相會する事である。
渙。忍丑少羞,無面有頭。耗減寡虛,日以削消。象多未詳。○耗滅、削消,依汲古,宋元本作滅耗、作削瑣,非。
之卦は《渙》である。林辞は写す:醜辱を忍び下げ得、全く羞恥なく、頭有りて面なし厚顔の極である。家業は損耗空虛し、一天天と削減して下る。無恥にして家を敗る凶象である。尚秉和は此の一条に対し坦言して取象は大半講じ明白ならず。校勘記:「耗滅」「削消」は汲古閣本に依り、宋元本は「滅耗」「削瑣」と作すが、皆正しくない。
節。景星照堂,麟遊鳳翔。仁施大行,頌聲大興。艮為星,伏離為日,亦為星,故曰景星。艮為堂,伏離為文,故曰麟鳳。互震為遊翔、為仁、為聲、為行。○麟遊鳳翔,依汲古,宋元作"麟鳳遊翔"。
之卦は《節》である。林辞は写す:景星が照臨して廳堂に臨み、麒麟は遨游し鳳凰は翱翔す。仁政は大いに世に行われ、頌揚の声は四起す。太平嘉瑞の大吉の辞である。尚秉和は講ず:艮は星、伏離は日・も星、合して「景星」という瑞星の名を成す。艮は堂、伏離は文采、ゆえに「麟鳳」と言う。互震は游・翔・仁・聲・行。校勘記:「麟游鳳翔」は汲古閣本に依り、宋元本は「麟鳳游翔」と作す。
中孚。干旄旌旗,執幟在郊。雖有寶珠,無路致之。詳《師》之《隨》。
之卦は《中孚》である。林辞は写す:竿頭に犛牛尾の旌旗を掛け、手に旗幟を執りて郊野に立つ。雖も宝珠を手に有るも、它を送達する門路なし。物有りて通じ難く投献する門なしの辞である。取象の講解は《師》之《随》の一条と相同しく、詳しくはそこを見よ。
小過。李華再實,鴻卵降集。仁德以興,蔭國受福。詳《小畜》之《離》。
之卦は《小過》である。林辞は写す:李樹は花を開き過ぎて又再度結実し、鴻雁の卵は降落聚集す。仁徳は由此興起し、庇蔭して全国同じく福沢を受ける。祥瑞が降臨し徳沢が廣被する吉辞である。取象の講解は《小畜》之《離》の一条と相同しく、詳しくはそこを見よ。
既濟。白馬赤烏,戰於東都。天輔有德,敗悔為憂。此用《豫》象。震為白、為馬,艮為烏,坎赤,故曰白馬赤烏。震為東,坤為都,正反艮,故曰戰於東都。艮為天,坎為憂。《史記》:"武王渡河,有火流於王屋,化為赤烏",丁晏雲《詩》"有客有客,亦白其馬",蓋白馬為殷人昕尚。東都指牧野。○第三句汲古無,依宋元本補。
之卦は《既濟》である。林辞は写す:白馬と赤烏が交鋒し、戦場は東都に在り。上天は只だ徳有る一方を幇し、敗者は只だ悔恨憂愁に落とる。徳を以て勝負を定むる辞である。尚秉和は言うこの条は本卦《豫》の象を用いる:震は白・馬、艮は烏、坎は赤、合して「白馬赤烏」を成す。震は東、坤は都、一正一反の両個の艮は相攻む、ゆえに「戦于東都」と言う。艮は天、坎は憂。彼は《史記》の「武王渡河、有火流于王屋、化為赤烏」を引き、赤烏は周家の祥瑞である。清人の丁晏は則ち《詩・周頌・有客》の「有客有客、亦白其馬」を挙げ、見るべく白馬は殷人の崇尚する所を。ゆえに白馬は殷を指し赤烏は周を指し、「東都」の言う所は即ち牧野である。校勘記:第三句は汲古閣本にはなく、ここは宋元本に依って補上する。
未濟。采薪得麟,大命隕顛。豪雄爭名,天下四分。詳《屯》之《坤》。此取遇卦《豫》象。坤為薪、為麟,艮手為採,坎為獲,故曰采薪得麟。伏巽為命、為隕顛,乾為大,故大命隕顛。震為豪雄,艮為名,正反艮故爭名。坤為天下,坎為分,震卦數四,故曰天下四分。
之卦は《未濟》である。林辞は写す:柴を打つ人が麒麟を捉えて、天命は従此傾覆す。豪傑群雄は名を争い利を奪い、天下は分裂して四と為る。王綱が紐を解き群雄が割拠する大凶の辞である。取象の講解は《屯》之《坤》の一条と相同しい。尚秉和はまた補講す、ここは所遇の本卦《豫》の象を取る:坤は薪・麟、艮は手、ゆえに「採」と言い、坎は獲得を主り、合して「採薪得麟」を成す。伏巽は命・隕落顛覆、乾は大、ゆえに「大命隕顛」と言う。震は豪雄、艮は名、一正一反の両個の艮は相争う、ゆえに「争名」と言う。坤は天下、坎は分、震の卦数は四、ゆえに「天下四分」と言う。
焦氏易林注巻五
行唐尚秉和節之注
本巻の注解は直隸行唐人尚秉和の手に出で、「節之」は彼の字である。
受業蒲城仵道益、豐潤董維城堃校刊
校勘刊印を負責するは、尚氏門下の両位の受業弟子:蒲城人の仵道益、豊潤人の董維城、名は堃。
随之第十七
隨。鳥鳴東西,迎其群侶。似有所屬,不得自專,空返獨還。艮為鳥,震為鳴、為東,兌西,初四正覆艮,故迎其群侶。震為返、為還,震虛故空反,巽寡故獨還。○似有所屬四字,宋元無,依汲古。
《随》卦は自身変わらず自ら《随》に遇い、是れ本卦の首条である。林辞は写す:鳥児が東辺西辺で啼叫し、自己の同伴を呼喚す。あの伴侶は像もや已に帰属する所有り、自己は主を作り得ず、只だ空手独り帰るを落す。意有りて縁なしの辞である。尚秉和は講ず:艮は鳥、震は鳴・東、兌は西。初爻と四爻は一正一反の両個の艮を構成し、両象は相向かう、ゆえに「迎其群侶」と言う。震は返・還。震は中空虚、ゆえに「空返」。巽は孤寡を主るので「独還」。校勘記:「似有所属」の四个字は宋元本にない、ここは汲古閣本に依る。
乾。鼻目易處,不知香臭。君迷於事,失其寵位。此取《隨》象。艮為鼻,大離為目,艮在離上,故曰易處。巽為臭,兌昧,故不知香臭。震為君,坤為迷、為事,一陽居二陰下,故曰君迷於事。陽在下故失位。
之卦は《乾》である。林辞は写す:鼻子と眼睛が位置を換え、香臭を聞き出せない。君主は政事に糊里糊涂として、尊寵の位子を丟掉した。顛倒して序を失し上位保たざる凶象である。尚秉和は言うここは本卦《随》の象を取る:艮は鼻、全卦を合看すれば一個の大離を目と為す。艮は離の上に居り、鼻は反って目の上にある、ゆえに「易処」と言う。巽は氣味、兌は昏昧を主るので「不知香臭」。震は君、坤は迷・事。一個の陽爻が両個の陰爻の下に居るので「君迷于事」と言う。陽は下位に居るので「失位」。
坤。唐虞相輔,鳥獸喜舞。安樂無事,國家富有。此仍取《隨》象。震為帝、為唐虞,正反震,故曰相輔。艮為鳥、為獸,震為喜、為舞、為樂,坤為國家。○安樂,依宋元本,汲古作康。
之卦は《坤》である。林辞は写す:唐堯・虞舜は彼此相輔佐し、鳥獣もまた歡喜して起舞す。天下は安楽にして事なく、国家は富足す。聖世太平の大吉の辞である。尚秉和は言う仍お本卦《随》の象を取る:震は帝、ゆえに唐堯・虞舜を指し、一正一反の両個の震、ゆえに「相輔」と言う。艮は鳥・獣、震は喜・舞・楽、坤は国家。校勘記:「安楽」は宋元本に依り、汲古閣本は「康」と作す。
屯。左輔右弼,金玉滿堂。常盈不亡,富如厫倉。詳《蒙》之《坤》。
之卦は《屯》である。林辞は写す:左に輔臣、右に弼臣有りて、金玉は廳堂に堆満す。長久充盈して失うことなく、富厚なること満倉の粮囤の如し。賢を得て富を致す大吉の辞である。取象の講解は《蒙》之《坤》の一条と相同しく、詳しくはそこを見よ。
蒙。蒼龍單獨,與石相觸,摧折兩角。詳《坤》之《屯》。
之卦は《蒙》である。林辞は写す:蒼竜が孤身一個で、一頭石頭に撞き当たり、両隻の角は皆撞折れた。独行して禍に触れ身を自傷する凶辞である。取象の講解は《坤》之《屯》の一条と相同しく、詳しくはそこを見よ。
需。釣曰厭部,善逐人走。來嫁無夫,不安其廬。曰,從宋元本,汲古、局本作目,均未詳其義,似用遇卦《隨》象。隨下震為人、為走、為逐,故曰善逐人走。震為嫁、為夫,二四震覆故無夫。艮為廬山,震動故不安。首句有訛字。
之卦は《需》である。林辞の首句「釣曰厭部」の四字は文義通ぜず、尚秉和は明言して其の中に讹字有り。以下の三句は:慣れて人に跟いて跑るを会する。嫁し来りて丈夫なく、自家の屋子裏にも待って安穩ならず。女子が所を失う凶象である。尚秉和は講ず:「曰」字は宋元本に従い、汲古閣本と局刻本は皆「目」と作す、両種の写法は意思が皆講じ通らない。取象は似乎所遇の本卦《随》を用いる:《随》の下卦の震は人・奔走・追逐、ゆえに「善逐人走」と言う。震は嫁・夫、二至四爻は倒れた震、ゆえに「无夫」と言う。艮は廬山、即ち屋舍の象、震は動を主るので「不安」。
訟。逐虎驅狼,避去不祥。凶惡北行,與喜相逢。通《明夷》。乾為虎,震為驅逐,坎為避,坤為不祥、為凶惡,坎位北,故北行,遇震而喜也。○虎,汲古作兔,喜作善,均依宋元本。
之卦は《訟》である。林辞は写す:老虎を趕走し豺狼を驅散し、不祥を避開した。凶悪の氣は北に往きて、迎面碰上するは喜慶である。害を除きて吉を得る辞である。尚秉和は「通《明夷》」を標し、《訟》と《明夷》は六爻の陰陽が全反、《明夷》の象を借りて講ず:乾は虎、震は驅逐、坎は躲避、坤は不祥・凶悪。坎は北方に在るので「北行」と言う。北行して震に遇い、震は喜楽を主るので「與喜相逢」と言う。校勘記:「虎」字は汲古閣本が「兔」と作し、「喜」字は汲古閣本が「善」と作すが、皆宋元本に依る。
師。齎貝贖狸,不聰我辭。繫於虎鬚,牽不得來。詳《需》之《睽》。
之卦は《師》である。林辞は写す:銭貝を帶びて狸猫を贖いに行くも、對方は我が話を聴かない。繩子は老虎の胡鬚に繋がれ、怎麼牽いても牽いて来れない。財を費して物を求めて終に得る可からざる凶辞である。取象の講解は《需》之《睽》の一条と相同しく、詳しくはそこを見よ。
比。同載共輿,中道別去。喪我元夫,獨與孤居。詳《比》之《革》。○同,元本訛岡,依宋本、汲古。居,汲古作苦,依宋元本。
之卦は《比》である。林辞は写す:本是同車に共載すれど、半路上に却って手を分かちて去る。我が好丈夫を失去し、只だ自己孤零零に剩って活を過す。中途に離散し孤寡に依なしの凶辞である。取象の講解は《比》之《革》の一条と相同しく、詳しくはそこを見よ。校勘記:「同」字は元刻本が「岡」と讹すが、ここは宋刻本と汲古閣本に依る。「居」字は汲古閣本が「苦」と作すが、宋元本に依る。
小畜。奮翅鼓翼,將之嘉國。愆期失時,反得所欲。通《豫》。震為翅、為翼、為鼓、為之、為嘉,坤為國,艮為時,坎陷,故愆期失時。震為樂,故曰反得所欲。○反,汲古作乃,從宋元本。
之卦は《小畜》である。林辞は写す:翅を振い翼を鼓し、正要しくあの美好の国度に飛往せんとす。雖も約期を誤り時機を錯過するも、反って所願を得償す。遲到して終に吉の辞である。尚秉和は「通《豫》」を標し、旁通の《豫》の象を借りて講ず:震は翅・翼・鼓動・前往・嘉美、坤は国。艮は時、坎は陥落を主るので「愆期失時」。震は喜楽を主るので「反得所欲」と言う。校勘記:「反」字は汲古閣本が「乃」と作すが、ここは宋元本に従う。
履。目傾心惑,夏姬在側。申公顛倒,巫臣亂國。離目,伏坎為心、為惑。兌為姬,離為夏,故曰夏姬。伏震為公,離明,故曰申公。巽為顛,正反巽故曰顛倒。兌為巫,伏艮為臣、為國,離為亂,故曰巫臣亂國。《左傳》:"楚滅陳,取夏姬,楚王及子反等皆欲娶之,皆為申公巫臣諫止,後巫臣自娶夏姬,奔晉,楚滅其家,巫臣乃遣其子適吳,教吳伐楚,子重、子反一歲七奔命。"
之卦は《履》である。林辞は夏姫の禍を詠ず:眼睛は斜めになり心神は迷う、只因って夏姫が旁に在る。申公は攪らされて神魂顛倒し、巫臣は終に国家を攪乱した。女色に因りて乱を致す凶辞である。尚秉和は講ず:離は目、伏坎は心・迷惑。兌は姬、離は夏、合して「夏姬」を成す。伏震は公、離は明を主るので「申公」と言う。巽は顛、一正一反の両個の巽、ゆえに「顛倒」と言う。兌は巫、伏艮は臣・国、離は乱、合して「巫臣乱国」を成す。尚氏は《左伝》を引く:楚国は陳を滅し、夏姬を得て、楚王と子反等人は皆她を娶らんと欲すも、皆申公巫臣に勧止せられた。後来巫臣は自己夏姬を娶り、晋国に出奔し、楚人は彼の家族を滅し、巫臣は便ち児子を派して呉国に到らしめ、呉国に教えて楚を攻めしめ、子重・子反を逼って一年の内に七度奔命せしめた。
泰。摶鳩彈鵲,逐兔山北。丸盡日暮,失獲無得。坤為文,故為鳩。震為鵲,伏艮為手,故為摶、為彈。震為兔、為逐,乾為山,坤為北,故曰山北。乾為日、為丸,坤為暮、為失,故無得。○坤為鳩、為北證。○逐,汲古作獵,依宋元本。
之卦は《泰》である。林辞は写す:徒手で斑鳩を捕え、弾弓で喜鵲を打ち、又跑到して山北に兔子を追う。弾丸は用い尽し、天もまた黑了し、到頭來一無所獲。徒労して功なしの凶象である。尚秉和は講ず:坤は文采、鳩の羽は文有り、ゆえに坤を取って鳩と為す。震は鵲。伏艮は手、ゆえに「摶」「弾」と言う。震は兔・追逐、乾は山、坤は北、合して「山北」を成す。乾は日・弾丸、坤は暮・また喪失を主るので「无得」。校勘記:尚氏は標出す、此の条は坤為鳩・坤為北の両条の逸象を証し得る。また「逐」字は汲古閣本が「獵」と作すが、ここは宋元本に依る。
否。鹿求其子,虎廬之裡。唐伯李耳,貪不我許。艮為鹿、為求、為虎、為廬、為里,伏震為子、為伯、為李,伏兌為耳。丁云:《方言》,江淮南楚之間謂虎為李耳,關東西謂之伯都。唐伯、李耳,皆虎名也。○李,宋本訛季,從元本、汲古。
之卦は《否》である。林辞は写す:母鹿が四処に它の小鹿を尋找し、尋ねて老虎の窩棚の裏辺に到る。唐伯・李耳は貪饞にして、肯んじて我に還給しない。骨肉が虎口に落入る大凶の辞である。尚秉和は講ず:艮は鹿・尋求・虎・廬・里。伏震は子・伯・李、伏兌は耳。清人の丁晏は言う:《方言》は江淮南楚の一帯が虎を「李耳」と称すを記し、関東関西は虎を「伯都」と称す。見るべく「唐伯」「李耳」は皆老虎の名字である。校勘記:「李」字は宋刻本が「季」と讹すが、ここは元刻本と汲古閣本に従う。
同人。敗魚鮑室,臭不可息。上山履塗,歸傷我足。巽為魚、為敗、為鮑、為臭,乾為山,伏震為履、為塗、為足,坎折故傷足。又初二半震足不全,亦為傷也。○乾為山,《同人》三爻"升其高陵",《易》即以乾為陵。
之卦は《同人》である。林辞は写す:屋裏に臭魚醃魚を堆し、氣味は人を透氣させ得ないほどに熏る。上山して路を趕き、回来って又脚を傷えた。穢に処りて険に遇う凶象である。尚秉和は講ず:巽は魚・腐敗・鮑・臭。乾は山。伏震は践履・道路・足。坎は折損を主るので足を傷う。再者初・二の両爻は只だ震の半象で、足形は全からず、同じく傷足の意を含む。校勘記:尚氏は指出す、乾為山という此の条の象は《周易》に証有り――《同人》九三爻辞の「升其高陵」、《易》は正に乾を以て陵と為す。
大有。華燈百枝,消暗衰微。精光訖盡,奄如灰糜。離為燈,乾為百,兌為華,伏坎故暗,兌毀折,故衰微、故光盡。○宋元本作消衰暗微,依汲古。末句如、糜,各本作有、作縻,茲依《艮》之《蹇》校。
之卦は《大有》である。林辞は写す:華美の燈樹に上百枝の燭火が、漸漸暗く下り弱く下る。光焰は終に耗盡し、忽然只だ一堆の灰燼に剩る。盛極まりて衰える凶象である。尚秉和は講ず:離は燈、乾は百、兌は華。伏坎は暗を主り、兌は毀折を主るので「衰微」と言い、ゆえに「光盡」。校勘記:此の一句は宋元本が「消衰暗微」と作すが、此処は汲古閣本に依る。末句の「如」「糜」の二字は各本が「有」「縻」と作すが、ここは《艮》之《蹇》の一条に拠って校定する。
謙。顏叔子夏,遊遨仁宇。溫良受福,不失其所。艮為顏、為叔,震為子,伏離,故曰顏叔子夏。元刊注:顏叔,顏無繇也。震為遊、為仁、為福,艮為宇,言顏叔、子夏同遊聖門也。
之卦は《謙》である。林辞は写す:顔叔と子夏は、優游して仁徳の門庭の裏に在る。性情は温良にして因って福を受け、其の安身の所を失わない。游んで聖門に従い徳厚くして福を獲る吉辞である。尚秉和は講ず:艮は顔・叔、震は子、伏離は夏、合して「顔叔子夏」を成す。元刻本の注は顔叔は即ち顔無繇と言う。震は游・仁・福、艮は屋宇。整条が言う所は顔叔・子夏が同じく孔門に在りて游学するである。
豫。樑柱堅固,子孫蕃盛。福喜盈積,終無禍悔。震為樑柱,艮為堅固,震為子,艮為孫,坤眾坎眾,故曰子孫蕃盛。震為福喜,坤為積、為禍悔。艮為終,震樂故無。○盛,依宋元本,汲古作熾。
之卦は《豫》である。林辞は写す:梁柱は牢固にして、子孫は繁多す。福氣喜慶は積みて満々たり、始終禍患悔恨なし。家門が昌盛の大吉の辞である。尚秉和は講ず:震は梁柱、艮は堅固を主る。震は子、艮は孫、坤は衆を主り坎もまた衆を主る、ゆえに「子孫蕃盛」と言う。震は福・喜、坤は積聚・また禍悔。艮は終、而して震は喜楽を主るので「无」と言う。校勘記:「盛」字は宋元本に依り、汲古閣本は「熾」と作す。
蠱。邊鄙不聳,民狎於野。穡人成功,年歲大有。艮居西北,故曰邊鄙。震為穡、為人、為功、為年歲。○聳,依宋元本,汲古作寧,非。於,依汲古,宋本作其。穡,依宋元本,汲古作嗇。
之卦は《蠱》である。林辞は写す:辺地は驚擾を受けず、百姓は田野裏に在りて安然自若である。農夫は勞作して成有り、年歳は大豐収す。「聳」は驚懼の意である。これは辺境静まり歳豊かなる吉辞である。尚秉和は講ず:艮は西北に居るので「辺鄙」と言う。震は稼穡・人・功・年歳。校勘記:「聳」字は宋元本に依り、汲古閣本は「寧」と作すが正しくない。「于」字は汲古閣本に依り、宋刻本は「其」と作す。「穡」字は宋元本に依り、汲古閣本は「嗇」と作す。
臨。鼃池鳴呴,呼求水潦。雲雨大會,流成河海。震為鳴、為鼃,兌為池,坤為水潦,艮為求。兌為雨,坤為雲、為江海,重坤故大會。○鼃,汲古聲訛為蝸,宋本又訛為虵池、為牛,以兩本形聲定之必為鼃字。鼃,古文蛙字也。鳴呴呼求,依宋元本,汲古作鳴呵、作呼我。按:《春秋繁露》求雨法"取五蝦蟇置池中,具酒脯陳請"。
之卦は《臨》である。林辞は写す:青蛙が池中に在りて鼓噪鳴叫し、大雨を呼喚す。雲雨は大いに集り、匯流して河を成し海を成す。雨を祈りて応を得る吉辞である。尚秉和は講ず:震は鳴・蛙、兌は池、坤は積水、艮は求。兌は雨、坤は雲・江海、両坤は相重なる、ゆえに「大會」と言う。校勘記:「鼃」字は汲古閣本が声近くして「蝸」と讹し、宋刻本は又「虵池」「牛」と讹す。両本の字形・字音を拿って互相印证すれば、原字は必ず「鼃」と断定し得る――「鼃」は即ち「蛙」の古文である。「鳴呴」「呼求」は宋元本に依り、汲古閣本は「鳴呵」「呼我」と作す。尚氏はまた按す:《春秋繁露》の載する所の求雨之法に「五つの蝦蟆を取りて池中に置き、酒脯を具えて陳請す」有り、正に此の辞と相合す。
觀。志合意同,姬姜相從。嘉耦在門,夫子悅喜。坤為志、為意,重坤故曰同。伏震為周,故為姬。巽為齊,故為姜。坤為耦、為門,伏震為夫子、為悅喜。
之卦は《觀》である。林辞は写す:両心は相合し意氣は相投じ、姬姓と姜姓は姻好を結成す。美満の配偶は已に門前に在り、夫子は満心歓喜す。婚姻和合の吉辞である。尚秉和は講ず:坤は志・意、両坤は相重なるので「同」と言う。伏震は周、周は姬姓、ゆえに取って姬と作す。巽は斉、斉は姜姓、ゆえに取って姜と作す。坤は配偶・門、伏震は夫子・悦喜。
噬嗑。白馬駁騮,更生不休。富有商人,利得如邱。震為白馬、為玄黃,故曰駁騮。為生,正反震,故更生不休,故富有。震為商人,伏巽為和,艮為邱。○駁騮,依宋元本,汲古作騮駁。
之卦は《噬嗑》である。林辞は写す:白馬と雑色の騮馬は、一代一代と接続して繁衍して停まらない。行商の人は因此富足し、獲利は堆積して丘の如し。孳息して富を致す吉辞である。尚秉和は講ず:震は白馬・また玄黄雑色、ゆえに「駁騮」と言う。震は生を主り、一正一反の両個の震は相続く、ゆえに「更生不休」と言い、也因此「富有」。震は商人、伏巽は和を主り、艮は丘。校勘記:「駁騮」は宋元本に依り、汲古閣本は「騮駁」と作す。
賁。太姒夏禹,經啟九道。各有攸處,民得安所。禹,姒姓。離為夏,互震為王,故曰夏禹。震為啟、為大塗,數九,故曰九道。艮為處,坎為民,艮為安。
之卦は《賁》である。林辞は写す:太姒と夏禹は同じく姒姓に出で、禹は経営して九条の大水道を開通した。万物は各々其の所を得て、百姓は安居す。水を治め民を安んずる大吉の辞である。尚秉和は講ず:禹は姒姓、ゆえに林辞は連ねて太姒を挙ぐ。離は夏、互震は王、合して「夏禹」を成す。震は開啓・大道、其の数は九、ゆえに「九道」と言う。艮は處所、坎は民、艮はまた安を主る。
剝。甲戊己庚,隨時轉行。不失其心,唐季發憤,擒滅子嬰。此用遇卦《隨》象。隨互艮,艮外堅為甲,隨上互大坎,坎納戊,下互大離,離納己,震納庚,甲東方春,庚西方秋,坎戊冬,離已夏,故曰甲戊己庚,隨時轉行。震為帝,故曰唐,艮少故曰唐季、曰子嬰。艮手故曰擒,兌折故曰擒滅。唐季,謂高祖。劉向高祖頌:漢帝本係出自唐帝。班固述贊:皇矣大漢,纂堯之緒。○四五句宋元本作樂且安寧,依汲古。
之卦は《剥》である。林辞は写す:甲・戊・己・庚の四個の天干は時序に随って流轉す。本心を失わず。唐堯の後裔は奮発して起り、子嬰を擒殺した。言う所は漢高祖が秦を滅ぼした事である。尚秉和は講ず:此の条は所遇の本卦《随》の象を用いる。《随》は互いに艮を出し、艮の外爻は堅実、ゆえに甲に配す。《随》の上半は互いに大坎を出し、坎は納甲の上で戊に配す。下半は互いに大離を出し、離は己に配す。震は庚に配す。甲は東方に属して春と為り、庚は西方に属して秋と為り、坎戊は冬、離己は夏、ゆえに「甲戊己庚、随時転行」と言う。震は帝、ゆえに唐堯を指す。艮は少を主るので「唐季」と言い、もまたゆえに「子嬰」と言う。艮は手、ゆえに「擒」と言い、兌は毀折を主るので「擒滅」と言う。謂う所の「唐季」は指すは漢高祖――劉向《高祖頌》は漢帝の本系は唐帝に出ずと言い、班固の述賛は「皇矣大漢、纂堯之緒」と言う。校勘記:第四・五の両句は宋元本が「楽且安寧」と作すが、ここは汲古閣本に依る。
復。穆違百里,使孟厲武。將師襲戰,敗於殽右。《左傳僖公三十三年》:"秦穆公不聽蹇叔之諫,使百里孟明視襲鄭敗於殽",而《史記》謂百里奚與蹇叔並諫,故曰穆違百里。坤為百里,震為諸侯,故曰穆。震為孟、為武、為將師、為戰伐,坤喪故曰敗。○孟,依宋元本,汲古作明。
之卦は《復》である。林辞は写す:秦穆公は百里奚の勧諫に違背し、孟明視を派して強いて兵を用い逞ばしむ。軍を率いて遠襲し、結果崤山の右にて大敗した。剛愎にして師を喪う凶辞である。尚秉和は講ず:《左伝》僖公三十三年は秦穆公が蹇叔の勧諫を聴かず、百里孟明視を派して鄭を襲わせ、兵は崤に敗れたと記す。而して《史記》は百里奚と蹇叔が一同に進諫したと言う、ゆえに林辞は「穆違百里」と言う。坤は百里、震は諸侯、ゆえに穆公を指す。震は孟・武・將帥軍旅・戰伐。坤は喪亡を主るので「敗」と言う。校勘記:「孟」字は宋元本に依り、汲古閣本は「明」と作す。
無妄。茅茹本居,與類相投。願慕群旅,不離其巢。伏坤為茅茹,與乾為類,故相投合、故願慕群旅。震為旅,艮為巢,伏坤為願慕。○茅,汲古作茆。投,宋元本作扶,疑投是。易林每以十一尤與四豪協。
之卦は《無妄》である。林辞は《周易・泰》初九の「拔茅茹以其匯」の意象を用いる:茅草は根根相牽し、本土に安処し、同類は相就く。群伴に依附するを楽しみ、自家の窩巢を離開しない。同類相聚りて処を安んじ得る吉辞である。尚秉和は講ず:伏坤は茅茹、乾と同じく一類に属す、ゆえに「相投」と言い、ゆえに「願慕群旅」と言う。震は旅、艮は巢、伏坤は願慕。校勘記:「茅」字は汲古閣本が「茆」と作す。「投」字は宋元本が「扶」と作すが、尚氏は応に「投」と作すべしと疑う――《易林》は常に十一尤韻と四豪韻を拿って通押する。
大畜。伯仲叔季,日暮寢寐。坐臥失明,喪其貝囊。震為伯,伏大坎為仲,艮為叔季,乾為日,伏坤為暮、為寢寐,艮為坐臥,乾為明,坤失、坤喪、坤囊,艮為貝。○艮為貝證。
之卦は《大畜》である。此の条の林辞は前面の《謙》之《蠱》の一条と同じく一源に出ず:伯・仲・叔・季の四兄弟は、天晚して皆已に就寝す。坐臥の間に両眼は昏黑し、銭貝を盛る口袋を丟した。明を失い財を破る凶象である。尚秉和は講ず:震は伯、潜伏の大坎は仲、艮は叔季。乾は日、伏坤は暮・寝寐。艮は坐臥、乾は明。坤は喪失を主り・また囊袋、艮は貝。校勘記:尚氏は標出す、此の条は艮為貝という逸象の例証と作し得る。
頤。亡羊補牢,張氏失牛。騂駟奔走,鵠盜我魚。兌為羊,兌伏故亡羊。艮為牢,震為張,坤為牛,坤喪故失牛。震為騂駟、為奔走、為鵠,坤為魚、為我。
之卦は《頤》である。林辞は写す:羊が跑り去って才だ羊圈を修補し、張家は又牛を丟した。赤色の駕車馬は四散奔逃し、鵠鳥は我が魚を叼走した。連ねて物を失う凶象である。尚秉和は講ず:兌は羊、兌は潜伏して現れないので「亡羊」。艮は牢圈、震は張、坤は牛、坤は喪失を主るので「失牛」。震は騂駟・奔走・鵠。坤は魚・我。
大過。雀自燕顙,畏昏無光。思我狡童,不見子充。通《頤》。艮為雀,大離為目,兌為燕,艮為顙,故曰雀目燕顙。坤為昏、為畏,艮為光,坤黑,故無光。坤為思、為我,艮為童,震為子。狡童,《鄭風》篇名,淫女見絕於人之詩,故曰思、曰不見。不見子充,亦《鄭詩》語。
之卦は《大過》である。林辞は写す:雀目燕額、形容は小さく可怜である。昏黑を見るを怕れ、目中に光なし。我が狡童を思念するも、却って子充に見えない。相思して遇わざる辞である。(首句は底本が「雀自燕顙」と作し、尚氏の注文は引いて「雀目燕顙」と作す。)尚秉和は「通《頤》」を標し、旁通の《頤》の象を借りて講ず:艮は雀、全卦を合看すれば大離を目と為し、兌は燕、艮は額顙、ゆえに「雀目燕顙」と言う。坤は昏・畏、艮は光、坤の色は黑、ゆえに「无光」。坤は思・我、艮は童、震は子。「狡童」は《詩・鄭風》の篇名で、淫女が人に絶弃せられるを写す、ゆえに「思」「不見」と言う。「不見子充」もまた《鄭風》裏の話である。
坎。入暗出明,動作有光。運轉休息,常樂允康。伏巽為入,坎為暗,震為出,艮為光明,震為動作、為運轉,艮止故休息。震為樂、為康強。
之卦は《坎》である。林辞は写す:暗処より進み明処より出で、一挙一動に皆光彩有り。運作有りて歇息も有り、長久歓楽安康す。動靜が宜しきを得る吉辞である。尚秉和は講ず:伏巽は入を主り、坎は暗、震は出、艮は光明。震は動作・運転、艮は止を主るので「休息」。震は楽・康強。
離。不勝私情,以利自嬰。北室出狐,毀其良家。互巽為利,伏坎為室、為北、為狐,伏艮為家,兌毀折艮伏,故曰毀其良家。嬰,絆也。陸機詩:世網嬰吾身。
之卦は《離》である。林辞は写す:私情に抵えず、利欲に自身を纏住せられた。北屋裏より狐狸が跑出し、此の戸の好人家を毀掉した。私を徇り利を逐うて以て家を敗る凶辞である。尚秉和は講ず:互巽は利、伏坎は室・北・狐、伏艮は家。兌は毀折を主り而して艮はまた潜伏す、ゆえに「毀其良家」と言う。「嬰」は纏繞羈絆の意で、陸機の詩「世網嬰吾身」は正に此の義を用いる。
咸。稱幸上靈,媚悅於神。受福重重,子孫蕃功。兌為媚悅,伏震為神、為福,伏坤為重,震為子,艮為孫。蕃,多也。
之卦は《咸》である。林辞は写す:上天の神霊を称頌祈請し、虔誠を以て神に取悦す。一重又一重と福沢を承受し、子孫の功業は繁盛す。神を敬いて福を獲る吉辞である。尚秉和は講ず:兌は媚悦、伏震は神・福、伏坤は重疊を主るので「重重」と言う。震は子、艮は孫。「蕃」は多の意である。
恆。齊姜叔子,天文在手。實沈參墟,封為康侯。巽為齊、為姜,伏震為子,艮為叔、為天,坤為文,艮為手,齊姜,武王后。叔子,即太叔。《左傳昭元年》:"邑姜妊太叔時,夢天謂己曰:餘命爾子曰虞,及生,有文在其手曰虞",故曰天文在手。實沈、參墟,晉分野,皆艮象。震為諸侯、為康樂,故封為康侯。○文,依宋元本,汲古作命。多用伏象。
之卦は《恒》である。林辞は唐叔虞の受封を詠ず:斉姜の生んだ叔子は、手上に生まれながら上天の賜う所の文字を帶びる。實沈・參星の分野に封ぜられ、安楽の諸侯を為した。天命に帰す所有る大吉の辞である。尚秉和は講ず:巽は斉・姜、伏震は子、艮は叔・また天、坤は文、艮は手。斉姜は周武王の王后(即ち邑姜)、叔子は即ち唐叔虞。《左伝》昭公元年に記す:邑姜が太叔を懐く時、上天を夢見て她に對し「我はこの児子に命じて虞と呼ばしむ」と言い、等到生れ来るに、手上に果然「虞」字の紋路有り、ゆえに「天文在手」と言う。實沈・參墟は皆晋国の分野で、も皆艮象を取る。震は諸侯・康楽、ゆえに「封為康侯」と言う。校勘記:「文」字は宋元本に依り、汲古閣本は「命」と作す。此の一条は多く伏象を用いる。
遯。遨遊無患,出入安全。長受其歡,君子萬年。伏震為遨遊,坤為患,震樂故無患。震出巽入,艮為安,故出入安全。巽為長,震為歡,艮為君子,乾為萬年。
之卦は《遯》である。林辞は写す:四処に遨游して禍患なく、出出入入平安にして事なし。長久歓楽を享受し、君子は万年長寿す。安泰にして福長き大吉の辞である。尚秉和は講ず:伏震は遨游、坤は禍患、震は喜楽を主るので「无患」。震は出を主り巽は入を主り、艮は安を主る、ゆえに「出入安全」と言う。巽は長、震は歓、艮は君子、乾は万年。
大壯。被服文德,升入大麓。四門雍肅,登受大福。乾為被服,伏坤為文,故曰文德。艮為山麓,震為升,震卦數四,乾為門,故曰四門。乾為福、為大,震為登。《堯典》:"賓於四門,四門穆穆。內於大麓,烈風雷雨弗迷",謂舜也。○汲古下有"慈烏鳲鳩"四句,與《乾》之《蒙》同,顯為另一林詞,宋元本無。
之卦は《大壮》である。林辞は虞舜の受命を詠ず:身に文徳を披き、登進して大麓の任に就く。四方の来宾は整粛恭敬し、高位に登りて大福を承受す。徳備わりて禄を受くる大吉の辞である。尚秉和は講ず:乾は被服、伏坤は文、合して「文徳」を成す。艮は山麓、震は登升。震の卦数は四、乾は門、ゆえに「四門」と言う。乾は福・大、震は登。《尚書・堯典》は「賓于四門、四門穆穆。納于大麓、烈風雷雨弗迷」と言い、講ずる所は正に舜である。校勘記:汲古閣本は此の条の下に還って「慈烏鳲鳩」等の四句有り、《乾》之《蒙》の一条と相同しく、顕然として另外一条の林辞である。宋元本にはない。
晉。負金懷玉,南歸嘉國。蜂繭不螫,利入我室。艮為負、為金,乾為玉,乾伏,故曰懷玉。離為南,艮為國,坎為刺、為蜂蠆、為螫、為室。坤為我。
之卦は《晋》である。林辞は写す:黄金を背負い美玉を懐裏に揣めて、南に往きてあの美好の邦国に回る。蜂蠆は皆人を螫さず、利益は我が家門に進入す。財を携えて安く歸る吉辞である。尚秉和は講ず:艮は負荷・金、乾は玉。乾は潜伏して現れず、蔵して露さないので「懐玉」と言う。離は南、艮は国。坎は刺・蜂蠆・螫・室。坤は我。
明夷。日在阜顛,向昧為昏。小人成群,君子傷倫。離日艮阜,艮倒首向下與日連,故日在阜顛。坎為昧、為昏,言日至是不明也。坤為小人,坤坎皆為眾,故曰成群。艮為君子,艮倒故傷倫。倫,常也,言反常。
之卦は《明夷》である。林辞は写す:太陽は土山の頂上に掛かり、一歩一歩昏黑に向かって墜去る。小人は成群結黨し、君子は傷を受け、綱常は顛倒す。昏乱して賢を傷う大凶の辞である。尚秉和は講ず:離は日、艮は土阜。艮は倒転して頭下に向き、正に日と相接するので「日在阜顛」と言う。坎は昏昧、是れ日が此に到れば已に明ならずを言う。坤は小人、坤と坎は皆衆多を主るので「成群」と言う。艮は君子、艮は既に倒置するので「傷倫」と言う。「倫」は常の意で、傷倫は即ち反常である。
家人。水父火母,先來鳴呴。澤皋之士,從高而處。伏震為父,與坎水連故曰水父。巽為母,與離火連故曰火母。《左傳》火為水妃是也。隨震為鳴呴、為士,兌為澤,艮為澤,艮為皋,澤皋之士,蓋猶山澤之士也。巽為高。○汲古作水火父母,此妄人不知震巽父母象,故將父火二字顛倒也。宋元本作水父海母,此音訛也。然由宋元及汲古三本互證其為水父火母無疑。士,從宋本,汲古訛上。皋,汲古訛高,依宋元本。
之卦は《家人》である。林辞は写す:水は父を作し火は母を作し、率先して鳴叫呼応す。水沢高地の上の隠士は、高処を択びて身を安んず。尚秉和は講ず:伏震は父、坎水と相連なるので「水父」と言う。巽は母、離火と相連なるので「火母」と言う――《左伝》は火は水の配偶と講じ、正に此の義である。所遇《随》卦の震は鳴呴・また士。兌は沢、艮は沢・皋、謂う所の「沢皋之士」は大概は山沢之士である。巽は高。校勘記:汲古閣本は「水火父母」と作すが、あれは妄人が震為父・巽為母の取象を懂らずして、「父」「火」の二字を前後顛倒したものである。宋元本は「水父海母」と作すが、是れ字音に因りて讹る。但し宋・元・汲古の三本を互相印证すれば、原文は必ず「水父火母」と断定し得る。「士」字は宋刻本に従い、汲古閣本は「上」と讹す。「皋」字は汲古閣本が「高」と讹すが、ここは宋元本に依る。
睽。東鄰少女,為王長婦。柔順利貞,宜夫壽子。是用《隨》象。下震為東鄰,上兌為少女。震為王,巽為長婦、為柔順、為利,艮為貞,故曰柔順利貞。震為夫、為子,艮為壽。
之卦は《睽》である。林辞は写す:東隣家の少女が、王家の長媳を為した。性情は柔順にして、正を守りて利有り、丈夫に益し、児子は長寿す。嫁娶して配を得る吉辞である。尚秉和は講ず:ここは所遇の本卦《随》の象を用いる:下卦の震は東隣、上卦の兌は少女。震は王、巽は長婦・柔順・利、艮は貞、ゆえに「柔順利貞」と言う。震は夫・子、艮は長寿を主る。
蹇。戴缾望天,不見星辰。顧小失大,福逃於外。艮形似戴瓶,艮為望,為缾所障,故不見天。艮為天、為星辰、為顧,兌為小。○顧,依宋元本,汲古作願。
之卦は《蹇》である。林辞は写す:個瓶子を頂いて天を望むも、什麼星辰も見えない。只顧って小処に大処を丟い、福氣は外頭に跑去した。小に因りて大を失う凶象である。尚秉和は講ず:艮の卦形は人の頭上に瓶子を頂くに似て、艮はまた瞻望、瓶に擋えられるので天を見得ない。艮は天・星辰・回顧、兌は小を主る。校勘記:「顧」字は宋元本に依り、汲古閣本は「願」と作す。
解。王喬無病,狗頭不痛。亡跛失履,乏我徒從。震為王、為喬木,王子喬,古仙人。坎為病,震解,故無病。遇卦《隨》互艮為狗、為頭坎、為痛,震解故不痛。坎為蹇、為跛,震為亡。亡,往也。為履,坎為失,故往跛失履。震為從。○亡跛徒從,依汲古,宋元本作三尸,作逆從。
之卦は《解》である。林辞は写す:王子喬は病なく、狗頭もまた疼まない。走起路來は一瘸一拐し、鞋子は還って掉了し、随行の人手はまた不够す。半吉半困の辞である。尚秉和は講ず:震は王・喬木、王子喬は古時の仙人。坎は病、而して震は解散を主るので「无病」。所遇の本卦《随》は互いに艮を出して狗・頭と為し、坎は痛、震は解を主るので「不痛」。坎は蹇難・跛、震は「亡」――「亡」はここは即ち「往」。震はまた履、坎は喪失を主る、ゆえに走り走りて跛き鞋もまた丟うと言う。震は随従。校勘記:「亡跛」「徒従」は汲古閣本に依り、宋元本は「三尸」「逆従」と作す。
損。使燕築室,身無庇宿。家不容車,後我衣服。兌為燕,艮為室、為築、為身,身在外故無庇宿。艮為家,坤為大輿,燕室狹小,故家不容車。坤為衣服、為我,震為後。○後,從汲古,宋元本作微。
之卦は《損》である。林辞は写す:燕子を叫来して自己に房を蓋わしむるに、自己は反って存身する処なし。屋子は小さく車を放下し得ず、衣服もまた後頭に落ちる。托する所人に非ざり居処窘迫の凶象である。尚秉和は講ず:兌は燕、艮は室・筑・身。身は外卦に居るので「无庇宿」。艮は家、坤は大車。燕子の作る窩は本來狹小、ゆえに「家不容車」と言う。坤は衣服・我、震は後。校勘記:「後」字は汲古閣本に従い、宋元本は「微」と作す。
益。威權分離,烏夜徘徊。爭蔽月光,大人誅傷。震為威,巽為權,風散故分離。艮為鳥,坤為夜,震起艮止,故徘徊。伏兌為月,巽為伏,故光蔽。乾為大人,坤死乾伏,故誅傷。又對象恆象,《大過》亦誅傷象也。○烏,從宋本,汲古、元本作烏,非,此似有故實。
之卦は《益》である。林辞は写す:威権は分散離析し、烏鴉は夜裏に往来盤旋す。月光を遮蔽することを争い、大人は因此誅され傷を受く。権柄が旁落し上位が害に遭う大凶の辞である。尚秉和は講ず:震は威、巽は権、風の性は吹散、ゆえに「分離」。艮は鳥、坤は夜。震は起を主り艮は止を主り、一起一止、ゆえに「徘徊」と言う。伏兌は月、巽は潜伏を主るので月光は遮らる。乾は大人、坤は死を主り而して乾はまた潜伏す、ゆえに「誅傷」と言う。再び対卦より看れば、《益》と《恒》は相対し、《恒》の対する所の《大過》は同じく誅傷の象を含む。校勘記:「烏」字は宋刻本に従い、汲古閣本と元刻本は另一の形近の字を作すが正しくない(底本は此の両処の字形は已に分辨し難し)。此の一条は似乎別に本事の考うべき有り。
夬。辯變黑白,巧言亂國。大人失福,君子迷惑。此用《隨》象。兌為言,震亦為言,故曰辯、曰巧言。巽為白,兌為昧,故為黑。艮為國,乾為大人、為福,兌毀折,故失福。艮為君子,巽疑故迷惑。
之卦は《夬》である。林辞は写す:巧辯は黑的を説きて白的と為し、花言巧語は国家を攪乱す。大人は福分を失掉し、君子は迷惑に陥る。讒辯に国を誤る凶辞である。尚秉和は講ず:ここは本卦《随》の象を用いる:兌は言を主り、震もまた言を主り、両象は皆言を主る、ゆえに「辯」「巧言」と言う。巽は白、兌は昏昧を主るので黑と為る。艮は国、乾は大人・福、兌は毀折を主るので「失福」。艮は君子、巽の性は多疑、ゆえに「迷惑」。
姤。衣踞鎧甲,敝筐受貝。大人不顧,少婦不取。棄捐於道。此用《隨》象。震為衣,艮為堅、為鎧甲、為貝,震為筐,巽為敝,故曰敝筐受貝。乾為大人,《大過》巽為女妻,故巽為少婦。伏震為大塗、為道,巽為隕落、為棄捐。林義未詳,韻亦不葉。○踞,汲古作鋸,受貝作為具,均依宋元本。首句似言鎧甲非常衣,次句言敝筐非盛具之器,故人皆不顧而棄捐於道也。
之卦は《姤》である。林辞は写す:鎧甲を拿って衣裳と當て蹲坐し、破筐を用いて銭貝を盛る。大人は理睬せず、少婦もまた肯んじて要らず、末了に路上に丢弃す。用いる所器に非ず終に遺弃に遭う象である。尚秉和は講ず:此の条は本卦《随》の象を用いる:震は衣、艮は堅硬を主り・鎧甲・貝、震は筐、巽は破敝を主る、ゆえに「敝筐受貝」と言う。乾は大人。《大過》は巽を以て女妻と為す、ゆえに巽もまた少婦に当て得る。伏震は大道、巽は隕落を主り・弃捐。尚氏は坦言して此の条の林辞の意思は講じ明白ならず、韻脚もまた諧せず。校勘記:「踞」字は汲古閣本が「鋸」と作し、「受貝」は汲古閣本が「為具」と作すが、皆宋元本に依る。彼は推測する首句は言う所は鎧甲は本平常に穿る衣服に非ず、次句は言う所は破筐は本物を盛る器具に非ず、ゆえに人人皆理會せず、終に道旁に抛弃する。
萃。燕雀銜茅,以生孚乳。兄弟六人,姣好孝悌。得心歡欣,和悅相樂。詳《小畜》之《兌》。○茅、姣,依宋元本,汲古作泥、作交。
之卦は《萃》である。林辞は写す:燕雀は茅草を銜来して窩を筑き、孵化して生養す。兄弟六人は個個俊秀にして、孝順友愛す。心裏歓欣し、一家は和睦快楽す。家庭和楽の大吉の辞である。取象の講解は《小畜》之《兌》の一条と相同しく、詳しくはそこを見よ。校勘記:「茅」「姣」の二字は宋元本に依り、汲古閣本は「泥」「交」と作す。
升。登几上輿,駕駟南遊。合從散橫,燕齊以強。詳《乾》之《泰》。○齊,依《泰》之《乾》,各本皆作秦。
之卦は《升》である。林辞は写す:几凳を踏みて車輿に登り、四馬を駕起して南に巡游す。合縦の策は成り連横の勢は散じ、燕・斉の両国は因此強盛す。縦横に計を得て国勢転じて強しの吉辞である。取象の講解は《乾》之《泰》の一条と相同しく、詳しくはそこを見よ。校勘記:「斉」字は《泰》之《乾》の一条に依って校定したもので、各本は皆「秦」と作す。
困。黷黷許許,仇偶相得。冰入炭室,消亡不息。黷黷,闇昧也。兌為闇昧,坎為眾,故曰許許。許許,同力合作之貌。《詩伐木》許許是也。坎離為夫婦,故曰仇偶。仇,匹也。坎為冰、為室,離火故曰炭室。兌毀折故不息。○偶,從宋元本,汲古作禍,非。
之卦は《困》である。林辞は写す:昏昏沉沉として、衆人は斉声に吆喝し、配偶は両下に相投ず。可是氷塊は炭火房に進入し、转眼に消融して止まない。暫く合して終に散ずる凶象である。尚秉和は講ず:「黷黷」は昏暗の样子、兌は昏昧を主る。坎は衆、ゆえに「許許」と言う――「許許」は衆人が力を合力して勞作する時の呼声で、《詩・小雅・伐木》の「伐木許許」は即ち此の詞。坎と離は夫婦と為る、ゆえに「仇偶」と言い、「仇」は即ち配偶。坎は氷・室、離は火、ゆえに「炭室」と言う。兌は毀折を主るので「不息」。校勘記:「偶」字は宋元本に従い、汲古閣本は「禍」と作すが正しくない。
井,鴟鴞破斧。邦人危殆,賴其忠德,轉禍為福,傾亡復立。伏艮為鴟鴞,兌為斧,兌毀故曰破斧。伏艮為邦,震為人,坎險故危殆。坎為忠,伏震為福。鴟鴞破斧,皆《豳風》篇名,皆詠周公,言三監叛,國勢危殆,周公復轉危為安也。○傾亡,依宋元本,汲古作傾危。兌為斧可解《易》斧象。
之卦は《井》である。林辞は《詩・豳風》の《鴟鴞》《破斧》の両篇を取る:国人の处境は危殆にして、全く周公の忠徳に頼り、禍を轉じて福と為し、眼看に傾覆するも又重新立穩す。危にして復た安きの吉辞である。尚秉和は講ず:伏艮は鴟鴞、兌は斧、兌は毀折を主るので「破斧」と言う。伏艮は邦、震は人、坎は険を主るので「危殆」。坎は忠、伏震は福。《鴟鴞》《破斧》は皆《豳風》の篇名で、皆周公を詠ず、言う所は三監が叛乱し国勢危殆にして、周公は終に危を轉じて安きと為した。校勘記:「傾亡」は宋元本に依り、汲古閣本は「傾危」と作す。尚氏はまた標す:兌為斧という逸象は、《周易》裏の斧象を解通し得る。
革。載金販狗,利棄我走。藏匿淵底,悔折為咎。通《蒙》。艮為金、為狗,震為載、為販、為走,巽為利,坎為藏匿,坤為淵、為悔,兌為折。○底,依《震》之《復》校,各本皆作渠。坤為淵證。
之卦は《革》である。林辞は写す:金子を載せて狗を販りに行くに、利頭は却って我を撇下して跑了。身を蔵して深淵の底下に至り、懊悔挫折して終に災咎を成す。売買して本を折る凶象である。尚秉和は「通《蒙》」を標し、旁通の《蒙》の象を借りて講ず:艮は金・狗、震は載・販・奔走、巽は利、坎は藏匿、坤は淵・悔、兌は折。校勘記:「底」字は《震》之《復》の一条に拠って校定したもので、各本は皆「渠」と作す。尚氏はまた標す:此の条は坤為淵を証し得る。
鼎。淵坑復平,宇室安寧。憂患解除,賴福長生。通《屯》。坤為淵,坎為坑、為平,艮為宇室、為安寧,坎為憂患,震樂故解。震為福、為長生。○淵,依汲古,宋元本皆作泉。宇室,依宋元本,汲古作宇穴。
之卦は《鼎》である。林辞は写す:深坑は重新填平し、屋宇は安寧す。憂患は解除し、福を托して長生を得る。危を轉じて安きと為す吉辞である。尚秉和は「通《屯》」を標し、旁通の《屯》の象を借りて講ず:坤は淵、坎は坑・また平、艮は屋宇・安寧。坎は憂患、震は喜楽を主るので憂患は解を得る。震は福・長生。校勘記:「淵」字は汲古閣本に依り、宋元本は皆「泉」と作す。「宇室」は宋元本に依り、汲古閣本は「宇穴」と作す。
震。孋姬讒喜,與二嬖謀。譖我恭子,賊害忠孝。申生以縊,重耳奔逃。詳《比》之《履》。震為馬、為周、為姬,初四正反震,故曰讒、曰譖。震為生,伏巽為繩,故曰縊。坎為耳。○喜、嬖,從宋元本《比》之《履》校,各本皆作喜、作孽。又各本五六句皆作"駕出嘉門,商伯有害",亦依《比》之《履》校。
之卦は《震》である。林辞は晋献公の乱を詠ず:驪姬は讒を進めて寵を得、両個の嬖人と合謀す。恭子申生を誣陷し、忠孝の人を残害す。申生は自ら縊れて死し、重耳は出奔逃亡した。讒人が国を乱り忠良が身を殞す大凶の辞である。取象の講解は《比》之《履》の一条と相同しく、詳しくはそこを見よ。尚秉和は又講ず:震は馬・周・姬。初爻と四爻は一正一反の両個の震を構成するので「讒」「譖」と言う。震は生、正に申生の名に合し、伏巽は繩、ゆえに「縊」と言う。坎は耳、正に重耳の名に合す。校勘記:「喜」「嬖」の二字は宋元本《比》之《履》の一条に拠って校定したものである(各本は此の両処の字形は略異し、「嬖」は原「孽」と作す)。又各本は第五・六の両句を皆「駕出嘉門、商伯有害」と作すが、も《比》之《履》に依って校改す。
艮。刲羊不當,血少無羹。女執空筐,不得采桑。互震為羊,艮為刲,互坎為血。震為筐、為桑,艮手為執、為採。全取《歸妹》上六爻詞。○刲,宋元本作刺,非。
之卦は《艮》である。林辞は全く《周易・歸妹》上六爻辞の「女承筐无実、士刲羊无血」の意思を取る:羊を宰するも刀口に下對せず、出血は很少にして、肉羹を成り得ない。女子は空筐を提げて、桑葉を採り得ない。徒労して実なしの凶象である。尚秉和は講ず:互震は羊、艮は刲(割宰)、互坎は血。震は筐・桑、艮は手、ゆえに「執」「採」と言う。校勘記:「刲」字は宋元本が「刺」と作すが正しくない。
漸。牧羊稻園,聞虎喧讙。畏懼悚息,終無禍患。詳《同人》之《節》。
之卦は《漸》である。林辞は写す:稻田園圃の裏で羊を放すに、老虎の吼叫喧鬧を聴見す。嚇えて息を屏し発抖するも、到底禍事を出さなかった。驚有りて険なしの辞である。取象の講解は《同人》之《節》の一条と相同しく、詳しくはそこを見よ。
歸妹。明德隱伏,麟鳳遠匿。周室傾側,不知所息。離為明,坎隱伏。離為文、為麟鳳,坎匿故麟風遠匿。震為周、為室,艮覆故曰周室傾仄。艮止為息,艮覆故不知所息。
之卦は《歸妹》である。林辞は写す:光明の徳行は隠没して見えず、麒麟鳳凰は遠遠に躲開す。周室は傾覆偏側し、何処にか安身し得るを知らない。聖徳が隠晦し王室が衰微の大凶の辞である。尚秉和は講ず:離は明、坎は隠伏を主る。離は文・麟鳳、坎は藏匿を主る、ゆえに「麟鳳遠匿」と言う。震は周・室。艮象は倒置するので「周室傾仄」と言う。艮は止を主り、止は即ち安処、ゆえに「息」と為る。艮は既に倒置するので「不知所息」。
豐。鄰不我願,而求玉女。身多禿癩,誰肯媚者。離為東鄰、為願,互大坎,坎隱伏故不願。震為玉,兌為女,伏艮為求、為身,艮多節,故曰禿癩。兌為媚。林詞大意言不自知而妄求,必不得也。○玉女,汲古作寶玉,依宋元本。
之卦は《豊》である。林辞は写す:隣家は本來我を看不上するに、我は却って人家の美貌女子を求めに行く。自己は一身禿瘡癩疾にして、誰か肯んじて来りて親近せん。自量せずして妄に求むる凶象である。尚秉和は講ず:離は東隣・願、卦中に互いに大坎を出し、坎は隠伏を主るので「不願」。震は玉、兌は女、合して「玉女」を成す。伏艮は求・身。艮は節疤多し、ゆえに「禿癩」と言う。兌は媚。尚氏は點明する林辞の大意は:自量を知らずして胡乱に求取すれば、必定得ること能わざる。校勘記:「玉女」は汲古閣本が「宝玉」と作すが、ここは宋元本に依る。
旅。初雖無輿,後得戰車。賴幸逢福,得離兵革。震為車,震伏故無。伏節,中爻正覆震,亦正覆艮,兩車兩手相對故曰戰車。震為福,正覆震故曰逢福。離為兵革,在外故離兵革。○戰車,依宋元本,汲古作載車。得離,從汲古,宋元本作不離。
之卦は《旅》である。林辞は写す:起初は車なかりしに、後来戦車を得た。僥倖に靠りて福氣に遇上し、終於兵禍を脱離した。先困後吉の辞である。尚秉和は講ず:震は車、震は潜伏して現れないので起初「无輿」。《旅》の伏する所は《節》で、中間の几爻は一正一反の両個の震にして、同時に一正一反の両個の艮、両車両手は彼此相對する、ゆえに「戦車」と言う。震は福、一正一反の両個の震は相遇う、ゆえに「逢福」と言う。離は兵革、離は外卦に居るので兵革を脱離し得る。校勘記:「戦車」は宋元本に依り、汲古閣本は「載車」と作す。「得離」は汲古閣本に従い、宋元本は「不離」と作す。
巽。水壞我裡,東流為海。龜鳧歡囂,不睹王母。詳《泰》之《兌》。兌巽象同。
之卦は《巽》である。林辞は写す:大水は我が里巷を冲毀し、東に奔流して汪洋に匯成した。亀と野鴨は水上に在りて歓叫喧騰し、再也王母を看見しない。水患に家を毀る凶辞である。取象の講解は《泰》之《兌》の一条と相同しく、詳しくはそこを見よ。尚秉和は一句を補す:兌と巽はここは取象相同しい。
兌。兩心不同,或欲西東。明論終始,莫適所從。通《艮》。坎為心,兌卦數二,故曰兩心。兌西,互震為東,故或欲西東。震為始,艮為終,震為言論。適,主也。震為主、為從,艮三至上正反震,故莫適所從也。
之卦は《兌》である。林辞は写す:両条の心は各々相同じからず、一個は西に往かんと欲し一個は東に往かんと欲す。始末を反復講論して明白にするも、還って主意を拿定めず誰に依従すべきを知らない。意見が分歧し従う所適なしの凶象である。尚秉和は「通《艮》」を標し、旁通の《艮》の象を借りて講ず:坎は心、兌の卦数は二、ゆえに「両心」と言う。兌は西に在り、互震は東に在り、ゆえに「或欲西東」と言う。震は始、艮は終、震は言論を主る。「適」は主の意。震は主・従、《艮》は自ら三爻到上爻は一正一反の両個の震、両象は相違う、ゆえに「莫適所従」と言う。
渙。天帝懸車,廢禮不朝。攘服不制,失其寵家。中爻艮為天,震為帝、為車,三至五震覆,故曰懸車。元刊注天文有帝車星,故曰天帝懸車。震為晉、為朝,三至五震覆,故曰不朝。艮手為攘,震為服,艮手為制,正反艮故不制。艮為家,坎失。又攘服者,蓋遠於要服荒服,必待攘而後服也。攘服,依汲古,宋元本作欀福,非。又或謂制當作至,亦非。末句汲古作失寵其家,依宋元本。
之卦は《渙》である。林辞は写す:天帝の車子は高懸して動かず、礼数は廢弛して朝覲に来らない。辺遠の地は驅赶して才だ歸服を肯ず、終於寵を受くる家門を失った。礼廃れて寵を失う凶象である。尚秉和は講ず:中間の几爻は互いに艮を出して天と為し、震は帝・車。三至五爻は倒れた震、ゆえに「懸車」と言う。元刻本の注は天文の裏に「帝車」の星有るを言う、ゆえに「天帝懸車」と称す。震は晋・朝覲、三至五爻の震象は倒置するので「不朝」と言う。艮は手、ゆえに「攘」即ち驅逐と言う。震は服、艮手はまた制裁を主り、一正一反の両個の艮は彼此相抵す、ゆえに「不制」と言う。艮は家、坎は喪失を主る。尚氏はまた「攘服」を解す:大概是要服・荒服のような辺遠の地を指し、非ずば驅逐の一番を経ずば臣服を肯ぜない。校勘記:「攘服」は汲古閣本に依り、宋元本は「欀福」と作すが正しくない。又ある人は「制」は応に「至」と作すべしと言うも、も正しくない。末句は汲古閣本が「失寵其家」と作すが、ここは宋元本に依る。
節。交川合浦,遠溼難處。水土不同,思吾皇祖。坤為水,陽入坤成坎,故曰交川合浦。交川,即交州,皆南越地名。坎為交、為合也,坎為溼,坎險故難處。震為皇,艮為祖,坎為思。○艮為祖證。
之卦は《節》である。林辞は写す:遠く交川・合浦に在り、あそこは潮湿にして居住し難い。水土に服さず、只能我が先祖を思念する。遠く謫せられて異郷の凶辞である。尚秉和は講ず:坤は水、陽爻は坤に入れば便ち坎を成す、ゆえに「交川合浦」と言う――交川は即ち交州で、合浦と皆南越の地名である。坎は交・合を主り、坎はまた潮湿、坎の性は険、ゆえに「難処」。震は皇、艮は祖、坎は思。校勘記:尚氏は標出す、此の条は艮為祖という逸象の例証と作し得る。
中孚。勾踐之危,棲於會稽。太宰機言,越國復存。震為足、為踐、為王,故曰勾踐。兌毀折故危,艮止故曰棲,艮山故曰會稽。震為主、為宰、為言,坎為機,艮為國,震為南,故曰越國。《史記》:"越王兵敗,棲會稽山,賂太宰嚭,說吳王,王竟許越平"。○機,汲古作譏,依宋元本。
之卦は《中孚》である。林辞は越王勾践を詠ず:勾践の处境は危殆にして、退きて会稽山を保す。太宰の一番の机巧の説辞に靠りて、越国は才だ保全を得た。絶処に生に逢う辞である。尚秉和は講ず:震は足・践・王、合して「勾践」を成す。兌は毀折を主るので「危」。艮は止を主るので「栖」と言う。艮は山、ゆえに「会稽」と言う。震は主・宰・言、坎は机巧、艮は国、震は南方に在るので「越国」と言う。《史記》は記す:越王は兵敗れ、退きて会稽山を保し、太宰嚭に重賄し、他に由りて呉王を説勧せしめ、呉王は終に越と講和することを答允した。校勘記:「機」字は汲古閣本が「譏」と作すが、ここは宋元本に依る。
小過。慈烏鳲鳩,執一無尤。寢門內治,君子悅喜。《詩曹風》:"鳲鳩在桑,其子七兮;淑人君子,其儀一兮"。艮為烏,兌悅故曰慈烏。艮為鳲鳩。《爾雅》注:布穀也。艮為執,互大坎數一,故曰執一。艮為寢、為門、為君子。震為喜。○鳲,宋元本訛鳴,依汲古。
之卦は《小過》である。林辞は《詩・曹風・鳲鳩》を用いる:慈烏と鳲鳩は子を育てて均平にして、執守は一の如く過失なし。内室以内は治理して方有り、君子は歓喜す。心を持して専一にして家門整粛の吉辞である。尚秉和は講ず:《詩・曹風》は言う「鳲鳩在桑、其子七兮。淑人君子、其儀一兮」。艮は烏、兌は悦を主るので「慈烏」と言う。艮はまた鳲鳩、《爾雅》の注は鳲鳩は即ち布穀と言う。艮は執持を主り、互出の大坎は其の数は一、ゆえに「執一」と言う。艮は寝・門・君子。震は喜。校勘記:「鳲」字は宋元本が「鳴」と讹すが、ここは汲古閣本に依る。
既濟。富年早寡,獨立孤居,雞鳴犬吠。無敢問諸,我生不遇,獨罹寒苦。此多取《隨》象。震為年、為早,巽為寡,艮為孤,震為獨,艮為居,《既濟》坎亦為孤,《睽九四》"睽孤"是也。巽為雞,震為鳴吠,艮為犬,震為問、為生。坎為寒。○富年,依汲古,宋元本作當年。獨立孤居,汲古作獨與孤居,諸作者,均依宋元本。
之卦は《既濟》である。林辞は写す:正に盛年に当たりて寡を守り、孤零零一個人で活を過し、只だ鶏鳴狗吠を伴と為す。人は敢えて来りて問う一声なし。我が此の一生は時に逢わず生れ、独自凄寒困苦を受く。孤寡に依なしの大凶の辞である。尚秉和は講ず:此の条は多く所遇の本卦《随》の象を取る:震は年・早、巽は寡を主り、艮は孤、震は独、艮は居。《既濟》の坎もまた孤を主る――《周易・睽》九四爻辞の「睽孤」は即ち此の象。巽は鶏、震は鳴吠、艮は犬。震は問・生。坎は寒。校勘記:「富年」は汲古閣本に依り、宋元本は「当年」と作す。「独立孤居」は汲古閣本が「独与孤居」と作し、「諸」字は汲古閣本が「者」と作すが、皆宋元本に依る。
未濟。江海變服,淫湎無側。高位顛崩,寵祿反覆。《書洪範》:"無反無側",注:不偏邪也。重坎故曰江海、曰淫湎。高位顛崩,似仍指《隨》象,《隨》艮覆在下故曰崩。○無側,從宋元本,汲古作測,義均未協。
之卦は《未濟》である。林辞は写す:江海は旧貌を改換し、沈湎して度なく行事正ならず。高位は傾覆崩塌し、恩寵禄位は翻来覆去す。徳を失い位を失う凶辞である。尚秉和は講ず:《尚書・洪範》に「无反无側」有り、注解は不偏邪の意と言う。卦中の両坎は相重なる、ゆえに「江海」と言い、もまたゆえに「淫湎」と言う。「高位顛崩」は似乎仍お所遇の本卦《随》の象を指す――《随》の艮象は倒置して下に在る、ゆえに「崩」と言う。校勘記:「无側」は宋元本に従い、汲古閣本は「无測」と作すが、両種の写法は意思が皆不很贴切す。
蠱之第十八
蠱。魴生江淮,一轉為百。周流四海,無有難惡。巽為魚、為魴,互大坎為江淮,數一,震為百,故曰一轉為百,言生殖速也。震為周,兌為海,震卦數四,故曰四海。○魴,汲古作紡,依宋元本。四海,宋元本作天下,汲古作四浸,依局本。
《蠱》卦は自身変わらず自ら《蠱》に遇い、是れ本卦の首条である。林辞は写す:魴魚は江淮の間に生まれ、一条は转眼に百条に変成す。四海に游遍し、処処に艱難禍害なし。繁衍して暢達の大吉の辞である。尚秉和は講ず:巽は魚・魴、互出の大坎は江淮、其の数は一。震は百、ゆえに「一転為百」と言い、繁殖の快を形容す。震は周流、兌は海、震の卦数は四、ゆえに「四海」と言う。校勘記:「魴」字は汲古閣本が「紡」と作すが、ここは宋元本に依る。「四海」は宋元本が「天下」と作し、汲古閣本は「四浸」と作すが、此処は局刻本に依る。
乾。首澤與目,載受福慶。我有好爵,與汝相迎。此用《蠱》象。艮為首、為目,震為福慶、為爵,三至上正反震故曰相迎。《易中孚九二》:"我有好爵,與爾靡之"。靡,共也。亦以二至五正反震故曰共。凡林詞用象,多本之《易》。○汝,從宋元本,汲古作喜。
之卦は《乾》である。林辞は写す:頭面は潤沢にして双目に神有り、因って福慶を承受す。我に一杯の好酒有りて、斟り来りて汝と相待つ。福禄を同享する吉辞である。尚秉和は講ず:此の条は本卦《蠱》の象を用いる:艮は首・目、震は福慶・爵。三爻到上爻は一正一反の両個の震、両象は相向かう、ゆえに「相迎」と言う。《周易・中孚》九二爻辞の「我有好爵、吾與爾靡之」、「靡」は即ち共享。あそこもまた正に二至五爻が一正一反の両個の震を構成するを因って、「共」を講ず。凡そ林辞の象を用うるは、大半皆《周易》に本ず。校勘記:「汝」字は宋元本に従い、汲古閣本は「喜」と作す。
坤。,歲暮偏蔽。寵名捐棄,君衰在位。此用《蠱》象。震為輿、為聲,故曰,皆車聲也。坤為歲、為莫,艮為名,兌毀故曰捐棄。震為君。○,宋元本作轠,依汲古。偏,依宋元本,汲古作編。捐棄,汲古作棄損,非。棄蔽為韻。,音田。,音雷。哀,汲古作襄,依宋元本。
之卦は《坤》である。此の一条は底本に脱文有り:首句は只だ「歳暮偏蔽」の四字を剩し、上頭のあの両個の車声を摹写する字は已に脱落す。注文の「故曰」の下、および校語の裏の几処の注音せられたる字頭は、同様に皆脱去した。読み得る部分は:歳暮の時節、一味に遮蔽せられ。寵信と名位は皆抛開せられ、君主は衰頽してあの位子を占める。衰暮して寵を失う凶辞である。尚秉和は講ず:此の条は本卦《蠱》の象を用いる――震は車輿・声音、ゆえにあの両個の擬声の字を出し、皆車行の声響を形容す。坤は歳・「莫」(即ち暮)、艮は名、兌は毀折を主るので「捐弃」と言う。震は君。校勘記:脱去したあの字は宋元本が「轠」と作すが、ここは汲古閣本に依る。「偏」字は宋元本に依り、汲古閣本は「編」と作す。「捐弃」は汲古閣本が「弃損」と作すが正しくない――「弃」と「蔽」は正に相押韻す。尚氏はまたあの両個の脱字に注音し、一は「田」の如く読み、一は「雷」の如く読む。另「哀」字は汲古閣本が「襄」と作すが、ここは宋元本に依る。
屯。折若蔽日,屏遮王目。司馬無良,平子沒傷。《楚詞》:"折若木以指日兮",注:若,木名。震為木,坎折坎蔽,離伏,故蔽日、故遮目。震為王、為馬,坤惡故無良。坎為平,震為子。《左傳》:"魯伐季平子,平子登臺三請,弗許,叔孫氏之司馬鬷戾言於眾曰:無季氏是無叔孫氏也,遂救季氏",公徒敗事在昭二十五年。○若,依宋元本,汲古作箬,非。
之卦は《屯》である。林辞は写す:若木を折りて太陽を遮住し、君王の眼睛を擋えた。司馬は心術正ならず、季平子はほとんど命を喪い傷を受けた。君上を蒙蔽し禍が肘腋に生ずる凶辞である。尚秉和は講ず:《楚辞》に「折若木以指日兮」有り、旧注は「若」は一種の樹名と言う。震は木、坎は折を主り・また遮蔽を主り、離は潜伏して現れないので「蔽日」「遮目」と言う。震は王・馬、坤は悪を主るので「无良」。坎は平、震は子、合して「平子」を成す。尚氏は《左伝》を引く:魯国が季平子を討伐し、平子は台に登りて再三請求するも、允許を獲ず。叔孫氏の司馬鬷戾が衆人に對し「季氏なくんば叔孫氏なし」と言い、於是兵を発して季氏を救った――魯君の一方は事を敗り、昭公二十五年に在り。校勘記:「若」字は宋元本に依り、汲古閣本は「箬」と作すが正しくない。
蒙。家在海隅,繞旋深流。王孫單行,無妄以趨。艮家坤海,坎水坤水,故曰深流。震為王,艮為孫,坤寡,故曰王孫單行。震為行,坎險故曰無妄。妄,西漢人多作望。○汲古下多"固陰冱寒"四句,與上義不屬,顯為別一林詞,故從宋元本。
之卦は《蒙》である。林辞は写す:家は海角に住い、四面は深水に環繞せられ。王孫は孤身で路を趕き、指望する所なく奔走す。孤行して依なしの凶象である。尚秉和は講ず:艮は家、坤は海、坎は水・坤もまた水、ゆえに「深流」と言う。震は王、艮は孫、坤は孤寡を主るので「王孫単行」と言う。震は行走、坎は険を主るので「无妄」――「妄」字は西漢人は多く「望」と写作し、ここは正に指望する所なしの意である。校勘記:汲古閣本は此の条の下に還って「固陰冱寒」等の四句を多く出すが、上文と意思が相連属せず、顕然として另一条の林辞、ゆえに宋元本に従う。
需。執義秉德,不危不殆。延頸盤桓,安其室垣。屯耗未得,終無大恤。伏《晉》。坤為義,乾為德,艮手為執、為秉,坎為危殆,艮為安,故不危殆。艮為頸,艮止故盤桓。艮為室垣、為安。○垣,從汲古,宋元本作檀,非。
之卦は《需》である。林辞は写す:道義を堅守し徳行を秉持すれば、危険に至らない。頸を伸ばして徘徊観望し、自己の屋院に安居す。雖も一時困頓耗損し得る所有るも、終竟大きな憂患なし。正を守りて時を待つ吉辞である。尚秉和は講ず:ここは所伏の《晋》の象を取る――坤は義、乾は徳、艮は手、ゆえに「執」「秉」と言う。坎は危殆を主り、艮は安を主るので「不危不殆」。艮は頸、艮はまた止を主るので「盤桓」と言う。艮は室垣・安。校勘記:「垣」字は汲古閣本に従い、宋元本は「檀」と作すが正しくない。
訟。長舌亂家,大斧破車。陰陽不得,姬姜衰憂。通《明夷》。兌為舌,震形亦兌而長,故曰長舌。坤為亂,艮覆,故曰亂家。兌為斧,震形長,故曰大斧。坎破坤車。訟乾上升,水下降,故陰陽不相得。震姬巽姜,坎憂。姬姜婚媾,今陰陽既不相得,故姬姜衰憂也。○得,依宋元本,汲古作順。
之卦は《訟》である。林辞は写す:長舌が家門を攪乱し、大斧が車子を劈壊した。陰陽は両相得ず、姬・姜の両姓は衰敗憂愁す。口舌が家を敗り婚姻が諧わざる凶辞である。尚秉和は「通《明夷》」を標し、旁通の《明夷》の象を借りて講ず:兌は舌、震の形状もまた兌に似て而更に長い、ゆえに「長舌」と言う。坤は乱、艮象は倒置するので「乱家」。兌は斧、震の形は長し、ゆえに「大斧」と言う。坎は破を主り、坤は車、ゆえに「破車」。《訟》卦は乾は上に在りて上昇し水は下に在りて下降し、両相交わらないので「陰陽不得」と言う。震は姬、巽は姜、坎は憂。姬姜の両姓は世代通婚す、如今陰陽は既に相得ない、ゆえに「姬姜衰憂」と言う。校勘記:「得」字は宋元本に依り、汲古閣本は「順」と作す。
師。二人共路,東趨西步。千里之外,不相知處。震為人,坤數二故曰二人。震為路、為東、為趨步,坎為西,故東趨西步。坤為千里,坎為隱伏,故不相知處。○共,宋元本作異,依汲古。
之卦は《師》である。林辞は写す:両個人が一条の路を同じく走るも、一個は東に趕き一個は西に迈す。相隔たること千里之外、彼此は對方の身が何処に在るを知らない。同行して終に離散する凶象である。尚秉和は講ず:震は人、坤の数は二、ゆえに「二人」と言う。震は路・東・趨歩、坎は西、ゆえに「東趨西歩」と言う。坤は千里、坎は隠伏を主るので「不相知処」。校勘記:「共」字は宋元本が「異」と作すが、ここは汲古閣本に依る。
比。視暗不明,雲蔽日光。不見子都,鄭人心傷。
之卦は《比》である。林辞は写す:眼前は昏暗して分明に看えず、雲彩は日光を遮住した。子都のような美好な人物に見えず、鄭国人は之のために心傷す。《詩・鄭風・山有扶蘇》の「不見子都、乃見狂且」の意を用い、是れ賢者に遇わず思う所が落空する凶辞である。(源文の分片はここに断れ、この一条の尚秉和の注文は後の一分片に接す。)
離為視、為明、為日光,坎為雲、為隱伏,離伏故曰暗、曰蔽、曰不見。《詩鄭風》、《毛傳》"子都,男子之美稱",蓋艮象也。坎為平、為鄭,《說文》:"鄭,地町町然平也"。坎為心、為憂傷。○不明,依汲古,與下光韻,宋元本作不見,非。
これは上一条の《蠱》之《比》の林辞を承接する注文で、林辞の本身は前一分片の末尾に在る。尚秉和は先ず卦象を摆出す:離の象は観視・光明と日光を包み、坎の象は雲氣と隠伏藏匿を包む。此処の離体は潜蔵して顕れず、此の種の一卦六爻の陰陽が尽く変じて成る、背後に隠れた卦象を、尚氏は「伏象」と称し、もまた「旁通」と呼ぶ。《易林》の取象は常に本卦と伏卦を兼用す。離は既に伏して出でないので、光明は雲氣に掩えられ、林辞は才だ連ねて「暗」「蔽」「不見」と言う。「子都」の二字は《詩経・鄭風・山有扶蘇》に出で、《毛伝》は男子の美称と解す、是れ古人の心目中の美男子で、尚氏はこれは艮象を取ると認め、因って艮は人倫に於て少男と為る。「鄭」字は則ち坎より出ず:坎は平坦の象有り、又可く鄭に当て、《説文解字》は鄭地は平らかに整うこと田疇の如しと言い、坎の平象と相合す。末句が心傷と言うに到るは、坎が還って兼ねて心と憂傷の両義を主るが因である。「○」以下は校勘記:「不明」の二字は汲古閣本に依り、因って下句の「光」字と押韻する。宋刻本・元刻本は「不見」と作し、韻脚と合せず、尚氏は誤字と判ず。
小畜。初憂後喜,與福為市。八●列陳,飲御嘉友。伏《豫》。坎為憂,震為喜、為福,巽為市,坤卦數八,震為樂,故曰八●。八●,樂舞也。震為陳、為飲御,陰遇陽為朋友,謂《豫》四也。
《蠱》は《小畜》に変ず。ここの「変為」は、即ち《易林》の体例の中の「之卦」――本卦《蠱》が変じて成るあの一卦である。林辞は言う:起初は憂愁し、随后は喜に轉じ、福氣と交易を結成した。「八●」の舞は列隊して行を成し、酒食を備えて佳賓良友を款待す。全辞は先に抑え後に揚げ、憂を轉じて吉と為す象に属す。尚秉和は先ず《小畜》の六爻が陰陽尽く変じれば即ち《豫》卦を得、是れ其の伏卦と點出す。伏《豫》の中は互いに坎体を出し、坎は憂愁を主り、正に首句の「初憂」に應ず。《豫》の下体の震は歓喜・福慶を主り、「後喜」と「與福為市」に應ず。《小畜》の上体の巽は市集交易の象有り、「市」字は此に由って取る。坤は卦数の上で八に属し、震はまた音楽を主り、両象相合して才だ「八●」と言う――此の两个字の第二字は底本に已に残缺し、尚氏は只だ它是楽舞の名目と言う。震は另に陳列の象有り、も酒を備え食を進めて賓客を款待了の象有り、「列陳」「飲御」の両句は皆此に本ず。末句の「嘉友」は、一陰爻が一陽爻に遇えば即ち朋侶を成すの義を取り、指す所は正に《豫》卦九四のあの一根の陽爻である。
履。童妾獨宿,長女未室,利無所得。兌為妾、為少女,故曰童妾。巽為伏、為寡,故曰獨宿。巽為長女,艮為室,艮伏,故未室。巽為利,兌毀折,故無得。○童,依宋元本,汲古作僮,伏艮為僮僕,象亦得。
《蠱》は《履》に変ず。林辞は言う:年幼の婢妾は独自夜を過し、長女は尚だ出嫁して家を成さず、利を謀るも一無所得。三句は皆孤寡して成無しの辞である。尚秉和は象を解す:《履》の下体は兌、兌は妾・また少女を主り、両義が相疊すれば便ち「童妾」。卦中は互いに巽体を出し、巽は潜伏の象有り、も寡居の象有り、ゆえに「独宿」と言う。巽は《説卦》の裏で長女、艮は則ち房室を主る。此処の艮象は潜伏して顕れず、室を成すの象が出て来ず、故に「未室」、即ち尚だ家を成さずと言う。巽はまた財利を主り、而して兌の卦徳は毀折、利は折損せられるので「無所得」。「○」以下の校記:「童」字は宋刻本・元刻本に依る。汲古閣本は「僮」と作し、尚氏は言う卦中に伏する艮は僮僕の象有り、写作して「僮」は取象の上でも講じ通る、両説併存す。
泰。玄黃四塞,陰雌伏謀。呼我牆屋,為巫所識。震為玄黃,卦數四,坤閉,故曰四塞。坤為陰、為雌、為謀,伏巽為伏,故曰伏謀。震為呼,上坤為牆屋,兌為巫。
《蠱》は《泰》に変ず。林辞は言う:天地の間に一片の玄黄の氣が四面堵塞し、陰柔の雌者が暗中に謀劃す。ある人が我が牆屋の外に在りて呼喚し、巫者に底細を認出せられた。陰謀が潜生し鬼神の事が形を顕す象である。尚秉和は象を解す:《泰》卦の二三四爻と三四五爻は各々自ら別に一卦を成し、此れを「互体」と呼び、此の卦は互いに震と兌を出す。震の顔色象は玄黄、震は卦数の中にまた四に属す。上体の坤は閉塞を主り、四と閉と合すれば「四塞」と言う。坤は兼ねて陰・雌・謀の三義を有し、「陰雌」と「謀」は皆坤より出ず。坤下の伏する所は巽、巽は潜伏を主る、故に「伏謀」と称し、即ち暗中に籌劃す。震は呼叫の象有り、「呼我」の呼は此に由って来る。上体の坤は牆屋、正に呼ばれる處所である。互兌は巫祝の象有り、末句の「為巫所識」は即ち兌より取る。
否。中歲摧頹,常恐衰微。老復賴慶,五羖為相。坤為歲,巽為隕落、為摧頹,坤為老、為衰微,乾為慶,在後,故老復有慶也。巽數五,伏兌為羊。《史記》:"穆公以五羖羊皮贖百里奚相秦"。 ○頹,從宋元本,汲古作隤。
《蠱》は《否》に変ず。林辞は言う:中年の時節に摧折衰敗に遭遇し、常に従此凋零することを担心す。到老来に至りて反って福慶を蒙受するは、五張の黑羊皮で換え回来った百里奚が終に秦相に当たったが如し。先困後達して晚歳に志を得る辞である。尚秉和は象を解す:《否》の下体の坤は年歳を主り、卦中の互巽は隕落摧折の象有り、合して「中歳摧頽」を成す。坤はまた兼ねて老と衰微の両義を有し、故に「常恐衰微」。上体の乾は福慶を主り、而して乾は外卦に居り、時序の上で後頭に処る、ゆえに老に到って才だ慶有りと言う。巽は卦数の中で五に属し、坤下の伏する兌は羊を主り、五と羊が相合すれば正に「五羖」。《史記》は秦穆公が五張の黑公羊皮で百里奚を贖い回来り、秦國の相に任じたを載せ、林辞が用うるは即ち此の典故である。「○」以下の校記:「頽」字は宋刻本・元刻本に従い、汲古閣本は「隤」と写作す、両字は義同じくして形異なる。
同人。伯氏殺牛,行悖天時。亳社夷燒,朝歌邱墟。伏《師》。震為伯,坤為牛、為殺,故曰伯氏殺牛。震為行,坤為悖,乾為天,乾伏,故悖天時。震為子,商,子姓。亳社,朝歌,子姓之社稷都城也。離為火,坤為社、為墟,又震為旦、為歌,故曰朝歌。○殺牛,依汲古,宋元作羊。《既濟》云"東鄰殺牛,不如西鄰之禴祭,實受其福",漢儒皆謂東鄰指紂,林詞本此。
《蠱》は《同人》に変ず。林辞は言う:伯氏は牛を宰し祭を盛んにするも、所行は却って天道時令に違逆した。結果亳地の社壇は夷平焚焼せられ、朝歌の都城は廃墟に化作した。祭祀は豊なれど徳が位に配せず終に国を亡ぼす凶辞である。尚秉和は象を解す:《同人》の六爻が尽く変じれば《師》卦を得、是れ其の伏卦。伏《師》の中の震は伯を主り、坤は牛を主り・また宰殺を主り、合して「伯氏殺牛」を成す。震は行走を主り、坤は悖逆の義有り、乾は天を主る。ここは乾体が潜伏して出でない、ゆえに所行が天時に違背すると言う。震はまた子を主り、商朝の王室は正に子姓、亳の社壇と朝歌の都城は、皆子姓の商人の社稷と国都である。離は火を主り、坤は社壇を主り・また廃墟を主り、「夷焼」「邱墟」は此に由って取る。震は另に清晨と歌唱の両象有り、「朝歌」の二字は即ち此より出ず。「○」以下の校記:「殺牛」は汲古閣本に依り、宋刻元刻本は「殺羊」と作す。《周易・既濟》九五爻辞は東鄰が牛を殺して盛祭するは、西鄰の薄祭の能く真に福佑を受けるに如かないと言い、漢代の経師は皆東鄰は商紂を指すと認め、林辞は正に此の説法に本ず。
大有。日短夜長,祿命不光。早離父母,免見憂傷。不光,宋元本作分張,依汲古。卦旁通《比》。比上坎,坎為冬、為夜,離不見,故日短夜長。乾為祿,坤黑故不光。大有、比、坎、離皆在外,乾坤在內,故曰早離父母。
《蠱》は《大有》に変ず。林辞は言う:白昼は短促して黒夜は漫長とし、福禄と命運は皆不明亮なり。早年に就て父母を離れたるに、倒って因此憂傷の事を親見するを免れた。前は凶にして後に轉ず、是れ苦の中に幸を帶びる辞である。尚秉和は先ず校語を出す:「不光」の二字は宋刻元刻本が「分張」と作すが、此処は汲古閣本に依る。接いで象を解す:《大有》と《比》は六爻が爻爻相反し、互いに「旁通」を為す。《比》の上体は坎、坎は冬・夜を主り、而して離の光明の象は隠没して見えない、ゆえに昼短く夜長し。乾は福禄を主り、坤の色は玄黑、禄は黑に掩えられ、因此「不光」。末の両句に至っては、《大有》《比》と坎・離の諸体は皆外卦の位に処り、乾坤父母の象は却って内卦に居り、己身は外に在りて父母は内に在る、ゆえに很早就父母を離れたと言う。
謙。采唐沬鄉,徼期桑中。失期不會,憂思忡忡。詳《師》之《噬嗑》。 ○徼期、忡忡,依汲古,宋元本作期於、作約帶。失期,依宋元本,汲古作失心。
《蠱》は《謙》に変ず。林辞は言う:沬郷に到りて女蘿を採り、桑中に相會することを約好した。結果は約期を誤りて面会し得ず、心裏は憂思忐忑す。《詩経・鄘風・桑中》の写す所の男女の期會を用い、約して遇わざるを主る。此の一条の象数解説は、尚秉和は読者に《師》之《噬嗑》の条を参看せしめ、あそこに已に詳備に講じたれば、此処は不再重出す。「○」以下の校記:「徼期」と「忡忡」は汲古閣本に依り、宋刻元刻本は分別に「期于」と「約帶」と作す。「失期」の二字は則ち宋刻元刻本に依り、汲古閣本は「失心」と作す。
豫。昧視無光,夜不見明。冥抵空床,季葉逃亡。艮為視、為光,坎昧故無光,坎夜故不見明。坎為晦冥,艮為床,坤虛故曰空床。艮手為抵,艮為季,震為葉,坤為亡。
《蠱》は《豫》に変ず。林辞は言う:目光は昏昧して亮を見えず、夜裏は一絲の光明も見ない。黑暗中に摸到するは只だ一張の空床、末世の子孫は四散逃亡す。全辞は晦暗にして、家道が衰敗離散するを主る。尚秉和は象を解す:《豫》卦は互いに艮体を出し、艮は観視・また光明を主る。互坎は昏昧を主り、光明は昧氣に掩えられるので「无光」。坎はまた夜を主る、因此「夜不見明」。坎は兼ねて晦冥の象有り、艮は則ち床榻を主り、而して坤は中空虚にして物無し、虚と床と合すれば便ち「空床」。艮は手、手を伸ばして前に触摩すれば即ち「抵」。艮はまた排行最末の季を主り、震は枝葉を主り、坤は喪亡を主り、「季葉逃亡」は言う所は末代の枝裔が流散して存しない。
隨。舉趾振翼,南至嘉國。見我伯姊,與惠相得。震為趾、為翼、為舉、為振、為南,艮為國,故南至嘉國。互巽為長女,故曰伯姊。兌為見也。
《蠱》は《随》に変ず。林辞は言う:脚歩を抬げ雙翅を振動し、一路南に向かって美好の邦国に到る。あそこに在りて我が長姊に見え、彼此恩情融洽す。遠行して親人に遇い諸事和順の吉辞である。尚秉和は象を解す:《随》の下体の震は兼ねて足趾・羽翼・挙起・振動と南方の数義を主る、ゆえに「挙趾振翼」と「南」字は全く震より出ず。卦中の互艮は邦国を主り、震の南方と相合して、「南至嘉国」を成す。互体の巽は《説卦》の中で長女、長女は即ち姉、故に「伯姉」と称す。上体の兌は見を主り、末句の「見我伯姉」の見字は此に由って来る。
臨。則天順時,周流其墟。與樂並居,無有咎憂。坤為順,震為時,伏乾,故則天順時。震為周、為樂,坤水為流、為墟、為憂,震樂故無憂。○無有,宋本作無元,依元本、汲古。
《蠱》は《臨》に変ず。林辞は言う:上天に效法し時令に順応し、旧日の丘墟の間に周游す。歓楽と同処し、災禍と憂患なし。時に安んじ順に処る全吉の辞である。尚秉和は象を解す:《臨》の上体は坤、坤の徳は柔順を主る、故有「順」字。下体の震は時令を主る。卦下の伏する所は乾、乾は即ち天、天に效法して時に順うの意思是れ此に由って取出す。震は另に周遍と歓楽の両象有り、坤は水に属し、流動と訓じ得、又廃墟・憂愁を主る。因って震の歓楽の象が坤の憂象を壓過したれば、ゆえに結句は憂患有ることあらじと言う。「○」以下の校記:「无有」の二字は宋刻本が「无元」と作すが、此処は元刻本と汲古閣本に依る。
觀。蠆室蜂戶,螫我手足。不可進取,為吾害咎。詳《履》之《泰》。《泰》通《否》。巽坤與觀同象。巽為蟲,故曰蠆蜂,艮室坤戶,艮為手,伏震為足,坤為毒,故螫我手足。
《蠱》は《觀》に変ず。林辞は言う:屋裏は蠍子、門上は馬蜂で、我が手脚を螫傷した。此の時は進取する可からず、進めば反って其の害を受く。静に宜しく動に宜しからざる戒辞である。尚秉和は先ず指出する解説は詳しく《履》之《泰》の条を見よ、因って《泰》と《否》の両卦は旁通し、而して《否》の含む所の巽・坤の両体は《觀》卦の取象と相同しく、互相に参看し得る。本卦に就きて言えば、巽は虫豸を主り、蠍と蜂は皆虫類に属す、故に「蠆蜂」と言う。互艮は房室を主り、坤は門戸を主り、合して「蠆室蜂戸」を成す。艮はまた手、卦中に伏する震は足を主り、坤は則ち毒を主り、毒虫が手足を傷え及ぶは、便ち「螫我手足」。手足は既に傷き、行動は阻まる、ゆえに進取す可からずと告戒す。
噬嗑。公孫駕驪,載遊東齊。延陵悅產,遺季紵衣。詳《乾》之《益》。《益》震艮巽,《噬嗑》震艮伏巽,故語同。
《蠱》は《噬嗑》に変ず。林辞は言う:公孫は純黑の駿馬を駕し、人を載せて東行して斉国に游んだ。延陵季子と鄭国の子産は一見して故の如く、子産は便ち季子に細麻の織成した衣裳を贈与した。《左伝》襄公二十九年の呉季札が鄭に聘し子産と互いに縞帯紵衣を贈った故事を用い、遠行して知己を得るを主る。尚秉和は言う此の条の解説は《乾》之《益》の条を見よ。両処の林辞の措辞が相同しいは、因って《益》卦の本身が兼ねて震・艮・巽の三体を具え、《噬嗑》は則ち震・艮有りて巽体は潜伏して内に在り、取る所の象は一致す、ゆえに文句も亦た一様である。
賁。轉作驪山,大失人心。劉季發怒,禽滅子嬰。艮山震馬,故曰驪山。震為人、為大,坎為心、為失,艮為季、為嬰,言秦役萬民築驪山,劉季因民怨而滅秦也。震為怒、為子,坎滅。○人心,汲古作元心,禽,汲古作命,均依宋元本。
《蠱》は《賁》に変ず。林辞は言う:土石を轉運して驪山の陵墓を修築するに、大いに天下の人心を失った。劉季は因此発怒して兵を起し、秦王子嬰を擒獲し誅滅した。講ずる所は秦亡び漢興る、暴役に衆を失うを主る。尚秉和は象を解す:《賁》の上体の艮は山を主り、卦中の互震は馬を主り、驪は本純黑の馬を指し、山と馬が相合すれば便ち「驪山」。震は人を主り・また大を主り、互坎は心を主り・また失を主り、「大失人心」は此に由って取る。艮は兼ねて排行の季と嬰児を主り、恰好に劉季と子嬰の両個の名字に應じ上る。整句が言う所は秦朝が萬民を役使して驪山を修築し、劉季は民怨に順って秦を滅掉した。震は另に発怒と子の両象有り、坎は則ち滅亡を主り、末句の「発怒」「禽滅」は此に由りて出ず。「○」以下の校記:「人心」は汲古閣本が「元心」と作し、「禽」字は汲古閣本が「命」と作すが、ここは皆宋刻元刻本に依る。
剝。羊腸九縈,相推稍前。止須王孫,乃能上天。伏兌為羊,坤為囊、為腸,伏乾,數九,故曰九縈。艮手為推、為前,艮為孫,乾為王,故曰王孫。艮為天,在上故曰上天。《史記佞幸傳》:"鄧通南安人,孝文帝夢欲上天不能,有一黃頭郎從後推之上天,覺而求得鄧通"。○能,汲古作得,從宋元本。羊腸阪在蒲阪九折,《史記》:"魏伐趙,斷羊腸"是也。
《蠱》は《剥》に変ず。林辞は言う:羊腸の如き坂道は盤繞九折し、人們は互相に推挽して一点点往前に挪る。只等して王孫が一到すれば、才だ終に天に登り得る。漢文帝が夢中に天に登り、黄頭郎が背後より彼を推した故事を用い、須く貴人の扶助を得て乃ち上進し得るを主る。尚秉和は象を解す:《剥》卦の伏する所の兌は羊を主り、坤は口袋を主り・また腸を主り、合して「羊腸」を成す。所伏の乾は卦数の中で九に属す、因此「九縈」、即ち九曲盤繞と言う。艮は手、手は人を推して前に向かわしむる、正に「相推稍前」。艮はまた孫輩を主り、乾は王を主り、合して「王孫」を成す。艮は兼ねて天象有り、且つ艮体は上に居る、ゆえに「上天」と言う。《史記・佞幸列伝》は漢文帝が夢に天に上がらんと欲するも上がり得ず、一個の黄頭郎が後面より彼を推し上げたを記し、醒後尋訪して鄧通を得た、林辞は即ち此事を用いる。「○」以下の校記:「能」字は汲古閣本が「得」と作すが、此処は宋刻元刻本に従う。又羊腸坂は蒲坂の一帯に在り、山路九折す、《史記》の載する所の魏国が趙を伐ち羊腸を截断したと言うは即ちそれである。
復。螮蝀充側,佞人傾惑。女謁橫行,正道壅塞。伏巽為蟲,震玄黃,故曰螮蝀。螮蝀,虹也。震為人、為言,故曰佞人。坤為惑,伏巽為傾。震為謁、為行,坤陰故曰女謁。震為道,坤閉故壅塞。○螮,《毛詩》作蝃,謂刺淫,林謂刺佞,與毛異。
《蠱》は《復》に変ず。林辞は言う:虹霓が天辺に橫亘し、諂佞の人は君心を傾覆迷惑す。後宮女子の請託は四処に橫行し、正直の道路は堵死せられた。小人と内寵が政を乱る凶辞である。尚秉和は象を解す:《復》卦の伏する所の巽は虫を主り、古人は虹を算えて虫類と為す。下体の震の顔色象は玄黄、虫と彩色が相合すれば、即ち「螮蝀」、螮蝀は即ち虹。震はまた人・言語を主り、能く言い善く説く人は便ち「佞人」。坤は迷惑を主り、伏巽は傾覆を主り、「傾惑」は此に由って来る。震は兼ねて謁請と行走の両象有り、坤は陰に属し女子を代表し、合して「女謁橫行」を成す。震は還って道路を主り、而して坤は閉塞を主り、道は閉せられる、ゆえに「正道壅塞」と言う。「○」以下の校記:「螮」字は《毛詩》は「蝃」と写作し、《毛詩序》は《蝃蝀》の一篇は淫奔を譏刺すると言う、《易林》は却って它を借りて諂佞を譏刺し、取義は《毛伝》と同じからず。
無妄。福祿不遂,家多怪祟。麋鹿悲鳴,思其大雄。乾為福祿,艮為家,震為麋鹿、為鳴,乾為大雄,伏坤為悲、為思。○鳴,宋元本作啼,從汲古。
《蠱》は《無妄》に変ず。林辞は言う:福禄は求めて遂わず、家中に屢々妖異が作祟す。麋鹿は悲声哀鳴し、它那高大的雄伴を思念す。福を求めて成らず孤独にして偶を失う象である。尚秉和は象を解す:《無妄》の上体の乾は福禄を主り、卦中の互艮は家宅を主る。下体の震は麋鹿を主り・また鳴叫を主り、「麋鹿悲鳴」の両象は皆震に出ず。乾は另に高大雄壮の象有り、正に「大雄」。乾下の伏する坤は悲哀を主り・また思念を主り、「悲」「思」の二字は従此取出す。「○」以下の校記:「鳴」字は宋刻元刻本が「啼」と作すが、此処は汲古閣本に従う。
大畜。雲雷因積,大雨重迭。久不見日,使我心悒。震為雷,伏坤為雲,兌為雨,乾大故曰大雨,艮止故曰因積、曰重迭。又伏坤亦為水、為重也。○使我心悒,宋本作使心悒悒,依汲古。
《蠱》は《大畜》に変ず。林辞は言う:雲氣と雷聲は層層堆積し、大雨は一陣接て一陣す。很久太陽を見ず、我が心中を郁悶して楽しまざらしむ。陰霾が久しく蔽い心懐が抑塞する象である。尚秉和は象を解す:《大畜》卦中の互震、震は雷を主る。所伏の坤は雲を主る。互兌は雨を主る。下体の乾は大の象有り、雨と相合すれば便ち「大雨」。上体の艮の卦徳は止、止まれば堆積して散ぜない、ゆえに「因積」「重迭」と言う。所伏の坤はまた兼ねて水象と重疊の義を有し、も助けて雲厚く雨多きの意を成す。「○」以下の校記:末句の「使我心悒」は、宋刻本が「使心悒悒」と作すが、此処は汲古閣本に依る。
頤。三河俱合,水怒踴躍。壞我王屋,民困於食。震數三,坤為水,重坤,故曰三河俱合。震為怒、為踴躍、為王,艮為屋,故曰王屋。坤為壞、為民,震口為食,坤虛,故無食。
《蠱》は《頤》に変ず。林辞は言う:三条の大河が一斉に匯合し、水勢は発怒して奔騰跳躍す。我が王家の屋宇を冲毀し、百姓は従此口粮を断った。水災が患を成す凶辞である。尚秉和は象を解す:《頤》の下体の震は卦数の中で三に属し、坤は水を主り、此の卦の坤象は重出す、三と重水が相合すれば、就ち「三河俱合」と言う。震は另に発怒・踊躍の両象有り、又王を主り、上体の艮の屋宇の象と合して「壊我王屋」を成す。坤は兼ねて毀壊と民衆を主り、「壊」と「民」は皆坤より出ず。震の卦形は一張の開口に似て、口は即ち飲食、可是坤は中空虚にして物無し、ゆえに百姓は無食に困ると言う。
大過。冒雨夜行,早遍都城。更相覆傾,終無所成。伏震為行,艮為冒,兌為雨,坤為夜,故冒雨夜行。坤為都城,巽隕落故曰傾,正反巽故更相覆傾。艮為終、為成,坤亡故無成。全用伏象。○都,依汲古,宋元本作闢。汲古多"三頭兩眼,不見其真"二句,宋本無。
《蠱》は《大過》に変ず。林辞は言う:雨を頂いて夜裏に路を趕き、天が亮まらないうちに都城を走遍した。却って一次次翻覆傾倒し、到頭來一事無成。徒労して奔忙する辞である。尚秉和は象を解す:《大過》の六爻が尽く変じれば即ち《頤》を成し、言う所の震・艮・坤は皆《頤》中の象である。伏震は行走を主り、艮は冒頂の象有り、兌は雨を主り、坤は夜を主り、四象合して「冒雨夜行」を成す。坤はまた都城を主る。巽の卦徳は隕落、落ちれば則ち傾覆し、而して卦中の巽体は一正一反両見し、反復顛倒す、ゆえに「更相覆傾」と言う。艮は兼ねて終結と成就を主るも、可是坤は喪亡を主り、成象は喪象に奪われる、故に「終無所成」と言う。尚氏は特別に點明する此の一条は全部伏象を取りて説を立つ。「○」以下の校記:「都」字は汲古閣本に依り、宋刻元刻本は「辟」と作す。汲古閣本は此の条に還って「三頭両眼、不見其真」の両句を多く出すが、宋刻本にはない。
坎。褒後生蛇,垂老皆微。倒跌衰耄,酉滅黃離。震為生,伏巽為蛇,艮為老耄,坎蹇,故倒跌。《說文》:"酉,就也,老也"。坎為滅。黃離,火也,離伏故曰滅。周以火德王,言褒姒滅周也。褒後生蛇者,言後生於龍漦也。餘似有故事,而注家皆不詳。○垂,依元本,汲古作經,皆依《大壯》之《大有》校,汲古作盲。倒,宋本、汲古作側,依元本。衰耄二字,亦依《大壯》之《大有》校,汲古作哀公,元本作衰公。酉,汲古作酒,依元本。滅,汲古作減,依宋本。
《蠱》は《坎》に変ず。林辞は言う:褒后と蛇は相生し、年近く垂老して萬事倶に微す。跌倒顛僕し老邁昏耄し、酉位に到りて、黄色の離火もまた熄滅した。国運が衰亡する凶辞である。尚秉和は象を解す:《坎》卦の互震は生を主り、所伏の巽は蛇を主り、「生蛇」は此に由って取る。互艮は年老昏耄を主る。坎の卦徳は険陥して行き難し、行きて足を失すれば即ち「倒跌」。《説文解字》は「酉」を訓じて成就・老と為し、本來老成して将に尽きんとするの義を含む。坎はまた滅を主る。「黄離」は指すは火、此処の離体は潜伏して出でない、ゆえに火滅と言う。周朝は火徳を以て王と称し、火滅すれば即ち周亡ぶ、整句が言う所は褒姒が周を亡ぼした。至于「褒后生蛇」は、尚氏は言う是れ褒姒の本身が竜漦に出ずを指し、即ち《国語・鄭語》の載する所の夏末の二竜の漦が木匣に蔵せられ後に玄黿に化し宮女が之に遇い褒姒を生んだの伝説である。其の余の几句は尚氏は坦言して似て別に故実有り、歴来の注家は皆講じ清楚ならず。「○」以下の校記は頗る密か:「垂」字は元刻本に依り、汲古閣本は「経」と作す、これらの字は皆《大壮》之《大有》の条を参照して校定し、汲古閣本は又「盲」と作す者有り。「倒」字は宋刻本と汲古閣本が「側」と作すが、此処は元刻本に依る。「衰耄」の二字は同様に《大壮》之《大有》の条に依って校正し、汲古閣本は「哀公」と作し、元刻本は「衰公」と作す。「酉」字は汲古閣本が「酒」と作すが、元刻本に依る。「滅」字は汲古閣本が「減」と作すが、宋刻本に依る。
離。鴻雁南飛,隨陽休息。轉逐天和,千里不衰。伏《坎》。互艮為鴻雁,震為南、為飛,離日為陽,艮為休息。震為轉逐,艮陽在上為天,坎為和,震為千,艮為里。○陽,宋元本作時,依汲古。逐,汲古作送,依宋元本。裡,宋元本作歲,依汲古。衰,汲古作哀,依宋元本。
《蠱》は《離》に変ず。林辞は言う:鴻雁は南に向かって飛去り、陽氣に追随して栖息す。輾轉して天地の和氣を追逐し、千里を飛行して疲衰を見ない。時に順って動き久しく行きて困まらざる吉辞である。尚秉和は象を解す:《離》の六爻が尽く変じれば即ち《坎》を成し、是れ其の伏卦。卦中の互艮は鴻雁を主り、互震は南方を主り・また飛翔を主り、合して「鴻雁南飛」を成す。離は即ち日、日は即ち陽、艮はまた休止安息を主る、ゆえに「随陽休息」と言う。震は兼ねて輾轉追逐の象有り。艮の一陽は上位に居り、便ち天象を取る。伏坎は和氣を主り、「轉逐天和」は此に由りて出ず。震は還って千を主り、艮は里程を主り、両者相合して「千里」を成す。「○」以下の校記:「陽」字は宋刻元刻本が「時」と作すが、此処は汲古閣本に依る。「逐」字は汲古閣本が「送」と作すが、宋刻元刻本に依る。「里」字は宋刻元刻本が「歳」と作すが、汲古閣本に依る。「衰」字は汲古閣本が「哀」と作すが、宋刻元刻本に依る。
咸。後時失利,不得所欲。艮為時,巽為利,兌折故失利,風散故不得所欲。○汲古祇上二句,宋元本多"莫亨偕結,自逐自逐"八字。
《蠱》は《咸》に変ず。林辞は只だ両句:時機の後に落ちて利益を失掉し、欲する東西は一樣も得られない。遲滞して機を失う辞である。尚秉和は象を解す:《咸》の下体の艮は時令を主り、卦中の互巽は財利を主る。上体の兌の卦徳は毀折、利は折損せられるので「失利」。巽は風、風の性は吹散、所求は之に随って飄零す、因此「不得所欲」。「○」以下の校記:汲古閣本は此の条は只だ上面の両句のみ、宋刻元刻本は還って「莫亨偕結、自逐自逐」の八個字を多く出す。
恆。心多恨悔,出言為怪。梟鳴室北,聲丑可惡,請謁不得。伏坤為心、為恨悔,震為言、為鳴,伏艮為梟、為室,坤位北,故鳴室北。震為聲。《說苑》:"齊景公築臺,臺成而不通,問之曰:有梟夜鳴,其聲可惡"。 ○聲丑,元本作丑聲。○坤北證。
《蠱》は《恒》に変ず。林辞は言う:心裏は怨恨悔恨に満ち、出口する話もまた乖張反常す。猫頭鷹は屋北に在りて鳴叫し、声音は聴き難く人を厭悪せしめ、往きて謁請を求托するも一無所得。心緒が寧ならず凶兆が身に纏う辞である。尚秉和は象を解す:《恒》の伏する所の坤は心を主り・また怨恨悔恨を主り、「心多恨悔」は此に由って取る。上体の震は言語を主り・も鳴叫を主る。所伏の艮は梟鳥を主り・また房室を主り、坤は方位の上で北に属す、ゆえに梟鳥が屋北に鳴くと言う。震は另に声音の象有り、「聲丑」の聲字は即ち震より出ず。《説苑》は斉景公が台を筑き落成するも心中安からず、緣故を問い起こすに、梟鳥有りて夜鳴し声音可憎と言うを記す、林辞が用うるは正に此の一類の占験である。「○」以下に両条の校記有り:一は「聲丑」は元刻本が「丑聲」と作す。二は尚氏の自注、此の一条は拿って来て坤が北方を主るの確証と当て得ると言う。
遯。駟馬過隙,時難再得。尼父孔聖,繫而不食。乾為馬,互巽數四,故曰駟馬。《史記留侯世家》:"人生一世間,如白駒過隙"。巽為隙,艮為時、為山,乾父故曰尼父。乾為聖,伏震為孔,巽繩為繫,兌為食,兌覆故不食。《論語》:"吾豈匏瓜也哉,焉能繫而不食"。 ○駟馬,宋本、汲古作四,從元本。
《蠱》は《遯》に変ず。林辞は言う:四馬の車は一道の縫隙を馳過し、光陰は一閃即逝し、時機は再び得難い。孔夫子は至聖にしても、也只能匏瓜の如く懸掛せられて人に取用せられない。時は我に与せず賢者が用いられないを感嘆す。尚秉和は象を解す:《遯》の上体の乾は馬を主り、卦中の互巽は卦数の中で四に属し、四馬は正に「駟馬」。《史記・留侯世家》に人生一世は白駒の隙を過ぐるが如しの話有り、即ち此の意。巽は縫隙の象有り、下体の艮は時令を主り・また山を主る。乾は人倫に於て父と為る、故に「尼父」と称し、孔子を指す。乾はまた聖を主り、所伏の震は孔を主り、合起來正に「孔聖」の二字。巽は繩索、繩は物を繋げ得、兌は飲食を主る、而して此処の兌体は倒転过来し、此の種の上下顛倒の象を尚氏は「覆象」と称し、飲食の象は因而成らず、ゆえに「繋而不食」と言う。《論語・陽貨》は孔子が自己を言う我は豈に匏瓜ならんや、哪で只だ掛けられて人に吃られざらんを記す、林辞は即ち此の語を化用す。「○」以下の校記:「駟馬」の二字は宋刻本と汲古閣本が「四馬」と作すが、此処は元刻本に従う。
大壯。陰變為陽,女化為男。治道得通,君臣相承。通《觀》。坤伏乾出,巽伏震出,故曰陰變陽、女化男。震為道、為通,乾為君,伏艮為臣。
《蠱》は《大壮》に変ず。林辞は言う:陰氣は轉変して陽氣と為り、女子は化して男子と成った。治国之道は由此通達し、君臣上下は相承相接す。衰より轉じて盛となり上下相得る吉辞である。尚秉和は象を解す:《大壮》と《觀》は六爻が全反し、互いに旁通を為す。《觀》の坤体は潜伏して《大壮》の乾体は顕出し、《觀》の巽体は潜伏して《大壮》の震体は顕出す、一伏一出、正に「陰変為陽」「女化為男」。下体の震は道路を主り・また通達を主り、合して「治道得通」を成す。上体の乾は君を主り、所伏の艮は臣を主り、君臣の象は前後相接する、故に「君臣相承」と言う。
晉。崑崙源口,流行不止。龍門砥柱,民不安處。母歸扶子,黃麑悅喜。艮山坎水,伏兌口,故曰崑崙源口。坤亦為水,與坎水合,故曰流行不止。艮為門,伏乾,故曰龍門。艮為石、為木,故曰砥柱。坤為民、為安處、為母,艮為少男,故曰扶子。艮為麑。坤為黃,伏兌為悅。○扶,依汲古,宋元本作孩子。
《蠱》は《晋》に変ず。林辞は言う:崑崙山の水源は口を開きて湧出し、奔流して停まらない。竜門と砥柱の一帯に到りて、百姓は安居を得ない。母親は回来りて幼子を扶抱し、黄色の小鹿もまた歓喜起来した。前半は水患を言い、後半は吉に轉ず。尚秉和は象を解す:卦中の互艮は山を主り、互坎は水を主り、所伏の兌は口を主り、山水と口が合して「崑崙源口」を成す。坤もまた水と訓じ得、坎水と相合し、水勢は不断、ゆえに「流行不止」と言う。艮はまた門戸を主り、所伏の乾は竜を主り、合して「竜門」を成す。艮は兼ねて石と木を主り、砥柱は正に河中の石山、故有「砥柱」の称。坤は民衆・安処を主り・また母親を主り、艮は人倫に於て少男即ち幼子、母が幼子を携うは便ち「母歸扶子」。艮は另に麑鹿の象有り、坤の色は黄、伏兌は喜悦を主り、末句の「黄麑悦喜」は此に由って取る。「○」以下の校記:「扶」字は汲古閣本に依り、宋刻元刻本は「孩子」と作す。
明夷。葛藟蒙棘,華不得實。讒佞亂政,使恩壅塞。詳《泰》之《蒙》。蒙坎震,明夷亦坎震,象同。藟,汲古作累,依宋元本。
《蠱》は《明夷》に変ず。林辞は言う:葛藤は荆棘に纏上り、花は開くも果実を結び出せない。讒佞の徒は朝政を攪乱し、君恩を壅塞して下さざらしむ。好意が阻まれ政令が通ぜざる凶辞である。尚秉和は言う解説は詳しく《泰》之《蒙》の条を見よ、因って《蒙》卦は坎有り震有り、《明夷》も同様に坎有り震有り、両処の取象は相同しく、ゆえに林辞の措辞も一致す。末句は校記:「藟」字は汲古閣本が「累」と作すが、此処は宋刻元刻本に依る。
家人。公無長驅,太王駿馬。非其所當,傷折為患。通《解》。震為公、為長驅、為王、為馬,坎為患,坎蹇故傷折。○太,汲古作夭,依宋元本。所當、患,依汲古,宋元本作當所、作害。
《蠱》は《家人》に変ず。林辞は言う:主公は一味に馬を縦して長駆する勿れ、あれは太王の駿馬である。用うるに分際に合わずんば、反って折傷して患を成さん。人に戒めて僭越冒進す可からざる辞である。尚秉和は象を解す:《家人》と《解》の両卦は旁通す。《解》の上体は震、震は公・長駆を主り・また王・馬を主り、前の両句の需する所の象は皆震より出ず。《解》の下体は坎、坎は禍患を主り、而して坎の卦徳は険蹇にして行き難し、行きて挫を受くれば便ち「傷折」。「○」以下の校記:「太」字は汲古閣本が「夭」と作すが、此処は宋刻元刻本に依る。「所當」と「患」の両処は汲古閣本に依り、宋刻元刻本は分別に「當所」と「害」と作す。
睽。大倉充盈,庶民蕃盛,年歲熟榮。伏艮故曰太倉。坎為眾,故曰充盈、曰庶民蕃盛。坎冬離夏,兌正秋,故曰年歲。離為火、為光明,故曰熟榮。○庶民蕃盛,依宋元本,汲古作萬物蕃成。
《蠱》は《睽》に変ず。林辞は言う:大倉は満満當當に装い、百姓は繁衍興盛し、一年到頭の収成は豊美なり。豊年に民安かなる吉辞である。尚秉和は象を解す:卦中に伏する艮は門闕屋宇を主る、故に「太倉」の象を取り得。所伏の坎は衆多を主り、倉満と人多は皆坎より出で、「充盈」と「庶民蕃盛」は此に由って来る。坎は冬を主り、離は夏を主り、兌は正に秋位に當たり、四時の象は大体具備す、ゆえに「年歳」と言う。上体の離は火を主り・また光明を主り、穀は火氣を得て熟し、光華は外に見える、因此「熟榮」と言う。「○」以下の校記:「庶民蕃盛」の四字は宋刻元刻本に依り、汲古閣本は「萬物蕃成」と作す。
蹇。執蕡照犧,為風所吹。火滅無光,不見玄黃。此用《蠱》象。艮為執、為犧、為火、為照,巽為蕡。蕡,香草也。巽為風,兌為吹,艮為火、為光,坎黑巽伏,故火滅無光。震為玄黃,巽伏故不見。《周禮司煊》注:賁,燭,麻燭也,言執蕡火照牲,使熟而食也。○蕡,汲古作簧,依宋元本。
《蠱》は《蹇》に変ず。林辞は言う:手に麻炬を挙げて牲牢を照るも、却って一陣の風に吹到せられた。火は熄滅して光亮なく、玄黄の色もまた見えない。事将に成らんとして中途に敗壊する辞である。尚秉和は言う此の一条は本卦《蠱》の象を用いる:艮は持執・犠牲・火を主り・また照耀を主る。巽は則ち「蕡」――蕡は本は香草、此処は麻秆で扎り成した火把を指す。巽は風、兌は吹を主り、風吹きて火滅す。艮は雖も火有り光有れど、可是坎の色は玄黑にして巽体は潜伏し、火種は継がない、ゆえに「火滅无光」。震の顔色象は玄黄、巽は既に伏すれば則ち震象もまた顕れない、因此「不見玄黄」。《周礼・司烜氏》の注は賁は即ち燭で、麻の作る火把と言う、正に手に麻炬を挙げて牲体を照り、它を烤り熟して享用するを指す。「○」以下の校記:「蕡」字は汲古閣本が「簧」と作すが、此処は宋刻元刻本に依る。
解。鳥反故巢,歸其室家。心平意正,與叔相和。登高隕墜,失其寵貴。震為鳥、為反、為歸,坎為巢、為室、為心意、為平正、為和,震為登,伏巽為高、為隕墜,艮為貴,艮覆故失其寵貴。
《蠱》は《解》に変ず。林辞の前半は言う:鳥児は飛んで旧巢に回り、自己の室家に回到し、心氣は平和にして意念は端正し、叔輩と相処融洽す。後半は却って言う:高処に登って又跌落下来し、原有の寵信と尊貴を失掉した。先吉後凶、是れ得て復た失う象である。尚秉和は象を解す:《解》の上体の震は鳥・返回を主り・また歸来を主る。下体の坎は巢穴・室居を主り、又心意・平正・和順を主り、前の四句の需する所の象は皆斉う。震は還って登高の象有り、所伏の巽は高を主り・また隕落墜下を主り、合して「登高隕墜」を成す。艮は尊貴を主る、而して此処の艮体は上下倒転し、此の種の顛倒过来して看る卦象を尚氏は「覆象」と称し、覆せば則ち正ならず、ゆえに寵貴を失掉すると言う。
損。弩弛弓藏,良犬不行。內無怨女,征夫在堂。通《咸》。互大坎為弩、為弓,艮止故曰弛。巽伏故曰藏。艮為犬,坎蹇故不行。以上皆用伏象。損內兌女,與上艮為夫婦,兌悅故不怨。互震在外故曰征夫。艮為堂也。
《蠱》は《損》に変ず。林辞は言う:弩機は松弛し弓矢は収蔵せられ、猟犬もまた出行しない。家裏に怨曠の女子なく、出征の丈夫は已に堂上に回到した。兵事は既に息み家室が団圓の吉辞である。尚秉和は象を解す:《損》と《咸》の両卦は旁通す。卦中に互いに一個の大坎の形を出し、坎は弩・弓を主る。艮の卦徳は止、弦は止まりて張らざれば便ち「弛」。巽体は潜伏し、収して露さざれば便ち「蔵」。艮はまた犬を主り、坎は険蹇にして行き難し、ゆえに「良犬不行」。以上の几句は皆伏象を取りて説を立つ。再び本卦を看れば:《損》の内卦の兌は少女、上体の艮と相配すれば即ち夫婦を成し、兌は喜悦を主り、喜べば則ち怨まず、故に「內无怨女」と言う。互震は外卦に居り、出行して外に在るは正に「征夫」。艮はまた堂屋を主り、「在堂」は此に由って取る。
益。特犧孔博,日新其德。文君燎獵,姜氏受福。坤為牛,故曰特犧。震為孔,艮為日、為新,坤為文,震為君,故曰文君。艮為火,震為獵,故曰燎獵。巽為姜,震為福,言文王出獵遇姜尚,後受卦於齊也。○特,依宋元本。《書舜典》:"格於藝祖,用特",注:特,一牛也。《禮郊特牲》注:用一牛故曰特牲。特犧,猶特牲也,汲古作牡,非。文君,從汲古,宋元本作文公,非。燎,從宋元本,汲古作出。
《蠱》は《益》に変ず。林辞は言う:一頭の全牛を祭牲と作すは、礼数十分豊厚にして、君徳は日日更新す。文王は火を燃やして田猟し、姜氏は因此福を受けた。文王が出猟して呂尚に遇う故事を用い、賢才が遇を得て家国に福を受くを主る。尚秉和は象を解す:卦中の坤は牛を主り、一牛の祭は便ち「特犠」。震は孔を主り、孔はここは甚・大と訓ず。互艮は日を主り・また更新を主り、「日新其徳」は此に由って取る。坤は文采の象有り、震は君を主り、合して「文君」を成し、即ち周文王。艮は火を主り、震は田猟を主り、火猟相合すれば便ち「燎猟」。巽は姜姓を主り、震は福慶を主り、整句が言う所は文王が出猟して姜尚に遇い、姜氏は後来斉に受封した。「○」以下の校記:「特」字は宋刻元刻本に依る。《尚書・舜典》は藝祖に祭るに「特」を用うと言い、注解は特は即ち一頭の牛と言う。《礼記・郊特牲》の注もまた一牛を用うるを以て故に特牲と呼ぶと言い、見るべく「特犠」は即ち特牲、汲古閣本が「牡」と作すは錯である。「文君」は汲古閣本に従い、宋刻元刻本は「文公」と作すが確ならず。「燎」字は宋刻元刻本に従い、汲古閣本は「出」と作す。
夬。季秋孟冬,寒露霜降。大陰在庭,品物不生。雞犬夜鳴,家擾數驚。兌為秋,伏艮,故曰季秋。乾為冬,當亥,故曰孟冬。兌為露,伏坤為霜,故曰寒露霜降。伏坤為大陰、為品物,坤殺故不生。艮為庭、為犬,坤為夜,兌為雞、為鳴,乾為惕、為驚。艮為家。○季秋,汲古作秋季,依宋元本。品,依宋元本,汲古作庶。雞犬夜鳴,宋本、汲古作雞鳴犬吠,元本作雞矢,非。擾,依宋元本,汲古作憂,非。
《蠱》は《夬》に変ず。林辞は言う:正に季秋孟冬の交に當たり、寒露は已に降り、霜もまた下来った。極盛の陰氣は庭園を籠罩し、萬物は皆再生長しない。鶏犬は夜裏に乱叫し、一家人は擾攘して安からず、屢々驚を受く。陰盛えて陽衰え家宅寧ならざる凶辞である。尚秉和は象を解す:上体の兌は秋を主り、所伏の艮は排行の上で末に居る、故に「季秋」と言う。下体の乾は冬を主り、方位は亥に當たり、亥は冬の首、ゆえに「孟冬」と言う。兌は露を主り、所伏の坤は霜を主り、合して「寒露霜降」を成す。伏坤はまた大陰・品類萬物を主り、而して坤の徳は肅殺、殺せば則ち生ぜず、因此「品物不生」。艮は庭園を主り・また犬を主り、坤は夜を主り、兌は鶏・鳴叫を主り、乾は警惕驚懼を主り、艮は還って家宅を主り、末の両句の諸象は此に由って配足す。「○」以下の校記:「季秋」は汲古閣本が「秋季」と作すが、宋刻元刻本に依る。「品」字は宋刻元刻本に依り、汲古閣本は「庶」と作す。「鶏犬夜鳴」の一句は宋刻本と汲古閣本が「鶏鳴犬吠」と作し、元刻本は「鶏矢」と作すが、皆正しくない。「擾」字は宋刻元刻本に依り、汲古閣本は「憂」と作すが、も正しくない。
姤。心多恨悔,出門見怪。有蛇三足,丑聲可惡。嫫毋為媒,請求不得。通《復》。坤為心、為恨悔、為門戶,震為出,巽為蛇,震為足,數三,故曰有蛇三足。震為聲,坤為丑、為惡、為嫫毋,嫫毋,丑婦也。震為請,坤喪故不得。丁云:任昉《述異記》:"江中有獸名能,蛇精化也",《爾雅》三足能。○有,依宋元本,汲古作反。
《蠱》は《姤》に変ず。林辞は言う:心裏は怨恨悔恨に満ち、一出門すれば怪異に撞見す。一条の三隻脚の蛇有りて、叫声は聴き難く人を厭悪せしむ。嫫母を請じて媒を作らしむるに、求親は自然成らない。内憂外怪にして求む所遂わざる凶辞である。尚秉和は象を解す:《姤》と《復》の両卦は旁通し、《復》中の坤は心・怨恨悔恨を主り・また門戸を主り、震は外出を主り、「心多恨悔、出門見怪」は此に由って取る。《姤》の下体の巽は蛇を主り、震は足を主り、震は卦数の中で三に属し、合して「有蛇三足」を成す。震は另に声音の象有り、坤は丑陋・厭悪を主り、又嫫母を主る――嫫母は伝説中の丑婦である。震は請求を主り、而して坤は喪亡を主り、求めて落空す、ゆえに「請求不得」。丁氏は任昉《述異記》を引き江中に一種の獣有りて名を能と言い、是れ蛇精の化する所と言い、《爾雅》もまた三足の能に提到す、三足の蛇と相参し得る。「○」以下の校記:「有」字は宋刻元刻本に依り、汲古閣本は「反」と作す。
萃。虎豹爭強,道閉不通。小人讙訟,貪天之功。艮為虎豹,坤為文,兌剛魯,三至上正反兌故曰爭強。艮為道,坤為閉,故不通。坤為小人,三至上正反皆兌口,故曰訟。《困》"有言不信",即如是取象。○第四句依汲古,宋元本作"貪夫受空"。
《蠱》は《萃》に変ず。林辞は言う:虎豹は互相に強を争い、道路は堵せられて通ぜない。小人は喧嘩争訟し、上天の功を己の有と為すを据える。強梁が相争い小人が功を窃る凶辞である。尚秉和は象を解す:卦中の互艮は虎豹を主り、坤は文采の象有り、正に虎豹の斑紋に合す。上体の兌は剛勁粗猛、三爻より上爻に到る一正一反の両個の兌体は相對し、両強は相向かう、ゆえに「争強」と言う。艮はまた道路を主り、坤は閉塞を主る、因此「道閉不通」。坤は還って小人を主る。三爻至上爻の正反両兌は皆口舌の象を取り、口舌相加えれば便ち「訟」。《困》卦の言う所の言有りて人信ぜざるは、取象の方式は此と相同しい。「○」以下の校記:第四句は汲古閣本に依り、宋刻元刻本は「貪夫受空」と作す。
升。雞方啄粟,為狐所逐。走不得食,惶怖惕息。巽為雞、為粟,兌為啄,艮為狐,震為逐、為走,艮反向內,故曰為狐所逐。兌為食,坤閉故不得食。坤為憂,故惶怖惕息。○怖,宋本作懼,依汲古。
《蠱》は《升》に変ず。林辞は言う:鶏は正に穀粒を啄食するに、忽然狐狸に追趕せられた。只顧って奔逃して食を上げ得ず、驚慌恐懼して喘氣さえ提心吊膽す。安享の中に忽ち侵奪に遭う凶辞である。尚秉和は象を解す:《升》の下体の巽は鶏を主り・また粟を主り、互兌は啄を主る。互艮は狐を主り、互震は追逐・奔走を主る。艮体は反轉して内に朝き、追う者は外より逼り来る、ゆえに「為狐所逐」と言う。兌は本來飲食を主るも、可是坤は閉塞を主り、食物は口に入らない、因此「走不得食」。坤はまた憂懼を主り、末句の惶恐戦慄は即ち坤より出ず。「○」以下の校記:「怖」字は宋刻本が「懼」と作すが、此処は汲古閣本に依る。
困。陳媯敬仲,兆興齊姜。乃適營丘,八世大昌。詳《屯》之《噬嗑》。
《蠱》は《困》に変ず。林辞は言う:陳国の公子敬仲は、卜兆は彼が将に斉国の姜姓の地に興起せんと顕示す。後来彼は果然営丘に到り、第八代に伝わりて大いに昌盛した。《左伝》荘公二十二年の陳敬仲が斉に奔し卜筮が其の後に代わりて斉たらんを預言した故事を用い、遠く他郷に適して後嗣が発達するを主る。此の一条の取象解説は、尚秉和は読者に《屯》之《噬嗑》の条を参看せしめ、此処は不再復述す。
井。昊天白日,照臨我國。萬民康寧,咸賴嘉福。詳《比》之《晉》。
《蠱》は《井》に変ず。林辞は言う:廣大の蒼天は白日を掛け、光輝は照臨して我が邦国に臨む。萬民は安康寧泰にして、皆美好の福沢を蒙受す。国泰民安の全吉の辞である。此の一条の象数解説は、尚秉和は指明して《比》之《晋》の条に見るとし、両処の林辞は相同しい、ゆえに不再重出す。
革。雲夢大藪,索有所在。虞人共職,驪駒悅喜。通《蒙》。坤為雲、為夢、為藪,《易》震索索,疏:心不安之貌。《釋文》懼也。坎坤皆為憂懼,故曰索。震為驩虞、為人、為驪駒、為悅喜。○索,依汲古,丁云:即八索也,元本作嘉。又按:此二句似指漢高偽遊雲夢事,言其意別有所在,而不在獵也。
《蠱》は《革》に変ず。林辞は言う:雲夢は天下有名の大沢藪にして、心裏は忐忑不安にして另に圖る所有り。山沢を掌管する虞人は各々其の職を供し、黑色の馬駒は歓騰喜悦す。表面は田猟の楽を写すも、底下は另に用心有り。尚秉和は象を解す:《革》と《蒙》の両卦は旁通し、《蒙》中の坤は雲・夢を主り・また藪沢を主り、「雲夢大藪」は此に由って取る。《周易・震卦》に「震索索」の話有り、孔穎達の疏は心中安ならざる样子と解し、《経典釈文》は則ち恐懼と訓ず。坎と坤は皆憂懼を主る、ゆえに「索」字は心神定まらずと講ず。震は另に歓娯の象有り、又人・黑色馬駒・喜悦を主り、末の両句の諸象は皆震より出ず。「○」以下の校記:「索」字は汲古閣本に依り、丁氏は即ち古書の「八索」の索と認め、元刻本は「嘉」と作す。尚氏はまた按語を言う、此の両句は像是指すは漢高祖が假称して雲夢に出游して韓信を擒えた一事で、意は言外に在り、本來田猟に在らず。
鼎。獐鹿雉兔,群聚東國。盧黃白脊,俱往追逐。九齚十得,主君有喜。詳《蒙》之《復》。《鼎》通《屯》,坤震象與復同。雉,宋本及汲古皆作雞,非,依元本。
《蠱》は《鼎》に変ず。林辞は言う:獐・鹿・野雉・兔子は成群して東辺の邦国に聚る。名を盧・黄・白脊と言うの几条の猟犬は一斉に前去して追逐す。咬み中ること九次にして十次皆斬獲有り、主君は因此歓喜す。田猟して大いに獲る吉辞である。尚秉和は言う解説は詳しく《蒙》之《復》の条を見よ、因って《鼎》と《屯》の両卦は旁通し、《屯》の具える所の坤・震の象は《復》と相同しく、取象は一致し、措辞も就て相同し。末句は校記:「雉」字は宋刻本と汲古閣本が皆「鶏」と作すが、是れ錯り、此処は元刻本に依る。
震。德惠孔明,主君復章,保其室堂。震為德、為孔,艮為明,震為主、為君,艮為章、為室堂。
《蠱》は《震》に変ず。林辞は言う:恩徳恵沢は十分顕明にして、主君は重新威儀を彰顯し、自家の室堂を保住した。徳政が復振し家国安固の吉辞である。尚秉和は象を解す:震は徳を主り・また孔を主り、孔はここは甚・大と訓ず。互艮は光明を主り、合して「徳恵孔明」を成す。震は還って主人・君上を主り、艮は兼ねて文章彰顯と室堂居処を主り、後の両句の需する所の象は此に由って配斉う。
艮。天之所壞,不可強支。眾口嘈嘈,雖貴必危。詳《蒙》之《夬》。艮為天,陽在上而窮,故壞,初至五正反兩震言相背,故曰嘈嘈。艮為貴,艮窮於上故雖貴必危也。
《蠱》は《艮》に変ず。林辞は言う:上天が毀壊せんと欲する東西は、人力は強撐し得ない。衆人は七嘴八舌に吵嚷して休まず、地位は再び尊貴と雖も必定危殆す。天命は已に去り挽回す可からざる凶辞である。尚秉和は言う詳解は《蒙》之《夬》の条を見よ、又本卦の象を補出す:艮は天象を取り得、一陽は上に居りて進む可き路なく、窮極すれば則ち壊る、故に「天之所壊」と言う。初爻より五爻に到るまで一正一反の両個の震体を含み、震は言語を主り、両震は背向して立つ、正に衆口紛紛として彼此合わざる「嘈嘈」。艮はまた尊貴を主る、而して艮の陽爻は上位に窮尽し、貴は尽頭に到れば即ち危に轉ず、ゆえに雖も貴きも必ず危しと言う。
漸。天之奧隅,堯舜所居。可以全身,保我邦家。詳《否》之《觀》。艮為天,坎隱故曰奧。伏震為帝、為堯舜。
《蠱》は《漸》に変ず。林辞は言う:天の幽深の角落は、堯舜の居する所である。あそこに在りて身命を保全し、我が邦国家室を守住し得る。退処して深蔵し身家両全の吉辞である。尚秉和は言う詳解は《否》之《觀》の条を見よ、又略ば数語を補す:艮は天象を取り得。坎は隠蔽を主り、深蔵して露さざれば即ち「奥」。卦中に伏する震は帝王を主り、堯舜の号は此に由って来る。
歸妹。下泉苞稂,十年無王。荀伯遇時,憂念周京。坎為眾。稂,蕭蓍之屬。震為稂、為年、為王,兌數十,故曰十年,坎隱伏,故十年無王。震為伯、為時、為周,坎為憂念。下泉,《曹風》詩,《毛詩序》謂刺共公,劉毓崧云何楷世本古義,據《易林》謂此詩為曹人美晉荀躒納敬王於成周而作,其說自昭二十二年王子朝作亂,至昭三十二年城成周為十年無王。《左傳》:"天王使告於晉,曰:天降禍於周,俾我兄弟並有亂心,以為伯父憂,於今十年",正與《易林》合。荀,郇國後,稱荀伯,猶稱荀躒為知伯,荀字不誤也。○稂,元本訛恨,依宋本、汲古。無,依宋元本,汲古訛九。荀,元本作●,依宋本、汲古,是焦與《毛詩》異讀。
《蠱》は《歸妹》に変ず。林辞は言う:低窪の泉水は叢生の莠草を浸し、十年の間天下に王無し。荀伯は適に其の時に逢い、心裏に周朝の京城を憂念す。全く《詩経・曹風・下泉》の意を用い、乱世に治を思うを主る。尚秉和は象を解す:坎は衆多を主る。稂は蕭・蓍の一類の野草。震は稂草・年歳を主り・また王を主る。兌は卦数の中で十に属す、故に「十年」と言う。坎はまた隠伏を主り、王象は隠れて出でない、ゆえに是れ「十年无王」。震は另に伯・時・周の三象有り、坎は則ち憂念を主り、後の両句は此に由って取る。本事に至っては、《下泉》は《曹風》中の詩で、《毛詩序》は它は曹共公を譏刺すると言う。劉毓崧は何楷《詩経世本古義》を引き、《易林》に拠って此の詩は曹人が晋国の荀躒が周敬王を成周に送り入れたを賛美して作ったと断定し、魯昭公二十二年に王子朝が乱を作して、昭公三十二年に成周を修筑するに到り、恰好十年王無し。《左伝》は周天王が人を派して晋国に告げて上天は周に禍を降し兄弟併せて乱心を生じ伯父を憂勞せしめ至今已に十年と記す、正に《易林》の言う所と相合す。荀氏は郇国の後、ゆえに荀伯と称す、荀躒を知伯と称するが如し、「荀」字は併せて写错なし。「○」以下の校記:「稂」字は元刻本が「恨」と讹すが、宋刻本と汲古閣本に依る。「无」字は宋刻元刻本に依り、汲古閣本は「九」と讹す。「荀」字は元刻本が一個の残缺の字を作すが、宋刻本と汲古閣本に依る、見るべく焦氏の読む所は《毛詩》と同じからず。
豐。江淮海隅,眾利聚居。可以遨遊,卒歲無憂。互大坎故曰江淮海隅。巽為利,坎為聚,震為遨遊、為歲,震樂故無憂。
《蠱》は《豊》に変ず。林辞は言う:江淮の間・海角の一帯は、各種の財利が此に匯聚す。あそこに在りて遨游し得、終年発愁する必せず。水郷が富饒にして終歳優游の吉辞である。尚秉和は象を解す:卦中に互いに一個の大坎の形を出し、坎は水を主り、江淮海隅の象は此に由って取る。巽は財利を主り、坎は聚集を主り、合して「衆利聚居」を成す。震は遨游を主り・また年歳を主り、震の性は歓楽、楽しければ則ち憂なし、ゆえに「卒歳无憂」と言う。
旅。南山黃竹,三身六目。出入制命,東里宣政。主尊君安,鄭國無患。丁云:《穆天子傳》:"天子命歌南山",又《詩》曰"我徂黃竹",又曰予歸東土,和治諸夏。又曰吉日丁亥,天子入於南鄭",《易林》全用其意。離南艮山,伏震為竹、為黃,故曰南山黃竹。艮為身,納丙數三,離為目,納已數六,故曰三身六目。巽為命、為入,伏震為出、為東,艮為里、為尊、為安,震為君主,伏坎為平、為鄭、為患。艮為國,兌悅故無患。○東里,從元本,以下三句似指鄭子產事,而宋本、汲古皆作東皇,與《穆天子傳》"予歸東土,和治諸夏"語偶合,然下曰鄭國則皇似為訛字也,觀下《離》之《損》詞同,而黃竹作大木、三作丈是其證,丁詁未必然。
《蠱》は《旅》に変ず。林辞は言う:南山に黄竹が長ち、三身六目の異形之物が其の間に出没す。出入の際に政令を掌管し、東里に於て政教を推行す。主上は尊崇し君位は安穩にして、鄭国に禍患なし。政通じて人和する辞である。丁氏は林辞は全く《穆天子伝》の意を用いると認む:書中に天子が人に命じて南山を歌唱する事有り、《詩》中に「我徂黄竹」の句有り、又東土に歸返し諸夏を和洽するの話有り、還って吉日丁亥に天子が南鄭に進入したの記載有り。尚秉和は則ち卦象より説を立つ:離は南方を主り、艮は山を主り、所伏の震は竹を主り・また黄色を主り、合して「南山黄竹」を成す。艮は身を主り、納甲は丙に配し、丙は数の中で三。離は目を主り、納甲は己に配し、己は数の中で六、ゆえに「三身六目」と言う。巽は命令を主り・また入を主り、所伏の震は出を主り・また東方を主る。艮は里巷・尊崇・安寧を主り、震は君主を主る。所伏の坎は平を主り・鄭と訓じ得・また禍患を主る。艮は還って邦国を主り、兌は喜悦を主り、喜べば則ち患なし、末の両句は此に由って配足す。「○」以下の校記:「東里」は元刻本に従う、因って下面の三句は像是指すは鄭国の子産が東里に居りて執政した事。宋刻本と汲古閣本は皆「東皇」と作し、雖も《穆天子伝》の東土に歸り諸夏を和治するの話と偶合するも、但し下文は既に鄭国に説到すれば、「皇」字は像是讹字。再び後文の《離》之《損》の一条を看れば、林辞は此と相同しく、而して「黄竹」は「大木」と作し「三」は「丈」と作す、正に証と為し得、見るべく丁氏の解説は未必従う可からず。
巽。重譯貢芝,來除我憂。喜樂俱居,同其福休。伏震故曰重譯。巽為香,故曰芝。坎為憂,坎伏,故憂除。兌為喜樂,伏震為福。○貢芝,依汲古,宋元本作置之,非。
《蠱》は《巽》に変ず。林辞は言う:遠方之国は輾轉翻訳して前来りて靈芝を進献し、我のために憂患を除去す。歓喜と快楽は一室に同処し、福沢休美を共享す。遠人が帰り来り憂去りて福来る吉辞である。尚秉和は象を解す:卦中に伏する震は重複相承の象有り、一重再重に轉訳す、ゆえに「重訳」と言う。巽は香氣を主り、靈芝は正に香草の類に属す、故に「芝」と言う。坎は憂愁を主り、而して坎体は潜伏して出でない、憂は因此除を得る。互兌は喜楽を主り、所伏の震は福慶を主り、末の両句は此に由って取る。「○」以下の校記:「貢芝」の二字は汲古閣本に依り、宋刻元刻本は「置之」と作すが正しくない。
兌。南山高岡,麟鳳室堂。含和履中,國無災殃。伏艮為南山、為高岡,離為文、為麟鳳,艮為室堂,兌為和、為口、為含,伏震為履,伏坎為中,伏艮為國。
《蠱》は《兌》に変ず。林辞は言う:南山の高高の山岡の上に、麒麟と鳳凰は室堂を以て居と為す。心は和氣を含み脚は中道を踏み、邦国に災殃なし。祥瑞が併せて至り治道が中和の吉辞である。尚秉和は象を解す:卦中に伏する艮は南山を主り・また高岡を主る。離は文采の象有り、麟鳳は皆文明の獣鳥、故に離より取る。伏艮はまた室堂を主る。兌は和順を主り、兌の卦形は一張の口に似て、口は物を含み得、ゆえに「含和」と言う。所伏の震は行履を主り、所伏の坎は中位に居り、合して「履中」を成す。伏艮は還って邦国を主り、末句は此に由って取る。
渙。紫芝朱草,生長和氣。公尸侑食,福祿來下。巽為芝、為草,九宮之色,七赤九紫,震納庚,五行數九,故曰紫芝。坎赤故曰朱草。坎為和,震為生、為公、為尸。尸,主也,又為福祿。三四句,《鳧鷖》詩也。○生長和氣,依汲古,宋元作與仙為侶,《神農經》:"山川雲雨五行四時、陰陽畫夜之精生五色神芝",皆為聖王休瑞。
《蠱》は《渙》に変ず。林辞は言う:紫色の靈芝と朱紅の瑞草は、和氣の中より生長出来す。神に代わりて祭を受くる公尸は人に進食を勧め、福禄は之に随って降臨す。嘉瑞が世に現れ神に福を受くる吉辞である。尚秉和は象を解す:上体の巽は芝を主り・また草を主る。九宫の配色に按ずれば、七は赤・九は紫、震の納甲は庚に配し、庚は五行の数の中で九に属す、ゆえに「紫芝」と言う。坎の色は赤、故に「朱草」と言う。坎はまた和氣を主る。互震は生長・公を主り・尸を主る――尸は即ち主で、神に代わりて祭を受くる人を指し、震は同時にまた福禄を主る。第三・四の両句は《詩経・大雅・鳧鷖》の祭畢して尸を燕し福禄来降の意を化用す。「○」以下の校記:「生長和氣」の四字は汲古閣本に依り、宋刻元刻本は「與仙為侶」と作す。《神農経》は山川雲雨・五行四時・陰陽昼夜の精氣が五色の神芝を生出すと言い、皆聖王が位に在るの美好祥瑞である。
節。宮成室就,進樂相舞。英俊在堂,福祿光明。艮為宮室,坎亦為室,艮為成,故曰宮成室就。震為樂舞、為英俊、為祿。艮為光明。
《蠱》は《節》に変ず。林辞は言う:宮宇は落成し居室は完工し、楽を奏起して相對して起舞す。才俊之士は堂上に齊集し、福禄は光輝して人を照す。営建が成を告げ賢才が雲集の吉辞である。尚秉和は象を解す:卦中の互艮は宮室を主り、下体の坎もまた室象を取り得、艮はまた成就を主り、合起來便ち「宮成室就」。互震は音楽舞蹈・英才俊傑を主り・また福禄を主る。艮は兼ねて光明を主り、末句は此に由って取る。
中孚。商人子孫,資無所有。貪狼逐狐,留連都市。還轅內鄉,嘉喜何咎。巽為商旅,震為人、為子,艮為孫,巽為利、為資,風散故無。艮為狼、為狐,《史記天官書》:"狼變色多盜賊,下有四星曰弧,弧矢向狼多盜。"然則狼弧二星皆主盜賊,貪狼逐狐者,言流為盜賊也。弧亦作狐。《秦本紀》據狼狐是其證。艮為流連、為都市,震為逐、為轅、為嘉喜。○人、有,依宋本,汲古作之、作食。貪狼,依宋元本,汲古作貪貝,誤。林意謂商人子孫流落都市為盜賊,若迴心向善則無咎也。
《蠱》は《中孚》に変ず。林辞は言う:商人の子孫は、本銭は一無所有す。貪狼が弧矢を追逐するが如く都市の間に流連して去らない。若能く車轅を掉轉して故郷に回れば、便ち嘉慶の喜有りて過錯を致さない。流落して非を為すも回头すれば則ち吉の両面の辞である。尚秉和は象を解す:巽は商旅を主り、震は人を主り・また子を主り、艮は孫輩を主る。巽は兼ねて財利資本を主り、而して風の性は吹散、資財は之に随って散盡す、ゆえに「無所有」と言う。艮はまた狼・狐を主る。《史記・天官書》は狼星が色を変ずれば則ち盗賊多しと言い、其の下に四顆の星有りて弧と呼ばれ、弧矢が正に狼星に對する時は盗賊四起す。見るべく狼・弧の両星は皆盗賊を主る、謂う所の貪狼逐狐は、言う所は淪落して盗賊と為る。「弧」字もまた「狐」と写作し、《史記・秦本紀》の裏に就ち「狼狐」の写法有りて証と為し得。艮は還って流連・都市を主り、震は追逐・車轅を主り・また嘉慶喜楽を主り、後の両句は此に由って取る。「○」以下の校記:「人」「有」の二字は宋刻本に依り、汲古閣本は「之」と「食」と作す。「貪狼」は宋刻元刻本に依り、汲古閣本は「貪貝」と作すが、是れ誤字。尚氏は併せて申明する林辞の意は:商人の後代は都市に流落して盗賊を做し、如果能く心を回して善に向かえば、就て災禍を招来しない。
小過。執贄入朝,獻其狐裘。元戎變安,沙漠以歡。艮手為執、為獻、為贄,巽入震朝,故曰執贄入朝。艮為狐,震為裘、為武人、為主,故曰元戌。艮為沙,震歡。
《蠱》は《小過》に変ず。林辞は言う:手に見面の礼を執りて朝に入り進見し、狐皮の裘衣を献上す。主帥は動より安に轉じ、沙漠の地もまた之に随って歓騰す。外邦が附を来り辺境が寧息の吉辞である。尚秉和は象を解す:艮は手、手は能く持執し能く進献し、見面礼の「贄」もまた艮より取る。巽は入を主り、震は朝廷を主り、合して「執贄入朝」を成す。艮はまた狐を主り、震は裘服・武人・主帥を主り、「元戎」の二字は此に由って来る。艮は兼ねて沙を主り、震の性は歓楽、末句の「沙漠以歡」は此に由って取る。
既濟。湧泉汩汩,南流不絕。洿為淮海,敗壞邑里,家無所處。重坎故曰汩汩、曰不絕。離為南,故曰南流。重坎故曰淮海。坎折故敗壞。艮為邑里、為家。○汩汩,元本作滑滑,從宋本、汲古。元本無第三句,非。
《蠱》は《既濟》に変ず。林辞は言う:泉水は汩汩として湧出し、南に奔流して断えない。淮海の如き大水に積成し、城邑村里を冲毀し、人家は身を安んずる処なし。水患が災を成す凶辞である。尚秉和は象を解す:《既濟》は坎象が重出し、水勢は絶えない、ゆえに「汩汩」「不絶」と言う。下体の離は南方を主る、故に「南流」と言う。坎は重なれば積水浩大、因此「淮海」に比作す。坎は折損の義有り、堤防を冲決すれば便ち「敗壊」。互艮は城邑村里を主り・また家宅を主り、末の両句は此に由って取る。「○」以下の校記:「汩汩」は元刻本が「滑滑」と作すが、此処は宋刻本と汲古閣本に従う。元刻本は第三句なく、正しくない。
未濟。固陰冱寒,常冰不溫。凌人惰怠,大雹為災。詳《泰》之《噬嗑》。
《蠱》は《未濟》に変ず。林辞は言う:陰氣は凝固し天寒地凍して、常年結氷して回暖しない。氷を掌る凌人は職守を怠慢し、大冰雹は於是災を成した。《左伝》昭公四年の蔵氷が職を失すれば則ち雹災有りと論ずるの意を取り、寒害が人を傷うを主る。此の一条の取象解説は、尚秉和は指明して《泰》之《噬嗑》の条に見るとし、此処は不再重出す。
臨 第十九
臨。弱水之西,有西王母。生不知老,與天相保。行者危殆,利居善喜。坤為水,坤柔,故曰弱水。坤為母,震為王,兌西,故曰有西王母。震為生,坤為老,震樂而健,故不知老。伏乾為天,艮為保,震為行,坤喪故危殆、故不行,而居則利也。伏艮為居。○之西,依汲古,宋元本作之上。
《臨》が自ら変じてもなお《臨》となる。林辞に言う:弱水の西に西王母が住み、長生きして老いることを知らず、天と相保つ。行く者は危殆し、安く居れば利あって喜び多し。静まるべきで動くべからず、吉の中に戒めを帯びた辞である。尚秉和の解象:上体の坤は水を主り、坤の徳は柔弱で、弱と水とが合わさって「弱水」となる。坤はまた母を主り、震は王を主り、兌は西方に当たるので、合わせて「有西王母」となる。下体の震は生を主り、坤は衰老を主るが、震の性は歓楽・剛健で坤の老象を圧するので「不知老」と言う。卦の下に伏する乾は天を主り、艮は守護を主り、「与天相保」はここから取る。震は行を主るが、坤は喪亡を主り、動けば危険がある。ゆえに出行は危殆で安居が利ありと言う。伏する艮はまさに居止を主る。「○」以下校記:「之西」は汲古閣本に依り、宋刻・元刻本は「之上」と作る。
乾。黃獹生子,以戌為母。晉師在郊,虞公出走。《初學記》:"獹,韓良犬也"。臨坤為黃,伏艮為獹。震為子,坤為母,候卦居戌,戌狗,故曰以戌為母。震為晉,坤為師、為郊,震為公、為出走、為歡虞。全用遇卦象。○以戌,各本皆作白戌,依《坤》之《震》、《蒙》之《訟》校改。又:生子,依汲古,宋元本作生馬,非。虞滅見僖二年《左傳》。
《臨》が《乾》に変ずる。林辞に言う:黄色の良犬が子を産み、戌に属する犬を母とした。晋の軍隊がすでに郊外にまで来て、虞公は国を棄てて出奔せざるを得なかった。《左伝》僖公二年に晋が虞に道を借りて虞を滅ぼした故事を用い、国破れ身亡ぶを主とする。尚秉和の解象:《初学記》は「獹」は韓の出す良犬だと言う。本卦《臨》の坤は黄色を主り、伏する艮は犬を主り、合わせて「黄獹」となる。震は子を主り、坤は母を主る。この卦は候卦の位で戌に居り、戌は十二支で犬に属するので「以戌為母」と言う。震はまた晋を主り、坤は軍隊・郊野を主り、「晋師在郊」はここから取る。震はまた公を主り出走を主り、かつ歓虞の虞を兼ねるので、まさに虞公の名に応じる。尚氏はこの条はすべて遇卦、すなわち本卦《臨》の象を取ると指摘する。「○」以下校記:「以戌」の二字は諸本とも「白戌」とするが、ここでは《坤》之《震》と《蒙》之《訟》の二条を参照して校改した。「生子」は汲古閣本に依り、宋刻・元刻本は「生馬」とするが誤り。虞国が滅んだ事は《左伝》僖公二年に見える。
坤。倉唐奉使,中山以孝。文侯悅嘉,擊子徵召。詳《豫》之《豐》。此仍用遇卦《臨》象。○倉唐,依宋元本,汲古訛倉皇,擊訛繫。
《臨》が《坤》に変ずる。林辞に言う:倉唐が命を奉じて使いし、中山君のために孝心を伝えた。魏文侯は聞いて悦び嘉し、子の魏撃を呼び戻した。《説苑》に載る魏文侯の子・撃が倉唐を遣わして使いさせ、父子が再び好くなった故事を用い、離れて復た合するを主とする。尚秉和は詳しい解説は《豫》之《豊》の条に見えると言い、かつこの条は依然として本卦《臨》の象を取ると指摘する。「○」以下校記:「倉唐」は宋刻・元刻本に依り、汲古閣本は「倉皇」と誤り、「撃」の字は「系」と誤る。
屯。機關不便,不能出言。精誠不通,為人所冤。坎為機關,坎陷故不便。坤閉故不能出言。震為言、為出、為精、為通、為人,坤閉故不通。坎為冤。
《臨》が《屯》に変ずる。林辞に言う:要となるところが運転せず、言葉が口から出ない。一片の精誠が相手に届かず、かえって人に冤罪を着せられる。口あっても弁じ難い凶辞である。尚秉和の解象:上体の坎は機関・枢紐を主るが、坎の卦徳は陥険で、陥れば転動が利かないので「不便」。坤は閉塞を主り、口が閉ざされるので「不能出言」。下体の震は言語・出・精誠・通達を主り、また人を主るが、坤の閉象が中間に横たわり、誠意が通り抜けないので「精誠不通」。坎はまた冤屈の象があり、末句「為人所冤」はここから取る。
蒙。白茅醴酒,靈巫拜禱。神嗜飲食,使君壽考。詳《小畜》之《坎》。
《臨》が《蒙》に変ずる。林辞に言う:白い茅を敷き、甘い酒を献じ、霊験ある巫祝が跪拜して祷る。神明がこの飲食を享け、主君に長寿を享けさせる。祭祀して福を得る吉辞で、末の二句は《詩経・小雅・楚茨》の「神嗜飲食、使君寿考」の語を化用したもの。この条の取象の解説は、尚秉和が《小畜》之《坎》の条に見えると明かにし、ここでは再び出さない。
需。重瞳四乳,耳聰目明。普仁表聖,為作元輔。《淮南子》:"舜重瞳,文四乳"。《需》通《晉》。坤為重,離為目,故曰重瞳。艮為乳,兌納丁,數四故曰四乳。坎為耳,離為目、為聰明,乾為仁聖、為元。○三四句依汲古,宋元本作"普為仁表,聖作元輔"。
《臨》が《需》に変ずる。林辞に言う:目に重瞳があり胸に四乳が生じ、耳聡く目明らか。仁徳を普く施して聖人の表率と為り、天子の首輔の大臣に堪える。舜と文王の異相を喩えとし、賢者が国に当たるを主とする。尚秉和はまず《淮南子》を引いて舜は重瞳、文王は四乳だと言う。次いで卦象を解す:《需》と《晋》の二卦は旁通し、《晋》の中の坤は重複を主り、離は眼目を主り、合わせて「重瞳」となる。艮は乳を主り、兌は納甲で丁に配り、丁は数の中で四なので「四乳」と言う。坎は耳を主り、離は目・聡明を主る。乾は仁徳・聖徳を主り、また元首を主り、末句はここから取る。「○」以下校記:第三・第四の二句は汲古閣本に依り、宋刻・元刻本は「普為仁表、聖作元輔」と作る。
訟。水長無船,破城壞堤。大夫從役,一朝亡殞,不見少妻。通《明夷》。坎為水,坤水,震為長、為船,坎伏故無船。艮為城、為堤,艮覆故壞。震為夫,坤為役,故大夫從役。震為朝,坎數一,故曰一朝。巽為少妻,坤亡故不見。○長,依宋元本,汲古作漲。宋元本從役下多"困於泥塗"四字。
《臨》が《訟》に変ずる。林辞に言う:水勢は漲り暴れるのに船がなく、城壁を衝き破り堤防を壊す。大夫が外に出て役に服し、一朝にして命を喪い、再び若い妻に見えない。水災と人亡の二重の凶辞である。尚秉和の解象:《訟》と《明夷》の二卦は旁通する。坎は水を主り、坤もまた水と訓じ得、震は長を主りまた船を主る。ここでは船象の依る震体が潜伏して出ないので「无船」と言う。艮は城壁・堤防を主るが、艮体は倒転して覆象となり、覆れば傾頽するので「破城壊堤」。震は人倫で夫となり、坤は労役を主り、合わせて「大夫従役」。震はまた早晨を主り、坎は卦数で一に属するので「一朝」と言う。巽は少妻を主り、坤は喪亡を主り、人すでに亡びれば再び相見ない。「○」以下校記:「長」の字は宋刻・元刻本に依り、汲古閣本は「漲」と作る。宋刻・元刻本は「従役」の下にさらに「困于泥涂」の四字がある。
師。二人俱行,各遺其囊。鴻鵠失珠,無以為明。震為人,坤數二,故曰二人。坤為囊、為亡,故各遺其囊。震為鴻鵠、為珠,坤為失,故曰失珠。離為明,離伏無無明。他林屢有鶴盜我珠、鵠怒追求等繇辭,然則鴻鵠失珠必有故實,今不能考。○二人,依宋元本,汲古作六。
《臨》が《師》に変ずる。林辞に言う:二人がともに路に上り、それぞれ行囊を失った。鴻鵠が明珠を失い、もはや照明するものがない。行旅が物を失う凶辞である。尚秉和の解象:震は人を主り、坤は卦数で二に属し、合わせて「二人」。坤は口袋・喪失を主るので「各遺其囊」。震はまた鴻鵠の象があり、また珠玉を主り、坤は失を主り、合わせて「鴻鵠失珠」。離は光明を主るが、離体が潜伏して出ないので亮光がない。尚氏はまた《易林》の他の箇所にしばしば仙鶴が我が珠を盗み、鴻鵠が怒って追い討つといった繇辞があると言い、鴻鵠失珠には必ず一段の旧事があるはずで、ただ今日では考実する術がないとする。「○」以下校記:「二人」は宋刻・元刻本に依り、汲古閣本は「六」と作る。
比。隨時轉行,不失其常。咸樂厥類,身無咎殃。艮為時,坤為身、為咎殃,咸樂厥類者,言九五與群陰為類而樂也。○咸樂,依宋本,汲古作各樂,非。
《臨》が《比》に変ずる。林辞に言う:時令に順って輾転して行き、その常軌を失わない。同類はみな各々その楽しみを得て、身に災殃がない。時に随って動き上下相安らぐ吉辞である。尚秉和の解象:卦中の互艮は時令を主り、「随時」はここから取る。坤は身・灾殃を主るが、ここでは坤象が害を為さないので身に咎殃なしと言う。いわゆる「咸楽厥類」は、《比》卦の九五の一陽が上下の衆陰と同じく一類をなし、彼此相親しんで各々その楽しみを得ると言うのである。「○」以下校記:「咸楽」は宋刻本に依り、汲古閣本は「各楽」とするが誤り。
小畜。蔡女盪舟,為國患憂。褒後在側,屏蔽王目,搔擾六國。《左傳僖二年》:"齊侯與蔡姬乘舟於囿,蕩公,公懼變色,怒歸之,未絕之也,蔡人嫁之,明年侵蔡",褒後,幽王后。巽為蔡、為女,伏震為舟,坤為國、為憂患、為後,乾為王,伏坎為屏蔽,離為目。○搔擾六國,依宋元本,汲古作早衰六畜,非。
《臨》が《小畜》に変ずる。林辞に言う:蔡国の女子が船の上で揺れて戯れ、国家のために憂患を招いた。褒后が側に侍立し、周王の目を遮り、列国を攪乱して寧からしめない。蔡姫が舟を蕩かせた事と褒姒が主を惑わした事とを並べ挙げ、女の禍が国を乱るを主とする。尚秉和はまず本事を引く:《左伝》僖公二年に、齊侯と蔡姫が苑囿の中で船に乘り、蔡姫が船身を揺らし、齊侯は恐れて色を変え、怒って彼女を蔡に送り返したが、婚姻を断ちはしなかった。ところが蔡人はあろうことか彼女を改嫁させ、翌年斉国は兵を出して蔡を伐った。褒后とは、周幽王の王后・褒姒のことである。次いで卦象を解す:上体の巽は蔡・女子を主り、伏する震は船を主り、坤は邦国・憂患・后妃を主り、乾は王を主る。伏する坎は遮蔽の象があり、離は眼目を主り、「屏蔽王目」はここから取る。「○」以下校記:「搔擾六国」の四字は宋刻・元刻本に依り、汲古閣本は「早衰六畜」とするが誤り。
履。駕龍騎虎,周遍天下。為神人使,西見王母,不憂危殆。伏《謙》。震為龍,艮為虎,故曰駕龍騎虎。震為周,坤為天下。震為神、為人、為行,故曰為神人使。坎位西,震為王,坤母,故曰王母。坎憂震樂,故不憂。○為神人使,依汲古,宋本作為人所使。危殆,元本作不殆,依汲古。此用穆王西巡狩事。
《臨》が《履》に変ずる。林辞に言う:龍に駕し虎に騎り、天下を遍く行く。神人の使者と為り、西に行って西王母に見え、危険を憂うるに及ばない。周穆王が西を巡って西王母に見えた故事を用い、遠行に咎なきを主とする。尚秉和の解象:《履》の六爻が尽く変じれば即ち《謙》となり、それがその伏卦である。伏《謙》の中の震は龍を主り、艮は虎を主り、合わせて「駕龍騎虎」。震はまた周遍を主り、坤は天下を主る。震はまた神・人・行走を主り、「為神人使」はここから取る。坎は方位で西に属し、震は王を主り、坤は母を主り、合わせて「西見王母」。坎は憂を主るが、震の性は歓楽で、楽がその憂に勝るので「不憂」と言う。「○」以下校記:「為神人使」は汲古閣本に依り、宋刻本は「為人所使」と作る。「危殆」は元刻本が「不殆」とし、汲古閣本に依る。この条は周穆王の西巡狩の故事を用いる。
泰。員怨之吳,畫策闔閭。鞭平服荊,除大咎殃。威振敵國,還受上卿。伍子胥名員,平王既殺其父兄,員犇吳,佐吳王闔閭伐楚,鞭平王之尸。震為員,員,雲也。震為行、為南,故之吳。伏艮為手、為畫、為閭,伏巽為鞭、為荊,坤為殃咎,在外故曰除。坤為國,震為威、為公,故曰上卿。○員怨,從宋本,汲古作胥恐。閭廬通。
《臨》が《泰》に変ずる。林辞に言う:伍員が怨恨を懐いて呉に奔り、闔閭のために方略を謀った。楚平王の屍を鞭打ち楚を征服し、心に積もった大灾大恨を除いた。威名は敵国を震動し、帰国して上卿に任じられた。冤を含んで遠く走りながら、ついに報復し顕達した辞である。尚秉和はまず本事を叙す:伍子胥の名は員、楚平王が彼の父と兄を殺し、伍員は呉に奔り、呉王闔閭を輔けて楚を伐ち、墓を掘って平王の屍首を鞭打った。次いで卦象を解す:震は員を主り、員はすなわち云である。震はまた行走・南方を主り、南行は即ち「之呉」。伏する艮は手・謀画を主り、また「閭」の字に当たり得る。伏する巽は鞭・荊楚を主る。坤は灾殃を主るが、殃象は外卦にあり己身から遠いので「除」と言う。坤はまた邦国を主り、震は威勢・公卿を主り、「上卿」はここから取る。「○」以下校記:「員怨」の二字は宋刻本に従い、汲古閣本は「胥恐」と作る。「閭」と「廬」の二字は古来相通じる。
否。唐邑之墟,晉人以居。虞叔受福,實沈是國,世載其樂。坤為邑、為墟,伏震為唐。《玉篇》堯稱唐者,至大之貌,乾大,故曰唐邑之墟。《說文》:"唐,大言也",《莊子天下篇》荒唐之言是也。震為晉、為人,艮為居,故曰晉人以居。艮為叔,乾為福,實沈,星次晉分。《左傳》"參為晉星",實沈,參神也。艮為星,坤國故曰實沈是國。坤為世、為載,伏震為樂。《史記晉世家》:"唐叔虞者,成王弟,封於唐,至子爕徙居晉水,是為晉侯"。 ○墟,依宋本,汲古作廬,非。以,依汲古,宋本作之。
《臨》が《否》に変ずる。林辞に言う:古の唐国の都邑の旧墟が、晋人の居る所となった。虞叔がここで福を受け、実沈の星次がまさにこの邦国に対し、世々その楽しみを載せた。唐叔虞が唐に封じられ、その後裔が晋となった史事を用い、先を承け後を啓き福沢が綿長たるを主とする。尚秉和の解象:坤は城邑・廃墟を主り、伏する震は唐を主る。《玉篇》は堯の号を唐とするのは至大の義を取ると言い、乾は大を主るので「唐邑之墟」と言う。《説文解字》は唐を大言と訓じ、《荘子・天下》のいわゆる荒唐の言もこの義を用いる。震はまた晋・人を主り、艮は居止を主り、合わせて「晋人以居」。艮は兼ねて叔を主り、乾は福を主る。実沈は十二星次の一つで、まさに晋国の分野に当たる。《左伝》は参星は晋国の星だと言い、実沈はすなわち参星の神である。艮は星宿を主り、坤は邦国を主るので「実沈是国」と言う。坤はまた世代・承載を主り、伏する震は歓楽を主り、末句はここから取る。《史記・晋世家》は唐叔虞は周成王の弟で、唐に封じられ、子の燮に伝わって晋水のほとりに迁り、初めて晋侯と称したと記す。「○」以下校記:「墟」の字は宋刻本に依り、汲古閣本は「廬」とするが誤り。「以」の字は汲古閣本に依り、宋刻本は「之」と作る。
同人。管鮑相知,至德不離。三言相桓,齊國以安。《史記》:"管仲少與鮑叔牙遊,鮑叔知其賢,薦於桓公,管子曰:"倉廩實而知禮節,衣食足而知榮辱,上服度則六親固",三言蓋指此。《韓詩外傳》"君子有三言可貫而佩之"是也。《同人》通《師》。震為管,坤為魚、為鮑,震為言、為桓,數三故曰三言。坤為國、為安。巽為齊。○相桓,依宋元本,汲古作於,非。
《臨》が《同人》に変ずる。林辞に言う:管仲と鮑叔は互いに心を知り、至厚の情誼が終始離れなかった。管仲は三句の名言をもって斉桓公を輔け、斉国はこれによって安定した。友を得君を得て家国寧一なるを主とする。尚秉和は《史記》を引いて、管仲は若い時鮑叔牙と交遊し、鮑叔は彼の賢能を知って桓公に挙荐したと言う。管子は「倉廩充実して礼節を知り、衣食足りて栄辱を知り、上に在る者が法度を守れば六親牢固なり」と言ったが、「三言」はおそらくこれらを指す。《韓詩外傳》のいわゆる君子に終身佩ぶべき三句の言あり、もこの意である。次いで卦象を解す:《同人》と《師》の二卦は旁通する。震は管を主り、坤は魚を主りまた鮑を主る。鮑はもと腌魚で、まさに鮑叔の姓に応じる。震はまた言語・桓を主り、震は数の中で三に属するので「三言」と言う。坤は邦国・安寧を主り、巽は斉地を主り、末句はここから取る。「○」以下校記:「相桓」は宋刻・元刻本に依り、汲古閣本は「于」とするが誤り。
大有。三十無室,長女獨宿。心勞未得,憂在胸臆。離卦數三,兌數十,坎為室,坎伏故曰三十無室。兌為老婦,故為長女。坎為宿、為孤,故曰獨宿。坎為心、為勞、為憂,伏坤為胸臆。按:《大過九五》云老婦指兌也。
《臨》が《大有》に変ずる。林辞に言う:年三十にしてなお家を成さず、長女が独り夜を過ごす。心力は瘁れて求める所は遂げられず、憂愁が胸中に堵する。婚期が遅滞し心事が鬱結する辞である。尚秉和の解象:離は卦数で三に属し、兌は十に属し、二数相合わさって「三十」となる。坎は室居を主るが、坎体が潜伏して出ず、成室の象が顕れないので「无室」と言う。兌は老婦を主るので、ここでは兌を以て長女に当てる。坎はまた止宿・孤単を主り、合わせて「独宿」。坎はまた心・労苦・憂愁を主り、伏する坤は胸腹を主り、末句はここから取る。尚氏の按語に、《大過》九五の爻辞に言う老婦は、まさに兌を指すという。
謙。散渙水長,風吹我鄉。火滅無光,隳敗桓公。坎水坤水故曰水長,伏巽風故曰散渙、曰風吹。坤為我、為鄉,艮為火、為光,上臨坎水坤水,故火滅無光。震為桓、為公,坤喪故曰隳敗,言桓公死,齊亂如火滅也。
《臨》が《謙》に変ずる。林辞に言う:大水が弥漫して漲り溢れ、風が我が郷土を吹き渡る。火は熄えて光なく、斉桓公の基業は毁敗した。水火の象を以て覇業の中絶を喩え、凶辞である。尚秉和の解象:坎は水を主り、坤もまた水と訓じ得、二水相重なって「水長」と言う。伏する巽は風となり、風が水の上を行くので「散涣」と「風吹」と言う。坤は我・郷里を主る。艮は火・光を主るが、艮の上に坎水と坤水が臨み、水来れば火は滅するので「火滅无光」。互震は桓を主りまた公を主り、坤は喪亡を主り、合わせて「隳敗」。全句は斉桓公一死すれば斉国が大いに乱れ、灯火が熄えたようだと言うのである。
豫。蜎飛蠕動,各有配偶。小大相保,咸得其所。蜎、蠕,皆蟲行貌,伏巽為蟲,故曰蜎飛蠕動。巽震為夫婦,故曰各有配偶。坤為小,伏乾為大,艮止故曰相保。○蜎飛,從汲古,宋元本作飛蜎,《詩》"蜎蜎者蠋"。
《臨》が《豫》に変ずる。林辞に言う:飛ぶもの爬るものの種々の小虫が、みな各々その配偶を有する。大小を問わず彼此相保ち、各々安く処って所を得る。万物が各々その生を遂ぐる吉辞である。尚秉和の解象:蜎と蠕はいずれも虫の爬行する貌を形容し、伏する巽は虫を主るので「蜎飛蠕動」と言う。巽は長女・震は長男で、二卦相配って即ち夫婦となるので「各有配偶」と言う。坤は小を主り、伏する乾は大を主り、互艮の卦徳は止で、止まれば安固するので「相保」と言う。「○」以下校記:「蜎飛」は汲古閣本に従い、宋刻・元刻本は「飛蜎」と作る。《詩経・豳風・東山》に「蜎蜎者蠋」の句があり参ずべし。
隨。安樂几筵,未出王門。艮安震樂。艮幾震筵,震為王,艮為門,艮止故未出。
《臨》が《随》に変ずる。林辞は二句のみ:几案筵席の間に安く坐して自らその楽しみを得、まだ王家の大門を出ていない。安く処り深く居り、いまだ遠く行かざる象である。尚秉和の解象:互艮は安を主り、下体の震は楽を主る。艮はまた几案を主り、震は筵席を主る。震は王を主り、艮は門を主る。艮の卦徳は止で、止まれば行かないので「未出」と言う。
蠱。火生月窟,下土恩塞,抵亂我國。巽先天位西南,為月窟,兌為月,艮為火,故曰火生月窟。下互大坎,坎為土、為塞,兌為恩澤、為羊,故曰抵。艮為國,兌毀,故曰抵亂我國。○艮為火、巽為西南、坎為土之確證。
《臨》が《蠱》に変ずる。林辞に言う:火が月窟の中から生じ、下の土地が恩沢を塞ぎ、抵触して我が邦国を乱した。恩が下に達せず内乱叢生する凶辞である。尚秉和の解象:巽は先天卦位で西南に居り、西南はまさに月窟の在る所。兌は月を主り、艮は火を主り、合わせて「火生月窟」。卦の下に互いに大坎の形を出し、坎は土・壅塞を主り、まさに「下土恩塞」に応じる。兌は恩沢・羊を主り、羊の性は抵触を好むので「抵」と言う。艮は邦国を主り、兌の徳は毁折で、末句「抵乱我国」はここから取る。「○」以下は尚氏の自注:この条は艮が火を主る、巽が西南に居る、坎が土を主るという三項の取象の確証とすることができる。
觀。長生無極,子孫千億。柏柱載梁,堅國不傾。巽為長,伏震為生、為子,艮為孫,坤為千億,巽為柏、為樑柱,艮為堅固,巽為傾。○梁,從汲古,元本作青,非。
《臨》が《観》に変ずる。林辞に言う:長生に窮尽なく、子孫は千億に多し。柏木の柱が大梁を承托し、邦国は堅固にして傾覆しない。寿考・多男・国祚永固の全吉の辞である。尚秉和の解象:上体の巽は長を主り、伏する震は生育・子を主り、互艮は孫輩を主り、坤は千億の衆を主り、前の二句の諸象はここから配足する。巽はまた柏木・梁柱を主り、艮は堅固を主り、合わせて「柏柱載梁、堅国不傾」――巽はもと傾覆の象があるが、ここでは艮の堅固の象に制されるので不傾と言う。「○」以下校記:「梁」の字は汲古閣本に従い、元刻本は「青」とするが誤り。
噬嗑。欽敬昊天,厯象星辰。宣授民時,陰陽和調。離為夏,故曰昊天。艮為星辰、為時,坎為眾、為民,離坎為夫婦,故曰陰陽和調。○宣,從宋本,汲古作宜,非。
《臨》が《噬嗑》に変ずる。林辞に言う:蒼天を敬事し、日月星辰の運行を推算する。時令を百姓に頒布し、陰陽はこれによって和順に調う。すべて《尚書・尭典》の暦象日月星辰・敬授民時の意を用い、政修まり時和する吉辞である。尚秉和の解象:上体の離は夏を主り、夏日の天は広大なので「昊天」と称す。互艮は星辰・時令を主る。下体の坎は衆・民を主り、「宣授民時」はここから取る。離と坎は一陽一陰で、まさに夫婦の相配るが如きなので「陰陽和調」と言う。「○」以下校記:「宣」の字は宋刻本に従い、汲古閣本は「宜」とするが誤り。
賁。三河俱合,水怒踴躍。壞我王屋,民困於食。坎為河,震數三,故曰三河。坎為合、為水,震為怒、為踴躍、為王,艮為屋,伏巽為壞。坎為民,兌為食,又:河東、河南、河內亦曰三河。○屋,汲古作室,依宋本。
《臨》が《賁》に変ずる。林辞に言う:三条の大河がいっせいに匯合し、水勢は怒って奔騰跳躍する。我が王家の屋宇を衝き壊し、百姓はこれによって口糧を断たれた。前の《蠱》之《頤》の条の林辞と同じで、同じく水患を主とする。尚秉和の解象:卦中の互坎は河を主り、互震は卦数で三に属し、合わせて「三河」。坎はまた会合・水を主り、震は発怒・踊躍・王を主り、上体の艮は屋宇を主り、伏する巽は毁壊を主り、「壊我王屋」はここから取る。坎はまた民衆を主り、互兌は飲食を主り、末句はここから配足する。尚氏はまた一説を補す:漢代は河東・河南・河内の三郡を合わせて三河と称し、「三河」はこの一帯を指してもよい。「○」以下校記:「屋」の字は汲古閣本は「室」と作り、ここでは宋刻本に依る。
剝。壽如松喬,與日月俱。常安康樂,不離禍憂。艮為壽、為木、為仙,故曰松喬。赤松、王喬,古之仙人。與日月俱,言壽永也。伏兌為月,艮為日。兌為悅,故曰康樂。坤為禍憂,一陽在上故不罹禍憂。○離,同罹,依汲古,宋本作不見,非。
《臨》が《剥》に変ずる。林辞に言う:寿命は赤松子・王子喬のように長久で、日月とともに久遠である。常に安寧康楽を享け、禍患憂愁に遭わない。長寿安泰の全吉の辞である。尚秉和の解象:上体の艮は寿・樹木・仙人を主り、「松喬」は赤松子と王子喬の二古仙を指す。日月とともに在ると言うのは寿命の長さを形容する。伏する兌は月を主り、艮は日を主り、日月の象はここから出る。兌はまた喜悦を主るので「康楽」と言う。坤は禍患憂愁を主るが、《剥》卦は一陽が独り上位に居り、陽存すれば禍に罹らないので不遭禍憂と言う。「○」以下校記:「離」の字は「罹」と通じ、汲古閣本に依る。宋刻本は「不見」とするが誤り。
復。天之所與,福祿常在,不憂危殆。伏乾為天、為福祿,坤為憂、為殆,震樂故不憂。
《臨》が《復》に変ずる。林辞に言う:これは天の賜う所で、福禄は長く在り、危険を憂うるに及ばない。天佑の吉辞である。尚秉和の解象:卦中に伏する乾は天・福禄を主り、前の二句はここから取る。坤は憂愁・危殆を主るが、下体の震の性は歓楽で、楽がその憂に勝るので憂うるに及ばずと言う。
無妄。受讖六符,招搖室虛。雖跌無憂,保我命財。讖,《說文》驗也。《漢書東方朔傳》"願陳泰階六符",《藝文志》泰階六符一卷,李奇注:三臺謂之泰階,兩兩成體,三合故六觀,色以知吉凶,故曰六符。招搖室虛,皆星宿名。乾數六,艮為星,巽為跌,震樂故無憂。巽為命,乾為財,互艮為安,故命與資財可保也。○室,依汲古,宋本訛空,六符,三臺星名。三臺共六星,故曰六符。雖跌無憂者,艮為星,艮覆為震,故無憂。又末二字汲古作命則,宋元本作全財,茲命字依汲古,財依宋元本。
《臨》が《无妄》に変ずる。林辞に言う:泰階六符の星象符験を領受し、招揺・室・虚の諸星が当値する。たとえ一跤跌んでも憂うるに及ばず、性命も銭財も保たれる。驚きあって険なき吉辞である。尚秉和の解象:讖は《説文解字》に応験と訓じる。《漢書・東方朔伝》に泰階六符を陳べんと願うの語があり、《芸文志》は《泰階六符》一巻を著録し、李奇の注は三台星を泰階と称し、両両として一組を為し、三組で合わせて六星、その顔色を見て吉凶を知るので「六符」と言うとする。招揺・室・虚はいずれも星宿の名。乾は卦数で六に属し、互艮は星宿を主る。巽は跌仆の象があり、下体の震の性は歓楽なので、跌いても憂なし。巽はまた命を主り、乾は財を主り、互艮は安を主り、性命と資財はこれによって保たれる。「○」以下校記:「室」の字は汲古閣本に依り、宋刻本は「空」と誤る。六符は三台星の名目で、三台は合わせて六の星があるので六符と言う。いわゆる虽跌无忧は、艮が星を主り、艮が倒転すれば即ち震となり、震は楽なので憂なしという由による。末の二字は汲古閣本が「命則」とし、宋刻・元刻本は「全財」とする。ここでは「命」の字は汲古閣本に依り、「財」の字は宋刻・元刻本に依る。
大畜。齎金賈車,失道後時,勞罷為憂。乾為金,艮手為齎,震為車、為後,艮為道、為時,在外故失道後時。伏大坎為勞、為憂。○宋元本多"我心則休"四字,汲古無。
《臨》が《大畜》に変ずる。林辞に言う:銭を齎して車を買いに行ったが、路に迷い時を誤り、奔波疲憊して憂患となった。行商が遂わざる辞である。尚秉和の解象:下体の乾は金銭を主り、上体の艮は手となり、手持ちて行くは即ち「齎」。互震は車・居後を主る。艮は道路・時令を主るが、道と時の卦象はいずれも外卦にあり己身から遠いので迷道誤時と言う。卦中に伏する大坎の形は労苦・憂愁を主り、末句はここから取る。「○」以下校記:宋刻・元刻本はこの条にさらに「我心則休」の四字があり、汲古閣本にはない。
頤。華首山頭,仙道所遊。利以居止,長無咎憂。艮為山、為首,伏兌為華,艮為壽、為仙道、為居止。坤為憂,震樂故無憂。○利以,依宋元本,汲古作利於。咎憂,依汲古,宋元本作憂咎。華、首,皆山名。
《臨》が《頤》に変ずる。林辞に言う:華山と首山の峰頭は、神仙の往来遨游する所である。ここに居留し安く止まるに宜しく、長く灾咎憂患がない。隠居して安を得る吉辞である。尚秉和の解象:上体の艮は山・首を主り、伏する兌は華を主り、合わせて「華首」。艮は兼ねて長寿・仙道・居止を主り、中間の二句はここから取る。坤は憂愁を主るが、下体の震の性は歓楽なので憂なしと言う。「○」以下校記:「利以」は宋刻・元刻本に依り、汲古閣本は「利于」と作る。「咎憂」は汲古閣本に依り、宋刻・元刻本は「憂咎」と作る。華・首はいずれも山の名。
大過。采唐沬鄉,要期桑中。失信不會,憂思約帶。詳《師》之《噬嗑》。《詩》"我心蘊結",又曰"心如結兮",即約帶之義。楊慎謂即衣帶日以緩之意,非。
《臨》が《大過》に変ずる。林辞に言う:沬郷に行って女蘿を采り、桑中で相会うことを約した。相手は信を失して約に赴かず、憂思は鬱結して帯のように心に束わる。依然として《詩経・鄘風・桑中》の期して遇わざる意を取る。尚秉和は取象の解説は詳しく《師》之《噬嗑》の条に見えると言い、かつ「約帯」の意を申明する:《詩》に「我心蘊結」があり、また「心如結兮」の説があるが、まさにこの一層の意である。楊慎が衣帯が日に寛むと解するのは誤りである。
坎。人面鬼口,長舌為斧。斲破瑚璉,殷商絕後。詳《否》之《謙》。○人面,依汲古,宋元本作八面,非。鬼,各本皆作九,依《否》之《謙》校改,實鬼與九皆通用,紂臣鬼侯亦作九侯是其證。
《臨》が《坎》に変ずる。林辞に言う:人の面を生じ鬼の口を持ち、長い舌は一把の斧のよう。宗廟の瑚璉の器を砍り破り、殷商はこれによって後嗣を絶った。讒舌が斧の如きの喩えを以て亡国を写し、極凶の辞である。尚秉和は取象の解説は詳しく《否》之《謙》の条に見えると言う。「○」以下校記:「人面」は汲古閣本に依り、宋刻・元刻本は「八面」とするが誤り。「鬼」の字は諸本とも「九」とするが、ここでは《否》之《謙》の条を参照して校改した。実は「鬼」と「九」は古来通用し、商紂の臣の鬼侯も九侯と作るのが明証である。
離。臨溪橋疚,雖恐不危,樂以笑歌。兌為溪,伏艮為橋,伏坎為恐、為危,震為樂、為笑歌。○橋疚,宋元本作蟠枝,汲古作橋疚。疚,疑為仄,故雖恐不危。蟠當為播,播,種也。播枝,言種樹也。
《臨》が《離》に変ずる。林辞に言う:渓辺の狭い橋に至って、恐れるが危険はなく、かえって歓笑し歌う。虚驚一場の吉辞である。尚秉和の解象:上体の兌は渓流を主り、伏する艮は橋梁を主り、伏する坎は恐懼・危険を主り、互震は歓楽・笑歌を主る。「○」以下校記:「橋疚」の二字は宋刻・元刻本が「蟠枝」とし、汲古閣本は「橋疚」と作る。尚氏は「疚」は「仄」の字の誤りではないかと疑う。橋面が狭仄なので人を恐れさせるが実は険なし。もし宋刻・元刻本に依れば「蟠」は「播」に当たるべきで、播は即ち播種で、播枝は樹を植えると言うのである。
咸。洋洋沸溢,水泉為害,使我無賴。互大坎故曰洋溢、曰水泉為害,兌毀為害。伏坤為我。
《臨》が《咸》に変ずる。林辞に言う:水勢は浩蕩として翻沸し漫溢し、泉水が禍害となり、我に依る所なからしめた。水患が人を困らせる辞である。尚秉和の解象:卦中に互いに大坎の形を出し、坎は水を主るので「洋洋沸溢」と「水泉為害」と言う。上体の兌の卦徳は毁折で、折は即ち害である。伏する坤は我を主り、末句はここから取る。
恆。蝗螟為賊,害我稼穡。秋飢於年,農夫鮮食。巽為蝗蟲、為稼穡,巽為賊、為害,兌毀亦為害。兌為秋,乾為年,伏坤為飢。震為農夫,兌為食,兌毀巽落故鮮食。○害我、秋飢,依汲古,宋本作傷害、作愁飢。
《臨》が《恒》に変ずる。林辞に言う:蝗虫と螟虫が害虫となり、我が庄稼を毀傷した。秋に飢饉が起こり、農夫は飯を食むこと少なし。虫災歉収の凶辞である。尚秉和の解象:下体の巽は蝗虫・稼穡を主り、巽は兼ねて賊害の義がある。互兌の卦徳は毁折で、折もまた害である。兌はまた秋を主り、乾は年歳を主り、伏する坤は飢饉を主り、合わせて「秋飢于年」。上体の震は農夫を主り、兌は飲食を主るが、兌毁れ巽落ちて収成が継がないので「鮮食」と言う。「○」以下校記:「害我」と「秋飢」は汲古閣本に依り、宋刻本はそれぞれ「傷害」と「愁飢」と作る。
遯。八百諸侯,不期同時。慕西文德,興我宗族,家門雍睦。巽為辛,數八,艮後天數亦八,乾為百,伏震為諸侯,故曰八百諸侯。艮為時,伏兌為西,坤為文、為門、為族,乾為宗,艮為家。○雍睦,依汲古,宋本作雍雍。八,汲古訛六,族訛旅,依宋元本。《史記》:"武王觀兵孟津,諸侯不期而會者八百"。
《臨》が《遯》に変ずる。林辞に言う:八百の諸侯は約束なしに同時に会集した。西方の周室の文徳を仰慕し、我が宗族を振興し、一家門内は和睦融洽した。武王が孟津で兵を観た故事を用い、衆心の帰附・家族の興旺を主とする。尚秉和の解象:巽は納甲で辛に配り、辛は数の中で八。艮は後天卦数でも八。乾は百を主り、伏する震は諸侯を主り、合わせて「八百諸侯」。艮は時令を主り、伏する兌は西方を主り、坤は文采・門戸・宗族を主り、乾は宗廟を主り、艮は家宅を主り、後の三句の諸象はここから配足する。「○」以下校記:「雍睦」は汲古閣本に依り、宋刻本は「雍雍」と作る。「八」の字は汲古閣本が「六」と誤り、「族」の字は「旅」と誤り、いずれも宋刻・元刻本に依る。《史記》は周武王が孟津で兵を閲した時、約せずして来会した諸侯が八百家あったと記す。
大壯。長男少女,相向笑語。來歡致福,和悅樂喜。震為長男,兌為少女,震為笑語、為歡、為和樂、為喜。乾為福。
《臨》が《大壮》に変ずる。林辞に言う:長男と少女が面を向かい合わせて談笑し、歓楽は随って来り福气は随って至り、一団和悦の喜気である。男女相得・家室和楽の吉辞である。尚秉和の解象:上体の震は《説卦》で長男、互兌は少女で、両者相向かえば笑語の象となる。震はまた歓・和楽・喜慶を主る。下体の乾は福を主り、末句はここから取る。
晉。平國不君,夏氏作亂。烏號竊發,靈公殞命。坤為國,坎為平,震為君,震覆故不君。平國,陳靈公名。離為夏、為亂,夏氏,徵舒也。離為烏,坎為弓、為竊。烏號,弓名。坤為殞,言徵舒恥靈公與其母夏姬亂,射殺靈公也。事在《左傳宣十年》。
《臨》が《晋》に変ずる。林辞に言う:平国と名のる陳霊公は行いが国君に似ず、夏氏が起こって乱を為した。烏号の良弓が暗に射出し、霊公は命を喪った。《左伝》宣公十年の夏征舒が陳霊公を弑した史事を用い、君その道を失って弑せられる凶辞である。尚秉和の解象:下体の坤は邦国を主り、互坎は平を主り、「平国」はまさに陳霊公の名。互震は君を主るが、震体は倒転して覆象となるので「不君」と言う。上体の離は夏・禍乱を主り、夏氏は即ち夏征舒。離はまた烏を主り、坎は弓・暗中の発動を主り、「烏号」はもと良弓の名。坤は隕歿を主る。全句は夏征舒が霊公と自己の母・夏姫の淫乱を恥じて、それによって霊公を射殺したと言うのである。
明夷。春多膏澤,夏潤優渥。稼穡成熟,畝獲百斛。震為春,坎為膏澤,離為夏,坎為潤渥。震為稼穡,離火故曰熟。坤為畝、為百,震為斛。○成熟,依汲古,元本作熟成。
《臨》が《明夷》に変ずる。林辞に言う:春に雨水は豊沛、夏に滋潤は優厚。庄稼は成熟し、一畝に百斛を収む。風調雨順・大いに豊収の吉辞である。尚秉和の解象:卦中の互震は春を主り、互坎は膏雨・恩沢を主る。下体の離は夏を主り、坎はまた潤沢・豊渥を主り、前の二句はここから取る。震は兼ねて稼穡を主り、離は火に属し、穀は火気を得て熟す。上体の坤は田畝・百を主り、震は斛を主り、末句はここから配足する。「○」以下校記:「成熟」は汲古閣本に依り、元刻本は「熟成」と作る。
家人。客宿臥寒,席蓐不安。行危為害,留止得歡。此用《臨》象。震為客,坤為宿,伏乾為寒,巽為伏,故曰臥寒。巽為蓐、為進退,故不安。○行危為害,留止得歡。汲古作"行為危害,留不得歡",依宋元本。《左傳》不行之謂臨,故三四句云云。
《臨》が《家人》に変ずる。林辞に言う:外に客居して夜を過ごし、寝所は寒く、席褥は安からず。出行すれば危険で害を受け、留まって動かなければかえって歓を得る。守るべきで動くべからざる辞である。尚秉和はこの条は本卦《臨》の象を用いると言う:震は客を主り、坤は止宿を主り、伏する乾は寒を主り、巽は潜伏を主り、合わせて「卧寒」。巽はまた草褥を主り、兼ねて進退不定の象があるので「不安」と言う。「○」以下校記:「行危為害、留止得歓」の二句は、汲古閣本は「行為危害、留不得歓」と作り、ここでは宋刻・元刻本に依る。《左伝》に行かないを以て「臨」の字を解する説があるので、第三・第四の二句はこのように立言した。
睽。乘桴浮海,雖懼不殆。母載其子,終焉何咎。此用《臨》象。臨震為桴、為乘,坤水兌澤,故曰海。坤為懼、為母,震為子,故母載其子。伏艮為終。○桴,依宋本,汲古作槎。浮,依宋本,汲古作於。桴,編竹木代舟也,大曰筏,小曰桴。《論語》乘桴浮於海。
《臨》が《睽》に変ずる。林辞に言う:小さな木筏に坐って海上に漂い、恐れるが危険はない。母が子を載せ、終わりに至って何の過があらん。驚きあって険なく・母子俱全の吉辞である。尚秉和はこの条は本卦《臨》の象を用いると言う:《臨》の下体の震は木筏・乘坐を主り、坤は水と訓じ得、兌は大沢を主り、合わせて即ち「海」。坤はまた恐懼・母親を主り、震は子を主るので母が子を載せると言う。伏する艮は終結を主り、末句はここから取る。「○」以下校記:「桴」の字は宋刻本に依り、汲古閣本は「槎」と作る。「浮」の字は宋刻本に依り、汲古閣本は「于」と作る。桴は竹木を編んで船に代えるもので、大きいのを筏、小さいのを桴と言う。《論語・公冶長》に孔子が桴に乘って海に浮かばんと欲したとの語がある。
蹇。手拙不便,不能伐檀。車無軸轅,行者苦難。艮為手,坎陷故不便。艮為伐、為檀。檀,堅木也。艮止故不能。坎為車,多眚,故無軸轅。震為行,震反為艮,故難行。《詩》"檀車煌煌",古嘗以檀造車,今不能伐檀,故無軸轅。
《臨》が《蹇》に変ずる。林辞に言う:手が拙く利便せず、檀木を砍り下ろせない。車に軸なく轅もなく、路を急ぐ人は苦しみ言うに堪えない。器成らず行き得ざる凶辞である。尚秉和の解象:下体の艮は手となり、上体の坎の卦徳は陥険で、陥れば不便。艮はまた砍伐・檀木を主る――檀は堅硬な良木である。艮の卦徳は止なので「不能」と言う。坎は車を主り、坎はまた灾眚多く、車は残り全からず、ゆえに「无軸轅」。互震は行走を主るが、震が反転すれば即ち艮となり、艮止まれば行き難し。《詩経・大雅・大明》に「檀車煌煌」の句があり、古人はもと檀木を以て車を造った。今檀木が砍れなければ、車は自ずから軸轅がない。
解。唐虞相輔,鳥獸率舞。民安無事,國家富有。震為帝,故曰唐虞,為鳥、為舞,坎為眾、為民,《臨》坤為國家、為富有。
《臨》が《解》に変ずる。林辞に言う:唐尭と虞舜が相継いで治道を輔成し、鳥獣までも相率いて起舞した。百姓は安寧にして事なく、国家は富足した。聖王が位に在り天下太平の全吉の辞である。尚秉和の解象:上体の震は帝王を主るので「唐虞」と称す。震はまた鳥・舞蹈を主り、「鳥獣率舞」はここから取る。下体の坎は衆・民を主る。本卦《臨》の坤は国家・富有を主り、末句はここから配足する。
損。秋蛇向穴,不失其節。夫人姜氏,自齊復入。兌為秋,坤為蛇,艮為穴,震為夫、為人,伏巽為姜、為齊、為入。
《臨》が《損》に変ずる。林辞に言う:秋の蛇は洞穴に鑚り帰り、応時の節候を誤らなかった。夫人の姜氏は斉国からまた帰って来た。蛇の応時の蟄蔵を以て人の去って復た返るを比し、離れて復た合するを主とする。尚秉和の解象:下体の兌は秋を主り、坤は蛇を主り、上体の艮は洞穴を主り、合わせて「秋蛇向穴」。互震は夫・人を主り、「夫人」の二字はここから取る。伏する巽は姜姓・斉地・入を主り、末句はここから配足する。
益。病篤難醫,和不能治。命終永訖,下即蒿廬。伏《恆》。坎為病,互大坎,故曰病篤。坎為和,坤死,故曰難醫、曰和不能治、曰命終永訖。巽為命,艮為終,巽為蒿,艮為盧,故曰蒿盧。蒿盧,即蒿里。《左傳》:"晉景公疾,秦伯使醫緩為之,緩曰:是在肓之上、膏之下,攻之不可,達之不及,無能為也,既而公果卒"。 ○永訖,依汲古,元本作斯訖。
《臨》が《益》に変ずる。林辞に言う:病勢は沈重で医し難く、名医も治せない。性命は終わり永く絶え、蒿里の墳廬に下った。死亡の凶辞である。尚秉和の解象:《益》の六爻が尽く変じれば即ち《恒》となり、それがその伏卦である。坎は疾病を主り、卦中にまた互いに大坎の形を出し、病の上に病を加えるので「病篤」と言う。坎は兼ねて和を主り、林辞の「和」はまさに古代の名医・医和の名。坤は死亡を主るので医し難しと言い、和も治せずと言い、命終わり永く絶つと言う。巽は命を主り、艮は終結を主る。巽はまた蒿草を主り、艮は廬舍を主り、合わせて「蒿廬」――蒿廬は即ち蒿里で、古人は人死ねば魂は蒿里に帰るとした。《左伝》成公十年に晋景公が病し、秦伯が医緩を遣わして診せしめ、医緩は病は肓の上・膏の下にあり、灸で攻められず鍼で達せず、力を為す術なしと言い、間もなく景公は果たして去世したと記す。「○」以下校記:「永訖」は汲古閣本に依り、元刻本は「斯訖」と作る。
夬。青蛉如云,城邑閉門。國君衛守,民困於患。青蛉,即蜻蛉。《漢志》"越巂有青蛉縣",《水經注》引作蜻蛉,《埤雅》蜻蜓一名蜻蛉,《呂氏春秋》"海上有人好蜻蛉,每至海上,蜻蛉從遊者數萬"。《夬》通《剝》。坤為雲、為城邑、為閉、為國、為民、為患,艮為守,蜻蛉大首薄翼。艮一陽在上,疑即《剝》艮象也。○閉,依元本,汲古本、宋本作關。
《臨》が《夬》に変ずる。林辞に言う:蜻蛉は雲のように多く、城邑は城門を関する。国君が兵を派して守衛し、百姓は禍患に困む。異象が灾を成す凶辞である。尚秉和の解象:青蛉は即ち蜻蛉である。《漢書・地理志》は越嶲郡に青蛉県あるを載せ、《水経注》は蜻蛉と引き、《埤雅》は蜻蜒はまた蜻蛉と名づくと言い、《呂氏春秋》は海上に蜻蛉を愛する人あり、海辺に至るたびに、彼に随って飛ぶ蜻蛉が数万あったと記す。《夬》と《剥》の二卦は旁通し、《剥》の中の坤は雲・城邑・閉合・邦国・民衆・禍患を主り、艮は守衛を主る。蜻蛉は頭大きく翅薄く、艮は一陽が上に居り下は全て陰爻で、形状はまさに大首薄翼に似る。尚氏は林辞の蜻蛉の象は《剥》の艮から取ったと疑心する。「○」以下校記:「閉」の字は元刻本に依り、汲古閣本と宋刻本は「関」と作る。
姤。牙櫱生達,室堂啟戶。出入利貞,鼓翼起舞。此亦全用《臨》象。震為牙櫱、為生,坤為堂戶,震為出,巽入,故曰出入利貞。震為鼓、為翼、為起舞。○出入,依汲古,宋元本作幽人。貞,依宋元本,汲古訛真。首句各本作牙孽生齒,依《小畜》之《睽》校。
《臨》が《姤》に変ずる。林辞に言う:新芽が萌発して抽長し、室堂は門戸を開放する。出入はみな正道に合して利あり、翅を振り起こして翩然と舞う。生機勃発・内外通暢の吉辞である。尚秉和はこの条も全く本卦《臨》の象を用いると言う:震は嫩芽・生長を主り、坤は堂屋門戸を主り、震は出を主り、巽は入を主り、合わせて「出入利貞」。震はまた鼓・羽翼・起舞を主り、末句はここから取る。「○」以下校記:「出入」は汲古閣本に依り、宋刻・元刻本は「幽人」と作る。「貞」の字は宋刻・元刻本に依り、汲古閣本は「真」と誤る。首句は諸本とも「牙孽生歯」と作り、ここでは《小畜》之《睽》の条を参照して校定した。
萃。鳧游江海,沒行千里。以為死亡,復見空桑,長生樂鄉。艮為鳧,坤為江海、為千里。坤為死亡,巽為桑,坤虛,故曰空桑。伏震為生,兌悅故曰樂鄉。坤為鄉。林意謂鳧沒江海,不見以為死亡矣,後復見於空桑,不惟未死,且甚安樂也。○海沒,依宋元本,汲古作湖役。
《臨》が《萃》に変ずる。林辞に言う:野鴨が江海の中で游泳し、潜行して千里。人はみなそれが死んだと思ったが、後にまた空桑の地に現れ、長く生きて安楽であった。失って復た得・絶処に生に逢う吉辞である。尚秉和の解象:互艮は野鴨を主り、坤は江海・千里を主る。坤は兼ねて死亡を主り、巽は桑樹を主り、坤の中は空虚で、虚と桑と合わさって即ち「空桑」。伏する震は生を主り、上体の兌は喜悦を主り、坤はまた郷里を主り、合わせて「楽郷」。尚氏は併せて林辞の意を申明する:野鴨が江海に潜って蹤影を見せず、人はみな死んだと思ったが、後に空桑で再び現れ、死ななかったばかりか、過ごすこと十分に安適であった。「○」以下校記:「海没」は宋刻・元刻本に依り、汲古閣本は「湖役」と作る。
升。黃帝出遊,駕龍乘馬。東上泰山,南遊齊魯,邦國咸喜。震為黃、為帝、為遊、為龍、為馬、為東,伏艮為山,故東上泰山。震又為南,巽齊兌魯,故南遊齊魯。坤為邦國,震為喜。○馬,依宋本,汲古作鳳,非。
《臨》が《升》に変ずる。林辞に言う:黄帝が出て巡游し、龍に駕し馬に乘る。東は泰山に上り、南は斉魯に游び、各々の邦国はみな歓喜した。巡狩四方・天下同慶の吉辞である。尚秉和の解象:互震は兼ねて黄・帝・遨游・龍・馬・東方の数義を主り、前の三句の所需の象はほとんど全て震から出る。伏する艮は山を主り、震の東方と合わせて「東上泰山」。震はまた南を主り、下体の巽は斉を主り、互兌は魯を主り、合わせて「南游斉魯」。上体の坤は邦国を主り、震は喜慶を主り、末句はここから取る。「○」以下校記:「馬」の字は宋刻本に依り、汲古閣本は「鳳」とするが誤り。
困。履危不止,與鬼相視。驚恐失氣,如騎虎尾。通《賁》。坎為危,在震下,故曰履危。坎為鬼,離為視,離坎連體,故曰相視。震為驚、為騎,艮為虎尾,謂遇鬼驚恐如履虎尾也。
《臨》が《困》に変ずる。林辞に言う:危険の上を行って止まることができず、鬼魅と面を対して相視る。驚いて気も喘げず、虎の尾に騎るが如し。険を履み邪に遇う凶辞である。尚秉和の解象:《困》と《賁》の二卦は旁通する。坎は危険を主り、坎体は震の下方に処り、足がその上を踏むので「履危」と言う。坎はまた鬼を主り、離は観視を主り、《賁》の中で離・坎の両体は相連なるので「相視」と言う。震は驚恐・騎乘を主り、艮は虎尾を主り、全句は鬼に遇い驚きを受け、まさに虎尾を踏むが如しと言うのである。
井。秋南春北,不失消息。涉和履中,時無隱匿。通《噬嗑》。兌秋離南,震春坎北,雁秋南鄉,春北歸,故不失消息。又消息卦起坎離,亦不失也。坎為和、為中,震為涉、為履,艮為時,坎為隱匿,四時畢見,故無隱匿。○隱,汲古作陰,依元本。
《臨》が《井》に変ずる。林辞に言う:秋に南に飛び春に北に返り、節気の消長を誤ることなし。水を渉って行き中に居り正を守り、時令は分明で隠すもの何もなし。時に応じ中を守る吉辞である。尚秉和の解象:《井》と《噬嗑》の二卦は旁通する。兌は秋を主り、離は南を主り、震は春を主り、坎は北を主る。鴻雁は秋に南向し春に北帰し、まさに「秋南春北」に合するので不失消息と言う。また消息盈虚の説は坎・離の二卦に起こり、坎・離すでに備われば差失もない。坎は兼ねて和を主りまた中位に居り、震は渉水・行履を主り、合わせて「渉和履中」。艮は時令を主り、坎は隠匿を主るが、四時の象は卦中に一々顕現し遁蔵する所なし、ゆえに「時无隠匿」と言う。「○」以下校記:「隠」の字は汲古閣本は「陰」と作り、ここでは元刻本に依る。
革。龍門砥柱,通利水道。百川順流,民安其居。通《蒙》。震為龍,艮為門、為柱、為石,故曰龍門砥柱。震為通,巽為利,坎水艮道。《禹貢》:"道河積石,至於龍門,東至砥柱"是也。震為百,坎為川、為流、為民,艮為安、為居,故曰民安其居。
《臨》が《革》に変ずる。林辞に言う:龍門と砥柱を疏通して、水道を暢達便利とする。百川は流れに順って下り、百姓は安く居り業を楽しむ。大禹の治水の故事を用い、水患すでに平ぎ民が安処を得る吉辞である。尚秉和の解象:《革》と《蒙》の二卦は旁通する。震は龍を主り、艮は門・柱・石を主り、合わせて「龍門砥柱」。震はまた通を主り、巽は利を主り、坎は水を主り、艮は道路を主り、「通利水道」はここから取る。《尚書・禹貢》は河を導くは積石より起こり、龍門に至り、再び東して砥柱に至ると言うが、まさにこの事である。震はまた百を主り、坎は川・流・民を主り、艮は安・居を主り、末句はここから配足する。
鼎。千歲廟堂,棟橈傾僵。天厭周德,失其寵光。通《屯》。坤為千歲,艮為廟堂。巽為棟、為隕落,故曰橈、曰傾僵。震為周,艮為天、為光,坎失,故曰失其寵光。○橈,依宋本,汲古本作撓,非。
《臨》が《鼎》に変ずる。林辞に言う:千年伝わった宗廟殿堂は、梁棟は弯折し房屋は傾倒した。天は周朝の徳運を厭棄し、周室はその寵栄光輝を失った。王朝傾覆の凶辞である。尚秉和の解象:《鼎》と《屯》の二卦は旁通する。坤は千歳を主り、互艮は廟堂を主る。下体の巽は棟梁・隕落を主り、落ちれば弯折傾倒するので「橈」と言い「傾僵」と言う。互震は周を主り、艮は天・光を主り、坎は失落を主り、末句「失其寵光」はここから取る。「○」以下校記:「橈」の字は宋刻本に依り、汲古閣本は「撓」とするが誤り。
震。折若蔽目,不見稚叔。三足孤鳥,遠離室家。坎為折,震為若。若木也。離為目,離伏坎隱,故曰蔽目、曰不見稚叔。艮為叔、為少男,故曰稚叔。震為足,數三,艮為烏,坎孤,故曰三足孤烏。艮為室家。
《臨》が《震》に変ずる。林辞に言う:若木を折って目を遮り、幼い叔輩を見ることができない。三隻の脚の孤鳥は、遠く自己の室家を離れた。骨肉隔絶・孤身漂泊の凶辞である。尚秉和の解象:互坎は折断を主り、震は若を主る――若は即ち神話の日辺の若木。離は眼目を主るが、離体は潜伏し坎体は隠蔽するので「蔽目」と言い稚叔が見えないと言う。艮は叔・少男を主り、合わせて「稚叔」。震は足を主り、震は数の中で三に属し、艮は烏鳥を主り、坎は孤単を主り、合わせて三足孤烏――三足烏はもと日中の鳥である。艮はまた室家を主り、末句はここから取る。
艮。望叔山北,陵隔我目。不見所得,使我心惑。艮為望、為叔,互坎為北,故曰山北。坎為隱,離伏,故曰陵隔我目、曰不見所得。坎為心、為憂,故曰心惑。○心,依汲古,元本作憂。
《臨》が《艮》に変ずる。林辞に言う:山の北で叔輩を眺望するが、丘陵が我が視線を遮る。求める所の人を見ることができず、我が心を迷惑せしめた。求めて見えず・心緒寧ならざる辞である。尚秉和の解象:艮は眺望・叔を主る。卦中の互坎は北を主り、艮の山象と合わせて「山北」。坎は隠蔽を主り、離体は潜伏して出ず、視線は阻まれるので、丘陵が我が眼目を隔絶し求める所の得るものを見えないと言う。坎はまた心・憂愁を主り、末句「心惑」はここから取る。「○」以下校記:「心」の字は汲古閣本に依り、元刻本は「憂」と作る。
漸。匏瓠之息,一畝千室。萬國都邑,北門有福。艮為果、為匏瓠。息者,生也,子也。艮為室。《說文》:"室,實也",言匏瓠之實一畝得千也。伏震為千,坎數一,故曰一畝千室。艮為國、為都邑、為門,坎北,故曰北門。○息,依汲古,宋元本作恩,非。千,依宋元本,汲古訛十。
《臨》が《漸》に変ずる。林辞に言う:匏瓜の結ぶ果実は、一畝の地に上千枚を収め得る。万国都邑の中、北門の方向に福あり。収成豊厚・方位吉を得る吉辞である。尚秉和の解象:下体の艮は果実・匏瓠を主る。「息」はここでは生・子と講じ、結ぶ所の実を指す。艮はまた室を主り、《説文解字》は室を実と訓ずるので、一畝の地に匏瓜千枚を得ると言う。伏する震は千を主り、互坎は卦数で一に属し、合わせて「一畝千室」。艮はまた邦国・都邑・門戸を主り、坎は北方に当たり、末句「北門」はここから取る。「○」以下校記:「息」の字は汲古閣本に依り、宋刻・元刻本は「恩」とするが誤り。「千」の字は宋刻・元刻本に依り、汲古閣本は「十」と誤る。
歸妹。域域牧牧,憂禍相伴。隔以巖山,室家分散。通《漸》。坎為憂,離為禍,坎離連體,故曰相伴。艮為山、為室家,艮止,故曰隔。伏巽故曰分散。○以,依宋元本,汲古作我。
《臨》が《帰妹》に変ずる。林辞に言う:眼に満ちるは曠遠荒莽の景象、憂愁と災禍が相伴って来る。険峻の山巒に阻隔され、一家人は四散分離した。阻隔・離散の凶辞である。尚秉和の解象:《帰妹》と《漸》の二卦は旁通する。互坎は憂を主り、互離は禍を主り、坎・離両体は相連なるので「相伴」と言う。艮は山・室家を主り、艮の卦徳は止で、止まれば阻隔するので「隔以岩山」と言う。伏する巽は離散を主り、末句「分散」はここから取る。「○」以下校記:「以」の字は宋刻・元刻本に依り、汲古閣本は「我」と作る。
豐。騏驥騄耳,遊食萍草。逍遙石門,循山上下,不失其所。通《渙》。震為馬,故曰騏驥騄耳。震為食、為草,草在坎水上,故曰萍草。震為逍遙、為食,艮為門、為山,中爻正反震艮,故曰循山上下。○所,依宋本,汲古作子。
《臨》が《豊》に変ずる。林辞に言う:騏驥・騄耳のような良馬が、浮草の間で自在に覓食する。悠然として石門一帯を往来し、山勢に沿って上り下りし、その安身の所を失わない。良才が所を得・自在无拘の吉辞である。尚秉和の解象:《豊》と《渙》の二卦は旁通する。震は馬を主り、騏驥と騄耳はいずれも周穆王の八駿の名目。震はまた食・草を主り、草が坎水の上に浮かぶは即ち「萍草」。震は兼ねて逍遥を主り、艮は門・山を主り、卦の中間の数爻は一正一反の震と艮を含み、上下往復するので「循山上下」と言う。「○」以下校記:「所」の字は宋刻本に依り、汲古閣本は「子」と作る。
旅。天所祚昌,文以為良。篤生武王,姬受其福。艮為天,伏震為祚、為昌。離為文,伏震為生、為武、為王、為姬、為福。
《臨》が《旅》に変ずる。林辞に言う:これは天の賜う福祚の昌盛で、文王は徳を以て善とした。天は篤厚く武王を生み、姫姓はこれによって福を受けた。天命が周に帰する吉辞である。尚秉和の解象:下体の艮は天を主り、伏する震は福祚・昌盛を主り、首句はここから取る。上体の離は文采を主り、まさに文王の号に応じる。伏する震は兼ねて生育・武・王・姫姓・福慶を主り、後の二句の所需の象は全て伏震から出る。
巽。羊腸九榮,相推稍前。止須王孫,乃能上天。詳《蠱》之《剝》。此皆用伏震象,以互艮為天。
《臨》が《巽》に変ずる。林辞に言う:羊腸のような坂道は九曲に盤繞し、人々は互いに推し挽いて少しずつ前に進む。ただ王孫が至るを待って、ようやく天に登ることができる。前の《蠱》之《剥》の林辞と同じで、同じく漢文帝が夢に黄頭郎が彼を推して天に登らせ、醒めて後に鄧通を得た故事を用いる。ただ彼処は「九縈」と作り、此処は「九栄」と作り、字面は小異だが意に別はない。尚秉和は詳しい解説は《蠱》之《剥》の条に見えると言い、ここではただ一句を補す:これらの句はいずれも伏する震の象を取って立説し、互体の艮を以て天に当てる。
兌。貧鬼守門,日破我盆。孤牝不駒,雞不成雛。通《艮》。互坎為鬼,艮為守、為門,震為盆,坎為破。兌為牝,震為駒,震伏,故不駒。巽為雞,艮為雛,艮伏,故不雛。
《臨》が《兌》に変ずる。林辞に言う:窮鬼が門口に守り、日々に我が盆罐を打破る。孤单の母畜は小駒を生むことができず、母鶏も雛を孵すことができない。家貧・不育の凶辞である。尚秉和の解象:《兌》と《艮》の二卦は旁通する。互坎は鬼を主り、艮は守衛・門戸を主り、合わせて「貧鬼守門」。震は盆を主り、坎は破を主り、「日破我盆」はここから取る。兌は雌性を主り、震は馬駒を主るが、震体は潜伏して出ないので駒を生むことができない。巽は鶏を主り、艮は雛を主るが、艮体は潜伏するので雛を孵すことができない。
渙。飽食從容,入門上堂。不失其常,家無咎殃。坎為飲食,震樂故從容。艮為門、為堂,巽為入,艮為家,坎為殃,震解故無。○入門,依汲古,宋元本作出門,非。
《臨》が《渙》に変ずる。林辞に言う:飽き足るほど食べて挙止は従容とし、門に入り堂に登る。その常度を失わず、家中に災禍なし。家道安穏の吉辞である。尚秉和の解象:下体の坎は飲食を主り、互震の性は楽で、楽なれば挙止は舒緩するので「従容」と言う。互艮は門・堂を主り、上体の巽は入を主り、合わせて「入門上堂」。艮はまた家を主り、坎は灾殃を主るが、震は解散の義があり、殃気は解かれるので家中に災禍なしと言う。「○」以下校記:「入門」は汲古閣本に依り、宋刻・元刻本は「出門」とするが誤り。
節。陰淫不止,白馬為海。皋澤之子,就高而處。坎為水,故曰陰淫。震為白、為馬,兌為海。白馬,津名,在大伾山南,言水多,津變為海也。震為子,艮為皋,兌為澤,言皋澤之人,因水多皆就高而處也。○海,依汲古,宋元本作洶。皋澤,依宋元本,汲古作澤皋,非。皋澤,猶山澤也。
《臨》が《節》に変ずる。林辞に言う:陰雨が連綿として止まず、白馬津は竟に一片の汪洋となった。水沢辺の人家は、高い所へ遷居するほかない。水患が人を迫る凶辞である。尚秉和の解象:上体の坎は水を主り、久雨は即ち「陰淫」。互震は白・馬を主り、下体の兌は海を主る。白馬はもと渡口の名で、大伾山の南にあり、それが海となると言うのは水勢の大きさを形容する。震はまた子を主り、互艮は水辺の高地を主り、兌は沼沢を主り、末の二句は水沢一帯に住む人が水の大きさのために高い所に避けると言うのである。「○」以下校記:「海」の字は汲古閣本に依り、宋刻・元刻本は「洶」と作る。「皋沢」は宋刻・元刻本に依り、汲古閣本は「沢皋」とするが誤り。皋沢と山沢は同義である。
中孚。執戈俱立,以備暴急。千人守門,因以益卑,終安何畏。艮為戈、為執,震為立、為暴急、為千人,艮為守、為門,兌為澤、為下,故曰卑。艮為終、為安,震樂故無畏。○守門、因以益卑,依宋元本,汲古作舉龍、作困危得海。
《臨》が《中孚》に変ずる。林辞に言う:衆人は戈戟を手執りともに站定し、突発の禍変を防備する。千人が門戸を把守し、これによって姿態はいよいよ謙下し、終に安穏となり、何をか惧れん。厳重に戒備し・謙を以て安を得る吉辞である。尚秉和の解象:互艮は戈・持執を主り、互震は站立・暴急・千人を主り、前の二句はここから取る。艮は兼ねて守衛・門戸を主り、「千人守門」はここから配足する。下体の兌は沼沢を主り、沢は卑下に居るので「卑」と言う。艮はまた終結・安寧を主り、震の性は歓楽で、楽なれば懼れる所なし、末句はここから取る。「○」以下校記:「守門」と「因以益卑」は宋刻・元刻本に依り、汲古閣本はそれぞれ「挙龍」と「困危得海」と作る。
小過。夾河為婚,水長無船。槌心失望,不見所歡。互大坎故曰夾河、曰水長。震為船,兌毀故無。艮為槌,坎為心,艮為望,坎失故曰失望。震為歡。○水長,依宋元本,汲古作漲。槌心,依釋文,汲古作追,元本作遙,皆非。
《臨》が《小過》に変ずる。林辞に言う:一条の河を隔てて婚事を締結したが、水は漲り船がない。胸を捶いて失望し、心に思う人に見えない。好事が阻まれる凶辞である。尚秉和の解象:卦中に互いに大坎の形を出し、坎は水を主るので「夾河」と「水長」と言う。震は船を主るが、互兌は毁折し、船象は成らず、ゆえに「无船」。艮は捶撃を主り、坎は心を主り、合わせて「槌心」。艮はまた眺望を主り、坎は失落を主るので「失望」と言う。震は歓を主り、末句の「所歓」は心中の思う人を指す。「○」以下校記:「水長」は宋刻・元刻本に依り、汲古閣本は「漲」と作る。「槌心」は《経典釈文》に依り、汲古閣本は「追」とし、元刻本は「遥」とし、いずれも誤り。
既濟。陰陽變化,各得其宜。上下順通,奏為膚功。言陰陽六爻各當位。
《臨》が《既済》に変ずる。林辞に言う:陰陽は往来変化し、各々安く処って宜を得る。上下は順暢に相通じ、大功を奏成した。位に当たり事順う全吉の辞である。尚秉和はただ一句をもって縁由を点明するのみ:《既済》一卦は六爻の陰陽が各々正位に居り、陽爻は陽位・陰爻は陰位に在るので、林辞は各々その宜を得・上下順通と言うのである。
未濟。任劣德薄,失其臣妾。田不見禽,犬無所得。臣妾與犬,皆用《臨》伏象艮。
《臨》が《未済》に変ずる。林辞に言う:才具は低劣・徳行は浅薄で、奴僕婢妾さえ留めておけない。狩猟して禽獣に見えず、猟犬は一所得ることなし。徳なく得なき凶辞である。尚秉和はただ一句の解説を出すのみ:臣妾と犬のこれらの物象は、いずれも本卦《臨》に伏する艮から取る――艮は奴僕婢妾を主り、また犬を主る。伏して顕れないので失うと言い、一所得るなしと言う。
観 第二十
觀。厯山之下,虞舜所處。躬耕至孝,名聞四海。為堯所薦,纘位天子。艮為山、為時,故曰厯山。坤為下,伏震為帝,故曰虞舜、曰堯。艮為躬,巽順為孝。艮為名,坤為海,巽數四,故曰四海。伏震為子,艮為天,故曰天子。○虞舜、孝,依宋元本,汲古作虞唐、作教。纘位,依宋元本,汲古作禪。纘者,繼也。
《観》が自ら変じてもなお《観》となる。林辞に言う:暦山の麓は虞舜の居り耕す所である。彼は身自ら田に下り孝行は至って篤く、名声は四海に遍く伝わった。後に尭に挙荐され、天子の位を承け継いだ。徳行が人を感じ、微より貴ぶの吉辞である。尚秉和の解象:卦中の互艮は山・時令を主り、「暦山」はここから取る。下体の坤は下方を主る。伏する震は帝王を主り、舜と尭の二つの名号はいずれも伏震から来る。艮はまた身躬を主り、上体の巽の卦徳は順で、順は即ち孝、合わせて「躬耕至孝」。艮は兼ねて名声を主り、坤は海を主り、巽は卦数で四に属するので「四海」と言う。伏震はまた子を主り、艮は天を主り、末句「天子」はここから取る。「○」以下校記:「虞舜」と「孝」は宋刻・元刻本に依り、汲古閣本はそれぞれ「虞唐」と「教」と作る。「纉位」は宋刻・元刻本に依り、汲古閣本は「禅」と作る。纉は即ち承継の意である。
乾。蜎飛蠕動,各有所配。歡悅相迎,咸得其處。詳《臨》之《豫》。此用《觀》象。巽蟲,故曰蝟、曰蠕。
《観》が《乾》に変ずる。林辞に言う:飛ぶもの爬るものの種々の小虫が、みな各々その配偶を有する。歓々喜々として彼此相迎え、各々安く処って所を得る。前の《臨》之《豫》の林辞と大同で、同じく万物が各々その生を遂ぐるを主とする。尚秉和は詳しい解説は《臨》之《豫》の条に見えると言い、かつこの条は本卦《観》の象を取ると指摘する:《観》の上体の巽は虫を主るので「蜎」「蠕」の字面があるのである。
坤。繼祀宗邑,追明成康。光照萬國,享世久長。坤為邑、為萬國。《觀》艮為光明、為照、為久。
《観》が《坤》に変ずる。林辞に言う:宗廟の在る都邑で祭祀を接続し、周成王・康王の明徳を追述する。光輝は万国を照耀し、国を享けること長久である。祖業が綿延する吉辞である。尚秉和の解象:坤は城邑・万国を主る。本卦《観》の互艮は光明・照耀・長久を主り、後の二句はここから取る。
屯。秋冬探巢,不得鵲雛。銜指北去,媿我少姬。伏兌為秋,坎為冬。艮為穴、為巢,艮手為探,兌為鵲雛,兌伏故不得。艮為指,坎為北,伏巽為少姬。坤為媿,巽少姬。本《大過》。
《観》が《屯》に変ずる。林辞に言う:秋冬の時節に鳥の巣を探ったが、鵲の雛鳥は掏れなかった。止むなく指を銜えて北に向かって去り、我が年少の姫妾に愧じる。空手で帰り・顔なく人に見えぬ凶辞である。尚秉和の解象:伏する兌は秋を主り、上体の坎は冬を主る。互艮は洞穴・鳥巣を主り、艮は手となり、手を伸ばして探り取るは即ち「探」。兌は鵲の雛を主るが、兌体は潜伏して出ないので掏れない。艮はまた手指を主り、坎は北方を主り、合わせて「銜指北去」。伏する巽は少姫を主り、坤は羞愧を主り、末句はここから取る。尚氏は巽を以て少姫に当てる例は《大過》一卦に本づくと言う。
蒙。僮妾獨宿,長女未室,利無所得。艮為僮妾、為獨,坎為宿,艮為室,巽為長女、為利,巽伏故無得。
《観》が《蒙》に変ずる。林辞に言う:僮僕婢妾が独り夜を過ごし、長女はいまだ嫁ぎ家を成さず、利を謀っても一所得ることなし。前の《蠱》之《履》の林辞と同じで、同じく孤寡无成を主とする。尚秉和の解象:上体の艮は僮僕婢妾・孤独を主り、下体の坎は止宿を主り、合わせて「僮妾独宿」。艮は兼ねて房室を主るが、ここでは成室の象が顕れないので「未室」と言う。巽は長女・財利を主るが、巽体は潜伏して出ないので「无所得」。
需。洪波逆流,至人潛處。蓬蒿代柱,大屋顛仆。通《晉》。坎為水,坤水,故曰洪波。洪波,大波也。伏坤為逆,坎為聖,故曰至人。坎為潛,坤為薪,在艮屋下,故曰蓬蒿代柱。艮為屋柱,坤柔故顛仆。○洪,宋元本作鴻,從汲古。波,汲古作魚,依宋元本。至人,宋元本作主人,依汲古。處皆作去,依《同人》之《屯》校。
《観》が《需》に変ずる。林辞に言う:大浪が倒灌して逆流し、道ある人は隠伏して出ない。蓬蒿を以て柱に代え、大屋はこれによって傾倒した。根基が実ならず危亡が目下に在る凶辞である。尚秉和の解象:《需》と《晋》の二卦は旁通する。上体の坎は水を主り、坤もまた水と訓じ得、二水相合すれば即ち「洪波」――洪波は即ち大浪。伏する坤は逆反の象がある。坎はまた聖を主るので「至人」と称す。坎は兼ねて潜蔵を主り、「潜処」はここから取る。坤は柴薪を主り、柴薪が艮の屋象の下に処るが、まさに「蓬蒿代柱」。艮は屋柱を主るが、坤の性は柔弱で重圧を支えられないので「大屋顛仆」。「○」以下校記:「洪」の字は宋刻・元刻本が「鴻」とし、ここでは汲古閣本に従う。「波」の字は汲古閣本が「魚」とし、宋刻・元刻本に依る。「至人」は宋刻・元刻本が「主人」とし、汲古閣本に依る。「処」の字は諸本とも「去」とするが、ここでは《同人》之《屯》の条を参照して校定した。
訟。日闇不明,讒夫在堂。右臂疾痺,君失其光。離為日、為明,坎隱故闇。坎為夫,坎上下兌口相背,故曰讒夫。《觀》艮為堂、為臂,坎為疾。乾為君,離為光,坎隱故失光。○臂、痺,依汲古,宋元本訛闢、訛瘁。
《観》が《訟》に変ずる。林辞に言う:日色は昏暗として明らかでなく、讒を進める人が堂上に立つ。右臂は痺れて使いものにならず、君主はその光輝を失った。讒人が側に在り君徳が損なわれる凶辞である。尚秉和の解象:離は日・光明を主るが、下体の坎は隠蔽を主り、光は掩われるので「日闇不明」。坎は夫を主り、坎の上下の二爻は正反対で、両張の兌口の相背するが如く、口舌相加わるは即ち「讒夫」。本卦《観》の艮は堂・臂膀を主り、坎は疾病を主り、合わせて「右臂疾痺」。上体の乾は君を主り、離は光を主り、坎隠れば光は失われる、末句はここから取る。「○」以下校記:「臂」と「痺」の二字は汲古閣本に依り、宋刻・元刻本はそれぞれ「辟」と「瘁」と誤る。
師。王孫季子,相與孝友。明允篤誠,升擢薦舉,為國乾輔。此用遇卦《觀》象。《觀》艮為孫、為季子,伏震為王,故曰王孫季子。坤順故曰孝友。艮為明允、為篤誠,伏震為薦舉、為乾,坤為國。○輔,依宋本,汲古作柱。
《観》が《師》に変ずる。林辞に言う:王孫と季子は彼此孝順友愛する。人と為り明達・誠信・篤実・忠厚で、これによって提拔挙荐を得て、国家の股肱の臣となった。子弟が賢良で挙げられて位を得る吉辞である。尚秉和はこの条は遇卦、すなわち本卦《観》の象を取ると言う:《観》の中の艮は孫・季子を主り、伏する震は王を主り、合わせて「王孫季子」。坤の徳は柔順で、順は即ち孝友。艮は兼ねて明允・篤誠を主る。伏する震は荐挙を主り、また乾に当たり得、坤は邦国を主り、末の二句はここから配足する。「○」以下校記:「輔」の字は宋刻本に依り、汲古閣本は「柱」と作る。
比。麟趾龍身,日馭三千。南上蒼梧,與福為婚。道里夷易,安全無患。比亦用《觀》象。坤為麟、為身,伏乾為龍,為日、為千,艮納丙,數三,故曰三千。伏震為南、為蒼梧,乾為福,與坤配,故曰與福為婚。艮為道里,坎為平,故曰夷易。艮為安,坎為患,安故無患。○馭,依汲古,宋元本作取,非。
《観》が《比》に変ずる。林辞に言う:麒麟の脚・龍のような身軀で、一日に三千里を奔行する。南は蒼梧に下り、福気と姻縁を結んだ。道路は平坦で行きやすく、一路安全にして禍患なし。遠行して福を得る吉辞である。尚秉和はこの条も本卦《観》の象を用いると言う:坤は麟・身を主り、伏する乾は龍・日・千を主る。艮は納甲で丙に配り、丙は数の中で三、合わせて「三千」。伏する震は南方・蒼梧を主る。乾は福を主り、坤と陰陽相配るので「与福為婚」と言う。艮は兼ねて道路里程を主り、坎は平を主り、合わせて「道里夷易」。艮はまた安を主り、坎は禍患を主り、安なれば患なし。「○」以下校記:「馭」の字は汲古閣本に依り、宋刻・元刻本は「取」とするが誤り。
小畜。三子成駒,破其堅車。輪載空輿,後時失期。伏震為子,數三,故曰三子。震為駒、為車,坎為破。伏艮為堅,故曰破其堅車。坎為輪,艮為時,震為後,故曰後時失期。全用伏象。○破其堅車,依宋元本,汲古作損折轅軸,不協。
《観》が《小畜》に変ずる。林辞に言う:三匹の小馬が成長したが、あの堅固な車を撞き壊した。車輪だけが空の車厢を曳いて残り、時辰を誤り約期を失った。速を欲してかえって遅れる凶辞である。尚秉和の解象:伏する震は子を主り、震は数の中で三に属し、合わせて「三子」。震はまた馬駒・車を主り、坎は破損を主る。伏する艮は堅固を主り、合わせて「破其堅車」。坎は兼ねて車輪を主り、艮は時令を主り、震は居後を主り、末句「後時失期」はここから取る。尚氏はこの条は全て伏象を以て立説すると点明する。「○」以下校記:「破其堅車」は宋刻・元刻本に依り、汲古閣本は「損折轅軸」とし、上下文と協わない。
履。逐禍除患,道德神仙。遏惡萬里,常歡以安。坎為禍患,坎伏故曰逐禍除患。伏艮為道,震為神,艮為仙,坤為萬里、為惡,坤閉故曰遏惡。兌為歡。○禍,汲古作福,依宋元本。
《観》が《履》に変ずる。林辞に言う:災禍を駆逐し禍患を除去し、修めるは道德神仙の業。悪行を万里の外に阻絶し、長く歓楽と安寧を享く。凶を去り吉に就く全吉の辞である。尚秉和の解象:坎は禍患を主るが、坎体は潜伏して出ず禍患は生じないので「逐禍除患」と言う。伏する艮は道を主り、震は神を主り、艮はまた仙を主り、合わせて「道徳神仙」。坤は万里・悪を主り、坤の性は閉塞で、閉れば悪行は施展できないので「遏悪」と言う。下体の兌は歓を主り、末句はここから取る。「○」以下校記:「禍」の字は汲古閣本は「福」とし、ここでは宋刻・元刻本に依る。
泰。黃池之盟,吳晉爭強。勾踐為患,夷國不安。兌為池,震黃,故曰黃池。震為南,故曰吳,為進,故曰晉。震為健,乾亦為健,故曰爭強。震為足,故曰踐。坤為夷、為國,坤喪故不安。○國,依宋元本,汲古作門,非。汲古多二句,為下《復》林詞,宋元本皆無。
《観》が《泰》に変ずる。林辞に言う:黄池の会盟で呉国と晋国が覇主を争った。勾践は虚に乘じて入り心腹の患となり、呉国はついに安寧を得なかった。《左伝》哀公十三年に呉王夫差が黄池で長を争い、越王勾践が虚に乘じて呉を襲った史事を用い、強を争って禍を招くを主とする。尚秉和の解象:互兌は池を主り、互震は黄を主り、合わせて「黄池」。震は南方を主り、南方の国は即ち呉。震はまた前進を主り、進は即ち晋。震の性は剛健で、乾もまた健を主り、両健相遇うので「争強」と言う。震はまた足を主り、まさに勾践の名に応じる。坤は夷・邦国を主り、坤は喪亡を主るので「不安」と言う。「○」以下校記:「国」の字は宋刻・元刻本に依り、汲古閣本は「門」とするが誤り。汲古閣本はこの条にさらに二句が多いが、あれは実は下文《復》の条の林辞で、宋刻・元刻本にはともになかった。
否。青牛白咽,招我于田。厯山之下,可以多耕。歲藏時節,人民安寧。坤為牛,巽為白,伏兌為咽。坤為我、為田,艮為山、為時,故曰厯山,舜耕處也。坤為下,伏震為耕,坤為歲,艮為時,坤為民人、為安寧。○歲藏,依汲古,宋元本作歲露。人民,依宋元本,汲古作人保。歲藏時節者,言秋收冬藏之時也。
《観》が《否》に変ずる。林辞に言う:青牛は白い頸項を生やし、私を呼んで田に往かせる。暦山の麓は、ちょうど多く耕するに好い。収蔵の時節に至れば、百姓は安寧である。農事が宜を得・民生が安定する吉辞である。尚秉和の解象:坤は牛を主り、巽は白を主り、伏する兌は咽喉を主り、合わせて「青牛白咽」。坤はまた我・田地を主る。互艮は山・時令を主り、「暦山」はここから取る――暦山はまさに虞舜の耕作した所。坤は下方を主り、伏する震は耕種を主る。坤は兼ねて年歳を主り、艮は時節を主り、坤はまた民人・安寧を主り、後の二句はここから配足する。「○」以下校記:「歳蔵」は汲古閣本に依り、宋刻・元刻本は「歳露」と作る。「人民」は宋刻・元刻本に依り、汲古閣本は「人保」と作る。いわゆる歳蔵の時節とは、秋に収穫し冬に貯蔵する時のことである。
同人。有頭無目,不見菽粟。消耗為疾,三年不復。乾為頭,離目,目應在頭上,今在下,故曰無目、故不見菽粟。巽為菽粟也。伏坤為消,坎為疾。坤為年,震數三,故曰三年。○不見菽粟,依宋本,汲古作赫赫粟粟,非。
《観》が《同人》に変ずる。林辞に言う:頭はあるのに眼睛がなく、豆も穀も見えない。身体は日に消瘦して病となり、三年も康復できない。盲昧に受困し久しく病んで起きない凶辞である。尚秉和の解象:上体の乾は頭を主り、下体の離は眼目を主る。眼は本来頭に生ずべきなのに、今離体が乾の下にあり、位置が顛倒するので「无目」と言い菽粟が見えないと言う。菽粟の象は巽から出る。伏する坤は消損を主り、坎は疾病を主り、合わせて「消耗為疾」。坤はまた年歳を主り、震は数の中で三に属し、末句「三年」はここから取る。「○」以下校記:「不見菽粟」は宋刻本に依り、汲古閣本は「赫赫粟粟」とするが誤り。
大有。山沒邱浮,陸為水魚。燕雀無巢,民無室廬。通《比》。艮為山邱,在坎水坤水上,故曰山沒邱浮。坤為陸、為水、為魚,兌為燕雀,艮為巢、為室廬,坤為民,坎陷故曰無巢、無室廬也。
《観》が《大有》に変ずる。林辞に言う:山は淹没し丘陵は水に浮かび、陸地は魚を養う水面となった。燕雀には窩がなく、百姓には房舍がない。大水が没頂する凶辞である。尚秉和の解象:《大有》と《比》の二卦は旁通する。艮は山丘を主るが、艮体が坎水と坤水の上に処り、山丘は水に浸かるので「山没邱浮」と言う。坤は兼ねて陸地・水・魚を主り、合わせて「陸為水魚」。兌は燕雀を主り、艮は鳥巣・室廬を主り、坤は民衆を主る。坎の卦徳は陥で、陥れば傾覆するので、巢なく室廬なしと言う。
謙。高岡鳳凰,朝陽梧桐。雍雍喈喈,菶菶萋萋。陳辭不多,以告孔嘉。詩《卷阿》篇:"鳳凰鳴矣,於彼高岡;梧桐生矣,於彼朝陽。菶菶萋萋,雝雝喈喈"。又曰"矢詩不多,維以遂歌"。林全用詩語。艮為高岡,坤文為鳳,震為朝,伏離為日。震為鳴,故曰雍喈,為茂盛,故曰萋菶。震為言,故曰辭、曰告,為孔,故曰孔嘉。○雍雍,與《毛詩》異文,宋元本作噰。
《観》が《謙》に変ずる。林辞に言う:鳳凰は高岡に立ち、梧桐は陽に向く山坡に生える。鳳の鳴声は声々和諧し、桐葉は層々として繁茂する。陳べる言葉は多くないが、句句みな美しい。全て《詩経・大雅・巻阿》の成句を用い、祥瑞が上に在り君臣相得る吉辞である。尚秉和はまず詩を引く:《巻阿》は鳳凰が高岡の上で鳴き、梧桐が朝陽の所に生え、枝葉は菶菶萋萋、鳴声は雝雝喈喈と言う。詩の末はまた陳献の詩は多くないが、ただ以て歌に継ぐのみと言う。林辞はほとんど逐句詩語を照用する。次いで卦象を解す:上体の艮は高岡を主り、坤は文采の象があるので鳳凰を取り得る。互震は早晨を主り、伏する離は日を主り、合わせて「朝陽」。震はまた鳴叫を主るので「雍喈」と言う。震は兼ねて茂盛を主るので「萋菶」と言う。震はまた言語を主るので「辞」と言い「告」と言う。震はまた孔の一義があり、「孔嘉」はここから取る。「○」以下校記:「雍雍」は《毛詩》と用字が異なり、宋刻・元刻本は「噰」と作る。
豫。鰥寡獨宿,憂動胸臆,莫與宿食。艮為鰥,坎為宿,坤為寡,故曰鰥寡獨宿。坎為憂,坤為腹、為胸臆,震口為食。○宿食,汲古作笑食,依宋元本。
《観》が《豫》に変ずる。林辞に言う:鰥夫寡婦は各々孤眠し、憂愁が胸中に翻攪し、彼と同住共食する人なし。孤苦に依る所なき凶辞である。尚秉和の解象:互艮は鰥夫を主り、互坎は止宿を主り、坤は寡婦を主り、合わせて「鰥寡独宿」。坎はまた憂愁を主り、坤は腹・胸臆を主り、「憂動胸臆」はここから取る。下体の震の卦形は一張の口に似て、口は飲食を主り、末句はここから配足する。「○」以下校記:「宿食」は汲古閣本が「笑食」とし、ここでは宋刻・元刻本に依る。
隨。馬蹄躓車,婦惡破家。青蠅汙白,恭子離居。震為馬、為蹄,蹄,音弟,與踶同,蹋也,馬踶故車躓。震為車,二至四震覆,故曰躓車。巽為婦,坤為惡,艮為家,兌毀,故曰破家。巽為蠅,震為青,故曰青蠅。巽為白,震為子,巽順,故曰恭子,謂申生也。艮為居。○馬蹄躓車,依《革》之《解》校,各本皆作"躓馬破車",與下句不對。青蠅,《小雅》篇名,傷讒而作。
《観》が《随》に変ずる。林辞に言う:馬が蹶き立てて車を絆いて翻し、悪婦が家門を敗壊した。青蝿が洁白の物を玷污し、恭順の公子は故居を離れるを迫られた。晋献公が讒言を聴き入れ太子申生が逐われた旧事を用い、讒言が賢を害するを主とする。尚秉和の解象:震は馬・蹄を主る。「蹄」は弟と読み、「踶」と同じで、踢踏の意で、馬が一たび踢てば車は即ち翻る。震はまた車を主り、二爻から四爻までは一個の倒転した震なので「躓車」と言う。巽は婦を主り、坤は悪を主り、互艮は家を主り、兌の徳は毁折で、合わせて「婦悪破家」。巽は兼ねて蝿を主り、震は青を主るので「青蝿」と言う。巽はまた白を主り、震は子を主り、巽の徳は柔順で順は即ち恭、「恭子」が指すはまさに晋太子申生。艮は居処を主り、末句はここから取る。「○」以下校記:「馬蹄躓車」の一句は《革》之《解》の条を参照して校定し、諸本は皆「躓馬破車」とし、下句と対しない。青蝿は《詩経・小雅》の篇名で、讒言に傷るために作られた。
蠱。長女三嫁,進退無羞。逐狐作妖,行者離憂。巽為長女,震為嫁,數三,故曰三嫁。巽為進退,艮為狐,震為逐、為行,互坎為憂、為妖。
《観》が《蠱》に変ずる。林辞に言う:長女は三たび改嫁し、進退の間に毫も羞愧がない。狐狸を追逐して妖異を招き、出行の人は憂患に遭遇する。行止が拠り所を失い動けば即ち禍を招く凶辞である。尚秉和の解象:下体の巽は長女を主り、互震は出嫁を主り、震は数の中で三に属し、合わせて「三嫁」。巽はまた進退不定の象があるので「進退」と言う。上体の艮は狐を主り、震は追逐・行走を主り、互坎は憂愁・妖異を主り、後の二句はここから配足する。
臨。人無足,法緩除。牛出雄,走羊驚。陽不制陰,男失其家。震為人,伏巽下斷,故無足。除,授官也。坤柔故緩,言人有疾不能授官也。坤為牛,震為雄,坤在上,故曰出雄。兌為羊,震為走、為驚,故曰走羊驚,陽少陰多故曰不制。震為男,艮為家,艮伏故失。○前四為三字句,各本皆作"人無定法,緩除才出,地雄走歸",汲古除才出又作行長奸,大都皆作四字句,茲依《既濟》之《屯》校。
《観》が《臨》に変ずる。林辞の前の四句は三字一句である:人は脚を残欠し、除授の官職の手続きは遅緩。牛群の中に雄牛が出て、逃げた羊は驚きを受けた。後の二句に言う:陽気が陰気を制し得ず、男子は自己の家を失った。身残し事滞り・陰盛陽衰の凶辞である。尚秉和の解象:震は人を主り、伏する巽の卦形は下爻が断け、足の象が全からないので「无足」と言う。「除」は官職を授与する意で、坤の性は柔緩なので「緩除」と言う。全句は人が残疾あって官を受けられないことを講す。坤はまた牛を主り、震は雄を主り、坤体は上に在るので「出雄」と言う。互兌は羊を主り、震は奔走・驚懼を主り、合わせて「走羊驚」。この卦は陽爻少なく陰爻多いので陽は陰を制し得ないと言う。震は男を主り、艮は家を主るが、艮体は潜伏して出ないので家を失ったと言う。「○」以下校記:前の四句はもと三字句で、諸本は皆「人无定法、緩除才出、地雄走帰」とし、汲古閣本はまた「除才出」を「行長奸」と写す。大抵諸本は皆四字一句とする。ここでは《既済》之《屯》の条を参照して校定した。
噬嗑。茹芝餌黃,飲食玉英。與神流通,長無憂凶。伏巽為芝,伏兌為茹、為餌,震為黃、為玉、為英,坎為飲食。震為神、為通,坎憂震樂,故無憂。芝,靈芝。黃,黃精,服之延年益壽。
《観》が《噬嗑》に変ずる。林辞に言う:霊芝を嚼食し黄精を服用し、美玉の精華を飲み下す。神明と往来相通じ、長く憂患凶険なし。服食して仙を求め・神に通じて福を致す吉辞である。尚秉和の解象:伏する巽は芝を主り、伏する兌は咀嚼・服食を主る。下体の震は黄・玉・花英を主り、互坎は飲食を主り、前の二句はここから取る。震はまた神・通達を主り、坎は憂を主るが震の性は歓楽で、楽がその憂に勝るので長久に憂なしと言う。尚氏は併せて名物を釈す:芝は即ち霊芝、黄は即ち黄精で、古人は服食すれば延年益夀できるとした。
賁。東行無門,西出華山。道塞畏難,遊子為患。震為東、為行,艮為門,坎隱故無門。艮山,伏兌為西、為華,故曰華山。艮為道,坎為塞、為畏、為患,震為遊子。
《観》が《賁》に変ずる。林辞に言う:東に走って門を見出せず、西に出れば即ち華山である。道路は阻塞し心に畏難を生じ、外に出ている人は憂患となった。進退に路なき凶辞である。尚秉和の解象:下体の震は東・行走を主り、上体の艮は門を主るが、互坎は隠蔽を主り、門象は隠れて見えないので「无門」と言う。艮はまた山を主り、伏する兌は西方・華を主り、合わせて「華山」。艮は兼ねて道路を主り、坎は壅塞・畏懼・禍患を主り、震は出游の子を主り、後の二句はここから配足する。
剝。壽如松喬,與日月俱。常安康樂,不罹禍憂。詳《臨》之《剝》。
《観》が《剥》に変ずる。林辞に言う:寿命は赤松子・王子喬のように長久で、日月とともに久遠である。常に安寧康楽を享け、禍患憂愁に遭わない。前の《臨》之《剥》の林辞と同じで、ただ彼処は「不離」と作り此処は「不罹」と作り、同じく長寿安泰の全吉の辞である。取象の解説は尚秉和が《臨》之《剥》の条に見えると明かにし、ここでは再び出さない。
復。探鷇得螽,所願不喜。道值小人,君子咎蹇。震為鷇,伏巽為螽,坤憂故不喜。坤為小人,震為大塗、為道、為君、為子,坤為咎。○下二句依宋元本,汲古將前《泰》林羼入此處,非。
《観》が《復》に変ずる。林辞に言う:本は哺を待つ雛鳥を掏り取ろうとしたのに、掏れたのは蝗虫で、求める所と得る所とが合わず、自ずから歓ばない。路上で小人に遇い、君子はこれによって灾咎困頓に遭遇した。願いが落空し行運が阻まれる凶辞である。尚秉和の解象:下体の震は鷇を主る――鷇は母の哺食を待つ雛鳥。伏する巽は螽を主り、即ち蝗虫の類。坤は憂を主り、憂なれば喜ばない。坤はまた小人を主る。震は大路・道を主り、兼ねて君・子を主り、「君子」の二字はここから取る。坤はまた灾咎を主り、末句はここから配足する。「○」以下校記:後の二句は宋刻・元刻本に依り、汲古閣本は前の《泰》の条の林辞をここに窜入せしめており、誤りである。
無妄。蠃生子,深目黑丑。雖飾相就,眾人莫取。詳《需》之《恆》。,即蜾字。蠃音騾,《說卦》離為蠃是也。
《観》が《无妄》に変ずる。林辞に言う:蜾蠃が幼い子を生んだが、眼窩は深く陥没し面色は黒く醜い。たとえ装扮を加えて人に湊近しても、衆人に肯んじて要る者なし。貌陋くして棄てられし凶辞である。尚秉和は取象の解説は詳しく《需》之《恒》の条に見えると言い、随いて字を釈す:句首に本は一字あるべく「蠃」と連読するが、底本はここで脱落しており、その字は即ち「蜾」である。「蠃」は騾と読み、《説卦》に離為蠃と言うが、まさにこの物象の来歴である。
大畜。喜怒不時,霜雪為災。稼穡無功,后稷飢寒。震為喜、為威,故為怒。艮為時,三至上正覆震艮,故曰不時。乾為冰、為霜雪,兌毀故災。震為稼穡、為稷,乾為後、為寒。○飢寒,依汲古,元本作飢憂。
《観》が《大畜》に変ずる。林辞に言う:喜怒は常なく時宜に合わず、霜雪が灾害となった。庄稼は粒も収穫なく、農事を司る后稷まで飢え凍える。天時が序を失い農事が全廃する凶辞である。尚秉和の解象:互震は喜を主り、また威厳を主り、威盛んなれば即ち怒。艮は時令を主り、三爻から上爻まで一正一覆の震と艮を含み、顛倒して定まらないので「不時」と言う。上体の乾は氷・霜雪を主り、互兌は毁折し、これによって灾を成す。震は兼ねて稼穡・稷を主り、乾は后・寒を主り、末句「后稷飢寒」はここから取る。「○」以下校記:「飢寒」は汲古閣本に依り、元刻本は「飢憂」と作る。
頤。烏升鵲舉,照臨東海。尨降庭堅,為陶叔後。封圻蓼六,履祿綏厚。詳《需》之《大畜》。
《観》が《頤》に変ずる。林辞に言う:金烏が升り鵲が高く飛び、光輝は東海に照臨する。厚福は庭堅の身に降り、彼は陶叔の後裔となった。蓼・六の一帯に封を受け、厚禄と安寧を享有する。《左伝》文公五年は蓼と六はいずれも皐陶・庭堅の後代だと言い、林辞が用いるはまさにこの段の旧事で、封を受け禄を食み家世が綿長たるを主とする。この条の取象の解説は、尚秉和が《需》之《大畜》の条に見えると明かにし、ここでは再び出さない。
大過。黃離白日,照我四國。元首昭明,民賴其福。伏《頤》為大離,《離六二》曰"黃離元吉",故離為黃、為日、為照,下震為白,故曰白日。坤為國,震卦數四,故曰四國。乾為元首、為福,坤為民。
《観》が《大過》に変ずる。林辞に言う:黄色の離火と皎潔の白日が、我が四方の邦国を照耀する。元首は明察昭著で、百姓はみなその福沢に仰頼する。明君が上に在り天下が恵を受ける吉辞である。尚秉和の解象:《大過》に伏する《頤》卦は上下各々一陽で中に四陰を含み、全体の形は放大した離に似る。《周易・離》六二爻辞は「黄離元吉」と言うので、離は黄・日・照耀を主り得る。伏《頤》の下体の震は白を主り、日と相合すれば即ち「白日」。坤は邦国を主り、震は卦数で四に属し、合わせて「四国」。乾は元首・福を主り、坤は民衆を主り、末の二句はここから配足する。
坎。黍稷醕釀,敬奉山宗。神嗜飲食,甘雨嘉降。獨蒙福力,時災不至。詳《比》之《需》。
《観》が《坎》に変ずる。林辞に言う:黍稷で醸した醇酒を、恭しく山川宗廟の神に献ずる。神明がこの飲食を享け、応時の好い雨を降らせた。独り神霊の福佑を蒙り、当時の灾害は降臨しなかった。神を祭って福を得・独り灾を免れる吉辞である。この条の取象の解説は、尚秉和が《比》之《需》の条に見えると明かにし、ここでは再び出さない。
離。福過我裡,入門笑喜,與吾利市。通《坎》。震為福、為里,艮為門,震為笑喜,巽為利市。○汲古首句多"禍不更生"四字,依宋元本。
《観》が《離》に変ずる。林辞に言う:福気が我が里巷を路過し、門に入って来て一片の歓笑喜慶、さらに我に売買の利益を齎す。福が天より降る吉辞である。尚秉和の解象:《離》と《坎》の二卦は旁通する。震は福・里巷を主り、互艮は門を主り、震は兼ねて笑と喜を主り、互巽は市利を主り、全句の諸象はここから配斉する。「○」以下校記:汲古閣本は首句の前にさらに「禍不更生」の四字が多いが、ここでは宋刻・元刻本に依る。
咸。晝臥里門,悚惕不安。目不得闔,鬼搔我足。艮為里門、為臥,乾為日、為晝、為悚惕,伏大離故目不得闔。闔,閉也。伏坤為鬼,震為足,艮手故曰搔足。○闔,宋元本作閡,依汲古。
《観》が《咸》に変ずる。林辞に言う:白昼に里門の辺に躺うが、心中驚懼して安らかでない。眼が閉じられず、鬼が我が脚を搔いている。鬼祟が侵擾し寝食安からざる凶辞である。尚秉和の解象:下体の艮は里門・躺卧を主る。乾は日・白昼を主り、兼ねて驚懼警惕を主る。卦中に伏する大離の形は眼目を主り、目は張られて閉じられないので「不得闔」と言う――闔は即ち閉である。伏する坤は鬼を主り、互震は足を主り、艮は手となり、手を以て脚を搔く、末句はここから取る。「○」以下校記:「闔」の字は宋刻・元刻本が「閡」とし、ここでは汲古閣本に依る。
恆。春草榮華,長女宜夫。受福多年,世有封祿。震為春、為草、為榮華,巽為長女,震為夫、為福,乾為多、為年、為祿,伏坤為世。長女宜夫者,以震巽為配偶,故能受福也。
《観》が《恒》に変ずる。林辞に言う:春草は花開き繁茂し、長女は良い夫に嫁いだ。福を受けること多年、世世代代に封邑俸禄あり。婚配が宜を得・家門が長く盛える吉辞である。尚秉和の解象:上体の震は春・草・草木の栄茂を主る。下体の巽は長女を主り、震は人倫で夫となり、また福慶を主る。乾は多・年歳・俸禄を主る。伏する坤は世代を主る。いわゆる長女宜夫は、震と巽がもと一対の配偶の卦で配合が宜を得るので、福を受けることができるのである。
遯。雍門內崩,賊賢傷仁。暴亂狂悖,簡公失位。艮為門,伏兌悅故曰雍門。巽為隕、為崩,在內卦故曰內崩。乾為仁賢,陰消陽故曰賊賢傷仁。巽為賊也。遯弒君父,故曰亂悖。震為竹、為簡、為公,震伏故曰失位。《論語》:"陳成子弒簡公",事在《左傳哀十四年》,陳成子既殺闞止,大陸子方亡出雍門",注:雍門,齊城門也。內崩,蓋言內亂。○仁,依汲古,宋元本作人。
《観》が《遯》に変ずる。林辞に言う:雍門の内で崩壊が起こり、賢者を残害し仁人を傷損した。暴乱狂悖の徒が道に当たり、斉簡公は君位を失った。陳成子が斉簡公を弑した史事を用い、弑逆亡国の凶辞である。尚秉和の解象:艮は門を主り、伏する兌は和悦を主り、和悦は即ち「雍」、合わせて「雍門」。下体の巽は隕落・崩壊を主り、巽は内卦に在るので「内崩」と言う。上体の乾は仁徳賢人を主り、この卦は陰気が漸長して陽を消すが、まさに「賊賢傷仁」。巽自体にもまた賊害の義がある。《遯》には陰が陽を逼め退かせ、下が君父を犯す象があるので「乱悖」と言う。震は竹・簡を主り、また公を主るが、震体は潜伏して出ないので「失位」と言う。《論語・憲問》は陳成子が斉簡公を弑したと記し、事は《左伝》哀公十四年に在る。《左伝》は陳成子が闞止を殺した後、大陸子方が雍門から出て逃げたと言い、注は雍門は斉国の城門だと解する。いわゆる内崩は、大概は内乱を指す。「○」以下校記:「仁」の字は汲古閣本に依り、宋刻・元刻本は「人」と作る。
大壯。心志無良,昌披妄行。觸壁抵牆,不見戶房。伏坤為心志,坤惡故無良。震為昌、為行、為觸,伏艮為牆壁、為戶房,坤黑故不見。○心志、昌披,依宋元本,汲古作心壯、作猖獗。
《観》が《大壮》に変ずる。林辞に言う:心志は端正ならず、放纵披猖に胡乱に行事する。東に墙壁を撞き西に垣墙に碰え、門戸房舍さえ見出せない。心が迷い路を失う凶辞である。尚秉和の解象:伏する坤は心志を主り、坤の性は陰悪なので「无良」と言う。下体の震は昌・行走・触撞を主り、伏する艮は墙壁・門戸房舍を主る。坤の色は玄黒で、黒ければ物が見えない、末句はここから取る。「○」以下校記:「心志」と「昌披」は宋刻・元刻本に依り、汲古閣本はそれぞれ「心壮」と「猖獗」と作る。
晉。膠車木馬,不利遠賈。出門為患,安止得全。互坎為膠,坤為車,故曰膠車。坤為馬,坎艮皆為木,故曰木馬。膠車不堅,木馬不動,故不利遠賈。艮為門,坎為患,艮為安止。○木馬,從宋元本,汲古作秣,與下句不接。得全,汲古作不危,依宋元本。
《観》が《晋》に変ずる。林辞に言う:膠で粘り合わせた車・木を刻んで成した馬は、遠く行き商うに宜しくない。門を出れば禍患があり、安く処り動かなければ保つことができる。守るべきで行くべからざる戒辞である。尚秉和の解象:卦中の互坎は膠を主り、坤は車を主り、合わせて「膠車」。坤はまた馬を主り、坎と艮はいずれも木を主り得、合わせて「木馬」。膠粘りの車は牢固ならず、木刻の馬は走らないので、遠く行き貨を販るに利なし。艮は門を主り、坎は禍患を主り、「出門為患」はここから取る。艮はまた安止を主り、末句はここから配足する。「○」以下校記:「木馬」は宋刻・元刻本に従い、汲古閣本は「秣」とし、下句と接がない。「得全」は汲古閣本が「不危」とし、ここでは宋刻・元刻本に依る。
明夷。家在海隅,橈短流深。企立望宋,無木以趨。坤為海,坎為室,故曰家在海隅。坎為橈、為流,坤坎皆為水,故曰流深。震為行,故曰企立。離為望。《說文》:"以木架屋曰宋",故艮為宋,三至五互艮覆,故曰無木以趨。
《観》が《明夷》に変ずる。林辞に言う:家は海角に住み、船の棹は短く水流は深い。脚を蹤起して宋国を遥望するが、渡って往くべき木がない。水に隔てられて行き難く、望んでも至らざる凶辞である。尚秉和の解象:坤は海を主り、坎は室居を主り、合わせて「家在海隅」。坎はまた船棹・水流を主り、坤と坎はいずれも水と訓じ得、二水相重なるので「流深」と言う。互震は行を主り、脚を蹤起して行かんと欲するは即ち「企立」。離は眺望を主る。《説文解字》は木を架して屋を為すを「宋」と言うので、艮は宋に当たり得る。しかし三爻から五爻に互い出した艮は倒転の覆象で、木象が成らず、ゆえに往くべき木料なしと言う。
家人。冬葉枯槁,當風失道。蒙被塵埃,左右勞苦。坎為冬,巽為葉,離為枯槁,巽為風,坎為失,言葉埋道上而失道也。坎為勞。○冬葉,依宋本,汲古作冬桑。失,依汲古,宋元本作於。
《観》が《家人》に変ずる。林辞に言う:冬の樹葉は枯干凋零し、風に迎えられて飘散し道路を遮没する。一層の塵土を蒙り、左右の人は辛苦して堪えない。零落困頓の辞である。尚秉和の解象:互坎は冬を主り、上体の巽は葉を主り、下体の離は枯槁を主る。巽はまた風となり、坎は失落を主り、全句は落葉が路上に堆埋し路はこれによって見えないと言うのである。坎は兼ねて労苦を主り、末句はここから取る。「○」以下校記:「冬葉」は宋刻本に依り、汲古閣本は「冬桑」と作る。「失」の字は汲古閣本に依り、宋刻・元刻本は「于」と作る。
睽。過時不行,妄逐王公。老女無夫,不安其居。通《蹇》。艮為時、為反震,故不行、故妄逐。兌為老女,本《大過》也。艮為兌夫,艮伏故曰無夫。坎險故不安。○無夫,依汲古,宋元本作失度,非。
《観》が《睽》に変ずる。林辞に言う:時機を過ぎてもなお動身せず、胡乱に王公を追随する。年長の女子に丈夫なく、住む所も安からず。時を失い成らず・孤居安からざる凶辞である。尚秉和の解象:《睽》と《蹇》の二卦は旁通する。艮は時令を主り、艮はまた震の反体で、反すれば前しないので「不行」と言い「妄逐」と言う。兌は老女を主り、この取象は《大過》一卦に本づく。艮と兌と相配れば即ち夫婦となるが、ここでは艮体が潜伏して出ないので「无夫」と言う。坎の徳は陥険なので住む所安からず。「○」以下校記:「无夫」は汲古閣本に依り、宋刻・元刻本は「失度」とするが誤り。
蹇。履泥汙足,名困身辱。兩仇相當,自為痛疾。坎為泥、為汙,履足似用半震象。艮為名、為身,坎為困辱、為仇,重坎故曰兩仇、曰痛疾。○自為痛疾,依汲古,宋元本作身為疾病。
《観》が《蹇》に変ずる。林辞に言う:泥に踏み込んで脚を汚し、名声は困われ身は屈辱を受ける。二つの仇家が正面相対し、自ら痛楚疾苦を招いた。自ら困辱に陥る凶辞である。尚秉和の解象:上体の坎は泥・汚濁を主る。「履」「足」の二字は「半象」を取るらしい――いわゆる半象とは一卦がその半のみを現して全体を成さないもので、ここでは震の半形のみを具え、震は足を主るので足の義を取り得る。下体の艮は名声・身を主る。坎は兼ねて困辱・仇敵を主り、この卦は坎象が重出するので「両仇」と言い「痛疾」と言う。「○」以下校記:「自為痛疾」は汲古閣本に依り、宋刻・元刻本は「身為疾病」と作る。
解。精華墮落,形體醜惡。齟齬挫頓,枯槁腐蠧。震為精華,伏巽故墮落。離正反兌口相對,故曰齟齬。巽蟲故腐蠧。離火故枯槁。○形體,依元本,汲古作形容。
《観》が《解》に変ずる。林辞に言う:精華は零落し尽くし、形体は醜陋となった。上下は参差錯頓して屡々挫折を遭い、終に枯干腐朽虫蛀に至った。盛より衰に転じ敗壊して堪えざる凶辞である。尚秉和の解象:上体の震は精華を主り、伏する巽は隕落を主るので「堕落」と言う。離の上下の二爻は正反対で、両張の兌口の相合して斉からざるが如きなので「齟齬」と言う。巽は虫を主り、虫蛀は即ち「腐蠧」。離は火に属し、火に烤れば枯れるので「枯槁」と言う。「○」以下校記:「形体」は元刻本に依り、汲古閣本は「形容」と作る。
損。長生無極,子孫千意。松柏為梁,堅固不傾。詳《臨》之《觀》。
《観》が《損》に変ずる。林辞に言う:長生に窮尽なく、子孫は千億に多し。松柏を以て梁柱を為し、堅固にして傾覆しない。前の《臨》之《観》の林辞と同じで、ただ彼処は「千億」と作り此処は「千意」と作り、柏柱の一句の字面もやや出入りがあるが、同じく寿考多男・家国永固の全吉の辞である。取象の解説は尚秉和が《臨》之《観》の条に見えると明かにし、ここでは再び出さない。
益。去辛就蓼,毒愈酷毒。避穽入坑,憂患日生。《說文》"蓼,辛菜"。巽納辛,震為蓼,坤為毒、為憂患,震為生,《詩》周頌云:"莫予茾蜂,自求辛螫。未堪家多難,予又集於蓼"。 ○毒、穽、坑,依元本,汲古作甚、作井、作坎,又元本多"不思我家"一句。
《観》が《益》に変ずる。林辞に言う:辛味の物を離れたのにまた蓼草に遭い、毒性はかえっていよいよ烈しい。陥穽を避けたのにまた土坑に墮ち、憂患は日に滋長する。一害を避けていよいよ大きな害に遇う凶辞である。尚秉和の解象:《説文解字》は蓼は味の辛い菜だと言う。巽は納甲で辛に配り、震は蓼を主り、坤は毒・憂患を主り、震は生長を主り、全辞の諸象はここから配斉する。引く所の《詩経・周頌・小毖》の意は:それを小さな螫虫と見做すな、自ら招来するはまさに辛辣の刺である。家中は多難でまだ承受し堪えておらず、我はまた蓼草の叢に墮ちた――林辞と同一の機杼である。「○」以下校記:「毒」「穽」「坑」の三字は元刻本に依り、汲古閣本はそれぞれ「甚」「井」「坎」と作る。元刻本はこの条にさらに「不思我家」の一句がある。
夬。行堯欽德,養賢致福。眾英積聚,國無寇賊。《夬》乾為帝王、為德,故曰行堯欽德。乾為賢為福,兌食故曰養賢致福。伏艮為君子,坤為眾、為聚、為國,故曰積眾。巽為寇賊,巽覆故無。
《観》が《夬》に変ずる。林辞に言う:尭のような恭敬の徳政を推行し、賢才を供養して福を招来する。衆多の英才が一所に聚集し、国中に盗寇なし。賢を尚び治を致す吉辞である。尚秉和の解象:《夬》の下体の乾は帝王・徳を主るので「行尭欽徳」と言う。乾は兼ねて賢人と福慶を主り、上体の兌は飲食を主り、食を以て賢を養うは即ち「養賢致福」。伏する艮は君子を主り、坤は衆多・聚集・邦国を主り、「衆英積聚」はここから取る。巽は盗寇を主るが、巽体は倒転して覆象となり、寇象は成らないので国中に寇賊なしと言う。
姤。狗逐兔走,俱入谷口。與虎逢晤,迫不得去。象多未詳,疑用遇卦《觀》象。
《観》が《姤》に変ずる。林辞に言う:狗が兎を追い、ともに山谷の口に鑚り込んだ。ちょうど老虎に碰え、そこに逼められて身を脱することができない。利を逐ってかえって険境に陥る凶辞である。尚秉和はこの条について頗る審愼で、その中の多数の物象の来歴は説き明かせないと言い、ただそれは遇卦、すなわち本卦《観》の象を取ったと疑心するのみである。
萃。望尚阿衡,太宰周公。藩屏湯武,立為侯王。詳《同人》之《訟》。
《観》が《萃》に変ずる。林辞に言う:呂望と阿衡と号する伊尹、太宰と周公。彼らは屏障のように商湯と周武を輔翼し、自身も封を受けて侯となり王となった。賢臣が位を得・ともに王業を成す吉辞である。この条の取象の解説は、尚秉和が《同人》之《訟》の条に見えると明かにし、ここでは再び出さない。
升。清人高子,久屯外野。逍遙不歸,思我慈母。詳《師》之《睽》。
《観》が《升》に変ずる。林辞に言う:清邑の将士と主帥の高克は、長く城外の荒野に駐屯する。表面上は閑散として帰らないが、心の中では慈母を思念している。《詩経・鄭風・清人》が高克の河上への久屯を譏刺した本事を用い、久しく役し帰りを思うを主とする。この条の取象の解説は、尚秉和が《師》之《睽》の条に見えると明かにし、ここでは再び出さない。
困。三蟲作蠱,削跡無與。勝母盜泉,居不安處。巽為蟲。《左傳》"三蟲為蠱"。伏震為跡,艮手艮刀,故曰削跡。巽為母,兌剛,故曰勝母。坎為水、為盜,故曰盜泉。艮為居、為安,艮伏兌折故不安。○蟲,依宋元本,汲古作蟲。《尸子》:"孔子至勝母縣,暮矣而不宿,遇盜泉,渴矣而不飲"。
《観》が《困》に変ずる。林辞に言う:三條の虫が聚まって蠱を成し、行跡は削り去られて相与する人なし。勝母・盗泉のような地に至り、住んでいても安穏でない。孔子が勝母に宿せず盗泉を飲まなかった旧事を用い、名義に碍があり処身安からざるを主とする。尚秉和の解象:巽は虫を主り、《左伝》昭公元年に虫聚まりて蠱を為すの説があり、三虫相合すれば即ち蠱の字となる。伏する震は足迹を主り、艮は手となりまた刀を主り、刀を以て痕迹を削り去るは即ち「削跡」。巽はまた母を主り、兌の性は剛強で、剛は柔に勝るので「勝母」。坎は水・盗を主り、合わせて「盗泉」。艮は居・安を主るが、艮体は潜伏し兌の徳は毁折なので住んで安穏ならず。「○」以下校記:「虫」の字は宋刻・元刻本に依り、汲古閣本は別に一形を作り、両本もと分別があるが、底本は伝写の後ではもはや差異が見えない。《尸子》は孔子が勝母県に至り天色已に晩きも留宿せず、盗泉を過ぎるに口渇しても水を飲まなかったと記す。
井。獹牝龍身,進無所前。三日五夜,得其所歡。通《噬嗑》。震為龍,艮為狗。獹,良犬也。艮犬止震龍上,故曰獹牝龍身。艮為身,艮止故不進。離為日,震數三,故曰三日。坎為夜,納戊數五,故曰五夜。震為歡。○獹,宋元本作驢,今依汲古。牝,宋本、汲古作今,依元本。歡,宋元本作欽,依汲古。
《観》が《井》に変ずる。林辞に言う:韓獹の良犬が龍身に伏し、前に往かんとするも前できない。三日五夜を過ごして、ようやく心中の喜ぶ所を得た。先に滞り後に遂う吉辞である。尚秉和の解象:《井》と《噬嗑》の二卦は旁通する。震は龍を主り、艮は狗を主り、「獹」は即ち良犬の名目。艮の犬象が震の龍象の上に圧するので「獹牝龍身」と言う。艮はまた身を主り、艮の徳は止で、止まれば前進できない。離は日を主り、震は数の中で三に属し、合わせて「三日」。坎は夜を主り、坎は納甲で戊に配り、戊は数の中で五、合わせて「五夜」。震は歓を主り、末句はここから取る。「○」以下校記:「獹」の字は宋刻・元刻本が「驢」とし、今汲古閣本に依る。「牝」の字は宋刻本と汲古閣本が「今」とし、元刻本に依る。「歓」の字は宋刻・元刻本が「欽」とし、汲古閣本に依る。
革。黃裹綠衣,君服不宜。淫湎毀常,失其寵光。《詩衛風》:"綠兮衣兮,綠衣黃裹",《傳》謂衛莊公惑於嬖妾衣上僣也。《革》通《蒙》。震為衣、為黃、為君,《箋》謂綠衣當為素裹,今黃裹逾制,故曰不宜。坎為淫湎、為失,離為光。○《毛傳》謂姬妾衣服逾制,此則謂刺衛君,蓋以黃為正色,反以為裹而不宜也。與毛異。
《観》が《革》に変ずる。林辞に言う:黄色を里とし緑色を面とする、このような衣服は君主が着るに体制に合わない。酒色に沉湎して常度を敗壊し、これによって尊栄の光輝を失った。僭越無度・終に位を失うに致る凶辞である。尚秉和の解象:《詩・衛風》に「緑兮衣兮、緑衣黄裹」の句があり、《毛伝》はこれは衛荘公が寵妾に迷惑されて嬖妾の服飾が僭越するに至ったを譏刺するという。《革》と《蒙》の二卦は旁通する。震は衣・黄を主り、また君を主る。鄭玄の《箋》は緑衣は本来素色の里を配すべきなのに、今黄色を以て里とするは制度を超えたとし、だから「不宜」と言う。坎は沉湎・失落を主り、離は光を主り、末句はここから取る。「○」以下は尚氏の按語:《毛伝》はこれを姬妾の衣服の僭越を言うとするが、尚氏は林辞が譏刺するのは衛君本人だとする――黄はもと正色なのに、かえって里子にするは本末倒置でこそ不宜と言うのであって、取義は《毛伝》と異なる。
鼎。天所顧佑,禍災不到,安吉無懼。互乾為天,離為顧,坤為禍災,坤伏,故不到而安吉也。○到,宋元本作至,無作不,依汲古。
《観》が《鼎》に変ずる。林辞に言う:これは天の顧眷し保佑する所で、災禍は降臨せず、平安吉利にして懼るべきものなし。天佑灾なき吉辞である。尚秉和の解象:卦中の互乾は天を主り、上体の離は顧視を主り、合わせて「天所顧佑」。坤は災禍を主るが、坤体は潜伏して出ず、災禍は門に上がらないので平安吉利。「○」以下校記:「到」の字は宋刻・元刻本が「至」とし、「无」の字は宋刻・元刻本が「不」とし、ここではいずれも汲古閣本に依る。
震。盤紆九回,行道留難。止須於邱,乃睹所歡。艮止故盤紆。震數九為歸,故曰九回。震為行,艮為道,艮止故留難。艮為邱、為須,震為歡,艮為觀,故曰睹。○於,宋元本作子,今依汲古。
《観》が《震》に変ずる。林辞に言う:道路は盤曲回繞して九重、行途に滞碍多し。止まって山丘の上で等候して、ようやく盼ぐ所の人に見えた。曲折の後に終に相見えるを得る吉辞である。尚秉和の解象:艮の卦徳は止で、止まれば道路は盤繞して直ならず。震は数の中で九に属し、「回」に返帰の義あり、合わせて「九回」。震は行走を主り、艮は道路を主り、艮止まれば行きて阻まれるので「留難」と言う。艮はまた丘陵・等待を主り、震は歓を主り、艮は兼ねて観視の象があるので「睹」と言う。「○」以下校記:「于」の字は宋刻・元刻本が「子」とし、今汲古閣本に依る。
艮。暴虐失國,為下所逐。北犇陰胡,主君旄頭。互震為暴虐,坎為失,艮為國,故曰失國。坎為下,震為逐、為犇,坎為北、為陰胡。震為主君、為毛羽,坎為首,故曰旄頭。旄頭,被髮也。《漢官儀》"選羽林為旄頭被髮先驅"是也。樂彥《括地志》"夏桀死,其子葷粥北奔,逐水草而居,號曰匈奴"。林詞全用其事。○胡,元本作月,依汲古。
《観》が《艮》に変ずる。林辞に言う:暴虐によって邦国を失い、下の人に駆逐された。北に逃奔して陰寒の胡地に至り、披髪部族の主君となった。夏桀の子が北に奔り匈奴の祖となった伝説を用い、国を失い遠く遁るを主とする。尚秉和の解象:卦中の互震は暴虐を主り、互坎は失落を主り、艮は邦国を主り、合わせて「暴虐失国」。坎はまた下方を主り、震は駆逐・奔走を主り、坎は北方・陰寒の胡地を主り、中間の二句はここから取る。震は兼ねて君主を主り、また毛羽を主り、坎は頭首を主り、合わせて「旄頭」――旄頭は即ち頭髪を披散する貌で、《漢官儀》は羽林軍を選抜して旄頭に充て、髪を披いて前に道を開かせると言い、まさにこの義を用いる。楽彦《括地志》は夏桀が死んだ後、その子の葷粥は北に逃奔し、水草を逐いて居り、匈奴と号したと言い、林辞は全てこの段の故事を用いる。「○」以下校記:「胡」の字は元刻本が「月」とし、ここでは汲古閣本に依る。
漸。御騂從龍,至霍華東。與禹相逢,送致於邦。騂,赤馬。坎為馬、為赤,故曰御騂。伏震為從、為龍,故曰御騂從龍。艮為山,坎西,故曰霍華。霍華,西方大山也。離為東,伏震為王,故曰禹。艮為邦。○霍、禹,依汲古,宋元本作於、作離。於,汲古作子,依宋元本。
《観》が《漸》に変ずる。林辞に言う:赤色の駿馬に駕して龍に随い、霍山・華山の東に来る。そこで大禹と相遇し、護送されて本邦に帰った。路に貴人に遇い護を得て返る吉辞である。尚秉和の解象:騂は赤色の馬。互坎は馬・赤色を主り、合わせて「御騂」。伏する震は随従・龍を主るので「従龍」と言う。艮は山を主り、坎は方位で西に属し、霍山と華山はいずれも西方の大山、「霍華」はここから取る。離は東方を主る。伏する震は王を主り、禹はまさに王者なので震を以てこれに当てる。艮はまた邦国を主り、末句はここから配足する。「○」以下校記:「霍」と「禹」は汲古閣本に依り、宋刻・元刻本はそれぞれ「于」と「離」と作る。末句の「于」の字は汲古閣本が「子」とし、宋刻・元刻本に依る。
歸妹。銅人鐵距,雨露勞苦。終日卒歲,無有休息。伏艮為銅鐵,震為人、為距,故曰銅人鐵距。坎為雨露、為勞苦,互離為日,伏艮為終,震為歲,故終日卒歲。艮止為休息,艮伏故不息。○鐵,宋元本作,依汲古。
《観》が《帰妹》に変ずる。林辞に言う:銅で鋳た人・鉄で打った爪距が、雨露を冒して辛苦して労作する。朝から晩まで・年頭から年尾まで、一刻の歇息もなし。労役が休まざる凶辞である。尚秉和の解象:伏する艮は銅鉄を主り、上体の震は人・禽爪の距を主り、合わせて「銅人鉄距」。互坎は雨露・労苦を主る。互離は日を主り、伏艮は終結を主り、震は年歳を主り、合わせて「終日卒歳」。艮の卦徳は止で、止は即ち休息、しかし艮体は潜伏して出ないので休息を得ない。「○」以下校記:「鉄」の字は宋刻・元刻本が別に一字を作り、底本はここですでに脱落しており、今汲古閣本に依る。
豐。大人失宜,盈滿復虧。長成之木,盛者復衰。震為大人,巽為虧,震為成長、為木、為盛,巽為隕落、為衰,蓋震巽相往來反覆。故林詞云爾。○長成,宋元本作長冬,依汲古。木,元本作禾,依宋本、汲古。
《観》が《豊》に変ずる。林辞に言う:地位の高い人は挙措が宜を失い、盈満の後は転じて虧損となる。長成した樹木は、興盛が極に至ってまた転じて衰敗に向かう。盛極まれば必ず衰うる戒辞である。尚秉和の解象:下体の震は大人を主り、巽は虧損を主る。震はまた成長・樹木・興盛を主り、巽は隕落・衰敗を主る。震と巽とは一往一来し反復相代し、盈虚消長の道理はその中に在り、林辞はここにてこのように立言した。「○」以下校記:「長成」は宋刻・元刻本が「長冬」とし、ここでは汲古閣本に依る。「木」の字は元刻本が「禾」とし、宋刻本と汲古閣本に依る。
旅。梅李冬實,國多盜賊。亂擾並作,王不能制。詳《屯》之《師》。此以巽為盜賊。
《観》が《旅》に変ずる。林辞に言う:梅樹李樹が冬に結果し、邦国の裡に盗賊が衆多い。禍乱と搔擾がいっせいに作発し、君王は制止することができない。草木が時を失うを以て乱世の兆とし、極凶の辞である。尚秉和は取象の解説は詳しく《屯》之《師》の条に見えると言い、ここではただ一句を補す:ここは巽を以て盗賊に当てる。
巽。澤枯無魚,山童無株。
《観》が《巽》に変ずる。林辞の冒頭の二句に言う:水沢は涸乾して魚なく、山頭は童禿として樹なし。資生の物が断絶する凶象である。この条はちょうど分片の切断に遭い、後ろの林辞と尚秉和の注文は次の分片の冒頭に接するので、ここでは本分片の源文に拠って実収するのみで、補足しない。
長女嫉妬,使身空虛。兌為澤,離枯,巽為魚枯,故無魚。伏艮為山,兌上缺為童。《莊子徐無鬼》"堯聞舜賢,舉之童土之地",注:童,無草木也。巽為株、為長女,伏坎為嫉妬。艮為身,離為空虛。○無株,汲古作難株,從宋元本。
本条は上文を承接し、《観》之《巽》の条の林辞の後半截と注文である。長房の女は心に妒忌を懐き、自家の一身を空空・一无所有ならしめた。尚秉和の解釈:上体の兌はもと沼沢だが、離火に烤炙され、沢水は枯竭する。巽は「逸象」――《易林》の用いる所で《説卦》に載せない卦象――の中で魚となり、水枯れれば魚は亡ぶので「无魚」と言う。「伏象」は本卦の六爻の陰陽を尽く変じ、変じ出たあの卦の象を取るもので、ここでは伏卦に艮があり、艮は山となる。兌卦の上爻は中断し、山頭は缺けて物なく、まさに「童山」の義に合する。《荘子・徐无鬼》は尭が舜の賢能を聞き、彼を「童土之地」に挙拔したと言い、旧注は「童」は草木を生ぜざることと解するので、「山童」が即ち光禿として樹なき山であると証し得る。巽は草木の株となり、また長女となる。伏卦中の坎は猜忌妒害なので「長女嫉妬」がある。艮は人身となり、離の中は空虚なので「使身空虚」と言う。校勘上:「无株」の二字は、汲古閣本は「難株」とし、尚氏は宋刻・元刻本に依って「无株」と定めた。
兌。天門冬虛,既盡為災。膉黯蒼,秦伯受殃。通《艮》。艮居戌亥,故曰天門。坎為冬,陽窮在上故曰既盡。《廣韻》:"膉,肥也,,丑也",膉黯蒼,言戌亥空亡渺冥無有也。兌為西,故曰秦。伏震為伯,坎為殃。○既盡,汲古作晉季,今依宋元本。黯蒼,依宋元本,汲古作默蒼。
《観》之《兌》。天門の在る方位は冬令に至れば空虚にして物なく、陽気はここに至ってすでに窮尽し、ここに灾を成す。混沌晦闇・一片蒼茫として、秦国の国君は禍殃を受けんとす。尚注:《兌》と《艮》は六爻の陰陽が全く相反し、「旁通」の関係なので「通《艮》」と言い、取象は《艮》を借りて見ることができる。艮の方位は戌亥の間にあり、戌亥は即ち天門なので「天門」と称す。坎は冬季を主る。陽爻は窮まって上位に居り、路なく再び進めないので「既尽」と言う。《広韻》は「膉」を肥と訓じ、次の一字を醜陋と訓じ、「膉黯蒼」は戌亥空亡の地の混濁渺茫・一无所有を形容する。兌は西方に居り、西方は秦国の故地なので「秦」と言う。伏卦中の震は長・伯となり、秦君を指す。坎は灾殃を主るので「受殃」。校記:「既尽」は汲古閣本が「晋季」とし、今宋刻・元刻本に依る。「黯蒼」もまた宋元本に依り、汲古閣本は「黙蒼」と作る。
渙。牽衣涉河,水深漬罷。幸賴舟子,濟脫無他。罷,依《訟》之《萃》校,各本皆訛衣。罷,音婆。
《観》之《渙》。衣襟を提起して水を渉って河を渡るが、水は深すぎて人を筋力疲尽させた。幸いに船家の相助があって、終に渡り得て、別に他患なし。尚氏はこの条は校語のみを出す:末の二句の「罷」の字は、《訟》之《萃》のあの条の同文に依って校定したもので、諸本はここで皆「衣」と誤写する。「罷」はここでは「婆」の音に読み、「疲」の借字で、疲匱困頓を指し、罷休と講じてはならない。
節。推車上山,高仰重難。終日至暮,不見阜巔。震為車,艮手為推、為山,故曰推車上山。艮為高仰,坎為暮,伏離為日,艮為重、為阜巔,坎隱伏故不見。○不見,宋本作不惟,元本作唯見,皆非,依汲古本。
《観》之《節》。車を推して山に往くが、坡は険しく車は重く、頭を仰いで一歩一挪す。清早から黒天まで推しても、依然として山頂が望見えない。尚注:震は車となる。艮は手となり、手を以て車を推すは即ち「推」、艮はまた山となるので「推車上山」と言う。艮体は高峻にして上に仰ぐので「高仰」と言う。坎は日暮となる。伏卦中の離は太陽となるので、白昼から日没まで推したと見える。艮はまた沈重・山阜の巔となり、坎は隠伏を主るので「不見阜巔」。校記:「不見」の二字は、宋刻本は「不惟」とし、元刻本は「唯見」とし、いずれも講じ通らず、尚氏は汲古閣本に依って「不見」とする。
中孚。鼎煬其耳,熱不可舉。大路壅塞,旅人心苦。通《小過》。震為鼎,兌為耳,艮火在下,故煬其耳、故熱不可舉。震為大塗,互坎故壅塞。震為旅、為人,坎為心,《鼎九三》云"鼎耳革,其行塞",茲依《睽》之《比》,皆作"大塗壅塞",是以行為道,與常解異。○煬,從局本《睽》之《比》校改,宋元本、汲古本皆作易,非。兌亦形坎,故《易林》往往以兌為耳。
《観》之《中孚》。鼎耳は火に烤られて熱く、熱くて端げることができない。大路はまた堵塞して通じず、門外に出ている人は心裡に苦しみを発す。尚注:《中孚》と《小過》は六爻全く反し、旁通の卦で、取象は兼ねて《小過》を見る。震は鼎となる。兌は耳となる。艮は逸象の中で火となり、火は鼎の下で燃焼し、熱気は上に炙るので「煬其耳」――熱くて挙げられない。震は大道となる(《説卦》は「震為大塗」と称す)が、「互体」――二至四爻・三至五爻の交疊して成る中間の卦を取る――は坎を成し、坎は陥険なので「壅塞」と言う。震はまた行旅・人となる。坎は心となる。《鼎》卦の九三爻辞は「鼎耳革、其行塞」と言い、尚氏は《睽》之《比》の一条に依る。彼処も同じく「大塗壅塞」と作るので、焦延夀は爻辞の「行」の字を道路と理解したと見え、通常の行動と解する講じ方とは異なる。校記:「煬」の字は書局本に依り併せて《睽》之《比》を参照して校改し、宋元本・汲古閣本はともに「易」とするが誤りである。又:兌卦は上爻が断けて中下は皆実で、形態は坎に近く、坎は耳なので、《易林》は常に兌を以て耳とする。
小過。四亂不安,東西為患。退身止足,無出邦域。乃得完全,賴其生福。震卦數四,兌毀,故曰四亂不安。震東兌西,互坎為患,艮為身,在下故曰退身。震足艮止,故曰止足。艮為邦域,震為生、為福,艮止巽伏,故無出邦域。
《観》之《小過》。四方は騒動して安寧を得ず、東辺も西辺もみな禍患である。この時は自身を収斂し歩を停住し、国境を越え出ざるべく、かくの如くしてはじめて保全を得て、安処に頼って福を生ず。尚注:震は卦数の中で四、兌は毁折を主り、合わせて即ち「四乱不安」。震は東に居り兌は西に居り、互体は坎を成し、坎は憂患なので「東西為患」。艮は人身となり、下体に居るは退処の象なので「退身」と言う。震は足となり、艮は止となり、足して能く止まるは即ち「止足」。艮は疆域国境となり、震は生・福となる。艮止まり巽は潜伏を主り、静かに守って出ないので「无出邦域」と言い、まさに保全して福を得る道である。
既濟。班馬遠師,以息勞罷。役夫嘉喜,入戶見妻。坎為馬,重坎故曰班馬。坎為眾,故曰師。坎為勞疲,艮止,故曰以息勞罷。坎為役、為夫,震為喜,艮為戶,離為坎妻。既未濟用半象,易通例也。
《観》之《既済》。群れを成す戦馬は遠くの軍中より撤回し、疲労した人馬に息を歇めさせる。服役の丁夫は満心歓喜し、家門に入ると即ち妻子に見えた。尚注:坎は馬となり、この卦は坎象が重出するので「班馬」と言う、即ち隊を結んで還る馬群。坎は衆となり、衆は即ち軍旅なので「師」と言う。坎は労苦を主り、艮は止息となり、合わせて「以息労罷」――「罷」は疲と読む。坎は徭役・丈夫となり、震は喜慶となり、艮は門戸となる。離は坎と相配り、離は即ち坎の妻なので「入戸見妻」。《既済》《未済》の両卦の取象は多く「半象」を用い、即ち二爻が先に合して半個の三画卦を成し、それに拠って象を取る。これは《易林》の通行の条例である。
未濟。積德不怠,遇主逢時。載喜渭陽,身受榮光。坎為積,震主艮時,故曰遇主逢時。震車為載、為喜,坎水故曰渭。艮為身,離為光榮。多用半象。林意謂姜太公垂釣,遇文王於渭水,後受封也。○喜,依宋元本,汲古作善,為喜之訛。
《観》之《未済》。徳行を積累して毫も懈怠せず、終に明主に遇上し時運に趕着いた。満車の喜気を行かせ渭水の北に至り、一身は栄耀を承受した。尚注:坎は聚積となるので「積」と言う。震は君主となり、艮は時節となり、合わせて「遇主逢時」。震は車となり、車は物を載せ得、また喜慶を主るので「載喜」と言う。坎は水となり、ここでは渭河を指し、水の北は陽と称すので「渭陽」と言う。艮は人身となり、離は光明栄顕となる。本条の取象は多く半象を用いる。林辞の本意は姜太公が渭濱に垂釣して周文王に遇い、後に封を受けて国を建てたを講す。校記:「喜」の字は宋元本に依り、汲古閣本は「善」とし、「喜」の字の訛である。
焦氏易林注 巻六
行唐尚秉和節之注
本巻の注解は直隷行唐の人、尚秉和の手に出る。「節之」は彼の字である。
受業蒲城仵道益、豐潤董維城堃校刊
本巻は尚氏の門下の受業弟子二名によって校対されて付印された:一人は蒲城の人の仵道益、一人は豊潤の人の董堃で、「維城」は彼の字である。
噬嗑 第二十一
噬嗑。麒麟鳳凰,善政得祥。陰陽和調,國無災殃。離為文,下互大離,故曰麒麟鳳凰,卦水火俱備,故曰陰陽和調。艮為國,坎為災,震樂故無災殃。
《噬嗑》之《噬嗑》、即ち本卦が自守して変じない一条である。麒麟と鳳凰が一斉に現れた。これは善政が感応して招来した祥瑞である。陰陽二気が調和して順暢し、国中に災禍がない。尚注:離は文采となる。卦の下半はまた交互して放大した離象を合成し、「大離」と称するので、麒麟鳳凰のような文彩の獣鳥を取って喩とする。《噬嗑》の上体の離は火、中間の互体は坎を成して水となり、水火ともに備わるので「陰陽和調」と言う。艮は邦国、坎は災患、震は歓楽を主り、楽しければ災は消えるので「国无災殃」。
乾。北風相牽,提笑語言。伯歌叔舞,燕樂以喜。詳《否》之《損》。此全用遇卦《噬嗑》象,不及之卦。
《噬嗑》之《乾》。北風が陣々と吹き来り、人々は相邀い相携え、笑い語る声が絶えない。兄は歌い、弟は舞い、宴飲して楽を作し、一面の喜気である。尚注:この条の林辞の取象は詳しく《否》之《損》の一条に見え、参看すべきである。ここに用いる象は全て「遇卦」、すなわち占い得た本卦《噬嗑》に出て、「之卦」――本卦から変じ出たあの卦、ここでは即ち《乾》――には渉らない。
坤。甲戊己庚,隨時運行。不失常節,咸逢出生。各樂其類,達性任情。此亦全用《噬嗑》象。坎納戊,離己震庚,震,東方木,故曰甲戊己庚。艮為時,震為運行、為出生、為樂,蓋《噬嗑》震春離夏坎冬,伏兌為秋,四時俱備,故林云爾。○五六句宋元本倒置,今依汲古。
《噬嗑》之《坤》。甲・戊・己・庚の天干が時序に随って順次運転し、固有の節候に違わず、万物はみな生発の機に趕着いた。各々同類と相処して楽しみ、その本性を遂げその真情を任す。尚注:この条も全て《噬嗑》本卦の象を用いる。納甲の法に按れば、坎は戊に納り、離は己に納り、震は庚に納る。震はまた東方甲乙の木に属するので、「甲戊己庚」の四干を数える。艮は時令、震は運行・生出・歓楽を主る。《噬嗑》一卦の中で、震は春を主り、離は夏を主り、坎は冬を主り、伏卦の中の兌は秋を主り、四時が具わるので、林辞はこのように講したのである。校記:第五・第六の二句は宋元本は前後が顛倒しており、ここでは汲古閣本の次序に依る。
屯。破亡之虛,神祇哀憂。進往無光,留止有慶。坎為破,坤為亡、為虛,虛墟同。震為神,坤為地,故曰神祇。祇,地神也。坎為憂,震為進,坎隱故無光。艮止故有慶。○神祇哀憂,汲古作神所憂衰,依宋元本。
《噬嗑》之《屯》。一面の残破荒廃した故墟に、天神地祇までがこれがため哀傷憂愁する。前に往けば光明なく、止まって動かなければかえって喜慶がある。尚注:坎は破損、坤は喪亡・空虚を主り、「虚」と「墟」とは通じ、合わせて「破亡之虚」。震は天神、坤は大地、天地の神を合わせて「神祇」と称す――「祇」は専ら地神を指す。坎は憂、震は前行、坎は幽暗隠伏を主るので「進往无光」。艮は止で、止まって安を得るので「留止有慶」。校記:「神祇哀憂」の一句は、汲古閣本は「神所憂衰」とし、尚氏は宋元本に依る。
蒙。注斯膏澤,扞衛百毒。防以江南,虺不能螫。坎為膏澤、為注,艮守為扞衛。坤坎皆為毒,故曰百毒。艮為防,坤為江河,震為南,坎為虺、為螫。○扞,汲古作祈,依宋元本。
《噬嗑》之《蒙》。時に及んで潤す膏沢を灌ぎ注ぎ、各種の毒害を抵禦する。江南の一帯に予め防備を設け、毒蛇も人を螫すことができない。尚注:坎は膏雨潤沢、灌注を主るので「注斯膏沢」と言う。艮は守御を主るので「扞衛」と称す。坤と坎は逸象の中でいずれも毒となり得、衆毒が併び挙がれば即ち「百毒」。艮は堤防、坤は江河、震は南方に居り、合わせて「防以江南」。坎は虺、即ち毒蛇で、また螫咬を主る。防備が先に在るので、蛇は人を傷つけることができない。校記:「扞」の字は汲古閣本が「祈」とし、尚氏は宋元本に依って「扞」とする。
需。日月相望,光明盛昌。三聖茂功,仁德大隆。坎月離日,坎西離東,故曰相望。離為光明,坎為聖,離卦數三,故曰三聖,謂文、武、周公也。乾為功、為德、為大、為隆。○隆,汲古訛降,茂作成,依宋元本。
《噬嗑》之《需》。日月が一東一西に遥遥と相望み、光明は極めて盛大である。三位の聖人は功業が茂盛し、仁徳が大いに興隆する。尚注:坎は月、離は日。坎は西方に居り、離は東方に居り、一西一東なので「相望」と言う。離は光明、坎は聖人。離は卦数で三なので「三聖」と称し、周文王・周武王と周公を指す。乾は功業・徳行、また大・隆盛を主る。校記:「隆」の字は汲古閣本が「降」と訛り、「茂」の字は汲古閣本が「成」とし、いずれも宋元本に依って改正した。
訟。大蛇巨魚,戰於國郊。上下隔塞,衛侯廬漕。《左傳莊十四年》"內蛇與外蛇斗於鄭南門",中互巽為蛇、為魚,乾為大,伏坤為郊、為國,故曰國郊。伏震為戰,乾上坎下,伏震為衛。坎為室、為廬,坎水,故曰廬漕。衛,衛侯戴公也。時狄滅衛,故暫居漕。漕,《左傳》作曹,《毛詩》作漕。
《噬嗑》之《訟》。大蛇と巨魚が都城の郊外で相鬥い、上下は阻隔して通ぜず、衛国の国君は漕邑に屋を構えて暫く住むしかない。尚注:《左伝》荘公十四年は鄭国の南門に内蛇と外蛇が相鬥ったと記し、これが「戦于国郊」の出典である。卦中の互体は巽を成し、巽は蛇・魚。乾は大。伏卦中の坤は郊野・邦国なので「国郊」と言う。伏卦中の震は戦。本卦は乾が上に在り坎が下に在り、伏震はまた衛国を代指し得る。坎は居室・廬舍、坎はまた水で、漕邑は水に臨むので「廬漕」と言う。ここの「衛」は衛戴公を指す。当時狄人が衛国を滅ぼし、戴公はやむなく漕邑に暫く寄居した。「漕」の字は《左伝》では「曹」と写し、《毛詩》では「漕」と写す。
師。龍入天關,經厯九山。登高上下,道里險難。日晏不食,絕無甘酸。此用《噬嗑》象。震為龍,艮為天、為關,故曰龍入天關。艮為山,震數九,故曰九山。震為登,艮為高、為上,坎為下,故曰登高上下。艮為道里,坎陷,故曰道里險難。離為日,坎為暮,故曰日晏。震為日、為食,坎憂故不食。巽為臭,巽伏不見,故絕無甘酸。
《噬嗑》之《師》。龍が天門の関口に入り、九重の山嶺を経歴する。一路高く登ってまた下り、道途は険阻で行き難い。日頭は西に偏してなお飯を食うことができず、甘いも酸いもどんな味もない。尚注:この条は《噬嗑》本卦の象を用いる。震は龍、艮は天・関隘を主るので「龍入天関」と言う。艮は山、震は卦数で九なので「九山」と称す。震は登、艮は高・上、坎は下を主り、合わせて「登高上下」。艮は道路里程、坎は陥険なので「道里険難」。離は日、坎は日暮で、日がすでに西に斜めるを「日晏」と言う。震は飲食を主り、坎は憂困を主り、憂なれば食を廃するので「不食」。巽は気味で、巽は伏位に処って顕れないので、甘酸の味まで断絶した。
比。沙漠北塞,絕無水泉。君子征凶,役伕力殫。互艮為小石、為沙、為塞,坎北,故曰北塞。坎為水泉,艮火在下,故無水泉。艮為君子,震為征,震覆故征凶。坤為役,震為夫,震覆故力殫。○絕無,汲古作純無,依宋元本。力殫,宋元本作苦艱,依汲古。
《噬嗑》之《比》。北辺の関塞の外は茫茫たる沙漠で、一滴の水泉さえ見出せない。君子がここで出行すれば凶険あり、服役の丁夫は気力が尽くす。尚注:互体は艮を成し、艮は小石・沙礫・関塞。坎は北方に居るので「北塞」と言う。坎はもと水泉だが、艮火が下で烘烤し、水は焼き乾かされるので「絶无水泉」。艮は君子、震は出征。「覆象」は卦体を全体倒置して象を取るもので、震を倒せば即ち艮となり、前進の勢いが停止に変わるので「征凶」。坤は徭役、震は丁夫、震は一たび覆れば力尽きるので「力殫」と言う。校記:「絶无」は汲古閣本が「純无」とし、宋元本に依る。「力殫」は宋元本が「苦艱」とし、ここでは汲古閣本に依る。
小畜。關折門啟,衿帶解墮。福與善生,憂不為禍。伏坎為關。關,門牡也。兌為折,乾為門,巽為帶、為解墮。乾為福、為善,故曰福與善生。坤為憂、為禍,坤伏故不禍。○生,宋元本作坐,從汲古。折,汲古作柝,從宋元本。
《噬嗑》之《小畜》。門閂が折れて門は自ら啓き、衣襟の束帯は緩んで垂れ堕ちた。福気は善行に伴ってともに生じ、憂いはあっても禍患を釀すに至らない。尚注:伏卦中の坎は門関を主る――「関」とは門を差す門閂である。兌は折断を主り、乾は門、巽は繩帯・松解墜落を主り、合わせて「関折門啓、衿帯解堕」。乾は福・善なので「福與善生」。坤は憂・禍だが、坤は伏位に居って顕れないので、憂いはあっても禍を成さない。校記:「生」の字は宋元本が「坐」とし、ここでは汲古閣本に従う。「折」の字は汲古閣本が「柝」とし、宋元本に従う。
履。狼虎所嗥,患害必遭。不利有為,宜以遁逃。乾為虎狼,兌為嗥,伏坎為患害,巽為利,兌折故不利。巽為伏,故曰遁逃。言遭遇危險,不利於進利退也。
《噬嗑》之《履》。豺狼虎豹が近旁で嗥叫し、禍患は必ず頭上に臨む。この時は挙動するに宜しくなく、最も良いは躲け避くることである。尚注:乾は虎狼、兌は嗥叫。伏卦中の坎は禍患。巽は利、兌は折損を主り、利が折られるので「不利有為」。巽はまた潜伏隠匿なので「遁逃」と言う。全条を帰結すれば、危険に遇った時は進取は益なく、退避してこそ益がある。
泰。金精耀怒,帶劍過午。兩虎相距,弓弩滿野,雖憂無苦。乾為金,震為耀怒。金精,虎也。《河圖帝覽嬉》"月者,金之精虎",西方宿故亦為金精。《噬嗑》離為午,艮為劍、為虎,正反艮,故曰兩虎相距。艮為野,坎為憂、為弓弩。○苦,汲古作咎,依宋元本。
《噬嗑》之《泰》。金気の精は光芒暴烈で、剣を佩びた人が正午の時分に経過する。二匹の老虎が相持して対峙し、遍野は張り詰めた弓弩で、心に憂懼を懐くも苦しみを受けるに至らない。尚注:乾は金、震は光耀奮怒を主る。「金精」は虎を指し、《河図帝覧嬉》は月は金の精でその象は虎だと言い、西方白虎の七宿は金に属するので、虎もまた金精と呼ばれる。《噬嗑》の上体の離は午位に当たる。艮は剣・虎で、卦中の正艮と倒艮とが相対し、両虎が相向かって立つので「両虎相距」と言う。艮は原野、坎は憂懼・弓弩。校記:「苦」の字は汲古閣本が「咎」とし、ここでは宋元本に依る。
否。朽根枯樹,華葉落去。卒逢火焱,相隨偃仆。巽為樹、為隕落,故曰朽根枯樹,華葉落去。艮為火焱,巽隕為偃仆。○華葉落去,依汲古本,宋元本作葉落死去。○艮為火證。
《噬嗑》之《否》。樹根は朽ち爛れ樹身は枯れ死し、花も葉も凋落し尽くした。忽然としてまた一場の大火に遇い、草木は連なって倒伏した。尚注:巽は樹木で、また隕落を主るので「朽根枯樹、華葉落去」と言う。艮は逸象の中で火焰となり、巽はすでに隕落を主れば倒伏の象があるので「相随偃仆」と言う。校記:「華葉落去」の一句は汲古閣本に依り、宋元本は「葉落死去」と作る。又:本条は「艮為火」という逸象の一証拠とし得る。
同人。入暗出明,動作有光。轉運休息,常樂永康。通《師》。坎為暗,震為出,巽為入,離為明、為光,坎隱伏,故轉運休息。震為樂。○入暗出明,從宋元,汲古本作"入和出暗"。永,汲古作允,依宋元本。
《噬嗑》之《同人》。暗き処から入り来て、明るき処へ向かって出て行き、一挙一動がみな光彩を帯びる。周転労作の後に歇息を得て、長く歓楽し、永く安康である。尚注:《同人》は《師》と旁通し、取象は兼ねて《師》を見る。坎は幽暗、震は出、巽は入、離は光明・光彩。坎は隠伏を主り、隠れば事は歇むので「転運休息」と言う。震は歓楽を主る。校記:「入暗出明」は宋元本に従い、汲古閣本は「入和出暗」と作る。「永」の字は汲古閣本が「允」とし、宋元本に依る。
大有。國多忌諱,大人恆畏。結口無患,可以長存。通《比》。坤為國,坎為忌,乾為大人,乾惕,故曰大人恆畏。坎為患,兌為口,坤閉,故曰結口。言當忌諱之時,宜括囊自守,免於患害也。
《噬嗑》之《大有》。国中の忌諱は繁多で、位高き大人さえ時々畏懼を懐く。口を閉じ固めて乱に言わず、はじめて禍患なく、長く保全できる。尚注:《大有》は《比》と旁通する。坤は邦国、坎は忌諱、乾は大人。乾卦の九三に「夕惕若厲」の戒懼の義があるので「大人恒畏」と言う。坎は禍患、兌は口、坤は閉合を主り、口が封じられるので「結口」と言う。これが言うのは:忌諱が叢生する時に処しては、《坤》卦六四の「括囊」のごとく口を閉じて自守すべきで、はじめて禍害を免れ得るのである。
謙。天地渟厚,六合光明。陰陽順序,厥功以成。艮為天、為光明,坤地為厚,坎為合,數六,故曰六合。坤為順,九三陽遇陰通行無阻,故曰順序。震為功,艮為成。○厚、陰陽順序,依宋元本,汲古作亨、作陰序陽順。
《噬嗑》之《謙》。天高く地厚く、水土は澄定して深厚で、四方上下は一片の光明である。陰陽は順次相承けて錯乱せず、功業はこれによって告成する。尚注:艮は天・光明、坤は地・厚重を主るので「天地渟厚」と言う。坎は会合で、その数は六、四方に上下を加えて合わせて「六合」と称す。坤は柔順を主る。九三の一陽が上行し、遇う所は皆陰で通行に阻みなし、だから「陰陽順序」と言う。震は功業、艮は成就。校記:「厚」の字と「陰陽順序」の一句はいずれも宋元本に依り、汲古閣本はそれぞれ「亨」と「陰序陽順」と作る。
豫。裸裎逐狐,為人觀笑。牝雞雄晨,主作亂妖。詳《大有》之《咸》。○雄晨,依宋元本,汲古作鳴晨。
《噬嗑》之《豫》。赤身露体で狐狸を追い、人に囲んで見られて笑われる。母鸡が公鸡に充って暁を報じ、乱事と妖異を生じることを預示する。尚注:本条の取象は詳しく《大有》之《咸》の一条に見え、参看すべきである。校記:「雄晨」の二字は宋元本に依り、汲古閣本は「鳴晨」と作る。
隨。陰昇陽伏,桀失其室,相餧不食。上下卦皆陰在上、陽居下,故曰陰昇陽伏。艮為室,兌剛魯,故曰桀。下卦艮覆,故曰桀失其室。震為食,初至四正反震,故曰相餧,艮止故不食。○首句從宋元本,汲古作陰失陽復,非。
《噬嗑》之《随》。陰気は上昇し陽気は潜伏し、夏桀は自己の宮室を失い、彼此対して食を餧るも誰も食べることができない。尚注:《随》の上下両体はいずれも陰爻が上に在り陽爻が下に在るので「陰升陽伏」と言う。艮は屋室。兌は剛強で粗暴、まさに夏桀の性情に合するので、兌を以て桀とする。下体の艮が倒転すれば、室は随って傾覆するので「桀失其室」と言う。震は飲食を主る。初爻から四爻までの間は正震と倒震とが相対し、両口が相向かうので「相餧」と言う、即ち互いに食を餧る。しかし艮は停止を主るので、終に食しない。校記:首句は宋元本に従い、汲古閣本は「陰失陽復」と作るが誤りである。
蠱。蜎飛蠕動,各有配偶。大小相保,咸得其所。詳《臨》之《豫》。
《噬嗑》之《蠱》。飛ぶもの爬るものの各種の小虫が、みな各々配偶を有した。大大小小が彼此保全し、みな各々その位に安んず。尚注:本条の取象は詳しく《臨》之《豫》の一条に見え、参看すべきである。
臨。鬼守我廬,欲呼伯去。曾孫壽考,司命不許,與生相保。坤為鬼、為我,伏艮為守、為廬,震為呼、為伯,震往,故曰欲呼伯去。伏艮為曾孫、為壽,伏巽為命,震為生,故不許也。言鬼雖呼伯去,無如命本壽考,司命不許其去也。
《噬嗑》之《臨》。鬼が我が屋舍の前を守り、伯を呼んで連れ去ろうとする。しかしこの曽孫はもと長寿の命を有し、寿数を司る司命は肯んじて許さず、彼を仍旧として生かせた。尚注:坤は鬼・我を主り、伏卦中の艮は守・廬舍、震は呼喚・伯を主る。震は前往を主るので「欲呼伯去」と言う。伏艮はまた曽孫・長寿、伏巽は命籍、震は生なので司命は許さない。整条が言うのは:鬼は来て伯を呼んでともに行かせようとするも、彼の命はもとより長寿なるべきで、司命が彼を放って行かせないのである。
觀。禍走患伏,喜為我福。凶惡消亡,菑害不作。伏《大壯》。坤為禍患,震為走,言陽長陰消。震為喜,乾為福,坤為凶惡、為菑害,陰消故曰不作。
《噬嗑》之《観》。災禍は去り、憂患は潜伏し、喜慶は我が福気に変じた。凶悪の事は消亡し、災害は再び興らない。尚注:本条の伏卦は《大壮》である。坤は禍患、震は奔走を主り、言う所は陽気が漸長し陰気が漸消することである。震は喜、乾は福、坤は凶悪・災害。陰気がすでに消退したので「菑害不作」と言う――「菑」とは即ち災である。
賁。智不別揚,張狂妄行。蹈淵僕顛,傷殺伯身。坎水為智,震為張狂、為行、為蹈,坎為淵,震在上,故曰蹈淵,伏巽故僕顛。震為伯,艮為身,伏兌為毀折,故傷殺伯身。○狂、蹈,汲古作誑、作陷,依宋元本。
《噬嗑》之《賁》。心智は高下是非を分辨できず、狂妄放肆に胡乱に行事する。一たび足を踏み入れれば深淵で、跌倒して栽ぎ堕ち、伯という人まで傷害され殺された。尚注:坎は水で、水は智を主るので「智」と言う。震は張狂・行走・踩踏、坎は深淵。震は上に居って下に坎水に臨むので「蹈淵」と言う。伏卦中に巽があり、巽は隕落を主るので「仆顛」と言う。震は伯、艮は人身、伏卦中の兌は毀折を主るので「傷殺伯身」と言う。校記:「狂」「蹈」の二字は、汲古閣本は「誑」「陥」とし、ここでは宋元本に依る。
剝。凶憂災殃,日益明章。禍不可救,三卻夷傷。坤為凶災,艮為明、為日,坤為禍、為死,故曰夷傷、曰不可救。卻者,退也,坤消故退。正互三坤,故曰三卻。《左傳成十七年》:"晉厲公殺卻至、卻錡、卻犨。○明章,依汲古,宋元本作章明。按:明與殃亦韻。救,宋元本作休,依汲古。卻,汲古訛都,依宋元本。
《噬嗑》之《剥》。凶険・憂愁・災殃は日にいよいよ顕著である。禍事はすでに挽救できず、郤氏の三人はみな殺傷に遭った。尚注:坤は凶災、艮は明・日、坤は禍・死亡を主るので「夷傷」と言い「不可救」と言う。「却」とは即ち退で、坤は消退を主るので「却」と称す。卦中の正体と互体で合わせて三つの坤を得るので「三却」と言う。《左伝》成公十七年は晋厲公が郤至・郤錡・郤犨の三人を殺したと記し、まさにこの事である。校記:「明章」は汲古閣本に依り、宋元本は「章明」と作る。尚氏の按語は「明」と「殃」もまた押韻すると言う。「救」の字は宋元本が「休」とし、汲古閣本に依る。「却」の字は汲古閣本が「都」と訛り、宋元本に依る。
復。長尾蜲蛇,畫地為河。深不可涉,絕無以北,悵然嘳息。詳《師》之《咸》。 ○蜲,同蟡。《管子水地篇》:"蟡,一頭而兩身,其形若蛇,其長八尺",然則蜲蛇,二蟲名也,故曰長尾。《師》之《咸》作委蛇。《咸》互巽,巽為蟲,亦宜作蜲,故依此校改。第四句依汲古,宋元本作阻絕以無。噴,汲古作憤,依宋元本。
《噬嗑》之《復》。長い尾の蜲と蛇の二種の怪虫が、地上に一条の河を画き出した。水は深く徒歩で渉ることができず、北への去路は全く断絶し、ただ悵然として嘆息するばかり。尚注:本条の取象は詳しく《師》之《咸》の一条に見える。校記:「蜲」は「蟡」と同じ。《管子・水地篇》は蟡というものは一つの頭に二つの身、形状は蛇に似て長さ八尺だと言う。これに照らせば「蜲蛇」は二種の虫の名で、だから「長尾」と言うのである。《師》之《咸》のあの条は「委蛇」と写す。《咸》卦の互体に巽があり、巽は虫なので、「蜲」と写すべきで、これに拠って校改した。第四句は汲古閣本に依り、宋元本は「阻絶以无」と作る。末句の嘆息を表すあの字は、汲古閣本は「憤」とし、尚氏は宋元本に依る。
無妄。愛我嬰女,牽引不與。冀幸高貴,反得賤下。通《升》。坤為我,兌為嬰女,艮手為牽引。巽為高,乾為貴,坤為賤。《無妄》皆事出意外,非所期望之事,故林辭如此。○愛,汲古訛受。反得賤下,汲古作反曰下賤,均依宋元本。
《噬嗑》之《无妄》。自家の小さい娘を疼愛し、牽き引きして人に許すに忍びない。もとは高門顕貴に攀らんと望んだのに、かえって卑賤の人家に落ちた。尚注:《无妄》は《升》と旁通する。坤は我、兌は少女・嬰女、艮は手で、手を以て牽き拉くは即ち「牽引」。巽は高、乾は貴、坤は卑賤。《无妄》一卦の主る所はみな意外の事・人の指望する所でない事なので、林辞はこのように写したのである。校記:「愛」の字は汲古閣本が「受」と訛る。「反得賤下」は汲古閣本が「反曰下賤」とし、いずれも宋元本に依る。
大畜。鳧游江湖,甘樂其餌。既不近人,雖驚不駭。艮為鳧,兌為江湖,鳧在兌水上,故曰鳧游江湖。震為餌、為甘樂、為人,艮鳧在上,故不近人。震為驚。
《噬嗑》之《大畜》。野鴨が江湖の裡に浮游し、安んじてその食餌を享用する。すでに人に近づかないので、たとい驚動を受けても駭怕するに至らない。尚注:艮は鳧、即ち野鴨。兌は江湖。鳧は兌水の上に浮かぶので「鳧游江湖」と言う。震は餌食・甘美歓楽・人を主る。艮鳧は上体に居り、人より遠いので「不近人」と言う。震はまた驚動を主るので「雖驚」の一句がある。
頤。明滅光息,不能復食。精魄既喪,以夜為室。艮為光明,坤黑,故息滅。震為食,坤死,故不食、故曰喪。震為精,坤為魄、為夜,艮為室。
《噬嗑》之《頤》。光明は熄滅し光亮は止息し、もはや食すること能わず。精気魂魄はみな喪失し、ただ黑夜を以て居室と為すばかり。尚注:艮は光明、坤の色は黒暗で、黒がその明を掩うので「明滅光息」と言う。震は飲食、坤は死亡を主り、死すれば食しないので「不能復食」と言い「既喪」と言う。震は精気、坤は魂魄・黑夜、艮は居室。
大過。奇適無偶,習靜獨處。所願不從,心思勞苦。奇,只也。《禮投壺》"一算為奇",適,往也。奇適無偶,言獨往也。巽為寡,正覆巽相背,又陽陷陰中,故所願不從。伏坤為心、為思,坤萬物致役,故為勞苦。○偶,依元本,宋本汲古作耦。靜,宋元本作靖,依汲古。
《噬嗑》之《大過》。孤身で路に上がり伴侣なく、清静に慣れて独自居処する。心願は成全を得ず、思慮は労苦する。尚注:「奇」は単只の意で、《礼記・投壺》に「一算為奇」と言うが証し得る。「適」は前往である。「奇適无偶」とは即ち独自前行である。巽は寡少。卦中の正巽と倒巽とが背向して相立ち、陽爻はまた衆陰の中に陥るので、心願は遂わない。伏卦中の坤は心・思慮。《説卦》は万物が「致役乎坤」――みな坤のために労に服すと講ずるので、坤は労苦を主る。校記:「偶」の字は元刻本に依り、宋刻本と汲古閣本は「耦」と作る。「静」の字は宋元本が「靖」とし、ここでは汲古閣本に依る。
坎。葛藟蒙棘,華不得實。讒侫亂政,使忠壅塞。詳《師》之《中孚》,說詩異毛。
《噬嗑》之《坎》。葛藤蔓が荆棘を覆い蔽い、花は開くも果実を結ばない。讒を進める奸佞が朝政を擾乱し、忠良の言路を堵塞せしむ。尚注:本条の取象は詳しく《師》之《中孚》の一条に見える。焦延夀はここで《詩》意を解説するに、《毛詩》の訓釈と同じからない。
離。鵲笑鳩舞,來遺我酒。大喜在後,授我龜紐。龍喜張口,超拜福祉。離為鳩,伏震為鵲、為笑舞,故鵲笑鳩舞。伏坎為酒,震為喜、為後,故曰大喜在後。艮為遺、為授、為龜,震為龍、為口,龜紐、龍口,皆印飾。《後漢輿服志》:"諸王金印龜紐",注引《漢舊儀》"傳國璽盤五龍",龜紐龍口,言得印綬也。震為福祉,艮手為拜。全用伏象。○超,依汲古本,宋元本作起。
《噬嗑》之《離》。喜鵲は歓笑し斑鳩は起舞し、酒を送って我に来る。後頭にはさらに大きな喜事があり、亀纽の官印を我に授与した。龍形の印钮は欣然として口を張り、我は級を越えて拝を受け、福祉を享得した。尚注:離は鳩、伏卦中の震は鵲・笑・舞を主るので「鵲笑鳩舞」と言う。伏坎は酒。震は喜・後を主るので「大喜在後」と言う。艮は贈遺・授予・亀、震は龍・口を主る。亀纽と龍口はいずれも印章上の装飾である。《後漢書・輿服志》は諸侯王は金印亀纽を用いると言い、注文は《漢旧儀》を引いて伝国玉璽の钮は五龍の盤繞する形を作すと言う。ここで亀纽龍口を講ずるは、即ち官印綬帯を得たと言うのである。震は福祉、艮は手で、手は拝礼を作す。本条は全て伏象を取用する。校記:「超」の字は汲古閣本に依り、宋元本は「起」と作る。
咸。搖尾逐災,雲沉孽除。洿泥生梁,下為田主。艮為尾,伏坤為災,震為搖、為逐,坤為雲、為孽、為水、為洿泥,震為梁、為主,坤為田、為下。多用伏象。○第二句汲古作雲孽闢除,依宋元本。
《噬嗑》之《咸》。尾を摇って災殃を駆き去らせ、雲気は沈降し妖孽は消除した。低窪の泥淖の上に橋梁を架け、これよりこの片の田地の主人となった。尚注:艮は尾、伏卦中の坤は災、震は摇动・駆逐を主る。坤は雲・妖孽・水・污泥、震は橋梁・主人、坤は田・下を主る。本条は多く伏象を用いる。校記:第二句は汲古閣本が「雲孽辟除」とし、ここでは宋元本に依る。
恆。白鶴銜珠,夜食為明。膏潤優渥,國歲年豐。震為鶴、為珠,兌口為銜、為食,兌昧為夜。乾為光明,兌水故曰膏潤優渥。乾為年歲。按:《搜神記》有鶴為弋人射傷,噲參為療養之,創愈放之,後鶴銜珠雌雄各一到門外為報。
《噬嗑》之《恒》。白鶴が明珠を銜え、夜に食しても照らして通亮する。恩沢は膏雨のごとく丰厚で、全国の年成は大豊収である。尚注:震は鶴・珠。兌は口で、口は物を銜え食を進むことができる。兌は昏昧を主るので夜となる。乾は光明。兌は水なので「膏潤優渥」と言う。乾はまた年歳を主る。尚氏の按語:《搜神記》は一羽の鶴が射猟の人に射傷され、噲参がそれに代わって療養し、傷口が癒えた後に放って飛び去らせたと載せる。後にその鶴は明珠を銜えて来て、雌雄各々一顆を門外に送り届け恩に報いた。
遯。內執柔德,上訟以默。守邑賴德,禍災不作。陰柔在下故曰內執柔德。乾為言,兌為言,而兌反與乾言相背,故曰訟。下卦艮止,故嘿爾不訟。艮為邑,乾為宗、為德,坤為災禍,坤伏故不災。○默,元本作嘿,依宋本、汲古。
《噬嗑》之《遯》。内に柔順の徳を持守し、上の争訟にはただ沈黙を以て相対する。自己の城邑を守り、徳行に依頼すれば、災禍は発生しない。尚注:陰柔が下体に居るので「内執柔徳」と言う。乾は言語を主り、兌もまた言語を主るが、兌と乾とは言語が相背し、両下が抵触するので「訟」と言う。下体の艮は静止を主るので、黙然として争弁し去らない。艮は城邑、乾は宗主・徳行、坤は災禍。坤は伏位に処って顕れないので災を成さない。校記:「黙」の字は元刻本が「嘿」とし、ここでは宋刻本と汲古閣本に依る。
大壯。犬吠驚駭,公拔戈起。玄冥厭火,消散瓦解。伏艮為犬,震為吠、為驚、為公、為起,艮為戈、為拔,故曰公拔戈起。玄冥,水神。《月令》"孟冬之月,其神玄冥"。水克火故曰厭火。伏坤為水,艮為火,火在水上當然消散。震為瓦、為解。玄冥,北方水神,伏坤位北而地黑,故曰玄冥。
《噬嗑》之《大壮》。狗が吠えて人心を胆寒にさせ、主人は戈を抜いて一躍して起きた。北方の水神玄冥が火勢を鎮め、火は便ち消散瓦解した。尚注:伏卦中の艮は犬、震は吠・驚・公・起身を主り、艮は戈・抜取を主るので「公抜戈起」と言う。玄冥は水神で、《礼記・月令》は孟冬の月その神は玄冥だと言う。水は火を剋すので「厭火」と言う、即ち火を圧する。伏坤は水、艮は火、火は水に遇えば自ずから消散する。震は瓦・分解を主る。玄冥はすでに北方の水神で、伏坤の方位は北に在り地色は玄黒なので、まさに玄冥の名に合する。
晉。公悅嫗喜,子孫俱在。榮譽日登,福祿來處。象多未詳,或用遇卦象。
《噬嗑》之《晋》。老翁は歓悦し老婦は喜楽し、子孫はみな身辺に在る。栄誉は日に上昇し、福禄は自ら安処に来る。尚注:本条の取象は多くはまだ確かに指し得ず、あるいは遇卦《噬嗑》の象を用いるのであろう。
明夷。鳥鳴哺鷇,長欲飛去。循枝上下,適與風遇。顛隕樹根,命不可救。離為鳥,震為鳴、為子、為食,故曰哺。鷇,小鳥也。震為長、為飛、為枝、為上,坤為下,伏巽為風、為顛隕、為樹、為命,坤死故不可救。○哺,汲古訛捕,依宋元本。
《噬嗑》之《明夷》。老鳥が鳴叫して雛鳥を哺養し、雛鳥は長じて飛び去らんとする。枝条に順って上上下し、ちょうど一陣の大風に碰上った。樹根ともども傾覆墜落し、性命は挽救できない。尚注:離は鳥、震は鳴・子・食を主り、食を餧れば即ち「哺」。「鷇」は哺を待つ小鳥。震は長・飛・枝・上、坤は下。伏卦中の巽は風・傾覆墜落・樹・命を主る。坤は死亡を主るので「不可救」と言う。校記:「哺」の字は汲古閣本が「捕」と訛り、宋元本に依る。
家人。析薪熾酒,使媒求婦。和合齊宋,姜子悅喜。巽木為薪,坎為破,故析薪。坎為酒,火在下,故曰熾酒。坎為通,故曰媒。巽為婦、為齊。《說文》:"以木架屋曰宋",故艮為宋。遇卦《噬嗑》互艮。姜,齊姓。子,宋姓。伏震為喜。《詩齊風》:"析薪如之何,匪斧不克;娶妻如之何,匪媒不得",毛謂文姜歸魯,齊襄思之,茲曰齊宋是齊詩,不指文姜。
《噬嗑》之《家人》。柴薪を劈いて酒漿を温め、媒人に託して親を言わせる。斉・宋両国が婚姻を結び、姜姓と子姓の両家は歓歓喜喜である。尚注:巽は木で、木は即ち柴薪、坎は破開を主るので「析薪」と言う。坎は酒、火がその下に在るので「熾酒」と言う、即ち酒を温める。坎は通達往来を主るので媒となる。巽は婦、また斉地となる。《説文》は「以木架屋曰宋」と言うので、艮は宋となり得る――遇卦《噬嗑》の互体はまさに艮である。姜は斉国の国姓、子は宋国の国姓。伏卦中の震は喜。《詩経・斉風》は言う:「析薪如之何、匪斧不克。娶妻如之何、匪媒不得。」毛伝はこの詩は文姜が魯に嫁ぎ斉襄公が彼女を思う事を講ずとするが、ここではすでに「斉宋」と言うので、《斉詩》一派の解説を用いるのであって、文姜を指さない。
睽。鄰不我顧,而望玉女。身多疣癩,誰當媚者。詳《師》之《小過》。○我,依汲古,宋元本作可,非。而望玉女,汲古作而望至女,依宋元。
《噬嗑》之《睽》。隣家の人はみな我を照ら看しようとせず、我はかえって玉の如き美しい女を娶ることを指望する。一身に疣子癩瘡が満ち生え、誰が来て愛悦しようか。尚注:本条の取象は詳しく《師》之《小過》の一条に見える。校記:「我」の字は汲古閣本に依り、宋元本は「可」と作るが誤りである。「而望玉女」の一句は、汲古閣本は「而望至女」とし、宋元本に依る。
蹇。遠視無光,不知青黃。黈纊塞耳,使君闇聾。此用《噬嗑》象。艮為觀、為光,坎隱故無光。離為黃,震為青、為黃,《漢書東方朔傳》:"黈纊垂耳所以塞聰",注:以黃綿為圈懸于冕之兩旁,示耳不外聽。坎為耳、為塞,故耳塞。伏巽為綿,纊黈黃色,亦震象。震為君,耳塞故闇聾。
《噬嗑》之《蹇》。遠くを看ても一点の光亮なく、青色と黄色さえ分辨できない。黄綿球が両耳を塞ぎ、この君上をして又昏く又聾からしむ。尚注:本条は《噬嗑》の象を用いる。艮は観看・光明、坎は幽隠を主るので「无光」。離は黄、震は青・黄を主る。《漢書・東方朔伝》は「黈纊垂耳、所以塞聡」と言い、注文はそれは黄綿を以て円球を作り冕冠の両旁に懸け、耳が外間の閑言を聴かないことを示すと講ずる。坎は耳・閉塞なので両耳は堵される。伏卦中の巽は綿、「黈纊」は黄色の綿球で、黄色もまた震象に合する。震は君、耳はすでに塞がれたので昏昧して聡を失う。
解。克身整己,逢禹巡狩。賜我玄圭,蒙福受佑。艮為身,艮覆,故曰克身。震為王、為禹,為巡狩、為玉、為玄黃,故曰玄圭。又為福祉。○整己,依汲古,宋元本作己整。佑,依汲古,宋元本作祉,上聲,與狩不協。
《噬嗑》之《解》。自身を約束し自己を整飭し、ちょうど大禹の出巡に遇った。彼は我に一枚の黒色の玉圭を賜り、我は福気を蒙り庇佑を領受した。尚注:艮は人身で、艮体は倒覆し、克制約束の意があるので「克身」と言う。震は王・禹、また巡狩・玉・玄黒の色を主るので「玄圭」と言う。震はまた福祉を主る。校記:「整己」は汲古閣本に依り、宋元本は「己整」と作る。「佑」の字は汲古閣本に依り、宋元本は「祉」と作るが、「祉」は上声で「狩」の字と押韻しない。
損。遠望千里,不見黑子。離婁之明,無盈於光。坤為千里,艮為望,震為子,坤黑故曰黑子,坤閉故不見。離為光明,互大離,故曰離婁。離婁,古明目人,見孟子。
《噬嗑》之《損》。極目して千里之外を遠望するも、一顆の小さな黒点さえ見えない。たとい離婁のような好い眼力があっても、足るべき光がない。尚注:坤は千里の広、艮は观望、震は子。坤の色は黒なので「黒子」と言う。坤は閉塞を主るので見えない。離は光明で、卦中の互体はまた放大の離象を合成するので「離婁」を挙げた。離婁は古代の眼力の極めて好い人で、《孟子》に見える。
益。斧斤所斫,瘡痏不息。針石不施,下即空室。伏兌為斧,艮手為斫、為節、為瘡痏、為石、為室,坤死,故曰下即空室。
《噬嗑》之《益》。斧頭に砍傷され、創口はずっと収斂できない。針砭薬石はみな施用されず、下を看れば残るは一間の空屋のみ。尚注:伏卦中の兌は斧、艮は手で、手は砍斫し得る。艮はまた骨節・瘡傷・砭石・屋室を主る。坤は死亡を主るので「下即空室」と言う。
夬。南國少子,才略美好。求我長女,賤薄不與。反得醜陋,後乃大悔。詳《比》之《漸》。南國,依校改,各本作齊侯,非。此以乾為南之證。
《噬嗑》之《夬》。南方の国の少年郎は、才干謀略がともに出衆である。彼は来て我家の長女を求娶し、我はその門第の微賤を嫌って許配せず。結果かえって醜陋な者に嫁がせ、事後大いに懊悔した。尚注:本条の取象は詳しく《比》之《漸》の一条に見える。「南国」の二字は校勘に拠って改定したもので、諸本は皆「斉侯」と作るが誤りである。これもまた乾を以て南方とする一条の証拠である。
姤。失儷後旅,天門地戶。不知所在,安止無咎。巽與震為儷偶、為伴旅,巽寡,故失儷後旅。《內經》:"乾居西北,為天門,巽居東南,為地戶",巽進退,故不知所在。懼陰消陽,故安止無咎。
《噬嗑》之《姤》。配偶を失い、また同行者の後ろに落ち、天門と地戸の間を徘徊する。自己が何処へ往くべきかを知らず、安分に停住すれば過錯がない。尚注:巽と震は互いに配偶・互いに同行の伴侣となる。巽は寡少を主るので「失儷後旅」。《内経》は乾は西北に居って天門となり、巽は東南に居って地戸となると言う。巽の性は進退定まらないので「不知所在」。この時最も懼るべきは陰気が陽気を消蝕することで、だから安く処り動かなければ禍を招かないのである。
萃。烏孫氏女,深目黑丑。嗜慾不同,過時無偶。艮為孫、為黔,故曰烏孫。兌為女,伏大離,故曰深目。坤為黑、為丑,艮為時,巽寡,故無偶。
《噬嗑》之《萃》。烏孫国の女子は、眼窩は深く陥没し、膚は黒く貌は醜い。嗜好は中原人と同じからず、適婚の年紀を過ぎても配偶がない。尚注:艮は孫・黒を主るので「烏孫」と言う。兌は女子。伏象の中に放大の離を合成し、離は目でその形は深陷するので「深目」と言う。坤は黒・醜陋、艮は時節、巽は寡少を主るので「无偶」。
升。伯駕純騮,南至東萊。求索車馬,道闕中止。震為伯、為駕、為馬。純,黑也,坤為黑,故曰純騮。震為南,又為東、為草莽,故曰東萊,山名。坤為車、為馬,伏艮為求、為道、為止。○伯,宋元本作叔,闕作悅,依汲古。萊,汲古作華,依宋元本。車,宋元本作駒,依汲古。
《噬嗑》之《升》。伯は一匹の純黒の騮馬を駕し、南へ往きまた東萊山に転じた。一路車馬を尋求するも道路は殘缺し、半途で止まるしかない。尚注:震は伯・駕車・馬を主る。「純」は黒色で、坤の色は黒なので「純騮」と言う。震は南方に居り、また東方・草莽を主るので「東萊」と言う――東萊は山名である。坤は車・馬。伏卦中の艮は尋求・道路・停止を主る。校記:「伯」の字は宋元本が「叔」とし、「闕」の字は宋元本が「悦」とし、いずれも汲古閣本に依る。「萊」の字は汲古閣本が「華」とし、宋元本に依る。「車」の字は宋元本が「駒」とし、汲古閣本に依る。
困。二女寶珠,誤鄭大夫。交父無禮,自為作笑。丁云:《初學記》引《韓詩》:"鄭交甫過漢皋,遇二女佩兩珠,交甫索其珠,二女與之,去十步亡矣",故曰誤。兌為女,卦數二,故曰二女。伏震為珠、為夫,坎為鄭,震為父、為笑,言交甫無禮於二女,致招笑侮,由自取也。○交,宋元、汲古皆作君,依王先謙校。
《噬嗑》之《困》。两位の女子の宝珠が、鄭国のこの大夫を誤らせた。交甫は彼女たちに対して無礼で、自ら嘲笑を取るに落ちた。尚注:丁晏は言う、《初學記》が《韓詩》を引いて、鄭交甫が漢皐を路過し、两位の女子が两颗の明珠を佩びているのに遇い、交甫は彼女たちに求め、二女は便ち彼に与え、十歩出て珠子は見えなくなったと記すので、「誤」と言うのである。兌は女で、兌は卦数で二なので「二女」と言う。伏卦中の震は珠・丈夫、坎は鄭国、震は父・笑を主る。整条が言うのは交甫が二女に対して無礼で、嘲笑侮弄を招来し、全て自己より致したのである。校記:「交」の字は宋元本と汲古閣本がともに「君」とし、ここでは王先謙の校訂に依る。
井。陽城太室,神明所息。仁智之居,獨無兵革。詳《需》之《蒙》。伏震為仁,坎為智。○仁智之居,依宋元本,汲古作仁者之君,非。
《噬嗑》之《井》。陽城の太室山は、神明の栖息する所である。仁者智者の居住する地には、ただ兵禍戦乱がない。尚注:本条の取象は詳しく《需》之《蒙》の一条に見える。伏卦中の震は仁、坎は智を主る。校記:「仁智之居」は宋元本に依り、汲古閣本は「仁者之君」と作るが誤りである。
革。大蛇為殃,使道不通。歲收尠少,年榖敗傷。巽為蛇,乾大,故曰大蛇。伏震為道路,坤閉故不通。《史記》:"高祖夜徑澤中,有大蛇當徑"是也。乾為歲,巽隕落,故歲收鮮少,故年榖傷。巽為榖也。○歲收,依汲古,宋元本作歲露。尠,依宋元本,舊注云音鮮,汲古作甚,非。
《噬嗑》之《革》。大蛇が祟を為して災を成し、道路を不通ならしめた。この年の収成は稀少で、穀物もまた損傷に遭った。尚注:巽は蛇、乾は大を主るので「大蛇」と言う。伏卦中の震は道路、坤は閉塞を主るので「不通」。《史記》は漢高祖が夜に近道を取って沼沢を過ぎ、大蛇が路上に拦まっていたと記し、まさにこの象に合する。乾は年歳、巽は隕落を主るので一年の收穫は稀少で穀物も傷つく――巽もまた穀となり得る。校記:「歳收」は汲古閣本に依り、宋元本は「歳露」と作る。「尠」の字は宋元本に依り、旧注は「鮮」と読むと言うが、汲古閣本は「甚」とするが誤りである。
鼎。三足孤烏,靈明為御。司過罰惡,自殘其家,毀敗為憂。詳《坎》之《渙》。此以離為烏,伏震為足。
《噬嗑》之《鼎》。三足の孤烏が日中に栖み、神明に駕馭される。それは過失を掌管し悪行を懲治するも、まず自家を残害し、毀敗は堪忧いである。尚注:本条の取象は詳しく《坎》之《渙》の一条に見える。ここでは離を以て烏とし、伏卦中の震を以て足とする。
震。車雖駕,兩靷絕。馬欲步,雙輪脫。行不至,道遇害。震為車、為駕,伏巽為靷,巽隕故絕。震為馬、為步,互坎為輪,伏兌卦,數二,故曰兩靷、曰雙輪。震為行、為道,坎為害。○無輪明刊、清刊各本皆刪去雖字、不字,作為四字句,而汲古本下注一本作云云,仍按原文改竄成四字句尤為妄謬,茲依宋元本。
《噬嗑》之《震》。車はすでに套が好了したが、車を引く二条の皮帯が断れた。馬がまさに歩を出そうとするに、二つの車輪はまた脱落した。これによって目的地に至れず、半路上にさらに禍害に遇う。尚注:震は車・駕を主る。伏卦中の巽は靷――即ち車を引く皮帯で、巽は隕落を主るので断絶する。震は馬・行歩を主り、互体は坎を成し、坎は輪。伏兌は卦数で二なので「両靷」「雙輪」と言う。震は行・道路、坎は禍害を主る。校記:明刻本であれ清刻本であれ、諸本はみな「雖」の字と「不」の字を刪去し、硬く斉整な四言句に湊えた。汲古閣本は下に「一本作」云云を注出するも、なお照れて四字句に原文を改竄し、殊に荒謬である。ここでは宋元本に依って原貌を保留する。
艮。鬱映不明,為陰所傷。眾霧集聚,共奪日光。艮為明,坎黑,三上皆乘重陰,故曰鬱映不明。映,日食色也。坎為眾、為雲霧、為積,離日伏,故奪日光。○映,依汲古,宋元本作怏。集聚,依宋元,汲古作麗集,映音決。
《噬嗑》之《艮》。日色は鬱暗昏黄で光明を見ず、陰気に傷られたためである。重々の雲霧が聚まり来て、一斉に太陽の光を奪い去った。尚注:艮は明、坎の色は黒。三爻と上爻はいずれも重々の陰爻に乘るので「鬱映不明」と言う。「映」は日食の時のあの昏昧の色を指す。坎は衆多・雲霧・積聚を主る。離日は潜伏して顕れないので日光は奪われる。校記:「映」の字は汲古閣本に依り、宋元本は「怏」と作る。「集聚」は宋元本に依り、汲古閣本は「麗集」と作る。「映」の字はここでは「决」の如く読む。
漸。鸋鴂鴟梟,治成遇災。周公勤勞,綏德安家。艮為鳥,故曰鸋鴂。鴟鴞,《豳風》周公貽成王詩也。坎為災,伏震為周、為公,坎為勞,艮為家。按:《毛傳》鴟鴞,鸋鴂也,以喻管蔡,此作鴟梟,梟鴞同。梟長大食母,故曰治成遇災,言其母養成而遇害也。此與《韓詩》說合,《韓詩》鴟鴞所以愛其子者,適以病之,正以喻成王也。疑較毛傳訓切。○鸋,依宋本,汲古作鸇,非。治成,元本、汲古皆作治城,依宋本。遇災,宋元本、汲古皆作御災,依局本。
《噬嗑》之《漸》。鸋鴂・鴟梟のような悪鳥は、窩が剛く築き成るや否や災に遭った。周公の一片の勤労は、徳教を安撫して、家国を安を得せしめた。尚注:艮は鳥なので「鸋鴂」と言う。《鴟鴞》は《詩経・豳風》の裡の周公が成王に贈った詩である。坎は災、伏卦中の震は周・公、坎は労苦、艮は家を主る。尚氏の按語:《毛伝》は鴟鴞は即ち鸋鴂だと言い、以て管叔・蔡叔に比喩する。ここでは「鴟梟」と写し、「梟」と「鴞」は同一の字である。梟鳥は長大した後母鳥を食うので、「治成遇災」と言う――母鳥が辛苦してそれを養い成したのに、かえって害に遇ったを指す。この講法は《韓詩》と相合する――《韓詩》は鴟鴞はその子を愛して、かえってそれを害したとし、まさに以て成王に比喩する。おそらく《毛伝》の訓釈より更に貼切であろう。校記:「鸋」の字は宋刻本に依り、汲古閣本は「鸇」とするが誤りである。「治成」は元刻本と汲古閣本がともに「治城」とし、宋刻本に依る。「遇災」は宋元本と汲古閣本がともに「御災」とし、書局本に依る。
歸妹。名成德就,項領不試。景公耄老,尼父逝去。詳《履》之《剝》。
《噬嗑》之《帰妹》。名声はすでに立ち徳行はすでに成ったが、あの養い項頸を肥壮にした馬匹の如く、終始駕用されない。斉景公は年老いて昏聵し、孔夫子はついに彼を棄てて去った。尚注:本条の取象は詳しく《履》之《剥》の一条に見える。
豐。一夫兩心,歧刺不深。所以無功,求事不成。詳《豫》之《臨》。○歧,宋元本作岐,依汲古。歧,尖也。《後漢張湛傳》"麥秀兩歧"是其證。又隴上記:"狄梁公墓棘直而不歧",言不尖也。
《噬嗑》之《豊》。一人が二つの心を懐き、錐の尖は鋭くなく、扎し込むことができない。だから徒労して功なく、求める事は成し遂げられない。尚注:本条の取象は詳しく《豫》之《臨》の一条に見える。校記:「歧」の字は宋元本が「岐」とし、ここでは汲古閣本に依る。「歧」は尖の意で、《後漢書・張湛伝》の言う「麦秀両歧」は即ち証拠である。また《隴上記》は狄仁傑の墓上の荆棘は「直而不歧」だと言い、まさにそれが尖らないを言うのである。
旅。羿張烏號,彀射天狼。柱國雄勇,敗於滎陽。羿,古之善射者。《論語》曰羿善射是也。烏號,弓名。天狼,星名。《淮南子》:"堯時十日並出,命羿射之,落其九",此云射天狼與《淮南子》異,《史記陳涉世家》:"以房君蔡賜為柱國,後戰死而不著其處"。柱,各本皆作趙,惟丁晏釋文作柱,恐趙國是人名,今姑依丁本。兌剛魯故曰羿。離為烏,兌為號,艮為天、為狼、為星、為柱、為國,兌為雄勇、為毀折,故敗。滎,水名,伏坎為水。○柱,宋元、汲古作趙,依丁本。滎,元本訛榮,依宋、汲古本。
《噬嗑》之《旅》。后羿は烏号の良弓を張り、弦を引き満たして天狼星に射る。柱国の将領は雄武勇猛だが、滎陽で敗仗を打った。尚注:羿は古代の神射手で、《論語》の言う「羿善射」は即ち彼である。「烏号」は弓名、「天狼」は星名。《淮南子》は尭の時十日が併び出て、羿に命じてこれを射させ、九つを射落としたと記す。ここでは天狼を射ると言い、《淮南子》の記す所と同じからない。《史記・陳渉世家》は陳渉が房君蔡賜を任じて柱国とし、後に戦死したが地点を写さなかったと記す。「柱」の字は諸本は皆「趙」と作り、ただ丁晏の《易林釈文》のみ「柱」と作る。「趙国」は人名であろうと思われ、今姑く丁本に依る。兌は剛強粗犷なので羿となる。離は烏、兌は呼号、艮は天・狼・星・柱・国を主る。兌は雄勇を主り、また毀折を主るので敗に致す。滎は水名で、伏卦中の坎は水を主る。校記:「柱」の字は宋元本と汲古閣本が「趙」とし、丁本に依る。「滎」の字は元刻本が「栄」と訛り、宋刻本と汲古閣本に依る。
巽。東家殺牛,汙穢腥臊。神背西顧,命衰絕周。互離為東、為牛,伏艮為家,兌毀折,故曰殺。巽為臭,故曰腥臊。伏震為神,艮為背,互兌為西,離為顧,巽為命、為衰絕,伏震為周。神背西顧者,言神背東鄰紂,西顧於周。命衰絕周者,言殷命衰歇而絕於周也。義本《既濟九五》爻詞,蓋漢儒說多如此,然實非也。○穢,汲古作臭,背作皆,依宋元。衰絕,宋元本作絕衰,依汲古。
《噬嗑》之《巽》。東辺の隣家は牛を殺して祭祀し、血污して腥臊い。神霊はかえって身を背けて西辺を看、殷商の国運は衰亡し、周に断送された。尚注:互体の離は東・牛を主り、伏卦中の艮は家、兌は毀折を主るので「殺」と言う。巽は気味なので「腥臊」と言う。伏震は神、艮は背、互体の兌は西、離は回顧、巽は命・衰亡断絶を主り、伏震はまた周となる。「神背西顧」は神が東隣の商紂を背棄して、転じて西を望み周に於けるを言う。「命衰絶周」は殷商の天命が衰歇し、周人の手に終結したを言う。この層の意は《既済》九五爻辞の「東隣殺牛、不如西隣之禴祭」に本づき、漢代の儒者は多くこのように講じたが、其実は確かならず。校記:「穢」の字は汲古閣本が「臭」とし、「背」の字は汲古閣本が「皆」とし、いずれも宋元本に依る。「衰絶」は宋元本が「絶衰」とし、汲古閣本に依る。
兌。火起吾後,喜炙我廡。蒼龍銜水,泉噀屋柱,雖憂無咎。通《艮》。艮為火,震為起、為後,故曰火起我後。震為喜、為口、為蒼龍、為銜,坎為水,水泉。艮為屋、為柱,坎為憂,言火雖近,以龍銜水噀灑屋柱而無咎也。○吾後,汲古作我後,憂作難,均依宋元本。我廡,宋元本訛我鹿,汲古作吾廬,依《既濟》之《恆》校。屋柱,宋元作柱屋,期與鹿韻,尤非,依汲古。
《噬嗑》之《兌》。火が我が身後より起こり、我が廊屋を烤炙する。蒼龍が清水を口に銜え、泉水を屋柱の上に噴洒し、驚き懼れはしたが終に災禍を釀さなかった。尚注:《兌》は《艮》と旁通する。艮は火、震は起・後を主るので「火起我後」と言う。震は喜・口・蒼龍・銜を主る。坎は水、即ち水泉である。艮は屋・柱、坎は憂懼を主る。火は逼り近づくも、龍が水を銜えて屋柱に噴洒するに頼り、ついに禍害を免れた。校記:「吾後」は汲古閣本が「我後」とし、「憂」の字は汲古閣本が「難」とし、いずれも宋元本に依る。「我廡」は宋元本が「我鹿」と訛り、汲古閣本は「吾廬」と作るが、ここでは《既済》之《恒》の一条に依って校定する。「屋柱」は宋元本が「柱屋」とするのは「鹿」の字と押韻せんがためで、いよいよ正しくない、汲古閣本に依る。
渙。桃雀竊脂,巢於小枝。搖動不安,為風所吹。寒心慄慄,常憂殆危。詳《謙》之《遯》。○慄慄,汲古作飄搖,依宋元本。殆危,宋元本作不殆,依汲古。桃雀,既桃蟲,《毛詩》注:鷦鷯也。
《噬嗑》之《渙》。桃雀のこの小鳥は脂膏を啄食し、細枝の上に巣を築く。摇摇晃晃として安穏を得ず、風が一吹けば晃动する。心裡は寒く戦戦兢兢として、常に傾危を憂懼する。尚注:本条の取象は詳しく《謙》之《遯》の一条に見える。校記:「栗栗」は汲古閣本が「飄摇」とし、宋元本に依る。「殆危」は宋元本が「不殆」とし、汲古閣本に依る。桃雀は即ち桃虫で、《毛詩》の注はそれは即ち鷦鷯だと言う。
節。徙足去域,飛入東國。有所畏避,深藏遠匿。震為足、為去、為飛、為東,艮為域、為國,坎為畏避、為藏匿。○徙,汲古作徒,依宋元本。遠,宋元作隱,依汲古。
《噬嗑》之《節》。歩を挪し本土を離れ、飛んで東辺の国境に入る。心に畏懼が存して躲れようとするので、深く蔵し遠く匿る。尚注:震は足・離去・飛・東方を主り、艮は疆域・邦国、坎は畏懼躲避・藏匿を主る。校記:「徙」の字は汲古閣本が「徒」とし、宋元本に依る。「遠」の字は宋元本が「隠」とし、汲古閣本に依る。
中孚。瓊英朱草,仁政得道。鳧鷖在渚,福祿來下。《齊詩》:"尚之以瓊英乎",而箋瓊英,猶瓊華也。元本注朱草,百草之精王者,德盛則生。互震為英、為草、為玉,艮納丙,色赤,故曰朱草。艮為道,震為仁、為福祿,艮為鳥、為鳧鷖。三四句《小雅》詩語。○瓊,依宋元本,汲古作璚。
《噬嗑》之《中孚》。玉色の花英と朱草とがともに瑞を呈す。これは仁政が正道に合する応験である。野鴨と鴎鳥が水中の小洲に栖み、福禄は随いて降下する。尚注:《斉詩》に「尚之以瓊英乎」の句があり、箋文は「瓊英」は「瓊華」の如し、いずれも玉のごとき光彩を形容する。元刻本の注は朱草は百草の精華で、君王の徳行が隆盛の時にはじめて生出すると言う。互体の震は花英・草・玉を主る。艮は丙火に納り、その色は赤紅なので「朱草」と言う。艮は道、震は仁・福禄を主り、艮はまた鳥・鳧鷖を主る。第三・第四の二句は《詩経・小雅》の成句である。校記:「瓊」の字は宋元本に依り、汲古閣本は「璚」と作る。
小過。陳蔡之厄,從者飢罷。明德上通,憂不為凶。震為陳、為蔡、為從,互大坎為厄、為勞,故曰飢罷。艮為明,震為通,坎為憂凶,震出,故不憂凶。○罷,音婆,依宋元本,汲古作瘦。厄,依汲古,宋元本作危,亦非。《論語》:"子厄於陳蔡,從者病,莫能興"。
《噬嗑》之《小過》。孔子は陳・蔡の間で受困し、随行の弟子は餓えて疲憊不堪である。しかし光明の徳行は上に向かって通達し、憂いはあっても凶禍を成さない。尚注:震は陳・蔡・随従を主る。互体は放大の坎を合成し、坎は困厄・労苦なので「飢罷」と言う。艮は明、震は通達、坎は憂凶。震は出て上行を主るので、憂いあって凶ならず。校記:「罷」は婆と読み、宋元本に依り、汲古閣本は「瘦」と作る。「厄」の字は汲古閣本に依り、宋元本は「危」とするもまた正しくない。《論語》は孔子が陳蔡の間で受困し、随従の人はみな餓えて病み、身を起こせなかったと記す。
既濟。春桃生華,季女宜家。受福多年,男為邦君。詳《師》之《坤》。
《噬嗑》之《既済》。春に桃樹が花開き、年少の女児はまさに出嫁して家を成すべきである。この後多年福を享け、生んだ男の子は一国の君となった。尚注:本条の取象は詳しく《師》之《坤》の一条に見える。
未濟。徑邪賊田,政惡傷民。夫婦呪詛,泰山覆顛。艮為徑、為田,坎為邪、為賊,徑邪則侵田,故曰賊田。坎為傷、為眾、為民、為惡,政惡虐民,故曰傷民。坎夫離婦,離兩兌口相對,故曰呪詛。艮為山,巽下斷,故覆顛。多取半象。○泰山,依汲古,宋元本作太山,似非。
《噬嗑》之《未済》。小路は歪斜して田地を侵占し、政令は苛悪で百姓を残害した。丈夫と妻子が一斉に呪罵し、泰山さえ傾覆せんとす。尚注:艮は小路・田、坎は邪僻・残害を主る。小路が一たび歪めば田畝を侵占するので「賊田」と言う。坎は傷・衆・民・凶悪を主る。政令は暴虐して民を害するので「傷民」と言う。坎は夫、離は婦。離の上下に二つの兌口が相対するので「呪詛」と言う。艮は山、巽の下爻は断裂するので傾覆する。本条は多く半象を取る。校記:「泰山」は汲古閣本に依り、宋元本は「太山」と作るが、似て正しからざるようである。
賁 第二十二
賁。仁政不暴,鳳凰來舍。四時順節,民安其居。震仁坎和,故曰不暴。離為鳳凰,艮為舍,震春、離夏、坎冬,伏兌為秋,故曰四時順節。艮為節。坎為民,艮為安、為居。○首句依汲古,宋元作政不暴虐。
《賁》之《賁》、即ち本卦が自守して変じない一条である。仁政を施行して暴虐せず、鳳凰は便ち飛び来て棲止する。四季は節候に順応し、百姓は業に安んじ居に楽しむ。尚注:震は仁を主り、坎は和を主るので「不暴」と言う。離は鳳凰、艮は屋舍。震は春を主り、離は夏を主り、坎は冬を主り、伏卦中の兌は秋を主り、四時斉備なので「四時順節」と言う。艮はまた節度。坎は民、艮は安・居処を主る。校記:首句は汲古閣本に依り、宋元本は「政不暴虐」と作る。
乾。八口九頭,長舌破家。帝辛沈湎,商滅其墟。此用《賁》卦象。震為口,艮數八,故曰八口。乾為首,數九,故曰九頭。帝辛,紂也。震為帝,伏兌為秋。《月令》:"秋,其味辛,其音商。"故曰帝辛。互坎,故曰沈湎。艮為虛,坎伏,故曰滅。長舌指賁下震。兌為舌,震形長於兌,故曰長舌,謂妲已。艮為家,坎為破,故曰破家。
《賁》之《乾》。八張の口・九個の頭をもつ長舌の婦人が人家を敗し、帝辛は酒色に沉溺し、商朝は滅亡して残るは一面の廃墟のみ。尚注:この条は《賁》卦の象を用いる。震は口、艮は卦数で八なので「八口」と言う。乾は首、その数は九なので「九頭」と言う。「帝辛」とは即ち商紂である。震は帝、伏卦中の兌は秋を主り、《礼記・月令》は秋は「其味辛、其音商」と言うので、「帝辛」と称して「商」の字を牽連し出す。卦中の互体は坎を成すので「沈湎」と言う。艮は廃墟、坎は伏位に居るので「滅」と言う。「長舌」は《賁》卦下体の震を指す:兌は舌で、震の形体は兌より長いので「長舌」と呼び、妲己を指す。艮は家、坎は破なので「破家」と言う。
坤。鬼守我門,呼伯入山。去其室家,舍其兆墓。此亦用《賁》象。坎為鬼,艮為門,震為伯,為呼。艮為山、為墓、為舍,坎為室。○舍,依宋元本,汲古作舍。坤為兆,《孝經》"卜其宅兆而安厝之",注:塋墓界域曰兆。舍,居也。
《賁》之《坤》。鬼が我が家門の口を守り、伯を呼んで山の裏に入らせる。これによって自己の房屋家室を離れ、祖墳の塋地を丢下した。尚注:この条も《賁》の象を用いる。坎は鬼、艮は門、震は伯・呼喚を主る。艮は山・墳墓・屋舍、坎は居室を主る。校記:「舍」の字は宋元本に依り、汲古閣本は字同じ。坤は兆域で、《孝経》は「卜其宅兆而安厝之」と言い、注文は墳塋の界域を「兆」と呼ぶと講ずる。「舍」はここでは居住に当たる。
屯。日出阜東,山蔽其明。章甫薦屨,箕子徉狂。艮為山阜,震為東,離伏故明。蔽艮為冠、為章甫。震為屨、為草。薦,草也。震為箕、為子、為狂,上朝服下草履不類,故曰狂。○屨,依宋元本,汲古作履。
《賁》之《屯》。太陽は東辺の土山の後より升るが、山がその光明を遮った。頭は章甫の礼冠を戴き、脚は草編みの鞋を穿く――箕子が瘋癲を仮装したのである。尚注:艮は山阜、震は東。離は伏位に処るので、その光明は山に遮蔽される。艮は冠・章甫の礼帽。震は鞋・草――「薦」とは即ち草である。震は箕・子・狂を主る。上身は朝服を穿着し脚下は草鞋で、装束は不倫不類なので「狂」と言う。校記:「屨」の字は宋元本に依り、汲古閣本は「履」と作る。
蒙。戴盆望天,不見星辰。願小失大,福逃牆外。震為盆,艮為戴、為天、為望、為星辰,坎隱,故不見。艮為小,震為大,坎失,故曰失大。震為福,艮為牆。
《賁》之《蒙》。頭上に盆子を頂いて天を望めば、どの星辰も見えない。ただ眼前の小さな所を図り、かえって大きな所を丢き、福気は墻外へ走り去った。尚注:震は盆、艮は頂戴・天・观望・星辰を主る。坎は幽隠を主るので見えない。艮は小、震は大、坎は亡失を主るので「失大」と言う。震は福、艮は墻。
需。兩輪並轉,南山大阪。四馬共轅,無有重難,與語笑言。坎為輪,兌卦數二,故曰兩輪。離為南,乾為山、為阪、為馬,兌數四,故曰四馬。兌為笑言。轅象似指坎。坎為棟,故為轅。古牛車兩轅,馬車一轅。轅,左右各兩馬,轅居正中。正《坎》象也。○並轉,汲古作日轉,依宋元本。
《賁》之《需》。二つの車輪が一斉に転動し、南山の大坡を翻越する。四匹の馬がともに一本の車轅を駕し、沈重難行の処なく、一路談笑して去る。尚注:坎は輪、兌は卦数で二なので「両輪」と言う。離は南、乾は山・坡阪・馬を主る。兌の数は四なので「四馬」と言う。兌は笑語を主る。車轅の象は坎を指すらしい:坎は棟梁なので、轅と為り得る。古の牛車は二本の轅を用い、馬車は一本の轅のみを用いる。一轅が中に居り、左右各々二匹の馬を駕するは、まさに坎卦の一陽が中に居り両陰が分列する様子である。校記:「并転」は汲古閣本が「日転」とし、宋元本に依る。
訟。羊驚狼虎,聳耳群聚。行旅稽難,流連愁苦。此用《賁》象。震為羊,艮為狼虎,震為驚,故曰羊驚狼虎。坎為耳、為眾,故曰群聚。震為行旅,艮止,故曰稽難,坎陷,故曰流連、曰愁苦。全用遇卦象。
《賁》之《訟》。羊群は狼虎に驚動され、耳を豎てて一団に擠れる。行旅の人は阻滞されて行き難く、外に流落し、愁苦に堪えない。尚注:この条は《賁》の象を用いる。震は羊、艮は狼虎、震はまた驚動を主るので「羊驚狼虎」と言う。坎は耳・衆多なので「羣聚」と言う。震は行旅、艮は停止を主るので「稽難」――即ち滞留して行き難い。坎は陥険を主るので「流連」「愁苦」と言う。全条とも遇卦の象を取る。
師。楩生荊山,命制輪班。袍衣剝脫,夏熱冬寒。飢餓枯槁,眾人莫憐。詳《大有》之《未濟》。 ○楩,汲古作梗,非。
《賁》之《師》。楩木は荊山の上に生え、命を奉じて砍り下ろし工匠に交して車輪を制作せしむ。身上の袍衣は剥がれ、夏は熱に挨ぎ冬は凍を受ける。飢餓して枯瘦するも、衆人に一人として彼を憐れむ者なし。尚注:本条の取象は詳しく《大有》之《未済》の一条に見える。校記:「楩」の字は汲古閣本が「梗」とするが誤りである。
比。鳥飛無翼,兔走折足。不常其德,自為羞辱。艮為鳥,震為兔、為翼、為足,震覆故無翼、故折足。又震為德,震覆,故曰不常其德。坤為羞辱。
《賁》之《比》。鳥は飛ばんとするも翅膀なく、兎は走らんとするも脚を折断した。徳行は常道を守ることができず、ただ自ら羞辱を取るに落ちる。尚注:艮は鳥、震は兎・翼・足を主る。震は一たび倒覆すれば翼と足はともに反転するので「无翼」「折足」と言う。震はまた徳で、震が覆れば徳は常たり得ないので「不常其徳」と言う。坤は羞辱を主る。
小畜。條風制氣,萬物出生。明庶長養,花葉茂榮。巽為風、為氣,巽木,故曰條風。乾為生,伏坤為萬物,兌為花。《史記律書》:"條風居東北,主生萬物,故曰長養"。 ○出生,依汲古,宋元本作生出。茂榮,宋元本、汲古皆作壯茂,依局本。
《賁》之《小畜》。条風が節気を調理し、万物は萌生し生長する。明庶風がその長養を助け、花葉は茂盛繁栄する。「条風」は東北の風、「明庶」は正東の風である。尚注:巽は風・気で、巽はまた木に属するので「条風」と言う。乾は生を主り、伏卦中の坤は万物、兌は花を主る。《史記・律書》は条風は東北方に居り、万物の生育を主ると言うので、「長養」と呼ぶ。校記:「出生」は汲古閣本に依り、宋元本は「生出」と作る。「茂栄」は宋元本と汲古閣本がともに「壮茂」とし、書局本に依る。
履。坤厚地德,庶物蕃息。平康正直,以綏大福。通《謙》。坤為厚、為庶物,震為蕃息,坎為平正,乾為直、為大福。○庶,汲古作萬,依宋元本。
《賁》之《履》。大地は寛厚で、万物を承載する徳あり、各類の生物は繁衍して息まない。平安康泰・公正端直にして、これによって大福を安享する。尚注:《履》は《謙》と旁通する。坤は厚・庶物、震は繁衍生息を主り、坎は平正、乾は正直・大福を主る。校記:「庶」の字は汲古閣本が「万」とし、宋元本に依る。
泰。昴畢附耳,將軍乘怒。徑路隔塞,燕雀驚駭。伏艮為星,故曰昴畢附耳,皆星名也。震為武人,故為將軍、為怒、為徑路,坤閉,故曰隔塞。兌燕雀,震為驚駭。翟云升《天官書》:"昴主旄頭,畢主邊兵,其大星旁有小星曰附耳,動搖,主有讒亂臣在側"。 ○乘,依汲古,宋元本作求怒,非。
《賁》之《泰》。昴宿・畢宿と附耳星とが一斉に象を顕し、将軍は盛怒に乘じて兵を発す。小路は隔斷堵塞され、燕雀は驚いて飛び四散した。尚注:伏卦中の艮は星なので「昴畢附耳」と言う――この三つはみな星名である。震は武人なので将軍となり、発怒となり、小路となる。坤は閉合を主るので「隔塞」と言う。兌は燕雀、震は驚駭を主る。翟雲升は《史記・天官書》を引いて言う:昴宿は旄頭を主り、畢宿は辺地の兵事を主り、畢宿の大星の旁の小星を附耳と呼び、附耳が摇動すれば、讒を進める乱臣が国君の身辺に在ることを預示する。校記:「乘」の字は汲古閣本に依り、宋元本は「求怒」と作るが誤りである。
否。東風啟戶,黔啄翻舞。各樂其類,咸得生處。巽風艮戶,艮為黔啄、為翻舞,六爻皆有應與,故曰各樂其類。○啄,無論何本皆同,是焦讀黔喙為黔啄,專主鳥象。
《賁》之《否》。東風が門戸を吹き開き、黒嘴の鳥児は翻飛して起舞する。各々同類と相処して楽しみ、みな安身の地を得た。尚注:巽は風、艮は門戸。艮はまた黒喙の物・翻飛起舞を主る。六爻は両両としてみな応与があるので「各楽其類」と言う。校記:「啄」の字はどの本も同じで、見れば焦延夀は《説卦》の「艮為黔喙」の「喙」を「啄」と読み、専ら鳥象を取ったのである。
同人。兩足四翼,飛入家國。寧我伯姊,與母相得。通《師》。震為足,坤數二,故曰兩足。震為翼,卦數四,故曰四翼。坤為我、為國,震為伯,巽為姊,故曰伯姊。坤為母。
《賁》之《同人》。二つの脚・四片の翅膀で、家門国土に飛び入る。我が大姐に安寧を得せしめ、母女の間は彼此相安んず。尚注:《同人》は《師》と旁通する。震は足、坤の数は二なので「両足」と言う。震は翼、卦数は四なので「四翼」と言う。坤は我・邦国、震は伯即ち長、巽は姉で、合わせて「伯姉」――即ち大姐である。坤は母。
大有。歲暮花落,陽入陰室。萬物伏匿,藏不可得。通《比》。坤為歲、為暮,兌為花,兌毀故落。坎為室,九五居群陰之中故曰陽入陰室。坤為萬物,坎為伏,故曰匿、曰藏。○藏,依宋元本,汲古作歲。
《賁》之《大有》。歳末に花朵は凋落し、陽気は退いて陰気の屋子に入る。万物は潜伏藏匿し、探そうにも探せない。尚注:《大有》は《比》と旁通する。坤は歳・暮、兌は花で、兌は毀折を主るので花落つ。坎は居室。《比》卦の九五一陽は衆陰の当中に処るので「陽入陰室」と言う。坤は万物、坎は潜伏を主るので「匿」と言い「蔵」と言う。校記:「蔵」の字は宋元本に依り、汲古閣本は「歳」と作る。
謙。釋然遠咎,避患高阜。田獲三狐,以貝為寶。坤為咎,在外故曰遠。坤為患害,在外故曰避。艮山故曰高阜。震為田,艮為狐,震數三,故曰三狐。艮為貝,震為寶。○高阜,依汲古,宋元本作害早,繫形訛。汲古寶下多"君子所在,安寧不殆"二句,宋元本無。
《賁》之《謙》。心下釈然として、咎害を遠く離れ、禍患を躲けて高丘に登る。田猟の中で三匹の狐狸を捉え、貝殻を得て宝貝と為した。尚注:坤は咎害で、外卦に処るので「遠」と言う。坤はまた禍患で、外に在るので「避」と言う。艮は山なので「高阜」と言う。震は田猟、艮は狐、震の数は三なので「三狐」と言う。艮は貝、震は宝を主る。校記:「高阜」は汲古閣本に依り、宋元本は「害早」と作るが字形相近くして誤りを致した。汲古閣本は「宝」の字の下に「君子所在、安寧不殆」の二句を多く出すが、宋元本にはない。
豫。遷延卻縮,不見頭目。日以困急,不能自復。艮止故遷延卻縮。乾為頭,離為目,乾離皆伏故不見。坎為困急,地雷《復》,今雷在上故不能復。○遷,宋元本作鵲,依汲古。不能自復,汲古無,依宋元本添。目復為韻,故知汲古非。
《賁》之《豫》。一味に拖延退縮し、頭脸さえ露すことを敢えてしない。日子は一日比べて困窘急迫し、自己も身を回し得ない。尚注:艮は停止を主るので「遷延却縮」。乾は頭、離は目で、乾と離はともに伏位に処るので見えない。坎は困急。《復》卦は本は雷が地下に蔵するなのに、今雷は上に在るので、返回することができない。校記:「遷」の字は宋元本が「鵲」とし、汲古閣本に依る。「不能自復」の一句は汲古閣本になく、宋元本に依って補入する――「目」と「復」とはちょうど押韻するので、汲古閣本が誤りと見える。
隨。秋隼冬翔,數被嚴霜。雞犬夜鳴,家擾不寧。兌秋艮隼,互大坎故曰冬、曰霜。巽為雞,艮為犬,震為鳴,兌為夜,故曰雞犬夜鳴。艮為家,震為驚擾。○雞,依宋元本,汲古作雄,非。
《賁》之《随》。秋の鷹隼は冬に至ってもなお飛翔し、屡々厳霜を挨受する。鶏犬は深夜に乱れ鳴き、一家は騒擾されて安寧を得ない。尚注:兌は秋を主り、艮は隼。互体は放大の坎を合成するので「冬」と言い「霜」と言う。巽は鶏、艮は犬、震は鳴叫、兌は昏夜を主るので「鶏犬夜鳴」と言う。艮は家、震は驚擾を主る。校記:「鶏」の字は宋元本に依り、汲古閣本は「雄」と作るが誤りである。
蠱。班馬還師,以息勞疲。役夫嘉喜,入戶見妻。此用《賁》象。震為馬、為反,故曰班馬、曰還師。坎為勞,艮止,故曰以息勞疲。震為夫、為喜,艮為戶,巽為入,震巽為夫婦,故入戶見妻。○戶,依宋元本,汲古作室,亦可從。
《賁》之《蠱》。戦馬は隊を結んで班師して回り、疲労した人馬に一息を歇めさせる。服役の丁夫は歓喜非常で、門に入るや否や妻子に見えた。尚注:この条は《賁》の象を用いる。震は馬・返還を主るので「班馬」「還師」と言う。坎は労苦、艮は停止を主るので「以息労疲」と言う。震は丈夫・喜、艮は門戸、巽は入を主る。震と巽とは相配れば即ち夫婦なので「入戸見妻」と言う。校記:「戸」の字は宋元本に依り、汲古閣本は「室」と作るが、また講じ通る。
臨。老楊日衰,條多枯枝。爵級不進,逐下摧隤。震為楊,坤敝,故曰老楊。伏巽故曰枯。震為爵。《左傳》不行之謂臨,故曰不進。坤喪兌毀,故曰摧隤。震為逐,坤為下,逐下者,言漸流而下也。○逐下,依宋元本,汲古作遂至。
《賁》之《臨》。老楊樹は日に衰敗し、枝条上は枯干した死枝が多い。官爵は昇遷が見えず、かえって一級級下に跌落する。尚注:震は楊樹、坤は敝敗を主るので「老楊」と言う。伏卦中に巽があり、巽は枯槁を主るので「枯」と言う。震は爵位。《左伝》は「臨」を不行と訓ずるので「不進」と言う。坤は喪亡、兌は毀折を主るので「摧隤」――即ち傾頹敗落――と言う。震は逐、坤は下。「逐下」とは地位が漸々下に流落することを言う。校記:「逐下」は宋元本に依り、汲古閣本は「遂至」と作る。
噬嗑。六人俱行,各遺其囊。黃鵠失珠,無以為明。詳《臨》之《師》。 ○鵠,宋元本作鶴。
《賁》之《噬嗑》。六人が伴を結んで路に上がるが、各々行囊を丢失した。黄鵠は口中の明珠を丢し、もはや照明の物がない。尚注:本条の取象は詳しく《臨》之《師》の一条に見える。校記:「鵠」の字は宋元本が「鶴」と作る。又:《易林》一卦六十四変の通例に按れば、《賁》之《臨》と《賁》之《噬嗑》の間には本は《賁》之《観》の一条あるべきだが、底本はここで脱漏しており、今源文に拠って実収するのみで、臆して補うことを敢えてしない。
剝。依叔牆隅,志下心勞。楚亭晨食,韓子低頭。詳《同人》之《震》。第二三句依汲古,宋元本作"志下勞苦,楚相辰食",非,此用韓信寄食亭長事,勞與頭古協。
《賁》之《剥》。叔の家の墻角の下に倚って過活し、志気は低微で心力は交瘁する。楚地の亭長の家で一頓の早飯を蹭けば、韓信は頭を低め気を忍ぶしかない。尚注:本条の取象は詳しく《同人》之《震》の一条に見える。第二・第三の二句は汲古閣本に依る。宋元本は「志下労苦、楚相辰食」と作るが誤りである。ここで用いるは韓信が南昌亭長の家に寄食した旧事で、「労」と「頭」とは古音でちょうど協韻する。
復。三牛生狗,以戌為母。荊夷上侵,姬伯出走。詳《坤》之《震》。
《賁》之《復》。三頭の牛が狗を生み、戌を以て母と為す。南方の荊蛮は上に向かって侵犯し、姫姓の諸侯は出奔逃亡した。尚注:本条の取象は詳しく《坤》之《震》の一条に見える。
無妄。鶴盜我珠,逃於東都。鵠怒追求,郭氏之墟。不見蹤跡,反為禍災。詳《豫》之《明夷》。 ○怒,依宋元本,汲古作起,元本此林及《大畜》皆列《恆》下,非。此以巽為盜。
《賁》之《无妄》。鶴が我が明珠を偸んで東都へ逃げ去った。黄鵠は怒って追討し、一路郭氏の廃墟まで追い至った。踪迹はしかし全然見えず、かえって禍災を惹き出した。尚注:本条の取象は詳しく《豫》之《明夷》の一条に見える。校記:「怒」の字は宋元本に依り、汲古閣本は「起」と作る。元刻本はこの条と《賁》之《大畜》とをいずれも《恒》の条の下に排すが誤りである。この条は巽を以て盗とする。
大畜。升輿中退,舉事不遂。餔糜毀齒,失其道理。震為車、為升,上艮為反震,故曰中退、曰舉事不遂。兌口為餔、為齒,震為糜。糜,至爛之食。乃餔之而齒毀,故曰失道。艮為道,兌毀。○升輿,從局本,宋元本、汲古本皆作外輿。餔,宋元本作哺,義同。糜,從汲古,宋元本作麋。
《賁》之《大畜》。車は剛く坡に上がるや否や半途で退回し、事を辦すも成らない。爛糊の粥を食ってかえって歯を磕き壊し、全く常理に違反する。尚注:震は車・上昇を主り、上体の艮はまさに震の倒卦なので「中退」と言い「挙事不遂」と言う。兌は口で、口は食を進め口中に歯あり、震は糜――糜は極めて爛れに煮た食物である。もとは最も軟らかい物なのに、食ってかえって歯を硌き壊すので「失道」と言う。艮は道理、兌は毀折を主る。校記:「升輿」は書局本に従い、宋元本と汲古閣本はともに「外輿」と作る。「餔」の字は宋元本が「哺」とし、意は同じ。「糜」の字は汲古閣本に従い、宋元本は「麋」と作る。
頤。鴻鵠高飛,鳴求其雌。雌來在戶,雄哺嘻嘻。甚獨勞苦,炰鱉膾鯉。艮為鴻鵠、為高飛,震為鳴,艮為求,坤為雌、為戶,震為雄、為哺、為嘻嘻。坤役萬物,故曰勞苦。艮為鱉,坤為鯉。○炰,元本作缹,從宋本、汲古。
《賁》之《頤》。鴻鵠は高く飛び起こり、一路鳴叫してその雌の伴を尋求する。雌鳥は飛び来て門前に停まり、雄鳥はそれに食を哺ね、嘻嘻として歓喜する。ただ格外的に労苦し、さらに鱉を烹り鯉を切って張羅する。尚注:艮は鴻鵠・高飛、震は鳴、艮は尋求、坤は雌・門戸、震は雄・哺餵・嘻嘻の笑声を主る。坤は万物を役使するので労苦を主る。艮は鱉、坤は鯉。校記:「炰」の字は元刻本が「缹」とし、ここでは宋刻本と汲古閣本に従う。
大過。褰衣涉河,水深漬罷。幸賴舟子,濟脫無他。詳《剝》之《賁》。 ○罷,音婆,同疲。漬罷,宋本、汲古作漬衣,依元本。
《賁》之《大過》。衣裳を提起して水を渉って河を過ぎるが、水は深く、浸されて人は疲憊不堪である。幸いに船家の相助があり、ついに渡り得て、別に他患なし。尚注:本条の取象は詳しく《剥》之《賁》の一条に見える。校記:「罷」は婆と読み、即ち「疲」の字である。「漬罷」の二字は宋刻本と汲古閣本が「漬衣」とし、ここでは元刻本に依る。
坎。虎齧龍指,泰山之崖。天命不佑,不見其雌。互艮為虎,震為龍、為齧,艮為指,故曰虎齧龍指。艮為山崖、為天,巽為命,巽伏,故曰天命不佑、故曰不見其雌。
《賁》之《坎》。老虎が龍の爪指を嚙み住え、即ち泰山の懸崖の上に在る。上天は保佑を加えず、その配偶さえ見えない。尚注:互体の艮は虎、震は龍・啮咬を主り、艮はまた指を主るので「虎啮龍指」と言う。艮は山崖・天、巽は命。巽は伏位に処って顕れないので「天命不佑」と言い、これによってもまた「不見其雌」と言う。
離。明不處暗,智不履危。終日卒歲,樂以笑歌。離為明智,伏坎為暗、為危,離為日,伏震為歲。艮為卒,震為笑樂。○日,依宋元本,汲古作年。
《賁》之《離》。眼明の人は暗き処に待たず、智ある人は険地を踏みに行かず。こうして一天を過ごし一年を過ごし、みな歓笑歌唱の中に過ごす。尚注:離は光明と智慧を主り、伏卦中の坎は幽暗・険危を主る。離は日、伏卦中の震は年歳を主る。艮は終了、震は歓笑喜楽を主る。校記:「日」の字は宋元本に依り、汲古閣本は「年」と作る。
咸。三足俱行,傾危善僵。六指不便,慁累弟兄。樹柱閡車,失其正當。通《損》。震為足、為行,數三,故曰三足。兌為傾危,艮止為僵、為指,乾後天數六,故曰六指。足,指原恃以行動,乃三足行,宜速而善僵。六指宜便利而為累,皆以有餘而不利。坤為車,艮木在上而止,故曰樹柱閡車。坤為失、為慁累。《左傳昭六年》"生不圂賓",注:慁,猶患也。坤為憂患,亦失傳象。○車,依宋元本,汲古訛居。
《賁》之《咸》。三つの脚が一斉に路を走ると、かえって摇晃傾危して動けば即ち跌倒する。六根の手指はなお霊便ならず、兄弟をも連累した。柱を豎てて車を挡えば、様様みな正当を失った。尚注:《咸》は《損》と旁通する。震は足・行走で、その数は三なので「三足」と言う。兌は傾危、艮は静止を主るので僵仆となり手指となる。乾は後天の数で六なので「六指」と言う。脚と手指はもともと行動し事を作すために用いるものだが、三つの脚で走れば本は更に速いべきなのにいつも跌倒し、六根の手指は本は更に便利なべきなのにかえって拖累となった:みな多余のためにかえって不利なのである。坤は車、艮の木がその上に立って拦阻するので「樹柱閡車」と言う。坤は失・困累を主る。《左伝》昭公六年に「生不圂賓」の語があり、注文は「慁」は禍患に猶ると言う。坤は憂患を主り、これもまた一つの久しく伝わらざる卦象である。校記:「車」の字は宋元本に依り、汲古閣本は「居」と訛る。
恆。舍車而徒,亡其駁牛。雖喪白頭,酒以療憂。震為徒行、為駁,坤為車、為牛,坤伏,故曰舍車、曰亡牛。乾為頭,巽白,故曰白頭。互大坎為酒、為憂。
《賁》之《恒》。車を丢てて歩行し、またあの雑色の牛を丢した。愁えて頭が満々と花白となったが、幸いなお酒があって憂を解し得る。尚注:震は徒歩して行く・雑色を主り、坤は車・牛を主る。坤は伏位に処るので「捨車」「亡牛」と言う。乾は頭、巽の色は白なので「白頭」と言う。互体は放大の坎を合成し、坎は酒・憂を主る。
遁。析薪熾酒,使媒求婦。和合齊宋,姜子悅喜。詳《噬嗑》之《家人》。
《賁》之《遯》。柴を劈き酒を温め、媒人に託して親を言わせる。斉・宋両国は婚好を結び、姜姓と子姓の両家は歓歓喜喜である。尚注:本条の取象は詳しく《噬嗑》之《家人》の一条に見える。
大壯。夜視無明,不利賈商。子反笑歡,與市為仇。通《觀》。坤為夜,艮為視,坤黑故無明。震為商賈,兌折,故不利。震為子、為歸,故曰子反。震為笑歡,伏巽為市。○不利,汲古作不離,依宋元本。賈商,元本、汲古作商賈,從宋本,與明韻。
《賁》之《大壮》。夜に物を看るも光亮なく、行商売買に利なし。兒子は家に帰って歓笑するも、市集上の人と怨を結んだ。尚注:《大壮》は《観》と旁通する。坤は夜、艮は看視、坤の色は黒なので「无明」。震は商賈、兌は折損を主るので「不利」。震は子・返回を主るので「子反」と言う。震は歓笑を主り、伏卦中の巽は市集を主る。校記:「不利」は汲古閣本が「不離」とし、宋元本に依る。「賈商」は元刻本と汲古閣本が「商賈」とし、ここでは宋刻本に従う。「商」と「明」とはちょうど押韻するためである。
晉。徒行離車,冒厭泥塗,利以休居。震為車、為行,震覆,故曰徒行、曰離車。震為冒,上坎故曰泥塗。艮止故休。○冒厭,宋元本作不冒,依汲古。厭,當也。《史紀高祖紀》"因東遊以厭之"是也。
《賁》之《晋》。徒歩して行き、車子を離れ、強いて満路の泥濘を抵って前に往くが、其実は止まって歇むがこそ利である。尚注:震は車・行走を主り、震は一たび倒覆するので「徒行」「離車」と言う。震は冒犯衝撞を主り、上体は坎水なので「泥塗」と言う。艮は停止を主るので「休」と言う。校記:「冒厭」は宋元本が「不冒」とし、汲古閣本に依る。「厭」は抵当の意で、《史記・高祖本紀》の言う「因東游以厭之」は即ちこの用法である。
明夷。作室山根,人以為安。一夕崩顛,破我壺飱。坎為室,艮為山,艮覆故曰崩。震為人,坎為夕,數一,故曰一夕。坎為破,震為壺。○夕,依汲古,元本作昔。按:此亦或作《賁》象。
《賁》之《明夷》。山脚の下に房子を蓋えば、人はみな穏当と為す。料らず一夜に山が崩れ土が陥ち、我が水壺と飯食とをみな砸き破った。尚注:坎は居室、艮は山。艮体は倒覆するので「崩」と言う。震は人、坎は夜で、その数は一なので「一夕」と言う。坎は破、震は壺。校記:「夕」の字は汲古閣本に依り、元刻本は「昔」と作る。尚氏の按語:この条は或いはまた《賁》卦の象に按じて解し得るかもしれない。
家人。東山西山,各自言安。雖相登望,竟未同堂。此似用《賁》象。艮山、震東、坎西,三至上正反震艮,故曰相登望。震為登,艮為望、為堂,正反艮相背故未同堂。○首句依汲古,宋元本作山東山西。
《賁》之《家人》。東辺に一座の山、西辺に一座の山で、各々みな自己が安穏だと言う。彼此高く登って相望むも、終に一堂に同じく処ることができない。尚注:この条は《賁》の象を用いるらしい。艮は山、震は東、坎は西。三爻から上爻までの間に正震倒震・正艮倒艮が相対するので「相登望」と言う。震は登、艮は望・庁堂を主る。正艮と倒艮とは背向して立つので同堂できない。校記:首句は汲古閣本に依り、宋元本は「山東山西」と作る。
睽。君子在朝,凶言去消。驚駭逐狼,不見雄英。此亦用遇卦《賁》象。雄英,依汲古,宋元本作英雄。艮為君子、為朝,震為言,坎險故曰凶言。《左傳》艮為壞,故曰凶言去消。震為驚駭,艮為狼,震為行,故曰逐狼。
《賁》之《睽》。君子が朝堂の上に立てば、凶険の流言は便ち消散した。驚駭を受けて豺狼を駆赶するも、あの英雄が出面するを見ず。尚注:この条も遇卦《賁》の象を用いる。「雄英」の二字は汲古閣本に依り、宋元本は「英雄」と作る。艮は君子・朝廷、震は言語、坎は険陥を主るので「凶言」と言う。《左伝》は艮を以て敗壊と為し、壊れば言語は消散するので「凶言去消」と言う。震は驚駭を主り、艮は狼、震はまた行を主るので「逐狼」と言う。
蹇。填填,火燒山根。不潤我鄰,獨不蒙恩。,車聲。填填,厚重貌。《莊子馬蹄篇》:"故至德之世,其行填填"是也。此亦用遇卦《賁》象。火在山下,故曰火燒山根。震為鄰,火在坎下,水涸故不潤我鄰。○,依宋元本,汲古訛●。填,宋元本作墳,存左半。汲古作慎,存右半。依兩本證之的是填字。
《賁》之《蹇》。車声は轔轔として行走は沈穩だが、山脚の下では大火が焼き起こった。火気の潤沢は我が隣里に及ばず、ただ我だけが恵沢を承けない。尚注:句首のあの字は車行の声である。「填填」は厚重に穩行する様子で、《荘子・馬蹄篇》の言う「故至徳之世、其行填填」はまさにこの義である。この条も遇卦《賁》の象を用いる。《賁》卦は火が山の下に在るので「火焼山根」と言う。震は隣、火は坎水の下に在り、水は烤き乾かされるので、潤沢が我が隣里に及ばない。校記:句首のあの字は宋元本に依り、汲古閣本は一個の墨釘と訛る。「填」の字は宋元本が「墳」とし左半のみ存し、汲古閣本は「慎」とし右半のみ存す。両本を合わせて印証すれば、本字は確かに「填」であると知れる。
解。南山之蹊,真人所在。德配唐虞,天命為子。保佑歆享,身受大慶。詳否之豫。在,汲古作遊,依宋元本。
《賁》之《解》。南山の小路上に、真人が隠居してそこに在る。彼の徳行は唐尭虞舜に配うに足り、天命は彼に天子を為さしむことを許す。神明の保佑を受け祭飨を享用し、一身は大福慶を承受した。尚注:本条の取象は詳しく《否》之《豫》の一条に見える。校記:「在」の字は汲古閣本が「游」とし、宋元本に依る。
損。龍蛇所聚,大水來處。泱泱霈霈。濙濙濭濭,使我無賴。詳《泰》之《豐》。 ○霈,宋元本作濡,依汲古。第四句汲古作淡淡磕磕,依元本。
《賁》之《損》。龍蛇が聚集する所より、大水がまさにそこから涌き来る。水勢は浩浩蕩蕩・滂沱として傾注し、弥漫回旋・昏暗一片で、我をして依る所なからしむ。尚注:本条の取象は詳しく《泰》之《豊》の一条に見える。校記:「霈」の字は宋元本が「濡」とし、汲古閣本に依る。第四句は汲古閣本が「淡淡磕磕」とし、ここでは元刻本に依る。
益。旃裘苫蓋,慕德獻服。邊鄙不聳,以安王國。坤為裘、為服、為邊鄙、為國,震為毛羽、為旃、為草、為苫,艮為蓋、為獻。不聳者,言夷狄來服而邊鄙不震聳也。○苫蓋,汲古作若闔,聳作悚,均依宋元本。
《賁》之《益》。毡裘を穿り草棚に住む辺地の部族が、王者の徳を仰慕して帰服の誠を献ずる。辺境は再び驚擾せず、王国はこれによって安を得た。尚注:坤は皮裘・衣服・辺地・邦国、震は毛羽・毡・草・草苫、艮は覆蓋・進献を主る。「不聳」とは夷狄が来て帰附し、辺境が再び震動驚擾しないを言う。校記:「苫蓋」は汲古閣本が「若闔」とし、「聳」の字は汲古閣本が「悚」とし、いずれも宋元本に依る。
夬。光祀春成,陳寶雞鳴。陽明失道,不能自守,消亡為咎。詳《大有》之《井》。 ○光祀,依《大有》之《井》校,宋元、汲古本皆作光體。
《賁》之《夬》。盛大の祭祀は春に辦成され、陳宝神は降臨の時に化して鶏鳴の声と為る。しかし陽明の気は常道を失い、自守することができず、ついに消亡して災咎と成った。尚注:本条の取象は詳しく《大有》之《井》の一条に見える。校記:「光祀」の二字は《大有》之《井》の一条に依って校定したもので、宋元本と汲古閣本はともに「光体」と作る。
姤。下泉苞狼,十年無王。荀伯遇時,憂念周京。詳《蠱》之《歸妹》。 ○荀,依汲古,元本作郇。
《賁》之《姤》。地下に涌出する寒泉が叢生の稂草を浸し、十年の間天子なし。荀伯はこのような時勢に趕着き、心の裡に周朝の京師を憂念する。尚注:本条の取象は詳しく《蠱》之《帰妹》の一条に見える。校記:「荀」の字は汲古閣本に依り、元刻本は「郇」と作る。
萃。仁德不暴,五精就舍。四序允釐,民安其居。○序,宋元作牧,依汲古。
《賁》之《萃》。仁徳を以て世を治め暴虐を施さず、五方五行の精気は各々本位に帰す。四時の次序はみな妥善に整治を得て、百姓は業に安んじ居に楽しむ。「五精」は五方の神の精気を指し、「允釐」の二字は《尚書・尭典》の「允釐百工」に本づき、治理が宜を得るの意である。本条は尚氏が取象を出さず、ただ一句の校語を留める:「序」の字は宋元本が「牧」とし、ここでは汲古閣本に依る。
升。隋和重寶,眾所貪有。相如睨柱,趙王危殆。震為珠玉,故曰隋和重寶。隋珠和璧也。坤為眾、為多,震為柱、為王,坤為危殆。○所,宋元本作多,依汲古。《史記藺相如傳》:"相如以璧至秦,察秦人無意與城,乃持璧睨柱,而言曰:臣頭將與璧俱碎"。
《賁》之《升》。隋侯の珠・和氏の璧はみな稀世の重宝で、人はみな貪求して己の有と為さんと欲す。藺相如は斜めに眼を着けて殿柱を盯み、趙王の処境は十分に危険である。尚注:震は珠玉を主るので「隋和重宝」と言う、即ち隋侯珠と和氏璧である。坤は衆・多、震は柱・王を主り、坤は危殆を主る。校記:「所」の字は宋元本が「多」とし、汲古閣本に依る。《史記・藺相如列伝》は相如が璧を捧げて秦に至り、秦人が城池を交出する意なきを看出し、便ち璧を持して庭柱を斜視し、自己の頭は璧とともに碎けんと言ったを記す。
困。鳳生五雛,長於南城。君子康寧,悅樂身榮。互離為鳳,巽卦數五,故曰五雛。兌為雛。伏震為長、為南,艮為郭、為君子,震為康樂。
《賁》之《困》。鳳凰は五羽の雛鳥を生み、南辺の城郭の裡で長大した。君子は安康寧泰で、喜悦歓楽し、一身は栄顕である。尚注:互体の離は鳳、巽は卦数で五なので「五雛」と言う。兌は幼雛を主る。伏卦中の震は長大・南方、艮は城郭・君子を主り、震は安康歓楽を主る。
井。二人為旅,俱歸北海。入門上堂,拜謁王母。勞賜我酒,女功悅喜。通《噬嗑》。震為人,正覆艮,故曰二人。坎為北、為海,震為歸,故俱歸北海。艮為門、為堂,巽入。震為王,巽為母,艮為拜,故曰拜謁王母。坎為酒,兌為女、為悅喜。○旅,宋元本作侶,依汲古。悅喜,汲古作不喜,非,依宋元本。
《賁》之《井》。二人は伴を結んで同行し、ともに北海の濱に回帰する。門に入り堂に登り、叩拜して王母に謁見する。主人は慰労して我に美酒を賜り、女工を為るも歓歓喜喜である。尚注:《井》は《噬嗑》と旁通する。震は人で、卦中は兼ねて正艮と倒艮の両象があるので「二人」と言う。坎は北・海、震は帰返を主るので「俱帰北海」。艮は門・堂、巽は入内を主る。震は王、巽は母、艮は拝を主るので「拝謁王母」と言う。坎は酒、兌は女・喜悦を主る。校記:「旅」の字は宋元本が「侶」とし、汲古閣本に依る。「悦喜」は汲古閣本が「不喜」とするが誤りで、宋元本に依る。
革。逐憂去殃,洿泥生梁,下田為王。○通《蒙》。震為逐,坤為憂、為殃,坤坎皆為水,故曰洿泥。震為生、為粱,坤為下、為田,震為王。○去,汲古作除,茲依宋元本。
《賁》之《革》。憂愁を駆き去り、災殃を除去す。低窪の泥淖の上に橋梁を架け、下等の田地にも君王が出た。尚注:《革》は《蒙》と旁通する。震は駆逐を主り、坤は憂・殃を主る。坤と坎はともに水なので「洿泥」と言う。震は生・梁、坤は下・田、震は王を主る。校記:「去」の字は汲古閣本が「除」とし、ここでは宋元本に依る。
鼎。東門之壇,茹藘在阪。禮義不行,與我心反。通《屯》。震東,互艮為門、為壇,震為茹藘。《毛傳》茹藘,茅也。艮為阪,坤為禮義,坤閉故不行。坤為我、為心。《鼎》巽為心,初至五正反巽,故曰心反。黃丕烈云:正義云:徧檢諸本皆作壇,今定本作墠,釋文云:"壇者,音善,依字當作墠"云云,今《易林》正作壇,可見作《易林》時仍是壇字,與孔疏合。今作堚,似是,實非是,《易林》可證經誤字。○壇,汲古作墠,依宋元本。○按:此詩毛以為刺淫奔,焦以為賢人居鄭東門,君若臣不以禮致之,室近人遠也。義較毛長。
《賁》之《鼎》。東門外の土壇に、茜草が坡上に生える。礼義は通行せず、我が心願とちょうど相反する。尚注:《鼎》は《屯》と旁通する。震は東方に居り、互体の艮は門・壇、震は茹藘(茜草)を主る。《毛伝》は茹藘は茅蒐の類の草だと言う。艮は坡阪、坤は礼義、坤は閉塞を主るので「不行」。坤は我・心。《鼎》卦の巽は心で、初爻から五爻までの間は正巽と倒巽とが相対するので「心反」と言う。黄丕烈は言う:《毛詩正義》は遍く諸本の《詩経》を査するに皆「壇」と作り、今の定本はかえって「墠」と作ると講じ、《経典釈文》は「壇」は善と読み字に按れば「墠」と作るべしと言う。しかし《易林》はまさに「壇」と作るので、焦延夀が《易林》を作した時の経文はなお「壇」の字であり、孔穎達の《正義》と相合することが見える。今本の改字は理あるが如く見えて其実は正しくない、《易林》はまさに以て今本経文の誤字を証明し得る。校記:「壇」の字は汲古閣本が「墠」とし、宋元本に依る。又按するに:《鄭風》のこの詩は、毛伝は男女の淫奔を譏刺すると為すが、焦延夀は賢人が鄭国の東門に住み、国君と臣下が礼を以て彼を延請できず、住处は近いが人心は疎遠を写したと為す。焦氏の解釈は毛伝より更に義理あるものである。
震。鳧遇稻蘆,甘樂,雖驅不去。艮為鳧,震為蘆稻、為。,《廣韻》、《集韻》皆音礦,《玉篇》:"大麥也"。伏巽為魚、為,震歸,故不去。○蘆,宋元本作廬,今依汲古。
《賁》之《震》。野鴨が稲子と蘆葦に碰上り、津々として味わいあの大麦を享用し、駆いても駆いても去らない。尚注:艮は鳧、震は蘆葦稲穀、またあの穀物でもある――この字は底本が残損している。《広韻》《集韻》はともにそれを「礦」と読むと注し、《玉篇》はそれは大麦だと言う。伏卦中の巽は魚・この種の穀物を主る。震は帰止を主るので、駆赶しても肯んじて離れない。校記:「蘆」の字は宋元本が「廬」とし、今汲古閣本に依る。
艮。清人高子,久屯外野。逍遙不歸,思我慈母。詳《師》之《睽》。 ○依《師》之《睽》校作慈母,各本皆作君母。又各本多"公子奉請,王孫嘉許"二句,與上文語意不合,亦依《師》之《睽》校刪。
《賁》之《艮》。清邑の将士高克は、長く国境の外の野地に駐紮する。終日閑蕩して回還を得ず、心の裡に慈母を思念する。尚注:本条の取象は詳しく《師》之《睽》の一条に見える。校記:末句は《師》之《睽》の一条に依って校定して「慈母」と作す。諸本は皆「君母」と作る。また諸本は「公子奉請、王孫嘉許」の二句を多く出すが、上文と語意が合わないので、また《師》之《睽》の一条に依って校訂して刪去する。
漸。讒佞所言,語不成全。虎狼之患,不為我殘。伏震為言,伏兌亦為言,故曰讒佞。坎破,故語不成全。艮為虎狼,坎為患、為殘,巽順,故不殘。○佞,汲古作人,依宋元本。
《賁》之《漸》。讒を進める奸佞の言う所の話は、顛倒破碎して周全く言えない。虎狼のごとき禍患は、終に我を傷害しなかった。尚注:伏卦中の震は言、伏兌もまた言で、両口が相加わって是非を生ずるので「讒佞」と言う。坎は破損を主るので話は完整に言えない。艮は虎狼、坎は禍患・残害を主る。巽の性は柔順なので、害を受けるに至らない。校記:「佞」の字は汲古閣本が「人」とし、宋元本に依る。
歸妹。張羅捕鳩,兔麗其災。雌雄俱得,為網所賊。互離為羅網、為鳩,震為兔,坎為災。麗,《左傳宣十二年》"射麋麗龜"注:麗,著也,言張羅本以捕鳩,不意兔當其災而被捕也。卦震兔,居離網中,而兌為毀折,故有此象。坎雄離雌。坎為賊。○兔,各本皆作鳥,依《歸妹》之《節》校改。
《賁》之《帰妹》。羅網を張って本は斑鳩を捕らえんとしたのに、兎子がこの場の災禍に撞上った。雌も雄も一斉に捉えられ、みな網羅の害に遭った。尚注:互体の離は羅網・鳩、震は兎、坎は災を主る。「麗」の字は、《左伝》宣公十二年の「射麋麗亀」の句の下の注は「麗」は附着の意だと言う。これが言うのは網を張るはもと鳩を捕らえんがためなのに、料らず兎子が偏偏としてこの場の災禍に撞上り捕らえられたである。卦中の震兎はまさに離網の当中に処り、兌は毀折を主るので、このような象がある。坎は雄、離は雌。坎はまた賊害を主る。校記:「兎」の字は諸本が皆「鳥」とし、《帰妹》之《節》の一条に依って校改した。
豐。安仁尚德,東鄰慕義,來安吾國。震為仁德,離為東鄰,伏艮為國、為安。
《賁》之《豊》。仁に安んじ徳を尚び、東辺の隣国がこの道義を仰慕して、来て我が国家に安を得せしむ。尚注:震は仁徳、離は東隣、伏卦中の艮は邦国・安寧を主る。
旅。猾丑假誠,前後相違。言如鱉咳,語不可知。艮為鱉,兌為言、為咳、為語,巽伏故不知。又離為惡人、為猾丑,坎為信、為誠,假誠者,言心本猾而托為誠實,故前後相違。因二至五正反兌相背,故語不信實。困有言不信義同也。○假,宋元本作如,依汲古。又按前後相違亦謂二至五正反兌相背。
《賁》之《旅》。奸猾醜悪の人が誠懇を仮装し、前後の言う所は自ら相違背する。話し起こせば鱉が咳嗽するが如く、含混して清らかでなく、人に聴き明白らせられない。尚注:艮は鱉、兌は言・咳・語を主る。巽は伏位に処るので聴き懂えない。また離は悪人・奸猾醜類、坎は信・誠を主る。「假誠」とは心は本自奸猾なのに、誠実を假托するを言い、だから前言と後語とが一ならない。二爻から五爻までの間は正兌と倒兌とが背向して相立つので、言語は真実でない――《困》卦のいわゆる「有言不信」は、義理はこれと同じである。校記:「假」の字は宋元本が「如」とし、汲古閣本に依る。又按するに:「前後相違」もまた二至五爻の正兌と倒兌とが相背するを指す。
巽。懷璧越鄉,不可遠行。蔡侯兩裘,久苦流離。伏震為璧,艮為鄉,震為行、為蔡、為諸侯、為裘。重震,故曰兩裘。《左傳定二年》:蔡侯如楚,有兩裘,一獻楚王,一自御。子常求之,不與,留之三年。
《賁》之《巽》。懐裡に宝璧を揣えて境を越え遠游するが、このような遠行は去るべからず。蔡侯は二件の皮裘を帯び、これによって長く困苦し、他郷に流落した。尚注:伏卦中の震は璧、艮は郷里、震は出行・蔡・諸侯・皮裘を主る。震象は重出するので「両裘」と言う。《左伝》定公二年は記す:蔡侯は楚国に至り、二件の皮裘を帯び、一件は楚王に献じ一件は自ら穿いた。令尹子常は彼に索要するも彼は肯んじて与えず、結果三年間扣留された。
兌。伯氏歸國,多所恨惑。車傾蓋亡,身常驚惶。乃得其願,雌雄相從。詳乾之屯伏震為伯。
《賁》之《兌》。伯氏は自己の封国に回帰するも、心中には多くの怨恨と疑惑あり。車子は翻倒し車蓋も丢れ、一身は常に驚慌の中に処る。後についに心願を遂げ、雌雄は相随して行く。尚注:本条の取象は詳しく《乾》之《屯》の一条に見える。ここでは伏卦中の震を以て伯とする。
渙。火石相得,乾無潤澤。利少囊縮,祇益促迫。互艮為火、為石,皆燥無潤澤,故曰相得。巽為利,坤為囊,中祇二陰爻,故曰囊縮,曰促迫。○汲古無第四句,非,依宋元本。
《賁》之《渙》。火と石とが湊り合い、乾燥して半点の潤沢もない。獲利は微薄で銭囊は瘪縮し、ただいよいよ窘迫するのみ。尚注:互体の艮は火・石を主り、両者はともに乾燥して潤なく、性情は相投じるので「相得」と言う。巽は利、坤は口袋を主る。当中には二個の陰爻のみあるので「囊縮」と言い「促迫」と言う。校記:汲古閣本は第四句がなく誤りで、ここでは宋元本に依って補足した。
節。君明聖哲,鳴呼其友。顯德之徒,可以禮仕。震為君,艮為明,坎為聖哲,震為鳴,艮為友,為顯,為仕。○明,宋元本作知,依汲古。
《賁》之《節》。君主は明達で聖哲の資あり、高声にその同道を召喚する。あの徳行顕著の人は、礼に依って出て官を為す可きである。尚注:震は君、艮は明、坎は聖哲、震は鳴呼、艮は朋友・顕揚・仕進を主る。校記:「明」の字は宋元本が「知」とし、汲古閣本に依る。
中孚。騎豚逐羊,不見所望。徑涉虎廬,亡豚失羊。詳乾之蹇。○亡豚,宋元本作亡羝,從汲古。此以巽為豚。
《賁》之《中孚》。小猪に騎って羊を追うも、指望する物は一様にも見えない。径直に老虎の窩に闖入し、結果猪は丢れ羊もなくなった。尚注:本条の取象は詳しく《乾》之《蹇》の一条に見える。校記:「亡豚」は宋元本が「亡羝」とし、ここでは汲古閣本に従う。この条は巽を以て豚とする。
小過。玄黃瘣隤,行者勞疲。役夫憔悴,處子畏哀。震為玄黃、為行,兌折,故曰瘣隤。瘣隤,病也。互大坎為勞、為役,震為夫,巽為震妻而伏,故曰處子。坎為畏哀也。○瘣隤,依宋元本。《說文》:"瘣,病也",音回,汲古作虺隤,與今本詩合。虺瘣音同。又釋文云《說文》作隤,《爾雅》同。亦音回,訓病,然則瘣、、虺三字音義皆同,特焦作瘣,與毛許異耳。畏哀,汲古作猥衰,依元本。
《賁》之《小過》。馬児は毛色斑駁で病困して行き難く、路を趕ぐ人は疲憊不堪である。服役の丁夫は面容憔悴し、家に留まる婦人は畏懼と悲哀に満ち懐く。尚注:震は玄黄の色・行走を主り、兌は折損を主るので「瘣隤」と言う――「瘣隤」とは即ち病である。互体は放大の坎を合成し、坎は労・役を主り、震は丈夫を主る。巽はもと震の配偶なのに伏位に居るので「処子」と言う。坎は畏懼悲哀を主る。校記:「瘣隤」は宋元本に依る。《説文》は「瘣、病也」と言い、回と読む。汲古閣本は「虺隤」と作り、今本《詩経》と相合し、「虺」「瘣」は同音である。《経典釈文》はまた《説文》は「隤」と作し《爾雅》も同じで、また回と読み病と訓ずると言う。見れば「瘣」・底本が残損するあの一字と「虺」との三字は音義ともに皆同じく、ただ焦延夀は「瘣」と写し、《毛詩》と許愼《説文》の用字と異なるのみである。「畏哀」は汲古閣本が「猥衰」とし、元刻本に依る。
既濟。右手掩目,不見長叔。失其所得,悔吝相仍。此用《賁》象。艮手離目,震長艮叔,坎隱故不見。
《賁》之《既済》。右手を以て眼睛を遮えば、長兄と叔弟とはみな見えない。すでに手に到った物をまた丢き去り、懊悔と麻煩とが接続して断えない。尚注:この条は《賁》の象を用いる。艮は手、離は目。震は長、艮は叔。坎は隠蔽を主るので見えない。
未濟。免冠進賢,步出朝門。儀體不正,賊孽為患。詳《否》之《兌》。
《賁》之《未済》。頭上の進賢冠を摘下し、緩く歩んで朝門を出る。儀容体統は端正ならず、奸賊妖孽は便ち禍患と成った。尚注:本条の取象は詳しく《否》之《兌》の一条に見える。
剥 第二十三
剝。行觸大諱,與司命忤。執囚束縛,拘制於吏,幽人有喜。坤死,故曰大諱。坤惡,故曰忤。艮為官,故曰司命。《天文志》:"斗魁六星,五曰司命,主壽"。艮為吏、為手,故曰執,為拘囚、為束縛、為高尚,故曰幽人。○幽,汲古作憂,依宋元本。
《剥》之《剥》、即ち本卦が自守して変じない一条である。行事が大きな忌諱に触犯し、命を掌る神と相抵触した。捉えられて捆绑され、官吏に拘管された。ところが幽居して静を守る人はかえって喜びあり。尚注:坤は死亡を主るので「大諱」と言う。坤は凶悪を主るので「忤」と言う。艮は官なので「司命」と言う。《漢書・天文志》は北斗の魁中の六星、その第五の星は司命と名づけ、人の寿数を主管すると言う。艮は官吏・手で、手は執持し得るので「執」と言う。艮はまた拘囚・束縛・高尚にして仕えずを主るので「幽人」と言う。校記:「幽」の字は汲古閣本が「憂」とし、宋元本に依る。
乾。穿胸狗邦,僵離旁舂。天地易紀,日月更始。詳《師》之《謙》。
《剥》之《乾》。穿胸国・狗国のような遠方の異域に、僵尸は横たわり陳べられ、罪人は旁で舂米する。天地は綱紀を改換し、日月は重新として端を開く。尚注:本条の取象は詳しく《師》之《謙》の一条に見える。
坤。從風縱火,荻芝俱死。三害集房,十子中傷。剝艮為火,坤為荻芝、為死、為害,艮數三,故曰三害。艮為房,坤為集,數十,故曰十子。《左傳昭十四年》:"三言而除三惡,暴虐頗也",三惡即三害。《論衡》進用也,而蒙三害。《書胤征》:"辰弗集於房"。
《剥》之《坤》。風勢に順って火を放てば、荻草と霊芝とが一斉に焼き死する。三様の禍害が房宿に聚集し、十人の兒子はみな傷を受けた。尚注:《剥》卦の艮は火、坤は荻・芝・死亡・禍害を主る。艮の数は三なので「三害」と言う。艮は房宿、坤は聚集を主り、その数は十なので「十子」と言う。《左伝》昭公十四年は「三言而除三悪」と言い、三悪は暴・虐・頗を指し、即ちここの三害である。《論衡》もまた人は進用を得るも三害を蒙ると言う。「集于房」の一語は《尚書・胤征》の「辰弗集于房」に出で、日月星辰がその常度を失うを講ずる。
屯。北山有棗,橘柚所聚。荷囊載擔,香盈筐筥。坎北。艮為山、為棗、為橘柚,坤為聚,艮為負荷、為擔,坤為囊、為載,震為筐筥,伏巽為香。○所,宋元本作於。載擔、香盈,宋元本作載香、盈我,今依汲古本。
《剥》之《屯》。北山の上に棗樹が生え、橘柚もみな聚まってそこに生ず。口袋を背負い担を挑み上げ、果香は一筐一筥に満ち装られた。尚注:坎は北方に居る。艮は山・棗・橘柚を主り、坤は聚集を主る。艮は負荷・挑担を主り、坤は口袋・承載、震は筐筥――方形のを筐と呼び円形のを筥と呼ぶ。伏卦中の巽は香気を主る。校記:「所」の字は宋元本が「于」と作る。「載担」「香盈」は宋元本が「載香」「盈我」とし、今汲古閣本に依る。
蒙。齎貝贖狸,不聽我辭。繫於虎鬚,牽不得來。詳《否》之《革》。 ○艮為貝證。
《剥》之《蒙》。銭貝を帯びて狸を贖い帰らんとするも、相手は我が説辞を聴かない。あの狸は老虎の鬍鬚に繋がれ、どう牽いても牽いて来られない。尚注:本条の取象は詳しく《否》之《革》の一条に見える。校記:この条は「艮為貝」という逸象の証拠とし得る。
需。上下惟邪,寡婦無夫。歡心隔塞,君子離居。惟邪,嘆息聲也。坎上下皆兌口,二至四互兌,故曰上下惟邪。離為夫,伏坤為寡,故曰寡婦,坎隱伏故無夫。坎為塞、為心、為憂,故不歡。伏艮為君子。○惟,元本作唯,依宋本、汲古。寡婦無夫,宋元本作戾其無夫,依汲古。
《剥》之《需》。上上下下は一面の唉声嘆気で、寡を守る婦人に丈夫なし。歓欣の心は阻隔堵塞され、君子は分離して独居するのみ。尚注:「惟邪」は嘆息の声である。坎の上下はともに兌口があり、二爻から四爻はまた互体して兌を成すので「上下惟邪」と言う。離は夫、伏卦中の坤は寡なので「寡婦」と言う。坎は隠伏に処るので「无夫」。坎は堵塞・心・憂を主るので歓ばない。伏卦中の艮は君子。校記:「惟」の字は元刻本が「唯」とし、宋刻本と汲古閣本に依る。「寡婦无夫」は宋元本が「戾其无夫」とし、汲古閣本に依る。
訟。二人輦車,徙去其家。井沸釜鳴,不可安居。伏明夷。震為人,坤數二,坎為車,故曰二人輦車。坎為室家,震出,故徙去其家。坎為井,坤水在井上,故曰井沸。坤為釜,震鳴,故釜鳴。坎險,故不安。水經注:曲阿季子廟前井及潭皆沸。楚辭:瓦釜雷鳴。然此似另有故實,為今所不解。
《剥》之《訟》。二人が輦車を推して、自己の家を遷離した。井水は翻沸し鍋釜は自ら鳴り、再び安居することができない。尚注:本条の伏卦は《明夷》である。震は人、坤の数は二、坎は車なので「二人輦車」と言う。坎は室家、震は外出を主るので「徙去其家」。坎は井で、坤水は井上に浮かぶので「井沸」と言う。坤は釜、震は鳴響を主るので「釜鳴」。坎は険陥を主るので安居を得ない。《水経注》は曲阿の季子廟前の井と潭水とがかつて沸騰したと記載す。《楚辞》に「瓦釜雷鳴」の語あり。ただこの条は別に典故があるらしく、今はもはや考知する途なし。
師。蹇驢不材,俊驥失時。筋力勞盡,疲於沙邱。詳履之巽。○俊,汲古作駿,筋作觔,依宋元本。宋元本三四句倒置,依汲古。
《剥》之《師》。跛脚の驢子は用を成さず、千里の良駒はまた時に生まれず。筋骨気力はみな耗尽し、疲憊して沙丘に困る。尚注:本条の取象は詳しく《履》之《巽》の一条に見える。校記:「俊」の字は汲古閣本が「駿」とし、「筋」の字は汲古閣本が「觔」とし、いずれも宋元本に依る。第三・第四の二句は宋元本は前後顛倒しており、ここでは汲古閣本に依る。
比。明夷兆初,為穆出郊。以讒復歸,名曰豎牛。剝亂叔孫,餒於虛邱。坎隱伏,故曰明夷。初動,故曰兆初。坤為傷,坎上下兌口相背,故曰讒。艮為豎,坤為牛、為餒,艮為叔孫、為沙邱。《左傳昭四年》:叔孫穆子出亡,至庚宗,遇婦人,宿焉。生豎牛。及自齊歸,遂使為豎。後叔孫田於丘蕕遇疾,豎牛遂為亂,穆子餒死。又五年云:初,叔孫穆子之生莊叔,噬之,遇明夷之謙,故曰明夷兆初。林全用此事,惟沙邱傳作丘蕕而李善《文選運命論》注引作蒲丘。據此則虛丘應作蒲丘。○郊,元本作交,依宋本、汲古。夷兆,各本作傷之,依大壯之比校。大壯之比第二句作三旦為災。餒,汲古本作飫,宋元本作餧,亦依大壯之比校。
《剥》之《比》。《明夷》の兆は早くも初生の時にすでに顕現し、穆子はこれによって郊外に出奔した。後に讒言によって国に帰るを得、その孩子は名を豎牛と取った。彼は叔孫氏の一門を擾乱し、穆子を害して虚丘に餓死せしめた。尚注:坎は隠伏に処るので「明夷」と言う。初爻が発動するので「兆初」と言う。坤は傷害を主り、坎の上下に二つの兌口が背向して相立つので「讒」と言う。艮は豎、坤は牛・飢餓、艮はまた叔孫・沙丘を主る。《左伝》昭公四年は記す:叔孫穆子は出亡し、庚宗に行き至り、一名の婦人に遇い、そこに過夜し、豎牛を生んだ。穆子が斉国より帰って以後、豎牛を家臣と為した。後に叔孫は丘蕕で打猟するに病を得、豎牛は機に乘じて乱を作し、穆子はついに餓死した。昭公五年はまた記す:初め穆子が出生した時、その父荘叔は《周易》を以て彼がために占筮し、《明夷》之《謙》に遇ったので、林辞は「明夷兆初」と言う。この条の林辞は全てこの段の史事を用いる。ただ「沙邱」は《左伝》では「丘蕕」と作り、李善が《文選・運命論》に注して「蒲丘」と引く。これに拠れば「虚丘」は「蒲丘」と作るべきである。校記:「郊」の字は元刻本が「交」とし、宋刻本と汲古閣本に依る。「夷兆」は諸本が「傷之」とし、《大壮》之《比》の一条に依って校改する。あの条の第二句は「三旦為災」と作る。「餒」の字は汲古閣本が「飫」とし、宋元本は「餧」とし、また《大壮》之《比》に依って校定する。
小畜。天火大起,飛鳥驚駭。作事不時,自為身咎。乾天離火,伏艮為鳥,震為驚駭,艮為時,艮伏故不時。伏坤為自、為身。○身,汲古作多,依宋元本。
《剥》之《小畜》。天火は熊熊と焼き起こり、飛鳥は驚駭四散した。事を為すに時宜に合わず、ただ自己が自己に罪咎を招来するのみ。尚注:乾は天、離は火。伏卦中の艮は鳥、震は驚駭を主る。艮は時節で、艮は伏位に処るので「不時」と言う。伏卦中の坤は自・身を主る。校記:「身」の字は汲古閣本が「多」とし、宋元本に依る。
履。土與山連,共保歲寒。終無災患,萬世長安。通《謙》。坤土艮山,故曰土與山連。坤為歲,坎為寒、為災患,坤為萬、為世,艮為安。
《剥》之《履》。平地と高山とは連なり一片を成し、ともに歳寒の考験を受ける。終始災禍憂患なく、万世長く安寧を享く。尚注:《履》は《謙》と旁通する。坤は土、艮は山なので「土與山連」と言う。坤は年歳、坎は寒・災患、坤は万・世、艮は安を主る。
泰。日出阜東,山蔽其明。章甫薦履,箕子佯狂。詳《賁》之《屯》。
《剥》之《泰》。太陽は東辺の土山の後より升るが、山がその光明を遮った。頭は章甫の礼冠を戴き、脚は草鞋を穿く――箕子が瘋癲を仮装したのである。尚注:本条の取象は詳しく《賁》之《屯》の一条に見える。
否。龍馬上山,絕無水泉。喉焦唇乾,口不能言。詳《乾》之《訟》。
《剥》之《否》。龍馬は高山に登るも、一点の水泉さえ見出せない。喉嚨は焦渇し嘴唇は乾裂し、話さえ出て来ない。尚注:本条の取象は詳しく《乾》之《訟》の一条に見える。
同人。雄處弱水,雌在海濱。將別持食,悲哀於心。通《師》。坤為水、為柔,故曰弱水,九二居坤中,故曰雄處弱水。《同人》乾為海,六二居海中,故曰雌在海濱。坎為心、為悲哀。○將別,宋元本作別將,依汲古。
《剥》之《同人》。雄鳥は弱水の中に困り、雌鳥は海辺に留まる。別れに臨んで食物を執って相贈り、心裡は悲哀に満ちる。尚注:《同人》は《師》と旁通する。坤は水・柔弱を主るので「弱水」と言う。《師》卦の九二一陽は坤の中に処るので「雄処弱水」と言う。《同人》の乾は海で、六二は海の中に処るので「雌在海濱」と言う。坎は心・悲哀を主る。校記:「将別」は宋元本が「別将」とし、汲古閣本に依る。
大有。庭燎夜明,追古傷今。陽弱不制,陰雄生戾。通《比》。艮為庭、為燎、為明,坎為夜,《比》祗九五一陽故曰陽弱、曰陰雄。陳樸園云:"宣王中年怠政,而庭燎詩作,後脫簪珥諫曰:妾不才使君王宴朝,請待罪永巷,宣王悟",林曰追古傷今,指其事也。義與毛異。○第二三兩句依《頤》之《損》校,宋元、汲古本皆作"追嗣日光,陽軟不至"。
《剥》之《大有》。庭中の火炬は長夜を照亮し、往古を追懐して今時を傷感す。陽気は衰弱して局面を制し得ず、陰気は雄強で、乖戾を生ずる。尚注:《大有》は《比》と旁通する。艮は庭・庭燎火炬・光明、坎は夜を主る。《比》卦には九五一個の陽爻のみあるので「陽弱」と言い「陰雄」と言う。陳朴園は言う:周宣王は中年に朝政を怠り、《庭燎》の一詩はこれによって作られた。後に姜后は簪珥を摘下して進諫し、自己は才なくして君王に晏起廢朝せしめたと言い、永巷に至って罪を待つを請うた。宣王はここに於いて醒悟した。林辞の言う「追古傷今」とはこの事を指し、《毛詩》の解説と同じからない。校記:第二・第三の二句は《頤》之《損》の一条に依って校定し、宋元本と汲古閣本はともに「追嗣日光、陽軟不至」と作る。
謙。三婦同夫,忽不相思。志恆悲愁,顏色不怡。震為夫,數三,坤為婦,坤震連,故三婦同夫。坎為思、為志、為悲愁,艮為顏色,坤為惡,故相惡而不思。○悲愁,依宋元本,汲古作不愁,非。
《剥》之《謙》。三人の婦人が一人の丈夫を共有し、彼此冷落して、誰も誰を惦念しない。心志は長く悲愁し、脸上には一点の歓容もない。尚注:震は夫で、その数は三。坤は婦。坤と震とは相連なるので「三婦同夫」と言う。坎は思・志・悲愁、艮は顔色を主り、坤は嫌悪を主るので、互いに嫌厭して相念しない。校記:「悲愁」は宋元本に依り、汲古閣本は「不愁」とするが誤りである。
豫。鶴盜我珠,逃於東都。鵠怒追求,郭氏之墟。不見武跡,反為患災。詳《豫》之《明夷》。
《剥》之《豫》。鶴が我が明珠を偸み去り、東都へ逃げた。黄鵠は怒って追討し、一路郭氏の廃墟まで追い至った。しかし一点の足迹さえ見えず、かえって禍患災殃を招来した。尚注:本条の取象は詳しく《豫》之《明夷》の一条に見える。
隨。獮猴冠帶,盜載非位。眾犬共吠,狂走蹶足。艮為獮猴、為冠,巽為帶、為盜,震為載,艮為位。冠帶者,有位之服,今獮猴冠帶,乃盜用耳,故曰非位。艮犬震吠,正反艮故曰眾。震為狂、為走、為足,兌折故蹶足。○獮猴,汲古作沭猴,《史記項羽本紀》:"如沭猴而冠耳",今依宋元本。又載汲古作在,亦依宋元本。狂走,宋元本作麏走,汲古作倉狂,今依《大壯》之《屯》校。
《剥》之《随》。獼猴が冠を戴き帯を繫ぎ、もとそれが坐るべきでない位子を窃据した。群犬は一斉にそれに向かって狂吠し、それは瘋跑し起きてまた脚を跌した。尚注:艮は獼猴・冠、巽は帯・盗竊、震は承載、艮は位を主る。冠帯はもと職位ある人のみが穿戴する服飾で、今獼猴もまた冠帯するは、ただ盗用するのみなので「非位」と言う。艮は犬、震は吠を主る。正艮と倒艮とが併び見えるので「衆」と言う。震は狂・奔走・足、兌は折損を主るので「蹶足」。校記:「獼猴」は汲古閣本が「沭猴」とし、《史記・項羽本紀》に「如沭猴而冠耳」の語あり。今宋元本に依る。「載」の字は汲古閣本が「在」とし、また宋元本に依る。「狂走」は宋元本が「麏走」とし、汲古閣本は「倉狂」とし、今《大壮》之《屯》の一条に依って校定する。
蠱。黍稷禾稻,垂畝方好。中旱不雨,傷風病槁。詳《乾》之《蹇》。
《剥》之《蠱》。黍・稷・禾・稲は、穂を垂れて田に満ち、長勢はまさに好し。中途で旱に遇い雨は下らず、また風に吹き傷られ、枯槁して病と成った。尚注:本条の取象は詳しく《乾》之《蹇》の一条に見える。
臨。雄聖伏,名人匿。麟遠走,鳳飛北。亂禍未息。詳《否》之《大過》。 ○前四句句三字,第五句句四字。漢魏叢書本皆按四字斷句,非。
《剥》之《臨》。雄傑聖哲は隠伏して出ず、名望ある人は躲蔵した。麒麟は遠く跑り去り、鳳凰は北に向かって飛び去った。禍乱はまだ平息しない。尚注:本条の取象は詳しく《否》之《大過》の一条に見える。校記:この条の前の四句は每句三字で、第五句がはじめて四字である。《漢魏叢書》本は一律に四字で断句するが誤りである。
觀。王母多福,天祿所伏。居之寵光,君子有福。坤為母,伏乾故曰王母、曰福、曰天祿。巽為伏,艮為居、為光、為君子。
《剥》之《観》。王母は福気が深厚で、上天の賜る禄位はそこに潜蔵する。その中に居って寵幸栄光を蒙り、君子はこれによって福あり。尚注:坤は母で、その伏卦は乾なので「王母」と言い「福」と言い「天禄」と言う。巽は潜伏を主り、艮は居処・栄光・君子を主る。
噬嗑。被服文德,升入大麓。四門雍肅,登受大福。詳《隨》之《大壯》。離為文,互艮為山麓、為門,震卦數四,故曰四門。震為登、為福。○宋本作《復》林。
《剥》之《噬嗑》。身に文徳の服を披ぎ、大山の林麓に登り入る。四方の門は肅穆斉整で、堂に登って大福を承受する。ここで用いるは《尚書・舜典》の舜が尭の禅を受けた時の「納于大麓」「賓于四門、四門穆穆」の典故である。尚注:本条の取象は詳しく《随》之《大壮》の一条に見える。離は文采、互体の艮は山麓・門を主り、震は卦数で四なので「四門」と言う。震は登・福を主る。校記:宋刻本はこの条を《復》卦の林に列する。
賁。褰衣涉河,水深漬罷。幸賴舟子,濟脫無他。依《訟》之《萃》校。震為舟證。衣,宋元本、汲古皆作裳。水,宋元本作流。罷,宋元本、汲古作衣。
《剥》之《賁》。衣裳を提起して水を渉って河を過ぎるが、水は深く、浸されて人は疲憊不堪である。幸いに船家の相助があり、渡り得て、別に他患なし。尚注:本条は《訟》之《萃》の一条に依って校定する。これもまた「震為舟」の一条の証拠とし得る。校記:「衣」の字は宋元本と汲古閣本がともに「裳」と作る。「水」の字は宋元本が「流」と作る。「罷」の字は宋元本と汲古閣本が「衣」と作る。
復。班馬還師,以息勞疲。役夫嘉喜,入戶見妻。詳《觀》之《既濟》注。○宋本作《噬嗑》林。
《剥》之《復》。戦馬は隊を結んで班師して回り、疲労した人馬に一息を歇めさせる。服役の丁夫は歓喜非常で、門に入れば妻子に見える。尚注:本条の取象は詳しく《観》之《既済》の一条の注文に見える。校記:宋刻本はこの条を《噬嗑》の林に列する。
無妄。東鄰嫁女,為王妃后。莊公築館,以尊王母。歸於京師,季姜悅喜。詳《屯》之《觀》。莊當為桓。
《剥》之《无妄》。東辺の隣国が女児を嫁し出し、天子の妃后となった。魯君は彼女がために館舍を修築し、以て王母を尊崇する。彼女は遠く周の京師に嫁ぎ、季姜は心裡に歓喜した。尚注:本条の取象は詳しく《屯》之《観》の一条に見える。林辞中の「荘公」は「桓公」の誤であるべきである。
大畜。百足俱行,相輔為強。三聖翼事,王室寵光。詳《屯》之《履》。
《剥》之《大畜》。百足の虫は衆多の脚を一斉に邁動し、互相扶助してはじめて強健と見える。三位の聖人は王事を輔佐し、王室はこれによって栄光を蒙る。尚注:本条の取象は詳しく《屯》之《履》の一条に見える。
頤。危坐至暮,請求不得。膏澤不降,政戾民忒。詳《泰》之《離》。
《剥》之《頤》。端端正正と坐して天の黑くなるまで、求める事は仍旧として辦成されない。恩沢は膏雨の如く遅遅として降らず、政令は乖戾で、百姓は心を離す。尚注:本条の取象は詳しく《泰》之《離》の一条に見える。
大過。百川朝海,泛流不止。路雖遼遠,無不到者。兌為海,乾亦為河海,重乾故曰百川,而海為水王,故曰朝海、故曰泛流。伏震為路,坤為遠●止,故曰到。○泛流,宋元作流行,依汲古。
《剥》之《大過》。百川はみな大海に向かって奔流し、水勢は泛濫して停まらない。道路は遼遠といえども、到らざる所はない。尚注:兌は海、乾もまた河海と為り得る。乾象は重出するので「百川」と言う。海は衆水の王なので「朝海」と言い「泛流」と言う。伏卦中の震は道路、坤は遼遠を主る(ここ底本は一字残す)、水行は止まらないので「到」と言う。校記:「泛流」は宋元本が「流行」とし、汲古閣本に依る。
坎。乘騮駕驪,東至於齊。遭遇仁友,送我以資,厚得利歸。互震為馬、為乘、為駕、為東,伏巽為齊、為利、為資,艮為友。○齊,汲古作濟,依宋元本。
《剥》之《坎》。騮馬に騎り驪馬を駕し、一路東へ向かって斉国に到った。途中で仁厚の朋友に遇い、我に盤纏を贈り、厚利を満載して帰った。尚注:互体の震は馬・乘・駕・東方を主る。伏卦中の巽は斉地・利・資財、艮は朋友を主る。校記:「斉」の字は汲古閣本が「済」とし、宋元本に依る。
離。禮壞樂崩,成子傲慢。欲求致理,力疲心爛。陰請不當,為簡生殃。通《坎》。坤為禮,坎陽居坤中故禮壞。震為樂,三至五震覆故樂崩。艮為成,震為子、為傲,艮為求。理,法也,欲求致理,言欲致之於法也。坎為法、為勞,故曰力疲。坎為心,離中虛,故曰心爛。震為請、為簡,坎為殃。《論語》:"陳成子弒簡公,孔子沐浴而朝,請討之",林詞全指此事。○汲古第五句在第二句,六句在第四句,茲依元本,音皆諧。宋第五句作"陰陽不調",多成子驕傲句,非。又陰字必有誤。
《剥》之《離》。礼制は敗壊し楽章は崩廃し、陳成子は驕横傲慢である。彼を以て法に繩んと欲すも、力尽き心は焦げる。暗中の請求は時宜に合わず、かえって簡公に禍殃を招来した。尚注:《離》は《坎》と旁通する。坤は礼で、坎の陽爻は坤中に陥るので礼は壊れる。震は楽で、三爻から五爻までの間は震象が倒覆するので楽は崩れる。艮は成、震は子・傲慢、艮は請求を主る。「理」とは即ち法で、「欲求致理」とは彼を法辦に交付せんと欲するを言う。坎は法・労苦なので「力疲」と言う。坎は心、離の中は空虚なので「心爛」と言う。震は請・簡、坎は災殃を主る。《論語》は陳成子が斉簡公を弑殺し、孔子は沐浴して後に朝に上り、兵を発して討伐することを請うたと記す。この条の林辞は全てこの事を指す。校記:汲古閣本は第五句を第二句・第六句を第四句の位置に排す。ここでは元刻本に依り、音韻はみな相諧する。宋刻本の第五句は「陰陽不調」と作り、また「成子驕傲」の一句を多く出すが誤りである。また「陰」の字は必ず誤りがある。
咸。三人輦車,乘入虎家。王母貪叨,盜我犁牛。通《損》。震為人,數三,故曰三人。坤為車,故曰輦車。輦車,以人力行也。艮為虎、為家,艮在上,故入虎家。坤為母,對乾,故曰王母,兌食故曰貪叨。坤為牛,震為耕,故曰犁牛。犁,耕也。《咸》互巽為盜。○三,汲古作一,依宋元本。叨,汲古作饕,依元本,義同。
《剥》之《咸》。三人が輦車を推し、一直線に老虎の窩の裡に推し入った。王母は貪得で厭くことなく、我の田を耕す牛さえ奪い去った。尚注:《咸》は《損》と旁通する。震は人で、その数は三なので「三人」と言う。坤は車なので「輦車」と言う――輦車は人力に頼って推挽する車である。艮は虎・家で、艮は上体に居るので「入虎家」と言う。坤は母で、乾と相対するので「王母」と称す。兌は口食を主るので「貪叨」と言う。坤は牛、震は耕作を主るので「犁牛」と言う――「犁」とは即ち耕である。《咸》卦互体の巽は盗を主る。校記:「三」の字は汲古閣本が「一」とし、宋元本に依る。「叨」の字は汲古閣本が「饕」とし、元刻本に依る。両字の意思は同じである。
恆。羊頭兔足,少肉不飽。漏囊敗粟,利無所得。乾首兌羊,故曰羊頭。震為兔、為足,故曰兔足。坎為肉,伏坤中虛,故曰少肉、曰不飽。坤為囊,巽下斷故曰漏囊。震為粟,兌毀故敗。巽為利,兌折故無得。
《剥》之《恒》。羊の頭・兎の脚、肉は少なすぎて飽きることができない。口袋はまた漏れ粟米はまた壊れ、一点の利も撈ることができない。尚注:乾は首、兌は羊なので「羊頭」と言う。震は兎・足なので「兎足」と言う。坎は肉、伏卦中の坤は当中が空虚なので「少肉」「不飽」と言う。坤は口袋、巽の下爻は断裂するので「漏囊」と言う。震は粟、兌は毀折を主るので粟は敗壊する。巽は利、兌は折損を主るので一として得る所なし。
遯。新田宜粟,上農得谷。君子唯好,以紆百福。通《臨》。坤為田,《爾雅》:"二歲曰新田"。震為粟、為農人、為谷,本卦《艮》為君子,乾為百、為福。○唯好,汲古作懷德,紆作於,依宋元本。
《剥》之《遯》。開墾して第二年の新田は最も粟を種るに宜しく、上等の農夫は好い穀を收める。君子はただ人と善を為すを須みれば、即ち百福を招来し得る。尚注:《遯》は《臨》と旁通する。坤は田で、《爾雅》は耕作二年の田を「新田」と呼ぶと言う。震は粟・農人・穀を主る。本卦の艮は君子、乾は百・福を主る。校記:「唯好」は汲古閣本が「懐徳」とし、「紆」の字は汲古閣本が「于」とし、いずれも宋元本に依る。
大壯。夷羿所射,發輒有獲。雙鳧俱得,利以伐國。夷羿,即后羿。《左傳襄四年》:"寒浞伯明氏之讒子弟也,伯明氏棄之,夷羿收之,夷羿善射,簒夏",故云發輒有獲。震為射,兌為剛魯,故曰夷羿。震為發、為鳧,兌卦數二,故曰雙鳧。震為征伐,坤為國,卦陽長陰消,故曰利以伐國。○以伐,汲古作伐王,茲依宋元本。
《剥》之《大壮》。夷羿が一箭を射出せば、発すれば虚発なく、射るごとに必ず獲る所あり。一対の野鴨が同時に手に到り、この時は兵を興して国を伐つに利あり。尚注:夷羿とは即ち后羿である。《左伝》襄公四年は寒浞は伯明氏の讒佞の子弟で、伯明氏は彼を棄て、夷羿は彼を收留したと記す。夷羿は射に善く、夏朝の政権を篡奪したので「発輒有獲」と言う。震は射、兌は剛強粗犷なので夷羿となる。震は発・鳧、兌は卦数で二なので「雙鳧」と言う。震は征伐、坤は邦国。本卦は陽長陰消なので「利以伐国」と言う。校記:「以伐」は汲古閣本が「伐王」とし、ここでは宋元本に依る。
晉。鳧舞鼓翼,嘉樂堯德。虞夏美功,要荒賓服。象多未詳。
《剥》之《晋》。野鴨は翅膀を鼓して起舞し、帝尭の徳政を歓慶する。虞舜と夏禹は功業が美盛で、要服・荒服のような遠方までも来て帰順し臣と称す。尚注:本条の取象は多くはまだ確かに指し得ない。
明夷。登邱上山,對酒道歡。終年卒歲,優福無患。震為登、為上、為陵,故曰邱山。坎為酒,震樂震言,故曰道歡。坤為年歲,坎為冬,故曰終年卒歲。坎為患,震為福,故無患。○道,汲古作遇,依宋元本。歡,依汲古,宋元作觀。
《剥》之《明夷》。土丘に登り高山に爬り、酒に対して暢快の話を道う。一年の頭より歳末に至るまで、福気は優厚で禍患なし。尚注:震は登・上・丘陵を主るので「邱山」と言う。坎は酒、震はすでに歓楽を主りまた言語を主るので「道歓」と言う。坤は年歳、坎は冬令を主るので「終年卒歳」と言う。坎は禍患、震は福なので「无患」。校記:「道」の字は汲古閣本が「遇」とし、宋元本に依る。「歓」の字は汲古閣本に依り、宋元本は「観」と作る。
家人。歲慕花落,陽入陰室。萬物伏匿,藏不可得。詳《賁》之《大有》,惟此詞兼用對象解。
《剥》之《家人》。歳末に花朵は凋落し、陽気は退いて陰気の屋子に入る。万物は潜伏藏匿し、探そうにも探せない。尚注:本条の取象は詳しく《賁》之《大有》の一条に見える。ただこの条の林辞はなお兼ねて「対象」を以て解説する、即ち相対する卦(旁通の卦)の象を取る。
睽。螟蟲為賊,害我禾穀。簟瓶空虛,飢無所食。詳《同人》之《節》。
《剥》之《睽》。螟虫が災を成し害を作して、我が禾穀をみな糟蹋した。竹器も瓶罐もみな空空如として、餓えて食うべき物がない。尚注:本条の取象は詳しく《同人》之《節》の一条に見える。
蹇。陽虎脅主,使德不通。炎離為殃,年穀病傷。艮為虎,納丙,故曰陽虎。震為主,震覆故曰脅主,坎塞故不通,離火故曰炎曰殃。震為年穀,震覆故傷。丁云:定二年,雉門及兩觀災,正陽虎脅主之時。○使德,宋元本作使得,炎作火,茲依汲古。病,汲古作患,依宋元。
《剥》之《蹇》。陽虎が国君を脅持し、恩徳を下達し得しめない。烈火は災を成し、一年の穀物はみな損傷を受けた。尚注:艮は虎で、艮は丙火に納り、丙は陽に属するので「陽虎」と称す。震は君主で、震体は倒覆するので「脅主」と言う。坎は閉塞を主るので「不通」。離は火なので「炎」と言い「殃」と言う。震は年穀で、震が覆れば穀は傷つく。丁晏は言う:魯定公二年に雉門と両観とに火災があったは、まさに陽虎が君主を脅持した時である。校記:「使徳」は宋元本が「使得」とし、「炎」の字は宋元本が「火」とし、ここではいずれも汲古閣本に依る。「病」の字は汲古閣本が「患」とし、宋元本に依る。
解。四馬共轅,東上泰山。騂驪同力,無有重難,與君笑言。震為馬,卦數四,坎為轅,故曰四馬共轅。震為東為馬,故曰騂驪。震為君、為笑言。○驪,宋元本作驤,依汲古。
《剥》之《解》。四匹の馬がともに一本の車轅を駕し、東へ向かって泰山に登る。赤馬も黑馬も一斉に力を使い、沈重難行の処なく、一路君と談笑す。尚注:震は馬で、卦数は四、坎は轅なので「四馬共轅」と言う。震は東・馬を主るので「騂驪」と言う――騂は赤色の馬、驪は黑色の馬である。震は君・笑語を主る。校記:「驪」の字は宋元本が「驤」とし、汲古閣本に依る。
損。牧羊稻園,聞虎喧讙。畏懼悚息,終無禍患。詳《隨》之《漸》。
《剥》之《損》。稲田の辺で羊を放っていると、忽然として老虎の喧鬧吼叫を聴き聞いた。嚇いて呼吸を屏して声を作すことを敢えてせず、終に禍患を招かなかった。尚注:本条の取象は詳しく《随》之《漸》の一条に見える。
益。揚華不時,冬實生危。憂多橫賊,生不能服。崑崙之玉,所求不得。震為華,艮為時,坤履霜為冬,故不時。艮為果實,坤為危憂,巽為盜賊,故曰憂多橫賊。艮為山,震為玉,故曰崑崙之玉。互艮為求,坤喪故所求不得。○所求不得,汲古作取求必得,非,依宋元本。
《剥》之《益》。花は時令に合わず開き、冬に結果し、かえって危機を生ずる。憂患はすでに多く、また横に盗賊に遭い、生きても安順を得ず。崑崙山上の美玉は、求めても求め得られない。尚注:震は花、艮は時節。坤に「履霜」の象あり、冬令に属するので「不時」と言う。艮は果実、坤は危・憂、巽は盗賊なので「憂多横賊」と言う。艮は山、震は玉なので「崑崙之玉」と言う。互体の艮は尋求、坤は喪失を主るので、求めても得られない。校記:「所求不得」は汲古閣本が「取求必得」とするが誤りで、宋元本に依る。
夬。高阜所在,陰氣不臨。洪水不處,為家利寶。通《剝》。艮為山,故曰高阜。坤為陰,一陽居眾陰之土,故曰陰氣不臨。坤為水,山高,故曰洪水不處。艮為家、為貝、為金,故曰賓。○臨,汲古作淋,依宋本。
《剥》之《夬》。高丘の在る所には、陰気は侵襲し到らない。洪水もまた留まることができず、かえってこの一家の利と宝と成った。尚注:《夬》は《剥》と旁通する。艮は山なので「高阜」と言う。坤は陰。一個の陽爻が衆陰の上に居るので「陰気不臨」と言う。坤は水で、山勢はすでに高く水は存えないので「洪水不処」と言う。艮は家・貝・金を主るので「宝」と言う(注文はこの字を「賓」と作す)。校記:「臨」の字は汲古閣本が「淋」とし、宋刻本に依る。
姤。釋然遠昝,避患高阜。田獲三狐,以貝為寶。君子所在,安寧不殆。詳《賁》之《謙》。 ○高阜,汲古作革害,依《賁》之《謙》校。
《剥》之《姤》。心下釈然として、咎害を遠く離れ、禍患を躲けて高丘に登る。田猟の中で三匹の狐狸を捉え、貝殻を得て宝貝と為した。君子はその位に安く処り、平安寧泰にして危険なし。尚注:本条の取象は詳しく《賁》之《謙》の一条に見える。校記:「高阜」は汲古閣本が「革害」とし、《賁》之《謙》の一条に依って校定する。
萃。兩目失明,日奪無光。脛足跛曳,不可以行。頓於邱旁,亡妾莫逐,嵬然獨宿。兌半離,數二,故曰兩目失明,離為日,半離故曰無光。震為脛足,兌半震,故跛不能行。《履》象云:眇能視,不足以有明,跛能履,不足以有行。林所本也。艮為邱,艮止,故曰頓於邱旁。兌為妾,在外故曰亡妾。震為逐,震覆故曰莫逐。坤為宿,巽為寡,故曰嵬然獨宿。
《剥》之《萃》。二つの眼はみな瞎れ、日光は奪われて一片昏黑である。小腿と脚は跛め、ただ拖いて走るのみで路を趕ぐことができない。ただ丘陵の旁に頓止するのみ。小妾は跑り去っても追い帰すことができず、孤零零として独自夜を過ごす。尚注:兌は半個の離で、その数は二なので「両目失明」と言う。離は日で、半離のみ成るので「无光」と言う。震は小腿と脚、兌は半個の震なので跛めて行くこと能わず。《履》卦の爻象は「眇能視、不足以有明。跛能履、不足以有行」と言い、まさに林辞の本づく所である。艮は丘で、艮は停止を主るので「頓于邱旁」と言う。兌は妾で、外卦に処るので「亡妾」と言う。震は追逐で、震体は倒覆するので「莫逐」と言う。坤は止宿、巽は寡少を主るので「嵬然独宿」と言う。
升。鴻飛遵陸,公歸不復,伯氏客宿。震為鴻,坤為陸,在上故曰鴻飛遵陸。震為公、為歸,坤亡故曰不復。震為伯、為客,坤為宿。首二句《豳風》詩。
《剥》之《升》。鴻雁は陸地に沿って飛び去り、公は一たび去り再び帰らず、伯氏はやむなく外に客居して夜を過ごす。尚注:震は鴻、坤は陸。鴻は上体に在るので「鴻飛遵陸」と言う。震は公・帰、坤は亡失を主るので「不復」と言う。震は伯・客、坤は止宿を主る。冒頭の二句は《詩経・豳風・九罭》より取る。
困。佩玉累蘃,無以繫之。孤怨獨處,愁哀相憂。伏震為玉累蘃垂貌。巽為繩、為繫,巽為寡,故曰孤獨。坎為憂愁。○累蘃,宋本作累蕊,元本作累蘂,今依汲古。《左傳哀十三年》:"佩玉橤兮餘無所繫之"。
《剥》之《困》。佩玉の穂子は累累と下垂するが、それを繫ぐべき物がない。孤单怨恨し独自居処し、愁苦哀傷して交々に憂を為す。尚注:伏卦中の震は玉。「累蘃」は垂墜する様子である。巽は繩・繫結を主る。巽はまた寡少を主るので「孤独」と言う。坎は憂愁を主る。校記:「累蘃」は宋刻本が「累蕊」とし、元刻本は「累蘂」とし、今汲古閣本に依る。《左伝》哀公十三年に「佩玉橤兮、余无所繋之」の歌辞を載す。
井。載船渡海,雖深何咎。孫子俱在,不失其所。伏震為船,兌為海,坎為深,艮為孫,震為子。○何,宋元本作難,依汲古。
《剥》之《井》。船を装して海を渡るに、水は深いといえども、なんの妨害があらん。子孫はみな身辺に在り、各々その所を得て失散するに至らない。尚注:伏卦中の震は船、兌は海、坎は深、艮は孫、震は子を主る。校記:「何」の字は宋元本が「難」とし、汲古閣本に依る。
革。鵠求食魚,道遇射弋。繪加我頸,繳縛兩翼。欲飛不能,為羿所得。通《蒙》。震為鵠,坤為魚,艮為求,震日故曰食。艮為道路,震為射,巽為弋,弋,繫矢射也。為繒繳。艮為頸,震為翼、為飛,艮止故不能飛。坤為惡,故曰羿。○第二句元本作"道過射失",今依宋本、汲古。兩翼,宋元本作羽翼,依汲古。
《剥》之《革》。黄鵠が魚を得て食わんとするも、半路上で射猟の人に碰上った。繒絲が我が脖頸に套し、絲繩が我が両翅を縛った。飛ばんとするも飛び動くことができず、ついに羿に捉えられた。尚注:《革》は《蒙》と旁通する。震は鵠、坤は魚、艮は尋求、震は白日を主るので「食」と言う。艮は道路、震は射、巽は弋――「弋」は絲繩を繫げて箭を射ることで、巽はまた繒繳を主る。艮は頸、震は翼・飛を主り、艮は停止を主るので飛ぶことができない。坤は凶悪を主るので「羿」と言う。校記:第二句は元刻本が「道過射失」とし、今宋刻本と汲古閣本に依る。「両翼」は宋元本が「羽翼」とし、汲古閣本に依る。
鼎。泥面亂頭,忍恥少羞,日以削消。通《屯》。坤為泥,艮為面,坤為亂,坎為首,故曰泥面亂頭。坤為羞恥,坤亡故曰削消。○宋元本下多"凶其自搯"四字,依汲古。頭、消,古音亦協。
《剥》之《鼎》。満脸は污泥で頭髪は蓬乱し、耻辱を忍ぶも羞慚を知らず、日子は一天一天削減消損する。尚注:《鼎》は《屯》と旁通する。坤は泥、艮は面、坤は散乱を主り、坎は首なので「泥面乱頭」と言う。坤は羞耻、坤は亡失を主るので「削消」と言う。校記:宋元本はこの条の下に「凶其自搯」の四字を多く出すが、ここでは汲古閣本に依る。「頭」と「消」とは古音の裡でもまた相協する。
震。桑之將落,隕其黃葉。失勢傾倒,如無所立。詳《履》之《噬嗑》。 ○桑之,元本作葉芳,宋本、汲古本作桑方,今依宋本《履》之《噬嗑》校。
《剥》之《震》。桑樹はまさに凋落せんとし、黄葉は紛紛として墜地する。人は一たび勢を失えば傾覆跌倒し、再び立足する処なきが如し。尚注:本条の取象は詳しく《履》之《噬嗑》の一条に見える。校記:「桑之」は元刻本が「葉芳」とし、宋刻本と汲古閣本は「桑方」とし、今宋刻本《履》之《噬嗑》の一条に依って校定する。
艮。巨蛇大鰍,戰於國郊。上下隔塞,主君走逃。詳《噬嗑》之《訟》。 ○主君,宋元本作逐君,依汲古。
《剥》卦が《艮》卦に変わるこの一条。《易林》は每一卦の下に六十四条の林辞を繫げ、先ず変じる所のあの一卦を標出し、この変じる所の卦を「之卦」と呼ぶ。林辞に言う:巨蛇と大鰌とが国都の郊野で厮殺し、上下の間は壅塞して通ぜず、国君は国を棄て出逃するしかない――これは権柄の相争い・君位の失守の大凶の象である。尚秉和はここで別に解説を作さず、ただ取象が《噬嗑》之《訟》の一条と同じと注明するのみで、蛇・鰌・隔塞の諸象がどのように卦体より推出するかは、あの一条を翻検せよ。末尾の「○」以下は校勘記である:「主君」の两字は、宋刻本・元刻本はともに「逐君」とし、尚氏はここでは明末毛晋の汲古閣刻本に依従する。
漸。己動死,連商子。揚砂石,狐狢擾。軍鼓振,吏士苦。艮者,震之反,故曰己動。互坎為棺槨、為死,巽為商賈,伏震為子,艮為砂石,巽風故揚。艮為狐狢,伏震為軍鼓、為士,坎為恐。○狐狢擾,吏士苦,宋元本作"石流狐狢,擾軍鼓振,吏士恐落",增流字、落字,足成四字句,豈知盡為三字句,惟汲古尚存其真。狐字作胡。
《剥》之《漸》。林辞は六句の三字句である:自己が一たび動けば即ち死喪あり、経商の人と子弟とに牽連する。風は砂石を卷き飛揚せしめ、狐狸貉子は驚擾して乱竄する。軍中の戦鼓は擂き鳴り、官吏士卒は苦しむ。通篇は兵乱流離の象である。尚秉和は逐句取象を指出す:《漸》の下体は艮で、艮とは即ち震を全体倒転せしめた様子――一卦を上下顛倒して得る所の卦象を「覆象」と呼び、また反象とも称すので、林辞は一個の「動」の字を用い、動はまさに震の本義である。二至四爻が一個の坎を夾出す。このように中間の幾爻を取って別に一卦を成すを「互体」と呼び、互い出た坎は棺槨・死亡を主り、「死」の字に応ずる。上体の巽は商賈で、巽の背面に潜蔵するは震であり、この種の背面に伏して見えない卦象を「伏象」と呼び、伏震は子弟を主り、合わせて「連商子」。艮は砂石、巽は風なので砂石は飛揚する。艮はまた狐・貉となり、伏震は軍鼓・士卒、坎は恐懼を主り、まさに「狐狢擾、軍鼓振、吏士苦」である。ここの「艮為狐狢」「震為軍鼓」の類の取象は多く《説卦》に見えず、尚秉和が《易林》の用例の中より輯出した「逸象」である。校記は言う:「狐狢擾、吏士苦」の二句は宋元本は「石流狐狢、擾軍鼓振、吏士恐落」とし、「流」「落」の两字を多く添えたのは四言句を湊足せんがためである。殊不知この条の通篇はみな三字句で、ただ汲古閣本のみがなお原貌を保存する。「狐」の字は宋元本は「胡」と写す。
歸妹。張羅搏鳩,兔麗其災。雌雄俱得,為網所賊。詳《賁》之《歸妹》。 ○兔,汲古作烏,賊作滅,依宋元本。
《剥》之《帰妹》。林辞:羅網を張って斑鳩を捕らえんと往くも、兎子もまたこの場の災殃に撞上り、雌雄は併せて網に落ち、みな網羅の害に遭った。「麗」は附着・撞上るの意で、全条は無辜に牽連を受け走投して路なきを講ず。取象の詳細の拆解は、尚秉和は読者に《賁》之《帰妹》の条を参看せしめ、あそこでは同じ林辞をすでに講じたので、再び出さない。校記:「兎」の字は汲古閣本が「烏」とし、「賊」の字は汲古閣本が「滅」とし、尚氏は両処とも宋刻元刻本に依る。
豐。三聖相輔,鳥獸喜舞,安樂富有。通《煥》。坎為聖,震數三,故曰三聖。艮為鳥、為獸,震為喜舞,巽利三倍故曰富有。○汲古下多"三人諧偶"四字,宋本無,元本為又一林。
《剥》之《豊》。林辞:三位の聖人は彼此相輔佐し、鳥獣はみな歓喜して起舞し、天下は安楽にして富足す――極吉の象である。尚秉和はまず「通《渙》」と標す――「渙」は即ち《渙》卦で、《豊》と《渙》とは六爻が一一相反し、この種の関係を「旁通」と呼び、尚氏の書中の「通某卦」「対某卦」と言うはみなこれを指し、取象は直接旁通の卦の上より借り得る。旁通の《渙》は上巽下坎:坎は聖人で、震の卦数は三(《渙》の二至四が互いに震を出す)、合わせて「三聖」。三至五が互いに艮を出し、艮は鳥・獣を主る。震は歓喜起舞を主るので鳥獣は喜び舞う。《説卦》は巽は「近利市三倍」と講ずるので「富有」と言う。校記:汲古閣本はこの条の下に「三人諧偶」の四字を多く出し、宋本にはなく、元本はこの四字を別に一条の林辞と立てる。
旅。三奇六耦,相隨俱市。王孫善賈,先得利賓。居止不安,大盜為咎。三奇,乾也,六耦,坤也。旅三陽三陰,而一陰隨一陽,二陰隨二陽,故曰相隨。巽為市,艮為王孫、為貝,巽為利,故曰利寶。艮為居止,兌折故不安。巽伏為盜。○安,汲古作移,依宋元本。大盜,宋元本作洪水,依汲古。
《剥》之《旅》。林辞:三画が全て奇なるは乾、六画が全て偶なるは坤で、陰陽は相随いてともに集に趕ぐ。王孫は経商に善く、先を争って利を得て賓客は門に盈つ。ただ居処は安寧を得ず、大盗が患を為し災を成す。先吉後凶である。尚秉和の解説:「三奇」は乾の三画がみな陽爻なるを指し、「六耦」は坤の六画がみな陰爻なるを指す。《旅》卦は三陽三陰で、一個の陰爻が一個の陽爻に随い、二個の陰爻が二個の陽爻に随うので「相随」と言う。《旅》中に互い出た巽は市集、艮は王孫・貝貨を主り、巽はまた利を主る(尚氏の注文は「利宝」と引くが、今本の林辞の「利賓」の字と小異あり)。艮は居止して動かずを主り、互兌は毀折を主るので、居って安からず。《雑卦伝》は「巽、伏也」と言い、潜伏は即ち盗賊の象なので「大盗為咎」あり。校記:「安」の字は汲古閣本が「移」とし、尚氏は宋元本に依る。「大盗」は宋元本が「洪水」とし、尚氏は汲古閣本に依る。
巽。三人俱行,一人言北。伯仲欲南,少叔不得。中路分道,爭鬬相賊。通《震》。為人、為行,上下震,二至四覆震故曰三人。震為南,震覆即北,故曰言北。震為伯,互坎為仲,艮為少叔。不得者,言不隨伯仲,獨北行也。震為道路、為爭鬬,坎為賊,全用對象。○一人,宋元本作二人,道爭作爭道,均依汲古。
《剥》之《巽》。林辞:三人が一同に路に上がるが、その中の一人は偏偏として北へ往くと言う。老大老二は南へ行かんと想うが、小弟は肯んじて跟従しない。半路上で各々その道を分かち、争吵し起きて彼此相傷害す。同行して心離れ・内訌して禍を生ずるの象である。尚秉和は言う:《巽》は《震》と旁通し、本条の取象は全て《震》卦より来る。震は人・行走を主る。《震》卦の上体下体はともに震で、二至四爻はまた一個の倒転した震(即ち艮)を互い出し、三個の震象が合わさってまさに「三人俱行」である。震の方位は南に在り、震は一たび倒転すれば即ち北と成るので、「言北」という人がある。震は長兄、三至五が互い出した坎は老二、艮は幼弟である。「不得」とは小弟が両位の兄長に随いて同行せず、独自北へ往くを言う。震は道路・争鬥、坎は残害を主るので「中路分道、争鬬相賊」。校記:「一人」は宋元本が「二人」とし、「道争」は宋元本が「争道」とし、尚氏はいずれも汲古閣本に依る。
兌。播天舞,光地乳。神所守,樂無咎。言不信誤。通《艮》。為天,天舞者,天之樂舞也。《史記趙世家》:"簡子寤曰:餘之帝所,甚樂,與百神遊於鈞天廣樂九奏萬舞,不類三代之樂,其聲動人心",林詞似指其事。艮為乳,地乳,山也。《洛書甄耀度》:"政山在崑崙東南,為地乳",王勃《九成宮頌》:"峰橫地乳"。艮為光,互震為舞。《易林》既以陽在上為天,陽在下必為地也,謂震也,震為神、為樂。艮為守,信者宿也。《左傳莊三年》:"一宿為舍,再宿為信",《詩豳風》:"於女信宿",《周頌》:"有客信信",注:四宿也,言不信誤,即言不遲悞也。艮三至上,正反震言,下言如何上,即如言而反,故不宿誤也。○此前四句三字句,第五句四字句,漢魏叢書及俗本皆作四字句,非。光地乳,汲古作地擾亂,守作居,今依宋元本,惟元本無誤字。
《剥》之《兌》。林辞の前の四句は三字句で、末の一句は四字である:天上で大楽万舞を奏し、山峰は光華を放出す。神明の守護あり、歓楽にして災禍あらざらん。言い出す話は拖延して期を誤らない。尚秉和の解説:《兌》は《艮》と旁通し、取象は《艮》の上より見る。艮は天で、「天舞」とは即ち天上の楽舞である。《史記・趙世家》は趙簡子が昏迷して五日にして蘇醒した後に言うに、自己は天帝の在る所に至り、非常に快楽で、百神とともに鈞天に同游し、九奏万舞の広楽を聴き、夏商周三代の楽に似ず、その声は人の心魄を動かした――林辞はまさにこの事を指すらしい。艮はまた乳で、「地乳」とは即ち山である。《洛書甄耀度》は政山は崑崙の東南に在り、大地の乳だと言う。王勃の《九成宮頌》にも「峰横地乳」の句子あり。艮は光、二至四が互い出した震は舞を主る。《易林》はすでに陽爻が上に在るを以て天と為すならば、陽爻が下に在るは自ずから地と為り、指す所は即ち震で、震は神明・歓楽を主るので「神所守、楽无咎」。艮は守を主る。「信」は住宿の意である:《左伝》荘公三年は一夜住むを「舎」と呼び、両夜住むを「信」と呼ぶと言い、《詩経・豳風》に「于女信宿」あり、《周頌》に「有客信信」あり、注家はこれを四夜住むと言う。これによって「言不信誤」とは話が滞留せず期を誤らないを言う。艮は自三爻より上爻まで、一正一倒の二個の震が相対して言を為し、下がどう言えば上はどう応じ、言えば即ち行うので、耽擱して事を誤ることがない。校記:本条の前の四句は三字句で、第五句がはじめて四字句である。《漢魏叢書》本と通行の俗本は一律に四字句に改したが誤りである。「光地乳」は汲古閣本が「地擾乱」とし、「守」の字は汲古閣本が「居」とし、今宋元本に依る。ただ元本には「誤」の字がない。
渙。坐爭立訟,紛紛洶洶。卒成禍亂,災及家公。艮坐震立,三至上正反震言,故曰爭訟。坎為禍災,艮為家,震為公。○洶洶,宋元本作匆匆,依汲古。卒,汲古訛幸,家作我,均依宋元本。
《剥》之《渙》。林辞:坐しても争い立っても訟え、鬧い沸騰揚々として、終に禍乱を釀成し、災殃は一家の長に波及する。尚秉和は言う:《渙》中の艮は坐、震は立を主る。自三爻より上爻までは一正一倒の二個の震で、震は言語を主り、両口が相向かうので争訟の象あり。坎は禍災、艮は家、震は公を主る――「家公」は即ち一家の主である。校記:「洶洶」は宋元本が「匆匆」とし、汲古閣本に依る。「卒」の字は汲古閣本が「幸」と訛り、「家」の字は汲古閣本が「我」とし、この両処はいずれも宋元本に依る。
節。蛇行蜿蜒,不能上阪。履節安居,可以無憂。伏巽為蛇,艮為阪,震為履,艮為安、為居,坎為憂,震樂故無憂。上坎為陷,故不能上阪。
《剥》之《節》。林辞:蛇は蜿蜒と爬行するも、山坡上に上ることができない。ただ節度を守って安居して動かなければ、即ち憂患なからん。分を安んずれば即ち吉・妄動すれば即ち困の象である。尚秉和は言う:《節》中の互震の背面に潜伏するは巽で、伏巽は蛇を主る。艮は山坡、震は踩踏・践行を主る。艮はまた安・居を主り、坎は憂を主るが、震は歓楽を主るので終に憂なきを得る。上体は坎で、坎は坑陥を主り、前面は即ち陥坑なので、蛇は山坡上に爬り上ることができない。
中孚。隙大牆壞,蠹眾木折。虎狼為政,天降罪罰。高殺望夷,胡亥以斃。詳《乾》之《大壯》。 ○罰,依《乾》之《大壯》校,各本多作伐。又宋元本無末二句,依汲古。
《剥》之《中孚》。林辞:縫隙が一たび大きければ、墻はまさに塌れんとす。蛀虫が一たび多ければ、樹はまさに断れんとす。虎狼が権を当たり政を執れば、上天は罪罰を降下す――趙高は望夷宮で君を弑し、秦二世胡亥はこれによって命を喪った。墻隙木蠧を以て興を起こし、言う所は奸佞が柄を窃み、終に亡国に致るである。取象の細講は《乾》之《大壮》の条に見える。校記:「罰」の字は《乾》之《大壮》のあの一条に依って校定したもので、諸本は多く「伐」と作る。また宋元本には末尾の「高殺望夷、胡亥以斃」の二句がなく、ここでは汲古閣本に依って補入する。
小過。陽不違德,高山多澤。顏子逐兔,未有所得。艮為高山,互兌為澤,艮為顏,震為子、為兔、為逐,在外故無得。
《剥》之《小過》。林辞:陽気は常徳に違背せず、高山の上にもまた多くの水沢あり。顔子は兎子を追いに往くも、一として獲る所なし。前の二句は時和物阜の象で、後の二句は転じて徒労無功である。尚秉和は言う:《小過》の下体の艮は高山で、三至五爻が互い出した兌は沢。艮はまた顔氏の顔で、上体の震は子・兎・追逐を主る。震は外卦に居り、兎子はすでに外頭に跑り去ったので、追っても得られない。
既濟。心多畏惡,時愁日懼。雖有小咎,終無大悔。坎為心、為畏、為愁、為懼,離為日。○日,宋元本作自,依汲古。
《剥》之《既済》。林辞:心裡は畏懼厭悪に満ち、時時愁え天天恐慌す。些小の過失はあるも、終に大きな悔恨はあらじ。小凶にして大害なきの象である。尚秉和は言う:《既済》の上体の坎は心・畏・愁・懼を主り、下体の離は日を主るので「日懼」と言う。校記:「日」の字は宋元本が「自」とし、汲古閣本に依る。
未濟。眾神集聚,相與議語。南國虐亂,百姓愁苦。興師征伐,更立賢主。半震為神,坎為眾,故曰眾神。坎為集聚,離正反兌口相對,故曰議語。離為南、為虐亂,坎為眾、為憂,故曰百姓愁苦。震為征伐、為主。除坎離外,皆用半象。○興,汲古作舉,更作別,均依宋元本。
《剥》之《未済》。林辞:衆神は一処に聚まり彼此商議する。南方の国は暴虐昏乱で、百姓は愁苦不堪である。ここに於いて兵を興して討伐し、改めて賢明の君を立つ。乱を撥して正に反るの象である。尚秉和は言う:この一条は大量に「半象」を使用する――完整の三画卦を取らず、ただ相隣の二爻を取り、某卦の一半と看做して象を立てる。半震は神、坎は衆多を主り、合わせて「衆神」。坎は聚集を主る。離の上下両爻は正反対で、両口の相向するが如きなので「議語」と言う。離は南方・暴虐昏乱を主り、坎は衆・憂を主るので「百姓愁苦」。震は征伐・君主を主る。坎・離の二個の完整な卦体を除き、其餘はみな半象である。校記:「興」の字は汲古閣本が「挙」とし、「更」の字は汲古閣本が「別」とし、いずれも宋元本に依る。
復 第二十四
復。周師伐紂,克於牧野。甲子平旦,天下悅喜。震為周、為伐,坤為師、為惡,故為紂。坤為野、為養,故曰牧野。牧者,養也。乾初爻正值甲子,震為晨,故曰甲子平旦。坤為天下,震為悅喜。
《復》之《復》、は本卦自身の一条である。林辞:周武王の軍隊は商紂を討伐し、牧野に一戦して勝利を得た。甲子の日に天が刚く破暁し、天下人は欢欣せぬものなし。暴を除き新を布く大吉の象である。尚秉和は言う:《復》の下体の震は周・征伐を主り、上体の坤は軍旅・悪人を主るので、坤を借りて紂王を指す。坤は原野・畜養を主り、「牧」とは即ち養なので「牧野」と称す。納甲の法に按れば、乾は天干の甲に配り、初爻は地支の子に配り、乾の初爻はまさに甲子に当たり、《復》の初九は即ち乾の初を借りて象を取り、震はまた清晨を主るので「甲子平旦」と言う――《尚書・牧誓》の記す武王の誓師はまさに甲子の日の昧爽である。坤は天下、震は喜悦を主る。
乾。任武負力,東征不伏。蹈泥履塗,雄師敗覆。此用遇卦"復"象。震為武、為東征、為蹈,履坤為水、為泥塗、為師,坤喪故敗覆。○第三句汲古作"陷履泥塗",宋本作"陷泥履塗",茲依元本。
《復》之《乾》。林辞:武力を逞し恃み、東征するも相手は服さない。泥濘を踏み入れ爛路を踏んで、強大の軍隊はかえって覆没した。強を恃み軽く進んで敗るるの象である。尚秉和は言う:この一条は変ずる所の《乾》を取らず、「遇卦」――即ち占して得た本卦《復》――を用いて象を立てる:《復》の下震は威武・東征・践踏を主り、上坤は水・泥塗・軍旅を主り、震は坤の下に在って泥泞の裡を踏むが如し。坤は喪亡を主るので、大軍は敗覆する。校記:第三句は汲古閣本が「陥履泥塗」とし、宋本は「陥泥履塗」とし、ここでは元本に依って「蹈泥履塗」と作す。
坤。義不勝情,以欲自營。覬利危躬,折角摧頸。坤為義、為情慾、為躬,坤死故危躬。艮為角、為頸,《復》下震為覆艮,艮覆故曰折角摧頸。此亦全用遇卦象。○覬,元本作為,依宋木、汲古。躬,宋元本作寵,從汲古。
《復》之《坤》。林辞:義理は私情を圧し得ず、一味に欲望に順って自己を経営する。財利を覬覦して自身を危うくし、頭角を折られ脖颈を摧折されて落ちる。欲を縦して禍を取るの象である。尚秉和は言う:この一条もまた全て遇卦《復》の卦象を用いる。坤は義・情欲・身躬を主り、坤は死喪を主るので身は険境に処る。艮は角・頸で、《復》の下体の震はまさに艮を倒転せしめた覆象で、艮はすでに傾覆するので「折角摧頸」と言う。校記:「覬」の字は元本が「為」とし、宋本(原注は「宋木」と写す、即ち宋本)と汲古閣本に依る。「躬」の字は宋元本が「寵」とし、汲古閣本に従う。
屯。懸貆素飡,食非其任。失輿剝廬,休坐徙居,室家何憂。艮貆,艮陽在上故曰懸貆。震為口、為白,故曰素飡。《詩魏風》:"胡瞻爾庭有懸貆兮,彼君子兮,不素餐兮",飡,即餐也。震為食、為輿,坤喪故失輿。艮為廬,坎破故剝廬。艮為坐、為居,震行故徙居。艮為室家,坎為憂,震樂故無憂。○貆,宋元本、汲古本作狟,依湖北局本,與詩合。飡,元本作飱,依宋本、汲古。按:《說文》狟,犬行也。《廣韻》狟與貆通。然三本皆作狟,是焦詩本作狟。
《復》之《屯》。林辞:庭中に猟して来た貆を挂け、得べからざる俸食を白く食う。車子を丢し房屋を毀し、やむなく止まって別に居処を遷す――この如くにして、家室にまた何の憂うべきあらん。尚秉和は言う:艮は貆で、艮の陽爻は上に在るので、高く懸けた貆である。震は口・白色を主り、白く食い白く食するを「素飡」と呼ぶ。《詩経・魏風・伐檀》に「胡瞻爾庭有懸貆兮、彼君子兮、不素餐兮」あり、「飡」は即ち「餐」の字である。震は食・車輿、坤は喪亡を主るので車を失う。艮は廬舎、坎は破損を主るので屋を毀す。艮は坐・居、震は行走を主るので居を遷す。艮は室家、坎は憂を主るが、震は歓楽を主るので終に憂なし。校記:「貆」の字は宋元本と汲古閣本がともに「狟」とし、ここでは湖北官書局本に依って「貆」と作し、《詩経》と相合す。「飡」の字は元本が「飱」とし、宋本・汲古閣本に依る。尚氏また按ずるに:《説文》は「狟」は犬の行く様子だと言い、《広韻》は「狟」は「貆」と相通ずると言う。しかし三個の本子は一律に「狟」と作すので、焦延夀の拠る所の《詩》本はもとから「狟」と写していたと見える。
蒙。●●娶婦,深目●身。折腰不媚,與伯相背。艮為●●。震為娶,坤為婦,互大離故曰深目。坤為身、為黑,故曰●身。坎為腰、為折,震為武、為健,故曰不媚。震為伯,艮為背。○鶹●鶹亦●屬,宋元作鷂,依汲古。
《復》之《蒙》。この一条は底本に缺字あり、原書は「●」を以て代え、臆して補うべからず。林辞の大意:ある種の鷙鳥が妻を娶るに、眼窩は深陷し身の色は黧黑である。腰身を折るも諂媚せず、兄長と相背して行く。尚秉和は言う:艮とは即ちあの種の鳥である。震は娶、坤は婦を主る。九二より上九に至るまで、両端は陽爻にして中間の三爻は虚で、一個の放大した離を合成し、離は目なので「深目」と言う。坤は身・黑色なので黑身である。坎は腰・折、震は威武剛健なので、腰を折るも媚びない。震は長兄、艮は背なので「與伯相背」。校記の文字にもまた残欠あり、大意は缺くる所の字は「鶹」と同類で、また鴟鴞の類の鳥に属すと言う。宋元本は「鷂」と作り、ここでは汲古閣本に依る。
需。東風解凍,河川流通。西門子產,升擢有功。坎為凍,離為東,故曰東風解凍。坎為河川,位西,乾為門,故曰西門。魏西門豹、鄭子產皆循吏,乾為貴,故曰升擢有功。
《復》之《需》。林辞:東風が吹き来て、堅冰は消融し、河川は通流を恢復した。西門豹・子産のような能吏が功績によって提拔を得た。滞塞して復た通じ、才徳の用いられるを見るの象である。尚秉和は言う:《需》の上体の坎は冰凍を主り、三至五が互い出した離は東方なので「東風解凍」。坎はまた河川で、坎の方位は西に在り、下体の乾は門で、合わせてまさに「西門」という姓氏である。魏国の西門豹・鄭国の子産はみな史書の称道する循吏で、乾は尊貴なので「升擢有功」と言う。
訟。三足俱行,傾危善僵。六指不便,慁累弟兄。樹柱閡車,失其正當。詳《賁》之《咸》。 ○慁累,汲古作累慁,宋元作恩累,茲依《賁》之《咸》校。
《復》之《訟》。林辞:三つの脚が一斉に路を走ると、摇摇として墜ちんと欲し、動けば即ち仆倒する。手上に一指を多く長ずればかえって不便で、また兄弟を連累した。柱を豎てて車路を挡えば、もと有るべき正当を失った。通篇は形体が畸零・行事が窒碍の象である。「慁」は煩擾連累の意である。取象の細講は《賁》之《咸》の条に見える。校記:「慁累」の二字は汲古閣本が「累慁」とし、宋元本は「恩累」とし、ここでは《賁》之《咸》のあの一条に依って校定する。
師。京庾積倉,黍稷以興。極行疾至,以饜飽食。坤為倉庾、為積,震為黍稷、為行、為亟,為疾、為食,坎為飽。○宋元本極上多己字,飽下無食字,非,依汲古。惟汲古行作其,亦非。《詩小雅甫田》篇:"曾孫之庾,如坻如京;乃求千斯倉,黍稷稻梁。"極當為亟。
《復》之《師》。林辞:穀堆は丘の如く糧倉は囤に満ち、黍稷は豊かに興る。急行速至し、飽食して飢なきを得る。豊収して食足るの象である。尚秉和は言う:《師》の上体の坤は糧倉・積聚を主り、下体の震は黍稷・行走・急速・飲食を主り、坎は飽足を主る。校記:宋元本は「極」の字の上に「己」の字を一個多く、「飽」の字の下に「食」の字がなく、いずれも正しくないので汲古閣本に依る。ただ汲古閣本は「行」を「其」と写すも、また正しくない。《詩経・小雅・甫田》は「曾孫之庾、如坻如京。乃求千斯倉、黍稷稲梁」と言い、まさに「京庾積倉、黍稷以興」の本づく所である。「極」の字は「亟」と作るべく、急速の意である。
比。南山之蹊,真人所在。德配唐虞,天命為子。保佑歆享,身受大慶。詳《賁》之《解》。
《復》之《比》。林辞:南山の小路上に、道を得た真人がそこに在る。彼の徳行は唐尭虞舜と相配し得、天命を受けて天の子と為る。神明は保佑しその祭祀を歆享し、自身は大福慶を承受す。至吉の象である。取象の細講は《賁》之《解》の条に見え、ここでは再び出さない。
小畜。車馳人趨,卷甲相仇。齊魯寇戰,敗於犬邱。詳《坤》之《兌》。
《復》之《小畜》。林辞:車馬は奔馳し人衆は疾走し、鎧甲を卷き起こして彼此仇を為す。斉国と魯国とは兵を交え、犬邱で敗仗を食った。兵連なり禍結び・出師して利なきの凶象である。取象の細講は《坤》之《兌》の条に見える。
履。十五許室,柔順有德。霜降既嫁,文以為合。先王日至,不利出域。兌數十,巽卦數五,故曰十五。伏坎為室,震為言,故曰許室,言以女字人也。坤為柔順,坎為霜,震為嫁,坤為文,坎為合,詩文定厥祥是也。震為王,《謙》三至上覆為日至。丁晏云:《周禮媒氏》疏王肅引《韓詩傳》:"古者霜降,逆女冰泮殺止",《荀子大略篇》說同。又引《家語》云"霜降而婦功成,嫁娶者行焉;冰泮而農業起,昏禮殺於此",茲云"霜降既嫁",是焦氏說與《荀子》、《韓詩》說合,由是證《詩》"迨冰未泮",言及冰未泮而歸妻,若已泮則殺止。《鄭箋》謂正月中冰未泮,至二月可以昏者,非也。○既,汲古作歸,文作夫,均依宋元本。《復》象云"先王以至日閉關,商旅不行,后不省方",故云不利出域。
《復》之《履》。林辞:十五歳の上に人家に許配され、性情は柔順にして婦徳あり。霜降の時節に出嫁し、礼文を以て相合す。先王は冬至のこの日に関を閉し、出境して遠行するに宜しからず。婚嫁が時を得・静に宜しく動に宜しからざるの象である。尚秉和の解説:兌の数は十、巽の卦数は五で、合わせれば即ち「十五」である。潜伏する坎は室、震は言語で、話を言い出して女児を人家に許配するので「許室」と呼ぶ。坤は柔順、坎は霜、震は出嫁、坤は文、坎は合で、《詩経》のいわゆる「文定厥祥」はまさにこの意である。震は王。《履》は《謙》と旁通し、《謙》の三爻より上爻まで《復》象を含み、《復》の一陽の来復は即ち冬至なので「先王日至」と言う。清儒の丁晏は考証して言う:《周礼・媒氏》の疏は王粛の引く《韓詩伝》を引いて「古者霜降逆女、冰泮殺止」と講じ、《荀子・大略篇》の説法は同じ。また《孔子家語》を引いて霜降の時に婦功はすでに成り、嫁娶の事は即ちこの時に行い、冰の融くる時に農事が興れば婚礼は便ちここに至って止まると言う。ここの林辞は「霜降既嫁」と言うので、焦延夀の説は《荀子》《韓詩》と一致すると見える。これによって証すべく、《詩経》のいわゆる「迨冰未泮」とは、冰のまだ融けざるに趁って妻を娶り、冰は一たび化け開けば婚事は停まるを言うのであって――鄭玄の箋の言う正月中に冰未だ泮たず、二月を要してはじめて婚を成し得るとは、正しくない。校記:「既」の字は汲古閣本が「帰」とし、「文」の字は汲古閣本が「夫」とし、いずれも宋元本に依る。《復卦・象伝》は「先王以至日閉関、商旅不行、后不省方」と言うので、林辞は「不利出域」と言う。
泰。任力劣薄,遠托邦國。輔車不強,為癰所傷。震健故曰任力。坤為邦國、為車,坤柔故曰不強。伏艮為節、為癰,兌為傷。○托,汲古作托,強作僵,依宋元本。
《復》之《泰》。林辞:恃む所の気力は単薄にして、しかも遠く別国に身を托す。牙牀と頬骨とはみな強健ならず、毒瘡に傷られた。外に倚る所なく・裡に患を生ずるの象である。尚秉和は言う:《泰》の三至五が互い出した震は剛健を主るので「任力」と言う。上体の坤は邦国・車を主り、坤の性は柔弱なので「不强」。二至四が互いに兌を成し、兌の背後に潜伏する艮は骨節・癰疽を主り、兌は毀傷を主るので「為癰所傷」。校記:「托」の字は汲古閣本が別の字形(「托」と「託」の別)を作し、「强」の字は汲古閣本が「僵」とし、ここではいずれも宋元本に依る。
否。千歲舊室,將有困急。荷糧負囊,出門直北。坤為千歲,乾為舊,艮為室,巽為隕落,故曰困急。艮為荷、為負,巽為糧,坤為囊、為門、為北,故曰出門直北。
《復》之《否》。林辞:千年の老宅は、まさに困厄危急に遭わんとする。ただ乾糧を背負い行囊を扛げて、門を出て一路北へ向かうのみ。家道の敗落・難を避けて遠行するの象である。尚秉和は言う:《否》は上乾下坤で、坤は千歳、乾は陳旧を主り、二至四が互い出した艮は室で、合わせて「千歳旧室」。三至五が互い出した巽は隕落を主るので困厄危急。艮は肩挑背負、巽は糧、坤は口袋・門を主り、坤の方位は北に在るので「出門直北」。
同人。凶憂災殃,日益章明。禍不可救,三卻夷傷。詳《噬嗑》之《剝》。○首句依《噬嗑》之《剝》校改,各本皆作"惡災殆盈",惟三卻彼取象於退,此以巽隙取象,離數三,故曰三卻。
《復》之《同人》。林辞:凶険・憂患・災殃は一日比べて顕露し、禍はすでに挽救する途なく、晋国の三郤はともに夷滅の傷に遭う。「三却」とは即ち春秋の晋厳公の時に誅せられた郤錡・郤犨・郤至の三卿である。取象の細講は《噬嗑》之《剥》の条に見える。校記:首句は《噬嗑》之《剥》のあの一条に依って校改したもので、諸本はもと皆「悪災殆盈」と作る。ただ同じ「三却」なれど、あの一条は退却より象を取り、この一条は巽の縫隙を為すより象を取り、離の数は三なので「三却」と言う。
大有。冠危戴患,身驚不安。與福馳逐,凶來入門。通《比》。坎為危患,艮為冠戴、為身,坎陷故不安。艮為門,坤為凶。○戴,汲古作載,依宋元本。
《復》之《大有》。林辞:頭上に危険を頂き禍患を戴き、自身は驚懼して安寧を得ない。まさに福気を追って奔跑するも、凶事はすでに家門に入った。福を求めてかえって禍を招くの象である。尚秉和は言う:《大有》は《比》と旁通し、取象は《比》の上より来る:坎は危・患、互艮は冠・戴・身を主り、坎は坑陥を主るので身は安を得ない。艮は門、坤は凶で、凶は門より入る。校記:「戴」の字は汲古閣本が「載」とし、宋元本に依る。
謙。虎狼並處,不可以仕。忠謀輔政,禍必及己。退隱深山,身乃不殆。艮為處,狼正覆艮故曰並處。艮為仕,坎險故不可仕。坎為忠、為謀,坤為禍、為己,艮為山,坎為隱,坤為身、為殆,震樂故不殆。○仕、輔政,汲古作事、作輔改,皆非,今依宋元本。殆音以,言與宵小並仕,雖忠必獲禍,退隱則免也。
《復》之《謙》。林辞:虎狼は一堂に雑処し、このような朝廷は出仕すべからず。たとい忠心に謀劃し政事を輔佐するも、禍患は必ず自己の頭上に落ちる。深山に退隱してはじめて己身は危殆に至らない。尚秉和は言う:《謙》の艮は居処を主り、狼象は一正一覆の二個の艮を取るので「並処」と言う。艮はまた出仕を主り、二至四の互坎は険なので出仕すべからず。互坎は忠・謀、坤は禍・己身、艮は山、坎は隠蔽、坤はまた身・危殆を主り、三至五の互震は歓楽を主るので退隱すれば危うからず。校記:「仕」と「輔政」の両処は、汲古閣本が「事」「輔改」とし、いずれも正しくないので今宋元本に依る。「殆」の字はここでは「以」の如く読み、その協韻を取る。尚氏は併せてその意を申す:宵小と同朝して事を共にすれば、縦え一片の忠心なるも終に必ず禍を獲、ただ退隱のみ免れ得る。
豫。卵與石鬬,糜碎無處。挈瓶之使,不為憂懼。震為卵,艮為石,震艮相反故曰鬬。坤為漿、為糜,震為瓶,艮手為挈,坎為憂懼。《左傳》:"雖有挈瓶之知",注:汲者,喻小知。按:古汲用瓶。
《復》之《豫》。林辞:鶏蛋と石頭とが相碰し、碎けて塊さえ残らない。瓶を提げて水を打つ小差役は、かえって憂なく懼れなし。前の二句は卵を以て石を撃つの凶で、後の二句は位卑しき者がかえって安を得るを言う。尚秉和は言う:《豫》の上震は卵、二至四が互い出した艮は石で、震と艮とは一正一反なので「鬬」と言う。坤は漿汁・糜爛、震は瓶、艮は手なので「挈瓶」である。三至五の互坎は憂懼を主る。《左伝》に「雖有挈瓶之知」あり、注家は瓶を提げて水を汲む人は小聡明を比喩すると言う。尚氏は併せて按ずるに:古人が水を汲むはまさに瓶を用いた。
隨。五心六意,歧道多怪。非君本志,生我恨悔。巽卦數五,互大坎,為心意數六,震為道路、為君。
《復》之《随》。林辞:五様の心思・六個の主意で、岔路はすでに多く怪事は頻出する。これは君子の本来の心志ではなく、空しく多くの怨恨悔憾を生ずるのみ。心志の揺擺・進退して拠を失うの象である。尚秉和は言う:《随》中に互い出した巽は、その卦数は五。全卦の六爻を合わせて見れば大坎の象あり、坎は心意を主り、その数は六で、合わせてまさに「五心六意」である。震は道路、また君を主る。
蠱。雨雪載塗,東行破車,旅人無家。震為大塗、為東、為車,互大坎為雨雪,兌折故曰破車。震為商旅、為人,艮為家,在外故曰無家。○宋元本多"利益諮嗟"四字,依汲古。家與塗、車韻。
《復》之《蠱》。林辞:雨雪は道路に塞満し、東へ車を行かせるも車子は折損し、行旅の人は帰る家なし。途中に阻まれ・羈旅して困頓の象である。尚秉和は言う:《蠱》の三至五が互い出した震は大道・東方・車を主る。六爻は大坎の象を合成し、坎は雨雪を主る。二至四の互兌は毀折を主るので車は破れる。震はまた商旅・人を主り、艮は家で、人はすでに外に在るので「无家」。校記:宋元本はこの条の下に「利益咨嗟」の四字を多く出すが、汲古閣本に依って刪去する。「家」の字は「塗」「車」とまさに相押韻するので、またあの四字が衍文なるを証し得る。
臨。尚利壤義,月出平地。國亂天常,咎徵滅亡。伏巽為利,坤為義,兌毀故曰壞義。兌為月,坤為平地、為國、為滅亡。月出平地,用象神妙。○首句宋元本作"尚刑懷義",依汲古。
《復》之《臨》。林辞:私利を崇尚し道義を敗壊し、月亮は平地の上より升る。国政は天の常道を擾乱し、凶咎の征兆は滅亡を預示す。尚秉和は言う:《臨》中に潜伏する巽は利、坤は義を主り、兌は毀折を主るので道義の敗壊である(注文は「壞義」と引くが、林辞の「壤義」とはただ一字の異のみ)。兌は月、坤は平地・国・滅亡を主る。「月出平地」の一句の取象は極めて精妙――兌月はまさに坤地より升る。校記:首句は宋元本が「尚刑懐義」とし、汲古閣本に依る。
觀。東行破車,步入危家。衡門穿射,無以為主。賣袍續食,糟糠不飽。此用《復》象。震為東、為車,坤喪故曰破車。震為步、為射、為主、為袍、為糟糠,坤為門,坤虛故無以為主、故不飽。○危,汲古作範,從宋元本。
《復》之《観》。林辞:東へ車を行かせるも車は損壊し、やむなく歩行して危険の人家に走り入る。簡陋の衡門は箭に射穿され、家中に主を為す人なし。衣袍を売って飯に換え、糟糠さえも食べ飽きない。敗落困窮の象である。尚秉和は言う:この一条は遇卦《復》を用いて象を立てる:震は東・車を主り、坤は喪亡を主るので車は破れる。震はまた歩行・射・主人・袍・糟糠を主り、坤は門を主る。坤の中は空虚なので、主を為す人なく、また食べ飽きない。校記:「危」の字は汲古閣本が「范」とし、宋元本に従う。
噬嗑。逐禽出門,並失玉丸。往來井井,破甑缺益。震為逐、為出,艮為禽、為門。坎為失、為彈丸,震為玉,故曰玉丸。兌為井,初四伏正反兌,故曰往來井井。震為甑、為益,坎為破、為缺。○破甑,元本作破甕,汲古作甑破,依宋本。
《復》之《噬嗑》。林辞:禽獣を追趕して門を出れば、玉丸さえ併せて丢失した。来来往往として井辺に奔走し、甑は破れ器物も残缺した。労して獲るなく・器用の毀損の象である。尚秉和は言う:《噬嗑》の下震は追逐・外出を主り、二至四の互艮は禽・門を主る。三至五の互坎は丢失・弾丸を主り、震は玉なので「玉丸」を合成す。兌は井で、初爻と四爻とに潜伏するは一正一反の二個の兌なので「往来井井」と言う。震は甑・器皿、坎は破・缺を主る。校記:「破甑」は元本が「破瓮」とし、汲古閣本は「甑破」とし、宋本に依る。
賁。孟春醴酒,使君壽考。南山多福,宜行賈市。稻梁雌雉,所至利喜。震為春、為長,故曰孟春。坎為酒,震為君,艮為壽考、為南山。伏巽為賈市、為稻梁。離為雌。○孟春,汲古作春孟,依宋元本。稻梁,汲古作秋梁,依宋元本。
《復》之《賁》。林辞:初春に甜酒を献じ、使君の長寿を祝す。南山は福沢が深厚で、行商して集に趕ぐに宜しい。稲梁は豊足し雌雉は肥美で、至る所は利を得て歓喜す。通篇は吉象である。尚秉和は言う:《賁》の三至五が互い出した震は春・長を主り、長に居れば即ち「孟」なので「孟春」と言う。二至四の互坎は酒、震は君、艮は長寿・南山を主る。潜伏する巽は商賈市集・稲梁を主る。下体の離は雌を主る。校記:「孟春」は汲古閣本が「春孟」とし、「稲梁」は汲古閣本が「秋梁」とし、いずれも宋元本に依る。
剝。持刃操肉,對酒不食。夫亡從軍,少子入獄,抱膝獨宿。艮手為持、為操、為刃,坤為軍,艮為夫,在上,故曰夫亡從軍。亡,往也。艮為少子,坤為宿。酒肉象均不詳。獄象膝象,疑皆指艮。
《復》之《剥》。林辞:手裡に刀を執り肉を握るも、酒に面しても食べ下すことができない。丈夫は軍に従って去り、小兒子はまた獄に下り、ただ膝を抱いて独り眠るのみ。家室の離散の凄凉なる象である。尚秉和は言う:艮は手なので、持・操・刃の諸字はみな艮象を取る。坤は軍旅、艮は丈夫で、艮は上体に居るので「夫亡従軍」と言う――ここの「亡」は「往」の意で、前往を指し、死亡ではない。艮はまた幼子、坤は寝宿を主る。酒と肉の取象に至っては、尚氏は自ら詳しく言えないと承す。牢獄と膝の取象は、彼はみな艮を指すと疑う。
無妄。踦牛傷暑,不能成畝。草萊不鬬,年歲無有。京房以《無妄》為大旱之卦。艮為火故曰暑,為牛,巽下斷,故曰踦牛。坤為畝,二陰故不成畝。巽為草萊,乾為年歲,巽隕落故無年。
《復》之《无妄》。林辞:跛足の牛は暑熱に傷られ、一畝の田も耕し尽くせない。草莱は枯瘦して競長することができず、一年の頭より終に一として收める所なし。大旱にして歓収の凶象である。尚秉和は言う:京房は《无妄》を以て大旱の卦と為す。《无妄》の二至四の互艮は火を主るので暑と言う。艮はまた牛を主る。三至五の互巽は、巽の下爻は断開するので瘸腿の「踦牛」である。卦中の二個の陰爻は半ば坤象を成し、坤は田畝を主り、陰爻は足らないので畝を耕し成さない。巽は草莱、乾は年歳を主り、巽は隕落を主るので顆粒も收まらない。
大畜。南邦大國,鬼魅滿室。讙聲相逐,為我行賊。乾為南,艮為邦國,伏巽為鬼魅。艮為室,震為樂、為聲、為逐,伏巽為賊。《雜卦》巽伏也,伏故為鬼、為盜賊。○國,汲古作域,依宋元本。
《復》之《大畜》。林辞:南方の大邦大国に、鬼魅は屋子に塞満す。喧鬧の声は此伏彼起し、みな来て我に加害せんとする。邪祟が患を為すの凶象である。尚秉和は言う:《大畜》の乾は南、艮は邦国、潜伏する巽は鬼魅を主る。艮は室、互震は楽・声・追逐を主り、伏巽はまた賊を主る。《雑卦伝》は「巽、伏也」と言い、すでに潜伏を主るならば、取って鬼・盗賊と為す。校記:「国」の字は汲古閣本が「域」とし、宋元本に依る。
頤。噂噂所言,莫如我垣。歡樂堅固,可以長安。《毛傳》:"噂,對語也"。震為言,正覆震相對,故曰噂噂。艮為垣,正覆艮相對而艮為止,故曰莫如。如,往也。震為歡喜,艮為堅固、為安。○垣,宋元本訛恆,依汲古。
《復》之《頤》。林辞:外面は議論紛紛たるも、誰も我が家の墻垣を越えることができない。歓楽にして穩固で、長く安寧なるべし。外議の相擾えず・門戸の自守の吉象である。尚秉和は言う:《毛伝》は「噂」を面と向かって交談すると訓ずる。《頤》中の震は言語を主り、一正一覆の二個の震が相対するので「噂噂」を畳用す。艮は墻垣で、一正一覆の二個の艮が相対し艮は静止を主るので「莫如」と言う――「如」はここでは「往」の意で、即ち誰も過ぎ来れない。震は歓喜、艮は堅固・安を主る。校記:「垣」の字は宋元本が「恒」と訛り、汲古閣本に依る。
大過。堯舜禹湯,四聖敦仁。允施德音,艮安無窮。旅人相望,未同朝鄉。乾為帝王、為聖、為仁,巽數四,故曰四聖。乾為德,兌為口,故曰德音。伏坤為民,艮為安、為望,震為商旅、為向,正反震相對。故曰旅人相望,曰未同朝鄉。鄉,向也。○鄉,汲古、宋本皆訛卿,依元本。下二句與上四句意不屬,疑為衍文。
《復》之《大過》。林辞:尭・舜・禹・湯の四位の聖王は仁徳を篤行し、誠信に善政の名を布施して、安定して窮まりなし。行旅の人は彼此遥望するも、同じく一朝の方向に赴くことができない。尚秉和は言う:《大過》の互乾は帝王・聖・仁を主り、巽の数は四なので「四聖」と言う。乾は徳、兌は口で、「徳音」を合成す。潜伏する坤は民、艮は安・瞻望、震は商旅・朝向を主り、一正一反の二個の震が相対するので「旅人相望」と言い、また彼此同じく一方に赴く能わざるを言う――「鄉」とは即ち「向」の字である。校記:「鄉」の字は汲古閣本と宋本がともに「卿」と訛り、元本に依る。また末の二句は上の四句と文意が相連属せず、尚氏は後人の窜入した衍文と疑う。
坎。桎梏拘獲,身入牢獄。髠刑受法,終不得釋。耳閉道塞,求事不得。坎為桎梏、為牢獄,伏巽為髠,坎陷故不得釋。坎為耳、為閉塞,艮為道路、為求。
《復》之《坎》。林辞:脚鐐手銬を戴き拘捕され、身は牢獄に陥る。髡髪の刑を受け法に依って罪に論され、終始開釈を得ない。耳目は閉塞し道路は通ぜず、求める事は一として成らず。囚繋して困頓の凶象である。尚秉和は言う:坎は桎梏・牢獄を主る。潜伏する巽は寡髪を主るので、取って髡刑と為す。坎は坑陥を主るので開釈を得ない。坎はまた耳・閉塞を主り、互艮は道路・求索を主る。
離。桀蹠並處,民困愁苦。行旅遲遲,留連齊魯。離為惡人,故曰桀。巽為盜,故曰蹠。伏坎為眾、為民、為愁苦,伏震為行旅,艮止故曰遲、曰留連。巽為齊,兌為魯。○首句元本作蹠桀並處,汲古作蹠並桀處,今依宋本。
《復》之《離》。林辞:夏桀と盗跖とが一世に同処し、百姓は困頓愁苦す。行旅は遅緩にして進み難く、斉魯の間に滞留す。暴虐の道に当たり・行人の淹留の象である。尚秉和は言う:離は悪人なので、借りて夏桀を指す。二至四が互い出した巽は盗なので、借りて盗跖を指す。潜伏する坎は衆・民・愁苦、潜伏する震は行旅を主る。艮は静止を主るので行程は遅緩し羈留して前せず。巽は斉国、三至五が互い出した兌は魯国を主る。校記:首句は元本が「跖桀並処」とし、汲古閣本は「跖並桀処」とし、今宋本に依る。
咸。求雞獲雉,買鱉失魚。出人鈞敵,租得無餘。齊姜宋子,婚姻孔喜。艮為求,巽為雞、為魚,伏坤為文、為雉,艮為鱉。雞、雉、魚、鱉相等,故曰鈞敵。巽為利、為齊姜。艮為宋,少男少女相遇故曰婚姻。兌為悅,故曰孔喜。○敵,汲古作貨,依宋元本。餘,宋元作饒,依汲古。雉,宋元本作雛。
《復》之《咸》。林辞:鶏を求めんと想うも野雉を得、鱉を買うてまた魚を丢した。出と入とは恰好相当し、租を收めた後は一として剩余なし。斉国の姜姓の女と宋国の子姓の男とが親を結び、婚姻は十分に和美である。前半は得失相抵し、後半は転じて吉。尚秉和は言う:《咸》の下艮は求を主り、二至四の互巽は鶏・魚を主り、潜伏する坤は文采・野雉を主り、艮は鱉を主る。鶏と雉・魚と鱉とは軽重が相当するので「鈞敵」と言い、「鈞」とは即ち均等である。巽は利・斉姜を主る。艮は宋。《咸》はもと少男少女の相感ずる卦なので婚姻と言う。兌は喜悦を主るので「孔喜」、即ち甚だ歓喜である。校記:「敵」の字は汲古閣本が「貨」とし、宋元本に依る。「余」の字は宋元本が「饒」とし、汲古閣本に依る。「雉」の字は宋元本が「雛」と作る。
恆。雨師駕駟,風伯吹雲。秦楚爭強,施不得行。互兌為雨,伏坤為師,震為馬,故曰雨師駕駟。巽為風,震為伯,伏坤為雲,兌口故曰吹雲。兌為秦,震為楚、為爭,乾健故曰爭強。獨斷云:雨師,畢星;風伯,箕星也。
《復》之《恒》。林辞:雨師は四馬の車を駕し、風伯は雲気を鼓動す。秦国と楚国とは強を争い勝を鬥わし、恩沢は施行し下らない。風雨の交作・強隣の相攻の象である。尚秉和は言う:《恒》の三至五が互い出した兌は雨、潜伏する坤は師、震は馬を主り、「雨師駕駟」を合成す。下体の巽は風、震は伯、伏坤は雲、兌は口を主るので「吹雲」。兌は秦、震は楚・争を主り、二至四の互乾は剛健を主るので「争強」。蔡邕の《独断》は言う:雨師は畢星、風伯は箕星である。
遯。仲冬無秋,鳥鵲飢憂。困於米食,數驚鸇鵰。通《臨》。復居子,故曰仲冬。兌為秋,坤虛故無秋,言仲冬之時,百物凋落也。艮為鳥鵲,坤為飢、為憂困,震為米,兌為食,艮為鸇鵰。○無,汲古訛兼。鳥鵲飢憂,汲古作鳥散飲憂,依宋元本。
《復》之《遯》。林辞:仲冬の時節にはすでに秋成の物なく、鳥鵲は飢えて愁う。一口の米食に困られ、また屡々鹯鵰に驚嚇される。歳末に食尽き・危機の四伏する象である。尚秉和は言う:《遯》は《臨》と旁通する。卦気の配月に按れば、《復》は子月に当たり、まさに仲冬なので「仲冬」と言う。兌は秋、坤の中は空虚なので「无秋」、講ずる所は仲冬の時に百物は凋零するである。艮は鳥鵲、坤は飢餓・憂困、震は米、兌は食を主り、艮はまた鹯・鵰を主る。校記:「无」の字は汲古閣本が「兼」と訛る。「鳥鵲飢憂」は汲古閣本が「鳥散飲憂」とし、宋元本に依る。
大壯。三羝上山,俱至陰安。遂到南陽,見其芝香。兩崖相望,未同枕床。兌為羊,震數三,故曰三羝。艮為山,艮反故曰陰,言至山北也。乾為南、為陽,兌為見,伏巽為芝、為吞,伏艮為崖,兌卦數二,故曰兩崖,大壯上形似之。艮為枕、為床,艮伏故曰未同枕床。○見,汲古作完,同作有,均依宋元本。
《復》之《大壮》。林辞:三匹の公羊は山に登り、一同に山の北面に到って身を安んず。随後に南陽に到達し、あそこの霊芝の異香を見る。両岸は水を隔てて相望むも、同床して枕を共にすることができない。尚秉和は言う:《大壮》の上兌は羊、震の数は三なので「三羝」と言う。艮は山で、艮は反転するので「陰」と称し、山北に走到ったを言う。乾は南・陽を主り、「南陽」を合成す。兌は見、潜伏する巽は霊芝・吞納を主る。伏艮は崖岸で、兌の卦数は二なので「両崖」と言い、《大壮》上体の形状もまたまさに両岸の相夾むに似る。艮は枕・床を主るが、艮は潜伏して顕れないので、枕を同じく床を共にするを得ない。校記:「見」の字は汲古閣本が「完」とし、「同」の字は汲古閣本が「有」とし、いずれも宋元本に依る。
晉。飛之日南,還歸遼東。雌友相從,和鳴雍雍,解我胸舂。離為日、為南、為飛,艮東北,故曰遼東。坎雄離雌,坎為和,艮為胸,艮手為春。胸舂者,言胸臆上下不定,如舂米於胸中也。○之,宋元本作至。胸舂,宋本作逈舂,元本作逈春,均依汲古。
《復》之《晋》。林辞:日下の南方に飛び往き、また転じて遼東に回る。雌鳥は伴を結び相随い、和鳴の声は雍雍として耳に悦耳で、我が胸中の翻騰を解き開いた。尚秉和は言う:《晋》の上体の離は日・南・飛を主る。艮は東北に居るので「遼東」と言う。坎は雄、離は雌、坎は唱和を主る。艮は胸、艮はまた手で、手が上下起落するはまさに舂米の如し。「胸舂」とは胸中の気が上下して定まらず、あたかも胸口で米を舂くが如きを言う。校記:「之」の字は宋元本が「至」と作る。「胸舂」は宋本が「逈舂」とし、元本は「逈春」とし、いずれも汲古閣本に依る。
明夷。堯飲舜舞,禹拜上酒。禮樂所豐,可以安處,保我淑女。震為帝,故曰堯舜禹。震為飲、為舞,坎為酒,坤為禮,震為樂。
《復》之《明夷》。林辞:尭は杯を挙げて酒を飲み、舜は起き立って舞い、禹は礼を行い酒觴を奉じ上ぐ。礼楽はこの如く豊盛で、安として居処し、我が賢淑の女を保全すべし。礼楽興り・家室の安んずるの吉象である。尚秉和は言う:《明夷》の三至五が互い出した震は帝王を主るので、林辞は連ねて尭・舜・禹の三聖を挙ぐ。震は飲・舞を主り、二至四の互坎は酒、上体の坤は礼を主り、震はまた楽を主る。
家人。大一置酒,樂正起舞。萬福攸同,可以安處,綏我齯齒。大一,即北辰。《史記天官書》:"中宮天極星,其一明者大一,常居也",注:天神最尊貴者。離為星,故曰大一。坎為酒,伏震為樂、為舞、為萬福,兌為齒,卦有兩半兌形故曰齯齒。《爾雅》:"黃髮齯齒",注:齒隳更生細者。古單作兒。按:今詩正作兒齒。○大一,宋本、汲古俱作大乙,依元本。齯,汲古作見,依宋元本。
《復》之《家人》。林辞:太一は酒宴を置辦し、楽正は起き立って舞う。万種の福気はみなこの所に会聚し、安として居処し、齯歯の寿を安享すべし。福禄の綿長なる吉象である。尚秉和は言う:「大一」とは即ち北辰である。《史記・天官書》は中宮の天極星を講じ、その中の最も明亮なる一顆は即ち太一で、天帝の常に居る所であり、注家はそれは天神の中最も尊貴なるものだと言う。《家人》の下体の離は星なので「大一」と言う。互坎は酒、潜伏する震は楽・舞・万福を主る。兌は歯で、卦中に二個の半兌の形があるので「齯歯」と言う。《爾雅》に「黄髪齯歯」あり、注家は老人の歯が落ちて後に再生する細歯だと言う。古書は単に「兒」と写し、今本《詩経》はまさに「兒歯」と作る。校記:「大一」は宋本と汲古閣本がともに「大乙」とし、元本に依る。「齯」の字は汲古閣本が「見」とし、宋元本に依る。
睽。白馬騧騮,生乳不休。富我商人,得利饒優。坎為馬,兌西方,色白故曰白馬。伏艮為乳,馬乳可為酒。《漢書禮樂志》:"以馬乳為酒",撞挏乃成。卦有兩半艮,故曰生乳不休。三四句疑亦用半象。○騧,汲古作騂,從宋元本。
《復》之《睽》。林辞:白馬と黄騮の馬とは繁育して休まず、我がこの経商の人を富ませ、獲利は豊厚優裕である。畜牧の興旺・商利の充盈の吉象である。尚秉和は言う:《睽》の互坎は馬を主り、兌は西方に在りその色は白なので「白馬」と言う。潜伏する艮は乳を主り、馬乳は以て酒を醸し得、《漢書・礼楽志》は馬乳を以て酒を作り、撞挏を経てはじめて成ると講ずる。卦中に二個の半艮の象があるので「生乳不休」と言う。第三・第四の二句も、彼はまた半象を以て取ったと疑う。校記:「騧」の字は汲古閣本が「騂」とし、宋元本に従う。
蹇。宛馬疾步,盲師坐御。目不見路,中止不到。宛,踠之省。《後漢書班固傳》:"馬踠餘足",注:踠,屈也。又《說文》宛:屈草自覆也,是宛亦有屈意。宛馬疾步者,言馬足既屈而使之速行也。互坎為馬,坎為屈,故曰踠馬。坎為眾,為師,艮離目不全,故曰盲師。艮為坐,御本立,為今以盲師而坐御,故不見路而不到也。艮為路、為止。
《復》之《蹇》。林辞:腿を屈した馬はなお催されて疾行させられ、眼の瞎れた馭者は坐して車を駕す。眼睛は路を見えず、半途にして止まり、目的地に到らない。勉めて事を行いて・終に成ることなきの象である。尚秉和は言う:「宛」は「踠」の省写である。《後漢書・班固伝》に「馬踠余足」あり、注家は「踠」は屈だと言う。《説文》は「宛」を屈草自覆と訓ずるので、「宛」にもまた屈の義を含むと見える。「宛馬疾歩」とは馬の腿はすでに屈傷したに、なおそれを駆って快く走らせるを言う。《蹇》の互坎は馬を主り、坎はまた屈曲を主るので踠馬である。坎は衆・師を主る。艮と離との目象はともに完整ならないので「盲師」と言う。艮は坐を主り、車を駕するは本は立つべきなのに、今瞎眼の人に坐して駕させれば、自ずから路を見えず地方に到らない。艮はまた道路・停止を主る。
解。春桃萌生,萬物華榮。邦君所居,國樂無憂。震為桃、為春、為萌、為生、為華榮、為君、為樂。
《復》之《解》。林辞:春に桃樹は芽を抽き萌発し、万物は開花して繁盛す。ここは邦君の居住する地で、挙国安楽にして憂なし。生機の勃発・上下の相安んずるの吉象である。尚秉和の解説は極めて簡で、一句の内に諸象は全て震より出る:震は桃・春・萌・生・花開繁茂を主り、また君・歓楽を主る。《解》は上震下坎で、雷は動いて険は解け、震木は時を得て発するので、取象はこのように密集する。
損。把珠入口,蓄為玉寶。得吾所有,欣然嘉喜。震為珠玉,兌為口,坤為吾,震為喜,艮手為把。
《復》之《損》。林辞:珠子を手中に握って口内に送り、収蔵して玉宝と為す。得たのはもと我が自己の物なので、欣然として歓喜す。失いて復た得・貨を蔵して吉を獲るの象である。尚秉和は言う:《損》の二至四が互い出した震は珠玉を主り、下体の兌は口、三至五が互い出した坤は「吾」を主り、震はまた喜を主る。艮は手なので「把」の字は艮手の象を取る。
益。襦燒袴燔,羸剝飢寒,病虐凍攣。震為襦,巽為袴,艮為火,故曰燒燔。坤為羸,艮手為剝,坤為飢寒、為病虐、為凍。攣,繫也。《說文》凡拘牽連繫者皆曰攣。○第三句病虐汲古作病症,依宋元。攣,宋本作孿,依汲古。孿,《說文》雙生也,宋本非。
《復》之《益》。林辞:短襖は焼かれ褲子は燎かれ、身は羸弱にして衣物は剥落し、飢寒は交迫し、また瘧疾に染まり凍えて手足は拘攣す。通篇は窮病の交攻の凶象である。尚秉和は言う:《益》の下震は短襖、上巽は褲を主り、互艮は火なので焼と言い燔と言う。互坤は羸瘦、艮は手を主るので「剥」。坤はまた飢寒・瘧疾・寒凍を主る。「攣」は繫連の意で、《説文》はおよそ拘牽連係するを一律に攣と呼ぶ。校記:第三句の「病虐」は汲古閣本が「病症」とし、宋元本に依る。「攣」の字は宋本が「孿」とし、汲古閣本に依る――《説文》は「孿」を双生と訓ずるので、宋本の「孿」と作すは文義に合わない。
夬。水沫沉浮,沮溼不居,為心疾憂。通《剝》。坤為水,一陽在上故曰水沫沉浮、曰沮溼。坤為心、為疾憂。
《復》之《夬》。林辞:水面の浮沫は忽ち沈み忽ち起き、低窪潮湿の地は人を住ましめず、ここに因って心中の疾患憂愁と成る。処境の卑湿・心神の不寧の象である。尚秉和は言う:《夬》は《剥》と旁通し、取象は《剥》より来る:坤は水で、一個の陽爻のみ最上に浮かぶので、水沫の沈浮と言い低窪潮湿と言う。坤はまた心・疾病憂愁を主る。
姤。行如樂紂,雖禱不佑。命絕衰周,文君乏祀。通《復》。坤為惡,故曰桀紂。震為行、為言,故曰禱。震為周、為君,巽為命,坤喪故命絕。坤為文,故曰文君,謂文王也。○佑,宋元本作祥,君作王,均依汲古。
《復》之《姤》。林辞:行事は商紂の如く自恣して楽を取り、縦え祈祷するも神明の保佑を得ない。国祚は衰敗の周室に断絶し、文王の一系は祭祀を断たれた。徳を失い国を亡ぼすの凶象である。尚秉和は言う:《姤》は《復》と旁通し、取象は《復》より来る:坤は悪人なので、借りて桀紂の類を指す。震は行・言語を主るので祷告である。震はまた周・君を主り、巽は天命を主り、坤は喪亡を主るので「命絶」。坤は文を主るので「文君」と言い、指す所は周文王である。校記:「佑」の字は宋元本が「祥」とし、「君」の字は宋元本が「王」とし、いずれも汲古閣本に依る。
萃。蜱蜉戴盆,不能上山。腳摧跛蹶,損傷其顏。巽為蟲,故曰蜱蜉,艮形似覆盆,故曰戴盆。艮為山,震為足,震覆故曰腳摧、曰跛蹶。兌為損,艮為顏。○蜱蜉,汲古作蜉蝣,顏作頭,均依宋本。摧損,宋元本作推頓,均依汲古,元本注云:蚍蜉有翼者曰蜱蜉。
《復》之《萃》。林辞:蚍蜉は一個の盆を頂き、どうしても山上に爬り上ることができない。腿脚は摧折し跛倒して地に仆れ、面孔さえも摔り傷つけた。自らの力を量らず・重を負いて傷を致すの象である。尚秉和は言う:《萃》の互巽は虫を主るので蜱蜉と言う。互艮の形状は倒扣した盆に似るので「戴盆」である。艮は山、震は足で、震は倒転するので脚は摧え跛蹶する。上兌は損、艮は面顔を主る。校記:「蜱蜉」は汲古閣本が「蜉蝣」とし、「顔」の字は汲古閣本が「頭」とし、いずれも宋本に依る。「摧」「損」の二字は宋元本が「推」「頓」とし、汲古閣本に依る。元本の注中に言う:蚍蜉の裡に翅膀あるを蜱蜉と呼ぶ。
升。長子入獄,婦饋母哭。霜降愈甚,嚮晦伏法。震為長子,互大坎為獄,巽為婦,坤為母,兌口為哭。坤為霜、為晦,坤死故曰伏法。○愈,汲古作旬,依宋元,疑旬字音訛為甚字。《周禮小司寇》:"至於旬,乃弊之",而宋本作愈,疑原文為霜降逾旬。
《復》之《升》。林辞:長子は牢獄に関し入れられ、妻子は飯を送り母は啼哭す。霜降の後は寒気はいよいよ甚しく、天色は晩に向かい法に伏して刑を受ける。刑獄の身に臨むの凶象である。尚秉和は言う:《升》は上坤下巽で、震は長子を主り、六爻は大坎の象を合成し、坎は牢獄を主る。巽は婦、坤は母、兌は口を主るので哭あり。坤は霜・昏暗を主り、坤は死亡を主るので「伏法」と言う。校記:「愈」の字は汲古閣本が「旬」とし、宋元本に依る。尚氏は「旬」の字は音が近くして「甚」と訛ったと疑う。《周礼・小司寇》は「至于旬、乃弊之」と言い、獄案は十日に満ちてはじめて断決するである。宋本はすでに「愈」と作すので、彼はここに因って原文はもと「霜降逾旬」と作したと推測する。
困。求犬得兔,請新遇故。雖不當路,踰吾舊舍。通《賁》。艮為犬、為求,震為兔,離為新,坎為故,艮為路、為舍。
《復》之《困》。林辞:狗を求めんと想うも兎子を得、新交を請わんと想うも故旧に遇う。正道に在らざるといえども、かえって我が旧居を越え過ぎた。得る所は求める所にあらずしてなお大礙なきの象である。尚秉和は言う:《困》は《賁》と旁通し、取象は《賁》より来る:艮は犬・求を主り、震は兎、離は新、坎は旧を主り、艮はまた道路・屋舎を主る。
井。鳥鳴葭端,一呼三顛。動搖東西,危而不安。靈祝禱祉,疾病無患。對《噬嗑》。震為葭、為鳴呼,艮為鳥,坎數一,震數三,離為東,坎為西,坎險故危。震為言,故曰祝禱。坎為疾病,震喜故無患。全用對象,祇顛字用本卦《巽》。○動搖,宋元本作搖動,依汲古。祝,汲古作符,依宋元本。
《復》之《井》。林辞:鳥は蘆葦の梢頭で鳴叫し、一声の呼喚に、葦梢は三度顛揺する。東西に揺晃して定まらず、危険にして安寧を得ない。神巫を請じ祝祷して福を求めれば、疾病もまた大患なからん。尚秉和は言う:《井》と《噬嗑》とは六爻が一一相反し、旁通の卦で、彼はこれを「対」と称し、本条の取象は全て《噬嗑》より来る:震は蘆葦・鳴叫呼喚を主り、艮は鳥を主る。坎の数は一、震の数は三で、「一呼三顛」を合成す。離は東、坎は西、坎は険を主るので危なし。震は言語を主るので祝祷である。坎は疾病を主り、震は歓喜を主るので患なし。整条はみな対卦の象を取り、ただ「顛」の字のみ本卦《井》の下体巽の傾揺の象を用いる。校記:「動揺」は宋元本が「揺動」とし、汲古閣本に依る。「祝」の字は汲古閣本が「符」とし、宋元本に依る。
革。天厭禹德,命興湯國。祓社釁鼓,以除民疾。通《蒙》。艮為天,震為王,故曰禹。坤為國、為水,故曰湯國。坤為社,震為鼓,坤為民,坎為疾,震樂故除疾。○第三句元本作祅社釁鼓,依宋本、汲古。
《復》之《革》。林辞:上天は夏禹の一系の徳運を厭棄し、命を降して商湯の国を興さしむ。社壇を祓除し牲を殺して鼓を釁り、以て百姓の疾苦を滌除す。朝代を改め・旧を除き新を布くの象である。尚秉和は言う:《革》は《蒙》と旁通し、取象は《蒙》より来る:艮は天、震は王を主るので禹を指す。坤は国・水を主るので「湯国」と言う。坤は社壇、震は鼓を主り、坤はまた民を主り、坎は疾病を主り、震は歓楽を主るので疾を除き得る。校記:第三句は元本が「祅社釁鼓」とし、宋本と汲古閣本に依って「祓社釁鼓」と作す。
鼎。陰霧作匿,不見白日。邪徑迷道,使君亂惑。通《屯》。坤為霧、為陰,坎為匿,故不見。離日,震為白,故曰白日。艮為徑、為道,坤為迷、為亂,震為君。○迷道,汲古作迷通,依宋元本。
《復》之《鼎》。林辞:陰雲濃霧は遮蔽隠没し、白日を見ることができない。邪路を走って正道を迷失し、使君さえも昏乱迷惑す。蒙蔽され・方向を失うの凶象である。尚秉和は言う:《鼎》は《屯》と旁通し、取象は《屯》より来る:坤は霧・陰を主り、坎は隠匿を主るので見えない。離は日、震は白を主り、「白日」を合成す。艮は小路・道を主り、坤は迷・乱を主り、震は君を主る。校記:「迷道」は汲古閣本が「迷通」とし、宋元本に依る。
震。猿墮高木,不踒手足。握珠懷玉,還歸我室。艮為猿,震為木、為足,艮為手。踒,折也。艮在震上,故猿墮高木。震為珠玉、為歸,艮為握、為室。○踒,汲古作跛,依宋元本。
《復》之《震》。林辞:猿猴は高樹の上より跌け落ちるも、手脚は摔れ折れなかった。手に珍珠を握り懐に美玉を揣え、安然として我が屋裡に帰った。険を履んで傷なく・財を得て帰るの吉象である。尚秉和は言う:《震》の互艮は猿を主り、震は木・足を主り、艮は手を主る。「踒」は折断の意である。艮は震の上に居るので、猿猴が高樹より墜落するである。震はまた珠玉・帰返を主り、艮は握持・居室を主る。校記:「踒」の字は汲古閣本が「跛」とし、ここでは宋・元刻本に依って「踒」と作す。
艮。三驪負衡,南取芝香。秋蘭芬馥,盈滿篋筐,利我少姜。互震為馬,數三,艮為負、為衡,震為南,伏巽為芝、為香、為蘭、為芬馥,伏兌為秋,震為筐,巽為利、為姜。○第四句宋元本作盛滿匣匱,汲古作盈滿匣匱,依局本。
《復》之《艮》。林辞:三匹の黑馬は車轅を駕し、南行して霊芝香草を採りに往く。秋蘭は香気が濃郁で、箱筐に装り満たし、我が家の少姜に利あり。南行して利を獲・閨門の吉を得るの象である。尚秉和は言う:《艮》の二至四が互い出した震は馬を主り、その数は三なので「三驪」と言う――驪は純黑の馬である。艮は負載・車衡を主り、震は南を主る。潜伏する巽は芝・香・蘭・芬芳を主り、伏兌は秋を主り、震は筐を主る。巽は利を主り、また姜を主る。校記:第四句は宋元本が「盛満匣匱」とし、汲古閣本は「盈満匣匱」とし、ここでは官書局本に依って「盈満篋筐」と作す。
漸。春生夏乳,羽毛成就。舉不失宜,君臣相好。盜走奔北,終無有悔。離為夏,艮為乳,伏震為春、為生、為羽毛、為君,艮為臣,坎為盜、為北,艮為終。○夏,汲古作孚,依宋元本。有悔,宋本作有晦,汲古作所悔,依元本。
《復》之《漸》。林辞:春は生育し夏は哺乳し、羽毛は漸々長成す。举措は合宜せざるなく、君臣は彼此相得る。盗賊は敗走して北へ逃遁し、終に悔恨はあらじ。時を以て生養し・上下の相安んずるの吉象である。尚秉和は言う:《漸》の互離は夏を主り、艮は哺乳を主り、潜伏する震は春・生・羽毛・君を主り、艮は臣を主る。互坎は盗・北を主り、艮は終を主る。校記:「夏」の字は汲古閣本が「孚」とし、宋元本に依る。「有悔」は宋本が「有晦」とし、汲古閣本は「所悔」とし、元本に依る。
歸妹。東行破車,遠反失家。天命訖終,無所禱凶。震為東、為行、為車,兌毀故破車。震為反,艮為家,艮伏故失家。伏巽為命,艮為天、為終,兌口為禱。○遠反失家,言反目遠處而無家也,與上句對文,汲古作還反室家,宋本作遠反室家,皆非,今依元本。
《復》之《帰妹》。林辞:東へ車を行かせるも車子は損壊し、反目して遠く走り家室を失った。天命はすでに尽頭に到り、どう祈祷するも凶禍を免れない。家破れ運窮まるの凶象である。尚秉和は言う:《帰妹》の下震は東・行・車を主り、上兌は毀折を主るので車は破れる。震は返を主り、艮は家を主るが、艮は潜伏して顕れないので家を失う。伏巽は天命、艮は天・終を主り、兌は口を主るので祷あり。校記:「遠反失家」とは反目して遠く居り、以て帰る家なきに至るを言い、上の一句とまさに相対して文を為す。汲古閣本は「還反室家」とし、宋本は「遠反室家」とし、いずれも正しくないので今元本に依る。
豐。九雁列陣,雌獨不群。為罾所牽,死於庖人。震為雁,數九,故曰九雁。震為陣,巽為雌,在後,故曰不群。離為罾,兌折故死。震為人。
《復》之《豊》。林辞:九羽の大雁は行列を排成すが、ただ一羽の雌雁のみ群を離れて独処す。結果罾網に牽かれて、庖厨の人の手裡に死した。群を失い伴を離れ・禍を罹り生を喪うの凶象である。尚秉和は言う:《豊》の上震は雁を主り、その数は九なので「九雁」と言う。震はまた行陣を主る。互巽は雌を主り、後面に居るので群に合わない。下離は罾網を主り、互兌は毀折を主るので死に致す。震は人を主る、即ちいわゆる庖人である。
旅。二人輦車,徙去其家。井沸釜鳴,不可以居。詳《剝》之《訟》。 ○徙,汲古訛從。下有艮火故井沸。
《復》之《旅》。林辞:二人が輦車を推して、自己の家を遷離した。井水は沸騰し鍋釜は自ら鳴り、この地方は再び住むべからず。井沸釜鳴は古人の記す所の災異の兆である。取象の細講は《剥》之《訟》の条に見える。校記:「徙」の字は汲古閣本が「従」と訛る。尚氏また一句を補す:《旅》の下体は艮で、艮は火を主るので、井水は沸し得る。
巽。閉塞復通,與善相逢。甘棠之人,解我憂凶。通《震》。互坎為閉塞,震為通、為棠、為人,坎為憂,震通故解。《詩召南甘棠》篇、魯韓詩說皆謂召公聽訟棠下,茲曰解我憂凶是齊說,謂召公平反冤獄於其下也。
《復》之《巽》。林辞:閉塞の後に重ねて通達し、善人に遇上った。まさに甘棠樹下の召公の如く、我がために憂愁凶険を解き開く。困にして後に通じ・貴に遇い解を得るの吉象である。尚秉和は言う:《巽》は《震》と旁通し、取象は《震》より来る:互坎は閉塞を主り、震は通達・棠樹・人を主り、坎は憂を主り、震は通を主るので解き得る。《詩経・召南・甘棠》の一篇は、魯詩・韓詩はともに召公が棠樹の下で訟案を聴断したと言う。ここの林辞の言う「解我憂凶」は、斉詩の説を用い、召公が棠樹の下で人のために冤獄を平反したを指す。
兌。賦斂重數,政為民賊。杼柚空虛,去其家室。詳《否》之《豐》。第四句汲古作"家去其室",依宋元本。
《復》之《兌》。林辞:賦税征斂はすでに重くまた頻で、苛政は百姓を残害する禍首と成った。織機上の杼柚は空空如として、百姓は家室を棄て流亡するしかない。横征暴斂・民の聊か生きるなきの象である。取象の細講は《否》之《豊》の条に見える。本条の校記は「○」を以て領起せず、直接後に接続す:第四句は汲古閣本が「家去其室」とし、ここでは宋元本に依って「去其家室」と作す。
渙。怒非其願,貪妬腐鼠。而呼鵲鴟,自令失餌,致被殃患。震為怒,坎為妬,艮為鼠,巽腐,故曰腐鼠。震為呼,艮為鵲鴟,坎為失、為殃患,震為餌。○貪妬,宋本作貪垢,元本作含垢,茲依汲古。致被殃患,汲古作倒被災患,茲依宋元本。《莊子》:"鴟得腐鼠,鵷雛過之,仰而視之曰:嚇"。林用其意。
《復》之《渙》。林辞:怒を発するは本願に出でず、ただ一隻の腐爛した老鼠を貪り妒護せんがためのみ。かえって喜鵲鴟鴞を招呼し来たらせ、嘴に到った食餌を白く丢し、災殃禍患を招来した。小に因って大を失い・自らその禍を取るの象である。尚秉和は言う:《渙》の互震は怒、坎は妒、艮は鼠を主り、巽は腐朽を主るので「腐鼠」である。震は呼、艮は鵲・鴟を主り、坎は丢失・殃患を主り、震は餌を主る。校記:「貪妬」は宋本が「貪垢」とし、元本は「含垢」とし、ここでは汲古閣本に依る。「致被殃患」は汲古閣本が「倒被災患」とし、ここでは宋元本に依る。《荘子・秋水》は鴟が一隻の腐鼠を得、鵷鶵が上空より飛び過ぐるや、鴟は頭を仰げて怒って一声「吓」と斥けたと講ずる――林辞はまさにこの意を取る。
節。簪短帶長,幽思苦窮。瘠蠡小,以病之癃。艮為簪,兌折,故簪短。伏巽為帶、為長,坎為幽思、為瘠。,音陶,病也。○短,各本皆作跌,蠡作貌,依《恆》之《咸》校改。蠡,音祼。《左傳桓六年》:"謂其不疾瘯蠡也",注:疥病。小,宋本作小瘦,汲古作小疲,依元本。又苦窮各本皆作窮苦。病之隆,各本皆作疾病降,均依《恆》之《咸》校。
《復》之《節》。この一条は底本に脱字あり:「瘠蠡」の下と「音陶」の上とにともに缺字あり、例に依って臆して補うことを敢えてしない。林辞の大意:簪子は短すぎ衣帯は長すぎて、幽居して苦思し困窮す。身形は瘦瘠し疥瘡を生じてますます瘦小となり、ついに久病の身と成る。尚秉和は言う:《節》の互艮は簪を主り、兌は折断を主るので簪は短し。潜伏する巽は帯・長を主り、坎は幽思・瘦瘠を主る。缺くる所のあの字は音「陶」で、意は病である。校記:「短」の字は諸本が皆「跌」とし、「蠡」の字は諸本が皆「貌」とし、ここでは《恒》之《咸》のあの一条に依って校改する。「蠡」は「祼」の如く読む。《左伝》桓公六年に「謂其不疾瘯蠡也」あり、注家は疥瘡の病だと言う。「小」の字は宋本が「小瘦」とし、汲古閣本は「小疲」とし、元本に依る。また「苦窮」は諸本が皆「窮苦」とし、末句は諸本が皆「疾病降」とし、また併せて《恒》之《咸》に依って校定する。
中孚。三人俱行,各別采桑。蘊其筐筥,留我嘉旅。得歸無咎,四月來處。震為人、為行,數三,故曰三人俱行。艮手為採,巽為桑,震為筐筥、為行旅、為歸,兌為月,數四,故曰四月。艮為處。○旅,汲古作侶,非,依宋元本。
《復》之《中孚》。林辞:三人が一同に路に上がり、各々頭を分かちて桑を採りに往く。桑葉を筐筥に装り満たし、我が遠来の嘉客を留住せしむ。順利に帰りて過錯あらざるを得、四月の裡に再び来て居る。行旅の安を得・賓主の相得るの吉象である。尚秉和は言う:《中孚》の互震は人・行走を主り、その数は三なので「三人俱行」。艮は手を主るので「採」と言う。巽は桑を主る。震は筐筥・行旅・帰返を主る。兌は月を主り、その数は四なので「四月」と言う。艮は居処を主る。校記:「旅」の字は汲古閣本が「侶」とし、正しくないので宋元本に依る。
小過。逐鳩南飛,與喜相隨。並獲鹿子,多得利歸,雖憂不危。震為逐,艮為鳩,震為南、為飛、為喜、為子、為鹿、為歸、為利。
《復》之《小過》。林辞:斑鳩を追って南へ飛び去り、一路喜事が相随う。連帯して小鹿を猟獲し、利益を満載して帰り、些かの憂慮はあるも危険はなし。出行して利を獲るの吉象である。尚秉和の解説は甚だ簡である:《小過》の上震は追逐を主り、下艮は鳩を主る。南・飛・喜・子・鹿・帰・利のこの串の象も、また全て上体の震の上より取る。
既濟。驅羊南行,與禍相逢。狼驚吾馬,虎盜我子,悲恨自咎。此用《復》象。震為羊、為驅、為南、為行,坤為禍、為狼虎,震為馬、為驚、為子,伏巽為盜。坤為悲恨。
《復》之《既済》。林辞:羊群を赶いて南へ走れば、まさに災禍に撞上る。狼は我が馬を驚かし、虎は我が孩子を叼え去り、ただ悲痛悔恨し自ら責めて已まないに落ちる。行途に禍に遭うの凶象である。尚秉和は言う:この一条は遇卦《復》を用いて象を立てる:震は羊・駆赶・南・行走を主り、坤は禍・狼虎を主り、震はまた馬・驚・子を主り、潜伏する巽は盗を主り、坤は悲恨を主る。
未濟。東鄰西國,福喜同樂。出得隋珠,留獲和玉,俱利有息。離為東鄰,坎為西國。《既濟九五》爻詞正如此也,徒以先天象失傳,致解者皆誤。復震為福喜、為樂、為珠玉、為出,坤閉故曰留。○有息,宋元作有喜,失韻,依汲古。
《復》之《未済》。林辞:東辺の隣邦と西辺の国家とは、ともに福慶歓楽を享く。門を出れば随侯の珠を得、家に居ればまた和氏の璧を獲得し、両頭ともに利を得て増益あり。内外ともに吉の象である。尚秉和は言う:離は東隣、坎は西国を主る。《既済》の九五爻辞は東隣西隣を講じ、まさにこのように象を取る。ただ先天卦位の象は久しくすでに伝わらず、《易》を解する人が一概に講じ誤ったがためである。遇卦《復》の震は福慶歓喜・歓楽・珠玉・出行を主り、坤は閉合を主るので「留」と言う。校記:「有息」は宋元本が「有喜」とし、韻脚を失うので、汲古閣本に依る。
焦氏易林注 巻七
行唐尚秉和節之注 受業蒲城仵道益、豐潤董維城堃校刊
これは巻七の題署である。本巻の注解は行唐の人尚秉和の手より出て、「節之」は彼の字である。業を受けた弟子の蒲城の人仵道益・豊潤の人董維城(名は堃)の二氏が校訂刊行を担当した。行唐・蒲城・豊潤はみな籍貫で、古書の巻首はまず注者を署し後に校刊の門人を署するは、通行の体例である。
无妄 第二十五
無妄。夏臺羑里,湯文卮處。皋陶聽理,岐人悅喜。西望華首,東歸無咎。艮為臺,納丙,故曰夏臺。艮為里、為道,故曰羑里。羑,道也。乾為王,故曰湯文。艮為拘,巽為繫,故曰卮處。昔桀囚成湯於夏臺,紂囚文王於羑里也。艮為皋、為岐山,震為樂、為陶、為人,故曰岐人悅喜。伏兌為西,艮為望、為華嶽。乾為首,震為東、為歸。○理,汲古作斷,依宋元本。首,宋元本作夏,依汲古。首與咎韻。
《无妄》之《无妄》、は本卦自身の一条である。林辞:夏台と羑里との両処の囚所は、商湯と周文王とがともにかつてその中に拘繫された。皋陶は刑を掌り聴断してその平を得、岐周の人は歓欣喜悦した。西へ遥かに華山の巔を望み、東へ帰返して災禍あらじ。まず困厄し・後に亨通するの象である。尚秉和は言う:艮は台で、納甲の法に按れば艮は天干の丙に納り、丙は五行において火・四時において夏に属するので「夏台」と称す。艮はまた里・道で、「羑」はまさに道と訓ずるので「羑里」と称す。乾は王なので商湯と文王とを指す。艮は拘囚、互巽は繫縛を主るので「卮処」と言う、即ち拘繫の地である。昔夏桀は成湯を夏台に囚え、商紂は文王を羑里に囚えたは、まさにこの事である。艮は皋・岐山、震は楽・陶・人を主り、「岐人悦喜」を合成す。潜伏する兌は西、艮は瞻望・華嶽を主る。乾は首、震は東・帰を主る。校記:「理」の字は汲古閣本が「断」とし、宋元本に依る。「首」の字は宋元本が「夏」とし、汲古閣本に依る、「首」と「咎」とがまさに相押韻するがためである。
乾。儋耳穿胸,僵離旁舂。天地易紀,日月更始。蝮螫我手,痛為吾毒。詳《師》之《謙》。○第二句依《師》之《謙》校改,各本皆作"緾離勞舂",非,《漢書武帝紀》:"定越地曰珠崖儋耳"。
《无妄》之《乾》。林辞:儋耳・穿胸のこれら遠方の異族は、僵仆離散し旁で舂米して服役する。天地は綱紀を更換し、日月は重新として始まる。蝮蛇は我が手を螫し、劇痛は我が身上の毒害と成った。乾坤の位を易え・身にその毒を受くるの象である。取象の細講は《師》之《謙》の条に見える。校記:第二句は《師》之《謙》のあの一条に依って校改したもので、諸本は皆「緾離勞舂」と作し正しくない。《漢書・武帝紀》は南越の地を平定し、珠崖・儋耳の諸郡を置いたと記し、「儋耳」は即ちこれに由って来る。
坤。慈母之恩,長大無孫。消息襁褓,害不入門。此用《無妄》象。乾為恩,巽為母、為長,乾為大,艮為孫,巽隕落,故曰無孫。巽為襁褓、為入,乾為門。
《无妄》之《坤》。林辞:慈母に養育の恩あり、孩子を拉扯して長大せしめたも孫児を見ず。襁褓の時より照料して微細に至らざるなく、災害は家門に入らない。恩沢は厚いが嗣息は旺ならず、しかし身家は平安の象である。尚秉和は言う:この一条は遇卦《无妄》の卦象を用いる:乾は恩、互巽は母・長、乾は大、互艮は孫を主る。巽は隕落を主るので「无孫」と言う。巽はまた襁褓・進入を主り、乾は門を主る。
屯。訛言妄語,轉相詿誤。道左失跡,不知狼處。震為言,初至五正覆震相背故曰訛妄、曰詿誤。震為道、為左、為跡,坎伏故失跡、故不知狼處。艮為狼也。○狼,宋元本作鄉,依汲古。
《无妄》之《屯》。林辞:謡言妄語は四処に流伝し、輾転して相互に貽誤す。道路の左辺で踪迹を失い、狼がどこに蔵するかを知らない。訛言の衆を惑わし・行止の迷失の象である。尚秉和は言う:《屯》の震は言語を主り、初爻より五爻に至るまで、一正一覆の二個の震が彼此相背するので訛妄と言い詿誤と言う。震は道・左・踪迹を主り、坎は潜伏して顕れないので跡を失い、狼のどこに在るかを知らない。艮は狼を主る。校記:「狼」の字は宋元本が「郷」とし、汲古閣本に依る。
蒙。鬱映不明,陰積無光。日在北陸,萬物雕藏。艮為光明,坤坎皆黑,故曰鬱映、曰無光,坤為陰、為積。艮為日,坤為陸,位北,故曰北陸。坤為萬物,坤死故雕藏。《左傳》:"日在北陸而藏冰",言冬日也。○映,宋元本作快,依汲古。映,音決,日食色。鬱映,言黑暗也。
《无妄》之《蒙》。林辞:昏暗不明で、陰気は積聚して全く光亮なし。太陽は北陸に运行し、万物は凋零して収蔵す。冬日の閉蔵・陰盛にして陽微なるの象である。尚秉和は言う:艮は光明を主るが、坤と坎とはともに黑を主るので郁暗と言い无光と言う。坤は陰・積聚を主る。艮は日、坤は陸で、坤の位は北に在るので「北陸」と言う。坤は万物を主り、坤は死亡を主るので凋零して蔵伏する。《左伝》に「日在北陸而蔵冰」あり、言う所はまさに冬日である。校記:「映」の字は宋元本が「快」とし、汲古閣本に依る。「映」は「决」と読み、日蝕の時の顔色を指す。「郁映」とは即ち昏黑の義である。
需。王母多福,天祿所伏。君之寵光,君子有昌。乾為王,伏坤為母,故曰王母。王母,大母也。乾為福、為天祿,坎為伏,乾為君、為寵,離為光,乾為君子。○君,汲古作居,光作昌,昌作光,今依宋元本。
《无妄》之《需》。林辞:王母は福気が深厚で、上天の賜る禄位はここに伏蔵する。君上の寵幸栄光を承け蒙り、君子はこれによって昌盛す。恩を承け福を獲るの吉象である。尚秉和は言う:乾は王、潜伏する坤は母で、「王母」を合成す――王母とは即ち祖母である。乾は福・天禄、坎は伏蔵を主る。乾はまた君・寵を主り、互離は光、乾もまた君子を主る。校記:「君」の字は汲古閣本が「居」とし、また「光」「昌」の两字の位置を互換す。今宋元本に依る。
訟。不耕而獲,家食不給。中女無良,長子跛足。疏齒善市,商人有喜。震為耕、為獲,震伏,故曰不耕。伏坤為飢,故曰不給。離為中女,離惡故曰無良。震為長子、為足,坎蹇故曰跛足。兌為齒,震比兌形長故曰疏齒。巽為市,震為商人、為喜。○跛,宋元本作徒,依汲古。按:此多用伏象。
《无妄》之《訟》。林辞:耕種せずして収穫を想い、家中の口糧は接済が繼がない。二女児は賢良ならず、長子は腿脚が跛拐する。歯の稀疏の人はかえって売買を為すに善く、商人はこれによって喜あり。前の四句は凶、後の二句は転じて吉。尚秉和は言う:震は耕・収穫を主るが、震は潜伏して見えないので「不耕」と言う。伏坤は飢餓なので口糧は給さない。離は中女で、離の性は凶なので「无良」。震は長子・足を主り、坎は蹇難を主るので跛足する。兌は歯で、震は兌に緊挨りて形状は修長なので「疏歯」と言う。巽は市、震は商人・喜を主る。尚氏は併せて按ずるに:この一条は多く「伏象」を用い、即ち卦の背後に潜蔵する象を取って説を立てる。校記:「跛」の字は宋元本が「徒」とし、汲古閣本に依る。
師。火起上門,不為我殘。跳脫東西,獨得生完。不利出鄰,疾病憂患。伏離為火,乾為門戶,故曰上門。震為跳脫、為東、為生,坎為西,坎險故不利,故病憂。震為鄰。
《无妄》之《師》。林辞:火は門上より焼き起こるも、我を傷つけなかった。東に跳び西に閃いて掙脱し出て、独自性命を保全した。隣境に出ずるは宜しからず、出れば即ち疾病憂患あり。一劫を逃れて・遠行に宜しからざるの象である。尚秉和は言う:潜伏する離は火、乾は門戸なので「上門」と言う。震は跳脱・東・生を主り、坎は西で、坎は険を主るので出行は利ならず、病を生じ憂を生ず。震は隣を主る。
比。持刀操肉,對酒不食。夫亡從軍,少子入獄。抱膝獨宿。詳《復》之《剝》。○少,宋元本作長,非,依汲古。
《无妄》之《比》。林辞は前面の《復》之《剥》の一条と同じ:手裡に刀を持ち肉を握るも、酒に対しても食べることができない。丈夫は軍に従って去り、小兒子はまた獄に下り、ただ膝を抱いて独り眠るのみ。家室の離散の凄凉なる象である。取象の細講は《復》之《剥》の条に見える。校記:「少」の字は宋元本が「長」とし、正しくないので汲古閣本に依る。
小畜。去海,遊於枯裡。街巷迫狹,不得自在。南北四極,渴餒成疾。巽為魚,乾為海,巽在外,故曰去海。離為枯,伏坤為里。離中虛,故為街巷、為迫狹。離為南,伏坎為北,坤為餒、為疾,《易睽九二》云"遇主于巷",即以上離為巷。
《无妄》之《小畜》。林辞の首句の頭の一字は底本の私用区の異体字で、通行の字庫は顕示できず、注文の指す所に依れば魚類の名であるべく、全句は即ちある魚が大海を離れる:魚は海を離れ、干枯した里巷の間に游蕩す。街巷は狭く逼仄し、動彈して自在を得ない。南北四方はみな尽頭に到り、また渇きまた餓えて以て病を成す。その安んずる所を失い・困厄して疾を成すの凶象である。尚秉和は言う:巽は魚、乾は海で、巽は外卦に居るので「去海」と言う。互離は枯を主り、潜伏する坤は里巷を主る。離の中爻は虚空なので、取って街巷・逼仄と為す。離は南、伏坎は北を主る。坤は飢餒・疾病を主る。《周易・睽》の九二は「遇主于巷」と言い、またまさに上体の離を以て巷と為す。
履。啞啞笑語,與歡飲酒。長樂行觴,千秋起舞,拜受大福。通《謙》。震為啞啞、為笑語、為歡,坎為酒,震為觴、為長樂、為起舞,兌為秋,乾為千,故曰千秋。艮手為拜,震為福。○笑語,宋元本作喜笑,今依汲古。
《无妄》之《履》。林辞:啞啞として談笑し、歓歓喜喜として酒を飲む。長楽宮中に杯を伝え觴を行じ、千秋の寿のために起舞し、拝して大福を受く。宴楽して福を承くるの吉象である。尚秉和は言う:《履》は《謙》と旁通し、取象は《謙》より来る:震は啞啞の声・談笑・歓を主る。坎は酒。震はまた酒觴・長楽・起舞を主る。兌は秋、乾は千で、「千秋」を合成す。艮は手なので拝あり。震は福を主る。校記:「笑語」は宋元本が「喜笑」とし、今汲古閣本に依る。
泰。登高上山,賓於四門。士伍得歡,福為我根。震為登,伏巽為高,艮為山、為門,震為賓,坤為師、為士伍,震為歡、為福,坤為我。○士伍,宋元本作吾士,茲依汲古。
《无妄》之《泰》。林辞:高く登り山に上り、四方の門に於いて賓礼の相待を受く。士卒行伍は人人歓悦し、福気は我が根柢と成った。登進して礼を受け・衆心の帰附の吉象である。尚秉和は言う:《泰》の三至五が互い出した震は登を主り、潜伏する巽は高、互艮は山・門を主る。震は賓客を主る。上体の坤は軍旅・士伍を主る。震はまた歓・福を主り、坤は我を主る。校記:「士伍」の二字は宋・元刻本が「吾士」とし、ここでは汲古閣本に依って「士伍」と作す。
否。天厭周德,命我南國。以禮靜民,兵革休息。厭,滿足也。乾為天、為周,天厭周德,即天與周德。巽為命,坤為我、為國,乾南故曰南國。坤為禮、為民,艮為兵革,艮止故休息。○命我,汲古作命與,依宋元本。
《无妄》之《否》。林辞:上天は周朝の徳行に満意し、南国の命を我に交付す。礼教を以て百姓を安定し、兵戈甲胄は止息することを得た。命を受けて治を致すの吉象である。尚秉和は特に点明す:ここの「厭」は満足で、「天厭周徳」は即ち上天が周徳を嘉与するので、厭棄の義と同じからない。乾は天・周を主る。互巽は命、坤は我・国を主り、乾の位は南に在るので「南国」と言う。坤は礼・民を主り、互艮は兵革を主り、艮は静止を主るので兵革は休息する。校記:「命我」は汲古閣本が「命與」とし、宋元本に依る。
同人。壅遏堤防,水不得行。火光盛陽,陰蜺伏藏,走歸其鄉。通《師》。坤閉故為壅遏、為堤防,下與坎遇故曰水不得行。離為火、為光,坎為陰蜺、為伏,震為走、為歸,坤為鄉。○蜺,汲古作魄,依宋元本。
《无妄》之《同人》。林辞:堤防は壅塞阻遏し、水流は通行することができない。火光は熾盛にして陽気はまさに旺んなり、陰虹は隠伏蔵匿し、各々本郷に逃げ帰る。陽盛にして陰の退くの象である。尚秉和は言う:《同人》は《師》と旁通し、取象は《師》より来る:坤は閉合を主るので壅遏・堤防と為る。下面はまた坎水と相遇うので水流は行かない。離は火・光を主る。坎は陰虹・伏蔵を主る。震は走・帰返を主り、坤は郷里を主る。校記:「蜺」の字は汲古閣本が「魄」とし、宋元本に依る。
大有。河海都市,國之奧府。商人受福,少子玉食。通《比》。坤為河海、為都市、為國、為奧府,艮為少子,兌為食,乾為玉,故曰玉食。
《无妄》之《大有》。林辞:河海が通連する大都邑は、一国の財貨の深蔵の府である。商人はここに於いて福を受け、幼子もまた珍饈を享用し得る。貨殖の豊盈・挙家の利を得るの吉象である。尚秉和は言う:《大有》は《比》と旁通し、取象は《比》より来る:坤は河海・都市・国・深蔵の府を主る。艮は幼子、兌は飲食、乾は玉を主るので「玉食」と言う、即ち精美の膳食である。
謙。東行避兵,南去不祥。西逐凶惡,北迎福生,與喜相逢。震為東行,艮為刀兵,坎為避,故曰東行避兵。震為南,在外故去不祥。坎為西,震為逐,坤為凶惡,故曰西逐凶惡,言坎遇坤也。坎為北,震為福喜。○迎,汲古作逃,非,依宋元本。
《无妄》之《謙》。林辞:東へ往けば兵禍を避け得、南へ往けば便ち不祥あり。西へ凶悪を駆逐し、北へ福気を迎来して、喜事と相逢う。四方の吉凶は各々別れ・東に宜しく北に宜しきの象である。尚秉和は言う:震は東行、艮は刀兵、互坎は躲避を主り、「東行避兵」を合成す。震は南で、外卦に居るので南へ往くは不祥。坎は西、震は駆逐、坤は凶悪を主るので「西逐凶悪」と言い、講ずる所は坎が坤に遇うである。坎はまた北、震は福・喜を主る。校記:「迎」の字は汲古閣本が「逃」とし、正しくないので宋元本に依る。
豫。東家中女,嫫母最丑。三十無室,媒伯勞苦。震為東,艮為家,伏離為中女,坤為母、為丑,故曰嫫母。嫫母,黃帝妃貌醜。震數三,坤數十,艮為室,坤寡,故曰三十無室。坎為和、為媒,震為伯,坎為勞苦。
《无妄》之《豫》。林辞:東辺の人家の二女児は、醜いこと嫫母の如し。三十歳にしてまだ出嫁して家を成さず、媒人は空しく奔走し辛苦する。婚事の諧い難きの象である。尚秉和は言う:震は東、互艮は家、潜伏する離は中女を主る。坤は母・醜を主り、「嫫母」を合成す――嫫母は黄帝の妃で、貌の醜きを以て著る。震の数は三、坤の数は十で、合わせて三十と為る。艮は室、坤は孤寡を主るので「三十无室」。坎は和合・媒妁、震は伯、坎はまた労苦を主る。
隨,破亡之國,天所不福,難以止息。兌毀折故曰破亡。艮為國、為天、為止息。
《无妄》之《随》(この一条は卦名の下に逗号を用い、他の条の句号を作す者と体例が小異である)。林辞:破敗滅亡の国は、上天の保佑せざる所で、安定止息し難し。国運の衰亡の凶象である。尚秉和は言う:《随》の上体の兌は毀折を主るので「破亡」と言う。互艮は国・天・止息を主る。
蠱。驂駕蹇驢,日暮失時。居者無憂,保我樂娛。震為驂駕、為馬,艮小故曰驢,兌折故曰蹇驢。艮為日,兌為昧、為暮,艮為時,兌折故曰失時。艮為居、為保,震為樂。
《无妄》之《蠱》。林辞:車上に一頭の跛脚の驢を套し、天色は晩に向かいすでに時辰を誤った。門を出でざる人はかえって憂なく慮なく、我が歓楽を保住した。行く者は時を失し・居る者は安を得るの象である。尚秉和は言う:《蠱》の三至五が互い出した震は驂駕・馬を主り、艮体は小なので馬は驢と成った。二至四の互兌は折損を主るので跛驢である。艮は日、兌は昏昧・日暮を主り、艮は時を主り、兌は折を主るので時を失す。艮はまた居・保守を主り、震は楽を主る。
臨。●蝀充側,佞幸傾惑。女謁橫行,正道雍塞。詳《蠱》之《復》。○充,汲古作之。正道雍塞,汲古作王道充塞,非,今依宋元本。
《无妄》之《臨》。林辞の首字は底本が残缺し、原書は「●」を以て代え、次の一字と連読すれば即ち「螮蝀」、即ち虹である:虹霓は側に充斥し、佞幸の臣は傾軋迷惑す。後宮の嬖幸の請托の風は横行し、正道は堵塞された。内嬖の政を乱るの凶象である。取象の細講は《蠱》之《復》の条に見える。校記:「充」の字は汲古閣本が「之」と作る。「正道雍塞」は汲古閣本が「王道充塞」とし、正しくないので今宋元本に依る。
觀。三羖五牂,相隨並行。迷入空澤,循谷直北。徑涉六駁,為所傷賊。通《大壯》。兌為羊,故曰羖、曰牂,艮數三,巽卦數五,故曰三羖五牂。震為行,坤為迷,兌為澤,坤虛故曰空澤。艮為谷,坤為北,艮為駁,伏乾數六,故曰六駁。《詩秦風》:"隰有六駁",疏:陸機云:駁馬,梓榆也,其樹青白皮,駁犖遙視似駁馬,據是是六駁為木,徑涉六駁者,言循谷走,經厯林木,為雜樹所傷也。若作獸詁,則徑涉不合矣,然則《焦詁》六駁正與陸合,與毛鄭異也。巽伏為賊。○徑,汲古作經,依宋元本。
《无妄》之《観》。林辞:三匹の黑公羊・五匹の母綿羊は、相随いて並んで行く。路に迷って空曠の水沢に走り入り、山谷に沿って一直線に北へ往く。径直に六駁の林木を穿り過ぎ、身体を划り傷つけられた。尚秉和は言う:《観》は《大壮》と旁通し、取象は《大壮》より来る:兌は羊なので「羖」(黑い公羊)と称し「牂」(母羊)と称す。艮の数は三、巽の卦数は五なので「三羖五牂」と言う。震は行、坤は迷、兌は沢を主り、坤の中は空虚なので「空沢」である。艮は山谷、坤は北を主る。艮はまた駁を主り、潜伏する乾のその数は六なので「六駁」と言う。《詩経・秦風》に「隰有六駁」あり、孔疏は陸機の説法を引く:駁馬とは即ち梓楡で、樹皮は青白斑駁して、遠く望めば駁馬に甚だ似る。これに拠れば、六駁は樹木にして猛獣にあらず。「径渉六駁」とは谷に沿って行き林木を経過し、雑樹に刮り傷つけられたを言う。もし六駁を野獣と解せば、「径渉」の二字は便ち講じ通らない。見れば《焦氏易林》の六駁への理解は陸機と一致し、毛伝・鄭箋とは同じからない。巽は潜伏を主るので賊と為る。校記:「径」の字は汲古閣本が「経」とし、宋元本に依る。
噬嗑。戴喜抱子,與利為友。天之所命,不憂危殆。荀伯勞苦,西來王母。震為喜、為子,艮為戴、為抱、為友,伏巽為利,震巽同聲,故曰與利為友。艮為天,巽為命,坎為憂、為危殆,震喜故不憂殆。荀伯,晉荀躒也,城成周,定王室,故詩美之曰郇伯勞之。荀即郇國後也,與毛鄭說異。震為伯,坎為勞、為西,震為王,伏巽為母。○戴,宋元作載。荀,宋元本作●,均依汲古。殆,音以。
《无妄》之《噬嗑》。林辞:頭に喜気を頂き幼子を懐抱し、利益と朋友を結ぶ。これは上天の賦する所の命で、憂い危殆することを須いない。荀伯は国事のために奔波労苦し、王母は西方より自ら来る。天の佑を承くるの吉象である。尚秉和は言う:震は喜・子、艮は戴・抱・友を主る。潜伏する巽は利で、震と巽とは声気相通ずるので「與利為友」と言う。艮は天、巽は命、坎は憂・危殆を主り、震は歓喜を主るので憂えず危うからず。「荀伯」は晋国の荀躒を指し、彼はかつて成周の城を修築し周室を安定したので、《詩》は称美して「郇伯労之」と言う。荀氏とは即ち郇国の後裔である――この一解は毛伝・鄭箋と同じからない。震は伯、坎は労・西を主り、震は王、伏巽は母を主る。校記:「戴」の字は宋元本が「載」と作る。「荀」の字は宋元本は一個の残欠の字と作す。いずれも汲古閣本に依る。「殆」の字は「以」の如く読む。
賁。織縷未就,針折不復。女工多能,亂我政事。伏巽為縷,艮手為織,坎為針、為折。巽為女工,離為亂。○第二句宋元本作"勝折無後",依汲古。能,汲古作態,依宋元本。
《无妄》之《賁》。林辞:織る丝縷はまだ完工せざるに、針は便ち折断して接続し得ない。女工は多くの才と芸あれど、かえって我が政事を攪乱した。功敗して垂成・女謁の政を干るの象である。尚秉和は言う:《賁》に潜伏する巽は丝縷を主り、艮は手を主るので「織」と言う。互坎は針・折断を主る。巽は女工、離は乱を主る。校記:第二句は宋元本が「勝折无后」とし、汲古閣本に依る。また「能」の字は汲古閣本が「態」とし、ここでは宋・元刻本に依って「能」と作す。
剝。行露之訟,貞女不行。君子無食,使道壅塞。行露,《召南》篇名,美女能以禮自守也。坤為霜、為露,震為言,艮為反震,《左傳》謂為敗言故曰訟。艮為貞,坤女艮止故不行。艮為君子,坤飢故無食。艮為道,坤為積聚,故曰壅塞。○元本作《復》林。
《无妄》之《剥》。林辞:《行露》の詩のような争訟で、貞潔の女子は礼を守って肯んじて出行しない。君子に飯食なく、出使の路は堵塞された。尚秉和は言う:《行露》は《詩経・召南》の篇名で、女子が能く礼を以て自守するを赞美す。《剥》の上体の坤は霜・露を主る。震は言語で、艮は震の覆象で、《左伝》は覆震を「敗言」と称するので訟と言う。艮は貞を主り、坤は女で艮は静止を主るので行かない。艮は君子で、坤は飢餓を主るので食なし。艮は道路、坤は積聚を主るので「壅塞」と言う。校記:元本はこの条を《復》卦の名の下に繋ぐ。
復。羿張烏號,彀射天狼。鐘鼓不鳴,將軍振旅。趙國雄勇,鬬死滎陽。詳《噬嗑》之《旅》。此多二三兩句,震為鐘鼓、為鳴,坤閉故不鳴。坤為師、為軍,震為振。○旅,汲古作攘,依宋元本。趙國或為人名,未必為訛字。《噬嗑》之《旅》同他林有作柱者,亦未必是。
《无妄》之《復》。林辞:后羿は烏号の良弓を張り、弦を満たして天狼星を射る。鐘鼓は鳴らず、将軍は兵を收め旅を整う。赵国の人は雄武勇猛で、滎陽に戦死した。征戦の凶危の象である。取象の細講は《噬嗑》之《旅》の条に見える。ただここは第二・第三の二句を多く出すのみ:震は鐘鼓・鳴を主り、坤は閉合を主るので鐘鼓は鳴らない。坤は軍旅、震は振整を主る。校記:「旅」の字は汲古閣本が「攘」とし、宋元本に依る。尚氏また言う:「赵国」は或いは人名かもしれず、必ずしも訛字ではない。《噬嗑》之《旅》およびその他の林辞中に「柱」と写す者も、また必ずしも正しくない。
大畜。延頸望酒,不入我口。商人勞苦,利得無有。夏臺羑里,雖危復喜。艮為頸、為望,坎為酒,此無《坎》象,疑以兌澤為酒也。兌為口,震為商人,伏巽為利,艮為臺,納丙故曰夏臺。艮為里,兌折為危,震為喜。湯囚夏臺,文囚羑里。○雖危,汲古作難為,依宋元本。
《无妄》之《大畜》。林辞:脖子を伸長して酒を望むも、酒は我が口に入らない。商人は奔波労苦して、一点の利さえ得なかった。商湯が夏台に困えられ文王が羑里に囚えられたが如く、危境に処るも終に転じて喜と為る。まず困して後に通ずるの象である。尚秉和は言う:艮は頸・瞻望を主る。酒はもと坎象を取るが、《大畜》には併して坎なく、彼は兌沢を以て酒に代えたと疑う。兌は口、震は商人、潜伏する巽は利を主る。艮は台で、艮は天干の丙に納り、丙は四時において夏に属するので「夏台」と言う。艮はまた里を主り、兌は折損を主るので危く、震は喜を主る。商湯はかつて夏台に囚えられ、文王はかつて羑里に囚えられた。校記:「雖危」は汲古閣本が「難為」とし、宋元本に依る。
頤。冠帶南遊,與喜相期。邀於嘉國,拜位逢時。艮為冠,伏巽為帶,震為南、為遊、為喜、為嘉,坤為國,艮為拜、為位、為時。○邀於嘉國,元本作儌於家國,依宋本、汲古。位,元本作為,依汲古。
《无妄》之《頤》。林辞:冠帯を整えて南行して游歴し、喜事と期する如く相会す。美好の邦国に於いて延請を受け、拝して官位を受くるにまさにその時に逢う。出行して遇合し・位を得るの吉象である。尚秉和は言う:《頤》の艮は冠を主り、潜伏する巽は帯を主る。震は南・游・喜・嘉美を主る。坤は国を主る。艮はまた拝・爵位・時を主る。校記:「邀于嘉国」は元本が「儌于家国」とし、宋本と汲古閣本に依る。「位」の字は元本が「為」とし、汲古閣本に依る。
大過。東西觸垣,不利出門。魚藏深水,無以樂賓。爵級摧頹,光威減衰。伏震為東,兌西,艮為垣,震為觸,《頤》正反艮,故曰東西觸垣。巽為利,艮為門,巽為魚,坤為深水,震為賓、為樂,言魚藏水底難得,不能饗賓,故曰無以樂賓。震為爵,坤喪,故曰摧頹、曰減衰。艮為光,震為威,故曰光威減衰。○減,汲古作咸,依宋元本。
《无妄》之《大過》。林辞:東に撞き西に碰えば処処に墻で、門を出ずるに宜しからず。魚は深水の裡に蔵し、賓客を款待する物なし。爵位等級は摧折衰頽し、光彩威望は日に減損す。処処に阻まれ・勢位の衰落の凶象である。尚秉和は言う:潜伏する震は東、兌は西、艮は墻垣、震は触撞を主る。《大過》は《頤》と旁通し、《頤》には一正一反の二個の艮があるので「東西触垣」と言う。巽は利、艮は門を主る。巽は魚、坤は深水を主る。震は賓・楽を主る――魚は水底に沈んで捕獲し難く、賓客を宴飨する途なきので「无以楽賓」と言う。震は爵位を主り、坤は喪亡を主るので摧頽し減衰す。艮は光、震は威を主り、「光威減衰」を合成す。校記:「減」の字は汲古閣本が「咸」とし、宋元本に依る。
坎。兩母十子,轉息無已。五乳百雛,騂駁驪駒。通《離》。互巽為母,兌數二,故曰兩母。震為子,兌數十,故曰十子。震為生,正反震,故曰轉息無已。艮為乳,坎數五,故曰五乳。震為百、為雛、為馬,故曰驪駒。震為玄黃,故曰騂駁。騂,馬色赤黃。駁,馬色不純也。○駁,宋元作駁,依汲古。
《无妄》之《坎》。林辞:二人の母親・十人の孩子で、生養して息まない。五処で哺乳し上百羽の雛児は、赤黄の・雑色の・純黑の小馬がみな在る。蕃衍興旺の吉象である。尚秉和は言う:《坎》は《離》と旁通す。互巽は母で、兌の数は二なので「両母」と言う。震は子で、兌はまた十の数を主るので「十子」と言う。震は生育を主り、一正一反の二個の震なので「転息无已」。艮は乳で、坎の数は五なので「五乳」。震は百・雛・馬を主るので「驪駒」と言う。震はまた玄黄の色を主るので「騂駁」と言う。騂は赤黄色の馬、駁は毛色の純ならざる馬である。校記:「駁」の字は宋元本が別の字形を作し、汲古閣本に依る。
離。重黎祖後,司馬太史。陽氏之災,雕宮悲苦。丁云:太史公自序:"昔在顓頊,命南正重以司天,北正黎以司地,當周宣王時,失其守而為司馬氏",首二句言重祖、黎祖之後為司馬氏、為太史公也。離南坎北,故曰重黎。伏艮為祖,震為馬、為言、為太史。太史,紀言之官也。○陽,宋元本作陸,依汲古。春秋時晉殺陽處父故曰災。林或指此。宮,宋元本作害,依汲古。
《无妄》之《離》。林辞:重と黎との後人は、司馬と太史とを為した。陽氏は災禍に遭い、彫飾の宮室の裡は一片の悲苦である。尚秉和は丁晏の説を引く:《史記・太史公自序》は昔顓頊が南正の重に天を掌らせ北正の黎に地を掌らせ、周宣王の時に至って職守を失い司馬氏と為ったと講ずる――だから頭の二句は重・黎の後裔が司馬氏と為り太史公と為るを言う。離は南・坎は北に在るので「重黎」と言う。潜伏する艮は祖、震は馬・言・太史を主り、太史はまさに言を記する官である。校記:「陽」の字は宋元本が「陸」とし、汲古閣本に依る。春秋の時に晋国は陽処父を殺したので「災」と言い、林辞は或いはこの事を指すか。「宮」の字は宋元本が「害」とし、汲古閣本に依る。
咸。內執柔德,止訟以嘿。宗邑賴福,禍災不作。通《損》。伏坤為柔,二至上正覆震,故曰訟,艮止故嘿。乾為宗,坤為邑、為禍災,震福故不災。
《无妄》之《咸》。林辞:内心に柔順の徳を持守し、沉默を以て争訟を平息す。宗族城邑はこれによって福を得、禍災は起きない。柔を以て争を止むるの吉象である。尚秉和は言う:《咸》は《損》と旁通す。潜伏する坤は柔順を主る。二爻より上爻に至るまで一正一覆の二個の震あり、震は言語を主るので訟と言う。艮は静止を主るので緘黙して争わない。乾は宗、坤は城邑・禍災を主り、震は福を主るので災禍は作さない。
恆。采唐沫鄉,邀期桑中。失信不會,憂思約帶。詳《師》之《噬嗑》。
《无妄》之《恒》。林辞は《詩経・鄘風・桑中》の事を用いる:沫郷に往って女蘿を採り、桑中に於いて相会することを約定す。相手は信を失して約に赴かず、憂思の下に腰帯さえ幾分か鬆んだ。期約して遇わざるの象である。取象の細講は《師》之《噬嗑》の条に見える。
遯,官成立政,衣就缺袂。恭儉為衛,終無禍尤。艮為官、為成,乾為衣,震為袂,震伏故缺。艮為恭儉、為終,坤為禍尤,坤伏故無。○官,宋元本作宮,依汲古。
《无妄》之《遯》(この一条も卦名の下に逗号を用いる)。林辞:官職はすでに成り政事はすでに立ち、衣服は做好したが一只の袖子を缺く。恭敬倹約を以て自守し、終に禍患過失なし。小なる缺憾ありて大体は安吉の象である。尚秉和は言う:艮は官・成就を主る。乾は衣、震は衣袖を主り、震は潜伏して見えないので袖を缺く。艮は恭倹・終を主り、坤は禍患過失を主るが、坤もまた潜伏するので「无」と言う。校記:「官」の字は宋元本が「宮」とし、汲古閣本に依る。
大壯。麒麟鳳凰,子孫盛昌。少齊在門,利以合婚。振衣彈冠,貴人大歡。對《觀》。坤為文,故曰麒麟鳳凰。艮為子孫,震為盛昌,巽為齊,艮少故曰少齊。《左傳昭二年》:"韓須如齊,逆女少姜,少姜寵,晉人謂之少齊"是也。艮為門,巽為利,坤為衣,艮為冠、為振、為彈、為貴人,震為歡。○第五句依宋元本補,汲古無。大,宋元本作所,依汲古。
《无妄》之《大壮》。林辞:麒麟鳳凰は祥を呈し、子孫は昌盛す。少斉はすでに門前に在り、婚姻を結成するに宜しい。衣を抖し冠を掸いて以て待てば、貴人は大いに歓喜す。通篇は吉象である。尚秉和は言う:《大壮》と《観》とは六爻が一一相反し、対卦で、取象は《観》より来る:坤は文采を主るので麒麟鳳凰と言う。艮は子孫、震は昌盛を主る。巽は斉、艮は少を主るので「少斉」と言う。《左伝》昭公二年は韓須が斉国に往って少姜を迎娶したを記し、少姜は寵を得て、晋人は彼女を「少斉」と称したは、まさにこの典である。艮は門、巽は利、坤は衣、艮は冠・振抖・弾拂・貴人を主り、震は歓喜を主る。校記:第五句は宋元本に依って補入したもので、汲古閣本にはない。「大」の字は宋元本が「所」とし、汲古閣本に依る。
晉。亂危之國,不可涉域。機發身頓,遂至僵覆。離為亂,坎為危,坤為國、為域,震為涉,震覆艮止,故不可涉。坎為機,坤為身、為死,故曰頓。《釋名》頓,僵也。○下二句汲古作"機機發發,身頓僵覆",今依宋元本。
《无妄》之《晋》。林辞:昏乱危険の国家は、その疆域に踏み入るべからず。機弩は一たび発すれば、人は仆倒し、終に僵死翻覆に至る。険地に入れば必ず禍に遭うの凶象である。尚秉和は言う:《晋》の離は乱を主り、互坎は危を主り、坤は国・疆域を主る。震は渉渡を主るが、震は倒転すれば即ち艮と成り艮は止を主るので、渉り入るべからず。坎は弩機、坤は身・死を主るので「頓」と言う――《釈名》は「頓」を僵仆と訓ずる。校記:末の二句は汲古閣本が「機機發發、身頓僵覆」とし、今宋元本に依る。
明夷。千雀萬鳩,與鷂為仇。威勢不敵,雖眾無益,為鷹所擊。坤為千萬,離為雀鳩,反艮為鷹鷂。坎為仇,震為威,坎為眾,反艮首向下故曰為鷹所擊。○勢,宋元本訛挈,茲依汲古。汲古下多"萬事皆失"四字,依宋本刪。
《无妄》之《明夷》。林辞:成千の麻雀・上万の斑鳩は、鷂子と敵を為す。威勢は相手に敵せず、縦え数量は衆多なるも事を済ますに無く、終に鷹に搏撃された。衆弱の一強に敵し難きの凶象である。尚秉和は言う:坤は千・万を主り、離は雀・鳩を主る。艮は倒転すれば即ち鷹・鷂と為る。坎は仇敵、震は威を主り、坎はまた衆を主る。倒艮の首は下に向かい、まさに鷹が俯冲して搏撃するが如きなので「為鷹所撃」と言う。校記:「勢」の字は宋元本が「挈」と訛り、ここでは汲古閣本に依る。汲古閣本は下に「万事皆失」の四字を多く出すが、宋本に依って刪去する。
家人。眾神集聚,相與議語。南國虐亂,百姓愁苦。興師征討,更立聖主。詳《屯》之《節》。○聖,汲古作賢,依宋元本。坎為聖也。
《无妄》之《家人》。林辞は前面の《剥》之《未済》の一条と大同:衆神は一処に聚まり彼此商議する。南方の国は暴虐昏乱で、百姓は愁苦す。ここに於いて兵を興して征討し、改めて聖明の君を立つ。取象の細講は《屯》之《節》の条に見える。校記:「聖」の字は汲古閣本が「賢」とし、宋元本に依る――坎はもともと聖人の象なればである。
睽。顏淵閔騫,以禮自閒。君子所居,禍災不存。通《蹇》。艮為顏,坎為淵、為悲閔,艮手為騫,故曰顏淵閔騫。艮為閒、為君子、為居,坎為禍,在外,故曰不存。
《无妄》之《睽》。林辞:顔淵・閔子騫のような賢者は、礼を以て自ら約束す。君子の居住する処には、禍災は存留しない。礼を守り禍を免るるの吉象である。尚秉和は言う:《睽》は《蹇》と旁通す:艮は顔、坎は淵・悲愍を主り、艮は手なので「騫」の字を取り、顔淵・閔子騫の二個の人名を合成す。艮は閑習自守・君子・居処を主る。坎は禍で外卦に処るので「不存」と言う。
蹇。三桓子孫,世秉國權。爵世上卿,富於周公。桓,木名。艮為木,離卦數三,故曰三桓。艮為子孫,艮手為秉,秉,持也。艮為國、為爵、為上卿,遇卦"無妄"震為周、為公,乾為富。魯季孫、孟孫、叔孫,皆桓公後,故曰三桓,與魯相終始也。○爵世,汲古作爵勢,依元本。《論語》:"季氏富於周公"。
《无妄》之《蹇》。林辞:三桓の子孫は、世世代代国政を把持す。爵位は世襲して上卿に至り、周公よりもなお富有である。権臣の世禄の象である。尚秉和は言う:「桓」はもと一種の樹名である。艮は木、離の卦数は三なので「三桓」と言う。艮は子孫を主る。艮は手なので「秉」の字を取る、秉とは即ち把持である。艮は国・爵・上卿を主る。遇卦《无妄》中の震は周・公を主り、乾は富を主る。魯国の季孫・孟孫・叔孫はみな魯桓公の後裔なので三桓と称し、彼らは魯国と相終始した。校記:「爵世」は汲古閣本が「爵勢」とし、元本に依る。《論語》に「季氏富于周公」の話あり、まさに林辞と相合す。
解。鶴鳴九皋,處子失時。載土販鹽,難為功巧。震為鶴、為鳴,數九故曰九皋。鶴鳴,《小雅》篇名,毛謂教宣王求賢,茲曰處子失時,義與毛異。巽為伏,故為處子。震為載、為商販,坎為土,坎土象後,只邵子與《易林》同,他未見也。鹽象,《說文》:"古宿沙煮海水為鹽",鹽,咸也。又按:《洪範》:"水潤下作鹹",疑仍坎水象。卦有重坎,故既曰土又曰鹽。○巧,汲古作力,依宋元本。子為土之訛。
《无妄》之《解》。林辞:鶴は深沢の中に長鳴し、字を待つ閨中の女子は時機を錯過した。泥土を載せて鹽を販りに往けば、巧妙の功績を成し難し。才有りて時に遇わざるの象である。尚秉和は言う:震は鶴・鳴を主り、その数は九なので「九皋」と言う。《鶴鳴》は《詩経・小雅》の篇名で、毛伝は周宣王に賢を求むるを教うと為すが、ここの林辞の言う「処子失時」は、義を取るに毛伝と同じからない。巽は潜伏を主るので処子と為る。震は負載・商販を主る。坎は土を主る――坎を以て土と為すの説法は、後世はただ邵雍のみ《易林》と同じくし、別処は再び見たことがない。鹽象に至っては、《説文》は古に宿沙氏が海水を煮て鹽を成し、鹽とは即ち鹹だと言い、《尚書・洪範》はまた「水潤下作鹹」と言うので、彼は鹽はなお坎水の象を取ると疑う。《解》卦に重畳の坎あり、すなわち土と言いまた鹽と言う所以である。校記:「巧」の字は汲古閣本が「力」とし、宋元本に依る。尚氏また指出す:「子」は「土」の字の訛である。
損。方軸圓輪,車行不前。組囊以錐,失其事便。還師振旅,兵革休止。坤為方、為軸,伏乾為圓,故曰方軸圓輪。震為車、為行,艮止故不前。坤為帛、為囊,故曰組囊。艮為刀刃、為錐,軸方車不行,以囊盛錐必脫穎,二者皆不便也。坤為師旅,震為反,故曰還師。艮為兵革,艮止故休。○車,宋元本訛東,依汲古。
《无妄》之《損》。林辞:方形の車軸に円形の車輪を配すれば、車子は走り動かない。丝織の口袋を以て錐子を装れば、事を辦す便利をみな失う。ここに於いて班師して兵を收め、兵革は止息す。器の適用せず・事の行えざるの象である。尚秉和は言う:坤は方・車軸を主り、潜伏する乾は円を主り、「方軸円輪」を合成す。震は車・行を主り、艮は止を主るので前せず。坤は丝帛・口袋を主るので「組囊」と言う。艮は刀刃・錐を主る。軸は方形なれば車は自ずから走り動かず。布袋を以て錐子を盛れば錐の尖は必ず戳け出る――両件事ともに便利ならず。坤は師旅、震は返を主るので「還師」と言う。艮は兵革を主り、艮は止まるので兵を休む。校記:「車」の字は宋元本が「東」と訛り、汲古閣本に依る。
益。魚擾水渴,桀亂我國。駕龍出遊,東之樂土。天賜我祿,與生為福。坤為魚、為水、為濁,震為擾,故曰魚擾水濁。坤為惡,故曰桀。坤為亂、為國,震為龍、為出遊、為東、為桀,坤為邑,故曰樂邑。伏乾為天、為祿、為福。○天賜我祿,汲古作"尺賜我桀",今依宋元本。
《无妄》之《益》。林辞:魚は水を攪って渾濁して清らからず、暴君は我が邦国を擾乱した。ここに於いて龍車を駕して出游し、東へ向かって安楽の土に往く。上天は我に福禄を賜り、生とともに来るに即ち福である。乱を去り安に就くの象である。尚秉和は言う:坤は魚・水・渾濁を主り、震は攪擾を主るので魚は擾り水は濁ると言う――注文は「水濁」と作すが、今本の林辞の「水渇」とは一字の異。坤は悪人なので借りて夏桀を指す。坤はまた乱・国を主る。震は龍・出游・東を主る。坤は邑なので安楽の地を指し、注文は「楽邑」と作り林辞は「楽土」と作す。潜伏する乾は天・禄・福を主る。校記:「天賜我禄」は汲古閣本が「尺賜我桀」とし、今宋元本に依る。
夬。白虎黑狼,伏伺山陽。遮遏牛羊,病我商人。伏艮為虎狼,兌西方金,故曰白虎,坤色黑,故曰黑狼,艮止故曰伏伺、曰遮遏。艮為山陽,坤為牛,兌為羊,坤為病、為我,巽為商旅。○伏伺山陽,宋元本作"伏司亦長",依汲古。
《无妄》之《夬》。林辞:白虎と黑狼とは、山の南面に埋伏して窺伺す。牛羊を拦截し、我がこの行商の人を害苦しめた。途中で劫に遭うの凶象である。尚秉和は言う:潜伏する艮は虎・狼を主る。兌は西方の金に属し、その色は白なので白虎である。坤の色は黑なので黑狼である。艮は静止を主るので埋伏窺伺と言い拦阻と言う。艮は山南、坤は牛、兌は羊を主り、坤はまた病・我を主り、巽は商旅を主る。校記:「伏伺山陽」は宋元本が「伏司亦長」とし、汲古閣本に依る。
姤。履危不安,跌頓我顏,傷腫為瘢。伏震為履,巽殞落故曰不安、曰跌頓我顏。腫瘢,疑用《無妄》《艮》象。○瘢,宋元本作癩,依汲古。
《无妄》之《姤》。林辞:危険の地に踏み處って安寧を得ず、跌って顔面は地に著き、傷処は腫れ起き疤痕を留めた。険を履んで傷を受くるの凶象である。尚秉和は言う:潜伏する震は履践を主り、巽は隕落を主るので不安と言い面頬を跌傷すると言う。腫と瘢の取象に至っては、彼は遇卦《无妄》中の艮象を用いたと疑う。校記:「瘢」の字は宋元本が「癩」とし、汲古閣本に依る。
萃。三人輦車,東入旁家。王母貪叨,盜我資財,亡失犂牛。對《大畜》。震為人、為車,震數三,故曰三人輦車。震為東,艮為家,巽為入,坤為母,對《乾》故曰王母,兌食故曰貪叨。互巽為盜,坤為資財、為亡失、為牛。○東,宋元本作乘,依汲古。
《无妄》之《萃》。林辞:三人が輦車を推し、東へ向かって旁の人家に進み入った。王母は貪婪にして厭くことなく、我が銭財を偸み去り、耕牛さえも丢失した。窃に遭い財を破るの凶象である。尚秉和は言う:《萃》と《大畜》とは対卦を為し、取象は兼ねて対卦より見る:震は人・車を主り、震の数は三なので「三人輦車」。震は東、艮は家、巽は入を主る。坤は母で、その対面は乾なので「王母」と称す。兌は飲食を主るので貪馋にして厭かざると言う。互巽は盗、坤は資財・亡失・牛を主る。校記:「東」の字は宋元本が「乘」とし、汲古閣本に依る。
升。三雁南飛,俱就塘池。鰕饒有,利得過倍。震為雁、為南,數三,故曰三雁南飛。兌為塘池,坤巽皆為魚,故曰鰕饒有。巽為倍利。○塘池,宋元本作井地,茲依汲古。雁,汲古作鶴,依宋元本。
《无妄》之《升》。林辞:三羽の大雁は南へ飛び、一同に塘池の辺に落ち至る。蝦とある種の魚とは十分に豊饒で、獲利は成倍した。林辞と注文とに重出するあの一字は底本の私用区の異体字で、通行の字庫は顕示できず、注文の指す所に拠れば魚の名であるべし。南行して利を得るの吉象である。尚秉和は言う:震は雁・南を主り、その数は三なので「三雁南飛」。兌は塘池を主る。坤と巽とはともに取って魚と為すので蝦魚の豊饒と言う。巽は加倍の利を主る。校記:「塘池」は宋元本が「井地」とし、ここでは汲古閣本に依る。「雁」の字は汲古閣本が「鶴」とし、宋元本に依る。
困。鷹棲茂樹,候雀來往。一擊獲兩,利在枝柯。對《賁》。艮為鷹,震為茂樹,艮在震上,故曰鷹棲茂樹。離為雀,巽為進退、為往來。艮為擊,坎數一,故曰一擊。坎為獲,兌卦數二,故曰獲兩。巽為利、為枝柯,利在枝柯,言以枝柯為隱蔽也。○第四句宋元本作伏不枝梧,候作猴,茲依汲古。
《无妄》之《困》。林辞:鷹は茂密の樹上に棲み、来往の雀鳥を守候す。一撃して二羽を捕獲し、利を得るは全て枝柯の掩蔽に頼る。機を伺いて動き・一挙して両得の吉象である。尚秉和は言う:《困》と《賁》とは対卦を為す:艮は鷹、震は茂樹を主り、艮は震の上に居るので鷹が茂樹に棲むである。離は雀、巽は進退・来往を主る。艮は撃を主り、坎の数は一なので「一撃」。坎は擒獲を主り、兌の卦数は二なので「獲両」。巽は利・枝柯を主り、「利在枝柯」とは枝柯を凭えて掩蔽を為すを言う。校記:第四句は宋元本が「伏不枝梧」とし、「候」の字は宋元本が「猴」とし、ここでは汲古閣本に依る。
井。堯舜欽明,禹稷股肱。伊尹往來,進履登堂。顯德之徒,可以輔王。對《噬嗑》。震為帝,故曰堯舜。離為明,艮為臣,故曰禹稷、曰伊尹。巽為往來、為股肱,震為履、為進、為登,艮為堂,故進履登堂。艮貴為顯,震為王。○履,宋元本作禮,依汲古。
《无妄》之《井》。林辞:尭舜は恭敬して明察で、禹と后稷とは彼らの股肱の臣である。伊尹は往来奔走し、級を拾って堂に登り政を議す。これらの徳行顕著の人は、以て王業を輔佐すべし。君明く臣良しの吉象である。尚秉和は言う:《井》と《噬嗑》とは対卦を為す:震は帝を主るので尭舜と言う。離は明を主る。艮は臣を主るので禹・稷と伊尹とを指す。巽は往来・股肱を主る。震は履歩・進・登を主り、艮は堂を主るので「進履登堂」。艮は尊貴を主るので「顕」と為る。震は王を主る。校記:「履」の字は宋元本が「礼」とし、汲古閣本に依る。
革。枯旱三年,草萊不生。粢盛空乏,無以供靈。詳《需》林。○乏,元本訛之,依宋本、汲古。萊,宋元本作葉,依汲古。
《无妄》之《革》。林辞:旱が連なり三年、草莱はみな生長しない。祭祀に用いる穀物は空乏し、神霊に供奉する物なし。大旱にして収穫絶え・祭祀の繼がざるの凶象である。取象の細講は《需》卦のあの林に見える。校記:「乏」の字は元本が「之」と訛り、宋本と汲古閣本に依る。「莱」の字は宋元本が「葉」とし、汲古閣本に依る。
鼎。方口緩唇,為知樞門。解釋鉤帶,商旅以歡。兌為口,伏坤,故曰方口。兌又為唇,坤柔,故曰緩唇。伏坎為樞、為智,坤為門,言口舌為智慧之樞機也。震為解釋,巽為帶、為商旅,兌悅故歡。坎為矯輮,或為鉤。○首句宋本作口方緩唇,汲古作方口圓舌,依元本。知,宋元本作和,依汲古。
《无妄》之《鼎》。林辞:方正の口・寛緩の唇は、智慧の出入する枢機の門である。鈎帯を解けば、商旅はこれによって歓欣す。言辞の体を得・行旅の順遂の象である。尚秉和は言う:兌は口を主り、その背後に潜伏するは坤で、坤は方を主るので「方口」と言う。兌はまた唇を主り、坤の性は柔なので「緩唇」と言う。潜伏する坎は枢機・智を主り、坤は門を主る――これは口舌は即ち智慧の枢機なるを言う。震は解开を主り、巽は帯・商旅を主り、兌は喜悦を主るので歓ぶ。坎に矯揉弯曲の象あり、また取って鈎と為し得る。校記:首句は宋本が「口方緩唇」とし、汲古閣本は「方口圓舌」とし、元本に依る。「知」の字は宋元本が「和」とし、汲古閣本に依る。
震。鳧池水溢,高陸為海。江河橫流,魚鱉成市。千里無牆,鴛鳳遊行。震為鳧,坎為池、為水,艮為陸,四爻艮覆成坎,故高陸為海。又四爻上下皆重陰,而坤為河海故曰橫流。伏巽為魚、為市,艮為鱉、為牆,震為千里,艮覆故無牆。伏離為鴛鳳,震為遊行。○首句宋元本作鳧鷖池水,依汲古。
《无妄》之《震》。林辞:野鴨の池塘は水が漲り漫溢し、高地は大海と変わった。江河は横流泛濫し、魚鱉は多くて市集と成った。千里の内に墻垣を見ず、鴛鴦鳳凰は往来して游行す。大水の災を成した後に曠遠にして阻なきの象である。尚秉和は言う:震は野鴨、坎は池・水、艮は陸地を主る。第四爻の処に到り艮は倒転して坎と成るので、高地は大海と変わる。四爻の上下はみな重畳の陰爻で、坤は河海を主るので「横流」と言う。潜伏する巽は魚・市を主り、艮は鱉・墻を主り、震は千里を主る。艮はすでに傾覆するので墻なし。潜伏する離は鴛鳳、震は游行を主る。校記:首句は宋元本が「鳧鷖池水」とし、汲古閣本に依る。
艮。烹魚失刀,駕車馬亡。錫刃不入,魴鯉腥臊。伏巽為魚,艮為刀,坎為矢,故曰失刀。震為車、為馬,坎隱故馬亡。艮為刃,下柔故曰錫刃。伏巽為魴鯉、為臭,故曰腥臊。又巽為入,巽伏故不入。○車馬,宋元作馬車。入,宋元作及。錫刃,宋元作鉛刀,均作[當作依]汲古。
《无妄》之《艮》。林辞:魚を煮ようとするも刀を丢し、車を駕し起こすも馬はまた跑げ去った。錫打の刃は軟すぎて切り入らず、魴魚鯉魚は腥臊として聞き難し。器は手に称わず・事事の順わざるの象である。尚秉和は言う:潜伏する巽は魚を主り、艮は刀、坎は矢を主るので「失刀」と言う。震は車・馬を主り、坎は隠没を主るので馬は亡失す。艮は刃で、その下は柔軟なので「錫刃」と言う。潜伏する巽は魴鯉・気味を主るので腥臊す。巽はまた入を主り、巽はすでに潜伏するので切り入ることができない。校記:「車馬」は宋元本が「馬車」とし、「入」の字は宋元本が「及」とし、「錫刃」は宋元本が「鉛刀」とし、これらの数処はいずれも汲古閣本に依る――校記の「均作」の下方の括弧裡の「当作依」は整理者の加えた订正で、ここの「作」は「依」の字であるべきを指す。
漸。戎狄蹲踞,無禮貪叨。非吾族類,君子攸去。此用遇卦象。《無妄》伏坤為戎,狄震為箕,故曰蹲踞。蹲踞,即箕踞也。伏震兌皆為口,故曰貪叨。坤為禮、為族類,坤伏故曰無禮、曰非吾族類。艮為君子。
《无妄》之《漸》。林辞:戎狄の人は腿を叉して箕踞して坐し、礼节を講じず貪得で厭くことなし。これは我が同族にあらず、君子は離去すべし。異類と処り難く・早く避くるに宜しきの象である。尚秉和は言う:この一条は遇卦《无妄》の卦象を用いる:《无妄》に潜伏する坤は戎狄を主り、震は箕を主るので「蹲踞」と言う――蹲踞とは即ち箕踞で、両腿を張り開いて坐すことである。伏震と兌とはともに口を主るので貪馋にして厭かざると言う。坤は礼・族類を主り、坤はすでに潜伏するので礼なしと言い我が族類にあらずと言う。艮は君子を主る。
歸妹。渡河踰水,狐濡其尾,不為禍憂。捕魚遇蟹,利得無幾。坎為河、為水、為狐、為濡,伏艮為尾,坎為禍憂,震樂故不憂。伏巽為魚、為利,艮為蟹,言占得此者雖無憂患而利得甚少也。○狐濡,宋元本作濡洿,今依汲古。
《无妄》之《帰妹》。林辞:河を渡り水を渉るに、狐狸は尾巴を濡らしたも、禍患憂愁を釀成せず。網を下して魚を捕るも螃蟹を撈り上げ、得る所の利は甚だ有限である。驚あれど険なくして収穫の几もなきの象である。尚秉和は言う:坎は河・水・狐・濡湿を主り、潜伏する艮は尾を主る。坎は禍憂を主るが、震は歓楽を主るので憂えない。潜伏する巽は魚・利を主り、艮は蟹を主る。彼は併せて申明す:この一条を卜うた人は憂患なしといえども、得利は甚だ少なし。校記:「狐濡」は宋元本が「濡洿」とし、今汲古閣本に依る。
豐。河出小魚,不宜勞煩。苛政害民,君受其患。伏坎為河,巽為魚,兌小故曰小魚。坎為勞、為民、為患,震為君,言政苛害民而卒受患者仍在君也。○出,宋元本作水,害作苦,依汲古。
《无妄》之《豊》。林辞:河の裡は小魚のみ出るが、師を労し衆を動かすに値しない。苛政は百姓を残害し、終に君主は自らその患を受く。政苛しくしてかえって噬わるるの象である。尚秉和は言う:潜伏する坎は河を主り、互巽は魚を主り、兌体は小なので小魚である。坎は労・民・患を主り、震は君を主る。彼は併せて解釈す:苛政は民を害すれど、最後に禍患を承受するは仍旧として君主の自己である。校記:「出」の字は宋元本が「水」とし、「害」の字は宋元本が「苦」とし、いずれも汲古閣本に依る。
旅。偃武修文,兵革休安。清人遙逍,未歸空閒。震為武,震伏故曰偃武,禹在上故曰修文。艮為兵、為革,艮止故休。○未歸,汲古作來歸,依宋元本。清人,《詩鄭風》篇名,"河上乎逍遙。"
《无妄》之《旅》。林辞:武備を停息し文教を修明すれば、兵革は止息安定することを得る。《清人》の詩裡の戍卒は河上に逍遥し、遅遅として帰還する能わず、空しく閑散である。武を偃めて戍者の淹留する象である。尚秉和は言う:震は武を主り、震はすでに潜伏するので「偃武」と言う。禹は上に居るので「修文」と言う。艮は兵・革を主り、艮は止を主るので兵を休む。校記:「未帰」は汲古閣本が「来帰」とし、宋元本に依る。「清人」は《詩経・鄭風》の篇名で、詩中に「河上乎逍遥」の句あり、林辞はまさにその語を用いる。
巽。九疑鬱林,沮溼不中。鸞鳥所去,君子不安。伏《震》,數九,坎為疑,震為叢木,故曰九疑鬱林,皆南方郡,震為南也。互坎故沮溼。震為鸞鳥,震往故曰去。艮為君子、為安,坎險故不安。○所,汲古作茲,從宋元本。
《无妄》之《巽》。林辞:九疑山と郁林郡とは、低窪潮湿にして居処に宜しからず。鸞鳥はすでに飛び離れ、君子はここに於いて安寧を得ない。南方の卑湿の地は久しく留まるべからざるの象である。尚秉和は言う:《巽》の伏する所は《震》で、震の数は九、坎は疑、震は叢木を主り、「九疑」「郁林」を合成す――両者はともに南方の郡名で、震はまさに南方を主る。互いに坎を出すので低湿である。震は鸞鳥を主り、震は往を主るので「去」と言う。艮は君子・安を主り、坎は険を主るので安ならず。校記:「所」の字は汲古閣本が「茲」とし、宋元本に従う。
兌。搏猥逢虎,患厭不起。遂至歡國,與福笑語,君子樂喜。通《艮》。為虎、為搏,互坎蝟為患,蝟能伏虎,故患厭不起。艮為國,互震為歡、為笑語,艮為君子。○君子,宋元本作君王,依汲古。
《无妄》之《兌》。林辞:まさに刺猬を扑打するに老虎に撞上るも、禍患は圧されて発作しない。随後に歓楽の国に来て、福気とともに談笑し、君子は歓喜快楽である。険に遇うも禍は作さず・終に転じて吉の象である。尚秉和は言う:《兌》は《艮》と旁通す:艮は虎・搏撃を主り、互坎の猬は禍患を主る。刺猬は老虎を制伏し得るので、禍患は圧伏されて起きない。艮は国、互震は歓・笑語を主り、艮は君子を主る。校記:「君子」は宋元本が「君王」とし、汲古閣本に依る。
渙。狗生龍馬,公勞嫗苦。家無善駒,折悔為吝。艮為狗,震為龍馬、為生,震為公,巽為嫗,坎為勞苦,故曰公勞嫗苦。艮為家,震為駒,坎為折。○善駒,汲古作筐筥,從宋元本。因震在艮下,故曰狗生龍馬。
《无妄》之《渙》。林辞:狗は龍馬を生み出し、老翁老婦はみなこれがために操労す。家裡にはしかし好い馬駒なく、事情は折損して悔吝を致す。名実の副わず・労して功少なきの象である。尚秉和は言う:艮は狗、震は龍馬・生育を主る。震は公(老翁)、巽は嫗(老婦)、坎は労苦を主り、「公労嫗苦」を合成す。艮は家、震は馬駒、坎は折損を主る。校記:「善駒」は汲古閣本が「筐筥」とし、宋元本に従う。尚氏また言う:震が艮の下面に在るがために、「狗生龍馬」の辞あり。
節。嬰孩求乳,慈母歸子。黃麑悅喜,得其甘餌。震為嬰孩,艮為乳、為求,故曰嬰孩求乳。伏巽為慈母,震為子、為歸,故曰慈母歸子。震為玄黃、為鹿,故曰黃麑,又為喜、為餌。
《无妄》之《節》。林辞:嬰孩は奶を食らわんとし、慈母は便ち孩子の身辺に回る。黄色の小鹿は歓喜雀躍し、甜美の食餌を得た。母子の相得・求むる所の皆遂うの吉象である。尚秉和は言う:《節》の互震は嬰孩を主り、艮は乳・求を主り、「嬰孩求乳」を合成す。潜伏する巽は慈母を主り、震は子・帰返を主り、「慈母帰子」を合成す。震はまた玄黄の色・鹿を主るので「黄麑」と言い、また喜・餌を主る。
中孚。有兩赤鷂,從五隼噪。操矢無筈,趣釋爾射。扶伏聽命,不敢動搖。艮為鷂、為隼,正覆艮,兌卦敷二,故曰兩鷂。巽卦數五,故曰五隼。兌納丁,故曰赤。艮為矢、為操。筈,箭未受弦處也。《兌》象也。艮矢在上卦,上卦兌覆故無筈。震為射,矢無筈則不能射,故釋不射也。艮為扶,巽為伏、為命,扶伏,即匍匐,伏地以手行也。艮震象也,動搖應作搖動,與命協。○筈,宋元本作括,射作財,茲從汲古。
《无妄》之《中孚》。林辞:二羽の紅色の鷂鷹あり、五羽の隼に跟いて一斉に鳴噪す。手裡の箭には弦を扣うる箭筈なく、急いで放下して射るなかれ。ただ匍匐して地に伏し命を聴き、敢えて乱動しない。発せんと欲するも能わず・身を屈して命を聴くの象である。尚秉和は言う:艮は鷂・隼を主り、一正一覆の二個の艮あり、兌の卦数は二なので「両鷂」と言う(注文の「敷」の字は「数」と作るべし)。巽の卦数は五なので「五隼」と言う。兌は天干の丁に納り、丁は火に属するのでその色は赤である。艮は矢・持操を主る。「筈」は箭尾の弦を承くる処で、兌象に属す。艮矢は上卦に在り、上卦の兌は倒転しているので筈なし。震は射を主り、箭に筈なければ射出すことができないので、やむなく放下して射らない。艮は扶、巽は伏・命を主る。「扶伏」とは即ち匍匐で、地に伏して手を以て爬行し、これは艮と震との象である。「動揺」は「揺動」と作るべく、はじめて「命」の字と協韻する。校記:「筈」の字は宋元本が「括」とし、「射」の字は宋元本が「財」とし、ここではいずれも汲古閣本に従う。
小過。伊尹智士,去桀耕野。執順以強,天佑無咎。震為士、為耕,兌剛魯故曰桀,艮手為執,巽順故曰執順。震為強健,艮為天。○天佑,宋元本作文和,茲依汲古。
《无妄》之《小過》。林辞:伊尹は智慧ある士人で、夏桀を離れて田野に躬耕す。柔順を執守して内裡は剛強で、上天は保佑し、過錯あらじ。時を識り退き処り・終に天の助を得るの吉象である。尚秉和は言う:震は士・耕作を主る。兌は剛にして粗厲なので、借りて桀を指す。艮は手なので「執」と言う。巽は順を主るので「執順」と言う。震は強健を主る。艮は天を主る。校記:「天佑」は宋元本が「文和」とし、ここでは汲古閣本に依る。
既濟。逐鹿西山,利入我門。陰陽和調,國無災殃。《無妄》艮為鹿、為山、為門,震為逐,巽為利、為入,《既濟》陰陽平均,六爻當位,故曰陰陽調和。○各本下多"長子東遊,須其三仇"八字,與上文義不協,汲古注曰疑衍文,故不錄。
《无妄》之《既済》。林辞:西山に往って鹿を追えば、利益は我が家門に進み入る。陰陽は調和し、国中に災殃なし。猟して獲る所有り・時和して政通ずるの吉象である。尚秉和は言う:遇卦《无妄》中の艮は鹿・山・門を主り、震は追逐を主り、巽は利・入を主る。《既済》の一卦は陰陽が均衡し、六爻は各々その位を得るので陰陽調和と言う。校記:諸本はこの条の下に「長子東游、須其三仇」の八字を多く出すが、上文と語意が合わず、汲古閣本は注して衍文と疑うと明らかにするので、収録しない。
未濟。龍興之德,周武受福。長女宜家,與君相保。長股遠行,狸且善藏。《無妄》震為龍、為德、為周、為武、為君,巽為長女、為長股、為藏,艮為家、為狸。○受,汲古作成,保作德,均依宋元本。
《无妄》之《未済》。林辞:龍興の徳を具備し、周武王は福慶を承受す。長女は家を持つに宜しく、夫君と相守して保全す。長腿は遠行に善く、狸猫は藏匿に善し。徳盛んに家安し・各々その宜を得るの吉象である。尚秉和は言う:遇卦《无妄》中の震は龍・徳・周・武・君を主る。巽は長女・長股・藏匿を主る。艮は家・狸を主る。校記:「受」の字は汲古閣本が「成」とし、「保」の字は汲古閣本が「徳」とし、いずれも宋元本に依る。
大畜 第二十六
大畜。朝鮮之地,箕伯所保。宜人宜家,叢處子孫,求事大吉。震為朝,艮在東北,故曰朝鮮。伏坤為地,震為箕、為伯、為人,艮為家、為子孫、為求。《後漢書》:"箕子封朝鮮,教以禮義,其人終不相盜,無門戶之閉"。○箕伯,汲古作姫伯,依宋元本。
《大畜》之《大畜》、は本卦自身の一条である。林辞:朝鮮のこの片土は、箕伯の守護する所である。人に宜しく家に宜しく、子孫は族を聚めて居り、求める事は大吉である。尚秉和は言う:震は朝、艮の方位は東北に在り、「朝鮮」を合成す。潜伏する坤は地、震は箕・伯・人を主り、艮は家・子孫・求を主る。《後漢書》は箕子が朝鮮に封ぜられ、礼義を以てその民を教化し、あそこの人は終始相盗まず、門戸さえ閉ざすを用いないと記す。校記:「箕伯」は汲古閣本が「姫伯」とし、宋元本に依る。
乾。金柱鐵關,堅固衛災。君子居之,安無憂危。此全用《大畜》象。艮為金鐵,震為柱,艮為關、為堅固、為君子、為居。○堅,汲古作膠,危作疑,茲依宋元本。
《大畜》之《乾》。林辞:金鋳の柱・鉄打の関は、堅固にして以て災を御ぐに足る。君子はその中に居住し、安穩にして憂危なし。屏障の堅固・静守して安を得るの吉象である。尚秉和は言う:この一条は全て遇卦《大畜》の卦象を用いる:艮は金鉄、互震は柱を主り、艮はまた関隘・堅固・君子・居処を主る。校記:「堅」の字は汲古閣本が「膠」とし、「危」の字は汲古閣本が「疑」とし、ここではいずれも宋元本に依る。
坤。轉禍為福,喜來入屋。春城夏國,可以飲食,保全家室。《大畜》震喜艮屋,兌悅,故喜來入屋。艮為城、為國,震為春,故曰春城。艮納丙,故曰夏國。兌為飲食,艮為室家,艮為守,故室家可保。
《大畜》之《坤》。林辞:禍を転じて福と為し、喜気は屋子に進み入る。春日の城・夏日の国は、以て安享して飲食し、一家を保全すべし。危を転じて安と為すの吉象である。尚秉和は言う:遇卦《大畜》中の震は喜を主り艮は屋を主り、兌は喜悦を主るので喜気は屋に入る。艮は城・国を主り、震は春を主るので「春城」と言う。艮は天干の丙に納り、丙は四時において夏に属するので「夏国」と言う。兌は飲食、艮は室家を主り、艮はまた守を主るので家室は保つべし。
屯。水暴橫行,浮屋壞牆。泱泱溢溢,市師驚惶。居止不殆,與母相保。坎坤皆為水,故曰橫行。艮為屋、為牆,艮在上,故曰浮屋,坎破故曰壞牆。坤為師,震為驚惶,伏巽為市,艮為居止,坤為母。
《大畜》之《屯》。林辞:大水は暴発して横流し、房屋は漂い起き墻垣は冲壞す。水勢は浩蕩として四処に漫溢し、市集と軍旅とは一片の驚惶である。ただ安居して動かざるのみ危殆を免れ、母親と相互に保全す。水災の凶象にして、静守を以て安と為す。尚秉和は言う:坎と坤とはともに水なので横流と言う。艮は屋・墻を主り、艮は上体に居るので屋子は水上に浮かび、坎は破損を主るので墻は壞れる。坤は軍旅、震は驚惶を主り、潜伏する巽は市集、艮は居止、坤は母を主る。
蒙。虎豹熊罷,遊戲山隅。得其所欲,君子無憂。艮為虎豹熊罷。震為遊戲,在艮下故曰山隅。艮為君子,坎為憂,震解故無憂。○各本下有"旅人失利,市空無人"二句,與上吉凶不類,斷為衍文刪。
《大畜》之《蒙》。林辞:虎・豹・熊・羆は山脚の一帯に游戏し、各々欲する所を得、君子に憂愁なし。「罷」は即ち「羆」の字である。各々その性を遂げ・安然として憂なきの吉象である。尚秉和は言う:艮は虎豹熊羆を主る。震は游戏を主り、震は艮の下に居るので「山隅」と言う。艮は君子、坎は憂を主り、震は解散を主るので憂なし。校記:諸本はこの条の下にまた「旅人失利、市空无人」の二句あり、上文と吉凶が相類せず、尚氏は衍文と断じて刪去す。
需。躬禮履仁,尚德止訟。宗邑以安,三百無患。乾為仁,伏坤為躬、為禮。天水《訟》、《需》坎水下降,乾陽上升,陰陽交故止訟。乾為百,離卦數三,故曰三百。坎為患。丁云:"齊管仲奪伯氏駢邑三百,沒齒無怨",林或指此。○禮,宋元本作體,依汲古。以,汲古作已,百作伯,茲依宋元本。
《大畜》之《需》。林辞:躬ら礼节を行い仁徳を践履し、徳義を崇尚して争訟を止息す。宗族城邑はこれによって安定し、三百戸の邑もまた禍患なし。徳を以て争を息むるの吉象である。尚秉和は言う:乾は仁、潜伏する坤は身躬・礼を主る。《訟》は天水相違の卦で、《需》は則ち坎水が下降し乾陽が上昇し、陰陽は交感するので争訟は止息す。乾は百を主り、離の卦数は三なので「三百」と言う。坎は患を主る。丁晏は言う:斉国の管仲は伯氏の駢邑三百戸を奪い去り、伯氏は終身怨言なかりし――林辞は或いはこの事を指すか。校記:「礼」の字は宋元本が「体」とし、汲古閣本に依る。「以」の字は汲古閣本が「已」とし、「百」の字は汲古閣本が「伯」とし、ここではいずれも宋元本に依る。
訟。江淮易服,玄黃朱飾。靈公夏徵,衷衵無極。高位崩顛,失其寵室。對《明夷》。坤坎皆為水,故曰江淮。震為玄黃,坎為赤,故曰朱飾。震為公、為神,故曰靈公。離為夏,震為衣,坎伏,故曰衷衵。衵,褻衣,衷,懷也。艮為位、為室,艮覆故曰崩、曰失。○衷衵,宋元本作哀相,汲古作哀禍,顧千里曰哀相乃衷衵之訛,《左傳宣九年》:"陳靈公與孔寧、儀行父通夏姬,皆衷其衵,徵舒恥之,射殺靈公"。衵,音日。
《大畜》之《訟》。林辞:江淮の一帯は服色を更換し、玄黄朱紅は各々装飾を為す。陳霊公と夏姫との事は、内衣を懐蔵して淫乱に度なし。高位は崩塌傾覆し、寵幸と家室とを失掉した。荒淫して禍を致すの凶象である。尚秉和は言う:《訟》と《明夷》とは対卦を為す:坤と坎とはともに水なので江淮と言う。震は玄黄、坎は赤を主るので「朱飾」と言う。震は公・神を主るので「霊公」と言う。離は夏、震は衣を主り、坎は潜伏するので「衷衵」と言う――「衵」は貼身の内衣で、「衷」は懐蔵である。艮は位・室を主り、艮は傾覆するので崩塌と言い失去と言う。校記:「衷衵」は宋元本が「哀相」とし、汲古閣本は「哀禍」とし、顧千里は指出して「哀相」はまさに「衷衵」の訛だと言う。《左伝》宣公九年は陳霊公と孔寧・儀行父とがともに夏姫と私通し、各々彼女の貼身の衣物を懐に揣えて相互に戯謔し、夏征舒は引いて恥と為し、霊公を射殺したと記す。「衵」の字は「日」と読む。
師。不虞之患,禍至無門。奄忽暴卒,痛傷我心。詳《蒙》之《明夷》。
《大畜》之《師》。林辞:意料の外の禍患で、災禍の頭に臨むは併して防ぐべき一定の門径なし。忽然の間に暴亡し、我が心を痛傷す。猝として凶変に遭うの象である。取象の細講は《蒙》之《明夷》の条に見える。
比。三塗五嶽,去危入室。凶禍不作,桀盜堯服。失其寵福,貴人有疾。艮山故曰三塗五嶽,艮數三,坎數五也。坎危在外故曰去危。艮為室,坤為凶禍、為惡,故曰桀。坎為盜、為聖,故曰堯。坤為服也。乾為寵福,乾伏故失。艮為貴,坎為疾,故曰貴人有疾。
《大畜》之《比》。林辞:三塗の山と五岳とあり、険処を離れて居室に入る。凶禍は起きず、桀のような暴徒盗賊は尭のような聖徳に降服された。ただもと有る寵幸福沢を失掉し、貴人の身上に病あり。険を避け安を得て略ば缺憾を帯ぶるの象である。尚秉和は言う:艮は山なので三塗五岳と言う。艮の数は三、坎の数は五である。坎の険阻は外卦に在るので「去危」と言う。艮は室を主る。坤は凶禍・悪人なので借りて桀を指す。坎は盗で、また聖なので借りて尭を指す。坤は服を主る。乾は寵幸福沢で、乾は潜伏して見えないので「失」と言う。艮は貴、坎は疾病を主るので「貴人有疾」。
小畜。配合相迎,利之四鄉。昏以為期,明星煌煌。欣喜奭懌,所言得當。巽為利,正反巽相合故曰相迎,巽數四,故曰四鄉。伏坤為鄉、為昏,艮為時,故曰昏以為期。離為星、為明,故曰明星煌煌。兌悅故欣喜。奭,盛也。懌,悅也。奭懌,猶大悅也。兌口為言,正反兌故曰得當。○煌煌,宋元本作熠熠,不協。奭懌,宋元作君奭,均依汲古。當,汲古作償,依宋元本。
《大畜》之《小畜》。林辞:男女は相配し彼此迎合し、利益は四方に通達す。黄昏を期と約定し、啓明星は光輝燦爛たり。欣喜盛悦して、言う所の話はみな恰當合宜である。婚配の和諧・言語の体を得るの吉象である。尚秉和は言う:巽は利を主り、一正一反の二個の巽が相合するので「相迎」と言う。巽の数は四なので「四郷」と言う。潜伏する坤は郷・黄昏を主り、艮は時を主るので「昏以為期」。離は星・明を主るので「明星煌煌」。兌は喜悦を主るので欣喜す。「奭」は盛大で、「懌」は喜悦で、「奭懌」とは即ち大悦である。兌は口・言を主り、一正一反の二個の兌なので「得當」と言う。校記:「煌煌」は宋元本が「熠熠」とし、韻に合わず。「奭懌」は宋元本が「君奭」とし、いずれも汲古閣本に依る。「當」の字は汲古閣本が「償」とし、宋元本に依る。
履。三手六身,莫適所閒。更相搖動,失事便安。箕子佯狂,國乃不昌。伏《謙》。艮為手,數三,故曰三手。坤為身,坎數六,故曰六身。艮為閒,正反艮,故曰莫適所閒,正反震,故曰更相搖動。坤為事,坎為失,失事便安者,言事不得安也。震為箕子、為狂,坤為國,坤喪故不昌。全用旁通。○第四句汲古作動失事宜,依宋元本。
《大畜》之《履》。林辞:三只の手・六個の身子で、どこに安放すれば合適なるかを知らない。彼此は推擠搖動し、事情は安穩を失掉した。箕子は瘋癲を装い、国家はこれに於いて再び昌盛しない。形体の錯乱・賢者の佯狂して世を避くるの凶象である。尚秉和は言う:《履》の伏する所は《謙》で、この一条は全て旁通の象を用いる:艮は手で、その数は三なので「三手」。坤は身で、坎の数は六なので「六身」。艮は閑習安処を主り、一正一反の二個の艮なので「莫適所閑」と言う。一正一反の二個の震なので「更相搖動」と言う。坤は事、坎は失を主り、「失事便安」とは事情が安定を得ざるを言う。震は箕子・狂を主り、坤は国を主り、坤は喪亡を主るので昌ならず。校記:第四句は汲古閣本が「動失事宜」とし、宋元本に依る。
泰。虎臥山隅,鹿過後朐。弓矢設張,匯為功曹。伏不敢起,遂全其軀,得我美草。詳《大有》之《訟》。○匯,宋本作會,會為音訛字,元本、汲古作蝟,蝟即蝟,見《爾雅》。
《大畜》之《泰》。林辞:老虎は山脚に臥し、鹿はその身後より過ぎる。弓箭は張設して発を待ち、刺猬は功曹に充つ。伏して敢えて身を起こさず、居然として性命を保全し、還って我が美草を食らうことを得たり。伏蔵して禍を免るるの象である。取象の細講は《大有》之《訟》の条に見える。校記:「匯」の字は宋本が「会」とし、「会」は音が近くして訛る。元本と汲古閣本は「猬」と作す、猬とは即ち刺猬で、《爾雅》に見える。
否。麟鳳執獲,英雄失職。自衛反魯,猥昧不起,祿福訖已。坤為文,故曰麟鳳。艮為拘,故曰執獲。乾為英雄,巽隕落故失職。伏震為衛、為及,兌為魯,又為昧。猥,曲也,坤死故曰不起、曰訖已。乾為祿福。《公羊傳哀十四年》:"獲麟,孔子觀之,反袂掩泣,自傷將死"。○英,宋元本作陰,依汲古。猥,汲古作畏,祿福作福祿,均依宋元。
《大畜》之《否》。林辞:麒麟鳳凰は捕獲され、英雄は職位を失去した。衛国より鲁国に帰返し、屈曲昏昧して一たび蹶ねば振るわず、禄位福気はここに至って止まる。賢者の時を失い・気数の将に尽きんとするの凶象である。尚秉和は言う:坤は文采を主るので麟鳳と言う。艮は拘執を主るので「執獲」と言う。乾は英雄で、巽は隕落を主るので職を失う。潜伏する震は衛・及を主り、兌は魯を主り、兌はまた昏昧を主る。「猥」は曲で、坤は死亡を主るので起きずと言い完結と言う。乾は禄福を主る。《公羊伝》哀公十四年は西狩して麟を獲たるを記し、孔子は往きて之を觀、袖を掩いて泣き、自己の将に死なんとするを傷んだ――林辞はまさにこの事を用いる。校記:「英」の字は宋・元刻本が「陰」とし、ここでは汲古閣本に依って「英」と作す。「猥」の字は汲古閣本が「畏」とし、「禄福」は汲古閣本が「福禄」とし、この両処はいずれも宋・元刻本に依る。
同人。欒子作殃,伯氏誅傷。州犂奔楚,失其寵光。《左傳成十五年》:"晉三卻害伯宗,譖而殺之,及欒弗忌,伯州犂奔楚"。卦通《師》。震為木、為子,故曰欒子。為伯、為楚、為奔,坤死故曰殃、曰誅、曰失。
《大畜》之《同人》。林辞:欒氏の子は禍殃を釀成し、伯氏は誅戮に遭った。伯州犁は楚国に逃げ奔り、もと有る寵幸栄光を失去した。尚秉和は《左伝》成公十五年を引く:晋国の三郤は伯宗を陥害し、讒を進めて彼を殺し、還って欒弗忌に牽連し、伯宗の子伯州犁はこれに因って楚に奔った。《同人》は《師》と旁通す:震は木・子を主り、欒はもと木名なので「欒子」と言う。震はまた伯・楚・奔走を主る。坤は死亡を主るので殃と言い誅と言い失と言う。
大有。黃帝出遊,駕龍乘馬。東至泰山,南過齊魯。王良御右,文武何咎。不利市賈。此用《大畜》象。震為黃,乾為帝、為行,故曰出遊。乾為龍馬,震為東,艮為山,故東至泰山。乾為南,兌為魯,伏巽為齊,故南過齊魯。乾為王,兌為右,伏坤為文,巽為市賈,巽伏故不利。○乘,宋元本作騎,右作左,今依汲古。
《大畜》之《大有》。林辞:黄帝は出行して游歴し、龍を駕し馬に乘る。東は泰山に至り、南は斉魯を過ぐ。善く御する王良は轡を執って右に在り、文武の臣はなんの過錯もなし。ただ経商販売に利あらざるのみ。尚秉和は言う:この一条は遇卦《大畜》を用いて象を立つ:震は黄色、乾は帝・行を主るので「出游」と言う。乾は龍馬を主る。震は東、艮は山を主るので東は泰山に至る。乾は南、兌は魯を主り、潜伏する巽は斉を主るので南は斉魯を過ぐ。乾は王、兌は右を主り、潜伏する坤は文を主る。巽は市集商賈で、巽はすでに潜伏するので経商に利ならず。校記:「乘」の字は宋元本が「騎」とし、「右」の字は宋元本が「左」とし、今汲古閣本に依る。
謙。齊魯爭言,戰於龍門。遘怨致禍,三世不安。詳《坤》之《離》。齊魯用伏象。
《大畜》之《謙》。林辞:斉国と魯国とは争執して下らず、龍門に於いて交戦す。怨仇を結んで禍患を招き、三代は安寧を得ない。怨を搆え禍を遺すの凶象である。取象の細講は《坤》之《離》の条に見える。尚秉和はただ一句を補す:斉・魯の两国の取象は伏象を用いた。
豫。道禮和德,仁不相賊。君子往之,樂有其利。震為道,坤為禮,坎為和、為賊,震為仁,故不相賊。震為樂,艮為君子。○禮,元本作理,茲依宋本、汲古。
《大畜》之《豫》。林辞:道と礼とを以て相処り、徳性は和洽し、仁徳を講ずれば彼此相残害しない。君子はあそこに前往し、その中の利益を享有するを楽しむ。仁厚に相與するの吉象である。尚秉和は言う:震は道、坤は礼、互坎は和・残害を主り、而るに震は仁を主るので相残害しない。震は楽、互艮は君子を主る。校記:「礼」の字は元本が「理」とし、ここでは宋本と汲古閣本に依る。
隨。嫗妬公妮,毀益亂類。使我家憒,利得不遂。巽為嫗,震為公,兌為毀,艮為家,巽為利。妮者,泥也,滯也。《論語》:"致遠恐泥",公泥者,公怠於事也,有此二因致家事毀亂,利得不遂也。○妮,從元本,疑為怩訛,宋本、汲古作姥。類,宋元本作賴,依汲古。利得不遂,汲古作利不得遂,依宋元本。憒,汲古作憤,依宋元本。
《大畜》之《随》。林辞:老婦は善く妒み老翁は遅滞し、毀敗は日に増し倫類を擾乱す。我が家中を昏乱せしめ、利益もまた得ることができない。家事の不睦・事業の成ならざるの象である。尚秉和は言う:巽は老婦、震は公即ち老翁、兌は毀を主り、艮は家、巽は利を主る。「妮」とは即ち「泥」で、滞碍の意である。《論語》は「致遠恐泥」と言う、いわゆる「公泥」とは老翁が事に於いて怠惰なるを言う。この両重の縁故有れば、家事は毀乱し、獲利もまた心に遂うことができない。校記:「妮」の字は元本に従い、尚氏は「怩」の訛と疑う。宋本と汲古閣本は「姥」と作す。「類」の字は宋元本が「頼」とし、汲古閣本に依る。「利得不遂」は汲古閣本が「利不得遂」とし、宋元本に依る。「憒」の字は汲古閣本が「憤」とし、宋元本に依る。
蠱。一巢九子,同公共母。柔順利貞,出入不殆,福祿所在。艮為巢,坎數一,故曰一巢,震為子,數九,故曰九子。震為公,巽為母、為柔順、為利、為入,震為福祿、為出。○出入,汲古作君子,依宋元本。
《大畜》之《蠱》。林辞:一個の巢裡に九羽の雛鳥あり、同じ父同じ母である。柔順にして正を守り、出入するも危険あらず、福禄はまさにここに在り。家族の和睦・出入の皆安んずるの吉象である。尚秉和は言う:艮は巢、坎の数は一なので「一巢」。震は子で、その数は九なので「九子」。震は公、巽は母・柔順・利・入を主る。震はまた福禄・出を主る。校記:「出入」は汲古閣本が「君子」とし、宋元本に依る。
臨。崔崽北嶽,天神貴客。溫仁正直,主布恩德。閔哀不已,蒙受大福。詳《師》之《豐》。
《大畜》之《臨》。林辞:巍峨高聳の北嶽に、天神と尊貴の客とあり。温和仁厚・正直无私で、君上は恩徳を広布す。哀矜怜憫の心は止まず、因って大福を蒙受す。徳沢の広く被るの吉象である。取象の細講は《師》之《豊》の条に見える。
觀。三蛆逐蠅,陷墮釜中。灌沸渰殪,與母長訣。巽為蛆蠅,艮數三,故曰三蛆。巽為墮,坤為釜、為母、為死,故渰殪。○蛆,宋元本作睢,依汲古。
《大畜》之《観》。林辞:三匹の蛆は苍蝇を追逐し、鍋裡に掉り落ちた。沸水に澆灌されて淹死し、これより母親と永別す。自ら死地に投ずるの凶象である。尚秉和は言う:巽は蛆・蝿を主り、艮の数は三なので「三蛆」と言う。巽は墜落を主り、坤は釜・母・死を主るので淹没して毙命すると言う。校記:「蛆」の字は宋元本が「睢」とし、汲古閣本に依る。
噬嗑。東山西陵,高峻難升。滅夷掘壘,使道不通。商旅無功,復反其邦。艮為山陵,離東坎西,故曰東山西陵。艮為高陵,坎險,故難升。坎為平,故曰滅夷。艮為壘,艮手為掘、為道、為邦,震為商旅、為反,坎陷坎險,居中爻,故道不通而商旅困也。○掘壘,元本作握累,依宋、汲古本。
《大畜》之《噬嗑》。林辞:東辺は山・西辺は陵で、高峻にして攀登し難し。山陵を鏟平し壁壘を掘開するも、かえって道路を通ぜしめず。商旅は一として獲る所なく、やむなく本邦に折返す。道阻み商困るの象である。尚秉和は言う:艮は山陵を主る。離は東・坎は西に在るので「東山西陵」と言う。艮は高陵で、坎は険を主るので升り難し。坎はまた平を主るので「滅夷」と言う、即ち鏟平である。艮は壁壘を主り、艮は手なので「掘」と言い、艮はまた道・邦を主る。震は商旅・返を主る。坎の坑陥と険阻とはまさに中爻に処るので、道路は通ぜず商旅は困る。校記:「掘壘」は元本が「握累」とし、宋本と汲古閣本に依る。
賁。常德自如,不逢禍災。樂只君子,福祿自來。坎為禍災,震出故不逢。艮為君子,震為樂、為福祿。
《大畜》之《賁》。林辞:常徳を守りて従容自如なれば、禍災に遇上らない。楽しきかなこの君子、福禄は自然に到来す。「楽只君子」は《詩経》の成語で、「只」は語助詞である。常徳を持守して福を獲るの吉象である。尚秉和は言う:互坎は禍災を主り、震は出を主るので禍災と相遇わない。艮は君子、震は楽・福禄を主る。
剝。范子妙材,戮辱傷膚。後相秦國,封為應侯。詳《師》之《井》。
《大畜》之《剥》。林辞:范雎は才具超群なれど、まず笞辱に遭い皮肉は傷ついた。後来秦国の宰相と為り、応侯に封ぜられた。まず辱められ後に顕るの象である。取象の細講は《師》之《井》の条に見える。
復。虎狼結集,相聚為保。伺齧牛羊,道絕不通。病我商人。此用《大畜》象。艮為虎狼,正反艮,艮止,故曰虎狼結集,相聚為保。伏坤為牛,兌為羊、為口,艮止,故曰伺齧牛羊。艮為道,震為商人,艮止故道不通而商旅困也。○集,汲古作謀,保作儔,伺訛同,均依宋元本。
《大畜》之《復》。林辞:虎狼は成群して集結し、相互に依托して一伙を結成す。窺伺して牛羊を啃噬し、道路は断絶して通ぜず、我がこの行商の人を害苦しめた。盗匪の聚集・商道の断絶の凶象である。尚秉和は言う:この一条は遇卦《大畜》を用いて象を立つ:艮は虎狼を主り、一正一反の二個の艮にして艮は静止を主るので、虎狼の結集・相聚まりて保を為すと言う。潜伏する坤は牛、兌は羊・口を主り、艮は止を主るので窺伺して牛羊を啃噬すと言う。艮は道、震は商人を主り、艮は止まるので道路は通ぜず商旅は困る。校記:「集」の字は汲古閣本が「謀」とし、「保」の字は「儔」と作し、「伺」の字は「同」と訛る。この三処はいずれも宋・元刻本に依る。
無妄。不直杜公,與我爭訟。媒伯無禮,自令壅塞。震為杜、為公,杜公,未詳所指。初至四正反震,故曰爭訟。震為伯。○直,汲古作宜,從宋元本。杜公,疑即杜伯,周宣王殺之,非其罪,即為人見王訴其無罪,後射死宣王於鎬,事見《周語》及《周春秋》。媒伯無禮者,言王妾以無禮之事媒孽杜伯而王不知也。
《大畜》之《无妄》。林辞:正直ならざる杜公は、我と争訟す。媒伯は行事して礼なく、自ら壅塞不通を招来した。訟を搆えて阻まるるの象である。尚秉和は言う:震は杜・公を主る。「杜公」は究竟誰を指すか、彼は一時に考定する能わず。初爻より四爻に至るまで一正一反の二個の震あり、すなわち争訟と言う所以である。震はまた伯を主る。校記:「直」の字は汲古閣本が「宜」とし、宋元本に従う。尚氏は推測して「杜公」は大抵杜伯であるべしと言う:周宣王は彼を殺したが、其の実罪あるにあらず。後来杜伯は人形に化して王の前に現われ自己の無罪を申訴し、終に鎬の地に於いて宣王を射殺した。事は《国語・周語》と《周春秋》とに見える。いわゆる「媒伯无礼」は、王の妾室が无礼の事を以て羅織して杜伯を構陥し、而も宣王は知らざりしを言う。
頤。上天樓臺,登拜受福,喜慶大來。艮為天,坤為樓臺,艮為拜,震為登、為喜。○拜,宋元本作降,大作自,茲依汲古。
《大畜》之《頤》。林辞:通天の楼台に登り、礼を行い拝謁して福佑を承受し、喜慶は大大に到来す。升進して福を受くるの吉象である。尚秉和は言う:艮は天、坤は楼台、艮は拝を主り、震は登・喜を主る。校記:「拝」の字は宋元本が「降」とし、「大」の字は宋元本が「自」とし、ここではいずれも汲古閣本に依る。
大過。三羊上山,東至平原。黃龍服箱,南至魯陽。完其佩囊,執綏車中,行人有慶。
《大畜》之《大過》。この一条は本分片には林辞のみ存し、尚秉和の注解と校記とは後ろに接排して、すでに次の分片に落入した。林辞:三匹の羊は山頭に登り、東は平原に到る。黄龍は車箱の間に駕し、南は魯陽に到る。佩囊は完好にして損なく、手に綏帯を執りて端然として車中に坐し、行路の人に喜慶あり。行旅の順遂・載馳して吉を得るの象である。「服箱」とは車を駕し軛を負うことで、「執綏」は車に登る時に手で拉く繩索を指し、二句ともに車行の状を写す。
伏《頤》。震為羊,艮為山,數三,故曰三羊上山。震為東,坤為平原,震為黃龍、為箱、為南,兌為魯,魯陽,在南陽郡。坤為囊、為車,巽為綏,震為行人。○原,汲古作康,依宋元本。宋元本完作貌,佩作佩,綏訛綬,有慶作無功,均依汲古。
この一段は上条《大畜》之《大過》の林辞を承けて取象を講ずる。《大過》の「伏象」(六爻の陰陽を逐爻翻転せしめて得るあの一卦)は《頤》で、《頤》は下震上艮、以下に挙ぐる象はみなここより出る。震の「逸象」(《易伝》の載録せざる所で、《易林》の類の古筮法中に保存し来たれる卦象)は羊、艮は山、艮は《易林》の裡に於いて卦数は三なので「三羊上山」と言う。震は東方、坤は平坦の原野を主る。震はまた黄龍・車箱・南方を主る。兌は魯地で、「魯陽」のこの地名は漢代に南陽郡に属す。坤は口袋・車を主り、巽は車に登る時に手で挽く繩子の「綏」、震は路を赶ぐる行人を主る。校記:「原」の字は汲古閣本が「康」とし、ここでは宋刻本・元刻本に依る。宋・元本は「完」を「貌」と作し、「佩」を「佩」と作す(两本の字形は相同じく、一処は異体か刻誤なるべし)、「綏」は「綬」と訛り、「有慶」は「无功」と作す。これらの数処はいずれも汲古閣本に依る。
坎。天地閉塞,仁智隱伏。商旅不行,利深難得。艮為天,坎為閉塞,震為仁,坎為智、為隱伏,故曰仁智隱伏。震為商旅、為行,巽為利,巽伏故曰難得。
《大畜》之《坎》。林辞に言う:天地の気は閉塞して通ぜず、仁人智士はみな隠伏して肯んじて頭を出さない。行商旅客は敢えて路に上がらず、利は豊厚なれども得手に難し。尚秉和は解説す:遇卦《大畜》の上体は艮で、艮の逸象は天である。之卦《坎》は閉塞を主り、震は仁を主り、坎はまた智・隠伏を主るので「仁智隠伏」と言う。震は商旅・行走を主り、巽は財利を主る。巽は震の伏象で、隠れて現われないので、利は深厚なれど取得し難しと言う。
離。延陵適魯,觀樂太史。車轔白顛,知秦興起。卒兼其國,一統為主。兼用對象。坎艮為少男,故曰延陵。延陵,季子也。兌為魯,震為樂,離為觀。太史者,掌樂之官,觀樂太史,言觀樂於太史也。震為車、為的顙,故曰白顛。兌為秦,震為興起,艮為國,正覆艮,故兼其國。震為主,坎數一,言秦兼併六國,一統天下也。轔,與毛詩異,全用吳季札在魯觀樂事。
《大畜》之《離》。林辞に言う:吴国の延陵季子は出使して鲁国に到り、太史の所に於いて周楽を観賞した。また車馬の轔轔・白額の馬が前に奔馳するを見て、便ち秦国の将に興起せんとすることを預知した。秦国は終に六国を呑并し、天下を一統して天下の主と為った。尚秉和は解説す:この一条は兼ねて「対象」(本卦の六爻の陰陽が全部相反するあの一卦、即ち旁通の卦)を用いて象を取る。坎と艮とはともに男卦に属し、艮は少男なので「延陵」と言う――延陵季子とは即ち吴王寿夢の少子季札である。兌は鲁国、震は音楽、離は観看を主る。「太史」は楽章を掌管する史官で、「観楽太史」とは太史の所に到って楽舞を観賞するを言う。震は車・白額の馬を主るので「白顛」と言う。兌は秦、震は興起、艮は国を主る。卦中に正艮と倒転の覆艮との両象を兼ね有するので「兼其国」と言う。震は君主を主り、坎は《易林》の裡に於いて卦数は一で、合わせてまさに秦国の六国を兼并し天下を一統するを言う。「轔」の字は《毛詩》の用いる所と同じからず。整条の林辞は全て呉季札の魯に聘して周楽を観たる故事を用い、事は《左伝》襄公二十九年に見える。
咸。櫜戢甲兵,歸放馬牛。徑路開通,國無凶憂。艮為甲兵,艮止故橐戢,互乾為馬,艮為牛、為徑路,艮為國,震樂故無憂。
《大畜》之《咸》。林辞に言う:鎧甲兵器を皮囊に装めて収蔵し、戦馬耕牛を田野に放帰す。大路小径は暢通して阻なく、举国上下に凶険憂患なし。尚秉和は解説す:艮は鎧甲兵器を主り、艮の卦徳は静止なので、「櫜」(兵器を盛放する皮袋で、注文は「橐」と写す、二字は通用す)の裡に収めて蔵すると言う。《咸》卦の三至五爻は互いに乾体を出し、乾は馬を主る。艮は牛・小路を主り、艮はまた国を主る。震は歓楽を主るので憂患なしと言う。
恆。牛驥同槽,郭氏以亡。國破為墟,主君走逃。○槽,各本作堂,依《小畜》之《晉》校。主君,各本作君奔,依《豫》之《姤》校。兌為羊,象形故亦為牛,震為馬,故曰牛驥同槽。槽,亦震象。震為主,君在外故曰走逃。
《大畜》之《恒》。林辞に言う:耕牛と駿馬とが同槽して食い、賢愚は分たれず、郭氏はこれに因って国を亡ぼす。国都は残破して廃墟と成り、君主は国を棄てて出逃した。校記:「槽」の字は諸本が皆「堂」とし、ここでは《小畜》之《晋》の一条に依って校改す。「主君」は諸本が皆「君奔」とし、《豫》之《姤》の一条に依って校改す。尚秉和は解説す:兌は羊を主り、羊と牛とは形体が相類するので、兌もまた取象して牛と為し得る。震は馬を主るので「牛驥同槽」と言う。「槽」は木器で、本身もまた震象である。震は君主を主り、君主はすでに卦の外に出ているので「走逃」と言う。郭氏の国を亡ぼした故事は《新序》に見える:斉桓公は郭氏の故墟を路過し、なんぞのために亡びたかを問い、父老は答えて国君が「善善而不能用、悪悪而不能去」――善きを善しとして用いる能わず、悪しきを悪しとして去る能わざりしがためだと言った。
遯。大尾小腰,重不可搖。棟橈榱壞,臣為君憂。湯火之言,消不為患。使我復安。乾為大,艮為尾、為棟榱,巽隕故橈壞。艮為臣,乾為君,遯陽消卦,故臣為君憂。乾為言,艮火在下,故曰湯火之言。湯者,九家、荀爽皆以乾為河,疑乾有水象,有水故不畏火,故曰消不為患。艮止故安。○湯火,元本作陽火,茲依汲古。
《大畜》之《遯》。林辞に言う:尾巴は粗大にして腰身は細小で、頭重く脚軽く、沉重にして搖撼して動かない。屋梁は弯曲し椽子は朽壊し、臣子たる者は君主のために愁う。あの沸湯烈火の如き流言は、終に消解して禍患と成らず、我をして重新として安定せしむ。尚秉和は解説す:乾は大、艮は尾・屋棟屋椽を主り、巽の卦象は隕落なので梁は橈げ椽は壞れると言う。艮は臣、乾は君を主る。《遯》は陽気の退避消損する卦なので、臣子が君主のために憂うと言う。乾は言語、艮は火にして下位に居るので「湯火之言」と言う。「湯」(滚水)に至っては、《九家易》と荀爽とはともに乾を以て河と為し、見れば乾はもとから水象あり。水有れば便ち火を怕れず、すなわち「消不為患」と言う所以である。艮の卦徳は止なので、終に安定に帰す。校記:「湯火」は元刻本が「陽火」とし、ここでは汲古閣本に依る。
大壯。大一置酒,樂正起舞。萬福攸同,可以安處。綏我齯齒。詳《復》之《家人》。
《大畜》之《大壮》。林辞に言う:太一の神は酒宴を設け、楽正は領頭して起舞す。万種の福気はみなここに聚集し、以て安然として居処し、高寿を安享して「齯歯」(老人の歯が脱落した後に重ねて生出する細歯で、古人は長寿の征と見なす)に至るべし。尚秉和は解説す:この一条の取象はすでに《復》之《家人》の一条に詳しく見え、参看すべし。
晉。飲酒醉酗,跳起爭鬬。伯傷叔僵,東家治喪。坎為酒,坤迷,故醉。《大畜》正反艮震,故曰爭鬬。震為伯,兌傷,故曰伯傷。艮為叔,艮止,故曰叔僵。震東艮家,皆用遇卦象。
《大畜》之《晋》。林辞に言う:酒を飲んで爛醉に至り酒瘋を撒き、身を跳ね起こして相互に毆闘す。老大は彩を挂け、小弟は打たれて僵臥して起きず、東辺のあの人家はこれに因って丧事を辦起す。尚秉和は解説す:坎は酒を主り、坤の卦徳は昏迷なので醉と言う。遇卦《大畜》は正艮と覆艮・正震と覆震との象を兼ね、両両として相向かうので「争鬬」と言う。震は長兄、兌は毀傷を主るので「伯傷」。艮は幼弟で、艮の卦徳は止住して動かざるなので「叔僵」と言う。震は東方・艮は家宅を主り、これらはみな遇卦《大畜》の象より取る。
明夷。山險難登,澗中多石。車馳■021擊,重載傷軸。擔負善躓,跌踒右足。詳《乾》之《謙》。○澗,宋元本作渭,■021作■022,均依汲古。
《大畜》之《明夷》。林辞に言う:山勢は険峻にして攀登し難く、山澗の当中に乱石は縦横す。車子は急馳して一路に碰撞し、装載は過重にして車軸を圧傷す。担を挑き背負う人は絆倒し易く、一たび跤し跌ければ右脚を扭傷した。尚秉和は解説す:この一条の取象はすでに《乾》之《謙》の一条に詳しく見え、参看すべし。校記:「澗」の字は宋・元本が「渭」とし、「■021」は宋・元本が「■022」(この二字は底本が漫漶して清からず、源本は番号を以て代る)とし、いずれも汲古閣本に依る。
家人。爭訟不己,更相擊訽。張季弱口,被髮北走。詳《訟》之《損》。顧千里雲《明夷》之《臨》作擊訽,與下走韻,當從。各本皆作諮詢,詢,即訽之訛字。按:顧說是也,今從之。○宋元本下多"耳順從心,躬行至仁。不須以兵,天下太平"四句,依汲古。
《大畜》之《家人》。林辞に言う:争吵して官司を打つこと了ならず、彼此また打ちまた罵る。張季は口拙にして人に争い勝てず、やむなく頭髪を披散して北へ逃走す。尚秉和は解説す:この一条の取象はすでに《訟》之《損》の一条に詳しく見える。顧千里は指出す:《明夷》之《臨》のあの一条はまさに「撃訽」と作り、「訽」は下句の「走」と相押韻するので、従うべきである。諸本は皆「咨詢」と写すが、「詢」はまさに「訽」の訛字である。尚氏の按語:顧の説は是なり、今彼に従う。校記:宋・元本はこの条の下に「耳順従心、躬行至仁。不須以兵、天下太平」の四句を多く出すが、ここでは汲古閣本に依り、採録しない。
睽。心志無良,傷破妄行。觸牆觗壁,不見戶房。先王閉關,商旅委棄。坎為心志,兌為傷破,伏艮為牆壁戶房,坎隱故不見。艮為關,坎閉。
《大畜》之《睽》。林辞に言う:心思は端正ならず、胡乱に行事して以て傷損破敗を致す。東に墻に撞き西に壁に碰え、自家の門戸房舍さえも見えない。先王は冬至のこの日に関口を閉鎖し、行商旅客はやむなく半路に貨を棄てて帰る。尚秉和は解説す:坎は心志、兌は毀傷破敗を主る。伏象の艮は墻壁と門戸房舍とを主り、坎は隠伏を主るので「不見」と言う。艮は関口、坎は閉塞を主る。「先王閉関」の一句は《周易・復卦・大象伝》の「先王以至日閉関、商旅不行」の成語を用いる。
蹇。鸋鴂●鴞。治成遇災。綏德安家,周公勤勞。詳《噬嗑》之《漸》。○鴂,宋元本作夬,依汲古。遇,汲古作御,依宋元本。
《大畜》之《蹇》。林辞に言う:鸋鴂(即ち鷦鷯)と鴟鴞とが相值す(中間の一字は底本が残缺し、源本は「●」と作す)、巢は刚く筑成するも便ち災禍に遭った。徳沢を安撫し家室を安定するは、全く周公の一番の勤苦経営に頼る。尚秉和は解説す:この一条の取象はすでに《噬嗑》之《漸》の一条に詳しく見える。林辞は《詩経・豳風・鴟鴞》の周公が成王に貽した詩の意を取る。校記:「鴂」の字は宋・元本が「夬」とし、汲古閣本に依る。「遇」の字は汲古閣本が「御」とし、宋・元本に依る。
解。清人高子,久屯外野。逍遙不歸,思我慈母。詳《賁》之《艮》。
《大畜》之《解》。林辞に言う:《詩経・鄭風・清人》の詠ずる高克の師は、長く国境の外の野地に駐紮す。将士は游蕩逍遥して家に帰ることを得ず、ただ一味に家中の慈母を思念するのみ。尚秉和は解説す:この一条の取象はすでに《賁》之《艮》の一条に詳しく見え、参看すべし。
損。兩虎爭鬬,股創無處。不成仇讎,行解卻去。艮為虎,正反艮,故曰兩虎爭鬬。伏巽為股,兌為創,巽伏故曰無處。○股,元本訛服,依汲古。
《大畜》之《損》。林辞に言う:二匹の老虎は相搏し、大腿の上は処処に傷ありて一として完好なし。しかし終に死仇を結ばず、鬬いて鬬いて便ち自ら解开し各々退去した。尚秉和は解説す:艮は虎を主り、卦中に正艮と倒転し来たる覆艮との両象が相対するので「両虎争鬬」と言う。伏象の巽は股、兌は創傷を主る。巽はすでに伏して現われないので「无処」と言う、即ち一処も完好なるなきである。校記:「股」の字は元刻本が「服」と訛り、ここでは汲古閣本に依る。
益。天女踞床,不成文章。南箕無舌,飯多沙糠。虐眾盜名,雄雞折頸。巽為女,艮為天。天女,織女星也。艮為床,坤為文章,震為南、為箕,艮為星。箕,二十八宿星名。艮為沙,巽為糠。《詩小雅》:"跂彼織女,終日七襄。雖則七襄,不成文章。"又:"維南有箕,不可以●揚。" 不●揚故飯多沙糠。坤為眾,巽為盜、為雞,震為雄,艮為頸,巽隕故折。○踞多作摧,依小過之比改。虐眾,宋本作虛象,非,依元本、汲古。
《大畜》之《益》。林辞に言う:織女星は只管織機の旁に箕踞して、花紋を織り出さない。南方の箕宿は有名无実にして簸揚すべき舌なく、飯裡はここに於いて満々たる沙子糠皮である。百姓を虐待して名声を窃取する人は、脖子を折った雄鶏の如く、再び声を叫び出すことができない。尚秉和は解説す:巽は女、艮は天を主り、「天女」とは即ち織女星である。艮は床、坤は文采花紋を主り、震は南方・箕を主り、艮は星宿を主る――「箕」は二十八宿の一である。艮は沙、巽は糠を主る。《詩経・小雅・大東》は言う:「跂彼織女、終日七襄。雖則七襄、不成文章。」(今本《毛詩》はこの句を「不成報章」と作す。)また言う:「維南有箕、不可以簸揚。」(源本はこの字が残缺して「●」と作す。)まさに簸揚して雑を去ることができないがため、飯裡に沙多く糠多し。坤は衆人、巽は盗・鶏を主り、震は雄、艮は頸項を主る。巽の卦象は隕落なので「折」と言う。校記:「踞」の字は多数の本子が「摧」と作し、ここでは《小過》之《比》の一条に依って校改す。「虐衆」は宋本が「虚象」とし、正しくないので元刻本と汲古閣本に依る。
夬。太子扶蘇,出於遠郊。佞幸成邪,改命生憂。慈母之恩,無路致之。通《剝》。艮在上故曰太子。艮手為扶,坤為薪蘇、為郊。乾為言,兌口亦為言,故曰佞。巽為命,兌為反巽,故曰改命,言太子扶蘇遠出備邊,李斯、趙高竟改始皇璽書,殺扶蘇也。《革九四》云"改命吉",即謂巽覆也。坤為憂、為母。○出於,元本作走出,依汲古。
《大畜》之《夬》。林辞に言う:秦の太子扶蘇は遥かの辺郊に打ち発遣された。佞幸の小人は中より邪を為し、遺命を篡改して、大禍を釀成した。慈母の恩情は、再び送達すべき路なし。尚秉和は解説す:《夬》と《剥》とは「旁通」(両卦の六爻の陰陽が完全に相反し、以て相互に取象し得る。注文は之を「通」と称す)す。艮は上位に居るので「太子」と言う。艮は手を主り、「扶」の意を取り、坤は柴草の「蘇」・郊野を主る。乾は言を主り、兌は口にしてまた言語を主るので「佞」と言う。巽は命令を主り、兌はまさに巽の倒転せしめた覆象なので「改命」と言う――これは太子扶蘇が辺地に遠出して軍を監るに、李斯・趙高は竟に秦始皇の璽書を篡改し、扶蘇を逼死せしめたを言う。《周易・革卦》の九四は「改命吉」と言い、講ずる所はまさに巽卦の倒覆の象である。坤は憂・母を主る。校記:「出于」は元刻本が「走出」とし、ここでは汲古閣本に依る。
姤。寒暑相推,一明一微。赫赫宗周,光榮滅衰。《姤》夏至一陰生消陽,故曰寒暑相推。乾為宗,震為周,震伏,故光滅。
《大畜》之《姤》。林辞に言う:寒来暑往して彼此推移し、一時は光明・一時は幽微である。当年は何等に顕赫なりしか宗周も、如今その光栄もすでに衰滅した。尚秉和は解説す:《姤》は夏至に一陰が始めて生じ、陽気を消損し始める卦なので「寒暑相推」と言う。乾は宗廟の宗、震は周室を主る。震はここに於いて伏して現われざる象なので、光栄は滅衰すと言う。「赫赫宗周」は《詩経・小雅・正月》の「赫赫宗周、褒姒滅之」の成語を用いる。
萃。雞狗相望,仁道篤行。不吠昏明,各安其鄉。周鼎和餌,國富民有,八極蒙佑。巽雞艮狗,艮望,兌為吠,坤為鄉、為安。○後三句與前四句不類,象亦不合,疑衍。
《大畜》之《萃》。林辞に言う:村落は相接し鶏犬の声は相聞え、仁厚の道は篤実に施行さる。黄昏であれ天明であれ、狗は驚吠せず、家家は各々己が郷里に安んず。周室の宝鼎の裡には美味を調和し、国家は富足し百姓は余裕あり、八方の極遠の地はみな福佑を蒙受す。尚秉和は解説す:巽は鶏、艮は狗を主り、艮はまた瞻望を主り、兌は吠叫を主り、坤は郷里・安居を主る。校記:後の三句は前の四句と体格が類せず、取象もまた対せず、後人の窜入した衍文と疑う。
升。窗牖戶房,通利明光。賢知輔聖,仁施大行。家給人足,海內殷昌。伏《無妄》。艮為窗牖戶房,震為通利,艮為明光。乾為聖、為仁,艮為家,坤為海。
《大畜》之《升》。林辞に言う:窓子門戸房舎は処処に開通し、光線は明亮である。賢能智士は聖明の君を輔佐し、仁政は大行することを得た。家家は豊足し人人は飽暖して、四海の内は殷実昌盛である。尚秉和は解説す:《升》の伏象は《无妄》で、下に取る所の象はみなここより出る。艮は窓牖門戸房舎を主り、震は通達順利を主り、艮はまた光明を主る。乾は聖・仁を主り、艮は家、坤は海を主る。
困。雨雪三日,鳥獸飢乏。旅人失宜,利不可得。幾言解患,以療紛難,危者復安。坎為雨雪,離卦數三,故曰三日。伏艮為鳥獸,離虛故飢。巽為旅人、為利,伏震為言、為解,坎為患、為危,艮為安。多用伏象。○日,汲古作月,幾作機,紛作篤,者作身,均依宋元本。
《大畜》之《困》。林辞に言う:雨雪は連なりて三日下り、鳥獣はみな餓えて乏力す。門を出でて外に在る旅人は時宜を失い、求めんとする利益もまた得られない。数句の中肯の話は便ち禍患を化解し紛乱危難を医治し、もと処境の危険なりし人は重新として安寧を得た。尚秉和は解説す:坎は雨雪を主り、離は《易林》の裡に於いて卦数は三なので「三日」と言う。伏象の艮は鳥獣を主り、離の中は空虚なので飢餓と言う。巽は旅人・財利を主る。伏象の震は言語・解开を主り、坎は禍患・危険を主り、艮は安を主る。この一条は多く伏象を用いる。校記:「日」の字は汲古閣本が「月」とし、「几」は「機」と作し、「紛」は「篤」と作し、「者」は「身」と作す。いずれも宋・元本に依る。
井。白鵠銜珠,夜食為明。膏潤優沃,國歲年豐。中子來同,見惡不凶。伏震為白鵠、為珠,兌為銜,故曰白鵠銜珠。坎為夜,離為明,坎為膏潤,艮為國,震為年歲。坎為中男,故曰仲子。○歲,疑富之訛。
《大畜》之《井》。林辞に言う:白天鵝は口に明珠を銜え、夜裡に珠光に就いて照明して食を取る。恩沢は油脂の如く滋潤丰厚で、国中の年成は豊収である。排行に中に居る兒子は来て会合し、縦え悪人に碰上るも凶に致らない。尚秉和は解説す:伏象の震は白鵠・珠を主り、兌は口銜を主るので「白鵠銜珠」と言う。坎は夜、離は光明を主り、坎はまた膏潤を主り、艮は国、震は年歳を主る。坎は中男なので「仲子」と言う、即ち林辞の「中子」である。校記:「歳」の字は「富」の字の訛と疑う。
革。從豕牽羊,與虎相逢,雖驚不凶。兌為羊,巽為豕,互乾為虎,言有羊豕,虎即不咥人。
《大畜》之《革》。林辞に言う:猪を赶き羊を牽いて路を行くに、半途で老虎と相遇うも、驚嚇を受けたれど凶に致らない。尚秉和は解説す:兌は羊、巽は猪を主り、卦中に「互体」(二至四爻・三至五爻を取って別に一卦を成す)より乾を出し、乾は虎を主る。これは身辺にすでに羊あり猪ありて以て虎の食に供すれば、老虎は便ち人を咬まざるを言う。
鼎。鳧雁啞啞,以水為宅。雌雄相合,心志娛樂,得其所欲。詳《大有》之《歸妹》。○宋元本下多"絕其患惡"四字,依汲古。
《大畜》之《鼎》。林辞に言う:野鴨大雁は嘎嘎として叫び、水面を以て自己の居所と為す。雌雄は両両として相配し、心情は歓暢愉快で、各々願う所を遂ぐ。尚秉和は解説す:この一条の取象はすでに《大有》之《帰妹》の一条に詳しく見え、参看すべし。校記:宋・元本はこの条の下に「絶其患悪」の四字を多く出すが、ここでは汲古閣本に依り、採録しない。
震。逐狐平原,水遏我前。深不可涉,暮無所得。艮為狐、為震、為逐,坎水艮止,故曰水遏我前。坎為暮、為失,故無得。
《大畜》之《震》。林辞に言う:平原の上に狐狸を追逐するに、前頭はしかし大水に挡がれた。水深くして過ぎることができず、日暮に至るまで一として獲る所なし。尚秉和は解説す:艮は狐・震・追逐を主る。坎は水にして艮は止住を主るので「水遏我前」と言う。坎は日暮・喪失を主るので収穫なしと言う。(注文の「艮為震」の一句は、疑わしくもと「震為逐」と作るべし。)
艮。窟室蓬戶,寒賤所處。千里望煙,散渙四方。形體滅亡,下入深淵,終不見君。艮為窟室、為戶,互震故曰蓬戶。坎為寒、為煙,震為千里,坎為深淵,震為君,坎隱故不見。
《大畜》之《艮》。林辞に言う:土窟を以て屋と為し蓬草を編んで門と為す、これは寒微貧賤の人の住処である。千里の外に望見する一縷の炊烟も、四散して八方に消失す。形体は消亡し、深淵の下に沈み、終に君主を見ることを得ない。尚秉和は解説す:艮は窟室・門戸を主り、卦中に互いに震体を出し、震は草木を主るので「蓬戸」と言う。坎は寒冷・煙気を主り、震は千里を主り、坎は深淵を主り、震は君主を主る。坎は隠伏を主るので終に見ることを得ずと言う。
漸。桀討[當作紂]之主,悖不堪輔。貪榮為人,必定其咎。聚斂積實,野在鄙邑,未得入室。離為惡人,故曰桀紂。伏震為主,坎為悖。艮為榮、為邑、為室,坎為聚斂,巽為人。○斂,宋元本作鈠,依汲古。鄙,汲古作都,得入作來我,茲依宋元本。
《大畜》之《漸》。林辞に言う:夏桀・商紂のような君主は、悖乱して輔佐するに法なく。栄華を貪図して人に依附すれば、必ず罪咎を招来す。一味に財貨を聚斂囤積するも、人はしかし野外の辺鄙小邑に困えり、終始自家の屋門に入ることを得ない。尚秉和は解説す:離は悪人を主るので「桀紂」と言う(原刻は「桀討」と作し、方括弧中の校語は「討」は「紂」と作るべきを指明す)。伏象の震は君主を主り、坎は悖乱を主る。艮は栄華・城邑・屋室を主り、坎は聚斂を主り、巽は人を主る。校記:「斂」の字は宋・元本が「鈠」とし、汲古閣本に依る。「鄙」の字は汲古閣本が「都」とし、「得入」は「来我」と作し、ここでは宋・元本に依る。
歸妹。倉庫盈億,年歲有息。商人流連,雖久有得。陰多陽少,因地就力。伏艮為倉庫,坎眾故盈億。震為年歲、為生、為息、為商人,坎陷故流連。
《大畜》之《帰妹》。林辞に言う:倉庫は堆積して満々當當たり、年成は余裕あり財貨は生息す。行商は外に在って滞留して帰らず、拖くること久しきといえども終に獲る所有り。陰多くして陽少なければ、便ち地利に順い力を量りて為すべし。尚秉和は解説す:伏象の艮は倉庫を主り、坎は衆多を主るので「盈億」と言う。震は年歳・生長・孳息・商人を主る。坎は坑陥を主るので滞留して流连すと言う。
豐。火山不然,釣鯉失綸。魚不可得,利去我北。離火,伏艮故曰火山,兌水在上故曰不然。巽為繫,故為釣、為魚、為綸,兌折故失綸,巽隕落,故魚不得而失利也。○火,汲古作泰,依宋元本。《神異經》:"南荒外有火山"。
《大畜》之《豊》。林辞に言う:火山は焼き起こらず、鯉魚を釣ればまた丝線は断れたり。魚はすでに得られず、財利もまた我が北辺より溜走した。尚秉和は解説す:離は火を主り、その伏象は艮にして艮は山なので「火山」と言う。兌は水にして上に居り、水は火の上に圧するので「不然」と言う、即ち燃え著かざるである。巽は繩索繫聯の象なので、すでに垂钓・魚と為り、また釣丝の「綸」と為る。兌は折断を主るので釣線は断れたと言う。巽の卦象は隕落なので、魚は撈り得ず利もまた失掉した。校記:「火」の字は汲古閣本が「泰」とし、宋・元本に依る。《神異経》は言う:「南荒の外に火山あり。」
旅。童女無媒,不宜動搖。安其室廬,傅母何憂。兌少故曰童女。坎為媒,坎伏故無媒,無媒故不宜動。艮為安、為室,巽為母。○宜,汲古作利,依宋元本。室,宋元本作居,依汲古。
《大畜》之《旅》。林辞に言う:未嫁の少女に媒人の説合なく、軽挙妄動するに宜しからず。安穩として自家の房舎の裡に守り、彼女を教養する傅母にまたなんの憂うべきかあらん。尚秉和は解説す:兌は少女を主るので「童女」と言う。坎は媒妁を主り、ここでは坎は伏して現われないので媒人なしと言う。媒人なければ、すなわち動作有るに宜しからざる所以である。艮は安・屋室を主り、巽は母を主る。校記:「宜」の字は汲古閣本が「利」とし、宋・元本に依る。「室」の字は宋・元本が「居」とし、汲古閣本に依る。
巽。載風雲母,遊觀東海。鼓翼千里,見吾愛子。巽為風、為母,此句疑有訛字,或為載風乘雲也。兌為海,伏震故曰遊觀東海,離為觀也。震為翼、為鼓、為千里,兌悅、震子,故曰愛子。
《大畜》之《巽》。林辞に言う:風を駕し雲に乘り、遨游して東海を観賞す。双翼を鼓動して千里を飛び出し、我が心愛の兒子を見に往かん。尚秉和は解説す:巽は風・母を主る。「載風雲母」のこの一句は疑わしく訛字あり、或いはもと「載風乘雲」と作したるべし。兌は海を主り、その伏象は震にして震は東方と行游とを主るので「游観東海」と言い、而も離はまさに観看の象である。震は羽翼・鼓動・千里を主る。兌は喜悦・震は兒子を主るので「愛子」と言う。
兌。鶴盜我襦,逃于山隅。不見武跡,使伯心憂。伏《艮》。互震為鶴、為衣,坎為盜,艮為山,故逃于山隅。震為武跡。《詩大雅》:"履帝武敏歆",《傳》:"武,跡也"。震為伯,坎為心、為憂,坎為隱伏,故不見武跡。○武,汲古作其,依宋元本。
《大畜》之《兌》。林辞に言う:鶴は我が短襖を銜え去り、逃げて山脚の角落裡に到った。それの留めた脚印を找え出すことができず、兄長たる者をして満心に愁えしむ。尚秉和は解説す:《兌》の伏象は《艮》である。卦中に互いに震体を出し、震は鶴・衣服を主り、坎は盗窃を主り、艮は山を主るので山隅に逃げたと言う。震は足迹を主る:《詩経・大雅・生民》は「履帝武敏歆」と言い、《毛伝》は解釈して「武、跡也」とす。震はまた長兄の「伯」を主り、坎は心・憂を主る。坎は隠伏を主るので足迹を見えずと言う。校記:「武」の字は汲古閣本が「其」とし、宋・元本に依る。
渙。夜視無明,不利遠鄉。閉門塞牖,福為我母。坎為夜故不明。艮為視、為鄉、為門戶,坎為閉塞,震為福,巽為母,言夜黯不明,不宜遠行,杜門不出或致福也。○無,汲古作失,依宋元本。
《大畜》之《渙》。林辞に言う:夜裡に物を看れば亮光なく、他郷に遠行するに宜しからず。門を関じ窓を堵住せば、福気は自ずから母親の如く我を護佑せん。尚秉和は解説す:坎は夜を主るので不明と言う。艮は視看・郷里・門戸を主り、坎は閉塞を主り、震は福、巽は母を主る。これは夜色は昏黑にして路を看清からず、遠行に宜しからず、門を閉じて出でざればかえって福気を招来し得るを言う。校記:「无」の字は汲古閣本が「失」とし、宋・元本に依る。
節。三狗逐兔,於東北路。利以進取,商人有得。艮為狗,數三,故曰三狗。震為兔、為逐,艮居東北為路,故曰於東北路。震為進、為商人。○於,宋元本作子,依汲古。北,汲古作門,依宋元本。
《大畜》之《節》。林辞に言う:三条の猟狗は野兎を追赶し、一直に東北方向の路上に追到る。進取するに宜しく、行商の人は必ず獲る所有らん。尚秉和は解説す:艮は狗を主り、艮の卦数は三なので「三狗」と言う。震は兎・追逐を主る。艮は後天八卦の方位中に於いて東北に居り、また取象して道路と為すので「于東北路」と言う。震は進取・商人を主る。校記:「于」の字は宋・元本が「子」とし、汲古閣本に依る。「北」の字は汲古閣本が「門」とし、宋・元本に依る。
中孚。武王不豫,周公禱謝。載璧秉圭,安寧如故。《書金縢》:武王不豫,周公冊祝,植璧秉圭,請以身代,翊日王瘳。震為武、為王、為周、為公、為言,故曰禱。為玉故為圭璧。艮為秉。○載,今書作植,《史記》作戴,未知孰是。
《大畜》之《中孚》。林辞に言う:周武王は病に臥して起きず、周公は先王に向かって祈祷して罪を謝す。玉璧を安放し玉圭を手執し、武王は果たして平安にして初の如し。尚秉和は解説す:《尚書・金縢》は記載す:武王に病あり、周公は册文を書して祝告し、玉璧を安放し玉圭を手執し、自己の身子を以て武王に代わって死せんことを請うた。翌日武王の病は便ち愈えた。震は武・王・周・公・言語を主るので「祷」と言う。震はまた玉を主るので、取象して圭と為り璧と為り得る。艮は手持を主るので「秉」と言う。校記:「載」の字は今本《尚書》が「植」と作し、《史記》は「戴」と作す、いずれが是なるかを知らない。
小過。同載共車,中道別去。爵級不進,君子下輿。震為車、為載,艮為道、為反震,故曰別去,言背震別行也。震為樽爵,艮為君子,艮止故不進。古君子方得乘輿,下輿言不仕也。○下輿,宋元本作不,依汲古。
《大畜》之《小過》。林辞に言う:もと同一の車に乘るも、半路に走到れば便ち分道揚鑣す。爵位品級は升り上がらず、君子はやむなく車を下りて歩行す。尚秉和は解説す:震は車・装載を主り、艮は道路を主るが、艮はまさに震の倒転せしめた覆象なので「別去」と言う、即ち震の方向に背いて各々路を走る。震は酒器の「爵」、艮は君子を主り、艮の卦徳は止なので升り上がらずと言う。古はただ君子(位ある人)のみが車に乘ることを得、「下輿」とは官を去り仕えざるを言う。校記:「下輿」の二字は宋・元本が「不」とし、汲古閣本に依る。
既濟。六雁俱飛,遊戲稻池。大飲多食,食飽無患。坎數六,震為雁、為飛,卦有三半震故曰俱飛。震為遊、為稻,坎為池,兌為飲食。
《大畜》之《既済》。林辞に言う:六羽の大雁は一斉に起飛し、稻田水塘の間に游戏す。痛快に喝し尽情に食して、飽食喝足して禍患なし。尚秉和は解説す:坎の卦数は六、震は雁・飛を主る。卦中に三処の「半象」(一整卦に足らず、ただ相隣る二爻を取って一卦の半を構成する)あり、すなわち「俱飛」と言う所以である。震は游・稻を主り、坎は池塘、兌は飲食を主る。
未濟。符左契右,相與合齒。乾坤利貞,出生六子。長大成就,風言如母。卦一陰一陽相間皆相交,故曰符契、曰合齒。震左兌右,兌齒,坎為合也,卦氣至亥陰凝於陽,故曰利貞。《未濟》亥月之卦也,至子則震出矣,故出生六子。○依《兌》之《大過》校刪末句"不利為咎"四字。合齒,宋元本作虐亂。出生,元本作倖生,汲古作季生。風言,宋元本作颯然,皆非。
《大畜》之《未済》。林辞に言う:符節の左半と契券の右半とを合わせれば、歯口は一一対い合う。乾坤の両卦は正固を守持するに利あり、因って震・坎・艮・巽・離・兌の六個の子女の卦を生出す。六子は長大して材を成し、風声は伝揚して母教の如し。尚秉和は解説す:《未済》は一陰一陽が交錯相間し、爻爻は相応じ相交わるので、符契の相合・歯口の相合と言う。震は左・兌は右に在り、兌は歯、坎は合を主る。卦気は亥月に行き至り、陰気は凝聚して陽を包むので「利貞」と言う――《未済》はまさに亥月の卦である。再び子月に到れば、震陽は便ち冒出し来るので「出生六子」と言う。校記:《兌》之《大過》の一条に依って校し、末句の「不利為咎」の四字を刪去す。「合歯」は宋・元本が「虐乱」とし、「出生」は元刻本が「幸生」とし汲古閣本は「季生」とし、「風言」は宋・元本が「颯然」とし、いずれも正しくない。
頤 第二十七
頤。家給人足,頌聲並作。四夷賓服,干戈卷閣。艮為家,震為人,坤多故給足。震為聲。坤陰,故為夷狄,震卦數四,故曰四夷。震為賓,艮為干戈,艮止故卷閣。
《頤》之《頤》、は本卦自身の一条である。林辞:家家は豊足し人人は温飽し、歌い頌ぐる声は一斉に興起す。四方の夷狄はみな来りて帰服し、干戈兵器は巻き取り置いて用いられず。尚秉和は言う:艮は家、震は人、坤は衆多を主るので給足すと言う。震は声音を主る。坤は陰に属するので取象して夷狄と為す。震の卦数は四なので「四夷」と言う。震は賓服を主り、艮は干戈兵器を主り、艮の卦徳は止なので巻き蔵して置くと言う。
乾。思初道古,哀吟無輔。陽明不制,上失其所。乾為初、為古,《頤》互坤為思、為哀,震為道、為吟,一陽在上故曰失所。陽明不制者,言陽不能制陰也。全用遇卦象。○道,元本作悼,依宋本、汲古。
《頤》之《乾》。林辞:太初を思念し远古を称え道ぶも、哀声は吟じ嘆きて扶助する人なし。陽剛光明の徳は陰柔を制し切れず、上位に居る者はここに於いて自らの位を失った。尚秉和は言う:乾は初・古を主る。遇卦《頤》中に互いに坤体を出し、坤は思慮・悲哀を主り、震は称道・吟嘆を主る。《頤》はただ上九の一陽が孤れ懸って上に在るので「失其所」と言う。いわゆる「陽明不制」とは、陽が陰を制し得ないを言う。この一条は全て遇卦《頤》の象を用いる。校記:「道」の字は元刻本が「悼」とし、宋本と汲古閣本に依る。
坤。江河淮海,天之奧府。眾利所聚,可以饒有,樂我君子。詳《乾》之《觀》。
《頤》之《坤》。林辞:長江・黄河・淮水・大海は、天が深く蔵める財貨の府庫である。衆多の利源はみなここに汇聚し、以て富強充満することを得、我が君子を歓楽せしむべし。尚秉和は言う:この一条の取象はすでに《乾》之《観》の一条に詳しく見え、参看すべし。
屯。三雁俱行,避暑就涼。適與矰遇,為繳所傷。震為雁,數三,故曰三雁。坎為寒,離伏,故曰避暑就涼。伏巽為矰繳,兌為傷。○矰,元本作繒,依宋本、汲古。行,汲古作飛,依宋元本。
《頤》之《屯》。林辞:三羽の大雁は伴を結んで同行し、暑熱を避けて涼地に飛ぶ。偏に鳥を射る短箭に碰上り、箭に繫ぐる絲繩に纏われて傷を受けた。尚秉和は言う:震は雁で、震の卦数は三なので「三雁」と言う。坎は寒凉を主り、暑熱を主る離は伏して現われないので暑を避け涼に就くと言う。伏象の巽は「矰繳」、即ち鳥を射る用の短箭と箭に拴ぐる生絲の繩である。兌は毀傷を主る。校記:「矰」の字は元刻本が「繒」とし、宋本と汲古閣本に依る。「行」の字は汲古閣本が「飛」とし、宋・元本に依る。
蒙。秋南春北,隨時休息。處和履中,安無憂凶。伏兌為秋,艮納丙,故曰秋南。震為春,坤為北,故曰春北。艮為鴻雁,雁隨陽轉故曰隨時。艮為時、為休息。坎為中和,震為履,艮為安。
《頤》之《蒙》。林辞:秋は南に往き春は北に往き、節令の推移に随って作息す。身を処ること和順にして行止は中を得、安然として憂患凶険なし。尚秉和は言う:伏象の兌は秋を主る。艮は「納甲」(八卦に天干を分配する法則)中に於いて丙に納り、丙は南方に属するので「秋南」と言う。震は春、坤は北を主るので「春北」と言う。艮は鴻雁を主り、雁は陽気の往来に随って遷徙するので「随時」と言う。艮はまた時令・休息を主る。坎は中和、震は履行、艮は安を主る。
需。履危無患,跳脫獨全。不利出門,傷我左膝。疾病不食,鬼哭其室。坎為危、為患,跳脫在外故無患。乾為門戶,出門遇險故不利。兌為傷膝象,疑為坎股之屈信全在膝,而坎為矯輮,又為美脊,以義、以形皆有膝象。互離為東,故曰傷我左膝。坎為病,兌為食,坎憂,故云不食。坎為鬼、為室,兌為口,故曰鬼哭其室也。○跳,汲古作逃,依宋元本。膝,宋元本作踝,今依汲古。
《頤》之《需》。林辞:足は危地を踏むも禍患なく、一躍して跳脱し、独り保全を得たり。門を出ずるに宜しからず、出づれば即ち我が左膝を傷つく。病中は飯を食うことを得ず、鬼は彼が屋室の裡に哭す。尚秉和は言う:坎は危・患を主り、人はすでに跳脱して卦の外に在るので禍患なしと言う。乾は門戸を主り、門を出づれば即ち険に遇うので不利と言う。兌に膝を傷つくの象あり:大抵坎は股を主り、股の屈伸は全て膝に頼るが故である。坎はまた「矯輮」(木材を屈曲させ伸ばさせる)・美脊を主り、義理に由るも形狀に由るも、いずれも膝象を含む。卦中に互いに離体を出し、先天八卦は離は東方に居り、人は南に面して立てば東は左手に在るので「傷我左膝」と言う。坎は疾病、兌は飲食を主り、坎は憂愁を主るので食うことを得ずと言う。坎は鬼・屋室を主り、兌は口を主るので「鬼哭其室」と言う。校記:「跳」の字は汲古閣本が「逃」とし、宋・元本に依る。「膝」の字は宋・元本が「踝」とし、ここでは汲古閣本に依る。
訟。東家兇婦,怨其公姥。毀柈破盆,棄其飯飡,使吾困貧。巽為婦,坎凶,伏震為東、為公,巽為姥。姥,母也。伏震為柈、為盆,坎為破,巽為飯飡,風散故曰棄。伏坤為吾、為貧。○怨,元本作怒,姥作姑,依宋本、汲古。柈,汲古作盤,依宋元本。
《頤》之《訟》。林辞:東辺の人家に一個の凶悍なる嫁あり、姑舅を怨恨す。盤を摔げ盆を砸き、做り成せる飯食を皆倒し棄てて、我が家をして困窮貧乏ならしめたり。尚秉和は言う:巽は婦人、坎は凶を主る。伏象の震は東・公公を主り、巽は「姥」を主る――姥とは即ち姑である。伏象の震は盤・盆を主り、坎は破碎を主り、巽は飯食を主る。巽は風で、風は吹き散らす能あるので「棄」と言う。伏象の坤は我・貧窮を主る。校記:「怨」の字は元刻本が「怒」とし、「姥」は「姑」と作し、宋本と汲古閣本に依る。「柈」の字は汲古閣本が「盤」とし、宋・元本に依る。
師。泥滓汙辱,棄捐溝瀆。眾所笑哭,終不顯錄。坤土坎水故曰泥、曰汙,坎為溝瀆、為眾,震為笑哭,坤賤坎隱,故曰終不顯錄。○汙,宋元本作洿,依汲古。
《頤》之《師》。林辞:泥漿渣滓の如く人の汚辱を受け、溝渠水溝の裡に拋棄さる。衆人は彼に対してまた笑いまた哭くも、終に顕揚録用を得ない。尚秉和は言う:坤は土・坎は水を主り、土水は相和するので「泥」と言い「汙」と言う。坎は溝渠水瀆・衆人を主り、震は笑哭を主る。坤は卑賤を主り、坎は隠伏を主るので終に顕達録用を得ずと言う。校記:「汙」の字は宋・元本が「洿」とし、汲古閣本に依る。
比。旦往暮還,各與相存,身無凶患。《頤》震為旦、為往,坤為暮,艮者,震之反,故曰暮還。坤為身,坎為患。○凶患,汲古作患凶,依宋元本。
《頤》之《比》。林辞:朝に門を出て暮に帰り、彼此ともに依然として平安に在世し、身に凶険禍患なし。尚秉和は言う:遇卦《頤》の下体の震は早晨・前往を主り、坤は日暮を主る。艮はまさに震を倒転せしめたる覆象なので「暮還」と言う。坤は身、坎は禍患を主る。校記:「凶患」の二字は汲古閣本が「患凶」とし、宋・元本に依る。
小畜。六翮長翼,夜過射國。高飛冥冥,羿氏無得。伏《豫》。震為翮、為翼,坎數六,故曰六翮長翼。坤為夜、為國,震為射,故曰射國。震為飛,坤惡,故曰羿,坤虛故無得。
《頤》之《小畜》。林辞:六根の強健なる羽茎・長長たる翅膀で、夜に乘じて善く射る国を飛び越ゆ。高々と渺茫たる雲天に飛び入り、神射手の后羿すら一として獲る所なし。尚秉和は言う:《小畜》の伏象は《豫》である。震は羽茎の「翮」・翅膀を主り、坎の卦数は六なので「六翮長翼」と言う。坤は夜・国を主り、震は射を主るので「射国」と言う。震は飛を主る。坤は悪を主るので取象して悪終を以てせし善射者の后羿と為す。坤の中は空虚なので射るに中らずと言う。
履。蜂蠆之門,難以止息。嘉媚之士,為王所食。從去其室。巽為蟲,伏坎為毒,故曰蜂蠆。乾為門,風散故難以止息。兌為媚、為食,乾為王,伏坎為室,言王食養嘉士,士皆歸王室也。伏震為士。○門,汲古作國,今依宋元本。
《頤》之《履》。林辞:蜂子蝎子の出没する門口は、留まり歇脚し難し。美好可愛の賢士は、君王の供養を得て、ここに於いて紛紛として自らの家を離れて王室に帰附す。尚秉和は言う:巽は虫を主り、伏象の坎は毒を主るので「蜂蠆」と言う。乾は門を主る。巽は風で、風は吹き散らす能あるので止息し難しと言う。兌は嫵媚・飲食を主り、乾は王を主り、伏象の坎は屋室を主る。これは君王が飲食を以て嘉士を供養し、士人はみな王室に帰向するを言う。伏象の震は士を主る。校記:「門」の字は汲古閣本が「国」とし、ここでは宋・元本に依る。
泰。被狐乘龍,為王道東。過時不返,使我憂聾。伏艮為狐,震為龍,言被狐裘乘龍馬也。震為道、為東,乾為王,震往故不返。坤為憂,坤迷故聾。○被,宋元本作放,依汲古。
《頤》之《泰》。林辞:狐皮の裘を披き龍馬を駕し、君王のために道を開いて東行す。約定の時日を過ぐるも依然として返らず、我をしてまた憂愁せしめまた昏聵せしむ。尚秉和は言う:伏象の艮は狐、震は龍を主り、これは身に狐裘を披き龍馬に駕乘するを言う。震は道路・東方を主り、乾は王を主る。震は前往を主るので返らずと言う。坤は憂を主り、坤の卦徳は昏迷なので耳聾して聡ならずと言う。校記:「被」の字は宋・元本が「放」とし、汲古閣本に依る。
否。雹梅零墜,心思憒憒,亂我魂氣。乾艮皆為果,而乾為冰,故曰雹梅。《方言》:"大袴謂之倒頓",郭注:即今之雹袴。雹袴、雹梅皆象形語,巽隕故曰墜。坤為心,坤迷故曰憒憒。○汲古多"懷憂少愧"四字,在第三句,依宋元本。按:乾為魂,坤為亂,故曰亂我魂氣。
《頤》之《否》。林辞:氷雹の如き梅子は紛紛として墜落し、心裡は煩乱して糊涂し、我が魂魄の気を撹乱した。尚秉和は言う:乾と艮とはともに果実を取象し、而して乾はまた氷を主るので「雹梅」と言う。《方言》は言う:「大袴を之を倒頓と謂う。」郭璞の注:即ち今の言う所の「雹袴」である。「雹袴」「雹梅」はみな形状に就いて名づけたる説法である。巽の卦象は隕落なので「墜」と言う。坤は心を主り、坤の卦徳は昏迷なので「憒憒」と言う。校記:汲古閣本は第三句の処に「懐憂少愧」の四字を多く出すが、ここでは宋・元本に依る。尚氏の按語:乾は魂、坤は乱を主るので「乱我魂気」と言う。
同人。長女三嫁,進退無羞。牝狐作妖,夜行離憂。巽為長女,伏震為嫁,數三,故曰三嫁。巽為進退,坤為羞,坤伏故無羞。伏坎為狐、為妖、為夜、為憂,巽為牝。○無羞,各本皆作多態,依《觀》之《蠱》校。
《頤》之《同人》。林辞:長女は三度改嫁し、進むも退くも羞恥を覚えず。母狐狸は妖を興し怪を為して、夜に出行し反って憂患に遭う。尚秉和は言う:巽は長女、伏象の震は出嫁を主り、震の卦数は三なので「三嫁」と言う。巽は進退不定、坤は羞恥を主り、坤はここに於いて伏象なので「無羞」と言う。伏象の坎は狐・妖・夜・憂を主り、巽は雌性を主る。校記:「無羞」の二字は各本とも「多態」と作すが、ここでは《観》之《蠱》の一条に依って校改す。
大有。轟轟,馳東逐西。盛盈必毀,高位崩顛。此用遇卦象。震為車、為聲,故曰轟。震為東、為馳逐,兌為西。乾為盛盈,兌為毀,故曰盛盈必毀。艮為高位,艮覆為震,故曰崩顛。○第二句宋元本作驅車東西,茲依汲古。
《頤》之《大有》。林辞:車声は轟轟隆隆として、東に奔馳し西に追赶す。盛極め満溢すれば必ず毀損を招来し、身は高位に居るも終に崩塌傾覆す。尚秉和は言う:この一条は遇卦《頤》の象を用いる。震は車・声响を主るので「轟」と言う。震は東・馳逐を主り、兌は西を主る。乾は盛満、兌は毀折を主るので「盛盈必毀」と言う。艮は高位を主り、艮は倒転すれば便ち震と為り、震は動・傾を主るので「崩顛」と言う。校記:第二句は宋・元本が「駆車東西」とし、ここでは汲古閣本に依る。
謙。乘船涉濟,載水逢火。賴得無患,蒙我生全。震為船,坎為水、為濟,艮為火,故曰載水逢火。坎為患,震為樂,故曰無患。○生全,汲古作全生,依宋元本。
《頤》之《謙》。林辞:船に乘りて河を渡るに、水を満載して偏に火に遇上る。幸いに禍患を釀成せず、庇護の下に託して性命を保全することを得たり。尚秉和は言う:震は船、坎は水・渡済を主り、艮は火を主るので「載水逢火」と言う。坎は禍患、震は歓楽を主るので禍患なしと言う。校記:「生全」の二字は汲古閣本が「全生」とし、宋・元本に依る。
豫。至德之君,政仁且溫。伊呂股肱,國富民安。震為君、為仁,坤為政,艮為火,故曰政仁且溫。伏巽為股肱,伊吾,語聲。呂,從口,皆震象也。又艮為臣,亦或為艮象,坤為國、為民。○至德,汲古作德至,依宋元本。
《頤》之《豫》。林辞:徳行の極めて高き君主は、施政は仁愛にして且つ温厚である。伊尹・吕尚の如き股肱の臣ありて、国家は富足し百姓は安寧す。尚秉和は言う:震は君・仁を主り、坤は政事を主り、艮は火を主るので政令は仁愛にして温和と言う。伏象の巽は股肱を主る。「伊吾」は感嘆の声で、「吕」の字は二個の口に従う。いずれも震象に属す(震は声・言を主る)。この外艮は臣を主るので、或いは艮象を取り得る。坤は国・民を主る。校記:「至徳」の二字は汲古閣本が「徳至」とし、宋・元本に依る。
隨。生不逢時,困且多憂。無有冬夏,心常悲愁。震為生,艮為時,兌嚮晦,故生不逢時。艮為困,巽為憂,正反巽,故多憂。震春兌秋,故曰無有冬夏,言無時不悲愁也。
《頤》之《随》。林辞:生まれ来って便ち好時に逢わず、処境は困頓にして憂愁は重畳す。冬夏を分たず、心裡は年がら年中悲苦である。尚秉和は言う:震は生、艮は時を主る。兌は向晚昏暗を主るので生は時に逢わずと言う。艮は困、巽は憂を主り、卦中に正巽と覆巽との両象を兼ね有するので「多憂」と言う。震は春・兌は秋を主り、卦中にはただ春秋ありて冬夏なきので「无有冬夏」と言う、意は時々刻々悲愁せざるなきである。
蠱。南歴玉山,東入生門。登福上堂,飲萬歲漿。震為南、為玉,艮山,故曰南歴王山。艮門,震東,巽入,故東入生門。震為登、為福,艮為堂,故曰登福上堂。兌口為飲,兌澤故曰漿,震為萬歲。
《頤》之《蠱》。林辞:南に玉山を越え、東に生門に入る。福気を帯びて厅堂に登り、延寿万年の美浆を暢飲す。尚秉和は言う:震は南・玉を主り、艮は山を主るので「南歴玉山」と言う(注文は「王山」と写すが、まさに「玉」の字の誤なるべし)。艮は門、震は東、巽は進入を主るので「東入生門」と言う。震は登・福を主り、艮は堂を主るので「登福上堂」と言う。兌は口を主るので飲と為り、兌は沢を主るので「漿」と言い、震は万歳を主る。
臨。大斧斫木,讒人敗國。東關二五,禍及三子。晉人亂危,懷公出走。兌為斧,震為木,兌震為口、為言,故曰讒人。坤為國、為關,兌數十,故曰二五。《左傳僖二十八年》:"姬賂外嬖梁五與東關嬖五"是也。震數三,故曰三子,申生、夷吾、重耳也。震為晉、為人、為公,坤為禍亂、為心,故曰懷公。○斫,宋元本作破,依汲古。
《頤》之《臨》。林辞:大斧は樹木を砍伐し、讒を進むる人は国家を敗壞す。梁五と東関嬖五との両個の寵臣は中より搬弄し、禍事は晋献公の三個の兒子に牽連した。晋国はこれに因って動乱して危殆となり、懐公は出逃して外に在り。尚秉和は言う:兌は斧、震は木を主る。兌と震とはともに口・言語を主るので「讒人」と言う。坤は国・関口を主る。兌の卦数は十で、二五は相乗して正に十を得るので「二五」と言う。《左伝》僖公二十八年(按ずるにこの事は今本では実に荘公二十八年に在り)は載す:「驪姫は外嬖の梁五と東関嬖五とに賄賂す。」言う所はまさにこの両人である。震の卦数は三なので「三子」と言う、申生・夷吾・重耳を指す。震は晋・人・公を主り、坤は禍乱・心を主るので「懐公」と言う。校記:「斫」の字は宋・元本が「破」とし、汲古閣本に依る。
觀。一室百孫,公悅嫗歡。相與笑言,家樂以安。艮為室、為孫,坤為百,故曰一室百孫。巽為嫗,伏震為公、為歡笑,艮為家。
《頤》之《観》。林辞:一家の屋裡に子孫は上百、老翁は欣喜し老婦は歓楽す。大家は説あり笑あり、一家人は和楽平安である。尚秉和は言う:艮は屋室・子孫を主り、坤は百を主るので「一室百孫」と言う。巽は老婦、伏象の震は老翁・歓笑を主り、艮は家を主る。
噬嗑。隨陽轉行,不失其常。君安於鄉,國無咎殃。離為日,震為隨、為行、為轉運,而離上震下,故曰隨陽轉行。震為君,艮為鄉、為國,艮止,故君安而國無殃咎也。
《頤》之《噬嗑》。林辞:太陽の運行に随いて転移し、常度を失掉しない。君主は郷土に安居し、国中に災禍殃咎なし。尚秉和は言う:離は太陽、震は跟随・行走・運転を主る。《噬嗑》は離は上に在り震は下に在るので「随陽転行」と言う。震は君、艮は郷里・国を主る。艮の卦徳は止なので、君主は安居して国に殃咎なし。
賁。群虎入邑,求索肉食。大人御守,君不失國。艮為虎、為邑,正覆艮,故曰群虎。艮為求,坎為肉,故求索肉食。震為大人、為君,艮為守、為國,能守故不失也。
《頤》之《賁》。林辞:成群の老虎は城邑に闖入し、四処に肉食を捜索す。大人ありて防禦守衛を主持し、君主は始めて国家を丢掉するに至らざりし。尚秉和は言う:艮は虎・城邑を主り、卦中に正艮と覆艮とを兼ね有するので「群虎」と言う。艮は尋求、坎は肉を主るので肉食を捜求すと言う。震は大人・君を主り、艮は守衛・国を主る。守り得る能あれば、国を失うに至らざる所以である。
剝。弱足刖跟,不利出門。商賈無贏,折崩為患。湯火之憂,轉解喜來。此用《頤》象。震為足、為跟,艮刀,故曰刖,坤柔,故曰弱,故出不利,坤為門也。震為商賈,上震覆故無贏、故崩折。坤為患、為水,艮火故曰湯火。○商,宋元本作市,崩作朋,皆非,依汲古。
《頤》之《剥》。林辞:脚力は衰弱し、脚根はまた斫断されて、門を出ずるに利あらず。行商して売買するも盈利なく、本銭は亏折崩塌して禍患と成った。あの沸湯烈火の如き憂愁は、瞬眼に化解し、喜事は随いて来った。尚秉和は言う:この一条は遇卦《頤》の象を用いる。震は足・脚根を主り、艮は刀を主るので「刖」、即ち足を斷ずるの刑と言う。坤は柔弱を主るので「弱」と言い、これに因って門を出ずるは利あらず、坤はまた門を主る。震は商賈を主る。上体の震は倒覆の象なので盈余なく本銭は崩折すと言う。坤は患・水を主り、艮は火を主り、水火は相合するので「湯火」と言う。校記:「商」の字は宋・元本が「市」とし、「崩」は「朋」と作す、いずれも正しからず、汲古閣本に依る。
復。夏臺羑里,湯文卮處。鬼侯飲食,岐人悅喜。此用遇卦《頤》象,義詳前《無妄》林。《史記》:"西伯、九侯為紂三公,紂烹九侯",徐廣曰,九一作鬼。○首二句依《無妄》校。羑里,各本皆作幽戶,湯文作文君。
《頤》之《復》。林辞:夏台と羑里との両処の牢狱は、商湯と周文王とが一たび囚われし処である。鬼侯は烹煮されて飲食と為れしも、岐山下の周人はしかし文王の獲釈せられしを歓喜した。尚秉和は言う:この一条は遇卦《頤》の象を用い、取象の義はすでに前の《无妄》のあの一林に詳しく見える。《史記》は記載す:西伯(周文王)と九侯とはともに商紂の三公たりしが、紂王は九侯を烹殺した。徐広は言う、「九」は一に「鬼」と作すと。校記:冒頭の両句は《无妄》の一条に依って校改す。「羑里」は各本とも「幽戸」と作し、「湯文」は「文君」と作す。
無妄。棟橈榱壞,廊屋大敗。宮闕空廓,如冬枯樹。震為榱棟,巽隕落故橈壞。艮為廊屋、為宮闕,巽隕故大敗,震虛故空廓。乾為冬,震為樹,巽為枯。○空廓,宋元本作空廊,茲依汲古。
《頤》之《无妄》。林辞:屋梁は弯曲し椽子は朽壊し、廊廡房屋は大片に倒塌す。宮殿門闕は空空蕩蕩として、冬の枯樹の如く光秃である。尚秉和は言う:震は椽・棟を主り、巽の卦象は隕落なので梁は橈げ椽は壞れると言う。艮は廊廡房屋・宮闕を主り、巽は隕落を主るので大敗と言う。震の中は空虚なので空廓と言う。乾は冬、震は樹、巽は枯槁を主る。校記:「空廓」は宋・元本が「空廊」とし、ここでは汲古閣本に依る。
大畜。讒以內安,不利其國。室家大懼,幽囚重閉。疾病多求,罪亂憒憒。三至上正反震,故曰讒。艮為國、為室家,伏坤為懼、為幽閉、為重、為疾病、為罪亂,言內有讒人,群臣被讒,幽囚重閉,不利其國也。坤迷故曰憒憒。○讒,宋元本作說,利作離,大懼作相歡,均依汲古。
《頤》之《大畜》。林辞:讒人は朝内に於いて安身を得、国家に対して不利である。家室の中は人人恐懼し、幽禁囚鎖され重門深く閉ざさる。病中は四処に医を求め、罪案は紛乱し人心は昏聵す。尚秉和は言う:三爻より上爻に至るまで正震と覆震との両象相対を兼ね有するので「讒」と言う。艮は国・室家を主る。伏象の坤は恐懼・幽閉・重畳・疾病・罪乱を主る。これは朝内に讒を進むる人あり、群臣は讒に遭いて囚われ、重門深く鎖され、国家に対して不利なるを言う。坤の卦徳は昏迷なので「憒憒」と言う。校記:「讒」の字は宋・元本が「説」とし、「利」は「離」と作し、「大懼」は「相歓」と作す、いずれも汲古閣本に依る。
大過。六龍俱怒,戰於坂下。蒼黃不勝,旅人艱苦。乾數六,故曰六龍。震為怒,《頤》正反震,故曰戰。艮為坂,坤為下,震為蒼黃、為旅人。皆用伏象。○坂,汲古作陂,蒼作倉,均依宋元本。
《頤》之《大過》。林辞:六条の龍は一斉に発怒し、山坡の下面に於いて交戦す。倉皇失措にして勝を得ること能わず、門を出でて外に在る旅人は艱苦を備嘗す。尚秉和は言う:乾の卦数は六なので「六龍」と言う。震は発怒を主る。《頤》は正震と覆震との両象相向かうを兼ね有するので「戦」と言う。艮は山坡、坤は下を主り、震は「蒼黄」(即ち倉皇)・旅人を主る。これらはみな伏象を取る。校記:「坂」の字は汲古閣本が「陂」とし、「蒼」は「倉」と作す、いずれも宋・元本に依る。
坎。天下雷行,塵起不明。市空無羊,疾人憂凶。三木不辜,脫歸家邦。艮為天,震為雷,艮上震下,故曰天下雷行。艮為塵,坎黑故不明。兌為羊,巽為市,兌巽皆伏,故曰市空無羊。坎為疾、為憂,震為木,數三,故曰三木。三木,拲、桎、梏,亦坎象也。艮為家邦,震為脫,三木不辜,言雖被三木之刑而非其罪也。
《頤》之《坎》。林辞:雷は天下に轟響し、塵土は揚がり天色は昏暗す。集市は空空蕩蕩として、一頭の羊さえもなし。病人は憂懼し凶険である。身は三種の木製刑具を戴くも本より罪過なく、終に解脱を得て家邦に回帰した。尚秉和は言う:艮は天、震は雷を主り、艮は上に在り震は下に在るので「天下雷行」と言う。艮は塵土、坎の色は黒なので明ならずと言う。兌は羊、巽は市集を主り、兌と巽とはともに伏して現われないので市は空にして羊なしと言う。坎は疾病・憂を主り、震は木を主り、震の卦数は三なので「三木」と言う――三木とは拲(手を械す)・桎(足を械す)・梏(頸を械す)の三種の刑具を指し、これもまた坎象に属す。艮は家邦、震は解脱を主る。いわゆる「三木不辜」とは、身は三木の刑を受くるも、しかし彼の罪過にはあらざるを言う。
離。一指食肉,口無所得。染其鼎鼐,舌饞於腹。伏《坎》。艮為指,坎為肉,兌為口,震為鼎,鼎兌為舌,離為腹。《左傳》:"子公染指於鼎,嘗之而出",林似指其事。一當作以。
《頤》之《離》。林辞:ただ一根の指を用いて肉に蘸えて食うも、口裡は終に何をも嘗め得ず。手指を鼎裡に伸ばして湯を蘸わんとし、饞えて肚裡は慌ただし。尚秉和は言う:《離》の伏象は《坎》である。艮は手指、坎は肉、兌は口、震は鼎を主り、鼎上の兌は舌、離は腹を主る。《左伝》宣公四年は載す:公子宋(字は子公)が手指を鼎裡に伸ばして湯を蘸え、一口を嘗めて便ち出て行ったと。林辞は似たもまさにこの事を指す。「一指」の「一」は「以」と作るべし。
咸。喜笑不常,失其福慶。口辟言疥,行者畏忌。兌為喜笑,正反兌故曰不常。乾為福慶,巽隕落故曰失。兌為口,乾為言,闢,邪也,疥,瘡也,言口邪言穢也。伏坤為畏忌,艮為節,故曰疥。○闢,汲古作辨,依宋元本。疥,宋元本作,依汲古。
《頤》之《咸》。林辞:また喜びまた笑うも反復常なく、福気喜慶はこれに因って喪失す。口を出づるは邪僻にして言語は汚穢なれば、門を出でて外に在る人は彼を畏れ忌む。尚秉和は言う:兌は喜笑を主り、卦中に正兌と覆兌とを兼ね有するので「不常」と言う。乾は福慶、巽の卦象は隕落なので「失」と言う。兌は口、乾は言語を主る。「辟」は邪僻の意で、「疥」は瘡で、合わせて口より邪言を出し言語は汚穢なるを言う。伏象の坤は畏忌、艮は節を主るので「疥」と言う。校記:「辟」の字は汲古閣本が「辨」とし、宋・元本に依る。「疥」の字は宋・元本が某字と作し(源本はここに一字を脱して刻まず)、汲古閣本に依る。
恆。毛生豪背,國樂民富。侯王有德。《山海經》:竹山有獸,狀如豚,白毛,名曰豪彘。注:夾髀有麄毫,能以脊上毫射物,故曰毛生豪背。震為毛,伏艮為背、為國,坤為民、為富,乾為侯王。○豪,汲古作毫,依宋元本。
《頤》之《恒》。林辞:豪猪の脊背の上は硬毛長満し、国中は安楽にして百姓は富足し、侯王は徳政を施行す。尚秉和は言う:《山海経》は記載す:竹山に一種の野獣あり、形状は猪に似て白毛を長ず、名を「豪彘」と曰う、即ち豪猪である。郭璞の注は言う:その両腿の間に粗毛あり、脊背上の硬毛を以て人を射る能ありと。かくのごとく「毛生豪背」と言う。震は毛を主り、伏象の艮は背・国を主り、坤は民・富を主り、乾は侯王を主る。校記:「豪」の字は汲古閣本が「毫」とし、宋・元本に依る。
遯。豶豕童牛,害傷不來。三女同堂,生我福仁。巽為豕,艮為牛,艮少,故曰豶豕童牛,象本《大畜》也。互巽為女,艮數三,艮為堂,故曰三女同堂。乾為福仁。伏震為生。○害,宋元本作童,依汲古。女,汲古作光,依宋元本。
《頤》之《遯》。林辞:去勢せる公猪も、未だ角を長ぜざる小牛も、いずれも人を傷つけない。三個の女児は一堂に同居し、我がために福気と仁厚とを生出す。尚秉和は言う:巽は猪、艮は牛を主り、艮はまた年少を主るので「豶豕童牛」と言う。この両個の詞は本より《周易・大畜》の六四「童牛之牿」・六五「豶豕之牙」に出づ。卦中に互いに巽を出し、巽は女を主る。艮の卦数は三、艮はまた堂を主るので「三女同堂」と言う。乾は福・仁を主る。伏象の震は生を主る。校記:「害」の字は宋・元本が「童」とし、汲古閣本に依る。「女」の字は汲古閣本が「光」とし、宋・元本に依る。
大壯。江海淮濟,盈溢為害。邑被其瀨,年困無歲。乾為河、為盈,兌毀故曰害。伏坤為邑,乾為年歲。○濟,宋元本作海,依汲古。
《頤》之《大壮》。林辞:長江・大海・淮水・済水は一斉に漲満して外溢し、釀成して水患と為る。城邑は急流に冲刷され、年成は困窘して顆粒の収穫なし。尚秉和は言う:乾は河・盈満を主り、兌は毀折を主るので害と成ると言う。伏象の坤は城邑、乾は年歳を主る。校記:「済」の字は宋・元本が「海」とし、汲古閣本に依る。
晉。兩虎爭鬬,股創無處。不成仇讎,行解卻去。詳《大畜》之《損》。
《頤》之《晋》。林辞:両匹の老虎は相搏し、大腿の上は処々に傷あり。しかし終に死仇を結ばず、鬬いて鬬いて便ち自ら解开し各々退去した。尚秉和は言う:この一条の取象はすでに《大畜》之《損》の一条に詳しく見え、参看すべし。
明夷。五嶽四瀆,潤洽為德。行不失理,民賴恩福。震為山,坎為五,故曰五嶽。震卦數四,坤坎皆為水,故曰四瀆、曰潤洽。《淮南子》:"河潤百里"。坤為理、為民。○潤,元本作,依宋本、汲古。
《頤》之《明夷》。林辞:五岳と四瀆とは万物を滋潤す、これはすなわちそれらの徳である。行事は常理に違背せず、百姓はみなそれらの恩沢福恵に仰頼す。尚秉和は言う:震は山を主り、坎の卦数は五なので「五岳」と言う。震の卦数は四、坤と坎とはともに水を取象するので「四瀆」と言い「潤洽」と言う。《淮南子》は言う:「河は百里を潤す。」坤は条理・民衆を主る。校記:「潤」の字は元刻本が某字と作し(源本はここに一字を脱して刻まず)、宋本と汲古閣本に依る。
家人。載車乘馬,南逢君子。與我嘉福,雖憂無咎。此用《頤》象。震為車、為馬、為載、為乘、為南,艮為君子,故曰南逢君子。震為嘉福,坤為憂。○福,宋元本作喜,依汲古。
《頤》之《家人》。林辞:車を駕し馬に騎り、南に走りて君子に遇上る。彼は我に美好的福気を賜い、憂慮有るといえども災禍を招来せず。尚秉和は言う:この一条は遇卦《頤》の象を用いる。震は車・馬・載・乘・南方を主り、艮は君子を主るので「南逢君子」と言う。震は嘉福、坤は憂を主る。校記:「福」の字は宋・元本が「喜」とし、汲古閣本に依る。
睽。缺囊破筐,空無黍粱。不媚如公,棄於糞牆。此用《頤》象。坤為囊,震為筐,伏兌毀,故曰缺、曰破。震為稻粱、為黍稷,坤虛故曰空。震為公,兌為媚,兌伏故曰不媚。艮為牆,坤柔,故曰糞牆。○粱,元本作稷,依汲古。
《頤》之《睽》。林辞:口袋は破れ筐子は爛れ、裡面は空空として一粒の黍米高梁もなし。主人の歓心を討ち得ず、糞土の矮墻の如く一旁に抛き置かれたり。尚秉和は言う:この一条は遇卦《頤》の象を用いる。坤は口袋、震は筐を主る。伏象の兌は毀折を主るので「缺」と言い「破」と言う。震は稻梁・黍稷を主り、坤の中は空虚なので「空」と言う。震は公、兌は討好を主り、兌はここに於いて伏象なので「不媚」と言う。艮は墻、坤の性は柔軟なので「糞墻」と言う。校記:「梁」の字は元刻本が「稷」とし、汲古閣本に依る。
蹇。殺行桃園,見虎東還。螳螂之敵,使我無患。此用《頤》象。震為行、為桃,艮為園、為虎,震為東、為反,故曰東還螳螂,疑伏兌象。《左傳宣二年》:"趙穿攻靈公於桃園,●之",《淮南子》:"齊莊公出行,有螳螂奮臂當車,回車避之"。○還,元本作西,使作仁,均依汲古。
《頤》之《蹇》。林辞:桃園の裡に於いて凶を行い人を殺し、老虎を望見すれば便ち頭を掉せて東に帰る。相手は不過一匹の螳螂なり、所以に我に禍患なし。尚秉和は言う:この一条は遇卦《頤》の象を用いる。震は行走・桃を主り、艮は園・虎を主り、震は東方・返回を主るので「東還」と言う。「螳螂」に至っては、伏兌の象を取ると疑う。《左伝》宣公二年は載す:趙穿は桃園に於いて晋霊公を襲殺したり(源本はここに一字残して「●」と作す)。《淮南子》は載す:斉荘公は出行し、一匹の螳螂ありて前臂を挙げて車の前に挡たり、荘公は便ち車頭を掉回して之を避けたりと。校記:「還」の字は元刻本が「西」とし、「使」は「仁」と作す、いずれも汲古閣本に依る。
解。箕仁入室,政衰弊極。抱其彝器,奔於他國,因禍受福。此用《頤》象。震為箕、為仁,艮為室,入室謂箕子囚於圜室也。坤為政、為弊,艮為抱,震為彝器、為奔,坤為國。抱其彝器,《周本紀》:"少師強抱其祭器以犇周",《宋世家》又云:"微子持祭器造于軍門"是也。○箕仁,元本作飢人,依宋本、汲古。黃丕烈從元本,非,因不知入室之義,而據《殷本紀》"西伯伐飢國"為說,然於下文義愈不協。
《頤》之《解》。林辞:箕子の如き仁人は牢室の裡に囚われ、政事は衰敗して極処に至る。宗庙の礼器を抱きて別国に投奔する人あり、禍に因って反って福を得たり。尚秉和は言う:この一条は遇卦《頤》の象を用いる。震は箕・仁を主り、艮は室を主る。「入室」とは箕子が圜土牢室の中に囚禁せられしを言う。坤は政事・衰弊を主り、艮は懐抱を主り、震は彝器・奔走を主り、坤は国を主る。「抱其彝器」に至っては、《史記・周本紀》は言う:「少師彊はその祭器を抱きて以て周に奔る。」《宋微子世家》はまた言う:「微子は祭器を持して軍門に造る。」講ずる所はまさにこの事である。校記:「箕仁」の二字は元刻本が「飢人」とし、ここでは宋本と汲古閣本に依る。黄丕烈は元刻本に依り従うも、これは誤りである。彼は「入室」の含義を懂せず、便ち《史記・殷本紀》の「西伯伐飢国」に拠って説を立つ、しかしこのようでは下文の文義と一層合わない。
損。庭燎夜明,追古傷今。陽弱不制,陰雄坐戾。詳《剝》之《大有》。
《頤》之《損》。林辞:庭中の火炬は長夜を照亮し、古事を追懐して今に傷感す。陽気は衰弱して陰を壓し切れず、陰気は強を逞しゅうし、ここに於いて坐に乖戾を致す。尚秉和は言う:この一条の取象はすでに《剥》之《大有》の一条に詳しく見え、参看すべし。
益。懸貆素飱,食非其任。失輿剝廬,休坐徙居。詳《乾》之《震》。○貆,宋元本作狟,徙作從,茲依汲古。
《頤》之《益》。林辞:庭中には他人の猟り来たれる貉子を懸け、自己は白く現成の飯を食らい、享受する所は分内応得のものにはあらざりし。結果車子は失い、房舎もまた拆毀され、やむなく停めて別に他処に遷った。尚秉和は言う:この一条の取象はすでに《乾》之《震》の一条に詳しく見える。「懸貆素飱」は《詩経・魏風・伐檀》の「胡瞻爾庭有縣貆兮、彼君子兮、不素餐兮」の意を用い、「失輿剥廬」は《周易・剥卦》上九の「君子得輿、小人剥廬」の語を用いる。校記:「貆」の字は宋・元本が「狟」とし、「徙」は「従」と作し、ここでは汲古閣本に依る。
夬。嘉門福喜,繒帛盛熾。日就為得,財寶敵國。乾為門、為福,兌悅故喜。伏坤為繒帛,乾為盛、為日、為財寶,伏坤為多,故曰敵國,言富可敵國。○喜,宋元本作善,依汲古。
《頤》之《夬》。林辞:吉慶の門は福喜盈満し、綢緞絲帛は堆積して興旺す。一日日に進益有り、財宝の多きは以て一国と相抗するに足る。尚秉和は言う:乾は門・福を主り、兌は喜悦を主るので喜と言う。伏象の坤は繒帛を主り、乾は興盛・日・財宝を主る。伏象の坤はまた衆多を主るので「敵国」と言う、意は富は国に敵すべしである。校記:「喜」の字は宋・元本が「善」とし、汲古閣本に依る。
姤。執綏登車,驂乘東遊。說齊解燕,霸國以安。《史記蘇秦傳》:"臣居燕不能使燕重,而在齊則燕重",林用其事。巽為綏,伏震為車、為東、為燕、為解,巽為齊,伏坤為國,乾健故目[當作曰]霸國。
《頤》之《姤》。林辞:手に綏繩を挽きて車子に登り、陪乘してともに東行す。斉国を游説し、燕国のために危難を解开し、称覇する邦国はこれに因って安定した。尚秉和は言う:《史記・蘇秦列伝》は蘇秦の語を記す:「臣は燕に居りて燕を重からしむる能わず、斉に在れば則ち燕は重し。」林辞の用いる所はまさにこの事である。巽は綏を主り、伏象の震は車・東・燕・解を主る。巽は斉を主り、伏象の坤は国を主る。乾の卦徳は剛健なので「覇国」と言う(原刻は「目」と作し、方括弧中の校語はまさに「曰」と作るべきを指明す)。
萃。水深無桴,蹇難何遊。商伯失利,庶人愁憂。坤為水,震為桴,震伏故無桴,艮止故蹇。巽為利,坤喪故失利。坤為庶人、為憂。
《頤》之《萃》。林辞:水は深くして木筏なく、挙歩は艱難にして、なんぞ渡ることを得んや。商人の首領は本銭を折り、平民百姓もまた随いて発愁す。尚秉和は言う:坤は水、震は木筏を主り、震はここに於いて伏象なので筏子なしと言う。艮の卦徳は止なので「蹇」、即ち行動の艱難と言う。巽は財利、坤は喪失を主るので本を折り利を失うと言う。坤は庶人・憂を主る。
升。三鳥鴛鴦,相隨俱行。南到饒澤,食魚與粱。君子長樂,見惡不傷。震為鳥,數三,故曰三鳥,坤文故曰鴛鴦。震為隨、為行、為南,兌為澤,坤多,故曰饒澤。坤為魚,震為粱,互兌,故曰食魚與粱。伏艮為君子,坤為惡,震樂,故見惡不傷。○長樂,宋元本作樂長,依汲古。
《頤》之《升》。林辞:三羽の鳥児は鸳鸯の如く、彼此相随いて伴を結んで行く。一直に南飛して水草豊饒の大沢に至り、魚を食うこと有り梁米を食うこと有り。君子は長久に歓楽し、縦え悪人に碰上るも傷害を受けず。尚秉和は言う:震は鳥を主り、震の卦数は三なので「三鳥」と言う。坤は文采有るので「鸳鸯」と言う。震は跟随・行走・南方を主り、兌は水沢を主り、坤は衆多を主るので「饒沢」と言う。坤は魚、震は梁を主り、卦中また互いに兌を出して兌は口を主るので「食魚与梁」と言う。伏象の艮は君子、坤は悪を主り、震は歓楽を主るので悪を見るも傷を受けずと言う。校記:「長楽」の二字は宋・元本が「楽長」とし、汲古閣本に依る。
革。言無要約,不成券契。殷叔季姬,公孫爭之。強人委禽,不悅於心。正反兌相背故曰言無要約,不成券契。《左傳昭元年》:"鄭徐吾犯之妹美,公孫楚聘之矣,公孫黑強委禽焉"。伏震為姬、為公,艮為季孫,正反艮故曰爭。艮為禽,兌悅,伏坎為心。○殷叔未詳,或徐吾犯出自殷。
《頤》之《革》。林辞:口頭の約は数に算らず、契券は立成せず。殷叔家の小女児を、両位の公孫は争って娶らんと欲す。強横の人は硬に聘礼を送り来たれど、女方の心裡は並びに情願せず。尚秉和は言う:卦中の正兌と覆兌とは背向して立つので、言語に約定なく契券を訂成せずと言う。《左伝》昭公元年は載す:鄭国の徐吾犯の妹は美を長じ、公孫楚はすでに聘礼を下したるに、公孫黒はまた強行して大雁を送りて聘と為したりと。伏象の震は姬姓・公を主り、艮は季孫を主る。卦中に正艮と覆艮とを兼ね有するので「争」と言う。艮は禽、即ち納聘に用いる雁である。兌は喜悦、伏象の坎は心を主る。校記:「殷叔」の指す所は詳ならず、或いは徐吾犯は殷商の後裔なるべし。
鼎。牛馬聾聵,不知聲味。遠賢賤仁,自令亂憒。伏《屯》。坤牛、震馬、坎耳,坤迷,故聾瞶。震為聲,本卦巽為味,震為賢仁,在下故曰遠賢賤仁。坤為賤、為亂。○各本下有"疾病無患,生福在門"八字,語意與上文不協,斷為衍文,依《小過》之《謙》刪。瞶,汲古作憒,依宋元本。令,宋元本作合,依汲古。
《頤》之《鼎》。林辞:牛馬はまた聾また瞽にして、声音気味を分辨すること能わず。賢者を疏遠し仁人を軽賤し、自ら一片の昏乱を招来した。尚秉和は言う:《鼎》の伏象は《屯》である。坤は牛・震は馬・坎は耳を主り、坤の卦徳は昏迷なのでまた聾また瞽と言う。震は声音を主り、本卦の巽は気味を主り、震は賢・仁を主る。賢仁は下位に居るので「遠賢賤仁」と言う。坤は卑賤・乱を主る。校記:各本はこの条の下にまた「疾病無患、生福在門」の八字有るも、語意は上文と合わず、断じて衍文と為し、《小過》之《謙》の一条に依って刪去す。「瞶」の字は汲古閣本が「憒」とし、宋・元本に依る。「令」の字は宋・元本が「合」とし、汲古閣本に依る。
震。從商進遊,飽食無憂。囹圄之困,中子見囚。震為商、為遊、為食,坎中滿故飽食。坎為憂,震樂故無。坎為囹圄、為中男,艮止故見囚。○飽食,汲古作食飽,依宋元本。
《頤》之《震》。林辞:商隊に随いて門を出でて行游し、食らうこと飽足して憂愁なし。しかし牢狱の困に遭い、排行は中に居る兒子は関押せられた。尚秉和は言う:震は商・出游・飲食を主り、坎の中は実満なので飽食すると言う。坎は憂を主り、震は歓楽を主るので憂愁なしと言う。坎は牢狱・中男を主り、艮の卦徳は止なので囚わると言う。校記:「飽食」の二字は汲古閣本が「食飽」とし、宋・元本に依る。
艮。據斗運樞,順天無憂,與樂並居。艮為星,卦數七,故曰斗。互坎為樞,艮為天,坤順,卦二陰承一陽,故曰順天坎憂。震樂故曰並居。
《頤》之《艮》。林辞:北斗を拠守し枢機を運転し、天道に順応して憂愁なく、歓楽と相伴いて居る。尚秉和は言う:艮は星宿を主り、艮の卦数は七で、北斗はまさに七星なので「斗」と言う。卦中に互いに坎を出し、坎は枢機を主る。艮は天、坤は柔順を主り、卦中の両陰は一陽を承奉するので「順天」と言う。坎は本より憂を主るも、而るに震は歓楽を主るので「与楽並居」と言う。
漸。姬奭姜望,為武守邦。屏藩燕齊,周室以強,子孫億昌。伏震為姬、為奭,巽為姜,離為望,故曰姬奭姜望。震為武,艮為守、為邦、為屏藩,艮為燕,巽齊,言姬奭封燕,姜望封齊,屏藩周室,為武王守上也。震周坎室,震子艮孫。億,大也。
《頤》之《漸》。林辞:召公姬奭と太公姜望とは、周武王のために邦国を守衛す。燕・斉の両地に分封せられ、周室の屏障と為り、周王室はこれに因って強盛し、子孫は昌盛して窮まりなし。尚秉和は言う:伏象の震は姬・奭を主り、巽は姜、離は望を主るので「姬奭姜望」と言う。震は武、艮は守衛・邦国・屏藩を主り、艮は燕、巽は斉を主る。これは姬奭は燕に受封し姜望は斉に受封し、周室の屏藩と作為して武王のために土を守るを言う(原文は「守上」で、「上」はまさに「土」の字の誤なるべし)。震は周・坎は室を主り、震は子・艮は孫を主る。「億」は大の意である。
歸妹。亡羊東澤,循堤直北。子思其母,復返其所。兌為羊、為澤,震東故曰東澤,震往故曰亡羊。坎為北,震為阪,故曰循堤直北。震為子,坎為思,巽為母,巽伏故思母。震為歸,故復返其所。○復,汲古作隨,依宋元本。
《頤》之《帰妹》。林辞:羊は東辺の水沢の裡に走失し、堤岸に循いて一直に北へ尋找す。小羊は母羊を思念し、終にまたもと有る処に帰返した。尚秉和は言う:兌は羊・水沢を主り、震は東方を主るので「東沢」と言う。震は前往を主るので羊は走失すと言う。坎は北、震は堤坡を主るので「循堤直北」と言う。震は子、坎は思念、巽は母を主る。巽はここに於いて伏象なので母親を思念すと言う。震は帰を主るので原処に回帰すと言う。校記:「復」の字は汲古閣本が「随」とし、宋・元本に依る。
豐。張目關口,舌直距齒。然諾不行,政亂無緒。離為目,震為張,兌口伏艮,故曰關口。兌為舌、為齒,二至五正反兌相背故曰距。距,抗也。相背,故然諾不行。巽為緒,二至五正反巽,故亂而無緒。此皆用覆象,自覆象失傳,《困》"有言不信"等詞皆失解。○關,汲古作開,依宋元本。
《頤》之《豊》。林辞:眼睛は老大に睁きれど、嘴巴はしかし緊く閉じ、舌頭は僵直して歯を抵く。答应せし話は兌現する能わず、政事は紊乱にして毫も頭緒なし。尚秉和は言う:離は目、震は張開を主る。兌は口にしてその伏象は艮にして、艮は閉止を主るので「関口」と言う。兌は舌・歯を主る。二爻より五爻に至るまで正兌と覆兌とが背向相対するを兼ね有するので「距」と言う――「距」とは即ち抵抗である。両象は相背すれば、許し来たれる諾言は行き通らざる所以である。巽は絲緒を主り、二爻より五爻に至るまでまた正巽と覆巽と有るので乱れて緒なしと言う。これらはみな「覆象」、即ち一卦を上下顛倒せしめて得る所の象を用いる。覆象の法は失伝せしより以来、《周易・困卦》の「有言不信」の類の辞句は便ち皆講じ通せず。校記:「関」の字は汲古閣本が「開」とし、宋・元本に依る。
旅。載船逢火,憂不為禍。家在山東,入門見公。通《節》。震為船,艮為火,故曰載船逢火。坎為憂、為禍,船近水故雖逢火不為禍患。艮為家、為山,震為東,故曰家在山東。震為公,艮為門,巽入,故曰入門見公。
《頤》之《旅》。林辞:満載の船只は火に遇上るも、担憂すといえども禍事を釀成せず。家は山の東辺に住み、一たび門に入れば便ち主人を見た。尚秉和は言う:《旅》と《節》とは旁通す。震は船、艮は火を主るので「載船逢火」と言う。坎は憂・禍を主る。船は即ち水辺に在るので、縦え火に遇うも災患と成らず。艮は家・山を主り、震は東を主るので「家在山東」と言う。震は公、艮は門、巽は進入を主るので「入門見公」と言う。
巽。絕國異路,心不相慕。蛇子兩角,使我相惡。通《震》。艮為國、為路,坎為心、為慕,二至上兩震相反,故不相慕。巽為蛇,伏艮為角,兌卦數二,故曰兩角。《新序》:"孫叔敖為兒時,出遊,見兩頭蛇殺而埋之,歸而泣",林似指其事。○國,宋元本作言,依汲古。
《頤》之《巽》。林辞:隔絶せる邦国は道路各別にして、彼此心裡は並びに相思慕せず。小蛇は両只の角を長出し、人をして互相に憎悪せしむ。尚秉和は言う:《巽》と《震》とは旁通す。艮は国・道路を主り、坎は心・思慕を主る。二爻より上爻に至るまで方向相反する両個の震象有るので相思慕せずと言う。巽は蛇を主り、伏象の艮は角を主り、兌の卦数は二なので「両角」と言う。《新序》は記載す:孫叔敖は小時門を出でて游玩し、一条の両頭蛇を見て、之を打死して埋め、家に帰れば便ち哭き起こしたりと。林辞は似たもまさにこの事を指す。校記:「国」の字は宋・元本が「言」とし、汲古閣本に依る。
兌。鼻頂移徙,居不安坐。枯竹復生,失其寵榮。伏艮為鼻、為頂,互震故曰移徙。艮為居、為坐,震動故不安坐。震為竹,離科上槁,故曰枯竹。震為復、為生,艮陽在上為寵榮,互坎故失其寵榮。坎為失也。○頂,汲古作項,復作後,依宋元本。居,宋元本作君,依汲古。
《頤》之《兌》。林辞:鼻子と頭頂とはともに位置を挪動し、家に坐すも安穩を得ず。枯竹は反って重新に発芽し、人はしかしもと有る寵幸栄顕を失去した。尚秉和は言う:伏象の艮は鼻・頭頂を主り、卦中に互いに震を出して震は動を主るので「移徙」と言う。艮は居・坐を主り、震は動を主るので坐して安穩ならずと言う。震は竹を主る。《説卦伝》は離を「科上槁」、即ち中は空にして上端は枯干するを主ると言うので「枯竹」と言う。震は復・生を主る。艮の陽爻は上位に居り、まさに寵幸栄顕の象であるが、而して卦中に互いに坎を出し、坎は失落を主るので寵栄を失去すと言う。校記:「頂」の字は汲古閣本が「項」とし、「復」は「後」と作し、宋・元本に依る。「居」の字は宋・元本が「君」とし、汲古閣本に依る。
渙。火息無光,年歲不長,殷商以亡。艮火在坎水上故無光。震為年歲、為子,故曰殷商。子,殷姓也,坎失故曰亡。○殷商以亡,汲古作殷湯遠明,元本作殷湯光明,而首句多殷商以亡一句。按:殷湯以亡,即殷湯遠明,元本誤為上句耳,宋本與汲古皆作三句可證。又年字汲古作千,依宋元本。
《頤》之《渙》。林辞:火はすでに熄滅し、光亮なし。年成は好からず寿数は長からず、殷商はこれに因って滅亡した。尚秉和は言う:艮は火にして坎水の上に処るので光なしと言う。震は年歳・子を主るので「殷商」と言う――「子」はまさに殷人の姓である。坎は失落を主るので「亡」と言う。校記:「殷商以亡」の一句は、汲古閣本が「殷湯遠明」と作し、元刻本は「殷湯光明」と作し、而も首句の外に別に「殷商以亡」の一句を多く出す。尚氏の按語:「殷湯以亡」は即ち「殷湯遠明」で、元刻本は不過誤って之を上一句と為したるのみ。宋本と汲古閣本とはともに三句と作し、以て証と為すべし。また「年」の字は汲古閣本が「千」とし、ここでは宋・元本に依る。
節。文王四乳,仁愛篤厚。子畜十男,夭折無有。震為王,伏離,故曰文王。艮為乳,震卦數四,故曰四乳。震為仁愛,艮為篤厚,震為子,兌數十,故曰十男。兌為折,震生故不折。《帝王世紀》:"文王身長十尺有四乳",《詩》:"大姒嗣徽音,則百斯男",《傳》:"太姒十子",據《史記索隱》注十子"伯邑考、武王、管、蔡、霍、魯、衛、毛、聃、曹"是也。○夭,元本作叐,音跋,《周禮》有赤犮氏,注:赤犮,猶捇拔除去之也,亦可通,茲依宋本、汲古,惟各本皆作無有夭折,依《鼎》之《蒙》校,有厚為韻。
《頤》之《節》。林辞:周文王は身に四乳有り、仁愛は篤実厚重である。十個の兒子を養育し、一個も夭亡早死するものなし。尚秉和は言う:震は王を主り、その伏象は離にして離は文采を主るので「文王」と言う。艮は乳を主り、震の卦数は四なので「四乳」と言う。震は仁愛、艮は篤厚を主り、震は子、兌の卦数は十なので「十男」と言う。兌は折断を主り、震は生を主るので夭折せずと言う。《帝王世紀》は言う:「文王の身長は十尺、四乳有り。」《詩経・大雅・思斉》は言う:「大姒は徽音を嗣ぎ、則ち百斯の男。」《毛伝》は言う:「太姒の十子。」《史記索隠》の注に拠れば、この十子は伯邑考・武王・管叔・蔡叔・霍叔・魯公・衛康叔・毛叔・聃季・曹叔である。校記:「夭」の字は元刻本が「叐」とし、読むこと跋の若し。《周礼》に「赤犮氏」有り、鄭玄の注は「赤犮」は猶ほ捇抜除去の意の如しと言う、このように講ずるもまた講じ通す、ここでは依然として宋本と汲古閣本に依る。また各本はともに「无有夭折」と作すが、《鼎》之《蒙》の一条に依って「夭折无有」と校改し、このようにして「有」の字は始めて「厚」の字と押韻す。
中孚。熊羆豹狼,在山陰陽。伺鹿取獐,道畏難。二至五正反艮故曰熊羆豹狼。艮納丙故曰山陽,艮反則山陰矣,故曰山陰。易《中孚》:"鳴鶴在陰",亦山陰也,解者皆誤。艮止故曰伺,艮手故曰取。震鹿艮麞。,斥也,掌檢行道路伺候盜賊。○,汲古作伏,非,依宋元本。
《頤》之《中孚》。林辞:熊羆豹狼は出没し、或るは山南に在り或るは山北に在る。鹿群を窺伺し麞子を擒取す、路を赶ぐる人は艱険を畏懼す(この句は源本は一字を脱す)。尚秉和は言う:二爻より五爻に至るまで正艮と覆艮とを兼ね有するので熊羆豹狼と言う。艮は丙に納り、丙は南方に属するので「山陽」と言う。艮は倒転すれば便ち山陰なので「山陰」と言う。《周易・中孚》九二の「鳴鶴在陰」の「陰」は、講ずる所もまたまさに山陰で、易を解くる人は皆弄錯せり。艮の卦徳は止なので「伺」と言い、艮は手を主るので「取」と言う。震は鹿、艮は麞を主る。(ここの処は源本は一字を脱す)とは即ち斥候の意で、道路を巡查し盗賊を偵伺する職事を掌るを指す。校記:脱せるあの字は、汲古閣本は「伏」と作すも正しからず、宋・元本に依る。
小過。凋葉被霜,獨蔽不傷。駕入喜門,與福為婚。震為葉,巽落故曰凋葉。艮為門,震為喜福,霜或用兌澤象,抑或取大坎。○凋,宋本、汲古作雕,依元本。
《頤》之《小過》。林辞:凋零の樹葉は寒霜を蒙るも、独りそれは遮護せられて損傷を受けず。車を駕して喜慶の門に進入し、福気と結んで姻親と為る。尚秉和は言う:震は葉、巽は隕落を主るので「凋葉」と言う。艮は門、震は喜・福を主る。「霜」に至っては、或いは兌の沢を為す象を取り、或いは全卦を一個の「大坎」(六爻を合看して放大せる坎卦と為し、坎は水・寒を主る)の象を取るべし。校記:「凋」の字は宋本と汲古閣本が「雕」とし、元刻本に依る。
既濟。黃離白日,照我四國。元首昭明,民賴恩福。《離九二》:曰"黃離"。離為日、為照。艮為國。震卦數四。故曰四國。艮為首,坤為民,頤本大離,林詞全取《頤》象。○恩,從宋元本,汲古作為。
《頤》之《既済》。林辞:黄色の麗日は高空に懸り、我が四方の国を照耀す。元首は聖明昭著にして、百姓はみな恩沢福恵を蒙受す。尚秉和は言う:《周易・離卦》六二の爻辞は「黄離」と言う。離は日・照耀を主る。艮は国を主り、震の卦数は四なので「四国」と言う。艮は首、坤は民を主る。《頤》卦は外の両爻は陽・内の四爻は陰で、本より一個の「大離」――六爻を合看して放大せる離卦と為すので、この条の林辞は全て《頤》の象を取る。校記:「恩」の字は宋・元本に依り、汲古閣本は「為」と作す。
未濟。順風直北,與歡相得。歲熟年豐,邑無盜賊。似亦取《頤》象。
《頤》之《未済》。林辞:風勢に順いて一直に北に往き、可喜なる事と恰好相遇上る。庄稼は成熟し年成は豊足し、城邑の中は盗賊なし。尚秉和は言う:この一条は似たもまた遇卦《頤》の象を取る。
大過 第二十八
大過。典冊法書,藏在蘭臺。雖遭亂潰,獨不遇災。詳《坤》之《大畜》。○在,元本作閣,依汲古。
《大過》之《大過》、は本卦自身の一条である。林辞:典冊と法令文書とは、蘭台の中に収蔵す。動乱潰敗に遭逢すといえども、独り災禍に遇上らなかった。尚秉和は言う:この一条の取象はすでに《坤》之《大畜》の一条に詳しく見え、参看すべし。校記:「在」の字は元刻本が「閣」とし、汲古閣本に依る。
乾。日在北陸,陰蔽陽目。萬物空虛,不見長育。此用《大過》象。乾為日、為寒,故曰日在北陸。大過本末陰,故曰陰蔽陽目。伏坤為萬物、為空虛,坤死故不長。
《大過》之《乾》。林辞:太陽は運行して北陸の星次に到り、まさに隆冬に當り、陰気は陽光の眼睛を遮る。万物は空虚にして、生長養育を見ることなし。尚秉和は言う:この一条は遇卦《大過》の象を用いる。乾は日・寒を主るので「日在北陸」と言う。《大過》は初爻と上爻とがともに陰で、首尾は陰に包まれたるので「陰蔽陽目」と言う。伏象の坤は万物・空虚を主る。坤は死を主るので生長する能わずと言う。
坤。鬼泣哭社,悲商無後。甲子昧爽,殷人絕祀。坤為鬼、為社,《大過》兌為哭泣,坤為傷、為悲。伏震為子,位東故曰甲子。震為晨,兌為昧,故曰昧爽。震為子,殷,子姓。坤殺故曰絕祀。○商,從宋元本,汲古作"鬼傷哭社"。按《墨子非攻篇》:"至商王紂,婦妖宵出,有鬼宵吟",又《論衡》云"紂之時,夜郊鬼哭",又云"紂郊鬼哭",惟《虞初志》亡,不能得其詳耳。
《大過》之《坤》。林辞:鬼は社壇の前に哭泣し、商朝の後嗣絶えたるを悲傷す。甲子の日の天の将に明けんとする時、殷人の宗祀はここより絶えたり――「甲子昧爽」はまさに《尚書・牧誓》の武王が紂を伐ち、牧野に会師せし文を用いる。尚秉和は言う:坤は鬼・社壇を主り、遇卦《大過》中の兌は哭泣を主り、坤は傷・悲を主る。伏象の震は子を主り、震の位は東方に在りて東方は甲に属するので「甲子」と言う。震は清晨、兌は昏昧を主るので「昧爽」、即ち天の将に明けんとして未だ明けざるの際を言う。震は子を主り、而して殷王室はまさに子姓である。坤は肅殺を主るので「絶祀」と言う。校記:「商」の字は宋・元本に依り、汲古閣本はこの句を「鬼傷哭社」と作す。按ずるに《墨子・非攻》は言う:「商王紂に至り、婦妖は宵に出で、鬼宵に吟ず有り。」《論衡》はまた「紂の時、夜郊に鬼哭す」と言い、また「紂の郊に鬼哭す」と言う。ただ惜しむらくは《虞初志》はすでに亡佚して、詳情を知るに由なし。
屯。涉塗履危,不利有為。安坐垂裳,乃無災殃。門戶自開,君憂不昌。震為塗、為涉、為履,坎為危,故涉塗履危,險在前,故不利有為,艮止故宜安坐。坤為裳、為災殃。安坐垂裳,高拱無為,故無災殃。坤為門戶,震為君,坎為憂。○裳,汲古作堂,依宋元本。
《大過》之《屯》。林辞:泥濘を涉り足は険地を踏むも、作為有るに宜しからず。安坐して動かず衣を垂れて手を拱くれば、災殃有るに至らず。門戸は自ら敞き開き、君主は憂心して事業は昌ならず。尚秉和は言う:震は泥塗・涉・行を主り、坎は危険を主るので「涉塗履危」と言う。険境は即ち前頭に在るので作為有るに宜しからず。艮の卦徳は止なので安坐に宜し。坤は衣裳・災殃を主る。「安坐垂裳」とは即ち高く拱りて無為のことで、故に災殃なし。坤は門戸、震は君、坎は憂を主る。校記:「裳」の字は汲古閣本が「堂」とし、宋・元本に依る。
蒙。陽失其紀,枯木復起。秋華冬實,君不得息。上陽在上,二陽陷陰中皆不當位,故曰失紀。震為木、為起,坤虛故曰枯木。震為華,艮為實,伏兌為秋,坎為冬,故曰秋華冬實。震為君。○秋華冬實,宋元本作秋葉冬華,依汲古。息,汲古作失,依宋元本。
《大過》之《蒙》。林辞:陽気は応有の綱紀を失い、枯死の樹木は反って重新に立ち起こる。秋に花を開き冬に実を結び、節令は全然として顛倒し、君主は安息を得ない。尚秉和は言う:上九の陽は孤れ懸って上に在り、九二の陽は群陰の中に陥り、いずれもその位に當らないので「失紀」と言う。震は木・興起を主り、坤の中は空虚なので「枯木」と言う。震は花、艮は果実を主り、伏象の兌は秋、坎は冬を主るので「秋華冬実」と言う。震は君を主る。校記:「秋華冬実」は宋・元本が「秋葉冬華」とし、汲古閣本に依る。「息」の字は汲古閣本が「失」とし、宋・元本に依る。
需。大樹之子,百條共母。當夏六月,枝葉盛茂。鸞鳳以庇,召伯避暑。翩翩偃仰,各得其所。此用《大過》象。巽為大樹,伏震為子,故曰大樹之子。巽為條、為母,乾為百,故曰百條共母。兌為月,乾數六,故曰六月。伏坤為文、為鸞鳳,巽為枝葉,乾為盛茂,鸞鳳居枝葉之中,故曰鸞鳳以庇。伏震為召伯,坤為暑,一陽潛坤下,故曰避暑。正反震故曰翩翩偃仰。用遇卦象兼及遇卦伏象,《易林》象學之難窺如此。○鳳,宋元本作鳥,翩作偏,各作甚,均依汲古。
《大過》之《需》。林辞:大樹の上に長出する枝条は、上百根が共に一個の母干を有す。まさに夏季六月に當り、枝葉は極めて茂盛である。鸞鳥鳳凰はここに於いて蔭庇を得、召伯もまた樹下に避暑す。鳥児は翩翩として起落し俯仰自如にして、各々その処を得たり。尚秉和は言う:この一条は遇卦《大過》の象を用いる。巽は大樹、伏象の震は子を主るので「大樹之子」と言う。巽は枝条・母を主り、乾の卦数は百なので「百条共母」と言う。兌は月、乾の卦数は六なので「六月」と言う。伏象の坤は文采・鸞鳳を主り、巽は枝葉、乾は盛茂を主る。鸞鳳は枝葉の間に棲むので「鸞鳳以庇」と言う。伏象の震は召伯を主り、《詩経・召南・甘棠》の召伯が甘棠の樹下に聴訟せし故事を用いる。坤は暑熱を主り、一陽は坤の下に潜伏するので「避暑」と言う。卦中に正震と覆震とを兼ね有するので「翩翩偃仰」と言う。この一条は既に遇卦の象を用い、また兼ねて遇卦の伏象を用いる、《易林》象学の窺測し難きこと、ここに於いて一斑を窺うべし。校記:「鳳」の字は宋・元本が「鳥」とし、「翩」は「偏」と作し、「各」は「甚」と作す、いずれも汲古閣本に依る。
訟。秉鉞執殳,挑戰先驅。不從元帥,敗破為憂。《詩》:"伯也執殳,為王前驅",《左傳》:邲之戰,晉軍不用命,遂敗,言先榖不從元師荀林父命而挑戰也。離為戈兵,故曰鉞殳。伏震為戰、為驅,坎為破敗、為憂。○從,汲古訛役,依宋元本。
《大過》之《訟》。林辞:手に大斧を持ち長殳を握り、戦端を挑みて前頭に冲す。主帥の号令を聴かず、終に兵は敗れて憂を招いた。尚秉和は言う:《詩経・衛風・伯兮》は言う:「伯もて殳を執り、王のために前駆と為る。」《左伝》は邲の戦を記す:晋軍は号令を聴かず、ここに於いて大敗す――これは先縠が主帥荀林父の命令に服従せずして擅りに挑戦せしを言う。離は戈兵を主るので「鉞殳」と言う。伏象の震は戦・駆馳を主り、坎は破敗・憂を主る。校記:「従」の字は汲古閣本が「役」と訛り、宋・元本に依る。
師。啟室開關,巡狩釋冤。夏臺羑里,湯文悅喜。坎為室,震為啟、為開,坤為關,故曰啟戶開關。震為巡狩、為釋,坎為冤,坤為臺、為里,夏離故曰夏臺,震大塗故曰羑里。羑,亦道路也。震為王,坤為文,故曰湯文。震為喜。○巡狩,宋元本作逃得,非。羑作牖,均依汲古。
《大過》之《師》。林辞:屋室を打開し関門を啓開し、天子は天下を巡行して冤を蒙る者のために平反す。商湯を囚えし夏台・文王を囚えし羑里、両位の聖王は終に難を脱して歓喜した。尚秉和は言う:坎は室、震は啓・開を主り、坤は関を主るので「啓戸開関」と言う。震は巡狩・釈放を主り、坎は冤屈を主り、坤は台・里を主る。離は夏を主るので「夏台」と言う。震は大塗を主るので「羑里」と言う――「羑」もまた道路の意である。震は王、坤は文を主るので「湯文」と言う。震は喜を主る。校記:「巡狩」の二字は宋・元本が「逃得」とし、正しからず。「羑」の字は宋・元本が「牖」とし、いずれも汲古閣本に依る。
比。衰來無成,淵溺在傾。狗吠夜驚,家乃不寧。坤死故衰滅,坤為淵,坎陷故曰溺傾。艮為狗,伏兌為吠,坤為夜,故曰狗吠夜驚。艮為家,坎險故不寧。○成,汲古作幾,傾作頃,狗吠作吠狗,均依宋元本。
《大過》之《比》。林辞:衰運は頭に臨み、事事成たず。深淵の裡に跌ち入り、眼を見張れば即ち傾覆して頂を没せんとす。夜に狗は吠え人は驚き、一家は安寧を得ない。尚秉和は言う:坤は死を主るので衰滅と言う。坤は深淵、坎は坑陥を主るので沉溺傾覆すと言う。艮は狗、伏象の兌は吠叫を主り、坤は夜を主るので「狗吠夜驚」と言う。艮は家、坎は険を主るので安寧ならずと言う。校記:「成」の字は汲古閣本が「几」とし、「傾」は「頃」と作し、「狗吠」は「吠狗」と作す、いずれも宋・元本に依る。
小畜。西鄰少女,未有所許。志如委衣,不出房戶。心無所得,傅母何咎。兌為西、為少女,伏坎為志,坤為衣裳,坤柔故曰委衣。未有所許,謂未字人也。志如委衣,言柔順也。艮為戶房,艮止故不出。坎為心,坤為母。全用伏象。
《大過》之《小畜》。林辞:西隣家の少女は、未だかつて人家に許配せず。心性は柔順にして一件の垂れ委がる衣裳の如く、足は閨房を出でず。心裡に別に求むる所なく、彼女を教養する傅母にまたなんの過錯かあらん。尚秉和は言う:兌は西・少女を主り、伏象の坎は心志を主り、坤は衣裳を主る。坤の性は柔順なので「委衣」と言う。「未有所許」とは未だ人に嫁ぐことを許さざるを言い、「志如委衣」は彼女の柔順を形容す。艮は房戸を主り、艮の卦徳は止なので門を出でずと言う。坎は心、坤は母を主る。この一条は全て伏象を用いる。
履。狗吠夜驚,履鬼頭頸。危者弗傾,患者不成。伏《謙》。艮為狗,震為吠、為驚,坎為夜、為鬼,震在坎上,故曰履鬼頭頸。坎為大首,故曰頭也。坎為危患,震解,故危患皆免也。○患者,宋元本作患滅,依汲古。
《大過》之《履》。林辞:夜に狗は吠えて人を驚かし、夢中に一脚は鬼の頭頸の上に踏んだ。危険なるものは傾覆せず、禍患なるものは釀成せざりき。尚秉和は言う:《履》の伏象は《謙》である。艮は狗、震は吠叫・驚動を主り、坎は夜・鬼を主る。震は坎の上に在るので「履鬼頭頸」と言う。坎は大首を主るので「頭」と言う。坎は危・患を主り、震は解散を主るので、危険と禍患とはいずれも免除を得たり。校記:「患者」の二字は宋・元本が「患滅」とし、汲古閣本に依る。
泰。當年少寡,獨與孤處。雞鳴犬吠,無敢難者。我生不辰,獨嬰寒苦。通《否》。乾為年,巽為寡,艮少故曰少寡。坤亦為寡,故曰獨與孤處。巽為雞,艮為犬,震為鳴吠、為辰、為生,坤喪,故曰不辰。乾為寒,坤為獨。
《大過》之《泰》。林辞:まさに盛年に當って寡を守り、独自孤児と相依て為命す。鶏の鳴き狗の咬む声は断えずするも、敢えて欺侮し来る人なし。我は生まれ来って便ち好時に逢わず、独自一身の寒苦を纏う――「我生不辰」は《詩経・大雅・桑柔》の成語を用いる。尚秉和は言う:《泰》と《否》とは旁通す。乾は年、巽は寡婦を主り、艮は年少を主るので「少寡」と言う。坤もまた寡を取象するので「独与孤処」と言う。巽は鶏、艮は犬を主り、震は鳴叫吠叫・時辰・生を主る。坤は喪亡を主るので「不辰」と言う。乾は寒、坤は独を主る。
否。無道之君,鬼哭其門。命與下國,絕不得食。乾為君,坤惡,故曰無道。坤為鬼、為門,艮為哭。巽為命,坤為國。兌口為食,兌覆故不得食。《論衡》:"紂之時鬼泣哭社"。
《大過》之《否》。林辞:无道の君主に、鬼は彼が門前に号哭す。詔命は属国に下達し、宗祀は断絶して、血食さえも享用するを得ず。尚秉和は言う:乾は君、坤は悪を主るので「無道」と言う。坤は鬼・門を主り、艮は哭を主る。巽は命令、坤は国を主る。兌は口を主るので食と為るも、兌はここに於いて倒覆の象なので食うことを得ずと言う。《論衡》は言う:「紂の時、鬼は泣き社に哭く。」
同人。乘龍南遊,夜過糟邱,脫厄無憂。伏《師》。震為龍、為南遊、為糟、為陵,故為邱。坤為夜,坎為厄,震出故脫厄。
《大過》之《同人》。林辞:龍に乘りて南に巡游し、夜に酒糟の堆積せる小山を経過し、厄難を脱離して憂愁なし。尚秉和は言う:《同人》の伏象は《師》である。震は龍・南游・酒糟・丘陵を主るので「邱」を取象する能あり。坤は夜、坎は厄難を主る。震は出を主るので厄難を脱離すと言う。
大有。馬躓車傷,長舌破家。東關二五,晉君出走。事詳《頤》之《臨》。
《大過》之《大有》。林辞:馬は前蹄を失し車子は撞壞し、長舌の婦人の讒言は人家を毀掉した。梁五と東関嬖五とは讒を進め、晋君はただ出逃するを得ざりき。尚秉和は言う:この事はすでに《頤》之《臨》の一条に詳しく見え、参看すべし。「長舌」は《詩経・大雅・瞻卬》の「婦に長舌有り、維れ厲の階」の成語を用いる。
謙。瓜葩瓠實,百女同室。酰苦不熟,未有妃合。艮為果蓏,故曰瓜、曰瓠。震為葩,艮為實、為室,坤為百、為女,故曰百女同室。坎為酰、為合。妃,匹也。酰苦不熟,言或酸或苦,尚未成熟,故未有所遇,猶室女之未有妃合也。○妃,汲古作配,依宋元本。
《大過》之《謙》。林辞:瓜はまさに花を開き瓠はすでに実を結び、上百個の女子は一室に同居す。果実はまた酸くまた苦く未だ熟透せず、所以にいまだ佳偶に配成せざるなり。尚秉和は言う:艮は瓜果瓜蓏を主るので「瓜」と言い「瓠」と言う。震は花、艮は果実・屋室を主り、坤は百・女を主るので「百女同室」と言う。坎は醋・交合を主る。「妃」とは即ち配偶である。「酰苦不熟」とは或いは酸く或いは苦く未だ成熟せず、因って未だ合適なる対象に遇上らざるを言う、まさに閨中に字を待つ女子の未だ配偶なきが如し。校記:「妃」の字は汲古閣本が「配」とし、宋・元本に依る。
豫。晨風文翰,大舉就溫。昧過我邑,羿無所得。震為晨,坤為風晨。風,隼也。艮為隼,震為翰,坤文,曰文翰。《逸周書王會篇》:"蜀人以文翰,文翰若皋雞",而《說文》翰下引《逸周書》曰"大翰若翬雉,一名風,然則晨風、文翰為一物,不有《說文》焉知《易林》以晨風與文翰連文之故哉。坎為昧,坤為邑、為惡,故曰羿。坤喪故無得。《詩秦風》:"鴥彼晨風,鬱彼北林",鬱,《齊詩》蓋作溫,詳《小畜》之《革》。○昧,汲古作時,依宋元本。按:《說文》作大翰,大為文之訛。
《大過》之《豫》。林辞:晨風鳥と文翰鳥とは高々と飛び起き、温暖の郷に奔赴す。天色の昏昧に乘じて我が城邑を飛び過ぎ、善射の后羿もまた一として獲る所なし。尚秉和は言う:震は晨を主り、坤は「風晨」を主る――「風」とは即ち鸇、一種の鸷鳥である。艮は隼、震は羽翰を主り、坤は文采有るので「文翰」と言う。《逸周書・王会篇》は言う:「蜀人は文翰を以てす、文翰は皋鶏の若し。」而して《説文解字》の「翰」の字の下に《逸周書》を引きて「大翰は翚雉の若し、一名は風」と言う。このよう見れば、晨風と文翰とは本より一物で、倘若《説文》なからんや、なんぞ《易林》が「晨風」と「文翰」とを連用するの縁故を明白せんや。坎は昏昧、坤は城邑・悪を主るので「羿」と言う。坤は喪失を主るので一として獲る所なしと言う。《詩経・秦風・晨風》は言う:「鴥たる彼の晨風、郁たる彼の北林。」「郁」の字は《斉詩》は大概「温」と作す、詳しくは《小畜》之《革》の一条に見える。校記:「昧」の字は汲古閣本が「時」とし、宋・元本に依る。尚氏の按語:《説文》は「大翰」と作し、「大」は「文」の字の訛である。
隨。瀺瀺浞浞,塗泥至轂。馬濘不進,虎齧我足。兌澤,互大坎故曰瀺浞。瀺,水聲。浞,濡也。坎為轂、為泥濘,震為馬,艮止故不進。艮為虎,兌口為囓,震為足。○浞,依元本,汲古作促。
《大過》之《随》。林辞:泥水は淙淙として遍地湿滑り、爛泥は深く車轂に没す。馬は泥裡に陥り走ることを得ず、老虎はまた来りて我が足を咬む。尚秉和は言う:兌は沢を主り、卦中に互いに一個の「大坎」を出すので「瀺浞」と言う――「瀺」は水声で、「浞」は湿濡である。坎は車轂・泥濘を主り、震は馬、艮の卦徳は止なので走ることを得ずと言う。艮は虎、兌は口を主るので咬嚙と為り、震は足を主る。校記:「浞」の字は元刻本に依り、汲古閣本は「促」と作す。
蠱。膠車駕東,與雨相逢。五楘解墮,頓輈獨坐,憂為身禍。震為車、為東,兌為雨,故曰膠車、故曰與雨相逢,言膠車遇水即解,故五楘解墮也。《詩秦風》:"五楘梁輈",《毛傳》:"五,五束也,楘,厯錄也,言以皮五處束輈上,其文厯錄章美也。"巽數五,故曰五楘。巽隕落故曰解墮,艮止故曰頓、曰坐。○五楘解墮,宋元本作故革懈惰,汲古作放革懈惰。頓輈,宋元本作頓輪,汲古作頓禹為身,各本皆作不為,均依《遯》之《益》校改。
《大過》之《蠱》。林辞:膠を以て粘合せる車子は東に行駛し、半路上に於いて雨に遇う。車轅の上の五処の皮束は松脱散落し、轅木は折断して、ただ独自呆坐するのみ、憂愁は竟に切身の禍と成った。尚秉和は言う:震は車・東を主り、兌は雨を主るので「膠車」と言い「与雨相逢」と言う――膠車は一たび水に遇えば、膠は便ち化け開き、所以に五楘もまた之に随いて松散脱落す。《詩経・秦風・小戎》は「五楘梁輈」と言い、《毛伝》は解釈す:「五とは五束なり、楘とは厯録なり。」これは皮革を以て車轅の上に分かちて五処に捆扎し、紋理は歴歴分明にして華美なるを言う。巽の卦数は五なので「五楘」と言う。巽の卦象は隕落なので「解堕」と言い、艮の卦徳は止なので「頓」と言い「坐」と言う。校記:「五楘解堕」は宋・元本が「故革懈惰」とし、汲古閣本は「放革懈惰」とし、「頓輈」は宋・元本が「頓輪」とし、汲古閣本は「頓禹為身」とし、各本またともに「不為」と作す、これらはいずれも《遯》之《益》の一条に依って校改す。
臨。六家作權,公室剖分。陰制其陽,唐叔失明。晉六卿擅權剖分公室,唐叔,晉始封之君。伏乾數六,艮為家、為室,震為公,兌折故剖分。臨陰多陽少,陽又在下,故為陰制。艮為叔、為明,艮伏故失明,言失其明祀也。
《大過》之《臨》。林辞:六家の大夫は権柄を把持し、公室は瓜分せられた。陰は陽を壓制し、唐叔の明祀はこれに因って断絶した。尚秉和は言う:これは晋国の六卿が権を専らにし、公室を瓜分したるを言う。唐叔は晋国の最初に受封せし国君である。伏象の乾の卦数は六、艮は家・室を主り、震は公を主り、兌は折断を主るので「剖分」と言う。《臨》卦は陰多く陽少なく、陽はまた下位に居るので陰に制せらるると言う。艮は叔・明を主り、艮はここに於いて伏象なので「失明」と言う、意はその明祀を失掉したるである。
觀。去室離家,來奔大都。火息復明,姬伯以昌,商人失功。艮為室家,風散故曰去。離坤為大都,伏震故曰來奔大都。艮為火、為明,伏震為姬、為伯、為昌、為商人。
《大過》之《観》。林辞:房舎を抛し家郷を離れ、大都邑に逃奔す。火は熄えてまた重新に亮起り、姬姓の伯主はこれに因って昌盛し、商人は反って功業を失掉した。尚秉和は言う:艮は室家を主る。巽は風で、風は吹き散らす能あるので「去」と言う。離と坤とは大都を主り、伏象の震は奔走を主るので「来奔大都」と言う。艮は火・光明を主り、伏象の震は姬・伯・昌・商人を主る。
噬嗑。牧羊稻園,聞虎喧讙。危懼喘息,終無禍患。詳《否》之《節》。
《大過》之《噬嗑》。林辞:稻田園圃の間に羊を放ち、老虎の喧吼を聞く。嚇えて心驚胆は戦き気喘吁吁とすれども、終に禍患に遭わざりき。尚秉和は言う:この一条の取象はすでに《否》之《節》の一条に詳しく見え、参看すべし。
賁。嬰兒求乳,母歸其子,黃麑悅喜。詳《無妄》之《節》。○汲古多"乃得甘飽"四字,依宋元本刪。兒,宋元本作孩,依汲古。
《大過》之《賁》。林辞:嬰児は哭いて奶を喫せんと欲し、母親は孩子の身辺に回帰す。まさに小さき黄鹿が母鹿を見出すが如く歓喜せり。尚秉和は言う:この一条の取象はすでに《无妄》之《節》の一条に詳しく見え、参看すべし。校記:汲古閣本は「乃得甘飽」の四字を多く出すが、宋・元本に依って刪去す。「兒」の字は宋・元本が「孩」とし、汲古閣本に依る。
剝。廓落失業,跨禍度福,利無所得。坤虛故曰廓落,坤喪故失業。
《大過》之《剥》。林辞:家業は空落として生計は著かず、禍を跨ぎ越え福もまた越え、両頭ともに辺に沾らず、利を求むるも一として獲る所なし。尚秉和は言う:坤の中は空虚なので「廓落」と言う。坤は喪失を主るので産業を失掉すと言う。
復。出入無時,憂患為災。行人失牛,利去不來。老馬遺駒,勿與久居。冬至震出,夏至巽入,震巽相往來,故曰出入無時。坤為災、為憂患、為牛、為失,震為行人,故曰行人失牛。巽為利,巽伏,故曰利去不來。坤為馬、為老,震子為騎,坤上震不,故曰遺駒。震出故不居。○無,元本作不,從宋本、汲古。患,宋元本作禍,遺作少,均依汲古。老,汲古訛若,依宋元本。
《大過》之《復》。林辞:出で入りするに定时なく、憂患は変じて災禍と為る。路を赶ぐる人は牛を失い、財利は去りて再来らず。老馬は馬駒を丢下し、之と長久に相処るべからず。尚秉和は言う:冬至は一陽生じて震は出で、夏至は一陰生じて巽は入る、震と巽とは往来交替するので「出入無時」と言う。坤は災・憂患・牛・喪失を主り、震は行人を主るので「行人失牛」と言う。巽は財利を主り、巽はここに於いて伏象なので「利去不来」と言う。坤は馬・老を主り、震は子を主り、因って駒と為す。坤は上に在りて震は下に在るので「遺駒」と言う(注文の「震子為騎」の「騎」はまさに「駒」と作るべし、「坤上震不」の「不」はまさに「下」と作るべし)。震は出を主るので久しく居る能わずと言う。校記:「無」の字は元刻本が「不」とし、宋本と汲古閣本に依る。「患」の字は宋・元本が「禍」とし、「遺」は「少」と作す、いずれも汲古閣本に依る。「老」の字は汲古閣本が「若」と訛り、宋・元本に依る。
無妄。風怒漂木,女惑生疾。陽失其服,陰孽為賊。巽風,震巽皆為木,故曰漂木。巽為女、為進退、為疾病,故曰女惑生疾。《左傳昭元年》:"女,陽物而晦時,淫則生內熱惑蠱之疾"。乾為陽,卦二至上遯陰銷陽,故曰陽失其服。服,職也。巽為賊。○木,宋元本作水,依汲古。惑,汲古作感,服作時,依宋元本。
《大過》之《无妄》。林辞:狂風は怒号し、樹木を刮きて漂流せしむ。女色に沉迷して疾病を生出し、陽はその職守を失い、陰中の妖孽は禍害と成った。尚秉和は言う:巽は風を主り、震と巽とはともに木を取象するので「漂木」と言う。巽は女・進退不定・疾病を主るので「女惑生疾」と言う。《左伝》昭公元年に医和は言う:「女とは陽物にして晦時なり、淫すれば則ち内熱惑蠱の疾を生ず。」乾は陽を主る。卦は二爻より上爻に至るまでまさに《遯》の形勢で、陰は一歩一歩陽を消損するので「陽失其服」と言う――「服」とは即ち職守である。巽は賊を主る。校記:「木」の字は宋・元本が「水」とし、汲古閣本に依る。「惑」の字は汲古閣本が「感」とし、「服」は「時」と作し、宋・元本に依る。
大畜。車馬病傷,不利越鄉。幽人元亨,去晦就明。震為車馬,兌毀故傷。艮為鄉,艮止故不利。艮為幽人,兌鄉晦,艮在上故曰元亨、故曰去晦就明。○病,汲古作疾,元亨作無貪,均依宋元本。
《大過》之《大畜》。林辞:車馬はみな病損傷害せられ、遠行して境を越ゆるに宜しからず。幽居して静を守る人はしかし大いに亨通し、幽暗を離れて光明に走向す。尚秉和は言う:震は車馬を主り、兌は毀折を主るので傷害を受くと言う。艮は郷里を主り、艮の卦徳は止なので利ならずと言う。艮は幽人を主り、兌は向晚昏暗を主る。艮は上位に居るので「元亨」と言い「去晦就明」と言う。校記:「病」の字は汲古閣本が「疾」とし、「元亨」は「無貪」と作す、いずれも宋・元本に依る。
頤。三奇六耦,各有所主。周南召南,聖人所在。德義流行,民悅以喜。震數三,伏乾數六,乾奇坤耦,震為主,言陰陽各有所主也。震為周、為召、為南,故曰周南召南。伏乾為聖人,坤為民,震悅喜。
《大過》之《頤》。林辞:奇数は三・偶数は六にして、陰陽は各々主る所有り。《周南》《召南》の両組の詩篇は、まさに聖人の教化の存する所である。徳義は流布施行し、百姓は歓欣喜悦す。尚秉和は言う:震の卦数は三、伏象の乾の卦数は六である。乾は奇・坤は耦、震は主を主る、これは陰陽の各々主る所有るを言う。震は周・召・南を主るので「周南召南」と言う。伏象の乾は聖人、坤は民を主り、震は歓悦喜楽を主る。
坎。坐爭立訟,紛紛訩訩。卒成禍亂,災及家公。中爻正反艮震故曰爭訟。艮坐震立,艮家震公,坎為禍災。○訩訩,宋元本作忽忽,非,依汲古。
《大過》之《坎》。林辞:坐するも争い立つも訟し、鬧得として沸騰揚揚たり。終に釀成して禍乱と為り、災殃は一家の長に波及した。尚秉和は言う:中間の几爻は正艮覆艮と正震覆震とを兼ね有するので「争訟」と言う。艮は坐・震は立を主り、艮は家・震は公を主り、坎は禍災を主る。校記:「訩訩」は宋・元本が「忽忽」とし、正しからず、汲古閣本に依る。
離。凶憂為殘,使我不安。從之南國,以除心疾。兌折故曰心殘、曰不安。離為南,伏艮為國,震為從、為之,言從往南國也。坎為心、為疾,坎伏故曰除。
《大過》之《離》。林辞:凶険憂愁は身心を残傷し、我をして安寧を得しめず。人に随いて南方の国に往き、好く心頭の病根を除去せん。尚秉和は言う:兌は折損を主るので心は残傷を受くと言い安寧を得ずと言う。離は南、伏象の艮は国を主り、震は跟従・前往を主る、これは人に随いて南国に前往するを言う。坎は心・疾病を主り、坎はここに於いて伏象なので「除」と言う。
咸。愛我嬰女,牽衣不與。冀幸高貴,反得賤下。詳《屯》之《未濟》。○第二句各本皆作牽引不得,第四句宋元本作反得不興,汲古作反目下賤,均依《屯》之《未濟》校。
《大過》之《咸》。林辞:我が家の小女児を疼愛すれど、彼女は衣角を拉して撒手すること肯んぜず。本より高門の顕貴に攀援せんと指望せしも、反って低賤に落ちた。尚秉和は言う:この一条の取象はすでに《屯》之《未済》の一条に詳しく見え、参看すべし。校記:第二句は各本とも「牽引不得」と作し、第四句は宋・元本が「反得不興」とし、汲古閣本は「反目下賤」と作す、いずれも《屯》之《未済》の一条に依って校改す。
恆。宜行賈市,所聚必倍。載喜抱子,與利為友。巽為賈市、為近市利三倍。上震為喜、為子、為車,故曰載喜,伏艮手故曰抱子。巽為利,震巽同聲,又互兌故曰友。○聚,汲古作取,依宋元本。友,宋元本作市,依汲古。
《大過》之《恒》。林辞:経商し赶集するに宜しく、積聚すれば必ず加倍す。喜事を載せ兒子を抱いて帰り、財利と結んで朋友と為った。尚秉和は言う:巽は経商売買を主る、《説卦伝》は巽を「市に近く利三倍」と言う。上体の震は喜・子・車を主るので「載喜」と言う。伏象の艮は手を主るので「抱子」と言う。巽は財利を主る。震と巽とは声気相応じ、卦中また互いに兌を出すので「友」と言う。校記:「聚」の字は汲古閣本が「取」とし、宋・元本に依る。「友」の字は宋・元本が「市」とし、汲古閣本に依る。
遯。坐席未溫,憂來扣門。踰牆北走,兵交我後,脫於虎口。艮為坐、為火,風散故未溫。巽為憂,乾為門,艮手故曰扣門。艮為牆、為兵戈、為虎,伏震為踰、為走、為脫、為後,兌為口。
《大過》之《遯》。林辞:座席は未だ坐暖まらざるに、憂患は便ち門を敲きに来た。墻を翻えして北に逃走し、追兵は背後に交鋒し、総じて虎口を逃出することを得たり。尚秉和は言う:艮は坐・火を主る。巽は風で、風は吹き散らす能あるので座席は未だ暖まらずと言う。巽は憂、乾は門、艮は手を主るので「扣門」と言う。艮は墻・兵戈・虎を主る。伏象の震は翻越・奔走・脱身・背後を主り、兌は口を主る。
大壯。赤帝懸車,廢職不朝。叔帶之災,居於泛廬。乾為赤、為帝,震為車,伏巽為繫,車在上故曰懸車。伏艮為叔,巽為帶,艮為廬。泛,水名,《左傳僖三[當作二]十四年》:"天王出居於鄭,來告難,曰:不榖得罪於母之寵子帶,鄙在鄭地泛。"首二句義未詳。
《大過》之《大壮》。林辞:赤帝は車子を高く懸け、職守を廃棄して再び朝会せず。王子帯の乱れるに因って災禍を釀成し、周襄王はただ鄭地の泛邑の草廬の中に寄居するを得ざりき。尚秉和は言う:乾は赤・帝を主り、震は車を主り、伏象の巽は係掛を主る。車は上に懸るので「懸車」と言う。伏象の艮は叔、巽は帯を主り、艮は廬舎を主る。「泛」は水名である。《左伝》僖公三十四年(方括弧の校語は「三」はまさに「二」と作るべきを指明す、即ち僖公二十四年)は載す:周天王は出奔して鄭国に居り、人を遣わして難を告げて曰く、「不穀は母の寵子たる帯に得罪し、鄙は鄭地の泛に在り」と。林辞の冒頭の両句の含義はなお講じ清からず。
晉。子畏於匡,厄困陳蔡。明德不危,竟自免害。詳《師》之《鼎》。○免,宋元本作克,依汲古。
《大過》之《晋》。林辞:孔子は匡地に於いて囲困せられ、また陳・蔡の間に於いて厄に遭い糧を絶たれた。徳行光明の人は危殆に至らず、終に自ら禍害を免れたり。尚秉和は言う:この一条の取象はすでに《師》之《鼎》の一条に詳しく見え、参看すべし。校記:「免」の字は宋・元本が「克」とし、汲古閣本に依る。
明夷。逐雁南飛,馬牛疾罷。不見漁池,失利憂危。牢戶之冤,脫免無患。震為雁、為南、為飛,故曰逐雁南飛。震為馬,坤為牛,震健坤柔,故馬疾牛罷。坎為池,坤為漁,坎隱故不見。坤為戶,坎為獄,故曰牢戶。坎為憂患,震出故脫免無患。
《大過》之《明夷》。林辞:南飛の大雁を追赶し、馬は急ぎ走り牛は累れ慌ただし。魚を捕るべき水塘を見出すことができず、利を失うもまた憂しくまた険し。牢狱の冤屈を蒙るも、終に身を脱して禍患なし。尚秉和は言う:震は雁・南・飛を主るので「逐雁南飛」と言う。震は馬、坤は牛を主る。震の性は剛健・坤の性は柔弱なので馬は疾く牛は疲ると言う。坎は池、坤は漁を主る。坎は隠伏を主るので見えずと言う。坤は門戸、坎は牢狱を主るので「牢戸」と言う。坎は憂患、震は出を主るので身を脱して禍患なしと言う。
家人。推輦上山,高仰重難。終日至暮,不見阜顛。此用《大過》伏象。坤為輦,艮為推、為山、為高、為終、為日、為阜顛,坤為暮也。
《大過》之《家人》。林辞:車子を推して山上に往けど、坡は陡しく頭を仰がねばならず、車は重くして前行し難し。清早より一直に推して天黒に至るも、なお山頭を望見しない。尚秉和は言う:この一条は遇卦《大過》の伏象を用いる。坤は輦車、艮は推・山・高・終・日・土山の頂を主り、坤は日暮を主る。
睽。憂不為患,福在堂門,使吾偃安。坎為憂患,兌悅故不患。伏艮為門堂、為安、為吾。
《大過》之《睽》。林辞:憂愁有るといえども禍患と成らず、福気は即ち厅堂門前に在り、我をして安然として仰卧休息せしむ。尚秉和は言う:坎は憂患を主り、兌は喜悦を主るので禍患と成らずと言う。伏象の艮は門・堂・安・我を主る。
蹇。春桃生華,季女宜家。受福多年,男為邦君。詳《師》之《坤》。
《大過》之《蹇》。林辞:春の桃樹は花を綻ばせ、年少の女子は出嫁してその家室に宜し。福を享くること多年、生める男児は還って一国の君と為った。尚秉和は言う:この一条の取象はすでに《師》之《坤》の一条に詳しく見え、参看すべし。「桃華」「宜家」は《詩経・周南・桃夭》の「桃之夭夭、灼灼其華、之子于帰、宜其室家」の意を用いる。
解。高山之顛,去地億千。雖有兵寇,足以自守。地,元本作俗,依汲古。此仍用《大過》對象頤。頤上艮為高山、為顛,坤為地、為億千、為師旅,故為兵寇。艮為守。
《大過》之《解》。林辞:高山の頂上は、地面を離るること千万丈である。縦え兵寇の来犯する有るも、以て自ら守るに足る。校記:「地」の字は元刻本が「俗」とし、ここでは汲古閣本に依る。尚秉和は言う:この一条は依然として《大過》の対象《頤》を用いて象を取る――《頤》の上体の艮は高山・山巔を主り、坤は地・億千・軍旅を主り、因って兵寇を取象す。艮は守を主る。
損。過時厯月,役夫顦顇。處子嘆室,思我伯叔。艮時兌月,故日過時厯月。震夫坤役兌折,故役夫顦顇。兌為處子、為口,故為嘆息。《東山》詩,婦嘆於室是也。艮為室、為叔,震為伯,坤為我、為思,故曰思我伯叔。
《大過》之《損》。林辞:一月月は過ぎ去り節候は更替し、服役の丁夫は形容憔悴す。未だ出嫁せざる女子は屋裡に嘆息し、我が伯叔を思念す。尚秉和は言う:艮は時令、兌は月を主るので「過時歴月」と言う。震は丈夫、坤は労役を主り、兌は折損を主るので役夫は憔悴すと言う。兌は処子・口を主り、因って嘆息と為す――《詩経・豳風・東山》の言う所の「婦は室に嘆く」はまさにこの意である。艮は室・叔を主り、震は伯、坤は我・思念を主るので「思我伯叔」と言う。
益。太微復明,說升傅巖,乃稱高宗。艮為星、為明,故曰太微復明。艮為巖,震為說,又為主,故曰高宗。《史記》:"殷武丁求得傅說於傳險中,殷道復興",《晉書天文志》:"太微,天子庭也,五帝之坐也",喻殷道復興。○元本下有"疾在頭頸,和不能生,滅其令名"三句,與上文義戾,宋本無,汲古作一作云云,以三句為另一林辭尚可,均依宋本刪。
《大過》之《益》。林辞:太微の星垣は重ねて光明を放ち、傅説は傅岩の下より挙拔せられ上り、武丁はここに於いて「高宗」と称することを得た。尚秉和は言う:艮は星・光明を主るので「太微復明」と言う。艮は岩、震は傅説の「説」を主り、震はまた君主を主るので「高宗」と言う。《史記》は記載す:殷王武丁は傅険(即ち傅岩)の中に傅説を訪得し、殷朝の国運はこれに因って復興したと。《晋書・天文志》は言う:「太微とは天子の庭、五帝の坐なり。」ここでは以て殷道の復興を比喻す。校記:元刻本はこの条の下にまた「疾在頭頸、和不能生、滅其令名」の三句有り、上文の文義と相抵触す。宋本にはこの三句なく、汲古閣本は「一作」云云の方式を以て載録す。この三句を別の一条の林辞と看作せば却って講じ通す、ここでは一併に宋本に依って刪去す。
夬。旁多小星,三五在東。早夜晨興,勞苦無功。通《剝》。艮為星,艮少故曰小星。《詩召南》、《毛傳》云:"三心星,五噣星",噣即柳也。以下用《大過》象,大過伏震為早、為晨,坤為夜、為勞苦。
《大過》之《夬》。林辞:天辺には許多の小星を散布し、三三五五として東方に懸る。天の亮まざるに起身して操労し、辛苦は一場なれど功效なし。尚秉和は言う:《夬》と《剥》とは旁通す。艮は星を主り、艮はまた細小を主るので「小星」と言う。《詩経・召南・小星》の《毛伝》は言う:「三は心星、五は噣星。」「噣」とは即ち柳宿である。以下は則ち改めて《大過》の象を用いる:《大過》の伏象の震は早・晨を主り、坤は夜・労苦を主る。
姤。東鄉煩煩,相與笑言。子般鞭犖,圉人作患。通《復》。震為東、為笑言。巽為鞭,坤牛故曰鞭犖。犖,駁牛也。坤為圉,震為人,故曰圉人。《周禮夏官》:"圉人掌牧馬芻秣之事"。坤為患,《左傳莊三十二年》:"雩講於梁氏女,公子觀之圉人犖自牆外與之戲,子般怒,使鞭之,後圉人犖賊子般於黨氏"。○犖,汲古訛革,依宋元本。
《大過》之《姤》。林辞:東辺の郷里は熱鬧にして、人々は説笑す。魯国の子般は圉人犖を鞭打ち、圉人は終に大禍を闖出した。尚秉和は言う:《姤》と《復》とは旁通す。震は東・笑語を主る。巽は鞭、坤は牛を主るので「鞭犖」と言う――「犖」は本より雑色牛の名称である。坤は馬を養うの圉を主り、震は人を主るので「圉人」と言う。《周礼・夏官》は言う:「圉人は馬を牧し芻秣の事を掌る。」坤は患を主る。《左伝》荘公三十二年は載す:梁氏の家に於いて雩祭を演習し、公子般は前りて観看す。圉人犖は墻外より梁氏の女に向かって調笑し、子般は大怒して人をして之を鞭打たしめた。後来圉人犖は便ち党氏の家に於いて子般を殺害した。校記:「犖」の字は汲古閣本が「革」と訛り、宋・元本に依る。
萃。鼻移在頭,枯葦復生。下朽上榮,家乃不寧,其舍不成。艮為鼻,又為頭,在一處故曰鼻移在頭。伏震為葦、為生,巽下斷故曰下朽。兌為華,在上故曰上榮。艮為家舍,巽隕故不寧、不成。
《大過》之《萃》。林辞:鼻子は頭頂の上に挪動し、枯蘆葦は重新に発芽す。下面は朽爛して上面は繁栄し、家裡はこれに因って安寧を得ず、房舎もまた蓋成せず。尚秉和は言う:艮は既に鼻を為しまた頭を為す、両者は同じ一処に在るので「鼻移在頭」と言う。伏象の震は蘆葦・生長を主る。巽の下爻は断えて陰と為るので「下朽」と言う。兌は花で、上位に居るので「上栄」と言う。艮は家舎を主り、巽の卦象は隕落なので安寧ならず蓋成せずと言う。
升。蝦蟆群聚,從天請雨。雲雷集聚,應時輒與,得其願所。巽為蝦蟆,坤為群聚。伏乾為天,兌為雨,坤為雲,震為雷。元本注云:《續漢書禮儀志》:"春旱求雨,取蝦蟆置社中"。○與,宋元本作下,依汲古。願所,汲古作所願,依宋元本。
《大過》之《升》。林辞:癩蛤蟆は成群して聚集し、上天に向かって雨を求む。雲と雷ととは之に随いて汇聚し、時に応じて便ち雨を降らし、正にそれらの心願に遂えたり。尚秉和は言う:巽は蝦蟆、坤は群聚を主る。伏象の乾は天、兌は雨、坤は雲、震は雷を主る。元刻本の注は言う:《続漢書・礼儀志》は記載す:「春旱れ雨を求め、蝦蟆を取り社中に置く。」校記:「与」の字は宋・元本が「下」とし、汲古閣本に依る。「願所」は汲古閣本が「所願」とし、宋・元本に依る。
困。大步上車,南到喜家。送我貂裘,與福載來。伏震故曰步、曰車、曰南、曰喜。艮為家、為貂,震為裘、為福。全用伏象。
《大過》之《困》。林辞:大步を邁きて車子に登り、南に到って喜事を辦る人家に至る。主人は我に一件の貂皮裘衣を贈り、福気とともに一併に載せて帰り来た。尚秉和は言う:伏象の震は歩・車・南・喜を主る。艮は家・貂を主り、震は裘・福を主る。この一条は全て伏象を用いる。
井。賊仁傷德,天怒不福。斬刈宗社,失其土宇。通《噬嗑》。坎為賊、震為仁、為怒、為福,坎破故不福。艮為天、為宗社、為土宇。艮為刀兵,故曰斬刈。○上宇,宋元本作宇守,依汲古。
《大過》之《井》。林辞:仁人を残害し徳行を傷損し、上天は震怒して肯んじて福を降らさない。宗庙社稷は鏟平され、国土疆域もまた丢失して殆ど尽きた。尚秉和は言う:《井》と《噬嗑》とは旁通す。坎は賊害、震は仁・怒・福を主る。坎は破損を主るので福を降らさずと言う。艮は天・宗庙社稷・国土屋宇を主る。艮は刀兵を主るので「斬刈」と言う。校記:「上宇」の二字は宋・元本が「宇守」とし、汲古閣本に依る(林辞は正しく「土宇」と作す、校記の「上」はまさに「土」の字の誤なるべし)。
革。從蝟見虎,雖危不殆,終已無咎。《史記龜策傳》注:"蝟能伏虎",故不危殆。乾為虎,伏坎為蝟、為危殆。○無咎,汲古作不處,從宋元本。殆,音以。
《大過》之《革》。林辞:刺猬を帯びて老虎に見えに往き、処境は危険なれど敗亡に至らず、最終は過錯有ることなからん。尚秉和は言う:《史記・亀策列伝》の注は「猬は能く虎に伏す」と言うので、危殆に至らず。乾は虎、伏象の坎は刺猬・危殆を主る。校記:「無咎」の二字は汲古閣本が「不処」とし、ここでは宋・元本に依る。「殆」の字は読むこと「以」の若し。
鼎。履素行德,卒蒙佑福。與堯佑食,君子有息。通《屯》。震為履、為白,故曰履素。震為福佑、為帝,故曰堯。兌為口,故曰食。艮為君子。○素行,汲古作行素,依宋元本。
《大過》之《鼎》。林辞:素朴に安んじ徳義を践行し、終に神明の佑護賜福を蒙った。唐尭とともに福食を享受し、君子はこれに因って生息を得た。尚秉和は言う:《鼎》と《屯》とは旁通す。震は履行・白色を主るので「履素」と言う。震は福佑・帝を主るので「尭」と言う。兌は口を主るので「食」と言う。艮は君子を主る。校記:「素行」の二字は汲古閣本が「行素」とし、宋・元本に依る。
震。利在北陸,寒苦難得。憂危之患,福為道門。商叔生存。坎為北陸、為寒,震生於子,故曰利在北陸。坎為危,震為福,艮為道、為門、為叔。震為商、為生,故曰商叔生存。
《大過》之《震》。林辞:財利は北方の地に在り、天は寒く地は凍えて、取得し難きを苦とす。憂危の患有るといえども、福気はすでに門道の上に守りて在り。商叔は性命を保全することを得た。尚秉和は言う:坎は北陸・寒冷を主る。震は子位に生じて子は正北に在るので「利在北陸」と言う。坎は危、震は福、艮は道・門・叔を主る。震は商・生を主るので「商叔生存」と言う。
艮。四蹇六盲,足痛難行。終日至暮,不離其鄉。坎為蹇,震卦數四,故曰四蹇。互大離為盲,坎數六,故曰六盲。震為足、為行,坎痛故難行。艮為終日、為鄉,坎為暮,坎陷艮止,故不離其鄉。○鄉,與行韻,依宋元本,汲古作鄰。按:震為鄰,三至上正反震,故曰不離其鄰。鄰、行,古亦協。
《大過》之《艮》。林辞:四個の跛子・六個の瞎子は、足痛えて行き難し。清早より走りて日暮に至るも、いまだ自らの郷里を離るる能わず。尚秉和は言う:坎は跛蹇を主り、震の卦数は四なので「四蹇」と言う。卦中に互いに一個の「大離」を出し、離は目にして中虚なので、因って盲と為る。坎の卦数は六なので「六盲」と言う。震は足・行走を主り、坎は疼痛を主るので行き難しと言う。艮は終日・郷里を主り、坎は日暮を主る。坎は陥を主り艮は止を主るので、自らの郷里を走出ずと言う。校記:「郷」の字は「行」の字と押韻し、ここでは宋・元本に依る。汲古閣本は「隣」と作す。尚氏の按語:震は隣を主り、三爻より上爻に至るまで正震と覆震とを兼ね有するので、「不離其隣」と作すもまた講じ通す。「隣」と「行」とは古音中に於いても相協す。
漸。臺駘昧子,明知地理。障澤宣流,對居河涘。艮為臺,坎為昧,《左傳昭元年》:"昔金天氏有子曰昧,為玄冥,是生臺駘,能業其官,宣汾洮,障大澤,帝用嘉之,封諸汾水",臺駘昧子,言昧子臺駘能治水障澤。宣,流也。坎為澤,艮止為障,坎為流、為河也。○流,汲古訛德,依宋元。居、涘,宋元本作君、作水,依汲古。
《大過》之《漸》。林辞:台駘は昧の兒子にして、地理を深く明かりとす。彼は大沢を堵え水道を疏通し、功に因って世代汾水の浜に居を為す。尚秉和は言う:艮は台、坎は昧を主る。《左伝》昭公元年は載す:昔金天氏に昧と称する兒子有り、玄冥の官を為し、台駘を生む。台駘は能く父父職を継ぎ、汾水・洮水を疏通し、大沢を堵え、帝はこれに因って彼を嘉許し、彼を汾水の一帯に封じたりと。いわゆる「台駘昧子」とは、昧の兒子台駘が能く水を治め沢を堵ぐを言う。「宣」とは即ち疎導流通である。坎は沢、艮は止住を主るので「障」と為る。坎は流水・河を主る。校記:「流」の字は汲古閣本が「徳」と訛り、宋・元本に依る。「居」「涘」の二字は宋・元本が「君」「水」とし、汲古閣本に依る。
歸妹。蓄水待時,以備火災。柱車絆馬,郊行出旅,可以無咎。通《漸》。坎水艮止,故曰蓄。艮為時、為待,故蓄水待時。互離為火,艮亦為火,故曰火災。震為車馬,坎陷故曰柱、曰絆。○待,宋元本作得,非,依汲古。
《大過》之《帰妹》。林辞:水を蓄えて時機を待ち、以て火災に防備す。車子を支え定め馬を拴牢し、郊外に到って结伴して出行す、このようして始めて過錯有ることなからん。尚秉和は言う:《帰妹》と《漸》とは旁通す。坎は水にして艮は止住を主るので「蓄」と言う。艮は時・等待を主るので「蓄水待時」と言う。卦中に互いに離を出し、離は火、艮もまた火を主るので「火災」と言う。震は車馬、坎は坑陥を主るので「柱」(支え住す)と言い「絆」と言う。校記:「待」の字は宋・元本が「得」とし、正しからず、汲古閣本に依る。
豐。歲暮花落,君衰於德。榮寵隕墜,陰奪其室。互兌為秋,故曰歲暮。兌為華,巽隕落故曰花落。震為君、為榮寵,巽為隕墜。○第三句宋本作勞寵損墜,元本作勞寵損墮,今依汲古。奪,汲古作棄。茲依宋元本。
《大過》之《豊》。林辞:歳暮は花は残にして飄落し、君主の徳行もまた之に随いて衰敗す。栄耀恩寵は一朝に墜地し、陰柔の小人は彼が家室を奪去した。尚秉和は言う:卦中に互いに兌を出し、兌は秋を主るので「歳暮」と言う。兌は花、巽の卦象は隕落なので「花落」と言う。震は君・栄寵を主り、巽は隕墜を主る。校記:第三句は宋本が「労寵損墜」とし、元刻本は「労寵損堕」とし、ここでは汲古閣本に依る。「奪」の字は汲古閣本が「棄」とし、ここでは宋・元本に依る。
旅。夏敗蔡悲,千里為市。黃落潱鬱,利得無有。未詳。敗、落,宋元本作販、作葉。
《大過》之《旅》。林辞:夏地は敗落し蔡人は悲傷し、千里の内は集市と成った。草木は黄落し陰気は欝結し、利を求むるも一として獲る所なし。尚秉和は言う:この一条の取象は詳ならず。校記:「敗」「落」の二字は宋・元本がそれぞれ「販」「葉」と作す。
巽。仲春巡狩,東見群后。昭德允明,不失其所。震為春、為巡狩,坎為仲,故曰仲春巡狩。震為東、為後,重震故曰群后。震為昭明。全用伏象。《虞書》:"歲二月,東巡狩,至於貸宗,肆覲東後"。
《大過》之《巽》。林辞:仲春二月に天子は出巡し、東方に於いて衆諸侯に会見す。徳行は昭著にして誠信は顕明なれば、人人は各々その位に安んじて所在を失わず。尚秉和は言う:震は春・巡狩を主り、坎は「仲」を主るので「仲春巡狩」と言う。震は東・諸侯の「后」を主り、卦中の震象は重出するので「群后」と言う。震は昭明を主る。この一条は全て伏象を用いる。《尚書・虞書・舜典》は言う:「歳二月、東に巡狩し、岱宗に至り……肆に東后に覲す。」(源本は「岱宗」を「貸宗」と作す。)
兌。挒絜堁堁,締結難解。嫫母衒嫁,媒不得坐,自為身禍。詳《坤》之《晉》、《比》之《大有》。
《大過》之《兌》。林辞:繩結は絞纏し塵土は飛揚し、死結は解开し難し。醜女嫫母は到る処に自誇して嫁を求め、媒人は纏われて坐立安んぜず、反って自らに禍事を惹来した。尚秉和は言う:この一条の取象はすでに《坤》之《晋》と《比》之《大有》との両条に詳しく見え、参看すべし。
渙。鳥鳴庭中,以戒凶災。重門擊柝,備憂暴客。艮為鳥,震為鳴,艮為庭,故曰鳥鳴庭中。坎為災,《左傳襄三十年》:"或叫於宋太廟曰嘻嘻出出,未幾果災"。艮為門,正反艮故曰重門。震為鳴、為柝,艮手為擊。震為客,震躁而武故曰暴客。坎為憂。○鳴,汲古作嚕,庭作夜,茲依宋元本。
《大過》之《渙》。林辞:鳥は庭院の中に鳴叫し、将に凶災有らんと警り示す。門を層層に設け柝を撃ちて夜を巡り、横暴なる来客に防備す――「重門撃柝、以待暴客」は本より《周易・繫辞下》の成語である。尚秉和は言う:艮は鳥、震は鳴叫を主り、艮は庭院を主るので「鳥鳴庭中」と言う。坎は災を主る。《左伝》襄公三十年は載す:人ありて宋国の太庙裡に「嘻嘻出出」と叫び、ほどなくして宋国は果たして失火したりと。艮は門を主り、卦中に正艮と覆艮とを兼ね有するので「重門」と言う。震は鳴・木柝を主り、艮は手を主るので敲撃と為る。震は客を主り、震の性は躁動にして威武なので「暴客」と言う。坎は憂を主る。校記:「鳴」の字は汲古閣本が「嚕」とし、「庭」は「夜」と作す、ここでは宋・元本に依る。
節。朝霽暮露,瀐我衣襦,道無行牛。震為朝,坎為暮、為露,震為衣襦,瀐,濡也。艮為道、為牛,坎伏故無。○露,宋元本作霞,依汲古。瀐,汲古作纎,襦作濡,依宋元本。第三句依汲古,宋元本作退無得牛。
《大過》之《節》。林辞:早晨は雨は過ぎ天は晴れ、傍晚はまた露水を落下し、我が短衣を沾湿せしむ。路上は一頭の路を赶ぐる牛さえ見えず。尚秉和は言う:震は早晨、坎は日暮・露水を主り、震は衣襦を主る。「瀐」は沾湿の意である。艮は道路・牛を主る。坎はここに於いて伏象なので「無」と言う。校記:「露」の字は宋・元本が「霞」とし、汲古閣本に依る。「瀐」の字は汲古閣本が「纎」とし、「襦」は「濡」と作し、宋・元本に依る。第三句は汲古閣本に依り、宋・元本は「退無得牛」と作す。
中孚。抱璞懷玉,與桀相觸。詘坐不申,道無良人。震為玉,上艮為懷抱,兌剛滷,故曰桀,正反兌故曰相觸。艮為坐,巽伏故曰詘坐、曰不申。詘,屈也,折也。申,舒也。震為道、為人,艮為良,巽伏故曰無良人。○申,宋元本訛中,從汲古。
《大過》之《中孚》。林辞:璞石美玉を懐抱し、偏に夏桀の如き暴君に撞上る。身を屈して坐して伸展すること能わず、路上は再び善良の人に遇わず。尚秉和は言う:震は玉を主り、上体の艮は懐抱を主る。兌の性は剛烈粗鹵なので「桀」と言い、卦中に正兌と覆兌とを兼ね有するので「相触」と言う。艮は坐を主り、巽はここに於いて伏象なので「詘坐」と言い「不申」と言う――「詘」は屈曲・折損の意で、「申」は舒展である。震は道・人を主り、艮は良善を主る。巽は既に伏して現われないので「無良人」と言う。校記:「申」の字は宋・元本が「中」と訛り、ここでは汲古閣本に依る。
小過。兩心相悅,共其茅藘。夙夜在公,不離房中,得君子意。巽為心,正反巽故曰兩心。兌為悅,正反兌故曰相悅。互巽為茅茹,故曰茅藘。艮手為共,故曰共其茅藘。按:《鄭風》:"東門之壇,茹藘在阪",《傳》:"茹藘,茅搜也,疏,蒨也,可染赤色",又云"出其東門,縞衣茹藘,聊可與娛",箋:茹藘,茅搜染巾也。聊可與娛者,且可留與我為樂,茲云兩心相悅,正《詩》所謂聊可與娛也,雲共其茅藘,正箋所謂留與我為樂也。茹與茅義通,然林讀為茅藘,是齊詩與毛異讀也。夙,早也。震為旦,坎為夜,艮為房、為君子。○茅藘,宋本作柔筋,汲古作茀,依元本,藘與下意韻,又與首句意合,此明用東門詩意。劉毓崧以柔筋茀不合,雲宜作薇蕨,豈知薇蕨與相悅何涉,且與下意韻不協,而丁宴等仍採之。古書之難校若是。
《大過》之《小過》。林辞:両顆の心は彼此歓悦し、共にあの一方の茜草で染めたる佩巾を有す。早晚ともに公門に当直するも、かつて内室を離れず、深く君子の心意を得たり。尚秉和は言う:巽は心を主り、卦中に正巽と覆巽とを兼ね有するので「両心」と言う。兌は悦を主り、正兌と覆兌とを兼ね有するので「相悦」と言う。卦中に互いに巽を出し、巽は茅茹を主るので「茅藘」と言う。艮は手を主り、因って共持と為り、「共其茅藘」と言う。尚氏の按語:《詩経・鄭風》は「東門之墠、茹藘在阪」と言う(今本《毛詩》は「東門之墠」と作す)、《毛伝》は解釈す:「茹藘とは茅蒐なり、疏とは蒨なり、以て赤色を染むべし。」《鄭風・出其東門》はまた「出其東門……縞衣茹藘、聊可与娯」と言い、鄭玄の箋は言う:「茹藘とは茅蒐の巾を染めたるなり。」いわゆる「聊可与娯」とは、姑且として留まって我と同楽すべしを言う。ここの処の「両心相悦」は、まさに《詩》の言う所の「聊可与娯」である。「共其茅藘」と言うは、まさに鄭箋の言う所の留まって我と為楽すである。「茹」と「茅」とは意義相通ずるも、しかし《易林》は「茅藘」と読む、見れば《斉詩》と《毛詩》とは読法同じからず。「夙」は早の意である。震は早晨、坎は夜、艮は房・君子を主る。校記:「茅藘」は宋本が「柔筋」とし、汲古閣本は「茀」と作し、ここでは元刻本に依る――「藘」は下句の「意」と相押韻し、また首句の文意と相合する、見れば分明に《東門》の詩意を用いる。劉毓崧は「柔筋」「茀」は講じ通ぜざるがため、便ちまさに「薇蕨」と作るべしと言う。殊に知らず薇蕨は「相悦」となんの相関か有らん、しかも下句の「意」の字と押韻せず、丁晏(源本は「丁宴」と作す)らはしかし依然として彼の説を採用す。古書の校勘の難きこと、竟にこの般の地步に至る。
既濟。載饋如田,破鉏失餐。苗穢不闢,獨飢於年。○餐,依汲古,宋元本作食。穢,依宋元本,汲古作稼。
《大過》之《既済》。林辞:飯食を挑んで田頭に送り届け、鋤頭はしかし折断し、この頓の飯さえ食い成らざりき。禾苗の間の雑草は除き浄めず、独りこの一年に於いて飢餓に挨らん。この条は尚氏の出注なし。校記:「餐」の字は汲古閣本に依り、宋・元本は「食」と作す。「穢」の字は宋・元本に依り、汲古閣本は「稼」と作す。
未濟。甘露醴泉,太平機關。仁德咸應,歲樂民安。○咸,汲古作感,依宋元本。
《大過》之《未済》。林辞:甘露は天より降り、醴泉は地より湧き出ず、これは太平の世の枢機の存する所である。仁徳の被る所、万物は感応せざるなく、年成は歓楽し百姓は安寧す。この条は尚氏の出注なし。校記:「咸」の字は汲古閣本が「感」とし、宋・元本に依る。
焦氏易林注 下
焦氏易林注 巻八
行唐尚秉和節之注
本巻の注解は行唐(今の河北行唐県)の人尚秉和の手に出で、「節之」は彼の字である。
受業蒲城仵道益、豐潤董維城堃校刊
彼の受業弟子たる蒲城(今の陝西蒲城県)人の仵道益・豊潤(今の河北豊潤)人の董維城(名は堃)の両人に依って校訂刊行せらる。
坎 第二十九
坎。有鳥黃足,歸呼季玉。從我睢陽,可避刀兵。與福俱行,有命久長。互艮為鳥,震為足、為黃,故曰黃足。震為歸、為呼、為玉,艮為季,故曰季玉。震為從,艮為我,納丙,又為視,故曰雎陽。艮為刀兵,坎隱,故可避刀兵。○鳥黃,宋元本作黃鳥,從汲古,此似有故事。
《坎》之《坎》、は本卦自身の一条である。林辞:一種の黄脚の鳥あり、飛び帰りて季玉を呼喚す。我に随いて睢陽に往けば、以て刀兵の禍を避くることを得ん。福気は汝と同行し、寿命は長久なり。尚秉和は言う:卦中に互いに艮を出し、艮は鳥、震は足・黄色を主るので「黄足」と言う。震は帰・呼喚・玉を主り、艮は排行の最も小さき「季」を主るので「季玉」と言う。震は跟従、艮は我を主る。艮は丙に納りて丙は南方に属して陽と為し、艮はまた視看を主るので「雎陽」と言う。艮は刀兵、坎は隠伏を主るので刀兵を避くるべしと言う。校記:「鳥黄」の二字は宋・元本が「黄鳥」とし、ここでは汲古閣本に依る。この一条は似たも別に本事の考ぐべき有り。
乾。太王為父,季厯孝友。文武聖明,仁德興起。孔張四國,載福綏厚。乾為王、為父、為始,故曰太王。下兼用遇卦坎象。互艮為季、為時、為友,故曰季厯孝友。季厯,文王父也。伏離為文,震為武,坎為聖,艮為明,故曰文武聖明。震為仁德、為興起、為孔、為張,艮為國,震卦數四,故曰四國。震為福、為車,故曰載福也。○孔,宋元本作弘,依汲古。
《坎》之《乾》。林辞:太王は先祖父輩にして、季歴は孝順友悌す。文王・武王は聖明にして相继ぎ、仁徳はここより興起し、教化は大大に四方の国に伸張し、福気を満載して安撫は深厚なり。尚秉和は言う:乾は王・父・始を主るので「太王」と言う。以下は則ち兼ねて遇卦《坎》の象を用いる。卦中に互いに艮を出し、艮は季・時・友を主るので「季歴孝友」と言う――季歴は即ち周文王の父である。伏象の離は文、震は武、坎は聖、艮は明を主るので「文武聖明」と言う。震は仁徳・興起・大・張布を主り、艮は国を主り、震の卦数は四なので「四国」と言う。震は福・車を主るので「載福」と言う。校記:「孔」の字は宋・元本が「弘」とし、汲古閣本に依る。
坤。猿墮高木,不踒手足。保我金玉,還歸其室。詳《否》之《臨》。惟此全用坎象。艮猿震木,艮手震足,艮金震玉,艮室震歸。○金玉,汲古訛金生,依宋元本。
《坎》之《坤》。林辞:猿猴は高樹より跌落すれど、手脚はしかし扭伤せず。我が金玉財貨を保住し、安然として自らの屋裡に回帰した。尚秉和は言う:この一条の取象はすでに《否》之《臨》の一条に詳しく見える、ただここでは全て《坎》の象を用いる:艮は猿・震は木を主り、艮は手・震は足を主り、艮は金・震は玉を主り、艮は室・震は帰を主る。校記:「金玉」の二字は汲古閣本が「金生」と訛り、宋・元本に依る。
屯。重耳恭敏,遇讒出處。北奔戎狄,經涉齊楚。以秦伐懷,誅殺子園,身為伯主。坎為耳,坤為重,故曰重耳。初至五正覆震,故曰讒。震為出奔,坤為北、為戎狄,故曰北奔戎狄。伏巽為齊,震為楚、為伐、為伯主,坤為誅殺、為圉、為身。○伐,汲古作伐,從宋元本。
《坎》之《屯》。林辞:晋公子重耳は恭謹にして機敏なれど、人の進讒に遭いて出亡して外に在り。まず北に奔りて戎狄に投じ、また輾転して斉国・楚国を経過した。後来秦国の力を借りて晋懐公を討伐し、子圉を殺して、自ら諸侯の霸主と為った。尚秉和は言う:坎は耳、坤は重を主るので「重耳」と言う。初爻より五爻に至るまで正震と覆震とを兼ね有するので「讒」と言う。震は出奔を主り、坤は北・戎狄を主るので「北奔戎狄」と言う。伏象の巽は斉を主り、震は楚・討伐・霸主を主り、坤は誅殺・圉・身を主る。校記:「伐」の字は汲古閣本が「伐」とし、ここでは宋・元本に依る(両本の字形は相同じく、まさに一処は異体か刻誤なるべし)。
蒙。倚鋒據戟,傷我胸臆,耗折不息。艮為鋒戟,坤為胸臆、為傷、為耗,震為息,坤死故不息。○耗,宋元本作拜,依汲古。
《坎》之《蒙》。林辞:身子は刀鋒に倚り手は長戟を按じ、我が胸膛を傷つけたり。損耗は折断して、止息の時なし。尚秉和は言う:艮は刀鋒長戟、坤は胸臆・傷・損耗を主り、震は止息を主る。坤は死を主るので止息を得ずと言う。校記:「耗」の字は宋・元本が「拜」とし、汲古閣本に依る。
需。狗冠雞步,君失其所。出門抵山,行者憂難。水灌我園,高陸為泉。伏《晉》。艮為狗、為冠,雞步,猶雞禍,凡烖害之神皆曰步。乾為君,坎為失,坤為門,坤上艮故曰出門抵山。震為行,震覆故難。艮為園,坎水坤水,故曰水灌我園。高陸為泉,高陸艮也。○狗冠,《五行志》:"昌邑王見大白狗冠方山冠而無尾,未幾,廢",《周禮夏官校人》"冬祭馬步"注:馬步,謂神為馬災害者。又《地官》注:凡人物災害之神皆曰步。雞步,即五行志所謂雞禍。宋元本訛雛,依汲古。兌為雞。
《坎》之《需》。林辞:狗は帽子を戴き、鶏もまた妖異を鬧出し、君主はこれに因ってその位置を失掉す。一たび門を出づれば即ち大山に撞上り、路を赶ぐる人は憂愁重重たり。大水は我が園子に灌ぎ入り、高地の上にさえも泉水を冒出す。尚秉和は言う:《需》の伏象は《晋》である。艮は狗・冠を主る。「鶏歩」は猶ほ「鶏禍」と言うが如し――およそ災害を降す神は皆「歩」と称す。乾は君、坎は失、坤は門を主る。坤は上に在りて艮は其の間に居るので「出門抵山」と言う。震は行走を主り、震はここに於いて倒覆の象なので艱難と言う。艮は園、坎は水・坤もまた水を主るので「水灌我園」と言う。「高陸為泉」の「高陸」とは指す所の艮である。校記:「狗冠」に関しては、《漢書・五行志》は記載す:昌邑王は一条の大白狗が方山冠を戴きて尾巴なきを見、ほどなくして彼は便ち廃黜せられたりと。《周礼・夏官・校人》の「冬は馬歩を祭る」の鄭玄の注は言う:馬歩とは、馬匹を為害する神を指すと。《地官》の注はまた言う:およそ人と物とを為害する神は皆「歩」と叫作すと。「鶏歩」とは即ち《五行志》の言う所の「鶏禍」である。「鶏」の字は宋・元本が「鶵」と訛り、汲古閣本に依る。兌は鶏を主る。
訟。眾鳥所翔,中有大怪。丈身長頭,為我驚憂。坎眾離鳥,故曰眾鳥。坎為中、為怪,乾為大,伏坤為身,坎為憂。○丈身,宋元本作爪牙,依汲古。頭,汲古作頸,依宋元本。乾首互巽為長,故曰長頭。
《坎》之《訟》。林辞:群鳥の盤旋飛翔する所、中間に一個の大怪物あり。身長は一丈・頭顱は細長にして、我をしてまた驚きまた憂えしむ。尚秉和は言う:坎は衆多・離は鳥を主るので「衆鳥」と言う。坎は中・怪異を主り、乾は大を主り、伏象の坤は身を主り、坎は憂を主る。校記:「丈身」の二字は宋・元本が「爪牙」とし、汲古閣本に依る。「頭」の字は汲古閣本が「頸」とし、宋・元本に依る。乾は首を主り、卦中に互いに巽を出して巽は長を主るので「長頭」と言う。
師。雷行相逐,未有休息。戰於平陸,為夷所覆。詳《坤》之《泰》。雷,依宋元本,汲古作虎。
《坎》之《師》。林辞:雷声は滾滾として、一陣は一陣を追い、停歇なし。平陸の地に於いて交戦し、夷人に打たれて全軍覆没した。尚秉和は言う:この一条の取象はすでに《坤》之《泰》の一条に詳しく見え、参看すべし。校記:「雷」の字は宋・元本に依り、汲古閣本は「虎」と作す。
比。禹鑿龍門,通利水泉。同注滄海,民得安土。艮為門、為鑿,伏乾為王,故曰禹,為龍,故曰龍門。坎水坤水,故曰通利水泉。坤為海、為民、為安、為土。○土,汲古作然,依宋元本。
《坎》之《比》。林辞:大禹は龍門を鑿開し、水源泉脈を疏通す。衆水は一斉に滄海に注入し、百姓は始めて故土に安居することを得たり。尚秉和は言う:艮は門・開鑿を主り、伏象の乾は王を主るので「禹」と言う。乾はまた龍を主るので「龍門」と言う。坎は水・坤もまた水を主るので「通利水泉」と言う。坤は海・民・安・土を主る。校記:「土」の字は汲古閣本が「然」とし、宋・元本に依る。
小畜。堯舜仁德,養賢致福。眾英積聚,國無寇賊。乾為帝,故曰堯舜。乾為仁、為賢、為福,兌為食,故曰養賢。伏坤為積聚、為國,坎為賊,坎伏故無。○元本下多"商人失利,來爭寶貨"二句,與上文不協,依宋本、汲古刪。
《坎》之《小畜》。林辞:唐尭虞舜は仁徳を施行し、賢才を供養して福慶を招来す。衆多の英才は朝に聚集し、国中に寇盗賊人なし。尚秉和は言う:乾は帝を主るので「尭舜」と言う。乾は仁・賢・福を主り、兌は飲食を主るので「養賢」と言う。伏象の坤は積聚・国を主り、坎は賊を主る。坎はここに於いて伏して現われないので「無」と言う。校記:元刻本はこの条の下に「商人失利、来争宝貨」の両句を多く出し、上文と相協せず、宋本と汲古閣本に依って刪去す。
履。陸居少泉,山高無雲。車行千里,塗不汙輪,渴為我怨。伏震為陸、為居、為山,坤為雲,坎為泉,坤坎皆伏,故曰少泉、曰無雲。震為車、為行,坤為千里,坎為泥塗、為輪、為汙,坎下震上,故輪不汙。坎為怨,艮火故渴。全用伏象。
《坎》之《履》。林辞:高陸の地に住み、泉水は稀少である。山は高いといえども雲を生ぜず。車は千里を行くも、路上に竟に車輪を沾汚する泥漿なし。口は渇いて水なく、我が一椿の怨事と成った。尚秉和は言う:伏象の震は陸地・居住・山を主り、坤は雲、坎は泉を主る。坤と坎とはともに伏象なので泉少なしと言い雲なしと言う。震は車・行走を主り、坤は千里を主り、坎は泥塗・車輪・汚を主る。坎は下に在りて震は上に在るので、車輪は沾汚せられず。坎は怨、艮は火を主るので口渇す。この一条は全て伏象を用いる。
泰。朝視不明,夜不見光。暝抵空床,季女奔亡,愴然心傷。震為朝,坤黑故不明。坤為夜、為暝,故不見光。伏艮為床,兌為季女,震往故曰奔,坤為亡、為心、為憂。○首二句汲古作"朝不見光,暮不見明",茲依宋元本。暝,宋作本作皆,元本作沓,茲依汲古。
《坎》之《泰》。林辞:早く物を看るも分明ならず、夜は更に亮光を見ず。摸黑して一張の空床に撞上り、小女児はすでに逃亡して外に在り、人をして心中愴然として痛ましむ。尚秉和は言う:震は早晨を主り、坤の色は黒なので明ならずと言う。坤は夜・昏暝を主るので光を見ずと言う。伏象の艮は床、兌は少女を主り、震は前往を主るので「奔」と言う。坤は亡失・心・憂を主る。校記:冒頭の両句は汲古閣本が「朝不見光、暮不見明」とし、ここでは宋・元本に依る。「暝」の字は宋本が「皆」とし、元刻本は「沓」とし、ここでは汲古閣本に依る。
否。齊魯永國,仁聖輔德。進禮雅言,定公以安。巽齊,伏兌為魯,坤為國,乾為永,故曰齊魯永國。乾為仁聖,坤為禮,乾為言,艮為定、為安,乾為公,故曰定公以安。○永,宋元本作求,依汲古。進,汲古作造,依宋元本。《左傳定十年》:"會齊侯於夾谷,孔子相,齊人鼓譟以進,孔子厯階數之,齊人服罪"。
《坎》之《否》。林辞:斉・魯の両国は長久に保全を得、仁徳聖明の人は君徳を輔助す。礼儀を進献し雅正の言を説出し、魯定公はこれに因って安寧を得たり。尚秉和は言う:巽は斉、伏象の兌は魯を主り、坤は国、乾は長久を主るので「斉魯永国」と言う。乾は仁・聖を主り、坤は礼、乾は言語、艮は安定を主り、乾はまた公を主るので「定公以安」と言う。校記:「永」の字は宋・元本が「求」とし、汲古閣本に依る。「進」の字は汲古閣本が「造」とし、宋・元本に依る。《左伝》定公十年は載す:魯定公と斉侯とは夾谷に於いて会盟し、孔子は相礼を担任す。斉人は鼓噪して進逼し、孔子は階を拾い上りてその罪を歴数し、斉人はただ服罪するのみなりしと。
同人。朿帛玄圭,君以佈德。伊呂百里,應聘輔國。互巽為帛,乾為玉、為圭、為玄,故曰朿帛玄圭。乾為君,伏震為音,故曰伊吾。
《坎》之《同人》。林辞:一束の繒帛・一枚の玄色の圭を、君主は之を以て聘礼と為して恩徳を布施す。伊尹・吕尚・百里奚の類の賢臣は、聘に応じて出仕して国家を輔佐した。尚秉和は言う:卦中に互いに巽を出し、巽は帛を主る。乾は玉・圭・玄色を主るので「朿帛玄圭」と言う。乾は君、伏象の震は声音を主るので「伊吾」と言う。(本分片の源文はここに至って止まり、この条の注文は下に接して後の分片に続く。)
伊,讀書聲也,為樂故曰呂。伏坤為百里、為國,言湯、文、秦穆以璧帛聘伊尹、呂望、百里奚為輔也。
上条の注文を承接して往下に講ず:「伊」は書冊を誦読する声を取り、震に言語の象有るが故に、林辞はこの「伊」の字を用いる。震はまた音楽を主り、十二律中の陰律は「吕」と称するが故に、林辞はまた「吕」の字を用いる――両字は合わせて、正に伊尹・吕望の両位の国を輔く賢臣を指す。この卦の隠伏する所の坤は、百里・邦国の象有り。いわゆる「伏象」とは、一卦の六爻の陰陽を全部翻転し、翻転せし後のあの卦の象を取ることである。尚秉和は以為す:伏卦の象は爻画上に顕露せざるといえども、依然として取用する可しと。全句の言う所は商湯が伊尹を聘し、周文王が吕望を聘し、秦穆公が百里奚を贖い、三位の君主はみな玉璧束帛の如き重礼を以て賢人を延請し、彼らをして出でて自己の輔佐と為らしめたるを言う。(本条の注文の前半截は上一分片に落ち、ここの処はただ後半のみ。)
大有。棘鉤我襦,為絆所拘。靈巫拜祝,禍不成災。東山之邑,中有土服,可以饒飽。伏《比》。坎為棘,坤為襦,艮止故曰絆、曰拘。本卦兌為口,故曰巫祝。坤為禍災,艮為山、為邑,離位東故曰東山。艮為果蓏、為土服,服菔同,《詩小雅》:"象弭魚服",《周禮素服》箋與注皆作菔是其證。土服,即蘆菔,《爾雅釋草》"葖蘆萉"注:"萉,宜為菔,蘆菔,蕪菁屬,今俗所謂蔓菁可食。"故下雲可以饒飽,坎為飽。○祝,宋本、元本作禱,依汲古。土服,汲古作肥土,依宋元本。
坎卦は大有卦に変ず。荆棘は我が短襖に鈎掛り、繩索に絆まれたるが如く身を脱すること能わず。霊験ある巫者に下拜祈祷せしめ、禍事は終に大災を釀成せざりき。東辺山下の城邑の裡は萝卜を出産し、之に頼って以て飽足に食うことを得べし。尚秉和は言う:大有は比卦に「旁通」す――旁通とは六爻の陰陽が完全に相反する両卦が互いに表裏を為し、取象の時に彼此通用し得るを言う――故にここでは比卦の象を用いる。比卦の上体の坎は荆棘を主り、下体の坤は短襖を主り、比卦の三至五爻は「互体」(一卦の中間の相連なる三爻を抽取して別に一卦を成す)に艮を為し、艮の性は静止なので「絆」と言い「拘」と言う。本卦即ち之卦大有の自身は三至五爻に互いに兌を為し、兌は口舌を主るので巫祝の祷告と言う。坤は禍患災殃、艮は山・城邑を主り、大有の上体の離は東方に居るので「東山」と言う。艮は瓜果蓏実を主り、即ち「土服」である。「服」と「菔」とは同一の字で、《詩経・小雅》の「象弭魚服」の「服」は、《周礼》の素服の一条の鄭玄の箋と注とは皆「菔」と写す、これは即ち証拠である。土服は即ち蘆菔、即ち萝卜で、《爾雅・釈草》の「葖、蘆萉」の条の下に注して言う:萉はまさに菔と作るべし、蘆菔は蕪菁の類に属し、即ち今に俗に称する食用すべき蔓菁である。故に林辞の下句は飽食すべしと言い、坎はまた飽足の象有り。校勘:「祝」の字は宋刻本・元刻本ともに「祷」と作し、ここでは汲古閣本に依る。「土服」の二字は汲古閣本が「肥土」と作し、ここでは宋・元本に依る。
謙。門燒屋燔,為下所殘。西行出戶,順其道里。虎臥不起,牛羊歡喜。艮為門屋、為火,故燔燒。坤為下、為殘、為戶,震為行,坎西故曰西行。艮為道里、為虎,艮止故不起。坤為牛,伏兌為羊,震為喜。○裡,汲古作理,依宋元本。
坎卦は謙卦に変ず。大門は焼かれ房屋は火を起こし、これは下の人に毀壞せられしである。西辺に向かって門を出でて往き、一路は道路に順って走る。老虎は伏臥して起身せず、牛羊はこれに因って歓喜す。尚秉和は言う:謙卦の下体の艮は門・屋を主り、艮はまた火象有るので焚焼と言う。上体の坤は下位に居り、坤は残破の象有り、また門戸の象有り。謙卦の三至五爻は互いに震を為し、震は行走を主る。二至四爻は互いに坎を為し、坎は西方に居るので「西行」と言う。艮は道路里程を主り、また虎を主り、艮の性は静止なので老虎は臥して起きず。坤は牛を主り、謙の伏せる所の履卦の下体の兌は羊を主り、互いに震を為して喜を主る。校勘:「里」の字は汲古閣本が「理」と作し、ここでは宋・元本に依る。
豫。牆高蔽目,崑崙翳日。遠行無明,不見歡叔。艮為牆、為山,離為目、為日,離伏故曰翳蔽、故曰無明。震為行、為歡,艮為叔。○目,宋元本作日,日作月,今依汲古。
坎卦は豫卦に変ず。墻は高きこと太甚りて眼睛を遮蔽し、崑崙山は太陽を挡住す。遠行して外に在りて一片昏黑にして、可亲なる叔父を見ず。尚秉和は言う:豫卦の二至四爻は互いに艮を為し、艮は墻垣・山岳を主る。離は眼目・太陽を主るも、而して豫卦の本身は離を見ず、離はただ伏する所の小畜卦の裡に蔵るるのみ、故に遮蔽すと言い光亮なしと言う。上体の震は行走・歓楽を主り、互いに艮を為して叔父を主る。校勘:「目」の字は宋・元本が「日」と作し、下句の「日」は宋・元本が「月」と作す、今は汲古閣本に依る。
隨。天地際會,不見內外。祖辭遣送,與世長訣。艮陽在上為天,震陽在下為地,艮震相對,故曰際會、曰內外。震為祖,道祭也。兌毀折、巽隕落,故曰與世長訣。
坎卦は随卦に変ず。天と地とはここに於いて交接会合し、内外の界限はすでに分辨し得ず。親友は「祖道」の祭を設けて死者のために辞行相送し、ここより人世と永遠に訣別す。尚秉和は言う:随卦の三至五爻は互いに艮を為し、艮の陽爻は上に居り、取る所は天象である。下体の震の陽爻は下に居り、取る所は地象である。艮震は上下相対するので「際会」と言い「内外」と言う。震は祖を主り、この「祖」は出行前に路神を祭祀する祖道の礼を指す。上体の兌は毀折を主り、随の伏する所の蠱卦の下体の巽は隕落を主るので人世と長辞すと言う。
蠱。深水難涉,泥塗至轂。牛罷不進,濘陷為疾。互大坎故曰深水、曰泥塗。坎為轂,艮為牛,艮止故不進,坎陷坎疾。○泥塗,宋元本作塗難,為作我,今依汲古。
坎卦は蠱卦に変ず。水は深くして徒歩で渉り難く、泥濘は車轂に没す。牛は累れて走ることを得ず、爛泥の裡に陥りて苦病と成った。尚秉和は言う:蠱卦の六爻を合看すれば、中間の陽爻は上下の陰爻に夾住せられ、一個の放大せる坎を形成す、これを「大坎」と叫ぶ――相隣る数爻を以て一爻と看作し、全卦は便ち某一経卦の形を呈す――坎は水・険陥を主るので「深水」と言い「泥塗」と言う。坎は車轂を主り、上体の艮は牛を主り、艮の性は静止なので牛は肯んじて前進せず。坎は陥落を主り、坎はまた疾患を主る。校勘:「泥塗」の二字は宋・元本が「塗難」と作し、「為」の字は「我」と作す、今は汲古閣本に依る。
臨。羊警虎狼,聳耳群聚。無益於僵,為齒所傷。兌為羊,震為警,伏艮為虎狼。兌為耳,坤為群、為聚,兌為齒、為傷。○虎狼,宋元本作狼虎,茲依汲古。第二句各本作獮猴群走,依《既濟》之《巽》校。
坎卦は臨卦に変ず。羊群は虎狼の来たるを警覚し、耳朵を竪てて成群して一処に擠集す。しかしこれは倒毙を免るるに於いて毫も用ならず、終に虎狼の歯牙に咬傷せられた。尚秉和は言う:臨卦の下体の兌は羊を主り、二至四爻は互いに震を為して驚警を主る。臨の伏する所の遯卦の下体の艮は虎・狼を主る。兌は耳を主り、上体の坤は群・聚集を主り、兌はまた歯牙・傷損を主る。校勘:「虎狼」は宋・元本が「狼虎」と作し、ここでは汲古閣本に依る。第二句は各本とも「狝猴群走」と作し、ここでは《既済》之《巽》の一条の文字に依って「聳耳群聚」と校改す。
觀。履蛇躡虺,與鬼相視。警恐失氣,如騎虎尾。巽為蛇虺,伏震在上,故曰履蛇躡虺。坤為鬼,艮為視。震為警恐,巽為臭,故曰氣,巽隕故失氣。震為騎,艮為虎、為尾。○恐,宋元本作哭,依汲古。
坎卦は観卦に変ず。脚は長蛇を踩み毒虺を踏み、鬼魅と四目相対す。嚇えて気さえ提げ上げる能わず、まさに虎尾の上に騎るが如し。尚秉和は言う:観卦の上体の巽は蛇・虺を主る。観の伏する所の大壮卦の上体は震で、震は足・践履を主り、伏震は恰も上位に在るので「履蛇躡虺」と言う。下体の坤は鬼を主り、三至五爻は互いに艮を為して観視を主る。震は驚恐を主り、巽は気味を主るので「気」と言う。巽はまた隕落を主るので「失気」と言う。震は騎乘、艮は虎・尾を主る。校勘:「恐」の字は宋・元本が「哭」と作し、ここでは汲古閣本に依る。
噬嗑。車警人墮,兩輪脫去。行者不至,主人憂懼。締結復解,夜明為喜。震為車、為警、為人,在下故曰人墮。坎為輪,伏兌數二,故曰兩輪,坎破故脫去。震為行,坎隱伏故不至。震為主人,坎為憂、為夜,離為明,故曰夜明。《禮記》:"夜明,祭月也",《左傳》:"恆星不見夜明也",又《拾遺記》:"炎帝時有石磷之玉,號曰夜明,以闇投水浮而不滅"。○墮,汲古作傾,至作止,主人作人生,均依宋元本。
坎卦は噬嗑卦に変ず。車子は険情を出で人は車上より摔落し、両只の車輪は脱落して飛出した。門を出ずる人は目的地に到ること能わず、家中の主人は憂愁害怕す。もと糾纏打結せしはまた解开し、月明の夜は転じて喜事と成った。尚秉和は言う:噬嗑の下体の震は車・驚警・人を主り、人は下位に処るので「人堕」と言う。三至五爻は互いに坎を為して車輪を主り、噬嗑の伏する所の井卦は互いに兌を為して兌の卦数は二なので「両輪」と言う。坎は破損を主るので車輪は脱落す。震は行走を主り、坎は隠伏を主るので行人は到らず。震は主人を主り、坎は憂愁・黑夜を主り、上体の離は光明を主り、合わせて「夜明」と言う。《礼記》は「夜明とは、月を祭るの礼の名称なり」と言い、《左伝》は「恒星の見えざるは、夜に天光の明亮なるに因るなり」と言い、《拾遺記》はまた「炎帝の時に一種の石磷の玉あり、名を夜明と曰い、暗処に於いて水中に投ずれば浮き起きて熄えず」と言う。校勘:「堕」の字は汲古閣本が「傾」と作し、「至」は「止」と作し、「主人」は「人生」と作す、いずれも宋・元本に依る。
賁。南販北賈,與怨為市,利得百倍。震為商賈、為南,坎為北,故曰南販北賈。坎為怨,《論語》:"放於利而行多怨",伏巽為市、為利,震為百,巽為倍。○怨,汲古作喜,依宋元本。百倍,宋元本作自治,依汲古。
坎卦は賁卦に変ず。南辺に到りて販運し北辺に到りて行商し、怨を結びし人と売買するも、反って利を獲ること百倍なり。尚秉和は言う:賁卦の三至五爻は互いに震を為し、震は商賈を主りまた南位に居る。二至四爻は互いに坎を為し、坎は北位に居るので「南販北賈」と言う。坎は怨恨を主る、《論語》は「一味に私利に依りて行事すれば、招来する怨恨は多し」と言う。賁の伏する所の困卦は互いに巽を為し、巽は市集・財利を主る。震の卦数は百、巽は加倍を主るので利を獲ること百倍と言う。校勘:「怨」の字は汲古閣本が「喜」と作し、ここでは宋・元本に依る。「百倍」の二字は宋・元本が「自治」と作し、ここでは汲古閣本に依る。
剝。延陵適魯,觀樂太史。車轔白顛,知秦興起。卒兼其國,一統為主。詳《大畜》之《離》。轔,汲古訛鄰,依宋元本。
坎卦は剥卦に変ず。呉国の延陵季子は出使して魯国に到り、太史に彼がために各国の楽歌を演奏せしめたり。《秦風》の裡の「車あり轔轔として、馬は白額を生ず」の句子を聴き、便ち秦国の将に興盛せんことを断定し、最終は列国を呑并し天下を一統して天下の主と為らんと。この一段は《左伝・襄公二十九年》の季札が楽を観たる故事を用いる。尚秉和は言う:この条の取象はすでに《大畜》之《離》の一条の下に甚だ詳しく講じたり、ここでは再び重複せず。校勘:「轔」の字は汲古閣本が「隣」と訛り、ここでは宋・元本に依る。
復。出門逢患,與福為怨。更相擊刺,傷我手端。此用遇卦《坎》象。互艮為門,震為出,坎為患,故曰出門逢患。震為福,坎為怨,艮為擊刺,正反艮,故更相擊刺,相擊故手受傷。○患,汲古作惡,怨、更作患、反,均依宋元本。福,宋元本作禍,依汲古。
坎卦は復卦に変ず。一たび門を出づれば即ち禍患に撞上り、本より福を得べき事は反って怨仇を結成す。彼此は交々に撃刺して、我が手指を傷つけたり。尚秉和は言う:この条は「遇卦」坎の卦象を借用す――遇卦とは起卦の時に得るあの一卦で、ここでは本章の坎を指す。それより変じ出づるあの一卦を「之卦」と叫び、ここでは即ち復卦である。坎の三至五爻は互いに艮を為して門を主り、復の下体の震は出を主り、坎は禍患を主るので「出門逢患」と言う。震は福、坎は怨、艮は撃刺を主る。正立の艮と倒過して看る艮(「覆象」、即ち一卦を上下顛倒して得る所の象)とは両両として相対するので「更相撃刺」と言い、互相に撃打すれば便ち手を傷つく。校勘:「患」の字は汲古閣本が「悪」と作し、「怨」「更」の二字は汲古閣本が「患」「反」と作し、いずれも宋・元本に依る。「福」の字は宋・元本が「禍」と作し、ここでは汲古閣本に依る。
無妄。獐鹿群走,自然燕喜。公子好遊,他人多有。艮為獐鹿,伏坤為群,震為走、為喜、為公、為子。○群,宋元本作同,然作燕,燕作嘉,均依汲古。
坎卦は无妄卦に変ず。麞子と鹿とは成群して奔跑し、自自然然として一片の安楽である。公子は出游を喜好し、旁人は反ってこれに因って獲る所多し。尚秉和は言う:无妄の二至四爻は互いに艮を為し、艮は麞・鹿を主る。无妄の伏する所の升卦の上体の坤は成群を主る。下体の震は奔走・喜楽・公・子を主る。「燕喜」とは即ち安閑喜楽である。校勘:「群」の字は宋・元本が「同」と作し、「然」は「燕」と作し、「燕」は「嘉」と作す、いずれも汲古閣本に依る。
大畜。恭寬信敏,履福不殆。從其邦域,與喜相得。乾為福,上震故曰履福、曰喜。艮為邦。
坎卦は大畜卦に変ず。人と為ること恭敬・寛厚・誠信・勤敏にして、福気の上に踏みて危険有ることなからん。自ら家の封疆国土に順って行事せば、喜慶は自ずから随いて来らん。「恭寛信敏」は《論語》に出づ、孔子が子張の仁を問うに答えて挙げし五種の德行中の四種である。尚秉和は言う:大畜の下体の乾は福を主り、三至五爻は互いに震を為してその上に居り、震は足・践履を主りまた喜を主るので「履福」と言い「喜」と言う。上体の艮は邦国を主る。
頤。欲飛無翼,鼎重折足。失其福利,苞羞為賊。震為飛、為翼,坤亡故無翼。震為鼎、為足,坤為重、為敗,故折足。乾為福,巽為利,乾巽皆伏,故曰失其福利。坤為羞,在中故曰苞羞。○福,宋元本作喜,依汲古。苞,汲古作庖,依宋元本。
坎卦は頤卦に変ず。飛ばんと欲するも翅膀なく、鼎裡は装むること重きこと太甚りて鼎足を圧折す。本より手に到るべき福分財利を丢掉し、羞辱を満懐してまた賊害に遭う。尚秉和は言う:頤の下体の震は飛・羽翼を主り、中間の四爻は併せて坤を為し、坤は喪亡を主るので翅膀なしと言う。震は鼎・足を主り、坤は沉重・敗壞を主るので鼎足は折断す。乾は福、巽は利を主るも、而して頤卦の裡は乾巽の両象がみな伏卦大過の中に蔵れて顕れないので「失其福利」と言う。坤は羞辱を主り、羞辱は卦の中間に包含すので「苞羞」と言う。「苞」は「包」と同じく、即ち《周易・否卦》の「包羞」の意である。校勘:「福」の字は宋・元本が「喜」と作し、ここでは汲古閣本に依る。「苞」の字は汲古閣本が「庖」と作し、ここでは宋・元本に依る。
大過。府藏之富,王以賑貨。捕魚河海,罟網多得。伏《頤》。坤為府藏、為富,震為王、為賑,言王以其富賑民也。坤為魚、為河海,艮手為捕,互大離故曰罟網,坤為多。
坎卦は大過卦に変ず。府庫の中は儲積豊厚にして、君王は之を以て賑済発放す。江河大海に到りて魚を捕れば、網網みな獲る所多し。尚秉和は言う:大過は頤に旁通するので、頤卦の象を取る。頤の中間の四爻は併せて坤を為し、坤は府庫倉廩・富足を主る。頤の下体の震は王・賑済を主り、言う所は君王が自己の積蓄を以て百姓を救済するである。坤は魚・江河大海を主り、頤の上体の艮は手を主るので捕捞と言う。頤卦の初・上の両爻は陽にして中間の四爻は皆陰で、六爻を合看すれば正に一個の放大せる離で、これを「大離」と叫ぶ、離の中間は空虚にして形状はまさに魚網の如きので「罟網」と言う。坤は衆多を主る。
離。陰生麏鹿,鼠舞鬼哭。靈龜陸處,釜甑塵土。仁智盤桓,國亂無緒。通《坎》。震為鹿,艮為鼠,坎為鬼,震為哭、為釜甑、為仁,艮為龜、為鹿、為塵土、為盤桓、為國。○麏,汲古作麓,土作生,均依宋元本。處,宋元本作蒙,塵作草,均依汲古。緒,汲古作歡,茲依宋元本。
坎卦は離卦に変ず。陰気は滋生し、麞子麋鹿は出没し、老鼠は乱舞し鬼魅は夜哭す。霊亀は水を離れて陸地に困り、鍋甑は塵埃を積満す。仁人智士は徘徊して前進せず、国家は動乱して頭緒を理する能わず。「麏」とは即ち獐である。尚秉和は言う:離は坎に旁通するので坎象を取る。坎の二至四爻は互いに震を為して鹿を主り、三至五爻は互いに艮を為して鼠を主り、坎の本身は鬼を主る。震は哭泣・鍋釜甑器・仁を主り、艮は亀・鹿・塵土・盤桓不進・邦国を主る。校勘:「麏」の字は汲古閣本が「麓」と作し、「土」は「生」と作す、いずれも宋・元本に依る。「処」の字は宋・元本が「蒙」と作し、「塵」は「草」と作す、いずれも汲古閣本に依る。「緒」の字は汲古閣本が「歓」と作し、ここでは宋・元本に依る。
咸。風塵暝迷,不見南北。行人失路,復反其室。伏《損》。坤為風、為迷,艮為塵,震南坤北,兌昧故不見。震為行人、為道路,坤迷故失路。艮為室,震為反。○瞑迷,汲古作坎坷,行人失路作行迷失利,茲依宋元本。
坎卦は咸卦に変ず。風沙塵土は昏暗迷濛として、どちらが南かどちらが北かを辨清すること能わず。行路の人は道路を迷失し、ただ折返して自らの屋裡に帰るのみ。尚秉和は言う:咸は損に旁通するので損象を取る。損卦の三至五爻は併せて坤を為し、坤は風・迷乱を主る。上体の艮は塵土を主る。損の互いなる震は南に居り、坤は北に居るも、而して咸の上体の兌は幽昧にして明ならず、故に南北を見えずと言う。震は行人・道路を主り、坤は迷惑を主るので道路を迷失す。艮は屋室、震は返回を主る。校勘:「瞑迷」の二字は汲古閣本が「坎坷」と作し、「行人失路」は汲古閣本が「行迷失利」と作し、ここではいずれも宋・元本に依る。
恆。金革白黃,宜利戎市。嫁娶有息,商人悅喜。通《益》。艮為金、為革,巽白震黃,故曰金革白黃。坤為戎狄,巽為利市,故曰宜利戎市。震為嫁、為商人、為喜。○戎,元本訛戒。
坎卦は恒卦に変ず。金属兵器と皮革甲胄とは、一片は白・一片は黄にして、宜しく戎狄と互市して利を取るべし。嫁娶生育して子息有り、商人もまた満心歓喜す。尚秉和は言う:恒は益に旁通するので益象を取る。益卦の三至五爻は互いに艮を為し、艮は金・皮革を主る。上体の巽の色は白、下体の震の色は黄なので「金革白黄」と言う。益の二至四爻は互いに坤を為して戎狄を主り、巽は市利を主るので「宜利戎市」と言う。震は嫁娶・商人・喜慶を主る。校勘:「戎」の字は元刻本が「戒」と訛る。
遯。匏瓜之德,宜繫不食。君子失輿,官政懷憂。艮為匏瓜,巽為繫,兌口為食,兌覆故不食。《論語》:"吾豈匏瓜也哉,焉能繫而不食"。艮為君子,震為輿,震覆故失輿。艮為官。○輿,元本訛與,依汲古。政,汲古作正,依宋元本。
坎卦は遯卦に変ず。匏瓜の如き品性は、ただ高く懸けて人の取食に供せざるに宜しきのみ。君子は車輿を失掉し、官政を主持する人は心裡に憂愁を懐く。尚秉和は言う:遯の下体の艮は匏瓜を主り、二至四爻は互いに巽を為して係掛を主る。遯の伏する所の臨卦の下体の兌は口・飲食を主るも、而して兌を倒過して看れば便ち巽と成るので「不食」と言う。《論語》は孔子の語を記す:「我は豈に匏瓜ならんや、なんぞ能くただ掛けて在りて人に食わしめざらん。」艮は君子を主り、臨卦の互いなる震は車輿を主り、震を倒過して看れば艮と成るので「失輿」と言う。艮はまた官を主る。校勘:「輿」の字は元刻本が「与」と訛り、ここでは汲古閣本に依る。「政」の字は汲古閣本が「正」と作し、ここでは宋・元本に依る。
大壯。乘船渡濟,載水逢火。賴得免患,我有所恃。震為船,乾為江河,故曰渡濟。伏坤為水,艮為火,故曰載水逢火。坤為患、為我。○我有,宋元本作蒙我,依汲古。
坎卦は大壮卦に変ず。船に乘りて大河を渡るに、船上は水を載せて偏にまた火に遇上る。幸いに禍患を躲过することを得、我心裡に依頼する所有り。尚秉和は言う:大壮の上体の震は船を主り、下体の乾は江河を主るので「渡済」と言う。大壮の伏する所の観卦の上体の坤は水を主り、観卦の互いなる艮は火を主るので「載水逢火」と言う。坤は禍患・我を主る。校勘:「我有」の二字は宋・元本が「蒙我」と作し、ここでは汲古閣本に依る。
晉。道險多石,傷車折軸。與市為仇,不利客宿。艮為道、為石,坎險,故曰道險多石。坎為車、為軸、為多眚,故傷車折軸。艮為宿,震為客,震覆故不利。○險,宋本作途,元本作塗,依汲古。
坎卦は晋卦に変ず。道路は険悪にして乱石は叢生し、車身は損を受け車軸は折断す。市集の上の人と仇怨を結び、外に在りて投宿するに宜しからず。尚秉和は言う:晋の二至四爻は互いに艮を為して道路・山石を主り、三至五爻は互いに坎を為して険を主るので「道険多石」と言う。坎は車・車軸・多くの災眚を主るので「傷車折軸」。艮は止宿を主り、震は行客を主るも、而してここの処の震象は倒転し来たれるなので「不利」と言う。校勘:「険」の字は宋刻本が「途」・元刻本が「塗」と作し、ここでは汲古閣本に依る。
明夷。托寄之徒,不利請求。結衿無言,乃有悔患。艮為請求,艮覆故不利。震為襟,坤閉故曰結衿。震為言,坤括囊故無言。坎為患。結衿,乃罪人就刑時結朿之狀。坤為死,坎為刑,故有此象。
坎卦は明夷卦に変ず。身を寄せて人に托庇する人は、宜しく再び人に向かって口を開き求告すべからず。衣襟は捆扎せられて一句の話も説出する能わず、ここに於いて悔恨と禍患とを招来した。尚秉和は言う:艮は請求を主るも、而してここの処の艮象は倒転せり、故に「不利」と言う。明夷の三至五爻は互いに震を為して衣襟を主り、上体の坤は閉合を主るので「結衿」と言う。震は言語を主り、坤は《坤卦》六四の「括囊」(口袋を扎緊す)の象有るので「無言」と言う。二至四爻は互いに坎を為して禍患を主る。「結衿」とは罪人が刑を受くる時に繩索に捆縛せらるる様子で、坤は死・坎は刑罰を主るので、能くこの象を取出す。
家人。三羊爭雌,相逐犇馳。終日不食,精氣竭罷。詳《乾》之《大畜》。○首句汲古作三年爭妻,茲依宋元本,然卦無羊象,《易大壯上六》有羊象,上六體震,疑《易》以震為羊,茲曰三羊,似亦以伏震為羊。
坎卦は家人卦に変ず。三匹の公羊は一匹の母羊を争奪し、彼此追逐奔跑す。整天は食を顧みるに遑あらず、精力気力は皆耗尽した。尚秉和は言う:この条の取象はすでに《乾》之《大畜》の一条の下に詳しく講じたり。校勘:首句は汲古閣本が「三年争妻」と作し、ここでは宋・元本に依って「三羊争雌」と作す。ただし家人卦の本身は並びに羊象なく、《周易・大壮》の上六の爻辞中に羊象有り、上六は震体に属し、推想するに《周易》は震を以て羊と為すと、ここに「三羊」と言うも、似たもまた伏する所の震を拿りて羊象を取るべし。
睽。退惡防患,見在心苗。日中之恩,解釋倒懸。第二句汲古無,依宋元本增。日中之恩,汲古作日之中息,依宋元本。苗應為田,與下懸韻,梁簡文帝大法頌:澤雨無偏,心田受潤。
坎卦は睽卦に変ず。邪悪を斥退し禍患を預防し、全ては心田の上頭に擺く。日の正中に当たりて普照する恩沢の如く、倒吊の如き困厄を解开した。尚秉和は言う:第二句は汲古閣本になし、宋・元本に依って補入す。「日中之恩」は汲古閣本が「日之中息」と作し、これもまた宋・元本に依る。「苗」の字はまさに「田」と作るべし、始めて下句の「懸」の字と押韻するを得。梁の簡文帝の《大法頌》に「沢雨は偏無く、心田は潤を受く」の句子有り、見れば「心田」は当時の成語である。
蹇。兩足四翼,飛入嘉國。寧我伯姊,與母相得。詳《賁》之《同人》。
坎卦は蹇卦に変ず。両只の脚・四只の翅膀を長じて、美好なる邦国に飛び入る。我が大姐を安顿し畢わり、また母親と相処り融洽す。尚秉和は言う:この条の取象はすでに《賁》之《同人》の一条の下に講じ明白し、ここでは再び重複せず。
解。寒露所凌,漸至堅冰。草木瘡傷,華落葉亡。坎為寒、為露、為冰,又為堅,故漸至堅冰。震為草木,坎為破,故為瘡。震為花葉,伏巽為落,故葉落花亡。○所凌,宋元本作所降,漸作凌,茲依汲古。冰,宋本訛水。
坎卦は解卦に変ず。寒露は一層層として欺凌して来り、漸々に凍りて堅氷と成る。草木は創傷を受け、花は凋落し葉は枯亡す。尚秉和は言う:解の下体の坎は寒・露・氷を主り、坎はまた堅硬を主るので漸々に結じて堅氷と成ると言う。上体の震は草木を主り、坎は破損を主るので瘡傷と成ると言う。震は花・葉を主り、解の伏する所の家人卦の上体の巽は隕落を主るので葉は落ち花は亡ぶと言う。「漸至堅氷」の一句は《坤卦》初六の「履霜堅氷至」に意を取る。校勘:「所凌」の二字は宋・元本が「所降」と作し、「漸」の字は「凌」と作す、ここでは汲古閣本に依る。「氷」の字は宋刻本が「水」と訛る。
損。后稷農功,富利我國。南畝治理,一室百子。震為稷,坤為富利、為國、為畝,震為南,故曰南畝。艮為治理、為室,震為子,坤為百,故曰百子。室,實也,言農家治理菓蓏,一實之中有百子也。
坎卦は損卦に変ず。后稷は民に耕種を教えて農功を立て、我が国家をして富足獲利せしむ。向陽の田畝の上に悉心して経営し、一間の屋裡に上百の子弟を養出す。尚秉和は言う:損の二至四爻は互いに震を為して稷を主り、指す所は周人の始祖后稷である。三至五爻は互いに坤を為して富足財利・邦国・田畝を主る。震は南方に居るので「南畝」と言う。上体の艮は治理・屋室を主り、震は子を主り、坤の卦数は百なので「百子」と言う。ここの処の「室」はまさに「実」と読むべし、言う所は農家が瓜果を経営し、一顆の果実の裡に便ち上百粒の種子を含むである。
益。設網張羅,捕魚園池。網罟自決,雖得復失。危訴之患,受其忻歡。上巽為繩,坤中虛,艮手,故曰設網張羅。巽為魚,坤為園池,艮擊,故捕魚園池。巽為敝漏,故網決。決,絕也,網決故得而復失。坤為失、為患。末二句有訛字,義未詳。○忻,元本作低,依汲古。訴,汲古作許,依宋元本。
坎卦は益卦に変ず。羅網を張設し、園中の池塘の裡に到りて魚を捕る。網眼は自ら裂开し、魚は手に到るも重新に失掉した。危急に告状するの禍患の中に、反って欣喜を得たり。尚秉和は言う:益の上体の巽は繩索を主り、中間の坤は中虚なり、互いなる艮は手を主るので「設網張羅」と言う。巽は魚、坤は園池を主り、艮は撃取を主るので園池の裡に到りて魚を捕ると言う。巽に破敝渗漏の象有るので網眼は裂开す。「決」は断絶の意で、網は破れたるので手に到りしはまた丢れた。坤は喪失・禍患を主る。末尾の両句に訛字有り、意思は講じ通せず。校勘:「忻」の字は元刻本が「低」と作し、ここでは汲古閣本に依る。「訴」の字は汲古閣本が「許」と作し、ここでは宋・元本に依る。
夬。路輿縣休,侯伯恣驕。上失其威,周室衰微。威,宋元本作盛,依汲古。衰,汲古作相,依宋元本。輿多訛為與,路輿,大車也,見《左傳桓二年》疏。又《周禮春官》:"王之五路。"路車乃天子之乘,縣休不用,其衰可知。天子之所以衰,以侯伯嬌恣,不奉王命也。夬伏剝,坤為大輿,故曰路輿;艮一陽止於上,故曰縣休。震為諸侯、為威、為周,震反於上故曰驕恣,震覆故失其威,故周室衰微。坤為失,艮為室也。
坎卦は夬卦に変ず。天子の路車は高く懸けて閑置して用いられず、諸侯方伯は放肆驕横す。上位に在る者は威権を失掉し、周王室はこれに因って衰敗した。尚秉和はまず校勘を出す:「威」の字は宋・元本が「盛」とし、汲古閣本に依る。「衰」の字は汲古閣本が「相」とし、宋・元本に依る。「輿」の字は常に「与」と訛写せらる。「路輿」とは即ち大車で、《左伝・桓公二年》の孔穎達の疏に見える。《周礼・春官》はまた「天子に五種の路車有り」と言う、路車は正に天子の乗る所で、如今懸げて用いられざれば、王室の衰落もまた想い知るべし。天子の衰弱する所以は、諸侯方伯の驕縦放肆にして王命を奉ぜざるがためである。続いて象を講ず:夬の伏する所は剥卦で、剥中の坤は大車を主るので「路輿」と言う。剥の上体の艮はただ一個の陽爻が最上に止まるので「県休」、即ち懸掛して歇むと言う。震は諸侯・威権・周を主り、震は反って上位に居るので驕横放恣と言う。震象は倒転するので威権を失去し、周室は因って衰微す。坤は喪失、艮は室を主る。
姤。逐走追亡,相及扶桑。復見其鄉,使我悔喪。伏《復》。震為逐、為走,震為桑,又為東,故及於扶桑。坤為鄉、為我、為悔、為喪。《山海經》"日浴扶桑"。
坎卦は姤卦に変ず。逃亡する人を追赶し、一直に日の出づる処の扶桑樹下に追到る。重新に故郷を望見するを待つに、しかし我をしてまた懊悔せしめまた頽喪せしむ。尚秉和は言う:姤は復に旁通するので復象を取る。復の下体の震は追逐・奔走を主り、震はまた桑樹を主りまた東方に居るので扶桑に追到ると言う。上体の坤は郷里・我・悔恨・喪亡を主る。《山海経》は「太陽は扶桑木の上に沐浴す」と言う、扶桑は神話中の日の出づる処の神木である。
萃。履祿綏厚,載福受祉。衰微復起,繼世久長。疾病獻麥,晉人赴告。通《大畜》。震為履,乾為祿、為厚、為福、為祖,巽隕落,故曰衰微。震為起,故曰衰微復起。坤為世,巽為長,坤為疾病,震為麥、為晉、為人、為告,《左傳成十年》:"晉侯欲麥,使甸人獻麥,將食而卒。"赴告者,赴君喪於各國也。○祿,元本作福,依宋本、汲古。福受,汲古作受福,依宋元本。獻麥,汲古作無危,宋元本作獻凌,宋本雲當作麥,從之。
坎卦は萃卦に変ず。福禄の上に踏みて厚遇を安享し、福気を承載し福祉を領受す。衰落の後に重新に興起し、世代相承して長久に衰えず。国君は病中に新麦を食いたまわんと欲し、麦は献上せらるも口に入る能わず、晋国人は各国に国喪を訃告した。尚秉和は言う:萃は大畜に旁通するので大畜の象を取る。大畜の互いなる震は足・践履を主り、下体の乾は俸禄・豊厚・福・祖先を主る。巽は隕落を主るので衰微と言う。震は起動を主るので衰落の後に重新に興起すと言う。坤は世代、巽は長久を主り、坤は疾病を主る。震は麦・晋・人・訃告を主る。《左伝・成公十年》は記載す:晋景公は新麦を食わんと欲し、甸人をして新麦を献上せしめ、まさに食せんとするに死したりと。「赴告」とは即ち国君の喪事を各国に訃報することである。校勘:「禄」の字は元刻本が「福」と作し、宋刻本と汲古閣本に依る。「福受」の二字は汲古閣本が「受福」と作し、宋・元本に依る。「献麦」は汲古閣本が「無危」と作し、宋・元本は「献凌」と作し、宋本は注してまさに「麦」と作るべしと明し、ここでは宋本に従う。
升。鰥寡孤獨,祿命苦薄。入宮無妻,武子哀悲。坤巽皆為寡,故曰孤獨。震為祿,巽為命,巽寡故苦薄。伏艮為宮,巽為妻、為入,坤喪故曰無妻。震為武、為子,坤為哀悲。武子,崔杼,杼將娶棠姜,筮得《困》三爻曰"入其宮,不見其妻",後果得禍。
坎卦は升卦に変ず。老いて妻なく・老いて夫なく・幼にして父なく・老いて子なく、福禄命分はみな苦薄である。内室に走り入るも妻子を見ず、武子はこのために哀傷悲痛す。尚秉和は言う:坤と巽とはともに孤寡の象有るので「鰥寡孤独」と言う。升の三至五爻は互いに震を為して禄を主り、下体の巽は命を主り、巽は孤寡を主るので禄命は苦薄と言う。升の伏する所の无妄卦の互いなる艮は宮室を主り、巽は妻・進入を主り、坤は喪亡を主るので妻子を見ずと言う。震は武・子を主り、坤は哀傷悲痛を主る。ここの処の武子は斉国の崔杼を指す。崔杼はまさに棠姜を娶らんとし、占筮して《困》卦の第三爻を得、爻辞は「その宮室に入りて、その妻を見ず」と言う、後来果たして禍殃を招致した。
困。山沒邱浮,陸為水魚。燕雀無巢,民無室廬。詳《觀》之《大有》。
坎卦は困卦に変ず。高山は陥没し丘陵は反って浮起し、陸地は魚の游ぶ水郷と変じた。燕雀は巢窠を失い、百姓は住むべき房屋なし。尚秉和は言う:この条の取象はすでに《観》之《大有》の一条の下に講じ詳細なり、ここでは再び重複せず。
井。冠帶南遊,與福喜期。徼於嘉國,拜位逢時。伏《噬嗑》。艮為冠,巽為帶,離為南,故冠帶南遊。伏震為福喜,艮為國、為位、為時。○徼於,汲古作遨遊,依宋元本。位,宋元本作為,非,依汲古。
坎卦は井卦に変ず。冠を戴き帯を束ねて南方に往きて游歴し、福気喜慶と如期に相会す。美好なる邦国に於いて求取し、官位を拝受して正に好時に赶上る。尚秉和は言う:井は噬嗑に旁通するので噬嗑の象を取る。噬嗑の二至四爻は互いに艮を為して冠冕を主り、井の下体の巽は衣帯を主り、噬嗑の上体の離は南方に居るので冠を戴き帯を束ねて南游すと言う。伏する所の震は福・喜を主り、艮は邦国・爵位・時機を主る。校勘:「徼于」の二字は汲古閣本が「遨游」と作し、ここでは宋・元本に依る。「位」の字は宋・元本が「為」と作し、合わず、ここでは汲古閣本に依る。
革。東行亡羊,失其羝牂。少女無夫,獨坐空廬。通《蒙》。震為東,兌為羊,坤喪故亡羊。兌為少女,震為夫,坤喪故無夫。艮為坐、為廬,坤虛故曰空廬。
坎卦は革卦に変ず。東に走りて羊を失い、公羊も母羊もみな見えず。年少の女子に丈夫なく、独自空屋の裡に坐す。尚秉和は言う:革は蒙に旁通するので蒙象を取る。蒙の二至四爻は互いに震を為して東方に居り、革の上体の兌は羊を主り、蒙の三至五爻は互いに坤を為して喪亡を主るので羊を失ったと言う。兌は少女、震は丈夫を主り、坤は喪亡を主るので丈夫なしと言う。蒙の上体の艮は坐・屋廬を主り、坤の中は空虚なので「空廬」と言う。「羝」は公羊で、「牂」は母羊である。
鼎。探雀捕魚,耕田捕。費日無功,右手空虛。通《屯》。艮為雀,艮手故曰探、曰捕。坤為魚、為田,震為耕夫,探雀得魚,耕田得,二者皆必無之事,故曰無功。艮為日,兌右坤虛。○空虛,汲古作虛空,依宋元本。
坎卦は鼎卦に変ず。鳥窩を掏るも魚を撈獲せんことを指望し、田を耕すも水裡の物を捕獲せんことを指望す。時日を白費して一として成す所なく、右手は空空として実物に落著せず。尚秉和は言う:鼎は屯に旁通するので屯象を取る。屯の互いなる艮は雀を主り、艮は手を主るので「探」と言い「捕」と言う。屯中の坤は魚・田を主り、下体の震は耕田の農夫を主る。雀巢を掏りて魚を得んと想い、田を耕して水中の物を捕えんと想う、この両件事は皆絶対に可能ならず、故に「無功」と言う。艮は日を主り、兌は右方に居り、坤は空虚を主る。林辞と注文とは各々一個の僻字有り、底本は私用区字符を以て保存し、字形は隶定するに由なく、ここでは原様に照らして存録して補改を作さず。校勘:「空虚」の二字は汲古閣本が「虚空」と作し、ここでは宋・元本に依る。
震。東行飲酒,與喜相抱。福為吾家,利來從父。水澤之徒,望邑而處。震為東,坎為酒,震口故曰飲酒。震為喜,艮手為抱,正反艮故曰相抱。艮為家,震為父,伏巽為利。坎為水,艮為望、為邑。○父,汲古作母,從宋元本。
坎卦は震卦に変ず――震は上下両体が同じく一経卦と為るの「純卦」、即ち八卦が自ら相重ねて成る所の卦である。東に走りて往きて酒を飲み、歓喜の情と相擁す。福気は我が家に帰り、利益は父輩の処より伝来す。水沢を恃みて生と為す人は、城邑を望着して安居した。尚秉和は言う:震は往還・酒杯・喜楽を主るので「東走飲酒」、また此れに随いて「相与擁喜」と言う。震は福を主り、二至四爻は互いに艮を為して家屋を主るので「福歸我家」と言う。艮は城邑を主り、震の伏する所の巽は利を主る。三至上爻は互いに坎を為して父・澤水を主るので「利繇父處」と言い「恃澤以生」、また城邑に対望すると言う。校勘:「扺」の字は宋・元本が「抵」と作し、ここでは汲古閣本に依る。「邑」の字は汲古閣本が「色」と作し、ここでは宋・元本に依る。
艮。妄怒失精,自令畏悔。忪忪之懼,君子無咎。震為怒,坎為畏懼,艮為君子。○第三句汲古作怡怡之歡,依宋元本。
坎卦は艮卦に変ず。鑿井して玉璞を求め、美玉を手に懐握す。這披葛衣を着けて玉を懐にし、市場の裡に於いて之を得たり。尚秉和は言う:艮は手を主り、卦中に互いに坎を出して穴を主るので「鑿井求玉」と言う。艮は玉・懐抱を主り、震は衣服を主るので「披褐懐玉」と言う。震の伏する所の巽は市場を主る。校勘:「袥」の字は宋・元本が「柏」と作し、「市」は「布」と作す、いずれも汲古閣本に依る。
漸。白雲如帶,往往來處。飛風送迎,大雹將下。擊我禾稼,僵死不起。巽為白、為帶,坎為雲,巽進退故曰往來、曰送迎。艮為雹、為擊,巽為禾稼,坎陷故曰僵。○來,宋元本作旗,依汲古。
坎卦は漸卦に変ず。洪水の暴發は、魚竜を変じて人民と為す。周武王は牧野に在りて、百姓を援救して倉廩を積ましめたり。尚秉和は言う:卦中に互いに坎を出し、坎は水を主り、漸の下体の艮は山を主るので「山水暴至」、また「鱗鱗麓衍」、言う所は魚鱗の如き水勢の山麓を漫衍するである。巽は魚、震は人を主るので「魚竜為人」、いわゆる洪水は世人を覆没したるを言う。艮は手を主るので援救、震は武王・周、坤は衆・粟を主り、坤はまた喪亡を主るので「行亡」、いわゆる行く所に於いて衆人亡失すを言う。箕子は洪範九疇を陳べしも、亦と災変を戒めざるは莫し。校勘:「牧」の字は汲古閣本が「收」と作し、ここでは宋・元本に依る。
歸妹。南至之日,陽消不息。北風烈寒,萬物藏伏。離為南、為日,曰南至、冬至,純陰極寒,故曰陽消不息。伏巽互坎,故曰北風。坎為寒。為伏,震為萬物,故曰萬物藏伏。
坎卦は帰妹卦に変ず。河岸は沸き崩れて壅塞し、道路は涸絶して通行能わず。人は水中に在りて而して水を掉りて歩まんと欲す、求むるも得ること能わず。尚秉和は言う:卦中に互いに離を出し、離は火を主り、坎は水を主るので「岸高沸涸」、即ち水は乾涸して岸は高くなる。帰妹の上体の震は行走・歩を主り、二至四爻は互いに離を為して空枯を主るので「道涸不行」。卦中に互いに坎を出し、坎は水を主るので「人處水中」、水を掉むと言う。校勘:「凌」の字は汲古閣本が「凌」と作し、「得」は「拏」と作す、いずれも宋・元本に依る。「拏水」の義は水を掉む、猶ほ弄水の若し。
豐。火中仲夏,鴻雁解舍。體重難移,未能高舉。君子顯名,不失其譽。《月令》:"季夏之月,昬火中",火,心星也。仲當為季,火謂鶉火,屬南方。離為星、為火、為夏,伏艮為季,故曰季夏。震為鴻雁,中互大坎故曰難移,故不能高舉。伏艮為君子、為名譽。解舍,言天暑而棄其巢也。○舉,宋元本作舞,解作來,均依汲古。季夏,各本皆作仲夏,與《月令》不合,定為訛字。
坎卦は豊卦に変ず。上山して鹿茸を採取せんと欲す、鹿は見ること能わず、家郷を離れて客遊し、心中は怏怏として楽しまず。華髪は老い、モウメントは褪落し、常山の王は道を窮し難し。尚秉和は言う:この条は《坤》之《蒙》と同じく、豊の下体の離は山を主り、上体の震は鹿茸・採取を主る。豊の伏する所の涣卦の互いなる艮は家を主り、震は客を主るので「去家客遊」。豊中の互いなる兌は毛髪を主り、伏する所の涣卦の互いなる艮は山を主る、坤は老・哀を主るので「憂患」、王は常山を失うと言う。校勘:「華髪」の二字は汲古閣本が「齊髪」と作し、ここでは宋・元本に依る。陸佃《坤雅》は言う:「麞は兒を懐いて華髪の処に在り。」
旅。北行出門,履蹈躓顛。踒足據塗,汙我襦袴。伏《節》。坎北震行,艮門,故曰北行出門。震為履蹈,坎為蹇,故曰躓顛、曰踒足。躓踒,皆跌也。坎為汙,震為襦袴。
坎卦は旅卦に変ず。容貌は美麗にして善良なる君王に遇う。四匹の駿馬は並駕して、風塵の間に驅馳す。頭顱は地に俯伏し、終にその故処に復帰せり。尚秉和は言う:旅の伏する所は節で、節卦の上体の坎は首・馬を主り、二至四爻は互いに震を為して馬・馳騁・生を主り、震の卦数は四なので「四馬」。上体の艮は首・終・家を主るので「首伏於地」、終に故処に復帰すと言う。校勘:「娘」の字は宋・元本が「目」と作し、ここでは汲古閣本に依る。「客」の字は汲古閣本が「容」と作し、ここでは宋・元本に依る。
巽。輕車醊祖,疾風暴起。促亂祭器,飛陽鼓舞。明神降佑,道無害寇。兼用《震》象,詳《豫》之《大畜》。○疾,宋元本作焱,依汲古。佑,元本作佑。鼓舞,宋元本作錯華,均依汲古。
坎卦は巽卦に変ず。泥水を垂れて人身に沾污し、泥濘は衣服を汚穢す。老馬は車を挽きて渡渉す、馬は泥を踏みて辛苦不堪なり。尚秉和は言う:巽の伏する所は震で、震は車・馬・人を主る。巽は泥濘・污穢を主る、卦中に互いに兌を出し、兌は雨を主るので「垂泥」、衣服を汚すと言う。震は老を主るので「老馬」、坎は車・泥塗を主るので「挽車以涉」。坎は労苦を主る。校勘:「泞」の字は宋・元本が「污」と作し、ここでは汲古閣本に依る。
兌。酒為歡伯,除憂來樂。福喜入門,與君相索,使我有得。伏《艮》。互坎為酒,震為歡、為伯,《酒譜》:"昔人謂酒為歡伯"。坎為憂,艮為門,震為福喜、為君,艮為求,正反艮故曰相索。艮為我。○得,宋元本作德,依汲古。
坎卦は兌卦に変ず。土地は瘠薄して五穀を生ぜず、環境は蕭瑟として有る所なし。前進して高山に撞上り、見る所は高峻にして路は絶えたり。尚秉和は言う:兌の下の爻は陽にして上の爻は陰で、正に艮の上半に肖く、艮は山を主るので「土瘠」、また生を主らざるので「不殖五穀」、萧然と言う。卦中に互いに巽を出し、巽は寡髪を主るので「擁腫」、即ち瘠薄である。二至四爻は互いに離を為して火を主り、初・二の両爻は陽にして「進」、即ち前進して山に撞上ると言う。校勘:「擁腫」の二字は汲古閣本が「滅疫」と作し、「還」は「袁」と作す、ここでは宋・元本に依る。「適前」の二字は汲古閣本が「適前」と作し、宋・元本は「迸直」と作す、ここでは汲古閣本に依る。
渙。三足孤烏,靈明督郵。司過罰惡,自賊其家,毀敗為憂。《五行志》:"日中有三足烏",震為足,數三,故曰三足。為黔啄,故曰烏。艮為龜,故曰督郵。詳《小畜》之《未濟》。震為郵。○靈明,汲古作虛鳴,依宋元本。督郵,為郡督察官,自西漢至魏晉皆有之,陶淵明不肯為督郵折腰者是也。
坎卦は涣卦に変ず。詐術を用いて策を賣れば、此れは必ず自ら心を誤らん。既に騙されて後に追悔す、心中の怨悪は滌除し難し。尚秉和は言う:卦中に互いに艮を出し、艮は手・策を主るので「賣策」、言う所は術策を弄するである。伏する所の兌は口・言語を主り、坎は心・欺詐・悔恨を主る。艮は手を主るので「失自心」、後に追悔すと言う。校勘:「術」の字は汲古閣本が「述」と作し、ここでは宋・元本に依る。「難除」は宋・元本が「難除」と作し、「怨」は「心」と作す、ここでは汲古閣本に依る。
節。三河俱合,水怒湧躍。壞我王屋,民飢於食。詳《蠱》之《頤》。節中互頤,故詞同。○湧,宋本、汲古作踴,茲依元本。
坎卦は節卦に変ず。あの長作して奴婢と為る人は、走り去りて敢えて住まず。箕篩を抱えて城下に走り、外郷に出奔して田野を游歩す。尚秉和は言う:節の下体の兌は婢・妾を主り、二至四爻は互いに震を為して走り去るを主るので「長作奴婢、奔走不保」。三至五爻は互いに艮を為して箕・城を主るので「抱箕自投」。卦中に互いに震を出し、震は外を主るので「外郷」、艮は田野を主るので「田野游歩」。校勘:「箕」の字は汲古閣本が「其」と作し、ここでは宋・元本に依る。「郭」の字は宋・元本が「野」と作し、ここでは汲古閣本に依る。
中孚。南行棗園,惡虎畏班。執火銷金,使我無患。震為南,艮為果、為園、為虎、為班。班,亦虎也,楚人謂虎為班。惡,憎也。艮為火、為手,故曰執火。艮為金、為我,虎為金精,以火銷金,故無虎患。○金,汲古作鋒,艮為刀鋒亦合,今依宋元本。
坎卦は中孚卦に変ず。順番にして官位に登り、馬は疾走して鞭を加う。勢いを恃みて南辺に往きて出仕し、邦国は終に釀成して禍患と為った。尚秉和は言う:中孚の上体の巽は命令・官位を主り、卦中に互いに震を出して震は馬・奔走・南を主る。伏する所の艮は邦国・官位を主り、中孚の伏する所は坎で、坎は禍患を主るので「卒為患禍」。校勘:「長」は汲古閣本が「乘」と作し、ここでは宋・元本に依る。「勢」は宋・元本が「熱」と作し、ここでは汲古閣本に依る。
小過。求鹿過山,與利為怨。闇龍不言,誰知其歡歡。艮為求、為山,震為鹿,鹿在山外,故曰過山。巽為利,兌為耳、為昧,故闇聾。震言艮止故不言。○聾,汲古訛襲,依汲古。
坎卦は小過卦に変ず。六双の目は並びに閉じ、斜目は涙を流す。心は嗟嘆して中心に悒鬱を懐き、魂魄は楼閣の上に散去した。尚秉和は言う:小過の象は《易林》は常に大坎と為す。伏する所の離は目を主り、卦中に正覆の両離を兼ね有するので「六目」、また斜目と言う。坎は泣涕・心・憂愁を主り、離は楼閣を主り、坎は魂魄を主るので「魂魄散於樓上」。校勘:「目」は宋・元本が「自」と作し、「視」は「閉」と作す、ここでは汲古閣本に依る。「斜」の字は汲古閣本が「邪」と作し、「涕」は「氣」と作す、ここでは宋・元本に依る。
既濟。行旅困蹴,失明守宿。囹圄之憂,啟蟄出遊。此用《坎》象。震為行旅,艮止坎陷故曰困。坎為宿、為隱伏,故曰失明守宿。坎為囹圄、為憂、為蟄,震出故曰啟蟄出遊。○蟄,宋元本作執,依汲古。
坎卦は既済卦に変ず。兇暴にして賊害なり、贪婪にして泉源を竭くす。財貨は終に尽き、災殃は自家に随いて来たり。尚秉和は言う:この条の取象はすでに《乾》之《小畜》の一条の下に詳しく講じたり。校勘:「湯」の字は宋・元本が「陽」と作し、ここでは汲古閣本に依る。「竭」は汲古閣本が「濁」と作し、「禍」は「過」と作す、ここでは宋・元本に依る。
未濟。據棘履杞,跌刺為憂。夫婦不和,亂我良家。此仍用《坎》象。坎為棘、為杞、為刺、為夫,離為婦,婦前夫後故曰不和。○杞,宋元本作危,今依汲古。
坎卦は未済卦に変ず。錢財は未だ満ちず、狐はその尾を長くして、半ばを渡りて毛を濕す。折損破壊して能く成る所なく、さらに憂愁を添えたり。尚秉和は言う:未済は既済に旁通するので、既済の象を取る。既済の中間の四爻は併せて「離」を成し、離は狐を主り。離は毀折を主るので尾を濡らすと言い、財貨は未だ満ちずと言う。既済の下体の離は東に居り、上体の坎は西に居るので「東行」「西顧」。坎は破・憂愁を主るので「無所成」「更益愁」。校勘:「貨」は宋・元本が「實」と作し、ここでは汲古閣本に依る。「破」は汲古閣本が「敗」と作し、ここでは宋・元本に依る。「顧」は宋・元本が「顧」と作し、「慮」は「愁」と作す、ここでは汲古閣本に依る。
離 第三十
離。時乘六龍,為帝使東。達命宣旨,無所不通。通《坎》。互艮為時,震為龍,坎數六,故曰六龍。震為帝、為東,本卦巽為命,風散故達命宣旨,無所不通。
離が離に変わる。上下同体で、まさに純卦である。時に乗じて六条の龍に乘り、天帝の使いとして東方に赴き、王命を伝え旨意を宣べるに、通じないところがない。尚秉和の解説:離は坎に旁通するので坎の象を取る。坎の三〜五爻は互いに艮となり時を主り、二〜四爻は互いに震となり龍を主る。坎の卦数は六なので「六龍」と言う。震は帝と東方を主る。本卦離の二〜四爻は互いに巽となり命令を主り、巽は風であり、風は四方に吹き散るので、命を伝え旨を宣べて通じないところがないと言う。「時乘六龍」は《乾卦・彖伝》の「時乘六龍以御天」という成語を化用したものである。
乾。執轡四驪,王以為師。陰陽之明,載受東齊。遇卦離為東,互巽為齊。
離が乾に変わる。手に轡を執って四頭の純黒の駿馬を駕し、君王は彼を師とした。彼は陰陽の理に明るく事を察し、こうして命を受けて東方の斉の地に任じられた。尚秉和の解説:遇卦の離は東方に位し、離の二〜四爻は互いに巽となり斉を主る。「驪」は純黒色の馬で、「四驪」は四馬の引く車のことである。
坤。春秋禱祝,解禍除憂,君子無咎。此與上皆兼用《離》象。離互兌為秋,兌口故禱祀。離伏震故曰春秋,坎故曰禍憂。伏艮為君子。○祝,依宋元本,汲古作祀。禍,依汲古,宋元本作過。
離が坤に変わる。春秋の二季に祈祷祭祀を行い、禍を解き憂を除くので、君子に咎はない。尚秉和の解説:この条と前の条はいずれも遇卦離の卦象を兼ねて用いる。離の三〜五爻は互いに兌となり秋を主り、兌は口なので祷祀と言う。離に伏する坎の中に互いに震があり春を主り、兌の秋と合わせて「春秋」と言う。坎は禍患・憂愁を主る。伏する艮は君子を主る。校記:「祝」の字は宋・元本に依り、汲古閣本は「祀」と作る。「禍」の字は汲古閣本に依り、宋・元本は「過」と作る。
屯。坐朝乘軒,據國子民。虞叔受命,六合和親。坤為朝、為軒車,艮為坐,震為乘,故曰坐朝乘軒。艮為據、為國,震為子,坤為民,故據國子民。艮為叔,震為歡。虞伏巽為命,故曰虞叔受命。坎為和、為合,數六,故曰六合。○坐朝,宋元本作坐車,依汲古。六合和親,宋本、汲古作和合六親,茲依元本。
離が屯に変わる。朝堂に坐し大夫の軒車に乘り、邦国を拠り所として万民を慈しむ。虞叔が君命を承け、四方上下が和らぎ親しむ。尚秉和の解説:屯の二〜四爻は互いに坤となり朝廷・軒車を主り、三〜五爻は互いに艮となり坐を主り、下体の震は乘を主る。だから「坐朝乘軒」と言う。艮は拠有・邦国を主り、震は子(ここでは動詞として民を子のように見る)を主り、坤は民を主る。だから「拠国子民」と言う。艮は叔を主り、震は歓を主る。虞の地に伏する巽は命を主るので「虞叔受命」と言う。上体の坎は和・合を主り、坎の数は六なので「六合」と言う。校記:「坐朝」の二字は宋・元本では「坐車」と作るが、ここでは汲古閣本に従う。「六合和親」は宋刻本と汲古閣本が「和合六親」と作り、ここでは元刻本に従う。
蒙。開戶下堂,與福相迎。祿於公室,曾祖以昌。坤為門戶,艮為堂,震為門,坤為下,故曰開戶下堂。震為福祿,正反震,故曰與福相迎。震為公,坎為室,艮為祖。
離が蒙に変わる。門戸を開いて堂を下り、福を迎え入れる。公室から俸禄を受け、先祖以来家運は昌んでいた。尚秉和の解説:蒙の三〜五爻は互いに坤となり門戸を主り、上体の艮は厅堂を主り、二〜四爻は互いに震となり門を主り、坤は下位に居るので「開戸下堂」と言う。震は福・禄を主り、正立の震と倒転の震が相対するので「与福相迎」と言う。震は公を主り、下体の坎は室を主り、艮は祖先を主る。
需。高木腐巢,漏溼難居。不去甘棠,使我無憂。坎為木,離為巢,在上故曰高木,坎水故曰腐巢,故曰漏溼。下二句言巢雖漏溼,只不伐甘棠即無傾覆之憂也。
離が需に変わる。高い木の上の鳥の巣は朽ち果て、漏れて湿って棲みにくい。あの甘棠を伐らなければ、私に憂いはない。尚秉和の解説:需の上体の坎は木を主り、互いに離があり巣を主る。巣が上位にあるので「高木」と言い、坎は水なので巣が朽ち、渗漏し湿ると言う。後の二句は、巣は漏れ湿っていても、甘棠の木を伐らなければ転覆の憂いはないという意である。甘棠の典は《詩経・召南・甘棠》に出て、召伯がかつて甘棠の木の下で訴訟を聴き事を決したので、百姓は彼を慕ってその木を伐るに忍びなかった。
訟。三女為奸,俱遊高園。背室夜行,與伯笑言。不忍主母,為失醴酒,冤尤誰告。通《明夷》。坤為女,震數三,故曰三女。坎為奸,巽為高,坤為園,故俱遊高園。艮為背,坎為室、為夜,艮覆故曰背室夜行。震為伯、為笑言、為主,坤為母,故曰主母。坎為酒、為冤尤。《列女傳》:"周大夫主父妻淫於鄰人,恐主父覺,置毒酒使婢進之,婢知之,佯僵覆酒,受笞"。○忍,汲古訛認。末二句各本皆作"為設歡酒,冤尤誰禱",依汲古《履》之《既濟》校。告,音垢,林意謂女行不端,婢不忍從主母毒主父,佯失酒,反遭笞也。
離が訟に変わる。三人の女が奸情をなし、ともに高い園を遊び、自家の内室を背いて夜に出歩き、あの男と笑い語らう。婢女は女主人に従って毒を盛るに忍びず、わざと甘い酒を打ち翻した。一腹の冤屈をいったい誰に訴えよう。尚秉和の解説:訟は明夷に旁通するので明夷の象を取る。明夷の上体の坤は女を主り、互いに震があり数は三なので「三女」と言う。坎は奸邪、巽は高、坤は園圃を主るので、ともに高園を遊ぶと言う。艮は背、坎は室・夜を主り、艮の象が倒転するので「背室夜行」と言う。震は伯・笑言・主を主り、坤は母を主るので「主母」と言う。坎は酒・冤尤を主る。《列女伝》に記す:周の大夫主父の妻が隣人と通じ、主父に悟られるのを恐れて毒酒を備え婢女に持たせて入れさせた。婢女は内情を知り、転んだふりをして酒をこぼし、そのため鞭打たれた。校記:「忍」の字は汲古閣本が「認」と誤る。末の二句は諸本とも「為設歓酒、冤尤誰祷」と作るが、ここでは汲古閣本《履》之《既済》の条に依って校改する。「告」は「垢」の音に読む。林辞が言うのは:女主人の行いが正しくなく、婢女は命に従って主父を毒殺するに忍びず、失手のふりをして酒をこぼし、かえって鞭打たれたということである。
師。漏巵盛酒,無以養老。春貸黍稷,年歲實有。履道坦坦,平安無咎。坎為酒,震為巵,伏巽,故曰漏巵。坤為老,坤喪,故不能養老。震為黍稷、為春,坤為年歲。震為履、為大塗,故曰履道坦坦。○無,宋元本作何,依汲古。
離が師に変わる。底の漏れる酒器で酒を盛れば老人を養うすべがない。春に黍稷の種を賒借すれば、年成には果たして収穫がある。平坦な大道を行けば安らかで災いもない。尚秉和の解説:師の下体の坎は酒を主り、二〜四爻は互いに震となり酒器を主る。師が旁通する同人卦の中に互いに巽があり渗漏の象があるので「漏巵」と言う。上体の坤は老人を主り、坤は喪亡を主るので養老できない。震は黍稷・春を主り、坤は年歳を主る。震は践履・大道を主るので「履道坦坦」と言う——この四字はもともと《履卦》九二の爻辞である。校記:「无」の字は宋・元本では「何」と作り、ここでは汲古閣本に従う。
比。松柏枝葉,常茂不落。君子惟體,日富安樂。艮為木、為堅,故曰松柏、曰不落。艮為君子、為安,坤為身,故曰體。○惟體,汲古作歡寧,安作求,均依宋元本。
離が比に変わる。松柏の枝葉は四季常に青く、凋落することがない。君子はただ自身を保ち、日に富み安楽になる。尚秉和の解説:比の三〜五爻は互いに艮となり木・堅硬を主るので、松柏・不凋落と言う。艮は君子・安寧を主り、下体の坤は身を主るので「体」と言う。校記:「惟体」の二字は汲古閣本では「歓寧」と作り、「安」の字は「求」と作る。ともに宋・元本に依る。
小畜。夫婦不諧,為燕攻齊。良弓不張,騎刼憂亡。互《離》。下震上巽,震夫巽婦,而正反兩兌口相對故曰不諧。兌為燕,巽為齊,坎為弓,坎伏,故曰不張。騎刼,燕將,代樂毅戰死,故曰亡。○第四句宋元本作騎駟憂凶,茲依汲古。
離が小畜に変わる。夫と妻が和合せず、燕国のために齐国を攻める。良い弓が引き絞れず、主将の騎劫は憂惧して敗亡した。尚秉和の解説:小畜卦の中に互いに離の象が出る。下の震・上の巽について言えば、震は夫・巽は妻を主り、卦中の正立と倒転の二つの兌口が互いに相対するので「不諧」と言う。兌は燕、巽は斉、坎は弓を主り、坎の象が隠伏しているので弓が張れないと言う。騎劫は燕国の将で、楽毅に代わって兵を率いて斉を伐ったが、斉将の田単に敗れて戦死したので「亡」と言う。校記:第四句は宋・元本では「騎駟憂凶」と作り、ここでは汲古閣本に従う。
履。出令不勝,反為大災。強不克弱,君受其憂。巽為令、兌為反巽、為毀折,故曰不勝,曰反為大災,卦以一陰為主,故強不克弱,言五陽不能勝此一陽也。乾為君。君受其憂者,言上乾恐被陰消也。
離が履に変わる。発した号令は行われず、かえって大きな災いを醸す。強は弱に勝てず、国君がこの憂患を受ける。尚秉和の解説:巽は号令を主り、履の下体の兌はまさに巽の倒転の象で、兌はまた毀折を主るので号令が行われず、かえって大災となると言う。履卦はただ一つの陰爻を卦主とするので「強不克弱」と言い、五つの陽爻がそれに勝てないということである(原注は「一陽」と書くが、卦体では六三のこの陰爻を指すべきである)。上体の乾は君を主る。「君受其憂」とは、上の乾が陰気に蝕まれる恐れがあると言うのである。
泰。犇牛相錯,敗亂緒業,民不得作。坤為牛,震為奔,坤為敗亂,伏巽為緒,坤為民,坤僵故不作。○犇牛,汲古作奔走,緒業作諸緒,依宋元本。
離が泰に変わる。狂奔する牛が互いに衝き踏みにじり、糸の緒と家業をことごとく乱し、百姓は耕作に従事できない。「犇」はすなわち「奔」である。尚秉和の解説:泰の上体の坤は牛を主り、互いに震があり奔跑を主り、坤は敗乱を主る。泰に伏する否卦の中の巽は糸緒を主る。坤は百姓を主り、坤は僵仆を主るので労作できないと言う。校記:「犇牛」の二字は汲古閣本では「奔走」と作り、「緒業」は「諸緒」と作る。ここでは宋・元本に依る。
否。載璧秉圭,請命於河。周公克敏,沖人瘳愈。乾為玉,坤為車,故曰載璧。艮為手,故曰秉圭。巽為命,乾為河,伏震為周、為公、為沖人,艮堅故曰瘳。沖人者,成王,言成王有疾,周公以圭璧禱於河,使王疾愈也。事見《史記魯世家》。
離が否に変わる。車に玉璧を載せ、手に玉圭を捧げて河神に祈請する。周公が恭謹勤勉し、幼い成王の病が癒えた。尚秉和の解説:否の上体の乾は玉を主り、下体の坤は車を主るので「載璧」と言う。二〜四爻は互いに艮となり手を主るので「秉圭」と言う。三〜五爻は互いに巽となり祝命を主り、乾は河を主る。伏する泰卦の中の震は周・公・幼い人を主る。艮は堅固を主るので病が癒えたと言う。「冲人」は周成王を指す。これは成王が病にかかり、周公が玉圭・玉璧を執って河神に祷告し、成王の病を愈やしたということである。事は《史記・魯周公世家》に見える。
同人。素車偽馬,不任重負。王侯出征,憂危為咎。通《師》。震為車、為白,故曰素車。震為馬,坤虛故曰偽馬,蓋芻靈之屬。坤柔故不任重負。震為王、為諸侯、為出征,坎為憂危。○偽,汲古作為,依宋元本。
離が同人に変わる。素白の車・假り作りの馬では重い物を載せられない。王侯が兵を出して征伐し、憂惧危難が災咎となった。尚秉和の解説:同人は師に旁通するので師の象を取る。師の互いの震は車を主りまた白色を主るので「素車」と言う。震は馬を主り、坤の中は空虚なので「偽馬」と言い、送葬用の草で作った車馬の類を指す。坤の性は柔弱なので重い物を載せられない。震は王・諸侯・出征を主り、師の下体の坎は憂危を主る。校記:「偽」の字は汲古閣本では「為」と作り、ここでは宋・元本に依る。
大有。大樹之子,同條共母。比至火中,枝葉盛茂。通《比》。艮坎皆為木,坤為母,本卦離為火。《左傳昭三年》:"火中,寒暑乃退。"注:心星,以季夏昏中而暑退。季夏之時,草木長成,故曰枝葉盛茂。○同,汲古作百,至作之,均依宋元本。
離が大有に変わる。大樹に結ぶ果実は同じ一本の枝干・同じ一つの母本から出る。大火星が昏れに南中に見える時節になると、枝葉はまさに繁茂している。尚秉和の解説:大有は比に旁通するので比の象を取る。比の中の艮と坎はともに木の象を持ち、坤は母を主り、本卦大有の上体の離は火を主る。《左伝・昭公三年》に「大火星が南中に見えれば寒暑は退く」とあり、注は言う:火とは心宿の星で、季夏の黄昏に南中に見え、暑気はそれに従って消退する。季夏には草木はすでに長成しているので枝葉繁茂と言う。校記:「同」の字は汲古閣本では「百」と作り、「至」の字は「之」と作る。ともに宋・元本に依る。
謙。壅遏堤防,水不得行。火盛陽光,陰蜺伏藏,走歸其鄉。詳《比》之《大畜》。○末句宋元本作走婦其歸,依汲古。
離が謙に変わる。堰を築いて水を堰き層々に防ぎ、水は流れ出ない。火気は盛んで陽光は烈しく、副虹は隠れて見えず、それぞれ本郷に走り帰る。「蜺」は虹の外側のやや暗い副虹である。尚秉和曰く:この条の取象はすでに《比》之《大畜》の条の下で詳しく述べた。校記:末句は宋・元本では「走婦其帰」と作り、ここでは汲古閣本に従う。
豫。五嶽四瀆,潤洽為德。行不失理,民賴恩福。○潤洽,依《頤》之《大畜》校,宋元本作合潤,汲古作含潤。
離が豫に変わる。五岳と四瀆が天下を遍く潤す——これが彼らの功徳である。事を行うに常理に背かず、百姓はみなこの恩沢と福祐に仰ぎ頼む。四瀆とは江・河・淮・済の、それぞれ独りで海に流れ入る四つの大川を指す。校記:「潤洽」の二字は《頤》之《大畜》の条に依って校定し、宋・元本は「合潤」、汲古閣本は「含潤」と作る。
隨。駕駿南遊,虎驚我牛。陰不奉陽,其光顯揚。言之謙謙,奉義解患。震為馬、為南,艮為虎、為牛,震為驚,上下卦陰皆居上,故曰陰不奉陽,即不承陽也。艮為光,初至四正反震,故曰言之謙謙。震為解也。○牛,宋元本作羊,雖合兌象,然與遊不協,依汲古。艮牛象,雖見於《易》,久失傳,《易林》屢見,汲古不誤。
離が随に変わる。駿馬に駕して南へ遊歴し、虎が私の牛を驚かした。陰が陽を承け奉らず、陽の光輝はかえってさらに顕揚する。言辞は謙遜に礼を尽くし、道義を秉持して禍患を解く。尚秉和の解説:随の下体の震は馬・南方を主り、三〜五爻は互いに艮となり虎・牛を主り、震は驚動を主る。随卦の上下両体の陰爻はいずれも陽爻の上に圧しているので「陰不奉陽」と言い、陰が陽に承順しようとしないことである。艮は光を主り、初爻から四爻の間で正立の震と倒転の震が相対するので「言之謙謙」と言う。震は解散を主る。校記:「牛」の字は宋・元本では「羊」と作る。兌の取象には合うが上句の「游」の字と韻を踏まないので、ここでは汲古閣本に従う。艮に牛の象があることは《周易》にまだ痕跡を見出せるが、とうに失伝している——このように《説卦》に載らず尚秉和が《易林》から鈎稽して復元した卦象を、彼は「逸象」と呼ぶ——《易林》にしばしば用いられるので、汲古閣本が間違っていないことが分かる。
蠱。早霜晚雪,傷害禾麥。損功棄力,飢無所食。震為禾麥,兌毀故曰傷害,巽隕落,故損功棄力。兌為食,震為虛,故曰飢無所食。震虛象。《歸妹上六》"承虛筐也"即以震為虛。
離が蠱に変わる。霜は早く降り雪は遅く落ち、禾苗と麦はみな凍え傷ついた。一年の辛苦は徒労となり、飢饉が起きて食べる物がない。尚秉和の解説:蠱の三〜五爻は互いに震となり禾麦を主り、二〜四爻は互いに兌となり毀折を主るので傷害と言う。下体の巽は隕落を主るので功夫気力を空しくしたと言う。兌は飲食を主り、震は空虚の象があるので飢餓無食と言う。震の虚象は《帰妹》上六の「承虚筐也」で証し立てられる。あれはまさに震を空虚としているものである。
臨。岐周海隅,有樂無憂。可以避難,全身保財。震為周,坤為海、為憂,震樂故無憂。坤為財。○有,汲古作獨,依宋元本。按:《孟子》:"伯夷避紂,居北海之濱,太公避紂,居東海之濱,聞西伯善養老而歸於周",林似述其事。
離が臨に変わる。岐山の下の周原に、海辺の一隅に、歓楽はあって憂愁はない。そこで禍難を避け、性命を全うし家財を守ることができる。尚秉和の解説:臨の二〜四爻は互いに震となり周を主り、上体の坤は海・憂を主り、震は喜楽を主るので憂愁なしと言う。坤は財貨を主る。校記:「有」の字は汲古閣本では「独」と作り、ここでは宋・元本に依る。《孟子》に按ずれば:伯夷は商の紂を避けて北海の浜に住み、姜太公は商の紂を避けて東海の浜に住み、西伯が老人をよく養うと聞いて二人とも周に帰附した。林辞はおそらくこの事を言っているのであろう。
觀。陰蔽其陽,日暗不明。君憂其國,求騂得黃。駒犢從行。卦陰盛陽衰,故曰陰蔽其陽。艮為日,坤黑故不明。坤為國、為憂,伏震為君,坤為馬,故曰騂黃。騂,赤色,黃,黃色馬也。乾為赤,坤為黃,乾伏,故不得騂而得黃。艮為求、為少,故曰駒,坤牛故曰犢,坤母故駒犢從行。○日,宋本、汲古皆作目,惟元本作日,艮為日亦失傳象也。
離が観に変わる。陰気が陽気を遮蔽し、日色は昏んで光明がない。国君はその国を憂え、赤い馬を求めても黄馬しか得られず、従って来るのは小馬と牛の子ばかり。尚秉和の解説:観卦は陰盛にして陽衰なので「陰蔽其陽」と言う。三〜五爻は互いに艮となり日を主り、坤の色は黒なので明るくない。坤は邦国・憂を主り、伏する大壮卦の中の震は君を主る。坤は馬を主るので「騂黄」と言う——騂は赤色、黄は黄色の馬である。乾は赤、坤は黄で、観卦の中で乾の象は隠伏して見えないので、赤馬は求まらず黄馬しか得られない。艮は求・年少を主るので「駒」と言い、坤は牛を主るので「犢」と言う。坤はまた母を主るので小馬・小牛が従って同行する。校記:「日」の字は宋刻本と汲古閣本がともに「目」と作り、元刻本のみ「日」と作る。艮が日を主るのも久しく失伝した逸象である。
噬嗑。金城鐵郭,上下同力。政平民歡,寇不敢賊。艮為城郭、為金鐵,正反震,故曰上下同力。坎為平、為民、為寇賊。○鐵,元本作佳,依宋本、汲古。
離が噬嗑に変わる。城壁は黄金のごとく堅く、外郭は鉄鋼のごとく固く、上下が心を一つに力を合わせる。政事は公平で百姓は歓欣し、寇盗は侵害しに来ない。尚秉和の解説:噬嗑の二〜四爻は互いに艮となり城郭・金鉄を主る。正立の震と倒転の震が上下相対するので「上下同力」と言う。三〜五爻は互いに坎となり平・民・寇賊を主る。校記:「鉄」の字は元刻本が「佳」と作り、ここでは宋刻本と汲古閣本に従う。
賁。平公有疾,迎醫秦國。和不能愈,晉人赴告。坎為平、為疾,震為公,艮為國,伏兌,故曰秦國。坎為和,震為晉。按:《左傳成十年》:"晉景公有疾,秦伯使醫緩為之,醫言病入膏盲[當作肓],不能為,公果卒"。赴告者,言赴告列國公喪也。○愈,宋元本作知,汲古作治,皆非,依《需》之《巽》校。赴告,宋元本作赴國,汲古作疑惑,皆不合,依《坎》之《萃》校。告,音谷,與國協。
離が賁に変わる。晋国の国君が病み、秦国から名医を迎えた。名医にも治せず、晋国人は列国に国喪を赴告するほかなかった。尚秉和の解説:賁の二〜四爻は互いに坎となり平・疾病を主り、三〜五爻は互いに震となり公を主り、上体の艮は邦国を主り、伏する困卦の中の兌は西方に居るので「秦国」と言う。坎は「和」を主り、秦国の名医・医和の流の人物を指す。震は晋を主る。《左伝・成公十年》に按ずれば:晋景公が病み、秦伯は医緩を派遣して治療させた。医者は病がすでに膏肓に入り治療できないと言い、景公は果たして去世した(源文のここ「膏盲」の下に一カ所の角括弧の校語があり、「膏肓」と作るべきだと指摘している。今はそのまま保留する)。「赴告」とは国君の喪事を列国に訃報することである。校記:「愈」の字は宋・元本が「知」、汲古閣本が「治」と作り、いずれも正しくなく、《需》之《巽》の条に依って校定する。「赴告」は宋・元本が「赴国」、汲古閣本が「疑惑」と作り、いずれも合わず、《坎》之《萃》の条に依って校定する。「告」は「谷」の音に読み、「国」の字と韻を踏む。
剝。戴堯扶禹,松喬彭祖。西遇王母,道路夷易,無敢難者。乾為王,一陽在上,群陰戴之,故曰戴堯扶禹。艮為壽,故曰松喬彭祖。赤松子、王子喬、彭籛,皆仙人而享大年者。伏兌為西,坤為母,伏乾,故曰王母。坤為道路。○戴作載,非,依宋元本。松,宋元本作從,依汲古。
離が剥に変わる。上に唐堯を戴き下に夏禹を扶け、赤松子・王子喬・彭祖のごとく長寿である。西に行って西王母に遇い、道路は平坦で行きやすく、留難を加える者はいない。尚秉和の解説:乾は王を主り、剥卦にはただ一つの陽爻が最上に居り、衆多の陰爻が下からそれを擁戴するので「戴堯扶禹」と言う。艮は長寿を主るので松・喬・彭祖と言う——赤松子・王子喬・彭籛はみな伝説上大年を享けた仙人である。剥に伏する夬卦の中の兌は西方に居り、坤は母を主り、兌の下に乾が伏しているので「王母」と言う。坤は道路を主る。校記:「戴」はある本が「載」と作るが誤りで、宋・元本に依って「戴」とする。「松」の字は宋・元本が「従」と作り、汲古閣本に依る。
復。羔羊皮革,君子朝服。輔政扶德,以合萬國。詳《謙》之《離》。
離が復に変わる。羔羊の皮毛で作った皮裘は、まさに君子が朝廷に上がる時の礼装である。朝政を輔佐し徳教を扶植し、それによって万国を帰心させる。古代の卿大夫は羔裘をもって朝服とし、《詩経・召南・羔羊》《鄭風・羔裘》はともにこの事を詠んでいる。尚秉和曰く:この条の取象はすでに《謙》之《離》の条の下で詳しく述べた。
無妄。振鐘鼓樂,將軍受福。安帖之家,虎狼為憂。履危不殆,師行何咎。震為鍾、為樂。鼓樂,言奏樂也。震為武人,故曰將軍。艮為安、為家、為虎狼,震為履,伏坤為師。○振、樂,宋元本作據鐘鼓翼,為作與,殆作強,均依汲古。
離が无妄に変わる。大きな鐘を鳴らし音楽を奏し、将軍は福賞を領受する。家の中は安寧妥帖だが、ただ虎狼がなお憂いを呼ぶ。険しい所を踏んでも危亡には至らず、兵を出して行軍しても災咎はない。尚秉和の解説:无妄の下体の震は鐘・楽を主り、「鼓楽」はすなわち楽を奏することである。震は武人を主るので将軍と言う。二〜四爻は互いに艮となり安・家・虎狼を主り、震は践履を主る。无妄に伏する升卦の中の坤は軍隊を主る。校記:「振」「楽」の二字は宋・元本が「拠鐘鼓翼」と作り、「為」の字は「与」と作り、「殆」の字は「強」と作る。いずれも汲古閣本に依る。
大畜。嫡庶不明,孽亂生殃,陳失其邦。震為長子,嫡也,乃三至上正反震,故曰嫡庶不明。震為陳,四至上震覆,故陳失其邦。艮為邦。
離が大畜に変わる。嫡子と庶子の名分が明らかでなく、庶孽が位を争って禍殃を醸し、陳国はそれによって自らの邦国を失った。尚秉和の解説:震は長子すなわち嫡子を主る。大畜は三爻から上爻まで、正立の震と倒転の震が重なり合うので「嫡庶不明」と言う。震はまた陳国を主り、四爻から上爻までの震は倒転しているので陳国が邦国を失ったと言う。上体の艮は邦国を主る。春秋の時、陳国はしばしば嫡庶の争立で内乱し、ついに楚国に呑併された。
頤。鳥驚狐鳴,國亂不寧。上弱下強,為陰所刑。震為鳥、為驚、為鳴,艮為狐,坤為國、為亂,艮孤陽在上,故曰上弱。震為健,故曰下強。坤為刑,中四爻重坤,故曰為陰所刑。○狐鳴,宋本、汲古作孤鴻,茲依元本。
離が頤に変わる。飛鳥は驚き狐は夜に鳴き、国中は動乱して安寧を得ない。上の位の者は弱く下の位の者は強横で、陰柔の勢力に刑制される。尚秉和の解説:頤の下体の震は鳥・驚・鳴を主り、上体の艮は狐を主り、中間の坤は邦国・動乱を主る。艮にはただ一つの孤陽の爻が最上に居るので「上弱」と言い、震は剛健を主るので「下強」と言う。坤は刑罰を主り、中間の四爻は重なって二重の坤となるので「為陰所刑」と言う。校記:「狐鳴」の二字は宋刻本と汲古閣本が「孤鴻」と作り、ここでは元刻本に従う。
大過。被繡夜行,不見文章。安坐於堂,乃無咎殃。長子帥師,得其正常。卦通《頤》。坤為夜,震為行,坤為繡、為文章,坤黑故不見。艮為坐、為堂,震為長子。坤為師。三四句言艮止義,五六句言震動義也。○於,宋元本作玉,茲依汲古。宋本作《坎》林。
離が大過に変わる。錦繍を被って夜に路を急げば、衣の文様を見る者はいない。安々と堂に坐してこそ災咎がない。長子が軍隊を統率し、行いは正道常法に合う。尚秉和の解説:大過は頤に旁通するので頤の象を取る。頤の中の坤は夜を主り、下体の震は行走を主る。坤は刺繍・文采を主り、坤の色は黒なので見えない。上体の艮は坐・厅堂を主り、震は長子を主り、坤は軍旅を主る。第三・四句は艮の静止の義を言い、第五・六句は震の動作の義を言う。「長子帥師」の四字はもともと《師卦》六五の爻辞である。校記:「于」の字は宋・元本が「玉」と作り、ここでは汲古閣本に従う。宋刻本はこの条を《坎》卦の林辞の下に繋げる。
坎。六月采芑,征伐無道。張仲方叔,克勝飲酒。六月采芑,《小雅》篇名,頌周宣王也。張仲、方叔,皆宣王臣,《詩》:"張仲孝友,方叔召虎"是也。坎為月,數六,故曰六月。互震為芑,艮手為採,震為征伐。坎為仲,艮為叔,坎為酒。○克,元本作克,從宋本、汲古,宋本作《大過》林。
離が坎に変わる。六月に師を出し芑を采って軍を労い、無道の邦を討伐する。張仲と方叔は勝ちを得て帰り、歓び飲んで功を慶する酒を開く。尚秉和の解説:《六月》《采芑》はともに《詩経・小雅》の篇名で、周宣王を歌って頌したものである。張仲・方叔はともに宣王の臣で、《詩経》の「張仲孝友」「方叔、召虎」は彼らのことを言う。坎は月を主り、坎の数は六なので「六月」と言う。互いの震は芑草を主り、互いの艮は手を主り采摘を司り、震は征伐を主る。坎は仲を主り、艮は叔を主り、坎は酒を主る。校記:「克」の字は元刻本が別の形を作り(今の通行字形にはすでに併合されている)、ここでは宋刻本と汲古閣本に従う。宋刻本はこの条を《大過》卦の林辞の下に繋げる。
咸。昧暮乘車,東至伯家。踰梁越河,濟脫無他。伏《損》。坤為黑、為夜,故曰昧暮。震為車、為乘、為東、為伯,艮為家,故東至伯家。艮為梁,坤為河,震往,故曰踰越、曰濟脫。
離が咸に変わる。天色の昏い時に車に乘って路を急ぎ、東に行って伯父の家に至る。橋梁を越え河水を渡り、安らかに険を脱して別に事はない。尚秉和の解説:咸は損に旁通するので損の象を取る。損の中の坤は色が黒くまた夜を主るので「昧暮」と言う。損の互いの震は車・乘・東・伯を主り、上体の艮は家を主るので東に行って伯父の家に至ると言う。艮は橋梁を主り、坤は河を主り、震は前往を主るので越え・渡脱と言う。
恆。東風解凍,和氣兆升,年歲豐登。震東巽風,乾為寒、為凍,震為解,故曰東風解凍。巽為氣,兌悅,故曰和氣。坤為年歲。○末句元本作年豐歲登,依宋本、汲古。
離が恒に変わる。東風が一たび起これば氷雪は解け消え、和暖の気は昇り始め、一年の収成は豊かに足る。「東風解凍」はもともと《礼記・月令》が孟春の月の物候を記したものである。尚秉和の解説:恒の上体の震は東方に居り、下体の巽は風を主る。乾は寒・凍を主り、震は解散を主るので「東風解凍」と言う。巽は気を主り、兌は喜悦を主るので「和気」と言う。坤は年歳を主る。校記:末句は元刻本が「年豊歳登」と作り、ここでは宋刻本と汲古閣本に従う。
遯。三狸捕鼠,遮遏前後。死於圜城,不得脫走。古貓未為家畜,故以狸捕鼠,狸,狐屬。艮為狸,數三,故曰三狸。艮為鼠,艮止,故曰遮遏前後。伏坤為死,乾為圜,艮為城,艮止故難脫。○死於圜城,宋本作無於圜城,元本作無於遠域,茲依汲古。圜城者,獄城也,《周禮司圜》:鄭司農云:"圜,土獄城也"。
離が遯に変わる。三匹の狸猫が鼠を捕え、前後をがっちり塞いでいる。鼠は圜土の獄城で死に、逃げ出せない。尚秉和の解説:古くは猫はまだ家畜になっていなかったので、狸をもって鼠を捕らえた。狸は狐の類である。遯の下体の艮は狸を主り、艮の数は三なので「三狸」と言い、艮はまた鼠を主り、艮は静止を主るので前後に遮り止めると言う。伏する臨卦の中の坤は死を主り、上体の乾は円を主り、艮は城を主り、艮は静止を主るので脱しにくい。校記:「死于圜城」は宋刻本が「无于圜城」、元刻本が「无于遠域」と作るが、ここでは汲古閣本に従う。「圜城」とは牢獄の城のことで、《周礼・司圜》の鄭司農注に「圜とは土で築いた獄城である」と言う。
大壯。綏德孔明,履祿久長。貴且有光,疾病憂傷。震為履,乾為祿、為久長、為貴、為光,伏坤為疾病憂傷。
離が大壮に変わる。安らぎ教化して徳行が明らかに著しく、享ける禄位は長く衰えない。尊貴にして光彩があるが、ただ疾病が一分の憂傷をもたらす。尚秉和の解説:大壮の上体の震は足・践履を主り、下体の乾は俸禄・長久・尊貴・光彩を主る。大壮に伏する観卦の中の坤は疾病・憂傷を主る。
晉。三虎搏狼,力不相當。如摧腐枯,一擊破亡。艮為虎,數三,故曰三虎。艮為狼、為手,故搏狼。離中虛,故曰枯腐。艮為擊,坎為破,坤為亡。○腐枯,宋元本作壅祜,茲依汲古。
離が晋に変わる。三匹の虎が一頭の狼を囲んで搏ち、力は根本から釣り合わない。朽木枯枝を摧折するように、一撃でそれを打ち崩す。尚秉和の解説:晋の二〜四爻は互いに艮となり虎を主り、艮の数は三なので「三虎」と言う。艮はまた狼・手を主るので狼を搏つと言う。上体の離は中間が空虚なので枯朽と言う。艮は撃打を主り、三〜五爻は互いに坎となり破を主り、下体の坤は死亡を主る。校記:「腐枯」の二字は宋・元本が「壅祜」と作り、ここでは汲古閣本に従う。
明夷。使伯采桑,狠不肯行。與叔爭訟,更相毀傷。震為伯、為桑,坎為狠,坎陷故不肯行。坎上下兌口相背,故曰爭訟。坎破故曰毀傷。○采桑,宋元本作東乘,狠作恨,茲依汲古。
離が明夷に変わる。伯を遣って桑を采らせたが、彼は意地を張って出発しようとしない。叔と言い争い訴訟を起こし、両方とも傷を負った。尚秉和の解説:明夷の三〜五爻は互いに震となり伯・桑を主り、二〜四爻は互いに坎となり狠戾を主る。坎は陥落を主るので前に進もうとしない。坎の上下両側に二つの兌口が互いに背き合っているので「争訟」と言い、坎は破損を主るので互いに毀傷すると言う。校記:「采桑」の二字は宋・元本が「東乘」と作り、「狠」の字は「恨」と作る。ここでは汲古閣本に従う。
家人。抱空握虛,鴞驚我雛,利去不來。此用遇卦象。離中爻伏艮,故曰抱、曰握。離為空虛。艮為鴞,震子故曰雛。震為驚,巽為利,風散故不來。○抱,元本作把,依宋本、汲古。
離が家人に変わる。抱えたのは空、握ったのは虚、鴟鴞が私の雛鳥を驚かし、利益は去って再び戻らない。尚秉和の解説:この条は遇卦離の卦象を用いる。離の中爻の中に艮が伏し、艮は手を主るので「抱」・「握」と言う。離は中間が空虚なので空虚と言う。艮は鴟鳥を主り、震は子を主るので雛と言い、震は驚動を主り、巽は利を主る。巽は風であり、風は一吹きで散るので再び戻らないと言う。校記:「抱」の字は元刻本が「把」と作り、ここでは宋刻本と汲古閣本に従う。
睽。李華再實,鴻卵降集。仁哲以興,蔭國受福。詳《小畜》之《離》。第四句宋元本作隆國無賊,汲古作不賊,茲依《比》之《訟》等林校改。
離が睽に変わる。李の木は花が咲いた後に再び実を結び、鴻雁の産んだ卵が庭に落ちる。仁徳叡智の人がこれによって興起し、邦国を庇蔭して福沢を領受する。尚秉和曰く:この条の取象はすでに《小畜》之《離》の条の下で詳しく述べた。校記:第四句は宋・元本が「隆国无賊」、汲古閣本が「不賊」と作るが、ここでは《比》之《訟》などの条の林辞に依って校改する。
蹇。東山皋洛,勇悍不服。金玦玩好,衣為身賊。《左傳閔二年》:"晉侯使太子申生伐東山皋洛氏,佩之金玦,後太子果敗"。離東艮山,離為赤,東山皋洛,赤狄別種,故用以為象。艮為金,伏兌為玦。坎為賊。○洛,依宋元本,汲古作落,雖與今《左傳》同,然《易林》用經往往字與今經異,疑宋本是、汲古非也。第二句元本作一朝隕落,宋元悍作捍,茲依汲古。又汲古多絲麻不作句,宋元本均無,依之。
離が蹇に変わる。東山皋落氏は勇猛強悍で帰服しようとしない。国君は太子に金玦を賞賜して玩物としたが、この賜物はかえって己を害する物となった。尚秉和の解説:《左伝・閔公二年》に記す:晋献公は太子申生を派して東山皋落氏を討伐させ、金玦を佩びさせたが、後に太子は果たして敗亡した。蹇の三〜五爻は互いに離となり東に居り、下体の艮は山を主り、離の色は赤である。東山皋落は赤狄の一支なので、それをもって象を取る。艮は金を主り、伏する睽卦の下体の兌は玦を主る。上体の坎は賊害を主る。校記:「洛」の字は宋・元本に依り、汲古閣本は「落」と作る。今本《左伝》と同じではあるが、《易林》が経文を引く時は往々にして用字が今本と異なり、おそらく宋本が正しく汲古閣本が誤りであろう。第二句は元刻本が「一朝隕落」と作り、宋・元本の「悍」の字は「捍」と作る。ここでは汲古閣本に従う。また汲古閣本には「糸麻」の二字が多く出て文を成さないが、宋・元本にはなく、ここでは宋・元本に依る。
解。飛蚊汙身,為邪所牽。青蠅分白,貞孝放逐。伏巽為蚊,震為飛,坎水故曰汙。震為青,伏巽為蠅、為白。○蚊,宋元本作文,依汲古。牽,汲古作率,貞作真,均依宋元本。青蠅,《詩》篇名,傷讒而作。貞孝放逐,言伯奇、申生為後母所讒而被放也。
離が解に変わる。飛ぶ蚊が刺して身を汚し、邪悪な事に累を受ける。青蝿が白黒を混ぜ乱し、忠貞孝順の人がかえって放逐される。尚秉和の解説:解に伏する家人卦の中の巽は蚊を主り、解の上体の震は飛を主り、下体の坎は水を主るので汚穢と言う。震の色は青で、伏する巽は蝿・白を主る。校記:「蚊」の字は宋・元本が「文」と作り、汲古閣本に依る。「牽」の字は汲古閣本が「率」と作り、「貞」の字は「真」と作る。ともに宋・元本に依る。《青蝿》は《詩経・小雅》の篇名で、讒言を痛く憎んで作られたものである。「貞孝放逐」とは、尹伯奇・晋の太子申生が継母の讒言を受けて放逐された事を言う。
損。南山黃竹,三身六目。出入制命,東里宣政。主尊君安,鄭國無患。震為南、為竹,艮山,數三,坤身,故曰三身六目。未詳。伏巽為命令,坤為里,震東故曰東里,指子產也。震為主,坤為安、為居,坤為國、為鄭。《說文》:"鄭,地町町然平也",象坤形。○黃竹,各本皆作大木。三身六目,宋元本作文身其目,汲古作丈身六目。第三四五句,宋元本作"制命出命,東里田畝。尊主安居",汲古作"制命出文,東里宣敷。尊主安居",茲依《蠱》之《旅》校改,韻皆協矣。按:此皆指子產治鄭事。
離が損に変わる。南山の上の黄竹は、三つの身に六つの目を生やしている。出入を総攬し政令を制定し、東里の賢相がそこで政教を宣布する。主上は尊崇され国君は安穏で、鄭国に禍患はない。尚秉和の解説:損の二〜四爻は互いに震となり南・竹を主り、上体の艮は山を主り、艮の数は三、中間の坤は身を主るので「三身六目」と言う。この句の確かな来歴は説明できない。伏する咸卦の中の巽は命令を主り、坤は里巷を主り、震は東方に居るので「東里」と言う——東里に住んだ鄭国の名相・子産を指す。震は主を主り、坤は安・居を主り、坤はまた邦国・鄭を主る。《説文解字》に「鄭とは土地が平坦で開けたさま」とあり、まさに坤の形象に合う。校記:「黄竹」は各本とも「大木」と作る。「三身六目」は宋・元本が「文身其目」、汲古閣本が「丈身六目」と作る。第三・四・五句は宋・元本が「制命出命、東里田畝。尊主安居」、汲古閣本が「制命出文、東里宣敷。尊主安居」と作る。ここでは《蠱》之《旅》の条に依って校改し、改めれば韻脚がみな合う。按:この数句はみな子産が鄭国を治めた事を言っている。
益。泉起崑崙,東出玉門。流為九河,無有憂患。艮山坤水故曰泉起崑崙。艮為門,震為東、為玉,故東出玉門。坤為河,震數九,故曰九河。坤為憂患,震解故無。言河出崑崙山,過玉門關,播為九河也。
離が益に変わる。泉水は崑崙山に発し、東へ流れて玉門関を出る。九条の河道に分かれ、憂愁も禍患もない。尚秉和の解説:益の三〜五爻は互いに艮となり山を主り、二〜四爻は互いに坤となり水を主るので泉が崑崙に起こると言う。艮は門を主り、下体の震は東に居りまた玉を主るので、東へ流れて玉門を出ると言う。坤は河を主り、震の数は九なので「九河」と言う。坤は憂患を主り、震は解散を主るので憂患なしと言う。これは黄河が崑崙山に発源し、玉門関を経て九つの支流に分かれ播れることを言う。
夬。命短不長,中年夭傷。思及哭堂,哀其子亡。巽為命、為長,巽覆兌折,故曰命短不長。乾為年,兌少,伏坤為死,故曰中年夭傷。坤為思,伏艮為堂,兌口為哭。震為子,伏艮,震覆故子亡。○思及,宋元本作鬼泣,依汲古。
離が夬に変わる。寿命は短く長く続かず、中年で夭折し傷亡する。霊堂で哀を挙げることを思い、子の死を悲痛する。尚秉和の解説:巽は命・長久を主り、夬の上体の兌はまさに巽の倒象で、兌はまた毀折を主るので命短く長からずと言う。下体の乾は年歳を主り、兌は年少を主り、伏する剥卦の中の坤は死を主るので中年夭亡と言う。坤は思念を主り、伏する艮は厅堂を主り、兌は口を主るので哭と言う。震は子を主り、震が艮の下に伏してその象が倒転しているので子が死んだと言う。校記:「思及」の二字は宋・元本が「鬼泣」と作り、ここでは汲古閣本に従う。
姤。君臣不和,上下失宜,宗子哀歌。通《復》。坤為臣,震為君,臣上君下故曰不和、曰失宜。震為宗、為子、為歌,坤憂故曰哀歌。○末句宋本作宗子哭歌,元本作宋子哭歌,依汲古。
離が姤に変わる。君と臣が和せず、上下の位次は顛倒して宜を失い、宗族の子弟が哀歌を歌う。尚秉和の解説:姤は復に旁通するので復の象を取る。復の上体の坤は臣を主り、下体の震は君を主る。臣が上に居り君が下に居るので不和・失宜と言う。震は宗族・子・歌唱を主り、坤は憂愁を主るので哀歌と言う。校記:末句は宋刻本が「宗子哭歌」、元刻本が「宋子哭歌」と作り、ここでは汲古閣本に従う。
萃。苛政日作,螟食華葉。割下啖上,民被其賊。秋無所得。坤為政,艮為日。巽為螟,兌為食、為華,故曰暝食華葉。坤為下,艮為刀,故曰割下,兌口在上故曰啖上。坤為民,互巽為賊,故曰被其民賊。兌為秋,巽隕落故無得。
離が萃に変わる。苛酷な政令が日々に頒け下され、螟虫が庄稼の花葉を食い荒らす。下から割取って上に供し吞食させるので、百姓は甚だしくその害を受け、秋には何も収穫しない。尚秉和の解説:萃の下体の坤は政令を主り、三〜五爻は互いに艮となり日を主る。巽は螟虫を主り、上体の兌は食・花を主るので螟虫が花葉を食うと言う。坤は下位に居り、艮は刀を主るので「割下」と言い、兌の口は上にあるので「啖上」と言う。坤は民を主り、卦中に互い出る巽は賊害を主るので百姓が害を受けると言う。兌は秋を主り、巽は隕落を主るので秋に収穫なしと言う。
升。南行載鎧,登履九魁。車傷牛罷,日暮嗟諮。震為南,伏艮為鎧。《說文》:"鎧,甲也"。坤為車、為牛、為暮,伏艮為日,坤憂震語故嗟諮。第二句義未詳。○載,宋元本作戴,從汲古。履,宋元作場,從汲古。罷,音疲。魁當為疑。
離が升に変わる。南へ行軍し、車に鎧甲を載せ、一路高きに登り険を踏む。車は壊れ牛も疲れ伏し、天色は暮れゆき嘆息するだけ。尚秉和の解説:升の三〜五爻は互いに震となり南を主り、伏する无妄卦の中の艮は鎧甲を主る。《説文解字》に「鎧とは甲である」と言う。上体の坤は車・牛・日暮を主り、伏する艮は日を主る。坤は憂愁を主り震は言語を主るので咨嗟嘆息と言う。第二句の意は説明できない。校記:「載」の字は宋・元本が「戴」と作り、ここでは汲古閣本に従う。「履」の字は宋・元本が「場」と作り、これも汲古閣本に従う。「罷」は「疲」に読む。「魁」の字をいったい何の字と作るべきかはなお疑問が残る。
困。春東夏南,隨陽有功,與利相逢。伏《賁》。互震為春、為東,離為夏、為南,故曰春東夏南。離為陽,震為隨,本卦巽為利。
離が困に変わる。春は東に属し夏は南に属し、陽気の運行に順えば成效があり、まさに財利に相逢する。尚秉和の解説:困は賁に旁通するので賁の象を取る。賁の三〜五爻は互いに震となり春・東を主り、下体の離は夏・南を主るので「春東夏南」と言う。離は陽を主り、震は随順を主り、本卦困の三〜五爻は互いに巽となり財利を主る。
井。頭尾顛倒,不知緒處,君失其國。伏《噬嗑》。艮為首、為尾,初至四正反艮,故曰顛倒。巽為緒,震為君,艮為國,互坎故曰失國。
離が井に変わる。頭と尾がまるごと顛倒し、端緒がどこにあるか理立てられず、国君は自らの国家を失った。尚秉和の解説:井は噬嗑に旁通するので噬嗑の象を取る。艮は頭・尾を主り、初爻から四爻まで正立の艮と倒転の艮が相対するので「顛倒」と言う。井の下体の巽は端緒を主り、噬嗑の下体の震は君を主り、艮は邦国を主り、卦中に互い出る坎は陥落を主るので国家を失うと言う。
革。言無要約,不成契券。殷叔季姬,公孫爭之。強入委禽,不悅於心。詳《頤》之《革》。○於心,各本皆作子南,依《頤》之《革》校。禽,汲古訛命。
離が革に変わる。口で言うだけで要約を立てなければ、契券は結べない。殷家の叔父と季姫のこの親事を、公孫がまた来て争う。雁の聘礼を無理に門内に送り入れても、相手の心は承服していない。「委禽」は古礼で納采の時に雁を贄として送る言い方である。尚秉和曰く:この条の取象はすでに《頤》之《革》の条の下で詳しく述べた。校記:「于心」の二字は各本とも「子南」と作るが、ここでは《頤》之《革》の条に依って校定する。「禽」の字は汲古閣本が「命」と誤る。
鼎。缺破不成,胎卵不生,不見其形。互兌為缺破,震為胎、為卵,震伏巽隕故不生。○破,汲古作陷,茲依宋元本。
離が鼎に変わる。器物は残欠破損して形を成さず、胎も卵も孵化せず、形あるものが見えない。尚秉和の解説:卦中に互い出る兌は残欠破損を主り、震は胎・卵を主る。震の象は隠伏し巽は隕落を主るので生まれ出ないと言う。校記:「破」の字は汲古閣本が「陥」と作り、ここでは宋・元本に依る。
震。見蛇交司,惜蚖畏惡,心乃無悔。伏巽為蛇、為蚖,互坎為心。義未詳。○悟,汲古作臥,蚖作蜓,依宋元本。
離が震に変わる。長蛇が交じり絡み合うのを見て、蚖蜒を憐れみまたそれらを厭うが、心はついに悔いない。尚秉和の解説:震に伏する巽は蛇・蚖を主り、卦中の三〜五爻は互いに坎となり心を主る。この条の意は説明できない。校記:「悟」の字は汲古閣本が「卧」と作り、「蚖」の字は「蜓」と作る。ここでは宋・元本に依る(校語の挙げた「悟」の字と現存する林辞の用字とはやや出入りがある)。
艮。河水孔穴,壞敗我室。水深無涯,魚鱉傾倒。坎為河水,震為孔,艮為穴,故曰河水孔穴。艮為室、為鱉,伏巽為魚。○倒,元本作側,依宋本、汲古。
離が艮に変わる。河水が孔洞から灌ぎ込み、私の房屋を冲り壊した。水は深くて涯際も見えず、魚も鼈も翻り覆された。尚秉和の解説:艮の二〜四爻は互いに坎となり河水を主り、三〜五爻は互いに震となり孔を主り、艮自身は洞穴を主るので「河水孔穴」と言う。艮は屋室・鼈を主り、艮に伏する兌卦の中の巽は魚を主る。校記:「倒」の字は元刻本が「側」と作り、ここでは宋刻本と汲古閣本に従う。
漸。五獄四瀆,地得以安。高而不危,敬慎避患。艮山,坎數五,故曰五獄。坎為瀆,巽數四,故曰四瀆。巽為高,艮安,故不危。坎為患,巽順故曰敬慎。○敬慎,汲古作驚懼,茲依宋元本。
離が漸に変わる。五岳と四瀆が各々その位に安んじ、大地はこれによって安定を得る。高い位に身を処して危なくなく、恭敬謹慎すれば禍患を避けられる。尚秉和の解説:漸の下体の艮は山を主り、卦中に互いに坎があり、坎の数は五なので「五獄」と言う、すなわち五岳である。坎は川瀆を主り、上体の巽の数は四なので「四瀆」と言う。巽は高を主り、艮は安止を主るので高い位に身を処して危なくない。坎は禍患を主り、巽は柔順を主るので恭敬謹慎と言う。校記:「敬慎」の二字は汲古閣本が「驚懼」と作り、ここでは宋・元本に依る。
歸妹。南至之日,陽消不息。北風冽寒,萬物藏伏。離日震南,故曰南至之日,上下卦陰在陽上故曰陽消不息。坎為北、為寒,伏巽,故曰北風。震為萬物,坎為藏伏。○冽,宋元本作烈,藏伏作伏藏,茲依汲古,然伏仍不協,疑為匿字。
離が帰妹に変わる。太陽が南行して極まるその日、陽気は消退してもう滋長しない。北風は凛冽として厳寒で、万物はいっせいに蔵伏する。尚秉和の解説:帰妹の二〜四爻は互いに離となり日を主り、上体の震は南に居るので「南至之日」と言う。上下両体の陰爻がともに陽爻の上に圧しているので陽気が消退し生じないと言う。三〜五爻は互いに坎となり北に居り寒を主り、伏する漸卦の上体は巽で風を主るので「北風」と言う。震は万物を主り、坎は蔵伏を主る。校記:「冽」の字は宋・元本が「烈」と作り、「蔵伏」の二字は「伏蔵」と作る。ここでは汲古閣本に従う。ただし「伏」の字の押韻はやはり合わず、もとは「匿」の字ではなかったかと疑う。
豐。五利四福,俱田高邑。黍稷盛茂,多獲高稻。巽為利,卦數五故曰五利。震為福,卦數四,故曰四福。艮為邑,巽為高,震為耕,故曰俱田高邑。震為黍稷、為盛茂、為稻。○田,宋元本作佃,高作居,稻作積,均依汲古。
離が豊に変わる。五重の財利・四重の福気が、いずれも高いところの城邑と田地にある。黍も穀も繁茂に育ち、高田の稲の収穫は多い。尚秉和の解説:巽は利を主り、卦数は五なので「五利」と言う。震は福を主り、卦数は四なので「四福」と言う。艮は城邑を主り、巽は高を主り、震は耕作を主るので「俱田高邑」と言う。震は黍稷・繁茂・稲を主る。校記:「田」の字は宋・元本が「佃」と作り、「高」の字は「居」と作り、「稲」の字は「積」と作る。いずれも汲古閣本に依る。
旅。公孫駕車,載遊東齊。延陵說產,遺季紵衣。詳《乾》之《益》,各本下多疾病悲哀四字,與上文不類,斷為衍文,依《乾》之《益》校刪。
離が旅に変わる。公孫が車を駕し、人を載せて東の斉国へ遊歴する。延陵季子は子産の人柄に悦服し、一領の苧麻の衣を彼に贈った。季札と子産が縞帯・紵衣を互いに贈った事は《左伝・襄公二十九年》に見える。尚秉和曰く:この条の取象はすでに《乾》之《益》の条の下で詳しく述べた。各本はこの条の下に「疾病悲哀」の四字を多く出すが、上文の語意と類せず、衍文と断定し、《乾》之《益》の条に依って校勘して删去する。
巽。蛟虯當道,民困愁苦。望羊置群,長子在門。巽為蛇,故曰蛟虯,伏震為道,故曰蛟虯當道。坎為民、為愁苦,坎陷,故曰民困愁苦。互兌為羊,艮為門,震為長子。
離が巽に変わる。蛟龍・虬螭が道に横たわり、百姓は困頓し愁苦する。遠く望んで羊群を牧放に安置し、長子は門口に守る。尚秉和の解説:巽は蛇を主るので蛟虬と言い、伏する震は道路を主るので蛟虬が路を塞ぐと言う。卦中に互いに坎があり民・愁苦を主り、坎は陥落を主るので百姓が困苦すると言う。二〜四爻は互いに兌となり羊を主り、互いの艮は門を主り、震は長子を主る。
兌。金玉滿堂,忠直乘危。三老凍餓,鬼奪其室。求魚河海,網舉必得。伏艮為金、為堂,震為玉,故曰金玉滿堂。坎為忠直、為危、為凍,震數三,艮壽,故曰三老。三老,鄉官也。坎為鬼、為河海,艮為求,互巽為魚,離為網。○堂,宋元本作室,非,茲依汲古。其,汲古作我,茲依宋元本。按:林詞義吉凶不協,疑中二句為衍文。
離が兌に変わる。金玉は厅堂に満ち積もるが、忠正剛直の人はかえって険境に身を処する。三老は凍え飢え、鬼怪が彼らの居室を奪い取った。江河大海に行って魚を求めれば、網を一提げすれば必ず得るものがある。尚秉和の解説:伏する艮は金・厅堂を主り、震は玉を主るので「金玉満堂」と言う。坎は忠直・危険・寒凍を主り、震の数は三、艮は長寿を主るので「三老」と言う。三老とは郷里で教化を掌る職官である。坎は鬼・江河大海を主り、艮は求取を主り、互いの巽は魚を主り、離は網罟を主る。校記:「堂」の字は宋・元本が「室」と作るが合わず、ここでは汲古閣本に従う。「其」の字は汲古閣本が「我」と作り、ここでは宋・元本に依る。按:この条の林辞は前後の吉凶が協調せず、中間の二句は衍文ではないかと疑う。
渙。日入明匿,陽晶隱伏。小人勞心,求事不得。離伏,故曰日入明匿。晶精通。坎為隱伏、為心、為勞,震為人,艮為小,故曰小人勞心。艮為求,風散故不得。○明匿,宋元本作幽慝,晶作明,均依汲古。
離が渙に変わる。太陽は落ち光明は隠没し、陽の精華は潜蔵する。小人は心を労し力を尽くすが、事を謀っても結果を求め得ない。尚秉和の解説:離の象は隠伏するので日が落ちて光明が隠れると言う。「晶」と「精」とは通じる。下体の坎は隠伏・心・労苦を主り、互いの震は人を主り、互いの艮は小を主るので「小人労心」と言う。艮は求を主り、上体の巽は風を主り、風は一吹きで散るので求め得ない。校記:「明匿」の二字は宋・元本が「幽慝」と作り、「晶」の字は「明」と作る。ともに汲古閣本に依る。
節。頻逢社飲,失利後福。不如子息,舊居故處。申請必得,乃無大悔。艮為社,兌口為飲。古社日最重春秋兩社,皆祭後鄉飲,故曰頻逢社飲。巽為利,巽伏故失利。震為後、為福,故曰後福。震為子息、為申請,艮為居處。○社,依宋元本,汲古作招,非。必得,宋元本作必與,依汲古。
離が節に変わる。しきりに社日の酒宴に遇い、目の前で利を失っても後日の福に換わる。子息を養育して、なお老屋旧居を守るに如かず。一再の申請は必ず意の如くなり、大きな悔恨もない。尚秉和の解説:節卦の中の互いの艮は社を主り、下体の兌は口を主り飲を司るので飲酒と言う。古代の社日は春秋の両社が最も盛大で、祭祀の後は必ず郷飲酒礼を行ったので「頻逢社飲」と言う。巽は利を主り、巽の象は隠伏するので失利と言う。震は後・福を主るので「後福」と言う。震は子息・申請を主り、艮は居処を主る。校記:「社」の字は宋・元本に依り、汲古閣本は「招」と作るが正しくない。「必得」の二字は宋・元本が「必与」と作り、ここでは汲古閣本に従う。
中孚。南有嘉魚,駕黃取。魴鱮詡詡,利來無憂。震為南,巽為魚,震福故曰嘉魚。震為黃,黃馬也。正反巽故曰、曰魴鱮。巽為利。○,汲古、宋本皆作遊,茲依元本,嘉魚,《小雅》詩篇名。
離が中孚に変わる。南方に肥え美しい魚があり、黄馬を駕して往き捕取する。魴魚・鰱魚が群れて歓躍し、利益が到来して憂愁がない。尚秉和の解説:中孚の互いの震は南に居り、上体の巽は魚を主り、震は福を主るので「嘉魚」と言う。震は黄を主り、黄馬を指す。正立の巽と倒転の巽が相対するので、魴魚・鰱魚の称がある。巽は利を主る。校記:この字は汲古閣本と宋刻本がともに「游」と作り、ここでは元刻本に依る。《南有嘉魚》は《詩経・小雅》の篇名である。按:本条の林辞と注文にはもともと数字があったが、底本ではここがすでに脱落している。今は源文のとおり実収し、臆して補わない。
小過。黃裳建元,文德在身。祿佑洋溢,封為齊君。震為衣、為黃,《坤六五》:"黃裳元吉",故曰建元。艮為身,坤為文,卦上下皆坤爻,故曰文德在身。震為福佑、為君,巽為齊。○宋元本下多"賈市無門,股肱多根"二句,根當為恨,豈有上文如是之吉、下忽凶乎,其為衍文無疑,故從汲古不錄。
離が小過に変わる。黄色の下裳を身に著け元功を創建し、文徳は自身に積もる。福禄・佑助が充溢し豊かに満ち、封を受けて斉国の君となった。尚秉和の解説:震は衣・黄色を主り、《坤卦》六五の爻辞に「黄裳元吉」とあるので「建元」と言う。艮は身を主り、坤は文采を主り、小過の上下両端はいずれも坤爻なので「文徳在身」と言う。震は福佑・君を主り、巽は斉を主る。校記:宋・元本はこの条の下に「賈市无門、股肱多根」の二句を多く出すが、「根」は「恨」と作るべきである。上文の吉慶がこのように極まっているのに、下でどうして忽ち凶に転じようか。必ず衍文に違いないので、汲古閣本に従って収録しない。
既濟。口不從心,欲東反西。與意乖戾,動舉失便。離東坎西。○舉,元本作步,依宋本、汲古。便,依汲古,宋元本皆作使。
離が既済に変わる。口で言うことは心で思うことと合わず、もともと東へ行こうとしてかえって西に向かう。何もかも本意と乖違し、一挙一動が順調でない。尚秉和の解説:既済の下体の離は東に居り、上体の坎は西に居る。校記:「挙」の字は元刻本が「歩」と作り、宋刻本と汲古閣本に依る。「便」の字は汲古閣本に依り、宋・元本はともに「使」と作る。
未濟。虎狼之鄉,日爭凶訟。叨爾為長,不能定從。卦有三艮形,故曰虎狼之鄉。離正覆兌相背,故曰爭訟。不能定從,言不能定從約。虎狼之鄉,謂秦也。○從,汲古訛證,依宋元本。
離が未済に変わる。身は虎狼の蟠踞する地に居り、日々に凶险な争訟がある。盟主の長に忝くじて居るが、合従の盟約を定められない。尚秉和の解説:未済卦の中には三つの艮の形が含まれるので「虎狼之郷」と言う。離の正象と覆象の二つの兌口が互いに背き合うので「争訟」と言う。「不能定従」とは合従の約を定められないということである。「虎狼之郷」とは秦国を指す。校記:「従」の字は汲古閣本が「証」と誤り、ここでは宋・元本に依る。
咸 第三十一
咸。雌單獨居,歸其本巢。毛羽憔悴,志如死灰。巽為雌、為寡,故曰單獨。艮為巢,巽寡髮,故曰毛羽憔悴。伏坤為志、為死。
咸が咸に変わる。上下が互いに感応して、依然として本卦である。雌の鳥がひとりぽつんと独りで宿り、もとの巣に帰るが、羽は枯れ果ててやつれ、心志は燃え尽きた死灰のようである。尚秉和の解説:咸の二〜四爻は互して巽となり、雌・孤寡を主るので「単独」という。下体の艮は巣を主る。巽には毛髪が薄い象があるので毛羽が憔悴するという。伏する損卦の中の坤は心志・死亡を主る。
乾。小窗多明,道里利通。仁賢君子,國安不僵。○小,宋元本作十,依汲古。裡,汲古作理,依宋元本。○此用《咸》象。咸伏損,艮為小、為窗、為明,坤為道里。震為利通、為仁賢,艮為君子、為國、為安。
咸が乾に変わる。小さな窓から多くの光が差し込み、道路は順調に通じている。仁徳で賢明な君子が位にあれば、国家は安らかで傾覆しない。校記:「小」の字は宋・元本が「十」とし、ここでは汲古閣本による。「里」の字は汲古閣本が「理」とし、ここでは宋・元本による。尚秉和の解説:この条は遇卦・咸の卦象を用いる。咸に伏する損卦では艮が小ささ・窓・明るさを主り、坤は道路の里程を主る。震は順利通達・仁徳賢良を主り、艮は君子・邦国・安寧を主る。
坤。心惡來怪,沖沖何懼。顏淵子騫,尼父聖誨。淵,宋本作伯,誨作毋,依汲古。咸艮為顏,兌為淵,故曰顏淵。艮手為騫,故曰子騫。乾為父、為聖,艮山故曰尼父,兌言故曰聖誨。
咸が坤に変わる。心の中で怪異の事が臨頭するのを嫌い、心配で胸がいっぱいだが、実は何を恐れることがあろう。顔淵・閔子騫のような賢い弟子がおり、孔夫子の聖明な教えがある。校記:「淵」の字は宋刻本が「伯」とし、「誨」の字は「毋」とし、ここでは汲古閣本による。尚秉和の解説:咸の下体の艮は顔面を主り、上体の兌は深淵を主るので「顔淵」という。艮は手を主り、手を挙げるのを「騫」というので「子騫」という。乾は父・聖を主り、艮は山を主るので「尼父」という——孔子は尼丘に生まれ、後の人が敬って尼父と称した。兌は言語を主るので「聖誨」という。
屯。鳥鳴呼子,哺以酒脯。高棲水處,來歸其母。艮為鳥,震為鳴、為子,故曰鳥鳴呼子。震為口,故曰哺。坎為酒、為脯。脯,肉也。艮高,故曰高樓,坤水坎水,故曰水處。坤為母,震為歸,言鳥聞呼,或高棲或水處皆至也。○棲,宋元本訛樓,依汲古。
咸が屯に変わる。鳥が鳴いて雛を呼び、酒食を銜えてきて養う。あるものは高い木に宿り、あるものは水辺にいて、皆母鳥のもとへ帰る。尚秉和の解説:屯の三〜五爻は互して艮となり鳥を主り、下体の震は鳴き・子を主るので「鳥鳴呼子」という。震は口を主るので哺養という。上体の坎は酒・脯を主る。「脯」とは乾肉である。艮は高さを主るので高く宿るといい、坤は水を主り坎もまた水を主るので「水処」という。坤は母を主り、震は帰ることを主る。鳥が呼び声を聞けば、高い所にいる者も水辺にいる者も皆馳せ来たるというのである。校記:「栖」の字は宋・元本が誤って「楼」とし、ここでは汲古閣本による。
蒙。國馬生角,陰孽萌作。變易常服,君失於宅。坤為國、為馬,艮為角,互震故曰生角。坤為陰、為服、為失,艮為宅,震為萌、為君。《漢書五行志》:"文帝十二年,有馬生角於吳,劉向以為吳舉兵向上之萌",又《史記》:"燕太子丹為質於秦,求歸,秦王曰:待馬生角,既而馬果生角,乃放歸",此皆反常之事,故曰變易常服。
咸が蒙に変わる。国の中の馬に角が生え、陰邪の禍いが萌し始める。反常の事が次々と変わり現れて、国君は自分の居所を失う。尚秉和の解説:蒙の三〜五爻は互して坤となり邦国・馬を主り、上体の艮は角を主り、二〜四爻は互して震となり発動を主るので「生角」という。坤は陰・服・喪失を主り、艮は居宅を主り、震は萌生・君を主る。《漢書・五行志》に記す:漢の文帝十二年、呉の地に角を生えた馬があり、劉向はこれを呉国が兵を挙げて上を犯す先兆と見なした。《史記》にも記す:燕の太子丹が秦で人質となって帰国を求めたところ、秦王は「馬に角が生えたらにしよう」と言い、まもなく馬に果たして角が生えたので放還した。これらは皆常理に反することなので「変易常服」という。
需。入宇多悔,耕石不富。衡門屢空,使士失意。○宇,汲古作年,從宋元本。似多用伏象。
咸が需に変わる。屋宇に入れば悔恨が多く、石の上で耕しても富まない。横木を門とした陋室ではたびたび炊き出しが絶え、士人を意に満たせない。「衡門」とは横木をもって門とする簡陋な居所、「屢空」は《論語》に出て、顔回が常に窮乏して食がないことを言う。校記:「宇」の字は汲古閣本が「年」とし、ここでは宋・元本に従う。尚秉和の言:この条はおそらく多く伏象を取っている。
訟。諸孺行賈,遠涉山阻。與旅為市,不危不殆,利得十倍。伏《震》為孺、為商賈,坤眾故曰諸孺。乾為陵,故曰山阻。伏巽為市、為利、為三倍。○諸孺,宋本作情懦,茲依汲古。
咸が訟に変わる。一群の若者が外に出て行商し、遠く険阻な山路を跋涉する。同じ旅宿の客商と売買をして、危険でもなく困厄でもなく、十倍の利を得る。尚秉和の解説:伏する震は幼い者・商賈を主り、坤は衆多を主るので「諸孺」という。上体の乾は丘陵を主るので「山阻」という。伏する巽は市集・財利・倍数を主る。校記:「諸孺」の二字は宋刻本が「情懦」とし、ここでは汲古閣本による。
師。梁破橋壞,水深多畏。陳鄭之間,絕不得前。艮為橋樑,艮覆故曰破壞,坎為破也。坤水坎水故曰水深。坎為畏,震為陳,坎為平、為鄭,坎陷故不前。
咸が師に変わる。橋梁が切れて崩れ、水が深くて恐ろしい。陳国と鄭国の間に困り込み、去る道が絶たれて前に進めない。尚秉和の解説:師の三〜五爻は互して艮となり橋梁を主り、艮の象が倒れているので破壊という。坎も破損を主る。坤は水を主り坎もまた水を主るので水深という。坎は畏懼を主り、二〜四爻は互して震となり陳を主り、坎は平・鄭を主る。坎は陥落を主るので進めないという。
比。雙鳧俱飛,欲歸稻池。經涉萑澤,為矢所射,傷我胸臆。此兼《咸》象。艮為鳧,兌數二,故曰雙鳧。兌為池,巽為稻、為萑,坎為矢,坤為胸。○射傷,汲古作傷損,依宋元本。
咸が比に変わる。一対の鳧がいっしょに飛び立ち、稲の茂った池に帰ろうとする。途中で蘆荻の茂る沢を経て、矢に射られて私の胸を傷つける。尚秉和の解説:この条は兼ねて遇卦・咸の卦象を取る。艮は鳧を主り、兌の数は二なので「雙鳧」という。兌は池を主り、巽は稲・荻を主り、坎は箭矢を主り、坤は胸を主る。校記:「射傷」の二字は汲古閣本が「傷損」とし、ここでは宋・元本による。
小畜。謾誕不成,倍梁滅文。許人賣牛,三夫爭之。失利後時,公孫懷憂。未詳。○倍、賣。汲古作佶、作買。依宋元本。夫,宋元本作失,依汲古。按:伏《豫》正反震故曰謾誕、曰爭、曰三夫。艮為牛、為時。
咸が小畜に変わる。虚妄で誇張した言葉は事を成し得ず、梁の木が折れて文飾は泯びる。人に売ると約束した牛を三人の男が争い、利益を逃し時機を誤って、公孫は憂いで胸がいっぱいだ。尚秉和の言:この条の意味は説き明かせない。校記:「倍」「賣」の二字は汲古閣本が「佶」「買」とし、ここでは宋・元本による。「夫」の字は宋・元本が「失」とし、汲古閣本による。按:小畜に伏する豫卦の中で正立の震と倒転の震とが相対するので「謾誕」といい、「争」といい、「三夫」という。艮は牛・時機を主る。
履。南國飢凶,民失糟糠。少子困捕,利無所得。乾為南,伏坤為國,離為飢,巽為糟糠,兌為食。○飢凶,宋元本作凶飢,依汲古。
咸が履に変わる。南方の邦国が飢饉となり、百姓は糟糠すら口にできない。末の息子が困窮してあちこちに求めるが、少しの得るところもない。尚秉和の解説:履の上体の乾は南方に居り、伏する謙卦の中の坤は邦国を主り、卦中の互離は飢を主り、巽は糟糠を主り、下体の兌は飲食を主る。校記:「飢凶」の二字は宋・元本が「凶飢」とし、ここでは汲古閣本による。
泰。狗吠非主,狼虎日擾。驚我東西,不為家咎。震為鳴吠、為主,伏艮為狗、為虎狼,震為驚、為東,兌為西,艮為家。狗吠非主,言非其主人而必吠也。
咸が泰に変わる。犬が主人でない人に向かって狂い吠え、虎狼が毎日のように攪乱しに来る。東も西も私を驚かすが、ついに家の災いにはならなかった。尚秉和の解説:泰の互震は鳴吠・主人を主り、伏する否卦の中の艮は犬・虎狼を主る。震は驚動・東を主り、兌は西を主り、艮は家を主る。「狗吠非主」というのは、来た者がその主人でなければ必ず吠えるということである。
否。望龍無目,不見手足。入水求玉,失其所欲。乾為龍,艮為目,巽伏故無。震為足,震伏故不見。艮為手,巽伏故亦不見。乾為玉,坤為水,巽入艮求,故曰入水求玉。坤為失,故所欲不得也。
咸が否に変わる。龍を望見するのにその目が見えず、その手足も見えない。水に入って玉を探すが、かえって求めたいものを失う。尚秉和の解説:否の上体の乾は龍を主り、二〜四爻は互して艮となり目を主り、巽の象は隠伏しているので無いという。震は足を主り、震の象が隠伏しているので見えない。艮は手を主り、巽の象が隠伏しているので手も見えない。乾は玉を主り、下体の坤は水を主り、巽は入ることを主り艮は求めることを主るので「入水求玉」という。坤は喪失を主るので欲するものが得られない。
同人。以鹿為馬,欺誤其主。聞言不信,三日為咎。黃龍三子,中樂不殆。伏《師》。震為鹿,坤為馬,故曰以鹿為馬。震為主,離上下兌口相背,故曰欺誤、曰聞言不信。與《明夷初九》之"有言"義同也。離數三,故曰三日。震為黃龍、為子,為樂,《史記秦本紀》:"趙高獻鹿於二世,曰馬也"。
咸が同人に変わる。鹿を指して馬と言い、君主を欺き蒙蔽する。人の言を聞いて信じようとせず、三日のうちに災咎を醸す。黄龍が三人の子を生み、中に居て和楽して危険がない。尚秉和の解説:同人は師と旁通するので師の象を取る。師の互震は鹿を主り、上体の坤は馬を主るので「以鹿爲馬」という。震は主を主り、同人の下体の離の上下二つの兌口が互いに背くので欺瞞・蒙蔽といい、言を聞いて信じないという。これは《明夷》初九の爻辞「有言」の義と同じである。離の数は三なので「三日」という。震は黄龍・子・楽を主る。《史記・秦本紀》に記す:趙高が鹿を秦の二世に献じ、これを馬だと強弁した。
大有。養幼新婚,未能出門。登宋望齊,不見太師。此用《咸》象。少男少女故曰養幼,六爻皆交,故曰新婚。乾為門,巽伏,故曰未能出門。架木為屋曰宋,艮為宋、為望,巽為齊,乾為太師,巽伏故不見。
咸が大有に変わる。幼小を養い新婚の儀を取り仕切るが、まだ門を出られない。宋国の高い所に登って斉国を遥かに望んでも、太師が見えない。尚秉和の解説:この条は遇卦・咸の卦象を用いる。咸は少男と少女の配なので「養幼」といい、咸卦の六爻が二二ずつ交感するので「新婚」という。大有の下体の乾は門を主り、巽の象は隠伏しているので門を出られないという。木を架けて屋とするのを「宋」といい、艮は宋・瞻望を主り、巽は斉を主り、乾は太師を主る。巽の象が隠伏しているので見えないという。
謙。王也季子,相與為友。明允篤誠,升擢薦舉。艮為王孫、為季子。艮為友,正反艮,故曰相與為友。艮為明、為升擢。○季,汲古作貴,依宋元本。
咸が謙に変わる。王家の子弟と季子とが互いに結んで友となる。人となり明察で誠信、篤厚で真摯なので、抜擢の挙薦を得る。尚秉和の解説:謙の下体の艮は王孫・季子を主る。艮はまた友を主り、正立の艮と倒転の艮とが相対するので「相與爲友」という。艮は明・升遷抜擢を主る。校記:「季」の字は汲古閣本が「貴」とし、ここでは宋・元本による。
豫。山水暴怒,壞梁折柱。稽難行旅,留連愁苦。艮為山,坤水坎水,上震,故曰山水暴怒。艮為樑柱,坎折,故曰壞梁折柱。坎陷艮止,故曰稽難、曰留連,震為行旅,坎為愁苦。
咸が豫に変わる。山の水が暴れて怒り奔流し、橋梁を衝き崩し家の柱を折る。旅する人を半途に阻み滞らせ、長く留まって愁苦に堪えない。尚秉和の解説:豫の二〜四爻は互して艮となり山を主り、下体の坤は水を主り互坎もまた水を主り、上体は震で動を主るので「山水暴怒」という。艮は梁・柱を主り、坎は折ることを主るので梁を壊し柱を折るという。坎は陥落を主り艮は静止を主るので「稽難」といい「留連」という。震は行旅を主り、坎は愁苦を主る。
隨。鸇鳩徙巢,西至平州。遭逢雷電,碎我葦蘆。室家飢寒,思吾故初。艮為鸇鳩、為巢,下震故曰徙巢。兌為西,震為雷、為葦蘆,艮為室家。○碎,宋元本作破,依汲古,兌毀折故碎。
咸が隨に変わる。鹯鳥と斑鳩が古い巣を移り、西の平州へ飛ぶ。途中で雷電に遭い、我が蘆葦の叢をすべて打ち砕いた。一家の老幼が飢え凍えて、往時を懐かしむ。尚秉和の解説:隨の三〜五爻は互して艮となり鹯鳩・巣を主り、艮の下は即ち震で動を主るので「徙巢」という。上体の兌は西方に居り、下体の震は雷・葦蘆を主り、艮は家室を主る。校記:「碎」の字は宋・元本が「破」とし、ここでは汲古閣本による。兌は毁折を主るので「碎」という。
蠱。登高傷軸,上阪棄粟。販鹽不利,賈牛折角。互震為軸、為登,兌為折,故傷軸。艮為阪,巽為粟,在下故曰棄粟。震為商販,兌為鹽滷。艮為牛、為角,兌為折。○買牛折角,元本買作賣,汲古作市賈折閱,非,茲依宋本。
咸が蠱に変わる。高所に登るとき車軸を圧し傷つけ、険しい坂を上るには粟を捨てなければならない。塩を売って利益を得ず、牛を買えば角の折れたものを得る。尚秉和の解説:蠱の三〜五爻は互して震となり車軸・登攀を主り、二〜四爻は互して兌となり折ることを主るので軸を傷めるという。上体の艮は険坂を主り、下体の巽は粟を主り、粟は下位にあるので「棄粟」という。震は商販を主り、兌は鹽鹵を主る。艮は牛・角を主り、兌は折ることを主る。校記:「買牛折角」は元刻本が「買」を「賣」とし、汲古閣本は「市賈折閱」とし、いずれも正しくない。ここでは宋刻本による。
臨。祝鮀王孫,能事鬼神。節用綏民,衛國以存。饗我旨酒,眉壽多年。《論語》:"祝鮀治宗廟,故曰能事鬼神",注:祝鮀,衛大夫子魚也。疏:《左傳》:子行敬子謂靈公曰:"會同難,其使祝鮀從。"將盟,果長衛侯,故曰衛國以存。坤為鮀,震言故曰祝鮀。震為王、為神,坤為鬼、為民、為國。○鮀,元本作施,依宋本、汲古。第五句依宋元本,汲古無。
咸が臨に変わる。祝鮀と王孫賈は鬼神への奉事に巧みである。用度を省みて百姓を安んじたので衛国はこれにより保全された。私に上等の美酒を酌ませて、長寿多年を祝願する。尚秉和の解説:《論語》に祝鮀は宗廟の事を掌ったといい、だから鬼神に奉事できるという。注に祝鮀は衛の大夫子魚だという。疏文に《左傳》を引く:子行敬子が衛の霊公に「諸侯の会盟の場面は対処し難いので、祝鮀を伴なうがよい」と言い、盟会に至って果たして衛侯の位次を先に争い得たので「衛国以存」という。上体の坤は鮀を主り、互震は言語を主るので「祝鮀」という。震は王・神を主り、坤は鬼・民・邦国を主る。校記:「鮀」の字は元刻本が「施」とし、ここでは宋刻本と汲古閣本による。第五句は宋・元本によるが、汲古閣本にはこの句がない。
觀。九里十山,道卻峻難。牛馬不前,復返來遠。坤數十,互艮故曰十山。朱震云,坤亦數九,故曰九里。艮為道,卻,退也。巽為進退,故曰道卻。坤為牛、為馬,艮止坤下,故不前。
咸が觀に変わる。九里の路程、十重の山々があって、道は退がり阻んで険しく行き難い。牛馬はみな前に進もうとせず、遠くから引き返すほかない。尚秉和の解説:坤の数は十、觀の三〜五爻は互して艮となり山を主るので「十山」という。朱震は坤の数は九も取れると言うので「九里」という。艮は道路を主る。「却」は後退の意で、上体の巽は進退の定まらないことを主るので「道却」という。坤は牛・馬を主り、艮の静止の象が坤の上に加わるので前に進めない。
噬嗑。枯樹不花,空淵無魚。舊鳥飛翔,利棄我去。震為樹,離火故枯。坎為淵,巽為魚,巽伏故無魚。艮為鳥、為飛。○舊,宋元本作蕉,茲依汲古。亦未安。疑為鷙字。
咸が噬嗑に変わる。枯れ木は二度と花を咲かせず、空の潭に魚はいない。往時の鳥は飛び去り、利益は私を捨てて去る。尚秉和の解説:噬嗑の下体の震は樹を主り、上体の離は火を主るので枯れるという。三〜五爻は互して坎となり深淵を主り、巽は魚を主るが巽の象は隠伏しているので魚がいないという。二〜四爻は互して艮となり鳥・飛を主る。校記:「旧」の字は宋・元本が「蕉」とし、ここでは汲古閣本による。ただしそれも説き安くなく、もとは「鷙」の字だったのではないかと疑う。
賁。雄狐綏綏,登上崔嵬。昭告顯功,大福允興。艮為狐,陽卦,故曰雄狐。震為登,艮山,故曰崔嵬。震言故曰告。○綏綏,宋元本作唯唯,汲古作綏遺,依局本。上,汲古作山,依宋元本。崔,宋元本作山,依汲古。《詩齊風》:"南山崔崔,雄狐綏綏",序謂刺襄公禽獸之行,林義似異。
咸が賁に変わる。雄の狐がのんびりと独りで行き、高く険しい山の頂に登る。顕赫な功績を上に告げて、大福がこれにより興る。尚秉和の解説:賁の上体の艮は狐を主り、艮は陽卦なので「雄狐」という。三〜五爻は互して震となり登攀を主り、艮は山を主るので「崔嵬」という。震は言語を主るので「告」という。校記:「綏綏」の二字は宋・元本が「唯唯」とし、汲古閣本は「綏遺」とし、ここでは書局刊本による。「上」の字は汲古閣本が「山」とし、宋・元本による。「崔」の字は宋・元本が「山」とし、汲古閣本による。《詩経・斉風・南山》に「南山崔崔、雄狐綏綏」の句があり、《詩序》はそれを斉の襄公の禽獣のごとき行いを譏刺したものと言うが、《易林》の此処の取義は《詩》と同じでないようだ。
剝。啞啞笑喜,相與飲酒。長樂行觴,千秋起舞,拜受大福。此用《咸》卦伏象。○笑喜相與,汲古作笑言與歡,依宋元本。
咸が剝に変わる。呵呵と歓笑して喜びあい、衆人ともに酒を飲む。長楽のうちに杯を伝えて酒を勧め、千秋万歳と歌って翩然と舞い、拝して大福を受ける。尚秉和の言:この条は遇卦・咸の伏象を用いる。校記:「笑喜相與」は汲古閣本が「笑言與歡」とし、ここでは宋・元本による。
復。大椎破轂,長舌亂國。床第之言,三世不安。兌為舌,震形較兌多一陰,故曰長舌。坤為國、為亂,伏巽為床,震為言,數三,坤為世,故曰三世。椎轂疑皆為震象。○椎,汲古訛推,宋元本。
咸が復に変わる。大きな木槌が車の轂を打ち破り、長い舌の者が国家を攪乱する。床笫の間の私語が三代を安らかならざらしめる。尚秉和の解説:兌は舌を主り、震の卦形は兌より陰爻が一つ多いので「長舌」という。上体の坤は邦国・動乱を主り、伏する姤卦の中の巽は床を主り、下体の震は言語を主り、震の数は三、坤は世代を主るので「三世」という。木槌と車轂はおそらくどちらも震の象を取っている。校記:「椎」の字は汲古閣本が誤って「推」とし、ここでは宋・元本による。
無妄。男女合室,二姓同食。婚姻孔云,宜我孝孫。艮為室,震男巽女俱在艮體中,故曰合室。震為口,為食,正反震相對,故曰同食。艮為孫,巽順,故曰孝孫。○二,汲古作三,從宋元本。
咸が无妄に変わる。男女が一室に合い居し、二姓の家がともに食事をする。婚姻の事は皆が称し、まさしく我が孝順な子孫にふさわしい。尚秉和の解説:无妄の二〜四爻は互して艮となり室を主り、震は男を主り三〜五爻は互して巽となり女を主る。皆艮の体の中にあるので「合室」という。震は口・飲食を主り、正立の震と倒転の震とが相対するので「同食」という。艮は孫を主り、巽は柔順を主るので「孝孫」という。校記:「二」の字は汲古閣本が「三」とし、ここでは宋・元本に従う。
大畜。千仞之牆,禍不入門。金籠鐵疏,利以闢兵。欲南上阪,軸方不轉,遠車復反。艮為牆,在上故曰千仞。乾為門,坤為禍,坤伏故禍不入門。乾為金,艮亦為金,故曰金籠鐵疏。疏梳同。艮為刀兵,艮止故闢兵。震為南,艮為阪,伏坤為軸、為方,艮止故不轉。震為車、為反也。○禍不,汲古作不得,闢作避,南上作上南,均依宋元本。軸方,宋元本作轉萬,今依汲古。
咸が大畜に変わる。千仞の高い城壁に守られて、禍は門に入ってこない。金の籠と鉄の柵に囲まれて、兵災を避けるに利がある。南の坂に上ろうとするが車軸が方正で回らず、遠行の車は引き返すほかない。尚秉和の解説:大畜の上体の艮は墻を主り、墻は上位にあるので「千仞」という。下体の乾は門を主り、坤は禍を主るが坤の象は隠伏しているので禍が門に入らない。乾は金を主り艮もまた金を主るので「金籠鐵疏」という。「疏」は「梳」と同じで柵格を指す。艮は刀兵を主り、艮は静止を主るので兵の禍を避けられる。三〜五爻は互して震となり南を主り、艮は険坂を主り、伏する萃卦の中の坤は軸・方を主り、艮は静止を主るので車軸が回らない。震は車・返回を主る。校記:「禍不」の二字は汲古閣本が「不得」とし、「辟」の字は「避」とし、「南上」は「上南」とするが、いずれも宋・元本による。「軸方」の二字は宋・元本が「轉萬」とし、今は汲古閣本による。
頤。華言風語,自相詿誤。終無凶事,安寧如故。震為旉,故曰華言,伏巽,故曰風語,正反震故詿誤。坤為凶、為事,艮為終,故終無凶事,艮止故安寧如故。
咸が頤に変わる。華やかな言辞、風を捕らえるような伝言が互いに欺き事を誤らせる。しかし結局は凶事はなく、依然として安らかで変わらない。尚秉和の解説:震は花の開き敷布することを主るので「華言」といい、伏する大過卦の中の巽は風を主るので「風語」という。正立の震と倒転の震とが相対するので互いに詿誤するという。中間の坤は凶・事を主り、上体の艮は終わりを主るのでついに凶事がないという。艮は静止を主るので安寧が故のごとしという。
大過。泛泛柏舟,流行不休。耿耿寤寐,心懷大憂。仁不遇時,退隱窮居。詳《屯》之《乾》。心,依校各本皆作公。
咸が大過に変わる。柏の小舟が水の上に漂い、流れに随って漂って止まらない。目を見開いて眠れず、心に深い憂いを抱く。仁人は良い時に遭わず、退いて窮居するほかない。「泛彼柏舟」「耿耿不寐」はともに《詩経・邶風・柏舟》に出る。尚秉和の言:この条の取象はすでに《屯》の《乾》の条の下に詳しく述べた。「心」の字は校によると各本とも「公」とする。
坎。大尾小頭,重不可搖。上弱下強,陰制其雄。艮為尾,坎為頭,陽陷陰中故曰陰制其雄。
咸が坎に変わる。尾は大きく頭は小さく、重くて揺り動かせない。上は柔弱、下は強横で、陰柔が陽剛を制する。尚秉和の解説:坎の中の互艮は尾を主り、坎自体は頭を主る。陽爻が二つの陰爻の中に陥しているので「陰制其雄」という。
離。一身三口,語無所主。東西南北,迷惑失道。兌為口,離數三,故曰三口。伏坎,數一,伏艮為身,故曰一身。正反兌故曰語無所主。兌為西,伏震為更,離為南,伏坎為北,伏艮為道,正反艮故迷惑失道。
咸が離に変わる。一つの身に三つの口があって、話すことに主張がない。東西南北をむやみに転じて、ぼんやりとして道が見つからない。尚秉和の解説:離の中の兌は口を主り、離の数は三なので「三口」という。伏する坎の数は一、伏艮は身を主るので「一身」という。正立の兌と倒転の兌とが相対するので話に主張がないという。兌は西方に居り、伏震は更改を主り、離は南方に居り、伏坎は北方に居り、伏艮は道路を主り、正立の艮と倒転の艮とが相対するので迷惑して道を失う。
恆。南行求福,與喜相得。封受上賞,鼎足輔國。震為南、為行、為喜、為鼎、為足,乾為福,伏坤為國。
咸が恒に変わる。南に往き福を求めて、ちょうど喜慶に逢う。封を受けて上等の賞賜を領し、鼎の足の臣となって国家を輔佐する。尚秉和の解説:恒の上体の震は南・行・喜・鼎・足を主る。卦中の乾は福を主り、伏する益卦の中の坤は邦国を主る。
遯。過時不歸,雌雄苦悲。徘徊外國,與母分離。艮為時,震為歸,二至四震伏故曰不歸。互巽為雌,震為雄,震伏不見,故曰苦悲。艮為國,艮止故徘徊。坤為母,坤伏不見,故曰與母分離。○第二句宋本作苦悲雄惟,元本作苦悲雄雌,茲依汲古。
咸が遯に変わる。約束の時を過ぎても帰ってこないので、雌の鳥も雄の鳥もいっしょに切なく悲鳴する。外の邦で徘徊して定まらず、母と別離する。尚秉和の解説:遯の下体の艮は時を主り、震は帰を主る。二〜四爻の間で震の象が隠伏しているので帰らないという。二〜四爻は互して巽となり雌を主り、震は雄を主るが震の象は隠伏して見えないので苦しみ悲しむという。艮は邦国を主り、艮は静止を主るので徘徊という。坤は母を主り、坤の象は隠伏して見えないので母と離れるという。校記:第二句は宋刻本が「苦悲雄惟」、元刻本が「苦悲雄雌」とし、ここでは汲古閣本による。
大壯。堯舜在國,陰陽和得。涿聚衣裳,晉人無殃。震為帝,故曰堯舜。《左傳哀二十三年》:"晉伐齊,智瑤禽顏涿聚。"故曰晉人無殃,然語意與上二句不屬。衣裳,宋元本作衣常,仍難解。
咸が大壮に変わる。堯舜のような聖君が位にあり、陰陽が調い得宜である。顔涿聚の衣裳はなお在るが、晋の人は殃を受けない。尚秉和の解説:震は帝を主るので堯舜という。《左伝・哀公二十三年》に記す:晋が斉を討ち、智瑶が顔涿聚を擒えた。だから「晋人无殃」というが、ただこの句の語意は上の二句と続かない。校記:「衣裳」の二字は宋・元本が「衣常」とし、依然として解釈し難い。
晉。周成之降,越裳夷通。疾病多祟,鬼哭其公。狼子野心,宿客不同。此用《咸》象。伏震為周,艮為咸,故曰周成。坤為裳,震為南,故曰越裳。坤為夷、為疾病、為鬼,艮為哭,震為公,震覆坤死,故曰鬼哭其公。艮為狼,坤為野、為心。巽為旅客,坤為夜,故曰宿客。○首句宋本作周成之降,汲古成作公,茲依《遯》之《坤》,然義皆與下四句不協,闕疑待考。又狼子,宋本作鳥子,尤非。
咸が晋に変わる。周の成王が命を受けて下臨し、越裳氏のような遠い夷も通好に来る。疾病は多く鬼祟の仕業で、鬼があの公のために泣いている。狼の子は生まれつき野心を具え、同宿の客はそれぞれ異なる志を懐く。尚秉和の解説:この条は遇卦・咸の卦象を用いる。伏する震は周を主り、艮は咸を主るので「周成」という。坤は裳を主り、震は南を主るので「越裳」という。坤は夷狄・疾病・鬼を主り、艮は哭を主り、震は公を主る。震の象が倒れて坤は死亡を主るので「鬼哭其公」という。艮は狼を主り、坤は原野・心を主る。巽は旅客を主り、坤は夜を主るので「宿客」という。校記:首句は宋刻本が「周成之降」とし、汲古閣本は「成」の字を「公」とするが、ここでは《遯》之《坤》の条によって「成」と定める。ただこの句の意味は下の四句と調わないので、疑いを存して考を俟つほかない。また「狼子」は宋刻本が「鳥子」とするが、それはなおさら正しくない。
明夷。申酉脫服,牛馬休息。君子以安,勞者得歡。坤居申方,坎先天居酉方,坤為牛,震為馬,坎隱故曰脫服。服,轅外馬脫服即休息也。坎為勞,震為歡,言申酉日暮牛馬與人皆安息也。
咸が明夷に変わる。申の時・酉の時になって駕具を卸し、牛馬は皆休息を得る。君子はこれにより安適し、労する人も歓愉を得る。尚秉和の解説:坤の位は申の方に居り、坎は先天の方位で酉の方に居る。上体の坤は牛を主り、互震は馬を主り、坎の象は隠伏しているので「脱服」という。「服」とは車轅の外側に駕する馬で、服馬を卸せば休息となる。坎は労苦を主り、震は歓を主る。申酉の時分は天色が暮れに向かい、牛馬も人も安歇を得るというのである。
家人。凱風無母,何恃何怙。幼孤弱子,為人所苦。巽為風、為母,巽隕落,故無母。坎為孤、為苦。凱風,《邶風》篇名,毛謂母不安其室,茲謂無母,義與毛異。○第二句宋元本作何怙何恃,依汲古。
咸が家人に変わる。和暖な南風が吹くのに、子は母を亡くした。誰を倚り誰を怙としようか。幼くして怙を失った弱い子は、人に欺凌され悩まされる。尚秉和の解説:家人の上体の巽は風・母を主り、巽は隕落を主るので母がいないという。互坎は孤・苦を主る。《凱風》は《詩経・邶風》の篇名で、毛伝はそれを母が室に安んじないことと言うが、ここでは母が無いと言う。取義は毛伝と同じでない。校記:第二句は宋・元本が「何怙何恃」とし、ここでは汲古閣本による。
睽。出門上堂,從容牖房,不失其常。天牢地戶,勞者憂苦。伏《艮》為門室牖房。坎為牢,艮為天,故曰天牢。坎為北、為勞憂,《晉書天文志》:"天牢六星在北斗下,貴人之牢也",《河圖括地象》:"西北為天門,東南為地戶",兌居東南,伏艮為戶也。
咸が睽に変わる。門を出て堂に登り、窓のある部屋にゆったり自在に居て、日常の分寸を失わない。上は天牢の星に応じ、下は地戸の位に当たるが、労する人は憂いで胸がいっぱいだ。尚秉和の解説:睽に伏する蹇卦の中の艮は門・室・窓牖房舎を主る。坎は牢を主り、艮は天を主るので「天牢」という。坎は北方に居り、また労・憂を主る。《晋書・天文志》に「天牢六星は北斗の下にあり、貴人を拘する牢獄である」と言い、《河図括地象》に「西北は天門、東南は地戸」と言う。睽の下体の兌は東南に居り、伏する艮は戸を主る。
蹇。天厭周德,命與南國。以禮靜民,兵革休息。艮為天,震為周、為德,故曰天厭周德。艮為國,離南,故曰南國。離為兵革,艮止故休息。厭,足也,滿也,言周德盛天,與以南國也。
咸が蹇に変わる。天が周朝の徳に満足して、南方の国土をこれに授ける。礼制をもって百姓を安んじ、兵戈と甲冑は収めて休ませる。尚秉和の解説:蹇の下体の艮は天を主り、互震は周・徳を主るので「天厭周徳」という。艮は邦国を主り、三〜五爻は互して離となり南方に居るので「南国」という。離は兵革を主り、艮は静止を主るので停息という。「厭」は満足・充盈の意で、周の徳が盛んで天心に合うので、天は南方の国をこれに授けるというのである。
解。堂桑折衝,佐鬬者傷。暴臣失國,良臣被殃。未詳。堂桑,宋元本作常葉,姑依汲古,皆未安。沖,汲古作衡,姑依宋元本。失,汲古作反,亦姑依宋元本。
咸が解に変わる。堂前の桑の木が車前の横木を折り、人の喧嘩を助けた者は自分が傷を受けた。暴虐な臣は封国を失い、賢良な臣もそれに連なって殃を受ける。尚秉和の言:この条の意味は説き明かせない。校記:「堂桑」の二字は宋・元本が「常葉」とし、ここでは仮に汲古閣本によるが、どちらの説も妥当でない。「冲」の字は汲古閣本が「衡」とし、仮に宋・元本による。「失」の字は汲古閣本が「反」とし、これも仮に宋・元本による。
損。合歡之國,嘉喜我福。東嶽西山,朝齊成恩。震為歡,坤為國,正反震相對,故曰合歡之國。震為喜、為福,艮為山嶽,震東兌西,故曰東嶽西山。震為朝、為齊,齊,同隮,《詩墉風》:"朝隮於西,崇朝其雨",《傳》:"隮,升也",按:《樂記》"地氣上齊"注:齊,躋也。而躋與隮皆訓升,是齊詩本作齊字,與毛異,而義同也,言云升雨降故曰成思。
咸が損に変わる。国中がともに歓び合う邦国は、美しい喜慶をもって私に福気をもたらす。東岳と西山の間で、朝に雲気が昇騰して恩沢を成す。尚秉和の解説:損の二〜四爻は互して震となり歓を主り、三〜五爻は互して坤となり邦国を主る。正立の震と倒転の震とが相対するので「合歓之国」という。震は喜・福を主り、上体の艮は山岳を主り、震は東に居り兌は西に居るので「東岳西山」という。震は朝・斉を主る。「斉」は「隮」と同じで、《詩経・鄘風》に「朝隮于西、崇朝其雨」と言い、毛伝は「隮とは升ることだ」と言う。《礼記・楽記》の「地気上斉」の句の下の注に按ずるに:斉は躋と読む。躋と隮はともに升ると訓えるから、斉詩はもともと「斉」の字で書いていたのであり、毛詩と用字は異なるが意義は同じだと分かる。これは雲気が上り雨が降ることを言うので「成恩」という。
益。耕石不生,棄禮無名。縫衣失針,襦袴不成。震為耕,艮為石,坤死,故曰不生。坤為禮、為失,震為衣、為襦袴,巽敝,故不成針,為坎象,四五半坎,故失針。
咸が益に変わる。石の上で耕しても苗が出ず、礼法を捨てれば良い名声はない。衣裳を縫うのに針を失い、短衣も袴もできない。尚秉和の解説:益の下体の震は耕作を主り、三〜五爻は互して艮となり石を主り、二〜四爻は互して坤となり死亡を主るので生えないという。坤は礼・喪失を主り、震は衣・短衣長袴を主り、上体の巽は破敝の象があるので成らない。針は坎の象を取る。四・五の両爻は「半象」を成す——二つの爻だけで一つの経卦の半分の形体を取るのであり、尚秉和は《易林》がよくこの取り方を用いると考える——四・五は半ばの坎にすぎず坎の象が完全でないので、針を失ったという。
夬。聾瞢闇盲,跛倚不行。坐尸爭骸,身被火災,困其多憂。《履六三》云:"眇能視,跛能履",謂兌為半離半震也,故茲亦曰盲、曰跛。推之夬亦半坎也,故曰聾。伏艮為坐,坤為尸,兌為骸,坤為身,艮為火,故曰身被火災。艮為困,坤為憂,故曰困其多憂。爭,《廣韻》云諫諍也,止也。坐尸爭骸,言不能行之人有類於坐尸止骸而不能動,故遇火而困,伏坤為災憂。○盲,宋元本作瞢,依汲古。第三句宋本、汲古作坐戶孚骸,依元本。火,汲古作大,依宋元本。困,宋元本作因,依汲古。
咸が夬に変わる。耳は聾し目は暗く失明し、跛の足は物に凭れて歩を運べない。坐った屍のように手足が強ばり、身はまた火災に遭って、困って憂いが重なる。尚秉和の解説:《履卦》六三の爻辞に「眇目の者は強いて視、跛足の者は強いて行く」と言うのは、まさに兌が半ばの離・半ばの震の形体を兼ねることを言うので、ここでも盲といい跛という。これに推せば、夬もまた半ばの坎を含むので聾という。伏する剥卦の中の艮は坐を主り、坤は屍を主り、兌は骸骨を主り、坤は身を主り、艮は火を主るので身に火災が遭うという。艮は困を主り、坤は憂を主るので「困其多憂」という。「争」の字は《広韻》に諫諍・止めると解する。「坐尸争骸」とは、歩けない者は坐る屍・強ばった骸骨のように動けないことで、火に遭えば困を受けるほかないということである。伏する坤は災・憂を主る。校記:「盲」の字は宋・元本が「瞢」とし、汲古閣本による。第三句は宋刻本と汲古閣本が「坐戸孚骸」とし、元刻本による。「火」の字は汲古閣本が「大」とし、宋・元本による。「困」の字は宋・元本が「因」とし、汲古閣本による。
姤。生長太平,仁政流行。四方歸德,社稷康榮。生長,宋元本作長生,此用《復》象。震為生,震樂故曰太平。坤為政,震為仁,故曰仁政流行。坤為四方、為社稷,震為德、為康榮。
咸が姤に変わる。生養が蕃息して天下は太平、仁厚な政教が四方に行き渡る。四方の人は皆その徳化に帰附し、社稷は安らかで繁栄する。校記:「生長」の二字は宋・元本が「長生」とする。尚秉和の解説:この条は復卦の象を用いる——姤は復と旁通する。震は生発を主り、震はまた喜楽を主るので太平という。坤は政令を主り、震は仁を主るので「仁政流行」という。坤は四方・社稷を主り、震は徳・康栄を主る。
萃。桀蹠並處,民人愁苦。擁兵荷糧,戰於齊魯。合巹同牢,姬姜並居。坤惡故曰桀,巽為盜,故曰蹠。坤巽連體,故曰並處。坤為人民、為愁苦。艮為兵、為荷,巽為糧、為齊,兌為魯。五六句與上意不屬,定為衍文。○同牢,汲古作得牢,非,依宋元本。《昬禮》:"同牢而食"。民人,宋元本作民之,從汲古。
咸が萃に変わる。夏の桀と盗跖のような暴徒・悪人が一所に集まり、百姓は愁苦に堪えない。兵を擁し糧を担いで、斉魯のあたりで交戦する。合卺同牢の礼を行い、姫姓と姜姓の二家の者がともに住む。尚秉和の解説:坤は悪を主るので桀といい、巽は盗を主るので跖という。坤と巽は卦体に連なるので「並処」という。坤は人民・愁苦を主る。艮は兵器・負荷を主り、巽は糧・斉を主り、兌は魯を主る。第五・六の両句は上文の意味と続かないので、衍文と断定する。校記:「同牢」の二字は汲古閣本が「得牢」とし、正しくない。宋・元本による。《儀礼・昏礼》に「同牢而食」の説があり、新婚夫婦が同一の牲を食することを指す。「民人」の二字は宋・元本が「民之」とし、汲古閣本に従う。
升。南與凶居,破車失襦。西行無袴,亡其寶賂。震為南,坤為凶、為車,兌毀故破車。震為襦,坤亡故失襦。兌為西,巽為袴,震為玉,坤亡故曰無袴、曰亡其實[當作寶]賂。
咸が升に変わる。南に往き凶悪な人とともに住み、車は衝き壊され短衣も失った。西に行けば袴すらなく、身に随う宝貨はことごとく亡失した。尚秉和の解説:升の三〜五爻は互して震となり南を主り、上体の坤は凶・車を主り、互兌は毁折を主るので車が壊れるという。震は短衣を主り、坤は喪亡を主るので短衣を失ったという。兌は西方に居り、下体の巽は袴を主り、震は玉を主り、坤は喪亡を主るので袴がないといい、宝貨を失ったという。
困。空槽注器,豚彘不至。張弓祝雞,雄父飛去。伏震為槽、為器。注,擊也。伏艮為擊,巽為豕,故曰豚彘,坎陷故不至。凡飼豕擊槽即至,今槽空無食,故雖擊不至。巽為雞,坎為弓,兌口故曰祝雞。祝,呼也。張弓呼故懼而飛去也。○父,《師》之《旅》、汲古作鳩,《說文》:"父,家長率教者",然則雄父是雞之首領。父同甫。
咸が困に変わる。空の食槽をいくら鳴らしても豚は寄ってこない。片方で弓を張り片方で鶏を呼べば、雄鶏は驚いて飛び去る。尚秉和の解説:伏する賁卦の中の震は食槽・器具を主る。「注」は敲撃の意で、伏艮は撃つことを主る。巽は豚を主るので「豚彘」といい、坎は陥落を主るので来ない。およそ豚を養うときは槽を敲けば豚が来るが、今は槽が空っぽで食料がないので敲いても来ない。巽は鶏を主り、坎は弓を主り、兌は口を主るので「祝鶏」という。「祝」とは呼ぶことである。弓を張りつつまた呼べば、鶏はおのずから驚いて飛び去る。校記:「父」の字は《師》之《旅》の条と汲古閣本とでいずれも「鳩」とする。《説文解字》に「父は家の教えを率いる者だ」と言うのであれば、「雄父」とは鶏の群れの頭領ということになる。「父」と「甫」とは相通じる。
井。望尚阿衡,太宰周公。屏藩湯武,立為王侯。詳《同人》之《師》。
咸が井に変わる。呂尚・伊尹のような輔相を仰ぎ見て、なお太宰周公のような重臣がある。彼らは商湯・周武の屏障・藩衛となり、自らも王侯に立った。「阿衡」は商朝が伊尹に称した官名である。尚秉和の言:この条の取象はすでに《同人》之《師》の条の下に詳しく述べた。
革。朝鮮之地,箕子所保。宜家宜人,業處子孫。詳《大畜》林。
咸が革に変わる。朝鮮というあの土地は、箕子が封を受けて守った所である。そこは家を安んじるに宜しく、人を養うに宜しく、子孫に代々安らかに居を営ませることができる。周の武王が商を滅ぼした後に箕子を朝鮮に封じたことは《史記・宋微子世家》に見える。尚秉和の言:この条の取象はすでに《大畜》卦の林辞の下に詳しく述べた。
鼎。息憂解笑,故貧今富。載樂履善,與福俱遇。息,宋元本作昔,依汲古。遇,汲古作憂,依宋元本。貧,宋元本作貪,樂作筞,依汲古。伏坎為憂,震為解、為笑,伏坤為貧,乾為富,故曰故貧今富。伏震為樂、為善、為履、為車,故曰載樂。震為福也。
咸が鼎に変わる。憂愁が止み愁容が笑顔に化し、昔は貧しかったが今は富んだ。車には歓楽を載せ、足には善行を践んで、福気とともに巡り遭う。校記:「息」の字は宋・元本が「昔」とし、汲古閣本による。「遇」の字は汲古閣本が「憂」とし、宋・元本による。「貧」の字は宋・元本が「貪」とし、「楽」の字は「筞」とし、ともに汲古閣本による。尚秉和の解説:鼎に伏する屯卦の中の坎は憂を主り、震は解散・笑を主り、伏坤は貧を主り、鼎の中の乾は富を主るので昔貧しく今富んだという。伏震は楽・善・践履・車を主るので「載楽」という。震はまた福を主る。
震。叔迎伯兄,遇巷在陽。君子季姬,並坐鼓簧。震為伯、為兄,互艮為叔,伏離為巷、為陽,言遇伯兄於巷之陽也。艮為君子、為季,震為姬,故曰季姬,為樂故曰鼓簧。○巷,宋元本作卷,益難解,姑依汲古。《詩秦風》:"既見君子,並坐鼓簧"。
咸が震に変わる。弟が伯兄を迎えに行き、巷の陽の当たる側で出遭った。君子と季姫が並び坐って笙簧を吹き奏でる。尚秉和の解説:震は伯・兄を主り、二〜四爻は互して艮となり叔を主る。伏する巽卦の中の離は巷・向陽の所を主る。巷の陽の当たる面で伯兄に遇うというのである。艮は君子・季を主り、震は姫を主るので「季姫」という。震は音楽を主るので「鼓簧」という。校記:「巷」の字は宋・元本が「卷」とし、それならなおさら解釈し難いので、仮に汲古閣本による。《詩経・秦風・車鄰》に「既見君子、並坐鼓簧」の句がある。
艮。順風縱火,芝艾俱死。三害集房,十子中傷。詳《剝》之《坤》。○俱死,汲古作俱亡,依宋元本。
咸が艮に変わる。風勢に順って火を放てば、芝草も野の蓬もともに焼け死ぬ。三つの害が一軒の屋に集まり、十人の息子は皆傷を受けた。尚秉和の言:この条の取象はすでに《剥》之《坤》の条の下に詳しく述べた。校記:「俱死」の二字は汲古閣本が「俱亡」とし、ここでは宋・元本による。
漸。駕車入裡,求鮮魴鯉。非其肆居,自令失市。君子所在,安無危殆。坎為車,艮為里、為求,巽為入、為魚,故曰求鮮魴鯉。所求非地,故曰非其肆居。巽為室,艮為君子、為安。○其,汲古作吾,依宋元本。殆,宋元本作咎,依汲古。
咸が漸に変わる。車に駕して里巷に入り、新鮮な魴魚・鯉魚を買おうとする。そこはもともと魚を売る店ではなく、空しく市の時機を誤った。君子のいる所は安穏で危険がない。尚秉和の解説:漸の互坎は車を主り、下体の艮は里巷・求取を主り、上体の巽は進入・魚を主るので「求鮮魴鯉」という。求める所を誤ったので「非其肆居」という。巽は屋室を主り、艮は君子・安寧を主る。校記:「其」の字は汲古閣本が「吾」とし、ここでは宋・元本による。「殆」の字は宋・元本が「咎」とし、ここでは汲古閣本による。
歸妹。拔劍傷手,見敵不起。良臣無佐,困辱為咎。伏艮為劍、為手,坎破故傷手。坎為隱伏故不起。艮為臣,坎為困辱。○咎,汲古作苦,依宋元本。
咸が帰妹に変わる。剣を抜くときかえって自分の手を傷つけ、敵を見れば立ち上がることもできない。賢良な臣に手助けがなく、困って辱められて災咎となる。尚秉和の解説:帰妹に伏する漸卦の中の艮は剣・手を主り、本卦の互坎は破損を主るので手を傷めるという。坎は隠伏を主るので立ち上がれない。艮は臣を主り、坎は困辱を主る。校記:「咎」の字は汲古閣本が「苦」とし、ここでは宋・元本による。
豐。亂君之門,佐鬬傷跟。榮私貪祿,身為悔殘。東下泰山,見我所歡。離為亂,震為君,伏艮為門,故曰亂君之門。伏震為跟,正反震相對故曰鬬,兌折故曰傷。艮為身、為山,震東故曰東下泰山。
咸が豊に変わる。昏乱な君の門下に身を投じ、人の喧嘩を助けて足の踵を傷つけた。私栄を貪り禄位に迷い、身は破残となり悔恨を受ける。東に泰山に下って、ようやく我が好む人に見えた。尚秉和の解説:豊の下体の離は乱を主り、上体の震は君を主り、伏する渙卦の中の艮は門を主るので「乱君之門」という。伏震は足の踵を主り、正立の震と倒転の震とが相対するので争闘という。兌は折損を主るので傷を受けるという。艮は身・山を主り、震は東方に居るので「東下泰山」という。
旅。慈母望子,遙思不已。久客外野,使我心苦。巽為母,巽順故曰慈母。離為望,巽為旅客,艮為外野,伏坎為心。
咸が旅に変わる。慈しい母は遠く行く息子を望んで、遥々と思いが絶えない。息子は久しく荒野の異郷に客居して、私の心を苦しませる。尚秉和の解説:旅に伏する節卦の中の巽は母を主り、巽は柔順を主るので「慈母」という。上体の離は瞻望を主り、巽は旅客を主り、下体の艮は郊野を主り、伏坎は心を主る。
巽。魴生淮卻,一轉為百。周流四海,無有患惡。詳《蠱》林。淮卻,元本作江淮,依宋本、汲古。卻,隙同。
咸が巽に変わる。魴魚が淮水の支汊に生まれ、一条があっという間に百条に殖える。四海の各所を周遊しても、禍患も災悪もない。尚秉和の言:この条の取象はすでに《蠱》卦の林辞の下に詳しく述べた。校記:「淮却」の二字は元刻本が「江淮」とし、ここでは宋刻本と汲古閣本による。「却」は「隙」と通じ、水流の隙間の支汊を指す。
兌。甘露醴泉,太平機關。仁德感應,歲樂民巡。詳《屯》之《謙》。
咸が兌に変わる。甘露が降り醴泉が湧き出るのは、天下が太平となる枢機の在るところである。仁徳が天に感じて応を得て、年は豊かに楽しく、君主は民間を巡行する。尚秉和の言:この条の取象はすでに《屯》之《謙》の条の下に詳しく述べた。
渙。采薇出車,魚麗思初。上下役急,君子免憂。采薇、出車、魚麗,皆《小雅》詩。《詩序》采薇,遣將率戍役也;出車,勞遠率也;魚麗,美萬物盛多面備禮也。又云文武以天保。以上治內,采薇以下治外,故林曰思初,言思文武周初之盛美也。震為薇,艮為採,震為出、為車,巽為魚,艮為君子,坎憂震解,故免憂。○採,元本作採,依宋本、汲古。役,宋元本作從,依汲古。
咸が渙に変わる。《采薇》《出車》《魚麗》の諸篇が詠うのは、人に周初の盛美を追想させる。上上下下の労役が迫るが、君子は憂患を免れることができる。尚秉和の解説:采薇・出車・魚麗はいずれも《詩経・小雅》の篇名である。《詩序》に言う:《采薇》は将帥を遣って戍りに出す所作、《出車》は遠征の将帥を労う所作、《魚麗》は万物の盛んにして礼数の備わることを賛美する所作である。また《天保》以上は内を治めることを言い、《采薇》以下は外を治めることを言うというので、林辞は「思初」と言い、文王・武王の周初のあの盛美を追想するのである。震は薇菜を主り、艮は採摘を主り、震は出・車を主り、巽は魚を主り、艮は君子を主る。坎は憂を主り震は解散を主るので憂を免れられる。校記:「采」の字は元刻本が別の形を作り、宋刻本と汲古閣本による。「役」の字は宋・元本が「従」とし、汲古閣本による。
節。豕生魚魴,鼠舞庭堂。雄佞施毒,上下昏荒,君失其邦。詳《蒙》之《比》。此以坤為魚,坎入坤,故曰豕生魚魴。
咸が節に変わる。豚が魴魚を生み、鼠が庭堂で乱舞する。奸雄と佞人が毒害を放ち、上下いっせいに昏乱・荒廃し、国君はその邦国を失った。尚秉和の言:この条の取象はすでに《蒙》之《比》の条の下に詳しく述べた。ここでは坤を魚とし、坎が坤の中に陥るので「豕生魚魴」という。
中孚。三頭六目,道畏難宿。寒苦之國,利不可得。丁云:《山海經》:"一身三頭",《淮南子地形訓》有三頭氏。艮為頭,數三,故曰三頭。
咸が中孚に変わる。三つの頭・六つの目で、道では人を恐れさせて宿り難い。寒冷・困苦の国に至って、何の得るところもない。尚秉和が丁氏の説を引く:《山海経》に「一つの身に三つの頭」の記載があり、《淮南子・地形訓》に三頭氏の国がある。艮は頭を主り、艮の数は三なので「三頭」という。
小過。燕雀銜茅,以生孚乳。昆弟六人,姣好孝悌。各同心願,和悅相樂。詳《小畜》之《兌》。兌為燕。○燕,宋元本作驚,依汲古。姣,依宋元本,汲古作歡。孝悌,宋元本作悌孝,依汲古。
咸が小過に変わる。燕や雀が茅を銜えて巣を作り、一巣の雛を孵す。兄弟六人は皆容貌が俊美で、互いに友愛・孝悌である。おのおのの心願が一致し、和睦して歓く相居る。尚秉和の言:この条の取象はすでに《小畜》之《兌》の条の下に詳しく述べた。兌は燕を主る。校記:「燕」の字は宋・元本が「驚」とし、汲古閣本による。「姣」の字は宋・元本による、汲古閣本は「歓」とする。「孝悌」の二字は宋・元本が「悌孝」とし、汲古閣本による。
既濟。文君之德,仁義致福。年無胎夭,國富民實。君子在室,曾累益息。此用《咸》象。伏坤為文,乾為君、為仁、為年,伏震為胎,震生故不夭。艮為國、為君子、為室,乾為富實,伏坤為層累。○之德,汲古作德義,仁義作仁聖,君子在室作臥者在室,均依宋元本,惟元本室作堂。息,宋元本作恩,茲依汲古。曾累益息者,言生息層累而益勝也,古曾層同。
咸が既済に変わる。文君の徳は仁義をもって福を招く。年々に胎死・夭折する者がなく、国家は富庶で百姓は充実する。君子は家室に安んじ、子孫は層層に殖えていよいよ盛んになる。尚秉和の解説:この条は遇卦・咸の卦象を用いる。伏する坤は文を主り、乾は君・仁・年を主り、伏震は胎を主る。震は生を主るので夭折しない。艮は邦国・君子・屋室を主り、乾は富足充実を主り、伏坤は層層の累積を主る。校記:「之徳」の二字は汲古閣本が「徳義」とし、「仁義」は「仁聖」とし、「君子在室」は「卧者在室」とするが、いずれも宋・元本による。ただ元刻本は「室」の字を「堂」とする。「息」の字は宋・元本が「恩」とし、ここでは汲古閣本による。「曾累益息」というのは、生息の繁衍が層々に累加していよいよ盛んとなることで、古くは「曾」と「層」は同じ字であった。
未濟。愁梁未成,無以至陳。水深難涉,使我不前。此似用《咸》象。兌秋艮梁,兌毀故不成,互大坎故曰水深,艮止故不前。
咸が未済に変わる。橋梁がまだ架かっていなくて、陳国へ行くことができない。水が深くて渉り難く、私を前に進ませられない。尚秉和の解説:この条もまた遇卦・咸の卦象を用いたようだ。兌は秋を主り(注文は即ち兌の秋の象をもって首句の「愁」の字を解く)、艮は橋梁を主り、兌は毁折を主るので架かっていないという。卦中に一つの放大した坎が成るので水深という。艮は静止を主るので前に進めない。
恒 第三十二
恆。黃帝所生,伏羲之宇。兵刃不至,利以居止。震為帝、為玄黃,故曰黃帝。坤為牛,坤伏,故曰伏羲。羲,犧同,牛牲也。艮為兵刃,艮覆故曰至。巽為利。○宇,宋本訛宗,依元本、汲古。刃,宋元本作刀,依汲古。
恒が恒に変わる。依然として本卦である。ここは黄帝が降生した地、伏羲の居た疆域である。兵刃は身に加わらず、安らかに居て息するに宜しい。尚秉和の解説:恒の上体の震は帝・玄黄の色を主るので「黄帝」という。坤は牛を主り、坤の象は隠伏しているので「伏羲」という——「羲」は「犠」と同じ字で、犠牲に用いる牛を指す。互艮は兵刃を主り、艮の象が倒れているので兵刃が至らないという。下体の巽は利を主る。校記:「宇」の字は宋刻本が誤って「宗」とし、ここでは元刻本と汲古閣本による。「刃」の字は宋・元本が「刀」とし、ここでは汲古閣本による。
乾。登墀踒足,南行折角。長夜之室,不逢忠直。此用《恆》象。震為足,兌折故踒足。震為南,艮為角,艮覆故折角,伏坤故曰夜、曰室。
恒が乾に変わる。階段に登るとき足を挫き、南に行けば角を折った。長い夜の明けない屋に住み、忠正で剛直な人に遭わない。尚秉和の解説:この条は遇卦・恒の卦象を用いる。恒の上体の震は足を主り、兌は折ることを主るので足を挫くという。震は南を主り、互艮は角を主り、艮の象が倒れているので角を折るという。恒に伏する益卦の中の坤は夜・屋室を主る。
坤。燕雀衰老,悲鳴入海。憂在不飾,差池其羽。頡頑[當作頏]上下,寡位獨處。此仍用《恆》象。兌為燕雀,坤為老、為海,四五二句《詩邶風燕燕》文,乃莊姜送戴媯大歸於陳之詩,故曰寡位獨處,義與毛合。
恒が坤に変わる。燕や雀は次第に年老い衰えて、悲しみ鳴いて大海へ飛んでゆく。憂いは飾る心の無いところにあり、翼は長短そろわない。上ったり下ったりして飛び、寡居して位を失い、ひとりぽつんと独りで居る。尚秉和の解説:この条は依然として遇卦・恒の卦象を用いる。恒の中の兌は燕雀を主り、坤は老い・海を主る。第四・五の両句は《詩経・邶風・燕燕》に出る。あれは衛の荘姜が戴嬀を陳国に大帰するのを送る詩なので「寡位独処」といい、取義は毛詩と合う。
○鳴,宋元本作鴻,第三句作憂不在鄉,寡作在,均依汲古。
これは前条《恒》之《坤》の林辞の校勘記である。「悲鳴入海」の「鳴」の字は宋刻本・元刻本ともに「鴻」とする。第三句は宋元本が「憂不在郷」とし、「憂在不飾」としない。「寡位独処」の「寡」の字は宋元本が「在」とする。これらの箇所について尚秉和はすべて「汲古」、すなわち明末の毛晋の汲古閣刻本に従い、依然として「悲鳴入海」「憂在不飾」「寡位独処」の読みを取る。本書の通例に按ずれば、毎条は三段が連ね書かれる。まず之卦名と四言の林辞を出す——これは漢代の焦延寿《易林》の本文である。次に尚秉和の注を出し、逐句でこの句の林辞がどの卦象から推されたかを指し示す。最後に「○」で起こす校記で、汲古閣本と宋刻・元刻本との文字の異同を専門に記す。
屯。開閡除憂,伯自外來。忉忉無患,無心得歡。坤為門,震為開、為除,坎為憂,在外故開門除憂。震為伯,伯自外來,言由外來內也。坎為患、為心,震樂故無。○無,汲古作之,依宋元本。心,宋元本作之,依汲古。
之卦は《屯》である。所謂「之卦」とは《易林》の体例で、各本卦の下にそれぞれ六十四条の林辞を繋げ、それぞれ他の六十四卦に変わる場合に対応させる。ここは《恒》が《屯》に変わるところである。林辞に言う:門の閂を払い除けて憂愁を去れば、長兄が外から帰ってきた。たとい心中に憂念の安らがぬところがあっても、ついに禍患はなく、心思を尽くさなくても歓喜を得られる。尚秉和の解説:《屯》卦の二三四爻は互して坤が出る(これを「互体」といい、中間の三爻を取って別に一卦を成す)。坤には門の「逸象」がある——所謂逸象とは《説卦伝》に収録されず、古書の中に散見する取象で、尚氏がこれを輯録して《易林》を解いたものである。震は開啓・除去を主り、坎は憂患を主り、坎は外卦に居るので開門除憂という。震はまた長兄を主る。すなわち「伯」であり、伯が外より来るは、まさに外卦より内卦に入る意である。坎は憂患を主りまた心を主り、震は喜楽を主るので、憂患も憂心もみな烏有に化する。校記:「无心」の「无」の字は汲古閣本が「之」とし、ここでは宋元本による。「心」の字は宋元本が「之」とし、ここでは汲古閣本による。
蒙。郊耕釋耜,有所疑止,空虛無子。坤為郊,震為耕、為耜,坎為疑,坤為虛。釋耜,言輟耕也,故因疑而止。坤為虛,震為子,坤亡故無子。○郊,宋元本作効,耜作秬,均依汲古。釋,汲古作擇,依宋本。
之卦は《蒙》である。林辞に言う:郊野で耕作するのに、手の耒耜を置いてしまった。心中に疑惑があって中途で手を止め、田里はからっぽで収穫が見えない。尚秉和の解説:坤は郊野を主り、震は耕作・耒耜のような起土の農具を主り、坎は疑惑を主り、坤は空虚を主る。「釋耜」とは農具を放して耕作を止めることで、だから疑惑によって停止するという。坤は空虚を主り、震はまた子息を主るが、坤には喪亡の象があるので、子嗣がないという。校記:「郊」の字は宋元本が「効」とし、「耜」の字は宋元本が「秬」とし、二ヶ所とも汲古閣本による。「釋」の字は汲古閣本が「擇」とし、ここでは宋本による。
需。張牙切齒,齗怒相視。禍起蕭牆,牽引吾子。患不可解,憂驚吾母。互兌為牙齒,兌剛魯故曰齗怒。離為視,故曰齗怒相視。離為禍,伏艮為牆、為牽引,坎為患、為憂,伏坤為母。○齗怒相視,宋元本作斷怒相及,依汲古。齗齗,爭辯貌。
之卦は《需》である。林辞に言う:歯を張り出してカチカチと噛み、目を怒らせて争い弁じて互いに見詰め合う。禍は自らの家の屏墙の内に起こり、しかも我が子に及ぶ。禍患が解けなくて、驚憂はずっと我が母に波及する。尚秉和の解説:《需》卦の二三四爻は互体して兌を成し、兌は歯牙を主る。兌の性は剛にして粗いので「齗怒」という。離は視看を主るので怒目して相視する。ここで離・艮・坤はいずれも「伏象」から取る——本卦の六爻の陰陽をことごとく変えて得たあの卦で、《需》が全て変われば即ち《晋》となる。《晋》の下体は坤、上体は離、二三四爻は互して艮である。離は禍を主り、伏艮は墙・牽引を主り、坎は憂患を主り、伏坤は母親を主る。「禍起蕭墙」は《論語・季氏》の孔子の言を用いる。蕭墙は門内の屏墙で、変乱が内部から生ずることを指す。校記:「齗怒相視」は宋元本が「斷怒相及」とし、ここでは汲古閣本による。齗齗とは争い弁じて已まないさまである。
訟。履不容足,南山多棘。毋出房闥,乃無病疾。伏《明夷》。震為足、為履、為南,坎為棘、為室,故曰房闥,坎隱伏,故曰毋出。坎為病疾,震解故無。○闥,汲古作閨,依宋元本。
之卦は《訟》である。林辞に言う:足を置く所は一双の足すら容れられぬほど狭く、南山上には荆棘が茂っている。ただ内室の小門を出さなければ、病痛に染まることはない。尚秉和の解説:《訟》の伏卦は《明夷》で、六爻の陰陽をすべて変えればこの卦が得られる。本条の取象はすべて《明夷》より来る。震は足・践履・南方を主り、坎は棘刺・室屋を主るので「房闥」という。闥は内室の小門である。坎はまた隠伏を主るので門を出るなという。坎は疾病を主り、震は解散を主るので病痛は無に帰する。校記:「闥」の字は汲古閣本が「閨」とし、ここでは宋元本による。
師。牛騂無子,鳴於大野。申後陰微,還歸其母。騂,《玉篇》云:馬赤黃也。坤為牛、為黃,故曰騂牛。震為子,坤殺,故曰子。坤為野,震為鳴,故曰鳴於大野。坤為后、為母,震為歸,周幽王后,申國女,幽王寵褒姒,廢申後,故曰遠歸其母。○三四句宋元本作"申後陰微,罡歸其母",茲依汲古。
之卦は《師》である。林辞に言う:赤黄の毛色の牝牛に仔がなく、独り大いなる野で哀れに鳴く。申后は陰徳が衰微して地位は低く、実家の母のもとへ帰るほかない。尚秉和の解説:「騂」の字は《玉篇》に馬の赤黄色と解する。坤は牛・黄色を主るので騂牛といい、震は子息を主るが坤は粛殺を主るので子無しという——注文はここに「无」の一字を奪っている。坤は原野を主り、震は鳴叫を主るので大野に鳴くという。坤は后妃・母親を主り、震は回帰を主る。周の幽王の后は申国の女で、幽王は褒姒を寵愛して申后を廃黜したので、林辞は彼女が遠く母家に帰るという。校記:第三・四の両句は宋元本が「申后陰微、罡歸其母」とし、ここでは汲古閣本による。
比。龍生於淵,因風昇天。章虎炳文,為禽敗軒。發輗溫谷,暮宿崑崙。終身無患,光精照耀,不被禍難。首二句兼用《恆》象。震為龍、為生,兌為淵,故曰龍生於淵。巽為風,乾為天,龍在天上,故曰因風昇天。比坤為文,艮為虎,震為車,震覆故曰敗軒。禽者,田獵也。輗,轅端持衡者。坤為車,一陽在坤上若轅端衡木,蓋艮象也。《水經注》渭水右有溫谷,然此溫谷即暘谷。《書》宅嵎夷曰暘谷。《淮南子》日出於暘谷,言發輗東海,夕至侖昆[當作崑崙]也。坤為暮,艮為崑崙,坤為身,艮為終、為光明,坎為患難。○升,宋元本作身,禽作凶,光作充,均依汲古。照,元本作照,依宋本及汲古。禍,汲古作患,與上患字復,依宋元本。
之卦は《比》である。林辞に言う:龍が深淵から生じて、風に乗り真っ直ぐ青天に上る。斑らな虎の皮は文采を発散させるが、田猟の中で猟車は転覆した。早朝に温谷から車に駕して啓行し、夕暮れにはすでに崑崙山に投宿している。一生に禍患がなく、光華は照り耀き、災難に遭わない。尚秉和の解説:頭の二句は兼ねて遇卦《恒》の卦象を用いる——震は龍・生長を主り、兌は深淵を主るので龍が淵に生ずという。巽は風を主り、乾は天を主り、龍はすでに天に昇ったので乗風して天に升るという。《比》卦の下体の坤は文采を主り、艮は虎を主り、震は車を主り、震が一転倒すれば「覆象」となるので車を翻すという。「禽」はここで田猟を指す。「輗」は車轅の前端で横木を銜える部品である。坤は車を主り、一つの陽爻が坤の上に圧しているのは、まさに轅端のあの衡木であり、これもまた艮の象である。《水経注》は渭水の右に温谷ありというが、林辞の温谷は実は暘谷である。《尚書・尭典》に「宅嵎夷、曰暘谷」とあり、《淮南子》は太陽が暘谷から昇ると言う。だから「発輗温谷」とは早朝に東海から啓行して、夕暮れに崑崙に至ったということ——注文は元は「侖昆」と作し、倒文である。坤は日暮を主り、艮は崑崙を主り、坤は身を主り、艮は終・光明を主り、坎は患難を主る。校記:「升」の字は宋元本が「身」とし、「禽」は「凶」とし、「光」は「充」とするが、いずれも汲古閣本による。「照」の字は元本が別の一体を作り、宋本と汲古閣本による。「禍」の字は汲古閣本が「患」とし、上文の「患」の字と重複するので、宋元本による。
小畜。既嫁宜吉,出入無咎。三聖並居,國安無災。通《豫》。震為嫁、為出,巽為入,坎為聖,震數三,故曰三聖。坤為國,震樂故無咎災。○咎,宋元本作憂,依汲古。
之卦は《小畜》である。林辞に言う:女子はすでに嫁ぎ、嫁ぐに宜しきを得て吉である。出るも入るも過ちがない。三位の聖人が一所に同居し、国家は安定して災禍がない。尚秉和の解説:《小畜》は《豫》と「旁通」する——両卦の六爻の陰陽がちょうど全て相反し、互いに旁通と称して、互いに象を借りることができる。震は出嫁・出行を主り、巽は入を主る。坎は聖人を主り、震は筮数で三に当たるので三聖という。坤は邦国を主り、震は喜楽を主るので過ちも災禍も無に帰する。校記:「咎」の字は宋元本が「憂」とし、ここでは汲古閣本による。
履。北陸陽伏,不知白黑。君子傷讒,正害善人。通《謙》。坎為北,陽陷陰中,故曰陽伏。《左傳》:"日行北陸而藏冰",言天寒也。坎為黑,巽為白,巽坎皆為伏,故不知。艮為君子,正反震故曰傷讒。○白黑,汲古作黑白,依宋本。
之卦は《履》である。林辞に言う:太陽が北陸に運行して陽気は潜伏し、天地は昏暗して白白黒を弁じ得ない。君子が讒言に中傷され、正直であることがかえって善良な人を害する。尚秉和の解説:《履》は《謙》と旁通する。坎は北方を主り、一つの陽爻が二つの陰爻の中に陥しているので陽が伏するという。《左伝》の記す「日在北陸而蔵氷」は、まさに天寒の時を言う。坎は黒を主り、巽は白を主るが、巽も坎も潜伏の象があるので白黒を弁じ得ない。艮は君子を主る。一つの正立の震と一つの倒置の震とが互いに相対するのを「正反震」といい、二つの口が相背し相争う象なので、讒言に傷つけられるという。校記:「白黒」は汲古閣本が「黒白」とし、ここでは宋本による。
泰。一身兩頭,近適二家,亂不可治。坤為身,乾數一,故曰一身。乾為頭,坤數二,故曰兩頭。伏艮為家,坤為亂。○近,汲古作延,依宋元本。
之卦は《泰》である。林辞に言う:一つの身なのに二つの頭があって、一身で二家に兼ね仕え、混乱して整治することができない。尚秉和の解説:坤は身を主り、乾は筮数で一に当たるので一身といい、乾は頭を主り、坤は筮数で二に当たるので両頭という。伏蔵して顕れない艮は家を主る——《泰》の三四五爻は互して震となり、震を倒置すれば即ち艮となる。坤は乱を主る。校記:「近」の字は汲古閣本が「延」とし、ここでは宋元本による。
否。牝馬牡駒,歲字不休。君子衣服,利得有餘。乾坤合體故曰牝牡,故歲字不休,字,息也。乾為歲,互艮為君子,巽為利,乾為衣。○牡駒,宋元作牝駒,依汲古。字,汲古作孳,依宋元本。
之卦は《否》である。林辞に言う:牝馬と牡馬の駒とが配して、年々生育が止まらない。君子には衣と服とがあり、獲るところの利は余りあるほどだ。尚秉和の解説:《否》は上に乾・下に坤で、乾坤が一体に合しているので牝牡の称があり、それゆえ年々に孳生が止まらない——「字」とは生息・生育である。乾は年歳を主る。二三四爻は互体して艮を成し、艮は君子を主り、巽は利を主り、乾は衣を主る。校記:「牡駒」は宋元本が「牝駒」とし、ここでは汲古閣本による。「字」の字は汲古閣本が「孳」とし、ここでは宋元本による。
同人。南行懷憂,破其金輿。安坐故廬,乃無災患。通《師》。震為南,坤為憂患、為車,乾為金,故曰金輿。坎為破、為室廬。○災,依宋元本,汲古作殃。
之卦は《同人》である。林辞に言う:南へ遠く行くには憂愁が満ちて、途中であの金飾りの車を損した。むしろ安々と旧い屋に坐っているほうがよく、かえって災禍がない。尚秉和の解説:《同人》は《師》と旁通する。震は南方を主り、坤は憂患を主りまた車を主り、乾は金を主るので金輿という。坎は破損・室廬を主る。校記:「災」の字は宋元本による、汲古閣本は「殃」とする。
大有。憂人之患,履傷浮願。為身禍殘,篤心自守,與喜相抱。通《比》。坤為憂患,震為履,震覆故曰履傷。坤為身、為禍,坎心,艮為抱。第二句或有訛字,或謂浮願猶不及料也。願,汲古作顏,依宋元本。
之卦は《大有》である。林辞に言う:人のためにその禍患を心配して、事を行うに挫折して願いは空しくなる。自身もまたこれにより禍残を招く。ただ誠篤で専一に、自分を守ってこそ、喜慶と相抱くことができる。尚秉和の解説:《大有》は《比》と旁通する。坤は憂患を主り、震は践履を主り、震が倒置して覆象となるので履傷という。坤は身・禍を主り、坎は心を主り、艮は懐抱を主る。第二句はおそらく訛字があり、ある人は「浮願」はなお言うに事が料らざるに如くといえりとも言う。校記:「願」の字は汲古閣本が「顔」とし、ここでは宋元本による。
謙。咸陽辰巳,長安戌亥。丘陵生心,非魚市。可以避水,終無凶咎。《謙》震、坎、艮三陽俱備,震乾初坎乾中,艮乾上三陽成乾,故曰咸陽。闢卦乾居辰巳,故曰咸陽辰巳。震為長,坤為安,故曰長安。闢卦坤居戌亥,故曰長安戌亥。坎先天位西,坤為都邑。咸陽,長安,西方都邑也。艮為丘陵,坤為魚、為水,言丘陵可避水不可得魚也。○水,宋元本訛不,依汲古。按:《韻補》云亥音喜,引《易林》將戍繫亥,陽藏不起為證,此處亦然,韻補說是也。
之卦は《謙》である。林辞に言う:咸陽は辰巳の位に当たり、長安は戌亥の位に当たる。丘陵の上で心を動かしたが、そこは魚を買う市場ではなかった。地勢が高くて水患を避けることができ、ついに凶険も過誤もない。「非魚」と「市」の間は底本に字書に載らない私用区の異体字が一字あり、ここではそのまま保留して臆改しない。尚秉和の解説:《謙》卦の中に震・坎・艮の三つの陽爻が揃っている——震は乾の初爻、坎は乾の中爻、艮は乾の上爻で、三陽が合わさってちょうど一つの乾を湊るので「咸陽」という。陽気が全て備わるの義を取る。「辟卦」の中で乾は辰巳の位に居るので咸陽は辰巳といい、辟卦とは十二消息卦で、十二卦をもって十二月・十二辰に配する。震は長を主り、坤は安を主るので長安といい、辟卦の中で坤は戌亥の位に居るので長安は戌亥という。坎は先天の卦位で西に居り、坤は都邑を主る。咸陽と長安はともに西方の都城である。艮は丘陵を主り、坤は魚・水を主る。丘陵に登れば大水を避けられるが、魚は買えないというのである。校記:「水」の字は宋元本が誤って「不」とし、ここでは汲古閣本による。また按ずるに:《韻補》は「亥」を「喜」の音に読み、《易林》の「将戍繋亥、陽蔵不起」を引いて証とする。ここの押韻もこれと同じで、《韻補》の説が正しいことが見える。
豫。不知何孫,夜來扣門。我慎外寢,兵戎且來。艮為孫,坎為夜,坤為門,艮手故曰扣門。外寢,外室也。艮為外、為寢,為刀兵。○寢,汲古訛寇,依宋元本。
之卦は《豫》である。林辞に言う:どこの家の子孫か知らない者が、深夜に門を敲きに来る。私は外の寝室に慎んで守っているが、兵戈の禍がまさに来ようとしている。尚秉和の解説:艮は孫を主り、坎は夜を主り、坤は門を主り、艮はまた手を主るので門を敲くという。「外寝」とは外間の居室である。艮は外・寝室を主り、また刀兵を主る。校記:「寝」の字は汲古閣本が誤って「寇」とし、ここでは宋元本による。
隨。昧旦不明,日暗無光。喪滅失常,使我心傷。震為旦,兌為昧,故曰昧旦不明。艮為日、為光,兌嚮晦故無光。○日暗,依汲古,宋元本作暗我,我為夜之形訛字,疑原作暗夜無光,暗夜與昧旦為對文,今姑從汲古。
之卦は《随》である。林辞に言う:天は明けようとしてまだ明けず、一面に昏昧で明るくなく、白日は晦んで光がない。喪亡・毀滅して常度を失い、我が心を悲しませる。尚秉和の解説:震は天明を主り、兌は昏昧を主るので昧旦して明らかでないという。艮は日・光を主り、兌は日入・向晚を主るので光がないという。校記:「日暗」は汲古閣本による。宋元本は「暗我」とするが、「我」は「夜」の字形が近くて訛ったので、原文は本は「暗夜无光」と作ったのではないかと疑う。「暗夜」はまさに「昧旦」と対文である。今は仮に汲古閣本に従う。
蠱。江陰水側,舟楫破乏。狐不得南,豹無以北。雖欲會盟,河水絕梁。坤為大川,故曰江水。震為舟,兌毀故破乏。艮為狐、為豹,震為南,震反為艮則北矣,艮止故不得南。北艮為梁,兌折故梁絕。○狐,宋元本作孤,依汲古。北,元本訛比,依宋本、汲古。絕梁,汲古作梁絕,依宋元本,梁與盟韻。
之卦は《蠱》である。林辞に言う:大江の南岸・水流のほとりで、船と櫓はみな破損して乏しい。狐は南に行けず、豹も北に由る術がない。たとい会盟に赴こうとしても、河水が阻み、橋梁はすでに絶えている。尚秉和の解説:坤は大川を主るので江水といい、震は舟を主り、兌は毁折を主るので破損して乏しいという。艮は狐・豹を主り、震は南方を主り、震を反転すれば艮を成して即ち北方である。艮は停止を主るので南に行けない。北方の艮は橋梁を主り、兌は折ることを主るので橋梁が絶える。校記:「狐」の字は宋元本が「孤」とし、汲古閣本による。「北」の字は元本が誤って「比」とし、宋本と汲古閣本による。「絶梁」は汲古閣本が「梁絶」とし、ここでは宋元本による。「梁」と「盟」とがちょうど相い押韻するからである。
臨。神之在丑,破逆為咎。不利西南,商人休止。震為神,先天居丑方,又臨為丑月卦,故曰神之在丑。兌為破,易至于八月有凶,言至未遯,丑未沖,故曰破逆為咎、曰不利西南。西南,遯未也。震為商人,因逆破故休止。○第四句宋元本作人休止後,依汲古。
之卦は《臨》である。林辞に言う:神明のいる方位は丑にあり、相冲・相破すれば災咎となる。西南へ行くは利あらず、商旅は足を止めるほかない。尚秉和の解説:震は神を主り、先天の卦位は丑の方に居り、しかも《臨》は十二月卦の中で丑月に配する一卦なので「神之在丑」という。兌は破を主る。《臨》の卦辞は「至于八月有凶」と言い、未の月に至れば《遯》卦に変わるというのであり、丑と未はちょうど相冲するので冲に破に相い逆らって咎を成し、西南に利あらずという——西南とは即ち《遯》の配する未の位である。震は商人を主り、冲破に逢うので止まって行かない。校記:第四句は宋元本が「人休止後」とし、ここでは汲古閣本による。
觀。然諾不行,欺天誤人。使我露宿,夜歸溫室。神怒不直,鬼擊其目。欲求福利,適反自賊。震為言,震覆,故曰然諾不行、曰欺天誤人。艮為天、為室,坤為宿、為夜,艮為火,故曰溫室。伏震為神、為怒,坤為鬼,艮為目,艮手故曰鬼擊其目。艮為求,巽為利、為賊。○天,汲古作訟,露作虛,均依宋元本。
之卦は《觀》である。林辞に言う:約束したことを実行せず、天を欺き人を誤らせる。私を露天に宿らせ、深夜にようやく暖かい屋に帰った。神明は震怒して彼の正しからぬを責め、鬼が来て彼の目を撃つ。もとは福と利とを求めたのに、ちょうどかえって身を害した。尚秉和の解説:震は言語を主り、震が一転倒して覆象となるので許諾して践まないといい、天を欺き人を誤るという。艮は天・室を主り、坤は止宿・夜を主り、艮はまた火を主るので温室という。伏震は神・怒を主り、坤は鬼を主り、艮は目を主り、艮はまた手を主るので鬼がその目を撃つという。艮は求を主り、巽は利・賊害を主る。校記:「天」の字は汲古閣本が「訟」とし、「露」の字は「虚」とし、二ヶ所とも宋元本による。
噬嗑。攘臂極肘,怒不可止。狼戾愎佷,無與為市。艮為臂肘。極,放也。《儀禮大射》"贊設決朱極三"注:極,放也,極肘,即放肘也。震為怒,艮為狼,巽為市,巽伏,故曰無與為市。○極,汲古作拯,依宋元本。愎,宋本訛復,依元本、汲古。佷,汲古作狠,依宋元本。
之卦は《噬嗑》である。林辞に言う:袖をまくり肘を振り放って、怒りが止まらない。性情は凶狠で戻り、剛愎で道理を説かないので、彼と売買をしようとする者がいない。尚秉和の解説:艮は臂肘を主る。「极」は放すの意——《儀礼・大射》に「賛設決朱極三」の一句があり、注文に「極とは放也」と言う。「極肘」とは肘を放すことである。震は怒を主り、艮は狼を主り、巽は市集を主り、巽が潜伏して顕れないので人と交易しないという。校記:「极」の字は汲古閣本が「拯」とし、宋元本による。「愎」の字は宋本が誤って「復」とし、元本と汲古閣本による。「佷」の字は汲古閣本が「狠」とし、宋元本による。
賁。販馬買牛,會值空虛。利得尠少,流連為憂。離為牛,震為馬、為商旅,故曰販買。離為空虛,巽為利,巽伏,故利得鮮少。坎為憂,艮止故曰流連。○買,宋元本作賣,依汲古。
之卦は《賁》である。林辞に言う:馬を売り牛を買ったが、折り悪く市面が空虚に当たった。得るところの利は少なく、滞留して帰り難いので、憂いを生ずる。尚秉和の解説:離は牛を主り、震は馬・行商を主るので販売・買入という。離は空虚を主り、巽は利を主るが巽が潜伏しているので獲利が少ない。坎は憂を主り、艮は停止を主るので滞留して去らないという。校記:「買」の字は宋元本が「賣」とし、ここでは汲古閣本による。
剝。高樓陸處,以避風雨。深室邃宇,君安其所。牝雞之晨,為我利福,請求弗得。此用《恆》象。伏坤為重故為樓,巽為高故曰高樓。坤為陸,故曰陸處。巽為風,兌為水,故亦為雨。巽為伏,故曰以避風雨。艮為堂宇,下乘坤故曰深邃。震為君,艮為安,故曰君安其所。震為晨,巽為雞、為利,艮為請求,坤虛故弗得。○之晨,元本作之息,汲古作司晨,依宋本。福請求,宋元本作弗求得,茲依汲古。
之卦は《剥》である。林辞に言う:高い楼を高く開けた陸地に建てて、もって風雨を避ける。屋宇は深遠で、主人はその中に安らかに居る。ところが牝鶏が明け方に鳴いて、我のために利と福をもたらすと言うが、求めてもついに得られない。尚秉和の解説:この条は遇卦《恒》の卦象を用いる。伏坤には重畳の義があるので楼の象を取り、巽は高さを主るので高楼という。坤は陸地を主るので陸処という。巽は風を主り、兌は水を主り、それゆえまた雨でもある。巽は潜伏の義があるのでこれによって風雨を避けるという。艮は堂宇を主り、下に坤を承えるので深遠という。震は君を主り、艮は安を主るので主人がその所に安居するという。震は清晨を主り、巽は鶏・利を主り、艮は請求を主り、坤の中は空虚なので求めても得られない。「牝鶏之晨」は《尚書・牧誓》の「牝鶏无晨」に典拠があり、牝鶏の司晨はもともと反常で不祥の兆である。校記:「之晨」は元本が「之息」とし、汲古閣本は「司晨」とし、ここでは宋本による。「福請求」は宋元本が「弗求得」とし、ここでは汲古閣本による。
復。阿衡服箱,太乙載行。逃時厯舍,所之吉昌。《天官書》:"北斗帝車運乎中央",《晉書天文志》:"北斗杓三星為玉衡",衡,平也,轅端橫木也。坤為平、為方、為車箱,故曰阿衡服箱。《詩》:"睆彼牽牛,不以服箱",《毛傳》:"服,牝服也;箱,大車之箱也",疏:牝服長八尺謂較也,今俗為平較,兩較之內謂之箱。按:大車牛車兩轅,今車兩邊之牆古謂之較,兩較之中即為箱,以其中虛故名牝服,茲曰阿衡服箱。與太乙並稱,則阿衡指玉衡,服箱指牽牛,言太乙居中御斗牛以行也。震為君,故曰太乙。太乙,即北辰極尊,象君臣復出入無疾,故所之吉昌。○之,汲古作求,非,依宋元本。逃,疑為巡之訛。
之卦は《復》である。林辞に言う:玉衡と牽牛が車箱を駕し、太乙星が中に居って車に乗って行く。天時を巡行して星の宿を歴遍し、往くところは吉慶にして昌盛である。尚秉和の解説:《史記・天官書》は「北斗は帝車で、中央に運る」と言い、《晋書・天文志》は「北斗の杓の三星を玉衡という」と言う。「衡」は平の意で、即ち車轅の前端のあの横木である。坤は平・方・車箱を主るので阿衡服箱という。《詩・小雅・大東》に「睆彼牽牛、不以服箱」とあり、《毛伝》は「服とは牝服、箱とは大車の車箱」と言う。孔頴達の疏に牝服は長さ八尺で、較という、今俗に平較と称し、両較の間を箱というと言う。按ずるに大車・牛車にはみな二本の轅があり、今日の車両脇の墙板を古人は較と言い、両較の中が箱である。中が空虚なので牝服と名づける。ここに「阿衡服箱」と言い、また太乙と併称するのであれば、阿衡は玉衡星を指し、服箱は牽牛星を指し、太乙が中に居って斗・牛の二宿を駕御して行くということである。震は君を主るので太乙と称する——太乙とは即ち北辰で、至尊の星である。君臣が往来・出入して疾患がないことを象徴するので、往くところ吉昌である。校記:「之」の字は汲古閣本が「求」とし、正しくない。ここでは宋元本による。「逃」の字は疑うに「巡」の字の訛である。
無妄。飛來之福,入我嘉室,以安吾國。乾為福,震為飛,巽為入,艮為室、為國。○嘉,汲古作居,依宋本。
之卦は《无妄》である。「无妄」は卦名で、拆き分けて言うことはできない。林辞に言う:福気が天から飛び降りて、我がこの美しい居室に入り、我が邦国を安寧ならしめる。尚秉和の解説:乾は福を主り、震は飛を主り、巽は入を主り、艮は室・また邦国を主る。校記:「嘉」の字は汲古閣本が「居」とし、ここでは宋本による。
大畜。不孝之患,子孫為殘。老耄莫養,獨坐室垣。巽為孝,二至四巽覆,故曰不孝。伏坤為患,震為子,艮為孫,皆履乾上,而兌毀折故曰殘。乾為老,坤為養,坤伏故莫養。艮為垣、為坐、為獨。○子孫為殘,宋元本作子為母殘,茲依汲古。
之卦は《大畜》である。林辞に言う:不孝のもたらす禍患は、子孫が互いに残し合うことである。年を取った人に奉養する者がなく、独り屋の墙の下に坐るほかない。尚秉和の解説:巽は孝を主り、二〜四爻に互い出る巽は倒置しているので不孝という。伏坤は禍患を主り、震は子を主り、艮は孫を主り、みな乾の上を踏んでおり、兌は毁折を主るので残害という。乾は老を主り、坤は奉養を主るが、坤が潜伏して顕れないので奉養する者がいない。艮は墙垣・坐・独を主る。校記:「子孫為残」は宋元本が「子為母残」とし、ここでは汲古閣本による。
頤。南過棘門,鉤裂我冠。斷衣傷襦,使君恨憂。通《大過》。乾為南、為門,互大坎故曰棘門。艮為冠、為鉤,兌毀故冠裂。乾為衣襦,巽下斷,故斷衣傷襦。乾為君,坤為恨憂。○鉤,汲古作駒,依宋本。斷衣,宋元本作鬬之,茲依汲古。
之卦は《頤》である。林辞に言う:南に行きて一の荆棘で造った門を経て、門の鉤が私の冠を掛け裂いた。また衣裳を引き裂き短襦を傷つけて、人の心に怨恨と憂愁を抱かせる。尚秉和の解説:《頤》は《大過》と旁通し、取象はみな《大過》より来る。乾は南・門を主る。《大過》の全卦体は中間に四陽・上下に二陰で、形状は放大した坎のようであり、これを「大坎」の象という。坎は棘刺を主るので棘門という。艮は冠・鉤を主り、兌は毁折を主るので冠が掛け裂かれる。乾は衣・短襦を主り、巽は下体に居って断を主るので断衣傷襦という。乾は君を主り、坤は怨恨・憂愁を主る。校記:「鉤」の字は汲古閣本が「駒」とし、宋本による。「断衣」は宋元本が「鬬之」とし、ここでは汲古閣本による。
大過。重弋射隼,不知所定。質疑蓍龜,孰可避之。明神答報,告以肌如,宜利止居。以繩繫矢而射曰弋,正反巽故曰重弋。伏艮為隼,震為射,正反震故不能定射的在何所也。震為蓍,艮為龜,坤為疑,震言故曰質疑。震為往,正反震故曰孰可避之。震為神,艮為明,上艮為反震故曰答報。艮為止,巽為肌。肌,蟲名,《爾雅釋蟲》:"密肌,繼英,皆蟲名",注云未詳,茲曰止居或密肌為蟄伏之蟲,正巽象也。○弋,宋元本作或,汲古作卒,之訛六,均依《困》之《蹇》校。肌如,汲古作犧牲,依宋元本。宋元本無末句,依汲古。
之卦は《大過》である。林辞に言う:たびたび綱を繋いで隼を射るのに、矢がどこに落つべきかを知らない。蓍草と亀甲を取って疑難を質し、どうすれば避け得られるかを問う。神明が回答を作して「肌如」を告げ、止まって安らかに居るに宜しいという。尚秉和の解説:縄をもって箭を繋いで射るを「弋」という。一正一倒の二つの巽が相重なるので「重弋」という。伏艮は隼を主り、震は射を主り、一正一倒の二つの震が相対するので、射る標的のどこに在るかを定められない。震は蓍草を主り、艮は亀を主り、坤は疑を主り、震は言語を主るので質疑という。震は往を主り、正反の両震が相対するのでどこに往けば避け得られるかという。震は神を主り、艮は明を主り、上体の艮はまさに震の反象なので答報という。艮は止を主り、巽は肌を主る。「肌」は虫の名である。《爾雅・釋虫》に「密肌・継英、皆虫の名」の記載があり、注文はその義未詳という。ここで止居に宜しいという以上、密肌はあるいは蟄伏の虫であって、まさに巽の象に合う。校記:「弋」の字は宋元本が「或」とし、汲古閣本は「卒」とし、「之」の字は誤って「六」とするが、いずれも《困》之《蹇》の条によって校正する。「肌如」は汲古閣本が「犧牲」とし、宋元本による。末句は宋元本に無く、ここでは汲古閣本による。
坎。麟麑鳳雛,安樂無憂。捕魚河海,利踰徙居。伏離為文,故曰麟鳳。艮亦為獸、為鳥,艮少故曰麑曰雛。麑,鹿子也。坎為憂,震樂,故無憂。伏巽為魚、為利,艮為捕,坎為河海,故曰捕魚河海。艮為居,震行故曰徙居。○雛,宋元本作稚,徙作從,均依汲古。
之卦は《坎》である。林辞に言う:麒麟の幼い子・鳳凰の雛は、安楽で憂いがない。江河大海に至って魚を捕れば、獲利は豊かで、居処を移すに足る。尚秉和の解説:伏離は文采を主るので麟鳳といい、艮もまた獣・鳥を主り、艮は幼小の義を取るので麑といい雛という——麑とは小鹿である。坎は憂を主り、震は喜楽を主るので憂いがない。伏巽は魚・利を主り、艮は手を主るので捕捉を主り、坎は江河大海を主るので河海に魚を捕るという。艮は居処を主り、震は行動を主るので遷居という。校記:「雛」の字は宋元本が「稚」とし、「徙」の字は「従」とし、いずれも汲古閣本による。
離。新田宜粟,上農得榖。君子懷德,以千百祿。離為新,伏艮為田,二歲為新田,巽為粟、為榖,中爻正反巽故曰宜粟、曰得榖。伏艮為君子、為求,故曰千。震為百、為祿。○二三句宋元本作"君子惟德,千百以福",茲依汲古。
之卦は《離》である。林辞に言う:新たに墾いた田は粟を植えるに宜しく、上等の農夫は良い穀を収める。君子は心に徳行を懐き、これにより千百の禄を享有する。尚秉和の解説:離は新を主り、伏艮は田を主り、開墾して二年目の田を新田という。巽は粟・穀を主り、中間の几つかの爻が一正一倒の二つの巽なので宜粟といい得穀という。伏艮は君子・求取を主るので千という。震は百・禄を主る。校記:第二・三の両句は宋元本が「君子惟徳、千百以福」とし、ここでは汲古閣本による。
咸。簪短帶長,幽思苦窮。瘠蠡小瘦,以病之癃。詳《復》之《節》。第四句宋元本癃作隆,依汲古。蠡,元本作蟸,非,癃,創也。艮象,言小瘦之故因病癃也。
之卦は《咸》である。林辞に言う:簪は短く衣帯は長く、深く愁思を懐きて困頓に苦しむ。形容は枯槁して、虫に蠹されるように痩せてゆくのは、身に癃病を患ったからだ。尚秉和の解説:この条の詳しい説明は《復》之《節》の条に見える。校記:第四句の「癃」の字は宋元本が「隆」とし、ここでは汲古閣本による。「蠡」の字は元刻本が「蟸」とし、正しくない。癃とは瘡の病である。これらの句の取る所は艮の象で、人の瘦せる所以は癃病に患った縁であるという。この条の校記は「○」で起こしておらず、全書の行款の通例とやや相違がある。
遯。爭訟之門,不可與鄰。出入有為,憂生我心。乾為言,艮亦為言,兌為口,二至四兌反,與乾言相背,故曰爭訟,義本《夬九四》也。艮為門,伏震為出,巽為入,伏坤為憂、為心。○心,汲古作患,依宋元本。
之卦は《遯》である。林辞に言う:これは争訟の人の家の門戸で、彼と隣り合わせになってはならない。出たり入ったりおのおの謀るところがあり、憂愁は我が心から生ずる。尚秉和の解説:乾は言を主り、艮もまた言を主り、兌は口を主る。二〜四爻に互い出るのは倒れて来た兌で、乾の言と相背するので争訟という。取義は《夬》卦の九四爻に本づく。艮は門を主り、伏震は出を主り、巽は入を主り、伏坤は憂・心を主る。校記:「心」の字は汲古閣本が「患」とし、ここでは宋元本による。
大壯。朽根枯株,不生肌膚。病在心腹,日以焦枯。伏巽為木、為隕落,故曰朽根枯株。艮為肌膚,上卦艮覆,故肌膚不生。伏坤為心腹、為病,巽隕故枯。按:壯者,傷也,故林詞如此而象則用伏。○腹,汲古作腸,焦作燋,均依宋元本。焦枯,宋元本作焦勞,依汲古協。
之卦は《大壮》である。林辞に言う:木の根はすでに朽ちて、幹はすでに枯れ、新たな皮膚が生えない。病は心腹の間にあって、日々に焦灼して枯槁してゆく。尚秉和の解説:伏巽は木・隕落を主るので朽根・枯株という。艮は肌膚を主るが、上体の艮は倒置しているので肌膚が生じない。伏坤は心腹・疾病を主り、巽は隕落を主るので枯槁する。按ずるに「壮」の字にはもともと創傷の意があるので、林辞の取象がこのように凶悪となり、用いる卦象はすべて伏象を取る。校記:「腹」の字は汲古閣本が「腸」とし、「焦」は「燋」とし、いずれも宋元本による。「焦枯」は宋元本が「焦労」とし、汲古閣本による。韻において比較的叶う。
晉。雨師娶婦,黃岩季子。成禮既婚,相呼南去。潤澤田裡,年歲大喜。此用恆伏象。兌為雨,坤為師,巽為婦,卦六爻皆有應予,易所謂婚媾也,故曰雨師娶婦。震為黃,艮為巖、為季子,故曰黃岩季子。坤為禮,艮為成,震巽為夫婦,故曰成禮既婚。震為呼、為南,兌為潤澤,坤為田裡、為年歲。震為喜,言田裡得雨澤,年歲豐熟而大喜也。元本舊注:《博物志》太公為灌壇令,武王夢婦人當道夜哭,問之曰:我是東海神女,嫁於西海神童,我行必有風雨云云。按:此注於林詞不甚合,恐別有故實,為今所不能考。○南去、潤澤田裡,依《井》之《坤》宋元本校,各本去作上,潤作膏,田裡作下圭。子,汲古作女,依宋元本。
之卦は《晋》である。林辞に言う:雨師が妻を娶る。娶るのは黄岩の家の末の娘である。礼が成って婚を終え、互いに呼び合って南の辺へ往く。雨水が田地・村落を潤沢にして、一年の収穫は大いに喜ばしい。尚秉和の解説:この条は《恒》の伏象を用いる。兌は雨を主り、坤は師を主り、巽は婦を主る。この卦の六爻は二二ずつ皆相応じて、即ち《周易》の所謂婚媾なので、雨師が婦を娶るという。震は黄を主り、艮は山岩・幼小の儿女を主るので黄岩季子という。坤は礼を主り、艮は成を主り、震と巽とはちょうど一夫一婦なので礼を成じ婚を既りという。震は呼・南を主り、兌は潤沢を主り、坤は田里・年歳を主り、震は喜を主る——田地が雨水の滋潤を得て年成が豊熟して大いに喜ぶというのである。元刻本の旧注は《博物志》を引いて言う:姜太公が灌壇の令であった時、周の武王が一人の婦人が道に当たり夜に哭くのを夢見て、彼女に問うと、「妾は東海の神女で、西海の神童に嫁ぐもの。妾が動身すれば必ず風雨が起こる」と言ったとか。按ずるにこの旧注は林辞とあまり合わず、おそらく別に典故があって、今や考訂する術がない。校記:「南去」と「潤沢田里」の二ヶ所は《井》之《坤》の条の宋元本によって校定する。各本は「去」を「上」とし、「潤」を「膏」とし、「田里」を「下圭」とする。「子」の字は汲古閣本が「女」とし、宋元本による。
明夷。冬采薇蘭,地凍堅難。利走室北,暮無所得。坎為冬,震為薇蘭。坤為地,坎為凍、為險難,為室、為北,震行故曰利走室北。坤為暮,坤虛故無得。○薇,宋元本作微,依汲古。室,宋本、汲古作失,依元本。
之卦は《明夷》である。林辞に言う:隆冬の時節に薇菜と蘭草を採りに行くが、地面は凍って硬く掘り難い。ただ屋の北側に向かうに宜しいが、日暮れになっても一つも得るものがない。尚秉和の解説:坎は冬を主り、震は薇蘭を主り、坤は地を主り、坎は氷凍・険難を主り、また室・北方を主り、震は行くことを主るので室の北に向かうに宜しいという。坤は日暮を主り、坤の中は空虚なので収穫がない。校記:「薇」の字は宋元本が「微」とし、汲古閣本による。「室」の字は宋本と汲古閣本が「失」とし、元本による。
家人。昧之東域,誤過虎邑。失我熊胔,飢無所食。此用《恆》象。震為東,兌為昧,伏艮為虎、為邑、為熊,伏坤為失、為虛,故為飢。○熊胔,依宋元本,汲古作熟羆,非。熊胔,熊肉也。
之卦は《家人》である。林辞に言う:昏いうちに東の辺境に向かって行き、虎のいる城邑を誤って通り過ぎた。我が熊肉を失い、飢えて食べる物がない。尚秉和の解説:この条は《恒》の卦象を用いる。震は東を主り、兌は昏昧を主り、伏艮は虎・城邑・熊を主り、伏坤は喪失・空虚を主るので飢える。校記:「熊胔」は宋元本による。汲古閣本は「熟羆」とし、正しくない。熊胔とは熊肉である。
睽。日暮閉目,隨陽休息。箕子以之,乃受其福。舉首多言,必為悔殘。離為日、為目,坎為閉、為暮,故曰日暮閉目。離為陽,兌嚮晦宴息,故曰休息。兌為口舌,故曰箕。坎為首,坎上下兌口故曰多言。○首,依宋元本,汲古作事。箕星司口舌。
之卦は《睽》である。林辞に言う:日の暮れる時に目を閉じ、太陽とともに休息する。箕子がまさにこれをなしたので、福分を承けた。もし頭を上げて多くを語らば、必ず悔恨と残傷を招く。尚秉和の解説:離は日・目を主り、坎は閉・日暮を主るので日暮れに目を閉じるという。離は太陽を主り、兌は向晚・安歇を主るので休息という。兌は口舌を主るので「箕」の字を取る——箕宿は星占ではまさに口舌を主るものである。坎は首を主り、坎の上下はみな兌口なので多言という。校記:「首」の字は宋元本による。汲古閣本は「事」とする。
蹇。蓼蕭瀼瀼,君子龍光。鳴鸞雍雍,福祿來同。蓼蕭,《小雅》篇名,天子燕諸侯之詩。龍,寵也。為龍、為光,和鸞雝雝,萬福攸同,皆詩語。遇卦恆下巽為蓼蕭,震為龍、為鳴,鸞為雍雍,乾為福祿。○雍雍,汲古作噰噰,依宋元本,字與毛詩異。
之卦は《蹇》である。林辞に言う:蓼蒿の上に露は濃々と降りて、君子は光寵に輝き顕われる。鸞鈴が声を和らげて鳴り、福と禄とがともに来たる。尚秉和の解説:《蓼蕭》は《詩・小雅》の篇名で、天子が諸侯を宴する詩である。「龍」はここでは寵と読む。「為龍為光」「和鸞雝雝」「万福攸同」はみな《詩》の中の原句である。遇卦《恒》の下体の巽は蓼蕭を主り、震は龍・鳴を主り、鸞鈴が相い和するは即ち雍雍の声である。乾は福禄を主る。校記:「雍雍」は汲古閣本が「噰噰」とし、宋元本による。用字は《毛詩》と異なる。
解。鳥飛無翼,兔走折足。雖不會同,未得醫工。震為鳥、為兔、為翼、為足,坎折巽寡髮,故無翼,坎蹇故折足。坎為醫,巽為工,巽伏坎隱故不得,言不得醫折足之患也。○會同,汲古作同會,醫工作利達,均依宋元本。
之卦は《解》である。林辞に言う:鳥は飛ぼうとしても翼がなく、兎は走ろうとしても足を折った。まだ会して見ることはないが、医工を請することもできない。尚秉和の解説:震は鳥・兎・翼・足を主り、坎は折ることを主り、巽は毛髪が疎なる象を主るので翼がない。坎は蹇難を主るので足を折る。坎は医を主り、巽は工を主り、巽は潜伏して坎は隠没するので求めても得られない——折足の患が治療を得られないというのである。校記:「会同」は汲古閣本が「同会」とし、「医工」は「利達」とし、いずれも宋元本による。
損。五勝相賊,火得水息。精光消滅,絕不能續。卦兌金,克震木,震木克坤土,而兌又為水,艮又為火,故火得水而息滅也。元本注五勝者,言五行相勝之義。伏巽為賊,卦數五,故曰五勝相賊。艮為光,坤消兌絕。○能,宋元作長,依汲古。
之卦は《損》である。林辞に言う:五行は相勝ちて互いに賊害し、火が水に遇えば熄める。精光は消え散りて尽き、断絶して継ぐ術がない。尚秉和の解説:本卦の兌は金に属し、金は震木を克し、震木はまた坤土を克する。兌は同時に水を主り、艮は同時に火を主るので、火が水に遇えば熄める。元刻本の注に言う:「五勝」とは五行相勝の理を言う。伏巽は賊害を主り、卦の数は五なので五勝相賊という。艮は光を主り、坤は消退を主り、兌は断絶を主る。校記:「能」の字は宋元本が「長」とし、ここでは汲古閣本による。
益。東資齊魯,得騂大馬。便辟能言,巧賈善市。八鄰並戶,請火不與。人道閉塞,鬼守其宇。震為東,巽為齊,伏兌為魯。震為馬,伏乾為赤,故曰騂。騂,赤色也。正反震,故曰便辟能言。巽為賈市,坤為戶,卦數八,艮亦為戶,數亦八,故曰八鄰並戶。並屏同,並戶即閉戶也。艮為火,下乘坤水,故不得火。坤為道路、為閉塞,孟子:請火於鄰無弗與者。今八鄰閉戶不與。故曰人道閉塞。坤為鬼,艮為守、為宇,故曰鬼守其宇。巧賈善市,汲古作市人善賈,八鄰作鄰人,守作祟,均依宋元本。
之卦は《益》である。林辞に言う:東に行って斉・魯で財貨を営み、赤色の大きな馬を得た。逢迎ができ言葉が達者で、精利な商人・売買の上手な者である。ところが八方の隣里はみな戸を閉じて開かず、少しの火を乞うても与えてくれない。人間の道は閉塞して通じず、ただ鬼がその屋宇を守っているのみである。尚秉和の解説:震は東を主り、巽は斉を主り、伏兌は魯を主る。震は馬を主り、伏乾は赤を主るので騂という——騂とは赤色である。一正一倒の二つの震なので便佞・能言という。巽は商賈・市集を主る。坤は門戸を主り、卦の数は八であり、艮もまた門戸を主り数もまた八なので八邻併戸という。「併」は「屏」と通じ、併戸とは閉戸である。艮は火を主り、下に坤水を承えるので火を取れない。坤は道路・閉塞を主る。《孟子》は隣家に火を乞うて与えないことはないと言うが、今や八方の隣家が戸を閉じて与えないので人道閉塞という。坤は鬼を主り、艮は守・屋宇を主るので鬼がその宇を守るという。校記:「巧賈善市」は汲古閣本が「市人善賈」とし、「八邻」は「邻人」とし、「守」は「祟」とし、いずれも宋元本による。
夬。爭雞失羊,亡其金囊。利不得長,陳蔡之患,賴楚以安。遇卦互兌為羊,巽為雞,而兌巽相反覆,故得雞則失羊,得羊必失雞,不可得兼也。坤為囊,坤伏故亡。乾金巽利,震為陳、為蔡、為楚,伏坤為患。《史記孔子世家》:陳蔡聞楚聘孔子,懼,發徒役圍孔子,不得行,絕糧,於是使子貢至楚,楚昭王興師迎孔子,然後得免。
之卦は《夬》である。林辞に言う:鶏を一羽争ってかえって羊を失い、金を盛る嚢も失った。獲利は久しからず。孔子が陳蔡の間に困しめられたような禍患があって、最後に楚に頼ってようやく平安を得た。尚秉和の解説:遇卦に互い出る兌は羊を主り、巽は鶏を主るが、兌と巽とはまさに一正一倒の覆象なので、鶏を得れば羊を失い、羊を得れば必ず鶏を失う——両者を兼ね有することはできない。坤は嚢を主り、坤が潜伏しているので失う。乾は金を主り、巽は利を主る。震は陳・蔡・また楚を主り、伏坤は禍患を主る。《史記・孔子世家》に記す:陳・蔡の二国は楚が孔子を聘しようとするのを聞き、心に恐れを生じて、徒役を発して孔子を囲み、成行を得しめず、ついに糧が絶えた。そこで孔子は子貢を楚に遣わして助けを求め、楚の昭王が兵を発して孔子を迎えたので、ようやく脱した。
姤。九登十陟,馬跌不前。管子佐之,乃能上山。通《復》。震數九,坤數十,震為登、為陟、為馬,坤失,故曰馬跌不前。震為竹,故曰管子。乾為山,言管子佐齊桓乃能霸天下也。○首句元本作十登九涉,依宋本、汲古。
之卦は《姤》である。林辞に言う:九重に登ってまた十重に上るが、馬が前蹄を失して上り得ない。管仲が傍らより輔佐するので、ようやく山の頂に登ることができた。尚秉和の解説:《姤》は《復》と旁通する。震の数は九、坤の数は十である。震は登・陟・馬を主り、坤は喪失を主るので馬が跌して前に進まないという。震は竹を主るので管子という。乾は山を主る——管仲が斉の桓公を輔佐して、ようやく天下に覇を称えることができたというのである。校記:首句は元刻本が「十登九渉」とし、ここでは宋本と汲古閣本による。
萃。東鄰愁苦,君亂天紀。日貪祿寵,必受其咎。通《大畜》。震為東鄰,坤為愁苦、為亂,乾為君、為天、為祿寵。義多未詳,或指紂。○日,宋元本作甘,依汲古。宋元本下有"意合志同,內外相從,見吾伯公"三句,與上文義相反,斷為衍文,否則只用此三句象甚合,語亦較有味,惟不能並用。
之卦は《萃》である。林辞に言う:東の隣国が愁苦に堪えず、国君が天道の綱紀を攪乱した。日々に禄位と寵幸を貪り、必ず災咎を承けることになる。尚秉和の解説:《萃》は《大畜》と旁通する。震は東邻を主り、坤は愁苦・乱を主り、乾は君・天・禄寵を主る。この条の林辞の意旨は多く明らかでなく、あるいは商の紂を指すのかもしれない。校記:「日」の字は宋元本が「甘」とし、ここでは汲古閣本による。宋元本はこの条の下にさらに「意合志同、内外相従、見吾伯公」の三句があり、上文と吉凶が相反するので衍文と判ずる。もし上文を見ず、単にこの三句を用いれば卦象にはむしろよく合い、語意もなお一層味があるが、ただ二つの截は併存できない。
升。三狸捕鼠,遮遏前後。死於環城,不能脫走。詳《離》之《遯》。○環城,宋元本作壞城,汲古作外問,依《明夷》之《頤》校。
之卦は《升》である。林辞に言う:三匹の狸猫が鼠を捕え、前後を塞き止める。鼠は環城の下に死して、逃げ去ることができない。尚秉和の解説:この条の詳しい説明は《離》之《遯》の条に見える。校記:「環城」は宋元本が「壊城」とし、汲古閣本は「外問」とし、ここでは《明夷》之《頤》の条によって校定する。
困。虎狼爭強,禮義不行。兼吞其國,齊魯無王。上兌為虎狼,正反兌故曰爭強。兌為吞、為魯,巽齊,震為王,震伏故曰齊魯無王,言秦併合六國,致列國無主也。
之卦は《困》である。林辞に言う:虎と狼とが強さを争い勝を争い、礼義は廃弛して行なわれない。一つに呑み合いして人の国家を併せ、斉・魯はこれより君王を有さなくなった。尚秉和の解説:上体の兌は虎狼を主り、一正一倒の二つの兌なので強を争うという。兌は吞を主り、また魯を主り、巽は斉を主り、震は王を主るが、震が潜伏して顕れないので斉魯に王が無いという——秦が六国を兼併して、列国を主無からしめたことを言う。
井。五嶽四瀆,合潤為德。行不失理,民賴恩福。伏艮為山嶽,巽卦數五,故曰五嶽。坎為江河,巽後天數四,故曰四瀆。坎為合、為潤、為眾,故曰民伏。震為恩福。○恩,宋元本作息,依汲古。
之卦は《井》である。林辞に言う:五岳と四瀆とが、会合して潤沢してその徳を成す。事を行うに常理に背かず、百姓はみなその恩沢と福祉を仰ぎ恃む。尚秉和の解説:伏艮は山岳を主り、巽の卦数は五なので五岳といい、坎は江河を主り、巽は後天の数で四なので四瀆という。坎は会合・滋潤・衆多を主るので民といい、伏震は恩福を主る——注文はここで「民」「伏」の二字を連ね書くが、「伏」の字は下の句に属すべき読みである。校記:「恩」の字は宋元本が「息」とし、ここでは汲古閣本による。
革。六月種黍,歲晚無雨。秋不宿酒,神先其所。先困後通,與福相從。通《蒙》。坎為月,數六,震為黍,故曰六月種黍。坎為雨、為暮,坤為歲,坤虛故無雨。兌為秋,坎為酒。宿,肅也。《儀禮》"宿尸"注:宿與《曲禮》"主人肅客"之肅同。又《禮祭統》"先期旬有一日,宮宰宿夫人"注:宿讀為肅,戎也,茲云秋不宿酒,言無黍不能釀,至秋祭不能先期戒備酒醴也。震為神,坤失,故曰失所。坎為困,震為通、為後、為從。震為福,正反震,故曰相從。○從,宋元本作逢,依汲古。
之卦は《革》である。林辞に言う:六月に至ってようやく黍の種を下すが、歳末になっても雨が降らない。秋には予め備えるべき酒がなく、神明はこれによりその位次を失う。先に困頓を経て、後に通達し、ついに福と相随う。尚秉和の解説:《革》は《蒙》と旁通する。坎は月を主り、その数は六、震は黍を主るので六月に黍を種むという。坎は雨・日暮を主り、坤は年歳を主り、坤の中は空虚なので雨がない。兌は秋を主り、坎は酒を主る。「宿」は粛と読む——《儀礼》「宿尸」の注に、宿は《曲礼》「主人粛客」の粛と同じと言う。また《礼記・祭統》「先期十一日、宮宰宿夫人」の注に、宿は粛と読んで予め戒め備えるの義と言う。ここで秋に酒を宿さないというのは、黍がなければ酒を醸し得ず、秋祭に際して先の期に酒醴を備えられないことを言う。震は神を主り、坤は喪失を主るので所を失うという——林辞の「先」の字を尚氏は「失」と読む。坎は困を主り、震は通・後・随従を主る。震は福を主り、一正一倒の二つの震なので相従するという。校記:「従」の字は宋元本が「逢」とし、ここでは汲古閣本による。
鼎。騋牝龍身,日馭三千。南上蒼梧,與福為婚。道里夷易,身安無患。詳《觀》之《比》。
之卦は《鼎》である。林辞に言う:七尺の高さの牝馬が龍の身躯を生じて、一日に三千里を駕行することができる。南に蒼梧の野に上り、福気と婚姻を結ぶ。道路は平坦で行き易く、身は安康で禍患がない。尚秉和の解説:この条の詳しい説明は《観》之《比》の条に見える。「騋牝」は《詩・鄘風・定之方中》の「騋牝三千」に出る。馬の高さ七尺以上を験といい、牝は牝馬である。
震。出入休居,安止無憂。上室之歡,虎為季殘。震出,伏巽為入,艮止,故曰休居、曰安止。艮為室、為虎、為季。○無,宋元本作相,歡作權,均依汲古。虎,汲古作虐,依宋元本。第三四句費解,疑有訛字。
之卦は《震》である。林辞に言う:出るも入るも安歇を得て、安らかに止息して憂いがない。ところが堂に登り室に入る歓楽のうちに、猛虎が幼子を残害した。尚秉和の解説:震は出を主り、伏巽は入を主り、艮は止を主るので休居といい安止という。艮は室・虎・幼小を主る。校記:「无」の字は宋元本が「相」とし、「歓」は「権」とし、いずれも汲古閣本による。「虎」の字は汲古閣本が「虐」とし、宋元本による。第三・四の両句は語意が通じ難く、訛字があろうと疑う。
艮。南山昊天,刺政閔身。疾病無辜,背憎為仇。詳《謙》之《復》。○閔,宋元本作關,依汲古。憎,宋元本作增,非,依元本、汲古。
之卦は《艮》である。林辞に言う:南山は高く峻り、昊天は上にある。詩人はこれを借りて朝政を譏刺し、自身を哀憫する。辜なき人は身に疾病を染めて、互いに背き憎しみ合い、仇怨を結ぶ。「南山」「昊天」はともに《詩・小雅》の怨刺の作で常用の起興の語である。尚秉和の解説:この条の詳しい説明は《謙》之《復》の条に見える。校記:「閔」の字は宋元本が「関」とし、ここでは汲古閣本による。「憎」の字は宋元本が「増」とし、正しくない。元本と汲古閣本による。
漸。蒼耳東從,道頓跂踦。日辰不良,病為祟禍。元本注:蒼耳,馬也。《遯》之《小過》曰騎騅與蒼蓋即蒼耳。坎為耳,伏震為東、為青,故曰蒼耳。艮為道,坎蹇故曰跂踦。離為日,艮為時,故曰日辰,坎破故不良。坎為病。○第二句元本作潼頓東徙,非,依宋本、汲古。
之卦は《漸》である。林辞に言う:蒼耳馬に騎って東に追随して往くが、半路で馬が頓し、足が跛いとなった。日も時辰も吉でなく、疾病が祟りとなって禍端を成す。尚秉和の解説:元刻本の注は蒼耳を馬名と言う。《遯》之《小過》の条に「騎騅与蒼」と言うが、あの「蒼」はおそらく蒼耳である。坎は耳を主り、伏震は東・青色を主るので蒼耳という。艮は道路を主り、坎は蹇難を主るので跂踦という。即ち一足が偏廃して行くのが欹側である。離は日を主り、艮は時を主るので日辰という。坎は破敗を主るので吉利でない。坎は病を主る。校記:第二句は元刻本が「潼頓東徙」とし、正しくない。宋本と汲古閣本による。
歸妹。兄征東燕,弟伐遼西。大克勝還,封居河間。震為東、為兄,兌為燕,故曰兄征東燕。兌為西,坎為弟,坎水,故曰弟伐遼西。坎為河。○居,宋元本作君,依汲古。
之卦は《帰妹》である。林辞に言う:兄は東に燕の地を征し、弟は西に遼西を討つ。大いに勝を全うして帰り、封を受けて河間に居る。尚秉和の解説:震は東・兄長を主り、兌は燕を主るので兄は東燕を征するという。兌は西を主り、坎は弟を主り、坎はまた水に属するので弟は遼西を伐つという。坎は河を主る。校記:「居」の字は宋元本が「君」とし、ここでは汲古閣本による。
豐。播輪折輻,馬不得行。豎牛之讒,賊其父兄。布衣不傷,終身無患。互大坎為輪輻,兌毀,故曰播輪折輻。震為馬,坎陷故馬不行。離為牛,伏艮為豎,正反兌口,故曰豎牛之讒。震為兄、為父,坎為賊。○輪,宋元本訛輸,衣作裘,患作殘,均依汲古。豎牛事在《左傳成十六年》,見前。
之卦は《豊》である。林辞に言う:車輪が散れ落ちて輻が折れ、馬も動けなくなった。竪牛が讒言を進めて、彼の父と兄とを残害した。布衣を着る平民はかえって損傷を受けず、終身に禍患がない。尚秉和の解説:卦中に互い出る大坎は輪輻を主り、兌は毁折を主るので輪を播し輻を折るという。震は馬を主り、坎は陥険を主るので馬が行けない。離は牛を主り、伏艮は竪を主る。即ち僮僕の称である。一正一倒の二つの兌口が相対するので竪牛の讒という。震は兄・父を主り、坎は賊害を主る。校記:「輪」の字は宋元本が誤って「輸」とし、「衣」は「裘」とし、「患」は「残」とし、いずれも汲古閣本による。校記の末に、竪牛の事は《左伝》成公十六年に載ると言い、前文ですでに引いた——本書の後文《大壮》之《比》の条は昭公五年に繋ぐ。
旅。駕之南海,晨夜不止。君子勞罷,僕伕憔苦。通《節》。震為南,兌為海,震車,故曰駕之南海。震為晨,坎為夜,艮為君子、為僕伕,坎為勞罷、為苦。○夫憔,宋元本作使燋,依汲古。
之卦は《旅》である。林辞に言う:車に駕して南海へ駆けゆき、清晨より夜になるまで歇まない。君子は疲弊しきり、随い行く僕役も憔悴して労苦する。尚秉和の解説:《旅》は《節》と旁通する。震は南を主り、兌は海を主り、震はまた車を主るので南海に駕するという。震は清晨を主り、坎は夜を主り、艮は君子・僕夫を主り、坎は疲弊・労苦を主る。校記:「夫憔」は宋元本が「使燋」とし、ここでは汲古閣本による。
巽。怨蝨燒被,忿怒生禍。褊心作難,意如為亂。巽為蟲,故曰蝨。震為被,離火,震伏不見,故曰燒被。兌為附決、為剛魯,故曰怨、曰忿怒。伏坎為心,坎陷,故曰褊心。意如,季平子名也。《左傳昭二十五年》:"公伐季氏",褊心,謂昭公也,後公卒,為季氏所逐,故曰意如作亂。○首句汲古作怨重被燒,難作事,均依宋元本。
之卦は《巽》である。林辞に言う:虱を恨んで被褥を焼き払い、一時の忿怒がかえって禍事を招く。心地が褊狭であるがゆえに難を生じ、意如がこれにより乱を作す。尚秉和の解説:巽は虫を主るので虱といい、震は被を主り、離は火を主り、震が潜伏して見えないので被を焼くという。兌は附着と決裂とを主り、性はまた剛にして粗いので怨といい忿怒という。伏坎は心を主り、坎は陥険を主るので褊心という。「意如」は季平子の名である。《左伝》昭公二十五年に「公伐季氏」と記し、ここでの褊心は魯の昭公を言う。後に昭公は外に客死し、季氏に逐われたので、意如が乱を作すという。校記:首句は汲古閣本が「怨重被焼」とし、「難」の字は「事」とし、いずれも宋元本による。
兌。張狂妄行,竊食盜糧。狗吠非主,囓傷我足。通《艮》。互震為張狂、為行,坎為盜竊,震為糧,故曰竊食盜糧。艮為狗,兌為吠,震為主,震覆故曰非主。兌為囓,震為足,兌毀故傷足。○盜糧,汲古作稻粱,茲依宋元本。
之卦は《兌》である。林辞に言う:張り狂い妄りに為して、食を窃み糧を盗む。犬が主人でない人に向かって狂い吠え、かえって私の足を嚙傷した。尚秉和の解説:《兌》は《艮》と旁通する。互い出る震は張狂・行走を主り、坎は倫盗を主り、震は糧食を主るので食を窃み糧を盗むという。艮は犬を主り、兌は吠叫を主り、震は主人を主り、震が一転倒して覆象となるので非主という。兌は齧咬を主り、震は足を主り、兌は毁折を主るので足を嚙傷した。校記:「盗糧」は汲古閣本が「稲粱」とし、ここでは宋元本による。
渙。警蹕戒道,先驅除咎。王后親桑,以率群功,安我祖宗。首二句皆震象。艮為道、為王,巽為桑,艮為安、為祖。○咎,宋元本作害,依汲古。
之卦は《渙》である。林辞に言う:道を清めて戒厳し、行人を禁絶して、前駆して道を開き災咎を除去する。王后はみずから桑を採り、もって率先して百工の事を動かし、我が祖宗の霊を安んずる。尚秉和の解説:頭の二句はみな震の象を取る。艮は道路・王を主り、巽は桑を主り、艮は安・祖先を主る。「警蹕」は帝王が出行する時に道を清めて行を禁ずる儀節で、「王后親桑」は后妃が蚕に親しむ礼で、天子の籍田に親しむと相い配する。校記:「咎」の字は宋元本が「害」とし、ここでは汲古閣本による。
節。門戶乏食,困死誰告。對門不通,安所歸急。積藏五穀,一華千葉,市賈有息。艮為門戶,坎為困,互震為虛,故乏食。艮敗言,故困死誰告。二至五正反艮相對,故曰對門,艮止坎陷,故曰不通。不通則緩急難恃,故曰安所歸急。震為歸也。坎為積藏,卦數五,震為谷,故曰積藏五穀。震為旉、為華葉、為商賈,震生故曰息。○死,宋元本作無,安作莫,千作百,無第七句,均非,均依汲古。
之卦は《節》である。林辞に言う:一門の内で糧が絶えて、困って死んでもまた誰に訴えよう。一門を隔てて往来もせず、急難の時はまたどこに奔り拠ろう。五穀を蔵め積んで、一輪の花が千片の葉を開くがごとく、売買をすれば増す息がある。尚秉和の解説:艮は門戸を主り、坎は困を主り、互い出る震は空虚を主るので糧が乏しい。艮は言語の敗を主るので困死しても訴える所がないという。二〜五爻は一正一倒の二つの艮が相対するので対門という。艮は止を主り、坎は陥を主るので通じないという。すでに通ぜざれば、緩急の際に依る所がなく、急難の時にどこに帰るかという——震はまさに帰の象である。坎は積蔵を主り、卦の数は五、震は穀を主るので五穀を積蔵するという。震は花萼・花葉・商賈を主り、震は生長を主るので増す息があるという。校記:「死」の字は宋元本が「无」とし、「安」は「莫」とし、「千」は「百」とし、しかも第七句がなく、いずれも正しくない。ことごとく汲古閣本による。
中孚。破敝復完,危者得安。鄉善無患,商人有息,利來入門。兌為破敝、為毀折,故為危。艮成終故復完而得安也。震為商人,巽為利入,艮為門。○首句宋元本作被蔽復貌,依汲古。患,汲古作損,依宋元本。鄉同向。
之卦は《中孚》である。林辞に言う:破損・残敝したものが再び完き、危険なものが安寧を得る。一心に善に向かえば禍患はなく、商人には増す息があって、利益はみずから門に来る。尚秉和の解説:兌は破敝・毁折を主り、それゆえ危険の象がある。艮は成終を主るので、よく復て完きて安を得る。震は商人を主り、巽は利・入を主り、艮は門を主る。校記:首句は宋元本が「被蔽復貌」とし、ここでは汲古閣本による。「患」の字は汲古閣本が「損」とし、宋元本による。「鄉」と「向」とは同じ字である。
小過。迭迭累累,如岐之室。一息十子,古公治邑。艮為山、為室,震為生、為息、為子,兌數十,故曰一息十子。震為公,艮為邑。按:《詩大雅》云:"古公亶父,陶復陶穴,未有家室",言古公初至岐,未有家室,暫陶覆陶穴而居。迭迭累累,穴居之狀,故曰如岐之室。○首句宋元本作壘壘壘壘,又岐作其,均依汲古。息,汲古作身,依宋元本。
之卦は《小過》である。林辞に言う:層層・疊疊と積み重なり、岐山の下のような居室である。一産に十人の子を生み、古公がここに都邑を営治した。尚秉和の解説:艮は山・室を主り、震は生・息・子を主り、兌の数は十なので一息十子という。震は公を主り、艮は都邑を主る。按ずるに《詩・大雅・綿》に「古公亶父、陶復陶穴、未有家室」と言い、古公が初めて岐山に遷った時はまだ房屋がなく、しばらく窯洞・地穴を掘って居たという。「迭迭累累」はまさに穴居して層疊するさまなので、岐の室のごとしという。校記:首句は宋元本が「垒垒垒垒」とし、また「岐」の字を「其」とし、いずれも汲古閣本による。「息」の字は汲古閣本が「身」とし、宋元本による。
既濟。三嫗治民,不勝其任。兩馬爭車,敗壞家室。
之卦は《既済》である。林辞に言う:三人の老婦が来て百姓を治めるが、この荷を担うに堪えない。二匹の馬が一輌の車を争い、家室をみな壊してしまった。この条は底本に林辞のみ存して、尚秉和は注を出さず、校記もない。象義によって言えば、「三嫗治民」は陰柔をもって陽剛の任に当たるをもってし、「兩馬争車」は二つの主が相争いて力が軌を同じくしないをもってし、いずれも敗乱の義を取る。
未濟。蔽鏡無光,不見文章。少女不市,棄於相望。離為鏡、為光,坎為蔽,故無光,故不見文章。離為文也。○第四句宋元本作棄其卻王,茲依汲古,未知孰是。
之卦は《未済》である。林辞に言う:鏡面が蔽われて光を写し出せず、花紋・色彩が見えない。少女は市に赴かず、彼我相い望む所に棄て置かれる。尚秉和の解説:離は鏡・光を主り、坎は遮蔽を主るので光がなく、文采が見えないという——離はまさに文の象である。校記:第四句は宋元本が「棄其却王」とし、ここでは汲古閣本によるが、究竟どちらの本が正しいかはまだ断定できない。
焦氏易林注巻九
行唐尚秉和節之注
これは巻首の署名の行款である:本書の注者は行唐人の尚秉和で、字は節之。行唐は直隷(今の河北)にあり、尚秉和は清末民初の易学の大家で、「逸象」を輯録し象数を専ら主として《易林》を解くことで著しく、この書は即ち彼の代表作である。
受業蒲城仵道益、豐潤董維城堃校刊
この行に記すのは校刊者である:受業弟子の蒲城人・仵道益と豊潤人・董維城(名は堃)が本巻の校対と刊刻を担った。「受業」とは従学の弟子が師門に対する自称で、姓名の後に小字で標した「堃」は董維城の名である。
遯 第三十三
遯。三塗五嶽,陽城太室。神明所保,獨無兵革。艮為徑,納丙,數三,故曰三塗。艮為山,互巽,卦數五,故曰五嶽。三塗、五嶽、太室,皆山名。陽城,谷名,艮為谷也。乾為神明、為保佑,乾數無,故曰獨無兵革。艮為刀兵、為膚革。○保,汲古作住,依宋元本。
本卦は《遯》、之卦は依然として《遯》である。《易林》の通例に按ずれば、各本卦に繋ぐ六十四条の頭の一条は、之卦が即ち本卦自身である。林辞に言う:三塗・五岳と陽城・太室といった名山・大谷には、みな神明が護佑しているが、ただこの地のみ兵革の災いがない。尚秉和の解説:艮は山径を主り、納甲は丙に配し、その数は三なので三塗という。艮は山を主り、卦中にまた互い巽が出て、巽の卦数は五なので五岳という。三塗・五岳・太室はみな山の名、陽城は谷の名で、艮はまさに山谷を主る。乾は神明・保佑を主り、乾の数は無なので独り兵革が無いという。艮は刀兵を主り、また皮膚・甲革を主る。校記:「保」の字は汲古閣本が「住」とし、ここでは宋元本による。
乾。軟弱無輔,不能自理。意在外野,心懷勞苦,雖憂不殆。此用遇卦《遯》象。遯伏臨,上坤為柔,故曰軟弱。坤為野、為心、為憂苦,震往故曰意在外野。坤為萬物,役故曰勞。○不殆,宋元本作無但,依汲古。
之卦は《乾》である。林辞に言う:軟弱にして助ける人がなく、自分で事を料理することができない。心思はみな外の原野に走り、胸中には労苦を懐き、憂いはあれど危殆には至らない。尚秉和の解説:この条は遇卦《遯》の卦象を用いる。《遯》の伏卦は《臨》で、《臨》の上体の坤は柔を主るので軟弱という。坤は原野・心・憂苦を主り、震は往くことを主るので意が外野にあるという。坤は万物を主り、労役を主るので労という。校記:「不殆」は宋元本が「无但」とし、ここでは汲古閣本による。
坤。周成之隆,刑措無凶。太宰贊佑,君子作仁。此仍用遇卦象。遯伏臨,震為周。坤為刑,震為主,故曰太宰。艮為君子,震為仁。○太宰,汲古作大眾,依宋元本。佑,元本作右,依宋本、汲古。太宰謂周公。
之卦は《坤》である。林辞に言う:周の成王の時に国勢は興隆し、刑罰は措いて用いられず凶事がない。太宰が傍らより賛助・輔佐し、君子は仁政を行う。尚秉和の解説:この条は依然として遇卦の象を用いる。《遯》は《臨》を伏し、震は周を主る。坤は刑罰を主り、震は主を主るので太宰という。艮は君子を主り、震は仁を主る。「刑措」は《史記》の記す成康の際の「刑錯四十余年不用」の典故を用いる。校記:「太宰」は汲古閣本が「大衆」とし、ここでは宋元本による。「佑」の字は元本が「右」とし、宋本と汲古閣本による。太宰とは周公を指す。
屯。穴有孤烏,坎生蝦蟆。象去萬里,不可得捕。艮為穴、為黔啄、為烏,坎孤故曰穴有孤烏。上坎震為生,伏巽為蝦蟆,艮為象,又為鼻,象鼻最大故取之。坤為萬里,艮手為捕,坤亡故不可得捕。○孤,依宋元本,汲古作狐。去,宋元本作出,依汲古。
之卦は《屯》である。林辞に言う:洞穴の中に一羽の孤烏がおり、坑坎の中に蝦蟆が生まれた。大象は万里の遠くへ行き去り、どうしても捕えられない。尚秉和の解説:艮は洞穴・黒い嘴・烏鴉を主り、坎は孤单を主るので穴に孤烏があるという。上体の坎の含む震は生を主り、伏巽は蝦蟆を主る。艮は象を主り、また鼻を主る。象の鼻は最大なので艮を取って象とする。坤は万里を主り、艮は手を主るので捕捉を主り、坤は喪亡を主るので捕えられない。校記:「孤」の字は宋元本による。汲古閣本は「狐」とする。「去」の字は宋元本が「出」とし、汲古閣本による。
蒙。俱為天門,雲過吾西。伯氏嫉妬,與我無恩。艮坤皆居戌亥,故曰俱為天門。坤為吾,坎為雲,位西,故曰云過吾西。震為伯,坎為嫉妬、為恩澤,坤為我,坤虛故無恩。○門,汲古作民,西作面,伯氏作治民,均依宋元。
之卦は《蒙》である。林辞に言う:二ヶ所が同じく天門の位にあり、雲が我が西の辺から飄って過ぎる。伯氏は心に嫉妬を懐き、我に対して少しの恩情もない。尚秉和の解説:艮と坤とはともに戌亥の位に居り、戌亥は即ち所謂天門なので倶に天門という。坤は吾を主り、坎は雲を主り、坎の位は西にあるので雲が吾の西を過ぐるという。震は伯を主り、坎は嫉妬・また恩沢を主り、坤は我を主り、坤の中は空虚なので恩情がない。校記:「門」の字は汲古閣本が「民」とし、「西」は「面」とし、「伯氏」は「治民」とし、いずれも宋元本による。
需。三首六目,政多煩惑。皋陶瘖聾,亂不可從。乾首,離卦數三,故曰三首。離目,坎數六,故曰六目。通《晉》。坤為政、為多,離為煩,坎為惑,故政多煩惑。艮為皋,離火為陶,坎耳坤閉,故曰皋陶瘖聾。離為亂,震為從,震覆故不可從。○首,宋本作手,依元本。
之卦は《需》である。林辞に言う:三つの頭・六つの目で、政事は繁多にして人を惑わせる。皋陶ですら唖・聾となり、乱れて依り従うべからず。尚秉和の解説:乾は首を主り、離の卦数は三なので三首といい、離は目を主り、坎の数は六なので六目という。《需》は《晋》と旁通する。坤は政・多を主り、離は煩を主り、坎は惑を主るので政多く煩惑するという。艮は皋を主り、離は火を主るので陶を主り、坎は耳を主り坤は閉塞を主るので皋陶が唖で聾という。離は乱を主り、震は従を主り、震が一転倒するので依り従うべからずという。皋陶は虞舜の時に刑獄を掌った賢臣で、彼までが喑聾して言わぬとは、政が乱れて倚り頼む人無きを極言したものである。校記:「首」の字は宋本が「手」とし、ここでは元本による。
訟。德積不輕,辭王釣耕。三媒不已,大福來成。通《明夷》。坤為積、為重,故曰不輕。震為言、為王、為耕,故曰辭王釣耕。坎為合、為媒,震數三,故曰三媒。三媒,即三聘。乾為福、為大,故曰大福。用伊呂事。○辭王釣耕,汲古作辭出真心,依宋元本、局本。
之卦は《訟》である。林辞に言う:徳行を積むこと薄くないのに、王命を辞して去って垂釣・耕田する。三たび媒を遣わして聘しても肯んじて罷めず、大福がこれにより成る。尚秉和の解説:《訟》は《明夷》と旁通する。坤は積・重を主るので軽からずという。震は言語・王・耕作を主るので王を辞し釣り耕すという。坎は交合・媒妁を主り、震の数は三なので三媒という——三媒とは三度の聘問である。乾は福・大を主るので大福という。ここに用いるのは伊尹と呂尚の故事である。伊尹は有莘の野に耕し、成湯が三度聘して後に出仕した。呂尚は渭のほとりに垂釣し、文王に遇って後に任を受けた。校記:「辞王釣耕」は汲古閣本が「辞出真心」とし、ここでは宋元本と局本による。
師。堅固相親,日篤無患。六體不易,執以安全。雨師駕西,濡我轂輪。張伯李季,各坐關門。坎為堅固,坤順故相親,坤厚故曰篤。坎為患,震樂故無患。坤為身體,坎數六,故曰六體。坤為安全。坎為雨師,位西,故曰雨師駕西。又為輪轂、為濡,震為伯、為張、為李。遯艮為季、為坐,坤為門,坤閉故關門。○第二句汲古作日用自完。執以作孰為,坐作噬,均依宋元本。
之卦は《師》である。林辞に言う:堅固にして互いに親附し、日に日に篤厚で禍患がない。六体はその常を改めず、拠り守って安らかを得る。雨師が車に駕して西に行き、我が車の轂と輪を沾らせた。張伯と李季とが、おのおの関門の内に坐り守る。尚秉和の解説:坎は堅固を主り、坤は柔順を主るので相い親しみ、坤は厚重を主るので篤いという。坎は禍患を主り、震は喜楽を主るので禍患がない。坤は身体を主り、坎の数は六なので六体という。坤は安全を主る。坎は雨師を主り、坎の位は西にあるので雨師が西に駕するという。坎はまた輪轂・沾湿を主る。震は伯・張・李を主り、《遯》の艮は季・坐を主り、坤は門を主り、坤は閉を主るので関門という。校記:第二句は汲古閣本が「日用自完」とし、「執以」は「孰為」とし、「坐」は「噬」とし、いずれも宋元本による。
比。方內不行,輻摧輪傷。馬楚踶甚,受子閔時。坤為方、為內,坎陷艮止故不行。坎為輪輻,坎破故摧傷。震為馬,震倒足向上故踶。坤為受,艮為時,坎為閔。楚,不馴貌。受子應為壽子。《桓十六年》:"衛朔構急子,使於齊,將以盜殺諸塗,壽子閔其兄,乃自載其旌以行。"○第三句汲古作馬禁堤與,受作愛,均依宋元本、局本。
之卦は《比》である。林辞に言う:四方の内で寸步も行き難く、輻が摧折して車輪は損傷した。馬の性は暴烈で、蹴り跳ねること激しい。寿子はその兄を憐れみ、これがために一時に憂傷した。尚秉和の解説:坤は方・内を主り、坎は陥を主り、艮は止を主るので行けない。坎は輪輻を主り、坎は破損を主るので摧折して損傷する。震は馬を主り、震を倒せば足が上になるので蹴り跳ねる象がある。坤は受を主り、艮は時を主り、坎は憐憫を主る。「楚」とは馴致せぬさまである。「受子」は「寿子」であるべきだ。《左伝》桓公十六年に記す:衛の公子朔が太子急子を構陥して斉に出使させ、半道で盗賊を遣って彼を殺さんと謀った。寿子は兄を憐れみ、みずから急子の旌旗を載せて先んじて死に赴いた。校記:第三句は汲古閣本が「馬禁堤与」とし、「受」の字は「愛」とし、いずれも宋元本と局本による。
小畜。畜牝無駒,養雞不雛。群羊三歲,不生兩頭。五陽畜一陰故曰畜牝。震為馬,震伏故無駒。兌為雞,兌折故不雛。兌羊,乾為歲,離卦數三,故曰三歲,二至上正覆雨兌,故曰群羊。乾為頭,兌卦數二,故曰兩頭。乾為生,巽隕落故不生。
之卦は《小畜》である。林辞に言う:牝馬を養うのに駒が見えず、鶏を養うのに小鶏が孵らない。一群の羊を三年養っても、二つの頭を生じることがない。尚秉和の解説:五つの陽爻が一つの陰爻を畜養するので牝を畜するという。震は馬を主り、震が潜伏するので馬駒がない。兌は鶏を主り、兌は折損を主るので雛が成らない。兌は羊を主り、乾は年歳を主り、離の卦数は三なので三歳という。二爻から上爻までが一正一覆の二つの兌なので群羊という——注文の「雨兌」の「雨」は「両」の字の訛であろう。乾は頭を主り、兌の卦数は二なので両頭という。乾は生を主り、巽は隕落を主るので生じない。
履。老耄罷極,無取中直。懸輿致仕,得歸鄉國。通《謙》。坤老,坎為勞卦,故曰疲極。坎矯輮故無取中直。艮手為取,坤為輿在上,艮為手,故曰懸輿。艮為官、為清高,故曰致仁。坤為鄉國,震為歸。○國,宋元本作裡,依汲古。
之卦は《履》である。林辞に言う:年は老い力は衰え、疲弊は極に至り、もはや中正で直い材を取り出せない。車を懸けて官を辞して退休し、故郷に帰り得た。尚秉和の解説:《履》は《謙》と旁通する。坤は老を主り、坎は労苦の卦なので疲極という。坎は木を揉めて曲げることを主るので中正で直いものを取れない。艮は手を主るので取るを主る。坤は車を主りて上位に居り、艮は手を主るので懸輿という。艮は官職・清高を主るので致仕という——注文は「致仁」と作すが、「致仕」の訛であろう。坤は郷国を主り、震は帰を主る。「懸車致仕」は漢人の成語で、年七十にして官を辞し、乗る所の車を懸けて用いないことである。校記:「国」の字は宋元本が「里」とし、ここでは汲古閣本による。
泰。縮緒亂絲,手與為災。越畝逐兔,斷其褌襦。巽為繩、為緒、為絲,巽倒故曰亂縮。伏艮為手,坤喪兌折故曰為災。坤為畝,震為兔、為越、為逐,坤震連體故曰越畝逐兔。兌為決斷,伏巽為褌,震為襦,皆裡衣也。○宋本災作哭,褌作禪,均依汲古。
之卦は《泰》である。林辞に言う:糸を抽き緒を理しても理るほど乱れ、一双手がかえって災禍を惹き出す。田の畝を跨いで野兎を追い、袴と短襦を引き裂いた。尚秉和の解説:巽は縄・糸緒を主り、巽が倒置するので緒を縮め糸を乱すという。伏艮は手を主り、坤は喪を主り、兌は折を主るので災を成すという。坤は田畝を主り、震は兎・跨越・追逐を主り、坤と震とは上下相連なるので畝を越えて兎を逐うという。兌は決断を主り、伏巽は裈を主り、震は襦を主る。両者はともに身に着ける内衣である。校記:宋本は「災」の字を「哭」とし、「裈」は「禅」とし、いずれも汲古閣本による。
否。海老水乾,魚鱉蕭索。藁落無潤,獨有沙石。坤為海水,乾為老,故曰海老水乾。巽為魚,艮為鱉,坤敝故蕭索。巽為藁,風散,故藁落,艮為沙石,故無潤。○蕭,宋元本作盡,依汲古。藁,汲古作高,潤作澗,均依宋元本。
之卦は《否》である。林辞に言う:大海は老い衰え、水源は涸れ、魚と鼈は凋落して尽きた。草の稈は枯れ落ちて潤いは毫もなく、残るは沙子と石頭のみである。尚秉和の解説:坤は海水を主り、乾は老を主るので海が老い水が乾くという。巽は魚を主り、艮は鼈を主り、坤は敝敗を主るので蕭索という。巽は枯槁の草稈を主り、風が一吹きすれば散るので藁落という。艮は沙石を主るので潤沢が毫もない。校記:「蕭」の字は宋元本が「尽」とし、汲古閣本による。「藁」の字は汲古閣本が「高」とし、「潤」は「澗」とし、いずれも宋元本による。
同人。入市求鹿,不見頭足。終日至夜,竟無所得。中爻巽為市、為入,故曰入市。旁通《師》。《師》震為鹿,坎為大首,震為足,坎伏故不見頭足。離為日,坎為夜,故曰終日。坤喪坎失故無所得。○頭,汲古訛頓,依宋元本。
之卦は《同人》である。林辞に言う:市集に入って鹿を尋ねたが、頭から足までついぞ見なかった。昼より夜まで探して、遂に一つも得るところがなかった。尚秉和の解説:中間の几つかの爻に互い出る巽は市・入を主るので市に入るという。《同人》は《師》と旁通する。《師》の中の震は鹿を主り、坎は大首を主り、震は足を主る。坎は潜伏を主るので頭も足も見えない。離は日を主り、坎は夜を主るので終日から夜までという。坤は喪を主り、坎は失を主るので収穫がない。校記:「頭」の字は汲古閣本が誤って「頓」とし、ここでは宋元本による。
大有。築門壅戶,虎臥當道。驚我驊騮,不利出處。乾為門戶,乾實故曰築壅。乾為道,兌虎在前故曰當道。乾為馬,故曰驊騮。乾在下,兌毀折故不利出處。
之卦は《大有》である。林辞に言う:門は砌め塞がれ戸は壅ぎ塞がれ、猛虎が道に当たりて卧す。我が驊騮の良駒を驚かして、出るも居るも吉でない。尚秉和の解説:乾は門戸を主り、乾の性は充実なので築き塞ぎ壅ぎ堵すという。乾は道路を主り、兌の虎が前に横たわるので道に当たるという。乾は馬を主るので驊騮という。乾は下体に居り、兌は毁折を主るので出るも処るもともに利あらず。驊騮は周の穆王の八駿の一つで、ここでは汎して良馬を指す。
謙。陶朱白圭,善賈息資。公子王孫,富貴不貧。通《履》。乾為朱,離火為陶,故曰陶朱。乾為玉、為圭,巽白,故曰白圭。巽為商賈、為利,故能息資。本卦震為公子、為王,艮為孫、為貴,坤富故不貧。
之卦は《謙》である。林辞に言う:陶朱公と白圭のように、経商に善くして資財に息を生ぜしめる。公子・王孫の流の人物のごとく、富貴にして貧乏せず。尚秉和の解説:《謙》は《履》と旁通する。乾は朱を主り、離は火を主るので陶を主り、だから陶朱という。乾は玉・圭を主り、巽は白を主るので白圭という。巽は商賈・利を主るので資財に息を増さしめることができる。本卦の震は公子・王を主り、艮は孫・貴を主り、坤は富を主るので貧しくない。陶朱公とは即ち范蠡で、白圭は戦国時の大商人で、両人とも善く生産を治め貨殖に精しいことで著しい。
豫。王良善御,伯樂知馬。周旋步驟,行中規矩。止息有節,延命壽考。震為帝、為王,艮為賢良,故曰王良。震為樂、為伯,故曰伯樂。馬御亦震象也。震為周、為旋、為步驟、為行,坎為規,坤為矩。艮為止息、為節、為壽考。○節,汲古作前,依宋元本。
之卦は《豫》である。林辞に言う:王良は駕御に善く、伯楽は馬を相するに善い。身を回して周旋し、緩く行き疾く馳せ、挙動がみな規矩に合う。止息に節度があるので、年を益し寿を延ばす。尚秉和の解説:震は帝・王を主り、艮は賢良を主るので王良といい、震は楽・伯を主るので伯楽という。馬と駕御もまたみな震の象である。震は周・旋・歩驟・行走を主り、坎は規を主り、坤は矩を主る。艮は止息・節度・長寿を主る。王良は春秋時の晋の善御の士で、伯楽は秦の穆公の時の相馬の名家である。校記:「節」の字は汲古閣本が「前」とし、ここでは宋元本による。
隨。堯問尹壽,聖德增益。使民不懼,安無怵惕。震為帝,故曰堯。艮為壽,《新序》:"堯學乎尹壽"。震為言故曰問。坎為聖,震為生,故曰聖德增益。坎為民、為怵惕,震樂艮安故不懼。○尹壽,宋元本作伊舜,汲古作大舜,依《歸妹》之《小畜》校。翟云《小畜》作尹爵,爵即壽之訛字。
之卦は《随》である。林辞に言う:尭が尹寿に請い問うて、聖徳はこれにより日に増す。百姓をして恐懼なからしめ、安寧で戒懼の心がない。尚秉和の解説:震は帝を主るので尭という。艮は寿を主り、《新序》に「尭は尹寿に学ぶ」の記載がある。震は言語を主るので問という。坎は聖を主り、震は生長を主るので聖徳が増益するという。坎は民・戒懼を主り、震は喜楽を主り、艮は安定を主るので恐懼しない。校記:「尹寿」は宋元本が「伊舜」とし、汲古閣本は「大舜」とし、ここでは《帰妹》之《小畜》の条によって校定する。翟氏は《小畜》のあの条は「尹爵」と作すと言い、「爵」は即ち「寿」の字の形訛である。
蠱。昭公失常,季氏悖狂。遜齊處鄆,喪其寵身。互大離為昭,艮為常,在外故失常,坎為失也,事見前。艮為季,震為狂,巽齊坎陷故曰遜齊、曰處鄆。艮為邑,故曰鄆。艮為身,兌折故喪。○遜,汲古作遊,依宋元本。
之卦は《蠱》である。林辞に言う:魯の昭公は常位を失い、季氏は悖乱・狂妄した。昭公は斉に出奔して鄆城に居留し、享ける所の尊寵の身を喪った。尚秉和の解説:卦中に互い出る大離は昭を主り、艮は常を主り、外卦にあるので常を失するという。坎はまさに失の象である——この事は前文ですでに述べた。艮は季を主り、震は狂を主り、巽は斉を主り、坎は陥を主るので斉に遜するといい、鄆に処るという。艮は城邑を主るので鄆という。艮は身を主り、兌は折損を主るので喪という。校記:「遜」の字は汲古閣本が「游」とし、ここでは宋元本による。
臨。昬莫不行,候旦待明。復住止後,未得相從。坤為昏暮,震為行,坤閉故不行。伏艮止故曰候、曰待。震為旦、為明、為復、為後,艮止故不從。《左傳》云不行之謂臨,林義與左氏同。○復,宋元作從,依汲古。
之卦は《臨》である。林辞に言う:天はすでに昏く暮れて、路を趨ることができず、明けるまで守候するほかない。さらに止まり滞留して後れ、同行の人に追いつけない。尚秉和の解説:坤は黄昏・日暮を主る——「莫」は即ち「暮」の本字である。震は行走を主り、坤は閉塞を主るので行き得ない。伏艮は止を主るので守候といい等待という。震は天明・光明・復・後を主り、艮は止を主るので相い従うことができない。《左伝》は「行かざるを臨という」と言い、林辞の取義は《左伝》と同じである。校記:「復」の字は宋元本が「従」とし、ここでは汲古閣本による。
觀。安上宜官,一日九遷。升擢超等,牧養常山。艮為官、為安,在上卦,故曰安上宜官。艮為日,伏乾,乾卦數一,又數九,艮官在上,故曰一日九遷。艮手為擢,巽為高,故曰超等。坤為牧養,艮山故曰常山。○上,汲古作止,依宋元本。
之卦は《観》である。林辞に言う:上位に安らかに居り、官となるに宜しく、一日の内に連ねて九級に昇る。級を越えて抜擢されて、常山の牧守たりに行く。尚秉和の解説:艮は官・安を主り、上卦に居るので安き上に官に宜しいという。艮は日を主り、その中に乾が伏し、乾の卦数は一であり、また九であり、しかも艮の主る官職は上にあるので一日に九遷するという。艮は手を主るので抜擢を主り、巽は高を主るので等を超えるという。坤は牧養を主り、艮は山を主るので常山という。校記:「上」の字は汲古閣本が「止」とし、ここでは宋元本による。
噬嗑。去惡就凶,東西多訟,行者無功。離為惡人,坎為凶,震往故去惡就凶。離東坎西,初至四兩震言相對故多訟。震為行,坎失故無功。
之卦は《噬嗑》である。林辞に言う:悪を避けたのにかえって凶に撞き、東も西も至るところに争訟があり、出て行く人は一事も成さない。尚秉和の解説:離は悪人を主り、坎は凶を主り、震は往くことを主るので悪を去り凶に就くという。離は東に在り、坎は西に在る。初爻より四爻までが二つの震の言で互いに相対するので争訟が多い。震は行を主り、坎は喪失を主るので功がない。
賁。老馬垂耳,不見百里。君子弗恃,商人莫取,無與為市。震為馬,坎疾故老。坎為耳,在下故曰垂耳。震為百,艮為里,坎隱故不見。艮為君子,震為商人,艮手為取,坎失故莫取。巽為市,巽伏故無與為市,言馬老不能遠行皆不顧也。
之卦は《賁》である。林辞に言う:老馬は耳を垂れ下げて、百里の外を望見することができない。君子はそれを倚り恃もうとせず、商人もそれを買おうとせず、それと交易しようとする者がいない。尚秉和の解説:震は馬を主り、坎は疾病を主るので老いという。坎は耳を主り、下体に居るので垂耳という。震は百を主り、艮は里を主り、坎は隠没を主るので見えない。艮は君子を主り、震は商人を主り、艮は手を主るので取るを主り、坎は喪失を主るので取らない。巽は市を主り、巽が潜伏しているのでこれと交易する人がいない——馬が老いて遠く行けず、人々が皆それを相手にしないというのである。
剝。蝸螺生子,深目黑丑。似類其母,雖或相就,眾人莫取。艮為蝸螺、為觀、為目,形長故曰深目。坤為黑、為丑、為母、為近,故曰似類其母。坤為眾,艮手為取,以其丑故莫取。○蝸,汲古作蟙,目作自,依宋元本。
之卦は《剥》である。林辞に言う:蝸牛・螺螺が子を生んで、目は深く陥って色は黒く醜く、まるでその母に似ている。たとい近づこうとする者があっても、衆人はついに取ろうとする者がない。尚秉和の解説:艮は蝸螺・観看・目を主り、その形は細長なので深目という。坤は黒・醜・母・親近を主るのでその母に似類するという。坤は衆を主り、艮は手を主るので取るを主るが、醜陋なので取る人がいない。校記:「蝸」の字は汲古閣本が「蟙」とし、「目」は「自」とし、ここでは宋元本による。
復。百足俱行,相輔為強。三聖翼事,王室寵光。百足,蟲名。震為足、為百、為行、為強,坤為輔,重坤,故曰相輔。坤伏乾,乾為聖,震數三,故曰三聖。坤為事,震為翼、為王、為寵光。○王室,元本作不見,依宋本、汲古。
之卦は《復》である。林辞に言う:百足の虫が衆足をそろえて行き、互いに扶助し合うので強健である。三位の聖人が国事を輔翼して、王室はこれにより顕耀して栄寵する。尚秉和の解説:「百足」は虫の名で、即ち馬陸の類の多足の虫である。震は足・百・行・強を主り、坤は輔を主り、二つの坤が相重なるので相輔という。坤の中に乾が伏し、乾は聖を主り、震の数は三なので三聖という。坤は事を主り、震は羽翼・王・寵光を主る。校記:「王室」は元刻本が「不見」とし、ここでは宋本と汲古閣本による。
無妄。容民畜眾,履德有信。大人受福,童蒙憂惑,利無所得。乾伏坤,坤為民、為眾,艮止,故容民畜眾。震為履,乾為德、為信、為大人、為福。艮為童蒙,伏坤為憂惑,巽為利風散,故無得。
之卦は《无妄》である。林辞に言う:百姓を容れ民衆を畜養し、徳義を践んで誠信を講ずる。大人は福沢を承け受けるが、蒙昧な孩童は憂愁して迷惑し、利益は得る所がない。尚秉和の解説:乾の中に坤が伏し、坤は民・衆を主り、艮は止蓄を主るので民を容れ衆を畜するという。震は践履を主り、乾は徳・信・大人・福を主る。艮は童蒙を主り、伏坤は憂愁・迷惑を主り、巽は利を主るが風は吹き散らすことを主るので一つも得る所がない。「容民畜衆」はもともと《周易・師卦》の大象辞の中の言である。
大畜。左跌右僵,前躓觸桑。其指據石,傷其弟兄。老蠶不作,家無織帛。貴貨賤身,留連久客。中爻震為左,兌為右,兌毀折,故左跌右僵。乾為前,兌折故前躓。震為桑,在前故觸桑。艮為指、為石,震為兄,艮為弟,兌折故傷其弟兄。卦通《萃》。萃中爻巽為蠶,坤為老,兌毀故不作蠒。艮為家,坤為帛,巽為織,巽隕坎失故無織。艮為貴,坤為財貨、為身、為賤,故曰貴貨賤身。艮為留連,震為客。○末句宋元本作久流連客,依汲古。
之卦は《大畜》である。林辞に言う:左に跌き右に僵仆し、前に躓いて桑の木に撞き当たった。手指で石を抠んで、自家の弟兄を傷つけた。老いた蚕はもはや糸を吐かず、家には織り成した布帛がない。財貨を貴んで身を賤しみ、滞留して外に久しく客子となる。尚秉和の解説:中間の几つかの爻に互い出る震は左を主り、兌は右を主り、兌は毁折を主るので左に跌き右に僵るという。乾は前を主り、兌は折を主るので前に向かって跌き絆くという。震は桑を主り、前方に居るので桑の木に撞き当たる。艮は手指・石を主り、震は兄を主り、艮は弟を主り、兌は折を主るので弟兄を傷つけた。本卦は《萃》と旁通する。《萃》の中間の几つかの爻に互い出る巽は蚕を主り、坤は老を主り、兌は毁を主るので繭を結ばない。艮は家を主り、坤は帛を主り、巽は織を主り、巽は隕落を主り坎は喪失を主るので織り成した布がない。艮は貴を主り、坤は財貨・身・賤を主るので貨を貴んで身を賤しむという。艮は留連を主り、震は客を主る。校記:末句は宋元本が「久流連客」とし、ここでは汲古閣本による。
頤。昏人旦明,賣食老昌。國祚東表,號稱太公。坤為昏,震為人、為旦,艮為明,故曰昏人旦明,言人由貧賤而富貴,如人處昏夜而忽遇旦明也。震為食、為商旅,故曰賣食。坤老震昌,故曰老昌,言姜尚始賣飯朝歌,老而受封也。坤為國,震為東,震言為號、為稱,坤伏乾,乾為父、為太公,譙周雲呂望嘗屠牛於朝歌,賣飯於孟津。○旦,宋元本作宜,依汲古。
之卦は《頤》である。林辞に言う:昏夜の人が忽然として天明に遇い、飯を売って生計とする人が老いて昌達した。国運が東海の表に綿延して、尊号は太公と称される。尚秉和の解説:坤は昏を主り、震は人・天明を主り、艮は明を主るので昏人旦明という——人が貧賤より富貴に転ずるを言い、あたかも昏夜に処りて忽ち天亮に逢うがごときである。震は食・行商を主るので食を売るという。坤は老を主り、震は昌を主るので老昌という——姜尚が初め朝歌で飯を売り、年老いてようやく封を受けたことを言う。坤は国を主り、震は東を主り、震は言語を主るので号・称を主り、坤の中に乾が伏し、乾は父・太公を主る。譙周は呂望がかつて朝歌で牛を屠り、孟津で飯を売ったと言う。校記:「旦」の字は宋元本が「宜」とし、ここでは汲古閣本による。
大過。敝笱在梁,魴逸不禁。漁父勞苦,焦喉乾口,虛空無有。通《頤》。坤為敝,震為笱,艮為梁,故曰敝笱在梁。坤為魚,震為逸,故曰魴逸不禁。坤聚為漁,伏乾為父,坤役故勞苦。震為喉、為口,艮火,故焦喉乾口。坤虛故無有。○焦喉,宋元本作藏空,無第五句,均依汲古。敝笱,《齊詩》篇名,齊人以莊公不能防閒文姜而作,故曰魴逸不禁。
之卦は《大過》である。林辞に言う:破れた魚籠が魚梁の上に架かって、魴魚が溜め去るを禁じられない。魚を捕る老翁は労苦に堪えず、喉は焦げ口は乾きて、終わるところ両手は空しい。尚秉和の解説:《大過》は《頤》と旁通する。坤は敝旧を主り、震は魚籠を主り、艮は魚梁を主るので敝笱が梁にあるという。坤は魚を主り、震は逃逸を主るので魴が逸して禁じ得ないという。坤は聚集を主るので漁を主り、伏乾は父を主り、坤は労役を主るので労苦である。震は喉・口を主り、艮は火を主るので喉が焦げ口が乾く。坤の中は空虚なので一つも有さない。校記:「焦喉」は宋元本が「蔵空」とし、しかも第五句がなく、いずれも汲古閣本による。《敝笱》は《詩・斉風》の篇名で、斉人が魯の荘公が文姜を約束できないを譏刺して作ったものなので、魴が逸して禁じ得ないという。
坎。盛中後跌,衰老復掇。盈滿減毀,疾羸肥腯。鄭昭失國,重耳興立。坎中滿故曰盛,中坎陷故跌,震為後,故後跌。坎疾病故衰老。艮手為掇,坎破故盈毀,坎疾故肥腯者羸,坎平故曰鄭。《釋名》云:"鄭,町也,地多平町町然也"。艮為昭、為國,坎失故曰鄭昭失國,習坎故曰重耳。鄭昭被弒,在桓十七年,晉文入國在僖二十四年,事不相涉,此但取卦象耳。○老,汲古作者,減作或,羸作嬴,均依宋元本。興,宋元本作與,依汲古。
之卦は《坎》である。林辞に言う:まさに鼎盛の時に随って跌落し、衰老した後にまた拾い上げられる。盈満したものは減損・毀壊し、肥え壮なものは病を罹りて痩せる。鄭の昭公は国家を失い、重耳は起き立って立った。尚秉和の解説:坎の中間は満充しているので盛といい、中間の坎は陥を主るので跌といい、震は後を主るので隨後に跌落するという。坎は疾病を主るので衰老する。艮は手を主るので拾掇を主り、坎は破を主るので盈満して毀れ、坎は疾を主るので肥え壮なものが転じて羸瘦する。坎は平を主るので「鄭」の字を取る——《釈名》は「鄭とは町で、その地は平たく町のごとし」と言う。艮は昭・国を主り、坎は失を主るので鄭の昭公が国を失うという。上下はともに坎(即ち習坎)なので重耳という。鄭の昭公が弑されたのは魯の桓公十七年で、晋の文公重耳が国に帰ったのは僖公二十四年で、両事はもともと相関わらず、ここではただ卦象を取るのみである。校記:「老」の字は汲古閣本が「者」とし、「減」は「或」とし、「羸」は「嬴」とし、いずれも宋元本による。「興」の字は宋元本が「与」とし、汲古閣本による。
離。折亡破甕,使我貧困。與母生分,別離異門。伏震為甕,中爻兌毀故曰折、曰破。離虛故貧。坎陷故困。坤為母,坤二五之乾成離,乾二五之坤成坎,坎中爻震,震生,故曰與母生分,言坎居坤中,使坤分析,所謂坎折坤也。坎中爻艮,艮為門,正覆兩艮相反故異門,亡疑為缶之訛字。
之卦は《離》である。林辞に言う:折れ破れて瓦甕が壊れ、私を困窮に陥れた。生きながら母と分かれ離れて、それぞれ異なる門戸を出入りする。尚秉和の解説:伏震は甕を主り、中間の几つかの爻に互い出る兌は毁を主るので折という、破という。離の中は空虚なので貧しく、坎は陥を主るので困る。坤は母を主る。坤の二・五爻を乾爻に換えれば離を成し、乾の二・五爻を坤爻に換えれば坎を成し、坎の中間に互い震が出て、震は生を主るので母と生分するという——意は坎が坤の当中に処って坤を裂かしめる、即ち所謂「坎折坤」である。坎の中間にまた互い艮が出て、艮は門を主り、一正一覆の二つの艮が互いに相反するので異門という。「亡」の字は疑うに「缶」の字の訛であろう。
咸。野有積庾,嗇人駕取。不逢狼虎,暮歸其宇。通《損》。坤為野、為積,艮為庾,震為嗇人、為駕,艮手為取,艮為虎狼,艮在外故不逢。坤為暮,艮為守,伏震為歸。○虎與宇韻,宋元本作虎狼,非,依汲古。
之卦は《咸》である。林辞に言う:野地に露天の穀囤が積まれてあり、農夫は車に駕して取りに行く。一路、豺狼・猛虎に遇うことなく、日暮れに安らかに自分の屋に帰った。尚秉和の解説:《咸》は《損》と旁通する。坤は原野・堆積を主り、艮は露天の穀囤を主り、震は農夫・駕車を主り、艮は手を主るので取るを主る。艮は虎狼を主り、艮は外卦にあるので遇わなかった。坤は日暮を主り、艮は守を主り、伏震は帰を主る。校記:「虎」と「宇」とはまさに相い押韻する。宋元本は「虎狼」とし、正しくない。ここでは汲古閣本により「狼虎」とする。
恆。襁褓孩呱,冠帶成家。出門如賓,父母何憂。巽為襁褓,兌為孩、為呱,乾為冠,巽為帶,伏艮為家,成家,言由孩提而成立也。乾為門,震出,震為賓客,故曰出門如賓。乾為父,伏坤為母,坎為憂,乾福震樂故不憂。○呱,汲古作孤,依宋元本。
之卦は《恒》である。林辞に言う:襁褓の中で呱々と啼哭する嬰児が、長じて冠を加え帯を束ね、家を成し業を立てるまでになった。門を出て人に接すること貴賓を接するがごときで、父母に何の憂うべきことがあろう。尚秉和の解説:巽は襁褓を主り、兌は孩児・啼哭の声を主り、乾は冠を主り、巽は帯を主り、伏艮は家を主る。所謂成家とは、孩提より長じて成人し自立することを言う。乾は門を主り、震は出を主り、震はまた賓客を主るので門を出れば賓のごとしという。乾は父を主り、伏坤は母を主り、坎は憂を主り、乾は福を主り震は楽を主るので憂いがない。「出門如賓」は《論語・顔淵》の「出門如見大賓」の言を用いる。校記:「呱」の字は汲古閣本が「孤」とし、ここでは宋元本による。
大壯。陳力就列,官職並廢。手不勝盆,失其寵門。通《觀》。震為陳力、為就列,孟子:陳力就列不能者止。艮為官職,艮伏故並廢。艮為手,震為盆,坤弱故不勝盆。乾為寵、為門,坤喪故失。○並,汲古作無,依宋元本。
之卦は《大壮》である。林辞に言う:才力を陳べて職位に就こうとするが、官職はことごとく廃された。一双手は盆すら端り持てず、もとの栄寵と門第を失った。尚秉和の解説:《大壮》は《観》と旁通する。震は才力を陳べる・職位に就くを主る。注文の引く「陳力就列、不能者止」の一句は実は《論語・季氏》に出るのであり、《孟子》と題するは筆誤であろう。艮は官職を主り、艮が潜伏するのでことごとく廃する。艮は手を主り、震は盆を主り、坤の性は柔弱なので盆を端れない。乾は寵・門を主り、坤は喪を主るので失う。校記:「并」の字は汲古閣本が「无」とし、ここでは宋元本による。
晉。積雪大寒,萬物不生。陰制庶士,時木冬貧。坎為雪、為積、為寒,坤為萬物,坤殺故不生。坤為陰、為庶,艮為時,坎為冬,坤為貧。庶士二字必有訛。○冬,依宋元本,汲古作寒。
之卦は《晋》である。林辞に言う:積雪は深く厚く天気は奇寒で、万物は生長することができない。陰気が衆庶を制圧し、草木は冬に至っていちめんに凋敝する。尚秉和の解説:坎は雪・積・寒を主り、坤は万物を主り、坤は粛殺を主るので生じない。坤は陰・衆庶を主り、艮は時を主り、坎は冬を主り、坤は貧を主る。「庶士」の二字は必ず訛誤があろう。校記:「冬」の字は宋元本による。汲古閣本は「寒」とする。
明夷。龍鬬時門,失理傷賢。內畔生賊,自為心疾。震為龍、為門、為時,坤為門,故曰龍鬬時門。坤為理,震為賢,坎為失、為傷,故曰失理傷賢。坤為內,離為畔亂,震為生,坎為賊、為心、為疾。○時,汲古作海,依宋元本。《左傳昭十九年》:"龍鬬鄭時門外"。
之卦は《明夷》である。林辞に言う:二条の龍が時門の外で争い闘い、常理を失して賢人を傷つけた。内部で叛離が生じ賊寇を滋し、みずからがみずからに心病を造り出した。尚秉和の解説:震は龍・門・時を主り、坤もまた門を主るので龍が時門に闘うという。坤は理を主り、震は賢を主り、坎は失・傷を主るので理を失い賢を傷るという。坤は内を主り、離は叛乱を主り、震は生を主り、坎は賊・心・疾を主る。校記:「時」の字は汲古閣本が「海」とし、ここでは宋元本による。《左伝》昭公十九年に「龍が鄭の時門の外に闘う」と記す。時門は鄭国の城門の名である。
家人。犬畏猛虎,依人為輔。三夫執戟,伏不敢起,身安無咎。此用遇卦《遯》象。艮為犬,乾為虎,伏震為人,兌為輔,震為夫,數三,故曰三夫。艮為執、為戟,震為起,巽伏故不敢起。艮為身、為安,安故無咎。○犬,宋本作狗,汲古作不,依元本。猛,元本作狼,依宋本、汲古。戟,汲古作獸,依宋元本。起,宋元本作趨,依汲古。
之卦は《家人》である。林辞に言う:犬が猛虎を恐れて、人に依附して己の助手とするほかない。三名の武士が戟を執って守衛するので、虎は伏して起きるを敢えてしない。人の身は安穏で、過ちはあらじ。尚秉和の解説:この条は遇卦《遯》の卦象を用いる。艮は犬を主り、乾は虎を主り、伏震は人を主り、兌は輔助を主る。震は丈夫を主り、その数は三なので三夫という。艮は執持・戟を主り、震は起身を主り、巽は潜伏を主るので敢えて起たない。艮は身・安を主り、安穏なので過ちがない。校記:「犬」の字は宋本が「狗」とし、汲古閣本は「不」とし、ここでは元本による。「猛」の字は元本が「狼」とし、宋本と汲古閣本による。「戟」の字は汲古閣本が「獣」とし、宋元本による。「起」の字は宋元本が「趨」とし、汲古閣本による。
睽。南山高岡,回隤難登。道路遼遠,行者無功。憂不成凶,惡亦消去。此仍用《遯》象。艮山納丙,故曰南山、曰高岡。巽進退不果,故曰回隤難登。艮為道路,乾為遼遠、為行,巽隕故無功。坤為憂、為惡,坤伏故不凶、故消去。○崗,宋元本作罡,路作卑,均依汲古。
之卦は《睽》である。林辞に言う:南山の高き山岡は、路は回り坂は険しく、登攀し難い。道路は遥か遠く、路を趨る人は労して功がない。憂いはあれど凶には至らず、悪事もおのずから消散する。尚秉和の解説:この条は依然として《遯》の卦象を用いる。艮は山を主り、納甲は丙に配し、丙の位は南にあるので南山といい高岡という。巽は進退が果決しないを主るので盤回・頹陥して登臨し難いという。艮は道路を主り、乾は遼遠・行走を主り、巽は隕落を主るので功がない。坤は憂・悪を主り、坤が潜伏するので凶でなく、消散する。校記:「岡」の字は宋元本が「罡」とし、「路」は「卑」とし、いずれも汲古閣本による。
蹇。逢時陽遂,富且貴尊。艮為時,陽居五故遂、故富且貴。艮為尊貴。
之卦は《蹇》である。林辞はただ二句のみ:ちょうど良い時に遭い、陽気は順遂・通達して、富みかつ貴い。尚秉和の解説:艮は時を主る。陽爻は第五という尊い位に居るので順遂し、富みかつ貴い。艮はまた尊貴を主る。この条は本卦六十四条の中で最も短い条で、注文もこれら数語のみ、底本にも校記がない。
解。求我所欲,得其利福,終身不辱。盈盛之門,高屋先覆,群失邦國。此仍用《遯》象。艮為求,互巽為利,乾為福,故曰得其利福。艮為終、為身,艮貴故不辱。乾為盈盛、為門戶,巽為高,艮為屋,巽為隕落故曰高屋先覆。艮為邦國,乾為君,在外故曰君失邦國。○先,汲古作光,末句作君先其固,茲依宋元本。
之卦は《解》である。林辞に言う:我が欲する所を求めて、利と福とを得た。終身に屈辱を受けない。ところが盈満・興盛の門第は、高い屋がかえって先に傾覆し、君主は邦国を失った。尚秉和の解説:この条は依然として《遯》の卦象を用いる。艮は求を主り、互い出る巽は利を主り、乾は福を主るのでその利福を得るという。艮は終・身を主り、艮は貴を主るので辱を受けない。乾は盈盛・門戸を主り、巽は高を主り、艮は屋を主り、巽は隕落を主るので高い屋が先に覆るという。艮は邦国を主り、乾は君を主るが、君は外卦に居るので君が邦国を失うという——林辞は「群」と作し、注文は「君」と作す。校記:「先」の字は汲古閣本が「光」とし、末句は汲古閣本が「君先其固」とし、ここでは宋元本による。
損。安坐至暮,禍災不到。利詰奸妖,罪人不赦。艮為安坐,坤為暮,故曰安坐至暮。坤為禍災,震解故禍災不到。三至上兩震言相對故利詰。坤為奸妖、為罪過,震為人,坤殺故罪人弗赦。○末句汲古作皇宥不赦。奸妖,汲古作妬姝,均依宋元本。
之卦は《損》である。林辞に言う:安々と坐して日暮れに至るまで、禍事・災殃はすべて門に上がってこない。奸邪・妖妄の徒を追及するに宜しく、罪ある人は赦さない。尚秉和の解説:艮は安坐を主り、坤は日暮を主るので安坐して暮に至るという。坤は禍災を主り、震は解散を主るので禍災が至らない。三爻より上爻までは二つの震の言が相対するので詰問に宜しい。坤は奸妖・罪過を主り、震は人を主り、坤は粛殺を主るので罪人を赦さない。校記:末句は汲古閣本が「皇宥不赦」とし、「奸妖」は汲古閣本が「妬姝」とし、いずれも宋元本による。
益。膠車駕東,與雨相逢。五楘解墮,頓輈獨坐,憂為身禍。詳《大過》之《蠱》,此用伏象《恆》。恆蠱象多同,故詞同。○頓輈,汲古作頹杌,依宋元本。坐,宋本作宿,依汲古。
之卦は《益》である。林辞に言う:膠で粘り合わせた車に駕して東に往くが、半路で雨に遭った。轅の上の五道の革の束が緩みほどけ落ちて、輈木が折れ頓して、独りで坐っているほかなく、憂愁が身の禍患となった。尚秉和の解説:詳しい説明は《大過》之《蠱》の条に見える。ここでは《恒》の伏象を用いる。《恒》と《蠱》との両卦の象は多く相同なので、林辞も相同である。「五楘」とは車轅に纏い束ねた五道の皮革、「輈」は車轅である。校記:「頓輈」は汲古閣本が「頹杌」とし、ここでは宋元本による。「坐」の字は宋本が「宿」とし、汲古閣本による。
夬。擇日高飛,遠至東齊。見孔聖師,使我和諧。此用《遯》象。乾為日,艮為高,巽為齊,伏震為東、為孔,乾為聖。○遠,宋元本作遂,依汲古。末句汲古作徒我相諧,依宋元本。
之卦は《夬》である。林辞に言う:日を選んで高く飛び遠く挙り、まっすぐ東方の斉国に至る。孔子という聖師に見えて、我が心気を和順ならしめる。尚秉和の解説:この条は《遯》の卦象を用いる。乾は日を主り、艮は高を主り、巽は斉を主り、伏震は東・孔を主り、乾は聖を主る。校記:「遠」の字は宋元本が「遂」とし、ここでは汲古閣本による。末句は汲古閣本が「徒我相諧」とし、宋元本による。
姤。陳媯敬仲,兆興齊姜。乃適營丘,八世大昌。通《復》。震為陳,乾為敬,坤拆為兆。巽為齊姜,故曰兆與齊姜。震為丘陵,巽數八,故曰八世大昌。震為昌也。事詳《屯》之《噬嗑》
之卦は《姤》である。林辞に言う:陳国の嬀姓の敬仲は、吉兆が斉姜の邦に興った。ここにおいて営丘に遷って往き、八世を伝えて大いに昌盛した。尚秉和の解説:《姤》は《復》と旁通する。震は陳を主り、乾は敬を主り、坤は開裂を主るので卜兆を主り、巽は斉姜を主るので斉姜に兆すという。震は丘陵を主り、巽の数は八なので八世に大いに昌えるという——震はまさに昌の象である。この事の詳しい解釈は《屯》之《噬嗑》の条に見える。敬仲とは即ち陳完で、難により斉に出奔し、営丘に居り、後に田と氏を改め、八世の後に斉の政はついに田氏に帰した。
萃。缺埒無墠,難從東西。毀破我盆,泛棄酒食。埒,短垣也。《爾雅》:"山上有水埒",卦下坤為水,艮為埒,而兌上缺,故曰缺埒。坤為墠,兌毀故無墠。兌為西,震為東、為從,震覆故難從。震為盆,震覆兌毀故破我盆。兌為酒食,在外,中爻艮手,故曰泛棄酒食。○首句汲古作缺將無憚,非,依宋元本。
之卦は《萃》である。林辞に言う:矮い墙が欠け残って、祭祀に用いる平地もない。東も西も依り従い難い。我が盆を打破し、酒食を傾け潑して棄てた。尚秉和の解説:「埒」とは矮い墙である。《爾雅》は「山の上に水あるを埒という」と言う。本卦の下体の坤は水を主り、艮は埒を主り、兌が上にあって缺口があるので埒が缺けるという。坤は墠を主る。即ち地を除いて祭る平場である。兌は毁を主るので墠が無い。兌は西を主り、震は東・随従を主り、震が一転倒するので従い難い。震は盆を主り、震が倒置して兌は毁を主るので我が盆を打破した。兌は酒食を主り、外卦に居り、中間の几つかの爻に互い出る艮は手を主るので酒食を傾け潑し棄てたという。校記:首句は汲古閣本が「缺將无憚」とし、正しくない。ここでは宋元本による。
升。中夜犬吠,盜在廬外。神光佐助,消散歸去。通《無妄》。坤為夜,艮為犬,震為吠,巽為盜,艮為廬,巽在艮上故曰盜在廬外。震為神光,兌為輔,故曰神光佐助。巽風為散,震為歸去。
之卦は《升》である。林辞に言う:夜半に犬が吠え、盗賊はすぐ家の外にいる。神明の光が照り来て佑助するので、盗賊は便ち消散して去る。尚秉和の解説:《升》は《无妄》と旁通する。坤は夜を主り、艮は犬を主り、震は吠を主り、巽は盗を主り、艮は廬舎を主る。巽は艮の上に居るので盗が廬の外にいるという。震は神光を主り、兌は輔助を主るので神光が佐助するという。巽は風を主るので消散を主り、震は帰去を主る。
困。雷車不藏,隱隱西行。霖雨三旬,流為河江,使我憂凶。通《賁》。震為雷、為車,坎伏震出故不藏。坎隱兌西故曰隱隱西行。坎為雨,互大坎,下坎故曰霖雨。中爻震數三,故曰三旬,坎水故曰流為河江。坎為憂凶。○我,依汲古,宋元本作國。
之卦は《困》である。林辞に言う:雷車が収まるを肯んぜず、隆々として西に向かって行く。連綿たる大雨が三十日も降って、積もり流れて江河を成し、我を憂えさせ凶に遭わせる。尚秉和の解説:《困》は《賁》と旁通する。震は雷・車を主り、坎は潜伏を主り震は外出を主るので収蔵しない。坎は隠を主り、兌は西に在るので隠隠として西に行くという。坎は雨を主り、卦中に互い大坎が出て、下体もまた坎なので霖雨という。中間の几つかの爻に互い出る震の数は三なので三旬という。坎は水に属するので流れて江河を成すという。坎は憂・凶を主る。校記:「我」の字は汲古閣本による。宋元本は「国」とする。
井。老河空虛,舊井無魚。利得不饒,避患東鄰。禍來入門,使多悔存。坎為河、為舊,故曰老河。離為空虛,兌為井,故曰舊井。巽為魚,坎失故無魚。巽為利,坎瘠故不饒。坎為患,坎隱故避患。離為東鄰、為禍,伏艮為門,巽入,故曰禍來入門。坎為悔。○來入,宋元本作入我,依汲古。
之卦は《井》である。林辞に言う:老いた河は涸れて虚しく、旧い井には魚がいない。獲利は豊かでなく、禍患を避けて東邻に奔る。禍事は門に入ってきて随い、人に空しく悔恨を多く残す。尚秉和の解説:坎は河・旧を主るので老河といい、離は空虚を主り、兌は井を主るので旧井という。巽は魚を主り、坎は喪失を主るので魚がいない。巽は利を主り、坎は瘠薄を主るので豊かでない。坎は患を主り、坎は隠を主るので患を避ける。離は東邻・禍を主り、伏艮は門を主り、巽は入を主るので禍が来て門に入るという。坎は悔を主る。校記:「来入」は宋元本が「入我」とし、ここでは汲古閣本による。
革。福德之士,歡悅日喜。夷吾相國,三歸為臣,貴流子孫。通《蒙》。震為福德、為士、為歡喜,坤為夷、為吾、為國,兌為輔相,震數三,震反為歸,坤為臣,故曰三歸為臣。艮為貴、為孫,震為子,坤為水故曰貴流子孫。○貴,宋元本作賞,依汲古。《論語》"管氏有三歸"注:取三姓女。朱子云臺名。
之卦は《革》である。林辞に言う:福あり徳ある賢士は、歓欣・喜悅して日に日に勝る。管夷吾が国相となると、三帰を享有して身は人臣でありながら、尊貴は流れて沢を子孫に及ぼした。尚秉和の解説:《革》は《蒙》と旁通する。震は福徳・士・歓喜を主り、坤は夷・吾・国を主り、兌は輔相を主る。震の数は三、震を反転すれば即ち帰で、坤は臣を主るので三帰して臣となるという。艮は貴・孫を主り、震は子を主り、坤は水に属するので貴沢が子孫に流れ及ぶという。校記:「貴」の字は宋元本が「賞」とし、ここでは汲古閣本による。《論語》は「管氏に三帰あり」と言う。旧注は三姓の女を娶ったと解し、朱熹は三帰は台の名だと言う。
鼎。清人高子,久屯外野。逍遙不歸,思我慈母。通《屯》。艮為清高,震為人、為子,故曰清人高子。艮止為久、為屯,坤為野,震為逍遙、為歸,坤迷故不歸。坎為思,坤為我,慈母也。
之卦は《鼎》である。林辞に言う:清邑の人・高氏の子が、久しく城外の野地に屯駐している。四方に游蕩して家に帰るを得ず、我が慈母を思い慕う。尚秉和の解説:《鼎》は《屯》と旁通する。艮は清・高を主り、震は人・子を主るので清人・高子という。艮は止を主るので久・屯駐を主り、坤は原野を主り、震は逍遥・帰を主り、坤は迷を主るので帰らない。坎は思を主り、坤は我・また慈母を主る。《清人》は《詩・鄭風》の篇名で、鄭国の高克の部隊が久しく河上に屯して帰るを得ないを写す——林辞とまさに合う。
震。驄黑,東歸高鄉。白虎推輪,蒼龍把衡。朱雀導引,靈鳥載遊。遠扣天門,入見真君,馬全人安。震馬故曰驄。坎黑,對象巽,巽髮,故曰黑。震為東、為歸,艮為高鄉、為虎,震白坎輪,艮手為推,故曰白虎推輪。震為龍,色青,故曰蒼龍。坎為衡,互大離為朱雀、為靈鳥,震往為導引、為遊。艮為天門,艮手為扣,震為帝,故為真君、為馬、為人,艮為安全。○全,元本作南,依宋本、汲古。靈鳥,宋元本作虛烏,遠作逐,作馬安人全,均依汲古。
之卦は《震》である。林辞に言う:青白の雑毛の驄馬・烏黒の鬃鬣は、東に向かって高郷に帰る。白虎が車輪を推し、蒼龍が車の衡を把る。朱雀が前に路を引き導き、霊鳥が人を載せて遨游する。遥かに天門を叩き開き、入って真君に謁見すれば、馬匹はそろい、人も平安である。底本は「驄」の下と「黑」の下とに各々一字を奪り、注文の相応の処にも脱字がある。尚秉和の解説:震は馬を主るので驄といい、坎は黒を主り、その対象は巽で、巽は毛髪を主るので黑鬣という。震は東・帰を主り、艮は高郷・虎を主る。震は白を主り、坎は輪を主り、艮は手を主るので推を主り、白虎が輪を推すという。震は龍を主り、色は青なので蒼龍という。坎は衡を主り、卦中に互い出る大離は朱雀・霊鳥を主り、震は往くことを主るので導引・遨游を主る。艮は天門を主り、艮は手を主るので叩撃を主り、震は帝を主るので真君・馬・人を主り、艮は安全を主る。校記:「全」の字は元本が「南」とし、宋本と汲古閣本による。「霊鳥」は宋元本が「虚烏」とし、「遠」は「逐」とし、末句は宋元本が「馬安人全」とし、いずれも汲古閣本による。
艮。路多枳棘,前刺我足。不利旅客,為心作毒。艮為路,坎為棘,中爻震為足,坎棘故刺足。震為旅客,坎為毒、為心。
之卦は《艮》である。林辞に言う:路には到るところ枳樹・荆棘があって、前に一歩行けば我が足を刺し傷つける。これは門外に出て行く旅客に利あらず、心頭の毒害となった。尚秉和の解説:艮は路を主り、坎は棘を主り、中間の几つかの爻に互い出る震は足を主る。坎はすでに棘なので足を刺傷する。震は旅客を主り、坎は毒・心を主る。
漸。端坐生患,憂來入門,使我不安。艮為端坐,坎為患,故曰端坐生患。坎為憂,艮為門,巽入故曰憂來入門。艮為安,坎險故不安。
之卦は《漸》である。林辞に言う:端正に坐っていても禍患が生じ、憂愁がみずから門に訪れてきて、私を安寧ならしめない。尚秉和の解説:艮は端坐を主り、坎は患を主るので端坐して患を生ずという。坎は憂を主り、艮は門を主り、巽は入を主るので憂が来て門に入るという。艮は安を主り、坎は険を主るので安らかでない。
歸妹。小陬之市,利不足喜。二世積仁,蒙其祖先。匪躬之言,狂悖為患。通《漸》。巽為市,坎狹故曰小陬之市。陬,隅也。巽為利,坎憂故不喜。本卦兌卦數二,震仁坎積故曰二世積仁。艮為祖,坎為蒙,故曰蒙其祖先。坤為躬,本卦震為言、為狂,坎為悖、為患。
之卦は《帰妹》である。林辞に言う:辺鄙な角落の小さい市は、得る利は多くなく歓ぶに足らない。二代にわたり仁徳を積累して、後人は祖先の蔭庇を蒙る。身の安危を顧みない直言は、一旦狂悖に流れれば禍患となる。尚秉和の解説:《帰妹》は《漸》と旁通する。巽は市を主り、坎は狹窄を主るので小陬の市という——「陬」は角落である。巽は利を主り、坎は憂を主るので喜ばない。本卦の兌は卦数が二であり、震は仁を主り、坎は積を主るので二世に仁を積むという。艮は祖を主り、坎は蒙受を主るのでその祖先を蒙るという。坤は躬を主り、本卦の震は言・狂を主り、坎は悖乱・禍患を主る。「匪躬」は《周易・蹇卦》六二の「王臣蹇蹇、匪躬之故」に出て、自身のために計らないことを指す。
豐。登高望時,見樂無憂。求利南國,與寶相得。巽為高,震為時、為登,離為目、為望,故曰登高望時。坎為憂,震樂故無憂。巽為利,伏艮為求、為國,離南故曰南國。震為玉、為寶,坎為得也。
之卦は《豊》である。林辞に言う:高い所に登って時勢を観望すれば、見るところみな楽しい事で憂いがない。南方の国に往って利を求めると、ちょうど宝貨に巡り遭う。尚秉和の解説:巽は高を主り、震は時・登を主り、離は目・瞭望を主るので高く登って時を望むという。坎は憂を主り、震は喜楽を主るので憂いがない。巽は利を主り、伏艮は求・邦国を主り、離の位は南にあるので南国という。震は玉・宝を主り、坎は獲得を主る。
旅。跛足息肩,有所忌難。金城鐵郭,以銅為關。藩屏自衛,安土無患。通《節》。震為足,坎蹇故跛足。艮為肩,艮止,故息肩。坎為忌難,艮為金鐵、為銅、為城郭、為關、為藩屏,震為衛,故曰藩屏自衛。艮為安,坤為上,坎為患,震出故無患。○跛,宋元本作疏,土作上,依汲古。
之卦は《旅》である。林辞に言う:足を跛にし、肩の担荷を卸したのは、忌惮し難きを為すところがあったからだ。金で鋳た城・鉄で築いた郭で、銅をもって関門を作る。藩籬・屏障があって自ら防衛し、本土に安居して禍患がない。尚秉和の解説:《旅》は《節》と旁通する。震は足を主り、坎は蹇難を主るので足を跛にする。艮は肩を主り、艮は止を主るので肩を卸して休息する。坎は忌惮・為難を主る。艮は金鉄・銅・城郭・関隘・藩屏を主り、震は衛を主るので藩屏して自衛するという。艮は安を主り、坤は上を主り、坎は患を主り、震は出を主るので禍患がない——注文は「坤為上」と作し、宋元本の林辞の「安上」と相応する。校記:「跛」の字は宋元本が「疏」とし、「土」は「上」とし、ここでは汲古閣本による。
巽。江有沱泛,思附君子。仲氏爰歸,不我肯顧,侄娣悔恨。艮震中爻坎為江、為沱泛、為思,艮為君子,故曰思附君子。坎為仲,震反為歸,女嫁曰歸。爰歸者,言仲氏已嫁也。艮為顧,坎蔽故不顧。兌為侄娣,坎為悔恨。○《詩》:"江有沱,江有泛,之子歸,不我顧",林用其意,與毛合。○仲氏爰歸,宋元本作伯仲爰歸,汲古作伯仲處市,依局本《明夷》之《噬嗑》校。又江有汲古作江水,依宋元本。
之卦は《巽》である。林辞に言う:大江には分かれ出た沱水と泛流とがあり、一心に君子に依附せんと思う。仲氏はすでに嫁いだのに、顧みて我を見ようとしない。随嫁の姪娣は悔恨に満ちている。尚秉和の解説:艮・震の中間に互い出る坎は江・沱泛・思念を主り、艮は君子を主るので君子に附くを思うという。坎は仲を主り、震を反転すれば即ち帰で、女子の嫁ぐを帰という。「爰帰」は仲氏がすでに嫁いだということである。艮は回顧を主り、坎は遮蔽を主るので顧みない。兌は姪娣を主る——古は諸侯が妻を娶るに、妻の姪女と妹とを陪嫁させて、合して姪娣と称した。坎は悔恨を主る。また按ずるに:《詩・召南・江有汜》に「江有沱」「之子帰、不我顧」の句があり、林辞はその意を用い、《毛詩》と合する。校記:「仲氏爰帰」は宋元本が「伯仲爰帰」とし、汲古閣本は「伯仲処市」とし、ここでは局本《明夷》之《噬嗑》の条によって校定する。また「江有」は汲古閣本が「江水」とし、宋元本による。
兌。芽櫱生達,陽倡於外。左手執鑰,公言錫爵。通《艮》。中爻震為芽櫱、為生,艮上下卦皆陽居上,故曰陽倡於外。震為左、為鑰,艮手為執,故曰左手執鑰。震為言、為爵、為諸侯,故曰公。二語皆詩辭。
之卦は《兌》である。林辞に言う:草木の嫩芽が萌発して通達し、陽気が外で首唱する。左手に籥管を執って起舞すれば、公侯が言を発して酒爵を賜る。尚秉和の解説:《兌》は《艮》と旁通する。中間の几つかの爻に互い出る震は嫩芽・生長を主る。艮の上下両体はともに陽爻が上に居るので陽が外に倡るという。震は左・籥を主り、艮は手を主るので執持を主り、左手に鑰を執るという。震は言・爵・諸侯を主るので公という。後の二句はいずれも《詩》の中の成語で、《邶風・簡兮》に見える。
渙。雲夢苑囿,萬物繁熾。犀象玳瑁,荊人以富。坎水為雲夢,艮為苑囿,震為萬物、為蕃熾。艮為犀象、為玳瑁,震為荊、為人、為富。
之卦は《渙》である。林辞に言う:雲夢沢の一帯の苑囿には、万物が繁盛・興隆している。犀角・象牙・瑇瑁がどれも皆出て、楚人はこれにより富足した。尚秉和の解説:坎は水に属するので雲夢を主り、艮は苑囿を主り、震は万物・繁衍・興盛を主る。艮は犀象・瑇瑁を主り、震は荊楚・人・富を主る。雲夢は楚国の大沢で、荊とは即ち楚である。
節。渠戎萬里,晝夜愁苦。甲戎服,雖荷不賊。鷹鸇之殃,害不能傷。坎為戎、為溝瀆,故曰渠戎,《後漢書》:"義渠戎在涇北"。震為萬里,伏離為晝,坎為夜,坎憂故愁苦。艮為甲,坎隱故甲,坎西為戎,震為服,故曰甲戎服。艮為負荷,坎為賊,在外故不賊。艮為鷹鸇,坎為殃害,震解故不傷。○殃,宋元本作殘,依汲古。
之卦は《節》である。林辞に言う:渠戎は万里の外に遠く、日夜に愁苦する。甲冑を収め納めて戎装に換えれば、身に重い荷を負うといえども賊害を受けない。たとい鷹・鸇が撲撃するような禍殃があっても、彼を傷つけるに至らない。「甲戎服」の句は底本が一字を奪り、注文によって「韜甲戎服」類であるべきで、注文の「坎隠故甲」の処も同じく字が脱している。尚秉和の解説:坎は戎・溝渠を主るので渠戎という。《後漢書》は「義渠戎は涇水以北に在り」と記す。震は万里を主り、伏離は白昼を主り、坎は夜を主り、坎は憂を主るので愁苦する。艮は甲を主り、坎は隠を主るので甲を韜するという。坎は西に在り戎を主り、震は服を主るので甲戎服という。艮は負荷を主り、坎は賊を主り、坎は外卦にあるので賊害を受けない。艮は鷹鸇を主り、坎は殃害を主り、震は解散を主るので傷つかない。校記:「殃」の字は宋元本が「残」とし、ここでは汲古閣本による。
中孚。鎡基逢時,稷契皋陶。貞良得願,微子解囚。市恐無虎,謾言妄語。鎡基,鉏也。震為鎡基,艮為時,震為稷、為竹,故為契。艮為皋、為火,故為陶,故曰稷契皋陶。艮為貞良、為小,震為子,故曰微子。艮為拘,故為囚,震出故解囚。巽為市,艮為虎,風散故無虎。中爻正反兩震言相背,故曰謾言妄語。○恐,宋元作空,言作誑,均依汲古。汲古作《既濟》林,依宋元本。
之卦は《中孚》である。林辞に言う:鋤頭があってさらに農時に逢わなければならない。ちょうど后稷・契・皋陶といった賢臣が明主に逢着しなければならぬがごときである。貞正・賢良の人は願いを償い得て、微子は囚繫の中より釈放を獲た。市にはもともと虎はいない。虎ありと言うのは皆欺謾・妄の語である。尚秉和の解説:「鎡基」とは即ち鋤頭である。震は鎡基を主り、艮は時を主る。震は稷を主り、竹を主り、それゆえまた契を主る。艮は皋を主り、火を主り、それゆえ陶を主るので稷・契・皋陶という。艮は貞良・小を主り、震は子を主るので微子という。艮は拘繫を主るので囚を主り、震は出を主るので囚を解くという。巽は市を主り、艮は虎を主り、風は吹き散らすを主るので虎がいない。中間の几つかの爻は一正一倒の二つの震の言が互いに相背するので謾言・妄語という。「市无虎」は三人で虎を成すの典故を用いる——《戦国策・魏策》に見える。「鎡基逢時」は《孟子・公孫丑上》の「雖有鎡基、不如待時」に本づく。校記:「恐」の字は宋元本が「空」とし、「言」は「誑」とし、いずれも汲古閣本による。汲古閣本はこの条を《既済》の名下に繋ぐが、ここでは宋元本による。
小過。騎騅與蒼,南賈太行。逢駁猛虎,為所吞殤,葬於渭陽。震為馬,東方色青,故騎騅與蒼。騅蒼,青色馬也。震為商賈、為南,艮山故曰太行。艮為駁、為猛虎,兌口為吞折、為殤,坎為葬、為渭,渭濁,坎黑,故象之。水北為陽,坎北故曰渭陽。凡《易林》用字取象之精皆如此。○駁,汲古作蛟,殤作飡,依宋元本。
之卦は《小過》である。林辞に言う:騅馬と蒼馬とに騎って、南に太行を翻越して売買を為しに行く。路上で駮獣と猛虎とに遭い、それらに吞噬されて夭亡し、渭水の北岸に葬られた。尚秉和の解説:震は馬を主り、東方の色は青なので騅と蒼に騎るという——騅・蒼はともに青色の馬である。震は商賈・南を主り、艮は山を主るので太行という。艮は駮・猛虎を主り、兌は口を主るので吞噬・折損を主り、夭亡を主る。坎は葬・渭水を主る——渭水は渾濁しており、坎は黒を主るのでこの象を取る。水の北面を陽といい、坎の位は北にあるので渭陽という。およそ《易林》の用字・取象の精細は、処処に皆このようである。駮は古書に記される猛獣で、形は馬に似て虎豹を食うことができる。校記:「駮」の字は汲古閣本が「蛟」とし、「殤」は「飡」とし、ここでは宋元本による。
既濟。出門東行,日利辰良。步騎與駟,經歴宗邦。暮宿北燕,與樂相逢。此用《遯》象。伏震為出、為東行,坤為門,故曰出門東行。乾為日,巽為利,艮時,故曰日利辰良。伏震為騎、為駟、為宗,坤為邦,乾坤相間隔,故曰經歴宗邦。坤為暮、為宿、為北,兌為燕,震為樂。○辰,宋元本作時,依汲古。宗,汲古作京,依宋元本。
之卦は《既済》である。林辞に言う:門を出て東に向かって行き、日は吉利で時辰は美好である。歩卒・騎士と四馬の車とが、一路に宗廟のある邦国を経る。夕暮れに北方の燕の地に投宿して、歓楽と巡り遭う。尚秉和の解説:この条は《遯》の卦象を用いる。伏震は出・東行を主り、坤は門を主るので門を出て東に行くという。乾は日を主り、巽は利を主り、艮は時を主るので日利し辰良しという。伏震は騎・駟・宗を主り、坤は邦を主る。乾と坤とが互いに間隔して相い錯るので一路に宗邦を経るという。坤は日暮・止宿・北を主り、兌は燕を主り、震は楽を主る。校記:「辰」の字は宋元本が「時」とし、ここでは汲古閣本による。「宗」の字は汲古閣本が「京」とし、宋元本による。
未濟。酒為歡伯,除憂來樂。福善入門,與君相索,使我有得。兼用半象。坎為酒,震為歡、為伯,坎為憂,震出故除憂,震福、艮善、巽入、艮門,故曰福善入門。震為君,艮為求索,離正反艮相對,故相索。坤我、坎得。
之卦は《未済》である。林辞に言う:酒は人を歓楽にする長者で、憂愁を駆り去り歓楽を招来することができる。福気と善事とがともに門に入り、君と相い求め相い待ち、私に収穫をあらしめる。尚秉和の解説:この条は兼ねて「半象」を用いる——所謂半象とは、隣り合う二爻だけを取って、それを某卦の半分と見做して象を取ることである。坎は酒を主り、震は歓・伯を主る。坎は憂を主り、震は出を主るのでよく憂を除く。震は福を主り、艮は善を主り、巽は入を主り、艮は門を主るので福善が門に入るという。震は君を主り、艮は求索を主る。離の上下は一正一倒の二つの艮が相対するので相索という。坤は我を主り、坎は獲得を主る。「酒為歡伯」は漢人の成語で、《易林》の中に屡々見える。
大壮 第三十四
大壯。左有噬熊,右有囓虎。前觸鐵矛,後躓強弩,無可抵者。震為左,兌為右,伏艮為熊虎,兌口,故曰左有噬熊,右有囓虎。乾為前、為鐵,震為後,兌折故後躓。伏艮為刀兵,故曰矛、曰弩。抵,御也。艮為御,艮伏故無可御者。
本卦は《大壮》、之卦は依然として《大壮》である。これは各本卦の六十四条の頭の一条である。林辞に言う:左には噛みつく熊があり、右には人を噬う虎がある。前に行けば鉄の矛に撞き当たり、後に行けば強い弩に絆され、抵禦ぐ術がない。尚秉和の解説:震は左を主り、兌は右を主り、伏艮は熊虎を主り、兌は口を主るので左に噬う熊・右に囓る虎があるという。乾は前・鉄を主り、震は後を主り、兌は折を主るので後に向かって跌き絆される。伏艮は刀兵を主るので矛といい弩という。「抵」とは抵禦の意である。艮は御を主るが、艮が潜伏するので抵禦する術がない。
乾。金齒鐵牙,壽考宜家。年歲有儲,貪利者得,離其咎憂。《大壯》中爻兌,兌為齒牙,乾為金鐵,故曰金齒鐵牙。伏艮為壽考、為家,乾為年歲、為富,故有儲、故利得。乾為吉慶,故離咎憂。
之卦は《乾》である。林辞に言う:金のごとき歯・鉄のごとき牙床を持ち、長寿で家室に宜しい。年々に積储があり、利益を貪る者も手に入れられ、これより灾咎と憂愁とを脱する。尚秉和の解説:《大壮》の中間の几つかの爻に互い兌が出て、兌は歯牙を主り、乾は金鉄を主るので金歯・鉄牙という。伏艮は長寿・家を主り、乾は年歳・富を主るので積储があり、利を得る。乾は吉慶を主るので咎憂を脱する。
坤。家給人足,頌聲並作。四夷賓服,干戈閣。《大壯》震為人,伏艮為家,坤富,故家給人足。震言為頌、為聲,坤陰為夷順、為服,震卦數四,為賓客,故曰四夷賓服。艮為干戈,艮伏,故曰干戈閣,坤為也。○,宋元本作囊,依汲古。
之卦は《坤》である。林辞に言う:家ごとに富足し人ごとに飽暖で、頌揚の声が一斉に興る。四方の夷族はみな来り賓服して、干戈は収め擱置されて用いられない。「乾戈閣」の下、注文の「坤為」の下および校記の冒頭で、底本は各々一字を奪り、文義に按ずれば「弢」「嚢」といった兵器を収蔵する類の字であろう。尚秉和の解説:《大壮》の震は人を主り、伏艮は家を主り、坤は富を主るので家は給し人は足る。震は言語を主るので頌・声を主り、坤は陰に属し、夷・順・服を主り、震の卦数は四でありまた賓客を主るので四夷が賓服するという。艮は干戈を主り、艮が潜伏するので干戈を擱置するという。坤はまさに収蔵の象である。校記:脱したあの字は宋元本が「嚢」とし、ここでは汲古閣本による。
屯。獮猴冠帶,盜載非位。眾犬嘈吠,狂走蹶足。震為獮猴,艮為冠,伏巽為帶。坎為盜,震車為載,艮為位,古君子方許乘車,今載以盜,故曰非位。艮為犬,坤眾震鳴,故曰眾犬嘈吠。震為足、為走,坎蹇故蹶足也。○嘈,汲古作持,依宋元本。蹶,宋元本作厥,依汲古。
之卦は《屯》である。林辞に言う:獼猴が冠を戴き帯を繋ぎ、盗賊が坐るべからざる車位に坐った。衆の犬が一斉に嘈雜に吠え立てれば、彼は狂奔して足を蹶いた。尚秉和の解説:震は獼猴を主り、艮は冠を主り、伏巽は帯を主る。坎は盗を主り、震は車を主るので載を主り、艮は位次を主る。古は君子のみ車に乗るを准されたのに、今や車に載るのは盗賊なので非位という。艮は犬を主り、坤は衆を主り、震は鳴を主るので衆犬が嘈吠するという。震は足・奔走を主り、坎は蹇難を主るので足を蹶いた。校記:「嘈」の字は汲古閣本が「持」とし、ここでは宋元本による。「蹶」の字は宋元本が「厥」とし、汲古閣本による。
蒙。心患其身,不念安存。忠臣孝子,為國除患。坎為心、為患、為念,坤為身、為安,言身之所以安存,由心時時慮患也。坤為臣,坎為忠,故曰忠臣。震為子,坤順,故曰孝子。坤為國,坎為患,震解故除患。
之卦は《蒙》である。林辞に言う:心の中で自身の安危を愁い、一味に平安無事ばかりを思うを敢えてしない。忠臣と孝子とが、国家のために禍患を除く。尚秉和の解説:坎は心・患・思念を主り、坤は身・安を主る。これは身の安らかに存続し得る所以が、まさに心に時々禍患を憂えるにあるというのである。坤は臣を主り、坎は忠を主るので忠臣といい、震は子を主り、坤は柔順を主るので孝子という。坤は国を主り、坎は患を主り、震は解散を主るので患を除く。
需。君不明德,臣亂為惑。丞相命馬,胡亥失所。乾為君、為德,坎隱故不明。乾伏坤,坤為臣、為亂、為惑,故曰臣亂為惑。兌為輔相,兌口為命,乾為馬,伏坤為胡,乾居亥,故曰胡亥。坎為失,謂趙高命鹿為馬而弒胡亥。胡亥,秦二世名。乾為君,居亥,胡亥,亦國君用字。取象神妙如此。○馬,汲古作駕,非,依宋元本。
之卦は《需》である。林辞に言う:君主は徳行を昭明にすることができず、臣下は乱を為して人を惑わせる。丞相は鹿を指して馬と呼び、胡亥はこれにより君位を失った。尚秉和の解説:乾は君・徳を主り、坎は隠を主るので明らかでない。乾の中に坤が伏し、坤は臣・乱・惑を主るので臣が乱れ惑を為すという。兌は輔相を主り、兌は口を主るので命名を主り、乾は馬を主る。伏坤は胡を主り、乾は亥の位に居るので胡亥という。坎は失を主る——これは趙高が鹿を指して馬とし、後に胡亥を弑したことを言う。胡亥は秦二世の名である。乾は君を主りて亥に居り、「胡亥」の二字もまたちょうど国君の称に合う。取象の神妙が竟にこの地步に至る。校記:「馬」の字は汲古閣本が「駕」とし、正しくない。ここでは宋元本による。
訟。東行西窮,南北無功。張伯賣鹿,從者失羊。通《明夷》。震為東、為行,坎為西,坎陷故窮。離南坎北,坤喪故無功。震為伯、為鹿,震為商賈,故賣鹿。震為從、為羊,本《大壯上六》也,坤為失。○賣,汲古作賈,依宋元本。
之卦は《訟》である。林辞に言う:東に行けば西に行きて投ずる所なく、南に行き北に行きも労して功なし。張伯は鹿を売ったのに、随いて行く人は羊を失った。尚秉和の解説:《訟》は《明夷》と旁通する。震は東・行走を主り、坎は西を主り、坎は陥を主るので困窮する。離は南に在り、坎は北に在り、坤は喪を主るので功がない。震は伯・鹿を主り、震はまた商賈を主るので鹿を売るという。震は随従・羊を主る。これは《大壮》上六の爻義に本づく。坤は喪失を主る。校記:「賣」の字は汲古閣本が「賈」とし、ここでは宋元本による。
師。鹿下西山,欲歸其群。逢羿鋒箭,死於矢端。震為鹿、為陵,坎西,故曰西山。坤為群,群者,五陰也。震為歸,坤為惡,故曰羿。坎為箭、為矢、為鋒,鋒,矢末也。坤為死,在坎上,故死於矢端。○歸,汲古作保,鋒箭作箭鋒,依宋元本。死,元本作無,依宋本、汲古。
之卦は《師》である。林辞に言う:鹿が西山から下りて、己の群れに帰らんとする。ところが后羿の利箭に撞き当たり、箭鏃の下に死んだ。尚秉和の解説:震は鹿・丘陵を主り、坎の位は西に在るので西山という。坤は群を主る——所謂群とは卦中のあの五つの陰爻を指す。震は帰を主る。坤は悪を主るので羿という。坎は箭・矢・鋒を主る——鋒とは箭の尖端である。坤は死を主り、坎の上に居るので矢端に死するという。校記:「歸」の字は汲古閣本が「保」とし、「鋒箭」は「箭鋒」とし、ここでは宋元本による。「死」の字は元本が「无」とし、宋本と汲古閣本による。
比。明夷兆初,三日為災。以讒復歸,名曰豎牛。剝亂叔孫,餒卒虛丘。坎黑坤晦,故曰明夷。坤為兆,《左傳昭五年》:"初,穆子生穆,莊叔筮之,遇《明夷》之《謙》",初爻動,故曰明夷兆初。坎為災,艮為日,數三,故曰三日為災。坎上下兩兌相背,故曰讒。大壯震為歸,故曰以讒復歸。艮為名、為豎、為牛,坤為亂,艮為剝、為叔孫,故曰剝亂叔孫。坤為餒、為卒、為虛,艮為丘,言魯叔孫穆子為豎牛所亂,三日不得食而飢死也。與《剝》之《比》參看。○日,汲古作旦,依宋元本。復,宋元本作後,依汲古。餒,元本作餧,依宋本、汲古。
之卦は《比》である。林辞に言う:《明夷》の兆が初爻に動き、三日の内に災を成す。讒言によって新たに帰ってきたあの人の名は竪牛である。彼は叔孫氏を剥奪・攪乱して、叔孫を虚丘に餓死せしめた。尚秉和の解説:坎は黒を主り、坤は晦を主るので明夷という。坤は卜兆を主る。《左伝》昭公五年に記す:初め叔孫穆子が生まれた時、荘叔が彼のために占筮して《明夷》之《謙》に遇った——まさに初爻が変動したので明夷は初に兆すという。坎は災を主り、艮は日を主り、その数は三なので三日に災を成すという。坎の上下は二つの兌が相背するので讒という。《大壮》の震は帰を主るので讒をもって復た帰るという。艮は名・竪・牛を主り、坤は乱を主り、艮は剥・叔孫を主るので叔孫を剥乱するという。坤は飢餓・終・空虚を主り、艮は丘を主る。魯の叔孫穆子が竪牛に乱されて、三日飯を食べ得ずして餓死したことを言う。《剥》之《比》の条と参看すべきである。校記:「日」の字は汲古閣本が「旦」とし、ここでは宋元本による。「復」の字は宋元本が「后」とし、汲古閣本による。「餒」の字は元本が「餧」とし、宋本と汲古閣本による。
小畜。秦失嘉居,河伯為怪。還其銜璧,神怒不佑。織組無文,燒香不芬。通《豫》。兌西故曰秦。艮為居,震為嘉,坎失,故失嘉居。震為伯,坎為河、為怪,故曰河伯為怪。震為璧、為銜、為還、為神、為怒。按:《秦紀》使者從關東夜過華陰,有人持璧遮使者曰:為吾遺滈池君,今年祖龍死,因置其璧去,忽不見,始皇視之,乃二十八年過江所沈璧也,未幾,始皇果死,故曰還璧、曰不佑。坤為文、為帛,坎為伏,故組織無文。本卦巽為香、為芬,互離為燒,風散故不芬。
之卦は《小畜》である。林辞に言う:秦はその美しい居処を失い、河伯が怪異を興した。当年に江に沈めた玉璧を送り還してきて、神明は怒りてもはや保佑しない。織り出した絲帯には花紋がなく、香を焚いても芬芳でない。尚秉和の解説:《小畜》は《豫》と旁通する。兌は西に在るので秦という。艮は居を主り、震は嘉美を主り、坎は失を主るので嘉居を失うという。震は伯を主り、坎は河・怪異を主るので河伯が怪を為すという。震は璧・銜・還・神・怒を主る。按ずるに《史記・秦始皇本紀》に記す:使者が夜、関東より華陰を過ぎると、ある人が一枚の玉璧を持ちて使者を遮り、「滈池君に送ってくれ」と言い、また「今年祖龍が死すであろう」と言って、璧を置いて去り、瞬きの間に見えなくなった。始皇がその璧を見ると、まさに二十八年に江を渡る時に沈めたあの一つであった。まもなく始皇は果たして死んだ。だから璧を還すといい、佑しないという。坤は文采・帛を主り、坎は潜伏を主るので織り成した絲帯に花紋がない。本卦の巽は香・芬芳を主り、互い出る離は焼を主り、風が一吹きすれば散るので芬芳でない。
履。至德之君,禍不過鄰。使我世存,身無患災。乾為德、為君,離東為鄰,離亂兌毀,故曰禍不過鄰,言不及乾也。通《謙》。坤為我、為身、為世,坎為災患,震解故無災患。○至德,宋元本作德至,依汲古。
之卦は《履》である。林辞に言う:徳行の至極な君主は、禍事は隣接の地すら越えて来られない。我をして世世代代に長く存せしめ、自身に灾患がない。尚秉和の解説:乾は徳・君を主り、離は東に在って邻を主り、離は乱を主り兌は毀を主るので禍は隣を過ぎないという——意は禍が乾に及ばないということ。《履》は《謙》と旁通する。坤は我・身・世代を主り、坎は灾患を主り、震は解散を主るので灾患がない。校記:「至徳」は宋元本が「徳至」とし、ここでは汲古閣本による。
泰。眾惡之堂,相聚為殃。幽毒良人,使道不通。坤為眾、為惡,伏艮為堂,故曰眾惡之堂。坤為聚、為殃、為幽毒,震為人,乾為善,故曰良人。乾在下故曰幽毒良人。乾為道,坤閉,故道不通。○幽,宋元本作出,依汲古。
之卦は《泰》である。林辞に言う:群悪の聚集する堂廳は、一ヶ所に湊れば禍殃を成す。善良の人を幽禁・毒害して、道路を通ぜしめない。尚秉和の解説:坤は衆・悪を主り、伏艮は堂を主るので衆悪の堂という。坤は聚・殃・幽禁・毒害を主り、震は人を主り、乾は善を主るので良人という。乾は下体に居るので良人を幽毒するという。乾は道を主り、坤は閉塞を主るので道路が通じない。校記:「幽」の字は宋元本が「出」とし、ここでは汲古閣本による。
否。三痴六狂,欲之平鄉。迷惑失道,不知昏明。通《泰》。坤為痴,震數三,故曰三痴。震為狂,乾數六,故曰六狂。震為之,坤為平鄉、為迷惑,乾為道,迷惑故失道。坤為昏,震旦為明。
之卦は《否》である。林辞に言う:三人の痴人・六人の狂徒が、平郷に往かんとする。一路に迷惑して道路を失い、天の暮れ明けすら分け辨えない。尚秉和の解説:《否》は《泰》と旁通する。坤は痴を主り、震の数は三なので三痴といい、震は狂を主り、乾の数は六なので六狂という。震は往を主り、坤は平郷・迷惑を主り、乾は道を主る。すでに迷惑したので道を失う。坤は昏を主り、震は天明を主るので明を主る。
同人。老弱無子,不能自理。郭氏雖憂,終不離咎。管子治國,侯伯來服。乘輿八百,尊祀祖德。通《師》。乾老坤弱,震子坤喪,故無子。坤為自、為理,柔弱故不能自理。坤為郭,坎為憂咎,郭為齊滅,故曰終不離咎。震為竹、為管子,坤為國,震為侯伯,坤順為服,坤為乘輿,卦數八,故曰乘輿八百。乾為祖、為德、為尊,坎為祀也。○此林前四句與後四句吉凶不同意,亦不屬,顯為兩林,非盡焦氏。
之卦は《同人》である。林辞に言う:年老いて体は弱くかつ子がなく、みずから料理することができない。郭氏は憂えるといえども、ついに灾咎を脱することができない。管仲が国家を治理すると、諸侯・方伯はみな来り帰服した。車駕は八百乘に多く達し、尊崇して祖先の功徳を祭祀した。尚秉和の解説:《同人》は《師》と旁通する。乾は老を主り、坤は弱を主る。震は子を主り、坤は喪を主るので子がない。坤は自・理を主り、性質は柔弱なので自ら理することができない。坤は郭を主り、坎は憂・咎を主る。郭国は後に斉に滅ぼされたのでついに咎を離れないという。震は竹を主るので管子を主り、坤は国を主り、震は侯伯を主り、坤は順を主るので服を主る。坤は乗輿を主り、卦数は八なので乗輿八百という。乾は祖・徳・尊を主り、坎は祭祀を主る。校記:この条の林辞の前四句と後四句とは吉凶が同じでなく、語意も連属しない。顕かに二条の林辞が誤って一ヶ所に併されたのであって、すべて焦氏の原文ではない。
大有。褒後生蛇,經老日微。退跌衰耄,酒滅黃離。通《比》。坤為後,昔周人發龍化為玄黿,後宮童女遭之而孕,生褒姒。玄黿,蜥蜴也,亦非蛇,且卦無蛇象,而各本皆作蛇,元如何也。坤帛為經,坎為跌,乾為衰老,坎為酒,離為黃,於卦句雖偶合而語皆難解,疑訛字仍多。
之卦は《大有》である。林辞に言う:褒后は蛇を生み、久遠を経て日に日に衰微した。退落・跌倒して衰朽・年邁し、酒が黄離の光明を熄滅させた。尚秉和の解説:《大有》は《比》と旁通する。坤は后を主る。むかし周人が蔵しておいた龍漦を開くと、玄黿と化して、後宮の童女がそれに触れて懐孕し、褒姒を生んだ。玄黿は即ち蜥蜴で蛇ではない。まして卦中に蛇の象はないのに、各本は皆「蛇」と作す。実にどう講ずべきか知らない。坤は帛を主るので經を主り、坎は跌を主り、乾は衰老を主り、坎は酒を主り、離は黄を主る。これら数句は卦象には偶々相合するところがあるが、語意は皆通じ難く、訛字がなお多いのではと疑う。
謙。驄黑,東歸高鄉。白虎推輪,蒼龍把衡。遂至夷傷,不離咎殃。解詳《遯》之《震》。○,汲古作鬣,高作南,均依宋元本。遂,元本作逐,非,依宋本、汲古。
之卦は《謙》である。林辞に言う:青白の雑毛の驄馬・烏黒の鬃鬣は、東に向かって高高郷に帰る。白虎が車輪を推し、蒼龍が車の衡を把る。ついに損傷に遭い、灾咎・禍殃を脱することができない。この条の前半は《遯》之《震》の林辞と同じで、底本も同じく「驄」の下と「黑」の下とに各々一字を奪る。尚秉和の解説:説明は詳しく《遯》之《震》の条に見える。校記:脱したあの字は汲古閣本が「鬣」とし、「高」の字は汲古閣本が「南」とし、いずれも宋元本による。「遂」の字は元本が「逐」とし、正しくない。宋本と汲古閣本による。
豫。信譎龍且,塞水上流。半渡決囊,楚師覆亡。坎為信,正反兩震言相背,故曰譎。震為龍,故曰信譎龍且。艮為防、為塞,卦本坤體,亦為水,陽在坤上,故曰塞水上流。坤為囊,艮手為決,震為渡,陽居中,故曰半渡。震木為楚,坤為師,坤喪故覆亡。《史記》:"韓信與項羽將龍且,戰於濰水,令萬餘人囊沙壅水上流,引軍半渡,佯不勝,走還,龍且追信。信令人決壅水大至,且軍大半不得渡,信急擊殺龍且"。○淓,宋元本作涉,亡作凶,均依汲古。
之卦は《豫》である。林辞に言う:韓信は譎詐の術をもって竜且に対し、上流で河水を堰き止めた。敵軍が半ば渡った時に沙嚢を決き開き水を放って、楚軍はここに覆没した。尚秉和の解説:坎は信を主り、一正一倒の二つの震の言が互いに相背するので譎詐という。震は龍を主るので信が竜且に譎るという。艮は堤防・堵塞を主る。本卦はもと坤体で坤もまた水を主り、陽爻は坤の上に居るので水の上流を塞ぐという。坤は嚢袋を主り、艮は手を主るので決開を主り、震は渡を主る。陽爻は中に居るので半渡という。震は木を主るので楚を主り、坤は師を主り、坤は喪を主るので覆亡する。《史記》に記す:韓信と項羽の部将竜且とが濰水に交戦し、一万余人に命じて沙袋をもって上流を壅塞させ、軍を率いて半ば渡ると、偽って敗れて退き、竜且は便ち韓信を追撃した。韓信は令を下して壅塞を決き開かせると、大水が激しく流れ下り、竜且の部隊は大半が河を渡ることができず、韓信は急撃して竜且を殺した。校記:「淓」の字は宋元本が「涉」とし、「亡」は「凶」とし、いずれも汲古閣本による——「淓」は「渡」の字の訛であろう。
隨。有莘季女,為王妃后。貴夫壽子,母字四海。莘,草也。震象,兌為季女,大禹母有莘氏也。震為王,兌為妃,故曰為王妃后。震夫艮貴,故曰貴夫,艮壽震子,故曰壽子。兌澤故曰海。震卦數四,故曰四海,巽為母。○字,汲古作尊,依宋元本。
之卦は《随》である。林辞に言う:有莘氏の小女は、君王の妃后となった。夫は尊貴で子は長寿で、母儀の養育は四海に及ぶ。尚秉和の解説:「莘」は草の名で、震の象を取る。兌は少女を主る。大禹の母は即ち有莘氏の女である。震は王を主り、兌は妃を主るので王の妃后となるという。震は夫を主り、艮は貴を主るので夫が貴いといい、艮は寿を主り、震は子を主るので子が寿いという。兌は沢を主るので海といい、震の卦数は四なので四海という。巽は母を主る。「字」はここでは養育の意である。校記:「字」の字は汲古閣本が「尊」とし、ここでは宋元本による。
蠱。德被八表,蠻夷率服。蝥賊不作,道無苛慝。震為德,艮為表,數八,故曰德被八表。互大坎為蠻夷,巽順,故曰率服。巽為蝥賊、為苛慝,艮為道,艮在上,故無苛慝。
之卦は《蠱》である。林辞に言う:徳沢は八方の表外に及び、蠻夷はみな相率いて帰服する。蝥賊の類の害虫はもはや興らず、道路上に苛政と奸悪とがない。尚秉和の解説:震は徳を主り、艮は表を主り、その数は八なので徳が八表に被るという。卦中に互い出る大坎は蠻夷を主り、巽は柔順を主るので率服という。巽は蝥賊・苛慝を主り、艮は道を主る。艮は上に居るので苛慝がない。「蝥賊」はもと禾苗を囓食する害虫を指し、引き延ばして民を害する人を指す。
臨。載日精光,驂駕六龍。祿命徹天,封為燕王。伏乾為日、為精光,坤為載,乾為龍,數六,乾行故曰驂駕六龍。乾為天、為祿,伏巽為命,故曰祿命徹天。震為王,兌為燕,故曰燕王。巽為誥命,故曰封。
《大壮》が《臨》に変ずる——このように本卦より変じ出た卦を、書中では「之卦」と称する。林辞に言う:車に太陽の精華・光輝を載せて、六条の龍が並び駕して車を引く。福祿の命数はまっすぐ上天に達し、封を受けて燕王となる。顕赫の極みたる大吉の象である。尚秉和の解説:《臨》は下兌上坤で、坤の「伏象」(一卦の六爻の陰陽を全部翻転させて得た卦、坤を翻転すれば即ち乾を成す)は乾で、乾は日・精光を主る。坤は承載の義があるので「載日精光」という。乾は龍を主り、乾の成数は六で、乾はまた剛健に運行することを主るので「驂駕六龍」という。乾は天・祿を主り、坤の下に伏する巽は命を主り、合わせれば即ち「祿命徹天」である。《臨》の二三四爻の互体は震で、震は王を主る。兌は燕の象を取るので「燕王」という。巽はまた帝王の頒く誥命の文書なので、「封」の一字を言う。
觀。纓急縮頸,行不得前。五石示象,襄霸不成。巽為繩、為纓,巽躁故急,巽退故縮。艮為頸,言纓急項不得伸也。震為行,震覆故行不前,乾為前也。艮為石,巽卦數五,故曰五石。艮為象,故曰五石示象。伏乾為君,故曰襄。震為霸,震覆故曰襄霸不成。《左傳僖十四年》:"隕石於宋五。"後宋襄圖霸不成而死,以隕石為不祥。石,星石也。○不,元本作弗,非,依宋本、汲古。
《大壮》が《観》に変ずる。林辞に言う:帽帯を締めすぎて、首は縮んで伸ばし直すことができず、前に往かんとしても歩を挪かすことができない。天上より五つの隕石が墜ちて兆を示すが、宋襄公の争覇はついに成らなかった。行いが阻まれ、図謀が空しくなる凶の象である。尚秉和の解説:《観》は下坤上巽で、巽は繩索を主り、引き延ばして帽を繋ぐ纓帯を主る。巽の性は躁急なので「急」といい、巽にはまた退縮の義があるので「縮」という。互体の艮は頸項を主り、合わせれば即ち帽帯が締まって頸項が伸展びないである。震は行走を主り、ここで震は「覆象」(卦体を上下に倒転させて見て得る象)を取る。震が一たび倒転すれば歩めなくなり、乾のみ前へ行くことを主るので「行不得前」という。艮は石を主り、巽の卦数は五なので「五石」といい、艮にはまた徴象を示す義があるので「五石示象」という。坤の伏する乾は君を主り、宋襄公を指す。震は霸主を主り、震はすでに倒転しているので覇業は自ずから成らず、「襄覇不成」という。典故は《左伝・僖公十四年》に出て、五つの隕石が宋国の境内に墜落したと記す。後に宋襄公が覇業を図って成らず身を死したので、当時の人はこの隕石を不祥の兆と見做した。ここの「石」は墜落した星石を指す。校記:「不」の字は元刻本が「弗」とし、妥ならず。ここでは宋刻本と汲古閣本により「不」とする。
噬嗑。蛇失其公,戴麻當喪。哀悲哭泣,送死離鄉。通《井》。巽為蛇,震為公,坎失,故曰蛇失其公。巽為麻,艮為戴,兌折為喪,故曰戴麻當喪。卦正反兌口,故曰哀悲哭泣。坎為死,艮為鄉。○蛇失其公,汲古作蛇鄉其穴,非,依宋元本。
《大壮》が《噬嗑》に変ずる。林辞に言う:母蛇はその雄の伴を失い、頭に麻布を戴いてまさに喪事を行い、いちめんの哀しみに哭泣して、送葬の人は家郷を遠く離れた。喪亡・離散の大凶の象である。尚秉和の解説:《噬嗑》は《井》と「旁通」(両卦の六爻の陰陽が完全に相反して、互いに象を借り得ること)するので、《井》の巽を取って蛇とする。《噬嗑》の下卦の震は公を主り、雄を指す。旁通して得た坎は喪失の義があるので「蛇失其公」という。巽はまた麻を主り、艮は戴を主り、頭に物を頂くことを指す。兌は毁折を主り、喪事を主るので「戴麻当喪」という。全卦は正看・倒看ともに兌を含み、兌は口を主り、衆口が斉声に鳴すので「哀悲哭泣」という。坎は死亡を主り、艮は郷里を主り、合して「送死離郷」を成す。校記:「蛇失其公」の一句は汲古閣本が「蛇鄉其穴」とし、妥ならず。ここでは宋刻本・元刻本による。
賁。回隤不安,兵革為患。掠我妻子,客屢飢寒。中爻震為馬,回隤病也。《詩》:"我馬虺隤"是也。艮為兵革,坎為患,艮手為掠,離妻震子,故曰掠我妻子。震客離飢,坎寒虺隤,《說文》又作隤,蓋傳寫異文不得,以與詩異,即定回為訛字。○回隤,汲古作四隤,依宋元本。屢,宋元本作屬,依汲古。
《大壮》が《賁》に変ずる。林辞に言う:馬は病んで脚が軟らぎ行き難く、人心は惶々として安らかでない。兵器・甲冑が禍患を齎らし、妻子・児女は人に擄掠されて、他郷に客居して度々に飢え凍える。兵乱・破家の凶の象である。尚秉和の解説:《賁》は下離上艮で、三四五爻の「互体」(一卦の中より二三四爻・三四五爻がそれぞれ組成する経卦、また中爻という)は震で、震は馬を主る。「回隤」は馬が病んで脚の軟らぐさまで、《詩経・周南・巻耳》は「我馬虺隤」と言うが、まさにこの意である。上卦の艮は兵革を主り、坎は禍患を主り、艮は手を主り、手は掠奪し得る。下卦の離は妻を主り、互震は子を主るので「掠我妻子」という。震は客旅を主り、離は空虚を主りて飢え、坎は寒冷を主る。「虺隤」の二字は《説文解字》ではまた「隤」と作す。これは伝写の中に残った異文で、それが《詩経》の用字と違うからとて、「回」が誤り書きの字だと断定してはならない。校記:「回隤」は汲古閣本が「四隤」とし、ここでは宋刻本・元刻本による。「屢」は宋元本が「屬」とし、ここでは汲古閣本による。
剝。乘風駕雨,與飛鳥俱。一舉千里,見吾愛母。坤為風,伏兌為雨,艮為鳥、為飛,乾卦數一,艮為舉,坤為里,故曰一舉千里。坤為吾、為母,伏兌為見。○駕雨,宋本作雨橋,元本、汲古作禹,依《明夷》之《鼎》校。
《大壮》が《剥》に変ずる。林辞に言う:長風に乗り驟雨に駕して、飛鳥とともに上路し、一挙に千里を飛び出して、我が思い慕う母に見えた。遠行が順遂で、骨肉が再び逢う吉の象である。尚秉和の解説:《剥》は下坤上艮で、坤は風を主る。艮の伏象は兌で、兌は沢を主るので雨を主る。艮は鳥・飛を主る。乾の卦数は一で、艮は挙動を主り、坤は里程を主るので「一挙千里」という。坤は我・母を主り、伏兌は見を主るので「見吾愛母」という。校記:「駕雨」は宋刻本が「雨橋」とし、元刻本と汲古閣本は「禹」とし、ここでは《明夷》之《鼎》の条が同じく「乗風駕雨」と作す文字によって校定する。
復。雷霆所擊,誅者五逆。劘滅無跡,有懼方息。震為雷霆,艮手為擊,坤殺故曰誅。乾順行,坤逆行,五陰故曰五逆。坤死故劘滅。坤虛故無跡。乾為惕、為懼。息者,生也,言乾陽從此漸息也。
《大壮》が《復》に変ずる。林辞に言う:雷霆が頭上に劈き落ちて、誅殺されたのは五人の悖逆の徒で、磨滅されて一点の痕跡も留めない。もとの驚懼はここに至ってやっと平息し、一陽が来復して、生機が重ねて滋長する。先に厲あって後に吉なる象である。尚秉和の解説:《復》は下震上坤で、震は雷霆を主り、艮は手を主り、手は撃つことができる。坤は粛殺を主るので「誅」という。乾は順行し坤は逆行し、《復》卦の初九以上の五爻はすべて陰爻なので「五逆」という。坤は死亡を主るので「劘滅」といい、坤の中は空虚なので「无迹」という。乾は警惕・畏懼を主る。末句の「息」は止息ではなくて生長である——《復》卦の初九は一陽が復生し、乾陽がここより始めて一点ずつ滋長して起こると言うのである。
無妄。張氏揖酒,請謁左右。平叔枯槁,獨不蒙所。震為張,艮手為揖,伏兌為酒,故曰張氏揖酒。艮為求、為請謁,震左兌右,故請謁左右。伏坤為平,艮為叔,離為枯槁,離虛,故獨不蒙所。關西方言致力於一事為所。《書無逸》:"君子所其無逸"、《召誥》"王敬作所"是也,言獨不致意於平叔也。按:《史記陳丞相世家》:"富人張負獨偉視平,歸謂其子仲曰:人固有美好如陳平而長貧賤者乎。乃以其孫女嫁之,並假以幣為內婦酒食之資",林用其事三四句,言平叔不能久枯槁也。○平叔,依宋元本,汲古作王時。
《大壮》が《无妄》に変ずる。林辞に言う:張家は酒を設えて客を宴し、拱手して左右の座上の人を一々に延請した。ただ形容・枯槁の陳平のみ、照応を得ることがなかった。尚秉和の解説:《无妄》は下震上乾で、震は「張」という姓氏の象を取り、艮は手を主り、手は揖ができる。乾の伏する兌は酒を主るので「張氏揖酒」という。艮は求・請謁を主り、震は左に在り兌は右に在るので「請謁左右」という。乾の伏する坤は平を主り、人名の「平」の字に借りる。艮は叔を主り、伏する離は枯槁を主る。離の中は空虚なので「独不蒙所」という。「所」は関西一帯の方言で、ある事の上に専意に力を用いることを「所」といい、《尚書・无逸》の「君子所其无逸」、《召誥》の「王敬作所」はみなこの用法である。この句はただ陳平に心を置くことをしなかったと言うのである。典故は《史記・陳丞相世家》に見える。富人の張負がただ陳平を看重して、家に帰って息子の張仲に言うには、世にどうして陳平のように儀表・堂堂たるに長く貧賤たる者があろうか、と。ここにおいて孫娘を彼に嫁がせ、また金銭を貸して、新婦を迎え酒食を費やす費用に充てた。林辞の後の二句が用いるのはまさにこの事で、意は陳平が長く困頓して終わることはないというのである。校記:「平叔」は宋刻本・元刻本による。汲古閣本は「王時」とする。
大畜。坐爭立訟,紛紛匈匈。卒成禍亂,災及家公。艮為坐,震為立,三至上正反兩震言相對,故有爭訟之象而紛紛匈匈也。離為禍亂、為災,艮為家,乾父為公。
《大壮》が《大畜》に変ずる。林辞に言う:坐っても争い起きても訟えて、沸々として揚がる。ついに禍乱を醸成して、灾殃は一家の主に波及した。家門に争闘があって禍を招く凶の象である。尚秉和の解説:《大畜》は下乾上艮で、艮は静止を主り坐を主り、互震は動を主り立を主る。三爻より上爻まで、正看・倒看は二つの震が互いに相対して、震は言語を主り、二震が相向すれば即ち争訟の象を成すので、紛紛として擾しく喧しくやまない。離は禍乱・灾害を主り、艮は家を主り、下卦の乾は父を主り、父は即ちここの「家公」である。
頤。霜降閉戶,蟄蟲隱處。不見日月,與死為伍。坤為門戶、為閉、為霜,故曰霜降閉戶。通《大過》。巽伏為蟄、為隱處、為蟲,艮為日,兌為月,巽伏故不見,坤為死也。
《大壮》が《頤》に変ずる。林辞に言う:霜降の時節に門を関し戸を閉ざして、蛰伏の虫豸はみな隠れ蔵れて、日月の光明を見ることができず、まさに死亡と伍を為すほどである。閉塞・晦暗の凶の象である。尚秉和の解説:《頤》は下震上艮で、中間の四爻は皆陰で坤体を成し、坤は門戸・関閉・霜を主るので「霜降閉戸」という。《頤》は《大過》と旁通する。《大過》の巽は潜伏して出ず、巽は虫・隠伏の所を主るので「蟄虫隠処」という。艮は日を主り、兌は月を主る。巽はすでに潜伏しているので日月が見えない。坤はまた死を主るので「与死為伍」という。
大過。鼠聚生怪,為我患悔。道絕不通,商旅失意。通《頤》。艮為鼠,震為生,坤為聚、為鬼怪、為患悔,坤為我,艮震皆為道路,坤閉故不通。震為商旅,坤喪故失意。《漢書五行志》:"昭帝元鳳元年,燕有黃鼠銜其尾舞王宮端門中。未幾。燕王誅死"。
《大壮》が《大過》に変ずる。林辞に言う:老鼠が一ヶ所に聚って怪異を鬧し、私に禍患・悔恨を招き寄せた。道路は断絶して通じず、行商の人は一路に失意である。妖異が先に現れ、行旅が阻まれる凶の象である。尚秉和の解説:《大過》は《頤》と旁通し、《頤》の象を取って講ずる。艮は鼠を主り、震は生を主る。《頤》の中に坤を互い、坤は聚集・鬼怪・患悔を主り、坤はまた我を主る。艮と震とはともに道路を主り、坤は閉塞を主るので路が通じない。震は商旅を主り、坤は喪失を主るので「失意」である。典故は《漢書・五行志》に見える。漢の昭帝・元鳳元年に、燕の地に黄鼠がみずからの尾を銜えて、王宮の端門の当中で起舞した。まもなく燕王の劉旦が謀逆により誅されて死んだ。これはまさに「鼠聚生怪」の応験である。
坎。寒暑不當,軌度失常。一前一後,年歲鮮有。坎為寒,伏離為暑,震為道,故曰軌度。艮為常,坎失故曰失常。艮為前,震為後、為年歲,離虛坎病,故年歲鮮有。
《大壮》が《坎》に変ずる。林辞に言う:寒暑が顛倒して節令に合わず、天行の軌度が常規を失った。節気は或る時は先んじ或る時は後れて、年成の収穫は少ないこと憐れむべきほど。歳が欠け民が飢える凶の象である。尚秉和の解説:《坎》は上下同体の「純卦」(同一の経卦を重畳して成る卦で、乾坤坎離震艮巽兌の八卦は各々一つずつある)。坎は寒を主り、坎の伏する離は暑を主る。震は道路を主り、引き延ばして運行の軌度を主る。艮は恒常を主り、坎は失を主るので「失常」という。艮は前を主り、震は後を主り、震はまた年歳を主る。離の中は空虚で坎は病陥を主るので年成が稀少である。
離。築室水上,危於一齒。丑寅不徙,辰巳有咎。通《坎》。中爻艮為室、為築,下坎,故曰築室水上。坎為危險。後天坎數一,故曰危於一齒。齒字恐訛,未詳其義。先天震居丑寅,後天艮居丑寅,故曰不徙。坎中爻也,先天兌居辰巳,後天巽居辰巳。離中爻也,澤風成大過,大過死故曰有咎。
《大壮》が《離》に変ずる。林辞に言う:水面の上に屋を蓋い築き、危険はただ一歯の間を差すのみ。丑寅の方位では兵を按じて動かさず、辰巳に至って災禍が出る。根基が牢ならぬ凶の象である。尚秉和の解説:《離》は《坎》と旁通する。中爻に互い艮が出て、艮は屋室・営造を主り、下に坎水に対しているので「築室水上」という。坎は危険を主り、後天の卦位で坎の数は一なので「危于一歯」という——「歯」の字は恐らく伝写の誤りで、いずれの義かはもはや考え得ない。先天の卦位は震が丑寅に居り、後天の卦位は艮が丑寅に居り、先後の二つの卦位がみなこの一ヶ所に落ちるので「不徙」という。これは坎の中爻について言うのである。先天の卦位は兌が辰巳に居り、後天の卦位は巽が辰巳に居り、これは離の中爻について言うのである。兌沢と巽風とが合すれば即ち《大過》を成し、《大過》は死卦なので「有咎」という。
咸。畜雞養狗,長息有儲。耕田得黍,主母喜舞。巽為雞,艮為狗,旁通《損》。震為長、為息,艮止故有儲。坤為田,震為耕、為黍,故耕田得黍。震為主、為喜、為舞,坤為母,故曰主母喜舞。○主,宋元本作王,依汲古。
《大壮》が《咸》に変ずる。林辞に言う:鶏を養い狗を飼い、牲畜は日に日に生息して、家中に積蓄ができた。田を耕して黍子を収穫して、主婦は歓喜して手舞い足蹈る。家道が興旺の吉の象である。尚秉和の解説:巽は鶏を主り、艮は狗を主る。《咸》は《損》と旁通し、《損》の震を借りて生長・滋息を主る。艮は静止を主り、存留し得るので「長息有儲」という。坤は田地を主り、震は耕作・黍を主るので「耕田得黍」である。震は主人・歓喜・舞蹈を主り、坤は母を主るので「主母喜舞」という。校記:「主」は宋刻本・元刻本が「王」とし、ここでは汲古閣本による。
恆。東壁餘光,數暗不明。主母嫉妬,亂我業事。震為東,伏艮為壁、為明,故曰餘光。兌昧故暗而不明。震為主,伏坤為母、為嫉妬,坤為事業、為我、為亂。○業事,汲古作事業,依宋元本,事詳《謙》之《屯》。
《大壮》が《恒》に変ずる。林辞に言う:東の壁に一点の残りの光が透かし入り、屢々として昏暗で明らかに照らさない。主母が心に嫉妬を懐き、我が家業を一団の乱れに攪き乱した。内閨に嫌隙が生じ、事業が損われる凶の象である。尚秉和の解説:《恒》は下巽上震で、震は東を主り、震の伏する艮は墻壁・光明を主るので「東壁余光」という。巽の伏する兌は幽昧で明らかでないので「暗而不明」である。震は主人を主り、震の伏する坤は母・嫉妬を主り、坤はまた事業・我・禍乱を主り、合して「主母嫉妬、乱我業事」を成す。校記:「業事」は汲古閣本が「事業」とし、ここでは宋刻本・元刻本による。この条の林辞の用いる本事は詳しく《謙》之《屯》の条に見える。
遯。剛柔相傷,火爛銷金。雕鷹制兔,伐楚有功。通《臨》。遯陰消陽,臨陽消陰,故曰剛柔相傷。乾金,艮為火,陰在下消陽,故曰火爛銷金。艮為黔喙、為雕鷹,震為兔、為楚、為伐,震樂,故伐楚有功。
《大壮》が《遯》に変ずる。林辞に言う:剛と柔とが互いに損傷し、烈火が金属を熔かし消した。雕鷹が野兎を擒え取り、兵を出して楚を伐って戦功を立てた。前の二句は凶で後の二句は吉、先に挫折し後に勝利を得る象である。尚秉和の解説:《遯》は《臨》と旁通する。《遯》は陰気が上進して陽剛を消蝕し、《臨》は陽気が上進して陰柔を消蝕する。両卦は一正一反なので「剛柔相傷」という。乾は金に属し、艮は火を主り、陰爻が下で陽爻を侵蝕するので「火爛銷金」という。艮は「黔喙之属」(尖嘴・黒喙の猛禽・猛獣)を主るので雕鷹の象を取る。《臨》の震は兎・楚地・征伐を主り、震は歓楽を主るので「伐楚有功」という。
晉。鄭國讒多,數被楚憂。征夫愁苦,民困無聊。坤為國、為平,故曰鄭國。鄭,町也,地多平町町然也。離上下兩兌口相背,故曰讒多。大壯震木為楚,坎為憂,震為征夫,坎為愁苦,坤為民,坎困故無聊。○征夫,宋元本作商人,依汲古。
《大壮》が《晋》に変ずる。林辞に言う:鄭国は讒言を進める人が多く、屢々楚国に侵される苦しみを受ける。出征の人は愁苦に堪えず、百姓は困頓して日々の依りどころがない。国が乱れ民が困る凶の象である。尚秉和の解説:《晋》は下坤上離で、坤は国・平を主り、それゆえ鄭国の象を取る——「鄭」とは即ち「町」で、あの一帯の地勢が平たく田町のごときを言う。上卦の離の上下に各々一つの兌を含み、兌は口を主り、二口が相背して言うので「讒多」という。本卦《大壮》の震は木に属し楚を主り、坎は憂患を主り、震は出征の人を主り、坎は愁苦を主り、坤は百姓を主り、坎は困陥を主るので「无聊」という。即ち依る所なしである。校記:「征夫」は宋刻本・元刻本が「商人」とし、ここでは汲古閣本による。
明夷。弓矢斯張,把彈弦折。丸發不至,道遇患害。坎為弓、為矢,震為張,坎為彈、為弦、為折,故曰把彈弦折。坎為丸,坎陷故不至。震為道,坎為患害。○斯,宋元本作其,依汲古。
《大壮》が《明夷》に変ずる。林辞に言う:弓と箭とはすでに張られたが、手に弾弓を握れば弦が断れた。弾丸は射出しても目標に届かず、半路で禍害に撞き遭う。力は及ばず中途で険に遇う凶の象である。尚秉和の解説:坎は弓・箭を主り、震は張開を主る。坎はまた弾弓・弓弦・折断を主るので「把弾弦折」という。坎は弾丸を主り、坎は陥落を主るので射ても届かない。震は道路を主り、坎は患害を主り、合して「道遇患害」を成す。校記:「斯」は宋刻本・元刻本が「其」とし、ここでは汲古閣本による。
家人。舉觴飲酒,未得至口。側弁醉酗,拔劍斫怒,武侯作悔。通《解》。坎為酒、為飲,震為觴、為舉、為口,震伏故未得至口。艮為弁,艮覆故曰側弁。離為惡人,故醉酗。坎為七、為劍,震為拔、為怒、為斫,故曰拔劍斫怒。震為武,坎為悔,故曰武侯作悔。按:《小雅》:"賓之初筵,賓既醉止,載號載呶",又曰"側弁之俄,屢舞傞傞",乃衛武公飲酒悔過之詩,故曰武公作悔。○弁,汲古作棄,依宋元本。斫,宋元本作相,依汲古。
《大壮》が《家人》に変ずる。林辞に言う:酒杯を挙げて飲まんとするが、酒はまだ口辺に送られてこない。帽子が一边に歪んで、酔いの後に酒狂を起こし、剣を抜いて怒気冲冲に乱れ斬る——衛の武公は事後にこの酒について深く自ら悔恨した。酒を縦して徳を失い、事後に追悔する象である。尚秉和の解説:《家人》は《解》と旁通する。坎は酒・飲を主り、震は酒杯・挙・口を主る。震が潜伏して見えないので酒が口に届かない。艮は弁を主る。即ち皮製の礼帽である。艮は覆象を取り、卦体が一たび倒れれば帽子が歪むので「側弁」という。離は凶悪の人を主るので酔いの後に撒潑する。坎は七・剣を主り、震は抜・怒・斫を主るので「抜剣斫怒」という。震は武を主り、坎は悔を主るので「武侯作悔」という。典故は《詩経・小雅・賓之初筵》に見える。賓客が剛に席に入った時はまだ規矩を弁えていたが、酔えた後は叫び鬧い、帽子を歪み斜なりに戴いて、度々舞い踊って已まない。これは衛の武公が飲酒して態を失した後に自ら責め悔いて作った詩なので、林辞は「武公作悔」という。校記:「弁」は汲古閣本が「棄」とし、ここでは宋刻本・元刻本による。「斫」は宋元本が「相」とし、ここでは汲古閣本による。
睽。蒼鷹群行,相得旅前。王孫申公,驚奪我雄。北天門開,神火飛災。如不敬信,事入塵埃。此用遇卦象。伏艮為鷹,震色青,故曰蒼。伏坤為群,震為行、為旅,旅者,侶也,言結為伴旅而前行也。震為王公,艮為孫、為明,故為申,故曰王孫申公。震為驚,艮手為奪,震為武、為雄,伏坤為北,艮為天門,震為開,故曰北天門開。震為神,艮為火、為災、為飛,故曰神火飛災。乾為信,坤為疑,艮為塵埃。○宋元本缺此林。
《大壮》が《睽》に変ずる。林辞に言う:蒼鷹が群れを成して飛び、互いに合して同伴を結んで前に行く。王孫の申公が驚きを受けて、我が雄鷹を奪い去った。北面の天門が大きく開き、神火が飛び墜ちて災を成す。もし敬畏・誠信の心を存さなければ、事は終に塵埃と化する。先に奪われ後に災あり、敬慎をもって自ら守るべき象である。尚秉和の解説:この条は「遇卦」(占筮に遇った本卦、ここでは即ち《大壮》)の象を用いる。伏する艮は鷹を主り、震の色は青なので「蒼鷹」という。伏坤は群を主り、震は行・旅を主る。「旅」とは即ち伴侶で、同伴を結んで一斉に前に行くことを言う。震は王公を主り、艮は孫・明を主り、「明」は引き延ばして「申」の字を得るので「王孫申公」という。震は驚を主り、艮は手を主り、手は奪い取ることができる。震は武・雄を主る。伏坤は北に在り、艮は天門を主り、震は開啓を主るので「北天門開」という。震は神を主り、艮は火・災・飛を主るので「神火飛災」という。乾は誠信を主り、坤は疑惑を主り、艮は塵埃を主る。校記:宋刻本・元刻本にはいずれもこの条の林辞がない。
蹇。穿屋相宜,利倍我北。循邪詭道,逃不可得。南北望邑,遂歸入室。艮屋,坎為穿,故曰穿屋。坎為北,巽利坤我,故曰利倍我北。坎為邪,艮為道,震往為逃,震覆故不得逃離。南坎北離,目為望,艮為邑,故曰南北望邑。坎為室,故曰入室。○屋,宋元本作空,依汲古。逃,汲古作迎,依宋元本。
《大壮》が《蹇》に変ずる。林辞に言う:屋の墻を穿ち鑿くもさして合宜で、北に往けば獲利は倍する。邪な路に順いて詭計を弄すれば、逃れんとするも逃れられない。南も北も城邑を張望して、最後はやはり自分の屋に帰る。利に趨って得るはあるも邪謀は逃れ難い象である。尚秉和の解説:《蹇》は下艮上坎で、艮は屋を主り、坎は穿鑿を主るので「穿屋」という。坎は北方に在り、巽は利を主り、坤は我を主るので「利倍我北」という。坎は邪を主り、艮は道路を主り、震は往くを主るので逃となる。震はすでに覆象を取っているので逃げ出せない。南方は坎の象を取り、北方は離の象を取り、目は観望を主り、艮は城邑を主るので「南北望邑」という。坎は室を主るので「入室」という。校記:「屋」は宋刻本・元刻本が「空」とし、ここでは汲古閣本による。「逃」は汲古閣本が「迎」とし、ここでは宋刻本・元刻本による。
解。壽如松喬,與日月俱。常安康樂,不罹禍憂。此用《大壯》象。伏艮為壽、為松喬,赤松子,王喬,皆古仙人名。艮日兌月,艮為常、為安,震為康樂,在外故不憂。
《大壮》が《解》に変ずる。林辞に言う:寿命は赤松子・王子喬のように長久で、日月とともに在る。長く安寧・康楽を保ち、禍患・憂愁に遭わない。全書の中に稀に見る極吉の辞である。尚秉和の解説:この条は本卦《大壮》の象を用いる。伏する艮は長寿を主り、松・喬を主る——赤松子と王子喬とはともに古代の仙人の名である。艮は日を主り、兌は月を主る。艮は恒常・安寧を主り、震は康楽を主る。震は外卦に居り、憂患が入らないので「不罹禍憂」という。
損。出門望東,伯仲不來。疾病為患,使母憂嘆。艮門、震出、震東,艮為觀,故曰望東。震為伯,艮止故不來。坤為疾病、為患、為憂、為母,震為嘆也。
《大壮》が《損》に変ずる。林辞に言う:門を出て東に向かって張望するが、兄と二哥とは終始帰ってこない。家の中に病み倒れて患となる者があり、母を憂愁させ嘆息せしめる。骨肉が睽隔し病と憂とが交加する凶の象である。尚秉和の解説:艮は門を主り、震は外出を主り、震はまた東方に在る。艮は觀看を主るので「望東」という。震は伯を主る。即ち長兄である。艮は停止を主るので「不来」である。坤は疾病・禍患・憂愁・母を主り、震は嘆息を主る。
益。太姒之孫,周文九子。咸遂受成,寵貴富有。坤為母后,故曰太姒。艮為孫,太姒者,文王之妃。詩"太姒嗣徽音"是也。《春秋傳》曰武王同母弟八人,是並武王為九子也。震為周,坤為文,震為子,數九,故曰九子。艮為成,坤為受,艮為寵貴,坤為富有,言太姒教誨諸子,成武王周公之德而富貴。○姒,汲古作姬,依宋元本。
《大壮》が《益》に変ずる。林辞に言う:太姒の出した子孫とは、即ち周の文王の九人の息子である。各々が徳業を成就して、尊寵・顕貴で、富足して余りがある。子孫が昌盛する大吉の象である。尚秉和の解説:坤は母后を主るので太姒の象を取る。艮は孫を主る。太姒は周の文王の正妃で、《詩経・大雅・思斉》は「太姒嗣徽音」と言い、讃えるのはまさに彼女である。《春秋》の伝文は周の武王に同母弟八人ありと言い、武王本人を連ねて九子を合する。震は周を主り、坤は文を主り、震は子を主り、震の数は九なので「九子」という。艮は成を主り、坤は受を主り、艮は寵貴を主り、坤は富有を主る。全条は太姒が諸子を教誨して、武王・周公のような徳行を成就せしめ、それにより富貴を享有したと言うのである。校記:「姒」は汲古閣本が「姬」とし、ここでは宋刻本・元刻本による。
夬。桃李華實,累累日息。長大成熟,甘美可食,為我利福。兌為反巽,巽木故曰桃李。兌為華,《大過九五》"枯楊生華"是也。乾為木果,故曰實,重乾故累累日息。乾為日、為長大、為美好,兌為食,乾為福,伏坤為成熟、為我、為利。○累累,宋元木作累累,依汲古。
《大壮》が《夬》に変ずる。林辞に言う:桃の樹・李の樹が花を開き果を結び、累々たる串が日に日に大きくなる。成熟するに及んで甘く美味しく、私に利益と福気とを齎らす。漸進して得成する吉の象である。尚秉和の解説:《夬》は下乾上兌で、兌は巽の反象、即ち巽卦を倒転して成る。巽は木に属するので桃李の象を取る。兌は花を主り、《大過》九五の爻辞の「枯楊生華」が用いるのはまさにこの象である。乾は樹上の果実を主るので「実」といい、卦中の乾体が重畳するので「累累日息」という。乾は日・長大・美好を主り、兌は食を主り、乾は福を主る。乾の伏する坤は成熟・我・利を主る。校記:「累累」は宋刻本・元刻本が「累累」とし(両本は字形が微かに異なり、今ではもはや分別し難い)、ここでは汲古閣本による。
姤。昬禮不明,男女失常。行露反言,出爭我訟。通《復》。坤為昬、為禮,故曰昬禮不明。乾男坤女,姤坤消乾,復乾消坤,故男女失常。震為行,坤為水、為露,《詩》"厭浥行露"是也。震為言、為反,故曰反言,又言又乾為言,巽為覆兌,兌言與上乾言相背,故曰爭訟。《行露》詩 "何以速我訟",用其事也。○昏,依元本,宋、汲古作婚。露反,依宋元本,汲古作路有,非。
《大壮》が《姤》に変ずる。林辞に言う:婚礼を執り行うが明々白々でなく、男女の道が常規を乱れた。《行露》の詩に写されたように顔を翻して前言を認めず、公堂に鬧い出して我と争訟する。婚姻が怨を結び、訟を興してやまない凶の象である。尚秉和の解説:《姤》は《復》と旁通する。坤は昏を主り(古人は黄昏に婚礼を行ったので「昬礼」は即ち婚礼)、礼を主るので「昬礼不明」という。乾は男を主り、坤は女を主る。《姤》は坤陰が下より乾陽を消蝕し、《復》は乾陽が下より坤陰を消蝕する。両卦の陰陽の消長はちょうど相反するので「男女失常」という。震は行を主り、坤は水・露を主り、《詩経・召南・行露》の「厭浥行露」はまさにこの象である。震は言・反を主るので「反言」といい、乾もまた言を主り、巽は兌の覆卦で、兌の言は上の乾の言と背道して馳せるので「争訟」を成す。《行露》の詩の中に「何以速我訟」の一句があり、林辞が用いるのはまさにこの女子が婚を拒み男家が訟を興した事である。校記:「昏」の字は元刻本による。宋刻本と汲古閣本は「婚」とする。「露反」は宋刻本・元刻本による。汲古閣本は「路有」とし、妥ならず。
萃。室穿敝漏,破桴殘缺。陰弗能完,瓦碎不全。艮為室,兌毀故穿,巽為敝漏,故曰室穿敝漏。伏震為桴,兌毀折故曰破桴、曰殘缺。坤為陰,兌折故弗完,故瓦碎不全。艮為瓦也。
《大壮》が《萃》に変ずる。林辞に言う:屋に洞が穿ち、破敗して雨が漏り、椽桴は折れ残缺し、陰を遮る檐宇すら保全できず、瓦片は砕けて片を成さない。家宅が傾頽する凶の象である。尚秉和の解説:艮は屋室を主り、兌は毁折を主るので洞を穿つ。巽は破敝・渗漏を主り、合して「室穿敝漏」を成す。伏する震は桴を主る。即ち梁に架かる短い椽である。兌はすでに毁折しているので「破桴」「残缺」という。坤は陰を主り、兌が折するので完好できず、それゆえ瓦が砕けて全からない。艮はまた瓦を主る。
升。數窮廓落,困於厯室。往登玉堂,與堯侑食。中爻兌數十,坤納癸,亦數十,故曰數窮,坤虛故廓落。伏艮為室、為時,故曰厯室,震為往、為登、為王,伏艮為堂,故往登玉堂。震為帝,故曰堯。兌為食,震為侑,故曰與堯侑食。○堯,汲古作老,依宋元本。
《大壮》が《升》に変ずる。林辞に言う:気数は尽頭に走り、四方を顧れば空っぽ寥落として、歴数を推算する屋の中に困された。ところが後に玉堂に登って、帝尭に陪ってともに進食した。先に困り後に達し、賤より貴に転ずる吉の象である。尚秉和の解説:中爻に互い兌が出て、兌の数は十である。坤は天干の癸を納し、癸もまた第十位に排され、数えて十に到れば頭に至るので「数窮」という。坤の中は空虚なので「廓落」である。伏する艮は屋室・時節を主り、合わせれば即ち歴法を推歩する室なので「暦室」という。震は往・登・王を主り、伏艮は堂を主るので「往登玉堂」である。震は帝を主るので尭を象に取る。兌は食を主り、震は侑(傍らに勧め食し相い陪する)を主るので「与尭侑食」という。校記:「尭」は汲古閣本が「老」とし、ここでは宋刻本・元刻本による。
困。道溼為坑,輪陷躓僵。南國作諱,使我多畏。伏震為道,下坎,故道溼,故為坑。坎為輪、為陷、為躓、為僵,離為南,伏艮為國,坎為諱,諱,避也,言南國禁忌多也。坎為畏,困正互兩坎,故多畏。○輪,依汲古,宋元本作輸。
《大壮》が《困》に変ずる。林辞に言う:道路は泥濘んで窪みを積成し、車輪は陥り込み人も絆れて僵卧する。南方の国は忌諱が繁多で、私をして処処に提心吊胆ならしめる。歩を挙げるも維艱な凶の象である。尚秉和の解説:伏する震は道路を主り、下卦は坎水なので路面は湿潤し窪みて水坑を成す。坎は車輪・陥落・絆跌・僵仆を主る。離は南方に在り、伏艮は国を主り、坎は諱を主る。「諱」とは即ち避忌で、南方の国は禁忌が多いと言う。坎はまた畏懼を主り、《困》卦の正体と互体とはともに坎を含むので「多畏」という。校記:「輪」は汲古閣本による。宋刻本・元刻本は「輸」とする。
井。鰥寡孤獨,福祿苦薄。入室無妻,武子悲哀。通《噬嗑》。艮為鰥,巽為寡,坎為孤獨,震為福祿,坎為薄,故曰福祿苦薄。坎為室,巽入,離為坎妻,坎失,故入室無妻。震為武人,井正覆皆兌口,故曰悲哀。《左傳襄二十五年》:"崔杼取棠姜,筮得入其宮不見其妻凶",困三繇詞,林用其事。○武,汲古訛我,依宋元本。
《大壮》が《井》に変ずる。林辞に言う:鰥夫・寡婦・孤児・独老は、福祿が薄いこと憐れむべきほど。屋に入っても妻子が見えず、武子はこのために悲哀する。配偶を喪い孤苦なる大凶の象である。尚秉和の解説:《井》は《噬嗑》と旁通する。艮は鰥を主り、巽は寡を主り、坎は孤独を主る。震は福祿を主り、坎は微薄を主るので「福祿苦薄」という。坎は室を主り、巽は入を主る。離はもともと坎と水火相配するもので、坎の配偶である。坎がすでにそれを失ったので「入室无妻」である。震は武人を主る。《井》卦は正看・倒看ともに兌口を成すので「悲哀」という。典故は《左伝・襄公二十五年》に見える。斉の崔杼が棠姜を娶らんとして、占筮して「入于其宮、不見其妻、凶」を得た——これは《困》卦九三の爻辞で、林辞が用いるのはまさにこの事である。校記:「武」は汲古閣本が誤って「我」とし、ここでは宋刻本・元刻本による。
革。舉袂覆目,不見日月。衣衾杖機,就其夜室。通《蒙》。震為袂、為舉,艮為目,《士喪禮》"幎目用緇,尺二寸"注:覆目者也,坎隱故覆目,故不見日月。艮日坎月也。坤為衣衾,震木為杖,艮為幾,故曰衣衾几杖。坎為夜室,古以坎有棺橔象,就夜室者言死也。首句似用吳王夫差幎目而死事。○袂,宋元本作被,依汲古。
《大壮》が《革》に変ずる。林辞に言う:衣袖を抬げて双眼を遮り、もはや日月を見ることができない。衣衾と杖几とを備えて、あの長夜の室に入って行く。これは死亡の象で、大凶である。尚秉和の解説:《革》は《蒙》と旁通する。震は衣袖・挙を主り、艮は目を主る。《儀礼・士喪礼》は「幎目用緇、尺二寸」と言い、鄭玄の注はこれが死者の面目を覆う黒巾だと講じる。坎は隠没を主るので目を覆い、それゆえ日月が見えない——艮は日を主り、坎は月を主る。坤は衣被を主り、震は木に属し杖を主る。艮は几案を主る。だから注文は「衣衾几杖」と作し、林辞の「杖機」と字序が略しく出入りがある。坎は長夜の室を主り、古人は坎に棺椁の象ありとした。所謂「就夜室」とは即ち死である。首句は呉王の夫差が臨死に巾をもって面を覆った故事を用いたようである。校記:「袂」は宋刻本・元刻本が「被」とし、ここでは汲古閣本による。
鼎。長尾踒跎,畫地為河。深不可涉,絕無以北,憫然憤息。通《屯》。艮為尾,巽為長,下互坤形長,故曰長尾,踒跎當為委佗。《詩》"委委佗佗"是也,所以形容長尾。坤為地、為河,艮手為畫,上坎水下坤水,故深不可涉。坎為北,兌折,故絕無以北。坎為憫、為憤、為太息。
《大壮》が《鼎》に変ずる。林辞に言う:長い尾が逶迤として拖曳し、地に一画すれば河を成す。水は深くて涉渡できず、北への路は徹底して断絶し、ただ悵然として憤懣に長嘆するほかない。前路が阻絶される凶の象である。尚秉和の解説:《鼎》は《屯》と旁通する。艮は尾を主り、巽は長を主る。下面に坤を互い、坤の形体は綿長なので「長尾」という。「踒跎」は「委佗」と作すべきで、《詩経・鄘風・君子偕老》の「委委佗佗」がまさにこの二字で、長い尾が逶迤として舒展するさまを形容するのに用いる。坤は地・河を主り、艮は手を主り、手は地を画くことができる。上に坎水・下に坤水があるので深くて涉渡できない。坎は北方に在り、兌は折断を主るので「絶无以北」という。坎はまた憐憫・憤懣・長嘆を主る。
震。晨風文翰,大舉就溫。昧過我邑,羿無所得。震旦為晨,伏巽為風,伏離為文,震為羽翰,故曰晨風文翰。《詩》"鬱彼晨風"《傳》:晨風,鸇也。《周書王會篇》:"蜀人以文翰,文翰若皋雞"。艮為鳥,亦艮象也。震舉離溫,艮為邑、為我,坎為昧,故曰昧過我邑,言夜過也。離為惡人,故曰羿。離虛故無所得。羿,后羿,善射,纂[當作簒]夏,後氏者也。
《大壮》が《震》に変ずる。林辞に言う:晨風の鳥と文翰の鳥とが高く飛び起きて、温暖の郷に奔り赴く。天色の昏いに乗じて我が城邑を掠め過ぎるので、善く射る后羿も獲る所がなかった。善く害を避け得る吉の象である。尚秉和の解説:震は東方・旦明を主るので晨を主り、伏する巽は風を主り、伏する離は文彩を主り、震は羽翼を主るので「晨風文翰」という。《詩経・秦風・晨風》に「鴥彼晨風」があり、毛伝は晨風は即ち鸇だと言う。一種の猛禽である。《逸周書・王会篇》は蜀人が文翰を進貢したと言い、文翰の様子は皋鶏に似る。艮は鳥を主る。これもまた艮の象である。震は挙起を主り、離は温暖を主る。艮は邑・我を主り、坎は昏昧を主るので「昧過我邑」という。夜に乗じて飛び過ぎることを言う。離は凶悪の人を主るので后羿を象に取る。離の中は空虚なので「无所得」である。后羿は射に善くして夏朝の政を簒奪した。即ち有窮氏の君である(注中の角括弧は「纂」の字は「簒」と作すべきと言うのである)。
艮。出入節時,南北無憂。行者亟至,在外來歸。中爻震出坎入,艮為時、為節,震為南,坎為北、為憂,震樂故無憂。震為行、為亟,震反,故來歸。○來歸,宋元本作歸來,依汲古。
《大壮》が《艮》に変ずる。林辞に言う:門を出るも門に入るも時節に合し、南に来るも北に往くも憂患がない。路を趨る人は速やかに抵達し、外に出た者も皆家に帰った。行旅が安らかを得る吉の象である。尚秉和の解説:中爻に互い震は出を主り、互い坎は入を主る。艮は時・節度を主る。震は南に在り、坎は北に在り、坎はまた憂を主る。震は歓楽を主るので「无憂」である。震は行走・急速を主る。震が一たび反転すれば即ち帰来なので「来帰」という。校記:「来帰」は宋刻本・元刻本が「帰来」とし、ここでは汲古閣本による。
漸。陽氏狂惑,季孫亂憒。陪臣執政,平子拘折,我心不快。互離為陽,伏震為狂,謂陽虎也。坎為惑,艮為季、為孫,離亂坎憒,故曰季氏亂憒,謂平子也。艮為臣僕,艮手為執,巽為政令,故曰陪臣執政。坎為平,震為子,坎為拘折,言平子被囚也。坎為心、為憂,艮為我,故曰我心不快。按:《左傳》"陽虎為季氏陪臣,專政作亂,囚季平子,欲殺之,遇救免"。
《大壮》が《漸》に変ずる。林辞に言う:陽氏は猖狂・昏惑し、季孫氏はいちめんの混乱である。家臣の家臣が国政を把持して、季平子は囚禁・折辱され、我が心は快くない。綱紀が倒置する凶の象である。尚秉和の解説:互体の離は陽を主り、姓氏の「陽」に借りる。伏する震は狂を主り、陽虎を指す。坎は迷惑を主り、艮は季・孫を主る。離は乱を主り、坎は昏憒を主るので「季氏乱憒」という。季平子を指す。艮は臣仆を主り、艮は手を主り、手は執持し得、巽は政令を主るので「陪臣執政」という。坎は平を主り、震は子を主り、坎はまた拘囚・折辱を主り、平子の囚われたを言う。坎は心・憂を主り、艮は我を主るので「我心不快」という。典故は《左伝》に見える。陽虎はもともと季氏の家臣で、国君に対しては即ち「陪臣」であるが、彼は政柄を専擅し兵を興して乱を為し、季平子を囚禁して殺さんと欲し、季平子は救いに遇ってやっと身を脱した。
歸妹。五烏六鴟,相對蹲跂。禮讓不興,虞芮爭訟。伏艮為烏、為鴟,坎數五,又卦數六,故曰五烏六鴟。震為立,故曰蹲跂。震決躁,兌附決,故禮讓不興。坎為憂虞,震為草莽,故曰虞芮。卦上震下兌,而震言與兌言相背,故曰爭訟。昔虞芮二國爭田不決,欲訟於西伯,及入周界耕,皆讓畔,乃慚而還。首句義未詳,八烏,星名。
《大壮》が《帰妹》に変ずる。林辞に言う:五羽の烏・六羽の鴟鴞が、面を対して蹲踞して相い持つ。礼譲の風が興り立たず、虞・芮の両国は田界のために官司を打った。争競して和を失う凶の象である。尚秉和の解説:伏する艮は烏・鴟を主り、坎の数は五、卦数は六なので「五烏六鴟」という。震は站立を主るので「蹲跂」という。震の性は決断で躁動し、兌は附麗を主りて決裂するので、礼譲が興り立たない。坎は憂虞を主り、「虞」の字を取る。震は草莽を主り、「芮」の字を取る。合して「虞芮」を成す。卦は上震下兌で、震の言と兌の言とが互いに相背するので「争訟」という。典故:むかし虞・芮の両国が田界を争って決着がつかず、西伯(周の文王)に裁断を請おうとした。剛に周の地界に入ると、耕す者が田の畔を互いに譲り合うのを見て、両国の人は慚愧して帰った。首句の確切な取義は不明で、「八烏」は星の名である。
豐。顧念所生,隔在東平。遭離滿沸,河川決潰。幸得無恙,復歸相室。離目為顧,伏坎為念,震為生,坎為隔,震東坎平,故曰東平。互大坎為滿沸、為河川、為潰決、為病恙,震出故得無恙。坎為室,震為歸。○顧,汲古作願,依宋元本,此有故事,未能確指。末句汲古作復生歸室,依宋元本。
《大壮》が《豊》に変ずる。林辞に言う:己を生み養う親を牽掛けるが、人は東平に隔てられている。途中で大水の暴漲に遭い、河川は口を決き堤を潰した。幸いに平安無事で、ついに宰輔の室に帰った。険を歴て後に安を得る象である。尚秉和の解説:離は目を主るので「顧」となる。伏する坎は思念を主る。震は生を主り、己を生み養う父母を指す。坎は阻隔を主る。震は東に在り、坎は平を主るので「東平」という。二爻より五爻までが一つの大坎を合成し、坎は水の満ち沸き湧くこと・河川・潰決・病患を主る。震は出を主るので无恙であり得る。坎は室を主り、震は帰を主る。校記:「顧」は汲古閣本が「願」とし、ここでは宋刻本・元刻本による。この条の林辞には具体的な故事があるべきだが、もはや確かに指し得ない。末句は汲古閣本が「復生帰室」とし、ここでは宋刻本・元刻本による。
旅。追獵東走,兔逃我後。吾銳不利,獨空無有。通《節》。震為追獵、為東走、為兔、為後,坎為棘,故為銳。巽為利,坎蹇,故不利。離虛故空無有,坎為獨也。
《大壮》が《旅》に変ずる。林辞に言う:東に向かって追い囲り猟するが、兎子は我が背後より溜め去った。我が兵刃は鋭くなく、孤々たり両手は空しく落ち着いた。労して功なき凶の象である。尚秉和の解説:《旅》は《節》と旁通する。震は追猟・東走・兎・後を主る。坎は荆棘を主るので「鋭」(尖り刺す)の象を取る。巽は利を主り、坎は蹇滞を主るので利でない。離の中は空虚なので「空无有」で、坎はまた孤独を主る。
巽。犬吠非主,上下膠擾。敵人襲戰,閔王逃走。伏艮為犬,震為鳴、為吠、為主,震伏,故曰非主。艮為上,震為下,坎為膏,為膠,離亂,故曰上下膠擾。震為人、為戰,三至上正反震艮相對,故曰敵人襲戰。坎為閔,震為王、為走,故曰閔王逃走。《戰國策》:"樂毅伐齊,至濟西,閔王走莒"是也。○膠,依宋元本,汲古作渾。
《大壮》が《巽》に変ずる。林辞に言う:狗が主人ならぬ人に対して狂い吠え、上下は膠着・擾攘する。敵軍が突然襲い来たりて、斉の閔王は国を棄てて逃げた。国破れ君亡ぶ大凶の象である。尚秉和の解説:伏する艮は犬を主り、震は鳴・吠・主を主る。震はすでに潜伏しているので「非主」という。艮は上に在り、震は下に在る。坎は膏・膠を主り、離は紛乱を主るので「上下膠擾」という。震は人・戦を主る。三爻より上爻まで、正看・倒看は震と艮とが相対するので「敵人襲戦」という。坎は閔を主り、震は王・奔走を主るので「閔王逃走」という。典故は《戦国策》に見える。燕の将楽毅が斉を伐ち、済水の西に進軍すると、斉の閔王は莒城に逃げ奔った。校記:「膠」は宋刻本・元刻本による。汲古閣本は「渾」とする。
兌。嵩高岱宗,峻直且神。觸石膚寸,千里蒙恩。通《艮》。艮為山,互坎為中,故曰嵩高。互震為東,故曰岱宗。艮為高峻,震為神、為觸,艮為石、為膚,故曰觸石膚寸。震為千里,坎為恩澤,故曰千里蒙恩。《公羊傳》:"觸石而出,膚寸而合,不崇朝而雨遍天下者,惟泰山之云耳"。注:側手為扶,覆手為寸。膚寸皆艮象。
《大壮》が《兌》に変ずる。林辞に言う:嵩山は高く聳え、泰山は尊崇され、険峻・挺直にして神霊がある。雲気は石に触れて出で、一寸一寸に聚合して、千里の内はみな雨沢の恩を蒙る。徳沢の広く被る大吉の象である。尚秉和の解説:《兌》は《艮》と旁通する。艮は山を主り、互坎は中に居り、中岳は即ち嵩山なので「嵩高」といい、互震は東に在り、東岳は即ち泰山なので「岱宗」という。艮は高峻を主り、震は神・触碰を主り、艮は石・膚を主るので「触石膚寸」という。震は千里を主り、坎は恩沢を主るので「千里蒙恩」という。典故は《公羊伝》に見える。雲気が山石に触れて湧き出で、一寸ずつに会合して、一早晨を費やさずして雨を天下に遍く降らす——泰山の雲のみ能くこのごとし、と。何休の注は掌を側らせ起こすを「扶」といい、掌を覆し下すを「寸」というと言う。「膚」「寸」はいずれも艮の手を主る象を取る。
渙。陳魚觀社,佷荒踰矩。為民開緒,亡其祖考。巽為魚,震為陳,艮為社、為觀,《春秋隱公五年》"公如棠陳魚而觀之",又《莊二十三年》"如齊,公觀社,非禮也",故曰佷荒踰矩,言荒淫踰越規矩也。坎為曲、為矩、為民,巽為緒,艮為壽,故曰祖考。坎失故亡其祖考。佷,音恆,有驕痴二義。《後漢蔡邕傳》"董卓自佷用"是也。○第二句汲古訛狼虎踰距,依宋元本。
《大壮》が《渙》に変ずる。林辞に言う:漁具を陳設して魚を捕るを観、祭社を観に往き、驕縦・荒唐して法度を越え出た。百姓に悪しき端を開き、祖宗の祭祀すらも失った。君がその徳を失う凶の象である。尚秉和の解説:巽は魚を主り、震は陳列を主り、艮は社・觀看を主る。《春秋》隠公五年は魯の隠公が棠の地に至り漁具を陳設して魚を捕るを観たと記し、荘公二十三年は魯の荘公が斉に至り祭社を観たと記す。史家は皆これを非礼と評すので「佷荒踰矩」という。即ち荒淫・放縦にして規矩を越えることである。坎は曲・矩・民を主り、巽は端緒を主り、艮は寿考を主るので「祖考」の象を取る。坎は失を主るので「亡其祖考」という。「佷」は恒と読み、驕横と痴頑との二義を兼ねる。《後漢書・蔡邕伝》は董卓が「自佷用」したと言い、即ち剛愎・自用のことで、この字を用いる。校記:第二句は汲古閣本が誤って「狼虎踰距」とし、ここでは宋刻本・元刻本による。
節。四壁無戶,三步一止。東西南北,利不可得。艮為壁,震卦數四,故曰四壁。坤為戶,坎塞坤故無戶。震為步,數三,故曰三步。艮止,坎數一,故曰一止。震東兌西,震南坎北,巽為利,巽覆,故利不可得。
《大壮》が《節》に変ずる。林辞に言う:四面はみな墻壁で、出入りの門すらない。三歩を歩けば一たび停まらねばならない。東西南北の四方に奔走して、好い所は一様に捞えない。処処に限られる凶の象である。尚秉和の解説:艮は墻壁を主り、震の卦数は四なので「四壁」という。坤は門戸を主り、坎が坤を堵塞するので「无戸」である。震は歩を主り、震の数は三なので「三步」といい、艮は停止を主り、坎の数は一なので「一止」という。震は東に在り兌は西に在り、震は南に在り坎は北に在り、四方は斉備する。巽は利を主るが、ここでは巽は覆象を取るので「利不可得」である。
中孚。求君衣裳,情不可當。觸諱西行,為伯生殃。君之上歡,得其安存。震為君,艮為求,震為衣裳、為健,故不可當。震為觸、為行,巽伏故曰諱。諱,避也。兌為西,故曰觸諱西行。震為伯、為生,兌折故生殃。震為君、為歡,艮為安,《春秋》:"蔡昭侯如楚,有善裘,子常欲之,弗與,留楚三年,後蔡人聞之,固請獻之,遂得歸"。○上歡,汲古作上安,依宋元本。
《大壮》が《中孚》に変ずる。林辞に言う:国君に衣裘を索取するが、その貪求の情は挡うも挡えない。忌諱に触犯して西に往き、蔡侯に禍殃を招き寄せた。後に国君が怒を転じて喜となして、ようやく平安に身を存し得た。先に凶あり後に吉なる象である。尚秉和の解説:震は君を主り、艮は求を主る。震は衣裳・剛健を主るので「不可当」という。震は触犯・行走を主る。巽は潜伏して出ないので「諱」となる。諱とは即ち避忌である。兌は西方に在るので「触諱西行」という。震は伯・生を主り、兌は毁折を主るので「生殃」である。震は君・歓を主り、艮は安を主る。典故は《春秋》に記す所に見える。蔡の昭侯が楚に朝聘して、一領の好い裘を帯びていた。楚の令尹の子常がこれを欲したが、蔡侯は与えるを肯んぜず、このため楚に三年拘留された。後に蔡国人は缘由を聞き、堅く裘を献じんことを請うて、蔡侯はやっと国に帰り得た。校記:「上歓」は汲古閣本が「上安」とし、ここでは宋刻本・元刻本による。
小過。春鴻飛東,以馬貿金,利可得深。震為春、為鴻、為飛、為東、為馬,巽為商旅,故曰貿。艮為金,故曰貿金。坎為深也。巽為利,利可得深,言得利多也。
《大壮》が《小過》に変ずる。林辞に言う:春の鴻雁は東に向かって飛び去り、馬をもって黄金と換え、獲利は甚だ厚くあり得る。行賈・遠貿に宜しい吉の象である。尚秉和の解説:震は春・鴻雁・飛・東・馬を主る。巽は商旅を主るので「貿」、即ち交易を主る。艮は金を主るので「貿金」という。坎は深を主る。巽は利を主り、「利可得深」は獲る所の利が甚だ多いと言う。
既濟。禾生蟲蠹,遠自克賊,使我無得。此用遇卦象。震為禾、為生,巽為蟲、為賊,伏坤為我,坤虛故無得。
《大壮》が《既済》に変ずる。林辞に言う:禾苗の中に蛀虫が生じ、遠きより一路に囓噬して害を為し、私をして粒も収め得ぬほどに害した。農事が収を失う凶の象である。尚秉和の解説:この条は遇卦、即ち占う所の本卦《大壮》の象を用いる。震は禾・生を主り、巽は虫・賊害を主る。伏する坤は我を主り、坤の中は空虚なので「无得」である。
未濟。桀亂無道,民散不聚。背室棄家,遁逃出走。離為惡人,故曰桀。離為亂,震為道,坎隱故無道。坤為民、為聚,三爻間隔,故民散不聚。坎為室,艮為背,故曰背室。艮為家,坎失,故曰棄家。坎伏為遁,震走為逃也。凡震艮皆用半象。
《大壮》が《未済》に変ずる。林辞に言う:夏の桀は昏乱・無道で、百姓は離散して聚まらない。屋宅・家園を背き棄てて、四散して逃亡・出走した。亡国・失家の大凶の象である。尚秉和の解説:離は凶悪の人を主るので夏桀を象に取る。離は紛乱を主り、震は道を主り、坎は隠没して見えないので「无道」である。坤は民・聚を主り、三爻が互いに隔断するので「民散不聚」である。坎は室を主り、艮は背を主るので「背室」といい、艮は家を主り、坎は失を主るので「棄家」という。坎が潜伏すれば即ち遁で、震が奔走すれば即ち逃である。この条の中の震・艮はいずれも「半象」を用いる——二爻だけを取って半个の経卦を湊成すればよく、三画を湊足するを要しない。
晋 第三十五
晉。銷鋒鑄耜,休牛放馬。甲兵解散,夫婦相保。坎為鋒耜,離火為銷、為鑄,離牛坎馬,艮止故休放。離為甲兵,坎水克火,故解散。坎夫離婦,坤聚艮安,故相保。
《晋》卦自身のこの条。林辞に言う:兵刃を熔かして改めて犁耜に鋳造し、耕牛を休ませ、戦馬を放ち帰らせる。甲冑・兵器は一概に解散して、夫妻は厮守し保全し得る。武を偃め文を修め、天下が太平となる大吉の象である。尚秉和の解説:坎は兵鋒・耜を主り、離は火に属し熔銷・鋳造を主る。離は牛を主り、坎は馬を主る。艮は静止を主るので「休」「放」という。離は甲兵を主り、坎水は離火を克し得るので「解散」である。坎は夫を主り、離は妻を主り、坤は聚合を主り、艮は安定を主るので「夫婦相保」という。
乾。一衣三冠,冠無所絆。元服不成,為身災患。乾為衣,卦數一,故曰一衣。晉艮為冠,數三,故曰三冠,艮下坤,坤坼,故曰冠無所絆、曰元服不成。坤為身、為災患。○第二三句宋元本作"無所加元,衣服不來",身作我,均依汲古。
《晋》が《乾》に変ずる。林辞に言う:一領の衣服に三頂の帽子を配して、帽子には繋いで束ねる所がない。成年の冠礼の礼服が成らず、かえって自身に灾患を招く。名実が称わず、徒らに禍端を生ずる凶の象である。尚秉和の解説:乾は衣を主り、乾の卦数は一なので「一衣」という。本卦《晋》の中の艮は冠を主り、艮の数は三なので「三冠」という。艮の下は坤で、坤は開裂を主るので「冠无所絆」「元服不成」という——古人は冠礼を行うを「加元服」といい、元服とは即ち冠である。坤は身・灾患を主る。校記:第二・三の両句は宋刻本・元刻本が「无所加元、衣服不来」とし、「身」の字は「我」とし、ここではいずれも汲古閣本による。
坤。百足俱行,相輔為強。三聖翼事,王室寵光。詳《屯》之《履》、《比》之《無妄》,履用伏象。謙與無妄皆以震為足,此則以坤形象百足蟲,坤為百也。
《晋》が《坤》に変ずる。林辞に言う:百足の虫が衆足を一斉に動かし、互いに扶助し合うので強健である。三位の聖人が王事を輔翼して、王室はこれにより尊寵・栄光を享ける。衆力が相助ける大吉の象である。尚秉和の解説:この条の詳しい説明は《屯》之《履》と《比》之《无妄》の両条に見える。その中の《履》のあの条は伏象を用いる。《謙》と《无妄》の二ヶ所はいずれも震をもって足とするが、ここでは改めて坤の形体をもって百足の虫を象とし、坤はまた百を主る。
屯。魚蛇之怪,大人憂懼。梁君好城,失其安居。坤為魚、為蛇,坎為怪,震為大人,坎為憂懼,震為君,震木為梁,故曰梁君。艮為城,正覆艮,故曰好城。艮為安居,坎失,故曰失其安居。元本注:春秋:梁君好城而弗處,卒亡其國。
《晋》が《屯》に変ずる。林辞に言う:魚と蛇の類の怪異が出て、大人がこれがために憂懼する。梁国の君は一味に城を築くを好み、かえって安身の処を失った。徒らに興作して自ら敗亡を取る凶の象である。尚秉和の解説:坤は魚・蛇を主り、坎は怪異を主り、震は大人を主り、坎は憂懼を主る。震は君を主り、震は木に属し梁を主るので「梁君」という。艮は城を主り、卦体は正看・倒看ともに艮で、一再して城を築くので「好城」という。艮は安居を主り、坎は喪失を主るので「失其安居」という。元刻本の旧注は《春秋》を引く。梁国の君は城を築くを好むが居らず、ついに国を亡ぼした。
蒙。少無韁輔,長不見母。勞心遠思,自傷憂苦。艮為少,兌為輔、為剛,兌伏故無。震為長,坤為母,坎隱故不見。坎為勞、為心、為思、為憂苦。
《晋》が《蒙》に変ずる。林辞に言う:年幼の時には強健な倚り頼みがなく、長じて後にまた母に見えない。神を労して遠く念い、独り傷懐して、憂愁・苦悶である。孤苦・無依の凶の象である。尚秉和の解説:艮は少を主り、兌は輔助・剛強を主る。兌が潜伏して出ないので「无」という。震は長(成人になる)を主り、坤は母を主る。坎が隠没するので「不見」である。坎は労・心・思慮・憂苦を主る。
需。前涉溽暑,解不可取。離門二里,敗我利市。老牛病馬,去之何悔。乾為前、為行,離為暑,與坎連,故曰溽暑。解懈同。《詩大雅》"不解於位"注:怠惰也,坎勞故曰解不可取。乾為門,兌卦數二,故曰離門二里。巽為利市,二至四巽覆,故敗我利市。離為牛,乾老故曰老牛。乾為馬,坎病,故曰病馬。坎為悔,在外,故去之無悔。○門二,宋元本作河三,依汲古。涉,汲古作不,依宋元本。
《晋》が《需》に変ずる。林辞に言う:前に行けば湿热の暑気を蹚り過ぎなければならず、懈怠は万々にも取るべからざることだ。家門を離れて二里ばかりで、我が市利を折られた。老牛・病馬を牽いて、それらを手放すのに何の惜しむことがあろう。労苦するも断ずべきは断ずる象である。尚秉和の解説:乾は前・行を主り、離は暑を主り、坎水と相連なるので「溽暑」という。即ち湿熱が人に蒸しかかることである。「解」は「懈」と通じ、《詩経・大雅・仮楽》の「不解于位」を鄭箋は怠惰と訓じる。坎は労を主るので「解不可取」という。即ち懈怠すべからずである。乾は門を主り、兌の卦数は二なので「離門二里」という。巽は利市を主り、二爻より四爻までの互巽が倒転するので「敗我利市」である。離は牛を主り、乾は老を主るので「老牛」といい、乾は馬を主り、坎は病を主るので「病馬」という。坎は悔を主り、坎は外卦に居るのでそれらを去るは悔いるに足らない。校記:「門二」は宋刻本・元刻本が「河三」とし、ここでは汲古閣本による。「涉」は汲古閣本が「不」とし、ここでは宋刻本・元刻本による。
訟。君明有德,登天大祿。佈政施惠,以成恩福。中子南遊,翱翔未復。乾為君、為德,離火為明,乾為天、為大祿,巽為政命,巽風為佈施,乾為恩福。坎為中男,乾為南、為行,故曰中子南遊。離為飛,故曰翱翔,坎陷故曰未復,言未歸也。○成,宋元本作感,依汲古。
《晋》が《訟》に変ずる。林辞に言う:国君は聖明にして徳があり、天に登って大禄を享く。政令を頒布し広く恩惠を施して、いちめんの恩沢・福祉を成就した。次子は南に下り遠く游び、外に翱翔して一時は帰ってこない。全体は吉で、ただ末句に一点の未帰の滞りを留める。尚秉和の解説:乾は君・徳を主り、離は火に属し明を主る。乾は天・大禄を主る。巽は政令を主り、巽風は散布・施与を主り、乾は恩福を主る。坎は中男を主り、乾は南方に在り行走を主るので「中子南游」という。離は飛を主るので「翱翔」といい、坎は陥落を主るので「未復」という。まだ帰ってこないと言うのである。校記:「成」は宋刻本・元刻本が「感」とし、ここでは汲古閣本による。
師。嘵然唯諾,敬上尊客。執恭除患,禦侮致福。坎正反兩兌口,震為聲,故曰嘵然唯諾。震為客,伏乾為貴,故曰尊容。乾惕為敬,坎為患,震解故除患。坤為御、為侮,震樂故致福。
《晋》が《師》に変ずる。林辞に言う:応答の声は彼起き此落ち、上級を恭敬し賓客を尊重する。身を持して恭謹ならば禍患を消すことができ、外侮を抵禦して福気を招来する。恭謹をもって自ら保つ吉の象である。尚秉和の解説:坎の正体・反体はともに二つの兌口を成し、震は声音を主るので「嘵然唯諾」という。震は客を主り、伏する乾は貴を主るので、注文は「尊容」と書き、林辞の「尊客」と用字が略しく異なる。乾は警惕を主るので敬を主り、坎は患を主り、震は解散を主るのでよく患を除く。坤は抵禦・外侮を主り、震は歓楽を主るのでよく福を招く。
比。黍稷禾稻,垂秀方造。中旱不雨,傷風病藁。坤為茅茹,故為黍稷禾稻。造,作也,言苗秀興起也。坎為中、為雨,艮火故中旱不雨。坤為風,故傷風病藁。
《晋》が《比》に変ずる。林辞に言う:黍・稷・禾・稲の各様の農穧がまさに穂を抽き秀を吐くが、中途で旱魃に遇い雨が降らず、また風に傷つけられて枯槁して病を成す。欠収を主る凶の象である。尚秉和の解説:坤は茅茹の類の草本を主るので、黍稷・禾稲の象を取る。「造」は興起の意で、禾苗が穂を抽き生発することを言う。坎は中・雨を主り、艮は火に属するので中途で乾旱して雨が降らない。坤は風を主るので「傷風病藁」という——風に傷られて枯槁すること。
小畜。三羸六罷,不能越跪。東賈失馬,往返勞苦。通《豫》。震數三,坎數六,坎病故羸,坎勞故罷。震為越跪、為東、為賈、為馬,坎失故失馬。震為往反,坎為勞苦。○羸,宋本作嬴,依元本、汲古。
《晋》が《小畜》に変ずる。林辞に言う:三たび瘦弱し六度疲弊して、跨歩・下跪すら為すことができない。東に経商してまた馬を失い、往き来り奔波してただ一身の労苦を落とすのみ。奔波して獲なき凶の象である。尚秉和の解説:《小畜》は《豫》と旁通する。震の数は三、坎の数は六。坎は病を主るので「羸」。即ち瘦弱である。坎は労を主るので「罷」。即ち疲乏である。震は跨越・跪拜・東・商賈・馬を主り、坎は失を主るので「失馬」である。震は往返を主り、坎は労苦を主る。校記:「羸」は宋刻本が「嬴」とし、ここでは元刻本・汲古閣本による。
履。倚立相望,引衣欲裝。陰雲蔽日,暴雨降集。使道不通,阻我歡會。通《謙》。震為倚立,艮為望,正反艮故曰相望。坤為衣裳,艮手為引、為裝,裝朿也。坤為陰雲、為蔽,離日,故陰雲蔽日。坎為暴雨、為降集。震為道,坎塞故不通,故阻我歡會。坤我震歡也。○裝,宋元本作莊。降,宋本作祈,元本作所。阻,宋元本作降。會,元本作惠。五六句宋元本倒置,均依汲古。
《晋》が《履》に変ずる。林辞に言う:門に倚りて立ち互いに張望し、衣裳を提起してまさに装いを束ねて動身せんとする。陰雲が太陽を遮り、暴雨が盆を傾けて降り、道路はこれにより通じず、我らの歓聚を阻絶した。好い事が阻まれる凶の象である。尚秉和の解説:《履》は《謙》と旁通する。震は倚立を主り、艮は觀望を主る。正看・倒看ともに艮なので「相望」という。坤は衣裳を主り、艮は手を主り、手は牽引・捆束し得、「装」とは即ち束装である。坤は陰雲・遮蔽を主り、離は日を主るので「陰雲蔽日」である。坎は暴雨・傾降・聚集を主る。震は道路を主り、坎は阻塞を主るので路が通じず、それゆえ歓会を阻絶する。坤は我を主り、震は歓を主る。校記:「装」は宋刻本・元刻本が「庄」とし、「降」は宋刻本が「祈」、元刻本が「所」とし、「阻」は宋元本が「降」とし、「会」は元刻本が「惠」とし、第五・六の両句は宋元本で次序が顛倒している——以上はいずれも汲古閣本による。
泰。高腳疾步,受肩善趨。日走千里,賈市有得。中爻震為足,故曰腳步,震躁,故高腳疾步、故善趨、故日走千里。震伏巽為賈市,巽利故有得。坤為受,伏艮為肩。○善,汲古作喜,依宋元本。
《晋》が《泰》に変ずる。林辞に言う:足を抬げて速歩で行き、肩に物を担いでもなお軽捷に歩ける。一日に千里の路を趨り、売買を為して収穫がある。行商が利を得る吉の象である。尚秉和の解説:中爻に互い震は足を主るので「脚步」といい、震の性は躁動なので足を抬げて急ぎ行き、快走に健んで一日に千里である。震の伏する巽は商賈・市易を主り、巽は利を主るので「有得」である。坤は受を主る。即ち肩に負い担うことで、伏する艮は肩を主る。校記:「善」は汲古閣本が「喜」とし、ここでは宋刻本・元刻本による。
否。北風寒涼,雨雪益冰。憂思不樂,哀悲傷心。中爻巽風,坤為北,乾為寒、為冰雪,故曰北風寒涼,雨雪益冰。乾惕故憂,震樂震倒故不樂。坤為哀悲、為心。
《晋》が《否》に変ずる。林辞に言う:北風は寒くまた涼しく、雨雪の上にさらに堅氷を添える。憂思は遣り難く悶々として楽しまず、哀傷は心に至る。境遇は厳寒にして心事は沈重なる凶の象である。尚秉和の解説:中爻に互い巽は風を主り、坤は北方に在り、乾は寒・氷雪を主るので「北風寒凉、雨雪益氷」という。乾は警惕を主るので憂を生じ、震は歓楽を主るが震が一たび倒転すれば楽しまない。坤は哀悲・心を主る。
同人。貞鳥雎鳩,執一無尤。寢門治理,君子悅喜。離為鳥、為鳩,通《師》。坎為尤,數一,震樂故執一無尤。坤為門、為寢、為理,震為君子、為悅喜。○雎,宋元本作鳴,依汲古。
《晋》が《同人》に変ずる。林辞に言う:貞潔の雎鳩の鳥は、一を守り二なく、過失がない。内室・門庭は井井に治理され、君子がこれがために歓喜する。家室が和順する吉の象である。尚秉和の解説:離は鳥・鳩を主る。《同人》は《師》と旁通し、《師》の坎は尤を主る。即ち過失で、坎の数は一である。震は歓楽を主るので「執一无尤」という——専らその一を守りて咎を生じないこと。坤は門・寝室・条理を主り、震は君子・喜悦を主る。校記:「雎」は宋刻本・元刻本が「鳴」とし、ここでは汲古閣本による。
大有。蓼蕭露瀼,君子龍光。鳴鸞噰噰,福祿來同。通《比》。坤為薪、為蓼蕭,坎為露。艮為君子、為貴。龍,寵也,坤文為鸞,兌為鳴,乾為福祿。蓼蕭,義詳《恆》之《蹇》。○龍,汲古作寵,依宋元本。噰噰,宋元本作雍和,依汲古。
《晋》が《大有》に変ずる。林辞に言う:蓼蕭の草の上に露が濃く、君子は恩寵を承けて光彩を生ずる。鸞鳥の鳴声は和諧して相い応え、福と禄とがともに到来する。恩を承け福を獲る大吉の象である。尚秉和の解説:《大有》は《比》と旁通する。坤は薪草を主るので蓼蕭を主り、坎は露を主る。艮は君子・尊貴を主る。「龍」はここでは「寵」と読む。坤は文采あるので鸞を主り、兌は鳴を主り、乾は福禄を主る。「蓼蕭」は《詩経・小雅・蓼蕭》に出て、取義は詳しく《恒》之《蹇》の条に見える。校記:「龍」は汲古閣本が直ちに「寵」と改めたが、ここでは宋刻本・元刻本により依然「龍」とする。「噰噰」は宋元本が「雍和」とし、ここでは汲古閣本による。
謙。南行求福,與喜相得。封受上賞,鼎足輔國。震為行、為南,艮為求,震為福、為喜、為受,坤閉為封,艮為賞,陽在上,故曰上賞。震為足,數三,故曰鼎足。坤為國,艮伏兌,兌輔,故曰輔國。○封受,依宋本,汲古作受封。
《晋》が《謙》に変ずる。林辞に言う:南方に往って福を求めると、ちょうど喜事に巡り遇う。封を受けて上等の賞賜を得て、鼎の三足のようにともに国家を輔佐する。位を得て禄を受ける大吉の象である。尚秉和の解説:震は行・南方に居り、艮は求を主る。震は福・喜・受を主る。坤は閉合を主るので「封」を主り、艮は賞賜を主り、陽爻は上に在るので「上賞」という。震は足を主り、震の数は三なので「鼎足」という。坤は国を主り、艮の伏する兌は輔助を主るので「輔国」という。校記:「封受」は宋刻本による。汲古閣本は「受封」とする。
豫。桑葉腐蠹,衣敝如絡。女功不成,絲布為玉。震為桑葉,坎病,故腐蠹。坤為衣裳,坎破故敝。震伏巽,巽繩,故曰如絡、故曰絲布。坤為女,坤喪故功不成。震為玉絲,為玉者,言桑壞不能產絲,故值貴也。
《晋》が《豫》に変ずる。林辞に言う:桑の葉は腐爛して蛀虫を生じ、衣裳は破れて一張の網のようだ。女紅は成さず、絲と布とは玉石のごとく貴い。蚕桑が収を失い民用が匱乏する凶の象である。尚秉和の解説:震は桑葉を主り、坎は病を主るので腐爛して蠹を生ず。坤は衣裳を主り、坎は破損を主るので「敝」である。震の伏する巽は繩索を主るので「如絡」といい、これによりまた「絲布」という。坤は女を主り、坤は喪失を主るので女工が成らない。震は玉・絲を主る。「絲布為玉」というのは、桑が壊れて絲を産さず、絲の価がこれにより玉のごとく貴重になるを言う。
隨。左服易右,王良心歡,喜利從己。震左兌右。服者,夾轅之馬。震為馬。左服易右者,震為左,兌為右,言馬初在左,至上兌而右也。震為王,艮為良,故曰王良。坎為心,震為歡喜、為從,巽為利。王良,古善御者。○喜,宋元本作嘉,依汲古。
《晋》が《随》に変ずる。林辞に言う:車を駕る左の服馬を右に換えて、御手の王良は心中歓喜し、喜庆と利益とがみな自分に随いて行く。駕御が宜しく得、事事が順遂する吉の象である。尚秉和の解説:震は左に在り、兌は右に在る。「服」とは車轅の両傍に夾まりて車を駕る馬を指し、震は馬を主る。所謂「左服易右」は、震が左を主り兌が右を主るためで、馬は初め左辺にあったが、上卦の兌に至って右辺に換わった。震は王を主り、艮は良を主り、合して「王良」を成す。坎は心を主り、震は歓喜・随従を主り、巽は利を主る。王良は古代の著名な善御の人である。校記:「喜」は宋刻本・元刻本が「嘉」とし、ここでは汲古閣本による。
蠱。壽考不忘,駕駟東行。三適陳宋,南賈楚荊。得利息長,旅身多罷,畏晝喜夜。艮為壽考,震為馬,故曰駕駟。震東故東行。震為陳,艮為宋,震數三,故曰三適陳宋。互震為南,巽為賈、為楚荊,故曰南賈楚荊。巽為利、為長、為商旅,互大坎為罷、為畏、為夜,離為晝,晝動故畏,夜伏故喜。○駟,宋元本作騂,三作之,身作自,均依汲古。
《晋》が《蠱》に変ずる。林辞に言う:長寿にして人に忘れられず、四馬の大車に駕して東に行く。三たび陳・宋の両国を往来し、また南に下って楚の地で経商する。獲利は豊厚で本銭は日に日に増長する。ただ旅の労頓のみ、白日は奔走して畏れを生じ、夜に入って歇息してようやく歓喜を覚える。行商が利を得るも身は労する象である。尚秉和の解説:艮は寿考を主り、震は馬を主り、四馬が車を駕るので「駕駟」という。震は東に在るので東に行く。震は陳を主り、艮は宋を主り、震の数は三なので「三適陳宋」という。互震は南に在り、巽は商賈・楚荊の地を主るので「南賈楚荊」という。巽は利・長・商旅を主る。二爻より五爻まで互い大坎を成し、坎は疲乏・畏懼・夜を主り、離は昼を主る。白昼は奔走しなければならないので畏れを生じ、夜は潜伏して休息するを得るので歓喜する。校記:「駟」は宋刻本・元刻本が「騂」とし、「三」は「之」とし、「身」は「自」とし、ここではいずれも汲古閣本による。
臨。羔羊皮革,君子朝服。輔政扶德,以合萬國。兌為羔羊,通《遯》。艮為皮、為革、為君子,坤為朝、為衣服,故曰君子朝服。兌為輔,坤為政,艮手為扶,乾為德,故曰輔政扶德。坤為國,坤眾故曰萬國,坤閉為合,故曰以合萬國。《詩召南》:"羔羊之皮,素絲五紽;羔羊之革,素絲五緎",美召公也。○國,宋元作福,依汲古。革,各本皆作弁,依《謙》之《離》校。
《晋》が《臨》に変ずる。林辞に言う:羔羊の皮と革とが縫い合わされて君子が朝に上がる礼服となる。朝政を輔佐し徳教を扶持して、これにより万国を和合せしめる。賢臣が位に在り天下が心を帰する大吉の象である。尚秉和の解説:兌は羔羊を主る。《臨》は《遯》と旁通し、艮は皮・革・君子を主る。坤は朝・衣服を主るので「君子朝服」という。兌は輔を主り、坤は政を主り、艮は手を主り、手は扶持し得、乾は徳を主るので「輔政扶徳」という。坤は国を主り、坤は衆多を主るので「万国」といい、坤は閉合を主るので「以合万国」という。典故は《詩経・召南・羔羊》に見える。羔羊の皮と革とを素絲をもって縫い綴じることを写し、召公を讃美する詩である。校記:「国」は宋刻本・元刻本が「福」とし、ここでは汲古閣本による。「革」は各本ともに「弁」と作すが、ここでは《謙》之《離》の条によって校改する。
觀。鸇鳩徒巢,西至平州。遭逢雷塌,破我葦廬。室家飢寒,思吾故初。艮為鸇,坤文為鳩,艮為巢,伏震為徙,故曰鸇鳩徒巢。兌為西,坤為州、為平,震為雷塌,兌折為破,艮為廬,巽為葦,故曰葦廬。艮為室家,坤為飢,乾為寒,故曰室家飢寒。坤為吾,乾為初。○第四句宋本、汲古廬作蘆,依元本。
《晋》が《観》に変ずる。林辞に言う:鸇鳥と斑鳩とが巢穴を遷し挪して、一路西に向かって平州に至った。半途で雷撃・崩塌に遭い、我が葦草の小屋を毁してしまった。一家の人は飢え凍えて、ただ当初の日々を回想するほかない。遷徙して災に遇い、旧居に帰らんことを思う凶の象である。尚秉和の解説:艮は鸇を主り、坤は文彩あるので鳩を主る。艮は巢を主り、伏する震は遷徙を主るので「鸇鳩徒巢」という(注文は「徙」と作し、林辞と用字が略しく出入りがある)。兌は西に在り、坤は州・平を主り、合して「平州」を成す。震は雷塌を主り、兌は折毁を主るので「破」といい、艮は廬舎を主り、巽は葦を主るので「葦廬」という。艮は室家を主り、坤は飢を主り、乾は寒を主るので「室家飢寒」という。坤は吾を主り、乾は初を主る。校記:第四句の「廬」の字は宋刻本と汲古閣本が「蘆」とし、ここでは元刻本による。
噬嗑。大尾小頭,重不可搖。上弱下強,陰制其雄。艮為尾,震大,故曰大尾。坎為首,艮為小,故曰小頭。坤為重,坎陷,故重不可搖。艮上震下,艮小故弱,震長故強,四陽陷陰中,故曰陰制其雄。
《晋》が《噬嗑》に変ずる。林辞に言う:尾は大きく頭は小さく、重くて揺らせない。上は軟弱で下は強横で、陰柔がかえって雄強を制した。本末が倒置し尾大して掉らざる凶の象である。尚秉和の解説:艮は尾を主り、震は大を主るので「大尾」といい、坎は首を主り、艮は小を主るので「小頭」という。坤は重を主り、坎は陥を主るので「重不可揺」である。艮は上に在り、震は下に在る。艮は小さいので弱く、震は長いので強い。九四の一陽が衆陰の中に陥っているので「陰制其雄」という。
賁。疏足息肩,有所忌難。金城銅郭,以鐵為關。藩屏自衛,安止無患。震為足,艮為肩,坎為忌難,艮為城郭,三至上正反兩艮,故又為關。艮為金,故曰金、曰銅、曰鐵。艮為藩屏、為安止,坎為患,安止故無患。
《晋》が《賁》に変ずる。林辞に言う:足を舒けて肩を卸したのは、心の中に顧忌する所があったからだ。黄金のごとき堅固の内城・銅で鋳た外郭に、鉄をもって門関を作る。藩籬・屏障が自ら守衛して、安然として静かに守れば禍患がない。固守して安を得る吉の象である。尚秉和の解説:震は足を主り、艮は肩を主り、坎は忌惮・艱難を主る。艮は城郭を主る。三爻より上爻まで、正看・倒看ともに艮なので、また門関の象を取る。艮は金を主るので金といい銅といい鉄という。艮は藩屏・安止を主り、坎は患を主る。すでに安く守り得れば禍患がない。
剝。天命玄鳥,下生大商。造定四表,享國久長。通《夬》。乾為天,兌為言,故曰天命。乾為立,艮為黔喙、為鳥,故曰玄鳥。玄鳥者,燕也。兌為燕。震為生,震反,故下生。震為子,故生商。商,子姓也。艮為定、為表,伏兌數四,坤為國,故曰造定四表。艮為久長,據《詩商頌》箋"高辛氏妃簡狄吞卵生契,為商祖"。
《晋》が《剥》に変ずる。林辞に言う:上天が玄鳥に命じて降臨せしめ、偉大な商族を生んだ。四方の疆界を開創・奠定して、国祚を享くること長久である。基を開き業を立つ大吉の象である。尚秉和の解説:《剥》は《夬》と旁通する。乾は天を主り、兌は言を主るので「天命」という。乾は立を主り、艮は黔喙之属・鳥を主るので「玄鳥」という。玄鳥とは即ち燕で、兌は燕を主る。震は生を主り、震を反転するので「下生」という。震は子を主るので商族を生ず——商は子姓である。艮は定・表(疆界を標定すること)を主り、伏する兌の数は四、坤は国を主るので「造定四表」という。艮は久長を主る。典故は《詩経・商頌・玄鳥》の鄭箋に拠る。高辛氏の妃の簡狄が燕の卵を呑んで契を生み、契は即ち商の始祖である。
復。賦斂重數,政為民賊。杼柚空虛,我去其室。坤聚故曰賦斂,重坤故曰重數。坤為政、為民,伏巽為賊。震為杼柚。《詩》"杼柚其空"《箋》云:杼,持緯者;柚,受輕者也。杼柚上下震動,故取象於震。坤虛,艮為室,艮倒故去室。○斂,元本訛鈠,依宋本。
《晋》が《復》に変ずる。林辞に言う:賦税は一たび徴して再び徴し、政令は百姓を殘害する禍根となった。織機の上の杼と柚とは空空如たりで、私は屋を棄てて出て行くほかない。苛政が民を病める凶の象である。尚秉和の解説:坤は聚斂を主るので「賦斂」といい、上下に坤を重ねるので「重数」という。即ち一度また一度である。坤は政・民を主り、伏する巽は賊害を主る。震は杼柚を主る。《詩経・小雅・大東》に「杼柚其空」があり、鄭箋は杼は緯線を持つ梭で、柚は経線を承ける軸だと言う(原注は「輕」と作す)。杼柚は布を織る時に上下に振動するので震を象に取る。坤の中は空虚で、艮は屋室を主り、艮が一たび倒転するので室を離れて去る。校記:「斂」は元刻本が誤って「鈠」とし、ここでは宋刻本による。
無妄。陰陽隔塞,許嫁不答。宛丘新臺,悔往嘆息。初陽伏陰下,艮止,故曰隔塞,女嫁曰歸。震為歸、為言,故許嫁。二至四震反,故曰不答。艮為丘、為臺,宛丘,《陳風》篇名,悔嫁非其人而作也。震為嘆息,毛詩謂刺陳幽公淫亂無度。新臺,《邶詩》篇名,毛謂刺衛宣公娶其子伋妻,國人惡之,林意似謂婦為夫棄也。
《晋》が《无妄》に変ずる。林辞に言う:陰陽が阻隔して通じず、婚事を許したのに回音を得られない。《宛丘》と《新台》との両首の詩に写されたように、人を誤って嫁して、追悔と嘆息とが残るのみ。婚姻が諧わぬ凶の象である。尚秉和の解説:初爻の陽は陰爻の下に潜伏し、艮はまた止を主るので「隔塞」という。女子が嫁ぐを「帰」といい、震は帰・言を主るので「許嫁」という。二爻より四爻までの互震が反転するので「不答」である。艮は丘・台を主る。《宛丘》は《詩経・陳風》の篇名で、毛詩序は陳の幽公が淫乱・無度なるを諷刺したと言い、ここでは借りて人に非ざるに嫁した悔恨を写す。震は嘆息を主る。《新台》は《詩経・邶風》の篇名で、毛詩序は衛の宣公が息子の伋の未婚妻を強めて娶ったを諷刺したと言い、国人は皆彼を悪んだ。林辞の用意は、婦人が夫に遺棄されたことを言うようである。
大畜。願望登虛,意常欲逃。賈辛丑惡,妻不安夫。艮為丘墟、為望,震為登,故曰願望登虛。震為逃,伏坤為意,震伏巽,巽為商賈,納辛,故曰賈辛。兌為醜惡,震夫兌妻,兌毀折而躁,故不安。《左氏昭二十八年》:"昔賈大夫惡,娶妻而美,三年不言不笑。"辛,大夫名。
《晋》が《大畜》に変ずる。林辞に言う:一心に高い丘に登りて遠く望みたいと思い、心中では常に逃れ去ることを盤算している。賈辛は相貌が醜陋で、妻子はこの夫について安んじて過ごせない。夫妻が心を離す凶の象である。尚秉和の解説:艮は丘墟・遠望を主り、震は登を主るので「願望登虚」という。震は逃を主り、伏する坤は心意を主る。震の伏する巽は商賈を主り、巽は天干の辛を納するので「賈辛」という。兌は醜悪を主る。震は夫を主り、兌は妻を主り、兌は毁折を主りかつ躁動なので妻子が安らかでない。典故は《左伝・昭公二十八年》に見える。むかし賈大夫の相貌が醜陋で、美貌の妻を娶ったが、妻は三年に言わず笑わずであった。「辛」はあの大夫の名である。
頤。踧行竊視,有所畏避。蔽目伏藏,以夜為利。震為踧行,艮為視,坤藏故竊視,故有所畏避。艮為目,坤為夜、為利。
《晋》が《頤》に変ずる。林辞に言う:局促として歩き、窃かに張望し、心中に畏れ避ける所がある。目を遮って身を蔵し、ただ夜に乗じて行動するのみ利がある。潜蔵に宜しく顕露に宜しからざる象である。尚秉和の解説:震は局促して行くを主り、艮は視を主る。坤は潜蔵を主るので偷看であり、それゆえ「有所畏避」という。艮は目を主り、坤は夜・利を主る。
大過。信敏恭謙,敬鬼尊神。五嶽西瀆,克厭帝心,受福宜年。乾為信敏,伏坤為恭謙,乾為惕,故曰敬,伏坤故曰鬼。乾為神,兌伏艮,艮為尊,故曰敬鬼尊神。艮為嶽,巽卦數五,故曰五嶽。互大坎為河川,乾亦為江河,巽後天數四,故曰四瀆。坤為心,巽伏震,震帝故曰帝心。震為福,坤為受、為歲,故曰受福宜年。
《晋》が《大過》に変ずる。林辞に言う:誠信・敏捷で、恭敬・謙遜し、鬼神を敬い事る。五岳と四瀆とを遍く祭祀して、能く天帝の心に称合し、これにより福を受け豊年を得る。敬慎して福を獲る大吉の象である。尚秉和の解説:乾は誠信・敏捷を主り、伏する坤は恭謙を主る。乾は警惕を主るので「敬」を主り、伏坤なので「鬼」という。乾は神を主り、兌の伏する艮は尊を主るので「敬鬼尊神」という。艮は岳を主り、巽の卦数は五なので「五岳」という。二爻より五爻まで互い大坎を成し、坎は河川を主り、乾もまた江河を主る。巽は後天の卦位で数が四なので、注文は「四瀆」と作す(林辞は「西瀆」と作すが、「四」の字の変であろう)。坤は心を主り、巽の伏する震は帝を主るので「帝心」という。震は福を主り、坤は受・年歳を主るので「受福宜年」という。
坎。懸懸南海,去家萬里。飛兔腰褭,一日見母,除我憂悔。坎為海,伏離,故曰南海。震為萬里,故曰懸懸。艮為家,震為馬、為兔,坎為腰,故曰飛兔腰褭。飛兔腰褭,皆良馬名。離日,坎數一,故曰一日。本卦坤體,坤為母,乾二五之坤,故見母。坎為憂悔,震為除。
《晋》が《坎》に変ずる。林辞に言う:遠く懸隔なる南海に在り、家を離れて万里の遥かなり。飛兎・腰褭といった駿馬に騎れば、一日の工夫で母に見えて、我が憂愁・悔恨を解き開いた。遠行して帰るを得る吉の象である。尚秉和の解説:坎は海を主り、伏する離は南方に在るので「南海」という。震は万里を主るので「懸懸」という。即ち懸隔・遥遠である。艮は家を主り、震は馬・兎を主り、坎は腰を主るので「飛兎腰褭」という——飛兎と腰褭とはともに古代の駿馬の名である。離は日を主り、坎の数は一なので「一日」という。本卦は坤の卦体で、坤は母を主る。乾の二・五の爻が坤の中に入るので母に見えることができる。坎は憂悔を主り、震は除去を主る。
離。雖汙不辱,因何跣足。童子褰衣,五步平復。通《坎》。坎為汙,坤為辱,坎折坤,故不辱。跣足者,赤足也。震足坎赤,故曰跣足。艮為童子,艮手為褰,震為衣,故曰褰衣。震為步,坎數五,坎平,故曰五步平復。○跣,宋元本作洗,步作年,依汲古。
《晋》が《離》に変ずる。林辞に言う:汚穢に沾したといえども辱を受けたとは言えず、どうして裸足であらねばならぬ。童子は衣裳を提起して、五步を上がれば平常に復する。小さく狼狈するも終に害なき象である。尚秉和の解説:《離》は《坎》と旁通する。坎は汚を主り、坤は辱を主る。坎が坤を折断したので「不辱」である。「跣足」とは即ち裸足で、震は足を主り、坎は赤を主るので「跣足」という。艮は童子を主り、艮は手を主り、手は撩り挙げ得、震は衣を主るので「褰衣」という。震は歩を主り、坎の数は五、坎はまた平を主るので「五步平復」という。校記:「跣」は宋刻本・元刻本が「洗」とし、「步」は「年」とし、ここでは汲古閣本による。
咸。宮城立見,衣就袂裾。恭謙自衛,終無禍尤。通《損》。艮為宮城,震立兌見,艮為衣,震口為袂、為裾,巽為恭謙,震為警衛,坤為自、為禍尤,震解故無禍尤。○裾,宋元本作裙,依汲古。
《晋》が《咸》に変ずる。林辞に言う:宮城は転目に望みに在り、衣服はすでに穿き妥えて、袖口・衣襟ともに斉整である。恭敬・謙遜をもって己を守れば、ついに禍患と過失とがない。謙を持して咎を免れる吉の象である。尚秉和の解説:《咸》は《損》と旁通する。艮は宮城を主り、震は立を主り、兌は見を主る。艮は衣を主り、震は口を主るので袖口と衣裾との象を取る。巽は恭謙を主り、震は警衛を主り、坤は自・禍尤を主る。震は解散を主るので禍尤がない。校記:「裾」は宋刻本・元刻本が「裙」とし、ここでは汲古閣本による。
恆。敝笱在梁,不能得魚。望食千里,所至空虛。巽為繩故為笱。笱,罟也。巽下斷故曰敝。艮為梁,巽為魚,巽敝漏故無得。伏艮為望,震為粒粟、為食、為千里,震為虛,故所至空虛。首句齊風語。○食,宋元本作貧,依汲古。
《晋》が《恒》に変ずる。林辞に言う:破れた魚籠が魚梁の上に架かって、一尾の魚も捕えられない。千里の外の口糧を望んで、行き至る所どこも一場の空しいのみ。器が敗れて獲なき凶の象である。尚秉和の解説:巽は繩を主るので笱を主る。笱とは即ち竹編みの魚罟である。巽卦は下画が中断するので「敝」という。即ち破損である。艮は梁を主り、水を拦えて魚を捕る堰を指す。巽は魚を主る。籠子はすでに破れかつ漏るので捕えられない。伏する艮は望を主り、震は粟粒・食・千里を主る。震はまた虚を主るので「所至空虚」である。首句は《詩経・斉風・敝笱》に取る。校記:「食」は宋刻本・元刻本が「貧」とし、ここでは汲古閣本による。
遁。千里騂駒,為王服車。嘉其驪榮,君子有成。乾為馬、為赤,故曰騂,艮少為駒,乾為千里,故曰千里騂駒。乾為王,二至四通震,震為車、為服,乾為嘉榮,艮為君子、為成。
《晋》が《遯》に変ずる。林辞に言う:千里に一を抜く赤色の小馬が、君王のために車を駕す。その毛色の光潤にして顕栄なるを讃え、君子はこれにより功業を成就する。時に用いられるを得る吉の象である。尚秉和の解説:乾は馬・赤を主るので「騂」といい、艮は少を主るので駒を主り、乾は千里を主り、合して「千里騂駒」を成す。乾は王を主り、二爻より四爻までは震と相通じ、震は車・服(車を駕る事)を主り、乾は嘉美・栄顕を主り、艮は君子・成就を主る。
大壯。鼎足承德,嘉謀生福。為王開庭,得心所欲。乾為德,震為足,數三,故曰鼎足。乾為福、為生、為嘉、為王、為開,伏艮為庭,兌悅故得所欲。
《晋》が《大壮》に変ずる。林辞に言う:鼎の三足のように徳業を承奉して、良い謀略が福気を生む。君王のために朝廷を開設して、事事が心に称い意のごとくである。君臣が相い得る大吉の象である。尚秉和の解説:乾は徳を主り、震は足を主り、震の数は三なので「鼎足」という。乾は福・生・嘉・王・開を主り、伏する艮は庭を主る。兌は喜悦を主るのでその欲する所を得ることができる。
明夷。右手無合,獨折左指。禹湯失佐,事功不立。艮為手、為指,先天坎西,故曰右手,艮覆故指折。震左,坎折,坤寡,故曰獨折左指。震為王,故曰禹,水在火上故曰湯。震佐坎失,故曰禹湯失佐。坤為事功不立。○佐,汲古作位,依宋元本。
《晋》が《明夷》に変ずる。林辞に言う:右手が合わず、かえって左手の指頭を折った。大禹・成湯のごとき聖王も輔佐を失い、事業・功名が立てられない。助を失い成なき凶の象である。尚秉和の解説:艮は手・指を主る。先天の卦位は坎が西に在るので「右手」といい、艮は覆象を取るので指頭が折れた。震は左に在り、坎は折を主り、坤は孤寡を主るので「独折左指」という。震は王を主るので禹を象に取り、水が火の上にあるので湯を象に取る。震は輔佐を主り、坎は喪失を主るので「禹湯失佐」という。坤は事功を主るが立てられない。校記:「佐」は汲古閣本が「位」とし、ここでは宋刻本・元刻本による。
家人。憂凶增累,患近不解。心意西東,事無成功。坎為憂憎、為凶、為累、為患,坎陷故不解。坎為心意、為西,離為東,故曰心意西東。巽為風,風散故事無成功。○增,宋元本作憎,依汲古。
《晋》が《家人》に変ずる。林辞に言う:憂愁・凶険が層々に堆り畳まれ、禍患は逼近して解け開かない。心思は忽ち西に忽ち東に走り、事は終に成し遂げられない。心志が専でなく事が敗れる象である。尚秉和の解説:坎は憂憎・凶・拖累・禍患を主り、坎は陥落を主るので解け開かない。坎は心意・西に居り、離は東に居るので「心意西東」という。巽は風を主り、風は一吹きすれば散るので事が成らない。校記:「増」は宋刻本・元刻本が「憎」とし、ここでは汲古閣本による。
睽。東行食榆,困於枯株。夫妻無家,志窮為憂。離東兌食,坎為榆,皮可食。坎上下皆離,離科上槁故困於枯株,株枯則無皮可食。坎夫離妻,艮為家,艮伏故曰無家。坎為志、為憂。稽康《養生論》:"榆令人瞑。"《博物志》"啖榆則眠不欲覺",又《禮內則》"枌榆以滑之。"古蓋常食榆皮。○夫,宋元本作失,依汲古。
《晋》が《睽》に変ずる。林辞に言う:東に往き、楡の皮を食して日を度るが、枯れ乾いた樹の株の傍らに困された。夫妻に帰る家がなく、志向は窮尽し、憂愁のみが残る。流落して依る所なき凶の象である。尚秉和の解説:離は東に在り、兌は食を主り、坎は楡を主る——楡樹の皮は飢えを充たすことができる。坎の上下はともに離で、離は「科上槁」(中の幹はあれど上部が枯槁する)の象があるので枯株に困る。樹株が枯れたれば、皮すらも食うを得ない。坎は夫を主り、離は妻を主り、艮は家を主る。艮が潜伏して見えないので「无家」という。坎は志・憂を主る。旧説に参看すべきものあり:嵆康(原文は「稽康」)の《養生論》は楡は人を昏睡せしめると言い、《博物志》は楡の皮を食えば困憊して醒めんと欲しないと言い、《礼記・内則》は楡の白皮をもって食物を滑潤にすると言う——古人は常に楡の皮を食したことが見える。校記:「夫」は宋刻本・元刻本が「失」とし、ここでは汲古閣本による。
蹇。五經六紀,仁道所在。正月繁霜,獨不離咎。離為文,故曰經紀,坎納戌,數五,故曰五經。坎數六,故曰六紀。艮為道路、為反震,震為仁,故曰仁道所在。坎為中正、為月、為霜,重坎故曰正月繁霜。坎為獨、為咎。離,罹也,坎隱,故獨不罹咎。五經者,五常,《漢書賈誼傳》:"六親有紀",六紀即六親也。《白虎通》:"六紀者,諸父、兄弟、族人、諸舅、師長、朋友。"正月,《小雅》篇名,憂亂而作。
《晋》が《蹇》に変ずる。林辞に言う:五経と六紀との教は、まさに仁道の在る所である。たとい《正月》の詩に写されたように正月に繁霜が降ろうとも、ただ己のみ禍咎に遭わない。正を守って免れ得る吉の象である。尚秉和の解説:離は文を主るので「経紀」を主り、坎は地支の戌を納し、その数は五なので「五経」といい、坎の数は六なので「六紀」という。艮は道路を主り、また反震の象で、震は仁を主るので「仁道所在」という。坎は中正・月・霜を主り、上下に坎を重ねるので「正月繁霜」という。坎は独・咎を主る。末句の「離」は「罹」と読み、遭遇するの意で、坎はすでに隠没しているので独り禍咎に遭わない。「五経」は五常の教を指す。《漢書・賈誼伝》は「六親有紀」と言い、六紀とは即ち六親である。《白虎通》は六紀は諸父・兄弟・族人・諸舅・師長・朋友を指すと言う。《正月》は《詩経・小雅》の篇名で、時の乱れを憂え傷んで作られた。
解。懈緩不前,怠惰失便。二至之戒,家無禍凶。刻木象形,聞言不信。震往為前,坎陷故懈緩不前,故怠惰失便。坎為冬,至離為夏至,故曰二至。《復》象傳云:先王以至日閉關,商旅不行。又《月令》"是月齊戒掩身",故云戒。坎為室家、為凶禍,知戒故無禍。刻木象形未詳。坎為聞,震為言,坎上下兩兌口相背,故云不信。○怠惰,宋元本作熖怠,依汲古、局本。木字,宋本汲古作水,依元本。解懈古通。觀首二句焦氏似讀解為懈。
《晋》が《解》に変ずる。林辞に言う:懈怠・遅緩して前進しようとせず、惰慢により時機を誤る。能く冬至・夏至の二つの節令に戒を持して身を守れば、家中に禍凶がない。木を刻んで象とすれども、他人の言を聴いても肯んじて信じない。尚秉和の解説:震は往くを主り、坎は陥落を主るので懈怠・遅緩して前せず、それゆえ怠惰して便を失う。坎は冬至を主り、離は夏至を主るので「二至」という。《復》卦の《象伝》は先王が至日に関卡を閉塞し商旅を出行せしめなかったと言い、《礼記・月令》はまたこの月に斎戒して身を掩うと言うので「戒」という。坎は室家・凶禍を主る。戒慎を知るので禍がない。「刻木象形」の一句の取義は詳らかでない。坎は聞を主り、震は言を主る。坎の上下の二つの兌口は互いに相背するので「不信」という。校記:「怠惰」は宋刻本・元刻本が「熖怠」とし、ここでは汲古閣本と局本による。「木」の字は宋刻本と汲古閣本が「水」とし、ここでは元刻本による。「解」と「懈」とは古に通用し、首の二句の語意を見れば、焦延寿は「解」を「懈」と読んだようである。
損。仁愛篤厚,不以所忿。害其所子,從我舊都,日益富有。震為仁愛,艮為篤厚,乾為忿,乾三之上成艮故不忿。《象傳》所謂"懲忿"也。震子坤害,故害其所子。坤為都,伏乾為舊、為我,震為從,故曰從我舊都。坤輿為富有,艮為日,故曰日益富有。○從,汲古作徙,依宋元本。
《晋》が《損》に変ずる。林辞に言う:仁愛・篤厚で、一時の忿怒に憑って事を行わない。たとい己の子女を傷つけるとも、我に随いて旧都に帰り、家道は日に日に富足して起こる。能く忿を懲らして後に昌える象である。尚秉和の解説:震は仁愛を主り、艮は篤厚を主り、乾は忿を主る。《損》卦は乾の第三爻が上行して艮を成したので、忿らないを得る。これはまさに《損》卦《象伝》の言う所の「懲忿」である。震は子を主り、坤は害を主るので「害其所子」という。坤は都邑を主り、伏する乾は旧・我を主り、震は跟従を主るので「従我旧都」という。坤は大車を主るので富有を主り、艮は日を主るので「日益富有」という。校記:「従」は汲古閣本が「徙」とし、ここでは宋刻本・元刻本による。
益。缺破不成,胎卵未生,弗見兆形。巽隕落,故缺破不成。震為胎卵,震生,坤拆為兆、為形,巽伏故弗見。
《晋》が《益》に変ずる。林辞に言う:残缺・破損して器を成さず、胎と卵とはまだ孵化していない。一点の兆象・形迹すら見えない。事機が成らざる凶の象である。尚秉和の解説:巽は隕落を主るので「缺破不成」である。震は胎卵を主り、震は生を主る。坤は開裂して兆紋・形体を成す。巽はすでに潜伏しているので見えない。
夬。摧角不傷,雖折復長。秉德無愆,老賴榮光。艮為角,艮伏兌折,故摧角,然陽必長故摧而不傷,雖折而復長。乾為德、為老,陽長故無愆,故老而愈榮。○愆,宋元本作騫,依汲古。
《晋》が《夬》に変ずる。林辞に言う:角は摧折されたが傷ついてはいず、折れてもまた重ねて生出る。徳行を秉持して過失がなく、年は老いてかえって栄光を増す。挫折を歴て弥に堅き吉の象である。尚秉和の解説:艮は角を主り、艮の伏する兌は折断を主るので「摧角」という。しかるに陽気は必ず生長するので、折れても傷つかず、断えてもなお再び長ずる。乾は徳・老を主る。陽はすでに生長するので過错がなく、それゆえ老いるほど栄える。校記:「愆」は宋刻本・元刻本が「騫」とし、ここでは汲古閣本による。
姤。乘桴浮海,免脫厄中,雖困無凶。通《復》。震為桴、為乘,坤為海,坤厄震出,故免脫,故雖困無凶。○浮,宋元本作渡,凶作咎,依汲古。
《晋》が《姤》に変ずる。林辞に言う:木筏に坐して海を漂い渡り、険厄の中より身を脱して来た。困頓したといえども凶に至らない。困に処りて出得る象である。尚秉和の解説:《姤》は《復》と旁通する。震は木筏・乗を主り、坤は海を主る。坤は困厄を主り震は出を主るので、身を脱し得て、それゆえ困るといえども凶がない。校記:「浮」は宋刻本・元刻本が「渡」とし、「凶」は「咎」とし、ここでは汲古閣本による。
萃。孔鸞鴛雛,鵕鵜鶘。翱翔紫淵,嘉禾之圃,君子以娛。通《大畜》。震為竹、為孔,坤為文,故為鸞鴛,艮鳥故為鵕鵜鶘。卦為萃故多若是。震為翱翔,兌為淵,乾赤,故曰紫淵。震為嘉禾,艮為圃、為君子,震樂故娛。○鵕,宋元本作鵁鵝,依汲古。禾,元本作木,依宋本、汲古。
《晋》が《萃》に変ずる。林辞に言う:孔雀・鸞鳥・鸳鶵・鵕鳥・鵜鶘が一斉に紫色の深淵の上を飛翔して、嘉禾の生える園圃に落ち着き、君子はこれにより歓娱する。群賢が畢り至る大吉の象である。第二句は底本が三字のみで四言に足らず、脱字があるのではと疑う。尚秉和の解説:《萃》は《大畜》と旁通する。震は竹・孔を主るので孔雀を取り、坤は文彩あるので鸞・鸳を主り、艮は鳥を主るので鵕・鵜鶘を主る。卦名が《萃》で聚集の義を取るので、羅列する禽鳥がこのように多い。震は翱翔を主り、兌は淵を主り、乾の色は赤なので「紫淵」という。震は嘉禾を主り、艮は園圃・君子を主り、震は歓楽を主るので「娱」という。校記:「鵕」は宋刻本・元刻本が「鵁鵝」とし、ここでは汲古閣本による。
升。甘露溫潤,眾來得願。樂易君子,不逢禍亂。兌為露、為潤,坤為眾,震樂,故眾來得願。通《無妄》。艮為君子,震樂乾易,故曰樂易君子。坤為禍亂,乾在外故不逢。○二三句宋元本倒置,依汲古。
《晋》が《升》に変ずる。林辞に言う:甘露が温潤に普く降りて、衆人は来るに皆願いを遂げる。和楽・平易の君子は、禍乱に遭うことがない。徳沢が衆に及ぶ吉の象である。尚秉和の解説:兌は露・潤沢を主り、坤は衆を主る。震は歓楽を主るので衆人が来れば皆願いのごとくである。《升》は《无妄》と旁通し、艮は君子を主る。震は楽を主り、乾は平易を主るので「楽易君子」という。坤は禍乱を主り、乾は外卦に居るので遇わない。校記:第二・三の両句は宋刻本・元刻本で次序が顛倒し、ここでは汲古閣本による。
困。東騎墮落,千里獨宿。高岸為谷,陽失其室。通《賁》。震為東、為騎,坎陷故墮落。震為千里,坎為獨、為宿,故曰千里獨宿。艮為高岸,坎窞為谷,故曰高岸為谷。坎為室、為失,困剛掩,故曰陽失其室。《詩小雅》:"高岸為谷,深谷為陵"。
《晋》が《困》に変ずる。林辞に言う:東に馬に騎って往くが墜落してきて、孤身で千里の外に投宿する。高い河岸が陥って深谷と化し、陽はその居る所を失った。拠を失い流落する凶の象である。尚秉和の解説:《困》は《賁》と旁通する。震は東に在り騎乗を主り、坎は陥落を主るので墜下した。震は千里を主り、坎は孤独・住宿を主るので「千里独宿」という。艮は高岸を主り、坎は深坑を主るので谷を主り、「高岸為谷」という。坎は室・失を主る。《困》卦の卦義は剛が柔に掩われることなので「陽失其室」という。「高岸為谷」は《詩経・小雅・十月之交》に出る。高き岸が深谷に変じ、深谷が丘陵に変じると。
井。八才既登,以成嘉功。尨降庭堅,國無災凶。通《噬嗑》。後天艮數八,震為才、為登、為嘉、為功,艮為成,故曰以成嘉功。震為尨,艮為庭,尨降庭堅,乃八元之二人。庭堅,即皋陶字也。艮為國,坎為災凶,震樂故無。○嘉,宋元本作善,尨作厖,茲依汲古。
《晋》が《井》に変ずる。林辞に言う:八位の賢才はすでに進用されて、美好の功業を成就した。尨降・庭堅といった人が位に在れば、国家に灾凶がない。賢を任んで治を致す大吉の象である。尚秉和の解説:《井》は《噬嗑》と旁通する。後天の卦位は艮の数が八で、震は才・登進・嘉・功を主り、艮は成を主るので「以成嘉功」という。震は尨を主り、艮は庭を主る。尨降・庭堅は古代に称された「八元」の中の两位で、庭堅は即ち皋陶の字である。艮は国を主り、坎は灾凶を主り、震は歓楽を主るので灾凶がない。校記:「嘉」は宋刻本・元刻本が「善」とし、「尨」は「厖」とし、ここではいずれも汲古閣本による。
革。邯鄲反言,父兄生患。意涉憂恨,卒死不還。通《蒙》。二至上正覆兩震言相反,坤為國,故曰邯鄲反言。乾父震兄,坎為患,震生,故曰父兄生患。坎為憂恨、為水,坤亦為水,震為涉,艮為終,故曰竟涉憂恨。震為還,坤死,故曰卒死不還。案此似用《史記陳涉傳》事。邯鄲反言者,言武臣反,陳涉自立為趙王,涉欲繫其家屬,後涉竟戰死不得還也。○宋元本革鼎在震艮後,非。
《晋》が《革》に変ずる。林辞に言う:邯鄲より反逆の消息が伝わり、父兄はこれにより禍患に惹き当たった。心中には憂愁・怨恨が満ち、ついに外で死して帰ることができない。兵禍で身を喪う大凶の象である。尚秉和の解説:《革》は《蒙》と旁通する。二爻より上爻まで、正看・倒看は二つの震で、震は言語を主り方向は相反し、坤は国を主るので「邯鄲反言」という。乾は父を主り、震は兄を主り、坎は患を主り、震は生を主るので「父兄生患」という。坎は憂恨・水を主り、坤もまた水を主り、震は涉渡を主り、艮は終を主るので注文は「竟涉憂恨」と作し、林辞の「意涉」と用字が異なる。震は還を主り、坤は死を主るので「卒死不還」という。按語は、おそらく《史記・陳涉世家》の事を用いたと言う。所謂「邯鄲反言」は、武臣が邯鄲に拠って反逆し自ら立って趙王となったことを指す。陳渉はもともと彼の家眷を拘繫しようとした。後に陳渉自身はついに戦死して、再び帰ることができなかった。校記:宋刻本・元刻本は《革》《鼎》の両条を《震》《艮》の後に排するが、正しくない。
鼎。玉銑鐵頤,倉庫空虛。賈市無盈,與利為仇。元本舊注鍾口兩旁曰銑,蓋乾為金玉,初至五正倒皆兌,兌為口,故曰玉銑鐵頤。頤亦口。卦通《屯》,屯互頤也。屯艮為倉庫,坤為空虛,巽為賈、為市、為利,坤虛故無盈,故與利為仇。坎為仇也。○玉銑,汲古作五銳,從宋元本。銳為矛屬,與下鐵頤不相聯屬,自以取兌象作銑為允當,自來校此書者不知以易象為標準,故當否皆不知,此所以多舛也。
《晋》が《鼎》に変ずる。林辞に言う:玉製の鍾銑・鉄鋳の口頤はあるが、倉庫は空空如たり。売買を為して盈余がなく、かえって利益と冤家を結んだ。徒らに表のみあり、経営が亏折する凶の象である。尚秉和の解説:元刻本の旧注は、鍾の口の両傍を「銑」と言う。乾は金玉を主る。初爻より五爻まで、正看・倒看ともに兌を成し、兌は口を主るので「玉銑鉄頤」という——「頤」もまた口である。この卦は《屯》と旁通し、《屯》の互体はまさに《頤》である。《屯》の艮は倉庫を主り、坤は空虚を主る。巽は商賈・市・利を主り、坤はすでに空虚なので盈余がなく、それゆえ「与利為仇」である。坎は仇を主る。校記:「玉銑」は汲古閣本が「五鋭」とし、ここでは宋刻本・元刻本に従う。「鋭」は矛の類の兵器で、下句の「鉄頤」と打ち合わせる関係がない。やはり兌の口を主る象を取って「銑」と作すのが妥当である。従来この書を校勘する者は易象をもって標準とするを知らず、それで正誤を判断できなかった。これがまさに本書の訛字が特に多い原因である。
震。白鳥銜鉺,鳴呼其子。旋枝張翅,來從其母。震為白,互離為鳥,震口為銜,坎為鉺,故曰白鳥銜鉺。震為子、為鳴呼、為木、為枝、為張翅、為從、為來,坤為母,來從其母者,言陽反坤初也。○旋枝,宋元本作施技,依汲古。
《晋》が《震》に変ずる。林辞に言う:白い鳥が食餌を銜えて、鳴いてその幼雛を呼び喚く。樹枝を繞って翼を張り、飛び帰って母鳥に依り傍う。母子が相聚まる吉の象である。尚秉和の解説:震は白を主り、互体の離は鳥を主り、震は口を主るので銜を主り、坎は餌を主るので「白鳥銜餌」という。震は子・鳴呼・木・枝・張翅・跟従・来を主り、坤は母を主る。所謂「来従其母」とは、陽爻が坤の初位に返ることを言う。校記:「旋枝」は宋刻本・元刻本が「施技」とし、ここでは汲古閣本による。
艮。學靈三年,聖且神明。先見善祥,嘉吉福慶。鳱鵠知來,告我無憂。學靈者,學語也。三至上正反兩震言相對,下震如何言,上即如言反答,故曰學靈。震為年,數三,故曰三年。坎為聖,震為帝、為神,艮為明,故曰聖且神明。震為善祥、為吉慶。艮為鳱鵠,震為來、為告,坎為憂,震出故無憂。○第五句宋本作餌吉知來,汲古作神馬來見,依《小畜》之《漸》校。又二三句元本作"仁聖且神,明見善祥",今依宋本。嘉吉,元本作吉喜,汲古作吉盛,亦依宋本。鳱鵠,義詳《小畜》之《漸》。
《晋》が《艮》に変ずる。林辞に言う:言葉を学ぶこと三年で、聡慧なること聖人のごとく神明に近い。能く善祥の兆しを預かって見て、美好の吉慶・福気を得る。鳱鵠の鳥は未来を知りえ、私に報じて憂患がないと言う。聡明にして前知する大吉の象である。尚秉和の解説:「学霊」とは即ち言葉を学ぶこと。三爻より上爻まで、正看・倒看は二つの震が相対して、震は言語を主る。下の震がどのように言えば、上の震は照らして答え返すので「学霊」という。震は年を主り、震の数は三なので「三年」という。坎は聖を主り、震は帝・神を主り、艮は明を主るので「聖且神明」という。震は善祥・吉慶を主る。艮は鳱鵠を主り、震は来・告を主り、坎は憂を主る。震は出を主るので憂がない。校記:第五句は宋刻本が「餌吉知来」とし、汲古閣本は「神馬来見」とし、ここでは《小畜》之《漸》の条によって校定する。第二・三の両句は元刻本が「仁聖且神、明見善祥」とし、今は宋刻本による。「嘉吉」は元刻本が「吉喜」とし、汲古閣本は「吉盛」とし、ここでも宋刻本による。「鳱鵠」の取義は詳しく《小畜》之《漸》に見える。
漸。雲孽蒸起,失其道理。傷害年穀,神君乏祀。坎為雲、為孽,下得艮火,故能蒸起。伏震為起、為道,坎為失,故失其道里。震為年穀,巽隕落,故曰傷害年穀。震為神、為君。○理應為里之訛,依顧校。
《晋》が《漸》に変ずる。林辞に言う:雲気・妖孽が蒸騰して起き上がり、本来運行すべき道路を離れた。当年の穀物を傷損し、神霊と君主との祭祀すら供を絶った。天時が序を失い祭祀が継がぬ凶の象である。尚秉和の解説:坎は雲・妖孽を主り、下に艮火に遇うので蒸騰して起き得る。伏する震は起・道路を主り、坎は失を主るので「失其道里」という。震は年穀を主り、巽は隕落を主るので「傷害年穀」という。震は神・君を主る。校記:「理」は「里」の字の訛であろう。顧氏の校本による。
歸妹。春耕有息,秋入利福。獻豜大豵,以樂成功。震為春、為耕、為生,故曰息。兌為秋,震為利福,秋收故曰入。坎為豕,故曰豜、曰豵。震為功、為樂也。○大疑作私。豳風言私其豵,獻豜於公。
《晋》が《帰妹》に変ずる。林辞に言う:春に耕して生息があり、秋に収めて利と福とを入れる。大猪を献じ小猪を留めて、歓々喜喜として功を慶賀する。耕して獲あり成す吉の象である。尚秉和の解説:震は春・耕・生を主るので「息」という。兌は秋を主り、震は利福を主る。秋に収穫して倉に入れるので「入」という。坎は豕を主るので「豜」(三歳の大猪)といい「豵」(一歳の小猪)という。震は功・楽を主る。校記:「大」の字は疑うに「私」と作すべきか。《詩経・豳風・七月》は小猪は己に帰し、大猪は公に献ずると言う。
豐。羸豕躑躅,虎入都邑。遮遏左右,國門勑急。巽為豕,巽繩,故曰羸豕。震為躑躅,巽入,伏艮為都邑、為虎,故曰虎入邑都,艮止故遮遏。震左兌右,艮為國門,坎險故急。○震為勑,元本作敕,依汲古。
《晋》が《豊》に変ずる。林辞に言う:繩に繋がれた痩せた猪が往き来りて躑躅し、老虎が都の城に闖入した。左右・四下に拦阻するが、都門は緊急に戒厳される。猛獣が邑に入り、国を挙げて驚擾する凶の象である。尚秉和の解説:巽は豕を主り、巽はまた繩を主るので「羸豕」という。即ち繩に繋がれた豕である。震は躑躅を主り、巽は入を主り、伏する艮は都邑・虎を主るので注文は「虎入邑都」と作す。艮は止を主るので遮り拦ることができる。震は左に在り兌は右に在り、艮は国門を主り、坎は険を主るので「急」という。校記:尚注は震をもって勑とする。「勑」の字は元刻本が「敕」とし、ここでは汲古閣本による。
旅。東行西維,南北善迷。逐旅失群,亡我襦衣。通《節》。震為東、為行,兌為西,巽繩為維。維,繫也。震南坎北,坎又為疑,故曰南北善迷。震為逐,陰以陽為伴,旅卦下二陰隨二陽,上一陰隨一陽,故曰逐旅。坤眾為群,坎為失言,否二升五,遺二陰在下,故曰失群。否上乾為衣,下坤為襦,今變旅,乾坤形變,故曰亡我襦衣。
《晋》が《旅》に変ずる。林辞に言う:東に向かって行走するが西に牽い繋がれ、南も北も方向を迷い易い。隊伍に随いて行くのにかえって単りに落ち、また我が短衣を失った。行旅が路を失う凶の象である。尚秉和の解説:《旅》は《節》と旁通する。震は東・行を主り、兌は西を主り、巽は繩を主るので「維」を主る——維とは即ち繋い縛ることである。震は南に在り、坎は北に在り、坎はまた疑惑を主るので「南北善迷」という。震は追逐を主る。陰は陽をもって伴侶とする。《旅》卦は下面の二つの陰爻が二つの陽爻に随従し、上面の一つの陰爻が一つの陽爻に随従するので「逐旅」という。坤は衆を主るので群を主り、坎は喪失を主る。《否》卦の第二爻が五位に升って、残る二つの陰爻が下に留まったので「失群」という。《否》の上卦の乾は衣を主り、下卦の坤は襦を主る。今や《旅》に変じて乾坤の形体は皆改まったので「亡我襦衣」という。
巽。居室之倫,夫婦和親。小人乘車,碩果失豢。通《震》。中爻艮為居,坎為室,震夫巽婦,兌悅故和親。震為車、為人,艮為小,故曰小人乘車。艮為碩果,兩艮皆覆,故失豢。豢,養也。○汲古多"車在夫家,不知孰是"二句,依元本。
《晋》が《巽》に変ずる。林辞に言う:一室に同居して倫常を講じ、夫妻は和睦・親愛である。ただ小人もまた車に乗り、碩大の果実は養護を失った。前は吉で後には戒むべき所がある。尚秉和の解説:《巽》は《震》と旁通する。中爻に互い艮は居を主り、坎は室を主る。震は夫を主り、巽は婦を主り、兌は喜悦を主るので和睦・親愛である。震は車・人を主り、艮は小を主るので「小人乗車」という。艮は碩果を主る。二つの艮はいずれも覆象を取るので養護を失った——「豢」とは即ち養うことである。校記:汲古閣本は「車在夫家、不知孰是」の二句を多く出すが、ここでは元刻本による。
兌。東方孟春,乘冰戴盆。懼危不安,終失所歡。通《艮》。中爻震為東、為孟春,坎為冰,震為乘,坎在下故乘冰。震為盆,艮為戴,故曰戴盆。坎為危懼,艮為終,兌為歡。○首二句謂當春暖戴盆行冰上,故危而不安也。古人以頭戴物,孟子所謂斑白者不負戴於道路也,汲古作載,非,依宋元本。失,宋元、汲古皆作身,依周本。
《晋》が《兌》に変ずる。林辞に言う:東方はまさに孟春の時節で、盆を頭に頂いて氷の面を歩く。提心吊胆して甚だ安穏でなく、ついに歓ぶ所の人を失った。険を履んで歓を失う凶の象である。尚秉和の解説:《兌》は《艮》と旁通する。中爻に互い震は東・孟春を主り、坎は氷を主り、震は乗を主る。坎は下面にあるので、氷を踏んで行くことである。震は盆を主り、艮は戴を主るので「戴盆」という。坎は危懼を主り、艮は終を主り、兌は歓を主る。校記:首の二句は春暖の時節に盆を頂いて氷の上を行くを言うので、危険で安らかでない。古人は物を頭に頂く慣いがあり、《孟子》の言う「斑白者は道路に負戴せず」はまさにこの情形である。「戴」は汲古閣本が「載」とし、正しくない。ここでは宋刻本・元刻本による。「失」は宋元本と汲古閣本がともに「身」とし、ここでは周本による。
渙。風吹塵起,十里無所。南國年傷,不可安處。巽為風,震口為吹,艮為沙石、為小,故為塵。震為起。艮為里,伏兌數十,故曰十里,坎隱故無所也。震為南,艮為國、為時,坎災風隕,故南國年傷。坎險故不安。
《晋》が《渙》に変ずる。林辞に言う:風が一たび起きれば塵土が飛揚して、十里の内に安身の処がない。南方の国は年成が損を受けて、安居することができない。風災が穧を傷る凶の象である。尚秉和の解説:巽は風を主り、震は口を主るので吹を主り、艮は沙石・細小を主るので塵を主り、震は起を主る。艮は里を主り、伏する兌の数は十なので「十里」という。坎は隠没して見えないので「无所」である。震は南に在り、艮は国・時を主る。坎は災を主り、風は隕落を主るので南国の年成が傷を受ける。坎は険を主るので安く処ることができない。
節。重載傷車,婦女無夫。三十不室,獨坐廬空。震為車、為載,艮山,在山故曰重載,兌折故傷車。兌為婦女,震為夫,坎失故無夫。震數三,兌數十,艮為室,坎隱,故三十無室。坎為獨,艮為坐、為廬,離虛,故曰空廬。
《晋》が《節》に変ずる。林辞に言う:積載が重すぎて車を圧し壊し、婦人に夫がない。三十歳に至っても成家せず、独り空っぽの屋に坐るのみ。家室が成らぬ凶の象である。尚秉和の解説:震は車・装載を主る。艮は山を主り、車が山中に行くので「重載」という。兌は折毁を主るので「傷車」である。兌は婦女を主り、震は夫を主り、坎は失を主るので「无夫」である。震の数は三、兌の数は十、艮は室を主り、坎は隠没するので注文は「三十无室」と作す(林辞は「不室」と作す)。坎は孤独を主り、艮は坐・廬舎を主り、離の中は空虚なので「空廬」という。
中孚。敗牛羸馬,與利為市,不我嘉喜。中爻艮為牛,震為馬,兌毀折,故曰敗、曰羸。巽為利市,震為喜也。
《晋》が《中孚》に変ずる。林辞に言う:病残の牛・瘦弱の馬を牽いて交易して利を求めるが、喜ばしき結果を換えられない。本銭はすでに劣り経営に獲なき凶の象である。尚秉和の解説:中爻に互い艮は牛を主り、震は馬を主る。兌は毁折を主るので「敗」といい「羸」という。巽は利市を主り、震は喜を主る。
小過。月出阜東,山蔽其明。章甫薦屨,箕子佯狂。震為東、為出,艮為阜,兌月在山上,故曰月出阜東。艮山巽伏故明隱,艮為冠,故曰章甫。震為履、為草,故曰薦屨。薦,草也。震為箕、為子、為狂,御章甫之禮冠而下躡草履,不恭甚矣,故曰佯狂。○薦屨,汲古訛憂僂,茲從宋元本。
《晋》が《小過》に変ずる。林辞に言う:月は東の面の土山より昇るが、山峰がその光明を遮った。頭には章甫の礼冠を戴き、脚には草鞋を履いて、まさに箕子が狂を装い禍を避けたに似る。明賢が掩われ、晦を韜らして身を全うする象である。尚秉和の解説:震は東に在り出を主り、艮は土山を主り、兌は月を主りて山上に居るので「月出阜東」という。艮は山で、巽はまた潜伏しているので光明が掩われる。艮は冠を主るので「章甫」という。それは殷人の礼冠である。震は鞋・草を主るので「荐屨」という——「荐」とは即ち草である。震は箕・子・狂を主る。頭上に章甫の礼冠を戴きながら、脚下には草鞋を蹬るは極めて不恭敬の打扮なので「佯狂」という。校記:「荐屨」は汲古閣本が誤って「憂僂」とし、ここでは宋刻本・元刻本に従う。
既濟。出入門所,與道開通。杞梁之信,不失日中。少季渡江,來歸其邦,疾病危亡。此用《晉》象。艮為門、為道,坎為木、為杞,艮為梁,坎為信,離為為日中。艮為少季,坎為江,艮為邦,坎為疾病危亡。杞梁,齊大夫,襄二十三年齊與莒戰,杞梁夜入莒地,莒子賄杞梁,使勿死戰,杞梁曰:昏而受命,日中棄之,亦君之所惡也。少季未詳,或指吳季札,林語似此者甚多,不能強解也。
《晋》が《既済》に変ずる。林辞に言う:門戸を出入りすれば道路は通暢である。杞梁のように信を守りて、正午の期限を誤らない。少季は江を渡り本国に帰るも、疾病に染みて危殆にして亡びんとする。前半は吉で後半は凶である。尚秉和の解説:この条は本卦《晋》の象を用いる。艮は門・道路を主り、坎は木・杞を主り、艮は梁を主り、坎は信を主り、離は日中を主る。艮は少季を主り、坎は江を主り、艮は邦国を主り、坎は疾病・危亡を主る。杞梁は斉の大夫で、《左伝》襄公二十三年は斉と莒とが交戦し、杞梁が夜に莒国の境内に攻入し、莒子が財貨をもって彼を賄賂して死戦せぬを要請し、杞梁は黄昏に君命を領受して正午にそれを棄てるはこれも国君の憎む所だと言ったと記す。「少季」の指す所は明らかでなく、或いは呉の季札を指すかもしれない。林辞の中にこの類の確かに指し得ない語句は多く、強いて解説することはできない。
未濟。邑居衛師,如轉蓬時,居之凶危。此仍用《晉》象。坤為眾、為兵、為師、為邑,坤為薪、為蓬,艮為時、為居,坎為凶危。○居,宋元本作兵,茲依汲古,均不協。
《晋》が《未済》に変ずる。林辞に言う:城邑には戍守の軍隊が駐屯し、風に随って打ち転がる蓬草のように漂泊・不定で、久しく居れば凶険がある。安く処るに宜しからぬ凶の象である。尚秉和の解説:この条は依然として本卦《晋》の象を用いる。坤は衆・兵・師・邑を主る。坤はまた薪草を主るので蓬を主り、艮は時・居を主り、坎は凶危を主る。校記:「居」は宋刻本・元刻本が「兵」とし、ここでは汲古閣本による。二種の書き方はいずれも文義に妥帖とは言えない。
明夷 第三十六
明夷。他山之錯,與璆為仇。來攻吾城,傷我肌膚,邦家騷憂。震為玉、為璆,坤為城、為邦家,艮為肌膚,三至五艮覆,故曰傷我肌膚。坎為仇、為憂。《詩小雅鶴鳴》篇:"他山之石,可以為錯",《傳》"錯,石也",可以琢玉,故與璆為仇。
《明夷》卦自身のこの条。林辞に言う:他山の礪石が、美玉と対頭を結んだ。敵が来て我が城池を攻打して、我が肌膚を傷つけ、国家はこれがために騒動・憂懼する。外患が身を傷る凶の象である。尚秉和の解説:震は玉・璆(美玉)を主り、坤は城・邦家を主り、艮は肌膚を主る。三爻より五爻までの艮は覆象を取るので「傷我肌膚」という。坎は仇・憂を主る。典故は《詩経・小雅・鶴鳴》に見える。他山の石は、以て錯を為すべし、と。毛伝は「錯」とは即ち礪石で、玉器を琢磨するに用い得ると言うので、美玉と互いに敵手を為す。
乾。踐履寒冰,十步九尋。雖有苦痛,不為憂病。此用遇卦《明夷》象。震為踐履,坎為寒、為冰,坤數十,震數九,故曰十步九尋。《禮王制》注:"六尺為步",《周禮地官媒氏》注:"八尺曰尋"。坎為苦痛、為憂病,震在外故解也。
《明夷》が《乾》に変ずる。林辞に言う:足は寒氷を踏んで行き、十歩を出して九尋の遠さを行く。多少の苦痛はあるが、憂病を釀成するには至らない。険を履んで終に平安を得る象である。尚秉和の解説:この条は遇卦、即ち占う所の本卦《明夷》の象を用いる。震は践履を主り、坎は寒・氷を主る。坤の数は十、震の数は九なので「十步九尋」という。《礼記・王制》の鄭注は六尺をもって一歩とし、《周礼・地官・媒氏》の鄭注は八尺を一尋という。坎は苦痛・憂病を主る。震は外卦に居るので解脱し得る。
坤。太公避紂,七十隱處。卒逢聖文,為王室輔。此仍用《明夷》象。震為公,坤老故曰太公。坤為惡,故曰紂。坎伏故曰避紂。坤為文,坎為聖、為室,震為王,故曰王室,言太公遇文王為周室輔也。○逢,元本作遭,依宋本、汲古。
《明夷》が《坤》に変ずる。林辞に言う:姜太公は商の紂を避けて、七十歳まで隠居した。ついに聖明の周の文王に遇い、王室の輔弼となった。久しく晦めきて後に大いに遇われる吉の象である。尚秉和の解説:この条は依然として《明夷》の象を用いる。震は公を主り、坤は老を主るので「太公」という。坤は悪を主るので紂を象に取り、坎は潜伏して出ないので「避紂」という。坤は文を主り、坎は聖・室を主り、震は王を主るので「王室」という——太公が文王に遇って周室の輔佐となったと言うのである。校記:「逢」は元刻本が「遭」とし、ここでは宋刻本・汲古閣本による。
屯。日月之塗,所行必到,無有患悔。艮日坎月,震為塗、為行,坎為患。
《明夷》が《屯》に変ずる。林辞に言う:歩む所は日月の運行するあの大道で、往かんとする所は必ず到達し、禍患もなく悔恨もない。行止が常軌に合し始めあり終わりある吉の象である。尚秉和の解説:艮は日を主り、坎は月を主り、合して「日月之涂」を成す。震は道路・行走を主るので「所行必到」という。坎は禍患を主るが、林辞はまさにその無きを言う。
蒙。諷德誦功,美風盛隆。旦輔成周,光濟沖人。震為功德、為言,正反震,故曰諷誦。震為周、為盛、為旦,艮為光,坎為和,沖,和也。震為人,沖人,成王也;旦,周公也。○美風,宋元本作美周,依汲古。
《明夷》が《蒙》に変ずる。林辞に言う:徳行を歌詠し功業を伝誦して、美好の風教は盛大に隆興した。周公旦が成周を輔佐して、大いに年幼の成王を扶助した。賢い輔佐が人を得る大吉の象である。尚秉和の解説:震は功徳・言を主り、正反の両震が相対するので「諷誦」という。震は周・盛・旦を主り、艮は光を主り、坎は和を主る。「沖」とは即ち和である。震は人を主り、「沖人」とは周の成王を指し、「旦」は周公の姫旦を指す。校記:「美風」は宋刻本・元刻本が「美周」とし、ここでは汲古閣本による。
需。童子無室,未有配合,空坐獨宿。伏艮為童子,坎為室,兌毀故無室。坎為合,二五不相應,故無合。坎為獨、為宿。○子,宋元本作女,依汲古。
《明夷》が《需》に変ずる。林辞に言う:少年はまだ成家せず、配偶もなく、ただ空しく坐して独り眠るほかない。婚配が成らぬ凶の象である。尚秉和の解説:伏する艮は童子を主り、坎は室を主り、兌は毁坏を主るので「无室」である。坎は合を主るが、二爻と五爻とが相い応じないので配合がない。坎は孤独・住宿を主る。校記:「子」は宋刻本・元刻本が「女」とし、ここでは汲古閣本による。
訟。穿鼻繫株,為虎所拘。王母祝詞,禍不成災,惠然肯來。艮為鼻,坎為穿,初至四艮二陽穿其中,故曰穿鼻,此與入於淵入字同義,皆謂二也。巽為繫、為木,故曰繫株,言既穿其鼻復繫於木上也。乾為虎、為王,巽為母,故曰王母。伏震為祝,坎為禍,離為災,風散故脫。
《明夷》が《訟》に変ずる。林辞に言う:鼻を穿たれ、繩索が樹の株に繋がれ、また老虎に拘えられた。幸いに王母の祝祷の詞があって、禍事は灾殃を釀さず、恩惠が意外にも到来した。先に困厄を受けて後に解を得る象である。尚秉和の解説:艮は鼻を主り、坎は穿を主る。初爻より四爻まで艮を成し、二つの陽爻がその中を貫穿するので「穿鼻」という——この「穿」の字は「入于淵」の「入」の字と同義で、いずれも九二の一爻を指す。巽は繋・木を主るので「繋株」という。すでにその鼻を穿ち、またそれを樹に繋いだと言うのである。乾は虎・王を主り、巽は母を主るので「王母」という。伏する震は祝祷を主り、坎は禍を主り、離は災を主る。巽風は吹き散らし得るので脱免し得た。
師。黃帝神明,八字聖聰。佚受大福,天下平康。震為帝,坤黃故曰黃帝。坎為聖、為聰,坤卦數八,震為子,故曰八子。震為福,坤為天下,坎為平,故天下平康。
《明夷》が《師》に変ずる。林辞に言う:黄帝は神明・叡智で、八人の息子は一つ残らず聡慧・聖哲である。大福を安享して、天下は太平・康寧である。聖君が世を治める大吉の象である。尚秉和の解説:震は帝を主り、坤の色は黄なので「黄帝」という。坎は聖・聡を主り、坤の卦数は八、震は子を主るので注文は「八子」と作し、林辞の「八字」と用字が異なる。震は福を主り、坤は天下を主り、坎は平を主るので「天下平康」という。
比。深谷為陵,衰者復興。亂傾之國,民得安息。中婦病困,遂入冥室。艮為谷、為陵,坤為國、為亂、為民,艮止為安息。火為水妃,火伏,故曰中婦病困。坎為室、為冥,坤為死,入冥室,言死也。卦坎為水,坤又為水,故離火病也。《詩小雅》:"高岸為谷,深谷為陵"。
《明夷》が《比》に変ずる。林辞に言う:深谷が隆起して丘陵と成り、衰敗したものは重ねて振興した。傾覆・動乱の国家は、百姓が安寧・休息するを得た。ただ家中の中年の婦人が病困して、ついに幽冥の室に入った。国事は吉に転じ家中に喪がある。尚秉和の解説:艮は谷・陵を主り、坤は国・乱・民を主る。艮は止を主るので安息を主る。火は水の配偶で、火がすでに潜伏したので「中婦病困」という。坎は室・幽冥を主り、坤は死を主る。所謂「入冥室」とは即ち死を言う。この卦は坎が水を主り、坤もまた水を主り、水勢が甚だ盛んなので離火が病を成す。「深谷為陵」は《詩経・小雅・十月之交》に出る。高き岸が深谷に変じ、深谷が丘陵に変じると。
小畜。道遠遼絕,路宿多悔。頑囂相聚,生我畏忌。乾為道路、為遼遠,坎為宿,坤為悔,故曰路宿多悔。坤為聚、為惡,故曰頑囂相聚。震為生,坎為畏,皆用伏象。○忌,宋元本作惡,依汲古。
《明夷》が《小畜》に変ずる。林辞に言う:道路は遼遠に隔絶し、途中に露宿して懊悔が多い。頑劣・喧囂の徒が一処に聚まり、我が心に畏れと忌惮とを生ぜしめる。行旅が悪人に遇う凶の象である。尚秉和の解説:乾は道路・遼遠を主り、坎は住宿を主り、坤は悔を主るので「路宿多悔」という。坤は聚集・凶悪を主るので「頑囂相聚」という。震は生を主り、坎は畏を主る——これらの取象はいずれも伏象を用い、即ち本卦に含まれる経卦の陰陽を翻転して取る。校記:「忌」は宋刻本・元刻本が「悪」とし、ここでは汲古閣本による。
履。旦樹菽豆,暮成藿羹。心之所樂,志快心歡。伏《謙》。震為旦、為樹、為菽豆,坎為暮,巽為藿,坎為心,震為樂。○羹、歡,依宋元,汲古本作藿葉、作心愜,韻似協,然不可從。
《明夷》が《履》に変ずる。林辞に言う:朝に豆を植えれば、暮れにはもう豆葉の羹に熬り成った。これはまさに心中の喜ぶ所で、志意は満ち足りて満心歓暢である。速やかに願いを得る吉の象である。尚秉和の解説:《履》と《謙》とは互いに伏卦である。震は旦・種植・菽豆を主り、坎は暮を主り、巽は藿即ち豆葉を主り、坎は心を主り、震は楽を主る。校記:「羹」「歓」の二字は宋刻本・元刻本による。汲古閣本は「藿葉」「心愜」とし、押韻はより諧うようだが、依るべからず。
泰。切切之患,凶憂不成。虎不敢齧,利當我身。坤為患、為凶憂,兌為虎、為齧,坤為我、為身,伏巽為利。○齧,宋元本作齚,依汲古。
《明夷》が《泰》に変ずる。林辞に言う:眉睫に迫る禍患も、険悪・憂愁はついに成り立たなかった。老虎は口を下して人を咬むを敢えてせず、利益はかえって我が身に落ちた。危うくして安に転ずる吉の象である。尚秉和の解説:坤は患・凶憂を主り、兌は虎・咬嚙を主り、坤は我・身を主り、伏する巽は利を主る。校記:「嚙」は宋刻本・元刻本が「齚」とし、ここでは汲古閣本による。
否。王伯遠宿,長婦在室。異庖待食,所求不得。震為王、為伯,坤為宿,震伏不見,故曰遠宿。巽為長婦,互艮為室,故曰長婦在室。艮為庖、為待,伏兌為食。艮為求,言與庖廚離異不能得食也。○待,宋元本作恃,依汲古。
《明夷》が《否》に変ずる。林辞に言う:王伯は遠くに宿り、長の嫁は家の中に留まる。厨灶はまた一辺に在り、飯の開くを待つが、欲するものは終始得られない。求めて得られぬ凶の象である。尚秉和の解説:震は王・伯を主り、坤は住宿を主る。震は潜伏して見えないので「遠宿」という。巽は長婦を主り、互体の艮は室を主るので「長婦在室」という。艮は厨房・等待を主り、伏する兌は食を主る。艮は求を主る。これは人と厨灶とが隔っているを言うので、飯にありつけない。校記:「待」は宋刻本・元刻本が「恃」とし、ここでは汲古閣本による。
同人。寒燠失時,陽旱為災,雖耗無憂。乾寒離火,故曰寒燠失時。離為陽旱、為災,巽隕落故曰耗,故為憂。坎伏故無憂。
《明夷》が《同人》に変ずる。林辞に言う:寒冷と温熱とが時令に合わず、陽気が亢して乾旱し災害を釀した。損耗はあったが憂を成すには至らない。損はあるも大害なき象である。尚秉和の解説:乾は寒を主り、離は火に属し、寒熱が相い激するので「寒燠失時」という。離は陽旱・災害を主る。巽は隕落を主るので「耗」といい、それゆえまた憂を生ず。坎はすでに潜伏して出ないので「无憂」という。
大有。雖窮復通,復危不凶,得其明功。此用遇卦《明夷》象。震為通、為履,坎在震下,故曰履危。
《明夷》が《大有》に変ずる。林辞に言う:一時困窮したが終にまた通達した。再び危難に遇うも凶に至らず、かえって顕明なる功業を成就した。否極まりて泰来る吉の象である。尚秉和の解説:この条は遇卦《明夷》の象を用いる。震は通・践履を主り、坎は震の下に在るので注文は「履危」と言い、林辞の「復危」と字面上はやや異なる。所謂「明功」はまさに《明夷》の「明」の字に扣し、晦暗の後に終に功業を顕揚し得ると言うのである。
謙。狼虎所宅,不可以居,為我患憂。艮為虎狼、為宅,坎坤皆為憂患,故不可居。
《明夷》が《謙》に変ずる。林辞に言う:そこは豺狼・老虎が盤踞する所で、ここに家を安んずることはできず、住み続ければただ我に憂患を招くのみ。処る所が地に非ず、速やかに遷避すべき凶の象である。尚秉和の解説:艮は虎狼を主るとともに、また住宅を主り、両象が合すれば猛獣が宅に拠る形を成す。坎と坤とはともに憂患を主るので、我に害を為すと言うのである。
豫。喋囁噱嚾,昧冥相摶。多言少實,語無成事。震言故曰喋囁。噱,大笑。嚾,喧囂也,卦正反艮,故曰相摶,正覆震相背,故曰多言少實,語無成事。○噱嚾,宋元本作處嚁,汲古作處耀。摶,宋元本、汲古訛傳,均依汲古《中孚》之《升》校。
《明夷》が《豫》に変ずる。林辞に言う:囁々喳喳として、また笑いまた喚き、昏黑の中で互いに扭い打つ。話すことは多く実事は少なく、半日言い耽って一事も成し遂げられない。空言にして実なき凶の象である。尚秉和の解説:震は言語を主るので「喋嗫」という。「噱」は声を放って大笑いすること、「嚾」は喧鬧である。卦体は正看・倒看ともに艮なので「相摶」という。即ち互いに搏い闘うことである。正覆の両震は方向が相背するので「多言少実、語无成事」という。校記:「噱嚾」は宋刻本・元刻本が「処嚁」とし、汲古閣本は「処耀」とし、「摶」は宋元本と汲古閣本がともに誤って「伝」とする——以上はいずれも汲古閣本の《中孚》之《升》の条によって校定する。
隨。履冰蹈凌,雖困不窮。播鼓登巖,卒無憂凶。明夷坎為冰凌,震為蹈履、為通,故不窮。震為鼓,互艮手故曰播鼓。艮為巖,震為登,言登山擊鼓也。○鼓,宋元本作雀,茲依汲古。
《明夷》が《随》に変ずる。林辞に言う:薄氷を踏み堅凌を踏んで行き、困頓したといえども途窮するには至らない。鼓を擂いて山岩に登れば、ついに憂愁・凶険がない。険を履んで安らかなる吉の象である。尚秉和の解説:本卦《明夷》の坎は氷凌を主り、震は踏履・通達を主るので「不窮」である。震は鼓を主り、互体の艮は手を主るので「播鼓」という。即ち鼓を撃つことである。艮は山岩を主り、震は登を主り、合わせれば登山して鼓を撃つことである。校記:「鼓」は宋刻本・元刻本が「雀」とし、ここでは汲古閣本による。
蠱。文文墨墨,憂禍相雜。南北失志,東西不得。震東兌西,震亦為南北象,或指大坎。○首句依宋元本,汲古作文墨且墨,文疑汶之訛,汶汶墨墨,言雜亂不明也。
《明夷》が《蠱》に変ずる。林辞に言う:混混・沌沌として含糊・不清で、憂愁と禍患とが交雑して一つになる。南に往き北に往きていずれも志向を失い、東に往き西に往きても一つの得る所もない。四顧して茫然たる凶の象である。尚秉和の解説:震は東に在り兌は西に在り、震はまた南北の象を取り得る。あるいは卦中の大坎を指すかもしれない。校記:首句は宋刻本・元刻本による。汲古閣本は「文墨且墨」とする。「文」は疑うに「汶」の字の訛で、「汶汶墨墨」とは混雑・昏暗にして分かり明らかでないを言う。
臨。爭訟不已,更相談訽。張季弱口,被髮北走。詳《大畜》之《家人》。○口,宋元本訛日,依汲古。
《明夷》が《臨》に変ずる。林辞に言う:争訟は了ることがなく、互いに謾罵・攻訐する。張季は口舌で人に争い勝てず、髪を披いて散らし北に奔逃する落ちぶれとなった。訟に敗れて身を失う凶の象である。尚秉和の解説:この条の詳しい講解は《大畜》之《家人》の条に見える。校記:「口」は宋刻本・元刻本が誤って「日」とし、ここでは汲古閣本による。
觀。德積逢時,宜其美才。相明輔聖,拜受福休。長女不嫁,後為大悔。坤為積,艮為時、為明,伏乾為聖、為休福,艮為拜,故拜受福休。巽為長女,震為嫁,震伏故不嫁。
《明夷》が《観》に変ずる。林辞に言う:徳行を積累してまた良い時に趕上し、まさに彼の美才に配するに足る。明主・聖君を輔佐して、福慶を拝受する。ただ長女は遅々として嫁がず、後日大きな憾みとなった。全体は吉で、末句に一点の缺憾を留める。尚秉和の解説:坤は積を主り、艮は時・明を主り、伏する乾は聖・休福を主り、艮は拝を主るので「拝受福休」という。巽は長女を主り、震は出嫁を主る。震はすでに潜伏しているので「不嫁」である。
噬嗑。江水沱泛,思附君子。仲氏爰歸,不我肯顧,侄娣悔恨。詳《遯》之《巽》。
《明夷》が《噬嗑》に変ずる。林辞に言う:江水は沱の岔に漫溢して流れ去り、一心に君子に依附したいと思う。二妹はこれにより嫁したが、肯んじて頭を回して我を一顧することなく、随嫁の侄娣は悔恨を懐く。棄てられ遺される凶の象である。尚秉和の解説:この条の詳しい講解は《遯》之《巽》の条に見える。「侄娣」とは古代の諸侯が女を嫁がせる時に随嫁する姪女と妹を指す。林辞が用いるのは《詩経・召南・江有汜》の意で、撇き棄てられた者の心中の怨懟を写す。
賁。光祀春成,陳寶雞鳴。陽明失道,不能自守,消亡為咎。詳《大有》之《井》。○祀,汲古作禮,寶作室,陽作師,均依宋元本。
《明夷》が《賁》に変ずる。林辞に言う:祭祀を光大して春事が成り、陳宝祠の神鶏が啼き鳴いた。陽明が常道を失い、己を守ることができず、ついに消亡して禍を成した。前は吉で後は凶である。尚秉和の解説:この条の詳しい講解は《大有》之《井》の条に見える。「陳宝」とは秦の地の神祠で、伝える所によれば神霊が降臨する時は形状は雄鶏のごとく鳴く。《史記・封禅書》に見える。校記:「祀」は汲古閣本が「礼」とし、「宝」は「室」とし、「陽」は「師」とし、ここではいずれも宋刻本・元刻本による。
剝。驚虎無患,虞為我言,賴得以安。艮為虎,坤為患,艮安故無患。虞,虞人,守山澤之官,艮為官、為山,故艮為虞人,反震為言。
《明夷》が《剥》に変ずる。林辞に言う:驚かされた老虎は禍患とはならず、虞人が我のために言葉を為してくれて、彼に頼ってやっと平安を得た。人の相助けを得て禍を免れる吉の象である。尚秉和の解説:艮は虎を主り、坤は患を主る。艮は安を主るので禍患がない。「虞」とは虞人を指し、山林・川沢を掌る官である。艮は官・山を主るので、艮は虞人の象を取り得る。反震は言を主る。
復。偽言妄語,轉相詿誤,不知狼處。震為言,坤虛,故曰偽妄、曰詿誤。艮為狼,艮覆坤迷,故不知。○相,汲古作為,依宋元本。
《明夷》が《復》に変ずる。林辞に言う:虚仮の話・荒誕の語が、輾転して相い伝え、互いに貽誤しあい、豺狼がどこに潜んでいるかすら知らない。流言が事を誤り、危機が潜伏する凶の象である。尚秉和の解説:震は言を主り、坤の中は空虚なので「偽妄」といい「詿誤」という。艮は狼を主る。艮が覆象を取り坤がまた迷惑を主るので「不知」という。校記:「相」は汲古閣本が「為」とし、ここでは宋刻本・元刻本による。
無妄。履隙自敵,凶憂來到,痛不能笑。互巽為隙,震為履、為笑,伏坤為凶憂,故不能笑。○隙,宋元本作悖,依汲古。能笑,汲古作死哭,依宋元本。
《明夷》が《无妄》に変ずる。林辞に言う:裂缝の上を踏んで自ら己に敵を樹て、険悪・憂患が随って来て、痛くて笑い出せない。自ら禍を取る凶の象である。尚秉和の解説:互体の巽は縫隙を主り、震は践履・笑を主り、伏する坤は凶憂を主るので笑い出せない。校記:「隙」は宋刻本・元刻本が「悖」とし、ここでは汲古閣本による。「能笑」は汲古閣本が「死哭」とし、ここでは宋刻本・元刻本による。
大畜。牽尾不前,逆理失臣,惠朔以奔。艮為尾、為牽,艮止故不前。坤為理、為臣,坤伏故失臣。乾為朔,互震為奔,衛惠公名朔,初譖急子於宣公,公令急子使齊,其弟壽知之,先往,盜殺之,急子至,又殺之,及朔即位,為諸公子所惡,故出奔,見《左傳桓十六年》。
《明夷》が《大畜》に変ずる。林辞に言う:尾を牽かれて前に進むを肯んぜず、常理に背いて臣属を失い、衛の惠公朔はこれにより出奔した。衆叛・親離の凶の象である。尚秉和の解説:艮は尾・牽引を主り、艮は止を主るので前進できない。坤は理・臣を主る。坤がすでに潜伏したので「失臣」である。乾は朔を主り、互震は奔走を主る。衛の惠公の名は朔で、初め彼は衛の宣公の前で讒を進めて太子の急子を陥れ、宣公は急子を斉に出使させて暗かに盗賊を埋伏させた。急子の弟の公子寿が知るや先んじて出発して、盗賊に殺害され、急子は後に続いて到着し、また殺された。朔が即位するに及んで、諸公子の憎む所となり、これにより出奔した。事は《左伝・桓公十六年》に見える。
頤。三狸捕鼠,遮遏前後。死於環城,不得脫走。詳《離》之《遯》。
《明夷》が《頤》に変ずる。林辞に言う:三匹の狸猫が囲み合わせて鼠を捕え、前後はいずれも厳実に堵えられた。鼠は環城の下に死して、逃げ出すことができない。重囲の下に路なき凶の象である。所謂「環城」とは、四面が城墻のごとく囲合して、包抄して一点の空隙もないを形容する。尚秉和の解説:この条の詳しい講解は《離》之《遯》の条に見える。
大過。言笑未畢,憂來暴卒。身加檻纜,囚繫縛朿。大過為棺槨,故為死卦,兌口故曰言笑。伏坤為憂、為身,艮為檻。《史記陳平傳》:"即反接噲載檻車詣長安",巽為繩,故曰纜。縲,紲也。卦為大坎,坎為囚,巽為繫縛,漢人以大過為死卦,故象如此。○畢,宋元本作卒,依汲古。三四句宋元本汲古皆作"身墨丹索,檻囚裝朿",茲依汲古《既濟》之《大過》校。
《明夷》が《大過》に変ずる。林辞に言う:言笑がまだ畢らぬうちに、憂患が突然として頭に臨んだ。身に囚籠と繩索とが加えられ、綑綁・拘繫された。横禍が身に纏う大凶の象である。尚秉和の解説:《大過》は棺椁の象があるので死卦である。兌は口を主るので「言笑」という。伏する坤は憂・身を主り、艮は囚籠を主る。《史記・陳丞相世家》は樊噲を反縛し檻車をもって長安に押送した事を記す。巽は繩を主るので「纜」といい、「縲」とは即ち繩索である。全卦は一つの大坎で、坎は囚を主る。巽は繋縛を主る。漢代の人は《大過》を死卦と看做したので、取象がこのようになる。校記:「畢」は宋刻本・元刻本が「卒」とし、ここでは汲古閣本による。第三・四の両句は宋元本と汲古閣本がともに「身墨丹索、檻囚装朿」とし、ここでは汲古閣本の《既済》之《大過》の条によって校定する。
坎。陰積不已,雲作滛雨。傷害平陸,民無室屋。坎為積、為雲、為雨,重坎故曰滛雨。艮為平陸、為室屋、為民,坎陷,故傷害而無室廬也。
《明夷》が《坎》に変ずる。林辞に言う:陰気が積聚して止まず、濃雲は連綿の大雨と化した。平地は水に沖毁され、百姓は房屋を失った。水災が民を害する凶の象である。尚秉和の解説:坎は積・雲・雨を主る。上下に坎を重ねるので「滛雨」という。即ち久雨して止まないことである。艮は平陸・室屋・民を主る。坎は陥落を主るので害を受けて房舎を没した。
離。山林麓藪,非人所處。鳥獸無禮,使我心苦。伏艮為山麓,巽為林。
《明夷》が《離》に変ずる。林辞に言う:山林と草沢・叢藪とは、もともと人の居る所ではない。そこの鳥獣は礼数を弁えず、我が心中を愁苦せしめる。荒野に流落し、ともに処る人なき凶の象である。尚秉和の解説:伏する艮は山麓を主り、巽は林木を主る——注文は前の二句の取象のみを挙出し、後の二句はさらに解釈を為していない。
咸。新作初陵,踰蹈難登。三駒推車,跌頓傷頤。艮為陵,震為踰蹈、為登,震伏,故難登,言始皇初即位,即穿治驪山為陵,其高大難登也。震為駒、為車,數三故曰三駒,兌毀折故曰跌頓。兌又為頤。○蹈。汲古作陷。頓作損。均依宋元本。
《明夷》が《咸》に変ずる。林辞に言う:新たに一座の初陵を造り起こし、翻越・攀登ともに甚だ吃力である。三匹の小馬が車を推して上り、跌倒して下巴を摔傷した。役が重くて人を傷る凶の象である。尚秉和の解説:艮は陵を主り、震は翻越・践踏・登を主る。震がすでに潜伏しているので登り難い。これは秦の始皇が剛に即位して驪山を鑿き陵墓を営造したを言う。陵は高大にして攀登し難い。震は駒・車を主り、震の数は三なので「三駒」という。兌は毁折を主るので「跌頓」といい、兌はまた頤を主る。即ち下巴である。校記:「蹈」は汲古閣本が「陷」とし、「頓」は「損」とし、ここではいずれも宋刻本・元刻本による。
恆。魂微惙惙,屬纊聽絕。擴然大通,復更生活。乾為魂,陷陰中成大過,大過死,故曰魂微惙惙。惙惙,短氣貌。巽為纊,兌為絕,震為通、為生,震在上出大過,故更生也。○屬,宋元本作行,依汲古。
《明夷》が《恒》に変ずる。林辞に言う:魂気は微弱で、息は奄々としている。新綿を口鼻の上に置いて試みるが、すでに呼吸が聞こえない。忽然として豁然と大通して、重ねて活き返った。絶処に生に逢う象である。尚秉和の解説:乾は魂を主る。乾が陰爻の中に陥れば即ち《大過》と成り、《大過》は死卦なので「魂微惙惙」という——「惙惙」は息が短促なるさまを形容する。巽は纊を主る。即ち新しい絲綿で、古人はこれを臨終の人の口鼻の処に置いて気を験した。兌は絶を主り、震は通・生を主る。震は上に在りて《大過》より脱し出たので更生し得る。校記:「属」は宋刻本・元刻本が「行」とし、ここでは汲古閣本による。
遯。欒子作殃,伯氏誅傷。州犁奔楚,去其邑鄉。通《臨》。震木故曰欒子,坤為殃、為誅傷,震為伯,故伯氏誅傷。震為犁,坤為州,震為奔、為楚,坤為邑、為鄉,《左傳成十五年》:"晉三卻殺伯宗及欒弗忌,伯宗子伯州犁奔楚"。○楚,宋元本作荊,依汲古。
《明夷》が《遯》に変ずる。林辞に言う:欒氏の子が禍殃を招き、伯氏は誅戮に遭った。伯州犁は楚国に逃げ奔り、己の城邑・郷里を離れた。族の禍で亡命する凶の象である。尚秉和の解説:《遯》は《臨》と旁通する。震は木に属するので「欒子」といい、坤は殃・誅傷を主り、震は伯を主るので「伯氏誅傷」という。震は犁を主り、坤は州を主り、震は奔・楚を主り、坤は邑・郷を主る。典故は《左伝・成公十五年》に見える。晋の三郤が伯宗と欒弗忌とを殺し、伯宗の子の伯州犁は楚国に逃げ奔った。校記:「楚」は宋刻本・元刻本が「荊」とし、ここでは汲古閣本による。
大壯。驕胡犬形,造惡作凶。無所能成,遠自滅身。通《觀》。坤為胡,艮為犬,故曰驕胡犬形。坤為凶惡、為身,兌毀故無成,坤死故滅身。
《明夷》が《大壮》に変ずる。林辞に言う:ひとつがいの驕横な胡人・悪犬のごとき形状で、専ら悪を造り凶を生ずることを能くする。何事も成すことができず、遥か遠く自ら滅亡を取る。悪を為して自ら斃れる凶の象である。尚秉和の解説:《大壮》は《観》と旁通する。坤は胡を主り、艮は犬を主るので「驕胡犬形」という。坤は凶悪・身を主り、兌は毁折を主るので成らず、坤は死を主るので身を滅す。
晉。陳詞達情,使安不傾。增榮益譽,以成功名。艮為榮譽、為名。○情,宋元本作城,蓋誠之訛,茲依汲古。
《明夷》が《晋》に変ずる。林辞に言う:言葉を陳述して明白にし、心意を表達して通達せしめ、局面を安穏にして傾覆せしめない。栄光・声誉は絶えず増益して、これにより功名を成就する。言を陳するに善く、これにより身を立つる吉の象である。尚秉和の解説:この条は注文が極めて簡で、ただ艮が栄誉・名を主るの一項を挙出するのみ。校記:「情」は宋刻本・元刻本が「城」とし、おそらく「誠」の字の訛で、ここでは汲古閣本による。
家人。三杞無棗,家無積莠。使鳩求婦,頑不我許。巽為杞,離卦數三,故曰三杞。巽為不果,故無棗。巽為茅、為莠,坎為積、為室家,莠在火上故曰家無積莠。離為鳩,巽為婦、為反,兌言反故不許。
《明夷》が《家人》に変ずる。林辞に言う:三株の杞の樹は棗を結ばず、家中には積まれた莠草すらもない。斑鳩を遣わして親を説き婦を求めさせるが、相手は頑固に肯んじて応じない。求めて遂げられぬ凶の象である。尚秉和の解説:巽は杞を主り、離の卦数は三なので「三杞」という。巽は「不果」の象があるので棗を結ばない。巽は茅・莠を主り、坎は積・室家を主る。莠草は火の上に処るので「家无積莠」という。離は鳩を主り、巽は婦・反を主る。兌の言が反転するので肯んじて応じない。
睽。慎禍重患,顏子為友,乃能安存。牢戶繫羊,乃能受福。坎為禍患,伏艮為顏,與下兌為友。坎為牢,兌羊在坎下,故曰繫羊牢戶,坎陷故曰繫。○患,宋元本作病,福作慶,依汲古。
《明夷》が《睽》に変ずる。林辞に言う:謹んで禍を防ぎ患難を重んじ、顔回のごとき友を交えて、ようやく安然として身を存し得る。羊を牢門に繋いで犠牲を備えて、ようやく福気を承け得る。徳を慎み友を択んで福を獲る吉の象である。尚秉和の解説:坎は禍患を主り、伏する艮は顔を主り、下の兌と合わせて「友」の象を取る。坎は牢を主り、兌は羊を主りて坎の下に処るので「繋羊牢戸」といい、坎は陥を主るので「繋」という。校記:「患」は宋刻本・元刻本が「病」とし、「福」は「慶」とし、ここでは汲古閣本による。
蹇。鹿得美草,鳴呼其友。九族和睦,不憂飢乏。詳《同人》之《蹇》。
《明夷》が《蹇》に変ずる。林辞に言う:鹿が肥美の青草を見つければ、鳴いて同伴を呼び招く。九族は和睦して相い処り、飢餓・匱乏を愁えない。宗族が相い親しみ福をともに享くる大吉の象である。前の二句は《詩経・小雅・鹿鳴》の「呦呦鹿鳴、食野之蘋」の意を取り、鹿が草を得て群れを呼ぶをもって利を独り享けないに喩える。尚秉和の解説:この条の詳しい講解は《同人》之《蹇》の条に見える。
解。亡玉失鹿,不知所伏。利以避危,全我生福。甘雨時降,年穀有得。震為玉、為鹿,坎為隱伏故亡失。坎為甘雨,震為年、為谷。○谷,宋元本作歲,依汲古。
《明夷》が《解》に変ずる。林辞に言う:玉を失い鹿を走らせ失して、どこに蔵れているかを知らない。危険を避けて、自身と福気とを保全するに宜しい。甘霖が時に応じて降り、一年の穀物に収穫があった。小さく失して大きく得る象である。尚秉和の解説:震は玉・鹿を主る。坎は隠伏を主るので亡失の象がある。坎は甘雨を主り、震は年・穀を主る。校記:「穀」は宋刻本・元刻本が「歳」とし、ここでは汲古閣本による。
損。逢時積德,身受福慶。○積德,宋元本作得當,依汲古。
《明夷》が《損》に変ずる。林辞に言う:すでに良い時運に趕上し、また徳行を積み下げて、自身はこれにより福気と喜庆とを承ける。全条はわずか八字で、《易林》の中で最も簡短の類の吉辞で、「時」と「徳」との両者が相い成し遂げる義を取る。尚秉和はこの条に注を出さず、取象の出所を説明していない。校記:「積徳」は宋刻本・元刻本が「得当」とし、ここでは汲古閣本による。
益。鵠思其雄,欲隨鳳東。順裡羽翼,出次須日。中留北邑,復反其室。艮為鵠,坤為鳳,震為東、為隨,故欲隨鳳東。震為羽翼,艮為日,艮止,故曰須日、曰中留。坤為邑、為北,艮為室。○須日中,汲古作日中須,茲依宋元本。
《明夷》が《益》に変ずる。林辞に言う:雌の鵠はその雄の伴を思い恋い、鳳凰に随いて東に飛ぼうとする。羽翼を理め整えて、門を出て駐して時日を待つ。中途で北面の城邑に滞留し、最後にまた己の巢室に返る。遠行の志ありて終に旧処に帰る象である。尚秉和の解説:艮は鵠を主り、坤は鳳を主り、震は東・跟隨を主るので「欲随鳳東」という。震は羽翼を主り、艮は日を主る。艮は停止を主るので「須日」(時日を待つ)といい「中留」という。坤は邑を主り北に居り、艮は室を主る。校記:「須日中」は汲古閣本が「日中須」とし、ここでは宋刻本・元刻本による。
夬。環堵倚鉏,升斗屬口。貧賤所處,心寒悲苦。此用《明夷》象。坤為堵,震為鉏、為升斗、為口,坤為貧賤。坎為心、為寒、為悲苦。○升斗,宋元本作升升,悲作昨,依汲古。堵,汲古作緒,依宋元本。
《明夷》が《夬》に変ずる。林辞に言う:一囲いの土墻の下に一把の鋤頭を倚せ、一升・一斗に頼ってやっと糊口をする。身は貧賤の中に処り、心中は凄寒・悲苦である。窮困・潦倒の凶の象である。尚秉和の解説:この条は《明夷》の象を用いる。坤は堵を主る。即ち土墻である。震は鋤・升斗・口を主り、坤は貧賤を主る。坎は心・寒・悲苦を主る。校記:「升斗」は宋刻本・元刻本が「升升」とし、「悲」は「昨」とし、ここでは汲古閣本による。「堵」は汲古閣本が「緒」とし、ここでは宋刻本・元刻本による。
姤。孤獨特處,莫依為輔,心勞志苦。巽為寡,故曰孤獨。伏坤為心志、為勞苦。
《明夷》が《姤》に変ずる。林辞に言う:孤零零として独り処り、倚り頼み扶助し得る人がなく、心力は交瘁し、志意は愁苦である。援なくして自ら困る凶の象である。句中の「莫」は「无」の意で、倚り傍う所なしを言う。尚秉和の解説:巽は寡を主るので「孤独」といい、伏する坤は心志・労苦を主る。
萃。稷為堯使,西見王母。拜請百福,賜我喜子,長樂富有。此用《明夷》象。互震為稷,又為帝、為堯。坎為西,震為王,坤為母,故曰王母。震為百、為福、為富有,又為喜子,喜子,蠨蛸也。劉向《新論》"野人晝見蟢子者,以為有喜樂之瑞"。
《明夷》が《萃》に変ずる。林辞に言う:后稷は帝尭の命を奉じて使いし、西に往って西王母を謁見した。叩拜して百様の福気を祈請し、我に喜子を賜りて、長く歓楽と富足とを享ける。福を求めて応じ得る大吉の象である。尚秉和の解説:この条は《明夷》の象を用いる。互震は稷を主り、また帝・尭を主る。坎は西方に在り、震は王を主り、坤は母を主るので「王母」という。震は百・福・富有を主り、また「喜子」を主る——喜子とは即ち蟏蛸で、一種の長脚の小蜘蛛である。劉向の《新論》は、郷野の人が昼に蟢子を見れば、喜楽あるの祥瑞と為すと言う。
升。鳴條之災,北奔犬胡。左袵為長,國號匈奴。主君旄頭,立為單于。詳《屯》之《無妄》。災,宋元本作郊,為作尊,依汲古。
《明夷》が《升》に変ずる。林辞に言う:鳴条の一戦の禍敗の後、北に奔って犬戎の胡地に至った。左衽を俗として推されて首領と為り、国号は匈奴と称された。君主となり、号を旄頭といい、立てられて単于となった。これは敗亡の族が転じて別に一国を立てた故事である。伝える所によれば、夏の桀が鳴条に敗れた後に遺族は北に遷り、《史記・匈奴列伝》は匈奴の先祖は夏后氏の苗裔だと言う。林辞が用いるのはまさにこの説である。尚秉和の解説:この条の詳しい講解は《屯》之《无妄》の条に見える。校記:「灾」は宋刻本・元刻本が「郊」とし、「為」は「尊」とし、ここでは汲古閣本による。
困。絕而復通,雖危不窮。終得其願,姬姜相從。兌為絕,坎為通,故絕而復通。坎為危,巽為姜,伏震為姬。○危,宋元本作達,依汲古。
《明夷》が《困》に変ずる。林辞に言う:断絶して後に重ねて接通し、危険はあるが途窮には至らない。ついに願いのごとく償い得られ、姫姓と姜姓とが姻好を結んだ。危を転じて安とし、婚姻が成る吉の象である。「姫」は周の国姓で、「姜」は斉の国姓で、古人は「姫姜」をもって門第が相い当たる婚配を代指した。尚秉和の解説:兌は絶を主り、坎は通を主るので「絶而復通」という。坎は危を主り、巽は姜を主り、伏する震は姫を主る。校記:「危」は宋刻本・元刻本が「達」とし、ここでは汲古閣本による。
井。陽並悖狂,拔劍自傷,為身生殃。並,依宋本、汲古,元本作氏。生,宋元本作坐,依汲古。翟云升云:《內經》:陰不勝其陽,則脈流薄疾並乃狂,注:盛,實也。
《明夷》が《井》に変ずる。林辞に言う:陽気が併盛して狂悖に至り、剣を抜き出して自ら己を傷つけ、自身に禍殃を招く。失控して自ら戕う凶の象である。この条は尚秉和が象数の注を出さず、ただ校記と旧説とを録す。校記:「并」の字は宋刻本・汲古閣本による。元刻本は「氏」とする。「生」は宋刻本・元刻本が「坐」とし、ここでは汲古閣本による。翟雲升は《黄帝内経》を引いて言う。陰が陽に勝つ能わざれば、脉流は迫促・急疾して、陽が併して狂を発すと。旧注は「盛」とは即ち実だと言う。これは医理をもって「陽并悖狂」の四字を解釈するのである。
革。方圓不同,剛柔異鄉。掘井得石,勞而無功。互乾為圓,伏坤為方。乾剛坤柔故曰異鄉。兌為井,乾為石,互巽亦為石。伏坎為勞,掘井得石,不能再掘,故勞而無功。
《明夷》が《革》に変ずる。林辞に言う:方と円とはもともと同じでなく、剛と柔とは各々一方に在る。井を掘るのに偏に石頭に撞き当たり、力を徒らに費やして一つの成す所もない。求むる所が合わず徒労にして獲なき凶の象である。尚秉和の解説:互体の乾は円を主り、伏する坤は方を主る。乾は剛で坤は柔なので「異郷」という。即ち各々一方に処る。兌は井を主り、乾は石を主り、互巽もまた石を主る。伏する坎は労を主る。井を掘って石に遇えばさらに掘り下げられないので、労して功がない。
鼎。乘風駕雨,與鳴鳥俱。動舉千里,見我愛母。通《屯》。震為乘,坤為風,故曰乘風。坎為雨,故曰駕雨。震為鳴,艮為鳥,坤為千里、為母。○駕雨,宋元本作雨會,鳴作飛,均依汲古。
《明夷》が《鼎》に変ずる。林辞に言う:風に乗り雨に駕して、鳴く飛鳥とともに行く。一たび動身すれば即ち千里で、我が思い恋う母に見えた。遠行が速かに達し、母子が再び逢う吉の象である。尚秉和の解説:《鼎》は《屯》と旁通する。震は乗を主り、坤は風を主るので「乗風」といい、坎は雨を主るので「駕雨」という。震は鳴を主り、艮は鳥を主り、坤は千里・母を主る。校記:「駕雨」は宋刻本・元刻本が「雨会」とし、「鳴」は「飛」とし、ここではいずれも汲古閣本による。この条は《大壮》之《剥》の「乗風駕雨、与飛鳥倶」と文意が同じく、前のあの条の校勘はまさにこれにより互いに証し合った。
震。三塗五獄,陽城太室。神明所扶,獨無丘革。詳《需》之《蒙》。
《明夷》が《震》に変ずる。林辞に言う:三涂山と五岳と、陽城と太室山とは、いずれも神明の扶助があるが、ただ丘陵が変遷するごとき禍変のみない。神の庇佑を得て安固にして揺らがぬ吉の象である。三涂は古代の名山で、太室は即ち嵩山の主峰、陽城は嵩山の下に在り、いずれも古人の奉ずる聖地である。「五獄」とは即ち五岳である。尚秉和の解説:この条の詳しい講解は《需》之《蒙》の条に見える。
艮。鴟鴞娶婦,深目身。折要不媚,與伯相背。艮為鴟鴞,震為娶,伏兌為艮婦,互大離故曰深目。艮為身,坎隱,故曰身。坎為腰、為折,兌為媚,兌伏,故曰不媚。互震為伯、為反艮,故曰相背。○元本作鴞鴟,從宋本、汲古。背,汲古作悖,依宋元本。
《明夷》が《艮》に変ずる。林辞に言う:鴟鴞が妻を娶るが、眼窩は深く陥り、身形は(ここは底本に脱文あり、四言に足らず)。腰身は折れ損じ、容子は人に喜ばれず、伯氏と互いに背き離れた。醜陋・乖離の凶の象である。尚秉和の解説:艮は鴟鴞を主り、震は娶を主り、伏する兌は艮の婦と作す。二爻より五爻まで互い一つの大離を成すので「深目」という。艮は身を主り、坎は隠没するので「身」という——注文のこの句も林辞と同じく脱字があり、底本はすでに復元し難い。坎は腰・折を主り、兌は媚を主る。兌はすでに潜伏したので「不媚」である。互震は伯を主り、また反艮なので「相背」という。校記:「鴟鴞」は元刻本が「鴞鴟」とし、ここでは宋刻本・汲古閣本に従う。「背」は汲古閣本が「悖」とし、ここでは宋刻本・元刻本による。
漸。轉行軌軌,行近不遠。旦夕入門,與君笑言。伏震為旦,坎為夕,艮為門,巽入。震為君、為笑言。
《明夷》が《漸》に変ずる。林辞に言う:車輪は輾転して前に行き、轍の跡は相接して、路程は近く遠くない。朝にも夕にも門に入り得て、君侯と談笑して相い対する。往来が便利で、親しく歓を得る吉の象である。尚秉和の解説:伏する震は旦を主り、坎は夕を主り、艮は門を主り、巽は入を主る。震は君・笑言を主る。
歸妹。求利離國,逃去我北。復歸其城,不為吾賊。伏艮為求、為國、為城,巽為利,在外故曰離國、曰逃去。坎為北、為賊,巽亦為賊,茲曰不為吾賊。似用伏巽。○離,從汲古,宋元本作難。
《明夷》が《帰妹》に変ずる。林辞に言う:利を求めて本国を離れ、北に向かって逃げ去った。後にまたあの城に帰り、ついに我が禍害とはならなかった。先に離散して終に咎なき象である。尚秉和の解説:伏する艮は求・国・城を主り、巽は利を主る。巽は外卦に在るので「離国」「逃去」という。坎は北に居り賊を主り、巽もまた賊を主る。ここではかえって「不為吾賊」というのは、伏巽の象を用いたようである。校記:「離」は汲古閣本に従い、宋刻本・元刻本は「難」とする。
豐。日月之塗,所行必到。無凶無咎,安寧不殆。離日兌月,伏震為大塗、為行,伏艮為安寧。
《明夷》が《豊》に変ずる。林辞に言う:歩む所は日月の運行する大道で、往かんとする所は必ず到達する。凶険もなく過錯もなく、安寧にして危殆でない。全条いずれも吉の辞で、本巻の《明夷》之《屯》の「日月之涂、所行必到」と同じ機杼で、吉語はさらに足る。尚秉和の解説:離は日を主り、兌は月を主る。伏する震は大道・行走を主り、伏する艮は安寧を主る。
旅。管仲遇桓,得其願歡。膠目啟牢,振冠無憂。笑喜不莊,空言妄行。通《節》。震為管,坎為仲,震為桓,桓,木表也,故曰管仲遇桓。震為歡,兌為澤、為膠,上離故曰膠目,坎為牢,互震故曰啟牢。艮為冠、為手,故曰振冠。坎憂震解,故曰不憂。《呂氏春秋》:"魯送管仲於齊,鞹其拳,膠其目"。○啟牢,汲古、丁本作殺糾,局本作膠口,依宋元本。
《明夷》が《旅》に変ずる。林辞に言う:管仲が斉の桓公に遇い、心願を遂げて歓喜した。さきは胶に目を封じられ牢中に囚われていたが、今や牢門は開き、帽子を掻い払えば、もはや憂患がない。ただ笑いが随意にして荘重に足らず、言う所は空話で、行う所は妄挙である。前は吉で後に戒むべき所がある。尚秉和の解説:《旅》は《節》と旁通する。震は管を主り、坎は仲を主り、震はまた桓を主る——「桓」はもと立木をもって表となすを指すので「管仲遇桓」という。震は歓を主る。兌は沢・胶を主り、上は離なので「胶目」という。坎は牢を主り、互震は動を主るので「啓牢」という。艮は冠・手を主るので「振冠」という。坎は憂を主り震は解を主るので「不憂」という。典故は《呂氏春秋》に見える。魯は管仲を斉に押送し、皮革をもって彼の手を縛り、胶をもって彼の目を粘ぎ封じた。校記:「啓牢」は汲古閣本と丁本が「殺糾」とし、局本は「胶口」とし、ここでは宋刻本・元刻本による。
巽。出入蹈踐,動順天時。俯仰有節,禍災不來。
《明夷》が《巽》に変ずる。林辞に言う:門を出て門に入り、歩を挙げ脚を落とすことみな踏む所が実で、一挙一動は天時に順う。俯仰・進退はいずれも節度に合して、災禍は自ら門に上がらない。時に循い節を守りて、虞なしを保ち得る吉の象である。この条の尚秉和の注文は次の段に承接し、本段は林辞の四句のみ存す。
巽入震出,伏艮為天、為時,巽順,離為禍災。
上の条の《明夷》が《巽》に変ずるの注文に承接する。尚秉和は続けて林辞の取象の来路を指摘する。巽の本義は入で、震の本義は出で、一卦の中に巽・震が併見するので、林辞は口を開けば「出入」という。この卦の伏する艮は天・時の両層の取象を兼ねる——所謂「伏象」とは、本卦の六爻の陰陽を逐爻翻転して得たあの卦で、また卦中に潜蔵して顕露しない象をも指す。尚秉和が《易林》を解くに最も重んずるのはこの法門である——「動順天時」の「天時」の二字に落ち着きがついた。巽の徳性はまさに柔順で、「動順」と相合する。離は《易林》の取象の中で火患・災禍を主り、末句の「禍災不来」の「禍災」の二字は即ち離象より出づる。
兌。內崩中傷,上亂無常。雖有美粟,我不得食。互離為亂,兌毀故曰內崩中傷。兌為常,亂故無常。互巽為粟,兌為食。○中傷,宋元本作傷中,常作恆,依汲古。美,汲古作米,依宋元本。
《明夷》が《兌》に変ずる。林辞に言う:内は崩塌し中は受傷し、上は動乱して常軌を失った。たとい良い糧食を囤えていても、私は口に食いつけない——外に物はあるが実には享用し得ない凶の象である。尚秉和の解説:兌卦は二爻より四爻までが「互体」して離を成す(互体とは六爻の中の連なった三爻を取り別に一卦を組む)、離は《易林》で紛乱を主るので「上乱」という。兌の本性は毁折なので、内崩といい中傷という。兌はもともと常度の象を兼ねるが、今や乱の象に奪われたので「无常」という。三爻より五爻まで互体して巽を成し、巽は草木・五穀を主り、「粟」の字はここより来る。兌は口を主り飲食を主るが、兌は同時にまた毁折を主るので、粟あるも食うに及ばない。校記:「中傷」の二字は宋刻本・元刻本が「傷中」とし、「常」の字は「恒」とし、ここでは汲古閣本による。「美」の字は汲古閣本が「米」とし、ここでは宋・元刻本による。
渙。逐禍除患,道德神仙。遏惡萬里,福常在前,身樂以安。坎為患,震為逐,艮為壽,故曰仙。震為神、為道德、為福、為樂,艮為身。○遏,汲古作過,依宋元本。
《明夷》が《渙》に変ずる。林辞に言う:禍事を駆り去り憂患を除き去り、修する所は道徳で、成する所は神仙である。悪気は万里の外に挡えられ、福分は長く眼前に在り、一身は安楽である。大吉。尚秉和の解説:渙は坎下・巽上で、坎は患難を主り、「患」の字はここより出づる。二爻より四爻まで互体して震を成し、震は駆逐・奔走を主るので「逐」という。震を倒転した「覆象」はまさに艮で(覆象とは即ち一卦を上下顛倒して別に一象を取る)、艮は長久・高寿を主り、寿にして老いなければ即ち仙で、「神仙」の二字はここより来る。震は《易林》でまた神霊・道徳・福慶と歓楽とを兼主り、艮はまた身体を主る。末の二句「福常在前、身楽以安」はいずれもこの両卦より取象する。校記:「遏」の字は汲古閣本が「過」とし、ここでは宋・元刻本による。
節。牛驚馬走,上下渾擾。鼓音不絕,頃公奔敗。艮為牛,震為馬,正反艮震故曰牛驚馬走,上下渾擾。震為鼓、為音、為公,兌毀折故敗。○頃,汲古及各本訛項,依宋元本。齊頃公與郄克戰,敗。見《左傳成十三年》。
《明夷》が《節》に変ずる。林辞に言う:牛は驚き馬は逃げ奔り、上上下下はいちめんの混乱である。戦鼓の音響は絶えずして、斉の頃公はついに敗陣して走った。凶。尚秉和の解説:節は兌下・坎上で、卦中の艮は牛を主り、震は馬を主る。この卦は正艮と反艮・正震と反震とを兼ね含む——「反」とは即ち卦体を倒転して見る覆象である——牛馬は各々相反の方向に奔突するので、牛驚・馬走・上下混乱という。震はまた戦鼓・声音を主り、また公侯を主り、「鼓音不絶」と「頃公」とはいずれも震象より来る。兌は毁折を主り、敗績の象である。校記:「頃」の字は汲古閣本およびその余の各本がともに誤って「項」とし、ここでは宋・元刻本による。尚氏は併せて、これは斉の頃公が晋の郤克と交戦して大敗した故事だと注明する。《左伝》に出る——この役は即ち鞌の戦いで、《左伝》は成公二年に繫するが、尚氏はここに成公十三年と記す。
中孚。西上九阪,往來流連。止須時日,虛與有得。兌西,震為阪,數九,故曰西上九阪,正覆艮震,故曰往來流連。艮為時日,艮止故曰須。○阪,宋本、汲古皆作陂,依元本。止,汲古作心虛、作靈,依宋元本。
《明夷》が《中孚》に変ずる。林辞に言う:西に向かって九重の坡岸を攀上して、来たり去ったり徘徊して前せない。停まるもさらに多少の時日を待たねばならず、見た目は落空のようだが、実はついに得る所がある——先に滞り後に通ず。尚秉和の解説:中孚は兌下・巽上で、兌は西方に居るので「西」といい、震は坡阪を主り、数は九を取り、合して「九阪」を成す(《易林》が数を取るは一格に拘らず、あるいは先天の卦数を用い、あるいは後天の九宮の数を用い、あるいは蓍法の老陽の九・老陰の六の数を用い、尚氏は文に随いて取る)。卦中の正震と覆震・正艮と覆艮とが交錯して併見し、一往一来なので「往来流連」という。艮はまた時日を主り、艮の本義は止なので「須」といい、須とは即ち等待である。校記:「阪」の字は宋刻本と汲古閣本がともに「陂」とし、ここでは元刻本による。「止」の字は汲古閣本が「心」とし、「虚」の字は「霊」とし、ここでは宋・元刻本による。
小過。虎怒捕羊,蝟不能攘。艮虎兌羊,卦是坎形,故曰蝟。蝟能伏虎,見《龜策傳》注。
《明夷》が《小過》に変ずる。林辞に言う:老虎が怒って羊に撲し、刺蝟すらもそれを挡えられない——弱者は自ら保ち難き凶の象である。尚秉和の解説:小過の卦中は艮が虎を主り、兌が羊を主る。全卦は二陽が中に居り四陰が上下に分列して、まさに一つの放大した坎の形で、中は実にして四囲は虚、渾身に刺を帯びて、あたかも刺蝟に似るので、林辞は「蝟」という。刺蝟が老虎を制伏し得ると言う説は、《史記・亀策列伝》の注文に見える。ここでは偏に蝟もまた「不能攘」——攘とは即ち抵御——と言う。反対にその意を用いて、ますます虎勢の凶を見せる。
既濟。湧泉涓涓,南流不絕。卒為江海,壞敗邑里。家無所處,將師襲戰,獲其丑虜。重坎,故泉流不絕,故為江海。離為南。○湧,元本作踴,依宋本、汲古。四五兩句依宋元本增,汲古無。
《明夷》が《既済》に変ずる。林辞に言う:泉水は汩々と湧出して、細々と南に向かって流れて絶えない。ついに江海に匯り、村邑を沖し壊し、人家に安身の処がない。将帥は勢いに乗じて掩襲して戦い、群れを成す俘虜を掳獲した。水患の後に兵禍が続く。尚秉和の解説:既済は離下・坎上で、上体は坎で、二爻より四爻まで互体してまた坎を成し、両坎が相い重なって水源が竭きないので、泉流は断えずしてついに江海を成す。離は南方に居り、「南流」の方位はここにより定まる。校記:「涌」の字は元刻本が「踊」とし、ここでは宋刻本と汲古閣本による。第四・第五の両句「壊敗邑里、家无所処」は宋・元刻本により増補し、汲古閣本にはこの二句がない。
未濟。桃弓葦戟,除殘去惡,敵人執服。此用遇卦明夷象。震為桃葦,坎為弓,離為戟。丁雲《左傳昭四年》:"桃弧棘矢以除其災",又《太平御覽》引《禮稽命徵》曰"桃孤葦矢以除疾殃"。
《明夷》が《未済》に変ずる。林辞に言う:桃木をもって弓を作り、葦をもって戟を作って、用いて凶残を駆除し邪悪を掃蕩すれば、敵は手を束ねて帰服するほかない。吉。尚秉和の解説:この条は「遇卦」《明夷》の卦象を取る——遇卦とは即ち占い得た本卦で、変じ出た「之卦」と相い対す。《易林》は一卦の下に六十四条の林辞を繫ぐが、条の首に標し出た卦名は即ち之卦である。《明夷》は離下・坤上で、卦中の震は桃木と葦とを主り、坎は弓を主り、離は戈戟を主る。清儒の丁晏は《左伝》昭公四年に「桃弧棘矢、以除其災」の語ありと指出し、《太平御覧》の引く緯書《礼稽命徴》もまた「桃弧葦矢、以除疾殃」と言う(源文は「弧」を「孤」と写す。形近により誤った)。桃弓・葦矢をもって灾殃を駆除するは漢人の習い見る古礼だと見え、林辞はまさにこの事を取る。
焦氏易林注 巻十
行唐尚秉和節之注
これは巻十の署銜である。「行唐」とは尚秉和の籍貫で、即ち直隷の行唐県(今は河北に属す)。「節之」は彼の字である。全句は本巻の《易林》の注解が行唐人尚秉和の手に出るを表明し、「節之注」とは即ち節之の作る所の注である。
受業蒲城仵道益、豐潤董維城堃校刊
署銜の後に接するのは校刊者の題名である。受業弟子の蒲城人の仵道益・豊潤人の董維城堃が、ともに校勘を担当し刻版を主催した。蒲城は今の陝西に在り、豊潤は今の河北に在る。古の刻書の題名の中で、「受業」とは門生が師長に対する自称で、「校刊」は文字の校訂と付梓・開彫とを兼ね指す。「董維城堃」は姓は董・名は堃・字は維城であろう。古人の題名は往々にして字を名の前に連ねて書く。
家人 第三十七
家人。天命赤烏,與兵徼期。征伐無道,誅其君傲,居止何憂。坎為赤,離為烏,巽為命,離為兵戈,伏震為征伐。震為大塗、為君,震伏故曰無道、曰誅其君。坎巽皆為伏,故曰居止。《史記周本紀》:"武王伐紂,有赤烏流於王屋",首二句謂天以赤烏示瑞,示伐紂之期至也。○天,汲古作王,兵作君,均依宋元本。
《家人》の一卦が変ずる第一条で、変に変じてもなお《家人》自身に帰る。林辞に言う:上天が赤烏の符命を降して、兵衆と会師の期を約定した。兵を出してあの無道の邦を討伐し、それの驕横の君主を誅戮せよ。本土に安居する者に何の憂うべきがあらん。吉。尚秉和の解説:《家人》は離下・巽上で、二爻より四爻まで互体して坎を成し、坎は赤色を主り、離は飛鳥を主り、合して「赤烏」を成す。巽は号令・誥命を主るので「天命」といい、離はまた兵戈を主り、卦中に伏する震は征伐を主る。震はもともと大道を象徴し、また君主を象徴するが、今や震はただ伏して見えないので、林辞は相手方を「无道」といい、「誅其君」という。坎と巽とはともに潜伏の義を含むので「居止」あり。即ち安居して動かない。尚氏はまた《史記・周本紀》を引く。武王が紂を伐った時に赤烏が飛びて王屋に落ちた。まさに首の二句と相合し、上天が赤烏をもって祥瑞を顕示し、紂を伐つ時機がすでに至ったと昭告したと言うのである。校記:「天」の字は汲古閣本が「王」とし、「兵」の字は「君」とし、いずれも宋・元刻本により改正する。
乾。千歲槐根,身多斧瘢。傷夷倒掘,枝葉不存。乾為千歲,家人巽為槐,兌為斧,初二三四皆兌形。艮為節、為瘢,二三四五皆艮形,故曰身多斧瘢。巽隕落故曰傷夷,故無枝葉。○瘢,汲古作痕,非,依宋元本。三句宋元作傷癕搗理,依汲古。
《家人》が《乾》に変ずる。林辞に言う:一株の千年の老槐の樹根は、樹身には斧頭の斫り出した疤痕が尽くしである。斫り傷つけられ根っこごと掀き翻されて、枝葉は一片も留められない——衰敗・零落の象である。尚秉和の解説:乾は長久を主るので「千歳」という。遇卦《家人》の上体は巽で、巽は槐樹の類の木本を主る。兌は斧斤を主り、純乾の中にまるまるの兌卦はないが、処処に兌の「半象」が見える——半象とは隣り合う二爻を半个の卦として象を取ることで、二つの陽は兌の下半に充てられ、また艮の上半に充てられる——だから初爻より四爻まで処処に兌の形があり、二爻より五爻まで処処に艮の形がある。艮は竹木の節を主り、節疤が即ち「瘢」なので、樹身に斧瘢が尽くすと言う。巽はまた隕落を主り、枝葉が飄零するので「傷夷」といい「枝葉不存」という。校記:「瘢」の字は汲古閣本が「痕」とし、確かでない。ここでは宋・元刻本による。第三句は宋・元刻本が「傷癕搗理」とし、ここでは汲古閣本による。
坤。喭喭諤諤,虎豹相齚。畏懼悚息,終無難惡。此亦取遇卦《家人》象。家人重離,離正反兌口相對,喭喭諤諤,語多貌,離正反兌相對艮為虎豹,故曰相齚.齚,亦兌象也。坎為畏懼。
《家人》が《坤》に変ずる。林辞に言う:喧々として争い弁じて已まず、虎豹が互いに撕い咬み合うようだ。人々は嚇されて呼吸を屏るが、到頭は禍患を釀さなかった——先に驚き後に安ず。尚秉和の解説:この条も同様に遇卦《家人》の象を取る。《家人》の下体は離で、三爻より五爻まで互体してまた離を成し、両離が相い重なる。離体の中に一正一反の二つの兌口が含まれて互いに相い対するので、「喭喭諤諤」はまさに言語が紛紛たるさまである。両口が相い向い、艮の主る虎豹を加えれば「相齚」を成す——齚とは即ち啮咬で、この咬の字自体も兌口の象である。遇卦の二爻より四爻まで互体して坎を成し、坎は畏懼を主るので「畏懼悚息」という。
屯。娶於姜呂,駕迎新婦。少齊在門,夫子歡喜。震為娶,伏巽為姜呂、為震婦、為少齊。坤為門,震為夫子、為喜,《左傳昭三年》:"少姜有寵於晉,謂之少齊"。
《家人》が《屯》に変ずる。林辞に言う:姜姓・呂氏の家に往って親を娶り、車に駕して新婦を迎えて帰る。少斉はすでに門の前に候して、夫たる者は満心歓喜である。婚娶の吉である。尚秉和の解説:屯は震下・坎上で、震は婚娶を主る。卦中に伏する巽は姜姓・呂氏を主る。即ち斉国の公族で、巽はまた震の配偶なので「震婦」と称す。即ち林辞の中の少斉である。坤は門戸を主り、震は男子を主り、また喜楽を主る。尚氏は《左伝》昭公三年を引く。斉の少姜が晋に嫁いで甚だ寵愛を得、晋人は彼女を「少斉」と称した——林辞の「少斉」が用いるのはまさにこの斉の女である。
蒙。膏壤肥澤,民人孔樂。宜利居止,長安富有。坎為膏澤,坤為壤、為民人,互震為孔樂,艮止故利居。坤為安,震為長,故曰長安,坤多故曰富有。
《家人》が《蒙》に変ずる。林辞に言う:土地は肥沃にして水沢は豊潤で、百姓は甚だ快活である。就く地に安居するに宜しく、長久に平安・家は給えり戸は足れる。大吉。尚秉和の解説:蒙は坎下・艮上で、坎は膏潤の水沢を主り、坤は土壤を主り、また民衆を主る。二爻より四爻まで互体して震を成し、震は歓楽を主り、「孔楽」とは即ち甚だ楽しいこと。艮の本義は止なので居止するに宜しく、坤はまた安寧を主り、震は長久を主り、合わせれば即ち「長安」である。坤は衆多・豊厚を主るので「富有」という。
需。主有聖德,上配太極。皇靈建中,授我以福。乾為聖、為主,乾天故配太極,乾為帝、為皇、為福,坎為中。○主,元本訛坐,從宋本、汲古。《詩大雅》:"克配彼天"、"莫匪爾極",《書》:"建中於民,斂時五福"。
《家人》が《需》に変ずる。林辞に言う:君主は聖人の徳行を懐き、上は太極と相配し得る。皇天・神霊は下民のために中正の道を立て定め、福分を我に授ける。大吉。尚秉和の解説:需は乾下・坎上で、乾は聖哲・君主を主り、乾はまた天で、天と太極とはその広大を同じくするので「上配太極」という。乾はまた帝王・福慶を主り、坎は中位に居り中正の道を主るので「建中」あり。校記:「主」の字は元刻本が誤って「坐」とし、ここでは宋刻本と汲古閣本による。尚氏は併せて、林辞の語彙はいずれも来歴があると指出する。《詩・大雅》に「克配彼天」「莫匪爾極」の句があり、《尚書》に「建中于民」(《仲虺之誥》に見える)と「斂時五福」(《洪範》に見える)の文があり、「上配太極」「皇霊建中」「授我以福」はまさにこれらの成語より化して出た。
訟。耄老懞鈍,不見東西。少者弗慕,君不與謀。懸輿致仕,退歸里居。乾為老,離東坎西,坎隱故不見東西。兌為少,乾為君,今兌口向下,與乾君背,故曰弗慕、曰君不與謀。伏坤為輿,在上故曰懸輿。艮為官、為仕,伏震艮覆,故曰致仕。震為歸,坤為里。
《家人》が《訟》に変ずる。林辞に言う:年老いて昏聵し、東西南北すらも分ち弁えられない。若者は来り親附せず、国君もまた彼と政事を商議しない。車を高く懸けるほかなく、官を辞して郷に還り、里巷に退居する。晩境が衰退し林下に退居する象である。尚秉和の解説:訟は坎下・乾上で、乾は老者を主る。離は東に在り坎は西に在るが、今や坎が隠伏して顕れないので「不見東西」という。兌は年少を主り、乾は君主を主るが、卦中の兌口は下に向いて、まさに上に在る乾の君と背い向くので、少き者は来りて慕わず君主は与に謀議しないという。卦中に伏する坤は車輿を主り、位は上方に在り、車は地に着かない。即ち「懸輿」で、古人は官を辞するをまさに懸車といった。艮は官職・仕宦を主り、伏する震はまた艮の覆象で、官の象が反覆するので「致仕」という。致仕とは即ち官職を交還すること。震は帰返を主り、坤は里巷を主り、末句の「退帰里居」はここより来る。
師。三狂北行,道逢大狼。暮宿患宅,為禍堪傷。震為狂,數三,故曰三狂,坤北故曰北行。震為行、為道,艮為狼,狼首向內,與坎室連,故曰患宅。坤為暮,坎為宿、為患、為室,故曰暮宿患宅。○堪,汲古作所,依宋元本。
《家人》が《師》に変ずる。林辞に言う:三人の狂徒が北に向かって行き、半路で大きな狼に撞き遇った。天黑いに投宿してまた凶宅に住み込み、招き寄せた禍事は実に人を傷つける。凶。尚秉和の解説:師は坎下・坤上で、震は狂躁を主り、数は三を取り、合して「三狂」を成す。坤は北方に居るので「北行」といい、震はまた行走・道路を主る。艮は狼を主り、卦中の狼の頭は裏に向いて、まさに坎の象す屋室と相い連なるので、宿処が「患宅」となった。坤は日暮を主り、坎は留宿を主り、また憂患と房屋とを主り、「暮宿患宅」の四字は全てこの両卦より出る。校記:「堪」の字は汲古閣本が「所」とし、ここでは宋・元刻本による。
比。更旦初歲,振除禍敗。新衣元服,拜受利福。震為旦,震覆,故曰更旦。坤為歲、為禍敗,艮手故曰振除禍敗。坤為衣服,坤黑,故曰元服。艮手為拜,坤為受,一陽居五,群陰拱之,故云利福指五。
《家人》が《比》に変ずる。林辞に言う:新たな一日に換わり新たな一年を開いて、旧歳の禍敗を振り落として清める。新しく作った衣裳・玄色の礼服を着て、吉利と福分とを拝領する。吉。尚秉和の解説:比は坤下・坎上で、震は天明を主るが、卦中の震は倒転した覆震で、一日が既に尽きて復た一日が起きるので「更旦」という。更とは即ち更替である。坤は年歳を主り、また禍敗を主る。艮は手を主り、手をもって抖擻して除き去るので「振除禍敗」という。坤はまた衣裳を主り、坤の色は黒で、「元服」とは即ち玄色の服である。艮手は拝揖を主り、坤は承受を主る。全卦に九五の一陽爻のみが高く尊位に居り、衆陰が環りてそれを拱すので、尚氏は林辞の「利福」はまさに九五のこの一爻を指すと言う。
小畜。杲杲白日,為月所食。損上毀下,鄭昭出走。互離為日,兌為月,兌侵入離體之半,故曰日為月所食。巽為損,在上故曰損上,兌毀折在下,故曰毀下。伏坎為鄭,離為昭,鄭昭名忽,桓十一年出奔。○下。汲古作上。依宋本。
《家人》が《小畜》に変ずる。林辞に言う:明晃晃たる白日が、なんと月に吞食された。上は損を受け下は毁を受けて、鄭の昭公は他国に出奔するほかなかった。凶。尚秉和の解説:小畜は乾下・巽上で、二爻より四爻まで互体して離を成し、離は太陽を主る。兌は月亮を主り、兌体は離体の半分に侵し入り、日輪は一角を噛み去られたので「日為月所食」という。巽は減損を主り、上卦に居るので「損上」といい、兌は毁折を主り、下体に位するので「毁下」という。卦中に伏する坎は鄭国を主り、離は昭明を主り、合わせればまさに鄭の昭公である——鄭の昭公の名は忽で、魯の桓公十一年に逐われて出奔した。校記:「下」の字は汲古閣本が「上」とし、ここでは宋刻本による。
履。君子失意,小人得志。亂擾並作,奸邪充塞。雖有百堯,顛不可救。通《謙》。艮為君子,在下故失意。坤為小人,在上故得志。坎為失、為志,坤為亂、為奸邪,震為帝,坤為百,故曰百堯。正反震故曰顛。○擾,汲古作憂,依宋元本。
《家人》が《履》に変ずる。林辞に言う:君子は失意して下に在り、小人は志を得て上に在る。禍乱・騒擾が一斉に発作し、奸邪の徒が朝廷に充満する。たとい唐尭が百人あろうとも、傾覆の勢いは挽回できない。大凶。尚秉和の解説:この条は《履》の「旁通」卦《謙》を見なければならない——旁通とは六爻の陰陽を逐爻翻転することで、《履》は兌下・乾上で、逐爻翻転すればまさに艮下・坤上の《謙》を得る。《謙》の中の艮は君子を主り、艮は下体に居るので君子は失意し、坤は小人を主り、坤は上体に居るので小人は志を得る。坎は失落を主り、また心志を主る。坤は紛乱・奸邪を主る。震は帝王を主り、坤は百の数を主るので「百尭」という。卦中は正震と反震とが併見し、一順一倒なので「顛」という。校記:「擾」の字は汲古閣本が「憂」とし、ここでは宋・元刻本による。
泰。仁德利洽,恩及異域。澤被殊方,福慶隱伏。作蠶不織,寒無所得。乾為仁德,兌為恩澤,坤為方域,乾為福慶,在下故隱伏。巽為蠶,巽覆故不織。乾為寒。○利,汲古作擾,依宋本。
《家人》が《泰》に変ずる。林辞に言う:仁徳の恩沢は普く沾い、恩惠は遠く異国に及ぶ。徳沢は四方を覆い被するが、自家の福慶はかえって潜伏して顕れない。蚕を養いながら布を織り成せず、天が寒い時に依然として一つの得る所もない。恩は外に在りて利は己に及ばず。尚秉和の解説:泰は乾下・坤上で、乾は仁徳を主り、兌は恩沢を主り、坤は四方の疆域を主るので、恩が異域に及び沢が殊方に被るという。乾はまた福慶を主るが、乾は下体に居り位が卑く隱れるので「福慶隠伏」という。巽は蚕桑を主るが、卦中の巽は倒転した覆巽で、功用が反覆するので、蚕を養いながら織り成せない。乾は寒冷を主り、末句の「寒无所得」はここより出る。校記:「利」の字は汲古閣本が「擾」とし、ここでは宋刻本による。
否。東求金玉,反得弊石。名曰無宜,字曰醜惡,眾所賤惡。伏震為東,艮為求,乾為金玉,艮為石,互巽故曰弊石。艮為名,坤為字、為醜惡、為眾、為惡、為賤。
《家人》が《否》に変ずる。林辞に言う:東辺に往って金玉を求め取るが、かえって一塊の爛れた石頭を拾い帰った。その名号は「无宜」といい、その字号は「丑悪」といい、人人は皆嫌い鄙薄する。美を求めて悪を得る凶の象である。尚秉和の解説:否は坤下・乾上で、卦中に伏する震は東方を主る。二爻より四爻まで互体して艮を成し、艮は求索を主り、また山石を主る。乾は金玉を主る。三爻より五爻まで互体して巽を成し、巽は朽敝を主り、艮の石と相合して「弊石」を成す。艮はまた名号を主り、坤は字号を主り、また丑悪・衆多・鄙賤を主る。後の三句は全て坤の象より生ず。
同人。擊鼓合戰,士怯叛亡。威令不行,敗我成功。通《師》。震為鼓、為戰、為士,坤柔故曰怯。震為往、為亡、為威令,坤閉故不行,坤喪故敗。
《家人》が《同人》に変ずる。林辞に言う:戦鼓を擂って力を合わせて交鋒するが、兵士はかえって胆怯して潰散・逃亡した。将帥の威令は行き届かず、眼の前の得る筈の戦功も断送してしまった。凶。尚秉和の解説:この条は《同人》の旁通卦《師》を取って見る——《同人》は離下・乾上で、六爻の陰陽を逐爻翻転すれば、まさに坎下・坤上の《師》を得る。《師》の中の震は鼓・征戦を主り、また兵士を主る。坤の性は柔弱なので「怯」という。震はまた前往・逃亡を主り、また威厳・号令を主る。坤は閉塞を主るので号令が行かず、坤は喪亡を主るので功は敗れて垂成ならず。
大有。仲春孟夏,和氣所舍。生我嘉福,國無殘賊。伏《震》,與坎連故曰仲春,巽為孟夏。坎為和。舍,發也,伏艮為國,坎為賊,首二句言春夏之交,陽和之氣發生也。用《家人》象。
《家人》が《大有》に変ずる。林辞に言う:仲春の二月と孟夏の四月とは、和暖の気がここに舒発する。我が美福を生出し、国の中に殘害・作乱の人がない。吉。尚秉和の解説:この条は卦中に伏する震を取る——震は東方に居り、冬を主る坎と相接して、節候はまさに仲春である。巽は東南に居り、節候はまさに孟夏である。坎は和気を主る。「舍」の字はここでは発舒の意である。伏する艮は邦国を主り、坎は賊害を主る。冒頭の二句は春夏の交わりに陽和の気が万物を生発するを言う。全条は兼ねて遇卦《家人》の象を用いる。
謙。尹氏伯奇,父子生離。無罪被辜,長舌為災。震為伯、為父,又為子,正反震相背故曰生離。坤為罪辜,兌為舌,震形似兌而長故曰長舌。坤為災。伯奇,尹吉甫子為後母所讒,被放逐。○生,汲古作相,依宋元本。
《家人》が《謙》に変ずる。林辞に言う:尹氏の家の伯奇は、父子が生きながら別離した。もともと罪がないのに刑辜を蒙り、一張の長い舌が災禍を釀成した。凶。尚秉和の解説:謙は艮下・坤上で、震は伯・父を主り、同時にまた子を主る。卦中の正震と反震とは背い向いて立ち、父子は各々一辺に向かうので「生離」という。坤は罪辜を主り、兌は口舌を主り、震の形体は兌に似てより長いので「長舌」という。坤はまた灾殃を主る。尚氏は併せて典故を交代する。伯奇は周の宣王の大臣の尹吉甫の子で、後の母に讒言で中傷されて、これにより放逐に遭った。校記:「生」の字は汲古閣本が「相」とし、ここでは宋・元刻本による。
豫。五榖不熟,民苦困急。駕之新邑,嘉樂有得。震為榖,坎納戊,數五,故曰五榖,坤喪故不熟。坤為民,坎為困苦,震為駕、為樂,坤為邑。○五,宋元本作三,依汲古。第二句汲古作困民惡極,樂作禾,均依宋元本。
《家人》が《豫》に変ずる。林辞に言う:五穀が成熟できず、百姓は困苦・危急である。車に駕して新しい城邑に遷るほかないが、かえって美好・安楽を得た。先に凶あり後に吉なる。尚秉和の解説:豫は坤下・震上で、震は穀物を主る。坎は「納甲」の法で天干の戊に配する(納甲とは八卦と天干とを配すること。乾は甲壬を納し、坤は乙癸を納し、震は庚を納し、巽は辛を納し、坎は戊を納し、離は己を納し、艮は丙を納し、兌は丁を納す)。戊己は土に属し中宮に居り、中宮の数は五なので「五穀」という。坤は喪亡を主るので成熟できない。坤は民衆を主り、坎は困苦を主り、震は駕車を主り、また歓楽を主り、坤はまた城邑を主る。校記:「五」の字は宋・元刻本が「三」とし、ここでは汲古閣本による。第二句は汲古閣本が「困民惡極」とし、「楽」の字は「禾」とし、いずれも宋・元刻本による。
隨。登虛望貧,暮食無飡。長子南戍,與我生分。震為登,艮為虛,《詩》"登彼虛矣"。艮為望,巽隕落,故曰貧。兌為暮、為食,震為長子、為南,艮守故曰南戍。艮為我,正反艮故曰生分。震為生。
《家人》が《随》に変ずる。林辞に言う:高い丘に登りて遠く望めば、望み見るはいちめんの貧瘠である。傍晚に至っても飯を食らうものなく、長子は南方に遠く戍り、我と骨肉が分離する。凶。尚秉和の解説:随は震下・兌上で、震は升登を主り、艮は大丘・廃墟を主る。《詩経》に「登彼虚矣」の句あり、虚とは即ち大丘である。艮はまた遠望を主り、巽は隕落を主り、物は尽きて貧なので「貧」という。兌は日暮を主り、また飲食を主る。震は長子を主り、また南方を主る。艮は戍守を主るので「南戍」という。艮はまた自己を主り、卦中の正艮・反艮は両々として相い背くので「生分」という。即ち生きながら分離することで、震は生を主る。
蠱。東市齊魯,南賈荊楚。羽毛齒革,為吾利寶。巽齊兌魯,震為東、為南,巽為市、為賈,震為荊楚,故東市齊魯,南賈荊楚。震為羽毛,兌為齒,艮為革,巽為利,震為寶。
《家人》が《蠱》に変ずる。林辞に言う:東は斉国・魯国に至って売買を為し、南は荊楚の一帯に至って行商する。販り来た羽毛・歯角・皮革は、みな我が利市・珍寶となった。行商が利を得る吉である。尚秉和の解説:蠱は巽下・艮上で、巽は斉を主り、兌は魯を主り、震は東方を主り、また南方を主り、巽は市集と商賈とを主り、震はまた荊楚の地を主るので、東に斉魯・南に荊楚の貿易あり。震は羽毛を主り、兌は歯角を主り、艮は皮革を主る——この三様はまさに古代南北の大宗の貨物である。巽は利益を主り、震は珍寶を主る。
臨。節情省欲,賦斂有度。家給人足,公劉以富。坤為情慾、為吝嗇,故曰節省。坤為聚,故曰賦斂,坤多,故曰家給人足。坤為輗,震為公,故曰公劉。公劉,周祖也。○斂。宋元本作鈠。依汲古。
《家人》が《臨》に変ずる。林辞に言う:情欲を節制し嗜好を省減して、賦税の徴収には一定の限度がある。家家は充足し人人は温飽して、周人の祖先の公劉のように富庶である。大吉。尚秉和の解説:臨は兌下・坤上で、坤は情欲を主り、また吝惜を主るので「節情省欲」といい、坤は聚斂を主るので「賦斂」といい、坤は衆多を主るので「家給人足」という。尚氏はまた坤は車輗の象があり、震は公侯の象があり、合して「公劉」の二字を成すと言う——公劉は周人の先祖で、族を率いて豳に遷りて周道を興盛せしめた。校記:「斂」の字は宋・元刻本が「鈠」とし、ここでは汲古閣本による。
觀。恭寬信敏,功加四海。闢去不祥,喜來從母。坤柔故曰恭寬,止故信,風散故敏。坤為海,巽數四,風散故功加四海,坤死故不祥,巽伏故避去不祥。伏震為喜,坤為母。
《家人》が《観》に変ずる。林辞に言う:人を待つこと恭敬・寛厚・誠信・勤敏で、功業は四海に普く及ぶ。不祥の気を駆り去り、喜事は母に随いてともに到来した。吉。尚秉和の解説:観は坤下・巽上で、坤の性は柔順なので恭敬・寛厚といい、艮は止して移らないので誠信といい、巽風は流散して至らぬ所なしなので勤敏という。坤は大海を主り、巽の卦数は四で、風は四方に行くので「功加四海」という。坤は死喪を主り、不祥の象であるが、巽は潜伏を主りて不祥の気を伏蔵するので「辟去不祥」という。卦中に伏する震は喜庆を主り、坤は母を主る。「恭寛信敏」の四字はもと《論語・陽貨》に出て、孔子が子張の仁を問うに答えた語で、林辞は成語を借用する。
噬嗑。張狂妄行,與惡相逢。不得所欲,生我獨凶。震為張狂、為行,遇坎陷,故曰與惡相逢,故曰不得所欲。○行,宋元本作作,依汲古。
《家人》が《噬嗑》に変ずる。林辞に言う:張狂・妄動して乱れ歩けば、まさに凶悪に撞き遇う。欲する所は得られず、かえって己に独り分の凶禍を招き寄せる。凶。尚秉和の解説:噬嗑は震下・離上で、震は張狂を主り、また行走を主る。一往すれば前に進んで坎の陥穽に遇うので「与悪相逢」といい「不得所欲」という。校記:「行」の字は宋・元刻本が「作」とし、ここでは汲古閣本による。
賁。畫龍頭頸,文章不成。甘言美語,詭辭無名。賁,飾也,故曰畫。震為龍,艮為頭頸,離為文章,坎黑而隱伏,故文章不成。三至上正反震,故曰甘言美語,故曰詭辭。艮為名,坎伏故無名。
《家人》が《賁》に変ずる。林辞に言う:龍を画いて頭と頸とだけを画き、紋采はついに画き成らなかった。満口の甜言・美語は、みな欺詐の辞で、良い名声は落ち着かない。凶。尚秉和の解説:賁の本義は即ち文飾なので「画」という。震は龍を主り、艮は頭頸を主り、離は文采を主る。坎の色は黒にして潜伏し、文采が掩われるので「文章不成」という。三爻より上爻までの間に正震と反震とがあり、一口の甜話と一口の詐語なので「甘言美語」といい「詭辞」という。艮は名声を主り、坎は伏して顕れないので「无名」という。
剝。騎龍乘風,上見神公。彭祖受刺,王喬贊通。巫咸就位,拜壽無窮。伏乾為龍,坤為風,一陽在上故曰騎乘。乾為神、為公,艮為壽,故曰彭祖,艮陽在上故曰刺。刺,謁札也。王喬,古仙人,亦艮象。巫咸,王逸,《離騷》注:古神巫也,殷中宗之世下降。伏兌為巫。彭祖受刺者,言欲見神公彭祖受謁札;王喬贊通者,言見神公時王喬為通其名也。艮為拜、為壽。○刺,汲古訛制,喬訛高,均依宋元本。
《家人》が《剥》に変ずる。林辞に言う:龍に騎り風に駕して、天に上がって神公に謁見する。彭祖は名帖を呈して見参を求め、王子喬は彼のために礼を讃えて名を通す。巫咸もまた各々その位に就きて、無窮の寿算を拝求する。仙を求め寿を祝う吉である。尚秉和の解説:剥は坤下・艮上で、卦中に伏する乾は龍を主り、坤は風を主る。一陽が高く上爻に居り、高に居りて下に臨むので騎乗の象がある。乾は神霊を主り、また公侯を主り、合して「神公」を成す。艮は長寿を主るので「彭祖」という。艮の陽爻は上に在り、呈し上げた名刺のようなので「刺」という——刺とは即ち拝謁に用いる名帖である。王子喬は古代の仙人で、同じく艮の象を取る。巫咸は、王逸の《離騒》注によれば上古の神巫で、殷の中宗の世に天より降った。卦中に伏する兌は巫祝を主る。尚氏はこの二句を解して言う。所謂「彭祖受刺」とは、神公に見えんとして先ず名帖を呈すこと。所謂「王喬讃通」とは、神公に進見する時に王子喬が彼のために姓名を通報すること。艮はまた拝・寿を主る。校記:「刺」の字は汲古閣本が誤って「制」とし、「喬」の字は誤って「高」とし、いずれも宋・元刻本により改正する。
復。溫仁君子,忠孝所在。八國為鄰,禍災不處。坤柔故曰溫仁,曰忠孝。震為君、為子,故曰溫仁君子。震為鄰,坤為國,卦數八,故曰八國為鄰。坤為禍災,震解故不處。○處,汲古作起,依宋元本。
《家人》が《復》に変ずる。林辞に言う:温厚・仁愛の君子は、忠と孝とがみな彼の身に在る。八方の国が彼と隣を為して、災禍はここに停留しない。吉。尚秉和の解説:復は震下・坤上で、坤の性は柔順なので温厚・仁愛といい忠孝という。震は君を主り、また子を主り、合して「君子」を成す。震は隣里を主り、坤は邦国を主り、坤の先天の卦数は八なので「八国為隣」という。坤は禍災を主るが、震は解散の功があるので災禍は滞留しない。校記:「処」の字は汲古閣本が「起」とし、ここでは宋・元刻本による。
無妄。威權分離,烏夜徘徊。群蔽月光,大人誅傷。震為威,巽為權,初至四正反震,故曰分離。艮為鳥,伏坤為夜、為群,兌為月,兌伏,故月為坤黑所蔽也。乾為大人,坤殺,故誅傷,此必有故實,或以左氏楚幕有烏及城上有烏,齊師其遁當之,皆不合,俟考。○月,宋元本作日,非,依汲古。
《家人》が《无妄》に変ずる。林辞に言う:威勢と権柄とが各々分離し、烏鴉は夜に盤旋して去らない。群陰が月光を遮蔽して、大人は誅戮・傷害に遭った。凶。尚秉和の解説:无妄は震下・乾上で、震は威勢を主り、巽は権柄を主る。初爻より四爻までの間に正震と反震とが併立するので「分離」という。艮は飛鳥を主り、伏する坤は夜・群衆を主る。兌は月亮を主るが、兌は潜伏して見えないので、月光は坤の黒暗に遮られた。乾は大人を主り、坤は殺伐を主るので「誅傷」という。尚氏は率直に、この条は必ず史事を背景とするはずで、ある人は《左伝》の「楚幕有烏」と「城上有烏、斉師其遯」の二条をもって比附するが、いずれも相合せず、ただ疑を存して考を待つほかないと言う。校記:「月」の字は宋・元刻本が「日」とし、確かでない。ここでは汲古閣本による。
大畜。學靈三年,仁聖且神。明見善祥,吉喜福慶。鳱鵠知來,告我無憂。詳《小畜》之《漸》,第五句宋元本作神烏來見,汲古烏作鳥,皆依《小畜》之《漸》校。
《家人》が《大畜》に変ずる。林辞に言う:道を学び霊に通ずること三年で、仁にして且つ聖、あたかも神明に近い。分明に吉善の兆しを見て、喜庆・福沢は皆来る。鵲が至らんとする好消息を報じて、私に告げて憂うる必要がないと言う。大吉。尚秉和の解説:この条の取象は詳しく《小畜》が《漸》に変ずるの条に見えるので、ここでは重ねて出さない。校記:第五句は宋・元刻本が「神烏来見」とし、汲古閣本は「烏」の字を「鳥」とし、両者ともに《小畜》之《漸》の条により「鳱鵠知来」に校正する——鳱鵠とは即ち乾鵲、すなわち鵲で、古人は鵲の噪くを喜びを報ずる兆とした。
頤。東山辭家,處婦思夫。伊威盈室,長股羸戶。嘆我君子,役日未已。震為東、為夫,艮為山、為室家、為君子,巽為震婦,巽伏,故曰處婦。坤為心、為思,巽為蟲,故曰伊威。《詩傳》:"伊威,委黍也",陸機雲"生甕底似白魚"。長股,蠨蛸也,詩疏:即長腳小蜘蛛。羸,宋衷易羸豕注:以羸為大索。陸績、虞翻皆讀作縲,長股羸戶者,言蜘蛛作網於戶。元本舊注疑羸為臝,誤之遠矣,巽為股、為長,故曰長股。《詩》"蠨蛸在戶"《傳》"蠨蛸長踦",是焦詩與毛同也。
《家人》が《頤》に変ずる。林辞に言う:夫は遠く東山に在り、家門に辞別した。空房を独り守る妻は彼を思い恋う。屋の中には地鼈虫が這い満ち、門の上には長脚蜘蛛の網が結ばれた。嘆かわしい我が夫君よ、服役の日々はまだ尽きるところがない。征夫が久しく役し室家が荒廃する象である。尚秉和の解説:頤は震下・艮上で、震は東方を主り、また丈夫を主る。艮は山・室家を主り、また君子を主る。巽は震の配偶なので「震婦」と称し、巽は伏して顕れないので「処婦」という——独り処る婦である。坤は心・思念を主る。巽は虫豸を主るので「伊威」あり。《詩伝》は「伊威、委黍也」と言い、陸機はそれは甕の底に生じ、形は白魚に似ると言う。「長股」とは即ち蟏蛸で、《毛詩正義》は即ち長脚の小蜘蛛と言う。「羸」の字は、宋衷が《易》の「羸豕」に注して羸を大きな繩索とし、陸績・虞翻はともに「縲」と読む。所謂「長股羸戸」とは、蜘蛛が門の上に網を結んだと言うのである。元刻本の旧注は「羸」は「臝」と作すべきと疑うが、誤りが甚だ遠い。巽は大腿を主り、また長を主るので「長股」という。《詩経》に「蟏蛸在戸」あり、《毛伝》は「蟏蛸、長踦」と言う。焦延寿の拠る所の詩説は毛氏と同じであることが見える。
大過。張頷開口,舌直距齒。然諾不行,政亂無緒。兌為口、為頷、為舌、為齒,乾為直,兌為言,正覆兌相背,故曰舌直距齒,曰然諾不行。伏坤為政、為亂,巽為緒。○直距,汲古作宜絕,依宋元本。
《家人》が《大過》に変ずる。林辞に言う:下巴を張り大口を張いて、舌は挺り直して歯に抵る。答え許した話は兌現しに行かず、政事は混乱し緒頭は全くない。凶。尚秉和の解説:大過は巽下・兌上で、兌は口・頷・舌・歯を主る。乾は挺直を主り、兌はまた言語を主る。卦中の正兌と覆兌とは背い向いて立つので、舌が直して歯に抵るといい、答え許しても行わないという。伏する坤は政事・紛乱を主り、巽は絲緒を主り、緒が乱れれば条理がない。校記:「直距」の二字は汲古閣本が「宜絶」とし、ここでは宋・元刻本による。
坎。吹角高邦,有失牛羊。眾民驚惶,敬慎避咎,勑不行殃。互艮為角、為高邦,震口為吹、為羊,艮為牛,坎為失,故有失牛羊。坎為眾、為民,震為驚,艮為敬慎。○敬,宋元本作警,從汲古。
《家人》が《坎》に変ずる。林辞に言う:高き城邦の上で号角を吹くが、牛羊は走り失した。民衆は驚慌・不安であるが、恭敬・謹慎さえすれば灾咎を避け得、戒めが先にあれば殃を成すに至らない。先に危うく後に安ずる象である。尚秉和の解説:坎は重坎の卦で、二爻より四爻まで互体して艮を成し、艮は号角を主り、また高聳の邦邑を主る。震は口を主り吹奏を主り、また羊を主る。艮は牛を主る。坎は亡失を主るので牛羊が走失した。坎はまた衆・民を主り、震は驚動を主り、艮は恭敬・謹慎を主る。校記:「敬」の字は宋・元刻本が「警」とし、ここでは汲古閣本による。
離。南行出城,世得福祉。王姬歸齊,賴其所欲。通《坎》。震為南、為行,艮為城、為世,震為福祉、為王、為姬、為歸,巽為齊。○得,汲古作德,歸作嫁,均依宋元本。王姬嫁齊魯為主在莊元年。
《家人》が《離》に変ずる。林辞に言う:南に向かって城を出て行けば、代々に福祉を得て享く。王姫は斉国に嫁ぎ出で、悉く心願を遂げた。吉。尚秉和の解説:この条は《離》の旁通卦《坎》を取る——《離》の六爻の陰陽を逐爻翻転すれば即ち《坎》である。震は南方を主り、また行走を主る。艮は城邑を主り、また世代を主る。震は福祉・王・姫を主り、また出嫁を主る。巽は斉国を主る。校記:「得」の字は汲古閣本が「徳」とし、「帰」の字は「嫁」とし、いずれも宋・元刻本による。尚氏は併せて、周の王の女の王姫が斉に下嫁して、魯が婚を主した事は、《春秋》荘公元年に在ると指出する。
咸。心狂志悖,視聰聳類。政令無常,下民多孽。通《損》。坤為心志,震為狂,艮為視,坤為類,艮一陽在坤上,故曰聳類。坤為政,巽為令,二至上正反巽,故曰無常。坤為下民、為孽。○志,宋元本作老,茲依汲古。視聳,汲古作耳從,依宋元本。
《家人》が《咸》に変ずる。林辞に言う:心思は狂乱し志意は悖謬で、眼力・耳力はみな高く架空された。政令は反覆・無常で、下の百姓は多く禍害に遭う。凶。尚秉和の解説:この条は《咸》の旁通卦《損》を取る。坤は心志を主り、震は狂乱を主る。艮は視看を主り、坤は品類を主る。艮の一つの陽爻が坤衆の上に高く踞るので「聳類」——その類より高く出づる——という。坤は政事を主り、巽は号令を主り、二爻より上爻までの間に正巽と反巽とが交替するので「无常」という。坤はまた下民・灾孽を主る。校記:「志」の字は宋・元刻本が「老」とし、ここでは汲古閣本による。「視聳」の二字は汲古閣本が「耳従」とし、ここでは宋・元刻本による。
恆。安上宜官,一日九遷。踰群越等,牧養常山。通《益》。艮為山、為上、為官,乾為日,卦數一,故曰一日,震數九,故曰九遷。坤為群、為等、為牧養,震為遷,故曰踰越。艮為山,坤北故曰常山。常山,北嶽也。
《家人》が《恒》に変ずる。林辞に言う:上位に安居し官を為すに宜しく、一日の内に連なりて九級に升る。同儕を越え等第を超出して、北岳の常山の一帯に牧養する。大吉。尚秉和の解説:この条は《恒》の旁通卦《益》を取る。艮は山・上位・官職を主る。乾は日を主り、卦数は一なので「一日」といい、震の数は九なので「九遷」という。坤は群衆・等級を主り、また牧養を主る。震は遷動を主るので「踰越」という。艮はすでに山を主り、坤はまた北方に居り、合わせれば即ち「常山」である——常山とは即ち北岳の恒山である。
遯。東鄰嫁女,為王妃后。莊公築館,以尊王母。歸於京師,季姜悅喜。詳《屯》之《觀》。莊當為桓,事在桓九年紀季姜歸於京師。○王,汲古作主,非。
《家人》が《遯》に変ずる。林辞に言う:東辺の隣国が女を嫁がせ、天子の妃后となった。国君は彼女のために館舎を営造し、もって王母を尊崇した。娘は遠く京師に帰り、季姜は心中歓喜である。婚嫁の吉である。尚秉和の解説:この条の取象は詳しく《屯》が《観》に変ずるの条に見える。所謂「荘公」は「桓公」と作すべきで、事は魯の桓公九年に在り、紀国の季姜が京師に嫁いで周の王后となった。校記:「王」の字は汲古閣本が「主」とし、確かでない。
大壯。六甲無子,以喪其戊。五丁本親,庚失曾孫,癸走出門。乾納甲,震為子,兌毀折,乾數六,故曰六甲無子。坎居子,方納戊,六甲始於子,今無子故曰以喪其戊。互兌,納丁,伏巽,卦數五,故曰五丁,乾健震健,兌剛,遠行故不親。震納庚,艮為曾孫,艮覆故曰失。坤上卦納癸,乾為門,震出,大壯五上皆坤爻,在外故曰癸走出門。○以,宋元本作已,從汲古。
《家人》が《大壮》に変ずる。林辞に言う:六甲の中に子がなくて、これによりその戊を喪い。五丁はもともと親しまず、庚は曾孫を失い、癸は門外に走出った。干支が離散し親属が亡失する凶の象である。尚秉和の解説:この条は通篇「納甲」をもって立説する。乾は甲を納し、震は子嗣を主り、兌は毁折を主り、乾の数は六なので「六甲无子」という。坎は方位で子に居り、納する天干は戊で、六甲はもともと甲子より頭を起こすが、今やすでに子なしで、戊もまたこれに随いて失われた。卦中は互体して兌を成し、兌は丁を納し、伏する巽の卦数は五なので「五丁」という。乾は健・震は動・兌は剛で、いずれも遠行を主り、遠く行けば親しまず。震は庚を納し、艮は曾孫を主り、艮の形体が倒転するので「失」という。坤は上卦で癸を納し、乾は門戸を主り、震は外出を主る。《大壮》の五爻・上爻はみな坤の爻で、位は卦の外に在るので「癸走出門」という。校記:「以」の字は宋・元刻本が「已」とし、ここでは汲古閣本による。
晉。陰霧不清,濁政亂民。孟秋季夏,水壞我居。坎為陰霧、為混濁,坤為政、為民,伏兌為秋,兌與離連,故曰孟秋。上離為夏,離與艮連故曰季夏。坤坎皆為水,艮為居,坎破故曰壞。孟秋季夏用象之精,非夷所思。○秋,汲古作春,是不知象者妄改,依宋元本。
《家人》が《晋》に変ずる。林辞に言う:陰霾・濃霧が散らず、政事は汚濁し民生は紛乱である。孟秋の七月と季夏の六月との交わりに、大水が我が住処を沖し壊した。凶。尚秉和の解説:晋は坤下・離上で、坎は陰霧を主り、また混濁を主る。坤は政事・百姓を主る。伏する兌は秋を主り、兌と離とが相接するので「孟秋」といい、上体の離は夏を主り、離と艮とが相接するので「季夏」という。坤と坎とはともに水を主り、艮は居所を主り、坎は破損を主るので「壊」という。尚氏は「孟秋季夏」のこの二つの節候の取象が極めて精微で、常人の思い及ぶ所ではないと嘆賞する。校記:「秋」の字は汲古閣本が「春」とし、あれは卦象を知らぬ者が妄りに改竄したもので、ここでは宋・元刻本による。
明夷。騎豚逐羊,不見所望。徑涉虎廬,亡豚失羊。震為騎,坎為豕,震為羊,離為望,坎隱故不見。又豚行緩亦不能及也。艮為虎,艮反與坎室連,故曰虎廬。坤為喪,故曰亡失。○羊,宋元本作羔,依汲古。
《家人》が《明夷》に変ずる。林辞に言う:小豚に騎って羊を追うが、望んでも望み見られない。一頭に老虎の窩棚に闖り込んで、豚は失われ羊もまたなくなった。凶。尚秉和の解説:明夷は離下・坤上で、震は騎乗を主り、坎は猪豕を主り、震はまた羊を主る。離は眺望を主るが、坎が隠伏して顕れないので望み見られない。さらに言えば小豚は脚程が遅く、もともと羊に追いつけない。艮は虎を主り、倒転した艮は坎の象す屋室と相い連なるので「虎廬」という。坤は喪亡を主るので「亡」といい「失」という。校記:「羊」の字は宋・元刻本が「羔」とし、ここでは汲古閣本による。
睽。安床厚褥,不得久宿。棄我喜晏,困於南國。投杼之憂,不成禍災。伏《蹇》。艮為床,坎為宿,離為南,艮為國,故曰南國。坎為杼,《戰國策》甘茂曰:昔曾參之母方織,人謂曾參殺人,三告之,其母投杼而走。○得,宋元本作歸,晏作燕,不作弗,依汲古。
《家人》が《睽》に変ずる。林辞に言う:床は安く置け褥は厚く敷けども、長く住むことができない。我が宴楽を棄て置きて、南方の国に困る。曾参が人を殺したのごとき流言の憂いはあるが、到頭は災禍を釀さなかった。先に憂いて後に安ず。尚秉和の解説:この条は《睽》に伏する《蹇》を見なければならない——《睽》は兌下・離上で、六爻の陰陽が全て変じれば即ち艮下・坎上の《蹇》を成す。取るのは伏卦の象である。艮は床榻を主り、坎は留宿を主る。離は南方に居り、艮は邦国を主り、合して「南国」を成す。坎は織機の杼を主る。尚氏は《戦国策》の甘茂の言を引く。昔曾参の母がまさに布を織っていると、人が奔って来て曾参が人を殺したと言い、連ねて三度報じに来て、彼女はついに梭を投げ棄てて逃げた——「投杼之憂」はこの讒言が人を惑わす典故を用いる。校記:「得」の字は宋・元刻本が「帰」とし、「晏」の字は「燕」とし、「不」の字は「弗」とし、ここではいずれも汲古閣本による。
蹇。五方四維,安平不危。利以居止,保有玉女。坎納戊,數五,伏兌,納丁,數四,故曰五方四維。艮為安、為居止,坎為危,艮安故不危。伏兌為女,艮堅故曰玉女。○方,汲古作日,依宋元本。
《家人》が《蹇》に変ずる。林辞に言う:五方と四維の地は、一様に安寧・平順で危険がない。就く地に安居するに宜しく、また美好の女子を保ち有し得る。吉。尚秉和の解説:蹇は艮下・坎上で、坎は納甲で戊に配し、数は五を取るので「五方」といい、伏する兌は丁を納し、数は四を取るので「四維」という——四維とは即ち東南・西南・西北・東北の四隅である。艮は安寧・居止を主り、坎は危険を主るが、艮はすでに安穏なので危険は加えられない。伏する兌は女子を主り、艮の性は堅実で、堅くして美なる者は玉なので「玉女」という。校記:「方」の字は汲古閣本が「日」とし、ここでは宋・元刻本による。
解。西賈巴蜀,寒雪至轂。欲前不得,復反其室。坎位西,伏巽為賈,巽在西南,故曰巴蜀。坎為寒、為雪、為轂,坎陷故不能前。震為反,坎為室,此為坎西、巽西南之確證。○復反,汲古作反覆,依宋元本。
《家人》が《解》に変ずる。林辞に言う:西に巴蜀に至って売買を為すが、寒雪は一直線に車轂にまで積もった。前に往かんとするも成さず、自らの屋裡に折り返るほかない。行旅が阻まれる象である。尚秉和の解説:解は坎下・震上で、坎は先天の方位で西に居る。伏する巽は商賈を主り、巽は西南に居り、まさに巴蜀の地に当たるので「西賈巴蜀」という。坎は寒・雪を主り、また車轂を主る。坎は陥坑なので前進できない。震は返回を主り、坎は屋室を主る。尚氏は特別に指出する。この条はまさに《易林》が先天の方位——坎は西、巽は西南——を用いる確かな証拠である。校記:「復反」の二字は汲古閣本が「反復」とし、ここでは宋・元刻本による。
損。剛柔相呼,二姓為家。霜降既同,惠我以仁。兌為剛,互坤為柔,正反震,故曰相呼。坤為姓,數二,故曰二姓。艮為家,坤為霜、為我,震為仁。家,音姑,《荀子大略》篇:"霜降逆女,冰泮殺內",言嫁娶始於霜降,至冰泮而止。
《家人》が《損》に変ずる。林辞に言う:剛と柔とは互いに呼応し、両姓は一家を結び成す。霜降の時節にすでに相会えば、即ち仁愛をもって我に惠み及ぶ。婚嫁の吉である。尚秉和の解説:損は兌下・艮上で、兌は剛を主り、互体の坤は柔を主る。卦中の正震と反震とは相い対して、一唱一和するので「相呼」という。坤は姓氏を主り、数は二を取るので「二姓」といい、艮は家室を主り、坤は霜を主り、また自身を主り、震は仁愛を主る。「家」の字はここでは「姑」の音に読む。叶韻のためである。尚氏は《荀子・大略》篇の「霜降逆女、冰泮殺内」を引く。これは古人の嫁娶は霜降より始まり、来春の氷の融ける時に終わると言うので、林辞は成婚を霜降に繫ぐのである。
益。天馬五道,炎火分處。往來上下,相隨哭歌,凶惡如何。震為馬、為大塗,艮為天,巽卦數五,故曰天馬五道。《晉書天文志》:"王良,五星,一名天馬"。艮為火,正反艮,故曰分處。震為往,正反震,故曰往來上下。震為歌,震之反則哭矣。《中孚六二》云:"或泣或歌",林所本也。坤為凶惡。○宋元本第三句下多"住又亡駒,衣柔巾麻"二句,定為衍文,依汲古刪。炎火,汲古訛夾大,如何訛好向,均依宋元本。
《家人》が《益》に変ずる。林辞に言う:天馬は五条の大路を踏み、烈火は両方に分かれ処る。上上下下は往来して停まず、一路の上でまた哭きまた歌い、凶悪がこのごとくであっては如何ともしようがない。大凶。尚秉和の解説:益は震下・巽上で、震は馬を主り、また大道を主る。艮は天を主り、巽の卦数は五なので「天馬五道」という。《晋書・天文志》は王良に五星あり、別名を即ち天馬というと言う。艮は火を主り、卦中は正艮・反艮が併見するので「分処」という。震は前往を主り、正震・反震が交替するので「往来上下」という。震は歌唱を主り、震は一たび倒転すれば即ち哭となる——《中孚》の爻辞に「或泣或歌」あり、まさに林辞が意を取る所である(今本ではこの句は《中孚》の六三に在るが、尚氏は六二と記す)。坤は凶悪を主る。校記:宋・元刻本は第三句の下に「住又亡駒、衣柔巾麻」の二句を多く出すが、衍文と断定し、汲古閣本により刪去する。「炎火」の二字は汲古閣本が誤って「夾大」とし、「如何」は誤って「好向」とし、いずれも宋・元刻本による。
夬。出門懷憂,東上禍丘。與凶相遇,自為災患。通《剝》。坤為門、為憂禍、為凶災,艮為丘,乾坤納甲乙,故曰東上禍丘。
《家人》が《夬》に変ずる。林辞に言う:一たび門を出れば満懐の憂愁で、東に向かってあの禍丘に登る。遇う所はみな凶険で、自ら己に灾患を招き寄せる。凶。尚秉和の解説:この条は《夬》の旁通卦《剥》を取る。坤は門戸を主り、また憂禍・凶灾を主る。艮は丘陵を主る。乾は甲を納し坤は乙を納し、甲乙は五行の方位で東方の木に属するので「東上禍丘」という。
姤。西行求玉,冀得隋璞。反見凶惡,使我驚惑。通《復》。震為行、為玉璞,坤為凶惡、為惑,震為驚。○隋,宋元本訛隨,依汲古。
《家人》が《姤》に変ずる。林辞に言う:西に向かって行きて美玉を捜し求め、隋侯の珠・和氏の璞を得んことを指望する。かえって凶悪に撞き遇い、私をして驚慌・迷乱せしめた。凶。尚秉和の解説:この条は《姤》の旁通卦《復》を取る。震は行走を主り、また玉璞を主る。坤は凶悪を主り、また迷惑を主る。震はまた驚懼を主る。校記:「隋」の字は宋・元刻本が誤って「随」とし、ここでは汲古閣本による。
萃。出入無妄,動作失利。銜憂懷禍,使我多悴。伏震為出,巽為入,坤喪兌毀,故無妄。妄,西漢人皆讀為望。兌口為銜,坤為憂禍、為我。○入,汲古作門,妄作至,非,依宋元本。
《家人》が《萃》に変ずる。林辞に言う:出るも入るも望むがごとくに遂げられず、一挙一動がみな便宜を失う。口に憂愁を含み心に禍事を揣して、我が一身を憔悴せしめた。凶。尚秉和の解説:萃は坤下・兌上で、伏する震は出を主り、巽は入を主る。坤は喪失を主り、兌は毁折を主るので「无妄」という。尚氏は特別に指出する。「妄」の字は西漢人は一様に「望」と読み、「出入无妄」とは即ち出入して指望する所なしで、決して《无妄》の卦名の義ではない。兌は口を主り含衔を主り、坤は憂禍を主り、また自身を主る。校記:「入」の字は汲古閣本が「門」とし、「妄」の字は「至」とし、いずれも確かでない。ここでは宋・元刻本による。
升。高樓無柱,顛僵不久。紂失三仁,身死牧野。坤為重,故曰高樓,本弱故無柱,巽隕故顛僵,坤惡故曰紂。震為仁,數三,故曰三仁,兌毀折,故失三仁。坤為身、為野、為養,故曰牧野。坤殺故曰身死。
《家人》が《升》に変ずる。林辞に言う:高楼に柱がなくて、傾倒するは遅かれ早かれの事である。商の紂王は三人の仁人を失い、己もまた牧野に身を死した。大凶。尚秉和の解説:升は巽下・坤上で、坤は重畳を主るので「高楼」といい、根基が柔弱なので「无柱」といい、巽は隕落を主るので「顛僵」という。坤は凶悪を主るので商の紂を取って象とする。震は仁を主り、数は三を取るので「三仁」という——即ち《論語》の称する殷末の微子・箕子・比干である。兌は毁折を主るので三仁は尽く失われた。坤は身体・原野を主り、また牧養を主り、合して「牧野」を成す。坤はまた殺伐を主るので「身死」という。
困。避禍逃殃,身全不傷。高位疾顛,華落墜亡。坎為災,故曰禍殃,坎隱故曰避逃。伏艮為身,在外,故曰身全不傷。艮為位,在上故曰高位,巽隕故顛。兌為華,巽落故曰墜亡。○墜亡,宋本作墮凶,元本作墮亡,依汲古。
《家人》が《困》に変ずる。林辞に言う:禍事を避け灾殃を逃れて、一身は保全して傷を受けない。高位の上の者は間もなく傾覆し、花朵は零落して地に墜ちて亡ぶ。身は免れて位は危うき象である。尚秉和の解説:困は坎下・兌上で、坎は災禍を主るので「禍殃」といい、坎はまた隠匿を主るので「避」といい「逃」という。伏する艮は身体を主り、位は卦の外に在るので、身子は保全して傷を受けないという。艮は爵位を主り、上体に居るので「高位」といい、巽は隕落を主るので傾顛する。兌は花朵を主り、巽はそれを飄落せしめるので「墜亡」という。校記:「墜亡」の二字は宋刻本が「堕凶」とし、元刻本は「堕亡」とし、ここでは汲古閣本による。
井。張牙反目,怒齚作怒。狂馬撓犬,道驚傷軫。兌為牙,離為目,坎兩半離相背,故曰反目。兌為齚,伏震為怒、為狂,伏艮為犬,艮止,故狂馬竟為犬所撓,而車驚傷軫也。震為道、為驚,兌為傷軫象,或屬坎。○作,汲古作忿,依宋元本。撓,宋元本作燒,依汲古。
《家人》が《井》に変ずる。林辞に言う:牙を龇き眼を翻して、怒気冲冲として互いに啃い咬む。狂奔の馬が狗に衝かれて、路の上で驚き、車軫をみな撞き傷つけた。凶。尚秉和の解説:井は巽下・坎上で、兌は牙を主り、離は眼目を主る。坎の上下の両截は各々半个の離で、両半の離が背い向いて立つので「反目」という——これは「半象」の用法で、隣り合う二爻を半個の卦と見る。兌は啃咬を主り、伏する震は怒・狂を主り、伏する艮は犬を主り、艮の本義は止なので、狂馬はなんと狗に去路を挡かれ、車は驚いて車軫を傷つけた。震は道路を主り、また驚動を主る。兌は車軫を傷損する象があり、あるいはまた坎に帰することもできる。校記:「作」の字は汲古閣本が「忿」とし、ここでは宋・元刻本による。「撓」の字は宋・元刻本が「焼」とし、ここでは汲古閣本による。
革。泉涸龍憂,箕子為奴。干叔隕命,殷破其家。詳《泰》之《剝》。
《家人》が《革》に変ずる。林辞に言う:泉水は涸れて龍は憂愁に陥り、箕子は貶められて奴とされた。干叔は命を喪い、殷商の社稷・家国はこれにより破亡した。大凶。尚秉和の解説:この条の取象は詳しく《泰》が《剥》に変ずるの条に見えるので、ここでは重ねて出さない。林辞の述べる所はみな殷の亡びの故事である。箕子は狂を佯りて辱められ奴とされ、「干叔」とは紂の叔父の比干が心を剖かれて死んだを指すべく、殷室はこれにより覆滅した。
鼎。向食飲酒,嘉賓聚會。羊大豬,君子饒有。通《屯》。坎為酒,兌口為飲,震為嘉賓,坤為眾,故曰嘉賓聚會。兌為羊,巽為豕,與乾連,乾為牡、為大,故曰羊大豬。艮為君子。
《家人》が《鼎》に変ずる。林辞に言う:筵席に迎えられて飲酒し、佳賓は雲集して会する。羊あり大猪ありて、君子の家は豊足である。宴楽の吉である。尚秉和の解説:この条は《鼎》の旁通卦《屯》を取る。坎は酒を主り、兌は口で飲を主る。震は嘉賓を主り、坤は衆多を主るので賓客が聚会するという。兌は羊を主り、巽は猪豕を主り、乾と相い連なり、乾は雄牡・碩大を主るので「羊大猪」という。艮は君子を主る。第三句の底本は三字のみで、全篇四言の体例と合わないので、脱文がある筈である。
震。黃牛騂犢,東行折角。冀得百祥,反亡我囊。艮為牛犢。震為玄黃。故曰黃牛。坎赤故曰騂犢。艮為角,震東坎破,故東行折角。震為百、為祥,坤為囊,坤初變陽,囊之形毀矣,故曰亡。
《家人》が《震》に変ずる。林辞に言う:黄牛と赤色の小牛とは、東に往きて角を折った。もともと百般の吉祥を得んことを指望したが、かえって我が口袋を失った。凶。尚秉和の解説:震は重震の卦で、艮は牛と牛犊とを主る。震は玄黄の色を主るので「黄牛」といい、坎の色は赤なので「騂犊」という——騂とは即ち赤色である。艮は角を主り、震は東方に居り坎は破損を主るので、東に往きて角を折ったという。震は百の数を主り、また吉祥を主る。坤は口袋を主るが、今や坤の初爻が陽爻に変じて、袋子の形が破壊されたので「亡」という。
艮。路多枳棘,步刺我足。不利旅客,為心作毒。詳《遯》之《艮》。
《家人》が《艮》に変ずる。林辞に言う:路の上には枳の木・荆棘が尽くして、一歩歩けば我が脚を刺す。門を出て外に在る旅客に利なく、心中にも毒恨を生ず。凶。尚秉和の解説:この条の取象は詳しく《遯》が《艮》に変ずるの条に見えるので、ここでは重ねて出さない。
漸。執斧破薪,使媒求婦。和合二姓,親御飲酒。召彼鄰里,公姑悅喜。艮手為執,伏兌為斧,巽為薪,坎為破,故曰破薪。《詩豳風》:"伐柯如何,匪斧不克;娶妻如何,匪媒不得"。坎為合、為媒,艮為求,巽為婦,坤為姓,數二,坎入坤,故曰和合二姓。坎為酒。按:《禮昏義》:"婿親御婦車三周,共牢而食,合巹而酳。"親御、飲酒,皆古禮也。艮為鄰里,巽為母,震為公、為悅喜。○召彼,宋元本作居比,依汲古。飲酒,依《小過》之《益》校,各本皆作斯酒,斯,析也,巹,半瓢也。以一瓢破為二,各持其一以酳,故曰斯酒,亦可從。
《家人》が《漸》に変ずる。林辞に言う:斧頭を取りて柴を劈き、媒人を托して親を求める。両姓は和合して婚を成し、新郎は自ら車に御して迎え娶り、ともに飲酒する。あの隣里・郷親を招き寄せて、公公・婆婆はみな歓喜する。婚娶の大吉である。尚秉和の解説:漸は艮下・巽上で、艮は手で執持を主り、伏する兌は斧を主り、巽は柴薪を主り、坎は劈破を主るので「破薪」という。《詩・豳風・伐柯》は「伐柯如何、匪斧不克。娶妻如何、匪媒不得」と言う。まさに林辞の冒頭の二句の出処である。坎は和合を主り、また媒妁を主り、艮は求索を主り、巽は婦人を主り、坤は姓氏を主り、数は二を取り、坎は坤の中に入るので「和合二姓」という。坎はまた酒を主る。尚氏の按語に言う。《礼記・昏義》の記す所によれば、新婿は自ら婦車に御して三周を繞り、夫婦は一牲を同じく食し合卺の酒をともに飲む——「親御」「飲酒」はみな古い婚礼の儀節である。艮は隣里を主り、巽は母を主り、震は公公を主り、また歓悦を主る。校記:「召彼」の二字は宋・元刻本が「居比」とし、ここでは汲古閣本による。「飲酒」の二字は《小過》が《益》に変ずるの条により校定し、各本はもと「斯酒」と作す——斯は剖分の義で、卺は半個の瓠瓢で、一個の瓠を剖って两半と為し、夫婦が各々その一を執りて口を漱ぐので「斯酒」と言う。この読みもまた通る。
歸妹。駕車出門,順時宜西。福佑我身,安寧無患。震為駕、為車,伏艮為門,兌為西,卦春夏秋冬皆備,故曰順時。
《家人》が《帰妹》に変ずる。林辞に言う:車に駕して門を出で、天時に順い西に向かうに宜しい。福気は我が身を護佑して、安寧にして禍患がない。吉。尚秉和の解説:帰妹は兌下・震上で、震は駕御を主り、また車を主る。伏する艮は門戸を主る。兌は西方に居るので「宜西」という。この卦は春夏秋冬の四時の象が一応に備わるので「順時」という。
豐。日新東昇,魁杓為禍。僕臺為秦,使我久坐。離為日、為新,震為東、為升、為魁杓,又伏艮為星,卦數七,斗七星故曰魁杓。魁杓者,斗柄也。斗柄所指,四時以成,《易》六二、九四皆不吉,皆曰日中見斗,故曰為禍。又魁杓即魁罡也。亦謂天罡。《渙》之《比》云"行觸天罡,馬死車傷",《睽》之《漸》曰"魁罡所當,初為敗殃"。○升,宋元本作從,依汲古。
《家人》が《豊》に変ずる。林辞に言う:太陽は一日一日と東方より升るが、斗魁・斗杓はかえって禍殃を齎す。僕台は秦の地と為り、我を害して久しく坐して動身し得ない。凶。尚秉和の解説:豊は離下・震上で、離は日を主り、また新を主る。震は東方・升起を主り、また北斗の魁と杓とを主る。伏する艮は星辰を主り、卦数は七で、北斗はちょうど七星なので「魁杓」という。魁杓とは即ち斗柄で、斗柄の指す所は四時の序を定める。《周易・豊卦》の六二と九四とはいずれも吉ならず、爻辞はいずれも「日中見斗」と言うので、林辞は斗をもって禍とする。魁杓はまた魁罡と呼ばれ、また天罡と称す。《渙》が《比》に変ずるは「行触天罡、馬死車傷」と言い、《睽》が《漸》に変ずるは「魁罡所当、初為敗殃」と言う。みな同じ取象である。「僕台為秦」の一句に至っては、尚氏は解説を加えていない。校記:「升」の字は宋・元刻本が「従」とし、ここでは汲古閣本による。
旅。山陵邱墓,魂魄室屋。精光竭盡,長臥無覺。艮為山邱、為室屋,震為精光,震伏風隕,故曰竭盡。艮為臥。○魄,汲古作空,依宋元本。
《家人》が《旅》に変ずる。林辞に言う:山陵と墳墓とは、魂魄の居室である。精気・光華は消耗し尽きて、長く眠りて醒めない。死喪の象である。尚秉和の解説:旅は艮下・離上で、艮は山丘を主り、また房屋を主る。震は精気・光華を主るが、今や震は潜伏して顕れず、また巽風に吹き落とされたので「竭盡」という。艮は卧息を主る。校記:「魄」の字は汲古閣本が「空」とし、ここでは宋・元刻本による。
巽。孩子貪餌,為利所說。探釜把瓶,爛其臂手。伏震為孩子、為餌,巽為利,震為說、為釜瓶,巽為爛,艮為手、為臂,言孩子無知,貪餅餌微利,探手釜瓶為沸湯所傷也。○第三句宋元本作探把釜瓶,依汲古。臂手,汲古作手臂,依宋元本。
《家人》が《巽》に変ずる。林辞に言う:小孩児が餅餌を貪り食い、一点の小利に勾引された。手を伸ばして鍋を掏み瓶を摸して、手臂をみな燙き爛れた。凶。尚秉和の解説:巽は重巽の卦で、伏する震は孩童を主り、また餌食を主る。巽は財利を主り、震は勧誘を主り、また鍋釜・瓶罐を主る。巽は焦爛を主り、艮は手を主り、また臂を主る。尚氏はこの条を解して言う。小孩子は事を弁えず、餅餌のあの小さな便宜を貪って、手を鍋・瓶の中に伸ばし入れて、遂に滚湯に燙き傷された。校記:第三句は宋・元刻本が「探把釜瓶」とし、ここでは汲古閣本による。「臂手」の二字は汲古閣本が「手臂」とし、ここでは宋・元刻本による。
兌。何材待時,閉門獨愁。蚯蚓冬行,解我無憂。桑蠶不得,女紅不成。何荷同。伏艮為材、為負。何為待、為時,故何材待時。艮為門,坎為閉、為愁,坎孤,故閉門獨愁。互巽為蚯蚓,伏坎為冬,震為解,故無憂。巽為桑、為蠶、為工,故曰女紅。紅同工。《漢書酈食其傳》:"紅女下機",師古讀紅為工,兌毀故無成。○愁,汲古作悲,不韻,非,依宋元本。紅,宋元作功,義同,依汲古。
《家人》が《兌》に変ずる。林辞に言う:木料を背負いて時機を待ち、門を閉じて独り愁える。蚯蚓が冬に土を出て爬行し、かえって我のために憂愁を解きほぐした。桑蚕は養い成さず、女工の活計もまた興せられない。時を守り用を待つも事業未成の象である。尚秉和の解説:「何」は「荷」と字を同じくし、負荷の意である。伏する艮は木材を主り、また負載を主る。「何」はここではまた等待・時候の義を兼ねるので「何材待時」という。艮は門戸を主り、坎は閉塞を主り、また憂愁を主り、坎はまた孤单なので「閉門独愁」という。互体の巽は蚯蚓を主り、伏する坎は冬季を主り、震は解散を主るので「无憂」という。巽は桑・蚕を主り、また工事を主るので「女紅」という——紅は工と字を同じくし、《漢書・酈食其伝》に「紅女下機」の語あり、顔師古は紅を工と読む。兌は毁折を主るので織事が成らない。校記:「愁」の字は汲古閣本が「悲」とし、韻に合わず確かでない。ここでは宋・元刻本による。「紅」の字は宋・元刻本が「功」とし、義は同じ。ここでは汲古閣本による。
渙。解商驚惶,散我衣裝,君不安邦。震為解、為商旅、為驚惶、為衣裝、為君,艮為邦,正反震故不安。○裝,汲古作裳,依宋元本。
《家人》が《渙》に変ずる。林辞に言う:行商の人は驚慌・乱れて、我が衣裳・行装を沖し散らし、国君もまたその邦国を安んずることができない。凶。尚秉和の解説:渙は坎下・巽上で、震は解散・商旅・驚慌を主り、また衣装を主り、さらに君主を主る。艮は邦国を主る。卦中の正震と反震とが交錯して動蕩して定まらないので「不安」という。校記:「装」の字は汲古閣本が「裳」とし、ここでは宋・元刻本による。
節。害政養賊,背主人愆。跛行不安,國危為患。坤為政,坎折坤,故曰害政。坎為賊,震為主,艮為背、為覆震,故曰背主。震為足,兌折故跛行。艮為國,坎為危。○國危為患,汲古作國為危患,依宋元本。
《家人》が《節》に変ずる。林辞に言う:政事を敗壊し奸賊を豢養して、主上に背き罪愆を招く。瘸腿で歩いて歩みが穩やかでなく、国家は危殆にして禍患が叢生する。大凶。尚秉和の解説:節は兌下・坎上で、坤は政事を主り、坎が坤を折り断つので「害政」といい、坎はまた盗賊を主る。震は主上を主り、艮は背向を主り、また震の倒転した覆象なので「背主」という。震は足を主り、兌は折損を主るので「跛行」という。艮は邦国を主り、坎は危険を主る。校記:末句の「国危為患」は汲古閣本が「国為危患」とし、ここでは宋・元刻本による。
中孚。禍走患伏,喜為我福。凶惡消亡,災害不作。巽為伏,兌為禍患,震行,故曰禍走患伏。震為喜、為福,兌剛魯故曰凶惡毀折,故曰災害。兌覆為巽,巽敝漏,故曰凶惡消亡,曰災害不作。○亡,元本作去,依宋本、汲古。
《家人》が《中孚》に変ずる。林辞に言う:禍事は走り去り憂患は蔵れて、喜庆は我が福分となった。凶悪は消散し尽きて、災害は再起こらない。大吉。尚秉和の解説:中孚は兌下・巽上で、巽は潜伏を主り、兌は禍患を主り、震は行走を主るので、禍走・患伏という。震は喜庆を主り、また福沢を主る。兌の性は剛猛・粗厲なので凶悪を主り、兌はまた毁折を主るので災害を主る。しかるに兌は一たび倒転すれば即ち巽となり、巽は敝壊・渗漏を主り、凶悪はこれに随いて消散し、災害もまた興せられない。校記:「亡」の字は元刻本が「去」とし、ここでは宋刻本と汲古閣本による。
小過。老馬為駒,病雞不雛。三雌獨宿,利在山北。震為馬,艮為壽,故曰老馬,兌少故曰駒。巽為雞、為疾,故曰病雞。兌為雛、為雌,震數三,故曰三雌。巽為獨、為伏,故曰獨宿。巽為利,上震為覆艮,故曰山北。《中孚》二至四艮覆曰鳴鶴在陰,在山陰也,茲曰山北,義同。
《家人》が《小過》に変ずる。林辞に言う:老馬を馬駒として使い、病鶏は雛を孵し出さない。三隻の母鶏は各々独り宿る。利益は山の北面に在る。老病にして成す所なき象である。尚秉和の解説:小過は艮下・震上で、震は馬を主り、艮は長寿を主り、合して「老馬」を成す。兌は年少を主るので「駒」という。巽は鶏を主り、また疾病を主るので「病鶏」といい、兌は雛・雌を主り、震の数は三なので「三雌」という。巽は孤独を主り、また潜伏を主るので「独宿」という。巽は利を主り、上体の震は倒転した艮で、艮は山で、倒転すれば即ち背陰なので「山北」という。尚氏は指出する。《中孚》の二爻より四爻まで互体して倒艮を成し、爻辞は「鳴鶴在陰」と言う。即ち山の背陰の処で、ここで「山北」と言うのは取義がまさに同じ。
既濟。播天舞,光地乳。神所守,樂無咎。此皆用半象。光地乳,各本皆作地撓亂,依《剝》之《兌》校。
《家人》が《既済》に変ずる。林辞に言う:天に布散して起舞し、地に光耀して流乳する。神明の守護ありて、安楽にして過錯がない。吉。尚秉和の解説:この四句はみな「半象」をもって立説する——半象とは隣り合う二爻を半個の卦として象を取るので、必ずしも三爻を凑足して一つの整った卦を成すを要しない。この条は前後の各条の四言の体例と異なり、通篇は三言である。校記:「光地乳」の三字は、各本とも「地撓乱」と作す。ここでは《剥》が《兌》に変ずるの条により校正する。
未濟。異國殊俗,情不相得。金木為仇,酋賊擅殺。第四句宋元本作酉賊檀榖,汲古作酋長擅役,茲酋字、擅字依汲古,賊字依宋元本。殺字,依《夬》之《比》校。
《家人》が《未済》に変ずる。林辞に言う:異邦・異俗で、情意は互いに合わない。金と木とは互いに仇克し、酋豪と盗賊とは擅りに殺戮を行う。凶。校記:第四句は宋・元刻本が「酉賊檀榖」とし、汲古閣本は「酋長擅役」とし、ここでは「酋」の字・「擅」の字は汲古閣本により、「賊」の字は宋・元刻本により、「殺」の字は《夬》が《比》に変ずるの条により校定する。
睽 第三十八
睽,倉盈庾億,宜稼黍稷,年歲有息。詳《乾》之《師》。
《睽》の一卦が変ずる第一条で、なお《睽》自身に帰る。林辞に言う:穀倉は満ち満ちて装い、糧囤は億をもって計る。黍稷を種え植えるに宜しく、年成は歳歳に增益がある。大吉。尚秉和の解説:この条の取象は詳しく《乾》が《師》に変ずるの条に見えるので、ここでは重ねて出さない。
乾。被服文衣,遊觀酒池。上堂見觴,喜為吾兄,使我憂亡。此兼用遇卦象。乾為衣,睽互離為文,坎為酒、為憂,兌為池。○觀,汲古作視,依宋元本。
《睽》が《乾》に変ずる。林辞に言う:身に文采ある衣裳を着て、酒池の畔に游賞する。堂に登りて杯を挙げ、歓喜の情は我が兄長のためであり、我が憂愁を一掃して空しくせしめる。吉。尚秉和の解説:この条は兼ねて遇卦《睽》の象を用いる。乾は衣服を主り、《睽》卦は互体して離を成し、離は文采を主る。坎は酒を主り、また憂愁を主る。兌は池沼を主る。校記:「観」の字は汲古閣本が「視」とし、ここでは宋・元刻本による。
坤。邑姜叔子,天文在手。實沈參虛,封為晉侯。詳《隨》之《恆》。
《睽》が《坤》に変ずる。林辞に言う:邑姜の生んだ小兒子は、手上に生まれつき天成の文字を帯びていた。参星と実沈の墟とは彼に帰し有せられ、封を受けて晋国の侯となった。大吉。尚秉和の解説:この条の取象は詳しく《随》が《恒》に変ずるの条に見える。林辞は唐叔虞の故事を用いる。武王の后の邑姜が身ごもった時、天帝が彼女に「我はお前の子に名を虞と取らせ、参墟の地を彼に与えよう」と夢で告げ、子は生まれて手上に果たして「虞」の字の紋があり、後に唐に封ぜられ、即ち晋国の始祖となった。実沈は参星を司る神で、参星の分野はまさに晋の地である。
屯。改柯易葉,飯溫不食。豪雄爭強,先者受福。震為柯葉,坤殺,故更改。坎為飲食,下有艮火,故曰飯溫,坤閉故不食。震為雄強、為福,初至五正反震,故曰爭強。
《睽》が《屯》に変ずる。林辞に言う:枝條を換え葉を改めて、飯菜は温められているのに食いつけない。豪傑の士は強を争い勝を闘い、前に抢い立った者だけが福を得る。尚秉和の解説:屯は震下・坎上で、震は枝柯・葉片を主り、坤は殺伐を主るので枝葉が更改する。坎は飲食を主り、下に艮の主る火があるので「飯温」といい、坤は閉塞を主るので食いつけない。震は雄強を主り、また福沢を主り、初爻より五爻までの間に正震と反震とが併立して、両強が相い持するので「争強」という。
蒙。馨香陟降,明德上登。社神佑顧,命予大鄰。伏巽為臭,故曰馨香,二至上正反震,故曰陟降。艮為明,震為德、為登,艮陽在上,故曰上登。坤為社,震為神,艮為顧,伏巽為命,震為鄰,震言,故曰命予大鄰。○予,汲古作為,依宋元本。
《睽》が《蒙》に変ずる。林辞に言う:馨香の気は上下に升降し、光明の徳行は上に向かって通達する。社神は保佑して顧み眷れて、命を降して我に与えこの大邦の近隣とす。大吉。尚秉和の解説:蒙は坎下・艮上で、伏する巽は気味を主るので「馨香」といい、二爻より上爻までの間に正震と反震とが交替して、一上一下なので「陟降」という。艮は光明を主り、震は徳行を主り、また升登を主り、艮の陽爻は上に居るので「上登」という。坤は土神・社稷を主り、震は神霊を主り、艮は顧念を主り、伏する巽は誥命を主り、震は隣里を主り、震はまた言語を主るので「命予大隣」という。校記:「予」の字は汲古閣本が「為」とし、ここでは宋・元刻本による。
需。老狼白獹,長尾大胡。前顛卻躓,進艮遇祟。此用《伏》象。艮為狼,下坤故曰老狼。獹,犬也。艮為犬,故曰白獹。艮為尾、為胡。胡,領肉下垂也,艮形長,故曰長尾大胡,坎陷故前顛卻躓。《詩》"狼跋其尾" "狼跋其胡"是也。○獹,宋元本作驢,汲古作駒,胡皆作狐,均非,依《震》之《恆》校。
《睽》が《需》に変ずる。林辞に言う:一匹の老狼と一条の白狗は、尾巴は長々として頸下の垂肉は肥大である。前に往けば己の垂肉を踏んで転倒し、後ろに退けばまた尾巴を踏んで鬼祟に撞き遇う。進退両難の象である。尚秉和の解説:この条は伏卦の象を用いる。艮は狼を主り、下は坤で、坤は老を主るので「老狼」という。「獹」とは即ち狗で、艮は犬を主るので「白獹」という。艮はまた尾・胡を主る——胡とは頸下に垂れたあの塊の肉である。艮の形体は修長なので長い尾と大きな胡という。坎は陥坑なので前後に顛躓する。《詩・豳風・狼跋》の「狼跋其胡」「載疐其尾」は、まさにこの窮相を言う。校記:「獹」の字は宋・元刻本が「驢」とし、汲古閣本は「駒」とし、「胡」の字は各本とも「狐」とし、いずれも正しくない。ここでは《震》が《恒》に変ずるの条により校正する。また第四句は本条が「進艮遇祟」と作し、同書の《剥》が《睽》に変ずるの条は「進退遇祟」と作す。「艮」は「退」の字の訛であろう。
訟。山沒邱浮,陸為水魚,燕雀無廬。詳《觀》之《大有》。
《睽》が《訟》に変ずる。林辞に言う:高山は沈没し丘陵は漂浮して、陸地は魚蝦の水郷と変わり、燕雀すらも棲身する屋廬がなくなった。大水が灾を為す凶である。尚秉和の解説:この条の取象は詳しく《観》が《大有》に変ずるの条に見えるので、ここでは重ねて出さない。
師。懿公淺愚,不受深謀。無援失國,為狄所賊。詳《比》之《家人》。○賊,汲古作滅,依宋元本。
《睽》が《師》に変ずる。林辞に言う:衛の懿公は見識が浅薄・愚昧で、深遠の謀划を聴き入れない。孤立して援なく国を失い、狄人に殺害された。大凶。尚秉和の解説:この条の取象は詳しく《比》が《家人》に変ずるの条に見える。林辞は衛の懿公が鶴を好んで国を亡ぼした故事を用いる。懿公は鶴を養いて国人を恤めず、狄人が衛を伐ち、将士は命を効しようとせず、懿公は熒沢に戦死した。校記:「賊」の字は汲古閣本が「滅」とし、ここでは宋・元刻本による。
比。鼎煬其耳,熱不可舉。大塗塞壅,旅人心苦。詳《觀》之《中孚》。○煬,汲古作易,依宋元本。
《睽》が《比》に変ずる。林辞に言う:鼎耳は火に烤られて熱くなり、熱くて抬挙する法がない。大路はまた堵塞されて、行旅の人は満心愁苦である。凶。尚秉和の解説:この条の取象は詳しく《観》が《中孚》に変ずるの条に見えるので、ここでは重ねて出さない。校記:「煬」の字は汲古閣本が「易」とし、ここでは宋・元刻本による。
小畜。凶聲丑言,惡不可聞。君子舍之,往恨我心。通《豫》。坤為凶、為丑,震為聲、為言,坎為聞,坤惡故不可聞。艮為君子。坎為恨、為心。○惡,汲古作要,依宋元本。
《睽》が《小畜》に変ずる。林辞に言う:凶悪の声気・醜陋の言語は、聞き難くて人をして耳に入るに忍びなくさせる。君子は思い切ってそれを擲き置くが、心裡の怨恨はずっと身上に帯びている。凶。尚秉和の解説:この条は《小畜》の旁通卦《豫》を取る。坤は凶・丑を主り、震は声・言語を主り、坎は聴聞を主り、坤の性は凶悪なので耳に入るに堪えない。艮は君子を主り、坎は怨恨を主り、また心を主る。校記:「悪」の字は汲古閣本が「要」とし、ここでは宋・元刻本による。
履。昧暮乘車,履危蹈溝。亡失群物,摧折兩軸。見前。蹈,宋元本作陷,非,依汲古。
《睽》が《履》に変ずる。林辞に言う:天色が昏い黒い傍晚にまだ車を趕いて行き、険地に踏み込み溝に跌き落ちた。随身の物は精光に失い尽くし、二本の車軸もまた折れた。凶。尚秉和の解説:この条の取象は前文に見えるので、ここでは重ねて出さない。校記:「蹈」の字は宋・元刻本が「陥」とし、確かでない。ここでは汲古閣本による。
泰。南有嘉魚,駕黃取。魴鱮詡詡,利來無憂。詳《離》之《中孚》。
《睽》が《泰》に変ずる。林辞に言う:南方に肥美の魚があり、車に駕して往きて捕取する。魴魚・鱮魚は群を成して歓躍し、利益が到来して憂うる必要がない。吉。尚秉和の解説:この条の取象は詳しく《離》が《中孚》に変ずるの条に見えるので、ここでは重ねて出さない。第二句の底本は「駕黄取」の三字のみで、四言の体例と合わないので、脱文がある筈である。林辞の語彙は《詩・小雅・南有嘉魚》に本づく。
否。隔在九山,往來勞難。心結不通,失其所歡。艮為山,乾數九,故曰九山,艮止故曰隔。坤役萬物,故曰勞難。坤為心、為失,坤閉故不通。震為歡,二至四震覆,故不歡。
《睽》が《否》に変ずる。林辞に言う:九重の大山に隔てられて外に在り、来たり往たりするは辛苦・艱難である。心裡は鬱結して通暢せず、歓喜する所の人を失った。凶。尚秉和の解説:否は坤下・乾上で、艮は山を主り、乾の数は九なので「九山」といい、艮の本義は止なので「隔」という。坤は万物を役使して労苦を辞しないので「労難」という。坤は心を主り、また喪失を主り、坤の性は閉塞なので通じない。震は歓喜を主るが、二爻より四爻までの震は倒転したものなので、歓喜は落空した。
同人。下流難居,狂夫多疲。貞良溫柔,年歲不富。通《師》。坤水坎水,一陽在下,故曰下流難居。震為夫、為狂,坤柔故曰疲,坎冬故曰貞。坤為年歲,坤窮故曰不富。○狂夫,汲古訛任夫。疲,汲古作態,依宋元本。
《睽》が《同人》に変ずる。林辞に言う:下流に処って安居し難く、狂躁の漢子は疲憊不堪である。正を守り温柔なる人は、年成はなかなか富足でない。賢者の遇わざる象である。尚秉和の解説:この条は《同人》の旁通卦《師》を取る。坤は水を主り、坎もまた水を主り、一つの陽爻が下に沈んでいるので「下流難居」という。震は男子を主り、また狂躁を主る。坤の性は柔弱なので「疲」といい、坎は冬令に当たり固守を主るので「貞」という。坤は年歳を主り、坤はまた困窮なので「不富」という。校記:「狂夫」の二字は汲古閣本が誤って「任夫」とし、「疲」の字は汲古閣本が「態」とし、ここでは宋・元刻本による。
大有。狐狸雉兔,畏人逃去。分首竄匿,不知所處。通《比》。離為雉,艮坎皆為狐狸。坎為畏,坎隱伏故曰逃去,曰竄匿。坎為首,乾亦為首,乾在下,坎伏,故曰分首竄匿。○首,宋元本作走,依汲古。
《睽》が《大有》に変ずる。林辞に言う:狐狸・野鶏と兔子とは、人を怕れて四散して奔逃した。各々分かれて頭を匿し蔵れて、どこに钻り込んだかを知らない。尚秉和の解説:この条は《大有》の旁通卦《比》を取る。離は野鶏を主り、艮と坎とはともに狐狸を主る。坎は畏懼を主り、坎はまた隠伏するので逃げ去るといい竄匿するという。坎は頭を主り、乾もまた頭を主り、乾は下体に在りて坎は隠伏するので「分首竄匿」という。校記:「首」の字は宋・元刻本が「走」とし、ここでは汲古閣本による。
謙。異體殊俗,各有所屬。西鄰孤嫗,欲寄我室。主母罵詈,終不可得。坤為體、為俗,中為一陽所隔,故曰異體殊俗。伏兌為西,震為鄰,巽為寡,故曰西鄰孤嫗。互坎為室,艮止,故曰欲寄我室。震為主,坤為母,正反震相背,故曰罵詈。艮為終。
《睽》が《謙》に変ずる。林辞に言う:形体は同じからず習俗は別ありて、各々その帰属がある。西辺の隣家の孤老婆子が、我が屋裡に寄住せんことを欲する。女主人は口悪く大いに罵り、彼女はついに住み成らなかった。尚秉和の解説:謙は艮下・坤上で、坤は形体を主り、また風俗を主り、中間が一つの陽爻に隔て断たれたので「異体殊俗」という。伏する兌は西方を主り、震は隣里を主り、巽は寡居を主るので「西隣孤嫗」という。互体の坎は屋室を主り、艮は止を主るので、ただ「欲寄」するのみである。震は主人を主り、坤は母を主り、正震と反震とは背い向いて相い対するので「罵詈」という。艮は終了を主る。
豫。怒非怨妬,貪得腐鼠。而呼鷹鸇,自令失餌,致被困患。震為怒,坎為妬、為鼠,伏巽故曰腐鼠。震為呼,艮為鷹鸇,坤為失,震為餌,坎為困,言自得腐鼠而呼鷹鸇,致為所奪,語襲莊子。○鷹,宋元本作鵲,依汲古。致作倒,依宋元本。
《睽》が《豫》に変ずる。林辞に言う:怒を発するは怨恨・嫉妬に出づるのではなく、ただ一只の腐れた老鼠を貪得したがためである。それなのにまた鹰鸇を呼びに行き、徒らに口中の食を失い、困厄・禍患を招き寄せた。凶。尚秉和の解説:豫は坤下・震上で、震は怒を主り、坎は嫉妬を主り、また鼠を主り、伏する巽は腐敗を主るので「腐鼠」という。震は呼喚を主り、艮は鹰鸇を主り、坤は喪失を主り、震は餌食を主り、坎は困厄を主る。尚氏は解説する。己が腐鼠を拾い得ながら、また鹰鸇を呼びに往き、遂にかえって鹰鸇に奪い去られた——この話は《荘子》の鵷鶵と鴟が腐鼠を得るの寓言を襲用する。校記:「鹰」の字は宋・元刻本が「鵲」とし、ここでは汲古閣本による。「致」の字は汲古閣本が「倒」とし、ここでは宋・元刻本による。
隨。五心六意,歧道多怪。非君本心,生我恨悔。巽卦數五,互坎為心意,數六故曰五心六意。艮為道路,正反艮故曰歧道。坎為怪,互大坎故曰多怪。震為君、為生,坎為心、為恨。○心,宋元本作志,依汲古。
《睽》が《随》に変ずる。林辞に言う:五様の心思・六種の主意で、岔路は多く怪事も多い。これは君上の本心ではないのに、かえって我をして恨ませ悔いさせた。尚秉和の解説:随は震下・兌上で、巽の卦数は五で、互体の坎は心意を主り、坎の数は六なので「五心六意」という。艮は道路を主り、正艮と反艮とが併見するので「歧道」といい、坎は怪異を主り、卦中に一つの放大した坎の形があるので「多怪」という。震は君上を主り、また生発を主る。坎は心を主り、また怨恨を主る。校記:「心」の字は宋・元刻本が「志」とし、ここでは汲古閣本による。
蠱。三班六黑,同室共食。日長月息,我家有德。楚人呼虎為班,艮為虎,數三,故曰三班。黑,豕也。《詩小雅》"以其騂黑"傳:黑,豕也。巽為豕,艮為室,兌為貪、為月,艮為日、為家,震為息,言德能感物使虎豕同居也。
《睽》が《蠱》に変ずる。林辞に言う:三匹の老虎と六頭の黒猪とが、同じ屋に住まい同じ槽の食を食い。日に漸く見長し月に漸く增益して、我が家は自ら徳行を有す。吉。尚秉和の解説:楚国の人は老虎を「班」と呼び、艮は虎を主り、数は三を取るので「三班」という。「黑」とは即ち猪で、《詩・小雅》に「以其騂黒」あり、毛伝は黒は猪を指すと言う。巽は猪豕を主る。艮は居室を主り、兌は貪食を主り、また月を主る。艮は日を主り、また家を主る。震は生息を主る。これは徳行が異類を感化し得て、虎と猪とすらも同じ室に処り得ると言うのである。
臨。方船備水,旁河然火,終身無禍。震為船,坤方,故曰方船。方,並也。坤為水、為河,伏艮為火、為終,坤為身、為禍,震解故無禍,言有船則無水患,旁河則無火患也。
《睽》が《臨》に変ずる。林辞に言う:船を併せ連ねて水患に防ぎ、河辺に倚りて火を生ずれば、終身に禍事がない。吉。尚秉和の解説:臨は兌下・坤上で、震は船を主り、坤は方を主る——「方」はここでは併連の意で、両船が相い併ぶを方船という。坤は水を主り、また河流を主る。伏する艮は火を主り、また終了を主る。坤は身体を主り、また禍患を主るが、震に解散の功があるので「无禍」という。尚氏はこの二句の意を点明する。船あれば水淹れを怕れず、河に倚れば火焼けを怕れず、両様の防備が揃い具足するので、終身に患なし。
觀。翳屏獨語,不聞朝市上。以利居服,兔跛後閗。艮為屏,坤為寡,故曰獨,伏兌為語,巽為翳,翳屏獨語,隔屏獨語也。坤為朝市、為利,兌為耳,兌覆故不聞。艮為居,震為兔,兌折故曰兔跛。○以利,汲古作利以,兔跛後閗作究被後門,垮,依宋元本。
《睽》が《観》に変ずる。林辞に言う:屏風を隔てて自ら言語すれども、朝廷・市井の上の動静は聞こえない。利禄に倚りて安居し受用するに、兔子は腿を跛めてまだ後ろで争い闘う。尚秉和の解説:観は坤下・巽上で、艮は屏風を主り、坤は孤寡を主るので「独」といい、伏する兌は言語を主り、巽は遮蔽を主る。所謂「翳屏独語」とは、即ち屏風を隔てて一人で話すこと。坤は朝市を主り、また財利を主る。兌は耳を主るが、兌が倒転したので聞こえない。艮は居処を主り、震は兎を主り、兌は折損を主るので「兔跛」という。校記:「以利」の二字は汲古閣本が「利以」とし、「兔跛後鬭」は汲古閣本が「究被後門」とし、ここでは宋・元刻本による(源文のこの条の校記の末尾には別に一つの「垮」の字があり、文義に属さない。刻本の衍誤であろう)。
嗑噬。居處不安,徙反觸患。艮為居處,正反艮故不安。震為徙,前與坎遇故曰觸患。○徙,汲古作徒,依宋元。
《睽》が《噬嗑》に変ずる。林辞に言う:住むこと安穏ならず、遷り去ればまた禍患に撞き遇う。凶。尚秉和の解説:艮は居処を主り、卦中に正艮と反艮とが併見して動揺して定まらないので「不安」といい、震は遷徙を主り、前に往けば即ち坎に遇うので「触患」という。この条の卦名は底本が「嗑噬」と作す。《噬嗑》の二字が倒錯したのである。校記:「徙」の字は汲古閣本が「徒」とし、ここでは宋・元刻本による。
賁。剠刖髠劓,子所賤棄。批捍之言,我心不快。通《困》。兌上缺故曰剠,巽下斷故曰刖,巽寡髮故曰髠。艮為鼻,兌上缺故曰鼻。震為人、為言,艮手,故曰批捍。批捍之言,猶打之使言也。坎為心、為憂,故不快。
《睽》が《賁》に変ずる。林辞に言う:黥面・断足・剃髪・割鼻を受けたこのような人は、世人に軽賤し厭棄される。拷打して逼り出した話は、我が心裡をして甚だ痛快ならざらしむ。凶。尚秉和の解説:この条は《賁》の旁通卦《困》を取る。兌の上爻は缺口があるので「剠」という——剠とは即ち黥で、顔上に字を刺す。巽の下爻は断れているので「刖」という。即ち足を断つ。巽は頭髪の稀少を主るので「髠」という。即ち頭髮を剃り光る。艮は鼻を主り、兌の上に缺口があるので鼻を割く刑という(尚氏の原文はここで「故曰鼻」は「故曰劓」と作すべき)。震は人を主り、また言語を主り、艮は手なので「批捍」という。所謂「批捍之言」とは、即ち彼を打ちて逼りて話させること。坎は心を主り、また憂愁を主るので心裡が痛快でない。
剝。阜田禾黍,堆壤麻枲。衣食我躬,室家饒有。艮為阜,坤為田、為茅茹,故曰禾黍、曰麻枲。艮為堆壤,坤為衣,伏兌為食,艮為躬、為室家,坤多,故曰饒有。麻枲可以為衣,禾黍可食,故曰衣食我躬。○堆,宋元本作槌,依汲古。枲,各本皆訛阜,從王校。
《睽》が《剥》に変ずる。林辞に言う:高地の上の田には禾黍が長じ、堆き起こした土壤の上には麻枲を種う。穿るも食らうも皆我が身に出て、家中は豊足して余りあり。大吉。尚秉和の解説:剥は坤下・艮上で、艮は土山・高阜を主り、坤は田地を主り、また草類を主るので、禾黍といい麻枲という。艮は堆積の土壤を主り、坤は衣裳を主り、伏する兌は食物を主り、艮は身躯を主り、また室家を主る。坤は衆多を主るので「饒有」という。麻枲は衣を織り得、禾黍は飢を充たし得るので「衣食我躬」という。校記:「堆」の字は宋・元刻本が「槌」とし、ここでは汲古閣本による。「枲」の字は各本とも誤って「阜」とし、ここでは王氏の校本に従う。
復。兩目失明,日奪無光。脛足跛倚,不可以行,頓於丘旁。此兼用遇卦《睽》象。睽重離故曰兩目,坎黑故失明。離為日光,為坎所奪故無。震為脛足,坤敝,故跛倚不行,坤閉故頓於丘旁。震為陵丘。
《睽》が《復》に変ずる。林辞に言う:両只の眼睛は皆瞎れて、太陽の光は奪い去られた。小腿・脚は跛んで、歪み斜んで路を歩み成さず、土丘の旁に停頓するほかない。凶。尚秉和の解説:この条は兼ねて遇卦《睽》の象を用いる。《睽》卦に二つの離があるので「両目」といい、坎の色は黒なので失明という。離は日光を主り、坎に奪い去られたので光なしという。震は小腿と脚とを主り、坤は敝壊を主るので跛め倚りて行く能わず、坤はまた閉塞を主るので丘の旁に停頓し、震は丘陵を主る。
無妄。金城朔方,外國多半。履霜不時,去復為憂。艮為城,乾金,故曰金城,乾西北故曰朔方,金城,亦西北郡也。伏坤為國,在外卦故曰外國。震為羊,正覆震,故曰多羊。坤初為霜,初震爻故曰履霜。艮為時,正反艮故不時。伏坤為憂,去復為憂者,言震往與坤遇也。
《睽》が《无妄》に変ずる。林辞に言う:西北の金城の地には、外邦の羊群が群を成す。霜を踏む時令は頭が当たらず、行ってはまた返り、憂患を成した。尚秉和の解説:无妄は震下・乾上で、艮は城を主り、乾は金を主るので「金城」といい、乾は西北に居るので「朔方」という——金城はもともとまた西北の郡名である。伏する坤は邦国を主り、位は外卦に在るので「外国」という。震は羊を主り、正震と覆震とが併見するので「多羊」という(林辞は今「多半」と作し、尚注と合わない。「半」は「羊」の字の訛であろう)。坤の初爻は霜を主り、而も初爻はまさに震の爻なので「履霜」という。艮は時令を主り、正艮・反艮が併見するので「不時」という。伏する坤は憂愁を主る。所謂「去復為憂」とは、震が前に往きてまた坤に撞き当たるを言う。
大畜。匿病不醫,亂政傷災。紂作淫虐,商破其墟。通《萃》。坤為病,巽為伏匿,艮止,故曰匿病不醫。坤為政、為亂、為災、為惡,故曰紂。坤為虐、為墟,兌為破,震為子,震覆,故曰商破其墟。商,子姓也。○病,汲古作痼,傷作生,均依宋元本。
《睽》が《大畜》に変ずる。林辞に言う:病を蔵して医に就くを肯んぜず、政事は紊乱し災禍は人を傷る。商の紂王は威を作し福を作して荒淫・暴虐し、殷商はついに廃墟と化した。大凶。尚秉和の解説:この条は《大畜》の旁通卦《萃》を取る。坤は疾病を主り、巽は隠匿を主り、艮は止を主るので「匿病不医」という。坤は政事を主り、また紛乱・災害と凶悪とを主るので商の紂を取って象とする。坤はまた暴虐を主り、また廃墟を主り、兌は破敗を主り、震は子姓を主るが、震が倒転したので「商破其墟」という——商の王室はまさに子姓である。校記:「病」の字は汲古閣本が「痼」とし、「傷」の字は「生」とし、いずれも宋・元刻本による。
頤。鬼哭泣社,悲傷無後。甲子昧爽,殷人絕嗣。坤為社、為鬼,震為哭、為後,艮為覆震,故無後。震為子,在東方故曰甲子,震為旦,故曰昧爽。震為子,殷,子姓,坤殺故殷人絕嗣。按:《論衡》云:世稱紂之時,鬼郊夜哭,又曰紂郊鬼哭,即所謂鬼哭泣社也。又《墨子非攻》下雲商王紂之時,婦妖宵出,有鬼宵吟。○社,宋元本作柱,從汲古。人字,汲古作湯,從宋元本。
《睽》が《頤》に変ずる。林辞に言う:鬼が社廟で啼哭し、悲しむこと後人がない。甲子の日に天色が微明の時、殷人の血脈はこれより断絶した。大凶。尚秉和の解説:頤は震下・艮上で、坤は社廟を主り、また鬼を主る。震は哭を主り、また後嗣を主るが、艮は震の覆象なので「无後」という。震は子を主り、東方に居るので「甲子」といい、震はまた天明を主るので「昧爽」という——昧爽とは即ち天が将に亮きんとして未だ亮きならぬ時で、《尚書・牧誓》にまさに「時甲子昧爽」と言う。武王が商を克った日である。震は子姓を主り、殷の王室は姓が子で、坤は殺伐を主るので殷人は嗣を絶った。尚氏の按語に言う。《論衡》の記す所に、世は紂王の時に鬼が郊で夜哭したと伝え、また紂の郊に鬼哭ありと言う。即ち林辞の所謂「鬼哭泣社」である。《墨子・非攻下》もまた商王紂の時に婦妖が夜出で鬼が夜吟したと言う。校記:「社」の字は宋・元刻本が「柱」とし、ここでは汲古閣本による。「人」の字は汲古閣本が「湯」とし、ここでは宋・元刻本による。
大過。猋風卒起,車馳揭揭。棄古追亡,失其和節,憂心惙惙。正反巽故曰猋風。猋風,迴風也。《月令》"猋風暴雨絕至"注:迴風曰猋。伏震為車、為馳,乾為古,大過死故曰棄古、曰追亡。伏坤為失、為憂、為心。按:《詩檜風》:"匪風發兮,匪車偈兮",《傳》云"偈偈疾驅",茲作揭揭,是齊詩與毛異字。又按此詩思周道而作,棄古追亡者,言見今之人棄周道而蹈滅亡之道也。
《睽》が《大過》に変ずる。林辞に言う:旋風が突然に刮り起こり、車は飛奔して急馳する。古道を抛き棄てて滅亡の路を追逐し、和諧の節度を失い、忧心は忡忡たり。凶。尚秉和の解説:大過は巽下・兌上で、卦中に正巽と反巽とが併見するので「猋風」という——猋風とは即ち回旋の風で、《礼記・月令》の「猋風暴雨絶至」、鄭注は回風を猋と言うと言う。伏する震は車を主り、また奔馳を主る。乾は古昔を主るが、《大過》は死亡の象があるので、古道を抛棄して滅亡を追逐するという。伏する坤は喪失を主り、また憂・心を主る。尚氏の按語に言う。《詩・檜風・匪風》に「匪風発兮、匪車偈兮」あり、《毛伝》は「偈偈」は疾馳の貌と言うが、ここでは「掲掲」と作す。斉詩の用字は毛詩と同じからざることが見える。また《匪風》の一詩は周道を思い念じて作ったもので、所謂「棄古追亡」とは、今の人が周道を抛棄して滅亡の路に上るを見ると言うのである。
坎。耄老失明,聞善不從。自令顛沛,反為咎殃。互艮為明、為耄老,坎黑故失明。坎耳為聞,互震為善、為從,艮止故曰不從。○反,宋元本作敗,依汲古。
《睽》が《坎》に変ずる。林辞に言う:年老いて眼は瞎れ、善言を聞きても肯んじて聴き従わない。自ら顛沛・流離を招き寄せて、かえって灾咎・禍殃と変わった。凶。尚秉和の解説:坎は重坎の卦で、互体の艮は光明を主り、また耄耋の老人を主り、坎の色は黒なので失明という。坎は耳で聴聞を主り、互体の震は善・順従を主るが、艮は止を主るので「不従」という。校記:「反」の字は宋・元刻本が「敗」とし、ここでは汲古閣本による。
離。隨風騎龍,與利相逢。田獲三狐,商伯有功。沖沖之邑,長安無他。互巽為風,伏震為龍,巽為利。震為田獲,艮為狐,數三,故曰三狐。震為伯、為商旅,艮為邑、為安。○田,汲古訛日,依宋元本。
《睽》が《離》に変ずる。林辞に言う:風に乗り龍に騎って、利益と迎面して相逢う。田猟して三匹の狐狸を捕獲し、商旅の長は功労を立てた。冲冲というこの城邑の裡に、長く平安にして別の事なし。吉。尚秉和の解説:離は重離の卦で、互体の巽は風を主り、伏する震は龍を主り、巽はまた利を主る。震は田猟・収獲を主り、艮は狐狸を主り、数は三を取るので「三狐」という——《周易・解卦》の九二にまさに「田獲三狐」の文あり。震は長・商旅を主り、艮は城邑を主り、また安寧を主る。校記:「田」の字は汲古閣本が誤って「日」とし、ここでは宋・元刻本による。
咸。三牛五牂,重明作福。使我有得,疾入官獄,憂在心腹。艮為牛,數三,故曰三牛。兌為羊,巽卦數五,故曰五牂。互乾為大明,艮亦為明,故曰重明。艮為官,伏坤為憂、為疾、為心腹,坤閉故曰入獄。○牂,汲古作,依宋元本。入,宋元本訛人,依汲古。
《睽》が《咸》に変ずる。林辞に言う:三頭の牛と五只の母羊とは、両重の光明が福を造り出す。我をして得る所あらしめるが、しかもまた急速に官司・牢獄に陥り、憂愁は心腹の間に積もった。先に得て後に患える象である。尚秉和の解説:咸は艮下・兌上で、艮は牛を主り、数は三を取るので「三牛」といい、兌は羊を主り、巽の卦数は五なので「五牂」という——牂とは母羊である。互体の乾は大明を主り、艮もまた明を主り、両明が相い畳なるので「重明」という。艮は官府を主り、伏する坤は憂愁・疾病を主り、また心腹を主る。坤の性は閉塞なので「入獄」という。校記:「牂」の字は汲古閣本が別に一字を作す(底本はここで校する所の字を脱す)。ここでは宋・元刻本による。「入」の字は宋・元刻本が誤って「人」とし、ここでは汲古閣本による。
恆。孟巳己丑,哀呼尼父。明德訖終,亂害滋起。巽居巳,巳四月為孟夏,故曰孟巳。巽貞丑,故曰已丑。《左傳哀十六年》四月己丑孔丘卒,公誄之曰:嗚呼哀哉尼父。乾為父、為山,故曰尼父。兌口為呼,乾為明德,伏坤為死,故曰訖終、曰亂虐。○己丑,各本多作乙丑,與左傳不符,依《歸妹》之《夬》校。害,汲古作虐,依宋元本。
《睽》が《恒》に変ずる。林辞に言う:孟夏の巳の月・己丑のあの日に、人々は哀号して尼父を呼喊した。光明の徳行はここに終結し、禍乱と殘害とがこれより滋生した。大凶。尚秉和の解説:恒は巽下・震上で、巽は方位で巳に居り、巳は四月に当たり、四月は孟夏なので「孟巳」といい、巽の貞辰は丑なので「己丑」という。《左伝》哀公十六年の記す所に、夏の四月の己丑に孔丘が卒し、魯の哀公は誄文を作して「嗚呼哀哉尼父」と言った——林辞が用いるのはまさに孔子の喪である。乾は父を主り、また山を主る(尼は山名の尼丘)ので「尼父」といい、兌は口で呼号を主る。乾は光明の徳行を主り、伏する坤は死亡を主るので「訖終」といい「乱害」という。校記:「己丑」の二字は各本に多く「乙丑」と作し、《左伝》と合わない。ここでは《帰妹》が《夬》に変ずるの条により校正する。「害」の字は汲古閣本が「虐」とし、ここでは宋・元刻本による。
遯。華燈百枝,消暗衰微。精光訖盡,奄如灰糜。乾為大明、為百,艮亦為明,巽為枝,故曰華燈百枝,陰消陽故衰盡。糜,爛也。《孟子》"糜爛其民"。巽消象也。
《睽》が《遯》に変ずる。林辞に言う:華美の灯は百枝の燭火もて、漸く暗淡・衰微した。精光は耗尽して、忽ち灰燼に焼き成ったごとし。凶。尚秉和の解説:遯は艮下・乾上で、乾は大明を主り、また百の数を主り、艮は同じく明を主り、巽は枝條を主るので「華灯百枝」という。陰気は陽気を消蝕するので衰微・耗尽した。「糜」は爛の意で、《孟子》に「糜爛其民」の語あり。巽はまさに消損の象である。
大壯。鷹飛雉退,兔伏不起。狐張狼鳴,野雞駭驚。通《觀》。艮為鷹,坤文為雉,艮上故曰鷹飛,坤下故曰雉退。震為兔,巽伏故曰兔伏不起。艮為狐狼,震為張、為鳴,巽為雞,坤為野,故曰野雞。震為驚駭。○狐,宋元本作弧,非,依汲古。退,汲古作遽,駭驚作驚駭,失韻,均依宋元本。
《睽》が《大壮》に変ずる。林辞に言う:鹰は飛び起きて、野鶏は退き下がった。兔子は伏して敢えて動かず。狐狸は張望し豺狼は嗥叫して、野鶏は嚇いて驚き飛んだ。凶。尚秉和の解説:この条は《大壮》の旁通卦《観》を取る。艮は鹰を主り、坤は文采を主るので野鶏を主る。艮は上に在るので「鹰飛」といい、坤は下に在るので「雉退」という。震は兎を主り、巽は潜伏を主るので「兔伏不起」という。艮は狐と狼とを主り、震は張望を主り、また鳴叫を主る。巽は鶏を主り、坤は原野を主るので「野鶏」といい、震はまた驚駭を主る。校記:「狐」の字は宋・元刻本が「弧」とし、確かでない。ここでは汲古閣本による。「退」の字は汲古閣本が「遽」とし、「駭驚」の二字は汲古閣本が「驚駭」とし、いずれも韻脚を失した。ここでは宋・元刻本による。
晉。鬬戰天門,身有何患。室家俱在,不失其歡。《內經》以戌亥為天門。艮為刀兵,居戌亥為天、為門,故曰天門。坤為身、為患,坎為室,艮為家。
《睽》が《晋》に変ずる。林辞に言う:天門の下に鏖戦するが、自身に何の禍患もない。家室は元のごとく完好で、歓楽は一点も失われない。吉。尚秉和の解説:《黄帝内経》は戌亥の位をもって天門とする。艮は刀兵を主り、艮の先天の方位はまさに戌亥で、天と門の両象を兼ねるので「天門」という。坤は身体を主り、また禍患を主る。坎は屋室を主り、艮は家を主る。
明夷。東家殺牛,行逆腥臊。神背西顧,命衰絕周。亳社災燒,宋人夷誅。詳《噬嗑》之《巽》。震為周,坤為社,下離故曰災。艮為宋,坤殺故夷誅。
《睽》が《明夷》に変ずる。林辞に言う:東隣の家は牛を殺して祭祀するが、行事は礼に違い腥臊が鼻に触れる。神明は身を背けて西に向かって看、天命は衰敗して周室は断絶し、亳社は火災に遭い、宋国人は夷滅・誅戮された。大凶。尚秉和の解説:この条の取象は詳しく《噬嗑》が《巽》に変ずるの条に見える。ここで数句を補説する。震は周を主り、坤は社廟を主り、下体は離なので「灾」といい、艮は宋国を主り、坤は殺伐を主るので「夷誅」という。亳社は殷商の旧社で、宋人は殷の後で、《春秋》哀公四年に「亳社灾」と記す。まさに林辞の拠る所である。
家人。陰陽辨舒,二姓相合。婚姻孔云,生我利福。坎為合,巽為利。二姓謂離坎。
《睽》が《家人》に変ずる。林辞に言う:陰と陽とは分弁して舒展し、両姓は互いに和合する。婚姻の消息は広く伝えられて、我が利益と福気とを生出す。吉。尚秉和の解説:坎は和合を主り、巽は利益を主る。言う所の「二姓」とは、離と坎の両卦を指す。
蹇。東入海口,循流北走。一高一下,五邑無主。十日六夜,死於水涘。離為東,坤為海,伏兌為口,坎入坤中故曰東入海口。坎為流,重坎故曰循流,坎北故北走。艮高,坎下卦一陰一陽相間,故曰一高一下。坎納戊,數五,艮為邑,震為主,震覆,故五邑無主。伏兌數十,故曰十日坎為夜,數六,故曰六夜。坎為死卦,故曰死於水涘。
《睽》が《蹇》に変ずる。林辞に言う:東に向かって海口に入りて、流れに循いて北行する。一つの所は高く一つの所は低く、五つの城邑に主人がない。十日・六夜を過して、水辺に死した。大凶。尚秉和の解説:蹇は艮下・坎上で、離は東方に居り、坤は大海を主り、伏する兌は口で、坎は坤の中に入るので「東入海口」という。坎は水流を主り、両坎が相い重なるので「循流」といい、坎は北に居るので「北走」という。艮は高を主り、坎の下体は一陰・一陽が相い間えているので「一高一下」という。坎は納甲で戊に配し、数は五を取り、艮は城邑を主り、震は主人を主るが、震が倒転したので「五邑无主」という。伏する兌は数を十を取るので「十日」といい、坎は夜を主り、数は六を取るので「六夜」という。坎は死を主る卦なので「死于水涘」という——涘とは即ち水辺である。
解。孤竹之墟,失婦無夫。傷於蒺藜,不見其妻。東郭棠姜,武子以亡。詳《需》之《剝》。
《睽》が《解》に変ずる。林辞に言う:孤竹国の廃墟の上に、婦人は配偶を失い丈夫がない。蒺藜に刺されて、己の妻子に見えない。東郭の家の棠姜が、崔武子を害して身を敗り家を亡ぼせしめた。大凶。尚秉和の解説:この条の取象は詳しく《需》が《剥》に変ずるの条に見える。末の二句は《左伝》襄公二十五年の故事を用いる。斉の棠公の妻の東郭姜は美貌で、崔武子は彼女を娶った。これにより荘公の弑と崔氏の覆滅を引き出した。
損。天門東墟,盡既為災。跰喑聾,秦伯受殃。艮居戌亥為天門,震為東,坤為墟、為災。跰,足互貌。震為足,兌為口、為耳,坤閉故曰喑、曰聾。喑,失音也。震為伯,兌西故曰秦伯。義多不解。
《睽》が《損》に変ずる。林辞に言う:天門の東辺の廃墟では、一切が尽きて灾を成した。跛脚・唖・聾の者がおり、秦伯は殃に遭った。凶。尚秉和の解説:損は兌下・艮上で、艮の方位は戌亥に居り、即ち天門である。震は東方を主り、坤は廃墟を主り、また災禍を主る。「跰」は両脚が相い絆ぐさまである。震は足を主り、兌は口を主り、また耳を主り、坤の性は閉塞なので、唖といい聾という——喑とは即ち声を発し得ないこと。震は伯を主り、兌は西方に居るので「秦伯」という。尚氏は率直に、この条の文義には多く講じ通らない所があると言う。第三句の底本は「跰喑聾」の三字のみで、四言の体例と合わないので、脱文がある筈である。
益。賴先休光,受福之祉。雖遭亂潰,獨不危殆。伏乾為先、為休、為光、為福祉,坤為亂潰、為危殆,震解故不危殆。殆,古音以。
《睽》が《益》に変ずる。林辞に言う:全く先人の留めた美好の光輝に頼って、福沢と祥祉とを承け受ける。禍乱・潰敗に遭遇するも、独り我は危殆に至らない。吉。尚秉和の解説:益は震下・巽上で、伏する乾は先人・美善・光明を主り、また福祉を主る。坤は禍乱・潰敗を主り、また危殆を主るが、震に解散の功があるので、危殆に至らない。「殆」の字は古音は「以」と読み、上文と叶韻する。
夬。折若蔽日,不風稚叔。三足孤烏,遠其元夫。詳《師》之《蒙》。○若,汲古作葉,非。
《睽》が《夬》に変ずる。林辞に言う:若木を折りて太陽を遮れば、稚叔のあの所には風がない。日中の三足の孤烏は、遥か遠くにその元夫を離れた。凶。尚秉和の解説:この条の取象は詳しく《師》が《蒙》に変ずるの条に見えるので、ここでは重ねて出さない。「若」とは即ち神話の日出ずる処の若木で、「三足烏」とは古人の言う日中の烏で、二句とも日の象より生ず。校記:「若」の字は汲古閣本が「葉」とし、確かでない。
姤。二人同室,兄弟合食。和樂相好,各得所欲。通《復》。震為人,坤數二,故曰二人。坤為室,震為口,故曰食。震為樂。○欲,宋元本作敬,依汲古。
《睽》が《姤》に変ずる。林辞に言う:二人が同じ屋に住まい、兄弟は一処に合して食う。和睦して快楽で互いに友愛し、各々心願を遂げた。吉。尚秉和の解説:この条は《姤》の旁通卦《復》を取る。震は人を主り、坤の数は二なので「二人」といい、坤は居室を主り、震は口なので「食」といい、震はまた歓楽を主る。校記:「欲」の字は宋・元刻本が「敬」とし、ここでは汲古閣本による。
萃。繼體守藩,縱慾廢賢。君臣淫佚,夏氏失身。側室之門,福祿來存。坤為體,艮為藩,乾為賢,乾伏故曰廢賢。乾為君,坤為臣,正反震故曰縱慾、曰淫佚。巽為夏,坤為身、為失,故曰夏氏失身。艮為室,兌毀,故曰側室。坤為門,乾為福祿,此似指陳靈公君臣通夏姬事。
《睽》が《萃》に変ずる。林辞に言う:君位を継承し封疆を守りながら、かえって情欲を放縦し賢人を廃した。君臣は一同に淫乱し、夏家の女は身を失した。側室の門の裡より、福禄はかえって来た。尚秉和の解説:萃は坤下・兌上で、坤は形体を主り、艮は藩籬・封疆を主り、乾は賢人を主る。乾が潜伏して顕れないので「廃賢」という。乾は君を主り、坤は臣を主り、卦中に正震と反震とが併見するので「縦欲」といい「淫佚」という。巽は夏を主り、坤は身体を主り、また喪失を主るので「夏氏失身」という。艮は居室を主り、兌は毁損を主るので「側室」といい、坤は門戸を主り、乾は福禄を主る。尚氏は推断して、この条は陳の霊公君臣と夏姫とが淫乱した事を指すようだと言う。
升。老狐屈尾,東西為鬼。病我長女,哭涕屈指。或西或東,大華易誘。通《無妄》。艮為狐、為尾,正反艮,故曰屈尾。震東兌西,坤為鬼、為病,巽為長女。兌為哭涕,艮為指,艮覆故曰屈指。此似述狐祟人故事,自莊子即有孽狐為祥之語,《虞初志》亡後不得其詳耳。○哭,宋元本作坐,依汲古。華,汲古作革,依宋元本。恐仍有訛,然太華為近。
《睽》が《升》に変ずる。林辞に言う:老狐狸は尾巴を縮めて、一忽は東に一忽は西に作祟する。我が家の長女を害して病を為さしめ、涙が汪汪と哭いて指を屈ねて日を数える。あの狐はあるいは西に或いは東に、太華山の一帯で最も人を誘い易い。凶。尚秉和の解説:この条は《升》の旁通卦《无妄》を取る。艮は狐を主り、また尾を主り、正艮と反艮とが併見するので「屈尾」という。震は東に居り兌は西に居る。坤は鬼を主り、また疾病を主る。巽は長女を主る。兌は哭泣・涕涙を主り、艮は手指を主るが、艮が倒転したので「屈指」という。尚氏はこれは狐狸が作祟して人を迷わす故事を講るようだと言う——《荘子》より妖狐が祥と為すの説があり、惜しいことに《虞初志》の類の小説が亡佚して後は、詳情はもはや考究する由がない。校記:「哭」の字は宋・元刻本が「坐」とし、ここでは汲古閣本による。「華」の字は汲古閣本が「革」とし、ここでは宋・元刻本による。尚氏はおそらくなお訛誤があるが、「太華」と作すのが比較的実に近いと言う。
困。大樹之子,百條共母。當夏六月,枝葉茂盛。鸞鳳以庇,召伯避暑。翩翩偃仰,各得其所。第七句依《大過》之《需》校,各本皆作穉穉卭甚,恐非。
《睽》が《困》に変ずる。林辞に言う:大樹に結ぶ果実は、百条の枝幹が一つの母幹を共にする。まさに夏季の六月に当たり、枝葉は長じて繁茂した。鸞鳳は樹の下に庇蔭を得て、召伯もまた樹の下に暑を避けた。鳥は翩翩として起き落ち、俯仰は自如で、各々その安くする所を得た。大吉。尚秉和の解説:林辞の末の二句は衆物が各々その所に安んずるを写す。「召伯避暑」は《詩・召南・甘棠》の召伯が甘棠の下に訟を聴いた故事を用い、後人はこれによりあの株の棠の樹を愛惜した。校記:第七句は《大過》が《需》に変ずるの条により校定し、各本とも「穉穉卭甚」と作すが、おそらく正しくない。
井。井堙木刊,國多暴殘。秦王失戍,壞我太壇。兌為井,坎為塞,故曰井堙。巽為隕落,故曰木刊。伏艮為國,震為暴、為王,兌西故曰秦王。戍,守也。艮為守,艮伏故曰失戍。太壇者,社稷,言秦社稷之壞由於謫戍也。
《睽》が《井》に変ずる。林辞に言う:水井は填塞され樹木は砍伐されて、国の中に多く暴虐・殘害がある。秦王は戍守を失い、我が社稷の大壇を毀壊した。大凶。尚秉和の解説:井は巽下・坎上で、兌は井を主り、坎は壅塞を主るので「井堙」といい、巽は隕落を主るので「木刊」という——刊とは即ち砍削である。伏する艮は邦国を主り、震は暴虐を主り、また王を主る。兌は西方に居るので「秦王」という。「戍」は守衛の意で、艮は守を主るが、艮が潜伏して顕れないので「失戍」という。所謂「太壇」とは、社稷の壇を指す。この二句は秦朝の社稷の崩壊が、まさに謫戍の戍卒の変乱より起こったと言うのである。
革。駕黃賈蒼,與利相迎。心獲所守,不累弟兄。通《蒙》。震為馬、為黃、為蒼,巽為利,震巽相往復故曰相迎。坎為心,艮為守、為弟,震為兄。
《睽》が《革》に変ずる。林辞に言う:黄馬に駕し青貨を販りて、利益と迎面して相逢う。心裡は守るべきを守り抜いて、弟兄にも連累しない。吉。尚秉和の解説:この条は《革》の旁通卦《蒙》を取る。震は馬を主り、黄色を主り、また青蒼の色を主る。巽は利を主る。震と巽とは往来して交錯するので「相迎」という。坎は心を主り、艮は守を主り、また弟を主り、震は兄を主る。
鼎。倉盈庾億,宜稼黍稷。年豐歲熟,民得安息。詳《乾》之《師》。
《睽》が《鼎》に変ずる。林辞に言う:穀倉は満ち満ちて装い、糧囤は億をもって計る。黍稷を種え植えるに宜しく、年成は豊収して五穀は成熟し、百姓は安居して休み得る。大吉。尚秉和の解説:この条の取象は詳しく《乾》が《師》に変ずるの条に見えるので、ここでは重ねて出さない。
震。龍生馬淵,壽考且神。飛勝上天,舍宿軒轅。居常樂安。震為龍、為馬、為神,坤為淵,艮為壽考、為天、為星,故曰舍宿軒轅。《史記天官書》"軒轅十二星"。○龍,各本皆作人,依《未濟》之《歸妹》校。考,宋本作若,依元本。馬淵指坤,坤初變震,故曰龍生馬淵。
《睽》が《震》に変ずる。林辞に言う:龍は馬淵の中に生まれ、長寿にして且つ神に通ず。飛び升りて天に上がり、軒轅の星宿に寄宿す。平居して長く安楽を享く。大吉。尚秉和の解説:震は重震の卦で、震は龍・馬を主り、また神を主る。坤は深淵を主る。艮は長寿を主り、また天を主り、また星辰を主るので「舎宿軒轅」という——《史記・天官書》は軒轅に十二星ありと言う。所謂「馬淵」とは坤を指し、坤の初爻が陽爻に変じれば即ち震なので「龍生馬淵」という。校記:「龍」の字は各本とも「人」と作す。ここでは《未済》が《帰妹》に変ずるの条により校正する。「考」の字は宋刻本が「若」とし、ここでは元刻本による。
艮。思顧所之,今乃逢時。洗濯故憂,拜我歡來。互坎為思,震為之,艮為顧、為時,坎為洗濯、為憂,震為歡。○濯,各本多作我,依《節》之《震》校。
《睽》が《艮》に変ずる。林辞に言う:思い念じて往かんとする所は、今やついに良い時機に遇った。旧日の憂愁を洗刷して清めて、拝謝の間に歓喜が就来った。吉。尚秉和の解説:艮は重艮の卦で、互体の坎は思慮を主り、震は往を主り、艮は顧念を主り、また時機を主る。坎は洗涤を主り、また憂愁を主る。震は歓喜を主る。校記:「濯」の字は各本に多く「我」と作す。ここでは《節》が《震》に変ずるの条により校正する。
漸。魁罡所當,初為敗殃。君子流連,困於水漿。求金東山,利在代鄉。賈市有息,子載母行。艮為星,故曰魁罡。《參同契》:"二月榆魁臨於卯,麥生天罡據西"注,天罡即北斗。《夢溪筆談》"斗杓謂之剛"。《史記天官書》:"魁枕參首"注:魁,北斗第一星也。《渙》之《比》云"行觸天罡,馬死車傷",是罡星所指之地凶也。巽隕落故敗。艮為君子,坎為水漿,坎陷故困。艮為金、為求、為山,離位東,故曰東山。巽為利市、為母,伏震為子。
《睽》が《漸》に変ずる。林辞に言う:魁罡の星の臨む所は、一開頭に敗亡の殃がある。君子は滞留して前せず、水漿すらも短缺する。東山に往きて金を采れば、利益は代地の一帯に在る。売買に儲けありて、兒子は母を載せてともに路に上る。先に凶あり後に吉なる。尚秉和の解説:漸は艮下・巽上で、艮は星辰を主るので「魁罡」という。《周易参同契》に「二月楡魁臨于卯、麦生天罡据西」あり、注文は天罡とは即ち北斗と言う。《夢溪筆談》は斗杓を「剛」と呼ぶと言う。《史記・天官書》の「魁枕参首」の注は、魁は北斗の第一星と言う。《渙》が《比》に変ずるは「行触天罡、馬死車傷」と言う。罡星の指す方位は凶を主ることが見える。巽は隕落を主るので「敗」という。艮は君子を主り、坎は水漿を主り、坎は陥坑なので「困」という。艮は金を主り、また求索・山を主り、離は東方に居るので「東山」という。巽は利市を主り、また母を主り、伏する震は兒子を主る。
歸妹。鉛刀攻玉,無不鑽鑿。龍體具舉,魯般為輔。三聖翼事,所求必喜。通《漸》。艮為刀,巽柔故曰鉛刀。震為玉、為龍,艮手為鑽鑿,兌為魯,故曰魯般。坎為聖,震數三,故曰三聖。震為羽翼、為喜。○具,宋元本作其,般作班,依汲古。
《睽》が《帰妹》に変ずる。林辞に言う:鉛で作った軟刀をもって玉を雕るに、なんと钻鑿して動かぬがない。龍の形体はすっかり鑿き出されて、なお魯班が旁より輔助す。三位の聖人がこの事のために張羅し、求むる所は必ず心に称う。大吉。尚秉和の解説:この条は《帰妹》の旁通卦《漸》を取る。艮は刀を主り、巽の性は柔軟なので「鉛刀」といい、震は玉を主り、また龍を主り、艮は手で钻鑿を主る。兌は魯を主るので「魯般」という——即ち巧匠の魯班である。坎は聖人を主り、震の数は三なので「三聖」という。震はまた羽翼を主り、また喜庆を主る。校記:「具」の字は宋・元刻本が「其」とし、「般」の字は「班」とし、ここでは汲古閣本による。
豐。喜來如云,舉家蒙歡。眾才君子,駕福盈門。通《渙》。震為喜,坎為雲,艮為家、為君子、為門,坎為眾,震為駕、為福。○蒙歡,汲古作歡忻,從宋元本。
《睽》が《豊》に変ずる。林辞に言う:喜事は雲のごとく湧き来りて、全家はみな歓楽を得る。衆多の有才の君子は、福気に駕して到来し、門を満ち溢れさせた。大吉。尚秉和の解説:この条は《豊》の旁通卦《渙》を取る。震は喜を主り、坎は雲を主り、艮は家・君子を主り、また門を主る。坎は衆多を主り、震は駕御を主り、また福気を主る。校記:「蒙歓」の二字は汲古閣本が「歓忻」とし、ここでは宋・元刻本による。
旅。響像無形,骨體不成。微行衰索,消滅無名。巽風響而無形,艮為體、為名,巽伏故無名。
《睽》が《旅》に変ずる。林辞に言う:回声と影像とはみな形体がなく、骨骼・身躯もまた長じ成らない。行跡は隠微にして気力は衰竭し、消滅して後は名字すらも留められない。凶。尚秉和の解説:旅は艮下・離上で、巽は風で、声响ありて形体なし。艮は形体を主り、また名声を主るが、巽が潜伏するので「无名」という。
巽。積水不溫,北陸苦寒。露宿多風,君子傷心。伏坎故曰積水、曰苦寒,坎北故曰北陸。坎為露、為宿,重巽故風多。艮為君子,坎為心。
《睽》が《巽》に変ずる。林辞に言う:積んだ水は凍りて暖まらず、北方の地界は苦寒に堪え難い。露天に宿泊してまた風が多く、君子はこれがために傷心する。凶。尚秉和の解説:巽は重巽の卦で、伏する坎は積水を主り、また苦寒を主り、坎は北方に居るので「北陸」という。坎はまた露水を主り、留宿を主る。両巽が相い重なるので風が大きい。艮は君子を主り、坎は心を主る。
兌。黃馬綠車,駕之大都。贊達才能,使我無憂。伏震為玄黃、為馬、為車,兌西方,數四,九宮四色綠,故曰綠車。艮為都,重艮故曰大都。兌口故曰贊達。互巽為材,坎為憂,坎伏故無憂。
《睽》が《兌》に変ずる。林辞に言う:黄馬は緑車に駕して、大都会に趕り至る。人ありて我が才能を称揚・引荐して、我をして憂いなからしむ。吉。尚秉和の解説:兌は重兌の卦で、伏する震は玄黄の色を主り、また馬・車を主る。兌は西方に居り、数は四を取り、九宮の中で四の数は緑色に配するので「緑車」という。艮は都邑を主り、両艮が相い重なるので「大都」という。兌は口なので「賛達」という——賛とは称揚で、達とは引荐である。互体の巽は才材を主り、坎は憂愁を主り、坎が潜伏して見えないので「无憂」という。
渙。從風放火,艾芝俱死。三害積房,叔子中傷。巽風艮火,巽為艾芝,在火上故死。震數三,坎為害、為積,艮為房、為叔子,坎為中、為傷,《論衡》:"身蒙三害,雖孔丘、墨翟不能自免"。○房,汲古作聚,依宋元本。叔,宋元本作十,依汲古。
《睽》が《渙》に変ずる。林辞に言う:風に順いて火を放てば、艾草と霊芝とがともに焼き死ぬ。三種の禍害が屋裡に堆り積もりて、叔子は内傷を受けた。凶。尚秉和の解説:渙は坎下・巽上で、巽は風、艮は火である。巽は艾と芝とを主り、火の上に長ずるので焼き死んだ。震の数は三で、坎は禍害を主り、また積聚を主る。艮は房屋を主り、また叔子を主る。坎は中を主り、また傷を主る。《論衡》は「身蒙三害、雖孔丘・墨翟不能自免」と言う。まさに「三害」の出処である。校記:「房」の字は汲古閣本が「聚」とし、ここでは宋・元刻本による。「叔」の字は宋・元刻本が「十」とし、ここでは汲古閣本による。
節。一身三手,無益於輔。兩足共節,不能克敏。艮為身,坎數一,故曰一身,震數三,艮手故曰三手。兌毀坎破,故無益於輔。正反震故曰兩足。艮多節,正反震故曰共節。節者,止也,故不能克敏。
《睽》が《節》に変ずる。林辞に言う:一つの身子に三只の手を長じて、輔佐に何の用もない。両只の脚が一つの関節を共にして、走るも速からず事も成さない。凶。尚秉和の解説:節は兌下・坎上で、艮は身を主り、坎の数は一なので「一身」といい、震の数は三で、艮は手なので「三手」という。兌は毁を主り坎は破を主るので、輔佐に益なし。卦中に正震と反震とが併見するので「両足」といい、艮は関節が多く、正反の震が相合するので「共節」という。「節」の意は即ち止で、止まれば即ち敏捷できない。
中孚。南向陋室,風雨併入。埃塵積溼,王母盲痺。偏枯心疾,亂我家次。震為南,艮為室,巽為敝漏,故曰陋室。巽風故起埃塵,兌雨故積溼。艮為埃塵,震為王,巽為母,故曰王母,互大離故曰盲。上風下溼故曰痺。痺,溼病也。巽枯在上故曰偏枯。○次,宋元本作資,依汲古。
《睽》が《中孚》に変ずる。林辞に言う:南に向いた一間の破屋に、風雨が一斉に灌ぎ込む。塵土は潮気を積みて、家裡の老太太は眼が瞎れてまた痺痛する。半身不遂・心口に病ありて、我が一家の次序をみな攪乱した。凶。尚秉和の解説:中孚は兌下・巽上で、震は南方を主り、艮は居室を主り、巽は敝壊・渗漏を主るので「陋室」という。巽風は塵埃を吹き起こし、兌は雨を主るので積湿し、艮は塵埃を主る。震は王を主り、巽は母を主るので「王母」という。卦中に一つの放大した離の形があるので「盲」といい、上は風・下は湿なので「痺」という——痺とは湿気の致す所の病である。巽は上に在りて枯槁するので「偏枯」という。校記:「次」の字は宋・元刻本が「資」とし、ここでは汲古閣本による。
小過。采薇出車,魚麗思初。上下促急,君子懷憂。采薇、魚麗,皆《小雅》詩篇名,毛序謂美萬物盛多能備禮。鄭注:鄉飲酒云,魚麗言太平年豐物多也,焦雲思初念初時之盛而今不然也,與毛鄭異,艮手為採巽為薇,震為車,巽為魚,震為初,艮上震下,風散兌毀,故曰上下促急。艮為君子。
《睽》が《小過》に変ずる。林辞に言う:《采薇》・《出車》の写すがごとく出征し、《魚麗》の写すがごとく当初を思念する。上上下下は急促・緊迫して、君子は満懐の憂愁である。尚秉和の解説:《采薇》・《出車》・《魚麗》はみな《詩・小雅》の篇名で、毛詩序は《魚麗》は万物の盛多と礼数の完備とを賛美すると言い、鄭玄が《郷飲酒礼》に注してもまた《魚麗》は太平・年豊・物産の豊饒を講ると言う。焦延壽はしかし「思初」と言う。当初の興盛を追念して今やすでに然らずとし、毛・鄭の講法と同じからない。艮は手で采摘を主り、巽は薇菜を主り、震は車を主り、巽は魚を主り、震は初始を主る。艮は上に在り震は下に在り、巽風は吹き散じ兌は毁折を主るので「上下促急」という。艮は君子を主る。
既濟。先易後否,告我利市。騷蘇自苦,思我故止。○吾,汲古作再,依宋元本。
《睽》が《既済》に変ずる。林辞に言う:起先は容易で後來は阻塞し、人ありて我に告げて市上に利の図るべきありと言う。奔忙・労苦して自ら辛苦を討ち、思い詳めればやはり停まるがよい。校記:「吾」の字は汲古閣本が「再」とし、ここでは宋・元刻本による(今本の林辞の第二句は「告我利市」と作し、校記の挙ぐる所の「吾」の字と小異なる)。
未濟。生宜地乳,上皇大喜。隆我福祉,貴壽無極。此與上皆用半象。
《睽》が《未済》に変ずる。林辞に言う:生長は宜しきを得て大地は万物を哺乳し、上天と皇天とはいずれも十分に歓喜する。我に厚く福沢を加えて、尊貴・長寿にして窮尽がない。大吉。尚秉和の解説:この条は上の条と同じく、全て「半象」をもって立説する。即ち隣り合う二爻をもって半個の卦として象を取る。
蹇 第三十九
蹇。同載共輿,中道別去。喪我元夫,獨與孤居。坎為輿,重坎故曰同載共輿。艮為道,坎為中,坎死故別去。震為夫、為元,震覆,故曰喪我元夫。坎為孤,艮為獨,故曰獨與孤居。
《蹇》の一卦が変ずるの第一条、なお《蹇》そのものに帰る。林辞に言う:もともと同じ車に坐したが、半途にしてかえって分かれ去った。我が好きな元夫を喪い、ただ孤零零として一人で生きを過ごす。凶。尚秉和の解説:蹇は艮下・坎上で、坎は車輿を主り、両坎が相い重なるので「同載共輿」という。艮は道路を主り、坎は中を主り、坎はまた死を主るので「別去」という。震は丈夫を主り、また善の長を主るが、震が倒転したので「喪我元夫」という。坎は孤を主り、艮は独を主るので「独与孤居」という。
乾。叔肸居冤,祁子自邑。乘遽解患,羊舌脫免,賴得生全。肸,叔向名也。《左傳襄二十一年》:欒盈之亂,範宣子殺羊舌虎,虎叔向弟,故囚叔向。大夫祁奚聞之,乘馹而見宣子,救叔向,免之。遽即馹。僖三十三年,且使遽告於鄭。注:傳車,即驛遞也,此似用遇卦象。蹇下艮為叔、為邑,坎為車,重坎故曰遽。遽,傳車至驛而更有類,重坎象。坎為患,兌為羊、為舌,兌伏故曰脫免。○肸居,宋元本作盻拘,依汲古。脫免,宋本、汲古作免脫,依元本校協。
《蹇》が《乾》に変ずる。林辞に言う:叔肸は冤を蒙りて囚われ、祁子は己の封邑より駆け付け来る。駅車に乗りて彼の難を解き、羊舌氏はついに罪を脱れ禍を免れ、このによりてようやく性命を保ち全くした。先に凶あり後に吉なる。尚秉和の解説:「肸」は叔向の名である。《左伝》襄公二十一年に記す。欒盈が乱を作し、范宣子は羊舌虎を殺した。虎は叔向の弟なので、これにより叔向をも囚禁した。大夫の祁奚はこれを聞きて、駅車に乗りて范宣子に見え、叔向を救い、罪を免れしめた。「遽」は即ち「馹」で、僖公三十三年に「且使遽告于鄭」あり、杜注はこれを伝車と言う。即ち駅駅の接力車である。この条は遇卦の象を用いるようである。《蹇》の下体の艮は叔を主り、また城邑を主る。坎は車を主り、両坎が相い重なるので「遽」という——駅車は一站に至るごとに一輌を換え、まさに両坎の相い畳まる象に合う。坎は患難を主り、兌は羊を主り、また舌を主り、合して「羊舌」と成り、兌が潜伏して見えないので「脱免」という。校記:「肸居」の二字は宋・元刻本が「盻拘」とし、ここでは汲古閣本による。「脱免」の二字は宋刻本と汲古閣本が「免脱」とし、ここでは元刻本による。その叶韻を取るのである。
坤。兔聚東郭,眾犬俱獵。圍缺不成,無所能獲。此仍兼用遇卦象。坎為眾,離位東,艮為郭、為犬,坎為眾,坤為圍,中斷故圍缺。震為兔,茲無震象,疑用艮。《戰國策》"東郭●,宋之狡兔也"。
《蹇》が《坤》に変ずる。林辞に言う:兎子は東郭の一帯に聚り、群犬は一斉に往きて追猟した。包囲圏は缺口を留めて、囲み攏めず、結局何も捉え得なかった。尚秉和の解説:この条はなお兼ねて遇卦の象を用いる。坎は衆多を主り、離は東方に居り、艮は外城を主り、また犬を主る。坤は囲合を主り、中間が断けたので「囲缺」という。震は兎を主るが、この卦には震象がないので、尚氏は疑いていわく艮をもって兎に当てるのであろうと。《戦国策》は「東郭の某は宋国の狡兎」と言う——その名は「東郭逡」と作るべきだが、源文はこの字が残缺して墨釘を作すので、姑らくその旧に仍る。
屯。作室山根,人以為安。一夕崩顛,敗我壺飱。艮為室、為山,震為人,艮為安。坎為夕,數一,故曰一夕。震為覆艮,故曰山崩。坤為壺、為漿、為我,坎破故曰敗。○顛,宋元本作頹,壺作盤,依汲古。
《蹇》が《屯》に変ずる。林辞に言う:屋子を山脚に蓋って、人はみな很に安穏と為す。一夜の間に山は崩れ屋は塌れて、我が壺と飯食とに至るまで砸壊した。凶。尚秉和の解説:屯は震下・坎上で、艮は居室を主り、また山を主る。震は人を主る。艮は安を主る。坎は夜を主り、数は一を取るので「一夕」という。震は艮の倒転した覆象なので山崩という。坤は壺を主り、また漿湯を主り、また自己を主る。坎は破損を主るので「敗」という。校記:「顛」の字は宋・元刻本が「頹」とし、「壺」の字は「盤」とし、ここではいずれも汲古閣本による。
蒙。疾風塵起,亂擾崩始。強大並小,先否後喜。坤為風、為疾,艮為塵,震為起,坤為亂擾,二四艮覆故曰崩。震為始,言亂自此始也。震為強大,正反震,中互坤,坤小故曰強大並小。坎陷故曰否。震為喜、為後,故曰先否後喜。○擾,汲古作我,依宋元本。始,疑為殆,殆,古音以,亦葉。
《蹇》が《蒙》に変ずる。林辞に言う:狂風は驟に起こり塵土は飛揚して、動乱の騒擾はここに崩れ発す。強大は弱小を兼并す。起先は阻塞して、後来は歓喜に転ず。先に凶あり後に吉なる。尚秉和の解説:蒙は坎下・艮上で、坤は風を主り、また急疾を主る。艮は塵土を主り、震は興起を主る。坤は乱擾を主る。二爻至四爻の艮は倒転したので「崩」という。震は開端を主る。これは禍乱がここより始まるを言う。震は強大を主り、正震・反震が併列し、當中に互体して坤を成し、坤は細小を主るので「強大並小」という。坎は陥坑なので「否」といい、震は喜を主り、また後を主るので「先否後喜」という。校記:「擾」の字は汲古閣本が「我」とし、ここでは宋・元刻本による。尚氏はまた「始」は「殆」と作るべきを疑う——殆の字は古音は「以」と読み、上下文と同じく叶韻する。
需。潔齊沐浴,思明君德。哀公怯弱,風氏復北。《論語》:"陳成子弒簡公,孔子沐浴而朝,請討之"。坎為水,故曰潔、曰沐浴。乾為君,互離為明。思明君德者,言宜討齊以明君臣之分也。乾為公,坎為憂哀、為怯,風疑為姜。巽為姜,二至四巽覆,故曰姜氏復北。北,敗也。坎為北,言公不從孔子之請,姜氏自此滅也。丁晏等以風氏指顓臾季氏伐之為解,似非。○君,汲古作不,非,依宋元本。
《蹇》が《需》に変ずる。林辞に言う:斎戒・沐浴して後、聖明の君主の徳行を思念す。いかんせん魯の哀公は怯懦・軟弱で、風氏の一族はついに敗亡した。凶。尚秉和の解説:《論語》に記す。陳成子が斉の簡公を殺し、孔子は沐浴して後に朝に上がり、魯の哀公に請いて兵を出して討伐せよとした。坎は水を主るので「潔」といい「沐浴」という。乾は君を主り、互体の離は明を主る。所謂「思明君德」とは、斉国を討伐して以て君臣の名分を申明すべきを言う。乾は公侯を主り、坎は憂愁を主り、また怯懦を主る。「風」の字は尚氏は疑いていわく「姜」の字なりと。巽は姜姓を主り、二爻至四爻の巽は倒転したので「姜氏復北」という——北は敗の意で、坎はまた北方を主る。これは哀公が孔子の請いを聴かず、斉国の姜姓がこれより断送したを言う。丁晏のらは「風氏」をもって顓臾と解し、この句をもって季氏の顓臾を伐つを講るが、尚氏は然らずと為す。校記:「君」の字は汲古閣本が「不」とし、確かでない。ここでは宋・元刻本による。
訟。土痟瘦薄,培塿無柏,使我不樂。通《明夷》。坤土,坎為薄,震為陵,故曰培塿。艮為木、為堅,故為柏,艮覆故無柏。震為樂,坎憂故不樂。
《蹇》が《訟》に変ずる。林辞に言う:土質は貧瘠・痩薄で、小土丘の上には柏樹すらも生えない。我をして快活ならしめず。凶。尚秉和の解説:この条は《訟》の旁通卦《明夷》を取る。坤は土を主り、坎は澆薄を主り、震は丘陵を主るので「培塿」という——培塿とは即ち小さい土の堆である。艮は樹木を主り、また堅硬を主るので柏樹を主るが、艮が倒転したので「无柏」という。震は歓楽を主り、坎は憂愁を主るので楽しまない。
師。褰衣涉河,水深漬罷。賴遇舟子,濟脫無他。第二句汲古作澗流渦多,依宋元本。罷,音婆,詳《訟》之《萃》。
《蹇》が《師》に変ずる。林辞に言う:衣裳を撩り水を渉りて河を渡るに、水は深く浸して人をして疲れ堪え難からしむ。幸いに撑船の人に遇い、渡り過ぎて、別の事を出さなかった。先に険あり後に安なる。尚秉和の解説:校記:第二句は汲古閣本が「澗流渦多」とし、ここでは宋・元刻本による。「罷」の字は「婆」の音に読み、疲乏の意で、詳しく《訟》が《萃》に変ずるの条に見える。
比。送我季女,至於蕩道。齊子旦夕,留連久處。詳《屯》之《大過》。
《蹇》が《比》に変ずる。林辞に言う:我が小女を送りて嫁せしめ、蕩という所に至るまで送る。斉国の女子は早より晩に至るまで、あの所に滞留して久しく去らない。尚秉和の解説:この条の取象は詳しく《屯》が《大過》に変ずるの条に見える。「斉子」は魯に嫁いだ斉女の文姜を指し、《詩・斉風》は屢々「斉子」と言う。林辞がまさにその事を用いる。
小畜。三孫六子,安無所苦。中歲廢殆,亡我所使。通《豫》。艮為孫,數三,故曰三孫。震為子,坎數六,故曰六子。艮為安,坎為勞苦、為中,坤為歲、為喪,故曰廢殆。坤又為亡、為我。○歲,汲古作藏,依宋元本。廢,宋元本訛發,依汲古。
《蹇》が《小畜》に変ずる。林辞に言う:三つの孫子・六つの兒子が、安穏として何の苦もない。中年に至ってかえって衰敗し下りて、使う人すらもなし。先に吉あり後に凶なる。尚秉和の解説:この条は《小畜》の旁通卦《豫》を取る。艮は孫を主り、数は三を取るので「三孫」といい、震は子を主り、坎の数は六なので「六子」という。艮は安を主り、坎は労苦を主り、また中を主る。坤は年歳を主り、また喪亡を主るので「廃殆」という。坤はまた亡失を主り、また自己を主る。校記:「歳」の字は汲古閣本が「蔵」とし、ここでは宋・元刻本による。「廃」の字は宋・元刻本が訛して「発」とし、ここでは汲古閣本による。
履。揚風偃草,塵埃俱起。清濁溷散,忠直隱處。互巽為風、為草,巽為伏,故曰偃伏。艮為塵,埃伏,坎為水而與土連,故曰濁、曰溷。清濁溷散,言清濁不分也。坎為忠,乾為直,坎為隱。○首句元本作偃風掦草,依宋本、汲古。
《蹇》が《履》に変ずる。林辞に言う:大風は揚き起こりて、草をみな吹き伏せ、塵埃は一斉に飛騰した。清きも濁れるも混じりて一団と成り、忠厚・正直の人は隠居せざるを得なくなった。凶。尚秉和の解説:履は兌下・乾上で、互体の巽は風を主り、また草を主る。巽はまた潜伏を主るので「偃」という——草が圧伏されたのである。艮は塵埃を主り、塵埃は伏しまた起る。坎は水を主りて土と相い連なるので「濁」といい「溷」という。所謂「清濁溷散」とは、清濁の分かち無きを言う。坎は忠を主り、乾は正直を主り、坎はまた隠蔵を主る。校記:首句は元刻本が「偃風掦草」とし、ここでは宋刻本と汲古閣本による。
泰。履險登危,道遠勞罷。去家自歸,困涉大波。兌折故危險,震為足,故曰履、曰登。震為道,坤役萬物故勞疲。伏艮為家,震為歸、為涉,坤水乾大,故曰大波。○去家,宋本作玄家,元本作元豕,依汲古。
《蹇》が《泰》に変ずる。林辞に言う:険を履み危に登れば、路は遠く人は乏しい。家を去って後、独り回還し、艱難に大きな浪を渉る。凶。尚秉和の解説:泰は乾下・坤上で、兌は折・坤上で、兌は折損を主るので険危があり、震は足を主るので「履」といい「登」という。震は道路を主り、坤は万物を役使して労苦を辞さないので「労疲」という。伏する艮は家を主り、震は帰返を主り、また渉水を主る。坤は水を主り、乾は大を主るので「大波」という。校記:「去家」の二字は宋刻本が「玄家」とし、元刻本が「元豕」とし、ここでは汲古閣本による。
否。六藝之門,仁義俱存。鎡基逢時,堯舜為君。傷寒溫,下至黃泉。乾為門,數六,故曰六藝之門。六藝,六經也。乾仁坤義,艮為時,乾為堯舜、為君、為寒,艮火故曰溫。坤為水、為泉、為下,坤死,故下至黃泉。鎡基,《孟子》趙岐注:耒耜也。伏震象。五六二句與上意不屬,似為他林溷入者。
《蹇》が《否》に変ずる。林辞に言う:六芸の門には、仁と義とがいずれもその中に在る。農具は良い時令に趁い、堯舜は君主と為った。一冷・一熱の傷は、下に直ちに黄泉に通じる。尚秉和の解説:否は坤下・乾上で、乾は門を主り、数は六を取るので「六芸之門」という——六芸とは即ち六経である。乾は仁を主り坤は義を主る。艮は時令を主る。乾は堯舜を主り、また君を主り、また寒冷を主り、艮は火を主るので「温」という。坤は水を主り、また泉を主り、また下を主り、坤の性は死を主るので「下至黄泉」という。「鎡基」は《孟子》の趙岐注により耒耜の類の農具で、伏する震象を取る。尚氏は指摘していわく、第五・第六の二句は上文の文意と相い属さず、別の林辞の混じ入ったもののようだと。第五句の底本は「傷寒温」の三字のみで、四言の体例と合わないので、脱文がある筈である。
同人。被服文衣,遊觀酒池。上堂見觴,喜為吾兄,使我憂亡。乾為衣,離為文,故被服文衣。伏震為遊,離為觀,伏坎為酒池,故遊觀酒池。震為觴、為喜、為兄,伏坤為我、為憂、為亡。
《蹇》が《同人》に変ずる。林辞に言う:身に文采ある衣裳を着して、酒池の畔に游賞す。堂に登りて盃を挙げ、歓喜の情は我が兄のために為り、我が憂愁を一掃して空くせしむ。吉。尚秉和の解説:同人は離下・乾上で、乾は衣服を主り、離は文采を主るので「被服文衣」という。伏する震は游历を主り、離は観覧を主り、伏する坎は酒池を主るので「游観酒池」という。震は酒觴を主り、また喜庆を主り、また兄を主る。伏する坤は自己を主り、また憂愁と消亡とを主る。
大有。生時不利,天命災至。制於斧瘢,晝夜勤苦。伏艮為時,巽為利、為命,巽覆故不利,故災至。乾為天,坤為災也。伏坎為制,兌為斧,艮多節,故曰斧瘢。離晝坎夜,坎勞故勤苦。
《蹇》が《大有》に変ずる。林辞に言う:生れて時に逢わず処々に順わず、天降の災禍は踵を接して至る。斧头の砍り出した疤痕に制せられて、晝夜に辛苦して歇息し得ない。凶。尚秉和の解説:大有は乾下・離上で、伏する艮は時令を主り、巽は利を主り、また天命を主るが、巽が倒転したので「不利」といい、災禍の到来を言う。乾は天を主り、坤は災を主る。伏する坎は裁制を主り、兌は斧を主り、艮は節疤が多いので「斧瘢」という。離は白晝を主り坎は黑夜を主り、坎はまた労苦を主るので「勤苦」という。
謙。天門開闢,牢戶寥闊。桎梏解脫,拘囚縱釋。《內經》以戌亥為天門,艮先天居戌亥,故曰天門。坤為門戶也。坎為牢、為桎梏,震解故脫。坎為拘囚,震縱釋。
《蹇》が《謙》に変ずる。林辞に言う:天門は大きく開き、牢房の門戸は空空として蕩蕩たり。脚の鎖も手の錠もみな解き開かれて、拘押の囚犯は一概に釈放された。吉。尚秉和の解説:《黄帝内経》は戌亥の位をもって天門とし、艮は先天の方位でまさに戌亥に居るので「天門」といい、坤は門戸を主る。坎は牢獄を主り、また桎梏を主り、震に解散の功あるので「解脱」といい、坎は拘囚を主り、震は開釈を主る。
豫。川原難遊,水為我憂。多言少實,命鹿為駒。建德開基,君子逢時,利以中疑。坤為川原,坎陷故難遊。震為言,正反震,坤虛故少實。震為鹿,亦為馬,故曰命鹿為駒。命,名也。《史記》秦趙高命鹿為馬。艮為名、為君子、為時,伏巽為利,坎為疑、為中,林文疑祇四句而止,後三句皆他人林文羼入者。○建,汲古作道,依宋元本。中,宋元本作仲,依汲古。
《蹇》が《豫》に変ずる。林辞に言う:河川の平原は游行し難く、大水は我が憂患と為った。話は多く言い実事は少なく作りて、鹿を硬く馬駒と呼んだ。徳行を建立し基業を開創して、君子は良い時に遇い、宜しく疑難の中に中道を執守すべし。尚秉和の解説:豫は坤下・震上で、坤は河川・平原を主り、坎は陥坑なので游行し難い。震は言語を主り、正震・反震が併見し、坤の中は空虚なので「少実」という。震は鹿を主り、また馬を主るので「命鹿為駒」という——「命」とは即ち名、指称である。《史記》の記す秦朝の趙高が鹿を指して馬と為したは、まさにこの意である。艮は名を主り、また君子を主り、また時機を主る。伏する巽は利を主り、坎は疑を主り、また中を主る。尚氏は疑いていわく、この条の林辞はもともと四句で完わっていたのであろうと。後の三句はみな他人の林辞の窜入したものである。校記:「建」の字は汲古閣本が「道」とし、ここでは宋・元刻本による。「中」の字は宋・元刻本が「仲」とし、ここでは汲古閣本による。
隨。鄉歲逢時,與生為期。枝葉盛茂,君子無憂。震為歲,艮為時,震為生、為枝葉、為茂盛,艮為君子,震喜兌悅故無憂。
《蹇》が《随》に変ずる。林辞に言う:往年に良い時令に逢い、生長の機とまさに相い応じた。枝葉は長じて繁茂し、君子に憂愁なし。吉。尚秉和の解説:随は震下・兌上で、震は年歳を主り、艮は時令を主る。震は生発を主り、また枝葉と茂盛とを主る。艮は君子を主る。震は動いて兌は悦ぶので「无憂」という。
蠱。六鷁退飛,為襄敗祥。陳師合戰,左股夷傷。遂崩不起,霸功不成。《左傳僖十六年》:"六鷁退飛,過宋都,周內史叔興對襄公曰:君將得諸侯而不終。後二十一年,楚人執宋公,二十二年,宋敗於泓,襄公傷左股,遂卒。"故曰為襄敗徵。艮為鷁,震反故曰退飛。震為諸侯,故曰襄公,兌折故敗。祥猶征也。震為陳,坎為眾,互大坎故曰陳師。巽為股,震為戰、為左,兌折故傷。三至五艮覆故曰崩。震為霸、為功,四至上震覆,故霸功不成。○襄敗,宋元本作衰敗,汲古作衰殷,皆非。依《旅》之《萃》校。
《蹇》が《蠱》に変ずる。林辞に言う:六只の鷁鳥が倒退して飛ぶは、宋の襄公の敗亡の先兆である。兵を陳して交戦し、左腿に重傷を受けた。ついに一病して起たず、覇業は成らなかった。大凶。尚秉和の解説:《左伝》僖公十六年に記す。六只の鷁鳥が倒退して飛んで宋国の都城を過ぎ、周内史の叔興は宋の襄公に答えて言う。あなたは諸侯の擁戴を得るが、善終し得ないと。後に二十一年に楚人は盂の地で宋公を拘執し、二十二年に宋軍は泓水に敗れ、襄公は左腿を傷うて、随って世を去った——これにより襄公の敗亡の征兆と言う。「祥」はここでは征兆の意である。艮は鷁鳥を主り、震が倒転したので「退飛」といい、震は諸侯を主るので「襄公」といい、兌は折損を主るので「敗」という。震は陈列を主り、坎は衆多を主り、卦中に放大した坎の形があるので「陳師」という。巽は大腿を主り、震は戦を主り、また左を主り、兌は折損を主るので傷を受けた。三爻至五爻の艮は倒転したので「崩」という。震は覇業と功名とを主り、四爻至上爻の震もまた倒転するので覇業は成らなかった。校記:「襄敗」の二字は宋・元刻本が「衰敗」とし、汲古閣本が「衰殷」とし、いずれも正しくない。ここでは《旅》が《萃》に変ずるの条により校正する。
臨。雷君出裝,隱隱西行。霖雨不止,流為河江,南國以傷。震為雷、為君、為出,故曰雷君出裝。雷君,即雷師也。兌為西、為雨,坤為水、為江河、為國,震為南,故曰南國。兌為傷。○河,宋元本作巨,依汲古。以傷,汲古作凶憂,依宋元本。
《蹇》が《臨》に変ずる。林辞に言う:雷神は装いを整えて出行し、隆隆として西に向かって去る。連綿の大雨は下って停まず、汇り流れて江河と成り、南方の国はこれにより害を受けた。凶。尚秉和の解説:臨は兌下・坤上で、震は雷を主り君を主り、また外出を主るので「雷君出裝」という——雷君とは即ち雷師である。兌は西方に居り、また雨を主る。坤は水を主り、また江河と邦国とを主る。震は南方を主るので「南国」といい、兌は傷損を主る。校記:「河」の字は宋・元刻本が「巨」とし、ここでは汲古閣本による。「以傷」の二字は汲古閣本が「凶憂」とし、ここでは宋・元刻本による。
觀。牙孽生達,室蟠啟戶。幽人利貞,鼓翼起舞。通《大壯》。震為芽孽、為生,艮為室,坤為戶。蟠,曲也,屈也,言室宇曲屈而啟戶也。震為啟,艮為高尚、為幽人,巽為利、為伏,故曰利貞。震為鼓、為翼、為起、為舞。○汲古林詞與《小畜》之《睽》同,依宋元本。
《蹇》が《観》に変ずる。林辞に言う:草芽は萌生して舒展し、屋宇は曲折して門戸は洞開す。隠居の人は正を守りて利を得て、翅膀を鼓して翩翩起舞す。吉。尚秉和の解説:この条は《観》の旁通卦《大壮》を取る。震は草芽の萌孽を主り、また生長を主る。艮は居室を主り、坤は門戸を主る。「蟠」は曲折・盤繞の意で、屋宇が曲折して門を開くを言う。震は開啓を主り、艮は高尚を主り、また隠逸の人を主る。巽は利を主り、また潜伏を主るので「利貞」という。震は鼓動を主り、また羽翼・興起と舞蹈とを主る。校記:汲古閣本はこの条の林辞が《小畜》が《睽》に変ずるの条と同じくす。ここでは宋・元刻本による。
噬嗑。火起上門,不為我殘。跳脫東西,獨得生完。不利出鄰,病疾憂患。離火在艮門上,故不為患。震為跳脫,離東坎西故跳脫東西。震為鄰、為出,然出即與坎逢而疾病,故不利也。○上,汲古訛土,依宋本。
《蹇》が《噬嗑》に変ずる。林辞に言う:火は上頭の門のあの所より焼き起こったが、我を傷付けなかった。東に跑り西に竄りて逃げ脱れ、独り性命を保全した。出門して隣里に往くべからず。あの所には疾病と憂患とが在る。尚秉和の解説:噬嗑は震下・離上で、離火は艮の象する門の上に在るので、火は己の身上に焼き至らない。震は跳脱を主り、離は東に居り坎は西に居るので「跳脱東西」という。震は隣里を主り、また外出を主るが、一たび門を出れば即ち坎に撞き當たりて疾病を生ずるので「不利」という。校記:「上」の字は汲古閣本が訛して「土」とし、ここでは宋刻本による。
賁。舉事無成,不利出征。言不可用,眾莫能平。震為舉,正反震故無成,故不利出征,故言不可用。坎為平、為眾。○莫,汲古作不,依宋元本。
《蹇》が《賁》に変ずる。林辞に言う:事を弁じて弁じ成らず、兵を出して征伐すべからず。言う所は人の採納する肯なし、衆人もまた平定し得ない。凶。尚秉和の解説:賁は離下・艮上で、震は挙動を主り、卦中に正震・反震が併見して互いに相い消すので、事は弁じ成らず、出征に宜しからず、言語も用いられない。坎は平定を主り、また衆人を主る。校記:「莫」の字は汲古閣本が「不」とし、ここでは宋・元刻本による。
剝。老狼白獹,長尾大胡。前顛卻躓,進退遇祟。詳《睽》之《需》。獹、胡原作驢、狐,驢,獹之形訛字。狐,胡之音訛字,並依《震》之《恆》校。
《蹇》が《剥》に変ずる。林辞に言う:一只の老狼・一条の白狗は、尾巴は長く頸下に垂れた肉が肥大だ。前に往けば跟头を栽り、後に退けば鬼祟に撞き當たる。凶。尚秉和の解説:この条の取象は詳しく《睽》が《需》に変ずるの条に見える。校記:「獹」「胡」の二字はもと「驢」「狐」と作す——「驢」は「獹」の形近の訛で、「狐」は「胡」の音近の訛である。併せて《震》が《恒》に変ずるの条により校正する。
復。日入道極,勞者休息。班馬還師,復我燕室。此用《蹇》象。坎為暮,離在坎下故曰日入。艮為道。極,盡也,言道止於此也。坎為勞,艮止故休息。坎為馬,重坎故曰班馬,坎眾故曰師,艮止故曰還師。坎為室,伏兌故曰燕室。
《蹇》が《復》に変ずる。林辞に言う:太陽は落下して、路もまた頭に至った。辛労の人は歇息し得る。師を班して朝に回り、我が安適の居室に帰る。吉。尚秉和の解説:この条は遇卦《蹇》の象を用いる。坎は日暮を主り、離は坎の下に在るので「日入」といい、艮は道路を主り、「極」は尽头の意で、路がここに至るまでと言う。坎は労苦を主り、艮は止を主るので「休息」という。坎は馬を主り、両坎が相い重なるので「班馬」という——班は排列して成行を成すこと。坎は衆多を主るので「師」といい、艮は止を主るので「還師」という。坎は居室を主り、伏する兌は安楽を主るので「燕室」という。
無妄。林麓山藪,非人所處。鳥獸無禮,使我心苦。震為林、為藪,艮為山、為麓,乾為人,在上故不處山林。艮為鳥、為獸,坤為禮,坤伏故曰無禮。伏坤為我、為心。○首句依宋元本,汲古作山林麓藪。第三句疑。
《蹇》が《无妄》に変ずる。林辞に言う:山林・山脚と草沢とは、いずれも人の待つ所にあらず。鳥獣は礼数を懂わずして、我が心裡をして苦を発さしむ。凶。尚秉和の解説:无妄は震下・乾上で、震は林木を主り、また草沢を主る。艮は山を主り、また山麓を主る。乾は人を主り、位は上体に在るので、人は山林の中に居らない。艮は鳥を主り、また獣を主る。坤は礼を主り、坤が潜伏して顕れないので「无礼」という。伏する坤はまた自己を主り、また心を主る。校記:首句は宋・元刻本による。汲古閣本は「山林麓藪」と作す。第三句は尚氏が存疑する。
大畜。蓄利積福,日新其德。高氏飲食,憂不為患。乾為福,伏巽為利,艮止在上故曰蓄積。艮為日、為高,兌口為飲食,故曰高氏飲食。坤為憂患,坤伏故不憂。
《蹇》が《大畜》に変ずる。林辞に言う:利益を積蓄し福気を聚集して、徳行は日ごとに新たである。高氏の一家は食う有り飲む有りて、縦くば憂愁ありとも禍患と成らず。吉。尚秉和の解説:大畜は乾下・艮上で、乾は福を主り、伏する巽は利を主る。艮は止を主りて上位に居るので積蓄という。艮は日を主り、また高を主る。兌は口で飲食を主るので「高氏飲食」という。坤は憂患を主り、坤が潜伏して顕れないので憂えない。
頤。張羅百目,鳥不得北。縮頸掛翼,困於窘國。君子治德,獲譽受福。離為目、為網羅,大離故曰百目,坤為百也。坤先天位北,震為鳥,艮止在上故不得北。艮為頸,震為翼,坤退而閉,故縮頸,震反在上故掛翼。艮為國,坤閉故曰窘國。艮為君子、為名譽,震為福,艮為獲,故獲譽。坤受,故受福。
《蹇》が《頤》に変ずる。林辞に言う:張り開けた羅網の上に百来个の網眼ありて、鳥は北辺に飛び至らない。頸を縮め翅を掛けて、窘迫の国度の中に困れたり。君子は徳行を修治して、美名を得てまた福を受けた。先に困あり後に吉なる。尚秉和の解説:頤は震下・艮上で、離は眼目を主り、また網羅を主り、卦中に放大した離の形があるので「百目」という——坤はもともと百の数を主る。坤の先天の方位は北に在り、震は鳥を主り、艮は止を主りて上に居るので、北辺に飛び至らない。艮は頸項を主り、震は翅膀を主る。坤は退缩・閉合するので「縮頸」といい、震が反って上に居るので「挂翼」という。艮は邦国を主り、坤の性は閉塞なので「窘国」という。艮は君子を主り、また名誉を主る。震は福を主る。艮は獲得を主るので「獲譽」といい、坤は承受を主るので「受福」という。
大過。伯虎仲熊,德義淵宏。使布五教,陰陽順序。伏艮為虎熊,震為伯,坎為仲,卦本大坎也。乾為德,伏坤為義、為淵,故曰淵宏。巽卦數五,又為命令,故曰使布五教。乾陽坤陰,巽順,伯虎仲熊,高辛子,八愷之二。
《蹇》が《大過》に変ずる。林辞に言う:伯虎と仲熊とは、徳行と道義とは既に深く且つ広し。彼らに五教を頒布せしむるに、陰陽はこれにより順理して序を成した。大吉。尚秉和の解説:大過は巽下・兌上で、伏する艮は虎と熊とを主り、震は伯を主り、坎は仲を主る——この卦はもともと一つの放大した坎である。乾は徳を主り、伏する坤は義を主り、また深淵を主るので「淵宏」という。巽の卦数は五で、また号令を主るので「使布五教」という。乾は陽に属し坤は陰に属し、巽の性は和順である。伯虎・仲熊は高辛氏の子で、即ち古史の称する「八愷」の中の两位である。
坎。跛踦相隨,日暮牛罷。陵遲後旅,失利亡雌。詳《大有》之《歸妹》。
《蹇》が《坎》に変ずる。林辞に言う:瘸腿と跛脚とは相い随いて行き、天は暗くなって牛もまた疲乏した。一路に衰頽して隊伍の後頭に落ちて、利益を失い雌伴を失った。凶。尚秉和の解説:この条の取象は詳しく《大有》が《帰妹》に変ずるの条に見えるので、ここでは重ねて出さない。
離。嬴氏違良,使孟尋兵。老師不已,敗於齊卿。互兌為西,故曰嬴氏。艮為良,艮伏故曰違良。伏震為孟,艮為兵,坎為眾、為師,重坎故曰老師不已。兌為敗,巽為齊。齊卿,言孟明視、西乞術、白乙丙,皆卿爵。案:《漢書食貨志》:"世家子弟富人或走狗馬博戲,亂齊民。"如淳注:齊,等也,言無貴賤。又《詩召南》:"齊侯之子",齊侯,猶通侯,即諸侯也,由此證敗於齊卿即敗於諸卿也。《左傳僖三十二年》:"秦穆公違蹇叔諫,使孟明等伐鄭,敗於崤函"。○老師,宋元本作師老,依汲古。
《蹇》が《離》に変ずる。林辞に言う:嬴姓の秦君は賢良の言に違い、孟明を派して戦事を挑発せしめた。師は老い兵は疲れてなお罷め肯せず、ついに諸卿の手裡に敗れた。大凶。尚秉和の解説:互体の兌は西方を主るので「嬴氏」という——嬴は秦の国姓である。艮は賢良を主り、艮が潜伏して見えないので「違良」という。伏する震は孟を主り、艮は兵器を主り、坎は衆多を主り、また軍隊を主り、両坎が相い重なるので「老師不已」という。兌は敗を主り、巽は斉を主る。所謂「斉卿」とは、孟明視・西乞術・白乙丙の三人がいずれも卿の爵位を有ったを言う。尚氏は考証していわく:《漢書・食貨志》は「世家子弟富人或走狗馬博戯、乱斉民」と言い、如淳は注して「斉」は等同の義で、貴賤を分かたぬを指すと言う。《詩・召南》に「斉侯之子」あり、斉侯は通侯に猶おし、即ち諸侯である——これにより「敗于斉卿」は即ち諸卿の手に敗れたと証明すべきである。《左伝》僖公三十二年に記す。秦の穆公は蹇叔の勧諫を聴かず、孟明のらを派して鄭を伐たしめ、結果は崤函に大敗した。校記:「老師」の二字は宋・元刻本が「師老」とし、ここでは汲古閣本による。
咸。日月並居,常暗且微。高山崩顛,丘陵為溪。兌月艮日,故曰並居。兌為闇昧故曰暗微也。艮為高山,兌毀巽隕,故崩顛。艮為丘陵,兌為溪。○崩,宋本誤萌,依元本、汲古。溪,依宋元本,汲古作溪。
《蹇》が《咸》に変ずる。林辞に言う:日と月とは一処に挤り合い、天色は長く暗く且つ晦昧だ。高山は崩塌・傾覆し、丘陵は陥りて溪谷と成った。大凶。尚秉和の解説:咸は艮下・兌上で、兌は月を主り艮は日を主るので「并居」といい、兌は晦暗を主るので「暗微」という。艮は高山を主り、兌は毁を主り巽は隕落を主るので、山は崩れ地は頽れた。艮はまた丘陵を主り、兌は溪澗を主る。校記:「崩」の字は宋刻本が誤して「萌」とし、ここでは元刻本と汲古閣本による。末句の「溪」の字は宋・元刻本による。汲古閣本は別に一体を作す(源文は両処の字形が相同じいので、おそらく伝刻の中で「谿」「溪」の異体がすでに混同したのであろう)。
恆。鳥雀食榖,張口受哺。蒙被恩德,長大成就。柔順利貞,君臣合好。震為鳥雀、為谷,兌為口,故曰食穀,曰受哺。乾為大,巽為順、為利,乾君伏坤為臣,六爻皆有應,故曰合好。○被恩,汲古作恩被,依宋元本。
《蹇》が《恒》に変ずる。林辞に言う:鳥雀は穀子を啄食し、口を張りて哺養を受ける。恩徳を蒙りて、慢慢と長じて材と成る。柔順にして正を守りて利を得て、君臣は処り融洽せり。大吉。尚秉和の解説:恒は巽下・震上で、震は鳥雀を主り、また穀を主る。兌は口なので食穀といい受哺という。乾は長大を主り、巽は和順を主り、また利を主る。乾は君を主り、伏する坤は臣を主り、六爻は両両としてみな応与あるので「合好」という。校記:「被恩」の二字は汲古閣本が「恩被」とし、ここでは宋・元刻本による。
遯。雖躓復起,不毀牙齒。克免平復,憂除無疾。通《臨》。兌毀折故曰躓。震為起,兌為牙齒,坤為憂、為疾,震解故除。
《蹇》が《遯》に変ずる。林辞に言う:絆き倒れるも、なお再び起き上がり得る。歯牙は磕き壊れず。ついに禍を免れて平安を恢復し、憂愁は除去し疾病は全く消えた。先に険あり後に安なる。尚秉和の解説:この条は《遯》の旁通卦《臨》を取る。兌は毁折を主るので「躓」という——躓は絆跌である。震は興起を主り、兌は歯牙を主る。坤は憂愁を主り、また疾病を主るが、震に解散の功あるので「除」という。
大壯。草木黃落,歲暮無室。虐政為賊,大人失福。通《觀》。候卦為八月,巽為草木、為隕落,坤黃故曰黃落。候卦坤居亥,故曰歲暮。艮為室,巽隕故無室。坤為政,巽為賊,乾為大人。壯,傷也,故失福。
《蹇》が《大壮》に変ずる。林辞に言う:草木は枯黄して凋落し、歳暮の時節に屋子すらもない。暴虐の政令は殘害と成り、大人は福分を失った。凶。尚秉和の解説:この条は《大壮》の旁通卦《観》を取る。《観》は十二消息の候卦の中で八月に当たり、巽は草木を主り、また隕落を主り、坤の色は黄なので「黄落」という。候卦の中で坤は亥の月に当たるので「歳暮」という。艮は居室を主り、巽は隕落を主るので「无室」という。坤は政令を主り、巽は賊害を主り、乾は大人を主る。「壮」はここでは傷と訓ずるので「失福」という。
晉。避凶東走,反入禍口。制於牙爪,骨為灰土。坤為凶,離位東,在外,故曰避凶東走。坤為禍,伏兌為口、為牙爪、為骨骸,坤為土,艮火離火,故曰灰土。
《蹇》が《晋》に変ずる。林辞に言う:凶険を避けて東に逃げ走るに、かえって禍の口に送り込まれた。歯牙と爪子とに咬まれて、骨は灰土に化した。大凶。尚秉和の解説:晋は坤下・離上で、坤は凶を主り、離は東方に居りて位は外卦に在るので「避凶東走」という。坤は禍を主り、伏する兌は口で、また牙爪を主り、また骨骸を主る。坤は土を主り、艮と離とはいずれも火を主るので「灰土」という。
明夷。欲飛不能,志苦心勞,福不我求。離為飛,坎陷故不能飛。坎為心志、為勞苦。○求,依宋元本,汲古作來。
《蹇》が《明夷》に変ずる。林辞に言う:飛ばんと欲して飛び起きられず、志意は困苦し心力は交瘁し、福気は肯えて我に来らない。凶。尚秉和の解説:明夷は離下・坤上で、離は飛を主り、坎は陥坑なので飛び起きられない。坎は心志を主り、また労苦を主る。校記:「求」の字は宋・元刻本による。汲古閣本は「来」と作す。
家人。羔裘豹袪,東與福遇。駕迎吾兄,送我驪黃。疑用半象。驪,從元本,餘多訛鸝。
《蹇》が《家人》に変ずる。林辞に言う:羔皮で作った裘・豹皮で鑲えた袖口を着して、東に往きて福気と相逢う。車に駕して我が兄を迎えて、我に一匹の黒馬と一匹の黄馬とを送る。吉。尚秉和の解説:この条は疑いていわく「半象」を用いて立説する。「羔裘豹袪」の語は《詩・唐風・羔裘》に出づ。これは卿大夫の服飾である。校記:「驪」の字は元刻本による。その余の各本に多く訛して「鸝」と作す——驪は純黒色の馬である。
睽。東耕破犁,西失良妻。災害不避,家貧無資。離為東,兌為西,坎為災害。
《蹇》が《睽》に変ずる。林辞に言う:東辺で地を耕すに、犁頭が折れた。西辺でまた賢妻を失った。災害は避け切れず、家裡は窮して一点の資財もない。凶。尚秉和の解説:睽は兌下・離上で、離は東方に居り、兌は西方に居り、坎は災害を主る。
解。魚陸失所,鳧鼃困苦。澤無雈蒲,晉國以虛。伏巽為魚,震為鳧,鼃坎為困。
《蹇》が《解》に変ずる。林辞に言う:魚は陸地に抛られて棲所を失い、野鴨と青蛙とも困苦に堪えない。水沢の裡には荻草・蒲草すらもなく、晋国はこれにより空虚した。凶。尚秉和の解説:解は坎下・震上で、伏する巽は魚を主り、震は野鴨を主る。青蛙は坎に属し、坎はまた困厄を主る。
損。脫兔無蹄,三步五罷。南行不進,後市勞苦。震為兔、為蹄,《莊子》"得兔而忘蹄"注:蹄,兔罥也,繫其腳故曰蹄,坤亡故無蹄。震數三,故曰三步,伏巽,卦數五,坤乏,故曰五罷。震為南,艮止,故行不進。伏巽為市,坤勞苦。○兔,元本訛足,依宋本、汲古。勞,宋元本作身,依汲古。
《蹇》が《損》に変ずる。林辞に言う:脱逃の兎には絆索がなく、三步を走りて五回を歇く。南に往きても行き通らず、後の市に趕りても気力を徒労した。凶。尚秉和の解説:損は兌下・艮上で、震は兎を主り、また蹄を主る——《荘子》の「得兔而忘蹄」に、注は蹄は兎を捕うるの繩網で兎の脚を係するので蹄と言うと。坤は亡失を主るので「无蹄」という。震の数は三なので「三步」といい、伏する巽の卦数は五で、坤は匱乏を主るので「五罷」という——罷は即ち疲である。震は南方を主り、艮は止を主るので前に走り得ない。伏する巽は市集を主り、坤は労苦を主る。校記:「兔」の字は元刻本が訛して「足」とし、ここでは宋刻本と汲古閣本による。「勞」の字は宋・元刻本が「身」とし、ここでは汲古閣本による。
益。行役未已,新事復起。姬姜勞苦,不得休止。震行坤役,震為姬,巽為姜,坤為勞苦,艮止故曰休止,正反艮故不得休止。
《蹇》が《益》に変ずる。林辞に言う:徭役はまだ終わらないうちに、新たな差事はまた派し下された。姫姓・姜姓の女子は労苦に堪えず、一点の休息も得ない。凶。尚秉和の解説:益は震下・巽上で、震は行走を主り坤は役使を主る。震は姫姓を主り、巽は姜姓を主る。坤は労苦を主る。艮は止を主るので「休止」というが、卦中の正艮と反艮とが相い消すので、休息すらも得られない。
夬。白日楊光,火為正王。消金厭兵,雷車避藏。陰雨不行,民安其鄉。通《剝》。艮為日、為光、為火,乾為王、為金,艮為兵戈,陰消陽故曰消金厭兵。震為雷、為車,震覆故曰避藏。兌為雨,坤為民、為鄉,艮日在上故陰雨不行而民得安也。○白,宋本、汲古皆作向,依元本。
《蹇》が《夬》に変ずる。林辞に言う:白日は高く懸りて光芒は四に射し、火は当権の王と成った。金気は熔消され兵器は壓伏され、雷車は躱藏し、陰雨は下り成らず、百姓は鄉里に安居す。吉。尚秉和の解説:この条は《夬》の旁通卦《剥》を取る。艮は日・光を主り、また火を主る。乾は王を主り、また金を主る。艮は兵戈を主る。陰気は陽気を消蝕するので「消金厭兵」という。震は雷を主り、また車を主るが、震が倒転したので「避蔵」という。兌は雨を主り、坤は民を主り、また鄉里を主る。艮の象する日が高く上に懸るので、陰雨は下り来ず、百姓は安居し得る。校記:「白」の字は宋刻本と汲古閣本がいずれも「向」とし、ここでは元刻本による。
姤。放銜垂轡,奔馬不制。棄法作奸,君失其位。通《復》。震為銜、為轡、為奔馬,陽遇陰則通,故曰奔馬不制。坤為奸,震為君,坤為喪,故失位。
《蹇》が《姤》に変ずる。林辞に言う:馬の嚼子を放きて轡繩を垂れたれば、狂奔の馬は收まらない。法度を抛きて奸邪の事を干ち起こし、君主はこれにより君位を失った。大凶。尚秉和の解説:この条は《姤》の旁通卦《復》を取る。震は馬嚼と轡轡とを主り、また奔馬を主る。陽爻が陰爻に遇えば即ち暢通して阻が無いので「奔馬不制」という。坤は奸邪を主り、震は君を主り、坤は喪失を主るので位を失った。
萃。司命下游,喜解我憂。皇母緩帶,嬰兒笑喜。巽為命,《禮記》:"大夫祭五祀"注:五祀:一曰司命。《漢書天文志》:"近魁六星,四曰司命"。《晉書天文志》:"司命主壽"。互艮為星,故曰司命下游,主壽故解憂,兌悅故喜。坤為母,伏乾故曰皇母。巽為帶,兌為嬰兒,兌悅故笑喜。○兒,宋元本作子,依汲古。
《蹇》が《萃》に変ずる。林辞に言う:司命の神は下界に游行して、歓喜に我が憂愁を解く。皇天の配する母は衣帶を寛げて、嬰兒もまた笑い顔を開いた。吉。尚秉和の解説:萃は坤下・兌上で、巽は命令を主る。《礼記》は「大夫祭五祀」と言い、鄭注は五祀を列挙して、その頭一つは即ち司命である。《漢書・天文志》は斗魁に近くに六つの星あり、第四は司命と呼ぶと言う。《晋書・天文志》は司命は壽数を主管すると言う。互体の艮は星辰を主るので「司命下游」という。司命は既に壽を主るので、憂を解く能がある。兌は喜悦を主るので歓喜である。坤は母親を主り、伏する乾は皇天を主るので「皇母」という。巽は衣帶を主り、兌は嬰兒を主り、兌はまた喜悦を主るので笑顔を開いた。校記:「兒」の字は宋・元刻本が「子」とし、ここでは汲古閣本による。
升。黃帝出遊,駕龍乘馬。東上泰山,南過齊魯,邦國咸喜。震為帝,坤土色黃,故曰黃帝。震為龍、為馬、為東,伏艮為山,故東上太山。
《蹇》が《升》に変ずる。林辞に言う:黄帝は出游・游历して、龍に駕し馬に乗る。東に向かって泰山に登り、南に向かって斉魯を過ぎて、各邦・各国はみな歓喜した。大吉。尚秉和の解説:升は巽下・坤上で、震は帝王を主り、坤は土に属して色は黄なので「黄帝」という。震は龍を主り、また馬を主り、また東方を主り、伏する艮は山を主るので東に向かって太山に登るという。本巻はここに至って斷れ、この条の注文の後半——「南過斉魯」・「邦国咸喜」の解説と校記——は次の巻の頁の首に接する。
震又為南,巽齊兌魯,故曰南過齊魯。坤為邦國,震樂兌悅,故曰咸喜。○邦,宋本、汲古作郡,依元本。
この段は《蹇》の《升》の条の注文の後半截で、林辞「黄帝出游、駕龍乘馬。東上泰山、南過斉魯、邦国咸喜」の後の二句がここで解釈を得る。《易林》の体例は一卦ごとの下に各々六十四条の林辞を係し、条の首に標出した卦名を「之卦」と呼び、注文は即ち遇卦と之卦の両辺に象を取る。尚秉和は言う。「震」は東方を主るほか、また南方をも主り得るので「南」の字に落着きがある。《升》の下体は「巽」で、《易林》の裡に巽は斉国の象を取り、「兌」は魯国の象を取るので、「南過斉魯」の四字はここにより推出する。上体の「坤」は土地で、引申して邦国とし、「震」に喜楽の象あり、「兌」はもともと欣悦で、両下が合わさりてはじめて「邦国咸喜」と言う。「○」以下は尚氏の校勘記で、「邦」の字は宋刻本と毛晋の汲古閣刻本がいずれも「郡」とし、尚氏は元刻本により「邦」と作す——郡県は秦以後の建置で、黄帝の故事の裡に「邦国」と言うてはじめて古語に合う。
困。既往不說,憂來禍結。比戶為患,無所申雪。坎為憂患,坎陷故禍結。伏艮為戶,正反艮相對,故曰比戶,下與坎連,故曰比戶為患。比戶,近鄰也。近鄰為患,防禦難,故曰無所申雪。○雪,汲古作冤,以與患韻,今依宋元本,雪結為韻。
《蹇》が《困》に変ずる:過去の糾葛は身を脱せず、憂愁は踵を接して来り、災禍は纏まりて一つの死結を成した。門挨り戸挨りの近隣はみな禍害と成り、満腹の冤屈に申雪する所がない。これは一條の凶辞である。尚秉和は林辞の来歴を講る。《困》の下体は「坎」で、坎は憂愁・患難を主り、坎はまた坑陷で、陥り入れば出られないので「禍結」という。《困》卦の本身には艮がないが、その「伏象」に艮がある——「伏」とは一卦の六爻の陰陽を全部翻転して得るあの一卦を指し、翻転後の卦は顔を出さないが、その卦象はなお取用し得る。《困》が翻転すればまさに山火の《賁》で、上体は即ち艮で、艮は門戸である。一つの正した艮と一つの倒れた艮とが併び立ちて相い対して、両扇の門が挨り合い、即ち「比戸」である。この両つの艮の下にまた坎の憂患に連なりてあるので「比戸為患」という。「比戸」とは即ち近隣で、禍害は近隣の身に出て、防ぐも防ぎ得ず、これにより「无所申雪」となる。校記は言う:「雪」の字は汲古閣本が「冤」とし、あれは上の句の「患」の字と韻を押すためである。尚氏は宋元の旧本により「雪」とし、「雪」は「結」と相い押して、韻脚ははじめて合う。
井。何蕢隱居,以避亂傾。終身不仕,遂其潔清。通《噬嗑》。艮為何,震為蕢,坎隱伏故曰避亂。離為亂也。艮為終、為身、為仕,坎隱故不仕。坎水故曰潔清。
《蹇》が《井》に変ずる:あの草筐を背負った隠者は隠れて日を過ごすは、喪乱・傾覆の時世を避けるがためである。一生に出て官を為すを肯んじず、ついに己の清白を成全した。「何蕢」は即ち「荷蕢」で、《論語・憲問》は草筐を挑う人ありて孔子の門前を過ぎ、孔子の磬を撃つ聲を評論したを記す。古書に有名な隠者である。尚秉和はまず点出して、この条は「旁通」を用いて象を取るべしと言う——両卦の六爻の陰陽が完全に相反するを即ち旁通と呼び、注文は「通某卦」と書く。《井》は坎上・巽下で、六爻は全て変じて、正に離上・震下の《噬嗑》を得るので、下に言う卦象はみな《噬嗑》の身上より探す。《噬嗑》の「互体」は二爻至四爻が艮を成す——所謂互体とは、一卦の第二至第四爻・第三至第五爻を別に組みて両つの卦を成すこと——艮は手で、手は扛負し得るので「艮為何」といい、「何」は即ち「荷」、扛ぐことである。震は草木で、草で編んだ筐は即ち「蕢」である。坎に隠伏の象あるので「避乱」といい、離は兵戈・文明の相い爭う象なので「乱」という。艮は終止・身体・官職であるので「終身不仕」で、坎は既に隠伏すれば出仕の路は断えた。坎は水で、水は汚を滌い得るので「潔清」という。
革。折梃舂稷,君不得食。頭癢搔跟,無益於疾。兌為折,巽為梃、為稷,伏艮手故曰春。《孟子》"殺人以梃"趙岐注:梃,杖也,舂米須用槌,今以梃舂,非器。乾為君,兌為食,二至上大過,大過死,故不得食。伏艮為頭,震為跟,坤為疾,故曰癢。正反震艮,故曰頭癢搔跟。搔不得所,與以梃舂稷無功同也。○梃,各本皆作挺,形訛字。孟子梃亦多訛挺,然唐本皆作梃,見阮校。
《蹇》が《革》に変ずる:一本の木棍を折りて穀子を舂くに、君主は飯を食うを得られない。頭上が痒いのに行って脚の跟を掻くは、病痛に一点の好處もない。二句とも工具を錯り場所を錯るの譬えで、労して功なきを主る。尚秉和は解釋する。《革》の上体は兌で、兌は毁折を主るので「折」である。二爻至四爻は互体して巽を成し、巽は木で、長木は即ち「梃」で、巽はまた禾稼なので「稷」である。《革》の伏象の上体は艮で、艮は手で、舂米は手の上の活で、そこで「舂」と言う。彼は《孟子》の「殺人以梃」の趙岐注を引く。「梃は杖なり」と。舂米はもともと杵槌を用うべきに、今や一本の木杖を拏して舂くは、工具は全然対せず。乾は君で、兌は口食である。第二爻より上爻に数うてこの五爻の両頭は陰で當中は陽で、《大過》の形を成し、《大過》は《易林》の裡に棺槨・死喪を主るので「君不得食」である。伏艮は頭で、震は足跟で、坤は疾病を主り、痒もまた疾の一種である。一つの正震と一つの倒艮とが相配して、一頭一脚、即ち「頭痒搔跟」である。痒處に掻き至らずは、木棍を拏りて稷を舂くと同じく気力を徒費する。校記:「梃」の字は各本とも「挺」と写すは、字形の相い近きによる誤りである。《孟子》の「梃」もまた常に誤って「挺」と作されるが、唐写本は一概に「梃」と作す。阮元《十三経注疏校勘記》に見える。
鼎。植根不固,華葉落去,便為枯樹。巽下腐,故曰植根不固。兌為華,巽為落、為枯、為樹。
《蹇》が《鼎》に変ずる:樹は栽え下ろされて根の扎りたるが固くなく、花と葉とは相い次いで掉り尽きて、転眼に一株の枯木と成った。人事の上では根基の実ならず局面の維持し難きに比する。尚秉和は言う。《鼎》の下体は巽で、巽は木で、巽の初爻は陰爻で、虚にして中空なり。譬えて樹根の朽爛したるがごときので「植根不固」という。三爻至五爻は互体して兌を成し、兌は花開の象を主るので「華」である。巽にまた隕落・枯槁・樹木の諸象ありて、「落去」・「枯樹」はみな巽より出づ。これは《易林》の裡の典型なる、卦体の上下の虚実をもって吉凶を説くの書き方である。
震。凶門生患,牢戶多冤。沙池禿齒,使叔困貧。艮為門,坎陷故曰凶門。坎為獄,故曰牢戶,坎為憂患,故曰多冤。艮為沙,伏兌為齒,巽為寡髮,故曰禿齒。艮為叔,坎為困。○患,汲古作意,池作陁,叔作我,貧作窮,均依宋元本。沙池,即差池,古通用,言齒差池不齊,正以狀貧困之貌,若作沙陁,何以與下句相屬,且禿齒亦無此國名,故陁字斷為妄人所改,昔人不見易林善本,不知此為訛字。輙據此及安民呼池之語,以疑易林,豈知安為按、呼為湖之訛字也。《詩》"差池其羽"。
《蹇》が《震》に変ずる:不吉の門戸の裡に禍患を生じ、牢獄の門内には冤屈の多きが在る。歯牙は参差・脱落して、この排行の老三の人をして窮困に陥らしむ。尚秉和は象を講る。《震》の二爻至四爻は互体して艮を成し、艮は門である。三爻至五爻は互体して坎を成し、坎は坑陷で、門は陥阱に連なるので「凶門」と呼ぶ。坎はまた牢獄なので「牢戸」で、坎は憂患を主るので「多冤」である。艮は沙石で、《震》の伏象は巽で、巽の対面の兌は口歯で、巽にまた「寡髮」の象ありて、頭髪の稀落は引き申して歯牙の残缺となるので「秃歯」という。艮は叔(兄弟の排行の第三)で、坎は困頓である。校記はこの条が格外に緊要である:「患」は汲古閣本が「意」とし、「池」は「陁」と作し、「叔」は「我」と作し、「貧」は「窮」と作す。尚氏は一概に宋元の旧本による。彼は辨明していわく、「沙池」は即ち「差池」で、古字は通用す。《詩・邶風・燕燕》の「差池其羽」は即ちこの字で、歯牙の長短の斉一ならざるを形容し、ちょうどもって貧寒の相を写すに用い得る。若し汲古閣の「沙陁」のままに照らさば、下の一句と根本から接がず、況んや「秃歯」もまた国名にあらざるをや。これにより「陁」は妄人の改める所なるを見る。従前の人は《易林》の善本を見得ざれば、この「沙陀」および別処の「安民呼池」一類の字樣を憑りて、《易林》は唐以後の人の手に出づと疑う。殊に知らず、あの所の「安」は「按」の字の誤で、「呼」は「湖」の字の誤で、いずれも晩出の証拠と為すに足らざるを。
艮。登山履谷,與虎相觸。蝟為功曹,班叔奔北,脫之喜國。艮為山谷、為虎,震為登,坎為蝟,艮為官,故曰功曹。艮為叔,楚人謂虎為班,故曰班叔。《史記龜策傳》注:蝟能伏虎。故虎見而奔北。艮為國,震為脫、為喜,《論衛[當作衡]》云"人謂虎食人,功曹為奸所致也",其意以為功曹眾吏之率虎亦諸獸雄。
《蹇》が《艮》に変ずる:山頭に登ってまた山谷に走り入り、迎面に老虎に撞き當たる。幸いに刺蝟は功曹に充当して、老虎は頭を掉して敗逃し、全国の上下は険を脱したを為に歓喜す。尚秉和は言う。艮は山・谷で、また虎である。三爻至五爻は互体して震を成し、震は動なので「登」である。二爻至四爻は互体して坎を成し、坎は蝟である。艮はまた官府で、郡府の属吏の長を「功曹」と呼ぶので「蝟為功曹」である。艮は叔で、楚人は老虎を「班」と管叫び、合わさりて即ち「班叔」である。彼は《史記・龜策列傳》の注の「蝟能伏虎」を引くので、虎は一たび刺蝟を見れば即ち北に逃げ竄る。艮は邦国で、震は脱身・喜悦なので「脱之喜国」である。末に《論衡》を引く(原文は誤って《論衛》と作し、注中にすでに「衡」と作るべきを標出した)の言:世間の人は老虎が人を喫うは功曹の奸を為して帯来した報應と言う——王充の意は功曹は群吏の長で、老虎もまた百獣の雄で、両者の地位は相い當たるので、民間はそれらを牽連して一にする。林辞は刺蝟をもって虎を制し、功曹をもって虎を壓す。まさにこの一層を取る。
漸。麟鳳所翔,國無咎殃。賈市十倍,復歸惠裡。離為麟鳳,艮為國,巽為賈市、為利三倍,伏兌數十,故曰十倍。艮為室。
《蹇》が《漸》に変ずる:麒麟と鳳凰とは天上に盤旋し、国の中に災禍なし。門を出て売買を為して十倍の利を赚り回り、好處を満載して己の鄉里に帰る。これは一條の大吉の辞である。尚秉和は言う。離は文明の象あり、麟鳳はみな文明の瑞なので「離為麟鳳」である。艮は邦国である。《漸》の上体は巽で、《説卦》にもともと「巽為近利市三倍」の話あるので、生意気の象はここより来る。「十倍」に至っては、卦数により取る——尚氏が《易林》を解くに常に卦数を用いて辞中の数字に比附する。ここでは伏兌の数の十を取るので「十倍」と言う。艮はまた居室なので、「復歸惠里」に家に帰りて安く処るの意あり。
歸妹。路險道難,水遏我前。進往不利,回車復還。震為道路,坎險故曰道難。坎為水,坎陷故,水遏我前。震為進,坎險故不利。震為車、為反,故曰復還。○遏,汲古訛過,依宋元本。
《蹇》が《帰妹》に変ずる:路面は険悪にして走り難く、一片の大水が前頭に攔まる。さらに前に往きても便宜を討い得ず、車頭を掉じて回り来るに如かず。出行を占問してこれを得れば、退くに宜しく進むに宜しからずを主る。尚秉和は言う。《帰妹》の上体は震で、震は大涂なので「道路」である。坎は険陷で、この坎は遇卦《蹇》より取る——《蹇》はまさに坎上・艮下で、注文の裡に遇卦と之卦の象は併用し得る——険は道の上に在るので「道難」である。坎はまた水で、水は去路を陥れ留むるので「水遏我前」である。震は前進を主り、前に坎険あるので「進往不利」といい、震は車で、また反復・往還の象あるので「回車復還」という。校記:「遏」の字は汲古閣本が訛して「過」とし、尚氏は宋元本により改正する——「過」と作せば即ち順利に水を渉ると成って、下の句の「進往不利」とちょうど相反する。
豐。延頸望邑,思歸我室。臺榭不成,未得安息。通《渙》。艮為頸、為望、為邑,坎為室,震為歸,故曰思歸我室。艮為臺榭,巽隕落故不成,不得安息也。○我,宋元本作其,依汲古。艮為我也。
《蹇》が《豊》に変ずる:頸を伸ばして遥かに自家の城邑を望み、一心に屋裡に帰らんと想う。しかるに台榭はまだ蓋い成らず、人はまた安頓・歇息を得られない。尚秉和はまず標明して、この条は旁通を走ると言う。《豊》は震上・離下で、六爻は全て反じて、巽上・坎下の《渙》を得る。象はみな《渙》の上より取る。艮は脖頸・瞻望・城邑で、坎は居室で、《渙》の二爻至四爻は互体して震を成し、震は帰返なので「思歸我室」という。艮はまた台榭の類の建築で、《渙》の上体は巽で、巽は隕落を主り、屋子は造り起こされないので、これにより「台榭不成」で、人は自然に「未得安息」である。校記:「我」の字は宋元本が「其」とし、尚氏は汲古閣本により「我」と作し、併せて一句の理由を補う——艮は《易林》の裡にまさに「我」の逸象ありて、「我」と作すは象において拠りあり。
旅。蒙生株瞿,棘掛我須。小人妬嫉,使恩不遂。通《節》。震為蕃鮮,故曰蒙生。震為木故曰株,為草故曰瞿。《爾雅釋草》:"大菊蘧麥"注:即瞿麥藥草也。又《韓詩外傳》"直曰車前,瞿曰芣苢"。坎為棘,艮為須,坎在艮上,若須掛棘上也。艮為小,震為人,坎為妬嫉,故曰小人妬嫉。○須,汲古作須,非,依宋元本。蒙,蓋蔓生之屬,施於株瞿之上。
《蹇》が《旅》に変ずる:藤蔓は樹樁と瞿麦の上に爬り満ち、荆棘は我が鬍鬚を鈎り留めた。小人は中より妬忌して梗を作し、該得の恩沢を手に落らしめず。尚秉和は言う。この条は旁通の象を取る。《旅》は離上・艮下で、六爻は全て反じて坎上・兌下の《節》を成す。《節》の二爻至四爻は互体して震を成し、震は草木の蕃盛・鲜嫩を主るので「蒙生」といい、震は木なので「株」で、震は草なので「瞿」である。彼は「瞿」の字のために両条の書証を挙ぐ。《爾雅・釋草》の「大菊、蘧麦」に、注家は即ち薬草の瞿麦と言う。《韓詩外傳》にまた「直曰車前、瞿曰芣苢」の説法あり。坎は棘刺で、三爻至五爻は互体して艮を成し、艮は鬚で、坎は艮の上に壓して、まさに鬍鬚が荆棘に掛かったがごとき。艮は小で、震は人で、合して「小人」と成り、坎は妬忌を主るので「小人妬嫉」である。校記の原文は「鬚、汲古作須、非」と作すが、両つの字は今日の字形の上にすでに分別を見出せず、おそらく繁体の「須」と「鬚」の異なりで、汲古閣本は別の書き方を用い、尚氏は取らない。彼はまた一句を補う。「蒙」はおそらく藤蔓の類で、樹樁と瞿麦の上頭に攀附する。
巽。南至隱域,深潛處匿。聰明閉塞,與死為伍。互離為南,巽伏故曰隱、曰潛、曰匿、曰閉塞。伏坎為聰,離為明,初至四大過死,故曰與死為伍。
《蹇》が《巽》に変ずる:一直に南に走りて偏僻・隠蔽の地界に至り、深く身を蔵して躱れて出て来ない。耳目は堵塞されて、死人と伴と為した。これは一條の大凶の辞である。尚秉和は言う。《巽》は上下同体の「純卦」で、三爻至五爻は互体して離を成し、離は南方に居るので「南」である。巽の本身にもともと伏入の象あるので、「隠」・「潜」・「匿」・「閉塞」の四層の意思はみな巽より出づ。耳の灵敏なるを「聡」と呼び、伏坎の象を取る——坎は耳を主る。眼の明亮なるを「明」と呼び、離の象を取る——離は目を主る。初爻より第四爻に数えて、両頭は陰で當中は両陽で、合して《大過》の形を成し、《大過》は《易林》の裡に棺槨・死喪の象なので「与死為伍」という。
兌。機餌設張,司暴子良。範叔不廉,凶害及身。通《艮》。坎為機,震為餌、為張、為暴、為子,艮為司、為良,故曰司暴子良。《左傳》:"鄭子良之父子孔為政也專,國人殺子孔,子良奔楚"。互巽為蟲,故曰範,範,蠭也。《禮內則》"爵鷃蜩範"是也。艮為叔,故曰範叔。坎為凶害,艮為身。《史記》"范睢從須賈使齊,齊王賜睢金牛酒歸,以此受折髂之辱"。○首句元本作機設餌張,依汲古。司,汲古作計,依宋元本。
《蹇》が《兌》に変ずる:獣を捕うる機関は餌を下し網を張り好して、暴乱の事を管るは子良である。范叔は操守に虧ありて、凶禍は自己身上に落ちた。尚秉和は標明して旁通を取ると言う。《兌》は六爻全て反じて《艮》を成し、《艮》の二爻至四爻は互体して坎を成し、坎は機弩である。三爻至五爻は互体して震を成し、震は餌・張設・暴動・子である。艮は職司・良なので「司暴子良」の四字に落着きあり。彼は《左伝》の記す鄭国の事を引く。子良の父の子孔は権を専らにし、国人は子孔を殺し、子良は楚国に出奔した。まさに「司暴」の本事である。「范」の字は即ち《兌》の本卦の三爻至五爻の互巽の象を取り、巽は蟲で、「范」は蜂で、《礼記・内則》の裡の「爵・鷃・蜩・范」の「范」は即ち蜂を指す。艮は叔で、合して「范叔」と成り、即ち戦国の范雎(字は叔)である。坎は凶害で、艮は身なので「凶害及身」である。彼はまた《史記》を引く。范雎は須賈に随って斉に出使し、斉王は彼に黄金・牛酒を賞い、彼はこれにより肋骨を折られた羞辱を受けた。校記:首句は元刻本が「機設餌張」と作し、尚氏は汲古閣本により「機餌設張」と作す。「司」の字は汲古閣本が「計」とし、宋元本により「司」と作す。
渙。從騎出谷,遊戲苦域。阪高不進,利無所得。震為騎、為出,艮為谷、為域,坎為苦,艮為阪、為高,巽為利,風散故無得。○谷,宋元本作門,苦域作空城,均依汲古。
《蹇》が《渙》に変ずる:随従を帯びて馬に騎りて谷を出で、困苦の地に游荡す。坡は陡しく路は高く走り上がらず、何の好處も撈り得なかった。尚秉和は言う。《渙》の二爻至四爻は互体して震を成し、震は馬・出行である。三爻至五爻は互体して艮を成し、艮は山谷・疆域で、また山坡・高峻である。下体の坎は労苦を主るので「游戯苦域」・「阪高不進」はいずれも出処あり。上体は巽で、巽は利だが、巽はまた風で、風は一吹きすれば散ずるので「利无所得」という。校記:「谷」の字は宋元本が「門」とし、「苦域」は宋元本が「空城」とし、尚氏は両処とも汲古閣本による。
節。西國強梁,為虎作倀。東吞齊楚,並有其王。兌西艮國,震為健,故為強梁。強梁,多力也。艮為虎,坎為鬼,故曰倀。《本草》"人死於虎則為倀鬼,導虎而行"。震為楚,伏巽為齊,兌口為吞,震東,故曰東吞齊楚。震為王,言西秦併吞六王也。
《蹇》が《節》に変ずる:西辺のあの国家は強横にして力ありて、老虎のために伥鬼を作り起こす。東に向かって一口に斉国・楚国を呑み、六国の君位を一併に占めた。この条は明かに秦の天下を并するの事を言う。尚秉和は言う。《節》の下体は兌で、兌は西方に居る。三爻至五爻は互体して艮を成し、艮は邦国で、合して「西国」と成り、即ち秦である。二爻至四爻は互体して震を成し、震は剛健を主るので「強梁」という——「強梁」とは即ち力気の大きいこと。艮は虎で、上体の坎は鬼で、虎と鬼と相配せば即ち「倀」である。彼は《本草》の「人死于虎則為倀鬼、導虎而行」を引いて証と為す。震は楚で、《節》の伏象に巽あり、巽は斉で、兌は口で、口は呑み能くし、震はまた東方に居るので「東呑斉楚」という。震にまた王者の象ありて、整句は西辺の秦が六国の王を一併に呑んだを言う。
中孚。登山伐輻,虎在我側。王孫無懼,仁不見賊。艮山震登,艮為伐、為虎,巽為輻,故曰登山伐輻。震為王,艮為孫,故曰王孫。震為仁,巽伏故為賊。
《蹇》が《中孚》に変ずる:山に上りて車の輻を作る木材を砍り取るに、老虎は即ち身の旁に伏す。王孫は並びに害怕せず、仁心を懐く人は害に遭わざればなり。尚秉和は言う。《中孚》の三爻至五爻は互体して艮を成し、艮は山・砍伐で、また虎である。二爻至四爻は互体して震を成し、震は動なので「登」である。上体は巽で、巽は木で、車輪の上の直木は即ち「輻」で、《詩・魏風・伐檀》の「坎坎伐輻兮」はまさにこの事である。震は王で、艮は孫で、合して「王孫」と成る。震に仁徳の象ありて、巽は伏蔵して露れないので、人を害するの一面は出られない。そこで「仁不見賊」——仁心を存する人は傷害されない。
小過。六月騤騤,各欲有至。專征束裝,俟時旦明。兌為月,震為反,故曰至。震為征、為旦明,艮為時,艮止,故曰俟時旦明。《詩小雅》:"六月棲棲,戎車既飭;四牡騤騤,載是常服。王於出征,以匡王國",載是常服,即束裝之事,言尹吉甫奉宣王命出征獫狁而治裝也。○首句依元刊,宋本、汲古作六目,非。至,依汲古,宋元本作望。束裝,宋、汲古本作未壯,依元本。第四句汲古作候待明旦,依宋元本。俟即待也,故知待為時之訛字。
《蹇》が《小過》に変ずる:六月の裡に駟馬は雄壮にして奔馳し、人人はみな趕り至らんとする。命を奉じて専征する将帥は行装を整治し好りて、ただ天亮の時辰の一到すれば即ち動身せんと待つ。尚秉和は言う。《小過》の三爻至五爻は互体して兌を成し、兌は月である。上体の震に往返の象あるので「至」という。震は征伐・天明で、二爻至四爻は互体して巽を成して下体は艮で、艮は時候でまた静止を主り、あの所に等して動かないので「俟時旦明」である。彼はこの条の林辞の出処を很に清楚に点す。《詩・小雅・六月》に「六月栖栖、戎車既飭。四牡騤騤、載是常服。王于出征、以匡王国」あり。その中の「載是常服」の言う所は即ち行装を整治するで、尹吉甫が周宣王の命を奉じて獫狁に出征し、装を治めて発を待つを写す。校記:首句は元刻本により「六月」と作し、宋本と汲古閣本は「六目」と作して対せず。「至」は汲古閣本により、宋元本は「望」と作す。「束裝」は宋本と汲古閣本が「未壯」と作し、元本による。第四句は汲古閣本が「候待明旦」と作し、尚氏は宋元本により「俟時旦明」と作し、併せて「俟」は即ち「待」の意と言う。これにより汲古閣のあの「待」の字は「時」の字の誤なるを見る。
既濟。道陟多阪,牛馬蜿蟺。車不利載,請求不得。用半象,重艮故曰多阪。
《蹇》が《既済》に変ずる:一路に上坡して、坡道はまた多く且つ陡しく、牛馬は屈曲・蜿蜒として掙扎して前行す。車は物を装り動かず、請求する有りても弁じ成らない。尚秉和はただ一句の話をもって取象の法を点明す。この条は「半象」を用いる。所謂半象とは、完整の三爻卦を取らずして、隣り相い合う両爻を看て某卦の半分と為す——《既済》の六爻は陰陽が相い間えて、取出した両爻の半象は重畳して両つの艮を成し、艮は山・坡で、両艮が相い重なるので「多阪」という。林辞のその余の各句の牛馬・車載・請求の諸象も、またこの办法に照らして半象の裡に探す。
未濟。一口三舌,相妨無益。群羊百牂,不為威強。亡馬失駒,家耗於財。用半象,重兌故曰三舌,故曰群羊。
《蹇》が《未済》に変ずる:一枚の嘴の裡に三条の舌を生じて、互いに妨害して、一句の有用の話も言い出せない。成群の公羊・母羊は一処に聚るも、また威武・強盛と算えられない。馬と小馬駒とはみな失い、家裡の銭財はこれに随って耗散した。尚秉和はなお言う。この条は半象を用いる。《未済》の六爻は隣り相い合う両爻を取りて半象と為し、重畳して好几個の兌を出し、兌は口舌なので「三舌」といい、兌はまた羊なので「群羊」という。「牂」は母羊で、「百牂」は羊の多くして用なきを形容す。全条は口舌の紛爭・外強中乾・破財失物を主り、凶辞である。
解 第四十
解。駕言出遊,鳥鬬車前。更相捽滅,兵寇旦來。回車亟還,可以無憂。震為駕、為言、為遊、為車,離為鳥,艮為鬬,離正反艮相對,故曰鬬、曰捽。坎隱伏故曰滅。坎為寇,震為旦,故曰兵寇旦來。震為反,故回車亟還。坎憂震解,故無憂。○寇旦,汲古作馬旦,依宋元本。
《解》の《解》、すなわち《解》卦が自ら居る卦の第一条である。林辞に言う:車を駕して遊び出かけると、二羽の鳥が車の前で闘い、互いに掴み合って殺し合い、夜が明けると兵寇が来る。急いで車を回して帰れば、憂いを免れられる。「駕言出遊」は《詩・邶風・泉水》「駕言出遊、以写我憂」の成語を用いる。尚秉和は言う:《解》の上体は震で、震は駕・言・遊・車を主る。離は飛鳥、艮は争闘を主り、一つの正艮と一つの倒艮とが相対して立ち、両者が咬み合うので「鬬」と言い「捽」と言う——「捽」は髪を掴んで揉み合うこと。坎に隠伏の象があるので「滅」と言い、坎はまた寇盗、震は天明なので「兵寇旦来」。震に返回の象があるので「回車亟還」。坎はもとより憂を主るが、《解》卦の義はまさに解散で、憂患が解ければ結句に「可以无憂」と言う。校記:「寇旦」は汲古閣本が「馬旦」とし、尚氏は宋元本に従う。
乾。大都之居,無物不具。抱布貿絲,所求必得。伏坤為大都、為萬物、為布。抱布貿絲,《衛風》語。
《解》が《乾》に変ずる:通都大邑に住めば、備わらない物はなく、布を抱えて生糸と換えれば、求めるものは必ず得られる。これは吉辞で、交易の順遂を主る。尚秉和は言う:《乾》は六爻純陽で、その伏象はまさに純陰の《坤》、坤は大地で、地上に人が集まり邑を成すので「大都」、坤はまた万物を生養するので「无物不具」、坤は布帛なので「抱布」。「抱布貿糸」の四字は《詩・衛風・氓》「氓之蚩蚩、抱布貿糸」に直ちに取られ、布を持って糸を換え、実は婚議に来たという話で、《易林》はこれを借りて交易・求索が必ず得あることを言う。
坤。膠著木連,不出牢關,家室相安。此用《解》象。坎為膠、為木,與震木連體,故曰木連。坎為牢、為室,重坎故不出。
《解》が《坤》に変ずる:膠のように粘り着き、木と木とが連なって、牢関の門から出られないが、一家はかえってこれにより各々その位に安んずる。尚秉和は特に声明する:この条は之卦《坤》の象を取らず、遇卦《解》の象を用いる——《易林》注では遇卦・之卦の両辺とも取り得て、片方だけを取る場合は彼が随文に標出する。《解》の下体は坎で、坎水は粘滞して膠の如く、坎はまた木、上体の震も木で、二つの木体が連なるので「木連」と言う。坎はまた牢獄・居室の二重の象があり、坎象が重なれば出られないので「不出牢関」、一か所に関されてかえって安穏なので「家室相安」。
屯。孟伯食長,懼其畏王。賴四蒙五,抱福歸房。震為孟伯、為長、為口,故曰食長。坎為畏懼,震為王,卦數四,坎納戊,數五,故曰賴四蒙五。艮為抱、為房,震為福,故曰抱福歸房。
《解》が《屯》に変ずる:長子の孟伯が家を当たり、一家の食事を司るが、心に君王を畏れている。「四」と「五」の庇蔭に頼って、ようやく福を抱いて房に帰る。尚秉和は言う:《屯》の下体は震で、震は長子、兄弟の長は「孟伯」と称し、震はまた口なので口食を司るのが「食長」。上体の坎は恐懼を主り、震に王者の象あり。「四」「五」の二つの数は卦数と納甲による:震は先天卦序で第四に居るので数四を取り、坎は納甲の法で天干の「戊」に配され、戊は十干で第五に並ぶので数五を取る——納甲は八卦を天干に分配する旧法で、尚氏が《易林》辞中の数目を解くにあたり常用する。三至五爻が互体して艮を成し、艮は懐抱・房室、震は福なので「抱福帰房」。
蒙。朽輿疲駟,不任銜佩。君子服之,談何容易。震為車、為馬,坤敝故曰朽、曰疲。震口為銜,艮手為佩。艮為君子,坤為服。服,用也,言車馬不良不易駕馭。
《解》が《蒙》に変ずる:朽ちた車に疲れた四馬を繋いで、銜や佩さえ堪えられず、君子がこの車馬を駕せんとするに、言うは易く行うは難し。尚秉和は言う:《蒙》の二至四爻が互体して震を成し、震は車・馬、三至五爻が互体して坤を成し、坤に敝敗の象があるので車は「朽」ち馬は「疲」れる。震は口で、馬の口が銜むのが「銜」、艮は手で、手に繋ぐのが「佩」。艮は君子、坤は服用——「服」はここでは使用・駕御の意で、全句は車馬が堪えられず駕御が極めて容易ならずと言う。「談何容易」の四字はもと《漢書・東方朔伝》の成語で、進言の易ならざるを指し、《易林》はこれを借りて駕御の難しさを言う。
需。許嫁既婚,利福在身。適惠生桓,為我魯君。《左傳隱元年》:"宋武公生惠子,惠子生而有文在其手,曰為魯夫人,故歸",惠公生桓公,因手文故曰利福在身。坎為婚,伏坤為身,兌為魯,乾為君。
《解》が《需》に変ずる:許した縁談はすでに婚を成し、福はもとより彼女の身に長くあり、魯の恵公に嫁いで桓公を生み、わが魯国の国君と為った。これは大吉の婚姻の辞である。尚秉和は《左伝・隠公元年》を引いて証とす:宋武公に一女が生まれ、出生の時に手に掌紋が字を成して「為魯夫人」と書かれていたので、魯に嫁いだ(《左伝》原文はこの夫人を仲子と称すが、尚氏はここで「恵子」と引く)。彼女は魯恵公に嫁ぎ、魯桓公を生んだ。福が手紋に現れたので林辞に「利福在身」と言う。取象は、《需》の上体の坎は婚媾を主り、伏象の坤は身、下体に互出する兌は魯国、乾は君主。
訟。入門大喜,上堂見母。妻子俱在,兄弟饒有。巽為入,乾為門,伏震為喜,故入門大喜。坎為室,故為堂。巽為母,伏震故上堂見母。離為坎妻,震為子、為兄,坎為弟。○有,宋元本作友,依汲古。
《解》が《訟》に変ずる:家門に入ればまず一場の大喜、堂に登って母に見え、妻子儿女はみな在り、兄弟も人丁繁昌。家宅・行人の帰来を占ってこれを得れば最も吉。尚秉和は言う:巽に入の象あり、乾は門、《訟》の下体坎の伏象は震で、震は喜楽を主るので「入門大喜」。坎は居室で、屋の正中が「堂」。巽は長女で引申して母、伏震は下より上に行くので「上堂見母」。坎と離とが相配して夫妻と為るので「離為坎妻」、震は長子・兄、坎は中男・弟で、一家人が揃う。校記:「有」の字は宋元本が「友」とし、尚氏は汲古閣本に従い「有」とす。
師。推車上山,力不能任。顛蹶蹉跌,傷我中心。坤為車,震往,故曰推車。震為陵,故曰上山,坤弱故不能任,坎蹇故顛蹶蹉跌。坎為心、為中,坎破故傷。
《解》が《師》に変ずる:車を推して山に登れば、力はとても堪えられず、一路顛躓蹉跌して、わが中心を傷める。これは力が任に勝えず、労して損を致すの辞。尚秉和は言う:《師》の上体の坤は大車、二至四爻が互体して震を成し、震は前往を主り、合わせて「推車」、震はまた丘陵なので「上山」と言う。坤性は柔弱で重載を担えず「力不能任」、下体の坎は蹇難を主り足許が穏やかでないので「顛蹶蹉跌」。坎はまた心・中で、坎に破陷の象があるので「傷我中心」。
比。鷹飛退去,不食其雛。禽尚如此,何況人乎。艮為鷹、為飛,坎隱伏故退去。兌為食、為雛,兌伏,故不食其雛。○乎,宋元本作與,依汲古。
《解》が《比》に変ずる:鷹が飛んで来てまた退き去り、ついに自家の雛を食わず、禽鳥でさえかくのごとく骨肉を顧惜するに、いわんや人においてをや。この条は鷹が雛を食わぬを以て人の相残を忍びぬに喩え、吉辞である。尚秉和は言う:《比》の三至五爻が互体して艮を成し、艮は鷹・飛、上体の坎に隠伏の象があるので「退去」と言う。兌は口食・幼小の物で、兌は本卦に見えず伏象の中に在り、蔵れて露われないので「不食其雛」。校記:「乎」の字は宋元本が「与」とし、二字とも句末反詰の語気詞で、尚氏は汲古閣本に従い「乎」とす。
小畜。福棄我走,利不可得。幽人利貞,終無怨慝。乾福,風隕,故福棄我走。巽為利,在外,故利不可得。艮為幽人、為終,坎怨慝,正伏象雜用。
《解》が《小畜》に変ずる:福は我を棄てて走り去り、利も得られず、幽居の人はただ正を守るに宜しく、ついに怨恨と邪慝とを招かない。尚秉和は言う:《小畜》の下体の乾は福を主り、上体の巽は風で、風が起これば吹き落とされるので「福棄我走」。巽に「近利市三倍」の象があるが、巽は外卦に居り、利は身外にあって及ばないので「利不可得」。艮は隠居の人・終了で、「幽人利貞」の説は《履》九二「幽人貞吉」に本づき、坎は怨恨邪慝を主る。彼は末にこの条が「正伏象雑用」であると点明する——本卦の現成の卦象を正象と言い、六爻が全て変じて得る卦の象を伏象と言い、ここでは両辺を交ぜて用い、読者は拘泥するに及ばない。
履。夫妻反目,不能正室。翁雲於南,嫗言還北。並後匹嫡,二政亂國。伏坎為夫,離為妻、為目,離上下兩半目相對,坎上下兩半目相背,故曰反目。坎為室、為邪曲,故曰不能正室。乾為父,位南故曰翁雲於南。伏坤為母、為北,故曰嫗言還北。坤為後、為政、為國、為亂,數二,故曰並後、曰匹敵、曰二政。震為嫡也。○翁,汲古作公,嫗作姬,依宋元本。林意謂政權不一,國必亂也。
《解》が《履》に変ずる:夫と妻が反目して相い向かい、家が正しくならず、翁は南で言い、嫗は北で言い還す。正妻の外に並列する后があり、嫡子の外に匹敵する嫡があり、政令は二所より出で、国家はこれにより大乱する。尚秉和は言う:《履》の二至四爻が互体して離を成し、離は目・中女なので妻、離の伏象の坎は夫。離は上下二つの半目が相向かい対し、坎は上下二つの半目が背向かい分かれ、背向するが即ち「反目」。坎はまた居室・邪曲で、屋が正しからぬので「不能正室」。乾は父で、乾位は南にあるので「翁云于南」、伏坤は母で、坤位は北にあるので「嫗言還北」。坤は王后・政令・邦国・禍乱で、坤はまた数二を取るので「并后」「匹嫡」「二政」はみな坤より出て、震に嫡長の象あり。この四つの詞は《左伝・桓公十八年》「并后、匹嫡、両政、耦国、乱之本也」に出ずる。校記:「翁」は汲古閣本が「公」とし、「嫗」は「姬」とし、尚氏はいずれも宋元本に従う。彼は最後に林辞の用意を申明する:政権が一に出でざれば、国家必ず乱る。
泰。陽衰伏匿,陰淫為賊。賴幸王孫,遂至嘉國。陽在下故曰伏匿,陰在上故曰陰淫。坤殺兌折,故曰賊。震為王、為嘉,坤為國。○賴幸,汲古作倖賴,依宋元本。嘉,汲古作家,依宋本。
《解》が《泰》に変ずる:陽気は衰微して伏匿し、陰気は盛溢して人を害する賊と為り、幸いに王孫の庇佑を得て、ようやく嘉国に至る。尚秉和は卦体に就きて講る:《泰》は坤上乾下で、三陽はみな下にあるので「伏匿」と言い、三陰はみな上にあるので「陰淫」と言う——「淫」は過盛。坤は粛殺を主り、二至四爻が互体して兌を成し、兌は毀折を主り、殺と折とが合わさりて即ち「賊」。三至五爻が互体して震を成し、震は王・嘉美、坤は邦国なので「遂至嘉国」。校記:「頼幸」は汲古閣本が「幸頼」とし、宋元本に従い、「嘉」は汲古閣本が「家」とし、宋本に従い「嘉」とす。
否。入山求王,不見和璞。終日至暮,勞無所得。巽為入,艮為山、為求,乾為玉、為璞,楚人卞和得璞玉,故曰和璞,巽伏故不見。艮為日、為終,坤為暮、為勞,坤虛故無得。○山,汲古作水,坤水亦可從。
《解》が《否》に変ずる:山に入りて玉を求むれど、和氏の璞に見えず、終日より暮れに至るまで、徒労して得る所なし。林辞の「王」は即ち「玉」で、古文字に両形は相近くて通用するので、尚注は径く「玉」象に作りて解す。彼は言う:《否》の三至五爻が互体して巽を成し、巽は入、二至四爻が互体して艮を成し、艮は山・尋求、上体の乾は玉・未琢の璞。楚人の卞和が山の中に璞玉を得て献じて刖られるは、尽く人の知る故事なので「和璞」と言い、巽に伏蔵の象があるので「不見」。艮は日・終止、坤は日暮・労苦で、坤中は虚して何もなく「労无所得」。校記:「山」の字は汲古閣本が「水」とし、尚氏は坤にもとより水象ありて「水」と作すも亦通ずと言う。
同人。鳴鸞四牡,駕出行狩。合格有獲,獻公飲酒。通《師》。震為鳴鸞、為馬,卦數四,故曰四牡。震為行、為狩,坎為獲、為酒,震為公。
《解》が《同人》に変ずる:車上の鸞鈴が叮当作響し、四匹の牡馬が車を駕して出でて狩り行き、箭は箭として中り、獲物は満載、禽獣を国君に献じてともに飲酒して功を慶す。尚秉和はこの条が旁通の象を取ると言う:《同人》は乾上離下で、六爻が全て変じて坤上坎下の《師》を得、卦象はみな《師》の裡より求める。《師》の二至四爻が互体して震を成し、震は鸞鈴の鳴・馬、震は先天卦序に第四に居るので「四牡」と言う。震はまた出行・田猟、坎は擒獲・酒醴で、震にまた公侯の象あるので「献公飲酒」。
大有。覆手舉牘,易為功力。正月元日,平飲致福。通《比》。艮為手為舉。牘,木簡也,所以作書。坤為文,坎為木,故曰牘。坎為月、為中正,離為日,乾為元,故曰元日。坎為平、為飲。《史記魏其侯傳》:灌夫與長樂衛尉飲,輕重不得其平,茲曰平飲。則兩人對飲輕重得平也。○正月,元刊作月正,依汲古。平飲,汲古作永平,依宋元本。舉牘,汲古作齊犢,依宋元本。
《解》が《大有》に変ずる:手を覆せば木簡を挙げ得、事を為すに力を省き、正月の元日に、二人対飲して軽重なく、福即ち来たる。尚秉和はこの条が旁通を走ると言う:《大有》の六爻が全て変じて《比》と為り、象は《比》より取る。《比》の三至五爻が互体して艮を成し、艮は手・挙。「牘」は書字に用うる木簡で、坤に文章の象あり、坎は木で、合わせて即ち木簡。坎は月・中正を主り、離は日、乾は元始なので「正月元日」の四字に落着きあり。坎はまた平・飲酒の象あり。彼は《史記・魏其武安侯列伝》を引く:灌夫が長楽衛尉とともに飲酒し、敬酒の軽重が均しからず、禍事を鬧かした。反対に言えば、二人対飲して軽重が当を得るを「平飲」と呼ぶ。校記:「正月」は元刻本が「月正」とし、汲古閣本に従い、「平飲」は汲古閣本が「永平」とし、宋元本に従い、「挙牘」は汲古閣本が「斉犢」とし、亦宋元本に従う。
謙。三火起明,雨滅其光。高位疾顛,驕恣誅傷。詳《大有》之《師》。
《解》が《謙》に変ずる:三処の火光が燃え起りて通明に照り、一場の雨が下れば光焰を澆滅せしめ、高位に居る人は疾く顛覆し、驕横放纵が誅戮殺傷を招く。これは戒盈の辞で、火盛にして雨に遇い、位高くして速かに顛くは、二句は同じ機杼である。尚秉和は重ねて象を講らず、ただ「詳《大有》之《師》」と注す——同一の林辞は《大有》卦下「之《師》」の条に既に現れ、取象の説明は詳しく彼処に見る。《易林》四千零九十六条の中に重出の辞は少なからず、尚氏は重出に遇う毎に一律に前見の処を注明し、読者は翻り返りて参看せねばならない。
豫。裹糗荷糧,與利相逢。高飛有得,君子獲福。震為糗糧,艮為荷,伏巽為利,艮為高飛、為君子。○得,宋元作德,子作大,均依汲古。裹,汲古作裒,非,依宋元本。
《解》が《豫》に変ずる:乾糗を裹み糧を荷いで上路すれば、一路上ちょうど好処に逢い、高飛遠走して大有得、君子はこれにより福を獲る。これは出行求財の吉辞。尚秉和は言う:《豫》の上体の震は糗糧——「糗」は炒熟した米麦の乾糧、二至四爻が互体して艮を成し、艮は手で、肩挑・手負はみな艮に帰するので「荷」。《豫》の伏象に巽あり、巽は利。艮はまた高挙飛騰の象あり、亦君子と為る。校記:「得」は宋元本が「徳」とし、「子」は「大」とし、いずれも汲古閣本に従い、「裹」は汲古閣本が「裒」とし、誤り、宋元本に従い「裹」とす。
隨。水土相得,萬物蕃殖。膏澤優沃,君子有德。兌為水,艮為土,震為萬物、為蕃鮮,故曰蕃殖。兌為膏澤、為優沃,艮為君子。○德,汲古作得,依宋元本。
《解》が《随》に変ずる:水と土とが配合して宜しきを得、万物は蓬蓬勃勃として生長し、雨露は肥厚にして滋潤充足し、君子はこれにより徳行を積む。これは極めて好い年成の辞。尚秉和は言う:《随》の上体の兌は沢水、二至四爻が互体して艮を成し艮は土で、水土相済す。下体の震は万物の萌発鮮嫩を主るので「蕃殖」と言う。兌にまた膏沢豊沃の象あり、艮は君子。校記:「徳」の字は汲古閣本が「得」とし、尚氏は宋元本に従い「徳」とす——上句は水土の滋養を言い、下句は人が其の徳を得るを言う、「徳」と作すが義において長ず。
蠱。道理和得,人不相賊。君子往之,樂有利福。艮為道,震為人、為樂,巽為利。
《解》が《蠱》に変ずる:道路事理はみな順当妥帖、人は相い賊害せず、君子は往くに、快活にして利あり福あり。尚秉和は簡略に講る:《蠱》の上体の艮は道路、三至五爻が互体して震を成し震は人・喜楽、下体の巽は利。全条一片の和平気象は、《易林》の中にも得難き純吉の辞である。
臨。天孫帝子,與日月處。光榮於世,福祿繁祉。伏艮為天、為孫,震為帝、為子,故曰天孫帝子。伏乾為日,兌為月,《漢書天文志》:"織女,天帝孫也",伏艮為星,故曰與日月處。
《解》が《臨》に変ずる:天帝の孫女・天帝の子は、日月と同じく一天に処り、光耀は世間に顕赫にして、福禄は数え尽せぬほど多し。尚秉和は言う:《臨》の六爻が全て変じて《遯》を得、伏象の上体は乾、下体は艮で、艮は天・孫、本卦の二至四爻が互体して震を成し、震は帝・子で、合わせて便ち「天孫帝子」。伏乾は日、下体の兌は月。彼は《漢書・天文志》「織女、天帝孫也」を引き、「天孫」は即ち織女星なりと指明す。伏艮にまた星辰の象あるので「与日月処」——織女が日月と並び天上に列ぶは、正に光荣於世の意に合す。
觀。陪依在位,乘非其器。折足覆餗,毀傷寶玉。坤順故曰陪依。艮為貴、為位,坤為車、為小人,以小人而乘車故曰非器。又震為器,震覆故非器。震為足、為餗、為玉,震覆,故折足覆餗,故傷玉。○陪依,汲古作部衣,依宋元本,然部衣或為布衣之訛。布衣在位,故乘非其器。
《解》が《観》に変ずる:依附攀縁する人が位を占め、もとより彼の乗るべからざる車に坐り、果たして鼎足は折れ、鼎裡の粥は一地に覆れ、宝玉さえも砸し壊さる。「折足覆餗」は《鼎》九四爻辞「鼎折足、覆公餗」を用い、「乗非其器」は《繋辞》「小人而乗君子之器、盗思奪之矣」を用い、二句とも才が位に称わざれば必ず敗事を致すを言う。尚秉和は言う:坤性は柔順にして人に依るので「陪依」と呼び、艮は尊貴・爵位、坤はまた車・小人で、小人が大車に坐るは正に「非其器」。もう一層の解法:震はもとより器皿で、ここでの震は倒れたる覆震で、器が倒れれば自然と其の器と為らず。震は足・鼎中の餗・玉で、震が一たび覆れば折足・覆餗・傷玉と為る。校記:「陪依」は汲古閣本が「部衣」とし、尚氏は宋元本に従う。但し彼はまた推測して「部衣」は或いは「布衣」の訛ならんと——平民百姓が高位に居るが、いっそう「乗非其器」に貼切す。
噬嗑。鷁飛中退,舉事不遂。且守仁德,猶恐失墜。《左傳》:六鷁退飛,宋襄圖霸不成,故曰舉事不遂。艮為鷁、為飛,震為歸,故曰退。艮為守,震為仁,坎為失。○恐,宋元作免,依汲古。
《解》が《噬嗑》に変ずる:鷁鳥が半途まで飛びて倒退して帰り、事を挙げて遂げられず、姑く仁徳を守らんか、ただこれさえも保ち得ぬを恐る。尚秉和は《左伝・僖公十六年》に記す「六鷁退飛過宋都」の怪異を引き、その年宋襄公が霸業を図りて終に失敗したので、林辞に「挙事不遂」と言う。取象は、《噬嗑》の二至四爻が互体して艮を成し、艮は鷁・飛、上体離の下の震は帰返なので「退」と言う。艮はまた守、震は仁、三至五爻が互体して坎を成し、坎は失落。校記:「恐」の字は宋元本が「免」とし、尚氏は汲古閣本に従い「恐」とす。
賁。經棗正冠,意盈不廉。桀紂迷讒,惑佞傷賢,使國亂煩。艮為棗、為冠艮手為正,正冠舉手有類摘果,故曰不廉。盈,極也。離為惡人,故曰桀紂。坎為迷惑,三至上正反震,故曰讒佞。艮為賢、為國。離為亂。○棗,宋元本作棘,依汲古。正,汲古作整,廉作厭,均依宋元本。讒惑,宋、汲古本作惑讒,今依元本。
《解》が《賁》に変ずる:棗樹の下を打ち過ぎて却って手を挙げて帽を正すは、心思満溢して、不清白の名声を落とす。夏桀・商紂は讒言に迷わされ、奸佞を寵信して賢人を殺害し、国家を攪乱せしむ。首句は古諺「瓜田不納履、李下不整冠」の意を用い——果樹の下に手を挙ぐれば、傍人はただ汝を摘果と為す。尚秉和は言う:艮は棗・冠、艮はまた手で、手を挙げて冠を整うるは正に艮象、棗樹の下に手を挙ぐれば形跡は摘果に類すので「不廉」と言う。「盈」は極処に到ること。離は兵戈暴虐を主るので取りて桀紂一流の悪人と為し、三至五爻が互体して坎を成し坎は迷惑を主り、第三爻より上爻に至りて一正一倒の二つの震が相対するので「讒佞」と言う。艮は賢者・邦国、離は動乱。校記:「棗」は宋元本が「棘」とし、汲古閣本に従い、「正」は汲古閣本が「整」とし、「廉」は「厭」と作り、いずれも宋元本に従い、「讒惑」は宋本と汲古閣本が「惑讒」とし、今元刻本に従う。
剝。申酉退跌,陰慝前作。柯條華枝,復泥不白。候卦申否酉觀戌剝陽退,故曰跌。陰日增,故曰作。艮為柯條,伏兌為華,震為白,震覆故不白。○慝,汲古作雨,非,依宋元本。華枝疑枝葉之訛。
《解》が《剥》に変ずる:申月・酉月に到れば、陽気は節々敗退し、陰邪の気は前に搶りて風を興し浪を作し、枝條上の花朵はまた泥汚に蓋われて白くならず。尚秉和は「候卦」を用いてこの二句を講る——候卦は即ち十二消息卦で、十二か月を各々一卦に配して陰陽消長を見る:申月は《否》に配し、酉月は《観》に配し、戌月は《剥》に配し、一路陽爻は減少し陰爻は增加するので、陽は「跌」き陰は「作」ると言う。取象は、艮は枝柯、伏兌は花、震は白色で、ここでの震は倒れたる覆震で、白は出られないので「復泥不白」。校記:「慝」の字は汲古閣本が「雨」とし誤り、宋元本に従う。彼はまた疑いて「華枝」はもと「枝葉」と作るべしとす。
復。平正賤使,主服苦事。震為主,坤賤而役萬物,故主服苦事。
《解》が《復》に変ずる:人と為りて平実端正なれど、ただ卑賤の差使を做し、家を当たる人は却って自ら苦活を幹らねばならぬ。尚秉和はただ一句を以て点破す:《復》の下体の震は主人、上体の坤は地位卑下にして万物の駆役を承受し、主と役とが相配するので「主服苦事」と言う。全条は短くして意足れり、労苦して其の位を得ざるを主る。
無妄。釣魴河湄,水泛無涯。振衣徒歸,上下昏迷。屬公遜齊。巽為魚,艮手為釣,乾為河海,乾大故水無涯。乾為衣,震為歸、為公,互巽為齊,《左傳昭二十五年》公孫於齊注:"諱奔,猶遜讓而去也,孫音遜。"○泛,宋元本作長,衣作手,均依汲古。
《解》が《无妄》に変ずる:河辺に魴魚を釣り、水は漫りて涯を望み見ず、衣裳を抖いで空手にして帰り、上上下下一片の昏乱迷惘。尚秉和はこの条が魯昭公の斉に出奔せる事に係ると言う。取象は、三至五爻が互体して巽を成し巽は魚、二至四爻が互体して艮を成し艮は手で、手に釣竿を持つが故に「釣」、上体の乾は河海で乾体は広大なので「水泛无涯」。乾はまた衣、下体の震は帰返・公侯、互巽は《易林》の裡に斉国の象を取る。彼は《左伝・昭公二十五年》「公孫于斉」の一句の注を引く:史官は避諱して「奔」と言わず、「孫」と書き、謙譲して譲り開けて去るが如く、「孫」は「遜」と読む。校記:「泛」の字は宋元本が「長」とし、「衣」は「手」とし、尚氏はいずれも汲古閣本に従う。
大畜。胎養蒙生,始見兆形。遭逢雷電,摧角折頸。採山頭,終安不傾。震為胎、為萌芽,艮為龜,故曰兆形。震為雷電,艮為角、為頸,兌毀故折角摧頸。震為草莽,故曰。《詩墉風》言采其蝱,注:蝱,貝母也。艮為山頭、為終、為安。
《解》が《大畜》に変ずる:胎孕初めて成り蒙昧初めて生まれ、剛ち一点の形迹を顕すに、偏に雷電に遇い、角を摧き断ち頸を折傷せられ、山頭に到りて薬を采れば、最終にまだ安穏にして傾かず。この条の底本に脱字あり:「采山頭」の「采」の下に一「蝱」字を脱すべく、注文「震為草莽、故曰」の下にも釋する所のあの詞を脱掉せり、今は源本の実収に照らし、擅りに補わず。尚秉和は言う:《大畜》の三至五爻が互体して震を成し、震は胎・萌芽、艮は龜で、龜甲は灼後に兆を現すので「兆形」と言う。震はまた雷電、艮は角・頸、二至四爻が互体して兌を成し、兌は毀折を主るので「摧角折頸」。震は草莽で、正に采薬と相応す。彼は《詩・鄘風・載馳》「言采其蝱」を引き、注家は「蝱」は即ち貝母で、山上に采得する薬草なりと言う。艮は山頭・終了・安穏なので結句「終安不傾」。
頤。陽春枯槁,夏多水潦。霜雹俱作,傷我禾黍,年歲困苦。震為春,坤死,故枯槁。坤為水,互重坤,故曰多水。卦本大離,故曰夏。坤為霜、為冰,故曰雹。震為禾稼,坤為年歲。○作,宋元本作擊,依汲古。
《解》が《頤》に変ずる:暖かき春天に草木は却って枯干し、夏天に到ればまた積水して澇を成し、霜と雹とが一斉に来り、わが禾苗黍稷をみな打ち壊し、这一年は過ごし難し。尚秉和は言う:《頤》の下体の震は春、二至四爻・三至五爻の互体はみな坤で、坤は死殺を主るので春にして却って「枯槁」、坤はまた水で、二つの坤が重なり合うので「多水」。全卦は上下両陽・中に四陰を含み、形状は一個の放大したる離卦の如く、尚氏はこれを「大離」と称し、離は夏を主るので「夏」と言う。坤は霜・氷で、氷霜が粒に結ぶれば即ち雹。震は禾稼、坤は年歳で、庄稼が損を受くれば年成は自然困苦す。校記:「作」の字は宋元本が「撃」とし、尚氏は汲古閣本に従い「作」とす。
大過。三耳六齒,痛疾不已。齲病蠧缺,墮落其宅。兌為耳,艮數三,故曰三耳。兌為齒,乾數六,故曰六齒。伏坤為疾痛,正反兌故曰齲,齲,齒缺也。巽為蟲,故曰蠧,巽隕故墮落。○耳,宋元本作身,依汲古。
《解》が《大過》に変ずる:三隻の耳・六顆の牙を長じ、痛病は了りなく、牙齒は蛀空残缺して一顆顆牙牀より掉ち落つ。これは形体残缺・疾病纏身の凶辞。尚秉和は言う:兌は耳、艮の数目は三を取るので「三耳」と言い、兌はまた齒、乾の数目は六を取るので「六齒」と言う。尚氏が《易林》辞中の数目字を解くに、卦数を取りて説を為し、或いは先天卦序を用い、或いは洛書九宮の数を用い、或いは震坎艮の長中少三男・巽離兌の長中少三女の次第を用い、文に随い便りを取りて一格に拘らず。《大過》の伏象は坤で、坤は疾痛を主り、一つの正兌と一つの倒兌とが相配し、齒列は参差残缺して即ち「龋」——「龋」は即ち牙齒の缺損。下体の巽は虫で、蛀虫を「蠧」と呼び、巽はまた隕落を主るので牙齒「堕落其宅」——「宅」は牙牀を指す。校記:「耳」の字は宋元本が「身」とし、尚氏は汲古閣本に従い「耳」とす。
坎。失時無友,嘉耦出走,傫如喪狗。坎為失,艮為時、為友,震為嘉、為走,艮為狗、為家,二四艮覆,故如喪家之狗。《史記孔子世家》:"儽儽然如喪家之狗"。○時,宋元作恃,非,依汲古。傫儽同。
《解》が《坎》に変ずる:時機に錯過して、身辺に一個の朋友もなく、好配偶さえ出走して、落魄するは一条の主家を喪う狗の如し。尚秉和は言う:《坎》は上下同体の純卦で、坎は失落を主り、三至五爻が互体して艮を成し、艮は時・朋友、二至四爻が互体して震を成し、震は嘉美・奔走、艮はまた狗・家宅で、二至四のこの艮は倒れたる覆艮で、家が倒れたので「如喪家之狗」と言う。彼は《史記・孔子世家》の鄭人が孔子を形容する言「儽儽然如喪家之狗」を引いて証とす。校記:「時」の字は宋元本が「恃」とし誤り、汲古閣本に従い「時」とす。「傫」と「儽」は同一字の異写。
離。宣重微民,歲樂年息。有國無咎,君子安喜。重離故曰宣重,宣,明也,言宣重光於民也。微字恐有訛。伏震為年歲、為樂、為息,伏艮為國、為君子。
《解》が《離》に変ずる:光明は一層層百姓の身に照り、年成は快活にして日子は安穏、邦国を保有して災禍なく、君子は安泰歓喜。尚秉和は言う:《離》の上下両体はみな離なので「宣重」と呼ぶ——「宣」は即ち明で、重重の光明を民に宣布するの意。彼は老実に「微」の字は恐らく訛誤あらんと承認して、強いて解釈を作さず。《離》の伏象は《坎》で、《坎》の二至四爻が互体して震を成し、震は年歳・喜楽・生息、三至五爻が互体して艮を成し、艮は邦国・君子なので、後の二句は伏象より得來す。ここでの「无咎」は災禍なく差錯出ざるの意。
咸。登几上車,駕駟南遊。合從散橫,燕秦以強。詳《屯》之《否》。
《解》が《咸》に変ずる:凳を踏みて車に上り、四馬を駕し起して南に巡遊し、合従の約は締成し連横の勢は瓦解し、燕国と秦国はこれにより強盛す。この条は直に戦国縦横家の事を写す:蘇秦は合従を倡して以て強秦に抗し、張儀は連横を主じて六国の盟を破る、「合従散横」の四字は正にあの時代の関目。尚秉和はここでは卦象を重複して講らず、ただ「詳《屯》之《否》」を注明す——同じ一首の林辞は《屯》卦下「之《否》」の条に已に見え、取象の説明は彼処に在り。
恆。鳥集茂林,柔順利貞。心樂願得,感戴慈母。通《益》。艮為鳥,正反艮故曰鳥集。震為林,正反震故曰茂林。坤為柔順,巽為利,艮為貞,坤為心、為慈母,艮為戴。○林,宋本、汲古本作木,依元本。易林讀林略如凌,以與貞韻,其例甚多,今晉音仍如此,汲古願得下多"鳥鵲食榖,張口受哺"二句,今依宋元本。
《解》が《恒》に変ずる:群鳥が茂密の林子に集まり、性情は柔順にして正を守るに宜しく、心は喜びて所求は願の如く、慈母を感念し敬奉す。これは和順の吉辞。尚秉和はこの条が旁通を取ると言う:《恒》の六爻が全て変じて《益》を得、象は《益》の上より取る。艮は鳥で、一正一倒の二つの艮が相い并び、衆鳥聚集するので「鳥集」、震は林木で、正震覆震が相い重なれば林は密なので「茂林」。《益》の二至四爻が互体して坤を成し、坤は柔順・心・慈母を主り、上体の巽は利、互艮は貞正で、艮はまた頭戴奉承の象あり。校記:「林」の字は宋本と汲古閣本がみな「木」とし、尚氏は元刻本に従い「林」とす、並びに理由を講る——《易林》の裡に「林」字の読音は「凌」に近く、正好「貞」と押韻し、斯かる例は甚だ多く、今山西一帯の方音もなおこの如し。汲古閣本は「願得」の下に「鳥鵲食榖、張口受哺」の二句を多出す、今は宋元本に従い删去す。
遯。啟蟄始生,萬物美榮。祉祿未成,市賈無贏。通《臨》。震為春、為生,故曰啟蟄始生。震為蕃鮮,故曰萬物美榮。乾為祉祿,陽消故未成。巽為市賈,巽隕故無贏。○祉祿未成,局本作福祿來成,來為未之訛字,依宋元本。贏,元本作盈,義同。賈,汲古訛買,依宋元本。
《解》が《遯》に変ずる:啓蟄一たび動けば万物は萌生を始め、草木は美しく盛んに長ず。しかれど福禄はいまだ成就せず、売買を做すも盈余見えず。前の二句は生機を写し、後の二句は転じて時節未だ至らずを言う。尚秉和はこの条が旁通を取ると言う:《遯》の六爻が全て変じて《臨》を得、象は《臨》より取る。《臨》の二至四爻が互体して震を成し、震は春・生発なので「啓蟄始生」、震は草木蕃盛鮮嫩を主るので「万物美栄」。乾は福祉爵禄で、《遯》は陽気消退の卦なので「未成」、巽は市井商賈で、巽はまた隕落を主るので「无贏」。校記:「祉禄未成」の一句は官書局刻本が「福禄來成」とし、「來」は「未」字の訛で、宋元本に従い、「贏」は元刻本が「盈」とし意同じ、「賈」は汲古閣本が誤りて「買」とし、宋元本に従う。
大壯。驕胡犬形,造惡作凶。無所能成,還自滅身。詳《明夷》之《大壯》。○犬,汲古訛大,依宋元本。
《解》が《大壮》に変ずる:あの驕横の胡人は一副の狗様を生じ、一味に悪を造り凶を為し、到頭何も成し得ず、却って自己を毀る。これは戒暴の辞で、兇を逞しうる者は終に自敗す。尚秉和はもはや象を講らず、ただ「詳《明夷》之《大壮》」と注す、同辞は《明夷》卦下「之《大壮》」の一条に已に見え、取象の説明は詳しくそこに見る。校記:「犬」の字は汲古閣本が訛りて「大」とし、宋元本に従い「犬」とす。
晉。異國他土,出良駿馬。去如奔,害不能傷。坤為國土、為馬,艮為良,潘岳《閒居賦》"激矢飛",此云奔,言馬疾如奔也。又箭名飛,《方言》云箭之三鐮長尺六者,謂之飛。晉互坎為矢,奔,坎象也。
《解》が《晋》に変ずる:異邦他郷の土地上に、上好の駿馬を出産し、走ること快く飛箭の疾射するが如く、如何なる禍害も追い及ばず傷つかず。この条の底本は注文に連なりて同一の字を脱す:「去如□奔」「激矢□飛」「箭名飛□」「謂之飛□」の処は、尚氏の引く《方言》に拠れば、脱するは箭名「飛䖟」の次の一字で、今は源本の実収に照らし擅りに補わず。尚秉和は言う:《晋》の下体の坤は国土・亦馬、二至四爻が互体して艮を成し艮は良善なので「異国他土、出良駿馬」。彼は潘岳《閑居賦》の裡の箭矢疾飛の句子を引き、林辞がこの詞を用いて馬が箭の如く快いを形容すると言い、また《方言》を引く——箭杆に三条の棱を帯び長さ一尺六寸のを「飛䖟」と呼ぶ。《晋》の三至五爻が互体して坎を成し、坎は矢で、疾奔の象もまた坎より出づ。
明夷。恪敬競職,心不作慝。君明臣忠,民賴其福。坎為心,震為君,坤為臣、為民。
《解》が《明夷》に変ずる:恭恭敬敬、力を尽くし心を尽くして自己の差事を弁じ、心に邪念を生ぜず、君主は聖明にして臣下は忠誠、百姓は彼らに靠りて福を享く。尚秉和は極めて簡に講る:《明夷》の二至四爻が互体して坎を成し坎は心、三至五爻が互体して震を成し震は君、上体の坤は臣属・民衆。《明夷》はもとより傷明の卦なれど、この条は吉辞を得、全く「恪敬」「不作慝」の六字に在り——人事の善は卦象の凶を転じ得る。
家人。三女求夫,伺候山隅。不見覆關,長思憂嘆。詳《乾》之《家人》。
《解》が《家人》に変ずる:三個の女子が夫婿を找あんと待ち、山角落に守りて張望し、復關の彼方の人影を望み見ず、長長と思念して、ただ憂愁嘆息を余すのみ。「不見復關」は《詩・衛風・氓》「乗彼垝垣、以望復關。不見復關、泣涕漣漣」を用い、復關はあの男子の住む所。尚秉和は「詳《乾》之《家人》」と注明し、同一首の林辞は《乾》卦下「之《家人》」の一条に已に解え、卦象の説明は彼処に見る。
睽。駕福乘喜,東至嘉國。戴慶南行,離我室居。詳《小畜》之《賁》。
《解》が《睽》に変ずる:福を駕し喜を載せて、東に行きて美好の国に走り、吉慶を頂いて一路南に向かい、自己のもとの住处を離れた。迁徙・遠行を占いてこれを得れば吉なれど、ただ郷を離れ井を背くを要す。尚秉和は「詳《小畜》之《賁》」と注し、この辞は重出で、取象の解説は《小畜》卦下「之《賁》」の条に在り。
騫。四奸為殘,齊魯道難。前驅執殳,戒守為患。《左傳僖二十四年》:"富辰曰聾昧頑囂,狄皆有之,四奸具矣",坎為奸,伏兌數四,故曰四奸。伏兌為魯,覆巽為齊,艮為殳、為守,坎為患。○殳,汲古訛役,從宋元本。
《解》が《蹇》に変ずる(卦名は底本に「騫」と作る、即ち「蹇」):四種の奸邪が合わさりて害を為し、斉魯一路は歩み難く、前駆の兵士は手に長殳を執りて戒備防守すれど、なお憂患は断えず。尚秉和は《左伝・僖公二十四年》の周大夫富辰の言を引く:耳に五声を辨わぬを聾と言い、目に五色を辨わぬを昧と言い、心に徳義を守らぬを頑と言い、口に忠信の言を出さぬを嚻と言う——狄人は四様全く占め、所謂「四奸具矣」。取象は、坎は奸邪を主り、伏兌は数四を取るので「四奸」と言い、伏兌はまた魯国で、倒れたる覆巽は斉国、艮は殳杖・守衛、坎は憂患。校記:「殳」の字は汲古閣本が訛りて「役」とし、宋元本に従い「殳」とす。
損。下擾上煩,蠧政為患,歲飢無年。下互震為擾,上互坤為亂,故曰擾煩。坤為政,伏巽為蟲,故曰蠧政。坤為患、為年歲,坤虛故曰飢。○擾,汲古作憂,依宋元本。政,宋元本作蠱,依汲古。
《解》が《損》に変ずる:底下は騒動し、上頭は煩乱し、蠹虫の如き弊政は禍害と為り、年成は歉收して顆粒も帰せず。尚秉和は言う:《損》の二至四爻が互体して震を成し、震は動擾を主り、是れ「下擾」、三至五爻が互体して坤を成し、坤は昏乱を主り、是れ「上煩」。坤は政令で、《損》の伏象に巽あり、巽は虫で、虫が政事を蛀むが即ち「蠧政」。坤はまた患難・年歳で、坤体は中虚なので「飢」と言い「无年」と言う——「无年」は即ち収成なきこと。校記:「擾」の字は汲古閣本が「憂」とし、宋元本に従い、「政」の字は宋元本が「蠱」とし、尚氏は汲古閣本に従い「政」とす。
益。雞雉失雛,常畏狐狸。黃池要盟,越國以昌。巽為雞,坤文為雉,艮少故曰雛,坤死故失雛。坤為畏,艮為狐狸,狐狸食雛,故畏之。坤為黃,坤水故曰黃池,正反震故曰要盟。坤為國,巽位東南,故曰越國。
《解》が《益》に変ずる:母鶏と野雉は雛児を失い、成天提心吊膽して狐狸を怕れ、黄池の会に強く諸侯を邀えて歃血して盟を為さしめたるに、越国は却って此に乗じて興盛せり。後の二句は春秋末年の大事を用う:呉王夫差が北上して晋定公と黄池に会盟し、傾国の兵を外に在らしめ、越王勾践は虚に乗じて呉都を襲破し、越国は此より昌盛せり。尚秉和は言う:上体の巽は鶏、二至四爻が互体して坤を成し、坤に文采ある故に雉、三至五爻が互体して艮を成し、艮は少小なので「雛」と言い、坤は死喪を主るので「失雛」。坤はまた畏懼を主り、艮は狐狸で、狐狸は雛鳥を食うが故に常に之を怕る。坤の色は黄・また水で、合わせて「黄池」、一正一倒の二つの震が相対し、両方相持相約するので「要盟」と言う。坤は邦国で、巽の位は東南に在り、越は正に東南なので「越国」と言う。
夬。堅冰黃鳥,終日悲號。不見白粒,但觀蓬蒿。數驚鷙鳥,為我心憂。乾為堅冰,伏坤為黃,艮為鳥、為終日,兌口為號,坤憂,故曰悲號。巽為白、為粒,巽覆故不見白粒。坤為茅茹,故曰蓬蒿。伏艮為鷙鳥,坤為心、為憂。○第二句汲古作常哀悲愁,白作米,均依宋元本。第六句宋元本作孰為我憂,依汲古。
《解》が《夬》に変ずる:堅氷は地に満ち、黄雀は終日悲鳴し、一粒の白米も見えず、ただ満眼の蓬蒿野草を見、一次次猛禽に驚き起され、人の心を愁えしむ。この条は荒年覓食の苦を写し、《詩・小雅・黄鳥》「黄鳥黄鳥、无集于榖、无啄我粟」より化出す。尚秉和は言う:《夬》の下体の乾は寒凝を主る故に「堅氷」、伏坤の色は黄、三至五爻が互体して艮を成し、艮は鳥・終日、上体の兌は口で、鳥鳴は口より出づ、坤はまた憂を主るので「悲号」。巽の色は白・また米粒で、ここでの巽は倒れたる覆巽なので「不見白粒」。坤は草茅なので「蓬蒿」、伏艮は鷹隼の類の猛禽、坤は心・憂。校記:第二句は汲古閣本が「常哀悲愁」とし、「白」の字は汲古閣本が「米」とし、いずれも宋元本に従い、第六句は宋元本が「孰為我憂」とし、尚氏は汲古閣本に従い「為我心憂」とす。
姤。玉銑鐵頤,倉庫空虛。市賈無盈,與我為仇。詳《晉》之《鼎》。○玉銑,元本作玉統,汲古作五銳,依宋本。無,汲古作為,依宋元本。
《解》が《姤》に変ずる:玉の作る銑・鉄の打つ腮幇は、中看にして中用せず、倉庫裡は空空如也、売買を做すに盈余なく、却って我と冤仇を結ぶ。尚秉和は注文を重出せず、「詳《晋》之《鼎》」と標明し、同辞の取象は已に《晋》卦下「之《鼎》」の一条に見る。校記:「玉銑」は元刻本が「玉統」とし、汲古閣本は「五鋭」とし、尚氏は宋本に従い「玉銑」とす。「无」の字は汲古閣本が「為」とし、宋元本に従い「无」とす。
萃。竊名盜位,居非其家。霜隕不實,為陰所賊。艮為名位,巽伏故曰盜名竊位。艮為居、為家,盜位故非其家。坤為霜,艮為果蓏,霜殺物故不實。巽為賊。○元本多三句,汲古多一句,皆衍文,依宋本刪。
《解》が《萃》に変ずる:名声を窃取し官位を盗拠し、住む所はもとより彼の家たるべからず、一場の霜が降下せば、果実は結ばず、全く陰気に害せらる。尚秉和は言う:《萃》の二至四爻が互体して艮を成し、艮は名位、《萃》の伏象に巽あり、巽は潜入を主るので「盗名竊位」と言う。艮はまた居処・家宅で、位は既に盗來なれば家は自然「非其家」。下体の坤は霜、艮は瓜果で、霜が一たび物を殺せば果は実らず。三至五爻が互体して巽を成し、巽は賊。校記:元刻本はこの条に三句を多出し、汲古閣本は一句を多出す、いずれも後人の添入せる衍文で、尚氏は宋本に従い删去す。
升。賊仁傷德,天怒不福。斬刈宗社,失其本域。巽為賊,震為仁德、為怒,伏乾故曰天怒,坤殺故曰斬刈。震為宗,坤為社、為失。○宗,汲古作家,依宋元本。
《解》が《升》に変ずる:仁人を残害し徳義を敗壊し、上天は震怒してもはや福を降さず、宗廟社稷は人に斬伐剷平せられ、本土疆域さえも失えり。これは亡国の辞。尚秉和は言う:《升》の下体の巽は賊、三至五爻が互体して震を成し、震は仁徳・震怒で、《升》の伏象に乾あり、乾は天で、合わせて「天怒」。上体の坤は粛殺を主るので「斬刈」。震は宗廟、坤は社稷・また喪失を主る。校記:「宗」の字は汲古閣本が「家」とし、宋元本に従い「宗」とす——宗社連称してこそ亡国の説法たる。
困。萬物初生,蟄蟲振起。益壽增福,日受其喜。巽為草莽,故曰萬物,伏震為春,故曰初生。巽為蟲,坎蟄震起,震福,伏艮為壽、為日。○初生,汲古作和生,壽作爵,均依宋元本。
《解》が《困》に変ずる:万物は剛ち生発し、冬眠の虫子は抖擞して爬り出で、寿数は増加し福気は加厚し、天天喜事あり。卦名は困なりと雖も辞は吉なり。尚秉和は言う:《困》の三至五爻が互体して巽を成し、巽は草莽で引申して万物、《困》の伏象は《賁》で、《賁》の裡に互出する震は春なので「初生」と言う。巽はまた虫、下体の坎は蟄伏を主り、伏震は奮起を主り、一伏一起は正に「蟄虫振起」、震は福、伏艮は寿・日。校記:「初生」は汲古閣本が「和生」とし、「寿」は「爵」とし、いずれも宋元本に従う。
革。龍游鳳舞,歲樂民喜。伏震為龍,坤為鳳、為歲、為民,震為喜樂。
《解》が《革》に変ずる:龍は天上に遊び、鳳は空中に舞い、年成は好く、百姓は歓喜す。これは極めて簡なる一条の吉辞。尚秉和は言う:《革》の伏象は《蒙》で、《蒙》の裡に互出する震は龍・喜楽、互出する坤は文采ある故に鳳、坤はまた年歳・民衆。龍鳳並見はもとより太平の瑞で、「歳楽民喜」を配すれば全条に凶字一つなし。
鼎。行行窘步,次宿方舍。居安不懼,姬姜何憂。通《屯》。正反震故曰行行,艮止坎陷,故曰窘步。坎為宿,艮為舍,坤方故曰方舍。艮為安居,震為姬,巽為姜,坎憂震解故不憂。○宿,汲古作伯,姜作妾,皆形訛字,依宋元本。
《解》が《鼎》に変ずる:行きてまた行き、歩子は邁むに艱難、地方を找えて歇下して一宿すれば、住みて安穏なれば怕れず、貴家の姫姜女子にまた何の憂いかあらん。「姫姜」は周の姫姓・斉の姜姓で、古人は以て貴族婦女を通称す。尚秉和はこの条が旁通を取ると言う:《鼎》の六爻が全て変じて《屯》を得、象は《屯》より取る。一正一倒の二つの震が相接し、歩みて止まざるので「行行」、互艮は静止を主り、坎は坑陷を主り、歩み動かざるので「窘歩」。坎は宿息、艮は屋舎、互坤は方正を主る故に「方舎」。艮はまた安居を主り、震は姫、巽は姜、坎はもとより憂を主りて震は解散を主り、憂愁解けたるが故に「何憂」と言う。校記:「宿」の字は汲古閣本が「伯」とし、「姜」は「妾」とし、いずれも字形相近くして誤を致し、宋元本に従う。
震。水深難遊,霜寒難涉。商伯失利,旅人稽留。互坎水,坤亦為水,四上下重陰,故曰水深。震為遊、為涉,坎為霜、為寒,震為伯、為商旅,巽伏,故失利。坎陷艮止,故稽留。
《解》が《震》に変ずる:水が深すぎて泳ぎ渡れず、霜が寒すぎて足を踏み入れられず、行商の東主は本を折り、旅客は半途に滞留す。行旅を占ってこれを得れば、中途に阻まれるを主る。尚秉和は言う:《震》の三至五爻が互体して坎を成し、坎は水、二至四爻が互体する坤も水を主り、第四爻以上はみな陰爻で、陰多くして積もるので「水深」と言う。震は動を主る故に「游」「渉」、坎は霜・寒。震はまた長・商旅で、《震》の伏象は巽、巽は利なれど伏蔵して見えないので「失利」。坎は前に陥り、互艮は後に止まり、進退両難なので「稽留」。
艮。跛倚相隨,日暮牛罷。陵遲後旅,失利亡雌。詳《大有》之《歸妹》。
《解》が《艮》に変ずる:瘸んだ脚で互いに扶け合いて歩き、天色は晩に向かい、牛も疲れ垮れ、険しい坡と長い路に隊伍の後ろに落ち、本銭は賠え尽くし、母畜さえも失う。これは行旅困頓・財物両失の凶辞。尚秉和は「詳《大有》之《帰妹》」と注し、同辞は已に《大有》卦下「之《帰妹》」の一条に見え、卦象の解説は彼処に在り。
漸。一牛九鎖,更相牽攣。案明如市,不得東西。請讞得報,日中被刑。艮為牛,坎數一,故曰一牛。坎為桎梏,離數九,故曰九鎖。巽為市,離為明,位東,坎位西,艮止,故不得東西。艮為請,坎為刑、為中,艮又為首,否乾首自上落下,中互離,故曰日中被刑。虞翻刻關公首至得隨義同。案:明者,言案驗明白,赴市被刑。
《解》が《漸》に変ずる:一頭の牛に九道の鎖を套け、一環一環が扣じて牽扯して解けず、案情は明明白白に審られ、即ち鬧市に押し赴かんとして、東にも行かれず西にも行かれず、上報して再審を請えば、批文は下りて、正午に斬を問う。これは極凶の訟獄の辞。尚秉和は言う:艮は牛、坎は数一を取るので「一牛」、坎は桎梏枷鎖で、離は数九を取るので「九鎖」。巽は市井、離は明、離の位は東に在り、坎の位は西に在り、中間にまた艮が止めるので「不得東西」。艮は請求、坎は刑罰・中で、艮にまた首級の象あり、《否》卦の乾首が上より落ちるより来り、当中に互出の離日があるので「日中被刑」と言う。彼は末に虞翻が《随》卦を解する時に講る斬首の象を拏げて比况す(この一句は底本の文字に訛脱あり、姑く其の旧を存す)。また自ら按語を加う:「案明」は案子を査験清楚にして、随いで市に赴きて刑を行うを言う。
歸妹。春桃生花,季女宜家。受福孔多,男為邦君。詳《師》之《坤》。震為春、為桃花,兌季。
《解》が《帰妹》に変ずる:春の桃樹に花が咲き、年少の女子は嫁いで家を成し、得た福気は甚だ多く、生んだ男児は一国の君と為る。この条は《詩・周南・桃夭》「桃之夭夭、灼灼其華。之子于帰、宜其室家」より化出し、婚嫁と生育の大吉の辞である。尚秉和はまず「詳《師》之《坤》」と注明し、同辞は已に《師》卦下「之《坤》」の一条に見え、随後もなお二句の取象を補う:《帰妹》の上体の震は春・桃花、下体の兌は少女なので「季女」と言う。「孔多」は即ち甚だ多し。
豐。雷鼓東行,稼穡凋傷。大夫執政,君贊其明。首句震象,巽為稼穡、為隕落,故凋傷。震為夫、為君,離為明。
《解》が《豊》に変ずる:雷の声は戦鼓の如く東へ滾り去り、田裡の庄稼は打ち凋敝して損を受け、大夫が政権を掌れば、国君はかえって彼の明察を称賛す。辞は面前は凶にして後は吉の如く見え、実は君主の用人不当・政出大夫を刺す。尚秉和は言う:首句は上体震の雷動の象を取り、二至四爻が互体して巽を成し、巽は稼穡・また隕落を主るので「凋傷」。震は丈夫・君、下体の離は明察。
旅。季世多憂,亂國淫遊。殃禍立至,民無以休。艮為季世,互大坎故多憂。離為亂,艮為國,伏坎為殃禍、為民。
《解》が《旅》に変ずる:末世に憂患は重重なり、乱糟糟の国家の裡に放纵游荡すれば、灾殃は言うに及ばず到り、百姓は息を喘ぐ機会さえもなし。尚秉和は言う:《旅》の下体の艮は終末を主るので「季世」と為し、全卦の爻画は合せて見れば一個の放大したる坎の如く、坎は憂を主るので「多憂」。上体の離は兵戈喪乱を主り、艮は邦国、《旅》の伏象に坎あり、坎は灾殃禍患・また民衆。
旅。發輗溫湯,過角宿房。宣時布和,無所不通。湯,汲古作陽,角作雨,均依宋元本。○伏震為車,故曰發輗。互坎為水,艮火在下故曰溫湯。艮為星,故曰角房,而角房皆巽方宿,故曰過角宿房。巽四月卦,正角房二宿當值之時,故曰宣時布和。
この一条は底本の卦名が重出して「旅」と作るが、《易林》之卦の次第に按ずれば、上の一条は已に《解》之《旅》で、此処は《解》之《巽》たるべし。而るに《解》之《井》の一条は底本が整条脱落し、前後併せて失次す、今は源本の実収に照らし、擅りに補改せず。注中に「巽は四月の卦」と言うも、正に卦名が《巽》と作るべきを証す。林辞は言う:車上の輗销を一たび插し好せば出発し、温泉汤水を路过り、角宿・房宿の分野を経過し、時に応じて政令を宣布し、和気を広く布けば、通らぬ所なし。これは通達の辞。校勘記と注文は底本の裡に前後顛倒し、「○」号は誤りて校語の後に置かる:「湯」の字は汲古閣本が「陽」とし、「角」は「雨」とし、いずれも宋元本に従う。注文は言う:《巽》の伏象は震で、震は車なので「発輗」——「輗」は大車轅端の横木を連接する销键で、輗を插して車はじめて行き得る。互出の坎は水、艮は火にして下に居り、火が水下にあるが即ち「温湯」。艮は星宿で、角・房はみな二十八宿の名、二宿は東南の巽方に在るので「過角宿房」と言い、巽は四月の卦に当たり、正に角・房二宿の值月の時なので「宣時布和」と言う。
兌。水中大賈,求利食子。商人不至,市空無有。互巽為賈、為利,兌為水,故曰水中大賈。震為子,兌為食,伏艮為求,故曰求利食子,言食其資息也。震為商人,震伏故云不至。巽為市,離中虛,故曰市空。○食子,汲古作十千,依宋元本。三四句宋元本去不字,有上加所字,茲依汲古。
《解》が《兌》に変ずる:水路上の大商人は、一心に利を求め専ら利銭を食らう。行商の人は来らず、市面は空空蕩蕩にして何の貨もなし。尚秉和は言う:《兌》の三至五爻が互体して巽を成し、巽は商賈・利、兌の本身は沢水なので「水中大賈」と言う。震は子、兌は口食、伏艮は求取で、合わせて「求利食子」——「食子」は本銭の生出した息銭を食うこと。震はまた商人で、而るに震は伏蔵して露われないので「不至」。巽は市井で、二至四爻が互体して離を成し、離の中間は虚空なので「市空无所有」。校記:「食子」は汲古閣本が「十千」とし、宋元本に従い、第三・第四の两句は宋元本が「不」の字を去り「有」の字の上に「所」の字を加う、ここは汲古閣本に従う。
渙。春草萌生,萬物敷榮。陰陽和調,國樂無憂。巽草震春,震為萌芽,艮國。○調,汲古作暢,依宋元本。
《解》が《渙》に変ずる:春草は新芽を冒し、万物は舒展繁茂し、陰陽二気は調和して、国中は安楽にして憂患なし。尚秉和は極めて簡に講る:《渙》の上体の巽は草、二至四爻が互体して震を成し、震は春・萌芽、三至五爻が互体して艮を成し、艮は邦国。全条一片の生意は吉辞。校記:「調」の字は汲古閣本が「暢」とし、宋元本に従い「調」とす。
節。左眇右盲,目視不明。下民多孽,君失其常。震為左,二五互大離,故曰盲,言目無睛也。兌半離,故曰眇。眇,小目也。兌右,故曰左眇右盲。眇象本履卦也。坎為民,兌澤故曰下民。坎為孽,震為君。
《解》が《節》に変ずる:左眼は小さくて清く見えず、右眼は干脆盲え、目が物を見れば一片模糊し、底下の百姓は多灾多難で、君主もまた常道を失う。眼病は君上の不明を喻う。尚秉和は言う:《節》の二至四爻が互体して震を成し、震の位は左に在り、第二爻より第五爻まで合せて見れば一個の放大したる離の如く、離はもとより目なれど、此処では却って「盲」と言う——大離の中に実心の睛なきが故。下体の兌はただ離の一半に当たり、半個の眼睛なので「眇」と呼ぶ——「眇」は即ち小目。兌の位は右に在り、震の位は左に在る故に「左眇右盲」。彼はまた指出して「眇」のこの象はもと《履》卦に出づる——《履》六三「眇能視、跛能履」は《周易》の裡に眇を言う成文。上体の坎は民、兌は沢で、沢は低処に在るので「下民」と言い、坎はまた妖孽灾害を主り、震は君。
中孚。悅以內安,不利出門。憂除禍消,公孫何尤。兌為悅,在內卦故曰內安,艮為安也。艮門震出,巽隕,故不利。震為公,艮為孫,震解,故憂禍消除。○第三句汲古作憂禍消除。
《解》が《中孚》に変ずる:心裡に歓喜し、家中に安守するが最も良く、門を出れば合宜ならず、憂愁は解除し禍患は消散して、公孫一家にまた何の過責むべきかあらん。尚秉和は言う:《中孚》の下体の兌は歓悦を主り、兌は内卦に居るので「内安」と言い、三至五爻が互体して艮を成し、艮もまた安止の象あり。艮は門、二至四爻が互体して震を成し、震は外出を主るが、しかれど上体の巽は隕落を主り、門を出れば損を食うので「不利出門」。震は公、艮は孫で、合わせて「公孫」を成し、震はまた解散を主り、憂と禍とはみな散じ去る。校記:第三句は汲古閣本が「憂禍消除」とし、此処の「憂除禍消」と字序を異にす。
小過。丹書之信,言不負語。易我騏驎,君子有德。艮為言,震為言語,正反震相同,故曰不負。震為馬,故曰騏驎,下艮為反震,故曰易。艮為君子。《左傳》裴豹隸也,著于丹書,注:以丹書其罪;又《大戴禮》:"武王問黃帝顓頊之道可得聞乎,尚父曰:在丹書。"此丹書似用左傳。
《解》が《小過》に変ずる:丹書上の憑信は、説き出した言を食わず、以て我が駿馬を換回すれば、君子の徳行はここに在り。尚秉和は言う:下体の艮は言、上体の震は言語で、一正一倒の二つの震の出ずる言は同じなので「不負」と言う——前言に背かざること。震は馬で、好馬を「騏驎」と呼ぶ。下体の艮は正に倒れたる震で、一正一反は交換の義あるので「易」と言う。艮はまた君子。彼は「丹書」の為に二個の出処を挙ぐ:《左伝・襄公二十三年》は斐豹が奴隷にして、名字を丹砂を以て册子上に写したと言い、注家は紅筆を拏りて其の罪を記すと言い、《大戴礼記》は則ち周武王が黄帝・顓頊の道を問い、太公が「丹書に在り」と曰うを記す。尚氏は此処の「丹書」は《左伝》のあの一層の意思を用うと判断し、即ち贖身券を以て信と為すが故に、下句に「易我騏驎」と言う。
既濟。上政騷擾,螟蟲並起。害我嘉穀,年歲無稷。半象,重巽故曰螟蟲並起。餘亦用半象。○螟蟲,汲古作蟲螟,依宋元本。
《解》が《既済》に変ずる:上頭の政令は民を擾して止まず、螟虫は随いで群を成して起り、我が好庄稼を喰い壊し、一年到頭谷子を収められず。政乱と虫灾とを併せ写すは荒年の辞。尚秉和はこの条が半象を取ると言う——相隣る両爻を某卦の一半と作す——《既済》の六爻は陰陽相間にして、取出したる半象は重畳して二個の巽を成し、巽は虫なので「螟虫并起」と言い、其余各句の取象もまた半象の办法に照りて推す。校記:「螟虫」は汲古閣本が「虫螟」とし、宋元本に従う。
未濟。干旄旌旗,執職在郊。雖有寶玉,無路致之。詳《師》之《隨》。此用半象,職在,汲古作在載,依宋元本。玉,宋元本作珠,依汲古。
《解》が《未済》に変ずる:干旄と旌旗とを高く挙げ、職事を執守する人は郊外に守り、手裡に宝玉あると雖も、之を送る路なし。「乾旄」は即ち《詩・鄘風・干旄》「孑孑干旄、在浚之郊」の干旄で、賢を招く所建の旗、礼物あれど通ずべき路なきは、賢者招かれて進むを得ざるの象。尚秉和は「詳《師》之《随》」と注し、同辞は已に《師》卦下「之《随》」の一条に見え、並びに此処もなお旧に依りて半象を取ると言う。校記:「職在」は汲古閣本が「在載」とし、宋元本に従い、「玉」の字は宋元本が「珠」とし、汲古閣本に従い「玉」とす。
焦氏易林注巻十一
行唐尚秉和節之注
この一行は巻首に題署する注者である:直隷行唐(今の河北行唐県)人の尚秉和、字は節之、本書《焦氏易林注》は即ち彼の手より出づ。尚氏は清末民初に象数易学を治めたる大家で、一生《易林》に力を用い、焦氏の辞に据りて漢人の卦象を反推し、大量の《説卦》に無き「逸象」を輯出し、また《焦氏易詁》《周易尚氏学》を著わして本書と相い表裏と為す。
受業蒲城仵道益、豐潤董維城堃校刊
この一行が題するはこの巻を刊刻したる両位の受業弟子:陜西蒲城人の仵道益、直隷豊潤人の董堃・字は維城。旧時の刻書は、巻首に著者の下に門人校刊の姓名を題し、既に分工の実録にして、亦師承の標記なり、本書の各巻の巻首はみな此の例に循う。
損 第四十一
損。路多枳棘,步刺我足。不利旅客,為心所毒。詳《履》之《遯》。
《損》之《損》は、《損》卦の一節の第一条である:路上に枳樹・荆棘が叢生し、一歩歩めば一下脚を扎され、門を出でて外に在る人はこれを得て不利、心裡もまた扎されて难受なり。「毒」はここでは苦・痛の意。尚秉和は重複して象を講らず、「詳《履》之《遯》」と注明す——同一首の林辞は已に《履》卦下「之《遯》」のあの一条に見え、取象の説明は彼処に在り。
乾。鯉鮪鯽鰕,積福多魚。資所無有,富我邦家。此用《損》象。坤為魚、為積、為邦家,本卦乾為福、為富。○鮪鯽,宋元本作鮒鮪,積作,均依汲古。邦,汲古作窮,依宋元本。
《損》が《乾》に変ずる:鯉魚・鮪魚・鯽魚・蝦米は、福気を積みて、満艙の魚を捕え、原本有らざる物資をみな置弁して斉え、家国はこれにより富足す。尚秉和は声明してこの条は之卦《乾》を取らず、仍お遇卦《損》の象を用いる:《損》の三至五爻が互体して坤を成し、坤は魚・積聚・邦家、「福」と「富」とに至りては、則ち本卦乾の象を取る。校記:「鮪鯽」は宋元本が「鮒鮪」とし、「積」の字は宋元本が某字とし(底本の此処は校する所の字を脱す)、いずれも汲古閣本に従い、「邦」の字は汲古閣本が「窮」とし、宋元本に従い「邦」とす——「窮」と作れば「富」の字と自相矛盾す。
坤。景星照堂,麟遊鳳翔。仁施大行,傾聲作興。徵者無明,失其寵光。此仍用遇卦象。詳《豫》之《節》。
《損》が《坤》に変ずる:祥瑞の景星は庁堂に照り入り、麒麟は徜徉し鳳凰は飛翔し、仁政は天下に大行し、声名は一時傾動して蔚然として起る。ただ出征の人は光明を得ず、君上の寵遇を失わん。前四句は大吉、後二句は独り行師に利あらず。尚秉和はこの条が仍お遇卦《損》の象を用うと言い、取象の詳細な説明は《豫》卦下「之《節》」の一条に見る——彼処に已に同一首の林辞を解えり。「遇卦」は占い得た本卦を指し、条首に標す「之卦」と相対して言う。
屯。羊腸九縈,相推稍前。止須王孫,乃能上天。詳《臨》之《巽》。○上,汲古作至,依宋元本。
《損》が《屯》に変ずる:羊腸の如き小道は九曲に盤繞し、人は人に挨りて一点一点前に挪り、止まりて王孫の来るを待ち、はじめて天に上るを得。写す所は登高路険にして、貴人の提携を待つを須す。尚秉和は「詳《臨》之《巽》」と注し、同辞は已に《臨》卦下「之《巽》」の一条に見る。校記:「上」の字は汲古閣本が「至」とし、宋元本に従い「上」とす。
蒙。四手共身,莫適所閒。更相訪接,動失事便。坤為身,震卦數四,艮手故曰四手共身。坤閉,故曰閒。震言,艮手,正反艮震,故曰更相訪接、失事便也。○閒,汲古作國,依宋元本。
《損》が《蒙》に変ずる:四隻の手が一個の身子に長じ、空当さえもなく、彼此は你来我往に相い扯り相接し、一動すれば事を誤る。これは政出多門・人多手乱の象。尚秉和は言う:《蒙》の三至五爻が互体して坤を成し、坤は身、二至四爻が互体して震を成し、震は卦数の中に四を取り、下体坎上の艮は手で、四と手とが相配するので「四手共身」と言う。坤は閉塞を主るので「閑」と言う——「閑」は空隙。震は言語を主り、艮は手で、一正一倒の艮震が交錯するので「更相訪接」、一動すれば便宜を失う。校記:「閑」の字は汲古閣本が「国」とし、宋元本に従い「閑」とす。
需。水流趨下,遠至東海。求我所有,賈魴與鯉。詳《益》之《無妄》。
《損》が《需》に変ずる:水は低処に流れて、一直に東海に流れ到り、我が手裡の現成の貨を拏りて交易し、魴魚と鯉魚とを販売す。これは勢いに随いて行い、地に就きて利を取るの吉辞。尚秉和は「詳《益》之《无妄》」と注し、同一首の林辞は已に《益》卦下「之《无妄》」の一条に見え、卦象の説明は彼処に在り。
訟。春栗秋棗,山鮮希有。斗千石萬,貴不可販。詳《否》之《漸》。○山,元本作少,依汲古。
《損》が《訟》に変ずる:春の栗子・秋の棗は、山裡の鮮果稀少にして得難く、一斗は千銭に値し一石は万銭に値して、貴きこと販売し得ざるほどなり。物は稀を以て貴しと為すが、貴くして肯んじて買う人なければ、却って生意を成し得ず。尚秉和は「詳《否》之《漸》」と注し、同辞は已に《否》卦下「之《漸》」の一条に見る。校記:「山」の字は元刻本が「少」とし、尚氏は汲古閣本に従い「山」とす。
師。旦往暮還,相佑與聚,無有凶患。震為旦、為行、為歸,坎為暮,坤為聚、為凶患。
《損》が《師》に変ずる:早晨門を出で、天黑くして家に帰り、彼此照応して一処に聚まり、凶険禍患なし。出行・聚会を占いてこれを得れば平安。尚秉和は言う:《師》の二至四爻が互体して震を成し、震は天明・出行・帰返、下体の坎は昏暮を主り、上体の坤は聚合を主り、坤はもとより凶患の象あるが、此処は震の護佑あるが因に「无有」と言う。
比。大蛇當路,使季畏懼。湯火之災,切近我膚。賴其天辛,歸於室廬。詳《屯》之《井》。○室,宋元本作生,依汲古。近,各本作直,依《屯》之《井》校。
《損》が《比》に変ずる:一条の大蛇が路上に横たわり、小児子を嚇し壊さしめ、開水と烈火の災禍は、皮肉に緊貼りて逼り来たり、幸いに上天の辛労庇佑を得て、はじめて平安に自己の屋裡に帰る。驚険にして終に脱を得るは、先凶後吉の辞。尚秉和は「詳《屯》之《井》」と注し、同辞は已に《屯》卦下「之《井》」の一条に見る。校記:「室」の字は宋元本が「生」とし、汲古閣本に従い「室」とす、「近」の字は各本とも「直」とし、尚氏は《屯》之《井》のあの一条に拠りて「近」に校改す。
小畜。徙足去域,飛入陳國。有所畏避,深藏邃匿。通《豫》。震為足,艮為域、為飛、為國,震為陳,故曰飛入陳國。坎為畏避、為藏匿,全用伏象。○徙,宋元本作徒,依汲古。飛,汲古作亂,依宋元。
《損》が《小畜》に変ずる:歩を挪して本境を離れ、一路飛奔して陳国に入り、怕るる所有りて何をか躲けんとするが故に、便ち深く蔵れ匿れて影蹤を見えず。これは禍を避けて遠く走るの辞。尚秉和はこの条が旁通を取ると言う:《小畜》は巽上乾下で、六爻が全て変じて震上坤下の《豫》を得、象はみな《豫》の上より取る。震は足、二至四爻が互体して艮を成し、艮は疆域・飛挙・邦国、震はまた陳国の象を取るので「飛入陳国」。坎は畏懼躲避・蔵匿——彼は特別に此処が「全く伏象を用う」であると説明す、即ち据る所の坎は《豫》の正体の中に在らずして、其の伏卦の裡に在り。校記:「徙」の字は宋元本が「徒」とし、汲古閣本に従い「徙」とす、「飛」の字は汲古閣本が「乱」とし、宋元本に従い「飛」とす。
履。海為水宗,聰聖且明。百流歸德,無有叛逆,常饒優足。詳《蒙》之《乾》。第二句宋本、汲古作聰明且聖,依元本。德,汲古作得,依宋元本。
《損》が《履》に変ずる:大海は衆水の宗主にして、耳聡目明にしてまた通達聖哲、千百条の河流はみな其の徳量に帰附し、一条も背叛逆行せず、これにより永遠に豊足有余なり。これは海を以て君徳に喩うる大吉の辞。尚秉和は「詳《蒙》之《乾》」と注し、同一首の林辞は已に《蒙》卦下「之《乾》」の一条に見え、取象の解説は彼処に在り。校記:第二句は宋本と汲古閣本が「聡明且聖」とし、尚氏は元刻本に従い「聡聖且明」とす、「徳」の字は汲古閣本が「得」とし、宋元本に従い「徳」とす。
泰。夏麥,霜擊其芒。病君敗國,使年大傷。詳《泰》之《賁》。○,汲古作曲,病作疚。
《損》が《泰》に変ずる:夏の麦子は、霜に打たれて芒穂を壊され、君主を害し国家を敗して、この一年を大いに損傷せしむ。此条の底本に脱字あり:「夏」と「麦」との間に一字を脱し、校記「○」の下に校する所のあの字頭も併せて脱掉す、今は源本の実収に照らし擅りに補わず。校記に拠れば汲古閣本は该字を「曲」と作るを知るべし。尚秉和は「詳《泰》之《賁》」と注し、同辞は已に《泰》卦下「之《賁》」の一条に見る。校記はまた言う:脱する所の字は汲古閣本が「曲」とし、「病」の字は汲古閣本が「疚」とす。
否。秋隼冬翔,數被嚴霜。雄犬夜鳴,家擾不寧。詳《賁》之《隨》。○擾,各本皆作憂,依《賁》林校。嚴,汲古作履,依宋元本。
《損》が《否》に変ずる:鷹隼は秋に出猟して冬にもなお盤旋し、一次次厳霜に挨り、公狗は夜に乱叫して、一家人は攪じられて安寧を得ず。狗の夜鳴は古人が不祥の家怪と視す所。尚秉和は「詳《賁》之《随》」と注し、同辞は已に《賁》卦下「之《随》」の一条に見る。校記:「擾」の字は各本とも「憂」とし、尚氏は《賁》卦のあの一条の林辞に拠りて「擾」に校改す、「厳」の字は汲古閣本が「履」とし、宋元本に従い「厳」とす。
同人。樂仁上德,東鄰慕義,來興吾國。乾為仁德,離為東鄰,伏坤為義、為國。
《損》が《同人》に変ずる:仁を行うを楽しみ徳義を崇尚すれば、東辺の隣国はこの道義を仰慕して、来りて我が国の興盛を助く。「東隣」の説法は《既済》九五「東隣殺牛、不如西隣之禴祭」に本づき、《易》の中に東西隣を相対して言を為すを習用す。尚秉和は象を簡明に講る:《同人》の上体の乾は仁徳、下体の離の位は東に在る故に「東隣」と為し、《同人》の伏象は坤で、坤は義・邦国。
大有。逐憂除殃,汙泥生粱。下田為汪。坎為憂、為殃,坎伏故曰除。坎為汙泥,坤為粱、為水、為下,故曰為汪。汪,瀦水也。○汪,汲古作江,依宋元本。逐,汲古作還,非,依宋元本。
《損》が《大有》に変ずる:憂愁を趕き去り灾殃を除去すれば、爛泥地の裡にも好粮食が長じ出づ。低窪の田は却って一片の水塘に積り成れり。前二句は吉、末句は地势低処の澇を受くるを言う。尚秉和は言う:坎は憂・殃なれど、《大有》の裡の坎は伏して見えないので「逐」「除」と言う。坎はまた汚泥、坤は粱谷・水・低下で、低処に水を積むが即ち「汪」——「汪」は聚積したる死水。校記:「汪」の字は汲古閣本が「江」とし、宋元本に従い、「逐」の字は汲古閣本が「還」とし誤り、宋元本に従い「逐」とす。
謙。闇昧冥語,轉相迷誤。鬼魅所居,誰知臥處。坎隱故闇昧,正反震故語迷誤。坤為迷、為鬼,艮為臥,坤迷坎隱,故不知。
《損》が《謙》に変ずる:昏暗不明の中に窃窃と私語して、一句伝え一句伝えてますます誤り伝え、彼処は鬼魅の住む所で、誰か自己の睡るは何の所在なるを知らん。これは陰晦不明の凶辞。尚秉和は言う:《謙》の三至五爻が互体して坎を成し、坎は隠伏を主るので「暗昧」、二至四爻に一正一倒の二つの震あり、震は言語を主り、両震の出ずる言は彼此相反するので「転相迷誤」。上体の坤は迷惑を主り・また鬼、下体の艮は静卧を主る。坤は既に迷い坎はまた隠るれば、人は便ち何も知らず。
豫。南厯玉田,東入玉關。登上福堂,飲萬歲漿。震為南、為玉,艮為田、為關、為堂,坤為萬歲、為漿。玉關,玉門關,《漢書班超傳》:"但願生入玉門關"。玉田,疑指和闐,和闐在南疆,出玉。
《損》が《豫》に変ずる:南に向かい玉を産する田野を走过り、東に向かい玉門関に入り、福ある庁堂に登りて、万歳の美漿を喝下す。これは遠行帰来・長寿受福の吉辞。尚秉和は言う:上体の震の位は南に在り・また玉、二至四爻が互体して艮を成し、艮は田・関隘・庁堂、下体の坤は万歳・漿飲。彼は二個の地名の為に考訂を作す:「玉関」は即ち玉門関で、《漢書・班超伝》の裡に班超が上書して「但願生入玉門関」と曰い、「玉田」は彼が疑心するに和闐を指すか——和闐は南疆に在り、正に玉を出す之地で、林辞の「南歴」と相合す。
隨。比目四翼,來安我國。福善上堂,與我同床。互大離,若兩目相比,故曰比目。比目,魚名。巽為魚,震為翼,卦數四,故曰四翼。艮為國、為堂、為床。
《損》が《随》に変ずる:比目魚が四隻の鰭翅を張りて游び来り、我が国家を安定せしめ、福善の気は庁堂に登りて、我と同じ床に睡る。これは福気が身に親近するの吉辞。尚秉和は言う:《随》の全卦の爻画は合せて見れば一個の放大したる離の如く、二個の離眼が并排して相比するので「比目」と言う——比目は魚名で、古人は之が両魚并行してはじめて游び得と言う。巽は魚、震は翅翼で、震は卦数の中に四を取るので「四翼」。二至四爻が互体して艮を成し、艮は邦国・庁堂・卧床。
蠱。乘牛逐驥,日暮不至。路宿多畏,亡其騂騅。艮牛震馬,故曰乘牛逐驥。艮為日,兌嚮晦,故曰日暮、曰路宿。艮為路,納丙,色赤,故曰騂。震青,故曰騅。兌折,故亡。牛行遲,驥行速,乘牛逐驥,斷不能及,故亡其騂騅也。
《損》が《蠱》に変ずる:牛に騎りて千里馬を追えど、天黑くなっても追い得ず、夜は路旁に露宿し、提心吊胆して、赤馬青馬ともに失えり。尚秉和は言う:上体の艮は牛、三至五爻が互体して震を成し、震は馬なので「乗牛逐驥」。艮は日、二至四爻が互体して兌を成し、兌は日入向晩を主るので「日暮」「路宿」と言う。艮は道路で、艮は納甲の法の中に天干「丙」に配し、丙は火に属し、火の色は赤で、赤馬を「騂」と呼び、震の色は青で、青馬を「騅」と呼ぶ。兌は毀折を主るので「亡」。彼は末に道理を説き透す:牛は行くこと遅く驥は行くこと疾く、牛に騎りて馬を追えば断じて追い得ず、追い得ずしてなお露宿して馬を失うは、正に気力を白費して反って其の害を受く。
臨。元吉無咎,安寧不殆。震為元。
《損》が《臨》に変ずる:大吉大利にして過错なく、安安穏穏にして危険なし。これは全書の裡最も短く・最も平順なる吉辞の一つで、「元吉」「无咎」はみな《周易》爻辞の成語、「元」は大・始にして、「无咎」は差錯出でず災禍なきを指す。尚秉和はただ三個の字を以て象を講る:《臨》の二至四爻が互体して震を成し、震は初に発動を主るので「元」と為す。
觀。奮翅鼓翼,翱翔外國。逍遙徙倚,來歸溫室。伏震為翼、為飛,坤為國,艮陽在上故曰外國。艮為室,艮火故曰溫室。
《損》が《観》に変ずる:翅膀を振起して高高と飛翔し、一直に外邦に飛び到り、従従容容として徘徊游荡し、最後はやはり暖かき屋裡に帰る。遠游して終に帰宿を得るは吉辞。尚秉和は言う:《観》の伏象に震あり、震は翅翼・飛挙、下体の坤は邦国、三至五爻が互体して艮を成し、艮の陽爻は最上に在りて外に居るので「外国」と言う。艮はまた居室で、艮は火に属するので「温室」。
噬嗑。河伯娶婦,東山氏女。新婚三日,浮雲灑雨。露我菅茅,萬邦蒙佑。坎為河,震為伯,離為坎婦,震為娶、為東,艮為山,故曰東山氏女。坎為婚,離日,震數三,故曰三日。坎為雲雨、為露,震為草莽,在坎下,故曰露我菅茅。艮為邦,震為萬。《史記》西門豹為鄴令,三老五更為河伯娶婦。然下雲東山氏女,似別有故實。○露,宋元本作雨,蒙作之,依汲古。茅,汲古作第,非。
《損》が《噬嗑》に変ずる:河伯が親を娶り、娶るは東山氏の女で、新婚はじめて三日にして、天上に浮雲密布して雨を洒し来り、我が菅草茅草をみな潤湿し、万邦ともに其の庇佑を蒙る。これは雨を求めて雨を得る大吉の辞。尚秉和は言う:《噬嗑》の三至五爻が互体して坎を成し、坎は河、下体の震は伯、離と坎とが相配して夫婦と為るので離は坎の婦と為る。震はまた娶・位は東に在り、二至四爻が互体して艮を成し、艮は山で、合わせて「東山氏女」。坎は婚媾を主り、離は日、震は数三を取る故に「三日」。坎は雲雨・露水、震は草莽で、震は坎の下に在り、雨は上より洒ぐので「露我菅茅」。艮は邦国、震は万数。彼は《史記》の西門豹が鄴県令を為して三老が河伯に婦を娶る陋俗を革除せるを引き、「河伯娶婦」の出処と為す。但しまた老実に指出す:底下に「東山氏女」と言うは、恐らく別の故事あらん、今は考うること難し。校記:「露」の字は宋元本が「雨」とし、「蒙」は「之」とし、いずれも汲古閣本に従い、「茅」の字は汲古閣本が「第」とし誤り。
賁。嬰兒求乳,慈母歸子,黃麑悅喜。依《履》之《同人》刪末句得見甘飽四字。
《損》が《賁》に変ずる:嬰児は哭きて奶を要して食わんとし、慈母は孩子を懐裡に摟し帰り、小黄鹿もまた歓歓喜喜なり。これは母子相得・所求即応の吉辞で、「麑」は幼鹿。尚秉和のここで為すは校勘の活儿:彼は《履》卦下「之《同人》」のあの一条の同辞の文字に依りて、此条の末句に多出したる「得見甘飽」の四字を删掉す——両処はもと同一首の林辞で、別本が此処に四字を衍出せり、彼に拠りて此を校す故に、其の短き者に従う。
剝。貧鬼守門,日破我盆。毀罌傷瓶,空虛無子。坤為鬼、為貧、為門,艮為守、為日,伏兌為破。震為罌瓶、為子,震覆故曰破、曰傷、曰無子。坤為虛。○瓶,元刊作缸,依宋本、汲古。
《損》が《剥》に変ずる:窮鬼は門口に守り、天天我が盆を打破し、壇子は砸され瓶子も裂け、家裡は空空蕩蕩にして、孩子一個さえもなし。これは貧破无後の凶辞。尚秉和は言う:《剥》の下体の坤は鬼・貧・門、上体の艮は守・日、《剥》の伏象に兌あり、兌は毀折を主るので「破」。震は罂・瓶・子息なれど、此処の震は倒れたる覆震で、器倒れれば即ち破れ即ち傷き、人倒れれば即ち子なし。坤の中は虚なので「空虚」。校記:「瓶」の字は元刻本が「缸」とし、尚氏は宋本と汲古閣本に従い「瓶」とす。
復。多載重負,棄捐於野。王母誰子,但自勞苦。坤厚故能多載重負。坤為野,坤喪故曰棄捐於野。坤為母,震為王、為子,坤死故曰王母誰子,言無子也。坤為勞。○第三句宋元本作予無稚子,汲古作手無誰子,依局本。
《損》が《復》に変ずる:満満に装い重々に背負うも、末了に全く荒野の裡に扔て棄て、王母の膝下に併して一個の児子もなく、ただ自己の一場の辛苦を落得るのみ。これは労して成なく後継ぐ人なきの凶辞。尚秉和は言う:上体の坤地は厚くして載する能きので「多載重負」、坤はまた原野で、坤は喪亡を主るので「棄捐于野」。坤は母、下体の震は王・子で、坤は既に死を主れば、「王母誰子」は即ち彼女に併して児子なきを言う。坤はまた労役を主る。校記:第三句は宋元本が「予无稚子」とし、汲古閣本は「手无誰子」とし、尚氏は官書局刻本に従い「王母誰子」とす。
無妄。雄狐綏綏,登山崔嵬。昭告顯功,大福允興。詳《咸》之《賁》。
《損》が《无妄》に変ずる:公狐狸は慢悠々として独行し、高峻の山頭に登り、功業を衆に昭告して、大福はこれにより実実在在に興起す。「雄狐綏綏」は《詩・斉風・南山》「南山崔崔、雄狐綏綏」に出で、「綏綏」は従容独行の様子。尚秉和は「詳《咸》之《賁》」と注し、同一首の林辞は已に《咸》卦下「之《賁》」の一条に見え、取象の説明は彼処に在り。
大畜。嬰兒孩子,未有知誠。彼童而角,亂我政事。艮為嬰兒,震為孩子,艮為角,伏坤為亂、為政事,《毛詩傳》"童,羊之無角"者也。○子,汲古作笑,非,依宋元本。彼,元本訛狄,依汲古。角,宋元、汲古作爭,依《巽》之《節》校。《大雅》"彼重而角實虹"。小子、孩子,本微子及《易明夷六五》。
《損》が《大畜》に変ずる:なお襁褓の中の嬰児・剛ち歩くを会したる小孩は、何の誠実道理をも懂得せず、本来角なき羊羔が偏に角を生じ来りて、我が政事を攪乱す。幼童を以て国に当たるは政出非人を比喻す。尚秉和は言う:上体の艮は嬰児、三至五爻が互体して震を成し、震は孩子、艮はまた角、《大畜》の伏象は坤で、坤は昏乱・政事を主る。彼は《毛詩伝》「童は羊の角なき者」を引きて「童」の字を解す——羊の角なきを童と呼び、角なくして角あるは反常の象。校記:「子」の字は汲古閣本が「笑」とし誤り、宋元本に従い、「彼」の字は元刻本が訛りて「狄」とし、汲古閣本に従い、「角」の字は宋元本と汲古閣本がともに「争」とし、尚氏は《巽》卦下「之《節》」の一条に拠りて「角」に校改し、併せて《詩・大雅・抑》「彼童而角、実虹小子」を引きて証と為す(底本の引文は「彼重而角実虹」で、「重」は「童」の訛、末句にも脱漏あり)。彼はまた「小子」「孩子」の如き説法は、もと《尚書・微子》と《周易・明夷》六五爻に出づと言う。
頤。十丸同投,為雉所離。獨得逃脫,完全不虧。坤數十,坎為丸,伏大坎故曰十丸。坤為雉,離罹同,遭也。震為逃脫。○離,宋元本、汲古作維,依局本。逃,宋元本作跳,跳逃通。《史記》漢王跳是其證。不,汲古作所,依宋元本。
《損》が《頤》に変ずる:十顆の弾丸を一斉に打出せば、みな野雉に遭い当たり、ただ一隻のみ逃脱し出でて、完完整整にして損傷なし。僥幸して免を得るは先凶後吉の辞。尚秉和は言う:坤は数十を取り、坎は弾丸で、《頤》の伏象は合せて見れば一個の放大したる坎なので「十丸」と言う。坤は雉、「離」と「罹」は同一字で、意思は遭遇。震は奔走を主るので「逃脱」。校記:「離」の字は宋元本と汲古閣本がともに「維」とし、尚氏は官書局刻本に従い「離」とす、「逃」の字は宋元本が「跳」とし、「跳」「逃」の二字は古時通用し、彼は《史記》の裡の漢王の「跳」(身を脱して逃走す)を挙げて証と為す、「不」の字は汲古閣本が「所」とし、宋元本に従い「不」とす。
大過。狐濟濡尾,求橘得枳。季姜懷悔,鮑舍魚臰。伏艮為狐、為尾、為求、為橘、為枳,巽為姜,上兌故曰季姜。巽為鮑魚、為臭,伏坤為悔、為淮,上艮為橘,下震為反艮,而中隔坤水,《考工記》"橘踰淮為枳"。以反艮為枳,其切當神妙,真不可思議矣。臰臭同,汲古作斃,非。○求橘,汲古作來揭,依宋元本。
《損》が《大過》に変ずる:狐狸は河を渡りて尾巴を濡し、甜橘を求めんと欲して却って酸枳を得、季姜の心中は懊悔して、屋裡は鮑魚鋪の如く腥臭なり。四句とも事と願いと違うを写す。「狐済濡尾」は《未済》卦辞「小狐汔済、濡其尾」に本づき、「鮑舎魚臰」は《孔子家語》「不善の人と居れば、鮑魚の肆に入るが如く、久しくして其の臭を聞かず」を用う。尚秉和は言う:《大過》の伏象に艮あり、艮は狐・尾・求取・橘・枳、巽は姜、上体の兌は少女なので「季姜」と称す。巽はまた鮑魚・臭味、伏坤は悔・また淮水の象を取り、上の艮は橘で、下の震は正に倒れたる艮で、中間に坤水を隔つ。彼は《考工記》「橘は淮を踰えば枳と為る」を引く——同一種の樹が淮河を過ぎれば枳に変わる——倒艮を用いて「枳」に当てるは、正に「橘、淮を過ぎて変ず」の道理に合す、故に彼は忍ばず讃嘆す:反艮を以て枳と為すは、切当にして神妙思議すべからざるなり、と。「臰」は即ち「臭」の字で、汲古閣本は「斃」とし誤り。校記:「求橘」は汲古閣本が「来掲」とし、宋元本に従う。
坎。踆足息肩,所忌不難。金城銅郭,以鐵為關。藩屏周衛,安全無患。震為足,艮為踆,止也。艮為金銅、為鐵、為城郭、為關、為藩屏,震為周、為衛,艮為安。○踆,宋元本作跌,依汲古。
《損》が《坎》に変ずる:脚を停め肩上の担子を卸せば、忌諱する所の事情はみな難しからざるに至り、城牆は金に鑄られ外郭は銅に築かれ、関門は鉄を以て打たれ、四面の屏障は周周密密に囲まれ、安安全全にして禍患なし。これは極めて穏固なる吉辞。尚秉和は言う:《坎》の二至四爻が互体して震を成し、震は足、三至五爻が互体して艮を成し、「踆」は即ち停止で正に艮象。艮はまた金・銅・鉄・城郭・関隘・藩籬屏障、震は周遍・護衛、艮は安止を主る。校記:「踆」の字は宋元本が「跌」とし、尚氏は汲古閣本に従い「踆」とす——「跌」と作れば下文の安穏の意と相背す。
離。戴堯扶禹,松喬彭祖。西過王母,道路夷易,無敢難者。詳《訟》之《家人》。○路,元刊作裡,依宋本、汲古。
《損》が《離》に変ずる:頭上に唐堯を頂き手裡に大禹を扶け、身辺は赤松子・王子喬と彭祖のこれら神仙寿者、西に向かい西王母の処を経過し、一路平坦にして行き好く、来りて為難せんとする人なし。聖君と仙寿とを併挙するは、長生遠行の大吉の辞。尚秉和は「詳《訟》之《家人》」と注し、同辞は已に《訟》卦下「之《家人》」の一条に見る。校記:「路」の字は元刻本が「里」とし、尚氏は宋本と汲古閣本に従い「路」とす。
咸。京庾積聚,黍稷以極。行者疾至,可以厭飽。《爾雅》:"丘絕高曰京"。《詩小雅》:"會孫之庾,如坻如京",《傳》:"京,高丘也"。艮為京庾,互大坎,故曰積聚。巽為黍稷,伏震為行,中實故曰厭飽,厭饜同,足也。
《損》が《咸》に変ずる:谷囤は高丘の如く堆く、黍稷は頂に到るまで装めり、路を趕る人は快く来れ、尽く飽くまで食うを得べし。これは倉廩充実・飲食憂なきの吉辞。尚秉和はまず「京」の字を訓す:《爾雅》に「丘の絶高きを京と曰う」と言い、《詩・小雅・甫田》「曽孫之庾、如坻如京」(底本は「会孫」と引く)に毛《伝》は「京は高丘なり」と言う。取象は、下体の艮は京庾の類の高堆で、全卦の爻画は合せて見れば一個の放大したる坎の如く、坎は聚積を主るので「積聚」、巽は黍稷、《咸》の伏象に震あり、震は行走を主り、卦中は充実するので「厭飽」と言う——「厭」は「饜」と同じ字で、食い足りたるの意。
恆。良夫孔姬,脅悝登臺。柴季不扶,衛輒走逃。《左傳哀十五年》:渾良夫與太子蒯蕢脅孔悝使立之。柴,高柴。季,子路。不扶者,言不扶衛輒也。震為夫、為姬、為孔,伏艮為臺、為季,艮手為扶,艮伏故不扶。震為衛,為逃。○夫,宋本訛天,依元本、汲古。孔,汲古作●,脅悝作負理,均依宋元木。柴,宋元本作樂,或又作欒,謂為欒寧,亦孔氏家臣,汲古又作昆,均非,依局本。孔姬,孔悝母。
《損》が《恒》に変ずる:渾良夫と孔姫とは合謀して、孔悝を脅迫して台に登りて盟誓せしめ、高柴・子路は肯んじて扶助せず、衛出公輒はただ出奔逃走するを得たり。この条は全く《左伝・哀公十五年》の衛国のあの政変を用う:太子蒯聵と渾良夫とは外甥の孔悝を挟持して、彼を逼りて自己を擁立せしめ、子路はこの乱の裡に死し、出公輒は出奔す——尚氏の注中に已に人名を一々点明す:孔姫は孔悝の母、「柴」は高柴を指し、「季」は子路(季路)を指し、「不扶」は彼らが衛出公輒を扶保せざるを言う。取象は、《恒》の上体の震は丈夫・姫姓・孔、伏象の艮は台・季、艮は手で、手は扶持する能く、艮は既に伏して見えないので「不扶」。震はまた衛国の象を取り・奔逃を主る。校記:「夫」の字は宋本が訛りて「天」とし、元刻本と汲古閣本に従い、「孔」の字は汲古閣本が一個の残缺して識るべからざる字とし、「脅悝」は「負理」とし、いずれも宋元本に従う(底本「宋元木」の「木」は「本」字の訛)。「柴」の字は宋元本が「楽」とし、また「欒」と作るありて孔氏家臣の欒寧を指すと説き、汲古閣本はまた「昆」とし、尚氏はみな対ならずと認め、官書局刻本に従い「柴」とす。
遁。天之所與,福祿常在,不憂危殆。乾為福祿。
《損》が《遯》に変ずる(底本の卦名は「遁」と作る):これは上天の与える所で、福気と俸禄とは長く身辺に在り、危難を担心するに及ばず。全条はただ十二字、一条の純吉の辞。尚秉和の象を講るもまたただ四字:《遯》の上体は乾で、乾は福・禄、天の与うる者は即ち乾の主る所、福禄は自然常に在り。
大壯。行觸天剛,馬死車傷。身無寥賴,困窮乏糧。《參同契》天罡據西,注:天罡即北斗,《家人》之《漸》曰魁罡,所當初為敗殃,故曰馬死車傷。伏艮為星,故曰天罡。震為馬、為車,伏坤為身、為窮乏,震為糧。○剛,汲古作綱,依宋元本。剛罡同。寥,宋元本作憀,依汲古。
《損》が《大壮》に変ずる:門を出でて天罡の指す方位を冲撞し、馬は倒斃し車は損壊し、自身は依靠する所なく、窮困して口粮を断つに至る。これは出行に忌を犯すの凶辞。尚秉和は《周易参同契》「天罡据西」を引き、注家は天罡は即ち北斗と言い、また本書《家人》卦下「之《漸》」の一条の裡の「魁罡」の説法を挙ぐ——冲する所の処は便ち敗殃を招くので「馬死車傷」と言う。取象は、《大壮》の伏象に艮あり、艮は星辰なので「天罡」、上体の震は馬・車、伏坤は身・窮乏、震はまた粮。校記:「剛」の字は汲古閣本が「綱」とし、宋元本に従い「剛」とす——「剛」と「罡」は同一字、「寥」の字は宋元本が「憀」とし、尚氏は汲古閣本に従う——「寥頼」は即ち「憀頼」で、依靠の意。
晉。鉛刀切玉,堅不可得。盡我筋力,胝蠒為疾。艮為刀,坤柔故曰鉛刀,艮為堅,多節,故曰胝蠒。坎為疾,玉或為艮堅象。○蠒,汲古作胼,依宋元本。蠒,繭俗字,胝蠒,言皮肉皴裂也。
《損》が《晋》に変ずる:一把の軟鉛刀を拏りて玉を切らんとするに、玉は太く硬く、怎んとも切動せず、筋骨気力をみな使い尽くして、ただ手上に厚繭を磨き出でて病と為るを落得るのみ。これは器が事に称わず徒労自苦の凶辞。尚秉和は言う:二至四爻が互体して艮を成し、艮は刀、下体の坤の性は柔軟で、軟刀は即ち「鉛刀」、艮はまた堅硬・多骨節を主り、手掌に結節を磨き出づるが即ち「胝蠒」。三至五爻が互体して坎を成し、坎は疾、「玉」に至りては、大概もまた艮の堅の象を取る。校記:「蠒」の字は汲古閣本が「胼」とし、宋元本に従い「蠒」とす——「蠒」は「繭」の俗写で、「胝蠒」は皮肉の磨られて厚く且つ裂くるを言う。
明夷。穆違百里,使孟奮武。將軍帥戰,敗於殽口。詳《蹇》之《離》。坤為百里,震為孟、為武、為口。○違,汲古作逢,帥作師,均依宋元本。
《損》が《明夷》に変ずる:秦穆公は百里奚の勧諫に違背し、孟明視を派して勇を逞し兵を用いしめ、将軍は軍を率いて出戦し、崤山の谷口に大敗す。これは《左伝・僖公三十三年》の秦晋崤の戦の本事:蹇叔・百里奚は諫阻すれど穆公は聴かず、孟明視ら三帥は全軍覆没せり。尚秉和は「詳《蹇》之《離》」と注し、同辞は別に彼処に見え、此処にもなお幾個かの象を補講す:上体の坤は「百里」の数を取り、下体の離の上の震は孟・武勇・谷口。校記:「違」の字は汲古閣本が「逢」とし、「帥」は「師」とし、いずれも宋元本に従う。
家人。有人追亡,鳥言所匿,不日而得。通《解》。震為亡、為追、為人、為言,離為鳥,坎隱,故曰匿。離為日。此必有故事。如公冶長解鳥言之類,而今不能考。○鳥,汲古作為,依宋元本。日而,宋元本作旅日,依汲古。
《損》が《家人》に変ずる:人ありて逃亡の人を追捕するに、鳥児が口を開きて彼の蔵身の地方を説き出し、一日と経たずして捉え得たり。尚秉和はこの条が旁通を取ると言う:《家人》の六爻が全て変じて《解》を得、象は《解》の上より取る。《解》の上体の震は逃亡・追赶・人・言語、伏離は鳥、下体の坎は隠伏を主るので「匿」、離は日。彼はまた老実に交代す:この条は必ず本とする所有る故事で、伝説中公冶長が鳥語を聴懂し得たるの類の如く、可惜今日は已に查考するに由なし。校記:「鳥」の字は汲古閣本が「為」とし、宋元本に従い、「日而」は宋元本が「旅日」とし、尚氏は汲古閣本に従う。
睽。府藏之富,王以振貸。捕魚河海,罟網多得。此全用遇卦《損》象。坤為府藏、為多,故曰富。震為王、為振。振賑同,而古皆作振。坤為魚、為河海,離為網罟,互大離,故曰多得。○罟,宋元作苟,笱之訛字,依汲古。
《損》が《睽》に変ずる:倉庫府庫の裡は満満に堆り、君王は之を拏りて賑済借貸し、江河大海の裡に至りて魚を捕えば、网网ともに大収穫。これは国富民足の吉辞。尚秉和は声明してこの条は完全に遇卦《損》の象を用う:《損》の三至五爻が互体して坤を成し、坤は府庫・衆多なので「富」、二至四爻が互体して震を成し、震は王・振発——「振」は即ち「賑」で、古書は一概に「振」と写す。坤はまた魚・河海、離は羅网で、全卦の爻画は合せて見れば一個の放大したる離の如くなので「多得」。校記:「罟」の字は宋元本が「苟」とし、あれは「笱」(魚を捕る竹簍)の訛、尚氏は汲古閣本に従い「罟」とす。
蹇。鴻飛遵陸,公歸不復,伯氏客宿。艮為鴻、為陸,震為公、為歸,震覆故不復。《豳風詩九罭篇》:"鴻飛遵陸,公歸不復",公謂周公。
《損》が《蹇》に変ずる:大雁は高地に沿いて飛び去り、公のこの一去は再び帰らず、ただ伯氏の処に客居して一宿す。尚秉和は径に《詩・豳風・九罭》「鴻飛遵陸、公帰不復」を引き、併せて詩中の「公」は即ち周公なりと指出す——周公は東征して東に居り、成王は迎えて帰らしめ、詩人は其の復た留まらざるを惜しむ。取象は、下体の艮は鴻雁・高陸、三至五爻が互体して震を成し、震は公・帰返なれど、この震は倒れたる覆震で、去りて返らざる故に「不復」と言う。
解。鳧過稻廬,甘樂鱑。雖驚不去,田畯懷憂。此仍用遇卦《損》象。震為鳧、為稻、為樂,艮為廬,坤為魚,故曰鱑。震為驚,艮止故不去。坤為田,畯,農官也,艮為官,坤為憂。○鱑,汲古作曲,依宋元本。
《損》が《解》に変ずる:野鴨は稻田辺の窩棚を飛び過ぎ、痛痛快快として水裡の魚を享用し、驚を受くるも肯んじて飛び去らず、田を看る農官は愁を発せり。此条中の魚名の第二字は、底本が一個の生僻字と為す(通行字庫の中に対応の字形なく、源文は私用区字符を以て之を存す)、今は原様に照りて保留し、擅りに改めず。尚秉和はこの条が仍お遇卦《損》の象を用うと言う:《損》の二至四爻が互体して震を成し、震は鳧・稻・喜楽、上体の艮は田舎窩棚、三至五爻が互体して坤を成し、坤は魚。震は驚動を主り、艮は静止を主るので、驚くと雖も去らず。坤はまた田、「畯」は農事を管る小官、艮は官、坤は憂愁を主るので「田畯懐憂」。校記:この魚名は汲古閣本が「曲」とし、尚氏は宋元本に従う。
益。雨師娶婦,黃嚴季女。成禮既婚,相呼南去。膏澤田裡,年豐大喜。詳《恆》之《晉》。南去,宋元本作面南,汲古作而南,依《師》之《恆》校。澤,元本作潤,依宋本、汲古。田裡,依《恆》之《晉》校,各本作應時。
《損》が《益》に変ずる:雨師が親を娶り、娶るは黄厳家の小女児で、婚礼は成り弁じ、夫妻は相い喚びて南辺に往き、一路膏沢は田間村落に洒ぎ遍く、年成は豊収して人人皆大いに喜ぶ。雨師は古代の司雨の神で、婦を娶るは即ち雨を降す、故に下文は接いで田里が潤を得・歳稔して民歡ぶを言う。尚秉和は「詳《恒》之《晋》」と注し、同辞は已に《恒》卦下「之《晋》」の一条に見る。校記:「南去」は宋元本が「面南」とし、汲古閣本は「而南」とし、尚氏は《師》卦下「之《恒》」の一条に拠りて「南去」と校し、「沢」の字は元刻本が「潤」とし、宋本と汲古閣本に従い、「田里」の二字もまた《恒》之《晋》に拠りて校定す、各本はもとよりみな「応時」と作れり。
夬。積蓄有餘,糞土不居。美哉輪奐,出有高車。乾實故曰積,坤為糞土,坤伏故曰不居。伏大艮為宮室,故曰輪奐、曰高。坤為大輿。○糞,宋元訛冀,依汲古。《禮檀弓下》:"美哉輪焉,美哉奐焉",言高大也。
《損》が《夬》に変ずる:積蓄したる財物は富余あり、糞土の類の賎物はもはや堆んで置くに及ばず、房子は高く美しく造られ、門を出れば高大の車子に坐る。これは富貴の家の吉辞。尚秉和は言う:《夬》の下体の乾は充実するので「積」と言い、坤は糞土なれど坤は此卦に伏して見えないので「不居」。全卦の伏象は合せて見れば一個の放大したる艮で、艮は宮室なので「輪奐」と言い「高」と言い、坤は大車。校記:「糞」の字は宋元本が訛りて「冀」とし、汲古閣本に従う。彼はまた《礼記・檀弓下》の晋献文子の新居落成に、張老が賀を致して「美なるかな輪たるや、美なるかな奐たるや」と曰うを引く、屋宇の高大众多を形容す。
姤。重門擊柝,介士守護。終有他道,雖驚不懼。此仍用遇卦《損》象。損二至上正反兩艮相對,故曰重門。震為柝,艮為擊、為介,介,甲也,為守護、為終、為道路,震為驚,坤為懼。
《損》が《姤》に変ずる:一重一重の門戸に、更梆を打ちて、甲を披きたる武士が彼処に守り、終に還らんとする別の一路あり、驚を受くると雖も怕るるに及ばず。「重門撃柝」は《繋辞下》「重門撃柝、以待暴客」に出で、未然に防ぐの象。尚秉和はこの条が仍お遇卦《損》の象を用うと言う:《損》は第二爻より上爻に至りて、恰も一正一倒の二つの艮が相対し、艮は門で、両門は相い重なるので「重門」と言う。震は撃柝の木梆、艮は敲撃を主り・また「介」——「介」は即ち鎧甲——を為し、亦守護・終了・道路を為す。震は驚動を主り、坤は畏懼を主るが、此処の坤は伏するので驚けども懼れず。
萃。大都王市,稠人多寶。公孫宜賈,資貨萬倍。坤為大都,巽為市,伏震為人、為寶,坤為多,故曰稠人多寶。震為公,艮為孫,巽為賈,故曰公孫宜賈。坤為資貨、為萬,巽為倍,故曰萬倍。○資貨,宋元作其貸,依汲古。
《損》が《萃》に変ずる:通都大邑の裡の王家集市は、人の挤ること密密麻麻にして、宝貨は山の如く堆積し、公孫は売買を為すに宜しく、本銭は万倍の利を翻し出づ。これは経商に大いに発するの吉辞。尚秉和は言う:下体の坤は大都、三至五爻が互体して巽を成し、巽は市、《萃》の伏象に震あり、震は人・宝、坤は衆多を主るので「稠人多宝」。震は公、二至四爻が互体して艮を成し、艮は孫、巽は商賈で、合わせて「公孫宜賈」。坤はまた資財貨物・数万を取り、巽は加倍を主るので「万倍」。校記:「資貨」は宋元本が「其貸」とし、尚氏は汲古閣本に従う。
升。秋隼冬翔,數被嚴霜。甲兵充庭,萬物不生。詳《賁》之《隨》。宋元本多"雄父夜鳴,民擾以驚"八字,依汲古。
《損》が《升》に変ずる:鷹隼は秋に出猟して冬にもなお盤旋し、一次次厳霜に挨り、院子の裡には兵甲が堆み満ち、万物は長じ出でず。兵象と霜殺とを併せ見るは荒乱の辞。尚秉和は「詳《賁》之《随》」と注し、同辞は已に《賁》卦下「之《随》」の一条に見る。この条は前面の《損》之《否》の首二句と相同じ、《易林》の林辞は成句に常に互見あるを見るべし。校記:宋元本は此条に「雄父夜鳴、民擾以驚」の八個の字を多出す、尚氏は汲古閣本に従い删去す。
困。招禍致凶,來螫我邦。痛在手足,不得安息。通《賁》。坎為禍、為痛、為螫,艮為邦、為手,震為足,正反震故不得息。
《損》が《困》に変ずる:禍事を招来し凶険を引き、毒虫の如く我が邦国を螫傷し、手上脚上ともに痛み、一刻も安歇を得ず。尚秉和はこの条が旁通を取ると言う:《困》の六爻が全て変じて《賁》を得、象は《賁》の上より取る。《賁》の二至四爻が互体して坎を成し、坎は禍・痛・螫刺、上体の艮は邦国・手、三至五爻が互体して震を成し、震は足、一正一倒の二つの震が交替して止まざるので「不得安息」。
井。秦失其鹿,疾走先得。勇夫慕義,君子率服。兌西,故曰秦。伏震為鹿,坎為●、為疾,震為走、為勇夫,艮為君子。○疾走,汲古作高足,依宋元本。率,宋元本作變,依汲古。
《損》が《井》に変ずる:秦朝は其の鹿を失い、誰か走ること速き者は先ず手に得、勇武の士は道義を仰慕し、君子たちは一斉に帰服す。「秦失其鹿、天下共逐之」は《史記・淮陰侯列伝》の裡の蒯通の名言で、逐鹿を以て天下を争うに喩う。尚秉和は言う:兌の位は西に在り、秦は西方に在るので「兌西故曰秦」、《井》の伏象に震あり、震は鹿、坎の一個の象は底本が墨釘「●」を以て之に代う、刻本の闕文の標記なり、今は原様に照りて保留す、坎はまた急疾を主り、震は奔走・勇夫、艮は君子。校記:「疾走」は汲古閣本が「高足」とし、宋元本に従い、「率」の字は宋元本が「変」とし、尚氏は汲古閣本に従い「率」とす。
革。山陵四塞,遏我徑路。欲還不得,復我故處。已詳《同人》之《革》。
《損》が《革》に変ずる:四面ともに山陵に堵死せられ、我が行かんとする小路を截断せられ、回頭せんと欲するも回る能わず、ただ元の地方に退回るのみ。これは進退受阻の辞。尚秉和は「已詳《同人》之《革》」と注し、同一首の林辞は已に《同人》卦下「之《革》」の一条に見え、取象の説明は彼処に在り。
鼎。一指食肉,口無所得,舌饞於腹。詳《頤》之《離》。一當作以,饞,宋元本作讒。
《損》が《鼎》に変ずる:ただ一根の指头を拏りて肉に蘸して食わんとするに、嘴裡は根本に何も得ず、舌头は饞れて肚子は直ちに叫ぶ。此処は《左伝・宣公四年》の公子宋「染指于鼎」の故事を化用し、欲望大にして所得少なきを講る。尚秉和は「詳《頤》之《離》」と注し、同辞は彼処に見え、彼はまた二条の校語を出す:「一」は「以」と作るべし、即ち「以指食肉」、「饞」の字は宋元本が「讒」とす。
震。晨夜驚駭,不知所止。皇母相佑,卒得安處。震為晨,互坎為夜,艮為止,坎隱,故不知。伏巽為母,震為王,故曰王母。互艮為安。
《損》が《震》に変ずる:早より晩に到るまで提心吊胆、何の処に落脚すべきをも知らず、幸いに王母の庇佑を得て、終に安身の地方を找え得たり。先は驚き後は安ずるは、驚ありて険なきの辞。尚秉和は言う:《震》の上下はみな震で、震は清晨、三至五爻が互体して坎を成し、坎は夜、二至四爻が互体して艮を成し、艮は止息を主り、而るに坎は隠伏を主るので「不知所止」。《震》の伏象は巽で、巽は母、震は王で、合わせて彼は径に「王母」と称す(林辞は則ち「皇母」と作る、皇・王は義同じ)。互艮はまた安穏を主るので「卒得安処」。
艮。豺狼所言,語無成全。誤我白馬,使乾口來。艮為豹狼,互震為言語,正反震,故曰誤。震為馬、為白、為口,互大離,故曰乾口。○誤,汲古作設,非,依宋元本。
《損》が《艮》に変ずる:豺狼の嘴裡より説き出でたる話は、一句も靠住し得るものなく、我を害して白馬の約を誤らせ、空口白牙にして来るを落得るのみ。これは悪人の言を聴信して事を誤るの凶辞。尚秉和は言う:艮は豺狼の類の猛獣(注文は「豹狼」と写す、林辞の「豺狼」と小异あり)、二至四爻が互体して震を成し、震は言語を主り、一正一倒の二つの震の言う所は相反するので「誤」と言う。震はまた馬・白色・口、全卦の爻画は合せて見れば一個の放大したる離の如く、離中は虚なので「乾口」と言う——嘴裡空空にして何もなし。校記:「誤」の字は汲古閣本が「設」とし誤り、宋元本に従い「誤」とす。
漸。呼精靈來,魄生無憂。疾病瘳愈,解我患愁。通《歸妹》。震為呼、為帝,故曰精靈。兌為月,震生震樂,而納庚,初三月出庚,故曰魄生無憂。坎為疾病、為憂,震解,故病癒而不愁也。○愈,宋元本作愈,依汲古。
《損》が《漸》に変ずる:神霊を招呼して降臨せしめ、魂魄は重新して生発し、憂愁は一掃して空しく、病もまた好けて、心裡の愁患はみな解けたり。これは神を祷りて疾を愈すの吉辞。尚秉和はこの条が旁通を取ると言う:《漸》の六爻が全て変じて《帰妹》を得、象は《帰妹》の上より取る。《帰妹》の上体の震は呼喚・帝なので「精霊」と言い、下体の兌は月、震は生発喜楽を主り、而るに震は納甲の法の中に天干「庚」に配す——毎月初三の新月は庚方より出で、月魄はこれにより復生す、故に「魄生无憂」と言う。坎は疾病・憂、震は解散を主るので病愈えて愁えず。校記の原文は「愈、宋元本作愈」と作るが、両字は今日の字形の上に已に分別を看取せず、当に「愈」と「癒」の類の異体の別なり、尚氏は汲古閣本に従う。
歸妹。牧羊逐兔,使魚捕鼠。任非其人,廢日無功,不免辛苦。兌羊震兔,伏巽為魚,坎為鼠,互離為日,坎勞故曰辛苦。羊逐兔,魚捕鼠,皆失使,猶任人不當而無功也。○捕鼠,宋元本作相捕,非,依汲古。廢日,汲古作卒歲,依宋元本。
《損》が《帰妹》に変ずる:羊を趕りて兎を追い、魚を派して老鼠を捉えしめんとするは、人を用いて対象を錯り、白白に時日を耗掉して毫も成效なく、末了になお一場の辛苦を免れず。これは用人不当の凶辞。尚秉和は言う:下体の兌は羊、上体の震は兎、《帰妹》の伏象に巽あり、巽は魚、坎は鼠、互体の離は日、坎はまた労苦を主るので「辛苦」。彼は喻意を説き破る:羊が兎を追い魚が鼠を捕うは、みな使喚を錯れるが如く、正に任人不当にして、力を費し尽くすも功效なし。校記:「捕鼠」は宋元本が「相捕」とし誤り、汲古閣本に従い、「廃日」は汲古閣本が「卒歳」とし、宋元本に従う。
豐。堂祥上樓,與福俱居。帝姬冶好,國安無憂。堂祥,疑與徜徉同。伏艮為堂、為樓、為居、為國、為安,震為帝、為姬,兌為冶好,互坎為憂,震解故無。○第三句宋元本作席地妃治,依汲古。
《損》が《豊》に変ずる:従容自在として高楼に登り、福気と同じく一処に住み、帝室の女子は美貌可愛く、国家は安定して憂うべき事なし。尚秉和はまず字を解す:「堂祥」は大概「徜徉」で、従容游荡の意。取象は、《豊》の伏象に艮あり、艮は庁堂・楼閣・居処・邦国・安穏、上体の震は帝・姫姓、三至五爻が互体して兌を成し、兌は妍好を主り、二至四爻が互体して坎を成し、坎は憂を主るが、而るに震は解散を主り、憂愁は便ち無くなる。校記:第三句は宋元本が「席地妃治」とし、尚氏は汲古閣本に従い「帝姫冶好」とす。
旅。禹召諸神,會稽南山。執玉萬國,天下康安。通《節》。震為王,坎勞故曰禹。震為神,坎眾,故曰諸神。艮為山,震南,故曰會稽南山。震為玉,艮為執、為國,坎眾,故曰萬國。艮為天、為安。○神,宋元本作臣,非,依汲古。張衡賦"嘉群神之執玉兮,疾防風之食言",是自漢皆作群神,神,猶後也。
《損》が《旅》に変ずる:大禹は群神を召集して、南方の会稽山に会し、万国の諸侯は手に玉帛を執りて来朝し、天下は太平安寧なり。用うるは禹が諸侯を会稽に会し、防風氏が後至して殺されたる旧典。尚秉和はこの条が旁通を取ると言う:《旅》の六爻が全て変じて《節》を得、象は《節》の上より取る。《節》の二至四爻が互体して震を成し、震は王、下体の坎は労を主り、禹は勤労を以て水を治むるに著るので坎象は禹を取る。震はまた神、坎は衆多を主り、合わせて「諸神」、三至五爻が互体して艮を成し、艮は山、震の位は南に在るので「会稽南山」。震は玉、艮は執持・邦国、坎は衆なので「万国」、艮はまた天・安。校記:「神」の字は宋元本が「臣」とし誤り、汲古閣本に従う。彼は併せて張衡の賦「嘉群神之執玉兮、疾防風之食言」を引き、漢代に相伝すれば即ち「群神」と作るを見るべし、而るに此処の「神」は実は諸侯の長に相当す。
巽。太姒文母,仍生聖子。昌發受命,為天下主。太姒,文王妃,生武王發,文母為太任,《詩》"思齊大任,文王之母"是也。大任生昌,太姒生發,故曰仍生。《大雅》"大任有身,生此文王",又曰"纘女維莘,長子維行,篤生武王",林所本也。巽為母,互離,故曰文母。伏震為子,坎為聖,巽為命,伏震為主,伏艮為天,故曰為天下主。
《損》が《巽》に変ずる:太姒と文母(太任)のこの両位の賢妃は、接いで聖明の児子を生み、文王姫昌・武王姫発は天命を承受して、天下の君主と為る。尚秉和は周室の世系を甚だ清楚に点ず:太姒は文王の妃にして、武王発を生み、「文母」は太任を指し、《詩・大雅・思斉》「思斉大任、文王之母」即ち是れ。太任は昌を生み、太姒は発を生み、母子両代相承する故に「仍生」と言う——「仍」は接続。彼はまた《大雅・大明》「大任有身、生此文王」と「纉女維莘、長子維行、篤生武王」の両処を挙げ、これ即ち林辞の本とする所なりと認定す。取象は、《巽》は長女・引申して母、三至五爻が互体して離を成し、離に文采あるので「文母」と称し、伏震は子、坎は聖、巽は天命、伏震はまた主宰、伏艮は天で、合わせて便ち「為天下主」。
兌。兩罝同室,兔無誰告。與狂相觸,蒙我以惡。互離為罝,兌卦數二,故曰兩罝。伏坎為室,震為兔,震伏,故兔無。伏震為狂,三至上正反震相對,故曰與狂相觸。《說文》:"室,實也",言罝原有兔,因觸兔逸反疑我也。
《損》が《兌》に変ずる:両張の兎を捕る网は同一間の屋裡に収められ、兎子は却って見えず、誰に向かい申弁せん。一個の発狂の人と撞き相たれば、反って彼に一頂の悪名を扣え付けらる。これは無端に冤を受くるの凶辞。尚秉和は言う:《兌》の二至四爻が互体して離を成し、離は网罟なので「罝」と為し、兌は卦数の中に二を取るので「両罝」と言う。伏坎は屋室、震は兎なれど、而るに震は伏蔵して見えないので「兎无」。伏震はまた狂躁を主り、第三爻より上爻に至りて一正一倒の二つの震が相対し、両下冲撞するので「与狂相触」と言う。彼は《説文》「室は実なり」を引く——屋裡はもとより実なるべく、网の中にもとより兎あり、あの狂人に撞き当たりしが因に、兎は走り去り、反って我が頭上に疑心せらる。
渙。桃雀竊脂,巢於小枝。動搖不安,為風所吹。心寒悚惕,常憂殆危。已詳《噬嗑》之《渙》。
《損》が《渙》に変ずる:桃虫・窃脂の如き小鳥は、窩を細枝の上に搭く、風一たび吹けば揺れて止まず、安穏せず、心裡は涼を発し提心吊胆して、成天傾覆の危険を憂慮す。これは根基牢ならず朝に保夕せざるの辞で、「桃雀」「窃脂」はみな古書の裡の小鳥名。尚秉和は「已詳《噬嗑》之《渙》」と注し、同一首の林辞は已に《噬嗑》卦下「之《渙》」の一条に見え、取象の解説は彼処に在り。
節。陽春長日,萬物華實,樂有利福。震為春、為長,互大離故曰長日。震為萬物、為華,艮為果蓏,故曰實。震為樂、為福,伏巽為利。
《損》が《節》に変ずる:暖和の春天に、白昼は漸長し、万物は開花結果して、快活にして利あり福あり。これは一条の純吉の時令の辞。尚秉和は言う:《節》の二至四爻が互体して震を成し、震は春・生長、全卦の爻画は合せて見れば一個の放大したる離の如く、離は日なので「長日」と言う。震はまた万物・花、三至五爻が互体して艮を成し、艮は瓜果なので「実」と言う。震は喜楽・福、《節》の伏象に巽あり、巽は利。
中孚。鄰不我顧,而望玉女。身疾瘡癩,誰肯媚者。震為鄰,艮為顧,二四艮反,故不我顧。艮為我、為望,震為玉,兌為女、為媚,故曰玉女。艮為身而多節,故曰瘡癩。○我顧,汲古作顧我,依宋元本,言不反省。
《損》が《中孚》に変ずる:隣居は頭さえも回せず、我は却ってあの美しき玉の如き女子を痴望し、自己一身の瘡癩は、誰か肯んじて親近討好せん。これは自量せず自ら辱を取るの凶辞。尚秉和は言う:《中孚》の二至四爻が互体して震を成し、震は隣、三至五爻が互体して艮を成し、艮は回顧なれど、二至四のこの艮は倒れたる反艮で、回らずじて頭来らず、故に「不我顧」。艮は我・瞻望、震は玉、下体の兌は女・媚悦で、合わせて「玉女」。艮は身、艮体は骨節墳起多し、故に「瘡癩」と言う。校記:「我顧」は汲古閣本が「顧我」とし、尚氏は宋元本に従い「不我顧」とす、併せてこれは「不回顧」の意なりと言う。
小過。涸旱不雨,澤竭無流。魚鱉乾口,皇天不憂。艮為火,故曰涸旱。兌為雨澤,艮止,故不流。巽為魚,艮為鱉,兌為口,艮火在下,故曰乾口。震為帝、為皇,艮為天,震樂,故不憂。言災重如此而天不恤。
《損》が《小過》に変ずる:大旱にして雨なし、湖沢は乾きて一滴も流れず、魚鱉は嘴を張りて乾泥の裡に喘ぎ、上天は却って毫も動心せず。これは旱灾の辞で、末句は尤も沈痛。尚秉和は言う:下体の艮は火に属するので「涸旱」と言い、三至五爻が互体して兌を成し、兌は雨沢、艮は止して下に在り、水流れ動かざるので「无流」。二至四爻が互体して巽を成し、巽は魚、艮は鱉、兌は口、艮火は下に在りて烤するので「乾口」。上体の震は帝・皇、艮は天、震は喜楽を主り、因りて「不憂」。彼は末に林辞の用意を点破す:灾情は重きことこの地步に到るに、老天爺は竟に体恤せざるなりと。
既濟。狼虎之鄉,日爭凶訟。受性貪饕,不能容縱。半象,重艮故曰狼虎、曰鄉。坎上下口相背,故訟。離為日,又取損象,於爭訟尤切。
《損》が《既済》に変ずる:これは虎狼出沒の地方で、天天凶悪の争訟あり、彼処の人は生性貪婪にして、半点の退譲をも容れず。尚秉和はこの条が半象を用うと言う——相隣る両爻を某卦の一半と作す——《既済》の六爻は陰陽相間にして、取出したる半象は重畳して二個の艮を成し、艮は虎狼・郷里なので「狼虎之郷」と言う。坎は口で、上下両個の口は背向かい張るが即ち争訟。離は日なので「日争」と言い、再び加うるに遇卦《損》に減損傷害の義あり、以て争訟を解するに尤も貼切なり。
未濟。陰注陽疾,水離其室。舟楫大作,傷害黍稷。民飢於食,亦病心腹。三陰皆在內,故曰注。注,灌也。陽皆在外,故疾,《雜卦》未濟男之窮也,與此旨同。離罹同。坎為水、為室,半震為舟,坎為楫,重震重坎,故曰大作。震為黍稷,坎為病、為心,離為腹。
《損》が《未済》に変ずる:陰気は裡に向かい灌注し、陽気はこれにより病を成し、大水は河床を漫り出で、到る処に船を造り楫を划き、黍稷庄稼をみな淹壊し、百姓は食うものなく、肚子裡にも病を鬧かす。これは水灾の辞。尚秉和は爻位に就きて講る:《未済》の三個の陰爻はみな内に在り(初・三・五は陽位にして陰爻を居し、二・四・上は陰)、故に「注」と言う——「注」は灌入、陽爻はみな外に在るので「疾」と言う、《雑卦伝》に「未済は男の窮なり」と講る、旨趣は正に相同じ。「離」と「罹」は同じ字で、遭受なり。取象は、坎は水・居室、相隣る両爻の半震は舟、坎は楫、震坎は重出するので「大作」。震は黍稷、坎は病・心、離は腹。
益 第四十二
益。文王四乳,仁愛篤厚。子畜十男,無有夭折。詳《頤》之《節》。
《益》之《益》は、《益》卦の一節の頭一条である:周文王は四個の乳を生じ、仁愛の心は篤実深厚なり、十個の児子を養い大きくし、一個も夭折せざりき。文王四乳は漢人の相書の裡の聖人異相で、《淮南子》《論衡》ともに其の説を載せ、以て仁厚多子を表征す。尚秉和は「詳《頤》之《節》」と注し、同一首の林辞は已に《頤》卦下「之《節》」の一条に見え、取象の説明は彼処に在り。
乾。下堂出門,東至九山。逢福值喜,得其安閒。此用遇卦《益》象。艮為堂,坤為下、為門,震出,震東,數九故曰九山。震為福喜,艮為山、為安。○至,汲古作西,依宋元本。
《益》が《乾》に変ずる:庁堂を走下り大門を迈出し、一路東に向かい九座の山に走り到り、福気に碰上り喜事に遇い、一個の清閑自在を得たり。これは出行遇吉の辞。尚秉和は声明してこの条は遇卦《益》の象を用う:《益》の三至五爻が互体して艮を成し、艮は庁堂・山・安、二至四爻が互体して坤を成し、坤は卑下・門を主り、下体の震は外出を主り、震はまた位は東に在り、数九を取るので「東至九山」と言う。震に還ら福喜の象あり。校記:「至」の字は汲古閣本が「西」とし、宋元本に従い「至」とす——「西」と作れば「東」の字と冲突す。
坤。城上有鳥,自名破家。招呼鴆毒,為國災患。詳《坤》之《蒙》。○鴆,汲古作丑,依宋元本。
《益》が《坤》に変ずる:城頭上に一隻の鳥停まり、自ら叫び出づる名字は即ち「破家」、彼は鴆鳥の如き毒害を招来し、国家の灾患と為れり。古人は悪鳥の自ら其の名を呼ぶを以て大不祥と為す。尚秉和は「詳《坤》之《蒙》」と注し、同辞は已に《坤》卦下「之《蒙》」の一条に見る。校記:「鴆」の字は汲古閣本が「丑」とし、宋元本に従い「鴆」とす——鴆は伝説中の羽に劇毒ある鳥で、「毒」の字と正に相配す。
屯。伯虎仲熊,德義淵泓。使敷五教,陰陽順序。詳《泰》之《隨》。○泓,宋元本作聞,依汲古。敷教,汲古作布榖,依宋元本。
《益》が《屯》に変ずる:伯虎・仲熊の如き賢臣は、徳行道義は淵の如く深広、彼らを派して五教を推行せしめれば、天地陰陽はみな次序に順いて運行す。伯虎・仲熊は《左伝・文公十八年》に記す高辛氏「八元」の中の両位、「五教」は即ち父義・母慈・兄友・弟恭・子孝の五種の倫理教化。尚秉和は「詳《泰》之《随》」と注し、同辞は已に《泰》卦下「之《随》」の一条に見る。校記:「泓」の字は宋元本が「聞」とし、汲古閣本に従い「泓」とす、「敷教」は汲古閣本が「布榖」とし、宋元本に従い「敷」とす。
蒙。飲酒醉酗,跳起爭鬬。伯傷仲僵,東家治喪。依《比》之《鼎》校。○酗,宋元本作酣,且多手足紛拏四字。
《益》が《蒙》に変ずる:酒を喝みて酒瘋を撒き起すに到り、跳び起きて手を動かし架を打ち、老大は傷を受け、老二は地に打ち倒され、東辺のあの家は便ち喪事を弁じ起る。これは酗酒して禍を致すの凶辞。尚秉和のここで為すは校勘:本条の文字は《比》卦下「之《鼎》」のあの一条の同辞に依りて校定す。校記:「酗」の字は宋元本が「酣」とし、且つ「手足紛拏」の四個の字を多出す、尚氏は取らず。
需。四目相視,稍近同軌。日昳之後,見吾伯姊。互離為目,兌數四,故曰四目。眣,日昃也。坎西,離與坎連,日向西,故曰日眣。兌為伯姊,本《大過》也。○軌,宋元本作機,依汲古。姊,汲古作姨,依宋元本。
《益》が《需》に変ずる:四隻の眼睛は彼此相い望み対し、漸漸近づきて、同じ一条の車轍を走り、太陽は午を過ぎて西に偏する後、我が大姐に見えたり。これは相会見面の吉辞。尚秉和は言う:《需》は互体して離を成し、離は目、兌は卦数の中に四を取るので「四目」。「昳」(注文は「眣」と写す)は即ち日の中天を過ぎて西斜する、上体の坎の位は西に在り、離と坎とは相連なり、日頭は一路西に向かうので「日昳」と言う。兌は長女なので「伯姉」と称し、この象は《大過》に本づく。校記:「軌」の字は宋元本が「機」とし、汲古閣本に従い「軌」とす、「姉」の字は汲古閣本が「姨」とし、宋元本に従い「姉」とす。
訟。隨時逐便,不失利門。多獲得福,富於封君。伏震為時、為逐,乾為門,巽為利,故曰利門。乾為福、為富、為君。○多,汲古作靈,依宋元本。
《益》が《訟》に変ずる:時勢に順い便宜に就着きて行事し、財を生ずる門路を放過せず、収穫は多く福気は厚く、一位の受封の君侯に富み過ぐ。これは経営得利の吉辞。尚秉和は言う:《訟》の伏象に震あり、震は時・追逐、上体の乾は門、互巽は利で、両象相合すれば便ち「利門」。乾はまた福・富・君主。校記:「多」の字は汲古閣本が「霊」とし、宋元本に従い「多」とす。
師。隴西冀北,多見駿馬。去如猋揚,害不能傷。坎為西,坤為北,震為馬,坤坎亦為馬,故曰多見駿馬。坤為風,故曰猋揚。猋,音標,迴風也。坎為害、為傷,震解,故不傷。
《益》が《師》に変ずる:隴西と冀北の一帯に、到る処に好馬を見得、走ること旋風の塵を揚ぐるが如く、何の禍害も彼を傷つかず。隴西・冀北は自ずから良馬を産する之地で、韓愈は「伯楽一たび冀北の野を過ぎれば、馬群は遂に空し」と曰う、即ち此れ。尚秉和は言う:下体の坎の位は西に在り、上体の坤の位は北に在り、二至四爻が互体して震を成し、震は馬、坤と坎とは《易林》の裡にもみな馬象あるので「多見駿馬」と言う。坤は風なので「猋揚」——「猋」は音は標、回旋の疾風。坎は禍害傷損を主り、而るに震は解散を主るので「害不能傷」。
比。白龍黑虎,起伏俱怒。蚩尤敗走,死於魚首。詳《蒙》之《坎》。汲古第三句多期戰盤空四字,依宋元本刪。
《益》が《比》に変ずる:白龍と黒虎とは一起一伏して、みな怒りを発し、蚩尤は兵敗して逃走し、魚首のあの地方に死せり。これは黄帝が蚩尤を擒殺せる古伝説で、龍虎相闘は即ち両軍交鋒の象。尚秉和は「詳《蒙》之《坎》」と注し、同辞は已に《蒙》卦下「之《坎》」の一条に見る。校記:汲古閣本は第三句に「期戦盤空」の四個の字を多出す、尚氏は宋元本に従い删掉す。
小畜。鴻飛戾天,避害紫淵。雖有鋒門,不能危身。通《豫》。巽為鴻,在乾上,故曰戾天。坤為淵、為害,坎隱伏,故曰避害紫淵。離色紫也。鋒門,丁晏雲《藝文志》有逢門射法二篇,師古曰:即逢蒙。艮為鋒,坤為門,坎為矢,震為射,故鋒門。坤為身,《詩大雅》鳶飛戾天,注:戾,至也。
《益》が《小畜》に変ずる:大雁は高く飛びて天上に到り、禍害を躲け、深々たる紫淵に蔵れ入り、縦い逢蒙の如き神射手あると雖も、彼の身を傷つける能わず。これは害を遠ざけ身を全うするの吉辞。尚秉和はこの条が旁通を取ると言う:《小畜》の六爻が全て変じて《豫》を得、象は両辺を兼ねて取る。上体の巽は鴻雁で、乾の上に居るので「戻天」と言う——《詩・大雅・旱麓》「鳶飛戻天」に注家は「戻」は到達なりと言う。坤は深淵・禍害、坎は隠伏して見えないので「避害紫淵」、而るに「紫」は離色を取る。「鋒門」は彼が清人丁晏の説に従う:《漢書・藝文志》に《逢門射法》二篇を著録し、顔師古は逢門は即ち逢蒙、古の善射者と言う。取象は上に艮は鋒刃、坤は門、坎は箭矢、震は発射を主り、合わせて「鋒門」。坤はまた身。
履。平國不君,夏氏作亂。烏號竊發,靈公隕命。詳《臨》之《晉》。○君,汲古訛均,非,依元本。
《益》が《履》に変ずる:陳霊公(名は平国)は君道を守らず、夏家はこれにより乱を作し、良弓烏号は暗処に発射して、霊公は性命を失う。用うるは《左伝・宣公十年》の陳霊公と夏姫と淫乱し、夏姫の子夏徴舒に馬厩に射殺されたる事、「烏号」は古代の名弓。尚秉和は「詳《臨》之《晋》」と注し、同辞は已に《臨》卦下「之《晋》」の一条に見る。校記:「君」の字は汲古閣本が訛りて「均」とし誤り、元刻本に従い「君」とす。
泰。江漢上游,政逆民憂。陰伐其陽,雄受其殃。坤為水,故曰江漢,在上故曰上游。坤為政、為逆、為民、為憂,陰上陽下,故曰陰伐其陽,雄受其殃。○受其,汲古作者受,依元本。
《益》が《泰》に変ずる:長江漢水の上游に、政令は悖乱し、百姓は憂愁し、陰気は反って陽気を討伐し、雄の一方は反って灾殃を受く。これは上下倒置の辞。尚秉和は卦体に就きて講る:《泰》の上体の坤は水なので「江漢」と言い、坤は上位に居るので「上游」、坤はまた政・悖逆・民・憂。陰は上に在りて陽は下に在るは、正に「陰伐其陽、雄受其殃」の形象。校記:「受其」は汲古閣本が「者受」とし、元刻本に従い「受其」とす。
否。東家殺牛,聞臭腥臊。神怒不顧,命衰絕周。亳社災燒,宋公夷誅。詳《噬嗑》之《巽》。命衰絕周者,言殷命將絕於周也。
《益》が《否》に変ずる:東辺の人家は牛を殺して大祭するも、聞く所はただ一股の腥臊気、神明は怒りて、看るも一眼も顧みず、国運は衰落して、殷商の天命は周人の手裡に断送され、亳社は火灾に遭い、宋公もまた誅殺されたり。「東家殺牛」は《既済》九五「東隣殺牛、不如西隣之禴祭」に本づき、祭品は豊なれど心は誠ならず、神の享く所ならず、亳社は殷人の社壇、宋国は殷商の後なり、故に此条は一路殷祚の終らんとするを言う。尚秉和は「詳《噬嗑》之《巽》」と注し、同辞は已に彼処に見え、彼はただ一句を補釋す:所謂「命衰絶周」は、殷の天命の将に周に絶たれんとするを言うと。
同人。西誅不服,恃強負力。倍道趨敵,師徒敗覆。丁云:似指項梁。徒,汲古作走,非。卦伏《師》,師坎為西,坤為誅,震健,故恃強負力。震為大塗,巽為倍,故曰倍道趨敵。坤為師,徒為敗。
《益》が《同人》に変ずる:西に向かい肯んじて帰服せざる一方を討伐し、自己の兵強力大を仗恃し、加倍して路を趕りて敵に逼近すれば、結果は全軍覆没。これは強を恃み軽進して敗るの凶辞。尚秉和は丁晏の話を引く:この条は似て項梁を指す——項梁は連勝して驕り、終に定陶に章邯に撃殺されたり。取象は、《同人》の伏卦は《師》で、《師》の下体の坎の位は西に在り、上体の坤は誅殺を主り、互震は剛健なので「恃強負力」。震は大道、巽は加倍を主り、合わせて「倍道趨敵」。坤は軍旅で、覆敗の象もまた此より出づ(注文の「徒為敗」の三字は、底本の文義いまだ安からず、姑く其の旧を存す)。校記:「徒」の字は汲古閣本が「走」とし誤り。
大有。一婦六夫,亂擾不治。張亡季疾,莫適為公。政道壅塞,周君失邦。此用《益》象。上巽為婦,下震為夫,震數三,互艮亦為夫,亦數三,故一婦六夫。坤為亂,震為張,艮為季,坤為亡,坎為疾,故曰張亡季疾。震為公,初至五正反震,故曰莫適為公。坤為政,艮為道,艮止故壅塞。震為君、為周,坤為邦,坤喪故周君失邦。疾,汲古作莊,亡作王,依宋元本。後思王者強健,莊者嚴肅,張王季莊頗與下句莫適為公意合,而韻又協,或汲古是也。
《益》が《大有》に変ずる:一個の婦人に六個の男人を配し、乱糟糟にして理められず、張氏は亡び季氏は病み、誰も一専に定めて主公を為す能わず、政令道路はみな堵死せられ、周天子は自己の邦国を失う。これは政出多門・王綱解紐の凶辞で、《左伝》「一国三公、吾誰適従」と同一の意思。尚秉和はこの条が遇卦《益》の象を用うと言う:《益》の上体の巽は長女なので「婦」と為し、下体の震は夫で、震は数三を取り、二至四爻が互体して艮を成し、艮もまた夫と為り得て、亦数三を取り、三加三で、故に「一婦六夫」と言う。互坤は昏乱を主り、震は張、艮は季、坤は亡を主り、坎は疾で、合わせて「張亡季疾」。震は公で、初爻より五爻に至りては一正一倒の二つの震で、両下相い争うので「莫適為公」。坤は政令、艮は道路、艮はまた止を主るので「壅塞」、震は君・また周の象を取り、坤は邦国にして喪亡を主る故に「周君失邦」。校記:「疾」の字は汲古閣本が「荘」とし、「亡」は「王」とし、尚氏は宋元本に従う。但し彼は事後また反思す:「王」は強健、「荘」は厳粛、「張王季荘」の四字は下句「莫適為公」の意思と更に合し、韻脚もまた協わす、或いは汲古閣本こそ対なるべし——この種の自ら両可を陳じ其の疑を掩わざる態度は、正に尚氏の校書の謹慎なる処。
謙。配合相迎,利之四鄉。昏以為期,明星煌煌。欣喜奭懌,所言得當。坎為配合,坤為鄉,震卦數四,故曰四鄉。坎為昏,艮為明、為星,震為喜、為言。奭,盛也。○奭懌,宋元本作爽澤,依汲古。鄉,汲古作,依宋元本。
《益》が《謙》に変ずる:男女は配対して、彼此相い迎え、好処は四方に通じ、黄昏の時に相会せんと約して、啓明星の煌々として升起るを待ち、歓歓喜喜として、説く話は句句理に在り。「昏以為期、明星煌煌」は直に《詩・陳風・東門之楊》の成句を用い、写すは人を候えど至らずして星已に高し。尚秉和は言う:《謙》の三至五爻が互体して坎を成し、坎は配合・また昏暮を主り、上体の坤は郷、二至四爻が互体して震を成し、震は卦数の中に四を取るので「四郷」。艮は明・星、震は喜悦・言語。「奭」は盛大の意。校記:「奭懌」は宋元本が「爽沢」とし、汲古閣本に従い、「郷」の字は汲古閣本が某字とし(底本の此処は校する所の字を脱す)、宋元本に従い「郷」とす。
豫。猿墮高木,不踒手足。握金懷玉,還歸其室。詳《蒙》之《臨》。
《益》が《豫》に変ずる:猿猴は高樹の上より掉ち落つるも、手脚は却って扭伤せず、手裡に金子を攥え懐裡に玉を揣えて、平平安安として家中に帰る。険にして傷ならず、また財貨を得るは吉辞。「踒」は扭折。尚秉和は「詳《蒙》之《臨》」と注し、同一首の林辞は已に《蒙》卦下「之《臨》」の一条に見え、取象の説明は彼処に在り。
隨。卷領遁世,仁德不害。三聖攸同,周國茂興。詳《需》之《震》。○領,汲古作舌。攸,元刊作欣,依宋本。
《益》が《随》に変ずる:上古のあの巻領の粗服を穿きて世を避けて隠居し、仁徳を懐いて、人を害せず、三位の聖人の心は一様にして、周朝はこれにより興旺発達す。「巻領」は太古質朴の衣で、以て隠者を形容し、「三聖」は文王・武王・周公を指す。尚秉和は「詳《需》之《震》」と注し、同辞は已に《需》卦下「之《震》」の一条に見る。校記:「領」の字は汲古閣本が「舌」とし、「攸」の字は元刻本が「欣」とし、尚氏は宋本に従い「攸」とす。
蠱。去患脫厄,安無怵惕。上福喜堂,見我歡悅。互大坎為患、為厄、為怵惕,震為福喜,一陽上升,故去患脫厄而無懼也。艮為堂、為我,兌見。○患,汲古作危,歡作喜,均依汲古。
《益》が《蠱》に変ずる:憂患を除去し困厄を脱して、安安穏穏として再び心驚肉跳せず、福気は歓喜の庁堂に登りて、我をして見て満心快活ならしむ。尚秉和は言う:《蠱》の全卦の爻画は合せて見れば一個の放大したる坎の如く、坎は患難・困厄・恐懼を主り、三至五爻が互体して震を成し、震は福喜、卦中の一陽は下より上升し、患厄を頂き開けたり、故に患を去り厄を脱して再び害怕せずと言う。上体の艮は庁堂・我、二至四爻が互体して兌を成し、兌は見を主る。校記の原文は「患」の字は汲古閣本が「危」とし「歓」の字は汲古閣本が「喜」としと言うが、末了に却って「均依汲古」と写す——上下文に依れば当に「均依宋元本」たるべく、底本の此処に訛あり、今は原様に照りて保留す。
臨。帶季兒良,時利權兵。將師合戰,敵不能當,趙魏以強。通《遁》。艮為季,巽為帶,故曰帶季,即帶佗。震為兒、為良,故曰兒良。《藝文志》有兒良一篇,列兵家。過秦論,帶佗、兒良並稱兵家,故曰權兵。艮為時,巽為利,坤為師,震為戰、為趙、為強。○時利,宋元本作明智,依汲古。
《益》が《臨》に変ずる:帯佗・児良の如き名将は、時に因りて宜に制し、兵権謀を用うるに善く、軍を率いて会戦すれば、敵は抵当し得ず、趙国魏国はこれにより強盛す。尚秉和は両個の人名を坐実す:「帯季」は即ち帯佗、「児良」は《漢書・藝文志》の兵家類に《児良》一篇を著録するに見え、賈誼《過秦論》は六国の人才を歴数し、帯佗・倪(児)良は併せて兵家に列ぶ、故に林辞に「権兵」と言う。取象は、この条は旁通を取る:《臨》の六爻が全て変じて《遯》を得。艮は季、巽は帯で、合わせて「帯季」、震は児・良。艮はまた時、巽は利、坤は軍旅、震は戦・趙国の象を取り・また強盛を主る。校記:「時利」は宋元本が「明智」とし、尚氏は汲古閣本に従う。
觀。鵠思其雄,欲隨鳳東。順理羽翼,出次須日。中留北邑,復反其室。詳《明夷》之《益》。次須日中,汲古作自日中須,依宋元本。
《益》が《観》に変ずる:雌鵠は其の配偶を思念し、鳳凰に跟いで東に飛ばんと欲し、羽毛を一根根理順し、門を出でて歇宿して、日頭を待つ。半路に却って北辺の城邑に滞留し、末了はやはり自己の窩裡に折回る。行かんと欲して果たさざるは、先動後止の辞。尚秉和は「詳《明夷》之《益》」と注し、同辞は已に《明夷》卦下「之《益》」の一条に見る。校記:「次須日中」の幾個の字は、汲古閣本が「自日中須」とし、尚氏は宋元本に従う。
噬嗑。耳如驚鹿,不能定足。室家分散,各走匿竄。互坎為耳,震為驚、為鹿、為足,艮為室家,坎為匿。○匿竄與散韻,汲古作鼠匿,非,依宋元本。耳,汲古訛且。
《益》が《噬嗑》に変ずる:耳朵は支棱して驚きたる鹿の如く、脚下は站まり穏やかならず、一家人は四散奔逃して、各々地方を找えて躲蔵す。これは驚乱離散の凶辞。尚秉和は言う:《噬嗑》の三至五爻が互体して坎を成し、坎は耳、下体の震は驚動・鹿・足を主り、二至四爻が互体して艮を成し、艮は室家、坎はまた蔵匿を主る。校記:「匿竄」は上句の「散」の字と押韻し、汲古閣本は「鼠匿」とし韻は便ち合わず、故に対ならず、宋元本に従い、「耳」の字は汲古閣本が訛りて「且」とす。
賁。甲乙丙丁,俱歸我庭。三丑六子,入門見母。震東方甲乙,離南丙丁,艮為庭、為我,震為歸,故曰俱歸我庭。艮居北,數三,故曰三丑。坎居子,數六,故曰六子。艮為門,伏巽為母,離為見。○歸,宋元本作位,依汲古。
《益》が《賁》に変ずる:甲乙丙丁は一斉に我が庭院に帰り、三丑六子は門を入りて母親に拜見す。四天干・両地支はみな干支を以て卦に配する办法を用いて象を説く。尚秉和は講る:震は東方に居り、天干甲乙に配し、離は南方に居り、天干丙丁に配し、上体の艮は庭院・我、互震は帰返なので「倶帰我庭」。艮の位は北に在り、数三を取るので「三丑」——丑は北方に在り、坎の位は子に当たり、数六を取るので「六子」。艮はまた門、伏巽は母、離は見を主る。校記:「帰」の字は宋元本が「位」とし、尚氏は汲古閣本に従い「帰」とす。
剝。躡華顛,觀浮雲。風不搖,雨不薄。心安吉,無患咎。艮為山、為顛,伏兌為西,故曰華顛。坤為雲、為風,兌為雨,兌伏,故云不薄。坤為心、為患,艮安,故無。此皆三字句,元本刪不搖作四字句,非,依宋本、汲古。又薄元本作博,患作匿,亦非。
《益》が《剥》に変ずる:華山の頂に踏上り、脚下の浮雲を看る、風は吹きても動かせず、雨もまた逼り近づかず、心裡は安穏吉利にして、禍患過错なし。この条は得難くも三字句を用い、気象は高曠にして、全書の中少見の格調。尚秉和は言う:上体の艮は山・山頂、《剥》の伏象に兌あり、兌の位は西に在り、華山は正に西方に在るので「華顛」と言う。下体の坤は雲・風、兌は雨なれど伏蔵して見えないので雨は「不薄」と言う——「薄」は逼近。坤はまた心・患難、艮は安止を主るので「心安吉、无患咎」。彼は還ら体例上の校語を出す:この条は通篇みな三字句で、元刻本は「不揺」の二字を删去して四字句に改成す、是れ対ならず、応に宋本と汲古閣本に依るべし、此外元刻本は「薄」を「博」とし「患」を「匿」とす、亦みな対ならず。
復。德施流行,利之四鄉。雨師灑道,風伯逐殃。巡狩封禪,以告成功。震為德、為行,卦數四,坤為鄉,故曰四鄉。坤為師、為水,故曰雨師。坤為風,震為伯,故曰風伯。獨斷云,雨師畢星、風伯箕星也。古者天下太平,天子必巡狩四方,封四方,封太山,禪梁父。震為言,故曰以告成功。
《益》が《復》に変ずる:徳沢は布施流行し、好処は四方に遍く及び、雨師は先ず道路を洒し、風伯は灾殃を趕き去り、天子は天下を巡狩して、封禅の礼を行い、成就したる功業を上天に禀告す。これは太平盛世の大吉の辞。尚秉和は言う:下体の震は徳・行、震は数四を取り、上体の坤は郷なので「四郷」。坤は師・水で、合わせて「雨師」、坤はまた風、震は伯で、合わせて「風伯」。彼は蔡邕《独断》を引く:雨師は即ち畢星、風伯は即ち箕星。また古時天下太平なれば、天子は必ず四方を巡狩し、四方に封礼を行い、泰山に登りて封し、梁父山に於て禅すと言う。震は言語なので「以告成功」。
無妄。水流趨下,遂成東海。求我所有,買鱣與鯉。詳《損》之《需》。
《益》が《无妄》に変ずる:水は一路低処に流れて、東海に滙り成り、我が現成のものを拏りて換え、鱣魚と鯉魚とを買い帰る。小を積みて大を成し有を以て无に易うるは吉辞。尚秉和は「詳《損》之《需》」と注し、同一首の林辞は已に《損》卦下「之《需》」の一条に見る(本片の前面に即ち有り、両処の文字は小异にして、一は「賈魴与鯉」と作り一は「買鱣与鯉」と作る)、取象の説明は彼処に在り。
大畜。和氣相薄,膏潤津澤,生我嘉穀。兌為和、為潤澤,震為生、為榖。
《益》が《大畜》に変ずる:和暖の気は交相涌合し、膏雨は滋潤し、津沢は沾溉して、我が好庄稼を養い出づ。これは三句一気の吉辞で、「薄」はここでは交迫・相接。尚秉和は象を極めて簡に講る:《大畜》の二至四爻が互体して兌を成し、兌は和悦・また膏沢潤湿を主り、三至五爻が互体して震を成し、震は生発・禾谷を主る。
頤。憂驚以除,禍不成災,安全以來。坤憂,震驚,艮安,正反艮故曰憂驚以除,禍不成災。互坤為災禍。
《益》が《頤》に変ずる:憂愁と驚恐とはみな消除し、禍事は灾殃を醸成せず、平安は此に至り来たれり。これは険を化して夷と為すの吉辞。尚秉和は言う:《頤》の互体の坤は憂・また灾祸を主り、下体の震は驚動を主り、上体の艮は安止を主り、卦中の一正一倒の二つの艮は相対して、前後夹持して、憂驚を攔住す、故に「憂驚以除、禍不成災」と言う。
大過。堅冰黃鳥,常哀悲愁。不見白粒,但覩藜蒿。數驚鷙鳥,為我心憂。詳《乾》之《噬嗑》。○白,汲古作甘,依宋元本,巽為白也。末句宋元本作飄為我憂,依汲古。
《益》が《大過》に変ずる:堅氷は地に満ち、黄雀は常常に哀鳴悲愁し、一粒の白米も見えず、ただ満眼の藜蒿を見、一次次猛禽に驚き起され、我が心を愁えしむ。この一首は前面の《解》之《夬》に載する所と同一の林辞で、字句小さく出入あり、《易林》の中に同辞の屢見する情形を見るべし。尚秉和は「詳《乾》之《噬嗑》」と注し、取象の説明はあの一条に在り。校記:「白」の字は汲古閣本が「甘」とし、宋元本に従い「白」とす、併せて巽にもとより白色の象ありて「白」と作すは象に拠るありと言う、末句は宋元本が「飄為我憂」とし、尚氏は汲古閣本に従い「為我心憂」とす。
坎。翕翕,隕墜崩顛。滅其令名,身命不全。詳《泰》之《謙》。下二句宋元本作滅其命身,依汲古。隕,各本皆作實,依《否》之《離》校。
《益》が《坎》に変ずる(首句は底本に脱字あり):一片附和苟且の様子にして、終に墜落崩塌し、好名声は毀れ、性命もまた保ち得ず。「翕翕」は《詩・小雅・小旻》「潝潝訿訿」のあの随声附和・互相詆毀の情状で、四言句の上頭に両字を脱す、今は源本の実収に照らし擅りに補わず。尚秉和は「詳《泰》之《謙》」と注し、同辞は已に《泰》卦下「之《謙》」の一条に見る。校記:後二句は宋元本が「滅其命身」とし、尚氏は汲古閣本に従い、「隕」の字は各本とも「実」とし、彼は《否》卦下「之《離》」の一条に拠りて「隕」に校改す。
離。因禍受福,喜盈其室。通《坎》。互艮為室,震為喜。○室,汲古作身,依宋元本。
《益》が《離》に変ずる:一場の禍事に因りて却って福を得、喜気は屋に満つ。禍福は相依るは、凶を転じて吉と為すの辞。尚秉和はこの条が旁通を取ると言う:《離》の六爻が全て変じて《坎》を得、象は《坎》の上より取る、《坎》の三至五爻が互体して艮を成し、艮は居室、二至四爻が互体して震を成し、震は喜楽を主る。校記:「室」の字は汲古閣本が「身」とし、宋元本に従い「室」とす。
咸。陸居千里,不見河海,無有魚市。坤為陸、為千里、為河海,坤伏,故不見。巽為魚、為市,乾無,故曰無有魚市。○陸,宋元本作佳,依汲古。
《益》が《咸》に変ずる:千里の内陸に住み、江河大海を見ず、魚を売る市集もなし。求むる所は其の地に非ずは不遂の辞。尚秉和は言う:坤は陸地・千里の広・亦河海なれど、《咸》の中の坤は伏して見えないので「不見河海」。巽は魚・市集、乾は空无を主るので「无有魚市」。校記:「陸」の字は宋元本が「佳」とし、尚氏は汲古閣本に従い「陸」とす。
恆。鹿得美草,鳴呼其友。九族和睦,不憂飢乏。詳《益》之《恆》。
《益》が《恒》に変ずる:鹿は一片の好草を找え得れば、便ち同伴を叫喚して一斉に来りて喰わしめ、九族の内は和睦相処して、挨餓受窮を愁えず。鹿の鳴きて友を呼ぶは《詩・小雅・鹿鳴》「呦呦鹿鳴、食野之苹」の意に本づき、親族を宴享するの吉辞。尚秉和は此処に「詳《益》之《恒》」と注す——指す所は正に本条自身で、底本のこの互見の出処は顕然に訛ある(当に別卦之《恒》にして誤書せるなり)、今は源本の実収に照らし擅りに改めず。
遯。出門得黨,不逢禍殃。入戶自若,不見矛戟。乾為門戶,艮為黨,坤為禍殃,坤伏故不逢。艮為矛戟。巽為入、為伏,故不見矛戟。黨,助也。《論語》"君子不黨"注:相助為非曰黨。
《益》が《遯》に変ずる:門を出でれば即ち帮手に遇上り、禍殃に碰せず、屋に入れば神色自若にして、刀槍を見ず。出入ともに安ずるは吉辞。尚秉和は言う:《遯》の上体の乾は門戸、下体の艮は「党」・亦矛戟、坤は禍殃を主りて伏蔵して見えないので「不逢」、互巽は入を主り・また潜伏を主るので「不見矛戟」。彼はまた「党」の字を訓す:党は幇助の意で、《論語》に「君子不党」と曰い、注家は「相助けて非を為すを党と曰う」と解す——林辞は其の相助くるの一面を取る。
大壯。罍尊重席,命我嘉客。福佑久長,不見禍殃。震為尊罍、為席,兌卦數二,故曰重席。震為嘉、為客、為長,乾為福佑,坤為禍殃,坤伏故不見。○禍,汲古作咎,依宋元本。罍,汲古作累,依宋元本。
《益》が《大壮》に変ずる:酒罍酒尊を擺き開き、両層の坐席を鋪き、我が貴客を請じて入座せしむ、福佑は長長久久にして、禍殃を見ず。これは宴饗して吉を得るの辞で、古礼は重席を以て客を敬うの儀と為す。尚秉和は言う:上体の震は酒器罍尊・坐席、互兌は卦数の中に二を取り、両層なので「重席」と言う。震はまた嘉美・賓客・長久、下体の乾は福佑、坤は禍殃を主りて伏蔵して見えず。校記:「禍」の字は汲古閣本が「咎」とし、「罍」の字は汲古閣本が「累」とし、いずれも宋元本に従う。
晉。鴻雁俱飛,北就魚池。鱣鮪鰋鯉,眾多饒有。一笱獲兩,利得過倍。詳《比》之《觀》。○鮪,汲古作鯰,依宋元本校。第四句宋元本作多饒所有,汲古作眾鳥饒有,皆非,依《比》之《觀》校。笱,汲古作鳴,依宋元本。利得,宋元本作利之,汲古作得之,皆非,仍依《比》之《觀》校。
《益》が《晋》に変ずる:鴻雁は群を成して飛び起き、北に向かいあの魚池に奔り、鱣魚・鮪魚・鰋魚・鯉魚は、多きこと数え来れぬほど、一隻の竹簍は一次に両条を撈り上げ、得る利は一倍を超過す。これは漁獲豊足の吉辞で、「鱣鮪鰋鯉」は《詩・周頌・潜》「有鱣有鮪、鰷鱨鰋鯉」に出で、「笱」は魚を捕る竹器。尚秉和は「詳《比》之《観》」と注し、同辞は已に《比》卦下「之《観》」の一条に見る。校記は一連四条あって、みな《比》之《観》のあの一条を拏りて本条を校す:「鮪」は汲古閣本が「鮎」とし、宋元本に従い、第四句は宋元本が「多饒所有」とし、汲古閣本は「衆鳥饒有」とし、いずれも対ならず、《比》之《観》に依りて「衆多饒有」と校し、「笱」は汲古閣本が「鳴」とし、宋元本に従い、「利得」は宋元本が「利之」とし、汲古閣本は「得之」とし、亦みな対ならず、仍お《比》之《観》に依りて校定す。
明夷。當風奮翼,與鳥飛北。入我家國,見吾慶室。坤為風,震為翼,離為鳥,坤為北、為家國,坎為室,震喜,故曰慶室。
《益》が《明夷》に変ずる:風を迎えて翅膀を振起し、群鳥に跟いで北に飛び、我が家邦に飛び入りて、我があの喜気洋洋の屋子を看る。遠く帰りて吉を得。尚秉和は言う:上体の坤は風・位は北に在り・また家国、三至五爻が互体して震を成し、震は翅翼・また喜慶を主り、下体の離は鳥、二至四爻が互体して坎を成し、坎は居室で、震の喜気に配するので「慶室」と言う。
家人。麒麟鳳凰,善政得祥。陰陽和調,國無災殃。詳《大有》之《旅》。
《益》が《家人》に変ずる:麒麟と鳳凰とが出現し、好き政治が祥瑞を招来す。陰陽二気は調和し、国中に災殃なし。麟鳳は古人心目の中の太平の世にのみ有る瑞獣瑞鳥で、故に善政を以て言となす。尚秉和は「詳《大有》之《旅》」と注し、同辞は已に《大有》卦下「之《旅》」の一条に見え、取象の説明は彼処に在り。
睽。逐狐東山,水遏我前。深不可涉,失其後便。詳《大畜》之《震》。
《益》が《睽》に変ずる:一隻の狐狸を追いて東山に追い着くと、一片の大水が前に横たわる。水は深きこと過ぎて渡れず、連れて退き帰る便利も失い去れり。進退ともに難しく、是れ凶辞。尚秉和は「詳《大畜》之《震》」と注し、同一首の林辞は已に《大畜》卦下「之《震》」の一条に見え、取象の説明は彼処に在り。
蹇。丑戌亥子,饑饉所生。陰為暴客,水絕我食。下艮,先天居戌,後天居丑,坎居亥子,丑戌亥子,皆在北方,北方屬水,《史記貨殖傳》水毀木飢,故曰饑饉所生,曰陰為暴客。北方坎水,故曰水絕我食。○所,宋元本作前,為作陽,均依汲古。
《益》が《蹇》に変ずる:丑・戌・亥・子のこの幾個の方位は、正に饑饉の生まるる地方で、陰気は化して強暴の来客を為し、大水は我が口糧を断つ。これは水灾より饑を致すの辞。尚秉和は先後天の卦位に地支を配して講る:《蹇》の下体は艮で、艮は先天八卦の方位にて戌に居り、後天の方位にて丑に居り、上体の坎は亥・子に当たる——丑・戌・亥・子の四支はみな北方に在り、北方の五行は水に属す。彼は《史記・貨殖列伝》の計然の説「水毀木饑」を引く、水年は灾を成せば稼を傷る、故に「饑饉所生」「陰為暴客」と言う。北方の坎水は氾濫す、因りて「水絶我食」。校記:「所」の字は宋元本が「前」とし、「為」は「陽」とし、いずれも汲古閣本に従う。
解。狐狸雉兔,畏人逃去。分走竄匿,不知所處。詳《睽》之《大有》。○人,汲古作我。
《益》が《解》に変ずる:狐狸・野雉・兎は人を怕れ、一たび人を見れば逃げ去り、四散して奔りて蔵れて、誰も彼らが何処に躲れたるか知らず。これは走失離散の辞で、逃亡・人を尋ねるを占うに多く凶なり。尚秉和は「詳《睽》之《大有》」と注し、同一首の林辞は已に《睽》卦下「之《大有》」の一条に見え、取象の説明は彼処に在り。校記:「人」の字は汲古閣本が「我」とす。
損。桀蹠惡人,使德不通。炎旱為殃,年穀大傷。坤為惡,故曰桀。伏巽為盜,故曰蹠。正反艮,故不通。震為使也。艮為火,故炎旱。震為年穀,兌毀故傷。○德,汲古作得,非,依宋元本。
《益》が《損》に変ずる:夏桀・盗蹠の如き悪人が道に当たり、好処は施し下らず。続いてまた酷熱の大旱が灾を成し、一年の庄稼は大いに損傷を受く。人禍と天灾とを併せ書くは、是れ凶辞。尚秉和は言う:《損》の互体の坤は悪を主る、故に夏桀の象を取る。《損》の伏象に巽あり、巽は潜入して盗を為すを主る、故に盗蹠の象を取る。卦中の一正一倒の二つの艮は彼此相い阻む、故に「不通」。互震に役使の義あり。上体の艮は火に属す、故に「炎旱」。震は年穀、下体の兌は毀折を主る、故に「大傷」。校記:「徳」の字は汲古閣本が「得」とし、対ならず、宋元本に従い「徳」とす。
夬。兔乳在室,行來雀食。虎攫我子,長號不已。此用遇卦《益》象。震為兔,艮為室、為雀、為虎,艮手故曰攫。震為子、為長號,正反震故曰不已。○在,汲古作立,非,依宋元本。來,元本作求,攫訛懼,均依宋本、汲古。
《益》が《夬》に変ずる:母兎は窩裡にて哺乳し、麻雀は走り来て啄食す。老虎は一爪にして我が子を攫み去り、ただ長声痛哭して止まざるのみ。これは子を喪うの大凶の辞。尚秉和は声明してこの条は遇卦《益》の象を用う:《益》の下体の震は兎・子・長号。三至五爻が互体して艮を成し、艮は屋室・雀・虎、艮はまた手なので「攫」と言う。卦中の一正一倒の二つの震は接続して断えず、故に「不已」。校記:「在」の字は汲古閣本が「立」とし、対ならず、宋元本に従う。「来」の字は元刻本が「求」とし、「攫」の字は元刻本が訛りて「懼」とす、いずれも宋本と汲古閣本に従う。
姤。土階明堂,禮讓益興。雄雌相得,使我無疾。通《復》。坤為上階、為禮,震為興。一陽臨五陰,故曰雄雌相得。坤為我、為疾,震解故無。
《益》が《姤》に変ずる:明堂はただ三級の土台を築くのみにして、礼譲の風は日益に興隆し、雌雄は各々其の配を得て、我が身に疾病なからしむ。「土階」は尭舜の茅茨土階の倹徳の故事を用う、政清く人和の吉辞なり。尚秉和はこの条が旁通を取ると言う:《姤》の六爻が全て変じて《復》を得、象は《復》の上より取る。《復》の上体の坤は台階・礼、下体の震は興起を主る。《復》は一個の陽爻が下に在りて五個の陰爻を承く、陰陽相配する故に「雄雌相得」と言う。坤はまた我・疾なれど、震は解散を主るので病は便ち無し。
萃。送金出門,並失玉丸。往來井上,破甕壞盆。坤為門,互艮為金,震為玉,互大坎為丸,震伏故失玉丸。兌為井,三至上正反兌,故曰往來井上。上疑為井,以重文作上,故訛為上也。震為甕、為盆,震覆故曰破,兌毀故也。往來井井,謂三至上正反兌也。井初至四亦正反兌,由此證《井彖》"往來井井"亦由正反兌,焦氏說之甚明也。○丸,汲古作兔,依宋元本。
《益》が《萃》に変ずる:金子を門外に送り出すと、玉丸をも連れて一緒に失い、井辺に往々来々して、瓮を打破り盆を砸壊す。これは財を破り物を失うの凶辞。尚秉和は言う:下体の坤は門、二至四爻が互体して艮を成し、艮は金、伏震は玉、全卦の爻画は合せて見れば一個の放大したる坎の如く、坎は丸、震は伏して見えないので「失玉丸」。上体の兌は井、第三爻より上爻に至りて一正一倒の二つの兌なので「往来井上」と言う。彼は随って一個の校勘上の推断を出す:「上」の字は疑わく本は「井」ならん、古書は重複の字に遇えば重文符号を以て之に代う、抄写の時に重文符号を誤認して「上」の字と為し、ここに「往来井井」は訛りて「往来井上」と成れり。震は瓮・盆、震は覆れば破れ、兌は毀すれば壊る。彼は進んで此より一层を推し広む:所謂「往来井井」は、正に三至上の一正一倒の二つの兌の象なり。《井》卦は初爻より第四爻に到るまで亦同様に正反両兌なり、見るべし《井》卦の彖辞「往来井井」の取象もまた正反兌より出づるを——焦延寿の用法はこの一点を再明らかならざらんと説く。これは尚氏が《易林》を以て《周易》の古象を反推する著名の例証なり。校記:「丸」の字は汲古閣本が「兎」とし、宋元本に従い「丸」とす。
升。諷德誦功,美周盛隆。加其旦輔,光濟沖人。震為德、為功、為言,故曰諷誦。震為周、為旦、為沖人,言周公旦輔成王以成周德。○光,汲古作夬,依宋元本。
《益》が《升》に変ずる:徳行を吟詠し功業を称頌し、周朝の鼎盛を讃美す。さらに加うるに周公旦の輔佐を以てし、年幼の君王を光り大きく成就す。「沖人」は即ち幼小の人で、周成王は自ら「予沖人」と称す。尚秉和は言う:《升》の三至五爻が互体して震を成し、震は徳・功・言語、吟詠称頌はみな震に帰す。震はまた周の象を取り・旦・沖人を為す。彼は整条の意思を一語に道破す:説く所は周公旦が成王を輔佐して周徳を成就せしと。校記:「光」の字は汲古閣本が「夬」とし、宋元本に従い「光」とす。
困。盜竊滅身,二母不親。王后無黨,毀其寶靈。互巽為盜,艮為身,艮伏,故滅身。巽為母,正反巽相背,故曰二母,故曰不親。震為王、為寶,震伏故毀,兌為毀也。
《益》が《困》に変ずる:賊を為し盗みを為して、自身を毀す。両位の母親は彼此相い親しまず、王后の身辺に帮手なく、宝器神霊もまた毀壊さる。これは家と国と両敗の凶辞。尚秉和は言う:《困》の三至五爻が互体して巽を成し、巽は潜入して盗を為すを主り、艮は身なれど艮は伏蔵して見えないので「滅身」と言う。巽は母、一正一倒の二つの巽は背向して立つので「二母」と言い、また「不親」と言う。震は王・宝、震は伏する故に毀る。上体の兌は毀折を主り、亦毀壊の象なり。
井。六月騤騤,各欲有至。專征束裝,俟時旦明。詳《蹇》之《小過》。旦明,汲古作明旦,非,明與裝韻,依宋元本。惟有首句各本皆作六目睽睽,非,因下雲專征,故知用六月出師詩也。時,各本作待,均依《小過》校。
《益》が《井》に変ずる:六月の裡に駟馬は雄壮に奔馳し、人人はみな趕到せんとす。命を奉じて専征する将帥は行装を整え、ただ天亮の時辰の一到るを待ちて便ち動身す。これは本片の開頭《蹇》之《小過》に載する所と同一首の林辞なり。尚秉和は「詳《蹇》之《小過》」と注し、取象の説明は彼処に見る。ここで補い出す幾条の校語は甚だ功力を見る:「旦明」は汲古閣本が「明旦」とし、対ならず、「明」は上句の「装」と押韻せんとするが因に、宋元本に従い「旦明」とす。首句は各本とも「六目睽睽」とし、亦対ならず——底下既に「専征」と説く、知るべし用うるは《詩・小雅・六月》の尹吉甫の出師の典なり、故に当に「六月騤騤」と作るべし。「時」の字は各本とも「待」とし、一併せて《小過》のあの一条に依りて校正す。
革。雀行求粒,誤入網罭。賴仁君子,復說歸室。離為雀、為網,巽為粒,伏震為仁、為脫、為歸,艮為君子、為室。○網,宋元本作罟,說作脫,均依汲古。說,古皆通脫。《易林》用古字多。
《益》が《革》に変ずる:麻雀は一路走り一路穀粒を啄食し、小心せず細目の漁網に撞き込む。幸いに仁厚の君子に遇上り、また脱身して窩に帰るを得たり。先に危く後に安きは、是れ吉辞。「罭」は細目の網で、《詩・豳風・九罭》は即ちこの字を用う。尚秉和は言う:《革》の下体の離は雀・また網羅、互巽は米粒、《革》の伏象に震あり、震は仁・脱身・帰返、互艮は君子・居室。校記:「網」の字は宋元本が「罟」とし、「説」の字は宋元本が「脱」とし、いずれも汲古閣本に従う。彼は併せて指出す:「説」の字は古時一概に「脱」と通用し、《易林》の裡にこの類の古字を用うる所は甚だ多しと。
鼎。仁德孔明,患禍不傷。期誓不至,室人銜恤。通《屯》。震為仁德、為孔,艮為明,故曰仁德孔明。坤為患禍,艮為室,震為人,故曰室人。震為銜,坤憂故曰銜恤。
《益》が《鼎》に変ずる:仁徳は昭彰すること甚だしく、禍患は彼を傷つけず。ただ約し合いたる日に人は来らず、家裡の人は満懐の憂傷なり。先に吉にして後に憂えるは一条の半吉の辞で、「銜恤」は《詩・小雅・蓼莪》「出則銜恤」を用い、悲傷を含む。尚秉和はこの条が旁通を取ると言う:《鼎》の六爻が全て変じて《屯》を得、象は《屯》の上より取る。《屯》の下体の震は仁徳・「孔」(甚だ、甚し)、互艮は明で、合わせて「仁徳孔明」。互坤は禍患、艮は居室、震は人で、合わせて「室人」。震に含銜の象あり、坤は憂愁を主る、故に「銜恤」。
震。龜厭江海,陸行不止。自令枯槁,失其都市,雖憂無咎。詳《泰》之《節》。末句汲古作憂悔咎生,非,依宋元本。
《益》が《震》に変ずる:烏亀は江海に厭き、偏えに陸地の上に止まず爬らんとす。結果は己を晒して乾枯せしめ、本来の熱鬧なる去処を失い、憂え有ると雖も、災禍に至ることはあたわず。長を捨て短に就きて終に難を免るるは、先凶後吉の辞なり。尚秉和は「詳《泰》之《節》」と注し、同辞は已に《泰》卦下「之《節》」の一条に見る。校記:末句は汲古閣本が「憂悔咎生」とし、対ならず、宋元本に従い「雖憂无咎」とす——一は咎有りと作り、一は災禍なしと作る、吉凶は正に相反する、故に校せざるべからず。
艮。孤獨特處,莫依為輔,心勞志苦。坎為孤,艮為獨,坎為心、為勞。○汲古心上多正字,心下多允濟神三字,作四句,依宋元本。
《益》が《艮》に変ずる:孤零零として一人独処し、依靠し辅助すべき人なく、心思は労碌し、志意は愁苦す。これは孤立して援なきの辞。尚秉和は言う:《艮》の二至四爻が互体して坎を成し、坎は孤・心・労、艮は本身として静止独処を主る。校記:汲古閣本は「心」の字の上に一個の「正」の字を多く、「心」の字の下に「允済神」の三個の字を多くして、四句に湊成す、尚氏は宋元本に従い三句とす。
漸。伯仲言留,叔子云去。雖去無咎,主母大喜。通《歸妹》。震為伯,坎為仲,艮為叔,艮止故留,震往故去。巽為母,震為主、為喜,故曰主母大喜。○雖,汲古訛誰,依宋元本。雖去,宋元本作雖自,汲古作誰云,依局本。
《益》が《漸》に変ずる:老大老二は留まらんと言い、老三は走らんと言う。縱い走ると雖も災禍は有るまじく、当家の主母は大いに歓喜す。尚秉和はこの条が旁通を取ると言う:《漸》の六爻が全て変じて《帰妹》を得、象は《帰妹》の上より取る。震は伯(長兄)、坎は仲(次兄)、艮は叔(幼弟)。艮は静止を主る、故に「留」。震は前往を主る、故に「去」。巽は母、震は主・喜で、合わせて「主母大喜」。校記:「雖」の字は汲古閣本が訛りて「誰」とし、宋元本に従う。「雖去」の二字は宋元本が「雖自」とし、汲古閣本が「誰云」とし、尚氏は官書局刻本に従い「雖去」とす。
歸妹。初憂不安,後得笑歡,雖懼無患。互坎為憂,震為笑,在外卦故曰後。
《益》が《帰妹》に変ずる:起初は憂愁不安、後来は転じて歓笑と為り、一度害怕したると雖も、終に禍患なし。これは先に憂え後に喜ぶの吉辞。尚秉和は象を講ずること極めて簡なり:《帰妹》の二至四爻が互体して坎を成し、坎は憂を主り、上体の震は歓笑を主り、震は外卦に居り、後に在るので「後得笑歓」と言う。内外卦の先後を以て辞中の「初」「後」に配するは、《易林》注の裡の常見の手法なり。
豐。好戰亡國,師不以律。稱上隕墜,齊侯狠戾,被其災祟。震為戰,坤為國、為師,坎為律,坤坎皆伏不見,故曰亡國、曰師不以律。巽為齊,震為諸侯、為狠,離為災,似指頃公。○被其,宋元本作其被,依汲古。稱上二字疑有訛。
《益》が《豊》に変ずる:兵を好く用うる者は国家を失い、軍隊は出動して紀律を守らず。一路墜落して来り、斉侯は狠戾自用して、この場の災禍に遭えり。「師不以律」は《師》卦の初六「師出以律、否臧凶」を用う。尚秉和は言う:上体の震は戦伐を主り、坤は邦国・軍旅、坎は紀律なれど、坤・坎は此卦に皆伏して見えないので「亡國」と言い「師不以律」と言う。互巽は斉国の象を取り、震は諸侯・また狠戾を主り、下体の離は災禍。彼は推測してこの条は斉頃公を指すに似たりと言う——鞌の戦いに斉師は大敗し、頃公はほとんど擒にせられんとせり。校記:「被其」は宋元本が「其被」とし、汲古閣本に従う。彼はまた「称上」の両字は恐らく訛誤あるを惧れ、強いて解せずと言う。
旅。鹿在澤陂,豺傷其麑,洋血獨哀。通《節》。震為鹿,兌為澤陂,艮為豺,震為麑。麑,鹿子也。兌折,故傷。坎為血、為獨、為憂,故曰哀。○在,汲古作生,依宋元本。泣,汲古作淬,依宋元本。
《益》が《旅》に変ずる:鹿は水沢の岸辺に在り、豺は其の小鹿を咬み傷つけ、母鹿は泣血して独自哀鳴す。「麑」は幼鹿で、林辞の「洋血」は、校記の裡に出す字头に拠れば当に「泣血」の訛ならん。尚秉和はこの条が旁通を取ると言う:《旅》の六爻が全て変じて《節》を得、象は《節》の上より取る。互震は鹿・麑、上体の兌は沢陂、互艮は豺。兌は毀折を主る、故に「傷」。下体の坎は血・孤独・憂愁、故に「哀」と言う。校記:「在」の字は汲古閣本が「生」とし、宋元本に従う。「泣」の字は汲古閣本が「淬」とし、亦宋元本に従う。
巽。天地閉塞,仁智隱伏。商旅不行,利潤難得。初至四大過,故曰天地閉塞。震為仁,坎為智,皆伏不見,故曰隱伏。震為商旅,震伏,故不行。巽為利。○閉,汲古作鈐,依宋元本。
《益》が《巽》に変ずる:天地の気は閉塞して通ぜず、仁人智士はみな蔵れてしまう。商人旅客は門を出でず、銭財もまた賺り難し。「商旅不行」は《復》卦の大象「先王以至日閉関、商旅不行」を用う。尚秉和は言う:《巽》は初爻より第四爻に到るまで両頭は陰にして当中は両陽、《大過》の形を成し、閉塞の象は此より来たる。震は仁、坎は智、両者は此卦に皆伏して見えないので「隠伏」。震はまた商旅、震は伏する故に「不行」。巽は利なれど、而るに卦体は閉塞す、利は便ち得難し。校記:「閉」の字は汲古閣本が「鈐」とし、宋元本に従い「閉」とす。
兌。福德之士,歡悅日喜。夷吾相桓,三歸為臣,賞流子孫。通《艮》。互震為福德、為士、為喜,本卦互離,故曰日喜。震為桓、為歸,數三,故曰三歸。艮為臣、為孫。夷吾,管仲字,《論語》"管氏有三歸",三歸,臺名。
《益》が《兌》に変ずる:福有り徳有る士人は、天天歓歓喜喜たり。管夷吾は斉桓公の相と為り、三帰の台を築き起し、位は人臣に極まり、賞賜は直に子孫に惠及す。尚秉和はこの条が旁通を取ると言う:《兌》の六爻が全て変じて《艮》を得、象は《艮》の上より取る。《艮》の互体の震は福徳・士人・喜。《兌》の本卦は互体して離を成し、離は日なので「日喜」と言う。震はまた桓公の象を取り・帰、数三を取り、合わせて「三帰」。艮は臣・孫。彼は末了に人名と典故とを注す:夷吾は即ち管仲(管仲は名は夷吾、字は仲、注の中に「字」と説くは、小さく出入あり)、《論語・八佾》は「管氏有三帰」と譏る、「三帰」は台名なり。
渙。上無飛鳥,下無走獸。擾亂未治,民勞於事。互艮為鳥,上巽為伏,故曰上無飛鳥。艮為獸,下坎隱伏,故曰下無走獸。震為走也。風散故擾亂。坎為民、為勞。○擾亂,宋元本作亂擾,依汲古。
《益》が《渙》に変ずる:天上に一隻の飛鳥を見ず、地下に一頭の走獣を見ず。世道は紛乱して治められず、百姓は差役に折騰されて疲憊不堪なり。一片の蕭条の象で、是れ凶辞。尚秉和は言う:《渙》の三至五爻が互体して艮を成し、艮は鳥なれど、上体の巽は伏蔵を主るので「上无飛鳥」。艮はまた獣、下体の坎は隠伏を主るので「下无走獣」、走るの動作は則ち互震を取る。巽は風、風は一吹けば散ず、故に「擾乱」。坎は民・労苦。校記:「擾乱」は宋元本が「乱擾」とし、尚氏は汲古閣本に従う。
節。握斗運樞,順天無憂,與樂並居。詳《謙》之《觀》。汲古多所行造德四字,依宋元本,汲古作《小過》林。
《益》が《節》に変ずる:手に北斗を握り、天枢を転動し、天道に順いて運行し、憂うべき事なく、長く快楽と同じく処る。斗枢を以て執政の其の要領を得るに喩うるは、大吉の辞なり。尚秉和は「詳《謙》之《観》」と注し、同辞は已に《謙》卦下「之《観》」の一条に見る。校記:汲古閣本は此条に「所行造徳」の四個の字を多出す、尚氏は宋元本に従い删す。彼はまた指出す、汲古閣本はこの一首を《小過》の名下に繫げ、宋元本の繫ぐ所と同じからずと。
中孚。戴盆望天,不見星辰。顧小失大,福逃牆外。盆,宋元本作瓶,牆作廬,依汲古。艮為戴,震為盆,艮為覆,震若戴盆於首,入不見天與星辰也。艮為天、為星,上巽為伏,亦不見也。艮為顧、為小,震為大,艮為牆,伏小過,震在艮外,故曰福逃牆外。
《益》が《中孚》に変ずる:頭上に一隻の盆を頂きて天を望むと、何の星辰も見えず。小処を顧みて大処を失い、福気は墻外に逃げ去れり。「戴盆望天」は司馬遷《報任安書》「僕以為戴盆何以望天」に出で、両件事の兼ね得ざるを喩う。この条の底本の校勘記は注文の前に排び、「○」号を加えず:「盆」の字は宋元本が「瓶」とし、「墻」の字は宋元本が「廬」とし、尚氏はいずれも汲古閣本に従う。注文は言う:互艮は頭頂の戴く所、互震は盆、艮はまた覆蓋の象あり、震は一只の盆の頭上に扣さるが如く、人は自然に天と星辰とを見る能わず。艮は天・星、而上体の巽は伏蔵を主り、亦見えず。艮は回顧・小、震は大。艮はまた墻、此卦の伏する所は《小過》で、震は艮の外面に在るので「福逃墻外」と言う。
小過。月削日衰,工女下機。宇宙滅明,不見三光。兌為月,艮為日,艮手為削,巽為工、為女,互坎為機,風散艮止,故曰工女下機。艮為天、為字宙,坎黑故滅明,故不見三光。艮為光,數三。汲古作《節》林。
《益》が《小過》に変ずる:月亮は一天天に虧缺し、太陽は一天天に昏暗し、織女は織機を停下して去る。天地の間は光明を失い、日月星の三光はみな見えざるに至れり。これは一条の極めて晦暗の凶辞。尚秉和は言う:互兌は月、艮は日、艮はまた手、手は削減し能うので「月削日衰」。互巽は工・女、互坎は織機。風は散じ艮は止まる、機は便ち停まる、故に「工女下機」。艮は天・宇宙(注文の「字宙」は「宇宙」の訛)、坎の色は黒、故に「滅明」、「三光」は即ち日月星、艮は光にして数三を取る。彼は末了に一条の校語を出す:汲古閣本はこの一首を《節》の名下に繫ぐと。
既濟。操戟剌魚,被髮立憂。虎脫我衣,狼取我袍,亡馬失財。此用《益》象。艮為戟,巽為魚、為髮,艮為虎狼,震為衣、為馬。○衣,汲古作輿,依宋元本。
《益》が《既済》に変ずる:戟を挙げて魚を刺し、披頭散髪して彼処に站ちて発愁す。老虎は我が衣裳を剥ぎ去り、狼は我が袍子を叼み去り、馬もまた跑り去り、銭財は一併せて丢光れり。器は当に用うるに非ざるにして又劫に遭うは、大凶の辞なり。尚秉和はこの条が遇卦《益》の象を用うと言う:《益》の互艮は戟・虎狼、上体の巽は魚・頭髪、下体の震は衣・馬。校記:「衣」の字は汲古閣本が「輿」とし、宋元本に従い「衣」とす——下句既に「取我袍」と説く、「衣」と作れば始めて之と相配す。
未濟。兩人俱醉,相與悖戾。心乖不同,爭訟匈匈。此仍用《益》象。坤迷故曰醉。
《益》が《未済》に変ずる:両個の人は皆酔えて、彼此蠻橫抵触し、心思は乖離し、各々相同じからず、吵吵嚷嚷として官司を打ち起す。「匈匈」は喧鬧して休まざる様子。これは本巻《益》之第四十二の最末の一条にして、亦本分片の源文の結尾なり、注文は此に到りて止む:尚秉和はこの条が仍お遇卦《益》の象を用うと言う、《益》の互体の坤は昏迷を主る、故に「酔」と言う。其余の争訟乖戾の諸象も、亦前幾条の办法に照りて《益》の互体と伏象との中に推求す。
震為人,坤數二,故曰兩人。坤為悖戾、為心,初至五正反震,故曰心乖、曰爭訟。
この幾句は上条の注解に接続して下に説く。震は人を主り、坤の卦数は二で、一人を再び二を以て乗ずれば、故に林辞は「两人」と言う。坤はまた悖逆乖戾を主り、亦心を主る。初爻より数えて五爻に到る此段の爻画は、順に看れば震、倒して看れば亦震、尚秉和は之を「正反震」と称す——二つの震は彼此相い向かう、正に互いに相い下らざる形状、故に林辞は「心乖」と言い、「争訟」と言う。
夬 第四十三
夬。戴堯扶禹,松喬彭祖。西遇王母,道路夷易,無敢難者。詳《訟》之《家人》。松,汲古作從,非。
《夬》之《夬》:夬卦の変ずる所は仍お夬、即ち本卦は変わらず(《易林》の体例:每一卦の下に六十四条の林辞を繫げ、条首に標出する卦名は即ち変じて成る所の「之卦」、此条の之卦は本卦と同じ)。林辞は言う:上に唐尭を戴き、下に夏禹を扶け、赤松子・王子喬・彭祖の此れらの長生の人と同列し、西行して西王母に遇上り、道路は平坦にして走り好く、誰か敢えて来りて為難するものなし——通体大吉なり。「松喬」は仙人赤松子と周霊王太子王子喬とを指し、彭祖は相伝えて八百歳を活き、皆古来の長寿の代表なり。西王母は崑崙山に居り、中土の西に在る、故に「西遇」と言う。尚秉和は解説す:この条の林辞は前文《訟》之《家人》と完全相同し、取象の解説は詳しくあの一条に見え、此処は更に重出せず。校記:「松」の字は汲古閣本が「従」とし、是れ錯りなり。
乾。狼戾美謀,無言不殊。允厭帝心,悅以獲佑。此用遇卦《夬》象。伏艮為狼,兌為言,乾亦為言,而兌言與乾言相背,故曰殊。乾為帝、為佑,伏坤為心,兌為悅。
《夬》が《乾》に変ずる:性は狠戾にして、出す主意は却って高明、説き出す話は一句も人と同じならざるなく、果然として帝王の心意に合い、君王は歓悦し、因りて庇佑を得たり——先に険しく後に吉なり。「允」は果真、「厭」はここでは「饜」と読み、満足・合意なり。尚秉和は解説す:この条は用うるは「遇卦」(即ち起卦の遇う所の本卦)夬の卦象で、夬は乾下兌上なり。夬の六爻は陰陽全部翻転せば即ち剥(坤下艮上)と成る、この翻転して出たる卦を「伏象」と叫び、亦「旁通」と叫ぶ。伏象の中の艮は狼を主る、故に「狼戾」と言う。兌は言語を主り、乾も亦言語を主るが、両者は取向相い背く、一個は上に向かい一個は下に向かう、故に「殊」と言う、即ち言論は人と同じからず。乾は帝王を主り、亦保佑を主る。伏象の中の坤は心を主り、合わせて「帝心」。兌は喜悦を主る、故に「悦以獲佑」と言う。
坤。歲暮華落,陽入陰室。萬物伏匿,絕不可得。候卦坤居亥,故曰歲暮。遇卦夬為華,後天乾本居亥,陽為陰所牝,故《坤上六》曰"龍戰于野"。戰,即交也,故曰陽入陰室。其義詳《焦氏易詁》中。坤為萬物,坤藏,故曰伏匿。
《夬》が《坤》に変ずる:一年は将に尽きんとし、花朵は凋落し、陽気は陰の居室の裡に進み入り、万物はみな潜伏蔵匿し、何も求索するを得ず——是れ閉塞収蔵の象なり。尚秉和は解説す:所謂「候卦」は、卦気を按じて月令に配して言う所で、坤は十月に当たり、方位は地支の亥に属し、一歳は此に到りて将に終らんとす、故に「歳暮」と言う。遇う所の本卦夬に「華」の卦象あり、夬が坤に変ずれば、花も亦落つ。後天八卦の中に乾はもとより西北の亥位に居り、如今陽は陰に承受交合せらる、故に《坤・上六》の爻辞は「龍戦于野」と言う——此処の「戦」は正に交合の意思、因りて林辞は「陽入陰室」と言う。其中の道理は、尚氏は自著《焦氏易詁》の裡に別に詳説あり。坤は万物を主り、坤の卦徳は収蔵、故に「伏匿」と言う。
屯。雞鳴失時,君騷相憂。犬吠不休,行者稽留。伏巽為雞,震為鳴,艮為時,坎為失,失時者,言至雞鳴而尚未治事,故下曰騷憂。震為君、為相,坤為憂,艮為犬,震為吠、為行,艮止故稽留。○相,汲古作於,依宋元本。
《夬》が《屯》に変ずる:鶏叫は時辰を誤り、国君と輔相とは皆之が為に騒動憂心し、狗は叫び止まず、趕路の人は半途に阻まる——是れ延誤し機を失うの象なり。尚秉和は解説す:屯は震下坎上、その伏象(六爻尽く反すの卦、即ち鼎)の中の巽は鶏を主り、震は鳴叫を主り、二・三・四爻は「互体」して艮を成し(互体は相隣る三爻を取りて別に一卦を組む)、艮は時辰を主り、坎は失落を主り、合わせて「鶏鳴失時」。所謂失時は、説くは已に鶏鳴の時分に到りて、政事はいまだ着手して料理せざるを言う、故に下一句は続いて騒動憂愁を説く。震は国君を主り、亦輔相を主り、坤は憂を主る。艮は狗を主り、震は吠叫・行走を主り、而るに艮の卦徳は止、故に行人は道上に稽留せらる。校記:「相」の字は汲古閣本が「于」とし、此処は宋・元刻本に従う。
蒙。鳧鷖游涇,君子以寧。履德不愆,福祿來成。艮為鳧鷖,坎水故曰涇。艮為君子,震為德,為福,艮為成。鳧鷖,《大雅》篇名。首句及第四句皆《詩》語。
《夬》が《蒙》に変ずる:野鴨と水鴎とは涇水上に浮遊し、君子は因りて安寧を得享す。徳行を踐行して差失なく、福気と禄位とは隨い而て成る——吉なり。「愆」は過失。尚秉和は解説す:蒙は坎下艮上、艮は鳧鷖の此類の水鳥を主り、坎は水を主る、故に指し実して涇水と為す。艮はまた君子を主り、二・三・四爻は互体して震を成し、震は徳・福を主り、艮は還ら成就を主る。「鳧鷖」は《詩・大雅》の篇名、あの詩の首章は「鳧鷖在涇、公尸来燕来寧」と説き、末章は「福禄来成」と説く——林辞の第一句と第四句とは皆径に《詩》の原文を用う。
需。魃為災虐,風吹雲卻。欲上不得,復歸其宅。通《晉》。坎為鬼,離為惡人,故曰魃。坎為災、為雲,坤為風,艮止,故不能上。艮為宅。○首句宋元本作"薄為藩蔽,勁風吹郄",汲古同,惟蕃蔽作蕃皮,茲依《小畜》之《中孚》校。
《夬》が《需》に変ずる:旱魃は灾を興し虐を為し、風は一吹けば雲は便ち退散す。上に走らんと欲するも上る能わず、只得として自家屋裡に帰る——是れ進まんと欲して能わざるの象なり。「魃」は古人の説く旱を致すの鬼怪、「卻」は退散。尚秉和は解説す:この条は「旁通」の象を取る——需卦の六爻は陰陽尽く反せば即ち晋(坤下離上)、故に注文は「通《晋》」と標出す。坎は鬼を主り、離は悪人を主り、両象は合わされば便ち旱魃。坎はまた灾・雲を主り、坤は風を主る。晋卦の中に互い出づる艮あり、艮の卦徳は止、故に上らんと欲して上り得ず。艮はまた屋宅を主る、故に「復帰其宅」と言う。校記:首句は宋・元刻本が「薄為藩蔽、勁風吹郄」とし、汲古閣本は相同じく、ただ「蕃蔽」は「蕃皮」と写す。此処は本書《小畜》之《中孚》の一条に依りて校定して現在の文字と為す。
訟。東行破車,步入危家。衡門倒垂,無以為主。賣袍續食,糟糠不飽。通《明夷》。震為東行、為車、為步,坎為破、為室,故曰危家。艮為門,坎平,故曰衡門。艮覆,故曰倒垂。震為主、為袍、為食、為商,故曰賣。震為糟糠。坤虛,故不飽。○行,汲古作人,依宋元本。
《夬》が《訟》に変ずる:東に向かう車子は路上に壊れ、只得として歩行して一所の危房に入る。一根の横木を架したる門は倒挂りて垂れ、家裡に当家の人なし。袍子を売りて口飯に換え、糟糠をも飽食する能わず——是れ窮困潦倒の象なり。「衡門」は即ち横木を以て門と為す、貧者の居る所なり。尚秉和は解説す:この条は旁通の象を取る——訟卦の六爻は尽く反して明夷(離下坤上)と成る、故に「通《明夷》」と標す。震は東行を主り、亦車・歩行を主る。坎は破損を主り、又屋室を主り、破屋は故に「危家」と称す。艮は門戸を主り、坎の形体は平直、故に是れ横木の門。艮はまた震の倒置して成る所の「覆象」(覆象は即ち卦体を上下顛倒して得る所の卦)、倒れ来れば便ち「倒垂」。震は家主を主り、亦袍・飲食・商賈を主る、故に「売」と言う。震は還ら糟糠を主る。坤の卦徳は虚、故に飽食する能わず。校記:「行」の字は汲古閣本が「人」とし、此処は宋・元刻本に従う。
師。青牛白咽,呼我俱因。厯山之下,可以多耕。歲稔時節,民人安寧。詳《觀》林。
《夬》が《師》に変ずる:青色の牛は一段の白き脖颈を生じ、我を招呼して一同に结伴同行せしめ、歴山の脚下に、多く開墾耕種すべく、年成豊熟の時節に到れば、百姓は安寧なり——是れ農事の宜しきを得るの吉象。「厯山」は即ち歴山、相伝えて虞舜の躬耕の地、「因」はここでは依憑・结伴と講ず。尚秉和は解説す:この条の林辞は前文《観》卦の下の同文の一条と相同じ、取象の解説は詳しく《観》林に見え、此処は更に重複せず。
比。異國殊俗,情不相得。金木為仇,百賊擅殺。坤為國、為俗,重坤,故曰異國殊俗。坤為心志,故曰情。艮為金,坎為木、為仇,金克木,故相仇。坎為賊,坤為百、為殺,故曰百賊擅殺。○殺,汲古作谷,依宋元本。
《夬》が《比》に変ずる:異邦異国は、風俗同じからず、情意は一処に合わず。金と木とは互相仇克し、成百の賊人は恣に殺掠す——是れ相克して禍を致すの象なり。尚秉和は解説す:比は坤下坎上、坤は邦国を主り、亦風俗を主る。此卦は坤象は重出す、故に「異國殊俗」と言う。坤はまた心志を主る、故に「情」と称す。艮は金を主り、坎は木を主り、亦仇讐を主る。五行の裡に金は能く木を克す、故に両者の相い仇すと言う。坎は盗賊を主り、坤は百・殺伐を主り、合わせて「百賊擅殺」。校記:「殺」の字は汲古閣本が「穀」とし、此処は宋・元刻本に従う。
小畜。陰陽精液,膏熟脫拆。胎卵成魄,肇生頭目,日有大喜。通《豫》。乾陽坤陰,坎為精液、為膏,巽下斷,故曰拆。震為胎、為卵,坤為魄,故曰胎卵成魄。艮為頭,離為目、為日,震為喜。○脫,宋元本作免,依汲古。胎,汲古作治,喜作吉,均依宋元本。晉語:其魄兆乎民矣。注:魄,形也。成魄者,言由精液而成胎卵之形,頭目以次生也。
《夬》が《小畜》に変ずる:陰陽は交感して精液と成り、脂膏は成熟すれば便ち殻を脱して裂け、胎と卵とは形体を結成し、頭と眼睛とは依次に生出し、一天天に大喜あり——是れ孕育成形の吉象。「肇」は開始。尚秉和は解説す:この条は旁通の象を取る——小畜の六爻は尽く反して豫(坤下震上)と成る、故に「通《豫》」と標す。乾は陽を主り、坤は陰を主る。坎は精液を主り、亦脂膏を主る。巽の卦画の下一爻は断開す、故に「拆」と言う、即ち裂開。震は胎・卵を主り、坤は魄を主り、合わせて「胎卵成魄」。艮は頭を主り、離は眼睛を主り、亦太陽を主り、震は喜慶を主る。尚氏はまた《国語・晋語》「其魄兆乎民矣」を引く、旧注は「魄、形也」と解す——所謂「成魄」は、説くは精液により凝成して胎卵の形体と為り、頭と眼とが次序に依りて生まるるを言う。校記:「脱」の字は宋・元刻本が「免」とし、此処は汲古閣本に従う。「胎」の字は汲古閣本が「治」とし、「喜」の字は「吉」とす、いずれも宋・元刻本に従う。
履。飢蟲作害,偏多亂纒,緒不可得。離虛,故飢。巽為蟲,故曰飢蟲。巽為纒、為緒,離為亂,故難得緒。○蟲,宋元本作蠱,姑依汲古,疑蠶之訛。二三句汲古作"多亂纒綿,不可得秋",依宋元本。
《夬》が《履》に変ずる:餓虫は害を為し、又偏えに乱れ纏わりて一団と為り、頭緒を抽出す能わず——是れ紛乱して理め難きの象なり。「纒」は「纏」に同じ、「緒」は糸頭。尚秉和は解説す:履は兌下乾上、其中に互い出づる離は、中間の一爻は虚なり、虚なれば則ち飢、故に飢と言う。巽は虫を主り、合わせて「飢虫」。巽はまた纏繞・糸緒を主り、離は紛乱を主る、故に頭緒を理め出す能わず。校記:「虫」の字は宋・元刻本が「蠱」とし、此処は姑く汲古閣本に従う、尚氏は疑心して本は当に「蚕」と作るべしとす——蚕は桑を食い糸を吐く、正に「纒」「緒」と相応ず。第二・三句は汲古閣本が「多乱纒綿、不可得秋」とし、此処は宋・元刻本に従う。
泰。青蛉如云,為兵導先。民人冤急,不知東西。伏巽為蟲、為青蛉,坤為雲、為眾,故為兵。震為民人、為急,坤憂,故曰冤急。震東兌西,體連,故不知東西。○東西,宋元本作西東,依汲古。青蛉,宋元本作清冷,依《臨》之《夬》校。按:清蛉,淵名,見《山海經》,莊子:茲曰如雲則非淵也,疑清冷為青蛉之訛,抑或古字通用。《呂氏春秋》有人好青蛉者,每朝至海上,蜻蛉從遊者數萬;又《漢志》越巂郡有青蛉縣青蛉水,而《水經注》作蜻蛉,是青蛉與蜻蛉通用,故依《臨》之《夬》校,此似有故實,俟考。
《夬》が《泰》に変ずる:蜻蛉は多きこと雲の如く、兵馬の為に先導を為し、百姓は冤を含みて告急し、慌てて東西を辨えず——是れ兵乱驚擾の象なり。「青蛉」は即ち蜻蛉・蜻蜓。尚秉和は解説す:泰は乾下坤上、その伏象の中の巽は虫を主り、亦青蛉を主る。坤は雲を主り、又衆多を主り、衆多聚集すれば即ち兵。三・四・五爻は互いに震を成し、震は民人・急迫を主り、坤は憂を主り、合わされば便ち「冤急」。震は東方に在り、兌は西方に在り、両卦の形体は相連なりて分かれず、故に東西を辨え清めずと言う。校記:「東西」の二字は宋・元刻本が「西東」とし、此処は汲古閣本に従う。「青蛉」は宋・元刻本が「清冷」とし、此処は本書《臨》之《夬》の一条に依りて校改す。尚氏は併せて考証して言う:「清蛉」は水淵の名字で、《山海経》に見え、而るに《荘子》の説く此処は既に「如雲」と称す、則ち水淵にはあらず、疑心して「清冷」は「青蛉」の訛ならん、或いは両種の写法は古時本より通用すと。《吕氏春秋》は一個の蜻蛉を愛好する人有りを記し、毎日早晨海辺に到り、彼に跟いで游動する蜻蛉は万を以て計す。《漢書・地理志》の越巂郡に青蛉県・青蛉水あり、《水経注》は却って「蜻蛉」と写す——見るべし「青蛉」と「蜻蛉」とは通用す、故に《臨》之《夬》に依りて校定す。この条の林辞は看るに別に史事を以て背景と為す有らん、尚氏は還ら再び考ふべしと言う。
否。班馬旋師,以息勞疲。役夫嘉喜,入戶見妻。詳《觀》之《既濟》。
《夬》が《否》に変ずる:馬を勒して班師回還し、疲労の将士を歇ましめ、服役の人は個個歓喜し、門に入れば便ち妻子に見ゆ——是れ征人の帰るを得るの吉象。「班馬」は馬を勒して回転する、「旋師」は即ち班師。尚秉和は解説す:この条の林辞は前文《観》之《既済》と相同じ、取象の解説は詳しくあの一条に見ゆ。
同人。坐爭立訟,紛紛匈匈。卒成禍亂,災及家公。詳《大過》之《離》。
《夬》が《同人》に変ずる:坐るも争い立つも訟え、鬧かすこと沸沸揚揚たり。終に禍乱を醸成し、災殃は一家の長に牽連す——凶なり。「匈匈」は即ち喧擾不安の様子、「家公」は家長を指す。尚秉和は解説す:この条の林辞は前文《大過》之《離》と相同じ、取象の解説は詳しくあの一条に見ゆ。
大有。鹿食美草,逍遙求飽。趍走山間,過期乃還,肥澤且厭。通《比》。艮為鹿,坤為草,坎實故飽。艮為求、為山、為時,故曰期。坎為肥澤。厭,足也。○第三句宋元本作日暮後門,依汲古。
《夬》が《大有》に変ずる:鹿は肥美の青草を食い、悠然自在としてただ個の飽きを求め、山間に来去奔走し、約し合いたる日を過ぎて始めて帰り、身上は肥壮潤沢にして且つ十分満足せり——是れ各々其の所を得るの象なり。「趍」は「趨」に同じ、「厭」はここでは満足。尚秉和は解説す:この条は旁通の象を取る——大有の六爻は尽く反して比(坤下坎上)と成る、故に「通《比》」と標す。艮は鹿を主り、坤は草を主り、坎の中爻は実なり、実なれば則ち飽、故に「求飽」と言う。艮はまた求索・山・時辰を主り、時辰は便ち「期」。坎は肥沢を主る。校記:第三句は宋・元刻本が「日暮後門」とし、此処は汲古閣本に従う。
謙。田鼠野雉,意常欲去。拘制籠檻,不得搖動。詳《需》之《隨》。
《夬》が《謙》に変ずる:田裡の老鼠・野地の山鶏は、心裡は総じて逃げ去らんと想うも、却って籠子木欄の裡に関され、一動も動く能わず——是れ制を受けて自由を得ざるの象なり。「籠檻」は禽獣を関する籠子と柵欄。尚秉和は解説す:この条の林辞は前文《需》之《随》と相同じ、取象の解説は詳しくあの一条に見ゆ。
豫。日趨月步,周遍次舍。厯險致遠,無有難處。艮日坎月,震為步趨、為周,艮為次舍,坎險震出,故無難處。
《夬》が《豫》に変ずる:太陽は疾行し月亮は緩歩し、各々其の止宿の星次をみな巡り遍し、険阻を経歴して能く遠方に到達し、為難の処なし——吉なり。「次舍」は本は日月の運行の経る所の星次と駐所とを指し、引申して途中歇宿の処。尚秉和は解説す:豫は坤下震上、艮は日を主り、坎は月を主る。震は趨走歩行を主り、亦周遍を主り、艮はまた止宿の所を主る、故に「周遍次舍」と言う。坎は険難を主り、而るに震は動・出を主り、能く険の中より走り出づ、故に「无有難處」。
隨。天孫帝子,與日月處。光榮於世,福祿祉祉。詳《解》之《臨》。祉祉,依宋元本,汲古作祺祉。
《夬》が《随》に変ずる:天帝の孫児・天帝の児子は、日月と同じく一処に処り、当世に光耀し、福気禄位は綿綿として絶えず——大吉なり。「祉祉」は福気の連連として断えざる様子。尚秉和は解説す:この条の林辞は前文《解》之《臨》と相同じ、取象の解説は詳しくあの一条に見ゆ。校記:「祉祉」の二字は宋・元刻本に依り、汲古閣本は「祺祉」とす。
蠱。晨風文翰,大舉就溫。昧過我邑,羿無所得。詳《小畜》之《革》。文翰,鳥名,見《周書》。
《夬》が《蠱》に変ずる:晨風鳥と文翰鳥とは、翅を振りて高く飛びて暖処に奔り、天いまだ亮けざるに我が城邑を掠め過ぐ、善射の后羿と雖も一も獲る所なし——是れ高翔して害を遠ざくるの象なり。「晨風」は即ち鸇、一種の猛禽、「文翰」も亦鳥名、《逸周書・王会解》に見え、「昧」は天色いまだ明ならざるを指す。尚秉和は解説す:この条の林辞は前文《小畜》之《革》と相同じ、取象の解説は詳しくあの一条に見ゆ。
臨。旦生夕死,名曰嬰鬼。不可得祀。○祀,宋元本作視,汲古作潛視,依《小畜》之《升》校。
《夬》が《臨》に変ずる:早晨生まれ来りて傍晚便ち死す、此様のを「嬰鬼」と叫ぶ。連れて一份の祭祀をも之に弁ずる能わず——凶なり。古礼に按ずれば、未だ成人せずして夭折するは宗廟に入りて常祭を享受せず、故に「不可得祀」と言う。此条の底本は校記のみ有りて尚氏の取象の解説なし。校記:「祀」の字は宋・元刻本が「視」とし、汲古閣本は「潜視」とし、此処は本書《小畜》之《升》の一条に依りて校定す。
觀。疾貧望幸,使伯南販。開牢擇羊,多得大牂。詳《訟》之《遯》。
《夬》が《観》に変ずる:貧窮に苦しみて好運に交わらんを盼り、家裡の老大を打ち發して南辺に行かせて売買を為さしめ、羊圈を打開いて羊を挑えば、不少の肥壮の母羊を挑え得たり——是れ財を求めて獲有るの象なり。「疾貧」は貧窮に苦しむ、「牂」は母羊。尚秉和は解説す:この条の林辞は前文《訟》之《遯》と相同じ、取象の解説は詳しくあの一条に見ゆ。
噬嗑。長城驪山,生民大殘。涉叔發難,唐叔為患。艮為城、為山,震為長、為馬,故曰長城驪山。坎為民、為殘破,故曰生民大殘。艮為叔。涉,陳勝字。叔,吳廣字。坎為患,言秦役民築長城、驪山,民不堪命,陳吳因以為亂,而唐叔興起也。漢為唐堯,後劉向高祖頌雲漢帝本係出自唐帝,又《隨》之《剝》云:唐季發憤,禽滅子嬰,皆指漢高。牟庭謂唐為廣,是不知涉叔為二人,並不知唐季即劉季,故謬誤若斯也。○涉叔,汲古作涉並,依宋元本。牟庭雲唐叔應作廣叔,非。
《夬》が《噬嗑》に変ずる:長城を修築し驪山陵を営造し、百姓は大いに残害を受く。陳渉・呉叔は起兵して発難し、唐叔はまた秦朝の大患と成れり——是れ暴政より乱を致すの象なり。尚秉和は解説す:噬嗑は震下離上、艮は城・山を主り、震は長・馬を主り、合わせて「長城驪山」(驪山陵は今の陜西臨潼に在り、秦始皇は七十万人を征発して営建せり)。坎は民を主り、亦残破を主る、故に「生民大残」と言う。艮は叔を主る。「渉」は陳勝の字、「叔」は呉広の字、「渉叔」は即ち陳渉・呉叔の両人。坎は禍患を主る。整句の説く所は秦朝が百姓を役使して長城を築き驪山を修め、民は命に堪えず、陳勝・呉広は因りて事を起し、而して漢高祖は勢に乗じて興起せり。劉邦を「唐」と称するの因は、漢家は自ら唐尭の統緒を承接すと認むるが為に、劉向の《高祖頌》は即ち漢帝の本系は唐帝より出づと説く。本書《随》之《剥》の一条は「唐季発憤、禽滅子嬰」と説き、「唐季」の指す所は正に劉季劉邦なり。清人牟庭はこの「唐」を呉広の「広」と講ず、あれは既に「渉叔」が陳勝呉広の両人なるを知らず、又「唐季」が即ち劉季なるを知らず、故に錯ること此の地步に到れり。校記:「渉叔」は汲古閣本が「渉并」とし、此処は宋・元刻本に従う。牟庭は「唐叔」は応に「広叔」と作るべしと説く、是れ錯りなり。
賁。娶於姜呂,駕迎新婦。少齊在門,夫子歡喜。詳《否》之《渙》。
《夬》が《賁》に変ずる:姜姓吕氏の家に到りて娶親し、車を駕りて新婦を迎接しに行き、年少の斉国の女子は已に門前に到り、丈夫を為る者は満心歓喜せり——是れ婚嫁の吉象。斉国の公室は姜姓吕氏、故に下句は新婦を「少斉」と称す。尚秉和は解説す:この条の林辞は前文《否》之《渙》と相同じ、取象の解説は詳しくあの一条に見ゆ。
剝。隨時草木,灌枝葉起。扶疏條桃,長大盛美,華沃鑠舒。艮為時、為木,坤為草。○草木,宋元本作春草,依汲古。灌枝,宋元本作舊枝,汲古作灌時。今枝依宋元本,灌依汲古,第五句亦有訛字。
《夬》が《剥》に変ずる:草木は時令に順いて生長し、叢生の枝條の上に葉子を抽出し、桃樹の枝條は舒展紛披し、生長する高大茂盛にして、花は開くこと肥潤鮮亮なり——是れ生機暢遂の象なり。「扶疏」は枝葉の四散伸展するを形容し、「華沃鑠舒」は花朵の豊潤にして光彩あるを形容す。尚秉和は解説す:剥は坤下艮上、艮は時令を主り、亦樹木を主り、坤は草を主る、故に起句は「随時草木」と説く。校記:「草木」の二字は宋・元刻本が「春草」とし、此処は汲古閣本に従う。「灌枝」は宋・元刻本が「旧枝」とし、汲古閣本は「灌時」とし、如今「枝」の字は宋・元刻本に依り、「灌」の字は汲古閣本に依る。尚氏は併せて指出す、第五句も還ら訛字有りていまだ校定する能わずと。
復。姬姜既歡,二姓為婚。霜降合好,西施在前。震為姬,伏巽為姜,坤為姓,數二,故曰二姓為婚。坤為霜,《荀子》:霜降婚嫁冰泮殺止。西施,吳王妃。陽息至二成兌,為西,故曰在前。○既,汲古作悅,依宋元本。
《夬》が《復》に変ずる:姫姓と姜姓の両家は歓好し、両姓は婚姻を結び、霜降の時節に良縁を締結し、西施は即ち眼前に在り——是れ嘉偶の象なり。尚秉和は解説す:復は震下坤上、震は姫姓を主り、その伏象の中の巽は姜姓を主り、坤は姓氏を主り、坤の卦数は二、故に「二姓為婚」と言う。坤はまた霜を主る。《荀子》は霜降の時に始めて婚嫁し、氷の融くる時に停下すと説く、正に「霜降合好」の一句に合す。西施は呉王夫差の寵妃。復卦は一陽は初位に生じ、陽気は生長して第二爻に到れば便ち兌と成り、兌は西方に居る、故に「西施在前」と言う。校記:「既」の字は汲古閣本が「悦」とし、此処は宋・元刻本に従う。
無妄。戴笠獨宿,晝不見日。勤苦無伐,長勞悲思。艮為戴、為笠,巽伏,故曰宿。巽寡,故獨宿。乾為晝、為日,巽伏,故不見日。伏坤為勞、為悲思。○苦代,汲古作勞妄,依宋元本。
《夬》が《无妄》に変ずる:斗笠を戴きて独自夜を過し、白天も太陽を見ず、辛勤労苦して誇るべき功労なく、長久操労し満懐の悲思あり——凶なり。「伐」はここでは自ら功労を誇る。尚秉和は解説す:无妄は震下乾上、艮は戴を主り、亦斗笠を主る。巽は伏して見えない、故に「宿」と言う、巽はまた「寡」の卦象あり、故に是れ独自にして宿す。乾は白昼・太陽を主り、巽は既に伏す、故に「不見日」。その伏象の中の坤は労苦を主り、亦悲思を主る。校記:底本は此処「苦代」の二字と作る、其の指す所は即ち林辞「勤苦无伐」の一句の中の字、汲古閣本は「労妄」とし、此処は宋・元刻本に従う。
大畜。始加元服,二十繫室。新婚既樂,伯季有得。古者年二十行冠禮,艮為冠,故曰元服。乾為始,故曰始加。兌數二,又數十,艮為室,伏巽為繩,故曰二十繫室。易繫釋文云:繫,繫也,續也。二十繫室者,言繼續將有室家也,故下曰新婚。或曰古男子三十而娶,然證以孔子伯魚之年亦不拘也。震為嫁,故曰婚。為樂、為伯,艮為季。○得,汲古作德,依宋元本。
《夬》が《大畜》に変ずる:初次に成人の冠服を戴き、二十歳の上に続いて成家せんとす。新婚は正に歓楽し、長子幼子ともに得る所有り——是れ成人成家の吉象。「元服」は即ち首服、冠を指し、古人は男子二十歳にして冠礼を行う。尚秉和は解説す:古時は二十歳にして冠礼を行い、艮は冠を主る、故に「元服」と言う。乾は開端を主り、冠礼は三加して第一次を以て「始加」と為す、故に「始加」と言う。兌の卦数は二、又十と為り得、艮は居室を主り、その伏象の中の巽は繩索を主り、合わせて「二十繫室」。《周易・繫辞》の釈文は「繫」を繫連・接続と解す、所謂「二十繫室」は、説くは緊接して将に家室有らんとするを言う、故に下一句は「新婚」と説く。或る人は古時男子三十歳にして始めて妻を娶ると説くが、孔子の伯魚を生むの年歳を拏りて験証すれば、見るべし併せて拘死せざるを。震は出嫁を主る、故に「婚」と言う。震はまた歓楽・排行の長に居るを主り、艮は排行の最末を主り、合わせて「伯季有得」。校記:「得」の字は汲古閣本が「徳」とし、此処は宋・元刻本に従う。
頤。二至靈臺,文所止遊。雲物備具,長樂無憂。震為冬至,震之反則夏至矣,故曰二至靈臺。艮為臺,坤為文,艮止震遊,故曰文所止遊。坤為雲、為物、為憂,震樂,故不憂。《左傳》:至日登臺望雲物。○具,宋元本作故,依汲古。文,謂文王,《詩大雅》:"經始靈臺,經之營之",又曰"王在靈囿"。
《夬》が《頤》に変ずる:冬至夏至の此両個の節候は霊台に登り、あれは正に周文王の驻足游観の地方なり。雲気物色は一応斉備し、長久歓楽して憂愁なし——吉なり。尚秉和は解説す:震は冬至を主り、震を倒せば便ち夏至、故に「二至」と言う。艮は台を主り、合わせて「霊台」。坤は文を主り、指す所は即ち周文王。艮の卦徳は止・震の卦徳は行游、故に「文所止游」と言う。坤はまた雲・物・憂を主り、而るに震は楽を主る、故に憂えず。《左伝》は冬至夏至の日には台に登りて雲気物色を観望し、以て来年の水旱豊歉を占うを記す。校記:「具」の字は宋・元刻本が「故」とし、此処は汲古閣本に従う。尚氏は併せて注明す、「文」は周文王を指す、《詩・大雅・霊台》は「経始霊台、経之営之」と説き、又「王在霊囿」と説く、正に林辞の本とする所なりと。
大過。久陰霖雨,塗行泥潦。商人休止,市空無寶。伏坤為陰、為水,互大坎,故曰霖雨。伏震為大塗,坤為泥潦,震為商人,艮止,故休。巽為市,坤虛,故曰市空。震為玉、為寶,震伏,故曰無寶。○伏止,宋元本作休山,依汲古。寶,各本皆作有,依《革》之《睽》校。
《夬》が《大過》に変ずる:久陰は開かず、接続して大雨を下し、路上は泥濘積水し、商人は停下して更に趕路せず、市面上は空落落として貨宝なし——是れ滞塞不通の象なり。「涂」は即ち途、「潦」は積水。尚秉和は解説す:大過の伏象(六爻尽く反すの卦は頤)の中に、坤は陰・水を主る。全卦の両頭の陰爻は中間の四陽を夹住し、形体は一個の放大したる坎の如く、尚氏は「互大坎」と称し、坎は雨を主る、故に「霖雨」と言う。伏象の中の震は大路を主り、坤は泥潦を主る。震はまた商人を主り、艮の卦徳は止、故に商人は休止す。巽は市集を主り、坤の卦徳は虚、故に「市空」と言う。震は玉・宝を主り、而るに震は伏して見えず、故に「无宝」。校記:底本の「伏止」の二字は宋・元刻本が「休山」とし、此処は汲古閣本に従う。「宝」の字は各本とも「有」とし、此処は本書《革》之《睽》の一条に依りて校改す。
坎。城壞厭境,數為齊病。侵伐不休,君臣擾亂。上下屈竭,士氏乏財。互艮為城,坎破,故曰城壞。艮為境,伏巽為齊,坎為病,上下坎故曰數為齊病。震為侵伐,正反震故曰不休。震君艮臣,正反艮震,故曰擾亂、曰上下屈竭。巽為利,巽伏,故乏財。震為士也。林意似指吳伐齊事。○乏,宋元本作無,依汲古。
《夬》が《坎》に変ずる:城墻は毀壊し、兵禍は辺境の上に圧し到り、屢々斉国の禍患と為り、侵伐は止息せず、君と臣とは一片擾乱し、上下の財力は枯竭し、士人の家に銭財なし——凶なり。「厭」はここでは圧迫・逼臨。尚秉和は解説す:坎は上下両個の坎の相重なる、中間に互い出づるは艮、艮は城を主り、坎は破損を主る、故に「城壊」と言う。艮はまた疆境を主り、その伏象の中の巽は斉国を主り、坎は疾患を主り、上下は皆坎、故に「数為斉病」と言う。震は侵伐を主り、正反両震は相対して已まず、故に「不休」。震は君・艮は臣を主り、正反の艮と震と交錯す、故に擾乱と言い、上下屈竭と言う。巽は財利を主り、巽は既に伏して見えず、故に銭財に缺乏す。震はまた士を主る。尚氏はこの条の林辞の意思は呉国の斉を伐つの旧事を指すに似たりと言う。校記:「乏」の字は宋・元刻本が「无」とし、此処は汲古閣本に従う。
離。南國盛茂,黍稷醴酒。可以饗養,樂我嘉友。通《坎》。艮為國,離南,故曰南國。震為盛茂、為黍稷,坎為酒,兌口,故曰饗養。艮為友,震為樂。○友,依宋元本,汲古作佑。
《夬》が《離》に変ずる:南方の邦国は草木豊茂にして、黍稷は倉に満ち甜酒は樽に満つ。以て宴饗供養と為すべく、我が好友をして歓楽せしむ——吉なり。「醴酒」は一宿にして成る甜酒。尚秉和は解説す:この条は旁通の象を取る——離の六爻は陰陽尽く反せば即ち坎、故に「通《坎》」と標す。艮は邦国を主り、離は南方に居り、合わせて「南国」。震は茂盛を主り、亦黍稷を主り、坎は酒を主り、兌は口を主る、故に「饗養」と言う。艮は朋友を主り、震は歓楽を主る。校記:「友」の字は宋・元刻本に依り、汲古閣本は「佑」とす。
咸。憂在心腹,內崩為疾。禍起蕭牆,意如制國。通《損》。坤為憂、為心腹、為內、為疾,兌為毀,與坤連體,故曰憂在心腹、內崩為疾。坤為禍、為牆,震為草莽,故曰蕭牆。坤為心意、為國。意如,魯三家季平子名也。《論語》:"吾恐季氏之憂不在顓臾,而在蕭牆之內也",制國言專政。
《夬》が《咸》に変ずる:憂患は即ち心腹の内に在り、裡頭より崩壊して病と成り、禍事は自家の門屏の内より起こり、季意如は魯国の国政を把持せり——是れ内乱の象なり。「蕭墻」は宮室内の門に当たる照壁で、借りて内部を指す。尚秉和は解説す:この条は旁通の象を取る——咸の六爻は尽く反して損と成る、故に「通《損》」と標す。坤は憂・心腹・内・疾病を主り、兌は毀折を主り、兌はまた坤と形体相連なり、故に「憂在心腹」「内崩為疾」と言う。坤は還ら禍・墻垣を主り、震は草莽を主り、合わせて「蕭墻」。坤はまた心意・邦国を主る。「意如」は魯国の三桓の一、季平子の名字なり。《論語・季氏》は「吾恐季孫之憂不在顓臾而在蕭墻之内也」と言う、正に林辞の本とする所。「制國」は説くは季氏が国政を専擅せしと。
恆。朽根刖樹,華葉落去。卒逢大猋,隨風僵仆。巽木下斷,故曰朽根,故曰刖樹。兌華,震葉,巽隕,故曰落去。初至四正反巽,故曰猋。猋,迴風也。巽隕落,故僵仆。○大猋,宋元本作火焱,非,依汲古。
《夬》が《恒》に変ずる:樹根は朽爛し樹身は斫り断たれ、花と葉とはみな落ち尽くし、末了にまた一場の大旋風に遇い、風に隨いて倒れ伏して地に就く——凶なり。「刖」は斬り断つ、「猋」は「飆」に同じ、盤旋して起こる暴風を指す。尚秉和は解説す:恒は巽下震上、巽は木を主りて下一爻は断開す、故に根の朽ると言い樹の斬られたると言う。兌は花を主り、震は葉を主り、巽の卦徳は隕落、故に「落去」と言う。初爻より四爻に到るまで、順に看れば巽、倒して看れば亦巽、正反両巽の相接する、故に「猋」と言う——猋は即ち回旋の風。巽は既に隕落を主る、故に僵れて地に倒る。校記:「大猋」の二字は宋・元刻本が「火焱」とし、是れ錯りなり、此処は汲古閣本に従う。
遯。樹表為壇,相與期言。午中不會,寵榮棄廢。《史記田穰苴傳》:"苴與莊賈期旦日日中會,先期至軍,立表下漏以待,莊賈日午不至,殺之"。艮為壇、為時、為言,故曰期言。艮為日,納丙,故曰日午。乾為寵榮,陰消陽故曰寵榮廢棄。○榮,宋元本作名,依汲古。期,汲古作笑,非,依宋元本。
《夬》が《遯》に変ずる:木表を立て土壇を築き、彼此会期を約し定めたるに、正午に到るも人の来るを見ず、尊寵栄顕も亦此に就きて丢弃せらる——凶なり。「表」は日影を測りて時を計る木杆。尚秉和は解説す:《史記・司馬穣苴列伝》は司馬穣苴が監軍荘賈と約して次日の正午に軍門に相会せんことを定め、穣苴は期に先んじて軍中に趕到し、木表を立て漏壺を放下して等候す、荘賈は正午を過ぎるも到らず、ここに彼を斬せり——林辞の用うる所は正に此段の史事なり。艮は壇・時辰・言語を主る、故に「期言」と言う。艮はまた日を主り、納甲は丙に配し、丙は南方に在りて正に日中の位に当たる、故に日は中午に到ると言う。乾は尊寵栄顕を主り、如今陰は長じて陽を消す、故に「寵栄弃廢」と言う。校記:「栄」の字は宋・元刻本が「名」とし、此処は汲古閣本に従う。「期」の字は汲古閣本が「笑」とし、是れ錯りなり、此処は宋・元刻本に従う。
大壯。四足俱走,奴疲在後。兩戰不勝,敗於東楚。震卦數四,故曰四足。艮為奴僕,艮伏,故曰在後。震為戰,兌卦數二,故曰兩戰。震為東、為楚,兌毀故敗。○兩,宋元本作德,非,依汲古。
《夬》が《大壮》に変ずる:四条の腿は一斉に奔走し、奴僕は疲乏して後頭に落つ。両次の交戦はみな取勝する能わず、東辺の楚国に敗る——凶なり。尚秉和は解説す:大壮は乾下震上、震の卦数は四、故に「四足」と言う。艮は奴僕を主り、艮は伏して見えない、故に後面に落つと言う。震は戦伐を主り、兌の卦数は二、故に「両戦」と言う。震は東方を主り、又楚国を主り、兌は毀折を主る、故に戦い敗る。校記:「両」の字は宋・元刻本が「徳」とし、是れ錯りなり、此処は汲古閣本に従う。
晉。執轡西朝,回還故處。麥秀傷心,叔父有憂。通《需》。兌為西,艮手為執、為拘。轡,所以拘拂馬,疑艮象也。坤為麥、為心,艮為叔,乾為父,坤憂。言箕子朝周,遇殷墟,作麥秀之歌,箕子為紂叔父。○西,汲古作在,依宋元本。有,宋本、汲古作無,依元本。
《夬》が《晋》に変ずる:手に繮繩を執りて西行して朝覲し、旧日の地方に帰り、麦子の抽穂するを見て痛心し、叔父を為る者は満懐の憂傷なり——是れ故国の思いなり。尚秉和は解説す:この条は旁通の象を取る——晋の六爻は尽く反して需と成る、故に「通《需》」と標す。兌は西方に居る。艮は手を主り、手は能く執持し能く拘繫す、而して繮繩は正に馬匹を拘繫駕御するのもの、故に尚氏は疑心して「轡」も亦艮象に属すとす。坤は麦を主り、亦心を主り、艮は叔を主り、乾は父を主り、坤は憂を主る。整句の説く所は箕子が周王に朝見し、殷都の旧墟を路過して、感傷して《麦秀》の歌を作れり——箕子は正に商紂の叔父なり。校記:「西」の字は汲古閣本が「在」とし、此処は宋・元刻本に従う。「有」の字は宋刻本と汲古閣本とが「无」とし、此処は元刻本に従う。
明夷。夜長日短,陰為陽賊。萬物空枯,藏於北陸。震為長,坤坎皆為夜,故曰夜長。離日居坎,故曰短陽,皆在陰下,坎為盜,故曰陰為陽賊,言陰賊陽也。坤為萬物、為空虛,離為枯,坤藏,坎北,故曰藏於北陸。○首句作長夜短日,依汲古。
《夬》が《明夷》に変ずる:夜長くして昼短く、陰気は陽気を残害し、万物は空虚枯槁して、みな北方に収蔵して去れり——是れ陰盛陽衰の象なり。「北陸」は北方を指し、古人は虚宿の一帯を以て北陸と為し、日の行きて此に至るは正に隆冬に当たる。尚秉和は解説す:震は長を主り、坤と坎とは皆夜を主る、故に「夜長」と言う。離日は坎の裡に陥落す、故に昼短と言う——陽は皆陰の下に居り、坎はまた盗を主る、故に「陰為陽賊」と言う、即ち陰が陽を残害するの意思。坤は万物を主り、亦空虚を主り、離は枯槁を主る。坤の卦徳は収蔵、坎は北方に在る、故に「蔵于北陸」と言う。校記:首句は他本が「長夜短日」とし、此処は汲古閣本に従う。
家人。鳲鳩七子,均而不殆。長大成就,棄而合好。離為鳩,伏震為子,數七,故曰七子。巽為長大,坎為合。○鳲,各本訛鳴,非。殆,音以,與子韻。鳲鳩,《曹風》篇名,"鳲鳩在桑,其子七兮;淑人君子,其儀一兮"。
《夬》が《家人》に変ずる:布穀鳥は七隻の雛鳥を養い、飼い与えること平均にして危殆なく、雛鳥は長大して成材し、縱い巣を離れて分飛すると雖も仍お相い親しみ相い好む——吉なり。尚秉和は解説す:家人は離下巽上、離は鳩鳥を主り、その伏象の中の震は子嗣を主り、卦数は七、故に「七子」と言う。巽は長大を主り、坎は合を主る。校記:「鳲」の字は各本とも訛りて「鳴」とし、是れ錯りなり。「殆」の字は読むこと「以」の若し、「子」の字と押韻す。「鳲鳩」は《詩・曹風》の篇名、詩の中に「鳲鳩在桑、其子七兮、淑人君子、其儀一兮」と説く——布穀は衆雛を哺育すること平均にして偏らず、故に用いて君子の用心の専一なるを比喩す。
睽。三羊上山,馳至太原。黃龍負舟,遂到夷陽,究其玉囊。兌為羊,離卦數三,故曰三羊。伏艮為山,餘象未詳。○遂,汲古作逐。
《夬》が《睽》に変ずる:三隻の羊は山に登りて行き、一路奔馳して太原に到り、黄龍は船を驮き、ここに夷陽に抵達し、あの玉囊を探究して底に至る——是れ遠行して獲有るの象なり。尚秉和は解説す:睽は兌下離上、兌は羊を主り、離の卦数は三、故に「三羊」と言う。その伏象の中の艮は山を主る。其余の幾句の取象は、尚氏は自己いまだ考明せざりと言う。校記:「遂」の字は汲古閣本が「逐」とす。
蹇。首足易處,頭尾顛倒。公為雌嫗,亂其蠶織。此用《夬》象。乾為首,在下,伏震為足,覆在上,故曰首足易處。乾為頭,在下,伏艮為尾,在上,故曰首尾顛倒。乾為公,上兌故曰雌嫗。巽為蠶、為織,巽覆,故曰亂其蠶織。
《夬》が《蹇》に変ずる:頭と足とは位置を換え、頭尾は整个として顛倒し、本当に外を主るべき男子は却って老婦と成り、養蚕紡織の活計をも乱し弄れり——是れ錯位し序を失うの象なり。「嫗」は婦人。尚秉和は解説す:この条は仍お本卦夬の卦象を用う。夬は乾下兌上、乾は頭を主りて下体に居り、その伏象の中の震は足を主るも却って倒覆して上に在る、故に「首足易處」と言う。乾は頭を主りて下に在り、伏象の中の艮は尾を主りて上に在る、故に「頭尾顛倒」と言う。乾は公を主り、上体は兌、兌は少女、故に「雌嫗」と言う。巽は蚕・紡織を主り、而るに此処の巽は倒覆の象、故に「乱其蚕織」と言う。
解。登高望家,役事未休。王事靡盬,不得逍遙。詳《鼎》之《困》。
《夬》が《解》に変ずる:高処に登りて家郷を遙望すも、労役の差事はいまだ個の了結なく、王家の差事は止息なく、一刻も清閑を得ず——是れ行役労苦の象なり。「靡盬」は《詩・唐風・鴇羽》に出で、止息なきの意思。尚秉和は解説す:この条の林辞は前文《鼎》之《困》と相同じ、取象の解説は詳しくあの一条に見ゆ。
損。畏昏不行,候旦待明。燎獵受福,老賴其慶。兌為昧,坤為畏、為昏,震為行,坤為閉,故曰畏昏不行。艮為明,震為旦,艮止,故曰候旦待明。震為獵,艮為火,故曰燎獵。坤為老,震為福慶。太公年八十遇文王田獵,後封於齊,故曰老賴其慶。
《夬》が《損》に変ずる:天の黒くなるを怕れて便ち路に上らず、守りて天亮を待ち、火を挙げて田猟して福を受け、老年の人は之に靠りて喜慶を得たり——吉なり。「燎猟」は火を燃して獣を駆りて猟する。尚秉和は解説す:損は兌下艮上、兌は昏昧を主り、坤は畏懼・天黑を主り、震は行走を主り、坤はまた閉合を主る、故に「畏昏不行」と言う。艮は明を主り、震は早晨を主り、艮の卦徳は止、故に守候して天亮に至る。震は田猟を主り、艮は火を主り、合わせて「燎猟」。坤は年老を主り、震は福慶を主る。姜太公は八十歳の上に周文王の出猟に遇いて知を受け、後に斉国に受封せり、故に「老頼其慶」と言う。
益。孤獨特處,莫依為輔,心勞志苦。詳《益》之《艮》。
《夬》が《益》に変ずる:孤零零として独自待ち、倚靠し帮手を為すべき人なく、心裡は労累し、意志は困苦す——凶なり。「特處」は即ち独処、「輔」は輔佐相助くるの人を指す。尚秉和は解説す:この条の林辞は前文《益》之《艮》と相同じ、取象の解説は詳しくあの一条に見ゆ。
姤。山石朽破,消崩墮墜。上下離心,君受其祟。乾為山、為石,下斷,故朽破墜墮。乾為上,巽為下,坤為心,坤伏,故離心。乾為君,陰消陽,故君受其祟。○墮墜,汲古作墜墮,不協,依宋元本。祟墜皆去聲。
《夬》が《姤》に変ずる:山石は朽壊破裂し、消蝕崩塌して墜落下来り、上下は心を離れ徳を離れ、国君はこの場の灾祟を承受せんとす——凶なり。尚秉和は解説す:姤は巽下乾上、乾は山・石を主り、而るに下体の一爻は断開す、故に朽破墜落と言う。乾は上に在り、巽は下に在り、坤は心を主り、坤は既に伏して見えない、故に上下は心を離る。乾は君を主り、如今一陰は初生して陽を消す、故に「君受其祟」と言う。校記:「堕墜」は汲古閣本が「墜堕」とし、音韻は協わず、此処は宋・元刻本に従う——「祟」「墜」の両字は皆去声を読み、正に相い押す。
萃。文母聖子,無疆壽考,為天下主。坤為文、為母,伏乾為聖,震為子,故曰文母聖子。艮為壽,坤為天下,伏震為主。○宋元本多人受其福四字,依汲古。
《夬》が《萃》に変ずる:文徳有る母・聖明の児子は、寿数は辺際なく、天下の君主を為す——大吉なり。「寿考」は即ち高寿。尚秉和は解説す:萃は坤下兌上、坤は文を主り、亦母親を主り、その伏象の中の乾は聖を主り、震は子を主り、合わせて「文母聖子」。艮は長寿を主り、坤は天下を主り、伏象の中の震は君主を主る。校記:宋・元刻本は此条に「人受其福」の四字を多出す、此処は汲古閣本に従う。
升。倔傀無儀,前後相違。言如鱉咳,語不可知。坤為儀,兌剛滷,故為倔傀。倔傀,倔強貌。兌見巽伏,故曰前後相違。震為言、為咳,伏艮為鱉,初至四正反兌,故語不可知。《詩》:"無非無儀,惟酒食是議"。
《夬》が《升》に変ずる:性は倔强にして又礼儀を懂らず、前後は自ら相い違背し、説話は鼈の咳嗽するが如く、含含糊糊として聴き明白せず——凶なり。尚秉和は解説す:升は巽下坤上、坤は儀法を主る。兌の性は剛にして鹵莽、故に「倔傀」の象を取る——倔傀は即ち倔强の様子。兌は顕現し巽は潜伏し、一見一隠、故に「前後相違」と言う。震は言語を主り、亦咳嗽を主り、その伏象の中の艮は鼈を主る。初爻より四爻に到るまで、正反両個の兌は相対し、口と口とは相い背く、故に話は説き明白せず。引く所の《詩・小雅・斯干》は「无非无儀、惟酒食是議」と説く、正に「儀」を以て守るべき儀法と為し、林辞の「无儀」と互証すべし。
困。五龍俱起,強者敗走。露我苗稼,年歲大有。巽卦數五,伏震為龍,故曰五龍。兌為剛強,兌毀,故曰敗走。巽為苗稼,兌為雨澤,故曰露我苗稼。伏震為年歲。○敗,宋元本作敢,依汲古。
《夬》が《困》に変ずる:五条の龍は一斉に興起し、強横の一方は敗逃し、雨露は我が禾苗庄稼を沾潤し、年成は大豊收なり——吉なり。尚秉和は解説す:困は坎下兌上、巽の卦数は五、その伏象の中の震は龍を主る、故に「五龍」と言う。兌は剛強を主り、而るに兌はまた毀折を主る、故に強者は敗走す。巽は禾苗庄稼を主り、兌は雨沢を主る、故に「露我苗稼」と言う。伏象の中の震は年歳を主る。校記:「敗」の字は宋・元刻本が「敢」とし、此処は汲古閣本に従う。
井。豦除善疑,難為攻醫。驥疲鹽車,困於銜棰。詳《艮》之《夬》。伏艮為遽除,坎為疑,震為驥、為車,兌為滷,故曰鹽車。坎勞故疲困。兌為銜,震為棰。○豦,宋元本作虎,汲古作雷,依《艮》之《夬》校。攻,宋本、汲古作功,元本作政,政者,攻形之訛,功者,攻音之訛,亦依《艮》之《夬》校。攻,治也。難,汲古作雖,依宋元本。
《夬》が《井》に変ずる:病は去るも多疑已まず、医治し難し。千里馬は鹽車を拖きて疲憊不堪にして、嚼子と鞭子との下に困る——是れ才其の用を得ざるの象なり。「攻」はここでは医治、「銜」は馬嚼子、「棰」は馬鞭。駿馬の鹽車を服するの典故は《戦国策・楚策》に出で、本は才を屈して困を受くるの比喩なり。尚秉和は解説す:井は巽下坎上、その伏象の中の艮は「遽除」を主り、坎は疑を主り、震は駿馬・車を主り、兌は鹽鹵を主る、故に「鹽車」と言う。坎は労を主る、故に疲困す。兌は馬嚼を主り、震は鞭棰を主る。校記:「豦」の字は宋・元刻本が「虎」とし、汲古閣本は「雷」とし、此処は本書《艮》之《夬》の一条に依りて校定す。「攻」の字は宋刻本と汲古閣本とが「功」とし、元刻本は「政」とす——「政」は「攻」の形近の訛、「功」は「攻」の音近の訛、亦《艮》之《夬》に依りて校定す、「攻」は即ち治療。「難」の字は汲古閣本が「雖」とし、此処は宋・元刻本に従う。
革。江南多蝮,螫我手足。冤煩詰屈,痛徹心腹。通《蒙》。坎為江、為螫、為蝮,震為南、為足,艮為手,坎為冤煩、為詰屈、為痛、為心,坤為腹。○我,宋元本作於。
《夬》が《革》に変ずる:江南の一帯は毒蛇多く、我が手脚を螫傷し、又冤しく又煩しく、身子は疼きて蜷曲して伸びず、痛みは心腹に入る——凶なり。「蝮」は一種の毒蛇、「詰屈」は屈曲して伸びざる。尚秉和は解説す:この条は旁通の象を取る——革の六爻は尽く反して蒙と成る、故に「通《蒙》」と標す。坎は江河・螫刺・蝮蛇を主り、震は南方・足を主り、艮は手を主る。坎はまた冤煩・屈曲・疼痛・心を主り、坤は腹を主る。校記:「我」の字は宋・元刻本が「于」とす。
鼎。心無所據,射鹿不得。多言少實,語無成事。通《屯》。坎為心,震為射、為鹿。正反震故曰多言,坤虛故少實。○所,汲古作可,依宋元本。無成,宋元本作成無,依汲古。
《夬》が《鼎》に変ずる:心裡に依憑なく、鹿を射るも射当たらず。話は説くこと多くして実処に落つること少なく、説き来り説き去りて事を弁成す能わず——凶なり。尚秉和は解説す:この条は旁通の象を取る——鼎の六爻は尽く反して屯と成る、故に「通《屯》」と標す。坎は心を主り、震は射猟・鹿を主る。正反両震は往复して已まず、故に「多言」と言う。坤の卦徳は虚、故に「少実」と言う。校記:「所」の字は汲古閣本が「可」とし、此処は宋・元刻本に従う。「无成」の二字は宋・元刻本が「成无」とし、此処は汲古閣本に従う。
震。君明臣賢,鳴求其友。顯德之士,可以履土。震為君,互艮為臣、為明、為友、為求,震為鳴、為德,艮為顯,故曰顯德。震為士、為履,坎為土。○土榮,元作事,依汲古。
《夬》が《震》に変ずる:国君は明智にして臣下は賢能、鳥児は鳴叫して其の同伴を求む。徳行顕著の士人は、此の土地の上に踏み入るべし——吉なり。「鳴求其友」は《詩・小雅・伐木》「嚶其鳴矣、求其友声」を化用す。尚秉和は解説す:震は上下両個の震の相重なる、震は君を主り、二・三・四爻は互体して艮を成し、艮は臣・明・友・求を主る。震はまた鳴叫・徳を主り、艮は顕揚を主る、故に「顕徳」と言う。震は還ら士・践履を主り、坎は土地を主る。校記:底本の「土栄」の二字は元刻本が「事」とし、此処は汲古閣本に従う。
艮。安上宜官,一日九遷。踰群越等,牧養常山。詳《履》之《節》。○上,汲古作士,群越作越群,均依宋元本。養,宋元作在,依汲古。
《夬》が《艮》に変ずる:上位に安居して官を為るに宜しく、一天の内に九次の升遷あり、儕輩を超出し等級を跨越して、常山の地を牧守しに往く——大吉なり。「踰群越等」は破格の擢升。尚秉和は解説す:この条の林辞は前文《履》之《節》と相同じ、取象の解説は詳しくあの一条に見ゆ。校記:「上」の字は汲古閣本が「士」とし、「群越」は汲古閣本が「越群」とし、いずれも宋・元刻本に従う。「養」の字は宋・元刻本が「在」とし、此処は汲古閣本に従う。
漸。峻詞解謝,除去垢汙。驚之成患,嬰去酷殘。艮山,故曰峻。峻詞,猶嚴詞也。坎為垢汙,伏震為驚,坎為患。○峻,汲古作汙,汙作活,嬰作屢,均依宋元本。去酷,宋元本作氏醳,依汲古。嬰蓋攖之叚借字。
《夬》が《漸》に変ずる:厳厲の言辞を以て辞謝開脱し、身上の污垢を洗去り、一たび驚擾を受ければ便ち禍患を醸成し、之を触犯すれば酷烈の残害に遭わんとす——凶なり。尚秉和は解説す:漸は艮下巽上、艮は山を主り、山は高峻、故に「峻」と言う。「峻詞」は即ち厳厲の言辞。坎は污垢を主り、その伏象の中の震は驚駭を主り、坎はまた禍患を主る。校記:「峻」の字は汲古閣本が「污」とし、「污」の字は「活」とし、「嬰」の字は「屢」とし、いずれも宋・元刻本に従う。「去酷」の二字は宋・元刻本が「氏醳」とし、此処は汲古閣本に従う。尚氏は併せて指出す、「嬰」は大概「攖」の假借字、攖は即ち触犯なりと。
歸妹。翁狂嫗盲,相牽北行。欲歸高邑,迷惑不得。震為翁、為狂,伏巽為嫗,兌半離,故曰嫗盲。伏艮為牽,互坎故北行。震為行、為歸,艮為高邑,坎疑,故曰迷惑不得,言不得高邑也。
《夬》が《帰妹》に変ずる:老頭子は発狂し老婆子は眼瞎し、彼此牽扶して北に向かい走る。高邑に帰らんと欲するも、却って路を迷いて到る能わず——凶なり。尚秉和は解説す:帰妹は兌下震上、震は老翁を主り、亦狂を主る。その伏象の中の巽は老婦を主る。兌はただ半個の離を湊成するのみ、離は本は目を主るも卦象は全からず、故に老婦の眼瞎と言う——これ即ち尚氏の所謂「半象」:両爻はただ某卦の一半を成すのみ、象は既に全からず、其の義も亦成立する能わず。伏象の中の艮は牽引を主り、互い出づる坎は北方に居る、故に北に向かい行く。震は行走・帰返を主り、艮は高邑を主り、坎は疑惑を主る、故に「迷惑不得」と言う、説くは終に高邑に到る能わざるなり。
豐。醉臥道傍,迷旦失明,不全我生。通《渙》。巽進退不果,故曰醉。震為道傍、為旦,艮為明,坎隱,故曰失明。坎破,故曰不全我生。震為生。○旦,汲古訛且,全訛合,均依宋元本。
《夬》が《豊》に変ずる:路傍に酔倒れ、天は亮けるも仍お昏昏沈沈として看り分明ならず、我が此条の性命を保つ能わず——凶なり。尚秉和は解説す:この条は旁通の象を取る——豊の六爻は陰陽尽く反して渙と成る、故に「通《渙》」と標す。巽の卦性は進退猶疑して果決せず、正に酔後の様子の如し、故に「酔」と言う。震は道傍を主り、亦早晨を主り、艮は光明を主り、而るに坎は隠伏を主る、故に「失明」と言う。坎はまた破損を主る、故に「不全我生」と言う。震は生を主る。校記:「旦」の字は汲古閣本が訛りて「且」とし、「全」の字は訛りて「合」とし、いずれも宋・元刻本に従う。
旅。北登鬼丘,駕龍東遊。王叔御後,文武何憂。通《節》。坎為北、為鬼,艮丘,故曰北登鬼丘。震為龍,位東,故曰駕龍東遊。震王,艮為叔,故曰王叔。王艮善御,故不憂。離為文,伏震為武。○叔,汲古作母,依宋元本。
《夬》が《旅》に変ずる:北に向かい鬼丘に登り、龍を駕りて東に遨游す。王叔は後頭に在りて車を駕り、文王武王に還ら何の憂うべき有らん——吉なり。尚秉和は解説す:この条は旁通の象を取る——旅の六爻は尽く反して節と成る、故に「通《節》」と標す。坎は北方を主り、亦鬼を主り、艮は丘陵を主り、合わせて「北登鬼丘」。震は龍を主り、方位は東に在る、故に「駕龍東游」と言う。震は王を主り、艮は叔を主り、合わせて「王叔」。善く駕御する人有りて轡を執りて後に在る、故に憂えず(底本は此処「王艮善御」と作る、「艮」は当に「良」の字の訛なるべし、王良は古時著名の善御者)。離は文を主り、その伏象の中の震は武を主り、合わせて「文武」。校記:「叔」の字は汲古閣本が「母」とし、此処は宋・元刻本に従う。
巽。恬淡無患,遊戲道門。與神往來,長樂以安。巽為伏,故曰恬淡。坎伏,故無患。伏震為遊戲,艮為道、為門,震為神,巽究成震,故曰與神往來。震為樂。○往來,汲古作來往。樂,汲古作出,均依宋元本。
《夬》が《巽》に変ずる:心境は恬淡にして憂患なく、道門の内に優游嬉戏し、神明と往来交接し、長久安楽なり——吉なり。尚秉和は解説す:巽は上下両個の巽の相重なる、巽の卦徳は潜伏収斂、故に「恬淡」と言う。坎は憂患を主るも此に於て伏蔵して見えない、故に「无患」。その伏象の中の震は游戯を主り、艮は道・門を主る。震はまた神を主り、而して《説卦伝》は「巽究為躁卦」と説く、巽は推して極処に至れば便ち化して震と為る、故に「与神往来」と言う。震は歓楽を主る。校記:「往来」の二字は汲古閣本が「来往」とし、「楽」の字は汲古閣本が「出」とし、いずれも宋・元刻本に従う。
兌。以緡易絲,抱布自媒。棄禮急情,卒罹憂悔。詳《蒙》之《困》。○憂悔,汲古作悔憂,依宋元本。緡,元本作緡,依宋本、汲古。急情,汲古作怠惰,依宋元本。
《夬》が《兌》に変ずる:銭串を拏りて糸に換え、布匹を抱えて自己に自己の媒を為し、礼数を拋开き私情に急ぎ、末了は憂愁悔恨を招来す——凶なり。「緡」は銭を穿つの繩索で、引申して串に成る銭を指す。「抱布自媒」は《詩・衛風・氓》「抱布貿糸」の故事を用い、男子は糸を買うの名を借りて求婚し、媒妁を経ず、故に「弃礼」と言う。尚秉和は解説す:この条の林辞は前文《蒙》之《困》と相同じ、取象の解説は詳しくあの一条に見ゆ。校記:「憂悔」の二字は汲古閣本が「悔憂」とし、此処は宋・元刻本に従う。「緡」の字は元刻本が別に一体を作る(今本は翻刻の後字形は已に分別なし)、此処は宋刻本と汲古閣本とに従う。「急情」の二字は汲古閣本が「怠惰」とし、此処は宋・元刻本に従う。
渙。被服衣冠,遊戲道門。以禮相終,身無災患。震為衣,艮為冠、為道、為門、為終、為身,坎為災患,震解故無。○衣,宋元本作大,災作殃,皆依汲古。
《夬》が《渙》に変ずる:衣裳冠帽を穿戴斉整にし、道門の内に優游嬉戏し、一切は礼数に依りて善始善終し、自身に災禍なし——吉なり。尚秉和は解説す:渙は坎下巽上、震は衣を主り、艮は冠・道・門・終・身を主る。坎は災患を主り、而るに震の卦徳は解散、災患は既に解け、故に「无」と言う。校記:「衣」の字は宋・元刻本が「大」とし、「災」の字は「殃」とし、いずれも汲古閣本に従う。
節。大麓魚池,陸為海涯。君子失行,小人相攜。中爻艮為山麓,伏巽為魚,兌為池,故曰大麓魚池。兌為海,艮為陸,艮兌連體,故曰陸為海涯。艮為君子,艮止,故失行。震為人,兌小,故曰小人。艮手為攜,正反艮故曰相摧。○大,汲古作天,池作地,依宋元本。
《夬》が《節》に変ずる:大山の脚下に養魚の池塘あり、陸地は変じて海辺と為れり。君子は操守を失い、小人は却って手を拉き手をして党を結ぶ——凶なり。「麓」は山脚、「涯」は水辺。尚秉和は解説す:節は兌下坎上、中間の幾爻は互い出づるは艮、艮は山麓を主る。その伏象の中の巽は魚を主り、兌は池塘を主り、合わせて「大麓魚池」。兌は海を主り、艮は陸地を主り、艮と兌とは形体相連なり、故に「陸為海涯」と言う。艮は君子を主り、艮の卦徳は止、止まりて行かず、故に「失行」と言う。震は人を主り、兌は幼小を主る、故に「小人」と言う。艮は手を主り、手は能く牽携す、正反両艮は相対す、故に「相携」と言う(尚氏の原注はここでは「相摧」と写す)。校記:「大」の字は汲古閣本が「天」とし、「池」の字は「地」とし、此処は宋・元刻本に従う。
中孚。淵泉溢出,為我邑祟。道路不通,孩子心憒。兌為淵泉,互震出,故曰淵泉溢出。艮為我、為邑,兌毀,故曰為我邑祟。震為道路,艮止故不通。震為孩子,坎為心,卦中虛無心,故曰孩子心憒。集韻:憒,亂也。孩子與箕子音同,易林以震為孩子,是讀《明夷六五》"箕子之明夷"為孩子之明夷也。○我邑,汲古作邑之,依宋元本。憒,元本作貫,依宋本、汲古。
《夬》が《中孚》に変ずる:深淵の裡の泉水は漫溢して出で、我が此座の城邑の灾祟と成り、道路は通ぜず、小孩子は心裡慌て乱る——凶なり。「憒」は昏乱。尚秉和は解説す:中孚は兌下巽上、兌は深淵泉水を主り、中間に互い出づるは震、震は動にして外に出づるを主る、故に「淵泉溢出」と言う。艮は我・城邑を主り、兌は毀折を主る、故に「為我邑祟」と言う。震は道路を主り、艮の卦徳は止、故に道路は通ぜず。震は孩子を主り、坎は心を主り、而るに中孚の中間両爻は中虚にして、心は言うべくもなし、故に「孩子心憒」と言う。《集韻》は「憒」を乱と解す。尚氏はまた指出す:「孩子」と「箕子」とは同音にして、《易林》は既に震を以て孩子と為す、見るべし其れは《明夷・六五》の「箕子之明夷」を「孩子之明夷」と読み成したるを。校記:「我邑」の二字は汲古閣本が「邑之」とし、此処は宋・元刻本に従う。「憒」の字は元刻本が「貫」とし、此処は宋刻本と汲古閣本とに従う。
小過。十里望煙,散渙四方。形體滅亡,可入深淵,終不見君。詳《豫》之《觀》。○方,汲古作分,依宋元本。
《夬》が《小過》に変ずる:十里の外に一縷の炊烟を望見し、転眼にして四方に向かい散尽し、形体は消滅浄尽し、以て深淵に沈入すべく、終に君王を見る能わず——凶なり。尚秉和は解説す:この条の林辞は前文《豫》之《観》と相同じ、取象の解説は詳しくあの一条に見ゆ。校記:「方」の字は汲古閣本が「分」とし、此処は宋・元刻本に従う。
既濟。傳言相誤,非乾徑路。鳴鼓逐狼,不知跡處。詳《乾》之《無妄》。○乾,毛作好,宋元作姧,依《無妄》校。徑,汲古訛經,誤作談,依宋元本。
《夬》が《既済》に変ずる:伝え来り伝え去る話は彼此錯乱し、走るは正干の路に非ず。鼓を擂りて狼を追うも、却って其の踪跡の何処に在るを知らず——凶なり。尚秉和は解説す:この条の林辞は前文《乾》之《无妄》と相同じ、取象の解説は詳しくあの一条に見ゆ。校記:「乾」の字は毛晋汲古閣本が「好」とし、宋・元刻本は「姧」とし、此処は《无妄》の一条に依りて校定す。「径」の字は汲古閣本が訛りて「経」とし、「誤」の字は訛りて「談」とし、いずれも宋・元刻本に従う。
未濟。東失大珠,西行棄稱。時多不利,使我後起。多用半象。漢書:終軍至關,棄襦於地。注:襦,關驗也。按:易既濟、漢書皆作繻,繻襦通用。周禮羅氏及弓人前鄭注,兩引易既作襦,又作繻,是通用也。
《夬》が《未済》に変ずる:東に走りて大珠子を丢し、西に行きて又秤を扔下し、時運は多く不利にして、我をして人の後に落ちて始めて起たしむ——凶なり。尚秉和は解説す:この条は多く「半象」を用う、即ち両爻はただ某卦の一半を湊成して卦象は全からず。引く所の《漢書・終軍伝》は終軍が行きて函谷関に到り、関吏の発給する「襦」を地上に丢棄せしを説き、注文は「襦」は出入の関卡の憑証と講ず。尚氏の按語は説く:《周易・既済》と《漢書》と皆「繻」と写し、「繻」と「襦」の両字は通用す。《周礼》の羅氏・弓人の両処の鄭衆の旧注は《易》を引き、一処は「襦」と写し一処は「繻」と写す、見るべし確かに通用するを。
姤 第四十四
姤。河伯大呼,津不可渡。往復爾故,乃無大悔。詳《屯》之《大有》。
《姤》之《姤》:姤卦の変ずる所は仍お姤、即ち本卦は変わらず、これは姤の下の六十四条の頭一条なり。林辞は言う:河伯は大声に吆喝し、渡口は過ぎる能わず。来来去去して仍お汝の原先の地方に帰り、此様は倒って大きな悔恨有るに至らず。「河伯」は黄河の水神、「津」は渡口、「爾故」は汝の本来在る所の処を指す。尚秉和は解説す:この条の林辞は前文《屯》之《大有》と相同じ、取象の解説は詳しくあの一条に見ゆ。
乾。蒙被恩德,長大成就。柔順利貞,君臣合好。此用《姤》象。上乾為恩德、為大,下巽為柔,《姤彖傳》:"天地相遇",天地即君臣,故曰君臣合好。
《姤》が《乾》に変ずる:恩徳を蒙受し、長大して成就有り。柔順にして正を守るに利し、君臣は相い処りて和好す——吉なり。尚秉和は解説す:この条は用うるは本卦姤の卦象。姤は巽下乾上、上体の乾は恩徳・大を主り、下体の巽は柔順を主る、故に「柔順利貞」と言う。《姤・彖伝》は「天地相遇」と説く、天と地とは人事の上に於ては即ち君と臣、故に「君臣合好」と言う。
坤。東山西山,各自止安。心雖相望,竟不同堂。詳《漸》之《屯》。第三句汲古本作雖欲登望,依宋元本。竟,宋元本作意,依汲古。
《姤》が《坤》に変ずる:東辺に一座の山・西辺に一座の山、各々原処に安止す。心裡は彼此相い望むと雖も、終に一堂に同じく処る能わず——是れ隔絶して合い難きの象なり。尚秉和は解説す:この条の林辞は前文《漸》之《屯》と相同じ、取象の解説は詳しくあの一条に見ゆ。校記:第三句は汲古閣本が「雖欲登望」とし、此処は宋・元刻本に従う。「竟」の字は宋・元刻本が「意」とし、此処は汲古閣本に従う。
屯。登山上谷,與虎相觴。蝟為功曹,班叔奔北,脫之嘉國。詳《解》之《艮》。
《姤》が《屯》に変ずる:山に登り山谷に走り入り、老虎と対飲す。刺蝟は功曹と為り、班叔は北に向かい敗逃し、脱身して好邦国に逃げ到れり。「相觴」は彼此酒を敬する、「功曹」は郡府の裡の考績を主管するの属吏、「奔北」は即ち戦い敗れて逃走す。尚秉和は解説す:この条の林辞は前文《解》之《艮》と相同じ、取象の解説は詳しくあの一条に見ゆ。
蒙。躓跌未起,失利後市,不得鹿子。坎蹇故跌。巽為利市,巽伏,故失利後市。震為鹿子,坤喪,故不得。宋元本無末句,依汲古。
《姤》が《蒙》に変ずる:絆倒れていまだ爬り起きず、財利を錯失し、趕集も又趕くこと晚く、小鹿をも捉うる能わず——凶なり。「躓跌」は絆倒るる。尚秉和は解説す:蒙は坎下艮上、坎は蹇難を主る、故に跌倒す。巽は財利と市集とを主り、巽は此に於て伏して見えない、故に利を失い趕集は後に落つ。震は小鹿を主り、坤は喪失を主る、故に捉うるに到らず。校記:宋・元刻本は末の一句なし、此処は汲古閣本に従う。
需。結珠懷履,卑斯似鬼,為君奴婢。通《晉》。震為珠履,震覆,故曰結珠懷履,言不見也。艮為奴婢、為斯役,坤為鬼。○似,汲古作以,依汲古。
《姤》が《需》に変ずる:珠子を収め起きて繫げ好み、鞋子を懐裡に揣え入れ、卑賤なること一個の鬼の如く、人の為に奴を為し婢を為す——凶なり。尚秉和は解説す:この条は旁通の象を取る——需の六爻は尽く反して晋と成る、故に「通《晋》」と標す。震は珠・鞋を主り、而るに震はここでは倒覆の象、故に「結珠懐履」と言う、意思は収蔵して露出せず。艮は奴婢を主り、亦人に駆使せらるる賎役を主り、坤は鬼を主る。校記:「似」の字は汲古閣本が「以」とし、底本はここでは仍お「依汲古」と写す(文義に按ずれば当に「依宋元本」の誤なるべし)。
訟。雞鳴失時,民僑勞苦。厖吠有威,行者留止。通《明夷》。巽為雞、為鳴,震為時辰,坎失,故失時。坤為民,與震連,故曰僑。僑,旅寓也。震為商旅,坎為勞,震為厖。厖,多毛犬也。震多毛,故為厖。震為威,坎陷故留止。○三四汲古作"犬吠不休,留止作稽"。留,依宋元本,此似說鄭風女曰雞鳴詩意,故曰勞苦,非齊雞鳴詩也。召南無使尨也吠,茲作厖。說文:厖,多毛犬。《毛傳》:尨,狗也。是焦與毛義同而字微異。
《姤》が《訟》に変ずる:鶏叫は時辰を誤り、客居在外の人は労苦し、長毛狗は叫ぶこと凶く、趕路の人は只得として停下す——凶なり。尚秉和は解説す:この条は旁通の象を取る——訟の六爻は尽く反して明夷と成る、故に「通《明夷》」と標す。巽は鶏・鳴叫を主り、震は時辰を主り、坎は失落を主る、故に「失時」と言う。坤は民を主り、又震と相連なり、故に「僑」と言う——僑は即ち旅居于外。震は行商旅客を主り、坎は労苦を主る。震は還ら「厖」を主り、厖は多毛の狗、震に多毛の象あり、故に厖を取る。震は威を主り、坎は陥落を主る、故に行人は留止せらる。校記:第三・四句は汲古閣本が「犬吠不休、留止作稽」とし、「留」の字は宋・元刻本に依る。尚氏はこの条は《詩・鄭風・女曰鶏鳴》の詩意を敷演するに似たりと言う、故に労苦と説きて、《斉風・鶏鳴》に非ず。《詩・召南・野有死麕》に「无使尨也吠」あり、ここでは「厖」と写す。《説文》は厖は多毛の狗と説き、《毛伝》は則ち尨は即ち狗と説く——見るべし焦延寿と毛公とは取義相同じく、ただ用字稍や分別有るのみと。
師。陳媯敬仲,示兆興姜。乃適營丘,八世大昌。詳《屯》之《噬嗑》。第二三句汲古作兆興齊姜,營丘立適,依宋元本。
《姤》が《師》に変ずる:陳国の嬀姓の敬仲は、卜兆は彼が将に姜姓の国を興盛せしめんと示し、ここに営丘に往き、第八代に伝わりて大いに昌盛す——吉なり。説く所は陳完(諡は敬仲)が禍を避けて斉に奔り、其の後田氏は世代顕達して、終に姜斉に代わりて国を有せしの事。営丘は即ち斉国の都城。尚秉和は解説す:この条の林辞は前文《屯》之《噬嗑》と相同じ、取象の解説は詳しくあの一条に見ゆ。校記:第二・三句は汲古閣本が「兆興斉姜」「営丘立適」とし、此処は宋・元刻本に従う。
比。鹿畏人匿,俱入深谷。短命不長,為虎所得,死於牙腹。震為鹿,震覆坎為隱、為畏,故曰鹿畏人匿。艮為谷,初至五形長,故曰深谷。艮為虎,坤為死,故曰短命。坤為腹,伏兌為牙,故曰死於牙腹。
《姤》が《比》に変ずる:鹿は人を怕れて躲蔵し、一斉に深谷に鑽り込むも、到底命短くして活くること長からず、仍お老虎に捉えられて、虎牙虎腹の下に死せり——凶なり。尚秉和は解説す:比は坤下坎上、震は鹿を主る。震は倒覆すれば便ち坎と成り、坎は隠伏・畏懼を主る、故に「鹿畏人匿」と言う。艮は山谷を主り、初爻より五爻に到るまで形体は延展すること長し、故に「深谷」と言う。艮は虎を主り、坤は死を主る、故に「短命」と言う。坤は腹を主り、その伏象の中の兌は牙を主る、故に「死于牙腹」と言う。
小畜。言無約結,不成券契。殷叔季姬,公孫爭之。強人委禽,不悅於心,乃適子南。詳《頤》之《革》。姬,宋元本作女,依汲古。事在昭元年。
《姤》が《小畜》に変ずる:口頭に講じて約定なく、契券を立成す能わず。殷氏の叔と季姫との婚事は、公孫は又来りて争奪し、強横の人は聘礼を送り来るも、女方は心裡併せて楽しまず、末了は仍お子南に嫁げり——是れ婚事紛争の象なり。「委禽」は納采の時に雁を送りて聘礼と為す。尚秉和は解説す:この条の林辞は前文《頤》之《革》と相同じ、取象の解説は詳しくあの一条に見ゆ。校記:「姫」の字は宋・元刻本が「女」とし、此処は汲古閣本に従う。尚氏は併せて指出す、この事は《左伝》昭公元年に見ゆ——鄭国の徐吾犯の妹は貌美く、公孫楚と公孫黒とが争うて娶らんと欲す、正に林辞と相合すと。
履。鼓瑟歌舞,歡遺於酒。龍喜張口,大喜在後。通《謙》。震為鼓、為瑟、為歌舞、為歡喜,坎為酒,震為龍、為口、為後。○遺,汲古作悅,依宋元本。
《姤》が《履》に変ずる:鼓を撃ち瑟を弾じ、歌を載せ舞を載せ、歓楽はみな酒の上に寄托し、龍は歓喜して口を張り開き、更大の喜事は還ら後頭に在り——吉なり。尚秉和は解説す:この条は旁通の象を取る——履の六爻は尽く反して謙と成る、故に「通《謙》」と標す。震は鼓・瑟・歌舞・歓喜を主り、坎は酒を主る。震はまた龍・口・後に在るを主る。校記:「遺」の字は汲古閣本が「悦」とし、此処は宋・元刻本に従う。
泰。凶憂災殃,日益章明。禍不可救,三卻夷傷。詳《需》之《復》。○章明與殃傷韻,汲古作明章,以期韻協,豈知明殃古亦協,故依宋元本。
《姤》が《泰》に変ずる:凶険憂患・災禍殃咎は、一天比一天に顕著し、禍事は已に挽救する能わざるに至り、晋国の三郤は同じく殺傷に遭えり——凶なり。「三却」は即ち晋卿の郤錡・郤犨・郤至で、同日に晋厲公に誅滅せらる。尚秉和は解説す:この条の林辞は前文《需》之《復》と相同じ、取象の解説は詳しくあの一条に見ゆ。校記:「章明」は「殃」「傷」と相い押す、汲古閣本は「明章」とし、是れ韻脚を協えしめんと欲するも、却って「明」と「殃」とは古音の裡に本より押韻するを知らず、故に此処は宋・元刻本に従う。
否。水流趨下,遂至東海。求我所有,買鱣與鯉。詳《益》之《無妄》。○至,汲古作成,非。
《姤》が《否》に変ずる:水は低処に向かい流れ、一直に東海に流れ到り、我が手頭所有のを拏りて換え、鱣魚と鯉魚とを買い帰る——吉なり。「鱣」は一種の大魚。尚秉和は解説す:この条の林辞は前文《益》之《无妄》と相同じ、取象の解説は詳しくあの一条に見ゆ。校記:「至」の字は汲古閣本が「成」とし、是れ錯りなり。
同人。陰為陽賊,君不能克。舉動失常,利無所得。通《師》。上下五陰,坎為盜,故曰陰為陽賊。震為君,陽寡,故不能勝陰。巽為利,坤虛,故無得。○克,汲古訛充,動作連,均依宋元本。
《姤》が《同人》に変ずる:陰気は陽気を残害し、君主は之を制服するに法なく、一挙一動みな常度を失い、利を謀るも一も得る所なし——凶なり。尚秉和は解説す:この条は旁通の象を取る——同人の六爻は尽く反して師と成る、故に「通《師》」と標す。師卦は上下共に五個の陰爻有り、坎はまた盗を主る、故に「陰為陽賊」と言う。震は君を主り、而るに陽爻は孤寡、故に陰に勝ち過ぐる能わず。巽は財利を主り、坤の卦徳は虚、故に一も得る所なし。校記:「克」の字は汲古閣本が訛りて「充」とし、「動」の字は「連」とし、いずれも宋・元刻本に従う。
大有。離床失案,龜喪其願。都市無會,叔季懷恨。通《比》。艮為案、為床、為龜,坤喪,故曰離、曰失、曰喪。坎為心,故曰願。坤為都市,艮為叔季,坎憂,故曰懷恨。
《姤》が《大有》に変ずる:床を離れ几案を丢し、占卜の龜もまた人の心願に遂う能わず。都市の裡に集市聚会を見ず、叔叔と幼弟とは満懐の怨恨なり——凶なり。尚秉和は解説す:この条は旁通の象を取る——大有の六爻は尽く反して比と成る、故に「通《比》」と標す。艮は几案・床・龜を主り、坤は喪失を主る、故に「離」と言い「失」と言い「喪」と言う。坎は心を主る、故に「願」と言う。坤は都市を主り、艮は叔と季とを主り、坎は憂を主る、故に「懐恨」と言う。
謙。壅遏堤防,水不得行。火盛陽光,陰霓伏藏,走歸其鄉。詳《比》之《大畜》。○火,汲古訛大,依宋元本。艮為火也。盛,各本皆作慎,音訛字,依《比》之《大畜》校。
《姤》が《謙》に変ずる:堤防は水を堵住し、水は流れ出で能わず。火勢は旺盛にして陽光は熾烈、陰雲虹霓はみな蔵れて、各々自己の郷里に跑り帰れり——是れ陽盛陰退の象なり。「霓」は副虹で、古人は陰気の凝結して成ると以為す。尚秉和は解説す:この条の林辞は前文《比》之《大畜》と相同じ、取象の解説は詳しくあの一条に見ゆ。校記:「火」の字は汲古閣本が訛りて「大」とし、此処は宋・元刻本に従う。尚氏は併せて指出す、艮に「火」の卦象有りと。「盛」の字は各本とも「慎」とし、あれは音近にして致るの訛字、此処は《比》之《大畜》の一条に依りて校定す。
豫。躄屈復伸,東乘浮雲,貴寵毋前。坎蹇,故曰躄屈。震為伸、為東,坤為雲,艮為貴。毋前者,言莫過也。○東,宋元本訛本,依汲古。又按:《三國志關張傳》:亮知羽護前,護前猶好勝。貴寵毋前者,言既貴寵宜退讓也。
《姤》が《豫》に変ずる:両腿蜷曲して行走する能わざる者は又伸直するを得、東に向かい浮雲に乗りて上り、尊貴恩寵を受くるも争先せず——吉なり。「躄」は両腿の癱軟して路を走る能わざる。尚秉和は解説す:豫は坤下震上、坎は蹇難を主る、故に「躄屈」と言う。震は伸展・東方を主り、坤は雲を主り、艮は尊貴を主る。所謂「毋前」は、説くは争先して人に過ぐる勿れと。校記:「東」の字は宋・元刻本が訛りて「本」とし、此処は汲古閣本に従う。尚氏はまた按す:《三国志・関張馬黄趙伝》は諸葛亮の関羽の「護前」を知りしを説く、護前は即ち好勝争先の意思。「貴寵毋前」は正に人は既に尊貴寵を得れば、則ち退譲して争わざるべしと説く。
隨。實沈參伐,以義斷割。次陸服刑,成我霸功。艮為星辰,故曰實沈、曰參伐。《考工記》:熊旗六斿以象伐也。注:伐屬白虎,宿與參連體而六星,《漢書天文志》太白曰西方,秋,金義也。以義斷割,謂太白主兵殺也。次陸服刑者,謂鮑叔迎管仲至堂阜而脫其桎梏,仲持斧絀纓請罪也。○伐,宋元本作罰,依汲古,局本作虛,非。刑,依汲古,謂管仲也,宋元本作薪,非。
《姤》が《随》に変ずる:実沈の星と参宿・伐星とが当値し、義理を憑じて裁断誅殺し、次陸の地に於て服刑受縛し、終に我が霸業を成就せり——吉なり。「実沈」は参星の分野の神、「参伐」は参宿と其の下方の伐星とを指す。尚秉和は解説す:艮は星辰を主る、故に実沈・参伐の象を取る。《周礼・考工記》は熊旗は六条の飘帯を垂れて以て伐星を象徴すと説き、注文は伐星は西方の白虎に属し、参宿と連なりて一体と為り共に六顆の星と講ず。《漢書・天文志》は太白は西方に属し秋に属し金に属し、金は義を主ると説く——所謂「以義断割」は、説くは太白は兵戈誅殺を主ると。「次陸服刑」に至りては、説く所は鮑叔牙が堂阜に到りて管仲を迎接し、彼の為に桎梏を解き開き、管仲は斧鉞を手持ち纓を垂れて請罪せし旧事。後に管仲は斉桓公を相して霸業を成し、故に「成我霸功」と言う。校記:「伐」の字は宋・元刻本が「罰」とし、此処は汲古閣本に従い、官書局本は「虚」とし、是れ錯りなり。「刑」の字は汲古閣本に依り、指す所は正に管仲の縛を受けしの一事、宋・元刻本は「薪」とし、是れ錯りなり。
蠱。金泉黃寶,宜與我市。娶嫁有息,利得過母。艮為金,震為寶、為玄黃,兌為泉,故曰金泉黃寶。巽為市,震為歸,故曰娶嫁。震為子,故曰息。息,生也。巽為母、為利,言以寶泉權子母,息過母也。○得,汲古作後,依宋元本。
《姤》が《蠱》に変ずる:金銭泉貨と黄色の宝物とは、正に宜しく我と売買を為すべし。婚娶して子息を生み、利銭は本銭を超過す——吉なり。古人は本銭を「母」と称し利息を「子」と称す、故に「利得過母」と言う。尚秉和は解説す:蠱は巽下艮上、艮は金を主り、震は宝・玄黄の色を主り、兌は泉を主り(銭幣は古称泉)、合わせて「金泉黄宝」。巽は市集を主り、震は嫁帰を主る、故に「娶嫁」と言う。震は子を主る、故に「息」と言う——息は即ち生。巽は母を主り、亦財利を主る。整句の説く所は宝貨銭幣を拏りて放貸して息を生ずる、即ち所謂「権子母」、而して得る所の利息は本金を超過せりと。校記:「得」の字は汲古閣本が「後」とし、此処は宋・元刻本に従う。
臨。禹召諸神,會稽南山。執玉萬國,天下康安。詳《損》之《旅》。○安,依《損》之《旅》校,各本皆作康寧。
《姤》が《臨》に変ずる:大禹は各方の神祇を召集し、会稽の南山に会合す。万国の諸侯は手に玉帛を執りて朝会に来り、天下は安康なり——大吉なり。会稽は相伝えて正に禹の諸侯を会し功を計るの地方。尚秉和は解説す:この条の林辞は前文《損》之《旅》と相同じ、取象の解説は詳しくあの一条に見ゆ。校記:末句の「康安」と作るは《損》之《旅》の一条に依りて校定せし、各本は原来みな「康寧」とす。
觀。三蟲作蠱,踐跡無與。勝母盜泉,君子不處。《左傳》"三蟲為蠱"。巽馬蟲,艮數三,故曰三蟲為蠱。蠱,壞也。震為跡,震覆,故無跡。巽為母、為盜,坤水,故曰盜泉。《家語》孔子忍渴於盜泉,里名勝母,曾子回車,故曰不處。艮為君子。
《姤》が《観》に変ずる:三条の虫は一処に聚りて蠱と成り、旧迹に沿いて走るも人の相い与するなく、「勝母」の如き里名・「盗泉」の如き水名は、君子は肯んじて彼処に停留せず——是れ悪を避け害を遠ざくるの象なり。尚秉和は解説す:《左伝》は「三虫為蠱」と説く、皿の中に虫を聚むれば便ち蠱。巽は虫を主り(底本は此処「巽馬虫」と作る、「馬」の字は疑わく衍文ならん)、艮の卦数は三、故に「三虫為蠱」と言う。蠱は即ち敗壊。震は足迹を主り、而るに震は此に於て倒覆す、故に「无迹」と言う。巽は母を主り、亦盗を主り、坤は水を主り、合わせて「盗泉」。《孔子家語》は孔子が盗泉を路過し、口渴するも忍びて飲まざりしを記す。里の名を「勝母」と曰えば、曾子は便ち車頭を掉轉して入らず——故に「君子不處」と言う。艮は君子を主る。
噬嗑。華葉隕落,公歸嫗宅。夷子失民,潔己不食。伏兌為華,震為葉,巽為隕落、為嫗,震為公、為歸,艮為宅,故曰公歸嫗宅。坎為平,故曰夷。坎為民、為失,巽為白,故曰潔。言伯夷讓國,不食周粟也。○隕,宋元作墮,己作白,均依汲古。嫗,汲古作樞,依宋元本。
《姤》が《噬嗑》に変ずる:花と葉とはみな凋落し、公子は老婦の居所に帰り、夷子は民衆を失い、自ら清白を守りて肯んじて周朝の糧食を食わず——是れ節を守りて窮するの象なり。尚秉和は解説す:噬嗑は震下離上、その伏象の中の兌は花を主り、震は葉を主り、巽は隕落を主り、亦老婦を主る。震はまた公・帰返を主り、艮は居宅を主り、合わせて「公帰嫗宅」。坎は平を主り、「夷」は正に平の意思、故に伯夷を指す。坎は民・失落を主り、巽は白色を主る、故に「潔」と言う。整句の説く所は伯夷が国を譲りて出走し、義として周粟を食わざるの事。校記:「隕」の字は宋・元刻本が「堕」とし、「己」の字は「白」とし、いずれも汲古閣本に従う。「嫗」の字は汲古閣本が「枢」とし、此処は宋・元刻本に従う。
賁。履機懼毀,身王子廢。終得所欲,無有凶害。互震為履,坎為機,震在坎上,故曰履機。而坎為破、為懼,故曰懼毀。艮為身,震為子,上卦震覆,故曰子廢。艮為終,坎為欲、為害。
《姤》が《賁》に変ずる:脚は弩機の上に踩り、之を踏み毀らんことを生怕り、自身は王を称えて児子は廃せられ、末了に到りて仍お心願に遂い、凶険禍害なし——先に危く後に安し。「機」は弩機・机栝で、一触すれば即ち発す、故に怕るべし。尚秉和は解説す:賁は離下艮上、中間に互い出づるは震、震は践履を主り、坎は机栝を主り、震は坎の上に在る、故に「履機」と言う。坎はまた破損・恐懼を主る、故に「懼毀」と言う。艮は身を主り、震は子を主り、而るに上体の艮は正に震の倒覆の象、故に「子廃」と言う。艮は終了を主り、坎は欲望を主り、亦禍害を主る。
剝。道理和得,仁不相賊。君子攸往,樂有利福。艮為道。○樂,汲古作我,依宋元本。
《姤》が《剥》に変ずる:道理は和順相得し、仁徳を講ずる人は互いに残害せず。君子は往く所有り、歓楽にして利有り福有り——吉なり。「攸往」は即ち往く所。尚秉和は解説す:剥は坤下艮上、艮は道を主る。此条は尚氏ただ此一象を点出するのみ、其余の各句は更に解説を加えず。校記:「楽」の字は汲古閣本が「我」とし、此処は宋・元刻本に従う。
復。合匏同牢,姬姜並居。震為匏、為牢。匏,合巹杯。牢,《史記平準書》"官與牢盆"注:樂彥云:牢,盆名,《昏禮》同牢而食。震為姬,伏巽為姜,震巽皆在初,故曰姬姜並居。《禮記昏義》:"男迎婦以入共牢而食,合巹而酳"。○汲古多壽考長久四字,依宋元本。
《姤》が《復》に変ずる:合卺して牢を共にし、姫姓と姜姓との男女は一室に並び処る——是れ成婚の吉象。「匏」は剖りて两半と為す葫芦瓢で、新婚夫婦は各々一半を執りて酒を飲む、之を「合卺」と叫ぶ。「同牢」は夫婦は共に一份の牲肉を食す。尚秉和は解説す:復は震下坤上、震は匏・牢を主る。匏は即ち合卺の用うる所の瓢杯。牢に至りては、《史記・平準書》「官与牢盆」の注は楽彦を引きて牢は盆名と説き、而して《昏礼》に「同牢而食」の文あり。震は姫姓を主り、その伏象の中の巽は姜姓を主り、震と巽とは皆初爻の位置上に在る、故に「姫姜并居」と言う。《礼記・昏義》は「男迎婦以入、共牢而食、合卺而酳」と説く、正に林辞の本とする所。校記:汲古閣本は此条に「寿考長久」の四字を多出す、此処は宋・元刻本に従う。
無妄。關睢淑女,賢妃聖偶。宜家壽母,福祿長久。艮為鳥,故曰關睢。乾為吾,巽女,故曰淑女、曰賢妃、曰聖偶。乾為聖也。艮為家、為壽,巽為母,故曰壽母。乾為福祿、為久。此說關睢詩,意與毛同。
《姤》が《无妄》に変ずる:《関雎》の詠ずる所のあの淑女の如く、是れ賢徳の妃・聖明の配偶なり。家室に宜しく母親は長寿にして、福禄は長久なり——大吉なり。尚秉和は解説す:无妄は震下乾上、艮は鳥を主る、故に《関雎》の中の雎鳩の象を取る。乾は我を主り(底本は此処「乾為吾」と作る)、巽は女を主る、故に「淑女」「賢妃」「聖偶」と言う——乾はまた聖を主る。艮は家・寿を主り、巽は母を主り、合わせて「寿母」。乾は福禄を主り、亦長久を主る。尚氏はこの条は《関雎》の詩意を敷演するにして、取義は《毛詩》と相同じと言う。
大畜。騅驥脫乳,不知子處。旋踵悲鳴,痛傷我心。乾為馬,艮為乳,在外故曰騅驥脫乳。震為子,三上正反震,故不知。震為踵,正反震故曰旋踵。震為鳴,伏坤故曰悲、曰心痛。○騅,宋元本作騏,脫作晚,踵作動,均依汲古。
《姤》が《大畜》に変ずる:騅馬驥馬は乳哺を離れて、自己の小駒の何処に在るを知らず。足跟を転じて悲声に嘶鳴し、痛みて我が心を傷めり——凶なり。「騅」「驥」は皆良馬の名。尚秉和は解説す:大畜は乾下艮上、乾は馬を主り、艮は乳を主り、艮は外卦に居る、故に「騅驥脱乳」と言う。震は子を主り、三爻より上爻に至りて正反両震は相対す、故に去処を知らずと言う。震は足跟を主り、正反震は往复す、故に「旋踵」と言う。震は鳴叫を主り、その伏象の中の坤は悲を主る、故に悲鳴と言い心痛と言う。校記:「騅」の字は宋・元刻本が「騏」とし、「脱」の字は「晚」とし、「踵」の字は「動」とし、いずれも汲古閣本に従う。
頤。知嚴絕理,陰孽謀主。十日不食,困於申亥。坤為陰,數十,上艮為日,故曰十日。震為食,坤閉,故不食。坤居申,艮居亥,艮為拘,故困於申亥。○知嚴,宋元作智巖,依汲古。主,宋本作生,依元本、汲古。《左傳昭十三年》:"楚靈王縊於芋尹申亥氏,申亥以其女殉而葬之"。
《姤》が《頤》に変ずる:智慮は厳苛にして常理を断絶し、陰邪の徒は君主を謀害せんと謀る。十天飯を食うことなく、申亥の手裡に困死せり——凶なり。尚秉和は解説す:頤は震下艮上、坤は陰を主り、卦数は十、上体の艮は日を主る、故に「十日」と言う。震は飲食を主り、坤は閉塞を主る、故に飯を食い得ず。坤の方位は申に在り、艮の方位は亥に在り、艮はまた拘繫を主る、故に「困于申亥」と言う。校記:「知厳」の二字は宋・元刻本が「智岩」とし、此処は汲古閣本に従う。「主」の字は宋刻本が「生」とし、此処は元刻本と汲古閣本とに従う。引く所の《左伝》昭公十三年は楚霊王が芋尹申亥の家裡に弔死せしを説き、申亥は自己の両個の女児を以て殉葬せし——申亥は既に地支の名、又恰も人名、林辞は正好として語に双関を帯ぶ。
大過。監諸攻玉,無不穿鑿。龍體具舉,魯班為輔。麟鳳成形,德象君子。通《頤》。丁云:《淮南子》"玉待礛諸而成哭"注:礛諸,攻玉之石。艮為石,震為玉,艮手故曰攻玉、曰穿鑿。震為龍,震反在上,故曰具舉。兌為魯,巽為工,故曰魯班。魯班即公輸般,巧匠也。坤文為麟鳳、為形,艮為君子,君子之德溫如玉,故玉象君子。○諸本皆無二三句,君子下多"三仁翼事,所求必喜"八字,與上文不類,茲依《艮》之《明夷》校。
《姤》が《大過》に変ずる:礛諸の如き硬石を以て玉を琢れば、穿鑿して透らざるなく、龍の形体は整个として挙げられ、魯班は旁に在りて相助け、麒麟鳳凰は長じて形を成し、徳行は玉の一般にして以て君子を象徴す——吉なり。尚秉和は解説す:この条は旁通の象を取る——大過の六爻は尽く反して頤と成る、故に「通《頤》」と標す。丁晏は《淮南子》「玉待礛諸而成器」(底本の「成哭」は当に「成器」の訛なるべし)を引き、注文は礛諸は玉を治するの硬石と説く。艮は石を主り、震は玉を主り、艮はまた手を主る、故に「攻玉」「穿鑿」と言う。震は龍を主り、震は倒して上体に居る、故に「具挙」と言う。兌は魯を主り、巽は工匠を主り、合わせて「魯班」——魯班は即ち公輸般、古時の巧匠。坤は文彩を主る、故に麟鳳の象を取り、亦形体を主る。艮は君子を主り、君子の徳行は温潤して玉の如し、故に玉は君子を象すと言う。校記:諸本は皆第二・三の両句なく、而して「君子」の下に「三仁翼事、所求必喜」の八字を多出す、上体の文例と合わず、此処は本書《艮》之《明夷》の一条に依りて校定す。
坎。昧暮乘車,以至伯家。踰梁渡河,濟脫無他。坎為昧暮,互震為車、為伯,艮為家、為梁,坎為河。
《姤》が《坎》に変ずる:天色昏黒の時に車に乗りて路を趕り、一直に伯氏の家中に到り、橋梁を越え河水を渡り、平安に険を脱して別の意外なし——吉なり。「昧暮」は即ち天色昏暗の傍晚。尚秉和は解説す:坎は上下両個の坎の相重なる、坎は昏暮を主り、中間に互い出づるは震、震は車・伯を主り、艮は家・橋梁を主り、坎はまた河水を主る。
離。吾有黍稷,委積外場。有角服箱,運致我藏,富於嘉糧。互巽為黍稷,伏艮為場、為角。角謂牛,言有牛服箱而運也。伏震為車箱、為富、為糧,巽伏,故曰藏。○稷,宋元本作粟,角訛用,嘉訛喜,均依汲古。
《姤》が《離》に変ずる:我に黍有り稷有り、外の場院の上に堆積す。角有る牛は車廂を駕り起し、糧食を運びて我が倉廩に入れ、好糧食は富足有余なり——吉なり。「服箱」は車廂を駕る、語は《詩・小雅・大東》「睆彼牽牛、不以服箱」に出づ。尚秉和は解説す:離は上下両個の離の相重なる、中間に互い出づるは巽、巽は黍稷を主る。その伏象の中の艮は場院を主り、亦角を主る——角の指す所は即ち牛、説くは牛有りて車廂を駕りて来りて搬運すと。伏象の中の震は車廂・富・糧食を主り、而るに巽は伏して見えない、故に「蔵」と言う。校記:「稷」の字は宋・元刻本が「粟」とし、「角」の字は訛りて「用」とし、「嘉」の字は訛りて「喜」とし、いずれも汲古閣本に従う。
咸。喜笑且語,不能掩口。官爵並至,慶賀盈戶。兌悅故喜笑,兌口故語。艮為官爵,乾為戶、為盈。○戶,汲古作門,依宋元本。兌口在上,故不掩。
《姤》が《咸》に変ずる:又笑い又説き、嘴をも捂え住えず。官職爵位は一斉に到来し、道賀の人は門戸に挤满せり——大吉なり。尚秉和は解説す:咸は艮下兌上、兌は喜悦を主る、故に喜笑す。兌は口を主る、故に説話す。艮は官爵を主り、乾は門戸を主り、亦盈満を主る。校記:「戸」の字は汲古閣本が「門」とし、此処は宋・元刻本に従う。尚氏は併せて指出す、兌の口は上体に在り、張りて上に在る、故に掩え住えずと。
恆。霧露霜雪,日暗不明。陰孽為疾,年穀大傷。伏坤為霧、為雪霜,兌為雨露,乾為日,兌為昧,故曰日暗不明。伏坤為陰、為疾,震為年穀,兌折故傷。○為,宋元本作生,依汲古。
《姤》が《恒》に変ずる:霧・露・霜・雪は一斉に来りて侵し、太陽は昏暗不明なり。陰邪は祟を為して灾病と成り、当年の穀物は大いに損傷を受く——凶なり。尚秉和は解説す:恒は巽下震上、その伏象の中の坤は霧・霜雪を主り、兌は雨露を主り、乾は太陽を主り、兌はまた昏昧を主る、故に「日暗不明」と言う。伏象の中の坤は陰・疾病を主り、震は年穀を主り、兌は毀折を主る、故に穀物は傷を受く。校記:「為」の字は宋・元刻本が「生」とし、此処は汲古閣本に従う。
遁。伯去我東,髮如飛蓬。寤寐長歡,展轉空床。內懷悵恨,摧我肝腸。通《臨》。見前。第二句宋元作髮擾如蓬,依汲古。摧我,汲古作心摧,依宋元本。
《姤》が《遯》に変ずる:夫君は我を離れて東に去り、頭髪は乱るること飛蓬の如し。醒むるも睡るも久久に心上人を念い、翻來覆去して空床を守り、心裡は満懐の悵恨、愁えること肝腸は寸断せんとす——凶なり。「伯」は婦人の丈夫に対する称呼、「歡」は当時の情人に対する称谓。語意は《詩・衛風・伯兮》「自伯之東、首如飛蓬」に本づく。尚秉和は解説す:この条は旁通の象を取る——遯の六爻は尽く反して臨と成る、故に「通《臨》」と標す。取象は已に前文に見え、ここでは更に重出せず。校記:第二句は宋・元刻本が「髪擾如蓬」とし、此処は汲古閣本に従う。「摧我」の二字は汲古閣本が「心摧」とし、此処は宋・元刻本に従う。
大壯。亡羊補牢,張氏失牛。騂駟奔走,鵠盜我魚。兌為羊,兌折故亡羊。伏艮為牢,牢,《說文》牛閒也。艮手故曰補。震為張,艮為牛,艮伏,故張氏失牛。震為馬、為走、為鵠,伏巽為盜、為魚。○宋元本補牢下作毋損於憂,祇二句,今依汲古。
《姤》が《大壮》に変ずる:羊は丢して始めて圈を修め、張家はまた牛を失い、赤色の駟馬は四散奔走し、天鹅は我が魚を倫み去れり——凶なり。「騂」は赤色、「駟」は一車を駕する四匹の馬。尚秉和は解説す:大壮は乾下震上、兌は羊を主り、兌はまた毀折を主る、故に羊は丟失す。その伏象の中の艮は牢を主る——《説文》は牢は牛を関する欄圈と説く。艮は手を主る、故に「補」と言う。震は張を主り、艮は牛を主り、艮は伏して見えない、故に「張氏失牛」。震は馬・奔走を主り、亦天鹅を主る。伏象の中の巽は盗・魚を主る。校記:宋・元刻本は「補牢」の下に「毋損于憂」と作り、全条はただ両句のみ、如今汲古閣本に依る。
晉。販鼠賣鼃,利少無謀,難以得家。此用遇卦《姤》象。下巽為利市,故曰販賣。巽為伏,故亦為鼠、為蟲,故為鼃,二者皆小物,故曰利少。丁云:販鼠賣樸者,《戰國策》:周人謂玉未理者為璞,鄭人謂鼠未臘者為樸,鄭人懷樸至周,曰欲賣璞乎,出之,乃鼠。按:宋本作賣樸,元本作賣卜,汲古作賣鼃,鼃,古文蛙字。顧千里等皆主張作樸。然以韻言,鼃與家葉,賣鼃又與上販鼠等事類。以象言,姤下巽,巽伏亦可為鼠,巽為蟲,故為鼃,蛙善鳴,巽同聲相應,尤切。疑汲古作賣鼃是,故從之。
《姤》が《晋》に変ずる:老鼠を販り田鶏を売るも、利銭は既に少なく又謀算なく、一份の家業を挣出し難し——凶なり。「鼃」は「蛙」の古字。尚秉和は解説す:この条は用うるは遇う所の本卦姤の卦象。姤の下体は巽、巽は市利を主る、故に販売と言う。巽の卦徳は潜伏、故に亦鼠を主り、巽はまた虫を主る、故に蛙を主る——鼠と蛙とは皆小物、因りて「利少」と言う。丁晏は「販鼠売朴」の典故は《戦国策》に出づと説く:周人は未だ雕琢せざる玉を「璞」と叫び、鄭人は未だ腊肉と為さざる鼠を「朴」と叫ぶ。鄭人有りて「朴」を懐裡に揣えて周地に到り、人は彼に璞を売らんと欲するやと問う、掏出して一看すれば却って老鼠なりき。尚氏の按語は説く:宋刻本は「売朴」と作り、元刻本は「売卜」と作り、汲古閣本は「売鼃」と作る。顧千里らは皆「朴」と作るを主張す。但し韻脚に就きて論ずれば、「鼃」は「家」と相い押す。「売鼃」は上句の「販鼠」と又同一類の事なり。取象に就きて論ずれば、姤の下体は巽、巽は伏して鼠と為り得、巽は虫を主る故に蛙と為す、況んや蛙は鳴叫に善く、巽に「同声相応」の義あり、更に貼切なり。故に尚氏は疑心して汲古閣本の「売鼃」と作るは対なりとし、因りて之に従う。
明夷。西戎為疾,幽君去室。陳子發難,項伯成就。坎為西,坤為戎、為疾,故曰西戎為疾。坎為幽,震為君,坎為室,言幽王因犬戎失國也。震為陳、為子,陳涉首起反秦。震為伯,坎為項,言陳涉首發難,項氏因以興。又鴻門會項伯護高祖,亦通。
《姤》が《明夷》に変ずる:西辺の戎族は禍患と成り、幽君は自己の宮室を丢し、陳家の児子は起兵して発難し、項伯玉は大事を成せり——是れ乱の中に転機有るの象なり。尚秉和は解説す:明夷は離下坤上、坎は西方を主り、坤は戎・疾患を主る、故に「西戎為疾」と言う。坎は幽を主り、震は君を主り、坎はまた宮室を主る、説く所は周幽王が犬戎の乱に因りて亡国せし。震は陳・子を主り、陳渉の首先に起兵して秦に反せしを指す。震は伯を主り、坎は項を主り、説く所は陳渉が首先に発難し、項氏は因りて興起せしと。別の一種の講法は、鴻門宴の上に項伯が漢高祖を回護せしを指すとも講じ得。
家人。秋風生哀,華落心悲。公室多難,羊舌氏衰。巽為風,坎西,故曰秋風,坎憂,故曰哀。震為華,震伏不見,巽隕落,故曰華落。坎為室、為難,伏震為公,故曰公室。兌為羊、為舌,兌覆,故曰衰。○心,宋元本作生,依汲古。公室,指晉羊舌氏,晉大夫。至昭二十八年,叔向子楊食我為六卿所滅。
《姤》が《家人》に変ずる:秋風は一起きれば便ち悲哀を生じ、花朵は零落して心裡凄愴たり。公室は多灾多難にして、羊舌氏の一族は衰敗す——凶なり。尚秉和は解説す:家人は離下巽上、巽は風を主り、坎は西方に居りて西方は秋に属す、故に「秋風」と言う。坎は憂を主る、故に「哀」と言う。震は花を主り、震は伏して見えず、巽はまた隕落を主る、故に「華落」と言う。坎は宮室・危難を主り、その伏象の中の震は公を主り、合わせて「公室」。兌は羊・舌を主り、而るに兌は此に於て倒覆す、故に「衰」と言う。校記:「心」の字は宋・元刻本が「生」とし、此処は汲古閣本に従う。尚氏は併せて説明す、ここの「公室」は晋国の大夫羊舌氏を指し、魯昭公二十八年に到りて、叔向の児子楊食我は六卿に誅滅せられたりと。
睽。持福厭患,去除大殘。日長夜盡,喜世蒙恩。重離故曰日長。大,宋元本作天,非,依汲古。喜,汲古作嘉,依宋元本。
《姤》が《睽》に変ずる:福気を守住し禍患を圧住し、大きな残害を除去す。白昼は漸長く黑夜は将に尽きんとし、歓喜すること一世にして恩沢を蒙受す——吉なり。「厭」はここでは圧住・鎮住。尚秉和は解説す:睽は兌下離上、上体は離、卦中はまた互いに離を出で、離象は重出す、故に「日長」と言う。校記:「大」の字は宋・元刻本が「天」とし、是れ錯りなり、此処は汲古閣本に従う。「喜」の字は汲古閣本が「嘉」とし、此処は宋・元刻本に従う。
蹇。新受大喜,福履重來。樂且日富,足用豐財。此用遇卦《姤》象。姤通復,震為喜、為福,履坤為重,故曰重來。震為樂,坤為多、為財,故曰豐財。○履,宋元本作復,足用作是惟,皆非,依汲古。
《姤》が《蹇》に変ずる:新近大喜を得、福禄は接連として来り、歓楽にして一天比一天に富足し、用度は充裕し財貨は豊盈なり——大吉なり。尚秉和は解説す:この条は用うるは遇う所の本卦姤の卦象。姤の旁通の卦は復、復の中の震は喜・福を主る。震は上に坤を承け、坤は厚重を主る、故に「重来」と言う。震は歓楽を主り、坤は多・財を主る、故に「豊財」と言う。校記:「履」の字は宋・元刻本が「復」とし、「足用」の二字は「是惟」とし、皆対ならず、此処は汲古閣本に従う。
解。前頓卻躓,左跌右逆。登高安梯,復反來歸。重坎,故曰頓、曰躓、曰跌。震左,坎西為右,震為登、為高,卦似梯形。震為歸。卻,退後也,言前後左右皆不可,祇有梯高而反耳。
《姤》が《解》に変ずる:前に往けば壁に碰り後に往けば絆倒れ、左に向かえば跌跤し右に向かえば亦順ならず。高く登り梯子を架起すも、末了は仍お折り返して家に向かい走る——是れ四面受阻の象なり。尚秉和は解説す:解は坎下震上、坎象は重出す、故に頓と言い躓と言い跌と言う。震は左方に在り、坎は西方に居る故に右と為す。震は登・高を主り、而して全卦の形状は看去一架の梯子の如し。震はまた帰返を主る。「却」は退後。整句の説く所は前後左右皆通ずる能わず、ただ梯を搭して高く登り再び折返すのみ有ると。
損。夢飯不飽,酒未入口。嬰女雖好,媒雁不許。震為粟米,故曰飯,坤迷,故曰夢。夢飯,虛也。坤為虛,故不飽。兌為口,坤為水,亦為酒,坤閉,故不入口。兌少為嬰女,兌為媚,故女好。震為嫁,上卦震覆不能嫁,故媒雁不許。兌為口舌、為巫媒,亦以口舌為用者也,故兌亦為媒。《禮昏義》壻親迎奠雁於廟,不成昏,即不奠雁,故曰媒雁不許。○雁,依宋元本,汲古作應,非。艮為雁,漸卦以艮為鴻,鴻雁一也。
《姤》が《損》に変ずる:夢裡に飯を食うも飽きず、酒もまた口に入る能わず。小女子は生きること好しと雖も、媒人の聘雁は送り成す能わず——凶なり。尚秉和は解説す:損は兌下艮上、震は粟米を主る、故に「飯」と言う。坤は迷蒙を主る、故に「夢」と言う——夢裡の飯は本は虚なり、坤はまた虚を主る、故に飽くる能わず。兌は口を主り、坤は水を主り、亦酒を主り、而るに坤は閉塞を主る、故に酒は口に入らず。兌は少女、故に「嬰女」と称す。兌はまた嫵媚を主る、故に女子の生きること好しと言う。震は出嫁を主り、而るに上体は震の倒覆の象、嫁は成らず、故に「媒雁不許」と言う。兌は口舌を主り、亦巫祝媒妁を主る——媒人は同じく口舌に靠りて事を弁ず、故に兌も亦媒を主る。《礼記・昏義》は女婿は親迎の時に廟中に於て雁を奠むべしと説き、婚事成らざれば便ち雁を奠めず、故に「媒雁不許」と言う。校記:「雁」の字は宋・元刻本に依り、汲古閣本は「応」とし、是れ錯りなり。尚氏は併せて指出す、艮は雁を主り、漸卦は艮を以て鴻と為し、鴻と雁とは本は一物なりと。
益。大都王市,稠人多寶。公孫宜賈,資貨萬倍。坤為大都,震為王,巽為市,震為人、為寶,坤多,故曰稠人多寶。艮為孫,震為公、為商賈,坤為資財,巽為倍,坤多,故曰萬倍。○賈,汲古作買,貨作禍,依宋元本。
《姤》が《益》に変ずる:大都邑の裡の王家集市は、人は挤るること密密麻麻、宝貨は又多し。公孫は経商に宜しく、本銭貨物は万倍に翻す——大吉なり。尚秉和は解説す:益は震下巽上、坤は大都邑を主り、震は王を主り、巽は市集を主る。震は人・宝を主り、坤は衆多を主る、故に「稠人多宝」と言う。艮は孫を主り、震は公・商賈を主り、坤は資財を主り、巽は倍数を主り、坤はまた多を主る、故に「万倍」と言う。校記:「賈」の字は汲古閣本が「買」とし、「貨」の字は「禍」とし、此処は宋・元刻本に従う。
夬。兩人俱醉,相與背戾。心乖不同,訟爭匈匈。乾為人,兌卦數二,故曰兩人。巽為心,上卦巽覆,故曰心乖。乾為言,兌言與乾言相背,故曰訟爭。《易夬九四》"聞言不信",林所本也。
《姤》が《夬》に変ずる:両個の人は皆酔えて、彼此は乖違抵触し、心思は合わず、争訟吵嚷して已まず——凶なり。「匈匈」は喧擾の状。尚秉和は解説す:夬は乾下兌上、乾は人を主り、兌の卦数は二、故に「两人」と言う。巽は心を主り、而るに上体の兌は正に巽の倒覆の象、故に「心乖」と言う。乾は言語を主り、兌の言と乾の言とは取向相い背く、故に「訟争」と言う。《周易・夬・九四》は「聞言不信」と説く、正に林辞の本とする所。
萃。身無頭足,超蹠空乖。不能遠之,中道廢休,失利後時。坤為身,艮亦為頭,艮伏兌見,上缺,故曰無頭。震為足,震伏,故無足。無足則不能超越。坤為乖、為虛,故曰超蹠空乖。艮為道,艮止故休。之,往也,言不能遠之,中道而廢也。巽為利,艮為時,兌折故失利後時。○廢,汲古作疲,時作市,均依宋元本。
《姤》が《萃》に変ずる:身子は既に頭なく亦足なく、脚を抬げて跨越せんと欲するも却って空に落ち、遠く走る能わず、半路上に便ち停下し、利を錯失し又時を誤れり——凶なり。「跖」は脚掌、「超跖」は即ち脚を抬げて歩を跨ぐ。尚秉和は解説す:萃は坤下兌上、坤は身を主り、艮も亦頭を主る、如今艮は伏し兌は現れ、上頭に缺口あり、故に「无頭」と言う。震は足を主り、震は伏して見えない、故に「无足」。足なければ自然に跨越成らず。坤は乖違を主り、亦虚を主る、故に「超跖空乖」と言う。艮は道路を主り、艮の卦徳は止、故に半途にして休す。「之」は即ち往、説くは遠く走る能わず中途に便ち廃止すと。巽は財利を主り、艮は時辰を主り、兌は毀折を主る、故に「失利後時」と言う。校記:「廃」の字は汲古閣本が「疲」とし、「時」の字は「市」とし、いずれも宋・元刻本に従う。
升。三人俱行,六目光明。道逢淑女,與我驥子。震數三,故曰三人行,三人則六目。伏艮為目、為明,震為善,兌女,故曰淑女。震為大塗,故曰道。震為馬、為子,故曰驥子。○目,汲古作日,依宋元本。
《姤》が《升》に変ずる:三個の人は一同に路に上り、六隻の眼睛は皆明亮なり。半道上に好女子に遇上り、我に一匹の駿馬駒を送れり——吉なり。尚秉和は解説す:升は巽下坤上、震の卦数は三、故に「三人俱行」と言う。三個の人は正好として六隻の眼睛。その伏象の中の艮は目・明を主る。震は善を主り、兌は女を主り、合わせて「淑女」。震は大路を主る、故に「道」と言う。震はまた馬・子を主り、合わせて「驥子」。校記:「目」の字は汲古閣本が「日」とし、此処は宋・元刻本に従う。
困。進仕為官,不若復田,獲壽保年。通《賁》。艮為仁、為官,震為復,艮為田,艮止,故復田。艮為壽,震為年。○仕,汲古作士,非,依汲古。復,反也,言仕宦在外,不如歸耕樂。
《姤》が《困》に変ずる:身を進めて官を為るは、帰りて田を耕すに如かず、あれは長寿を得て天年を保つを得——是れ退隠を以て吉と為すなり。尚秉和は解説す:この条は旁通の象を取る——困の六爻は尽く反して賁と成る、故に「通《賁》」と標す。艮は仁・官職を主り、震は返回を主り、艮はまた田を主り、艮の卦徳は止、故に「復田」と言う。艮は長寿を主り、震は年歳を主る。校記:「仕」の字は汲古閣本が「士」とし、是れ錯りなり、底本は此処仍お「依汲古」と写す(文義に按ずれば当に「依宋元本」と作るべし)。尚氏は「復」を返と解す、説くは外に在りて官を為るは、郷に帰りて耕種するの自在に来るに如かずと。
井。先易後否,失我所市。騷蘇自苦,思吾故事。下巽為利,故曰先易。上坎為陷,故曰後否。巽為市,坎失,故曰失市。坎為勞,故曰苦。坎為憂,故曰思。坤為事,坤變坎,故曰思吾故事。《易》曰:震蘇蘇,驚懼不安之貌。騷蘇自苦,言騷擾勞苦也。皆坎象。○事,宋元本作士,非,依汲古。
《姤》が《井》に変ずる:起先は順当にして後来は閉塞し、我が売買を為すの本銭をみな賠光せしめ、騒動不安にして自ら苦を尋ね喰い、我が従前の事を追想す——凶なり。尚秉和は解説す:井は巽下坎上、下体の巽は財利を主る、故に「先易」と言う。上体の坎は陥落を主る、故に「後否」と言う。巽は市集を主り、坎は失落を主る、故に「失市」と言う。坎は労を主る、故に「苦」と言う。坎はまた憂を主る、故に「思」と言う。坤は事を主り、坤は変じて坎と為る、故に「思吾故事」と言う。《周易・震・六三》に「震蘇蘇」あり、是れ驚懼不安の様子。「騒蘇自苦」は即ち騒擾労苦の意思、此れらは皆坎象を取る。校記:「事」の字は宋・元刻本が「士」とし、是れ錯りなり、此処は汲古閣本に従う。
革。蘇秦發言,韓魏無患。張子馳說,燕齊以安。巽為薪、為蘇,兌西為秦、為言,故曰蘇秦發言。伏坤為國,故曰韓魏。伏震為張、為子、為言,故曰張子馳說。上兌為燕,巽為齊。張子,張儀也。張儀連橫,蘇秦合從,遊說六國。
《姤》が《革》に変ずる:蘇秦は一たび口を開きて游説せば、韓国魏国は便ち禍患なくなり、張儀は奔走して陳説し、燕国斉国は因りて安定せり——吉なり。尚秉和は解説す:革は離下兌上、巽は柴薪を主り、「蘇」は本は草を取るの義、故に巽も亦蘇を主る。兌は西方に居りて秦を主り、又言語を主り、合わせて「蘇秦発言」。その伏象の中の坤は邦国を主る、故に韓・魏を指す。伏象の中の震は張・子・言語を主り、合わせて「張子馳説」。上体の兌は燕を主り、巽は斉を主る。張子は即ち張儀。張儀は連横を主り、蘇秦は合従を主り、両人は先後して六国を游説せり。
鼎。武庫軍府,甲兵所聚。非裡邑居,不可舍止。詳《師》之《蹇》。此以伏震為武,坤為軍府,艮為甲兵。
《姤》が《鼎》に変ずる:武庫と軍府とは、甲冑兵器の聚集する地方なり。彼処は閭里民居に非ず、以て住み下るべからず——是れ久留に宜しからざるの象なり。尚秉和は解説す:この条の林辞は前文《師》之《蹇》と相同じ、取象の解説は詳しくあの一条に見ゆ。本卦に就きて言えば、伏象の中の震を以て武と為し、坤を以て軍府と為し、艮を以て甲冑兵器と為す。
震。二桃三口,莫適所與。為孺子牛,田氏生咎。《晏子春秋》:田開疆、公孫接、古冶子勇而無禮,晏子饋之二桃,使計功而食,三人二桃,田開疆、公孫接各言功持桃,古冶後言,二人慚,自殺,古冶亦自殺,所謂二桃殺三士也。艮為桃,伏兌,卦數二,故曰二桃。震為口,數三,故曰三口。震為孺子,艮為牛。按:《左傳》:"爾忘君之為孺子牛乎"注:孺子,荼也。景公常銜繩為牛,荼牽之而折其齒,後田恆殺荼,故曰生咎。艮為田也。○二桃,宋元本作一身,汲古作三桃。丁晏雲《唐韻正》口字注引作二桃,依丁校。生,宋元本作主,依汲古。
《姤》が《震》に変ずる:両個の桃子を分けて三張の嘴に与う、誰に与うべきか合适なるを知らず。甘心して小孩子の為に牛を為し、田氏は因りて禍端を生ぜり——凶なり。尚秉和は解説す:《晏子春秋》は田開疆・公孫接・古冶子の三人の勇猛にして礼なきを記し、晏嬰は両個の桃子を送りて、彼らをして功を論じて食を取らしむ。三個の人にただ両個の桃のみ、田開疆・公孫接は各々功労を数説して桃を拏り取り、古冶子は後に説き、あの両人は自ら愧じて自殺し、古冶子も亦之に隨いて自殺せり——これ即ち所謂「二桃殺三士」。艮は桃を主り、その伏象は兌、兌の卦数は二、故に「二桃」と言う。震は口を主り、卦数は三、故に「三口」と言う。震は孺子を主り、艮は牛を主る。尚氏は按す:《左伝》に「爾忘君之為孺子牛乎」あり、注文は孺子は斉君の子荼を指すと説く——斉景公は曾て口に繩を銜えて牛を装い荼に牽かせて玩ばせ、荼は彼の歯を皆拽き折り、後に田恒は荼を殺せり、故に「田氏生咎」と言う。艮はまた田を主る。校記:「二桃」は宋・元刻本が「一身」とし、汲古閣本は「三桃」とす。丁晏は《唐韻正》の「口」の字の注の下に此を引きて正に「二桃」と作ると説き、此処は丁氏の校する所に従う。「生」の字は宋・元刻本が「主」とし、此処は汲古閣本に従う。
艮。西山東山,各自止安。心雖相望,竟不同堂。詳《姤》之《坤》。第三句汲古作雖相登望,依宋元本。第四句宋元本作竟未上堂,依汲古。艮山,震東,坎西,故曰東山西山。又震為東,震反為艮,則西也,艮止故安。坎為心,艮為望,三上正反艮,故曰相望。艮為堂。
《姤》が《艮》に変ずる:西辺に一座の山・東辺に一座の山、各々原処に安止す。心裡は彼此相い望むと雖も、終に一堂に同じく処る能わず——是れ相隔りて合い難きの象なり。尚秉和は解説す:この条は本巻の前面《姤》之《坤》の林辞と相同じ、あの一条を参看すべし。艮は山を主り、震は東方に在り、坎は西方に在る、故に「東山西山」と言う。再び言えば、震は東を主り、震を倒転せば艮と成りて便ち西、艮の卦徳は止、故に「安」と言う。坎は心を主り、艮は瞻望を主り、三爻より上爻に至りて正反両艮は相対す、故に「相望」と言う。艮はまた堂を主る。校記:第三句は汲古閣本が「雖相登望」とし、此処は宋・元刻本に従う。第四句は宋・元刻本が「竟未上堂」とし、此処は汲古閣本に従う。
漸。不改柯葉,和氣沖適。君子所在,安無怵惕。坎為和,艮為君子。○沖,宋元本作中,依汲古。此似用歸妹象,震為柯葉,兌為沖和。
《姤》が《漸》に変ずる:枝條と葉子とは皆常態を改めず、和順の気は冲融安適たり。君子の在る所の地方は、安穏にして驚懼なし——吉なり。「柯」は樹枝、「怵惕」は驚懼。尚秉和は解説す:漸は艮下巽上、坎は和を主り、艮は君子を主る。校記:「冲」の字は宋・元刻本が「中」とし、此処は汲古閣本に従う。尚氏は併せてこの条は帰妹の卦象を用うるに似たりと言う——震は枝條と葉とを主り、兌は冲和の気を主ると。
歸妹。將戌繫亥,陽藏不起。君子散亂,太山危殆。兌居酉,下戌故曰將戌。坎居子上亥,故曰繫亥,言戌在兌下,若為酉所將,坎在亥下,若繫於亥也。陽皆居陰下,故曰藏。艮為君子、為山,上卦艮覆,故曰散亂、曰危殆。○山,汲古作上,依宋元本。亥叶音喜,殆音以,皆古韻。
《姤》が《帰妹》に変ずる:戌は牽かれて走り、亥は人を繫げ住め、陽気は蔵伏して興起する能わず。君子は四散潰乱し、泰山も亦危殆不安なり——凶なり。尚秉和は解説す:兌の方位は酉に在り、酉の下は便ち戌、故に「将戌」と言う——将は牽領。坎の方位は子に在り、子の上は便ち亥、故に「繫亥」と言う。意思は戌は兌の下に在り、好像として酉に牽かれて走るが如く、坎は亥の下に在り、好像として亥に繫げ住めらるるが如し。陽爻は皆陰爻の下に居る、故に「蔵」と言う。艮は君子を主り、亦山を主る、而るに上体は艮の倒覆の象、故に「散乱」と言い「危殆」と言う。校記:「山」の字は汲古閣本が「上」とし、此処は宋・元刻本に従う。「亥」の字は葉音として「喜」と読み、「殆」の字は「以」と読む、皆古韵なり。
豐。天官列宿,五神舍室。宮闕完堅,君安其居。伏艮為天、為官、為星宿,震為神,巽卦數五,故曰五神。伏艮為宮室、為完堅,震為君。五神,五星也。
《姤》が《豊》に変ずる:天上の官署と羅列の星宿とは、五位の星神は各々其の舍に安んじ、宮闕は完固堅牢にして、国君は其中に安居す——吉なり。尚秉和は解説す:豊は離下震上、その伏象の中の艮は天・官署・星宿を主り、震は神を主る。巽の卦数は五、故に「五神」と言う——五神は即ち五星、即ち歳星・熒惑・填星・太白・辰星。伏象の中の艮はまた宮室・完固堅牢を主り、震は国君を主る。
旅。左手把水,右手把火。如光與鬼,不可得從。通《節》。震為左,艮手坎水,故曰左手把水。兌為右,艮火,故曰右手把火。艮為光,坎為鬼,光鬼皆虛物,故不可從。震為從。○從,汲古作徙,依宋元本。
《姤》が《旅》に変ずる:左手は水を捧げ、右手は火を握る。光影と鬼魅との如く、捉摸して定め難く跟随する能わず——凶なり。尚秉和は解説す:この条は旁通の象を取る——旅の六爻は尽く反して節と成る、故に「通《節》」と標す。震は左に在り、艮は手・坎は水を主り、合わせて「左手把水」。兌は右に在り、艮はまた火を主り、合わせて「右手把火」。艮は光を主り、坎は鬼を主り、光と鬼とは皆虚にして実なきのもの、故に跟随する能わず。震は跟従を主る。校記:「従」の字は汲古閣本が「徙」とし、此処は宋・元刻本に従う。
巽。逐狐東山,水遏我前。深不可涉,失利後便。詳《大畜》之《震》。
《姤》が《巽》に変ずる:東山に行きて狐狸を追うも、大水は我が前頭を拦え、水は深きこと過ぎて渡れず、財利を錯失し又便宜を誤れり——凶なり。「遏」は阻拦。尚秉和は解説す:この条の林辞は前文《大畜》之《震》と相同じ、取象の解説は詳しくあの一条に見ゆ。
兌。水瀆魚室,來灌吾邑。沖沒我家,與狗俱遊。巽為魚,伏坎為水、為室,伏艮為邑、為狗,家與狗皆在水上,故曰俱遊。○沒,汲古作破,依宋元本。
《姤》が《兌》に変ずる:溝渠は魚の住む所と成り、水は我が城邑に灌ぎ入り、我が家を冲没し、人と狗とは一起に水上に漂游す——凶なり。「瀆」は溝渠。尚秉和は解説す:兌は上下両個の兌の相重なる、巽は魚を主り、その伏象の中の坎は水・屋室を主り、伏象の中の艮は城邑・狗を主る。家と狗とは皆水面の上に浮べる、故に「俱游」と言う。校記:「没」の字は汲古閣本が「破」とし、此処は宋・元刻本に従う。
渙。山險難登,澗中多石。車馳轊擊,重載傷軸。擔負善躓,跌踒右足。詳《乾》之《謙》。
《姤》が《渙》に変ずる:山勢は険峻にして攀登し難く、山澗の裡には乱石を満ち、車子は疾馳し、車軸頭は彼此相い碰撞し、装載は過重にして車軸を圧傷す。担を挑む人は絆倒れ易く、摔傷扭折して右脚を損ねり——凶なり。「轊」は車軸の両端の金属套頭、「踒」は扭伤折断。尚秉和は解説す:この条の林辞は前文《乾》之《謙》と相同じ、取象の解説は詳しくあの一条に見ゆ。
節。槽空無實,豚彘不食。庶民屈竭,離其居室。艮為槽,震虛,故不實。巽為豕,艮止,故豚彘不食。坎眾,故曰庶民。坎為屈、為室。○槽,宋元本作糟,依汲古。
《姤》が《節》に変ずる:食槽は空空として糧食なく、小猪大猪ともに食うを得ず。百姓は窮困枯竭し、自家の居室を離れて四散して逃荒す——凶なり。尚秉和は解説す:節は兌下坎上、艮は食槽を主り、震の卦徳は虚、故に槽裡は実ならず。巽は猪を主り、艮の卦徳は止、故に猪は食に就く能わず。坎は衆多を主る、故に「庶民」と言う。坎はまた屈竭・屋室を主る。校記:「槽」の字は宋・元刻本が「糟」とし、此処は汲古閣本に従う。
中孚。執熱爛手,火為災咎。公孫無賴,敗我王室。艮為執,艮火,故曰熱。巽為爛,故曰執熱爛手。《詩大雅》:"誰能執熱,誓不以濯"。震為公,艮為孫、為室,震為王,兌毀,故敗王室。○火,汲古訛大,依宋元本。王室,宋元訛玉寶,依汲古。
《姤》が《中孚》に変ずる:手に滾烫の物を拏りて手を烫爛せしめ、火は災禍と成れり。公孫は無頼にして胡為し、我が王室を敗壞せり——凶なり。「執熱」は語は《詩・大雅・桑柔》に本づき、説くは誰か若し灼熱の物を手持たば、先に水を以て手を洗い涼を取らざるはあらずと。尚秉和は解説す:中孚は兌下巽上、艮は執持を主り、艮はまた火を主る、故に「熱」と言う。巽は爛を主り、合わせて「執熱爛手」。震は公を主り、艮は孫・室を主り、震はまた王を主り、兌は毀折を主る、故に「敗我王室」と言う。校記:「火」の字は汲古閣本が訛りて「大」とし、此処は宋・元刻本に従う。「王室」の二字は宋・元刻本が訛りて「玉宝」とし、此処は汲古閣本に従う。
小過。三虎上山,更相噬囓。心志不親,如仇與怨。艮為虎,數三,故曰三虎上山。兌口故噬囓,正覆兌相對,故曰更相噬囓。巽為心志,正反巽故不親,而如仇怨也。○與,汲古作如,依宋元本。
《姤》が《小過》に変ずる:三隻の老虎は一同に山に上り、彼此は撕咬し、心志は互いに親しまず、仇人の如く怨を結ぶ——凶なり。「噬囓」は即ち啃咬。尚秉和は解説す:小過は艮下震上、艮は虎を主り、卦数は三、故に「三虎上山」と言う。兌は口を主り、口有れば始めて咬む能し。正兌と覆兌とは両両相対す、故に「更相噬囓」と言う。巽は心志を主り、正反両巽は相い背く、故に彼此は親しまず、仇怨の如し。校記:「与」の字は汲古閣本が「如」とし、此処は宋・元刻本に従う。
既濟。西家嫁子,借鄰送女。嘉我淑姬,賓主俱喜。坎為西,餘多用半象。震為嫁、為主。嫁子,汲古作嫁女,依宋元本。
《姤》が《既済》に変ずる:西辺の人家は女児を嫁し、隣里の人手を借りて親を送り、我が此の好姑娘を誇賛し、賓客と主人とは皆歓喜す——吉なり。尚秉和は解説す:既済は離下坎上、坎は西方に居る。其余の各句は多く半象を用う。震は出嫁を主り、亦主人を主る。校記:「嫁子」の二字は汲古閣本が「嫁女」とし、此処は宋・元刻本に従う。
未濟。克身潔已,逢禹巡狩。錫我玄龜,拜受福祉。用半象。詳《屯》之《大畜》。○克,元本作城克,依宋本、汲古。
《姤》が《未済》に変ずる:自身を約束し自己を潔浄にし、大禹の天下を巡行するに遇上り、我に一隻の黒色の神龜を賜り、福気を拜受す——大吉なり。「錫」は即ち賜。尚秉和は解説す:この条は半象を用う。林辞は前文《屯》之《大畜》と相同じ、取象の解説は詳しくあの一条に見ゆ。校記:「克」の字は元刻本が「城克」とし、此処は宋刻本と汲古閣本とに従う。
焦氏易林注巻十二
行唐尚秉和節之注
此の一行は巻首に題する注者の名銜なり:本巻は仍お行唐人尚秉和に由りて注を為す。「行唐」は尚氏の籍貫で、今の河北省に在り、「節之」は彼の字なり。全書の各巻の巻端は皆此の一行を題し、以て注解の何人の手より出づるを標明す。
受業蒲城仵道益、豐潤董維城堃校刊
此の一行は巻首に題する校刊者の名銜なり:受業弟子の蒲城人仵道益・豊潤人董維城堃の両位に由りて校訂刊印せらる。「受業」は学生の師門に対する自称。蒲城は陜西に在り、豊潤は河北に在る。「堃」は「坤」の異体で、当に董氏の名なるべく、「維城」は則ち其の字なり。
萃 第四十五
萃。蒙慶受福,有所獲得。不利出域,病人困棘。伏震為福慶,艮止,故有獲,故不利出域。艮為域,互大坎為病、為棘。○域,汲古作城,病棘作疾極,依宋元本。
《萃》之《萃》:萃卦の変ずる所は仍お萃、即ち本卦は変わらず、これは萃の下の六十四条の頭一条なり。林辞は言う:喜慶を蒙受し福気を承受し、収穫有る所あり。疆界を走出するに宜しからず、病人は荆棘叢の中に困る——吉の中に戒あり。尚秉和は解説す:萃は坤下兌上、その伏象の中の震は福慶を主る。艮の卦徳は止、止まれば則ち守りて獲有り、亦正に止むるが因に、故に出境に利ならず。艮は疆域を主り、全卦の中間の幾爻の形体は一個の放大したる坎の如く、坎は疾病を主り、亦荆棘を主る。校記:「域」の字は汲古閣本が「城」とし、「病棘」の二字は「疾極」とし、此処は宋・元刻本に従う。
乾。碩鼠四足,飛不上屋。顏氏淑德,未有爵祿。《說文》:鼫鼠五技,能飛不能上屋。此用萃象。艮為鼠,伏震為足,卦數四,故曰四足。艮為飛、為屋、為顏、為爵。○淑,汲古作淵,依宋元本。
《萃》が《乾》に変ずる:碩鼠は四隻の脚を生じ、飛ぶ能うと雖も屋頂に飛び上がらず。顔氏は美好の徳行有りて、爵位俸禄なし——是れ才有りて位なきの象なり。尚秉和は解説す:《説文》は鼫鼠は五種の本領有り、能く飛ぶも屋頂に上がらず、様様会うも様様精ならずと説く。この条は萃の卦象を用う:艮は鼠を主り、その伏象の中の震は足を主り、卦数は四、故に「四足」と言う。艮はまた飛・屋・顔・爵位を主る。校記:「淑」の字は汲古閣本が「淵」とし、此処は宋・元刻本に従う。
坤。新受大喜,福履重職,樂且日富。兌為悅,正反兌喜樂,坤為重,坤多,故曰富。仍用萃象。
《萃》が《坤》に変ずる:新近大喜を得、福禄と官職とは接連として身に加わり、歓楽にして一天比一天に富足す——大吉なり。尚秉和は解説す:兌は喜悦を主り、正反両兌は皆歓喜快楽を主る。坤は厚重を主る、故に「重」と言い、坤はまた衆多を主る、故に「富」と言う。この条は仍お萃の卦象を用う。
屯。克身潔已,逢禹巡狩。錫我玄龜,拜受福祉。坤為身,坎水,故曰潔。震為王,故曰禹。艮為龜,震為玄,故曰玄龜。《書洪範》:天乃錫禹洪範九疇,注:天與禹洛出書,神龜負文而出,列於背,有數至九,禹因而第之以成九疇,故曰錫我玄龜,拜受福祉。艮為拜,震為祉。○克,宋元本作克,潔作整,依汲古。
《萃》が《屯》に変ずる:自身を約束し自己を潔浄にし、大禹の天下を巡行するに遇上り、我に一隻の黒色の神龜を賜り、福気を拜受す——大吉なり。尚秉和は解説す:屯は震下坎上、坤は身を主り、坎は水を主る、故に「潔」と言う。震は王を主る、故に指し実して大禹と為す。艮は龜を主り、震は玄色を主り、合わせて「玄龜」。《尚書・洪範》は上天はここに禹に洪範九疇を賜うと説き、注文は上天は洛書を禹に授け、神龜は文字を背負いて水中より出で、紋路は背上に排列し、数目は九に到り、禹は次第に依りて推演して九疇と成せりと講ず——故に林辞は「錫我玄龜、拜受福祉」と言う。艮は拜を主り、震は福祉を主る。校記:「克」の字は宋・元刻本が別に一体を作り(今本は翻刻の後字形は已に分別なし)、「潔」の字は「整」とし、此処は汲古閣本に従う。
蒙。置筐失筥,輪破無輔。家伯為政,病我下土。震為筐筥,坎為失、為輪、為破、為家,震為伯,《詩小雅十月篇》:"家伯冡宰",助幽王為虐者也。坎為病,坤為下土,《小雅》"無棄爾輔"注:輔以佐車。
《萃》が《蒙》に変ずる:方筐を放下して又円筥を丢し、車輪は破損して夹辅の木条なし。家伯は権を当たり政を執り、我ら下土の百姓を害苦しめり——凶なり。「筐」は方く「筥」は円く、皆物を盛るの竹器。「輔」は車輪の外側に夹りて力を助くるの木条。尚秉和は解説す:蒙は坎下艮上、震は筐筥を主り、坎は失落・車輪・破損・家を主る。震は伯を主る。《詩・小雅・十月之交》に「家伯冢宰」あり、指す所は正に周幽王を幇けて虐を施すの人。坎は疾病を主り、坤は下土を主る。《小雅》に「无弃爾輔」あり、注文は輔は以て車子を輔助するに用うと説く。
需。機言不發,頑不能達。齊魯為仇,亡我葵丘。此用《萃》象。兌為言,三至上正反兌,故曰機言,坤閉,故不發。艮止,故頑不能達。巽齊兌魯相背,故曰為仇。艮為丘,兌為華,故曰葵丘。
《萃》が《需》に変ずる:話は弦を上げたる弩機の如くして発し出す能わず、頑鈍にして通達する能わず。斉国と魯国とは仇怨を結び、我が葵丘を丢せり——凶なり。葵丘は斉桓公の諸侯を会盟せし地方。尚秉和は解説す:この条は萃の卦象を用う。兌は言語を主り、三爻より上爻に至りて正反両兌は相対す、故に「機言」と言う。坤は閉合を主る、故に話は発し出す能わず。艮の卦徳は止、故に頑鈍にして通達する能わず。巽は斉・兌は魯を主り、両象は相い背く、故に「為仇」と言う。艮は丘を主り、兌は花を主り、合わせて「葵丘」。
訟。亡錐失斧,公輸無輔。抱其彝器,適君子處。坎為錐,坎失,故曰亡錐。兌為斧,兌覆,故曰失斧。巽為工,故曰公輸。兌為輔,兌折,故無輔。伏震為彝器。萃艮為抱、為君子,言微子抱彝適周也。兼用萃象。
《萃》が《訟》に変ずる:錐子を丢し斧頭を失い、公輸班をも帮手なくせしめ、宗廟の礼器を抱えて、君子の彼処に投奔す——是れ国を去り明に帰するの象なり。「彝器」は宗廟の祭祀の用うる所の礼器。尚秉和は解説す:訟は坎下乾上、坎は錐を主り、坎はまた失落を主る、故に「亡錐」と言う。兌は斧を主り、而るに兌は此に於て倒覆す、故に「失斧」と言う。巽は工匠を主る、故に公輸班を指す。兌は輔助を主り、兌はまた毀折を主る、故に「无輔」。その伏象の中の震は彝器を主る。萃卦の中の艮は抱持・君子を主る、説く所は殷商の微子が祭器を抱えて周朝に投奔せしの事。この条は兼ねて萃の卦象を用う。
師。家在海隅,橈短深流。伯氏難行,無木以趨。詳《蠱》之《蒙》。
《萃》が《師》に変ずる:家は海角の上に住み、船桨は短き過ぎて水流は又深し。伯氏は成行し難く、木船なくて以て路を趕る能わず——凶なり。「橈」は船桨、「隅」は角落。尚秉和は解説す:この条の林辞は前文《蠱》之《蒙》と相同じ、取象の解説は詳しくあの一条に見ゆ。
比。德施流行,利之四鄉。雨師灑道,風伯逐殃。巡狩封禪,以告成功。詳《益》之《復》。
《萃》が《比》に変ずる:恩徳は施布流行し、利沢は四方に及び、雨師は水を洒して路を浄め、風伯は灾殃を駆走し、天子は四方を巡行し封禅して天に告げ、功業の已に成れるを報告す——大吉なり。「雨師」「風伯」は古人の説く雨を主り風を主るの神。尚秉和は解説す:この条の林辞は前文《益》之《復》と相同じ、取象の解説は詳しくあの一条に見ゆ。
小畜。筐傾筥覆,喪我公粒。簡伯無禮,太師正食。通《豫》。震為筐筥,二至四震覆,故曰傾覆。震為公、為粒、為竹簡、為伯,故實未詳。○粒,汲古作置,依宋元本。
《萃》が《小畜》に変ずる:方筐は傾倒し円筥は翻覆し、我が公家の糧食を丢せり。簡伯は礼数を守らず、太師は出面して膳食を匡正す——凶なり。尚秉和は解説す:この条は旁通の象を取る——小畜の六爻は尽く反して豫と成る、故に「通《豫》」と標す。震は筐筥を主り、二爻より四爻に至りて正に震の倒覆の象、故に「傾覆」と言う。震は公・穀粒・竹簡・伯を主る。此条の指す所の史事に至りては、尚氏は還ら考明せざりと言う。校記:「粒」の字は汲古閣本が「置」とし、此処は宋・元刻本に従う。
履。泥滓汙辱,棄捐溝瀆。為眾所笑,終不顯錄。通《謙》。坤水坎水,故曰泥滓汙辱。坤死,故曰棄捐。互坎故曰溝瀆。坎眾,震笑,艮為顯,在下故不顯。
《萃》が《履》に変ずる:満身の泥污にして羞辱を受け尽くし、溝渠の裡に丢弃せられ、衆人に耻笑せられ、終に顕達录用を得ず——凶なり。「弃捐」は即ち拋弃。尚秉和は解説す:この条は旁通の象を取る——履の六爻は尽く反して謙と成る、故に「通《謙》」と標す。坤は水を主り、坎も亦水を主る、故に泥滓汚辱と言う。坤は死喪を主る、故に「弃捐」と言う。卦中に互い出づるは坎、故に「溝瀆」と言う。坎は衆を主り、震は笑を主る。艮は顕揚を主り、而るに艮は下体に居る、故に顕を得ず。
泰。獮猴兔足,腥臊少肉。漏巵盛酒,利無所有。震為獮猴、為兔、為足,伏巽為腥臊,兌為骸骨,故少肉。震為巵,伏巽,下斷故曰漏巵。兌為酒,與震連,故曰漏疤盛酒。巽為利,巽伏,故無利。○有,宋元本作得,非,依汲古。
《萃》が《泰》に変ずる:獼猴と兎子との脚は、又腥く又臊くして多少の肉なく、漏れたる酒杯を拏りて酒を盛れば、一点の利も存え住えず——凶なり。「獮猴」は即ち獼猴、「巵」は酒器。尚秉和は解説す:泰は乾下坤上、震は獼猴・兎・足を主り、その伏象の中の巽は腥臊の気を主り、兌は骸骨を主る、故に肉少なしと言う。震は酒卮を主り、而るに伏巽の下爻は断開す、故に「漏巵」と言う。兌は酒を主り、又震と相連なり、故に「漏巵盛酒」と言う(尚氏の原注はここでは「巵」の字を「疤」と写す)。巽は財利を主り、巽は伏して見えない、故に利なし。校記:「有」の字は宋・元刻本が「得」とし、是れ錯りなり、此処は汲古閣本に従う。
否。鹿畏人藏,俱入深谷。命短不長,為虎所得,死於牙腹。詳《姤》之《比》。
《萃》が《否》に変ずる:鹿は人を怕れて躲蔵し、一斉に深谷に鑽り込むも、到底命短くして活くること長からず、仍お老虎に捉えられて、虎牙虎腹の下に死せり——凶なり。尚秉和は解説す:この条の林辞は本書《姤》之《比》と相同じ、取象の解説は詳しくあの一条に見ゆ。
同人。南山芝蘭,君子所有。東家淑女,生我玉寶。乾為山,位南,故曰南山。巽為芝蘭,乾為君子,離為東家,巽為女,乾善,故曰東家淑女。乾為玉、為寶。○芝蘭,宋元本作蘭芝,依汲古。
《萃》が《同人》に変ずる:南山の上の霊芝と蘭草とは、是れ君子の擁有する所なり。東隣の好女子は、我の為に玉の如く宝の如き児子を生み出さん——大吉なり。尚秉和は解説す:同人は離下乾上、乾は山を主り、方位は南に在る、故に「南山」と言う。巽は芝蘭を主り、乾は君子を主る。離は東家を主り、巽は女を主り、乾は善美を主り、合わせて「東家淑女」。乾はまた玉・宝を主る。校記:「芝蘭」の二字は宋・元刻本が「蘭芝」とし、此処は汲古閣本に従う。
大有。左指右揮,邪佞侈靡。執節無良,靈君以亡。通《比》。離東故曰左,坎西故曰右。艮為指揮,乾言,兌亦為言,而與乾背,故曰邪佞。離為文,故曰侈靡。艮為執、為節,乾為君,坤死,故曰靈君以亡。似指楚靈王。
《萃》が《大有》に変ずる:左に指し右に揮いて号令を発施し、奸邪諂佞にして奢侈浮華なり。節を持ち権を掌る人は賢良ならず、霊君は因りて身を亡ぼす——凶なり。尚秉和は解説す:この条は旁通の象を取る——大有の六爻は尽く反して比と成る、故に「通《比》」と標す。離は東に在る故に左と為し、坎は西に在る故に右と為し、艮は指揮を主る。乾は言語を主り、兌も亦言語を主り、而るに兌の言と乾の言とは相い背く、故に「邪佞」と言う。離は文彩を主る、故に「侈靡」と言う。艮は執持・符節を主り、乾は君を主り、坤は死を主る、故に「霊君以亡」と言う。尚氏はこれは楚霊王を指すに似たりと言う。
謙。鬱不明,為陰所傷。眾霧群聚,共奪日光。艮為明,坎隱,故鬱不明。,日食色也。坤陰在上,故曰為陰所傷。坤為眾、為霧,故曰眾霧群聚。艮為日,坎黑,地黑,故曰光被奪也。○鬱,汲古作爵秩,陰作臣,霧作陰,依《噬嗑》之《艮》校。
《萃》が《謙》に変ずる:天色は陰鬱不明にして、陰気に傷られ、重重の霧気は聚拢し起き、一斉に太陽の光を奪い去れり——凶なり。底本の此条の林辞の句首と注文の中と各々一字を脱す(当に日色の晦暗を形容するあの字なるべし)、今は原様に照りて保留し、臆補を加えず。尚秉和は解説す:艮は光明を主り、坎は隠伏を主る、故に陰鬱不明。脱せしあの字は、尚氏は指す所は日蝕の時の顔色と言う。坤は陰に属して上体に居る、故に「為陰所傷」と言う。坤は衆多を主り、亦霧気を主る、故に「衆霧群聚」と言う。艮は日を主り、坎の色は黒く地の色も亦黒し、故に日光は奪い去られたりと言う。校記:「鬱」の字は汲古閣本が「爵秩」とし、「陰」の字は「臣」とし、「霧」の字は「陰」とし、此処は本書《噬嗑》之《艮》の一条に依りて校定す。
豫。穿鼻繫株,為虎所拘。王母祝禱,禍不成災。突然脫來。互艮為鼻,坎為穿,故曰穿鼻。伏巽為繫、為木,故曰繫株。艮為虎,艮止,故為虎所拘。坤為母,震為王、為言,故曰王母祝禱。坎為禍災,震出在外,故脫去禍災也。○禱,元本作福,依宋元本、汲古。
《萃》が《豫》に変ずる:鼻子は穿たれて樹樁に拴えられ、老虎に困えられ、王母は代わりて祝祷し、禍事は灾殃を醸成せず、忽然として脱身し出でたり——先に凶にして後に吉なり。「株」は地面に露出する樹樁。尚秉和は解説す:豫は坤下震上、中間に互い出づるは艮、艮は鼻を主り、坎は穿を主り、合わせて「穿鼻」。その伏象の中の巽は繩繫・木を主り、合わせて「繫株」。艮は虎を主り、艮の卦徳は止、故に虎に困えらる。坤は母を主り、震は王・言語を主り、合わせて「王母祝祷」。坎は禍灾を主り、而るに震は動・外出を主り、出づるは卦の外に在る、故に能く禍灾を脱し去る。校記:「祷」の字は元刻本が「福」とし、此処は宋・元刻本と汲古閣本とに従う。
隨。貧鬼守門,日破我盆。毀罌傷缸,空虛無子。詳《臨》之《兌》。
《萃》が《随》に変ずる:窮鬼は門口に守り、天天我が盆を打破り、瓦罂を毀し瓦缸を傷め、家裡は空空として又児子なし——凶なり。「罂」と「缸」とは皆物を盛るの陶器。尚秉和は解説す:この条の林辞は前文《臨》之《兌》と相同じ、取象の解説は詳しくあの一条に見ゆ。
蠱。襄王叔帶,鄭人是賴。莊公卿士,王母憂苦。互震為王,艮為叔,巽為帶,震為莊、為公,巽為母,互大坎為鄭、為憂苦。按:《左傳僖二十四年》:"大叔帶以狄師伐周襄王,奔鄭,大叔居溫,鄭伯與鄭大夫每日省視,官具乾泛而後聽私政,叔帶亦依附鄭人",故曰襄王叔帶、鄭人是賴。王母似指隗氏。○叔,元本訛束,依宋本、汲古。苦,汲古作喜,依宋元本。王,宋元本作皇,依汲古。
《萃》が《蠱》に変ずる:周襄王と太叔帯とは、皆鄭国人に倚頼せんとす。鄭荘公は王朝の卿士と為り、王母は憂愁困苦す——是れ内乱にして外援を仰仗するの象なり。尚秉和は解説す:蠱は巽下艮上、中間に互い出づるは震、震は王を主り、艮は叔を主り、巽は帯を主り、震はまた荘・公を主り、巽は母を主る。卦中の幾爻の形体は一個の放大したる坎の如く、坎は鄭を主り、亦憂苦を主る。尚氏は《左伝》僖公二十四年の記する所に按ず:太叔帯は狄人の軍隊を帯ひて周襄王を進攻し、襄王は出奔して鄭国に到り、太叔帯は温邑に住む。鄭伯と鄭国の大夫とは毎日前に往きて省視し、先ず襄王の飲食用度を備弁停当して、然る後に始めて自家の政務を処理し、而して太叔帯も亦鄭人に依附す——故に林辞は「襄王叔帯、鄭人是頼」と言う。「王母」は大概襄王の娶りし狄女隗氏を指す。校記:「叔」の字は元刻本が訛りて「束」とし、此処は宋刻本と汲古閣本とに従う。「苦」の字は汲古閣本が「喜」とし、此処は宋・元刻本に従う。「王」の字は宋・元刻本が「皇」とし、此処は汲古閣本に従う。
臨。昭君死國,諸夏蒙德。異類既同,宗我王室。震為君,坤為文,故曰昭君。坤為死、為國,昭君死國,言昭王南征不返也。坤為眾,故曰諸夏。震為德也。坤為類,伏艮為室,震為宗、為王。○死,汲古作守,依宋元本。宗,汲古作崇,依宋元本。
《萃》が《臨》に変ずる:昭王は国の為に死し、中原の諸夏は其の恩徳を蒙受し、異族も亦同心に帰り、一斉に我が周家の王室を尊奉す——吉なり。尚秉和は解説す:臨は兌下坤上、震は君を主り、坤は文を主り、合わせて「昭君」。坤は死・邦国を主る。所謂「昭君死国」は、説くは周昭王が南征して返らざりしの事。坤は衆多を主る、故に「諸夏」と言う。震は徳を主る。坤は族類を主り、その伏象の中の艮は室を主り、震は尊奉・王を主る。校記:「死」の字は汲古閣本が「守」とし、「宗」の字は汲古閣本が「崇」とし、いずれも宋・元刻本に従う。
觀。冬藪枯腐,常風於道。蒙被塵埃,左右勞苦。坤為冬、為藪,《爾雅釋地》:"藪,大澤也",藪至冬日蘆葦皆枯死,故曰冬藪枯腐。巽為枯腐、為風,艮為道路。常風於道,言枯腐之物常為風吹至道也。坤為塵埃,伏震為左,兌為右。○枯,汲古作朽,依宋元本。常,汲古作當,依宋元本。
《萃》が《観》に変ずる:冬天の大沢の裡の草木は枯爛し、常に風に吹かれて路上に来り、身上は塵土を蒙り、左右の侍従は皆労苦す——凶なり。尚秉和は解説す:観は坤下巽上、坤は冬を主り、亦藪沢を主る——《爾雅・釈地》は「藪」は即ち大沢と説く。大沢は冬天に到れば、蘆葦の類は全て枯死す、故に「冬藪枯腐」と言う。巽は枯腐を主り、亦風を主り、艮は道路を主る。所謂「常風于道」は、説くは枯爛の物は常に風に吹かれて路上に到ると。坤は塵埃を主り、その伏象の中の震は左を主り、兌は右を主る。校記:「枯」の字は汲古閣本が「朽」とし、「常」の字は汲古閣本が「当」とし、いずれも宋・元刻本に従う。
噬嗑。六爻既立,神明喜告。文定吉祥,康叔受福。坎數六,爻,交也。坎乾交坤,故曰六爻既立。左傳"六體不易"亦以六為坎。震為神、為喜告,離為明、為文。詩:文定厥祥,震為康,艮為叔。○喜,汲古作所,依宋元本。
《萃》が《噬嗑》に変ずる:六爻は已に立成し、神明は歓喜して示告す。文定の礼を行じて吉祥を得、康叔は福気を承受す——吉なり。「文定」は納徵定親の礼で、語は《詩・大雅・大明》「文定厥祥」に出づ。尚秉和は解説す:坎の卦数は六、「爻」は即ち交。坎の中の乾陽と坤陰と相交る、故に「六爻既立」と言う。《左伝》は「六体不易」と講ず、亦六を以て坎と為す。震は神を主り、亦歓喜告知を主る。離は明・文を主る。震は康を主り、艮は叔を主り、合わせて「康叔」。校記:「喜」の字は汲古閣本が「所」とし、此処は宋・元刻本に従う。
賁。泣涕長訣,我心不悅。遠送衛野,歸寧無咎。坎為泣涕、為心、為憂,故不悅。震為衛,艮為野、為寧,震為歸,《詩衛風》:"遠送於野,泣涕如雨",莊姜送戴媯,歸國之詩。○悅,宋元本作快,咎作子,均依汲古。
《萃》が《賁》に変ずる:哭きて涙を流し長く訣別し、我が心裡は痛快せず。遥かに衛国の郊野に送り到り、娘家に帰るは過错有るまじき——是れ離別にして咎なきの象なり。尚秉和は解説す:賁は離下艮上、坎は涕涙・心・憂を主る、故に「不悦」と言う。震は衛を主り、艮は郊野・安寧を主り、震はまた帰返を主る。引く所の「遠送于野、泣涕如雨」は《詩・邶風・燕燕》に出で(邶・鄘・衛は同じく衛地の詩、故に尚氏は統して衛風と称す)、是れ衛荘姜の戴嬀を送りて国に帰るの作。校記:「悦」の字は宋・元刻本が「快」とし、「咎」の字は「子」とし、いずれも汲古閣本に従う。
剝。三宿無主,南行勞苦。東里失利,喪其珍寶。坤為宿,正互三坤,故曰三宿。震為主,震覆,故無主。坤為勞苦,乾為行,位南,故曰南行。乾為金玉,故曰珍寶。乾伏,故喪其珍寶。坤為里。東象,或取納乙。
《萃》が《剥》に変ずる:三処の止宿は皆主人なく、南に向かい路を趕ること労苦し、東辺の里巷に於て本銭を折り、珍宝を丢せり——凶なり。尚秉和は解説す:剥は坤下艮上、坤は止宿を主り、本卦は互体を連ねて共に三個の坤を出づ、故に「三宿」と言う。震は主人を主り、而るに震は此に於て倒覆す、故に「无主」。坤は労苦を主る。乾は行走を主り、方位は南に在る、故に「南行」と言う。乾は金玉を主る、故に「珍宝」と言う。乾は伏して見えない、故に「喪其珍宝」。坤はまた里巷を主る。「東」の此一象に至りては、或いは納甲の上より取る——坤は乙を納し、乙は東方に属す。
復。大斧破木,讒佞破國。東關梁五,禍及三子。晉人亂危,懷公出走。詳《頤》之《臨》。兌為斧,兌形長故曰大斧。梁五,宋本作東間良王,汲古作良工,依元本。危,汲古訛邑,依宋元本。
《萃》が《復》に変ずる:大斧は木頭を劈き開き、讒佞の臣は邦国を毀壞す。東関五・梁五の如き嬖臣は道に当たり、禍事は三位の公子に牽連し、晋国人は乱亡の危に陥り、懐公は出奔せり——凶なり。東関嬖五と梁五とは晋献公の寵臣で、讒を進めて太子申生を逼死せしめ重耳と夷吾とを趕き走らしむ、《左伝》は之を「二五耦」と称す。尚秉和は解説す:この条の林辞は前文《頤》之《臨》と相同じ、取象の解説は詳しくあの一条に見ゆ。本卦に就きて言えば、兌は斧を主り、兌の形体は狭長、故に「大斧」と言う。校記:「梁五」の二字は宋刻本が「東間良王」とし、汲古閣本は「良工」とし、此処は元刻本に従う。「危」の字は汲古閣本が訛りて「邑」とし、此処は宋・元刻本に従う。
無妄。乘風上天,為時服軒。周旋萬里,無有患難。巽為風,乾為天,艮為時,震為軒、為周旋,乾為萬里。
《萃》が《无妄》に変ずる:風に乗りて天上に飛び、時令に応じて華貴の車に坐し、万里を周游し、禍患危難なし——大吉なり。「軒」は大夫以上の乗る所の曲轅車。尚秉和は解説す:无妄は震下乾上、巽は風を主り、乾は天を主り、艮は時令を主り、震は軒車を主り・亦周旋往复を主り、乾は万里の遠を主る。
大畜。大樹百根,北與山連。文君作人,受福萬年。震為木,乾大,故曰大樹。乾為百,艮山,伏坤為北,故曰北與山連。坤為文,乾君,故曰文君。震為人、為福,乾為萬年,言文王作人也。○北,汲古作比,人作義,均依宋元。
《萃》が《大畜》に変ずる:大樹は上百条の根を扎下し、北に向かい山脈と相連なり、文王は人才を培育し、万年の福を受く——大吉なり。「作人」は人才を造就する、語は《詩・大雅・棫朴》「周王寿考、遐不作人」に出づ。尚秉和は解説す:大畜は乾下艮上、震は木を主り、乾は大を主る、故に「大樹」と言う。乾の卦数は百、艮は山を主り、その伏象の中の坤は北方を主る、故に「北与山連」と言う。坤は文を主り、乾は君を主り、合わせて「文君」、即ち周文王。震は人・福を主り、乾は万年を主る。整句の説く所は正に文王が人才を作育するの事。校記:「北」の字は汲古閣本が「比」とし、「人」の字は「義」とし、いずれも宋・元刻本に従う。
頤。陽伏在下,陰制佑福。生不逢時,潛龍隱處。陽在初,故曰伏在下。坤為陰,震為福佑、為生,艮為時,坤閉,故不逢時。震為龍,乾初九曰潛龍勿用,故曰隱處。
《萃》が《頤》に変ずる:陽気は下面に潜伏し、陰気は本来到手すべき福佑を圧住し、生まれて時に逢わず、ただ潜龍の如く隠居して出ざるの如きのみ——凶なり。尚秉和は解説す:頤は震下艮上、陽爻は初位に居る、故に「伏在下」と言う。坤は陰を主り、震は福佑・生を主り、艮は時辰を主り、而るに坤は閉塞を主る、故に「不逢時」。震は龍を主る、《乾・初九》は「潜龍勿用」と説く、故に「潜龍隠処」と言う。
大過。亂頭多憂,搔蝨生愁。膳夫仲允,使我無聊。乾為頭,伏坤為亂、為憂,巽為蝨,伏艮為搔,伏震為夫、為餌,故曰膳夫。互大坎為仲,乾為信,故曰仲允。伏坤為我,《詩小雅十月篇》:"仲允膳夫"注:皆用後嬖進助幽王亂國者。○搔,丁雲宜依《御覽》作蚤,按:蚤不生頭上,不可從。聊,元本作憂,以與愁韻,豈知聊愁古同韻,易林每如此,故依宋本、汲古。
《萃》が《大過》に変ずる:頭髪は蓬乱し心裡は多憂にして、虱子を搔けば搔くほど越發に愁え、膳夫仲允の如き人は道に当たり、我をして百無聊頼ならしむ——凶なり。尚秉和は解説す:大過は巽下兌上、乾は頭を主り、その伏象の中の坤は乱・憂を主る。巽は虱を主り、伏象の中の艮は搔抓を主り、伏象の中の震は丈夫・食餌を主り、合わせて「膳夫」——膳夫は王者の飲食を掌管するの官。全卦の形体は一個の放大したる坎の如く、坎は仲を主り、乾は誠信を主り、合わせて「仲允」。伏象の中の坤は我を主る。《詩・小雅・十月之交》に「仲允膳夫」あり、注文は此の一班の人は皆後宮の寵幸に靠りて進用され、周幽王を幇けて国を乱すと説く。校記:「搔」の字は丁晏は応に《太平御覧》に依りて「蚤」と作るべしと説く、尚氏の按語は跳蚤は頭上に生ぜず、従う能わずと言う。「聊」の字は元刻本が「憂」とし、是れ「愁」と押韻せんと為すが為に、殊不知「聊」「愁」は古音は本より同韻、《易林》は常常此の如し、故に宋刻本と汲古閣本とに従う。
坎。江河淮海,天之都市。商人受福,國家富有。詳《謙》之《小畜》。
《萃》が《坎》に変ずる:長江・黄河・淮水・大海は、是れ上天の設けたる大都会なり。商人は因りて福を受け、国家は富足す——大吉なり。尚秉和は解説す:この条の林辞は前文《謙》之《小畜》と相同じ、取象の解説は詳しくあの一条に見ゆ。
離。泰山幽谷,鳳凰遊宿。禮義有序,可以求福。通《坎》。互艮為山,震東,故曰泰山。艮為谷,與坎連,故曰幽谷。離為文、為鳳凰,坎為宿,離為夏、為禮,兌為秋、為義,艮求,震福。
《萃》が《離》に変ずる:泰山の深谷の裡に、鳳凰は彼処に游息止宿し、礼と義とは各々次序有り、此を憑じて福を求むべし——吉なり。尚秉和は解説す:この条は旁通の象を取る——離の六爻は尽く反して坎と成る、故に「通《坎》」と標す。卦中に互い出づるは艮、艮は山を主り、震は東方に在り、東嶽は正に泰山、故に「泰山」と言う。艮は谷を主り、又坎と相連なり、故に「幽谷」と言う。離は文彩を主り、因りて鳳凰を主り、坎は止宿を主る。離は夏に配して礼を主り、兌は秋に配して義を主る、故に「礼義有序」と言う。艮は求を主り、震は福を主る。
咸。山水暴怒,壞梁折柱。稽難行旅,留連愁苦。詳《咸》之《豫》。山水,汲古作水山,依宋元本。
《萃》が《咸》に変ずる:山洪は暴発して勢い震怒の如く、橋梁を冲壊し柱子を折り断ち、行旅は阻まれ、滞留して前せず愁苦不堪なり——凶なり。「稽」は阻滞。尚秉和は解説す:この条の林辞は前文《咸》之《豫》と相同じ、取象の解説は詳しくあの一条に見ゆ。校記:「山水」の二字は汲古閣本が「水山」とし、此処は宋・元刻本に従う。
恆。阿衡服箱,大一載行。巡時厯舍,所之吉昌。詳《恆》之《復》。
《萃》が《恒》に変ずる:阿衡は車廂を駕り起し、太一は車に乗りて出行し、時令に按じて巡視し遍く諸星舍を歴り、到る所は吉利昌盛す——大吉なり。「阿衡」は商代の伊尹の官名、「大一」は即ち太一、至尊の天神の名。尚秉和は解説す:この条の林辞は前文《恒》之《復》と相同じ、取象の解説は詳しくあの一条に見ゆ。
遯。三宿無主,南行勞苦。東里失利,喪其珍寶。詳本林《剝》。
《萃》が《遯》に変ずる:三処の止宿は皆主人なく、南に向かい路を趕ること労苦し、東辺の里巷に於て本銭を折り、珍宝を丢せり——凶なり。尚秉和は解説す:この条は本卦萃の下の前面《剥》のあの一条の林辞と相同じ、取象の解説は詳しく彼処に見ゆ。
大壯。生無父母,出門不喜。買菽失粟,亡我大利。震為生,乾數無,坤伏,兌折,故生無父母。乾為門戶,震出,震喜,父母毀折故不喜。震為菽豆,巽為粟、為利,巽伏,故失粟,故無利。○菽,汲古、元本作椒,依宋本。利,宋元本作乘,依汲古。
《萃》が《大壮》に変ずる:生まれ来りて便ち父母なく、門を出でても喜ぶ可きなく、豆子を買いしに却って小米を丢し、我が一大筆の利を損掉せり——凶なり。「菽」は豆類。尚秉和は解説す:大壮は乾下震上、震は生を主り、乾の卦数は无、坤は伏して見えず、兌はまた毀折を主る、故に「生无父母」と言う。乾は門戸を主り、震は外出を主り、震は本は喜を主るも、父母の象は既に毀折せり、故に喜ばず。震は豆菽を主り、巽は粟・財利を主り、而るに巽は伏して見えず、故に粟を失い、故に利なし。校記:「菽」の字は汲古閣本と元刻本とが「椒」とし、此処は宋刻本に従う。「利」の字は宋・元刻本が「乗」とし、此処は汲古閣本に従う。
晉。安坐玉堂,聰樂行觴。飲福萬歲,日壽無疆。詳《鼎》之《升》。歲,汲古作鍾,壽作受,依宋元本。
《萃》が《晋》に変ずる:安安穏穏として玉堂の上に坐し、音楽を聽き依次に杯を伝えて酒を勧め、福酒を飲み下して万歳を祝頌し、日日長寿にして尽頭なし——大吉なり。「行觴」は依次に杯を伝う、「飲福」は祭祀の後に祭酒を飲用す。尚秉和は解説す:この条の林辞は前文《鼎》之《升》と相同じ、取象の解説は詳しくあの一条に見ゆ。校記:「歳」の字は汲古閣本が「鍾」とし、「寿」の字は「受」とし、此処は宋・元刻本に従う。
明夷。登危入厄,四時變易。春霜夏雪,物皆凋落。震為登,伏巽為入,坎危,坤厄,震為春,南為夏,坎為冬,坤為秋,故曰四時變易。震又為時,卦數四也。坤為霜,與震連,故曰春霜。坎為雪,與離連,故曰夏雪。坤為死,故物皆凋落。○夏,宋元本作變,非,依汲古。
《萃》が《明夷》に変ずる:険処に登り困厄に陥り、四季の常序は全く乱れ、春天は霜を下し夏天は雪を落し、万物は皆凋零敗落す——凶なり。尚秉和は解説す:明夷は離下坤上、震は登を主り、その伏象の中の巽は入を主り、坎は危険を主り、坤は困厄を主る。震は春に配し、南方は夏に配し、坎は冬に配し、坤は秋に配す、故に「四時変易」と言う。震はまた時令を主り、而して卦数は正に四。坤は霜を主り、震と相連なり、故に「春霜」と言う。坎は雪を主り、離と相連なり、故に「夏雪」と言う。坤は死を主る、故に万物は凋落す。校記:「夏」の字は宋・元刻本が「変」とし、是れ錯りなり、此処は汲古閣本に従う。
家人。衣穴履穿,無以禦寒。細小貧窶,不能自存。震為衣履,震伏巽,下斷故曰穴、曰穿。坎為寒,離虛,故曰貧窶。○穴,汲古作空,依宋元本。
《萃》が《家人》に変ずる:衣服は洞を破り鞋子は底を磨穿し、寒を禦ぐ可きものなく、一家老小は貧窮困窘して、連れて自身をも養い活かす能わず——凶なり。「窶」は家計の窘迫。尚秉和は解説す:家人は離下巽上、震は衣・鞋を主り、而るに震は伏すれば則ち巽、巽の下一爻は断開す、故に「穴」と言い「穿」と言う。坎は寒冷を主り、離の中爻は虚、故に「貧窶」と言う。校記:「穴」の字は汲古閣本が「空」とし、此処は宋・元刻本に従う。
睽。目不可合,憂來搔足。怵惕恐懼,去其邦域。睽,《說文》:兩目不相聽也,不相聽故目不可合。坎為憂、為恐懼,艮為邦域,艮伏,故去其邦域。
《萃》が《睽》に変ずる:両眼は合い攏らず、憂愁は襲い来りて只脚を搔くを顧み、心中は驚懼不安にして、自己の邦国を離れ去れり——凶なり。「怵惕」は驚懼。尚秉和は解説す:《説文》は「睽」を両隻の眼睛の互いに順従せざると解す、既に相い順従せず、故に眼睛は合い攏らず。坎は憂を主り、亦恐懼を主る。艮は邦国疆域を主り、而るに艮は伏して見えない、故に「去其邦域」と言う。
蹇。齎貝贖狸,不聽我詞。繫於虎鬚,牽不得來。艮為貝、為狸、為虎、為須、為牽,離為有言,故不聽我詞。坎陷,艮止,故牽不得來。
《萃》が《蹇》に変ずる:銭貝を帯びて野猫を贖いに行くも、人家は我が話を聴かず。繩子は老虎の鬍鬚の上に繫がれ、怎様に牽くも牽き来る能わず——凶なり。「賚」は携帯、「貝」は古時の貨幣。尚秉和は解説す:蹇は艮下坎上、艮は貝・狸・虎・鬚を主り、亦牽引を主る。離は言有るを主る、故に我が話を聴かずと言う。坎は陥落を主り、艮の卦徳は止、故に牽き来る能わず。
解。伯夷叔齊,貞廉之師。以德防患,憂禍不存,聲芳後時。詳《泰》之《乾》。
《萃》が《解》に変ずる:伯夷・叔斉は、是れ堅貞清廉の表率なり。徳行を靠りて禍患を防備すれば、憂愁災禍は皆存留せず、美名は流芳して後世に及ぶ——大吉なり。「師」はここでは師法の榜様。尚秉和は解説す:この条の林辞は前文《泰》之《乾》と相同じ、取象の解説は詳しくあの一条に見ゆ。
損。張王子季,爭財相制。商君頑囂,不知所由。震為張、為王,艮為季,坤為財,正反艮故曰爭財相制。震為君、為商旅,故曰商君。兌魯,故曰頑囂。正反震故不知所由。○由囂為韻,宋元本作申,依汲古。
《萃》が《損》に変ずる:張家王家・大児小児は、財物を争いて彼此相い牽制し、経商の人は頑劣喧嚣にして、哪条の路を走るべきを知らず——凶なり。「頑囂」は愚頑にして理を講ぜず。尚秉和は解説す:損は兌下艮上、震は張・王を主り、艮は季を主り、坤は財貨を主る。正反両艮は相対す、故に「争財相制」と言う。震は君を主り、亦商旅を主り、合わせて「商君」。兌は魯鈍を主る、故に「頑囂」と言う。正反両震は相対す、故に哪条の路より走るを知らず。校記:「由」は「囂」と相い押して韻と為す、宋・元刻本は「申」とし、此処は汲古閣本に従う。
益。長城既立,四夷賓服。交和結好,昭君是福。艮為城,巽為長,故曰長城。坤為夷,震卦數四,故曰四夷。震為賓客,故曰賓服。震喜,正反震,故曰交和結好。震為君,坤為文,艮為明,故曰昭君。顧寧人謂昭君為王嬙,豈知《萃》之《臨》曰昭君守國,《鼎》之《噬嗑》曰昭君喪居,皆因卦有坤離之象,固非指王嬙也。
《萃》が《益》に変ずる:長城は已に築成し、四方の夷族は皆来りて帰服し、彼此和睦し友好を結び、昭明の君は此の份の福気を享有す——大吉なり。尚秉和は解説す:益は震下巽上、艮は城を主り、巽は長を主り、合わせて「長城」。坤は夷族を主り、震の卦数は四、故に「四夷」と言う。震は賓客を主る、故に「賓服」と言う。震は喜を主り、正反両震は相接す、故に「交和結好」と言う。震は君を主り、坤は文を主り、艮は明を主り、合わせて「昭君」。清人の顧炎武(字は寧人)は以て此処の「昭君」は王嬙を指すと為すも、殊不知本書《萃》之《臨》は「昭君守国」と説き、《鼎》之《噬嗑》は「昭君喪居」と説く、皆卦中に坤・離の象有るが因に此れらを説くにして、本は王昭君を指すに非ず。
夬。千歡萬悅,舉事為決。獲受嘉慶,動作有得。兌為歡悅、為決,乾為千萬。
《萃》が《夬》に変ずる:千般の歓喜・万般の愉悦にして、事を弁起すれば皆決断し能く、美好の喜慶を得、一挙一動みな収穫有り——大吉なり。尚秉和は解説す:夬は乾下兌上、兌は歓悦を主り、亦決断を主り、乾は千・万を主る。
姤。種一得十,日益有息。仁政獲民,四國睦親。姤伏復,一陽下生,坤數十,故曰種一得十。復陽日息。震為仁,坤為政、為國、為民,震卦數四,故曰四國。復出入無疾,故睦親。○睦親,汲古作親睦,依宋元本。
《萃》が《姤》に変ずる:一粒を種えて十粒を収得し、一天天に増益有り。仁政を施行して民心を得、四方の邦国は和睦相親しむ——大吉なり。「息」は生長増益。尚秉和は解説す:姤の伏象(旁通の卦)は復、復卦は一陽は下位に生じ、坤の卦数は十、故に「種一得十」と言う。復卦の陽気は一天天に滋長す。震は仁を主り、坤は政・邦国・民を主り、震の卦数は四、故に「四国」と言う。《復》の卦辞は「出入无疾、朋来无咎」と講ず、故に和睦相親しむと言う。校記:「睦親」の二字は汲古閣本が「親睦」とし、此処は宋・元刻本に従う。
升。安子富有,東國不殃。齊鄭和親,顯比以喜。坤為安、為富有,震為子,故曰安子富有。坤為國、為殃,震為東,震解,故曰東國不殃。巽為齊,坤為鄭。《說文》:"鄭,地町町然平也",故坤形象之。兌悅,故和親。坤為比,震為喜。○以,宋元本作不,依汲古。安子事未詳。
《萃》が《升》に変ずる:安子の家道は富足し、東方の邦国に災殃なし。斉国と鄭国とは和睦して親を結び、明明白白として相い親附して喜有り——吉なり。尚秉和は解説す:升は巽下坤上、坤は安・富有を主り、震は子を主り、合わせて「安子富有」。坤は邦国・災殃を主り、震は東方を主り、而るに震の卦徳は解散、故に「東国不殃」と言う。巽は斉を主り、坤は鄭を主る——《説文》は「鄭」は地勢の平坦開闊の様子と説く、故に坤の形体を以て之を象徴す。兌は喜悦を主る、故に和睦相親す。坤は比附を主り、震は喜を主る。校記:「以」の字は宋・元刻本が「不」とし、此処は汲古閣本に従う。尚氏は併せて「安子」は何事を指すか、いまだ考明せざりと言う。
困。九里十山,道仰峻難。牛馬不前,復反來還。通《賁》。震數九,兌數十,艮為里、為山,故曰九里十山。艮為道,艮高,故曰峻難。離為牛,震為馬,艮止,故不前。震反,故曰還。
《萃》が《困》に変ずる:九里の路を走り十座の山を翻るも、道路は仰面陡峭にして行き難く、牛馬は皆肯んじて前に往かず、只得として頭を掉げて折返す——凶なり。尚秉和は解説す:この条は旁通の象を取る——困の六爻は尽く反して賁と成る、故に「通《賁》」と標す。震の卦数は九、兌の卦数は十、艮は里程・山を主り、合わせて「九里十山」。艮は道路を主り、艮は又高峻、故に「峻難」と言う。離は牛を主り、震は馬を主り、艮の卦徳は止、故に肯んじて前進せず。震は返回を主る、故に「還」と言う。
井。鳩杖扶老,衣食百口。曾孫壽考,凶惡不起。《風俗通》高祖戰敗,匿叢薄間,鳩鳴其上,因得脫,後作鳩杖,以賜老者。離為鳩,巽為杖,伏艮為扶、為壽,故曰扶老。兌為食、為口,上下卦正反皆有口形,故曰百口。又伏震為百也。艮為曾孫、為壽考。○曾孫,宋元本作增添,依汲古。
《萃》が《井》に変ずる:鳩頭の拐杖を拄りて老人を扶助し、上百口の人は皆衣有り食有り。曽孫の一輩も亦高寿を享け、凶悪の事は発生せず——大吉なり。漢代は高年の者に賜う手杖は、杖首は斑鳩の形状に彫成し、「鳩杖」と称す。尚秉和は解説す:《風俗通》は漢高祖が敗仗を打ち、草叢の裡に蔵れ、斑鳩有りて彼の頭上に停まりて鳴叫し、追兵は以て下面に人なしと為し、因りて脱するを得たりを記す。後に便ち鳩杖を制作して老人に賜う。離は鳩を主り、巽は杖を主り、その伏象の中の艮は扶持・長寿を主る、故に「扶老」と言う。兌は食・口を主り、上下両卦は正に看るも倒に看るも皆口の形状を現す、故に「百口」と言う。伏象の中の震も亦百を主る。艮は曽孫を主り、亦高寿を主る。校記:「曽孫」の二字は宋・元刻本が「增添」とし、此処は汲古閣本に従う。
革。霧露雪霜,日暗不明。陰孽為疾,年穀大傷。詳《姤》之《恆》。
《萃》が《革》に変ずる:霧・露・雪・霜は一斉に来りて侵し、太陽は昏暗不明なり。陰邪は祟を為して灾病と成り、当年の穀物は大いに損傷を受く——凶なり。尚秉和は解説す:この条の林辞は本書《姤》之《恒》と相同じ、取象の解説は詳しくあの一条に見ゆ。
鼎。迷行數卻,不知東西。陰強暴逆,道里不通。通《屯》。坤為迷、為退,故數卻,故不知東西。震為東,兌為西也。坤為陰、為逆,震為大塗,坎陷,故不通。○裡,宋元、汲古皆作理,依局本。
《萃》が《鼎》に変ずる:路に迷いて又屢々後退し、東西を辨えず。陰気は強横にして暴虐悖逆し、道路は通ずる能わず——凶なり。尚秉和は解説す:この条は旁通の象を取る——鼎の六爻は尽く反して屯と成る、故に「通《屯》」と標す。坤は迷を主り、亦退を主る、故に屢々退却し、故に東西を辨えず。震は東を主り、兌は西を主る。坤は陰・悖逆を主り、震は大路を主り、坎は陥落を主る、故に道路は通ぜず。校記:「里」の字は宋・元刻本と汲古閣本と皆「理」とし、此処は清代官書局本に従う。
震。登高上山,見王自言。信理我冤,得職蒙恩。震為登,艮為山,故曰登高上山。震為伸、為王、為言,坎為冤,震解,故曰伸理我冤。艮為官職。
《萃》が《震》に変ずる:高く登り山に上り、君王に見えて親しく陳説し、我が冤屈を伸雪辨明し、官職を得て恩沢を蒙受す——吉なり。林辞の「信理」は即ち「伸理」、伸雪辨理。尚秉和は解説す:震は上下両個の震の相重なる、震は登を主り、艮は山を主る、故に「登高上山」と言う。震は伸展・王・言語を主り、坎は冤屈を主り、而るに震の卦徳は解散、故に我が冤情を伸雪すと言う。艮は官職を主る。
艮。三世為德,天祚以國。封建少昊,魯侯之福。艮為世,納丙,故曰三世。艮為天、為國,互震為德,艮為封建,震為帝,故曰少昊。伏兌為魯,震為諸侯、為福。魯國為少昊之墟,言周公佐文王、武王、成王,有功於三世,故得建國於少昊之虛也。
《萃》が《艮》に変ずる:三代は皆徳行を積み有り、上天は彼に邦国を賜う。少昊の故地に於て邦を封じ国を建つ、これは魯侯の福気——大吉なり。「祚」は福を賜う。尚秉和は解説す:艮は上下両個の艮の相重なる、艮は世代を主り、納甲は丙に配し、丙は天干にて第三に居る、故に「三世」と言う。艮は天・邦国を主り、中間に互い出づるは震、震は徳を主る。艮は封建を主り、震は帝を主る、故に少昊を指す。その伏象の中の兌は魯を主り、震は諸侯・福を主る。魯国は正に少昊の故墟の上に建つ。整句の説く所は周公が文王・武王・成王の三代を輔佐して功有り、故に以て少昊の旧地に於て国を立つるを得と。
漸。喬木無息,漢女難得。橘柚請佩,反手難悔。《詩周南》:"南有喬木,不可休息;漢有遊女,不可求思",《列仙傳》:"江泛二女,鄭交甫悅之,下請其橘柚之佩,遂解佩與交甫,交甫受而懷之,去數十步,佩亡,二女亦不見",黃丕烈雲《韓詩內傳》亦載此事,所謂聘之以橘柚也,然則此事相傳甚古,詩詞是否指此誠不敢定,然焦韓二家則皆與列仙傳同也。巽為木、為高,故曰喬木。震為息,震伏,故曰無息。坎水,巽女,故曰漢女。艮為橘柚、為手、為佩,伏震為反艮,故曰反手難悔。言一釋手即無也。○喬,元本作橘,依宋本、汲古。橘柚,汲古訛禱神,難悔作離汝,均依宋元本。
《萃》が《漸》に変ずる:高大の喬木の下は脚を歇む能わず、漢水の上の游女は求め得られず。彼女の橘柚形の佩玉を解きて相贈らんを求むれど、一たび手を転ずれば便ち無く、追悔するも及ばず——凶なり。尚秉和は解説す:《詩・周南・漢広》は「南有喬木、不可休息、漢有游女、不可求思」と説く。《列仙伝》は江辺に両位の女子有り、鄭交甫は見て喜び、車を下りて彼女らの橘柚形の佩玉を求め、両人は便ち佩を解きて彼に与え、交甫は接過して懐裡に揣え、几十歩を走出すと、佩玉は見えず、両位の女子も亦見えずと記す。黄丕烈は《韓詩内伝》も亦此の事を載すと説く、即ち所謂橘柚を拏りて聘を下す。見るべし此の事の流伝するは甚だ古し。《詩》の句が之を指すや否やは、実に断定するを敢えてせず、但し焦延寿と韓嬰との両家の説法は皆《列仙伝》と相同じ。取象に就きて言えば:巽は木・高を主る、故に「喬木」と言う。震は休息を主り、震は伏して見えない、故に「无息」と言う。坎は水を主り、巽は女を主り、合わせて「漢女」。艮は橘柚・手・佩玉を主り、その伏象の中の震は正に艮の反象、故に「反手難悔」と言う——説くは一たび手を撒けば便ち無くなると。校記:「喬」の字は元刻本が「橘」とし、此処は宋刻本と汲古閣本とに従う。「橘柚」の二字は汲古閣本が訛りて「祷神」とし、「難悔」は「離汝」とし、いずれも宋・元刻本に従う。
歸妹。東鄰西家,來即我謀。中告吉誠,使君安寧。離為東鄰,坎為西鄰、為謀、為中、為誠,震為告、為君,伏艮為安寧。
《萃》が《帰妹》に変ずる:東辺の隣居・西辺の人家は、皆来りて我と商量を尋ね、其の中より吉祥誠実の話を以て告げ、君主をして安寧を得せしむ——吉なり。「即」は靠近・前来。尚秉和は解説す:離は東隣を主り、坎は西隣を主り、亦謀議・中・誠信を主る。震は告知・君を主り、その伏象の中の艮は安寧を主る。
豐。褰衣出戶,心欲北走。王孫母驚,使我長生。通《渙》。艮為褰、為戶,震為衣、為出走,故曰褰衣出戶。坎為心、為北,故曰心欲北走。震為王,艮為孫、為我,震為生、為驚,巽長,故曰長生。○北,汲古作奔,依宋元本。
《萃》が《豊》に変ずる:衣裳を提起して門を走出で、心裡はただ北辺に跑らんを想い、王孫の母親は一場の驚を受け、反って我をして長生を得せしむ——先に驚き後に吉なり。「褰衣」は下裳を提起する。尚秉和は解説す:この条は旁通の象を取る——豊の六爻は尽く反して渙と成る、故に「通《渙》」と標す。艮は提起を主り、亦門戸を主り、震は衣・出走を主り、合わせて「褰衣出戸」。坎は心を主り、亦北方を主る、故に「心欲北走」と言う。震は王を主り、艮は孫・我を主る。震は生・驚を主り、巽は長を主る、故に「長生」と言う。校記:「北」の字は汲古閣本が「奔」とし、此処は宋・元刻本に従う。
旅。三日不飲,遠水無酒。晝夜焦喉,使我為咎。離日,艮數三,故曰三日。兌口為飲,艮止,故曰不飲。坎為水、為酒,坎伏在山上,故曰遠水無酒。離為晝,坎為夜,兌為喉,上離火、下艮火,故焦喉。○使我,宋元本作傷鬼,依汲古。
《萃》が《旅》に変ずる:三天水を飲むに就かず、水を離るること又遠く連れて酒もなく、日夜咽喉は焦渴し、我をして殃に遭わしむ——凶なり。尚秉和は解説す:旅は艮下離上、離は日を主り、艮の卦数は三、故に「三日」と言う。兌は口を主り、口有れば始めて飲む能し、艮の卦徳は止、故に飲むに上がらず。坎は水・酒を主り、而るに坎は山の上に伏す、故に「遠水无酒」と言う。離は白昼を主り、坎は黑夜を主り、兌は咽喉を主る。上体の離は火、下体の艮も亦火を主り、両火は夹りて焼く、故に咽喉は焦渴す。校記:「使我」の二字は宋・元刻本が「傷鬼」とし、此処は汲古閣本に従う。
巽。眾口銷金,愆言不驗。腐臭敗兔,入市不售。初四正反兌,故曰眾口。乾為金,一陰下生銷陽,故曰銷金。正反兌,故曰愆者,言愆者,差也,爽也。巽為臭腐,伏震為兔,巽爛,故曰敗兔。巽為入、為市。
《萃》が《巽》に変ずる:衆人の嘴は金子を銷熔する能く、説き岔えたる話は応験せず。腐臭の壊兎肉は、市上に拏りて行きて売る能わず——凶なり。「衆口銷金」は即ち衆口鑠金、「愆」は差錯。尚秉和は解説す:巽は上下両個の巽の相重なる、初爻より四爻に到るまで正反両兌は相対す、故に「衆口」と言う。乾は金を主り、而るに一陰は下より生じて陽気を銷蝕す、故に「銷金」と言う。正反両兌は相対す、故に「愆」と言う——愆は即ち差、即ち失。巽は臭腐を主り、その伏象の中の震は兎を主り、巽はまた腐爛を主る、故に「敗兎」と言う。巽は還ら入・市集を主る。
兌。姬冠應門,與伯爭言。東家失狗,意我不存。爭亂忘因,絕其所歡。伏艮。互震為姬、為伯,艮為門,三至上正反震,故曰應門、曰爭言。震為東,艮為狗,艮伏,故曰失狗。坎為意,艮為我。意我不存者,意我有無也,不謂無,存謂有。○我,汲古作在,忘因作無怠,其作吾,均依宋元本。姬疑為雞之音訛字,巽為雞。易林亦以兌為雞,《史記孔子弟子列傳》:"子路好勇,冠雞冠"。惟,汲古作嫗,似又與伯對文,茲姑從宋元本。
《萃》が《兌》に変ずる:鶏冠を戴く人は門口に応答し、伯氏と争吵し起る。東隣は狗を丢し、我がここに有るか無いかを猜疑す。吵鬧の中に本来の縁由を忘れ、原有の歓好を断絶せり——凶なり。尚秉和は解説す:この条は伏象の中の艮を取る。卦中に互い出づるは震、震は姫・伯を主り、艮は門を主る。三爻より上爻に至りて正反両震は相対す、故に「応門」と言い「争言」と言う。震は東方を主り、艮は狗を主り、艮は伏して見えない、故に「失狗」と言う。坎は意想を主り、艮は我を主る。所謂「意我不存」は、猜疑して我がここに有るか無いかと——「不」は即ち無しと説く、「存」は即ち有りと説く。校記:「我」の字は汲古閣本が「在」とし、「忘因」は「无怠」とし、「其」の字は「吾」とし、いずれも宋・元刻本に従う。尚氏は併せて「姫」は疑わく「鶏」の音訛の字ならんと言う:巽は鶏を主り、《易林》も亦兌を以て鶏と為す。《史記・仲尼弟子列伝》は子路は勇を好み、公鶏形の冠を戴くと説く——正に「鶏冠応門」の意に合す。「惟」の字は汲古閣本が「嫗」とし、似乎と又「伯」の字と対文と為る、ここでは姑く宋・元刻本に依る。
渙。祚加明德,興我周國。公劉文母,福流子孫。艮為明,震為周、為德、為公,伏離為文,巽為母。公劉,周祖文母大任也。《詩》:"恩齊太任,文王之母"。震為福、為子,艮為孫。○興,汲古作與,依宋元本。
《萃》が《渙》に変ずる:福祚は明徳有る人の身上に加わり、我が周家の邦国を興起し、公劉と文母とは、福沢は子孫に流伝す——大吉なり。公劉は周人の遠祖、文母は文王の母太任を指す。尚秉和は解説す:渙は坎下巽上、艮は明を主り、震は周・徳・公を主り、その伏象の中の離は文を主り、巽は母を主る。引く所の《詩》の句は即ち《大雅・思斉》の詠ずる「思斉大任、文王之母」。震は福・子を主り、艮は孫を主る。校記:「興」の字は汲古閣本が「与」とし、此処は宋・元刻本に従う。
節。針頭刺手,百病瘳愈。抑按捫灸,死人復起。坎為針、為刺,艮為手、為頭,故曰針頭刺手。坎為病,震為百,震解,故瘳愈。艮為按捫。艮火,故曰灸。震為人、為起,坎為死,故曰死人復起。
《萃》が《節》に変ずる:針を以て頭を扎り手を刺せば、百般の病症は皆治す能く、按圧撫揉に再加うるに艾灸を以てし、死人をも重新して站り起きせしむるに連れ——大吉なり。「瘳」は病愈、「捫」は撫按。尚秉和は解説す:節は兌下坎上、坎は針・刺を主り、艮は手・頭を主り、合わせて「針頭刺手」。坎は疾病を主り、震は百を主り、而るに震の卦徳は解散、故に病は痊愈を得。艮は按撫を主る。艮はまた火を主る、故に「灸」と言う。震は人・起を主り、坎は死を主る、故に「死人復起」と言う。
中孚。元龜象齒,大賂為寶。稽疑當否,衰微復起。艮為龜、為象,震長,故曰元龜。
《萃》が《中孚》に変ずる:大龜甲と象牙とは、是れ厚礼の中の珍宝なり。之を以て疑难を卜問し可否を判定すれば、衰微の後に又新たに振起する能し——吉なり。「元龜」は占卜の用うる所の大龜、「賂」は古時は財貨礼物を指す。尚秉和は解説す:中孚は兌下巽上、艮は龜を主り、亦象を主り、震は長大を主る、故に「元龜」と言う。この条の注文は此に到りて本分片の末と為り、以下の文字は後一分片に接続す。
兌為齒,震為寶,龜可卜,故曰稽疑。正反艮,故曰當否。巽隕落,故曰衰微。震為起。《詩魯頌》:"元龜象齒,大賂南金"。
これは上一片の《萃》之《中孚》「元龜象歯、大賂為宝、稽疑当否、衰微復起」の一条の注文の後半段。尚秉和は逐句に象の来処を指出す:兌は歯牙、林辞の「象歯」に対応す。震は宝物、「大賂為宝」に対応す。龜甲は本は卜問の用具、故に「稽疑」と言う——「稽疑」は《尚書・洪範》に出で、龜卜蓍筮を以て疑难を考問するを指す。「正反艮」は説くは一個の艮卦と其の上下顛倒の後の艮卦とが相向して立つ、両艮は相背して可と不可との両頭有り、故に「当否」(該すや該せざるや)と言う。巽に隕落の象有り、故に「衰微」と言う。震は振起を主る、故に「復起」と言う。末に《詩経・魯頌・泮水》「元龜象歯、大賂南金」(大龜・象牙、還ら南方の進貢する黄金の如き厚礼)を引き、「元龜象歯」の四字は確かに出処有るを証明す。
小過。故室舊廬,消散無餘。不如新創,可以樂居。上二句說上卦震,震為覆艮,艮為室、為廬,艮覆,故曰消散。下二句說下艮,艮手為創、為居,形儼然新屋,震喜,故曰樂居。
《萃》之《小過》——《易林》は毎一卦の下に六十四条を統べ、某卦「之」某卦は、占する所の本卦より変じ往くあの卦を指し、あの卦を即ち「之卦」と叫ぶ。この条の林辞は:旧日の屋子・破敗の老房は、塌毀消散して一点も剩さず。別に新居を起さんには如かず、始めて住みて安楽なり。是れ旧を弃て新を図るの象なり。尚秉和は象を解す:前の両句は上卦の震を講ず。震は正に艮の上下倒置して成る所の「覆象」(卦体の顛倒の後に成る所の卦)で、艮は室・廬、艮は既に傾覆せり、故に「消散无余」と言う。後の両句は下卦の艮を講ず:艮は手、手は能く興造す、故に創建と為し居止と為す。艮は一陽が二陰に覆う、形状は儼然として一間の新蓋の屋子。震は歓喜を主る、故に「可以楽居」と言う。
既濟。老狐多態,行為蠱怪。驚我王母,終無咎悔。多用半象。汲古本怪下多為魅為妖四字,依宋元本。
《萃》之《既済》:老狐狸は変化多端にして、行事は詭譎して妖蠱の作怪するが如し。我が家の王母を驚動すも、到头来災禍悔恨を招来せず。是れ驚有りて険なきの象なり。「王母」は即ち祖母、古人は父の母を王母と称す。尚秉和はただこの条は多く「半象」を用うと標明す:半象は相隣る両爻の半辺の形状を取りて某卦と当作して用うるにして、両陽爻は以て乾の一半に充て、一陽一陰は以て兌の一半に充てるが如く、《易林》の取象は最も此の弁法を愛用す。校記:汲古閣本は「怪」の字の下に「為魅為妖」の四字を多出す、此処は宋刻本・元刻本に依りて删去す。
未濟。愛子多財,起跡空虛。避害如神,水不能濡。多用半象。
《萃》之《未済》:心愛の児子は家財豊足なれど、此の份の家業は空虚无憑より起る。彼は禍害を躲避すること霊敏にして神助有るが如く、大水をも彼を沾湿する能わず。是れ虚より起りて能く自ら全うするの象なり。尚秉和は仍おただこの条は多く半象を用うと指出し、即ち両爻の半辺の形状を取りて某卦に充てて林辞を推すにして、未だ逐句分疏せず。
升 第四十六
升。禹鑿龍門,通利水源。東注滄海,人民得安。詳《乾》之《豫》。○源,宋元本作泉,末句作民得安全,均依汲古。
《升》之《升》——毎卦六十四条、頭一条は本卦の自身、仍お本卦の名を標す。林辞は言う:大禹は龍門山を開鑿し、水の源頭を疏通し、河水は東に注ぎて大海に入り、百姓は因りて安居するを得。是れ水を治め民を安んずるの吉象なり。尚秉和はこの条の取象は《乾》之《豫》の一条と相同じと注明し、彼処の分疏を参看すべし。校記:「源」の字は宋刻本・元刻本が「泉」とし、末句は宋元本が「民得安全」とし、ここでは皆汲古閣本に従う。本書の校記の中の「汲古」は明末毛晋汲古閣刻本《易林》を指し、「宋本」「元本」は宋刻本と元刻本とを指し、是れ尚氏の《易林》を校する最常に倚重する三种の底本なり。
乾。白鹿鳴呦,呼其老小。喜彼茂草,樂我君子。此用遇卦《升》象。震為白、為鹿、為鳴呼,坤老,兌小,震為喜樂、為茂草,伏艮為君子。○小,汲古作少,依宋元本。
《升》之《乾》:白鹿は呦呦と叫びて、其の老小同群を招呼し、彼はあの一片の豊茂の水草を歓喜し、亦我が此の君子の心裡を快活ならしむ。是れ群聚して食を得上下相い安んずるの吉象にして、語意は《詩経・小雅・鹿鳴》「呦呦鹿鳴、食野之苹」の宴賓の辞に本づく。尚秉和は象を解す:この条は用うるは「遇卦」(占筮の得る所の本卦、此処は即ち《升》)の象。升卦は下巽上坤、三四五爻は互体して震と成る:震は白・鹿・鳴呼。坤は老、二三四爻は互体して兌と成り、兌は小。震はまた喜楽・茂草。「伏象」は六爻の陰陽を全部互換の後に隠伏するあの一卦を指し、升の伏卦は《无妄》、其中に艮有り、艮は君子。校記:「小」の字は汲古閣本が「少」とし、ここでは宋刻元刻本に従う。
坤。百里南行,雖微復明。去虞適秦,為穆國卿。百里奚仕虞,後適秦,相秦穆公。坤為百里,遇卦升震為南行、為驩虞,兌為秦,坤為國。○復,宋元本作得,依汲古。
《升》之《坤》:百里奚は一路南行し、曾て淪落微賤せしと雖も、終に又新たに光明を放ち、彼は虞国を離れて秦国に投奔し、秦穆公の国卿と為れり。是れ困より転じて達し主に遇いて志を得るの吉象なり。尚秉和は象を解す:百里奚は本は虞国に在りて官を為し、虞国亡びの後に輾転して秦に入り、秦穆公を輔佐して覇を称えしむ。坤は百里、遇卦《升》の中の互震は南行・又は「驩虞」(歓娱の虞と虞国の虞とは同字、故に借りて虞国の象を取る)、兌は秦、坤は国。校記:「復」の字は宋刻元刻本が「得」とし、ここでは汲古閣本に従う。
屯。王孫宜家,張名益有。龍子善行,西得大壽。震為王,艮為孫、為家、為名,震為張,故曰張名,言張大其名也。震為龍子,艮為壽,坎居西,故曰西得大壽。
《升》之《屯》:王孫は家を持つに宜しく、名声は張揚し家業は日に増し、龍子は遠行に善く、西方に往きて大寿を求め得。是れ家興り名顕れ寿禄双に全うするの吉象なり。尚秉和は象を解す:屯卦は下震上坎、中間の互体に坤有り艮有り。震は王、艮は孫・家・名、震はまた張大を主る、故に「張名」と言う、即ち名声を張揚し開く。震は龍子、艮は寿、坎は西方に居る、故に「西得大寿」と言う。
蒙。畫龍頭頸,文章不成。甘言善語,譎詞無名。詳《家人》之《賁》。二三句宋元本作"所求不得,失利後時",今依汲古。
《升》之《蒙》:龍を画きてただ頭と頸とを画出し、通身の文采は終に画成らず。満口の甜言好話も、詭诈の辞令は到头来名声を落下せず。是れ始有りて終なく虚言実なきの象なり。尚秉和はこの条の取象は詳しく《家人》之《賁》の一条に見ゆと注明す。校記:第二・三の両句は宋刻元刻本が「所求不得、失利後時」とし、今は汲古閣本に従う。
需。商子無良,相怨一方。引鬬交爭,咎以自當。商鞅變法,人民怨恨。鬬,宋元本作剛,依汲古。此用遇卦《升》象。震為商旅、為子,坤惡,故曰無良。坤為怨、為方,兌為剛魯,故爭鬬,正反兌,故曰交爭。咎以自當者,言商鞅亡至客舍,無驗,舍人曰:商君之法,舍人無驗者,坐之。而自當其咎也。
《升》之《需》:商鞅の此の人は良善ならず、一方の百姓は皆彼を怨恨し、彼は争鬥を挑起し彼此相い攻訐し、最後に災禍は自己に由りて承当す。是れ法を作りて自ら斃るるの凶象なり。尚秉和は先ず史事を点す:商鞅は秦国に於て厳刑の変法を推行し、民衆は怨を積めり。校記:「鬬」の字は宋刻元刻本が「剛」とし、此処は汲古閣本に従う。再び象を解す:この条は遇卦《升》の象を用う——震は商旅・子、合わせて「商子」。坤の性は悪、故に「无良」と言う。坤は怨・方。兌は剛強魯粗、故に争鬥を起す。一個の兌と其の倒置の兌とが相向して立つ(「正反兌」)、故に「交争」と言う。所謂「咎以自当」は、説くは商鞅が出逃して客舎に投宿し、憑証を拿出する能わず、舎人は彼に「商君の定めたる法は、憑証なきの人を收留すれば連坐を要す」と告げ、彼はここに始めて自己の造りし禍を自己承受せり、事は《史記・商君列伝》に見ゆ。
訟。衰老困極,無齒不食。痔病痏瘵,就長夜室。乾為老,坎為困,兌為齒,兌覆,故曰無齒,故曰不食。痔,《說文》:後病也。二至五巽,巽下腐,有類於痔漏。痏,創也。瘵,癆病也。坎為勞、為夜、為室。○痏,宋元本作痟,依汲古。末句依《坤》之《隨》校,各本皆作就陰為室。就長夜室,言死也。
《升》之《訟》:衰老は困頓の極処に到り、牙歯は掉光して物を食う能わず、痔瘡を害し瘡口を生じ癆病を患い、終にあの長夜不明の墓室に走り入れり——是れ老病にして終るの凶象なり。尚秉和は象を解す:乾は老、坎は困。兌は歯、兌体は倒置して覆象と成る、故に「无歯」と言い、因りて「不食」。「痔」は《説文解字》は後部の病と訓す。訟卦は二爻より五爻に到りて互体して巽と成り、巽に下体腐壊の象有り、痔漏の一類と相近し。「痏」は瘡口、「瘵」は癆病。坎は労・夜・室。校記:「痏」の字は宋刻元刻本が「痟」とし、汲古閣本に従う。末句は《坤》之《随》の一条に依りて校訂し、各本は原は皆「就陰為室」と作る。「就長夜室」は即ち死去するの意思。
師。鳶生會稽,稍巨能飛。翱翔桂林,為眾鳥雄。震為鳶、為生,坤聚,故曰會稽。震為飛、為桂林、為鳥,坤為眾,故曰眾鳥。○鳶,汲古作鴛,依宋元本。
《升》之《師》:鷂鷹は会稽に生まれ、漸漸長大すれば便ち飛ぶ能く、彼は桂林の上空に翱翔し、群鳥の裡の雄傑と為れり。是れ小より大と為り抜萃するの吉象なり。尚秉和は象を解す:震は鳶・生。坤は聚合を主り、「会」は正に会聚の義、故に「会稽」の名を取る。震は飛・桂林・鳥、坤は衆多、故に「衆鳥」と言う。校記:「鳶」の字は汲古閣本が「鴛」とし、ここでは宋刻元刻本に従う。
比。安平不傾,載福長生,君子以寧。坎為平,艮為安、為君子。
《升》之《比》:安穏平正にして傾覆せず、福気を承载し長く生養し、君子は因りて安寧を得享す。是れ平安にして福を受くるの象なり。この条はただ三句のみ、与《易林》の四言四句の通例と合わず、底本は当に脱句有るべく、此処は照録して補わず。尚秉和は象を解す:坎は平、比卦中は互体して艮と成り、艮は安・君子。
小畜。牛驥同槽,郭氏以亡。國破為墟,君奔走逃。詳《小畜》之《晉》。
《升》之《小畜》:劣牛と駿馬とは同槽にして食し、郭国は因りて滅亡し、国都は残破して廃墟と成り、国君はただ奔走逃亡するのみ——是れ賢愚を辨えず終に亡国に致るの凶象なり。《新序》は郭国の亡ぶるは、正に国君の「善を善として用いる能わず、悪を悪として去る能わず」に在りを記し、劣牛駿馬の槽を共にするは意を同じくす。尚秉和は取象は詳しく《小畜》之《晋》の一条に見ゆと注明す。
履。日中明德,盛興兩國。仁聖會遇,君受其福,臣多榮祿。離為甘、為明,伏坤為國,坤數二,故曰兩國。乾為仁聖、為君,伏艮為臣。
《升》之《履》:太陽は空に当たり、徳沢は昭明にして、両個の邦国は一同に興盛す。仁徳聖明の君臣は際会し、君主は福祉を承受し、臣子は多く栄華禄位を得——是れ君臣遇合し上下俱に栄えるの大吉の象なり。尚秉和は象を解す:離は甘美・光明。伏坤は国、坤の卦数は二、故に「两国」と言う。乾は仁聖・君、伏象の中の艮は臣。
泰。公劉之居,太王所業。可以長生,拜受福爵。乾君,故曰公劉、曰太王。震為長生,伏艮為拜、為爵。公劉,周祖,言公劉遷邠,太王因以興起也。
《升》之《泰》:これは公劉の定居せし所の地方にして、亦太王の基業を開創せし所在なり。以て長く生養すべく、福禄爵位を拜謝承受す。是れ祖業を承けて福を受くるの吉象なり。尚秉和は象を解す:乾は君、故に公劉・太王の如き先君を取る。震は長生、伏象の中の艮は拜・爵。公劉は周人の先祖、この条の説く所は公劉が邠地に遷居して根基を立て、古公亶父(太王)は便ち此の份の基業を憑じて興起せしと。
否。時凋歲霜,君子疾病。宋女無辜,鄭受其殃。艮為時,巽隕落,故曰時凋。坤為歲、為霜、為疾病,艮為君子、為宋,與坤連體,故曰宋女。《說文》:"宋,以木架屋也",故艮形象之。坤為鄭,鄭,地町町然平也,坤形象之。坤為殃,故曰鄭受其殃。按:《左傳桓十一年》:"宋雍氏女於鄭莊公曰姞,生厲公,雍氏宗有寵於宋莊公,故誘祭仲而執之,曰:不立突,將死。亦執厲公而求賂,自是鄭公子更相立,亂屢起。"故曰鄭受其殃,然此自雍氏禍鄭,宋女何辜哉。○霜,汲古作寂,依宋元本。宋,宋元本訛宗,依汲古。
《升》之《否》:時令は凋敝し歳暮は霜寒く、君子は疾病に染む。宋国より嫁ぎ来りし女子は本は罪过なく、鄭国は却って彼女に因りて殃に遭う——是れ外禍の身に及ぶの凶象なり。尚秉和は象を解す:艮は時、巽に隕落の象有り、故に「時凋」と言う。坤は歳・霜・疾病。艮は君子・又宋、艮と坤とは上下相連なりて体を成す、故に「宋女」と言う——《説文解字》は「宋は、木を以て房屋を架起する」と説き、艮は一陽が上に在りて二陰に覆う、形状は正に屋宇の如し、故に艮の形状を拏りて以て宋を象る。坤は鄭、鄭地は平坦開闊、坤は地と為るも亦正に其の形状の如し。坤は殃、故に「鄭受其殃」と言う。尚氏は又《左伝》桓公十一年の記載に按ず:宋国の雍氏は女児の姞を鄭荘公に嫁がせ、厲公を生む。雍氏の一族は宋荘公に寵を受け、宋人は因りて鄭の大夫祭仲を誘捕し、彼を威脅して「公子突を立てざれば即ち汝を処死せん」と言い、又厲公を扣留して財貨を勒索し、此より鄭国の諸公子は交相争立し、禍乱は屢々起れり。故に「鄭受其殃」と言う。然れど此は本は雍氏の鄭国に招きし禍にして、あの宋国より来りし女子に何の罪か有らん。校記:「霜」の字は汲古閣本が「寂」とし、宋刻元刻本に従う。「宋」の字は宋元本が訛りて「宗」とし、汲古閣本に従う。
同人。濟河踰阨,脫母怵惕。四叔為衛,使惠不廢。九家及荀爽皆以乾為河,伏坎為阨,坤為母,坤伏,故曰脫母。乾為惕,故怵惕。脫母字恐有訛。○叔,汲古作序,依宋元本。四叔或指四皓輔惠帝事。
《升》之《同人》:大河を渡り険隘を越え、母難を脱出して心は驚懼を懐き、四位の長者は出面して護衛し、恵帝の儲位をして廃せられざらしむ。是れ険を脱して助を得るの象なり。尚秉和は象を解す:《九家易》と荀爽とは皆乾を以て河と為し、伏坎は険阨、坤は母、坤は伏位に処りて顕れず、故に「脱母」と言う。乾は惕懼、故に「怵惕」と言う。「脱母」の両個字は尚氏は疑心して訛誤有らんとす。校記:「叔」の字は汲古閣本が「序」とし、ここでは宋刻元刻本に従う。「四叔」は或いは商山四皓が漢恵帝を輔助し太子をして廃黜せられざらしめしの事を指さん。
大有。缺破不完,殘瘵側偏。公孫幽遏,跛倚後門。兌為缺破,伏坎為勞、為瘵、為幽遏、為跛倚,乾為門,事未詳。○跛,元本作跂,依宋本、汲古。瘵,汲古訛際,依宋元本。
《升》之《大有》:残缺破損にして完整ならず、病弱歪斜にして周正ならず。公孫は幽閉阻絶せられ、腿を瘸めて後門の辺に倚る——是れ残破にして困を受くるの凶象なり。尚秉和は象を解す:兌は缺破、伏坎は労苦・癆病・幽禁阻絶・跛足倚靠、乾は門。此条の指す所の史事に至りては、尚氏は坦言して還ら査し清め難しとす。校記:「跛」の字は元刻本が「跂」とし、宋本と汲古閣本とに従う。「瘵」の字は汲古閣本が訛りて「際」とし、宋刻元刻本に従う。
謙。延頸遠望,眯為目病。不見叔姬,使我心憂。艮為頸、為望,伏乾,故曰遠望。艮為目,坎棘入居目中,故曰眯為目病。眯,《說文》:"物入目中也。"正坎象也。艮為叔,震為姬,坎隱,故不見。震為伯,坎為心憂。○眯,宋本、汲古作昧,依元本。
《升》之《謙》:頸子を伸長して遠処を望向すも、眼裡に物を進れて眼疾と成り、叔姫を望見えず、我が心裡をして愁を発せしむ。是れ盼望して得られず憂思は心に在るの象なり。尚秉和は象を解す:艮は頸・瞻望、伏乾は遠大を主る、故に「遠望」と言う。艮は目、坎は棘刺、棘刺は眼中に進み入る、故に「眯為目病」と言う——《説文解字》:「眯は、物が眼裡に掉進する」、正に坎象に合す。艮は叔、震は姫、坎は隠伏を主る、故に「不見」と言う。震は伯、坎は心中の憂愁。校記:「眯」の字は宋本と汲古閣本とが「昧」とし、ここでは元刻本に従う。
豫。上無飛鳥,下無走獸。擾亂未清,民勞於事。震為鳥,為飛,在上,艮為獸,在下,中互坎隱,故曰無。震為擾,坤為亂,坎黑,故曰未清。坎為勞,坤為民、為事。
《升》之《豫》:天上には飛鳥を見ず、地下には走獣を見ず。世道は扰攘して未だ澄清せず、百姓は労役に苦しめらる——是れ乱世凋敝の凶象なり。尚秉和は象を解す:震は鳥・飛、上位に居る。艮は獣、下位に処る。中間に互体して坎と成り、坎は隠伏を主る、故に上下皆一個の「无」の字を説く。震は扰動、坤は乱、坎の色は昏黒、故に「未清」と言う。坎は労苦、坤は民・事。
隨。久陰霖雨,塗行泥潦。商人休止,市空無寶。詳《夬》《大過》。○商,汲古作民,依宋元本。市,元本訛布,依宋本、汲古。寶,各本作有,依《革》之《睽》校。
《升》之《随》:久陰は開けず霖雨は連綿とし、路上は尽く泥濘積水なり。商人は只得として脚を歇め行を停め、市集は空蕩蕩として貨宝なし——是れ雨は商旅を阻み市面は蕭条たるの象なり。尚秉和は取象は詳しく《夬》《大過》の両条に見ゆと注明す。校記:「商」の字は汲古閣本が「民」とし、宋刻元刻本に従う。「市」の字は元刻本が訛りて「布」とし、宋本と汲古閣本とに従う。「宝」の字は各本皆「有」とし、ここでは《革》之《睽》の一条に拠りて校改す。
蠱。盲者目張,跛倚起行。瞻望日月,與主相迎。互大離故曰盲,言目無睛也。震為足,兌折,故足跛。艮為瞻望、為日,兌為月,故曰瞻望日月。震為主,三至上正反震,故曰與主相迎。○目張,宋元本作張目,主作王,均依汲古。
《升》之《蠱》:瞎子は眼を睁り開き、瘸子は杖に倚りても起身して走る能く、頭を抬げて日月の光明を望見、自己の君主に迎え遇上れり。是れ困厄は開解し明主に遇合するの吉象なり。尚秉和は象を解す:卦中の数爻は合して一個の放大したる離形を成す(「大離」と称す)、離は目、中間は空虚にして眼裡に瞳仁なきが如し、故に「盲」と言う。震は足、兌は毀折を主る、故に脚は跛す。艮は瞻望・日、兌は月、故に「瞻望日月」と言う。震は主、三爻より上爻に到るまで一正一反の両震は相向す、故に「与主相迎」と言う。校記:「目張」は宋刻元刻本が「張目」とし、「主」の字は「王」とし、ここでは皆汲古閣本に従う。
臨。據斗運樞,高步六虛。權既在手,寰宇可驅。國大無憂,與樂並居。通《遯》。艮為星、為手,故曰據斗運樞。巽為高,本卦震為步,坤為虛,乾數六,故曰六虛。繫詞"變動不居,周流六虛",虞翻云:六虛,六位也。巽為權,艮為手,坤為寰宇、為國、為憂,震解故無憂。○汲古樞下作"順天無憂,與樂並居,萬代歡娛",依宋元本。
《升》之《臨》:手は北斗を把り天枢を運転し、六爻の虚位の間に高歩す。権柄は既に手中に握られ、普天之下は皆駆使すべく、国勢は強盛にして憂患なく、歓楽と同じく一处に住む。是れ権を掌り勢を得て太平を安享するの大吉の象なり。尚秉和は象を解す:「通《遯》」は説くは《臨》と《遯》とは「旁通」——両卦の六爻の陰陽は全部相い反して彼此相い通ず、取象の時は旁通の卦を借用するを得。艮は星・手、故に「据斗運枢」と言う。巽は高、本卦の震は歩、坤は虚、乾の卦数は六、故に「六虚」と言う。《繋辞伝》に「変動不居、周流六虚」あり、虞翻は「六虚は即ち六個の爻位」と解す。巽は権、艮は手、坤は寰宇・国・憂、震は解散を主る、故に憂患なし。校記:汲古閣本は「据斗運枢」の句の下に「順天无憂、与楽并居、万代歓娱」と作る、ここでは宋刻元刻本に従う。
觀。稼穡不偏,重適不傾。巧言賊忠,傷我申生。巽為稼穡,伏震為適,子坤為重,坤厚載物,故不傾。巽為賊,伏震為言,兌為言,乾亦為言,言多,故曰巧言賊忠。震為生,兌毀,故傷我申生。○適,宋元本作過,非,依汲古。申生,晉太子,為驪姬讒死。
《升》之《観》:耕種収穫は両とも偏廃せず、嫡子の名分は厚重にして傾覆に致らざるも、却って花言巧語有りて忠良を戕害し、我らの太子申生を傷めり——是れ讒言は忠を害するの凶象なり。尚秉和は象を解す:巽は稼穡、伏震は「适」(「嫡」と同じ、嫡子を指す)、坤は厚重、坤は厚徳にして物を載す、故に傾覆せず。巽は賊害、伏震は言、兌は言、乾も亦言、言象は畳出す、故に「巧言賊忠」と言う。震は生、兌は毀折を主る、故に「傷我申生」と言う。校記:「适」の字は宋刻元刻本が「過」とし、対ならず、汲古閣本に従う。申生は晋献公の太子、驪姫の讒を進められて逼死せられり。
噬嗑。金城鐵郭,上下同力。政平民親,寇不敢賊。艮為城郭、為金鐵,艮上震下,坎為平,故上下同力。坎為眾、為民,又為寇賊。○親,汲古作歡,依宋元本。
《升》之《噬嗑》:金の鋳たる城・鉄の筑たる郭、上下は心を斉しく力を合わせ、政令は公平にして百姓は親附し、盗寇は敢えて来りて侵害せず——是れ守御は堅固にして上下同心の吉象なり。尚秉和は象を解す:艮は城郭・金鉄。本卦は互体して艮と成りて上に居り、下体は震、中間の坎は平、故に上下は力を同じくすと言う。坎は衆・民、同時に亦寇賊。校記:「親」の字は汲古閣本が「歓」とし、ここでは宋刻元刻本に従う。
賁。日鏡不明,冬災大傷。盜華失實,十年消亡。離日為鏡,坎黑,故不明。坎為冬、為災、為盜,震為華,故曰盜華,言不時也。春秋十二月書桃李華是也。艮為果實,坎失,故曰失實。震為年,伏兌,數十,故曰十年。○日,宋元本作目,依汲古。
《升》之《賁》:太陽は円く明鏡の如くして却って光を放たず、冬天は灾を生じて大いに損傷を受け、花は時令に合わず開き、果実も亦空に落ち、十年の内に消亡して殆ど尽きる。是れ時を失して成ることなきの凶象なり。尚秉和は象を解す:離は日、日は円くして鏡の如し、故に「日鏡」と言う。坎の色は昏黒、故に「不明」。坎は冬・灾・盗、震は花、故に「盗華」と言う、意思は花の開くは其の時に非ず——《春秋》は十二月に桃李の開花を記す、正に此の一類の反常。艮は果実、坎は亡失を主る、故に「失実」と言う。震は年、伏兌の卦数は十、故に「十年」と言う。校記:「日」の字は宋刻元刻本が「目」とし、ここでは汲古閣本に従う。
剝。鰥寡孤獨,命祿苦薄。入室無妻,武子悲哀。艮鰥坤寡,艮為室,兌為艮妻,兌伏,故曰無妻。震為武、為子,震覆,故悲哀。坤為悲也。武子,崔杼,杼娶棠姜,占得《困六三》"入其室,不見其妻",見《左傳》。
《升》之《剥》:鰥夫・寡婦・孤児・独老は、命裡の禄分は皆単薄なり。屋裡に進み入るも妻子を見ず、崔武子は此を為して悲哀す。是れ孤独にして偶を喪うの凶象なり。尚秉和は象を解す:艮は鰥、坤は寡。艮は室、兌は艮と相配するの妻象、兌は伏位に処りて顕れず、故に「无妻」と言う。震は武・子、震体は倒置す、故に悲哀し、坤も亦悲を主る。武子は即ち斉国の大夫崔杼、彼は棠姜を娶るの前に占筮して、《困》卦の六三「入其室、不見其妻」の凶兆を得たり、事は《左伝》襄公二十五年に見ゆ。
復。飲酒醉酗,跳起爭鬬。伯傷叔僵,東家治喪。詳《益》之《蒙》。○酗,各本皆作飽,非,依《益》之《蒙》校。
《升》之《復》:酒を喝みて酒瘋を撒起し、跳ね起きて彼此毆鬥し、老大は傷を受け、老三は地に倒れて起たず、東隣の人家は丧事を弁起す。是れ酒後に鬬毆して禍を致すの凶象なり。尚秉和は取象は詳しく《益》之《蒙》の一条に見ゆと注明す。校記:「酗」の字は各本皆「飽」とし、対ならず、ここでは《益》之《蒙》の一条に拠りて校改す。
無妄。介紹微子,使君不殆。二國合歡,燕齊以安。震為子,艮小,故曰微子,正反震,故曰介紹。《禮聘儀》:"介紹而傳命。"又《戰國策》:"請為紹介"注:相佐助也。震為君,艮為國,正反艮相對,故曰合。正反震相對,故曰合歡。艮為燕、為安,巽為齊。殆,音以,與子韻。
《升》之《无妄》:人有りて居間に微子を引荐し、君主をして危殆を免れしめ、両国は因りて歓を結び好を修め、燕国・斉国は皆安寧を得——是れ中より説き合わせ険を化して安と為すの吉象なり。尚秉和は象を解す:震は子、艮は小、合わせて便ち「微子」。一正一反の両震は相接す、故に「介紹」(居中して話を伝う)と言う。《礼・聘儀》に「介紹而伝命」あり、《戦国策》に「請為紹介」あり、注は旁より佐助するの意思と説く。震は君、艮は国、一正一反の両艮は相対す、故に「合」と言う。一正一反の両震は相対す、故に「合歓」と言う。艮は燕・安、巽は斉。「殆」の字は古音は「以」の如く読み、上句の「子」と押韻す。
大畜。牽牛繫尾,詘折幾死。雕世無仁,不知所比。通《萃》。艮為牛,艮手為牽,艮為尾,巽為繫,前牽後繫,故折幾死。兌為折,坤為死、為世、為敝,故曰雕世。《論語》:"歲寒然後知松柏之後雕"。雕,殘也,零落也。○牛,汲古作頸,依宋元本。雕,元本作雕,依宋本、汲古,然恐仍訛。
《升》之《大畜》:牛頭を牽きて又牛尾を繫ぎ、前後は制を受け、扭折して幾ど命を喪わんとす。世道は凋敝し人心は不仁にして、誰を親附すべきを知らず——是れ進退は困を受け依託する所なきの凶象なり。尚秉和は象を解す:「通《萃》」は即ち《大畜》と《萃》とが旁通す。艮は牛、艮は手なれば故に牽と為し、艮はまた尾、巽は繩繫。前頭は牽かれ後頭は繫がる、故に扭折して将に死せんとす——注文「故□折几死」の「□」は底本の保留する生僻の字、原様に照録す。兌は折毀を主り、坤は死・世・敝壊、故に「雕世」と言う。《論語》「歳寒然後知松柏之後雕」、「雕」は即ち残損・零落。校記:「牛」の字は汲古閣本が「頚」とし、宋刻元刻本に従う。「雕」の字は元刻本が「雕」とし、宋本と汲古閣本とに従う、但し尚氏は疑心して仍お訛字ならんとす。
頤。東龍冤毒,不知所觸。南北困窮,王子危急。震為龍、為東,坤為毒,艮為角、為觸,正反艮,故曰不知所觸。震為南,坤為北、為困窮,震為王、為子,坤為危。○冤,汲古作究,非,依宋元本。王子似指王子帶,後為晉文所殺。
《升》之《頤》:東方の龍は満含して冤毒を抱くも、何処に向かい抵触すべきを知らず。南辺北辺は皆途に窮し、王子の処境は危急なり——是れ冤を含みて告ぐるなく進退は拠を失うの凶象なり。尚秉和は象を解す:震は龍・東、坤は毒、艮は角・抵触、一正一反の両艮は相背く、故に「不知所触」と言う。震は南、坤は北・困窮。震は王・子、坤は危。校記:「冤」の字は汲古閣本が「究」とし、対ならず、宋刻元刻本に従う。「王子」は似乎として周襄王の弟王子帯を指す、後に晋文公に誅殺せられり。
大過。疾貧王孫,北陸無輝。祿命苦薄,兩守孤門。通《頤》。坤為疾、為貧,震為王,艮為孫,故曰疾貧王孫。坤為北,故曰北陸。坤黑,故無輝。巽為命,乾為祿,故曰祿命。坤為苦薄,兌卦數二,故曰兩。乾為門,巽為寡,故曰孤門。○輝,宋元本作禪,守作事,均依汲古。陸,汲古作極,依宋元本。
《升》之《大過》:王孫は又病み又窮し、北方の天陸は一片として光なく、禄分と命数とは皆単薄にして、両個の人は一扇の冷清の門を守る——是れ窮病孤寂の凶象なり。尚秉和は象を解す:「通《頤》」は即ち《頤》と旁通す。坤は病・貧、震は王、艮は孫、合わせて「疾貧王孫」。坤は北方に居る、故に「北陸」(北方の天区)と言う。坤の色は黒、故に「无輝」。巽は命、乾は禄、合わせて「禄命」。坤は苦薄を主る。兌の卦数は二、故に「両」と言う。乾は門、巽は寡、故に「孤門」と言う。校記:「輝」の字は宋刻元刻本が「禅」とし、「守」の字は「事」とし、いずれも汲古閣本に従う。「陸」の字は汲古閣本が「極」とし、宋刻元刻本に従う。
坎。公孫駕驪,載遊東齊。延陵說產,遺季紵衣。震為公,艮為孫,震馬,故曰駕驪。震為東,伏巽為齊,艮為魯,重艮,故曰延陵。又艮為季子也。震為悅、為紵衣,事詳《乾》之《益》。○驪,宋元本訛釃,汲古作車,依局本。
《升》之《坎》:公孫は純黒の駿馬を駕り、人を載せて東に游びて斉国に到る。延陵季子は鄭国の子産を賞識し、此の季子に紵麻の織る衣裳を贈れり。用うる所は呉公子季札が列国を聘問し子産と一見して心を傾け互いに縞紵を贈りしの故事、是れ賓主相い得礼を以て相い接するの吉象なり。尚秉和は象を解す:震は公、艮は孫。震は馬、故に「駕驪」(驪は純黒の馬)と言う。震は東、伏巽は斉、艮は魯。両個の艮は相重なる(重卦の象)、故に「延陵」を取る——延陵は季札の封邑、艮はまた季子。震は喜悦・紵衣。此事は詳しく《乾》之《益》の一条に見ゆ。校記:「驪」の字は宋刻元刻本が訛りて「釃」とし、汲古閣本は「車」とし、ここでは局本(清代官書局刻本)に従う。
離。王良善御,伯樂知馬。文王東獵,獲嘉賢士。開福佑周,發旦興起。震為王,艮為良,震為馬、為伯、為樂、為王、為福、為周、為士、為旦,離為文,震為東、為獵,全用伏象。○第四句宋元作獲喜聖事,周發旦作賢周發,均依汲古。下四句言文王因獵獲姜尚,輔文武成王業。發,武王名;旦,周公名。
《升》之《離》:王良は車を駕るに善く、伯楽は馬を相るに善し。周文王は東に出でて田猟し、猟得ししは却って一位の賢良之士。此に由りて福運を開きて周室を護佑し、武王発・周公旦は相継いで興起せり——是れ賢を得て国を興すの大吉の象なり。尚秉和は象を解す:震は王、艮は良、合わせて「王良」。震は馬・伯・楽・王・福・周・士・旦。離は文。震はまた東・猟——この条は通篇皆伏象を以て義を取る。校記:第四句は宋刻元刻本が「獲喜聖事」とし、「周発旦」は「賢周発」とし、いずれも汲古閣本に従う。後の四句の説く所は文王の田猟の時に姜尚に遇上りしこと、姜尚は文王・武王を輔佐して王業を成就せしむ。「発」は周武王の名、「旦」は周公の名。
咸。日月不居,重耳趨舍。遊齊入秦,晉國是霸。艮乾皆為日,兌為月,不居者,不息也。兌為耳,伏坤為重,故曰重耳。艮為舍,巽為齊,兌為秦,巽入,故曰入秦。艮為國,伏震為晉、為霸。
《升》之《咸》:日月は運転して停まらず、重耳は逆旅の間に奔走し、先に流亡して斉国に到り、再び転じて秦国に入り、終に晋国をして覇を称えしむ——是れ流亡して後に覇業を成すの吉象なり。尚秉和は象を解す:艮と乾とは皆日と為し、兌は月。「不居」は即ち運行して息まず。兌は耳、伏坤は重、合わせて「重耳」。艮は客舎、巽は斉、兌は秦、巽は入を主る、故に「入秦」と言う。艮は国、伏震は晋・覇。
恆。假文翰翼,隨風偕北。至虞夏國,與舜相得。年歲大樂,邑無盜賊。震為羽翰,伏坤,故曰文翰。文翰,鳥也。《周書》:"蜀人以文翰",文翰者,似皋雞。巽風,坤北,故曰隨風偕北。伏坤為國,震為帝,故曰舜。坤為年歲、為邑,巽為盜賊,乾無也。○偕,汲古訛背,得訛傳,依宋元本。
《升》之《恒》:文翰鳥の翅膀を借り得、風に随いて一同に北上し、虞舜・夏禹の国に到り、舜と投合し相い得。年成は大好にして人心は歓楽し、城邑の中に盗賊なし——是れ時を得主に遇い境内安寧の吉象なり。尚秉和は象を解す:震は羽翰、伏坤に文彩有り、故に「文翰」と言う——文翰は一種の鳥、《逸周書》に「蜀人以文翰(進献)」の記載有り、此の鳥の形状は皋鶏に似たり。巽は風、坤は北、故に「随風偕北」と言う。伏坤は国、震は帝、故に虞舜を取る。坤は年歳・城邑、巽は盗賊、乾は「无」を主る。校記:「偕」の字は汲古閣本が訛りて「背」とし、「得」は訛りて「伝」とし、ここでは皆宋刻元刻本に従う。
遯。南行北走,延頸望食。舉正失利,累我子孫。乾為南、為行,伏坤為北,震為走,故曰南行北走。艮為頸、為望,伏兌為食,巽為利,艮止,故失利。艮為我、為孫,伏震為子。○北走,宋元本作無遯,望作後,均依汲古。止,汲古作口,依宋元本。第四句宋本作累為子孫,元本作累為我孫,依汲古。
《升》之《遯》:南に往き又北に向かい奔走し、頸子を伸長して一口の食を盼ぐも、举措は端正を求むれど利を失い、還ら我が子孫を連累せり——是れ奔波して獲なく後人を貽累するの凶象なり。尚秉和は象を解す:乾は南・行、伏坤は北、震は走、故に「南行北走」と言う。艮は頸・瞻望、伏兌は食。巽は利、艮は止を主る、故に失利す。艮は我・孫、伏震は子。校記:「北走」は宋刻元刻本が「无遯」とし、「望」は「后」とし、いずれも汲古閣本に従う。注文の中の「止」の字は汲古閣本が「口」とし、宋刻元刻本に従う。第四句は宋本が「累為子孫」とし、元刻本は「累為我孫」とし、汲古閣本に従う。
大壯。開市作喜,建造利事。平準貨寶,海內殷富。震喜,伏巽為市、為利,震為玉,乾亦為金玉,故曰貨寶。乾為富、為海。平準者,《史記索隱》云:大司農有平準令丞,貴則糶之,賤則買之,平賦以相準,輸於京師。○市,宋元本作元,依汲古。
《升》之《大壮》:市集を開設するは喜事にして、土を興し工を動かすも亦順利なり。平準の法を以て財貨珍宝を調剤し、四海の内は殷実富足す——是れ商を通じ財を理し国用充盈の吉象なり。尚秉和は象を解す:震は歓喜を主り、伏巽は市・利。震は玉、乾も亦金玉、故に「貨宝」と言う。乾は富・海。所謂「平準」は、《史記索隠》は説く:大司農の下に平準令・平準丞を設け、物価の貴しき時は拋售し、物価の賤しき時は収購し、賦税と物価とをして互いに平を取らしめ、再び京師に輸運すと。校記:「市」の字は宋刻元刻本が「元」とし、ここでは汲古閣本に従う。
晉。三犬俱走,鬬於谷口。白者不勝,死於阪下。艮數三,故曰三犬。艮為谷,震為白,震覆,故死於阪下。艮為阪,坤為死也。○阪,宋元本作坂,依汲古。
《升》之《晋》:三条の狗は一斉に奔り出で、谷口に於て互いに撕咬し、白色のあの条は鬥い勝たずして、山坡の底下に死せり——是れ争鬥して敗を致すの凶象なり。尚秉和は象を解す:艮の卦数は三、故に「三犬」と言う。艮は山谷。震は白、震体は倒置す、故に坡の下に死す。艮は山坡、坤は死亡を主る。校記:「阪」の字は宋刻元刻本が「坂」とし、ここでは汲古閣本に従う。
明夷。驕胡犬形,造惡作凶。無所能成,還自滅身。坤為胡,覆艮為犬,而與坤連體,故曰驕胡犬形。坤為凶惡、為喪亡,故無成。坤為身,坤死,故曰滅身。○犬形,宋元本作大彤,依汲古。
《升》之《明夷》:驕横の胡人は狗の如き形貌を生じ、悪を為し事を生じて風を興し浪を作すも、到头来何をも為し成さず、反って自ら性命を送れり——是れ凶を逞しゅうして自ら滅ぶの凶象なり。尚秉和は象を解す:坤は胡、艮の倒置して成る覆象は犬、它は又坤と上下相連なりて体を成す、故に「驕胡犬形」と言う。坤は凶悪・喪亡、故に一事も成さず。坤は身、坤は死を主る、故に「滅身」と言う。校記:「犬形」は宋刻元刻本が「大彤」とし、ここでは汲古閣本に従う。
家人。跪拜讚詞,無益於尤。大夫頑囂,使我心憂。《新序》:"晉中行寅將亡,召其太祝而欲加罪焉,曰:子為我祝而使我亡國,何也。曰:子不務德而厚斂於民,則民怨。一人祝之,一國詛之,國亡,不亦宜乎"。
《升》之《家人》:跪きて叩拜し祝辞を誦念するも、已に鋳成せる過失に毫も補益なく、大夫は頑劣喧嚣にして勧諫を聴き入れず、我が心裡をして愁を発せしむ——是れ神を求むるは徳を修むるに如かざるの誡象なり。尚秉和は《新序》を引きて証と為す:晋国の中行寅は敗亡せんとするを眼看り、其の太祝を召し来りて彼に罪を加えんと欲し、「汝は我の為に祝祷す、怎様にして反って我をして国を亡ぼさしむるや」と言う。太祝は答えて「您は勤めて徳政を修むるを肯んぜず、却って百姓に向かい横征暴斂し、百姓は自然に怨を生ず。一個の人は您を替わりて祝祷すも、一国の人は却って您を咒う、国家の滅亡も亦応然なるに非ずや」と曰く。
睽。辰次降婁,王駕巡狩。廣佑施惠,萬國咸喜。詳《小畜》之《大畜》。
《升》之《睽》:歳星は降婁の此の星次に運行し、君王は車を駕りて出巡視察し、広く佑護を施し遍く恩惠を布き、万国の上下は歓喜せざるなく——是れ天子巡狩し沢は四方に被るの吉象なり。「降婁」は十二星次の一つ、奎・婁の二宿に対応し、古人は歳星の在る所の星次を以て年を紀り時を紀る。尚秉和は取象は詳しく《小畜》之《大畜》の一条に見ゆと注明す。
蹇。牽羭上樓,與福俱遊。躬勞治國,安樂無憂。○羭,汲古作瑜,依宋元本。遊,宋元作居,依汲古。此林或用升象。兌為羭,坤為樓,他林或言樓皆坤象,互震為福、為遊。坤為躬、為國,坤役萬物,故勞。坤為憂,震樂,故無憂。
《升》之《蹇》:黒母羊を牽きて高樓に登り、一路福気と同行し、親身に労して国政を治理し、安楽にして憂患なし——是れ政に勤しみて福を得るの吉象なり。この条の校記は注の前に写す:「羭」の字は汲古閣本が「瑜」とし、宋刻元刻本に従う。「游」の字は宋刻元刻本が「居」とし、汲古閣本に従う。尚秉和は象を解す:この条は或いは《升》卦の象を用う。兌は羭(黒色の母羊)、坤は楼——他処の林辞は凡そ楼を説くは皆坤象を取る。互体して震と成り、震は福・游。坤は身躬・国、坤は万物を役使す、故に「労」と言う。坤は憂、震は歓楽を主る、故に憂愁なし。
解。白鳥銜餌,鳴呼其子。旋枝張翅,來從其母。詳《晉》之《震》。旋枝,宋元本作挾施,汲古作投杖,依《晉》之《震》校。
《升》之《解》:白鳥は食物を銜え、鳴叫して其の雛児を招呼し、雛鳥は樹枝を繞りて翅膀を張り、飛び来りて母鳥に跟従す——是れ母子相依り哺育は所を得るの吉象なり。尚秉和は取象は詳しく《晋》之《震》の一条に見ゆと注明す。校記:「旋枝」は宋刻元刻本が「挟施」とし、汲古閣本は「投杖」とし、ここでは《晋》之《震》の一条に拠りて校定す。
損。盲瞽獨宿,莫與共食。老窮於人,病在心腹。互大離若目之無睛,故曰盲瞽。坤為寡、為宿,故曰獨宿。兌為食,獨則無與共也。坤為老、為窮、為病、為心、為腹。於,依也。震為人,言窮老依人也。○瞽,汲古作聾,依宋元本。
《升》之《損》:瞎眼の人は独自に夜を過ごし、誰も飯に陪うなく、年老い窮してただ別人に依附するのみ、病痛は便ち心腹の間に蔵れり——是れ孤苦にして依る無きの凶象なり。尚秉和は象を解す:卦中の数爻の合して成る大離は、形状は眼睛の裡に瞳仁なきが如し、故に「盲瞽」と言う。坤は寡・止宿、故に「独宿」と言う。兌は飲食、孤身一人は自然に人と食を共にするなく。坤は老・窮・病・心・腹。「于」はここでは依靠の意思、震は人、説くは窮老の人は要に他人に依附して活を過ごすと。校記:「瞽」の字は汲古閣本が「聾」とし、ここでは宋刻元刻本に従う。
益。登木出淵,稍上升天。明德孔聖,白日載榮。震為木、為登,坤為淵,故曰出淵。艮為天,與震對,故曰稍上升天。艮為明,震為孔、為德,伏乾為聖,故曰孔聖。艮為日,震為白、為榮,震車,故曰載榮。○載榮下汲古多寵祿再熒四字,依宋元本刪。
《升》之《益》:樹木を攀りて深淵より爬り出で、一歩歩向上して直に雲天に登り、徳行は光明して孔子の聖の如く、青天白日は栄耀を載す——是れ困を脱して上に達し徳顕れ名栄えるの吉象なり。尚秉和は象を解す:震は木・登攀、坤は深淵、故に「出淵」と言う。艮は天、震と相対す、故に「稍上升天」と言う。艮は明、震は孔・徳、伏乾は聖、合わせて「明徳孔聖」。艮は日、震は白・栄、震はまた車、車は能く物を載す、故に「載栄」と言う。校記:汲古閣本は「載栄」の下に「寵禄再熒」の四字を多出す、ここでは宋刻元刻本に依りて删去す。
夬。彭離濟東,遷廢上庸。狠戾無節,失其寵功。元刊注:彭越後赦,遷蜀。上庸,蜀也。按:武帝元鼎元年,濟東王彭離有罪,廢,徙上庸,似指此事。○廢,汲古作之,狠作狼,均依宋本。
《升》之《夬》:済東王彭離は、廃黜せられて上庸に遷徙せられ、彼は凶狠暴戻にして行事は毫も節制なく、因りて恩寵と功業とを失掉せり——是れ驕縦にして位を失うの凶象なり。この条は先ず元刻本の旧注を録す:彭越は後に赦を獲て、蜀地に遷往し、上庸は便ち蜀に属す。尚秉和の按語は則ち説く:漢武帝元鼎元年、済東王彭離は罪を獲て廃せられ、上庸に遷徙せられ、林辞は似て此の事を指す。校記:「廃」の字は汲古閣本が「之」とし、「狠」の字は「狼」とし、ここでは皆宋本に従う。
姤。讚揚上舞,神明正氣。禹拜受福,君施我德。伏震為言,故曰讚揚。震為舞、為神、為君,故曰禹。又為福為德,古臣謁君須贊名拜舞。艮為首,艮覆,首至地,故曰禹拜受福。○正,宋元作生,禹拜作拜禹,施作使,均依汲古,惟汲古多居則厚祿四字,依宋元本刪。
《升》之《姤》:礼を賛し名を唱え堂に登りて舞を起し、神明の気は端正充盈し、大禹は稽首して福祉を拜領し、君主は恩徳を以て我に施す——是れ恩を承け福を受くるの吉象なり。尚秉和は象を解す:伏震は言語、故に「賛揚」と言う。震は舞・神・君、因りて大禹を取りて象と為す。震はまた福・徳——古時の臣子は君主を謁見するに、要に賛礼者に名を唱えらるるに由り、再び拜舞の礼を行う。艮は頭、艮体は倒置すれば則ち頭は地に触る、故に「禹拜受福」と言う。校記:「正」の字は宋刻元刻本が「生」とし、「禹拜」は「拜禹」とし、「施」は「使」とし、いずれも汲古閣本に従う。ただ汲古閣本は「居則厚禄」の四字を多出す、ここでは宋元本に依りて删去す。
萃。從首至足,部分為六。室家離散,逐南乞食。通《大畜》。乾為首,艮為肩背,震為足,乾數六,言首、肩、胸、腹、股、足共六部也。艮為室家,三上正反艮,故曰離散。乾南,震逐,兌食,艮求,故曰逐南乞食。三四句似指伍子胥事。
《升》之《萃》:頭頂より脚跟に到るまで、人身は六個の部分に分作す。家室は離散破敗し、只好として一路南に向かい飯を討う——是れ家破れて流亡するの凶象なり。尚秉和は象を解す:「通《大畜》」は即ち《大畜》と旁通す。乾は頭、艮は肩背、震は足、乾の卦数は六、故に人身に首・肩・胸・腹・股・足の六個の部分有りと言う。艮は室家、三爻と上爻とは分かれて一正一反の両艮の位に処る、故に「離散」と言う。乾は南方に居り、震は追逐を主り、兌は飲食、艮は求索、故に「逐南乞食」と言う。後の両句は似乎として伍子胥の出奔し途中に飯を乞いしの事を指す。
困。民迷失道,亂我統紀。空使乾華,實無所有。通《賁》。坎為眾、為民,坎隱,故迷而失道。震為道,正反震,故曰亂我統紀。震為華,離火下熇,故曰乾華。艮為實,華萎故無實。○華,宋元本訛革,依汲古。實,汲古訛賓,依宋元本。又汲古末有先憂後樂四字,依宋元本。
《升》之《困》:百姓は路に迷い正道を失い、我が綱紀をも攪乱し、白白として花朵を枯干せしめ、果実は一无所成なり——是れ綱紀敗壊し労して功なきの凶象なり。尚秉和は象を解す:「通《賁》」は即ち《賁》と旁通す。坎は衆・民、坎は隠伏を主る、故に道路に迷失す。震は道路、一正一反の両震は相錯す、故に「乱我統紀」と言う。震は花、離火は下に在りて熏烤す、故に「乾華」(花は烤げ干されたり)と言う。艮は果実、花は既に枯萎せり、自然に果実を結出する能わず。校記:「華」の字は宋刻元刻本が訛りて「革」とし、汲古閣本に従う。「実」の字は汲古閣本が訛りて「賓」とし、宋刻元刻本に従う。汲古閣本は末尾に還ら「先憂後楽」の四字を多し、ここでは宋元本に従う。
井。刻畫為飾,嫫母無益。毛嬙西施,求事必得。通《噬嗑》。艮手為刻畫,離為惡人,故曰嫫母。震為毛羽,坎為西,而兌為媚好,故曰毛嬙西施,皆古美人名。艮為求。首二句言嫫母本丑,雖飾無益。○第二句依宋元本增加,汲古無。
《升》之《井》:精雕細刻して打扮修飾すれど、嫫母の如き醜貌に対しては毫も用処なく、若し毛嬙・西施の如き美人ならば、何事を求めても皆意の如くに得——是れ本質は成敗を定むるの象なり。尚秉和は象を解す:「通《噬嗑》」は即ち《噬嗑》と旁通す。艮は手、故に刻画と為す。離は醜悪の人、故に黄帝の時の醜婦嫫母を取る。震は毛羽、坎は西方に居り、兌は柔媚美好を主る、因りて合わせて「毛嬙西施」、此れらは皆古代の美人の名字。艮は求。前の両句は説くは嫫母は本より醜く、再怎様に装飾するも事を済ますに済まずと。校記:第二句は宋刻元刻本に依りて補入し、汲古閣本には此の一句なし。
鼎。衣裳顛倒,為王來呼。成就東周,封受大侯。《詩齊風》:"顛倒衣裳,顛之倒之,自公召之。"毛謂剌無節,林意似指呂伋父子為卿,王朝在公情狀。鼎通屯。震為衣裳,正反震,故顛倒衣裳。震為呼、為王,震為東、為諸侯,坤為國。○周,汲古作國,依宋元本。侯,宋元本作休,非,依汲古。
《升》之《鼎》:衣裳を穿き顛倒せるは、君王の急召に来りしが為なり。東周の王室を成全し、封を受けて大諸侯と為る——是れ公に急ぎ上に奉じ功に因りて封を受くるの吉象なり。尚秉和は象を解す:《詩経・斉風》に「顛倒衣裳、顛之倒之、自公召之」(公家に催されて慌乱し、衣裳を皆反に穿く)あり、《毛詩》は此は号令の節なきを譏刺すと説く。林辞の用意は則ち似て斉国の呂伋父子の王朝卿士の身と為り一心に公に奉ずるの情形を指す。《鼎》と《屯》とは旁通す:震は衣裳、一正一反の両震、故に「顛倒衣裳」と言う。震は呼・王、又東・諸侯、坤は国。校記:「周」の字は汲古閣本が「国」とし、宋刻元刻本に従う。「侯」の字は宋刻元刻本が「休」とし、対ならず、汲古閣本に従う。
震。當變立權,摘解患難。渙然冰釋,六國以寧。伏巽為權。互坎為患難。震為解,故曰渙然冰釋,坎為冰也。艮為國,坎數六,故曰六國。艮安,故寧。此指蘇秦說六國合從事。
《升》之《震》:変局に遇上れば便ち権宜の計を立て、眼前の患難を剔解き、糾結は氷の如く渙然として消融し、六国は因りて安寧を得——是れ権変して紛を解くの吉象なり。尚秉和は象を解す:伏巽は権謀。互体して坎と成り、坎は患難。震は解散を主る、故に「渙然氷釈」と言い、坎は正に氷。艮は国、坎の卦数は六、故に「六国」と言う。艮は安定を主る、故に「寧」と言う。この条の指す所は蘇秦が六国を游説して合従せしめしの事。
艮。西戎獯鬻,病於我國。杖策之岐,以保乾德。互坎為西,艮為狗,故曰犬戎獯鬻。坎為病,艮為國,坎為杖策、為西,艮山,故曰杖策之岐。艮居西北,乾地,故曰以保乾德。顧千里云:扶陝之岐當作杖策之岐,尚書大傳:遂杖策而去,過樑山邑岐山。陳樸園《齊詩考》引亦作杖策,故從之。○第三句宋元本作扶陝之岐,汲古作扶陽之正,依顧陳校。又汲古多終無患或四字,宋元無。
《升》之《艮》:西戎の獯鬻は来りて侵し、我が邦国をして害を受けしめ、是に馬鞭を拄りて岐山に遷往し、以て乾天の賦う所の徳業を保全す。用うる所は古公亶父が狄を避けて岐に遷りしの史事、是れ禍を避け国を遷し終に自ら保つ能うの象なり。尚秉和は象を解す:互体して坎と成り、坎は西方に居る。艮は狗、故に「犬戎獯鬻」と言う。坎は病、艮は国。坎は杖策(鞭を執る)、又西、艮は山、故に「杖策之岐」と言う。艮の位は西北に在り、正に乾の方位、故に「以保乾徳」と言う。清人の顧千里は説く:「扶陜之岐」は当に「杖策之岐」と作るべし、《尚書大伝》に「遂杖策而去、過梁山邑岐山」あり、陳朴園の《斉詩考》の引く所も亦「杖策」と作る、故に此の説法に従う。校記:第三句は宋刻元刻本が「扶陜之岐」とし、汲古閣本は「扶陽之正」とし、ここでは顧千里・陳朴園の両家に依りて校定す。汲古閣本は又「終无患或」の四字を多出し、宋元本に无し。
漸。南行逐羊,予利喜亡。陰孽為病,復返其邦。伏震為羊、為南、為行、為子,巽為利,坎為陰孽、為病,艮為邦。○予疑為好之形訛字,汲古作子,猶存其半。
《升》之《漸》:南に往きて羊群を追趕し、到手の利益は转眼にして又喜び又失い、陰邪妖孽は祟を為して病と成り、只好として自己の邦国に折返す——是れ得て復た失い功なくして返るの象なり。尚秉和は象を解す:伏震は羊・南・行・子、巽は利、坎は陰邪妖孽・疾病、艮は邦国。校記:「予」の字は尚氏は疑心して「好」の形近の訛字ならんとし、汲古閣本は「子」とし、還ら「好」の字の一半を留む。
歸妹。遊戲仁德,日益有福。凶言不至,妖孽滅息。震為仁德、為遊戲、為福,離日,故曰日益有福。震為言,坎為凶、為妖孽。
《升》之《帰妹》:優游涵泳して仁徳の中に在り、福気は一天より一天に多し。凶悪の言語は耳辺に伝わらず、妖孽も亦皆消滅止息す——是れ徳を修めて福を得灾消え禍散ずるの吉象なり。尚秉和は象を解す:震は仁徳・游戯・福、離は日、故に「日益有福」と言う。震は言語、坎は凶・妖孽。
豐。春日新婚,就陽日溫。嘉樂萬歲,獲福大椿。震春,離日,故曰陽、曰溫。震為嘉樂、為萬歲、為大椿,《莊子》:"上古有大椿,以八千歲為春秋"。○嘉,宋元本作喜,大椿作有年,均依汲古。
《升》之《豊》:春天の裡に新人は成婚し、太陽に向かい、日頭は暖融融たり。喜慶歓楽は万年に延ぶ可く、所得の福気は大椿の寿の如有り——是れ婚嫁は吉を得寿福綿長の象なり。尚秉和は象を解す:震は春、離は日、故に「陽」と言い「温」と言う。震は嘉慶歓楽・万歳・大椿。《荘子・逍遥游》は上古に一種の大椿樹有りて、八千年を拏りて一個の春天と為し八千年を以て一個の秋天と為すと説く。校記:「嘉」の字は宋刻元刻本が「喜」とし、「大椿」は「有年」とし、ここでは皆汲古閣本に従う。
旅。陰昇陽伏,鬼哭其室。相飾不食,安巢如棘。通《節》。陽皆在陰下,故曰陰昇陽伏。坎為鬼,艮為室,震為笑,震之反則哭也。震為玄黃,故曰飾。正反震,故曰相飾。兌為食,艮止,故不食。艮為巢,坎為棘,艮坎連,故曰安巢如棘。○鬼哭,宋元本作舜失,依汲古。
《升》之《旅》:陰気は上昇し陽気は潜伏し、鬼は屋裡に哭く。彼此は脂粉を塗抹すれど飯を食い下がる能わず、身を安んずるの巢は就きて荆棘の上に扎したるが如し——是れ陰盛り陽衰え居処安からざるの凶象なり。尚秉和は象を解す:「通《節》」は即ち《節》と旁通す。陽爻は皆陰爻の下に居る、故に「陰升陽伏」と言う。坎は鬼、艮は室。震は笑、震は一たび倒置すれば便ち哭と成る。震は玄黄の色、故に「飾」と為す。一正一反の両震、故に「相飾」と言う。兌は飲食、艮は止を主る、故に食い下がる能わず。艮は巢、坎は荆棘、艮と坎とは相連なり、故に「安巢如棘」と言う。校記:「鬼哭」は宋刻元刻本が「舜失」とし、ここでは汲古閣本に従う。
巽。臣尊主卑,權威日衰。侵奪無光,三家逐公。通《震》。震為主,陰為臣,陽下陰上,故曰臣尊主卑。震為威,巽為權,互離為日,巽隕,故曰日衰。震為侵,艮手為奪,互坎故曰無光。艮為家,數三,故曰三家。震為公、為逐,故曰三家逐公。三家,孟孫、叔孫、季孫合謀逐昭公也。
《升》之《巽》:臣子は其上に高踞し君主は反って卑位に居り、権柄威勢は一天天に衰落し、侵奪せられて毫も光彩なく、三家の大夫は合謀して国君を駆逐す——是れ権柄は下に移り君弱く臣強しの凶象なり。尚秉和は象を解す:「通《震》」は即ち《震》と旁通す。震は主、陰爻は臣。陽は下に在り陰は上に在る、故に「臣尊主卑」と言う。震は威、巽は権、互体して離と成り、離は日、巽は隕落を主る、故に「日衰」と言う。震は侵、艮は手なれば故に奪と為し、互体に又坎有り、故に「无光」と言う。艮は家、卦数は三、故に「三家」と言う。震は公・駆逐、故に「三家逐公」と言う。三家は即ち魯国の孟孫・叔孫・季孫、彼らは合謀して魯昭公を趕き走らせたり。
兌。反言為賊,戎女生患。亂吾家國,父子相賊。互巽為賊,三至上正反兌為反言,兌為女,兌西,故曰戎女。《禹貢》西戎即敘。伏艮為家國,離為亂,伏震為父、為子,正反震相背,中隔坎,故曰相賊。此指晉驪姬讒申生獻公殺申生事,故曰戎女、曰父子相賊。
《升》之《兌》:反話を説く人は即ち賊、西戎より来りし女子は禍患を生じ、我が家国を攪乱し、弄りて父子をして彼此相い残殺せしむ——是れ内嬖は国を乱るの凶象なり。尚秉和は象を解す:互体して巽と成り、巽は賊。三爻より上爻に到るは一正一反の両兌、兌は口舌、故に「反言」と言う。兌は女、兌は西方に居る、故に「戎女」と言う、《尚書・禹貢》に「西戎即叙」の文有り。伏艮は家国、離は乱を主り、伏震は父・子。一正一反の両震は背向して立ち、中間は又坎に隔たる、故に「相賊」と言う。この条の指す所は晋国の驪姫が讒を進め献公が太子申生を殺ししの事、故に「戎女」と言い「父子相賊」と言う。
渙。迎福開戶,喜隨我後。康伯愷悌,治民以禮。震為開,艮為戶,震為喜、為後、為伯,坎為民。按:《史記》"衛康叔卒,子康伯立"注:康伯,名王孫牟。左傳所稱王孫牟父是也。按:《左傳》"牟父與伯禽呂伋並事康王,必有賢德"特其事,今皆亡耳。○隨,汲古作逐,後作後,均依宋元本。
《升》之《渙》:門を開きて福を迎え、喜事は我が身の後に跟随す。衛康伯は和楽平易にして、礼を以て百姓を治理す——是れ福を迎え賢を得るの吉象なり。尚秉和は象を解す:震は開啓、艮は門戸。震は喜・后・伯、坎は民。又《史記》の記す「衛康叔去世、児子康伯継位」に按じ、注は康伯の名は王孫牟、即ち《左伝》の称する所の王孫牟父と説く。再び《左伝》に按じて牟父は伯禽・呂伋と一同事に周康王に事奉せしと説く、必定に賢徳有りしも、ただ其の事迹は今天皆已に失伝せり。校記:「随」の字は汲古閣本が「逐」とし、「后」の字も亦異文有り(原校の両字は同形、当に「後」「后」の別なるべし)、ここでは皆宋刻元刻本に従う。
節。日就月將,昭明有功。靈臺觀賞,膠鼓作人。艮日兌月,艮為昭明、為靈臺,震為鼓,坎水,故曰膠鼓。震為作、為人,《廣韻》:"膠,太學也。"《禮王制》:"養國老於東膠。"《正字通》:"東膠,周學名,即東序也。"○觀,宋元本作歡,依汲古。人,汲古作仁,依宋元本。觀賞謂遊覽。鼓宜為庠。
《升》之《節》:日を積み月を累ねて進修し、光明の徳業は漸々に成有り。霊台に於て游観し、膠庠の学に於て人才を造就す——是れ徳を進め業を修め学を興し才を育するの吉象なり。「日就月将」は《詩経・周頌・敬之》に出で、日に成る所有り月に進む所有るを指す。尚秉和は象を解す:艮は日、兌は月。艮は昭明・霊台。震は鼓、坎は水、故に「膠鼓」と言う。震は興作・人。《広韻》は「膠」は即ち太学と説き、《礼記・王制》に「養国老于東膠」あり、《正字通》は「東膠は周代の学宮の名称、即ち東序」と説く。校記:「観」の字は宋刻元刻本が「歓」とし、汲古閣本に従う。「人」の字は汲古閣本が「仁」とし、宋刻元刻本に従う。「観賞」は即ち游覧。「鼓」の字は当に「庠」と作るべし。
中孚。百草嘉卉,萌芽將出。昆蟲扶戶,陽明得所。震為百草、為嘉卉、為萌芽,巽為昆蟲,與艮連,故曰扶戶。此以震為荄茲,與趙賓讀同。
《升》之《中孚》:百草と嘉美の花木とは、芽頭は将に土面より拱り出でんとし、虫豸は門戸を攀りて爬動し、陽気は光明にして各々其の所を得——是れ陽は万物を生じ生机初めて動くの吉象なり。尚秉和は象を解す:震は百草・嘉卉・萌芽。巽は昆虫、巽と艮とは相連なり、故に「扶戸」(門戸に攀附す)と言う。ここでは震を「荄茲」(草根の萌発する義)と看作す、漢代の趙賓が《易》の「箕子」を「荄茲」と解するの読法と相同じ。
小過。天所佑助,萬國日有。福至禍去,壽命長久。艮為天、為國、為日,震福,故曰萬國日有。艮為壽、為長久,巽為命。○第二句汲古無,第四句汲古作君主何憂,均依宋元本。
《升》之《小過》:上天の佑助する所、万国は一天比一天に富有し、福気は到来し災禍は退去し、寿数は長久綿延す——是れ天佑し福を受くるの大吉の象なり。尚秉和は象を解す:艮は天・国・日、震は福、故に「万国日有」と言う。艮は寿・長久、巽は命。校記:第二句は汲古閣本に无く、第四句は汲古閣本が「君主何憂」とし、ここでは皆宋刻元刻本に従う。
既濟。窮夫失居,唯守弊廬。初憂中懼,惟曰兢兢,無悔無虞。通《未濟》。未濟男之窮,故曰窮夫失居。多用半象。○惟,宋本、汲古作終,依元本。弊,汲古作舊,依宋元本。
《升》之《既済》:窮困の男子は安身の所を失い、ただ一間の破屋を守るのみ。起初は愁え、中間は又怕れ、一路小心翼翼として、到底悔恨なく意外の患もなし——是れ困に処りて謹を知り終に平安を得るの象なり。尚秉和は象を解す:「通《未済》」は即ち《未済》と旁通す。《未済》は正に男子の窮途の卦象、故に「窮夫失居」と言う。此の外この条は多く半象を用う。校記:「惟」の字は宋本と汲古閣本とが「終」とし、元刻本に従う。「弊」の字は汲古閣本が「旧」とし、宋刻元刻本に従う。
未濟。賈玉得石,失其所欲。荷蕢撃磬,隱世無聲。震為玉、為蕢、為磬、為聲,艮石,皆半象。《論語》:"子擊磬於衛,有荷蕢者曰有心哉,擊磬乎!"按:荷蕢,隱士。
《升》之《未済》:玉を買いしに却って一塊の石頭を買い帰り、自己の想う所を得られず。人有りて草筐を挑いて走り過ぎ、磬を撃つの声を聴く、あれは世を避け隠居して黙黙として聞えざる人——是れ求むる所は空に落ち賢者は隠遯するの象なり。尚秉和は象を解す:震は玉・蕢(草の編む筐)・磬・声、艮は石、此れらは皆両爻の半辺の形状を取るの半象。《論語・憲問》は記す:孔子は衛国に在りて磬を撃ち、草筐を挑く人有りて門前より経過し、「此の磬声の裡に心事有り」と曰くと。尚氏は按す:草筐を挑くは正に一位の隠士なり。
困 第四十七
困。席多針刺,不可以臥。動而有悔,言行俱過。坎為針刺,下坎互大坎,故多針刺。伏賁。賁下互坎,上互震,震為席,與坎連,故席多針刺。艮為臥,三至上正反艮,故不可臥。亦正反震,故言行俱過也。
《困》之《困》:席子の上は満ちて針刺有り、躺り下がる弁法なく、一動すれば便ち悔恨を招来し、言語と行事とは皆過失有り——是れ坐臥寧らかならず動けば輙ち咎を得るの凶象なり。尚秉和は象を解す:坎は針刺、下体の坎は又卦中の数爻の合して成る大坎と相い畳る、故に「多針刺」と言う。《困》の伏卦は《賁》、賁の下体は坎を互い、上体は震を互い、震は席、席は坎と相連なり、故に「席多針刺」と言う。艮は臥、三爻より上爻に到るは一正一反の両艮、故に躺り下がる能わず。彼処は同時に又一正一反の両震、故に言語行事は皆差錯を出す。
乾。鳥鵲食穀,張口受哺。蒙被恩德,長大成就。柔順利貞,君臣合好。詳《履》之《咸》。
《困》之《乾》:鳥鵲は穀粒を啄食し、雛児は口を張りて人の来りて餵るを待ち、恩徳の養育を承蒙し、漸漸長大して材と成り、柔順にして正を守り因りて利を得、君臣は相い処りて和好す——是れ恩を受けて材と成り上下和洽の吉象なり。尚秉和は取象は詳しく《履》之《咸》の一条に見ゆと注明す。
坤。六鷁退飛,為襄敗祥。陳師合戰,左股夷傷。遂以薨崩,霸功不成。詳《蹇》之《蠱》。此與上乾皆用遇卦《困》象。
《困》之《坤》:六隻の鷁鳥は倒れ退きて宋国の都城を飛び過ぐ、是れ宋襄公の敗亡の凶兆。彼は兵を陳して楚国と交戦し、左腿は箭を中て傷を受け、終に傷に因りて去世し、覇業は成就せず——是れ征戦敗亡の凶象なり。《春秋》僖公十六年は「六鷁退飛過宋都」を記し、其の後泓水の一戦に宋襄公は股を傷りて死す、正に此の兆に応ず。尚秉和は取象は詳しく《蹇》之《蠱》の一条に見ゆと注明し、併せてこの条と上面の《乾》の条とは皆遇卦《困》の象を用うと説く。
屯。匍匐出走,驚惶悼恐。白虎生孫,蓐收在後。居中無咎。震走,坎蹇,故匍匐出走。震驚,坎懼,故曰悼恐。互艮為虎,震白,故曰白虎。震為生,艮為孫,伏兌為秋,故曰蓐收。《月令》:"孟秋之月,其帝少昊,其神蓐收",《國語》:"史囂曰:天之刑神也"。震為後,坎為中。○生,宋元本作王,依汲古。
《困》之《屯》:連滚帶爬して逃げ出で、驚慌失措す。白虎は子孫を生下し、刑神蓐収は緊跟して後に在り。ただ中道を守住すれば、便ち災禍有るまじき——是れ険を履みて能く自ら守り過なきの象なり。尚秉和は象を解す:震は走、坎は跛蹇にして行き難し、故に「匍匐出走」と言う。震は驚、坎は懼、故に「悼恐」と言う。互体して艮と成り、艮は虎、震は白、故に「白虎」と言う。震は生、艮は孫。伏兌は秋、故に秋神蓐収を取る——《礼記・月令》は「孟秋之月、其帝少昊、其神蓐収」と説き、《国語》は史嚻の蓐収は上天の刑殺を掌るの神と説くを記す。震は後、坎は中。校記:「生」の字は宋刻元刻本が「王」とし、ここでは汲古閣本に従う。
蒙。庇廬不明,使孔德妨。女孽亂國,虐政傷仁。艮為廬,坤坎皆為黑,故不明。震為孔,言齊人饋女樂妨害孔子不安其位也。坤為女、為孽、為國、為亂、為虐政。○孔,汲古作禮,依宋元本。
《困》之《蒙》:蔭蔽の屋舎の裡は一片昏暗にして、孔子の徳業をして阻碍を受けしめ、女色妖孽は国政を扰乱し、苛虐の政令は仁道を傷害す——是れ女禍は政を乱り賢者は弃て見るの凶象なり。尚秉和は象を解す:艮は廬舎、坤と坎とは皆黒暗を主る、故に「不明」と言う。震は孔、説く所は斉国の送り来りし女楽が孔子を妨害し、彼をして魯国に於て其の位に安んずる能わざらしめしと。坤は女・妖孽・国・乱・虐政。校記:「孔」の字は汲古閣本が「礼」とし、ここでは宋刻元刻本に従う。
需。鼫鼠四足,不能上屋。顏氏淑德,未有爵祿。詳《萃》之《乾》。
《困》之《需》:鼫鼠は四隻の脚有りと雖も、屋頂に爬上る能わず。顔氏は善良にして徳有るも、爵位俸禄を得ず——是れ徳有り能有りて其の位を得ざるの象なり。《説文解字》は鼫鼠は身に五技を兼ねて終に窮に帰し、能く飛ぶも屋を越えず能く爬るも樹に上がらずと説き、正に此の層の意思に合す。尚秉和は取象は詳しく《萃》之《乾》の一条に見ゆと注明す。
訟。襄送季女,至於蕩道。齊子旦夕,流連久處。詳《屯》之《大過》。元本作久流連處,依宋本。
《困》之《訟》:小女児の出嫁を護送し、一直に蕩の此個の地方に送り到る。斉国の女子は早より晩に至るまで、流連して返るを忘れ久久に盤桓す——是れ往来は度を失うの象なり、《詩経・斉風》は文姜の頻々として斉魯の間を往返するを譏刺す、正に此の意。尚秉和は取象は詳しく《屯》之《大過》の一条に見ゆと注明す。校記:末句は元刻本が「久流連處」とし、ここでは宋本に従う。
師。麞鹿逐牧,飽歸其居。還反次舍,樂得自如。詳《屯》之《比》。反,汲古作於,依宋元本。
《困》之《師》:麞と鹿とは水草を逐いて食を覓め、飽きて各々窝に回り、身を転じて住处に帰り、快活自在なり——是れ豊足にして安居するの吉象なり。尚秉和は取象は詳しく《屯》之《比》の一条に見ゆと注明す。校記:「反」の字は汲古閣本が「于」とし、ここでは宋刻元刻本に従う。
比。望尚阿衡,太宰周公。藩屏輔弼,福祿來同。詳《坤》之《鼎》。三四句宋元本作屏藩湯武,立為侯王,依汲古,惟汲古屏訛居。
《困》之《比》:呂尚・伊尹を仰望するが如く賢輔を仰頼し、太宰周公の如き重臣は位に在り、藩屏の諸侯と左右の輔弼と斉備し、福禄は一併に到来す——是れ賢を得て政を輔け福禄並び臻るの大吉の象なり。「阿衡」は商代の伊尹の官号。尚秉和は取象は詳しく《坤》之《鼎》の一条に見ゆと注明す。校記:第三・四の両句は宋刻元刻本が「屏藩湯武、立為侯王」とし、ここでは汲古閣本に従う、ただ汲古閣本の「屏」の字は訛りて「居」と作る。
小畜。開郭宏緒,王跡所基,報以八子,功德俟時。定四年,武王母弟八人,周公為太宰。基,汲古作居,報以八子作振以公子,均依宋元本。巽為緒,伏震為開、為王、為跡、為子,伏坤,卦數八,故曰八子。艮為時,艮止,故俟時。
《困》之《小畜》:城郭を開拓し端緒を光大し、此処は正に王業の奠基する地方なり。上天は八位の賢子を以て報い、功徳はただ時機の成熟を待つ——是れ奠基して王を興し後嗣蕃盛の吉象なり。尚秉和は先ず史事を証す:《左伝》定公四年は周武王の同母兄弟は共に八人、周公は太宰を任ずと説く。校記:「基」の字は汲古閣本が「居」とし、「報以八子」は汲古閣本が「振以公子」とし、ここでは皆宋刻元刻本に従う。再び象を解す:巽は緒(端緒)、伏震は開・王・跡・子。伏坤の卦数は八、故に「八子」と言う。艮は時、艮は止を主る、故に「俟時」(時機を等候す)と言う。
履。八會大都,饒富有餘。安民利國,可以長居。巽數八,坤為大都、為饒富、為民、為國,巽為利、為長。○八,汲古作入,依宋元本,言八方會於大都也。
《困》之《履》:八方は大都に匯聚し、物産は富饒にして绰绰として余有り、百姓は安定し国家は利を得、以て長く居住すべし——是れ四方輻輳し国富民安の吉象なり。尚秉和は象を解す:巽の卦数は八、坤は大都・富饒・民・国、巽は利・長久。校記:「八」の字は汲古閣本が「入」とし、ここでは宋刻元刻本に従う、説くは八方が大都に会聚す。
泰。陰雲四方,日在中央。人雖昏霧,我獨昭明。坤為雲、為方,震卦數四,故曰陰雲四方。乾為日,震為人,坤為霧,乾為大明,言震人居坤霧之中,雖昏黯無礙於乾之明也。
《困》之《泰》:陰雲は四方に布滿し、太陽は中天に高懸す。別人は皆昏霧の裡に困るも、唯だ我が心裡は通明なり——是れ衆は昏れど我は明にして蔽われざるの象なり。尚秉和は象を解す:坤は雲・方、震の卦数は四、故に「陰雲四方」と言う。乾は日、震は人、坤は霧、乾は大明。意思は震の象する所の人は坤霧の中に身を処すも、あの点の昏暗は乾の光明を妨げず。
否。魃為災虐,風吹雲卻。欲上不得,復歸其宅。坤為鬼、為惡、為災,故曰魃為災虐。坤雲巽風,而巽為退,故曰風吹雲卻。艮止,故不得上。○第二句汲古作大風吹卻,非,依宋元本。魃,各本皆訛為薄,茲依《小畜》之《中孚》校。《詩大雅》"旱魃為虐"《毛傳》:"魃,旱神也"。
《困》之《否》:旱魃は灾を興し虐を作し、風は一吹きすれば雲は便ち退散し、上に昇らんと欲するも昇る能わず、只好として自己の住处に退回す——是れ旱厄は解き難く進取は阻まるるの凶象なり。尚秉和は象を解す:坤は鬼・悪・灾、故に「魃為灾虐」と言う。坤は雲・巽は風、而るに巽は退却を主る、故に「風吹雲却」と言う。艮は止を主る、故に昇る能わず。校記:第二句は汲古閣本が「大風吹却」とし、対ならず、宋刻元刻本に従う。「魃」の字は各本皆訛りて「薄」とし、ここでは《小畜》之《中孚》の一条に拠りて校正す。《詩経・大雅》に「旱魃為虐」あり、《毛伝》は「魃は旱神」と説く。
同人。昭昭略略,非忠信客。言多反覆,以黑為白。離明,故曰昭昭。昭昭略略,似當時方言,形容不忠之象貌。巽為客,乾為信、為言,離正反兌口相對為有言,故曰言多反覆。巽為白,乾天為玄、為黑。○多,宋元本作語,依汲古。
《困》之《同人》:一副精明伶俐の模様なるも、忠厚守信の客人に非ず。説話は反復无常にして、黒を白と説き成す能し——是れ巧言誠ならざるの凶象なり。尚秉和は象を解す:離は光明を主る、故に「昭昭」と言う。「昭昭略略」は大概漢時の方言、不忠の人の神情面貌を形容す。巽は客、乾は信・言。離体の中は一正一反の両兌の口は相対し、兌は口舌、故に「言多反復」と言う。巽の色は白、乾は天、天の色は玄黒、故に黒と為す。校記:「多」の字は宋刻元刻本が「語」とし、ここでは汲古閣本に従う。
大有。三女為奸,俱遊高園。背室夜行,與伯笑言。禍反及身,冤無所禱。此用《困》象。互離,卦數三,故曰三女。坎為奸,伏艮為高園。坎為室、為夜,艮為背,故曰背室夜行。伏震為行,兌笑言,坎為禍,艮為身,艮者震之反,故曰禍反及身。坎為冤,震為禱。又多用困伏象。○反及,宋元本作及乃,無所作死誰,均依汲古。園,汲古作國,依宋元本。
《困》之《大有》:三個の女子は奸邪の事を做下し、一同に高処の園囿に游荡し、家室を背きて夜裡に出行し、男子と談笑す。禍事は反って自己の身上に落到り、冤を含むも祷告する処なし——是れ淫奔は禍を招くの凶象なり。尚秉和は象を解す:この条は《困》卦の象を用う。互体して離と成り、離の卦数は三、故に「三女」と言う。坎は奸邪、伏艮は高園。坎は室・夜、艮は背、故に「背室夜行」と言う。伏震は行、兌は談笑を主る。坎は禍、艮は身、艮は正に震の反象、故に「禍反及身」と言う。坎は冤、震は祷。此の外還ら多く《困》の伏象を用う。校記:「反及」は宋刻元刻本が「及乃」とし、「无所」は「死誰」とし、いずれも汲古閣本に従う。「園」の字は汲古閣本が「国」とし、宋刻元刻本に従う。
謙。涉尸留鬼,大斧所視。文昌司過,簡公亂死。坤為尸、為鬼,涉疑為移或徙之訛,言尸去而鬼留也。伏兌為斧,離為視,坤為文,震為竹簡、為公,坤為亂、為死,《晉書天文志》:"文昌六星,四曰司農司隸,五曰司命"。簡公為陳成子所弒,見《論語》。
《困》之《謙》:尸首は移走し去れど鬼魂は還ら留まり、大斧は正に此処を盯視す。文昌星の中に過失を掌管する神有り、斉簡公は乱の中に死せり——是れ刑戮は身に臨むの凶象なり。尚秉和は象を解す:坤は尸・鬼。「渉」の字は疑わく「移」或いは「徙」の訛字、意思は尸首は搬走し去れど鬼魂は留まる。伏兌は斧、離は視、坤は文、震は竹簡・公、坤は乱・死。《晋書・天文志》は「文昌六星、第四は司農司隸と叫び、第五は司命と叫ぶ」と説く、故に「文昌司過」と言う。斉簡公は陳成子に弑殺せられり、事は《論語》に見ゆ。
豫。大足長股,利出行道。囷倉充盈,疎齒善市。宜錢富家,事得萬倍。震為大足。伏巽為長、為股、為利,震為大塗、為行,故曰利出行道。艮為囷倉,坤多,故曰充盈。伏兌為齒,震形兌而長,故曰疏齒。伏巽為市,坤為財貨,故曰宜錢富有。艮為家,伏巽為倍,坤多,故曰萬倍。按:大足、長股、疏齒,蓋皆夷狄名。《淮南墜形訓》有跂踵民。大荒北經曰:跂踵國在拘纓東,其為人大兩足,亦曰大踵,大踵即大足長股,亦西方戎名,詳《比》之《蹇》,疏齒疑即淮南所謂鑿齒民,在海外東南方。善市即善賈也。○第五句汲古作宜以錢富,囷倉訛困合,均依宋元本。
《困》之《豫》:大足国・長股国の人は、門を出でて路を趕るに宜しく、粮囤谷倉は満満当当に装められ、疏歯国の人は売買を為すに善し。銭財は相宜にして家道は富足し、事を弁ずれば万倍の利を得——是れ商を行じて利を獲るの大吉の象なり。尚秉和は象を解す:震は大足。伏巽は長・股・利、震は大路・行、故に「利出行道」と言う。艮は囷倉、坤は多を主る、故に「充盈」と言う。伏兌は歯、震の形状は兌に像りて修长、故に「疏歯」と言う。伏巽は市、坤は財貨、故に「宜銭富有」と言う。艮は家、伏巽は倍、坤は多を主る、故に「万倍」と言う。尚氏は又按ず:大足・長股・疏歯は大概皆遠方部族の名号。《淮南子・墜形訓》に「跂踵民」あり、《山海経・大荒北経》は「跂踵国は拘纓国の東に在り、彼処の人は両脚は極大」と説き、亦大踵と叫ぶ、大踵は即ち大足長股、亦是れ西方の戎人の名号、詳しくは《比》之《蹇》の一条に見ゆ。疏歯は疑心して即ち《淮南子》の説く所の凿歯民、海外の東南方に在らん。「善市」は即ち経商に善し。校記:第五句は汲古閣本が「宜以銭富」とし、「囷倉」は訛りて「困合」とし、ここでは皆宋刻元刻本に従う。
隨。筐筥錡釜,可活百里。伊氏鼎俎,大福所起。震為筐筥錡釜。艮為里,震為百、為生,故曰可活百里。《史記》:"晉滅虞,以百里奚為秦繆夫人媵。"《呂氏春秋》:"百里奚飯牛於秦",蓋其職賤,所司皆筐筥錡釜之事,反因以得活而相秦也。伊尹以鼎鼐乾湯,震為鼎俎、為伊吾。伊,歌聲也。○可,汲古作河,依宋元本。百里,宋元本作百口,汲古作百呂,依局本。
《困》之《随》:筐・筥・錡・釜の此れらの炊爨の具は、却って百里奚を救活し、伊尹は鼎俎烹调の技を憑じて進身し、大福の起頭と成れり——是れ微賤の職は反って顕達の階と成るの吉象なり。尚秉和は象を解す:震は筐・筥・錡・釜。艮は里、震は百・生、故に「可活百里」と言う。《史記》は「晋国は虞国を滅掉し、百里奚を以て秦穆公夫人の陪嫁の臣と為す」を記し、《呂氏春秋》は「百里奚は秦国に於て牛を餵う」と説く——彼の任ずる所の職分は卑賤、管する所は皆筐筥錡釜の一類の雑事、反って因りて性命を保住して秦相と為れり。伊尹は則ち烹调の説を借りて成湯に干求す。震は鼎俎・伊吾、「伊」は本は歌唱の声音。校記:「可」の字は汲古閣本が「河」とし、宋刻元刻本に従う。「百里」は宋刻元刻本が「百口」とし、汲古閣本は「百呂」とし、ここでは局本に従う。
蠱。升高登虛,欲有望候。駕之北邑,與喜相扶。巽為高,艮為墟、為望,震為登、為南,震反為艮,則北矣。艮為邑,故曰駕之北邑。震為喜,艮為扶,正反艮,故曰相扶。
《困》之《蠱》:高処に登り廃墟の頂上に站り、遠く望み等候せんと欲し、車を駕りて北面の城邑に往き、喜事と相携えて行く——是れ高く登りて獲有り喜を迎うるの象なり。尚秉和は象を解す:巽は高、艮は廃墟・瞻望、震は登・南。震は一たび反転すれば便ち艮と成り、方位は便ち南より北に転ず。艮は邑、故に「駕之北邑」と言う。震は喜、艮は扶持、一正一反の両艮、故に「相扶」と言う。
臨。用彼嘉賓,政平且均。螟蟲不作,民得安寧。伏巽為暝蟲,震為嘉賓,坤為政、為平均。
《困》之《臨》:あの嘉賓賢士を任用し、政令は公平にして均一に、螟虫は再び滋生せず、百姓は安寧を得——是れ賢を用いて治を致し年穀順成の吉象なり。尚秉和は象を解す:伏巽は螟虫、震は嘉賓、坤は政令・平均。
觀。桃夭少華,婚悅宜家。君子樂胥,長利止居。巽為桃,兌為華、為少,故曰少華。兌為悅,《詩周南》:"桃之夭夭,灼灼其華;之子于歸,宜其室家"。艮為家、為君子,伏震為樂,巽為利,艮為居。長利止居,言女嫁得所也。○華,宋元本作葉,依汲古。三五伏兌。
《困》之《観》:桃花は初めて綻び鮮嫩嬌艶にして、婚事は歓悦にして成家に宜しく、君子は快楽にして長く利を得安居して遷らず——是れ嫁娶は所を得るの吉象なり。尚秉和は象を解す:巽は桃、兌は花・少、故に「少華」と言う。兌は喜悦を主る。《詩経・周南・桃夭》「桃之夭夭、灼灼其華、之子于帰、宜其室家」は正に林辞の本とする所。艮は家・君子、伏震は楽、巽は利、艮は居止。所謂「長利止居」は、説くは女子の出嫁は好归宿を得しと。校記:「華」の字は宋刻元刻本が「葉」とし、ここでは汲古閣本に従う。又三爻至五爻の処に伏して兌象有り。
噬嗑。東行失旅,不知何處。西歸無配,莫與笑語。震為東、為行旅,互坎故失旅,故不知何處。坎位西,坎孤,故無配,故無笑語。○配,宋元本作妃,依汲古。
《困》之《噬嗑》:東に往きて同伴を丢し、身の何処に在るを知らず。西に回り来れど又配偶なく、説笑すべき人なし——是れ孤行し伴を失うの凶象なり。尚秉和は象を解す:震は東・行旅、互体して坎と成り、坎は陥失を主る、故に同伴を走失して所在を知らず。坎の位は西、坎はまた孤独を主る、故に配偶なく、亦談笑する人なし。校記:「配」の字は宋刻元刻本が「妃」とし、ここでは汲古閣本に従う。
賁。玩好亂目,巧聲迷耳。賊敗貞良,君受其殃。坎耳離目,坎隱伏,故曰迷耳。離亂,故曰亂目。震為聲,正反震,故曰巧聲。坎為賊,艮為貞良,震為君。○殃,宋元本作咎,依汲古。
《困》之《賁》:奇巧玩物は人の眼目を乱り、靡曼の声は人の両耳を迷わし、賢良之士は残害せられ、国君は因りて殃に遭う——是れ声色は国を誤るの凶象なり。尚秉和は象を解す:坎は耳、離は目。坎は隠伏の位に処る、故に「迷耳」と言う。離は紛乱を主る、故に「乱目」と言う。震は声、一正一反の両震、故に「巧声」と言う。坎は賊害、艮は貞良の人、震は君。校記:「殃」の字は宋刻元刻本が「咎」とし、ここでは汲古閣本に従う。
剝。明德孔嘉,萬歲無虧。駕龍巡狩,王得安所。艮為明,坤虛為孔、為萬歲,伏乾為龍、為王、為行,故曰駕龍巡狩。○安所,汲古作所安,依宋元本。
《困》之《剥》:徳行は光明にして美善の極、万年も亦損減せず。龍車を駕りて四方に出巡し、君王は安穏の居所を得——是れ明徳は永く享け王業安固の吉象なり。尚秉和は象を解す:艮は明。坤は中空虚、故に「孔」(甚大)・万歳と為す。伏乾は龍・王・行、故に「駕龍巡狩」と言う。校記:「安所」は汲古閣本が「所安」とし、ここでは宋刻元刻本に従う。
復。同本異葉,安仁尚德。東鄰慕義,來興古國。震木,故曰本、曰葉。坤為安,震為仁德、為東、為鄰,坤為義、為國。○古,宋元本作吾。按:綿瓞瓞詩古公亶父傳:古公,猶先公,茲曰古國,義與毛異。
《困》之《復》:同一の根なれど不同の枝葉を長出し、仁に安んじ徳を崇尚す。東辺の隣邦は道義を仰慕し、来りて故国を振興す——是れ徳を以て遠を懐くの吉象なり。尚秉和は象を解す:震は木に属す、故に「本」と言い「葉」と言う。坤は安、震は仁徳・東・隣、坤は義・国。校記:「古」の字は宋刻元刻本が「吾」とす。尚氏は按ず:《詩経・大雅・綿》は「古公亶父」に説き到り、《毛伝》は「古公」を「先公」と解す。ここでは「古国」と説く、取義は《毛伝》と同じからず。
無妄。戴山崔嵬,日高無頹。君王我德,賜以嘉國。乾為山,艮為戴,在乾下,故曰戴山崔嵬。艮為日,巽為高,乾為君王、為德,艮為我。我德,言德我也。艮為國,震為嘉。○日,宋元本訛曰,王作主,嘉作家,均依汲古。我,汲古作好,依宋元本。
《困》之《无妄》:頭頂には高山は巍峨聳立し、日頭は高く照りて西沈せず。君王は我を有徳と認め、我に美好の封国を賜う——是れ君恩を承け寵を受け山岳の如く穏かなるの吉象なり。尚秉和は象を解す:乾は山、艮は頂戴、艮は乾下に居る、故に「戴山崔嵬」と言う。艮は日、巽は高。乾は君王・徳、艮は我、「我徳」は即ち「以我為徳」の意思。艮は国、震は嘉美。校記:「日」の字は宋刻元刻本が訛りて「曰」とし、「王」は「主」とし、「嘉」は「家」とし、いずれも汲古閣本に従う。「我」の字は汲古閣本が「好」とし、宋刻元刻本に従う。
大畜。築室合歡,千里無患。周公萬年,佑我二人,壽以高遠。艮為室,震為歡,正反震相對,故曰合歡。坤為千里、為患,坤伏,故無患。艮為壽、為高,乾為遠。○二,汲古作三,依宋元本。宋元本無末句,依汲古。
《困》之《大畜》:屋室を筑起して合家歓聚し、千里の内に禍患なく、周公は万寿にして、我ら二人を保佑し、寿数は高長久遠なり——是れ家宅安寧にして庇を受け長寿の吉象なり。尚秉和は象を解す:艮は室、震は歓、一正一反の両震は相対す、故に「合歓」と言う。坤は千里・禍患、坤は伏位に処る、故に禍患なし。艮は寿・高、乾は遠。校記:「二」の字は汲古閣本が「三」とし、宋刻元刻本に従う。末句は宋刻元刻本に无く、ここでは汲古閣本に依りて収入す。
頤。養雞生雛,畜馬得駒。明堂太學,君子所居。伏巽為雞,震為馬,艮少,故曰雛、曰駒。艮為明堂、為君子,坤文,故曰太學。
《困》之《頤》:鶏を養いて小鶏を孵出し、馬を養いて馬駒を生下す。明堂と太学とは、正に君子の安身する処なり——是れ生養蕃息して学に進み正に居るの吉象なり。尚秉和は象を解す:伏巽は鶏、震は馬、艮は幼小を主る、故に「雛」と言い「駒」と言う。艮は明堂・君子、坤に文彩有り、故に「太学」と言う。
大過。雷行相逐,無有休息。戰於平陸,為夷所覆。詳《坤》之《泰》。
《困》之《大過》:雷の声は隆隆として彼此追逐し、一刻も停まらず。平陸の一帯に於て交戦し、夷人に打たれて傾覆せり——是れ窮兵敗績の凶象なり。尚秉和は取象は詳しく《坤》之《泰》の一条に見ゆと注明す。
坎。委蛇循河,北至海涯。涉厯要荒,君世無他。坎為曲,故曰委蛇。伏巽為蛇。坎位北,伏兌為海,互震為君。○北至,汲古作至北,君作在,從宋元本。
《困》之《坎》:曲曲折折に大河に沿いて走り、北に一直に海辺に走り到り、跋涉して要服・荒服の此れら辺遠の地を経過し、君主は一世平安无事なり——是れ遠行して虞なきの吉象なり。尚秉和は象を解す:坎は弯曲を主る、故に「委蛇」(逶迤曲折)と言う。伏巽は蛇。坎の位は北、伏兌は海、互体して震と成り、震は君。校記:「北至」は汲古閣本が「至北」とし、「君」の字は「在」とし、ここでは皆宋刻元刻本に従う。
離。鴻聲大視,高舉神化。背昧嚮明,以通福功。伏震為鴻、為聲,離為視,巽為高,互兌為夜,故曰背昧。離明,故曰嚮明。伏震為福。○向,汲古作皆,形訛,依宋元本。通,宋元本作道,依汲古。
《困》之《離》:鴻雁の鳴声は高遠にして目光は宏闊、高く飛挙し神妙変化し、幽暗を背きて光明に向かい、福気と功業とは因りて通達す——是れ暗を弃て明に向かい亨通して福を得るの吉象なり。尚秉和は象を解す:伏震は鴻・声、離は視、巽は高。互体して兌と成り、兌は夜、故に「背昧」と言う。離は光明を主る、故に「向明」と言う。伏震は福。校記:「向」の字は汲古閣本が「皆」とし、是れ形近の訛、宋刻元刻本に従う。「通」の字は宋刻元刻本が「道」とし、ここでは汲古閣本に従う。
咸。比目四翼,來安吾國。福喜上堂,與我同床。後三句汲古作"安我邦國,上下無患,為吾家福",從宋元本。咸伏損,上艮為目,三至上正反艮,故曰比目。震為翼,卦數四,故曰四翼。艮為安、為國、為堂、為床,震為福喜。
《困》之《咸》:比目の魚は双を成し羽翼は四張して相い並び、来りて我が邦国を安定し、福気喜慶は厅堂に登り、我と同床して共に処る——是れ和合して国を安んじ福は家門に至るの吉象なり。校記:後の三句は汲古閣本が「安我邦国、上下无患、為吾家福」とし、ここでは宋刻元刻本に従う。尚秉和は象を解す:《咸》の伏卦は《損》、上体の艮は目、三爻より上爻に到るは一正一反の両艮、両目は相い並ぶ、故に「比目」と言う。震は翼、卦数は四、故に「四翼」と言う。艮は安・国・堂・床、震は福喜。
恆。先縠彘季,反謀桓子。不從元帥,遂行挑戰,為荊所敗。《左傳宣十二年》:"楚子圍鄭,荀林父帥師救之,及河,聞楚與鄭平桓子欲歸,彘子曰不可,遂挑戰晉師,敗績"。巽為縠、為彘。震為桓、為子,巽震卦相反,故曰反謀桓子。震為元帥、為戰、為荊楚,兌毀,故曰敗。○不,元本訛子,依宋本、汲古。先縠,汲古作士縠,依宋元本。先縠,彘子名。
《困》之《恒》:先縠の此の彘子は、反って主帅の桓子と作対し、元帥の号令を聴かず、径自として兵を出して挑戦し、楚国に打たれて大敗せり——是れ節制を受けず自ら敗亡を取るの凶象なり。尚秉和は《左伝》宣公十二年を引く:楚荘王は鄭国を囲攻し、荀林父は師を率いて往きて救い、兵は黄河辺に到りて楚鄭の已に講和せしを聞き、桓子(荀林父)は撤回せんと打算す、彘子は可ならずと言い、是に擅自に晋軍の対する所の楚師に向かい挑戦し、結果大敗せり。象を解す:巽は縠・彘、震は桓・子。巽と震との両卦の形体は相反す、故に「反謀桓子」と言う。震は元帥・戦・荆楚、兌は毀折を主る、故に「敗」と言う。校記:「不」の字は元刻本が訛りて「子」とし、宋本と汲古閣本とに従う。「先縠」は汲古閣本が「士縠」とし、宋刻元刻本に従う。先縠は即ち彘子の名字。
遯。三頭六足,欲盜東國。顏子在庭,禍滅不成。乾為頭,艮數三,故曰三頭。乾數六,故曰六足。伏震為足、為東,艮為國,故曰東國。巽為盜,艮為顏、為庭,坤為禍滅,坤伏,故不成。三頭,似指魯三家。顏子或指顏淵。○庭,宋元本作邇,依汲古。
《困》之《遯》:三個の頭・六隻の脚の怪物は、東方の国を盗取せんと欲す。顔子は庭中に立ち、禍事は消弭して逞しうる能わず——是れ賢人は邪を鎮め乱謀成らざるの象なり。尚秉和は象を解す:乾は頭、艮の卦数は三、故に「三頭」と言う。乾の卦数は六、故に「六足」と言う。伏震は足・東、艮は国、故に「東国」と言う。巽は盗、艮は顔・庭。坤は禍滅、坤は伏位に処る、故に禍事は醸成せざりき。「三頭」は似て魯国の三家の大夫を指し、「顔子」は或いは顔淵を指さん。校記:「庭」の字は宋刻元刻本が「邇」とし、ここでは汲古閣本に従う。
大壯。緣山升木,中墮於谷。子輿失勞,黃鳥哀作。通《觀》。艮為山谷,巽為木、為隕落,故曰中墜於谷。震為輿、為子、為黃,伏艮為鳥,坤為哀。《左傳文六年》:"秦伯任好卒,以子車氏之三子殉,國人哀之,為賦黃鳥"。子輿,即子車也。○勞疑為勢或榮之訛。
《困》之《大壮》:山を攀り樹に爬上るも、半路に深谷に跌落し、子車氏は倚仗を喪失し、《黄鳥》の哀歌は此に就きて唱い起る——是れ中途に失墜し哀傷は族に及ぶの凶象なり。尚秉和は象を解す:「通《観》」は即ち《観》と旁通す。艮は山谷、巽は木・隕落、故に「中墜于谷」と言う。震は輿・子・黄、伏艮は鳥、坤は悲哀を主る。《左伝》文公六年は記す:秦穆公(名は任好)去世し、子車氏の三個の児子を拏りて殉葬と為し、国人は哀痛し、《黄鳥》の一詩を作れりと。子輿は即ち子車。校記:「労」の字は疑わく「勢」或いは「栄」の訛字ならん。
晉。南有嘉魚,駕黃取。魴鯉瀰瀰,利來無憂。離為南,坤為魚、為黃。黃魴鯉,皆魚名。嘉魚,《小雅》篇名。
《困》之《晋》:南方に嘉魚有り、車を駕りて前往して黄□を捕取す。魴魚鯉魚は川に満ちて游動し、利益は到来して憂愁なし——是れ利を獲て憂なきの吉象なり。林辞の「黄」の字の下と注文の「黄」の字の下と各々一個の魚名の生僻字有り、底本は私用区の字符と作り、転写する能わず、此処は原様に保留し、行文の中は「□」を以て代表す。尚秉和は象を解す:離は南、坤は魚・黄。「黄□」「魴」「鯉」は皆魚の名目。「嘉魚」は《詩経・小雅》の篇名。
明夷。邃炁作云,蒙覆大君。塞聰閉明,殷人賈傷。震為大君,坤為雲氣,炁氣同。坤雲在震上,故曰蒙覆大君。坎耳聰,離目明,坤為閉塞,故曰塞聰閉明。震為子,殷,子姓。震為商賈,故曰殷人賈傷。○君,汲古作臣,非,依宋元本。賈,疑訛字。易林屢以震為孩子,箕子之明夷,蓋讀箕子為孩子,孩子為昏蒙之代名,專指紂,故曰蒙覆大君,足證以箕子為紂臣之誤。
《困》之《明夷》:深沉の気は烏雲と化成し、大君を整个に蒙い罩め、耳目は堵塞遮蔽せられ、殷商の人は経商して損を受く——是れ昏君は蔽塞し国事は日に損するの凶象なり。尚秉和は象を解す:震は大君、坤は雲気、「炁」と「気」とは同字。坤の雲は震の上に圧す、故に「蒙覆大君」と言う。坎は耳聡を主り、離は目明を主り、坤は閉塞を主る、故に「塞聡閉明」と言う。震は子、殷王室は正に子姓。震は商賈、故に「殷人賈傷」と言う。校記:「君」の字は汲古閣本が「臣」とし、対ならず、宋刻元刻本に従う。「賈」の字は疑わく訛字ならん。尚氏は又指出す:《易林》は屢々震を以て孩子と為し、《周易・明夷》六五「箕子之明夷」は大概「箕子」を「孩子」と読作し、孩子は昏蒙の代称、専ら商紂を指す、故にここでは「蒙覆大君」と言い、以て旧説の箕子を以て紂の臣子と為すは錯りなるを証明するに足ると。
家人。舉翅攄翼,跂望南國。延頸卻縮,未有所得。此用《困》象。伏《賁》。震為翅翼、為攄舉、為南,艮為國,下離,故跂望南國。艮為頸,在上,故曰延頸。震為返,故卻縮。坎失,故未有所得。
《困》之《家人》:翅膀を張りて奮力に撲騰し、脚を踮めて南方の国を望向し、頸子を伸長して又縮め回し、終に一无所獲なり——是れ徒然に企望して求めて獲ざるの象なり。尚秉和は象を解す:この条は《困》卦の象を用い、其の伏卦は《賁》。震は翅翼・舒展挙起・南、艮は国、下体は離、故に脚を踮めて南国を遥望すと言う。艮は頸、上位に居る、故に「延頸」と言う。震は返回を主る、故に「却縮」と言う。坎は陥失を主る、故に一无所獲。
睽。坎中蝦蟆,乍盈乍虛。三夕二朝,形消無餘。此用遇卦《困》象。巽為蝦蟆,下坎,故曰坎中蝦蟆。坎盈離虛,坎為夕,離卦數三,故曰三夕,言晦日三十也。伏震為朝,兌卦數二,故曰二朝。按:張衡靈憲云:嫦娥竊不死之藥,遂託身於月,是為蟾蜍。坎中蝦蟆,即月中蝦蟆也,言月前盈後虛,至月朔而消滅無有也。
《困》之《睽》:坎水の中の蛤蟆は、忽ち円満し忽ち空虚す。三夕両朝を過ぎて、形体は消尽して一点も剩さず——説く所は正に月相の盈虧、是れ盛極まりて衰に転ずるの象なり。尚秉和は象を解す:この条は遇卦《困》の象を用う。巽は蛤蟆、下体は坎、故に「坎中蝦蟆」と言う。坎は盈満を主り、離は空虚を主る。坎は夕、離の卦数は三、故に「三夕」と言い、指すは月底の三十日。伏震は朝、兌の卦数は二、故に「二朝」と言う。尚氏は又按ず:張衡の《霊憲》は嫦娥が不死の薬を偷喰し、身を月中に托し、蟾蜍と化せしを説く。「坎中蝦蟆」は即ち月中の蛤蟆、説くは月は先ず盈ち後に虧し、朔日に到れば便ち消失して蹤無しと。
蹇。重弋射隼,不知所定。質疑蓍龜,執可避之。國安上樂,宜利止居。兵寇不至,民無騷憂。此仍用《困》象。《詩鄭風》:"弋鳧與雁",《傳》以繩繫矢而射,曰弋。巽為弋,正反巽,故曰重弋。伏艮為隼,震為射,巽進退不果,故曰不知所定。坎為筮,故曰質疑。巽為蓍,離為龜,坎為避,孰可避之,言孰可避免也。艮為國、為土,震樂,巽利。○首句宋元本作僮子射御,汲古作僮或射御。僮,重之訛,或弋之訛,茲依《中孚》之《復》校。可避之,之與龜韻,宋元本作孰知所避,茲依汲古。七八句疑衍文,故不釋。
《困》之《蹇》:一再に繩を繫げたる箭を以て隼を射るも、落処を拿準せず。疑难を蓍草龜甲に交付して問わしめ、誰が能く躲れ開くを得るを看る。国家は安定し君上は安楽し、利を得るに宜しく安居して遷らず。兵禍盗寇は来らず、百姓は騒擾憂患なし——是れ卜に問いて安を得るの吉象なり。尚秉和は象を解す:この条は仍お《困》卦の象を用う。《詩経・鄭風》に「弋鳧与雁」あり、《毛伝》は繩を以て箭を繫住して射るを即ち「弋」と叫ぶと説く。巽は弋、一正一反の両巽、故に「重弋」と言う。伏艮は隼、震は射。巽の性は進退猶疑す、故に「不知所定」と言う。坎は筮、故に「質疑」と言う。巽は蓍草、離は龜、坎は躲避、「孰可避之」は説くは誰が能く避け開くを得るかと。艮は国・土、震は楽、巽は利。校記:首句は宋刻元刻本が「僮子射御」とし、汲古閣本は「僮或射御」とす。「僮」は「重」の訛字、或いは「弋」の訛字、ここでは《中孚》之《復》の一条に拠りて校定す。「可避之」の「之」は「龜」と押韻す、宋刻元刻本は「孰知所避」とし、ここでは汲古閣本に従う。第七・八の両句は疑わく衍文ならん、故に尚氏は解釈を加えず。
解。陰淫寒疾,水離其室。舟楫大作,傷害黍稷。民飢於食,不無病厄。離,汲古作流,從宋元本。楫,元本作戢,非,依宋本、汲古。坎為陰寒、為疾、為室,震為楫、為黍稷,坎破,故傷害黍稷。坎為民、為厄。離虛,故飢。
《困》之《解》:陰気は過盛にして寒病を生じ、大水は屋舎を漫出し、船桨は大いに用場を派し、庄稼は冲毀せられ、百姓は粮を欠きて挨餓し、病痛灾厄を免れず——是れ水患は灾を成すの凶象なり。校記は注の前に写す:「離」の字は汲古閣本が「流」とし、ここでは宋刻元刻本に従う。「楫」の字は元刻本が「戢」とし、対ならず、宋本と汲古閣本とに従う。尚秉和は象を解す:坎は陰寒・疾病・室、震は船桨・黍稷。坎は破壊を主る、故に庄稼を毀傷す。坎は民・灾厄。離体は中虚、故に挨餓す。
損。離友絕朋,巧言讒慝。覆白汙玉,顏叔哀哭。艮友在外,故曰離。兌為朋,兌附決,故曰絕。正反震,故曰巧言讒慝。震為白、為玉,坤蒙閉,故曰覆白汙玉。覆,掩也。艮為顏、為叔,兌為哭。顏叔未詳。○慝,宋元本作匿,依汲古。
《困》之《損》:友人と分離し朋輩と断絶し、巧言令色にして讒毀邪僻なり。潔白を遮盖し美玉を汚濁し、顔叔は此を為して哀哭す——是れ讒言は人を毀り清白は汚を蒙るの凶象なり。尚秉和は象を解す:艮の象する所の友は外卦に在る、故に「離」と言う。兌は朋、兌は既に附着を主り又主決裂す、故に「絶」と言う。一正一反の両震、故に「巧言讒慝」と言う。震は白・玉、坤は蒙蔽閉塞を主る、故に「覆白汚玉」と言う——「覆」は即ち遮掩。艮は顔・叔、兌は哭。顔叔は究竟誰なるか、尚氏は還ら弄清せずと言う。校記:「慝」の字は宋刻元刻本が「匿」とし、ここでは汲古閣本に従う。
益。童女無媒,不宜動搖。安其室廬,傅母何憂。巽為女,艮少,故曰童女。艮止,故不宜動搖,言宜貞靜也。艮為室廬,艮止,故曰安。坤為母,震樂,故傅母不憂也。古女子皆有傅母以為教導。
《困》之《益》:未字の少女は媒人の来りて親を提げるなく、軽挙妄動すべからず。安安分分として自己の屋裡を守り、彼女を教養する傅母に何の愁か有らん——是れ静を守りて自ら安んずるの吉象なり。尚秉和は象を解す:巽は女、艮は幼小を主る、故に「童女」と言う。艮は静止を主る、故に「不宜動揺」と言う、意思は当に貞静にして自ら守るべしと。艮は室廬、艮は止、故に「安」と言う。坤は母、震は歓楽を主る、故に傅母は必ずしも愁を発せず。古時の女子は皆傅母を配有り、専ら教導を司る。
夬。作凶造患,北檄困貧。東與禍連,傷我左跟。此用遇卦《困》象。困通賁。坎為凶患、為北檄,以木簡為牘,長尺二寸,以為徵召。坎陷,故曰困。離虛,故貧。《後漢安帝紀》:"民窮困道路,欲歸本郡,在所為封長檄"。震為東,坎為禍、為傷,震為左、為跟。○檄,汲古作榭,禍作福,均依宋元本。左,宋元本作老,依汲古。
《困》之《夬》:凶事を興し禍患を造り、北方の一紙の征召文書は困頓貧乏を帯び来り、東辺は又接連して事を出し、我が左脚跟を傷めり——是れ災患は交じりて至るの凶象なり。尚秉和は象を解す:この条は遇卦《困》の象を用い、《困》と《賁》とは旁通す。坎は凶患・「北檄」——檄は木簡の做る文書、長さ一尺二寸、以て人を征召す。坎は陥落を主る、故に「困」と言う。離体は中虚、故に「貧」と言う。《後漢書・安帝紀》は「百姓は道路上に困頓し、本郡に返回せんと想う者は、所在の官府に由りて彼の為に長檄を封発す」と説く。震は東、坎は禍・傷、震は左・脚跟。校記:「檄」の字は汲古閣本が「榭」とし、「禍」の字は「福」とし、いずれも宋刻元刻本に従う。「左」の字は宋刻元刻本が「老」とし、ここでは汲古閣本に従う。
姤。東南其戶,風雨不處。睆仁人,父子相保。乾為門戶,巽居東南,故曰東南其戶。巽風進退無常,故曰不處。《毛詩》:"睆,好貌"。乾為仁人、為父,伏震為子。○睆,汲古作●睨,宋元本作睨。丁雲睨當為睆是也,故從釋文。
《困》之《姤》:門は東南方に開き、風雨は停歇を肯んぜず。あの和悦の仁人は、父子は彼此保全を得——是れ風雨に逢うと雖も家人相い安んずるの象なり。第三句の「睆仁人」はただ三字のみ、四言の例と合わず、底本は当に脱字有るべく、此処は照録して補わず。尚秉和は象を解す:乾は門戸、巽は東南に居る、故に「東南其戸」と言う。巽風は進退无常、故に「不処」(停まり来る能わず)と言う。《毛詩》は「睆」は美好の様子と説く。乾は仁人・父、伏震は子。校記:「睆」の字は汲古閣本が「●睨」とし、宋刻元刻本は「睨」とす。丁氏は「睨」は当に「睆」と作るべしと説き、此は対なり、故に《経典釈文》に依りて「睆」と定む。
萃。被髮獸心,難與比鄰。來如飄風,去似絕弦,為狼所殘。巽為髮,艮為獸,坤為心,巽為飄風、為繩,故為弦。兌毀,故絕弦。艮為狼,兌口,故曰為狼所殘,言為狼所噬也。
《困》之《萃》:頭髪を披き散らし一付の獣心を生じ、彼と隣居を為すは難し。来る時は一陣の旋風の如く、去る時は断えたる弓弦の如く、末了は豺狼に残害せらる——是れ悪人と隣を為し終に其の害を受くるの凶象なり。尚秉和は象を解す:巽は頭髪、艮は獣、坤は心。巽は旋風・繩、繩は即ち弦、兌は毀折を主る、故に「絶弦」と言う。艮は狼、兌は口、故に「為狼所残」、即ち狼に咬噬せらるると言う。
升。天覆地載,日月運照。陰陽允作,方內四富。坤為地,伏乾為天、為日,兌為月,坤為方、為多,故為富。震卦數四,故曰四富。
《困》之《升》:上に天の覆い有り下に地の載す有り、日月は運行して普く照り、陰陽は時に依りて興作し、四方の境内は富足す——是れ天地各々其の位を得万物滋生の大吉の象なり。尚秉和は象を解す:坤は地、伏乾は天・日、兌は月。坤は方・衆多、故に富と為す。震の卦数は四、故に「四富」と言う。
井。桀亂無道,民散不聚。背室棄家,君孤出走。離為惡人,故曰桀。震為大塗,震伏,故曰無道。坎為眾、為民。風散,故曰不聚。艮為室家,艮伏,故曰背、曰棄。震為君,坎為孤,震伏,故曰出走。
《困》之《井》:夏桀は昏乱して横行無道し、百姓は離散して再び聚拢せず、房屋を背弃し家园を抛下し、国君は孤身出逃せり——是れ暴政は国を失うの凶象なり。尚秉和は象を解す:離は凶悪の人、故に夏桀を取る。震は大道、震は伏位に処る、故に「无道」と言う。坎は衆・民。巽風は吹散を主る、故に「不聚」と言う。艮は室家、艮は伏位に処る、故に「背」と言い「弃」と言う。震は君、坎は孤、震は伏す、故に「出走」と言う。
革。申酉稷射,陰慝萌作。荷葭載牧,泥塗不白。巽先天居申,兌後天居酉,丁雲《穀梁定十五年傳》日下稷注:稷,日仄也。下稷為晡時,伏震為射。申酉稷射者,言日至申酉晡時而射也。伏坤為陰慝,震為萌芽,故曰萌作。伏艮為荷,巽為葭,坤為牧,坎為泥塗,巽為白,坎隱,故不白。○稷射,汲古作敗時,依元本。荷,宋元本作柯,依汲古。葭,疑蓑之訛,《詩》:"何蓑何笠"是也。
《困》之《革》:申時酉時は日頭は西に斜め、正好として弓を張りて射猟するも、陰邪は却って暗処に萌生す。蓑笠を扛いで放牧に往き、浑身は泥污して再び潔白ならず——是れ日暮れに陰生じ形を労して汚を受くるの象なり。尚秉和は象を解す:先天卦位に按じて巽は申に居り、後天卦位に按じて兌は酉に居る。丁氏は《穀梁伝》定公十五年の「日下稷」の注を引きて「稷は即ち日頭の西に偏る」と説き、下稷は即ち傍晚の晡時。伏震は射、故に「申酉稷射」は説くは申酉晡時に到りて始めて射猟に往くと。伏坤は陰邪、震は萌芽、故に「萌作」と言う。伏艮は「荷」(肩に扛ぐ)、巽は葭、坤は放牧、坎は泥塗、巽の色は白、坎は隠没を主る、故に「不白」と言う。校記:「稷射」は汲古閣本が「敗時」とし、元刻本に従う。「荷」の字は宋刻元刻本が「柯」とし、汲古閣本に従う。「葭」は疑わく「蓑」の訛字ならん、《詩経》「何蓑何笠」(蓑衣を披き斗笠を戴く)は正に此の詞。
鼎。踝踵足傷,左趾病痬。失旅後時,利走不來。詳《蒙》之《履》。
《困》之《鼎》:脚踝脚跟は皆傷を受け、左脚趾は瘡を生じて潰爛し、隊を掉了して又時辰を誤り、利益は跑掉して再不回来なり——是れ行動は阻まれ時を失い利を失うの凶象なり。尚秉和は取象は詳しく《蒙》之《履》の一条に見ゆと注明す。
震。四足俱走,駑疲在後。俱戰不勝,敗於東野。震卦數四,故曰四足。震為後,坎勞,故曰駑疲在後。震為戰,坎陷,故不勝,故敗。震東,艮野。○俱戰,宋元本作戰既,從汲古。
《困》之《震》:四隻の脚は一斉に奔跑すも、駑馬は疲弱して後頭に落ち、一同に交戦するも打ち勝たず、東郊の曠野の上に敗れり——是れ力弱くして敗を致すの凶象なり。尚秉和は象を解す:震の卦数は四、故に「四足」と言う。震は後、坎は労苦を主る、故に「駑疲在後」と言う。震は戦、坎は陥落を主る、故に打ち勝たず終に敗北に至る。震は東、艮は野。校記:「俱戦」は宋刻元刻本が「戦既」とし、ここでは汲古閣本に従う。
艮。塗行破車,丑女無媒。莫適為偶,孤困獨居。互震為大塗、為行、為車,坎破,故曰塗行破車。伏兌為女,離為惡人,故曰丑女。坎為孤,艮為鰥,故曰孤困獨居。○偶,汲古作耦,依宋元本。
《困》之《艮》:路の上を走れば車子は壊れ、丑女は媒人の上門なく、合适の配偶を尋ね当てず、孤单困頓して独自に活を過ごす——是れ行は阻まれ婚は滞るの凶象なり。尚秉和は象を解す:互体して震と成り、震は大道・行・車、坎は破損を主る、故に「塗行破車」と言う。伏兌は女、離は醜悪の人、故に「丑女」と言う。坎は孤、艮は鰥夫、故に「孤困独居」と言う。校記:「偶」の字は汲古閣本が「耦」とし、ここでは宋刻元刻本に従う。
漸。拊髀大笑,不知憂懼。開立大路,為王所召。髀,《說文》股也。巽為股,艮手,故曰拊髀。伏震為笑,坎為憂懼,兌悅,震樂,故不知憂懼。震為大路、為王、為召。○王,宋元本作主,依汲古。
《困》之《漸》:大腿を拍きて声を放ちて大笑し、什麼を憂愁畏懼と叫ぶを知らず。大路は開通し、君王に征召任用せられり——是れ歓欣して志を得召を受けて進用せらるるの吉象なり。尚秉和は象を解す:「髀」は《説文解字》は大腿と訓す。巽は股、艮は手、故に「拊髀」(腿を拍く)と言う。伏震は笑、坎は憂懼、兌は喜悦を主り震は歓楽を主る、故に憂懼を知らず。震は大路・王・征召。校記:「王」の字は宋刻元刻本が「主」とし、ここでは汲古閣本に従う。
歸妹。伯圭東行,與利相逢。出既遭時,孰不相知。震為伯、為玉,故曰伯圭。伯圭善貨殖,見《史記》、《孟子》。伏巽為利,故與利相逢。震為出、為時。○圭,汲古訛主,依宋元本。宋元本時訛昧,下多憂不成凶四字,均依汲古。
《困》之《帰妹》:白圭は東に往きて商を行じ、一路利と相逢い、門を出でて便ち好時機に趕上し、誰か彼を認得せざらん——是れ経商して時を得るの吉象なり。白圭は戦国時に「人弃我取、人取我与」を以て著する大商人。尚秉和は象を解す:震は伯・玉、合わせて「伯圭」。白圭は貨殖を経営するに善く、《史記》と《孟子》とに見ゆ。伏巽は利、故に「与利相逢」と言う。震は出・時。校記:「圭」の字は汲古閣本が訛りて「主」とし、宋刻元刻本に従う。宋刻元刻本は「時」は訛りて「昧」とし、下面は又「憂不成凶」の四字を多出す、ここでは皆汲古閣本に従う。
豐。東行賊家,鄭伯失辭。國無貞良,君受其殃。震為東行,巽為賊,伏艮為家。震為伯,伏坎為平、為鄭,故曰鄭伯。正反震,故失詞。艮為國、為貞良,艮伏,故無。震為君,離為殃。東行賊家,指桓十五年鄭厲公居櫟,是東行也,後自櫟入。鄭殺傅瑕原繁逐昭公,是賊家也,殺原繁言不順,是失詞也。
《困》之《豊》:東に往きて宗族を残害し、鄭伯は説話して理を失い、国中に貞正賢良の士なく、国君は因りて殃に遭う——是れ自ら宗族を戕い道を失いて禍を致すの凶象なり。尚秉和は象を解す:震は東行、巽は賊、伏艮は家。震は伯、伏坎は平・鄭、故に「鄭伯」と言う。一正一反の両震、故に「失辞」と言う。艮は国・貞良、艮は伏位に処る、故に「无」と言う。震は君、離は殃。所謂「東行賊家」は、《左伝》桓公十五年の鄭厲公が櫟に出居せしを指し、あれは東行。後に彼は櫟地より鄭国に打ち回り、傅瑕・原繁を殺掉し、昭公を趕き走らしむ、此れ即ち宗族を残害す。原繁を殺すの時の説辞は正理に合わず、即ち「失辞」。
旅。前屈後曲,形體飭急。絞黑大索,困於請室。通《節》。坎為屈曲,艮前,震後,故曰前屈後曲。艮為形體,兌剛魯,附決,故曰飭。急,猶緊急也。巽為索,坎為黑,正反巽故曰絞。絞,縛也。艮為室,震為請,坎陷,故曰困於請室。請室,大臣待罪之所也。○飭,汲古作勁,非,依宋元本。請,宋元本訛清,依汲古。
《困》之《旅》:前は弯わり後は曲がり、身形は捆束せられて緊繃たり。黒色の大繩は絞縛し、請室の裡に困えられて罪を待つ——是れ身は囹圄に陥るの凶象なり。尚秉和は象を解す:「通《節》」は即ち《節》と旁通す。坎は屈曲を主り、艮は前に在り、震は後に在る、故に「前屈後曲」と言う。艮は形体、兌は剛硬魯粗にして又附着決裂を主る、故に「飭」(束ね緊む)と言い、「急」は即ち緊繃の義。巽は繩索、坎の色は黒、一正一反の両巽、故に「絞」と言う——「絞」は即ち捆縛。艮は室、震は請、坎は陥落を主る、故に「困于請室」と言う。請室は大臣の罪を待ち勘を聴くの処所。校記:「飭」の字は汲古閣本が「勁」とし、対ならず、宋刻元刻本に従う。「請」の字は宋刻元刻本が訛りて「清」とし、汲古閣本に従う。
巽。鼓翼大喜,行婚飲酒。嘉彼諸姜,樂我皇考。伏震為翼、為鼓、為喜。兌口為飲,伏坎為酒、為婚,故曰行婚飲酒。巽為姜,重巽,故曰諸姜。伏震為父,為大,故曰皇考。○翼,宋元本作腋,依汲古。婚,汲古作嫁,依宋元本。○言大喜之故在將婚飲酒也。
《困》之《巽》:翅を振りて歓騰し大いに歓喜し、喜事を弁じ喜酒を飲み、姜姓の好女子を娶り、先父の在天の霊も亦快慰す——是れ婚娶大吉にして先人を光耀するの象なり。尚秉和は象を解す:伏震は翼・鼓動・喜。兌は口、故に飲を主り、伏坎は酒・婚、故に「行婚飲酒」と言う。巽は姜、両巽は上下相重なる(即ち八「純卦」の一つの《巽》、純卦は同一の三画卦の自相重畳して成る)、故に「諸姜」と言う。伏震は父・大、故に「皇考」(亡父に対する尊称)と言う。校記:「翼」の字は宋刻元刻本が「腋」とし、汲古閣本に従う。「婚」の字は汲古閣本が「嫁」とし、宋刻元刻本に従う。尚氏は又一句を補す:大喜の縁由は便ち将に成婚し酒を飲まんとするに在り。
兌。狐嘈向城,三旦悲鳴,邑主大驚。伏艮為狐、為城,震為鳴,故曰嘈。嘈,啼也。震為旦,數三,故曰三旦。互坎為憂,故曰悲鳴。艮為邑,震為主、為驚,皆用伏象。此必有故事,為今所不能考,或以吳廣詐狐鳴事說之,似非。○宋元本首句多國將有事四字,將林詞奇肆突兀之神全失,故依汲古。
《困》之《兌》:狐狸は城池に対して嗥叫し、一連して三個の清晨は悲鳴し、城邑の主は大いに驚駭す——是れ妖異は警を示すの凶象なり。尚秉和は象を解す:伏艮は狐・城、震は鳴叫、故に「嘈」と言う——「嘈」は即ち啼叫。震は旦、卦数は三、故に「三旦」と言う。互体して坎と成り、坎は憂、故に「悲鳴」と言う。艮は邑、震は主・驚:此れらは皆伏象を取る。尚氏はこの条の背後に必定に故実有るも、如今已に考索するに従わず、人有りて呉広が夜裡に狐狸の叫を假装せしの事を拏りて解すも、看れど合わずと言う。校記:宋刻元刻本は首句の上に「国将有事」の四字を多し、此様なれば林辞の奇崛突兀の神采は全失す、故に汲古閣本に従う。
渙。明德克敏,重華貢舉。放勳徵用,浚哲蒙佑。震為德,艮為明,故曰明德。震為華,正反震,故曰重華。震又為帝,故又曰放勳。○克,汲古作光,依宋元本。言堯舜,天下蒙福。
《困》之《渙》:徳行は光明にして勤勉敏捷、虞舜は因りて荐挙せられ上に到り、帝堯は彼を征召任用し、此の深沉叡智の人は天下をして庇佑を蒙らしむ——是れ賢を挙げて福を受くるの大吉の象なり。「重華」は舜の名号、「放勲」は堯の名号。尚秉和は象を解す:震は徳、艮は明、故に「明徳」と言う。震は華、一正一反の両震、故に「重華」と言う。震はまた帝、故に又「放勲」を取る。校記:「克」の字は汲古閣本が「光」とし、ここでは宋刻元刻本に従う。この条の講ずる所は堯舜相継ぎ天下は福を受く。
節。秋隼冬翔,數被嚴霜。甲兵充庭,萬物不生。雞犬夜鳴,民人擾驚。詳《鼎》之《觀》。○充,汲古作克,依宋元本。犬,宋元本作父,依汲古。人,元本、汲古作大,依宋元。
《困》之《節》:秋天の隼は冬天に到るも還ら盘旋し、屢々厳霜に挨り、兵甲は庭院に堆満し、万物は長じ出でず。鶏犬は夜裡に乱叫し、百姓は驚擾不安なり——是れ兵灾歳凶の凶象なり。尚秉和は取象は詳しく《鼎》之《観》の一条に見ゆと注明す。校記:「充」の字は汲古閣本が「克」とし、宋刻元刻本に従う。「犬」の字は宋刻元刻本が「父」とし、汲古閣本に従う。「人」の字は元刻本と汲古閣本とが「大」とし、此処は宋元本に従う。
中孚。絲紵布帛,人所衣服。摻摻女手,紡績善織。南國饒有,取之有息。巽為絲紵布帛。震為衣,艮手與巽連體,故曰女手。巽為紡績、為織。艮為國,與震連,故曰南國。震生,故有息。
《困》之《中孚》:糸・紵・布・帛は、皆人の身上の穿戴する衣料なり。纖纖の女子の一双の手は、紗を紡ぎ麻を績み一手好布を織る。南方の国は物産豊饒にして、取用の余に還ら増益有り——是れ女工は利を興し家国富饒の吉象なり。「掺掺女手」は語は《詩経・魏風・葛屨》に出づ。尚秉和は象を解す:巽は糸紵布帛。震は衣、艮は手、巽と連なりて一体を成す、故に「女手」と言う。巽は紡績・紡織。艮は国、震と相連なり、故に「南国」と言う。震は生長を主る、故に「有息」(増益有り)と言う。
小過。鳳有十子,同巢共母。仁聖在位,歡以相保,興彼周魯。艮為鳳,震為子,兌數十,故曰十子。艮為巢,巽為母,震為仁、為歡、為周,兌為魯。○三四五句汲古作"歡以相保,富市之地,多財積穀",依宋元本,此似指武王同母兄弟十人,故曰共母。而十人之中以周公為最仁聖,周魯皆賴以興也。
《困》之《小過》:鳳凰に十隻の雛鳥有り、同じく一巢に住み同じく一母より出で、仁徳聖明の人は位に在り、歓歓喜喜として彼此扶持し、周と魯とを振興せり——是れ兄弟同心して家国並び興るの大吉の象なり。尚秉和は象を解す:艮は鳳、震は子、兌の卦数は十、故に「十子」と言う。艮は巢、巽は母。震は仁・歓・周、兌は魯。校記:第三・四・五の句は汲古閣本が「歓以相保、富市之地、多財積穀」とし、ここでは宋刻元刻本に従う。尚氏は此は似て周武王の同母兄弟十人を指すと為し、故に「共母」と言う。十人の中に周公は最も仁聖、周と魯との両国は皆彼を靠りて興起せり。
既濟。雄雞不晨,雌鳴且呻。志疪心離,三旅生哀。此似用遇卦《困》象。巽為雞,震為晨、為雄,震伏,故不晨。巽為雌,兌口為鳴、為呻,坎為心志、為疾,故曰疪。疪痺同,《說文》溼病也。《內經》曰風痛也。亦巽象也。○鳴且,汲古訛雞具,依宋元本。呻,宋元本訛伸,疪作疵,生作出,均依汲古。旅,閭通用。三旅,屈子也。雌鳴指鄭袖。志疪心離,言作離騷。
《困》之《既済》:公鶏は暁を報ずるを肯んぜず、母鶏は却って鳴叫呻吟す。心志は痹塞し情懐は離散し、三閭大夫は此に由りて哀思を生ず——是れ牝鶏は晨を司り忠臣は弃て見るの凶象なり。尚秉和は象を解す:この条は似乎として遇卦《困》の象を用う。巽は鶏、震は晨・雄、震は伏位に処る、故に暁を報ぜず。巽は雌、兌は口、故に鳴・呻と為す。坎は心志・疾病、故に「疪」と言う——「疪」は「痹」と同じ、《説文解字》は湿病と説き、《黄帝内経》は風痛と説く、此も亦巽象なり。校記:「鳴且」は汲古閣本が訛りて「鶏具」とし、宋刻元刻本に従う。「呻」は宋刻元刻本が訛りて「伸」とし、「疪」は「疵」とし、「生」は「出」とし、いずれも汲古閣本に従う。「旅」と「閭」とは通用し、「三旅」は即ち三閭大夫の屈原。「雌鳴」は楚懐王の寵姫鄭袖を指す。「志疪心離」は説くは屈原は因りて《離騒》を写し下ろししと。
未濟。光祀春城,陳寶雞鳴。陽明失道,不能自守,消亡為咎。詳《大有》之《井》。首句汲古作光休出城,依宋元本。明,宋元本作鳥,為作無,均依汲古。元本下多"舉事不成,自取凶咎"二句,依汲古。
《困》之《未済》:春日の城中に於て光明の祭祀を挙行し、陳宝の神は野鶏と化作して啼鳴す。陽気は光明なれど正道に迷失し、能く自ら守らず、終に消亡して灾と成れり——是れ祥瑞は久しく保つ能わざるの凶象なり。「陳宝」は秦文公の時に得し所の神石、祠を立てて祭祀する時は常に雄雉の鳴くが若き有り、《史記・封禅書》に見ゆ。尚秉和は取象は詳しく《大有》之《井》の一条に見ゆと注明す。校記:首句は汲古閣本が「光休出城」とし、宋刻元刻本に従う。「明」の字は宋刻元刻本が「鳥」とし、「為」の字は「无」とし、いずれも汲古閣本に従う。元刻本は此条の下面に「挙事不成、自取凶咎」の両句を多出す、ここでは汲古閣本に従う。
井 第四十八
井。躓跛未起,失利後市,不得鹿子。詳《屯》之《困》。○鹿,汲古作麏,依宋元本。
《井》之《井》:絆倒れ跛足して還ら爬り起きる能わず、行市を誤り利益を失掉し、連れて一隻の小鹿も猟せず——是れ行動は時を失し一獲する所なきの凶象なり。この条はただ三句のみ、《易林》の四言四句の通例と合わず、底本は当に脱句有るべく、此処は照録して補わず。尚秉和は取象は詳しく《屯》之《困》の一条に見ゆと注明す。校記:「鹿」の字は汲古閣本が「麏」(獐子)とし、ここでは宋刻元刻本に従う。
乾。左輔右弼,金玉滿堂。常盈不亡,富如厫倉。詳《蒙》之《坤》。○厫,宋元本作敖,依汲古。
《井》之《乾》:左に輔有り右に弼有り、金玉は厅堂に堆満し、常に盈満を保ちて耗散に致らず、富庶なること粮食を装満したる敖倉の如し——是れ賢佐は側に在り家国富足の大吉の象なり。尚秉和は取象は詳しく《蒙》之《坤》の一条に見ゆと注明す。校記:「厫」の字は宋刻元刻本が「敖」とし、ここでは汲古閣本に従う。
坤。雨師娶婦,黃岩季女。成禮既婚,相呼南去。膏澤田裡,年歲大喜。詳《恆》之《晉》。南去,宋本作而歸,汲古作南上,依元本。田裡,汲古作下土,依宋元本。又末句宋元本無,依汲古。
《井》之《坤》:雨師は親を娶り、娶るは黄岩の人家の小女児なり。礼数は完備して婚事は已成り、双双として呼喚し南に往き去り、甘霖は田疇村里を潤沢し、一年の収成は大喜なり——是れ婚成り雨足り歳稔年豊の吉象なり。尚秉和は取象は詳しく《恒》之《晋》の一条に見ゆと注明す。校記:「南去」は宋本が「而帰」とし、汲古閣本は「南上」とし、ここでは元刻本に従う。「田里」は汲古閣本が「下土」とし、宋刻元刻本に従う。末句は宋刻元刻本に无く、ここでは汲古閣本に依りて収入す。
屯。螟蟲為賊,害我嘉穀。盡禾殫麥,家無所得。詳《坤》之《革》。○嘉穀,宋元本作稼穡,家作秋,均依汲古。得,汲古作食。第三句汲古作中留空虛,均依宋元本。
《井》之《屯》:螟虫は盗賊と成り、我が好庄稼を糟蹋し、稲子は喰い光し麦子は啃い尽し、一家人は顆粒の収なく——是れ虫灾は荒を成すの凶象なり。尚秉和は取象は詳しく《坤》之《革》の一条に見ゆと注明す。校記:「嘉穀」は宋刻元刻本が「稼穡」とし、「家」の字は「秋」とし、いずれも汲古閣本に従う。「得」の字は汲古閣本が「食」とし、第三句は汲古閣本が「中留空虚」とし、此の両処は皆宋刻元刻本に従う。
蒙。跛躃難步,遲不及舍。露宿澤陂,亡其襦袴。震為步,坎蹇,故曰跛躃難步。艮為舍,艮止,故不及舍。坎為露、為宿、為澤陂,震為襦袴,坤為亡,故又曰亡其襦袴。
《井》之《蒙》:腿を瘸めて歩を挙げ難く、走ること慢くして宿処に趕かず、只好として水沢の岸辺に露宿し、連れて短襖長褲をも丢せり——是れ路を行きて所を失うの凶象なり。尚秉和は象を解す:震は歩、坎は跛蹇にして行き難しを主る、故に「跛躃難歩」と言う。艮は客舎、艮は止を主る、故に宿処に趕き到らず。坎は露・止宿・沢陂、震は襦袴(短衣と褲)、坤は亡失を主る、故に又「亡其襦袴」と言う。
需。大夫祈父,無地不涉。為吾相土,莫如韓樂。可以居止,長安富有。乾為父,兌言,故曰祈父。陳樸園云:《詩》:"祈父予王之爪牙",《毛傳》:"祈父司馬"也。蹶父為司馬之官,《尚書》稱司馬,亦曰祈父。圻祈古通用。《詩大雅韓奕篇》:"蹶父孔武,靡國不到;為韓姞相攸,莫如韓樂",林所本也。伏坤為土地,艮為居止、為安。乾為富,兌悅,故曰樂。○祈,各本多作行,依汲古。
《井》之《需》:身は大夫たる祈父、一処の地方も走らざるなく、彼は我らの為に田土を相看し、何処も韓地の如く楽しきに如かずと覺え、彼処は以て安居すべく長久安穏にして富足す——是れ地を擇びて所を得るの吉象なり。尚秉和は象を解す:乾は父、兌は言、故に「祈父」と言う。陳朴園は説く:《詩経・小雅》「祈父、予王之爪牙」、《毛伝》は「祈父は即ち司馬」と説く。蹶父は司馬の職を任じ、《尚書》の称する所の司馬も亦祈父と叫び、「圻」と「祈」とは古時通用す。《詩経・大雅・韓奕》「蹶父孔武、靡国不到、為韓姞相攸、莫如韓楽」(蹶父は十分に英武、各国を走り遍らずといえどもなく、女児韓姞の為に帰宿を相看し、韓国より楽しきは莫しと覺え)、正に林辞の本とする所。伏坤は土地、艮は居止・安。乾は富、兌は喜悦を主る、故に「楽」と言う。校記:「祈」の字は各本多く「行」とし、ここでは汲古閣本に従う。
訟。少孤無父,長失慈母。悖悖煢煢,莫與為耦。通《明夷》。坎為孤,震為父,坤喪,故無父。震為長,坤為慈母,坤亡,故失慈母。坤寡,故曰煢煢,故無耦也。
《井》之《訟》:年幼にして怙を失い父なく、長大して又慈母を失い、孤零零として煢煢独立し、作伴すべき一個の人を尋ね得ず——是れ孤苦にして依る無きの凶象なり。尚秉和は象を解す:「通《明夷》」は即ち《明夷》と旁通す。坎は孤、震は父、坤は喪亡を主る、故に「无父」と言う。震は長、坤は慈母、坤は亡失を主る、故に「失慈母」と言う。坤は寡、故に「煢煢」と言い、因りて亦配偶なし。
師。側弁醉客,長舌作凶。披髮夜行,迷亂相誤,亡失居處。艮為冠,二四艮覆,故曰側弁。《詩小雅》:"側弁之俄,屢舞傞傞"。震為客,坤迷,故曰醉客。兌為舌,二至上兌形特長,故曰長舌。震為髮,坤為夜、為迷亂、為亡失。○處,宋元本作止,依汲古。
《井》之《師》:帽子を歪に戴くの醉客と、長舌の人とは風を興し浪を作し、頭髪を披散して夜裡に出行し、昏乱の中に彼此相い耽誤し、連れて住处をも丢せり——是れ酒色昏乱して所を失い禍を致すの凶象なり。尚秉和は象を解す:艮は冠、二爻より四爻に到るまで艮体は倒置す、故に「側弁」(帽子は歪斜)と言う——《詩経・小雅》「側弁之俄、屢舞傞傞」(帽子は一辺に歪み、舞を跳びて已まず)は正に此の付の情状を写す。震は客、坤は迷惑を主る、故に「醉客」と言う。兌は舌、二爻より上爻に到るまで兌の形体は特別に長し、故に「長舌」と言う。震は髪、坤は夜・迷乱・亡失。校記:「処」の字は宋刻元刻本が「止」とし、ここでは汲古閣本に従う。
比。馬驚車破,王墜深津。身死魂去,離其室廬。震為車馬,坎為破,三至五震覆,故馬驚車破。九五為王,坎陷,一陽陷坤水中,故曰王墜深津。坤為死、為身,乾為魂,坤為白色,乾伏,故曰魂去。艮為室。○車破,宋元本作破處,依汲古。第二句依汲古,宋元本作王孫沈溝。死,各本作絕,依局本。第四句宋元本作自為患害,依汲古。汲古末多貞難無虞四字,依宋元本刪。
《井》之《比》:馬は驚を受け車は摔壊し、君王は深水の渡口に墜入し、身は死し魂は散じ、自己の屋舎を離れ去れり——是れ車覆し人亡ぶるの大凶の象なり。尚秉和は象を解す:震は車馬、坎は破損を主り、三爻より五爻に到るまで震体は倒置す、故に「馬驚車破」と言う。九五の位は王、坎は陥落を主り、一個の陽爻は坤水の中に陥る、故に「王墜深津」と言う。坤は死・身、乾は魂、坤の色は白にして乾は伏位に処る、故に「魂去」と言う。艮は室。校記:「車破」は宋刻元刻本が「破處」とし、汲古閣本に従う。第二句は汲古閣本に従い、宋刻元刻本は「王孫沈溝」とす。「死」の字は各本「絶」とし、ここでは局本に従う。第四句は宋刻元刻本が「自為患害」とし、汲古閣本に従う。汲古閣本は末尾に「貞難无虞」の四字を多出す、ここでは宋刻元刻本に依りて删去す。
小畜。東行述職,征討不服。侵齊伐陳,銜璧為臣,大得意還。通《豫》。震為東、為征討、為陳、為璧,兌為口,故曰銜璧。巽為齊,艮為臣,《左傳》"楚子圍許,許男面縛銜璧"。
《井》之《小畜》:東に往きて巡行述職し、肯んじて帰服せざる邦国を征討し、斉を侵し陳を伐て、対方は口に玉璧を銜えて出降し臣を称え、大いに得意として凱旋せり——是れ征伐して勝を得るの吉象なり。尚秉和は象を解す:「通《豫》」は即ち《豫》と旁通す。震は東・征討・陳・璧、兌は口、故に「銜璧」と言う。巽は斉、艮は臣。《左伝》は「楚子は許を囲み、許男は両手を反縛し口に玉璧を銜えて」出降せしを記す、正に此の一套の降礼。
履。百足俱行,相輔為強。三聖翼事,王室寵光。詳《屯》之《履》。
《井》之《履》:百足の虫は衆足斉しく行き、彼此扶持し因りて強健に、三位の聖人は王事を輔翼し、王室は因りて光を増し寵を受く——是れ同心協力して王業興隆の吉象なり。尚秉和は取象は詳しく《屯》之《履》の一条に見ゆと注明す。
泰。本根不固,華葉落去,更為孤嫗。通《否》。巽隕落,故曰本根不固。兌為華,巽落,故曰落去。巽為嫗,巽寡,故曰孤嫗。
《井》之《泰》:根本は牢固ならず、花と葉とは紛紛として凋落し、末了は孤零零の老婦と成れり——是れ根基は穩かならず終に孤寡に至るの凶象なり。この条はただ三句のみ、四言四句の例と合わず、底本は当に脱句有るべく、此処は照録して補わず。尚秉和は象を解す:「通《否》」は即ち《否》と旁通す。巽は隕落を主る、故に「本根不固」と言う。兌は花、巽は落を主る、故に「落去」と言う。巽は老婦、巽はまた寡を主る、故に「孤嫗」と言う。
否。牧羊稻園,聞虎喧讙。畏懼怵惕,終無禍患。詳《否》之《節》。患,各本皆作焉,依《屯》之《復》校。喧讙,宋元本作喧喧,怵惕作休息,均依汲古。
《井》之《否》:稻田園圃の裡に羊を放し、老虎の喧鬧咆哮を聴き、心裡は害怕し提心吊胆すれど、最終には却って禍患に遭わず——是れ虚驚一場の象なり。尚秉和は取象は詳しく《否》之《節》の一条に見ゆと注明す。校記:「患」の字は各本皆「焉」とし、ここでは《屯》之《復》の一条に拠りて校改す。「喧讙」は宋刻元刻本が「喧喧」とし、「怵惕」は「休息」とし、いずれも汲古閣本に従う。
同人。履位乘勢,靡有絕弊。為隸所圖,與眾庶位。通《師》。震為履、為乘,坤賤,故曰隸。坤為眾庶。與眾庶位,言初得位乘勢,後為皂隸所圖,與齊民等也。
《井》之《同人》:高位を踏み権勢に乗じ、看るに断絶衰敗の虞なきが似たるも、却って下人に算計せられ、平民と同列に落到れり——是れ勢を得て後に位を失うの凶象なり。尚秉和は象を解す:「通《師》」は即ち《師》と旁通す。震は履・乗、坤は卑賤を主る、故に「隸」と言う。坤は衆庶。所謂「与衆庶位」は、説くは起初は位を得て勢に乗ずるも、後来は皂隸の輩に図謀せられ、終に平頭の百姓と異ならざるに至ると。
大有。大輿多塵,小人傷賢。皇甫司徒,使君失家。通《比》。坤為大輿、為小人,艮為塵,故曰大輿多塵。艮為賢良,坤喪,故傷賢。艮為臣,故曰皇甫司徒。震為君,艮為家,震覆,坎失,故曰使君失家。《詩》:"番維司徒,皇甫卿士",皆幽王臣。又"無將大車,祇自塵兮;無思百憂,只自疷兮",又"無將大車,維塵冥冥"。
《井》之《大有》:大車は満路の塵土を揚起し、小人は賢良を残害す。皇甫・司徒の此の班の権臣は道に当たり、君主をして家国を丢せしむ——是れ佞臣は権を当たり賢良は害を受くるの凶象なり。尚秉和は象を解す:「通《比》」は即ち《比》と旁通す。坤は大車・小人、艮は塵、故に「大輿多塵」と言う。艮は賢良、坤は喪亡を主る、故に「傷賢」と言う。艮は臣、故に「皇甫司徒」と言う。震は君、艮は家、震体は倒置し坎は陥失を主る、故に「使君失家」と言う。《詩経・小雅》「番維司徒、皇甫卿士」、此れらは皆周幽王の臣子。又《小雅》「无将大車、祇自塵兮、无思百憂、只自疷兮」(あの大車を推すを去る勿れ、ただ一身の灰を惹く、あの百憂を想う勿れ、ただ自ら病を害せん)、又「无将大車、維塵冥冥」と説く。
謙。安如泰山,福祿屢臻。雖有狼虎,不能危身。○如,宋元本作和,祿作佑,依汲古。坤為安,艮為山,震東,故曰泰山。震為福祿,艮為狼虎、為身,震出,故不能危身。
《井》之《謙》:安穏なること泰山の如く、福禄は一再して到来し、縦れ豺狼猛虎有るも、此の人を傷める能わず——是れ安きこと磐石の如く驚有りて険なきの吉象なり。この条の校記は注の前に写す:「如」の字は宋刻元刻本が「和」とし、「禄」の字は「佑」とし、いずれも汲古閣本に従う。尚秉和は象を解す:坤は安、艮は山、震は東方に居る、故に「泰山」(東嶽)と言う。震は福禄、艮は狼虎・身。震は出を主る、故に危害は身上に到らず。
豫。同氣異門,各別西東。南與凶遇,北傷其孫。艮為氣、為門,正反皆艮,故曰同氣。兩艮相背,故曰異門。震東,坎西,故曰各別西東。震又為南,坤為凶,故與凶遇。坎又為北,坤為死,艮為孫,故曰北傷其孫。孫,與東韻。
《井》之《豫》:同一の気脈なれど不同の門戸を分け出し、各々東西に離散し、南に往きて凶险に遇上り、北に往きて子孫を傷めり——是れ骨肉分張して四方皆凶の凶象なり。尚秉和は象を解す:艮は気・門、一正一反は皆艮、故に「同気」と言う。両艮は背向して立つ、故に「異門」と言う。震は東、坎は西、故に「各別西東」と言う。震はまた南、坤は凶、故に「南与凶遇」と言う。坎はまた北、坤は死を主り、艮は孫、故に「北傷其孫」と言う。「孫」の字は上句の「東」と押韻す。
隨。蜆見不祥,禍起我鄉。行人畏懼,邑客逃藏。《爾雅釋蟲》:"蜆,縊女也,好自經死,故見者以為不祥"。互巽為蟲、為繫,正縊女象也,故曰不祥。艮為我、為邑、為鄉,震為行人、為客,巽伏,故曰逃藏。○蜆,各本皆訛為蜺。祇,宋元本未訛,牟庭謂黃丕烈刊宋本易林私改蜺為蜆,以就爾雅,豈知巽為繩、為繫,正易林用象之神妙,先儒從不知易林之詞皆由象生,故失言如此,且以好古之黃蕘圃何至改古書字乎。第四句宋元本作使命不通,依汲古。
《井》之《随》:蜆虫は現身するは不祥の兆、禍事は便ち我が郷里に起る。過路の人は心に畏懼を生じ、城邑の裡の客人は紛紛として躲蔵す——是れ妖虫は凶を示すの凶象なり。尚秉和は象を解す:《爾雅・釈虫》は「蜆は、即ち縊女、自ら縊りて死するを好み、故に之を見る人は以て不吉と為す」と説く。互体して巽と成り、巽は虫・繩繫、正に縊女の象、故に「不祥」と言う。艮は我・邑・郷、震は行人・客、巽は伏位に処る、故に「逃蔵」と言う。校記:「蜆」の字は各本皆訛りて「蜺」とし、ただ宋刻元刻本のみ誤らず。牟庭は黄丕烈の宋本《易林》を刊刻する時に私自に「蜺」を「蜆」に改成し、以て《爾雅》に遷就せしと説く。彼は何処をか知らん、巽は繩・繫と為すは、正に《易林》の用象の神妙の処を。前輩の学者は従来《易林》の辞句は皆卦象より生出するを明白せず、始めて此の種の失言有り。況んや黄蕘圃の如き好古の人を以て、怎ぞ古書の字を改動せんや。又第四句は宋刻元刻本が「使命不通」とし、ここでは汲古閣本に従う。
蠱。養虎畜狼,必見賊傷。無事招禍,自取災殃。艮為虎狼,艮止為畜,巽為盜賊,兌毀折,故曰招禍、曰災殃。○宋元本作"畜狼養虎,無事招禍。必見賊傷,自取災殃",今依汲古。惟必見汲古作還自,與自字義皆重,故依宋元本。
《井》之《蠱》:老虎を養い豺狼を畜すれば、必定に咬傷せられん。端無く禍事を招来し、自ら灾殃を討い来れり——是れ患を養いて自ら害するの凶象なり。尚秉和は象を解す:艮は虎狼、艮は止を主る、故に畜養と為す。巽は盗賊。兌は毀折を主る、故に「招禍」と言い「灾殃」と言う。校記:宋刻元刻本は「畜狼養虎、无事招禍、必見賊傷、自取灾殃」とし、今は汲古閣本の句序に従う。ただ「必見」は汲古閣本が「還自」とし、下文の「自」の字と意思重複す、故に此の両字は宋刻元刻本に従う。
臨。順風吹火,牽騎驥尾。易為功力,因權受福。牽騎,汲古作倖附,依宋元本。○伏遯。互巽為風,艮為火,故曰順風吹火。艮手為牽,乾為驥,艮為尾,故曰牽騎驥尾。巽為權。
《井》之《臨》:風勢に順いて火を吹き、駿馬の尾巴を牽きて跟い随いて走れば、力を省きて易く功効を見、権勢を借りて福気を承受す——是れ力を借りて事を成すの吉象なり。校記:「牽騎」は汲古閣本が「幸附」とし、ここでは宋刻元刻本に従う。尚秉和は象を解す:《臨》の伏卦は《遯》。互体して巽と成り、巽は風、艮は火、故に「順風吹火」と言う。艮は手、故に牽と為し、乾は駿馬、艮は尾、故に「牽騎驥尾」と言う。巽は権。
觀。五嶽四瀆,潤洽為德。行不失理,民賴恩福。詳《頤》之《明夷》。○潤洽,依校,各本作沾濡。
《井》之《観》:五岳と四瀆とは、万物を滋潤するは即ち其の徳なり。行事は常理に違わず、百姓は皆此の份の恩福を仰頼す——是れ徳沢は広く被るの吉象なり。「五岳」は泰山等の五座の名山を指し、「四瀆」は江・河・淮・済の四条の独り海に流入るの大川を指す。尚秉和は取象は詳しく《頤》之《明夷》の一条に見ゆと注明す。校記:「潤洽」の二字は他条に拠りて校定する所にして、各本は原は「沾濡」と作る。
噬嗑。延陵聰敏,樂聽太史。雞鳴大國,姜氏受福。《左傳襄二十九年》:"吳季札聘魯,為之歌,齊曰:美哉,洋洋乎,大風也哉。表東海者,其太公乎"。艮為山、為少,故曰延陵。札號延陵季子也。震為樂,坎耳為聽,離文,故曰太史。伏巽為雞,艮為國,巽為姜。雞鳴,《齊詩》篇名。○樂聽,汲古作聽樂,依宋元本。
《井》之《噬嗑》:延陵季子は聡明敏悟にして、楽官の楽を奏するを聴き太史は旁に在り、一曲の《鶏鳴》は大国の気象を唱い出し、姜姓の斉国は因りて福を受く——是れ音を知り国を識るの吉象なり。尚秉和は《左伝》襄公二十九年を引く:呉国の季札は魯国に到りて聘問し、楽工をして彼の為に各国の詩を歌わしめ、《斉風》を聴きて便ち「美しいや、宏大深遠、真に大国の風。東海の一帯の表率と為す能くは、大概姜太公ならん」と讃嘆せり。象を解す:艮は山・少、故に「延陵」を取る——季札の号は延陵季子。震は楽、坎は耳なれば故に聴と為し、離に文彩有り、故に「太史」と言う。伏巽は鶏、艮は国、巽は姜。《鶏鳴》は《詩経・斉風》の篇名。校記:「楽聴」は汲古閣本が「聴楽」とし、ここでは宋刻元刻本に従う。
賁。神鳥五色,鳳凰為主。集於王國,使君得所。震為神,艮為鳥,離文,故為鳳凰。震為主、為王、為君、為國。○國,宋元本作谷,依汲古。《禮器》云:"升中於天而鳳凰降。"《援神契》:"鳳五色俱備,見則天下安寧"。
《井》之《賁》:神鳥は五色斑斕にして、鳳凰を以て首と為す。彼らは王者の国に聚集し、君主をして各々其の所を得せしむ——是れ祥瑞降臨して国泰民安の大吉の象なり。尚秉和は象を解す:震は神、艮は鳥、離に文彩有り、故に合して鳳凰と成す。震は主・王・君・国。校記:「国」の字は宋刻元刻本が「谷」とし、ここでは汲古閣本に従う。《礼記・礼器》は「上天に向かい功の成れるを報告すれば、鳳凰は便ち降臨せん」と説き、緯書《孝経援神契》は「鳳凰は五色俱全にして、一たび出現すれば即ち天下の安寧を表示す」と説く。
剝。媒妁無明,雖期不行。齊女長子,亂其紀網。此用遇卦《井》象。坎為媒妁,坎隱伏,故無明。震為行,震反,故不行。下巽為齊女,伏震為長子。互離為亂,巽為紀網。○無,宋元本作光,行作得,其作我,均依汲古。
《井》之《剥》:媒を為す人は不明不白にして、已に日子を約定するも成行を成さず。斉国の女子と長子とは、綱紀法度を攪乱せり——是れ婚事は諧わず綱紀敗壊の凶象なり。尚秉和は象を解す:この条は遇卦《井》の象を用う。坎は媒妁、坎は隠伏を主る、故に「无明」と言う。震は行、震体は反転す、故に「不行」。下体の巽は斉女、伏震は長子。互体して離と成り、離は乱を主り、巽は綱紀羅網。校記:「无」の字は宋刻元刻本が「光」とし、「行」は「得」とし、「其」は「我」とし、いずれも汲古閣本に従う。
復。明月作晝,大人失居。眾星宵亂,不知所據。此仍用《井》象。兌為月,離為晝,兌離連體,故曰明月作晝。乾為大人,三陽皆陷陰中,故曰失居。離為星,坎為眾、為夜,故曰眾星宵亂。離為亂也。
《井》之《復》:明月は亮きこと白昼の如く、大人は安居の所を失い、満天の星斗は夜裡に錯乱し、何れに依憑すべきを知らず——是れ陰盛んにして陽は位を失うの凶象なり。尚秉和は象を解す:この条は仍お《井》卦の象を用う。兌は月、離は昼、兌と離とは連なりて体を成す、故に「明月作昼」と言う。乾は大人、三個の陽爻は皆陰爻の当中に陥る、故に「失居」と言う。離は星、坎は衆・夜、故に「衆星宵乱」と言う——離は正に紛乱を主る。
無妄。少康興起,誅澆復祖。微滅復明,享祀大禹。震為君,故曰少康、曰興起。伏坤為惡,故曰澆。坤殺,故曰誅澆,言澆為少康所誅也。艮為祖,震為復,故曰復祖。乾為大明、為王,故曰大禹。按:《帝王世紀》:"后羿之相寒浞,既殺后羿,因羿之室生奡及豷,夏有力,殺夏帝相帝妃,仍氏女曰後緡逃於有仍,生少康,少康長,與夏舊臣靡誅奡,復夏室。"奡即澆也。○第四句宋元本作大禹享祀,依汲古。
《井》之《无妄》:少康は興起して国を復し、澆を誅滅し、祖業を恢復し、衰微覆滅より重ねて光明に帰り、重新して大禹を祭祀す——是れ中興して国を復するの大吉の象なり。尚秉和は象を解す:震は君、故に少康を取りて「興起」と言う。伏坤は悪を主る、故に「澆」を取る。坤は殺を主る、故に「誅澆」と言う、説くは澆は少康に誅せられしと。艮は祖、震は復、故に「復祖」と言う。乾は大明・王、故に「大禹」と言う。尚氏は《帝王世紀》の記載に按ず:后羿の相国寒浞は后羿を殺掉し、羿の家室を占め、奡と豷とを生む。奡は夏に於て勇力有り、夏帝の相と帝妃とを殺す。相の妃子有仍氏の女后緡は逃げて有仍に回り、少康を生む。少康は長大して、夏朝の旧臣靡と一同に奡を誅滅し、夏室を復興せり。奡は即ち澆。校記:第四句は宋刻元刻本が「大禹享祀」とし、ここでは汲古閣本に従う。
大畜。千門萬戶,大福所處。黃屋左纛,龍德獨有。艮為門戶,乾亦為門戶、為千萬,故曰千門萬戶。乾為大福,艮為屋,震玄黃,故曰黃屋。震為旗、為左,故曰左纛。纛,旗也。震為龍、為德,龍德獨有者,言非天子不能如此也。○左,汲古訛在,有作右,均依宋元本。
《井》之《大畜》:千門万戸の宮室は、正に大福の在る所なり。黄繒を以て蓋と為すの車駕・左辺に旄纛を插すは、唯だ龍徳の人のみ配して擁有す——是れ至貴至福の天子の象なり。尚秉和は象を解す:艮は門戸、乾も亦門戸・千万、故に「千門万戸」と言う。乾は大福、艮は屋、震の色は玄黄、故に「黄屋」(帝王の車蓋)と言う。震は旗・左、故に「左纛」——纛は即ち大旗。震は龍・徳。所謂「龍徳獨有」は、説くは天子を除きて誰も能く此の如くならずと。校記:「左」の字は汲古閣本が訛りて「在」とし、「有」の字は「右」とし、いずれも宋刻元刻本に従う。
頤。乾作聖男,坤為智女。配合成就,長生得所。伏乾為聖、為男,坤為女,坎為水、為智,坤亦為水,故曰智女。乾道成男,坤道成女,故曰配合成就。震為長生。○成就,宋元本作既成,依汲古。
《井》之《頤》:乾は聖明の男子を造出し、坤は智慧の女子を生出し、両下は配合して婚姻を結び、長く生養して各々其の所を得——是れ陰陽配合して生々息まざるの吉象なり。尚秉和は象を解す:伏乾は聖・男、坤は女。坎は水・智、坤も亦水、故に「智女」と言う。《繋辞伝》は「乾道成男、坤道成女」と説く、故に「配合成就」と言う。震は長生。校記:「成就」は宋刻元刻本が「既成」とし、ここでは汲古閣本に従う。
大過。羿張烏號,彀射天狼。鐘鼓夜鳴,將軍壯心。柱國雄勇,鬬死滎陽。通《頤》。坤惡,故曰羿。艮為烏,震為鳴,故曰烏號。烏號,弓名也。艮為天、為狼,天狼,星名。《楚辭》:"青雲衣兮白霓裳,舉長弓兮射天狼。"彀,張弓也。彀射天狼,言羿暴戾也。震為射、為鐘鼓。坤為夜、為軍、為心、為國,艮為柱,故曰柱國。坤為死,正覆艮,故曰鬬死。坤水,故曰滎陽。柱國,房君蔡賜也,見陳涉世家,惟史不言其死處,林蓋別有所據。○彀,汲古訛殷。天,各本皆作驚,柱皆作趙,均依《師》之《否》校,然趙國或為人名,戰死滎陽,未必為訛字。
《井》之《大過》:后羿は烏号の良弓を張り、弦を拉満して天狼星を射に往き、鐘鼓は夜裡に轟鳴し、将軍は豪気満懐なり。柱国は雄武勇猛にして、力戦して滎陽に死せり——是れ武を黷して戦死するの凶象なり。尚秉和は象を解す:「通《頤》」は即ち《頤》と旁通す。坤は悪を主る、故に后羿を取る。艮は烏、震は鳴、故に「烏号」と言う——烏号は良弓の名字。艮は天・狼、天狼は星名、尚氏は《楚辞》「青雲衣兮白霓裳、挙長弓兮射天狼」(今本《九歌・東君》は「挙長矢兮射天狼」と作る)を引きて証と為す。「彀」は弓を拉満する、「彀射天狼」の説く所は后羿の暴戻。震は射・鐘鼓。坤は夜・軍・心・国、艮は柱、故に「柱国」と言う。坤は死を主り、一正一反の両艮、故に「鬬死」と言う。坤は水、故に「滎陽」と言う。柱国は即ち房君蔡賜、《史記・陳渉世家》に見ゆ、ただ史書は并せて彼の死せし何処を記さず、林辞は大概別に拠る所有り。校記:「彀」の字は汲古閣本が訛りて「殷」とす。「天」の字は各本皆「驚」とし、「柱」の字は皆「趙」とし、此の両処は《師》之《否》の一条に依りて校改す、但し「趙国」も亦可能として人名、戦死して滎陽に在れば、未必しも即ち訛字に非ず。
坎。炙魚棝斗,張伺夜鼠。不忍香味,機發為祟,笮不得去。伏巽為魚,下有離火,故曰炙魚。震為棝斗。坎為夜、為鼠,艮止,故曰伺。震發,故曰張。言以炙魚置棝斗之中,至夜引鼠而射殺之也。伏巽為臭,故曰香味。坎為機、為祟,震為發,艮止,故曰笮。笮,音窄,狹也、迫也。○各本祟下多祟在頭頸四字,依《歸妹》之《師》校。棝,各本多作銅,丁雲《說文》棝斗可以射鼠,疑銅為棝之形訛字。愚按:《歸妹》之《師》作枯斗,枯,正棝之音訛字,由此證銅確為棝,丁說是也,故竟從之。
《井》之《坎》:烤魚を棝斗の機関の裡に放ち入れ、機簧を張好して夜裡の老鼠を守候し、老鼠はあの股の香味に受け住えず、機関は一たび発すれば便ち禍祟と成り、夹えられて身を脱する能わず——是れ餌を貪りて身を喪うの凶象なり。尚秉和は象を解す:伏巽は魚、下面に離火有り、故に「炙魚」と言う。震は棝斗(一種の鼠を射るの機具)。坎は夜・鼠、艮は止を主る、故に「伺」(守候)と言う。震は発動を主る、故に「張」と言う。意思は烤魚を棝斗の裡に放ち入れ、夜間に到りて老鼠を引き来りて射殺すと。伏巽は気味、故に「香味」と言う。坎は機関・禍祟、震は発動。艮は止を主る、故に「笮」と言う——「笮」は窄と読み、是れ狭窄・逼迫の意思。校記:各本は「祟」の字の下に「祟在頭頸」の四字を多出す、ここでは《帰妹》之《師》の一条に拠りて校删す。「棝」の字は各本多く「銅」とし、丁氏は《説文解字》に「棝斗可以射鼠」有りて、疑心して「銅」は「棝」の形近の訛字ならんと説く。尚氏は按ず:《帰妹》之《師》の一条は「枯斗」と作り、「枯」は正に「棝」の音近の訛字、此に由りて「銅」は確実に「棝」と作るべきを証すべし、丁氏の説法は対なり、故に径直に採用す。
離。高飛不視,貪饕所在。臭腐為患,自害其身。離為飛、為視,巽伏,故不視。兌口為食,正反兌故曰貪饕。巽為臭腐,伏坎為患。艮為身。○其,宋元本作躬,依汲古。
《井》之《離》:高く飛び起きて前路を看清せず、一味に貪馋して所在を顧みず。腐臭の物は禍患と成り、反って自己を害せり——是れ食を貪りて禍を招くの凶象なり。尚秉和は象を解す:離は飛・視、巽は伏位に処る、故に「不視」と言う。兌は口、故に飲食を主り、一正一反の両兌、故に「貪饕」と言う。巽は腐臭、伏坎は禍患。艮は身。校記:「其」の字は宋刻元刻本が「躬」とし、ここでは汲古閣本に従う。
咸。鉛刀攻玉,堅不可得。單盡我力,胝胼為疾。詳《坤》之《豫》。第三句依宋元本。單,殫之省文,汲古作盡我筋力。第四句宋元本作齒為疾賊,依汲古。
《井》之《咸》:鉛の鋳たる軟刀を拏りて玉を雕るも、玉は太く堅硬にして、怎様にも雕り動かさず。我が一身の気力を耗盡し、手脚は厚繭を磨き出し病を累い出せり——是れ力は任に勝えず徒労して疾を成すの凶象なり。尚秉和は取象は詳しく《坤》之《豫》の一条に見ゆと注明す。校記:第三句は宋刻元刻本に従い、「単」は「殫」の省写、汲古閣本は「尽我筋力」とす。第四句は宋刻元刻本が「歯為疾賊」とし、ここでは汲古閣本に従う。
恆。方喙宣口,聖智仁厚。解釋倒懸,家國大安。詳《小畜》之《噬嗑》。解釋,宋元本作釋解,依汲古。家,汲古作厯,依宋元本。
《井》之《恒》:方正の嘴・開闊の口、人と為りて聖明にして智有り寛仁篤厚なり。倒悬の如き危難を解開し、家と国とは皆大いに安定す——是れ賢者は難を救い家国は安を得るの吉象なり。尚秉和は取象は詳しく《小畜》之《噬嗑》の一条に見ゆと注明す。校記:「解釋」は宋刻元刻本が「釋解」とし、汲古閣本に従う。「家」の字は汲古閣本が「厯」とし、宋刻元刻本に従う。
遯。蜘蛛南北,巡行罔罟。杜季利兵,傷我心旅。此用遇卦《井》象。巽為蟲,故曰蜘蛛。離南,坎北,離為網罟。艮為少、為木,故曰杜季。艮為刀劍,故曰利兵。坎為心旅。杜季,即杜伯,《史記正義》引《周春秋》云:宣王殺杜伯而無辜,後三年宣王會諸侯,田於圃,日中,杜伯起於道左,衣朱衣冠,操朱弓矢射宣王,中心折脊而死。《國語》則云於鄗。○首二句各木皆作"踟躕南北,誤入喪國",旅作腹,丁雲依《御覽》蜘蛛引校改,旅即膂之省文。
《井》之《遯》:蜘蛛は南北の間を往来し、其の結び下ろしたる羅網を巡視す。杜伯は手に利刃を持ち、我が心脊を傷めり——是れ冤魂は命を索るの凶象なり。尚秉和は象を解す:この条は遇卦《井》の象を用う。巽は虫、故に「蜘蛛」と言う。離は南に居り坎は北に居り、離は網罟。艮は少・木、合わせて「杜季」。艮は刀剣、故に「利兵」と言う。坎は心・脊膂。杜季は即ち杜伯、《史記正義》は《周春秋》を引きて説く:周宣王は故無く杜伯を殺し、三年の後に宣王は諸侯を会合し、圃田に於て打猟し、正午の時分に杜伯は道左より現身し、紅衣紅冠を穿戴し紅色の弓箭を持ちて宣王を射、心口に射中り脊骨を折り断ちて死せり。《国語》は則ち此の事は鄗地に於て発生せりと説く。校記:首の二句は各本皆「踟蹰南北、誤入喪国」とし、「旅」の字は「腹」とす。丁氏は是れ《太平御覧》の引く所の「蜘蛛」の条に依りて校改せしと説き、「旅」は即ち「膂」(脊骨)の省写なり。
大壯。公孫之政,惠而不煩。喬子相國,終身無患。通《觀》。艮為公孫,坤為政。喬,丁雲喬僑通用,鄭子產也。艮為喬木,故取象。坤為國、為終、為身、為患,艮安,故無患。
《井》之《大壮》:公孫僑は国政を執掌し、民に恵を施して煩擾せず。此の喬子は国相を為りて、終身禍患なし——是れ良相の国を治むるの吉象なり。尚秉和は象を解す:「通《観》」は即ち《観》と旁通す。艮は公孫、坤は政。「喬」は丁氏は「僑」と通用すると説き、指す所は正に鄭国の子産(公孫僑)。艮は喬木、故に它を借りて象を取る。坤は国・終・身・患、艮は安を主る、故に禍患なし。
晉。孤矢大張,道絕不通。小人寇賊,君子壅塞。坎為弧、為矢,艮為道路,坎陷,故不通。坤為小人,艮為君子,坎為寇賊、為壅塞。
《井》之《晋》:弓箭は大張し、道路は断絶不通なり。小人は盗寇を做り起し、君子の去路は堵塞せられり——是れ道途は阻塞し賢者は困を受くるの凶象なり。尚秉和は象を解す:坎は弧(弓)・矢、艮は道路、坎は陥落を主る、故に不通。坤は小人、艮は君子、坎は寇賊・壅塞。
明夷。藏戟之室,封豕受福。充澤肥腯,子孫蕃息。坎為戟、為室、為隱伏,故曰藏。坎為豕,震為福、為大,故曰封豕。伏乾為肥腯。震為子、為蕃息。
《井》之《明夷》:戈戟を屋裡に収蔵し、大猪は反って福を承け、水沢は豊足して牲畜は肥壮し、子孫は繁衍して絶えず——是れ戈を止め武を息め蕃衍安楽の吉象なり。尚秉和は象を解す:坎は戟・室・隠伏、故に「蔵」と言う。坎は猪、震は福・大、故に「封豕」(大猪)と言う。伏乾は肥壮。震は子・蕃息。
家人。八子同巢,心勞相思,雖苦無憂。伏震為子,巽數八,故曰八子。離為巢,坎為心、為勞、為憂。
《井》之《家人》:八個の孩子は同じく一巢に住み、心裡は操労して彼此相い挂念し、辛苦と雖も憂患なし——是れ骨肉相い念い苦の中に安を得るの象なり。この条はただ三句のみ、四言四句の例と合わず、底本は当に脱句有るべく、此処は照録して補わず。尚秉和は象を解す:伏震は子、巽の卦数は八、故に「八子」と言う。離は巢、坎は心・労・憂。
睽。循理舉手,舉求取予。六體相摩,終無殃咎。通《蹇》。艮為手,坤為理,二陽分居坤中,故曰循理。艮為舉求、為取予,艮為體,坎數六,故曰六體。重坎,故曰相摩。艮為終。《左傳閔元年》遇屯之比,曰六體不易。六體,即謂坎也。○舉求取予,汲古作典求相予,摩作磨,均依宋元本。殃咎,宋元本作咎殃,不協,依汲古。
《井》之《睽》:条理に順いて手を動かし、求むべきは求め与うべきは与え、六体は交相摩蕩し、最終に災殃過错なし——是れ理に循いて行い平安にして過なきの吉象なり。尚秉和は象を解す:「通《蹇》」は即ち《蹇》と旁通す。艮は手、坤は条理、両個の陽爻は分かれて坤体の中に居る、故に「循理」と言う。艮は挙求・取予。艮は体、坎の卦数は六、故に「六体」と言う。両坎は相重なる、故に「相摩」と言う。艮は終。《左伝》閔公元年は屯之比を占得ししを記し、「六体不易」と説く、あの「六体」の指す所は正に坎。校記:「挙求取予」は汲古閣本が「典求相予」とし、「摩」は「磨」とし、いずれも宋刻元刻本に従う。「殃咎」は宋刻元刻本が「咎殃」とし、音韻は協わず、汲古閣本に従う。
蹇。公子王孫,把彈攝丸。發輒有獲,室家饒足。詳《比》之《小畜》。
《井》之《蹇》:公子王孫は手に弾弓を持ち弾丸を扣し、一たび発すれば便ち斬獲有り、家室は因りて豊足す——是れ游猟して獲有り家道饒裕の吉象なり。尚秉和は取象は詳しく《比》之《小畜》の一条に見ゆと注明す。
解。井渚有悔,渴蜺為怪。不亟徙鄉,家受其殃。坎為井、為渚、為悔,震為蜺,下有離火,故曰渴蜺。坎為怪,《漢書五行志》:"上官桀謀廢昭帝,立燕王,是時天雨虹下屬宮中飲井水竭",《淮南子》:"虹蜺者,天之忌也",故不避則受其殃。○宋元本悔字均缺,依汲古。
《井》之《解》:井辺の水洲は悔咎の兆を透し、干渴の虹蜺は妖を興し怪を作す。若し早く本郷を遷離せざれば、一家人は皆殃に遭わん——是れ天変は警を示し避くるに宜しく留まるに宜しからざるの象なり。尚秉和は象を解す:坎は井・水渚・悔、震は虹蜺、下面に離火有り、故に「渴蜺」と言う。坎は怪異を主る。《漢書・五行志》は「上官桀は漢昭帝を廃掉し燕王を改立せんと謀画し、あの時天上より虹霓を落して宮中に垂れ、井水を皆喝い干せり」を記す。《淮南子》は「虹蜺は上天の忌諱する所」と説く、故に避け去らざれば便ち禍を受く。校記:宋刻元刻本は皆「悔」の字を缺く、ここでは汲古閣本に従う。
損。鄭會細聲,國亂失傾。弘明早見,止樂不聽。《左傳襄二十九年》:"吳季札聘魯,觀樂,為之歌,鄭曰:美哉,其細已甚,民弗堪也,是其先亡乎?
《井》之《損》:鄭(即ち鄶)地の楽声は細弱にして、国政は昏乱して傾覆に致る。見識弘通の人は早々に苗头を看出し、音楽を中止して再び聴き続けず——是れ楽を聴きて政を知り微を見て著を知るの象なり。尚秉和は《左伝》襄公二十九年を引きて証と為す:呉国の季札は魯国に到りて聘問し、周楽を観賞し、楽工は彼の為に《鄭風》を歌い、彼は「美しいは美しいも、ただ細弱なること太だ甚し、百姓は受け堪えず、此は大概最先に国を亡ぼすならん」と曰く。本片の源文は此に到りて截断し、季札の此段の話の後半および本条の注文の其余の部分は、下一片の開頭に接続す。
自鄶以下無譏焉",林全用其意。坤為鄭會,《左傳》作鄶,《毛詩》作檜。會,蓋其省字。震為聲,坤柔,故曰細聲。坤為國、為亂、為傾,艮為明弘。明猶弘通,諝,季子也。震為樂,兌為耳、為聽,艮止,故不聽。○會細,汲古作澮有,釋文同,依宋元本。
これは上一片の末尾の《井》之《損》のあの条の林辞の注文の後半。《左伝・襄公二十九年》の引く所は呉公子季札が魯国に到りて楽を観し、《鄭風》を聴きて其の音調は細碎にして太だ甚く百姓は受け堪えず鄭国は恐らく先に亡ぶならんと説くを記し、《鄶風》以下の楽歌を聴き了れば、便ち再び評論を加えず。焦延寿の「鄭会細声、国乱失傾、弘明早見、止楽不聴」の一条は、通篇用うる所は即ち季札の楽を観ししの此段の話の意思。尚秉和は随後に逐句に卦象の来暦を指出す:坤は鄭・会——「会」の此の国名は《左伝》は「鄶」と写し、《毛詩》は「檜」と写す、「会」は当に省筆の字なるべし。震は声音、坤の性は柔弱、故に「細声」と言う。坤は国・乱・傾覆。艮は明・弘、「明」は即ち弘通の意思、「諝」(智謀有る人)の指す所は正に季札。震は音楽、兌は耳・聴聞、而るに艮は静止を主る、故に「不聴」と言う。校記:「会細」の二字は汲古閣本が「澮有」とし、陸徳明の《経典釈文》の載する所は相同じ、此処は宋刻本・元刻本に従う。
益。穿室鑿牆,不直生訟。褰衣涉露,雖勞無功。《詩召南行露篇》:"厭浥行露",又云"誰謂雀無角,何以穿我屋?誰謂鼠無牙,何以穿我墉"。艮為室、為墉,艮手,故曰穿鑿。正反震,故曰生訟。坤為邪,故曰不直生訟。震為衣,坤為水,故曰露。艮手震行,故曰褰衣涉露。坤為勞,坤喪,故無功。○露,汲古作河,非,依宋元本。
《井》之《益》——《易林》の体例は毎一卦の下に六十四条の林辞を繫げ、条首に標出する卦名は変成する所のあの卦、「之卦」と叫び、占して到る所の本卦は則ち「遇卦」と叫ぶ、本条は即ち《井》が《益》に変ず。尚秉和の用うる所の卦象は大半は《説卦伝》に見えず、是れ彼が《易林》の用象の中より輯め出したる「逸象」、即ち経外に散佚する卦象。林辞は言う:房屋に洞を穿ち墻壁に孔を鑿き、行事は正直ならず因りて官司を惹出し、衣裳を撩り起して露水を蹚り過ぐるも、白く辛苦の一場にして功効なし——是れ徒労して訟を招くの凶象なり。前半は《詩経・召南・行露》の語意を用う、あの詩は「厭浥行露」(道上の露水は湿渌渌たり)と説き、又「誰謂雀无角、何以穿我屋、誰謂鼠无牙、何以穿我墉」(誰か言わん麻雀に尖嘴なしと、然らば怎様にして我が屋頂を啄穿する、誰か言わん老鼠に利牙なしと、然らば怎様にして我が墻を打通する)と説く、正に屋を穿ち墻を鑿きて訟を致すの本事。尚秉和は象を解す:艮は室・墉(墻垣)、艮はまた手、故に「穿鑿」と言う。本卦の下体は震、三至五爻は又合して艮と成り、艮は正に震を倒したる様子——卦体を上下顛倒して看て得る所の象を「覆象」と叫び、震の覆象は即ち艮、一正一倒の両震は相向し、「正反震」と称し、両造は相対して争執の如く、故に「生訟」と言う。坤の性は邪曲、故に「不直生訟」と言う。震は衣、坤は水、故に「露」を取る。艮は手・震は行、合わせて便ち「褰衣渉露」。坤は労苦を主り、坤はまた喪亡を主る、故に労して功なし。校記:「露」の字は汲古閣本が「河」とし、対ならず、此処は宋刻本・元刻本に従う。
夬。脫卵免乳,長大成就。君子萬年,動有利得。震為卵,今陽長至五,故曰脫卵。艮為乳,艮伏,故免乳。乾為長大、為成就、為君子、為萬年。○首句汲古作胎卵胞乳,非,依宋元本。
《井》之《夬》:雛鳥は卵殻を脱出し幼子は乳哺を断ち、此に就きて長大して材と成り、君子は万年の寿を享け、一挙一動みな利を得る有り——是れ成長して遂ぐるを得るの吉象なり。尚秉和は象を解す:震は卵、《夬》卦の陽気は已に第五爻に長じ到り、五陽は下に在りて一陰を逼る、故に「脱卵」と言う。艮は乳、此の卦は艮は伏位に処りて現れず、故に「免乳」、即ち哺乳を脱離すと言う。乾は長大・成就・君子・万年。校記:首句は汲古閣本が「胎卵胞乳」とし、対ならず、此処は宋刻本・元刻本に従う。
姤。五心乖離,各引是非。莫適為主,道路塞壅。巽卦數五,伏坤為心、為乖離。乾為言,兌亦為言,兌背乾,故曰各引是非。《夬九四》云"聞言不信",林用象所本也。震為侯、為主、為道路,震伏,故曰莫適為主。乾實,故壅塞。
《井》之《姤》:五個の人の心思は乖違離散し、各々一套の是非を引き出し、帰属すべき一個の正主なく、道路は因りて堵塞不通なり——是れ衆心は一ならず事は主する所なきの凶象なり。尚秉和は象を解す:巽の卦数は五、伏坤は心・乖離、合わせて「五心乖離」。乾は言語を主り、兌も亦言語を主り、而るに兌と乾とは背向して処る、故に「各引是非」と言う。《夬》卦の九四爻辞「聞言不信」は、正に焦氏の此条の取象の依据。震は諸侯・主・道路、此の卦は震は伏位に在る、故に「莫適為主」、即ち従い適う所なく主宰なしと言う。乾体は充実、故に道路は壅塞す。
萃。百柱載梁,千歲不僵。大願輔福,文武以昌。艮巽為樑柱,下坤為多,故曰百柱。坤為車,故曰載。坤為千歲、為僵,艮堅,故不僵。伏乾為大、為福,坤為文,伏震為武、為昌。
《井》之《萃》:上百根の柱子は大梁を扛負し、千年も亦傾倒せず。大願は扶助と福佑とを得、文治武功は因りて昌盛す——是れ根基は穩固にして福沢綿長の吉象なり。尚秉和は象を解す:艮と巽とは皆梁柱の象を取り、下体の坤は衆多を主る、故に「百柱」と言う。坤は車、車は能く負載す、故に「載」と言う。坤は千歳・僵僕、而るに艮の性は堅実、故に傾倒に至らず。伏乾は大・福、坤に文采有り、伏震は武・昌盛。
井。營城洛邑,周公所作。世逮三十,年厯七百。福佑豐實,堅固不落。坤為城邑、為世、為年,震為周、為公,數三,坤數十,故曰世逮三十。震數七,坤數百,故曰年厯七百。伏乾為福佑、為實,伏艮為堅。《左傳》周公城洛邑卜世三十,卜年七百。○逮,汲古訛連,依宋元本。
本条の条首は「井」と標作すも、《易林》は毎卦の下の六十四林は本卦を以て首と居り其余は卦序に依りて排列し、此処は上は《萃》を承け下は《困》に接す、次序に按ずれば当に《升》なるべし。注文は又坤を以て主象と為し(《升》の上体は正に坤)、底本の「井」の字は疑わく「升」の訛ならん、今は照録して改めず。林辞は言う:洛邑の城池を営建するは、周公の規画興造する所なり。卜して伝世三十代を得、国を享くること七百年。福佑は豊厚充実して、根基は堅固にして敗落せず——是れ基業久長の大吉の象なり。尚秉和は象を解す:坤は城邑・世・年、震は周・公。震の卦数は三、坤の卦数は十、三と十と相乗ず、故に「世逮三十」と言う。震の数は七、坤の数は百、故に「年歴七百」と言う。伏乾は福佑・充実、伏艮は堅固。《左伝》宣公三年は王孫満の話を載す、成王は郟鄏に鼎を定め、世を卜ること三十・年を卜ること七百と曰く、正に周公の洛を営むの旧典。校記:「逮」の字は汲古閣本が訛りて「連」とし、此処は宋刻元刻本に従う。
困。從叔旅行,食於東昌。嘉伯悅喜,與我芝酒。通《賁》。艮為叔,震為從、為行旅,故曰從叔行旅。震為食、為東、為昌。東昌,齊地名。震為伯、為嘉、為喜,坎為酒,巽為芝,艮為我,故曰與我芝酒。此似有故實,俟考。
《井》之《困》:叔父に跟い随いて一道に門を出でて遠行し、東昌に於て進食し、嘉伯は歓欣喜悦して霊芝美酒を拏りて我を款待す——是れ行旅は款待を得るの吉象なり。尚秉和は象を解す:「通《賁》」は説くは《困》と《賁》とは「旁通」す、即ち六爻の陰陽は全部互換して両卦は相通じ、象を取る時は旁通の卦の象を借用すべし。艮は叔、震は随従・行旅、故に「従叔行旅」と言う。震は飲食・東・昌、「東昌」は斉国の地名。震は伯・嘉美・喜悦、坎は酒、巽は芝草、艮は我、故に「与我芝酒」と言う。尚氏はこの条は似て某の桩の史実を用いしも、一時還ら考え出ださずと言う。
革。牛耳聾蔽,不曉聲味。委以鼎俎,方始亂潰。通《蒙》。坤為牛,坎為耳,坤閉,故耳聾。巽為味,震為聲,坤閉,故不知聲味。震為鼎俎,離為亂。○潰,汲古作憒,依宋元本。牛,汲古作失,未知孰是。
《井》之《革》:牛の耳は又聾え又塞がり、声音と滋味とを分辨せず。烹调の鼎俎を它に交付せば、事情は此に乃ち溃乱を始めり——是れ托する所は人に非るの凶象なり。尚秉和は象を解す:《革》と《蒙》とは旁通す。坤は牛、坎は耳、坤は閉塞を主る、故に耳は聾える。巽は気味、震は声音、坤は閉す、故に声味を辨え出ださず。震は鼎俎、離は乱を主る。校記:「溃」の字は汲古閣本が「愦」とし、此処は宋刻元刻本に従う。「牛」の字は汲古閣本が「失」とし、尚氏は如何なるか対なるを知らずと言う。
鼎。娵訾開門,鶴鳴彈冠。文章進用,舞韶和鸞。三仁翼政,國無災殃。詳《坤》之《明夷》。
《井》之《鼎》:娵訾の星次は一たび到れば、門戸は随いて洞開し、鶴は唳り高鳴し賢士は冠上の塵土を弾去して出仕を准備す。文采有る人は進用を得、《韶》楽は舞を起し鸞鈴は相い和し、三位の仁人は朝政を輔佐し、国家は災殃なし——是れ賢才は位に在るの大吉の象なり。「娵訾」は十二星次の一つ、亥位に配し、正に歳首開泰の時に当たる。「弾冠」は漢代の王吉と貢禹との典故を用う、友人は位を得れば便ち冠を弾きて相い待つ。「三仁」は殷末の微子・箕子・比干を指し、《論語・微子》は「殷有三仁焉」と称す。取象は詳しく《坤》之《明夷》の一条に見ゆ。
震。游魂六子,百木所起。三男從父,三女隨母。至己而後,各得其所。震為遊、為子,坎為魂,數六,故曰游魂六子。震為木、為百,數三。互坎艮,皆男象,而震為父、為從,故曰三男從父。伏巽,互離兌,皆女象。巽為母,故曰三女從母。離卦數三也。巽居己方,至己而反者,言震巽相反覆,震究為巽與震相反也。○反,汲古作足,非,依宋元本。
《井》之《震》:游魂の卦は六子を生出し、百木は此に由りて発生す。三個の男卦は父卦に跟従し、三個の女卦は母卦に追随し、巳位に到りて而る後に折返し、各々其の所を安んじ得——是れ各々本位に帰るの和順の象なり。底本の第五句は「至己而后」と作り、尚氏の注文と巻末の仵道益の跋語の引く此条の林辞とは皆「至巳而反」と作る。「己」は当に「巳」、「后」は当に「反」の訛なるべし、今は仍お底本に照りて録す。尚秉和は象を解す:震は游・子、坎は魂、坎の卦数は六、故に「游魂六子」と言う。震は木・百、卦数は三。本卦の二至四爻・三至五爻の合して成る卦を「互体」と叫び、此処は坎と艮とを互い出だし、坎・艮は皆男卦の象、而るに震は父・従、故に「三男従父」と言う——震・坎・艮は正に乾の三個の男卦。震の伏する所は巽、巽卦の互体は又離と兌とを出だし、離・兌は皆女卦の象、巽は母、故に「三女従母」と言う、離の卦数も亦是れ三。巽は十二辰の巳位に居る、「至巳而反」は説くは震と巽とは互いに反復を為し、震は推究して極処に到れば便ち巽と成り、両卦は正に相反すと。校記:「反」の字は汲古閣本が「足」とし、対ならず、此処は宋刻元刻本に従う。
艮。南山蘭茞,使君媚好。皇女長婦,多孫眾子。《左傳》:"鄭文公有妾曰燕姞,夢天與之蘭曰:蘭有國香,人服媚之",艮納丙,故曰南山。震亦為南。震伏巽,故曰蘭茞。震為君,伏兌為媚好,伏巽為皇女、為長婦。艮為孫子,重艮,故曰多、曰眾。○首二句汲古訛為"兩山萠使,苲君好",依宋元本。
《井》之《艮》:南山の上に蘭草と白芷とは生い、君子をして人の愛悦を招かしむ。皇家の女児は元配長婦を為り、児孫は衆多なり——是れ佳偶にして子多きの吉象なり。尚秉和は象を解す:《左伝》宣公三年は鄭文公に燕姞と叫ぶ妾有りて、天使の彼女に蘭花を賜えるを夢見、「蘭に国香有り、人は之を服して媚びる」(蘭に一国の香有り、之を佩戴する人は人の愛悦を招く)と曰くを載す、後に鄭穆公を生み、林辞は正に此の事を用う。「納甲」の法に按じて艮は丙を納め、丙は南方に属す、故に「南山」と言う。震も亦南方を主る。震の伏する所は巽、巽は草木、故に「蘭茞」と言う——「茞」は即ち白芷。震は君、伏兌は媚好、伏巽は皇女・長婦。艮は孫・子、本卦は上下に艮を重ねる、故に「多」と言い「衆」と言う。校記:頭の二句は汲古閣本が訛りて「両山萠使、苲君好」とし、此処は宋刻元刻本に従う。
漸。黃虹之野,國君在位。管叔為相,國無災殃。巽為虹,互離,故曰黃虹。艮為野,伏震為賢君、為管,下艮,故曰管叔。管仲相齊,伯天下。《孝經援神契》曰黃虹抱曰輔臣納忠,又《帝王世紀》少昊母曰女節,見星如虹下流華渚,夢感而生少昊。○在位,汲古作所在,虹訛為●,均依宋元本。管叔,宋本、汲古作榮段,依元刊。
《井》之《漸》:黄色の虹霓は原野の上に横たわり、国君は其の位に安居し、管叔は国相を出任し、国中は災殃なし——是れ賢相は政を輔くの吉象なり。尚秉和は象を解す:巽は虹、互体して離と成り、離の色は黄、故に「黄虹」と言う。艮は野、伏震は賢君・管、下体は艮、故に「管叔」と言う、ここでの「管叔」は斉を相して覇を称えし管仲を指す。緯書《孝経援神契》は黄虹は太陽を環抱するは輔臣の忠言を進献するの徴兆と説く(底本の「抱曰」は当に「抱日」と作るべし)。《帝王世紀》は又少昊の母親女節は一顆の大星の虹の如く華渚に下流するを見、夢中に感応して少昊を生めりと説く。校記:「在位」は汲古閣本が「所在」とし、「虹」の字は訛りて墨釘「●」と成り、いずれも宋刻元刻本に従う。「管叔」は宋本と汲古閣本とが「栄段」とし、此処は元刊本に従う。
歸妹。穿鑿道路,為君除舍。開闢福門,喜在我鄰。坎為穿,震為道路、為君、為喜,伏艮為門。《史記呂后紀》:"東牟侯興居曰誅呂氏,無功,請得除宮"。震為喜、為鄰。
《井》之《帰妹》:道路を開鑿修通し、君主の為に館舎を打掃し、福気の門は此に就きて敞开し、喜慶は我が近隣に落着す——是れ吉を迎え福を納るるの吉象なり。尚秉和は象を解す:坎は穿、震は道路・君・喜、伏艮は門。《史記・呂太后本紀》は東牟侯劉興居が「呂氏を誅滅するに我は力を出さず、請う、我を往かしめて宮室を清掃せしめよ」と説くを載す——「除宮」は正に林辞の「除舍」と合す。震は喜・隣。
豐。商風數起,天下昏晦。旱魃為虐,九土兵作。兌為秋,下互巽,故曰商風。互大坎,故曰昏晦。豐卦屢言日中見斗,林所本也。坎為鬼,下離故曰旱魃。《詩大雅》:"旱魃為虐",《毛傳》:"魃,旱神也"。震數九,伏艮為兵。○九土,汲古作七凡,非,依宋元本。
《井》之《豊》:秋風は一再して刮き起り、天下は昏暗にして光なく、旱魃は肆虐して害を為し、九州の内は兵事は興作す——是れ天時は昏乱して兵と旱とが交じり加わるの凶象なり。尚秉和は象を解す:兌は秋を主り、下体は巽を互い出だし、巽は風、秋風は即ち「商風」(五音の商は秋に配す)。卦中の数爻は合して一個の放大したる坎象を成す、「大坎」と称し、坎は昏暗を主る、故に「昏晦」と言う——《豊》卦の爻辞は屢々「日中見斗」(正午に北斗を見る)と説く、正に焦氏の取象の根据。坎は鬼、下体は離火、故に「旱魃」と言う。《詩経・大雅・雲漢》に「旱魃為虐」あり、《毛伝》は「魃は旱神なり」と説く。震の卦数は九、故に「九土」、即ち九州と言う。伏艮は兵。校記:「九土」は汲古閣本が「七凡」とし、対ならず、此処は宋刻元刻本に従う。
旅。自衛反魯,時不我與。冰炭異室,仁道閉塞。詳《坤》之《頤》。○反,宋元本作歸,閉作隔,均依汲古。
《井》之《旅》:衛国より鲁国に返回すれど、時運は却って我に機会を与えるを肯んぜず。氷と炭とは両室に分処して相容れず、仁徳の道は因りて閉塞す——是れ時に遇わざるの凶象なり。首句は孔子の行跡を用う、《論語・子罕》「吾自衛反魯、然後楽正」は即ち此の事を指す。取象は詳しく《坤》之《頤》の一条に見ゆ。校記:「反」の字は宋刻元刻本が「帰」とし、「閉」の字は「隔」とし、此処は皆汲古閣本に従う。
巽。春陽生草,夏長條肄。萬物蕃滋,充實益有。伏震為春陽、為生、為草。互離為夏,巽為枝條,震為萬物、為蕃滋。《詩周南》:"伐其條肄",《傳》:"斬而復生曰肄,即嫩條"。○肄,各本皆作枝,非,依《巽》之《睽》校。
《井》之《巽》:春天の陽気は百草を催生し、夏天の裡に新枝は抽長し、万物は繁衍滋育し、充盈飽満にして日に日に富有す——是れ生長豊盛の吉象なり。尚秉和は象を解す:伏震は春陽・生・草。互体して離と成り、離は夏を主る。巽は枝條、震は万物・繁滋。《詩経・周南・汝墳》「伐其條肄」、《毛伝》は「斬りて復た生ずるを曰く肄」と説く、即ち砍伐の後に重新して長出したる嫩枝。校記:「肄」の字は各本皆「枝」とし、対ならず、此処は《巽》之《睽》の一条に拠りて校正す。
兌。六蛇奔走,俱入茂草。驚於長注,畏懼啄口。互巽為蛇,伏坎,卦數六,故曰六蛇。伏震為走,巽為入、為茂草,兌為口,坎為畏,艮為黔啄。蛇最畏鸛鶴之屬,以其啄也。易林讀黔喙為黔啄,此又一證也。○俱,汲古作奔,依宋元本。注,汲古作作住,依宋本、元本。啄,各本皆作喙,依《中孚》之《家人》校。注,撃也。
《井》之《兌》:六条の蛇は倉皇として奔竄し、一斉に茂密の草叢に鑽り入り、長喙の一撃に驚かされ、あの尖嘴の啄咬を害怕す——是れ驚懼して蔵匿するの象なり。尚秉和は象を解す:互体して巽と成り、巽は蛇、卦中に又坎を伏し、坎の卦数は六、故に「六蛇」と言う。伏震は走、巽は入・茂草、兌は口、坎は畏懼、艮は「黔啄」、即ち黒色の尖喙。蛇は最も鸛鶴の一類の長喙の鳥を怕る、便ち彼らは啄むを能くするが為に。《易林》は《説卦》の「黔喙」を「黔啄」と読作す、この条は又一個の証拠なり。校記:「俱」の字は汲古閣本が「奔」とし、宋刻元刻本に従う。「注」の字は汲古閣本が「作住」とし、宋本・元本に従う。「啄」の字は各本皆「喙」とし、《中孚》之《家人》の一条に拠りて校正す。「注」は撃打の意思。
渙。明月照夜,使暗為晝。國有仁賢,君尊如故。坎為夜、為月,故曰明月照夜。坎隱伏,艮光明,故曰使暗為晝。艮為國,震為仁、為君。○宋元本缺此林。
《井》之《渙》:明月は夜空を照亮し、黒暗を白昼の如くに変じ、国中に仁徳の賢人有り、君位は尊崇して一往の如く——是れ賢を得て安んずるの吉象なり。尚秉和は象を解す:坎は夜・月、故に「明月照夜」と言う。坎は隠伏幽暗を主り、艮は光明を主る、故に「使暗為昼」と言う。艮は国、震は仁・君。校記:宋刻元刻本には此の一条の林辞なし。
節。避蛇東走,反入虎口。制於爪牙,骨為灰土。震為東,伏巽為蛇,坎隱伏,故曰避蛇東走。艮為虎,兌為口、為爪牙、為骨,坎為土。○蛇,汲古作地,為作於,依宋元本。
《井》之《節》:毒蛇を躲けて東に逃走し、回頭すれば却って虎口に撞進し、爪牙に制せられ、骨は灰土と化成せり——是れ小患を避けて大禍に遭うの凶象なり。尚秉和は象を解す:震は東、伏巽は蛇、坎は隠伏を主る、故に「避蛇東走」と言う。艮は虎、兌は口・爪牙・骨、坎は土。校記:「蛇」の字は汲古閣本が「地」とし、「為」の字は「于」とし、此処は宋刻元刻本に従う。
中孚。傾迭不行,弱走善僵。孟縶無良,失其寵光。巽為傾迭,震為走,兌折,故曰弱走善僵。震為孟,巽繩為縶,故曰孟縶。艮為良、為光,巽為伏,故曰無良、曰失其寵光。按:《左傳昭七年》:"衛襄公嬖人婤姶生孟縶,孟縶之足不良,孔成子曰:孟非人也,將不列於宗,後竟不得立"。孟縶無良,即謂孟縶之足不良也。
《井》之《中孚》:踉蹌跌撞して路を走る成らず、脚力は軟弱にして動けば輙ち僕倒す。衛国の孟縶は腿脚は好からず、原有の寵愛と栄光とを失掉せり——是れ残疾して位を失うの凶象なり。尚秉和は象を解す:巽は傾側跌撞、震は行走、兌は毀折を主る、故に「弱走善僵」、一歩けば便ち倒ると言う。震は孟、巽は繩なれば故に「縶」(拴縛)を取り、合わせて人名「孟縶」と成す。艮は良・光、巽は潜伏を主る、故に「无良」と言い「失其寵光」と言う。尚氏の按語:《左伝》昭公七年は衛襄公の寵妾婤姶が孟縶を生み、孟縶の脚に毛病有り、孔成子は「孟は国君を為すの材料に非ず、将来は宗廟の列に進む能わず」と曰くを載し、後に果然として継位する能わず。「孟縶无良」の説く所は正に孟縶の足病にして行くに良からず。
小過。十羊俱見,黃頭為首。歲美民安,國樂無咎。兌為羊,數十,又為見,故曰十羊俱見。震為黃,艮為頭、為首,故曰黃頭為首。震為歲、為樂,艮為國,又為安。○羊,汲古作年,美作尾,均依宋元本。
《井》之《小過》:十隻の羊は一斉に現身し、黄頭のあの隻は領頭して前に在り、年成は豊美にして百姓は安寧し、挙国は歓楽して災禍有らざらん——是れ歳稔民安の吉象なり。尚秉和は象を解す:兌は羊、卦数は十、兌はまた見、故に「十羊俱見」と言う。震の色は黄、艮は頭・首、故に「黄頭為首」と言う。震は歳・楽、艮は国、又安を主る。校記:「羊」の字は汲古閣本が「年」とし、「美」の字は「尾」とし、いずれも宋刻元刻本に従う。
既濟。望風入門,來到我鄰。餔吾養均。互用遇卦象。○餔,汲古作鋪,依宋元本。
《井》之《既済》:風声を望めば門に入り来り、一直に我が近隣に到り、我に飲食を分与し、供養は均平なり——是れ賓至りて相い恤るの象なり。底本の此条はただ三句のみ、《易林》の四言四句の通例と合わず、疑わく脱文有らん、今は照録して補わず。尚秉和はただこの条は交互に遇卦《井》の卦象を取用せしと説く。校記:「餔」の字は汲古閣本が「鋪」とし、此処は宋刻元刻本に従う。
未濟。登高車返,視天彌遠。虎口不張,害賊消亡。此仍用遇卦象。井通噬嗑。震為車、為返、為登,巽為高,故曰登高車返。艮為天、為虎,坎閉塞,故口不張。震為口也。巽為賊,風散,故消亡。○車,汲古訛連,天訛失,均依宋元本校。
《井》之《未済》:高処に登りて又車を駕りて折返し、天空を仰望すれば只覺えて愈々遥遠なり。虎口は張開せず、害を為す盗賊は消散して蹤なし——是れ危険は自ら解くるの吉象なり。尚秉和は象を解す:この条は仍旧として遇卦《井》の卦象を用い、《井》と《噬嗑》とは旁通す。震は車・返・登、巽は高、故に「登高車返」と言う。艮は天・虎、坎は閉塞を主る、故に虎口は張開せず——震こそ口の象なり。巽は賊、風は一吹きすれば便ち散ず、故に「消亡」と言う。校記:「車」の字は汲古閣本が訛りて「連」とし、「天」の字は訛りて「失」とし、いずれも宋刻元刻本に依りて校正す。
焦氏易林注巻十三
行唐尚秉和節之注
此の行に題するは本巻の注者の名銜:注を為す人は直隷行唐県の尚秉和、「節之」は彼の字。全書の《易林》正文は漢代の焦延寿より出で、文に随いて卦象を疏解する注文は則ち尚氏の撰す所、故に「節之注」と題作す。
受業蒲城仵道益、豐潤董維城堃校刊
此の行に題するは本巻を校訂刊刻せし人:尚秉和の両位の受業弟子——陜西蒲城人の仵道益、直隷豊潤人の董堃(維城)——は分頭に校勘と刻印との役を担任せり。巻末の仵道益の跋語に拠れば、此の書は己卯年の夏に開雕し、庚辰年の春に到りて完工せり。
革 第四十九
革。馬服長股,宜行善市。蒙佑諧偶,獲金五倍。乾為馬,巽為股、為長,故曰馬服長股。服,猶駕也。乾為金,巽為市、為倍,卦數五,故曰獲金五倍。○市,元本作布,依宋本。第三句汲古作俱蒙福佑,五作三,俱依宋元本。
《革》之《革》は、遇卦と之卦とは同じく《革》、本卦の六十四林の首に居る。林辞は言う:車を駕る馬の腿股は修長にして、出行に宜しく交易に善し。福佑を蒙り配偶は和諧し、五倍の金利を獲取す——是れ商を行ずる大吉の象なり。尚秉和は象を解す:《革》卦の三至五爻は互体して乾と成り、乾は馬。二至四爻は互体して巽と成り、巽は股・長、故に「馬服長股」と言い、「服」は即ち駕車。乾は金、巽は市・倍、巽の卦数は五、故に「獲金五倍」と言う。校記:「市」の字は元刻本が「布」とし、此処は宋本に従う。第三句は汲古閣本が「俱蒙福佑」とし、「五」は「三」とし、いずれも宋刻元刻本に従う。
乾。高原峻山,陸土少泉。草木林麓,喜得所蓄。此用《革》象。伏艮,故曰高原、曰峻山。伏坤為陸土,坎為泉,坎伏,故曰少泉。震為草木、為喜,艮止,故曰蓄。○陸土,汲古作址大,依宋元本。
《革》之《乾》:高き原野・峻峭の山嶺、陸地は土厚くして泉水は稀少なり。草木は林と成り山脚は麓と成り、欣喜して积蓄を得——是れ儲蓄して得る所有るの吉象なり。尚秉和は象を解す:この条は遇卦《革》の象を用う。《革》と《蒙》とは旁通し、伏する所の《蒙》の上体は艮、故に「高原」「峻山」と言う。《蒙》の互体は又坤を出だし、伏坤は陸土。坎は泉、坎は伏位に処りて顕れず、故に「少泉」と言う。震は草木・喜、艮は止蓄を主る、故に「蓄」と言う。校記:「陸土」は汲古閣本が「址大」とし、此処は宋刻元刻本に従う。
坤。一門二關,結緝不便。峻道異路,日暮不到。此用遇卦《革》象。坤為門,伏坎,數一,故曰一門。坎為關,坤數二,故曰二關。坤閉,故曰結緝。艮為道路,山高故曰峻道。蒙二至上正反艮,故曰異路。艮為日,坤為暮,艮止,故不到。多用革伏象。關,門牡也。一門數關,故結緝不便。
《革》之《坤》:一道の門に両重の關閂を装し、纏結束縛して甚だ便当ならず。山道は険峻にして岔路は岐出し、天は黒く成るも到る能わず——是れ重重に窒碍するの凶象なり。尚秉和は象を解す:この条は遇卦《革》の象を用う。坤は門、伏坎の卦数は一、故に「一門」と言う。坎は關閂、坤の卦数は二、故に「二關」と言う。坤は閉塞を主る、故に「結緝」、即ち糾結束縛と言う。艮は道路、山は高し、故に「峻道」と言う。伏する所の《蒙》卦の二爻至上爻は一正一倒の両個の艮を含む、故に「異路」と言う。艮は日、坤は日暮、艮は止を主る、故に到る能わず。全条は多く《革》の伏象を用う。「關」は即ち門閂、一道の門上に好几重の閂有り、故に糾結して不便なり。
屯。憂患解除,喜至慶來。坐立歡門,與樂為鄰。坎為憂患,震為解,為喜樂,艮為門、為坐。
《革》之《屯》:憂愁禍患は解除を得、喜事は到来し慶事は門に臨み、或いは坐し或いは立つも皆歓楽の門に在り、快楽と隣居を結ぶ——是れ憂を解きて喜を得るの吉象なり。尚秉和は象を解す:坎は憂患、震は解・喜楽、艮は門・坐。
蒙。殊類異路,心不相慕。牝牛牡猳,鰥無室家。坤為類,艮為路,二至上正覆艮,故曰殊類異路。坎為心,二至上艮震相反,故不相慕。坤為牝牛,坎為牡猳,艮為鰥、為家,坎為室,言牛豕殊類,雖一牝一牡,而不能配合,故無室家也。○殊,汲古訛疎,依宋元本。
《革》之《蒙》:種類は不同じ道路は各別にして、彼此心裡互いに愛慕せず。母牛と公猪とは、鰥居して家室を成す能わず——是れ異類は合し難く婚配成らざるの凶象なり。尚秉和は象を解す:坤は類、艮は路、《蒙》卦の二爻至上爻は一正一覆の両個の艮を含む、故に「殊類異路」と言う。坎は心、二至上は又艮と震と相反す、故に相い思慕せず。坤は母牛、坎は公猪——「猳」は即ち牡豕。艮は鰥夫・家、坎は室:此れは説くは牛と猪とは種類不同じ、一牝一牡と雖も配合する成らず、故に室家なしと。校記:「殊」の字は汲古閣本が訛りて「疎」とし、此処は宋刻元刻本に従う。
需。太王為父,季歷孝友。文武聖明,仁政興起。旦隆四國,載福綏厚。乾為王、為父、為始,故曰太王。伏艮為季,坤為孝友、為文,兌剛為武,乾為仁聖,互離為晝,故曰旦。坤為國,兌西方金,數四,故曰四國。○季歷,宋本、汲古作正季,依元本。林詞歷敘周王之由。旦,周公名。四國,猶四方,非管蔡商奄。
《革》之《需》:古公亶父は父親を為り、季暦は孝順友愛し、文王・武王は聖明にして位に在り、仁政は此に由りて興起す。周公旦は四方をして興隆せしめ、福沢を承載し安享して豊厚なり——是れ周室は徳を積み世を累ねるの大吉の象なり。尚秉和は象を解す:乾は王・父・始、故に「太王」、即ち古公亶父と言う。伏艮は季、合わせて「季暦」、季暦は太王の少子・文王の父親。坤は孝友・文、兌の性は剛なれば故に武と為し、乾は仁・聖。互体して離と成り、離は白昼、故に「旦」の字を取る。坤は国、兌は西方金に属し、卦数は四、故に「四国」と言う。校記:「季暦」は宋本と汲古閣本とが「正季」とし、此処は元刻本に従う。この条の林辞は依次に周家の王と称する由来を叙述す。「旦」は周公の名。「四国」は即ち四方、管・蔡・商・奄のあの「四国」を指すに非ず。
訟。臨河求鯉,燕婉失餌。屏氣攝息,不得鯉子。通《明夷》。坤為水、為河、為魚,坤柔順,故曰燕婉。巽為餌,坎失,故燕婉失餌。震為氣息,坤閉,故屏氣攝息。震為子,坤魚,故曰鯉子。坤喪,故不得。○失餌,汲古作笑弭,依宋元本。
《革》之《訟》:河辺に走りて鯉魚を求めに往くも、あの温順の人は却って釣餌を丢し、気を屏い息を斂めて守候すれど、終に鯉魚を得ず——是れ求めて獲ざるの凶象なり。尚秉和は象を解す:《訟》と《明夷》とは旁通す。坤は水・河・魚、坤の性は柔順、故に「燕婉」、即ち安順美好と言う。巽は餌、坎は亡失を主る、故に「燕婉失餌」と言う。震は気息、坤は閉を主る、故に「屏気摂息」と言う。震は子、坤は魚、故に「鯉子」と言う。坤は喪亡を主る、故に求め到らず。校記:「失餌」は汲古閣本が「笑弭」とし、此処は宋刻元刻本に従う。
師。賈利求福,莫如南國。仁德所在,金玉為質。坤為利,震為福、為南,坤為國,故曰南國。震為仁德,伏乾為金,震為玉。○質,宋元本作寶,依汲古。
《革》之《師》:売買を為して利を謀り福気を祈求するに、南方の国より好き去処は莫し。仁徳の在る所の地方は、金玉は即ち彼処の本質なり——是れ南に行きて財を求めて吉を得るの象なり。尚秉和は象を解す:坤は利、震は福・南、坤は国、合わせて「南国」。震は仁徳、伏乾は金、震は玉。校記:「質」の字は宋刻元刻本が「宝」とし、此処は汲古閣本に従う。
比。白虎赤憤,窺觀王庭。宮闕被甲,大小出征。天地煩潰,育子不嬰。革兌為虎、為西,故曰白虎。坎為赤、為憂憤。赤憤,猶丹憤也。袁高詩:茫茫蒼海間,丹憤何由伸。蓋與赤心同義,茲曰赤憤,言虎猛也,或疑憤當為幩,然虎旡飾朱幩之理,或又疑為羵。羵為土中怪羊,不能出遊也。離為觀、為甲,坤為亂潰,乾為王,坎為宮室,伏震為征,乾為大、為天,坤為小、為地,革二至上正反兌巽,兌毀折,巽散亂,而伏艮震,艮為嬰兒,震為覆艮,故嬰不能育也。○地,汲古作下,潰作憒,依宋元本。
《革》之《比》:白虎は一腔の赤忿を懐き、窺探張望して王庭を伺い、宮門闕下は人人甲を披き、大大小小は一斉に出征す。天地は煩擾溃乱し、孩子を生むも養い活かさず——是れ兵乱は生を傷めるの大凶の象なり。尚秉和は象を解す:遇卦《革》の兌は虎・西方、故に「白虎」と言う。坎の色は赤、又憂憤を主る、「赤憤」は「丹憤」と説くが如く——唐人の袁高の詩「茫茫蒼海間、丹憤何由伸」は、「赤心」と同義、此処は「赤憤」と説くは虎の凶猛を形容す。人疑い「憤」は当に「幩」(馬飾)と作るべしとするも、老虎に朱幩を繫ぐの道理なし。又人疑い「羵」と作る、羵は土中の怪羊、出来て游走する能わず、亦合わず。離は観・甲、坤は乱溃、乾は王、坎は宮室、伏震は征伐、乾は大・天、坤は小・地。《革》卦の二爻至上爻は一正一反の兌と巽とを含み、兌は毀折を主り巽は散乱を主り、其中に又艮と震とを伏し、艮は嬰児、震は艮を倒したる覆象、故に嬰児は養い活かさず。校記:「地」の字は汲古閣本が「下」とし、「溃」は「愦」とし、此処は宋刻元刻本に従う。
小畜。子車針虎,善人危殆。黃鳥悲鳴,傷國無輔。秦風黃鳥詩哀三良殉穆公葬。子車針虎,三良名也。伏震為子、為車,艮為虎,坎為針,故曰子車針虎。震為善、為人,坎危殆。艮為鳥,坤為黃,故曰黃鳥。震為鳴,坎為悲,坤為國。傷國無輔,言失賢人也。
《革》之《小畜》:子車氏の鍼虎は、好人は反って険に遭い、黄雀は悲声哀鳴し、国中の辅弼を失えるを痛惜す——是れ賢良は殉葬せらるるの凶象なり。尚秉和は象を解す:《詩経・秦風・黄鳥》は三位の賢良が秦穆公の為に殉葬せしを哀悼す、「子車鍼虎」は正に三良の姓名の一つ(三良は子車奄息・子車仲行・子車鍼虎)。伏震は子・車、艮は虎、坎は鍼、合わせて「子車鍼虎」。震は善・人、坎は危殆を主る。艮は鳥、坤の色は黄、故に「黄鳥」と言う。震は鳴、坎は悲、坤は国。「傷国无輔」は説くは国家は賢人を失掉ししと。
履。兩目失明,日暮無光。脛足跛曳,不可以行,頓於邱傍。詳《剝》之《萃》。○曳,各本皆作步,依《剝》之《萃》校。
《革》之《履》:両隻の眼睛は明を失い、日頭は西沈して天色は光なく、小腿は脚は跛みて、拖きて走ること動かず、山丘の旁辺に困頓す——是れ行き止まるも両難の凶象なり。取象は詳しく《剥》之《萃》の一条に見ゆ。校記:「曳」の字は各本皆「歩」とし、此処は《剥》之《萃》の一条に拠りて校正す。
泰。羅網四張,鳥無所翔。征伐困極,飢寒不食。坤為網羅,震卦數四,故曰四張。震為鳥、為翔、為征伐。坤為飢,乾為寒,兌口為食,坤閉,故不食。
《革》之《泰》:羅網は四面に張開し、飛鳥は翱翔する処なく、征戦の事は困頓して極点に到り、又飢え又冷え進食すべきなく——是れ進退とも路なきの凶象なり。尚秉和は象を解す:坤は網羅、震の卦数は四、故に「四張」と言う。震は鳥・翔・征伐。坤は飢、乾は寒、兌は口なれば故に飲食を主り、坤は閉塞を主る、故に喰い得ず。
否。伯夷叔齊,貞廉之師。以德防患,憂禍不存。震為伯,震伏,故曰伯夷。艮為叔,互巽,故曰叔齊。餘詳《比》之《剝》。
《革》之《否》:伯夷と叔斉とは、堅貞清廉の表率なり。徳行を用いて禍患を防備し、憂愁災禍は皆留存せず——是れ清節を持守して禍を免るるの吉象なり。尚秉和は象を解す:震は伯、震は伏位に在り、「夷」に隠没の義有り、故に「伯夷」と言う。艮は叔、互体して巽と成り、《説卦伝》は「斉乎巽」と説く、故に「叔斉」と言う。其余の取象は詳しく《比》之《剥》の一条に見ゆ。
同人。疾貧望幸,賈販市並。開牢擇羊,多得大。詳《否》之《坎》。○幸,宋元本作仕,非,依汲古。第二句各本皆作使伯行販,依元本《訟》之《遯》校。
《革》之《同人》:貧窮に苦しみ僥倖を盼ぎ、売買を為して市集に趕き、牢圏を開きて羊を挑めば、収穫は既に多く又大なり——是れ営生して利を得るの吉象なり。末句は底本はただ三字のみ、四言の例と合わず、当に脱字有るべし、今は照録して補わず。取象は詳しく《否》之《坎》の一条に見ゆ。校記:「幸」の字は宋刻元刻本が「仕」とし、対ならず、此処は汲古閣本に従う。第二句は各本皆「使伯行販」とし、此処は元刻本の《訟》之《遯》の一条に拠りて校正す。
大有。南山之楊,其葉牂牂。嘉樂君子,為國寵光。首二句陳風詩。牂牂,《毛傳》盛貌。伏艮,納丙,故曰南山。艮為木,故曰楊。艮為君子、為光,坤為國。
《革》之《大有》:南山の上の白楊は、葉子は長じて繁茂なり。歓楽の君子は、国家の栄寵光耀なり——是れ賢者は誉を得るの吉象なり。尚秉和は象を解す:頭の二句は《詩経・陳風・東門之楊》より出で、「牂牂」は《毛伝》に按じて茂盛の様子。伏艮は納甲の法に按じて丙を納め、丙は南方に属す、故に「南山」と言う。艮は木、故に「楊」を取る。艮は君子・光、坤は国。
謙。東壁餘光,數暗不明。主母嫉妬,亂我事業。震東,艮壁,艮又為光,故曰東壁餘光,言燭在東壁。艮為明,互坎故不明。坤母,震為主,故曰主母。坎為嫉妬,坤為事業、為亂,事詳《謙》之《屯》。
《革》之《謙》:東墻の上に一点の燭光を剩し、屢々昏暗にして照り明るかさず。主母は心裡嫉妬を懐き、我が事業を攪乱せり——是れ内に嫉んで事を敗るの凶象なり。尚秉和は象を解す:震は東方を主り、艮は墻壁、艮はまた光、故に「東壁余光」と言う、説くは燭火を東墻の上に放し置くと。艮は本より明を主るも、卦中は坎を互い出だし、坎は晦暗を主る、故に明らかならず。坤は母、震は主、合わせて「主母」。坎は嫉妬を主り、坤は事業・乱。此の事は詳しく《謙》之《屯》の一条に見ゆ。
豫。厭浥晨夜,道多湛露。瀐衣濡袴,重難以步。《詩召南》:"厭浥行露,豈不宿夜,畏行多露",《傳》:"厭浥溼意"。震為晨,坤坎皆為夜,震為道。坎為瀐溼也,震為襦袴。坤為重,震為步,坎陷,故難。○厭浥,各本皆作迷行。瀐衣濡袴,宋元本作瀐我襦袴,汲古作沾濡襦袴,難以步,宋元本步作涉,汲古作不可步,俱依元本《未濟》之《損》校,始知此林宋元汲古本皆訛錯也。
《革》之《豫》:清晨と夜裡とは皆湿渌渌にして、路上は濃重の露水に満ち、衣裳は沾湿し褲子は浸透し、沉重にして歩を挙げ難し——是れ道を行きて艰难の凶象なり。尚秉和は象を解す:《詩経・召南・行露》は「厭浥行露、豈不夙夜、謂行多露」(道上の露水は湿渌渌、何ぞ早晩に路を趕くを想わざらん、ただ路上の露水の多きを怕る)と説き、《毛伝》は「厭浥」は潮湿の意思と説く。震は清晨、坤と坎とは皆夜を主り、震は道路。坎は浸湿を主る、故に「瀐」と言う。震は襦褲。坤は重、震は歩、坎は陥険を主る、故に歩を挙げること維艱なり。校記:「厭浥」は各本皆「迷行」とす。「瀐衣濡袴」は宋刻元刻本が「瀐我襦袴」とし、汲古閣本は「沾濡襦袴」とす。「難以歩」は宋刻元刻本が「歩」を「渉」とし、汲古閣本は「不可歩」とす——此れらは皆元刻本の《未済》之《損》の一条に拠りて校正し、始めてこの条の林辞は宋本・元本・汲古閣本の全部が訛錯せりと知る。
隨。目瞤足動,嘉喜有頃,舉家蒙寵。詳《乾》之《需》。第二句宋元本作喜如其願,不韻,依汲古。
《革》之《随》:眼皮は直に跳び脚も亦発動し、喜慶の事は頃刻に到り、全家は恩寵を蒙る——是れ吉兆は先に見るるの吉象なり。取象は詳しく《乾》之《需》の一条に見ゆ。校記:第二句は宋刻元刻本が「喜如其願」とし、押韻せず、此処は汲古閣本に従う。
蠱。鷹鸇欲食,短兔困急。逃頭見尾,為害所賊。艮為鷹鸇,震為兔,雉,雞屬,疑用巽象也。艮為頭、為尾,艮在外,故曰逃頭。三至五艮覆,故曰見尾。兌為見、為毀折,故為害。巽為賊。○逃頭,汲古作延頸,害作我,均依宋元本。
《革》之《蠱》:鷹と鸇とは正に捕食せんとし、短尾の兎子は困窘危急なり。頭を蔵めて却って尾巴を露出し、終に害物に傷せらる——是れ蔵れ密ならずして害を受くるの凶象なり。尚秉和は象を解す:艮は鷹鸇、震は兎。鸇は雉鶏の一類に属し、疑わく巽の象を用いしならん(巽は鶏)。艮は頭・尾、艮は外卦に在る、故に「逃頭」と言う。三至五爻は倒れたる艮、故に「見尾」と言う。兌は見・毀折、故に其の害を成す。巽は賊。校記:「逃頭」は汲古閣本が「延頸」とし、「害」は「我」とし、いずれも宋刻元刻本に従う。
臨。鼻移在項,枯葉傷生。下朽上滎,家擾不寧,失其金城。通《遯》。艮為鼻,乾為首,鼻在首下,故曰移鼻在項。震為葉,巽隕落,故曰枯葉,故曰下朽。乾為榮,故曰上榮。艮為家、為城,乾為金,坤消,故失其金城。○下朽,汲古作下枯,依宋元本。
《革》之《臨》:鼻子は頸項の上に挪り、枯葉は生機を傷め、下頭は朽爛し上頭は還ら繁栄し、家中は擾攘して安寧を得ず、あの座の金城を失掉せり——是れ本末倒置して根基は喪失するの凶象なり。林辞の「上滎」は尚氏の注文は「上栄」と作り、当に「栄」を以て正と為すべし。尚秉和は象を解す:《臨》と《遯》とは旁通す。艮は鼻、乾は頭、鼻は本より頭の下に在る、故に「移鼻在項」と言う。震は葉、巽は隕落を主る、故に「枯葉」と言い「下朽」と言う。乾は栄、故に「上栄」と言う。艮は家・城、乾は金、坤は消退を主る、故に金城を失う。校記:「下朽」は汲古閣本が「下枯」とし、此処は宋刻元刻本に従う。
觀。飛不遠去,法為罔待。祿養未富。乾為祿、為富,乾伏,故未富。○第二句汲古作汝為內傷,姑從宋元本,仍未協。汲古多"終無災咎,君善安止"二句,依宋本。
《革》之《観》:飛ぶこと遠からざるに、反って法網に羅せられて待ち、俸禄供養は豊厚と称せず——是れ図る所は遂げざるの凶象なり。底本の此条はただ三句のみ、末句は又ただ四字のみ、通例と合わず、疑わく脱文有らん。尚秉和は象を解す:乾は禄・富、乾は伏位に処る、故に富足と称するに算せず。校記:第二句は汲古閣本が「汝為内傷」とし、姑く宋刻元刻本に従うも、読みて仍お協順せず。汲古閣本は另ら「終无災咎、君善安止」の両句を多出す、此処は宋本に従い取らず。
噬嗑。倒基敗宮,重舌作凶。被髮夜行,迷亂相誤,亡失居止。艮為基、為宮,正覆艮,故曰倒基敗宮。伏兌為舌,正覆兌,故曰重舌。震為髮、為行,坎為夜,正反震,故曰迷亂相誤,而失居止也。○宮,汲古訛筥。夜行,宋元本、汲古皆作長夜,亡失居止皆作深亡吉居,均依丁本。
《革》之《噬嗑》:地基は傾倒し宮室は敗壊し、両条の舌頭は凶事を搬弄し、頭髪を披散して夜裡に路を趕き、昏乱の中に彼此相い耽誤し、連れて住处をも失掉せり——是れ家室は傾覆し流離して所を失うの凶象なり。尚秉和は象を解す:艮は基・宮、卦中に一正一覆の両個の艮有り、故に「倒基敗宮」と言う。伏兌は舌、又是一正一覆の両個の兌、故に「重舌」と言い、重舌は即ち両舌、讒言を搬弄するを指す。震は髪・行、坎は夜。一正一反の両個の震、故に「迷乱相誤」と言い、因りて居所を失掉す。校記:「宮」の字は汲古閣本が訛りて「筥」とす。「夜行」は宋刻元刻本と汲古閣本とが皆「長夜」とし、「亡失居止」は皆「深亡吉居」とし、此処は一并に丁氏本に従う。
賁。亥午相錯,敗亂緒業,民不得作。離居午,艮居亥,離為敗亂,伏巽為緒,坎眾為民。《詩汜曆樞》云:卯酉為革政,亥午為革命;又《漢書翼奉傳》:"易有陰陽,詩有五際。"孟康曰:五際,卯酉午戌亥,陰陽始終際會之歲,於此則有改變之政。
《革》之《賁》:亥位と午位とは交錯して相い犯し、世代相承の基業を敗壊し、百姓は安心して操作するに法なし——是れ改朝換代して民は安を得ざるの凶象なり。尚秉和は象を解す:離は午位に居り、艮は亥位に居り、離は敗乱を主る。伏巽は緒(糸頭、引申して世業)、坎は衆を主る故に民と為す。緯書《詩汜暦枢》は「卯酉為革政、亥午為革命」と説き、《漢書・翼奉伝》は「《易》に陰陽有り、《詩》に五際有り」と説き、孟康の注:五際は卯・酉・午・戌・亥、皆陰陽の終始交会の年份、此れらの年份に逢えば便ち政制を改易するの事有りと。
剝。野麋畏人,俱入山谷。命短不長,為虎所得,死於牙腹。艮為麋、為山谷,坤為畏、為死,故曰命短。艮為虎,坤為復,伏兌為牙。
《革》之《剥》:野地の裡の麋鹿は人を怕れ、一斉に山谷に躲れ入り、寿命は短促にして長久する能わず、終に老虎に捉えられ、虎の牙歯と肚腹との間に死せり——是れ害を避けて反って害に遭うの凶象なり。尚秉和は象を解す:艮は麋・山谷、坤は畏懼・死亡を主る、故に「命短」と言う。艮は虎、坤は腹(底本は「復」と作る、当に「腹」の訛なるべし、《説卦伝》は正に坤を以て腹と為す)、伏兌は牙。
復。秋冬探巢,不得鵲雛。銜指北去,愧我少姬。詳《觀》之《屯》。
《革》之《復》:秋冬の時節に鳥窝を掏きに往き、喜鵲の雛児を捉え得ず。手指を咬みて北に向かい走り、我があの年少の姫妾に愧ず——是れ求める所は空に落ち愧を含みて帰るの凶象なり。取象は詳しく《観》之《屯》の一条に見ゆ。
無妄。雙鳧欲飛,俱歸稻池。經涉雈澤,為矢所射,傷我胸臆。詳《屯》之《旅》。
《革》之《无妄》:一対の野鴨は飛び起きんと欲し、一同に稻田の水池に帰向し、途中は蘆荻の叢生する沼沢を経過し、箭に射中られ、傷は胸口に在り——是れ途を行きて害に遇うの凶象なり。「雈」は蘆葦の一類の水草。取象は詳しく《屯》之《旅》の一条に見ゆ。
大畜。天門開闢,牢戶寥廓。桎梏解脫,拘囚縱釋。詳《小畜》之《泰》。
《革》之《大畜》:天門は大開し、牢獄の門は空曠にして洞開し、脚鐐手銬は皆解脱し下ろし、拘押せられし囚徒は釈放して行かしむ——是れ厄を解き難を脱するの吉象なり。取象は詳しく《小畜》之《泰》の一条に見ゆ。
頤。尼父孔丘,善釣鯉魚。羅網一舉,得獲萬頭,富我家居。上艮,故曰尼、曰丘。下震,坤虛,故曰孔丘。《史記孔子世家》:"叔梁紇禱尼丘,生孔子,字仲尼。"《左傳哀十六年》:"孔丘卒,哀公誄之曰:鳴呼哀哉,尼父無自律"。坤為魚、為羅網,為萬。艮為首,故曰萬頭。艮為家,坤多,故曰富。○網,宋本作釣,元本作鉤,依汲古。
《革》之《頤》:尼父の孔丘は、鯉魚を垂釣するに善し。羅網を一たび撒けば、上万条を捕得し、我が家道をして富足ならしむ——是れ獲る所豊厚の吉象なり。尚秉和は象を解す:上体は艮、艮は山、故に「尼」を取り「丘」を取る。下体は震、坤は又中虚、「孔」に空の義有り、故に「孔丘」と言う。《史記・孔子世家》は叔梁紇が尼丘山に到りて祈祷して孔子を生めりを載し、因りて字を仲尼と取る。《左伝》哀公十六年は「孔丘卒」を載し、哀公は誄を作りて「嗚呼哀哉、尼父、无自律」と曰く。坤は魚・羅網・万。艮は首、故に「万頭」と言う。艮は家、坤は衆多を主る、故に「富」と言う。校記:「網」の字は宋本が「釣」とし、元刻本は「鉤」とし、此処は汲古閣本に従う。
大過。彭生為豕,暴龍作賊。盜堯衣裳,桀蹠荷兵。青禽照夜,三旦夷亡。○豕,各本多作妖,於象不合。桀作聚,依《比》之《蒙》校。
《革》之《大過》:彭生は大猪と化作して命を索り、凶暴の龍は興作して害を為す。盗賊は堯の衣裳を偷い走り、桀と跖とは手に兵器を執り、青色の怪鳥は黒夜を照亮し、三個の早晨の内に夷滅の禍有らん——是れ妖孽は並び作りて滅亡は目に在るの大凶の象なり。彭生の事は《左伝》荘公八年に見ゆ:斉襄公は貝丘に於て打猟し、一頭の大猪を見、随従はあれは公子彭生と曰く、襄公は之を射るに、猪は竟に人の如く直立して啼き、襄公は驚懼して車より墜ちて足を傷め、久しからずして弑に遇う。尚秉和は此条はただ校記を出だすのみ:「豕」の字は各本多く「妖」とし、卦象と合わず。「桀」の字は各本「聚」とし、此処は《比》之《蒙》の一条に拠りて校正す。
坎。華言風語,亂相誑誤。終無凶事,安寧如故。詳《咸》之《頤》。○誑,宋本作狂,依元本、汲古。
《革》之《坎》:浮華の言辞・風を捕うの伝語は、胡乱に人を欺瞞耽誤し、到头来は并せて凶险の事なく、仍旧として安寧して常の如し——是れ虚驚一場の吉象なり。取象は詳しく《咸》之《頤》の一条に見ゆ。校記:「誑」の字は宋本が「狂」とし、此処は元刻本と汲古閣本とに従う。
離。延頸見足,身困名辱。欲隱避仇,為害所賊。伏艮為頸,震為足,離為見,艮為身、為名,二四艮覆,故曰困辱。伏坎為隱伏、為仇、為害賊。○延,宋元本作逃,名作不,皆非,依汲古。賊,汲古作滅,依宋元本。
《革》之《離》:頸子を伸長して却って脚を露出し、自身は困頓して名声は辱を受け、蔵れ隠れて仇家を避けんと欲すれど、反って害する者に傷せられり——是れ身を蔵めて密ならざるの凶象なり。尚秉和は象を解す:伏艮は頸、震は足、離は見。艮は身・名、二至四爻は倒れたる艮、故に「困」「辱」と言う。伏坎は隠伏を主り・仇・害賊。校記:「延」の字は宋刻元刻本が「逃」とし、「名」の字は「不」とし、いずれも対ならず、此処は汲古閣本に従う。「賊」の字は汲古閣本が「滅」とし、宋刻元刻本に従う。
咸。無足斷跟,居處不安,凶惡為殘。詳《夬》之《大過》。汲古多君臣相得四字,依宋元本。跟,汲古訛垠。
《革》之《咸》:脚を没了し脚跟を断たれ、起居坐臥は安穏を得ず、凶悪の事は残傷を造成す——是れ行動は憑なきの凶象なり。取象は詳しく《夬》之《大過》の一条に見ゆ。校記:汲古閣本は「君臣相得」の四字を多出す、此処は宋刻元刻本に従う。「跟」の字は汲古閣本が訛りて「垠」とす。
恆。三人俱行,北求大牂。長孟病足,倩季負糧。柳下之寶,不失我邦。詳《同人》之《豐》。寶,依校各本皆作貞。我邦,宋元本、汲古皆作驪黃,皆非,依汲古《渙》之《豫》校。糧,宋元本作囊,依汲古。此林屢見糧皆作囊,致難索解,獨此處存其真。季者,季路。《家語》子路曰:吾嘗為親負米百里之外,心甚樂之。林用此事,以此見汲古本真可貴也。
《革》之《恒》:三個の人は伴を結びて同行し、北に往きて大母羊を求購す。老大は脚上に病有り、老三に粮を背負うを央請す。柳下恵の如き賢宝は、我が邦国より失われざらん——是れ賢を得て自ら守るの吉象なり。取象は詳しく《同人》之《豊》の一条に見ゆ。校記:「宝」の字は校に拠りて各本皆「貞」とす。「我邦」は宋刻元刻本と汲古閣本とが皆「驪黄」とし、いずれも対ならず、此処は汲古閣本の《渙》之《豫》の一条に拠りて校正す。「粮」の字は宋刻元刻本が「囊」とし、汲古閣本に従う——この条の林辞は屢々出現し、「粮」の字は皆「囊」と写され、以て索解し難きに致り、ただ此処のみ本来面目を保存せり。「季」は季路を指し、即ち子路、《孔子家語》は子路の「我は曾て父母の為に百里の外に米を背負いし、心裡は快活なりき」と説くを載す、林辞の用うる所は正に此の事、此に由りて亦汲古閣本の可貴を見べし。
遯。退飛見祥,傷敗毀墜。守小失大,功名小遂。艮為飛,陰消陽,故曰退飛。祥,猶兆也。凡吉凶之兆先見者,皆曰祥。伏兌,故曰見。巽為隕落,故曰傷敗毀墜。艮為守,陰小陽大,陰消陽,故曰失大。艮為名。《左傳僖十六年》六鷁退飛,過宋都,宋襄公曰:是何祥也。注:祥,吉凶之先見者,後戰於泓,不擊半濟,不殺二毛,襄公果敗,故曰守小失大。
《革》之《遯》:鳥児は倒れ退きて飛び、先に征兆を現出し、之に随いて傷損敗壊・毀折墜落す。小処を守住すれど大処を丢し、功名はただ小さく成就するのみ——是れ小に因りて大を失うの凶象なり。尚秉和は象を解す:艮は飛、陰気は陽気を消退す、故に「退飛」と言う。「祥」は即ち征兆、凡そ吉凶の先行して顕現する迹象は皆祥と叫ぶ。伏兌、故に「見」、即ち顕現出ずと言う。巽は隕落を主る、故に「傷敗毀墜」と言う。艮は守、陰は小・陽は大、陰は陽を消す、故に「失大」と言う。艮は名。《左伝》僖公十六年は六隻の鷁鳥が倒れ退きて宋国の都城を飛び過ぎしを記し、宋襄公は「此は什麼の征兆」と問い、杜預の注は祥は即ち吉凶の先兆と説く。後に襄公は楚と泓水に於て戦い、敵軍は半渡するも出撃を肯んぜず、又頭髪花白の老兵を擒獲するを肯んぜず、果然として大敗せり、故に「守小失大」と言う。
大壯。持心瞿目,善搖數動。不安其處,散渙府藏,利得無有。伏艮為目,乾惕,故持心瞿目。震為動搖,震往,故曰善搖數動,不安其處。伏巽風,故曰散渙。坤為府藏,巽為利,坤亡,故無利。○搖數,宋元本作數搖,末句作無有利得,均依汲古。瞿目,各本訛懼怒,從《震》之《離》校。瞿,驚視也。林意似指呂嬃散棄財寶事。
《革》之《大壮》:心を提げ驚惶の眼を瞪らし、動けば輙ち揺晃し頻頻として躁動し、安穏に待たず、府庫の裡の積蔵は散失して一空し、什麼の好処も得られず——是れ心神は寧らかならずして財を破るの凶象なり。尚秉和は象を解す:伏艮は目、乾は警惕を主る、故に「持心瞿目」と言う。震は動揺を主り、震は又前に向かい行く、故に「善揺数動、不安其處」と言う。伏巽は風、故に「散渙」と言う。坤は府蔵、巽は利、坤は亡失を主る、故に利を得る無し。校記:「揺数」は宋刻元刻本が「数揺」とし、末句は「无有利得」とし、いずれも汲古閣本に従う。「瞿目」は各本本訛りて「懼怒」とし、《震》之《離》の一条に拠りて校正す——「瞿」は驚視の様子。林辞の意思は似て呂嬃の財宝を散弃せしの一事を指す。
晉。牽尾不前,逆理失臣。衛朔以奔。○衛,依《比》之《恆》校,各本皆作惠,非。
《革》之《晋》:尾巴を牽くも拉き動かさず前に向かうを肯んぜず、常理に違背して臣属を失掉す。衛侯朔は因りて出奔せり——是れ理に悖りて国を失うの凶象なり。底本の此条はただ三句のみ、末句は又ただ四字のみ、四言四句の通例と合わず、当に脱文有るべし。衛朔は即ち衛恵公、《左伝》桓公十六年・荘公六年は彼が左右の公子に逐われ、斉に出奔せしを載す。校記:「衛」の字は《比》之《恒》の一条に拠りて校正す、各本皆「恵」とし、対ならず。
明夷。祿如周公,父子俱封。震為周、為公、為父、為子。○汲古多建國洛東,在第二句,宋元本無。
《革》之《明夷》:福禄は周公の如く豊厚にして、父子の両代は皆封国を得——是れ蔭は子孫に及ぶの吉象なり。尚秉和は象を解す:震は周・公・父・子。校記:汲古閣本は第二句の処に「建国洛東」の一句を多出す、宋刻元刻本に无し。
家人。君有八人,信允篤誠,為堯所舉。通《解》。震為君、為人,巽數八,故曰八人。坎為信、為誠篤,震為帝,故曰堯。○君,宋元本作吾,依汲古。誠,汲古作敏,元本訛畒,依宋本。
《革》之《家人》:君王の手下に八位の賢人有り、誠信篤実にして忠厚にして頼み可く、堯に擢用せられり——是れ賢を挙げ能を任ずるの吉象なり。「八人」は相伝して堯舜を輔佐せし八元・八愷の一流の人物を指す。尚秉和は象を解す:《家人》と《解》とは旁通す。震は君・人、巽の卦数は八、故に「八人」と言う。坎は信・篤誠。震は帝、故に「堯」を取る。校記:「君」の字は宋刻元刻本が「吾」とし、此処は汲古閣本に従う。「誠」の字は汲古閣本が「敏」とし、元刻本は訛りて「畒」とし、此処は宋本に従う。
睽。久陰霖雨,泥塗行潦。商人休止,市空無寶。詳《夬》之《大過》。
《革》之《睽》:久しく陰りて晴れず連綿たる大雨にして、道路は泥濘し地面は積水し、行商の人は歇み下がりて走らず、市集は空蕩にして貨宝なし——是れ雨は商旅を阻むの凶象なり。取象は詳しく《夬》之《大過》の一条に見ゆ。
蹇。無足斷跟,居處不安,凶惡為殘。見前《咸》卦。
《革》之《蹇》:脚を没了し脚跟を断たれ、起居坐臥は安穏を得ず、凶悪の事は残傷を造成す——前面の《革》之《咸》の林辞と全同、取象も亦あの一条に見ゆ。
解。馬蹄躓車,婦惡破家。青蠅汙白,恭子離居。詳《觀》之《隨》。蹄,音踶,足相躗曰蹄。
《革》之《解》:馬蹄は車子を踢絆し、悪婦は家業を敗破し、青蝿は潔白を玷汚し、恭順の児子は家を離るるを迫られり——是れ内乱は禍を致すの凶象なり。「青蝿」は《詩経・小雅・青蝿》「営営青蝿、止于樊、豈弟君子、无信讒言」の語意を用う、是れ讒言の比喻。「恭子」は旧説は晋献公の太子申生(諡は「恭」)を指し、驪姫の讒を進めるに因りて安居するを得ず。取象は詳しく《観》之《随》の一条に見ゆ。尚氏は又注す:「蹄」は「踶」と読み、両脚の相い踢るを「蹄」と叫ぶ。
損。噂噂所言,莫如我垣。歡喜堅固,可以長安。詳《乾》之《困》。
《革》之《損》:汝は一言我は一語にして聚談し、説き来り説き去るも我が此の墻垣より稳当なるに比ぶるなし。歓欣喜悦にして而又堅固にして、以て長久安寧するに足る——是れ居を安んじ成を守るの吉象なり。「噂噂」は衆人が聚まりて議論するの様子。取象は詳しく《乾》之《困》の一条に見ゆ。
益。懿公淺愚,不受深謀。無遠失國,為狄所賊。詳《比》之《家人》。賊,汲古作滅,依宋元本。
《革》之《益》:衛懿公は見識は浅薄愚昧にして、深遠の謀画を接受するを肯んぜず。遠慮なく因りて国家を失掉し、狄人に殺されり——是れ良謀を納れずして国を亡ぼすの凶象なり。衛懿公は鶴を好み、狄人は衛を伐つ時国人は彼の為に出戦するを肯んぜず、懿公は熒沢に敗死す、事は《左伝》閔公二年に見ゆ。取象は詳しく《比》之《家人》の一条に見ゆ。校記:「賊」の字は汲古閣本が「滅」とし、此処は宋刻元刻本に従う。
夬。騏驥綠耳,章明造父。伯夙奏獻,衰續厥緒。佐文成伯,為晉元輔。《史記晉世家》造父幸於周繆王,取驥之乘匹驊騮綠耳獻之繆王,王使造父御西巡守,乃賜造父以趙城,十二世生趙夙,事晉獻公,夙之孫曰趙衰,事晉文公成伯業。乾為馬、為父、為大明。章明者,言始顯也。遇卦革伏震為伯,坤為夙,艮手為奏、為獻。奏,進也。奏獻者,言進事獻公也。巽為緒,離為文,震為晉。○驥,元本作鱗,依宋本、汲古。伯夙,汲古作夙伯,奏作所,依宋元本。衰,各本皆作襄,依《節》之《泰》校。
《革》之《夬》:騏驥・緑耳の如き名馬は、造父をして世に名を顕はしめ、趙夙は進身して献公に事奉し、趙衰は先世の余緒を接続し、晋文公を輔佐して覇業を成就し、晋国の首輔を為れり——是れ世代に顕達するの吉象なり。尚秉和は象を解す:《史記》は造父は周穆王に寵を得、驥の同轅の良馬驊騮・緑耳を取りて穆王に献じ、穆王は造父をして車を駕りて西に巡せしめ、是に趙城を彼に賜えりを載す。十二世を伝えて趙夙を生み、晋献公に事奉す。趙夙の孫趙衰は、晋文公に事奉し、覇業を成すを助く。乾は馬・父・大明、「章明」は説くは声名は始めて顕揚すと。遇卦《革》の伏震は伯、坤は「夙」、艮は手なれば故に奏・献と為す——「奏」は即ち進、「奏献」は説くは進身して献公に事奉すと。巽は緒、離は文、震は晋。校記:「驥」の字は元刻本が「鱗」とし、此処は宋本と汲古閣本とに従う。「伯夙」は汲古閣本が「夙伯」とし、「奏」は「所」とし、宋刻元刻本に従う。「衰」の字は各本皆「襄」とし、《節》之《泰》の一条に拠りて校正す。
姤。駕車入裡,求鮮魴鯉。非其肆居,自令後市。通《復》。坤為車、為里,震為駕,巽為魚、為市肆,震為後,言裡非產魚之地,故求之不得。○入,汲古作十,依宋元本。
《革》之《姤》:車を駕りて里巷の中に進み入り、新鮮の魴魚鯉魚を買わんと欲すれど、彼処は並せて魚を売るの舗面の在る所に非ず、白く市集に趕くの時辰を誤れり——是れ求むるは其の地に非るの凶象なり。尚秉和は象を解す:《姤》と《復》とは旁通す。坤は車・里巷、震は駕、巽は魚・市肆、震は後——此れは説くは里巷は魚を産するの地方に非ず、故に求めて得ずと。校記:「入」の字は汲古閣本が「十」とし、此処は宋刻元刻本に従う。
萃。求麞嘉鄉,惡地不行。道止中返,喜還其床。艮為麞、為鄉,坤為惡,坤閉,故曰惡地不行。艮為道、為止、為床,伏震為反、為還。○返,宋元本作遷,還作反,均依汲古。
《革》之《萃》:美好の郷里に到りて獐子を尋ねしに、あの塊の地方は好からず走り過ぐる能わず、半道上に停住して折返し、歓歓喜喜として自己の床上に回れり——是れ難を知りて返り居を安んじて事なきの象なり。尚秉和は象を解す:艮は獐・郷、坤は悪を主る。坤は又閉塞を主る、故に「悪地不行」と言う。艮は道・止・床、伏震は返・還。校記:「返」の字は宋刻元刻本が「遷」とし、「還」は「反」とし、いずれも汲古閣本に従う。
升。杖鳩負裝,醉臥道傍。不知何公,竊我錦囊。坤文為鳩,互震故曰杖鳩。白貼云:老人食多咽,刻鳩為杖,取鳩食不咽之義。震為裝、為道,伏艮為臥,坤迷,故曰醉臥。震為公,巽為盜,坤為囊。坤文,故曰錦囊。○杖,汲古作使,錦作衣,均依宋元本。
《革》之《升》:鳩頭杖を拄り行装を背負い、醉い飲んで路旁に躺り、如何なる一位の「公」なるを知らず我が錦囊を偷い走れり——是れ醉後に財を失うの凶象なり。尚秉和は象を解す:坤に文采有れば故に鳩を取り、互体して震と成り、故に「杖鳩」、即ち鳩杖を拄ると言う。《白氏六帖》は老人は物を喰いて噎せ易し、故に杖頭を鳩形に刻む、鳩鳥の食を喰いて噎せざるの意思を取る、漢代の高年に賜うの鳩杖は正に此に本づくと説く。震は行装・道路、伏艮は臥、坤は昏迷を主る、故に「醉臥」と言う。震は公、巽は盗、坤は囊。坤に文采有り、故に「錦囊」と言う。校記:「杖」の字は汲古閣本が「使」とし、「錦」は「衣」とし、いずれも宋刻元刻本に従う。
困。登崑崙,入天門。過糟丘,宿玉泉。同惠歡,見仁君。詳《比》之《姤》。三字句。仁,宋元本作欣,非。
《革》之《困》:昆侖山に登り、天門に入り、糟丘を路過し、玉泉に夜宿し、恩惠歓楽を同じく享け、仁徳の君を見るを得——是れ高く登りて貴に遇うの吉象なり。取象は詳しく《比》之《姤》の一条に見ゆ。この条の林辞は通篇是れ三字句、《易林》の常見の四言体と同じからず。校記:「仁」の字は宋刻元刻本が「欣」とし、対ならず。
井。水為火牡,患厭不起。季伯夜行,與喜相逢。《左傳昭七年》:水,火之牡也。卦水火相交,故曰水為火牡。坎為患、為夜,伏艮為季,震為伯、為行、為喜。○牡,宋元本皆訛莊,汲古訛木為大床,依丁本。喜,汲古訛善。
《革》之《井》:水は火の雄配なり、禍患は圧伏せられて再び起き来らず。排行の小なると排行の長なるとは夜を連ねて路を趕き、迎面して喜事に遇上る——是れ患は消え喜に遇うの吉象なり。尚秉和は象を解す:《左伝》昭公七年は「水は、火の牡なり」と説く。本卦は水火相交る、故に「水為火牡」と言う。坎は患・夜、伏艮は季、震は伯・行・喜。校記:「牡」の字は宋刻元刻本が皆訛りて「荘」とし、汲古閣本は「木」を訛りて「大床」と成し、此処は丁氏本に従う。「喜」の字は汲古閣本が訛りて「善」とす。
鼎。烏孫氏女,深目黑丑。嗜慾不同,過時無耦。通《屯》。艮為烏、為孫,坤女,互大離,故曰深目。坤為黑、為丑,坎為嗜慾,艮時,坤寡,故過時無耦。
《革》之《鼎》:烏孫国の女子は、眼窝は深く陥み膚色は黒くして貌は丑く、嗜好は人と同じからず、适婚の年歳を過ぐるも配偶なし——是れ格格として入らず婚配は時を失うの凶象なり。尚秉和は象を解す:《鼎》と《屯》とは旁通す。艮は烏・孫、坤は女。卦中の数爻は合して放大せる離象を成し、離は目、故に「深目」と言う。坤は黒・丑、坎は嗜欲を主る。艮は時、坤は孤寡を主る、故に時候を過ぐるも配偶なし。
震。子鉏執麟,春秋作經。元聖將終,尼父悲心。詳《訟》之《同人》。○經元,宋元本作元陰,汲古作陰元,依汲古《訟》之《同人》校。
《革》之《震》:鉏商は麒麟を猟獲し、《春秋》の一書は此に就きて絶筆して経と成れり。大聖人は将に世を辞さんとし、尼父は之が為に心中に悲慟す——是れ聖道は将に終わらんとするの感傷の象なり。魯哀公十四年に西狩して麟を獲、叔孫氏の車士鉏商は之を得、孔子は「吾道窮矣」と嘆き、《春秋》は獲麟に於て絶筆す。取象は詳しく《訟》之《同人》の一条に見ゆ。校記:「経元」の二字は宋刻元刻本が「元陰」とし、汲古閣本は「陰元」とし、此処は汲古閣本の《訟》之《同人》の一条に拠りて校正す。
艮。灼火泉源,釣魴山巔。魚不可得,火不肯然。○火,宋元本訛炭,肯作可,依《比》之《屯》校。
《革》之《艮》:泉眼の裡に火を点き、山頂の上に到りて魴魚を釣る。魚は釣り得ざり、火も亦燃え起きず——是れ為す所は理に背き労して功なきの凶象なり。校記:「火」の字は宋刻元刻本が訛りて「炭」とし、「肯」の字は「可」とし、此処は《比》之《屯》の一条に拠りて校正す。
漸。天馬五道,炎火久處。往來上下,作文約己。衣枲絲麻,相隨笑歌,凶惡如何。義不可曉,恐多訛字,故不釋象。
《革》之《漸》:天馬は五道を行き、炎炎の火は久しく停駐し、上上下下に往来し、文を作り辞を修め自己を約束し、枲麻糸布の衣裳を穿着し、相い随いて笑い鬧ぎ歌う、凶悪も又能く怎様せん——この条の林辞は七句、句数は四言四句の例と合わず。尚秉和は其の文義は通暁するに従わず、恐らく訛字は太多からん、因りて之に卦象を解釈せずと言う。
歸妹。鴟鴞破斧,沖人危殆。賴旦忠德,轉禍為福,傾危復立。詳《否》之《蠱》。
《革》之《帰妹》:《鴟鴞》《破斧》の両詩の詠ずる所の患難、年幼の成王は処境は危殆なり。全く周公旦の忠誠徳行を靠りて、禍を転じて福と為し、将に傾覆せんとする局面は重新して站稳めり——是れ賢に頼りて難を定むるの吉象なり。《豳風・鴟鴞》は周公が成王に贈りしの詩、《破斧》は周公の東征を詠じ、「冲人」は即ち幼小の人、成王を指す。取象は詳しく《否》之《蠱》の一条に見ゆ。
豐。牡飛門啟,憂患大解,不為身禍。詳《需》之《兌》。
《革》之《豊》:門閂は飛脱し大門は敞开し、憂愁禍患は大いに解除せられ、切身の災禍と為るに至らず——是れ困を脱し禍を免るるの吉象なり。「牡」はここでは門閂。取象は詳しく《需》之《兌》の一条に見ゆ。
旅。石門晨門,荷蕢食貧。遁世隱居,竟不逢時。《論語》子路宿於石門,晨門曰奚自。又子擊磬於衛,有荷蕢過門者曰:有心哉,擊磬乎。注:晨門荷蕢,皆隱者。艮為石、為門,伏震為晨、為蕢,艮為荷,兌為食,離虛,故曰食貧。艮為世,巽伏,故曰遁世隱居。艮為時。○晨門,宋元本作晨開,食作疾,皆非,從汲古。
《革》之《旅》:石門の守門人と、草筐を背負うの過路人とは、衣食は清貧なり。世を避けて隠居し、終に好時候に趕かず——是れ隠者は遇わざるの象なり。尚秉和は象を解す:《論語・憲問》は子路が石門に於て夜を過ごし、清晨に門を啓くを管る人が彼に何処より来ると問いしを載し、又孔子が衛国に於て磬を撃ち、草筐を背負う人有りて門前を経過し「此の磬を撃つ人は心事有り」と曰くを載す。注家は晨門と荷蕢とは皆隠士と説く。艮は石・門、伏震は晨・蕢(草筐)、艮は荷(負担)、兌は食。離は中虚、故に「食貧」と言う。艮は世、巽は伏位に処る、故に「遯世隠居」と言う。艮は時。校記:「晨門」は宋刻元刻本が「晨開」とし、「食」は「疾」とし、いずれも対ならず、此処は汲古閣本に従う。
巽。免聚東郭,眾犬俱獵。圍缺不成,無所能獲。詳《蹇》之《坤》。
《革》之《巽》:兎子は東城郭の外に聚集し、一群の狗は一斉に追猟す。包囲圏に缺口有りて合攏せず、什麼も捕獲する能わず——是れ功は一簣を欠くの凶象なり。底本の「免」の字は当に「兎」の訛なるべし。取象は詳しく《蹇》之《坤》の一条に見ゆ。
兌。三羊群走,雉兔驚駭。非所畏懼,自令勞苦。兌羊,離卦數三,故曰三羊群走。離為雉,伏震為兔、為驚駭,伏坎為畏、為勞。
《革》之《兌》:三隻の羊は群を成して奔跑し、野鶏と兎子とは驚を受く。其の実は什麼の可がる所もなきに、白く自己を労苦の一場せしむ——是れ自ら驚き自ら擾るの象なり。尚秉和は象を解す:兌は羊、離の卦数は三、故に「三羊羣走」と言う。離は雉、伏震は兎・驚駭、伏坎は畏・労。
渙。羽翮病傷,無以為強。宋公德薄,敗於水泓。震為羽翮,坎為病,故曰羽翮病傷。震為公,《說文》以木架屋曰宋,艮象也,故曰宋公。下坎,故曰泓水。《左傳》宋襄公與楚戰,敗於泓。
《革》之《渙》:翅膀の羽茎は傷を受け、何を憑じて強を逞しゅうせん。宋襄公は徳行は浅薄にして、泓水に於て敗仗を喫せり——是れ強を逞しゅうして敗れるの凶象なり。尚秉和は象を解す:震は羽翮、坎は病、故に「羽翮病傷」と言う。震は公、《説文》は木材を用いて屋を架くるを「宋」と叫ぶと説き、正に艮の象、故に「宋公」と言う。下体は坎、故に「泓水」と言う。《左伝》僖公二十二年は宋襄公が楚人と交戦し、泓水に於て敗れしを載す。
節。姬姜稚叔,三人偶食。論仁議福,以安王室。震為姬,伏巽為姜,艮少,故曰稚叔。震數三,兌食,兌卦數二,故曰三人偶食。震為言、為仁、為王,坎為室。○稚,宋元本訛雅,依汲古。
《革》之《節》:姫姓・姜姓の年少の子弟は、三人は対を成して会食し、仁徳を談論し福祉を議説し、以て王室を安定す——是れ同心して王を輔くの吉象なり。尚秉和は象を解す:震は姫、伏巽は姜、艮は少を主る、故に「稚叔」と言う。震の卦数は三、兌は飲食を主りて卦数は二、故に「三人偶食」と言う。震は言・仁・王、坎は室。校記:「稚」の字は宋刻元刻本が訛りて「雅」とし、此処は汲古閣本に従う。
中孚。精誠所在,神人為輔。德教之中,彌世長久。三聖乃興,多受福祉。震為精誠、為神、為人、為德教、為福祉,數三,故曰三聖。革互乾為聖,文、武、周公也。○之中,汲古作亡患,乃興作仍事,依宋元本。又神人為輔,宋元本作神為人輔,非,依汲古。
《革》之《中孚》:精誠の至る所、神明は人の為に輔助を為す。徳化教養の中、歴世は長久にして衰えず。三位の聖人は是に興起し、福祉を多く受く——是れ至誠は神を感ずるの大吉の象なり。尚秉和は象を解す:震は精誠・神・人・徳教・福祉、震の卦数は三、故に「三聖」と言う。遇卦《革》は互体して乾と成り、乾は聖、三聖は即ち文王・武王・周公。校記:「之中」は汲古閣本が「亡患」とし、「乃興」は「仍事」とし、此処は宋刻元刻本に従う。又「神人為輔」は宋刻元刻本が「神為人輔」とし、対ならず、汲古閣本に従う。
小過。岐周海隅,獨樂不憂。可以避難,全身保才。震為周,艮山,故曰岐周。兌為海,震為樂,巽寡,故曰獨樂。巽伏,故曰避難。艮為保、為身。○才,汲古作財,依宋元本。
《革》之《小過》:岐山下の周原は一直に海角に到るまで、独自安楽にして憂慮なし。以て患難を避くる可く、身家と才具とを保身す——是れ難を避けて自ら全うするの吉象なり。尚秉和は象を解す:震は周、艮は山、故に「岐周」と言う。兌は海、震は楽、巽は孤寡を主る、故に「独楽」と言う。巽は伏位に処る、故に「避難」と言う。艮は保・身。校記:「才」の字は汲古閣本が「財」とし、此処は宋刻元刻本に従う。
既濟。孤獨特處,莫依為輔,心勞志苦。詳《益》之《艮》。
《革》之《既済》:孤零零として独自に処り、依靠帮扶すべき人なく、心力は交瘁し意志は労苦す——是れ孤立して援なきの凶象なり。取象は詳しく《益》之《艮》の一条に見ゆ。
未濟。顧望登臺,意常欲逃。賈辛丑惡,妻不安夫。離為顧望、為醜惡,坎夫離妻,離卦在上,故妻不安夫。《左傳昭二十八年》魏獻子謂賈辛曰:昔賈大夫惡,娶妻而美,三年不言不笑。
《革》之《未済》:高台に登りて四下に張望し、心裡は總に逃走せんと想う。賈辛は相貌は丑陋にして、妻子は丈夫に安んぜず——是れ夫妻相い安んぜざるの凶象なり。尚秉和は象を解す:離は顧望・醜悪。坎は夫・離は妻、此の卦は離は上位に居る、故に妻は夫に安んぜずと言う。《左伝》昭公二十八年は魏献子の賈辛に対し:従前の賈大夫は貌は丑く、一個の美貌の妻子を娶り、三年は説かず笑わず(後に賈大夫は野鶏を射得し、妻子は始めて口を開き歓笑せり)と曰くを載す。
鼎 第五十
鼎。積德之君,仁政且溫。伊呂股肱,國富民安。伏《屯》。震為德、為君、為仁,坤為積、為政、為國、為民、為富,震為伊,巽為呂、為股肱。○君,宋元本作至,仁作君,依汲古。
《鼎》が《鼎》に変わる。遇卦と之卦が同じく《鼎》で、本卦六十四林の首に居る。林辞は言う:徳を積んだ君主は、仁政を施ししかも寛和である。伊尹・呂尚のような賢臣が股肱となり、国家は富み足り、百姓は安んずる——明君に賢輔のある大吉の象である。尚秉和の解説:《鼎》が伏するのは《屯》で、両卦は旁通する。震は徳・君・仁を主り、坤は積・政・国・民・富を主り、震は伊、巽は呂・股肱を主る。校記:「君」の字は宋・元本では「至」、「仁」は「君」と作り、ここでは汲古閣本に従う。
乾。傾筐卷耳,憂不能傷。心思古人,悲慕失母。此用遇卦《鼎》象。伏震為筐,坎為耳、為憂、為心、為悲慕,坤為母。卷耳,草名,《周南》"采采卷耳,不盈傾筐",《毛傳》謂后妃思君子不在,茲謂失母,與毛異。○古,宋元本作故,依汲古。
《鼎》が《乾》に変わる。傾いた筐で巻耳を摘むが、憂いは我を傷つけられない。心中で故人を思い、亡くした母を悲慕する——親を懐思する哀傷の象である。尚秉和の解説:この条は遇卦《鼎》の象を用いる。伏する震は筐、坎は耳・憂・心・悲慕、坤は母である。「巻耳」は草の名で、《詩経・周南・巻耳》に「采采たる巻耳、傾筐に盈たず」とあり、《毛伝》は后妃が遠行する君子を思う詩とするが、ここでは亡母を思うとし、《毛伝》と立説を異にする。校記:「古」の字は宋・元本では「故」と作り、ここでは汲古閣本に従う。
坤。卻叔賈貸,行祿多悔,利無所得。此仍用《鼎》象。巽為退,伏艮為叔,故曰卻叔。震為商賈、為行、為路,坤為悔,巽為利,坤亡,故無得。晉卻氏貪而好貸,數世不改,至成公十七年果為厲公所滅,故林詞云云。
《鼎》が《坤》に変わる。郤氏の叔父が商いと貸付けをし、利を求めて行く道は悔恨が多く、利益は一つも得られない——利を貪って禍を招く凶象である。底本のこの条は三句のみで、四言四句の例に合わず、脱文の疑いがある。尚秉和の解説:この条も《鼎》の象を用いる。巽は退、伏する艮は叔なので「却叔」と言う。震は商賈・行・路、坤は悔、巽は利を主り、坤は亡失を主るので、一つも得るものがない。晋の郤氏は貪婪で貸付けを好み、数代改めず、魯の成公十七年に果たして晋の厲公に誅滅された。だから林辞がこのように言うのである。
屯。蹶足狂跛,怪碎不行。棄捐乎人,名字無申。震為足,坎蹇,故曰蹶、曰跛。坎為怪、為破,坤閉,艮止,故不行。坤為棄捐。震為人,艮為名,坤為文字。坤黑,坎伏,故曰無申。申,明也。○首二句宋元本作"蹙狂跛衽,闢坐不行",捐乎作損平,申作中,均依汲古。
《鼎》が《屯》に変わる。足がつまずき跛びて歩けず、姿は怪しく破れて進めない。人に捨てられ、名も顕れない——困頓して志を失う凶象である。尚秉和の解説:震は足、坎は蹇難を主るので「蹶」「跛」と言う。坎は怪・破、坤は閉、艮は止を主るので歩けない。坤は棄捐、震は人、艮は名、坤は文字を主る。坤の色は黒く、坎は伏位にあるので「无申」と言う——「申」は顕明である。校記:冒頭二句は宋・元本で「蹙狂跛衽、辟坐不行」と作り、「捐乎」は「損平」、「申」は「中」と作り、いずれも汲古閣本に従う。
蒙。文王四乳,仁愛篤厚。子畜十男,夭折無有。見前《頤》之《節》。
《鼎》が《蒙》に変わる。文王は四乳という聖人の異相を生まれつき、仁愛篤厚である。十人の男子を養い、夭折した者は一人もいない——子嗣繁栄の吉象である。「文王四乳」は漢人に伝えられた聖人の体貌で、《白虎通》の類の書に記載がある。取象は前の《頤》が《節》に変わる条を見よ。
需。容民蓄眾,不離其居。坎為眾、為民,伏艮為居。○居,汲古作君,依宋元本。
《鼎》が《需》に変わる。百姓を容れ民衆を蓄え、人々は皆その居を離れない——民を安んじ流散させない吉象である。底本のこの条は二句のみで四言四句の例に合わず、脱文があるはずである。「容民畜衆」はもと《師》卦《大象伝》の成語である。尚秉和の解説:坎は衆・民、伏する艮は居を主る。校記:「居」の字は汲古閣本では「君」と作り、ここでは宋・元本に従う。
訟。三雛相逐,蠅墜釜中。灌沸淹殪,與母長決。伏震為子、為行,故曰三雛相逐。巽為蠅,伏坤為釜、為水、為死、為母。○雛,宋元本作摧。按:《訟彖》"不利涉大川,入于淵也",故林詞如此。
《鼎》が《訟》に変わる。三羽の雛鳥が互いに追い合い、蠅が釜の中に落ちる。沸き湯を注げば溺れ死に、それから母と長く別れる——溺死夭亡の凶象である。尚秉和の解説:伏する震は子・行を主るので「三雛相逐」と言う。巽は蠅、伏する坤は釜・水・死・母を主る。校記:「雛」の字は宋・元本では「摧」と作る。尚氏の按語:《訟》卦《彖伝》は「大川を渉るに利あらず、淵に入るなり」と言うので、林辞は沈溺の意を取った。
師。所望在外,鼎令方來。拭爵滌罍,灼食待之,不為季憂。此兼用《鼎》象。離在外卦,故曰所望在外。震為鼎、為爵、為罍,伏艮,故曰拭爵。坎水,故曰滌罍。艮為待、為季。○滌,宋元作澡,依汲古。又鼎令疑為鼎命,即大命也。
《鼎》が《師》に変わる。望んでいる人はまだ外におり、重大な命令がちょうど下ってきた。酒爵を拭き酒罍を洗い、食事を煮て彼を待つ。末子のために憂える必要はない——賓客を待つ備えがあり、憂いが自ら解ける吉象である。尚秉和の解説:この条は《鼎》の象を兼ねて用いる。離は外卦にあるので「所望在外」と言う。震は鼎・爵・罍を主り、卦中に艮が伏し艮は手なので「拭爵」と言う。坎は水なので「滌罍」と言う。艮は待・季を主る。校記:「滌」の字は宋・元本では「澡」と作り、ここでは汲古閣本に従う。また「鼎令」は疑わしく「鼎命」と作るべきで、重大な命令のことである。
比。陸居少泉,高山無雲。車行千里,塗汙爾輪,亦為我患。坎為泉,坤艮皆為陸,故曰少泉。坎為雲,艮為高山,坎隱伏,故無雲。坤為車、為千里,坎為輪、為泥塗,故曰塗汙爾輪。坎為患。
《鼎》が《比》に変わる。高い陸地に住み泉は少なく、高山の上に雲気が見えない。車が千里を行けば、泥があなたの車輪を汚し、それが我が患いともなる——行路が阻まれる凶象である。尚秉和の解説:坎は泉、坤と艮はいずれも陸地を主るので「少泉」と言う。坎は雲、艮は高山を主り、坎は伏位にあるので雲がない。坤は車・千里、坎は輪・泥塗を主るので「塗汚爾輪」と言う。坎は患を主る。
小畜。東家殺牛,聞臭腥臊。神背西顧,命衰絕周。亳社災燒,宋人夷誅。詳《噬嗑》之《巽》。聞,汲古本作汙,依宋元本。西,宋元本作不,依汲古。衰絕,汲古作絕衰,非,依宋元。神背西顧,言背東家而西顧也。命衰絕周,言殷命已衰,而絕於周室也。
《鼎》が《小畜》に変わる。東の隣の家が牛を殺して祭祀し、腥臊の臭いが聞こえる。神明は背を向けて西を顧み、殷商の天命は衰えて周に絶えた。亳社は火災で焼け、宋国人は夷滅誅戮された——国祚が終わろうとする大凶の象である。取象は《噬嗑》が《巽》に変わる条に詳しい。校記:「聞」の字は汲古閣本では「汙」と作り、宋・元本に従う。「西」の字は宋・元本では「不」と作り、汲古閣本に従う。「衰絶」は汲古閣本では「絶衰」と作るが誤りで、宋・元本に従う。「神背西顧」は神明が東家に背を向けて西を顧みることで、《易・既済》九五の「東隣の牛を殺すは、西隣の禴祭に如かず」がまさにこの意である。「命衰絶周」は殷の天命が既に衰え、周室に絶えたことを言う。
履。長子入獄,婦饋母哭。霜降旬日,嚮晦伏法。旁通《謙》。震為長子,坎為獄,坤為母,伏巽為入、為婦,兌口,故曰母哭。坤為霜,離日,坤數十,故曰旬日。坤為晦、為殺,故曰伏法。《隋書刑法志》:"聖王莫不先春風而播恩,後秋霜而動憲",是自古殺人皆在霜降後,茲曰嚮晦,並用晦日也。
《鼎》が《履》に変わる。長子が牢獄に入れられ、妻は食事を運び母は痛哭する。霜降の後十日、日が暮れようとする時に伏法して処刑される——刑戮が身に臨む大凶の象である。尚秉和の解説:《履》は《謙》と旁通する。震は長子、坎は獄、坤は母、伏する巽は入・婦を主り、兌は口なので「母哭」と言う。坤は霜、離は日を主り、坤の卦数は十なので「旬日」と言う。坤は晦・刑殺を主るので「伏法」と言う。《隋書・刑法志》に「聖王は先ず春風に恩を播き、後に秋霜に憲を動かす」とあり、古来行刑は皆霜降の後であったと分かる。ここで「向晦」と言うのは、月の終わりの晦日までも併せて用いたものである。
泰。溫山松柏,常茂不落。鳳凰以庇,得其歡樂。詳《需》之《坤》。
《鼎》が《泰》に変わる。温山の松と柏は、年がら年中茂って落ちない。鳳凰が木陰に庇護され、その歓楽を得る——依託するところがあり、長く安楽を享ける吉象である。取象は《需》が《坤》に変わる条に詳しい。
否。大屋之下,朝多君子。德施溥育,宋受其福。艮為屋,上乾,故曰大屋。艮為朝、為君子,坤眾,故曰多。《說文》"以木架屋曰宋",故艮為宋。○溥,宋元本作博,依汲古。
《鼎》が《否》に変わる。高い大屋の下、朝廷には君子が多い。徳沢は普く施され万物を育て、宋国はその福を受けた——徳政が広く及ぶ吉象である。尚秉和の解説:艮は屋、上体は乾なので「大屋」と言う。艮は朝・君子、坤は衆を主るので「多」と言う。《説文》に「木を以て屋を架すを宋と曰う」とあり、だから艮は「宋」の象をも取る。校記:「溥」の字は宋・元本では「博」と作り、ここでは汲古閣本に従う。
同人。羅張目抉,圍合耦缺,魚鳥生脫。離為網羅、為目。抉決通。兌毀,故目決,言網目毀也。離中虛,故曰圍合。二人為耦,按:《周禮天官》掌次射則張耦次。疏:凡射耦,皆兩兩俱升南面而射,耦缺則射者無。巽寡,故曰耦缺。巽為魚,離為鳥,目抉耦缺,故魚鳥得脫也。○抉,汲古訛列,耦作月,多采捕無功四字,在第三句,俱依宋元本。
《鼎》が《同人》に変わる。羅網を張るが網目は破れ、合囲の時は組の片割れが欠け、魚も鳥も生きたまま脱する——囲み捕りが空振りに終わる象である。尚秉和の解説:離は網羅・目を主る。「抉」は「決」と通じ、兌は毁折を主るので目が決す、すなわち網目が壊れたのである。離は中虚なので「囲合」と言う。二人を合わせて一「耦」とする:《周礼・天官・掌次》に射礼では耦次を張設するとあり、賈公彦の疏は凡そ射礼の組は皆両々ともに堂に登り南面して射る、組が欠ければ射る者がいないと言う。巽は孤寡を主るので「耦缺」と言う。巽は魚、離は鳥を主り、網目が破れ組が欠けるので魚鳥は脱し得た。校記:「抉」の字は汲古閣本では「列」と訛り、「耦」は「月」と作り、第三句のところに「采捕無功」の四字が多い。ここでは一括して宋・元本に従う。
大有。羔裘豹袪,高易我宇。君子維好,至老無憂。兌為羊,離文為豹,乾為衣,故曰羔裘豹袪。伏艮為高、為宇、為君子。乾為老,坤為憂,坤伏,故不憂。羔裘,《唐風》篇名,毛謂晉人不恤其民,刺詩茲云君子無憂,與毛異。○宇,元本訛字,依宋本。第四句宋元本無,依汲古。
《鼎》が《大有》に変わる。羔皮の裘に豹皮の袖口、高く我が居所を換えた。君子は和やかに交わり、老いて憂いがない——安富尊栄の吉象である。尚秉和の解説:兌は羊すなわち羔、離は文彩があるので豹、乾は衣を主り、合わせて「羔裘豹袪」となる。伏する艮は高・宇(屋宇)・君子を主る。乾は老、坤は憂を主り、坤は伏位にあるので憂いがない。「羔裘」は《詩経・唐風》の篇名で、《毛序》は晋人が百姓を恤まないのを刺すと言うが、ここでは君子に憂いなしと言い、《毛伝》と立意が異なる。校記:「宇」の字は元本で「字」と訛り、ここでは宋本に従う。第四句は宋・元本に無く、ここでは汲古閣本に従う。
謙。大頭明目,載受嘉福。三雀飛來,與祿相得。坎為大首,伏離為明目,震為載、為嘉福。數三,艮為雀,故曰三雀。○嘉福,宋元本作喜福,汲古更訛為福善,依周[當作局]本。
《鼎》が《謙》に変わる。大きな頭に明るい目、美しい福を満載している。三羽の雀が飛んで来て、禄位と相合する——福禄双至の吉象である。尚秉和の解説:坎は大首、伏する離は明目を主り、震は載・嘉福を主る。卦数は三、艮は雀なので「三雀」と言う。校記:「嘉福」は宋・元本で「喜福」と作り、汲古閣本はさらに「福善」と訛る。ここでは局本に従う(原文「周本」の下に小字で「当作局」とあり、刻本自注の改字である)。
豫。銷鋒鑄耜,休放牛馬。甲兵解散,夫婦相保。詳《晉》林。第二句宋元本作縱牛救馬,汲古作縱牛放馬,依晉林校。又耜宋元本訛刃。
《鼎》が《豫》に変わる。兵刃を鎔かして犁に鋳直し、牛馬を休ませ放牧する。甲士の軍隊は解散し、夫婦は相守り全うすることができる——偃武修文の吉象である。取象は《晋》卦下の同文の条に詳しい。校記:第二句は宋・元本で「縦牛救馬」、汲古閣本で「縦牛放馬」と作り、ここでは《晋》林に拠って校正する。また「耜」の字は宋・元本で「刃」と訛る。
隨。吉日車攻,田弋獵禽。反行飲至,以告嘉功。詳《履》之《夬》。車攻,宋元本作舉釣,依汲古。獵,汲古作雙,反行飲至作宣王飲酒,均依宋元本。嘉,宋元本訛喜,依汲古。
《鼎》が《随》に変わる。《吉日》《車攻》の二詩が詠う田獵で、禽獣を射獵する。帰って飲至の礼を行い、美しい戦功を宗廟に報告する——田獵して功を奏する吉象である。《吉日》《車攻》はいずれも《詩経・小雅》の篇名で、周の宣王の田獵を詠う。「飲至」は諸侯が出行から帰って宗廟で酒を飲み功を告げる礼である。取象は《履》が《夬》に変わる条に詳しい。校記:「車攻」は宋・元本で「挙釣」と作り、汲古閣本に従う。「猟」の字は汲古閣本で「双」、「反行飲至」を「宣王飲酒」と作り、いずれも宋・元本に従う。「嘉」の字は宋・元本で「喜」と訛り、汲古閣本に従う。
蠱。商人行旅,資無所有。貪貝逐利,留連王市。轘轅內安,公子何咎。震為商旅,艮為貝,巽為利,艮止,故曰留連。巽為市,震為王,故曰王市。震為轅、為公子,艮為安。按:《左傳襄二十二年》:欒盈被掠於周,周王使候出諸轘轅。又《高祖紀》因張良遂掠韓地轘轅。是轘轅為地名,而《管子》云:凡主兵者必先審知地圖,轘轅之險。又《東京賦》:邪徑捷乎轘轅,薛綜注:轘轅,十二曲道,將去復還,故曰轘轅。是轘轅為曲徑,所以設險,故曰轘轅內安,公子無咎。蓋艮震皆為道路,卦三至上艮震相反覆像轘轅也。○王市,宋元本作玉帛,轘作馭,均依汲古。
《鼎》が《蠱》に変わる。商人が旅に出るが、元手は何もない。貨貝を貪り利を追い求め、王城の市に留まる。轘轅の険道の内は安穏無事で、公子にどうして災いがあろうか——行商して険を守り、過ちに至らない象である。尚秉和の解説:震は商旅、艮は貝、巽は利を主る。艮は止を主るので「留連」と言う。巽は市、震は王なので「王市」と言う。震は轅・公子、艮は安を主る。尚氏の按語:《左伝》襄公二十二年に欒盈が周の地で劫掠され、周王が候人を遣わして彼を轘轅の外に送り出したと載せ、《史記・高祖本紀》に劉邦が張良によって韓の地の轘轅を攻め取ったと載せる——轘轅が地名であることが分かる。また《管子》は凡そ兵事を主る者は必ず先ず地図を詳しく知るとし、轘轅の険に言及する。《東京賦》に「邪径は轘轅に捷し」とあり、薛綜の注は轘轅は十二の曲折ある曲路で、去ろうとしてまた折り返す、故に轘轅と言う——轘轅はまた一条の曲径で、険を設けて守るのに用いる、故に「轘轅内安、公子无咎」と言うのである。艮と震はいずれも道路を主り、本卦の三爻から上爻まで艮震が反復して接し、形がまさに轘轅の曲道に似る。校記:「王市」は宋・元本で「玉帛」、「轘」は「馭」と作り、いずれも汲古閣本に従う。
臨。火入井口,揚芒生角。犯歷天門,窺觀太微。登上玉床,家易其公。通《遯》。艮為星、為火,兌為井、為口,艮為角。火,熒惑也,言熒惑入井。艮為門,上乾為天,《內經》以戊亥為天門,乾艮皆位西北,故曰天門。艮為觀,《天文志》太微為五帝之庭,明堂之房。乾為帝、為玉,艮為床,故曰玉床。艮為家,震為公,言熒惑入井,芒角犯太微,國君將易也。○首句宋元本作火井暘谷,依汲古。揚,汲古作陽,依宋元本。其,宋元本作共,又有作六者,依汲古。此自古星占,顧炎武謂林詞本《漢書李尋傳》,《李尋傳》焉有火入井口之語,先儒從不知林詞皆本卦象,故誤解。
《鼎》が《臨》に変わる。火星が井宿に入り、光芒が四方に放たれ稜角を生ずる。天門を侵犯して経過し、太微垣を窺う。玉床に登れば、人家の主人が替わることになる——星変して君の易わるを主る凶象である。尚秉和の解説:《臨》は《遯》と旁通する。艮は星・火、兌は井・口、艮は角を主る。ここの「火」は熒惑すなわち火星を指し、熒惑が井宿に侵入すると言うのである。艮は門、上体の乾は天を主り、《内経》は戌亥を以て天門とする(底本は「戊亥」と作るが、「戊」は「戌」の訛であろう)、乾と艮はいずれも西北に居するので「天門」と言う。艮は观望を主り、《漢書・天文志》は太微を五帝の朝廷・明堂の房舎と言う。乾は帝・玉、艮は床を主るので「玉床」と言う。艮は家、震は公を主る——全篇は熒惑が井に入り、芒角が太微を侵犯し、国君が替わろうとすることを言う。校記:首句は宋・元本で「火井暘谷」と作り、ここでは汲古閣本に従う。「揚」の字は汲古閣本で「陽」と作り、宋・元本に従う。「其」の字は宋・元本で「共」と作り、また「六」と作る本もあり、ここでは汲古閣本に従う。この条はもとより古来相传の星占で、顧炎武は林辞は《漢書・李尋伝》から出たと言うが、《李尋伝》のどこに「火入井口」の言葉があるか——前人は从来林辞が句句卦象に本づくことを知らず、それゆえ解釈を誤ったのである。
觀。秋隼冬翔,數被嚴霜。甲兵充庭,萬物不生。雞釜夜鳴,民擾大驚。通《大壯》。兌為秋,艮為隼,乾為冬,震為翔,故曰秋隼冬翔。坤為霜,艮為甲兵、為庭,坤為萬物,坤殺,故不生。巽為雞,坤為釜、為夜,震為鳴,故曰雞釜夜鳴。坤為民,震為驚。釜鳴,詳《復》之《旅》。雞夜鳴,言失時也。
《鼎》が《観》に変わる。秋の鷹隼が冬になっても飛び続け、しきりに厳霜に遭う。甲兵が庭に充満し、万物が生長できない。鶏が夜に鳴き、釜が自ら音を立て、百姓は騒動して大いに恐れる——兵乱と妖異が併せ現われる凶象である。尚秉和の解説:《観》は《大壮》と旁通する。兌は秋を主り、艮は隼、乾は冬、震は翔を主るので「秋隼冬翔」と言う。坤は霜、艮は甲兵・庭、坤は万物を主り、坤は粛殺を主るので万物が生じない。巽は鶏、坤は釜・夜、震は鳴を主るので「鶏釜夜鳴」と言う。坤は民、震は驚を主る。釜が自ら鳴ることは《復》が《旅》に変わる条に詳しい。鶏が夜に鳴くのは、時序が乱れたことを言う。
噬嗑。東行西步,失其次舍。乾侯野井,昭君喪居。震為東行,坎西,故曰西步。艮為次舍。震為諸侯、為君,上離,故曰乾侯、曰昭君。艮為野,伏兌為井,《左傳昭三十二年》公薨於乾侯。野井,齊地名。昭二十五年齊侯唁公於野井是也。
《鼎》が《噬嗑》に変わる。東へ行きまた西へ歩み、宿る館を失う。乾侯で客死し、野井に流れ落ち、魯の昭公は自分の居所を失った——出亡して国を失う凶象である。尚秉和の解説:震は東行を主り、坎は西を主るので「西歩」と言う。艮は次舎を主る。震は諸侯・君を主り、上体は離なので「乾侯」「昭君」と言う。艮は野、伏する兌は井を主る。《左伝》昭公三十二年に魯の昭公が乾侯で死んだと載せる。野井は斉の国の地名で、昭公二十五年に斉侯が野井に至り出奔した魯の昭公を慰問したのがこの事である。
賁。腫脛病腹,陷廁汙辱。命短時極,孤子哀哭。震為脛,艮為節,故曰腫脛。腫,《說文》癰也。離為腹,互坎,故曰病腹。坎為廁、為陷、為汙,艮為時,伏巽為命,兌為折,故曰短命。震為子,坎孤,坎悲,故曰孤子哀哭。伏兌為哭。《左傳》晉侯有疾,張,如廁,陷而卒。
《鼎》が《賁》に変わる。脛が腫れ腹に病を抱え、厠に落ちて汚辱を蒙る。寿命は短く期限は尽き、孤児が哀しみの声をあげて哭く——暴病して汚れて死ぬ大凶の象である。尚秉和の解説:震は脛、艮は節を主るので「腫脛」と言う——「腫」は《説文》によれば癰瘡である。離は腹を主り、卦中に坎が互い出るので「病腹」と言う。坎は厠・陥・汚を主る。艮は時、伏する巽は命を主り、兌は折損を主るので「短命」と言う。震は子、坎は孤・悲を主るので「孤子哀哭」と言い、伏する兌は哭を主る。《左伝》成公十年に晋の景公が病み、腹部が脹満し、厠に行って落ちて死んだと載せる。
剝。切膚近火,虎絕我須。小人橫暴,君子何之。艮為膚、為火、為虎、為須、為君子,坤為小人,重坤,陰盛銷陽,故曰橫暴。艮止,坤閉,故曰何之。○火,汲古作災,之亦作災,依宋元本。子,宋元本作復,非,依汲古。
《鼎》が《剥》に変わる。皮肉に貼りついて火に近づき、虎が我が鬚を噛み断った。小人が横行して暴虐であり、君子はいずこへか行かん——小人が勢いを得て君子の身を容れる所なき凶象である。尚秉和の解説:艮は膚・火・虎・鬚・君子、坤は小人を主る。本卦は坤を重ね、陰気が盛んで陽気を消剥するので「横暴」と言う。艮は止、坤は閉を主るので「何之」すなわち往く所がないと言う。校記:「火」の字は汲古閣本で「灾」、「之」の字も「灾」と作り、ここでは宋・元本に従う。「子」の字は宋・元本で「復」と作るが誤り、汲古閣本に従う。
復。女室作毒,為我心疾。和不能治,晉人赴告。坤為女、為室、為毒、為心、為疾,《左傳昭元年》女陽物也,而晦時淫,則生內惑蠱之疾,故曰女室作毒,為我心疾。坤死,故和不能治。震為晉、為人、為告,言平公死,赴告列國也。○不,汲古作弗,非。劉毓崧云:弗,昭帝名。易林諱當時君名,故不見弗字。果,宋元本皆作不。
《鼎》が《復》に変わる。内室の女色が毒害を釀し、我が心病となる。名医の和も治せず、晋は列国に訃告を発する——女色に耽って死に至る凶象である。尚秉和の解説:坤は女・室・毒・心・疾を主る。《左伝》昭公元年に医和は女子は陽物に属し、晦冥の時に過度に近づけば迷惑蠱惑の類の病を生ずると言い、だから「女室作毒、為我心疾」と言う。坤は死を主るので医和も治せない。震は晋・人・告を主り、晋の平公が死んで列国に訃告を発したことを言う。校記:「不」の字は汲古閣本で「弗」と作るが誤り。劉毓崧は「弗」は漢の昭帝の名諱(劉弗陵)であり、《易林》は当時の君主の名を避けたので書中に「弗」の字が見えないと言う。「果」の字は宋・元本でいずれも「不」と作る。
無妄。兵征大宛,北出玉門。與胡寇戰,平城道西。七日絕糧,身幾不全。詳《屯》林。此以巽為寇,餘象皆同。
《鼎》が《无妄》に変わる。兵を出して大宛を征討し、北に玉門関を出る。胡人の寇兵と交戦し、平城道の西に困ぜられる。七日間糧が絶え、命はほとんど保てない——出師して陥る凶象である。平城の囲みとは漢の高祖が匈奴に白登に囲まれたことで、事は《史記・匈奴列伝》に見える。取象は《屯》卦下の同文の条に詳しい。ここでは巽を寇とし、残りの象は皆同じである。
大畜。九子十夫,莫適與居。貞心不壹,自令老孤。震數九,故曰九子。震為夫,兌數十,故曰十夫。艮為居,正反艮,故曰莫適與居、曰貞心不壹。艮為貞,乾為老,伏巽為寡,故曰孤。○首句汲古訛十子夬九,壹訛宣,自令老孤訛至今名孤,均依宋元本。
《鼎》が《大畜》に変わる。九人の子、十人の男がいるが、安んじてともに居れる者は一人もいない。心志が専一でなく、自ら老来の孤独を招く——心に主がなく終に孤苦に至る凶象である。尚秉和の解説:震の卦数は九なので「九子」と言う。震は夫、兌の卦数は十なので「十夫」と言う。艮は居を主り、卦中に一正一反の二つの艮があるので「莫適与居」「貞心不壱」と言う。艮は貞、乾は老を主り、伏する巽は孤寡を主るので「孤」と言う。校記:首句は汲古閣本で「十子夬九」と訛り、「壱」は「宣」と訛り、「自令老孤」は「至今名孤」と訛る。いずれも宋・元本に従う。
頤。車行稻麥,遂至家國。樂土無災,君子何憂。震為車、為稻麥,坤為家國、為土、為災、為憂,震為樂、為解,故無災憂。○子,宋元本作父,車作東,均依汲古。車行者,言以車運行稻麥至家也。
《鼎》が《頤》に変わる。車に稲麦を積んで路に上り、そのまま家と国に運ぶ。楽土に災いはなく、君子は何を愁えよう——豊作して虞れなき吉象である。尚秉和の解説:震は車・稲麦、坤は家国・土・災・憂を主り、震は楽・解を主るので災憂がない。校記:「子」の字は宋・元本で「父」、「車」は「東」と作り、いずれも汲古閣本に従う。「車行」は車で稲麦を家に運ぶことを言う。
大過。作室山根,所以為安。一夕崩顛,破我饔飧。詳《賁》之《明夷》。
《鼎》が《大過》に変わる。山の麓に家を建て、安穏であろうと思ったが、一夜のうちに山が崩れ地が落ち、我が一家の食事と生計を全て壊してしまった——恃む所が安きに非ざる凶象である。「饔飧」は朝飯と晩飯を指し、ここでは衣食の生計を代指する。取象は《賁》が《明夷》に変わる条に詳しい。
坎。六人俱行,各遺其囊。黃鵠失珠,無以為明。詳《臨》之《師》。
《鼎》が《坎》に変わる。六人が連れ立って同行し、それぞれ自分の行囊を失う。黄鵠は明珠を失い、もはや光を放つものがない——同行して俱に失う凶象である。取象は《臨》が《師》に変わる条に詳しい。
離。伯蹇叔盲,莫為守囊。失我衣裘,不離其鄉。伏坎。中爻震為伯,坎蹇,故曰伯蹇。艮為叔,中爻互大離,故曰叔盲,故曰囊。艮守,坎伏,故莫為守囊。震為衣裘,上下坎,故曰失。艮為鄉也。○鄉,汲古作邦,依宋元本。此句各本皆作我是、陰鄉或陰邦,我是者失我之訛,陰鄉尤難解,今從《否》之《噬嗑》校。
《鼎》が《離》に変わる。長男は足が跛び三男は目が盲いて、我のために行囊を見守る者がいない。我が衣裘を失ったが、人は郷里を離れない——殘缺して守りを失う凶象である。尚秉和の解説:本卦は坎が伏する。中間の数爻が互いに震を出し、震は伯、坎は蹇跛を主るので「伯蹇」と言う。艮は叔を主り、中間の数爻がまた大きな離象を合成するので「叔盲」と言い、ここから「囊」をも取る。艮は守を主り、坎は伏位にあるので行囊を守る人がいない。震は衣裘を主り、上下ともに坎なので「失」と言う。艮は郷を主る。校記:「郷」の字は汲古閣本で「邦」と作り、宋・元本に従う。この句は各本とも「我是」「陰郷」または「陰邦」と作る——「我是」は「失我」の訛字で、「陰郷」は殊に解し難い。今《否》が《噬嗑》に変わる条に拠って校正する。
咸。襃寵灑尤,敗政傾家。覆我宗國,秦滅周室。互乾為王,巽為母,有王母之象,故曰襃。襃,幽王后,襃姒也。伏坤為尤。灑尤者,言龍灑於王庭也。伏坤為政,艮為家室、為國,兌毀,故曰敗傾。艮為國,震為宗,震覆為艮,故曰覆我宗國。兌為秦,震為周,震伏,故曰秦滅周室。《詩》:"赫赫宗周,襃姒滅之",林詠其事。○灑,汲古作溢,依宋元本。
《鼎》が《咸》に変わる。褒姒が寵を得て、龍の涎が王庭に洒落し禍根を植え、政事を敗壊し家門を傾覆した。我が宗周を顛覆し、秦は遂に周室を滅ぼした——女寵が国を亡ぼす大凶の象である。尚秉和の解説:互体は乾を成し、乾は王、巽は母を主り、合わせて「王母」の象があるので「襃」を取る——襃はすなわち周の幽王の王后褒姒である。伏する坤は「尤」で、「洒尤」は龍涎が王庭に洒れたことを言う:《国語・鄭語》に夏の末に二龍が王庭に止まり、龍漦を残して椟に収め蔵し、周の厲王の時に椟を開くと漦が庭に流れ満ち、玄黿と化し、童妾が遭って褒姒を生んだと載せる。伏する坤は政、艮は家室・国を主り、兌は毁折を主るので「敗」「傾」と言う。艮は国、震は宗を主り、震が倒れて艮となるので「覆我宗国」と言う。兌は秦、震は周を主り、震は伏位にあるので「秦滅周室」と言う。《詩経・小雅・正月》の「赫赫たる宗周、褒姒これを滅す」は、林辞がまさにこの事を詠んでいる。校記:「洒」の字は汲古閣本で「溢」と作り、ここでは宋・元本に従う。
恆。詭言譯語,仇禍相得。冰入炭室,消滅不息。伏正反震,故曰詭言譯語。伏坤為仇、為禍、為冰,艮為室、為火,火與坤連,故曰冰入炭室。坤消坤死,故曰不息。○詭,宋元本作該,非,依汲古。
《鼎》が《恒》に変わる。詭詐の言辞と輾転の伝訳、仇怨と禍事が一か所に凑る。氷塊を炭火の部屋に投げ入れれば、消融し尽くして再び帰らない——言語が禍を招き自ら消亡を取る凶象である。尚秉和の解説:伏卦に一正一反の二つの震があり、震は言語を主るので「詭言訳語」と言う。伏する坤は仇・禍・氷、艮は室・火を主り、火と坤が相接するので「氷入炭室」と言う。坤は消・死を主るので「不息」と言う。校記:「詭」の字は宋・元本で「該」と作るが誤り、ここでは汲古閣本に従う。
遯。彭生為豕,暴龍作災。盜堯衣裳,聚蹠荷兵。青禽照夜,三日夷亡。詳《比》之《蒙》。此以巽為豕、為盜、為蹠,首句宋元本作彭名為妖,汲古作彭生為妖,依《比》之《蒙》校。
《鼎》が《遯》に変わる。彭生が大きな猪と化して命を索め、凶暴な龍が災いを興す。盗賊が堯の衣裳を盗み、桀跖の徒が衆を集め兵を執る。青い怪鳥が夜を照らし、三日の内に夷滅の禍がある——妖異が併せ起こり旦夕に亡ぶ大凶の象である。取象は《比》が《蒙》に変わる条に詳しい。ここでは巽を豕・盗・跖とする。校記:首句は宋・元本で「彭名為妖」、汲古閣本で「彭生為妖」と作り、ここでは《比》が《蒙》に変わる条に拠って校正する。
大壯。朝露白日,四馬過隙。歲短期促,時難再得。震為朝、為白,兌為露,乾為日、為馬,震卦數四,故曰四馬。伏巽為隙,乾為歲,伏艮為時期,伏觀為消卦,故曰歲短期促也。《漢書張良傳》人生如白駒過隙。
《鼎》が《大壮》に変わる。清晨の露、当空の白日、四頭の馬が隙間の前を一瞬に過ぎる。年歳は短く期限は迫り、時機は再び得難い——光陰が迫促し、時に及んで把握すべき象である。尚秉和の解説:震は朝・白、兌は露、乾は日・馬を主り、震の卦数は四なので「四馬」と言う。伏する巽は隙、乾は歳、伏する艮は時・期を主る。《大壮》が伏する《観》は陰長陽消の「消卦」に属するので「歳短期促」と言う。《漢書・張良伝》に「人生は一世間、白駒の隙を過ぐるが如し」とある。
晉。耳闕道喪,所為不成,求事匪得。伏坎,故耳闕。艮為道,道喪,言無耳喪失人道也。艮為求,坤為事,坤喪,故所為不成,求事不得也。○喪,宋元本作衰,依汲古。求事,汲古作所求,依宋元本。
《鼎》が《晋》に変わる。耳が欠損し道が喪われ、為すことは成せず、求めることは得られない——閉塞して成らざる凶象である。尚秉和の解説:坎が伏し坎は耳を主るので「耳闕」と言う。艮は道を主り、「道喪」は耳がなく人たるの常道を喪ったことを言う。艮は求、坤は事を主り、坤は喪亡を主るので、作す所は成らず求める所は得られない。校記:「喪」の字は宋・元本で「衰」と作り、ここでは汲古閣本に従う。「求事」は汲古閣本で「所求」と作り、宋・元本に従う。
明夷。申公患楚,危不自安。重耳出奔,側喪其魂。震為申、為楚,坎為患危,坤為重,故曰子重。耳訛字。震為出奔、為子,坎為邪,故曰側。側,子反名也。乾為魂,乾伏,故曰喪魂,坤為喪也。《左傳成七年》子重請取於申呂以為賞,子反欲取夏姬,皆為申公巫臣所止,後巫臣自取夏姬,奔晉,故子重子反皆怨巫臣而滅其族。巫臣遺二子書曰:餘必使爾疲於奔命以死,後巫臣教吳伐楚,子重子反於是乎一歲七奔命。重耳為子重之訛,然各本皆如此,不敢改也。
《鼎》が《明夷》に変わる。申公巫臣が楚国の患となり、楚人は危惧して自ら安んじられない。子重は奔走して命に疲れ、子反も魂を吓い落とした——宿怨が反噬する凶象である。尚秉和の解説:震は申・楚、坎は患・危を主る。坤は重を主るので「子重」と言い、「耳」は訛字である。震は出奔・子を主り、坎は邪僻を主るので「側」と言い、「側」は子反の名である。乾は魂を主り、乾は伏位にあるので「喪魂」と言い、坤は喪亡を主る。《左伝》成公七年に子重が申・呂の田を賞田とするよう請い、子反が夏姫を娶ろうとしたが、いずれも申公巫臣に阻止されたと載せる。後に巫臣は自ら夏姫を娶って晋に奔り、そこで子重・子反はともに巫臣を怨んでその族を滅ぼした。巫臣は二人に書を送って言う:必ずや汝らを奔走させて命に疲れ死なしめん。後に巫臣は呉国に楚を攻めることを教え、子重・子反はこのため一年の内に七度奔命した。「重耳」は「子重」の訛だが、各本ともこのように書くので、尚氏は擅りに改めない。
家人。南上太山,困於空桑。左沙右石,牛馬無食。此用《鼎》象。伏震為南,艮為山,坎為困,巽為桑,離枯,故曰空桑。震左,兌右,艮為沙,巽為石,故曰左沙右石。離牛,乾馬,兌為食,離虛,故無食。○空,宋元本作此,依汲古。
《鼎》が《家人》に変わる。南に登って太山に至り、空桑の地に困ぜられる。左は沙、右は石で、牛馬に食べる草料がない——行途が困乏する凶象である。尚秉和の解説:この条は《鼎》の象を用いる。伏する震は南、艮は山、坎は困、巽は桑を主り、離は枯槁を主るので「空桑」と言う。震は左、兌は右、艮は沙、巽は石を主るので「左沙右石」と言う。離は牛、乾は馬、兌は食を主り、離は中虚なので食べるものがない。校記:「空」の字は宋・元本で「此」と作り、ここでは汲古閣本に従う。
睽。悔隅遼右,福祿所在。柔嘉蒙禮,九夷何咎。兌為海、為右,伏艮為東北,故曰遼右。遇卦鼎,乾為福祿。伏坤為柔、為禮,震為嘉,數九,故曰九夷,坤為夷也。《論語》子欲居九夷。
《鼎》が《睽》に変わる。海の隅の一角、遼東の右は、まさに福禄の在る所である。柔順で美善、礼遇を蒙り、九夷の地に住んで何の災いがあろうか——遠く居て福を得る吉象である。首句は底本が「悔隅」と作るが、尚氏の注は兌を海とし、「海隅」と作るべきとする。尚秉和の解説:兌は海・右を主り、伏する艮は東北に居するので「遼右」と言う。遇卦は《鼎》で、乾は福禄を主る。伏する坤は柔・礼、震は嘉を主り、卦数は九なので「九夷」と言い、坤は夷を主る。《論語・子罕》に孔子が九夷に住もうと思ったと記す。
蹇。陽春生長,萬物壯茂。垂枝布葉,君子比德。此仍用《鼎》象。伏震為陽春、為生長、為壯茂,伏坤為萬物、為枝葉,艮為君子,震為德。○枝,汲古訛秋,依宋元本。
《鼎》が《蹇》に変わる。春の陽が生長を催し、万物は壮盛に繁茂する。枝は垂れて緑葉が広がり、君子の徳行はまさにこれに類す——生機が勃発する吉象である。尚秉和の解説:この条も《鼎》の象を用いる。伏する震は陽春・生長・壮茂、伏する坤は万物・枝葉を主り、艮は君子、震は徳を主る。校記:「枝」の字は汲古閣本で「秋」と訛り、ここでは宋・元本に従う。
解。低頭竊視,有所畏避。行作不利,酒酸魚敗,眾莫貪嗜。坎為首、為,故曰低頭。離為視,坎盜,故曰竊視。坎為畏,坎隱伏,故曰畏避。坎險,故曰不利。坎為酒菜,伏巽為魚,巽木,木曲作酸,故曰酒酸。巽為臭,故曰魚敗。坎為眾。○作,宋元本訛伯,莫訛若,均依汲古。
《鼎》が《解》に変わる。頭を低くしてこっそり張望し、心に畏れて避ける所がある。出行して事を為しても皆順調でなく、酒は酸くなり魚は臭い、衆人は誰も口にしようとしない——畏縮して前に進まず、貨が敗れて売れない凶象である。尚秉和の解説:坎は首を主る(底本は「為」の字の下に一字脱す)ので「低頭」と言う。離は視を主り、坎は盗窃を主るので「窃視」と言う。坎は畏を主り、また隠伏を主るので「畏避」と言う。坎は険を主るので「不利」と言う。坎は酒菜を主り、伏する巽は魚を主る。巽は木に属し、木の性は曲がりて酸を生ずるので「酒酸」と言う。巽は臭味を主るので「魚敗」と言う。坎は衆を主る。校記:「作」の字は宋・元本で「伯」と訛り、「莫」は「若」と訛る。いずれも汲古閣本に従う。
損。左輔右弼,金玉滿堂。常盈不亡,富如敖倉。詳《師》之《歸妹》。堂,宋元本作櫃,如作於,均依汲古。
《鼎》が《損》に変わる。左右に輔弼の臣があり、金玉が堂に満ちている。長く充盈して耗えず、敖倉のように富む——富貴充盈の大吉の象である。敖倉は秦漢の際に敖山に設けられた大きな粮仓である。取象は《師》が《帰妹》に変わる条に詳しい。校記:「堂」の字は宋・元本で「柜」、「如」は「于」と作り、いずれも汲古閣本に従う。
益。坐朝垂軒,據德宰民。虞叔受命,六合和親。艮為坐,坤為朝、為軒、為民,震為德,艮手,故曰據德。艮官,故曰宰民。震為驩虞,艮為叔,故曰虞叔。巽為命,坤為合,伏乾數六,故曰六合,言虞舜坐朝堂為天子也。
《鼎》が《益》に変わる。朝堂に端坐し、垂帘して軒に臨み、徳によって百姓を治める。虞舜は天命を受け、天地四方は和やかに親しみ附く——聖王が朝に臨む大吉の象である。尚秉和の解説:艮は坐、坤は朝・軒・民、震は徳、艮は手を主るので「據徳」と言う。艮は官職を主るので「宰民」と言う。震は歓虞、艮は叔を主り、合わせて「虞叔」となる。巽は命、坤は合を主り、伏する乾の卦数は六なので「六合」と言う——全篇は虞舜が朝堂に坐して天子となったことを言う。
夬。東行西坐,喪其犬馬。南求驊騮,失車林下。此用《鼎》象。伏震為東、為行,伏坎為西,艮為坐,故曰西坐。艮犬,震馬,坤喪,故曰喪其犬馬。震為南、為馬,艮為求,故曰南求,故曰南求驊騮。坤為輿,震為林,坎失,故曰失車林下。坤為下也。○坐,汲古作走,依宋元本。
《鼎》が《夬》に変わる。東へ行きまた西へ坐し、自分の犬と馬を失う。南へ驊騮の良駒を求めに行き、車はまた林の中に失う——往来奔走して屡々損失ある凶象である。尚秉和の解説:この条は《鼎》の象を用いる。伏する震は東・行、伏する坎は西、艮は坐を主るので「西坐」と言う。艮は犬、震は馬を主り、坤は喪亡を主るので「喪其犬馬」と言う。震は南・馬、艮は求を主るので「南求驊騮」と言う。坤は車輿、震は林を主り、坎は亡失を主るので「失車林下」と言い、坤はまた下を主る。校記:「坐」の字は汲古閣本で「走」と作り、ここでは宋・元本に従う。
姤。砥德礪材,果當成周。拜受大命,封為齊侯。此亦用《鼎》象。伏震為德、為材,艮為石,故曰砥礪。艮為果,震為周,艮為成,故曰果當成周。艮為拜,本卦巽為命,重乾,故曰大命。巽為齊,震為諸侯,故曰齊侯。果當成周者,言太公積德,果遇文王也。
《鼎》が《姤》に変わる。徳行を磨き才幹を錬り、果たして周室を成す時機に遇った。重大な册命を拝受し、齐国の侯に封ぜられた——徳を修めて位を得る大吉の象である。尚秉和の解説:この条も《鼎》の象を用いる。伏する震は徳・材、艮は石を主るので「砥礪」と言う。艮は果、震は周を主り、艮はまた成を主るので「果当成周」と言う。艮は拝を主り、本卦の巽は命を主り、卦中に乾を重ねるので「大命」と言う。巽は斉、震は諸侯を主るので「斉侯」と言う。「果当成周」は太公望が徳を積み、果たして文王に遇ったことを言う。
萃。西逢王母,慈我九子。相對歡喜,王孫萬戶,家蒙福祉。兌在西,坤母,伏乾,故曰王母。伏震為子,數九,坤為慈,故曰慈我九子。伏象正反震相對,故曰相對歡喜。艮為孫,伏震為王,故曰王孫。坤為戶、為萬,故曰萬戶。艮為家,伏震為福祉。
《鼎》が《萃》に変わる。西方で王母に遇い、慈しんで我が九人の子を育てる。相対して歓喜し、王孫は万戸の封を有し、一家は福祉を蒙る——神に遇い福を受ける大吉の象である。尚秉和の解説:兌は西方に居り、坤は母を主り、卦中に乾が伏し乾は王を主るので「王母」と言う。伏する震は子を主り、卦数は九で、坤は慈愛を主るので「慈我九子」と言う。伏象の中の一正一反の二つの震が互いに向かい合うので「相対歓喜」と言う。艮は孫、伏する震は王を主るので「王孫」と言う。坤は戸・万を主るので「万戸」と言う。艮は家、伏する震は福祉を主る。
升。安坐玉床,聽韶行觴。飲福萬歲,曰壽無疆。伏艮為坐,震為玉,巽為床,故曰玉床。震為樂、為觴,兌為耳,故曰聽韶行觴。震為福、為萬歲,兌口,故曰飲。伏艮為壽,坤廣,故曰無疆。○曰,宋元本作日,依汲古。
《鼎》が《升》に変わる。安穏と玉床に坐し、《韶》楽を聴き杯を伝えて酒を行う。福酒を飲んで万年を祝し、口に長寿無辺と称える——安く福寿を享ける大吉の象である。尚秉和の解説:伏する艮は坐、震は玉、巽は床を主るので「玉床」と言う。震は楽・觴、兌は耳を主るので「聴韶行觴」と言う。震は福・万歳、兌は口を主るので「飲」と言う。伏する艮は寿を主り、坤の性は広大なので「無疆」と言う。校記:「曰」の字は宋・元本で「日」と作り、ここでは汲古閣本に従う。
困。登高望家,役事未休。王事靡盬,不得逍遙。詳《夬》之《解》。○事,宋元本作政,依汲古。
《鼎》が《困》に変わる。高きに登り家郷を遥かに望むが、労役の差事はまだ終わらない。王家の差事に止息はなく、自在に逍遥できない——役使が休まない凶象である。「靡盬」は《詩経・唐風・鴇羽》の「王事靡盬」に出づる、公家の差事に休止がないことを指す。取象は《夬》が《解》に変わる条に詳しい。校記:「事」の字は宋・元本で「政」と作り、ここでは汲古閣本に従う。
井。擊鼓蹈陔,不得相踰。章甫文德,福厭禍消。元刊注云:陔,階次也。按:禮有陔夏,樂有擊鼓,為登階之節,故曰不得相踰,言登階有節,不得亂也。伏震為鼓,艮為擊、為陔、為冠,故曰章甫。伏離為文,震為福,坎為禍。厭,足也。○蹈,汲古作陷,非。消,宋本作涓,依元本、汲古。
《鼎》が《井》に変わる。鼓を撃ち、順に階を踏み上がり、誰も順を越えて先んじることはできない。章甫の冠を戴き文徳を修明し、福気は足りて災禍は消える——礼に循って福を得る吉象である。尚秉和の解説:元刊本の旧注は「陔」は階の次第であると言う。按:礼に《陔夏》の楽があり、楽に撃鼓の節があり、いずれも階に登る時の節度で、だから「不得相踰」と言う——階に登るには一定の次序があり乱してはならないのである。伏する震は鼓、艮は撃・陔・冠を主るので「章甫」と言う——章甫は殷代の礼冠である。伏する離は文、震は福、坎は禍を主る。「厭」は満足の意である。校記:「蹈」の字は汲古閣本で「陥」と作るが誤り。「消」の字は宋本で「涓」と作り、ここでは元本と汲古閣本に従う。
革。追亡逐北,至山而復。稚叔相呼,反其室廬。依《需》之《渙》校。各本皆作"追亡逐北,呼還幼叔。至山而復,得反其室"。
《鼎》が《革》に変わる。逃亡を追い敗兵を逐い、山の辺に至って折り返す。年少の叔輩が互いに呼び合い、自分の屋舎に帰る——追い逐うも還るを知り、身を全うして帰る象である。尚秉和はこの条は校記のみ出す:この四句は《需》が《渙》に変わる条に拠って校訂する。各本はもと皆「追亡逐北、呼還幼叔。至山而復、得反其室」と作る。
震。老滑大,東行盜珠。困於噬敖,幾不得去。《山海經》云:堯光之山有獸穴居而冬蟄,名曰猾餘。峩之山有獸焉,見人則眠,名曰狳。狳,即也。皆艮象。震為東、為珠,坎為盜,故曰盜珠。坎為困。噬敖,按《詩》搏獸於敖《傳》:敖,地名。噬敖,疑亦地名也。○,宋元本訛偷,珠作敖,均依汲古。困,汲古作國,依宋元本。
《鼎》が《震》に変わる。老猾の獣は体が大きく、東へ珠を盗みに行く。噬敖に困ぜられ、ほとんど身を脱することができない——窃盗して困に遭う凶象である。底本の首句「老滑大」および注文・校記の数か所に缺字があり、生僻な獣名の字跡が脱落したのであろう。尚秉和の解説:《山海経》は堯光の山に穴居して冬眠する野兽があり、名を猾余と言い、峨の山に人を見れば眠るふりをする野兽があり、名を狳という——これらは皆艮の象を取る。震は東・珠を主り、坎は盗窃を主るので「盗珠」と言う。坎は困を主る。「噬敖」については、《詩経・小雅・車攻》の「搏獣于敖」に拠れば、《毛伝》は「敖」は地名と言うので、「噬敖」も大概は地名であろう。校記:缺字の処は宋・元本で「偷」と訛り、「珠」は「敖」と作り、いずれも汲古閣本に従う。「困」の字は汲古閣本で「国」と作り、宋・元本に従う。
艮。禹召諸神,會稽南山。執玉萬國,天下康安。詳《姤》之《臨》。神,宋元本作侯,第二句作南山會稽,均依汲古。安,汲古作寜,依宋元本。
《鼎》が《艮》に変わる。大禹が衆神を召集し、会稽の南山に会合する。万国の諸侯が玉帛を手に執って朝に来り、天下は安康である——号令が万方に及ぶ大吉の象である。取象は《姤》が《臨》に変わる条に詳しい。校記:「神」の字は宋・元本で「侯」と作り、第二句は「南山会稽」と作り、いずれも汲古閣本に従う。「安」の字は汲古閣本で「寜」と作り、ここでは宋・元本に従う。
漸。忉忉怛怛,如將不活。黍稷之恩,靈輒以存,獲生保年。詳《蒙》之《損》。首句宋元本作忉怛忉怛,茲依汲古。
《鼎》が《漸》に変わる。憂心悶々として悲苦に堪えず、もはや生きられそうにない。一飯の恩によって、霊輒は命を保って活きることができた——絶処に生を逢う吉象である。霊輒の事は《左伝》宣公二年に見える:趙盾が翳桑で飢えて倒れた霊輒に遇い、飯を与え、後に晋の霊公が甲士を伏せて趙盾を殺そうとした時、霊輒は戈を倒して救った。取象は《蒙》が《損》に変わる条に詳しい。校記:首句は宋・元本で「忉怛忉怛」と作り、ここでは汲古閣本に従う。
歸妹。侯叔興起,季子富有。照臨楚國,蠻荊是安。元刊注:季氏富於周公,然下曰照臨楚國,則上二句皆楚事也。按:《左傳文元年》楚成王欲立商臣為太子,令尹子上曰:楚國之舉,恆在少者,言楚君恆為少子也。又昭十三年叔向曰:棄疾必有楚國,羋姓有亂,必季實立楚之常也。首二句言楚之興起,富有者恆在叔季之子,與子上叔向語同也。《左傳昭七年》薳啟強曰:將使衡父照臨楚國。震為侯、為興起、為荊楚,伏艮為叔季、為安。○侯,宋本作俟,依元本。
《鼎》が《帰妹》に変わる。叔輩の諸侯が興起し、末っ子が最も富む。光輝が楚国に照り臨み、蛮荆の地はこのため安定した——幼子が国を承ぐる吉象である。尚秉和の解説:元刊本の旧注は「季氏は周公より富む」を引いて解くが、下文に「照臨楚国」とある以上、上二句が講ずるのは皆楚国の事であろう。按:《左伝》文公元年に楚の成王が商臣を太子に立てようとし、令尹の子上は楚が君を立てるのは従来年少の者と言い、楚君は常に少子が継立することを謂う。昭公十三年に叔向も棄疾は必ず楚国を得る、羋姓に乱があれば必ず最小の者が君に立つ、これは楚国の常例であると言う。冒頭二句は楚国の興起・富有は常に叔季の子に落ちると言い、子上・叔向の言葉と正に合う。《左伝》昭公七年に薳啓強が「衡父をして楚国に照臨せしめん」と言う。震は侯・興起・荆楚を主り、伏する艮は叔季・安を主る。校記:「侯」の字は宋本で「俟」と作り、ここでは元本に従う。
豐。白馬駿騮,更生不休。富我商人,利得如丘。通《渙》。震為白、為馬,故曰白馬駿騮。震為生,二五正反震,故曰更生不休。震為商人,艮為丘,巽為利。○駿騮,宋元本作駁,依汲古。
《鼎》が《豊》に変わる。白馬と駿騮の良駒が、続けざまに繁育して休まない。我が商う人を富ませ、利を得て山丘のごとく積む——生息して利を得る吉象である。尚秉和の解説:《豊》は《渙》と旁通する。震は色が白く、また馬を主るので「白馬駿騮」と言う。震は生を主り、二爻から五爻までに一正一反の二つの震を含むので「更生不休」と言う。震は商人、艮は丘、巽は利を主る。校記:「駿騮」は宋・元本で「駁」と作り、ここでは汲古閣本に従う。
旅。灼火泉源,釣魴山顛。魚不可得,炭不肯然。詳《革》之《艮》。
《鼎》が《旅》に変わる。泉の眼に火を点け、山頂で魴魚を釣る。魚は釣れず、炭も燃えない——理に背き徒労する凶象である。本巻前の《革》が《艮》に変わる林はこれと同文で、ただそちらは「火不肯然」と作る。尚氏はその条の校記で宋・元本が「火」を「炭」と訛ると指摘し、ここでは正に「炭」と作る。取象は《革》が《艮》に変わる条に詳しい。
巽。避患東西,反入禍門。糟糠不足,憂動我心。詳《否》之《需》。
《鼎》が《巽》に変わる。東に隠れ西に蔵れて禍を避けるが、かえって禍の門に入った。糟糠すら食べて飽きず、憂愁が我が心を擾す——禍を避けて禍を得る凶象である。取象は《否》が《需》に変わる条に詳しい。
兌。成王多寵,商臣惶恐。生其禍心,使君危殆。伏艮為成,震為王,兌為媚、為姬,重兌,故曰多寵。震為商,艮為臣,坎為恐、為心、為禍、為危殆。震為君。○成,汲古作我,形訛字。臣作人,聲訛字。成,依宋元本,臣,依元本。宋本亦訛人。君,汲古作我,依宋元本。汲古多終無災咎四字,宋元本無。商臣,楚成王世子,後弒成王,見《左傳文元年》。
《鼎》が《兌》に変わる。楚の成王の寵幸する者が多く、太子商臣は心中惶恐する。そこで禍害の心を起こし、国君を危殆に陥らせた——庶を寵して変を生ずる大凶の象である。尚秉和の解説:伏する艮は成、震は王を主り、兌は媚・姬妾を主り、卦中に兌を重ねるので「多寵」と言う。震は商、艮は臣、坎は恐・心・禍・危殆を主り、震は君を主る。校記:「成」の字は汲古閣本で「我」と作るのは字形相近の訛、「臣」は「人」と作るのは字音相近の訛。「成」は宋・元本に従い、「臣」は元本に従う、宋本も「人」と訛る。「君」の字は汲古閣本で「我」と作り、宋・元本に従う。汲古閣本は「終无災咎」の四字が多く、宋・元本には無い。商臣は楚の成王の世子で、後に成王を弑殺した。《左伝》文公元年に見える。
渙。虎飢欲食,見蝟而伏。禹通龍門,避咎除患,元丑以安。艮為虎,伏離,中虛,故曰飢。伏兌為食,坎為棘、為蝟、為隱伏。《史記龜策傳》注:蝟能伏虎,言虎將食,見蝟而畏伏。震為龍,艮為門,震為帝王,故曰禹。孟氏逸象坤為丑,此似以坎為丑。○飢,宋元本作飲,依汲古。患,汲古作禍,依宋元本。
《鼎》が《渙》に変わる。虎が飢えて食を求め、刺猬を見ると伏せて動かない。大禹が龍門を鑿き通し、災咎を避けて禍患を除き、元丑の地はこのため安定した——害を除いて安を得る吉象である。尚秉和の解説:艮は虎を主り、伏する離は中間が空虚なので「飢」と言う。伏する兌は食、坎は棘刺・猬・隠伏を主る。《史記・亀策列伝》の注は刺猬は虎を制伏し得ると言う——虎がまさに食べようとして、猬を見て畏縮し伏するのである。震は龍、艮は門を主り、震はまた帝王を主るので「禹」を取る。孟喜が伝えた「逸象」(《説卦伝》の外に散佚した卦象)は坤を丑とするが、ここでは坎を丑とするようである。校記:「飢」の字は宋・元本で「飲」と作り、ここでは汲古閣本に従う。「患」の字は汲古閣本で「禍」と作り、宋・元本に従う。
節。按民呼池,玉杯文案。魚如白雲,一邑獲願。杯者,杖之訛。《後漢書禮儀志》:仲秋縣道按戶比民,年七十者,授以玉杖。八十九十,禮有加。文案,蓋養老加禮也。坎為民、為池,艮為按。震為玉、為椀、為案。案,椀也。伏離,故曰文。伏巽,故曰魚、曰白。坎為雲,故曰白雲。艮為邑,坎數一,故曰一邑。此亦有故事,為今所不能考。牟庭等便謂呼池改為安民縣在平帝二年,為焦氏所不及見,疑為崔篆所為,豈知安為按之訛字。《同人》之《豫》宋本、元本、汲古皆作按呼,汲古且作湖,安得據此訛字,以致疑乎。多見其不考耳。丁晏卿謂牟庭私改按為安,雖未必然,然按民呼池與安民呼池義孰為優,可不煩言而解,乃牟氏故作安民縣解,固可疑也。○首句各本皆作安民呼池,依《同人》之《豫》校。文,汲古作大,依宋元本。魚,元本、汲古作泉,雲作蜜,皆形訛字,依宋本。邑,汲古作挹,乃後人妄改,以就泉蜜之訛,依宋元本。
《鼎》が《節》に変わる。呼池で戸ごとに百姓を査点し、玉杖を賜い養老の礼册を備える。魚が白雲のように多く、一邑の人は皆願いを遂げた——政が清く民が安んずる吉象である。尚秉和の解説:「杯」は「杖」の訛字である。《後漢書・礼儀志》は仲秋の月に県道が戸ごとに民を比し、年七十に満つれば玉杖を授け、八十・九十は礼数がさらに優厚であると言う。「文案」は大概養老加礼の簿册である。坎は民・池を主り、艮は按を主る。震は玉・椀・案を主る——「案」はすなわち椀である。伏する離があるので「文」と言い、伏する巽があるので「魚」「白」と言う。坎は雲を主るので「白雲」と言う。艮は邑を主り、坎の卦数は一なので「一邑」と言う。この条も某の故事を用いたが、今は考え出せない。牟庭らは強いて呼池が安民県と改名したのは平帝二年で、焦延寿は見るに及ばず、ゆえに《易林》は崔篆の作と疑うと言う——どうして「安」がまさに「按」の訛字と知らなかったか。《同人》が《豫》に変わる条は宋本・元本・汲古閣本とも「按呼」と作り、汲古閣本はさらに「池」を「湖」と写す。この訛字に拠って疑問を生じるとは、彼らが細考しなかったことが分かる。丁晏は牟庭が私に「按」を「安」に改めたと言うが、必ずしも確かではない。しかし「按民呼池」と「安民呼池」のどちらが通ずるかは多言を待たず明らかで、牟氏が偏に「安民県」と解するのはそれ自体が甚だ疑わしい。校記:首句は各本とも「安民呼池」と作り、ここでは《同人》が《豫》に変わる条に拠って校正する。「文」の字は汲古閣本で「大」と作り、宋・元本に従う。「魚」の字は元本と汲古閣本で「泉」、「雲」は「蜜」と作り、いずれも字形相近の訛字で、ここでは宋本に従う。「邑」の字は汲古閣本で「挹」と作るが、それは後人が「泉」「蜜」の訛字に迁就して妄りに改めたもので、ここでは宋・元本に従う。
中孚。雙鳧鴛鴦,相隨群行。南至饒澤,食魚與粱,君子樂長。艮為鳥,正反艮故曰雙鳧、曰鴛鴦、曰群行。震為行、為南,兌為澤、為食,巽為魚、為稻粱。艮為君子,震為樂,巽為長。○群,宋元本訛君,樂作與,茲依汲古。
《鼎》が《中孚》に変わる。一対の野鴨と一双の鴛鴦が、相随い群れて行く。南に飛んで豊饒の水沢に至り、魚と稲粱を食い、君子は長く歓楽する——相偕して所を得る吉象である。尚秉和の解説:艮は鳥を主り、卦中に一正一反の二つの艮があるので「双鳧」「鴛鴦」「羣行」と言う。震は行・南、兌は沢・食、巽は魚・稲粱を主る。艮は君子、震は楽、巽は長を主る。校記:「羣」の字は宋・元本で「君」と訛り、「楽」は「与」と作り、ここでは汲古閣本に従う。
小過。蔡侯朝楚,留連江渚。踰時歷月,思其君后。詳《豫》之《坤》。
《鼎》が《小過》に変わる。蔡侯が楚王に朝見に行き、江中の小洲に滞留する。時令を過ぎて一月を経、自分の国君と后妃を思う——羈留して帰りを思う象である。取象は《豫》が《坤》に変わる条に詳しい。
既濟。膠車駕東,與雨相逢。五楘解墮,頹杌獨坐,憂為身禍。詳《大過》之《蠱》。楘、墮,元本作棨、墜。頹杌,宋本作頓阨,元本作頹輈,茲依汲古。
《鼎》が《既済》に変わる。膠で粘合した車で東へ駕行し、折りあしく大雨に遭う。車轅の五道の革束が緩み落ち、禿兀の車身だけが独り置かれ、憂愁が切身の禍となる——行に遇って車の敗れる凶象である。「五楘」は車轅を纏束する五道の皮革で、《詩経・秦風・小戎》に見える。取象は《大過》が《蠱》に変わる条に詳しい。校記:「楘」「墮」の二字は元本で「棨」「坠」と作る。「頹杌」は宋本で「頓阨」、元本で「頹輈」と作り、ここでは汲古閣本に従う。
未濟。螟蟲為賊,害我稼穡。盡禾殫麥,秋無所得。詳《同人》之《節》。
《鼎》が《未済》に変わる。螟虫が盗賊となり、我が庄稼を糟蹋する。禾苗を食い尽くし麦を食い尽くし、秋は一物も収穫がない——虫災で絶収する凶象である。取象は《同人》が《節》に変わる条に詳しい。
震 第五十一
震。枯匏不材,利以濟舟。渡踰河海,無有溺憂。艮為匏,伏巽,故曰枯匏。震為舟、為濟,伏巽為利,坎為河海、為憂,震出,故無有溺憂。○材,依顧校,各本皆作朽。顧雲國語枯匏不材於人。河,汲古作江,依宋元本。首句言枯匏雖無用,然以為舟可利濟也。
《震》が《震》に変わる。遇卦と之卦が同じく《震》で、本卦六十四林の首に居る。林辞は言う:枯れた瓢箪は材用に足らないが、水を渡るのには便利である。江河大海を渡っても、溺れる憂いがない——棄てられた物が用を得る吉象である。尚秉和の解説:艮は匏を主り、卦中に巽が伏するので「枯匏」と言う。震は舟・済渡を主り、伏する巽は利、坎は河海・憂を主り、震は出を主るので溺る憂いがない。校記:「材」の字は顧炎武の校に依り、各本は皆「朽」と作る。顧氏は《国語・魯語》に「枯匏不材于人」の言葉があると言う。「河」の字は汲古閣本で「江」と作り、ここでは宋・元本に従う。首句は枯瓢箪は何の用もないが、浮き具として水を渡れば大いに便利であることを言う。
乾。陷塗溺水,火燒我履,憂患重累。此用遇卦《震》象。震為大塗,坎為水、為陷溺,互艮為火,震在艮上,故曰火燒我履。坎為憂患。
《震》が《乾》に変わる。泥の路に陷り水に浸かり、火がまた我が履を焼く。憂愁と禍患が層層に重なる——水火交困の凶象である。底本のこの条は三句のみで、四言四句の例に合わず、脱文の疑いがある。尚秉和の解説:この条は遇卦《震》の象を用いる。震は大路、坎は水・陷溺を主る。互体は艮を成し、艮は火を主り、震は艮の上にあるので「火焼我履」と言う。坎は憂患を主る。
坤。旦生夕死,名曰嬰鬼,不可得祀。詳《小畜》之《升》。祀,宋元本訛視。
《震》が《坤》に変わる。朝に生まれて暮れに死ぬ、これを「嬰鬼」と言い、祭祀をも受けることができない——夭殇して後継ぎなき大凶の象である。取象は《小畜》が《升》に変わる条に詳しい。校記:「祀」の字は宋・元本で「視」と訛る。
屯。揚水潛,使石潔白。裡素表朱,遊戲皋沃。得其所願,心志娛樂。詳《否》之《師》。○石,宋元本作君,表朱作附珠,均依汲古。沃,元本訛●,汲古作澤,其作君,依宋元本。裡,各本皆作衣,依《豫》之《大過》宋元本校。
《震》が《屯》に変わる。水波を揚げ水底に潜み、石を洗って潔白にする。裏は素淨で表は朱紅、水辺の沃野で遊び戯れる。願いが叶い、心中は歓暢快楽である——心に遂えて楽を得る吉象である。首句は底本が「揚水潛」と作り三字のみで、四言の例に合わず、脱文があるはずである。取象は《否》が《師》に変わる条に詳しい。校記:「石」の字は宋・元本で「君」、「表朱」は「附珠」と作り、いずれも汲古閣本に従う。「沃」の字は元本で墨釘「●」と訛り、汲古閣本は「沢」、「其」は「君」と作り、ここでは宋・元本に従う。「里」の字は各本とも「衣」と作り、宋・元本《豫》が《大過》に変わる条に拠って校正する。
蒙。眾鳥所翔,中有大怪。九身無頭,魂驚魄去,不可以居。詳《否》之《同人》。
《震》が《蒙》に変わる。衆鳥が翱翔する所、その中に大きな怪物がある。九つの身がありながら頭がなく、魂を吓い飛ばし胆を散らして、その地に住み続けることができない——怪に遇い居を失う凶象である。取象は《否》が《同人》に変わる条に詳しい。
需。刖根枯株,不生肌膚。病在於心,日以焦枯。此亦用震象。伏巽,下斷,故曰別根。巽殞落,故曰枯株。艮為肌膚,本卦伏坤為死,故曰不生。坎為心病,離為日、為焦枯。
《震》が《需》に変わる。根を切られ枯れた株だけが残り、新しい皮肉が生えない。病根は心にあり、日ごとに焦げ枯れていく——根本が傷つき復生する術なき凶象である。尚秉和の解説:この条も《震》の象を用いる。巽が伏し下爻が断れているので「刖根」と言う。巽は陥落を主るので「枯株」と言う。艮は肌膚を主り、本卦に伏する坤は死を主るので「不生」と言う。坎は心病を主り、離は日・焦枯を主る。
訟。府藏之富,王以振貸。捕魚河海,笀多得。詳《坎》之《大過》。○貸,汲古作貧。笀,元本作網,汲古作罟網,依宋本。
《震》が《訟》に変わる。府庫の積蔵は豊かで、君王はそれを以て賑済と貸付けに充てる。江河大海で魚を捕り、網を撒いて多くの獲物を得る——財を散じて利を得る吉象である。第四句は底本が「笀多得」と作り三字のみで、脱文があるはずである。取象は《坎》が《大過》に変わる条に詳しい。校記:「貸」の字は汲古閣本で「貧」と作る。「笀」の字は元本で「網」、汲古閣本で「罟網」と作り、ここでは宋本に従う。
師。一莖九纏,更相牽攣。宿明俯仰,不得東西。請讞當決,日午被刑。坎為莖,數一,故曰一莖。震數九,故曰九纏。伏巽為繩、為纏,遇卦震互艮為牽,初至四正反艮,故曰互相牽攣。震為旦,故曰宿明。宿明,即黎明也。震東,坎西,艮閉,故曰不得東西。震為請、為讞,坤殺,故曰當決、曰被刑。伏離,故曰日午被刑。《史記》司馬穰苴與監軍莊賈期旦日日中會於軍門,及期,賈不至,召軍正問曰:軍法期而後至者云何,曰:當斬,乃斬之。○相,汲古作用,請作贊,均依宋元本。決,宋元本作報,午作中,均依汲古。
《震》が《師》に変わる。一本の蔓茎が九重に纏わりつき、互いに牽引し纠结する。夜明けから俯仰の間に、東西の両頭とも動くことができない。案子は評議を請い斬に当たると判ぜられ、正午の時に刑を受ける——纏縛されて刑を受ける大凶の象である。尚秉和の解説:坎は茎を主り、卦数は一なので「一茎」と言う。震の卦数は九なので「九纏」と言う。伏する巽は繩・纏繞を主る。遇卦《震》の互体は艮を成し、艮は牽を主り、初爻から四爻までは一正一反の二つの艮なので「更相牽攣」と言う。震は旦を主るので「宿明」と言い、宿明はすなわち黎明である。震は東、坎は西、艮は閉を主るので「不得東西」と言う。震は請・讞(罪を議し定讞する)を主り、坤は刑殺を主るので「当決」「被刑」と言う。伏する離は日中を主るので「日午被刑」と言う。《史記・司馬穰苴列伝》に穰苴が監軍の庄賈と翌日正午に軍門で会すると約し、時が来ても庄賈が来ないので、穰苴は軍法官を召して問う:軍法上、期を約して遅れる者はいかにすべきか。答えて曰く:斬すべし。そこで庄賈を斬った。校記:「相」の字は汲古閣本で「用」、「請」は「賛」と作り、いずれも宋・元本に従う。「決」の字は宋・元本で「報」、「午」は「中」と作り、いずれも汲古閣本に従う。
比。耋老鮐背,齒牙動搖。近地遠天,下入黃泉。坤為老、為魚,艮為背,故曰鮐背。《詩大雅》黃耇臺背,《爾雅釋詁》老人皮膚消瘠,若駘魚也。伏兌為齒牙、為毀折,故曰勸搖。乾伏,故曰遠天。坤為水、為黃、為下、為死,故下入黃泉。
《震》が《比》に変わる。年老いた老人は背の斑文が鮐魚のようで、歯が緩み揺れている。地に近づき天から遠ざかり、一歩一歩黄泉に入っていく——寿数が尽きようとする象である。尚秉和の解説:坤は老・魚を主り、艮は背を主るので「鮐背」と言う。《詩経・大雅・行葦》に「黄耇台背」とあり、《爾雅・釈詁》は老人の皮膚は痩せて、斑文が鮐魚のようであると言う。伏する兌は歯牙・毁折を主るので「動揺」と言う(底本は「勧揺」と訛る)。乾は伏位にあるので「遠天」と言う。坤は水・黄・下・死を主るので「下入黄泉」と言う。
小畜。羊舌叔虎,野心善怒。黷貨無厭,以滅其身。羊舌虎,叔向弟。襄二十二年以受賄為範宣子所殺。兌為羊、為口舌,伏艮為叔、為虎,故曰羊舌叔虎。坤為野、為心,震為怒,故曰野心善怒。坤為貨財、為身,坤殺,故曰以滅其身。○舌,汲古訛蛇,依宋元本。
《震》が《小畜》に変わる。羊舌氏の叔虎は野心を抱き、すぐに怒る。財を貪り賄賂を受けて足ることを知らず、それによって命を喪った——貪黷して禍を取る凶象である。尚秉和の解説:羊舌虎は叔向の弟で、魯の襄公二十二年に賄賂を受けたことで范宣子に殺された。兌は羊・口舌を主り、伏する艮は叔・虎を主り、合わせて「羊舌叔虎」となる。坤は野・心を主り、震は怒を主るので「野心善怒」と言う。坤は貨財・身を主り、坤は刑殺を主るので「以滅其身」と言う。校記:「舌」の字は汲古閣本で「蛇」と訛り、ここでは宋・元本に従う。
履。籲疑八子,更相欺紿。管叔善政,不見邪期。伏《豫》。震為子,坤卦數八,故曰八子。震為言,正反震,故曰更相欺紿。震為管,艮為叔,故曰客叔。坤為政,震為善,故曰善政。管叔者,管仲,言桓公死,諸公子為亂,管仲不及見也。○籲,宋元本作謀,依汲古。詩鄭風洵籲且樂,韓詩作恂盱,《爾雅釋詁》盱,憂也。然則籲疑者,憂疑也。
《震》が《履》に変わる。憂疑定まらぬ八人の公子が、互いに欺き誑惑する。管叔は政を治めるのが善かったが、この邪乱の日を見ることはなかった——内乱して賢者が見るに及ばぬ象である。尚秉和の解説:《履》が伏するのは《豫》である。震は子を主り、坤の卦数は八なので「八子」と言う。震は言を主り、卦中に一正一反の二つの震があるので「更相欺紿」と言う。震は管、艮は叔を主るので「管叔」と言う(底本は「客叔」と訛る)。坤は政、震は善を主るので「善政」と言う。ここの「管叔」は管仲を指し、斉の桓公が死んで諸公子が乱を起こした時、管仲はすでに見ることができなかったと言うのである。校記:「吁」の字は宋・元本で「謀」と作り、ここでは汲古閣本に従う。《詩経・鄭風・溱洧》の「洵吁且楽」は《韓詩》で「恂盱」と作り、《爾雅・釈詁》は「盱」は憂の意と言うので、「吁疑」はすなわち憂疑である。
泰。絆跳不遠,心與言反。尼丘顧家,茅簟朱華。震為跳,伏巽為繩,故曰絆跳。坤近,故曰不遠。坤為心,震為言,乾亦為言,震言與乾言相背,故曰言反。伏艮為尼丘、為家,巽為茅,兌為華,乾為大赤,故曰朱華。下二句義未祥,或有訛字。○絆,宋元本作伴,依汲古。跳,汲古作逃,逃跳古通。易林多古義。頗疑汲古是,今通俗從宋元本。
《震》が《泰》に変わる。足に絆索を帯びて遠く跳べず、心に思うことと口に言うことが反対である。尼丘山の下で家園を顧みると、茅席の上に朱紅の花が開いている——言行相違の象である。尚秉和の解説:震は跳を主り、伏する巽は繩を主るので「絆跳」と言う。坤は近を主るので「不遠」と言う。坤は心、震は言、乾もまた言を主り、震の言と乾の言が互いに背くので「言反」と言う。伏する艮は尼丘・家を主り、巽は茅、兌は華、乾は大赤を主るので「朱華」と言う。後の二句の意はいまだ明らかでなく、あるいは訛字があるのであろう。校記:「絆」の字は宋・元本で「伴」と作り、ここでは汲古閣本に従う。「跳」の字は汲古閣本で「逃」と作り、「逃」と「跳」は古く相通ずる。《易林》は多く古義を存するので尚氏は汲古閣本が正しいと大いに疑うが、今は通俗のためになお宋・元本に従う。
否。蜉蝣戴盆,不能上山。搖推跌跋,頓傷其顏。巽為蟲,故曰蜉蝣。艮為戴、為盆,故曰蜉蝣戴盆。艮止,故不能上山。巽進退,故搖推跌跋。艮為顏,坤為傷。
《震》が《否》に変わる。蜉蝣が盆を頂き、山に登ることができない。揺れて転び蹶いて、たちまち顔面を傷つけた——力が小さくて任が重い凶象である。尚秉和の解説:巽は虫を主るので「蜉蝣」と言う。艮は戴・盆を主り、合わせて「蜉蝣戴盆」となる。艮は止を主るので山に登れない。巽は進退定まらぬを主るので「揺推跌跋」と言う。艮は顔面、坤は傷損を主る。
同人。朝露不久,為恩惠少。膏澤欲盡,咎在枯槁。通《師》。震為朝,坎為露,風散,故曰不久。震為恩惠,坎為膏澤,坤亡,故曰少、曰盡。離為枯槁。
《震》が《同人》に変わる。朝の露は久しく存せず、施す恩恵もまた限りがある。潤いの膏沢が尽きようとして、禍患は草木の枯槁にある——恩沢が短い凶象である。尚秉和の解説:《同人》は《師》と旁通する。震は朝、坎は露を主り、風が吹けば散じるので「不久」と言う。震は恩惠、坎は膏沢、坤は亡失を主るので「少」「尽」と言う。離は枯槁を主る。
大有。河伯之功,九州島攸同。載祀六百,光烈無窮。此用《震》象。震為伯,互坎故曰河伯。互艮為州,震數九,重震,故曰九州島攸同。震為百,坎數六,故曰六百。離為光也。按:《竹書紀年》謂夏祀前後共四百七十一年,後儒疑之,茲謂九州島攸同,確謂禹也。載祀六百,謂禹食報之久也,較竹書更多。
《震》が《大有》に変わる。河伯のごとき功業、九州はこれによって合同して一となる。国を享くること六百年、光輝の業は窮まりがない——功業が久遠なる大吉の象である。「九州島攸同」の「島」の字は伝写の羼入で、もとは《尚書・禹貢》の「九州攸同」である。尚秉和の解説:この条は《震》の象を用いる。震は伯を主り、互体は坎を成すので「河伯」と言う。互艮は州を主り、震の卦数は九で、卦中に震を重ねるので「九州攸同」と言う。震は百、坎の卦数は六なので「六百」と言う。離は光を主る。尚氏の按語:《竹書紀年》は夏代が国を享けたのは前後あわせて四百七十一年と言い、後の学者はこれを疑う。ここで「九州攸同」と言うのは確かに夏禹を指し、「載祀六百」は禹が福報を受けた久しさを言い、《竹書》の記すよりも多い。
謙。三人北行,大見光明。道逢淑女,與我驥子。震為人,數三,故曰三人。坎為北,艮為光明、為道,坤女,震為淑,故曰道逢淑女。震為馬,故曰驥子。
《震》が《謙》に変わる。三人が北へ行き、大いに光明を見る。途中で賢淑の女子に遇い、千里駒を贈られる——行途で吉に逢う吉象である。尚秉和の解説:震は人を主り、卦数は三なので「三人」と言う。坎は北を主り、艮は光明・道路を主る。坤は女、震は淑を主るので「道逢淑女」と言う。震は馬を主るので「驥子」と言う。
豫。金精躍怒,帶劍過午。徘徊高庫,宿於木下。兩虎相拒,弓弩滿野。詳《噬嗑》之《泰》。劍過,宋元本作釗通,依汲古。拒,汲古作距,依宋元本。○《河圖帝覽嬉》:月者,金之精,又虎亦為金精。艮為虎,兩虎相拒者,言正反艮相背也。高庫,地名,《呂氏春秋》出高庫之兵以賦民,《越絕書》高庫在安成裡,勾踐藏兵之所。
《震》が《豫》に変わる。金精の気が騰躍して怒り、剣を佩いて午位を経過する。高庫の一帯を徘徊し、夜は樹下に宿る。二匹の虎が相持して対抗し、弓弩が原野に並ぶ——兵象が大いに動く凶象である。取象は《噬嗑》が《泰》に変わる条に詳しい。校記:「剣過」は宋・元本で「釗通」と作り、ここでは汲古閣本に従う。「拒」の字は汲古閣本で「距」と作り、宋・元本に従う。尚氏また注す:緯書《河図帝覧嬉》は月は金の精気であり、虎もまた金精であると言う。艮は虎を主り、「両虎相拒」は一正一反の二つの艮が背き合って立つことを言う。「高庫」は地名で、《呂氏春秋》は高庫の兵器を取り出して百姓に発給したと言い、《越絶書》は高庫は安成里にあり、勾践が兵器を蔵した所であると言う。
隨。江河淮海,天之奧府。眾利所聚,可以富有。樂我君子,百福是受。詳《乾》之《觀》。五六句宋元本作好樂喜友,汲古作安樂無憂,依《乾》之《觀》校。
《震》が《随》に変わる。長江・黄河・淮水・大海は、天が深く蔵する財貨の府庫である。众多の利源がそこに汇聚し、富を致すに足る。我が君子を歓楽させ、百様の福を承ける——財源が広く聚まる大吉の象である。取象は《乾》が《観》に変わる条に詳しい。校記:第五・六の二句は宋・元本で「好楽喜友」、汲古閣本で「安楽無憂」と作り、ここでは《乾》が《観》に変わる条に拠って校正する。
蠱。不虞之患,禍至無門。奄忽暴卒,病傷我心。詳《蒙》之《明夷》。
《震》が《蠱》に変わる。意に及ばぬ禍患、災禍の来るは門戸によらない。瞬きの間に暴病して死に、我が心を傷ませる——猝然と禍に遭う大凶の象である。取象は《蒙》が《明夷》に変わる条に詳しい。
臨。畫龍頭角,文章未成。甘言美語,說辭無名。詳《蒙》之《噬嗑》。角,宋元本作頸,依汲古。
《震》が《臨》に変わる。龍を画いて頭と角を得たばかりで、紋彩はまだ成っていない。口いっぱいの甘言美語、説辞はついに名を成さない——虚に表を有し、始め有りて終わりなき象である。取象は《蒙》が《噬嗑》に変わる条に詳しい。校記:「角」の字は宋・元本で「頸」と作り、ここでは汲古閣本に従う。
觀。缺破不成,胎卵不生,不見兆形。詳《晉》之《益》。
《震》が《観》に変わる。殘缺破損して器を成さず、胎も卵も生育できず、少しの兆し形跡も見えない——生機が断絶する凶象である。取象は《晋》が《益》に変わる条に詳しい。
噬嗑。旁行不遠,三里復反。心多畏惡,日中止舍。震為行,艮止,故不遠。艮為里,震為反,數三,故曰三里復反。坎為心、為畏惡,離為日,艮為止、為舍。○復反,汲古作反覆,依宋元本。
《震》が《噬嗑》に変わる。横に歩いても遠く行けず、三里で折り返す。心に畏れ厭うこと満ちて、正午に止まって宿る——難を畏れて前に進まぬ象である。尚秉和の解説:震は行を主り、艮は止を主るので遠く行けない。艮は里、震は返を主り、卦数は三なので「三里復反」と言う。坎は心・畏悪を主り、離は日、艮は止・舎を主る。校記:「復反」は汲古閣本で「反復」と作り、ここでは宋・元本に従う。
賁。四隤不安,兵革為患。掠我妻子,家復飢寒。震數四,《說文》隤,隊也,又壞也。司馬相如《上林賦》隤牆填。坎為破壞,故曰四隤不安。艮為兵革,坎為患,艮手為掠,震為子,伏巽為妻,故曰掠我妻子。艮為家,坎為寒,離虛,故曰飢寒。○隤,汲古作瀆,非,依宋元本。復,宋元本訛履。
《震》が《賁》に変わる。四面崩壊して安寧を得ず、兵戈甲冑が禍患となる。我が妻子児女を掠め去り、家は飢え寒さむ——兵禍が家を破る大凶の象である。尚秉和の解説:震の卦数は四。《説文》は「隤」は墜落であり、また敗壊であると言う。司馬相如《上林賦》に「隤牆填塹」の言葉がある。坎は破壊を主るので「四隤不安」と言う。艮は兵革、坎は患を主り、艮は手なので「掠」を取り、震は子、伏する巽は妻を主るので「掠我妻子」と言う。艮は家、坎は寒を主り、離は中虚なので「飢寒」と言う。校記:「隤」の字は汲古閣本で「涜」と作るが誤り、ここでは宋・元本に従う。「復」の字は宋・元本で「履」と訛る。
剝。喜來如云,嘉福盈門。眾才君子,舉家蒙歡。此兼用《震》象。震為喜,坎為雲,震為嘉福,艮為門、為君子、為家,坎眾,故曰眾才。震樂,故曰蒙歡。○汲古第二句作第四句,第四句作第二句,今依宋元本。
《震》が《剥》に変わる。喜事が雲のごとく湧き来り、美しい福が門庭に満ちる。众多の才ある君子が會集し、一家は歓楽を蒙る——福喜が門に盈つ大吉の象である。尚秉和の解説:この条は《震》の象を兼ねて用いる。震は喜、坎は雲、震は嘉福、艮は門・君子・家を主る。坎は衆を主るので「衆才」と言う。震は歓楽を主るので「蒙歓」と言う。校記:汲古閣本は第二句を第四句とし、第四句を第二句とする。ここでは宋・元本に従う。
復。載金販狗,利棄我走。藏匿淵底,折毀為咎。詳《隨》之《革》。毀,宋本、汲古訛晦,元本訛悔,依局本。
《震》が《復》に変わる。金を載せて狗を商いに行き、利銭は我を置いて逃げてしまった。深淵の底に蔵れ、折損毀壊して禍患となる——本が重く利が軽く、かえって亏折に至る凶象である。取象は《随》が《革》に変わる条に詳しい。校記:「毁」の字は宋本と汲古閣本で「晦」と訛り、元本で「悔」と訛る。ここでは局本に従う。
無妄。日中為市,各抱所有。交易貲賄,函珠懷寶,心悅歡喜。詳《泰》之《升》。
《震》が《无妄》に変わる。正午に市を開き、各人が自家の貨物を抱える。互いに財貨を交換し、匣に珠を装い懐に宝を揣え、心中は歓喜する——交易して利を得る吉象である。「日中為市」は《易・繋辞下》に出づる、神農氏が市集の制を設けたことを講ずる。取象は《泰》が《升》に変わる条に詳しい。
大畜。日趨月步,周遍次舍。經歷致遠,無有難處。首句宋元本作月步日趨,茲依汲古。○乾為日,兌為月,震行,故日趨月步。震為周,艮為次舍。
《震》が《大畜》に変わる。日は早く走り月は緩やかに行き、周遍にあらゆる宿次を経過する。一路遠く行き、難い所がない——行程が順遂なる吉象である。「次舎」はもと日月の運行が止まる宿次を指す。校記:首句は宋・元本で「月歩日趨」と作り、ここでは汲古閣本に従う。尚秉和の解説:乾は日、兌は月を主り、震は行を主るので「日趨月歩」と言う。震は周、艮は次舎を主る。
頤。陽明失時,陰凝為憂。主君哀泣,喪其元侯。艮為時,坤失,乾伏,故曰陽明失時、曰陰凝為憂。坤為憂也。震為主、為君,震為樂、為歌,震反為艮,故曰哀泣。震為諸侯、為長,故曰元侯。坤為喪。
《震》が《頤》に変わる。陽気の光明が時令を失い、陰気が凝結して憂患となる。主君は哀しみ泣き、その首輔の諸侯を失った——陽が衰え輔を失う凶象である。尚秉和の解説:艮は時を主り、坤は亡失を主り、乾はまた伏位にあるので「陽明失時」「陰凝為憂」と言い、坤は憂を主る。震は主・君を主る。震はもと歓楽歌唱を主るが、震が倒れて艮となるので「哀泣」と転ずる。震は諸侯・長を主るので「元侯」と言う。坤は喪亡を主る。
大過。年衰歲暮,精魂游去。形容銷枯,哀子相呼。乾為年歲,乾老,故曰衰暮。乾為精魂,大過死,故曰精魂游去。伏坤為形容,巽隕落,故銷枯。伏震為子,坤憂,故曰哀子。兌口,故曰呼,正反兌,故曰相呼。○哀,宋元本作喪,相作恩,依汲古。按:恩必是思之訛,喪子思呼亦通。
《震》が《大過》に変わる。年歳は衰え光陰は暮れ、精気魂魄が散じ去る。形貌は痩せ枯れ、居喪の子が互いに呼号する——寿終わり喪亡する凶象である。尚秉和の解説:乾は年歳を主り、乾はまた老を主るので「衰暮」と言う。乾は精魂を主り、《大過》は死を主るので「精魂游去」と言う。伏する坤は形貌を主り、巽は陥落を主るので「銷枯」と言う。伏する震は子を主り、坤は憂を主るので「哀子」と言う。兌は口を主るので「呼」と言い、一正一反の二つの兌があるので「相呼」と言う。校記:「哀」の字は宋・元本で「喪」、「相」は「恩」と作り、ここでは汲古閣本に従う。尚氏按:「恩」は必ず「思」の訛字であり、「喪子思呼」と作っても通ずる。
坎。少無功績,老困失福。跂行徙倚,不知所立。艮為少,又為老,震為功績,坎困,故無功,故失福。震為行、為徙倚、為立,上下坎,故不知所立。○跂,汲古作跌,徙作跛,均依宋元本。
《震》が《坎》に変わる。年少の時は功績がなく、年老いて困頓しまた福分を失う。爪先立ちで歩き行きつ戻りつ徘徊し、どこに立つべきか分からない——一生成ることなき凶象である。尚秉和の解説:艮は少を主り、また老を主る。震は功績を主り、坎は困を主るので功なく福を失う。震は行・徙倚(徘徊)・立を主り、上下ともに坎なので何処に立つべきかを知らない。校記:「跂」の字は汲古閣本で「跌」、「徙」は「跛」と作り、いずれも宋・元本に従う。
離。持心瞿目,善數搖動。自東徂西,不安其處。散渙府藏,無有利得。伏坎為心,重離,故曰瞿目。
《震》が《離》に変わる。心を提げて驚惶の目を瞠き、頻りに揺れて躁動する。東から西へ行き、安んじて居られない。府庫の積蔵は散失して空しく、何の利益も得ない——心神が定まらず財を破る凶象である。尚秉和の解説:伏する坎は心を主り、本卦は上下に離を重ね離は目を主るので「瞿目」と言う。本片の源文はここで中断し、尚氏のこの条の注文の残りは下の片にある。
《禮玉藻》視容瞿瞿,注:瞿瞿,驚遽不審貌。巽風,故搖動。離東,兌西,風散。艮為府藏,艮伏,故曰散渙府藏。巽為利,兌折故無。○瞿目,汲古作耀目,依宋元本。持心瞿目者,言驚懼不敢放逸也。
この段は前の条の注文を承接する。その林辞の前半は前の分片にある。尚秉和はまず《礼記・玉藻》の「視容瞿瞿」の一句を引き、旧注は「瞿瞿」を惊慌して四顧し、はっきり見られない様子と解き、以て林辞の「瞿目」の二字を立証する。以下卦象を講ず:巽は風であり、風が吹けば物が動く、故に揺動の義がある。離は東方に居り、兌は西方に居り、一東一西が風に吹き散らされるので「風散」と言う。艮は府庫儲蔵の象で、ここで艮は「伏象」(本卦の爻位に潜伏して顕れず、陰陽相反の面から得る卦象)を取り、伏して見えないので、林辞は「散涣府蔵」すなわち庫蔵が散じ尽くすと言う。巽は利益、兌は毀折を主り、利が折られるので「无」と言う。校記:「瞿目」の二字は汲古閣本で「耀目」と作り、これは宋本・元本に従う。いわゆる「持心瞿目」は、心に戒惧を存し双目を警覚し、放纵懈怠を敢えてしないことを言う。
咸。齎貝贖狸,不聽我辭。繫於虎鬚,牽不得來。詳《需》之《睽》。
《震》が《咸》に変わる。《易林》は每条「某卦之某卦」と作り、もとの一卦を「遇卦」と言い、変わった卦を「之卦」と言う。ここは《震》が《咸》に変わるである。林辞は言う:貝貨を持って人に捕らえられた狸を贖いに行くが、相手は我が分説を聴こうとしない。あの狸は偏に虎の鬚に繋がれて、どう牽いても牽いて来られない——求める物が強横な者の手に落ち、財を破っても取り戻せない。尚秉和の注:この林辞は《需》が《睽》に変わる条と重出し、取象の解説はあの条に詳しく、ここでは繰り返さない。
恆。老狼白獹,長尾大胡。前顛卻躓,無有利得。通《益》。艮為狼、為獹,《玉篇》韓獹,天下俊犬。艮為尾,與巽連,故曰長尾。艮為須,故為胡。胡,領肉下垂也。《詩豳風》狼跋其胡,《毛傳》老狼有胡,進則躐其胡,曰前顛後躓。乾為前,巽為顛、為利。卻,退也。坤喪,故無利。○胡,元本作狐,依宋本、汲古。卻,汲古作後,依宋元本。第四句汲古作岐人悅喜,非,依宋元本。
《震》が《恒》に変わる。林辞は言う:一匹の老狼が白い韓獹という名犬を連れ、尾は長く曳き、頷の下に大きな胡肉を垂らしている。前に進めば自分の胡を踏んで倒れ、後ろに退けば長い尾に絆されて転び、進退ともに法を得ず、少しの便宜も得られない。尚秉和の注:「通《益》」はこの条が「旁通」で象を取ることを言う——両卦の六爻の陰陽が完全に相反する者は互いに旁通となり、《恒》と《益》はまさにこの関係なので、《益》の卦象を借りて解くことができる。艮は狼・獹を主る。この類の《説卦伝》に著録されず古筮例から輯出した卦象を「逸象」と言う。《玉篇》は「韓獹」は天下名高い駿犬と言う。艮は尾を主り、ここで艮は巽と相接するので「長尾」と言う。艮は鬚を主り、鬚が頷の下に生えるのが「胡」で、胡は頸項に垂れるあの緩んだ肉である。《詩経・豳風・狼跋》に「狼その胡を跋す」の句があり、《毛伝》は老狼は頷の下に胡があり、前に進めば胡を踏む、それゆえ前に栽き後に跌くと言う。乾は前を主るので「前」と言う。巽は顛僕を主り、また利を主る。「却」は後退の意である。坤は喪亡を主るので「无有利得」と言う。校記:「胡」の字は元本で「狐」と作り、これは宋本と汲古閣本に従う。「却」の字は汲古閣本で「后」と作り、これは宋・元本に従う。第四句は汲古閣本で「岐人悦喜」と作るが、それは別の条の林辞の窜入で合わず、これは宋・元本に従う。
遁。背地相憎,心志不同。如火與金,君猛臣慢,虎行兔伏。艮為背,伏坤為地、為心志。艮火,乾金,火爍金申不同,與相憎之故也。乾君,艮臣,艮虎,震為兔,震伏,故曰兔伏。○慢,汲古作懾,依宋元本。艮止,故曰慢。
《震》が《遯》に変わる。林辞は言う:二人が背中を向けて互いに憎悪し、心志はとても合わない。火が金に遭うようなもので、火は金を鎔かそうとする。君上は剛猛で臣下は怠惰、虎は横行して道を塞ぎ、兎は伏して動けない。尚秉和の注:艮は背を主り、伏象の坤は地・心志を主る。艮は火に属し、乾は金に属し、火は金を銷すことができ、両者の性情はもと同じでない(この句の「申」の字は疑わしく訛誤がある)、これがまさに彼此相憎の缘由である。乾は君、艮は臣を主る。艮は虎、震は兎を主り、震はここで潜伏して顕れないので「兎伏」と言う。校記:「慢」の字は汲古閣本で「懾」と作り、これは宋・元本に従う。艮の卦徳は止で、止まって進まぬが怠慢となるので「慢」の字を用いる。
大壯。夏臺羑里,湯文厄處。鬼侯歠醢,岐人悅喜。詳《頤》之《復》。
《震》が《大壮》に変わる。林辞は言う:夏台は夏の桀が商の湯を囚えた牢獄、羑里は商の紂が周の文王を囚えた所で、二人の聖王はかつてそこに困厄した。鬼侯は紂王に肉醤にされ、諸侯にその肉羹を飲ませようとしたが、岐山の下の周人はかえって密かに歓喜した——暴虐がこの地に至ったのは、まさに天命が改易する先兆である。尚秉和の注:この林辞は《頤》が《復》に変わる条と重出し、取象の解説はあの条に詳しい。
晉。牙櫱生達,螳螂啟戶。幽人利貞,鼓翼起舞。此亦兼用《震》象。震為萌芽、為生,故曰牙櫱生達。兌為斧、為螳蜋,艮為戶。震為人,互坎,故曰幽人,艮止,故曰利貞。震為翼、為鼓、為啟舞。○達,依《小畜》之《睽》校,各本皆作齒。
《震》が《晋》に変わる。林辞は言う:草木の芽蘖が泥土を割って生え出て、蟷螂も門戸を押して這い出て活動する。幽居して静を守る人は正道を固く守るに利あり、この時まさに双翼を鼓动して翩然と舞うべし。尚秉和の注:この条は之卦《晋》の象を用いるほか、遇卦《震》の卦象をも兼ねて取る。震は萌芽・生長を主るので「牙蘖生達」と言う。兌は斧を主り、蟷螂の前肢は斧のごとし、故に兌もまた蟷螂を象り、艮は門戸を主る。震は人を主り、二から四爻まで「互体」して坎を成し(一卦の中で二〜四爻・三〜五爻がそれぞれ別に一卦を成すのを互体と言う)、坎は幽隠を主るので「幽人」と言う。艮は止を主り、止まって正を守るので「利貞」と言う。震は翼・鼓动・起舞を主る。校記:「達」の字は各本とも「歯」と作り、これは《小畜》が《睽》に変わる条に依って校正する。
明夷。烈女無夫,閔思苦憂。齊子無良,使我心愁。坤為女,震為夫,坤喪,故無夫。坤坎皆為思、為憂,伏巽為齊子,《詩齊風》齊子居止,《傳》文姜也,與其兄襄公通,故曰無良。坤為我,坎為心、為愁。
《震》が《明夷》に変わる。林辞は言う:剛烈な女子に配偶がなく、憂悶して苦思する。斉国のあの女公子は行いが正しくなく、我が心を愁わせる。尚秉和の注:坤は女、震は夫を主り、坤は喪亡を主るので夫がいないと言う。坤と坎はいずれも思慮・憂愁を主る。伏象の巽は「斉子」で、《詩経・斉風》に「斉子居止」の句があり、《毛伝》は文姜を指すと言う。彼女は兄の斉の襄公と私通したので、林辞は彼女を「无良」と言う。坤は我、坎は心・愁を主る。
家人。踐履危難,脫厄去患。入福喜門,見我大君。此用《震》象。互坎為危難,上震,故踐履危難。震出,故曰脫厄去患。震為福喜,互艮為門,伏巽,故曰入。震為君。○我,宋元本作悔,依汲古。
《震》が《家人》に変わる。林辞は言う:一段の危難を踏み越え、ついに厄運を脱して禍患を去り、福慶喜楽の門に入り、我らの大君に見えた。尚秉和の注:この条は遇卦《震》の卦象を用いる。互体は坎を成し、坎は危難を主り、坎の上は震で、人が坎の上に踏むので「践履危難」と言う。震は出動を主り、険を出るはすなわち難を脱すので「脱厄去患」と言う。震は福慶喜楽、互体の艮は門を主り、ここで伏象は巽で、巽は入を主るので「入」と言う。震は君を主る。校記:「我」の字は宋・元本で「悔」と作り、これは汲古閣本に従う。
睽。折臂接手,不能進酒。祈祀閒曠,神怒不喜。此仍用《震》象。互艮為臂、為手,坎為折、為矯輮,故曰折臂。接手,手反接也,即反縛也。《史記陳丞相世家》至即命武士縛信,反接之,又《前漢陳平傳》噲受詔,即反接檻車詣長安。坎為酒,艮止,故不能進。震為言,故曰祈祀。坎隱伏,故曰閒曠。言曠絕不祀也。震為神、為怒。
《震》が《睽》に変わる。林辞は言う:腕が折れ両手が背後に反縛され、一杯の酒も差し上げられない。祭祀の礼は久しく荒廃し、神明は怒って福を降さない。尚秉和の注:この条も遇卦《震》の卦象を用いる。互体の艮は臂・手を主り、坎は折断・屈曲矯揉を主るので「折臂」と言う。「接手」は両手を背後に反剪して縛ること、すなわち反縛である。《史記・陳丞相世家》は高祖が到着するや武士に命じて韓信を縛り、両手を反剪したと記し、《漢書・陳平伝》も樊噲が詔を受けた後に反縛されて囚車で長安に送られたと言う。坎は酒、艮は止を主るので酒が進められない。震は言語を主り、祝祷はすべて言辞に依るので「祈祀」と言う。坎は隠伏して見えないので「閑曠」と言い、祭祀が久しく絶えたことを講ずる。震は神・発怒を主る。
蹇。蟻封穴戶,大雨將集。鵲起數鳴,牝雞嘆室。相薨雄父,未到在道。此仍用《震》象。伏巽為蟻,艮為穴戶,坎閉,故曰封。坎為雨、為集,震為鵲、為鳴。伏巽為雞,艮為室。末二句有訛字,故義未詳。按:漢明帝禱雨曾筮得此林,召沛獻王輔詮敘其義,王傳京易者也。○起數,汲古作數起,末作來,均依宋元本。雄父疑為雄犬,他林雄犬皆訛雄父是其證,汲古又作雄文,皆非。
《震》が《蹇》に変わる。林辞は言う:蟻が洞口を封じる、大雨が降ろうとしている。鵲が飛び起き、声を連ねて鳴き、牝鶏は屋の中で長嘆する。末の二句「相薨雄父、未到在道」は文字に訛りがあり、大意は待つあの人がまだ途中にいて到着しないと言うようである。尚秉和の注:この条も遇卦《震》の卦象を用いる。伏象の巽は蟻、艮は洞穴門戸、坎は閉塞して通ぜずを主るので「封」と言う。坎は雨・聚集、震は鵲・鳴叫を主る。伏する巽は鶏、艮は屋室を主る。末の二句は訛字があるので文義が明らかでない。又按:漢の明帝が雨を求めた時、かつてこの林辞を筮得し、沛献王の劉輔を召してその義を疏解させた。劉輔はまさに京房の易学を伝習する人であった。校記:「起数」の二字は汲古閣本で「数起」、末の一字は「来」と作り、いずれも宋・元本に従う。「雄父」は疑わしくもとは「雄犬」で、他の林辞の「雄犬」も皆「雄父」と誤っている、傍証とし得る。汲古閣本はまた「雄文」と作るが、いずれも誤りである。
解。胡俗戎狄,太陰所積。固冰冱寒,君子不存。古者以戎狄為陰物,故易林皆以坤象戎狄。卦有重坎,坎為月,月者,太陰之精,故亦象戎狄。重坎,故曰積。坎為冰、為寒,艮為君子,上卦艮覆,故曰不存。○第三句元本冱作,汲古冰作冽,茲從宋本。者,冱之訛。《左傳》固陰冱寒。
《震》が《解》に変わる。林辞は言う:胡人の風俗、戎狄の部落は、太陰の気が積聚する所である。そこは堅氷が凝結し天寒地凍で、君子はそこに身を存することができない。尚秉和の注:古人は戎狄を陰類と見たので、《易林》は一律に坤を以て戎狄を象る。この卦は二つの坎が重なり、坎は月を主り、月は太陰の精華なので、坎もまた戎狄を象ることができる。両坎が相重なるので「積」と言う。坎は氷・寒を主る。艮は君子を主り、上卦の艮は「覆象」(一卦を上下顛倒して見て成る卦で、反卦とも言う)で、倒れると立つことができないので「不存」と言う。校記:第三句の元本の「沍」の字は別の字形に写される(底本はここでその字を脱す)、汲古閣本は「氷」の字を「冽」と作り、これは宋本に従う。あの字形はまさに「沍」の訛写である。《左伝》に「固陰沍寒」の言葉があり、すなわち林辞の本するところである。
損。翕翕,消頹崩顛。滅其令名,身不得全。坤震皆為車,而震為聲,故曰翕翕,皆車聲也。坤消,二至四艮山覆,故曰崩顛。艮為名,震淑,故曰令名。坤喪,故滅其令名。坤為身,坤死,故不得全。○消,汲古訛稍,依宋元本。
《震》が《損》に変わる。林辞の首句は底本で字を脱し、「翕翕」の二字だけが残る、それは車の行く音響である。続いて言う:轟隆の後はすなわち消損頽敗、崩塌傾覆であり、美しい名声は毀滅され、自身さえ全うできない。尚秉和の注:坤と震はいずれも車を主り、震はまた声を主るので「翕翕」と言い、前後ともに車声を形容する。坤は消減を主り、二〜四爻は互体して艮を成し、艮は山を主り、ここで艮は倒覆の象を取り、山が倒れて来るので「崩顛」と言う。艮は名を主り、震の性は淑美なので「令名」すなわち美名と言う。坤は喪亡を主るので「滅其令名」と言う。坤は身を主り、坤はまた死を主るので「身不得全」と言う。校記:「消」の字は汲古閣本で「稍」と訛り、これは宋・元本に従う。
益。螟蟲為賊,害我稼穡。盡禾殫麥,秋無所得。詳《坤》之《革》。螟,宋元本作災,殫作單,均依汲古。
《震》が《益》に変わる。林辞は言う:螟虫が粮を盗む賊となり、我が庄稼を糟蹋する。禾穀を食い尽くし麦を齧り尽くし、秋には一物も収穫がない。尚秉和の注:この林辞は《坤》が《革》に変わる条と重出し、取象はあの条に詳しい。校記:「螟」の字は宋・元本で「災」、「殫」の字は宋・元本で「単」と作り、いずれも汲古閣本に従う。
夬。三鳥飛來,自我逢時。俱行先至,多得大利。伏艮為鳥,數三,故曰三鳥。艮為時,坤為我。
《震》が《夬》に変わる。林辞は言う:三羽の鳥が飛んで来て、我はちょうど好い時に当たった。ともに路に上るが先んじて到着し、多くの大利を得た。尚秉和の注:伏象の艮は鳥を主り、艮は八卦の次序で数は三なので「三鳥」と言う。艮は時令、坤は我を主る。
姤。龍馬上山,絕無水泉。喉焦唇乾,渴不能言。詳《乾》之《訟》。絕,宋元本作焦,依汲古。焦唇,汲古作唇燋,能作可,皆依宋元本。
《震》が《姤》に変わる。林辞は言う:龍馬が高山に奔上するが、山上には一滴の泉水もない。喉は焦げ唇は乾き、渇いて言葉も出せない。尚秉和の注:この林辞は《乾》が《訟》に変わる条と重出し、取象はあの条に詳しい。校記:「絶」の字は宋・元本で「焦」と作り、これは汲古閣本に従う。「焦唇」は汲古閣本で「唇燋」、「能」の字は汲古閣本で「可」と作り、いずれも宋・元本に従う。
萃。春生孳乳,萬物蕃熾。君子所集,禍災不至。伏震為春、為生,坤為孳乳、為萬物,坤為多,故曰蕃熾。艮為君子,坤為集、為禍災。○孳,汲古作子,依宋元本。至,宋元本作到,依汲古。
《震》が《萃》に変わる。林辞は言う:春に生育繁衍し、万物は蕃盛に旺発する。君子がここに聚会し、災禍は訪れない。尚秉和の注:伏象の震は春・生を主り、坤は孳乳生育・万物を主り、坤はまた众多を主るので「蕃熾」と言う。艮は君子を主り、坤は聚集を主り、また災禍を主る。校記:「孳」の字は汲古閣本で「子」と作り、これは宋・元本に従う。「至」の字は宋・元本で「到」と作り、これは汲古閣本に従う。
升。王孫季子,相與為友。明允篤誠,升擢薦舉。震為王,艮為孫、為少男,故曰王孫季子。兌為朋友,言舜舉八元八愷也。
《震》が《升》に変わる。林辞は言う:王の孫輩と年幼の子が互いに朋友となる。彼らは明察し誠信で、篤厚忠実なので、提拔挙薦を得る。尚秉和の注:震は王、艮は孫・少男を主るので「王孫季子」と言う。兌は朋友を主る。これは虞舜が高辛氏の八元・高陽氏の八愷を挙用した那一段の故事を講ずる。
困。六明並照,政紀有統。秦楚戰國,民受其咎。坎卦數六,互離,故曰六明並照。巽為紀、為統,兌西為秦,伏震為楚、為戰,上艮,故曰戰國。坎為眾、為民。六明,指六國。
《震》が《困》に変わる。林辞は言う:六道の光明が並び照らし、政令綱紀はそれぞれ統属がある。しかし秦・楚などの戦国は互いに攻伐し、百姓は徒に殃を受ける。尚秉和の注:坎は卦序で数は六、卦中に互体して離を成し、離は明を主るので「六明並照」と言う。巽は綱紀・統緒を主る。兌は西方に居るので秦を象り、伏象の震は楚・征戦を主り、上卦は艮で、艮は国を主るので「戦国」と言う。坎は衆・民を主る。いわゆる「六明」は、六国を指す。
井。蝃蝀充側,佞人傾惑。女謁橫行,正道壅塞。詳《蠱》之《復》。傾,各本多作所,依《蠱》之《復》校。
《震》が《井》に変わる。林辞は言う:虹霓が天辺に満ち塞がり、諂佞の小人が君上を顛倒迷惑させる。後宮の女子の請託が到るところ通行し、正道は塞がれて通じない。尚秉和の注:この林辞は《蠱》が《復》に変わる条と重出し、取象はあの条に詳しい。校記:「傾」の字は各本多く「所」と作り、これは《蠱》が《復》に変わる条に依って校正する。
革。登崑崙,入天門。過糟邱,宿玉泉。同惠歡,見仁君。三字句,詳《比》之《姤》。
《震》が《革》に変わる。林辞は言う:崑崙山に登り、天門に入る。糟丘を過ぎ、夜は玉泉に宿る。ともに恩惠歓楽を享け、仁徳の君を見る。尚秉和の注:この条は三字一句の体例で、《易林》に通行の四言と異なる。取象の解説は《比》が《姤》に変わる条に詳しい。
鼎。體重難飛,未能越關,不離空垣。通《屯》。坤為體、為重,坎陷,故難飛。艮為關、為垣,坤虛,故曰空垣。○離空,宋元本作啻留,依汲古。
《震》が《鼎》に変わる。林辞は言う:身が重すぎて飛び起きられず、あの関口を越えられず、この空っぽの墻から離れられない。尚秉和の注:「通《屯》」はこの条が旁通で象を取ることを言い、《鼎》と《屯》は六爻の陰陽がちょうど全て反対である。坤は形体・沈重を主り、坎は陥落を主るので飛ぶのが難い。艮は関口・垣墻を主り、坤は中虚なので「空垣」と言う。校記:「離空」の二字は宋・元本で「啻留」と作り、これは汲古閣本に従う。
艮。玄黃虺隤,行者勞疲。役夫憔悴,踰時不歸。詳《乾》之《革》。不,汲古作得,依宋元本。
《震》が《艮》に変わる。林辞は《詩経・周南・巻耳》の「我馬虺隤」「我馬玄黄」の語意を借りて言う:馬は病んで毛色が枯黄し脚力が軟らぎ、道を急ぐ人は疲憊し尽くしている。役に服する人は形容憔悴し、期限を過ぎても家に帰れない。尚秉和の注:この林辞は《乾》が《革》に変わる条と重出し、取象はあの条に詳しい。校記:「不」の字は汲古閣本で「得」と作り、これは宋・元本に従う。
漸。孔德如玉,出於幽谷。飛上喬木,鼓其羽翼,輝光照國。詳《同人》之《坎》。○喬,汲古作高,依宋元本。
《震》が《漸》に変わる。林辞は《詩経・小雅・伐木》の「幽谷を出で、喬木に遷る」の意を化用して言う:極盛の徳は玉のごとく温潤で、幽深の山谷から顕れ出る。鳥は高い喬木に飛び上がり、羽翼を振るい、光輝は邦国全体を照らす。尚秉和の注:この林辞は《同人》が《坎》に変わる条と重出し、取象はあの条に詳しい。校記:「喬」の字は汲古閣本で「高」と作り、これは宋・元本に従う。
歸妹。火雖熾,在吾後。寇雖眾,在吾右。身安吉,不危殆。詳《大有》之《需》。在吾,宋元本作出我,依汲古。吉,元本作居,依宋本、汲古。
《震》が《帰妹》に変わる。林辞は言う:火は猛く燃えるが我が後ろにあり、賊寇は人が多いが我が右に隔たっている。自身は安穏にして吉利、危険に遭わない。尚秉和の注:この林辞は《大有》が《需》に変わる条と重出し、取象はあの条に詳しい。校記:「在吾」の二字は宋・元本で「出我」と作り、これは汲古閣本に従う。「吉」の字は元本で「居」と作り、これは宋本と汲古閣本に従う。
豐。旃裘羶國,文禮不飾。跨馬控弦,伐我都邑。詳《豫》之《需》。
《震》が《豊》に変わる。林辞は言う:あの毡裘を着て膻気ある異族の邦は、文明礼法を修めない。彼らは戦馬に跨り弓弦を引き絞り、我が都城を攻めに来る。尚秉和の注:この林辞は《豫》が《需》に変わる条と重出し、取象はあの条に詳しい。
旅。被髮八十,慕德獻服。邊鄙不聳,以安王國。巽為髮,兌數十,艮數八,故曰被髮八十。伏震為德,坎為慕,此似言太公八十歸周也。艮為邊鄙、為國,伏震為王,故曰王國。
《震》が《旅》に変わる。林辞は言う:白髪を披き年八十の老者が、君王の徳を慕って帰附して臣と称する。辺地はもはや騒動驚擾せず、王国はこれによって安定する。尚秉和の注:巽は頭髪を主り、兌の数は十、艮の数は八、両数が合わさって八十なので「被髪八十」と言う。伏象の震は徳、坎は思慕を主る。これは姜太公が八十歳で周室に帰附した故事を講ずるようである。艮は辺地・邦国を主り、伏象の震は王を主るので「王国」と言う。
巽。心得所好,口常欲笑。公孫蛾眉,雞鳴樂夜。伏坎為心、為夜,互兌為口,伏震為笑、為公,艮為孫,故曰公孫。巽為蛾、為雞鳴,艮為眉,坎為夜。《詩衛風》螓首蛾眉,皆狀美人之貌。《齊風》雞既鳴矣,《毛傳》云雞鳴而夫人作,朝盈而君作,皆遵詩序思賢妃之說,茲云樂夜,與下匪雞則鳴蒼蠅之聲意合,然則焦謂此詩為荒淫樂夜之詩,與毛序異。○夜,汲古作從,依宋元本。
《震》が《巽》に変わる。林辞は言う:心中がちょうど意に適い、口元には常に笑いを帯びる。あの公孫家の女子は蚕蛾のような細長い眉を持ち、鶏が鳴いてもなお長夜の歓楽に耽る。尚秉和の注:伏象の坎は心・夜を主り、互体の兌は口を主り、伏象の震は笑・公、艮は孫を主るので「公孫」と言う。巽は蛾・鶏鳴を主り、艮は眉、坎は夜を主る。《詩経・衛衛風・碩人》に「螓首蛾眉」とあり、いずれも美人の容貌を形容する。《詩経・斉風・鶏鳴》に「鶏既に鳴けり」の句があり、《毛伝》は鶏が鳴けば夫人は起き、朝臣が廷に満てば君主が起きると言い、あれは《詩序》に依って賢妃を思う立説である。ここの林辞は「楽夜」を講じ、正に《鶏鳴》の下文「匪鶏則鳴、蒼蠅之声」の語気に合う。焦延寿はこの詩を歓を貪り夜に恋うる作と見なし、《毛詩序》の解釈と異なることが分かる。校記:「夜」の字は汲古閣本で「従」と作り、これは宋・元本に従う。
兌。馬能負乘,見邑之野。井獲粱稻,喜悅無咎。伏震為馬、為乘,艮為負、為邑、為野,巽為稻粱。兌悅。○能,汲古作西,依宋元本。粱,宋元木作粢,依汲古。
《震》が《兌》に変わる。林辞は言う:馬は物を驮え車をも曳くことができ、城邑の外の田野が望見できる。井を開いて田を灌ぎ稲粱を倉に満たし、歓喜して過失がない。尚秉和の注:伏象の震は馬・乘駕を主り、艮は負載・城邑・郊野を主り、巽は稲粱を主る。兌の卦徳は喜悦なので「喜悦」と言う。校記:「能」の字は汲古閣本で「西」と作り、これは宋・元本に従う。「粱」の字は宋・元本で「粢」と作り、これは汲古閣本に従う(注文の「宋元木」は「宋元本」の刻誤である)。
渙。高飛視下,貪饕所在。腐臭為患,害於躬身。艮為飛,上巽,故曰高飛。艮為視,坎為下,巽為臭腐,坎為患害,艮為身。
《震》が《渙》に変わる。林辞は言う:高く飛んで下を張望すれば、見たのはまさに飽食できる所である。ところがあれは腐臭の物で、かえって禍患となり、我が身を害した。尚秉和の注:艮は飛を主り、上卦は巽で、巽は高所に居るので「高飛」と言う。艮は視を主り、坎は下にあるので「視下」である。巽は腐臭、坎は禍患災害を主り、艮は身を主る。
節。東行西步,失其次舍。乾侯野井,昭君喪居。詳《鼎》之《噬嗑》。君喪,汲古作公求,依宋元本。
《震》が《節》に変わる。林辞は言う:しばらく東へ行き、しばらく西へ歩み、宿る處所さえ失った。魯の昭公は乾侯の野井の辺に流亡し、堂堂たる国君がついに身を安んずる地をなくした。尚秉和の注:この林辞は《鼎》が《噬嗑》に変わる条と重出し、取象はあの条に詳しい。校記:「君喪」の二字は汲古閣本で「公求」と作り、これは宋・元本に従う。
中孚。神鳥五彩,鳳凰為主。集於王谷,使年歲有。震為神,艮為鳥,巽卦數五,故曰神鳥五彩。震為主,艮為鳳凰,艮為谷,震為王,故曰五穀。《一統志》中條山有王官谷。盧思道《從駕玉照寺頌》:王谷蟲篆。震為年歲。○王,汲古作山,有作育,均依宋元本。
《震》が《中孚》に変わる。林辞は言う:五彩の神鳥が群を成し、鳳凰を首領とする。彼らは王谷に栖まい集まり、年成を豊かに余らせる。尚秉和の注:震は神、艮は鳥を主り、巽は卦序で数は五なので「神鳥五彩」と言う。震は主を主り、艮は鳳凰を主り、艮はまた山谷、震は王を主るので「王谷」と言う(注文は「五穀」と写すが、「王谷」の刻誤であろう)。《大明一統志》は中条山に王官谷ありと記す。北斉の盧思道《従駕玉照寺頌》にも「王谷虫篆」の語がある。震は年歳を主る。校記:「王」の字は汲古閣本で「山」、「有」の字は別本で「育」と作り、いずれも宋・元本に従う。
小過。石門晨門,荷蕢食貧,遁世隱居,竟不逢時。詳《革》之《旅》。啟,宋元本作關,食作疾,均依汲古。
《震》が《小過》に変わる。林辞は《論語・憲問》の二つの典故を用いて言う:石門を守る晨門と、草筐を負って孔子の門前を過ぎた荷蕢者は、いずれも清貧に甘んじ、世を避けて隠居し、ついに施展できる時運に遭わなかった。尚秉和の注:この林辞は《革》が《旅》に変わる条と重出し、取象はあの条に詳しい。校記:「啓」の字は宋・元本で「関」、「食」の字は宋・元本で「疾」と作り、いずれも汲古閣本に従う。
既濟。齧齧,貧鬼相責。無有歡怡,一日九結。卦為三,兌形,兌為牙齒,故曰齧齧。兌為口,故相責。坎為鬼、為憂,故不怡。離為日,數九,故一日九結。
《震》が《既済》に変わる。林辞の首句は底本で字を脱し、「啮啮」の二字だけが残る、歯を切り咬む音響である。下に言う:幾人かの窮鬼が互いに埋怨指責し、少しの歓愉もなく、一日の内に心に九つの結びを打つ。尚秉和の注:注文もここで字を脱するが、大意は卦体の数が三でその形が兌に似て、兌は歯牙を主るので「啮啮」と言う。兌は口を主るので彼此に責め罵る。坎は鬼・憂を主るので歓怡を得ない。離は日を主り、離の数は九なので「一日九結」と言う。
未濟。白日揚光,雷車避藏。雲雨不行,各止其鄉。詳《否》之《困》。
《震》が《未済》に変わる。林辞は言う:白日が大いに光明を放てば、雷車は隠れて出動しない。雲雨も興作せず、それぞれ自分の方位に留まる。尚秉和の注:この林辞は《否》が《困》に変わる条と重出し、取象はあの条に詳しい。
艮 第五十二
艮。君孤獨處,單弱無輔,名曰困苦。互震為君,坎為孤,艮一陽在上,故為鰥、為獨、為單弱。坎為困苦。○汲古下有"輔心湧泉,碌碌如山"八字,明繫衍文,依宋元本刪。
《艮》が《艮》に変わる。遇卦と之卦が同じく《艮》、すなわち八つの「純卦」の一つである(上下の両経卦が同じ卦を純卦と言う)。林辞は言う:君主がひとりぽっちで独居し、勢いは孤で力は薄く輔佐がない。この処境を困苦と言う。尚秉和の注:互体の震は君、坎は孤を主る。《艮》卦は陽爻が一つだけ高く上位に居るので、鰥・独・単弱の象がある。坎は困苦を主る。校記:汲古閣本はこの条の下に「輔心涌泉、碌碌如山」の八字が多く、明らかに衍文である。宋・元本に依って删去する。
乾。憂驚已除,禍不為災,安全以來。艮中爻坎,坎為憂,中爻震,震為驚,今艮之乾,坎與震象皆不見,故曰憂驚已除,禍不為災。乾為福,故曰安全。
《艮》が《乾》に変わる。林辞は言う:憂愁と驚恐はすでに解除され、禍端は災殃を釀さず、ここから平安に転ずる。尚秉和の注:《艮》卦の中間の数爻は互体して坎を成し、坎は憂を主る。中爻はまた互体して震を成し、震は驚を主る。今《艮》が《乾》に変わり、坎と震の二つの卦象がいずれも見えなくなったので「憂驚已除、禍不為災」と言う。乾は福を主るので「安全」と言う。
坤。穿匏挹水,篝鐵然火。勞疲力竭,飢渴為禍。艮為匏,今化坤,上爻拆,故曰穿匏。又艮卦坎為穿,坎水,艮手,故曰挹水。艮為篝,篝,籠也。為鐵、為火,夫穿匏挹水篝鐵然火,皆不能之事,故勞疲無功。坎為勞、為禍,坤虛,故飢。艮火,故渴。
《艮》が《坤》に変わる。林辞は言う:穴のあいた瓢箪で水を汲み、竹籠に鉄塊を盛って火を起こす。骨折り尽くして精根尽き、飢餓と渇きがかえって禍患となる。尚秉和の注:艮は匏瓠を主り、今坤に変わり、上爻が陽から陰に変じて断れるので「穿匏」すなわち瓢箪が漏れたと言う。さらに《艮》卦中の坎は穿を主り、坎は水、艮は手を主り、手で水を汲むので「挹水」と言う。艮は篝を主り、篝はすなわち竹籠である。艮はまた鉄・火を主る。破れた瓢箪で水を汲み、竹籠で鉄を盛って火を点くのは、いずれも根本的に成せない事なので、労苦して少しの成效もない。坎は労・禍を主り、坤は中が空虚なので飢餓する。艮は火に属し、火は燥ぐので渇く。
屯。蹇牛折角,不能載粟。災害不避,年歲無谷。坤為牛,艮為角,上坎,故曰蹇牛折角。坤為載,震為粟、為谷,坤為年歲、為災害,故無谷也。
《艮》が《屯》に変わる。林辞は言う:跛びた牛はさらに角を折られ、あの一車の粟米を驮えない。災害は避けられず、一年じゅう一粒も収穫がない。尚秉和の注:坤は牛、艮は角を主り、上卦は坎で、坎は陥険を主るので「蹇牛折角」と言う。坤は載運、震は粟・穀を主り、坤は年歳を主り、また災害を主るので「年歳無穀」と言う。
蒙。邑將為墟,居之憂危。坤為邑,坎破,故為墟、為憂危。
《艮》が《蒙》に変わる。林辞は言う:城邑はまさに一片の廃墟と化そうとしており、中に住む人は日夜に憂懼危殆する。尚秉和の注:坤は城邑を主り、坎は破敗を主るので、廃墟の象があり、また憂懼危険の象がある。
需。根刖樹殘,華葉落去。卒逢火焱,隨風僵仆。此仍用艮象。伏巽,下斷,故曰別、曰樹殘。伏兌為華,震為葉,巽隕,故曰華葉落去。艮為火,重艮,故曰焱。焱,音,火華也。班固《東都賦》焱焱炎炎。巽風,坎陷,故僕。
《艮》が《需》に変わる。林辞は言う:樹根が切られ樹身が殘毀され、花も葉も全て落ちた。忽然としてまた一场の大火に遭い、草木は風勢に随って僵れ倒れる。尚秉和の注:この条も遇卦《艮》の卦象を用いる。伏象は巽で、巽の下爻が断れているので「刖」(切る)「樹殘」と言う。伏象の兌は花、震は葉を主り、巽は陥落を主るので「華葉落去」と言う。艮は火を主り、遇卦は両艮相重の純卦なので火勢はこのため熾盛となり「焱」と言う——焱の字(注は注音の字を脱す)は火花の意で、班固《東都賦》に「焱焱炎炎」の句がある。巽は風、坎は陥落を主るので傾僕して倒れる。
訟。元后貪慾,窮極民力。執政乖互,為夷所覆。乾為君,故曰元后。坎為心,故曰欲。為勞,故曰窮極民力。伏坤為政、為乖、為夷狄,坤喪,故曰覆。○互,元本作牙,汲古作劣,依宋本。與下覆協,牙互同。
《艮》が《訟》に変わる。林辞は言う:大君は貪りて厭くことを知らず、民力を尽くまで搾り取る。執政する者は互いに乖違し掣肘し、ついに夷狄に傾覆される。尚秉和の注:乾は君を主るので「元后」と称する。坎は心を主るので貪欲を生ずる。坎はまた労を主るので「窮極民力」と言う。伏象の坤は政事・乖戾・夷狄を主り、坤は喪亡を主るので「覆」と言う。校記:「互」の字は元本で「牙」、汲古閣本で「劣」と作り、これは宋本に従う。「互」は下句の「覆」と押韻し、「牙」「互」の二字は古本で相通ずる。
師。北山有棗,使叔壽考。東嶺多栗,宜行賈市。陸梁雌雉,所至利喜。此仍用艮象。艮為棗栗,下艮與坎連,故曰北山。上艮與震連,故曰東山。艮為叔、為壽,伏巽為賈市,離為雉。○栗,汲古訛粟,依宋元本。喜,宋元本作害,依汲古。
《艮》が《師》に変わる。林辞は言う:北山に棗樹が生え、叔輩の人が高寿を享ける。東嶺に栗が多く、販運して商うに適する。母の雉が田間に跳び奔り、至る所に利と喜びがある。尚秉和の注:この条も遇卦《艮》の卦象を用いる。艮は棗・栗を主る。下卦の艮は坎と連なり、坎は北方に居るので「北山」と言う。上卦の艮は震と連なり、震は東方に居るので「東山」と言う。艮は叔・長寿を主り、伏象の巽は売買、離は雉を主る。校記:「栗」の字は汲古閣本で「粟」と訛り、これは宋・元本に従う。「喜」の字は宋・元本で「害」と作り、これは汲古閣本に従う。
比。高原峻山,陸土少泉。草木林麓,嘉禾所炎。艮為高原峻山,坤為陸土,坎為泉,坎下乘坤土,艮火,故曰少泉。坤為品物,故曰草木林麓、曰嘉禾。艮為火,故曰炎。○炎,汲古作災,依宋元本。
《艮》が《比》に変わる。林辞は言う:高い原野、険峻な山峰、陸地は乾燥して泉水は少ない。草木は林を成し山麓は蒼欝とするが、よい禾苗は暑気に炙られる。尚秉和の注:艮は高原峻山を主り、坤は陸地土壤、坎は泉水を主る。この卦は坎が下にあり坤土を載せ、艮はまた火に属するので泉水が少ないと言う。坤は万物の品類を主るので「草木林麓」「嘉禾」と言う。艮は火を主るので「炎」と言う。校記:「炎」の字は汲古閣本で「災」と作り、これは宋・元本に従う。
小畜。辰次降婁,王駕巡狩。廣施德惠,國安無憂。通《豫》。艮居西北,降婁者戌次,故曰辰次降婁。震為王、為災狩、為德惠,坤為國,艮安,坤為憂,震出,故無憂。○狩,宋元本作時,非。第三句宋本作廣佑德惠,元本作廣佑施惠,依汲古。
《艮》が《小畜》に変わる。林辞は言う:星辰は運行して降婁の次に至り、君王は駕を巡り出て視察する。徳沢恩惠を広く施し、国家は安定して憂患がない。尚秉和の注:「通《豫》」はこの条が旁通《豫》卦の象を兼ねて取ることを言う。艮は西北に居り、降婁は正に戌位の次に当たるので「辰次降婁」と言う。震は王・巡狩(注文の「災狩」は「巡狩」の訛字)・徳惠を主り、坤は国を主る。艮は安定を主り、坤は憂を主るが、震は出動解散を主るので「無憂」と言う。校記:「狩」の字は宋・元本で「時」と作るが誤り。第三句は宋本で「広佑徳惠」、元本で「広佑施惠」と作り、これは汲古閣本に従う。
履。轠轠,歲暮偏弊。寵名損棄,君衰於位。通《謙》。震為車、為聲,故曰。,車聲也。而坤亦為車,故曰轠轠。轠,音雷,連屬不絕也。坎為暮,坤為歲,故曰歲暮。巽為弊,故曰偏弊。艮為名,坤喪,故曰損棄。震為君,坤敝,故衰於位。艮為位也。○損,汲古作復,轠作,茲依宋元本。
《艮》が《履》に変わる。林辞の首句は底本で二字を脱し、「轠轠」だけが残り、車声が連綿と続くことを形容する。下に言う:一年が尽きようとして至る所破敗し、寵信と名位はすべて剥奪され、君主の地位は日ごとに衰落する。尚秉和の注:震は車・声を主るのであの重ねた車声の詞がある(ここで底本は字を脱す)、言う所は皆車声である。坤もまた車を主るので「轠轠」と言う——轠の字は雷と読み、連綿として絶えぬ意である。坎は暮、坤は年歳を主るので「歳暮」と言う。巽は敝壞を主るので「偏弊」と言う。艮は名を主り、坤は喪亡を主るので「損棄」と言う。震は君を主り、坤は敝敗を主るので「衰于位」と言い、艮はすなわち位である。校記:「損」の字は汲古閣本で「復」、「轠」の字は汲古閣本でまた別の字形と作る(ここで底本も字を脱す)、今は宋・元本に従う。
泰。放銜委轡,犇亂不制。法度無恆,君失其位。互兌為銜,伏巽為轡,震出,故曰放銜委轡、曰奔亂不制,坤為亂也。乾君在下,故曰失位。○犇,汲古作奔,字同。恆,汲古作常,均依宋元本。
《艮》が《泰》に変わる。林辞は言う:馬銜を緩め繮繩を棄て、車馬は狂奔して乱れ走りもはや管束できない。法度は常軌を失い、君主もまた自分の位を失った。尚秉和の注:互体の兌は馬銜を主り、伏象の巽は轡繩を主り、震は出動奔逸を主るので「放銜委轡」「奔乱不制」と言い、坤自体にも紊乱の象がある。乾は君を主りながら下卦に屈居するので「失位」と言う。校記:「犇」の字は汲古閣本で「奔」と作り、二字は同じである。「恒」の字は汲古閣本で「常」と作り、いずれも宋・元本に従う。
否。獨坐西垣,莫與笑言。秋風多哀,使我心悲。艮為坐、為垣,伏兌,故曰西垣。震為笑言,震伏,故莫與笑言。巽風,伏兌,故曰秋風。坤為心、為悲哀、為我。○坐,汲古作登,依宋元本。
《艮》が《否》に変わる。林辞は言う:ひとりぽっちで西の墻の下に坐し、一人もともに談笑する者がいない。秋風が吹き来たり悲意に満ち、我が心を酸くさせる。尚秉和の注:艮は坐・墻垣を主り、伏象は兌で、兌は西方に居るので「西垣」と言う。震は談笑を主り、ここで震は潜伏して顕れないので「莫与笑言」と言う。巽は風を主り、伏象の兌は秋に属するので「秋風」と言う。坤は心・悲哀・我を主る。校記:「坐」の字は汲古閣本で「登」と作り、これは宋・元本に従う。
同人。脛急股攣,不可出門。暮速群旅,必為身患。伏震為脛,巽為股,巽風,故曰急。巽為繩、為繫,故曰攣。攣,音戀,手足田病也。乾為門,巽隕,故不可出門。坤為暮、為群、為身、為患。暮速群旅者,言使伴旅至暮戒備也。○群,宋元本作歸,依汲古。
《艮》が《同人》に変わる。林辞は言う:脛がつり大腿が痙攣し、門を出ることさえできない。日が暮れてもなお同行の衆を促して路を急ぎ戒備せねばならず、これは必ず自身に禍患を招く。尚秉和の注:伏象の震は小脛、巽は大腿を主る。巽は風で、風の性は急なので「急」と言う。巽は繩・繋縛を主るので「攣」と言う——攣の字は恋と読み、手足が屈曲して伸び難い病である(注文の「手足田病」の「田」の字は疑わしく訛誤がある)。乾は門を主り、巽は陥落を主るので門を出られない。坤は暮・群・身・禍患を主る。いわゆる「暮速羣旅」は、同行の仲間を促して夜に入ってもなお戒備させることを言う。校記:「羣」の字は宋・元本で「帰」と作り、これは汲古閣本に従う。
大有。情偽難知,使我偏頗。小人在位,雖聖何咎。通《比》。坎為心,又為隱伏,故曰情偽難知。坤為我,坎為邪曲,故曰偏頗。坤為小人,艮為位,故曰小人在位。坎為聖、為咎。
《艮》が《大有》に変わる。林辞は言う:真心と偽意は弁別し難く、我が判断を偏斜失正させる。小人が高位を窃拠すれば、たとえ聖者が上にあっても、どうして咎責を免れようか。尚秉和の注:「通《比》」は旁通《比》卦の象を兼ねて取ることを言う。坎は心を主り、また隠伏して露れないを主るので「情偽難知」と言う。坤は我、坎は邪曲を主るので「偏頗」と言う。坤は小人、艮は位を主るので「小人在位」と言う。坎は聖を主り、また咎を主る。
謙。黍稷醇醴,敬奉山宗。神嗜飲食,甘雨嘉降。庶物蕃茂,時無災咎。詳《比》之《需》。汲古多獨蒙福祉四字,依宋元本。
《艮》が《謙》に変わる。林辞は言う:黍稷と醇厚な甜酒を備え、恭しく山神に献ずる。神霊はこれらの祭品を享けるのを楽しみ、時に応じた好い雨を降す。百物はこのため繁茂し、一年じゅう災禍過失がない。尚秉和の注:この林辞は《比》が《需》に変わる条と重出し、取象はあの条に詳しい。校記:汲古閣本は宋・元本より「独蒙福祉」の四字が多い。これは宋・元本に従う。
豫。公子王孫,把彈攝丸。發輒有獲,室家饒足。詳《比》之《小畜》。
《艮》が《豫》に変わる。林辞は言う:公子王孫たちが弾弓を手に執り弾丸を扣じ、一発すれば斬獲があり、家中はこのため豊饒富足する。尚秉和の注:この林辞は《比》が《小畜》に変わる条と重出し、取象はあの条に詳しい。
隨。陰昇陽伏,舜失其室。慈母赤子,相餧不食。陰上陽下,故曰陰昇陽伏。震為帝,故曰舜。艮為室,兌毀,故舜失其室。巽母,故慈。震子,艮納丙,故曰赤子。震為食,正覆震,故曰相餧。以飯哺人曰餧,艮止故不食。○慈母,汲古作元元,餧作餒,茲依宋元本。
《艮》が《随》に変わる。林辞は言う:陰気が上昇し陽気が潜伏し、虞舜は自分の居室を失った。慈愛の母が襁褓の中の嬰児に対し、食べさせようとしても食べさせられない。尚秉和の注:この卦は陰爻が上にあり陽爻が下にあるので「陰升陽伏」と言う。震は帝を主るので舜を指す。艮は屋室を主り、兌は毁折を主るので舜はその室を失う。巽は母を主るので「慈母」と称する。震は子、艮は天干の丙を納め、丙は火に属し色が赤なので「赤子」と言う。震は食を主り、卦中の正震と倒覆の震が相対するので「相餧」と言う。人に飯を食べさせることを「餧」と言い、艮は止を主るので口に入れられない。校記:「慈母」の二字は汲古閣本で「元元」、「餧」の字は汲古閣本で「餒」と作り、今は宋・元本に従う。
蠱。七竅龍身,造易八元。法天則地,順時施恩,利以長存。詳《謙》之《升》。
《艮》が《蠱》に変わる。林辞は言う:あの面に七竅を開き身が龍形の聖王が《易》を創制し、また八元の類の賢才を任用した。彼は天地に法り、時令に順って恩惠を施したので、基業は長く存続することができた。尚秉和の注:この林辞は《謙》が《升》に変わる条と重出し、取象はあの条に詳しい。
臨。逐狐東山,水遏我前。深不可涉,失利後便。詳《蒙》之《蠱》。
《艮》が《臨》に変わる。林辞は言う:東山へ狐を追いに行き、一道の水が我の前に遮る。水が深すぎて渡れず、徒に利益を失い、人の後ろに落ちた。尚秉和の注:この林辞は《蒙》が《蠱》に変わる条と重出し、取象はあの条に詳しい。
觀。銜命辱使,不堪其事。中墜落去,更為負載。巽為命,伏兌,故曰銜命。坤為事,巽為隕落,故曰中墜落去。艮為負,坤車,故曰載。
《艮》が《観》に変わる。林辞は言う:命を奉じて出使するも君命を辱め、この差事に堪えられない。途中で物を落とし、やむなく別の人に替えて驮運させる。尚秉和の注:巽は命令を主り、伏象の兌は口を主り、口に君命を銜むので「銜命」と言う。坤は事を主り、巽は陥落を主るので「中墜落去」と言う。艮は負を主り、坤は車を主るので「載」と言う。
噬嗑。溫仁君子,忠孝所在。入閨為儀,禍災不起。震為溫仁,艮為君子,坎為忠,伏巽為孝、為入,艮為閨,離為禮,故曰入閨為儀。離為禍災,震解,故曰禍災不起。○入閨,汲古作八閏,依宋元本。
《艮》が《噬嗑》に変わる。林辞は言う:温和仁厚の君子、その一身は忠と孝に尽くされる。たとえ内室に入っても礼儀を守るので、災禍は自ら起こる由がない。尚秉和の注:震は温仁、艮は君子、坎は忠を主り、伏象の巽は孝・入を主り、艮は閨門、離は礼を主るので「入閨為儀」と言う。離は災禍を主り、震は解散を主るので「禍災不起」と言う。校記:「入閨」の二字は汲古閣本で「八閏」と作り、これは宋・元本に従う。
賁。春多膏澤,夏潤優渥。稼穡成熟,畝獲百斛。師行失律,霸功不遂。震為春,離為夏,坎為膏澤、為優渥。震為稼穡,艮為成、為畝,震為斛、為百,故曰畝獲百斛。師行二句與上文不類,定為衍文。○成熟與斛韻,汲古作熟成,非,依宋元本。
《艮》が《賁》に変わる。林辞は言う:春は雨露が豊沛で、夏は滋潤が優渥である。庄稼は育ち収穫され、一畝で百斛を打つ。末の「師行失律、霸功不遂」の二句は、軍隊が出征して紀律を乱し、覇業がついに成らなかったと言う。尚秉和の注:震は春、離は夏、坎は膏沢・優渥を主る。震は稼穡、艮は成・畝を主り、震は斛・百を主るので「畝獲百斛」と言う。「師行」以下の二句は前文と語意が類せず、後人の窜入した衍文と断定する。校記:「成熟」の「熟」は「斛」と押韻する。汲古閣本は「熟成」と作るが誤り、これは宋・元本に従う。
剝。二女同室,心不聊食。首髮如蓬,憂常在中。艮為室,重坤,故曰二女。坤為心,兌為食,兌伏,故不食。艮為首,坤為憂,髮象蓬象疑用坤,否則用遇卦艮象,艮中爻互震為蓬、為髮,互坎為中。
《艮》が《剥》に変わる。林辞は言う:二人の女子が同じ屋に住み、心中の隙があって飯も喉を通らない。頭髪は一蓬の枯草のように乱れ、憂愁はいつも胸中に圧する。尚秉和の注:艮は屋室を主り、卦中に両坤が相重なるので「二女」と言う。坤は心、兌は食を主り、ここで兌は潜伏して顕れないので食べられない。艮は首、坤は憂を主る。頭髪と蓬草のこの二つの象は疑わしく坤から取ったか、さもなくば遇卦《艮》の象を用いたか——《艮》卦の中爻は互体して震を成し、震は蓬・髪を主り、互体して坎を成し、坎は中位に居るので「在中」と言う。
復。築闕石巔,立基泉源。病疾不安,老孤為鄰。此用《艮》象。艮為闕、為石,重艮,故曰築闕石巔。互坎為泉,震為基,在坎上,故曰立基泉源。坎為疾病、為孤,艮為壽,故為老。震為鄰也。○闕,宋元本作關,孤訛狐,均依汲古。基,宋元本作本,汲古作木,皆形訛字,依《漸》之《益》校。
《艮》が《復》に変わる。林辞は言う:山石の頂きに門闕を築き、泉水の源に基址を打つ。疾病が身に纏わり安寧を得ず、孤老の人だけが隣りとなる。尚秉和の注:この条は遇卦《艮》の卦象を用いる。艮は門闕・山石を主り、両艮が相重なるので「築闕石巅」と言う。互体の坎は泉、震は基址を主り、基址は坎水の上に圧するので「立基泉源」と言う。坎は疾病・孤を主り、艮は寿を主るので引き延ばして老とする。震は隣を主る。校記:「闕」の字は宋・元本で「関」、「孤」の字は宋・元本で「狐」と訛り、いずれも汲古閣本に従う。「基」の字は宋・元本で「本」、汲古閣本で「木」と作り、いずれも字形相近の誤りで、これは《漸》が《益》に変わる条に依って校正する。
無妄。欲避凶門,反與禍鄰。顛覆不制,痛熏我心。乾為門,巽隕,故曰凶門。巽伏,故曰避。伏坤,故曰禍鄰。震為鄰也。巽隕,故曰顛覆。坤為心、為痛、為我,《艮九三》云厲熏心,林所本也。
《艮》が《无妄》に変わる。林辞は言う:もとよりあの凶門を避けようとしたが、かえって禍患と近隣となった。局面は顛倒して制を失い、痛楚は煙火のように我が心を熏灼する。尚秉和の注:乾は門を主り、巽は陥落を主るので「凶門」と言う。巽は潜伏するので「避」と言う。伏象は坤で、坤は禍を主るので「禍鄰」と言い、震はすなわち隣である。巽は陥落するので「顛覆」と言う。坤は心・痛・我を主る。《周易・艮》九三爻辞に「厲熏心」の語があり、まさに林辞が詞を取った来源である。
大畜。踧行竊視,有所畏避。狸首伏藏,以夜為利。此用艮象。互震為行,艮為視,互坎為險,故曰踧行。踧,敬畏不安之貌也。互坎為盜,故曰竊視。坎為伏,故曰畏避。艮為狸、為首,互坎,故曰伏藏。坎為夜,言狸利夜動也。又狸首,逸詩篇名,《周禮春官》鍾師凡射王奏騶虞,諸侯奏狸首。按:此言樂節。狸,《周禮》、《禮記》皆作狸,《莊子》、《史記》皆作狸,《廣韻》狸,狸俗字。
《艮》が《大畜》に変わる。林辞は言う:歩くこと小心冀冀として、さらに目を盗んで張望する、明らかに心に畏れて躲閃する所がある。狸猫は頭を低くして身を蔵し、もっぱら夜に活動してこそ便宜を得る。尚秉和の注:この条は《艮》の象を用いる。互体の震は行走を主り、艮は視を主り、互体の坎は険を主るので「踧行」と言う——踧は敬畏して安からぬ様子である。互体の坎は盗を主るので「窃視」と言う。坎は潜伏を主るので「畏避」と言う。艮は狸・首を主り、また互体の坎があるので「伏蔵」と言う。坎は夜を主り、狸猫が夜に出てこそ利があると言う。また「狸首」はまた一篇の逸詩の名で、《周礼・春官》は鍾師が楽を奏し、天子が射礼を行えば《騶虞》を奏し、諸侯が射礼を行えば《狸首》を奏すと記す、楽章の節度を講ずる。「狸」の字は《周礼》《礼記》と《荘子》《史記》で用いる字形がもと分かれる(底本はここで二つの字形を混同して分たない)、《広韻》はそのうち一体は俗字であると指摘する。
頤。人面鬼口,長舌為斧。斲破瑚璉,殷商絕後。震為人,艮為面,坤為鬼,震為口,故曰人面鬼口。伏兌為舌、為斧,巽為長,故曰長舌為斧。艮手為斲,震為玉,故曰瑚璉。震為子,殷商子姓,而坤為殺、為死,故曰殷商絕後。震為後也。○斲,宋元本作劈,依汲古。人鬼,汲古作八九,九與鬼本通用,鬼侯作九侯是也,茲依宋元本。
《艮》が《頤》に変わる。林辞は言う:人の面孔と鬼の口舌を長けた者、あの長い舌は斧のように鋭い。瑚琏のような宗廟の玉器まで劈き砕き、殷商もここに後嗣を絶った。尚秉和の注:震は人、艮は面、坤は鬼、震は口を主るので「人面鬼口」と言う。伏象の兌は舌・斧を主り、巽は長を主るので「長舌為斧」と言う。艮は手を主り、斧を持って砍削するのが「斲」である。震は玉を主るので「瑚琏」と言う。震は子を主り、殷商の王室はまさに子姓で、坤は殺・死を主るので「殷商絶後」と言い、震はまた後を主る。校記:「斲」の字は宋・元本で「劈」と作り、これは汲古閣本に従う。「人」「鬼」の二字は汲古閣本で「八」「九」と作り、「九」と「鬼」はもと通用し得、鬼侯をまた九侯と写すのが明証である。今は宋・元本に従う。
大過。和氣相薄,膏澤津液,生我嘉穀。兌悅,故曰和。正反兌故曰相薄。兌水,故曰膏澤津液。巽為谷,乾為生。
《艮》が《大過》に変わる。林辞は言う:陰陽の和気が交わり迫り合い、膏雨津液と化し、我が田の好い穀を滋生させる。尚秉和の注:兌の卦徳は悦なので「和」と言う。卦中の正兌と倒覆の兌が相対するので「相薄」と言う。兌は水を主るので「膏沢津液」と言う。巽は穀、乾は生を主る。
坎。銷金●兵,雷車不行,民安其鄉。艮為金,艮火故銷金。艮為兵戈,艮止,故●兵。震為車、為雷,艮止坎陷,故不行。坎為民,艮為鄉、為安,故曰民安其鄉。○●,汲古作鑄,非,依宋元本。
《艮》が《坎》に変わる。林辞は言う:金属を鎔かし兵器を収める(第二字は底本で墨釘、原字は佚す)、雷車はもはや出動せず、百姓は自分の郷土に安居する。尚秉和の注:艮は金を主り、艮はまた火に属し、火は金を銷すことができるので「銷金」と言う。艮は兵戈を主り、艮の卦徳は止なので、兵戈を止息する義がある(この字は底本で同じく殘缺)。震は車・雷を主り、艮は止まり坎は陥るので「不行」と言う。坎は民、艮は郷・安を主るので「民安其郷」と言う。校記:あの缺字は汲古閣本で「鋳」と作るが誤り、これは宋・元本に従う。
離。秦儀機言,解其國患。說燕下齊,作相以權。互兌為秦,離為禮,故曰儀。蘇秦、張儀也。中爻正反兌,故曰機言。伏艮為國,坎為患,震為解,故曰解其國患。兌為說,說燕指秦,下齊指儀。兌為燕,巽為齊、為權。按:秦儀說齊燕見《史記》。作相以權者,言秦六國相,儀為秦相魏,皆權詐之事。下,猶服也。○三四句各本皆作一說燕下,齊相以權,依王校。
《艮》が《離》に変わる。林辞は言う:蘇秦・張儀は一対の機巧な口舌を凭え、人のために国家の禍患を解いた。一人は燕国を説き、一人は斉国を屈伏させ、権謀によって相国となった。尚秉和の注:互体の兌は秦を主り、離は礼儀を主るので「儀」と言い、指すのはまさに蘇秦と張儀である。中爻に正兌と倒兌が相畳するので「機言」と言う。伏象の艮は国を主り、坎は患、震は解を主るので「解其国患」と言う。兌は遊説を主り、「説燕」は蘇秦を指し、「下斉」は張儀を指す。兌は燕、巽は斉・権術を主る。按:蘇秦・張儀が斉燕を遊説した事は《史記》に見える。いわゆる「作相以権」は、蘇秦は六国の相印を佩び、張儀は秦のために魏の相となった、いずれも権詐を弄した事を言う。「下」はすなわち相手を降服させることである。校記:第三・四句は各本とも「一説燕下、斉相以権」と作り、これは王氏の校本に依って改正する。
咸。旦奭輔王,周德孔明。越裳獻雉,萬國咸康。通《損》。震為旦、為奭、為王、為周孔,坤為裳、為雉、為萬國,艮為安,故曰咸康。《史記》周召秉政,越裳氏獻白雉。○輔王,宋元本作王輔,非,王與明韻。
《艮》が《咸》に変わる。林辞は言う:周公旦と召公奭が年幼の成王を輔佐し、周朝の徳政は甚だ昌明であった。南方の越裳氏が来り白雉を進献し、万国は皆安康を得た。尚秉和の注:「通《損》」は旁通《損》卦の象を兼ねて取ることを言う。震は旦・奭・王・周・孔(大)を主り、坤は裳・雉・万国を主り、艮は安定を主るので「咸康」と言う。《史記》は周公・召公がともに執政した時、越裳氏が来り白雉を献じたと記す。校記:「輔王」の二字は宋・元本で「王輔」と作るが誤り、「王」の字は下句の「明」と押韻しなければならない。
恆。弱足刖跟,不利出門。賈市無盈,折亡為患。震為足、為跟,兌折,故弱足。初震爻下斷,故曰刖跟。伏艮為門,是刖故不利出門。巽為賈市,兌毀折,故不利也。
《艮》が《恒》に変わる。林辞は言う:脚が軟らぎ力なく、さらに脚跟を切られ、出門して遠行するに宜しくない。売買しても剰余を得られず、本を折り亏空してかえって禍患となる。尚秉和の注:震は足・脚跟を主り、兌は折損を主るので脚が弱い。初爻の震爻は下画が断れるので「刖跟」と言う。伏象の艮は門を主り、脚がすでに切られたのだから、自ら出門するのに利でないのは当然である。巽は売買を主り、兌は毀折を主るので図る利がない。
遯。堅冰黃鳥,常哀悲愁。不見白粒,但覩藜蒿。數驚鷙鳥,為我心憂。詳《乾》之《噬嗑》。常,宋元本訛帝,依汲古。藜元訛蔾,依宋本。
《艮》が《遯》に変わる。林辞は言う:堅氷が封じる時節の黄雀は、終日哀鳴して悲愁する。一粒の白米も見えず、眼前には藜蒿の野草があるだけ。さらにしきりに凶猛の鷙鳥に驚かされ、我が心を愁わせる。尚秉和の注:この林辞は《乾》が《噬嗑》に変わる条と重出し、取象はあの条に詳しい。校記:「常」の字は宋・元本で「帝」と訛り、これは汲古閣本に従う。「藜」の字は元本で「蔾」と訛り、これは宋本に従う。
大壯。魂微惙惙,屬纊聽絕。豁然大通,復更生活。詳《明夷》之《恆》。
《艮》が《大壮》に変わる。林辞は言う:魂気は微弱で、息は一糸一縷の如し。新綿を口鼻に置いて試せば、すでに呼吸が聞こえない。忽然としてまた豁然と貫通し、再び活き返った。尚秉和の注:この林辞は《明夷》が《恒》に変わる条と重出し、取象はあの条に詳しい。
晉。陰生麞鹿,鼠舞鬼哭,靈龜陸處。坤為陰,艮為麞鹿、為鼠,坤為鬼,震為笑歌,震反為艮則哭泣矣。《中孚六三》即如此取象也。離為龜,坤艮皆為陸,故曰陸處。○汲古下多"釜甑草土,人知敗國,桀亂無緒"三句,元本同,惟釜作雨,土作坐,人作仁,依宋本,然似有三句而意始足。坤為釜甑、為草土、為國,坎為敗,離為惡人、為亂,故曰桀紂無緒。
《艮》が《晋》に変わる。林辞は言う:陰気の中に麞鹿が生じ、老鼠が起舞し鬼が啼哭し、霊ある亀までも陸地に上がって棲む——至る所皆反常の兆である。尚秉和の注:坤は陰を主り、艮は麞鹿・鼠、坤は鬼を主る。震は笑と歌を主り、震が倒れて艮となれば哭泣に変わる。《周易・中孚》六三の「或は泣き或は歌う」は正にこのように象を取る。離は亀を主り、坤と艮はいずれも陸を主るので「陸處」と言う。校記:汲古閣本はこの条の下に「釜甑草土、人知敗国、桀乱無緒」の三句が多く、元本にもあり、ただ「釜」を「雨」、「土」を「坐」、「人」を「仁」と作る。これは宋本に従う。ただ文義から見れば、どうやらこの三句があってこそ意味が完整するようである。坤は釜甑・草土・国を主り、坎は敗、離は悪人・乱を主るので「桀紂無緒」と言う。
明夷。諸石攻玉,無不穿。龍體具舉,魯班為輔。麟鳳成形,德象君子。詳《姤》之《大過》。諸石即監諸。具,宋本、汲古作吾,依元本。○大過伏頤,此則用艮,艮三至上亦頤,故語同。
《艮》が《明夷》に変わる。林辞は言う:監諸のような硬石を以て玉を琢れば、琢み抜けないものはない。龍形の器物が全く立ち上がったのは、全て魯班の類の巧匠の手伝いによる。麒麟鳳凰が形を顕し現れた、そのような徳はまさに君子の写しである。尚秉和の注:この林辞は《姤》が《大過》に変わる条と重出し、取象はあの条に詳しい。「諸石」はすなわち「監諸」で、古人が玉を治める礪石である。「具」の字は宋本と汲古閣本で「吾」と作り、これは元本に従う。また:《大過》の伏象は《頤》で、この条は《艮》の象を用いるが、《艮》卦もまた三爻から上爻まで《頤》の形状を構成するので、両処の注語が同じなのである。
家人。山作天時,陸為海口,民不安處。此用艮象。艮為天、為時,故曰山作天時。艮為陸,中爻坎為海,震為口,坎為民,坎陷,故不安。天時,疑皆訛。
《艮》が《家人》に変わる。林辞は言う:山は天時と化し、陸地は海口となり、百姓は安居できない——山川が位を易え、人心は自ら惶惶たる。尚秉和の注:この条は《艮》の象を用いる。艮は天・時を主るので「山作天時」と言う。艮は陸を主り、中爻の坎は海、震は口、坎は民を主り、坎は陥険を主るので安く処ることができない。「天時」の二字は疑わしくいずれも訛誤がある。
睽。東風啟戶,隱伏歡喜。氓庶蒙恩,復得我子。此仍用艮象。互震為東,伏巽,故曰東風啟戶。坎為隱伏、為氓庶,震為歡喜、為子。
《艮》が《睽》に変わる。林辞は言う:東風が門戸を開き、久しく蔵れて出ない人も喜色を露わす。平民百姓は恩沢を蒙り、我が散じ失せた子がまた身辺に帰った。尚秉和の注:この条も《艮》の象を用いる。互体の震は東方に居り、伏象は巽で、巽は風を主るので「東風啓戸」と言う。坎は隠伏・平民百姓を主り、震は歓喜・子を主る。
蹇。華燈百枝,消暗衰微。精光欲盡,奄如灰糜。詳《隨》之《大有》。消,宋元本作稍,汲古作植,依《隨》之《大有》校。糜,爛也。宋本作靡,依汲古。奄,汲古作命,亦通,茲依宋元本。
《艮》が《蹇》に変わる。林辞は言う:華美の燈樹の百枝の燈火が、少しずつ暗くなり衰微していく。光焰が尽きようとして、忽ちとして一堆の爛灰と化す。尚秉和の注:この林辞は《随》が《大有》に変わる条と重出し、取象はあの条に詳しい。校記:「消」の字は宋・元本で「稍」、汲古閣本で「植」と作り、これは《随》が《大有》に変わる条に依って校正する。「糜」は腐爛の意で、宋本は「靡」と作り、これは汲古閣本に従う。「奄」の字は汲古閣本で「命」と作り、これも通ずるが、今は宋・元本に従う。
解。三十無室,寄宿桑中。上宮長女,不得樂同,使我失期。《衛風》期我乎桑中,要我乎上宮,淫奔詩也,此仍取艮象。互震數三,伏兌數十,坎為室,坎伏,故曰三十無室。坎為宿,震為桑,故曰寄宿桑中。艮為上、為宮,巽為長女,巽伏,故曰不得樂同。坎為失,艮為期。○樂,宋元本作來,依汲古。汲古無末句,依宋元本補。又宿字汲古作伯,形不全,依宋元本。
《艮》が《解》に変わる。林辞は言う:三十歳になってもまだ家を成さず、桑林に借宿するほかない。あの上宮に会うと約した長女は、ついに我と楽しみを同じくすることができず、我に約期を誤らせた。尚秉和の注:《詩経・桑中》に「我に桑中に期し、我に上宮に要す」(旧く《衛風》に繋す)の句があり、男女の私奔の詩である。この条も《艮》の象を取る。互体の震の数は三、伏象の兌の数は十、合わせて三十である。坎は屋室を主り、坎は潜伏して顕れないので「三十無室」と言う。坎は宿、震は桑を主るので「寄宿桑中」と言う。艮は上・宮を主り、巽は長女を主り、巽は潜伏するので「不得楽同」と言う。坎は失、艮は期約を主る。校記:「楽」の字は宋・元本で「来」と作り、これは汲古閣本に従う。汲古閣本は末の一句がなく、宋・元本に依って補入する。「宿」の字は汲古閣本で「伯」と作り、字形が殘缺して全からず、これは宋・元本に従う。
損。卵與石鬬,糜碎無疑。動而有悔,出不得時。震為卵,艮為石,震艮相對,故曰鬬。兌毀,故曰糜碎。震為動,坤為悔,艮為時。○糜,宋元本作麋,依汲古。
《艮》が《損》に変わる。林辞は言う:卵を以て石と闘えば、粉身碎骨するのは疑いない。一動すれば悔恨を招き、出門しても好い時機に間に合わない。尚秉和の注:震は卵、艮は石を主り、震と艮の両象が相対するので「鬬」と言う。兌は毀折を主るので「糜碎」と言う。震は動、坤は悔、艮は時を主る。校記:「糜」の字は宋・元本で「麋」と作り、これは汲古閣本に従う。
益。秦兵爭強,失其貞良,敗於殽鄉。伏兌為秦,坤為兵,正反震故曰爭強。艮為貞良,坤喪,故曰失。艮山,故曰殽鄉。《左傳》秦穆公違蹇叔,使孟明伐鄭,敗於殽。
《艮》が《益》に変わる。林辞は言う:秦国の軍隊はひたすら強を争い、正を守り重きを持する賢臣を失い、ついに殽山の一帯で大敗した。尚秉和の注:伏象の兌は秦を主り、坤は兵を主る。卦中の正震と倒震が相対するので「争強」と言う。艮は貞正賢良の人を主り、坤は喪亡を主るので「失」と言う。艮は山を主るので「殽郷」と言う。《左伝》は秦の穆公が蹇叔の制止を聴かず、孟明視を遣わして兵を出して鄭を襲わせ、師を回らせる時に殽山で全軍覆没したと記す。
夬。豦除善疑,難為攻醫。驥窮鹽車,困於銜棰。豦除,即篨。籧同。《爾雅》籧篨口柔。《詩邶風》《毛傳》云:籧篨不能俯者。郭云:口柔之人視人顏色常亦不伏,因以為名。按:疏:口柔之人,必仰面察人顏色而為辭,故曰善疑。豦除為生成之病,故不能攻治也。此仍用艮象。艮為豦除,互坎為疑,三至上正反艮,故曰攻醫。坎陷,故難。互震為車、為馬,兌為滷,故曰鹽車,故曰銜。坎為困窮,故曰驥窮鹽車,困於銜棰。棰,馬策也。艮為小木,故曰棰。○豦,宋本、汲古訛虐,元本訛虎,然由次句視之,其為豦無疑也。疑,宋元本作猛,亦後人從虎虐二字妄改,獨汲古尚存其真,益證豦字之確切。棰,汲古作御,依元本。按:《說文》豦,司馬相如說封豕之屬,封豕,亦不能俯。《太玄》閒首作遽除,皆不從竹,疑古文詩即如此,故易林太玄皆不從竹。從竹,後人所加。易女承筐,鄭作匡,謂從竹者誤,茲殆與同。
《艮》が《夬》に変わる。林辞は言う:籧篨という身を俯せられぬ病に罹り、ただ顔を仰いで人の顔色を窺い疑い深くなる、この病は治せない。千里馬が塩車を引いて途が窮まり、馬銜と鞭に困えられる。尚秉和の注:「豦除」はすなわち「籧篨」である(ここで底本は字を脱す、二つの写法は相通ずる)。《爾雅》は「籧篨」は口柔らかにして諂谀する人と言う。《詩経・邶風・新台》の《毛伝》は籧篨は身が俯せられない人と言う。郭璞は口柔の人は常に人の顔色を見なければならず、頭を低くすることもできない、それゆえ名を得たと言う。孔疏の講ずる所に拠れば、口柔の人は必ず顔を仰いで人の神色を窺ってから措辞するので、林辞は彼を「善疑」と言う。籧篨は天生の殘疾なので「難為攻医」と言う。この条も《艮》の象を用いる:艮は籧篨を主り、互体の坎は疑を主る。三爻から上爻まで正艮と倒艮があるので「攻医」と言う。坎は陥険を主るので「難」と言う。互体の震は車・馬を主り、兌は塩鹵を主るので「塩車」と言い、また「銜」と言う。坎は困窮を主るので「驥窮塩車、困于銜棰」と言う。棰は馬を追う鞭で、艮は小木を主るので「棰」と言う。校記:「豦」の字は宋本と汲古閣本で「虐」と訛り、元本で「虎」と訛るが、第二句から見れば「豦」と作るのは疑いない。「疑」の字は宋・元本で「猛」と作るが、これも後人が「虎」「虐」の二字に依って妄りに改めたもので、ただ汲古閣本だけが原貌を存し、いよいよ「豦」の字が確かであることを証明する。「棰」の字は汲古閣本で「御」と作り、これは元本に従う。又按:《説文》は「豦」は司馬相如の講ずる封豕の類の獣と言い、封豕もまた身を俯せられない。《太玄経・閑首》は「遽除」と写し、いずれも竹冠を帯びない。疑わしく古文《詩経》はもとこのように写し、だから《易林》《太玄》も竹に従わず、竹に従うのは後人の添えたものであろう。《周易・帰妹》の「女承筐」は鄭玄本で「匡」と作り、竹頭を加えるのは誤りと言う、ここは大概同じ情形である。
姤。操笱搏狸,荷弓射魚。非其器用,自令心勞。此仍用艮象。艮為狸,艮手為操、為搏,伏離為笱,故曰操笱搏狸。艮為荷,坎為弓,震為射,伏巽為魚,震為器。坎為心、為勞。笱所以取魚,弓矢所以射狸,今施非物,故無功也。
《艮》が《姤》に変わる。林辞は言う:魚を捕る竹笱を以て狸猫を撲ち、弓矢を担いで水の中の魚を射る。器具を用いる所を誤り、徒に自分を労心費神させる。尚秉和の注:この条も《艮》の象を用いる。艮は狸を主り、艮は手を主るので操持・撲撃となる。伏象の離は竹笱を主るので「操笱搏狸」と言う。艮は負荷を主り、坎は弓、震は射を主り、伏象の巽は魚、震は器具を主る。坎は心・労苦を主る。竹笱はもと魚を取るもの、弓矢はもと獣を射るもので、今各自対象を誤ったので、少しの成效もない。
萃。葵邱之盟,晉獻會行。見太宰辭,復為還輿。兌為華,艮山,故曰葵丘。兌為口,為巫,故曰盟。伏震為晉、為行,艮為官,故曰太宰。坤為輿,巽退,故曰還輿。按:《左傳僖九年》會於葵丘,王使宰孔賜齊侯胙,既盟,宰孔先歸,遇晉侯,曰:可無會也,齊將亂,晉侯乃還。
《艮》が《萃》に変わる。林辞は言う:諸侯が葵丘で會盟し、晋の献公も身を動かして會に赴く。半道で周天子の太宰に見え、その一番の言葉を聴き、車駕を掉げ返して国に帰った。尚秉和の注:兌は花を主り、艮は山を主るので「葵丘」と言う。兌は口・祝史を主るので「盟」と言う。伏象の震は晋・行を主り、艮は官職を主るので「太宰」と言う。坤は車輿を主り、巽は退返を主るので「還輿」と言う。按:《左伝》僖公九年に諸侯が葵丘に會し、周王が宰孔を遣わして斉の桓公に祭肉を賜ったと記す。盟會が済み、宰孔は先に帰り、途中で晋の献公に遇い、彼に対して行くに及ばない、斉国はまもなく内乱があると言い、晋の献公はそこで折り返した。
升。臏詐龐子,夷竃書木。伏兵卒發,矢至如雨。魏師驚亂,將獲為虜,涓死樹下。刖足曰臏。巽下斷,故曰臏。正反兌口,故曰詐。震為子,坤亂,故曰龐子。坤為夷、為釜,故曰夷竃。夷,平也。震為木,坤文,故曰書木。坤為兵,巽為伏,震出,故曰伏兵卒發。初四互坎,坎為矢、為雨,震為魏、為驚,坤為師、為亂,故曰魏師驚亂。震為主、為將,坤為死喪,巽為樹。《史記孫臏傳》臏率齊兵與魏龐涓戰,日減竃,佯退兵,至馬陵道,設伏,並斫樹,使白大書曰:龐涓死此樹下。涓追至,鑽火視書,忽萬弩齊發,果被射死,公子卬被虜。○書木,宋元本作盡毀,伏兵作兵伏,均非,依汲古。末句依宋元本增,汲古無。
《艮》が《升》に変わる。林辞は言う:孫臏は詐を設けて龐涓に対し、竈を減らして敵を誘い、木を削って字を書く。伏兵が猝然と一斉に発し、箭矢は雨点のごとく射来する。魏軍は惊慌大いに乱れ、主将は俘となり、龐涓はあの樹の下で死んだ。尚秉和の注:膝の蓋骨を砍るを「臏」と言い、巽の下爻が断れるので「臏」と言う。正兌と倒兌は二枚の口が相対するが如しなので「詐」と言う。震は子を主り、坤は乱を主るので「龐子」と言う。坤は夷平・釜甑を主るので「夷竈」と言い、夷はすなわち鏟平である。震は木、坤は文字を主るので「書木」と言う。坤は兵を主り、巽は潜伏を主り、震は出動を主るので「伏兵卒発」と言う。初爻から四爻まで互体して坎を成し、坎は箭矢・雨を主る。震は魏・驚を主り、坤は師旅・乱を主るので「魏師驚乱」と言う。震は主・将を主り、坤は死喪を主り、巽は樹を主る。《史記・孫子呉起列伝》は孫臏が斉軍を率いて魏将の龐涓と交戦し、日を逐うて竈の数を減らし退兵を佯装し、馬陵道に退いて埋伏を設け、また樹皮を削って大字「龐涓死此樹下」と書いたと記す。龐涓が追って来て、火を点けてあの行の字を照らし読むと、万弩が忽然と一斉に発し、果たして箭に中てられて死に、魏の公子卬もまた俘となった。校記:「書木」の二字は宋・元本で「尽毀」、「伏兵」は「兵伏」と作り、いずれも誤り、これは汲古閣本に従う。末の一句は宋・元本に依って増補し、汲古閣本にはない。
困。南行出城,世得大福。王姬歸齊,賴其所欲。伏《賁》。震為南、為行,艮為城、為世,震為福、為王、為姬、為歸,巽為齊,《左傳莊二年》王姬歸齊魯為主。○大,元本作天,從汲古。
《艮》が《困》に変わる。林辞は言う:南に向かって城を出て行き、一生みな大福を得る。周王の女が斉国に嫁ぎ、正にその心願に遂えた。尚秉和の注:この条は伏象《賁》を取る。震は南・行を主り、艮は城・世代を主る。震は福・王・姬・出嫁を主り、巽は斉を主る。《左伝》荘公二年に周王の姫が斉侯に嫁ぎ、魯国が婚事を主催したと記す。校記:「大」の字は元本で「天」と作り、これは汲古閣本に従う。
井。冬采薇籣,地凍堅難。利走室北,暮無所得。巽為臭、為草莽,故曰薇蘭。坎為冬、為冰,故曰地凍。伏艮為堅,故曰堅難。坎為室、為北,巽為利,伏震為走,故曰利走室北。坎為暮,離虛,故無得。薇,宋元本作微,依汲古。
《艮》が《井》に変わる。林辞は言う:冬に薇菜と蘭草を采りに行くが、地は凍て硬く掘り難い。もとより屋の北面へ行って少しの便宜を得ようとしたが、日暮れまで一物も得られなかった。尚秉和の注:巽は気味・草莽を主るので「薇蘭」と言う。坎は冬・氷を主るので「地凍」と言う。伏象の艮は堅硬を主るので「堅難」と言う。坎は屋室・北方を主り、巽は利を主り、伏象の震は奔走を主るので「利走室北」と言う。坎は日暮を主り、離は中虚にして実ならざるので、少しも得る所がない。校記:「薇」の字は宋・元本で「微」と作り、これは汲古閣本に従う。
革。王喬無病,狗頭不痛。亡屐失履,乏我送從。革伏《蒙》,艮為壽,故為仙人,王子喬,古仙人也。艮為狗、為頭,坎為病痛,艮在上出險,故不病痛。互震為屐履,坤為亡失、為乏。
《艮》が《革》に変わる。林辞は言う:仙人の王子喬に病はなく、狗も頭が痛いと感じない。ただ木屐を失い履もなく、見送る人に欠ける。尚秉和の注:《革》の伏象は《蒙》である。艮は長寿を主るので仙人を象り、王子喬はまさに古の仙人である。艮は狗・頭を主り、坎は病痛を主る。艮は上卦に居りすでに険境を脱したので、病まず痛まずである。互体の震は木屐鞋履を主り、坤は亡失・缺乏を主る。
鼎。宛馬疾步,盲師坐御。目不見路,中宵不到。通《屯》。震為馬、為步,坎為疾,故曰疾步。屯初至五大離,故曰盲。坤為師,艮為坐、為御,故盲師坐御。震為大塗,坤坎皆為黑,故目不見路。坤為夜,坎為中,艮止,故中宵不到。○不,汲古作弗,非,依元本。
《艮》が《鼎》に変わる。林辞は言う:大宛から来た駿馬は脚程が飛ぶように速いが、車を赶るのは目の見えない楽師である。眼に道路が見えず、夜半になっても目的地に到らない。尚秉和の注:「通《屯》」は旁通《屯》卦の象を兼ねて取ることを言う。震は馬・行歩を主り、坎は疾速を主るので「疾歩」と言う。《屯》卦は初爻から五爻まで一つの大離を構成し、離は中虚なので「盲」と言う。坤は楽師を主り、艮は坐・駕御を主るので「盲師坐御」と言う。震は大道を主り、坤と坎はいずれも黒を主るので「目不見路」と言う。坤は夜を主り、坎は中に居り、艮は止を主るので「中宵不到」と言う。校記:「不」の字は汲古閣本で「弗」と作るが誤り、これは元本に従う。
震。求利難國,亡去我北。憂歸其城,反為吾賊。中爻艮為求、為國,坎為難,伏巽為利,故曰求利難國。坎為北、為憂,艮為城,震為反,故曰歸城。坎為盜賊。○吾賊,汲古作我賊,依宋元本。
《艮》が《震》に変わる。林辞は言う:艱難の国で財を求めようとすれば、逃亡して北へ行くほかない。憂心悶々としてあの城に帰ると、帰って来た者はかえって我を害する賊となった。尚秉和の注:中爻の艮は求・国を主り、坎は難を主り、伏象の巽は利を主るので「求利難国」と言う。坎は北・憂を主り、艮は城を主り、震は返回を主るので「帰城」と言う。坎は盗賊を主る。校記:「吾賊」の二字は汲古閣本で「我賊」と作り、これは宋・元本に従う。
漸。比目四翼,安我邦國。上下無患,為吾喜福。通《歸妹》。互離,兌卦數二,故曰比目。震為翼,卦數四,故曰四翼。本卦艮為邦國,艮安,故曰安我邦國。艮山,故曰上。兌澤,故曰下。坎為患,震出,故曰無患。震為喜福,艮為吾。○吾喜,汲古作我嘉,依宋元本。
《艮》が《漸》に変わる。林辞は言う:比目魚は双を成し、飛鳥は四翼を斉しく張り、我が邦国を安定させた。上も下も禍患なく、我が喜慶と福となる。尚秉和の注:「通《帰妹》」は旁通《帰妹》の象を兼ねて取ることを言う。卦中に互体して離を成し、兌の数は二なので「比目」と言う。震は翼を主り、その数は四なので「四翼」と言う。本卦の艮は邦国を主り、艮は安定を主るので「安我邦国」と言う。艮は山を主るので「上」と言い、兌は沢を主るので「下」と言う。坎は患を主り、震は解散を主るので「無患」と言う。震は喜福、艮は吾を主る。校記:「吾喜」の二字は汲古閣本で「我嘉」と作り、これは宋・元本に従う。
歸妹。八材既登,以成股肱。尨降庭堅,國無災凶。股肱,汲古作嘉功,依宋元本。伏巽為肘,艮為臂、為肱,震為鳴、為毛羽,故曰尨。尨,多毛犬也。伏艮為庭、為堅、為國,互坎為災凶,震解,故無。八材象或以震居東方。
《艮》が《帰妹》に変わる。林辞は言う:八种の良材はすべて進用され、君王の股肱の臣と成った。尨降・庭堅のような高陽氏八愷の一流の賢人が朝にあり、国の中に災凶がない。尚秉和の注:校記を先ず出す——「股肱」の二字は汲古閣本で「嘉功」と作り、これは宋・元本に従う。以下取象を講ず:伏象の巽は肘を主り、艮は臂・肱を主る。震は鳴叫・毛羽を主るので「尨」と言い、尨はすなわち毛多き犬である。伏象の艮は庭・堅・国を主り、互体の坎は災凶を主り、震は解散を主るので「無」と言う。「八材」の象については、あるいは震が東方に居る数を取って言うのであろう。
豐。消弊穿空,家莫為宗。奴婢逃走,子西父東,為射作凶。巽隕落,故曰消弊。伏坎為穿,離虛,故曰空。伏艮為家,震為主、為宗,風散,故莫與為宗。艮為奴婢,艮伏,故曰逃走。震為子,兌西,故曰子西。震為父,故曰父東。伏艮為身,巽隕,故凶也。○消,宋元、汲古皆作稍,依局本。
《艮》が《豊》に変わる。林辞は言う:家業は日ごとに敗落し掏り尽くされ、一家はもはや依帰すべき宗主がない。奴婢は纷纷と逃散し、息子は西へ父は東へ、各自流離し、人に弓を張って射られたがごとき凶さである。尚秉和の注:巽は陥落を主るので「消弊」と言う。伏象の坎は穿を主り、離は中虚なので「空」と言う。伏象の艮は家を主り、震は主・宗を主り、風が吹けば散じるので「莫為宗」と言う。艮は奴婢を主り、艮は潜伏するので「逃走」と言う。震は子を主り、兌は西に居るので「子西」と言う。震は父を主り、震は東に居るので「父東」と言う。伏象の艮は身を主り、巽は陥落を主るので凶となる。校記:「消」の字は宋・元本と汲古閣本とも「稍」と作り、これは局本に従う。
旅。鳥舞國城,邑懼卒驚。仁德不修,為下所傾。艮為鳥、為舞、為國城、為邑,伏坎為懼。震為驚、為仁德,震伏,故曰仁德不修。兌為下,兌毀,故曰傾。
《艮》が《旅》に変わる。林辞は言う:鳥の群れが都城の上で盘旋乱舞し、満城の人は惶恐し驟かに驚く。仁徳が修め治められず、ついに下の人に転覆される。尚秉和の注:艮は鳥・舞・国城・城邑を主り、伏象の坎は恐懼を主る。震は驚・仁徳を主り、ここで震は潜伏して顕れないので「仁徳不修」と言う。兌は下位に居り、兌はまた毀折を主るので「傾」と言う。
巽。五穀不熟,民苦困急。駕之南國,嘉樂有得。巽為谷,卦數五,故曰五穀。巽隕落,故不熟。伏坎為民、為困急。伏震為南,艮為國。○五,宋元本訛三。駕,元本作亟,均依汲古。三四言巽究為震,即安樂也。
《艮》が《巽》に変わる。林辞は言う:五穀は収穫が薄く熟せず、百姓は窘迫急難に苦しむ。そこで駕して南に下り別の国へ行き、かえって嘉美安楽を得た。尚秉和の注:巽は穀を主り、巽の数は五なので「五穀」と言う。巽は陥落を主るので熟さない。伏象の坎は民・困急を主る。伏象の震は南、艮は国を主る。校記:「五」の字は宋・元本で「三」と訛り、「駕」の字は元本で「亟」と作り、いずれも汲古閣本に従う。第三・四の二句は巽が窮極して震に変ずることを言い、震はすなわち安楽の象である。
兌。黃裳建元,福德在身。祿佑洋溢,封為齊君,富貴多孫。遇卦艮。互震為裳、為黃、為元、為福德祿佑。艮為身,互坎,故曰洋溢。震為君,本卦互巽,故曰齊君。艮為貴、為孫。○宋元本、汲古多賈市無門四字,在第五句,此於上下句義絕不屬,斷為衍文,刪去而存其語以俟校此書者。《坤六五》黃裳元吉,五君位,故曰建元。
《艮》が《兌》に変わる。林辞は言う:黄裳を身に着けて君位に登り、福徳は皆一身に帰す。禄佑は豊かに盈ち溢れ、斉国の君に封ぜられ、富貴にして子孫众多である。尚秉和の注:遇卦は《艮》である。互体の震は裳・黄・元・福徳禄佑を主る。艮は身を主り、また互体の坎があり、水は盛んで溢れるので「洋溢」と言う。震は君を主り、本卦は互体して巽を成し、巽は斉を主るので「斉君」と言う。艮は貴・孫を主る。校記:宋・元本と汲古閣本は第五句の処に「賈市無門」の四字が多く、上下文義と全く相関しない、衍文と断定し、删去して原文をここに保留し、後日この書を校する人の参考に供する。《周易・坤》六五爻辞の「黄裳元吉」、五爻は君位なので「建元」と言う。
渙。齊東郭盧,嫁於洛都。駿良美好,利得過倍。詳《坤》之《坎》。嫁,汲古作嬪,過作萬,盧作廬,均依宋元本。駿良,宋元作驪婦,依汲古。嫁,往也。
《艮》が《渙》に変わる。林辞は言う:斉国の東郭家の盧氏の女が、遠く洛陽の都城に嫁ぐ。車馬は駿良で人物は美好、得たところの好いことは一倍を超える。尚秉和の注:この林辞は《坤》が《坎》に変わる条と重出し、取象はあの条に詳しい。校記:「嫁」の字は汲古閣本で「嬪」、「過」の字は「万」、「盧」の字は「廬」と作り、いずれも宋・元本に従う。「駿良」の二字は宋・元本で「驪婦」と作り、これは汲古閣本に従う。「嫁」はここではすなわち「往」の意である。
節。安床厚縟,不得久宿。棄我嘉宴,困於南國。投杼之憂,不成禍災。艮為床,伏巽為縟,坎為宿,兌毀折,坎險,故不得久宿。兌食,震嘉,故曰嘉宴。坎為困,震南震國,故曰困於南國。坎為機杼、為憂、為禍災。《戰國策》有人與曾參同姓名殺人,人告其母,不信,三告,母乃投杼而走。
《艮》が《節》に変わる。林辞は言う:床舗は安穏で被褥は厚く軟かいが、長く住むことはできない。我があの美しい宴席を棄てて、南方の国に困ぜられる。曽参の母が杼を投げたような驚憂はあるが、ついに災禍は釀さなかった。尚秉和の注:艮は床を主り、伏象の巽は褥墊を主り、坎は宿を主る。兌は毀折を主り、坎は陥険を主るので、長く住めない。兌は飲食を主り、震は嘉美を主るので「嘉宴」と言う。坎は困を主り、震は南を主り、また国を主るので「困于南国」と言う。坎は織機の杼・憂・禍災を主る。《戦国策》は曽参と同姓名の人が人を殺し、ある人が走って曽参の母に告げたが、彼女は信じず、三度報せられて、母はついに手の梭を棄てて逃げたと記す。
中孚。內崩身傷,中亂無常。雖有美粟,不我得食。卦中虛,故曰內崩。艮為身,兌為傷,巽為粟,震為嘉,故曰美粟。兌為食,上卦兌覆,故不得食。○末句汲古作不得其食,依宋元本。
《艮》が《中孚》に変わる。林辞は言う:内が崩壊し身が傷つき、中間は乱れて一団となり常規がない。上好的な米粟があるが、我は口に食べられない。尚秉和の注:《中孚》卦は中間の二爻が虚空なので「内崩」と言う。艮は身を主り、兌は傷を主る。巽は粟、震は嘉美を主るので「美粟」と言う。兌は食を主り、上卦の兌は倒覆の象なので食べられない。校記:末の一句は汲古閣本で「不得其食」と作り、これは宋・元本に従う。
小過。出門逢患,與禍為怨。更相擊刺,傷我手端。此仍用艮象。艮為門,震出,中爻坎為患、為禍、為怨,艮為擊刺,三至上正覆艮相對,故曰更相擊刺。艮為手,坎為傷。
《艮》が《小過》に変わる。林辞は言う:門を出ればすぐ禍患に衝き当たり、災殃と怨仇を結ぶ。彼此往来して撃刺し、我が手指を傷つけた。尚秉和の注:この条も《艮》の象を用いる。艮は門を主り、震は出行を主る。中爻の坎は患・禍・怨を主る。艮は撃刺を主り、三爻から上爻まで正艮と倒艮が相対するので「更相撃刺」と言う。艮は手を主り、坎は傷を主る。
既濟。出入節時,南北無憂。行者函至,在外歸來。此仍用艮象。震出,伏巽為入,艮為時,故曰出入節時。震為南,坎為北、為憂。震為行、為歸,艮為函,三至上震起艮止,故曰在外歸來。○函,汲古作即,依元本。
《艮》が《既済》に変わる。林辞は言う:出て行くも帰るも時節に合い、南へ行くも北へ行くも愁えるに及ばない。出行の人は期に到り、外にいる者も皆家に帰った。尚秉和の注:この条も《艮》の象を用いる。震は出を主り、伏象の巽は入を主り、艮は時を主るので「出入節時」と言う。震は南を主り、坎は北・憂を主る。震は行・帰を主り、艮は函を主る。三爻から上爻までは震が起き艮が止まるので「在外帰来」と言う。校記:「函」の字は汲古閣本で「即」と作り、これは元本に従う。
未濟。公孫駕驪,載遊東濟。延陵說產,遺季紵衣。此仍用艮象。震為公,艮為孫,震馬,故曰駕驪。震為遊、為東,伏巽為齊,故曰東齊。艮為山、為季子,故曰延陵。吳延陵季子也。震為生、為樂,故曰悅產。產,鄭子產也。震為衣、為草莽,故曰紵衣。《左傳》吳季札至鄭,見子產如舊相識,與之縞帶,子產獻紵衣。○驪。汲古作車。依宋元本。
《艮》が《未済》に変わる。林辞は言う:公孫が黒馬を駕し、一路東へ行き斉の地を遊歴する。延陵季子と鄭国の子産は一見して意気投合し、子産は彼に紵麻の衣を贈った。尚秉和の注:この条も《艮》の象を用いる。震は公、艮は孫を主る。震は馬を主るので「駕驪」と言う。震は游・東を主り、伏象の巽は斉を主るので「東斉」と言う。艮は山・季子を主るので「延陵」と言い、呉国の延陵季子季札を指す。震は生・楽を主るので「悦産」と言い、産はすなわち鄭国の子産である。震は衣・草莽を主るので「紵衣」と言う。《左伝》は呉国の季札が鄭国に至り、一見して子産と旧知のようになり、縞帯を送り、子産は紵衣を回贈したと記す。校記:「驪」の字は汲古閣本で「車」と作り、これは宋・元本に従う。
焦氏易林注巻十四
焦氏易林注卷十四
この行は巻題の重出である。底本《焦氏易林注》巻十四の巻題は二遍連ねて排され、前の一遍はすでに標題として立てた。ここでは源文の原様どおりに照録し、一字も删らず、旧刻の版式の真を存する。
行唐尚秉和節之注
この行は注者を題署する:直隷行唐(今の河北行唐県)の人尚秉和、字は節之、全書の注解は彼の手から出た。旧刻本の例では巻首に撰注者の籍貫・姓名と表字を標明する、これが巻十四の注者題名である。
受業蒲城仵道益、豐潤董維城堃校刊
この行は校刊者を題署する:尚氏に学んだ二名の弟子——蒲城の人仵道益、豊潤の人董維城(名は堃)——がともにこの巻を校訂し刊行した。昔の刻書は、門人弟子が校讐の役を担い、例によって撰注者の題名の後に列名して、文責の帰する所を示した。
漸 第五十三
漸。別離分散,長子從軍。稚叔就賊,寡老獨居,莫為種瓜。巽隕落,故別離分散。震為長子、為爭戰,震伏,故曰長子從軍。艮為少男,故曰身叔。艮坎連,故曰就賊。巽為寡,艮為老,坎為孤獨,故曰寡老獨居。艮為果蓏,故曰瓜。○居,汲古作安,非,依宋元本。
《漸》が《漸》に変わる。遇卦と之卦が同じく《漸》である。林辞は言う:一家の人は離散分張し、長子は徴されて軍に従い、年幼の叔輩は賊の手に落ち、孤寡の老人はひとり屋を守り、瓜を植える人さえいなくなった。尚秉和の注:巽は陥落を主るので「別離分散」と言う。震は長子・争戦を主り、ここで震は潜伏するので「長子従軍」と言う。艮は少男を主るので「稚叔」と言い(注文は「身叔」と作るが、「稚叔」の訛字であろう)、艮は坎と連なるので「就賊」と言う。巽は寡を主り、艮は老、坎は孤独を主るので「寡老独居」と言う。艮は瓜果を主るので「瓜」と言う。校記:「居」の字は汲古閣本で「安」と作るが誤り、これは宋・元本に従う。
乾。旦種穀豆,暮成藿羹。心之所願,志快意愜。詳前。以其為乾卦,故再釋之,此用漸象。伏震為旦,巽為谷豆、為藜藿,坎為暮、為羹。旦種暮食,言其速也。坎為心志,兌悅,故曰快、曰愜。○谷,宋元本作菽,菽,亦豆也,故從汲古。
《漸》が《乾》に変わる。林辞は言う:朝に穀豆を種いて、暮れには一鍋の豆葉の羹に煮える。正に心中の願いに合い、志気は暢快で心意は満たされる。尚秉和の注:この林辞は前にすでに現れたが、今度は《乾》卦に変わったので再び講ずる。ここは《漸》の卦象を用いる。伏象の震は早晨、巽は穀豆・藜藿を主り、坎は日暮・羹湯を主る。朝に種て暮れに食らうのは、その速さを形容する。坎は心志、兌は喜悅を主るので「快」と言い「惬」と言う。校記:「穀」の字は宋・元本で「菽」と作り、菽はすなわち豆なので、ここは汲古閣本に従う。
坤。牡飛門啟,憂患大解,不為身禍。坎為牡,艮為門,漸變,坤中虛,故曰牡飛門啟。坎為憂患,變坤,故曰憂患大解。坤為身、為禍,風散,故不為身禍。
《漸》が《坤》に変わる。林辞は言う:門閂が脱げ飛び門戸が開き、憂患は大いに解除され、自身に禍を招くに至らない。尚秉和の注:坎は門閂を主り、艮は門を主る。《漸》が《坤》に変わり、坤は中が虚空なので「牡飛門啓」と言う。坎はもと憂患だが、坤に変わって坎の象が見えなくなったので「憂患大解」と言う。坤は身・禍を主り、風が吹けば散じるので「不為身禍」である。
屯。東山西山,各自止安。雖相登望,竟未同堂。詳《姤》之《坤》。艮山,震東,坎西,艮為止、為望、為堂,震為登。
《漸》が《屯》に変わる。林辞は言う:一座の東山、一座の西山、それぞれ安く処り動かない。両方は高く登って相望むが、ついに同じ堂にいることはできない。尚秉和の注:この林辞は《姤》が《坤》に変わる条と重出し、取象はあの条に詳しい。ここでは艮は山を主り、震は東に居り、坎は西に居る。艮は止・瞻望・堂を主り、震は登高を主る。
蒙。眾鳥所翔,中有大怪。九身無頭,魂驚魄去,不可以居。詳《否》之《同人》。丁云:郭璞《江賦》奇鶬九頭,《御覽》:《典略》云:齊園有九頭鳥,赤色,似鴨,九頭皆鳴,又引《嶺表錄異》云:鬼車入人家煉人魂氣。又《酉陽雜俎》亦云鬼車十首,後為犬爵落一首。
《漸》が《蒙》に変わる。林辞は言う:一群の鳥が空中に盘旋し、その中に一羽の大怪鳥がいる。それは九つの身を持ちながら頭がなく、見れば人の魂も魄も散らせる、その地は住めない。尚秉和の注:この林辞は《否》が《同人》に変わる条と重出し、取象はあの条に詳しい。丁氏は言う:郭璞《江賦》に「奇鶬九頭」の語があり、《太平御覧》は《典略》を引いて斉国の苑囿に九頭鳥があり、赤色で鴨に似て、九つの頭が一斉に鳴くと言い、また《嶺表録異》を引いて鬼車鳥は人家に飛び入ると人の魂気を摂ると言い、《酉陽雑俎》も鬼車は十の頭があり、後に狗に一頭を咬み落とされたと言う。
需。交侵如亂,民無聊賴。追戎濟西,敵人破陣。通《晉》。坤為亂、為民,坤喪,故民無聊賴。坤為戎,坎為西,坎水,故曰濟西。坎為破,坤為師,故曰破陣。《左傳莊十八年》追戎於濟西,不言其來,諱之也。○戎,汲古訛我,敵人破陣作狄人便殫,均依宋元本。
《漸》が《需》に変わる。林辞は言う:互いに侵擾し乱れて一団となり、百姓は頼る所がない。戎人を撃ち追って済水の西に至り、敵軍の陣勢を衝き破る。尚秉和の注:「通《晋》」は旁通《晋》卦の象を兼ねて取ることを言う。坤は乱・民を主り、坤は喪亡を主るので「民無聊頼」と言う。坤は戎を主り、坎は西方に居り、坎はまた水なので「済西」と言う。坎は破、坤は師旅を主るので「破陣」と言う。《左伝》荘公十八年に「戎を済西に追う」と記すが、戎人がどう来たかは書かない、それは史官が意図的に諱んだのである。校記:「戎」の字は汲古閣本で「我」と訛り、「敵人破陣」は汲古閣本で「狄人便殫」と作り、いずれも宋・元本に従う。
訟。麟鳳所翔,國無咎殃。賈市十倍,復歸惠鄉。互離為文,故曰麟鳳。伏坤為國,巽為賈市、為倍,坤數十,故曰賈市十倍。坤為鄉,震為歸、為惠。
《漸》が《訟》に変わる。林辞は言う:麒麟と鳳凰がここに翔け集まり、国の中に災殃がない。売買して十倍の利を得、恩恵を満載して郷里に帰る。尚秉和の注:互体して離を成し、離は文采を主るので「麟鳳」と言う。伏象の坤は国を主り、巽は売買・加倍を主り、坤の数は十なので「賈市十倍」と言う。坤は郷を主り、震は帰・恩恵を主る。
師。鑿井求玉,非卞氏寶。身困名辱,勞無所得。互震為寶玉,坎為井、為困辱、為勞,坤為身,艮為名,二四艮覆,故曰名辱。○寶。宋元本作室。汲古作宅,依局本。
《漸》が《師》に変わる。林辞は言う:井を鑿って美玉を探すが、井の中にあの卞和の献じた璞玉があるものか。身は困頓し名は辱められ、骨折り損で少しも得る所がない。尚秉和の注:互体の震は宝玉を主り、坎は井・困辱・労苦を主り、坤は身、艮は名を主る。二爻から四爻の艮は倒覆の象なので「名辱」と言う。校記:「宝」の字は宋・元本で「室」、汲古閣本で「宅」と作り、これは局本に従う。
比。文山鴻豹,肥腯多脂。王孫獲願,載福巍巍。陸佃《埤雅》引郭璞曰鴻似雁,無後趾,毛有釣文,亦名鴻豹。易林文山鴻豹謂此也。坤為文,艮為山、為鴻、為豹,故曰文山鴻豹。伏乾為肥,坎為膏、為脂,艮為孫,伏乾,故曰王孫。艮山形長,故曰巍巍。
《漸》が《比》に変わる。林辞は言う:文山の出す鴻豹は、肥え壮して脂が多い。王孫は心願の獲物を猎得し、福気を満載して気象は巍然たる。尚秉和の注:陸佃《埤雅》は郭璞の言を引いて、鴻という鳥は雁に似て後趾がなく、羽毛に鈎形の文様があり、また鴻豹とも言うとし、《易林》の「文山鴻豹」は正にそれを指す。坤は文采を主り、艮は山・鴻・豹を主るので「文山鴻豹」と言う。伏象の乾は肥を主り、坎は膏・脂を主る。艮は孫を主り、また伏乾は王を主るので「王孫」と言う。艮は山を主り、山形は高く聳えて綿くので「巍巍」と言う。
小畜。周成之隆,刑措除凶。太宰費石,君子作人。通《豫》。震為周,艮為成,坎為刑法,坤為凶,艮止,故曰刑措除凶。艮為官、為石,故曰太宰費石。按:《左傳莊八年》反誅屨於徒人費,鞭之見血出,遇賊於門,袒而示之臂,請先入,伏公而出,鬬死於門中,石之紛如死於階下。費石皆忠於襄公者,故下曰作人。艮為君子。○石,汲古作佑,依宋元本。
《漸》が《小畜》に変わる。林辞は言う:周の成王の時代のような隆盛で、刑罰は措きて用いられず凶患は掃き除けられ、朝には太宰のような重臣があり、徒人費・石之紛如のような忠僕があり、君子は人材を造るに善い。尚秉和の注:「通《豫》」は旁通《豫》卦の象を兼ねて取ることを言う。震は周を主り、艮は成、坎は刑法、坤は凶を主り、艮は止を主るので「刑措除凶」と言う。艮は官・石を主るので「太宰費石」と言う。按:《左伝》荘公八年に斉の襄公が徒人費を責罰し鞭って血を出させ、費は門口で叛賊に遇い、衣を脱いで背の鞭痕を見せて先に門に入ることを請い、すなわち襄公を蔵してから出て、門中で搏って死んだと記し、石之紛如もまた階下で死んだ。費と石はいずれも襄公に忠な人なので、下句に「作人」と言う。艮は君子を主る。校記:「石」の字は汲古閣本で「佑」と作り、これは宋・元本に従う。
履。珪璧琮璋,執贄見王。百里甯戚,應聘齊秦。詳《需》之《井》。○璋,宋元本作璜。
《漸》が《履》に変わる。林辞は言う:珪・璧・琮・璋の玉器を捧げて見面の礼として君王に朝見する。百里奚・甯戚の類の賢才は、斉国・秦国の聘に応じて出仕した。尚秉和の注:この林辞は《需》が《井》に変わる条と重出し、取象はあの条に詳しい。校記:「璋」の字は宋・元本で「璜」と作る。
泰。穿空漏徹,破壞殘缺。陶弗能冶,瓦甓不鑿。伏巽為空漏,兌為破缺,伏艮為火,故曰陶冶破缺,故不能陶冶。艮為瓦甓,坤虛,故不必鑿。
《漸》が《泰》に変わる。林辞は言う:至る所孔を穿ち漏れて透き通り、破損殘缺して堪えられない。陶匠もこれを冶し治める術がなく、砖瓦は改めて鑿るまでもなくすでに窟窿である。尚秉和の注:伏象の巽は空漏を主り、兌は破缺を主り、伏象の艮は陶・窑を主るので「陶治」と言う。坤は窮を主るので「瓦不復鑿」と言う。校記:「缺」の字は汲古閣本で「缺」と作るも通ず、今は宋・元本に従う。
否。鴻飛遵陸,公出不復,伯氏客宿。詳《損》之《蹇》。
《漸》が《否》に変わる。林辞は《詩経・豳風・九罭》の「鴻飛遵陸、公帰不復」の語を化用して言う:鴻雁は平陸に沿って飛び去り、あの公は一たび去って再び帰らず、伯氏はやむなく外に客居して宿る。尚秉和の注:この林辞は《損》が《蹇》に変わる条と重出し、取象はあの条に詳しい。
同人。蝦蟇群聚,從天請雨,雲雷運集,應其願所。詳《大過》之《升》。末句汲古作"應時輙下,得其所願",依宋元本。又運汲古作連,亦非。
《漸》が《同人》に変わる。林辞は言う:蛤蟆が群れて一処に聚まり、天に雨を求める。雲と雷が一斉に運行し会聚し、正にその心願に応えた。尚秉和の注:この林辞は《大過》が《升》に変わる条と重出し、取象はあの条に詳しい。校記:末の一句は汲古閣本で「應時輙下、得其所願」と作り、これは宋・元本に従う。「運」の字は汲古閣本で「連」と作るが、これも誤り。
大有。老弱無子,不能自理。為民所憂,終不離咎。管子治國,侯伯賓服。乘輿八百,尊我桓德。通《比》。坤為老弱,三至五震覆,故曰無子。坤為民、為咎,坎為憂,艮為終。離,同罹。後四句與上文意不屬,定為崔篆虞翻等林辭所竄人者。○桓,元本訛恆,依宋本、汲古。
《漸》が《大有》に変わる。林辞は言う:年老いて体が弱く子もなく、暮らしを料理できず、郷人の憂いの対象となり、ついに災咎を免れない。後の「管子治国、侯伯賓服。乘輿八百、尊我桓徳」の四句は、管仲が斉国を治め、諸侯が賓服し、八百の乘車が来朝し、ともに斉の桓公の徳を尊んだことを言う。尚秉和の注:「通《比》」は旁通《比》卦の象を兼ねて取ることを言う。坤は老弱を主り、三爻から五爻の震は倒覆の象なので「無子」と言う。坤は民・咎を主り、坎は憂、艮は終を主る。「離」は「罹」に通じ、遭うの意である。後の四句は上の文意に連ならず、崔篆・虞翻の類の人の林辞がここに窜入したと断定する。校記:「桓」の字は元本で「恒」と訛り、これは宋本と汲古閣本に従う。
謙。播梅折枝,與母別離,絕不相知。詳《訟》之《謙》。播,種也,言折枝種於他處。與母別離者,言此枝與母樹分離也。震為梅、為枝、為耕種,坤為母,丁宴釋文引《說苑》執一枝梅事為解,皆由播訛為蟠之誤也。○播,各本皆作蟠,依《訟》之《謙》校。
《漸》が《謙》に変わる。林辞は言う:一段の梅枝を折って他所に挿し種し、これより母樹と別離し、永く互いに知らない。尚秉和の注:この林辞は《訟》が《謙》に変わる条と重出し、取象はあの条に詳しい。「播」は種植の意で、枝を折って他所に種すことを言う。いわゆる「与母別離」は、この枝が母樹と分かれたことを言う。震は梅・枝條・耕種を主り、坤は母を主る。丁晏は《釈文》で《説苑》の手に一枝の梅を執る故事を引いて解くが、いずれも「播」の字が「蟠」の字に訛って生じた誤会である。校記:「播」の字は各本とも「蟠」と作り、これは《訟》が《謙》に変わる条に依って校正する。
豫。盛中不絕,衰老復拙。盈滿減虧,瘯腯肥。鄭昭失國,重耳興起。震為盛,坎為中,坤為老、為減虧,艮為節,故曰瘯、曰肥腯。坎為鄭,艮為光明,故曰鄭昭。坎為失,坤為國,故曰失國。坎為耳,坤為重,震起,故曰重耳興起。○瘯,元本作痴,依宋本、汲古。《左傳桓六年》謂其不疾瘯蠡也。注:瘯蠡,疥癬,蠡不從病即瘰字。
《漸》が《豫》に変わる。林辞は言う:興盛の中に綿々として絶えず、衰老の後に重ねて拙くなる。盈ち満てばすなわち減り損なう。牲口は疥癬を生ぜずして肥え壮す(この句は底本で一字を脱す)。鄭の昭公は国を失い、晋公子の重耳は時に乘じて興起した。尚秉和の注:震は盛を主り、坎は中、坤は老・減虧を主り、艮は節を主るので「瘯」と言い「肥腯」と言う。坎は鄭を主り、艮は光明を主るので「鄭昭」と言う。坎は失を主り、坤は国を主るので「失国」と言う。坎は耳を主り、坤は重、震は興起を主るので「重耳興起」と言う。校記:「瘯」の字は元本で「痴」と作り、これは宋本と汲古閣本に従う。《左伝》桓公六年に「其の疾瘯蠡ならざるを謂ふ」の語があり、杜注は瘯蠡はすなわち疥癬と言う。「蠡」の字は病偏を加えなければすなわち「瘰」の字である。
隨。聞虎入邑,必欲逃匿。走據陽德,不見霍叔,終無憂慝。艮為邑、為虎,巽為入,兌為聞,故曰聞虎入邑。《戰國策》夫市無虎明矣,然而三人言而成市虎。巽為隱伏,故曰逃匿。震為走,艮納丙為山陽,故曰走據陽德。艮為叔、為山,故曰霍叔。巽伏,故不見。艮為終,丁宴所釋至為牽強,不可從,闕疑可也。○心,宋元本作必,走作無,陽作易,均依汲古。霍叔,元本作藿菽,依宋元本、汲古。終,汲古作絕,依宋元本。易林以兌為耳,故為聞。
《漸》が《随》に変わる。林辞は言う:虎が城に入ったと聞いて、人は皆蔵れようとする。急いで陽の向く高い所に走って地勢を占めれば、霍叔には見えないが、ついに憂患邪祟はない。尚秉和の注:艮は城邑・虎を主り、巽は入、兌は耳を主るので聞となる、「聞虎入邑」と言う。《戦国策》は市に本は明らかに虎がいないが、三人が皆そう言えば、すなわち「市虎」となると言う。巽は隠伏を主るので「逃匿」と言う。震は奔走を主り、艮は天干の丙を納めその位は山の南なので「走据陽徳」と言う。艮は叔・山を主るので「霍叔」と言う。巽は潜伏するので「不見」である。艮は終を主る。丁晏の解釈は極めて牽強で、依るべからず、疑いを存して論ぜぬだけである。校記:「心」の字は宋・元本で「必」、「走」の字は「無」、「陽」の字は「易」と作り、いずれも汲古閣本に従う。「霍叔」の二字は元本で「藿菽」と作り、これは宋・元本と汲古閣本に従う。「終」の字は汲古閣本で「絶」と作り、これは宋・元本に従う。《易林》は兌を以て耳とするので、兌に「聞」の義がある。
蠱。隨時逐便,不失利門。多獲得福,富於封君。艮為時,震為逐,巽為利,艮為門,故曰利門。震為福、為君。
《漸》が《蠱》に変わる。林辞は言う:時勢に順って便利を追逐し、利を生ずる門路を逸しない。収穫は豊かで福を得て、封を受けた君侯よりもなお富む。尚秉和の注:艮は時、震は追逐、巽は利、艮は門を主るので「利門」と言う。震は福・君を主る。
臨。禹作神鼎,伯益銜指。斧斤既折,憧立獨坐。賈市不讎,枯槁為禍。詳《小畜》之《益》。憧,宋元本作撞,依汲古。坐,各本皆作倚,依《小畜》之《益》校。市,宋元本作萬,依汲古。讎,宋本、汲古皆作售,依元本。
《漸》が《臨》に変わる。林辞は言う:大禹が神鼎を鋳成し、伯益は傍らで指を噛んで驚嘆する。後に斧の柄が折れ、人はただ怔々として立ち、独り坐するほかない。売買は売れず、枯槁潦倒してかえって禍患となる。尚秉和の注:この林辞は《小畜》が《益》に変わる条と重出し、取象はあの条に詳しい。校記:「憧」の字は宋・元本で「撞」と作り、これは汲古閣本に従う。「坐」の字は各本とも「倚」と作り、これは《小畜》が《益》に変わる条に依って校正する。「市」の字は宋・元本で「万」と作り、これは汲古閣本に従う。「讎」の字は宋本と汲古閣本とも「售」と作り、これは元本に従う。
觀。春鴻飛東,以馬貨金。利得十倍,重載歸鄉。詳《比》之《中孚》。
《漸》が《観》に変わる。林辞は言う:春の鴻雁は東へ飛び去る。馬匹を黄金に換えて十倍の利を得、満載して家郷に帰る。尚秉和の注:この林辞は《比》が《中孚》に変わる条と重出し、取象はあの条に詳しい。
噬嗑。金齒鐵牙,壽考宜家。年歲有餘,貪利者得。雖憂無咎。艮為金鐵、為壽考,伏兌為齒牙,震為年歲、為有餘。伏巽為利,坎為憂,震解,故無咎也。○餘,宋元本作儲,依汲古。
《漸》が《噬嗑》に変わる。林辞は言う:歯は金のごとく鉄のごとく堅く、年を享けること長く家道は和順である。年成には余糧があり、利を逐う人も得る所がある。幾ばくかの憂心は免れないが、過失はない。尚秉和の注:艮は金鉄・長寿を主り、伏象の兌は歯牙、震は年歳・有余を主る。伏象の巽は利、坎は憂を主り、震は解散を主るので咎害はない。校記:「余」の字は宋・元本で「儲」と作り、これは汲古閣本に従う。
賁。膏澤沐浴,洗去汙辱。振除災咎,更與福處。互坎故曰膏沐、曰洗去汙辱。離為災,震為福。
《漸》が《賁》に変わる。林辞は言う:甘美の膏沢を以て沐浴し、污垢と恥辱をすべて洗い去る。災禍咎殃を払い落とし、これより福と処を改める。尚秉和の注:卦中に互体して坎を成し、坎は水なので「膏沐」と言い「洗去汚辱」と言う。離は災、震は福を主る。
剝。履階登墀,高升峻巍。福祿洋溢,依天之威。坤形似階墀,而一陽在上,故曰履階登墀,高升峻巍。伏乾為福祿、為天,坤水,故曰洋溢。○升,宋元本作登,依汲古。
《漸》が《剥》に変わる。林辞は言う:階級を踏んで丹墀に登り、一歩一歩高峻顕要の所に昇る。福禄は豊かに盈ち溢れ、全く上天の威霊の庇佑による。尚秉和の注:坤の卦形は重ねた階級に似て、《剥》卦はただ一陽爻がその上に高く踞るので「履階登墀、高升峻巍」と言う。伏象の乾は福禄・天を主る。坤は水なので「洋溢」と言う。校記:「升」の字は宋・元本で「登」と作り、これは汲古閣本に従う。
復。坤厚地德,庶物蕃息。平康正直,以綏大福。坤為庶物,震為生,故曰蕃息。坤為平、為直,震為福。
《漸》が《復》に変わる。林辞は言う:大地は坤厚で徳沢は深く広く、万物は繁衍生息する。世道は平安で人心は正直、よって安んじて大福を享く。尚秉和の注:坤は万物品類を主り、震は生長を主るので「蕃息」と言う。坤は平・正直を主り、震は福を主る。
無妄。絕域異路,多所畏避。使我驚惶,思吾故處。伏升。坤為域,兌決,故曰絕域。震為大塗,巽為歧,故曰異路。巽伏,乾惕,故曰畏避。坤為我,震為驚。○惶,宋元本作懼,依汲古。
《漸》が《无妄》に変わる。林辞は言う:隔絶遥遠の異域に行き、岔路が纷歧して、至る所心に戒懼し躲閃する。我を慌て驚かせ、ひたすら自分の旧居を思う。尚秉和の注:この条は伏象《升》を取る。坤は疆域を主り、兌は決絶隔断を主るので「絶域」と言う。震は大道を主り、巽は歧路を主るので「異路」と言う。巽は潜伏し、乾は警惕を主るので「畏避」と言う。坤は我、震は驚を主る。校記:「惶」の字は宋・元本で「惧」と作り、これは汲古閣本に従う。
大畜。襁褓孩幼,冠帶成家。出門如賓,父母何憂。詳《遯》之《恆》。茲取象旁通萃。
《漸》が《大畜》に変わる。林辞は言う:昔襁褓の中の娃娃は、今や冠を加え帯を束ね家を成し業を立てた。門を出て人に接することは貴賓を迎えるがごとく恭しく、父母たる者何の憂いかあらん。尚秉和の注:この林辞は《遯》が《恒》に変わる条と重出し、取象はあの条に詳しい。ここでは旁通《萃》卦の象を取る。
頤。一尋百節,綢繆相結。其指詰屈,不能解脫。八尺曰尋,坤卦數八,故曰一尋。艮多節,坤為百,故曰一尋百節。伏巽為結,艮為指,震為解脫,下卦艮反,故曰其指詰屈。○屈,元本作詘,依汲古。
《漸》が《頤》に変わる。林辞は言う:一尋の長さの繩に百の結び目を打ち、纏繞して一団に糾れる。指先は皆折れ曲がり強ばって、どうしても解けない。尚秉和の注:八尺を一尋と言い、坤の数は八なので「一尋」と言う。艮は節多く、坤は百なので「一尋百節」と言う。伏象の巽は繩結を主り、艮は手指、震は解脱を主る。下卦の艮は反覆の象なので「其指詰屈」と言う。校記:「屈」の字は元本で「詘」と作り、これは汲古閣本に従う。
大過。鷹鸇獵食,雉兔困極。逃頭見尾,為人所賊。通《頤》。艮為鷹鸇,震為食,坤文為雉,震為兔,正反艮故曰困極。艮為頭,在上,故曰逃。而下為覆艮,艮為尾,故曰見尾。本卦兌為見,巽為賊,震為人,坤殺,故曰為人所賊。賊,害也。○人,宋元本作害,非,依汲古。
《漸》が《大過》に変わる。林辞は言う:鷹と鸇が出て捕らえ食らい、雉と兎は窘迫極まる。頭を蔵して尾を露わし、ついに人に捉えられて残される。尚秉和の注:「通《頤》」は旁通《頤》卦の象を兼ねて取ることを言う。艮は鷹・鸇を主り、伏象の坤は雉、震は兎を主る。坎は窘を主るので「窘迫」と言う。艮は頭を主り、三爻から上爻まで反覆の艮があるので蔵る、兌は尾を主るので「蔵頭露尾」と言う。坤は害を主るので「見残」と言う。校記:「鸇」の字は汲古閣本で「䲲」と作り、これは宋・元本に従う。
坎。危坐至暮,請求不得。膏澤不降,政戾民忒。忒,宋元本、汲古作惑,依局本。民,汲古作弗,非,依宋元本。艮為坐、為請求,坎為暮,坎失,故不得。坎為膏澤,艮止,故不降。坤為政、為民,坎折坤,故政戾民忒。
《漸》が《坎》に変わる。林辞は言う:端正に坐して日暮れまで待つが、求める事はやはり成らない。甘雨は降ろうとせず、政令は乖戾し、百姓もまた心を離れて様相を変える。尚秉和の注:校記を先ず出す——「忒」の字は宋・元本と汲古閣本とも「惑」と作り、これは局本に従う。「民」の字は汲古閣本で「弗」と作るが誤り、これは宋・元本に従う。以下取象を講ず:艮は坐・請求を主り、坎は日暮を主り、坎は失を主るので求めて得られない。坎は膏沢を主り、艮は止を主るので雨が降り来ない。坤は政・民を主り、坎が坤を折るので「政戾民忒」と言う。
離。剛柔相呼,二姓為家。霜降既同,惠我以仁。詳《家人》之《損》。
《漸》が《離》に変わる。林辞は言う:剛と柔が互いに呼応し、二つの姓氏が合して一家となる。霜降の時節に至って両家は心を同じくし、仁愛の情を以て我に接する。尚秉和の注:この林辞は《家人》が《損》に変わる条と重出し、取象はあの条に詳しい。
咸。慈母念子,饗賜得士。蠻夷來服,國人歡喜。伏損。坤為慈,母為思念,震為子、為士。兌時,故曰饗。坤為夷狄、為國,震為人、為喜。
《漸》が《咸》に変わる。林辞は言う:慈母が子を牽挂する。宴饗を設け賞賜を頒つので、よって賢士を招き、蛮夷が来り帰服し、挙国上下が歓喜する。尚秉和の注:この条は伏象《損》を取る。坤は慈母・思念を主り、震は子・士を主る。兌は時節を主るので「饗」と言う。坤は夷狄・国を主り、震は人・喜を主る。
恆。良夫孔姬,脅悝登臺。柴季不扶,衛輒走逃。詳《損》之《恆》。
《漸》が《恒》に変わる。林辞は言う:衛国の渾良夫と孔姬が謀を合わせ、孔悝を脅迫して台に登り盟誓させた。高柴・子路もこの危局を支えられず、衛の出公輒はやむなく出奔逃亡した。尚秉和の注:この林辞は《損》が《恒》に変わる条と重出し、取象はあの条に詳しい。
遯。子長忠直,李陵為賊。禍及無嗣,司馬失福。互巽為長、為直、為桃李,艮山,故曰李陵。巽為賊,巽下斷,故曰無嗣。乾為馬、為福,陰消陽,故曰司馬失福,謂司馬子長因救李陵,而被腐刑也。○李陵,宋本作李氏,汲古作季氏,依元本。
《漸》が《遯》に変わる。林辞は言う:司馬子長は人として忠誠正直だが、李陵は朝廷に叛賊と見なされた。禍事が彼に連累し、これより後嗣が絶え、司馬氏は福分を失った。尚秉和の注:互体の巽は長・直・桃李を主り、艮は山を主るので「李陵」と言う。巽は賊を主り、巽の下爻が断れるので「無嗣」と言う。乾は馬・福を主り、陰気が陽気を消蝕するので「司馬失福」と言う——講ずるのは司馬遷(字は子長)が李陵のために申弁したことで腐刑を受けたことである。校記:「李陵」の二字は宋本で「李氏」、汲古閣本で「季氏」と作り、これは元本に従う。
大壯。節度之德,不涉亂國。雖昧無光,後大受慶。伏艮為節。坤為亂、為國,坤伏,故曰不涉亂國。坤為黑,故曰昧、曰無光。震為後,乾為大。
《漸》が《大壮》に変わる。林辞は言う:節制法度の徳を守り、乱国の渾水を渉らない。目下は昏昧無光だが、後日必ず大いに福慶を受ける。尚秉和の注:伏象の艮は節制を主る。坤は乱・国を主り、坤は潜伏して顕れないので「不渉乱国」と言う。坤は黒を主るので「昧」と言い「無光」と言う。震は後を主り、乾は大を主る。
晉。驅羊南行,與禍相逢。狼驚我馬,虎盜我子,悲恨自咎。伏兌為羊,離為南,中爻坎,故曰與禍相逢。艮為虎狼,坎為馬、為盜,震為子,二至四震覆,故子為虎盜。坎為悲恨。
《漸》が《晋》に変わる。林辞は言う:羊群を駆って南へ行き、一路で災事に迎え撞く。狼が我が馬を驚かし、虎が我が子を衔え去り、我はただ悲痛怨恨し自ら責めて已まない。尚秉和の注:伏象の兌は羊を主り、離は南方に居り、中爻に坎があるので「与禍相逢」と言う。艮は虎狼を主り、坎は馬・盗を主る。震は子を主り、二爻から四爻の震は倒覆の象なので、子は虎に衔え去られた。坎は悲恨を主る。
明夷。尼父孔丘,善釣鯉魚。羅網一舉,獲利萬頭,富我家居。網,宋元作鉤,依汲古。○震為陵、為父、為孔、為丘,故曰尼父孔丘。坤為魚,離為羅網,坤為利、為萬,坎為首,故曰獲利萬頭。坎為室家,坤為富。
《漸》が《明夷》に変わる。林辞は言う:尼父孔丘は鯉を釣るに善い。一網を撒いて、万頭の利を得、家はこれによって富裕となる。尚秉和の注:校記を先ず出す——「网」の字は宋・元本で「鈎」と作り、これは汲古閣本に従う。以下象を講ず:震は丘陵・父・孔・丘を主るので「尼父孔丘」と言う。坤は魚、離は羅網を主る。坤は利・万を主り、坎は頭を主るので「獲利万頭」と言う。坎は室家、坤は富を主る。
家人。本根不固,華葉落去,更為孤嫗。本,宋元本訛大。○巽為枯,下斷,故曰本根不固。伏震為華葉,巽隕落,故曰華葉落去。巽為寡、為婦,故曰孤嫗。
《漸》が《家人》に変わる。林辞は言う:根本が固く築かれず、花も葉も落ち尽きて、その一家はただ一人の孤零零たる老婦が残るだけとなった。尚秉和の注:校記を先ず出す——「本」の字は宋・元本で「大」と訛る。以下象を講ず:巽は枯槁を主り、その下爻が断れるので「本根不固」と言う。伏象の震は花葉を主り、巽は陥落を主るので「華葉落去」と言う。巽は寡・婦を主るので「孤嫗」と言う。
睽。設罟捕魚,反得屠諸。員困竭忠,伍氏夷誅。此用《漸》象。互離為罔罟,巽為魚,艮手為捕,故曰設罟捕魚。坎為匕、為刺,故曰屠諸,言得屠者專諸也。坎為弓、為員、為忠,坎數五,巽顛隕,故曰伍氏夷誅,謂伍員也。《左傳》伍員進專諸於吳公子光,《吳越春秋》專諸曰:王何好,光曰:好魚炙,專諸乃去,從太湖學魚炙。○屠,汲古訛居,今依宋元本。
《漸》が《睽》に変わる。林辞は言う:網を張って魚を捕えようとしたが、かえって専諸のような刺客を網った。伍員は一身困厄ながら忠誠を尽くしたが、伍氏一門はついに誅滅された。尚秉和の注:この条は《漸》の象を用いる。互体の離は羅網を主り、巽は魚を主り、艮は手を主るので捕となり、「設罟捕魚」と言う。坎は匕首・刺殺を主るので「屠諸」と言い、屠戸の出身の刺客専諸を指す。坎は弓・員・忠を主り、坎の数は五、巽は顛墜陥落を主るので「伍氏夷誅」と言い、伍員を指す。《左伝》は伍員が専諸を呉の公子光に推薦したと記し、《呉越春秋》は専諸が公子光に何の嗜好があるか問い、光は炙魚を好むと言い、専諸はそこで太湖に行って炙魚を作ることを学んだと記す。校記:「屠」の字は汲古閣本で「居」と訛り、今は宋・元本に従う。
蹇。敏捷亟疾,如猿集木。彤弓雖調,終不能獲。水流動故曰敏捷亟疾。艮為猿、為木,坎為集,故曰如猿集木。坎為弓、為赤,故曰彤弓。艮為終。
《漸》が《蹇》に変わる。林辞は言う:動作は敏捷迅速で、猿のように一縦に樹上に登る。朱紅の弓は調い停当しているが、ついにそれを射当てられない。尚秉和の注:水性は流動して居らないので「敏捷亟疾」と言う。艮は猿・樹木を主り、坎は栖集を主るので「如猿集木」と言う。坎は弓・赤色を主るので「彤弓」と言う。艮は終を主る。
解。冠帶南行,與福相期。邀於嘉國,拜位逢時。此用《漸》象。位,汲古作為,音訛字,依宋本。行,宋元作遊,漸艮為冠,巽為帶。互離,故曰南行。震為福、為嘉,艮為國、為拜、為時。
《漸》が《解》に変わる。林辞は言う:冠帯を整えて南に行き、正に福気と約する。嘉美の邦に請われて行き、官を授けられ位を拝すること時に適う。尚秉和の注:この条は《漸》の象を用いる。校記を先ず出す——「位」の字は汲古閣本で「為」と作り、音近による訛りで、これは宋本に従う。「行」の字は宋・元本で「游」と作る。以下象を講ず:《漸》卦の艮は冠を主り、巽は帯を主る。卦中に互体して離を成し、離は南方に居るので「南行」と言う。震は福・嘉を主り、艮は国・拝・時を主る。
損。年豐歲熟,政仁民樂,祿入獲福。坤為年歲、為多,故曰豐熟。坤為政、為民,震為仁、為樂、為福祿。
《漸》が《損》に変わる。林辞は言う:年成は豊足し庄稼は成熟し、政令は仁厚で百姓は安楽し、俸禄は門に入り福気は家に臨む。尚秉和の注:坤は年歳・众多を主るので「豊熟」と言う。坤は政・民を主り、震は仁・楽・福禄を主る。
益。築闕石顛,立基泉源。疾病不安,老孤無鄰。詳《艮》之《復》。泉,汲古作水,依宋元本。
《漸》が《益》に変わる。林辞は言う:山石の頂に門闕を築き、泉水の源に基址を打つ。疾病が身に纏わり安寧を得ず、孤老の人は隣りさえもない。尚秉和の注:この林辞は《艮》が《復》に変わる条と重出し、取象はあの条に詳しい。校記:「泉」の字は汲古閣本で「水」と作り、これは宋・元本に従う。
夬。逐狐東山,水遏我前。深不可涉,失利後還。詳《蒙》之《蠱》。
《漸》が《夬》に変わる。林辞は言う:東山へ狐を追いに行き、一道の水が我の前に遮る。水深くて渡れず、手にした利益を白く失い、やむなく引き返す。尚秉和の注:この林辞は《蒙》が《蠱》に変わる条と重出し、取象はあの条に詳しい。
姤。麟子鳳雛,生長嘉國。和氣所居,康樂溫仁,邦多聖人。伏坤為麟鳳,震為子、為雛、為生長。坤為國、為邦,震為樂、為仁,乾為聖人。
《漸》が《姤》に変わる。林辞は言う:麒麟の幼子・鳳凰の雛鳥が、美好の邦国に生長する。そこには和気が常に駐り、安楽温厚にして仁愛であり、国の中に聖賢の人が多い。尚秉和の注:伏象の坤は麟鳳を主り、震は子・雛・生長を主る。坤は国・邦を主り、震は楽・仁を主り、乾は聖人を主る。
萃。西行求玉,冀得瑜璞。反得凶惡,使我驚惑。兌為西,伏震為瑜璞、為玉,艮為求,故曰西行求玉。坤為凶惡、為憂惑。○瑜,汲古作卞,依宋元本。
《漸》が《萃》に変わる。林辞は言う:西へ行って美玉を求め、瑜・璞のような好い料を得ようと望んだ。思いがけずかえって凶険悪事に遭い、我を驚き疑わせた。尚秉和の注:兌は西方に居り、伏象の震は瑜璞・玉を主り、艮は求を主るので「西行求玉」と言う。坤は凶悪・憂惑を主る。校記:「瑜」の字は汲古閣本で「卞」と作り、これは宋・元本に従う。
升。心狂老悖,視聽聾盲。正命無常,下民多孽。坤為心、為老悖,易以兌為眇,二至四互兌,故曰視盲。初至四互大坎,故曰聽聾。巽為命,巽進退不果,故曰無常。坤為民、為孽、為下、為多。
《漸》が《升》に変わる。林辞は言う:心は狂乱し年老いて昏悖し、目は見えず耳は聞こえない。もとより常を守るべき政令が翻覆して定まらず、下の百姓は多く禍殃に遭う。尚秉和の注:坤は心・老悖を主る。《周易》は兌を以て眇目とし、二爻から四爻が互体して兌を成すので眼盲と言う。初爻から四爻まで互体して一つの大坎を成し、坎は耳病を主るので耳聾と言う。巽は命令を主り、巽の性は進退して猶疑するので「無常」と言う。坤は民・妖孽・下・多を主る。
困。南國少子,材略美好。求我長女,賤薄不與。反得醜惡,後乃大悔。詳《比》之《漸》。此亦用漸象。
《漸》が《困》に変わる。林辞は言う:南国に年少の男子があり、才幹謀略がともに出色である。彼は我が家の長女を求めて娶りに来たが、家は彼の門第が低微なのを嫌い許配しなかった。結果、娘はかえって醜陋悪劣の人に配せられ、後に大いに悔いた。尚秉和の注:この林辞は《比》が《漸》に変わる条と重出し、取象はあの条に詳しい。この条も《漸》の象を用いる。
井。逶迤高原,家伯妄施,亂其五官。伏艮為高原。伏震為伯,艮為家,故曰家伯。家伯,幽王臣助王為虐者也,《詩小雅》家伯冡宰是也。離為亂,艮為官,互坎,卦數五,故曰五官。
《漸》が《井》に変わる。林辞は言う:高原は綿延曲折する。家伯が胡乱に号令を発し、五官の職守を一団に攪き乱す。尚秉和の注:伏象の艮は高原を主る。伏象の震は伯を主り、艮は家を主るので「家伯」と言う。家伯は周の幽王の臣で、幽王の虐を施すを助けた人で、《詩経・小雅・十月之交》の「家伯冡宰」はすなわち彼である。離は乱を主り、艮は官を主り、卦中に互体の坎があり、坎の数は五なので「五官」と言う。
革。謝恩拜德,東歸吾國,歡樂有福。震為恩德,艮為拜、為國,震為東、為反,故曰東歸吾國。震為樂、為福。全用旁通象。
《漸》が《革》に変わる。林辞は言う:君上の恩徳に拝謝し、東へ向かって自分の国に帰り、歓々喜々として福を享く。尚秉和の注:震は恩徳を主り、艮は拝・国を主る。震は東方に居りまた返回を主るので「東帰吾国」と言う。震は楽・福を主る。この条は全て旁通の象を用いる。
鼎。雞鳴同興,思配無家。執佩持鳧,無所致之。巽為雞、為鳴,伏震為興。艮為家,艮伏,故曰無家。艮為執持、為鳧,震為玉,故曰佩。坤虛,故曰無所致之。《詩鄭風》女曰雞鳴,士曰昧旦;將翔將翔,弋鳧與雁,又知子之來之,雜佩以贈之。○興,汲古訛舉,佩作佩,無所作莫使,茲均依宋元本。
《漸》が《鼎》に変わる。林辞は言う:鶏が鳴く時にともに身を起こし、婚配を想うが家室がない。手に佩玉を執り射取った野鴨を提げるが、どこに贈るべきか分からない。尚秉和の注:巽は鶏・鳴を主り、伏象の震は起身を主る。艮は家を主り、艮は潜伏するので「無家」と言う。艮は執持・鳧を主り、震は玉を主るので「佩」と言う。坤は中虚なので「無所致之」と言う。《詩経・鄭風・女曰鶏鳴》に「女曰鶏鳴、士曰昧旦」「弋鳧与雁」「知子之来之、雑佩以贈之」の諸句があり、正に林辞が意を取った来処である。校記:「興」の字は汲古閣本で「挙」と訛り、「佩」の字は汲古閣本で別の一形と作り(底本はここで二つの字形が混同)、「無所」の二字は汲古閣本で「莫使」と作り、今はいずれも宋・元本に従う。
震。凶重憂累,身受誅罪,神不能解。坎為凶憂、為桎梏,艮為身,故曰身受誅罪。震為神、為解,坎陷,故不能解。○累,汲古作慮,依宋元本。
《漸》が《震》に変わる。林辞は言う:凶事が重畳し憂患が身に纏わり、本人は罪に論せられ刑を受け、神明さえも救い難い。尚秉和の注:坎は凶・憂を主り、また桎梏を主る。艮は身を主るので「身受誅罪」と言う。震は神・解救を主るが、坎は陥険を主るので解けない。校記:「累」の字は汲古閣本で「慮」と作り、これは宋・元本に従う。
艮。虎豹熊羆,遊戲山谷。仁賢君子,得其所欲。詳《謙》之《中孚》。
《漸》が《艮》に変わる。林辞は言う:虎・豹・熊・羆が山谷の間で游戯し、仁厚賢良の君子も、みな欲する所を得た。尚秉和の注:この林辞は《謙》が《中孚》に変わる条と重出し、取象はあの条に詳しい。
歸妹。海隅遼右,福祿所至。柔嘉蒙佑,九夷何咎。兌為海、為右,震居東北,故曰遼右。震為福祿,數九,故曰九夷。坎為夷也。
《漸》が《帰妹》に変わる。林辞は言う:海角の一隅、遼東以西のあの一帯に、福禄は皆届けられた。柔順美善の人は庇佑を蒙り、九夷の地にも災咎がない。尚秉和の注:兌は海・右を主り、震は東北方に居るので「遼右」と言う。震は福禄を主り、その数は九なので「九夷」と言い、坎もまた夷である。
豐。華首之山,仙道所遊。利以居止,長無咎憂。詳《謙》之《井》。
《漸》が《豊》に変わる。林辞は言う:華首という山は、修仙得道の人が往来遨游する処である。そこに住むのが最も宜しく、長く災咎憂愁がない。尚秉和の注:この林辞は《謙》が《井》に変わる条と重出し、取象はあの条に詳しい。
旅。甲乙戊庚,隨時轉行。不失常節,萌芽律屈。咸達生出,各樂其類。詳《噬嗑》之《坤》。樂,汲古作順。
《漸》が《旅》に変わる。林辞は言う:甲乙戊庚の日辰は時序に随って順次輪転し、常規節度に違わない。草木の萌芽は先ず屈して後に伸び、一斉に通達し抽き長ず、各自その族類に歓びあう。尚秉和の注:この林辞は《噬嗑》が《坤》に変わる条と重出し、取象はあの条に詳しい。校記:「楽」の字は汲古閣本で「順」と作る。
巽。跛躓未起,失利後市,不得鹿子。伏《震》。震為起,坎蹇,故跛躓。巽為利市,坎為失,震為後,故曰失利後市。震為鹿、為子,風散,故不得。
《漸》が《巽》に変わる。林辞は言う:足を跛めまた躓き、しばらく起き上がれない。相場の時機を逸し、市に行くのも一歩遅れて、小鹿さえ捉えられなかった。尚秉和の注:この条は伏象《震》を取る。震は興起を主り、坎は蹇難を主るので「跛躓」と言う。巽は利市を主り、坎は失を主り、震は後を主るので「失利後市」と言う。震は鹿・子を主り、風が吹けば散じるので得られない。
兌。怙恃自負,不去於下。血從地出,誅罰失理。伏艮為負,二陽皆在上,故曰不去於下,言有所恃不肯居下也,《詩》曰無父何怙,無母何恃。坎為血,居重陰之間,故曰血從地出。坎為刑罰。
《漸》が《兌》に変わる。林辞は言う:頼る所があるのを恃んで自高自大となり、人の下に屈することを肯んじない。鮮血が地の中から湧き出し、誅罰には全く道理がない。尚秉和の注:伏象の艮は負恃を主る。《兌》卦は二つの陽爻がともに上位にあるので「不去于下」と言い、倚仗する所があれば下に居ることを肯んじないことを講ずる。《詩経・小雅・蓼莪》は「父無くんば何を怙き、母無くんば何を恃まん」と言い、「怙恃」の二字はすなわちこれに由る。坎は血を主り、重ねた陰爻の間に挟まるので「血従地出」と言う。坎は刑罰を主る。
渙。江河淮海,天之都市。商人受福,國家饒有。詳《謙》之《小畜》。
《漸》が《渙》に変わる。林辞は言う:長江・黄河・淮水・大海は、天の設けた大市場である。商人はその中から福を得、国家はこれによって富饒となる。尚秉和の注:この林辞は《謙》が《小畜》に変わる条と重出し、取象はあの条に詳しい。
節。節情省欲,賦斂有度。家給人足,且貴且富。坎為情慾,艮止,故曰節、曰省。坎為聚,故曰賦斂。度,《說文》法制也。坎為法,故曰有度。艮為家,震為人,艮貴震富。○末句宋元本作利以富貴,依汲古。
《漸》が《節》に変わる。林辞は言う:情感を節制し嗜欲を減省し、賦税の徴収に法度がある。家家は給足し人人は温飽で、貴くまた富む。尚秉和の注:坎は情欲を主り、艮は止を主るので「節」と言い「省」と言う。坎は聚斂を主るので「賦斂」と言う。「度」は《説文解字》が法制と解く。坎は法を主るので「有度」と言う。艮は家を主り、震は人を主る。艮は貴を主り、震は富を主る。校記:末の一句は宋・元本で「利以富貴」と作り、これは汲古閣本に従う。
中孚。池鳴呴,呼求水潦。雲雨大會,流成河海。巽為,兌為池,震為鳴呼。伏大坎為潦、為雲雨、為河海。○池,宋本、汲古作牝馬,元本作牝牛,依《隨》之《臨》校。呴,宋元本作哅,依汲古。水,各本皆作其,依《隨》之《臨》校。
《漸》が《中孚》に変わる。林辞の首句は底本で字を脱し、「池鳴呴」だけが残る、それは池の上の水鳥が鳴き呼ばわり、一场の大水を喚んだことを講ずる。続いて雲雨が大いに聚まり、流れを匯して河となり海となる。尚秉和の注:巽は某物を主る(注文はここでも一字を脱す)、兌は池、震は鳴叫呼喊を主る。伏象の大坎は積潦・雲雨・河海を主る。校記:「池」の字は宋本と汲古閣本で「牝馬」、元本で「牝牛」と作り、これは《随》が《臨》に変わる条に依って校正する。「呴」の字は宋・元本で「哅」と作り、これは汲古閣本に従う。「水」の字は各本とも「其」と作り、これも《随》が《臨》に変わる条に依って校正する。
小過。日月之塗,所行必到,無有患故。艮為日,兌為月,震為大塗、為行,震樂,故無有患故。
《漸》が《小過》に変わる。林辞は言う:日月の運行の大道を行けば、どこへ行こうとも必ず到り得、禍患変故はない。尚秉和の注:艮は日、兌は月を主り、震は大道・行走を主る。震は歓楽を主るので禍患変故はない。
既濟。乘風而舉,與飛鳥俱。一舉千里,見吾愛母。詳《明夷》之《鼎》。
《漸》が《既済》に変わる。林辞は言う:風に乘って飛騰し起き、飛鳥と伴を結んで同行する。一飛びすればすなわち千里、我が敬愛する母に見えた。尚秉和の注:この林辞は《明夷》が《鼎》に変わる条と重出し、取象はあの条に詳しい。
未濟。陰配陽爭,臥木反立。君子攸行,喪其官職。卦三陽三陰,故曰陰配陽爭,言陰盛與陽爭也。昭帝元鳳三年春,上林有柳樹枯僵自起生,故曰臥木反立。時眭孟言僵柳復起,將有匹夫為天子者,被誅。三四句亦似指其事。
《漸》が《未済》に変わる。林辞は言う:陰と陽は相配しまた相争い、倒れた枯木が忽然として再び立ち上がる。君子に動きあるが、かえって官職を失った。尚秉和の注:《未済》卦は三陽三陰なので「陰配陽争」と言い、陰気が盛んで陽と相抗することを講ずる。漢の昭帝元鳳三年の春、上林苑に一株の枯れ僵れて倒れた柳が自ら立ち上がり復活したので「卧木反立」と言う。当時眭孟はこれに拠って僵柳が復し起きたのは、平民の出身の者が天子となる兆だと説き、それによって処死された。第三・四句もまたこの事を指すようである。
帰妹 第五十四
歸妹。堅冰黃鳥,常哀悲愁。不見白粒,但覩藜蒿。數驚鷙鳥,為我心憂。詳《乾》之《噬嗑》。○白,汲古作甘,覩作嘆,蒿作荊,依宋元本。鳥常,元本作裳鳥,似非。
《帰妹》が《帰妹》に変わる。遇卦と之卦が同じく《帰妹》である。林辞は言う:堅氷が封じる時節の黄雀は、終日哀鳴して悲愁する。一粒の白米も見えず、眼前には藜蒿の野草があるだけ。さらにまた度々凶猛の鷙鳥に驚かされ、我が心を愁わせる。尚秉和の注:この林辞は《乾》が《噬嗑》に変わる条と重出し、取象はあの条に詳しい。校記:「白」の字は汲古閣本で「甘」、「覩」の字は「嘆」、「蒿」の字は「荆」と作り、いずれも宋・元本に従う。「鳥常」の二字は元本で「裳鳥」と作るが、どうやら誤りのようである。
乾。荊木冬生,司寇緩刑。威權在下,國亂且傾。此仍用遇卦象。歸妹上震為荊木、為生,坎為冬,故曰冬生。坎為寇、為刑,震生,故曰緩刑。伏艮為國,離為亂,故曰國亂且傾。
《帰妹》が《乾》に変わる。林辞は言う:荆木が冬に反常して芽を吹き、刑を掌る司寇も刑罰を緩めた。威権は臣下の手に落ち、国家は動乱してまさに傾覆せんとする。尚秉和の注:この条も遇卦の卦象を用いる。《帰妹》の上卦の震は荆木・生長を主り、坎は冬を主るので「冬生」と言う。坎は寇・刑を主り、震は生発を主るので「緩刑」と言う。伏象の艮は国を主り、離は乱を主るので「国乱且傾」と言う。
坤。喘牛傷暑,不能耕畝。草萊不闢,年歲無有。世說:滿奮曰,臣猶吳牛見月而喘。蓋吳牛畏暑,見月以為日,故喘也。又《漢書丙吉傳》見牛喘吐舌而問之。此用遇卦《歸妹》象。離為牛,震聲,故曰喘牛。離為夏,故曰傷暑。震為草萊、為年歲,坎折,兌毀,故無有。○耕,宋元本作成,依汲古。
《帰妹》が《坤》に変わる。林辞は言う:牛は暑さに喘ぎ暑気に傷つき、田畝を耕すことができない。荒草は開墾できず、一年じゅう一つの収穫もない。尚秉和の注:《世説新語》は満奮が自ら比べて「臣は呉牛の月を見て喘ぐがごとし」と言ったと記す——呉地の牛は暑さを畏れ、月を見て太陽と為し、すなわち喘ぐ。《漢書・丙吉伝》も丙吉が路上で牛が喘ぎ舌を吐くのを見て車を止めて問うたと記す。この条は遇卦《帰妹》の卦象を用いる:離は牛を主り、震は声を主るので「喘牛」と言う。離は夏を主るので「傷暑」と言う。震は草莱・年歳を主り、坎は折を主り兌は毀を主るので「無有」である。校記:「耕」の字は宋・元本で「成」と作り、これは汲古閣本に従う。
屯。魚欲負流,眾不同心。至德潛伏。坤為魚,艮為負,坎為流,坤上艮,艮上坎,故曰魚欲負流。坤為眾,坎為心,震起,艮止,故不同心。震為德,坎隱,故曰潛伏。○潛伏,宋元本作安樂,依汲古。
《帰妹》が《屯》に変わる。林辞は言う:魚は負荷して逆流に上ろうと欲するが、衆人は心を同じくしない。最も高い徳はやむなく潜蔵して露わさない。尚秉和の注:坤は魚、艮は負、坎は水流を主る。坤の上は艮で、艮の上は坎なので「魚欲負流」と言う。坤は衆、坎は心を主る。震は起を主り艮は止を主り、一起一止なので「不同心」である。震は徳を主り、坎は隠を主るので「潛伏」と言う。校記:「潛伏」の二字は宋・元本で「安楽」と作り、これは汲古閣本に従う。
蒙。春耕有息,秋入利福。獻豜私豵,以樂成功。互震為春、為耕、為生,故曰有息。伏兌為秋,伏巽為入、為利,震為福,故曰秋入利福。《詩豳風》言私其豵,獻豜於公,《傳》豕一歲曰豵,三歲曰豜。坎為豕,艮手為獻,艮為小,坎隱,故曰私豵。震為樂、為功,艮為成。○豵,汲古作豭,依宋元本。
《帰妹》が《蒙》に変わる。林辞は言う:春に耕せば生息があり、秋に収めれば利と福がある。三歳の大猪を公家に献じ、一歳の小猪は自分に留めて、歓々喜々として一年の功成を賀する。尚秉和の注:互体の震は春・耕・生長を主るので「有息」と言う。伏象の兌は秋を主り、伏象の巽は入・利を主り、震は福を主るので「秋入利福」と言う。《詩経・豳風・七月》は「其の豵を私にし、豜を公に献ず」と言い、《毛伝》は一歳の猪を豵、三歳の猪を豜と解く。坎は猪を主り、艮は手を主るので献となる。艮は小を主り、坎は隠を主るので「私豵」と言う。震は楽・功を主り、艮は成を主る。校記:「豵」の字は汲古閣本で「豭」と作り、これは宋・元本に従う。
需。生有聖德,上配太極。皇靈建中,授我以福。詳《家人》之《需》。
《帰妹》が《需》に変わる。林辞は言う:この人は生まれながら聖人の徳を具え、上は太極と配することができる。上天の神霊が彼のために中正の道を建て、福気を我に授ける。尚秉和の注:この林辞は《家人》が《需》に変わる条と重出し、取象はあの条に詳しい。
訟。右撫琴頭,左手援帶。凶訟不已,相與爭戾,失利而歸。此似用《歸妹》象。兌為右,坎為首,震為樂,故曰右撫琴頭。震為左,伏艮為手、為援,巽為帶,故曰左手援帶。兌口,震言,故曰訟、曰爭。巽為利,坎失,故曰失利。
《帰妹》が《訟》に変わる。林辞は言う:右手は琴頭を按え、左手は衣帯を引き扯る。凶険の官司が訴訟纏綿して休まず、双方は争い乖戾し、末に利益を失って家に帰る。尚秉和の注:この条は《帰妹》の卦象を用いるようである。兌は右、坎は首、震は音楽を主るので「右撫琴頭」と言う。震は左を主り、伏象の艮は手・攀援を主り、巽は帯を主るので「左手援帯」と言う。兌は口、震は言語を主るので「訟」と言い「争」と言う。巽は利を主り、坎は失を主るので「失利」と言う。
師。炙魚棝斗,張伺夜鼠。舌不忍味,機發為祟,笮不得去。詳《井》之《坎》。棝,依校,宋元本作枯,汲古作拈。卦旁通《同人》。巽為魚,下離,故曰炙魚。坤為閉,故曰棝斗。震為斗也。張、夜,汲古作陰、作碩,忍作思,機作譏,均依宋元本。《說文》棝斗可以射鼠。
《帰妹》が《師》に変わる。林辞は言う:香ばしく炙った魚を棝斗の仕掛けに装填し、夜に出てくる老鼠を待って張設する。老鼠の舌があの香味に耐えられず、機関が一発すればすなわち災殃となり、挟まって再び身を脱することができない。尚秉和の注:この林辞は《井》が《坎》に変わる条と重出し、取象はあの条に詳しい。「棝」の字は校に依ってこのとおりとし、宋・元本は「枯」、汲古閣本は「拈」と作る。この卦は旁通《同人》する:巽は魚を主り、下卦は離で、離は火を主るので「炙魚」と言う。坤は閉合を主るので「棝斗」と言い、震はすなわち斗である。校記:「張」「夜」の二字は汲古閣本で「陰」「碩」と作り、「忍」の字は「思」、「機」の字は「譏」と作り、いずれも宋・元本に従う。《説文解字》は棝斗は老鼠を射ることのできる器具と言う。
比。申酉脫服,牛馬休息。君子以安,勞者得歡。坤位申,坎位酉。服,猶駕也。坤為牛,坎為馬,艮止,故脫服而休息也。艮為君子、為安,坎為勞,五統群陰,故曰得歡。
《帰妹》が《比》に変わる。林辞は言う:申時・酉時になれば轭具を卸し、牛馬は皆休息を得る。君子はこれによって安逸し、力を出して働く人も歓楽を享ける。尚秉和の注:坤の位は申にあり、坎の位は酉にある。「服」はすなわち車を駕するである。坤は牛、坎は馬を主り、艮は止を主るので駕を卸して休息する。艮は君子・安を主り、坎は労を主る。九五一爻が衆陰爻を統領するので「得歓」と言う。
小畜。堯問尹壽,聖德增益。使民不疲,安無怵惕。詳《遯》之《隨》。尹壽,人名,《新序》堯學乎尹壽。壽,汲古作爵,非。
《帰妹》が《小畜》に変わる。林辞は言う:堯が尹寿に請い教え、聖徳はこれによってさらに一層進んだ。百姓を疲敝させることなく、安穏にして驚懼なし。尚秉和の注:この林辞は《遯》が《随》に変わる条と重出し、取象はあの条に詳しい。尹寿は人名で、《新序》は堯が尹寿に学び求めたと記す。校記:「寿」の字は汲古閣本で「爵」と作るが誤り。
履。孤公憂婦,獨宿悲苦。目張耳鳴,莫與笑語。詳《訟》之《歸妹》。巽為寡,乾父,故曰孤公。
《帰妹》が《履》に変わる。林辞は言う:孤単の老人は妻のために愁え、独り睡卧して悲苦に堪えない。目は直くなり耳は嗡鳴し、身辺に談笑に陪する人がいない。尚秉和の注:この林辞は《訟》が《帰妹》に変わる条と重出し、取象はあの条に詳しい。ここでは巽は寡を主り、乾は父を主るので「孤公」と言う。
泰。外得好畜,相與嫁娶。仁賢集聚,諮詢厥事。傾奪我城,使家不寧。坤為養、為畜,在上,故曰外得好畜。震為嫁、為娶、為仁賢、為言,故曰諮詢。坤為集聚,艮為城、為家,三五艮覆,故曰傾城、曰家不寧。按:上六城復于隍,即謂三至上艮覆也。
《帰妹》が《泰》に変わる。林辞は言う:外から好い牲口を得て、両家はこれによって婚嫁娶を議する。仁人賢者が聚まり集い、彼らのためにこの婚事を商量する。後に城池が人に攻め取られ、一家は再び安寧を得ない。尚秉和の注:坤は畜養・牲畜を主り、上卦に居るので「外得好畜」と言う。震は嫁・娶・仁賢・言語を主るので「諮詢」と言う。坤は聚集を主り、艮は城・家を主る。三爻から五爻の艮は倒覆の象なので「傾城」と言い「家不寧」と言う。按:《周易・泰》上六爻辞の「城復于隍」は、まさに三爻から上爻までの艮の象が倒覆するこの事を講ずる。
否。煎砂盛暑,鮮有不朽。去河千里,敗我利市。老牛盲馬,去之何悔。艮為砂、為火,故曰煎砂。候卦乾在己,巽後天亦居己,艮火,故曰盛暑。巽為朽、為利市,坤為河、為千里、為我、為敗、為老牛,乾為馬,坤迷,故曰盲馬。○千,元本、汲古、丁本作三,依宋本。牛盲,汲古訛手育,依宋元本。
《帰妹》が《否》に変わる。林辞は言う:焼けた砂の上で煎熬するようで、暑気が人を蒸し、物は腐壊しないものが少ない。河水から千里も隔たり、売買も打ち損じた。牛はすでに老い馬はまた盲いている、いっそ棄て去って何が惜しかろう。尚秉和の注:艮は砂・火を主るので「煎砂」と言う。卦気に拠れば、乾は巳位に当たり、巽も後天方位で巳に居り、さらに艮は火に属するので「盛暑」と言う。巽は朽壊・利市を主る。坤は河・千里・我・敗・老牛を主る。乾は馬を主り、坤は昏迷を主るので「盲馬」と言う。校記:「千」の字は元本・汲古閣本と丁氏本とも「三」と作り、これは宋本に従う。「牛盲」の二字は汲古閣本で「手育」と訛り、これは宋・元本に従う。
同人。甲乙戊庚,隨時轉行。不失常節,萌芽律屈。咸達出生,各樂其類。詳《漸》之《旅》。
《帰妹》が《同人》に変わる。林辞は言う:甲乙戊庚の日辰は時序に順って順次輪転し、常規節度に背かない。草木の萌芽は先ず屈して後に伸び、一斉に通達し生発し、各自その族類に歓びあう。尚秉和の注:この林辞は《漸》が《旅》に変わる条と重出し、取象はあの条に詳しい。
大有。衣宵夜遊,與君相遭。解除煩惑,使心不憂。乾為衣,《說文》衣,依也。伏坤為帛,故曰衣宵。宵綃同。《士昬禮》宵衣注宵讀為《詩》素衣朱綃之綃,綃,綺屬也。又《特牲饋食禮》主婦宵衣南面,鄭注:宵,綺屬也,此衣染之以黑,其繒本名曰宵。《詩》有素衣朱宵,《記》有玄宵衣,然則衣宵夜遊者,即衣錦夜游也。伏坎為夜。乾為君,坎為心、為憂惑,坎伏,故解除。○衣,各本皆作依,依《小過》之《否》校。
《帰妹》が《大有》に変わる。林辞は言う:宵衣を着て夜に出遊し、正に君上と相遇す。心の中の煩擾疑惑は一斉に解け、これよりもはや憂愁しない。尚秉和の注:乾は衣を主り、《説文解字》は「衣は依なり」と言う。伏象の坤は繒帛を主るので「衣宵」と言う。「宵」は「綃」と通ずる:《儀礼・士昏礼》の「宵衣」に鄭注は「宵」を《詩経》の「素衣朱綃」の「綃」と読み、綃は綺の類の絲織物と言い、《儀礼・特牲饋食礼》は主婦が「宵衣南面」すると言い、鄭注も宵は綺属で、この衣料は黒く染め、その繒の本名を宵と言う。《詩経》に「素衣朱宵」あり、《礼記》に「玄宵衣」あり。こう見れば、「衣宵夜游」は錦衣を着て夜に行くことである。伏象の坎は夜を主る。乾は君を主り、坎は心・憂惑を主り、坎は潜伏するので「解除」と言う。校記:「衣」の字は各本とも「依」と作り、これは《小過》が《否》に変わる条に依って校正する。
謙。死友絕朋,巧言為讒。覆白汙玉,顏叔哀喑。艮為朋友,坤為死,故曰死友絕朋。正反震,故曰巧言、曰讒。震為白、為玉,坤黑,故曰覆白汙玉。艮為顏、為少子,故曰顏叔。坎為悲哀。顏叔未詳。
《帰妹》が《謙》に変わる。林辞は言う:好友が亡くなり朋輩が絶えた。巧言は化して讒言となった。潔白の物は汚を被せられ、美玉は汚された。顔叔は悲痛して言葉も出ない。尚秉和の注:艮は朋友を主り、坤は死を主るので「死友絶朋」と言う。卦中の正震と倒震が相対するので「巧言」と言い「讒」と言う。震は白・玉を主り、坤は黒を主るので「覆白汚玉」と言う。艮は顔・少子を主るので「顔叔」と言う。坎は悲哀を主る。顔叔が果たして誰かは、まだはっきりしていない。
豫。逐利三年,利走如神。展轉東西,如鳥避丸。震為逐,伏巽為利,坤為歲,震數三,故曰三年。震為神、為東,坎位西,為丸、為隱伏,艮為鳥,故曰如鳥避丸。
《帰妹》が《豫》に変わる。林辞は言う:財利を追って三年走るが、あの利は神のように速く逃げる。東奔西走して輾転定まらず、まるで鳥が弾丸を避けるようである。尚秉和の注:震は追逐を主り、伏象の巽は利を主り、坤は年歳を主り、震の数は三なので「三年」と言う。震は神・東を主り、坎の位は西にあり、坎はまた弾丸・隠伏を主る。艮は鳥を主るので「如鳥避丸」と言う。
隨。堤防壞決,河水泛溢。傷害禾稼,君孤獨宿。沒溺我邑。艮為堤防,兌附決,故曰壞決。互大坎,故曰河水泛溢。震為禾稼,兌毀折,故曰傷害禾稼。震為君,坎為孤,坤為寡,故曰君孤獨宿。艮為邑。○泛溢,宋元本作放逸。稼下汲古多民流去室四字,宋元本無。君,宋元本作居,依汲古。
《帰妹》が《随》に変わる。林辞は言う:堤防が崩壊決口し、河水は泛濫漫溢する。禾苗庄稼は流し毀され、一家の主は孤零零と独宿する。大水は我が城邑を皆没した。尚秉和の注:艮は堤防を主り、兌は附着して決口を主るので「壊決」と言う。卦中に互体して大坎を成すので「河水泛溢」と言う。震は禾稼を主り、兌は毀折を主るので「傷害禾稼」と言う。震は君を主り、坎は孤、坤は寡を主るので「君孤独宿」と言う。艮は城邑を主る。校記:「泛溢」の二字は宋・元本で「放逸」と作る。「稼」の字の下に汲古閣本は「民流去室」の四字が多く、宋・元本にはない。「君」の字は宋・元本で「居」と作り、これは汲古閣本に従う。
蠱。陰陽隔塞,許嫁不答。旄丘新臺,悔往嘆息。詳《晉》之《無妄》。旄,無妄作宛,宛丘,陳詩,旄丘,衛詩,姑兩存之。
《帰妹》が《蠱》に変わる。林辞は言う:陰陽が阻隔して通ぜず、すでに許した婚事が回音を得られない。《旄丘》《新台》のような詩が歌うのは、皆往事を追悔し嘆息を連ねることである。尚秉和の注:この林辞は《晋》が《无妄》に変わる条と重出し、取象はあの条に詳しい。校記:「旄」の字は《晋》が《无妄》に変わる条で「宛」と作る。《宛丘》は陳地の詩、《旄丘》は衛地の詩で、しばらく両説を併存する。
臨。伯夷叔齊,貞廉之師。以德防患,憂禍不存。詳《泰》之《乾》。
《帰妹》が《臨》に変わる。林辞は言う:伯夷・叔斉は正を守り廉である表率である。徳を以て禍患を防げば、憂愁と災禍はともに存在しない。尚秉和の注:この林辞は《泰》が《乾》に変わる条と重出し、取象はあの条に詳しい。
觀。陽為狂悖,拔劍自傷,為身生殃。詳《明夷》之《井》。
《帰妹》が《観》に変わる。林辞は言う:陽気は亢盛にして狂躁悖乱し、剣を抜いて自らを傷つけ、自身のために禍殃を招く。尚秉和の注:この林辞は《明夷》が《井》に変わる条と重出し、取象はあの条に詳しい。
噬嗑。進士為官,不若服田,獲壽保年。艮為官,震為士、為進,故曰進士。艮為田、為壽、為保,震為年。
《帰妹》が《噬嗑》に変わる。林辞は言う:身を進めて官をするより、老実に田を種るほうが、かえって長寿を享け天年を保てる。尚秉和の注:艮は官を主り、震は士・進用を主るので「進士」と言う。艮は田・寿・保を主り、震は年を主る。
賁。耕石不生,棄禮無名。縫衣失針,襦袴不成。震為耕,上艮,故曰耕石。離為禮,艮為名,坎隱伏,故曰棄禮、曰無名。震為衣,坎為針,伏巽繩,故曰縫衣。坎失,故曰失針。震為襦,伏巽為袴,坎破,故不成。
《帰妹》が《賁》に変わる。林辞は言う:石の上で耕しても、何も生え出ない。礼法を棄てれば、すなわち名声もなくなる。衣裳を縫うに針を失し、短襖も長袴も成らない。尚秉和の注:震は耕を主り、上卦は艮で、艮は石を主るので「耕石」と言う。離は礼を主り、艮は名を主り、坎は隠伏を主るので「棄礼」と言い「無名」と言う。震は衣を主り、坎は針を主り、伏象の巽は繩線を主るので「縫衣」と言う。坎は失を主るので「失針」と言う。震は短襖を主り、伏象の巽は袴を主り、坎は破を主るので成らない。
剝。靈龜陸處,一旦失所。伊子復耕,桀亂無輔。艮龜,處坤上,故曰陸處。
《帰妹》が《剥》に変わる。林辞は言う:霊ある神亀が陸地に這い上がって身を棲め、一朝にして容身の処を失った。伊尹の子は重ねて田に帰って耕し、夏桀は昏乱にして輔佐する人がいない。尚秉和の注:艮は亀を主り、坤の上に居るので「陸處」と言う。
復。室當源口,漂溺為海。財產殫盡,衣食無有。坤水,故曰漂溺。
《帰妹》が《復》に変わる。林辞は言う:房屋は水源の出口に正対し、大水に漂われ没して一片の汪洋となった。家財は耗え尽き、衣食は全くない。尚秉和の注:坤は水を主るので「漂溺」と言う。
無妄。雞方啄粟,為狐所逐。走不得食,惶懼喘息。巽為雞,震為粟、為逐,艮為狐,乾惕,故曰惶懼。
《帰妹》が《无妄》に変わる。林辞は言う:鶏がちょうど頭を低くして粟米を啄んでいたが、不意に狐に追われた。一路奔逃し、食も食べられず、驚き慌てて喘ぐ。尚秉和の注:巽は鶏を主り、震は粟・追逐を主り、艮は狐を主る。乾は警惕戒懼を主るので「惶惧」と言う。
大畜。家在海隅,橈短流深。豈敢憚行,無木以趨。詳《觀》之《明夷》。橈短,依校,各本多作繞旋,繞,形訛,旋,音訛字。
《帰妹》が《大畜》に変わる。林辞は言う:家は海角の一隅に住み、船の楫は短く水流は深い。どうしてこの一趟を行くのを怖れるであろう、実は渡るべき舟木がないのである。尚秉和の注:この林辞は《観》が《明夷》に変わる条と重出し、取象はあの条に詳しい。校記:「橈短」の二字は校に依ってこのとおりとし、各本は多く「繞旋」と作る——「繞」は字形による訛り、「旋」は字音による訛りである。
頤。他山之錯,與璆為仇。來攻吾城,傷我肌膚,國家騷憂。艮為山、為錯,《禹貢》厥貢磬錯注:治玉之石曰錯,《詩小雅》他山之石,可以為錯。惟錯玉,故曰與璆為仇。璆,亦玉也。坤為仇、為城、為國、為傷,艮手為攻、為肌膚、為家,坤為憂也。○璆,宋元本作環,吾作我,均依汲古。
《帰妹》が《頤》に変わる。林辞は言う:他所の山の錯石が、美玉と敵対となった。それは来りて我が城を攻め、我が肌膚を傷つけ、国家を騒動不安にする。尚秉和の注:艮は山・錯石を主る。《尚書・禹貢》の「厥貢磬錯」に注は玉を治める石を「錯」と言い、《詩経・小雅・鶴鳴》は「他山の石、以て錯と為すべし」と言う。正に錯石が専ら玉を磨く用なので、それが「与璆為仇」と言う——璆もまた美玉である。坤は仇敵・城・国・傷を主り、艮は手を主るので攻となり、また肌膚・家を主り、坤はまた憂を主る。校記:「璆」の字は宋・元本で「環」、「吾」の字は宋・元本で「我」と作り、いずれも汲古閣本に従う。
大過。弊鏡無光,不見文章。少女不嫁,棄於其公。離為鏡,卦上下皆半離,故曰弊鏡。互大坎,故無光。坤為文章,坤伏,故曰不見文章。巽為少女,震為歸、為嫁、為公,震伏,故曰不嫁、曰棄於其公也。《易大過》以巽為少女,兌為老婦,故易林本之。
《帰妹》が《大過》に変わる。林辞は言う:古い鏡は光亮を映し出せず、その上の花紋が見えない。年少の女子は嫁がれず、夫の家に棄てられる。尚秉和の注:離は鏡を主る。この卦は上下それぞれ半分の離の形体しかない、これを「半象」と言う——一つの整卦を成さず、ただ二爻相連の半辺の形を取る——ので「弊鏡」と言い、鏡は殘破している。卦中に互体して大坎を成し、坎は晦暗を主るので光がない。坤は文章を主り、坤は潜伏するので「不見文章」と言う。巽は少女を主り、震は帰・嫁・公を主り、震は潜伏するので「不嫁」と言い「棄于其公」と言う。《周易・大過》は巽を以て少女とし兌を以て老婦とする、《易林》はそれに依って象を取ったのである。
坎。大蛇巨魚,相搏於郊。君臣隔塞,戴公廬漕。詳《噬嗑》之《訟》。廬漕,依校,各本多作出廬,不協。第二句汲古作相輔殺之,第四句作郭公失廬。按:鄭有內蛇外蛇鬬之事,未有魚相搏者,據此林似為郭國將亡之事,而今不能考。
《帰妹》が《坎》に変わる。林辞は言う:大蛇と巨魚が郊野で相闘い、君臣の間は阻隔して通ぜず、戴公はやむなく漕邑に寄居した。尚秉和の注:この林辞は《噬嗑》が《訟》に変わる条と重出し、取象はあの条に詳しい。「廬漕」の二字は校に依ってこのとおりとし、各本は多く「出廬」と作るが韻に合わない。第二句は汲古閣本で「相輔殺之」、第四句は「郭公失廬」と作る。按:鄭国には内蛇と外蛇が相闘った記載があるが、魚が相闘った事はない。この林辞に拠れば、どうやら郭国がまさに亡ぼうとした故事を講ずるようで、今はもう考実する術がない。
離。絕世無嗣,福祿不存。精神渙散,離其躬身。艮為世,震為子,艮震皆伏,而兌為附決,故曰絕世無嗣、曰福祿不存。震又為福祿也。震為精神,互巽風,故曰渙散。艮為身,艮伏不見,故曰離。○不,元本作無,從宋本、汲古。
《帰妹》が《離》に変わる。林辞は言う:世系が絶えて後嗣なく、福禄も保てない。精神は渙散し、この躯を離れた。尚秉和の注:艮は世代を主り、震は子を主り、ここで艮と震はともに潜伏して見えず、兌は附着断決を主るので「絶世無嗣」と言い「福禄不存」と言い、震もまた福禄である。震は精神を主り、卦中の互体の巽は風を主るので「渙散」と言う。艮は身を主り、艮は潜伏して顕れないので「離」と言う。校記:「不」の字は元本で「無」と作り、これは宋本と汲古閣本に従う。
咸。文德之君,養人致福。年無胎夭,國富民實。憂者之望,曾參盜息。通《損》。坤為文,震為德、為君、為人、為福,坤為養、為年歲,震為胎,坤為死、為夭,震福,故無。坤為國民、為富實。下二語有訛字,難解。○曾,宋本作憎,元本作增,姑從汲古,以俟再考。
《帰妹》が《咸》に変わる。林辞は言う:文徳ある君主は百姓を養育し福を招く。一年の内に胎死夭折する者なく、国家は富んで足り、百姓は殷実である。末の二句「憂者之望、曽参盗息」は文字に訛りがあり、大意は憂心する人の望む所は、正に曽参が人を殺したという類の謡言がこれより息まることのようである。尚秉和の注:「通《損》」は旁通《損》卦の象を兼ねて取ることを言う。坤は文を主り、震は徳・君・人・福を主る。坤は養育・年歳を主り、震は胎を主り、坤は死・夭を主るが、震は福を主るので「無」と言う。坤は国・民・富実を主る。末の二句は訛字があり講じ通せない。校記:「曽」の字は宋本で「憎」、元本で「増」と作り、しばらく汲古閣本に従い、後日に考を留める。
恆。合歡之國,喜為我福。東嶽南山,朝躋成恩。通《益》。坤為國,初至五正反震相對,故曰合歡之國。震為東,又為南,上艮,故曰東嶽南山。震為朝、為躋、為恩德。案:《周禮》視祲注云:隮,虹也。《墉風》朝隮於西,崇朝其雨,疏亦訓隮為虹,言虹見於西方則雨氣應也。隮躋同字,然易林數見皆作躋,朝躋成恩者,言山嶽虹見雨應以成其恩澤也。○躋,汲古作濟,依宋元本。恩,宋元本作息,依汲古。恩與山韻。
《帰妹》が《恒》に変わる。林辞は言う:和睦歓洽の邦国があり、喜楽は化して我が福気となった。東岳と南山の間で、清晨に虹霓が升り、随って雨が降って恩沢を成す。尚秉和の注:「通《益》」は旁通《益》卦の象を兼ねて取ることを言う。坤は国を主る。初爻から五爻まで正震と倒震が互いに相対するので「合歓之国」と言う。震は東に居りまた南を主り、上卦は艮で、艮は山を主るので「東岳南山」と言う。震は朝・躋・恩徳を主る。案:《周礼》の視祲の職に鄭注は「隮」はすなわち虹と言い、《詩経・鄘風・蝃蝀》の「朝隮于西、崇朝其雨」に孔疏も「隮」を虹と訓じ、虹が西方に現れれば雨気が応ずると言う。「隮」と「躋」はもと同じ字だが、《易林》は数処とも「躋」と写す。いわゆる「朝躋成恩」は、山岳の間に朝に虹が現れ雨が応じて、よってあの恩沢を成したと言う。校記:「躋」の字は汲古閣本で「済」と作り、これは宋・元本に従う。「恩」の字は宋・元本で「息」と作り、これは汲古閣本に従う、「恩」は「山」と押韻する。
遯。憂人之患,履悖易顏。為身禍殘,率身自守。
《帰妹》が《遯》に変わる。林辞は言う:他人の禍患のために憂い、行いが悖謬して顔色を変えた。災禍の殘害が自身の上に落ち、ただ自らを約束し謹慎して自ら守るほかない。この条の尚秉和の注文は本分片の末尾で断ち切れ、その卦象と校勘を解説する部分は次の分片の冒頭に接続する、ここは源文の実を収め、増補しない。
與喜相抱,長子成老,封受福祉。乾為畏惕,故曰憂患。伏震為履,坤為悖,艮為顏,坤為身、為禍。艮為守、為抱,震為喜、為長子,坤為老。後四句與前三句吉凶相反,定為衍文,本林至第三句而此。○老,汲古作考,義同。
これは《帰妹》が《遯》に変わる条の後半で、冒頭の数句は本巻の前の段落にある。残る林辞は言う:喜慶の事と相拥し相守り、長子は成長して年老に至り、封賞を受けて福気を承ける。尚秉和の解説:乾は敬惧警惕を主るので、上文に「憂患」の語がある。震はここで伏して見えず、伏震は践履を主り、坤は悖乱を主り、艮は顔面を主り、坤はまた身体・禍患を主る。艮は守護・懐抱を主り、震は喜慶・長子を主り、坤は年老を主る——林辞の各句はみなこれらの卦象から推し出された。尚氏は併せて断定する:後の四句の言う吉慶は前の三句の言う凶険とちょうど相反し、断然後人の窜入した「衍文」すなわち余分の文字で、この林辞はもと第三句で終わるべきであった(末句「而此」は「而止」の訛りであろう)。校記:「老」の字は汲古閣本で「考」と作り、二字の意は同じである。
大壯。太公避紂,七十隱處。卒逢聖文,為王室輔。詳《明夷》之《坤》。逢,宋元本作受,依汲古。
《帰妹》が《大壮》に変わる。林辞は言う:姜太公は商紂の暴政を避け、年七十を過ぎてもなお隠居して出ない。ついに聖明の周の文王に遇い、王室の輔佐大臣となった——老いて時に遇い、久しく屈してついに伸びる象である。尚秉和の注明:この条の取象は前文の「明夷之坤」の条と同じで、詳しくはあの条に見よ。校記:「逢」の字は宋本・元本で「受」と作り、ここは汲古閣本に依る。
晉。江漢上流,政逆民憂。陰代其陽,雌為雄公。互坎為水,坤亦為水、為江漢、為流。坤為政、為民,逆行,故曰政逆民憂。坎為憂也。坤為陰、為雌,五陽位,陰居之,故曰代陽、曰雌為雄。○代,宋元本作伐,非,依汲古。
《帰妹》が《晋》に変わる。林辞は言う:長江・漢水の上流の一帯で、政令は悖逆し百姓は憂愁する。陰が陽の位に取って代わり、牝鶏が雄鶏の役を為す——陰盛陽衰、政乱民困の象である。尚秉和の解説:本卦《帰妹》の二・三・四爻は「互体」して坎を成し、互体は隣り合う三爻を取って別に一卦を組むことである。坎は水を主り、之卦《晋》の下体の坤もまた水を主り、併せて「江漢」「流」の二つの《説卦伝》に載せず、《易林》の辞例から輯補した「逸象」がある。坤は政事・民衆を主り、坤気の運行は逆行なので「政逆民憂」と言い、坎はまた憂を主る。坤は陰・雌を主り、第五爻はもと陽位だが、今陰爻が占めているので、陰が陽に取って代わったと言い、牝鶏が雄鶏に充てられたと言う。校記:「代」の字は宋・元本で「伐」と作るが誤り、ここは汲古閣本に依る。
明夷。縮緒亂絲,舉手為災。越畝逐兔,喪其衣袴。伏巽為緒、為絲,震為反,故曰縮緒。坤亂,故曰亂絲。坤為畝、為喪,震為兔、為越、為衣,伏巽為袴,坤喪,故曰喪其衣袴。○緒,汲古作縮,非,依宋元本。
《帰妹》が《明夷》に変わる。林辞は言う:糸頭を逆に抽けば、糸はかえって一団の乱麻に纏まる。手を一挙すれば禍事を闖き出す。田の畦を跨いで野兎を追えば、衣袴まで地に失くした——労して功なく、かえって損を受ける象である。尚秉和の解説:本卦《帰妹》の上体は震で、震の伏す巽(陰陽爻を全部互いに易えた卦を伏象と言い、震は巽に伏し兌は艮に伏す、以下同じ)は糸緒・糸線を主り、震の卦徳は反動なので「縮緒」と言い、すなわち糸頭を引き戻すこと。坤の卦徳は乱なので、糸は乱糸となる。之卦《明夷》の上体の坤は田畝・喪失を主り、震は兎・跨越・衣裳を主り、伏巽は袴を主り、坤はまた喪亡を主るので「喪其衣袴」と言う。校記:「緒」の字は汲古閣本で「縮」と作るが誤り、ここは宋・元本に依る。
家人。臭彘腐木,與狼相輔。亡夫失子,憂及父母。巽為臭,坎豕,故曰臭彘。巽為木、為腐,狼象未詳。震為夫、為子,震伏,故曰亡失。坎為憂,巽為母,伏震為父。○木,宋元本作水,依汲古。
《帰妹》が《家人》に変わる。林辞は言う:腐臭の猪に朽爛の木が配し、さらに豺狼と同伙を結ぶ。夫は死に子は失散し、憂愁は父母にまで連累する——喪亡の象である。尚秉和の解説:之卦《家人》の上体は巽で、巽は気味の腥臭を主り、坎は猪を主り、合わせればすなわち「臭彘」となる。巽はまた木・腐朽を主る。「狼」がどの卦象から出たかについては、尚氏は坦率にまだ考え出ていないと言う。震は夫・子を主るが、震はこの卦で伏して見えないので亡夫失子と言う。坎は憂愁を主り、巽は母を主り、巽の伏す震は父を主るので「憂及父母」と言う。校記:「木」の字は宋・元本で「水」と作り、ここは汲古閣本に依る。
睽。刲羊不當,女執空筐。兔跛鹿踦,緣山墜墮,讒佞亂作。此用《歸妹》象。上二句歸妹上六意也。兌為羊,坎為刺,故曰刲羊。兌為女,震為筐,震虛,故曰女執空筐。震為兔、為鹿,互坎,故曰跛踦。伏艮為山,伏巽為墜墮,兌口震言,故曰讒佞亂作。
《帰妹》が《睽》に変わる。林辞は言う:羊を宰るが要害に刺さらず血が出せず、女子の捧ぐ竹筐は中が空である。兎は足を瘸め鹿も足を跛め、山崖を攀じて墜落する。讒言と佞語が一斉に興起する——通体は徒労無成、口舌が禍を招く象である。尚秉和の解説:この条は本卦《帰妹》の象を用い、前の二句はすなわち《帰妹》上六爻辞の「女承筐無実、士刲羊無血」の意である。兌は羊を主り、二・三・四爻が互体して坎を成し、坎は刺を主るので「刲羊」と言い、刲はすなわち刺殺である。兌は女子を主り、震は竹筐を主り、震卦の上の二爻は中虚なので「女執空筐」と言う。震は兎・鹿を主り、互出の坎は陥険を主るので兎は跛み鹿は踦ぐ——踦は片足が跛むこと。兌の伏す艮は山を主り、震の伏す巽は陥落を主るので攀山して墜堕すと言う。兌は口を主り、震は言を主り、口舌が加わるので「讒佞乱作」と言う。
蹇。拔劍傷手,見敵不喜。良臣無佐,困憂為咎。艮為劍、為手,坎為傷,故曰拔劍傷手。坎憂,上坎中爻坎,坎遇坎為敵,故曰見敵不喜。離為見,坎病,故不喜。艮為臣、為佐,坎為孤,故曰無佐。坎為困憂,《艮彖傳》云上下敵應,即以艮見艮為敵也。○喜,宋元本作善,困作國,均依汲古。
《帰妹》が《蹇》に変わる。林辞は言う:剣を抜いて鞘から出したがかえって自分の手を割傷し、敵に遇えば心が快くない。賢良の臣子なのに輔佐する人がいなく、困頓憂愁はすなわち災咎となった。尚秉和の解説:《蹇》は艮下坎上で、艮は剣・手を主り、坎は損傷を主るので「拔剣傷手」と言う。坎はまた憂を主り、この卦の上体は坎で、二・三・四爻の互体もまた坎を成し、同類が相遇せばすなわち「敵」となる——二つの坎が彼此相値するので「見敵不喜」と言う。離は見るを主り、坎は疾病を主るので、見ても喜ばない。艮は臣子・輔佐を主り、坎は孤単を主るので「無佐」と言う。坎は困頓憂愁を主る。尚氏は併せて《艮・彖伝》の「上下敵應、不相与也」を引き、それは正に艮を以て艮に遇えば敵となるのと、ここで坎が坎に遇うのと同じ条例であると指摘する。校記:「喜」の字は宋・元本で「善」、「困」の字は「国」と作り、ここはいずれも汲古閣本に依る。
解。三羖五牂,相隨俱行。迷入空澤,循谷直北。徑涉六駁,為所傷賊。詳《無妄》之《觀》。賊,宋本、汲古作敗,依元本。徑皆作經,依汲古《無妄》之《觀》校。
《帰妹》が《解》に変わる。林辞は言う:三匹の黒い牡羊と五匹の牝羊が、一路相随して同行する。道に迷い空曠の大沢に誤入し、山谷に沿ってひたすら北へ走る。途中で六頭の「駁」に通り過ぎる——それは古書に載る馬に似て虎豹を食える猛獣——よって咬まれ残された。羖は黒い牡羊、牂は牝羊である。尚秉和の注明:取象は詳しく前文の「无妄之観」の条に見よ。校記:「賊」の字は宋本と汲古閣本で「敗」と作り、ここは元本に依る。「径」の字は各本とも「経」と作り、ここは汲古閣本の「无妄之観」の条に依って校改する。
損。爭雞失羊,亡其金囊,利得不長。陳蔡之患,賴楚以安。詳《恆》之《夬》。
《帰妹》が《損》に変わる。林辞は言う:一羽の鶏のために争い休まず、かえって羊を失い、金を装んだ袋まで失った。得た好いことは長く続かない。また孔子が陳・蔡の間に困えられたような禍患で、楚国の出兵相救によってやっと平安を得た——小のために大を失い、ついに外援に頼る象である。尚秉和の注明:取象は詳しく前文の「恒之夬」の条に見よ。
益。三驪負衡,南取芷香。秋蘭芬馥,盈滿神匱,利我仲季。震為馬,數三,故曰三驪。艮為負、為衡,巽為香、為蘭芷,震為南,故曰南取。伏兌為秋,故曰秋蘭。震為神、為匱,坤多,故曰盈滿。巽為利,艮為季。○衡,宋元本作銜,取芷作芷取,均依汲古。驪,汲古訛灑。
《帰妹》が《益》に変わる。林辞は言う:三匹の黒馬が車衡を駕り、南へ行って香芷を采り来る。秋の蘭草は香りが濃く、祭品を盛る神柜に満ちて、我が家の次男三男も皆これによって利を得る——采獲豊足の象である。尚秉和の解説:震は馬を主り、その卦数は三なので「三驪」と言い、驪はすなわち純黒の馬である。之卦《益》の三・四・五爻は互体して艮を成し、艮は負載・車衡を主る。巽は香気・蘭と芷を主る。震は南方を主るので「南取」と言う。艮の伏す兌は秋天を主るので「秋蘭」と言う。震は神明・柜匱を主り、二・三・四爻は互体して坤を成し、坤は众多を主るので「盈満」と言う。巽は利益を主り、艮は排行最末の季子を主る。校記:「衡」の字は宋・元本で「銜」、「取芷」の二字は「芷取」と作り、ここはいずれも汲古閣本に依る。「驪」の字は汲古閣本で「洒」と訛る。
夬。孟夏己丑,哀呼尼父。明德訖終,亂虐滋起。詳《睽》之《恆》。夏,汲古作春,非。
《帰妹》が《夬》に変わる。林辞は言う:初夏四月の己丑の日に、人々は哀声痛く「尼父」を呼ぶ——魯の哀公十六年四月己丑に孔子が亡くなり、哀公は誄文を作り彼を尼父と尊称した。聖明の徳教はここに終結し、昏乱暴虐はこれより滋長する。尚秉和の注明:取象は詳しく前文の「睽之恒」の条に見よ。校記:「夏」の字は汲古閣本で「春」と作るが誤り。
姤。履不容足,南山多葉。家有滎蘭,乃無病疾。震為履、為足,震伏,故不容足。乾為山、為南,巽為芝蘭,坤為疾病,坤伏,故無。○葉,宋本作草,元本作革。芝,宋元本作芳,均依汲古。
《帰妹》が《姤》に変わる。林辞は言う:足を置く地は一足を容れるほどに窄いが、南山の上は枝葉が繁茂している。家には芝蘭の香草を種えているので、病痛を生じない。林辞の「滎」の字は、注文と校記とも「芝」と作り、字は「芝蘭」を正とすべきである。尚秉和の解説:震は践履・足を主るが、震はここで伏して見えないので「履不容足」と言う。乾は山・南方を主り、巽は芝蘭の類の香草を主る。坤は疾病を主り、坤も伏して見えないので「乃無病疾」と言う。校記:「葉」の字は宋本で「草」、元本で「革」と作る。「芝」の字は宋・元本で「芳」と作り、ここはいずれも汲古閣本に依る。
萃。三足無頭,不知所之。心狂睛傷,莫使為明,不見日光。伏震,故曰三足。乾為頭,乾伏,故曰無頭。三至上正反震,故曰不知所之。坤為心,巽風,故曰心狂。兌為半離,易履卦謂之眇,故此曰睛傷。艮為日、為光,互巽為伏,故曰不見。○日,宋元本作月,非,依汲古。心狂睛傷,汲古作心在精傷,依宋元本。
《帰妹》が《萃》に変わる。林辞は言う:三つの足があるだけで頭がなく、どこへ行くべきか分からない。心神は狂乱し目は傷つき、物を見清めることができず、日光に遇えない——昏昧にして路を失う凶象である。尚秉和の解説:震はここで伏して見えず、震の卦数は三なので「三足」と言う。乾は頭を主り、乾も伏して見えないので「無頭」と言う。第三爻から上爻の間に、一つの正立の震と一つの倒置の震が彼此相対する——卦体を上下顛倒して得る卦を「覆象」と言い、正反の二震は走向が相背するので「不知所之」と言う。坤は心を主り、巽は風を主り、風が一吹き動かせば、心は狂乱する。兌の卦画は離と一画しか違わず、半分の離に等しい、この取り方を「半象」と言う。離は目を主り、半分の離はすなわち一つの目で、《周易・履》六三の「眇能視」は正にこの象を用いる、だからここで「睛傷」と言う。艮は日・光を主り、互出の巽は伏蔵を主るので「不見日光」である。校記:「日」の字は宋・元本で「月」と作るが誤り、ここは汲古閣本に依る。「心狂睛傷」の四字は汲古閣本で「心在精傷」と作り、ここは宋・元本に依る。
升。戴堯扶禹,松喬彭祖。西過王母,道路夷易,無敢難者。詳《師》之《離》。松,汲古訛從,依宋元本。
《帰妹》が《升》に変わる。林辞は言う:頭上に唐堯を戴き身辺に夏禹を扶け、赤松子・王子喬・彭祖の長寿の人たちと同游する。一路西へ行って西王母の居処を経るが、道路は平坦で行きやすく、敢えて留難を加える者はいない——通行无阻、神仙の助けを得る象である。尚秉和の注明:取象は詳しく前文の「師之離」の条に見よ。校記:「松」の字は汲古閣本で「従」と訛り、ここは宋・元本に依る。
困。式微式微,憂禍相絆。隔以巖山,室家分散。詳《小畜》之《謙》。絆,汲古作半,依宋元本。
《帰妹》が《困》に変わる。林辞は言う:式微式微——《詩・邶風・式微》の「式微式微、胡不帰」の成句を用い——憂愁と禍患が一処に纏い絆する。中間にはまた岩石の高山が隔たり、一家は四散分離した。尚秉和の注明:取象は詳しく前文の「小畜之謙」の条に見よ。校記:「絆」の字は汲古閣本で「半」と作り、ここは宋・元本に依る。
井。靈龜陸處,一旦失所。伊子復耕,桀亂無輔。詳《剝》林。
《帰妹》が《井》に変わる。林辞は言う:通霊の神亀が旱地に置かれ、一朝にして安身の処を失った。伊尹はやむなく有莘の野に帰って耕作に復し、夏桀は昏乱にして身辺に輔佐する人がいない——賢者が位を失い暴君が孤立する象である。尚秉和の注明:取象は詳しく《剥》卦の下に繫がれたあの一林に見よ。
革。仁德覆洽,恩及異域。澤被殊方,禍災隱伏。蠶不作室,寒無所得。通《蒙》。震為恩德,坤為巽域、為殊方。兌為恩澤,坤為禍災,坎為隱伏,巽為蠶,坎為室,坎伏,故曰不作室。坎為寒室,繭也。
《帰妹》が《革》に変わる。林辞は言う:仁徳は遍く浸潤し、恩惠は外邦に施される。恩沢は遠方に覆い被さり、禍災はここに隠伏して発しない。ただ蚕が繭を結び巣を作らないので、寒い時には収穫する所がない。尚秉和の解説:この条は「旁通」の象を取る——《革》卦の六爻の陰陽を全部翻転すれば《蒙》卦となるので、注文は先ず「通《蒙》」と標す。震は恩徳を主り、坤は異域・遠方を主り、注文の「巽域」の「巽」の字は「異」と作るべきである。兌は恩沢を主り、坤は禍災を主り、坎は隠伏を主る。巽は蚕を主り、坎は居室を主るが、坎は伏して見えないので「蚕不作室」と言う——坎の主る「寒室」は、まさに蚕の繭を指す。
鼎。夏麥,霜擊其芒。疾君敗國,使年夭傷。詳《泰》之《賁》。,汲古作,依宋元本。
《帰妹》が《鼎》に変わる。林辞は言う:夏の麦は寒霜に麦芒を打ち傷された。君主を害し国家を敗壊し、年成を中途で夭折させ損なう。底本はこの条に脱文がある:首句の「夏」の字の下で一字を脱し、末尾の校記に校す字と汲古閣本の異文の二処もいずれも脱去した。今は底本の実録どおりとし、臆測して補わない。尚秉和の注明:取象は詳しく前文の「泰之賁」の条に見よ。校記:脱したあの字は汲古閣本で別の一字と作り、ここは宋・元本に依る。
震。火雖熾,在吾後。寇雖多,在吾右。身安吉,不危殆。詳《大有》之《需》。
《帰妹》が《震》に変わる。林辞は言う:火勢は猛烈だが、我が身後を焼く。盗寇は衆多だが、我が右側を行く。自身は平安吉利で、危険に遭うに至らない——禍が身に及ばない象である。尚秉和の注明:取象は詳しく前文の「大有之需」の条に見よ。
艮。遼遠絕路,客宿多悔。頑囂相聚,生我畏惡。詳《明夷》之《小畜》。遼遠,元本作遠遼,依宋本、汲古。
《帰妹》が《艮》に変わる。林辞は言う:路途は遼遠にして前路は絶え、外に客居して宿を投じ、至る所人を悔いらせる。頑劣喧囂の人が一処に聚まり、我に畏れ厭う心を生ぜしめる。「頑囂」は《尚書》の舜の父母が「父頑母嚚」というのに出て、冥頑にして事理を知らないを指す。尚秉和の注明:取象は詳しく前文の「明夷之小畜」の条に見よ。校記:「遼遠」の二字は元本で「遠遼」と作り、ここは宋本と汲古閣本に依る。
漸。懸懸南海,去家萬里。飛兔腰褭,一日見母,除我憂悔。詳《晉》之《坎》。腰褭,各本作褭駿,依《晉》之《坎》校。
《帰妹》が《漸》に変わる。林辞は言う:心は懸懸として南海を牽挂し、家を離れてすでに万里の遥かである。幸いに飛兎・腰褭のような良馬あり——両者とも古書に載る千里馬の名——一日の内に駆け帰って母に見え、我が憂愁悔恨を解き去った。尚秉和の注明:取象は詳しく前文の「晋之坎」の条に見よ。校記:「腰褭」の二字は各本とも「褭駿」と作り、ここは「晋之坎」の条に依って校改する。
豐。困而後通,雖厄不窮。終得其願,姬姜相從。震為姬,巽為姜。
《帰妹》が《豊》に変わる。林辞は言う:先ず困頓して後に通達し、困厄に遭うも窮途に至らない。末に至って願いのごとくなり、姬姓と姜姓の佳偶は彼此相従う——先難後獲の象である。尚秉和の解説:震は姬姓を主り、巽は姜姓を主る。姬は周室の姓、姜は斉国の姓で、両姓は世々通婚し、古人は遂に「姬姜」を以て美好の配偶を連称する、林辞の末句はまさにこの二つの卦象から推し出された。
旅。西賈巴蜀,寒雪至轂。欲前不還,得反空屋。詳《家人》之《解》。○空,元本作窒,依宋本。
《帰妹》が《旅》に変わる。林辞は言う:西へ巴蜀の一帯に行って商うが、寒天の大雪が深く車轂を没する。さらに前へ進もうとしても頭を回らせず、帰るを待てば、家に残るは一間の空屋のみ——遠行して本を折る象である。尚秉和の注明:取象は詳しく前文の「家人之解」の条に見よ。校記:「空」の字は元本で「窒」と作り、ここは宋本に依る。
巽。新作初陵,爛陷難登。三駒摧車,躓頓傷頤。伏艮為陵,巽為爛,伏震為登,坎陷,故難登。震為駒,數三,坎破,故曰三駒摧車。伏坎為蹇,初至四互頤,故曰躓頓傷頤。
《帰妹》が《巽》に変わる。林辞は言う:新たに一つの陵丘を築いたが、土はまだ松爛で、一踏みすれば塌陷し、登り難い。三匹の馬駒が車を引き壊し、人は顛仆跌倒して腮頬を傷つけた——根基牢ならず、中途で挫折する象である。尚秉和の解説:兌の伏す艮は丘陵を主り、巽は爛軟を主り、巽の伏す震は登升を主り、互出の坎は陥落を主るので「爛陥難登」と言う。震は馬駒を主り、その卦数は三、坎はまた破損を主るので「三駒摧車」と言う。離の伏す坎は蹇難の義があり、初爻から四爻まで合して一つの頤の形体を成し、頤は口頬腮頷を主るので「躓頓傷頤」と言う——躓は絆き倒れること、頓は仆れることである。
兌。延頸望酒,不入我口。深目自苦,利得無有,幽人悅喜。詳《無妄》之《大畜》。
《帰妹》が《兌》に変わる。林辞は言う:首を長くしてあの一杯の酒を盼ぐが、酒は我が口に入らない。眼窩は深く陥れ独り苦しみを受け、求める利益は一つも得られない。かえって幽居避世の人が自在に歓喜する——求めて得られず、退き処ってかえって安らぐ象である。尚秉和の注明:取象は詳しく前文の「无妄之大畜」の条に見よ。
渙。仲春孟夏,和氣所舍。生我嘉福,國無殘賊。坎為仲,互震,故曰仲春。對卦離為夏,震為長,故曰孟夏。坎為和,震出,故曰舍。震為生、為嘉福,艮為國,坎為賊,風散,故無賊。舍,發也。
《帰妹》が《渙》に変わる。林辞は言う:仲春から初夏へ、正に和暖の気が舒発する時節である。美好の福気を生じて我に与え、国の中に殘害作乱の人がない。尚秉和の解説:《渙》は坎下巽上で、坎は排行の中を主り、互体の出ずる震は春を主るので「仲春」と言う。坎と相対する離は夏を主り、震は長を主り、長はすなわち排行第一なので「孟夏」と言う。坎は和気を主り、震は出動を主るので「舎」と言う——注末に「舎」はここで「発」と講ずる、舒発の意と点明す。震は生育・美福を主り、艮は邦国を主り、坎は賊寇を主り、巽風が一吹けば散じるので国中に殘賊なし。
節。張網捕鳩,兔離其災。雌雄俱得,為罝所賊。通《旅》。離為網、為鳩,艮為捕,震為兔,旅下卦震覆,故曰兔罹其災。離罹通用。艮為雄,互巽為雌,離罝在上,故曰雌雄俱得。巽為賊也。
《帰妹》が《節》に変わる。林辞は言う:羅網を張って斑鳩を捕え、兎もこの災殃に遭う。雌も雄も一斉に網に落ち、皆網罟に害される。林辞の「離」の字は「罹」と通用し、遭遇の意である。尚秉和の解説:この条は旁通の象を取る——《節》の六爻の陰陽を尽く翻せば《旅》となるので、注文は「通《旅》」と標す。離は網・斑鳩を主り、艮は捕捉を主り、震は兎を主る。《旅》の下卦の艮は正に震を倒置して成った覆象なので、兎が災に遭ったと言う。艮は雄を主り、互出の巽は雌を主り、離の象ずる罝網は上に張るので雌雄は一斉に擒えられる。巽は殘害を主る。
中孚。三人俱行,一人言北。伯仲欲南,少叔不得。中路分爭,道鬬相賊。詳《剝》之《巽》。爭道,汲古作道爭,依宋元本。
《帰妹》が《中孚》に変わる。林辞は言う:三人が同じく路に上り、一人は北へ行くを主張する。長男次男は南へ行きたいと思い、最も小さい叔弟はまた肯んじて従わない。半道で各々一説を執って争い起こり、路上で鬬殴して彼此傷害する——同行して志を異にし、内訌して事を敗る象である。尚秉和の注明:取象は詳しく前文の「剥之巽」の条に見よ。校記:「争」「道」の二字は汲古閣本で「分道、争鬬」と作り、ここは宋・元本に依って「分争、道鬬」と作る。
小過。然諾不行,欺紿誤人。使我露宿,夜歸溫室。神怒不直,鬼擊其目。欲求福利,適反自賊。詳《恆》之《觀》。後三句宋元本作鬼欲求獨,刺擊其目,反言自賊,依汲古。
《帰妹》が《小過》に変わる。林辞は言う:応承した言葉を果たさず、欺騙して人を誑え誤らせる。我を露天で夜を過ごさせ、夜に入ってやっと暖かい屋に帰らせた。神明はこの種の不正を怒り、鬼が来りて彼の目を撃刺する。もとより福利を求めようとしたが、ちょうど反対に自分を害した。尚秉和の注明:取象は詳しく前文の「恒之観」の条に見よ。校記:末尾の三句は宋・元本で「鬼欲求獨、刺撃其目、反言自賊」と作り、ここは汲古閣本に依る。
既濟。陳辭達誠,使安不傾。增祿益壽,以成功名。詳《明夷》之《晉》。
《帰妹》が《既済》に変わる。林辞は言う:言辞を陳述し誠意を伝達し、局面を安穏にして傾覆させない。禄位は増え寿数は延び、よって功業名声を成す——言に信あり、ついに顕達を獲る象である。尚秉和の注明:取象は詳しく前文の「明夷之晋」の条に見よ。
未濟。火燒公床,破家滅亡。然得安昌,先憂重喪。半艮為床,重離,故曰燒。坎為破、為憂。
《帰妹》が《未済》に変わる。林辞は言う:火が主人の坐床に焼きつき、家は破れ人は亡ぶ。しかしついには転じて安定昌盛となるが、ただ先に憂愁と連続の喪事を経る。尚秉和の解説:二爻を凑せて半分の艮を成し、この半象の艮は床を主る。《未済》の上体は離で、二・三・四爻の互体もまた離を成し、二つの離が相重なり火勢が加わるので「焼」と言う。坎は破損・憂愁を主る。
豊 第五十五
豐。諸孺行賈,經涉山阻。與狄為市,不憂危殆,利得十倍。孺,《說文》乳子也。震為子,兌少。諸,《爾雅釋詁》諸諸便便辯也。震為言,故曰諸孺。震為商賈,故曰行賈。伏艮為山,兌為狄,按:《呂覽》有西翟,翟狄通用。《周語》自竄於戒[當作戎]翟之間是也。《爾雅》注稱東夷、西戎、北狄,然觀各書,戎狄於西北實不分,故林以兌西為狄也。巽為市,坎為憂,坎伏,故不憂不殆。巽為利、為倍,兌數十,故曰十倍。林意言者孺行賈當危殆,而竟得利也。○山,宋元本作火,狄作杖,均依汲古。
《豊》卦が変じた第一条、変じてもなお変わらず《豊》である。林辞は言う:一群の年少の後生が外へ出て商いをし、一路山を翻り険を越える。狄人と売買をするも、危殆を憂うるに及ばず、十倍の利を得る。尚秉和の解説:「孺」は《説文解字》が乳子と訓し、すなわち年幼の子である。震は子を主り、兌は年少を主る。「諸」は《爾雅・釈詁》に「諸諸便便は弁なり」の訓解があり、弁舌さわやかな様子である。震は言語を主るので、合わせて「諸孺」と称す。震は商賈を主るので「行賈」と言う。兌の伏す艮は山を主る。兌は狄人を主る——尚氏の按:《呂氏春秋》に「西翟」の称があり、翟と狄は通用し、《国語・周語》の「戎翟の間に自ら竄る」(「戒」は「戎」と作るべき)がその一例である。《爾雅》の注は東夷・西戎・北狄と分つが、群書を遍観すれば、戎と狄は西北では実は区分がない、だから《易林》は西方に居る兌を以て狄とする。巽は市集を主り、坎は憂患を主るがここで伏蔵して見えないので、憂えず危なくない。巽は利・加倍を主り、兌の卦数は十なので「十倍」と言う。尚氏は併せてこの林辞の意を点じる:これらの後生は出門して商うに本は危険があるはずが、果たして利を得た。校記:「山」の字は宋・元本で「火」、「狄」の字は「杖」と作り、ここはいずれも汲古閣本に依る。
乾。鼎足承德,嘉謀生福。為王開庭,得心所欲。詳《晉》之《大壯》。
《豊》が《乾》に変わる。林辞は言う:鼎の三足のように穏やかに徳業を承載し、美善の謀が福気を生ず。君王のために朝堂を開き、心に欲する所を皆得る——輔弼して位を得る象である。尚秉和の注明:取象は詳しく前文の「晋之大壮」の条に見よ。
坤。曳綸江海,釣魴與鯉。王孫列俎,以饗仲友。此用豐卦。互巽為綸,兌為江海,巽為魚,故曰魴鯉。伏艮為王孫,伏震為俎,兌食,故曰饗。兌為朋友,伏坎,故曰仲友。○列俎,宋元本作利得,皆形訛字,依汲古。第二句宋元本作釣掛魴鯉,依汲古。
《豊》が《坤》に変わる。林辞は言う:江海の上で長い糸を曳いて垂釣し、魴魚と鯉魚を釣り上げる。王孫は魚を俎案に列べ、排行の中の友を宴饗するのに用いる。尚秉和の解説:この条は本卦《豊》の象を用いる。《豊》の三・四・五爻は互体して巽を成し、巽は糸綸を主る。二・三・四爻は互体して兌を成し、兌は江海を主る。巽はまた魚を主るので、魴と言い鯉と言う。兌の伏す艮は王孫を主り、巽の伏す震は俎案を主り、兌は飲食を主るので「饗」と言う。兌はまた朋友を主り、その中の伏す坎は排行の中を主るので「仲友」と言う。校記:「列俎」の二字は宋・元本で「利得」と作り、いずれも字形相近による訛りで、ここは汲古閣本に依る。第二句は宋・元本で「釣掛魴鯉」と作り、ここは汲古閣本に依る。
屯。東山皋落,叛逆不服。興師征討,恭子敗覆。艮山,震東,皋亦小山,故曰東山皋落。皋落,赤狄別種。坤為叛逆、為師,震為征討、為子,坤順,故曰恭子。坤為敗覆,恭子,太子申生也。閔二年晉侯使太子申生伐東山皋落氏,後申生卒被譖死。
《豊》が《屯》に変わる。林辞は言う:東山の皋落氏は叛逆して帰服しない。兵を興して征討に行くが、恭子は敗北覆没の末路に落ちた。尚秉和の解説:艮は山を主り、震は東方を主り、「皋」もまた小山なので、合わせて「東山皋落」となる——皋落は赤狄の一つの別支である。坤は叛逆・軍旅を主り、震は征討・子嗣を主り、坤の卦徳は順従なので彼を「恭子」と称す。坤はまた敗覆を主る。恭子はすなわち晋の献公の太子申生である:《左伝》閔公二年に晋侯が太子申生を派して東山皋落氏を討たせ、後に申生はついに人の讒を受けて死んだと記す。
蒙。千里騂駒,為王服車。嘉其麗榮,君子有成。坤為千里,震馬,故曰千里騂駒。震為王、為車、為榮,艮為君子、為成。為王服車,即為王駕車也。
《豊》が《蒙》に変わる。林辞は言う:千里を行ける一匹の赤色の馬駒が、君王のために車を駕す。人々は皆その華美栄耀を讃美し、君子はこれによって成る所がある。尚秉和の解説:坤は千里の広さを主り、震は馬を主るので「千里騂駒」と言う——騂は赤黄色の毛色である。震は王・車・栄耀を主り、艮は君子・成就を主る。注末に点明す:「為王服車」はすなわち君王のために車を駕すること、服はすなわち駕御である。
需。二龍北行,道逢六狼。莫宿中澤,為禍所傷。乾為龍,兌卦數二,故曰二龍。坎北,故曰北行。伏艮為道、為狼,坎數六,故曰六狼。坎為莫、為宿,兌為澤,坤為禍。○二,宋本、汲古作三,非,依元本。莫,宋元本作暮,亦非,西漢時多作莫,暮為後人妄改,故依汲古。
《豊》が《需》に変わる。林辞は言う:二条の龍が北へ行き、半路で六匹の狼に遇う。夕方大沢の中に宿り、禍患に傷られた。「莫」はすなわち「暮」で、日の落ちる時を指す。尚秉和の解説:乾は龍を主り、兌の卦数は二なので「二龍」と言う。坎の位は北にあるので「北行」と言う。兌の伏す艮は道路・狼を主り、坎の卦数は六なので「六狼」と言う。坎は日暮・止宿を主り、兌は大沢を主り、坤は禍患を主る。校記:「二」の字は宋本と汲古閣本で「三」と作るが誤り、ここは元本に依る。「莫」の字は宋・元本で「暮」と作るがこれも誤り——西漢の時は通行して「莫」と写し、「暮」は後人の妄改なので、汲古閣本に依る。
訟。天災所遊,凶不可居。轉徙獲福,留止危憂。乾為天,離為災凶,伏震為轉徙、為福,坎陷,故曰留止。坎為危、為憂也。
《豊》が《訟》に変わる。林辞は言う:天災の流行が経る所は、凶で居住できない。他所に遷ればすなわち福を得、原地に滞留すれば危殆で憂愁する。尚秉和の解説:乾は天を主り、離は災禍凶険を主る。《訟》の三・四・五爻は互体して巽を成し、巽の伏す震は遷徙・福気を主る。坎は陥落を主るので「留止」と言う。坎はまた危・憂を主る。
師。狐狸雉兔,畏人逃去。分走竄匿,不知所處。詳《益》之《解》。知,宋元本訛如,非。
《豊》が《師》に変わる。林辞は言う:狐と雉と兎は、人を畏れて四散して逃げる。分れて奔走し蔵れ隠れて、どこに隠れ去ったか分からない。尚秉和の注明:取象は詳しく前文の「益之解」の条に見よ。校記:「知」の字は宋・元本で「如」と訛るが誤り。
比。雨師娶婦,黃岩季女。成禮既婚,相呼南去。膏潤田裡,年歲大喜。詳《損》之《益》。女,汲古作子,去作上,均依宋元本。喜,各本皆作有,依《損》之《益》校。田裡,各本皆作下土,依《恆》之《晉》校。
《豊》が《比》に変わる。林辞は言う:雨師が妻を娶り、娶ったのは黄岩の家の最も小さい娘である。礼を成して婚を終えた後、互いに呼び合って南へ行く。雨水は田地を滋潤し、一年の収穫に大いに喜慶がある。尚秉和の注明:取象は詳しく前文の「損之益」の条に見よ。校記:「女」の字は汲古閣本で「子」、「去」の字は「上」と作り、ここはいずれも宋・元本に依る。「喜」の字は各本とも「有」と作り、ここは「損之益」の条に依って校改する。「田里」の二字は各本とも「下土」と作り、ここは「恒之晋」の条に依って校改する。
小畜。外棲野鼠,與雉為伍。瘡痍不息,即去其室。伏坎為鼠,離為雉,坎離夫婦,故曰為伍。伏艮為瘡痍,坤死,故不息。坎為室,震為去,言將死而去其室也。○雉,宋元本作雞,依汲古。
《豊》が《小畜》に変わる。林辞は言う:野鼠は屋外に身を棲め、雉と一夥を結ぶ。身上の瘡傷はいつも平復せず、やがて自分の居室を離れた。尚秉和の解説:離の伏す坎は鼠を主り、離は雉を主り、坎と離は陰陽相配して夫婦のごときなので「為伍」と言う。兌の伏す艮は瘡傷を主り、坤は死亡を主るので、瘡痍が止息しない。坎は居室を主り、震は離去を主る——尚氏は点明す、これは人がまさに死して自分の家を離れることを言う。校記:「雉」の字は宋・元本で「鶏」と作り、ここは汲古閣本に依る。
履。天命絕後,孤陽無主。彷徨兩社,獨不得酒。乾天,巽命,巽下斷,故曰絕。乾陽,巽寡,故陽孤。震為主,震伏,故曰無主。伏坤為社,兌卦數二,故曰兩社。元本注春社、秋社也。坎為酒,坎伏,故不得酒。古者社祭飲食宴樂,故曰得酒,或謂周社亳社亦為兩社,然下曰得酒,似指春秋社祭也。○天,宋元本訛夭。
《豊》が《履》に変わる。林辞は言う:天命が後嗣を絶ち、孤零零の陽爻に依るべき主がない。両処の社壇の間を彷徨往來し、ただ独り一口の祭酒も飲めない。尚秉和の解説:乾は天を主り、巽は命を主り、巽の初爻は中で断れるので「絶」と言う。乾は陽を主り、巽は孤寡を主るので「孤陽」と言う。震は主宰を主り、震はここで伏して見えないので「無主」と言う。乾の伏す坤は社壇を主り、兌の卦数は二なので「両社」と言う——元本の旧注は春社と秋社を指すと言う。坎は酒を主り、坎も伏して見えないので、酒が飲めない。古の社祭は飲食宴楽するので「得酒」と言う。またある人は周社と亳社がすなわち「両社」と言うが、下文にすでに「得酒」と言うからには、どうやらやはり春秋の二度の社祭を指すようである。校記:「天」の字は宋・元本で「夭」と訛る。
泰。鵠思其雄,欲隨鳳東。順理羽翼,出次須日。中留北邑,復反其室。詳《需》之《離》。理,宋元本作裡,依汲古。須日中,汲古作日中須,依宋元本。留,元本訛苗。
《豊》が《泰》に変わる。林辞は言う:雌の鵠がその雄の伴を思い、鳳凰に従って東へ飛んで行きたいと思う。羽翼を理め順にして、門を出て住んで日を待つ。中途で北辺の城邑に停留し、最後はやはり自分の巣室に帰る。尚秉和の注明:取象は詳しく前文の「需之離」の条に見よ。校記:「理」の字は宋・元本で「里」と作り、ここは汲古閣本に依る。「須日中」の三字は汲古閣本で「日中須」と作り、ここは宋・元本に依る。「留」の字は元本で「苗」と訛る。
否。蜲蛇九子,長尾不殆。均明光澤,燕自受福。巽為蛇,震數九,故曰九子。艮為尾,巽為長,故曰長尾。乾大明,艮光明,故曰均明光澤。伏兌為燕,乾為福。殆,音以。
《豊》が《否》に変わる。林辞は言う:蜿蜿と游行する母蛇が九条の小蛇を帯び、長い尾に危険はない。通体は明亮で光沢があり、燕子は自ら福気を承ける。注末に「殆」はここで「以」と読み、上下の句と叶韻すると明す。尚秉和の解説:巽は蛇を主り、震の卦数は九なので「九子」と言う。艮は尾を主り、巽は長を主るので「長尾」と言う。乾は大明を主り、艮は光明を主るので「均明光沢」と言う。艮の伏す兌は燕子を主り、乾は福を主る。
同人。日走月步,趨不同舍。夫妻反目,君主失國。詳《小畜》之《同人》。
《豊》が《同人》に変わる。林辞は言う:太陽は疾く走り月は緩やかに行き、両者の行く度次は同じ宿次に落ち着かない。夫妻は反目して仇となり、君主は邦国を失った——彼此乖離の象である。尚秉和の注明:取象は詳しく前文の「小畜之同人」の条に見よ。
大有。定房戶室,枯薪除毒。文德淵府,害不能賊。通《比》。艮為星,艮止,故曰定。定,星名也。房方通用,《詩小雅》既方既皂,《鄭箋》方,房也。定方者,離乾皆在南,坎坤皆在北,《墉詩》定之方中,作於楚宮,言定星中四方定可作宮作室也。艮為室,坤為毒、為薪,離為枯。枯薪除毒者,按:《管子》萩室熯造注:熯謂火乾之也。三月之時,陽氣盛發,易生瘟疫,楸樹鬰臭,以闢毒氣,故燒之於新造之室,以為禳祓。枯薪除毒,即此事也。離為文,坤為淵、為府、為害,坎為賊。○定,宋元本作宣,薪作期,茲依汲古。宣字疑為後人所改,謂武帝築宮於瓠子河上,名曰宣房,獨不思下曰除毒,確非治河之事,而祓除之事也。枯,汲古作括,依宋元本。定房戶室應為定方作室,此林皆以詩為本,詩定之方中、作於楚室注:定昏中四方正是也,詩秉心塞淵,茲曰淵府,皆依附詩詞,故知定房必為定方,戶室必為作室,丁宴依宋本作宣房,以為宣房與史記合,豈知宣為訛字,方房通用,然各本皆作房戶,亦不敢竟改為方作論定,以俟知者。
《豊》が《大有》に変わる。林辞は言う:定星が昏に中して四方端正の時節に屋室を営造し、乾柴を燃やして毒気を熏除する。文徳は淵のごとく府のごとく深く厚く、禍害は人を傷つけられない。尚秉和の解説:この条は旁通の象を取る——《大有》の六爻を尽く翻せば《比》となるので、先ず「通《比》」と標す。艮は星を主り、艮の卦徳は止なので「定」と言う。定はもともと星名で、すなわち営室星である。「房」と「方」の二字は古く通用し、《詩・小雅・大田》の「既方既皁」に鄭玄の箋は「方」を「房」と読む。いわゆる「定方」は、離と乾がともに南方に居り坎と坤がともに北方に居ることを言い、《詩・鄘風・定之方中》の「定之方中、作于楚宮」は、正に定星が黄昏の時まさに天の中に当たり四方の方位が校定されて、そこで工を興して宮室を造ることを講ずる。艮は屋室を主り、坤は毒・柴薪を主り、離は枯干を主る。「枯薪除毒」について、尚氏は《管子》に「萩室熯造」の語があると按し、注は「熯」は火を以て烤き干すと言う:三月に陽気が大いに発して瘟疫を滋生しやすく、楸木の気味は郁烈で、毒気を駆除できるので、新造の屋で楸柴を焚き、不祥を禳祓する儀式とする——林辞の「枯薪除毒」の言うのはこの事である。離は文采を主り、坤は深淵・府庫・禍害を主り、坎は残賊を主る。校記:「定」の字は宋・元本で「宣」、「薪」の字は「期」と作り、ここは汲古閣本に依る。尚氏は「宣」の字は後人の改めたものと疑う:漢の武帝はかつて瓠子河の上に宮を築き、「宣房」と名づけた、字を改めた人はこれに附会したが、下句の言うのは「除毒」で、それは実に河を治める事ではなく祓除の事であると思わなかった。「枯」の字は汲古閣本で「括」と作り、ここは宋・元本に依る。尚氏はまた言う:「定房戸室」は本は「定方作室」と作るべき——この条の林辞は処処《詩》を本とし、《詩》は「定之方中、作于楚宮」と言い、注家は定星が黄昏にまさに天中に当たり四方すなわち正くなると講じ、《詩》はまた「秉心塞淵」の語があり、ここでは「淵府」と言う、いずれも詩句に依り傍って来る、だから「定房」は必ず「定方」、「戸室」は必ず「作室」と知れる。丁晏は宋本に依って「宣房」と作し、《史記》と合うと為すが、「宣」は正に訛字であることを知らない。「方」「房」の二字は通用するが、各本とも「房戸」と作すので、尚氏もあえて直ちに「方」「作」に改めて断語を下さず、しばらく疑いを存して明白な人を待つ。
謙。齊東郭盧,嫁於洛都。駿美良好,利彼過倍。詳《坤》之《坎》。盧,宋本、汲古作廬,依元本。嫁,往也,見列子。
《豊》が《謙》に変わる。林辞は言う:斉国東郭の名種「盧」は、洛陽の都城に往く。駿健美好で、あちらに加倍の利益を齎す。注末に「嫁」はここで「往」と講ずると明し、この義は《列子》に見える。「盧」は古代の良犬の名号で、天下に聞こえた「韓盧」のごときである。尚秉和の注明:取象は詳しく前文の「坤之坎」の条に見よ。校記:「盧」の字は宋本と汲古閣本で「廬」と作り、ここは元本に依る。
豫。病篤難醫,和不能治。命終期訖,下即蒿里。詳《臨》之《益》。
《豊》が《豫》に変わる。林辞は言う:病が重くて医治し難く、秦国の名医「医和」も治せない。寿命が尽き期限が満ち、これより蒿里に下る——蒿里は古人の言う死者の魂魄の帰宿する所である。尚秉和の注明:取象は詳しく前文の「臨之益」の条に見よ。
隨。開郭緒業,王跡所起。姬德七百,報以八子。定四年武王之母弟八人,又卜年七百。廓,宋本、汲古訛郭,依元本。緒,汲古訛聚,依宋元本。震為開廓、為王、為足,故曰王跡。震為姬,數七,故曰姬德七百。艮數八,故曰八子。
《豊》が《随》に変わる。林辞は言う:疆土を開拓し基業を承続する、正に王業の興起する処である。姬姓の徳沢は七百年綿延し、天は八人の賢子を以て報いる。尚秉和の解説:《左伝》定公四年に周の武王の同母兄弟はあわせて八人と記し、また周初に世を卜い年を卜って年七百の数を得たと載す。震は開拓・王・足跡を主るので「王跡」と言う。震はまた徳・子を主り、卦中の正震と倒震は八子の象である。
蠱。豐年多儲,河海饒魚。商客善賈,大國富有。震為年,艮止,故曰儲。巽為魚,兌澤,故曰河海饒魚。巽為商賈,艮為國,震為富。○河,宋元本作江,依汲古。
《豊》が《蠱》に変わる。林辞は言う:年成は豊収で積储は多く、河の中海の中は魚産が豊饒である。行商の人は経営に善く、大国はこれによって富足する。尚秉和の解説:震は年歳を主り、艮の卦徳は止で、止はすなわち蓄積して散らないので「储」と言う。巽は魚を主り、兌は水沢を主るので「河海饒魚」と言う。巽はまた商賈を主り、艮は邦国を主り、震は富足を主る。校記:「河」の字は宋・元本で「江」と作り、ここは汲古閣本に依る。
臨。鵠求魚食,過彼射邑。繒加我頸,繳掛羽翼。欲飛不能,為羿所得。震為鵠、為口,坤為魚,故曰鵠求魚食。坤為邑,震為射,故曰射邑。伏巽為繒繳,伏艮為頸,震為羽翼、為飛,坤閉,兌折,故不能飛。坤惡,故曰羿。坤喪,故為所得。
《豊》が《臨》に変わる。林辞は言う:白鳥が魚を求めて食らい、あの習射の城邑を飛び越える。糸縄が我が頸に套かかり、箭尾の生糸の繳縄が翅膀に纏まった。飛ぼうとしても動かず、ついに后羿の類の射手に捉えられた。尚秉和の解説:震は白鳥・口を主り、坤は魚を主るので「鵠求魚食」と言う。坤は城邑を主り、震は射箭を主るので「射邑」と言う。震の伏す巽は繒帛と繳縄を主り(繳は箭尾に繋ぐ生糸の縄)、兌の伏す艮は頸項を主る。震は羽翼・飛翔を主るが、坤は閉塞・兌は毀折を主るので、飛び上がれない。坤は凶悪を主るので、善射の后羿を挙げる。坤はまた喪失を主るので「為所得」と言う。
觀。望城抱子,見邑不殆。公孫上堂,文君悅喜。艮為望、為城、為抱,坤為邑、為文,艮為孫、為堂,伏震為君,故曰文君。伏震為喜,兌為悅。○文,宋元本作大,非,依汲古。悅,元本作歡,依宋本。殆,音以。
《豊》が《観》に変わる。林辞は言う:遠く城郭を望み懐に子を抱き、城邑を見て危険に遭わない。公孫は庁堂に登り、文君は満心歓喜である。注末に「殆」はここで「以」と読み、上下の句と叶韻すると明す。尚秉和の解説:艮は遠望・城・懐抱を主り、坤は城邑・文采を主り、艮はまた孫・庁堂を主る。巽の伏す震は君を主り、坤の「文」と合わせればすなわち「文君」である。伏震はまた喜を主り、兌は愉悦を主る。校記:「文」の字は宋・元本で「大」と作るが誤り、ここは汲古閣本に依る。「悦」の字は元本で「歓」と作り、ここは宋本に依る。
噬嗑。左指右麾,邪淫侈靡。執節無良,靈君以亡。震左,坎右,艮手為指麾,坎為邪淫,震富,故曰侈靡。艮為執、為節,震為君,坎為棺槨,故曰亡靈。君謂陳靈公通夏姬,為夏徵舒所弒也。○君,宋元本作公,依汲古。
《豊》が《噬嗑》に変わる。林辞は言う:左に指さし右に麾き、邪僻淫乱にして奢侈に度を越す。手に符節を握るが善政を行わず、霊公はこれによって命を喪った。尚秉和の解説:震は左に居り、坎は右に居り、艮は手を主り、手は指点し挥麾できる。坎は邪淫を主り、震は富有を主るので「侈靡」と言う。艮は執持・符節を主り、震は君を主り、坎は棺椁を主るので「亡霊」と言う。ここの「霊君」は陳の霊公を指す——彼は夏姬と私通し、ついに夏姬の子の夏征舒に弑された。校記:「君」の字は宋・元本で「公」と作り、ここは汲古閣本に依る。
賁。日中為市,各持所有。交易資賄,函珠懷寶,心悅歡喜。詳《泰》之《升》。
《豊》が《賁》に変わる。林辞は言う:正午に市を開き、各人は自分の持つ貨物を出す。彼此財貨を交易し、匣に珍珠を装い懐に宝物を揣え、心は歓喜である。「日中為市」は《繫辞伝》の記す神農氏が市を立てた事に出る。尚秉和の注明:取象は詳しく前文の「泰之升」の条に見よ。
剝。山沒丘浮,陸為水魚,燕雀無廬。艮為山丘,在坤水上,故曰山沒丘浮。艮為陸,坤為水、為魚,故陸為水魚。艮為廬,伏兌為燕雀,水大,故廬圮也。
《豊》が《剥》に変わる。林辞は言う:山は没され丘陵は水に漂い、陸地は魚の游ぶ水域と化し、燕も雀も巣を作る所がない——大水が災となる象である。尚秉和の解説:艮は山丘を主り、この卦は艮が坤水の上に居るので、山は没し丘は浮くと言う。艮はまた陸地を主り、坤は水・魚を主るので「陸為水魚」と言う。艮は房舍を主り、艮の伏す兌は燕雀を主り、水勢が大きすぎて、房舍は皆倒塌した。
復。馬服長股,宜行善市。蒙佑諧偶,獲利五倍。震為馬,伏巽為長、為股。服,猶駕也。巽為市,馬而長股,必得善市,伏巽為市、為利、為倍,巽卦數五,故曰獲利五倍。
《豊》が《復》に変わる。林辞は言う:車を駕る馬は長い脚を生じ、出行に適し市に赶く売買に善い。庇佑を蒙り配偶は和諧し、五倍の利を得る。尚秉和の解説:震は馬を主り、震の伏す巽は長・大腿を主る。「服」はすなわち駕である。巽は市集を主り、馬はすでに長い脚があって遠く走れるから、必ず好い相場に间に合う。伏巽はまた市・利・加倍を主り、巽の卦数は五なので「獲利五倍」と言う。
無妄。三狸捕鼠,遮遏前後。死於圜城,不能脫走。詳《離》之《遯》。圜城,宋本作環城,元本作環域,依汲古。
《豊》が《无妄》に変わる。林辞は言う:三匹の狸猫が鼠を捕え、前後から堵截する。鼠は圍墻で圍った城の中で死に、脱することができない。尚秉和の注明:取象は詳しく前文の「離之遯」の条に見よ。校記:「圜城」の二字は宋本で「環城」、元本で「環域」と作り、ここは汲古閣本に依る。
大畜。鬼舞國社,歲樂民喜。臣忠於君,子孝於父。伏坤為鬼、為國、為社,震為舞,乾為年歲,坤為民,震為喜樂,乾為君父,艮為臣,震為子,坤順,故曰孝、曰忠。
《豊》が《大畜》に変わる。林辞は言う:鬼を扮する人が国の社壇の前で舞い疫を駆り、年歳は歓楽で百姓は喜慶する。臣子は君主に忠で、子は父に孝である——上下各々その分を得る象である。尚秉和の解説:乾の伏す坤は鬼・邦国・社壇を主り、震は舞蹈を主り、乾は年歳、坤は民衆を主り、震は喜楽を主る。乾はまた君・父を主り、艮は臣を主り、震は子を主る。坤の卦徳は順従なので、孝と言い忠と言う。
頤。慈母望子,遙思不已。久客外野,我心悲苦。詳《咸》之《旅》。
《豊》が《頤》に変わる。林辞は言う:慈母は子を盼望し、遥かに思念して止まない。子は久しく野外に客居して帰らず、我が心は悲傷苦楚である。尚秉和の注明:取象は詳しく前文の「咸之旅」の条に見よ。
大過。雨師娶婦,黃岩季女。成禮既婚,相呼南去。膏澤田裡,年歲大喜。校詳本林比。
《豊》が《大過》に変わる。林辞は言う:雨師が妻を娶り、娶ったのは黄岩の家の最も小さい娘である。礼を成して婚を終えた後、互いに呼び合って南へ行く。雨沢は田地を滋潤し、一年の収穫に大いに喜慶がある。この条は本卦《豊》の下の「比」の条の林辞と同じで、ただ「膏潤」を「膏沢」と写す一字の別のみ。尚秉和の注明:校勘は詳しく本林の「比」の条に見よ。
坎。兩狗同室,相囓爭食。枉矢西流,射我暴國。高宗鬼方,三年乃服。艮為狗、為室,中爻正反艮,故曰兩狗同室。震為口、為食,正反震相對,故曰相齧、曰爭食。坎為矢、為曲屈,故曰枉矢。枉矢,星名。《史記天官書》枉矢如大流星。坎位西,故曰西流。震為射,艮為國,震健躁,故曰暴國。震為宗,坎為鬼,震為年,數三,故曰三年。○兩,宋元本作百,依汲古。同,汲古作圍,囓作咬,茲依宋元本。
《豊》が《坎》に変わる。林辞は言う:二匹の狗が一間の屋に閉じ籠められ、互いに咬み合い食を争う。枉矢星は西に向かって流れ、我が暴乱の邦国に射る。殷の高宗は鬼方を討ち、三年打ってやっとそれを降伏させた。尚秉和の解説:艮は狗・屋室を主り、中間の数爻に正立と倒置の二つの艮が相畳するので「両狗同室」と言う。震は口・食を主り、正反の二震は彼此相対するので、互いに咬み合い食物を争うと言う。坎は箭矢・彎曲を主るので「枉矢」と言う——枉矢は星名で、《史記・天官書》はその形状が大流星に似ると言う。坎の位は西にあるので「西流」と言う。震は射を主り、艮は邦国を主り、震の性は剛健躁動なので「暴国」と言う。震は宗を主り、坎は鬼を主り、合わせて「高宗」「鬼方」となる。震は年を主り、その数は三なので「三年」と言う——《周易・既済》九三に正に「高宗伐鬼方、三年克之」がある。校記:「両」の字は宋・元本で「百」と作り、ここは汲古閣本に依る。「同」の字は汲古閣本で「圍」、「囓」の字は「咬」と作り、ここはいずれも宋・元本に依る。
離。早霜晚雪,傷禾害麥。損功棄力,飢無可食。詳《離》之《蠱》。
《豊》が《離》に変わる。林辞は言う:霜は早く降り雪は遅く降り、稲禾を傷つけ麦を害す。徒らに工夫し徒らに力を出し、飢饉が起こって食べる物がない。尚秉和の注明:取象は詳しく前文の「離之蠱」の条に見よ。
咸。腐臭所在,青蠅集聚。變白為黑,敗亂邦國。君為臣逐,失其寵祿。巽為腐臭、為青蠅。青蠅,《小雅》篇名戒王信讒也。伏坤為集聚,巽為白、為敗亂,艮黔,故曰黑。艮為邦國、為臣,乾為君,在艮外,故曰君為臣逐。乾為寵祿,兌毀折,故曰失。○第三句宋本作變●白黑,元本作辯●白黑,●疑為更訛,依汲古。
《豊》が《咸》に変わる。林辞は言う:腐臭の物の在る所に、青い蠅が群れて聚まる。白いのを黒いと言い、邦国を敗壊攪乱する。君主は臣下に駆逐され、もとの寵幸と禄位を失った。尚秉和の解説:巽は腐臭・青蠅を主る——《詩・小雅》に《青蠅》の一篇があり、正に君王に讒言を聴かぬよう戒める作である。巽の伏す坤は聚集を主る。巽は白色・敗乱を主り、艮の色は黔黒なので「黒」と言う。艮は邦国・臣を主り、乾は君を主るが艮の外に居るので「君為臣逐」と言う。乾は寵禄を主り、兌は毀折を主るので「失」と言う。校記:第三句は宋本で「変●白黒」、元本で「弁●白黒」と作り、中間の一字は漫漶して識べず、疑わしく「更」の字の訛り、ここは汲古閣本に依って「変白為黒」と作る。
恆。牽羊不前,與心戾旋。聞言不信,誤紿丈人。兌為羊,震為後,故曰不前。伏坤為心,正反兌,故曰戾旋。戾旋,不合也。兌口為言,正反兌,故曰不信。兌為耳,故曰聞。《夬九四》聞言不信,以兌口與乾言背也。恆二至四與夬體同也,不信,故曰誤紿。震為丈人。○元本作牽羊不前。與心戾旋。聞言語不信,誤紹丈人。今依宋本、汲古。
《豊》が《恒》に変わる。林辞は言う:羊を牽くが、羊は肯んじて前に行かない。事は心の想う所と正に相背く。勧告を聞いても肯んじて信ぜず、年長の人までも誤り誑かした。尚秉和の解説:兌は羊を主り、震は後に居るを主るので「不前」と言う。兌の伏す坤は心を主り、正反の二兌は彼此相背するので「戾旋」と言う——戾旋はすなわち相合しないこと。兌は口を主り口は言語を出し、正反の二兌は相背するので「不信」と言う。兌はまた耳を主るので「聞」と言う。《周易・夬》九四にも「聞言不信」があり、それは兌の口と乾の主る言辞と相背するため、《恒》の二・三・四爻の互体は正に《夬》の卦体と同じである。すでに信じないので「誤紿」と言い、紿は欺誑である。震は丈人すなわち年長の人を主る。校記:元本は「牽羊不前。与心戾旋。聞言語不信、誤紹丈人」と作り、ここは宋本と汲古閣本に依る。
遯。甘忍利害,還相剋賊。商子酷刑,鞅喪厥身。互巽為利,巽隕落,故曰害。巽伏,故曰賊。言甘於刻害,還自賊也。巽為商賈,故曰商子。伏坤為酷,坤殺,故曰酷刑。坤為身、為喪,故曰鞅喪厥身,言商鞅用酷刑終自害也。巽為繩、為鞅,《說文》鞅,頸繫也。○害,元本作瘧,酷作造,鞅作鞭,均依宋本、汲古。賊,宋本、汲古作敵,依元本。
《豊》が《遯》に変わる。林辞は言う:甘んじて刻害の事を施すことを忍び、末に彼此残殺する。商君は酷刑を施行し、最後に自らも命を喪った。尚秉和の解説:互体の出ずる巽は利を主り、巽はまた陥落を主るので「害」と言う。巽は伏して見えないので「賊」と言う——これは甘んじて他人を刻害して、かえって自分を害したと言う。巽は商賈を主るので「商子」と称し、すなわち商君の衛鞅である。乾の伏す坤は酷烈を主り、坤はまた殺を主るので「酷刑」と言う。坤は身体・喪亡を主るので「鞅喪厥身」と言い、商鞅が酷刑を以て国を治めて、ついに自らその果を食った意である。巽は繩索・鞅を主り、《説文解字》は「鞅」は牲口の頸に套ける皮帯と言う。校記:「害」の字は元本で「瘧」、「酷」の字は「造」、「鞅」の字は「鞭」と作り、ここはいずれも宋本と汲古閣本に依る。「賊」の字は宋本と汲古閣本で「敵」と作り、ここは元本に依る。
大壯。刲羊不當,血少無羹。女執空筐,不得采桑。采桑,汲古作桑根,依《隨》之《艮》校,元本下三句作女執空筐,兔跛鹿踦,緣山墜墮,依汲古。
《豊》が《大壮》に変わる。林辞は言う:羊を宰っても要害に刺さらず血の出が少なく、一碗の肉羹に煮えない。女子は空の筐を捧げて、桑の葉を采ることができない——依然として《帰妹》上六の「女承筐無実、士刲羊無血」の意を化用し、徒労無成の象である。尚秉和はこの条に校記のみ出す。校記:「采桑」の二字は汲古閣本で「桑根」と作り、ここは「随之艮」の条に依って校改する。元本の後の三句は「女執空筐、兎跛鹿踦、縁山墜堕」と作り、ここは汲古閣本に依る。
晉。囓囓,貧鬼相責。無有歡怡,一日九結。詳《震》之《既濟》。
《豊》が《晋》に変わる。林辞は言う:歯が格格と鳴るほど咬み、窮鬼たちは互いに責め合う。少しの歓愉もなく、一日の内に心に九つの結び目ができる。尚秉和の注明:取象は詳しく前文の「震之既済」の条に見よ。
明夷。兩足四翼,飛入嘉國。寜我伯姊,與母相得。詳《賁》之《同人》。
《豊》が《明夷》に変わる。林辞は言う:二つの脚と四つの翅膀で、美好の国度に飛び入る。我が大姉を安寧にし、また母と和らかに処る。尚秉和の注明:取象は詳しく前文の「賁之同人」の条に見よ。
家人。文山紫芝,雍梁朱草。生長和氣,王以為寶。公尸侑食,福祿來處。詳《師》之《夬》。文,宋元本作天,依汲古。
《豊》が《家人》に変わる。林辞は言う:文山は紫芝を出し、雍州・梁州は朱草を生ず——いずれも古人が祥瑞と見る霊草である。それらは和暖の気の中に生まれ、君王は之を宝とする。先祖を代表して祭を受ける公尸が人に食事を勧めれば、福禄はすなわち随って来る。尚秉和の注明:取象は詳しく前文の「師之夬」の条に見よ。校記:「文」の字は宋・元本で「天」と作り、ここは汲古閣本に依る。
睽。絕世游魂,福祿不存。精神渙散,離其躬身。互坎為魂,兌決,故曰絕。震為福祿、為精神,兌折震,故曰福祿不存、曰精神渙散。艮為身,艮伏,故曰離。京房以七世卦為游魂卦,《繫辭》云:精氣為物,游魂為變,鄭云九六為游魂。
《豊》が《睽》に変わる。林辞は言う:世代が絶え魂魄が游散し、福気と禄位はともに存しない。精神は涣散し、自分の身体を離脱した——死喪の象である。尚秉和の解説:互体の出ずる坎は魂を主り、兌は決断斬絶を主るので「絶」と言う。震は福禄・精神を主り、兌が震を摧折したので福禄不存と言い精神涣散と言う。艮は身体を主り、艮は伏して見えないので「離」と言う。尚氏は併せて「游魂」の来歴を交代す:京房の卦変の例は第七変の卦を「游魂卦」と称し、《繫辞伝》は「精気為物、游魂為変」と言い、鄭玄は九・六の数を以て游魂を解く。
蹇。北辰紫宮,衣冠立中。含和建德,常受大福。詳《坤》之《解》。和,宋本、汲古作弘,依元本。
《豊》が《蹇》に変わる。林辞は言う:北極星は紫微宮に居り、衣冠を整えて正中に立つ。心に和気を懐き徳を樹て、長く大福を承ける。尚秉和の注明:取象は詳しく前文の「坤之解」の条に見よ。校記:「和」の字は宋本と汲古閣本で「弘」と作り、ここは元本に依る。
解。伯蹇叔盲,莫為守裝。失我衣裘,代爾陰鄉。詳《鼎》之《離》。盲,宋元本作瘖,為作與,裝作株,今依汲古。
《豊》が《解》に変わる。林辞は言う:長男は足を跛み叔弟は目が盲いて、彼らのために行装を看守る人がいない。我が衣服皮裘を失い、やむなくあの背陰の処に行って替える。尚秉和の注明:取象は詳しく前文の「鼎之離」の条に見よ。校記:「盲」の字は宋・元本で「瘖」、「為」の字は「与」、「装」の字は「株」と作り、ここはいずれも汲古閣本に依る。
損。兩女共室,心不聊食。首髮如蓬,憂常在中。詳《艮》之《剝》。首艮象,汲古作亂,非,依宋元本。
《豊》が《損》に変わる。林辞は言う:二人の女子が同じ屋に住み、心が安らかでなく、飯さえ下に行かない。頭髪は蓬草のように乱れ、憂愁は常に胸中に存する。尚秉和の注明:取象は詳しく前文の「艮之剥」の条に見よ。校記:「首」の字は艮の卦象を取る(艮は首を主る)、汲古閣本は「乱」と作るが誤り、ここは宋・元本に依る。
益。去辛就蓼,毒愈酷甚。避穽遇坑,憂患日生。《說文》蓼,辛菜。震為草莽,故曰蓼。震納庚,巽納辛,庚辛,西方,味辛,故曰去辛就蓼。《詩周頌》自求辛螫,未堪家多難,予又集於蓼。坤為毒、為酷,兌為穽,兌伏,故曰避穽。坤為淵,故曰坑、曰憂患。震生,艮為日,故曰日生。○酷,宋元本作苦,依汲古。
《豊》が《益》に変わる。林辞は言う:辛い物を避けたのに蓼草に撞き当たり、毒害はかえってさらに酷烈である。陥穽を避けたのに土坑に落ち、憂患は日ごとに滋生する。尚秉和の解説:《説文解字》は「蓼」は辛味の菜と言う。震は草莽を主るので「蓼」と言う。納甲の法で震は庚を納め巽は辛を納め、庚辛はともに西方に属しその味は辛なので「去辛就蓼」と言う。《詩・周頌・小毖》に「自求辛螫」および「未堪家多難、予又集于蓼」の語があり、講ずるのは正にこのごとき処境である。坤は毒・酷烈を主り、兌は陥穽を主り、兌は伏して見えないので「避穽」と言う。坤は深淵を主るので「坑」と言い「憂患」と言う。震は生を主り、艮は日を主るので「日生」と言う。校記:「酷」の字は宋・元本で「苦」と作り、ここは汲古閣本に依る。
夬。初病終凶,季為死喪,不見光明。通《剝》。坤為病,坤死,故曰凶、曰喪。艮為終、為季、為光明,坤黑,故不見。
《豊》が《夬》に変わる。林辞は言う:初めはただ病で、末に至って凶事に転じ、最も小さい子がこれによって死喪し、再び光明に見えない。尚秉和の解説:この条は旁通の象を取る——《夬》の六爻の陰陽を尽く翻せば《剥》となるので、「通《剥》」と標す。坤は疾病を主り、坤はまた死亡を主るので「凶」と言い「喪」と言う。艮は終了・排行最末の季子・光明を主り、坤の色は黒暗なので、光明に見えない。
姤。三鳥飛來,是我逢時。俱行先至,多得大利。詳《同人》之《大有》。
《豊》が《姤》に変わる。林辞は言う:三羽の鳥が飛んで来た、これは我が好い時に遇うことである。同行の人の中では我先着の数で、多くの大きい利益を得た。尚秉和の注明:取象は詳しく前文の「同人之大有」の条に見よ。
萃。鹿食山草,不思邑里,雖久無咎。伏震為鹿,兌食,艮山,巽草,坤為思、為思、為邑里,艮為久。
《豊》が《萃》に変わる。林辞は言う:鹿は山上で草を食らい、城邑村里を思わず、久しく外に居るも災禍はない。尚秉和の解説:兌の伏す震は鹿を主り、兌は飲食を主り、艮は山を主り、巽は草を主る。坤は思念を主り、また城邑村里を主る(注文の「為思」の二字は重出で、刻本の衍文)。艮は長久を主る。
升。羊腸九縈,相推稍前。止須王孫,乃能上天。詳《履》之《師》。
《豊》が《升》に変わる。林辞は言う:羊腸のような小道が九曲を盤繞し、人々は互いに推し挤いで少しずつ前に挪る。停まって王孫と同行するを待って、やっと天に登ることができる。尚秉和の注明:取象は詳しく前文の「履之師」の条に見よ。
困。管仲遇桓,得其願歡。膠目啟牢,振冠無憂。笑戲不莊,空言妄行。膠目二句依《明夷》之《旅》校。宋本作膠目振冠,冠帶無憂,元本作膠牢振寇,寇帶無憂,汲古作膠目膠口。
《豊》が《困》に変わる。林辞は言う:管仲が斉の桓公に遇い、心願を遂げて歓喜する。目を蒙じられた囚徒は牢門を開かれ、冠の塵を振えばすなわち再び憂患なし——管仲が魯に囚えられ、斉の桓公が彼を放して相国に任じた故事を用いる。ただ笑い閙して戯謔し荘重でなく、言うは空話で行うは妄事である。尚秉和はこの条に校記のみ出す。校記:「膠目」以下の二句は「明夷之旅」の条に依って校定する。宋本は「膠目振冠、冠帯無憂」、元本は「膠牢振寇、寇帯無憂」、汲古閣本は「膠目膠口」と作る。
井。桀蹠並處,民困愁苦。旅行遲遲,留連齊魯。詳《復》之《離》。
《豊》が《井》に変わる。林辞は言う:暴君の夏桀と大盗の盗跖が同じ世に処り、百姓は困頓愁苦する。門を出て行くは遅緩にして、斉魯の間に滞留す。尚秉和の注明:取象は詳しく前文の「復之離」の条に見よ。
革。魂孤無室,銜指不食。盜張民饋,見敵失肉。民饋,宋元本作民餌,汲古作氏饋,今民字從宋元本,饋從汲古。乾為魂,巽為寡,故曰魂孤。坎為室,坎伏,故無室。兌為銜、為食,伏艮為指,伏坤為閉,故不食。伏坎為盜,坤為民,民畏盜故饋之。坎為肉,坤喪,故失肉。
《豊》が《革》に変わる。林辞は言う:魂魄は孤单にして、安身の居室がない。指を含んでも物を食べられない。強盗は張揚跋扈し、百姓はやむなく物を彼に饋る。対頭に遇えば、口に入るべき肉まで失う。尚秉和の解説:乾は魂を主り、巽は孤寡を主るので「魂孤」と言う。坎は居室を主り、坎は伏して見えないので「無室」と言う。兌は含銜・飲食を主り、兌の伏す艮は手指を主り、乾の伏す坤は閉塞を主るので、指を含んでも食べられない。離の伏す坎は盗賊を主り、坤は百姓を主る——百姓は強盗を畏れ、やむなく財物を饋送する。坎は肉を主り、坤は喪失を主るので「失肉」と言う。校記:「民饋」の二字は宋・元本で「民餌」、汲古閣本で「氏饋」と作り、今は「民」の字を宋・元本に従い、「饋」の字を汲古閣本に従う。
鼎。讒言亂國,覆是為非。伯奇乖離,恭子憂哀。詳《巽》之《觀》。
《豊》が《鼎》に変わる。林辞は言う:讒言が国家を攪乱し、正しいを誤りに翻す。伯奇は逐われて骨肉が乖離し、恭子は憂愁哀傷する——伯奇は周の宣王の時の尹吉甫の子で、後母の讒を受けて父に放逐された。恭子はすなわち晋太子の申生で、これも讒を受けて死んだ。尚秉和の注明:取象は詳しく前文の「巽之観」の条に見よ。
震。衛侯東遊,惑於少姬。亡我考妣,久迷不來。詳《乾》之《升》。
《豊》が《震》に変わる。林辞は言う:衛侯は東へ出遊し、年少の姬姓の女子に迷惑せられた。我が先父先母を棄て下し、久しく沉迷して帰らない。尚秉和の注明:取象は詳しく前文の「乾之升」の条に見よ。
艮。雞鳴同興,思配無家。執佩持鳧,莫使致之。詳《漸》之《鼎》。配,宋元本作邪,佩作佩,依汲古。
《豊》が《艮》に変わる。林辞は言う:鶏が鳴く時にともに身を起こし、婚を成したいが配すべき人家がない。手に佩玉を持ち野鴨を提げて見面の礼とするが、彼のために届ける人がいない。尚秉和の注明:取象は詳しく前文の「漸之鼎」の条に見よ。校記:「配」の字は宋・元本で「邪」と作る。「佩」の字は宋・元本で別の形近の字と作り、底本の両処の字形はすでに分別がなく、ここはいずれも汲古閣本に依る。
漸。義不勝情,以欲自縈。覬利危躬,摧角折頸。詳《坤》之《豐》。
《豊》が《漸》に変わる。林辞は言う:道義は私情に勝たず、欲望に纏われて自分を失う。利益を貪って己身を危くし、角を折り首を扭げ断たれた。尚秉和の注明:取象は詳しく前文の「坤之豊」の条に見よ。
歸妹。臣尊主卑,權力日衰。侵奪無光,三家逐公。詳《升》之《巽》。權,宋元本作擁,依汲古。
《豊》が《帰妹》に変わる。林辞は言う:臣子は尊大で君主は卑弱、君権は日ごとに衰落する。侵奪されて光彩もなく、三家の大夫が国君を駆逐した——魯国の季孫・叔孫・孟孫の三家が昭公を逐い去ったあの事を指す。尚秉和の注明:取象は詳しく前文の「升之巽」の条に見よ。校記:「権」の字は宋・元本で「擁」と作り、ここは汲古閣本に依る。
旅。叔仲善賈,與喜為市。不憂危殆,利得十倍。通《節》。艮為叔,坎為仲,震為商賈、為喜,巽為市。坎為危殆、為憂,震解,故不憂。巽為利、為倍,兌數十,故曰十倍。
《豊》が《旅》に変わる。林辞は言う:叔仲は商いに善く、喜気を帯びて市に赶く。危険を憂うるに及ばず、十倍の利を得る。尚秉和の解説:この条は旁通の象を取る——《旅》の六爻を尽く翻せば《節》となるので「通《節》」と標す。艮は叔を主り、坎は仲を主り、両者が合わせて「叔仲」となる。震は商賈・喜慶を主り、巽は市集を主る。坎は危殆・憂愁を主り、震は解散を主るので憂えない。巽は利・加倍を主り、兌の卦数は十なので「十倍」と言う。
巽。六蛇奔走,俱入茂草。驚於長路,畏懼啄口。詳《井》之《兌》。
《豊》が《巽》に変わる。林辞は言う:六条の蛇が急ぎ奔走し、一斉に茂密の草叢に鑽り込む。長い路で驚嚇を受け、尖い嘴の猛禽に啄まれるを畏れる。尚秉和の注明:取象は詳しく前文の「井之兌」の条に見よ。
兌。水壞我裡,東流為海。鳧讙囂,不得安居。詳《泰》之《兌》。,宋元本作鼃,依汲古。得,汲古作可,依宋元本。
《豊》が《兌》に変わる。林辞は言う:大水が我が郷里を沖し壊し、東へ流れて大海を匯成す。水禽水族が鳴き叫び諠噪し、人は安居できない。底本はこの条に脱字あり:「鳧」の字の上で一字を脱し、校記の冒頭に校すのはまさにこの字で、今は底本の実録どおりとし臆測して補わない。尚秉和の注明:取象は詳しく前文の「泰之兌」の条に見よ。校記:脱したあの字は宋・元本で「鼃」すなわち青蛙と作り、ここは汲古閣本に依る。「得」の字は汲古閣本で「可」と作り、ここは宋・元本に依る。
渙。飛不遠去,卑斯內侍,祿養未富。互震為飛,艮止,故飛不遠去。互艮為斯,《旅初六》云旅瑣瑣,斯其所,注:斯,賤役也,故曰卑斯。
《豊》が《渙》に変わる。林辞は言う:遠く飛べず、ただ地位卑下の近侍を為すだけで、俸禄供養はまだ豊厚と言えない。尚秉和の解説:互体の出ずる震は飛を主り、艮の卦徳は止なので飛び遠くできない。互出の艮は「斯」を主る——《周易・旅》初六は「旅瑣瑣、斯其所取災」と言い、注家は「斯」を下賤の差役と訓ずるので「卑斯」と言う。
節。陰變為陽,女化為男。治道大通,君臣相承。詳《屯》之《離》。
《豊》が《節》に変わる。林辞は言う:陰が陽に変じ、女子が男子に化す。治国の道は大いに通暢し、君と臣は上下相承す。尚秉和の注明:取象は詳しく前文の「屯之離」の条に見よ。
中孚。踐履危難,脫厄去患。入福喜門,見誨大君。詳《震》之《家人》。
《豊》が《中孚》に変わる。林辞は言う:危難を踏み越え、困厄を脱ぎ禍患を除く。福気と喜慶の門に入り、大君に見えて教誨を承ける。尚秉和の注明:取象は詳しく前文の「震之家人」の条に見よ。
小過。罟密網縮,動益蹶急,困不得息。伏大離為網罟。縮,朿縛也,卦象似之。互大坎,故曰蹶、曰困。○罟網,汲古作網綱,蹶作蹙,均依宋元本。
《豊》が《小過》に変わる。林辞は言う:羅網は細密に織られ、網口はますます収まり締まる。動けば動くほど顛躓急迫になり、中に困えられて歇息できない。尚秉和の解説:この卦の伏す形体は放大した離に似て、尚氏は「大離」と称し、離は網罟を主る。「縮」は捆束で、卦の形体は正に捆縛の状に似る。卦体はまた放大した坎に似て、坎は陥険を主るので「蹶」と言い「困」と言う。校記:「罟網」の二字は汲古閣本で「網綱」、「蹶」の字は「蹙」と作り、ここはいずれも宋・元本に依る。
既濟。負牛上山,力劣行難。烈風雨雪,遮遏我前,中道復還。詳《同人》之《無妄》。汲古多憂者得歡四字,依宋元本。○此用豐象。
《豊》が《既済》に変わる。林辞は言う:牛を負って山に上るが、力が済わず歩みは艱難である。狂風が雨雪を挟み、我の前を遮り、半路に至ってやむなく引き返す。尚秉和の注明:取象は詳しく前文の「同人之无妄」の条に見よ、併せてこの条は本卦《豊》の象を用いると指摘す。校記:汲古閣本は「憂者得歓」の四字が多く、ここは宋・元本に依る。
未濟。喁喁嘉草,思降甘雨。景風升上,霑洽時澍,生我禾稼。此仍用豐象。兌口,震言,故曰喁喁。喁,嚮慕之義。震為嘉草、為禾稼,巽風,坎雨,坎伏,故曰思降。
《豊》が《未済》に変わる。林辞は言う:嘉美の草木は頭を仰いで企盼し、甘霖の降るを盼ぐ。和暖の景風は下より上へ吹き来たり、時の透雨は遍地を沾溉し、我が庄稼を長ぜしめる。尚秉和の解説:この条も本卦《豊》の象を用いる。兌は口を主り、震は言を主り、口の中から声を出すので「喁喁」と言う——喁は頭を仰いで慕う様子である。震は嘉草・禾稼を主り、巽は風を主り、坎は雨を主る。坎は伏して見えないので、ただ「思降」と言うのみ、盼望してまだ得ていないのである。
旅 第五十六
旅。羅網四張,鳥無所翔。征伐窮極,飢渴不食。詳《革》之《泰》。
《旅》卦が変じた第一条、変じてもなお変わらず《旅》である。林辞は言う:羅網が四面に張りめぐらされ、鳥は飛ぶ所がない。征伐は窮途末路に至り、飢えても渇いても食べる物がない。尚秉和の注明:取象は詳しく前文の「革之泰」の条に見よ。
乾。寄生無根,如過浮雲。立本不固,斯須落去,更為枯樹。詳《小畜》之《蠱》。此用旅象。以艮為寄生,象形,艮下陰,故無根。坎為雲,互巽為枯。
《旅》が《乾》に変わる。林辞は言う:寄生の草木に根がなく、天上を漂う浮雲のごとし。根本が堅く立たず、片刻の間に落ちて、やがて一株の枯樹と化す。尚秉和の注明:取象は詳しく前文の「小畜之蠱」の条に見よ、併せてこの条は本卦《旅》の象を用いると言う:艮を以て寄生の物とするのは、卦画の形状を取ったもので、艮の下の二爻は陰なので「無根」と言う。坎は雲を主り、互体の出ずる巽は枯槁を主る。
坤。人無足法,緩除牛出。雄走羊驚,陽不制陰,男失其家。前四句從《既濟》之《屯》,下二句從《觀》之《臨》,各本原作人無定法,緩降牛出。蛇雄走趨,陽不制陰,宜其家困,非。解詳《觀》之《臨》。
《旅》が《坤》に変わる。林辞は言う:人に取るべき準則がなく、ゆるゆると繫いだ縄を解いて牛を欄から出す。雄は奔逃し羊も驚き、陽が陰を制せず、男子は自分の家室を失った。尚秉和の説明:前の数句は「既済之屯」の条に依って校定し、末の二句は「観之臨」の条に依って校定した。校記:各本の原は「人無定法、緩降牛出。蛇雄走趨、陽不制陰、宜其家困」と作るが誤り。講解は詳しく「観之臨」の条に見よ。
屯。眾鳥所翔,中有大怪。九身無頭,魂驚魄去,不可以居。詳《漸》之《蒙》。翔,宋元本作聚,依汲古。
《旅》が《屯》に変わる。林辞は言う:群鳥が盤旋して飛ぶ処に、中に一つの大きな怪物がある。九つの身があるが頭がなく、魂を驚かし魄を散らせしめ、その所に居住できない。尚秉和の注明:取象は詳しく前文の「漸之蒙」の条に見よ。校記:「翔」の字は宋・元本で「聚」と作り、ここは汲古閣本に依る。
蒙。封豕溝瀆,灌潰國邑。火宿口中,民多病疾。《史記天官書》奎曰封豕,為溝瀆。正義曰:奎一名天豕,亦曰豕封,主溝瀆,故曰灌潰國邑。坎為豕、為溝瀆,坤為國邑。火,熒惑也。箕為口舌,火宿口中,言熒惑守箕也。艮為火,震為口,艮止,故曰火宿口中。坤為民、坎為疾病。又案:艮為星,故林辭多即星言。
《旅》が《蒙》に変わる。林辞は言う:封豕が溝涜を主管し、大水が灌溢して国都の城邑を沖し壊す。火星が口中に宿り、百姓に疾病が多く生ず。尚秉和の解説:《史記・天官書》は奎宿を封豕と呼び溝涜を主管すると言い、《史記正義》は奎はまた天豕と名と名づけ、豕封とも呼び、溝渠水道を主ると言う、だから林辞は「灌潰国邑」と言う。坎は猪・溝涜を主り、坤は国邑を主る。ここの「火」は熒惑すなわち火星を指す。箕宿は口舌を主り、いわゆる「火宿口中」は、熒惑が箕を守るというこの天象を言う。艮は火を主り、震は口を主り、艮の卦徳は止・留駐して去らないなので「火宿口中」と言う。坤は民衆を主り、坎は疾病を主る。尚氏はまた按す:艮は星を主るので、《易林》の林辞は多くは星象に就いて説を立てる。
需。奮翅鼓翼,翱翔外國。逍遙徙倚,來歸溫室。詳《損》之《觀》。
《旅》が《需》に変わる。林辞は言う:双翅を振り起こし羽翼を鼓動し、外邦へ翱翔して行く。逍遥自在に徘徊流連し、最後に温暖の居室に帰る。尚秉和の注明:取象は詳しく前文の「損之観」の条に見よ。
訟。秋蠶不成,冬種不生。殷王逆理,棄其寵榮。巽為蠶,旅互兌為秋,兌毀,故不成。坎為冬、為種,震為生,震伏,故不生。震為王、為子,故曰殷王。殷,子姓也。伏坤為理、為逆,震為榮,震伏,故曰棄。○榮,汲古作名,依宋元本。
《旅》が《訟》に変わる。林辞は言う:秋蚕は繭を結べず、冬に下した種子は芽を出せない。殷の王は常理に背き、本有の尊寵栄華を失った。尚秉和の解説:巽は蚕を主り、本卦《旅》の二・三・四爻は互体して兌を成し、兌は秋を主り、兌はまた毀折を主るので、蚕事が成らない。坎は冬・播種を主り、震は生発を主るが、震は伏して見えないので種子が生じない。震は王・子を主るので「殷王」と言う——殷商の王室は正に子姓である。乾の伏す坤は条理・違逆を主る。震は栄華を主り、震はすでに伏して見えないので「棄」と言う。校記:「栄」の字は汲古閣本で「名」と作り、ここは宋・元本に依る。
師。衛侯東遊,惑於少姬。忘我考妣,久迷不來。詳《乾》之《升》。忘,汲古作亡,依宋元本。此林屢見而事不見於左傳,疑邶風日居月諸之詩,齊詩家說如此。
《旅》が《師》に変わる。林辞は言う:衛侯は東へ出遊し、年少の姬姓の女子に迷惑せられた。我が先父先母を忘れ棄て、久しく沉迷して帰らない。尚秉和の注明:取象は詳しく前文の「乾之升」の条に見よ、併せてこの林辞は書中に屡々現れるが、この事は《左伝》に見えず、疑わしく《詩・邶風・日月》の「日居月諸」の一篇から出たもので、斉詩の一派の《詩》を説く家はまさにこのように解くと指摘す。校記:「忘」の字は汲古閣本で「亡」と作り、ここは宋・元本に依る。
比。烏合卒會,與惡相得。鴟鴞相酬,為心所賊。艮為烏、為鴟鴞,坤坎皆為聚,故曰會合。坤為惡,坎為心、為賊。○首句元本作鳥合卒會,汲古作鳥會雀合,茲依宋本。
《旅》が《比》に変わる。林辞は言う:烏鴉のように倉卒に一処に凑り、凶悪の輩と臭いが投ずる。鵂鶹が彼此呼応し、心に存する念は正に互いに残害すること。尚秉和の解説:艮は烏鴉・鴟鴞を主り、坤と坎はともに聚集を主るので「会合」と言う。坤は凶悪を主り、坎は心・残賊を主る。校記:首句は元本で「鳥合卒会」、汲古閣本で「鳥会雀合」と作り、ここは宋本に依る。
小畜。眵雞無距,與鵲格鬬。翅折目盲,為鳩所傷。巽為雞,兌半離,故曰眵。《說文》目眥傷也。震伏,故曰無距。伏震為鵲、為鬬,為翅,坎為折,故曰翅折。離為目,兌半離,《易》曰眇,故此曰目盲。離為鳩,兌毀故傷。○鵲,汲古作雀,依宋元本。眵,各本皆作鳴,鳩作仇,今依《乾》之《遯》校。
《旅》が《小畜》に変わる。林辞は言う:眼角に病を害する鶏に脚距がないが、喜鵲と闘おうとする。翅膀は折れ眼は失明し、斑鳩に傷られた。尚秉和の解説:巽は鶏を主り、兌は半分の離なので「眵」と言う——《説文解字》は「眵」を眼角が傷つき涙を流すと訓ず。震は伏して見えないので「無距」と言う、距は雄鶏の脚上で搏闘に用いる尖った刺である。巽の伏す震は喜鵲・争闘・翅膀を主り、坎は折断を主るので「翅折」と言う。離は目を主り、兌はただ半分の離で、《周易》はこの象を用いて「眇」すなわち片目が瞎ると言うので、ここで「目盲」と言う。離はまた斑鳩を主り、兌は毀折を主るので傷を受けた。校記:「鵲」の字は汲古閣本で「雀」と作り、ここは宋・元本に依る。「眵」の字は各本とも「鳴」、「鳩」の字は「仇」と作り、今は「乾之遯」の条に依って校改する。
履。木內生蠧,上下相賊,禍亂我國。巽為木、為蠧、為賊,天上兌下,正反巽,故上下相賊。離為亂,伏坤為國。
《旅》が《履》に変わる。林辞は言う:木の中に蛀虫が生じ、上上下下が互いに蛀い害して、我が国家を禍乱する。尚秉和の解説:巽は木・蠹虫・残害を主る。《履》は兌が下で乾が上で、乾天は上にあり兌沢は下にあり、卦中に一正一反の二つの巽を含むので「上下相賊」と言う。離は乱を主り、乾の伏す坤は邦国を主る。
泰。延陵適魯,觀樂太史。車轔白顛,知秦興起。卒兼其國,一統為主。詳《大畜》之《離》。其為六之形訛字,各本六往往訛其。
《旅》が《泰》に変わる。林辞は言う:延陵の季子が魯国に行き、太史の処で周楽を観賞した。《秦風》の「車に鄰鄰あり、馬に白顛あり」を聞いて、すなわち秦国がまさに興起せんとするを知った。後に秦はついに六国を併呑し、天下を統一して君主となった。この事は《左伝》襄公二十九年の季札の観楽に見える。尚秉和の注明:取象は詳しく前文の「大畜之離」の条に見よ。校記:「其」は「六」の字の形訛で、各本の「六」の字は往々「其」と訛る。
否。輔相之好,無有休息。時行雲集,所在遇福。艮為時,坤為雲、為集,乾為福。
《旅》が《否》に変わる。林辞は言う:輔弼の大臣は心を尽くし美を尽くし、歇まることがない。時令に順って事を行い、雲気が汇聚し、往く所は皆福気に遇う。尚秉和の解説:艮は時令を主り、坤は雲・聚集を主り、乾は福を主る。
同人。床傾簀折,屋漏垣缺,季姬不愜。巽為床簀,巽隕,故傾折。巽為垣墉,伏坎為室、為屋,巽下缺,故曰漏。伏震為姬,易林本大過,每以巽為少,故曰季姬。
《旅》が《同人》に変わる。林辞は言う:床が傾き床板が断れ、屋根は雨漏りし墻垣は残欠し、小娘の季姬は心に称えない。尚秉和の解説:巽は床と床簀を主る——簀は竹木を編んだ床板である。巽は陥落を主るので傾倒断折する。巽はまた墻垣を主り、離の伏す坎は居室屋宇を主り、巽の初爻は中が虚しく缺けるので「漏」と言う。巽の伏す震は姬姓を主る。《易林》は《大過》の卦例に本づき、毎々巽を以て年少とするので「季姬」と言う。
大有。東入海口,循流北走。一高一下,五邑無主。七日六夜,死於水浦。詳《睽》之《蹇》。
《旅》が《大有》に変わる。林辞は言う:東へ向かって海口に入り、水流に順って北へ行く。地势は一処高く一処低く、五つの城邑にすべて主人がない。七日六夜を行き、水辺の灘塗で死んだ。尚秉和の注明:取象は詳しく前文の「睽之蹇」の条に見よ。
謙。群虎入邑,求索肉食。大人守禦,君不失國。正反艮,故曰群虎。伏巽為入,坤為邑,艮為求,坎為肉,故曰求索肉食。伏乾為大人。艮為守禦、為國,震為君,故曰君不失國。○虎,宋元本訛需,依汲古。不失,汲古作失其,依宋元本。
《旅》が《謙》に変わる。林辞は言う:成群の虎が城邑に闖入し、四方で肉食を尋求する。大人が鎮守防御するので、国君は国家を失わなかった。尚秉和の解説:一正一反の二つの艮が相畳するので「群虎」と言う。震の伏す巽は進入を主り、坤は城邑を主り、艮は尋求を主り、坎は肉を主るので「求索肉食」と言う。坤の伏す乾は大人を主る。艮は守御・邦国を主り、震は君を主るので「君不失国」と言う。校記:「虎」の字は宋・元本で「需」と訛り、ここは汲古閣本に依る。「不失」の二字は汲古閣本で「失其」と作り、ここは宋・元本に依る。
豫。四亂不安,東西為患。退身止足,無出邦域。乃得完全,賴其生福。詳《大有》之《睽》。止,汲古作山,依宋元本。
《旅》が《豫》に変わる。林辞は言う:四方が動乱して安らかでなく、東辺西辺にともに禍患がある。身を抽き步を退き足るを知り歩を止め、国境を出ない。こうしてこそ全うを保て、それによって生養し福を受けることができる。尚秉和の注明:取象は詳しく前文の「大有之睽」の条に見よ。校記:「止」の字は汲古閣本で「山」と作り、ここは宋・元本に依る。
隨。叔肸抱冤,祁子自邑。乘遽解患,羊舌以免,賴其生全。詳《蹇》之《乾》。
《旅》が《随》に変わる。林辞は言う:叔肸が冤屈を懐き、祁子が城邑から駆けつける。駅車に乗って飛馳して往き禍患を化解し、羊舌氏はこれによって罪難を免れ、この事に頼って性命を保全した。遽は古の緊急の消息を伝える駅車である。尚秉和の注明:取象は詳しく前文の「蹇之乾」の条に見よ。
蠱。延頸望酒,不入我口。深目自苦,利得無有。詳《訟》之《益》。
《旅》が《蠱》に変わる。林辞は言う:頸を伸ばしてあの一杯の酒を盼ぐが、酒は我が口に入らない。眼窩は深く陥い、独り苦しみを受け、求めたい利益は一つも得ない。尚秉和の注明:取象は詳しく前文の「訟之益」の条に見よ。
臨。仁政之德,參參日息。成都就邑,人受厥福。震為仁德,坤為都邑。參參,多貌。朿晳《補亡詩》參參其稼,宋本作恭恭,依汲古。《史記》舜陶河濱三年,成都邑。
《旅》が《臨》に変わる。林辞は言う:仁政の積む徳沢は、日ごとに繁盛滋長する。都会を聚め城邑を建て、人人がその福気を承ける。尚秉和の解説:震は仁徳を主り、坤は都邑を主る。「参参」は众多繁盛の様子で、束皙の《補亡詩》に「参参其稼」の句が証となる。引く《史記》は虞舜が黄河の辺で陶を作り、三年の間に聚まりて都邑を成したと言う。校記:「参参」は宋本で「恭恭」と作り、ここは汲古閣本に依る。
觀。牽頭繫尾,屈折幾死。周世無人,不知所歸。詳《升》之《大畜》。周,汲古作雕,人作仁,依宋元本。
《旅》が《観》に変わる。林辞は言う:頭は牽かれ尾は拴がれ、彎折してほとんど死にそうである。周朝の一代に用いるべき人才がなく、誰に帰附すべきか分からない。尚秉和の注明:取象は詳しく前文の「升之大畜」の条に見よ。校記:「周」の字は汲古閣本で「雕」、「人」の字は「仁」と作り、ここはいずれも宋・元本に依る。
噬嗑。教羊逐兔,使魚捕鼠。任非其人,費日無功。詳《需》之《噬嗑》。捕鼠,宋元本作相捕,依汲古。
《旅》が《噬嗑》に変わる。林辞は言う:羊を教えて兎を追わせ、魚に命じて鼠を捉えさせる。人を用いるに当たらず、時日を徒費して功効がない。尚秉和の注明:取象は詳しく前文の「需之噬嗑」の条に見よ。校記:「捕鼠」の二字は宋・元本で「相捕」と作り、ここは汲古閣本に依る。
賁。生角有尾,張孽制家。排羊逐狐,張氏易公,憂禍復凶。震為生,艮為角、為尾、為家,坎為孽,與震連,故曰張孽。《左傳昭十年》蘊利生孽,注:孽,妖害也。震為羊,艮為狐。震為張、為公,上艮為反震,故曰易公。坎為憂禍、為凶,生疑為牛之訛。
《旅》が《賁》に変わる。林辞は言う:頭上に角を生じ身後に尾があり、張氏の妖孽が家門を把持する。羊を赶い払い狐を駆り去るが、張氏が公室に取って代わり、憂患と禍害が連なり至る。尚秉和の解説:震は生を主り、艮は角・尾・家宅を主り、坎は妖孽を主り、坎は震と相連なるので「張孽」と言う。《左伝》昭公十年に「蘊利生孽」の語があり、注は「孽」はすなわち妖害と言う。震は羊を主り、艮は狐を主る。震はまた張・公を主り、上体の艮は震を倒した覆象なので「易公」と言う、すなわち公室を更換した。坎は憂禍・凶を主る。尚氏は「生角」の「生」は「牛」の字の訛りと疑う。
剝。去安就危,墜陷井池,破我玉螭。坤為安,孤陽在坤上,故曰去安就危。坤為淵,故曰井池。震為玉、為螭,上卦震覆,故曰破我玉螭。○螭,丁本作蝺,失韻,依宋元、汲古本。
《旅》が《剥》に変わる。林辞は言う:安穏の処を離れて危険に就き、墜落して井池に陥り、我が玉螭を摔げ破った。尚秉和の解説:坤は安穏を主り、この卦はただ上九の一つの孤陽が坤上に圧するのみなので「去安就危」と言う。坤は深淵を主るので「井池」と言う。震は玉・螭を主る——螭は角なき龍形の玉飾である。上卦の艮は正に震を倒した覆象なので「破我玉螭」と言う。校記:「螭」の字は丁氏本で「蝺」と作り、上下の句と叶韻せず、ここは宋・元本と汲古閣本に依る。
復。茹芝餌黃,塗飲玉英。與神通流,長無憂凶。震為芝、為玄黃,震食,故曰茹、曰餌。黃,黃精也,二者皆延年益壽之草。震為大塗、為玉、為萌芽,故曰玉英。震為神,坤為憂凶。
《旅》が《復》に変わる。林辞は言う:霊芝を食らい黄精を服し、路の上で玉の精華を飲下す。神明と往來相通じ、長く憂愁と凶険がない。尚秉和の解説:震は霊芝・玄黄の色を主り、震はまた飲食を主るので「茹」と言い「餌」と言う——「黄」は黄精を指し、霊芝と黄精はともに古人が延年益寿できると認める薬草である。震は大路・玉・萌芽を主るので「玉英」すなわち玉の精華と言う。震は神明を主り、坤は憂凶を主る。
無妄。體重難飛,未能越關,不離室垣。詳《震》之《鼎》。宋元本無末句,依汲古。
《旅》が《无妄》に変わる。林辞は言う:身が重すぎて、飛び起き難く、関口を越えられず、屋舍墻垣を離れられない。尚秉和の注明:取象は詳しく前文の「震之鼎」の条に見よ。校記:宋・元本には末尾の一句がなく、ここは汲古閣本に依る。
大畜。巢成樹折,傷我彝器。伯踒叔跌,亡羊乃追。艮為巢、為成,震木,兌毀,故曰樹折。震為器,艮虎,故曰彝器。《書》宗彝《釋文》引鄭云彝,虎也。兌毀,故傷。震為伯,艮為叔,兌折,故曰跌。兌為羊,震往,故曰亡羊、曰追。
《旅》が《大畜》に変わる。林辞は言う:鳥の巣がやっと成ったが、樹が折れて、我が彝器を摔げ壊した。長男は脚を扭ぢ、叔弟は転んだ。羊はすでに逃げ去ってから追いかける。尚秉和の解説:艮は巣・成就を主り、震は木を主り、兌は毀折を主るので「樹折」と言う。震は器物を主り、艮は虎を主るので「彝器」と言う——《尚書》に「宗彝」があり、《経典釈文》は鄭玄を引いて「彝」はすなわち虎で、虎紋を画いた礼器を指すと言う。兌は毀を主るので「傷」と言う。震は伯を主り、艮は叔を主り、兌は折を主るので「跌」と言う。兌は羊を主り、震は往を主るので「亡羊」と言い「追」と言う。
頤。六人俱行,各貴其囊。黃鶴失珠,無以為明。詳《賁》之《噬嗑》。
《旅》が《頤》に変わる。林辞は言う:六人が同じく路に上り、各自自分の銭嚢を重んずる。黄鵠が明珠を失い、再び照明できる物がない。尚秉和の注明:取象は詳しく前文の「賁之噬嗑」の条に見よ。
大過。播梅折枝,與母分離,絕不相知。詳《大有》之《坤》。播,種也。宋元本作蟠,依汲古。梅折枝,汲古作枝遷岐,依宋元本。
《旅》が《大過》に変わる。林辞は言う:梅樹を種えたが枝を折られ、母と分離し、音信が断絶して彼此消息を通じない。注中に「播」はすなわち種と明す。尚秉和の注明:取象は詳しく前文の「大有之坤」の条に見よ。校記:「播」の字は宋・元本で「蟠」と作り、ここは汲古閣本に依る。「梅折枝」の三字は汲古閣本で「枝遷岐」と作り、ここは宋・元本に依る。
坎。迎福開戶,喜隨我後。曹伯愷悌,為宋國主。中爻震為福,艮為戶,震為開,故曰迎福開戶。震為喜、為後、為伯、為主,艮為宋、為國。元本舊注宋以曹師殺公子游,立桓公,依此注則國字似為立字方適。
《旅》が《坎》に変わる。林辞は言う:門戸を開いて福気を迎え、喜慶が我が身後に跟う。曹伯は人と為り和楽平易で、宋国の君主となった。尚秉和の解説:中間の数爻は互体して震を成し、震は福を主り、艮は門戸を主り、震はまた開を主るので「迎福開戸」と言う。震は喜・後・伯・主宰を主り、艮は宋・邦国を主る。元本の旧注は言う:宋国は曹国の軍を借りて公子游を殺し、桓公を立てた。この旧注に依れば、「国」の字は「立」の字と作るのが妥帖らしい。
離。既痴且狂,兩目又盲。箕踞喑啞,名為無中。巽進退不果,故曰痴狂。中互大坎,坎黑,故曰目盲。伏震為箕,兌為喑啞。○箕,宋元本作踑,《集韻》踑,長踞也。茲依汲古。中,汲古作用,喑啞作坐喑,依宋元本。
《旅》が《離》に変わる。林辞は言う:痴であって狂で、両眼はさらに瞎いている。両脚を叉り開き箕踞して坐り、口は言えず、空しく名声があって実がない。尚秉和の解説:巽の卦徳は進退して果決しないなので、痴と言い狂と言う。卦の中間は合して一つの放大した坎を成し、坎の色は黒暗なので「目盲」と言う。巽の伏す震は箕を主り、兌は喑唖して言えないを主る。校記:「箕」の字は宋・元本で「踑」と作り、《集韻》は「踑」は脚を伸ばして坐ると言う、ここは汲古閣本に依る。「中」の字は汲古閣本で「用」、「喑唖」の二字は「坐喑」と作り、ここは宋・元本に依る。
咸。金梁鐵柱,千年牢固。完全不腐,聖人安處。乾為金鐵,艮為樑柱,乾為千年,艮堅,故曰牢固。互巽為腐,乾為聖人,艮止,故曰安處。
《旅》が《咸》に変わる。林辞は言う:金で铸た梁と鉄で铸た柱は、千年も牢固で壊れない。完好無損で腐朽せず、聖人は安穏にその中に住む。尚秉和の解説:乾は金鉄を主り、艮は梁柱を主り、乾は千年の久を主り、艮の性は堅実なので「牢固」と言う。互体の出ずる巽は腐朽を主り、林辞はこの象に就着いて反対に「完全不腐」と言う。乾は聖人を主り、艮の卦徳は止なので「安処」と言う。
恆。裹糗荷糧,與蹠相逢。欲飛不得,為罔所獲。巽為糗糧,艮為荷。巽為盜賊,故曰與蹠相逢。震為飛,坤為網罟。○罔,宋本作網,依元本。
《旅》が《恒》に変わる。林辞は言う:乾糧を包み口糧を担いで路に上るが、半途で盗跖に碰上した。飛ぼうとしても飛び去れず、羅網に捉えられた。糗は炒り熟した米麦を以て成る乾糧である。尚秉和の解説:巽は乾糧を主り、艮は肩担を主る。巽はまた盗賊を主るので「与跖相逢」と言う。震は飛を主り、坤は網罟を主る。校記:「罔」の字は宋本で「網」と作り、ここは元本に依る。
遯。彭生為豕,暴龍作災。盜堯衣裳,聚蹠荷兵。青禽照夜,三旦夷亡。首句依《比》之《蒙》校,各本多作彭名為矢,或彭生為妖。
《旅》が《遯》に変わる。林辞は言う:彭生が大猪と化して祟りをなし、暴龍が災禍を興す。盗賊は唐尭の衣裳を著て、盗跖の徒を聚め兵器を扛ぐ。青色の怪鳥が夜に光を放ち、三つの朝の後に族は夷め滅する。彭生の事は《左伝》荘公八年に見える:斉の襄公は公子彭生を殺し、後に彭生は大豕と化して形を現し、斉の襄公はこれによって害に遇った。尚秉和はこの条に校記のみ出す。校記:首句は「比之蒙」の条に依って校定す。各本多くは「彭名為矢」と作り、また「彭生為妖」と作るものもある。
大壯。獨夫老婦,不能生子。鰥寡居處。震為夫,兌為老婦,震為子,兌折,故不能生子。伏巽為寡,故曰獨夫。伏艮為鰥。○獨,汲古訛褐,依宋元本。
《旅》が《大壮》に変わる。林辞は言う:孤身の男子に年配の婦人を配し、子を生めない。鰥夫寡婦は各自独り居る。尚秉和の解説:震は丈夫を主り、兌は老婦を主り、震は子嗣を主り、兌は折損を主るので、子を生めない。震の伏す巽は孤寡を主るので「独夫」と言う。兌の伏す艮は鰥夫を主る。校記:「独」の字は汲古閣本で「褐」と訛り、ここは宋・元本に依る。
晉。鷦鷯竊脂,巢於小枝。搖動不安,為風所吹。心寒慄栗,常憂殆危。慄慄,依《謙》之《遯》,各本多作飄搖。
《旅》が《晋》に変わる。林辞は言う:鷦鷯と窃脂の二種の小鳥が、細い枝条の上に巣を作る。巣は揺れ動き穏やかでなく、風に吹かれて東に倒れ西に歪む。心は寒く慄いて已まず、常に危険を憂慮する。窃脂は一種の小鳥の名で、《爾雅》に見える。尚秉和はこの条に校記のみ出す。校記:「栗栗」の二字は「謙之遯」の条に依って校定す、各本多くは「飄揺」と作る。
明夷。素車木馬,不任負重。王子出征,憂危為咎。震為白,坤為車,故曰素車。震為木、為馬,坤為重,下互坎,坎險,故不任負重。震為王子、為出征,坎為憂危。○馬,汲古作輿,危作疑,均依宋元本。
《旅》が《明夷》に変わる。林辞は言う:漆飾なき白木の車と木で作った馬は、重い負載を担えない。王子は兵を出し征战し、憂愁危険はすなわち災咎となる。尚秉和の解説:震は白色を主り、坤は車を主るので「素車」と言う。震は木・馬を主り、坤は沉重を主り、下は互体して坎を成し、坎は険を主るので、重載を担えない。震は王子・出征を主り、坎は憂危を主る。校記:「馬」の字は汲古閣本で「輿」、「危」の字は「疑」と作り、ここはいずれも宋・元本に依る。
家人。土陷四維,安平不危。利以居止,保有玉女。未詳。
《旅》が《家人》に変わる。林辞は言う:泥土を四方の角落に填め、平安順遂で危険がない。安居し止息するに適し、美好の女子を保有できる。「四維」は東南・西南・西北・東北の四つの角を指す。尚秉和はこの条の取象に「未詳」と注するのみで、考え出す所がなかった。
睽。負牛上山,力劣行難。烈風雨雪,遮遏我前,中道復還。詳《訟》之《剝》。
《旅》が《睽》に変わる。林辞は言う:牛を負って山に上るが、力が済わず行走は艱難である。狂風が雨雪を挟み、我が前を遮り、半路に至ってやむなく引き返す。尚秉和の注明:取象は詳しく前文の「訟之剥」の条に見よ。
蹇。金城鐵郭,上下同力。政平民親,寇不敢賊。艮為金鐵、為城郭,坎為平、為賊寇、為民。
《旅》が《蹇》に変わる。林辞は言う:金で铸た内城と鉄で铸た外郭は、上上下下が同心協力する。政事は公平で百姓は親附し、敵寇はあえて侵害に来ない。尚秉和の解説:艮は金鉄・城郭を主り、坎は平正・賊寇・民衆を主る。
解。清潔淵塞,為人所言。證訊詰情,繫於枳溫。甘裳聽斷,昭然蒙恩。詳《師》之《蠱》。
《旅》が《解》に変わる。林辞は言う:人と為り清白廉潔で心地は深沈篤実であるが、人に告発された。対証審訊を経て案情を追究され、枳温の地に拘押された。後に甘棠の樹下で聴審判決を受け、冤情は昭雪されて恩典を蒙った。「甘裳」はすなわち甘棠で、召伯が甘棠の樹下で訟を聴き案を断じた典故を用いる。尚秉和の注明:取象は詳しく前文の「師之蠱」の条に見よ。
損。皋陶聽理,岐伯悅喜。西登華首,東歸無咎。艮為山、為火,故曰皋陶。舜時士官,故曰聽理。兌為耳、為聽,坤為理也。震為伯,艮山,故曰岐伯。《本草經》黃帝問岐伯,《漢書人物表》上古之時,有岐伯,中古有扁鵲,蓋與黃帝創制醫藥者。兌為西,艮山,故曰華首。震為東、為歸,華,華山;首,雷首山,在蒲阪。
《旅》が《損》に変わる。林辞は言う:皋陶が案件を審理し、岐伯が歓喜する。西へ登って華山と雷首山に行き、東へ帰るに災禍がない。尚秉和の解説:艮は山・火を主り、正に「皋陶」の名に合う。皋陶は虞舜の時に刑獄を掌る士官なので「聴理」と言う。兌は耳・聴を主り、坤は条理を主る。震は伯を主り、艮は山を主るので「岐伯」と言う——《神農本草経》に黄帝が岐伯に問うた事があり、《漢書・古今人表》は上古に岐伯・中古に扁鵲ありと言い、岐伯はおそらく黄帝とともに医薬を創制した人である。兌は西方を主り、艮は山を主るので「華首」と言う。震は東方・帰返を主る。「華」は華山を指し、「首」は雷首山を指し、今の山西蒲阪一帯にある。
益。低頭竊視,有所畏避。行作不利,酒酸魚敗,眾莫貪嗜。詳《鼎》之《解》。不,宋元本作未,依汲古。眾,宋本作重,依元本、汲古。
《旅》が《益》に変わる。林辞は言う:頭を低めてこっそり窺い望み、心に畏れて避ける所がある。出行して事をするに皆順利せず、酒は酸くなり魚は壊れ、衆人は誰も貪って食べない。尚秉和の注明:取象は詳しく前文の「鼎之解」の条に見よ。校記:「不」の字は宋・元本で「未」と作り、ここは汲古閣本に依る。「衆」の字は宋本で「重」と作り、ここは元本と汲古閣本に依る。
夬。十雞百雛,常與母俱。抱雞捕虎,誰肯為侶。此用旅象。旅互巽為雞,兌數十,故曰十雞。伏震為雛、為百,故曰百雛。巽為母,故曰常與母俱。艮為虎、為抱、為捕,巽為寡,故曰無侶。
《旅》が《夬》に変わる。林辞は言う:十羽の母鶏が百羽の小鶏を帯び、いつも母の身辺に跟う。しかし一羽の鶏を抱いて虎を捕えに行くのに、誰が彼の同伴を肯んずるか。尚秉和の解説:この条は本卦《旅》の象を用いる。《旅》の三・四・五爻は互体して巽を成し、巽は鶏を主り、兌の卦数は十なので「十鶏」と言う。巽の伏す震は雛鳥を主り、その数は百なので「百雛」と言う。巽は母を主るので「常與母俱」と言う。艮は虎・懐抱・捕捉を主り、巽はまた孤寡を主るので、同伴がないと言う。
姤。高阜山陵,陂陁顛崩。為國妖祥,元后以薨。《左傳僖十四年》沙麓崩,晉卜偃曰:期年將有大咎,國幾亡,次年,惠公被執;又九年懷公殺於高梁。姤通復。艮為山陵,初至三艮覆,故曰顛崩。坤為國、為妖祥、為喪,故曰薨。震長,故曰元。震為君,故曰元后。○陂,汲古作峻,依宋元本。又《國語》岐山崩,三川竭,幽王亡。
《旅》が《姤》に変わる。林辞は言う:高い土山と山陵の、斜めの崖が崩塌する。これは国家の妖異の徴候で、君主はこれによって死去した。尚秉和の解説:《左伝》僖公十四年に沙麓山の崩を記し、晋国の卜偃は一年の内に大災があり国家はほとんど覆亡すると言った。第二年に晋の恵公は果たして秦国に俘獲され、また九年を過ぎて、懐公は高梁で殺された。この条は旁通の象を取る——《姤》の六爻を尽く翻せば《復》となる。艮は山陵を主り、初爻から三爻は艮を倒置した覆象なので「顛崩」と言う。坤は邦国・妖祥・喪亡を主るので「薨」と言う。震は長を主るので「元」と言う。震はまた君を主るので「元后」すなわち天子と言う。校記:「陂」の字は汲古閣本で「峻」と作り、ここは宋・元本に依る。尚氏はまた《国語》を引く:周の幽王の時に岐山が崩塌し三条の河川が枯渇し、幽王はすなわち滅亡した。
萃。六鷁退飛,為襄敗祥。陳師合戰,左股夷傷。遂以崩薨,霸功不成。詳《蹇》之《蠱》。
《旅》が《萃》に変わる。林辞は言う:六羽の鷁鳥が倒退して飛び過ぎた、これは宋の襄公の敗亡の凶兆である。陣勢を攤いて楚軍と交戦し、左の大腿が射傷された。ついにこれによって死去し、覇を称する功業は成就しなかった。《春秋》僖公十六年に「六鷁退飛過宋都」と記し、後に宋の襄公は泓水の戦いで股を傷つけて亡んだ。尚秉和の注明:取象は詳しく前文の「蹇之蠱」の条に見よ。
升。異國殊俗,情不相得。金木為仇,百賊擅殺。末句依《夬》之《比》校,宋元本作百戰檀谷,汲古作酋賊擅役。
《旅》が《升》に変わる。林辞は言う:異邦は風俗が同じでなく、彼此情意が合わない。金と木は相剋して仇となり、衆の賊寇は擅りに殺戮する。尚秉和はこの条に校記のみ出す。校記:末句は「夬之比」の条に依って校定す。宋・元本は「百戦檀谷」、汲古閣本は「酋賊擅役」と作る。
困。鴉噪庭中,以戎災凶。重門擊柝,備憂暴客。詳《大過》之《渙》。《左傳襄十三年》有鳥呌於宋太廟,曰嘻嘻出出,後果災。
《旅》が《困》に変わる。林辞は言う:烏鴉が庭院で聒噪し、これによって兵戎と災凶を招来す。そこで重重の門戸を設け夜に更を打ち柝を敲き、憂患と凶暴の来客を防備する。「重門撃柝」は《繫辞伝》に出る。尚秉和の注明:取象は詳しく前文の「大過之渙」の条に見よ、併せて《左伝》襄公十三年を引く:鳥が宋国の太廟で啼き、声は「嘻嘻出出」のごとく、後に太廟は果たして失火した。
井。慈母念子,享賜得士。蠻夷來服,以安王室,側陋逢時。巽為母,巽順,故曰慈母。坎為念,伏震為子,故曰念子。兌為享,伏震為土、為王,艮為室、為時,坎為側陋。○念,各本皆作赤。第三句皆作獲夷服除,茲依《漸》之《咸》校。士,宋元本作土,依汲古。室,宋本、汲古作家,茲依元本。
《旅》が《井》に変わる。林辞は言う:慈母は子を思念し、献享して賜を受け賢士を得た。四方の蛮夷は来りて帰服し、これによって王室を安定し、身出の微賤な人も好い時に遇った。尚秉和の解説:巽は母を主り、巽の卦徳は順なので「慈母」と言う。坎は思念を主り、巽の伏す震は子を主るので「念子」と言う。兌は享献を主り、伏震は土・王を主り、艮は室・時を主り、坎は微賤卑陋を主る。校記:「念」の字は各本とも「赤」と作る。第三句は各本とも「獲夷服除」と作り、ここは「漸之咸」の条に依って校改する。「士」の字は宋・元本で「土」と作り、ここは汲古閣本に依る。「室」の字は宋本と汲古閣本で「家」と作り、ここは元本に依る。
革。遷延惡人,使德不通。炎旱為殃,年穀大傷。遷延,依《坤》之《大有》校,宋元本作剗跡,汲古作跡造。殃,宋元本作災,不協,依汲古。
《旅》が《革》に変わる。林辞は言う:一味に拖延し悪人を任用して、徳教が通行しない。酷熱の干ばつは災殃を醸成し、一年の穀物が大いに損傷する。尚秉和はこの条に校記のみ出す。校記:「遷延」の二字は「坤之大有」の条に依って校定す、宋・元本は「剗跡」、汲古閣本は「跡造」と作る。「殃」の字は宋・元本で「灾」と作り、韻と協わず、ここは汲古閣本に依る。
鼎。躬履孔德,以待朿帛。文君燎獵,呂尚獲福。號稱太師,封建齊國。通《屯》。坤為躬,震為履、為德、為孔。孔,大也。本卦巽為帛,離為文,乾為君。文君,文王也。震為獵,艮火,故曰燎獵,言文王出獵,遇呂尚也。乾為福、為師,巽齊坤國,故曰封建齊國。○第二句汲古作以帶朿帶。
《旅》が《鼎》に変わる。林辞は言う:身を以て大徳を践み行い、束ねた聘帛を待ち受けた。文王は火を点して囲猟し、呂尚はこれによって福を得た。太師と尊号され、封を受けて斉国を建てた。尚秉和の解説:この条は旁通の象を取る——《鼎》の六爻を尽く翻せば《屯》となるので「通《屯》」と標す。坤は身躬を主り、震は践履・徳・孔を主る——「孔」は大きいの意である。本卦の巽は布帛を主り、離は文を主り、乾は君を主り、「文君」はすなわち周の文王である。震は田猟を主り、艮は火を主るので「燎猟」と言い、講ずるのは文王が出猟して渭水の辺で呂尚に遇った事である。乾は福・師を主り、巽は斉・坤は国を主るので「封建斉国」と言う。校記:第二句は汲古閣本で「以帯朿帯」と作る。
震。徵將止惡,鼓鞞除賊。慶仲奔莒,子般獲福。震為征、為鼓鞞。坎為邪、為惡、為賊,《月令》仲夏命樂師修鼗鞞鼓。坎為仲,震喜,故曰慶仲。互艮為邑,震往,故曰奔莒。按:《左傳莊三十二年》共仲使圉人犖賊子般於黨氏,共仲即慶父,閔二年奔莒,茲云獲福,於事正反,疑福為偪之訛字,抑如丁宴說般為谷之訛。谷,共仲孫,文十年魯人立之,所謂谷也,豐下必有後於魯國也。般谷形近,疑要丁說是也。
《旅》が《震》に変わる。林辞は言う:出征はまさに凶悪を制止し、鼓を撃ち鞞を鳴らして賊寇を除く。慶仲は莒国に奔り出し、子般は福を得た。尚秉和の解説:震は征伐・鼓鞞を主る——鞞は小鼓で、《礼記・月令》は仲夏の月に楽師に鼗・鞞・鼓を修治させると言う。坎は邪・悪・賊を主る。坎はまた仲を主り、震は喜慶を主るので「慶仲」と言う。互体の出ずる艮は城邑を主り、震は前往を主るので「奔莒」と言う。尚氏は《左伝》荘公三十二年を按す:共仲は圉人犖を派して党氏の家で子般を殺害した——共仲はすなわち慶父で、閔公二年に莒に奔った。ここでは子般が「獲福」と言うが、史事と正に相反するので、「福」は「偪」の字の訛りと疑う。あるいは丁晏の言うがごとく、「般」は「穀」の字の訛り——穀は共仲の孫で、魯の文公十年に魯人が彼を立てて後とした、いわゆる「穀」で、すなわち叔服の「豊下は必ず魯国に後あり」と言った語の応験である。「般」「穀」の二字は形が近く、見るに丁晏の説は信ずべきである。
艮。良夫淑女,配合相保。多孫眾子,歡樂長久。艮為夫,伏兌為女,震為善,故曰良夫淑女。坎為合,艮為保,艮兌為夫婦,故曰配合相保。艮為孫,震為子,坎眾,故曰多孫眾子。震樂,艮久。○眾,汲古作壽,依宋元本。
《旅》が《艮》に変わる。林辞は言う:良善の丈夫に賢淑の女子を配し、夫婦を結んで彼此扶持する。子孫は众多で、歓楽は長久である。尚秉和の解説:艮は丈夫を主り、艮の伏す兌は女子を主り、震は良善を主るので「良夫淑女」と言う。坎は結合を主り、艮は保守を主る。艮は少男・兌は少女で、正に夫婦の象なので「配合相保」と言う。艮は孫を主り、震は子を主り、坎は众多を主るので「多孫衆子」と言う。震は歓楽を主り、艮は長久を主る。校記:「衆」の字は汲古閣本で「寿」と作り、ここは宋・元本に依る。
漸。蜲蛇四牡,思念父母。王事靡盬,不得安處。漸上巽,巽為蛇,伏震為馬,卦數四,故曰蜲蛇四牡。坎為思念,震父巽母,震為王,巽隕落,故曰王事靡盬。盬,惡也。《前漢息夫躬傳》器用盬惡。艮為安,坎險,故曰不得安處。按:林詞皆《詩小雅》語。○蜲蛇,汲古作逶迤,依宋元本。牡,宋本訛壯,依元本、汲古。得,元本作我,依宋本。
《旅》が《漸》に変わる。林辞は言う:四匹の公馬が蜿蜿と前行し、車を赶く人の心は父母を思念す。王家の差事は尽きることがなく、安穏に住むことができない。尚秉和の解説:《漸》の上体は巽で、巽は蛇を主る。巽の伏す震は馬を主り、卦数は四なので「蜲蛇四牡」と言う——蜲蛇は曲折して進む様子である。坎は思念を主り、震は父・巽は母を主る。震は王を主り、巽は陥落を主るので「王事靡盬」と言い、注中に「盬」を悪と訓じ、《漢書・息夫躬伝》に「器用盬悪」の語がある。艮は安を主り、坎は険を主るので「不得安処」。尚氏は按す:この林辞は句句《詩・小雅・四牡》の成語を用いる。校記:「蜲蛇」の二字は汲古閣本で「逶迤」と作り、ここは宋・元本に依る。「牡」の字は宋本で「壮」と訛り、ここは元本と汲古閣本に依る。「得」の字は元本で「我」と作り、ここは宋本に依る。
歸妹。水壞我裡,東流為海。龜鳧讙囂,不得安居。詳《泰》之《兌》。龜鳧,汲古作龜鼉,宋元本作鳧龜,依《泰》之《兌》校。
《旅》が《帰妹》に変わる。林辞は言う:大水が我が郷里を沖し壊し、東へ流れて大海を匯成す。亀と野鴨が鼓噪し諠噪し、人は安居できない。尚秉和の注明:取象は詳しく前文の「泰之兌」の条に見よ。校記:「亀鳧」の二字は汲古閣本で「亀鼍」、宋・元本で「鳧亀」と作り、ここは「泰之兌」の条に依って校定す。
豐。朿帛戔戔,賻我孟宣。徵召送君,變號易字。巽為帛,伏艮為手,故曰朿帛戔戔。馬云委積貌,《子夏傳》作殘,茲曰賻我孟宣,是焦義與馬同也。伏震為孟、為宣、為君。事實未詳。○第四句汲古作處號易子,依宋元本。
《旅》が《豊》に変わる。林辞は言う:束ねた帛が堆れて堆を成し、用いて我が孟宣の喪事を助け資する。彼を徴召し送別し、名号と表字を改換した。尚秉和の解説:巽は布帛を主り、兌の伏す艮は手を主るので「朿帛戔戔」と言う——これは《周易・賁》六五の成語で、馬融は「戔戔」を委積众多の様子と解くが、《子夏易伝》は「残」と作る。ここで「賻我孟宣」(賻はすなわち財物を送り人の喪を助ける)と言うからには、焦延寿の取る義は馬融と同じと見える。巽の伏す震は孟・宣・君を主る。指す所の実事について、尚氏はまだ考え出していないと言う。校記:第四句は汲古閣本で「処号易子」と作り、ここは宋・元本に依る。
巽。乾行天德,覆贍六合。嘔喣成熟,使我福德。二五皆陽,故曰乾行天德。覆贍六合者,言乾天覆徧六合也。贍,《說文》給也,《玉篇》周也。伏坎為合,數六,故曰六合。嘔喣,猶吹噓養育也。兌口,故曰嘔喣。伏艮為成、為我,伏震為福德。○覆贍,局本作履贍,象亦合,茲依宋元、汲古本。喣,元本作呴,依宋本、汲古。嘔喣,音歐詡。
《旅》が《巽》に変わる。林辞は言う:乾道が運行し天徳が流布し、上下四方を覆い周く給する。気を嘘き吹き拂いで万物を成熟せしめ、我に福気と徳沢を与える。尚秉和の解説:この卦の二爻と五爻はともに陽なので「乾行天徳」と言う。いわゆる「覆贍六合」は、乾天が六合を覆い遍く及ぶことを言う——「贍」は《説文解字》が給与と訓し、《玉篇》は周遍と訓ず。離の伏す坎は会合を主り、その数は六なので「六合」と言う。「嘔喣」は気を吹き嘘き暖め、万物を養育するがごとく、欧詡と読む。兌は口を主り、口は吹噓できるので「嘔喣」と言う。兌の伏す艮は成就・我を主り、巽の伏す震は福徳を主る。校記:「覆贍」の二字は官書局本で「履贍」と作り、卦象にも講じ通ずる、ここは宋・元本と汲古閣本に依る。「喣」の字は元本で「呴」と作り、ここは宋本と汲古閣本に依る。
兌。秦晉大國,更相剋賊。獲惠質圉,鄭被其咎。兌西為秦,伏震為晉,艮為國,互巽為賊,兌毀折,三至上正反兌巽,故曰更相剋賊。伏震為德惠,艮為圉守也。《詩大雅》孔棘我圉,《左傳》亦聊以固吾圉。惠,晉惠公,僖十五年為秦所獲,後秦放惠公歸,以子圉質於秦。伏艮,故曰獲、曰質。伏坎為鄭,慶鄭也,慶鄭以惠公違諫,不救惠公,及被釋,殺慶鄭而後入。○首句汲古作秦並六國,非,依宋元本。
《旅》が《兌》に変わる。林辞は言う:秦と晋はともに大国で、反覆して互いに攻伐残害する。晋の恵公は俘虜となり、太子圉は人質に行き、慶鄭もこれによって罪を得た。尚秉和の解説:兌の位は西にあるので秦を主る。兌の伏す震は晋を主り、艮は邦国を主る。互体の出ずる巽は残害を主り、兌は毀折を主り、第三爻から上爻まで正反の二組の兌と巽を含むので「更相克賊」と言う。伏震は徳恵を主り、艮は「圉」を主る、圉は辺陲を守るの義で、《詩・大雅》に「孔棘我圉」、《左伝》にも「聊以固吾圉」がある。「恵」は晋の恵公を指し、僖公十五年に秦国に俘獲され、後に秦国は彼を放して国に帰し、彼は太子圉を秦国に送り人質とした。艮は伏して見えないので「獲」と言い「質」と言う。離の伏す坎は鄭を主り、指すは慶鄭——慶鄭は晋の恵公が勧諫を聞かないため、すなわち死を見て救わなかった。恵公が釈されて国に帰るを待ち、先に慶鄭を殺し、それから入都した。校記:首句は汲古閣本で「秦并六国」と作るが誤り、ここは宋・元本に依る。
渙。晦昧昏冥,君無紀綱。甲午成亂,簡公喪亡。坎隱伏,故曰晦冥。震為君,巽為繩、為紀綱,艮為時、為甲,納丙,故曰甲午。春秋哀十四年甲午,齊陳恆弒其君王於舒州。壬,簡公名也。陳恆,陳成子也。甲午成亂者,言成子作亂,弒簡公也。震為簡、為公,巽隕,故喪亡。冥,宋元本作明,依汲古。午,元本、汲古作子,依丁本。
《旅》が《渙》に変わる。林辞は言う:天色は晦暗昏冥し、君主は綱紀を失う。甲午の日に禍乱を醸成し、斉の簡公はこれによって身を亡んだ。尚秉和の解説:坎は陥伏を主るので「晦冥」と言う。震は君を主り、巽は繩索・綱紀を主る。艮は時・甲を主り、納甲の法で艮は丙を納めるので「甲午」と言う。《春秋》哀公十四年の甲午に、斉国の陳恒が舒州でその国君壬を弑殺した——壬は正に斉の簡公の名である(正文の「其君王」の「王」の字は「壬」と作るべき)。陳恒はすなわち陳成子である。いわゆる「甲午成乱」は、正に陳成子が乱を作し君を弑したことを言う。震は簡・公を主り、巽は陥落を主るので「喪亡」と言う。校記:「冥」の字は宋・元本で「明」と作り、ここは汲古閣本に依る。「午」の字は元本と汲古閣本で「子」と作り、ここは丁氏本に依る。
節。三足無頭,莫知所之。心狂睛傷,莫使為明,不見日光。詳《小畜》之《復》。日,宋元本作月,非,依汲古。睛,汲古作精,依宋元本。兌半離,故曰睛傷。
《旅》が《節》に変わる。林辞は言う:三只の脚があって頭がなく、誰もそれがどこへ往くか知らない。心神は狂乱し眼は傷つき、物を明らかに見ることができず、日光に見えない。尚秉和の注明:取象は詳しく前文の「小畜之復」の条に見よ、併せて兌は半分の離なので「睛傷」と言うと補説す。校記:「日」の字は宋・元本で「月」と作るが誤り、ここは汲古閣本に依る。「睛」の字は汲古閣本で「精」と作り、ここは宋・元本に依る。
中孚。長夜短日,陰為陽賊。萬物空枯,藏於北陸。詳《謙》之《漸》。
《旅》が《中孚》に変わる。林辞は言う:夜は長く昼は短く、陰気がかえって陽気を残害する。万物は凋零枯槁し、皆北陸に蔵れ入る。「北陸」は古人の称する太陽が冬季に行く星次で、ここでは厳冬を代指す。尚秉和の注明:取象は詳しく前文の「謙之漸」の条に見よ。
小過。依宵夜遊,與君相遭。除煩解惑,使我無憂。詳《歸妹》之《大有》。依《小過》之《否》作衣,《說文》衣,依也,義同。
《旅》が《小過》に変わる。林辞は言う:夜色に乘じて出遊し、君と相遇う。煩擾を解除し疑惑を化開し、我に憂愁なからしむ。尚秉和の注明:取象は詳しく前文の「帰妹之大有」の条に見よ。校記:「依」の字は「小過之否」の条で「衣」と作り、《説文解字》は「衣」はすなわち依で、二字の意義は同じ。
既濟。逐鹿南山,利入我門。陰陽和調,國無災殘。長子出遊,須其仁君。此皆用半象。陰陽和調,謂陰陽爻相等而當位也。
《旅》が《既済》に変わる。林辞は言う:南山で野鹿を追逐し、利益は我が家門に入る。陰陽は調和し、国の中に災害残破がない。長子は門を出て遠遊し、仁徳の君主を等候す。尚秉和の解説:これらの句は皆両爻を以て半卦を成す「半象」を用いる。いわゆる「陰陽和調」は、《既済》一卦は三陰三陽で数が相等しく、しかも陽は奇位に居り陰は偶位に居り、各自位に当たることを言う。
未濟。請騁左耳,嗇不我與,驅我父母。未詳。騁,宋元本作冀,與驅作驅與,均依汲古。左,汲古作作,依宋元本。按:《周禮夏官大司馬》,大獸公之,小獸私之,獲者取左耳以計功,然曰騁則左耳或為綠耳。
《旅》が《未済》に変わる。林辞は言う:獲物の左耳を献じるを請うが、相手は吝嗇して我に与えず、かえって我が父母を駆り去る。尚秉和はこの条の取象に「未詳」と注明す。彼は《周礼・夏官・大司馬》を按す:田猟の得る所は、大獣は公に帰し小獣は私に帰し、猟獲者は左耳を割き取り以て功を計算する。ただしすでに「騁」の字を用いたからには、「左耳」はもしかしたら駿馬の名「緑耳」の訛りかもしれない。校記:「騁」の字は宋・元本で「冀」、「与駆」の二字は「駆与」と作り、ここはいずれも汲古閣本に依る。「左」の字は汲古閣本で「作」と作り、ここは宋・元本に依る。
焦氏易林注 巻十五
行唐尚秉和節之注
これは巻端の題署で、本巻の注解の作者を標明す:行唐の人尚秉和、字は節之。行唐は今の河北省にあり、尚秉和は清末民初の易学の名家で、専ら漢《易》の象数を治め、《焦氏易林注》と《焦氏易詁》《周易尚氏学》はともに彼の代表著作である。
受業蒲城仵道益、豐潤董維城堃校刊
この一行も巻端の題署で、校対刊印した人を記明す:尚秉和に受業した学生、蒲城の人仵道益と、豊潤の人董維城(名は堃)で、両人は共同で校勘し併せて此の書を刊行した。蒲城は今の陝西省にあり、豊潤は今の河北省にある。
巽 第五十七
巽。溫山松柏,常茂不落。鸞鳳以庇,得其歡樂。詳《需》之《恆》。
《巽》卦が変じた第一条、変じてもなお変わらず《巽》、すなわち巽が下で巽が上の、上下同体の「純卦」——八経卦が自ら相重ねて成った卦である。林辞は言う:温山の松樹柏樹は、四時に常に青く凋まず落ちない。鸞鳥鳳凰が樹下で庇蔭を得て、これによって歓楽する。尚秉和の注明:取象は詳しく前文の「需之恒」の条に見よ。
乾。采唐沬鄉,要期桑中。失信不會,憂思約帶。詳《師》之《噬嗑》。○期,汲古作我,思約作在鉤,均依宋元本。
《巽》が《乾》に変わる。林辞は言う:沬邑の郷間で女蘿を采り、桑中で相会するを約した。相手は信約に背いて来ず、憂思は帯が緩くなるほどである。この数句は《詩・鄘風・桑中》の「爰采唐矣、沬之郷矣」「期我乎桑中」の成句を化用し、「唐」は女蘿の類の蔓草である。尚秉和の注明:取象は詳しく前文の「師之噬嗑」の条に見よ。校記:「期」の字は汲古閣本で「我」、「思約」の二字は「在鉤」と作り、ここはいずれも宋・元本に依る。
坤。有鳥飛來,集於宮樹。鳴聲可惡,主將出去。詳《屯》之《夬》。○可惡,汲古作畏惡,依宋元本。
《巽》が《坤》に変わる。林辞は言う:鳥が飛んで来て、宮中の樹上に止まった。叫声は憎むべく、主人はまさに家を出走せんとする。尚秉和の注明:取象は詳しく前文の「屯之夬」の条に見よ。校記:「可悪」の二字は汲古閣本で「畏悪」と作り、ここは宋・元本に依る。
屯。仁政之德,參參日息。成都就邑,日受厥福。詳《旅》之《臨》。○參參,局本作恭恭。
《巽》が《屯》に変わる。林辞は言う:仁政の積む徳沢は、日ごとに繁盛滋長する。都会を聚め城邑を建て、天天その福気を承ける。尚秉和の注明:取象は詳しく前文の「旅之臨」の条に見よ。校記:「参参」の二字は官書局本で「恭恭」と作る。
蒙。他山之錯,與璆為仇。來攻吾城,傷我肌膚,邦家搔憂。詳《明夷》。○錯,宋元本作儲,來,汲古作夾,依宋元本。
《巽》が《蒙》に変わる。林辞は言う:別処の山上の礪石が、美玉と対頭を結ぶ。それが来て我が城池を攻撃し、我が肌肤を傷つけ、一家全国がこれによって騒擾憂愁す。「錯」は玉を磨く礪石で、語は《詩・小雅・鶴鳴》の「他山之石、可以為錯」に出る。「璆」は美玉である。尚秉和の注明:取象は詳しく前文の《明夷》の一林に見よ。校記:「錯」の字は宋・元本で「儲」と作る。「来」の字は汲古閣本で「夾」と作り、ここはいずれも宋・元本に依る。
需。貝贖狸,不聽我辭。繫於虎鬚,牽不得來。詳《否》之《革》。
《巽》が《需》に変わる。林辞は言う:貝幣を持って狸猫を贖い買いに行くが、相手は我が言を聽かない。それを虎の髭に拴いでも、どう牽いても牽いて来られない。底本の首句の四言は三字のみ存し、当に脱文があるべきで、今は底本の実録どおりとし臆測して補わない。尚秉和の注明:取象は詳しく前文の「否之革」の条に見よ。
訟。一簧兩舌,佞言諂語。三奸成虎,曾母投杼。詳《師》之《乾》。○佞,宋元本作妄,依汲古。
《巽》が《訟》に変わる。林辞は言う:一枚の簧片が二条の舌を生じ、奸佞諂媚の言を尽くす。三人の奸人が一斉に讒を進めれば、子虚烏有の虎さえ真実有ると言い立て、曾参の母でさえ織布の梭を棄てて墻を越えて逃げる。「三人成虎」と「曾参殺人」の二つの典故を用い、いずれも讒言の畏るべきを講ずる。尚秉和の注明:取象は詳しく前文の「師之乾」の条に見よ。校記:「佞」の字は宋・元本で「妄」と作り、ここは汲古閣本に依る。
師。魁行搖尾,逐雲吹水。汙泥為陸,下田宜稷。詳《同人》之《漸》。首句宋元本汲古皆作薄行搔尾,依《同人》之《漸》校。
《巽》が《師》に変わる。林辞は言う:魁星が運行し尾を揺り動かし、雲気を逐い水波を吹き動かす。淤泥が淤積して陸地と成り、低窪の田は稷を種うるに適す。尚秉和の注明:取象は詳しく前文の「同人之漸」の条に見よ。校記:首句は宋・元本と汲古閣本とも「薄行搔尾」と作り、ここは「同人之漸」の条に依って校改する。
比。天門九重,深內難通。明登至莫,不見神公。艮居戌亥,故曰天門。內經以戌亥為天門,辰巳為地戶是也。坤為重,數九,故曰天門九重。《漢上易》謂坤納癸,自乙至癸,故數九也。重坤,故曰深,坤閉,故曰難通。艮為光明,坎為莫,震為神、為公,三五震覆,又坎為隱,故不見也。《後漢郎顗傳》神在天門,出入聽候,言神在戌亥,司候帝王興衰得失。○深,汲古作澤。登,宋元本作坐,依汲古。至,汲古作到,依宋元本。
《巽》が《比》に変わる。林辞は言う:天門は九重で、深邃にして通じ難い。天が明けるから日暮まで登攀しても、神公に見えない。「莫」はすなわち「暮」である。尚秉和の解説:艮の位は戌亥にあるので「天門」と言う——《内経》は戌亥を天門・辰巳を地戸とし、正にこの意である。坤は重畳を主り、その数は九なので「天門九重」と言う。《漢上易伝》は坤は癸を納め、乙から癸まで数えてちょうど九なので、数を九と取ると言う。《比》の下体は坤で、二・三・四爻の互体もまた坤を成し、両坤が相重なるので「深」と言う。坤は閉塞を主るので「難通」と言う。艮は光明を主り、坎は日暮を主り、震は神・公を主る。第三爻から第五爻は震の覆象で、坎はまた陥伏を主るので、神公に見えない。《後漢書・郎顗伝》は神は天門に在り出入り伺察すると言い、講ずるは正に神が戌亥の位に居り、帝王の興衰得失を司察する。校記:「深」の字は汲古閣本で「沢」と作る。「登」の字は宋・元本で「坐」と作り、ここは汲古閣本に依る。「至」の字は汲古閣本で「到」と作り、ここは宋・元本に依る。
小畜。闇目失明,耳閼不聰。陷入深淵,滅頂憂凶。二至四兌,易以兌為眇,故曰闇目失明。又離為目,伏坎,故曰闇目也。伏坎為耳、為塞,故曰耳閼不聰。閼,音遏,壅塞也。伏坤為淵,坎陷。艮為頂,坤為滅、為凶,故曰滅頂憂凶。坎水,坤水,故有此象。○目失,汲古作昧不,閼作聾,憂作成,均依宋元本。不聰,宋元本作聽聰,非,依汲古。頂,元本訛頃。
《巽》が《小畜》に変わる。林辞は言う:眼は昏暗で光明を失い、耳は壅塞して聴き真せない。深淵に陥り、水は頭頂を淹れ越し、憂愁にして凶である。尚秉和の解説:二至四爻は互体して兌を成し、《周易》は兌を以て「眇」すなわち片目が瞎るとするので「闇目失明」と言う。また離は目を主るが、ここでは離は伏し坎が現れたので、眼目が昏暗と言う。伏坎は耳・壅塞を主るので「耳閼不聡」と言う——「閼」は遏と読み、壅塞の意である。乾の伏す坤は深淵を主り、坎は陥落を主る。艮は頭頂を主り、坤は滅・凶を主るので「滅頂憂凶」と言う。坎は水を主り、坤も水を主るので、こそこの一層の水象を生じた。校記:「目失」の二字は汲古閣本で「昧不」、「閼」の字は「聾」、「憂」の字は「成」と作り、ここはいずれも宋・元本に依る。「不聡」の二字は宋・元本で「聴聡」と作るが誤り、ここは汲古閣本に依る。「頂」の字は元本で「頃」と訛る。
履。霧露早霜,日暗不明。陰陽孽疾,年穀大傷。伏坎為霧露,坤為霜,離為日,伏坎,故不明。但林詞似全用旁通,艮亦為日,與坎連體,故曰不明也。坎為疾,震為谷,坤為年歲、為喪,故曰年穀大傷。
《巽》が《履》に変わる。林辞は言う:霧気露水に早来の霜が加わり、日色は昏暗で明亮でない。陰陽は調を失い災孽疾病が併せ作り、一年の穀物が大いに損傷する。尚秉和の解説:離の伏す坎は霧露を主り、坤は霜を主る。離は太陽を主るが、坎がその中に伏すので、日色が明るくない。ただし尚氏はこの林辞は全く旁通の象を用いたごとしと認める:艮も日を主り、坎と連なり一体を成すので「不明」と言う。坎は疾病を主り、震は穀を主り、坤は年歳・喪亡を主るので「年穀大傷」と言う。
泰。三階土廊,德義明堂。交讓往來,享燕相承。箕伯朝王,錫我玄黃。《漢書東方朔傳》注:泰階者,天之三階也。上階為天子,中階為諸侯公卿大夫,下階為士庶人。坤為階,震數三,故曰三階。艮為廊、為明堂,兌為燕享。震為伯、為箕,乾為王,天玄地黃,故曰錫我玄黃。○階,宋元本訛諧,依汲古。
《巽》が《泰》に変わる。林辞は言う:三級の台階と夯土の廊廡は、徳行道義を講ずる明堂である。賓主は交相揖譲し往來絶えず、享献と宴飲は一場また一場と続く。箕伯は来て天子に朝見し、我に玄色と黄色の幣帛を賜る。尚秉和の解説:《漢書・東方朔伝》の注は「泰階」は天上の三級台階で、上階は天子に属し中階は諸侯公卿大夫に属し下階は士人庶民に属すると言う。坤は台階を主り、震の卦数は三なので「三階」と言う。艮は廊廡・明堂を主り、兌は宴飲享献を主る。震は伯・箕宿を主り、乾は王を主る。天の色は玄・地の色は黄なので「錫我玄黄」と言う。校記:「階」の字は宋・元本で「諧」と訛り、ここは汲古閣本に依る。
否。爭雞失羊,利得不長。陳蔡之患,賴楚以安。巽為雞,兌為羊,兌伏,故失羊。巽為利、為長,坤喪,故曰不長。震為陳、為蔡、為楚,坤為患,艮為安。《史記》孔子厄於陳蔡,楚昭王發兵救之,得免。
《巽》が《否》に変わる。林辞は言う:一羽の鶏を争って、かえって羊を失い、得た好処は長く続かない。孔子が陳・蔡の間に困えられたような禍患で、楚国の救助に頼ってやっと平安を得た。尚秉和の解説:巽は鶏を主り、兌は羊を主り、兌は伏して見えないので「失羊」と言う。巽は利・長久を主り、坤は喪失を主るので「不長」と言う。震は陳・蔡・楚を主り、坤は禍患を主り、艮は安を主る。《史記》は孔子が陳蔡の間に困えられ、楚の昭王が兵を発して救いに行き、やっと脱免を得たと記す。
同人。天旱水涸,枯槁無澤,未有所獲。火在天下,故曰天旱。坎伏,故曰水涸。離為枯槁。
《巽》が《同人》に変わる。林辞は言う:天は旱し水は涸れ、草木は枯槁し地上に一点の潤沢も見えず、何の収成もない。尚秉和の解説:《同人》は離が下で乾が上で、火が天の下にあるので「天旱」と言う。坎は水を主るが伏蔵して見えないので「水涸」と言う。離は枯槁を主る。
大有。陶朱白圭,善賈息貲。公子王孫,富利不貧。乾為大赤,離火,故曰陶朱。乾為玉,乾金色白,故曰白圭。遇卦巽為商賈、為利,故曰善賈息貲。伏震為公、為子、為王,艮孫,故曰公子王孫。重巽,故曰富利不貧。○貲,宋元本作資,依汲古。
《巽》が《大有》に変わる。林辞は言う:陶朱公の范蠡のごとく白圭のごとく商いに善く、銭財は絶えず息を生ず。公子王孫は個個に富足して利を得、貧困しない。尚秉和の解説:乾は大赤の色を主り、離は火を主り、火の色もまた赤なので「陶朱」と言う。乾は玉を主り、乾はまた金に属して色は白なので「白圭」と言う。遇す所の本卦の巽は商賈・利を主るので「善賈息貲」と言う。離の伏す震は公・子・王を主り、艮は孫を主るので「公子王孫」と言う。上下は重巽なので「富利不貧」と言う。校記:「貲」の字は宋・元本で「資」と作り、ここは汲古閣本に依る。
謙。龜厭江海,陸行不止。自令枯槁,失其都市,憂悔無咎。詳《泰》之《節》。
《巽》が《謙》に変わる。林辞は言う:亀は江海に倦み、岸に上がって止まずに行く。自ら枯干憔悴を作り、馴染みの都市を失ったが、憂愁悔恨はあるが、まだ災禍を招来するには至らない。尚秉和の注明:取象は詳しく前文の「泰之節」の条に見よ。
豫。黃鳥採蓄,既嫁不答。念吾父兄,思復邦國。《詩小雅黃鳥篇》言旋言歸,復我諸兄,復我諸父;《我行篇》言采其蓫,爾不我畜,復我邦族,皆刺禮教不行、婦中道見棄之詩。蓫,《釋文》云本又作蓄,今易林即作蓄,是焦與毛詩異讀也。震為黃,艮為鳥、為採,震為蓄。蓄,冬菜也。震為嫁,二至四震反,故云不答。坎為思念,伏乾為父,震為兄,坤為吾、為邦國,震反,故曰復。
《巽》が《豫》に変わる。林辞は言う:黄鳥が蓄菜を啄食し、女子はすでに出嫁したが顧みられない。我が父兄を思念し、本国本族に帰りたいと思う。尚秉和の解説:《詩・小雅・黄鳥》は「言旋言帰、復我諸兄」「復我諸父」と言い、《小雅・我行其野》は「言采其蓄、爾不我畜、復我邦族」と言う、両篇とも礼教の行われず婦人が中道に棄てられるを譏刺する詩である。「蓄」の字は《経典釈文》は別本で「蓄」と作ると言い、今《易林》は正に「蓄」と作すので、焦延寿の拠る本が《毛詩》の読法と同じでないと見える。震は黄色を主り、艮は鳥・采摘を主り、震は蓄を主る——蓄は冬を越す菜蔬である。震は出嫁を主り、二至四爻は震の反象なので「不答」と言う。坎は思念を主り、巽の伏す乾は父を主り、震は兄を主り、坤は吾・邦国を主る。震はすでに翻転したので「復」すなわち回返と言う。
隨。田鼠野雞,意常欲逃。拘制籠檻,不得動搖。詳《需》之《隨》。
《巽》が《随》に変わる。林辞は言う:田鼠と野鶏は、心にいつも逃走を思う。しかし籠子欄檻の中に拘管されて、動くことができない。尚秉和の注明:取象は詳しく前文の「需之随」の条に見よ。
蠱。平國不君,夏氏作亂。烏號竊發,靈公殞命。詳《臨》之《晉》。
《巽》が《蠱》に変わる。林辞は言う:名は平国の陳の霊公が君道を守らず、夏氏はこれによって乱を作す。烏号の良弓が暗に発射され、霊公は性命を失った。陳の霊公の名は平国で、夏姬と私通し、夏姬の子の夏征舒に射殺された。「烏号」は古代の名弓である。尚秉和の注明:取象は詳しく前文の「臨之晋」の条に見よ。
臨。巨蛇大,戰於國郊。上下閉塞,君主走逃。詳《剝》之《艮》。
《巽》が《臨》に変わる。林辞は言う:巨蛇と大虫が国都の郊外で悪く闘う。上下は阻隔閉塞し、君主はやむなく出走逃亡す。「大」の字の下のあの字は底本の用いる僻字で、字書に検め難いが、上下文に拠れば当に一種の悪獣大虫の名であるべき。尚秉和の注明:取象は詳しく前文の「剥之艮」の条に見よ。
觀。讒言亂國,覆是為非。伯奇流離,共子憂哀。詳《豐》之《鼎》。
《巽》が《観》に変わる。林辞は言う:讒言が国家を攪乱し、正しいを誤りに翻す。伯奇は逐われて流離失所し、共子は憂愁哀傷する。伯奇は尹吉甫の子で、後母の讒を受けて放逐された。共子はすなわち晋太子の申生で、これも讒を受けて死んだ。尚秉和の注明:取象は詳しく前文の「豊之鼎」の条に見よ。
噬嗑。鬱不明,為陰所傷。眾霧集聚,共奪日光。詳《噬嗑》之《艮》。○,宋元本訛映,依汲古。
《巽》が《噬嗑》に変わる。林辞は言う:天色は郁結して明朗でなく、陽気は陰気に傷られた。重重の霧が聚まって、一斉に日光を奪い去った。底本はこの条に脱字あり:「郁」の字の上で一字を脱し、校記の冒頭に校すのはまさにこの字で、今は底本の実録どおりとし臆測して補わない。尚秉和の注明:取象は詳しく前文の「噬嗑之艮」の条に見よ。校記:脱したあの字は宋・元本で「映」と訛り、ここは汲古閣本に依る。
賁。望城抱子,見邑不殆。公孫上堂,大君歡喜。離為望,艮為城、為抱,震子,故曰望城抱子。艮為邑,坎為殆,震解,故不殆。艮為孫、為堂,震為公,故曰公孫上堂。震為君、為喜。殆,音以。
《巽》が《賁》に変わる。林辞は言う:遠く城郭を望み懐に子を抱き、城邑を見て危険に遭わない。公孫は庁堂に登り、大君は歓喜する。注末に「殆」はここで「以」と読み、上下の句と叶韻すると明す。尚秉和の解説:離は遠望を主り、艮は城・懐抱を主り、震は子を主るので「望城抱子」と言う。艮は城邑を主り、坎は危殆を主り、震は解散を主るので、危なくない。艮は孫・庁堂を主り、震は公を主るので「公孫上堂」と言う。震はまた君・喜を主る。
剝。三蟲為蠱,剗跡無與。勝母盜泉,君子弗處。詳《觀》之《困》。○蟲,從宋元,汲古作蟲。為,宋元本作作,茲依汲古。
《巽》が《剥》に変わる。林辞は言う:三条の虫が器皿に聚まればすなわち「蠱」と成り、痕迹を剷除しようとしても相助ける人がない。勝母のような地名や盗泉のような水は、君子はみな居留を肯んぜず飲むを肯んぜない——曾子は勝母を過ぎて入らず、孔子は渇して盗泉を過ぎて飲まず。尚秉和の注明:取象は詳しく前文の「観之困」の条に見よ。校記:「虫」の字は宋・元本に従い、汲古閣本は繁体の「蟲」と作り、底本の両処の字形はすでに分別がない。「為」の字は宋・元本で「作」と作り、ここは汲古閣本に依る。
後。車馳人趨,卷甲相求。齊魯寇戰,敗於犬丘。詳《坤》之《兌》。戰,宋元本作戎,依汲古。
《巽》が《姤》に変わる。ここでの卦名は「后」と写す——《姤》卦は古本ではあるいは「后」と作り、二字は通用する。林辞は言う:車馬は奔馳し人衆は疾走し、甲冑を巻き上げ互いに仇を尋ねて厮杀する。斉国と魯国は兵を交え、犬丘で敗戦を打った。尚秉和の注明:取象は詳しく前文の「坤之兌」の条に見よ。校記:「戦」の字は宋・元本で「戎」と作り、ここは汲古閣本に依る。
無妄。欲訪子車,善相欺紿。桓叔相迎,不見所期。初至四正反震,故曰欺紿。艮為叔、為木,故曰桓叔。《說文》桓,郵亭表也。其事未詳。
《巽》が《无妄》に変わる。林辞は言う:子車氏を訪問しようとするが、両処とも欺瞞誑騙ばかりである。桓叔は前に来て迎えるが、約束して見るべき人は現れなかった。尚秉和の解説:初爻から四爻は一正一反の二つの震を含み、方向は相背するので「欺紿」と言う。艮は叔・木を主るので「桓叔」と言う——《説文解字》は「桓」は駅亭の前に立てる表柱と言う。指す何事かについて、尚氏はまだ考え出していないと言う。
大畜。爭雞失羊,亡其金囊,利得不長。陳蔡之患,賴楚以安。詳《恆》之《夬》。
《巽》が《大畜》に変わる。林辞は言う:一羽の鶏を争ってやまず、かえって羊を失い、金子を装う口袋まで落失し、得た好処は長く続かない。孔子が陳蔡に困えられたような禍患で、楚国の救助に頼ってやっと平安を得た。尚秉和の注明:取象は詳しく前文の「恒之夬」の条に見よ。
頤。歲暮花落,陽入陰室。萬物伏匿,利不可得。坤候卦為亥,故曰歲暮。兌為華,兌伏不見,故曰花落。乾本居亥,坤行至亥陰牝陽,故曰陽入陰室。艮為室,即文言所謂陰凝於陽也。坤為萬物所藏,故曰伏匿。巽為利,巽伏,故曰利不可得。○匿利,宋元本作藏匿,依汲古。
《巽》が《頤》に変わる。林辞は言う:一年はまさに尽きんとして花は凋落し、陽気は陰の屋室に入る。万物は潜伏蔵匿し、利益は手に求められない。尚秉和の解説:卦気の説で坤の値する候卦は亥月なので「歳暮」と言う。兌は花を主り、兌は伏して見えないので「花落」と言う。乾はもともと亥の位に居り、坤気が亥地に行き、陰の牝を以て陽を含んだので「陽入陰室」と言う。艮は屋室を主り、これはすなわち《文言伝》の言う「陰凝于陽」である。坤は万物の收藏する所なので「伏匿」と言う。巽は利を主り、巽は伏して見えないので「利不可得」と言う。校記:「匿利」の二字は宋・元本で「蔵匿」と作り、ここは汲古閣本に依る。
大過。晨風文翰,大舉就溫。昧過我邑,羿無所得。詳《小畜》之《革》。翰,宋元本作翮,依汲古。第三句宋本、汲古作過我成邑,元本作過我城邑,依《小畜》之《革》校。
《巽》が《大過》に変わる。林辞は言う:晨風鳥と文翰鳥が高く飛び起き、温暖の処へ往く。天色の昏昧の時に我が城邑を掠め過ぎ、后羿でさえそれらを射ることができない。「晨風」は鸇の類の猛禽で、《詩・秦風・晨風》に見える。「文翰」は羽毛に文采ある鳥を指す。尚秉和の注明:取象は詳しく前文の「小畜之革」の条に見よ。校記:「翰」の字は宋・元本で「翮」と作り、ここは汲古閣本に依る。第三句は宋本と汲古閣本で「過我成邑」、元本で「過我城邑」と作り、ここは「小畜之革」の条に依って校定す。
坎。時鵠抱子,見蛇何咎。室家俱在,不失其所。詳《否》之《鼎》。
《巽》が《坎》に変わる。林辞は言う:時に応じた白鳥が幼雛を護抱する、蛇に遇うも何の害あらん。一家の人は皆在り、安身の処所を失わない。尚秉和の注明:取象は詳しく前文の「否之鼎」の条に見よ。
離。隱隱大雷,霧霈為雨。有女痴狂,驚駭鄰里。伏震為雷,重坎,故曰霧霈為雨。巽為女,巽進退,故曰痴狂。伏震為驚駭,艮為里。
《巽》が《離》に変わる。林辞は言う:隠隠と大きな雷の声が伝わり、濃霧は滂沱の大雨と化す。一人の女子が痴々癲癲で、四隣の郷里を驚動せしめた。尚秉和の解説:離の伏す震は雷を主る。坎象は重出するので、濃霧が大雨に化すと言う。巽は女子を主り、巽の卦徳は進退して定まらないなので「痴狂」と言う。伏震は驚駭を主り、艮は里巷を主る。
咸。無足斷跟,居處不安,凶惡為患。詳《革》之《蹇》。
《巽》が《咸》に変わる。林辞は言う:脚がなくなり脚跟が断れ、起居に安寧を得ず、凶険悪事が禍患と成った。尚秉和の注明:取象は詳しく前文の「革之蹇」の条に見よ。
恆。破筐敝筥,棄捐於道,不復為寶。震為筐筥、為道、為寶,兌毀,故破敝,故棄捐。
《巽》が《恒》に変わる。林辞は言う:破れた方筐と壊れた円筥は、路旁に棄てられ、再び宝とすることはできない。筐は方形の竹器で、筥は円形の竹器である。尚秉和の解説:震は筐筥・道路・宝物を主り、兌は毀折を主るので、また破れまた壊れ、ついに棄てられるに遭った。
遯。三雞啄粟,十雛從食。飢鳶卒擊,亡其兩叔。詳《中孚》之《頤》。
《巽》が《遯》に変わる。林辞は言う:三羽の母鶏が穀粒を啄食し、十羽の小鶏が跟いて食らう。飢えた老鷹が突然撲撃して下り、その中の二羽の小さいのを啣え去った。尚秉和の注明:取象は詳しく前文の「中孚之頤」の条に見よ。
大壯。乘車七百,以明文德。踐土葵丘,齊晉受福。詳《兌》之《剝》。
《巽》が《大壮》に変わる。林辞は言う:兵車七百乗を出動し、以て文治の徳を彰明す。晋の文公は諸侯を践土に会し、斉の桓公は諸侯を葵丘に会し、斉晋の両国はこれによって福を受けた。尚秉和の注明:取象は詳しく前文の「兌之剥」の条に見よ。
晉。百足俱行,相輔為強。三聖翼事,王室寵光。詳《屯》之《履》。
《巽》が《晋》に変わる。林辞は言う:百足虫は衆足を斉しく行き、彼此扶助すればすなわち強健に見える。三位の聖人が国事を輔翼し、王室はこれによって尊寵栄光を蒙った。尚秉和の注明:取象は詳しく前文の「屯之履」の条に見よ。
明夷。典冊法書,藏閣蘭臺。雖遭潰亂,獨不遇災。詳《坤》之《大畜》。閣,汲古作在,依宋元本。此以坤為書冊,火在下,故不遇。
《巽》が《明夷》に変わる。林辞は言う:典籍冊命と法度文書は、蘭台の書閣に收藏される。潰敗禍乱に遇うも、独りそれらだけは災に遭わない。蘭台は漢代の宮中で蔵書する所である。尚秉和の注明:取象は詳しく前文の「坤之大畜」の条に見よ、併せてここは坤を以て書冊とし、離火が下にあり書冊は上にあるので、火は焼き到らないと指摘す。校記:「閣」の字は汲古閣本で「在」と作り、ここは宋・元本に依る。
家人。西誅不服,恃強負力。倍道趨敵,師徒敗覆。詳《需》之《屯》。西,宋元本作四,依汲古。趨,汲古作奔,依宋元本。
《巽》が《家人》に変わる。林辞は言う:西へ向かって帰服しない部族を討伐し、自分の強大有力を仗恃する。路程を倍にして直ちに敵に扑りかかるが、結果は全軍覆没である。尚秉和の注明:取象は詳しく前文の「需之屯」の条に見よ。校記:「西」の字は宋・元本で「四」と作り、ここは汲古閣本に依る。「趨」の字は汲古閣本で「奔」と作り、ここは宋・元本に依る。
睽。春陽生草,夏長條。萬物蕃滋,充寶益有。詳《井》之《巽》。
《巽》が《睽》に変わる。林辞は言う:春の陽気は百草を催生し、夏には枝条が舒長す。万物は繁衍滋生し、庫蔵を充実し所有を増益す。底本の第二句の四言は三字のみ存し、当に脱文があるべきで、今は底本の実録どおりとす。尚秉和の注明:取象は詳しく前文の「井之巽」の条に見よ。
蹇。磝磽禿白,不生黍稷。無以供祭,祇靈乏祀。此用遇卦巽象。巽為白,寡髮,故曰禿白。艮山,故曰磝磽。磝磽,山田小石也。巽為黍稷,兌毀,故不生。震為祭、為神,故曰祇靈。震伏,故乏祀。○磝磽,宋元本作磝磝,依汲古。乏,汲古作代,依宋元本。
《巽》が《蹇》に変わる。林辞は言う:山田には砕石ばかりで、地皮は禿げ白く、黍稷が長たない。祭品を供奉する物がなく、神霊は香火が絶えた。尚秉和の解説:この条は遇す所の本卦巽の卦象を用いる。巽は白色を主り、また頭髪稀少を主るので「禿白」と言う。艮は山を主るので「磝磽」と言う——磝磽は山田の中の砕石を指す。巽は黍稷を主り、兌は毀折を主るので、長たない。震は祭祀・神を主るので「祇霊」と言う。震は伏して見えないので、祭祀が断絶した。校記:「磝磽」の二字は宋・元本で「磝磝」と作り、ここは汲古閣本に依る。「乏」の字は汲古閣本で「代」と作り、ここは宋・元本に依る。
解。牽衣涉河,水深漬罷。幸賴舟子,濟脫無他。詳《坤》之《萃》。第二句汲古作澗流浚多,依宋元本。罷,音婆。《唐韻正》云:凡經傳中罷倦之罷皆音婆,今人音皮而誤。按:林以罷與河韻,正與韻正說合。
《巽》が《解》に変わる。林辞は言う:衣襟を提げて水を渉り河を過ぐるが、水は深く浸して人を疲弊させる。幸いにも船夫に頼って、渡り過ぎて身を脱し、別の事故はなかった。尚秉和はこの条に校記を出すのみで字音を弁ず。校記:第二句は汲古閣本で「澗流浚多」と作り、ここは宋・元本に依る。「罷」は婆と読み、《唐韻正》は凡そ経伝で疲倦を表す「罷」は皆婆と読むと言い、今人が皮と読むのは誤りである。尚氏は按す:《易林》のこの条は「罷」を以て「河」と叶韻し、正に《唐韻正》の説法と相合す。
損。宜行賈市,所求必倍。載喜抱子,與利為友。詳《大過》之《恆》。戴,汲古作載,依宋元本。
《巽》が《損》に変わる。林辞は言う:門を出て商い市に赶くに適し、求める利潤は必ず加倍を得られる。喜気を満載し子を懐抱し、利益と朋友を結ぶ。尚秉和の注明:取象は詳しく前文の「大過之恒」の条に見よ。校記:「戴」の字は汲古閣本で「載」と作り、ここは宋・元本に依る。しかし正文の印す所は依然「載」と作し、校語の標した字と互いに異なる。
益。兄征東夷,弟伐遼西。大克勝還,封居河間。震為兄、為東、為徵,互坤,故曰東夷。伏兌為西,坤水,故曰遼西、曰河間。艮為封。○居,宋元本作君,依汲古。
《巽》が《益》に変わる。林辞は言う:兄は出征して東夷を討ち、弟は討伐して遼西を行く。大いに勝ち全うして帰り、封を受けて河間に住む。尚秉和の解説:震は兄・東方・征伐を主り、互体して坤を成すので「東夷」と言う。震の伏す兌は西方を主り、坤は水を主るので「遼西」と言い「河間」と言う。艮は封賞を主る。校記:「居」の字は宋・元本で「君」と作り、ここは汲古閣本に依る。
夬。初雖驚惶,後乃無傷。受其福慶,相孝為王。乾為福慶、為王,相孝為王,言輔相秦孝公,使秦稱王也。似指商鞅。兌西,故曰商。
《巽》が《夬》に変わる。林辞は言う:初めは驚慌恐懼したが、後には傷を受けなかった。福気と喜慶を承け、孝公を輔佐して王業を成就す。尚秉和の解説:乾は福慶・王を主る。いわゆる「相孝為王」は、秦の孝公を輔佐し秦国をして王と称するを得せしめたと言い、見るに商鞅を指すようである。兌の位は西にあるので、彼を「商」と称す。
姤。隨風乘龍,與利相逢。田獲三倍,商旅有功。憧憧之邑,長安無他。巽風乾龍,故曰隨風乘龍。巽為利、為三倍,伏震為田,故曰田獲三倍。巽為商旅,伏坤為邑、為安,巽為長,故曰長安。他蛇古通,巽為蛇,中孚初爻有他不燕,即以巽為蛇,林本易也。
《巽》が《姤》に変わる。林辞は言う:風勢に随い竜に乗りて飛行し、処処利益に遇う。田猟の獲は人の三倍、商旅の経営も成效がある。人来人往の城邑の中に、長く安寧で別の事故がない。尚秉和の解説:巽は風を主り、乾は竜を主るので「随風乗竜」と言う。巽は利・三倍を主り、巽の伏す震は田猟を主るので「田獲三倍」と言う。巽はまた商旅を主り、乾の伏す坤は城邑・安寧を主り、巽は長を主るので「長安」と言う。「他」と「蛇」は古く通用し、巽は蛇を主り、《周易・中孚》初九の「有它不燕」は正に巽を以て蛇とするので、《易林》が《周易》に本づくと見える。
萃。魚擾水濁,寇圍吾邑。城危不安,驚恐狂惑。坤巽皆為魚,而坤為水,坤黃,故曰水濁。風散,故曰魚擾。坤為吾、為邑,巽為寇,故曰寇圍吾邑。艮為城,風隕,故曰城危。坤為憂懼,為迷,故曰驚恐狂惑。
《巽》が《萃》に変わる。林辞は言う:魚は攪し乱れて竄れ、水も渾濁し、敵寇は我が城邑を囲った。城池は危急で人心は安らかでなく、個個に驚恐迷乱す。尚秉和の解説:坤と巽はともに魚を主り、坤は水を主りその色は黄なので「水濁」と言う。巽風が一吹きすれば散乱するので「魚擾」と言う。坤は吾・城邑を主り、巽は寇を主るので「寇囲吾邑」と言う。艮は城を主り、巽風は陥落を主るので「城危」と言う。坤は憂懼・迷惑を主るので「驚恐狂惑」と言う。
升。雖塞復通,履危不凶,保其明功。坤為閉塞,震為通、為履,互大坎為危,故曰履危。坤為凶,震解,故不凶。○汲古多以道立宗四字,宋元本無。塞,宋元本作窮,依汲古。
《巽》が《升》に変わる。林辞は言う:一度閉塞したが、後にはまた通暢した。険境を踏んでも凶禍に遭わず、顕明の功業を保った。尚秉和の解説:坤は閉塞を主り、震は通達・践履を主る。卦中に一つの放大した坎を合成し、坎は険を主るので「履危」と言う。坤は凶を主り、震は解散を主るので、凶くない。校記:汲古閣本は「以道立宗」の四字が多く、宋・元本にはない。「塞」の字は宋・元本で「窮」と作り、ここは汲古閣本に依る。
困。坤厚地德,庶物蕃息。平康正直,以綏大福。巽為庶物,伏震為蕃鮮,故曰蕃息。伏坎為平、為正直,震為大福。
《巽》が《困》に変わる。林辞は言う:坤徳は大地のごとく深厚で、万物は繁衍生息す。平安康寧で公正正直なので、これによって大福を安享す。「平康正直」は《尚書・洪範》の講ずる三徳に出る。尚秉和の解説:巽は衆物を主り、巽の伏す震は蕃盛新鮮を主るので「蕃息」と言う。離の伏す坎は平正・正直を主り、震は大福を主る。
井。山水暴怒,壞梁折柱。稽難行旋,留連愁苦。詳《咸》之《豫》。
《巽》が《井》に変わる。林辞は言う:山洪が暴発し水勢は汹涌で、橋梁を沖し壊し立柱を折断す。行程は阻まれ盤桓して進み難く、外に滞留して愁苦に堪えない。尚秉和の注明:取象は詳しく前文の「咸之豫」の条に見よ。
革。使燕築室,身不庇宿。家無聊賴,瀸我衣服。兌為燕,伏艮為室、為築、為身、為庇,艮伏,故曰身無庇宿,曰家無聊賴。坎為宿,艮為家也。伏震為衣,坤水,故曰瀸我衣服。瀸,溼也。○瀸,汲古作織,依宋元本。
《巽》が《革》に変わる。林辞は言う:燕子を呼んで家を盖わせるが、自分は身を遮り宿る所がない。家は窮して依る所がなく、衣服は皆水に浸された。尚秉和の解説:兌は燕子を主り、兌の伏す艮は屋室・修筑・身・庇護を主る。艮は伏して見えないので、自身に安宿の処所がなく家中に依頼する所がないと言う。坎は止宿を主り、艮は家を主る。離の伏す震は衣裳を主り、坤は水を主るので「瀸我衣服」と言う——「瀸」は浸湿の意である。校記:「瀸」の字は汲古閣本で「織」と作り、ここは宋・元本に依る。
鼎。矢石所射,襄公劇。吳子巢門,傷病不治。通《屯》。坎為矢、為射,艮為石,震為公、為輔佐,故曰襄公。,病也。按:宋襄公與楚戰,傷股而病,坤死,故曰劇。震為子、為言,故曰吳子。《說文》吳,大言也。《詩周頌》不吳不敖,《魯頌》不吳不場,《傳》吳,譁也,故震為吳,坤為門,艮為巢,故曰巢門。襄二十五年,諸樊伐楚門於巢,巢牛臣射之,卒。坤死,故曰傷病不治。○,《公羊傳》大災者何,紵也。注:疾病也。元本訛痢,依宋本、汲古。門於巢,杜注云:將攻巢門。
《巽》が《鼎》に変わる。林辞は言う:箭矢と石弾に射中され、宋の襄公は病勢が重い。呉子が巢邑の城門を攻打し、これも傷病が治し難い。底本はこの条に脱字あり:「襄公」の下と「病也」の上および校記の冒頭の、三処は各々同じ一字を脱し、あの字は病重の義で、今は底本の実録どおりとし臆臆測して補わない。尚秉和の解説:この条は旁通の象を取る——《鼎》の六爻を尽く翻せば《屯》となるので「通《屯》」と標す。坎は箭矢・射を主り、艮は石を主り、震は公・輔佐を主るので「襄公」と言う。脱したあの字はすなわち病の意である。尚氏は按す:宋の襄公は楚国と交戦し、大腿が傷つき病となり、坤は死を主るので病重と言う。震は子・言語を主るので「呉子」と言う——《説文解字》は「呉」は大声で話すと言い、《詩・周頌》に「不呉不敖」、《魯頌》に「不呉不揚」があり、《毛伝》は「呉」を喧嘩と訓ず、だから震は「呉」の象を取れる。坤は門を主り、艮は巢を主るので「巢門」と言う。《左伝》襄公二十五年、呉王の諸樊は楚を伐し、巢邑の城門を攻打し、巢邑の牛臣が彼を射中し、諸樊はすぐに身を亡んだ。坤は死を主るので「傷病不治」と言う。校記:脱したあの字は、《公羊伝》は「大災者何」と問い、答語は「紵也」と作り、注はすなわち疾病と言う。元本は「痢」と訛り、ここは宋本と汲古閣本に依る。「門于巢」の一語は、杜預の注はまさに巢邑の城門を攻打せんとすと言う。
震。日月運行,一寒一暑。榮寵赫赫,不可得保。顛顛墜墜,更為士伍。詳《中孚》之《晉》。
《巽》が《震》に変わる。林辞は言う:日月は運行して息まず、一寒一暑が輪替す。栄耀恩寵は一時に顕赫するが、長久を保てない。跌跌撞撞と墜落して、かえって普通の士卒に淪落す。尚秉和の注明:取象は詳しく前文の「中孚之晋」の条に見よ。
艮。宮門悲鳴,臣圍其君,不得東西。艮為宮門,互坎為悲,震為鳴、為君。艮為臣,上艮下艮,震君在中,故曰臣圍其君。震東,坎西,坎陷,艮止,故曰不得東西。
《巽》が《艮》に変わる。林辞は言う:宮門口から悲声が伝わり、臣下が君主を囲困し、東へも行けず西へも行けない。尚秉和の解説:艮は宮門を主り、互体の出ずる坎は悲を主り、震は鳴叫・君を主る。艮は臣を主り、この卦は上下とも艮で、震の象する君が中間に挟まるので「臣囲其君」と言う。震は東を主り、坎は西を主る。坎は陥・艮は止を主るので、東西の両辺とも動けない。
漸。戴盆望天,不見星辰。顧小失大,福逃牆外。詳《賁》之《蒙》。
《巽》が《漸》に変わる。林辞は言う:頭上に盆を頂いて天を望むが、何の星辰も見えない。小処を顧みて大処を失い、福気は墻外から溜走した。「戴盆望天」は司馬遷《報任安書》に出て、両事が兼ね顧られないを比喻す。尚秉和の注明:取象は詳しく前文の「賁之蒙」の条に見よ。
歸妹。天之所明,禍不遇家。反目相逐,終得知美。小畜以離為反目,茲二至四互離,故亦曰反目。震為逐,坎為和。○目,宋元本作自,美作鳴,均依汲古。
《巽》が《帰妹》に変わる。林辞は言う:上天の昭示する道理は、禍患はこの一家に找し上がらない。夫妻は反目し彼此駆逐すれども、末に至っては依然和好の美を知る。尚秉和の解説:《周易・小畜》上九の「夫妻反目」は離を以て象を取る、ここでは二至四爻が互体して離を成すので、やはり「反目」と言う。震は駆逐を主り、坎は和順を主る。校記:「目」の字は宋・元本で「自」、「美」の字は「鳴」と作り、ここはいずれも汲古閣本に依る。
豐。天陰霖雨,塗行泥潦。商人休止,市無所有。詳《夬》之《大過》。
《巽》が《豊》に変わる。林辞は言う:天色は陰沉で久雨が止まず、路上は泥濘積水ばかりである。商人はやむなく足を歇めて行かず、集市上には何の貨物もない。尚秉和の注明:取象は詳しく前文の「夬之大過」の条に見よ。
旅。嘉門福喜,增累盛熾。日就有德,宜其家國。艮為門,伏震為福喜、為盛熾。離為日,艮為家國。○第四句宋元本作宜民宜國,茲依汲古。
《巽》が《旅》に変わる。林辞は言う:美好の門庭に福気喜慶が満ち、一層また一層と増添して日益興盛す。日ごとに徳業を成就し、家にも国にも相宜しい。尚秉和の解説:艮は門を主り、艮の伏す震は福喜・興盛熾烈を主る。離は日を主り、艮は家国を主る。校記:第四句は宋・元本で「宜民宜国」と作り、ここは汲古閣本に依る。
兌。南山之陽,華葉將將。嘉樂君子,為國寵光。詳《革》之《大有》。此皆用旁通象。
《巽》が《兌》に変わる。林辞は言う:南山の陽に向くあの一面は、花と葉が繁盛に長ず。美善歓楽の君子は、国家の栄寵光彩となる。「将将」は盛大の様子である。尚秉和の注明:取象は詳しく前文の「革之大有」の条に見よ、併せてこれらの句は皆旁通の象を用いると指摘す。
渙。畫龍頭頸,文章未成。甘言美語,詭辭無名。詳《蒙》之《噬嗑》。詭,宋元本作說,茲依汲古。
《巽》が《渙》に変わる。林辞は言う:龍を画いて頭と頸のみ画き出したが、紋彩はまだ画き成っていない。満口の甜言美語は、皆詭詐の辞で、名聲も落ちない。尚秉和の注明:取象は詳しく前文の「蒙之噬嗑」の条に見よ。校記:「詭」の字は宋・元本で「説」と作り、ここは汲古閣本に依る。
節。嬰兒孩子,未有知識。彼童而角,亂我政事。詳《損》之《大畜》。以震為孩子可證《明夷》五爻非箕子也。
《巽》が《節》に変わる。林辞は言う:嬰児孩童は、まだ事を分からない。あの頭の童牛は角を長出して、我が政事を擾乱す。尚秉和の注明:取象は詳しく前文の「損之大畜」の条に見よ、併せて附論す:《易林》は震を以て孩子とするので、正に《周易・明夷》六五の「箕子」が人名の箕子でなく、当に「其子」と読んで幼子の象を取るべきを証明できる。
中孚。陰作大姧,欲君勿言。鴻鵠利口,發其禍端。荊季懷憂,張伯被患。通《小過》。坎為姧,互大坎,故曰大奸。震為君、為言,艮止,故曰勿言。震為鴻鵠,兌為口,互巽,故曰利口。震為荊、為張伯,艮季,坎為憂患。○其,宋元本作患,依汲古。端,汲古作亂,依宋元本。
《巽》が《中孚》に変わる。林辞は言う:暗に大奸の事を幹して、まだ君主に声張せぬよう叫ぶ。鴻鵠のごとき利口が一開すれば、禍端を挑起す。荊季は心に憂懼を懐き、張伯は禍患に遭った。尚秉和の解説:この条は旁通の象を取る——《中孚》の六爻を尽く翻せば《小過》となるので「通《小過》」と標す。坎は奸邪を主り、卦体の中間は一つの放大した坎を合成するので「大奸」と言う。震は君・言語を主り、艮は止を主るので「勿言」と言う。震は鴻鵠を主り、兌は口を主り、また互体の出ずる巽があるので「利口」と言う。震は荊・張伯を主り、艮は季を主り、坎は憂患を主る。校記:「其」の字は宋・元本で「患」と作り、ここは汲古閣本に依る。「端」の字は汲古閣本で「乱」と作り、ここは宋・元本に依る。
小過。德之流行,利之四鄉。雨師灑道,風伯逐殃。巡狩封禪,以告成功。詳《益》之《復》。
《巽》が《小過》に変わる。林辞は言う:徳沢は四方に流布し、利益は四方の地に施り及ぶ。雨師は水を洒し道を浄め、風伯は災殃を駆り去る。天子は四方を巡行し泰山に封禅し、天地に功業の成就を報告す。尚秉和の注明:取象は詳しく前文の「益之復」の条に見よ。
既濟。禹將為君,裝入崑崙。稍進陽光,登見溫湯,功德昭明。坎為湯,下離,故曰溫湯。離為陽光、為照明,餘皆用半震半艮。
《巽》が《既済》に変わる。林辞は言う:大禹はまさに君王とならんとして、行装を整え西へ崑崙に入る。漸々日光の中に走り入り、高く登り温泉に見え、功業徳行は昭然として顕明である。尚秉和の解説:坎は湯水を主り、下体は離火で、火は水の下にあるので「温湯」と言う。離は陽光・照耀を主る。余の数句は皆半分の震・半分の艮の半象を用いる。
未濟。五嶽四瀆,含潤為德。行不失理,民賴恩福。詳《頤》之《明夷》。
《巽》が《未済》に変わる。林辞は言う:五岳と四涜は、潤沢を含蓄してその徳を成す。行事は常理に背かず、百姓は皆その恩沢福恵を仰ぎ頼る。五岳は泰山・華山・衡山・恒山・嵩山を指し、四涜は江・河・淮・済の四条の大川を指す。尚秉和の注明:取象は詳しく前文の「頤之明夷」の条に見よ。
兌 第五十八
兌。班馬還師,以息勞疲。役夫嘉喜,入戶見妻。詳觀之既濟。役,宋元本作後,依汲古。
《兌》卦が変じた第一条、変じてもなお変わらず《兌》、これも上下同体の純卦である。林辞は言う:馬を勒して軍を班し朝に回し、疲労の将士を歇めさせる。服役の人は満心歓喜し、門に入ればすなわち妻子に見える。尚秉和の注明:取象は詳しく前文の「観之既済」の条に見よ。校記:「役」の字は宋・元本で「后」と作り、ここは汲古閣本に依る。
乾。踐履危難,脫厄去患。入福喜門,見誨大君。詳震之家人。厄去,宋元本作危去,汲古作去厄,依元本。
《兌》が《乾》に変わる。林辞は言う:危難を踏み越え、困厄を脱ぎ禍患を除く。福気と喜慶の門に入り、大君に見えて教誨を承ける。尚秉和の注明:取象は詳しく前文の「震之家人」の条に見よ。校記:「厄去」の二字は宋・元本で「危去」、汲古閣本で「去厄」と作り、ここは元本に依る。
坤。子鉏執麟,春秋作經。元聖將終,尼父悲心。經元,宋元本作元陰,茲依汲古訟之同人校。
《兌》が《坤》に変わる。林辞は言う:子鉏が麒麟を捉え、孔子はこれによって《春秋》この経を書き成した。大聖人はまさに終わり老けようとして、尼父はこれによって満心悲傷する。魯の哀公十四年に西狩して麟を獲えた事で、捕獲した者は叔孫氏の車夫の鉏商で、孔子の《春秋》もまたこれを以て筆を絶った。尚秉和はこの条に校記のみ出す。校記:「経」「元」の両字は宋・元本で「元陰」と作り、ここは汲古閣本に依り併せて「訟之同人」の条を参照して校定す。
屯。夾河為婚,期至無船。搖心失望,不見所歡。詳屯之小畜。搖汲古作淫,非,依宋元本。
《兌》が《屯》に変わる。林辞は言う:大河の両岸を隔てて親を結び、約定の日は至れたが船がない。心神は揺蕩い大いに望を失い、愛する所の人に見えない。尚秉和の注明:取象は詳しく前文の「屯之小畜」の条に見よ。校記:「揺」の字は汲古閣本で「淫」と作るが誤り、ここは宋・元本に依る。
蒙。天孫帝子,與日月處。光榮於世,福祿祉祉。詳解之臨。祉祉,宋元本作繁祉,依元本。
《兌》が《蒙》に変わる。林辞は言う:天孫と帝子は、日月と一処に居る。光耀は当世に栄顕し、福禄は綿綿として絶えない。「天孫」は織女星の別名である。尚秉和の注明:取象は詳しく前文の「解之臨」の条に見よ。校記:「祉祉」の二字は宋・元本で「繁祉」と作り、ここは元本に依る。
需。三羊爭雌,相隨奔馳。終日不食,精氣勞疲。羊、雌,依乾之大畜校,宋本、汲古羊作年,元本作人,雌皆作妻。
《兌》が《需》に変わる。林辞は言う:三匹の公羊が一匹の母羊を争い、我が追い彼が赶いて奔走する。終日食事に顧みず、精力気力はみな耗れ疲れた。尚秉和はこの条に校記のみ出す。校記:「羊」「雌」の両字は「乾之大畜」の条に依って校定す。宋本と汲古閣本は「羊」を「年」、元本は「人」と作り、「雌」の字は各本とも「妻」と作す。
訟。禹召諸侯,會稽南山。執玉萬國,天下康安。康安,宋元本作康寧,汲古作安寧,皆不協,依損之旅校。
《兌》が《訟》に変わる。林辞は言う:大禹は諸侯を召集し、会稽山の南で聚会した。万国の諸侯は手に玉圭を執って朝会に来たり、天下は安寧康泰である。禹が諸侯を会稽に会した事は《国語》に見え、防風氏が遅れて到り誅されたのは、まさにこの会においてである。尚秉和はこの条に校記のみ出す。校記:「康安」の二字は宋・元本で「康寧」、汲古閣本で「安寧」と作り、いずれも韻と協わず、ここは「損之旅」の条に依って校定す。
師。早霜晚雪,傷我禾麥。損功棄力,飢無所食。詳比之遯。損,元本、汲古作捐,依宋本。
《兌》が《師》に変わる。林辞は言う:霜は早く降り雪は遅く降り、我が稲禾と麦を傷つける。徒らに工夫し徒らに力を出し、飢饉が起こって食べる物がない。尚秉和の注明:取象は詳しく前文の「比之遯」の条に見よ。校記:「損」の字は元本と汲古閣本で「捐」と作り、ここは宋本に依る。
比。嵩融持,杜伯荷弩。降觀下國,誅逐無道。夏商之季,失福逃走。艮為山,為,艮手,故曰嵩融持。翟云升云:《國語》:祝融降於崇山。崇即嵩字。按下文曰誅逐無道,其事必與杜伯相類,翟說非也。《墨子非攻下》云:湯之時有神來告曰,夏德大亂,往攻之,予必使汝大堪之。予既受命於天,天命融隆火於夏之城。疑融隆即嵩融。又《國語》云:夏之亡也以回祿,回祿仍火神也。是墨子說與林詞誅除無道夏商之季合,與《國語》亦合。惟《墨子》不言持,或焦氏別有所據,若其事則無疑也。且嵩融與融隆皆音近字轉。又按《楚辭》云:"吾令豐隆乘雲兮"王逸注:雲師。《淮南子》云:季春三月,豐隆乃出。許慎注:雷師。吳摯父先生云,《墨子》之融隆即豐隆,依許注則雷師也。《墨子》所謂火其城,以雷火燒其城也。然則融隆為雷師而非祝融,尤與《國語》合。以《國語》"夏之興也祝融降,其亡也以回祿",明回祿非祝融也。艮為弩、為負何。杜伯似用覆震象。艮為觀、為國,坤殺,故曰誅。伏離為夏,兌為商,艮為季,坤凶,故曰失福。《國語》杜伯射王於鎬,注:宣王殺杜伯,而非其罪,後王獵,杜伯起於道左,以朱弓矢射王中心而死。○夏,汲古訛憂,依宋元本。福,宋元本作勢,逃作外,茲依汲古。
《兌》が《比》に変わる。林辞は言う:嵩融は手に某の物を持ち(底本は「持」の下に一字を脱す)、杜伯は弓弩を負う。天上から降りて人間の邦国を察看し、無道の君を誅殺駆逐す。夏・商の両代の末世は、皆これによって福佑を失い逃亡した。尚秉和の解説:艮は山を主り、また某の物を主り(ここも一字を脱す)、艮はまた手を主るので「嵩融持」某の物と言う。翟雲升は言う:《国語》は祝融が崇山に降ったと記し、「崇」はすなわち「嵩」の字である。尚氏は按す:下文にすでに「誅逐無道」と言うからには、この事は必ず杜伯の伝説と同類で、翟雲升の説は誤りである。《墨子・非攻下》は言う:商の湯の時に神が来て相告げ、夏朝は徳政が大乱なので、往ってそれを討て、私は必ず汝を大いに勝たせよう、私はすでに天に命を受け、天命は融隆をして夏の都城に大火を降らせた、と。尚氏は「融隆」はすなわち「嵩融」と疑う。《国語》はまた夏朝の亡びるは回禄を以てと言い、回禄もまた火神である。見るに《墨子》の説法は林辞の「誅逐無道」「夏商之季」と正に合し、《国語》とも合する。ただ《墨子》は彼が手に何を持ったかを言わず、あるいは焦延壽に別の本があったかもしれない、この事の自体については疑うべき所がない。いわんや「嵩融」と「融隆」は皆声音が相近く輾転して写されたものである。尚氏はまた按す:《楚辞》は「吾は豊隆に云に乗らしむ」と言い、王逸の注は豊隆は雲師と言う。《淮南子》は季春三月に豊隆はやっと出ると言い、許慎の注は雷師と言う。呉摯父先生は《墨子》の「融隆」はすなわち「豊隆」と認め、許慎の注に依れば雷師である。《墨子》のいわゆる城上に火を放つは、すなわち雷火を以て城を焼くことである。このように見れば、融隆は雷師であって祝融ではなく、いっそう《国語》と相合す——《国語》は「夏の興るや祝融降り、その亡ぶるや回禄を以てす」と言い、見るに回禄は並び祝融ではない。艮は弓弩を主り、また背負負荷を主る。「杜伯」はおそらく震を倒置した覆象を取る。艮は観看・邦国を主り、坤は殺を主るので「誅」と言う。伏す所の離は夏を主り、兌は商を主り、艮は季末を主り、坤は凶を主るので「失福」と言う。《国語》は杜伯が鎬京で周の宣王を射たと記し、注は宣王が杜伯を殺したが杜伯はもともと罪がなく、後に宣王は出猟して、杜伯の鬼魂が道路の左に身を現し、朱紅の弓箭を以て宣王の心口を射中し、宣王はすぐに身を亡んだと言う。校記:「夏」の字は汲古閣本で「憂」と訛り、ここは宋・元本に依る。「福」の字は宋・元本で「勢」、「逃」の字は「外」と作り、ここはいずれも汲古閣本に依る。
小畜。生有聖德,上配太極。皇靈建中,受我以福。詳《家人》之《需》。
《兌》が《小畜》に変わる。林辞は言う:生まれてすなわち聖人の徳性があり、上は太極と相配する。上天の神霊が中正の道を樹立し、福気を我に賜る。尚秉和の注明:取象は詳しく前文の「家人之需」の条に見よ。
履。下田陸黍,萬華生齒。大雨霖集,波病潰腐。通《謙》。坤為下田,艮為陸,震為黍。兌為華、為齒,坤多,故曰萬華生齒。坤水,坎水,故曰大雨霖集。坎為波、為病,巽為腐。
《巽》が《履》に変わる。《易林》の体例は每一卦の下に六十四条の林辞を繫げ、条首に標出する卦名はすなわち変じたあの一卦で、「之卦」と称す。この一段は「巽之第五十八」に属し、本卦はみな巽である。林辞は言う:低下の水田と高平の陸地に皆黍子を種え、万千の花が盛開し、新苗は歯のように密々と冒出す。しかし大雨が連日に止まず降り、水波は氾濫し、庄稼は泡れて潰爛腐敗す——先に豊美の相があり、終に敗壊に帰す。尚秉和の解説:この条は「旁通」の象を取る——履卦の六爻の陰陽を全部翻せば謙卦(艮下坤上)となり、旁通の得る卦をも「伏象」と呼ぶので、注文は先ず「通《謙》」と標す。謙の上体坤は低下の田地を主り、下体艮は高平の陸地を主る。謙の三・四・五爻は「互体」して震を成し(互体は相鄰の三爻を取り別に一卦を組む)、震は黍稷を主る。履の本卦の下体は兌で、兌は花朵を主り、また歯を主り、坤はまた众多を主るので「万華生歯」と言う。坤は水象があり、謙の二・三・四爻は互いに坎を成し、坎もまた水で、二重の水象が相畳するので「大雨霖集」と言う——連下三日以上の雨を「霖」と呼ぶ。坎はまた波濤・疾病を主り、本卦の巽は腐爛を主るので、結句は「波病潰腐」と言う。
泰。子畏於匡,困厄陳蔡。明德不危,竟得免害。詳《大過》之《晉》。
《巽》が《泰》に変わる。林辞は孔子の二段の遭遇を挙げる:孔子は匡地で囲まれて驚き、陳・蔡の間で糧を絶たれて困えられた。しかし徳行の光明ある人は終に真に傾危せず、最後に皆禍害を免れた——先に険があり後に安んずる象である。「子畏于匡」は《論語・子罕》に出て、孔子は周遊して匡に至り、匡人は誤って彼をかつて匡地を暴虐した陽虎と認め、彼を囲んだ。「困厄陳蔡」は孔子が陳・蔡の間で困えられ糧を絶たれ七日したを指し、《論語・衛霊公》と《史記・孔子世家》に見える。尚秉和はここで取象を重出せず、ただ詳しく本書の「大過之晋」の条に見よと注明し、あの条の林辞はこれと同じである。
否。有兩赤鷂,從五隼噪。操矢無筈,趨釋爾射。扶伏聽命,不敢動搖。艮為鷂、為隼,乾為大赤,故曰赤鷂。坤數二,故曰兩。巽卦數五,故曰五隼。艮為矢,艮手為操。筈,矢未受弦處也。按:卦象兌應為筈,兌伏,故曰無筈。震為射,震覆,故曰趨釋爾射,言矢既無筈應,釋矢不射,而扶伏聽命也。巽為命,艮手在地,故曰扶伏。扶伏,匍匐也。《說文》伏地也。《詩大雅》誕實匍匐,《傳》以手行也。《前漢霍光傳》扶服叩頭。扶伏、扶服義皆同也。艮止,故不動。動亦有去聲,與命為韻。動搖,應作搖動。○黃丕烈雲俯當從《無妄》之《中孚》作扶,豈知前四句皆當依之,不止此一字也。鷂,各本皆作頭,隼噪作嶽遊,或作嶽來,三四句汲古作謠言無佑、趨爾之丘,宋元本同,惟丘作林。若依汲古搖與頭遊丘為韻,亦協,惟義皆不適,且爾趨等字皆仍舊。謠言無佑,無為矢之訛,佑為括之訛,以宋元本筈作括也,故全林皆依《無妄》之《中孚》校。鷂與噪韻,筈與射韻,命與動韻,且卦象皆符合。
《巽》が《否》に変わる。林辞は言う:二羽の赤色の鷂鷹が、五羽の鶻隼とともに鼓噪す。手に握る箭には扣弦の箭筈がなく、やむなく快步して前に進み弓箭を放下して射ない。地に伏して号令を聴候し、一動もあえて動かない——勢い屈してただ俯首して命を聴く象である。尚秉和の解説:否は坤が下で乾が上で、二・三・四爻は互体して艮を成し、艮は鷂・隼を主る。上体乾は大赤色を主るので「赤鷂」と言う。坤の卦数は二なので「両」と言う。三・四・五爻は互いに巽を成し、巽の卦数は五なので「五隼」と言う。艮はまた箭矢を主り、艮は手なので「操」すなわち握持と言う。「筈」は箭尾の扣弦の凹口で、尚氏の原文は「矢の未だ弦を受けざる処なり」と作す。彼はすぐに按語して言う:卦象に按ずれば、箭筈は本は兌が当たるべきであるが、この卦中では兌は伏して見えないので「無筈」と言う。震は射を主り、この卦中の艮は正に震を倒置して成る「覆象」(覆象はすなわち一卦を上下に顛倒して見る)で、射の動作は反されたので「趨釈爾射」と言う——箭はすでに筈がなく扣弦できないので、やむなく弓箭を放下して射ず、地に伏して命を聴く。巽は命令を主り、艮の手は地面に按するので「扶伏」と言う。「扶伏」はすなわち匍匐である:《説文解字》は伏地と訓じ、《詩・大雅・生民》の「誕実匍匐」に毛《伝》は手を用いて爬行と解し、《漢書・霍光伝》は「扶服叩頭」と写し、扶伏・扶服は皆一つの意である。艮の卦徳は止なので動かない。「動」の字は別に去声の一読があり、正に「命」の字と押韻す、韻脚に照れば、「動揺」は当に「揺動」と作るべき。校記:黄丕烈は「俯」の字は当に本書の「无妄之中孚」の条に依って「扶」と作るべきと言い、尚氏は彼はどこで知ったか、前の四句は皆あの条に照らして改めるべきで、ただこの一字のみではないと言う。「鷂」の字は各本とも「頭」と作り、「隼噪」は各本で「岳游」、また「岳来」と作るものもある。第三・四句は汲古閣本で「謡言無佑、趨爾之丘」と作り、宋・元本も同じく、ただ「丘」の字を「林」と作す。もし汲古閣本に依れば、「揺」は「頭」「游」「丘」と相押し、声韻もなお諧和するが、ただ文義は皆講じ通じず、しかも「爾」「趨」等の字は依然改められていない。「謡言無佑」のうち、「無」は「矢」の訛字で、「佑」は「括」の訛字——宋・元本は正に「筈」を「括」と写すので、整条の林辞は「无妄之中孚」の条に依って校訂す。こうすれば、「鷂」は「噪」と押韻し、「筈」は「射」と押韻し、「命」は「動」と押韻し、しかも卦象も処処対え当たる。
同人。當得自知,不逢凶災。衰者復興,終無禍來。離為災,乾福,故不逢,故無禍。○知,宋元本作如,依汲古。無禍,汲古作得福,依宋元本。
《巽》が《同人》に変わる。林辞は言う:自分の心に当に数あるべく、凶険災禍に撞き当たらない。衰落したのを重新して興起し、最終に禍患の臨むことがない——衰から盛に転ずる吉象である。尚秉和の解説:同人は離が下で乾が上で、下体離は災殃を主り、上体乾は福慶を主り、乾福が上に在って鎮するので、災に逢わずと言い禍の来るがないと言う。校記:「知」の字は宋・元本で「如」と作り、ここは汲古閣本に依る。「無禍」は汲古閣本で「得福」と作り、ここは宋・元本に依る。
大有。朽根刖樹,華葉落去。卒逢火焱,隨風僵仆。詳《屯》之《坎》。惟此用遇卦兌象須知。
《巽》が《大有》に変わる。林辞は言う:樹根は朽爛し、樹身は斫り傷つけられ、花と葉は皆凋落した。末にまた烈火飛焰に碰上し、風勢に随って地に倒伏す——根本はすでに壊れ、再び焚毀に遭う凶象である。「刖」は本は足を断つ刑を指し、ここでは樹が砍傷されたと言う。尚秉和の注明:取象は詳しく本書の「屯之坎」の条に見よ、あの条の林辞はこれと同じである。ただし留意すべきは、この条は別に遇す所の卦の大有の中の兌象を取る——大有は乾が下で離が上で、三・四・五爻は互体して兌を成し、兌は花を主り、正に「華葉落去」に対え、上体離は火を主り、正に「卒逢火焱」に対え、「随風」はすなわち本卦巽の風象を取る、取象の来路は「屯之坎」のあの条と並び同じでない。
謙。葛生衍蔓,絺綌為願。家道篤厚,父兄悅喜。震為葛、為蕃鮮,故曰衍蔓。坤為帛、為絺綌、為願,艮為家、為篤厚,震為公,故曰父。為兄、為喜,《詩周南葛覃篇》為絺為綌。服之無斁。
《巽》が《謙》に変わる。林辞は言う:葛藤は生発し地に蔓延り、細葛布と粗葛布を織成し、正に心願に合う。家道は篤実豊厚で、父と兄は皆歓喜す——家業和睦の吉象である。細葛布を「絺」といい、粗葛布を「綌」という。尚秉和の解説:謙は艮が下で坤が上で、三・四・五爻は互体して震を成し、震は葛藤を主り、また草木の蕃盛鮮嫩を主るので「衍蔓」と言う。上体坤は布帛を主り、正に絺綌の出る所で、坤はまた心願を主る。下体艮は家宅・篤厚を主る。震は公侯を主るので父と指し、震はまた兄長・喜慶を主り、そこで「父兄悦喜」となる。引く《詩・周南・葛覃》は「為絺為綌、服之無斁」——葛を以て細布粗布を織り、身に服してもいつも厭棄しない、正に林辞の前の二句の出処である。
豫。東行求玉,反得弊石。名曰無直,字曰醜惡,眾所賤薄。詳《家人》之《否》。
《巽》が《豫》に変わる。林辞は言う:東へ往って美玉を求めたが、かえって一塊の破れ石を拾い帰った。この石の名は「無直」すなわち銭の値しないで、表字は「醜悪」と呼び、衆人が一致に軽賤鄙薄する物——好を求めてかえって悪を得る凶象である。尚秉和は取象を重出せず、詳しく本書の「家人之否」の条に見よと注明し、あの条の林辞はこれと同じである。
隨。瞻白用弦,駑孱恐怯。任力墮劣,如蝟見鵲。偃視恐伏,不敢拒格。互大坎,故曰恐怯,故曰蝟。震為鵲,巽伏,故曰偃。巽為弦、為白,然首句恐有訛字。○用,宋元本作因。按:兌為月,兌月上弦,白或為月之訛。
《巽》が《随》に変わる。林辞は言う:一彎の白く発する上弦月を望んで弓に弦を張るが、人は駑鈍怯懦である。力気を使出せず疲軟して、まるで刺蝟が喜鵲に碰上したよう。頭を低めてこっそり看て驚懼して地に伏し、抗拒争闘をあえてしない——怯弱して敵しない象である。尚秉和の解説:この卦は「大坎」を互出す——大坎は坎の三画を放大して六画に看る取象法で、坎は陥険驚懼を主り、また刺蝟を主るので「恐怯」と言い「蝟」と言う。随は震が下で兌が上で、下体震は喜鵲を主る。巽は伏して見えないので「偃」すなわち伏倒と言う。巽はまた弓弦・白色を主る。ただし尚氏は首句に恐らく訛字ありと認める。校記:「用」の字は宋・元本で「因」と作る。尚氏の按語:兌は月を主り、兌の月は正に上弦月で、「白」の字はあるいは「月」の字の訛りかもしれない。
蠱。瘡痍多病,宋公危殆。吳子巢門,隕命失所。艮為節,故曰瘡痍。艮為宋,震為公,巽為病,正反巽,故曰多病、曰危殆。宋襄公戰泓傷股,震為吳、為子,艮為巢、為門,巽為命、為隕落,故曰隕命。詳《巽》之《鼎》。○隕,各本皆作無,依《小過》之《睽》校。
《巽》が《蠱》に変わる。林辞は言う:満身の瘡傷と疾病が纏綿し、宋公は危くして旦夕に迫る。呉子が巢邑の城門を攻打し、性命を失い死して帰る処なし——傷重く殞命する凶象である。指す二事:宋の襄公は楚人と泓水で戦い、大腿が箭に傷つき、次年に傷重くて死んだ。呉子の諸樊は楚を伐し、自ら巢城の門に逼って、巢人の牛臣に射殺され、いずれも《左伝》に見える。尚秉和の解説:蠱は巽が下で艮が上で、上体艮は竹木の節を主り、節はすなわち高低不平の疙瘩なので「瘡痍」と言う。艮はまた宋国を主る。蠱の三・四・五爻は互体して震を成し、震は公侯を主り、合して「宋公」と成る。巽は疾病を主り、この卦の下体は巽で、二・三・四爻は互いに兌を成し、兌は正に巽を倒置して成る覆象で、正・反の二つの巽が相畳するので「多病」と言い「危殆」と言う。震はまた呉国・子爵を主り、艮は巢・門を主り、巽は命・陥落を主るので「陥命」と言う。取象は詳しく本書の「巽之鼎」の条に見よ。校記:「陥」の字は各本とも「無」と作り、ここは「小過之睽」の条に依って校改する。
臨。東山西嶽,會合俱食。百喜送從,以成恩福。伏艮為山嶽,震東,兌西,故曰東山西嶽。兌為食,坤為會、為百,震為喜福。○百喜,汲古作為吳,送從作從送,依宋元本。
《巽》が《臨》に変わる。林辞は言う:東辺の山と西辺の岳が、ここで会合し、衆人は一同に宴飲す。百様の喜慶の事が随行して相送り、これによって恩沢福気を成就す——聚会して福を得る吉象である。尚秉和の解説:臨は兌が下で坤が上で、その伏象(六爻の陰陽を全部翻す旁通の卦)は遯で、遯の下体艮は山岳を主るので「山岳」と言う。臨の三・四・五爻は互体して震を成し、震は後天八卦で東に居り、下体兌は西に居るので「東山西岳」と言う。兌は飲食を主り、坤は会聚を主りまた「百」この数を主り、震は喜慶福禄を主る。校記:「百喜」は汲古閣本で「為呉」、「送従」は汲古閣本で「従送」と作り、ここは宋・元本に依る。
觀。舞非其處,失節多悔,不合我意。巽進退,故曰舞。舞在山上,故曰非其處。艮為節,坤為亡,故曰失節。坤為悔、為意。
《巽》が《観》に変わる。林辞は言う:舞は処を誤って跳び、また節拍を失い、多くの悔恨を招来し、我が心意に合わない——挙措失当の象である。尚秉和の解説:観は坤が下で巽が上で、巽の卦徳は進退して定まらず、進退俯仰は正に舞うがごときなので「舞」と言う。観の二・三・四爻は互体して艮を成し、艮は山を主り、舞は山上に跳び上がったので「非其処」と言う。艮はまた節度を主り、坤は喪失を主るので「失節」と言う。坤はまた悔恨を主り、また心意を主る。
噬嗑。南循汝水,伐樹斬枝。過時不遇,惄如周飢。離為南,互坎,故曰汝水。震為樹,二至四互艮,艮為刀劍,故曰斬枝。《詩周南》遵彼汝墳,伐其條枚;未見君子,惄如調饑。艮為時,坎為伏,故不遇。惄,思也,憂也。坎象也。離虛,故曰飢。周,《毛詩》作調,《傳》云朝也。丁晏云:周,《釋文》作輖,周即輖之省文。按:震為周、為旦,是焦詩與毛異文,猶韓詩惄作溺也。○第四句惄元本作,周作旦,依宋本、汲古。
《巽》が《噬嗑》に変わる。林辞は言う:南へ向かって汝水に沿って行き、樹木を砍伐し枝条を斫り下す。時節を過ぎて遇えず、心は憂思して堪え難く、朝に餓えるがごとし——時を失い遇わない象である。尚秉和の解説:噬嗑は震が下で離が上で、上体離は南方を主り、三・四・五爻は互体して坎を成し、坎は水を主るので「汝水」と言う。下体震は樹木を主り、二至四爻は互いに艮を成し、艮は刀剣を主るので「斬枝」と言う。この数句は《詩・周南・汝墳》に本づく:あの汝水の堤岸に沿い、枝条樹幹を砍伐す。まだ君子に見えざる時、憂思はまさに朝に餓えるがごとし。艮は時節を主り、坎は陥伏を主るので「不遇」と言う。「惄」は思念・憂愁で、正に坎の憂険の象に合う。離の卦徳は中虚なので「飢」と言う。「周」の字は《毛詩》で「調」と作り、毛《伝》は「朝」すなわち早朝と訓ず。丁晏は「周」は《経典釈文》で「輖」と作り、「周」は正に「輖」の省文と言う。尚氏の按語:震はすでに「周」の象がありまた「旦」の象があるので、焦延壽の拠る《詩》本は《毛詩》の用字と同じでなく、まるで《韓詩》が「惄」を「溺」と写すようと見える。校記:第四句の「惄」の字は元本で別の一字と作り(底本はここで脱去して識べず)、「周」の字は元本で「旦」と作り、ここは宋本と汲古閣本に依る。
賁。公孫駕驪,載遊東齊。延陵說產,遺季紵衣。詳《艮》之《未濟》。○季,宋元本作我,依汲古。
《巽》が《賁》に変わる。林辞は言う:公孫は黒色の駿馬に駕って、人を載せて東へ斉国に遊ぶ。延陵の季子と鄭国の子産は一見して故のごとく談が投合し、子産はすなわち季子に紵麻で織った衣裳を贈った——行旅して友を得る吉象である。「驪」は純黒の馬である。「延陵」は呉国の季札を指し、延陵に封ぜられ、故に延陵季子と称す。事は《左伝》襄公二十九年に見える:季札は列国を聘問し、鄭国に至り子産に見え、旧の識りのごとく、彼に縞帯を贈り、子産は紵衣を回贈した。尚秉和は取象を重出せず、詳しく本書の「艮之未済」の条に見よと注明す。校記:「季」の字は宋・元本で「我」と作り、ここは汲古閣本に依る。
剝。乘輿八百,以明文德。踐土葵丘,齊晉受福。詳《剝》之《同人》。
《巽》が《剥》に変わる。林辞は言う:随行の車駕は八百乗に多く及び、以て文治の徳を彰明す。践土と葵丘で盟会を行い、斉国と晋国は皆福慶を承けた——会盟して覇を称する吉象である。践土の盟は晋の文公が魯の僖公二十八年に諸侯を大会して覇業を定めた事で、葵丘の会は斉の桓公が僖公九年に諸侯を会盟した事で、両事とも《春秋》の経伝に見える。尚秉和は取象を重出せず、詳しく本書の「剥之同人」の条に見よと注明す。
復。雄處弱水,雌在海濱。別離將食,悲哀於心。詳《剝》之《同人》。
《巽》が《復》に変わる。林辞は言う:雄鳥は弱水のあの一端に困えられ、雌鳥は東海の浜に留まる。まさに食を進めんとするも両地に隔てられ、心は悲哀に満ちる——骨肉分離の象である。「弱水」は古人の言う舟楫を浮かべられない西方の水で、東海と遥遥相対し、極めて両地の隔絶を言う。尚秉和は取象を重出せず、詳しく本書の「剥之同人」の条に見よと注明す。
無妄。結網得鮮,受福安坐,終無患禍。巽為繩,故曰結網。巽為魚,故曰得鮮。乾為福,艮為坐。
《巽》が《无妄》に変わる。林辞は言う:漁網を結んで鮮魚を捕え、安穏に坐して福気を享け、終始禍患なし——坐してその利を収むる吉象である。尚秉和の解説:无妄は震が下で乾が上で、三・四・五爻は互体して巽を成し、巽は繩索を主るので「結網」と言う。巽はまた魚を主るので「得鮮」と言う。上体乾は福を主り、二・三・四爻は互いに艮を成し、艮の卦徳は止で、止はすなわち安坐して動かないなので「受福安坐」と言う。
大畜。秋南春北,隨時休息。處和履中,安無憂凶。兌為秋,震為春,乾南,坤北,艮為時,艮止,故曰休息。兌悅,故曰和。震足,故曰履。坤為憂凶,坤伏,故無。○安無,汲古作無有,依宋元本。
《巽》が《大畜》に変わる。林辞は言う:秋には南へ往き春には北へ往き、時令に順って往来歇息す。世に処りは平和で行いは中を守り、安穏にして憂患凶険なし——時に随って進退する吉象である。尚秉和の解説:大畜は乾が下で艮が上で、二・三・四爻は互体して兌を成し、兌は秋を主る。三・四・五爻は互いに震を成し、震は春を主る。先天八卦の方位で乾は南に居り坤は北に居るので「秋南春北」と言う。上体艮は時令を主り、艮の卦徳は止なので「休息」と言う。兌の卦徳は悦で、悦ならば和洽なので「処和」と言う。震は足を主り、足は行くことができるので「履」と言う。坤は憂愁凶険を主るが、この卦では坤は伏して見えないので「安無憂凶」と言う。校記:「安無」は汲古閣本で「無有」と作り、ここは宋・元本に依る。
頤。啟戶開門,巡狩釋冤。夏臺羑里,湯文悅喜。坤為門戶,震為啟、為巡狩,坤為憂、為冤,震解,故曰釋冤。艮為臺,納丙,故曰夏臺。坤為里,震為帝,故曰湯文悅喜。○羑,宋元本作牖。
《巽》が《頤》に変わる。林辞は言う:門戸を開き、天子は出巡して猟し、冤を蒙った人のために昭雪す。夏台・羑里に囚えられた商湯と周の文王はそこで歓喜して起き上がった——冤屈が釈かれた吉象である。夏台は夏桀が商湯を囚禁した所で、羑里は商紂が周の文王を囚禁した所で、両人とも後に釈を獲えて終に王業を成した。尚秉和の解説:頤は震が下で艮が上で、中間の四爻は皆陰爻で、二・三・四爻は互体して坤を成し、坤は門戸を主る。下体震は開啓を主り、また巡狩を主る。坤はまた憂・冤屈を主り、震の卦徳は解散なので「釈冤」と言う。艮は台観を主り、納甲の法に按ずれば艮は丙を納め、丙は五行で火に属し四時で夏に配するので「夏台」と言う。坤は郷里を主り、震は帝王を主るので「湯文悦喜」と言う。校記:「羑」の字は宋・元本で「牖」と作る。
大過。符左契右,相與合齒。乾坤利貞,乳生六子。長大成就,風言如母。詳《大畜》之《未濟》。大過通頤。艮節震符,震為左,兌為右,故曰符左契右。兌為齒,正反兌,故曰合齒。大過為亥月卦,坤與乾相遇於亥,陰牝陽,故曰乾坤利貞。艮為乳,震為生,為子,乾數六,故曰六子。巽為風,震為言,巽亦為母,故曰如母。《坤上六》龍戰于野,其血玄黃。即林所言之義,詳《焦氏易詁》。
《巽》が《大過》に変わる。林辞は言う:符信を左手に執り契券を右手に執り、両下が合攏すればまるで上下の歯が間なく咬合するがごとし。乾と坤は交合して正を守るに利あり、哺育して六人の子女を生ず。子女は成人に長じて、風のように伝わる言は皆彼らを母に似ると言う——陰陽交泰して生育蕃息する吉象である。尚秉和は先ず取象は詳しく本書の「大畜之未済」の条に見よと注明し、続いて補説す:大過の旁通の卦は頤(震下艮上)なので「大過通頤」と標す。頤の上体艮は節を主り、符契は正に節を刻み剖分した信物で、下体震は符を主り、震はまた左を主り、大過の上体兌は右を主るので「符左契右」と言う。兌は歯を主り、この卦は正・反の二つの兌が相対するので「合歯」と言う。大過は卦気で亥月すなわち夏暦十月に配し、十二辰の亥位は西北にあり、正に後天八卦の乾の方位で、十月は坤気が当令し、乾と坤はそこで亥位に相遇い、陰が来て陽に配するので「乾坤利貞」と言う——「牝」はここで動詞として、陰と陽の交配を指す。艮は乳哺を主り、震は生育・子嗣を主り、乾の卦数は六なので「乳生六子」と言う。巽は風を主り、震は言語を主り、巽はまた母を主るので「風言如母」と言う。《坤》卦の上六爻辞の「龍戦于野、其血玄黄」は、講ずるは正に十月亥位に陰陽が交合して相薄くこの一層の意で、詳しくは尚氏の著《焦氏易詁》に見よ。
坎。飢蠶作室,絲多亂緒,端不可得。詳《豫》之《同人》。
《巽》が《坎》に変わる。林辞は言う:腹を餓えた蚕は繭を結んで屋を作るが、吐き出す糸は多いが、頭緒は紛乱糾結し、どうしても糸頭を找出せない——労して功なく紛擾として理め難い象である。尚秉和は取象を重出せず、詳しく本書の「豫之同人」の条に見よと注明し、あの条の林辞はこれと同じである。
離。東壁餘光,數暗不明。主母嫉妬,亂我事業。詳《謙》之《屯》。
《巽》が《離》に変わる。林辞は言う:ただ東墻のあの一点の余光を借りただけで、屡屡昏暗して明らかに見分けない。主母は心に嫉妬を懐き、我が事業を攪乱す——人に制せられて事業が敗壊する象である。「東壁余光」は《史記・樗里子甘茂列伝》の載する比喻に出る:貧女は蠟燭を買えず、ただ同室の富女に四壁に照る余光を分けてくれと求め、好く続けて紡績する。尚秉和は取象を重出せず、詳しく本書の「謙之屯」の条に見よと注明す。
咸。白茅縮酒,靈巫拜禱。神嗜飲食,使君壽考。詳《小畜》之《坎》。縮,元本作醴,汲古作,依宋本。
《巽》が《咸》に変わる。林辞は言う:白茅を以て酒を濾し神に薦し、霊験ある巫祝は拜倒して祝祷す。神明はこれらの酒食を愛享し、これによって君主を長寿ならしむ——祭享して福を得る吉象である。「縮酒」は酒を束ねた白茅の上に澆り糟滓を濾り去り、神明の享用を象徴し、《左伝》僖公四年に管仲が楚国を責問して「包茅不入、王祭不共、無以縮酒」と言ったのはまさにこの道の礼である。「神嗜飲食、使君寿考」の二句は本は《詩・小雅・楚茨》の成句である。尚秉和は取象を重出せず、詳しく本書の「小畜之坎」の条に見よと注明す。校記:「縮」の字は元本で「醴」、汲古閣本で別の一字(底本はここで脱去)、ここは宋本に依る。
恆。范公陶朱,巧賈貨資。東之營丘,易字子皮。抱珠載金,多得利歸。巽為蟲,故曰範。震為公,乾為大赤,伏艮火,故曰陶朱。巽為利、為商賈,故曰巧賈貨資。震為東,伏艮,故曰營丘。坤為字、艮為皮,震為子,坤艮皆伏,故曰易字子皮,言陶朱公范蠡後適齊,改名曰鴟夷子皮,隱居貿易也。事見《史記》。震為珠,艮為金,艮手,故曰抱珠。震車,故曰載金。巽為利,震為歸。○朱,宋元本作夷,依汲古。營,汲古訛榮,依宋元本。
《巽》が《恒》に変わる。林辞は言う:范公はすなわち陶朱公で、商い貨物を売買うに善い。彼は東行して営丘に至り、名字を改換して子皮と呼ぶ。明珠を懐抱し車に黄金を載せ、利銭を足らせて帰る——行商して富を致す吉象である。言う所は范蠡である:越の王勾践を輔佐して呉を滅した後、彼は越を離れ海を浮び斉国に至り、名を改めて鴟夷子皮とし、姓を隠し名を埋めて売買をなし、事は《史記》に見える。営丘は斉国の旧都で、今の山東臨淄一帯にある。尚秉和の解説:恒は巽が下で震が上で、巽は虫を主るので、実を指して范蠡とする——蠡の字は正に虫に従う。上体震は公を主り、二・三・四爻は互体して乾を成し、乾は大赤色を主る。恒の伏象(旁通の卦益)の中に艮を互出し、艮は納甲に按ずれば丙を納めて火に属し、赤くして火に属するので「陶朱」と言う。巽は利・商賈を主るので「巧賈貨資」と言う。震は東方を主り、伏象の中の艮は丘を主るので「営丘」と言う。伏象の中の坤は名字を主り、艮は皮を主り、震は子を主り、坤・艮は皆伏して見えず、正に改名換姓・隠跡埋名に合するので「易字子皮」と言う。震は珍珠を主り、艮は金を主り、艮はまた手を主るので「抱珠」と言う。震は車を主るので「載金」と言う。巽は利を主り、震は帰返を主る。校記:「朱」の字は宋・元本で「夷」と作り、ここは汲古閣本に依る。「営」の字は汲古閣本で「栄」と訛り、ここは宋・元本に依る。
遯。三羖五牂,相隨俱行。迷入空澤,循谷直北。經涉六駁,為所傷賊。詳《同人》之《蒙》。汲古澤下多經涉虎廬,賊下多死於牙腹二句,依宋元本。
《巽》が《遯》に変わる。林辞は言う:三匹の黒い公羊と五匹の母羊が、彼此相跟いて同じく路に上る。方向を迷って空曠の大沢に入り、山谷に順って一貫して北へ行く。途中で六頭の猛獣駮を経由し、咬まれ傷害された——迷途に入り害に遇う凶象である。「羖」は黒い公羊で、「牂」は母羊である。「駮」は伝説の形状が馬に似て鋸歯があって虎豹を食える猛獣で、《詩・秦風・晨風》の「隰有六駮」の言うのはそれである。尚秉和は取象を重出せず、詳しく本書の「同人之蒙」の条に見よと注明す。校記:汲古閣本は「空沢」の下に「経渉虎廬」の一句が多く、「傷賊」の下に「死于牙腹」の一句が多い、ここは宋・元本に依る。
大壯。雄鵠延頸,欲飛入關。雨師灑道,瀸我袍裘。車重難遷,侍者稽首。震為鵠、為飛,伏艮為關,兌為雨,震為道,故曰雨師灑道。乾為衣,故曰袍裘。坤為車、為重,艮止,故難遷。艮為斯役,故曰侍者。艮為首,艮止,故曰稽首。末二句皆伏象。○首,宋元本作上,依汲古。
《巽》が《大壮》に変わる。林辞は言う:雄の白鳥が頸を伸ばし、関口に飛び入ろうと思う。雨師は先に道路を洒し湿らし、我が袍子と皮裘を浸透す。車は載るが重すぎて動かし難く、随侍の人はただ叩頭して命を請うのみ——行程が阻まれる象である。「瀸」は浸湿で、「雨師」は古人の祀る行雨の神である。尚秉和の解説:大壮は乾が下で震が上で、上体震は白鳥・飛翔を主る。大壮の伏象(旁通の卦)は観で、観の中に艮を互出し、艮は関隘を主るので「入関」と言う。三・四・五爻は互体して兌を成し、兌は雨を主り、震はまた道路を主るので「雨師洒道」と言う。下体乾は衣服を主るので「袍裘」と言う。伏象観の下体坤は車・沉重を主り、艮の卦徳は止なので「車重難遷」と言う。艮はまた供役使の人を主るので「侍者」と言う。艮は頭を主り、艮は止まり起きないので「稽首」と言う。末の二句は取る所は皆伏象である。校記:「首」の字は宋・元本で「上」と作り、ここは汲古閣本に依る。
晉。中年蒙慶,今歲受福。必有所得,榮寵受祿。互坎為中,坤為年歲,艮為榮,伏乾為福祿。○寵,依宋元本,汲古無此句。局本寵作慶。
《巽》が《晋》に変わる。林辞は言う:中年の時に喜慶を蒙り、今年はすなわち福気を承ける。必ず収獲する所があり、栄寵と俸禄を得る——時来りて福を受くる吉象である。尚秉和の解説:晋は坤が下で離が上で、三・四・五爻は互体して坎を成し、坎は卦の中位に居るので「中」と言う。下体坤は年歳を主る。二・三・四爻は互いに艮を成し、艮は栄顕を主る。晋の伏象(旁通の卦需)の下体は乾で、乾は福禄を主る。校記:「寵」の字は宋・元本に依り、汲古閣本にはこの一句がない。清代の官書局本は「寵」を「慶」と作す。
明夷。祿如周公,建國洛東,父子俱封。詳《革》之《明夷》。
《巽》が《明夷》に変わる。林辞は言う:福禄は周公のように厚く、洛水の東に都邑封国を営建し、父と子は一同に封を受けた——位は尊く禄は厚い吉象である。周公旦は成王を輔佐して洛邑を営建し、彼の子の伯禽は魯に封ぜられ、父子ともに封国を得た。尚秉和は取象を重出せず、詳しく本書の「革之明夷」の条に見よと注明す。
家人。安床厚褥,不得久宿。棄我嘉,困於東國。投杼之憂,不成災福。詳《家人》之《睽》。災福,汲古作禍災,不韻,依宋元本。
《巽》が《家人》に変わる。林辞は言う:床を鋪き褥を厚く墊くが、長くは住まない。我が美好の伴侶を拋下し(「嘉」の字の下は底本では一つの通行字庫に表示できない僻字で、今は原樣のまま保留す)、東辺の国土に困えられる。曾母が梭を投げたような驚疑憂懼はあるが、終ぞ災禍を醸成しない——虚驚して終に平安を得る象である。「投杼之憂」は《戦国策・秦策》に出る:曾参は費邑に在り、同名の人が人を殺し、相続いで三人が走り来て曾母に曾参が人を殺したと告げ、曾母はついに織布の梭を投げ棄て墻を越えて逃げた、後世は以て讒言の畏るべき・疑懼の動揺を形容す。尚秉和は取象を重出せず、詳しく本書の「家人之睽」の条に見よと注明す。校記:「災福」は汲古閣本で「禍災」と作り、「褥」「宿」「国」の韻脚と合わず、ここは宋・元本に依る。
睽。蓄積有餘,糞土不居。汲古多利有所得四字,依宋元本。
《巽》が《睽》に変わる。林辞は言う:積蓄は豊足して余り有り、糞土の類の汚賤の物は再び留存しない——家用充裕の吉象である。校記:汲古閣本はこの条の下に「利有所得」の四字が多い、ここは宋・元本に依る。
蹇。心願所喜,乃今逢時。得我利福,不離兵革。坎為心願,艮為時、為兵革。
《巽》が《蹇》に変わる。林辞は言う:心の願い喜ぶ所の事が、今日正に時機に逢う。得るべきの利益と福気を得たが、ただ始終兵戈戦事を脱き離れない——吉の中に依然兵革の累を帯ぶ。尚秉和の解説:蹇は艮が下で坎が上で、上体坎は心願を主る。下体艮は時機を主り、艮はまた兵器甲冑を主るので「不離兵革」と言う。
解。目不可合,憂來搔足。怵惕危懼,去其邦族。詳《萃》之《睽》。
《巽》が《解》に変わる。林辞は言う:眼は合えられず整夜に眠れず、憂愁が来ればただ脚を搔いて急ぐのみ。心は驚き胆は戦き危懼して安んぜず、ついに自分の邦国宗族を離れた——憂懼して出亡する凶象である。尚秉和は取象を重出せず、詳しく本書の「萃之睽」の条に見よと注明す。
損。福德之土,歡悅日喜。夷吾相桓,三歸為臣,賞流子孫。震為福德、為上、為歡悅,艮為桓。桓,木表也,言管仲相齊桓公也。艮為臺、為臣,故曰三歸為臣。震為歸,數三,三歸亦震象。《論語》曰管氏有三歸,官事不攝焉得儉,朱注:三歸,臺名,後儒不知朱注本《說苑》,頗訝與古注異,今易林以艮為三歸,是亦以三歸為臺也。
《巽》が《損》に変わる。林辞は言う:福徳の聚集する処は、日ごとに歓欣喜悦す。管夷吾は斉の桓公を輔佐し、三帰の台を筑き位は人臣を極め、賞賜の余蔭は子孫に流れ及ぶ——国を佐け賞を受くる吉象である。管夷吾はすなわち管仲である。尚秉和の解説:損は兌が下で艮が上で、二・三・四爻は互体して震を成し、震は福徳を主り、また「上」を主り(見えるに林辞の「土」の字は尚氏は「上」と読む)、また歓悦を主る。上体艮は桓を主る——「桓」は本は木を立てて標的とする表柱を指し、ここでは借りて斉の桓公を指し、言うのは管仲が斉の桓公を相した一事である。艮はまた台・臣を主るので「三帰為臣」と言う。震は帰を主り、その卦数は三で、「三帰」もまた径に震象を取れる。《論語・八佾》は管氏に三帰あり、官府の事はまた兼職せず、どうして倹と言えようと言い、朱熹の注は三帰は台名と言い、後の学者は朱注が《説苑》に本づくを知らず、旧注と同じでないを甚く異とする。今《易林》は艮を以て三帰とするも、正に三帰を台と当作って見るのである。
益。夏姬附耳,心聽悅喜,利以博取。巽為夏,震為姬,伏兌為耳,坤為心,震為喜,巽為利。○末句汲古作利後博取,茲以字從宋元本。博,從汲古。
《巽》が《益》に変わる。林辞は言う:夏姬は耳に凑りて低語し、心に聴いて満心歓喜し、博戯で利を取るに宜しい——私語して利を得る象である。夏姬は春秋の鄭の穆公の女で、美色を以て著しく、事は《左伝》に見える。尚秉和の解説:益は震が下で巽が上で、上体巽は夏を主り、下体震は姬姓を主り、合して「夏姬」と成る。益の伏象(旁通の卦恒)の中に兌を互出し、兌は耳を主るので「附耳」と言う。二・三・四爻は互体して坤を成し、坤は心を主る。震は喜慶を主り、巽は利を主る。校記:末句は汲古閣本で「利後博取」と作り、ここでは「以」の字を宋・元本に依り、「博」の字を汲古閣本に依る。
夬。叔迎伯兄,遇巷在陽。君子季姬,並坐鼓簧。此用兌象。伏艮為叔,伏震為伯兄,艮震相對,故曰迎。艮為君子,兌為季姬,重兌,故曰並坐。震為鼓簧。○伯兄,宋元本、汲古皆作兄弟,依《咸》之《震》校。巷,宋元本作恭,仍不愜,恐有訛字。《詩秦風》既見君子,並坐鼓簧。
《巽》が《夬》に変わる。林辞は言う:小弟は長兄を迎え、陽向の巷口で相遇う。君子と季姬は並んで坐し、笙簧を吹奏す——兄弟相聚い賓主同歓の吉象である。末句は《詩・秦風・車鄰》の「既見君子、並坐鼓簧」に本づく。尚秉和の解説:この条は兌象を用いる。夬は乾が下で兌が上で、その伏象(旁通の卦剥)の中に艮があり、艮は叔を主る。艮を倒転すればすなわち震で、震は伯兄を主り、艮と震は一正一反で彼此相向するので「迎」と言う。艮はまた君子を主り、兌は季姬を主り、兌象は重出するので「並坐」と言う。震は鼓簧を主る。校記:「伯兄」は宋・元本と汲古閣本とも「兄弟」と作り、ここは「咸之震」の条に依って校改する。「巷」の字は宋・元本で「恭」と作り、依然として妥帖でなく、恐らく別に訛字あり。
姤。徙巢去家,南遇白烏。東西受福,與喜相得。此仍用兌象。伏艮為巢、為家。伏震為南,艮為烏,互巽,故曰白烏。震為東、為喜福,兌為西。○烏,元本作鳥,非,依宋本。汲古烏與家為韻。家,音姑。
《巽》が《姤》に変わる。林辞は言う:鳥巣を遷し旧家を去り、南へ行って一羽の白い烏鳥に遇う。東辺西辺は皆福気を承け、喜慶と両々相湊合す——遷徙して吉に遇う象である。尚秉和の解説:この条も依然兌象を用いる。姤の伏象(旁通の卦)は復で、復の下体震は南方を主り、震を倒せばすなわち艮で、艮は巣・家宅を主るので「徙巣去家」と言う。艮はまた烏鳥を主り、この卦は巽を互出し、巽は白色を主り、合して「白烏」と成る。震は東方を主り、また喜慶福禄を主り、兌は西方を主るので「東西受福」と言う。校記:「烏」の字は元本で「鳥」と作るが誤り、ここは宋本に依る。汲古閣本のうちでは「烏」は「家」と相押し——「家」の字は古音は姑と読む。
萃。舜登大禹,石夷之野。徵詣王庭,拜治水土。詳《乾》之《中孚》。王庭,宋元本作玉闕,依汲古。
《巽》が《萃》に変わる。林辞は言う:虞舜は大禹を抜擢し、彼を石夷の荒野のうちから起用した。彼を徴召して王庭に来らしめ、水土を治理する職事を拜授す——賢者が挙げられる吉象である。尚秉和は取象を重出せず、詳しく本書の「乾之中孚」の条に見よと注明す。校記:「王庭」は宋・元本で「玉闕」と作り、ここは汲古閣本に依る。
升。江河淮海,天之都市。商人受福,國家富有。坤為江河淮海、為都,巽為市,伏乾,故曰天之都市。震為商人、為福,坤為國家、為富有。
《巽》が《升》に変わる。林辞は言う:長江・黄河・淮水・大海は、上天の設けた都会と市集である。行商の人はここで福気を承け、国家はこれによって富足す——貨殖が流通し国用が充裕する吉象である。尚秉和の解説:升は巽が下で坤が上で、上体坤は江河淮海の類の大水を主り、また都会を主る。下体巽は市集を主る。升の伏象(旁通の卦无妄)の上体は乾で、乾は天を主るので「天之都市」と言う。三・四・五爻は互体して震を成し、震は商人・福を主り、坤はまた国家・富有を主る。
困。隱隱填填,火燒山根。不潤我鄰,獨不蒙恩。詳《賁》之《蹇》。填填,汲古作煩煩,不作下,依宋元本。
《巽》が《困》に変わる。林辞は言う:隠隠と填填の轟響が伝わり、山脚下で大火が燃え上がる。火勢は我が近隣にまで潤沢が及ばず、独り我だけは一点の恩惠も得ない——恩沢が己身に及ばない凶象である。尚秉和は取象を重出せず、詳しく本書の「賁之蹇」の条に見よと注明す。校記:「填填」は汲古閣本で「煩煩」、「不」の字は汲古閣本で「下」と作り、ここはいずれも宋・元本に依る。
井。闇昧不明,耳聾不聰。陷入深淵,滅頂憂凶。詳《巽》之《小畜》。頂,元本作傾,依宋本、汲古。
《巽》が《井》に変わる。林辞は言う:昏暗で明らかに見えず、耳聾で明らかに聴こえない。深深の水潭に墜ち入り、水は頭頂を没し越し、憂危凶険である——耳目が霊を失い陥って険境に陥る凶象である。尚秉和は取象を重出せず、詳しく本書の「巽之小畜」の条に見よと注明す。校記:「頂」の字は元本で「傾」と作り、ここは宋本と汲古閣本に依る。
革。鳥鳴喈喈,天火降下。燔我館舍,災及妃后。詳《屯》之《晉》。嘻嘻,宋元、汲古本皆作喈喈。喈,音稽。嘻同喜,疑喈喈與嘻嘻通用。焦即作喈,不必定為訛字也。
《巽》が《革》に変わる。林辞は言う:鳥が喈喈と鳴き、天火が上頭から降りて来る。我が館舍を焼き去り、災禍はずっと后妃にまで殃及す——火災が内宮に及ぶ凶象である。尚秉和は取象を重出せず、詳しく本書の「屯之晋」の条に見よと注明す。校記:本書の別処で「嘻嘻」と作る所は、宋・元本と汲古閣本はここで皆「喈喈」と作る。「喈」は稽と読み、「嘻」は「喜」と同じ。尚氏は「喈喈」と「嘻嘻」は本は通用できると疑い、焦延壽の元はもともと「喈」と写し、必ずしも訛字ではない。
鼎。十雞百雛,常與母俱。抱雞捕虎,誰肯為侶。詳《旅》之《夬》。雞與第四句皆依校,各本皆作雉,皆作誰敢難者,均非。
《巽》が《鼎》に変わる。林辞は言う:十羽の母鶏が百羽の雛鶏を帯び、いつも母と一処に跟って行く。一羽の鶏を抱いて虎を捉えに行くのに、誰がこの種の事の同伴を肯んずるか——先ず母子相聚う安を言い、後に力を量らずして人の相従なきを言う。尚秉和は取象を重出せず、詳しく本書の「旅之夬」の条に見よと注明す。校記:「鶏」の字と第四句はいずれも他条に依って校改す。各本の「鶏」は皆「雉」と作り、第四句は皆「誰敢難者」と作り、いずれも誤り。
震。營城洛邑,周公所作。世建三十,年厯八百。福佑盤結,堅固不落。詳《井》之《升》。盤結,宋元本作盟執,依汲古。
《巽》が《震》に変わる。林辞は言う:洛邑の城郭を営建するは、周公が主持して修造した所である。周室は三十代を伝え、国を享けること八百年。福佑は盤繞糾結し、牢固で墜落しない——国祚が綿長の大吉象である。尚秉和は取象を重出せず、詳しく本書の「井之升」の条に見よと注明す。校記:「盤結」は宋・元本で「盟執」と作り、ここは汲古閣本に依る。
艮。三人俱行,別離將食。一身五心,反覆迷惑。詳《坤》之《賁》。
《巽》が《艮》に変わる。林辞は言う:三人が同じく路に上るが、飯に臨んで各々散る。一つの身に五つの心を懐き、反覆して猶疑迷乱す——同行しながら同心でない凶象である。尚秉和は取象を重出せず、詳しく本書の「坤之賁」の条に見よと注明す。
漸。三虎搏狼,力不相當。如鷹格雉,一擊破亡。艮為虎狼,納丙,故曰三虎搏狼。艮為鷹,離為雉。格,敵也。《史記張儀傳》驅群羊攻猛虎,不格明矣,注:格,敵也。坎為破,艮為擊。○第三句元本作如雉鷹格,則格宜訓為鬬,《國語》谷洛鬬。韋昭曰:二水格雉鷹,格即雉,鷹鬬也,亦可從。擊,宋元本作發,依汲古。
《巽》が《漸》に変わる。林辞は言う:三匹の虎が豺狼を撲撃するが、双方の力量はもともと相当しない。まるで鷹隼が野雉を搏撃するごとく、一撃の下に破殺して亡ぼす——強者が弱者を制し一挙に擒える象である。「格」は相敵・相抗の意である。尚秉和の解説:漸は艮が下で巽が上で、下体艮は虎狼を主り、艮は納甲の法に按ずれば丙を納め、丙は十天干の中で第三に居るので「三虎搏狼」と言う。艮はまた鷹を主り、三・四・五爻は互体して離を成し、離は野雉を主る。《史記・張儀列伝》は群羊を駆りて猛虎を攻めれば、敵しないは明らかに摆れていると言い、旧注は正に「格」を敵と訓ず。二・三・四爻は互いに坎を成し、坎は破損を主り、艮は撃打を主る。校記:第三句は元本で「如雉鷹格」と作れば、「格」は当に闘と訓ずべき——《国語》は穀・洛の二水が相闘したと記し、韋昭の注解は両水が相格すと作す、これに照らして「雉鷹格」と読めばすなわち雉と鷹が相闘することで、これも講じ通ずる。「撃」の字は宋・元本で「発」と作り、ここは汲古閣本に依る。
歸妹。養虎畜狼,還自賊傷。無事招禍,自取災殃。詳《井》之《蠱》。宋元、汲古下二句皆作年歲息長,疾君拜禱,雖危不凶,與上文意不屬,定為由他林竄入,故依《井》之《蠱》校。
《巽》が《帰妹》に変わる。林辞は言う:虎を養い豺狼を畜すが、終にかえってそれらに咬傷された。もともと事端はなかったが、自ら禍患を招来し、凶殃は皆自ら取る——患を養いて自ら傷く凶象である。尚秉和は取象を重出せず、詳しく本書の「井之蠱」の条に見よと注明す。校記:宋・元本と汲古閣本は後の二句の処で皆「年歳息長、疾君拜祷、雖危不凶」と作り、上文の語意と接ぎ合わず、尚氏は別条の林辞が竄入したと断定し、だから「井之蠱」の条に依って校訂す。
豐。後時失利,不得所欲。
《巽》が《豊》に変わる。林辞は言う:時機の後に落ち、これによって利益を失い、欲する物は一様にも得られない——時を失し獲なき凶象である。この条の底本は林辞のみあり、尚秉和は注を出さず、校記もない。
旅。雉兔之東,以野為場。見鷹驚走,死於谷口。離為雉,伏震為兔、為東,艮為野、為場。兌為見,艮為鷹,伏震,故曰見鷹驚走。兌毀,故曰死。兌為口,艮為谷。○野場,宋元本作理傷,依汲古。驚,汲古作奔,依宋元本。
《巽》が《旅》に変わる。林辞は言う:野雉と兎が東辺へ走り、郊野を猟場とする。鷹を一見れば驚慌して奔逃し、山谷の口上で死んだ——弱者が猛禽に遇って斃命する凶象である。尚秉和の解説:旅は艮が下で離が上で、上体離は野雉を主る。旅の伏象(旁通の卦節)の中に震を互出し、震は兎を主り、また東方を主る。下体艮は原野・猟場を主る。三・四・五爻は互体して兌を成し、兌は看見を主る。艮は鷹を主り、伏象の中の震は奔走を主るので「見鷹驚走」と言う。兌の卦徳は毀折なので「死」と言う。兌は口を主り、艮は山谷を主り、合して「谷口」と成る。校記:「野場」は宋・元本で「理傷」と作り、ここは汲古閣本に依る。「驚」の字は汲古閣本で「奔」と作り、ここは宋・元本に依る。
巽。秋蛇向穴,不失其節。夫人姜氏,自齊復入。詳《臨》之《損》。
《巽》が《巽》に変わる。本卦と之卦は相同じく、依然六爻同卦相重の「純卦」である。林辞は言う:秋の蛇は洞穴に鑽り、時に応じ蔵伏する節候を過ごさない。夫人の姜氏は斉国からまた魯国に帰った——去りてまた返り各々その時を得る象である。《春秋》は魯君の夫人姜氏が斉国に出居し、その後また魯に還帰したと記し、林辞はすなわちこの事を用いる。尚秉和は取象を重出せず、詳しく本書の「臨之損」の条に見よと注明す。
渙。鳥鳴葭端,一呼三顛。搖動東西,危魂不安。詳《復》之《井》。
《巽》が《渙》に変わる。林辞は言う:鳥が蘆葦の梢頭に止まり鳴き、一声呼べば、葦梢はすなわち三度晃いた。東に揺れ西に摆れて定まる所なく、驚魂は安んぜない——根基が穩やかでなく心神が動蕩する象である。「葭」は初生の蘆葦である。尚秉和は取象を重出せず、詳しく本書の「復之井」の条に見よと注明す。
節。命夭不遂,死多鬼祟。妻子啼喑,早失其雄。伏巽為命,兌毀,故曰死。坎為鬼,兌為妻,震為子,兌口為啼。啼失聲曰喑。坎失,故曰啼喑。震為雄。○鬼,汲古作為,依宋元本。
《巽》が《節》に変わる。林辞は言う:寿命は短促で心願は遂げず、死する人が多く鬼怪が作祟す。妻子児女は哭して声を失うほど、早く家中の男子を失った——夭亡し偶を喪う凶象である。尚秉和の解説:節は兌が下で坎が上で、その伏象(旁通の卦旅)の中に巽を互出し、巽は命を主る。下体兌の卦徳は毀折なので「死」と言う。上体坎は鬼を主り、兌は妻を主り、二・三・四爻は互体して震を成し、震は子を主る。兌は口なので「啼」と言う——哭して声を失うを「喑」と呼び、坎は喪失の象があり、そこで「啼喑」と言う。震はまた雄を主る。校記:「鬼」の字は汲古閣本で「為」と作り、ここは宋・元本に依る。
中孚。茆屋結席,崇我文德。三辰旗旗,家受其福。巽為茆,互艮,故曰茆屋。互震為席,巽為結,艮為崇、為我,震為德,故曰崇我文德。震為旗、為辰,數三,故曰三辰。艮為家,震為福,故曰家受其福。○其,汲古作行,依宋元本。
《巽》が《中孚》に変わる。林辞は言う:茅草で苫頂した屋と草を編んで席とするを以て、我が文徳を推崇す。旗には日・月・星の三辰を画き、一家人は皆福気を承ける——倹朴に徳を修めて福を得る吉象である。「三辰旂旗」は《左伝》桓公二年に出て、旗に日月星を繪し、以て光明を昭示す。尚秉和の解説:中孚は兌が下で巽が上で、上体巽は茅草を主り、三・四・五爻は互体して艮を成し、艮は屋宇を主るので「茆屋」と言う。二・三・四爻は互いに震を成し、震は席を主り、巽は繩結を主るので「結席」と言う。艮は推崇を主り、また「我」を主り、震は徳を主り、合して「崇我文徳」と成る。震はまた旗幟・星辰を主り、その卦数は三なので「三辰旗旗」と言う。艮は家宅を主り、震は福を主り、そこで「家受其福」となる。校記:「其」の字は汲古閣本で「行」と作り、ここは宋・元本に依る。
小過。羅網四張,鳥無所翔。征伐困極,飢窮不食。巽為繩,故曰羅網。震為張,卦數四,故曰四張。艮為鳥,止於網下,故曰鳥無所翔。震為征伐,互大坎為勞,故曰困極。伏大離,離虛,故曰飢。兌為食,艮止,故不食。○四,汲古作一,所亦作一,茲依宋元本。
《巽》が《小過》に変わる。林辞は言う:羅網は四面に張られ、鳥は飛ぶ所がない。兵を出して征伐して困頓極まりに至り、飢餓窮乏して飯がない——進退に路なき凶象である。尚秉和の解説:小過は艮が下で震が上で、二・三・四爻は互体して巽を成し、巽は繩索を主るので「羅網」と言う。上体震は張設を主り、震の卦数は四なので「四張」と言う。下体艮は鳥を主り、鳥は網下に拦えられるので「鳥無所翔」と言う。震はまた征伐を主る。小過の通体は両陰が下・両陽が中・両陰が上に居り、正に坎を放大して看る「大坎」で、坎は労苦を主るので「困極」と言う。その伏象(旁通の卦中孚)の通体は放大した離すなわち「大離」で、離の卦徳は中虚なので「飢」と言う。三・四・五爻は互いに兌を成し、兌は飲食を主り、艮は止まり動かないので「不食」と言う。校記:「四」の字は汲古閣本で「一」、「所」の字は汲古閣本も「一」と作り、ここはいずれも宋・元本に依る。
既濟。天成地安,積石為山。潤洽萬里,人賴其歡。乾坤爻皆當位,故曰天成地安。三半艮,故曰積石為山。坎為潤洽,半震為歡。○首句宋元本作天城地安,茲依汲古。汲古洽訛給。又按:此林似用兌象。
《巽》が《既済》に変わる。林辞は言う:天道は成就し大地は安寧し、石を堆積して高山を壘成す。潤沢は万里の遠きに遍く及び、人人それに倚頼して歓楽す——各々その位を得て沢が遠方に及ぶ吉象である。尚秉和の解説:既済の六爻は陽は陽位に居り陰は陰位に居り、一爻も位に当たらないがないので「天成地安」と言う。この卦は艮の「半象」を見る——半象はただ両爻を取り、某卦の一半と看做し、卦形は完足しない。艮は石・山を主るので「積石為山」と言う。上体坎は潤沢を主るので「潤洽」と言う。また震の半象を見、震は歓楽を主るので「人賴其歓」と言う。校記:首句は宋・元本で「天城地安」と作り、ここは汲古閣本に依る。汲古閣本は「洽」の字を「給」と訛る。尚氏はまた按す:この条の林辞は併せて兌象を兼用したようである。
未濟。銅人鐵柱,暴露勞苦。終月卒歲,無有休止。此用兌象。伏艮為銅鐵、為柱,伏坎為勞苦。艮為終、為時,故曰終月卒歲。艮為休止,艮伏,故曰無。
《巽》が《未済》に変わる。林辞は言う:銅で铸た人像と鉄で铸た柱は、長年外に露されて風に吹かれ日に晒され、労苦に堪えない。一月また一月・一年また一年と、停歇する時がない——長く役を服して休まない象である。尚秉和は取象を重出せず、詳しく本書の「咸之豫」の条に見よと注明す。
渙 第五十九
渙。望幸不到,文章未就。王子逐兔,犬踦不得。詳《謙》之《既濟》。王,汲古作羊,非,依元本。
《渙》は依然《渙》である。以下の一段は「渙之第五十九」に属し、本卦はみな渙で、この条の之卦は本卦と相同じい。林辞は言う:君王の臨幸を盼っても、終に待って来ない。文采辞章も書き成されず。王子が出て兎を追い、狗はまた脚が跛で、終ぞ捉えられなかった——盼う所が落空する象である。「踦」は脚が跛むこと。尚秉和は取象を重出せず、詳しく本書の「謙之既済」の条に見よと注明す。校記:「王」の字は汲古閣本で「羊」と作るが誤り、ここは元本に依る。
乾。猋風阻越,車馳揭揭。棄古追思,失其和節,憂心惙惙。詳《需》之《小過》。第三句汲古作棄名追亡,元本作棄古退思,茲依宋本。又揭揭,汲古訛竭竭,依宋元本。
《渙》が《乾》に変わる。林辞は言う:暴風が越地へ往く路を阻み、車は飛馳して顛簸揺蕩す。旧日の成法を拋き去って遐慕を追い、応有の和順節度を失い、惙惙として心憂しく安んぜない——険を行き度を失する凶象である。「猋風」は暴風で、「掲掲」は高く揚げ疾行するを形容し、「惙惙」は憂愁不安で、《詩・召南・草虫》の「憂心惙惙」に本づく。尚秉和は取象を重出せず、詳しく本書の「需之小過」の条に見よと注明す。校記:第三句は汲古閣本で「棄名追亡」、元本で「棄古退思」と作り、ここは宋本に依る。「掲掲」は汲古閣本で「竭竭」と訛り、ここは宋・元本に依る。
坤。蛇得澤草,不憂危殆。此用渙象。巽為蛇,震為草,草在坎中,故曰澤草。坎為危殆,震解,故不危。
《渙》が《坤》に変わる。林辞は言う:蛇は水沢辺の草叢を見出し、危険を憂うるに及ばない——拠る所を得て禍を免れる吉象である。尚秉和の解説:之卦の坤は純陰で、これらの卦象を取出せないので、この条は本卦渙の象を用いる。渙は坎が下で巽が上で、上体巽は蛇を主る。二・三・四爻は互体して震を成し、震は草を主り、草は下体の坎水の中に長ずるので「沢草」と言う。坎は危殆を主るが、震の卦徳は解散で、険難は解かれたので「不憂危殆」と言う。
屯。兩犬爭鬬,股瘡無處。不成仇讎,行解卻去。互艮為犬,正反艮,故曰兩犬爭鬥。艮為節、為瘡,巽為股,巽伏,故曰股瘡無處。坎為仇,巽為隙,震解,巽伏,故曰不仇、曰解隙。○卻,同隙,宋元本作邪,汲古作卻,依局本。
《渙》が《屯》に変わる。林辞は言う:二匹の狗が互相に撕咬し、大腿には咬まれて完き処がない。終に死仇を結ばず、散開の後すなわち嫌隙を解開した——争ってまた和する象である。尚秉和の解説:屯は震が下で坎が上で、三・四・五爻は互体して艮を成し、艮は狗を主る。下体震は正に艮の倒転で、一正一反の二つの艮が相対するので「両犬争闘」と言う。艮は節・瘡を主り、巽は大腿を主るが、巽は伏して見えないので「股瘡無処」、傷処は遍在して一塊の好肉を見出せない。上体坎は仇讐を主り、巽は嫌隙を主り、震の卦徳は解で、巽はまた伏すので、仇を成さずと言い嫌隙を解くと言う。校記:「却」と「隙」は同じ字で、宋・元本で「邪」、汲古閣本で「却」と作り、ここは清代の官書局本に依る。
蒙。因禍受福,喜盈其室,求事皆得。坤為禍,震為福喜,艮為室,坤多,故曰喜盈其室。
《渙》が《蒙》に変わる。林辞は言う:一場の禍事に因ってかえって福を得て、喜気は屋中に満ち、求める事は様様願いに叶う——禍を転じて福と成す吉象である。尚秉和の解説:蒙は坎が下で艮が上で、三・四・五爻は互体して坤を成し、坤は禍を主る。二・三・四爻は互いに震を成し、震は福・喜を主る。上体艮は屋室を主り、坤はまた众多を主るので「喜盈其室」と言う。
需。江有寶珠,海多大魚。亟行疾去,可以得財。乾為江河、為玉,故曰寶珠。伏坤為海、為魚、為疾、為財。○有,宋元本作多,亟疾作疾亟,依汲古。
《渙》が《需》に変わる。林辞は言う:江に宝珠があり、海に大魚が多い。早く身を動かし疾く前へ往けば、すなわち財貨を得られる——時に乗って利を求める吉象である。尚秉和の解説:需は乾が下で坎が上で、下体乾は江河を主り、また玉を主るので「宝珠」と言う。需の伏象(旁通の卦晋)の下体は坤で、坤は海・魚を主り、また急速・財貨を主る。校記:「有」の字は宋・元本で「多」、「亟行疾去」は宋・元本で「疾亟」と作り、ここは汲古閣本に依る。
訟。三牛生狗,以戌為母。荊夷上侵,姬伯出走。詳《坤》之《震》。三牛,宋元本作三年,依汲古。
《渙》が《訟》に変わる。林辞は言う:三頭の牛が狗を生み、地支で狗に属する戌を以て母と認める。荊楚の蛮夷は上へ侵犯し、姬姓の伯主は出奔逃亡す——名分が錯乱し上下が序を失う凶象である。尚秉和は取象を重出せず、詳しく本書の「坤之震」の条に見よと注明す。校記:「三牛」は宋・元本で「三年」と作り、ここは汲古閣本に依る。
師。安息康居,異國穹廬。非君習俗,使伯憂惑。詳《蒙》之《比》。末句宋元本作使伯心憂,茲依汲古。惑與俗韻,憂不協。
《渙》が《師》に変わる。林辞は言う:安息・康居これらの異邦は、住むは穹頂の氈帳である。あそこはあなたの熟悉した風俗ではなく、伯主たるの人を憂愁困惑せしむ——異域に身を処して安んぜない象である。安息は今のイラン一帯にあり、康居は今の中央アジアのシル川流域にあり、いずれも漢代の西域の大国である。尚秉和は取象を重出せず、詳しく本書の「蒙之比」の条に見よと注明す。校記:末句は宋・元本で「使伯心憂」と作り、ここは汲古閣本に依る——「惑」は「俗」と押韻し、「憂」と作ればすなわち協わなくなる。
比。行觸天罡,馬死車傷。身無聊賴,困窮乏糧。《參同契》二月榆魁臨於卯,麥生,天罡據西。注:天罡,即北斗。睽之漸曰:魁罡所當,初為敗殃,是天罡所指之處亡也。艮為星,故曰天罡。艮卦數七,北斗七星,象尤切也。坤為車馬、為死傷、為身、為窮乏,震為糧,震覆,故曰乏糧。○罡,汲古訛綱,局本又訛網,依宋元本。
《渙》が《比》に変わる。林辞は言う:出行して天罡の指す方位を衝犯し、馬は死に車も壊れた。身は依る所がなく、窮して口粮が絶えた——凶方を犯し来る大凶象である。尚秉和の解説:《周易参同契》は二月の楡莢が落る時に斗魁は卯位を指し麦子は萌生し、天罡は西方に指据ると講ず。注家は天罡はすなわち北斗と言う。本書の「睽之漸」の条は「魁罡所当、初為敗殃」と言い、見るに斗魁・天罡の指す方位は敗亡を主る。比は坤が下で坎が上で、三・四・五爻は互体して艮を成し、艮は星を主るので「天罡」と言う。艮の卦数は七で、北斗はちょうど七星で、取象は尤も貼切である。下体坤は車馬・死傷を主り、また身・窮乏を主る。震は粮を主るが、この卦に見えるは艮で、艮は正に震を倒転して成る覆象で、震は本身見えないので「乏粮」と言う。校記:「罡」の字は汲古閣本で「綱」と訛り、清代の官書局本はまた「網」と訛り、ここは宋・元本に依る。
小畜。裸裎逐狐,為人觀笑。牝雞司晨,主母亂門。詳《大有》之《咸》。母,元本作作,非。
《渙》が《小畜》に変わる。林辞は言う:裸の身で狐狸を追い、人に囲んで見られ取笑される。母鶏は公鶏に代わり暁を報じ、主母は門戸を把持した——内外が序を失い家道が顛倒する凶象である。「牝鶏司晨」は《尚書・牧誓》に出て、武王は商紂がただ婦人の言を聴くを数え上げ、後世は借りて婦人が政を乱すを比喻す。尚秉和は取象を重出せず、詳しく本書の「大有之咸」の条に見よと注明す。校記:「母」の字は元本で「作」と作るが誤り。
履。為季求婦,家在東海。水長無船,不見所歡。詳《屯》之《蹇》。
《渙》が《履》に変わる。林辞は言う:小児子に親を求めるが、女家は東海辺に住む。水面は遼濶でまた船もなく、終に愛する所の人に見えない——隔絶して成り難い象である。尚秉和は取象を重出せず、詳しく本書の「屯之蹇」の条に見よと注明す。
泰。男女合室,二姓同食。婚姻孔云,宜我多孫。乾男坤女,伏艮為室,乾坤交,故曰合室。坤為姓,兌為食,兌卦數二,故曰二姓同食。震為嫁,故曰婚姻。伏艮為孫。○末句元本作宜室我家,茲依宋本、汲古。
《渙》が《泰》に変わる。林辞は言う:男女は家を成して同室し、両姓は一同に宴飲す。姻親の往来は極めて親厚で、我が家はこれによって子孫众多——婚姻和美・家道蕃衍の吉象である。「婚姻孔云」は《詩・小雅・正月》に本づき、姻族の周旋親近を形容す。尚秉和の解説:泰は乾が下で坤が上で、乾は男を主り坤は女を主る。泰の伏象(旁通の卦否)の中に艮を互出し、艮は屋室を主り、乾坤は上下交通するので「合室」と言う。坤は姓氏を主り、二・三・四爻は互体して兌を成し、兌は飲食を主り、兌の卦数は二なので「二姓同食」と言う。三・四・五爻は互いに震を成し、震は嫁娶を主るので「婚姻」と言う。伏象の中の艮はまた孫を主る。校記:末句は元本で「宜室我家」と作り、ここは宋本と汲古閣本に依る。
否。太微帝室,黃帝所直。藩屏周衛,不可得入。常安長在,終無禍患。太微,即紫微。《史記天官書》中宮天極星,其一明者,太一常居也。注云:紫微大帝室,太微帝室者,言紫微垣為天帝之中宮也。《天官書》又云:填星中央土,主季夏日戊己,黃帝主德。茲曰黃帝所直。黃帝,即軒轅星,言黃帝直中宮。中宮,即中央。藩屏周衛者,《天官書》太一旁三星三公,後句四星未大星正妃餘三星後宮之屬環之,匡衛十二星藩臣皆曰紫宮,言各星藩衛太微,周環紫宮,故曰不可入也。否互艮為星,而與乾連,乾為帝,艮為室,故曰帝室。坤為黃、為直,故曰黃帝所直。艮為屏藩、為衛,艮堅,故不得入。○長在,宋元本作常存,茲依汲古。
《渙》が《否》に変わる。林辞は言う:太微垣は天帝の宮室で、黄帝の星は正にその位に当たる。四周の藩籬護衛は層層に環繞し、外人の入る由なし。これによって長く安穏で、終始禍患なし——中に居り衛を受け安く磐石のごとき吉象である。尚秉和の解説:ここに言う太微はすなわち紫微である。《史記・天官書》は中宮の天極星のうち最も明亮なあの一顆は、太一の常に居る処と言い、注解はこれを紫微大帝の室と称す。いわゆる「太微帝室」は、すなわち紫微垣は天帝の中宮と言う。《天官書》はまた填星(土星)は中央に居り土に属し、季夏と戊己の日を主り、黄帝がその徳を主ると言うので、林辞は「黄帝所直」と言う——黄帝はすなわち軒轅星で、黄帝の星が正中宮に居ると言い、中宮はすなわち中央である。「藩屏周衛」に至っては、《天官書》は太一星の傍の三顆星は三公で、後に鈎状に排列する四星のうち末の一顆大星は正妃(底本の「未大星」の「未」は当に「末」の字の訛り)、その余の三星は後宮に属し、また匡衛十二星は藩臣で、この一片は合わせて紫宮と称す。衆星は太微を環拱し紫宮を周繞するので、外人は入り得ないと言う。卦象に就ては、否の二・三・四爻は互体して艮を成し、艮は星を主り、これは上体の乾と相連なり、乾は天帝を主り、艮は宮室を主るので「帝室」と言う。下体坤は黄色を主り、また当直を主るので「黄帝所直」と言う。艮は藩屏・守衛を主り、艮はまた堅固なので「不可得入」と言う。校記:「長在」は宋・元本で「常存」と作り、ここは汲古閣本に依る。
同人。齎金觀市,欲買騮子。猾偷竊發,盜我黃寶。乾為金,互巽為市,下離,故曰觀市。乾為馬,伏震為子,故曰騮子。巽為盜、為偷竊,離為黃,乾為金玉,故曰黃寶。
《渙》が《同人》に変わる。林辞は言う:銭財を帯びて市に行き察看し、一匹の騮馬を買おうとする。狡猾な小偷が暗に手を下し、我が黄金珍宝を偷い去った——利を求めてかえって竊に遭う凶象である。「騮」は赤身黒鬃の良馬である。尚秉和の解説:同人は離が下で乾が上で、上体乾は金を主る。二・三・四爻は互体して巽を成し、巽は市集を主り、下体離は看見を主るので「観市」と言う。乾はまた馬を主り、同人の伏象(旁通の卦師)の中に震を互出し、震は子を主り、合して「騮子」と成る。巽は盗賊・偷窃を主る。離は黄色を主り、乾は金玉を主るので「黄宝」と言う。
大有。三人俱行,欲歸故鄉。望邑入門,拜見家親。此用渙象。震為人,數三,故曰三人。震為行、為歸,艮為鄉邑、為門、為拜、為家、為觀,故曰望。○人,汲古作思,依宋元本。親,宋元本作歡,依汲古。
《渙》が《大有》に変わる。林辞は言う:三人が同じく路に上り、皆故郷に帰りたいと思う。城邑を望見れば門に入り、家中の親人を拜見す——郷に帰り団聚する吉象である。尚秉和の解説:この条は本卦渙の象を用いる。渙の二・三・四爻は互体して震を成し、震は人を主り、その卦数は三なので「三人」と言う。震はまた行走・帰返を主る。三・四・五爻は互いに艮を成し、艮は郷邑・門戸・下拜・家宅を主り、また観望を主るので「望」と言う。校記:「人」の字は汲古閣本で「思」と作り、ここは宋・元本に依る。「親」の字は宋・元本で「歓」と作り、ここは汲古閣本に依る。
謙。娶於姜呂,駕迎新婦。少齊在門,夫子悅喜。詳《否》之《渙》。
《渙》が《謙》に変わる。林辞は言う:姜姓呂氏の家に向かって娶り、車に駕って新婦を迎える。年少の斉女はすでに門前に至り、夫たるは満心歓喜す——婚娶して偶を得る吉象である。斉国は姜姓呂氏の国なので、「姜呂」はすなわち斉女を指す。尚秉和は取象を重出せず、詳しく本書の「否之渙」の条に見よと注明す。
豫。伯仲旅行,南求大牂。長孟病足,倩季負糧。柳下之寶,不失我邦。震為伯,坎為仲、為眾,故曰旅行。旅,眾也。震為南,艮為求,伏兌為羊,故曰大牂。震為長、為孟、為足,互坎,故曰病足。《家語》叔梁紇施氏生九女,其妾生孟皮,孟皮病足。長孟即謂孟皮也。艮為季、為負,伏巽為糧,故曰負糧。季,季路也。《家語》子路為親負米百里之外。震為柳,坤下,故曰柳下。艮為邦。事詳《同人》之《豐》。○長孟,汲古作孟長,依宋元本。寶,各本皆作貞,依《同人》之《豐》校。我邦,宋元本作驪黃。獨汲古存其真,於事實皆切。糧,各本皆作囊,獨汲古《革》之《恆》作糧,故依校。
《渙》が《豫》に変わる。林辞は言う:伯と仲は伴を結び群れて出行し、南へ肥えた母羊を求めに行く。長兄の孟皮は脚に病があり、すなわち季路に請うて彼に代わって粮を負わせる。柳下恵のような国宝が有れば、我が邦国は淪喪に至らない——衆行に助けあり賢を頼みて国を保つ象である。尚秉和の解説:豫は坤が下で震が上で、上体震は伯を主る。三・四・五爻は互体して坎を成し、坎は仲を主り、また众多を主るので「旅行」と言う——「旅」はすなわち衆である。震はまた南方を主り、二・三・四爻は互いに艮を成し、艮は尋求を主る。豫の伏象(旁通の卦小畜)の中に兌を互出し、兌は羊を主るので「大牂」と言い、牂はすなわち母羊である。震は長・孟・足を主り、互体して坎を成し陥なので「病足」と言う。《孔子家語》は叔梁紇が施氏を娶り九人の女児を生み、彼の妾は孟皮を生み、孟皮は脚に病ありと記し、「長孟」の言うは正に孟皮である。艮は季・背負を主り、伏象の中の巽は粮を主るので「負粮」と言う——「季」は季路を指し、《孔子家語》は子路が両親を奉養するため百里以外に米を負いに行ったと記す。震は柳樹を主り、坤はその下にあり、だから「柳下」と言う。艮は邦国を主る。柳下恵は魯の大夫展禽で、柳下に居し、諡は恵、守信を以て著しく、斉人は魯国の岑鼎を索め、彼の一言を得てやっと信じ肯んじ、魯国はこれによって保全を得た、事は詳しく本書の「同人之豊」の条に見よ。校記:「長孟」は汲古閣本で「孟長」と作り、ここは宋・元本に依る。「宝」の字は各本とも「貞」と作り、「同人之豊」の条に依って校改す。「我邦」は宋・元本で「驪黄」と作り、独り汲古閣本だけが原貌を保ち、史事とも皆貼切である。「粮」の字は各本とも「囊」と作り、独り汲古閣本の「革之恒」の条が「粮」と作すので、これに拠って校改す。
隨。潔身白齒,衰老復起。多孫眾子,宜利姑舅。艮為身,兌為齒,巽白,故曰潔身白齒。艮為壽,故曰衰老。下卦艮覆為震,故曰衰老復起。艮為孫,震為子,巽為姑,震為舅。
《渙》が《随》に変わる。林辞は言う:身は清潔で歯は潔白で、衰老の人は重ねて振作し起き上がる。子孫众多で、公婆舅姑に皆利がある——老いてまた壮んになり家門が興旺する吉象である。尚秉和の解説:随は震が下で兌が上で、二・三・四爻は互体して艮を成し、艮は身を主る。上体。上体兌は歯を主る。三・四・五爻は互いに巽を成し、巽は白色を主るので「潔身白歯」と言う。艮はまた長寿を主るので「衰老」と言う。下体震は正に艮の倒転で、艮を覆せばすなわち震と成り、震は動・起を主るので「衰老復起」と言う。艮は孫を主り、震は子を主り、巽は姑を主り、震はまた舅を主るので「宜利姑舅」と言う。
蠱。獨宿憎夜,嫫母畏晝。平王逐建,荊子憂懼。巽為寡,巽伏,故曰獨宿。互大坎為夜、為憎,巽為母,兌魯,故曰嫫母。互大離,故曰畏晝。坎為平,震為王、為逐、為建,言楚平王逐太子建也。震為子、為草莽,故曰荊子。○憎,與下畏對文,汲古作深,雖與大坎象切,於文終不適,故依宋元本。獨宿無耦,故憎夜長;嫫母貌醜,故畏晝見。
《渙》が《蠱》に変わる。林辞は言う:独り寝る人は長夜を厭恨し、貌の醜い嫫母は白天を怕れる。楚の平王は太子建を駆逐し、楚国の公子は憂懼して安んぜない——孤醜にして安んぜず骨肉が相疑う凶象である。嫫母は相伝に黄帝の妃で、貌の醜きを以て著す。尚秉和の解説:蠱は巽が下で艮が上で、巽は孤寡を主り、巽は伏して顕れないので「独宿」と言う。この卦は「大坎」を互出し、坎は夜・憎悪を主る。巽は母を主り、兌は粗鲁の象ありなので「嫫母」と言う。また「大離」を互出し、離は白日を主るので「畏昼」と言う。坎は平を主り、三・四・五爻は互体して震を成し、震は王・駆逐・建立を主るので、言うは楚の平王が太子建を駆逐した一事で、《左伝》昭公十九年・二十年に見える。震はまた子・草莽を主り、楚地は草莽多しなので「荊子」と称す。校記:「憎」の字は下句の「畏」と正に相対して文を成し、汲古閣本は「深」と作り、大坎の象と合するが、文理には終に妥ならず、だから宋・元本に依る。尚氏は併せて申説す:独宿は配偶なきので夜長を厭恨し、嫫母は相貌醜悪なので白日の現形を怕れる。
臨。追亡逐北,至山而得。稚叔相呼,反其室廬。依《需》之《渙》校。各本下三句皆作呼還幼叔,至山而得,復歸其室。
《渙》が《臨》に変わる。林辞は言う:逃亡の人を追捕し敗走の兵を追撃し、ずっと山里に追い至ってやっと捉えた。年幼の叔輩は彼此相呼び、自分の屋舍に帰った——追いて獲あり失してまた帰る象である。尚秉和は本書の「需之渙」の条に依ってこの条の文字を校訂す。校記:各本の後三句は皆「呼還幼叔、至山而得、復帰其室」と作る。
觀。鳥飛無翼,兔走折足。雖欲會同,未見其功。震為翼、為足、為兔,震覆,故無翼,故折足。艮為鳥。由此證《明夷》初爻之垂其翼,以六四震為翼,諸家以離為翼,皆非。○見其,宋元本作得醫,茲依汲古。
《渙》が《観》に変わる。林辞は言う:鳥は飛ぼうとするも翅膀なく、兎は走ろうとするも脚を折った。聚合して事を共にせんと欲すれども、到头に一点の功效も見えない——意あれど力なき凶象である。尚秉和の解説:震は翅膀・脚・兎を主るが、観の二・三・四爻の互出すは艮で、艮は正に震を倒転して成る覆象で、震は本身見えないので「無翼」と言い「折足」と言う。艮はまた鳥を主る。尚氏はこれによって推証す:《明夷》初九爻辞の「明夷于飛、垂其翼」の「翼」は、取るは六四を含み互成の震で、諸家が離を以て翼とするは皆誤り。校記:「見其」は宋・元本で「得医」と作り、ここは汲古閣本に依る。
噬嗑。抱空握虗,鴞驚我雛,利去不來。詳《離》之《家人》。去來,汲古作出成,依宋元本。
《渙》が《噬嗑》に変わる。林辞は言う:抱えるは空で握るは虚で、猫頭鷹が我が雛鳥を驚嚇し、利益は一去して回頭しない——空手にして落空する凶象である。「虗」はすなわち「虚」の字で、「鴞」は猫頭鷹で、古人は悪鳥と視た。尚秉和は取象を重出せず、詳しく本書の「離之家人」の条に見よと注明す。校記:「去来」は汲古閣本で「出成」と作り、ここは宋・元本に依る。
賁。山作大池,陸地為海。艮為山、為陸地,坎為池、為海,汲古多各得其所四字,宋元本無。大,宋元本作天,依汲古。
《渙》が《賁》に変わる。林辞は言う:高山は変じて大池と作り、陸地は化して海洋と成った——形勢が翻覆し面目が全非となる象である。尚秉和の解説:賁は離が下で艮が上で、上体艮は山を主り、下体離は火・夏を主り、水に対するはすなわち池で、陸に対するはすなわち海である。
剝。為虎所囓,泰山之陽。眾多從者,莫敢救藏。艮為虎,伏兌為囓,艮為山,納丙,故曰山陽。坤為眾多,丁雲事見檀弓。按:檀弓記孔子過泰山,謂苛政猛於虎,於此亦不甚合。
《渙》が《剥》に変わる。林辞は言う:泰山の南面で虎に咬傷された。随行の人は多いが、敢えて前に進み救い蔵護する者が一人もない——険に遇って援なき凶象である。尚秉和の解説:剥は坤が下で艮が上で、上体艮は虎を主る。剥の伏象(旁通の卦夬)の上体は兌で、兌は咬嚙を主る。艮はまた山を主り、艮は納甲の法に按ずれば丙を納め、丙は火に属し、火は陽を主るので「山之陽」と言う。下体坤は众多を主る。丁晏はこの事は《礼記・檀弓》に見えると言う。尚氏の按語:《檀弓》は孔子が泰山を過ぎて、婦人が一家が相続いで虎口に死したと哭訴するを聴き、これによって苛政は虎よりも凶猛なりと嘆じたと記すが、この条の林辞と実はあまり吻合しない。
復。逶迤四牡,思歸念母。王事靡盬,不得安處。詳《旅》之《漸》。
《渙》が《復》に変わる。林辞は言う:四匹の公馬が車を挽いて迤邐と行き、一路は家に帰りたいを思い母を懸念す。王家の差事は果てなく、一刻の安身歇息も得られない——行役労苦の象である。この数句は《詩・小雅・四牡》に本づき、「靡盬」はすなわち休止なしである。尚秉和は取象を重出せず、詳しく本書の「旅之漸」の条に見よと注明す。
無妄。獮猴所言,語無成全。誤我白馬,使乾口來。艮為獮猴,震言,乾馬,巽色白,故曰白馬。震為口,艮火,故曰乾口。
《渙》が《无妄》に変わる。林辞は言う:獮猴の口から出た言は、一句も事を成せるがない。我が白馬を誤り、我を害って徒らに口を説いて舌が乾くまで言わせた——言に実なく徒らに唇舌を費やす凶象である。尚秉和の解説:无妄は震が下で乾が上で、二・三・四爻は互体して艮を成し、艮は獮猴を主る。下体震は言語を主る。上体乾は馬を主り、三・四・五爻は互いに巽を成し、巽は白色を主り、合して「白馬」と成る。震はまた口を主り、艮は納甲に按ずれば火に属し、火は物を燥がせるので「乾口」と言う。
大畜。飛不遠去,卑斯內侍,祿養豐富。詳《豐》之《渙》。斯,汲古作廝,非。
《渙》が《大畜》に変わる。林辞は言う:飛んでも遠くまで行けず、ただ近処にあるのみ。卑微の内侍を做るが、俸禄供養はなお豊厚である——位は卑しくも禄は薄からざる象である。尚秉和は取象を重出せず、詳しく本書の「豊之渙」の条に見よと注明す。校記:「斯」の字は汲古閣本で「厮」と作るが誤り。
頤。大尾細要,重不可搖。陰權制國,平子逐昭。艮為尾,震為大,故曰大尾。坎為腰,今中爻皆陰,故曰細腰。《莊子》細要者化。謂蜂也。坤為重,震為搖,艮止,故不可搖。坤為國,伏巽為權,故曰陰權制國。坤為平,震為子、為逐,震為光明,故曰平子逐昭。○要,汲古作,非,依宋元本。西漢時多作要,故知要為本字,是後人所改。
《渙》が《頤》に変わる。林辞は言う:尾は粗大で腰は細小で、沉重にして揺撼し動かせない。陰柔の権臣が国政を把持し、季平子は魯の昭公を駆逐した——尾大きくして掉えず権が下に移る凶象である。尚秉和の解説:頤は震が下で艮が上で、上体艮は尾を主り、下体震は大を主るので「大尾」と言う。坎は腰を主り、今は中間の四爻は皆陰爻なので「細腰」と言う。《荘子》は細腰の虫が化育すると言い、指すは蜂である。坤は沉重を主り、震は揺動を主り、艮は止まり動かないので「重不可揺」と言う。坤はまた国を主り、頤の伏象(旁通の卦大過)の下体は巽で、巽は権柄を主り、陰柔が権を当たるので「陰権制国」と言う。坤は平を主り、震は子・駆逐を主り、震はまた光明を主り、合して「平子逐昭」と成る——魯国の季平子が昭公を駆逐した事は《左伝》昭公二十五年に見える。校記:「要」の字は汲古閣本で別の一字(底本はここで脱去)、誤り、ここは宋・元本に依る。西漢の時は腰は多く「要」と写すので、見るに「要」は本字で、後に人に改められた。
大過。旦生夕死,名曰嬰鬼,不可得祀。詳《小畜》之《升》。祀,宋元本訛視,依汲古。
《渙》が《大過》に変わる。林辞は言う:朝に生まれ、暮れに死す、このような孩児は嬰鬼と呼ばれ、祭祀すら彼に及ぼせない——早夭して嗣なき凶象である。古礼は未だ成人せずして死するは宗廟の常祀に入れずなので「不可得祀」と言う。尚秉和は取象を重出せず、詳しく本書の「小畜之升」の条に見よと注明す。校記:「祀」の字は宋・元本で「視」と訛り、ここは汲古閣本に依る。
坎。子畏於匡,困於陳蔡。明德不危,竟免厄害。坎為畏,艮邑,故曰匡。坎為困,震為陳、為蔡、為德,艮為光明,故曰明德。坎為困厄,震解,故曰危。○厄,元本作危,非,依汲古。
《渙》が《坎》に変わる。林辞は言う:孔子は匡地で驚き囲まれ、陳・蔡の間で糧を絶たれて困えられた。徳行の光明ある人は真に傾危せず、ついに厄難禍害を免れた——険を履んで安んずる吉象である。尚秉和の解説:坎は畏惧を主り、三・四・五爻は互体して艮を成し、艮は城邑を主るので「匡」と言う。坎はまた困を主り、二・三・四爻は互いに震を成し、震は陳・蔡を主り、また徳を主り、艮は光明を主り、合して「明徳」と成る。坎は困厄を主るが、震の卦徳は解で、険難は解を得るので、危くないと言う(底本は「故曰危」と作るが、文義に按ずれば当に「故不危」と作る)。校記:「厄」の字は元本で「危」と作るが誤り、ここは汲古閣本に依る。
離。畏昏潛處,候時昭朗。卒逢白日,為世榮主。詳前。昭朗,元本作朗昭,依汲古。
《渙》が《離》に変わる。林辞は言う:黒暗を怕れて潜蔵し、光明の時節を静かに待つ。ついに白日の空に当たるを待ち得て、一世の栄顕の主人と成った——韜晦して時を待ち終に顕達を得る吉象である。尚秉和の注明:取象は前文の林辞の相同じいあの条に見よ。校記:「昭朗」は元本で「朗昭」と作り、ここは汲古閣本に依る。
咸。白鳥銜鉺,鳴呼其子。旋枝張翅,來從其母。詳《晉》之《震》。旋枝,宋元本作旋翼,依汲古。
《渙》が《咸》に変わる。林辞は言う:白鳥は食餌を銜え、自分の雛を呼喚す。雛鳥は樹枝を繞り翅膀を張り、飛んで母鳥に跟い来る——母子相依の吉象である。「鉺」はすなわち「餌」で、食物を指す。尚秉和は取象を重出せず、詳しく本書の「晋之震」の条に見よと注明す。校記:「旋枝」は宋・元本で「旋翼」と作り、ここは汲古閣本に依る。
恆。宮商角徵,五音和起。君臣父子,弟順有序。唐虞龍德,國無災咎。伏坤,故曰宮。兌秋,故曰商。巽居巳,故屬夏。樂書徵配夏,《月令》孟春之月,其音角,故震為角。宮商角徵,皆卦象也。震為音,巽卦數五,故曰五音。震為君,伏艮為臣,乾父震子,故曰君臣父子。巽順,故曰悌。震為帝,故曰唐虞。伏坤為國。
《渙》が《恒》に変わる。林辞は言う:宮・商・角・徴の各声は斉備し、五音は和諧に奏鳴す。君臣には分あり父子には親あり、兄弟は恭順して長幼に序あり。まるで唐堯虞舜の盛徳のごとく、国中に災禍過咎なし——綱紀整粛・上下和順の大吉象である。尚秉和の解説:恒の伏象(旁通の卦益)の中に坤があり、坤は中央に居り土に属するので宮声に配す。三・四・五爻は互体して兌を成し、兌は秋を主るので商声に配す。下体巽は十二辰で巳位に居り、巳は夏に属し、《楽書》は徴を以て夏に配するので徴声に配す。《礼記・月令》は孟春の月にその音は角と言い、震は春を主るので震は角声に配す——宮商角徴の四者は皆卦象の上から取出した。震は音を主り、巽の卦数は五なので「五音」と言う。震は君を主り、伏象の中の艮は臣を主り、二・三・四爻は互いに乾を成し、乾は父を主り、震は子を主るので「君臣父子」と言う。巽の卦徳は順なので悌順と言う。震は帝王を主るので「唐虞」と言う。伏象の中の坤は国を主る。
遯。季姬踟躕,望孟城隅。終日至暮,不見齊候。詳《同人》之《隨》。
《渙》が《遯》に変わる。林辞は言う:季姬は徘徊して前に進まず、孟氏の居る城角を望む。白天から日暮まで待って、ついに斉侯に見えなかった——相約して遇わない凶象である。城角で相候して人の至らぬは、正に《詩・邶風・静女》の「俟我于城隅、愛而不見、搔首踟躕」の情景である。尚秉和は取象を重出せず、詳しく本書の「同人之随」の条に見よと注明す。
大壯。鬼哭於社,悲商無後。甲子昧爽,殷人絕祀。詳《大過》之《坤》。
《渙》が《大壮》に変わる。林辞は言う:鬼は社壇の上で号哭し、商朝が後嗣を絶ったを哀傷す。甲子の日の天まさに明けんとする時、殷人の宗祀はこれによって断絶した——亡国して祀を絶つ大凶象である。「甲子昧爽」は《尚書・牧誓》に出て、正に周の武王が牧野で誓師して紂を伐つ時刻である。尚秉和は取象を重出せず、詳しく本書の「大過之坤」の条に見よと注明す。
晉。天之所予,福祿常在,不憂危殆。詳《小畜》之《遯》。之,宋元本作子,依汲古。
《渙》が《晋》に変わる。林辞は言う:これは上天の賜う所で、福禄は長く存し、危険を憂うるに及ばない——天がその福を予う吉象である。尚秉和は取象を重出せず、詳しく本書の「小畜之遯」の条に見よと注明す。校記:「之」の字は宋・元本で「子」と作り、ここは汲古閣本に依る。
明夷。比目四翼,相恃為福。姜氏季女,與君合德。離為目,坤偶,故曰比目。震為翼,卦數四,故曰四翼、為福。伏巽為姜,坎為合,震為君、為德,《左傳桓九年》紀季姜歸於京師,為桓王后。
《渙》が《明夷》に変わる。林辞は言う:比目魚は双を成し翅膀は四羽に湊り、彼此依恃して福気を成就す。姜氏の小女児は君王に嫁ぎ、君と徳行が相合する——配偶が所を得る吉象である。比目魚は相伝に二条が並行してやっと遊動すると言い、古人は以て夫婦の相配を比喻す。尚秉和の解説:明夷は離が下で坤が上で、下体離は目を主り、上体坤は成偶を主るので「比目」と言う。三・四・五爻は互体して震を成し、震は翅膀を主り、その卦数は四なので「四翼」と言い、震はまた福を主る。明夷の伏象(旁通の卦訟)の中に巽を互出し、巽は姜姓を主る。二・三・四爻は互いに坎を成し、坎は合を主る。震は君・徳を主る。《左伝》桓公九年は紀国の季姜が京師に出嫁し、周の桓王の王后と成ったと記し、林辞は正にこの事を用いる。
家人。翕翕,稍崩墮顛。滅其令名,長沒不全。詳《泰》之《謙》。
《渙》が《家人》に変わる。林辞は言う:(首句は底本で一字を脱す)苟且して相附き党同して一気を成し、日に日に崩塌墜落す。美好の名声は毀滅し尽く、長く沈淪して保全を得られない——名は敗れ身は淪す凶象である。「翕翕」は苟合党附の貌を形容し、《詩・小雅・小旻》に「潝潝訿訿」の説法がある。尚秉和は取象を重出せず、詳しく本書の「泰之謙」の条に見よと注明す。
睽。折若蔽目,不見稚叔。三足孤烏,遠去家室。詳《師》之《蒙》。若,汲古作葉,稚作雉,孤烏作飛鳥,均依宋元本。此用渙象。
《渙》が《睽》に変わる。林辞は言う:若木の枝葉を折って眼を遮蔽し、年幼の叔輩を見えない。三羽脚の孤烏は遥遥と家宅を飛び離れた——遮蔽して見を失い親人が離散する凶象である。三足烏は伝説の日中の神鳥である。尚秉和は取象を重出せず、詳しく本書の「師之蒙」の条に見よと注明し、併せてこの条は本卦渙の象を用いると指出す。校記:「若」の字は汲古閣本で「葉」、「稚」は「雉」、「孤烏」は「飛鳥」と作り、ここはいずれも宋・元本に依る。
蹇。羊腸九縈,相推稍前。止須王孫,乃能上天。詳《履》之《師》。
《渙》が《蹇》に変わる。林辞は言う:羊腸の小道は九曲に盤繞し、人々は互相に推擠してやっと一点ずつ前に進む。停下して王孫を等候して、やっと天に登れる——道路艱険・須く貴人の扶助を待つ象である。尚秉和は取象を重出せず、詳しく本書の「履之師」の条に見よと注明す。
解。坤厚地德,蔗物蕃息。平康正直,以綏大福。詳《泰》之《解》。
《渙》が《解》に変わる。林辞は言う:坤徳は深厚で、大地は万物を承載し、衆物は蕃衍生息す。世道は平和安康で、行事は正大して方直なので、これによって大福を安享す——厚徳載物の大吉象である。「蔗物」はすなわち庶物で、万物を指す。「平康正直」は《尚書・洪範》の講ずる三徳の一で、世道が平康ならばすなわち正直を以て治めると謂う。尚秉和は取象を重出せず、詳しく本書の「泰之解」の条に見よと注明す。
損。有莘外野,不逢堯主。復歸窮處,心勞志苦。震為莘。莘,草名也。坤為野,震為主、為帝,故曰堯主。震為歸,坤為心志、為勞苦。鯀取有莘氏女,本在野之人,後堯用以治水。倘鯀不逢堯,則窮老於有莘之野耳。○歸,宋元本作居,依汲古。
《渙》が《損》に変わる。林辞は言う:有莘の郊野に住むが、唐堯のような明主に遇わなかった。やむなく依然として困窮の地に帰り、心力は労瘁し志意は愁苦す——才を懐きて遇わない凶象である。尚秉和の解説:震は莘を主る——莘は一種の草名である。坤は原野を主る。震はまた主宰・帝王を主るので「堯主」と言う。震は帰返を主り、坤は心志を主り、また労苦を主る。鯀は有莘氏の女を娶り、本は在野の人で、後に堯は彼を起用して水を治めしめた。仮使鯀が堯に碰上しなかったら、すなわち有莘の荒野に窮老したであろう。校記:「帰」の字は宋・元本で「居」と作り、ここは汲古閣本に依る。
益。咠長景行,來觀柘桑。土伯有喜,都叔允藏。咠為邑之訛字,《禮檀弓》以吾為邑長於斯也。震為長、為行、為柘桑,艮為觀,故曰來觀柘桑,言邑長出巡也。震為伯,互坤,故曰土伯。土伯,即周禮地官之土訓,土訓掌辨地物而原其生。震樂,故曰有喜。坤為都,艮為叔,故曰都叔。都叔,蓋都士都則之屬。○咠,音緝。篆書作●,而邑篆作●,形近,故邑訛為咠。宋元本作胷,依汲古。士,宋元本作上,汲古作止,依局本。
《渙》が《益》に変わる。林辞は言う:邑長は大道を行き、前に来て柘樹と桑樹を察看す。土伯は心に歓喜を懐き、都叔も確かに収蔵が当を得た——循行して農を勧め上下が職に称う吉象である。尚秉和の解説:「咠」は「邑」の訛字で、《礼記・檀弓》に「吾為邑長于斯」の説法があって証し得る。益は震が下で巽が上で、下体震は長・行走を主り、また柘桑を主る。三・四・五爻は互体して艮を成し、艮は観看を主るので「来観柘桑」と言い、講ずるは邑長の出巡である。震はまた伯を主り、二・三・四爻は互いに坤を成すので「土伯」と言う——土伯はすなわち《周礼》の地官に属する土訓で、土訓は土地の宜する物を辨別し其の生長する所以を推究するを掌る。震は歓楽を主るので「有喜」と言う。坤は都邑を主り、艮は叔を主り、合して「都叔」と成る——都叔はおそらく都士・都則の類の官である。校記:「咠」は緝と読む。篆文の「咠」は●と作り、「邑」の篆文は●と作り、両形は相近いので「邑」は「咠」と訛った。この字は宋・元本で「胷」と作り、ここは汲古閣本に依る。「士」の字は宋・元本で「上」、汲古閣本で「止」と作り、ここは清代の官書局本に依る。
夬。周師伐紂,戰於牧野。甲子平旦,天下大喜。詳《謙》之《噬嗑》。戰,宋元本作勝,依汲古。大,依宋元本,汲古作喜悅。
《渙》が《夬》に変わる。林辞は言う:周朝の軍隊は商紂を討伐し、牧野で交戦す。甲子の日の天まさに明けんとして、天下の人は歓喜せざるなし——暴を除き衆を得る大吉象である。尚秉和は取象を重出せず、詳しく本書の「謙之噬嗑」の条に見よと注明す。校記:「戦」の字は宋・元本で「勝」と作り、ここは汲古閣本に依る。「大」の字は宋・元本に依り、汲古閣本は「喜悦」と作す。
姤。踰江求橘,並得大栗。烹羊食豕,飲酒歌笑。乾為木果,故曰橘、曰栗。乾為河、為江、為大,故曰大栗。伏震為羊,巽為豕,震為歌笑。○豕,宋元本作炙,依汲古。酒,汲古作食,依宋元本。
《渙》が《姤》に変わる。林辞は言う:大江を渡って橘子を求め、大栗子も併せて得た。羊を煮え猪を食し、酒を飲み歌い笑楽す——求めて獲あり飲宴して歓を尽くす吉象である。尚秉和の解説:姤は巽が下で乾が上で、上体乾は樹上の果実を主るので橘と言い栗と言う。乾はまた江河を主り、また大を主るので「大栗」と言う。姤の伏象(旁通の卦復)の下体は震で、震は羊を主る。下体巽は猪を主る。震はまた歌唱笑楽を主る。校記:「豕」の字は宋・元本で「炙」と作り、ここは汲古閣本に依る。「酒」の字は汲古閣本で「食」と作り、ここは宋・元本に依る。
萃。敝笱在梁,魴逸不禁。漁父勞苦,焦喉乾口,虛空無有。第四句宋元本作筐筥乾口,汲古作口焦喉乾,茲依《遯》之《大過》校。
《渙》が《萃》に変わる。林辞は言う:破れた魚簍が魚梁に架かり、鯿魚は溜まって行き拦えて止められない。漁る老人は徒らに一場の辛苦を費やし、喉は焦渴し唇は乾き、到头に両手空空——徒労して獲なき凶象である。「敝笱在梁」は《詩・斉風・敝笱》の成句で、笱は竹編みの捕魚簍で、梁は水を拦えて魚を捕る堰で、魴はすなわち鯿魚である。この条は尚秉和は取象を出さず、校記のみ。校記:第四句は宋・元本で「筐筥乾口」、汲古閣本で「口焦喉乾」と作り、ここは本書の「遯之大過」の条に依って校訂す。
升。生有陰孽,制家非陽。逐送還床,張氏易公。憂禍重凶。送,汲古作受,床作作,公作休,均依宋元本。禍,元本作福,依宋本、汲古。然仍有訛字,故義皆不能通。
《渙》が《升》に変わる。林辞は言う:生まれてすなわち陰間の禍祟があり、家を当たり主るは男子ではない。駆逐遣送の後また床上に帰り、張氏は主人を改換した。憂患災禍は重畳して、一味は凶——家政が顛倒し禍事が相尋く凶象である。尚秉和はこの数句は依然訛字あり、文義は皆講じ通じずと言い、だから校記のみ出して象を解さない。校記:「送」の字は汲古閣本で「受」、「床」の字は「作」、「公」の字は「休」と作り、ここはいずれも宋・元本に依る。「禍」の字は元本で「福」と作り、ここは宋本と汲古閣本に依る。
困。絕域異路,多有畏惡。使我驚懼,思吾故處。詳《漸》之《無妄》。思吾,依校,各本皆作思我。
《渙》が《困》に変わる。林辞は言う:極遠の異域・陌生の道路に走り至り、処処は可怕可憎の事ばかり。我を心驚胆戦せしめて、ただ自分の元の住む処を想念す——羈旅して帰を思う凶象である。尚秉和は取象を重出せず、詳しく本書の「漸之无妄」の条に見よと注明す。校記:「思吾」は他条に依って校改し、各本は皆「思我」と作る。
井。迷行失道,不得牛馬。百賈逃亡,市空無有。坎為失、為隱伏,故曰迷行失道。伏震為行、為道也。艮為牛,震為馬,艮震伏,故不得。巽為市賈,離虛,故曰空。○牛馬,汲古作馬牛,依宋元本。
《渙》が《井》に変わる。林辞は言う:路に迷い方向を找出せず、牛と馬は皆見えなくなった。上百家の商賈は逃散し、市面は空空荡荡——迷失して財を喪い百業が凋敝する凶象である。尚秉和の解説:井は巽が下で坎が上で、上体坎は喪失・陥伏を主るので「迷行失道」と言う。井の伏象(旁通の卦噬嗑)の下体は震で、震は本は行走・道路を主るが、今はただ伏象の中にあるのみ。伏象のうちの艮は牛を主り、震は馬を主り、艮と震は皆伏して見えないので「不得」と言う。下体巽は市集商賈を主り、三・四・五爻は互体して離を成し、離の卦徳は中虚なので「空」と言う。校記:「牛馬」は汲古閣本で「馬牛」と作り、ここは宋・元本に依る。
革。雌鷟生雛,神異興起。乘雲龍騰,民戴為父。通《蒙》。艮為鷟,震為生、為雛、為神、為起。坤為雲,震為龍、為乘、為騰、為父,坤為民,艮為戴。○鷟,宋本、汲古皆作鸑,茲依元本。乘,宋元本訛束,依汲古。
《渙》が《革》に変わる。林辞は言う:雌鳳は雛鳥を生み、神異の物は運に応じて興る。それは雲に乗り空に騰りて竜のごとく、百姓はそれを擁戴して父と作す——聖者が興起し万民が心を帰する大吉象である。「鷟」はすなわち鸑鷟で、鳳凰の類の神鳥である。尚秉和の解説:この条は旁通の象を取る——革の六爻の陰陽を全部翻せば蒙(坎下艮上)と成るので「通《蒙》」と標す。蒙の上体艮は鸑鷟を主る。二・三・四爻は互体して震を成し、震は生育・雛鳥を主り、また神・興起を主る。三・四・五爻は互いに坤を成し、坤は雲を主る。震は竜を主り、乗・騰躍を主り、また父を主る。坤はまた民衆を主り、艮は擁戴を主る。校記:「鷟」の字は宋本と汲古閣本とも「鸑」と作り、ここは元本に依る。「乗」の字は宋・元本で「束」と訛り、ここは汲古閣本に依る。
鼎。疊疊累累,如岐之室。畜一息十,古公治邑。詳《恆》之《小過》。○疊,宋元本作壘,治作始,均依汲古。
《渙》が《鼎》に変わる。林辞は言う:一層また一層・一畳また一畳と、岐山下のあの一片の屋舍のごとし。一頭の牲口を養えば十頭を生じ得、古公亶父はここで城邑を営治した——生聚蕃息の吉象である。古公亶父は周人を率いて岐山の下に遷り、城郭室屋を営建し、周室はこれによって基を奠め、《詩・大雅・緜》と《史記・周本紀》に見える。尚秉和は取象を重出せず、詳しく本書の「恒之小過」の条に見よと注明す。校記:「畳」の字は宋・元本で「塁」、「治」の字は「始」と作り、ここはいずれも汲古閣本に依る。
震。瘡瘍疥瘙,孝婦不省。君多疣贅,四牧作去。互艮多節,故曰瘡瘍疥瘙。瘙,亦瘡也。巽為婦,巽順,故曰孝婦。巽伏,故曰不省。艮為疣贅,震君,故曰君多疣贅。震為馬,卦數四,故曰四牧。震往,故曰去。○瘙,宋元本作搔,非,依汲古。牧去,汲古作時災,不協,依宋元本。
《渙》が《震》に変わる。林辞は言う:身に瘡が生じ癬が長じ疥痒に堪え難く、孝順の媳婦も看視する由なし。主人の身にはまた贅疣が多出て、四匹の馬の挽く車はこれによって去った——疾病纏身・親人遠離の凶象である。「瘙」もまた瘡である。尚秉和の解説:震の二・三・四爻は互体して艮を成し、艮は節疤多きなので「瘡瘍疥瘙」と言う。巽は婦人を主り、巽の卦徳は順なので「孝婦」と言う。この卦では巽は伏して見えないので「不省」すなわち探視に来る人なしと言う。艮はまた贅疣を主り、震は君主を主るので「君多疣贅」と言う。震は馬を主り、その卦数は四なので「四牧」と言う。震は往を主るので「去」と言う。校記:「瘙」の字は宋・元本で「搔」と作るが誤り、ここは汲古閣本に依る。「牧去」は汲古閣本で「時災」と作り、韻と協わず、ここは宋・元本に依る。
艮。羊頭兔足,羸瘦少肉。漏囊敗栗,利無所得。詳《剝》之《恆》。
《渙》が《艮》に変わる。林辞は言う:羊頭に兎脚を配し、瘦骨伶仃として肉が少しもない。口袋はまた漏れ、栗子はなお悪く、一点の利も得られない——名あれど実なき空手して帰る凶象である。尚秉和は取象を重出せず、詳しく本書の「剥之恒」の条に見よと注明す。
漸。孽蔑徙靡,空無誰是。言季不明,樂減少解。字既多訛,義都未解。孽徒,宋元本作孽從,不作子,亦未知孰是。
《渙》が《漸》に変わる。この条の林辞の文字は訛誤が多すぎて、尚秉和は明らかに字はすでに訛多く文義は全然講じ通じずと言い、だから取象を出さず、強いて解釈も作さない。現存の字面に就て勉めて読めば:邪孽は軽蔑し、遷徙は披靡し、空落として誰が是か誰が非かを分別せない。季子は事を処して明らかでなく、歓楽は減損して解き開き難しと言う。校記:「孽徒」は宋・元本で「孽従」、「不」の字は「子」と作り、どちらが正しいかも知らない。
歸妹。妹為貌慹,敗君正色。作事不成,自為心賊。震為嫁,兌為妹。伏艮為須,以女而有須,故曰貌慹。《莊子田子方》老聃新沐,被髮而乾慹,然似非人。慹,音懾,言可怖也。坎為畏懼,故曰慹。震為君,兌毀,故曰敗、曰不成。艮為成,艮伏,故不成。坎為心、為賊。○慹,宋元本、汲古均作熟,局本作熱,蓋由慹訛為熱,又由熱訛熟,茲依局本。又為貌汲古作貌親,是又因熟字而妄改,局本熱字即是慹字,而微異耳。
《渙》が《帰妹》に変わる。林辞は言う:この妹子は形貌が駭人で、君子の端正な気色を敗壊した。事を弁じて成せず、自分はかえって自心の賊と成った——形貌は可怖く事は敗れ自ら傷く凶象である。尚秉和の解説:帰妹は兌が下で震が上で、上体震は嫁娶を主り、下体兌は妹を主る。帰妹の伏象(旁通の卦漸)の下体は艮で、艮は鬍鬚を主り、女子にして鬚を生ずなので「貌慹」と言う。《荘子・田子方》は老聃がまさに頭を洗い、頭髪を披散して乾かし、凝然として可怖く、简直に活人に似ずと記す。「慹」は慴と読み、すなわち可怕である。伏象の中に坎を互出し、坎は畏惧を主るので「慹」と言う。震は君を主り、兌の卦徳は毀折なので「敗」と言い「不成」と言う。艮は本は成を主るが、艮は伏して見えないので事は成らない。坎はまた心・賊を主る。校記:「慹」の字は宋・元本と汲古閣本とも「熟」、清代の官書局本で「熱」と作り、おそらく先ず「慹」から「熱」に訛り、また「熱」から「熟」に訛った、ここは官書局本に依る。また「為貌」は汲古閣本で「貌親」と作り、あれは「熟」の字に因って妄りに改動を加えたもの。官書局本の「熱」の字は実はすなわち「慹」の字で、ただ笔画が略か出入りするのみ。
豐。四馬共轅,東上太山。騂驪同力,無有重難,與君笑言。詳《剝》之《解》。
《渙》が《豊》に変わる。林辞は言う:四匹の馬が共に一轅に駕し、東へ泰山に登る。赤馬と黒馬は一同に力を出し、過ぎられない難関はなく、また君と談笑できる——同心協力して険を行くも夷のごとき吉象である。「騂」は赤馬で、「驪」は黒馬である。尚秉和は取象を重出せず、詳しく本書の「剥之解」の条に見よと注明す。
旅。陰變為陽,女化作男。治道得通,君臣相承。詳《比》之《離》。渙之旅中四爻艮為兌,震為巽,亦巽為震,故曰女化男。《左傳》震之離,亦離之震是其例也。君臣相承者,言陽為君,陰為臣,卦形上一陰承一陽,下二陰承二陽也。○作,汲古作為,依宋元本。
《渙》が《旅》に変わる。林辞は言う:陰は変じて陽と成り、女子は化して男子と作した。治国の道はこれによって通達し、君と臣は上下相承受す——陰陽転換して各々その序を得る吉象である。尚秉和は先ず詳しく本書の「比之離」の条に見よと注明し、続いて補説す:渙から旅に変わるに至り、中間の四爻は艮から兌に変じ・震から巽に変じ、反対に言えば巽が震に変じたとも言え、陰陽は互いに易るので「女化男」と言う。《左伝》は筮して「震之離」に遇ったと記すが、「離之震」と言っても良く、正に同一の体例である。いわゆる「君臣相承」は、陽を君とし陰を臣とし、この卦は上に一陰爻が一陽爻を承け、下に二陰爻が二陽爻を承けると言う。校記:「作」の字は汲古閣本で「為」と作り、ここは宋・元本に依る。
巽。南國少子,材略美好。求我長女,賤薄不與。反得醜惡,後乃大悔。詳《比》之《漸》。
《渙》が《巽》に変わる。林辞は言う:南方の国の小児子は、才識謀略は皆出众である。彼が来て我が家の長女を求娶るが、我は彼の家世が寒微なのを嫌って許配しない。結果はかえって醜陋不堪の者に配し、事後に追悔して及ばない——貌を以て人を取り配を択ぶを失当した凶象である。尚秉和は取象を重出せず、詳しく本書の「比之漸」の条に見よと注明す。
兌。昭公失常,季氏悖狂。遜齊處野,喪其寵光。詳《遯》之《蠱》。
《渙》が《兌》に変わる。林辞は言う:魯の昭公は常度を失い、季氏は悖乱して猖狂す。昭公はただ出奔して斉国に至り、荒野に栖身し、君主の尊寵光彩を喪い尽くした——君は弱く臣は強く国を失い出亡する凶象である。事は《左伝》昭公二十五年に見え、昭公は季氏を伐つも克えず出奔して斉国に至った。尚秉和は取象を重出せず、詳しく本書の「遯之蠱」の条に見よと注明す。
飾。文山紫芝,雍梁朱草。生長和氣,王以為寶。公尸侑食,福祿來處。詳《同人》之《剝》。
《渙》が《飾》に変わる(底本は卦名を「飾」と作り、六十四卦の次序に按ずれば、ここは本は節卦であるべきで、「飾」の字は疑らく訛誤あり)。林辞は言う:文山に紫芝が長じ、雍州・梁州に朱草が生ず。これらの瑞物は天地和順の気の生ずる所で、君王はそれらを祥瑞の宝と当作る。神に代わり祭を受ける公尸は酒食を勧進し、福と禄はすなわち随って来る——祥瑞並び至り福禄を承受する大吉象である。紫芝・朱草は皆古人の言う瑞草である。「公尸侑食」は《詩・大雅・鳬鷖》に本づき、古礼は祭祀の時に活人を以て死者に代わり祭を受け、尸と称す。尚秉和は取象を重出せず、詳しく本書の「同人之剥」の条に見よと注明す。
中孚。牽羊不前,與心戾旋。聞言不信,誤紿丈人。兌羊,艮手,故曰牽羊。艮止,故曰不前。兌為耳,中爻正反震,故曰聞言不信、曰誤紿丈人。震為丈人。
《渙》が《中孚》に変わる。林辞は言う:羊を牽くが牽いて動かず、羊と人の心思は正に相拗違する。言を聴いて信じ肯んぜず、かえって老人を誤り哄騙した——拗違して行き難く言は信を見ない凶象である。「紿」は欺哄である。尚秉和の解説:中孚は兌が下で巽が上で、下体兌は羊を主り、三・四・五爻は互体して艮を成し、艮は手を主るので「牽羊」と言う。艮の卦徳は止なので「不前」と言う。兌はまた耳を主る。卦の中間の数爻に正・反の二つの震が彼此相背し、言語は両々相違逆するので「聞言不信」と言い「誤紿丈人」と言う。震は丈人を主る。
小過。東山西山,各自止安。心雖相望,竟未同堂。詳《姤》之《坤》。艮為望、為堂,正反艮,故曰相望、曰未同堂。
《渙》が《小過》に変わる。林辞は言う:東辺に一座の山・西辺に一座の山が、各々原処に安止す。心は彼此相瞻望するが、終に同じく一堂に処らなかった——遥かに相思念して会合し難い象である。尚秉和の解説:艮は瞻望・庁堂を主る。小過の中に正・反の二つの艮が遥遥相対するので「相望」と言い、正に両山が各々一方に止まるがゆえに、同堂を得られないと言う。取象は詳しく本書の「姤之坤」の条に見よ。
既濟。鹿求其子,虎廬之裡。唐伯李耳,貪不我許。詳《隨》之《否》。
《渙》が《既済》に変わる。林辞は言う:母鹿は処処その小鹿を找し、虎の窝里に找し至った。唐伯・李耳この一夥は貪馋で、肯んじて我に還さない——骨肉が虎口に落ち索求に門なき凶象である。「李耳」は古人の虎に対する別称で、《方言》は江淮南楚の間は虎を李耳と称すと記す。尚秉和は取象を重出せず、詳しく本書の「随之否」の条に見よと注明す。
未濟。三虎上山,更相喧喚。心志不親,如仇與怨。詳《姤》之《小過》。首二句用半象。
《渙》が《未済》に変わる。林辞は言う:三匹の虎が一同に山に上り、彼此喧嚷して叫喚す。心志は並び親和せず、かえって仇人のように互いに怨恨す——同処しながら同心でない凶象である。尚秉和は取象を重出せず、詳しく本書の「姤之小過」の条に見よと注明し、ただ前の二句は「半象」を用いる、すなわちただ両爻を取り某卦の一半として義を取ると言う。
節 第六十
節。海為水王,聰聖且明。百流歸德,無有叛逆,常饒優足。詳《蒙》之《乾》。汲古下多不利攻玉,所求弗得二句,注云疑衍,今從宋元本。
《節》は依然《節》である。以下の一段は「節之第六十」に属し、本卦はみな節で、この条の之卦は本卦と相同じい。林辞は言う:大海は衆水の王で、聡明聖哲にして通達す。百川は皆その徳沢に帰向し、一条も背離叛逆せず、これによって常年に豊饒充足す——衆望の帰する所の大吉象である。尚秉和は取象を重出せず、詳しく本書の「蒙之乾」の条に見よと注明す。校記:汲古閣本はこの条の下に「不利攻玉、所求弗得」の二句が多く、注の中で疑らく衍文と言い、今は宋・元本に依る。
乾。虎豹怒咆,慎戒外憂。上下俱搔,士民無聊。此用《節》象。艮為虎豹,震怒。坎為憂,艮為上,震為下、為士,坎為民。
《節》が《乾》に変わる。林辞は言う:虎豹が怒声咆哮し、須く外来の憂患を謹慎戒備すべし。上も下も皆騒動して安んぜず、士人百姓は依る所なし——外患内擾の凶象である。尚秉和の解説:之卦の乾は純陽で、これらの象を取出せないので、この条は本卦節の象を用いる。節は兌が下で坎が上で、三・四・五爻は互体して艮を成し、艮は虎豹を主る。二・三・四爻は互いに震を成し、震は発怒を主る。上体坎は憂患を主り、艮は上に居り震は下に居るので「上下俱搔」と言い、震はまた士を主り、坎は民を主る。
坤。探穴得雛,鳩鵲俱來,使我心憂。此仍用《節》象。艮為巢,艮手,故曰探巢。震為鵲、為雛。坎為心憂。
《節》が《坤》に変わる。林辞は言う:鳥窩を掏って雛鳥を取ったら、斑鳩と喜鵲が一斉に撲り来て、我が心を愁えさせる——有ならぬを取り自ら騒擾を招く凶象である。尚秉和の解説:この条も依然本卦節の象を用いる。節の三・四・五爻は互体して艮を成し、艮は鳥巣・手を主るので「探巣」と言う。二・三・四爻は互いに震を成し、震は喜鵲・雛鳥を主る。上体坎は心憂を主る。
屯。日望一食,常恐不足,祿命寡薄。艮為日、為望,震為食,坤虗,故不足。乾為祿,巽為命,坤為寡,坎為薄,乾巽伏,故曰祿命寡薄。
《節》が《屯》に変わる。林辞は言う:一日はただ一頓の飯を盼るのみで、なお常に足りないを怕れ、禄命は実に浅薄である——衣食が給しない凶象である。尚秉和の解説:屯は震が下で坎が上で、三・四・五爻は互体して艮を成し、艮は日・盼望を主る。下体震は飲食を主る。二・三・四爻は互いに坤を成し、坤の卦徳は虚なので「不足」と言う。乾は禄を主り、巽は命を主り、坤は寡少を主り、坎は浅薄を主るが、乾と巽は皆伏して見えないので「禄命寡薄」と言う。
蒙。良馬疾走,千里一宿。逃難它鄉,誰能追復。震為馬、為走,下坎,故曰疾走。坤為千里、為宿,坎數一,故曰一宿。坎為難,坤為鄉、為蛇,故曰它鄉。它蛇同字,它鄉有毒,故不能追復。震為追、為歸,故曰追復。○逃難,汲古作離逃,茲依宋元本。
《節》が《蒙》に変わる。林辞は言う:好馬が疾馳し、一夜のうちに千里を走り出した。逃難は別の処へ逃げて行き、誰が追って帰らせられよう——遠く走りて帰り難い象である。尚秉和の解説:蒙は坎が下で艮が上で、二・三・四爻は互体して震を成し、震は馬・奔走を主り、その下はすなわち坎なので「疾走」と言う。三・四・五爻は互いに坤を成し、坤は千里・住宿を主り、坎の卦数は一なので「一宿」と言う。坎はまた患難を主る。坤は郷里・蛇を主るので「它郷」と言う——「它」と「蛇」は本は一つの字で、他郷に毒蛇があれば、だから追って帰らせられない。震は追趕・帰返を主るので「追復」と言う。校記:「逃難」は汲古閣本で「離逃」と作り、ここは宋・元本に依る。
需。鵲巢鳩成,上下不親。外內乖畔,子走失願。互離為巢、為鳩,《詩》維鵲有巢,維鳩居之。鵲巢鳩成者,言鵲營巢成,為鳩居也。坎水性下,乾陽上升,故曰不親。○鳩成,宋元本作鳥城,汲古作鳩城,茲從局本。外內,汲古作內外,依宋元本。失願,宋元本作矢頑,依汲古。
《節》が《需》に変わる。林辞は言う:喜鵲は巣を筑き成したが、斑鳩が入って住んでしまった。上下は相親せず、内外は乖違背離し、息子は出走し、心願は落空した——家室が占められ上下が心を離す凶象である。尚秉和の解説:需は乾が下で坎が上で、三・四・五爻は互体して離を成し、離は巣・鳩を主る。《詩・召南・鵲巣》は「維鵲有巣、維鳩居之」と言い、いわゆる「鵲巣鳩成」は、鵲が営造して巣を成したが、かえって鳩に占められて住まれたと言う。坎水の性は下に流れ、乾陽の性は上に昇り、一昇一降で道に背いて行くので「不親」と言う。校記:「鳩成」は宋・元本で「鳥城」、汲古閣本で「鳩城」と作り、ここは清代の官書局本に従う。「外内」は汲古閣本で「内外」と作り、ここは宋・元本に依る。「失願」は宋・元本で「矢頑」と作り、ここは汲古閣本に依る。
訟。雲龍集會,征討西戎。招邊定眾,誰敢當鋒。坎云,乾龍,坎為積,故曰集會。伏震為征討,坤為戎,坎為西,故曰西戎。坤為邊、為眾,坤安,故曰定。坎為矢,故曰鋒。
《節》が《訟》に変わる。林辞は言う:雲と竜が一処に会聚し、兵を出して西戎を征討す。辺地を招撫し民衆を安定せれば、誰があえて兵鋒に抵挡に来よう——威が遠方を震う吉象である。尚秉和の解説:訟は坎が下で乾が上で、下体坎は雲を主り、上体乾は竜を主り、坎はまた積聚を主るので「集会」と言う。訟の伏象(旁通の卦明夷)の中に震を互出し、震は征討を主る。伏象の上体坤は戎狄を主り、坎は西方を主り、合して「西戎」と成る。坤はまた辺地・众多を主り、坤性は安順なので「定」と言う。坎は箭矢を主るので「鋒」と言う。
師。春多膏澤,夏潤優渥。稼穡成熟,畝獲百斛。詳《臨》之《明夷》。
《節》が《師》に変わる。林辞は言う:春には潤沢の雨水が多く、夏には雨沢が豊沛充足す。庄稼は成熟し、一畝の地は上百斛の粮を収める——風調雨順して大有年の吉象である。「膏沢」は作物を肥美にする好雨を指し、「優渥」は雨水が充足すること。尚秉和は取象を重出せず、詳しく本書の「臨之明夷」の条に見よと注明す。
比。僮妾獨宿,長女未室,利無所得。詳《豫》之《益》。
《節》が《比》に変わる。林辞は言う:婢妾は独り睡卧し、長女はまだ出嫁して家を成さず、一点の利益も得られない——孤処して成なき凶象である。尚秉和は取象を重出せず、詳しく本書の「豫之益」の条に見よと注明す。
小畜。四野不安,東西為患。退身止足,無出邦域。乃得全完,賴其生福。詳《大有》之《睽》。野,宋元本作亂。第三句宋元本作退止我足,茲依汲古。
《節》が《小畜》に変わる。林辞は言う:四方の郊野は皆安寧でなく、東辺西辺に皆禍患あり。身を抽き歩を退き足を止めて前に進まず、本国の疆界を出ることなかれ、これでやっと周全を保ち、この謹慎に頼って福を生ず——患を避け静を守る吉象である。尚秉和は取象を重出せず、詳しく本書の「大有之睽」の条に見よと注明す。校記:「野」の字は宋・元本で「乱」と作る。第三句は宋・元本で「退止我足」と作り、ここは汲古閣本に依る。
履。長寧履福,安我百國。嘉賓上堂,與季同床。通《謙》。震為履、為福,坤為安、為百國,故曰安我百國。震為賓,艮為堂、為季、為床。○履福,宋元本作理福,依汲古。
《節》が《履》に変わる。林辞は言う:長く安寧して福気を践履し、我が百国をして皆安定を得せしむ。佳賓は庁堂に登り、小弟と同じく榻に並坐す——国を安んじ賓を宴する吉象である。尚秉和の解説:この条は旁通の象を取る——履の六爻の陰陽を翻せば謙と成るので「通《謙》」と標す。謙の三・四・五爻は互体して震を成し、震は践履・福を主る。上体坤は安定を主り、また「百」と「国」を主るので「安我百国」と言う。震はまた賓客を主る。下体艮は庁堂・季・床を主る。校記:「履福」は宋・元本で「理福」と作り、ここは汲古閣本に依る。
泰。騏驥綠耳,章明造父。伯夙奏獻,衰續厥緒。佐文成霸,為晉元輔。詳《革》之《夬》。驥綠,宋元本作驎騄。伯夙奏獻,宋元本作伯夙成季,汲古作夙伯奏獻。宋元無第四句。第五句作共成霸功,茲依汲古。奏,進也,言進仕獻公也。祇伯夙依宋元。
《節》が《泰》に変わる。林辞は言う:騏驥・緑耳のような名馬は、造父をして世に顕揚せしめた。趙伯夙は進身して晋の献公に事え、趙衰は彼の事業を接続した。晋の文公を輔佐して覇業を成就し、晋国の首輔と成った——世代顕達の吉象である。造父は周の穆王の御者で、八駿の御に善く、趙氏の祖である。趙夙は晋の献公に仕え、その後の趙衰は晋の文公を佐けて覇を称し、事は《史記・趙世家》に見える。尚秉和は取象を重出せず、詳しく本書の「革之夬」の条に見よと注明す。校記:「驥緑」は宋・元本で「驎騄」と作る。「伯夙奏献」は宋・元本で「伯夙成季」、汲古閣本で「夙伯奏献」と作る。宋・元本には第四句がない。第五句は宋・元本で「共成覇功」と作り、ここは汲古閣本に依る。「奏」は進の意で、言うは進身して晋の献公に仕えたこと。ただ「伯夙」の二字のみ宋・元本に依る。
否。張陳嘉謨,贊成漢都。主歡民喜,其樂休休。伏震為張、為陳、為嘉,坤為謀、為都、為水,故曰漢都。坤為民,震為主、為歡樂,言張良陳平主張都關中也。
《節》が《否》に変わる。林辞は言う:張良と陳平は美好の謀略を献上し、赞助して漢家の国都を成就した。君主は歓欣し百姓は喜悦し、あの快楽は寛舒して自得——良謀が国を定める吉象である。尚秉和の解説:否は坤が下で乾が上で、その伏象(旁通の卦泰)の中に震を互出し、震は張・陳を主り、また嘉美を主る。下体坤は謀劃・都邑を主り、また水を主るので「漢都」と言う——漢は本は水名である。坤はまた民衆を主り、震は君主・歓楽を主る。尚氏はこれは張良・陳平が関中に都を建つを主張した一事を講ずると言う。
同人。大面長頭,來解君憂。乾為頭,互巽,故曰長頭。○汲古下多遺吾福善,與我嘉惠二句,依宋元本。
《節》が《同人》に変わる。林辞は言う:一人の大きな顔盤・長い頭の人が来て、君主のために憂愁を解き除く——人を得て相助けて難を釈く吉象である。尚秉和の解説:同人は離が下で乾が上で、上体乾は頭を主る。二・三・四爻は互体して巽を成し、巽は長を主るので「長頭」と言う。校記:汲古閣本はこの条の下に「遺吾福善、与我嘉恵」の二句が多い、ここは宋・元本に依る。
大有。畏昏不行,待旦昭明。燎獵受福,老賴其慶。詳《夬》之《損》。
《節》が《大有》に変わる。林辞は言う:天黑を怕れて身を動かさず、天亮の光明の時を待って行く。火を挙げて田猟して福気を承け、老人もまたこの喜慶に沾った——時を待って動き事を挙げて吉を得る象である。「燎猟」は草を焚いて囲猟す。尚秉和は取象を重出せず、詳しく本書の「夬之損」の条に見よと注明す。
謙。伯去我東,首髮如蓬。長夜不寐,輾轉空床。內懷惆悵,憂摧肝腸。詳《姤》之《遯》。宋元本無下二句,第四句作憂繫心胸,茲依汲古。
《節》が《謙》に変わる。林辞は言う:夫君は東へ往き、我が頭髮は乱れて飛蓬のごとし。長夜に眠れず、空荡の床上に輾転反側す。心は惆悵に満ち、憂愁は肝腸を摧折す——別離思念の凄苦の象である。前の二句は《詩・衛風・伯兮》の「自伯之東、首如飛蓬」に本づく。尚秉和は取象を重出せず、詳しく本書の「姤之遯」の条に見よと注明す。校記:宋・元本には末の二句がなく、第四句を「憂繋心胸」と作し、ここは汲古閣本に依る。
豫。朽條腐索,不堪施用。安靜候時,以待親知。伏巽為索、為腐,故曰朽條腐索。艮為時,坤為安,艮止,故曰候時。
《節》が《豫》に変わる。林辞は言う:朽壊の枝条と腐爛の繩索は、用い場に派せない。やむなく安靜して時機を等候し、静かに親友故旧を待つ——暫く用に堪えず宜しく静にして時を待つ象である。尚秉和の解説:豫の伏象(旁通の卦小畜)の上体は巽で、巽は繩索・腐爛を主るので「朽条腐索」と言う。豫の二・三・四爻は互体して艮を成し、艮は時を主る。下体坤は安を主り、艮はまた止を主るので「安靜候時」と言う。
隨。比目四翼,相倚為福。姜氏季女,與君合德。詳《渙》之《明夷》。女,宋元本作氏,非,依汲古。
《節》が《随》に変わる。林辞は言う:比目魚は双を成し翅膀は四羽に湊り、彼此倚靠して福気を成就す。姜氏の小女児は君王に嫁ぎ、君と徳行が相合する——配偶が所を得る吉象である。尚秉和は取象を重出せず、詳しく本書の「渙之明夷」の条に見よと注明し、あの条の林辞はこれと同じである。校記:「女」の字は宋・元本で「氏」と作るが誤り、ここは汲古閣本に依る。
蠱。履階升墀,高登崔嵬。福祿洋溢,依天之威。艮為階墀,震為履、為登,巽為高。震為福祿。艮為天。
《節》が《蠱》に変わる。林辞は言う:台阶を踏んで丹墀に登り、ずっと高峻の処に登り至る。福禄は豊盈満溢し、上天の威霊を倚仗す——歩歩高く升り福を受くる吉象である。「墀」は殿前の塗飾した台面である。尚秉和の解説:蠱は巽が下で艮が上で、上体艮は台阶丹墀を主る。三・四・五爻は互体して震を成し、震は践履・升登を主る。下体巽は高を主るので「高登崔嵬」と言う。震はまた福禄を主り、艮は天を主る。
臨。奢淫吝嗇,神所不福。靈祇憑怒,鬼瞰其室。坤多,故曰奢。坤閉,故曰吝嗇。震為神、為福、為靈祇、為怒。坤為鬼,伏艮為室、為觀,故曰鬼瞰其室。○吝,宋元本作愛,瞰作障。靈祇,元本作祇靈,均依汲古。
《節》が《臨》に変わる。林辞は言う:奢侈淫佚し且つ慳吝小気なのは、神明の福を賜わらない所である。地神は大いに震怒し、鬼は暗処で彼の家室を窺伺す——驕奢が禍を招く凶象である。「鬼瞰其室」は揚雄《解嘲》の「高明之家、鬼瞰其室」に本づく。尚秉和の解説:臨は兌が下で坤が上で、坤は众多を主るので「奢」と言う。坤はまた閉蔵を主るので「吝嗇」と言う。二・三・四爻は互体して震を成し、震は神・福を主り、また地神・発怒を主る。坤はまた鬼を主る。臨の伏象(旁通の卦遯)の下体は艮で、艮は屋室・窺看を主るので「鬼瞰其室」と言う。校記:「吝」の字は宋・元本で「愛」、「瞰」の字は「障」と作る。「霊祇」は元本で「祇霊」と作り、ここはいずれも汲古閣本に依る。
觀。大步上車,南到喜家。送我狐裘,與福載來。伏震為步,坤為車,震為南、為喜,坤為家、為狐。○上,宋元本作小,狐作豹,茲依汲古。
《節》が《観》に変わる。林辞は言う:大歩して車に登り、南へ往って喜事を辦する家に至る。主人は我に一件の狐皮裘を贈り、福気とともに載せて帰った——出行して贈を受け福を載せて帰る吉象である。尚秉和の解説:観の伏象(旁通の卦大壮)の上体は震で、震は歩行を主る。下体坤は車を主る。震はまた南方・喜慶を主り、坤は家宅を主り、また狐を主る。校記:「上」の字は宋・元本で「小」、「狐」の字は「豹」と作り、ここはいずれも汲古閣本に依る。
噬嗑。南行西步,失次後舍。乾候野井,昭公失居。與彼作期,不覺至夜。震為東,坎為西,震為後,艮為舍,坎失,故曰失次後舍。震為諸侯,上離,故曰乾候。坎為井,艮為野,故曰野井。震為公,上離,故曰昭公。坎為夜,言照公為季氏所逐,次於乾候野井也。○舍,汲古訛含,依宋元本。彼,元本作陂,覺作真,依宋本、汲古。三四與五六兩句宋元本倒置,不協,依汲古。
《節》が《噬嗑》に変わる。林辞は言う:南へ走ってまた西へ行き、宿処を過ぎて後に落ちた。乾侯・野井これらの地に流落し、魯の昭公は安身の所を失った。人と日期を約して、知らず知らず夜に至った——漂泊して居を失う凶象である。乾侯は晋国の地名で、野井は斉国の地名で、いずれも魯の昭公が季氏に駆逐された後の寄居する処で、《春秋》昭公二十五年以下に見える。尚秉和の解説:噬嗑は震が下で離が上で、下体震は東を主り、三・四・五爻は互体して坎を成し、坎は西を主る。震はまた後を主り、二・三・四爻は互いに艮を成し、艮は館舍を主り、坎は喪失の象ありなので「失次後舍」と言う。震は諸侯を主り、上体は離なので「乾侯」と言う。坎は井を主り、艮は郊野を主り、合して「野井」と成る。震はまた公を主り、上離と相合するので「昭公」と言う。坎は夜を主る。尚氏はこれは正に昭公が季氏に駆逐され、乾侯と野井に寄住したを講ずると言う。校記:「舍」の字は汲古閣本で「含」と訛り、ここは宋・元本に依る。「彼」の字は元本で「陂」、「覚」の字は「真」と作り、ここは宋本と汲古閣本に依る。第三・四句と第五・六句は宋・元本で前後倒置して、読んで協わず、ここは汲古閣本に依る。
賁。喜樂踴躍,來迎名家。鵲巢百兩,以成嘉福。震為踴躍、為樂。艮為名、為家,故曰名家。震為鵲,艮為巢,震為車,故曰百兩。《詩周南》維鵲有巢,維鳩居之。之子于歸,百兩御之。艮為成,震為嘉福。○踴,宋元本作抃。名家,汲古作歡客,依宋元本。宋元本第四句作獲利養福,均依汲古,惟汲古下多多獲利益四字,茲從宋元本刪。名家與大家同,與福亦協。
《節》が《賁》に変わる。林辞は言う:歓喜雀躍して、前に来て名門の女を迎娶す。喜鵲に巣あり、百両の車が来て迎え、これによって美好の福気を成就す——婚娶して偶を得る吉象である。尚秉和の解説:賁は離が下で艮が上で、三・四・五爻は互体して震を成し、震は雀躍・歓楽を主る。上体艮は名・家を主り、合して「名家」と成る。震はまた喜鵲を主り、艮は鳥巣を主る。震はまた車を主るので「百両」と言う——車一乗を一両と称し、両輪の意を取る。引く「維鵲有巣、維鳩居之。之子于帰、百両御之」は《詩・召南・鵲巣》に出る(尚氏の原注は《周南》と作す)。艮は成就を主り、震は美好の福気を主る。校記:「踊」の字は宋・元本で「抃」と作る。「名家」は汲古閣本で「歓客」と作り、ここは宋・元本に依る。宋・元本の第四句は「獲利養福」と作り、ここはいずれも汲古閣本に依る、ただ汲古閣本の下には「多獲利益」の四字が多く、今は宋・元本に従って删去す。「名家」は「大家」と同義で、「福」の字とも押韻す。
剝。非理所求,誰敢相與。往來不獲,徒勞道路。艮為求,坤為理,艮止,故不與。艮為道路,離虗,故不獲而徒勞也。坤役萬物,故亦曰勞。○所求,宋元本作後來,依汲古。
《節》が《剥》に変わる。林辞は言う:道理に合わない請求を、誰があえて彼に答允えよう。行き来して一獲もなく、徒らに路上に奔忙す——妄求徒労の凶象である。尚秉和の解説:剥は坤が下で艮が上で、上体艮は請求を主り、下体坤は道理を主り、艮の卦徳は止なので、人に与える肯んずる者なしと言う。艮はまた道路を主り、離の卦徳は中虚なので、得られずして気力を白費す。坤は万物を役使するので、また「労」と言う。校記:「所求」は宋・元本で「後来」と作り、ここは汲古閣本に依る。
復。北虜匈奴,數侵邊境。左衽為長,國猶未慶。坤為北、為夷,故曰匈奴。坤為境,震為侵、為左、為衽、為長,坤為國。末句疑有訛字。
《節》が《復》に変わる。林辞は言う:北方の匈奴は、屡屡辺境を侵犯す。衣襟を左に掩う胡人が首領と成り、国中はまだ喜慶とは言えない——辺患が息まない凶象である。中原の衣襟は右に掩い、北方部族は左に掩うので、古人は「左衽」を以て夷狄を代指す。尚秉和の解説:復は震が下で坤が上で、上体坤は北方・夷狄を主るので「匈奴」と言う。坤はまた疆境を主る。下体震は侵犯・左・衣衽・長者を主る。坤はまた国を主る。末の一句は尚氏は疑らく訛字ありとする。
無妄。狂不以理,伐乃無名。縱獲臣子,伯功不成。震為征伐、為子、為伯,艮為臣、為拘繫,故曰獲。○汲古作"續事康域,針折不成。嬰兒短舌,說辭無名",茲依宋元本。
《節》が《无妄》に変わる。林辞は言う:狂妄に行事して道理を講せず、兵を出して討伐するも師の名は出ない。たとえ相手の臣子を俘獲しても、覇主の功業も成らない——名が正しからずして功が立たない凶象である。尚秉和の解説:无妄は震が下で乾が上で、下体震は征伐を主り、また子・伯を主る。二・三・四爻は互体して艮を成し、艮は臣・拘繋を主るので「獲」と言う。校記:汲古閣本はこの条を「続事康域、針折不成。嬰児短舌、説辞無名」と作り、ここは宋・元本に依る。
大畜。景星照堂,麟遊鳳翔。仁施大行,頌聲作興。詳《豫》之《節》。
《節》が《大畜》に変わる。林辞は言う:景星は庁堂に照臨し、麒麟は游走し鳳凰は翱翔す。仁政は世に大行し、頌揚の声はこれに随って興る——太平嘉瑞の大吉象である。景星は古人の言う祥瑞の星で、麟鳳と同じく盛世の徴兆である。尚秉和は取象を重出せず、詳しく本書の「豫之節」の条に見よと注明す。
頤。文明之世,銷鋒鑄耜。以道順民,百王不易。坤為世、為文,艮為明,故曰文明之世。艮為鋒、為耜,艮火,故曰銷鋒鑄耜。坤為民、為順,震為大塗,故曰以道順民。震為王,坤為百,艮止,故不易。○耜,宋元本作鏑,依汲古。民,汲古作昌,依宋元本。
《節》が《頤》に変わる。林辞は言う:文教昌明の時代に身を処し、兵刃を熔かして犁頭に改鋳す。正道を以て百姓を順導し、歴代の帝王は皆この成法を改めない——武を偃め文を修むる大吉象である。「鋒」は兵刃を指し、「耜」は土を翻す農具である。尚秉和の解説:頤は震が下で艮が上で、中間の四爻は互いに坤を成し、坤は世代・文を主る。上体艮は光明を主るので「文明之世」と言う。艮はまた鋒刃・耒耜を主り、艮は納甲に按ずれば火に属し、火は金を熔かせるので「銷鋒鋳耜」と言う。坤は民衆・順従を主り、下体震は大路を主る(《説卦伝》は震を大涂とす)ので「以道順民」と言う。震はまた王を主り、坤は「百」を主り、艮は止まり動かないので「不易」と言う。校記:「耜」の字は宋・元本で「鏑」と作り、ここは汲古閣本に依る。「民」の字は汲古閣本で「昌」と作り、ここは宋・元本に依る。
大過。鳥飛無羽,雞鬬折距。徒自長嗟,誰肯為侶。震為鳥、為飛,巽寡髮,故曰無羽。巽為雞,震為距,震伏不見,故曰折距。巽為長,兌口為嘆。巽寡,故無侶。
《節》が《大過》に変わる。林辞は言う:鳥は飛ぼうとするも羽毛なく、鶏は闘おうとするも距を折られた。ただ自分で長く嘆息するのみ、誰が伴いに来てくれよう——心あれど力なく孤立して援なき凶象である。「距」は雄鶏の足後の闘うに用いる尖爪である。尚秉和の解説:震は鳥・飛を主るが、巽は毛髪稀少の象ありなので「無羽」と言う。下体巽は鶏を主り、震は距を主るが、震はこの卦で伏して見えないので「折距」と言う。巽はまた長を主り、上体兌は口なので嘆息と言う。巽はまた孤寡を主るので、伴侶なしと言う。
坎。群隊虎狼,囓彼牛羊。道路不通,妨農害商。互艮為虎狼,正反艮,故曰群隊。伏兌為齧,離為牛,兌為羊。震為道路,坎塞,故不通。震為商旅,坎為害。
《節》が《坎》に変わる。林辞は言う:群れ隊を成す虎狼が、あの牛羊を咬食す。道路は阻まれ通じず、農事を妨害し且つ商旅を損傷す——猛獣が横行し百業が阻まれる凶象である。尚秉和の解説:坎の三・四・五爻は互体して艮を成し、艮は虎狼を主り、卦中にまた正・反の二つの艮があるので「羣隊」と言う。坎の伏象(旁通の卦離)の中に兌を互出し、兌は咬嚙を主る。離は牛を主り、兌は羊を主る。二・三・四爻は互いに震を成し、震は道路を主り、坎は阻塞を主るので「不通」と言う。震はまた商旅を主り、坎は禍害を主る。
離。商伯沈酒,庶兄奔走。淫女蕩夫,仁德並孤。伏震為商、為伯,坎為酒,故曰商伯沈酒。震為兄,坎為眾,故曰庶兄。庶,眾也。震為奔走,言商紂沈湎於酒,庶兄微子抱祭器奔周也。兌為媚,正反兌,故曰淫女,謂妲己也。伏坎為未,坎水,故曰蕩夫,謂紂也。震為仁德,坎為孤。
《節》が《離》に変わる。林辞は言う:商朝の君主は酒に沈湎し、彼の庶兄は国を棄て奔走した。淫蕩の女子は放蕩の男に配し、仁徳ある人はかえって孤立して援なし——荒淫して国を亡ぼす凶象である。尚秉和の解説:離の伏象(旁通の卦坎)の中に震を互出し、震は商・伯を主る。坎は酒を主るので「商伯沈酒」と言う。震はまた兄を主り、坎は衆を主るので「庶兄」と言う——「庶」はすなわち衆である。震は奔走を主る。尚氏はこれは商紂が酒に沈湎し、庶兄の微子が祭器を抱いて周国に出奔したを講ずると言う。離の中に兌を互出し、兌は諂媚を主り、卦中に正・反の二つの兌があるので「淫女」と言い、指すは妲己である。伏象の坎は水を主り(底本は「伏坎為未」と作り、「未」の字は疑らく訛誤あり)、水性は放蕩なので「蕩夫」と言い、指すは正に紂である。震は仁徳を主り、坎は孤单を主る。
咸。三狸搏鼠,遮遏前後。當此之時,不能脫走。通《損》。震為狸,數三,故曰三狸。艮為鼠,故曰三狸搏鼠。艮為前,震為後,二至上正反艮,艮止,故曰遮遏前後,不能脫走。
《節》が《咸》に変わる。林辞は言う:三匹の狸猫が鼠を囲捕し、前後は皆堵死された。この田地に至って、鼠はもはや逃げ出せない——四面に囲まれ走る路なき象である。尚秉和の解説:この条は旁通の象を取る——咸の六爻の陰陽を翻せば損と成るので「通《損》」と標す。損の二・三・四爻は互体して震を成し、震は狸を主り、その卦数は三なので「三狸」と言う。艮は鼠を主り、合して「三狸搏鼠」と成る。艮は前を主り、震は後を主り、二爻から上爻まで正・反の二つの艮があり、艮はまた止を主るので、前後は皆遮拦堵截されて、脱するを得ない。
恆。陶叔孔圉,不處亂國。初雖未萌,後受慶福。陶叔,謂陶朱公,去越適齊,以避勾踐。孔圉未詳。按:《史記孔子世家》孔防叔畏華氏之亂,奔魯。疑圉或防叔之名。恆通益。艮為叔,艮火,故曰陶叔。震為孔,艮止,故曰孔圉。坤為國、為亂,震為福慶、為後。萌疑為明字。
《節》が《恒》に変わる。林辞は言う:陶叔と孔圉は、皆乱国のうちに留まるを肯んぜない。初めはまだ端倪を看えないが、後には終に喜慶福気を承けた——乱を避け禍を遠ざけ終に吉慶を得る象である。尚秉和の解説:陶叔は陶朱公范蠡を指し、彼は越国を離れ斉国に至り、為するは勾践を避けるである。孔圉が誰かは詳らかでないが、尚氏は《史記・孔子世家》の孔防叔が華氏の乱を畏れて魯に奔ったと記すに按じ、疑らく「圉」はあるいは防叔の名とする。恒の旁通の卦は益なので「恒通益」と言う。益の中に艮を互出し、艮は叔を主り、艮は納甲に按ずれば火に属するので「陶叔」と言う。下体震は孔を主り、艮の卦徳は止なので「孔圉」と言う。益の中にまた坤を互出し、坤は国・乱を主る。震は福慶・後を主る。「萌」の字は尚氏は疑らく本は「明」の字とする。
遯。奮翅鼓翼,翱翔外國。逍遙北域,不入溫室。伏震為翼,坤為國、為北。本卦艮為室,艮火,故曰溫室。
《節》が《遯》に変わる。林辞は言う:双翅を振り起こし羽翼を鼓動し、外邦に飛翔して往く。北方の地界で自在に遨游し、温暖の屋室に帰り来るを肯んぜない——遠く颺れて外に在り故居に返らない象である。尚秉和の解説:遯の伏象(旁通の卦臨)の中に震を互出し、震は翅膀を主る。伏象の上体坤は国・北方を主る。本卦遯の下体は艮で、艮は屋室を主り、艮は納甲に按ずれば火に属するので「温室」と言う。
大壯。德音孔博,升在王室。八極蒙佑,受其福祿。震為德、為音、為孔、為升、為王,伏艮為室,伏坤數八,故曰八極蒙佑。乾為福祿。
《節》が《大壮》に変わる。林辞は言う:徳望声名は極めて広博で、王室の中に升進す。八方の極遠の地は皆庇佑を蒙り、一同にこの福禄を承ける——徳声が遠く播れ福を受くる大吉象である。尚秉和の解説:大壮は乾が下で震が上で、上体震は徳・声音を主り、また「孔」すなわち甚・極を主り、また升進・王を主る。大壮の伏象(旁通の卦観)の中に艮を互出し、艮は宮室を主る。伏象の下体坤の卦数は八なので「八極蒙佑」と言う。下体乾は福禄を主る。
晉。當變立權,摘解患難。渙然冰釋,大國以安。詳《升》之《震》。渙,宋元本作霍,依汲古。
《節》が《晋》に変わる。林辞は言う:変故に遇えばすなわち宜に随い権を行い、患難を一件ずつ解き除く。疑難は氷のごとく消融渙散し、大国はこれによって安定す——権に通じ変に達して険を化して夷と成す吉象である。尚秉和は取象を重出せず、詳しく本書の「升之震」の条に見よと注明す。校記:「渙」の字は宋・元本で「霍」と作り、ここは汲古閣本に依る。
明夷。羽動角,甘雨續。草木茂,年歲熟。坎為冬,故曰羽。《月令》冬月其音羽。震為春,故曰角。《月令》春月其音角。羽動角者,言羽音發動,以後角音繼之,至春而有甘雨也。坎為雨,震為草木,坤為年歲,三字句。
《節》が《明夷》に変わる。この条の林辞は三字一句である:羽音は先ず動き角音は継ぎ起こり、甘美の雨水は連続して降る。草木は茂盛し年成は成熟す——時雨が節に応じ五穀が豊登の吉象である。尚秉和の解説:坎は冬を主り、五音のうち冬は羽声に配し、《礼記・月令》は冬月にその音は羽と言うので「羽」と言う。震は春を主り、春は角声に配し、《月令》は春月にその音は角と言うので「角」と言う。いわゆる「羽動角」は、羽音が先ず発動し、後に角音が接続し、春に至ればすなわち甘霖があると言う。明夷は離が下で坤が上で、二・三・四爻は互体して坎を成し、坎は雨を主る。三・四・五爻は互いに震を成し、震は草木を主る。上体坤は年歳を主る。
家人。天所佑助,福來禍去,君王何憂。此用節象。艮為天,震為福,在內,故曰福來。坎為禍,在外,故曰禍去。震為君王,坎為憂,禍去,故不憂。
《節》が《家人》に変わる。林辞は言う:これは上天が保佑扶助し、福気は来り禍事は去る、君王に何の憂うべきあらん——天が佑い患を除く吉象である。尚秉和の解説:この条は本卦節の象を用いる。節の三・四・五爻は互体して艮を成し、艮は天を主る。二・三・四爻は互いに震を成し、震は福を主り、内卦に居るので「福来」と言う。上体坎は禍を主り、外卦に居るので「禍去」と言う。震はまた君王を主り、坎は憂を主り、禍はすでに去ったので、憂うるに及ばずと言う。
睽。方喙宣口,聖智仁厚。釋解倒懸,唐國大安。詳《小畜》之《噬嗑》。
《節》が《睽》に変わる。林辞は言う:方正の嘴・寛濶の口で、人として聖明智慧・仁徳寛厚す。百姓の倒懸のごとき苦難を解き除き、唐国はこれによって大いに安定す——賢者が国を当たり民を危から解く吉象である。「倒懸」は極めて困苦の処境を比喻し、語は《孟子・公孫丑上》に本づく。尚秉和は取象を重出せず、詳しく本書の「小畜之噬嗑」の条に見よと注明す。
蹇。葛藟蒙棘,華不得實。讒佞亂政,使恩壅塞。詳《師》之《中孚》。華,元本作棘,從宋本、汲古。
《節》が《蹇》に変わる。林辞は言う:葛藤は荊棘に纏わり付き、花を開くのみで果実を結ばない。讒人佞臣は朝政を攪乱し、君恩を壅塞して通ぜしめない——纏繞蔽塞して名あれど実なき凶象である。「葛藟」は野葡萄の類の蔓生植物である。尚秉和は取象を重出せず、詳しく本書の「師之中孚」の条に見よと注明す。校記:「華」の字は元本で「棘」と作り、ここは宋本と汲古閣本に従う。
解。皇母多恩,字養孝孫。脫於襁褓,成就為君。褓,元本作抱,依宋本、汲古。
《節》が《解》に変わる。林辞は言う:祖母の恩徳は深厚で、孝順の孫児を撫育す。孫児は襁褓を離れて漸々長じ、ついに一国の君と成就す——孤を撫して器を成す吉象である。「字養」はすなわち撫育である。この条は尚秉和は取象を出さず、校記のみ。校記:「褓」の字は元本で「抱」と作り、ここは宋本と汲古閣本に依る。
損。積冰不溫,北陸苦寒。露宿多風,君子傷心。詳《睽》之《巽》。首句汲古作積冰下溼,依宋本。
《節》が《損》に変わる。林辞は言う:積氷は化せず暖まることなく、北陸の地は苦寒に堪え難い。露天に住宿すればまた風多く、君子はこれによって傷心す——処境が苦寒の凶象である。「北陸」は太陽が冬季に行する星次で、《左伝》昭公四年は「日在北陸而蔵氷」と言い、借りて厳冬極寒の地を指す。尚秉和は取象を重出せず、詳しく本書の「睽之巽」の条に見よと注明す。校記:首句は汲古閣本で「積氷下湿」と作り、ここは宋本に依る。
益。伯夷叔齊,貞廉之師。以德防患,憂禍不存。詳《革》之《否》。禍,元本作福,存作凶,茲依宋本、汲古。
《節》が《益》に変わる。林辞は言う:伯夷と叔斉は、堅貞廉潔の表率である。徳行を以て患を未然に防げば、憂愁禍事は皆存留しない——節を守り禍を遠ざくる吉象である。伯夷・叔斉は孤竹君の子で、国を譲って逃げ、義として周粟を食まず、事は《史記・伯夷列伝》に見える。尚秉和は取象を重出せず、詳しく本書の「革之否」の条に見よと注明す。校記:「禍」の字は元本で「福」、「存」の字は「凶」と作り、ここは宋本と汲古閣本に依る。
夬。一雌三雄,子不知公。亂我族類,使吾心憒。此用《節》象。下兌為一雌,上坎互艮震為三雄,震為子、為公,坎隱,故不知。坎為心。○知,汲古作得,依宋元本。憒,宋元本作憤,依汲古。
《節》が《夬》に変わる。林辞は言う:一匹の雌に三匹の雄が配し、息子は誰が父かを認め分けない。我が族類を攪乱し、我が心を煩乱せしむ——名分が混淆し家族が序を失う凶象である。尚秉和の解説:この条は本卦節の象を用いる。節の下体兌は「一雌」と算え、上体坎は互出の艮・震を連ねて共に「三雄」と成る。震は子・公を主り、坎は陥伏を主るので「不知」と言う。坎はまた心を主る。校記:「知」の字は汲古閣本で「得」と作り、ここは宋・元本に依る。「憒」の字は宋・元本で「憤」と作り、ここは汲古閣本に依る。
姤。主安多福,天祿所伏。居之寵昌,君子有光。詳《剝》之《觀》。
《節》が《姤》に変わる。林辞は言う:君主は安泰して福多く、あれは上天の禄位がここに隠伏する所である。この位子に居れば恩寵は昌盛し、君子はこれによって光彩あり——位に安んじ禄を受くる吉象である。尚秉和は取象を重出せず、詳しく本書の「剥之観」の条に見よと注明す。
萃。千歲槐根,身多斧瘢。樹維枯屈,枝葉不出。詳《家人》之《乾》。
《節》が《萃》に変わる。林辞は言う:千年の老槐の根株は、樹身上には尽く斧で砍った疤痕がある。整樹はすでに枯槁屈曲し、再び枝葉を発し得ない——元気が斫傷され生機が断絶した凶象である。尚秉和は取象を重出せず、詳しく本書の「家人之乾」の条に見よと注明す。
升。周師伐紂,勝殷牧野。甲子平旦,天下大喜。詳《謙》之《噬嗑》。
《節》が《升》に変わる。林辞は言う:周朝の軍隊は商紂を討伐し、牧野で殷師に戦勝す。甲子の日の天まさに放明けんとして、天下の人は歓喜せざるなし——暴を除き衆を得る大吉象である。尚秉和は取象を重出せず、詳しく本書の「謙之噬嗑」の条に見よと注明す。
困。日走月步,趨不同舍。夫妻反目,主君失禮。詳《小畜》之《同人》。
《節》が《困》に変わる。林辞は言う:太陽は疾走し月は緩行し、快慢は同じでなく、居る所の星次も各々相同じくない。夫妻は顔を翻して相対し、主君は礼数を失った——各々その是を行い乖離して礼を失う凶象である。「反目」は《小畜》九三爻辞の「夫妻反目」に本づく。「舍」は日月の運行する歴る星次を指す。尚秉和は取象を重出せず、詳しく本書の「小畜之同人」の条に見よと注明す。
井。宣髮龍叔,為王主國。安土成稷,天下蒙福。巽為髮、為白,故曰宣髮。宣,明也。《說卦》巽為寡髮,《釋文》云本又作宣,黑白雜為宣髮,易林遇巽多謂禿,是讀為寡,茲曰宣是兼讀也。伏震為龍,艮為叔,故曰龍叔。震為王、為主,艮為國、為土、為稷,言築土立稷以祭也。《左傳昭二十九年》共工氏有子曰勾龍,為后土,后土為社;又曰有烈山氏之子曰柱為稷,自夏以上祀之,周棄亦為稷,自商以來祀之,龍叔即勾龍,言勾龍為社稷神,築土為壇祀之,而天下蒙福也。艮為天,震為福。○首句汲古作宣勞就力,依宋元本。
《節》が《井》に変わる。林辞は言う:頭髮の花白の竜叔は、君王のために国政を主持す。土を培し稷を立てて祭り、天下は皆福沢を蒙る——賢臣が社稷を立て沢が天下に被る大吉象である。尚秉和の解説:井は巽が下で坎が上で、下体巽は頭髮・白色を主るので「宣髪」と言う——「宣」は明で、黒白が相雑じるを宣髪と呼ぶ。《説卦伝》は巽を寡髪と言い、《経典釈文》は別の一本は「宣」と作ると言う。《易林》は巽に遇えば多く禿頭を説くが、あれは「寡」と読むので、ここでは「宣」と言い、すなわち両読を兼取する。井の伏象(旁通の卦噬嗑)の下体は震で、震は竜を主り、伏象の中に艮を互出し、艮は叔を主り、合して「竜叔」と成る。震はまた王・主持を主る。艮は国・土・稷を主り、言うは土を筑き稷を立てて祭祀すること。《左伝》昭公二十九年は共工氏に子あり勾竜と呼び、后土を為し、后土はすなわち社神と記す。また烈山氏の子の柱が稷神を為し、夏代以上は彼を祭り、周人の始祖の棄もまた稷神を為し、商代以来は彼を祭ると言う。竜叔はすなわち勾竜で、勾竜が社稷の神と成り、人々は土を筑き壇を為して彼を祭り、これによって天下が福を蒙ると言う。艮はまた天を主り、震は福を主る。校記:首句は汲古閣本で「宣労就力」と作り、ここは宋・元本に依る。
革。諷德誦功,美周盛隆。奭旦輔成,光濟沖人。詳《明夷》之《蒙》。
《節》が《革》に変わる。林辞は言う:徳行を伝誦し功業を歌頌し、周家の興盛隆昌を讃美す。召公奭と周公旦は成王を輔佐し、匡済してこの年幼の君主を光り大ならしむ——賢臣が幼主を輔く大吉象である。「沖人」は年幼の君王を指し、《尚書》では成王が便ち自ら沖子と称す。尚秉和は取象を重出せず、詳しく本書の「明夷之蒙」の条に見よと注明す。
鼎。三夜不寢,憂來益甚。戒以危懼,棄其安居。通《屯》。坤為夜,震數三,故曰三夜。坤為寢,震動,故不寢。坎為憂懼、為險,故曰棄其安居。○寢,元本作寐,其作去,茲依宋本、汲古。
《節》が《鼎》に変わる。林辞は言う:一連三夜に眠れず、憂愁はいっそう深重す。危険を戒懼するがために、やむなく安穏の居所を捨棄す——憂危して安んぜない凶象である。尚秉和の解説:この条は旁通の象を取る——鼎の六爻の陰陽を翻せば屯と成るので「通《屯》」と標す。屯の二・三・四爻は互体して坤を成し、坤は夜を主り、下体震の卦数は三なので「三夜」と言う。坤はまた睡卧を主り、震は動を主るので、眠れない。上体坎は憂懼・険を主るので「棄其安居」と言う。校記:「寝」の字は元本で「寐」、「其」の字は「去」と作り、ここは宋本と汲古閣本に依る。
震。思願所之,乃今逢時。洗濯故憂,拜其歡來。詳《睽》之《艮》。濯,元本作宅,依宋本。拜,汲古作並,依宋元本。
《節》が《震》に変わる。林辞は言う:心の想い願い做るべき所の事が、今日正に時機に逢う。旧日の憂愁を洗滌し尽く、歓喜の到来を拜迎す——時が来り運が転ずる吉象である。尚秉和は取象を重出せず、詳しく本書の「睽之艮」の条に見よと注明す。校記:「濯」の字は元本で「宅」と作り、ここは宋本に依る。「拜」の字は汲古閣本で「並」と作り、ここは宋・元本に依る。
艮。噂噂囁囁,夜作晝匿。謀議我資,來竊吾室。空盡己財,幾無以食。三至上正反震,故曰噂噂囁囁。噂囁,對語也。坎為夜,與震連,故曰夜作。對象離為晝,與巽連,故曰晝匿。巽為伏也。坎為謀議、為竊、為室。○作,汲古作行,竊作攻,均依宋元本。宋元本無下二句,依汲古。
《節》が《艮》に変わる。林辞は言う:頭を交え耳に接して窃窃と私語し、夜に活動し昼は躲蔵す。彼らは我が資財を算計し、走り来て我が家室を偷む。我が銭財を掏り尽くして精光にし、ほとんど飯にも及ばない——群小が合謀し家資が窃まれる凶象である。「噂囁」は一処に凑りて低声で対語す。尚秉和の解説:艮は三爻から上爻まで正・反の二つの震があるので「噂噂囁囁」と言う。二・三・四爻は互体して坎を成し、坎は夜を主り、震と相連なるので「夜作」と言う。それと相対する離は白昼を主り、巽と相連なるので「昼匿」と言う——巽は伏蔵の象あり。坎はまた謀議・偷窃・屋室を主る。校記:「作」の字は汲古閣本で「行」、「窃」の字は「攻」と作り、ここはいずれも宋・元本に依る。宋・元本には末の二句がなく、ここは汲古閣本に依る。
漸。騂牛無子,鳴於大野。申覆陰徵,還歸其母,說以除悔。離為牛,坎赤,故曰騂牛。震伏,故曰無子。《左傳》介葛廬來朝,聞牛鳴,曰:是生三犧皆用之矣。艮為大野,震巽同聲,故曰鳴於大野。三四句或謂申者,申後先為幽王所廢,後平王立,後復還,然第三句終難解,疑有訛字。又《比》之《蹇》有申生見母之語,蓋自《虞初志》亡後,故事多遺失,故莫定其是非也。
《節》が《漸》に変わる。林辞は言う:赤色の母牛に小牛なく、大野の上で哀鳴す。申氏の女は再度帰来し、母の身辺に帰り、歓悦に因って悔恨を消去す——子を失いて後に慰めを得る象で、第三句の文字は解し難い。尚秉和の解説:漸は艮が下で巽が上で、三・四・五爻は互体して離を成し、離は牛を主り、二・三・四爻は互いに坎を成し、坎は赤色を主るので「騂牛」と言う。震はこの卦で伏して見えないので「無子」と言う。《左伝》僖公二十九年は介葛廬が来朝し、牛の鳴くを聴き、この牛は三匹の小牛を生んだが皆取られて犠牲と為されたと言い、正に牛がその子を失う故実である。下体艮は大野を主り、震と巽は同じく声音の象に属するので「鳴于大野」と言う。第三・四の両句は、ある人は「申」は申后を指すと言う——申后は先ず周の幽王に廃されたが、後に平王が位に即き、申后はまた帰還を得た。しかし第三句は終に解し難く、恐らく訛字あり。本書の「比之蹇」の条にまた申生が母に見えたの言あり。おそらく《虞初志》が亡佚して以来、多くの故事は失伝したので、孰れが是か孰れが非かを判定する由なし。
歸妹。王良善御,伯樂知馬。周旋步驟,行中規矩。止息有節,延命壽考。詳《遯》之《豫》。○驟,宋元本作趍,依汲古。
《節》が《帰妹》に変わる。林辞は言う:王良は車を駕るに善く、伯楽は馬を相るに善い。車馬は周旋して進退し快步慢歩、行動は皆規矩に合う。停歇もまた節度あり、これによって年を延び寿を長くす——駕馭が法を得て行止に度ある吉象である。王良は春秋の晋国の御に善い名手で、伯楽は秦の穆公の時の馬を相るに善い人である。尚秉和は取象を重出せず、詳しく本書の「遯之豫」の条に見よと注明す。校記:「驟」の字は宋・元本で「趍」と作り、ここは汲古閣本に依る。
豐。釋然遠咎,避患害早。田獲三狐,以貝為寶。詳《賁》之《謙》。
《節》が《豊》に変わる。林辞は言う:心中釈然として過咎を遠ざけ、早く禍患損害を避ける。田猟して三匹の狐狸を捕え、また貝を得て珍宝と作す——難を解き利を得る吉象である。「田獲三狐」は本は《解》卦の九二の爻辞である。古人は貝を以て貨幣としたので「以貝為宝」と言う。尚秉和は取象を重出せず、詳しく本書の「賁之謙」の条に見よと注明す。
旅。仁獸所處,國無凶咎。市賈十倍,復歸惠裡。艮為獸,互巽,故曰仁獸。艮為國,巽為市賈、為倍,兌數十,故曰十倍。艮為里,伏震為歸、為仁,故曰復歸惠裡。
《節》が《旅》に変わる。林辞は言う:仁獣の在る処は、国中に凶禍咎害なし。市上の売買は利が十倍し、あの恩惠ある郷里に帰る——瑞至り国安く経商して利を獲る吉象である。古人は麒麟を仁獣と称し、生虫を践まず生草を折らないを因とす。尚秉和の解説:旅は艮が下で離が上で、下体艮は獣を主り、二・三・四爻は互体して巽を成すので「仁獣」と言う。艮はまた国を主る。巽は市集商賈・加倍を主り、三・四・五爻は互いに兌を成し、兌の卦数は十なので「十倍」と言う。艮はまた郷里を主る。旅の伏象(旁通の卦節)の中に震を互出し、震は帰返・仁を主るので「復帰恵里」と言う。
巽。六目俱視,各欲有志。一言不同,乘戻生訟。互離為目,數六,故曰六目。伏坎為心志,兌為言,初至四正反兌,故曰一言不同,乖戻生訟也。○一言,宋元本作心意,非,依汲古。
《節》が《巽》に変わる。林辞は言う:六つの眼が一斉に張望し、各人は各々その心思を存す。一句の言も一処に到らず、乖違抵触してすなわち官司を鬧出す——衆心が斉わず言に因って訟を致す凶象である。尚秉和の解説:巽の三・四・五爻は互体して離を成し、離は目を主り、その卦数は六なので「六目」と言う。巽の伏象(旁通の卦震)の中に坎を互出し、坎は心志を主る。二・三・四爻は互いに兌を成し、兌は言語を主り、初爻から四爻まで正・反の二つの兌が相背するので「一言不同」と言い、乖戻して争訟を生ず。校記:「一言」は宋・元本で「心意」と作るが誤り、ここは汲古閣本に依る。
兌。傅說王良,驂御四龍。周徑萬里,無有危凶。傅說、王良,皆星名。《莊子》傅說相武丁,奄有天下,騎箕尾上,比於列星,故張衡《周天六象賦》云:天江為太陰之主,傅說奉中闈之祠。《史記天官書》天駟旁一星,曰王良。王良策馬,車騎滿野,故下雲驂御四龍。惟《星經》云:傅說一星在尾後,主子嗣,茲與王良並言,似亦與天駟有關,抑以傅說騎箕尾箕主風喻馬行之神速歟。兌通艮,艮為星,互震為龍、為驂駕、為周、為萬,艮為里,故曰萬里。互坎為危,震解,故不危。
《節》が《兌》に変わる。林辞は言う:傅説星と王良星は、四条の竜を駕して並馳す。周行して万里の遠きに及ぶも、危険凶禍なし——馳騁して礙なき吉象である。尚秉和の解説:傅説・王良は皆星名である。《荘子・大宗師》は傅説が武丁を輔佐して天下を有し、死後に箕・尾の二宿に騎り、衆星と並び列すと言う。だから張衡《周天六象賦》は天江星は太陰の主で、傅説星は中闈の祠を奉ずと言う。《史記・天官書》は天駟の傍に一顆の星あり王良と呼び、王良が鞭を揮い馬を策すれば、すなわち車騎が野に満つる景象と言うので、下句は「驂御四龍」と言う。ただ《星経》は傅説の一星は尾宿の後に在り、子嗣を主管すと言う。ここでは王良と並び提するが、似乎また天駟と関係あり、あるいは傅説の騎る箕宿が風を主るを因り、借りて馬行の神速を形容するか。卦象に就ては、兌の旁通の卦は艮で、艮は星を主る。艮の中に震を互出し、震は竜・驂駕を主り、また周遍・万を主り、艮はまた里を主るので「周徑万里」と言う。艮の中にまた坎を互出し、坎は危を主り、震の卦徳は解なので「無有危凶」と言う。
渙。伯仲叔季,日暮寢醉。醉醒失明,喪其貝囊,臥拜道旁。詳《謙》之《蠱》。首句宋本作仲伯季叔,非,依汲古。寢醉,宋本、汲古作寢寐,依元本。汲古第三句元本作醒失期明,宋本、汲古作醉醒失明,明與囊旁韻,元本非。臥拜,《謙》之《蠱》作銜卻,拜或為卻之形訛字。
《節》が《渙》に変わる。林辞は言う:伯・仲・叔・季の四兄弟は、天黑の時に皆醉倒して睡下す。醉醒めて眼前は昏花し、銭貝を装う口袋を失い、道旁に横卧して行礼す——酣醉して財を失う凶象である。尚秉和は取象を重出せず、詳しく本書の「謙之蠱」の条に見よと注明す。校記:首句は宋本で「仲伯季叔」と作るが誤り、ここは汲古閣本に依る。「寝醉」は宋本と汲古閣本で「寝寐」と作り、ここは元本に依る。第三句は元本で「醒失期明」、宋本と汲古閣本で「醉醒失明」と作り、「明」は「囊」「旁」と押韻するので、見るに元本は誤り。「卧拜」は「謙之蠱」の条で「銜却」と作し、「拜」はあるいは「却」の形近の訛字かもしれない。
中孚。江有寶珠,海多大魚。亟行疾至,可以得財。詳《渙》之《需》。可,宋本作所,依元本、汲古。
《節》が《中孚》に変わる。林辞は言う:江に宝珠があり、海に大魚が多い。早く身を動かし疾く赶いて至れば、すなわち財貨を得られる——時に乗って利を求める吉象である。尚秉和は取象を重出せず、詳しく本書の「渙之需」の条に見よと注明し、あの条の林辞はこれと同じである。校記:「可」の字は宋本で「所」と作り、ここは元本と汲古閣本に依る。
小過。遠視千里,不見所持。離婁之明,無益於耳。艮為視,艮手為持,艮為光明,兌為耳,伏巽,故不見所持。○持,汲古作視,依宋元本。
《節》が《小過》に変わる。林辞は言う:眼は千里の外を望見できるが、自分の手に持つ物は見えない。たとえ離婁のような目力があっても、耳には何の助けもない——遠に明るく近に昧い凶象である。離婁は古代伝説の目力が極めて佳い人で、《孟子・離婁上》は彼は秋毫の末を明察できると言う。尚秉和の解説:小過の下体艮は視看を主り、艮はまた手を主るので「持」と言い、艮はまた光明を主る。三・四・五爻は互体して兌を成し、兌は耳を主る。二・三・四爻は互いに巽を成し、巽は伏蔵を主るので、手に持つ物が見えないと言う。校記:「持」の字は汲古閣本で「視」と作り、ここは宋・元本に依る。
既濟。弱足刖跟,不利出門。市賈無嬴,折亡為患。詳《乾》之《鼎》。
《節》が《既済》に変わる。林辞は言う:脚力は孱弱し且つ脚跟を傷つけ、出門に宜しからず。売買をなすも盈余なく、亏折損失してかえって禍患と成った——行動が阻まれ経営が亏本する凶象である。「嬴」は「贏」と通じ、利を獲るを指す。尚秉和は取象を重出せず、詳しく本書の「乾之鼎」の条に見よと注明す。
未濟。利盡得媒,時不我來。鳴雌深涉,寡宿獨居。似用半象,而語特難解。
《節》が《未済》に変わる。林辞は言う:利益は皆耗尽してやっと媒人を找し、時機は偏偏として我のために来り肯んぜない。鳴く雌鳥は水を渉り深入し、孤零零として独り栖宿す——時を失い孤処する凶象である。尚秉和はこの条は似乎「半象」を用いた、ただ両爻を取り某卦の一半と作し、文句は殊に解し難いので、細かく取象を分けないと言う。
焦氏易林注 巻十六
行唐尚秉和節之注
これは巻首の題署である:本巻の注解は直隷行唐の人尚秉和の手に出て、「節之」は彼の字である。
受業蒲城仵道益、豐潤董維城堃校刊
これも巻首題署で、校勘刊刻の人を標明す:尚氏の門下に従学した両名の学生——陜西蒲城の人仵道益と、直隷豊潤の人董堃(字は維城)——が校訂し付刻を司った。
中孚 第六十一
中孚。鳥鳴嘻嘻,天火將下。燔我屋室,災及姤後。詳《兌》之《革》。鳥鳴,宋元本作烏鳥,依汲古。嘻嘻,汲古作喈喈,茲依宋元本。
中孚はやはり中孚である。以下の一段は「中孚 第六十一」に属し、本卦はいずれも中孚で、この条の之卦は本卦と同じである。林辞に曰く:鳥が嘻嘻と鳴き、天火が降りかかろうとしている。我が屋室を焼き、災いは后妃にまで及ぶ——火災が内室に及ぶ凶象である。尚秉和は取象を重ねて出さず、詳しくは本書「兌之革」の条を見よと注記する。校記:「鳥鳴」は宋・元刻本で「烏鳥」と作り、ここでは汲古閣本に従う。「嘻嘻」は汲古閣本で「喈喈」と作り、ここでは宋・元刻本に従う。
乾。黃虹之野,賢君所在。管叔為相,國無災咎。此用《中孚》象。震為玄黃、為虹、為君,艮為野、為叔,《孝經援神契》黃虹抱曰輔臣納忠。《帝王世紀》少昊生,虹流華渚。《洛書》黃帝起,黃雲扶日。又《東方朔別傳》凡占長吏下車,當視天有黃雲來覆車。震為竹,故曰管叔。艮為國。○叔,汲古作仲,非。中孚無仲象也,茲依宋元本。
中孚が乾に変わる。林辞に曰く:黄虹の現れた原野こそ、賢明な君主のいるところ。管叔が輔相となり、国に災咎なし——瑞応に賢者を得た吉象である。尚秉和の解説:之卦の乾は純陽でこれらの象を取り出せないので、この条は本卦の中孚の象を用いる。中孚の二・三・四爻は互体して震となり、震は玄黄の色を主り、また虹・君を主る。三・四・五爻は互いに艮となり、艮は原野を主り、また叔を主る。《孝経援神契》に、黄虹が太陽を抱き囲むのは輔臣が忠を納れる徴だとある(底本「抱曰」の「曰」は「日」の字であろう)。《帝王世紀》に、少昊が生まれた時、虹の光が華渚に流れたとある。《洛書》に、黄帝が興った時、黄雲が日を扶えたとある。また《東方朔別伝》に、およそ長吏の着任を占うには、天に黄雲が来て車を覆うかを見よとある。震はまた竹を主り、竹は管を作れるので「管叔」と言う。艮は国を主る。校記:「叔」の字は汲古閣本で「仲」と作るが誤り——中孚の卦に「仲」の象は取れない。ここでは宋・元刻本に従う。
坤。符左契右,相與合齒。乾坤利貞,乳生六子。長大成就,風言如母。詳《兌》之《大過》。宋元本石下多梁叔有若四字,斷為衍文,茲依汲古。
中孚が坤に変わる。林辞は前の「巽之大過」の条と同じである:符信を左に執り、契券を右に執り、二つを合わせれば上下の歯が隙なく噛み合うようだ。乾と坤が交合して正を守るに利があり、六人の子女を育て産む。子女が成長すれば、風のように伝わる評判はみな母に似ているという——陰陽交泰し生育蕃息する吉象である。尚秉和は取象を重ねて出さず、詳しくは本書「兌之大過」の条を見よと注記する。校記:宋・元刻本は「石」の字の下に「梁叔有若」の四字が余分にあるが、尚氏は衍文と断じ、ここでは汲古閣本に従う。
屯。蝗齧我稻,驅不可去。實穗無有,但見空藳。詳《小畜》之《大壯》。
中孚が屯に変わる。林辞に曰く:蝗虫が我が稲を食い、追い払っても去らない。実った稲穂は一粒も残らず、空しい藁ばかりが見える——虫災で収穫が絶える凶象である。「藳」とは禾の茎のこと。尚秉和は取象を重ねて出さず、詳しくは本書「小畜之大壮」の条を見よと注記する。
蒙。嬰孩求乳,母歸其子,黃麑悅喜。詳《履》之《同人》。孩,元本作孫,依宋本。
中孚が蒙に変わる。林辞に曰く:嬰児が乳を求め、母は子のもとに帰り、黄色い小鹿まで喜び立つ——母子が再会する吉象である。「麑」とは幼い鹿。尚秉和は取象を重ねて出さず、詳しくは本書「履之同人」の条を見よと注記する。校記:「孩」の字は元刻本で「孫」と作り、ここでは宋刻本に従う。
需。折若蔽目,不見稚叔。失旅亡民,遠去家室。詳《師》之《蒙》。第二句元本作父旅相逐,父乃失之訛。第四句元本作不見衛國,均依宋本、汲古。若,汲古作葉,非。
中孚が需に変わる。林辞に曰く:若木の枝葉を折って目を遮り、年幼の叔父が見えない。失散した旅人・流亡の民は、家宅を遠く離れた——遮蔽して見失い、郷を離れ流散する凶象である。尚秉和は取象を重ねて出さず、詳しくは本書「師之蒙」の条を見よと注記する。校記:第二句は元刻本で「父旅相逐」と作り、「父」は「失」の訛字。第四句は元刻本で「不見衛国」と作るが、ここではいずれも宋刻本と汲古閣本に従う。「若」の字は汲古閣本で「叶」と作るが誤り。
訟。牂羊羵首,君子不飽。年飢孔荒,士民危殆。《詩小雅》牂羊墳首,茲作羵。按:魯語云土之怪曰羵,注:羵,羊雌雄未成者,亦作墳。然則羵墳古通用,是焦詩與毛詩異字,非訛字也。伏震為羊,羵,大也。乾為首、為大,故曰羵首。乾為君子,離虗,故不飽,故飢。乾為年,坎為民、為危殆。○牂,汲古作,從宋元本。羵,宋元本作肥,依汲古。
中孚が訟に変わる。林辞に曰く:牝羊が大きな頭を載せ、君子は腹を満たせない。年は飢饉で荒歉が甚だしく、士人も民も危うい——凶年に民が困る大凶の象である。尚秉和の解説:《詩・小雅・苕之華》には「牂羊墳首」とあり、ここでは「羵」と書く。按ずるに《国語・魯語》に土中の怪物を羵羊と言い、韋昭の注に羵は雌雄の成りきらぬ羊で「墳」とも書くとある。つまり「羵」と「墳」は古く通用し、これは焦延壽の拠った《詩》本が《毛詩》と用字を異にするのであって、訛字ではない。訟の伏象(旁通の卦は明夷)の中に互いに震が出て、震は羊を主る。「羵」はここでは大と訓じ、上体の乾は頭を・大を主るので「羵首」と言う。乾はまた君子を主る。訟の二・三・四爻は互体して離となり、離の卦徳は中虚なので、食い足りない・飢えと言う。乾はまた年歳を主り、下体の坎は民を主り、また危殆を主る。校記:「牂」の字は汲古閣本では別の字(底本ここ脱字)で、ここでは宋・元刻本に従う。「羵」の字は宋・元刻本で「肥」と作り、ここでは汲古閣本に従う。
師。靈龜陸處,盤桓失所。伊子退耕,桀亂無輔。詳《歸妹》之《剝》。
中孚が師に変わる。林辞に曰く:神亀が水を離れて陸に住み、盘桓して躊躇し、その安んずる所を失う。伊尹は退き隠れて自ら耕し、夏桀は昏乱して輔佐する者がいない——賢者が退避し、上が助けを失う凶象である。伊尹はもと有莘の野に耕し、後に商湯に用いられた。尚秉和は取象を重ねて出さず、詳しくは本書「帰妹之剥」の条を見よと注記する。
比。威約拘囚,為人所誣。皋陶平理,幾得脫免。脫免,元本作免脫,依宋本、汲古。
中孚が比に変わる。林辞に曰く:威逼され約制されて拘囚されたのは、もとより他人の誣告によるもの。幸いに皋陶のような公平な法官が審理し、危うく脱身して罪を免れた——冤罪が雪がれる象である。皋陶は虞舜の時に刑獄を掌った官で、古人は公平な断獄の模範と仰ぐ。この条は尚秉和は取象を出さず、校記のみ。校記:「脱免」は元刻本で「免脱」と作り、ここでは宋刻本と汲古閣本に従う。
小畜。烏升鵲舉,照臨東海。尨降庭堅,為陶叔後。封於英六,福履綏厚。詳《需》之《大畜》。
中孚が小畜に変わる。林辞に曰く:烏が飛び昇り、鵲が高く上がり、東海を照らす。尨降や庭堅のような賢人が、陶叔の後嗣となる。英・六の地に封じられ、福禄は安く厚く長く続く——賢裔が封を受け福を承けて絶えない吉象である。尨降・庭堅はともに高陽氏「八愷」の中の賢者で、《左伝》文公十八年に見える。庭堅は伝えて皋陶で、その後裔は英・六に封じられたと《左伝》文公五年に見える。尚秉和は取象を重ねて出さず、詳しくは本書「需之大畜」の条を見よと注記する。
履。四目相視,稍近同軌。日昳之後,見吾伯姊。詳《益》之《需》。近,汲古作延,軌作執,均依宋元本。
中孚が履に変わる。林辞に曰く:四つの目が互いに見つめ合い、だんだん近づいて同じ道を行く。日が西に傾いて後、我が姉に会う——相まみえて親しみを得る吉象である。「日昳」とは日が中天を過ぎて西に傾く時。尚秉和は取象を重ねて出さず、詳しくは本書「益之需」の条を見よと注記する。校記:「近」の字は汲古閣本で「延」と作り、「軌」の字は「執」と作るが、ここではいずれも宋・元刻本に従う。
泰。大步上車,南至喜家。送我狐裘,與福載來。詳《節》之《觀》。
中孚が泰に変わる。林辞に曰く:大股で車に登り、南の喜事ある家に行く。主人は狐の裘を贈り、福とともに載せて帰る——出行して贈りを受け、福を載せて帰る吉象である。尚秉和は取象を重ねて出さず、詳しくは本書「節之観」の条を見よと注記する——あの条の林辞はこれと同じである。
否。穿都相合,未敢面見。媒妁無良,使我不鄉。坤為都。穿,元本作卒,相作和,鄉作香,均依汲古,然義皆難解,恐仍有訛字。
中孚が否に変わる。林辞に曰く:都邑を穿ち互いに会おうとするが、当面して相見ることを敢えてしない。媒人が賢良でなく、私の心がこの縁談に向かわないようにしてしまう——媒妁が不良で婚事の成りにくい凶象である。尚秉和は、この数句は文義がどうにも通じにくく、おそらくなお訛字があると言い、卦象を一つ出すのみ:坤は都邑を主る。校記:「穿」の字は元刻本で「卒」と作り、「相」の字は「和」と、「郷」の字は「香」と作るが、ここではいずれも汲古閣本に従う。
同人。鴻飛遵陸,公出不復,伯氏客宿。詳《剝》之《升》。出,汲古作母,依宋元本。
中孚が同人に変わる。林辞に曰く:鴻雁は陸に沿って飛び去り、公は一たび出れば帰らず、伯氏は外に客として宿るしかない——遠行して返らず、羈旅となる象である。前の二句は《詩・豳風・九罭》の「鴻飛遵陸、公帰不復」に本づく。尚秉和は取象を重ねて出さず、詳しくは本書「剥之升」の条を見よと注記する。校記:「出」の字は汲古閣本で「母」と作り、ここでは宋・元刻本に従う。
大有。代戍失期,患生無知。懼以發難,為我開基,邦國憂愁。《左傳莊八年》齊侯使連稱管至父戍葵丘,瓜時而往,曰及瓜而代,期戍,公問不至,故與無知等作亂。伏艮為守、為戍、為期,坎為失,故曰失期。坎為患、為憂懼,坤為我、為邦國,全用旁通。○生,汲古作至,依宋元本。知,各本皆作聊,依《漸》之《謙》校。
中孚が大有に変わる。林辞に曰く:交代で辺境を戍るのに換防の期限を誤り、禍患は公孫無知から生じた。彼らは恐れて叛乱を起こし、かえって我が基業を開いてくれたが、邦国はこのために憂える——信を失して乱を招く凶象である。《左伝》荘公八年に、斉襄公が連称・管至父を遣わして葵丘を戍らせ、瓜熟の時に出発して「瓜に及びて代わらん」と約し、翌年の瓜熟に換防するはずだった。期限が至っても襄公は替えを遣わさず、二人は遂に公孫無知とともに乱を起こした。尚秉和の解説:この条は全て旁通の象を用いる——大有の六爻を陰陽転じれば比となる。比の中に互いに艮が出て、艮は守り・戍りを主り、また期限を主る。比の上体の坎は喪失を主るので「失期」と言い、坎はまた禍患・憂懼を主る。比の下体の坤は「我」を主り、また邦国を主る。校記:「生」の字は汲古閣本で「至」と作り、ここでは宋・元刻本に従う。「知」の字は諸本皆「聊」と作るが、「漸之謙」の条に依って校改する。
謙。伯氏爭言,戰於龍門。構怨結禍,三世不安。詳《坤》之《離》。正反震相背,故爭言。震為伯,故曰伯氏。○伯氏,宋元本作齊魯,茲依汲古。
中孚が謙に変わる。林辞に曰く:伯氏の兄弟が争い、龍門で交戦する。怨仇を結び禍患を醸し、三代にわたって安寧を得ない——争闘が禍を遺す凶象である。尚秉和は取象の詳しくは本書「坤之離」の条を見よと注記し、かつ補う:卦中に正・反二つの震が互いに背き合うので「争言」と言う。震は伯を主るので「伯氏」と言う。校記:「伯氏」は宋・元刻本で「斉魯」と作り、ここでは汲古閣本に従う。
豫。周政養賊,背生人足。陸行不安,國危為患。震為周,坎為賊,坤為政、為育,故曰周政養賊。震為足,艮為背,足在背上,故曰背生人足。坤為陸,坎險,故不安。坤為國,坎為患也。此全用卦象制辭,未必有故實。○賊,宋元本作賤,茲依汲古。
中孚が豫に変わる。林辞に曰く:周の政令がかえって乱賊を養い、背に人の足が生えてくる。陸を行くにも安穏ならず、国家は危殆となり大患となる——患を養って自ら危うくなる凶象である。尚秉和の解説:豫は坤下震上で、上体の震は周を主り、三・四・五爻は互体して坎となり、坎は賊を主る。下体の坤は政事を主り、また養育を主るので「周政養賊」と言う。震はまた足を主り、二・三・四爻は互いに艮となり、艮は背を主るので、足が背に生えるとは「背生人足」と言う。坤は陸地を主り、坎は険を主るので「陸行不安」と言う。坤はまた国を主り、坎は禍患を主る。尚氏は併せて、この条は全く卦象に即して辞を綴ったもので、必ずしも指し得る史実があるとは限らないと指摘する。校記:「賊」の字は宋・元刻本で「賤」と作り、ここでは汲古閣本に従う。
隨。蜩螗歡喜,草木暢茂。百果蕃生,日益富有。詳《謙》之《解》。喜,宋元本作翹,富作多,依汲古。
中孚が随に変わる。林辞に曰く:蝉が喜び鳴き、草木は暢茂に繁る。百様の果実が繁茂し、家道は日ましに富む——万物が蕃茂し日に増す吉象である。「蜩」「螗」はともに蝉。尚秉和は取象を重ねて出さず、詳しくは本書「謙之解」の条を見よと注記する。校記:「喜」の字は宋・元刻本で「翹」と、「富」の字は「多」と作るが、ここでは汲古閣本に従う。
蠱。魃為災虐,風吹雲卻。止不得復,復歸其宅。首句汲古作薄災暴虎,宋元本作薄災暴虐,依《小畜》之《中孚》校。薄為魃之音訛字。
中孚が蠱に変わる。林辞に曰く:旱魃が災いを興して虐げ、一陣の風が雲を吹き散らす。雲は遠くに停まって帰らず、人は各々己の屋に帰るしかない——亢旱して雨のない凶象である。「魃」とは伝説上の旱を主る鬼怪。この条は尚秉和は取象を出さず、校記のみ。校記:首句は汲古閣本で「薄灾暴虎」と、宋・元刻本で「薄灾暴虐」と作るが、ここでは本書「小畜之中孚」の条に依って校改する。「薄」は「魃」の音近の訛字。
臨。乘騮駕驪,遊至東齊。遭遇行旅,逆我以資,厚得利歸。震為馬,坤亦為馬,故曰乘騮駕驪。震為東,伏巽為齊,故曰東齊。震為行旅,坤為資財,逆行,故曰逆我以資。坤多,故曰厚得利。
中孚が臨に変わる。林辞に曰く:赤鬣の馬と黒馬に駕して出行し、一路東の斉国まで遊ぶ。途中で行旅の商客に遇い、貨資を持って迎えに来て交易するので、厚利を得て帰る——行商して利を得る吉象である。「逆」は迎えること、「逆我以資」とは貨財を持って迎えて我と貿易する意。尚秉和の解説:臨は兌下坤上で、二・三・四爻は互体して震となり、震は馬を主り、上体の坤も馬を主るので「乘騮駕驪」と言う。震はまた東方を主り、臨の伏象(旁通の卦は遯)の中に互いに巽が出て、巽は斉を主り、合わせて「東斉」となる。震はまた行旅を主り、坤は資財を主り、坤気の運行は逆行なので「逆我以資」と言う。坤は衆多を主るので「厚得利」と言う。
觀。鳳生七子,同巢共乳,歡悅相保。坤文,故曰鳳。艮數七,故曰七子。艮為巢、為乳,伏震為歡悅。
中孚が観に変わる。林辞に曰く:鳳凰が七羽の雛を生み、同じ巣に住みともに乳を与え、歓喜して互いに保全する——子孫が多く一家和楽する吉象である。尚秉和の解説:観の下体の坤は文彩を主るので「鳳」と言う。二・三・四爻は互体して艮となり、艮の卦数は七なので「七子」と言う。艮はまた巣を・乳哺を主る。観の伏象(旁通の卦は大壮)の上体は震で、震は歓悦を主る。
噬嗑。桃雀竊脂,巢於小枝。動搖不安,為風所吹。心寒漂搖,常憂殆危。詳《損》之《渙》。
中孚が噬嗑に変わる。林辞に曰く:鹪鷯・窃脂のような小鳥が、細枝の上に巣を築く。揺れ動いて安穏ならず、大風に打たれるがまま。心は寒くなり風に漂い、常に危険を憂い惧れる——根基が固くなく、時々危殆な凶象である。「桃雀」は鹪鷯、「窃脂」は桑扈で、いずれも小鳥。《爾雅・釋鳥》に見える。尚秉和は取象を重ねて出さず、詳しくは本書「損之渙」の条を見よと注記する。
賁。東山西山,各自止安。雖相登望,竟未同堂。詳《姤》之《坤》。竟未,汲古作不得,依宋元本。
中孚が賁に変わる。林辞に曰く:東に一山、西に一山、各々安止して元の処に在る。互いに高く登って遠く望むけれど、ついに同じ堂に処ることはない——遙かに思い慕って会しがたい象である。尚秉和は取象を重ねて出さず、詳しくは本書「姤之坤」の条を見よと注記する。校記:「竟未」は汲古閣本で「不得」と作り、ここでは宋・元刻本に従う。
剝。匍匐出走,驚懼惶恐。白虎生孫,蓐收在後。匍匐,以手行也。艮為手,手在地上,故曰匍匐。陽在上,故曰出。坤為恐懼,艮為虎、為孫,伏兌為西方,色白,故曰白虎。兌為秋,故曰蓐收。《月令》孟秋之月其神蓐收是也。○匐,宋元本作伏,依汲古。惶,宋本、汲古作皇,依元本。
中孚が剥に変わる。林辞に曰く:手足を地につけて匐い逃げ、驚慌恐懼する。白虎が孫を生み、秋の神蓐収が後につき従う——驚懼して奔逃し、肅殺が随う凶象である。「匍匐」とは手を地について這うこと。尚秉和の解説:剥は坤下艮上で、上体の艮は手を主り、手を地に按えるので「匍匐」と言う。陽爻は最上に高居するので「出」と言う。下体の坤は恐懼を主る。艮は虎を主り、また孫を主る。剥の伏象(旁通の卦は夬)の上体は兌で、兌は西方に居り、西方の色は白なので「白虎」と言う。兌はまた秋を主るので「蓐収」と言う——《礼記・月令》に孟秋の月その神は蓐収とあり、まさに西方の秋神である。校記:「匐」の字は宋・元刻本で「伏」と作り、ここでは汲古閣本に従う。「惶」の字は宋刻本と汲古閣本で「皇」と作り、ここでは元刻本に従う。
復。重弋射隼,不知所定。質疑蓍龜,告以肥牡。明神答報,宜利止居。詳《困》之《蹇》。弋,元本訛或,牡作性,依宋本、汲古。四五句宋元本倒,依汲古。
中孚が復に変わる。林辞に曰く:繰り返し紐をつけた矢で隼を射るが、どこに落ちたか知らない。蓍草と亀甲で疑难を卜うと、肥えた牡牲で献祭せよと卜告する。神明は果たして報いあり、その地に安く居るに宜しい——卜を問うて吉を得、静には宜しく動には宜しくない象である。「弋」とは絲紐を結んで鳥を射ること、「牡」とは雄の祭牲。尚秉和は取象を重ねて出さず、詳しくは本書「困之蹇」の条を見よと注記する。校記:「弋」の字は元刻本で「或」と訛り、「牡」の字は「性」と作るが、ここでは宋刻本と汲古閣本に従う。第四・五句は宋・元刻本で前後が顛倒しているが、ここでは汲古閣本に従う。
無妄。開門內福,喜至我側。加以善祥,為吾室宅。宮城洛邑,以昭文德。震為開,艮為門,上乾,故曰納福。震為喜、為善祥,艮為室宅、為宮城、為邑,乾為王,故曰洛邑。洛邑,王城也。伏坤為文。○加以,宋元本作嘉門,依汲古。室,汲古作家,昭作招,依宋元本。
中孚が無妄に変わる。林辞に曰く:門戸を開いて福を迎え入れ、喜び慶びが我が身に至る。さらに種々の吉祥を加えて、我が家室を成す。洛邑に宮城を営んで、文徳を昭明するに用いる——福を納れ家を興し、文徳が著しい大吉の象である。「内」はここでは納と読み、迎え入れる意。尚秉和の解説:無妄は震下乾上で、下体の震は開啓を主り、二・三・四爻は互体して艮となり、艮は門を主り、その上に乾があるので「納福」と言う。震はまた喜慶・吉祥を主る。艮は室宅・宮城を主り、また都邑を主る。上体の乾は王を主るので「洛邑」と言う——洛邑はすなわち王城。無妄の伏象(旁通の卦は升)の上体は坤で、坤は文を主る。校記:「加以」は宋・元刻本で「嘉門」と作り、ここでは汲古閣本に従う。「室」の字は汲古閣本で「家」と、「昭」の字は「招」と作るが、ここでは宋・元刻本に従う。
大畜。鳥飛狐鳴,國亂不寧。下強上弱,為陰所刑。艮為鳥、為狐,震為飛、為鳴,故曰鳥飛狐鳴。艮為國,兌毀,故曰不寧。四五陰爻,乾為艮所畜,故曰為陰所刑。
中孚が大畜に変わる。林辞に曰く:鳥が驚き飛び、狐が夜に鳴き、国中が動乱して安寧を得ない。下は強く上は弱く、陽剛がかえって陰柔に制せられる——上下が倒置した凶象である。尚秉和の解説:大畜は乾下艮上で、上体の艮は鳥を主り、また狐を主る。三・四・五爻は互体して震となり、震は飛ぶを・鳴くを主るので「鳥飛狐鳴」と言う。艮はまた国を主る。二・三・四爻は互いに兌となり、兌の卦徳は毀折なので「不寧」と言う。六四・六五は皆陰爻で、下体乾の三陽は艮に畜止されるので「為陰所刑」と言う。
頤。三雞啄粟,八雛從食。飢鷹卒擊,失亡兩叔。伏巽為雞,震數三,故曰三雞。伏兌為啄。巽為粟,震為雛,坤數八,故曰八雛。震為從、為食,艮為鷹,坤虗,故曰飢鷹。艮為擊、為叔,坤數二,坤喪,故曰失亡兩叔。
中孚が頤に変わる。林辞に曰く:三羽の牝鶏が粟粒を啄み、八羽の雛がついて食べる。飢えた鷹が突然撲り下り、二羽の小さなのを失う——食べ安らぐうちに災変に遭う凶象である。尚秉和の解説:頤の伏象(旁通の卦は大過)の下体は巽で、巽は鶏を主り、頤の下体の震は卦数が三なので「三鶏」と言う。伏象の上体の兌は啄むを主る。巽はまた粟を主り、震は雛鳥を主り、中間の四爻は互いに坤となり、坤の卦数は八なので「八雛」と言う。震はまた従うを・食べるを主る。上体の艮は鷹を主り、坤の卦徳は虚なので「飢鷹」と言う。艮はまた撃つを・叔を主り、坤には二という数もあり、坤はまた喪亡を主るので「失亡兩叔」と言う。
大過。嘆息不悅,憂從中出。喪我金罌,無妄失位。兌口,故曰嘆息。互大坎,故不悅,故憂從中出。乾為金,震為罌,震伏,故曰喪我金罌。○罌,宋元本作嬰,依汲古。從,汲古作逆,依宋元本。
中孚が大過に変わる。林辞に曰く:嘆息して鬱々と楽しまず、憂愁が心の中から生じる。金を盛る罂を失い、理由もなく位を失った——内に憂いを抱き位を失う凶象である。「罂」とは小口大腹の盛器。尚秉和の解説:大過の上体の兌は口なので「嘆息」と言う。この卦は互いに「大坎」を出し、坎は険陷を主るので不悦・憂従中来と言う。二・三・四爻は互体して乾となり、乾は金を主り、震は罂を主るが、震はこの卦で伏して見えないので「喪我金罂」と言う。校記:「罂」の字は宋・元刻本で「嬰」と作り、ここでは汲古閣本に従う。「従」の字は汲古閣本で「逆」と作り、ここでは宋・元刻本に従う。
坎。剛柔相呼,二姓為家。霜降既同,惠我以仁。詳《家人》之《損》。二,宋元本作三,依汲古。
中孚が坎に変わる。林辞に曰く:剛と柔が互いに呼応し、二姓が一家を結ぶ。霜降の時節に礼数はすでに同じくし、仁徳を以て我に恵む——陰陽相配り婚姻の和らぐ吉象である。古礼では霜降の後を嫁娶の期とするので「霜降既同」と言う。尚秉和は取象を重ねて出さず、詳しくは本書「家人之損」の条を見よと注記する。校記:「二」の字は宋・元刻本で「三」と作り、ここでは汲古閣本に従う。
離。襄送季女,至於蕩道。齊子旦夕,留連久處。詳《屯》之《大過》。末句元本作久流連處,依宋本、汲古。襄送,各本多作送我,依《屯》之《大過》校。
中孚が離に変わる。林辞に曰く:送嫁の人が幼女に陪って、平坦な大道まで送る。斉の娘は朝夕に流連し、久しく滞留して帰らない——行止が度を失し留連して帰らない象である。「蕩道」とは平坦な大路。《詩・斉風・載駆》の「魯道有蕩、斉子發夕」はまさに文姜が斉魯を往き来したことを詠む。尚秉和は取象を重ねて出さず、詳しくは本書「屯之大過」の条を見よと注記する。校記:末句は元刻本で「久流連處」と作り、ここでは宋刻本と汲古閣本に従う。「襄送」は諸本多く「送我」と作るが、「屯之大過」の条に依って校改する。
咸。低頭竊視,有所畏避。行作不利,酒酢魚餒,眾莫貪嗜。艮為頭,澤下,故曰低頭。艮為視,巽為盜,故曰竊視。巽伏,故曰畏避。兌毀,故不利。兌為澤、為酒,巽為魚、為木,木作酸,故曰酒酢。酢,酸也。巽為爛,故曰餒。餒,爛也。○畏,宋元本作遇,依汲古。酢,宋本、汲古作酸。餒,汲古作敗,依元本及宋元本。
中孚が咸に変わる。林辞に曰く:頭を低くして竊かに窺い、心に畏れを抱いて避ける。事を為すに利あらず、酒は酢くなり魚は爛れ、衆人は食べようとする者がいない——畏縮して進まず、物は敗れて用なしの凶象である。「酢」とは酸いこと、「餒」とは魚の腐ること。尚秉和の解説:咸は艮下兌上で、下体の艮は頭を主り、その上は兌沢で、頭が沢の下にあるので「低頭」と言う。艮はまた視るを主り、二・三・四爻は互体して巽となり、巽は盗を主るので「竊視」と言う。巽には伏蔵の象があるので「畏避」と言う。兌の卦徳は毀折なので「不利」と言う。兌はまた沢を・酒を主り、巽は魚を主りまた木を主り、木の味は酸なので「酒酢」と言う。巽はまた腐るを主るので「餒」と言う。校記:「畏」の字は宋・元刻本で「遇」と作り、ここでは汲古閣本に従う。「酢」の字は宋刻本と汲古閣本で「酸」と作る。「餒」の字は汲古閣本で「敗」と作り、ここでは元刻本及び宋・元刻本に従う。
恆。典冊法書,藏閣蘭臺。雖遭亂潰,獨不遇災。詳《坤》之《大畜》。閣,汲古作在,依宋元本。
中孚が恒に変わる。林辞に曰く:典籍の冊書・法度の文書が、蘭台の書閣に収蔵されている。たとえ乱世に遇い潰敗しても、独りそれらは災いに遭わない——文獻が保全される吉象である。蘭台とは漢代の宮中の蔵書の所で、御史中丞が掌った。尚秉和は取象を重ねて出さず、詳しくは本書「坤之大畜」の条を見よと注記する。校記:「閣」の字は汲古閣本で「在」と作り、ここでは宋・元刻本に従う。
遯。旦醉病酒,暮即瘳愈,獨不及咎。伏震為旦,坤迷,故曰旦醉。○即,宋元本作多,末句作不反為咎,均依汲古。
中孚が遯に変わる。林辞に曰く:朝に酔い潰れて酒に困るも、夕には愈え、ただ過咎を招かなかった——小恙が即ち愈え、驚きはあれど険なしの象である。「瘳」とは病の愈えること。尚秉和の解説:遯の伏象(旁通の卦は臨)の中に互いに震が出て、震は早晨を主る。伏象の上体の坤は昏迷を主るので「旦醉」と言う。校記:「即」の字は宋・元刻本で「多」と作り、末句は宋・元刻本で「不反為咎」と作るが、ここではいずれも汲古閣本に従う。
大壯。畫龍頭頸,文章未成。甘言美語,說辭無名。詳《蒙》之《噬嗑》。
中孚が大壮に変わる。林辞に曰く:龍を畫いてようやく頭頸を畫き、紋彩はまだ成らない。口いっぱいの甜言美語で、言うに言うが名実符わず——虚に表あるのみ、言有りて実なしの凶象である。尚秉和は取象を重ねて出さず、詳しくは本書「蒙之噬嗑」の条を見よと注記する。
晉。日月運行,一寒一暑。榮寵赫赫,不可得保。顛躓殞墮,更為士伍。詳《巽》之《震》。
中孚が晋に変わる。林辞に曰く:日月は運行して息まず、一寒一暑が循環して代わる。顕赫の栄寵は長く保てず、一旦跌いて墜ちれば、行伍の兵卒に貶められる——盛んが極まりて衰える凶象である。「士伍」とは秦漢に爵位を削奪され行伍に編入された者。尚秉和は取象を重ねて出さず、詳しくは本書「巽之震」の条を見よと注記する。
明夷。爭利王市,朝多君子。蘇氏六國,獲其榮寵。伏巽為利市,震君,故曰王市。坤為朝,震為君子、為蘇,坤為國,坎卦數六,故曰六國。言蘇秦說六國,佩六國相印也。
中孚が明夷に変わる。林辞に曰く:王家の市で利を争い、朝廷の上に君子は済済たり。蘇秦が六国を結び連ねて、その栄顕恩寵を取得する——縦横を以て貴を取る吉象である。蘇秦は六国に遊説して合従で秦に抗し、身に六国の相印を佩びた——事は《史記・蘇秦列伝》に見える。尚秉和の解説:明夷の伏象(旁通の卦は訟)の中に互いに巽が出て、巽は利を・市集を主る。三・四・五爻は互体して震となり、震は君を主るので「王市」と言う。上体の坤は朝廷を主る。震はまた君子を主り、また蘇を主る。坤は国を主り、二・三・四爻は互いに坎となり、坎の卦数は六なので「六国」と言う。
家人。六蛇奔走,俱入茂草。驚於長途,畏懼啄口。詳《豐》之《巽》。
中孚が家人に変わる。林辞に曰く:六匹の蛇が仓皇と奔竄し、一斉に茂密の草叢に鑽り込む。長い路で驚き、鳥に嘴を啄まれることを恐れる——驚懼して藏匿する凶象である。尚秉和は取象を重ねて出さず、詳しくは本書「豊之巽」の条を見よと注記する。
睽。懸貆素餐,食非其任。失轝剝廬,休坐徙居。詳《頤》之《益》。
中孚が睽に変わる。林辞に曰く:庭前に狩り獲った貉を懸け、俸禄を素餐し、享くる所は分内当に得べきにあらず。車は失われ屋廬は剥がれ、やむなく止まって他に遷る——位に尸り素餐して、終に所を失う凶象である。「懸貆」「素餐」は《詩・魏風・伐檀》に本づき、労せずして食らうを譏刺する。「剥廬」は《剥》卦上九の「小人剥廬」の語意を用いる。「轝」はすなわち「輿」で車を指す。尚秉和は取象を重ねて出さず、詳しくは本書「頤之益」の条を見よと注記する。
蹇。歡欣九子,俱見大喜。提攜福至,王孫是富。此用《中孚》象。震為歡欣,數九,故曰九子。艮手為提攜、為孫,震君,故曰王孫。○至,元本作善,依汲古。
中孚が蹇に変わる。林辞に曰く:九人の子が歓欣鼓舞し、一斉に大いなる喜事に遇う。提携し牽引して福を引き寄せ、王孫はこのために富む——子孫が多く一家福を得る吉象である。尚秉和の解説:この条は本卦の中孚の象を用いる。中孚の二・三・四爻は互体して震となり、震は歓欣を主り、その数は九なので「九子」と言う。三・四・五爻は互いに艮となり、艮は手を主るので「提携」と言い、艮はまた孫を主り、震は君を主り、合わせて「王孫」となる。校記:「至」の字は元刻本で「善」と作り、ここでは汲古閣本に従う。
解。伯夷叔齊,貞廉之師。以德防患,憂禍不存。詳《革》之《否》。
中孚が解に変わる。林辞に曰く:伯夷と叔斉は、堅貞廉潔の表である。徳行を以て患を未然に防ぎ、憂愁も禍事も残さない——節を守りて禍を遠ざける吉象である。伯夷・叔斉は孤竹君の子で、互いに国を譲って出走し、義により周粟を食さず——事は《史記・伯夷列伝》に見える。尚秉和は取象を重ねて出さず、詳しくは本書「革之否」の条を見よと注記する。
損。雄聖伏名,人匿麟驚。走鳳飛北,亂潰未息。詳《否》之《大過》。
中孚が損に変わる。林辞に曰く:雄傑聖哲の人は姓を隠し名を埋め、賢者は蔵れ、麒麟まで驚きを受ける。鳳凰は奔り、一路北へ飛び去り、動乱潰敗はついに平息しない——賢者が世を避け天下の定まらない凶象である。尚秉和は取象を重ねて出さず、詳しくは本書「否之大過」の条を見よと注記する。
益。久鰥無偶,思配織女。求其非望,自令寡居。艮為鰥,坤女,巽為繩、為織,故曰織女。艮為求、為望,巽為寡,言織女為天孫不能求也。
中孚が益に変わる。林辞に曰く:久しく鳏居して配偶なく、一心に天の織女を娶ろうと思う。求める所はもとより分内に望むべからず、果てはただ独り空房を守る——分を越えた妄りの求めがついに独居に至る凶象である。尚秉和の解説:益は震下巽上で、三・四・五爻は互体して艮となり、艮は鳏夫を主る。二・三・四爻は互いに坤となり、坤は女を主る。上体の巽は繩索・紡織を主り、合わせて「織女」となる。艮はまた求めるを・望むを主る。巽は孤寡を主る。尚氏は、織女は天帝の孫女で、もとより凡人が求め得べきものではないと言う。
夬。破亡之國,天所不福,難以止息。兌為破,坤為國,坤伏不見,故曰天所不福。乾為天。
中孚が夬に変わる。林辞に曰く:すでに破敗滅亡した国は、天が福を与えようとしないので、乱局は止めがたい——国勢が傾覆し禍乱の休まらない凶象である。尚秉和の解説:夬は乾下兌上で、上体の兌は破損を主る。坤は国を主るが、坤はこの卦で伏して見えないので「天所不福」と言う。下体の乾は天を主る。
姤。老慵多卻,弊政為賊。阿房驪山,子嬰失國。伏坤為老,坤柔,故曰老慵。巽為隙,卻隙同。巽伏為賊,坤為弊、為政,故曰弊政為賊。中孚艮為房、為山,震馬,故曰驪山。艮少,故曰子嬰。○卻,汲古訛欲,依宋元本。
中孚が姤に変わる。林辞に曰く:年老いて怠惰ゆえ至るところ漏洞があり、弊壊した政令は人を害する賊となる。大いに阿房宮を造り、驪山の陵を大いに修め、子嬰の代に至ってついに国家を失った——政が弊し国を亡ぼす大凶の象である。秦始皇が阿房宮と驪山陵墓を興建し、二世にして亡び、子嬰は劉邦に出降した——事は《史記・秦始皇本紀》に見える。尚秉和の解説:姤の伏象(旁通の卦は復)の上体は坤で、坤は老を主り、坤の性は柔弱なので「老慵」と言う。下体の巽は嫌隙を主り、「却」は「隙」と同じ字。巽は伏して賊となる。坤は弊壊・政事を主るので「弊政為賊」と言う。本卦中孚の三・四・五爻は互体して艮となり、艮は房舎・山を主り、二・三・四爻は互いに震となり、震は馬を主るので「驪山」と言う。艮はまた少小を主るので「子嬰」と言う。校記:「却」の字は汲古閣本で「欲」と訛るが、ここでは宋・元刻本に従う。
萃。三羖六牂,相隨俱行。迷入空澤,經涉虎廬。為所傷賊,死於牙腹。詳《同人》之《蒙》。經,元本作遙,依汲古。
中孚が萃に変わる。林辞に曰く:三頭の黒い牡羊、六頭の牝羊が、互いに従ってともに路に上る。方向を迷って空曠の大沢に入り、また虎の窩を通る。猛獣に咬まれ殘害されて、虎口の中に死す——道に迷って害に遇う大凶の象である。「羖」とは黒い牡羊、「牂」とは牝羊。尚秉和は取象を重ねて出さず、詳しくは本書「同人之蒙」の条を見よと注記する。校記:「経」の字は元刻本で「遥」と作り、ここでは汲古閣本に従う。
升。喋囁噱嚾,昧冥相摶。多言少實,語無成事。震言,正反兌亦為言,故曰喋囁。喋囁,多言也。震為笑樂,故曰噱嚾。噱,大笑。嚾,音讙。諠囂也。坤為黑,故曰昧冥。伏艮為摶,正反艮,故曰相摶。正反兌,故曰多言。坤虛,故曰少實,語無成事。坤為事。○喋,宋本訛囁,汲古訛噬,茲依元本。噱嚾,宋元本訛處懼,依汲古。噱,汲古訛作,於是宋元本又由而竟作處矣,以此證汲古所據之,本前於宋元。嚾,汲古《明夷》之《豫》、《謙》之《豫》、《謙》之《乾》皆訛為耀,獨此處存其真,而宋元本則訛為懼。《明夷》之《豫》、《謙》之《乾》則又皆訛為曜,於此見汲古本之可貴也。摶,各本皆作搏,然與嚾不韻,故決其為摶字,以摶與搏形太近也,且《明夷》之《豫》宋本作傳,尤為作摶確證。
中孚が升に変わる。林辞に曰く:囀々と多言し、大笑して喧嘩し、昏冥のうちに互いに引っ張り合う。言は多く実は少なく、言うに言うが事は成らない——空言に実なしの凶象である。尚秉和の解説:升は巽下坤上で、三・四・五爻は互体して震となり、震は言語を主る。二・三・四爻は互いに兌となり、正・反二つの兌もまた言語を主るので「喋囁」と言う——喋囁とは言葉が多いこと。震はまた笑楽を主るので「噱讙」と言う——「噱」は声を放って大笑すること、「讙」は讙と読み、喧騒すること。上体の坤は黒色を主るので「昧冥」と言う。升の伏象(旁通の卦は無妄)の中に互いに艮が出て、艮は搏撃を主り、正・反二つの艮が相対するので「相摶」と言う。正反両兌なので「多言」と言い、坤の卦徳は虚なので「少実」・「語無成事」と言う——坤はまた事を主る。校記:「喋」の字は宋刻本で「囁」と訛り、汲古閣本で「噬」と訛るが、ここでは元刻本に従う。「噱讙」は宋・元刻本で「處懼」と訛るが、ここでは汲古閣本に従う。「噱」の字は汲古閣本で別の字形に訛り(底本ここ脱字)、宋・元刻本はまたその訛形から「處」に変わった——これにより汲古閣本の拠った底本が宋・元刻本より早いことが証明できる。「讙」の字は本書「明夷之豫」「謙之豫」「謙之乾」の諸条で汲古閣本はいずれも「耀」と訛るが、独りここに本字を存し、宋・元刻本はかえって「懼」と訛る。「明夷之豫」「謙之乾」の二条は宋・元刻本もまた「曜」と訛る——ここに汲古閣本の貴い所以が見える。「摶」の字は諸本皆「搏」と作るが、「讙」と韻を踏まないので、尚氏は本字は「摶」と作るべしと断じる——「摶」と「搏」は字形が近いからである。しかも「明夷之豫」の条で宋刻本は「伝」と作る——これが「摶」と作る確証である。
困。舞陽漸離,擊築善歌。慕丹之義,為燕助軻。陰謀不遂,矐目死亡,功名何施。《史記刺客傳》荊軻奉樊於期首函,秦舞陽奉地圖,及事敗,秦人大索太子丹及荊卿之客,高漸離善擊築,秦王乃矐其目,使擊築於側,後以鉛實築中擊秦王,乃被殺。伏震為舞、為築、為歌,艮手為擊,故曰擊築善歌。坎赤,故曰丹。兌為燕,震為軻,故曰為燕助軻。坎為陰謀,離為目,坎為失,故曰矐目。矐,《索隱》曰以馬矢熏目,令失明也。坎為棺槨,故曰死亡。震為功,艮為名,艮震皆伏,故曰功名何施。○舞,宋元本作武,依汲古。矐,汲古作霍,依宋元本。目,宋元本作自,何作賈,均依汲古。助,汲古作荊,依宋元本。
《中孚》が《困》に変わる——「之卦」とは本卦から変じ出した卦で、《易林》は各卦の下にそれぞれ六十四の林を繋ぐ。この一支は《中孚》が《困》に変じる属である。林辞の歌うは荊軻の秦刺しの旧事:秦舞陽と高漸離という燕の地の豪士二人、一人は筑を撃ち、一人は歌に善し、いずれも燕の太子丹の恩義を慕い、甘んじて燕国のために荊軻の西行を襄助する。惜しむべしこの密謀はついに成功せず、高漸離は後に秦王に目を燻し盲ぜられ、終に命を送り、功名の施展する所は再びなかった。尚秉和先生はまず《史記・刺客列伝》を引いて本事を説く:荊軻が秦に入る時、手に樊於期の首級の木函を捧げ、秦舞陽は督亢の地図を捧げて副使とす。行刺が敗れた後、秦人は大いに太子丹と荊軻の門客を捜捕し、筑を撃つに善い高漸離は摘発され、秦王は彼の芸を惜しんで、ただ目を燻し盲にしてそばに留めて筑を撃たせた。後に高漸離は鉛を筑の腹に灌ぎ込み、筑を挙げて秦王を撲撃したが、事敗れて殺された。以下に象を説く:「伏象」とは本卦の六爻を陰陽全て変じて得る卦で、面に現れず内に潜伏する。《困》の伏する震は舞蹈を・筑という楽器を・歌唱を為し、艮は手にして撃つを主るので「撃筑善歌」と言う。坎の色は赤紅なので「丹」の字を点ず。兌は燕の地、震は「軻」と音に応ずるので「為燕助軻」と言う。坎は隠秘を主り、「陰謀」である。離は目、坎は喪失で、合わせれば「矐目」——「矐」の字は司馬貞《史記索隠》に馬糞で眼を燻して人を失明せしむと解く。坎は棺槨なので「死亡」と言う。震は功・艮は名を為すが、ここでは艮・震ともに潜伏して現れないので「功名何施」と嘆ず。校記:「舞」の字は宋刻・元刻本で「武」と作り、ここでは汲古閣本に従う。「矐」の字は汲古閣本で「霍」と作り、宋・元本に依る。「目」の字は宋・元本で「自」と、何本で「賈」と作り、いずれも汲古閣本に依る。「助」の字は汲古閣本で「荊」と作り、宋・元本に依る。
井。尹氏伯奇,父子分離。無罪被辜,長舌為災。詳《訟》之《大有》。
《中孚》が《井》に変わる。林辞は西周の尹吉甫と長子伯奇の家家難を講じる:伯奇は後母に讒言され、父子はこのために離散した。彼はもとより清白で、いささかの過失も犯していないのに、徒らに罪名を負って禍殃に遭った。これはすべてあの是非を搬う長い舌が招いた災いである。尚秉和先生は注する:この条の取象と用典はすでに《訟》卦の《大有》に変じる一条の下に詳説したので、繙いて参看せよ。ここでは重ねて出さない。「長舌」は《詩・大雅・瞻卬》の「婦有長舌、維厲之階」に出て、《易林》に習用される讒婦の象である。
革。五精亂行,政逆皇恩。湯武赫怒,共伐我域。《東京賦》辨方位而正,則五精帥而來摧,注:五精,五方星也。伏艮為星,坤為亂,震為行,故曰五精亂行。伏坤為政,坤逆行,故曰政逆皇恩,為怠遑訛字。《詩商頌》不敢怠遑,《箋》:怠惰,遑暇也。怠遑,言怠惰敖嬉也。坤柔,故曰怠遑。震為王,故曰湯武。震為怒、為伐,坤為域,全用旁通象。
《中孚》が《革》に変わる。林辞に曰く:五方の星辰は運行が錯乱し、政令は乖違して上下は懈怠し嬉游する。商湯・周武はこのため赫然と震怒し、合力して我らのこの疆土を討伐する。尚秉和先生はまず張衡《東京賦》の「辨方位而正則、五精帥而来摧」を引き、李善の注「五精とは五方の星、すなわち東蒼・南赤・中黄・西白・北黒の五帝の精なり」を引く。取象の上では:伏艮は星、坤は乱、震は運行なので「五精乱行」と言う。伏坤は政事を主り、坤はまた逆行の象なので「政逆」と言う。以下の「皇恩」の二字について、尚氏は「怠遑」の形訛と断じる——《詩・商頌・殷武》に「不敢怠遑」とあり、鄭玄の箋は「怠」を懈怠、「遑」を閑暇と解し、「怠遑」と連用すれば懈怠嬉游で、坤の性は柔弱因循で正にこの義に合う。震は王者なので「湯武」を挙ぐ。震は怒・征伐を為し、坤は疆域を為す。この条は全て「旁通」の象を取る——「旁通」とは一卦の六爻の陰陽を尽く変じて成る別の一卦で、《革》は離下兌上、尽く変じれば《蒙》の坎下艮上となる。注の言う艮・坤は皆ここから取る。
鼎。西厯玉山,東入玉門。登上福堂,飲萬歲漿。通《屯》。坎位西,震為玉,互艮,故曰玉山,故曰玉門,震為東也。震為登、為福,艮為堂,坤為萬歲、為漿,震口,故曰飲萬歲漿。
《中孚》が《鼎》に変わる。林辞は一たびの吉慶の行程である:西に玉山を過ぎ、東に玉門関に入り、福堂に登って高く坐り、祝寿の万歳の漿を痛飲する。尚秉和先生の注:この条は《鼎》の旁通卦《屯》を取って象を説く——《鼎》は巽下離上で、六爻の陰陽を尽く変じれば《屯》の震下坎上となる。《屯》の上体の坎は西方に位し、震は玉、卦中の互体にまた艮があって山を・門闕を為すので「玉山」「玉門」と言う。震は東方を主り、正に「東入」の二字に応ず。下半を見れば:震は登を・福を為し、艮は堂屋、坤は万歳・漿汁を為し、震はまた口に象る。合わせれば「飲万歳漿」となる。
震。行觸大忌,與司命忤。執囚束縛,拘制於吏,幽人有喜。震為行,坎為忌諱。諱,避也。坎隱,故曰忌。伏巽為命,坎為忤,故與司令忤。艮為執囚、為枸制,伏巽為束縛,艮為官吏、為幽人,震為喜。○大忌,宋本作夫忌,元本作天忌,汲古作忌諱,依《剝》林校,因夫天皆大之訛,故知決為大字。忤,宋元本作牾,似為啎之訛字,茲依汲古。
《中孚》が《震》に変わる。林辞は一場の牢獄の厄を写す:出行して大忌を衝犯し、寿数を執掌する司命の神を触怒させ、こうして拘執し繋縛されて、獄吏の手に制せられる。しかし幽囚の人にはついに後に喜事がある。尚秉和先生の解象:震は行走、坎は忌諱——「諱」とは回避することで、坎の性は隠伏なので「忌」の義を取る。伏巽は命、坎は違逆なので「與司命忤」と言う。艮は拘執囚繋・拘制を為し、伏巽は繩索捆縛を為し、艮はまた官吏・幽囚の人を為し、震は喜を為す。校記:「大忌」は宋本で「夫忌」、元本で「天忌」、汲古閣本で「忌諱」と作るが、ここでは《剥》卦の一系の林辞に依って校正する——「夫」「天」はともに「大」の訛字で、元来「大」と作ると断定できる。「忤」の字は宋・元本で「牾」と作り、「啎」の訛写と見ゆるが、ここでは汲古閣本に従う。
艮。機父不賢,朝多讒臣。君失其政,保家久貧。機疑為皇之訛,《詩小雅》皇父卿士,讒口囂囂。林似本此。艮初至五正反震,故曰讒。互震為君,艮為臣,坎為失,保疑為使之訛。○家,汲古作我,依宋元本。艮為家。
《中孚》が《艮》に変わる。林辞は権臣の乱政を譏刺する:あの「机父」は賢徳でなく、朝堂の上は讒佞の臣が充満し、国君はこのために治国の権柄を失い、一家一国は久しく貧困に陥る。尚秉和先生は言う:「机」の字は「皇」の訛と疑われる——《詩・小雅・十月之交》にすでに「皇父卿士」があり、また「讒口囂囂」とあり、林辞はまさにこの一篇から取ったらしい。取象の上では:《艮》卦を初爻から五爻まで数えれば、一正一反の二つの震を含む——「正反震」とは同じ一段の爻画を順に見れば震となり、倒して見ればまた一つの震となることで、二つの震は相向かい二口の交攻するが如し。よって「讒」と言う。互体の震は君、艮は臣、坎は喪失である。「保」の字は「使」の訛と疑われ、「使家久貧」と読んで文意が通る。校記:「家」の字は汲古閣本で「我」と作るが、ここでは宋・元本に従う——艮はもともと家宅の取象があるからである。
漸。三人俱行,北求大牂。長孟病足,倩季負糧。柳下之寶,不失我邦。詳《大有》之《豐》。不失我邦者,按:《家語》齊求岑鼎於魯,魯與鼎,齊侯曰:柳下季謂是則受之,魯侯請季,季曰:與齊鼎,求免君國也。但臣亦有國,免君之國,破臣之國,亦君之所惡也。魯乃以真鼎往。此林屢見,皆作驪黃,惟此作我邦,於事獨切。長孟,汲古作孟長,依宋元本。邦,宋元本作糧,亦後人所改,以求叶韻,獨汲古於此字存其真。負糧,依《革》之《恆》校,各本皆作囊。漸下艮為季、為負,上巽為糧,事詳《革》之《恆》。
《中孚》が《漸》に変わる。林辞は三人の連れ立って出行することを講じる:北へ行って大きな牝羊を買い求める。長の孟氏は足に病があって歩けず、三男の季氏に代わりに糧を負ってくれと頼む。柳下恵のような信義の宝があれば、国家は失われない。尚秉和先生は言う、前の四句の取象はすでに《大有》卦の《豊》に変じる一条に詳しい。末句の「不失我邦」について、彼は《孔子家語》を引いて証とする:斉国が魯国に岑鼎を索め、魯国は贋鼎を送った。斉侯は言う、柳下季がこれを真と言わねば、吾は受け取らぬと。魯侯は柳下季を請うて往かせ、柳下季は答えて曰く、真鼎を斉に送るのは国君の国を保全するためだが、臣子にも自らの「国」がある——それは信義である。君の国を保全して臣の国を毀るは、国君の願わざるところであろう。魯国はついに真鼎を送った。《易林》でこの数句は屡々現れるが、他の所では皆「驪黄之寶」と作り、独りこの条だけ「我邦」と作り、柳下恵のこの事に最も切貼する。校記:「長孟」は汲古閣本で「孟長」と作り、宋・元本に依る。「邦」の字は宋・元本で「糧」と作り、これも後人が叶韻を求めて改めたもので、汲古閣本だけがこの字に原貌を存する。「負糧」の二字は《革》卦の《恒》に変じる一条に依って校定する。諸本皆誤って「負囊」と作る。取象の上では、《漸》の下卦の艮は幼子・負背を為し、上卦の巽は糧を為す。詳しくは《革》之《恒》を見よ。
歸妹。鵠思其雄,欲隨鳳東。順理羽翼,出次須日。中留北邑,復返其室。詳《需》之《離》。須日中,汲古作日中須,依宋元本。
《中孚》が《帰妹》に変わる。林辞は一匹の雌の鵠がその配偶を思い慕うを写す:鳳凰について東へ飛び去ろうとする。己の羽翼を梳き整え、外に出宿して静かに天時を待つが、中途で北の城邑に滞留し、終にまた己の窠室に戻る。尚秉和先生の注:本条の取象は詳しく《需》卦の《離》に変じる一条に見える。校記:「須日中」の三字は汲古閣本で「日中須」と作るが、ここでは宋・元本の次第に従う。
豐。常德自如,不逢禍災。離為禍災。
《中孚》が《豊》に変わる。林辞は極めて簡にして:常の徳を持守し挙止の従容自在なる者は、禍殃も災患にも逢わない——平安なる吉林である。尚秉和先生はただ一句注する:《豊》は離下震上で、離は禍災を主る——林辞の言う「不逢」は、まさに離の主る災患を反対に言い表したもので、人に常の徳があればすなわちこれを避け得る。
旅。白鵠遊望,君子以寧。履德不愆,福祿來成。互巽為白,艮為鵠、為望,故曰白鵠遊望。艮為君子,艮安,故曰寧伏。震為履、為福祿。
《中孚》が《旅》に変わる。林辞は一片の安詳の気象である:白鵠は従容と游翔して顧望し、君子はこのために安寧を得て享く。徳義を履みて差失なく、福気と禄位は自ら成就する。尚秉和先生の解象:互体の巽は白色、艮は鵠鳥・瞻望を為し、合わせて「白鵠游望」。艮は君子を為し、艮の性は静止して安く処るので「寧」と言う。伏震は履践・福禄を為すので「履徳不愆、福禄来成」あり。注文の「故曰寧伏」の「伏」の字は下に属して読むべきで、本は「故曰寧。伏震為履、為福禄」——刻本が連写して誤ったものである。
巽。膚敏之德,發憤晨食。虜豹禽說,為王得福。詳《大有》之《困》。晨,汲古作忘,說作越,皆非。
《中孚》が《巽》に変わる。林辞は賢臣の功を称美する:肤敏通達の徳を懐き、発憤して強く図り、清晨の一飯にさえ暇がない。猛豹を擒え、また傅説のような賢才を網羅して、君王のために福祚を取りもたらす。尚秉和先生の注:取象は詳しく《大有》卦の《困》に変じる一条を見よ。校記:「晨」の字は汲古閣本で「忘」と、「説」の字は汲古閣本で「越」と作るが、二箇所とも誤りである。
兌。百足俱行,相輔為強。三聖翼事,王室寵光。國富民康。詳《屯》之《履》。宋元本無第四句,依汲古。
《中孚》が《兌》に変わる。林辞は馬陸の類の百足の虫を取って喩とする:多くの足が一斉に踏み出して、互いに扶持しあってこそ強健が見える。まさに三位の聖人が王事を輔翼して、王室の栄寵を増光し、国家を富ませ、百姓を安くするが如し。尚秉和先生の注:取象は詳しく《屯》卦の《履》に変じる一条を見よ。校記:第四句「王室寵光」は宋刻・元刻本にないが、ここでは汲古閣本に依って補う。
渙。生不逢時,困且多憂。年老衰極,中心悲愁。艮為時,震為生,下坎,故曰困且多憂。艮為壽,故曰年老。坎為中心、為悲愁。
《中孚》が《渙》に変わる。林辞は一支の哀音である:ふさわしくない時世に生まれ、処境は困頓で、しかも憂患を満懐する。年は老いて気力は衰え極まり、心には悲しみ愁苦のみが残る。尚秉和先生の解象:艮は時、震は生。《渙》は坎下巽上で、下体の坎は険陷を主るので「困且多憂」と言う。艮はまた寿数年歳を主るので「年老」と言う。坎は中心・悲愁を為し、まさに末句「中心悲愁」の出処である。
節。出門蹉跌,看道後旅。買羊逸亡,取物逃走。空手握拳,坐恨為咎。艮為門,震為出,坎蹇,故曰蹉跌。震為大塗、為後,兌為羊,與震連體,故曰逸亡。艮為手,正反艮相對,故曰空手握拳。坎為恨。
《中孚》が《節》に変わる。林辞は至るところ運に恵まれぬ一行程を写す:一たび出れば躓いて、大路を望みつつ同伴の後に落ちる。買った羊は散り逃げ、手に取った物も人に巻き取られる。終に両手は空しく拳を握り、徒らに恨みを懐いて、かえって過失を落とす。尚秉和先生の解象:艮は門、震は出、坎は蹇難を主るので「蹉跌」と言う。震は大道・在後を為し、兌は羊を為し、兌と震は連体して接するので羊は逃げる——よって「逸亡」と言う。艮は手で、一正一反の二つの艮が相対すれば、まさに二つの空拳が相向かうようだ——よって「空手握拳」と言う。坎は怨恨を為し、正に「坐恨」に応ず。
小過。牧羊稻田,聞虎喧讙。畏懼悚惕,終無禍患。詳《隨》之《漸》。
《中孚》が《小過》に変わる。林辞は牧人が稲田に羊を放つを写す:忽然として虎の嘯く喧騒を聞き、驚いて心は悸え肉は跳り、胆は提げ心は懸く。幸いに虚驚の一場に過ぎず、ついに真の禍患を招かなかった。尚秉和先生の注:この一条の取象はすでに《随》卦の《漸》に変じる一条に詳しいので、参看せよ。
既濟。龍潛鳳北,箕子變服。陰孽萌作。北,汲古作池,依宋元本。箕,宋元本作其,依汲古。其子與蜀才讀同,且其箕音同,非訛字,不過他林皆作箕,故從汲古。
《中孚》が《既済》に変わる。林辞は乱世の将に至らんとする徴を写す:龍は潜蔵して出でず、鳳鳥は北へ飛び、殷末の箕子は衣冠を改め狂を佯りて禍を避け、陰邪の孽根は暗裡に萌え始めている。校記:「北」の字は汲古閣本で「池」と作り、ここでは宋・元本に従う。「箕」の字は宋・元本で「其」と作り、汲古閣本に依る。尚秉和先生は辨明する:「其子」と書けば三国の蜀才の易本の読法と同じで、しかも「其」「箕」は同音ゆえ、もともと訛字とは言えない。ただ《易林》の他の所では皆「箕」と書くので、ここではなお汲古閣本に従う。
未濟。國無比鄰,相與爭強。紛紛匈匈,天下擾攘。○匈匈,汲古作凶凶,依宋元本。攘,宋元本作憂,依汲古。
《中孚》が《未済》に変わる。林辞は列国相争う乱局を写す:国と国とは親比して隣となろうとせず、互いに角力して強を争い、紛紛攘攘・喧嚷洶洶として、天下は一片の騒動不安である。校記:「匈匈」の二字は汲古閣本で「凶凶」と作り、ここでは宋・元本に従う。「攘」の字は宋・元本で「憂」と作り、汲古閣本に依る。
小過 第六十二
小過。初雖驚惶,後乃無傷。受其福慶,永永其祥。震為驚、為後、為福慶。
《小過》はやはり《小過》に戻る、すなわち本卦が自ら守る第一の林である。林辞に曰く:初めに一場の驚慌はあれど、後には毫髪の傷もない。かえって福慶を承け、長く久しくことごとく吉祥である。尚秉和先生はただ一句注する:《小過》は艮下震上で、上体の震は驚懼を・在後を・福慶を為す——「驚惶」「後」「福慶」の三層の意は、皆この一つの震の象から出る。
乾。積德累仁,靈佑順信,福祉日增。乾為仁德、為信、為福,順行純乾,故曰積、曰累。
《小過》が《乾》に変わる。林辞に曰く:徳行と仁愛を積み重ねてやまなければ、神霊はこの誠順守信を佑助し、福祉は日ましに増える。尚秉和先生の解象:乾は仁徳・誠信・福祉を為す。「純卦」とは上下両体が相同じく六爻が純一な卦を指し、《乾》はまさに六陽純粋で順次上に行き、一層に一層を加える。ゆえに林辞は「積」「累」の二字を用いたのである。
坤。謹慎重言,不幸遭患。周召述職,脫免牢門。此用《小過》象。艮為謹慎,震為言,正反震故曰重言。互大坎為患。震為周、為召,坎為牢獄,艮為門,震出在外,故曰脫免。○門,宋元本作開,依汲古。
《小過》が《坤》に変わる。林辞に曰く:言語を慎み再三斟する者も、不幸な禍患に遭うことを免れない。幸いに周公・召公のような大臣が巡行して職を述べ冤抑を察すれば、ついに牢門を出ることを得る。尚秉和先生は特に指摘する、この条は之卦《坤》の象を取らず、本卦《小過》の象を用いる:艮は謹慎を主り、震は言語を為し、一正一反の二つの震が相重なるので「重言」と言う。《小過》の六爻は下より上に陰陰陽陽陰陰で、全体の形は一つの放大した坎の如く、術語で「大坎」と言い、坎は患難を主る。震は周公・召公を為し、坎は牢獄、艮は門を為すが、震陽は外卦に出るので「脱免」と言う。校記:「門」の字は宋・元本で「開」と作り、ここでは汲古閣本に従う。
屯。鳥飛鼓翼,喜樂堯德。虞夏美功,要荒賓服。艮為鳥,震為翼、為鼓、為飛、為帝,故曰堯,故曰虞夏。坤為要荒。
《小過》が《屯》に変わる。林辞は一派の盛世の気象である:鳥は翅を振って高く飛び、歓欣鼓舞して唐堯の徳政を頌揚する。虞舜と夏禹の功業は美しく盛んで、要服・荒服のような辺遠の地まで帰順して臣と称する。尚秉和先生の解象:艮は鳥、震は翅翼・鼓動・飛挙を為し、震はまた帝王を主るので「堯」を点じ、併せて「虞夏」を帯び出す。坤は荒遠の土を主るので「要荒」と言う——「要服」「荒服」は《尚書・禹貢》の五服のうち最も外の二層である。
蒙。牙孽生齒,室堂啟戶。幽人利貞,鼓翼起舞。詳《臨》之《姤》。
《小過》が《蒙》に変わる。林辞に曰く:草木の嫩芽は新たな歯の如く地面に冒し出、屋室の厅堂も門戸を敞く。幽居して静を守る者は貞正に自ら守るに利あり、まさに翅を振り舞い上がるに好し。尚秉和先生の注:取象はすでに《臨》卦の《姤》に変じる一条に詳しく、ここでは重ねて出さない。
需。使伯采桑,拒不肯行。與叔爭訟,更相毀傷。依《離》之《明夷》校。采桑,各本皆訛東求。
《小過》が《需》に変わる。林辞は一場の兄弟の鬩牆を写す:長男を遣わして桑を采らせるに、彼は命に抗して出発しようとしない。頭を回してまた末弟と官司を打ち、互いに攻訐して両敗倶傷となる。尚秉和先生の注:この条の文字は《離》卦の《明夷》に変じる一条に依って校定する。「采桑」の二字は諸本皆「東求」と訛った。
訟。手足易處,頭尾顛倒。公為雌嫗,亂其蠶織。詳《夬》之《蹇》。惟此用《小過》象。艮為手,在下,震為足,在上,故曰易處。艮為頭,在下,覆艮為尾,在上,故曰顛倒。震為公,與兌連體,故曰公為雌嫗。巽為蠶、為織,巽隕,故曰亂。
《小過》が《訟》に変わる。林辞は秩序の全てが裏返るを写す:手と足とが位置を換え、頭と尾とが顛倒する。もと「公」と称すべき男子がかえって老嫗の模様となり、養蚕紡織の仕事まで掻き乱す。尚秉和先生は言う、辞義はすでに《夬》卦の《蹇》に変じる一条に詳しいが、ただここでは改めて本卦《小過》の象を用いる:艮は手を為すが下体に居り、震は足を為すがかえって上体に居るので「易處」と言う。艮は頭を為して下に在り、「覆象」——一卦を倒転して見て成る卦——の覆艮は尾を為して上に在るので「顛倒」と言う。震は公を為し、兌と連体して接し、兌は少女なので「公為雌嫗」と言う。巽は蚕・紡織を為し、巽は兼ねて隕落散乱の義があるので「乱」と言う。
師。匠卿操斧,豫章危殆。袍衣脫剝,祿命訖已。劉毓松雲《左傳襄四年》匠慶用蒲圍之檟,慶卿古通用。匠卿即匠慶,魯匠人也。伏巽為工,故曰匠卿。震為木,故曰豫章。坎為危殆,震為袍衣。伏巽為命,坤喪,故曰訖已。訖,終也。○卿,或為慶之音訛字。豫章,大木也。
《小過》が《師》に変わる。林辞は避ける術なき一場の災禍を写す:匠人が斧を挙げれば、あの豫章の大木は危うきこと旦夕の間。身上の袍衣まで剥ぎ取られ、俸禄と性命もまたここに終る。尚秉和先生は清儒劉毓崧の説を引く:《左伝》襄公四年に「匠慶用蒲圃之槚」と記す。古く「慶」「卿」の二字は通用し、「匠卿」とは魯国の匠人匠慶である。取象の上では:伏巽は工匠を為すので「匠卿」と言う。震は木を為すので「豫章」と言う。坎は危殆を為し、震は袍衣を為す。伏巽は命を為し、坤は喪亡を主るので「訖已」と言う——「訖」とは終了である。校記は補う:「卿」はあるいは「慶」の音訛字かもしれない。又注して「豫章」は一种の高大な喬木であるとする。
比。天女踞床,不成文章。南箕無舌,飯多沙糠。虐眾盜名,雌雄折頸。詳《大畜》之《益》。糠,元本訛糖,依汲古。
《小過》が《比》に変わる。林辞は天上の星宿を借りて人事を譏刺する:織女星は織機に盤踞しながら、一寸の花紋錦繍も織り出せない。南箕の星は簸箕の名を空しくして舌板なく、米を簸りきれず、飯には沙と糠皮が満ちている。上位に居る者は衆人を虐げ虚の名を窃み、終に雌雄一双ともに頸を折り命を喪う。尚秉和先生の注:取象は詳しく《大畜》卦の《益》に変じる一条を見よ。校記:「糠」の字は元刻本で「糖」と訛るが、ここでは汲古閣本に従う。
小畜。大椎破轂,長舌亂國。牆茨之言,三世不安。艮為椎,震為轂,兌毀,故曰破轂。兌為舌,震為大兌,故曰長舌。巽為牆,坎為茨,《毛傳》茨,蒺藜也。震為言,數三,艮為世,故曰三世。
《小過》が《小畜》に変わる。林辞に曰く:一柄の大槌が車轂を打ち破り、一条の長舌が邦国を攪乱する。《詩・鄘風・牆有茨》の譏刺する宮闈の醜語のごときものが一旦伝揚すれば、三代の内は安寧を得ない。尚秉和先生の解象:艮は槌、震は車轂、兌は毀折を主るので「破轂」と言う。兌は舌を為し、震は大の義があり、兌の舌に震の大を加えれば「長舌」となる。巽は牆を為し、坎は蒺藜を為し、《毛伝》に「茨」とは蒺藜と言うので「牆茨」あり。震は言語を為し、その数は三、艮は世代を主るので「三世」と言う。
履。銜命辱使,不堪厥事。中墮落去,更為斯吏。巽為兌口,巽為命,故曰銜命。巽為隕落,故曰中墮落去。伏艮為僮僕,故曰斯吏。《後漢左雄傳》職斯祿薄,注:斯,賤也。○墮,各本皆作墜,斯吏作負載,茲依《未濟》之《坎》校。
《小過》が《履》に変わる。林辞は奉使して職に称せぬ者を写す:君命を口に啣んで出使しながら、使命を辱めてこの差事を荷い切れない。中途で敗落し、卑賤の小吏に充て替わる。尚秉和先生の解象:兌は口を為し、巽と相配し、巽はまた命令を主るので「啣命」と言う——すなわち口中に王命を啣むこと。巽に隕落の義があるので「中墮落去」と言う。伏艮は僮僕を為すので「斯吏」と言う——《後漢書・左雄伝》に「職斯禄薄」の一語あり、李賢の注に「斯とは卑賤の義なり」とある。校記:「墮」の字は諸本皆「墜」と作り、「斯吏」は諸本皆「負載」と作るが、ここでは《未済》卦の《坎》に変じる一条に依って校定する。
泰。三蛇共室,同類相得。甘露時降,生我百穀。伏巽為蛇,艮為室,數三,故曰三蛇共室。兌為露,震為生、為百穀。
《小過》が《泰》に変わる。林辞に曰く:三匹の蛇が同じ室に処り、同類相聚まって各々その所を得る。甘美の雨露は時に降り、我が田の百穀を滋生す。尚秉和先生の解象:伏巽は蛇、艮は室、艮の数は三なので「三蛇共室」と言う。兌は沢・露を為し、震は生長・百穀を主り、合わせて「甘露時降、生我百穀」の二句となる。
否。衣宵夜遊,與君相逢。除患解惑,使我不憂。詳《歸妹》之《大有》。衣宵,原作衣繡,遭作逢,《歸妹》之《大有》、《旅》之《小過》繡皆作宵。按:《禮記》鄭注:宵,即繒也,與繡義略同,茲作繡,似宵之音訛字,以焦用禮記字此不應獨否,又逢字上下不協,皆依《歸妹》之《大有》校。
《小過》が《否》に変わる。林辞は夜行して遇合することを写す:細かい繒の衣裳を着て夜に出遊び、願う君子に遇う。禍患はここに袪除され、疑惑はここに解けて、我をして再び愁えしめない。尚秉和先生の注:取象は詳しく《帰妹》卦の《大有》に変じる一条を見よ。校勘上彼は言う:「衣宵」はもと「衣繡」と作り、元の「遭」の字をここでは「逢」に改める——《帰妹》之《大有》・《旅》之《小過》の二箇所で「繡」は皆「宵」と作るからである。按ずるに《礼記》の鄭玄の注に「宵」とは繒帛で「繡」と意が近く、ここで「繡」と作るは「宵」の音訛と見ゆる。焦延壽は平素《礼記》の用字を用いるので、ただこの一箇所だけ例外とはならぬはず。注末にまた「逢字上下不協」と言う——文意に按ずれば元の「遭」の字が上下文と叶わぬを指すので、二箇所とも《帰妹》之《大有》に依って校改する。
同人。被髮獸心,難與為鄰。來如風雲,去如絕弦,為狼所殘。此用《小過》象。震為髮,艮為獸,互大坎為心,故曰獸心。巽為風,坎為雲,故曰來如風雲。巽為弦,兌為絕,艮為狼,兌口,故曰為狼所殘。○云,汲古作雨,依宋元本。
《小過》が《同人》に変わる。林辞は隣とするに堪えぬ凶人を写す:頭髪を披き獣の心腸を懐き、このような者とは比邻して居られない。来る時は疾風乱雲の如く突兀とし、去る時は弓弦の崩断する如く決絶で、末には自らも豺狼に残害される。尚秉和先生は指摘する、この条はなお本卦《小過》の象を用いる:震は頭髪、艮は獣、六爻を合わせて見れば一つの放大した坎で、坎は心なので「獣心」と言う。巽は風、坎は雲なので「来如風雲」と言う。巽は弦、兌は断絶を主り、艮は狼、兌はまた口に象るので「為狼所残」と言う。校記:「雲」の字は汲古閣本で「雨」と作り、ここでは宋・元本に従う。
大有。剛柔相呼,二姓為家。霜降既同,惠我以仁。詳《家人》之《損》。
《小過》が《大有》に変わる。林辞は婚姻の吉を講ず:陽剛と陰柔が互いに呼応し、二姓が結合して一家となる。霜降の時節に到れば礼数は備わり両家は同心し、以後仁厚を以て相待し互いに施恵する。尚秉和先生の注:取象は詳しく《家人》卦の《損》に変じる一条を見よ。古礼では婚期は多く霜降の後・冰泮の前に定めるので、林辞は「霜降」で成婚の时令を点じたのである。
謙。牛馬聾瞶,不曉齊味。委以鼎俎,治亂憒憒。馬,依《頤》之《鼎》校,各本皆作耳。
《小過》が《謙》に変わる。林辞は人を用うるにその任にあらざるを譏刺する:牛馬が聾いて盲きり、五味の調和すべきを辨えない。偏りに烹調の鼎俎を託せば、果ては治するほど乱れて、一片の昏聵糊涂となる。尚秉和先生の注:「馬」の字は《頤》卦の《鼎》に変じる一条に依って校定する。諸本皆「耳」と作るが、據って改めるべし。
豫。低頭竊視,有所畏避。行作不利,酒酢魚餧,眾莫貪嗜。詳《鼎》之《解》。作,汲古作旅,酢作酸,依宋元本。
《小過》が《豫》に変わる。林辞は心の虚しく気の短い情状を写す:頭を低くして竊かに張り望み、心に畏れを抱いて避ける。出行も作事も利せず、並べた酒はすでに酸く、魚はすでに腐臭く、衆人は誰も箸を下そうとしない。尚秉和先生の注:取象は詳しく《鼎》卦の《解》に変じる一条を見よ。校記:「作」の字は汲古閣本で「旅」と、「酢」の字は汲古閣本で「酸」と作るが、ここではいずれも宋・元本に従う。
隨。兩師娶婦,黃岩季子。成禮既婚,相呼南去。膏澤下土,年歲大有。詳《否》之《坤》。○去,汲古作上,依宋元本。
《小過》が《随》に変わる。林辞は一つの喜事を写す:両氏が息子に婦を娶る。男方は黄岩の小さな息子。礼数は畢り婚事は成り、新人は相呼びて南の辺に往く。以後、甘霖が下土を潤し、年は大いに豊收する。尚秉和先生の注:取象は詳しく《否》卦の《坤》に変じる一条を見よ。校記:「去」の字は汲古閣本で「上」と作り、ここでは宋・元本に従う。
蠱。戴盆望天,不見星辰。願小失大,遁逃牆外。詳《賁》之《蒙》。
《小過》が《蠱》に変わる。林辞は一句の古諺を取って喩とする:盆を戴いて天を望めば、自然と星辰は一つも見えない。小さな心願を貪れば、かえって大きなものを失い、最後には垣を踰えて逃げるしかない。尚秉和先生の注:取象は詳しく《賁》卦の《蒙》に変じる一条を見よ。「戴盆望天」の語は司馬遷《報任安書》に出て、二つの事が兼ね得られぬを譬える。
臨。二人輦車,徙去其家。井沸釜鳴,不可以居。兌卦數二,震為人、為車、為行,故曰徙。伏艮為家,兌為井,坤水在上,故曰井沸。坤為釜,震為鳴,故曰釜鳴。艮為居,艮伏,故曰不可居。
《小過》が《臨》に変わる。林辞は一家の遷徙を写す:二人が輦車を推して、もとの住処を搬り離れる。井水は翻沸し、鍋釜は自ら鳴り——このような所はもはや住めない。尚秉和先生の解象:兌の卦数は二、震は人・車・行走を為すので「二人輦車」「徙去其家」と言う。伏艮は家宅、兌は井、坤水は上に在り、水満ちて沸溢するので「井沸」と言う。坤は釜を為し、震は鳴響を為すので「釜鳴」と言う。艮はもと居止を主るが、ここでは艮が潜伏して現れないので「不可以居」と言う。
觀。壞臂反肘,怒不可止。狼戻腹心,無與為市。艮為臂、為肘,伏震為歸,故曰反肘。震為怒,艮為狼,坤為腹心,巽為市。○止,宋元本作二,狼訛佷,與作以,俱依汲古。狼戻腹心者,言心懷毒佷叵測也。
《小過》が《觀》に変わる。林辞は交わるべからざる人を写す:臂が壊れて肘が反折し、一腔の怒気を按えきれない。心腸は豺狼の如く凶戾で、彼と売買して交際することはできない。尚秉和先生の解象:艮は臂・肘を為し、伏震は返帰反折の義があるので「反肘」と言う。震は怒、艮は狼、坤は腹心、巽は市集を為す。校記:「止」の字は宋・元本で「二」と、「狼」の字は「佷」と訛り、「與」の字は「以」と作るが、いずれも汲古閣本に依る。また「狼戾腹心」の一句を解して、此の人の心の狠毒にして測り難きを言う。
噬嗑。湯火之憂,轉解喜來。離火,坎水,故曰湯火。震為解、為喜,言由坎憂轉為震喜也。○火,宋元本作世,依汲古。
《小過》が《噬嗑》に変わる。林辞は極めて短い:もと沸湯烈火のごとき憂患があったが、転眼のうちに化解し、喜事が続いて至る。尚秉和先生の解象:離は火、坎は水。熱水に烈火を加えれば「湯火」と言う。震は解散・喜慶を主り、全句は坎の主る憂患が震の主る歓喜に転ずるを言う。校記:「火」の字は宋・元本で「世」と作り、ここでは汲古閣本に従う。
賁。忠信輔成,王政不傾。公劉肇基,文武綏之。坎為忠信,震為王,艮成終,故曰成王,言周公輔佐成王也。震為公,艮為基,離為文,震為武,故曰文武綏之。○基,宋元本作舉,依汲古。
《小過》が《賁》に変わる。林辞は周室を頌揚する:忠信を以て成王を輔佐し、王朝の政令はこのために傾覆しない。遠祖の公劉が基業を開創し、文王・武王がまたこれを安撫綏定した。尚秉和先生の解象:坎は忠信、震は王、艮は成終を主り、二象を合わせれば正に「成王」の二字——周公が周成王を輔佐した事を言う。震は公、艮は根基、離は文、震は武を為すので「文武綏之」と言う。校記:「基」の字は宋・元本で「挙」と作り、ここでは汲古閣本に従う。
剝。登高斬木,頓躓蹈險。車傾馬罷,伯叔吁嗟。一陽在上,故曰登高。艮為木、為刀劍,故曰斬木。震為車,震覆,故曰車傾。坤為馬、為勞,故曰馬罷。罷疲同,音婆,與蹉韻。○罷,汲古作疲,依宋元本。第四句汲古作叔伯蹉噓,乃後人所改,以與疲葉,豈知疲音皮,皮音婆,古經傳罷倦之罷固皆讀婆也。凡易林罷字無不協婆,以此見易林用字之古,與經傳同,《易中孚六三》罷與歌韻是其證也。
《小過》が《剥》に変わる。林辞は一たびの艱険な差事を写す:高きに登って樹木を伐り、一路踉蹌として険地を踏む。車は顛倒し、馬も疲れ果て、伯叔たちはただ声を連ねて嘆息する。尚秉和先生の解象:《剥》は一陽が孤り最上に懸るので「登高」と言う。艮は木・刀剣を為すので「斬木」と言う。震は車を為し、震を倒転すれば覆震となり、これが車の顛る所以で「車傾」と言う。坤は馬・労苦を為すので「馬罷」と言う——「罷」は「疲」と同じ字で「婆」と読み、下句と韻を押す。校記:「罷」の字は汲古閣本で「疲」と作るが、ここでは宋・元本に従う。第四句は汲古閣本で「叔伯蹉噓」と作るが、これは後人が「疲」の字と叶韻せんがために改めたもので、知らずや「疲」の音は「皮」、「皮」の音は「婆」で、古代の経伝で疲倦を表す「罷」はもともと皆「婆」と読む。《易林》の中で「罷」の字は「婆」の音に叶わぬはなく、ここから《易林》の用字の古さが経伝と同じであることが見える。《周易・中孚》の六三爻辞で「罷」は「歌」と相押す——これが明証である。
復。桑之將落,隕其黃葉。失勢傾側,而無所立。首二句宋本作桑之隕落、黃敗其葉,元本作桑之落隕,次句同宋,汲古作桑方隕落、黃葉敗散,茲依《履》之《噬嗑》校。
《小過》が《復》に変わる。林辞は《詩・衛風・氓》の「桑之落矣、其黄而隕」を化用する:桑樹がまさに凋零せんとし、黄葉は紛紛と地に墜ちる。人は一旦権勢を失えば傾側揚蕩し、再び立足の処がない。尚秉和先生の校記:冒頭の二句は宋本で「桑之隕落、黄敗其葉」と、元本は第一句を「桑之落隕」と・第二句は宋本と同じくし、汲古閣本は「桑方隕落、黄葉敗散」と作るが、ここでは《履》卦の《噬嗑》に変じる一条の文字に依って校定する。
無妄。鸞鳳翱翔,集於家國。念我伯姊,與母相得。伏坤為文,艮鳥,故曰鸞鳳。艮為家國,巽長女,故曰伯姊。伏坤為母。○家,宋元本作喜,依汲古。惟汲古作國家,非,依宋元本。
《小過》が《無妄》に変わる。林辞は一支の団圞の吉林である:鸞鳥と鳳凰が空中に盤旋し、自らの邦国のうちに落ちる。我が長姉を思い慕う——彼女は母と仲睦まじくして、互いに歓洽する。尚秉和先生の解象:伏坤は文采を主り、艮は鳥を為し、文采ある鳥はすなわち「鸞鳳」。艮は家国を為し、巽は長女なので「伯姉」と言う。伏坤は母を為す。校記:「家」の字は宋・元本で「喜」と作り、ここでは汲古閣本に従う。ただし汲古閣本は二字を倒して「国家」と作るが誤りで、詞序はなお宋・元本に従う。
大畜。陰淫所居,盈溢過度,傷害禾稼。通《萃》。坤為陰、為水,兌澤亦為水,故曰陰淫、曰盈溢。巽為禾稼,兌毀,故曰傷害禾稼。○盈,宋元本作益,非,依汲古。
《小過》が《大畜》に変わる。林辞は一場の水患を写す:陰湿の気が積聚して散らず、水勢は氾濫して度を過ぎ、田中の禾稼をことごとく淹れ壊す。尚秉和先生の注:この条は《大畜》の旁通卦《萃》を取って象を説く——《大畜》は乾下艮上で、六爻の陰陽を尽く変じれば《萃》の坤下兌上となる。坤は陰を・水を為し、兌は沢にしてまた水で、二重の水が一処に畳まるので「陰淫」「盈溢」と言う。巽は禾稼を為し、兌は毀折を主るので「傷害禾稼」と言う。校記:「盈」の字は宋・元本で「益」と作るが誤りで、汲古閣本に依る。
頤。霄冥高山,道險峻難。王孫罷極,困於阪間。艮為天,故曰霄。《玉篇》霄,雲氣也。霄冥高山,言山高入霄漢青冥之間也。震為王,艮為孫,坤為勞,故曰罷極。艮為道、為阪,坤為困苦,正反艮,故曰困於阪間。
《小過》が《頤》に変わる。林辞は行路の難を写す:高山は雲天の青冥に直に插ち、道路は険峻にして行き難し。王孫貴胄さえ精を疲れ力を尽くして、陡坡の間に困り留まる。尚秉和先生の解象:艮は天を為すので「霄」の字を用いる——《玉篇》は「霄」を雲気と釈し、「霄冥高山」とは山の高きこと霄漢青冥の中に插ち入るを言う。震は王、艮は孫、坤は労苦を主るので「罷極」と言う。艮は道路・山坡を為し、坤は困苦を為し、一正一反の二つの艮が中間を夾むので「困于阪間」と言う。
大過。和璧隋珠,為火所燒。冥昧失明,奪精無光,棄於道旁。通《頤》。震為珠、為玉,艮為火,故曰為火所燒。坤為黑,故曰冥昧失明、曰奪精無光。震為精,艮為光、為道。○奪,宋本訛奮,依元本、汲古。於,元本作其,依宋本、汲古。
《小過》が《大過》に変わる。林辞は至宝の毀棄を写す:和氏の璧と随侯の珠のような稀世の珍が、大火に一たび焼かれて、晦冥して光沢を失い、精気を奪われて光彩なく、ついに路傍に抛棄されて問う者もない。尚秉和先生の注:この条は《大過》の旁通卦《頤》を取って象を説く——《大過》は巽下兌上で、六爻を尽く変じれば《頤》の震下艮上となる。震は珠・玉を為し、艮は火を為すので「為火所焼」と言う。坤の色は黒なので「冥昧失明」「奪精無光」と言う。震は精を為し、艮は光・道路を為す。校記:「奪」の字は宋本で「奮」と訛り、元本と汲古閣本に依る。「于」の字は元本で「其」と作り、宋本と汲古閣本に依る。
坎。虞君好神,惠我老親。恭承宗廟,雖慍不去,復我內室。《左傳僖五年》虞公曰:吾享祀豐潔,神必據我,故曰好神。互震為神。艮為宗廟,坎為慍。○神,汲古作田,非,依宋元本。惠,元本作惡,依宋本、汲古。雖,汲古作長,依宋元本。
《小過》が《坎》に変わる。林辞は虞国の旧事を借りて言う:虞国の君は鬼神を篤く信じ、恩恵は我が家の老親に及ぶ。恭恭敬敬と宗廟の祭祀を承奉し、心に怨気を含みながらも離れようとせず、ついに自らの内室に帰る。尚秉和先生は《左伝》僖公五年を引く:虞公が言うに「吾享祀豊潔、神必拠我」と。ゆえに林辞は彼を「好神」と称す。取象の上では:互体の震は神、艮は宗廟、坎は慍怒を為す。校記:「神」の字は汲古閣本で「田」と作るが誤りで、宋・元本に依る。「恵」の字は元本で「悪」と作り、宋本と汲古閣本に依る。「雖」の字は汲古閣本で「長」と作り、宋・元本に依る。
離。爪牙之士,怨毒祈父。轉憂與己,傷不及母。詳《謙》之《歸妹》。士,宋元本作夫,依汲古。祈,元本作圻,依宋本、汲古。
《小過》が《離》に変わる。林辞は《詩・小雅・祈父》を化用する:王室の爪牙を充てる武士が、軍事を主管するあの祈父を深く恨む。彼は憂患をことごとく己の身に転じて担うが、幸いに傷害は母に及ばなかった。尚秉和先生の注:取象は詳しく《謙》卦の《帰妹》に変じる一条を見よ。校記:「士」の字は宋・元本で「夫」と作り、ここでは汲古閣本に従う。「祈」の字は元本で「圻」と作り、宋本と汲古閣本に依る。
咸。倉盈庾億,宜稼黍稷,年歲有息。詳《乾》之《師》。
《小過》が《咸》に変わる。林辞は豊年の象である:倉廩は満ち満ちて、露積の穀囤は千万の数に堆る。まさに黍稷を種るに宜しく、年成は有余りて家業は滋長す。尚秉和先生の注:取象は詳しく《乾》卦の《師》に変じる一条を見よ。「庾」とは露天に積む穀囤、「億」とはその多きを極言するもの。用語は《詩・小雅・楚茨》の一系の農事詩に出る。
恆。窗牖戶房,通利明光。賢智輔聖,仁德大行。家給人足,海內殷昌。詳《大畜》之《升》。房,汲古訛傍。
《小過》が《恒》に変わる。林辞は一片の開明の景象である:窓・門戸・房舎、至る所に通じて明るし。賢能なる智士は聖主を輔佐し、仁厚の徳政は大いに行われ、家家豊かにして人人余裕あり、四海の内は殷実にして昌盛す。尚秉和先生の注:取象は詳しく《大畜》卦の《升》に変じる一条を見よ。校記:「房」の字は汲古閣本で「傍」と訛る。
遯。切切之患,凶重憂薦,為虎所吞。伏坤為憂患、為凶,艮為虎,伏兌口,故曰為虎所吞。○切切,汲古作忉忉,依汲古。
《小過》が《遯》に変わる——ではなく、《小過》が《恒》に変わるに続く——《小過》が《遯》に変わる。林辞は深く重い凶険を写す:身に迫切する禍患、凶事は重々しく、憂愁は連なり至り、末には老虎に一口に呑まれる。尚秉和先生の解象:伏坤は憂患・凶を為し、艮は虎、伏兌は口に象るので「為虎所呑」と言う。校記:「切切」の二字は汲古閣本で「忉忉」と作る。この条の注文は前後二箇所とも「汲古」と書くが、前後が矛盾するので、「依宋・元本」の誤刻であろう。
大壯。水無魚滋,陸為海涯。君子失居,小人相攜。坤為水、為魚,坤伏,故曰水無魚滋。滋,生也。伏艮為陸,坤為海,艮坤相連,故曰陸為海涯。艮為君子、為居,巽隕落,故失居。坤為小人,重坤,故曰相攜。○滋,宋元本作池,依汲古。
上記は《遯》の条について——《小過》が《大壮》に変わる。林辞は世道の翻覆を写す:水は魚を生養せず、陸地はかえって海辺となる。君子は安居の所を失い、小人はかえって群れ成して互いに提携する。尚秉和先生の解象:坤は水・魚を為すが、ここでは坤が潜伏して見えないので「水無魚滋」と言う——「滋」とは滋生である。伏艮は陸、坤は海を為し、艮と坤とが相接続するので「陸為海涯」と言う。艮は君子・居止を為し、巽に隕落の義があるので「失居」。坤は小人を為し、二重の坤が相畳むので「相携」と言う。校記:「滋」の字は宋・元本で「池」と作り、ここでは汲古閣本に従う。
晉。九疑鬱林,沮溼不中。鸞鳳所惡,君子攸去。詳《無妄》之《巽》。
《小過》が《晋》に変わる。林辞に曰く:九疑山と郁林郡の一帯は、低く窪んで湿り、居るべき地にあらず。鸞鳳ですらこれを嫌悪し、君子は自ら離れ去る。尚秉和先生の注:取象は詳しく《無妄》卦の《巽》に変じる一条を見よ。九疑は今の湖南の南部、郁林は今の広西で、漢代にはいずれも瘴癘卑湿の南荒に属し、ゆえに林辞はこれを久しく留まるべからざる地とする。
明夷。六翮泛飛,走歸不及。脫歸王室,亡其騂特。震為翮、為飛,坎數六,故曰六翮泛飛。震為走、為歸,坎陷,故不及。震為王,坎為室、為馬,坎為赤,故曰騂。騂,赤色馬也。坤為牛,故曰特。坤喪,故曰亡其騂特。○泛,宋元本作況,依汲古。
《小過》が《明夷》に変わる。林辞は一場の狼狽した奔逃を写す:六本の強健な翎翮を張って四方に乱れ飛ぶが、走り帰ろうとしても間に合わない。身は脱して王室に帰り着くも、あの赤色の駿馬とあの牡牛を失った。尚秉和先生の解象:震は翎翮・飛を為し、坎の数は六なので「六翮泛飛」と言う。震は奔走・返帰を為し、坎は陥落を主るので「不及」と言う。震は王を為し、坎は室・馬を為し、坎はまた赤色を主るので「騂」と言う——「騂」とは赤色の馬。坤は牛を為すので「特」——すなわち牡牛。坤は喪亡を主るので「亡其騂特」と言う。校記:「泛」の字は宋・元本で「況」と作り、ここでは汲古閣本に従う。
家人。不直莊公,與我爭訟。媒伯無禮,自令壅塞。詳前。莊,前作杜,莫知孰是,姑兩存之。
《小過》が《家人》に変わる。林辞に曰く:あの庄公は理が直くないのに、我と官司を打つ。媒をした伯氏もまた礼数を守らず、果ては自ら路を塞ぎ絶った。尚秉和先生の注:取象は前文の同類の一条を見よ。校記:「庄」の字は前の一条で「杜」と作り、二つの字のいずれが原貌かは判定する由なく、姑く併存して定奪しない。
睽。瘡痍多病,宋公危殘。吳子巢門,殞命失所。詳《兌》之《蠱》。瘡痍多病,元本、汲古作倉庚多億,依宋本。
《小過》が《睽》に変わる。林辞は国君の難に遇う二つの事を連挙する:創傷は纍纍として疾病は身に纏わり、宋公は危殆にして残廃となる。呉王は巢邑を攻め、城門の下に命を喪い、死す所その所にあらず。尚秉和先生の注:取象は詳しく《兌》卦の《蠱》に変じる一条を見よ。校記:「瘡痍多病」の四字は元刻本と汲古閣本で「倉庚多億」と作るが、ここでは宋本に従う。いわゆる「呉子巢門」とは、《左伝》襄公二十五年に呉王の諸樊が巢を攻め、巢人に門中より射殺された一事を指す。
蹇。失羊捕牛,無損無憂。兌為羊,兌伏,故曰失羊。艮為牛,艮手,故曰捕牛。
《小過》が《蹇》に変わる。林辞はただ二句なれど、失って復た得る吉兆である:一頭の羊を失い、かえって一頭の牛を捉え、折損もなく愁うべからず。尚秉和先生の解象:兌は羊を為すが、ここでは兌が潜伏して現れないので「失羊」と言う。艮は牛を為し、艮はまた手に象るので、手を以て牛を捕る——「捕牛」と言う。一失一得、二つ相抵かえり、正に「無損無憂」の四字に応ず。
解。夏麥麩,霜擊其芒。疾君敗國,使我誅傷。詳《泰》之《賁》。麩,依宋元本,汲古作麩,非。
《小過》が《解》に変わる。林辞は天災が人禍を牽き出すを写す:夏の麦は空瘪の麸殻ばかり結び、寒霜がまた麦の芒を打折る。国君は民を害し国事は敗壊し、我らをして徒らに誅戮と傷損とに遭わせる。尚秉和先生の注:取象は詳しく《泰》卦の《賁》に変じる一条を見よ。校記:「麸」の字は宋・元本に依る。汲古閣本は別の一字と作るが従うべからず——二つの字形は今本ではもう区別が見えない。
損。昧昧闇闇,不知白黑。風雨亂擾,光明伏匿,幽王失國。坤黑,故曰昧闇。巽為白,巽伏,故不知。坤為風、為亂,兌為雨,故曰風雨亂擾。艮為光明,坤閉,故伏匿。震為王,坤黑,故曰幽王。坤為國、為喪,故曰失國。
《小過》が《損》に変わる。林辞は昏乱亡国の象を写す:昏々暗々として、黒白さえも辨え分けられない。風雨は交々として擾攘安まらず、光明は潜蔵隠没し、周幽王はこのために天下を失った。尚秉和先生の解象:坤の色は黒なので「昧昧闇闇」と言う。巽は白を為すが、ここでは巽が潜伏するので「不知」白黒と言う。坤は風・乱を為し、兌は雨を為すので「風雨乱擾」と言う。艮は光明を為し、坤は閉塞を主るので「伏匿」と言う。震は王を為し、坤の色は幽黒で、合わせて「幽王」の二字となる。坤は国・喪亡を為すので「失国」と言う。
益。執斧破薪,使媒求婦。和合二姓,親御飲酒。色比毛嬙,姑公悅喜。詳《家人》之《漸》。毛嬙,古美女名。第四句宋元本作親迎斯須,非,依汲古。
《小過》が《益》に変わる。林辞は婚嫁の吉林で、《詩・斉風・南山》の「析薪如之何、匪斧不克。取妻如之何、匪媒不得」に本づく:手に斧を執って柴薪を劈き、媒人に託して親事を言わせる。二姓は和合して成婚し、新郎は親ら車を駕して迎娶し、共に合巹の酒を飲む。新婦の容色は古の美人毛嬙に比ぶべく、公婆は皆歓喜する。尚秉和先生の注:取象は詳しく《家人》卦の《漸》に変じる一条を見よ。併せて毛嬙は古代の美女の名であると注する。校記:第四句は宋・元本で「親迎斯須」と作るが誤りで、汲古閣本に依る。
夬。六疾生狂,痴走妄行。北入患門,與禍為鄰。伏坤為疾,乾數六,故曰六疾。兌剛魯,故曰狂、曰妄、曰痴。乾為行,坤為禍患、為門,位北,故曰北入患門。○第二句元本作妄痴走行,依宋本、汲古。
《小過》が《夬》に変わる。林辞は神志の失常な人を写す:六種の病気が交々侵して狂疾を生じ、痴れたるように乱れ走り、胡乱に事を行う。一頭に北の方に撞いて禍患の門に入り、災殃と隣りを為す。尚秉和先生の解象:伏坤は疾病を為し、乾の数は六なので「六疾」と言う——「六疾」は《左伝》昭公元年の秦の医和の論に出て、寒・熱・末・腹・惑・心の六種の病を指す。兌の性は剛にして鹵莽なので「狂」「妄」「痴」の諸字あり。乾は行走を為し、坤は禍患・門を為し、坤の位は北に在るので「北入患門」と言う。校記:第二句は元刻本で「妄痴走行」と作り、ここでは宋本と汲古閣本に従う。
姤。驅羊就群,佷不肯前。慶季愎諫,子之被患。通《復》。震為羊,坤為群,坤閉,故不前。震為諫,坤為患。《左傳襄二十八年》慶嗣謂慶封曰:禍將作矣,請速歸,慶封不聽。又其女盧蒲姜曰:夫子愎,莫之止,將不出。子之,即慶舍,為慶封子。慶季,即慶封。後子之被盧蒲癸刺死,慶封奔魯。○佷,汲古作狼,依宋元本。
《小過》が《姤》に変わる。林辞は斉国の慶氏の乱を借りて説を立てる:羊を駆って羊群に帰さしめんとするも、羊は執拗に上がろうとしない。斉国の慶封は剛愎自月で諫めを聴かず、その子の慶舎はこのため大きな禍に遭う。尚秉和先生の注:この条は《姤》の旁通卦《復》を取って象を説く——《姤》は巽下乾上で、六爻を尽く変じれば《復》の震下坤上となる。震は羊、坤は羊群、坤は閉塞を主るので「不前」。震は進諫を為し、坤は禍患を為す。彼はまた《左伝》襄公二十八年を引く:慶嗣が慶封に言うに、禍乱はまさに発作せんとす、速やかに帰り給え、慶封は聴かず。慶舎の娘の盧蒲姜もまた言うに、あの老爺はあまりに固執して誰も勧められぬ、彼は出走を肯ぜぬ、と。「子之」とは慶舎——慶封の子。「慶季」とは慶封。後に慶舎は盧蒲癸に刺殺され、慶封は魯国に逃奔した。校記:「佷」の字は汲古閣本で「狼」と作るが、ここでは宋・元本に従う。
萃。二人共路,東趨西步。十里之外,不相知處。共,依《比》之《損》校,各本皆作異,非。
《小過》が《萃》に変わる。林辞に曰く:二人が同じ路を行くに、一人は東へ疾行し、一人は西へ緩歩す。十里の外に出でては、互いに再び相手の在る処を知ることなし。尚秉和先生の注:「共」の字は《比》卦の《損》に変じる一条に依って校定する。諸本皆「異」と作るが誤り——もと「共路」なりしが各々東西に奔るゆえに、こそ分かれ道を揚鑣し終に陌路となるの意が見える。
升。義不勝情,以欲自營。幾利危躬,折角摧頸。詳前。危,汲古訛為,依宋元本。幾皆作覩,依《坤》之《豐》校。
《小過》が《升》に変わる。林辞は貪りを戒める一句の箴語である:道義は私情に敵せず、ひたすら欲望を凭に自らのために経営する。眼前の小利を貪ればかえって身を危うくし、角を折り頸を断つ果てを落とす。尚秉和先生の注:辞義は前文の同類の一条を見よ。校記:「危」の字は汲古閣本で「為」と訛り、ここでは宋・元本に従う。「几」の字は諸本皆「覩」と作るが、《坤》卦の《豊》に変じる一条に依って校改する。
困。騷騷擾擾,不安其類。疾在頸項,凶危為憂。巽進退不果,故曰騷擾、曰不安。坎為疾,艮為項頸,艮伏,兌見,兌毀在上,故曰疾在頭頸。坎為危憂。
《小過》が《困》に変わる。林辞は安く処ることを得ざるを写す:騒動擾攘として、同類と処るにも安らかならず。病痛は頸項の上に長く在り、凶険危難は心頭の憂となる。尚秉和先生の解象:巽の性は進退して猶疑し、事を為すに果決でないので「騒擾」「不安」と言う。坎は疾病、艮は項頸を為すが、ここでは艮が潜伏し兌が顕現し、兌は毀折を主りまた上体に居るので「疾在頭頸」と言う。坎は危・憂を為す。
井。三河俱合,水怒湧躍。壞我王室,民困於食。詳《蠱》之《頤》。
《小過》が《井》に変わる。林辞は大水の災いを写す:三つの大河が一斉に匯合し、水勢は暴怒して翻涌騰躍する。王室の宮廟を衝き壊し、百姓は飯を食うことさえ難題となる。尚秉和先生の注:取象は詳しく《蠱》卦の《頤》に変じる一条を見よ。
革。陽曜旱疾,傷病稼穡,農人無食。離火,故曰陽曜、曰旱。伏坎為疾病,巽為稼牆,伏震為耕,故曰農人。坤虛,故無食。
《小過》が《革》に変わる。林辞は旱災を写す:烈日は炙り烤し、旱魃は疾を成し、庄稼は傷つき病みて、田を種る人は飯にあらず。尚秉和先生の解象:《革》の下卦の離は火なので「陽曜」「旱」と言う。伏坎は疾病を為し、巽は稼穡を為し(注文は「稼墻」と書く——「墻」は「穡」の形訛)、伏震は耕作を為すので「農人」と言う。坤は中が空虚なので「無食」。
鼎。流浮出食,載豢入屋。釋轡繫馬,西南廡下。通《屯》。坎水,坤水,故曰流浮。震為出、為食,坤為載豢,《說文》以谷圈養豕也。坎為豕,故曰載豢入屋。艮為屋,震為馬、為釋,巽為轡、為繫,故曰釋轡繫馬。坤為西南、為下,上艮,故曰廡下。○轡,宋元本作鞍,依汲古。
《小過》が《鼎》に変わる。林辞は帰家して安頓する一たびを写す:水上に漂って食物を運び、圏養した肥豕を屋に載せ入れる。繋を解いて馬を繋ぎ留め、西南面の廊廡の下に安置す。尚秉和先生の注:この条は《鼎》の旁通卦《屯》を取って象を説く。坎は水、坤もまた水なので「流浮」と言う。震は出・食を為し、坤は載豢を為す——《説文》に「豢」とは穀物を以て圈に養豕すとある。坎は豕を為すので「載豢入屋」と言う。艮は屋を為し、震は馬・解くを為し、巽は纒轡・繋縛を為すので「釋轡繋馬」と言う。坤の位は西南に在りまた下方を主り、上体は艮なので「廡下」と言う。校記:「轡」の字は宋・元本で「鞍」と作り、ここでは汲古閣本に従う。
震。門戶之居,可以止舍。進仕不殆,安樂相保。互艮為門戶、為居,艮止,故曰舍。艮為官,故曰仕。震為進、為樂,坎為殆,震解,故不殆。○仕,汲古訛士,依宋元本。
《小過》が《震》に変わる。林辞は安居の一支の吉林である:門あり戸ありの住処は、止まり安んずるに足る。出仕して進取するにも危険なく、安楽のうちに互いに保全する。尚秉和先生の解象:互体の艮は門戸・居所を為し、艮の性は静止なので「止舍」と言う。艮はまた官職を主るので「仕」と言う。震は進・楽を為し、坎は危殆を為すが、震に解散の義があり、正に坎険を解くことができるので「不殆」と言う。校記:「仕」の字は汲古閣本で「士」と訛り、ここでは宋・元本に従う。
艮。過時不歸,雌雄苦悲。徘徊外國,與母分離。詳《豫》之《大壯》。
《小過》が《艮》に変わる。林辞は羈旅の悲を写す:帰期を過ぎてなお帰らず、雌雄の両方が苦しく悲鳴する。人は異国に徘徊して定まらず、母と天の各一方に隔たる。尚秉和先生の注:取象は詳しく《豫》卦の《大壮》に変じる一条を見よ。
漸。中田有廬,疆埸有瓜。獻進皇祖,曾孫壽考。坎為中,艮為田、為廬、為疆埸、為瓜,艮為壽、為祖,又為曾孫。林詞皆小雅詩句。
《小過》が《漸》に変わる。林辞はほぼ句句《詩》なり:田中に一間の小屋あり、田の界に瓜を種す。瓜の菹を偉大なる先祖に進献すれば、曾孫はすなわち長寿を得て享く。尚秉和先生の解象:坎は中を為し、艮は田・廬舎・疆埸・瓜を為し、艮はまた寿数・先祖を主り、曾孫にも取り得る。彼は併せて指明する、この数句の林辞は皆直接《詩・小雅・信南山》の原句を采ったものである。
歸妹。失時無友,覆家出走,傫如喪狗。艮為時、為友、為家,艮覆,故曰失時、曰無友、曰覆家。震為出走,艮為狗,艮覆,故曰喪狗。全取反艮象。《家語》孔子在衛東門外,傫傫如喪家之狗。○傫,汲古作何,依宋元本。
《小過》が《帰妹》に変わる。林辞は落魄の状を写す:時機を失しく交ずる友なく、家業は傾覆して出走せざるを得ず、頹喪すること喪家の犬の如し。尚秉和先生の解象:艮は時・友・家を為すが、ここの艮は倒転せる覆艮なので「失時」「無友」「覆家」と言う。震は出走を為し、艮は狗を為し、艮は既に倒転すれば狗はその主を失うので「喪狗」と言う——整条は全て「反艮」、すなわち倒転せる艮の象を取る。彼は併せて《孔子家語》を引く:孔子は衛国の東門の外に困え、形容は憔悴して、纍纍然として喪家の狗の如しと。校記:「傫」の字は汲古閣本で「何」と作り、ここでは宋・元本に従う。
豐。反鼻歧頭,二寡獨居。艮為鼻,上卦艮反,故曰反鼻。《釋名》物兩為歧,艮為頭,艮反向上,故象形曰歧頭。巽為寡,二至五正反巽,又兌卦數二,故曰二寡。○二,宋元本作三,依汲古。
《小過》が《豊》に変わる。林辞はただ二句、一つの乖違して孤零たる景象を写す:鼻は反を向き頭は二岐に分かれ、二つの寡婦は各々独り居る。尚秉和先生の解象:艮は鼻を為し、上卦の艮は倒転せるものなので「反鼻」と言う。《釈名》に凡そ物の双ば成るを「岐」と言い、艮は頭を為し、艮は倒転して上に向き、形状は分岐するので、形状に就いて「岐頭」と言う。巽は寡婦を為し、二爻より五爻の間に一正一反の二つの巽を含み、さらに兌の卦数は二なので「二寡」と言う。校記:「二」の字は宋・元本で「三」と作り、ここでは汲古閣本に従う。
旅。衣裳顛倒,為王來呼。成就東周,封受大福。通《節》。震為衣裳,正反震,故曰衣裳顛倒。震為王,兌為呼,《詩齊風》顛倒衣裳,自公召之。震為東、為周,艮為成,故曰成就東周。震為福,義與毛異。
《小過》が《旅》に変わる。林辞は《詩・斉風・東方未明》の成句を用いる:衣裳を顛倒して著る、王上が急ぎ召す故なり。此の人は後に東周の王業を輔成し、封を受けて大福を獲る。尚秉和先生の注:この条は《旅》の旁通卦《節》を取って象を説く。震は衣裳を為し、一正一反の二つの震が相畳むので「衣裳顛倒」と言う。震は王を為し、兌は呼喚を為し、《詩・斉風》に正に「顛倒衣裳、自公召之」の二句あり。震は東方を主りまた周を為し、艮は成就を主るので「成就東周」と言う。震は福を為す。彼は併せて指出する、《易林》のここに取るは君命に急ぎ赴き終に福禄を獲る吉義で、《毛伝》がこの二句を号令無節の譏刺の義と解するのとは異なる。
巽。飛不遠去,還歸故處,興事多悔。巽進退不果,故曰飛不遠去、還歸故處。伏震為飛、為反,故曰還歸。
《小過》が《巽》に変わる。林辞に曰く:飛び出して遠くならぬにまた折り返り、依然として元の処に落ち帰る。この時に事を興せば多く悔いることあらん。尚秉和先生の解象:巽の性は進退して遅疑し、果決すること能わざるので「飛不遠去」「還帰故處」と言う。伏震は飛・返を為すので「還帰」と言う。一切は既に原地を打ち転ぐのみなれば、手を動かして事を興せば自ら悔いること多からん。
兌。含血走禽,不曉五音。瓠巴鼓瑟,不悅於心。瓠巴,人名。《荀子》瓠巴鼓瑟,游魚出聽;《列子》瓠巴鼓瑟,而鳥舞魚躍。首二句言鳥獸含有氣血,並不曉音律,然一聞瓠巴鼓瑟而感於心也。伏坎為血,艮為禽。伏震為音,巽卦數五,故曰五音。艮為瓠,震為鼓、為瑟。坎為心,坎憂,故不悅。○瓠,汲古訛匏,依宋元本。
《小過》が《兌》に変わる。林辞に曰く:血気を含む走獣飛禽は、もとより五音を解せざるなり。然れど瓠巴が一たび瑟を鼓せば、彼らの心は平かなることを得ず。尚秉和先生はまず人名を釈す:瓠巴は古代の瑟を鼓するに善い楽師。《荀子・勧学》に「瓠巴鼓瑟而流魚出聴」とあり、《列子》には瓠巴が瑟を鼓すれば鳥はこれに舞い魚はこれに騰躍すとある。冒頭の二句は、鳥獣は血気ありといえど音律に通ぜず、然れど瓠巴の瑟を一たび聴けば心に動かされると言う。取象の上では:伏坎は血、艮は禽を為す。伏震は音、巽の卦数は五なので「五音」と言う。艮は瓠を為し、震は鼓・瑟を為す。坎は心を為し、坎はまた憂を主るので「不悦」と言う。校記:「瓠」の字は汲古閣本で「匏」と訛り、ここでは宋・元本に従う。
渙。求玉獲石,非心所欲,祝願不得。震為玉,艮為求、為石,故曰求玉獲石。坎為心願,坎失,巽隕,故不得。
《小過》が《渙》に変わる。林辞は求むる所と得る所とあらざるを写す:一塊の美玉を求めんとするに、手に得るは頑石で、これは心の欲する所にあらず。祷告許願さえも空しく落つ。尚秉和先生の解象:震は玉を為し、艮は求・石を為すので「求玉獲石」と言う。坎は心・願を為すが、ここでは坎に喪失の義があり、巽はまた隕落を主るので「不得」と言う。
節。山崩谷絕,大福盡竭。涇渭失紀,玉厯既已。厯,各本皆作石,依《屯》之《蒙》校。既,盡也。
《小過》が《節》に変わる。林辞は国運の終結する凶象を写す:山陵は崩塌し、谷水は断流し、もとの大福はことごとく耗え尽くす。涇水・渭水は常道を乱れ、天の定めた玉暦もまた尽きるに至る。尚秉和先生の注:「厯」の字は諸本皆「石」と作るが、《屯》卦の《蒙》に変じる一条に依って校改する。また「既」の字を「尽」と釈す。「玉暦」とは暦数・国祚の代称で、山崩れ川竭るは古人の見るところ王朝の将に亡びんとする徴兆である。
中孚。嗔目懼怒,不安其居。散渙府藏,無有利得。震為怒,互大離,故曰瞋目懼怒。艮為居、為安,風隕落,故不安其居。艮為府,巽為散渙、為利。此指呂嬃散棄財實事。
《小過》が《中孚》に変わる。林辞は驚懼して家を破るを写す:目を瞠いて惧れかつ怒り、坐して席に安からず。府庫の中の積蔵は散失して一尽く、一点の好処も捞ることを得ず。尚秉和先生の解象:震は怒を為し、卦中の数爻は合わせて一つの放大した離を成し、離は目を為すので「瞋目惧怒」と言う。艮は居・安を為し、巽風に隕落の義があるので「不安其居」。艮は府庫を為し、巽は渙散を主りまた財利を主る。彼は併せて指出する、この条が影射するは漢初の呂媭が家財を散棄したあの実事——呂后の死後、諸呂は将に敗れんとして、呂媭は珠玉宝器をことごとく堂上に撒いて、他人に留め置かぬと言った。
既濟。眾邪充側,鳳凰折翼。微子復北,去其邦國。多用半象。
《小過》が《既済》に変わる。林辞は賢者の出走を写す:奸邪の徒が左右に充塞し、鳳凰は翅を折り断たれる。殷末の微子はここにおいて北へ行き、自らの邦国を離れた。尚秉和先生はただ四字を批す:多く「半象」を用う——「半象」とは一卦の上下の二画のような半分の卦体のみを取り、別の半分と湊り合わせて象を成すことを言い、必ずしも三画の完整な経卦を湊えず、《易林》の象を説く常用の手法である。
未濟。六月採,征伐無道。張仲方叔,克敵飲酒。詳《離》之《坎》。○方叔克敵,汲古作叔季孝友,依宋元本。
《小過》が《未済》に変わる。林辞は《詩・小雅》の二篇の本事を取る:六月に出でて芑を采り、無道の邦を征討す。張仲・方叔のごとき名臣は敵に勝ち、朝に回りて酒を飲みて功を慶ぶ。尚秉和先生の注:取象は詳しく《離》卦の《坎》に変じる一条を見よ。校記:「方叔克敵」の四字は汲古閣本で「叔季孝友」と作るが、ここでは宋・元本に従う。按ずるに首句「六月采」の下は底本に脱字あるが如し。《詩・小雅・六月》と《采芑》の二篇は正に周宣王の北伐・南征の詩で、張仲は《六月》に見え、方叔は《采芑》に見える。
既済 第六十三
既濟。玄兔指掌,相與相恃。證訊詰問,誣情自直。宛死誰告,口為身禍。多用半象。指,汲古作捐,恃作視,誣作注,直作侶,宛死誰告作死誣難告,均依宋元本。
《既済》はそのまま《既済》に変わる、本卦の自守の第一林である。林辞は一場の口舌より牽き出されたる官司を写す:黒兎は掌中にて指点し、二つは互いに依恃す。簿に対して審問を受け層層に詰問さるるも、本は人に誣えられたる身、実情は自ずから辨えて清白なり。ただし冤を含みて死する者はまた誰にか申告せん。一張の口は畢竟自身の禍根となれり。尚秉和先生はただ「多用半象」の四字を批す——この条は取象に半分の卦体を湊り合わせるを多く用いるを指す。校記:「指」の字は汲古閣本で「捐」と、「恃」は「視」と、「誣」は「注」と、「直」は「侶」と作り、「宛死誰告」は「死誣難告」と作るが、これらはいずれも宋・元本に依る。
乾。遊駒石門,騄耳安全。受福西鄰,歸隱玉泉。乾為門、為石、為馬,故曰遊駒石門、曰騄耳。坎為西鄰、為泉,乾為玉。○隱,宋元本作邑,依汲古。
《既済》が《乾》に変わる。林辞は一疋の良馬の帰着を写す:小馬は石門の一帯を遊走し、名を「騄耳」と言うあの駿馬は安然として恙なし。西の隣邦にて福祚を受け、最後に玉泉の畔に帰りて隠居す。尚秉和先生の解象:乾は門・石・馬を為すので「遊駒石門」と言い、また「騄耳」と言う——騄耳は周穆王の八駿の一つ。坎は西隣・泉を為し、乾は玉を為す。校記:「隠」の字は宋・元本で「邑」と作り、ここでは汲古閣本に従う。
坤。陽春草生,萬物風興。君子所居,禍災不到。坤為茅茹,故曰草、曰萬物。坤為風、為禍災。○風,宋元本作盛,依汲古。坤為風失傳象。
《既済》が《坤》に変わる。林辞は生機の盎として満ちるを写す:陽春の時節、百草は萌え出で、万物は風に乗じて興る。君子の居る所には、殃禍災患は到らず。尚秉和先生の解象:坤は茅の根鬚の相連なるを為すので「草」と言い、「万物」と言う。坤はまた風・禍災を為す。校記:「風」の字は宋・元本で「盛」と作り、ここでは汲古閣本に従う。併せて特に指出する、坤の風象を取り得るは、これは漢代《易》説の中に久しく失伝した一条の「逸象」である——いわゆる「逸象」とは、《説卦》に著録せざるも漢人が《易》を解いて実際に用いた卦象を指す。
屯。人無足,法緩除。牛出雄,走羊驚。不失其家。前四句三字句,末四字句。震為人、為足,伏巽,下斷,故曰無足。坎為法律。除,授官也。坤柔,故曰緩除,言人有疾不能授官也。坤為牛,震為出、為雄、為羊、為驚。艮為家。家,音姑,與除韻。○緩,汲古作紱,依宋元本。牛,宋元本作才,依汲古。
《既済》が《屯》に変わる。この条は冒頭の四句は皆三字句、末句のみ四字句で、节奏は常林と異なる。林辞に曰く:人は腿脚に残欠あって便ならず、官を授ける手続きは遅々として延びる。牛群の中に雄壮なる一頭出で、逃げたる羊は驚く。幸いに終に自家を失わず。尚秉和先生の解象:震は人・足を為し、ここでは伏巽、巽の下画は中断す、ゆえに「無足」と言う。坎は法律を為す。「除」とは官職を授くるの意、坤の性は柔緩なので「緩除」と言う——人に残疾あれば拜官できぬを言う。坤は牛、震は出・雄・羊・驚を為す。艮は家を為す——「家」はここで「姑」と読み、「除」の字と韻を押す。校記:「緩」の字は汲古閣本で「紱」と作るが、ここでは宋・元本に従う。「牛」の字は宋・元本で「才」と作り、汲古閣本に依る。
蒙。泰山上奔,變見太微。陳吳廢忽,作為禍患。艮為山,震東,故曰泰山。泰山,東嶽也。震為奔,艮為星,故曰太微。坤坎皆在北。太微,北極星也。陳吳,皆訛字,疑吳為突之形訛,陳為臣之音訛,言祭仲臣突廢忽也,事見《左傳桓十一年》突,鄭厲公;忽,鄭昭公。坤為臣,坎為禍患。○山,元本作上,上作止,依宋本、汲古。吳,汲古作吾,微作傲,依宋元本。
《既済》が《蒙》に変わる。林辞は一場の変故を写す:泰山の上に奔騰の勢いあり、天象の変異は太微垣に現る。「陳呉」は忽を廃黜し、これによって禍患を醸成す。尚秉和先生の解象:艮は山、震は東方を主るので「泰山」と言う——泰山は東岳なり。震は奔、艮は星を為すので「太微」と言う、坤と坎は皆北方に在り、太微はここでは北極一帯の星区を指す。「陳呉」の二字に至りては、彼はいずれも訛字と判定す:「呉」は「突」の形訛の疑いあり、「陳」は「臣」の音訛の疑いあり、全句は鄭の大夫祭仲が公子突に臣事して公子忽を廃したを言う——事は《左伝》桓公十一年に見え、突はすなわち鄭厲公、忽はすなわち鄭昭公。取象の上では、坤は臣、坎は禍患を為す。校記:「山」の字は元本で「上」と、「上」の字は「止」と作り、宋本と汲古閣本に依る。「呉」の字は汲古閣本で「吾」と、「微」の字は「傲」と作り、いずれも宋・元本に依る。
需。乘龍吐光,先暗後明。燎獵大得,六師以昌。乾為龍,離為光,互兌口,故曰吐光。坎為暗,離為明、為燎,坎數六,坎眾,故曰六師以昌。言文王因獵得太公也。○第二句宋元本先作使,依汲古。後,宋本、汲古作復,依元本。又吐光,汲古作光土,六作太,均依宋元本。《山海經》天不足西北,有龍銜燭照天門。
《既済》が《需》に変わる。林辞は文王が太公に遇う旧事を写す:神龍に乗りて口より光明を吐き、先には昏暗にして後には大いに明らかなり。一場の焚野の田猟は収獲極めて大きく、六軍はこれにより昌盛す。尚秉和先生の解象:乾は龍、離は光、互体の兌は口に象るので「吐光」と言う。坎は暗、離は明また焚野田猟の「燎」を為す。坎の数は六、坎はまた衆を主るので「六師以昌」と言う。彼は点明する、これは周文王が出猟して姜太公を得たの故事を言うと。校記:第二句の「先」の字は宋・元本で「使」と作り、汲古閣本に依る。「后」の字は宋本と汲古閣本で「復」と作り、元本に依る。「吐光」は汲古閣本で「光土」と、「六」は「太」と作り、いずれも宋・元本に依る。注の末にまた《山海經》を引く:天は西北に傾きて足らず、神龍あり口に燭火を衔えて天門を照らす——これは正に「乗龍吐光」の来歴である。
訟。羊頭兔足,羸瘦少肉。漏囊敗粟,利無所得。詳《剝》之《恆》。
《既済》が《訟》に変わる。林辞は一たびの赤字の売買を写す:羊は頭のみ残り、兔は双足のみ残り、瘦せて骨立ち、肉は幾両もなし。袋はまた破れ、粟米は一路漏れ尽くし、残るは皆腐敗せるものばかり、一分の利も捞ることを得ず。尚秉和先生の注:取象は詳しく《剥》卦の《恒》に変じる一条を見よ。
師。因禍受福,喜盈其室。螟蟲不作,君無苛忒。坤為禍,震為福、為喜,坎為室。巽為螟蟲,巽伏,故曰不作。震為君,坤為苛忒,震解,故無。○苛忒,宋元本訛可得,依汲古。
《既済》が《師》に変わる。林辞は禍を転じて福となす吉兆である:禍事よりかえって福を得、喜氣は屋室に満つ。螟虫の類の害虫は再び作さず、国君にも苛政の差忒なし。尚秉和先生の解象:坤は禍、震は福・喜、坎は室を為す。巽は螟虫を為し、ここでは巽が潜伏するので「不作」と言う。震は君、坤は苛刻差忒を主り、震は解散する能ありゆえに「無」と言う。校記:「苛忒」の二字は宋・元本で「可得」と訛り、ここでは汲古閣本に従う。
比。舜升大禹,石夷之野。徵詣王庭,拜治水土。王庭,汲古作黃門,依《乾》之《中孚》。
《既済》が《比》に変わる。林辞は賢を挙げ能を任ずるを写す:虞舜は石夷の荒野の中より大禹を擢升す。彼を王庭に徴召して来らせ、水土を治むる重任を拜授す。尚秉和先生の注:「王庭」の二字は汲古閣本で「黄門」と作るが、ここでは《乾》卦の《中孚》に変じる一条に依って校定す。
小畜。烏子鵲雛,常與母俱。顧類群族,不離其巢。伏艮為鳥,震為鵲。坤為母、為群、為族類。艮為巢。○族,汲古作聚,依宋元本。
《既済》が《小畜》に変わる。林辞は母子の相守るを写す:小烏・小鵲は、常に母鳥と一処に在り。同類の族群を顧念して、自らの窠巣を離れざるを肯ぜず。尚秉和先生の解象:伏艮は鳥、震は鵲を為す。坤は母・群・族類を為し、艮は巣を為す。校記:「族」の字は汲古閣本で「聚」と作り、ここでは宋・元本に従う。
履。夷羿所射,發輒有獲。矰加鵲鷹,雙鳥俱得。元本注:夷羿,古之善射者。伏震為射,坎為獲。繫繳於矢曰矰。巽為矰。艮為鷹,震為鵲,坤數二,故曰雙鳥。○矰,汲古訛增,鵲作倉,俱依宋元本。
《既済》が《履》に変わる。林辞は百発百中を写す:夷羿は一たび箭を射出せば、必ず斬獲あり。糸繩を繫げた箭を鵲と蒼鷹とに射て、二隻の鳥は一挙に手に入る。尚秉和先生はまず元刻本の旧注を引く:夷羿は古代の射に善い人、すなわち后羿。取象の上では:伏震は射、坎は獲を為す。箭尾に糸繩を繫ぐを「矰」と言い、巽は繩を為すので矰と為す。艮は鷹、震は鵲を為し、坤の数は二なので「雙鳥」と言う。校記:「矰」の字は汲古閣本で「増」と訛り、「鵲」の字は「倉」と作り、いずれも宋・元本に依る。
泰。晨風文翰,大興就溫。昧過我邑,羿無所得。詳《小畜》之《革》。文翰,鳥也。
《既済》が《泰》に変わる。林辞は候鳥の寒を避くるを写す:晨風と文翰の二種の鳥は群れを成して飛び起ち、暖かき所に往く。天の蒙々として明くる頃、我らの城邑を掠め過ぎ、射に善い后羿さえ一獲なし。尚秉和先生の注:取象は詳しく《小畜》卦の《革》に変じる一条を見よ、併せて「文翰」は一種の鳥名と注明す。
否。六喜三福,南至歡國。與喜同樂,嘉我潔德。乾為喜福,數六,艮數三,故曰六喜三福。乾為南,坤為國,乾為金玉,故曰潔德。○同,宋本作忻,嘉作珪,均依汲古。
《既済》が《否》に変わる。林辞は紙面に吉慶を満たす:六重の喜事・三重の福氣、一路南に進みて歓楽の邦に至る。歓喜と共に樂しみ、人人は我がこの潔き徳を称美す。尚秉和先生の解象:乾は喜・福を為し、乾の数は六、艮の数は三なので「六喜三福」と言う。乾は南方を主り、坤は国を為す。乾はまた金玉を為し、金玉は潔浄なので「潔徳」と言う。校記:「同」の字は宋本で「忻」と、「嘉」の字は「珪」と作り、いずれも汲古閣本に依る。
同人。鬬龍股折,日遂不明。自外為主,弟伐其兄。《左傳莊十四年》內蛇與外蛇鬬於鄭南門中,內蛇死,後宋人劫祭仲,納厲公,所謂自外為主也。厲公入,昭公出奔,所謂弟伐其兄也。同人巽為股,伏震為龍,坎為折,故曰折股。離為日,在下,故不明。震為主、為兄,坎為震弟。
《既済》が《同人》に変わる。林辞は鄭国の君位の争いを写す:両龍は相鬥して大腿を折られ、太陽もまたこれにより昏暗して明らからず。外より入り来る者が国君となり、弟は自らの兄を討伐す。尚秉和先生は《左伝》庄公十四年を引く:鄭の南門の中に内蛇と外蛇とが相鬥し、内蛇は咬殺さる。後に宋人は祭仲を劫して、公子突すなわち厲公を鄭に送り返して君と立て、これが「自外為主」なり。厲公は国に入り、昭公は出奔す、これが「弟伐其兄」なり。取象の上では:《同人》中の巽は股、伏震は龍、坎は折斷を主るので「折股」と言う。離は日にして下体に居るので「不明」と言う。震は主・兄を為し、坎は震の弟——震は長男、坎は中男。
大有。蒙慶受福,有所獲得,不利出域。通《比》。坤為民,拱向九五,故曰有獲。坤為域,坤閉,故不利出域。○域,宋元本作門,非,依汲古。
《既済》が《大有》に変わる。林辞に曰く:吉慶を蒙り福祚を承け、得る所は少なからず。ただ本境より出で行くは宜しからず。尚秉和先生の注:この条は《大有》の旁通卦《比》を取って象を説く——《大有》は乾下離上、六爻を尽く変じれば《比》の坤下坎上となる。《比》中の衆陰の坤は民なり、一斉に九五の一陽爻に拱向す、ゆえに「有獲」と言う。坤は疆域を為し、坤はまた閉塞を主るので「不利出域」と言う。校記:「域」の字は宋・元本で「門」と作るが誤り、汲古閣本に依る。
謙。蠻夷戎狄,太陰所積。涸冰冱寒,君子不存。詳前《師》之《巽》。
《既済》が《謙》に変わる。林辞は極北の苦寒を写す:蛮夷戎狄の居する地は、太陰の氣の積聚する処なり。水は凍りて氷となり寒氣は凝閉し、君子はそこに存せんことを肯ぜず。尚秉和先生の注:取象は詳しく前の《師》卦の《巽》に変じる一条を見よ。
豫。畏昏潛處,候旦昭明。卒逢白日,為世榮主。詳《大有》之《中孚》。世榮,依校,各本皆作榮祿。
《既済》が《豫》に変わる。林辞は機を守りて待つを写す:黒夜を恐れて潜蔵し、暁の放明を俟ち竢す。終に朗々たる白日に遇い、一世の榮顯なる人主となる。尚秉和先生の注:取象は詳しく《大有》卦の《中孚》に変じる一条を見よ。校記:「世榮」の二字は他処に依って校定せるもの、各本皆「榮祿」と作る。
隨。水流趨下,欲至東海。求我所有,買鮪與鯉。詳《益》之《無妄》。
《既済》が《随》に変わる。林辞に曰く:水は低きに流れ、一心に東海に奔らんとす。我が手中の有るものを持ちて交換し、鮪魚と鯉魚とを買い帰る。尚秉和先生の注:取象は詳しく《益》卦の《無妄》に変じる一条を見よ。
蠱。冠帶南行,與福喜期。徼於嘉國,拜位逢時。○拜位,依《坎》之《井》校,宋元本作拜為,汲古作釋為,均非。
《既済》が《蠱》に変わる。林辞は仕進の時を得るを写す:冠帯を整えて南に行き、福氣と喜事とに約の如く相値す。美しき邦国にて際遇を求め得、拜授して職を受け、正に好時に趕上す。校記:「拜位」の二字は《坎》卦の《井》に変じる一条に依って校定す、宋・元本は「拜為」と作り、汲古閣本は「釋為」と作るが、いずれも誤り。
臨。莎雞振羽,為季門戶。新沐彈冠,仲父悅喜。莎雞,蟋蟀也。《詩豳風》六月莎雞振羽。伏艮為季,坤為門戶、為疑為在之訛,言莎雞在季門戶也。《詩》九月在戶是其證。伏艮為冠,艮手,故曰彈冠。仲父,管仲也。管仲初至,齊桓公為三熏三沐,然後見,即以為相。震為樂,乾為父,故曰仲父悅喜。
《既済》が《臨》に変わる。林辞は虫鳴と沐浴の二事を借りて吉遇を写す:莎鶏は翅を振動せば、すなわち季氏の門戸の間に在り。新たに頭を洗いて冠上の浮塵を彈き、仲父の管仲は歓々喜々と登場す。尚秉和先生はまず名物を釈す:「莎鶏」は絡緯の類の鳴虫、注の中にすなわち蟋蟀とし、《詩・豳風・七月》に「六月莎鶏振羽」とあり。取象の上では:伏艮は季、坤は門戸を為す。彼は併せて句中の「為」の字は「在」の字の訛を疑い、全句は莎鶏が季氏の門戸の上に在るを言う、《詩》の「九月在戸」は正に明証なりと指摘す。伏艮は冠を為し、艮は手に象るので「彈冠」と言う。「仲父」はすなわち管仲——管仲は初めて斉に至り、桓公は彼のため三熏三沐して然る後に接見し、すなわち相国に拜す。震は樂、乾は父を為すので「仲父悦喜」と言う。
觀。結衿流粥,遭讒桎梏。周召述職,身受大福。坤為衿、為結、為漿,故曰粥。伏震為周召,坤為身。按:管子初見桓公,絀纓捷衽,使人操斧,結衿,即捷衽,罪人之服也。粥鬻通,養也。結衿流粥者,言得罪而流寓在外也。周召者,周召公也。《揚子法言先知篇》云召公述職,蔽芾甘棠,言甘棠詩為召公述職時,聽訟樹下也。身受大福者,言罪人蒙召公思得釋也。蓋魯韓詩說祇言聽訟,齊說兼平反冤獄也。○粥,汲古作弼,局本作溺,茲從宋元本,但仍恐有訛字。
《既済》が《觀》に変わる。林辞は罪人の雪せんことを写す:罪衣を身穿ち、流落して外に糊口し、人に讒えられて桎梏を戴く。幸いに召公の巡行述職に遇い、終に身に大福を受く。尚秉和先生の解象:坤は衣衿・結繫・漿を為すので「粥」の字あり。伏震は周公召公、坤は身を為す。彼の按語に曰く:管仲が初めて斉桓公に見えし時「絀纓捷衽」にして、人に斧を執らせて押されり——「結衿」はすなわち「捷衽」、罪人の服する色なり。「粥」は「鬻」に通じ、養活の義、「結衿流粥」とは獲罪して流寓し外に糊口するを言う。「周召」とは周の召公を指す。揚雄《法言・先知篇》に「召公述職、蔽芾甘棠」とあり、《詩・召南・甘棠》の一篇が写すは正に召公が巡行述職の時に甘棠の樹下にて訴訟を聴断したを言う。「身受大福」とは、罪人が召公の明察を蒙りて釋放を得るを言う。彼は併せて指摘する、魯詩・韓詩の二家はただ召公の訴訟を聴くを言い、斉詩の一家は兼ねて彼が冤獄を平反したを言う、此の林は正に斉詩の説を用いると。校記:「粥」の字は汲古閣本で「弼」と、局本で「溺」と作り、ここでは宋・元本に従う、ただしなお訛字あるを恐る。
噬嗑。田鼠野雞,意常欲逃。拘制籠檻,不得動搖。詳《需》之《隨》。
《既済》が《噬嗑》に変わる。林辞は困守の苦を写す:田鼠と山鶏は、心に時々逃げんことを思う。されど籠と柵欄の中に関じ込められ、動くこと能わず。尚秉和先生の注:取象は詳しく《需》卦の《随》に変じる一条を見よ。
賁。居華巔,觀浮雲。風不搖,雨不濡。心平安,無咎憂。艮為華顛,為觀,坎為雲。伏巽為風,坎為雨,風雨皆在山下,故不被其禍。坎為心、為憂。○三字句,依宋元本。不,元本作之,依宋本,汲古作"居華山巔,遊觀浮雲。有雨不濡,心樂無憂"作四字句,皆後人妄改,非。
《既済》が《賁》に変わる。この条は通篇三字句なり:華山の頂上に住し、天辺の浮雲を望む。風は吹き動かさず、雨は濡らさず。心は平安にして、過ちなくまた憂いなし。尚秉和先生の解象:艮は華山の巔・觀望を為し、坎は雲を為す。伏巽は風、坎は雨を為すが、風雨は皆山の下に在るので、頂上の人はその侵害を受けず。坎は心・憂を為す。校記:この条は本は三字句で、宋・元本に依る。「不」の字は元本で「之」と作り、宋本に依る。汲古閣本は「居華山巔、遊觀浮雲。有雨不濡、心樂無憂」のごとき四字句に改めるが、皆後人の妄改にして従うべからず。
剝。傾倚將顛,亂不能存。英雄作業,家困無年。陽窮上反下,故曰將顛。坤為亂、為亡,故不能存。艮為家,坤為年,坤喪,故無年。○亂不能存,宋本作不能得存,依汲古。
《既済》が《剥》に変わる。林辞は傾覆の世を写す:房舎は傾きてまさに倒塌せんとし、世道は乱れて身を安んずるべからず。英雄は事業を創立するも、家内は困窮し、年成は顆粒の収穫なし。尚秉和先生の解象:《剥》は一陽が窮めて上位に居り、尽きれば必ず返り落つるので「将顛」と言う。坤は乱・亡を為すので「不能存」と言う。艮は家、坤は年成を為し、坤は喪亡を主るので「無年」と言う。校記:「乱不能存」の一句は宋本で「不能得存」と作るが、ここでは汲古閣本に従う。
復。心願所喜,今乃逢時。保我利福,不離兵革。詳《兌》之《蹇》。
《既済》が《復》に変わる。林辞に曰く:心に望むあの喜事は、今正に好時に趕上す。我が利と福とを保ち得たるも、ただなお兵戈の戦事より脱すること能わず。尚秉和先生の注:取象は詳しく《兌》卦の《蹇》に変じる一条を見よ。
無妄。靈龜陸處,盤桓失所。阿衡退耕,夏封於國。艮為龜、為陸,艮止,故盤桓。巽為衡、為夏,坤為國,故曰夏封於國。○夏,元本作憂,依宋本、汲古。
《既済》が《無妄》に変わる。林辞は賢者の退き処るを写す:霊亀は水を離れて陸地に困り、盤桓徘徊して安身の處を失う。阿衡は田間に退りて躬耕し、夏の后裔は封を受けて国を守る。尚秉和先生の解象:艮は亀・陸を為し、艮の性は静止なので「盤桓」と言う。巽は衡・夏を為し、坤は国を為すので「夏封於国」と言う。校記:「夏」の字は元本で「憂」と作り、宋本と汲古閣本に依る。「阿衡」は商代の輔相の官の称号、ここでは伊尹を指す。
大畜。弱水之右,有西王母。生不知老,與天相保。不利行旅。伏坤為水,坤柔,故曰弱水。互兌為右、為西,伏坤為母,乾為王,故曰王母。乾為老、為天,震為行旅,兌折,故不利。元注:柳宗元曰:西海之山有王母,神山所居,其下有水,散渙無力,不能負芥。
《既済》が《大畜》に変わる。林辞は神仙の境界を写す:弱水の西岸には西王母が住し、長生して衰老することを知らず、天地と倶に長久なり。ただ凡人はそこに行旅するに宜しからず。尚秉和先生の解象:伏坤は水を為し、坤の性は柔弱なので「弱水」と言う。互体の兌は右方・西方を主り、伏坤は母、乾は王を為し、合わせて「西王母」と成る。乾は老・天を為し、震は行旅、兌は折損を主るので「不利」と言う。彼は併せて元刻本旧注中の柳宗元の言を引く:西海の山に王母あり、神仙の居する神山にして、山の下の水は渙散して力なく、一草すら浮かべられず——これは正に「弱水」の名の由来である。
頤。抱瑰求金,日暮坐吟。終月卒歲,竟無成功。瑰,《說文》珠也。震為珠,艮為抱、為求、為金,抱瑰求金,必不能得,故日暮坐吟也。艮為日,坤為暮,震為吟,伏兌為月,坤為歲,艮為終,故曰終月卒歲。坤喪,故無功。○月,汲古作身,依宋元本。
《既済》が《頤》に変わる。林辞は徒労にして功なきを写す:懐に明珠を抱いて、なお黄金を求め往き、日暮に至るまで枯坐し長吟す。一月が過ぎ、一年が過ぎても、畢竟一事も成らず。尚秉和先生の解象:「瑰」の字は《説文》に珠と訓す。震は珠、艮は抱・求・金を為す——珠を懐きて更に金を求むるは、本は求め得られざるなり、ゆえに日暮に空吟するのみ。艮は日、坤は暮、震は吟詠、伏兌は月、坤は歳を為し、艮は終了を主るので「終月卒歳」と言う。坤は喪亡を主るので「無成功」。校記:「月」の字は汲古閣本で「身」と作るが、ここでは宋・元本に従う。
大過。言笑未畢,憂來暴卒。身加檻纜,囚繫縛束。詳《明夷》之《大過》。○檻纜,宋本作搤檻,元本作搤攬,茲依汲古。
《既済》が《大過》に変わる。林辞は禍の天より降るを写す:説笑はまだ終わらざるに、憂患はすでに忽ちとして来る。身に囚檻の繩索を加えられ、縛り繋ぎ押さえ付けられる。尚秉和先生の注:取象は詳しく《明夷》卦の《大過》に変じる一条を見よ。校記:「檻纜」の二字は宋本で「搤檻」と、元本で「搤攬」と作るが、ここでは汲古閣本に従う。
坎。望幸不至,文章未成。王子逐兔,犬踦不得。詳《謙》之《既濟》。
《既済》が《坎》に変わる。林辞は望んでも得られざるを写す:君王の臨幸を望むも終に至らず、文采の功業もまた成らず。王子は出でて兔を追い、猟犬は足を跛め、終に一獲なし。尚秉和先生の注:取象は詳しく《謙》卦の《既済》に変じる一条を見よ。
離。震悚恐懼,多所畏忌。行道留難,不可以步。詳前《蒙》之《渙》。
《既済》が《離》に変わる。林辞は歩を擧ぐること難きを写す:心は震戦して驚悚し、恐懼に満ち、至る所に畏れ忌む所あり。路に上りてまた阻滯の難に遇い、寸步を進めること難し。尚秉和先生の注:取象は詳しく前の《蒙》卦の《渙》に変じる一条を見よ。
咸。雄狐綏綏,登山崔嵬。昭告顯功,大福允興。詳《咸》之《賁》。
《既済》が《咸》に変わる。林辞は《詩・斉風・南山》の「雄狐綏綏」を取って興とす:雄狐は緩やかに歩みて獨り行き、崔嵬たる高山に登る。上下に昭らかなる功績を告げ、大福はこれにより確かに興る。尚秉和先生の注:取象は詳しく《咸》卦の《賁》に変じる一条を見よ。
恆。火起吾後,喜炙我廡。蒼龍銜水,泉噀屋柱。雖憂無咎。詳《噬嗑》之《兌》。我,宋元本作倉,依汲古。銜,汲古作含,屋作吾,均依宋元本。泉噀,宋元本作潠注,汲古作深噀,依《噬嗑》之《兌》校。
《既済》が《恒》に変わる。林辞は険を化して夷とするを写す:火は我が身の後より起りて、我が家の廊廡を炙り烤す。幸いに蒼龍が口に水を衔えて来り、泉水を屋柱に噴き、一場の驚きを擔ったるも終に禍害を醸さず。尚秉和先生の注:取象は詳しく《噬嗑》卦の《兌》に変じる一条を見よ。校記:「我」の字は宋・元本で「倉」と作り、汲古閣本に依る。「衔」の字は汲古閣本で「含」と、「屋」の字は「吾」と作り、いずれも宋・元本に依る。「泉噀」の二字は宋・元本で「潠注」と、汲古閣本で「深噀」と作るが、ここでは《噬嗑》の《兌》に変じる一条に依って校定す。
遯。危坐至暮,請求不得。膏澤不降,政戻民忒。詳《需》之《頤》。
《既済》が《遯》に変わる。林辞は求めて応えざるを写す:端座して苦しく候ぐこと天黑に至るまで、請う所の事はなお下落なし。天の甘霖は降らず、政令は乖戾し、百姓もまたこれに従いて樣を失う。尚秉和先生の注:取象は詳しく《需》卦の《頤》に変じる一条を見よ。
大壯。孟春和氣,鷹隼搏鷙,眾雀憂憒。震為長、為春,兌悅,故曰和氣。伏艮為鷹隼、為雀,伏坤為眾,故曰眾雀。坤為憂。
《既済》が《大壮》に変わる。林辞に曰く:孟春の時節は一団の和氣なれど、鷹隼はまさに空に凌ぎて搏擊し、衆多の小雀は嚇えて心は慌れ意は乱る。尚秉和先生の解象:震は長・春を為すので「孟春」と言う。兌は喜悦を主るので「和氣」と言う。伏艮は鷹隼また雀鳥を為し、伏坤は衆多を主るので「衆雀」と言う。坤は憂愁を為す。和氣の中に忽ち搏擊あり、正に吉裏に凶を藏める写法なり。
晉。緩怯長奸,不能理冤。沈湎失節,君受其患。坎為法,坤柔,故曰緩法。坎為奸、為冤、為酒,故曰沈湎。艮為節,坎失,故曰失節。震為君,二至四震覆,坤為患,故曰君受其患。○能,宋元本作肯,沈作浮,均依汲古。湎,宋元本作沈,汲古訛酒,依局本。
《既済》が《晋》に変わる。林辞は執法の廢弛を譏刺す:寛縱怯懦は姦邪を助長し、冤情は審理する人なし。事を主る人はまた酒に沈湎して節度を失い、国君はただこの禍患を受くるのみ。尚秉和先生の解象:坎は法、坤の性は柔緩なので「緩法」と言う。坎は姦・冤・酒を為すので「沈湎」と言う。艮は節度、坎は喪失を主るので「失節」と言う。震は君を為し、二爻より四爻は一つの倒転せる震、坤は禍患を為すので「君受其患」と言う。校記:「能」の字は宋・元本で「肯」と、「沈」の字は「浮」と作り、いずれも汲古閣本に依る。「湎」の字は宋・元本で「沈」と、汲古閣本で「酒」と訛り、ここでは局本に依る。
明夷。魚鱉貪餌,死於網鉤。受危因寵,為身殃咎。坤為魚,離為鱉,震為餌,離為網,坎為矯輮,故為鉤。坎為危,震為寵,坎震連,故曰受危因寵。坤為身、為殃咎。○鉤,汲古作釣,依宋元本。因,宋元本作國,依汲古。
《既済》が《明夷》に変わる。林辞は魚を以て人に喩う:魚鱉は釣餌を貪りて、結果網鈎の下に命を喪う。人は寵を受けたるを以て危険を招き、かえって自身に禍殃を惹き起す。尚秉和先生の解象:坤は魚、離は鱉、震は餌、離は網罟を為し、坎に矯揉彎曲の義ありゆえに鈎と取る。坎は危、震は寵を為し、坎震は相連なるので「受危因寵」と言う。坤は身・殃咎を為す。校記:「鈎」の字は汲古閣本で「釣」と作り、ここでは宋・元本に従う。「因」の字は宋・元本で「国」と作り、汲古閣本に依る。
家人。金精耀怒,帶劍過午。徘徊高庫,宿于山谷。兩虎相拒,弓弩滿野。詳《噬嗑》之《泰》及《震》之《豫》。耀,宋元本作輝,依汲古。庫,汲古作原,依宋元本。高庫,地名。
《既済》が《家人》に変わる。林辞は兵凶の象を写す:金氣の精は光り暴怒し、劍を佩ぶ人は正午の時分に経過す。高庫の一帯に徘徊して去らず、夜は山谷に宿る。兩虎は相持して下らず、四野に弓弩を布く。尚秉和先生の注:取象はそれぞれ詳しく《噬嗑》卦の《泰》に変じると《震》卦の《豫》に変じるの二条を見よ。校記:「耀」の字は宋・元本で「輝」と作り、汲古閣本に依る。「庫」の字は汲古閣本で「原」と作り、宋・元本に依る、併せて「高庫」は地名と注明す。
睽。四目相望,稍近同光,並坐鼓簧。離為目,兌西,數四,故曰四目,重離,故曰相望、曰同光。兌為舌,故曰簧。
《既済》が《睽》に変わる。林辞は両情の相親しむを写す:四隻の眼は彼此相対に望み、漸く近づきて共に一片の光明を沐し、肩を並べて坐して笙簧を吹く。尚秉和先生の解象:離は目、兌は西方を主りその数は四なので「四目」と言う。上下二重の離が相畳むので「相望」「同光」と言う。兌は舌を為し、簧片は正に舌状の物なので「簧」と言う。
蹇。茹芝餌黃,塗飲玉英。與神流通,長無憂凶。詳《旅》之《復》。塗飲,依校,各本作飲酒。
《既済》が《蹇》に変わる。林辞は服食して仙を求むるを写す:靈芝を喫し黄精を服し、一路に飲むは玉の精英なり。神明と氣息相通じ、長く憂患の凶険なし。尚秉和先生の注:取象は詳しく《旅》卦の《復》に変じる一条を見よ。校記:「塗飲」の二字は他処に依って校定せるもの、各本皆「飲酒」と作る。
解。求獐嘉鄉,惡蛇不行。道出岐口,復反其床。伏巽為蛇、為床,震為行、為道、為口、為反,獐、岐似用半艮象。○道出岐口,汲古作豳岐口還,依宋本,元本岐作歧。復反,宋元本作還復,依汲古。
《既済》が《解》に変わる。林辞は出行の阻まるるを写す:好所に往きて獐を猟れど、蛇の道を当るを厭悪して前行を肯ぜず。路は岐山の谷口に至り、止むを得ずまた自らの床上に折り返る。尚秉和先生の解象:伏巽は蛇・床を為し、震は行・道・口・返を為す。「獐」と「岐」に至りては、似て「半象」を用いる——艮の半分の爻画のみ取りて獐・岐の形を湊る。校記:「道出岐口」の四字は汲古閣本で「豳岐口還」と作るが、ここでは宋本に依る、元本の「岐」は「歧」と作る。「復反」の二字は宋・元本で「還復」と作り、汲古閣本に依る。
損。天門地戶,幽冥不覩,不知所在。艮為天、為門,在戌亥,《乾鑿度》以戌亥為天門,以辰巳為地戶,兌在辰巳,故曰天門地戶。坤為地、為戶也。坤黑,故曰幽冥不覩。○覩,汲古作觀,依宋元本。此林皆言先天卦位。
《既済》が《損》に変わる。林辞は幽昧して測り難きを写す:天門と地戸は、皆幽冥の中に隠れて見えず、誰も果たしてどこに在るかを知らず。尚秉和先生の解象:艮は天・門を為し、方位は戌亥に在り、《易緯・乾鑿度》は戌亥を以て天門とし辰巳を以て地戸とし、兌は正に辰巳に在るので、合わせて「天門地戸」と成る。坤は地・戸を為す。坤の色は幽黒なので「幽冥不覩」と言う。校記:「覩」の字は汲古閣本で「觀」と作り、ここでは宋・元本に従う。彼は併せて指出する、この条が講ずるは皆「先天卦位」、すなわち伏羲八卦の方位系統で、後天文王卦位とは同じからずと。
益。跛足息肩,有所忌難。金城鐵郭,以銅為關。藩屏自衛,安止無患。詳《遯》之《旅》。
《既済》が《益》に変わる。林辞は自守の固きを写す:足を跛みて、肩上の担いを卸して歇息す、心に忌憚し難きとする所あり。ここにおいて金城鉄郭を築き、銅を以て關門を鋳造す。藩籬の屏障ありて自衛し、安然として駐守すれば、禍患なし。尚秉和先生の注:取象は詳しく《遯》卦の《旅》に変じる一条を見よ。
夬。三雁俱飛,欲歸稻池。經涉萑澤,為矢所射,傷我胸臆。萑,宋元本作雚,汲古作山,依《屯》之《旅》校。
《既済》が《夬》に変わる。林辞は飛鴻の難に遇うを写す:三隻の大雁は一斉に起飛し、長稻の水沢に帰らんとす。途中蘆荻の叢生する沼沢を経て、箭に射中せられ、傷は胸口に在り。尚秉和先生の注:校勘の上で、「萑」の字は宋・元本で「雚」と、汲古閣本で「山」と作るが、ここでは《屯》卦の《旅》に変じる一条に依って校定す。「萑」は蘆葦の類の水草にして、雁群の棲息する処にして、また正に猟人の埋伏する地なり。
姤。濟深難渡,濡我衣袴。五子善棹,脫無他故。通《復》。坤為水、為濟,重坤,故曰深。乾為衣,巽為袴,數五,故曰五子。震為子、為棹、為脫。○五,汲古作王,依宋元本。
《既済》が《姤》に変わる。林辞は険を渉りて済るを写す:河水は深くして渡り難く、我が衣袴を浸し濡らす。幸いに棹を搖るに善い五人の子弟ありて、終に身を脱し、別の事故を出さず。尚秉和先生の注:この条は《姤》の旁通卦《復》を取って象を説く。坤は水・渡を為し、二重の坤が相畳むので「深」と言う。乾は衣、巽は袴を為し、巽の数は五なので「五子」と言う。震は子・棹・脱身を為す。校記:「五」の字は汲古閣本で「王」と作るが、ここでは宋・元本に従う。
萃。飲酒作酗,跳起爭鬬。伯傷叔僵,東家治喪。詳《比》之《鼎》。
《既済》が《萃》に変わる。林辞は酒後に闖し下した禍を写す:酒を飲みて酔狂を撒き起し、跳び起きて一団に打ち合う。老大は傷を受け、老三は地に倒れて起たず、東隣の家は止むを得ず丧事を辦す。尚秉和先生の注:取象は詳しく《比》卦の《鼎》に変じる一条を見よ。
升。跛躓未起,失利後市。蒙被殃咎,不得鹿子。詳前第二句。宋元本作後失利市,依汲古。殃咎,宋本作咎殃,依元本。宋元本無末句,依汲古。
《既済》が《升》に変わる。林辞は歩を擧ぐるに時を失するを写す:一たび跌いて起き上がる能わず、市に趕くも人後に落ち、徒らに利を錯過す。殃咎を蒙り、一頭の小鹿すら猟得すること能わず。尚秉和先生の注:辞義は前文の同類の一条を見よ。校記:第二句は宋・元本で「后失利市」と作るが、ここでは汲古閣本に従う。「殃咎」の二字は宋本で「咎殃」と作り、元本に依る。末句は宋・元本になく、汲古閣本に依って補入す。
困。辰次降婁,建星中堅。子無遠行,外顛霄陷。遂命訖終。降婁九月辰次,伏艮,居戌,艮為星,《月令》孟秋之月,建星昬中。兌為秋。降婁,伏象。艮建星,本象兌也。伏震為子、為行,艮止,故曰無行。外顛句有訛字。巽為命,困三至上互大過,大過死,故曰訖終。○命,汲古訛合,從宋元本。
《既済》が《困》に変わる。林辞は星次を以て時を紀りて凶を言う:日月は降婁の次に會し、建星は正に中天に當る。子弟たる者は遠行するなかれ、さもなければ外にて顛躓し、険陷に墜ち、性命もまたこれにて止む。尚秉和先生の解象:降婁は夏曆九月の辰次、此処は伏艮が戌の位に居り、艮は星を為す。《禮記・月令》に孟秋の月は建星が昏に中るとあり、兌は秋を主るので「建星中」と言う。降婁は伏象を取り、建星の艮は本卦の兌より取る。伏震は子・行を為し、艮の性は静止なので「無遠行」と言う。「外顛霄陷」の一句に至りては、彼はその中に訛字あるを坦言して強く解せず。巽は命を為し、《困》は三爻より上爻まで互いに《大過》を成し、《大過》は死亡の象あり、ゆえに「訖終」と言う。校記:「命」の字は汲古閣本で「合」と訛り、ここでは宋・元本に従う。
井。商風召寇,來呼外盜。間牒內應,與我爭鬬。殫己寶藏,主人不勝。詳《豫》之《革》。
《既済》が《井》に変わる。林辞は内外交々攻まるを写す:西風は一たび起りて外寇を招き、強盗を呼び引きて門に上らせる。姦細は裡頭に在りて接應し、我らと廝殺争鬥す。家中の珍藏は搜刮し尽くされ、主人は終に抵當すること能わず。尚秉和先生の注:取象は詳しく《豫》卦の《革》に変じる一条を見よ。「商風」とはすなわち秋風——古人は五音を以て四時に配し、商声は秋に属す、ゆえにこの呼び名あり。
革。甘露醴泉,太平機關。仁德感應,歲樂民安。詳《屯》之《謙》。
《既済》が《革》に変わる。林辞は一片の太平の祥瑞である:甘露は降り醴泉は湧き出づ、これ天下太平の樞機と徵應なり。仁徳の至る所にして天人相感じ、年成は歡樂し百姓は安寧す。尚秉和先生の注:取象は詳しく《屯》卦の《謙》に変じる一条を見よ。
鼎。祭仲子突,要門逐忽。禍起子商,弟代其兄,鄭文不昌。《左傳桓十一年》宋人執鄭祭仲與之盟,以厲公歸而立之,鄭忽出奔衛。禍起子商者,謂禍起於宋也,或謂子應作於,非也。哀九年不利子商,注:子商,謂宋,宋,子姓,商後,故曰子商。厲公名突,鄭忽之弟,故曰弟代其兄。忽,即昭公。昭,明也,文也。故曰鄭文不昌。鼎通屯。上坎為仲,本卦兌剛魯,故曰子突。艮為門,震為逐、為子,震為兄,在下坎為弟,居五爻君位,故曰弟代其兄。坤為文、為鄭,坤喪,故不昌。○忽,汲古訛急,商訛傷,均依宋元本。代,宋元本訛伐,文訛久,均依汲古。
《既済》が《鼎》に変わる。林辞は鄭国の君を易る旧事を叙す:祭仲は公子突を擁立し、要道の城門にて公子忽を趕り去る。禍根は子商より起り、弟は兄の君位を取代す、鄭昭公の文德はこれにより昌ならず。尚秉和先生は《左伝》桓公十一年を引く:宋人は鄭の祭仲を扣留し、彼を逼りて盟誓せしめ、公子突を鄭に送り返して厲公と立て、公子忽は衛に出奔す。「禍起子商」とは禍の宋国より起るを言い、「子」は「于」と作るべきと主張する者あり、誤り。《左伝》哀公九年に「不利子商」とあり、杜預の注に「子商」は宋国を指すとあり、宋は子姓にしてまた商の后裔なるがゆえに「子商」と称す。厲公の名は突、鄭忽の弟なり、ゆえに「弟代其兄」と言う。忽はすなわち鄭昭公、「昭」は明なり文なり、ゆえに「鄭文不昌」と言う。取象の上では:《鼎》と《屯》は旁通し、上の坎は仲を為し、本卦の兌は剛にして鹵莽なので「子突」と言う。艮は門、震は驅逐・子を為す。震は兄を為し、在下の坎は弟を為し、而るに坎は第五爻の君位に居るので「弟代其兄」と言う。坤は文・鄭を為し、坤は喪亡を主るので「不昌」と言う。校記:「忽」の字は汲古閣本で「急」と訛り、「商」の字は「傷」と訛るが、いずれも宋・元本に依る。「代」の字は宋・元本で「伐」と訛り、「文」の字は「久」と訛るが、いずれも汲古閣本に依る。
震。反孼難步,留不及舍。露宿澤陂,亡其襦袴。《左傳昭十年》蘊利生孼。孼,害也,疾病也。反孼難步者,言身反向後,不能步也。艮為舍,艮止,故留不及舍。坎為露、為宿、為澤陂,巽為襦袴,襦袴,皆裡衣。巽象伏不見,故曰亡。○及舍,宋元本作反舍,依汲古。
《既済》が《震》に変わる。林辞は羈旅の困頓を写す:身は後ろに反折し病痛は身に纏い、歩を擧げ難し。擔擱して宿處に趕及ばず、止むを得ず露天にて水沢の堤岸に睡り、身に貼る短襖と褲とをも失う。尚秉和先生は解釋す:《左伝》昭公十年に「藴利生孼」とあり、「孼」は害なり、すなわち疾病なり。「反孼難步」とは身体が後ろに反折して行走できぬを言う。取象の上では:艮は屋舎を為し、艮の性は静止なので「留不及舎」と言う。坎は露・宿・沢陂を為す。巽は襦袴を為す——襦と袴は皆身に貼る内衣、此処は巽象が潜伏して現れざるゆえに「亡」と言う。校記:「及舎」の二字は宋・元本で「反舎」と作るが、ここでは汲古閣本に依る。
艮。虎狼結謀,相聚為保。伺候牛羊,病我商人。詳《賁》之《宋》。
《既済》が《艮》に変わる。林辞は盗匪の横行を写す:虎狼のごとき凶人は謀を合わせ、一処に聚りて夥を結ぶ。他人の牛羊を守伺して下手し、往来の商旅を害し苦しむ。尚秉和先生の注:取象は詳しく《賁》の某林の一条を見よ。底本が此処に標する卦名は「宋」と作るが、當に刻誤なり——六十四卦の中に《宋》卦はなし。
漸。明德克敏,重華貢舉。放勳徵用,八哲蒙佑。伏兌為華,兌卦數二,故曰重華。八哲,八元,八愷也。艮後天數八。○徵,汲古訛御,依宋元本。
《既済》が《漸》に変わる。林辞は虞舜の賢を挙ぐるを頌す:徳行は光明にして辦事は敏捷、重華すなわち虞舜は彼らを薦挙し上げる。放勛すなわち帝堯はこれを徵召し任用し、八位の賢哲は皆福佑を蒙る。尚秉和先生の解象:伏兌は華を為し、兌卦の数は二、二つの「華」は「重華」と成る。いわゆる「八哲」とは、高辛氏の八元と高陽氏の八愷を指す。艮は後天の数にて八なので「八」と言う。校記:「徵」の字は汲古閣本で「御」と訛り、ここでは宋・元本に依る。
歸妹。貧鬼守門,日破我盆。毀罌傷瓶,空虛無子。詳《損》之《剝》。
《既済》が《帰妹》に変わる。林辞は窮困の家を写す:窮鬼は門口に守り、日々我が盆を打破す。瓦罌は摔碎し瓶子は磕壞し、家は空空蕩蕩として、一個の子もなし。尚秉和先生の注:取象は詳しく《損》卦の《剥》に変じる一条を見よ。
豐。天命赤烏,與兵徼期。征伐無道,箕子游遨。《史記》武王觀兵盟津,有火至於王屋,流為烏,其色赤,其聲魄雲。離為烏,離南方,故曰赤烏。伏艮為天,巽為命,故曰天命。艮為兵、為時。徼期者,言赤烏之瑞與兵事相應也。震為征伐、為箕子、為遨遊。○與或作興。
《既済》が《豊》に変わる。林辞は周武の紂を伐つの祥瑞を写す:天は赤烏の命を降し、起兵の事と期の如く相應す。師を出して無道の君を征討し、箕子はこれより自在に遊遨することを得る。尚秉和先生は《史記》を引く:武王は盟津にて兵を觀るに、火ありて王屋の上に落ち、化して一隻の烏と為り、色は赤紅、鳴声は魄然たりと。取象の上では:離は烏を為し、離は南方を主りて色は赤なので「赤烏」と言う。伏艮は天、巽は命を為すので「天命」と言う。艮は兵・時を為し、「徼期」とは赤烏のこの祥瑞が用兵の事と恰好相應したを言う。震は征伐・箕子・遊遨を為す。校記:「与」の字は「興」と作るもあり。
旅。威約拘囚,為人所誣。皋陶平理,剖械出牢。脫歸家閭。伏震為威,巽繩為約,艮為拘囚,正反兌口,故曰為人所誣。艮為皋陶,伏坎為械、為牢,震在坎下,故曰剖械出牢、曰脫歸家閭。艮為家也。
《既済》が《旅》に変わる。林辞は冤獄の雪かるるを写す:威勢に捆縛拘禁せられ、人に誣告せられて獄に下る。幸いに皐陶のごとき法官の公平なる審理を得て、刑械を劈き開きて牢より放たれ、身を脱して自家の里門に帰る。尚秉和先生の解象:伏震は威、巽は繩索を為すので「約」の義を取り、艮は拘囚を為す。一正一反の二つの兌は皆口に象り、両口は相攻めるので「為人所誣」と言う。艮は皐陶を為し、伏坎は刑械・牢獄を為し、震は坎の下面に在るので「剖械出牢」「脱歸家閭」と言う。艮はまた家を為す。
巽。羊驚虎狼,聳耳群聚。無益威強,為齒所傷。詳《坎》之《臨》。皆以兌為耳。
《既済》が《巽》に変わる。林辞は弱者の害を受くるを写す:羊は虎狼に驚動せられ、耳を竪てて群を成して一団に擠り合う。これもまた一分の威勢と力量とを添えず、到頭やはり虎狼の牙に咬み傷つけらる。尚秉和先生の注:取象は詳しく《坎》卦の《臨》に変じる一条を見よ、併せて指明する、これら数處の「耳」は皆兌より象を取ると。
兌。初雖啼號,後必慶笑。光明照耀,百喜如意。兌口,故啼號。伏震為後、為笑,互離,故曰光明照耀。震為百喜。○喜,汲古訛嘉,依宋元本。
《既済》が《兌》に変わる。林辞は先に憂え後に喜ぶなり:初めは雖も哭喊すれど、後には必ず歓慶の笑に転ず。光明は四下に照耀し、百様の喜事は皆心に称り意に如意なり。尚秉和先生の解象:兌は口に象るので「啼號」と言う。伏震は後・笑を為し、互体の離は光明を主るので「光明照耀」と言う。震は百喜を為す。校記:「喜」の字は汲古閣本で「嘉」と訛り、ここでは宋・元本に従う。
渙。馬服長股,宜行善市。蒙佑楷耦,獲金五倍。《詩鄭風》兩服上襄,《箋》兩服,中央夾轅者。震為車、為駕,故曰馬服。巽為股、為長。長股,鼄也。鼄亦巽象也。巽為市,艮為金,巽為倍,卦數五,故曰獲金五倍、股長善走。
《既済》が《渙》に変わる。林辞は行商の大獲を写す:轅を駕する服馬は腿長くして善く走り、出行に宜しく交易に善し。福佑を蒙りて配偶は得當し、賺り帰る金子は五倍の多きなり。尚秉和先生の解象:《詩・鄭風・大叔于田》に「両服上襄」とあり、鄭玄の箋に「両服」とは中央に轅を夾む二疋の馬とす。震は車・駕を為すので「馬服」と言う。巽は股・長を為し、「長股」はまた蜘蛛の別名、蜘蛛もまた巽象に属す。巽は市、艮は金を為し、巽に加倍の義あり、巽卦の数は五なので「獲金五倍」と言う、また正に腿長くして善く走るの意に合す。
節。應門內崩,誅賢殺暴。上下咸悖,景公失位。長歸元洹,望妻不來。《詩大雅》乃立應門《箋》:諸侯之宮外門曰皋門,朝門曰應門。兌毀,二三四艮覆,艮為門,故曰應門內崩。兌為斧,故曰誅賢殺暴。艮上澤下,二至五正反艮,故曰上下咸悖,言相反也。艮納丙,故曰景。景,日也。震為公,坎為失,故曰景公失位。○崩,元本作萌,依宋本、汲古。元洹,宋元本作無恆,依汲古。
《既済》が《節》に変わる。林辞は宮廷の劇變を写す:應門は内裡に崩壞し、賢人は誅せられ暴徒もまた殺さる。上下は悉く乖違し、景公は君位を失う。長く「元洹」の地に歸し、妻子の来るを盼がれど人の来るを見ず。尚秉和先生の解象:《詩・大雅・綿》に「乃立應門」とあり、鄭玄の箋に諸侯の宮室の外門を皋門と言い、朝門を應門と言うとす。兌は毀折を主り、二三四爻は一つの倒転せる艮、艮は門を為すので「應門内崩」と言う。兌は斧を為すので「誅賢殺暴」と言う。艮は上に在り沢は下に在り、二爻より五爻は一正一反の二つの艮なので「上下咸悖」と言う、すなわち彼此相反するの意。艮は丙を納め、丙は火に属し日に属するので「景」の字を取る——「景」はすなわち日。震は公を為し、坎は喪失を主るので「景公失位」と言う。校記:「崩」の字は元本で「萌」と作り、宋本と汲古閣本に依る。「元洹」の二字は宋・元本で「無恒」と作り、汲古閣本に依る。
中孚。執斧破薪,使媒求婦。和合二姓,親御飲酒。色比毛嬙,姑悅公喜。詳《小過》之《益》。和,汲古作好,依宋元本。酒,宋元本作須,依汲古。末句元本作姑公悅喜,依宋本、汲古。
《既済》が《中孚》に変わる。林辞は前の《小過》の《益》に変じる一条と大同なり:手に斧頭を執りて柴薪を劈き、媒人を託して親事を言わしむ。両姓は和合して成婚し、新郎は親ら車を駕して迎娶し、共に合巹の酒を飲む。新婦の容色は美人毛嬙に比ぶべく、婆婆は歓喜し公公もまた喜ぶ。尚秉和先生の注:取象は詳しく《小過》卦の《益》に変じる一条を見よ。校記:「和」の字は汲古閣本で「好」と作り、宋・元本に依る。「酒」の字は宋・元本で「須」と作り、汲古閣本に依る。末句は元本で「姑公悦喜」と作るが、ここでは宋本と汲古閣本に依りて「姑悦公喜」と作る。
小過。兩輪日轉,南上大阪。四馬共轅,無有險難,與禹笑言。詳《賁》之《需》。
《既済》が《小過》に変わる。林辞は行途の順暢を写す:二隻の車輪は終日轉動し、南に向かって大坡を爬上す。四疋の馬は共に一轅を駕し、一路に険阻艱難なく、大禹のごとき人物と談笑して同行すること能わり。尚秉和先生の注:取象は詳しく《賁》卦の《需》に変じる一条を見よ。
未濟。千柱百梁,終不傾僵,周宗寧康。詳《謙》之《未濟》。
《既済》が《未済》に変わる。林辞は宮室を以て国祚に喩う:千根の柱子・百道の横梁は支撐し、終に傾倒垮塌せず、周室の宗廟はこれにより安寧康泰す。尚秉和先生の注:取象は詳しく《謙》卦の《未済》に変じる一条を見よ。
未済 第六十四
未濟。志慢未習,單酒糗脯。數至神前,欲求所願,反得大患。坎為志、為酒。單,盡也,厚也。坎為糗脯,言厚備酒糗脯也。坎為願、為患。○志,宋元本作忠。願,宋本作顧,依汲古。
《未済》はそのまま《未済》に変わる、本卦の自守の第一林である。林辞は神に媚びて福を求むる人を譏刺す:心志は怠慢にして平日修習を加えず、されど酒食の乾糧を備ふるは豊豊盛盛なり。一度また一度神前に走り、願う所を求めんとす、かえって大禍を招来す。尚秉和先生の解象:坎は志・酒を為す。「單」はここで尽・厚と訓す。坎は糗脯を為し、酒と乾糧とを備ふること極めて豊厚なりを言う。坎はまた願・患を為す。校記:「志」の字は宋・元本で「忠」と作る。「願」の字は宋本で「顧」と作るが、ここでは汲古閣本に依る。
乾。旦生夕死,名曰嬰鬼,不可得祀。詳《小畜》之《升》。
《未済》が《乾》に変わる。林辞に曰く:朝に生れて暮に死す、このごときを「嬰鬼」と言い、祭祀を挙行するすら無きに由なし。尚秉和先生の注:取象は詳しく《小畜》卦の《升》に変じる一条を見よ。按ずるに古の禮に、未だ成人せずして夭折するは宗廟に入りて祭を受けず、ゆえに「不可得祀」と言う。
坤。大步上車,南到喜家。送我狐裘,與主俱來。詳《大過》之《困》。到,汲古作至,依宋本。
《未済》が《坤》に変わる。林辞は一たびの喜慶の行を写す:大歩を邁ぎて車に登り、南に至りて喜事を辦る家に到る。主人は我に狐皮の袍子を送り、また我と一道に帰り来る。尚秉和先生の注:取象は詳しく《大過》卦の《困》に変じる一条を見よ。校記:「到」の字は汲古閣本で「至」と作り、ここでは宋本に依る。
屯。西多小星,三五在東。早夜晨興,勞苦無功。詳《大過》之《夬》。興,各本多作行,依《大過》之《夬》校。
《未済》が《屯》に変わる。林辞は《詩・召南・小星》の意を取る:西天に小星は密佈し、三五の顆はまた東方に綴る。早く起きて黑くなって貪り、天の明けぬに動身す、到頭はただ勞苦して功なし。尚秉和先生の注:取象は詳しく《大過》卦の《夬》に変じる一条を見よ。校記:「興」の字は多くの本で「行」と作るが、ここでは《大過》の《夬》に変じる一条に依って校改す。
蒙。北陸藏冰,君子心悲。困於粒食,鬼驚我門。坎為北陸,《左傳》日在北陸而藏冰。坎為冰,坤為藏。艮為君子,坎為心、為悲、為困。震為粒、為食,故曰困於粒食。坤為鬼、為門,震驚,故曰鬼驚我門。
《未済》が《蒙》に変わる。林辞は歳暮の困窘を写す:太陽は北陸に行き、人々は氷を鑿ちて窖に入る、君子は心に悲しみを生ず。糧食は短缺し、一粒の米すら得難し、鬼怪はまた門前に作祟し驚擾す。尚秉和先生の解象:坎は北陸を為し、《左伝》昭公四年に「日在北陸而藏冰」とあり。坎は氷、坤は収藏を為す。艮は君子、坎は心・悲・困を為す。震は米粒・食を為すので「困于粒食」と言う。坤は鬼・門を為し、震は驚動を主るので「鬼驚我門」と言う。
需。山水暴怒,壞梁折柱。稽難行旅,流連愁苦。詳《咸》之《豫》。
《未済》が《需》に変わる。林辞は山洪の災いを写す:山間に洪水は暴漲し怒り、橋梁を衝き壞し屋柱を折斷す。行旅の人は阻まる、滯留して行き難く、他郷に流落して愁苦不堪なり。尚秉和先生の注:取象は詳しく《咸》卦の《豫》に変じる一条を見よ。
訟。[原缺]
《未済》が《訟》に変わる。この一条は底本はもとより缺き、林辞と尚注とを併せて脱佚す。整理者はただ「原缺」の二字を以てその位を標明し、臆補を作さず。按ずるに《易林》は每卦に各々六十四林を繫め、此処は正に《未済》の《訟》に當る位置にして、その文は今は已に考見する由なし。
師。狡兔趯趯,良犬逐咋。雄雌爰爰,為鷹所獲。詳《謙》之《益》。逐,元本作齚,依宋本、汲古。
《未済》が《師》に変わる。林辞は猟場の光景を写す:狡兔は一蹦一跳と窜逃し、良犬は追い上げて一口に咬み住く。雌雄の二隻の野兔は本は舒緩自在なりしが、末は蒼鷹に擒え去られり。尚秉和先生の注:取象は詳しく《謙》卦の《益》に変じる一条を見よ。校記:「逐」の字は元本で「齚」と作るが、ここでは宋本と汲古閣本に依る。「爰爰」とは舒緩自得の様にして、《詩・王風・兔爰》に語出す。
比。增祿益福,喜來入室,解除憂惑。坎為室、為憂惑。陽居五,故吉。
《未済》が《比》に変わる。林辞は一支の吉林である:俸祿は増加し福氣は添厚し、喜事は門に登り室に入りて、憂愁疑惑を併せて解き去る。尚秉和先生の解象:坎は室・憂惑を為す。《比》は一陽が第五爻の君位に居り、衆陰は歸附す、ゆえに吉と断ず。
小畜。騎龍乘風,上見神公。彭祖受刺,王喬贊通。巫咸就位,拜福無窮。詳《家人》之《剝》。風,汲古作鳳,刺訛制,均依宋元本。
《未済》が《小畜》に変わる。林辞は仙真に朝謁するを写す:龍に騎りて風を駕し、天に上りて神公に謁見す。彭祖は名帖を収めて代わりに通報し、王子喬は旁より礼を贊し引見す。巫咸は各々その位に就きて、無窮の福祉を拜受す。尚秉和先生の注:取象は詳しく《家人》卦の《剥》に変じる一条を見よ。校記:「風」の字は汲古閣本で「鳳」と作り、「刺」の字は「制」と訛り、いずれも宋・元本に依る。彭祖は長寿を以て著われ、王喬はすなわち王子喬、巫咸は古の神巫、三位は皆《易林》の常用する神仙人物なり。
履。天火卒起,燒我旁裡。延及吾家,空盡己財。通《謙》。艮為天、為火,震起,故曰天火卒起。坤為里,艮為家,坤為財,坤虛,故空。
《未済》が《履》に変わる。林辞は一場の火災を写す:天火は驟然に焼き起り、まず我が旁の里巷を焼き、跟いて蔓延して我家に及び、家産を焼きて精光にせり。尚秉和先生の注:この条は《履》の旁通卦《謙》を取って象を説く——《履》は兌下乾上、六爻を尽く変じれば《謙》の艮下坤上となる。艮は天・火を為し、震は発動を主るので「天火卒起」と言う。坤は里巷、艮は家を為し、坤は財貨を為し、坤の中は空虚なので「空尽」と言う。
泰。金帛黃寶,宜與我市。嫁娶有息,利得過倍。乾為金玉,坤為帛、為黃,故曰金帛黃寶。伏巽為市,震為嫁娶、為息。巽為利、為倍。○黃,宋元本作共,依汲古。過,汲古作萬,依宋元本。
《未済》が《泰》に変わる。林辞は通財の吉である:金子・繒帛・黄澄澄たる寶貨は、正に取りて我と交易するに宜し。嫁女娶婦は皆増益あり、利を獲るは一倍を超過す。尚秉和先生の解象:乾は金玉、坤は帛・黄色を為すので「金帛黄寶」と言う。伏巽は市、震は嫁娶・孳息を為す。巽はまた利・加倍を為す。校記:「黄」の字は宋・元本で「共」と作るが、ここでは汲古閣本に従う。「過」の字は汲古閣本で「萬」と作り、宋・元本に依る。
否。鬼魅之居,凶不可舍。坤為鬼,艮為居、為舍,坤凶,故不可舍。
《未済》が《否》に変わる。林辞はただ二句、一支の凶林である:これ鬼魅の盤踞する処、凶険にして住むべからず。尚秉和先生の解象:坤は鬼、艮は居・止宿を為し、坤は凶を主るので「不可舎」と断ず——「舎」はここで住宿・停留の義なり。
同人。鳥飛兔走,各有畏惡。雕鷹為賊,亂我室舍。通《師》。震為鳥、為飛、為兔、為走。坎為畏惡,艮為雕鷹,艮反與坎連,故曰雕鷹為賊。坤為亂,坎為室。○首句汲古作飛鳥逐兔,非,依宋元本。
《未済》が《同人》に変わる。林辞は弱肉強食を写す:鳥は天上に飛び兔は地下に跑り、各々畏れ避くる所有り。雕鷹は害物と成りて、我が屋舎を攪りて寧からしめず。尚秉和先生の注:この条は《同人》の旁通卦《師》を取って象を説く。震は鳥・飛・兔・走を為す。坎は畏惡、艮は雕鷹を為し、艮は倒転して坎と相連なるので「雕鷹為賊」と言う。坤は乱、坎は室を為す。校記:首句は汲古閣本で「飛鳥逐兔」と作るが誤り、宋・元本に依る。
大有。初雖驚惶,後乃無傷,受其福慶。乾為福慶。
《未済》が《大有》に変わる。林辞は前の《小過》の《小過》に変じる一条と相近し:初めは一陣の驚慌ありしも、後には毫髮の傷なく、かえって福慶を承受す。尚秉和先生はただ四字を注す:乾は福慶を為す——《大有》は乾下離上、下体の乾は正にこの福慶の来る処、ゆえに驚惶はただ冒頭に在り、結局は吉に歸す。
謙。兩金相擊,勇氣均敵。日月鬬戰,不破不缺。詳《同人》之《噬嗑》。
《未済》が《謙》に変わる。林辞は勢均力敵を写す:二塊の金属は相撞し、双方の勇氣は上下相下らず。たとえば日月の相爭うがごとく、誰も破損なく、誰も虧缺なし。尚秉和先生の注:取象は詳しく《同人》卦の《噬嗑》に変じる一条を見よ。
豫。曳綸河海,掛釣魴鯉。王孫利得,以享眾友。伏巽為綸,坤水坎水,故曰河海。坤為魚,故曰魴鯉。艮手,故曰掛釣魴鯉。艮為孫,震為王,坤為利,故曰王孫利得。坎為仲,艮為友。○得,宋元本作得[有誤],依汲古。友,汲古作發,依宋元本。
《未済》が《豫》に変わる。林辞は垂釣の獲を写す:絲綸を河海の中に抛げて、魴魚と鯉魚とを釣上ぐ。王孫はこの利を得、取りて衆多の友朋を宴享す。尚秉和先生の解象:伏巽は絲綸、坤は水・坎もまた水なので「河海」と言う。坤は魚を為すので「魴鯉」と言う。艮は手に象るので「挂釣」と言う。艮は孫、震は王、坤は利を為すので「王孫利得」と言う。坎は仲、艮は友を為す。校記:「得」の字は宋・元本で別の一字と作るが、此処は底本は已に誤ありと注明して字形は辨ぜ難し、ゆえに汲古閣本に依る。「友」の字は汲古閣本で「發」と作り、宋・元本に依る。
隨。犬畏狼虎,依人作輔。三夫執戟,伏不敢起,身安無咎。艮為犬、為狼虎,震為人、為夫,數三,故曰三夫。艮為戟、為手,故曰執戟。巽為伏,艮為身。狼虎,汲古作虎狼,依宋元本。作,宋元本作有,依汲古。
《未済》が《随》に変わる。林辞は人に倚りて自ら保つを写す:狗は豺狼猛虎を害怕し、便ち人に依附して自らの護衛と為す。三名の壮士は長戟を手執し、伏して起つことを敢えてせず、人身はこれにより安穏にして、災禍を招来せず。尚秉和先生の解象:艮は犬・また狼虎を為し、震は人・夫を為し、震の数は三なので「三夫」と言う。艮は戟・また手に象るので「執戟」と言う。巽は潜伏、艮は身を為す。校記:「狼虎」の二字は汲古閣本で「虎狼」と作り、宋・元本に依る。「作」の字は宋・元本で「有」と作り、汲古閣本に依る。
蠱。蜘蛛結網,以伺行旅。青蠅嚵聚,以求膏腴。觸我羅域,為網所得。巽為蜘蛛、為繩,故曰作網。震為行旅,艮止,故曰伺。巽為蠅,震為青,故曰青蠅。艮為求,震為觸。○第四句依宋元本,汲古無。
《未済》が《蠱》に変わる。林辞は蛛網を以て喩を設く:蜘蛛は網を結び起し、路を過ぐる行客を守候す。青蠅は貪饞にして聚り来り、一心に肥美の物を找し求む。一たび我が張る羅網に碰上せば、便ち網住せらる。尚秉和先生の解象:巽は蜘蛛・また繩を為すので「結網」と言う。震は行旅、艮の性は静止し守候するので「伺」と言う。巽は蠅、震は青色を為すので「青蠅」と言う。艮は求、震は觸碰を為す。校記:第四句は宋・元本に依る、汲古閣本にはこの句なし。
臨。所望在外,鼎命方來。拭爵滌罍,炊食待之,不為季憂。伏艮為望。巽為命,震為鼎、為爵、為罍,按:《前漢賈誼傳》天子春秋鼎盛,注:鼎,方也。又《南史王僧辯傳》若鼎命中淪,請從此逝,又徐陵《為陳武帝與周宰相書》:欽若唐風,推其鼎命,又鼎貴、鼎臣、鼎族為古所常用,似有大意盛意。鼎命方來者,言大命方來也。伏艮為手,故曰拭、曰滌。兌為食,艮為季,坤為憂,震解,故曰不為季憂。○命,宋元本作金,滌訛條,均從汲古。
《未済》が《臨》に変わる。林辞は喜訊の将に至らんとするを写す:盼望する人はなお外に在り、重大なる天命はまさに到来せんとす。ここにおいて酒爵を擦き淨め酒罍を洗滌し、飯食を辦して彼を俟つ、小児子のためには憂うるを用いず。尚秉和先生の解象:伏艮は望を為す。巽は命、震は鼎・爵・罍を為す。彼は続いて「鼎命」の二字を考す:《漢書・賈誼伝》に「天子春秋鼎盛」とあり、顔師古の注に「鼎は方なり」とす。《南史・王僧辯伝》に「若鼎命中淪、請従此逝」とあり。徐陵《為陳武帝与周宰相書》に「欽若唐風、推其鼎命」とあり。この外「鼎貴」「鼎臣」「鼎族」は皆古人の常用の語、見るべし「鼎」の字は兼ねて大・盛の意あることを、ゆえに「鼎命方来」とは大命の将に至らんとするなり。伏艮は手に象るので「拭」「滌」と言う。兌は食、艮は季すなわち幼子、坤は憂を為し、震は解散する能ありゆえに「不為季憂」と言う。校記:「命」の字は宋・元本で「金」と、「滌」の字は「条」と訛り、いずれも汲古閣本に従う。
觀。日月並居,常暗匪明。高山崩顛,丘陵為溪。詳《蹇》之《咸》。○溪,汲古作溪,依宋元本。
《未済》が《觀》に変わる。林辞は天地の序を失するを写す:日月は一処に擠り合い、天色は常に昏暗して光明を見ず。高山は崩塌傾倒し、丘陵は陥して谿谷と成る。尚秉和先生の注:取象は詳しく《蹇》卦の《咸》に変じる一条を見よ。校記:「谿」の字は汲古閣本で別の一種の書き方を作るが、ここでは宋・元本に従う——二種の字形は今本では已に分別を見えず。
噬嗑。春服既成,載華復生。莖葉盛茂,實穗泥泥。震為春、為服,艮為成,故曰春服既成。震為華、為生,震車,故曰載華復生。震為莖葉、為茂盛,艮為果蓏,故曰實穗。泥泥,盛茂。
《未済》が《噬嗑》に変わる。林辞は春夏の交の生きる意を写す:春衣は已に成り、草木は花を満載して再び萌發す。莖葉は長じて繁茂し、谷穂は結びて沉甸甸として水靈靈なり。尚秉和先生の解象:震は春・衣服を為し、艮は成就を主るので「春服既成」と言う、《論語・先進》の曾點の志を言う一章に語出す。震は花・生長を為し、震はまた車を為すので「載」の字あり、合わせて「載華復生」と成る。震は莖葉・茂盛を為し、艮は瓜果を為すので「實穗」と言う。「泥泥」は枝葉の潤沢茂盛を形容するなり。
賁。華首山頭,仙道所遊。利以居止,常無咎憂。詳《臨》之《頤》。
《未済》が《賁》に変わる。林辞は洞天福地を写す:華首山の頂上は、修仙の人の往来遊息する処なり。宜しくそこに安居停留すべし、長く過ちなく憂いもなし。尚秉和先生の注:取象は詳しく《臨》卦の《頤》に変じる一条を見よ。
剝。三狐嗥哭,自悲孤獨。野無所遊,死於丘室。艮為狐,數三,故曰三狐。震為歌,震反則哭,《易中孚六三》或泣或歌,即以艮為泣也,自覆象失傳,其辭遂不能解矣。坤寡,又一陽在上,皆孤獨之象也。坤為悲、為野、為死,艮為丘室,《禮》狐死正首丘,仁也。○嗥,宋元本作群,依汲古。遊,汲古作由,依宋元本。
《未済》が《剥》に変わる。林辞は孤獸の死を写す:三隻の狐狸は嗥叫して悲哭し、自らの孤単のため傷感す。原野の上は去るべき処なく、最後に山丘の窠穴の裏に死す。尚秉和先生の解象:艮は狐を為し、その数は三なので「三狐」と言う。震は歌を為し、震は一たび倒転すれば便ち哭と成る——《周易・中孚》の六三爻辞「或泣或歌」は、正に艮を以て泣と為す、「覆象」のこの一路の取象の法が失伝してより、あの爻辞は再び講じ通ずべからず。坤は寡少を主り、加うるに《剥》は一陽が孤り懸りて上に在る、皆孤獨の象なり。坤は悲・原野・死亡を為し、艮は丘・窠室を為す。《禮記・檀弓》に狐狸の臨死するや頭は自ら生れたる山丘に向かうとあり、本を忘れざる仁心なり。校記:「嗥」の字は宋・元本で「羣」と作り、汲古閣本に依る。「游」の字は汲古閣本で「由」と作り、宋・元本に依る。
復。火中暑退,禾黍其食。商人不至,市空無有。《月令》季夏之月,火昏中,《詩》七月流火,《傳》云:火,大火也,流,下也。蓋火星未月昏中,申月西流,故謂之下。又《箋》云火星中而寒暑退,暑退而禾稼熟,故曰禾黍其食。火中用未濟象。離居五中,故曰火中。離為暑,中則退矣。復下震為禾、為食、為商人,巽為市,巽伏,故市空。坤虛,故無有。○禾黍,汲古作求藿,依宋元本。
《未済》が《復》に変わる。林辞は節候に按じて事を説く:大火星は昏に正南に見え、暑氣は便ち退き、黍稷は成熟して食を充つべし。ただ行商の人は来らず、集市の上は空蕩蕩として、何も買い得ず。尚秉和先生は《禮記・月令》を徵引す:季夏の月は大火が昏に中ると。又《詩・豳風・七月》の「七月流火」を引き、《毛伝》は「火」とはすなわち大火星、「流」は下行とす——大火星は未月に昏中し、申月に至れば便ち西に流る、ゆえに「流」と言う。鄭玄の箋はまた火星が中れば寒暑は退くと言い、暑退けば禾稼は成熟す、ゆえに「禾黍其食」と言う。取象の上では:「火中」は本卦《未済》の象を用い、離は第五爻の中位に居るので「火中」と言う。離は暑を為し、既に中に居れば退くべし。《復》の下体の震は禾・食・商人を為し、巽は市を為すが、此処は巽が潜伏するので市面は空虚なり。坤は中が空なので「無有」と言う。校記:「禾黍」の二字は汲古閣本で「求藿」と作るが、ここでは宋・元本に従う。
無妄。獨立山巔,求麋耕田。草木不闢,秋飢無年。巽為寡,故曰獨立。艮為山、為求,震為麋、為耕。震為草木,伏兌為秋,無妄漢人多作無望,無望故無年,言麋非耕田之畜,故草木不闢也。○麋,宋本作鹿,依汲古。
《未済》が《無妄》に変わる。林辞は托す所その人にあらざるを写す:一人は孤りとして山頂の上に立ち、麋鹿に替わって自らのため田を耕さんことを指望す。草木は荒蕪して開闢なく、秋に至れば便ち飢荒を鬧し、顆粒の収穫なし。尚秉和先生の解象:巽は寡少を主るので「獨立」と言う。艮は山・求、震は麋・耕作を為す。震はまた草木を為し、伏兌は秋を主る。彼は併せて指出する、《無妄》の一卦は漢人には多く《無望》と作る、既に「無望」なれば、ゆえに「無年」なり。「草木不闢」に至りては、麋鹿は本は耕田の牲畜にあらず、それに耕田を指望すれば、荒地は自ずから開闢できぬを言う。校記:「麋」の字は宋本で「鹿」と作るが、ここでは汲古閣本に従う。
大畜。火雖熾,在吾後。寇雖近,在吾右。身安吉,不危殆。詳《歸妹》之《震》。三字句。
《未済》が《大畜》に変わる。この一条は通篇三字句なり:火勢は猛なるも、我が身の後に在り。盗寇は近きも、我が右に在り。人身は安穏吉利にして、危険あらざらん。尚秉和先生の注:取象は詳しく《帰妹》卦の《震》に変じる一条を見よ、併せて特に標明する此条の句式は三字句にして、通常の四言と異なると。
頤。囓囓,貧鬼相責。無有歡怡,一日九結。詳《豐》之《晉》。
《未済》が《頤》に変わる。林辞は愁苦の状を写す:牙齒は咬みて咯咯として響き、窮鬼は彼此埋怨して責め合う。一点の歓欣もなく、一日の中に心結は九回を打つ。尚秉和先生の注:取象は詳しく《豊》卦の《晋》に変じる一条を見よ。
大過。追亡逐北,至山而得。稚叔相呼,反其室廬。依《需》之《渙》校。各本皆作"追亡逐北,呼還幼叔。至山而得,反歸其室",不協,惟《需》之《渙》是原詞,韻協象合。
《未済》が《大過》に変わる。林辞は追捕の手に得るを写す:逃亡を追い敗兵を逐い、一直に山裡に追い至りて擒えす。小叔たちは彼此呼應し、一同に自家の屋舎に帰る。尚秉和先生の注:この条の文字は《需》卦の《渙》に変じる一条に依って校定す。各本は皆「追亡逐北、呼還幼叔。至山而得、反歸其室」と作るが、句序は錯乱し音韻は諧せず、ただ《需》の《渙》の所載のみが原詞にして、既に叶韻しまた卦象に合す。
坎。銜命辱使,不堪厥事。遂墮落去,更為斯吏。伏巽為命,兌口,故曰銜命。震為使,伏巽為墮落,艮為僮僕,故曰斯吏。斯,賤役也。
《未済》が《坎》に変わる。林辞は前の《小過》の《履》に変じる一条と同調なり:口に君命を衔えて出使すれど、使命を辱め、この差事を担い當ぐべからず。ここにおいて一路敗落し去り、改めて卑賤の小吏に充つ。尚秉和先生の解象:伏巽は命、兌は口に象るので「衔命」と言う。震は出使を為し、伏巽に墮落の義あり、艮は僮僕を為すので「斯吏」と言う——「斯」はすなわち人に使役せらるる賤役なり。
離。被珠函玉,沐浴仁德。應聘唐國,四門穆穆。蟊賊不作,凶惡伏慝。伏震為珠玉、為仁德,伏坎,故曰沐浴仁德。震為帝,故曰唐國。伏艮為國也。艮為門,震卦數四,故曰四門。本卦互巽為蟊賊,《詩小雅》及其蟊賊,《傳》食根曰蟊,食節曰賊。巽為伏匿。○函,汲古作銜,銜,兌象。函,伏艮象,茲從宋元本。
《未済》が《離》に変わる。林辞は盛世の人を得るを頌す:身は珠飾を披き美玉を懐藏し、仁徳の中に沐浴す。聘に應じて唐堯の国に到りて仕え、四方の城門は皆肅穆にして有序なり。根を蛀み節を咬む害虫は起らず、凶惡の徒も皆潜伏して隠匿す。尚秉和先生の解象:伏震は珠玉・仁徳を為し、また伏坎は水を為すので「沐浴仁徳」と言う。震は帝を為すので「唐国」と言い、伏艮もまた国と取るべし。艮は門を為し、震卦の数は四なので「四門」と言う。本卦の互体の巽は蟊賊を為す——《詩・小雅・大田》に「及其蟊賊」とあり、《毛伝》は庄稼の根を食うを「蟊」と言い、莖節を食うを「賊」と言うとす。巽はまた伏匿を主る。校記:「函」の字は汲古閣本で「衔」と作り、「衔」は兌の象を取り、「函」は伏艮の象を取る、ここでは宋・元本に従りて「函」と作る。
咸。機關不便,不能出言。精誠適通,為人所冤。坎為機關,三上互大坎,故曰不便。震為言,震伏,故不能言。乾為精誠、為往,故曰精誠適通。適通,即感通也。乾為人,兌為言,正反兌,故曰為人所冤,言被誑也。易林每遇正反兌或正反震,不曰讒佞,即曰誣罔,皆本易與左氏。○第三句宋元本作精成通道,皆訛字,故依汲古。
《未済》が《咸》に変わる。林辞は口あれど言い難きを写す:機關は靈便ならず、話は口より出づべからず。一片の精誠は終に感通すれど、人は已に誣冤せらる。尚秉和先生の解象:坎は機關を為し、三爻より上爻まで合わせて一つの放大した坎を成すので「不便」と言う。震は言を為すが、此処は震が潜伏するので「不能出言」と言う。乾は精誠・往を為すので「精誠適通」と言う——「適通」とはすなわち感通。乾は人、兌は言を為し、一正一反の二つの兌は相対するので「為人所冤」と言う、人に誑騙誣陷せらるるの義なり。彼は併せて一条の通例を歸納す:《易林》は凡そ正反の兌あるいは正反の震に遇えば、讒佞を説くならざれば誣罔を説く、皆《周易》と《左伝》の用象に本づく。校記:第三句は宋・元本で「精成通道」と作るが、皆訛字なり、ゆえに汲古閣本に依る。
恆。甕破缶缺,南行亡失。震為甕、為缶,巽下斷,故破缺。震為南、為行,巽隕落,故曰亡失。○缶,宋元本作盆,依汲古。失,元本作夫,依宋本、汲古。
《未済》が《恒》に変わる。林辞はただ二句、行途の折損を写す:瓦瓮は打破し瓦缶は口を缺き、南に走るこの一趟は物を失う。尚秉和先生の解象:震は瓮・缶を為し、巽の下画は中断するゆえに破缺の象あり。震は南方・行走を主り、巽に隕落の義ありゆえに「亡失」と言う。校記:「缶」の字は宋・元本で「盆」と作るが、ここでは汲古閣本に依る。「失」の字は元本で「夫」と作り、宋本と汲古閣本に依る。
遯。唇亡齒寒,積日凌根。朽不可用,為身災患。兌為唇齒,二四兌覆,故曰唇亡齒寒。乾為日,乾實,故曰積日。艮為根。凌,寒也,言日久根冷也。巽下斷,故曰朽。伏坤為身、為災患。○災,元本訛哭,依宋本、汲古。凌,疑訛。
《未済》が《遯》に変わる。林辞は「脣亡齒寒」のこの古喻を用いる:嘴脣はなくなり、牙齒は凍を受け、日は久しくして根に至るまで凍透す。朽壞して再び用るべからず、かえって自身の災患と成る。尚秉和先生の解象:兌は脣齒を為し、二爻より四爻は一つの倒転せる兌なので「脣亡齒寒」と言う。乾は日を為し、乾はまた充實を主るので「積日」と言う。艮は根を為す。「凌」は寒の義、日は久しくして根もまた冷たく変るを言う。巽の下画は中断するので「朽」と言う。伏坤は身・災患を為す。校記:「災」の字は元本で「哭」と訛り、宋本と汲古閣本に依る。「凌」の字は彼もまた訛字を疑心す。
大壯。蒙惑憧憧,不知西東。魁罡指南,告我失中。利以宜止,去國憂患。通《觀》。坤迷,故曰蒙惑憧憧。本卦震為東,兌為西,惑故不知。艮為星,數七,故曰魁罡。《參同契》二月榆魁臨於卯,天罡據西,注:天罡即北斗。《夢溪筆談》斗杓謂之剛,蓋前四星斗之魁,後三星斗之柄,故曰魁罡。震為南,伏艮為指,震言,故曰告。艮為止,坤為國、為憂患也。○失,局本訛室。
《未済》が《大壮》に変わる。林辞は途に迷いて指し示しを待つを写す:昏惑して定まらず心神は摇摇とし、東西南北さえも分け辨えられず。北斗の魁罡は南方を指向し、我に已に正中を偏離せりと告ぐ。この時は止まりて動かざるに利あり、一旦国を離れて遠行せば便ち憂患あり。尚秉和先生の注:この条は《大壮》の旁通卦《觀》を取って象を説く。坤は迷失を主るので「蒙惑憧憧」と言う。本卦の震は東・兌は西を主るが、迷惑なるがゆえに方向を辨え出でず。艮は星を為し、その数は七なので「魁罡」と言う。彼は《周易參同契》の「二月楡魁臨於卯、天罡據西」を引き、注に天罡はすなわち北斗とす。又《夢溪筆談》を引き、斗柄を「剛」と言う——北斗の前の四星は斗魁、後の三星は斗柄、合わせて「魁罡」と称す。震は南方を主り、伏艮は指を為し、震は言語を主るので「告」と言う。艮は止、坤は国・憂患を為す。校記:「失」の字は局本で「室」と訛る。
晉。烏鴟摶翼,以避陰賊。盜伺二女,賴厥生福。旱災為疾,君無黍稷。艮為黔啄、為烏鴟。摶,束也,卷也。《考工記》鮑人卷而摶之是也。烏鴟摶翼者,言鳥下擊物時必戢其兩翼不開張,若卷束然,正以防不測也。震為翼,二四震覆,故曰摶翼。坎為盜賊、為隱伏,故曰以避陰賊。坤為女,數二,艮止,故曰伺二女。離火,艮火,故曰旱。震為君、為黍稷,震覆,故無黍稷。
《未済》が《晋》に変わる。林辞は鷙鳥と盗賊とを写す:烏鴟は翅膀を收攏す、暗處の傷害を躲けんがためなり。盗賊は二名の女子を窺伺し、幸いにこれよりかえって福を生出す。旱災は大患と成り、国君は黍稷の糧さえもなし。尚秉和先生の解象:艮は黑喙の鳥を為すので「烏鴟」を取る。「摶」は收束・卷起の義、《周禮・考工記》の「鮑人卷而摶之」は正にこの用法——「烏鴟摶翼」とは猛禽が俯衝して物を撲つ時に必ず双翅を收緊して張らせず、卷束するが如くするを言い、不測を防備するためなり。震は翼を為し、二爻より四爻は一つの倒転せる震なので「摶翼」と言う。坎は盗賊・また隠伏を主るので「以避陰賊」と言う。坤は女を為し、その数は二、艮は停伺を主るので「伺二女」と言う。離は火、艮もまた火なので「旱」と言う。震は君・黍稷を為し、震は既に倒転すれば「無黍稷」と言う。
明夷。名成德就,項領不試。景公耄老,尼父逝去。詳《履》之《剝》。
《未済》が《明夷》に変わる。林辞は賢者の用いられざるを写す:名声は已に成り徳行は已に就れど、一疋の養い肥えて頸壯なる馬のごとく終に駕用せられず。斉景公は年邁りて昏耄し、孔夫子はここにおいて斉国を離れ去る。尚秉和先生の注:取象は詳しく《履》卦の《剥》に変じる一条を見よ。「項領不試」の語は《詩・小雅・節南山》の「四牡項領」に本づき、良馬が徒らに肥壯して驅馳することを得ざるの意なり。
家人。言與心詭,西行東坐。鯀湮洪水,佞賊為禍。離兩兌口相背,互坎為心,故曰言與心詭。坎為西,離為東,離為惡人,故曰鯀。坎為水、為賊,離兩兌口相對,故曰佞。明夷以離為有言,故此曰詭、曰佞。
《未済》が《家人》に変わる。林辞は口と心と非なるを譏刺す:嘴上の説くと心裡の思うと相背き、口は西に行くと称して身は東に坐す。たとえば鯀の一味に堵塞の辦法を以て洪水を治めるがごとく、姦佞の徒は終に禍害と成る。尚秉和先生の解象:離卦の中に二つの兌口を含みて背向は相反し、互体の坎は心を為すので「言與心詭」と言う。坎は西を主り、離は東を主る。離はまた惡人を為すので鯀を指す。坎は水・賊を為し、離中の二つの兌口は相対するので「佞」と言う。彼は併せて例を挙ぐ:《明夷》の一卦は離を以て「有言」と為す、ゆえにここでもまた「詭」と言い「佞」と言う。
睽。獫狁匪度,治兵焦穫。伐鎬及方,與周爭強。元戎其駕,衰及夷王。《詩六月篇》玁狁匪茹,整居焦穫,注:焦穫,地名。坎為北,玁狁,北狄。離為甲兵,重離,故曰焦穫。鎬、方,皆地名。兌西象也。震為周,兌折震,故曰與周爭強。○焦,汲古作元,元作焦,今依宋元本。劉云,毛詩作匪茹,箋云,度也。鄭蓋用齊詩以申毛義。又云:夷王雖亦命將出師,而未能攘逐,故曰衰。按:夷王始下堂,迎諸候,周室衰。
《未済》が《睽》に変わる。林辞は《詩・小雅・六月》の記す戦事を取る:猃狁は徳を度り力を量らず、焦獲の一帯に兵馬を整治す。鎬地と方地とを進犯し、周王朝と強を争う。大型の兵車は已に出動せど、周室の衰微は已に夷王の世に延及す。尚秉和先生は《詩・六月》の「玁狁匪茹、整居焦獲」を引き、注に焦獲は地名とす。取象の上では:坎は北方を主り、猃狁は正に北方の狄なり。離は甲兵を為し、二重の離が相畳むので「焦獲」と言う。鎬・方も皆地名にして、兌は西方を主り、正にこの一帯の象なり。震は周を為し、兌は折損を主りて震を克するので「與周争強」と言う。校記:「焦」の字は汲古閣本で「元」と、「元」の字は「焦」と作り、二處は互倒す、今は宋・元本に依る。彼はまた劉氏の説を引く:《毛詩》は「匪茹」と作り、鄭玄の箋は「度」と訓す、鄭玄は大概斉詩の説法を采りて毛義を申明せし。劉氏はまた言う、夷王は雖も嘗て將に命じて師を出せど、終に猃狁を驅逐する能わず、ゆえに「衰」と言うと。尚氏の按語は補充す:夷王は始めて堂を下りて諸侯を迎接し、周室はこれより衰微すと。
蹇。三火起明,雨滅其光。高位疾顛,驕恣誅傷。詳《大有》之《師》。
《未済》が《蹇》に変わる。林辞は盛んに極まりて敗るを写す:三堆の火は焼けて通明したるに、一場の雨は光焰を澆滅す。身は高位に居る者は速やかに傾覆し、驕橫放縱にして誅戮傷害に遭う。尚秉和先生の注:取象は詳しく《大有》卦の《師》に変じる一条を見よ。
解。陰涿川決,水為吾祟。使我心憒,毋樹麻枲,居止凶殆。重坎,故曰陰涿川決。涿,《說文》流下滴也,《方言》瀧涿謂之沾。潰,言陰盛川決也。坎為祟、為心,震為麻枲,水多,故不可樹藝也。○首二句宋元本作承川決水、為吾之祟,茲依汲古。
《未済》が《解》に変わる。林辞は水患を写す:陰雨は滴瀝して止まず、河川は决口し、大水は作祟して我を害する物と成る。攪りて我が心を煩乱せしむ、麻枲を種るるを再びせざれ、ここに住するも凶険堪虞なり。尚秉和先生の解象:二重の坎が相畳むので「陰涿川决」と言う。「涿」の字は《説文》に水の下に滴ると訓し、《方言》は「瀧涿」はすなわち沾濕とす。総じて陰氣の太盛にして河川の潰决に致るを言う。坎は作祟・心を為し、震は麻枲を為す。水勢は太大なるがゆえに種植する能わず。校記:冒頭の二句は宋・元本で「承川决水、為吾之祟」と作るが、ここでは汲古閣本に従う。
損。厭浥晨夜,道多湛露。瀸衣濡袴,重難以步。詳《革》之《豫》。第三句宋本、汲古作沽我濡袴,依元本。
《未済》が《損》に変わる。林辞は《詩・召南・行露》と《小雅・湛露》の意を取る:清晨と夜とは皆濕漉漉として、路上に濃重の露を満たす。衣裳は浸濕し褲子は沾透し、沈重にして歩を擧げ難し。尚秉和先生の注:取象は詳しく《革》卦の《豫》に変じる一条を見よ。校記:第三句は宋本と汲古閣本で「沽我濡袴」と作るが、ここでは元本に依る。
益。宜行賈市,所求必倍。載喜抱子,與利為友。詳《大過》之《恆》。
《未済》が《益》に変わる。林辞は經商の吉である:門を出て売買を為すに宜しく、求むる所は必ず加倍して収回すること能わり。喜氣を満載し幼子を懐抱し、利益と朋友を結ぶ。尚秉和先生の注:取象は詳しく《大過》卦の《恒》に変じる一条を見よ。
夬。陰變為陽,女化作男。治道得通,君臣相承。詳《屯》之《離》。
《未済》が《夬》に変わる。林辞は弱を転じて強となすを写す:陰は変じて陽と成り、女は化して男と成る。治国の道はこれにより通達し、君と臣は上下相承す。尚秉和先生の注:取象は詳しく《屯》卦の《離》に変じる一条を見よ。
姤。樹蔽牡荊,生●山旁。仇敵背憎,孰肯相迎。《本草》牡荊,一名黃荊,《淮南萬畢術》曰南山牡荊,指病自愈。巽為樹、為荊,震亦為荊,震伏,故牡荊不見。○牡,元本訛壯,孰訛熟,從宋本、汲古。
《未済》が《姤》に変わる。林辞に曰く:樹蔭は牡荊を遮住し、それは山の旁に生ぇるなり。仇敵は彼此背棄し憎惡し、誰か出でて相迎えんことを肯ぜん。尚秉和先生は《本草》を引く:牡荊はまた黄荊と言う。又《淮南萬畢術》を引く:南山の牡荊は、それを以て病處に指せば病は自ずから愈えると。取象の上では:巽は樹・荊を為し、震もまた荊を為すが、此処は震が潜伏するので牡荊は遮蔽せられて見えず。校記:「牡」の字は元本で「壯」と訛り、「孰」の字は「熟」と訛り、いずれも宋本と汲古閣本に従う。第二句の「生」の字の下の一字は底本は已に漫漶して墨釘と作り、辨識する由なく、臆補を作さず。
萃。坐茵乘軒,據德宰臣。虞叔受命,六合和親。巽為茵,艮為坐,故曰坐茵。坤為車。軒,車也。坤為臣,伏震為帝,艮少,故曰虞叔。巽為命,坤為合,伏乾,數六,故曰六合。○據於德,見論語,汲古作握德,茲依宋元本。
《未済》が《萃》に変わる。林辞は貴臣の位を得るを写す:錦茵の上に坐り軒車に乗り、徳行を凭據して宰輔の臣と為る。虞叔は任命を承受し、天下の六合は皆和穆親善に歸す。尚秉和先生の解象:巽は茵褥、艮は坐を為すので「坐茵」と言う。坤は車を為し、「軒」はすなわち車。坤は臣、伏震は帝、艮は少者を主るので「虞叔」と言う。巽は命を為し、坤は會合を主り、伏乾の数は六なので「六合」と言う。校記:「據徳」は《論語・述而》の「據於徳」に本づく、汲古閣本は「握徳」と作るが、ここでは宋・元本に従う。
升。雲興蔽日,雨集草木,年茂歲熟。坤為雲,乾為日,乾伏,故曰蔽日。兌為雨,巽為草木,故曰雨集草木。坤為年歲、為豐熟。○年茂,元本作茂年,非,今依宋本、汲古。
《未済》が《升》に変わる。林辞は豊收の象である:雲氣は湧起して太陽を遮住し、雨點は草木の上に洒落す、年成は茂盛し五穀は成熟す。尚秉和先生の解象:坤は雲、乾は日を為すが、此処は乾が潜伏するので「蔽日」と言う。兌は雨、巽は草木を為すので「雨集草木」と言う。坤は年歳・豐熟を為す。校記:「年茂」の二字は元本で「茂年」と作るが誤り、今は宋本と汲古閣本に依る。
困。播梅折枝,與母別離,絕不相知。詳《旅》之《大過》。○播,宋本作蟠,依元本、汲古。播,種也。
《未済》が《困》に変わる。林辞は母子の分離を写す:種えたる梅樹は枝條を折られ、人はまた母と分別し、これより音信は斷絶して彼此消息を知らず。尚秉和先生の注:取象は詳しく《旅》卦の《大過》に変じる一条を見よ。校記:「播」の字は宋本で「蟠」と作るが、ここでは元本と汲古閣本に依り、併せて「播」を種植と釋す。
井。天旱水涸,枯槁無澤。困於沙石,未有所獲。通《噬嗑》。艮為天、為火,故曰天旱水涸。坎上下皆火,故涸也。離為枯槁,艮為沙石。
《未済》が《井》に変わる。林辞は枯竭の象を写す:天は旱して水は乾き、草木は枯槁して一点の潤沢もなし。沙砾石堆の間に困り、一獲する所なし。尚秉和先生の注:この条は《井》の旁通卦《噬嗑》を取って象を説く。艮は天・火を為すので「天旱水涸」と言う。坎水の上下は皆火にして、水は自ずから烤乾せらる。離は枯槁、艮は沙石を為す。
革。圭璧琮璜,執贄見王。百里甯戚,應聘齊秦。通《蒙》。震為玉、為王,坤為贄,艮手,故曰執贄。坤為里、為百、為憂,故曰百里甯戚。本卦巽為齊,兌為秦,言百里奚相秦,甯戚相齊也。
《未済》が《革》に変わる。林辞は賢士の出仕を写す:圭・璧・琮・璜のこれら玉製の禮器を手捧げ、贄を執りて君王を謁見しに往く。百里奚と寧戚の两位の賢才は、分かれて秦国と斉国とに聘に應ず。尚秉和先生の注:この条は《革》の旁通卦《蒙》を取って象を説く。震は玉・王、坤は贄禮を為し、艮は手に象るので「執贄」と言う。坤は里・百・憂を為し、合わせて「百里」「寧戚」のこの二人名と成る。本卦の巽は斉、兌は秦を為し、説くは正に百里奚が秦の相を為し寧戚が斉の相を為すを言う。
鼎。龍渴求飲,黑雲景從。河伯捧醴,跪進酒漿,流潦滂滂。通《屯》。震為龍,艮為求,坤為雲,坤黑,故曰黑雲景從。坤為河海,震為伯,坎為酒,艮手,故曰河伯奉醴。坤為漿,坎水,坤水,故曰流潦滂滂。○黑雲,汲古作雲黑,依宋元本。
《未済》が《鼎》に変わる。林辞は風を呼びて雨を得るを写す:神龍は渇して水を飲まんとし、黑雲は便ち影に随うが如く跟って来る。河伯は甜酒を捧げ上げ、跪いて酒漿を進獻す、ここにおいて大水は滂沱として流溢す。尚秉和先生の注:この条は《鼎》の旁通卦《屯》を取って象を説く。震は龍、艮は求、坤は雲を為し、坤の色は黑なので「黑雲景従」と言う。坤は河海、震は伯、坎は酒を為し、艮は手に象るので「河伯捧醴」と言う。坤は漿を為し、坎は水・坤もまた水なので「流潦滂滂」と言う。校記:「黑雲」の二字は汲古閣本で「雲黑」と作るが、ここでは宋・元本に従う。
震。雹梅零墮,心思憒憒,亂我靈氣。首句依《大有》之《蒙》校。各本皆作零蔕。思,元本作積,依宋本、汲古。
《未済》が《震》に変わる。林辞は心神の寧ならざるを写す:冰雹は打ちて梅子は紛紛として地に墜ち、心思は煩乱して昏憒し、我が一点の靈明の氣を擾亂す。尚秉和先生の注:首句は《大有》卦の《蒙》に変じる一条に依って校定す、各本は皆「零蔕」と作る。「思」の字は元本で「积」と作るが、ここでは宋本と汲古閣本に依る。
艮。鹿求其子,虎廬之裡。唐伯李耳,貪不我許。詳《隨》之《否》。
《未済》が《艮》に変わる。林辞は求めて得られざるを写す:母鹿はその幼崽を尋ね、一路虎穴の在る里巷に尋ね至る。唐伯・李耳のこの人たちは貪心にして放たず、小鹿を我に還すを肯ぜず。尚秉和先生の注:取象は詳しく《随》卦の《否》に変じる一条を見よ。
漸。穿匏挹水,篝鐵然火。勞疲力竭,飢渴為禍。詳前《艮》之《坤》。
《未済》が《漸》に変わる。林辞は徒労にして自ら苦しむるを写す:洞を鑿けた葫蘆を取りて水を汲み、竹籠に鉄を罩えて火を生ぜんとす、皆氣力を徒費する事なり。疲れて筋力は竭き盡き、饑渇はかえって禍患と成る。尚秉和先生の注:取象は詳しく前の《艮》卦の《坤》に変じる一条を見よ。
歸妹。龍生馬淵,壽考且神。飛騰上天,舍宿軒轅,常居樂安。震為龍、為馬、為生,下兌,故曰淵。震為神,伏艮為壽、為天,震為飛騰,在艮上,故曰上天。坎為宿,艮為舍、為星,故曰軒轅。軒轅,星名也。震為樂,伏艮為安、為居。○第三句汲古無,依宋元本增。常居樂,汲古作居樂常,依宋元本。三四句指傅說騎箕事。
《未済》が《帰妹》に変わる。林辞は飛升して仙と成るを写す:龍馬は深淵に生れ、長壽にして神に通ず。身を騰して天に飛び上がり、軒轅の星の旁に寄宿し、長く安楽の中に居処す。尚秉和先生の解象:震は龍・馬・生を為し、下体は兌、兌は沢なので「淵」と言う。震は神、伏艮は壽・天を為し、震は飛騰を主りて艮の上に居るので「上天」と言う。坎は宿、艮は舍・星を為すので「軒轅」と言う——軒轅は星名なり。震は樂、伏艮は安・居を為す。校記:第三句は汲古閣本になく、宋・元本に依って補入す。「常居樂」の三字は汲古閣本で「居樂常」と作り、宋・元本に依る。彼は併せて指出する、三四の两句は殷の相の傅説が死後箕星・尾星に騎りて列星と化したる傳説を用いると。
豐。崔嵬北嶽,天神貴客。溫仁正直,主布恩德。閔哀不已,蒙受大福。詳《屯》之《家人》。閔哀,依校,各本皆作衣冠,非。
《未済》が《豊》に変わる。林辞は神明の降福を写す:北岳は高峻崔嵬として、天神はそこの貴客なり。性情は温厚仁愛にして人は端方正直、恩徳の布施を主る。世人を哀憐する止まず、これにより大福を蒙る。尚秉和先生の注:取象は詳しく《屯》卦の《家人》に変じる一条を見よ。校記:「閔哀」の二字は他処に依って校定せるもの、各本皆「衣冠」と作るが正しからず。
旅。鬼夜哭泣,齊失其國,為下所賊。二五互大坎為鬼、為夜,下卦震覆,故曰哭泣。本《中孚六三》爻詞也。巽為齊,艮為國,兌毀,坎失,故曰齊失其國。巽為盜賊。按:《戰國策》齊愍王時,有當闕而哭者,求之則不得,後果失國,為淖齒所殺。
《未済》が《旅》に変わる。林辞は亡国の兆を写す:夜に鬼の哭するあり、斉国はこれにより社稷を失い、国君は臣下に害せらる。尚秉和先生の解象:二爻より五爻まで合わせて一つの放大した坎を成し、坎は鬼・夜を為す。下卦は倒転せる震なので「哭泣」と言う——この一路の取象は《周易・中孚》六三の爻辞に本づく。巽は斉、艮は国を為し、兌は毀折を主り坎は喪失を主るので「斉失其国」と言う。巽は盗賊を為す。彼の按語は《戦国策》を引く:斉湣王の時、人ありて宮闕に對し痛哭せしも、尋ね往けど人を得ず、後に斉国は果たして亡び、湣王は淖齒に殺さると。
巽。二政多門,君失其權。三家專制,禍起季孫。伏震。互艮為門,初至四正反艮,故曰多門。震為君,巽為權,互坎,故曰失權。艮為家,震數三,故曰三家。艮為孫、為少,故曰季孫。季氏三家之一,曾逐昭公,故曰禍起季孫。
《未済》が《巽》に変わる。林辞は魯国の政の私門より出づるを譏刺す:政令は兩處より出で、號令の門径は多し。国君は權柄を喪失し、三家の大夫は國政を專擅す、禍端は季孫氏より起る。尚秉和先生の解象:この条は伏震を取る。互体の艮は門を為し、初爻より四爻は一正一反の二つの艮なので「多門」と言う。震は君、巽は權柄を為し、中間に互坎を隔てるので「失權」と言う。艮は家、震の数は三なので「三家」と言う。艮は孫また年少を主るので「季孫」と言う。季氏は魯の三桓の一にして、嘗て魯昭公を驅逐せり、ゆえに「禍起季孫」と言う。
兌。望幸不到,文章未就。王子逐兔,犬踦不得。詳《渙》林。王,汲古作三,依宋元本。
《未済》が《兌》に変わる。林辞は前の《既済》の《坎》に変じる一条と同じ:君王の臨幸を望むも終に至らず、文采の功業もまた成らず。王子は出でて兔を追い、猟犬は足を跛め、一獲する所なし。尚秉和先生の注:取象は詳しく《渙》卦の一系の林辞を見よ。校記:「王」の字は汲古閣本で「三」と作るが、ここでは宋・元本に依る。
渙。伯虎仲熊,德義淵泓。使布五教,陰陽順序。元刊注高辛氏有伯虎、仲熊佐伯益治水。互艮為虎熊。震長,坎中,故曰伯虎仲熊。震為德,坎水,故曰德義淵泓。巽為命,卦數五,故曰五教。○淵泓,宋元本作昭明,茲依汲古。
《未済》が《渙》に変わる。林辞は古の賢佐を頌す:伯虎と仲熊との两位の賢臣は、徳義は深廣にして淵のごとし。命を奉じて五種の倫常の教を頒布し、陰陽はこれにより各々その序に順う。尚秉和先生はまず元刊本の旧注を引く:高辛氏に伯虎・仲熊あり、嘗て伯益を輔佐して水を治めしと。取象の上では:互体の艮は虎・熊を為す。震は長男、坎は中男なので「伯虎」「仲熊」と言う。震は徳、坎は水を為すので「徳義淵泓」と言う。巽は命を為し、巽卦の数は五なので「五教」と言う。校記:「淵泓」の二字は宋・元本で「昭明」と作るが、ここでは汲古閣本に依る。
節。兩足四翼,飛入家國。寧我伯姊,與母相得。詳《同人》之《謙》。姊,宋元本作叔,依汲古。
《未済》が《節》に変わる。林辞は祥禽の宅に入るを写す:兩足・四翼を生やした瑞鳥が、我が家国の中に飛び入る。我が長姉をして安寧を得せしめ、彼女は母と相処して融洽なり。尚秉和先生の注:取象は詳しく《同人》卦の《謙》に変じる一条を見よ。校記:「姉」の字は宋・元本で「叔」と作るが、ここでは汲古閣本に依る。
中孚。春秋禱祝,解禍除憂,君無災咎。互震為春,兌為秋、為禱祝、為君、為解。○祝,宋元本作祀,災咎作咎憂,均依汲古。
《未済》が《中孚》に変わる。林辞は禳災の吉である:春も秋も時に按じて禱告祝祭し、禍事は化解し憂患は消除す、国君は災禍過咎なからん。尚秉和先生の解象:互体の震は春、兌は秋・禱祝・君・解散を為す——一つの兌象が下半句の幾層の意を兼ねて攝る。校記:「祝」の字は宋・元本で「祀」と作り、「災咎」の二字は「咎憂」と作るが、いずれも汲古閣本に依る。
小過。牧羊稻園,聞虎喧讙。畏懼悚息,終無禍患。詳《隨》之《漸》。
《未済》が《小過》に変わる。林辞は前の《中孚》の《小過》に変じる一条とほぼ同じ:稻田園圃にて羊を放ち、忽ち虎の嘯き鬧ぐを聞き、嚇えて息を屏し心膽は戰慄す。幸いに終に禍患を招かず。尚秉和先生の注:取象は詳しく《随》卦の《漸》に変じる一条を見よ。
既濟。大蛇巨魚,相搏於郊。君臣隔塞,衛侯廬漕。詳《噬嗑》之《訟》。第四句依校。各本皆作郭公出廬。
《未済》が《既済》に変わる。林辞は國破れ君遷るを写す:大蛇と巨魚とが郊野の上にて相鬥す。君臣は隔絶して阻塞し、衛侯は止むを得ず漕邑に廬を搭てて棲身す。尚秉和先生の注:取象は詳しく《噬嗑》卦の《訟》に変じる一条を見よ。校記:第四句は他処に依って校定せるもの、各本皆「郭公出廬」と作る。按ずるに衛懿公は狄人のために滅ぼされ、衛の遺民は黄河を東渡りて漕邑に寄居せり、事は《左伝》閔公二年と《詩・鄘風・載馳》に見ゆ。
焦氏易林注跋
昔楊子云著《太玄》,人皆笑之,子云曰:是不足病也。後世復有楊子云則好之矣。
嘗て揚雄(字は子雲)は《太玄》の一書を著わしたるに、同時の人は皆彼を笑い、自らの力を量らぬとなしたり。揚雄は言う、これは憂患と為すに足らず、将来世上にまた一人の揚雄出ずれば、彼は自ずからこの書を好まん、と。跋文は開篇にこの典故を擧ぐ、その意は真正に深奥なる著述は知音の出現を待って始めて人に読み得らるるにあり、《焦氏易林》と先師のこの注解とは、處境は正に《太玄》と相仿ぶるなり。
《焦氏易林》自來學者多愛其詞,而莫有通其義者,今經吾師尚節之先生按照易象句解字釋,凡昔人不知其所謂者,經先生以易象釋之,則機趣環生,神妙盡出,如《復》之《頤》云噂噂所言,噂,對語也。震為言,頤初至上正反震相對,儼然對語,故曰噂噂。
《焦氏易林》が世に出でてより、學者は大抵その文辭を愛するも、一人としてその義理を貫通する能うる者なし。今我が師尚節之先生——先生の名は秉和、節之はその字——に依り、《周易》の卦象に按じて句ごとに解説し字ごとに疏釋すれば、凡そ前人の讀み得ざりし處は、先生の易象を以ての一講を經て、便ち機趣は環を生じ神妙は畢竟現る。譬へば《復》の《頤》に「噂噂所言」と言う、「噂」は相對して談ずるの意なり:震は言語を為し、《頤》卦は初爻より上爻に至るまで恰好一正一反の二つの震が彼此相向し、儼然として兩人の對面して話する様なり、ゆえに「噂噂」と言う。
《需》之《小過》猋風阻越,《月令注》:猋風,迴風也。小過二至五正反巽,儼象迴風,故曰猋風。《家人》之《小畜》曰杲杲白日,為月所蝕,小畜互離,離為日,而下兌為月,侵入離體之半,故曰為月所蝕。
また《需》の《小過》に「猋風阻越」の一句あり、《禮記・月令》の鄭玄注は「猋風」はすなわち回旋の風と言う。《小過》は二爻より五爻は一正一反の二つの巽にして、形状は儼然として一股の旋風に似たり、ゆえに「猋風」と言う。さらに《家人》の《小畜》に「杲杲白日、為月所蝕」と言う、《小畜》は互体にて離と成り、離は日にして、下卦の兌は月なり、兌は正に離体の半分に侵入せり、ゆえに「為月所蝕」と言う。
若是者不知其幾千百,又如林詞極幽深晦,闇不易明者,如《大壯》之《離》丑寅不徙、辰巳有咎,離伏坎,坎上互艮,下互震,震先天居丑寅,艮後天居丑寅,故曰不徙,言艮震同居丑寅也。離上互兌,下互巽,兌先天居辰巳,巽後天居辰巳,澤風大過故曰有咎。
このごとき一点すれば即ち透る處は、幾千幾百あるかを知らず。さらにあの林辭の極めて幽深晦昧にして本より講じ明かし難きを言えば、例へば《大壯》の《離》の「丑寅不徙、辰巳有咎」:《離》の伏する所は坎にして、坎の上互は艮・下互は震なり、震は先天卦位に丑寅に居り、艮は後天卦位にもまた丑寅に居る、ゆえに「不徙」と言う、これは艮震が同じく丑寅に處りて遷移を須せざるを講ずるなり。《離》の上互は兌・下互は巽にして、兌は先天に辰巳に居り、巽は後天にもまた辰巳に居る、沢の下に風あり正に《大過》の象に合し、《大過》は凶を主る、ゆえに「有咎」と言う。
又如《井》之《震》三男從父,三女從母,至巳而反,各得其所。震上下互坎艮,共三男,而震為父,故曰從父。震伏巽,巽上下互離兌,共三女,而巽為母,故曰從母。震巽相反覆,至巳而反者,言至巳震究仍為巽也。
また《井》の《震》に「三男従父、三女従母、至巳而反、各得其所」と言う:《震》卦は上下互いに坎と艮と出ず、本卦の震を加えて共に三つの男卦なり、而して震はここにまた父に充つ、ゆえに「従父」と言う。震の伏する所は巽にして、巽は上下互いに離と兌と出ず、巽自身を加えて共に三つの女卦なり、而して巽はここにまた母に充つ、ゆえに「従母」と言う。震と巽は互いに反覆の卦を為す、いわゆる「至巳而反」は、行きて巳位に至れば、震は終にまた巽に変じ返るを言うなり。
又如《需》之《晉》咸陽辰巳,長安戌亥,晉坤為安,消息卦坤居西北,故曰長安戌亥。坤伏乾,消息卦乾盈於巳,故曰咸陽辰巳,言乾至巳而為純陽也。
また《需》の《晋》に「咸陽辰巳、長安戌亥」と言う:《晋》の上体の坤は安を為し、十二消息卦の方位の上に坤は西北に居り、正に戌亥に當る、ゆえに「長安戌亥」と言う。坤の伏する所は乾にして、消息卦の中に乾の陽氣は巳に盈滿す、ゆえに「咸陽辰巳」と言う、その意は乾の行きて巳位に至れば便ち純陽と成る、「咸陽」は正に陽氣の咸び備わるの義を取るなり。地名と卦位とはここに合成して双關と成る。
又如《履》之《既濟》不忍主母,為失醴酒,冤尤誰告,經先生疏明,知用《列女傳》侍婢進毒酒事;《豫》之《恆》梟鳴室北,聲丑可惡,經先生疏明,知用《說苑》齊景公築臺不通為梟鳴事;《蠱》之《中孚》商人子孫,資所無有。貪狼逐狐,留連都市。貪狼逐狐,注家皆認為訛字,經先生註明,狼狐二星皆主盜賊,見《史記天官書》,貪狼逐狐者,言流為盜賊也。
また《履》の《既済》の「不忍主母、為失醴酒、冤尤誰告」は、先生の疏解を經て、始めて《列女傳》の侍婢がわざと毒酒を打翻し、寧ろ自ら冤を蒙りて主母を保全せし故事を用いるを知れり。《豫》の《恒》の「梟鳴室北、聲醜可惡」は、先生の疏解を經て、始めて《説苑》の載する齊景公が臺を築き成らず、梟鳥が夜鳴するの故事を用いるを知れり。さらに《蠱》の《中孚》の「商人子孫、資所無有。貪狼逐狐、留連都市」——「貪狼逐狐」の四字は、從來の注家は皆訛字と視なせしが、先生の注明を經て、始めて貪狼と天狐との二星は皆盗賊を主り、《史記・天官書》に見え、「貪狼逐狐」はこの人たちの流落して盗賊と為るを言うを知れり。
又如《漸》之《比》曰文山鴻豹,依《埤雅》釋鴻豹為鴇;《小畜》之《革》曰晨風文翰,據《周書》,《釋文》翰為鳥,復據《說文》知文翰即晨風;《小畜》之《未濟》曰靈明督郵,依《古今注》定督郵為龜名,關於前者非易理易象熟於胸中,不能識其義;關於後者非博覽群書不能通其詞。
また《漸》の《比》に「文山鴻豹」と言う、先生は陸佃《埤雅》に依りて「鴻豹」を鴇鳥と釋す。《小畜》の《革》に「晨風文翰」と言う、先生は《逸周書》と《經典釋文》とに據りて「翰」は鳥名と確定し、さらに《説文解字》に據りて「文翰」はすなわち晨風のこの鳥と斷定す。《小畜》の《未済》に「靈明督郵」と言う、先生は崔豹《古今注》に依りて「督郵」は龜の別名と定む。前の卦象を講ずるこの一類は、易理易象を胸に爛熟せざれば、その義蘊を認める能わず。後の名物を考するこの一類は、群書を博覧せざれば、その文辭を講じ通ずべからず。
全書四千九十六林畢釋無遺,無匿象,無遯形,然則二千年來易林之詞不能通者,徒以世不復有焦延壽耳。有之,則如鏡燭形,一讀其詞,即知其於易象何屬,鳥足為病哉。
全書四千九十六條の林辭を、先生は一々解釋し、一條の遺漏なく、一個の卦象も隱匿せられず、一處の形跡も遁走する能わず。これを以て觀れば、二千年の間《易林》の文辭が人に通ぜられざりし所以は、ただ世上に第二の焦延壽あらざるのみ。儻し真にかくのごとき人あらば、すなわち明鏡の形を照らすがごとく、一たび林辭を讀めば便ちその何れの一路の易象に属するかを知らん、何ぞ更に難の有るを言わん。(末句「鳥足為病哉」の「鳥」は「烏」の字の訛、「烏足」はすなわち「何足」なり。)
至於是書一出,所有二千年周易舊解王陶廬所謂盲詞囈說者,盡行改革,於經學所關至巨,又非第易林一書之顯晦也,其可寶貴為何如哉!
況んやこの書の一たび出れば、二千年來《周易》の種種の舊注舊解——すなわち王樹枏(號は陶廬)の「盲詞囈説」と譏る所のそれらの講法——は皆これに隨いて一併に革新せんことを要す。その經學に關る分量は極めて重大にして、已に《易林》一書の顯晦如何のみの事にあらず、かくのごとき一書は寶貴するに至りて如何ほどの地步ぞや!
顧是書脫稿巳十餘年,徒以卷帙浩博,印行匪易益,與豐潤董宗之作人昆仲皆從先生遊,遂合力舉辦成此寶書,公之於世,以己卯夏開雕,至庚辰春竣事。
ただこの書稿は手を脱して已に十餘年、卷帙の浩繁を以て、付印は實に易からず。我が仵道益と豐潤の董宗之・董作人の兄弟とは皆先生に従い學を問い、ここにおいて力を合わせて操辦し、始めてこの寶書を成就し、世に公にす:己卯年の夏(一九三九年夏)に雕を開き版に上げ、庚辰年の春(一九四〇年春)に至りて完工す。文中の「印行匪易益」は當に「印行匪易。益……」と讀むべく、「益」は跋者の自ら其の名を称するなり。
至於校訂之役,益與宗之等雖分任其勞,然以易象之故,有非先生自任不可者,此亦無如之何也!庚辰正月受業仵道益謹跋。
校訂のこの差事に至りては、我と董宗之らとは分かれてその大半の労苦を擔當したれども、易象の推求に牽涉するがゆえに、或る處は先生の親ら手を動かすに非ざれば可ならず、これもまた奈何すべきなき事なり。庚辰年の正月(一九四〇年正月)、受業の弟子仵道益謹んで跋す。
