Libo

五行精纪

宋 · 廖中

作盤ガイド: 暦注(黄暦), 万年暦

転角進化(干合中に支辰の相順連を見る)

綜合類典籍

通読するより工具書として引くほうが実用的である。他の門類で分からない暦法術語に出会ったら、たいていここで出所をたどれる。

五行精紀

序一

天錫丸疇,一曰五行。凡天、地、人有形則有數,有數則囿於五行。是以善卜筮者,預能測知,人居其間,又顯顯可推者。傳不云乎:死生有命,富貴在天,豈術者之臆說哉。

天が人間に賜った九類の治国大法のうち、《尚書・洪範》に列せられた第一が「五行」である。およそ天・地・人の三者は、形体あれば数があり、数あれば皆、五行の範囲を逃れられない。だから卜筮に巧みな者は吉凶をあらかじめ測り知ることができ、人が天地の間に生きる命運もまた明白に推し求められるのである。古書にいわなかったか――生死には天命があり、富貴は天に任せる、と。これが果たして術者の憑空の臆説であろうか。

春秋戰國前,善相者多,若推祿命,則盛於漢。賈誼譏司馬季主曰:「高人祿命,以悅人心,矯言禍福,以規人財,後世又可知已。」今士大夫至田夫野老,人人喜談命,故其,考驗得失,校量深淺,成精紀三卷,攜以示予。予謂五行所寓,有常焉,有變焉;常易推也、跡也;變難推也、理也。

春秋戦国以前は、相を見るのに長けた者が多かった。「禄命」を推すことについては、漢代に至って初めて盛んになった。賈誼は卜者の司馬季主を譏って言った――人の禄命を抬げて人心を悦ばせ、禍福の説を捏造して人の財を謀る、後世の流弊はこれより知るべし、と。今では上は士大夫から下は農夫野老に至るまで、人びと皆、命を談ずるを好む。そこで廖君は諸家の得失を考察し、その学説の深浅を校量して、《精紀》三巻を著し、携えて私に見せた。私は思うに、五行は万物の中に寓し、常もあれば変もある。常は推しやすい、跡があるからである。変は推し難い、抽象の理に属するからである。

自非心通意悟,不足以盡此!古稱善其事者,莫如李虛中,萬端千緒,錯參重出,學者就傳其法。初若可取,卒然失之,茲豈易哉。廖君歸矣,苟因書悟理,則將知由基之射,百發而百中,不然讀齊侯之糟魄其中,不可知也。

心で会得し心に融通するのでなければ、この学問を窮め尽くすには足りない。古人が最もこの道に精しいと推し尊んだのは、唐代の李虚中よりほかない。その法は端緒万端で、交錯して重複し、命を学ぶ者は彼の伝えた成法をそのまま踏襲するだけで、初めは取るに足るようでいて、終わりにはやはり的を外す。これを見れば、この事がどれほど容易でないか分かる。廖君がこのたび帰って、この書によってその中の理を悟ることができれば、春秋の名射手・養由基のように百発百中の道理を得るであろう。さもなければ、《荘子》に斉桓公の糟粕の書を読む者がいたように、書中の真意はついに知る由もない。

序二

自術家者流興,而其書蔓,又天下充棟汗牛,雖以畫墁專其門者,猶不能竟其說,世皆謂祿命始於漢,予固未暇考信,獨竊怪夫三代而上,官人以世,科目不立,以閭族黨之繁,殷俊秀選造之升矣,夫豈無一人焉。

術数の一派が興って以来、この類の書籍は蔓のように生い茂り、屋に充満し、運ぶ牛を疲れさせるほど多くなった。これを専門の生業として終日塗り抹して推演する者でさえ、その名目を言い尽くせない。世の人は皆「禄命」の学は漢代に始まると言うが、私はずっと考訂する暇がなかった。ただ私なりに怪しむのは、夏・殷・周三代以上では、做官は世襲の門第によったのであり、科挙取士はまだ設けられていなかった。郷里宗族の人口の繁盛、俊秀の士が挙薬提拔された数の多さをもってしても、その中に推命によって識拔された者が一人もいなかったということがあろうか。

有庚丁戌己之同,甲辰癸丑之合,均得所養矣。祿固不可以輕重別,仕不出境矣。馬固不可以澄清期軍制於卿列,而將置閒士、止於奉璋,而天乙廢。不寧惟是,大撓作甲子,固今所謂納音之辨,笄儷用則釵釧何有,巢穴處而屋壁何居。夫漢之夾是術者,師說相承,要必有所祖,進則接於三代矣。而其說皆不見之用,是孰從而信之哉。

命局には庚と丁、戌と己のような同気の象があり、甲辰と癸丑のような相合の象があり、本来それぞれその養を得ていた。しかし上古の世では、「禄」の軽重は全く分別する術がなく、做官した者もその足跡は封国を出なかった。「駅馬」も四方を馳駆して天下を澄清することなど望めず、軍政の制はただ公卿の列に排せられ、武将は閑置され、士人は玉璋を捧げて祭祀を助けるにすぎず、「天乙貴人」という説も廃れたも同然であった。そればかりではない。大撓が甲子を創制したのは、本来、今日いう「納音」分別の源であるが、当時の婦女は簪笄で相配するだけで、釵釧などどこにあったか。人はなお巣居穴処していて、屋壁などと言えたものか。漢代にこの術数を兼ね治めた者たちは、師説が代々相承し、必ずその本原があって、上へ推すれば三代に接続する。しかしそれらの説は当時いずれも実際に施行されず、では何をもって人に信じさせることができようか。

唐呂才之言曰:長平坑卒,要非並犯三刑,南陽近親,何必皆當六合,所值既眾,理無俱同,然而其書行且千有餘年,通人知士,指掌接鄰,未嘗不以之占往察來,揣摩牽附,而其命中者,類皆據出乎機緘推測之表,而吻合乎造化運行之巧,是殆不容以常情言也。蓋倚而璣陳,蓬吹而輪兆,一理之具,萬殊以萌,裡積崑崙,度分圖極,世孰有窮髮而縱遊,梯雲而推步者哉。

唐代の呂才はかつて質疑して言った――長平の戦いで坑殺された数十万の降卒が、皆一様に同時に「三刑」を犯したはずはない。東漢南陽の劉氏の多くの同宗貴顕も、必ずしも一人残らずちょうど「六合」に合したわけではない。同一時辰に生まれた人が多い以上、命理がことごとく同じであるはずがない。しかしこの類の書は千有余年も流伝し、通達の士は指を折って談じ、比隣して切磋し、これを用いて過往を占い将来を審察しない者はなく、反復揣摩して牽合した。その中で言い当てたものは、多くは機巧の推測の及ぶ範囲を超え、ちょうど造化運行の精妙に暗合して、実に常理をもっては説き明かせない。天体は衡に倚りて璇玑が陳列し、蓬草が風に巻かれて車輪の制がそこから萌生したように、同一の理が一旦具われば、千差万別はそこから生発する。里数を累積すれば崑崙まで量ることができ、度分を推排すれば北極を図写することができる。世に誰が真に不毛の極北の地まで遠游し、雲梯を架して天に上って実地に推歩した者がいようか。

有是理則有是象,有是象則有是滋,數之所由生,而禍福吉凶之所由以占也。俄度俄測,彼猶可以歷意演自然之理,考方來之朕,獨以無所祖而寡疑焉可乎?予少也好學,恥一物之未知,探窮通曉形氣,每患乎五家章句之既泯,而浮靈下俚之制作,類乎其間。

このような理があればこのような物象があり、このような物象があればこのような滋生繁衍があり、数はここから生じ、禍福吉凶もここから推占できる。片刻の間の測度でも、なお暦法の意によって自然の理を推演し、将来の徴候を考察できるのに、どうしてただ明確な師承の来歴がないというだけで、少しも躊躇せず一概に否定できようか。私は年少の頃から学問を好み、一物を知らぬことを恥とし、形と気の道理を深く探究してきたが、常に五行諸家の章句がすでに湮滅し、浅陋鄙俗で神を装い鬼を弄する偽作がその中に混在していることを憂えていた。

後得廖君書,而文忠周公宴敘其篇,慨然撫卷而嘆曰:前輩宗工於小道,可視之用不慶,蓋如此。廖君儒者也,刊蕪翦謬,欲托以傳,夫豈無說,而文忠之序,惟取其占驗之一偏意者,約而歸之,正廖君之望,猶若有不止乎是者。

後に私は廖君のこの書を得て、文忠公・周必大がかつて序を作ったのを見、感慨深く書巻を撫でて嘆じた――先輩の大家がこの種の小道に対しても、なおこれほどその用いるべき面を重く見ていたのか、と。廖君は本来读书人であり、蕪雑を删め謬誤を剪除して、この書によって後世に伝えようとしたのだから、自分の主張がなかったはずがない。しかし周文忠公のあの序は、占験が霊験するかどうかという一偏の意を取っただけで、全書をこの一点に帰結させた。私に言わせれば、廖君の期待はおそらくこれだけに止まらなかったであろう。

後三十有一年,予終而贊之曰:噫!嘻!余曾聞我夫子之言富貴矣,始於欲而終於道,昌黎韓愈尊孔道者也,一推其不可幸致者,則曰是有命焉。夫肖貌賦形,均於初厚生至成,夫豈二本世之馳鶩者,不得不厭為慮。

三十一年を経て、私はこの書のために跋語を書き賛嘆した――ああ! かつて孔夫子が富貴を論じて、人が富貴を求めるのは欲望に起こるが、最終的には道義に帰結しなければならないと言うのを聞いた。韓愈は孔子の道を尊崇する者であったが、一旦、僥倖して求め得ない事に推究が及ぶと、ただ「これは命がある」と一句言うだけであった。人が形貌を禀受し形体を賦与され、最初の養育から成人するまで、本来一つの源から出たのであり、どこに第二の根本があろうか。世の奔競して利を逐う者たちは、これを深く思い倦厭を生じざるを得ない。

孰知夫畏影疾走者,彼蓋不知其本於日也,有人焉,指示而告之,則息乎大木之陰,而影念矣。廖君之為此書,其不足以警遠遊之還,而助於世教者乎?固附所疑,以告視者。

誰が思ったであろう、《荘子》の中の自分の影を恐れて必死に走る者は、実は影が日光の作るものだと知らなかったのだ。もし傍らから指し示して教える者があれば、大樹の陰涼の下に歇まれば影の念は自然に消解すると分かる。廖君がこの書を著したのは、遠游して帰らず、奔競して休まない者たちを警醒し、世道教化に資するに足りないであろうか。私はしばらく心中の疑問をここに附記して、この書を読む者に告げる。

南宋紹定元年戊子清明日,鄂國岳珂序。

南宋・紹定元年、歳次戊子の清明の日、鄂国公・岳珂が本書のためにこの序を書いた。岳珂は抗金名将・岳飛の孫で、文史の著述をもって当世に名を知られた。

目録

序一、序二、第一卷論六十甲子上、論六甲納音法、第二卷論六十甲子下、第三卷論干神一、第四卷論干神二、第五卷論干神三、論甲乙、論丙丁、論戊己、論庚辛、論壬癸、第六卷論支神、並論干神、第七卷論五行一、第八卷論五行二、第九卷論五行三、第十卷論年月日時胎、釋日時貴格、第十一卷釋日時凶中凶格、釋日時犯月中惡殺、第十二卷論十二月節氣。

全書の篇目は以下の通り。巻首に序一・序二の二篇を収める。第一巻《論六十甲子上》には《論六甲納音法》を内附し、干支に「納音」を配る推法を説く。第二巻《論六十甲子下》。第三巻《論干神一》。第四巻《論干神二》。第五巻《論干神三》は《論甲乙》《論丙丁》《論戊己》《論庚辛》《論壬癸》の五節に分かれ、十天干を逐一説く。第六巻《論支神》は《並論干神》を併附する。第七・第八・第九の三巻は順に《論五行一》《論五行二》《論五行三》。第十巻《論年月日時胎》は《釈日時貴格》を附す。第十一巻《釈日時凶中凶格》は《釈日時犯月中悪殺》を附す。第十二巻《論十二月節気》。

第十三卷論釋吉貴神例、第十四卷論天乙貴神、第十五卷論祿、第十六卷論馬、第十七卷並論祿馬、論官神、第十八卷論印綬、論食神、論三奇、論合神、第十九卷論進神、論正印、論庫墓、論財、第二○卷論華蓋、論金輿、論學堂文章、論科名、論蔭補、論武職、第廿一卷論貴局上、第廿二卷論貴局下。

第十三巻《論釈吉貴神例》は各種の吉神の体例を総説する。第十四巻《論天乙貴神》は「天乙貴人」を専門に説く。第十五巻《論禄》、第十六巻《論馬》は「禄神」と「駅馬」を分けて説く。第十七巻《並論禄馬》は禄と馬を合わせて説き、《論官神》を附す。第十八巻《論印綬》は《論食神》《論三奇》《論合神》を附す。第十九巻《論進神》は《論正印》《論庫墓》《論財》を附す。第二十巻《論華蓋》は《論金輿》《論学堂文章》《論科名》《論蔭補》《論武職》を附す。第二十一巻《論貴局上》、第二十二巻《論貴局下》は各種の貴格の組合せを説く。

第廿三卷釋凶神例、第廿四卷論劫殺、論亡神、第廿五卷論三刑、論六害、論空亡、第廿六卷論沖破、論金殺、第廿七卷論凶殺、第廿八卷雜釋諸例、釋小兒例、第廿九卷釋男命例、釋女命例、並釋男女命例、論父母位、第三○卷論子息位、論僧道、論九流、論吏卒、論形貌性情、論人身形、第卅一卷論疾病、論壽夭、第卅二卷雜論、第卅三卷論大運、論小運、第卅四卷論二運、論太歲、論歲運。

第二十三巻《釈凶神例》は凶神の体例を総説する。第二十四巻《論劫殺》は《論亡神》を附す。第二十五巻《論三刑》は《論六害》《論空亡》を附す。「空亡」とは旬中に欠ける二支を指す。第二十六巻《論衝破》は《論金殺》を附す。第二十七巻《論凶殺》。第二十八巻《雑釈諸例》は《釈小児例》を附す。第二十九巻《釈男命例》は《釈女命例》《並釈男女命例》《論父母位》を附す。第三十巻《論子息位》は《論僧道》《論九流》《論吏卒》《論形貌性情》《論人身形》を附す。第三十一巻《論疾病》は《論寿夭》を附す。第三十二巻《雑論》。第三十三巻《論大運》は《論小運》を附す。第三十四巻《論二運》は《論太歳》《論歳運》を附す。

五行精紀 宋・廖中

第一巻 論六十甲子上

甲子乙丑海中金,丙寅丁卯爐中火,戊辰已巳大林木,庚午辛未路旁土,壬申癸酉劍鋒金,甲戌乙亥山頭火,丙子丁丑澗下水,戊寅已卯城頭土,庚辰辛巳白臘金,壬午癸未楊柳木。

六十甲子は二組の干支ごとに一つの「納音」五行を共に配し、前の十組は順に次の通りである。甲子と乙丑は納音が海中金。丙寅と丁卯は納音が炉中火。戊辰と己巳は納音が大林木。庚午と辛未は納音が路旁土。壬申と癸酉は納音が剣鋒金。甲戌と乙亥は納音が山頭火。丙子と丁丑は納音が澗下水。戊寅と己卯は納音が城頭土。庚辰と辛巳は納音が白臘金。壬午と癸未は納音が楊柳木。

甲申乙酉泉中水,丙戌丁亥屋上土,戊子已丑霹靂火,庚寅辛卯松柏木,壬辰癸巳長流水,甲午乙未砂中金,丙申丁酉山下火,戊戌已亥平地木,庚子辛丑壁上土,壬寅癸卯金萡金。

続く十組は次の通りである。甲申と乙酉は納音が泉中水。丙戌と丁亥は納音が屋上土。戊子と己丑は納音が霹靂火。庚寅と辛卯は納音が松柏木。壬辰と癸巳は納音が長流水。甲午と乙未は納音が砂中金。丙申と丁酉は納音が山下火。戊戌と己亥は納音が平地木。庚子と辛丑は納音が壁上土。壬寅と癸卯は納音が金箔金。

甲辰乙巳覆燈火,丙午丁未天河水,戊申已酉大驛土,庚戌辛亥釵釧金,壬子癸丑桑拓木,甲寅乙卯大溪水,丙辰丁巳沙中土,戊午已未天上火,庚申辛酉石榴木,壬戌癸亥大海水。

最後の十組は次の通りである。甲辰と乙巳は納音が覆燈火。丙午と丁未は納音が天河水。戊申と己酉は納音が大駅土。庚戌と辛亥は納音が釵釧金。壬子と癸丑は納音が桑柘木。甲寅と乙卯は納音が大溪水。丙辰と丁巳は納音が沙中土。戊午と己未は納音が天上火。庚申と辛酉は納音が石榴木。壬戌と癸亥は納音が大海水。

夫六十甲子者,起於軒轅,作於大撓。大撓者,軒轅之史官也。考天書三式,以十干十二支衍而成之,為六十甲子。三式者,即軒轅感玄女所授之書。(燭神經)

六十甲子のこの紀法は黄帝・軒轅氏に起源し、大撓が作り出した。大撓は軒轅氏の史官で、天書「三式」を考究し、十天干に十二地支を配合して推衍して成し、ここに六十甲子ができた。三式とは、伝説で軒轅氏が九天玄女に感通して伝授されたという数部の書のことである。この説は《燭神経》から出る。

論六甲納音法

《六微指論》云:天氣始於甲,地氣始於子,子甲相合,命曰歲,以十干配十二支,周而復始,則六甲成矣。凡欲知納音者,謂子午數至庚,丑未數至辛,寅申數至戊,卯酉數至己,辰戌數至丙,巳亥數至丁,得七者,西方素皇之氣,納音屬金也;得三者,南方丹天之氣,納音屬火也;得九者,東方陽九之氣,納音屬木也;得一者,中央總統之氣,納音屬土也;得五者,北方玄極之氣,納音屬水也。故頌曰:「七金三是火,九木一中央,得五皆為水,納音宜審詳。」

《六微指論》にいう――天の気は「甲」より起頭し、地の気は「子」より起頭し、子と甲が相配するのを一歳という。十天干をもって十二地支に配し、循環往復して、六十甲子が形成される。およそ「納音」を推知しようとする法はこうである。地支が子・午に逢えば、その柱の天干から順に庚まで数える。丑・未なら辛まで数え、寅・申なら戊まで、卯・酉なら己まで、辰・戌なら丙まで、巳・亥なら丁まで数える。数えて七を得た者は西方素皇の気に属し、納音は金である。三を得た者は南方丹天の気に属し、納音は火。九を得た者は東方陽九の気に属し、納音は木。一を得た者は中央総攝の気に属し、納音は土。五を得た者は北方玄極の気に属し、納音は水。だから口訣にいう――七を得れば金、三を得れば火、九を得れば木、一を得れば中央の土に帰し、およそ五を得た者は一律に水とする。納音を推す時は必ず仔細に審辨せよ。

假如甲子甲午,從甲至庚,乙丑乙未,從乙至辛,其數皆七,所以納音俱屬金也。丙寅丙申,從丙至戊,丁卯丁酉,從丁至己,其數皆三,所以納音屬火也。戊辰戊戌,從戊至丙,己巳己亥,從己至丁,其數皆九,所以納音屬木也。庚子庚午辛未辛丑,其數皆一,所以納音屬土也。丙子丙午,從丙至庚,丁未丁丑,從丁至辛,其數皆五,所以納音屬水也。餘皆彷此。

例を挙げよう。甲子と甲午は甲から順に数えて庚に至る。乙丑と乙未は乙から順に辛に至り、得る数はいずれも七で、ちょうど口訣の「七金」に合うから、納音は一律に金に属する。丙寅と丙申は丙から戊に数え、丁卯と丁酉は丁から己に数えて、得るはいずれも三、ちょうど「三火」に合うから納音は火に属する。戊辰と戊戌は戊から丙に、己巳と己亥は己から丁に数えて、得るはいずれも九、ちょうど「九木」に合うから納音は木に属する。庚子・庚午・辛未・辛丑は得るがいずれも一、ちょうど「一は中央の土」に合うから納音は土に属する。丙子と丙午は丙から庚に、丁未と丁丑は丁から辛に数えて、得るはいずれも五、ちょうど「五を得れば水」に合うから納音は水に属する。残りの各組は皆この法に倣って類推する。

以上只數其干,不數其支,假令從丙至庚,即丙丁戊己庚,是其數五也。又如從甲至庚,即甲乙丙丁戊己庚,是其數七也。(三曆會同)

上の数え方は天干だけを数え、地支は数えない。例えば丙から庚まで数えれば、丙・丁・戊・己・庚の五位で、得数は五。また甲から庚まで数えれば、甲・乙・丙・丁・戊・己・庚の七位で、得数は七である。この説は《三暦会同》から出る。

甲子從革之金,其氣散,得戊申土,癸巳水相之,則吉。戊申乃金臨官之地,土者更旺於子,必能生成,癸巳繫金,生於巳,水旺於子,納音各有所歸,又為朝元祿,忌丁卯丁酉戊午之火。閻東叟云:甲子金為進神,稟沉潛靈中之德,四時皆吉,入貴格,承旺氣,則術業精微,主魁奪之榮。

甲子の納音は「従革の金」で、金気が発散して聚まらない。もし戊申の土・癸巳の水が補助して得られれば吉となる。戊申は金の「臨官」の得力の地で、土は子の位でさらに旺し、必ず金を育てて器となす。癸巳の一柱は、金が巳の上で長生し、水はまた子の上で旺を得て、両方の納音にそれぞれ帰宿があり、さらに「朝元禄」を構成する。これは禄気が回頭して本命を朝拱する貴い象である。忌むところは丁卯・丁酉・戊午の火である。閻東叟がいう――甲子の金は「進神」に属し、沈静深潜・霊秀内含の徳性を禀受し、四季いずれも吉である。もし貴格に入って旺気を乗せれば、学問技芸が精深微妙となり、魁首を奪う栄誉がありうる。

乙丑自庫之金,火不能克,蓋退藏之金,苟無刑害沖破,未有不顯榮者,獨忌己丑戊午己未之火。閻東叟云:乙丑金為正印,具大福德,秋冬富貴壽考,春夏吉中有凶,入格則建功享福,帶煞類為凶會,玉霄寶鑑云:甲子乙丑未成器金,見火則成,多見則吉。

乙丑の納音は、みずからの墓庫に蔵された金で、火が剋しても動かない。収斂退蔵の金だからである。刑・害・衝・破に遇わなければ、顕達栄耀しないことはない。ただ己丑・戊午・己未の火を忌む。閻東叟がいう――乙丑の金は「正印」で、極めて大きな福徳を具え、秋冬に生まれれば富貴長寿、春夏に生まれれば吉の中に凶を帯びる。格局に入れる者は功業を建て福沢を座して享け、凶煞を帯びれば多くは凶険の聚合となる。《玉霄宝鑑》にいう――甲子・乙丑はいずれも器物に鋳成されざる金で、火に見えて初めて器を成し、火が多いのはかえって吉である。

丙寅赫犧之火,無水制之,則為燔灼炎烈之患,水不可遇,獨愛甲寅之水,就位濟之,又名朝元祿。五行要論云:丙寅火食靈明沖粹之氣,四時生生之德,入貴格,則文彩發應,主科甲之貴。

丙寅の納音は「赫曦の火」で、水が節制しなければ烈焰焚灼の患いがある。一般の水は遇うに宜しくないが、ただ甲寅の水だけを好む。同一の支位から救済に来るからで、これを「朝元禄」ともいう。《五行要論》にいう――丙寅の火は霊明純粹の気を含み、四季生生不熄の徳性を具える。一旦貴格に入れば、文采が焕発し、科挙登第の貴顕を主る。

丁卯伏明之火,氣弱宜木生之,遇水則凶,乙卯乙酉水最毒。五行要論云:丁卯沐浴之火,含雷動風作之氣,水濟之則達,土載之則基厚,以木資之為文彩,以金橐之,更逢夏令則兇暴。

丁卯の納音は「伏明の火」で、火気が衰弱し、木の生扶があって宜しい。一旦水に遇えば凶で、その中でも乙卯・乙酉の二組の水は害が最も烈しい。《五行要論》にいう――丁卯は「沐浴」の位に坐す火で、雷動風起の気を含む。水で調済すれば通達し、土で承載すれば根基が厚く、木で資助すれば文采が顕れる。金で鼓風し燃えを助け、さらに夏令の火旺に遇えば、凶暴となる。

珞琭子云:丙寅丁卯秋天宜以保持。瑩和尚注云:丙寅丁卯舉火之類,秋天保持者,言水生於秋也。鬼谷遺文云:丙寅丁卯秋冬宜以保持。注云:木不南奔,火無西旺,火至秋冬,勢恐不久。

《珞琭子》にいう――丙寅・丁卯は秋に至れば保养維持すべし。瑩和尚の注にいう――丙寅・丁卯は挙火の類の命で、秋に保养するのは、水が秋に長生するからで、水が勢いを起こせば火を剋する。《鬼谷遺文》にいう――丙寅・丁卯は秋冬の二季に保养維持すべし。注にいう――木は南へ奔らず、火は西方で旺せず、火が秋冬に行けば、気勢は恐らく長久し難い。

戊辰兩土下木,眾金不能克,蓋生金,有母子之道,得土生之為佳。五行要論云:戊辰庚寅癸丑三辰,挺木德清健之數,生於春夏,能轉立獨奮,隨變成功,更成旺氣,則有凌霄聳壑之志,惟忌秋生,雖懷志節,屈而不伸。己巳為近火之木,金自此生,於我無傷,忌見生旺之火。

戊辰は二重の土の下の木で、衆多の金も剋して動かない。土が金を生ずれば土と金の間に母子の情があり、この木は土に生養されてかえって良いからである。《五行要論》にいう――戊辰・庚寅・癸丑の三組は、木徳清朗剛健の数理を挺立し、春夏に生まれれば独自に振起し、随機応変して事功を成す。さらに旺気に遇えば、雲霄に直上し山谷に聳立する志がある。ただ秋に生まれるのを忌む。そうすれば志節を懐いても、屈居して伸ばせないだけである。己巳は火に紧く挨る木で、金は巳の位から長生してこの木に傷害はなく、忌むところは生旺の火に遇うことである。

閻東叟云:己巳在巽為風動之木,根危易拔,和之以金土,運歸東南方成材用。雖外陽內陰,別無輔助,則其氣靈散,更為生鬼所克,乃不材之本也。珞琭子云:己巳戊辰度乾宮而脫厄。瑩和尚注云:己巳戊辰舉木之數,西方金鬼旺鄉,納音之木,至此絕矣,斯謂厄會。若度乾亥之宮,木得水以生長,故脫厄。

閻東叟がいう――己巳は八卦では巽に属し、風に随って揺動する木で、根基が穩やかでなく拔かれやすい。金と土で調和し、東南方に運行すれば有用の材となる。外陽内陰ではあるが、さらに他の幇扶を得られなければ、木気は飄散して聚まらず、みずから生ずる所に暗伏する「鬼」――すなわち我を剋する神――に逆に剋制され、それが不成材の根由となる。《珞琭子》にいう――己巳・戊辰は乾宮を度して初めて厄難を脱する。瑩和尚の注にいう――己巳・戊辰は挙木の類に属し、西方は金鬼当旺の郷で、納音の木はそこに至れば気絶する。これを厄難相会という。乾・亥の位を度し得れば、木が水の滋養を得て生長するから、脱厄できる。

庚午辛未始生之土,木不能克,惟忌水多,反傷其氣,木多卻有歸,蓋歸未也。閻東叟云:庚午辛未戊申丁巳,皆厚德之土,含容鎮靜,和氣融怡,福祿優裕,入格則多歷方嶽之任,有普惠博愛之功。

庚午・辛未の納音は剛に生成した土で、木が剋しても動かない。ただ水の多いのを忌み、水が多ければかえって土気を傷つける。木は多くても去り所があり、木が未の位に至れば庫に入るからである。閻東叟がいう――庚午・辛未・戊申・丁巳の数組は皆厚徳の土に属し、含容寛厚・沈穏安定で、気象は和楽融冾し、福禄は豊裕である。格局に入る者は多くは一方の大員を歴任し、普く恩恵を施し博愛して物に及ぶ功業がある。

壬申臨官之金,利見水土,若丙申丙寅戊午之火,則為災害。閻東叟云:壬申金,持天將之威,資臨官之氣,秋冬掌生殺之權,春夏吉少凶多,入格以功名自奮,帶殺之刻剝為能。

壬申の納音は「臨官」の旺位に坐す金で、水と土に見えるを利とする。丙申・丙寅・戊午の類の火に逢えば災害となる。閻東叟がいう――壬申の金は天将のごとき威勢を持ち、臨官の気に憑藉し、秋冬に生まれれば生殺の大権を執掌し、春夏に生まれれば吉少なく凶多い。格局に入る者は功名をもって自ら振起し、凶殺を帯びる者は刻薄剥削を本事とする。

癸酉堅成之金,火死於酉,見火何傷,惟忌丁酉火,就位克之。閻東叟云:癸酉自旺之金,稟純粹之氣,春夏為性英明,秋冬尤貴。入格則功業節概,挺轉出倫;帶殺則少年剛勁,四十之後,漸成純德。玉霄寶鑑云:壬申癸酉,金旺之位,不可復旺,旺則傷物;不可見火,見火則自傷。

癸酉の納音はすでに堅成した金で、火が酉の位で死絶するから、火に見えても傷を受けない。ただ丁酉の火を忌む。同一の支位で直接剋しに来るからである。閻東叟がいう――癸酉は自旺の金で、純粹の気を禀受し、春夏に生まれれば性情英明、秋冬に生まれれば殊に貴い。格に入る者は功業も気節も超拔出衆し、凶殺を帯びる者は少年時剛強猛烈で、四十歳以後は次第に純厚の徳を養成する。《玉霄宝鑑》にいう――壬申・癸酉は正当金旺の位で、さらに旺を加えてはならない。旺しすぎれば物を傷つける。火に見てもならず、火に見ればかえって自ら傷つく。

甲戌自庫之火,不嫌眾水,惟忌壬戌,所謂墓中受克,其患難逃。五行要論云:甲戌火為邱為庫。含至陽藏密之氣,貴格逢之富貴光大,惟忌夏生,防吉中有凶。

甲戌の納音は自ら墓庫に入る火で、衆多の水を怕れない。ただ壬戌を忌む。まさに墓庫の中で剋されるというのであり、禍患は躲がれ難い。《五行要論》にいう――甲戌の火は山丘のごとく、倉庫のごとく、至陽にして深蔵露わさざる気を含む。貴格がこれに遇えば富貴光大し、ただ夏に生まれるのを忌み、吉の中に凶を蔵することを防がねばならない。

乙亥伏明之火,其氣湮欎而不發,借己亥辛卯己巳壬午癸未木生之,則精神旺相。癸巳癸亥丙午水,有之則不吉。閻東叟云:乙亥火自絕,含明敏自靜之氣,葆光晦路,寂然無形,稟之得數者,為妙道高人,吉德君子。

乙亥の納音は「伏明の火」で、火気が鬱結して発せられない。己亥・辛卯・己巳・壬午・癸未の木を借りて生扶して初めて精神が旺盛になる。癸巳・癸亥・丙午の水に見れば不吉である。閻東叟がいう――乙亥の火はまさに自絶の地に坐し、明敏にして自ら清静を守る気を含み、光芒を収斂し行跡を隠晦し、寂然として形跡がない。この気を禀受してその数を得る者は、多くは妙道に深く通ずる高人・吉徳ある君子である。

丙子流衍之水,不忌眾土,惟嫌庚子,乃旺中逢鬼,不祥莫大焉。五行要論云:丙子自旺之水,陽上陰下,精神俱全,稟之者天資曠達,識量淵深,春夏為濟物之氣,多建利澤之功。

丙子の納音は流動漫衍の水で、衆多の土を怕れない。ただ庚子を嫌う。水がまさに旺の時に我を剋する「鬼」に逢うのであり、これより不吉はない。《五行要論》にいう――丙子は自旺の水で、天干が陽・地支が陰、陽上陰下で精気神が完備している。これを禀受する者は天資が曠達で、見識器量が深沉である。春夏に生まれれば万物を済助する気となり、多くは利民潤物の功業を建てられる。

丁丑福聚之水,最愛金生,忌辛未丙辰丙戌相刑破也。五行要論云:丁丑乙酉在數為溪弱之水,陰盛陽弱,稟之者器識清明,多慧少福,橐以水木旺氣。則陰陽均協,為貴達崇顯之土。

丁丑の納音は福気聚集の水で、金に生じられるを最も喜び、辛未・丙辰・丙戌の類の刑と破を忌む。《五行要論》にいう――丁丑と乙酉は数理上、溪澗細弱の水に属し、陰気盛んで陽気弱い。これを禀受する者は器局見識が清明で、聡慧あり余りて福分足らず。水・木の旺気で鼓助補益すれば陰陽が均衡協調し、顕貴通達の士となることができる。

戊寅受傷之土,最為無力,要生旺火,以資其氣,忌己亥庚寅辛卯諸色木剋之,主短夭之凶。五行要論云:戊寅丙戌,此二位乘土德厚氣,一含生火,一含宿火,是謂陽靈襲中,福慶之辰,貴格得之,道德蓋世,貴極人臣。惟親王貴公子多於此日生,常格得之,亦主福壽遐遠,始終安逸。

戊寅の納音は傷を受けた土で、最も力がなく、生旺の火でその気を資助する必要がある。己亥・庚寅・辛卯の木が剋しに来るのを忌み、短命夭折の凶を主る。《五行要論》にいう――戊寅と丙戌の二組は、いずれも土徳深厚の気に乗り、一つは新生の火を含み、一つは藴積の火を含む。これを陽気霊光が中に内蔵するといい、有福有慶の日辰である。貴格がこれを得れば道徳は一世に冠絶し、位は人臣に極まるほど貴い。親王と貴公子は多くこの二日に生まれた。尋常の格局がこれを得ても、福寿悠長・一生安逸を主る。

己卯自死之土,抑有甚焉,貴得丁卯甲戌乙亥己未之火,由合而來,以致其福。五行要論云:己卯自死土,建於震位,風行雷動,散為和氣,德自沖虛,稟之者類有道行,隨變而適,有養生自在之福壽,惟不利死絕,則為久假不歸之徒。

己卯の納音は自死の地に坐す土で、衰弱がさらに甚だしく、丁卯・甲戌・乙亥・己未の火が相合の関係から生扶に来て福分をもたらすことを貴ぶ。《五行要論》にいう――己卯は自死の土で、建位は震卦にあり、風行雷動して、散ずれば和順の気に化す。徳性はもとより虚静謙沖である。これを禀受する者は多く修養道行があり、事に随って変通して自ら其の所を得、養生自在の福寿を享ける。ただ再び死絶の地に落ちるのは利せず、そうなれば長く借りて返さず有名無実の輩となる。

三命纂局云:戊寅己卯受傷之土,不可有木所損,其土無力也。玉霄寶鑑云:戊寅己卯土,不宜見水,見水不為財,不畏木,見木愈堅,戊寅承土德旺氣,而含生火,得之主福壽綿遠,貴人多於此日生,己卯不宜再見死絕見則凶。

《三命纂局》にいう――戊寅・己卯はいずれも受傷の土で、さらに木に損傷されてはならない。この土は本身に力量がないからである。《玉霄宝鑑》にいう――戊寅・己卯の土は水に見るを宜しくとせず、水に見えても財とすることができない。しかし木を怕れず、木に見ればかえって堅実となる。戊寅は土徳の旺気を承受し、また生ずること能くする火を含み、これを得れば福寿綿長久遠を主り、貴人は多くこの日に生まれる。己卯は再び死絶の地に遇うべきでなく、一遇すれば凶となる。

庚辰氣聚之金,不用火制,其器自成,火盛反喪其器,病絕火無害,若甲辰乙巳火,惡不可言,亦不能剋眾木,益我氣亦繁耳。閻東叟云:庚辰之金,具剛健沉厚之德,稟聰明顯通之性,春夏禍福倚伏,秋冬秀穎充實,入格則益資文武,帶殺則好弄兵權。

庚辰の納音は気すでに凝聚した金で、火をもって煉る必要なく器物は自然に成就する。火が旺しすぎればかえってこの器物を毀す。病・絶の位に処する弱火は妨害がないが、甲辰・乙巳の類の火に逢えば凶悪なこと言い得ない。また衆多の木を剋して動かすこともなく、木が多いのは我が気をいよいよ繁盛させるだけである。閻東叟がいう――庚辰の金は剛健沈厚の徳性を具え、聡明通達の性情を禀受する。春夏に生まれれば禍福相倚伏し、秋冬に生まれれば秀拔充実する。格に入る者は文武兼資し、凶殺を帯びる者は兵権を弄ぶことを好む。

辛巳自生之金,精神具足,體氣完備,炎烈熾火而不忌,忌丙寅乙巳戊午之火,蓋金生於巳而不能生,敗於午,絕於寅而氣散,復見生旺之火,焉可當之。五行要論云:辛巳金為自生學堂,具英明瑰奇之德,秋冬得力十全,春夏七凶三吉,入貴格則主學行英偉,致身清貴,常懷濟物之心。玉霄寶鑑云:庚辰辛巳未成器金,宜見火,蓋辛巳是自生,巳為火,得之者,光輝日新。

辛巳の納音は自ら長生の地に処する金で、精気充足・体質完備し、熾烈の火も畏れない。ただ丙寅・乙巳・戊午の三組の火を忌む。金は巳位に長生するが生じ起こせず、午位に至れば敗れ、寅位に至れば絶して気散ずるからで、さらに生旺の火に遇えば、どうして抵当できようか。《五行要論》にいう――辛巳の金は自身長生の「学堂」の位で、英明瑰奇の徳性を具え、秋冬に生まれれば十分に得力し、春夏に生まれれば七分凶三分吉となる。貴格に入れば学問品行卓異を主り、清貴の列に躋り、常に済世助人の心を懐く。《玉霄宝鑑》にいう――庚辰・辛巳はいずれも器を成さざる金で、火に見るに宜しい。辛巳は自生の金で、巳はもともと火に属するからで、これを得る者は光彩が日々に新たである。

壬午柔和之木,枝幹微弱,木能生火,卻忌見火多,多則燼矣。雖生旺之金,亦不能傷,蓋金就我敗,得金反貴,水土盛者亦貴,惟忌甲午金傷之。五行要論云:壬午自死之木,木死絕則魂遊,而神氣靈秀。稟之者挺靜明之德,抱仁者之勇建以主為功行也。可謂靜而有勇,延年益壽。

壬午の納音は柔和の木で、枝幹細弱である。木は本能生じて火を成すが、火の多すぎるのを忌み、火多ければ灰烬に焼かれる。生旺の金でもこれを傷つけられない。金が午位に至れば自敗するからで、金を得てかえって顕貴となる。水・土が旺盛なのも貴を主る。ただ甲午の金が傷つけに来るのを忌む。《五行要論》にいう――壬午は自死の木で、木一死絶すれば魂は外に游走し、よって神気霊秀となる。これを禀受する者は沈静明達の徳性を挺立し、仁者の勇を懐抱し、これをもって功業徳行を建立する。静にして勇ありといえ、年を延ばし寿を益することができる。

癸未自庫之木,生旺尤佳,雖乙丑金不能沖破,各歸其根,而不相犯,忌庚戌乙未金。五行要論云:癸未木為正印,挺文明吉會之德,稟之者,類抱間世之才,享清華之福。玉霄寶鑑云:壬午癸未謂之楊柳木者,蓋木至午而死,至未而墓,故盛夏葉稠,得其時則富壽,非其時則貧夭。

癸未の納音は自ら墓庫に入る木で、さらに生旺に遇えば殊に良い。乙丑の金に逢っても衝破できない。双方が各々本根に帰して互いに侵犯しないからである。忌むところは庚戌・乙未の二組の金である。《五行要論》にいう――癸未の木は「正印」で、文采光明・吉慶聚会の徳性を挺立する。これを禀受する者は多く幾世にも遇い難い才を懐き、清貴栄顕の福を享ける。《玉霄宝鑑》にいう――壬午・癸未が楊柳木というのは、木が午位に至れば死し未位に至れば墓に入るからで、盛夏の時にかえって枝葉が繁密となる。其の時を得て生まれれば富貴長寿、其の時を得ず生まれれば貧賤短命となる。

甲申者自生之水,其氣流衍,宜有所貴,亦藉金生,不忌眾土,特嫌戊申庚子之土。五行要論云:甲申水自生,含天真學堂,得之入局,主智識聰慧,妙用無窮。

甲申の納音は自ら長生の地に処する水で、その気は流動漫衍し、貴を取るべきがあり、また金が生じて来るに仰ぐ。衆多の土を怕れず、ただ戊申・庚子の二組の土を殊に嫌悪する。《五行要論》にいう――甲申の水は自身長生し、天真自然の「学堂」の気を含む。これを得てまた格局に入れる者は、智慧聡敏を主り、妙用無窮である。

乙酉自敗之水,假眾金以相之,蓋我氣既弱,藉母以育,忌己酉乙卯戊申庚子辛丑之土,則夭折窮賤。丙戌福壯祿厚之土,木不能剋,忌見生旺之金,若遇火盛,則貴不可言。

乙酉の納音は自ら敗地に処する水で、衆多の金を借りて輔助しなければならない。我が水気はもとより弱く、我を生ずる母気に頼って養育される必要があるからである。己酉・乙卯・戊申・庚子・辛丑の土を忌み、遇えば短命夭折・窮困卑賤を主る。丙戌の納音は福気壮盛・禄気深厚の土で、木が剋しても動かない。生旺の金に見えるのを忌み、火勢旺盛に遇えば、貴いこと言うべからずとなる。

丁亥臨官之土,木不能剋,嫌金多,須得火生救之乃吉,忌己亥辛卯之木。五行要論云:丁亥庚子二土,中含全數,內剛外和,稟之者得有定力,上下濟之以水火旺氣,能建功立事,敢為威果之行。

丁亥の納音は「臨官」の得力の位に処する土で、木が剋しても動かない。ただ金が多くて気を泄すのを嫌い、必ず火が生助救援して初めて吉となる。己亥・辛卯の二組の木を忌む。《五行要論》にいう――丁亥・庚子の二組の土は、内に完足の数を含み、外柔にして内剛である。これを禀受する者は定力があり、上下さらに水火の旺気で接済すれば、功業を建て成し、威武果決の事を敢て為すことができる。

戊子己丑水中之火,又曰神龍之火,遇水方貴,為六氣之君可也。五行要論云:戊子含精神輝光全實之氣,作四時保生之福,入貴格則為大人君子,器宇含弘,富貴終吉。己丑為天將之火,又為天乙本家,含威福光厚之氣,發越峻勐,貴極乘之,為將德,為魁名,而建功。燭神經云:巳丑胎養之火,其氣漸隆,若遇丙寅戊午之火助之,可成濟物之功。

戊子・己丑の納音は水中の火で、また神龍の火ともいい、水に遇えばかえって顕貴となり、六気の中の君火と算える。《五行要論》にいう――戊子は精神光輝充実の気を含み、四季に生機を保育する福分を成し得、貴格に入れば徳高望重の大人君子、器量寛宏で富貴にして善く終わる。己丑は天将の火で、また「天乙貴人」の本家の所在であり、威勢福沢深厚の気を含み、発揚すれば峻急勇猛である。貴き極まる者がこれに乗れば、将帥の徳・魁首の名を成して功業を建てる。《燭神経》にいう――己丑は胎養の位に処する火で、火気がまさに漸々興隆し、丙寅・戊午の火が幇扶に来れば、万物を済助する功業を成就できる。

庚寅辛卯歲寒之木,雪霜無以改其操,況金能剋之乎?上有庚辛,不假制治,自然成材。閻東叟云:辛卯木自旺,春夏則氣節挺拔,建功立事;生於秋,則狂狷折挫,勁氣不伸。

庚寅・辛卯の納音は耐寒の松柏の木で、霜雪もその操守を変えられない。まして区区の金がどうして剋して動かせようか。その上にもともと庚・辛の金を帯び、別に加工修治する必要なく、自然に材を成す。閻東叟がいう――辛卯の木は自身当旺し、春夏に生まれれば気節挺拔して功業を建て成し得る。秋に生まれれば狂放偏執し、屡々挫折を遭い、一身の勁気が伸展しない。

壬辰自庫之水,若池沼水積之地,忌金來決破,若再見壬辰,是謂自刑,別辰無咎,遇多水土皆喜,惟畏壬戌癸亥丙子之水,生旺太過,汗漫無歸。五行要論云:壬辰水為正印,含清明潤沃之德,稟之者,含容弘大,心識如鏡,春夏得之,作大福慧,如秋冬得之,類姦詐薄德。

壬辰の納音は自ら墓庫に入る水で、池塘沼沢が水を蓄える所のごとく、金が堤岸を掘り開くのを忌む。もし再び壬辰を一つ見れば「自刑」と呼び、別の辰に換えれば過ちはない。較多くの水と土に遇えば皆喜ぶが、ただ壬戌・癸亥・丙子の水がそれを生旺させ過ぎて、泛濫漫溢して帰宿する所なくなるのを怕れる。《五行要論》にいう――壬辰の水は「正印」で、清澈明浄・滋潤豊沃の徳性を含む。これを禀受する者は包容寛大で、心地は明澈して鏡のごとし。春夏に生まれてこれを得れば大福大慧を成就できる。秋冬に生まれてこれを得れば、多くは奸詐にして徳薄くなる。

癸巳為自絕之水,名曰涸流,若丙戌丁亥庚子壯厚之土,其涸可待;若得三合生旺之金生之,則源泉溷溷,盈科而進也。五行要論云:癸巳乙卯自絕自死之水,乃至陰退藏真精,嗇養凝成貴氣,貴局秉之,類是妙道君子,夙體常德,有功及物。

癸巳の納音は自ら絶地に処する水で、「涸流」――まさに乾涸せんとする水――という。丙戌・丁亥・庚子の類の壮厚の土に逢えば、その乾涸は日を指して待つべし。三合局の中の生旺の金に生じられれば、泉源滚滚として、一つ一つの窪坑に注ぎ満ちて後に前へ流れ行く。《五行要論》にいう――癸巳・乙卯の二組の自絶自死の水は、至陰の気が退蔵して真精を保ち、吝惜蓄養して貴気を凝成する。貴格の人がこれを禀受すれば、多くは妙道に深く通ずる君子で、素より常德を体行し、万物に功がある。

甲午自敗之金,亦曰強悍之金,遇火生旺,其器乃成,忌丁卯、丁酉、戊子之火,凶。五行要論云:甲午金為進神魁氣,具剛明之德,秋冬則吉,春夏或凶,入貴格,主魁場屬建統眾之功,非時帶殺則暴戾,剋忍寡恩少義。

甲午の納音は自ら敗地に処する金で、また強悍の金ともいい、生旺の火に遇って器物がようやく煉成する。ただ丁卯・丁酉・戊子の数組の火を忌み、遇えば凶となる。《五行要論》にいう――甲午の金は「進神」の中の魁首の気に属し、剛強明決の徳性を具え、秋冬に生まれれば吉、春夏に生まれれば或いは凶がある。貴格に入れば、科場で魁を奪り、衆を統領する功業を建てられることを主る。其の時を得ず生まれて凶殺を帯びれば、性情暴戻で、刻薄残忍・寡恩少義となる。

燭神經云:甲午金傷強悍,或抑之乃沉潛。注云:沙石金剛曠喜殺抑之者,火革之也。鬼谷遺文云:甲午愛官鬼。李虛中云:甲午金傷強悍,壬子木失之柔,或壬子得甲午或甲午得壬子,陰陽專位,卻為炳靈。

《燭神経》にいう――甲午の金は強悍に失するが、もし抑制を加えれば、沈静深潜に転ずる。注にいう――沙石の金は剛硬空曠で、物が殺伐压制しに来るのを好む。压制とは火で熔錬変革することである。《鬼谷遺文》にいう――甲午は我を剋する官鬼を喜ぶ。李虚中がいう――甲午の金は強悍に失し、壬子の木は柔弱に失する。壬子が甲午を得、あるいは甲午が壬子を得れば、陰陽が各々専位に居り剛柔相配して、かえって光明霊異の象となる。

乙未偏庫之金,亦慾火制,而土生之,則福壯氣聚,忌己未、丙申、丁酉之火。五行要論云:乙未金在數為木庫,又為天將,具純仁厚義之德,無往不吉,貴格得之,是不世之英傑,魁鎮士倫。常格得之,帶殺沖犯,亦作小人中之君子,眉壽人也。

乙未の納音は偏って墓庫に入る金で、また火で鍛煉する必要があり、さらに土が生じて来れば福気壮盛・気機凝聚する。己未・丙申・丁酉の数組の火を忌む。《五行要論》にいう――乙未の金は数理上木庫に属し、また天将の位で、純厚の仁と義を具え、どこに行っても吉である。貴格がこれを得れば、世に稀に見る英傑で、士林を鎮服するに足る。尋常の格局がこれを得ても、凶殺を帯び衝犯に逢っても、小人の堆中の君子と算え、多くは長寿の人となる。

丙申自病之火,丁酉自死之火,其氣極微,假木相助,其氣方生,忌甲申乙酉甲寅乙卯之水。閻東叟云:丙申病火,以木為文明之德,以水為曠達之性,以土為福慧之基,惟金為暴虐,縱有吉神,革為不和之氣。五行要論云,丁酉火自死,含韜晦寂靜之氣,外和內剛,貴格秉之,類為有道君子,非自然之德行。

丙申の納音は病位に坐す火、丁酉の納音は死位に坐す火で、火気はいずれも極めて微弱で、木を借りて幇扶して火気がようやく生じ起きる。甲申・乙酉・甲寅・乙卯の数組の水を忌む。閻東叟がいう――丙申は病火で、木を得れば文采光明の徳があり、水を得れば曠達の性情があり、土を得れば福慧の根基がある。ただ金に遇えば暴虐に化し、たとえ命中に吉神があっても、不和の気に攪乱される。《五行要論》にいう――丁酉の火は自ら死地に処し、韜光養晦・清静自守の気を含み、外表は和順で内里は剛強である。貴格の人がこれを禀受すれば、多くは有道の君子であるが、ただその徳行は修養から出て天然ではない。

戊戌土中之木,忌重見土,若納音土多,一生迍蹇,金不能剋,蓋金氣至戌而散,遇金乃能致福,利見多水木盛而為貴格。閻東叟云:戊戌之木,孤根獨立,和之以水火旺氣,則有英明秀實之德,入格則文章進達,福祿始終,然乘天將之氣,主備歷艱險,節操不移,方見晚福。

戊戌の納音は土中に埋もれた木で、再び土に見えるのを忌む。命に納音属土のものが多ければ、一生困頓坎坷である。金は剋して動かない。金気が戌位に至れば消散するからで、金に遇えばかえって福分を招来できる。水・木気が旺盛なのに宜しく、それが貴格となる。閻東叟がいう――戊戌の木は孤根独立で、水火の旺気で調和すれば、英明秀異にして充実の徳性がある。格局に入れば、文章通達・功名有成で、福禄は始終を貫徹する。ただし天将の気に乗るため、一生艱難険阻を備歴し、節操が始終改まらないことを要して、晩年に初めて福報を見る。

己亥自生之木,根本繁盛,不忌眾金,惟嫌辛亥辛巳癸酉之金,若見己卯丁未水、癸未木,未有不大貴。五行要論云:己亥木自生,挺英才秀拔之德,得之於轉達處,類皆清貴少達。閻東叟云:己亥之木,得時則清貴,非時則辛苦。

己亥の納音は自ら長生の地に処する木で、根柢繁茂し、衆多の金を怕れない。ただ辛亥・辛巳・癸酉の三組の金を嫌う。己卯・丁未の水と癸未の木に見れば、大貴しないことはない。《五行要論》にいう――己亥の木は自身長生し、英才秀出の徳性を挺立し、転折通達の処でこれを得る者は、多くは清貴にして早年に通顕する。閻東叟がいう――己亥の木は、其の時を得て生まれれば清貴、其の時を得ず生まれれば一生辛苦である。

庚子厚德之土,能剋眾水,不忌他木,蓋木至子無氣,若遇壬申之金,謂之明位祿,其貴必矣。辛丑福聚之土,眾木不能剋,蓋丑為金庫,丑中有金,見木何傷。

庚子の納音は徳性深厚の土で、衆多の水を剋制でき、他の木も怕れない。木が子位に至れば気がなくなるからである。壬申の金に遇えば、「明位禄」といい、禄気が明処に顕現し、必ず貴顕となる。辛丑の納音は福気聚集の土で、衆多の木も剋して動かない。丑は金の墓庫で、丑中に金を蔵し、金が木を制するから、木に見えて何の妨害があろうか。

玉霄寶鑑云:庚子辛丑土,愛木而惡水,見木為官,見水不相宜。閻東叟云:辛丑己酉之土,中含金數,德厚性剛,和而不同,上下濟以水火旺氣,則威名功烈,見於敢為。

《玉霄宝鑑》にいう――庚子・辛丑の土は木を喜び水を悪み、木に見れば我を剋して用とする「官」となり、水に見れば相宜しくない。閻東叟がいう――辛丑・己酉の二組の土は、中に金の数理を含み、徳性厚重で秉性剛強、人と和穆できながら流れに逐わない。上下さらに水火の旺気で接済すれば、敢作敢為をもって威名功業を顕すことができる。

壬寅自絕之金,癸卯氣散之金,若見眾火則喪氣,惟水土朝之則吉。五行要論云:壬寅癸卯為虛薄之金,具仁柔義剛之德,秋冬則健無凶,凶為吉兆。春夏則內凶外吉,吉乃先凶,入貴格則志節英明,帶殺則兇暴不令終也。三命纂局云:癸卯自胎之金,若逢丙寅丁卯爐中之火不為鬼,以胎金爐中成器,必有高達。

壬寅の納音は自ら絶地に処する金、癸卯の納音は気すでに消散した金で、衆多の火に見れば元気を喪失し、水と土が朝拱して初めて吉となる。《五行要論》にいう――壬寅・癸卯は虚薄の金で、仁の柔和と義の剛正を具える。秋冬に生まれれば強健にして凶険なく、たとえ凶があっても吉兆に転ずる。春夏に生まれれば内は凶で外は吉、見た目は吉利でも実は先に凶がある。貴格に入れば志節英明、凶殺を帯びれば凶暴にして善く終わらない。《三命纂局》にいう――癸卯は胎位に処する金で、丙寅・丁卯の炉中の火に逢っても我を剋する鬼と算えない。胎気の金はちょうど炉火の中で器物を鋳成するからで、必ず高遠の成就がある。

甲辰偏庫之火,多火助之吉,所謂同氣相救,以資其不足,若見戊辰戊戌木生之為貴格,忌壬辰壬戌丙午丁未水最毒。五行要論云:甲辰為天將之火,含敏速峻烈之氣,入貴格則為特達,為文魁,利秋冬不利於夏。

甲辰の納音は偏って墓庫に入る火で、火が多く幇扶すれば吉となる。これがいわゆる同類の気が互いに救助するのであり、以てその不足を補う。戊辰・戊戌の木が生じて来るのに見えれば貴格である。最も忌むのは壬辰・壬戌・丙午・丁未の数組の水で、害が最も毒である。《五行要論》にいう――甲辰は天将の火で、敏捷迅速にして峻急猛烈の気を含み、貴格に入れば特出通達し、文章の魁首たり得る。秋冬に利があり、夏には利がない。

乙巳臨官之火,水不能剋,蓋水絕於巳,得水濟之,則為純粹,若得二三火助之亦佳。五行要論云:乙巳火含純陽巽發之氣,光輝充實,春冬向吉,夏秋向凶。

乙巳の納音は「臨官」の得力の位に処する火で、水が剋しても動かない。水が巳位に至れば気絶するからである。水の調済を得ればかえって純粹の象を成就する。さらに二三か所の火が幇扶すればなお良い。《五行要論》にいう――乙巳の火は純陽を含み、巽風の鼓発する気を借りて、光輝充実している。春冬に生まれれば吉に趨き、夏秋に生まれれば凶に趨く。

丙午丁未銀漢之水,土不能剋,天上之水地金不能生也。生旺太過,反傷於萬物,死絕太多,又不能生萬物也。五行要論云:丙午至崇之水,體南方溫厚之氣,稟之者,類有道氣靈變,穎異有為,魁眾出倫。丁未具足三才全數,得沖和之氣,稟之者主精神氣全,性根高妙,盡變之道。

丙午・丁未の納音は銀河の水で、土が剋しても動かない。天上の水には、地上の金も生じることができないからである。この水は生旺しすぎればかえって万物を傷害し、死絶が多すぎればまた万物を生じ得ない。《五行要論》にいう――丙午は至りて崇高の水で、体質の中に南方温厚の気を含む。これを禀受する者は多く道気があり、霊活に応変し、聡穎出衆して作為があり、衆人の首たるに堪える。丁未は天・地・人の三才の完整の数を具足し、沖和の気を得る。これを禀受する者は精神気力が完備し、心性根器が高妙で、変化の道を窮め尽くせる。

戊申重阜之土,木絕於申不能剋,若見金水多助,則富貴尊榮之格也。己酉自敗之土,其氣不足,藉火以相助之。見丁卯丁酉火則吉,切忌死絕,畏辛卯辛酉木,災蹇夭折。

戊申の納音は層畳土丘の土で、木が申位に至れば気絶するから剋して動かない。金・水が多方に幇扶すれば、富貴尊栄の格局となる。己酉の納音は自ら敗地に処する土で、土気不足し、火を借りて輔助するを要す。丁卯・丁酉の火に見れば吉で、死絶の地に落ちるのを最も忌む。また辛卯・辛酉の木を怕れ、遇えば災禍坎坷・短命夭折の虞れがある。

庚戌辛亥堅成之金,不可見火,恐有所傷,若得水土相之為貴。閻東叟云:庚戌火墓之金,有剛烈自恃之暴,秋冬庶幾沉厚,春夏動生悔咎,君子執兵刑之權,小人恣獷悍之性。辛亥金稟乾健純明中正之氣,春秋冬三時吉,夏七吉三凶,貴格乘之,體仁守義,若帶刑殺,肆暴貪功。

庚戌・辛亥の納音はすでに堅固に器を成した金で、火に見るべからず、火に傷つけられるのを怕れる。水と土が輔佐して得られれば顕貴となる。閻東叟がいう――庚戌は火墓の上に坐す金で、剛烈自負の暴気を帯び、秋冬に生まれればまだ沈静厚重であるが、春夏に生まれれば動もすれば悔恨過咎を招く。君子が得れば兵権刑法を執掌し、小人が得れば放縦粗野凶悍の性となる。辛亥の金は乾卦剛健・純正光明・中和守正の気を禀受し、春・秋・冬の三季は皆吉で、夏は七分吉三分凶である。貴格がこれに乗れば仁道を体行し義理を恪守できる。刑殺を帯びれば、暴虐を肆行し功名を貪求する。

壬子專位之木,癸丑偏庫之木,遇死絕則富貴,生旺則貧賤,水多則夭折,金多土盛為佳。五行要論云:壬子幽陰之木,陽弱陰盛,柔而無立,類從水德用事,惟對於丙午水,則為水木沖粹之德,類入神仙異士標格,非常流也。

壬子の納音は専ら本位に居る木、癸丑の納音は偏って墓庫に入る木で、死絶の地に遇えばかえって富貴、生旺の地に遇えばかえって貧賤となる。水が多ければ短命夭折、金多く土旺すれば良い。《五行要論》にいう――壬子は幽隠陰柔の木で、陽気弱く陰気盛んで、柔軟にして自立できず、多くは水徳に随順して行事する。ただ丙午の水と相対する時のみ、水木沖和純粹の徳となり、あの類の人は神仙異士の風範があり、尋常の人物ではない。

燭神經云:壬子之木失於優柔,其或揚之仁而高明。注云:壬子木在水旺之鄉,假子中得微陽之氣而生,柔脆易折,自敗木也。揚之者欲得火土之氣,益之使敷榮,則仁勇而高明。玉霄寶鑑云:謂桑拓木取之以時蠶衰之月桑拓受生氣也。

《燭神経》にいう――壬子の木は柔弱に過ぎるに失するが、もし振起発揚すれば、仁厚にして高明となる。注にいう――壬子の木は水旺の郷に処し、子中の一点の微弱な陽気を借りて生じ、柔脆折れやすく、自敗の木である。振発するとは、火と土の気を得て補益を加え、その枝葉を敷栄せしめることで、そうすれば仁厚勇毅にして高明となる。《玉霄宝鑑》にいう――桑柘木という所以は、其の時に応ずる義を取る――蚕事が衰歇する月が、まさに桑柘が新たに生気を承受する時である。

甲寅自病之水,已卯自死之水,雖然死病,土不能剋,蓋干支二木,可以制土,若見壬寅癸卯之金則為優裕。五行要論云:甲寅壬戌二水,為伏逆之氣,陰勝於陽,主姦邪害物,惟濟之以火土,損益之,方成大器。

甲寅の納音は病位に坐す水、乙卯の納音は死位に坐す水で、一死一病ではあるが、土は剋して動かない。天干地支の二重の木が土を制し得るからである。壬寅・癸卯の金に見れば、境遇は優裕となる。《五行要論》にいう――甲寅・壬戌の二組の水は潜伏悖逆の気に属し、陰が陽に勝り、奸邪害物を主る。火と土で調済し、損あり益ありに裁抑を加えて初めて大器を成就できる。

丙辰自庫之土厚且壯,喜甲辰惡戊辰,此土木不能傷,蓋丙火也。辰為火偏庫,土已成器,惟嫌戊戌己亥辛卯戊辰之木。五行要論云:丙辰土為正印,建五福吉會之德,稟之者,類皆享大有為,不貴即富,惟犯沖者多為僧道。

丙辰の納音は自ら墓庫に入る土で、厚重にして壮実、甲辰を喜び戊辰を悪む。この木は土を傷つけられない。天干の丙はもとより火に属し、火が土を生ずるからである。辰はまた火の偏庫で、土はすでに器に煉成されている。ただ戊戌・己亥・辛卯・戊辰の数組の木を嫌悪する。《五行要論》にいう――丙辰の土は「正印」で、五福斉聚の徳性を建立する。これを禀受する者は多く大有作為で、貴からずとも富となる。ただ衝を犯した者は、多くは出家して僧道となる。

丁巳自絕之土,又不為絕,蓋一土居二火之下,在父母之邦,乘天屬之恩,故不為絕,木不能剋,火多益佳。玉霄寶鑑云:丁巳含東南火德,旺數得之者,含容福壽。

丁巳の納音は自ら絶地に処する土であるが、実際にはまた絶と算えない。一重の土が二重の火の下に処し、身が我を生ずる父母の邦にあるに等しく、天然親属の恩養を承受するからで、絶と論じない。木は剋して動かず、火は多いほど良い。《玉霄宝鑑》にいう――丁巳は東南方の火徳を含み、旺数の上でこれを得る者は、寛厚にして容れ、福あり寿ありとなる。

戊午自旺之火,己未偏庫之火,居離明之方,旺相之地,其氣極盛,他水無傷,忌丙午丁未天上之水。閻東叟云:戊午自旺火,含離明炎上之氣,無情治物,動違於眾,秋冬得之,濟以水土旺氣,則豁達高明,福力堅壯,春夏乘之以金木,雖騰光迅速,命非久長。

戊午の納音は自身当旺の火、己未の納音は偏って墓庫に入る火で、いずれも離卦光明の方・旺相の地に居り、火気極めて盛んで、一般の水はこれを傷つけられず、ただ丙午・丁未の天上の水を忌む。閻東叟がいう――戊午は自旺の火で、離卦光明・火性炎上の気を含み、事物を処置するに情面を講じず、一挙一動常に衆人に相違する。秋冬に生まれてこれを得、さらに水土の旺気で調済すれば、豁達高明・福力堅厚となる。春夏に生まれて金木の気に乗れば、発迹は迅速で光焰は騰起するが、寿命は長久しない。

五行要論云:己未衰火,含餘光藏實之氣,春冬之月,運入沉潛之鄉,則明達峻敏,福慶深遠,夏得之非和氣也。秋則先吉後凶。

《五行要論》にいう――己未はすでに衰退した火で、余光内斂し充実の気を蔵する意味を含む。春・冬二季の月に生まれ、運がまた沈潜の郷に入れば、明達にして敏鋭峻抜、福沢慶祥が深長である。夏に生まれてこれを得れば和順の気ではなく、秋に生まれれば先に吉にして後に凶となる。

庚申辛酉二金居木上,因金以成器,忌再見金,致毀其器,若見甲申乙酉水則入格也。玉霄寶鑑云:庚申辛酉屬木以相剋,取之木性辛者為石榴木,故配之以石榴者,取其性也。他木至午則死,惟石榴木至午而旺,蓋得其性故也。

庚申・辛酉の二組は金が木の上に坐し、金で木を加工して器とする。再び金に見えるのを忌む。已成の器を毀すからである。甲申・乙酉の水に見れば格局に合う。《玉霄宝鑑》にいう――庚申・辛酉は納音が木に属し、天干の金がこれと相剋する。木性の中の味辛の類を取る、すなわち石榴木で、だから石榴の名を配するのは、その性味を取ったのである。他の木は午位に至れば死するが、石榴木だけは午位に至ってかえって旺盛する。まさにその本身の性情を得たからである。

庚申自絕木,為魂游神變之氣,此生類非凡器,常格主賦性穎異,豪放不羈,入貴格則是英傑之才,立不世之功。辛酉失位之木,木因金鄉乘之者,涉世多艱,惟對以癸卯金,則剛柔相濟,挺拔出群,決取巍科。

庚申は自ら絶地に処する木で、魂魄出游・神機変化の気に属し、こうして生成された者は多くは平凡の器局ではない。尋常の格局でも天賦性情聡穎特異・豪放にして拘束を受けないことを主る。貴格に入れば英傑の才で、幾世にも稀に見る功業を建てられる。辛酉は本位を失った木で、木が金郷の上に坐し、これに乗る者は世を渉るに多く艱難がある。ただ癸卯の金と相対する時のみ、剛柔相済して挺拔出衆し、必ず高第を考取できる。

燭神經云:魂貴天遊,故庚申之木,不嫌於死絕獨坐而守庚申是也。注云:庚申自絕木也,木於臟屬肝,肝藏魂,木體絕,則魂遊於天,故庚申之木不嫌死絕,所以貴於天遊。鬼古遺文云:辛酉期生旺。注云:辛酉氣絕之木,欲生旺以為榮也。

《燭神経》にいう――魂は天に上り游ぶを能くするを貴しとするから、庚申の木は死絶の地を嫌わない。独坐して庚申を固守するがまさにこの意である。注にいう――庚申は自絶の木で、木は五臓では肝に属し、肝は魂を蔵する所で、木の形体が絶すれば魂は天に游行する。だから庚申の木は死絶を忌まず、貴ぶべき所はまさに魂の天に游ぶにある。《鬼谷遺文》にいう――辛酉は生旺に遇うを期す。注にいう――辛酉は気すでに絶した木で、生旺の気を要して初めて栄華を顕す。

壬戌偏庫之水,癸亥臨官之水,名曰大海水,蓋干支納音皆水,忌見眾水,雖壬辰水庫,亦不能當,不忌他土,死絕則吉,生旺則氾濫而無所歸也。玉霄寶鑑云:亥子水之正位,壬戌氣伏而不順,惟以火土損益之,乃成大器,癸亥具純陰之數,內體至仁,稟之者天資夷曠,志氣浩然,發為功業利澤,日時帶殺則兇狡之流。

壬戌の納音は偏って墓庫に入る水、癸亥の納音は「臨官」の位に処する水で、合わせて大海水と称す。干支と納音がいずれも水に属するから、再び衆多の水に見えるのを忌み、たとえ壬辰のような水庫でも承受しきれない。他の土は怕れず、死絶の地に落ちればかえって吉利で、生旺の地に落ちれば泛濫漫溢して帰宿する所がない。《玉霄宝鑑》にいう――亥・子は水の正位で、壬戌の水は気が潜伏して順暢せず、火・土で裁抑補益して初めて大器を成就できる。癸亥は純陰の数を具え、内在の体性は極めて仁厚で、これを禀受する者は天資平和曠達・志気浩然で、発揚すれば利民潤物の功業を成す。日柱・時柱に凶殺を帯びれば、凶険狡詐の流に淪落する。

第二巻 論六十甲子下

【釈六十甲子性質】

甲子金,為寶物,喜金木旺地。乙丑金,為頑礦,喜火及南方月時。丙寅火,為爐炭喜冬及木。丁卯火,為爐煙,喜巽地及秋冬。戊辰木,山林山野處不材之木,喜水。己巳木,山頭花草,喜春及秋。

甲子の納音は金に属し、已成の宝物を象徴し、金・木当旺の地に行くを喜ぶ。乙丑は金に属し、未だ冶錬せざる頑鉱を象徴し、火を喜び、また南方の月と時辰に生まれるを喜ぶ。丙寅は火に属し、炉中の炭火を象徴し、冬季を喜び、また木が添薪するのを喜ぶ。丁卯は火に属し、炉上の煙気を象徴し、東南巽方の地および秋冬を喜ぶ。戊辰は木に属し、山林曠野の不成材の雑木で、水の滋潤を喜ぶ。己巳は木に属し、山頭の花草で、春を喜び、また秋を喜ぶ。

庚午土,路旁乾塊,喜水及春。辛未土,含萬實待秋成,喜春及秋。壬申金,戈戟大釗,喜子午卯酉。癸酉金,金之椎鑿,喜木及寅卯。甲戌火,火所宿處,喜春及夏。乙亥火,火之熱氣,喜土及夏。

庚午は土に属し、路辺の乾硬の土塊で、水の潤沢を喜び、また春を喜ぶ。辛未は土に属し、万物の果実を含藴して秋の成熟を待つ土で、春と秋を喜ぶ。壬申は金に属し、戈戟大刀の類の兵器を象徴し、子・午・卯・酉の四正の位を喜ぶ。癸酉は金に属し、錐子鑿子の類の工具を象徴し、木を喜び、また寅・卯の地を喜ぶ。甲戌は火に属し、火の栖宿する所で、春と夏を喜ぶ。乙亥は火に属し、ただ火の余熱の気で、土を喜び、また夏を喜ぶ。

丙子水,江湖,喜木及土。丁丑水,水之不流清澈處,喜金及夏。戊寅土,堤阜城郭,喜水及火。己卯土,破城敗堤,喜申酉及火。庚辰金,錫臘,喜秋及微木。辛巳金,金之生者雜沙石,喜火及秋。

丙子は水に属し、江湖の大水を象徴し、木を喜び、また土の約束を喜ぶ。丁丑は水に属し、流動せず澄清の水で、金が生じて来るのを喜び、また夏を喜ぶ。戊寅は土に属し、堤壩土丘と城墻を象徴し、水を喜び、また火を喜ぶ。己卯は土に属し、崩壊の城墻・潰決の堤岸で、申・酉の位および火を喜ぶ。庚辰は金に属し、錫と鉛錫合金のごとく、秋を喜び、また略々一点の木を喜ぶ。辛巳は金に属し、剛に生成して沙石を挟雑する鉱金で、火の熔錬を喜び、また秋を喜ぶ。

壬午木,楊柳干節,喜春夏。癸未木,楊柳根,喜冬及水亦宜春。甲申水,甘泉,喜春及夏。乙酉水,陰壑水,喜東方及南。丙戌土,堆阜,喜春夏及水。丁亥土,平原,喜火及木。

壬午は木に属し、楊柳の枝幹節疤で、春夏二季を喜ぶ。癸未は木に属し、楊柳の根で、冬と水を喜び、また春に宜しい。甲申は水に属し、甘美の泉水で、春と夏を喜ぶ。乙酉は水に属し、背陰山谷の水で、東方を喜び、また南方を喜ぶ。丙戌は土に属し、堆り上げた土阜で、春夏を喜び、また水を喜ぶ。丁亥は土に属し、平坦の原野で、火を喜び、また木を喜ぶ。

戊子火,雷也,喜水及春夏、得土而神。己丑火,電也,喜水及春夏、得土而晦。庚寅木,松柏干節,喜秋冬。辛卯木,松柏之根,喜水土及宜春。壬辰水,龍水,喜雷電及春夏。癸巳水,水之息流入海,喜亥子乃變化。

戊子は火に属し、すなわち雷火で、水および春夏を喜び、土を得ればいよいよ神妙である。己丑は火に属し、すなわち閃電の火で、水および春夏を喜び、土を得ればかえって晦暗となる。庚寅は木に属し、松柏の枝幹節疤で、秋冬を喜ぶ。辛卯は木に属し、松柏の根で、水と土を喜び、また春に宜しい。壬辰は水に属し、龍の居する水で、雷電および春夏を喜ぶ。癸巳は水に属し、止息して後大海に流入る水で、亥・子の位に遇って初めて変化騰躍できる。

甲午金,百鍊精金,夏水木土。乙未金,爐炭餘金,喜大火及土。丙申火,白茅野燒,喜秋冬及木。丁酉火,鬼神之靈鄉、火之無形者,喜辰戌丑未。戊戌木,蒿艾之枯者,喜火及春夏。己亥木,蒿艾之茅,喜水及春夏。

甲午は金に属し、百錬して成った精金で、夏令に宜しく、また水・木・土に見るに宜しい。乙未は金に属し、炉炭中に残る余金で、大火の再錬を喜び、また土を喜ぶ。丙申は火に属し、白茅野草を焼く野火で、秋冬を喜び、また焼くべき木があるのを喜ぶ。丁酉は火に属し、鬼神の居する霊境の火で、無形の火に属し、辰・戌・丑・未の四庫の位を喜ぶ。戊戌は木に属し、枯乾の蒿艾で、火を喜び、また春夏を喜ぶ。己亥は木に属し、青嫩の蒿艾茅草で、水を喜び、また春夏を喜ぶ。

庚子土,土之中空者屋宇,喜木及金土。辛丑土,墳墓,喜木及火與春。壬寅金,金之華飾者,喜木及微火。癸卯金,録鈕鈴鐸,喜盛火及秋。甲辰火,燈也,喜夜及水、惡晝。乙巳火,燈光也,同上,尤喜申酉及秋。

庚子は土に属し、中間空虚にして人の住める房屋の土で、木を喜び、また金と土を喜ぶ。辛丑は土に属し、墳墓の土で、木・火を喜び、また春を喜ぶ。壬寅は金に属し、華美装飾に用いる金で、木を喜び、また微弱の火を喜ぶ。癸卯は金に属し、印鈕・鈴鐸の類の小件金器で、旺盛の火を喜び、また秋を喜ぶ。甲辰は火に属し、すなわち燈火で、夜を喜び、また水を喜び、白昼を悪む。乙巳は火に属し、燈の発する光で、宜忌は甲辰と同じく、殊に申・酉の位および秋を喜ぶ。

丙午水,月輪,喜夜及金水旺也。丁未水,月光也,同上。戊申土,秋間田土,喜申酉及火。己酉土,秋間禾稼,喜申酉及冬。庚戌金,刀劍之餘,喜微火及木。辛亥金,鐘鼎寶物,喜木及大土。

丙午は水に属し、月輪を象徴し、夜を喜び、また金旺水旺を喜ぶ。丁未は水に属し、月の洒す清光で、宜忌は丙午と同じ。戊申は土に属し、秋の田土で、申・酉の位および火を喜ぶ。己酉は土に属し、秋の田の禾稼で、申・酉の位および冬を喜ぶ。庚戌は金に属し、刀剣を打造して余った金で、微火を喜び、また木を喜ぶ。辛亥は金に属し、鐘鼎の類の宝器で、木を喜び、また深厚の土を喜ぶ。

壬子木,傷水多之木,喜火土及夏。癸丑木,傷水少之木,喜金水及春。甲寅水,雨也,喜夏及火。乙卯水,霧也,喜水及火。丙辰土,堤岸,喜金及木。丁巳土,土之沮如,喜火及西北。

壬子は木に属し、過多の水気に傷られた木で、火と土を喜び、また夏を喜ぶ。癸丑は木に属し、水がやや足らず傷れた木で、金と水を喜び、また春を喜ぶ。甲寅は水に属し、すなわち雨水で、夏を喜び、また火を喜ぶ。乙卯は水に属し、すなわち霧気で、水を喜び、また火を喜ぶ。丙辰は土に属し、堤岸の土で、金を喜び、また木を喜ぶ。丁巳は土に属し、低窪積水の沮洳の土で、火を喜び、また西北方位を喜ぶ。

戊午火,日輪、夏則人畏;冬則人愛,忌戊子、己丑、甲寅、乙卯。己未火,月光,忌夜亦畏四時。庚辰木,榴花,喜夏不宜秋冬。辛酉木,榴子,喜秋及夏。壬戌水,海也,喜春夏及木。癸亥水,百川,喜金土火。

戊午は火に属し、太陽を象徴し、夏は人がこれを畏れ、冬は人がこれを愛する。戊子・己丑・甲寅・乙卯の数組を忌む。己未は火に属し、月の光で、夜を忌み、四季もまたそれぞれ畏忌がある。庚申は木に属し、石榴の花で、夏を喜び、秋冬は宜しくない。辛酉は木に属し、石榴の果実で、秋を喜び、また夏を喜ぶ。壬戌は水に属し、すなわち大海で、春夏を喜び、また木を喜ぶ。癸亥は水に属し、衆多の江河で、金・土・火を喜ぶ。

右件六十甲子,盛大者,忌變為小弱;小弱者欲變為盛大,譬如先貧賤而後富貴則榮華,先富貴而後貧賤則卑辱,不可以其先貧賤而不論其富貴,亦不可以其先則不論其貧賤也。

上に列した六十甲子は、およそ気象盛大な者は微小衰弱に変るのを最も忌み、気象微小衰弱な者は盛大に変るのを望む。これは先に貧賤にして後に富貴なるが栄華であり、先に富貴にして後に貧賤なるが卑賤屈辱であるのと同じである。初め貧賤だからといって後の富貴を論じないことはできず、また初めがどうかだけを見て後の貧賤を論じないこともできない。

且年屬木,假令是庚寅辛卯,則木之盛大可知,若日月時胎,不見他木,則以松柏論,萬一月日時胎上見楊柳木或石榴木,則當舍大就小,不以松柏論也。是壬午癸未生人,則木之小弱可知,若月日時胎,不見他木,則以楊柳論,萬一月日時胎上見松柏木或大林木,則棄小論大,不可以楊柳木論也。

例を挙げよう。年柱の納音が木に属し、仮に庚寅・辛卯ならば、その木の盛大は想い知れる。もし月・日・時・胎の四柱に別の木が再び現れなければ、松柏木として論ずる。万一、月・日・時・胎に楊柳木や石榴木が現れたなら、大を捨てて小に就き、もはや松柏木として論じない。逆に、壬午・癸未年生の人は、その木の弱小も想い知れる。もし月・日・時・胎に別の木が見えなければ、楊柳木として論ずる。万一、月・日・時・胎に松柏木や大林木に見えれば、小を棄てて大を論じ、もはや楊柳木として論じてはならない。

以至天上火、劍鋒金、大海水、大驛土生人,月日時胎,別見他位納音同而小弱者,又如覆燈火、金萡金、井泉水、沙中土生人,月日時胎別見他位納音同而盛大者,或引凡而入聖,或先重而後輕,皆當從其變者而論之,不可拘於一端也。(廣錄)

これを以て類推する――天上火・剣鋒金・大海水・大駅土のこれら盛大の命に生まれた人が、もし月・日・時・胎に別に同類の納音で気象弱小のものに見える場合、また覆燈火・金箔金・井泉水・沙中土のこれら弱小の命に生まれた人が、もし月・日・時・胎に別に同類の納音で気象盛大のものに見える場合、それはあるいは平凡より超凡に躍入し、あるいは厚重より軽薄に転ずるもので、いずれもその変化の一面に依って論断し、一頭に拘泥してはならない。この説は《広録》から出る。

【釈六十甲子吉凶例】

甲子:進神、喜神、福星,平頭、懸針、破字。乙丑:福星、華蓋、正印,曲腳、闕字。丙寅:福星、祿刑,平頭、聾啞。丁卯:平頭、截路,懸針。戊辰:祿庫、華蓋、水祿馬庫、捧禍、伏神、平頭。己巳:祿庫、八專,闕字、曲腳。

甲子の一柱の帯びる吉神は「進神」「喜神」「福星」で、忌むところは「平頭」「懸針」「破字」である。後のこの数項は皆字形から象を取る――筆画が平斉なのを平頭といい、末筆が直垂して針のごときを懸針といい、字形が残欠するのを破字という。乙丑は福星・「華蓋」・「正印」の三様の吉神を帯び、忌むところは曲脚・闕字である。丙寅は福星を帯びるが「禄刑」を犯し、字形上は平頭・聾唖を忌む。丁卯は平頭・「截路」を犯し、字形上はまた懸針である。戊辰は「禄庫」と華蓋を帯び、また水命禄馬入庫の地で、同時に捧禍・「伏神」と平頭を犯す。己巳は禄庫・「八専」を帯び、字形上は闕字・曲脚を忌む。

庚午:福星官貴、截路,捧禍、懸針。辛未:華蓋、懸針,破字。壬申:平頭、大敗、妨害,聾啞、破字、懸針。癸酉:伏神、破字,聾啞。甲戌:正印、華蓋、平頭,懸針、破字、捧杖。乙亥:天德,曲腳。

庚午は福星と官貴を帯びるが截路を犯し、また捧禍・懸針の忌がある。辛未は華蓋を帯び、字形上は懸針・破字を犯す。壬申は平頭を犯し、また「大敗」と妨害に逢い、字形上は聾唖・破字・懸針の累がある。癸酉は伏神を帯び、字形上は破字・聾唖を犯す。甲戌は正印・華蓋の両様の吉神を帯び、字形上は平頭・懸針・破字を犯し、別に「捧杖」の忌がある。乙亥は「天徳」貴神を帯び、忌むところは曲脚の一項のみである。

丙子:福星、官貴、平頭,聾啞、交神、飛刃。丁丑:華蓋、退神、平頭,飛刃、闕字。戊寅:伏神、捧杖,聾啞。己卯:進神、短夭、九丑,闕字、曲腳、懸針。庚辰:華蓋、大敗,捧杖、平頭。辛巳:天德、福星、官貴、截路,大敗、懸針、曲腳。

丙子は福星と官貴を帯び、字形上は平頭・聾唖を犯し、また「交神」と「飛刃」に逢う。丁丑は華蓋を帯びるが「退神」に属し、平頭・飛刃・闕字を犯す。戊寅は伏神を帯び、また捧杖・聾唖を犯す。己卯は進神ではあるが、「短夭」と「九丑」を帯び、字形上は闕字・曲脚・懸針を犯す。庚辰は華蓋を帯びるが大敗に逢い、捧杖・平頭を犯す。辛巳は天徳・福星・官貴の三様の吉神を帯びるが、惜しむらくはまた截路と大敗を犯し、字形上はさらに懸針・曲脚の忌がある。

壬午:官貴、九丑、飛刃,平頭、聾啞、懸針。癸未:正印、華蓋、短夭,伏神、飛刃、破字。甲申:破祿馬、截路、平頭,破字、懸針。乙酉:破祿、短夭、九丑,曲腳、破字、聾啞。丙戌:天德、華蓋、平頭,聾啞、捧杖。丁亥:天乙、福星、官貴,德合、平頭。

壬午は官貴を帯びるが九丑と飛刃を犯し、字形上は平頭・聾唖・懸針の忌がある。癸未は正印・華蓋を帯びるが短夭を犯し、また伏神・飛刃・破字の累を受ける。甲申は禄と馬を衝破し、兼ねて截路を犯し、字形上は平頭・破字・懸針を犯す。乙酉は禄を破り、また短夭・九丑を帯び、字形上は曲脚・破字・聾唖を犯す。丙戌は天徳・華蓋を帯び、字形上は平頭・聾唖を犯し、別に捧杖の忌がある。丁亥は「天乙貴人」・福星・官貴を帯び、さらに「徳合」を加え、平頭の一項を犯すのみで、得難い好い日辰である。

戊子:伏神、短夭、九丑,杖刑、飛刃。己丑:華蓋、大敗、飛刃,曲腳、闕字。庚寅:破祿馬、相刑,杖刑、聾啞。辛卯:破祿、交神,九丑、懸針。壬辰:正印、天德、水祿馬庫,退神、平頭、聾啞。癸巳:天乙、官貴、德合,伏馬、破字、曲腳。

戊子は伏神を帯びるが短夭・九丑を犯し、また「杖刑」と飛刃がある。己丑は華蓋を帯びるが大敗と飛刃に逢い、字形上は曲脚・闕字を犯す。庚寅は禄馬を衝破し、また「相刑」を犯し、兼ねて杖刑・聾唖の忌がある。辛卯は禄を破り、交神に逢い、また九丑・懸針を犯す。壬辰は正印・天徳を帯び、まさに水命禄馬の庫地であるが、惜しいことに身は退神に属し、字形上は平頭・聾唖を犯す。癸巳は天乙貴人・官貴・徳合の三様の吉神を帯びるが、ただ駅馬が潜伏して顕れず、字形上は破字・曲脚を犯す。

甲午:進神、德合、平頭,破字、懸針。乙未:華蓋、截路,曲腳、破字。丙申:平頭、聾啞、大敗,破字、懸針。丁酉:天乙、喜神、平頭,破字、聾啞、大敗。戊戌:華蓋、大敗、八專,杖刑、截路。己亥:闕字,曲腳。

甲午は進神と徳合を帯び、字形上は平頭・破字・懸針を犯す。乙未は華蓋を帯びるが截路を犯し、また曲脚・破字の忌がある。丙申は大敗に逢い、字形上は平頭・聾唖・破字・懸針を犯す。丁酉は天乙貴人と喜神を帯びるが、惜しいことに同時に大敗に逢い、字形上は平頭・破字・聾唖を犯す。戊戌は華蓋を帯びるが大敗と八専に逢い、また杖刑・截路を犯す。己亥は称すべき吉神がなく、ただ字形上に闕字・曲脚を犯すのみである。

庚子:德合,杖刑。辛丑:華蓋、懸針,闕字。壬寅:截路、平頭,聾啞。癸卯:貴人、破字,懸針。甲辰:華蓋、大敗、平頭,破字、懸針。乙巳:正祿馬、大敗,曲腳、闕字。

庚子は徳合を帯び、忌むところは杖刑である。辛丑は華蓋を帯び、字形上は懸針・闕字を犯す。壬寅は截路を犯し、字形上は平頭・聾唖の忌がある。癸卯は貴人を帯び、字形上は破字・懸針を犯す。甲辰は華蓋を帯びるが大敗に逢い、字形上は平頭・破字・懸針を犯す。乙巳は自ら正禄と正馬を帯びるが、惜しいことに大敗に逢い、字形上は曲脚・闕字を犯す。

丙午:喜神、羊刃,交神,平頭、聾啞、懸針。丁未:華蓋、羊刃、退神,八專、平頭、破字。戊申:福星、伏馬、杖刑,破字、懸針。己酉:進神、截路、九丑、闕字,曲腳、破字。庚戌:華蓋,杖刑。辛亥:正祿馬,懸針。

丙午は喜神を帯びるが「羊刃」の上に坐し、また交神に逢い、字形上は平頭・聾唖・懸針を犯す。丁未は華蓋を帯び、同じく羊刃に坐し、また退神に属し、兼ねて八専・平頭・破字を犯す。戊申は福星を帯び、駅馬が潜伏し、ただ杖刑があり、字形上は破字・懸針を犯す。己酉は進神であるが截路・九丑を犯し、字形上は闕字・曲脚・破字の忌がある。庚戌は華蓋を帯び、忌むところはただ杖刑の一項のみである。辛亥は自ら正禄正馬を帯び、ただ懸針の一項を犯すのみである。

壬子:羊刃、九丑,平頭。癸丑:華蓋、福星、八專,破字、闕字、羊刃。甲寅:正祿馬、福星、八專、平頭,破字、懸針、聾啞。乙卯:建祿、喜神、八專,九丑、曲腳、懸針。丙辰:祿庫、正印、華蓋,截路、平頭、聾啞。丁巳:祿庫、平頭,闕字、曲腳。

壬子は羊刃に坐し、また九丑を犯し、字形上は平頭である。癸丑は華蓋と福星を帯び、八専に逢い、字形上は破字・闕字を犯し、同時に羊刃に坐す。甲寅は自ら正禄正馬を帯び、また福星があり、八専に逢い、字形上は平頭・破字・懸針・聾唖を犯す。乙卯は「建禄」に坐し、喜神を帯び、八専に逢うが、九丑・曲脚・懸針を犯す。丙辰は禄庫・正印・華蓋の三様を帯びるが截路を犯し、字形上は平頭・聾唖の忌がある。丁巳は禄庫を帯び、字形上は平頭・闕字・曲脚を犯す。

戊午:伏神、羊刃、九丑,捧杖、懸針。已未:福星、華蓋、羊刃,闕字、曲腳、破字。庚申:建祿馬、八專、杖刑,破字、懸針。辛酉:建祿、交神、九丑、八專,懸針,破字、聾啞。壬戌:華蓋、退神、平頭,聾啞、杖刑。癸亥:伏馬、大敗、破字、截路。

戊午は伏神を帯びるが羊刃に坐しまた九丑を犯し、別に捧杖・懸針の忌がある。己未は福星と華蓋を帯び、同じく羊刃に坐し、字形上は闕字・曲脚・破字を犯す。庚申は建禄に坐しまた駅馬に逢い、八専を帯びるが杖刑があり、字形上は破字・懸針を犯す。辛酉は建禄に坐し、交神と八専に逢うが九丑を犯し、字形上は懸針・破字・聾唖の忌がある。壬戌は華蓋を帯びるが退神に属し、字形上は平頭・聾唖を犯し、また杖刑がある。癸亥は駅馬が潜伏し、大敗に逢い、字形上は破字を犯し、さらに截路を犯す。

併金書命決

丙戌之土,為福隆厚,火鍾於此故也。己未庚辰戊辰丁丑,與此同義。己未火也,未中有墓木。庚辰金也,辰中有墓土。戊辰木也,辰中有墓水。丁丑水也,丑中有墓金。皆父母之氣,各有所養也。

丙戌の納音は土に属し、福気が隆盛深厚である。火気が皆戌の上に聚集し、火が土を生ずるからである。己未・庚辰・戊辰・丁丑の四組も道理は同じである。己未の納音は火に属し、未中に木の墓庫を蔵し、木が火を生ずる。庚辰の納音は金に属し、辰中に土の墓庫を蔵し、土が金を生ずる。戊辰の納音は木に属し、辰中に水の墓庫を蔵し、水が木を生ずる。丁丑の納音は水に属し、丑中に金の墓庫を蔵し、金が水を生ずる。これらは皆、我を生ずる父母の気で、それぞれ養育する所がある。

三命纂局云:此五者福壯祿厚,何也?辰水庫木借成氣,四者倣此。以上有鬼所傷,不為害,氣盛故也。李虛中云:丙戌尤異,以戌又為土之本位而尤旺盛也。

《三命纂局》にいう――この五組が福気壮盛・禄気深厚である所以は何であろうか。戊辰を例に取れば、辰は水庫で、納音の木は水気を借りて成形する。残りの四組は皆これに倣って類推する。以上のこの数組は、たとえ我を剋する「鬼」が傷害に来ても、禍患を構成しない。本身の気勢が旺盛だからである。李虚中がいう――丙戌は殊に特別で、戌はもともと土の本位で、土がここで格別に旺盛だからである。

乙巳戊午乃盛炎之火也,秋冬作德吉,春夏作刑凶,若仲夏暴炎一發,旋即歸燥,竟焚火而為咎。乙巳臨官之火,上有一木生之,其氣炎盛,戊午自旺之火,若生秋冬,為溫燠之氣,為濟物之德,若生春夏,旺火復德,陽位則作凶,生仲夏為暴戾剋刃,凶夭之流也。

乙巳・戊午はいずれも炎勢極めて盛んな火で、秋冬に生まれれば温暖の徳に化して吉、春夏に生まれれば刑傷の気に化して凶である。もし仲夏の月に烈焰が暴発すれば、すぐに焦燥に転じ、ついに自焚して災いとなる。乙巳は「臨官」の位に処する火で、上にまた一重の木が生じて来るから火気は炎盛となる。戊午は自旺の火で、秋冬に生まれれば温暖和煦の気で、万物を済助する徳を具える。春夏に生まれれば、旺火にさらに旺徳を加え、陽位に居って凶に転ずる。仲夏に生まれた者は、性情が暴戻で剋伐が刀刃のごとく、多くは凶険短命の輩に属する。

乙卯癸巳丁酉乙亥,水火雖絕,卻清明而妙佳。火死絕而內明外晦,返照回光;水死絕而湛然清澈,可燭鬚眉,故卻清明而妙佳。李虛中云:四位水火雖絕,卻清明妙佳,觀天乙貴人自可見矣。

乙卯・癸巳・丁酉・乙亥の四組は、水火が絶地に処しながら、かえって清澈明浄にして美妙である。火が死絶の地に至れば、内は明るく外は晦んで、光が返照する。水が死絶の地に至れば、澄浄清澈で、人の須眉を照し見ることができる。だからかえって清明にして美妙という。李虚中がいう――この四つの位次の水火は気絶してはいるが清明美妙で、「天乙貴人」の臨む位置を見れば、自ずから明白になる。

壬寅之金,事君不逆,庚申之木,為臣不強。五行屬五音宮土者君也。商金者臣也。角木者民也。商太過則臣強,角太過則君弱。

壬寅の納音は金に属し、君主に事えても忤逆しない。庚申の納音は木に属し、臣子たりても跋扈しない。これは五行が五音に対応するからで、宮音は土に属して君主を象徴し、商音は金に属して臣子を象徴し、角音は木に属して百姓を象徴する。商音が太過すれば臣子が強横となり、角音が太過すれば君主が衰弱となる。

故五音之中,常用四清宮以殺商角庚申者,角木自絕也。壬寅者商金自絕也。皆使得忠順之道,故事君不逆,為臣不強,所以自紫微鸞臺鳳閣以上官,切忌金木生旺之命,如是必不為之,為之必不能久,獨臺諫則可,若金木生旺而剋破則不然。(燭神經)

だから五音の中では、常に四清宮の律をもって商・角の二音を殺伐する。庚申は角木が自ら絶地に処し、壬寅は商金が自ら絶地に処し、両者ともこの故に忠順の道に帰する。だから君主に事えて忤逆せず、臣子たりて跋扈しないという。この故に、およそ中書省・門下省・尚書省のこの級以上の高官は、金木生旺の命を最も忌む。このような人は多くはその位に就けず、就いても長久しない。ただ台諌の類の言官を任ずるにはまだ良い。もし金木が生旺であっても剋破されていれば、また別に論ずる。この説は《燭神経》から出る。

庚申木,乙巳火,土金生而還不生,丙午水癸卯金,木水死而還不死。土生於申,而不生庚申;水生申,而不生於戊申;火生寅,而不生於甲寅;金生巳,而不生於乙巳;木生亥,而不生於辛亥,蓋生處而反受制故也。得之者夭壽。

庚申の納音は木に属し、乙巳の納音は火に属し、本来ここで土と金が長生すべきなのに、生じ起きられない。丙午の納音は水に属し、癸卯の納音は金に属し、本来ここで死絶すべきなのに、死にきれない。具体的に言えば――土は申位で長生するが、庚申の土は生じ出られない。水は申位で長生するが、戊申の水は生じ出られない。火は寅位で長生するが、甲寅の火は生じ出られない。金は巳位で長生するが、乙巳の金は生じ出られない。木は亥位で長生するが、辛亥の木は生じ出られない。皆、本来長生すべき所でかえって剋制を受けるからである。命にこれらに遇う者は多く短寿である。

水死卯,而不死於癸卯;土死卯,而不死於丁卯;木死午,而不死於丙午;金死子,而不死於庚子,火死酉,而不死於辛酉;蓋死處反得生也。得之則長壽。

逆に言えば――水は卯位で死するが、癸卯の水は死にきれない。土は卯位で死するが、丁卯の土は死にきれない。木は午位で死するが、丙午の木は死にきれない。金は子位で死するが、庚子の金は死にきれない。火は酉位で死するが、辛酉の火は死にきれない。皆、本来死絶すべき所でかえって生機を得るからである。命にこれらに遇う者は多く長寿である。

戊子之火,非神龍則無,丙午之水,惟天河則有。戊子支干旺於北方,乃水之位,納音屬火,乃水中之火,非神龍不能有之,丙午支干旺於南方,乃火之位,納音屬水,乃火中之水,非天河不能有之。戊子人得丙午,或丙午人得戊子,無不貴。蓋火中出水,水中藏火,水火既全,精神運動必靈,異於人矣。(壺中子)

戊子のような火は、神龍の身の外にない。丙午のような水は、天上の銀河だけが有する。戊子の干支は北方に旺し、まさに水の方位であるが、納音は火に属する。これが水中の火で、神龍の外に有り得ない。丙午の干支は南方に旺し、まさに火の方位であるが、納音は水に属する。これが火中の水で、天河の外に有り得ない。戊子年生の人が命に丙午を得、あるいは丙午年生の人が命に戊子を得れば、顕貴しないことはない。火中に水を生じ、水中に火を蔵し、水火両全して、精神運転は必ず霊敏で、常人を遥かに超える。この説は《壺中子》から出る。

李虛中云:丙午天上之水,銀漢有之,即十二辰之天后也,得之者,高朋豁達,穎異不凡。戊子水中之火,神龍有之,即六氣之君火也,得之者自神而明,沉幾先物,二氣兼得尤妙絕,其餘諸氣準此詳之。

李虚中がいう――丙午は天上の水で、銀河だけが有し、十二神将の中の「天后」である。これを得る者は交游高遠・胸襟豁達で、聡穎不凡である。戊子は水中の火で、神龍だけが有し、六気の中の君火である。これを得る者は自ずから神明通透で、事の未発の時に先んじてその機を察することができる。二種の気を兼ね有する者はさらに妙絶である。残りの各種の気は、皆この標準で詳しく推求すべきである。

辛丑之土,不嫌於木;戊戌之木,不怕於金,何以辨之?丑中金庫木不為鬼,戌中有火,金反受其殃,若戊戌之木,二土在上,一木在下,埋在二土之下,尚未萌芽,不見其形,是土盛木弱,餘皆彷此。

辛丑の土は木の剋し来るを嫌わず、戊戌の木は金の剋し来るを怕れない。この理をどう分別するか。丑中に金庫を蔵し、金が木を制するから、木はそれに対して我を剋する「鬼」を構成しない。戌中に火を蔵し、火が金を剋するから、金はかえって自ら其の殃を受ける。戊戌の木については、天干地支の二重の土が上にあり、一重の納音の木が下にあって、二重の土の下に埋もれて、なお萌芽せず形跡が見えない。これは土盛にして木弱である。残りは皆これに倣って類推する。

庚寅木,丁巳土,不嫌金木之鬼,金至寅宮雖為鬼,而金絕在寅,故不為鬼。木至巳宮,而巳有生氣克木,故不為鬼。若庚寅逢壬申,金相沖受克也。餘皆彷此。庚午之土,乘南方旺火以養其行,戊申之土自生,庚子土自盈,不忌鬼,蓋木至午死申絕子敗,又自強之土何傷,餘皆彷此。

庚寅の納音は木に属し、丁巳の納音は土に属し、いずれも金・木の類の剋我の「鬼」を怕れない。金が寅宮に至れば、木の鬼と算えられるが、金は寅位ですでに気絶しているから、鬼を成せない。木が巳宮に至れば、巳中に火の生気があって逆に木を耗泄するから、木もまた土の鬼を成せない。ただし庚寅が壬申に逢えば、金が衝し来って剋を受ける。残りは皆これに倣って類推する。庚午の土は南方の旺火に乗って自身を涵養し、戊申の土は自ら長生に処し、庚子の土は自然に盈満し、いずれも剋我の鬼を忌まない。木が午位に至れば死し、申位に至れば絶し、子位に至れば敗れるから、これら本身強健の土に何の損傷があろうか。残りは皆これに倣って類推する。

壬申癸酉庚戌辛亥四金氣壯而不嫌於鬼,戊子之火,不畏其鬼,水中霹靂之火,神龍有之,蓋有誰則雷方鳴,若逢丙午丁未天上之水,則有所忌,有相戰之功,大凡本命支干受傷,則主六根不足,有始無終,如丁巳見癸亥,壬子見戊午,餘彷此(《三命纂局》)

壬申・癸酉・庚戌・辛亥の四組の金は、気勢壮盛で、剋我の鬼を怕れない。戊子の火もその鬼を怕れない。あれは水中の霹靂の火で、神龍だけが有するからであり、水があってこそ雷声が響き得る。ただ丙午・丁未の天上の水に逢えば、忌むところがあり、双方は一戦を交える。大凡、本命の干支が傷を受ければ、主人の六根に缺があり、做事は有始無終となる。例えば丁巳が癸亥に遇い、壬子が戊午に遇う、残りは皆これに倣って類推する。この説は《三命纂局》から出る。

戊午庚申彼我得之超異。庚申石榴木,夏旺,故喜戊午,蓋天官旺而石榴木性得時,戊午乃旺極之火,喜於申見天馬相資也。

戊午と庚申は、どちらが相手を得ても、超凡出衆を主る。庚申は石榴木で、夏に最も旺するから、戊午を喜ぶ。その時、我を剋して用とする天官がまさに旺しており、石榴木の性情がちょうど時を得る。戊午は極点まで旺した火で、申位の上に「天馬」に遇って相助されるのを喜ぶ。

其神頭祿者(即十干專位祿)乃陰陽專位,天地神會也。列八卦之真源,演五行之成敗,剛柔相推,有無合化,故壬子之水,應北方之坎,丙午之火,實南宮之離,所以丙午得壬子不為破,丁巳得癸亥不為沖,是水火相濟之源,有夫婦配合之理。坎離為男女精神之用也,壬子得丙午,癸亥得丁巳,則先水後火,有未濟之象,不如丁巳見壬子,丙午得癸亥也。

いわゆる「神頭禄」とは、十天干がそれぞれ本位に専居する禄のことで、すなわち陰陽が各々専位を得、天地の神が会聚する所である。それは八卦の本源を排列し、五行の成敗を推演し、剛と柔が互いに推移し、有と無が彼此合化する。だから壬子の水は北方の坎卦に対応し、丙午の火は実は南宮の離卦である。この故に、丙午が壬子に遇っても破と算えず、丁巳が癸亥に遇っても衝と算えない。これが水火相済の源で、夫妻相配の理がある。坎と離はまさに男女精神交感の用である。ただ壬子が丙午を得、癸亥が丁巳を得るのは、先に水にして後に火で、《未済》卦のような事未成の意象があり、丁巳が壬子に遇い、丙午が癸亥を得るほど良くない。

庚申辛酉之金,應西方之兌,甲寅乙卯之木,象東方之震,所以甲寅得庚申不為刑,乙卯得辛酉不為鬼,是木女金夫之正體,明左右之神化也。木主魂,金主魄,二者左右相間不合,若能全合,則神之化生以無間也。若庚申得乙卯,辛酉得甲寅,不為元辰,變通之用也。

庚申・辛酉の金は西方の兌卦に対応し、甲寅・乙卯の木は東方の震卦を象徴する。だから甲寅が庚申に遇っても相刑と算えず、乙卯が辛酉に遇っても剋我の鬼と算えない。これは木を女とし金を夫とする正配の体で、左右両方の神機交化を顕明する。木は魂を主管し、金は魄を主管し、両者は左右に分居して、間隔して相合しない。もし完全に契合すれば、神の化生には毫も間隔がない。庚申が乙卯に遇い、辛酉が甲寅に遇うについても、「元辰」の凶神と見做さない。あれは変通活用の理である。

戊辰戊戌之土為魁罡相會,乾坤厚德,覆載含生,不得以為返吟也。戊辰戊戌不為沖,土得正位,干守元會也。己丑己未是貴神受位忠貞,此四維真土,有萬物始終之道,非大人君子孰能備此德,況神頭祿各有神以主之,左右運動於六合之中,盈縮于吉凶之變也。

戊辰と戊戌が相遇するのは「魁罡」の交会で、乾坤のごとき厚徳を具え、天が覆い地が載せるがごとく含容化生するから、「返吟」の凶象として論じてはならない。戊辰と戊戌は相衝と算えない。土が各々正位を得て、天干がまた本元の会合を守るからである。己丑と己未は、貴神が各々其の位に就き、忠貞移らない。この四組はまさに辰戌丑未の四維の上の真土で、万物有始有終の理を蕴含する。徳高望重の大人君子でなければ、誰がこのような徳性を具えられようか。まして神頭禄には各々神霊が主管し、六合の内で左右に運行し、吉凶変化に随って或いは盈ち或いは縮む。

己丑土為天乙貴人(玉霄寶鑑云:天乙貴人處紫薇垣而家在己丑),己未土為太常福神,解百殺之凶,若得之,當用為摸財之喜,戊辰為勾陳,戊戌為天空,土之神多遽攻,居帥外藩,出鎮邊防,有不常矣。

己丑の土は「天乙貴人」の居る所――《玉霄宝鑑》にいう、天乙貴人は紫微垣に身を処して家は己丑にある。己未の土は太常福神で、各種の凶殺を化解でき、命にこれを得れば、進財得利の喜兆とすることができる。戊辰は勾陳の神、戊戌は天空の神で、この二位の土神は多く急遽攻伐の象を帯び、主人は兵を領して外にあり、辺防に出鎮し、行止変動に常がなく、一つの常職に安居し難い。

丁巳為螣蛇之神,凶以凶用,吉以吉承,多熒惑之憂,用滑稽之性。丙午為朱雀之神,應陽明之體,文詞藻麗。甲寅為青龍之神,博施濟眾,得四方之利。乙卯為六合之神,主發生榮華,和弱順黨。壬子為天后之神,主陰騭天德,容美多權。

丁巳は螣蛇の神で、凶に遇えば凶をもって発用し、吉に遇えば吉気を承接し、多く迷惑憂擾の事があり、性情は詼諧善弁である。丙午は朱雀の神で、陽気光明の体性に対応し、文辞華美である。甲寅は青龍の神で、広く恩恵を施し衆を周済し、四方の利を得られる。乙卯は六合の神で、生発栄華を主り、性情温和で、弱小を扶助し同儕に順応するに善い。壬子は天后の神で、暗中に積徳し上は天徳に応じるを主り、容貌美好にして権柄を多く持つ。

癸亥為玄武之神,乃陰陽終極,有潛伏之氣,從下如流,雖有大智,非軒昂超達之士,順則安平,逆則奸宄。庚申為白虎之神,利於武而不利於文,有抱道孤羈之性,善中嚴外,色厲內荏,有仁義好幽僻。辛酉為太陰之神,懷肅殺之氣,有清白之僉,為文章利口不世之才。然更加以親疏休旺,定遇者之情性禍福。(《鬼谷遺文》)

癸亥は玄武の神で、陰陽の終極に処し、潜伏の気を含み、水のように上より下へ流走する。この種の人は大智慧があるが、気宇軒昂・超脱通達の士ではなく、順境では安穏平和、逆境では奸邪に流れる。庚申は白虎の神で、武を習うに利あり文に従うに利なく、性情は己道を抱守して孤独羇旅し、内は和善で外は厳厲で、見た目は強硬だが実は心虚で、仁義を講究しながら幽僻を愛する。辛酉は太陰の神で、粛殺の気を懐き、清白の名声があり、文章出衆・口才犀利の稀世の才である。ただしさらに親疎と休旺を参合して、初めてそれに遇う者の性情が如何、禍福が如何を断定できる。この説は《鬼谷遺文》から出る。

第三巻 論干神一

【十干例】

甲乙木,丙丁火,戊己土,庚辛金,壬癸水。

十天干はそれぞれ五行に配属する――甲・乙は木に属し、丙・丁は火に属し、戊・己は土に属し、庚・辛は金に属し、壬・癸は水に属する。

【十干不雑】

甲乙人在寅卯,丙丁人在巳午,庚辛人在申酉,壬癸人在亥子。經云:五音不雜無淫亂之性,合居祿位也。

いわゆる十干不雑とは、甲・乙の人が寅・卯の位に生まれ、丙・丁の人が巳・午の位に生まれ、庚・辛の人が申・酉の位に生まれ、壬・癸の人が亥・子の位に生まれて、天干と地支が同一の行に属して別気を摻雑しないことをいう。経書にいう――五音が純にして雑らざる者は淫乱の性情がなく、ちょうど自己の禄位に安居する。

【栄神格】

春甲乙日時,夏丙丁日時,秋庚辛日時,冬壬癸日時,四季戊己日時。主人心明,日時金見者足壽,富貴多權。(神白經)

いわゆる栄神格とは――春季生の者は甲・乙を日干と時干とし、夏季生は丙・丁を日時の干とし、秋季生は庚・辛を、冬季生は壬・癸を、辰戌丑未の四季の月生は戊・己を、いずれも当令得時の干とする。このような人は心地が清明である。日柱・時柱にさらに金に見えれば、寿数充足し、富貴にして権柄を多く執る。この説は《神白経》から出る。

【干神一字格】

如葉邵壬辰年、壬子月、壬寅日、癸卯胎,此干神一字也。然壬寅自絕是為雜,故止於正印。

例えば葉邵という人の命――壬辰年・壬子月・壬寅日・癸卯胎で、天干はほぼ清一色の壬である。これを干神一字格という。ただ壬寅の一柱は納音の金が自ら絶地に処し、夾雑不純と算えられるから、彼の官位は「正印」一級までで止まった。

【干神二字相遇】

如甲人見乙,丙人見丁之類。

いわゆる干神二字相遇とは、甲日主の人が命中に乙に見え、丙日主の人が命中に丁に見えるという類で、同一行に属する陰陽両干が一処に碰するものである。

【干頭相類】(官にして卑し)

甲與乙、丙與丁、戊與己、庚與辛、壬與癸,皆干頭相類也,是甲人得乙,乙人得甲,位之偏祿,偏祿者多無科名,雖富而官卑。(壺中子)

甲と乙、丙と丁、戊と己、庚と辛、壬と癸は、いずれも天干同類相並に属する。甲日主の人が乙を得、乙日主の人が甲を得るようなものは、占める所は「偏禄」の位である。偏禄を帯びる者は多く科挙功名がなく、たとえ家道富足でも、官官職は極めて低微である。この説は《壺中子》から出る。

【干神二字連格】

如甲乙或丙丁兩字分四柱也,然須五行不雜,乃貴。(鬼谷遺文)

いわゆる干神二字連格とは、甲と乙、あるいは丙と丁の二字を年・月・日・時の四柱の上に分布させるものである。ただし五行が純にして雑らなければ、貴格と算える。この説は《鬼谷遺文》から出る。

【五行純陰陽格】

謂純得五形陰陽,天元之氣不雜斷者,更有福神生旺之氣助之,則至貴之命,甲丙戊庚壬為純陽,乙丁己辛癸為純陰。

いわゆる五行純陰陽格とは、命中に純粹に陰のみ、あるいは陽のみの一方の五行を得て、天干のこの層の気が摻雑せず間断もしないものをいう。もしさらに福神と生旺の気が幇扶に来れば、極貴の命である。甲・丙・戊・庚・壬の五天干は純陽に属し、乙・丁・己・辛・癸の五天干は純陰に属する。

【喜神】

蓋取十干遇生己之位也,謂甲遇壬見癸之類,水能生木,餘準此,若人遇之,主有大福祿也。(三命鈴)

いわゆる「喜神」とは、十天干が我を生ずる其の一位に遇うことを取る。例えば甲日主が壬に遇い癸に見えればこれであり、水が木を生ずるからである。残りの各干は皆この法に倣って類推する。人の命に喜神に遇えば、大福大禄があるを主る。この説は《三命鈐》から出る。

【三五連合格】

三五連合者,自上至下,陰陽相和也。兩比干在上,一干在下,謂之順挑連合;一干在上,兩比干在下,謂之倒垂連合。順挑者甲乙丙、丙丁戊、戊己庚、庚辛壬、壬癸甲是也。倒垂者癸甲乙、乙丙丁、丁戊己、己庚辛、辛壬癸是也。倒垂相連,順數為上,雜數次之,不犯他干,生旺相承,福祿相助,尤勝五行連珠格。(閻東叟書)

いわゆる三五連合とは、四柱の天干が上より下へ陰陽互いに調和することをいう。二つの同類の干が上にあり一つの干が下にあるを、順挑連合という。一つの干が上にあり二つの同類の干が下にあるを、倒垂連合という。順挑の組合せは甲乙丙・丙丁戊・戊己庚・庚辛壬・壬癸甲。倒垂の組合せは癸甲乙・乙丙丁・丁戊己・己庚辛・辛壬癸。倒垂相連の格局は、順次に排列するを上等とし、夾雑排列は次の等とする。他の天干に衝犯しなければ、生旺の気が前後相承し、福と禄が彼此扶助して、「五行連珠格」よりもさらに良い。この説は《閻東叟書》から出る。

干神順足亦非常,論此非常不可當,生旺相兼臨貴格,定知君側理陰陽。

口訣にいう――天干が順次相接して首尾完足するは、それ自体が尋常ならざる格局である。この非常の格を論ずれば、その力量は誰も抵当できない。もしさらに生旺の気を兼ねて貴格の上に臨めば、この人は必ず君王の側に侍立し、政事に参賛し、陰陽を調理すると断定できる。

【神蔵殺没格】

甲庚、丙壬、乙辛、丁癸,最為貴格,名曰神藏殺沒。蓋上天清氣之盛者,如年月日時胎五位中合成,更有福神相助,無死絕沖破空亡,須貴極一品。若有沖破空亡而有福神相助,亦可為兩制兩省。如日時上不犯空亡,他處犯之,亦可為兩府,然活不久。

甲と庚、丙と壬、乙と辛、丁と癸のこの数組の搭配は、最上等の貴格で、名を「神蔵殺没」といい、吉神が潜蔵し凶殺が隠没する意である。これが上天の清気最も盛んな組合せだからである。もし年・月・日・時・胎の五つの位次の中にこのような格局を湊成し、また福神の幇扶があり、死絶・衝破と「空亡」を犯さなければ、必ず一品の位まで貴くなる。もし衝破・空亡を犯しても、なお福神の幇扶があれば、両制・両省一級の高官まで為れる。日柱・時柱上で空亡を犯さず、ただ別の所で犯したのみなら、両府に位居することもできるが、ただ寿命は長くない。

如不犯空亡,只犯死絕,可作卿監,仍多難而有好差遣,若無福神為助,不過一多難員正郎而已。不犯死絕,而犯沖破空亡,無福神助之者,亦可作館職之格,或死絕空亡,更無福神為之助,即碌碌不出州縣耳。更有三刑六害,只作有名舉人,或清高僧道,與富足百姓而已。(林開五命)

もし空亡を犯さず、ただ死・絶の地に落ちるのみなら、九卿・諸監一級まで為れ、磨難は多いが差事は悪くない。もし福神の幇扶がなければ、せいぜい屡々挫折に遭う正郎にすぎない。死絶を犯さずに衝破・空亡を犯し、また福神の扶助がなければ、館閣の類の清職は為れる。もし死絶に落ちかつ空亡を犯し、さらに福神の幇扶がなければ、ただ碌碌無為で、一生州県を出られない。もしさらに「三刑」「六害」を加えれば、名ある挙人か、清高の僧人道士、さもなければ殷実な百姓にすぎない。この説は《林開五命》から出る。

閻東叟云:四時天地之氣,八荒陰陽之數,甲庚丙壬為陽干之吉會,乙辛丁癸為陰干之福源,六凶神至此而藏,〈按三曆會同云:螣蛇、朱雀、勾陳、天空、白虎、玄武,為六凶神〉四惡殺相遇而沒,〈按命書四殺或以為四劫殺,或以為辰戌丑未〉年月日時四位四干分明,不論刑害沖破,皆為吉氣,更加祿馬貴印,加倍福力。而凶神惡殺,自然藏沒也。

閻東叟がいう――四季は天地之気の運行で、八方は陰陽之数の分布である。甲・庚・丙・壬は陽干の吉慶聚会、乙・辛・丁・癸は陰干の福沢本源である。六位の凶神はここに至れば潜蔵する――原注に《三暦会同》を引いていう、螣蛇・朱雀・勾陳・天空・白虎・玄武のこの六位は凶神である。四種の悪殺はこれに碰上しても隠没して発しない――原注にいう、命書の四殺は、或る者は四劫殺とし、或る者は辰・戌・丑・未を指すという。年・月・日・時の四つの位次の上の四天干が分明であれば、たとえ刑・害・衝・破があっても計較する必要なく、一概に吉気と算える。さらに禄・馬・貴人・印綬を加えれば、福力はなお倍加する。凶神悪殺は自ずから蔵伏して見えなくなる。

三命鈐云:凡將相貴人,多生於甲庚丙壬者,以此四干有天德月德併也。若人遇之,更逢五晉旺相、及三命有氣,必居臺輔也。玉霄寶鑑云:如甲庚丙壬全,必生居孟月者,方為入格。乙辛丁癸,必生居季月者,方為入格。不然非也。此類皆為吉德君子,若居官秉政,亦寬厚也。

《三命鈐》にいう――およそ将相一級の貴人は、多く甲・庚・丙・壬の四つの天干の上に生まれる。この四干は兼ねて「天徳」「月徳」が並び臨むからである。人がこれに遇い、さらに五行進気旺相・年月日の三命に気あれば、必ず宰輔に官居する。《玉霄宝鑑》にいう――甲・庚・丙・壬の四干が斉全の者は、必ず寅・申・巳・亥の四孟の月に生まれて、初めて格に入ると算える。乙・辛・丁・癸の四干が斉全の者は、必ず辰・戌・丑・未の四季の月に生まれて、初めて格に入ると算える。この条件に合わなければそうではない。この一類の人は皆吉徳ある君子で、たとえ做官して権を執っても、為政は寛厚である。

鬼谷要訣云:甲庚丙壬相逐來,支神次第又相該;更兼祿馬居生旺,為官必是到三臺。又云:乙辛丁癸順挑連,五行生旺祿兼全,更秉旺氣臨官上,宰相公侯在此遷。

《鬼谷要訣》に歌訣があっていう――甲・庚・丙・壬の四干が連なり来て、地支もまた順に相配相合すれば、もし「禄神」と「駅馬」がまた皆生旺の地に坐せば、做官すれば必ず三公台輔の位置に昇れる。また一首にいう――乙・辛・丁・癸が順に連なり下り、五行生旺・禄気倶に全ければ、さらに旺気に乗って官星の上に臨み、宰相公侯の爵位はここから昇遷して行く。

又鬼谷遺文云:罡中是乙,魁裡伏辛,鬼神得癸,小吉隱丁。〈注云:辰中是乙,戊中是辛,丑為貴神,未為小吉,丑中有貴,未中有丁。〉

《鬼谷遺文》にまたいう――天罡の辰位中に乙を蔵し、河魁の戌位裏に辛を伏せ、鬼神の居る丑位に癸を得、小吉の未位裏に丁を隠す。原注にいう――辰中に乙を蔵し、戌中に辛を蔵し、丑は貴神の位、未は小吉の位で、丑中に貴人を蔵し、未中に丁を蔵す。

四端迎中央之福,謂陽干甲庚丙壬全,陰干乙辛丁癸全,陽干胎月得癸而迎戊,陰干胎月得甲而迎己,中央二土,迎在歲運上,則陽能兆陰,陰能兆陽也。(閻東叟書)

いわゆる「四端迎中央之福」とは、陽干甲・庚・丙・壬の四位が斉全するか、あるいは陰干乙・辛・丁・癸の四位が斉全することをいう。陽干の命が胎月の上で癸を得れば、戊を迎来する。陰干の命が胎月の上で甲を得れば、己を迎来する。戊・己の中央二土が、もし流年大運の上に迎えられれば、陽は陰を感召でき、陰も陽を感召できる。この説は《閻東叟書》から出る。

【連珠粹美格】

甲丙辛己、甲丙戊庚、甲己辛癸、甲辛庚丙、甲辛癸丙;乙庚壬甲、乙庚丁己、乙癸丁壬、乙庚丁辛、乙戊甲癸〈一癸作庚〉;丙戊癸辛、丙辛癸乙、丙戊庚壬、丙癸壬戊、丙乙丁辛;丁己辛壬、丁癸壬己、丁己癸乙、丁乙己戊、丁壬己辛;戊癸丁乙、戊庚壬甲、戊庚乙癸、己辛甲癸、己甲丙戊。

連珠粹美格とは、四つの天干を固定の次序で一列に連ねた貴格で、以下に起首の干によって分列する。甲で起頭するのに五組ある――甲丙辛己・甲丙戊庚・甲己辛癸・甲辛庚丙・甲辛癸丙。乙で起頭するのに五組ある――乙庚壬甲・乙庚丁己・乙癸丁壬・乙庚丁辛・乙戊甲癸――最後の一組の癸は、別本では庚とする。丙で起頭するのに五組ある――丙戊癸辛・丙辛癸乙・丙戊庚壬・丙癸壬戊・丙乙丁辛。丁で起頭するのに五組ある――丁己辛壬・丁癸壬己・丁己癸乙・丁乙己戊・丁壬己辛。戊で起頭するのに三組ある――戊癸丁乙・戊庚壬甲・戊庚乙癸。続いて己で起頭するのに己辛甲癸・己甲丙戊の二組がある。

己甲丁壬、己甲丁辛、己辛癸乙、庚乙丁己、庚壬甲丙;庚丁丙壬、辛癸乙丙、辛丙庚戊、辛壬丙甲、辛癸乙丁;辛丙丁癸、壬甲丙戊、壬己戊甲、壬丁己辛、癸戊庚壬;癸乙丁己、癸戊己乙〈己作丙〉。以上年月日時,一句喚就者為貴,更有吉殺,定為卿相。(廣信集)

続いて己で起頭するのにさらに己甲丁壬・己甲丁辛・己辛癸乙の三組がある。庚で起頭するのに庚乙丁己・庚壬甲丙・庚丁丙壬の三組がある。辛で起頭するのに辛癸乙丙・辛丙庚戊・辛壬丙甲・辛癸乙丁・辛丙丁癸の五組がある。壬で起頭するのに壬甲丙戊・壬己戊甲・壬丁己辛の三組がある。癸で起頭するのに癸戊庚壬・癸乙丁己・癸戊己乙の三組がある――最後の一組の己は、別本では丙とする。以上のこれらの組合せで、およそ年・月・日・時の四柱天干がちょうどその中の一句を湊成すれば貴を主る。もしさらに吉神吉殺を帯びれば、必ず公卿宰相に位至する。この説は《広信集》から出る。

【官卿】

甲隨丙戊官卿泰,乙見丁己祿還生,丙會戊庚年稱遂,丁到己辛事皆成,戊入庚壬門有慶,己逢辛癸職遷榮,庚遷壬甲財豐足,辛逢癸乙命先升,壬逢甲丙無不喜,癸入乙丁命高亨,若遇行年生處有,此為有福運相迎。(八字金書)

歌訣にいう――甲干が丙・戊に随って来れば、官運通達して公卿に至れる。乙干が丁・己に見えれば、禄気は再び生発する。丙干が戊・庚を会合すれば、年歳の中に事事称心する。丁干が己・辛に遇えば、謀る所の事は皆成し得られる。戊干が庚・壬の門に入れば、家門に自ずから喜慶がある。己干が辛・癸に逢上すれば、職位は昇遷栄顕する。庚干が壬・甲に移れば、財貨豊足して余りがある。辛干が癸・乙に逢上すれば、命運は率先して高昇する。壬干が甲・丙に逢上すれば、一つとして称心しないものがない。癸干が乙・丁に入れば、命運高遠亨通する。もし流年の行く所にもこのような搭配があれば、それは福気の運が前来して迎えるのである。この説は《八字金書》から出る。

【福会】

福會者,取十干所生及所剋是也,謂如甲木生丙火,剋之戊土之類,如甲壬見丙戊是也。〈他準此並與官卿同〉若人胎月日時遇之,主衣食豐足,官爵崇高,大小運行年至此,亦有遷官進財之喜。(三命指掌)

いわゆる「福会」とは、十天干の中の我の生ずると我の剋するの两位を取る。例えば甲は木に属し、木は丙火を生じ、木はまた戊土を剋するから、甲・壬の命が丙と戊に見えれば福会である――原注にいう、残りの各干は皆これに倣って類推し、用法は前の官卿格と同じ。人の胎・月・日・時上に福会に遇えば、衣食豊足・官爵崇高を主る。大運・小運と流年がここに走り至っても、升官進財の喜事がある。この説は《三命指掌》から出る。

【禄庫】

甲乙庫未丙丁戌,戊己壬癸辰中立;庚辛若向丑中行,一生衣食終須吉。凡人生值此庫,若年月日時皆有者,主兩府臺輔之貴,或落空亡亦吉。(八字金書)

歌訶にいう――甲・乙の庫は未にあり、丙・丁の庫は戌にあり、戊・己と壬・癸の庫は皆辰の上に立ち、庚・辛がもし丑中に走り至れば、一生の衣食は終帰して吉利する。およそ人の生辰がまさに自己の禄庫に当たり、年・月・日・時の四柱の上に皆あれば、両府台輔の貴顕に位居するを主る。たとえ「空亡」に落入しても、依然として吉である。この説は《八字金書》から出る。

【禄庫空虚、嚢貧職重】

歲干之墓謂之祿庫,祿庫中又帶地財或納音為財者,乃祿庫中有財,不惟貴,而又主富,設祿庫之內無財,則職雖顯而家貧矣。(壺中子)

年干の入る墓地を「禄庫」という。禄庫の中にもしまた地支の蔵する財を帯びるか、あるいは納音がちょうど我の財ならば、それは庫裏に財あるもので、このような命は貴いのみならず、また富む。もし禄庫の内に財がなければ、官職は顕赫でも、家は依然として貧寒である。この説は《壺中子》から出る。

【正官正禄偏官偏禄】

如甲人用己為正祿,即有科名,戊為偏祿,以辛為正官,庚為偏官,於倣此。若得正官全者,併為正官祿,有科名,其偏官無出身。(金書名訣)

例えば甲日主の人は、己を「正禄」とし、命中にそれがあれば科名を取得できる。戊を「偏禄」とし、辛を「正官」とし、庚を「偏官」とする。残りの各干は皆この法に倣って推す。正官が斉備し、正禄と並び見えれば、正官禄といい、科挙功名があるを主る。偏官のみを帯びる者は、正途の出身がない。この説は《金書名訣》から出る。

三命提要云:偏官亦主大福,若到晚年福謝祿衰,卻為災,若見二鬼剋祿干,雖有官蹇滯,亦須有停降之災。指迷賦云:偏官出於雜流。

《三命提要》にいう――偏官も大福を主り得るが、ただ晚年に至れば福尽き禄衰え、かえって災いとなる。もし二重の剋我の「鬼」が禄干を剋しに来るのに見えれば、官職があっても困頓不順で、停職降級の災いを免れない。《指迷賦》にいう――偏官を帯びる人は多く雑途流品から出身する。

胎生旺庫為四貴,死絕病敗為四忌,餘為四平,以太歲干為主配於五行,取四貴、四平、四忌之位,而分貴賤,遇貴多則貴,不遇則賤。四貴主貴,亦有上下生旺,庫為上,胎為次。四忌主賤,亦有輕重,死敗絕為重,病為輕,若胎月日時遇三貴上,皆有輔者,〈祿有四輔正財正官正印含神福也〉三公之命也。

胎・長生・帝旺・墓庫の四つの位次を「四貴」といい、死・絶・病・敗の四つの位次を「四忌」といい、残りは「四平」と算える。年干を主として、五行の十二運に配して、それが四貴・四平・四忌のどこに落ちるかを見て、以て貴賤を分別する。四貴に多く遇う者は貴く、一つも遇わない者は賤しい。四貴の中で主貴の程度にも高下があり、墓庫を上とし、胎位を次とする。四忌の中で主賤の程度にも軽重があり、死・敗・絶を重とし、病を軽とする。もし胎・月・日・時の中に三つの貴位を占め、しかも一処ごとに輔佐があれば――原注にいう、禄には四種の輔佐があり、正財・正官・正印と含神之福である――それは三公に位至する命である。

若三貴上帶正天乙〈如丑未生人月日時得甲戊庚之類是也〉、本家祿〈如寅生人,月日時帶甲之類是也。詩云:甲遇寅為常,寅遇甲為強,餘倣此〉、福會或天乙貴神合四三重者,亦三公之命也,三貴上帶上下合,或一官一印,即一正天乙或一位本家祿,三兩位天乙貴人合者,宰輔之命也。

もしこの三つの貴位の上にさらに正天乙貴人を帯びれば――原注にいう、例えば丑・未年生の人は、月・日・時上に甲・戊・庚を得ればこれ――また本家の禄を帯びれば――原注にいう、例えば寅年生の人は、月・日・時上に甲を帯びればこれ。詩にいう、甲が寅に遇うは平常と算え、寅が甲に遇って初めて強しとす、残りはこれに倣って類推――さらに福会を加えるか、あるいは天乙貴神相合が三四重に達すれば、同じく三公の命である。三つの貴位の上に上下相合を帯び、あるいは一つの官星・一つの印綬、すなわち一位の正天乙あるいは一位の本家禄、さらに二三か所の天乙貴人相合があれば、宰輔の命である。

或日時上遇兩貴,而帶上件者,亦然。以上若一位上遇災殺亡神劫殺地殺羊刃者,兼主兵權,樞府節鉞之貴,若胎月生月與日時上遇兩貴或只時上遇胎庫一貴,卻帶正天乙上下合,天乙貴神合,本家祿正官正印本祿餘位,但有氣,或貴人上亦帶前件祿干者,亦宰輔兩府之命也。

あるいはただ日柱・時柱の上で二つの貴位に遇い、また上述のこれらの条件を帯びる者は、断法も同じである。以上のこれらの命は、もし一つの位次の上で災殺・「亡神」・「劫殺」・地殺あるいは羊刃に遇えば、さらに兵権を兼掌し、枢密府・節度使のように節と鉞を持つ貴顕がある。もし胎月・生月と日・時上に二つの貴位に遇うか、あるいはただ時柱の上で胎・庫の中の一つの貴位に遇いながら、正天乙上下相合・天乙貴神相合、および本家禄・正官・正印・本禄のこれらの位次を帯びて、それらに気があるか、あるいは貴人のある所もまた前に言ったそれらの禄干を帯びれば、同じく宰輔・両府の命である。

若月在忌神,而日遇貴,或日在忌神而時遇貴,不害,為清華侍從之格,若月日俱在貴而時遇忌神者,皆常調選人也。(三命提要)

もし月柱が忌神の上に落ちて日柱が貴位に遇うか、あるいは日柱が忌神の上に落ちて時柱が貴位に遇うかは、いずれも妨害と算えず、清要侍従の類の格局に属する。もし月・日の両柱がいずれも貴位にあり、偏に時柱が忌神に遇えば、それはただ常規に従って銓選調任される普通の官員にすぎない。この説は《三命提要》から出る。

凡命年月日時有甲與己,乙與庚,丙與辛,丁與壬,戊與癸,十干合者為上,遇甲庚丙壬乙辛丁癸為奇干,甲乙丙,丙丁戊,戊己庚,庚辛壬,壬癸甲,謂以順連合,癸甲乙,乙丙丁,丁戊己,己庚辛,辛壬癸,謂之逆連合。

およそ命を看るに、年・月・日・時の四柱天干の中に甲と己、乙と庚、丙と辛、丁と壬、戊と癸のように対を成すものがあれば、十干相合で、上等とする。甲・庚・丙・壬あるいは乙・辛・丁・癸のこの数組に遇えば、「奇干」という。甲乙丙・丙丁戊・戊己庚・庚辛壬・壬癸甲のこの数串を、順連合という。癸甲乙・乙丙丁・丁戊己・己庚辛・辛壬癸のこの数串を、逆連合という。

上合者清貴,奇干次之,順逆合又次之。此之謂入局。凡一命而兼此三者,更得五行相順,其貴不待言也。若五行不相順,乃為僧道術士清閒之人,餘輕重皆倣此。(林開五命)

十干相合は最も清貴で、奇干は次の等、順連合と逆連合はさらに次の等で、この数種を皆「入局」という。一つの命にもし三者が兼備し、さらに五行流転が相順ずれば、その貴顕は言うまでもない。もし五行が彼此順わなければ、ただ僧人・道士・術士の類の清閑の人である。残りの情形の軽重は皆この標準で衡量する。この説は《林開五命》から出る。

【十干発用定数】

不拘十干為頭,〈但是十干皆為一數〉二損三食四雜求,〈二損氣,三食神,四雜神〉見五便為財神用,六合吉慶有來由〈六干合〉遇七鬼名多厄滯,八呼官印六陰收,〈陽干八位官印,陰官八位官印〉見九倒食無嘉會,十為生氣福千秋〈陰干第八,陽干第十〉。

どの天干から起頭しても数えられる――原注にいう、どの天干でも、起頭のこの一位を第一数と算える。第二位に数えれば損気、第三位は食神、第四位は雑神――原注はこのように分説する。第五位に数えれば財神として用とし、第六位は天干相合で、吉慶は自ずから来由がある――原注にいう、六位はまさに干合の所である。第七位に遇えば我を剋する鬼で、多災多難・事事遅滞を主る。第八位は官印といい、陰干は別行に收取する――原注にいう、陽干は第八位に官印に見え、陰干も第八位に官印に見える。第九位に数えれば倒食で、美好の聚会がない。第十位は我を生ずる気で、福沢綿長千秋――原注にいう、陰干は第八位を取り、陽干は第十位を取る。

【論発用】

凡看命,先詳月干好弱,既有好乾,即令日干貢助,既日干好,即令時干貢助,更不出此發用,若月干不好,急令日干剋去,月干者為上,蓋吉者要升,凶者要除,詩曰:月為第一氣神行,吉數還教吉數生,吉氣莫令凶氣戰,不離兩子有遷升。

およそ命を看るに、まず月干の強弱好悪を審察する。月干がもし好干なら、日干をして貢献幇扶せしめ、日干もまた好ければ、さらに時干をして貢献幇扶せしめる。発用の法はこの範囲を出ない。もし月干が好くなければ、急いで日干をしてそれを剋去せしめ、総じて月干を首要とする。吉はそれを上昇させ、凶はそれを除去するからである。詩にいう――月干は第一位の気機の在る所で、吉数はさらに吉数をして生扶せしむ。吉気と凶気を交戦させず、ただこの両か所の関鍵を離れなければ、自ずから昇遷がある。

假令辛酉、丙申、乙未、己卯、己助乙勢,乙生丙旺,丙與辛合為貴,如丁巳見癸丑,不用癸丑,使己日干剋去癸水為妙,如辛酉甲午癸亥壬午,雖天干連珠,壬癸生甲,雜神貧困之命。又如丁巳戊申乙卯己卯,戊為損神,被乙助戊,己助乙,從下喜至戊,既戊得勢,轉損丁之力不好,餘準此推之。

例を挙げよう――辛酉年・丙申月・乙未日・己卯時。己が来て乙の気勢を幇扶し、乙が丙を生じて丙を旺せしめ、丙がまた辛と相合して貴格を成す。また丁巳が癸丑に遇えば、癸丑を取って用とせず、己日干をして癸水を剋掉せしめるが最良である。また辛酉・甲午・癸亥・壬午のこの一造は、天干は連珠相接してはいるが、壬・癸が皆甲を生じに行き、雑神当道の貧困の命となる。また丁巳・戊申・乙卯・己卯。戊は損神であるが、乙が来て戊を助け、己がまた来て乙を助け、下より上へ一路の喜気が皆戊の身に帰する。戊が一旦勢を得れば、かえって丁の力量を損耗する。これは良くない。残りは皆この法に倣って推求する。

【五行昼夜気象】

六甲日生木,夜生化土,故六戊人得甲,取日生為鬼,夜生為官。用六乙日生使金,夜生使木,故六己人見之,日生為官,夜生為鬼。六丙人日生使火,夜生使水,故六庚人見日生為鬼,夜生為官。六丁人日生木,夜生火,故六辛人得之,日生為官,夜生為鬼。六戊人日生為土,夜生為火,故六壬人見之,日生為鬼,夜生為官。六己人六庚人不變。六辛人日生為水,夜生為金,故六乙人得之,日生為官,夜生為鬼。六壬日生使水,夜生為木,六丙人得之,日生為鬼,夜生為官。六癸向晝火盛,夜生水盛,故六丁人得之,晝生不使鬼,只用火氣。

六つの甲日は昼に生まれた者は木性を顕し、夜に生まれた者は土に化す。だから六つの戊日の人が甲を得れば、昼生は甲をもって剋我の鬼とし、夜生はかえって甲をもって官とする。六つの乙日は昼生は金を用い、夜生は木を用いる。だから六つの己日の人が乙に見えれば、昼生は乙をもって官とし、夜生は乙をもって鬼とする。六つの丙日は昼生は火を用い、夜生は水を用いる。だから六つの庚日の人が丙に見えれば、昼生は鬼とし、夜生は官とする。六つの丁日は昼生は木に属し、夜生は火に属する。だから六つの辛日の人が丁を得れば、昼生は官とし、夜生は鬼とする。六つの戊日は昼生は土に属し、夜生は火に属する。だから六つの壬日の人が戊に見えれば、昼生は鬼とし、夜生は官とする。六つの己日と六つの庚日は昼夜変わらない。六つの辛日は昼生は水に属し、夜生は金に属する。だから六つの乙日の人が辛を得れば、昼生は官とし、夜生は鬼とする。六つの壬日は昼生は水を用い、夜生は木に属し、六つの丙日の人が壬を得れば、昼生は鬼とし、夜生は官とする。六つの癸日は白昼は火気が盛んで、夜は水気が盛んで、だから六つの丁日の人が癸を得れば、昼生は鬼とせず、ただその火気を取って用とする。

又云:六般陽命,男犯祿鬼、倒食,須取夜生,反凶作吉,呼鬼為官,倒食為喜神,女人反此。六般陰命,男犯祿鬼倒食,須取日生反凶作吉,餘並同前。六陽命,男無祿鬼倒食,只當取日生者為順;六陰命,男無祿鬼倒食,只當取夜生者為順,女人皆反此求之,此晝夜氣象是陰陽配合剛柔體用也。(天元變化書)

またいう――六種の陽干の命で、男子がもし禄鬼と倒食を犯せば、夜生を取るべきである。こうすれば凶を反して吉とし、鬼を官と見做し、倒食を喜神として用とする。女子は逆に推す。六種の陰干の命で、男子がもし禄鬼・倒食を犯せば、昼生を取るべきで、同じく凶を反して吉とし、残りの断法は前と同じである。六種の陽干の命で、男子がもともと禄鬼・倒食がなければ、昼生を以て順とすべきである。六種の陰干の命で、男子が禄鬼・倒食がなければ、夜生を以て順とすべきである。女子は一律に逆に求める。この昼夜気象の説は、まさに陰陽相配・剛柔互いに体用の理を講ずる。この説は《天元変化書》から出る。

且以甲言之,則辛為官印,己為天財,丁為破官,庚為畏神,若不消息五行,推究剋制,則神殺錯雜,尊卑溷殽,善惡不分,災福必不驗矣。(閻東叟書)

甲干を取って言えば――辛はその官印、己はその天財、丁はその官を破ることができ、庚はその畏れる神である。もし五行の消長を斟酌せず、彼此の剋制関係を推究しなければ、吉神凶殺が混雑して一片となり、尊卑は転倒混淆し、善悪は分辨明らかでなく、災福を推断しても必ず験しない。この説は《閻東叟書》から出る。

凡命君須子細推,天元先去測天機,助生清秀榮應辨,吞竊傷殘賤可知。且祿之元或先傷殘吞啗,雖逢吉殺,豈可便以吉言之,或先多滋助,雖犯凶神豈可便以凶論之。(沉芝源髓)

歌訣にいう――およそ人命を看るに、あなたは必ず仔細に推詳し、まず天干のこの層から天機を測度せよ。生助あって気象清秀の者は、栄顕かどうか自ずから分辨できる。吞噬竊奪され傷残不全の者は、貧賤もまた想い知れる。まして禄の本元が先にすでに傷残吞食されていれば、たとえ吉神吉殺に遇っても、どうして吉と断できよう。逆に、本元が先にすでに厚く滋養扶助を得ていれば、たとえ凶神を犯しても、またどうして凶と断できよう。この説は《沈芝源髄》から出る。

不仁不義庚辛與甲乙交差;或是或非,壬癸與丙丁相畏。王氏注云:甲乙為東方之木,庚辛為西方之金,彼其自有仁義之理存焉。丙丁為南方之火,壬癸為北方之水,彼其自有是非之義存焉,凡陽庚合乎陰乙,陰辛合於陽甲,則木榮金生,仁義兼濟,剛柔相乘,陰陽沖和。庚辛甲乙木不能相交差也,甲見庚,乙見辛,木辱金化,純陽不生,純陽不長,陰陽不和,甲乙木不能保仁,庚辛金不能崇義,所謂不仁不義,庚辛與甲乙交差也。

《珞琭子》にいう――庚辛と甲乙が錯位相遇すれば、不仁不義となる。壬癸と丙丁が互いに畏れれば、或る是あるいは非の別がある。王氏の注にいう――甲・乙は東方の木、庚・辛は西方の金で、両者は本身に仁と義の理を含む。丙・丁は南方の火、壬・癸は北方の水で、両者は本身に是と非の分際を含む。およそ陽干の庚が陰干の乙と相合し、陰干の辛が陽干の甲と相合すれば、木は栄茂を得金は生成を得て、仁と義が兼顧並済し、剛柔が相互に承接し、陰陽が沖和して偏らない。こうすれば庚辛と甲乙の木は錯位相遇と算えない。しかし甲が庚に見え乙が辛に見えれば、木は金に折辱され化して、純陽の気は生ずることも長ずることもできず、陰陽は和せず、甲乙の木は仁を保てず、庚辛の金も義を崇められない。これがいわゆる不仁不義、庚辛と甲乙の錯位相遇である。

或是或非者,陽丙是畏於陽壬,而非畏於陰癸,陰丁是畏於陰癸,而非畏於陽壬,丙見壬,丁見癸,謂之祿鬼,是相畏及,丙見癸,丁見壬,謂之祿官,非相畏也。蓋陰見陰,二女同居,其志不同,陽見陽,兩男並處,其性不和,故謂之相畏也。及男女同居,其志通也,又何畏之有,故有是畏非畏之說。(珞琭子)

いわゆる或是或非とは、陽干の丙は確かに陽干の壬を畏れるが、陰干の癸は畏れない。陰干の丁は確かに陰干の癸を畏れるが、陽干の壬は畏れない。丙が壬に見え丁が癸に見えるを「禄鬼」といい、あれは真正の相畏である。丙が癸に見え丁が壬に見えるを「禄官」といい、これは相畏ではない。これは陰と陰の相見が、譬えば二人の女子が一処に同住するようなもので、心志が各々同じくないからである。陽と陽の相見が、譬えば二人の男子が一室に並び処するようなもので、性情が彼此合わないから、相畏という。男女同居して心志が相通ずれば、何の畏れるべきことがあろうか。だから「是畏」と「非畏」の分別がある。この説は《珞琭子》から出る。

丙丁然惡於壬癸,壬癸多旺而秋生,甲乙雖喜於庚庚辛,庚辛春囚而多辱。丙丁火也,壬癸水也,丙丁惡壬癸者,壬癸為丙丁之鬼,生於秋多,則壬癸旺相之時丙丁胞絕之時,號為鬼旺身衰,其阻障得尤切,若生於春夏,則壬癸胞絕,丙丁旺相,號為身旺鬼衰,其阻障不得。

丙・丁はもとより壬・癸を悪むが、殊に壬癸が衆多でかつ秋に生まれて当旺の時を怕れる。甲・乙は庚・辛を喜ぶが、庚辛が春に囚地に処して、かえって屈辱を多く受ける。これは丙丁が火に属し壬癸が水に属するからである。丙丁が壬癸を悪むのは、壬癸が丙丁の剋我の鬼だからである。秋に生まれて壬癸がまた多ければ、それはまさに壬癸旺相・丙丁胎絶の時で、鬼旺身衰といい、阻碍が格外に切身に来る。もし春夏に生まれれば、壬癸は胎絶に処し、丙丁はまさに旺相で、身旺鬼衰といい、それは我を阻碍できない。

甲乙木也,庚辛金也,甲乙喜庚辛者,庚辛為甲乙之官,生於春多,則庚辛胞絕,號為身衰官旺,其主爵祿增崇,或曰丙丁見壬癸,甲乙庚辛,皆為官鬼,人格,貴命從官論,不入格,俗命從鬼論。(壺中子)

甲乙は木に属し、庚辛は金に属する。甲乙が庚辛を喜ぶ所以は、庚辛が甲乙の官星だからである。春に生まれて甲乙が衆多で、庚辛がまさに胎絶に処すれば、これを身衰官旺といい、爵位俸禄が歩歩増高するを主る。また或る者はいう、丙丁が壬癸に見え、甲乙が庚辛に見えるは、いずれも官星としても鬼としても作れる。格局に入る貴命は官星として論じ、格局に入らない凡俗の命は鬼として論ずる。この説は《壺中子》から出る。

金傷木祿,丙丁先見無危;火傷於金,遇壬癸不能損貴。戊己愁逢甲乙,干頭須用庚辛;壬癸惡土以相傷,甲乙見之無畏。壬來克丙,惟怕戊以當頭,癸去傷丁,切忌己以相對。(陷迷賦)

金が来て木の禄を傷つける時、先に丙丁の火が出現していれば、危険を構成しない。火が金を制するからである。火が来て金を傷つける時、壬癸の水に遇えば、その貴気を損ない得ない。戊己は甲乙が剋し来るに碰上するを最も怕れ、この時天干の上に必ず庚辛をもって木を制しなければならない。壬癸は土が傷つけに来るのを悪み、甲乙が出現すれば畏れる所がない。壬が丙を剋するのに、最も怕れるのは戊土が当頭に攔截すること。癸が丁を傷つけに行くのに、切忌なのは己土が正面相対すること。この説は《指迷賦》から出る。

【伏凶格】

如丁巳人不畏癸水為鬼,緣巳上有暗戊,合卻癸化,真火發用,名曰伏凶,一重癸水,化一重真火,更自是丁巳祿旺,切宜真水既清,得之者最貴,既用癸水為秀氣,則不可復【壞】去癸,譬如丁巳年癸丑月壬辰日辛亥時,辛生壬,壬助癸,作丁之發用,又身受水印,亥上臨官有氣,如丁巳見癸丑己卯,被己土克去癸水用神,縱得好時,亦無厚福也。

例えば丁巳日生の人は癸水がその鬼となるのを怕れない。巳中に戊土を暗蔵し、戊と癸が相合して化し、かえって真火を成就して発用するからで、これを「伏凶」という――凶が伏せられた。一重の癸水があれば、一重の真火を化出する。まして丁巳は本身まさに禄旺の地で、真水が清澈なのが最良で、この種の格局を得る者は最も貴い。すでに癸水を取って秀气の用とした以上、かえって再び癸水を破壊してはならない。譬えば丁巳年・癸丑月・壬辰日・辛亥時――辛が壬を生じ、壬が癸を助け、ちょうど丁の発用を成し、自身はまた水の印綬の滋養を受け、亥の上に臨官の位に処して気がある。しかし丁巳が癸丑・己卯に遇うようなものは、己土が用神たる癸水を剋掉したから、たとえよい時辰に生まれても、厚福はない。

如癸巳不畏辛倒食,為巳間有丙合辛,變為真水,為喜神發用,李待制癸巳年辛酉月庚寅日辛巳時,兩辛為喜神,又就壬子胎,人庚辛壬癸,名干神連珠,故貴,餘準此推之。(天元變化書)

また癸巳は辛が来て倒食となるのを怕れない。巳中に丙火があって辛と相合し、真水に化成して、かえって喜神となって発用するからである。李待制の命は癸巳年・辛酉月・庚寅日・辛巳時で、二つの辛は皆喜神で、また壬子胎を配する。全命は庚・辛・壬・癸が一路相接して、干神連珠というから顕貴である。残りは皆この法に倣って類推する。この説は《天元変化書》から出る。

【干神相剋】

丙人怕二壬,壬人怕二戊,乙人怕二辛,餘彷此。歌曰:乙木生人怕二辛,不遭鞭配也遭刑,若能免得諸刑害,兩目盲盲不見人。(三命【纂】局)

丙日主の人は二つの壬を怕れ、壬日主の人は二つの戊を怕れ、乙日主の人は二つの辛を怕れ、残りは皆これに倣って類推する。歌訣にいう――乙木命の人は二つの辛に碰上するを最も怕れ、鞭打流配を遭わずとも、刑罰を遭う。たとえ僥倖してこれらの刑傷禍害を躲免しても、両眼失明して人を見られないことを免れない。この説は《三命纂局》から出る。

【鬼合格】

甲人見庚乙,乙人見辛丙,丙人見壬丁,丁人見癸戊,戊人見甲己,己人見乙庚,庚人見丙辛,辛人見丁壬,壬人見戊癸,癸人見己甲。以上官鬼相傷,公立庶幾。(廣信集)

いわゆる鬼合とは、命中に我を剋する鬼に見え、またこの鬼を合し留め得る天干に見えることをいう。甲日主の人が庚と乙に見え、乙日主の人が辛と丙に見え、丙日主の人が壬と丁に見え、丁日主の人が癸と戊に見え、戊日主の人が甲と己に見え、己日主の人が乙と庚に見え、庚日主の人が丙と辛に見え、辛日主の人が丁と壬に見え、壬日主の人が戊と癸に見え、癸日主の人が己と甲に見える。以上のこれらは皆官と鬼が互いに牽制損傷するが、なお強めて立身成事できる。この説は《広信集》から出る。

鬼嘯分明禍更加,設使以前逢富貴,定知日後厭年華。如甲人逢庚金克木,又值丙火克庚金,乃貧賤惡死之命,遇合干尤可,如丙見辛是也。若支神納音好,己前須主富貴,向後定不吉,更加刑殺鬼克,主惡死。

歌訣にいう――命に明白に「鬼嘯」を犯せば、禍患はいよいよ深重となる。たとえ先に富貴を享けたことがあっても、後日必ず人生を厭棄し善く終わらないと断定できる。例えば甲日主の人が庚金の木を剋するに遇い、また丙火が庚金を剋しに行くに碰上すれば、これは貧賤にして非命に死する命である。相合の干に遇えばまだ良く、例えば丙が辛に見える類である。もし地支と納音が悪くなければ、早年はもとより富貴でも、後には必ず不吉となり、さらに刑殺と鬼剋を加えれば、非命に死するを主る。

如王相公,己未年乙亥月,丙寅日,辛卯時,逢三合生,更遇寅卯為己人官鄉,丙與辛合大貴,奈犯鬼嘯格,己陰土逢乙陰木作鬼,又遇辛陰金作陰木鬼,變寅卯之官作己土鬼,在亥卯未三合位,又是鬼克,故主惡死也。

譬えば王相公の命――己未年・乙亥月・丙寅日・辛卯時。命に三合に逢って生を得、また寅・卯に遇うはまさに己土の人の官星の郷で、丙と辛が相合し、本なら大貴すべきであった。奈何にも彼は鬼嘯格を犯した――己は陰土で、乙の陰木がその鬼となるに遇い、また辛の陰金が陰木の鬼となるに遇い、寅卯本来の官星を己土の鬼に変えた。しかもこれらがすべて亥卯未の三合の位に落ち、また鬼が剋しに来るから、非命に死するを主る。

三吞三耦未為惡,重耦傷怕逢著,若非夭壽父母凶,戶力雖高亦衰落。三吞者,如甲人逢三壬,三耦者,如甲人逢三己也。未為賤賤命,重耦者。如甲人逢兩己曰重耦。重傷者,如甲人逢兩庚曰重傷,乃夭壽退家之命。(沉芝源髓)

歌訣にいう――三吞・三耦はまだ凶悪と算えず、最も怕れるのは重耦と重傷に碰上することである。自分が短命でなければ、父母に凶があるか、家門の勢力はたとえ高大でも、終に衰落する。いわゆる三吞とは、甲日主の人が三つの壬に遇うこと。いわゆる三耦とは、甲日主の人が三つの己に遇うことで、これらはまだ下賤の命と算えない。いわゆる重耦とは、甲日主の人が二つの己に遇うこと。いわゆる重傷とは、甲日主の人が二つの庚に遇うことで、それは短命にして家業退敗の命である。この説は《沈芝源髄》から出る。

第四巻・論干神二

十干合

甲己化土乙庚化金丙辛化水丁壬化木戊癸化火天元變化書云:天干合,陽得陰合福慢,因得陽合福緊,故甲得己合為財,己得甲合為官,十干倣此。三命提要云:如陽干遇陰干合,只得干合之福,陰干遇陽干合,又得正官之輔,為兩重福。

天干が両両相合して新しい五行に変じるのを「化気」という――甲と己は合して土に化し、乙と庚は合して金に化し、丙と辛は合して水に化し、丁と壬は合して木に化し、戊と癸は合して火に化す。《天元変化書》にいう――天干相合を論ずれば、陽干が陰干の合し来るを得れば福の来るが遅く、陰干が陽干の合し来るを得れば福の来るが緊い。だから甲が己合を得れば、己土は甲の剋する所で「財」であり、己が甲合を得れば、甲木は己土を剋し得て「官」である。残りの十干は皆これに倣って類推する。《三命提要》にいう――陽干が陰干の相合に遇えば、干合のこの一重の福を得るのみ。陰干が陽干の相合に遇えば、干合の外にさらに一重の正官が相辅して、両重の福である。

十干者,五行之精紀,甲陽木,乙陰木也,位旺東方,以比者為兄弟,則乙者甲之妹也。丙陽火,丁陰火也,位旺南方,丁者丙之妹也。戊陽土,己陰土也,位旺中央,己者戊之妹也。庚陽金,辛陰金也,位旺西方,辛者庚之妹也。壬陽水,癸陰水也,位旺北方,癸者壬之妹也。以我剋者為妻財,庚金以乙木為妻,故乙與庚合,壬以丁火為妻,故丁與壬合,丙火以辛金為妻,故丙與辛合,戊土以癸水為妻,故戊與癸合,甲木以己土為妻,故甲與己合。合者,常貴乎得中而不偏,否則亂。

十干は五行の精要綱紀である。甲は陽木・乙は陰木で、同じく東方に旺し、同類相並は一家の兄弟姐妹のごとく、陽は兄・陰は妹だから、乙は甲の妹である。丙は陽火・丁は陰火で、同じく南方に旺し、丁は丙の妹である。戊は陽土・己は陰土で、同じく中央に旺し、己は戊の妹である。庚は陽金・辛は陰金で、同じく西方に旺し、辛は庚の妹である。壬は陽水・癸は陰水で、同じく北方に旺し、癸は壬の妹である。およそ我に剋される者を「妻財」といい、天干相合はまさに夫妻相配の義を取る――庚金は乙木を剋し、乙木は庚の妻だから乙と庚は合する。壬水は丁火を剋し、丁火は壬の妻だから丁と壬は合する。丙火は辛金を剋するから丙と辛は合する。戊土は癸水を剋するから戊と癸は合する。甲木は己土を剋するから甲と己は合する。相合で最も貴いのは双方が均斉に配して偏枯しないことで、一旦偏れば淆乱となる。

常貴乎得中,是各有所合,乃為得中,如兩戊得兩癸,是謂得中,偏者如一丁合三壬,或兩甲合一己是也。陽者夫也,陰者婦也,婦多夫少,夫多婦少,皆亂之道也。(燭神經)

いわゆる「得中」とは、相合の双方が各々対象を有して一々相配することをいう。譬えば二つの戊が二つの癸に配すれば、これが得中である。いわゆる「偏」とは、一つの丁が三つの壬に合せられるとか、二つの甲が一つの己を争合する類である。陽干は丈夫のごとく、陰干は妻子のごとし。妻多く夫少なく、夫多く妻少なきは、皆淆乱の道である。この説は《燭神経》に見る。

論隔六合

十干必隔六位一合,合也?希尹云:天地之數,各不過五,然上五位為生數,下五位為成數,生數與成數相遇然後合。天一生壬,地二生丁,天三生甲,地四生辛,天五生戊,地六成癸,天七成丙,地八成乙,天九成庚,地十成己,天一數,地見二數,然後合,所以必隔六也。故易曰:天數五,地數五,五位相得而各有合。

十干はなぜ必ず六位を隔てて一合を成すのか。希尹が解釈していう――天地之数は各々五を過ぎず、前の五位は「生数」、後の五位は「成数」で、生数と成数が相遇して初めて相合できる。天一は壬を生じ、地二は丁を生じ、天三は甲を生じ、地四は辛を生じ、天五は戊を生じる。地六は癸を成し、天七は丙を成し、地八は乙を成し、天九は庚を成し、地十は己を成す。天上の第一数は地上の第二数と相遇して初めて合を成すから、次序上必ず六位を隔てる。だから《周易・繫辞》にいう――天数は五あり、地数は五あり、五つの方位が各々相配して皆合する所有り、と。

玉門關集云:壬癸北方亥子,生數一,成數六,丙丁南方巳午,生數二,成數七,甲乙東方寅卯,生數三,成數八,庚辛西方申酉,生數四,成數九,戊己居中辰戌丑未,生數五,成數十。五行要論云:天一生水,其於物為精,精者一所生也,第二生火,其於物為魂,魂從神者也。地四生金,其於物為體,體者精神魂魄具而後有者也。自天一至天五,五行之生數,自地六至地十,五行之成數,以奇生者成而耦,以耦生者成而奇,其成之者皆五,五天數之中,所以成於物也。道立於一,成於三,變於五,而天地之數具矣。其於十也偏之而已。

《玉門関集》にいう――壬癸は北方亥子に属し、生数は一・成数は六。丙丁は南方巳午に属し、生数は二・成数は七。甲乙は東方寅卯に属し、生数は三・成数は八。庚辛は西方申酉に属し、生数は四・成数は九。戊己は中央に居り辰戌丑未に寄旺し、生数は五・成数は十。《五行要論》にいう――天一は水を生じ、水は万物の上で「精」と現れ、精は一より生ずる所である。第二は火を生じ、火は万物の上で「魂」と現れ、魂は神に随って動く。地四は金を生じ、金は万物の上で「体」と現れ、形体は精・神・魂・魄が斉備して後に初めてある。天一から天五までは五行の生数、地六から地十までは五行の成数で、奇数をもって生ずるは偶数をもって成就し、偶数をもって生ずるは奇数をもって成就し、それらを最終的に成形せしめるのは皆「五」である。五は天数の中に居るから、万物を成就できる。大道は一に立ち、三に成り、五に変じ、天地之数はここに至って完備する。十に至れば、偏にして中ならず。

論合神化気

何故甲與己合化土,乙與庚合化金,丙與辛合化水,丁與壬合化木,戊與癸合化火?希尹曰:此五行循環相生也。甲與己既為夫婦,得土之氣矣,土生金,故乙庚次之,金生水,故丙辛次之,水生木,故丁壬次之,木生火,故戊癸次之,火復生土,故曰循環相生也。

なぜ甲と己が合すれば土に化し、乙と庚が合すれば金に化し、丙と辛が合すれば水に化し、丁と壬が合すれば木に化し、戊と癸が合すれば火に化すのか。希尹が答えていう――これは五行循環相生の次序に従って排されたものである。甲己はすでに夫婦を結び、まず得るのは土気である。土は金を生じ得るから、乙庚が続いて金に化す。金は水を生じ得るから、丙辛が続いて水に化す。水は木を生じ得るから、丁壬が続いて木に化す。木は火を生じ得るから、戊癸が続いて火に化す。火はまた回頭して土を生じ、重ねて甲己に帰る。だから循環相生という。

真五行例

甲於五行屬木,若於四干中見己,則化為土,雖不見己,而見午亦同,蓋己祿在午故也。又不見午而見未與寅戌,亦有五分之力,六合三合,得有己之氣故也。全不見己與午未寅戌,而見甲辰甲戌,便以甲為土斷之。蓋甲辰土位,木化而為土也。餘皆為木。乙於五行屬木,若於四干中見庚則化為金,雖不見庚,而見申,亦同,庚祿在申故也。又不見申而見巳與子辰,亦有五分之力,六合三合得有庚之氣故也。若全不見庚與申巳子辰,而見乙巳、乙酉、乙丑,便以以為金斷之,蓋乙居金位,木化而為金也。餘皆為木。

甲は五行に本来木に属する。もし四柱天干の中に己に見えれば、甲は土に化す。たとえ己に見えずして地支の午に見えても、効果は同じである。己の「禄」が午にあるからである。またもし午にも見えず、ただ未と寅・戌に見えれば、なお五分の力がある。未と午は六合し、寅午戌は三合して、その中に皆己の気を帯びているからである。もし己と午・未・寅・戌が全く見えず、かえって甲辰・甲戌の両柱に見えれば、直ちに甲を土として断ずる。甲辰は土位に居り、木はすでに土に化成したからである。これ以外は依然として木と論ずる。乙は五行にまた木に属し、もし四柱天干に庚に見えれば、乙は金に化す。庚に見えずして申に見えても同じく、庚の禄が申にあるからである。申に見えずして巳と子・辰に見えれば、同じく五分の力がある。巳と申は六合し、申子辰は三合して、その中に庚気を帯びているからである。もし庚と申・巳・子・辰が全く見えず、かえって乙巳・乙酉・乙丑に見えれば、乙を金として断ずる。乙が金位に居り、木が金に化成したからである。これ以外は依然として木と論ずる。

他干皆如此取,為辛壬癸三干,不得如甲以甲辰、甲戌,乙以乙巳、乙酉、乙丑取用,但辛見辛亥,則斷為水,壬見壬寅則斷為木,癸見癸巳則斷為火,蓋各居臨官之地而化也。若己自是土,庚自是金,更不必言也。(玉霄寶鑑)

残りの各天干は皆この法に倣って取用する。ただ辛・壬・癸の三干は、甲が甲辰・甲戌を用い、乙が乙巳・乙酉・乙丑を用いるようには取れない。辛はただ辛亥に見えた時に水と断じ、壬はただ壬寅に見えた時に木と断じ、癸はただ癸巳に見えた時に火と断ずる。この数柱は各々本気の「臨官」の地に坐して初めて化し得るからである。己は本来土、庚は本来金ならば、さらに言うまでもない。この条は《玉霄宝鑑》から出る。

真気交互格

辛亥金人得丁巳土,有丁壬合,真木往來,有丙辛合,真水往來。丁巳土人得癸亥水,有戊癸合,真火往來,有丁壬合,真木往來,如戊戌年,癸亥月,丁巳日,辛亥時,交互真氣全,宰相命。戊午火見壬子木,中有丁壬真木,戊癸真火,丙申見乙酉,中有丙辛真水,乙庚真金,庚寅得己卯,中有甲己真土,乙庚真金,如庚寅年,己卯月,庚寅日,己卯時,交互全,兩府命。

辛亥の納音が金に属する人がもし丁巳の納音土を得れば、その中に丁と壬の合・真木の往来があり、また丙と辛の合・真水の往来がある。丁巳の土命人が癸亥水を得れば、その中に戊癸の合・真火の往来があり、丁壬の合・真木の往来がある。譬えば戊戌年・癸亥月・丁巳日・辛亥時は、交互の真気が斉全し、宰相の命である。また戊午の納音火が壬子の納音木に見えれば、中間に丁壬の真木・戊癸の真火を蔵す。丙申が乙酉に見えれば、中間に丙辛の真水・乙庚の真金を蔵す。庚寅が己卯を得れば、中間に甲己の真土・乙庚の真金を蔵す。譬えば庚寅年・己卯月・庚寅日・己卯時は、交互の気が完備し、両府に位列する貴命である。

坐下有化

壬午丁祿在午壬與丁合;丁亥壬祿在亥丁與壬合;戊子癸祿在子戊與癸合;甲午己祿在午甲與己合;辛巳丙祿在巳辛與丙合;癸巳戊祿在巳癸與戊合。

以下の六組は天干が自己の合神の禄位に坐し、干支の間に自ら化気を成す柱である――壬午は、丁の禄が午にあり、壬と丁が相合する。丁亥は、壬の禄が亥にあり、丁と壬が相合する。戊子は、癸の禄が子にあり、戊と癸が相合する。甲午は、己の禄が午にあり、甲と己が相合する。辛巳は、丙の禄が巳にあり、辛と丙が相合する。癸巳は、戊の禄が巳にあり、癸と戊が相合する。

以上壬午丁亥最為福深幽,戊子聰明,辛巳權謀,甲午在寅午戌月得地,癸巳貴中有酒色之疾,損壽,甲午亦主有小亨。

上に列した六柱の中で、壬午・丁亥の両柱は福気が最も深厚である。戊子は主人が聡明。辛巳は主人が権謀に富む。甲午は寅・午・戌の月に生まれて初めて地を得たと算える。癸巳は貴いが、常に酒色の疾を帯びて寿数を損する。甲午もまた小く亨通するを主るのみである。

甲己化土,非辰戌丑未月不化,其次十月亦化。四柱有甲己,其間有乙字者不化,名曰妒合,隨水為受氣臨官。又云己亥是也。若論四季之月,各旺十八日,及穀雨大暑,霜降大寒前五日,至四節前三日,並可用甲己正化,餘不然。乙庚化金,非巳酉丑月不化,其次七月亦化,四柱有乙庚,其間帶丙字者不化,名曰妒合。凡巳酉丑命人,四柱中有庚申,名曰受氣臨官,晚年不佳,有官奪官,有財乏財。丙辛化水在申子辰月方化,其次十月亦化,四柱有丙辛,其間有丁字者不化,名曰妒合。凡申子辰生人,四柱有癸亥者為受氣臨官,主晚年不佳,有官奪官,有財乏財。

甲と己が相合して、辰・戌・丑・未の四季月に生まれなければ土に化せず、その次に十月の亥月に生まれても化し得る。四柱中に甲己があっても、中間に一つの乙字を挟めば化し成らず、これを「妬合」という。併せて水に随って「受気臨官」となり、すなわち己亥のこの一柱である。もし四季月で論ずれば、每季末の土が各々十八日旺し、および穀雨・大暑・霜降・大寒の前五日から四立節の前三日までのこの数段は、いずれも甲己の正化を用い得る。残りの時は化と論じない。乙と庚が相合して、巳・酉・丑の月に生まれなければ金に化せず、その次に七月の申月も化し得る。四柱に乙庚があって中間に丙字を挟むは化せず、同じく妬合という。およそ巳酉丑年生の人で、四柱中に庚申を帯びる者は受気臨官といい、晩年好からずを主り、官職あっても奪われ、財財あっても匱乏する。丙と辛が相合して、申・子・辰の月で初めて水に化し、その次に十月も化し得る。四柱に丙辛があって丁字を挟むは化せず、また妬合という。およそ申子辰生の人で、四柱に癸亥があれば受気臨官で、晩年佳からずを主り、官あれば官を奪われ、財あれば財を乏しくする。

丁壬化木,非亥卯未月不化,其次正月亦化,凡四柱有丁壬,其間有戊字者不化,名曰妒合。凡亥卯未生人,四柱有甲寅者,為受氣臨官,主晚年不佳,有官奪官,有財乏財。戊癸化火,非寅午戌月不化,其次四月亦化,凡四柱有戊癸,其間有己字者不化,名曰妒合。凡寅午戌生人,四柱有丁巳者為受氣臨官,主晚年不佳,有官奪官,有財乏財(廣信集)

丁と壬が相合して、亥・卯・未の三か月に生まれなければ木に化せず、その次に正月の寅月に生まれても化し得る。およそ四柱に丁壬があって中間に一つの戊字を挟めば化し成らず、これを「妬合」という。およそ亥卯未年生の人で、四柱中に甲寅を帯びる者は「受気臨官」で、晩年佳からずを主り、官職あっても保てず、財財あっても短缺する。戊と癸が相合して、寅・午・戌の三か月に生まれなければ火に化せず、その次に四月の巳月も化し得る。およそ四柱に戊癸があって一つの己字を挟むは化せず、同じく妬合という。およそ寅午戌年生の人で、四柱に丁巳があれば受気臨官で、同じく晩年佳からずを主り、官あれば官を奪われ、財あれば財を乏しくする。この条は《広信集》に見る。

神白經有受氣臨官訣云:受氣臨官莫同穴,一時兩犯禍難說,官人到此應無祿,富澤殘年必貧缺,縱然橫得些名利,鋒刃之中化為血。後學消詳莫順情,此說陰陽幽微別。假令乙亥年乙酉月乙酉日戊寅時,時上有年臨官,月日上有年受氣,餘同,二氣在日時中亦然,雖犯諸吉象,富貴須有,只恐失多,不然死疾也。又論臨官云:四卦臨官官人不知,帶其類干日兼時,重重相犯還有剋,退即生兮進即危,亥卯未人甲寅,巳酉丑入庚申,寅午戌人丁巳,申子辰人癸亥。

《神白経》に一首の「受気臨官訣」があっていう――受気と臨官は同一の穴に同居すべからず。一つの時辰の内に両犯すれば、その禍は言い難い。做官する人がこれに碰上すれば禄を失うべく、富厚の家も晩年に至れば必ず貧缺となる。たとえ僥倖して名利を些か得ても、刀鋒の下に血光に化作する。後学の人は細々と推詳し、人情に順って好いことを言ってはならない。ここ頭の陰陽幽微は、分別極めて大きい。例を挙げれば、乙亥年・乙酉月・乙酉日・戊寅時――時柱上は年干の臨官、月柱・日柱上は年干の受気で、残りは類推できる。この二種の気が日柱・時柱の中に落ちても同じである。このような命はたとえ種々の吉象を帯びても、富貴はあろうが、怕れるのは失う所が多いことで、さもなければ死亡疾病の憂いがある。また《論臨官》にいう――四柱臨官の所は、做官する人は多く知らない。それは同類の天干に随って日柱兼ねて時柱の上に出現し、重重相犯すればまた剋傷をもたらす。一歩退けば生じ、一歩進めば危うい。具体的に言えば――亥卯未生の人は甲寅を怕れ、巳酉丑生の人は庚申を怕れ、寅午戌生の人は丁巳を怕れ、申子辰生の人は癸亥を怕れる。

甲己化土,生在季月中,其土成象,不可見火,若見火則虛,逢火煉不生物是,季月有甲己日怕丙丁時是。(甲己日皆為丙寅丁卯時)孫子才云:甲己喜丙火大妙,怕木氣剋壞死絕,又木為官,寅亥卯為妙。乙庚為金,生在申酉月中,其金成象。此月有乙庚日怕子寅時,以示哀樂無寧之象也。(乙庚日皆丙子戊寅時)

甲己が土に化するは、四季月中に生まれて、その土が初めて成象する。すでに成象すれば再び火に見るに宜しくなく、火に見れば土は虚となる。火に煅錬された土は物を生じ得ないからである。だから四季月中に生まれた甲日・己日は最も丙時・丁時を怕れ、すなわち甲日・己日の遇う丙寅時・丁卯時である。孫子才がいう――甲己は丙火に見えるを大妙とし、ただ木気が剋壊しに来て死絶の地に落入するのを怕れる。しかも木はまた甲己化土の官星だから、寅・亥・卯がかえって妙となる。乙庚が金に化するは、申・酉月中に生まれて、その金が初めて成象する。この両月の乙日・庚日は最も子時・寅時を怕れ、哀楽不寧の象を取る。すなわち乙日・庚日の遇う丙子時・戊寅時である。

孫子才云:乙庚喜戊土相生甲己為福,不喜死敗。丙辛為水,生在亥子月中,其水成象,此月有丙辛日怕卯巳時,多哀蹇時。(丙辛日皆辛卯癸巳時)孫子才云:丙辛愛庚子相生之氣,乙庚為福,怕壞氣。丁壬為木,生在寅卯月中,其木成象,此月有丁壬日怕午申時,木為灰化之時也。(丁壬日皆丙午戊申時)孫子才云:丁壬喜丙辛為福。

孫子才がいう――乙庚化金は戊土の相生し来るを喜び、甲己を以て福神とし、死敗の地に落入するを喜ばない。丙辛が水に化するは、亥・子月中に生まれて、その水が初めて成象する。この両月の丙日・辛日は最も卯時・巳時を怕れ、多く哀傷蹇滞を主る。すなわち丙日・辛日の遇う辛卯時・癸巳時である。孫子才がいう――丙辛は庚子のような相生の気を愛し、乙庚を以て福とし、敗壊の気に遇うを怕れる。丁壬が木に化するは、寅・卯月中に生まれて、その木が初めて成象する。この両月の丁日・壬日は最も午時・申時を怕れる。それがまさに木が灰烬に化する時だからで、すなわち丁日・壬日の遇う丙午時・戊申時である。孫子才がいう――丁壬は丙辛を以て福とする。

戊癸為火,生在巳午月中,其火成象,致用日時犯戊己土之土,是大火見土,及暗伏之際也。(神白經)孫子才云:戊癸愛甲字相生,不喜卯酉無終始,丁壬為福。

戊癸が火に化するは、巳・午月中に生まれて、その火が初めて成象する。もし用いる日・時の上にまた戊己の土を犯せば、それは大火が土に見え、光焰が暗伏する際である。この説は《神白経》に見る。孫子才がいう――戊癸は甲字が相生しに来るのに見えるを愛し、卯・酉のような有始無終の地を喜ばず、丁壬を以て福神とする。

甲己切要木為官,故得寅卯亥丑為上,戊癸氣為福也。乙庚金切要火為官,故喜寅辰巳午也,甲己氣為福。丙辛水切要土為官,故喜子丑未申戌亥,甲己為官,乙庚為福。丁壬切要庚辛為官,申酉亦同,丙辛為福。戊癸火喜申亥子旺水為官,丁壬為福,於臨時消息。(天元變化書)鬼古遺文,丁壬喜遇丙辛,乙庚愛乎甲己,乃相生也。

甲己化土は最も木が官星となることを要するから、寅・卯・亥・丑を得るを上とし、戊癸の気を以て福神とする。乙庚化金は最も火が官星となることを要するから、寅・辰・巳・午を喜び、甲己の気を以て福とする。丙辛化水は最も土が官星となることを要するから、子・丑・未・申・戌・亥を喜び、甲己を以て官とし乙庚を以て福とする。丁壬化木は最も庚辛を官とすることを要し、申・酉に見えても同じく、丙辛を以て福とする。戊癸化火は申・亥・子のこれら旺水が官星となるを喜び、丁壬を以て福とし、具体はさらに臨時に斟酌を要する。以上は《天元変化書》に見る。《鬼谷遺文》にいう――丁壬は丙辛に遇上するを喜び、乙庚が愛するは甲己で、取る所は皆相生の義である。

五行真旺

甲己旺申子乙庚旺巳酉丙辛旺申子丁壬旺亥卯戊癸旺寅午;若人逢此旺地生者,十有九貴也。(廣信集)

五行の真旺の地は――甲己は申・子に旺し、乙庚は巳・酉に旺し、丙辛は申・子に旺し、丁壬は亥・卯に旺し、戊癸は寅・午に旺す。人がもしこれらの旺地に生まれれば、十人の中九人は顕貴である。この条は《広信集》に見る。

福徳格

春丁壬夏戊癸秋乙庚冬丙辛四季甲己;真五行各旺其時也,若帶祿馬貴食之神,乃有福德人,無貴殺虛祿人也(鬼谷命格)

「福徳格」とは――春生の人は丁壬を以て福徳とし、夏生は戊癸、秋生は乙庚、冬生は丙辛、四季月生は甲己とする。これは化出した真五行が各々当令の時に旺することをいう。もしさらに禄・馬・貴人・食神のこれら吉神を帯びれば、福徳ある人となる。もしただ貴殺・虚禄を帯ぶるのみならば、算えられない。この条は《鬼谷命格》に見る。

正化

丙寅辛卯、丙辰辛卯庚申乙酉、庚戌乙酉己亥甲子、己丑甲子;癸巳戊午、癸未戊午戊子癸丑、戊寅癸丑己酉甲戌、己亥甲戌;乙巳庚辰、乙卯庚辰壬午丁未、壬申丁未;以上正化,更合月令。

以下の各組は「正化」に属し、すなわち干合と支辰が相配して化気純正の組合せである――丙寅は辛卯に配し、丙辰は辛卯に配し、庚申は乙酉に配し、庚戌は乙酉に配し、己亥は甲子に配し、己丑は甲子に配す。癸巳は戊午に配し、癸未は戊午に配し、戊子は癸丑に配し、戊寅は癸丑に配し、己酉は甲戌に配し、己亥は甲戌に配す。乙巳は庚辰に配し、乙卯は庚辰に配し、壬午は丁未に配し、壬申は丁未に配す。以上は皆正化と算え、さらに月令に合して初めて良い。

転角進化(干合中に支辰の相順連を見る)

甲辰己巳丙寅辛卯戊戌癸亥庚申乙酉丁丑壬寅癸巳戊午;己亥甲子辛未丙申;以上須得日時遇之,成立功名,不至艱難,更合月令尤妙。假令丁巳年癸丑月戊戌日癸亥時,早年及第,官至太卿監,壽至八十九,尚康裕王徽獻倌命。

「転角進化」とは、干合の中で地支が順次に相連する組合せである――甲辰は己巳に接し、丙寅は辛卯に接し、戊戌は癸亥に接し、庚申は乙酉に接し、丁丑は壬寅に接し、癸巳は戊午に接し、己亥は甲子に接し、辛未は丙申に接す。以上は日柱・時柱の上で遇うことを要し、功名が成って艱難に至らないを主り、もしさらに月令に合すればなお妙である。譬えば丁巳年・癸丑月・戊戌日・癸亥時は、早年に科第に登り、官は太卿監まで為り、寿八十九歳を享けた。これは尚康裕・王徽献の一路の人の命造である。

転角退化(干合中に支辰の相返連を見る)

甲午己巳乙巳庚辰丁卯壬寅戊子癸亥壬申丁未辛酉丙申;己亥甲戌戊寅癸丑;以上須得日時遇之,主功名差晚到,好處有退減,歲運逢之,亦歇滅,月令得地,亦作貴人(此處缺字),假令丙子年、戊戌月、辛酉日、丙申時,五十二歲作殿科,五十九歲入參政,董德元命。(廣信集)

「転角退化」とは、干合の中で地支が逆次に相連する組合せである――甲午は己巳に接し、乙巳は庚辰に接し、丁卯は壬寅に接し、戊子は癸亥に接し、壬申は丁未に接し、辛酉は丙申に接し、己亥は甲戌に接し、戊寅は癸丑に接す。以上もまた日柱・時柱の上で遇うことを要し、功名の至るが較晚を主り、好処に折減がある。歳運の中にこれに遇えば、また歇滅衰退を主る。もし月令が地を得れば、依然として貴人と看ることができる(原書ここに字を缺く)。譬えば丙子年・戊戌月・辛酉日・丙申時は、五十二歳にして初めて殿科に登り、五十九歳で参知政事に入った。これは董徳元の命である。この条は《広信集》に見る。

天元喜納音為財

甲己喜水乙庚喜木丙辛喜火丁壬喜土戊癸喜金。

天干の喜ぶ納音の財は――甲己は水に見えるを喜び、乙庚は木に見えるを喜び、丙辛は火に見えるを喜び、丁壬は土に見えるを喜び、戊癸は金に見えるを喜ぶ。皆それぞれ化気の剋する物だから、財と称する。

天元喜納音四時正旺

甲己喜土四季生乙庚喜金秋生丙辛喜水冬生丁壬喜木春生;戊癸喜火夏生(神白經)

天干の喜ぶ納音の四時正旺は――甲己は納音土を喜んで四季月に生まれ、乙庚は納音金を喜んで秋に生まれ、丙辛は納音水を喜んで冬に生まれ、丁壬は納音木を喜んで春に生まれ、戊癸は納音火を喜んで夏に生まれる。この条は《神白経》に見る。

類破殺

甲己人見乙乙庚人見丙丙辛人見丁丁壬人見戊戊癸人見己;以上又名妬合殺,謂合中見剋也,主好事被人破害。(廣信集)

「類破殺」とは――甲己の人は乙に見え、乙庚の人は丙に見え、丙辛の人は丁に見え、丁壬の人は戊に見え、戊癸の人は己に見える。以上はまた「妬合殺」ともいい、相合の中に剋を挟むことをいい、好事が他人に破壊阻撓されるを主る。この条は《広信集》に見る。

真鬼刑疾

甲己人忌見丁壬日時;乙庚人忌見戊癸日時;丙辛人忌見甲己日時(官鬼有氣得地者富);丁壬人忌見乙庚日時;戊癸人忌見丙辛日時(十分福失地無氣災也)(神白經)

「真鬼刑疾」とは――甲己の人は丁壬の日・時に見えるを忌み、乙庚の人は戊癸の日・時に見えるを忌み、丙辛の人は甲己の日・時に見えるを忌み(もし官鬼に気ありて地を得れば、かえって富を主る)、丁壬の人は乙庚の日・時に見えるを忌み、戊癸の人は丙辛の日・時に見えるを忌む(十分の福でも地を失い気なければ、災いを成す)。この条は《神白経》に見る。

玉霄寶鑑云:假令甲己人不見丁壬全,而見壬寅或丁亥、丁卯、丁未者,亦是真鬼,若於福繁之地及貴人祿馬上見者,謂之變鬼為官,反為福,主凶中有吉。

《玉霄宝鑑》にいう――もし甲己の人の四柱裏に丁壬が斉全せず、かえって壬寅に見えるか、あるいは丁亥・丁卯・丁未に見えれば、これも「真鬼」と算える。ただこれらの字が福気繁盛の地に落ちるか、あるいは貴人・禄馬の上に落ちれば、「変鬼為官」といい、かえって福を成して、凶中に吉を帯びるを主る。

甲坤黄数五(火生土)

甲人戊癸本非殊,或加從革應相呼,四位土支逢一二,祿厚權清出帝都。用真火生其土,有戊無癸,以子代之,有癸無戊,以己代之,子巳乃土成實之地,巳酉丑福元旺水生焉,辰戌丑未四土,若逢一二位,為成實之格,子巳代戊癸,甲人有戊癸合戊子、癸巳、辰戌、丑未最貴也。

歌訣にいう――甲日の人は戊・癸と本来相遠からず、もしさらに巳酉丑の「従革」金局を加えれば正しく相呼応する。四位の土支の中に一两位に逢えば、禄厚く権清く、帝都に出仕できる。これは真火をもってその土を生ずるを要する――戊ありて癸なきは子をもって癸に代え、癸ありて戊なきは巳をもって戊に代える(原書は「己」と作るが、当に「巳」の訛なべし)。子と巳は土の成実の地で、巳酉丑の金局中にまた旺水の生ずる所がある。辰・戌・丑・未の四土がもし一两位に逢えば、「成実の格」を成す。子・巳をもって戊癸に代え、甲人がもし戊癸の相合があって、さらに戊子・癸巳・辰戌・丑未を配せば、最も貴顕である。

雲漢秀気(火中に水を見、暗に金官神)

甲人見火多孤獨,水若相逢卻至清,若見丙來加子午,定向初年達縉紳。木見火傷金,得水制也,丙子丙午乃水中有火,火中有水,木人得之,乃五行至精之氣,木得火多,則馳騁聰明,好學勤禮,立身孤獨,如得旺水主財薄清貴也。論曰,甲人以金為福,火盛則傷金,見水則火殄,五行要有所制抑,則轉禍為福,又甲會丙子丙午,旺水中合起辛未辛丑本家真官,天乙貴人,無中設象,乃五行清華之氣也。

歌訣にいう――甲木の人は火が多すぎるに見えれば孤独を主り、もし水が相済するあればかえって至って清貴となる。もし丙が子・午の上に加わるに見えれば、必ず初年に縉紳に躋身する。これは木が火に見れば火が来て金を傷つけるからで、水が来て火を制することを要する。丙子・丙午の両柱は水の中に火あり・火の中に水ありで、木命人がこれを得れば、まさに五行至精の気である。木が火を多く得れば、聡明馳騁・好学守礼だが、ただ立身が孤独である。もし旺水を得れば、財薄くして清貴を主る。論者がいう――甲人は金を以て福とし、火が盛んなれば金を傷つけ、水に見れば火気が熄滅する。五行は総じて制抑する所有って初めて、禍を転じて福と為せる。まして甲が丙子・丙午に遇えば、旺水の中で辛未・辛丑のこの本家真官と「天乙貴人」を合起し、無形の中に気象を生ずる。まさに五行清華の気である。

福禄帰根(火土が官を生じ、木の元に反るを忌む)

甲己相逢土最精,不逢木屬足珍珠,辰戌兩位如逢火,少步清雲日益新。土能生金為木之官,無木傷土綠,自然渾厚,辰戌之位,即其中逢火,能生無窮之士,土既渾厚,金自然壯,乃無中之有也。論曰:辰戌乃魁罡之地,土既鍾毓,更得干音火神滋養,則氣數明爽,子子孫孫相為羽翼,福祿厚矣。

歌訣にいう――甲と己が相逢すれば、化する所の土は最も精純である。再び木が相扰しに来るを遇わなければ、貴いこと珍珠のごとし。辰・戌の両位にもし火に逢えば、年少にして青雲を歩み、日々に上進する。これは土が金を生じ得、金がまさに木の官星だからである。木が来て土を傷つけなければ、土気は自ずから渾厚となる。辰戌の両位の中にもし火に逢えば、無窮の土を生じ得る。土がすでに渾厚なれば、金は自ずから壮実となる。これを無中生有という。論者がいう――辰戌は「魁罡」の地で、土気がここに鍾聚し、さらに天干納音の火が滋養しに来れば、気数は明爽通達し、子孫後代が互いに羽翼となり、福禄は深厚である。

蔭助清奇(敗金が旺土に逢い官神いよいよ壮)

丁蛇己酉金偏慕,縱逢火盛不為凶,若見甲來加子午,雲路崢嶸早歲通。金生在巳,卻逢丁巳,金旺在酉,卻逢己酉,正胎中逢父母,轉見生旺,雖有火,卒未能奈何,蓋本源深厚也。以丁巳己酉二位土神,能化藏其毒,不傷於金也。然甲子甲午二金,帶一路死敗之氣,既有丁巳己酉,壯其本源,故陰陽得中,金神之氣挺轉可知,又何死敗之有。

歌訣にいう――丁巳・己酉のこの両柱は最も金命の偏愛する所で、たとえ火盛に遇っても凶と為らない。もし甲が子・午の上に加わるに見えれば、雲路峥嵘として、早歳に通達できる。これは金が巳に長生しながら丁巳に逢い、金が酉に帝旺しながら己酉に逢うので、まさに胎養の中で父母に遇見し、転じて生旺に見えるからで、たとえ火あっても一時は奈何し得ず、本源は実に深厚である。丁巳・己酉のこの両位の土神は、火毒を化して蔵め、金を傷るに至らない。甲子・甲午の両柱の金は本来一路の死敗の気を帯びるが、すでに丁巳・己酉がその本源を壮にし、陰陽が停当に配されれば、金神の気は自ずから挺拔して転じて旺し、どこにか死敗の言うべきがあろうか。

天地有餘(木に火盛を加え官神消爍)

甲辰甲戌皆炎火,木作干神本自全,重遇未神駢輔翼,虛名雖有不升遷。甲屬木,加辰戌上納音火,是干分帶木,即本位自能發揚,天地有餘之氣,不得外加木,若木多,則又傷辰戌之土,不能為福,五行中如此理,尤用消詳。

歌訣にいう――甲辰・甲戌は納音がいずれも炎炎の火で、天干は木を帯び、本身はすでに完足している。もし重重に再び未土に遇って羽翼と為せば、虚名はあっても昇遷し難い。甲は木に属し、辰・戌の上に加わって納音を火とし、天干が自ら木気を帯び、本位ですでに発揚でき、天地有餘の気に属するから、さらに外から木を添えるに宜しくない。木がもし多ければ、かえってまた辰戌の土を傷つけ、福と為すことができない。五行中のこの類の道理は、殊に仔細に斟酌を要する。

破散離業(木が火旺を生ず)

甲戌本是火潛藏,木發其神轉更忙,又值木臨寅午戌,蕩除家業遠離鄉。甲戌本是伏藏,要安靜,卻以木發起何益,五行當生則生,當伏即伏,反此為禍,況火到戌亥,以四時推之,自不可發露,所以破敗。論曰:甲戌乃墓中宿火,見木則火熾,更若臨寅午戌宮,得火局則焚傷飛馳,不得歸元,所以流移鄉井,事多歇滅。

歌訶にいう――甲戌はもともと潜蔵の火で、木が一たび発動すればかえっていよいよ忙乱する。もし木がまた寅午戌の火局に臨めば、家業は蕩尽し、故郷を遠く離れる。甲戌はもともと伏蔵の火に属し、安静に宜しく、木をもってそれを発動させて何の好処があろうか。五行は生ずべき時に生じ、伏すべき時に伏し、これに反すれば禍を成す。まして火が戌・亥の両位に行けば、四時に推排して本なら顕露すべきでないから、破敗を主る。論者がいう――甲戌は墓庫の中の宿火で、木に見れば火勢が熾烈となる。もしさらに寅午戌の宮に臨んで火局を結成すれば、焚焼奔逸して元に帰る能わず、この故に他郷に流徙し、事事歇滅する。

横天無依(禄位が火に逢う)

甲人寅重莫逢火,見火平生多坎坷,不然祿位不陞遷,又恐天年多(土摩)(土羅)。寅為火生之地,寅既重若又見火,火更有氣,庚辛受制,所以觸事迍邅,人皆言甲祿在寅,不知一火便能為害。

歌訣にいう――甲木の人は寅字が重見すれば、さらに火に逢うなかれ。一たび火に見えば、平生多く坎坷で、さもなければ禄位が昇遷し難く、また恐らく寿数に多くの磨折がある(原書の末二字は従土の生僻字)。寅は火の長生の地で、寅がすでに重見し、もしさらに火に見えれば、火はいよいよ気勢を有し、庚辛の金はかえって制せられるから、做事は處處困頓する。人は皆甲の禄は寅に在りと言うが、一点の火が足りて害を為すを知らない。

乙四真金太陰化気(禄位が火に逢う)

六乙之人遇丙辛,從魁大吉要知名,傳送更加逢太乙,便是中書爕理人。乙陰金,故生其水,母生子為親,若遇巳酉丑生其子,有丙會辛,以酉代之,有辛無丙,以巳代之,為秀實之氣,故貴。論曰:三位乃子母俱旺,福會之慶,己酉以攝丙辛,乙遇丙辛合,丙辛巳酉丑為貴也。

歌訣にいう――六乙の人が丙辛に遇上すれば、酉位の「従魁」と丑位の「大吉」はいずれも留意すべし。もし申位の「伝送」がさらに「太乙」に逢えば、中書省で陰陽を調燮する人物となる。乙はこの論中で陰金と作るから、水を生じ得る。母が子を生ずるは最も親近である。もし巳酉丑の金局に遇ってその子を生ぜば、丙ありて辛に会すれば酉をもって辛に代え、辛ありて丙なければ巳をもって丙に代える。これは秀実の気だから貴を主る。論者がいう――この三位は子母倶に旺しく福気会聚の慶である。己酉は丙辛の気を摂取でき、乙が丙辛の相合に遇い、さらに丙辛巳酉丑を得れば、貴格を成す。

流蔭返元

六乙生人正月丙,蛇巢逢土少年榮,若見剛金臨殺位,必主兵權定塞塵。乙人正月,以戊寅高阜之土,乙庚之氣,絕處逢父母,故喜見之。丁巳乃蛇巢之土,金神生處逢父母,又乙人見庚辰,乃羊刃殺,然而五行壯旺,更加此殺,須領兵職之職。

歌訣にいう――六乙の人が正月に生まれて丙に見え、蛇巣の丁巳の土がもし逢上すれば、少年にして栄顕を得る。もし剛金が殺位に臨むに見えれば、必ず兵権を掌り、辺塵を安定する。乙人が正月に生まれれば、戊寅は高阜の土で、乙庚の気がここに絶えし処で父母に逢着するから、見えるを喜ぶ。丁巳は蛇巣の土で、金神が長生の処で父母に遇見する。また乙人が庚辰に見えれば「羊刃」の殺である。ただ五行が本自壮旺ならば、さらにこの殺を加えて、かえって領兵の職を担任すべし。

鬼作截福

六乙怕逢丙丁盛,如無救助定成凶,若值五行多水數,陽土相臨主太隆。丙丁若盛,金神不能發生,乙人所以不喜見之,若四柱中見水可以制火,並得一位陽神之土扶持,如戊寅、戊申之類,五行又卻還元。珞琭子云:「當憂不憂,賴五行之救助」,良有以也。

歌訣にいう――六乙は最も丙丁の火盛に逢上するを怕れ、もし救助がなければ必ず凶を成す。もし五行の中に水数が多く、さらに陽土が相臨すれば、かえって大いに興隆を主る。丙丁の火がもし盛んならば、金神は生発できないから、乙人はこれに見えるを喜ばない。もし四柱の中に水あって火を制し得、また一位の陽土が扶持しに来て、戊寅・戊申の類のごとくなれば、五行はまた本元に帰る。《珞琭子》に「憂うべきに憂えざるは、五行の救助に頼る」とあるは、まさにこの道理を説く。

丙水乾龍之数一

六丙生人本見丙,己來同甲最奇清,大吉若加並太乙,名標金榜世傳名。水之數,火屬之,得木而生焉,甲己土合,壯其丙火,土旺金生,有甲無己,以未代之,有己無甲,以寅代之,此為反陰茲陽之理,水加木而清,丑為大吉,巳為太乙,巳丑乃金神生墓之地,故生丙水為秀實也。寅未代甲己,丙人有甲未己寅卯巳丑貴也。

歌訣にいう――六丙の人は本身に丙に見え、さらに己と甲が同じく来れば最も奇清である。丑位の「大吉」にもしさらに巳位の「太乙」を加えれば、金榜に名を標し世代に名を伝えられる。水の数は火に属する所より、木を得て生ず。甲己は合して土に化し、丙火を壮にし得る。土が旺せば金が生ず。甲ありて己なきは未をもって己に代え、己ありて甲なきは寅をもって甲に代える。これは陰に反して以て陽を資する理で、水が木を得て清となる。丑は大吉、巳は太乙で、巳と丑はまさに金神の長生と墓地だから、丙水を生じて秀実を成し得る。寅・未をもって甲己に代え、丙人に甲・未・己・寅・卯・巳・丑があれば貴を主る。

福禄還蔵

丙人從革大為良,又乘巳位旺清揚,更得炎宮於木火,定知早運佐朝堂。丙人喜見巳丑金位,如無巳酉丑日時,中有金神亦得用,得巳乃為真官之貴,巳午二位干逢木為丙人之福,火人得從革局乃為剋財生官之象,若得己巳之類,則火人祿氣純全,更若寅午戌三位干頭得丙甲二字,其氣愈見強壯,陰陽書謂「火人得地,無水而仕祿優遊」,抑有自也,有水則損之。

歌訣にいう――丙人が巳酉丑の「従革」金局を得れば大いに良善で、また巳位に乗れば旺気清揚する。もしさらに南方の火宮で木と火を得れば、早年に朝堂を輔佐できると知るべし。丙人は巳・丑の金位に見えるを喜ぶ。たとえ日時が巳酉丑でなくても、その中に金神があれば取用でき、巳を得て初めて真官の貴となる。巳午の両位の天干に木に逢うは、丙人の福神である。火命人が従革金局を得るは、まさに剋財生官の象である。もし己巳の類を得れば、火命人の禄気は純全となる。もしさらに寅午戌の三位の天干上に丙・甲の二字を得れば、その気はいよいよ強壮となる。陰陽家が「火人地を得れば、水なくして仕禄優游」というのは、正にその来由がある。もし水があれば折損する。

禄旺興元

六丙生人火數多,更加一本最相和,剛明清健多榮祿,金神更壯早巍峨。丙本自旺盛,一本族矣,多反過,雖是一木,若得地尤其絕,所以五行之神,貴在顯煥清越,不可過也。丙人得木助,其銳可知,須要乙位金來翊其氣,則生火人官祿基,如此豈不可早年亨快。

歌訣にいう――六丙の人は火数すでに多く、さらに一つの木本を加えれば最も相和する。性情は剛明清健にして栄禄多く、金神がもしさらに壮実なれば、早年に巍然として顕達する。丙火は本自旺盛で、一つの木本を添えれば足り、多ければかえって過ぎる。一木のみでも、地を得れば極めて力がある。だから五行の神は顕焕清越を貴び、太過すべからず。丙人が木の相助を得れば、鋒鋭は想い知れるが、さらに乙位の金でその気を輔けて初めて、火命人の官禄の根基を生じ得る。こうすれば豈早年に亨通せざらんや。

中央奪福(亥水が水に見え土に破せられる)

丙人見子休逢土,福破中央奪將去,又加火向辰戌中,決定殘傷中敗露。見子則官神得位,逢土則水不能勝,終被所奪也。論曰:魁罡之地,土所鍾毓,更若火盛,如甲辰甲戌之類,土氣強壯,水氣消竭,危害甚矣。

歌訣にいう――丙人は子に見えれば、さらに土に逢うなかれ。一たび土に逢えば、中央の土神が福気を奪い去る。もし火がまた辰・戌の中に行き向かえば、必ず残傷敗露する。子に見えれば官神が位を得、土に逢えば水は勝ち得ず、終に土に奪い去られる。論者がいう――辰戌は魁罡の地で、土気がここに鍾聚し、もしさらに火が盛んなれば、甲辰・甲戌の類のごとく、土気は強壮にして水気は枯竭し、危害は大きい。

截根無蔭(生処で鬼に逢う)

丙寅為祿火長生,甲寅相遇不光榮,憂妻害子無兄弟,到老孤貧謾逞能。逢鬼於受氣處,被抑塞終為害也,此為生地見鬼,鬼即壯強,丙火不得舒爽,五行獨立,宜於順生,最嫌逆制,終當孤竭矣。

歌訣にいう――丙寅は丙の禄地でありまた火の長生でもあるが、甲寅と相遇すれば光彩なし。妻を憂え子を害し、兄弟なく、老いて孤貧、空しく能を逞しゅうする。これは受気の処で鬼に遇ったのである。甲寅の納音は水に属し、水は火を剋し得て、まさに丙火の官鬼で、それに抑塞されれば終に害を為す。これを「生地に鬼を見る」といい、鬼が一旦壮強なれば、丙火は舒展できない。五行は孤立して援なく、本なら生に順うべきで、最も逆制を忌み、終に孤竭する。

煙滅灰飛(火木が巳午に臨み水の救助に会う)

丙丁巳午皆逢木,炎上威風勢勐強,更若五行無水制,才逢稱意必傾亡。丙丁巳午皆火之地,若逢木則益炎盛,須得水則既相比和,又有官神,方是有應,若一味炎盛,豈能久長。

歌訶にいう――丙丁と巳午が皆木に逢上すれば、炎上の勢いは威風勐烈である。もし五行の中に水の節制がなければ、剛に称心如意すればすぐに傾覆敗亡する。丙丁巳午は皆火の地盤で、木に逢えばいよいよ炎盛となる。必ず水を得て、火と比和できるとともに官神を充当できて初めて、応験あると算える。もし一味に炎盛ならば、どうして長久できよう。

食神為鬼(午音火土多し)

丙人見戊加申子,時人皆謂食神重,若是火神有生位,一生孤蹇祿難逢。丙人見戊,又逢火旺土壯,克丙人之官,所以無官,土生於申,旺於子,干頭帶戊,丙人會之,為食神名譽之兆,土氣成實,不必更見火,火旺則土強,丙人之官蔑然,雖少年見祿,終不為長久之計。

歌訣にいう――丙人が戊に見えまた申・子を加えれば、時人は皆これを食神重畳という。しかし火神にもしまた生旺の位があれば、かえって一生孤蹇・禄位に逢い難いを主る。丙人が戊に見え、また火旺土壮に遇えば、土はかえって丙人の官星を剋掉するから官なし。土は申に長生し子に帝旺し、天干に戊を帯び、丙人がこれに遇うは、本なら「食神」の名誉の兆である。ただ土気が一旦成実すれば、再び火に見る必要なく、火旺せば土はいよいよ強く、丙人の官星は荡然无存となり、たとえ少年に禄に見えても、終に長久の計ではない。

丁火父木成数三

六丁戊癸本來高,如加巳亥勢雄豪,申子辰官金水旺,位到公侯佩玉袍。丁生戊癸為子,如萌芽,有癸無戊,以巳代之,有戊無癸,以子代之,皆為秀實之氣,造化之功所為貴。巳乃戊癸之源,亥乃木成實之地,為貴,子巳代戊癸,丁生人有戊癸戊子癸巳,申子辰金水清貴,土火獨為禍也。

歌訣にいう――六丁の人はもとより戊癸あればすでに高貴で、もしさらに巳・亥を加えれば、気勢雄豪である。申子辰の上に官星と金水が並び旺すれば、位は公侯に至り身に玉袍を佩びる。丁は戊癸を生じて子と為し、萌芽初発のごとし。癸ありて戊なきは巳をもって戊に代え、戊ありて癸なきは子をもって癸に代える。皆秀実の気で、造化の功の貴なる所以である。巳は戊癸の源、亥は木の成実の地だから、貴と為す。子・巳をもって戊癸に代え、丁生の人に戊癸・戊子・癸巳があり、さらに申子辰の金水に逢えば、清貴となる。ただ土火はかえって禍患を成す。

飛活清秀(水盛己土)

丁人愛遇北方水,忽見金神再續來,局內不逢於土數,木神加護至三臺。丁人見水,官神得地,又遇金來生官,自然顯赫,北方乃亥子正位,壬癸旺鄉,更逢金生育不絕,甲子辛亥之類是也。若無土損,其氣清,又得木神護祿,所以基本牢壯。

歌訣にいう――丁人は北方の水に遇るを愛し、忽然としてまた金神が接続して来るに見えれば、局中もし土数に逢わず、さらに木神の護衛あれば、三台の貴に位至できる。丁人が水に見えれば官神は地を得、また金が来て水を生じ官を生ずるに遇えば、自ずから顕赫である。北方は亥子の正位・壬癸の旺郷で、さらに金の相生に逢えば化育が絶えない。甲子・辛亥の類がこれである。もし土の損害が来るがなければ、その気は清純である。また木神が禄元を護り得れば、根基は牢固である。

禄基成実(子午が金に逢い土を怕る)

金加子午多兇暴,若是丁人又喜逢,更看五行無土數,定扶明主掌陶鎔。金加子午帶死敗,故凶。甲子甲午之類是也。然丁人午上見金,則變為財,子上見金則凶,為官若無土犯分,則氣清祿厚。又云:在午見金,則祿旺,在子見金,又生出丁官,見土則傷水。

歌訣にいう――金が子・午の上に加われば多く凶暴を主るが、丁人なればかえって逢うを喜ぶ。さらに五行の中に土数なきを見れば、必ず明主を輔佐し陶冶鋳造の権を執掌できる。金が子午に加わるは死敗の気を帯びるから凶で、甲子・甲午の類がこれである。ただ丁人が午の上に金に見えれば、金は財に変り、子の上に金に見えれば凶となる。あれは官星として用いられるべきだからである。もし土が越分して侵扰しに来るがなければ、気は清くして禄は厚い。もう一つの説にいう――午に金に見えれば禄旺し、子に金に見えればまた丁の官星を生じ得、一たび土に見えれば水を傷める。

禄気差遅(壬多きは亥子に如かず)

丁見壬多無是奇,亥子相逢正得時,忽被土能爭旺位,謾有聲華亦差遲。壬不得地,遇如不遇,雖無壬而水正位,官神旺處,自然壯也。火水溷雜,終是土勝。

歌訣にいう――丁が壬多きに見えるは奇と算えず、かえって亥子に相逢して初めてまさに其の時に当たる。忽ち土が来て旺位を争奪すれば、たとえ声名あっても遅れて来る。壬がもし地を得なければ、遇うも遇わざるに等しい。壬字なきも水が正位に居り、官神が旺地に処すれば、自ずから壮実である。火水が混雑して、最後に終に土が上風を占める。

破相孤独

六丁忌見土長生,損妻害子強爭能,縱有虛名難了達,亦憂田宅之興營。六丁人以水為福,土長生則奪卻水之位,有呼無應,其格卑下,若見克傷,則觸事虧損。六丁人以土為官鬼,水土皆生於申,就位為土所損,壬癸無以全生,天元被害,可見貧賤矣。

歌訣にいう――六丁は最も土の長生の地に見えるを忌み、妻を損じ子を害し、強を逞しゅうし勝を好むを主る。たとえ虚名あっても通達し難く、さらに田宅の興造経営を憂える。六丁の人は水を以て福とし、土が一たび長生に至れば水の位置を奪い去り、呼びあれど応なく、格局卑下である。もしさらに剋傷に見えれば、事事に虧損する。六丁人は土を以て官鬼とし、水と土は皆申に長生し、水が剛に位に就けば土に損なわれ、壬癸は周全に生発する由なく、天元は害を受け、貧賤は知るべし。

第五巻・論干神三

戊火数三

六戊生人逢曲直,丁壬相合主清才,從革位中兼一二,決須名譽少年魁。真火要亥卯未壯,有丁無壬,以亥代,有壬無丁,以未代,本壯元則為福遠,戊癸丁壬合貴也。真火愛寅午戌土壯火炎,官有力,天數乘三,子生其父,巳酉丑多逢,則貴也。

歌訶にいう――六戊の人が亥卯未の「曲直」木局に逢い、また丁壬の相合あれば、清才あるを主る。もし従革金局の中にさらに一两位を兼ね上げれば、必ず名誉早く著われ少年にして魁を奪う。真火は亥卯未に頼って壮旺を成す――丁ありて壬なきは亥をもって壬に代え、壬ありて丁なきは未をもって丁に代える。本元が壮実なれば福沢は長遠で、戊癸・丁壬が相合すれば貴と為る。真火はまた寅午戌を愛し、土壮にして火炎えば官星に力あり。天数が三に乗ずれば、子が来て父を生ずるので、巳酉丑に多く逢えば貴を主る。

淵源滋養(金が水神を生じて木の官を滋す)

六戊生人見水源,更逢甲子旺生金,須知名譽當騰達,少主清華入禁林。命已有水生官,更得金在申子水旺之鄉,則金又生水,甲乙自然有氣,五行要不斷,若有金無水,又能害木,水深則木強故貴。

歌訣にいう――六戊の人が水の源頭に見え、さらに甲子の類の旺地に逢って金を生ぜば、名誉が騰達し、年少にして清華禁林の選に入ると知るべし。命中にすでに水が官を生じ有り、さらに金が申・子のこれら水旺の郷にあれば、金はまた反転して水を生じ、甲乙は自ずから気あり。五行は接続不断を貴ぶ。もし金のみあって水なければ、金はかえって木を害する。水深ければ木強し、これを以て貴と為す。

相為慶会(土壮にして水に合し木官を生じて顕る)

寅申本是戊人強,癸亥當頭貴顯揚,但得五行金不入,名清望重佐朝堂。戊寅火生處逢土,戊申土生,故強,癸亥水生甲乙,故奇,有金則傷矣。寅申土成體,地本源既壯,又須借木神疏爽之,更得癸亥就位,滋養其神明之德,清健非常,若無金神反制,五行恬然無害,為福厚矣。

歌訶にいう――寅・申はもとより戊人の強旺の地で、癸亥が当頭すればさらに貴顕揚名を主る。五行の中に金の搀入さえなければ、名清く望重く、朝堂を輔佐する。戊寅は火の長生の処でまた土に逢い、戊申は土の長生だから強し。癸亥の水は甲乙の木を生じ得るから奇なり。一たび金あれば傷つく。寅申は土を成体せしめ、地上の本源すでに壮なれば、さらに木神を借りて疏通爽朗し、また癸亥が位に就き滋養して得れば、その神明の徳は清健非常である。もし金神が反転して剋制するがなければ、五行は安然として害なく、福気は厚い。

金火相持

戊人不貴南方火,見火須還帶旺金,有金無火終成咎,有火無金亦不新。戊人不貴南方火者,戒其太過盛,若無火則金得勢來侵木,無金有火,亦無用也。

歌訣にいう――戊人は南方の火を以て貴と為さず、火に見えてもなお旺金を帯びるを要す。金ありて火なければ終に咎を成し、火ありて金なければ新美と算えない。いわゆる戊人は南方の火を貴ばずとは、火が太過に盛んにすべからずを誡める。もし火なければ、金は勢を得て木を侵伐する。もし金なくして火のみあれば、同じく用処なし。

干鬼為殃(甲が戊元を傷つけるも金あれば救い得る)

戊人有甲終無益,帶水拖泥不似初,若得庚金並水局,尤能財祿必微餘。逢甲不如見乙,為陰陽和順,甲能傷戊,若加水,甲益壯,終有害也。若庚金制之猶庶幾。甲陽木之神,戊人得之,陰錯陽差,若得庚金,又復制甲,既又得水,則為戊人材稟之神,五行互有得失故也。

歌訣にいう――戊人は甲があっても終に益なし。水を帯びれば泥を拖くがごとく当初に比すべからず。もし庚金を得てさらに水局を配せば、辛うじて財禄の言うべきがある。甲に遇うは乙に見るに如かず、陰陽和順だからである。甲は戊を傷つけ得、もしさらに水を加えれば、甲はいよいよ壮実にして終に害あり。もし庚金がそれを制しに行けば、なお差し支えて支撐できる。甲は陽木の神で、戊人がこれを得れば陰錯陽差である。もし庚金がさらに来て甲を制し、また水の相済を得れば、かえって戊人の材質禀赋の神となる。五行の間に互いに得失あり、まさにこのごとし。

己五数真土

六甲相逢己用功,乙庚相會祿高封,炎上火神加一二,符壓兵權靜塞沖。己乃火生旺之地,己人遇寅午戌,為造化之功,乙庚為土之子,生於己為秀實,有乙無庚,以申代之,有庚無乙,以卯代之,得此方為貴格,如寅午戌三官,二位為貴,申卯代乙庚,庚卯乙申,用己炎土火,而清貴顯達也。

歌訣にいう――六甲が相逢して己土こそ功用を見る。乙庚が相会すれば禄位高く封ぜられる。炎上の火神をさらに一两位加えれば、符節を執り兵権を圧し、辺衝を静定できる。己は火の生旺の地で、己人が寅午戌に遇うはまさに造化の功である。乙庚は土の子で、己に生まれて秀実を成す。乙ありて庚なきは申をもって庚に代え、庚ありて乙なきは卯をもって乙に代え、これを得て初めて貴格である。寅午戌の三官の中に两位を占めれば貴となる。申・卯をもって乙庚に代え、庚卯・乙申を得て、己土の炎と火を用いれば、清貴顕達できる。

包成合禄(寅午戌貴旺し水は元を損す)

己人正月為食魁,更於寅午戌相陪,局內不逢真水數,定知文武助功來。丙辛為真水數,己人見丙寅為食神之魁,蓋火生土,又得寅午戌炎上之火氣接濟,若無水損祿,天元有滋養,榮名厚利,何患無矣。

歌訣にいう――己人は正月に生まれて食神の魁を得、さらに寅午戌が来て相陪すれば、局中真水の数に逢わず、文武の才が皆功を助けに来ると知るべし。丙辛の化する所は真水の数である。己人が丙寅に見えるは、食神中の魁首で、火が土を生じ得るからである。また寅午戌の炎上火気が接済を得る。ただ水の禄元を損傷しに来るがなければ、天元に滋養する所有り、栄名厚利は何ぞ来たらざるを愁えん。

秀転逢生(金が水旺を生じて木を滋し金暗し)

六己相加巳是功,申子辰位甲須豐,更得金神同水化,定知名譽至三公。申子辰水之位,就中見甲,則木乘水之旺氣,為基甚厚,金同水地,則水益壯旺,甲自然發生,此五行陰陽消息,不必見其形,而默會之可也。若只見金而無水,金無所歸,便傷甲乙之木,惟在水地,則自生出水,不必見水,深宜詳之。論曰:若見水加亥卯未上,祿元有所養為福無窮矣。

歌訶にいう――六己にさらに巳位を加えれば功名となり、申子辰の上に甲があれば根基は豊厚である。さらに金神を得て水と同じく化育すれば、名誉は三公まで為し得ると知るべし。申子辰は水の位置で、その中にもし甲木に見えれば、木は水の旺気に乗じ、根基は極めて深厚である。金と水が一地に同処すれば、水はいよいよ壮旺し、甲木は自ずから発生する。これは五行陰陽の消息で、必ずしもその形跡を真に見るを要せず、黙って心に会するを善しとする。もし金のみ見えて水を見ざれば、金は帰宿する所なく、かえって甲乙の木を傷つけんとする。ただ水地に落ちて、金は自ずから水を生じ出す。必ずしも水字を真に見るを要せず、この中の深意は細察すべし。論者がいう――もし水が亥卯未の上に加わるに見えれば、禄元に養う所有り、福気は無窮である。

庚四金陽之数(戊癸丑未の火土に見るを貴とす)

六庚真數少人知,戊癸相逢遇者稀,大小吉神逢一二,名播中原福祿輝。夫真白虎數用,有子生焉,戊癸乃火之真數,為庚金之真,有戊無癸,以子代之,有癸無戊,以巳代之,乃至為秀實之氣。戊癸化火,能生二吉,丑未為大小二吉,二吉既壯能造庚金,乃為至貴,子巳代戊癸,庚金生巳,戊癸之火發用,丑未貴矣。

歌訶にいう――六庚の真数は知る人少なく、戊癸に相逢うはさらに見ること少なし。丑位の大吉・未位の小吉この両位の神がもし一両個に逢えば、名は中原に播かれ福禄光輝する。庚は白虎の数に属し、子のそれを生ずるを要す。戊癸は火の真数で、まさに庚金真数の自出する所である。戊ありて癸なきは子をもって癸に代え、癸ありて戊なきは巳をもって戊に代え、これこそ極秀実の気である。戊癸は火に化して丑未の二吉を生じ得、丑は大吉・未は小吉である。二吉すでに壮なれば、庚金を造就し得るから至貴である。子・巳をもって戊癸に代え、庚金は巳に長生し、戊癸の火はここより発用し、丑未は貴を成す。

声譽遠弛

庚人巳午逢庚木,學問過人世所稀,但無金神並水屬,少馳聲譽掌樞機。火正南方,官神得地,更逢剛木,滋養無窮,所謂本源深而氣壯,若見金神並見水,水又生起,便制其火,雖得正位,終被消爍,此有木無金水,然後為貴。論曰:火加巳午,官星得地,若更干音帶得木來,火聚南方,高明豁達,所憚者水耳!稍無犯分,則挺轉出群。

歌訣にいう――庚人が巳・午の上に剛木に逢着すれば、学問人に過ぎて世に稀である。ただ金神と水属の相扰がなければ、年紀軽くして声譽遠く播かれ枢機を執掌する。火はまさに南方に在り、官神は地を得、さらに剛強の木に逢えば滋養尽きず、いわゆる本源深くして気壮である。もし金神に見えまた水に見えれば、水は一たび生じ起れば火を制住し、官星は正位を得たといえども終に消磨される。だから木があって金水なきを要し、然る後に貴となる。論者がいう――火が巳午に加われば官星は地を得、もし天干納音がさらに木を帯び来れば、火は南方に聚り、人は高明豁達で、忌憚するはただ水である。ただ水が越分して犯し来らなければ、挺拔して群を出ることができる。

相参成慶(土木火に見え禄元に助あり)

庚人愛得土來親,火數相乘位顯倫,春夏季中生月屬,又加木屬主光榮。金得土扶,祿元有籍,更加火臨辰未兩月中,其福愈壯,蓋火生三月,木墓六月,所謂源遠相參發福,有自其為氣也。妙在適其用耳。

歌訶にいう――庚人は土が来て親近するを愛得し、火数が相乗すれば位は同輩に顕れる。春夏と四季月に生まれ、さらに木属を加えれば、光栄顕達を主る。金が土の扶を得れば、禄元に凭籍あり。さらに火を加えて辰・未の両月の中に臨めば、福気いよいよ壮である。火は三月の辰に長生し、木は六月の未に入墓するからで、いわゆる源遠く流長く、彼此相参して福を発するは、自ずからその道理あり、妙は用いるの恰当なるに在り。

禄害孤害

六庚祿向甲申中,水數才多不可逢,更值金神重迭見,到頭辛苦祿難崇。庚人以火為福,卻遇甲申,更有別祿見金神,則生出水來,有汗漫不絕之狀。丙丁如此,無以發生,又何祿之有,終難顯達。珞琭子云:遇如不遇,祿馬之說,要在窮究,曲盡其理,方知祿馬歸著。

歌訶にいう――六庚の禄は甲申の中に向かい、水数は一たび多ければ再び逢うべからず。もし金神がさらに重畳して出現すれば、到頭辛苦の一場・禄位高からず。庚人は火を以て福とするが、甲申に遇上する。さらに別の禄位に金神に見えれば、水を生じ出し、汗漫として絶えざるの状となる。丙丁の火はこのような情況で生発する由なく、何の禄の言うべきがあろう、終に顕達し難い。《珞琭子》に「遇えるも遇わざるがごとし」とあるは、禄馬の説は深く究めるを要し、道理を尽くす所に推して、初めて禄馬が究竟どこに帰着するかを知る。

六辛天水之数

天數當先號六辛,喜逢親子繫丁壬,天魁合會功曹盛,名達朝堂職位清。辛數乾天之子,天一生水,木數合之,乃陰從母生其子,有丁無壬,以亥代之,有壬無丁,以未代之,故為秀實之氣,天魁戌,功曹寅也,亥未代丁壬,有丁壬亥未,用寅午戌之勢,為貴盛也。

歌訶にいう――天数を論ずれば当に六辛を先に数うべし。親近の子に逢って丁壬に係るを喜ぶ。戌位の「天魁」と寅位の「功曹」が会合して盛んなれば、名は朝堂に達し職位清顕である。辛は乾天の子で、天一が水を生じ、木数がこれと相合す、これは陰が母に従ってその子を生ずる。丁ありて壬なきは亥をもって壬に代え、壬ありて丁なきは未をもって丁に代えるから、秀実の気と為す。天魁は戌を指し、功曹は寅を指す。亥・未をもって丁壬に代え、丁壬亥未あって、さらに寅午戌の勢いを借れば、貴にして且つ盛んである。

威高志遠

六辛要得火相親,帶水須憑見木神,文中卻做武中虎,武祿還須靜塞塵。水能生木,木生火,輾轉相生,無有窮盡,辛金得火,祿氣相親,若見水則有損,五行若又見木,水卻隨木化,不傷於火,辛人如此,豈不快哉。

歌訶にいう――六辛は火が来て親近するを要得し、もし水を帯びれば木神に憑って転化することを要す。文職の中で卻って武将裏の猛虎を為し、武禄はさらに辺塵を安定するを要す。水は木を生じ、木は火を生じ、輾転相生して窮尽なし。辛金が火を得れば、禄気は親しく相なり。もし水に見えれば折損する所有り。五行の中にもしまた木に見えれば、水は木に随って化去し、火を傷るに至らない。辛人がもしこのように配合し得れば、豈痛快ならざらんや。

先凶後吉

辛人卯酉值非善,又逢水屬主遲蒙,若見火神當勝位,定知煊赫眾難同。辛以丙為官,以火為福,卯酉乃火死敗之地,更加水損,何由得福。五行若得火神位,寅午戌即還元,如此則轉禍為福也。

歌訶にいう――辛人が卯・酉に遇うは善事に非ず、もしまた水属に逢えば、遅滞蒙昧を主る。もし火神が得勝の位に占拠するに見えれば、必ず顕赫にして衆人は比べ難い。辛は丙を以て官星とし火を以て福神とするが、卯・酉はまさに火の死敗の地で、さらに水を加えて損耗せば、どこからか福を得ん。五行中にもし火神の位を得れば、すなわち寅午戌で、本元に回復し、こうすれば禍を転じて福と為す。

禄気退休

辛人火居西北地,無木相扶士祿難,縱得少年膺爵命,亦須衰蹇見官休。火居西北,無氣之鄉,又無木來助,豈免迍剝?火在水鄉,終難顯達,得木衛護,猶且庶幾稍弱,闕此終當偃蹇。

歌訶にいう――辛人の火がもし西北の地に居り、また木の扶持なければ、仕禄は難し。たとえ少年に爵命を受けても、衰蹇不振・官に見えて休退する。火が西北に居るは無気の郷で、また木の相助なければ、どうして困頓剥落を免れよう。火は水郷にあって終に顕達し難い。もし木が来て衛護すれば、なお辛うじて稍可であるが、この一点を欠けば、終に偃蹇して遇われず。

壬為真水数三

六壬逢火自然光,丙辛交會勢堂堂,大衛卯酉登明會,必是金門紫綬章。壬陽木數,當三用周天,火數當其二數,二三合五,乃受氣之數,為壬之官,水數生木,乃母生其子,有丙無辛,以巳代之,為秀實之氣,大衛為卯酉,登明為亥,乃木乘旺之氣為醞籍,巳酉代丙辛,壬人有丙辛,丙酉辛巳,以火用於木氣,為真數入格。

歌訶にいう――六壬は火に逢えば自ずから光明、丙辛が交會すれば気勢堂堂。卯酉の「大衛」と亥位の「登明」が会合すれば、必ず金門の内で紫綬を佩びる顕宦である。壬は陽木の数に属し、三に当たって周天運用する。火数はその二に当たり、二三相合して五と為すは、まさに受気の数で、すなわち壬の官星である。水数は木を生ず、母がその子を生ずるがごとし。丙ありて辛なきは巳をもって辛に代え、これは秀実の気である。大衛は卯酉を指し、登明は亥を指し、木が旺気に乗じて涵蓄ある。巳・酉をもって丙辛に代え、壬人に丙辛あるか、あるいは丙酉・辛巳あって、火を以て木気に用いれば、真数の入格である。

相呼集福

六壬己亥不為官,勿逢水數祿須還,更值五行多火局,定期高煥達金鑾。己亥為生成之木,下殘切上,干頭己土,所以不為壬人之官,若五行帶得火數多,己亥之木,又隨火化藏,己官之土,卻得還元,不必更見水,蓋水能生木,木能克土,即為壞官故也。

歌訶にいう――六壬が己亥に見えるを官星と作すべからず、さらに水数に逢うなかれ、禄気は自ずから帰还する。もし五行の中に火局多ければ、高顕煥発して直ちに金鑾殿に達するを期し得べし。己亥の納音は生成の木で、下の支は残切して上の干に切く、天干はまた己土だから、壬人の官星と為すことができない。もし五行の帯ぶる火数多ければ、己亥の木は火に随って化して蔵れ、己土の官星は元に还るを得、再び水に見るを要せず。水は木を生じ、木はまた土を剋して、かえって官星を壊すからである。

大奇績貴

六壬丑未兼申子,四位如逢火數奇,更值五行多土局,少年名位擁旌旗。丑未土成實之氣,申子乃土生旺之鄉,干音帶得火來,五行中更加土多,壬人福祿自然顯著,豈不早年亨快。

歌訶にいう――六壬が丑未と申子を兼ね有し、この四位にもし火数に逢えば奇と為す。もし五行の中にさらに土局多ければ、少年にして名位顕赫・旌を擁し旗を執る。丑未は土の成実の気、申子は土の長生と帝旺の郷で、天干納音がさらに火を帯び来り、五行中にまた土を添えて多ければ、壬人の福禄は自ずから顕著で、豈早年に亨通せざらんや。

反凶成慶

六壬若遇繁剛木,須得干音帶火來,若是寅宮並午位,必做朝中將相才。甲辰甲戌皆干音火木,更又庚寅壬午俱來資助,水旺則土盛,氣數純全,福基自壯矣。

歌訶にいう――六壬がもし繁盛の剛木に遇上すれば、天干納音が火を帯びて来るを得るを要す。もしさらに寅宮が午位を併せれば、必ず朝中の将相の才を為す。甲辰・甲戌は納音が皆火で天干は木であり、さらに庚寅・壬午が同じく来て資助すれば、水旺すれば土盛ん、気数純全、福基は自ずから壮実である。

天鬼相交

六壬最忌土頭戊,或加辰戌主相殘,不見甲來為救應,定主身中帶不安。壬人見戊為干鬼,若加魁罡之地,則禍患之端,五行若有甲干陽木,又能克戊土,即有所救,不然,鬼氣太重,壬人所懼。

歌訶にいう――六壬は最も天干上に戊土を頂くを忌み、あるいはさらに辰・戌を加えれば、彼此残傷を主る。もし甲が救応しに来るに見えざれば、必ず身に不安の疾を帯ぶ。壬人が戊に見えれば天干上の鬼である。もしさらに魁罡辰戌の地を加えれば、禍患の開端となる。五行中にもし甲の陽木あって戊土を克制し得れば、救応あることとなる。さもなければ鬼気重すぎて、まさに壬人の懼れる所である。

癸真火数二

六癸生逢曲直加,如臨甲己最為佳,更加傳送遂為祿,譴仕千鍾福壽遐。曲直,亥卯未之氣也。癸音火,須逢木而生,甲己者土,合火之子數陰,從母生其子為成,有甲無己,以未代之,有己無甲,以寅代之,乃為貴氣。傳送者乃甲己生處,甲己未寅,為秀實之氣,癸人有甲己,旺中帶木氣為清貴之格。

歌訶にいう――六癸生の人がもし亥卯未の曲直木局に逢い、さらに甲己に臨めば最もよし。さらに申位の「伝送」を加えれば禄を成し、入仕して禄千鍾を食み、福寿綿長たるべし。曲直とは、亥卯未の気である。癸はこの論中で納音が火に属し、木に逢いて生ずるを要す。甲己の合する所は土で、火の子であり、その数は陰に属し、母に従ってその子を生じて初めて成就と算える。甲ありて己なきは未をもって己に代え、己ありて甲なきは寅をもって甲に代え、これこそ貴気である。伝送は申を指し、甲己の長生の処である。甲・己・未・寅は皆秀実の気である。癸人に甲己あって、旺中に木気を帯びれば、清貴の格である。

互相福応

六癸生人多亥子,不逢土數自光榮,若得土加寅巳上,不須亥子即為清。亥子乃水會之地,癸人得之,聚成一氣,不必見土,見土則水爭強,反而不好,若寅巳上卻見土神,癸人之官,又不必見亥子,見之則土爭雄,反為交雜。

歌訶にいう――六癸生の人が亥・子を多く見るは、ただ土数に逢わなければ自ずから光栄である。もし土が寅・巳の上に加わるを得れば、必ずしも亥子を再び要せずともすでに清貴である。亥子は水の会聚の地で、癸人がこれを得れば聚まって一気を成し、土に見るを要せず。土に見えばかえって水と強を争って、好からず。もし寅・巳の上に土神に見えれば、あれは癸人の官星で、すなわち亥子を再び要せず。亥子に再び見えれば、土と水が雄を争い、かえって交雑を成す。

天鬼為滞

六癸人逢己是殃,不逢甲數盡乖張,莫教丑未乘於火,定知貧賤永無疆。癸人以戊為官,見己為陰陽失序,反為鬼,五行中若得甲木之氣解救,尚可免迍駁,若見己丑己未之類夾攻之,癸人福氣滅然。

歌訶にいう――六癸の人は己に逢えばすなわち災殃、甲数に見えなければ處處乖張する。丑・未に再び火を乗ぜしめること切に莫れ、さもなければ貧賤に尽頭なし。癸人は戊を以て官星とし、己に見えれば陰陽序を失い、官はかえって鬼に変る。五行中にもし甲木の気を得て解救すれば、なお困頓駁雑を免れ得る。もし己丑・己未の類が前後に夾攻するに見えれば、癸人の福気は熄滅する。

論甲乙

滋陰福元

木逢癸亥正長生,蔭益根元必大亨,更有金臨西北位,定主清華祿自存。木生在亥,就其位得癸亥之水滋養,生中逢生,最為喜會,更得西北,帶金生出水來轉旺,健源深遠,福祿崇峻。

歌訶にいう――木が癸亥に逢えばまさに長生に当たり、根元を蔭庇すれば必ず大いに亨通する。もしさらに金が西北の位に臨めば、必ず清華顕要・禄位長く存すを主る。木は亥に長生し、まさにこの位置でまた癸亥の水が滋養しに来るを得て、生中に生に逢うは、最も喜ぶべき会合である。さらに西北方に金を帯びて水を生じ出すを得れば、転じて旺相を成し、源頭深遠、福禄は崇高である。

変鬼為官

木人最怕遇壬申,若逢癸酉福增新,但得水臨西北地,返作清華顯赫人。壬申癸酉乃劍鋒金,乘臨官旺地剋木,甲乙最怕之,若亥子上見水神化藏金毒,金雖承天將之利,終不能害木,大抵福欲乘之,鬼欲制之,然後可觀。

歌訶にいう――木命人は最も壬申に遇上するを怕れ、もし癸酉に逢えばかえって福気増新する。ただ水が西北の地に臨めば、かえって清華顕赫の人を為す。壬申・癸酉の納音は剣鋒金で、臨官・帝旺の地に乗じて木を剋しに来るから、甲乙は最もこれを怕れる。もし亥子の上に水神に見えれば、金の毒気を化して蔵め、金は天将の利ありといえども、終に木を害し得ない。大抵福神は旺に乗ずるを要し、鬼神は制せられるを要し、然る後に観るべきあり。

破禍成福

木逢辛亥不長生,不逢火制祿難存,火神與木俱繁盛,何慮功名事不成。木生在亥,卻於生處逢金,謂之生地見鬼,得火救之,金不敢用事,木乃出焉。此謂通變,自有輕重,五行須明勝負,不可一途取軌,火木繁盛,金自銷爍,雖是辛亥作禍,得火與木繁盛,始有生殺,若非辛亥見火木繁多俱壯,又不便也。

歌訶にいう――木が辛亥に逢えばその長生を成さず、火が来てそれを制するに遇わなければ、禄気は保ち難い。もし火神と木がともに繁盛すれば、功名の成らざるを何ぞ愁えん。木は亥に長生しながら、長生の処で金に遇上し、これを「生地に鬼を見る」という。火の来救を得れば、金は事を用いるを敢えてせず、木は初めて頭を出し得る。これが通変の理で、その中に自ずから軽重あり。五行は必ず勝負を辨明せねばならず、一条の路数を以て套すべからず。火木が繁盛すれば、金は自ずから銷熔する。辛亥が禍を作すとはいえ、ただ火と木がともに繁盛して初めて生殺を談ずべし。もし辛亥のこの一柱でなければ、火木の繁多倶壮に見えて、かえってまた合わない。

鬼気臨官

木人怕見火神興,無水相臨主禍迎,更被金來加局內,一生艱險不安寧。木人火盛則灰飛煙滅,得水可制火,苟不見水,又加從革金局,其神銳利,甲乙之木,窘氣可知。

歌訶にいう――木命人は火神の興盛に見えるを怕れ、水の相済なければ禍を招く。もしさらに金を局中に加え進めれば、一生艱険にして安寧を得ず。木命人は火が一たび盛んなれば灰飛煙滅し、水を得て初めて火を制し得る。もし水に見えず、また巳酉丑の従革金局を加えれば、金気は鋭利にして、甲乙の木の窘迫は想い知るべし。

論丙丁

根源渾厚

火人日月時遭水,須逢曲直乙為干,若得炎宮納音金,定知食祿至清官。火人月、日、時帶水神,則火無發露,若亥卯未上干頭帶陰木,水卻又來生木,木又生火,火生不絕,火神得地,更若寅午戌上納音見金,又卻來剋木,木神受制,生出火官,五行脫體還元,乃高上之福。

歌訶にいう――火命人が月・日・時の上に水に遭遇すれば、亥卯未の曲直木局に逢い乙を以て天干と為すを要す。もしさらに寅午戌の火宮で納音の金を得れば、食禄は清要の官に至るべしと知る。火命人が月・日・時に水神を帯びれば、火は顕露できない。もし亥卯未の上に天干が陰木を帯びれば、水はかえって木を生じ、木はまた火を生じ、火は生発して絶えず、火神は地を得る。もしさらに寅午戌の上に納音が金に見えれば、金はまた来て木を剋し、木神は制せられて、かえって火の官星を生じ出す。五行が旧体を脱して本元に帰るは、上等の福である。

兌官生鬼

火神敗地莫逢金,見水加來愈不禁,不見傷殘幷夭折,定須受病肺連心。敗地本自衰微,逢水則金不能為財,而與水為鬼,論曰:火至敗地,見金則生出水來,火力既不能勝,安得不傷殘也。

歌訶にいう――火神が敗地に落ちればさらに金に逢うなかれ、水に見え加臨せばいよいよ禁受し難い。傷残夭折ならずとも、必ず肺と心の疾病を患う。敗地はもともと衰微で、水に逢えば金は財として用い得ず、かえって水とともに鬼となる。論者がいう――火が敗地に至れば、金に見えて水を生じ出し、火力はすでに抵当し得ず、どうして傷残を受けざらんや。

屯蹇多災

眾火須防水在寅,平生迍坎謾勞神,資財必定難充溢,盛德高風處處新。火神稍眾於生地,卻見水,如甲寅之類,何以堪然。火神既多,須得少木資之,則有不窮之眾稍多,於此終為害也。

歌訶にいう――衆火の中は水が寅位に在るを防ぐを要す。平生屯難坎坷・徒らに神を労し、資財は必ず充盈し難く、かえって徳望高潔・處處清新である。火神が長生の地に稍多く、かつまた水に見えれば、甲寅の類のごとく、どうして承受し得よう。火神すでに多ければ、少許の木を得て資助するを要す。もし資助が頭を過ぎれば、衆火いよいよ盛んにして終に害を成す。

論戊己

気数淳厚

土人土重火炎陽,職位清華祿益強,火加己午逢諸土,盛德高風處處新。土數既重,必藉父扶持,為生生不窮之貌,若更見火加巳午,火旺之地,土又強壯,設或見水,終不能勝火土,則為財廩之氣矣。

歌訶にいう――土命人は土気重く火また炎陽なれば、職位は清華にして禄気いよいよ強し。火が巳・午に加わりまた諸土に逢えば、徳望高潔・處處清新である。土数すでに重ければ、必ず父母の火の扶持に頼りて、生生として窮まざるの貌あるを要す。もしさらに火が巳午の火旺の地に加わるに見えれば、土はいよいよ強壮となる。たとえ水に見えても、終に火土に勝ることなく、かえって財貨倉廩の気を成す。

五木成煙

土人藉木為文曲,四位之中帶火來,重見木神臨巽地,高甲陞名福慶來。土無木不能通爽其氣,木無土不能安立其根,二者相須皆不可闕,五行中若帶火來,又於巳上見木,輾轉生育,聚成一體,氣數壯實,火神有所蘊藉矣。

歌訶にいう――土命人は木に頼って文曲の星を為さんとし、四柱の中にさらに火を帯びるを要す。重ねて木神が東南の巽地に臨むに見えれば、甲科に高中し名を升め禄を進め、福慶は自ずから来る。土に木なければその気を通達爽朗せしめ得ず、木に土なければその根を安立し得ず、両者は相需にして一も欠くべからず。五行中にもし火を帯び来り、また巳位の上に木に見えれば、輾転生育して一体に聚り、気数壮実にして、火神もまた蕰藉する所有る。

救助咸福

土人獨位逢諸火,更加火旺增災禍,就中若見水神被,縱免災殃還坎坷。火數既旺,且多併來生一土,其氣大煅燥,忽見水返來制火,五行雖有救解,終不為吉兆。

歌訶にいう――土命人が一位に独居して諸火に逢い、火がさらに旺せば災禍を添える。その中にもし水神が救いに来るに見えれば、たとえ災殃を免れてもなお坎坷である。火数すでに旺にして、また皆並びこの一つの土を生じに来れば、土気は煅焼されて太過乾燥となる。忽然として水に見えてかえって火を制せば、五行は救解あるといえども、終に吉兆に非ず。

基本衰弱

土人若重嫌己酉,區區終是謾勞生,水近土傍尤見禍,賣盡田園沒地耕。己酉乃土水敗地,重重見之,則困苦相陵,終不見福,蓋水能勝於火矣。司馬季主曰:水逢沐浴如逢土,土到衰鄉水不如,土到酉宮真敗地,卻逢癸酉祿盈餘,二氣各有勝負耳。

歌訶にいう――土命人はもし重重に己酉に見るを嫌えば、区々として労碌するも終に一生を白費する。水が一たび土旁に近づけばいよいよその禍を見る。田園を売尽して耕すべき地なし。己酉は土の沐浴敗地で、重重これに見えれば困苦相凌し、終に福に見えず、水が火に勝ち得るからである。司馬季主がいう――水が沐浴に逢えば土に逢うがごとく、土が衰郷に至れば水に如かず。土が酉宮に至るは真の敗地であるが、しかしもし癸酉に逢えば、禄はかえって餘あり――両気の間に各々勝負あるのみ。

論庚辛

滋陰成官

金多逢火不為災,切忌金神帶水來,木逐火神生旺土,發榮名位足資財。只怕身旺被鬼所制,金多又自帶旺火,不為害,自己寡弱,則克我者始得志也。

歌訶にいう――金多くして火に逢うは災を成さず、切に忌むは金神がさらに水を帯び来ること。木が火神に随って旺土を生じに行けば、栄名位を発して資財充足せしめ得る。ここで怕るはただ身が旺にして鬼に制せられること。金が多くまた自ら旺火を帯ぶれば、害と為らない。ただ自身が寡弱の時のみ、我を剋する物が志を得る。

天益離郷

金加乙巳太乖張,木數來逢主夭亡,便自水多難抑制,定殘骨肉遠離鄉。金生處見乙巳火,被火截住,加以木來扶火之勢益壯,金自銷爍。

歌訶にいう――金が乙巳の上に加われば最も乖張、木数がさらに来て相逢えば夭亡を主る。たとえ水多くとも抑制し難く、必ず骨肉残傷・故郷を遠く離れる。金の長生の処で卻って乙巳の納音火に見え、火に截られたのである。さらに木を加えて火勢を助長せば、金は自ずから銷熔する。

論壬癸

源遠流清

水人見木為本利,得火相逢凶害至,更無火木見金神,決主少年登顯秩。金為水本源,木得水滋,深為利用,見木卻生火,火旺則反傷於金,五行中若無木火,但得金氣發露,則生出水祿自然。

歌訶にいう――水命人が木に見えるは本なら有利であるが、火に遇上すれば凶害が来る。もし火木なくまた金神に見えれば、必ず少年にして顕要の職に登るを主る。金は水の本源で、木が水の滋潤を得るは深く利用すべし。ただ木に見えればまた火を生じ、火旺せばかえって金を傷つける。五行中にもし木火なく、ただ金気を顕露せしめれば、水禄は自ずから生じ出る。

無救成凶

水人切忌戊申寅,截斷根源主禍頻,局內不逢金發露,平生波劫受艱辛。戊申戊寅乃土成實之地,水人生處受制,病處見鬼,故曰,截斷根源,五行中若見魁罡,則鬼氣無以化藏,水神如此,可謂困矣。

歌訶にいう――水命人は切に戊申・戊寅を忌む。それらは根源を截断し屡々禍を招く。局中もし金気の顕露に逢わなければ、平生波折劫難・艱辛を備受する。戊申・戊寅は土の成実の地で、水命人が長生の処で制せられ、病地でまた鬼に見えるから、截断根源という。五行中にもしさらに魁罡辰戌に見えれば、鬼気は化解藏匿する由なく、水神はこの地步に至れば、困頓の極というべし。

長鬼為殃

水人大怕火炎揚,寅午相逢轉更忙,若見丙加辰戍位,定知夭折見悲傷。寅午乃火生旺之地,火熾可知,水神如此則竭矣,五行若見魁罡,如丙戍之類,水神之福轉衰矣。(並太乙統記)

歌訶にいう――水命人は大いに火勢の炎揚を怕れ、寅午に相逢えばいよいよ忙乱する。もし丙が辰・戌の位に加わるに見えれば、夭折して悲傷を生ずると知るべし。寅午は火の長生と帝旺の地で、火の熾盛は想い知るべし。水神はここに至れば枯竭する。五行にもしさらに魁罡に見えれば、丙戌の類のごとく、水神の福気はいよいよ衰える。以上は併せて《太乙統記》に見る。

第六巻・論支神

十二支例

亥子(水)寅卯(木)巳午(火)申酉(金)辰戍丑未(土)

十二地支の五行帰属は――亥・子は水に属し、寅・卯は木に属し、巳・午は火に属し、申・酉は金に属し、辰・戌・丑・未は土に属す。

十二支合

子丑寅亥卯戍辰酉午未巳申;天元變化書云:子合丑,福輕,丑合子,福盛。寅合亥,福清,亥合寅,福慢,戍合卯,福虛,卯合戍,福厚,辰合酉,福弱,酉合辰,大利。午合未,福慢,未合午,大利,巳合申,福慢,申合巳,官氣盛。如甲午,辛未,乙未,只是身旺,卻命祿弱合衰氣多也,如乙未,壬午,雖祿弱艱得。

十二支の六合は――子は丑に合し、寅は亥に合し、卯は戌に合し、辰は酉に合し、午は未に合し、巳は申に合す。《天元変化書》にいう――子が去りて丑に合すれば福軽く、丑が来て子に合すれば福盛ん。寅が亥に合すれば福清く、亥が寅に合すれば福慢い。戌が卯に合すれば福虚しく、卯が戌に合すれば福厚い。辰が酉に合すれば福弱く、酉が辰に合すれば大いに利あり。午が未に合すれば福慢く、未が午に合すれば大利。巳が申に合すれば福慢く、申が巳に合すれば官気興盛する。甲午・辛未・乙未の類のごときは、ただ身旺にして命禄弱く、合する所は多く衰気である。また乙未・壬午のごときは、禄弱といえども、なお艱難ながら得るべし。

三合

寅午戍(火)巳酉丑(金)申子辰(水)亥卯未(木)(三合纂局)

十二支の三合局は――寅午戌は合して火局を成し、巳酉丑は合して金局を成し、申子辰は合して水局を成し、亥卯未は合して木局を成す。この条は《三合纂局》に見る。

陰陽

子為一陽丑二寅三卯四辰五巳為六陽極。午為一陰未二申三酉四戍五亥為六陰極。

十二支の陰陽消長は――子は一陽、丑は二陽、寅は三・卯は四・辰は五で、巳に至れば六陽の極である。午は一陰、未は二陰、申は三・酉は四・戌は五で、亥に至れば六陰の極である。

支神一字格

福神多,可作兩府,凶殺多,則窮夭,如曾布乙亥年,丁亥月,辛亥日,已亥時,戊寅胎,乙亥火雖自死,得已亥木自生,四亥與寅胎合,故作兩府,如蕭注癸丑年,乙丑月,乙丑日,丁丑時,丙辰胎,以四柱帶殺多,故換武官,止於兩制而無壽。玉霄寶鑑云:有芝蘭並秀格,支神一字而干神別者是也,仍須干神和會,而福聚於支神上者為應格。

「支神一字格」とは、四柱の地支が同じく一字であること。福神多ければ官は両府に至り、凶殺多ければ窮困夭折する。譬えば曽布は乙亥年・丁亥月・辛亥日・己亥時で、胎元は戊寅――乙亥の納音火は自ら死地に処するが、己亥の納音木が自ら長生し行くを得、四つの亥はまた寅の胎と相合するから、官は両府に至った。また蕭注は癸丑年・乙丑月・乙丑日・丁丑時で、胎元は丙辰――四柱が殺を帯びること過多だから、武官に改任し、両制の職まで為したのみで長寿ならず。《玉霄宝鑑》にいう――「芝蘭並秀格」あり、地支が同じく一字で天干が各々異なるものをいう。さらに天干の間が和洽会聚し、福気が地支の上に聚まって、格に合すを要す。

六合双鴛格

六合雙鴛坐槐庭而佈政,假如戊辰年癸亥月戊寅日甲寅時,一亥合兩寅馬也。(鬼谷命格)

「六合双鴛格」とは、双く合して対を成す貴人が槐庭の上に坐して政令を宣布することをいう。譬えば戊辰年・癸亥月・戊寅日・甲寅時は、一つの亥が同時に二つの寅を合住し、寅はまさに駅馬の位である。この条は《鬼谷命格》に見る。

冲合格

大凡命前六辰貴氣沖和也,假令丁亥土人得甲辰丙辰是也,更天干納音稍有和氣,富貴極盛,為陰陽六辰,自然清貴,變天乙貴神之意。(天元變化書)

「冲合格」とは大抵、命前の第六辰の上に貴気が冲和することをいう。譬えば丁亥の納音土命の人が甲辰・丙辰を得ればこれである。もし天干納音がさらに少しく和洽の気あれば、富貴は極盛に至るべし。これは陰陽が六辰を隔て、自ずから清貴で、天乙貴神を変化せしむるの意を含む。この条は《天元変化書》に見る。

支神往来に五行の気あり

寅午往來,有甲己土氣,子巳往來,有戊癸火氣,巳酉往來,有丙辛水氣,卯申往來,有乙庚金氣,亥午往來,有丁壬木氣,皆在祿上也。又子巳午亥,謂之隔六合,蓋一陽至六陽,一陰至六陰也。(廣錄)天元變化書云:此係支辰之論,更得天干納音有交涉者大利,福厚堅固。

地支の間の往来交感には、暗中に五行の気を含む――寅と午の往来は、甲己の化する所の土気を含む。子と巳の往来は、戊癸の化する所の火気を含む。巳と酉の往来は、丙辛の化する所の水気を含む。卯と申の往来は、乙庚の化する所の金気を含む。亥と午の往来は、丁壬の化する所の木気を含み、これらは皆天干の禄位に落ちる。また子巳・午亥を「隔六合」という。一陽から六陽まで数え、一陰から六陰まで数えて、ちょうど六位を隔てるからである。この説は《広録》に見る。《天元変化書》にいう――これらは皆地支に就いて立論するが、もし天干納音もこれと交涉あれば、大いに利あり、福気は厚く牢固である。

五行本位者,寅午戌火之位,丙丁人遇之貴(寅又為雜木位甲祿之所建也),亥卯未木之位,甲乙人遇之貴(亥又為雜水位壬祿之所建也),巳酉丑金之位,庚辛人遇之貴(巳又為雜火位丙祿之所建也),申子辰水土之位,戊己壬癸人遇之貴(申又為雜金位庚祿之所建也),五行各三位與四貴三位同,惟闕(缺?)胎貴一位,其主貴之福,亦與四貴同,陽祿貴在臨官,陰祿貴在旺,若陽祿遇旺,陰祿遇臨官,雖為本位,其福差減於建處也。有遇一兩貴位,卻為凶殺刑害破得深重無祿者也。(三命提要)

いわゆる五行の本位は――寅午戌は火位で、丙丁の人が遇上すれば貴(寅は同時にまた雑木の位で、甲の禄はここに建つ)。亥卯未は木位で、甲乙の人が遇上すれば貴(亥は同時にまた雑水の位で、壬の禄はここに建つ)。巳酉丑は金位で、庚辛の人が遇上すれば貴(巳は同時にまた雑火の位で、丙の禄はここに建つ)。申子辰は水土の位で、戊己壬癸の人が遇上すれば貴(申は同時にまた雑金の位で、庚の禄はここに建つ)。五行は各々三位を占め、四貴の三位に相当するが、ただ胎貴の一位を欠く。その貴を主る福力も、四貴と同じである。陽干の禄貴は臨官の地に在り、陰干の禄貴は帝旺の地に在る。もし陽干が卻って帝旺に遇い、陰干が卻って臨官に遇えば、本位と算えるとはいえ、福力は建禄の処に比べて終に差し劣る。また人に一両個の貴位に遇上するも、凶殺刑害に冲かれ破られて重すぎる者は、かえって無禄の命となる。この条は《三命提要》に見る。

大吉は生じて小吉に逢えば反って寿は長年、天罡は運びて天魁に至れば実に生は寿を続ぐ

王氏注云:丑為大吉,乃金之墓,未屬小吉,乃木之庫,以丑中金氣來克未中之木氣,上克下曰冶金,未變化,仁義相濟則反壽長年,或未人得丑,則尊辱卑榮,不為壽而為夭矣。天罡是辰,辰之中有水氣之所重也。天魁是戌,戌之中有火氣之所重也。辰中之水,克戌中之火,為精為神,水火既濟,則寄生續壽。或戌人得辰,則陰陽不正,為返吟之破命矣。

王氏が注解していう――丑を「大吉」と為すは金の墓庫で、未を「小吉」と為すは木の庫である。丑中の金気をもって未中の木気を剋し去れば、上位が下位を剋するを冶金といい、未土はこれに因って変化を生じ、仁と義が互相いに調済するから、反って寿を延べ長年たり得る。反ってもし未年生の人が丑を得れば、尊者は辱を受け卑者は栄を得ることとなり、寿ならざるのみならずかえって夭を主る。「天罡」は辰を指し、辰中の重んずるは水気である。「天魁」は戌を指し、戌中の重んずるは火気である。辰中の水が戌中の火を剋し去れば、一は精・一は神で、水火すでに済すから、生を寄せ寿を続ぎ得る。反ってもし戌年生の人が辰を得れば、陰陽は正しからず、返吟破命の象を成す。

瑩和尚注云:以上四節,並用真印,始得其詳,乙丑金印,癸未木印,壬辰水印,甲戌火印,丙辰土印,丑中有乙木,未有癸水,癸水生其乙木,櫓生(此二字不確定)祿元,故反壽長年,戌中有甲,辰中有丙壬,壬水生其甲木,甲木續其丙火,故寄生續壽。

瑩和尚が注解していう――以上の四節は皆「真印」をもって看て初めて詳尽を講じ得る。乙丑は金印、癸未は木印、壬辰は水印、甲戌は火印、丙辰は土印である。丑中に乙木を蔵し、未中に癸水を蔵し、癸水があの乙木を生じて禄元を接続するから(原書この二字は模糊にして定め難し)、反って寿は長年たり得る。戌中に甲木を蔵し、辰中に丙火と壬水を蔵し、壬水があの甲木を生じ、甲木がまたあの丙火を続ぐから、生を寄せ寿を続ぎ得る。

命書論受氣血脈,謂丑中有金氣,未中有木氣,辰中有水氣,戌中有火氣,故未畏丑,丑不畏未,戌畏辰,辰不畏戌,此說最妙。

命書が受気と血脈を論ずるにいう――丑中に金気を含み、未中に木気を含み、辰中に水気を含み、戌中に火気を含む。金は木を剋するから、未は丑を怕れて丑は未を怕れない。水は火を剋するから、戌は辰を怕れて辰は戌を怕れない。この説法は最も精妙である。

従魁は蒼龍の宿に抵れば、財は天より来たり、太冲は昴胄の郷に臨めば、人元に害あり

瑩和尚注云:酉為昴胄之鄉,從魁是也。卯曰(不確定,應是曰)蒼龍之宿,太沖是也。以支元納音取財,今言天來何也?緣酉上有辛,卯上有乙,辛金制其乙木,故云財自天來,卯見酉而為害,以金克其卯木,故臨昴胄而人元受害也。若酉人遇卯則吉。(珞琭子)

瑩和尚が注解していう――酉は昴宿・胄宿の郷、すなわち「従魁」である。卯は蒼龍の宿、すなわち「太冲」である(原書ここに字跡確かならず)。財を取るは本なら地支納音の上より取るべきなのに、今はかえって「財は天より来たり」というのはなぜか。酉上に辛を蔵し、卯上に乙を蔵し、辛金は乙木を制し得るから、財は天干より来るという。卯が酉に見えれば害を成す。酉金が卯木を剋したからで、昴胄の郷に臨んで人元が害を受けるという。もし酉年の人が卯に遇えば、かえって吉利である。この条は《珞琭子》に見る。

朝北面南、稀に子の来りて午を拱するを見る

子午卯酉四方之正位,五行之帝座也,凡帝座惟可朝而拱對之,不可位其位,欲別其有君臣之分也。然而相對卯酉者,不及相對子午,蓋子午乃明堂端門,聖人南面以聽天下,諸侯北面以朝至尊,故云:希見子來拱午。

子・午・卯・酉は四方の正位で、また五行の帝座である。およそ帝座は、ただそれに朝向し拱衛すべく、自らその位を占拠すべからず、君臣の名分を分かつためである。しかるに卯酉に相対するは、子午に相対するに及ばない。子午は明堂の端門で、聖人は南面して天下を聴治し、諸侯は北面して至尊に朝見するから、いう――稀に子の来りて午を拱衛するを見る、と。

八字金書云:子為端門,午為離門,皆以拱虛(字模煳不是很清楚)為上,正見者次之,若福氣重厚,可入侍從,凡虛(字模煳不是很清楚)拱二門貴人最為上。又云:子午為明堂,端門可以虛(同上)拱,不可居位,若子來朝午者君臣勢順也。紫虛局有拱端門格,如陳宗丞乙丑年甲戌月己亥日丁卯時,陸徽猷丁未年己酉月乙巳日丁巳時,是也。

《八字金書》にいう――子は端門、午は離門で、両者とも虚位をもって遥かに拱するを上等とする(原書この字は模糊にして辨し難し)。命中に正面して見えるはただ次一等と算える。もし福気が厚重なれば、侍従の列に入り得る。およそこの両門を虚拱する貴人は、最も上等である。またいう――子午は明堂で、端門はただ虚拱すべく、自らその位を占拠すべからず。もし子が来りて午に朝向すれば、すなわち君臣の勢いは順当である。《紫虚局》に「拱端門格」あり。譬えば陳宗丞は乙丑年・甲戌月・己亥日・丁卯時、陸徽猷は丁未年・己酉月・乙巳日・丁巳時で、皆この格に属す。

四極全備、鄧禹は緑鬢将軍を作す

寅申巳亥,子午卯酉,辰戌丑未,皆謂之四極,蓋言多也,得之全者,為人性剛勇,宜從右選,以求功名,有子午卯酉者,為其專位於四正,主有方面之權,又須貴早,所以喻鄧禹十八為將也。(壺中子)

寅申巳亥・子午卯酉・辰戌丑未は皆「四極」といい、数目が斉備する意である。四者を全うするは、人と為りて性情剛強勇武にして、武選より出身して功名を求むるに宜しい。その中に子午卯酉を帯ぶるは、専ら四正の位に居るから、一方面の大権を握り、しかも必ず早貴を要す。だから鄧禹が十八歳で将となりしをもって比とする。この条は《壺中子》に見る。

寅申巳亥四孟,子午卯酉四仲,辰戌丑未四季,不可以得是格者,便為妙用。四孟名為四進之氣,前行可達,故馬坐是地,又名曰四長生,為五行長生在上,其間最是土得力,蓋申上土長生,亥上土旺,寅上有火亦可取旺,只有巳上土絕,亦有火生壯其土,故巳上不可謂之土絕,有一飛宮土法,言四月土長生,是四孟有土力,故金人土人得福多。

寅申巳亥を「四孟」といい、子午卯酉を「四仲」といい、辰戌丑未を「四季」という。一見してこの格局をもって妙用と認むべからず。四孟は四進の気と名づけ、前に行き往けば通達し得るから、駅馬はこれらの位置に坐する。また「四長生」ともいい、五行の長生が皆その上に在るからである。その中で最も力を得るは土である――申上に土が長生し、亥上に土が旺し、寅上は火あってまたその旺を取り得、ただ巳上に土が絶するが、巳中に火あってその土を生扶するから、巳上もまた真の土絶と算えない。また一種の飛宮論土の法があり、四月に土が長生するという。これを見れば四孟は皆土力あり。だから金命人・土命人はここに福を得ること最も多し。

其間木不旺,因巳上木衰,申上木絕,亥寅縱得長生臨官,大抵十月與正月木方芽,甲故不旺,水人火人臨時消息。四仲曰四極,五行遙遠不相拘受,須是取時日向旺,方為上,若生值是格,更時日向衰弱之地,必不高顯,如庚戌年金,戊子月火,甲午金日,癸酉金時,己卯土胎,此向西方金家旺地,故貴,吳轉運命。蓋庚戌金,受戊子火上下造化。戊午年辛酉月癸卯日壬子時,以月上死,日上沐浴,時上亦無氣,故凶。

その中の木は卻って旺せず――巳上に木が衰え、申上に木が絶するからで、亥と寅はたとい木の長生と臨官でも、大体十月と正月に木は剛に発芽するのみで、甲木は依然として旺と算えない。水命人・火命人は則ち臨時に斟酌を要す。四仲を「四極」といい、五行は彼此遥遠にして互いに拘束承接せず、必ず日・時が旺地に朝向するを取って上等と為す。もし生まれてこの格局でありながら、日・時がまた衰弱の地に走り向かえば、必ず高顕しない。譬えば庚戌年の納音金・戊子月の納音火・甲午日の納音金・癸酉時の納音金・己卯胎の納音土は、これは西方金家の旺地に朝向するから貴なり。これは呉転運使の命である。庚戌の金が戊子の火の上下相成の造化を承受したからである。また戊午年・辛酉月・癸卯日・壬子時は、月上に死地に処し、日上に沐浴に処し、時上もまた気なし。だから凶を主る。

四季名曰角,繫陰陽各立之地,最旺金土人,水人不旺,若水多人,得此就土氣作官,水少人不可。如癸亥水人,壬戌月,壬辰日,丁未時,癸丑胎,是命薄祿,為水多,且使四季土造化,火人得是格太弱,木人得此,亦不成造化,類百里之田,一合之子耳。(天元變化書)

四季を「角」といい、陰陽が各々成立する地で、最も金命人と土命人を旺せしめ、水命人は旺せず。もし水多き人がこれを得れば、土気に就いて官星と取作るべし。水少なき人は不可である。譬えば癸亥の納音水命人で、壬戌月・壬辰日・丁未時・癸丑胎は、これは命薄く禄浅きの造で、水が多すぎ、また皆四季の土に造化され去ったからである。火命人がこの格局を得れば弱すぎ、木命人がこれを得ても造化を成さず、方円百里の田地に一合の穀子のみ収めるがごとし。この条は《天元変化書》に見る。

論孟仲神の値る所の貴賤

寅申巳亥四位,謂之孟神,非取祿馬,但於年月日時見寅申巳亥者,自然高貴,如有不等,卻成貧賤,若全見上四字,則貴不可偕。子午卯酉四位,謂之仲神,若年月日時全帶或重迭,及值六害,此人幼稚便患風疾。(金書命訣)

寅申巳亥の四位を「孟神」といい、これを禄馬と取らざるなり。ただおよそ年・月・日・時上に寅申巳亥に見えれば、自ずから高貴である。もし配合当たらざれば、かえって貧賤の命となる。もし四字斉見すれば、その貴は人の比ぶるなし。子午卯酉の四位を「仲神」といい、もし年月日時に全帯するか、あるいは重畳して出現し、また六害に逢上すれば、この人は幼年に風疾を患う。この条は《金書命訣》に見る。

或いは全帯して卯酉を得て来れば倶に為す所は多く改越す

人命帶印(疑為卯)日酉時,更胎月一處有馬,多好動移,然命入局,干神得助者,移動則吉,命薄因移而得失也。(沉芝源髓)

人の命に卯日・酉時を帯び(原書「印」字は疑わしく「卯」ならん)、胎元あるいは月柱の中にまた一処駅馬を帯ぶるは、多く動を好み遷を喜ぶ。ただしもし命すでに格に入り天干また幇助を得れば、遷動はかえって吉利である。命薄き人は、遷動に因って得と失とあらん。この条は《沈芝源髄》に見る。

辰戌丑未を四孤の気と為す

戌為天門,故戌曰天孤,辰為地門,故辰曰地孤,未為人門,故未曰人孤,丑為鬼門,故丑曰鬼孤,此是天涯地角,故為四孤之氣。(燭神經)

戌は天門だから戌を「天孤」といい、辰は地門だから辰を「地孤」といい、未は人門だから未を「人孤」といい、丑は鬼門だから丑を「鬼孤」という。この四支は天涯地角の位に処するから、四孤の気と称する。この条は《燭神経》に見る。

顛倒殺

寅丑巳辰申未亥戌;以上日時上犯者,君子主玷責,庶人徒刑,又名惆悵殺,主諮嗟不足,雖富貴亦然。(廣信集)

「顛倒殺」の組合せは寅と丑・巳と辰・申と未・亥と戌である。以上もし日柱・時柱上に犯せば、做官する人は玷汚責罰を受くるを主り、平民ならば徒刑を遭うを主る。また「惆悵殺」ともいい、一生咨嗟して足らざるを主り、たとい富貴でも免れない。この条は《広信集》に見る。

併論十神

十干十二支

甲,是木之干節;乙,木之根;丙,火之宿者;丁,火之光;戊,石也;己,土可稼者;庚,金之質;辛,金之刃;壬,水之源;癸,水之流;亥,水之源;子,水之流;丑,土雜金土;寅,木之干節;卯,木之根;辰,土雜水木;巳,火之光;午,火之宿者;未,土雜木火;申,金之質;酉,金之刃;戌,土雜金火。(廣録)凡甲丙戊庚壬為陽干,乙丁己辛癸為陰干,子寅辰午申戌為陽支,丑卯巳未酉亥為陰支。(三命吟鈐)

十干十二支は各々取象あり――甲は樹木の軀幹と節、乙は樹木の根。丙は火中に蘊伏して未だ発せざる部分、丁は火の光焰。戊は山石、己は耕種すべき田土。庚は金の質地、辛は金の鋒刃。壬は水の源頭、癸は水の流。地支の中では、亥は水の源、子は水の流。丑は土中に金と土を夾雑す。寅は木の干節、卯は木の根。辰は土中に水と木を夾雑す。巳は火の光、午は火中に蘊伏する部分。未は土中に木と火を夾雑す。申は金の質、酉は金の刃。戌は土中に金と火を夾雑す。この条は《広録》に見る。又――甲丙戊庚壬は陽干、乙丁己辛癸は陰干。子寅辰午申戌は陽支、丑卯巳未酉亥は陰支。この条は《三命吟鈐》に見る。

天元喜び地元に禄有るを

甲己喜四季乙庚喜申酉丙辛喜亥子丁壬喜寅卯戊癸喜巳午。

天干は地支上に自己の禄気あるを喜ぶ――甲己は辰戌丑未の四季を喜び、乙庚は申酉を喜び、丙辛は亥子を喜び、丁壬は寅卯を喜び、戊癸は巳午を喜ぶ。

地元喜び天元を

子丑喜戊寅喜己卯辰喜庚巳喜辛庚午未喜甲壬申喜乙;酉戌喜丙亥喜丁;壞天元者,三十九歲之前,名利難發。壞地元者,四十歲後,福不如前。天元地元皆有者,平生福氣高崇;皆無者,平生名利無成。三命中,二命若衰,一命何安也。

地支の喜ぶ所の天干は――子丑は戊を喜び、寅は己を喜び、卯辰は庚を喜び、巳は辛と庚を喜び、午未は甲と壬を喜び、申は乙を喜び、酉戌は丙を喜び、亥は丁を喜ぶ。天元が破壊された人は、三十九歳以前は名利発達し難い。地元が破壊された人は、四十歳以後は福気が従前に如かず。天元・地元ともに具備するは、一生福気高崇である。両者ともにないは、一生名利成らず。三命の中にもし両命すでに衰え、残る一命がまたどうして独り安んぜられよう。

地元忌み天元を

子丑怕己寅怕庚卯辰怕辛巳怕甲壬午未怕乙癸申怕丙;酉戌怕丁亥怕戊。

地支の忌む所の天干は――子丑は己を怕れ、寅は庚を怕れ、卯辰は辛を怕れ、巳は甲と壬を怕れ、午未は乙と癸を怕れ、申は丙を怕れ、酉戌は丁を怕れ、亥は戊を怕れる。

天元秀気

子丑癸寅甲卯辰乙巳丙戊午未丁己申庚酉戌辛亥壬;天地之秀見時,不貴即富。珞琭子云:壬癸秋生而冬旺,亥子同途;甲乙夏死而春榮,寅卯一揆是也。(神白經)

天元の秀気の在る所は――子丑は癸に見え、寅は甲に見え、卯辰は乙に見え、巳は丙と戊に見え、午未は丁と己に見え、申は庚に見え、酉戌は辛に見え、亥は壬に見る。天地の秀気が顕現する時は、貴ならずとも富である。《珞琭子》にいう――壬癸は秋に生じて冬に旺し、亥子は同じく一途である。甲乙は夏日死するも春天に繁栄し、寅卯は同じく一理である。この条は《神白経》に見る。

生死相聚

庚辰、辛巳、庚午、辛巳甲戌、乙亥、甲子、乙亥;壬寅、癸卯、壬辰、癸卯丙申、丁酉、丙戌、丁酉;以上是陽死陰生,陰死陽生,如甘苦同受之意,所謂庚生於巳,辛死於巳,甲生於亥,乙死於亥,壬死於卯,癸生於卯,丙死於酉,丁生於酉,是不相離也。(廣信集)

「生死相聚」の組合せは――庚辰と辛巳、庚午と辛巳、甲戌と乙亥、甲子と乙亥、壬寅と癸卯、壬辰と癸卯、丙申と丁酉、丙戌と丁酉。以上は皆陽干が死して陰干が生じ、陰干が死して陽干が生ずる、甘苦同じく受くるがごとき意である。いわゆる庚は巳に長生して辛は巳に死し、甲は亥に長生して乙は亥に死し、壬は卯に死して癸は卯に長生し、丙は酉に死して丁は酉に長生し、陰陽は彼此相離れない。この条は《広信集》に見る。

三命生地足る

六乙人寅卯辰,六辛人申酉戌,水土人亥子丑,火人巳午未,餘彷此。若遇此格,不厭鬼多,多則貴,假如生地旺全,氣堅固,則不能造化,大抵五行不須太過,故使鬼多者妙。如乙亥年,庚辰月,辛卯日,庚寅時,辛未胎,然庚辛鬼氣多,緣乙木在寅卯辰木壯,更亥卯未木氣全,乙木十分氣足,雖兩庚兩辛在寅卯辰上,未及十分重氣,木盛於金則貴也。(天元變化書)

いわゆる生地充足とは、日主が自己の長生・帝旺の一片の方位に坐することを指す――六つの乙日の人は寅・卯・辰を有し、六つの辛日の人は申・酉・戌を有し、水命と土命の人は亥・子・丑を有し、火命の人は巳・午・未を有す。残りの各干はこれに倣って類推する。命局がもしこの格に合すれば、身を剋する「鬼」の多きを怕れず、官殺はいよいよ多ければかえっていよいよ貴し。もし本気の在る所の方位が生旺斉備して気勢堅実なること極まれば、かえって変化して器を成す能わず、五行は終に太過を宜としないことが見える。まさにこの故に、官殺が多少多いが初めて妙を顕す。例を挙げれば、乙亥年・庚辰月・辛卯日・庚寅時・辛未胎は、両庚両辛の剋身の気は看るに甚だ重きがごとし。しかし乙木は寅卯辰のこの一片の木旺の地に坐し、亥卯未の三合木局が斉全するを加えて、乙木本身は気勢十足である。両庚両辛は寅卯辰の上に圧すると雖も、凝聚して十足の重気を成す能わず、木勢が金勢に勝るから、これは貴命である。この説は《天元変化書》から出る。

干支四字全

四字全者,取十干十二支合而言之,凡年月日時並胎月五位中,若有甲有乙,其生月日時遇寅卯兩位者是也。有丙有丁遇巳午戊己準此,有庚有辛遇申酉,有壬有癸遇亥子,土隨水源行,戊己有亥有子,亦主富貴,更須要諸位上支干相扶助也。(三命提要)

いわゆる四字全とは、十天干と十二地支を合して看ること――年・月・日・時にさらに胎元のこの五つの位置の裏で、天干にすでに甲ありまた乙あり、しかも生月・生日・生時の中にまた寅・卯の両位を占めれば、四字全という。天干に丙あり丁あって巳・午に遇い、戊・己の両干もまたこのごとく推算す。庚あり辛あって申・酉に遇い、壬あり癸あって亥・子に遇えば、皆数に算る。土の性は水の源頭に随って行くから、戊・己の両干がもし亥に見え・子に見えれば、同じく富貴を主る。ただしさらに各柱の干支が彼此扶助配合するを要して、この格が初めて真に応験する。この条は《三命提要》から出る。

七禄

甲乙人丁壬亥卯未,丙丁人戊癸寅午戌,戊己人甲己辰戌丑未,庚辛人乙庚巳酉丑,壬癸人丙辛申子辰。以上七祿全一氣者,更有歸宿,主及第,為人超越,無歸宿,只作門陰之人,若破敗不作福,行運到祿干得地,必發旺。

「七禄」の配法は――甲・乙日の人は丁・壬の両干を以て亥卯未の三支に配し、丙・丁日の人は戊・癸の両干を以て寅午戌に配し、戊・己日の人は甲・己の両干を以て辰戌丑未に配し、庚・辛日の人は乙・庚の両干を以て巳酉丑に配し、壬・癸日の人は丙・辛の両干を以て申子辰に配す。以上の七つの禄位がもし湊斉してまた同属一気あれば、さらに帰宿収束あって、科挙登第を主り、人と為りて抜類萃する。もし斉全するも帰宿なければ、ただ祖上の門蔭に頼って過活するのみ。もしこれらの禄位が冲破損傷せられれば、福を結出すること能わず。ただ行運が禄神の在る天干に走り至りてまた地を得る時は、なお一時発旺する。

帶三祿者,謂在月日時上,更帶本祿也。若在四貴、華蓋、驛馬上,必為貴顯之人。迭三支者,年月日時胎五支中,三支並在一位上者是也,並在四貴華蓋貴神之位,則主貴,在貴神與忌神同位則主福,雖迭在無氣處,若三支於祿干有輔助亦貴,若在死敗絕空亡上無輔助者,無福人也。(三命提要)

いわゆる三禄を帯ぶるとは、月・日・時の三柱の上に皆禄を帯び、しかも本命の正禄もまたその中に在ることを指す。この三処の禄がもし四貴・「華蓋」・「駅馬」のこれらの位置に落ちれば、主人は必ず顕貴である。いわゆる迭三支とは、年・月・日・時・胎の五つの地支の中に三つが同一の字上に重畳すること――四貴・華蓋等の貴神の位に重畳すれば貴を主る。貴神と忌神が同じく一位に処しても、なお福ありを主る。たとい三支が気勢なきの所に重畳しても、ただそれらが禄の在る天干に輔助の力あれば、一様に貴顕すべし。もし死・敗・絶・「空亡」のこれらの位置上に重畳してまた輔助する所なければ、すなわち福気なきの人である。この条は《三命提要》から出る。

天元變化書有三字格,如三丁一癸,三壬一戊,三庚一丙,三辛一丁,尤恐造化輕弱不成器用,凡見三字格,切忌建旺太過中又太過,唯土金不然,如三金得土,三土得火,或三戊,三己,三庚,三辛,建旺不礙。

《天元変化書》に三字格を立て、例えば三つの丁が一つの癸に配し、三つの壬が一つの戊に配し、三つの庚が一つの丙に配し、三つの辛が一つの丁に配する類。最も怕れるは造化の気が単薄柔弱にして、用うべき器を成さざることである。およそ三字格に遇えば、切に忌むは本気がすでに建旺太過し、さらに太過の上にまた太過を添うること。ただ土と金の両行のみこの条の制限を受けず――三重の金が土の生ずるを得、三重の土が火の生ずるを得るか、あるいは天干に三つの戊・三つの己・三つの庚・三つの辛を排出すれば、建旺するも妨礙せず。

壺中子云:三干鳳凰極貴,切忌戀匹戀林,四本主中有三字本主同一字干而向下支不同者,曰三干鳳凰,三本主同一字支而向上干不同者,曰支鳳凰,三位本主同一支干者,日麟閣鳳沼,主清華之貴,唯戀匹戀林,見合則曰戀匹,見刃則曰戀林。

《壺中子》にいう――三干鳳凰は極貴の格であるが、最も「恋匹」と「恋林」を忌む。四柱の本主の中に三柱の天干が同じく一字で、底下に坐する所の地支が各々同じからざるを、三干鳳凰という。三柱の地支が同じく一字で、上面に蓋う所の天干が各々同じからざるを、支鳳凰という。三柱が干を連ね支を帯びて完全に相同じきを、麟閣鳳沼といい、清貴華顕の位を主る。提防すべき所はただ恋匹と恋林の両種の情形――命中に合神に見えれば恋匹といい、羊刃に見えれば恋林という。

【先上清而得之下濁,後下濁而升越上清】先取上之輕清而為用,次看濁氣壓下,上雖清而不秀,則取下濁有用之氣為福,而升越為上矣。(鬼谷遺文)

命を看るは当にまず上層の軽清の気を取りて以て用いる所と為し、然る後に下面に濁気が圧住するや否やを察看すべし。上面の清気がもし清にして秀ならざれば、改めて下面の濁気裏より依然として用ある一分を取出して福源と作し、それを昇騰して上位に超越せしめば、こうすればかえって上等の格局を成す。この説は《鬼谷遺文》から出る。

【以干為祿向背定其富貴;以支為命,詳順逆以循環】王氏注云:如甲祿在寅,或坐祿、向祿者,不富則貴;或破祿、背祿者,不貧則夭。甲祿在寅,命得寅以坐之,遇丑以向之,逢申以破之,見卯以背之,經云:向祿則生,背祿則死,故祿前一辰為羊刃,祿後一辰為祿庫,此所謂向背定其貧富者歟。十二支曰命,命之所司者,修短定焉。蓋得之以順者,遇五行生旺,三合六合者是也。不順者逢休囚六害四衡三刑者是也,得此者壽,失此者夭,故曰以支為命,詳逆順以循環。瑩和尚注云:背者可定其貧,曏者以言其富,然不可一途取軌,亦有逢背祿不貧者。

《珞琭子》の原文に「干を以て禄と為し、向背に其の富貴を定む。支を以て命と為し、詳しく順逆を以て循環す」とある。王廷光が注解していう――甲の「禄」は寅に在り、命中に寅の上に坐するか寅位に朝向するは、富ならずとも貴である。寅を冲破するか寅位に背離するは、貧ならずとも夭である。具体的に言えば、甲禄は寅に在り、命裏に寅を得ればすなわち坐禄、丑に遇えばすなわち向禄、申に逢えばすなわち破禄、卯に見えればすなわち背禄である。経文に「禄に向かえば生じ、禄に背けば死す」と講ずるから、禄の前の一位は「羊刃」、禄の後の一位は「禄庫」で、これが向背を以て貧富を判定する理である。十二地支を命と称し、命の主管するは寿数の長短――順当なるは、五行の生旺および三合・六合に遇うこと。順ならざるは、休囚・六害・四衡・三刑に碰上すること。その順を得る者は長寿し、その順を失う者は短命する。だから支を以て命と為し、順逆循環を詳審するを要すという。瑩和尚は則ち注して称す――背禄は貧と断じ得、向禄は富と断じ得るが、ただ一条の路数に拠って取断するべからず。背禄に逢うも併せて貧窮ならざる人もまたあり。

【天元一氣定侯伯之遷榮,支作人元運商徒而得失】天元秀氣而吉將加臨者,人得之貴也,支元純粹而四柱比和者,人得之富也,直言富貴,而不言貧賤者,反此則貧賤耳。

「天元」とは天干を指し、「人元」とは地支の蔵する所の気を指す。天干が一気清純にしてまた吉神が加臨するは、人がこれを得れば貴を主り、官は侯伯に至りて迁升を断たざるべし。地支が純粋にして四柱がまた彼此比和するは、人がこれを得れば富を主り、経商行賈して自ずから得る所有り。ここでただ正面に富貴を説きて貧賤を説かざるは、反対の情形が自ずからすなわち貧賤なれば、さらに講ずるを要せざるが故である。

【庚辛臨於甲乙,君子可以求官,此人運至南方,貨易獲其厚利】王氏注云:甲以辛為官,乙以庚為官,庚辛來臨於甲乙之人,故曰君子可以求官,小人反以為鬼也。亥子者,北方之水,巳午者南方之火也,以水至火鄉,我克之為財,所以貨易或其厚利也。或謂壬癸至巳午亦是者非也。壬癸是祿,巳午是命。如壬癸得丙丁,亦可謂之祿財,談命者當分祿命身,以干配祿,以支合命,以納音論身,之謂三命。

王廷光が「庚辛は甲乙に臨む」の一句を注解していう――甲は辛を以て正官とし、乙は庚を以て正官とし、庚・辛の両干が甲・乙日の人の身に臨めば、だから読書人はこれに藉って官職を求取すべしという。担当なきの小人に換えれば、同じ官星もただ身を害する「鬼」として看るのみである。亥・子は北方の水、巳・午は南方の火で、水が火郷に走到するは、まさに我が往きてそれを剋するなり。剋する者は財だから、経商貿易して厚利を獲得し得る。或る人は壬癸が巳午に走るもこの理というが、実は然らず――壬癸は禄に属し、巳午は命に属し、両者は一事に非ず。もし壬癸が丙丁に遇上すれば、あれこそ初めて禄上に財を得ると称し得る。命を論ずる人は当に禄・命・身の三者を分清すべし――天干を以て禄に配し、地支を以て命に合し、「納音」を以て身を論ず。これを三命という。

【金祿窮於正首,庚重辛輕;木人困於金鄉,寅深卯淺】王氏注云:庚辛金也,庚陽而辛陰,甲乙木也,甲陽而乙陰,庚辛之金,至寅俱絕,必曰庚重辛輕者何?寅為陽宮,庚乃陽金,以陽遇陽曰傷,寅中有甲,甲庚相惡,故曰庚重辛輕,辛為陰金,至寅陽宮,甲以辛為官,兼六辛逢馬虎,天乙貴人,故謂辛輕,寅卯之木,至申而絕,必曰寅深卯淺者何?寅為陽辰,至申宮兩陽相競,寅申相沖,為絕之深也,及卯居申合乙庚,陰陽合氣,故為絕之淺也。

王廷光が「金禄は正首に窮す」の一句を注解していう――庚・辛は皆金に属し、庚は陽金にして辛は陰金。甲・乙は皆木に属し、甲は陽木にして乙は陰木。庚辛の金が寅位に走到すれば皆絶地に属するが、なぜ偏に庚の受傷重く辛の受傷軽しというのか。寅は陽宮で、庚はまた陽金だから、陽が陽に遇うを相傷といい、しかも寅中に甲木を蔵し、甲と庚が彼此憎悪するから、庚は重し。辛は陰金で、寅のこの陽宮に入れば、甲はかえって辛を以て官星とし、加うるに六つの辛日が寅に逢うはまさに「天乙貴人」の在所で、俗に馬虎貴人と称するから、辛は軽し。寅卯の木が申位に走到して絶と為るに至っては、なぜ寅は絶する深く卯は絶する浅しというのか。寅は陽支だから、申宮に至れば両陽の相争で、寅申はまた正しく相冲するから、絶する深し。卯が申位に至れば乙庚の相合あり、陰陽気を合するから、絶する浅し。

【壬癸秋生而冬旺,亥子同途;甲乙夏死而春榮,寅卯一揆】王氏注云:壬癸亥子一類水也,水生於申,而旺於子,甲乙寅卯一類木也,木旺於卯,而死於午,故曰壬癸秋生而冬旺,甲乙夏死而春榮。(珞琭子)

王廷光が注解していう――壬・癸と亥・子は同じく水のこの類に属し、水は申月に長生を得、子月に至りて最も旺す。甲・乙と寅・卯は同じく木のこの類に属し、木は卯月に最も旺し、午月に至れば即ち死す。だから《珞琭子》に壬癸の水は秋に生まれ冬に旺しく、亥と子は同じ一条の路上にあり、甲乙の木は夏に死し春に栄え、寅と卯は同一の道理に遵循す、という。

【甲己丙辛申子辰,丁壬亥卯未中尋,乙庚從格局為真,戊癸炎上亦須陳,得局卻嫌逢脫局,財局縈心鬼局惡,甲乙曲直亦同詳,歸認干頭莫教錯】如丁壬亥卯未本局之類,且如丙辛見巳酉丑相生局也。脫局者乙庚遇申子辰,金生水為脫局也。財局如乙庚的亥卯未鬼局,如乙庚得寅午戌也或貧賤夭壽,甲乙乃木也,亥卯未為本局,亦嫌脫也。(沉芝源髓)

この歌訣は天干と三合局の配搭を講ず――甲己・丙辛の両組は申子辰の上に看るを要し、丁壬の一組は亥卯未の中に尋ねるを要し、乙庚の一組は本局に順従するを以て真と為し、戊癸の一組は則ち炎上火局を併せて鋪陳するを要す。すでに局を得る人は卻ってさらに「脱局」に逢うを怕れ、財局を得れば心神を牽累し、鬼局を得ればさらに凶悪で、甲乙の木の曲直格もまたこのごとく詳推す。要するに天干の帰属を認準して、弄錯すべからず。注文に例を挙ぐ――丁壬が亥卯未を得ればすなわち本局の一類。丙辛が巳酉丑に見えれば、相生の局である。いわゆる脱局とは、乙庚が申子辰に遇上し、金が去りて水を生じ、本気が泄せられて脱する。いわゆる財局とは、乙庚が亥卯未を得るがごとき。鬼局とは乙庚が寅午戌を得るがごときで、遇上すれば或いは貧賤短寿を主る。甲乙は木に属し、亥卯未は本局とはいえ、同じく泄脱を怕れる。この説は《沈芝源髄》から出る。

【戊己加臨丘壑,信若尾生;壬癸遁入江湖,廉如鮑叔】戊己屬土,丘壑亦屬土,辰戌丑未乃丘壑之地,壬癸屬水,江湖亦屬水,亥子乃江湖之鄉,戊己人得丘壑之地生者,足於信,蓋土主於信,壬癸得江湖之地生者,其人廉。

「戊己は丘壑に加臨し、信は尾生のごとし」とは――戊・己は土に属し、丘壑もまた土に属し、辰・戌・丑・未はすなわち丘壑の地である。戊己日の人がこの数支の上に生まれれば、信義十足して、春秋時に橋柱を抱きて約を守りて死したる尾生のごとく信を守る。土は五常の中で信を主るからである。「壬癸は江湖に遁入し、廉は鮑叔のごとし」とは――壬・癸は水に属し、江湖もまた水に属し、亥・子はすなわち江湖の郷である。壬癸日の人がこの両支の上に生まれれば、人と為りて清廉にして、斉国の管仲に賢を譲りしあの鮑叔牙のごとし。

【頭戴腳踏,罕遇甲年寅時】頭謂八字之首,踏謂八字之末,甲乙天中之木也。寅卯地下之木也,八字之首得甲,而八字之末得寅者,戴其天中之木,而踏其地下之木也。八字之首得乙,而八字之末得卯者,戴其天中之木,而踏其地下之木也。餘十干皆彷此。

「頭戴脚蹈」の頭とは八字の開頭すなわち年干を指し、蹈とは八字の末尾すなわち時支を指す。甲・乙は天上の木、寅・卯は地下の木である。八字の開頭が甲にして末尾が寅なれば、頭上に天上の木を戴き脚下に地下の木を蹈むに等しい。開頭が乙にして末尾が卯なれば、同じく頭に天木を戴き脚に地木を蹈む。残りの各天干は皆この法に倣って類推する。この種の上下同気の配合は十分に得難く、だから甲年寅時に碰上すること稀なりという。

【丁得戊而最佳,酉見丁而可畏】戊人見丁者,在字為成,酉人得丁或丁人得酉為丁入目。

これは一条の拆字取象の説法である――戊日の人が丁に見えれば、戊字に一笔を添えてすなわち「成」字を成すから、最もよし。酉日の人が丁を得るか、或いは丁日の人が酉を得るに至っては、字形上まさに一枚の釘が眼目に扎进するがごとく、「丁入目」といい、眼睛に傷有るを主るから、畏るべし。

【八字純粹,少處嚴廊,二氣偏枯,老為俗物】八字乃年月日時枝幹也,二氣乃陰陽也,八字得之渾然純粹者,必早有嚴廊之望。二氣得之交迭,偏枯者無貴,則至老終為俗物,黃帝謂一陰一陽之謂道,偏陰偏陽之謂疾。

ここに言う所の八字とは、すなわち年・月・日・時四柱の天干と地支。言う所の二気とは、すなわち陰と陽である。八字の配して渾然純粋なる人は、年紀軽くして朝廷殿廊に躋身する指望あり。陰陽二気の交錯重畳して偏枯不匀なる人は、則ち貴気を得ず、老いるまでも平庸の俗人に過ぎず。黄帝に言あり――一陰一陽が交替して運行するを道といい、陰に偏するか陽に偏するかを疾という。

【天干不斷若血脈之調榮,地支相連類珠璣之貫穿】天干不斷,在格曰連珠,地支相連,在格曰連茹,得連珠則貴,得連茹則富,有所畏者隔斷也,蓋十干不要斷,若甲字斷之,如血脈之不通榮銜也,反為夭折。十二支不要斷,若子字斷之,則如珠璣之不相穿貫也,反為災害,十干若不斷甲字,而斷他九字,化為虛一待用格。十二支若不斷子,而斷餘十一字,名為歇滅殺,女子尤忌之。

天干が接続して断えざるは、格局上に「連珠」といい、地支が彼此相連なるを「連茹」という。連珠を得れば貴を主り、連茹を得れば富を主る。怕れる所はただ中間に隔断せらるること。十天干は最も断えざるを要し、もし甲字の上に断えれば、血脈が暢通栄養し得ざるに譬え、かえって夭折を主る。十二地支もまた断えざるを要し、もし子字の上に断えれば、珠玉が串を成さざるに譬え、かえって災害を主る。十天干がもし甲字を断たずして残りの九字を断てば、「虚一待用格」に変る。十二地支がもし子字を断たずして残りの十一字を断てば、「歇滅殺」と作る。女命は殊に忌憚す。

天元變化書云:天干連珠中間有轉達之氣,並貴旺相者為上,無此未必便佳。支神連珠太歲在前者為上,如亥人見申酉戌亥,緊向本歲,謂之從歲,仍看天干納音如何。

《天元変化書》にいう――天干が連珠の勢いを成す時は、中間にさらに転輸伝達し得る気あるを要し、併せて貴神を帯び旺相の地に居りて、初めて上等と算る。これらの条件なければ、光る連珠は未だ必ずしも好からず。地支が連珠を成す時は、太歳の最前に排するを以て上と為す。例えば亥年生の人が申・酉・戌・亥に見え、一路緊く本命太歳に挨り、これを「従歳」という。すなわちこのごとしとも、なお天干と「納音」の配する所如何を看て初めて定論すべし。

虛其一,待其用,得之者,穩步青雲;忽頭重,忽尾輕,遇之者早歸泉世。四柱本干相連,即跳一字,號為虛一待用。四柱本支相連,而重一字者號為頭重尾輕,虛一待用為青雲得路之人,頭重尾輕乃泉壤夭折之子。(壺中子)

《壺中子》に両句の歌あり――空して一位を出して留めて備用するは、これを得れば青雲を穏歩すべし。忽ち頭重く忽ち尾軽きは、遇えばすなわち早く黄泉に帰するを要す。注解にいう――四柱の天干は本来相連なりて、中間に卻って一字を跳過す、これを「虚一待用」という。四柱の地支は本来相連なりて、其中に卻って一字を重复す、これを「頭重尾軽」という。虚一待用の人は青雲得路の才で、頭重尾軽の人は則ち黄泉に早夭する短命の子である。

【連珠入局尤為榮】如甲乙丙丁子丑寅卯之類,干支順者,謂之入局,若相刑剋者不入局。(理愚歌)

連珠がさらに入局し得れば、格外に栄顕する。天干に甲・乙・丙・丁を排出し、地支に子・丑・寅・卯を排出するこの類のごとく、干支ともに順次相接するを、入局という。もし彼此の間に刑あり剋あれば、それは入局と算えられない。この条は《理愚歌》から出る。

連珠貴格

甲午乙未丙申丁酉戊戌己亥,餘皆彷此。(三命纂局)八字金書云:若甲子生下有乙丑,此為連珠福神,能押眾殺,更加祿馬十分之命。詩云:命中生處得連珠,足食豐衣與眾殊;若有殺神居位內,自然為福與消除。

連珠貴格の様子は、甲午・乙未・丙申・丁酉・戊戌・己亥のごとく順次相接し、残りはこれに倣って類推す。この例は《三命纂局》から出る。《八字金書》にいう――もし甲子の下に乙丑が接すれば、これは連珠福神で、衆多の凶殺を鎮圧し得住す。さらに「禄」「馬」斉備を加えれば、十足の好命である。書中に詩ありていう――命裏生処にもし連珠を得れば、衣食豊足にして常人と同じからず。たとい凶殺が命位の内に盤踞あっても、連珠は自ずから凶を化して福と為し、それを消解し去る。

連珠進退

凡見同氣連珠,如丙寅見丁卯,損氣,是名退氣連珠,丁卯見丙寅退一辰,卻是進,名貢氣連珠,如丙辰土入見丁巳不佳,丁巳見丙辰最上。(天元變化書)

およそ同一気の連珠はさらに進退を分かつを要す――丙寅が丁卯に接するは、気勢が下に向かい損耗す、これを「退気連珠」という。反って丁卯が丙寅に接するは、表面上は一位退くも、実際は卻って進で、「貢気連珠」と作る。また丙辰の土が前に在りて丁巳が後に在れば好からず、丁巳が前に在りて丙辰が後に在ればこそ最上等である。この説は《天元変化書》から出る。

論干支諸字雑犯

【凡甲丙丁壬辰字平頭】若見三四字帶空亡者,定為僧道。【甲癸未申酉屬破字】甲癸酉必損眼,未申患心腹疾,更看時入害鄉,干神受制者,必不虛矣。【甲辛卯午申屬懸針】五行無氣,不值德神,定是軍人。三命纂局云:懸針三四字,號懸針眼疾,還多險厄臨,被刑帶殺須徙配,怎不為軍刺面人。

甲・丙・丁・壬・辰のこの数字は字形の頭部が平斉で、「平頭」という。命裏に三四個の平頭字に見えまた「空亡」を帯ぶれば、一定に出家して僧道を為す。甲・癸・未・申・酉のこの数字は「破字」に属す。甲癸が酉に配すれば必ず眼睛を傷損し、未・申に見えれば心腹の疾を患い易し。さらに生時が害郷に落入するや否やを看、もし天干の神がまた制伏せられれば、応験し来りて決して落空しない。甲・辛・卯・午・申のこの数字は「懸針」に属す。もし五行気なく、また徳神に遇って解するがなければ、多くは兵を為る人である。《三命纂局》に歌ありていう――懸針字が三四個を占めれば、懸針眼疾という、一生険厄頻々。さらに刑冲を被りて殺を帯びれば、流放遷徙するを要し、どうして面上に字を刺す軍漢と為らざらんや。

【戊庚戍屬杖刑鋒刃】若帶羊刃蝕神,定犯徙流。【乙己丑巳屬闕字】(曲腳殺附)犯多者必有闕唇,穿耳,肢體不全,若無德合,五行無氣,*(ps*讀音:gu(谷)我的字庫沒這個字)帛不充,寄食他門。李九萬云:凡巳酉丑三合全,天干帶己字者,主唇齒不全之疾,一生招人唇吻。八字金書云:四柱中乙己巳者名曲腳殺,帶多主他養為子,不然養他人子,主兩姓故也。

戊・庚・戍のこの一類の字は「杖刑鋒刃」に属す。命裏にこれらの字を帯びまた「羊刃」と蝕神を帯ぶれば、必ず徒刑流放を犯上するを要す。乙・己・丑・巳のこの一類の字は「闕字」に属し、「曲脚殺」もまたこの一門に附す。犯すこと多き人は必ず唇裂・穿耳・肢体不全の一類の残缺あり。もしさらに徳神の相合なく五行また全く気勢なければ、谷米布帛すら充足せず、ただ他人の門下に寄食するのみ(原刻ここに一字を缺く、旧注は読音「谷」と同じと標明す)。李九万がいう――およそ巳酉丑の三合斉全にして天干がまた己字を帯ぶれば、唇歯に残缺の疾あるを主り、一生は口舌是非を招惹する。《八字金書》にいう――四柱中に乙・己・巳が出現するを曲脚殺といい、帯ぶること多ければ他人に收养せらるるを主り、さもなければすなわち他人の子を收养する。要するに両姓の縁故を沾るを要す。

【丙壬寅酉為聾啞字】若犯多者,及胎中受害,時食於日,必患聾啞,又酉日戍時生者主聾啞,及頭害惡瘡,此是時破日者也。歌曰:平頭必是為僧道,破字終須失眼明,殺看懸針須刺面,徙流多見杖刑並,飢貧不幸逢空闕,相貌兼知不十成,惟是相遭聾啞字,空亡無氣定來精。(金書命訣)

丙・壬・寅・酉のこの数字は「聾啞字」に属す。犯すこと多く、また胎元上に傷を受け、加うるに生時が反転して生日を吞食するは、必ず聾啞の症を患う。この外に酉日戍時生の人もまた聾啞を主り、また頭上に悪瘡を生じ易し。これは生時が生日を冲破する所致である。《金書命訣》に歌あって総括していう――命に平頭字を帯ぶるは多くは出家して僧道を為し、破字を帯ぶるは終に眼目を損傷するを要し、懸針殺を帯ぶるは面上の刺字を防ぐを要し、杖刑字を帯ぶるは多く流放徙辺と相連なる。不幸空亡と闕字に遇上すれば、一生飢寒貧困、相貌もまた十全を得難し。ただ聾啞字に碰上し、さらに空亡無気を加えれば、応験し来りて最も精準である。

禄絶命絶

祿絕者,如甲乙生人在申,主仕官不久,職位難進,資財不豐,門閥不盛。人命絕者,如亥子人在巳,主孤獨少子,又壽不長,中年多困。(三命吟)

いわゆる禄絶とは、例えば甲・乙日の人が申位に生まれれば、申はまさに甲乙の禄の絶地で、做官長久せず、職位昇遷し難く、銭財豊厚ならず、家門もまた興盛せざるを主る。いわゆる命絶とは、例えば亥・子年命の人が巳位に碰上すれば、孤独にして子女少なく、寿数長からず、中年に多く困頓するを主る。この条は《三命吟》から出る。

同類破

如己未見甲辰,甲辰見己丑,己丑見甲戍,甲戍見己未,凡在四沖之地,納音同類,逐兩位逆數之是也,寅申巳亥子午卯酉,亦以此取之,主人平生多不足,不成器道。經云:井欄互破,無藥可醫,遇空亡則庶幾,行年行運亦忌之。凡命帶重支迭干者,主心懷不佳,計較機謀,狡獪短行,歲運添之,因而有失,亦主思慮過當,有心力藏懷之人也。

同類破の様子は、己未が甲辰に見え、甲辰が己丑に見え、己丑が甲戍に見え、甲戍が己未に見るがごとし。およそ辰戌丑未のこの四つの相冲の地に在り、両柱の「納音」がまた同一類に属し、两位を隔てて逆数せばこれである。寅申巳亥・子午卯酉の両組もまたこの法に倣って取る。これを犯す人は一生に缺憾ありて、大器を成さず。経書上に「井欄互いに破れば、医すべき薬なし」といい、ただ「空亡」に碰上して初めて略しく転圜あり、流年大運が走り至るも同じく忌憚す。およそ命裏に地支重出・天干重畳する人は、心懐多く坦蕩ならず、算計を好み機謀を耍し、狡獪にして行事厚道ならず。歳運がさらに一重を添えれば、これに因って失手する、また思慮過度を主り、心事を深蔵して露さざる人である。

凡四柱不可犯丙戊二干,若在寅辰上,名仇讎晦氣,主招謗怨,多與人競,如韓球都大命,戊辰年,甲寅月,甲寅日,丙寅時,又*(ps:*為足和束這個字怎麼都查不到)山如老庚辰年,戊寅月,戊寅日,丙辰時是也,古詩云:丙戊忌見莫同群,逢之災咎及其身,若遇仇讎龍與虎,非時刑禍不堪論。

およそ四柱の中に同時に丙・戊の両干を犯着するを宜とせず。もしこの両干がまた寅・辰の上に坐すれば、「仇讐晦気」といい、毀謗怨恨を招惹し、動もすれば人と争競するを主る。例えば都大官韓球の命――戊辰年・甲寅月・甲寅日・丙寅時。また別の一り、名字の首字が残缺し後の两字が「山如」と作る老者――庚辰年・戊寅月・戊寅日・丙辰時。皆この一類である。古詩にいう――丙と戊は最も同一群に処するを忌み、碰上すれば災咎は即ち自身に落ちる。もしさらに辰龍寅虎のこの一対の仇讐に遇上せば、時宜に合わざる刑傷禍患は簡直に言い尽くし難し。

凡命帶乙己癸三干全者,不是四肢眼目破傷,則中年後犯刑,甲乙庚三干全者主失明,十有九中,或小年斑瘡損眼,帶辰午酉全,中年定失明,乙癸二干不可同見丑字,主富貴少壽,丁辛二干不可同見巳字,主傷父母,經曰:乙癸同牛寸陰難保;丁辛見巳,父母多傷。

およそ命裏に乙・己・癸の三干斉全する人は、四肢あるいは眼目の傷を受けるならずば、すなわち中年以後に刑法を触犯す。甲・乙・庚の三干斉全するは失明を主り、十中八九は応験する。ある者は小時に斑瘡を出して眼睛を傷つる。もしさらに辰・午・酉の三支を帯斉すれば、中年に必ず失明す。乙・癸の両干は同時に丑字に見るべからず、見れば富貴ありといえども寿数長からざるを主る。丁・辛の両干は同時に巳字に見るべからず、見れば父母を刑傷するを主る。経書上にいう――乙癸が一同に丑牛の上に落ちれば、片刻の光陰すら保ち難し。丁辛が巳字に見えれば、父母多く損傷あり。

丙辛二干不可見卯,己丁壬三干,不可見午申,名曰類應,主平生歇滅,乙辛二干不可同位,乙未辛未是也。庚壬二干不可同位,庚戍壬戍是也,名曰反傷,主富貴人夭壽,小人刑戳之災,經曰:乙辛逢未是天牢,四位同宮禍患遭,庚壬遇戍須徙配,災咎來時不可逃。(廣信集)

丙・辛の両干は卯字に見るべからず、己・丁・壬の三干は午・申に見るべからず。これを「類応」といい、一生沈滞消歇を主る。乙・辛の両干は同じく一位に処すべからず、乙未が辛未に配するがごとき。庚・壬の両干もまた同じく一位に処すべからず、庚戍が壬戍に配するがごとき。これを「反傷」という――富貴の家の人が遇上すれば短寿を主り、尋常の百姓が遇上すれば則ち刑戮の災あり。経書上にいう――乙辛が一同に未に逢えば身が天牢に陥るがごとく、四柱が同宮すれば必ず禍患に遭う。庚壬が一同に戍に遇えば流放して辺に配するを要し、災咎の来る時は躲くも躲れ難し。この条は《広信集》から出る。

第七巻

論五行一

五行者往來乎天地之間,而不窮者也,是故謂之行,北方陰極而生寒,寒生水。南方陽極而生熱,熱生火。東方陽散而而生風,風生木,西方陰止以收而生燥,燥生金,中央陰陽交而生溫,溫生土,其相生也,所以相繼,其相剋也,所以相治,此這謂有偏。(五行要論)

五行は天地の間に往来運行して永く窮尽せざる物だから、これを「行」と称する。北方は陰気が極に至りて寒を生じ、寒は水を生ず。南方は陽気が極に至りて熱を生じ、熱は火を生ず。東方は陽気が発散して風を生じ、風は木を生ず。西方は陰気が収斂静止して燥を生じ、燥は金を生ず。中央は陰陽が交會して温を生じ、温は土を生ず。五行相生するは、彼此接続して絶えざらんが為である。五行相克するは、彼此制約治理せんが為である。この説は《五行要論》から出る。

論金

春忌見木,不能克伐。夏忌見火,金嫌鬼盛。秋忌見金太剛則闕,旺則害物。冬忌見水,水流則金化,(金成則火煉器就,是金成則欲得火,金未成則不欲火也。又云:秋金得火方為良金,到已(ps:懷疑實為巳)酉丑亦可謂之成也。)

金は春に木に見るを忌む。春木は正に旺しく、金はかえって剋伐し動かさざるが故である。夏に火に見るを忌む。火は金の鬼殺で、夏火太盛なれば金は受け堪えざるが故である。秋に金に見るを忌む。同類相畳して剛硬に過ぎれば損缺するを要し、旺して極に至ればかえって他物を傷害するが故である。冬に水に見るを忌む。水が一たび流瀉すれば、金気はこれに随って消融するが故である。小注にいう――金すでに成形し、火の煅錬を得れば器を成すべし。だから成形の金は火に見るを希望し、未だ成形せざる金は則ち火に見るを希望せず。またいう――秋の金は火を得て初めて良金と算え、巳・酉・丑の地に行き到るもまた器を成すと算え得べし(原刻は「巳」を誤りて「已」と作る)。

又云:金不煉不成器,聚金無火,難成脫樸之名,金重火輕,執事繁難。金不利死衰之火,器象難完,金極火盛,為格最精,金輕火重,鍛鍊消亡,大火鍊金,幸功成而退速,純金湊水遇富顯以贏餘。

またいう――金は煅錬を経ざれば器物を成さず、一堆の金を聚めて火なければ、粗朴を脱却して器成の名を得ること難し。金が太重にして火が太軽なれば、事を弾ずるは必ず繁難である。金がもしすでに衰死の火に碰上すれば、器形もまた完整し難し。金が極に至りて火また旺盛なれば、これは最も精粹の格局である。反って金軽く火重ければ、一味に煅錬し続けて、金はかえって銷熔して尽くさん。大火が金を煉るは、僥倖して成功し得るといえども、功成の後も退くこと速し。純粹の金にさらに水を湊えば、則ち富貴顕達にして財用余餘あるを主る。

李九萬云:金成則火來,故金未成欲得見火,金已成器,不欲見火也。又云:金無水則乾枯,土重則埋沒不顯,水重則沉沒,不作福。悟玄子云:火滅金須成大器,金輕火重命難全。孫子才云:金見子午寅亥,終始蹇塞之人,或成則破。

李九万がいう――金が器を成すは全く火の来るに頼る。だから未だ器を成さざる金は火に見るを希望し、すでに器を成せる金は則ち再び火に見るを希望せず。またいう――金に水なければ乾枯し、土が太重なれば埋没せられて顕達し得ず、水が太重なれば則ち沉溺して其中し、福を結出し得ず。悟玄子がいう――火熄の後に金は初めて大器を成し得、金軽くして火重きの命は保全し難し。孫子才がいう――金が子・午・寅・亥の四支に見えれば、一生始終蹇滞閉塞し、たとい器を成してもなお再び破るを要す。

希尹云:五行中其他長生皆在母氣臨官位,如木臨在寅,即為火長生之地,獨金長生在巳,土氣至巳已絕,又是火臨官之位,遇剋我者,而反為長生,豈非金氣,雖以至陰為體,然中含至陽之精,乃能堅剛,獨異眾物,若獨陰而不堅,則冰雪是也。遇陽則消矣。六金中惟庚戌尤喜巳,蓋火庫中金也。若見乙巳,雖納音屬火,而乙與庚合,化為真金亦無礙。

希尹がいう――五行の中、他の各行の長生位は皆我を生ずる母の臨官の地に落つ。例えば木が寅に臨官し、寅は正好に火の長生の地である。ただ金の長生は巳に在りて、土気は巳に到ればすでに断絶し、巳はまた正しく火の臨官の位である。我を剋する火に碰上し、かえって自己の長生を成す。これはまさに金気が至陰を以て形体と為すと雖も、中間に至陽の精華を含むが故に、初めて堅硬剛強にして万物と同じからざるを得るを証明するに非ずや。もし純陰のみにして堅ならざれば、すなわち氷雪を成し、一たび陽気に遇えば消融する。六つの金命の中、ただ庚戌のみ最も巳を喜ぶ。それは火庫裏の金なればである。もし乙巳に見えれば、乙巳の「納音」は火に属すと雖も、乙と庚が相合して真金に化成するから、妨げなし。

論木

春忌見金,蓋死弱傷生,夏忌見火,火出木盡,秋忌見水,水盛則木漂,冬忌見死絕,(為春以前三陽未盛,盤根在地,當是時金水火土不能害之,惟忌死絕年。)又云:甲戌乙亥木之源,生木慾火而秀,丙丁亦然。死木得金而造,庚辛必利,生木見金自傷,死木得火焚則盡,發則無憑也。無風即止,遇水返化其源。無風即止,亂也。遇水返化其源,盡也。

木は春に金に見るを忌む。春の金は死絶衰弱の地に処すと雖も、なお正に生発する木を傷るを得るが故である。夏に火に見るを忌む。火が一たび冒出すれば木は焼き尽くされるが故である。秋に水に見るを忌む。水が一たび盛んなれば木は漂流するを要すが故である。冬に死絶の地に見るを忌む。小注にいう――冬は立春以前で、三陽の気未だ生発せず、木は正に地下に盤根し、この時は金・水・火・土のいずれもそれを害し得ず、ただ死絶の年に行き到るを怕れるのみ。またいう――甲戌・乙亥は木の本源である。活木は火を得て初めて秀発を顕し、丙・丁の両干もまた同じ。死木は金の雕造を得、庚・辛の両干は必ず利あり。活木が金に見えれば自身傷を受く。死木がもし火に焼かれれば、一たび焼けば尽く、発き起るも頼み難し。風なければそれは静止し、水に遇えば本源に返る――いわゆる無風即ち止とは、動乱せざるをいい、いわゆる水に遇えば源に返るとは、気数がここに至りてすでに尽くをいう。

活木甲戌乙亥木之源,甲寅乙卯木之鄉,甲辰乙巳火木之生,死木甲申乙酉有暗金,甲午乙未有金剋,甲子乙丑金剋木。

活木に属するは――甲戌・乙亥は木の本源、甲寅・乙卯は木の本郷、甲辰・乙巳は火と木の相生の地。死木に属するは――甲申・乙酉は底下に暗に金を蔵し、甲午・乙未は金が来て剋し、甲子・乙丑は同じく金が木を剋す。

孫子才云:天干納音木見水多,木氣浮輕,水氣漂流,營生每勞力,剋陷六親,浮散他鄉,無安適之地。悟玄子云:水,小潤苗,大漂流。李九萬云:木有金,則有惟高惟斂之德,仍愛土重,能蟠根萬仞,冬月宜土,春月宜水,表裡也。土少則有根危枝茂之患,又云:凡木春生者,主一生不得閒。

孫子才がいう――天干と「納音」がともに木に属する人がもし水多すぎるに見えれば、木気は軽浮して水に随って漂流し、生を謀るに常に苦力を出すを要し、また六親を刑克し、他郷に飄散して安身の処を見つけ得ず。悟玄子がいう――水少なければ苗を潤すべし、水多ければ苗を漂い去らしむ。李九万がいう――木に金が来て修剪せば、高処に向かい生長し内に向かい収斂する徳性有るを要す。同時にまた土厚きを喜び、土厚ければ初めて根を万仞の深処に盤め得る。冬月は土あるを宜とし、春月は水あるを宜とし、両者は互いに表裏を為す。土がもし太少なれば、根基危浅にして枝叶徒らに茂るの隠患あり。またいう――およそ木命が春に生まれる人は、一生閑かなることを得ず。

論水

四時皆忌火多,火多則受竭,忌見沖刑,沖刑則橫流,忌見土重,土重則不流,忌見金死,金死則水囚,忌木旺,木旺則水死。又云天傾西北,水之源,地陷東南,水之府。天傾西北,亥為水出之方,地陷東南,辰為納水之海,逆流到申而作聲,故水不西行,水多則溢,反散漫而多不足也,土年亦然,卯巳同。

水は四季に皆火多きを忌む。火多ければ水は焼き乾かされるが故。冲と刑に見るを忌む。一たび冲し一たび刑せば水は横流泛濫するが故。土重きに見るを忌む。土重ければ水は流れ動かざるが故。金死に見るを忌む。金が一たび死すれば水は囚せらるるが故。木旺に見るを忌む。木旺なれば水は枯死するが故。またいう――天は西北に傾き、あれは水の源頭である。地は東南に陥落し、あれは水の帰宿である。天が西北に傾くから、亥は水の流出する方である。地が東南に陥るから、辰は衆水を容納する大海である。水が逆流して申位に到れば声響を発するを要すから、水は西に往かず。水が多すぎれば漫溢するを要し、かえって散漫して帰なく處處不足する。土年に行き到るもまたこの理で、卯・巳の両支も同じくしかり。

玉霄寶鑑云:水之性潤下,逆則有聲,順則有容,年月日時,逆行十二辰者逆也,入格者主清貴有聲譽,順行十二辰者順也,主有度量,有吉神扶助乃貴格。

《玉霄宝鑑》にいう――水の本性は下に向かい滋潤するに在り、逆らって走れば声響あり、順って走れば容量あり。年・月・日・時の四柱が十二地支に拠りて倒して排するを逆といい、格局に合するは主人が清貴にして声望名誉あるを主る。十二地支に拠りて順って排するを順といい、主人が度量寛宏を主り、もしさらに吉神の扶助あれば、貴格である。

悟玄子云:水流清處遇冬天,壬癸難逢亥子全,最愛金生名秀氣,偏惟敗土濁根源(一本云:偏為敗土濁其源)。李九萬云:水不絕源,亦伏金而流遠,水不可太過,過則反傷。沉芝云:水命動搖多主濁,注云:凡水命不要太旺,更逢沖破,主常俗之人,或陰人不愛旺,多主淫蕩,愛自主自絕則吉。

悟玄子に歌ありていう――水が流れて清澈の処に到りまた冬に遇上し、壬癸の水は亥・子の斉全を得難し。最も喜ぶは金の相生し来る、あれを秀気という。最も怕るは敗地の土が源頭を攪渾する(別本は「偏に敗土の其の源を濁すを為す」と作る)。李九万がいう――水はただ源頭が断えず、また暗に金を下に伏せば、長遠に流れ得る。ただ水は太過すべからず、過ぎればかえって身を傷る。沈芝がいう――水命の動揺不定は多くは渾濁を主る。注文が解釈していう――およそ水命は太旺するを要せず、もしさらに冲破に逢えば、平庸俗气の人である。女子の命は殊に太旺を喜ばず、太旺は多く淫蕩を主り、自死自絶の位に坐するを好んでかえって吉利である。

論火

春忌見木,惡其焚也,夏忌見土,火旺見土,則暗也,秋忌見金,不能剋制,冬忌見水,水旺則滅形,春火欲明,不欲炎,炎則不實,秋火欲藏,不欲明,明則燥也。冬火欲生,不欲殺,殺則暗也。又云:火無不明之理,明無不滅之象,火多令人不實,火極明明不久也,不可無木,木能藏火,春火得明,到卯寅生也,火不利西,古法云:然是春火亦宜晚明何也,火無不明之理,亦無不滅之象,火多發即死也。

火は春に木に見るを忌む。それが焼くこと太く勐きを怕るが故。夏に土に見るを忌む。火が正に旺しき時に土に見えれば、光は掩い暗めらるるが故。秋に金に見るを忌む。秋金が太堅にして火は克制し動かさざるが故。冬に水に見るを忌む。水旺せば火形を澆滅するが故。春の火は明亮して炎烈ならざるを要し、太炎烈なれば結実せず。秋の火は収蔵して明亮ならざるを要し、太明亮なれば乾燥す。冬の火は生発して粛殺ならざるを要し、粛殺なれば晦暗す。またいう――火に明らかならざるの理なく、明亮の後もまた熄滅せざるの形象なし。だから火多き人は往々にして踏実せず、火は極に明るくするも明るさ長久せず。火は木なかるべからず、木は火を蔵め得る。春火の明るき所以は、寅・卯に行き到りて生を得るが為である。火は西方に利せず。古法にいう――すでに然るとすれば、春火はなぜまた晚くして初めて明亮するを宜とするや。正に火に明らかならざるの理なく、また滅せざるの形象なきが故に、火多すぎる人は一たび発き起れば敗亡するを要すが故である。

悟玄子云:炎炎真火鎮南方,不必輝光要扶藏,遇土不明多蹇塞,木逢旺處最為良,木死火虛難得求,早歲功名不久長。玉霄寶鑑云:火性炎上,不可太旺,太旺則酷烈暴物,生居離位者,果斷有為,銳於建功立事,若居坎位,則畏事多禮之士。李九萬云:火不長炎,惟託木以焰,火多無木者,不可發早,發早則無壽。

悟玄子に歌ありていう――熊熊たる真火は南方を鎮守し、必ずしも一味に光輝を求めず、要緊なるは依託収蔵あるに在り。土に遇上すれば明らかならず、一生多く蹇滞閉塞す。木が旺地に行き到れば初めて最もよし。木がもし死すれば、火は虚浮して依なく、何をか求め得られん、早年たとい功名あっても長久せざらん。《玉霄宝鑑》にいう――火性は上に向かい燃焼し、太旺すべからず。太旺なれば酷烈にして万物を暴殄す。離位南方に生まれる人は果斷にして有為、鋭意功を建て業を立つ。もし坎位北方に生まれれば、畏首畏尾にして礼数多き人となる。李九万がいう――火は長久に燃焼し得ず、ただ木に依託して初めて火焰あり。火多くして木なきの人は早発すべからず。早発すれば長寿なかるべし。

論土

五行之主,散在四維,故金木水火,依而成象,是四時皆有用,惟忌火死(酉也),水旺(子也)。神白經云:火死土囚,水旺土虛。風角云:土得金火成大器,又云:土高無貴,空惹灰塵。土聚則滯,五行聚處,生有福之人。

土は五行の主宰で、四方四隅に散布す。だから金・木・水・火は皆それに依託して初めて成形し得、一年四季それに用処あり。土はただ火死の地を忌む、すなわち酉、および水旺の地、すなわち子である。《神白経》にいう――火が一たび死すれば、土は囚せられる。水が一たび旺せば、土は虚に変る。《風角》にいう――土が金と火を得れば、大器を成就し得る。またいう――土を堆く高くするも未だ必ずしも貴ならず、徒らに一身の灰塵を惹く。土が一処に聚れば滞塞するが、しかし五行聚会の処は、往々にしてまた福ある人を生ず。

何故土聚復滯?古人云:土聚在辰未即貴,謂陽土聚於辰,陰土聚於未,辰未者土之正位也,丑戌亦土位,何不言之?蓋辰有伏水,未有匿木,水不能滋養萬物,故合人貴,戌有藏火,丑有隱金,秋火冬金,能留萬物,故令人不貴,是土愛辰未,而不愛丑戌也,若五行有氣,秉麻成行,晚年莊產無比,此乃生養之地,為福也。(神白經)

すでに五行聚会が福を生ずるを説くや、なぜ土聚はまたかえって滞塞するや。古人がいう――土が辰・未の両支に聚れば貴を主る。陽土は辰に聚り、陰土は未に聚り、辰未は土の正位だからである。或る人が問う――丑・戌もまた土位なり、なぜ算えざるや。これは辰中に水を伏せ、未中に木を蔵し、水木は万物を滋養し得るから、人をして貴顕せしむ。しかるに戌中に火を蔵し、丑中に金を隠し、秋火と冬金はただ万物を収束留滞せしむるのみで、人をして貴ならしめ得ざるが故である。これを見れば土は辰・未を喜びて丑・戌を喜ばざる。もし五行に気ありて、排列して種けたる麻の成行成列のごとくなれば、晩年に田荘産業は人の比ぶるなし。辰未はもとより生養の地で、まさに福気の在所なればである。この説は《神白経》から出る。

孫子才云:天干納音土,不可見水太過,少見則為財,多則為滯。悟玄子云:水土同行終汨沒。李九萬云:土太過無水則不和柔,無木則不疏通,土命見火,女人多不生長,又云:土旺四季,惟戌土困弱,為人多瞌睡,辰未人好食,丑人清省。沉芝云:土旺反虛,丑成卓立,注云:凡土命不要太旺,反虛不實,見丑即吉,丑有良土,有癸水,故潤而有膏,命遇此能卓立也。

孫子才がいう――天干と「納音」がともに土に属する人は水の太過に見るべからず。水少なければこれは財で、水多ければ滞礙を成す。悟玄子がいう――水と土と同行すれば、最後に総じて沈没するを要す。李九万がいう――土が太過して水なければ、性情は柔和ならず。木なければ、気機は疏通せず。土命が火に見えれば、女子は多くは子を養い大きくせず。またいう――土は辰戌丑未の四季月に皆旺すが、ただ戌土は困弱し、戌土の人は瞌睡を打つを好み、辰・未の人は貪吃し、丑の人は清醒して事を省く。沈芝がいう――土旺せばかえって虚浮し、丑に見えて初めて卓然として自立し得る。注文が解釈していう――およそ土命は太旺するを要せず、太旺すればかえって虚にして実ならず。丑に見えれば吉なり。丑裏に良土あり、また癸水を蔵するから、土質は潤沢にして肥沃、命がこれに遇えば立ち得る。

五行之性

火為太陽,性炎上,木為少陽,性騰上,而有所止,水為太陰,性潤下,金為少陰,性沉下,而有所止,土無常性,視四時所乘,欲使相濟得所,勿令太過不及。(廣錄)

火は太陽に属し、本性は上に向かい燃焼する。木は少陽に属し、本性は上に向かい騰升するが、一定の処に升れば止まる。水は太陰に属し、本性は下に向かい滋潤する。金は少陰に属し、本性は下に向かい沈降するが、一定の処に沈めばまた止まる。土は固定の性情なく、それがどの季節に乗ずるかを看て以て定まる。要するに五行をして彼此調剤して各々その所を得せしめ、いずれの一行にも太過あるいは不及せしむべからず。この条は《広録》から出る。

釋五行真象(宰公要訣)

甲乙丙丁木火象,多貴。庚辛壬癸金水象,秀實,貴。甲乙戊己木土象,秀實,主脾胃疾。乙庚丙辛金水象。丙丁戊己火土象,貴,主下部或腎疾。庚辛甲乙金木象,骨疾。戊癸甲己火土象。乙庚丁壬金火象。庚辛丙丁金火象,血疾暗,禍發死。壬癸丙丁水火象,目疾,水多賤,火多貴。乙庚戊癸金火象,血疾。丙辛戊癸水火象,目疾。庚辛戊己金土象,貴。壬癸戊己水土象,水多貴,土多賤,雖敏不發腎疾。乙庚甲己金土象。丙辛甲己水土象,腎疾。壬癸甲乙水木象,清貴。甲己丁壬土木象。丙辛丁壬水木象。戊癸丁壬火木象。

以下は天干の配対の成す所の「真象」を拠り逐条に応験を列出す――甲乙と丙丁と相配して木火の象を成すは、多く貴顕を主る。庚辛と壬癸と相配して金水の象を成すは、秀気にして結実し、また貴を主る。甲乙と戊己と相配して木土の象を成すは、秀実にして脾胃の疾を患い易し。乙庚と丙辛と相配して金水の象を成す。丙丁と戊己と相配して火土の象を成すは、貴を主るが、下部あるいは腎臓の疾を患い易し。庚辛と甲乙と相配して金木の象を成すは、骨病を主る。戊癸と甲己と相配して火土の象を成す。乙庚と丁壬と相配して金火の象を成す。庚辛と丙丁と相配して金火の象を成すは、血疾と暗疾を主り、禍事が一たび発すれば性命の憂あり。壬癸と丙丁と相配して水火の象を成すは、眼疾を主り、水多ければ賤、火多ければ貴。乙庚と戊癸と相配して金火の象を成すは、血疾を主る。丙辛と戊癸と相配して水火の象を成すは、眼疾を主る。庚辛と戊己と相配して金土の象を成すは、貴を主る。壬癸と戊己と相配して水土の象を成すは、水多ければ貴、土多ければ賤、人は聡敏なるも発達し易からず、また腎疾あり。乙庚と甲己と相配して金土の象を成す。丙辛と甲己と相配して水土の象を成すは、腎疾を主る。壬癸と甲乙と相配して水木の象を成すは、清貴を主る。甲己と丁壬と相配して土木の象を成す。丙辛と丁壬と相配して水木の象を成す。戊癸と丁壬と相配して火木の象を成す。

又五行真象

金水,多情。金火,剛虐刻核。金木,柔而有立,剛正時成。金土,重厚有執,福慧數金。木火,文彩。木水,清秀和而有立。木金,剛直。木土,毒害,飲饌己重。水火,多慧。水木,智仁滋潤。水金,清秀福德超達。水土,重濁汨沒多難。火水,先昧後明,晚年超達。火木,文彩好勝。火金,性烈。火土,記問大毒。火土,思慮博學。土木,平直而運物。土金,好學少成,先勞後逸。土水,有信有智。(宰公要訣)

もう一種の真象は両行の相合に拠りて人の品性を断ず――金と水と相合する人は多情。金と火と相合する人は剛強厳酷・苛刻にして真を較べる。金と木と相合する人は柔順にして自立し能く、剛正の性は時に到れば自ずから成就す。金と土と相合する人は厚重にして操守あり、福慧兼備して金子を数うるがごとし。木と火と相合する人は文采あり。木と水と相合する人は清秀平和にして自立し能くす。木と金と相合する人は剛直。木と土と相合する人は性に毒害を帯び、飲食を講究して自身を看重す。水と火と相合する人は聡慧。水と木と相合する人は智あり仁あり、性情温潤。水と金と相合する人は清秀にして福徳群に超え通達す。水と土と相合する人は重濁沈淪、多災多難。火と水と相合する人は先暗く後明るく、晩年通達す。火と木と相合する人は文采ありて勝を好む。火と金と相合する人は性情剛烈。火と土と相合する一類の人は記誦広博するも毒性大なり、別の一類は則ち思慮深くして学問博なり。土と木と相合する人は平実正直にして事物を運用するに善し。土と金と相合する人は好学するも成就少なく、先労して後逸す。土と水と相合する人は信義ありかつ智謀あり。この表は《宰公要訣》から出る。

金水象不可見土,謂水土渾雜,金氣不見,水渾金暗,令人福淺,土歲亦滯,唯金水清白,集秀麗之容,水深金重逢水厄,遇水須教落深淵。假令癸酉年生,怕癸亥月,庚子日,辛巳時,主水厄也。

金水の象は再び土に見るべからず。水土が混雑すれば、金気は顕出し得ず、水は渾濁し金は晦暗して、人をして福気浅薄ならしめ、土年に走り至るも同じく滞塞す。ただ金水が清澈明白なるのみ、秀麗の儀容を聚成し得る。ただし水太深く金太重の人は容易に水厄に遭い易く、一たび水に遇えば深渊に落ち入る可能あり。例を挙げれば、癸酉年生の人は、最もさらに癸亥月・庚子日・辛巳時を配すを怕る。この種の命は溺水の災あるを主る。

金火象不可見水,金火主血多,性好殺,往往因血主福,金重火輕發遲益壽。金輕火重發早退速。早發虧壽,利主兵刑之權也。金木象活木畏金,見火成秀,死木得金,方成其造化,金重木輕,令人多骨痛,木重金輕,反化肺疾,金木相宜,造成顓平之象也。悟玄子云:金輕木重損錢財,金重為殃徹骨災。

金火の象は水に見るべからず。金火の相配する人は血気偏盛にして、性情は殺伐を好み、往々にして流血の事を経歴して初めて福を得る。金重くして火軽きは発跡較遅し、卻って寿を益し得る。金軽くして火重きは発跡早しも退くこと速く、早発の人はかえって寿数を折損す。この種の命は兵権刑権を掌るに宜し。金木の象は則ち――活木は金を怕れ、火に見えて初めて秀気を顕す。死木は金の雕琢を得て、初めて造化を成し得る。金重く木軽き人は多く骨節疼痛し、木重く金軽きはかえって肺病に化成す。金木が配して恰当なれば、端正平和の象を成す。悟玄子がいう――金軽く木重ければ財を破るを要し、金重ければ災殃を成し、徹骨の痛である。

金土象,土積成金,土多金少,其福厚著,金重土輕,福出艱辛,戊己土多有庚辛者,福厚,若庚辛多有戊己者福艱難也。水火象,火多者性急多悔,水多者令人眼疾,此象日時忌之。入酉火死,水浴,其命艱難而死,更忌歲來臨之。水土象,土重水輕,令人有下部疾,雖有文章秀而不實,水重土輕卻有科名。

金土の象は土が累積して金を生ずる――土多く金少なき人は福気厚実。金重く土軽き人は福気の来ること艱辛である。天干に戊己の土多くして一両個の庚辛を帯ぶるは、福厚し。反って庚辛多くしてただ一両個の戊己のみあるは、福は艱難である。水火の象――火多き人は性子急躁にして懊悔多く、水多き人は眼疾を患い易く、この種の象は日柱・時柱上に殊に忌むを要す。酉位に行き到れば、火はここに死し水はここに沐浴し、命は艱難にして亡に至り、さらに流年太歳もまたこの一処に臨來するを怕る。水土の象――土重く水軽き人は下部の疾あり、文章あっても秀にして実ならず。水重く土軽きはかえって科第功名を取得し得る。

火土象,火虛土聚不成物,若同水流成汨沒,火虛土聚成何用,定是塵埃碌碌人。戊子戊午己丑己未丁巳丁亥丙辰丙戌。丙丁與戊己相夾,乃火虛土聚,時上逢水,土滯火滅。平生蹇塞薄,又云:大火見土則暗,大土見火則虛,土輕火重不明,己卯日丙寅時是也。(神白經)李九萬云:戊子、己丑、戊午、己未、丙辰、丁巳、丙戌、丁亥、皆火土雜之象,見壬癸則主汨沒也。

火土の象――火虚にして土聚れば、何をも成さず。もしさらに水に随って漂流すれば、沈淪淹没するを要す。火虚土聚は何の用あらん。註定して庸庸碌碌・塵埃を沾満する人である。この象に属する干支は戊子・戊午・己丑・己未・丁巳・丁亥・丙辰・丙戌あり。丙丁が戊己に中間に夾まるるは、すなわち火虚土聚である。時柱上にさらに水に逢えば、土は滞塞して火は熄滅し、一生蹇滞にして福薄し。またいう――大火が土に見えれば光は暗く、大土が火に見えれば気は虚し。土軽く火重ければ明らかならず、己卯日に丙寅時を配すればすなわちこのごとし。この説は《神白経》から出る。李九万がいう――戊子・己丑・戊午・己未・丙辰・丁巳・丙戌・丁亥は皆火土相雑の象で、さらに壬癸に見えれば沈淪淹没を主る。

五行真気は干化と納音の同類を取る

壬子壬午真木,己酉己卯真土,丙子丙戊真水,戊子戊午真火,乙丑乙未、庚辰庚戌真金。

いわゆる真気とは、天干化合の気と「納音」の属する所が恰好同類なること――壬子・壬午は真木、己酉・己卯は真土、丙子・丙戊は真水、戊子・戊午は真火、乙丑・乙未と庚辰・庚戌は真金である。

五行真日時

乙酉日庚辰時為精金,丁巳日丙午時為精火,癸亥日壬子時為精水,己丑日戊辰時為精土,甲寅日丁卯時為精木,以上主富貴。(廣信集)

日と時が相配して一行の精粹を成すに、下面の数組あり――乙酉日に庚辰時を配するは精金、丁巳日に丙午時を配するは精火、癸亥日に壬子時を配するは精水、己丑日に戊辰時を配するは精土、甲寅日に丁卯時を配するは精木。以上の五種の配合は皆富貴を主る。この条は《広信集》から出る。

論五行真貴(神白経)

火人丙日辛時,辛日丙時;木人甲日己時,己日甲時;土人戊日癸時,癸日戊時;水人壬日丁時,丁日壬時;金人庚日乙時,乙日庚時。重犯富淺。

五行は各々いわゆる真貴の日時配法あり――火命の人は丙日に辛時を配するか辛日に丙時を配するを要し、木命の人は甲日に己時を配するか己日に甲時を配するを要し、土命の人は戊日に癸時を配するか癸日に戊時を配するを要し、水命の人は壬日に丁時を配するか丁日に壬時を配するを要し、金命の人は庚日に乙時を配するか乙日に庚時を配するを要す。これらの配合がもし重复して出現多すぎれば、富貴はかえって浅薄となる。

四時摂聚

甲寅丙寅木火攝助於人,丁巳辛巳金火攝聚於巳,庚申甲申金木攝聚於甲,壬申戊申水火攝助於申,癸亥乙亥水木攝聚於亥。以上主清要顯達,若月令不得地,亦作富命。(廣信集)神白經云:金水聚於申,火木聚於寅,水木聚於亥,火土聚於巳,全在日時,往往有福,若更在四時有氣之中生者妙,十有九貴。

「四時摂聚」とは、同一の時令の気が干支上に聚攏相助することをいう――甲寅と丙寅は木火の気が相攝相助し、丁巳と辛巳は金火の気が巳に聚り、庚申と甲申は金木の気が甲に聚り、壬申と戊申は水火の気が申に相攝し、癸亥と乙亥は水木の気が亥に聚る。以上の諸格は清要の職に居りて顕達するを主る。もし月令が地を得なくても、なお富命と作るべし。この条は《広信集》から出る。《神白経》にいう――金水は申に聚り、火木は寅に聚り、水木は亥に聚り、火土は巳に聚る。関鍵は全く日柱と時柱を看るに在り。湊斉し得れば往々にして福あり、もしさらに四季気あるの月に生まれればいよいよ妙で、十人の中九人は貴し。

五行足格

謂年月日時胎,五行排成若無沖破、空亡、死絕,更有福神,互為之助,五行入庫,最為上格,貴極一品,雖不入庫,只生旺亦可,然不及入庫為貴也。又不入庫,不生旺,只純粹不駁雜,亦可為兩府。純粹不駁雜者,無死絕沖破空亡,若有空亡死絕,即從減論。

いわゆる五行足格とは、年・月・日・時にさらに胎元を加え、五柱が五行を斉全に排することを指す。もしその中に冲破・「空亡」と死絶なく、また福神が彼此幇扶し、しかも五行が皆各々の庫に帰入すれば、これは最上等の格局で、貴は一品に極まるべし。たとい庫に入らずとも、ただ生旺の地に処すれば可なり、ただ入庫のごとき貴重に及ばざるのみ。さらに一歩退いて、庫に入らずまた生旺せずとも、ただ純粹にして駁雑ならざれば、同じく両府のごとき高位を為し得べし。いわゆる純粹不駁雑とは、死絶・冲破と空亡なきをいう。もし空亡死絶を帯びれば、等級に拠って递减して論ずるを要す。

然有他處納音救之,亦可為兩府兩制。然頗多難,其履歷須反覆進退,卻終有壽,若無救有福神為之助,當作卿監,若無救更空亡,而有福神互為之助,不過一多難員正郎,平生不能有土,若有沖破空亡,而又無一福神,不過簿尉州縣官,仍累經停替,若有三刑六害,即作有名舉人,或清高僧道,更有死絕,定是一富足百姓。又云:五行足,須是相生,不死絕,有氣,福祿神遞互乘之,便作至貴之命,如五行死絕,有他處來救亦與不死絕同,如有自死自絕而無救,不入格也。(林開三命)

ただしもし別処に「納音」が来りて救助すれば、なお両府・両制の地位を為し得るが、ただ波折較多く、仕途は反复進退するを要し、最終にはかえって長寿し得べし。もし人の相救なくして福神の扶助あれば、卿監の一級を為し得べし。もし救なくまた空亡に逢い、ただ福神の互相いに幇扶するに頼れば、多災多難の員外郎・正郎に過ぎず、一生田産を置く能わず。もし冲破空亡ありてまた一つの福神もなければ、すなわちただ主簿・県尉の一類の州県小官を為すのみで、また屡々停職替換せらるるを要す。もし命中に三刑六害を帯びれば、ただ名声あるの挙人を為るか、あるいは清高の僧道と為るのみ。さらに死絶を加えれば、あれは准じて衣食富足の老百姓に過ぎざるべし。またいう――五行斉足はさらに彼此相生して死絶に落らず各自気あるを要し、福神と禄神が逓相乗載して、初めて至貴の命を成す。五行がたとい死絶に落るも別処に救あるは、死絶せざると同じ。もし自死自絶してまた人来りて救うがなければ、この格に入らず。この条は《林開三命》から出る。

壺中子云:五行欲其自足,勿論胎。注云:乃金木水火土也,得之足者,為五行借足格,須言借者謂年月日時,可占五行之四字,乃取當生真氣所屬而圖之,蓋真氣即當年之主,味者添胎元一辰納音渾四柱而為五,謂之五命,欲其五行足而不闕,據胎分經言,人懷胎二百七十日而生,醫家以十月產者計其血臟乾溼之一月也,況人有多月生者以何為準?故云:勿用胎元。

《壺中子》にいう――五行は本身自足するを以て好しと為し、必ずしも胎元を算入するを要せず。注文が解釈していう――五行はすなわち金木水火土で、湊足し得るを「五行借足格」という。借という所以は、年月日時がただ五行中の四個の字を占得るのみで、さらに本人出生時の真気の属するあの一行を取りて補図するを要するが故で、真気はすなわち当生の年の主気である。見識浅き人は胎元のこの一柱の「納音」を添えて、それを四柱と合して五位を成し、五命と称して、一心に五行の足りて缺けざらんことを要す。しかし《胎分経》の説法に拠れば、人は二百七十日を懐胎して初めて出生し、医家のいわゆる十月にして産すは、血臟乾湿のあの一月をも算入する。まして人に怀胎十月を超過して生るる者あれば、また何を以て準と為さん。だから胎元を用いざるべしという。

天元變化書云:五行全,未必便貴,須支干有用,其間有正氣、真氣、官氣者,可許為上。正氣者印也,真氣者五行旺,官氣者真氣來克也。假令甲子年金,丁丑月水,丁卯日火,辛丑時土,戊辰胎木,此天干雜,納音無正氣、真氣、官氣,只有辛字用,被丁多所制,不能旺也。雖五行全,貧下。如壬申年,戊申月,乙巳日,丙子時,己亥胎,天元有戊之貴氣,化氣真火,故卿監。玉掌訣云:五行全者論和柔,雜亂徒然一世休,相交尅剝豈為佳,此命尋常恰似麻。

《天元変化書》にいう――五行斉全は未だ必ずしも貴ならず、さらに干支各々用処あるを要し、その中に正気・真気・官気の三者有るを要して、初めて上格と許す。正気はすなわち印綬、真気はすなわち五行の当旺の気、官気はすなわち真気が反転して我を剋する神である。例を挙げれば、甲子年の「納音」は金に属し、丁丑月は水に属し、丁卯日は火に属し、辛丑時は土に属し、戊辰胎は木に属し、この一造は天干駁雑にして、納音裏に正気もなく真気・官気もなく、ただ一つの辛字のみ用うべきも、衆多の丁火に圧制せられて、旺すこと能わず。五行斉全と雖も、依然として貧賤下等である。また壬申年・戊申月・乙巳日・丙子時・己亥胎のごときは、天干上に戊土の貴気あり、化気また真火を成すから、卿監まで為し得る。《玉掌訣》に歌ありていう――五行斉全はそれが和柔なるや否やを看るを要し、雑乱无章は白く空しく一生を過ごす。彼此交攻克剥してどうして好からん。この種の命は平常なること一団の乱麻のごとし。

五行一字者,謂年月日時胎,納音俱成一字,須是帶祿馬貴人有氣,則為兩府,若只帶祿馬或貴人為兩制,會祿馬貴人,但只有氣,亦卿大夫之命。如馮京辛酉年,辛卯月,癸丑日,辛酉時,壬午胎,木旺於卯,祿馬往來相善,故作兩府,又如梅昌宗丙午年,癸巳月,癸卯日,甲寅時,甲申胎,雖祿貴全,不臨建旺,故作兩制,又有人丙申年月日時,無寸土,暴起至富,子孫漸貧矣。(廣信錄)

いわゆる「五行一字」とは、年・月・日・時に胎元を加えたる「納音」が全て同一行に帰成することをいう。この種の命は必ず禄・馬・貴人を帯びてしかも気あるを要し、初めて官は両府に至るべし。もしただ禄馬を帯ぶるのみか、あるいはただ貴人を帯ぶるのみなれば、則ち両制と為す。たとい禄馬貴人を斉えるも僅かに気あるのみなれば、また卿大夫の命である。例えば馮京の命――辛酉年・辛卯月・癸丑日・辛酉時・壬午胎。木は卯に旺し、禄と馬が往来して相得るから、両府まで為した。また梅昌宗の命――丙午年・癸巳月・癸卯日・甲寅時・甲申胎。禄と貴は斉全と雖も、卻って建旺の地に臨まなかったから、ただ両制まで為したのみ。また人に年月日時が全て丙申なる者あり、命中一点の土もなく、暴発して巨富を成したが、子孫は卻って漸漸窮し去った。この条は《広信録》から出る。

五行一字福來朝,賞輿君王宰朝謀,初主運以無蹇滯,布衣何處不封侯。如甲子、癸酉、壬申、辛亥,以此為至貴之命,蓋有所歸,如壬申癸卯,此無歸,故作下命。(鬼谷要訣)

歌訶にいう――五行が一字に帰成すれば、福気は来りて朝拱し、君王と同じ車に共に朝政を議し得べし。ただ早年に行運蹇滞なければ、一介の布衣は何処に走到するも侯に封ぜられざらんや。注文に例を挙ぐ――甲子・癸酉・壬申・辛亥のごとき組合せは至貴の命で、それに帰宿する所有ればである。壬申が癸卯に配するごときは帰宿なきが故に、かえって下等命を成す。この条は《鬼谷要訣》から出る。

納音一字最為強,切忌遭逢死絕鄉,生旺相兼併庫墓,入文出武貴非常。一要逢生,一要逢旺,更帶正庫,當為貴格,若逢死絕則無用。(珞琭貴賤格)寸珠尺璧云:五行一字人,最忌以死絕運。

また歌ありていう――「納音」が一字に帰成するは力量最強、ただ死絶の郷に碰上するを怕る。生と旺と兼備し、さらに庫墓を連上せば、この種の人は朝に入りて文と為し朝を出でて武と為す。貴は言うべからざるなり。注文にいう――一に生に逢い、二に旺に逢い、さらに正庫を帯びれば、すなわち貴格である。もし死絶に逢えば、この一格は便ち用なし。この説は《珞琭貴賤格》から出る。《寸珠尺璧》もまたいう――五行が一字に帰成する人は、最も死絶の運に行き到るを忌む。

五行十二位

長生、沐浴、冠帶、臨官、帝旺、衰、病、死、墓、絕、胎、養。三命提要云:一曰受氣,又曰絕,曰胞,以萬物在地中,未有其象,如母腹空未有物也。二曰受胎,天地氣交氤氳而造物,其物在地中成形,始有其氣,如人受父母之氣也。三曰成形,萬物在中成形,如人在母腹中成形也。四曰長生,萬物發生而向榮,如人始生而向長也。五曰沐浴,又曰敗,以萬始生而形體柔脆,易為所損,如人人生後三日,以湯浴之,幾至困絕也。六曰冠帶,萬物漸榮秀,如人具衣冠也。

五行十二位の次序は――長生・沐浴・冠帯・臨官・帝旺・衰・病・死・墓・絶・胎・養。《三命提要》が逐位に解説していう――第一を受気といい、また絶とも胞ともいう。この時万物はなお地裏に埋れ、形象なく、母親の腹中がまだ空しく何もなきがごとし。第二を受胎という。天地の気が交合絪縕して万物を造化し、物は地中に始めて形を成し、初めて気あり。人が父母の気を承受するがごとし。第三を成形という。万物が地中に形を長成し、胎児が母腹中に成形するがごとし。第四を長生という。万物が発生して繁栄に趨向し、嬰児が出生して一天天に長ずるがごとし。第五を沐浴といい、また敗ともいう。万物が剛に生出して形体柔嫩脆弱にして、損を受け易きが故である。嬰児が出生して三日後に熱水を以て洗い去りて、幾乎として彼を困頓欲絶せしむるがごとし。第六を冠帯という。万物が漸漸繁栄秀発し、人が衣冠を穿戴するがごとし。

七曰臨官,萬物既秀實,如人之臨官也。八曰旺,萬物成熟,如人之興旺也。九曰衰,萬物形衰,如人之氣衰也。十曰病,萬物病,如人之病也。十一曰死,萬物死,如人之死也。十二曰墓,又曰庫,以萬物成功而藏之庫,如人之終而歸墓也。

第七を臨官という。万物がすでに秀発結実し、人が出仕做官の時に到るがごとし。第八を帝旺という。万物が成熟し、人が正に興旺の年に当たるがごとし。第九を衰という。万物の形体が衰敗し、人の気力が衰退するがごとし。第十を病という。万物が病に染まり、人の生病するがごとし。第十一を死という。万物が凋亡し、人の死亡するがごとし。第十二を墓といい、また庫ともいう。万物が成就の後に収蔵して庫に入り、人が身故の後に墳墓に帰葬するがごとし。

土長生

既曰「水土俱生申」,又曰「土生巳」,何也?水土生申,陰陽家之說也,土生於巳,醫家之說也,蓋五行之中,惟土分體用,厚德載物,居中不用者,土之體也;散在四維,如旺四季一十八日,土之用也。體生於巳,乘父母之祿,用生於申,繼父母之位而生也。(李虛中書)

すでに水と土がともに申に長生するを説くや、また土が巳に長生するを説く。究竟いずれか対ならん。水土が同じく申に生ずるは、陰陽家の説法である。土が巳に生ずるは、医家の説法である。もともと五行の中にただ土のみ体と用を分かつを要す――厚德载物・中に居りて動かざるは、土の本体である。四方四隅に散布して四季に各々十八日旺するは、土の功用である。土の本体が巳に長生するは、父母火の禄位に乗ずるなり。土の功用が申に長生するは、父母の位を承継して生ずるなり。この説は《李虚中書》から出る。

推其形色,則水黑、火赤、木青、金白、土黃,此五行之正色也,及其變易則不然,常以生旺從正色,常生旺則正氣全可見正色。死絕則從母色,水者木之母也,死絕則黑,木者火之母也,死絕則青。火者土之母也,死絕則赤。土者金之母也,死絕則黃。金者水之母也,死絕則白。

もし五行の形状顔色を推究すれば、水は黒・火は赤・木は青・金は白・土は黄で、これは五行の正色である。変化の時に至ればこのごとくならず。生旺の地に処する時は本行の正色に随う。生旺すれば則ち正気完足し、正色は自ずから顕現するが故である。死絶の地に落る時は則ち母親のあの一行の顔色に随う――水は木の母で、木が死絶する時は便ち黒色を現す。木は火の母で、火が死絶する時は便ち青色を現す。火は土の母で、土が死絶する時は便ち赤色を現す。土は金の母で、金が死絶する時は便ち黄色を現す。金は水の母で、水が死絶する時は便ち白色を現す。

夫五行死絕則氣歸根,見於母之色,凡人之遇苦楚而呻吟母者,乃其義也。成形冠帶從妻色,幼壯之年及衰老之際,仰妻之時也。病敗從鬼色,病敗之地,是鬼王之鄉,受尅則氣歸鬼也。旺墓從子色,旺為傳墓,為斂藏故色在於子也。其數則水一,火二,木三,金四,土五,旺生加倍,死絕減半,以義推之。(燭神經)

五行が一旦死絶すれば、気は本根に返り、是に於て母親のあの一行の顔色を顕出す。まさに人が苦楚に遇えば呻吟して娘を喊ぶを要するがごとく、道理は一様である。成形・冠帯の位に処する時は妻子のあの一行の顔色に随う。幼壮の年と衰老の際は、皆妻子を仰仗するを要する時なればである。病・敗の位に処する時は鬼殺のあの一行の顔色に随う。病敗の地はまさに鬼王の当令する所で、剋を受ければ則ち気は鬼に帰するが故である。旺・墓の位に処する時は子孫のあの一行の顔色に随う。旺極すれば則ち墓庫に伝入して収斂蔵伏するを要するが故に、顔色は生ずる所の子の一行上に落つ。数目に至っては則ち、水は一・火は二・木は三・金は四・土は五。生旺の時は加倍し、死絶の時は減半し、これに倣って類推す。この説は《燭神経》から出る。

五行旺相囚休死例

春木旺、火相、金囚、水休、土死。夏火旺、土相、水囚、木休、金死。秋金旺、水相、火囚、土休、木死。冬水旺、木相、土囚、金休、火死。

四季の中に五行の旺・相・囚・休・死は各々定例あり――春は木が最も旺しく、火は相位に処し、金は囚せられ、水は休息し、土は死絶す。夏は火が最も旺しく、土は相位に処し、水は囚せられ、木は休息し、金は死絶す。秋は金が最も旺しく、水は相位に処し、火は囚せられ、土は休息し、木は死絶す。冬は水が最も旺しく、木は相位に処し、土は囚せられ、金は休息し、火は死絶す。

論曰:五行當時者旺,所生者相,所尅者死,生我者休,尅我者囚。獨土無旺,金無相,水無死,火無休,木無囚,此其故何也?蓋一?之日三百六十,五行均旺七十二日,惟土為萬物母,如旺四季,一十八日。黃帝曰:土於長夏時,土旺,金相,水死,火休,木休可知矣。閻東叟云:推命尤須祥此,則凶者或吉,吉者或凶,辛巳得庚寅,是劫殺亦害死,則凶者或吉。餘倣此。

総論にいう――当令の一行を旺と為し、それの生ずる一行を相と為し、それの剋する一行を死と為し、それを生ずる一行を休と為し、それを剋する一行を囚と為す。上表の中にただ土のみ単列の旺なく、金に相なく、水に死なく、火に休なく、木に囚なし。これは何の故ぞや。一年三百六十日を、五行が平分して各々七十二日旺するが、しかも土は万物の母で、それの旺は辰戌丑未の四季月裏に分散し、每季各々十八日旺するが故である。黄帝がいう――土は長夏に当令し、その時は土旺・金相・水死・火休し、木は休に属す。則ち以て推知すべし。閻東叟がいう――命を推るは殊にこの一層を審明するを要す。それを明白にすれば、凶は時に反って吉を成し、吉は時に反って凶を成す。例えば辛巳が庚寅に遇上すれば、庚寅はもとより劫殺にしてまた害死の神であるが、ここに在りて凶はかえって転じて吉となる。残りは皆この道理に拠りて推す。

論五行

五行自生、旺、臨官、死、絕:甲申水、丙寅火、己亥木、辛巳金、戊申土自生;丙子水、戊午火、辛卯木、癸酉金、庚子土自旺;癸亥水、乙巳火、庚寅木、壬申金、丁亥土自臨官;乙卯水、丁酉火、壬午木、甲子金、己卯土自死;癸巳水、乙亥火、庚申木、壬寅金、丁巳土自絕。

下面に五行の自生・自旺・自臨官・自死・自絶の干支を開列す。自生する有り――「納音」が水に属する甲申、火に属する丙寅、木に属する己亥、金に属する辛巳、土に属する戊申。自旺する有り――水に属する丙子、火に属する戊午、木に属する辛卯、金に属する癸酉、土に属する庚子。自臨官する有り――水に属する癸亥、火に属する乙巳、木に属する庚寅、金に属する壬申、土に属する丁亥。自死する有り――水に属する乙卯、火に属する丁酉、木に属する壬午、金に属する甲子、土に属する己卯。自絶する有り――水に属する癸巳、火に属する乙亥、木に属する庚申、金に属する壬寅、土に属する丁巳。

五行不生、旺、臨官、死、絕:水戊申、火申寅、木辛亥、金乙巳、土庚申不生;水庚子、火丙午、木癸卯、金丁酉、土壬子不旺;水丁亥、火癸巳、木壬寅、金丙申、土己亥不臨官;水癸卯、火辛酉、木丙午、金庚子、土丁卯不死;水辛巳、火己亥、木甲申、金戊寅、土乙巳不絕。

上表と相対して、また一批の干支あって、生・旺・臨官・死・絶の位置上に坐するも、卻ってあの一位と作して看られざるものあり。長生と算えざる有り――水命の戊申、火命の申寅、木命の辛亥、金命の乙巳、土命の庚申。帝旺と算えざる有り――水命の庚子、火命の丙午、木命の癸卯、金命の丁酉、土命の壬子。臨官と算えざる有り――水命の丁亥、火命の癸巳、木命の壬寅、金命の丙申、土命の己亥。死と算えざる有り――水命の癸卯、火命の辛酉、木命の丙午、金命の庚子、土命の丁卯。絶と算えざる有り――水命の辛巳、火命の己亥、木命の甲申、金命の戊寅、土命の乙巳。

甲申水,丙寅火,己亥木,辛巳金,戊申土,皆五行自長生,故四時不能與之興衰,超然自生之理,人若稟之,當敏快高明,貴者得之,其進以漸,富者得之,其利收厚,以至貧賤者得之,亦收向榮,而得其所以生也。

甲申の水・丙寅の火・己亥の木・辛巳の金・戊申の土は、皆五行が自己で長生の上に坐する。だから四季の更替はそれらの盛衰を左右し得ず、自ずから一份の超然自生の道理あり。人がもしこのような干支を禀受すれば、性情敏捷通達にして見識高明――顕貴の人がこれを得れば、昇遷は循序漸進し、富有の人がこれを得れば、収利豊厚で、貧賤の人がこれを得るに至っても、日漸向好し得、各々自己に属するあの一份の生機を得る。

丙子水,戊午火,辛卯木,癸酉金,庚子土,此五行自旺者也,不待四時,而能自致其旺,則其為旺也孰??此五行福力,奮震無偏擬者也。

丙子の水・戊午の火・辛卯の木・癸酉の金・庚子の土は、五行が自己で帝旺の上に坐する一類である。それらは四季の来たりて幇するを待つを要せず、自己ですでに極旺に達し得る。このような旺にまた比ぶべき何物かあらん。この五組の干支の福力は奮発震動して、別の組合せのこれと比するを得るものなし。

壬辰水,甲戍火,癸未木,乙丑金,丙辰土,此五行之印庫也,乃五行歸根復本之時,凡庫之所在,必欲物聚之,則其庫充矣。設壬辰水為之主,欲得眾水交歸,然後為重,更有金木與之往往來相生,當得清權,倘若水制火,火制金,更或天中臨之,是謂負印不起也。

壬辰の水・甲戍の火・癸未の木・乙丑の金・丙辰の土は、五行の印庫で、すなわち五行が根に帰り本に復する時である。およそ庫の在る所の処は、総じて同類の物の聚攏して入るあるを希望し、庫は初めて充実と算える。仮に壬辰水を以て主と為せば、衆水が一斉に帰攏し来るを要して分量こそ重きを得る。さらに金・木の不断の往来相生あれば、清要の権を得るべし。もし反って水が去りて火を制し、火が去りて金を制するか、あるいはまた「天中殺」の臨到あれば、すなわち印を負うて卻って挑い起す能わざると作る。

乙卯水,丁酉火,壬午木,甲子金,己卯土,此五行自死者也。生則勞,死則息,其理自然,不有死之地,其物無自而歸,又有所謂自死者,得其真歸之理焉,凡命遇此,穎特高明,多慧少福,以靜默為體,而不利有位,以澹薄為事,而不利與起,惟可學道訪仙,超生死之門也,更在消息,

乙卯の水・丁酉の火・壬午の木・甲子の金・己卯の土は、五行が自己で死位に坐する一類である。生きれば則ち労碌するを要し、死して初めて安息を得る。これはもとより自然の理である。一つの死する去処なければ、万物は帰宿する由なし。いわゆる自死とは、まさに真正の帰宿を得るの道理である。およそ命がこれに遇う人は、聡穎抜群にして見識高明、智慧多くして福沢少なく、沈静緘黙を以て本性と為す。因って官位に居るに宜しからず。淡泊を以て処世の道と為す。因って興起を求むるに宜しからず。この種の人はただ学道訪仙に適し、生死の門を超脱し去るにあり、その中の分寸はさらに細細に斟酌するを要す。

癸巳水,乙亥火,庚申木,壬寅金,丁巳土,此五行自絕者也,天之道無可絕為,蓋干支適會,已絕則更生,凡遇此者,憂喜未定,設如癸巳絕水,得癸酉旺金符之,是謂絕中水更生也。(燭神經)

癸巳の水・乙亥の火・庚申の木・壬寅の金・丁巳の土は、五行が自己で絶位に坐する一類である。天道は真に一切を断絶するの道理なし。干支が恰好一処に湊り、絶して尽頭に至ればかえってまた生ず。だからこの一類に遇上する人は、憂か喜かはなお説定し難し。例えば癸巳は絶地の水で、もし癸酉の旺金が来接応するを得れば、すなわち絶処の水が重新して生を得ると作る。この説は《燭神経》から出る。

凡命帶甲子乙卯己卯壬午丁酉,不可便以死論,壬寅癸巳丁亥庚申乙亥,不可便以絕論,丙寅辛巳甲申戊申己亥,不可便以生氣論,乙丑壬辰丙辰癸未甲戌,不可便以墓氣論,須是用月令以辨清濁貴賤言之。(廣信錄)李虛中云:壬寅正得艮位,故不得謂之絕,丁巳正得火祿,故不得謂之絕,而尤堅壯也。沉芝曰:君相五行止於納音也,凡五行以生旺為君,臨官為相若納音是木,生月日時遇寅卯兩位,金遇申酉,水遇亥子,火遇巳午皆主貴。(三命提要)

およそ命裏に甲子・乙卯・己卯・壬午・丁酉を帯ぶるは、一見すれば則ち死に拠りて論ずべからず。壬寅・癸巳・丁亥・庚申・乙亥を帯ぶるは、一見すれば則ち絶に拠りて論ずべからず。丙寅・辛巳・甲申・戊申・己亥を帯ぶるは、一見すれば則ち生気ありに拠りて論ずべからず。乙丑・壬辰・丙辰・癸未・甲戌を帯ぶるも、また一見すれば則ち墓気に拠りて論ずべからず。総じて月令を拿りて以て清濁貴賤を分辨し、初めて断語を下すを好しとす。この説は《広信録》から出る。李虚中がいう――壬寅は正に艮卦の位に当たるから、絶と作るべからず。丁巳は正に火の禄位を得るから、また絶と作るべからず。かえって格外に堅実強壮である。沈芝がいう――いわゆる君と相とは、ただ「納音」に就いて言うのみ。五行は生旺の地を以て君と為し、臨官の地を以て相と為す。仮に納音が木に属して、生月・生日・生時の中に寅・卯の両位を占めれば、金に属するは申・酉を占め、水に属するは亥・子を占め、火に属するは巳・午を占め、皆貴を主る。この条は《三命提要》に見る。

至若勾陳得位,不虧小信以成仁,真武當權,知是大才而分瑞。瑩和尚注云:勾陳為土將,其於常也為信,真武乃水之神,其於常也為智,若生屬旺地,福德加臨,可謂得位,當權處之器。王氏注云:珞琭子學此二神,蓋言水土之性耳。

《珞琭子》にいう――勾陳がもしその位を得れば、この人は小さき信義を虧損するを肯んぜず、因って仁徳を成就す。真武がもし権柄を掌れば、彼が大才の人にして、符を分け任を受くるに足るを知るべし。瑩和尚が注解していう――勾陳は土の将神で、五常の中に信を主る。真武は水の神で、五常の中に智を主る。もしこの両神の属する所の旺地に生まれ、また福徳の加臨あれば、以て位を得・権に当たり・大任に堪ゆるの才というべし。王廷光が注解していう――珞琭子がこの両位の神将を挙ぐるは、無非これに藉りて水と土の性情を説明するのみ。

自生自旺事如何,印墓同華更自殊,權殺定須臻相位,無權當得配金魚。如貴格丙子壬辰庚子丙辰是也,不入格駁雜辛巳見丙子、癸酉見丙寅是也。死絕宮中隨順生,更和天乙祿來並,人生值此終當貴,無祿還須亦貴名。有人壬午見丁卯,丁壬交互,丁祿在午,積財後貴。(鬼谷要訣)

歌訶にいう――自生自旺の命はどう看るべきか。印と墓は同じく華美にして、各々其の殊勝あり。もし権殺を掌るを得れば、一定能く位は宰輔に至り、たとい権なくとも、金魚袋を佩びるの顕官に当たるべし。注文に例を挙ぐ――貴格は丙子・壬辰・庚子・丙辰のごとき便是である。格に入らずして駁雑なるは、辛巳が丙子に見え、癸酉が丙寅に見るがごとき便是である。また一首の歌にいう――死絶の宮裏にもし勢いに順って生を得れば、さらに「天乙貴人」と禄神が併臨するを加え、人生がこのような配合に遇上すれば終に貴を要し、たとい禄なくとも、一様に貴名あり。或る人は壬午に丁卯に見え、丁と壬が交互相合し、丁の禄はまた正に午の上に在るから、先に財を積みて後に顕貴す。この条は《鬼谷要訣》から出る。

第八巻

論五行二

夫五行之性,各致其用,水者其性智,火者其性禮,木者其性仁,金者其性義,逮夫土則信而已,重厚寬博,無所不容。以之水,則水附之而行,以之木,則木託之而生。金不得土,則無自出,火不得土,則無自歸,必損實以為通,致虛以為明也。

五行は各々性情あり、また各々其の用処あり――水の性情は智、火の性情は礼、木の性情は仁、金の性情は義。土に至っては、則ちただ一個の信字のみで、それは厚重寛博にして容れざる所なし。土あって、水は初めてそれに附着して流行し得る。土あって、木は初めてそれに依託して生長し得る。金にもし土なければ、産出する由なし。火にもし土なければ、帰蔵する処なし。だから土は総じて自己の実を損去して他人の通暢を成全し、自己の虚を譲出して他人の光明を成全するを要す。

五行之用,多則太過,少則不及,其氣其數,有餘不足,皆能致凶,抑揚歸中,然後為福,功成者貴於退藏也,將來者貴於榮振也。功成者謂五行稟旺氣者也,旺而能止息,是謂退藏,將來者五行在冠帶胎養之地,其氣虧而未盈,故欲子母相生,以益其氣,則有榮進振發之道也。

五行を用いるに、多ければ則ち太過、少なければ則ち不及。気と論ずるも数と論ずるも、余餘あるいは不足は皆凶咎を招来し得る。一抑一揚して中和に帰するを要して、初めて福を成し得べし。すでに功成せるは退身収蔵を貴び、未だ到来せざるは栄発振起を貴ぶ。いわゆる功成とは、五行が旺気を禀受するを指す。旺して極に至りて能く止まりて歇息するを、退蔵という。いわゆる将来とは、五行が冠帯・胎・養のこれらの位置上に処し、気がなお亏欠して満盈せざるを指す。だから子母相生のその気を增益し来るを希望し、こうすれば初めて栄進振発の路子あり。

如水非其時則涓箇(衰則為梗介,死絕則枯藁,故為梗介)金旺太過則動作凶,炎炎者貴乎熄,不息則有自焚之災,滔滔者貴乎止,不止則有自溺之患,夫火行南陸而化熱,盛則災,烈而害物,至酉亥則陰能翕之,然後溫燠。水行北陸而化寒,盛則嚴冷而殺物,至卯巳則陽能闢之,然後能滋生萬物。

例えば水が令に当たらざれば、則ち涓々の細流に残るのみ(衰の時は阻梗を成し、死絶の時は乾枯して槁木のごとく、だから梗介と称す)。金が旺して太過すれば、一挙一動に皆凶を帯ぶ。火焰熊熊たるは能く熄むるを貴び、熄まざれば自焚の災あり。水勢滔滔たるは能く止まるを貴び、止まざれば自溺の患あり。火が南方に行きて熱に化すは、太盛なれば災を成し、猛烈し起れば万物を傷害するを要し、酉・亥の地に到りて陰気の収斂し来るあって、初めて温暖宜人に転ず。水が北方に行きて寒に化すは、太盛なれば厳冷にして万物を殺傷し、卯・巳の地に到りて陽気の開発し来るあって、初めて万物を滋生し得る。

此言水火止熄則和也,陰不得陽則沉陷而不興,陽不得陰則燥進而不復。夫五行之性,大概以胎、生、旺、庫為四貴,死、絕、病、敗為四忌,餘為四平,然有生而不生,旺而不旺者,此為凶乃先吉也,有死而不死,絕而不絕者,此為吉乃先凶也。

これは水と火が能く止息して初めて調和と算えるを説く――陰が陽を得ざれば、沈陥し下りて振作し起る能わず。陽が陰を得ざれば、一味に燥進して回頭を知らず。五行の性情は大体上に胎・生・旺・庫を以て四種の貴位と為し、死・絶・病・敗を以て四種の忌位と為し、残りの四位は不吉不凶にして、平位と算る。ただしその中にもまた看るに長生に似て卻って生と作さず、看るに帝旺に似て卻って旺と作さざる者有り。この種は先吉にして後凶。また看るに死に似て卻って真に死せず、看るに絶に似て卻って真に絶せざる者有り。この種は先凶にして後吉。

如水見戊申土,此生而不生也,水見庚子土,此旺而不旺也,遇此多成而反敗,因喜而反憂,如水見癸卯金,此死而不死也,水見辛巳金,此絕而不絕也,五行氣盡,而得父母之德以生益之,則其氣復生矣。遇之者危中有福,窮而通,屈而伸也。

例を挙げれば、水が戊申土に見えるは、申はもとより水の長生なり、卻って土の来りて克制するに因りて生じ起る能わず。これは生じて生ぜずである。水が庚子土に見えるは、子はもとより水の帝旺なり、卻って土に圧住せられて旺する能わず。これは旺して旺せずである。この両種に遇上すれば、往々にして先に成りて後に敗れ、本来の歓喜がかえって憂愁に転ず。また水が癸卯金に見えるがごときは、卯はもとより水の死地なり、卻って金のそれを生ずるあり、だから死して死せず。水が辛巳金に見えるは、巳はもとより水の絶地なり、同じく金の相生あり、だから絶して絶せず。五行の気はすでに尽きると雖も、卻って父母のあの一行の徳恵を得て生養增益し来らば、気は重新して活き返る。この種の配合に遇上する人は、危険の中にかえって福気あり、窮途も通じ得、屈曲も伸び得べし。

生旺太過,則福中藏禍,死絕太過,則福無可託。若夫死絕逢子,殃變能逃。火土最先,金水尤後,火絕得土,曰睿膚作聖。火以土為子,火絕於亥,而見丁亥是也,又得土則藏性於土者思而致道者也,此絕火為清明覆性之火,見丁亥有氣之土,是謂精思,而所感皆通睿則作聖矣。

生旺が頭を過ぎれば、福裏に禍を蔵す。死絶が頭を過ぎれば、福は寄托する処なし。死絶の地にもし自己の生ずる所の子の一行に遇上し得れば、災殃は躲開し得べし。ここ頭に火と土は応ずること最も速く、金と水は応ずること最も遅し。火が絶地に土を得るを、「睿思作聖」といい、語は《尚書・洪範》の「思は睿と曰く、睿は聖を作す」から出る。火は土を以て子と為し、火は亥に絶し、丁亥に見えれば便是である。土を得れば、火の性情は土裏に蔵し入る。あれは思索に善くして道を悟り得る人である。この種の絶地の火は、すなわち清明にして性を復する火で、丁亥のごとき気あるの土に遇上すれば、すなわち精思と作る。思う所感ずる所は通達せざるなく、睿智極に至れば便ち聖に近づく。

土絕得金而不忌曰壽。土絕在巳,得辛巳金是也,金者赤土也,是土之成器者,但生於土而別於土也,傳氣而成金,雖死而不亡也。金絕,得水精,復繼體。金絕於寅,得甲寅水是也,金有氣也,氣絕於寅水者精也,水至寅卯為精嗇之地,然精嗇則全,精全則神應氣化,而形復於本矣。

土が絶地に金を得るはかえって忌まず、これを寿と作る。土は巳に絶し、辛巳金に見えれば便是である。金は赤色の土に譬え、土が器を成したる後の様子で、土より生じ出すと雖もまた土と別あり。土が気を金に伝えて金を成すから、土は死すと雖も併せて消亡せず。金が絶地に水の精華を得れば、重新して自己の形体を接続し得べし。金は寅に絶し、甲寅水に見えれば便是である。金はもとより気あるなり、気は寅に絶す。しかも水は精で、水が寅・卯に行き到るはまさに精気の収斂節省する所で、精が能く収斂すれば保全を得、精が一たび保全せらるれば、神は便ちこれに応じて気もこれに随って変化し、形体もまた本原に回復する。

水絕,得木魂,復天遊。水絕於巳,得己巳木是也,水者精也,絕則精喪,精喪則神離氣散而形消,可謂凶矣,然木主魂,能從神而往來者謂之魂,得性歸真,隨體離形,同於大道者也。

水が絶地に木の魂を得れば、便ち重新して天地の間に遨遊し得べし。水は巳に絶し、己巳木に見えれば便是である。水は精で、精絶はすなわち精気の喪失である。精が一たび喪失せらるれば、神は則ち離散し気は則ち消散し、形体もまたこれに随って消亡す。これはもとより凶象である。しかるに木は魂を主り、能く神に跟い随って往来出入するを魂という。それを得れば便ち本性に返帰し、形体の消解に随いて形体の限る所を受けず、大道と合して一を為す。

木絕得火,火出木燼,灰飛煙滅,故獨為凶,蛇馬無膽於焉是證。木絕於申,得丙申火是也,蓋木滋火水土之性,假合而生,脈絕而枯藁,則還水也,灼之而為火,則還火也,腐之而為土,則還土也,亡形失性,故獨為凶,蛇馬者位在巳午,木歷巳午而死,木者於臟屬肝,於腑屬膽,故蛇馬無膽,證木死為凶也。(燭神經)

ただ木が絶地に火を得るは行えず――火が一たび冒出すれば木は灰烬に焼成され、灰飛煙滅す。だから単にこの一種のみ凶と為す。「蛇馬無胆」の説法はまさにその証拠である。木は申に絶し、丙申火に見えれば便是である。木はもとより火・水・土の数種の性質に頼りて假合して生ぜられたるなり。脈気が一たび絶して乾枯すれば、則ち水に還原す。火を以て一たび焼けば、則ち火に還原す。それを腐爛して泥と為さしめば、則ち土に還原す。形体沒して本性もまた失わる。だから単にこの一種のみ凶と為す。蛇と馬とは巳・午の両位を指し、木が巳午を経過すれば則ち死去するを要す。木は五臟に肝に属し、六腑に胆に属するから、蛇馬無胆という。正に以て木死は凶を証明すべし。この説は《燭神経》から出る。

五行之中,唯土者萬物之母也,水火金木,因之以入,命中得水火木金全,而唯乏土字則夭,蓋五行無土主之,則生復不定,在金命人言之,其夭尤速,為金是土之子,故金既無土,從何而生,故云無救無療。(壺中子)

五行の中にただ土のみ万物の母で、水・火・金・木は皆それに頼りて初めて安頓し下るべし。命裏に水火木金の四行斉備して、ただ土を欠くのみなれば、短寿を主る。五行に土の主を為すなくんば、生機は則ち反复不定なればである。もし金命人の身上に在らば、夭折すること殊に速し。金はもとより土の生ずる所の児子で、すでに土なければ、それはまた何処より生じ出るや。だからこの種の命は救なく医なしという。この説は《壺中子》から出る。

五行生、旺、死、絕分引貴賤例。凡生旺固好,然為死絕加臨之,則為駁雜多難,小薄之命,凡死絕固不好,然為生旺加臨之,卻反為純粹,此即為福祿之命。(林開五命)

下面は五行の生・旺・死・絶に拠りて貴賤を分判する例である――生旺は固より好事であるが、死絶の気に加臨せられ来れば、駁雑多難・格局単薄の命を成す。死絶は固より好からざるが、生旺の気に加臨せられ来れば、かえって純粹を顯し、これは福あり禄あるの命である。この条は《林開五命》から出る。

功奪造化格

年月日胎,俱在死絕無氣之鄉,而得一時在自生或自旺之地者是也。假令年月日胎俱無氣,而得癸酉或戊午丙子庚子辛卯,皆納音自旺之位也。火辛巳丙寅己亥甲申戊申,皆納音自生之地也。仍需只於生旺處為本命,若大小二運以年太歲,只以生時較量災福,蓋不生不旺,則不能成人故也。若夫論命運之順逆,方取本命屬陽與屬陰,餘皆不取本命,而唯以生時生旺之處論之。

「功奪造化格」とは――年・月・日・胎の四柱が皆死絶無気の地に落ち、ただ生時のみが自生あるいは自旺の地に坐することをいう。例を挙げれば、年月日胎が全て無気にして、時上に癸酉を得るか、あるいは戊午・丙子・庚子・辛卯は、これらは皆「納音」自旺の位置である。また辛巳・丙寅・己亥・甲申・戊申のごときは、これらは皆納音自生の位置である。この一格に遇えば、則ち改めて生旺のあの一処を以て本命と作るを要す。大運小運は依然として年上の太歳より起ると雖も、災福を推算するはただ生時を看るのみ。生ぜず旺せざれば、人は器を成す能わざればである。命運の順行逆行を論ずるに至っては、初めて回頭して本命の陰陽を取りて以て定む。残りの各項は皆本命を用いず、ただ生時の居する所の生旺の処を以て論ず。

功侔造化格

本命納音生居無氣之地,卻得救助,而往來復旺於本位是也。假令辛酉人得癸卯,或癸卯人得辛酉,蓋辛酉之木,困於金鄉,卻得癸卯,則金復旺於酉,而木復旺於卯,往來互換,故為吉會,此類人,先有多難,後享安樂之福,又云:辛酉失位之木,唯對以癸卯,則剛柔相濟,得之者,是文明俊敏之士,決取巍科。(玉霄寶鑑)

「功侔造化格」とは――本命「納音」は無気の地に生ずると雖も、卻って救助を得、彼此往来して各々本位上に重新して旺し起ることをいう。例を挙げれば、辛酉の人が癸卯を得るか、あるいは癸卯の人が辛酉を得るがごとし。辛酉の納音は木に属し、金郷に困す。一旦癸卯を得れば、金は則ち酉上に復旺し木は則ち卯上に復旺し、両下に往来互換す。だから吉利の会合である。この一類の人は先に許多の磨難を経歴するを要し、後に初めて安楽の福を享く。またいう――辛酉は失位の木で、ただ癸卯を配して初めて剛柔相済する。それを得る人は文采煥発・才思敏捷の士で、一定能く高第を考取する。この説は《玉霄宝鑑》から出る。

内陽外陰格

如年時納音屬金水,日月屬木火者也。(五行要論)

「内陽外陰格」とは――年柱と時柱の「納音」が金・水に属し、日柱と月柱の納音が木・火に属することをいう。外面の両頭は陰、裏面の両柱は陽である。この条は《五行要論》から出る。

納音気数

納音者天地之氣數也,驛馬學堂居長生之位,才能官職在旺相之鄉,文章富貴處印庫之地,如逢衰敗則減三分之一,更遇死絕,則去十分之半,切忌空亡沖剋,不宜刑害,吞食,故同源相成順數為上,雜數次之,則天地氣全,基本強壯,同類相傷(如丁未刑丁丑是也),則支神氣散,理無復合,管輅云:五行互旺,雖沖氣完,五行相剋,雖合氣散。(閣東叟書)

「納音」とはすなわち天地の間の気数である。「駅馬」と「学堂」は長生の位に落ちるを要し、才幹と官職は旺相の郷に落ちるを要し、文章と富貴は印庫の地に落ちるを要す。もし衰敗に碰上せば、福分は三分の一を減去するを要す。さらに死絶に遇上すれば、一半を去るを要す。最も「空亡」と冲剋を忌み、また刑・害と吞食を宜とせず。だから同一源頭にして彼此成全し、順次に相数するを上と為し、雑乱に相数するは次一等である。順数すれば則ち天地の気は完足し、根基は強壮である。もし同類にしてかえって相傷するは、例えば丁未が去りて丁丑を刑するがごとき、地支の気は則ち渙散するを要し、道理上に再び合い攏まる能わず。管輅がいう――五行が彼此皆旺せば、たとい相冲すとも、気は依然として完好である。五行が彼此相克すれば、たとい相合すとも、気は散ずるを要す。この説は《閣東叟書》から出る。

萬物負陰而抱陽,沖氣以為和,過與不及,則為乖道,故高者抑之使平,下者舉之使崇,或益其不及,損其太過,所以貴在折歸於中道,使無有餘不足之累,即貴人驛馬之微意也。行運亦如之,悟其微意,則於命之說,思過其半矣。(五行要論)過與不及,猶物顛倒;氣數中庸,應期而發。五行喜剛柔得中,三命忌盛衰太過。(鬼谷遺文)

《老子》に万物は陰を負いて陽を懐き、冲和の気に頼りて調和するを説く。太過と不及は皆正道に背離する。だから高きは圧し下げてそれを平らかにせしめ、低きは抬し起してそれを高らかにせしめるを要す。不足はこれに増益を加え、太過はこれに減損を加う。貴ぶべき処はまさに折中して中道に帰するに在りて、命局をして余餘あるいは不足の拖累なからしむ。これはまさに「貴人」「駅馬」のこれらの神煞の暗含する意思である。行運もまた同じ一個の道理で、能くこの層の微意を領悟すれば、命理の説に対してもまた一大半を懂りたり。この条は《五行要論》から出る。《鬼谷遺文》もまたいう――太過と不及は、器物の翻倒錯位するがごとし。気数が中庸を守れば、時に到れば自ずから発越す。五行は剛柔が中を得るを喜び、三命は最も盛衰の太過を忌む。

旺中に禄なければ愚かにして併せて浪蕩す

凡旺中無祿貴者,乃愚極多狂浪無成,更克本命,又帶刑殺,主狂愚無圖轉,如丙寅得戊午時日也,旺中須愛祿,如丁卯人見戊午,是旺中有祿,丙寅見戊午,無祿有殺,多淫浪愚賤以狂,極則衰故也,做事弄巧成拙或帶疾,蓋戊午自刑自刃也。(沉芝源髓)

およそ旺地に身を処して禄なく貴人なき者は、愚昧極に至り、多くは狂放浪蕩にして一事も成さず。もしさらに本命に剋し到り、また刑と殺を帯びれば、この人は狂愚にして転圜する由なきを主る。例えば丙寅日に戊午時を得る便是。旺中は総じて禄あるを要して初めて好し。丁卯の人が戊午に見えれば、すなわち旺中に禄あり。丙寅が戊午に見えれば、則ち禄なくして殺あり。多くは淫蕩浪游・愚賤にして狂に近し。旺して極に至れば則ち衰に転ずるを要するが故である。この種の人は事を為すに往々にして巧を弄して拙を成すか、あるいは身上に病を帯ぶ。戊午本身がすでに自刑しまた自ら羊刃を帯ぶればである。この説は《沈芝源髄》から出る。

三命太弱

土人寅卯辰,水人寅卯辰,水土同取,火人酉戌亥,緣申上亦有火力,故取,酉戌亥木人,午未申皆太弱,金命不然,若在巳午未轉上。(天元變化書)

「三命太弱」とは、本命の気が最も衰弱の一片の方位上に落つるをいう――土命の人は寅・卯・辰に在り、水命の人もまた寅・卯・辰に在り、水と土は同じく一様の位置を取る。火命の人は酉・戌・亥に在り。申位上になお几分の火力を留むるが故に、ただ酉戌亥より算え起す。木命の人は午・未・申に在り。これらは皆太弱と算る。ただ金命のみこのごとく論ぜず。それは巳・午・未の一帯に落ちて初めて算と為すを要す。この条は《天元変化書》から出る。

五行忌見

木火秀而重富,只不可見金,金年有災。水木秀而清高,只不可見卯巳,卯巳年亦災。丙辛為水,在亥子月中,其水成象,月中要見丙辛旺,富也。(神白經)

木と火と相配すれば秀気にして多く富を主るが、ただ金に見るべからず。金年に行き到れば災あり。水と木と相配すれば秀気にして清高なるも、ただ卯・巳に見るべからず。卯年巳年に行き到ればまた災あり。丙と辛と相合して水に化するは、もし亥・子の月中に生まれれば、この水は便ち象を結成す。月令の中にさらに丙辛の当旺に見えれば、則ち富を主る。この条は《神白経》から出る。

引起自死自絶格

假令癸丑年木,乙丑月金,壬午日木,辛丑時土,壬午木自死,引起生年癸丑木自絕,於申自生自旺亦同推之。(林開五命)五行無氣,為人鎮日多憂。(隱迷賦)

例を挙げれば、癸丑年の「納音」は木に属し、乙丑月は金に属し、壬午日は木に属し、辛丑時は土に属す。壬午の木は本身が死地に坐し、また牽引して生年癸丑の木をして同じく絶に帰せしむ。これを引起自死自絶という。もし自生・自旺ならば、申位上にもまたこの法に倣って類推す。この条は《林開五命》から出る。《隠迷賦》にいう――五行に気なきの人は、整天愁眉展かず・憂思断えず。

五行相生相克

金生水,水生木,木生火,火生土,土生金。金克木,木克土,土克水,水克火,火克金。

五行相生はこのような一条の次序に拠りて循環す――金は熔化して水を生じ出し、水は滋潤して木を生じ出し、木は燃焼して火を生じ出し、火は焚尽して土に化し、土は凝聚してまた金を生ず。周流して息まず。五行相克は則ち別に一環を成す――金は樹木を砍伐し得、木は泥土を疏松し得、土は流水を阻擋し得、水は火焰を撲滅し得、火は金鉄を熔化し得る。同じく首尾相銜えて、循環して已まず。

五行相生相克要法

五行相剋最為不好,如是福聚之地克他處,卻從好斷之。如其他來克福聚之地,即大不好,五行相生最為佳,然以禍相生則為凶,以福相生則為吉。凡相生相剋,遇五行交錯,方可論之,如六合、三合、刑害、沖破之類,皆為五行之交錯也。(林開五命)

五行相克は本来最も好からず。ただもし福気聚集のあの一処が去りて別処を剋するは、かえって好きに拠りて断ずるを要す。反って別処が来りて福気聚集の処を剋すれば、あれは大大不妙である。五行相生は本来最も好し。ただ災禍を拿りて相生すれば凶を成し、福気を拿りて相生して初めて吉と為す。およそ相生相克を講ずるは、皆五行に交錯有るを待ちて初めて論断し得べし。六合・三合・刑害・冲破のこの一類のごときは、すなわち皆五行の交錯である。この条は《林開五命》から出る。

大率五行尚其變,而不尚其常,貴其隱而不貴其顯,死絕有救則為還魂,生旺有克者氣散。若夫彼我之相生,順則益本,逆則奪氣,彼此之相剋,順則勢強,逆則有傷。設如木火相生,順推之而相生,則益氣而榮盛,若命屬木,而火來投之,則逆而奪氣矣,如木之相剋,本命屬金而見木,則有強盛之勢,如命屬木而金來克之,則為傷殘之咎也。(燭神經)生旺破壞而福淺,死絕有救而貴顯。(廣錄)

大体上に言えば、五行が看重するは変にして常に非ず、隠にして顕に非ず――死絶の処にもし救あれば、便ち「還魂」である。生旺の処にもし剋せられれば、気はかえって渙散す。彼此相生するに至っては、順って来れば則ち本身を增益し、倒れて来れば則ち気を奪去せられる。彼此相克するは、順って来れば則ち勢力強盛し、倒れて来れば則ち傷を受く。譬えば木火相生し、順に推し過ぎ去れば木の火を生ずるで、本気は便ち増益して栄盛す。もし本命が木に属し、かえって火のそれに投じ来るは、則ち逆生して泄気せらるるなり。また相克するがごときは、本命が金に属して木に見えれば、木は我の剋する所で、便ち強盛の勢いを顕出す。もし本命が木に属して金が来りて我を剋すれば、則ち傷残の禍咎である。この説は《燭神経》から出る。《広録》は則ちいう――生旺して卻って破壊に遭う人は福気浅く、死絶して救助ある人はかえって貴顕す。

父子相類格

火年火月,木日木時,支干納音相類者皆是。(三命纂局)

「父子相類格」とは、年と月とが同じく火に属し、日と時とが同じく木に属するこの一類をいう。およそ上下両柱の干支と「納音」が同一行に属するは皆算と為す。この条は《三命纂局》から出る。

助気

如水命人四柱有金土之類是也,主平生穩當享清閒之福。(廣信錄)

「助気」とは、本命の外に別に相幇の気あるをいう。例えば水命の人の四柱裏に金あり土ある類――金は能く水を生じ、土は能く水を約束す。一生穏当にして清閑の福を享くるを主る。この条は《広信録》から出る。

還魂格

五行自死自絕,而有救者是也,遞相還者最貴,有福神次之,無福神獨自還魂者為下。(林開五命)

「還魂格」とは、五行が本已に自死自絶するも、卻って救助の神ありてそれを復活せしむるをいう。彼此逓相救還するは最も貴し。福神の来りて救うあるは次一等。福神なくしてただ自己の還魂に頼るは最も下。この条は《林開五命》から出る。

又還魂格

火人乙亥,土人丁巳,金人壬寅,木人庚申,水人癸巳。(若人見之,晚發財祿也。)(神白經)

もう一種の還魂格の配法は――火命の人は乙亥に見え、土命の人は丁巳に見え、金命の人は壬寅に見え、木命の人は庚申に見え、水命の人は癸巳に見る。人がもし命中に遇上せば、晩年に財禄を発起するを主る。この条は《神白経》から出る。

相生相得事如何,仍須祿馬位包羅,六合天乙來相照,身居兩府定無蹉。(鬼谷要訣)

歌訶にいう――五行がすでに相生しまた相得るは、究竟どうか。さらに禄と「駅馬」の命位を包罗周全するを要す。もしさらに六合と「天乙貴人」の来りて照臨するあれば、身は両府の位に居りて万の一の失なし。この条は《鬼谷要訣》から出る。

絶処逢生は福の媒

如辛巳金絕在寅,而見戊寅土,最貴,以戊干神陽土,壓辛之陰金,金絕在寅,見戊寅納音土,亦生辛巳納音金,六辛貴在寅,五行絕處逢生是父母,故為福,他準此。

例えば辛巳の「納音」は金に属し、金は寅に絶す。もし戊寅土に見えれば便ち最も貴し――一来に戊は陽土の干神にして、辛のこの陰金を圧し得住し得。二来に金は寅に絶すと雖も、戊寅の納音は土で、土はまた辛巳の納音金を生じ得。三来に六つの辛日の「天乙貴人」は正に寅の上に在り。五行が絶処に我を生ずる一行に遇えば、父母に遇うに等しく、だから福である。残りの情形は皆この道理に拠りて推す。

納音支蔭応に微富

如丁卯火犯亥卯未,三合全,雖有癸亥水克,亦主富,上下皆得木氣生,如王韋明相公,己未年,乙亥月,丙寅日,辛卯時,雖亥卯未木局生,納音火,奈氣傷己土,久後惡死,如甲乙人逢申子辰,為甲乙木體遇申子辰皆水也。(沉芝源髓)

例えば丁卯の「納音」は火に属して命は亥卯未を犯す。三合木局斉全し、たとい癸亥の水の来りて剋するあるも、依然として富を主る。上下ともに木気の火を生ずるを得ればである。また王韋明相公の命のごとき――己未年・乙亥月・丙寅日・辛卯時。亥卯未の木局が火を生じ納音もまた火に属すと雖も、奈何にも木気が己土を傷つけ、日子久しきに終に好死を得ず。また甲・乙日の人が申子辰に逢上するがごときは、あれは甲乙木の本体が一片の水に遇上するなり。この条は《沈芝源髄》から出る。

身土遇火生而漸利,命水得金乃優長,金多須火或從革以成命,木重得金揉曲直而任使。水流不止,須土以攘之,火盛無依,惟水以濟之。身命喜於生旺福,干不嫌剋制,假如火至盛旺,左右無木,須得水制,方成既濟,火輕則不然。(鬼谷遺文)

身が土に属する人は火の生じ来るに遇えば、漸漸利を得るべし。命が水に属する人は金を得れば、運勢は則ち悠長である。金多きは火の煅錬し来るを要すか、あるいは「従革」の性に順って以て命局を成就す。木重きは金の来りて修剪するを得て、曲直の材を揉製して可用の器と為す。水が流れて停まざるは、土の来りて阻擋するを要す。火盛んにして依託する所なければ、ただ水のみ能く調剤す。身と命は皆生旺の福地に処するを喜び、天干上は克制あるを怕れず。譬えば火がすでに極旺して、左右にまた木の依るべきなければ、水の来りてそれを制するに非ざれば、「既済」の象を成さず。火がもし本来軽ければ、則ちこのように弁ずべからず。この条は《鬼谷遺文》から出る。

肝江李秦伯曰:五行用得其宜,雖相剋而為福,五行用失其宜,雖相生而為災。如水遇土而止,土遇木而秀,木遇金而成器,金遇火而熔鑄,火遇水而滅形,水生木,木通則水竭,木生火,火旺則木焚,火生土,土旺而火痊,土生金,金貴則土賤,金生水,水旺則金沉,是也。

肝江人李秦伯がいう――五行の用いる所が恰当なれば、相克すと雖も能く福を成す。五行の用いる所が不当なれば、相生すと雖もまた災を招くべし。相克して福を成す例――水が土に遇えば則ち約束せられ、土が木に遇えば則ち秀発を顯し、木が金に遇えば則ち雕琢して器を成し、金が火に遇えば則ち熔鋳して形を成し、火が水に遇えば則ち熄滅して形跡す。相生して災を招く例――水は木を生じ、木が通暢すれば水はかえって枯竭す。木は火を生じ、火が旺すれば木は焼き尽くさる。火は土を生じ、土が旺すれば火は熄む。土は金を生じ、金が貴重なれば土は低賤す。金は水を生じ、水が旺すれば金は沈没す。

又如金克木,金氣和則成器,否則伐木。木克土,木氣和則成林麓,否則茅次。土克水,土氣和則水流,否則成淵塞。水克火,水氣和則既濟,否則各滅形質。火克金,火氣和則熔鑄,否則損模也。

また金が木を剋するがごときは、金気が平和なれば則ち木を雕成して器物と為し、さもなければ不過ただ樹を砍倒するのみ。木が土を剋するは、木気が平和なれば則ち林木山麓に長成し、さもなければただ一片の茅草を生ずるのみ。土が水を剋するは、土気が平和なれば則ち水流を疏導し、さもなければ淤積して深渊を成して堵塞す。水が火を剋するは、水気が平和なれば則ち「既済」の功を成し、さもなければ両下裏に皆形質を毀す。火が金を剋するは、火気が平和なれば則ち熔鋳して器を成し、さもなければ器を鋳る模子すらも損壊す。

分清濁等差

清者是因濁而清也,五行有所制伏之謂也,假令水病見土則濁,卻非土堤防則不能止息,既止息,則清之有漸也,不可太過不及。濁者五行無制伏也,如金多無火,水多無土,火多無水,木多無金,土多無木也,故五行有反極之說。

いわゆる清とは、濁あるに因りて初めて清を顕出し、五行が彼此に制伏あるを指す。譬えば水病の命が土に見えるは本来濁と算えるが、しかし土の来りて堤防を築くなければ、水は止められず。すでに止住せられれば、清もまた一歩一歩来る。ただ太過あるいは不及すべからず。いわゆる濁とは、五行にそれを制伏する物なきがごとく、例えば金多くして火なく、水多くして土なく、火多くして水なく、木多くして金なく、土多くして木なし。正にこの故に、五行に初めて物極まれば則ち反るの説法あり。

如趙士鵬中大命丁卯年火,丁未月水,乙酉日水,甲申日水,鬼氣生旺而極也,水極生木,木生火,故極則變,變則通也,又如程禹尚書,丁卯年火,辛亥月金,庚戍日金,庚辰時金,是金極變丙水為火官,寅戍為魁星矣。

例えば中大夫趙士鵬の命――丁卯年の「納音」は火に属し、丁未月は水に属し、乙酉日は水に属し、甲申の一柱もまた水に属す。身を剋する鬼気は生旺して極に至る。しかし水極まれば則ち木を生じ、木はまた火を生ず。だから極まれば則ち変を生じ、変すれば則ち通達す。また尚書程禹の命のごとき――丁卯年は火に属し、辛亥月は金に属し、庚戍日は金に属し、庚辰時は金に属す。これは金極まりて変するで、丙は水に化してかえって火の官星を成し、寅と戍はまた合して魁星を成す。

又李莊顯謨丙寅年火,庚寅月木,丁未日水,壬寅時金,無剋制富貴而壽,蓋四柱下生上而粹為實也,又如李迨侍郎,乙丑年金,己丑月火,癸巳日水,丁巳時土,雖作二十年從官,而不在君側,無妻無子,蓋四柱下克上也,壽亦短於莊,如此制伏,千變萬化,不能窮盡,略舉四命以較之。(廣信集)

また顕謨閣学士李荘の命のごとき――丙寅年の「納音」は火に属し、庚寅月は木に属し、丁未日は水に属し、壬寅時は金に属す。命中に克制する所なく、富貴にしてまた長寿なり。四柱は下面の一柱が上面の一柱を生じ、純粹にして結実せばである。また侍郎李迨の命のごとき――乙丑年は金に属し、己丑月は火に属し、癸巳日は水に属し、丁巳時は土に属す。二十年の侍従の官を為したと雖も、卻って始終君王の身辺に在らず、妻なく子なし。四柱は下面の一柱が上面の一柱を剋し、寿数もまた李荘に比べて短けばである。このような制伏関係は千変万化して、説き尽くし道い尽くし得ず。ここにただ四個の命例を挙げて以て比較を作す。この条は《広信集》から出る。

火不畏水,藉之然後以濟物,木須賴金,制之然後以成器。五行之內,火雖畏水,火不得水,則又不能濟物,木雖畏金,木不得金,則又不能成器,火人得水者,在格曰未濟,言其終得相濟也,木人得金者在格曰斷輪,言其終得用也,火少而水多者,火之勢不及於水,乃畏其水也,金寡而木眾者,金之勢不及於木,乃困於木也。

火は併せて真に水を怕れず。水を借りて初めて物を済すの功を成就し得べし。木は必ず金に依頼して、金に裁制せらるる後に初めて器を成し得べし。五行の内に、火は水を怕ると雖も、しかし水なくんば、それは物を済する由なし。木は金を怕ると雖も、しかし金なくんば、それは器を成す能わず。火命の人が水を得るは、格上に「未済」といい、終竟能く彼此相済するをいう。木命の人が金を得るは、格上に「断輪」といい、終竟能く用場に派するをいう。もし火少なくして水多ければ、火の勢力は水に抵当せず、あれは真に水を怕るを要す。もし金少なくして木多ければ、金の勢力は木に抵当せず、あれは反って木に困せらるるを要す。

金火全,名鑄印,犯丑字,即為損模,木金等,曰斷輪,向秋生,而為傷斧。金亦兩得,火亦兩得,在格謂之鑄印,怨惡見丑字,蓋鑄印必藉土為模,辰戍丑未皆土也,丑為破壞之字,得之者乃鑄印損模,模既損,則火散金消,反致殃矣。木亦兩得,金亦兩得,在格謂之斷輪,偏惡秋生,蓋秋為肅殺之時,乃斷輪傷斧,斧既傷,則木弱金闕,反致矣。(壺中子)

金と火と皆斉備するを「鋳印」という。ただもし丑字を犯上せば、「損模」を成す。木と金と分量相当なるを「断輪」という。ただもし秋に生まれれば、「傷斧」を成す。注解にいう――金もまた両分を得、火もまた両分を得れば、格上に便ち鋳印と称す。最も恨むは丑字に見ること。鋳印は必ず土を借りて模を作るを要するが故に、辰戍丑未は皆土に属すと雖も、丑は卻って破壊の字で、それを得れば便ち鋳印して卻って模子を毀す。模子が一たび壊れれば、火は則ち散じ金は則ち消え、かえって禍殃を招来す。同じく、木もまた両分を得、金もまた両分を得れば、格上に便ち断輪と称す。偏に最も恨むは秋に生まるること。秋は粛殺の時で、断輪は便ち傷斧に変る。斧頭が一たび傷つけば、木はすでに弱く金はまた缺け、かえって禍を招く。この説は《壺中子》から出る。

【水為相濟則精神具足,金木互用則仁柔義剛】水者精也,火者神也,二物相濟,故精神明靈而具足,金剛則木柔,二物互用,則仁柔義剛,而兩相得矣。(燭神經)

水と火と相済すれば、人の精神は則ち完足す。金と木と互用すれば、人は則ち仁の柔和と義の剛強を兼備す。もともと水は精に属し、火は神に属し、この両様は彼此調剤す。だから精神は明澈霊敏にして缺欠する所なし。金は剛にして木は柔、この両様は交互に用を為す。便ち仁中に柔を帯び義中に剛を帯びて、両下裏に各々其の宜を得。この説は《燭神経》から出る。

【論其眷屬,憂其死絕】瑩和尚注云:生我者為父母,我生者為子孫,克我者為官鬼,我克者為妻財,比和者為兄弟,處在危亡之地,憂居休囚死絕之鄉。三命鈐云:生我者為祿,我生者為庫,我克者為財,克我者為鬼,如金以土為祿,水為庫,木為財,火為鬼,餘彷此。

《珞琭子》に「其の眷属を論じ、其の死絶を憂うべし」と説く。瑩和尚が注解していう――我を生ずる一行は父母、我の生ずる一行は子孫、我を剋する一行は官鬼、我の剋する一行は妻財、我と同類なるは兄弟である。憂慮する所は、まさにこれらの六親が危亡の地に落ち休囚死絶の郷に処するにある。《三命鈐》は則ちいう――我を生ずる一行は禄、我の生ずる一行は庫、我の剋する一行は財、我を剋する一行は鬼である。例えば金は土を以て禄と為し水を以て庫と為し木を以て財と為し火を以て鬼と為す。残りの各行は皆これに倣って類推す。

【值病憂病,逢生得生,旺相崢嶸,休囚絕滅】瑩和尚注云:值病憂病,以休囚絕滅而言;逢生得生,以旺相崢嶸為義。值病憂病者,五行病中逢鬼也,如木值辛巳金,火值甲申水,土遇庚寅木,金逢乙亥火,如此之類,休囚絕滅。逢生得生者,五行生處逢生也,如木臨癸亥水,火得庚寅木,水值壬申金,金逢丁巳土,如此之類,旺相崢嶸或逢之歲運,或值之鎡基,更看始終,隨宜消息。

「病に値れば病を憂い、生に逢えば生を得、旺相は崢嶸、休囚は絶滅」のこの四句、瑩和尚が注解していう――病に値れば病を憂うは、休囚絶滅に就いて言う。生に逢えば生を得るは、旺相崢嶸に就いて言う。いわゆる病に値れば病を憂うとは、五行が病地に走り到りてまた鬼殺に碰上するをいう。例えば木が辛巳金に遇い、火が甲申水に遇い、土が庚寅木に遇い、金が乙亥火に遇う、この一類は皆休囚絶滅を主る。いわゆる生に逢えば生を得るとは、五行が長生の処に在りてまた我を生ずる神に遇上するをいう。例えば木が癸亥水に臨み、火が庚寅木を得、水が壬申金に遇い、金が丁巳土に遇う、この一類は皆旺相崢嶸を主る。流年大運上に碰うを論ずるも、本命根基上に碰うを論ずるも、皆さらに始終首尾如何を看て、宜に随って斟酌するを要す。

【父病推其子祿妻災課以夫年】瑩和尚注云:五行相生為父子,陰陽相制為夫妻,假令無病,無疑畏火,急求水以救之,蓋金生水為子,水尅火故也。又如金災者,恐值火也,且看火之休旺如何?蓋尅我者為夫,此乃救解二法,最為詳要。王氏注云:如丙寅火人見戊申土,火雖病而為戊申之父,父雖病而戊申土長生,父承子祿之蔭,雖病而不致死也,或丁卯火見甲午金,為妻金至午敗,可謂妻災矣,以丁卯火旺在午又逢祿,金火相傳,陰陽相合而生造化,所謂妻隨夫貴也。

「父病すれば則ち其の子禄を推し、妻災あれば夫年を以て課す」のこの両句、瑩和尚が注解していう――五行相生の関係を父子と算え、陰陽相制の関係を夫妻と算る。仮に本身に病ありて毫も疑なく最も火を怕れれば、則ち急いで水を求めて救いに来らしむるを要す。金は水を生じ、水は金の児子で、しかも水はまた能く火を剋す。また金が災に遭うがごときは、多くは火に碰上するなり。則ちまずこの火の休か旺かを看る。我を剋する一行を夫と算る。これは則ち救と解の両種の弁法で、最も緊要である。王廷光が注解していう――譬えば丙寅の火命の人が戊申土に見えるは、火は申位に在りて病と為すと雖も、卻って戊申の父である。父は病むと雖も、戊申土は卻って正に長生に当たり、父は児子禄位の蔭庇を承受す。だから病むと雖も死に至らず。また丁卯火が甲午金に見えるがごときは、妻位の金は午上に到りて敗地で、妻の災に遭うと算え得べし。ただ丁卯の火は午上に正旺してまた禄に逢い、金と火と相伝え、陰陽相合して造化を生出す。これはすなわちいわゆる妻は夫に随いて貴し。

【金木未能成器,聽哀樂以難名,似木盛而花繁,狀密雲而不雨】瑩和尚注云:金不能成器,惟火以陶鎔,木未能成功,假金而凋金。王氏注云:謂哀樂者,蓋木主春,其性仁,春則萬物發生,可謂樂也。金主秋,其性義,秋則萬物肅殺,可謂哀也,木無金,金無火,未能成器,為哀為樂,難以名狀。似木盛而花繁,密雲而不雨,是謂有虛聲,而無實跡焉。

「金木いまだ器を成す能わず、哀楽を聴くに名づけ難く、木盛んにして花繁きに似て、密雲の雨ならざるを状る」のこの数句、瑩和尚が注解していう――金が器を成す能わざれば、ただ火の来りて陶熔するに頼るのみ。木が材を成す能わざれば、金を借りて修剪するを要す。王廷光が注解していう――いわゆる哀楽とは、木が春を主り、その性を仁と為すが故で、春は万物発生して、楽と言うべし。金が秋を主り、その性を義と為すが故で、秋は万物粛殺して、哀と言うべし。木に金の来りて裁制するなく、金に火の来りて鍛錬するなければ、皆器を成す能わず。究竟哀と算えるか楽と算えるか、実に名状し難し。樹の長じて茂り花の開きて繁くして卻って果を結ばざるがごとく、また濃雲密布して卻って雨降らざるがごとく、徒らに虚名あって実跡なし。

與生地之相逢,宜退身而避位。瑩和尚注云:本命長生中逢旺鬼是也,如金逢乙巳火,土遇庚申木,火見甲寅水,木逢辛亥金,得於四柱或臨大命者,宜退身而避位。王氏注云:如戊申得壬申,戊申土生壬申金,金至申而臨官,父傳子道也,子強則父衰,父已成功,自當告退,蓋生者不生,物不兩立,是知五行他生而我休,子代父位也。(珞琭子)

《珞琭子》にいう――自己の長生の地と相逢う時、かえって退身避位すべし。瑩和尚が注解していう――これは本命の長生の中に当旺の鬼殺に碰上するを指す。例えば金が乙巳火に逢い、土が庚申木に遇い、火が甲寅水に見え、木が辛亥金に逢う。この数種がもし四柱上に出現するか、あるいは本命に臨到すれば、皆退身避位に宜し。王廷光が注解していう――譬えば戊申が壬申に遇上すれば、戊申の土は壬申の金を生じ、金は申上に到りて正に臨官に当たる。これは父親が道統を児子に伝授するなり。児子が強まれば父親は則ち衰えるを要し、父親はすでに功成せば、自然に告老して退下すべし。能く生ずる一方が一旦生じ畢れば便ち再び生ぜざるが故に、両物は同時に並立する能わず。以て見るべし、五行の中に他方が生を得れば我方は即ち休するは、まさに児子が父親の位置を接替するなり。この条は《珞琭子》から出る。

第九巻

論五行三

凡命五行下生上曰助氣,主一生享福,凡事容易受人福力,上生下曰盜氣,主一生為人謀,多庇廕他人,供他人之福。凡命五行下尅上,主沉滯難發,上尅下,主有威勢,害物,不利妻妾子孫,大抵皆孤獨,生旺則差慢。(廣信集)

命中四柱の五行は、もし下位に居る日・時が去りて上位に居る年・月を生ずれば、「助気」と作る。この種の人は一生現成の福を享け、事を弁ずるに他人の扶助を得易し。反ってもし上位に居るが去りて下位に居るを生ずれば、「盗気」と作る。一生は総じて旁人に替わりて籌謀し、多くは他人を庇蔭して福分を他人に供給する。もし下位に居るが反って去りて上位に居るを剋すれば、一生沈滞して発達し難きを主る。上位に居るが下位に居るを剋すれば、則ち威勢ありて外物を傷損するを好み、妻妾子女に於て不利。この両種の相克の命は大抵孤僻孤独で、ただ五行が生旺の地に処する人のみ、応験は来ること和緩なる些し。この説は《広信集》から出る。

假如年月日時胎,納音皆是木,看如何旺,若時上木敗尤好,以其太旺則剛暴,須有柔弱以御之,運行金鄉無害,取其不嫌於剋制故也。又云:假如命得金為福,但有一金又無氣,而為火土所戰,皆不得力,水火土皆然。(林開五命)

仮に年・月・日・時に胎元を連ねたるこの五処の「納音」が皆木に属せば、則ちこの木が何の地歩まで旺するを看るを要す。もし時柱上の木が正に衰敗の地に落つれば、かえって更に好し。木が太旺なれば則ち性情剛暴で、必ず柔弱の一面の来りて節制する有るを要すればである。こうすれば大運が金郷に走り到るも害を受けず。取る所はまさにそれが克制を怕れざるの道理である。書中にまたいう――仮に或る人の命裏が金を以て福神と為すも、ただ孤零零たる一点の金にしてまた気なく、また火と土に囲攻せられば、則ち全く力を得ず。水を以て・火を以て・土を以て福神と為す時も、道理は皆一様である。この条は林開《五命》から出る。

五行返制

五行之數最難詳,閒位須防勝位亡,火多金少渾閒事,火少金多大不祥。陰陽偏出,造化不成,五行大抵要尅制,有理稍出意外,則有過與不及之患,且如火多金少,聚散不得成形,雖有制抑,亦苦不害,若火少金多,既不成銷鑠,火則反有灰飛煙滅之厄,造化之功當曲盡。(太乙統紀)

歌訶にいう――五行の間の数量の多寡は最も周詳に説き難し。当令せざる閑位はかえってそれが当令の旺位を圧し垮すを提防するを要す。火多くして金少なきは、不過尋常の小事。火少なくして金多きは、これこそ大大の不祥である。これは陰陽が一旦一頭に偏向すれば、造化は便ち形を成す能わざればである。五行は大体上に克制有るを要して初めて好し。ただ道理が稍や人の意表に出ずれば、則ち太過と不及の毛病あり。譬えば火多く金少なければ、金は焼かれて聚散定まりなく器を成す能わず。圧制を受くると雖もまたただ苦しくして大害なきのみ。もし火少なく金多ければ、火はすでにこれだけ多くの金を銷熔する能わず、かえって自ら灰飛煙滅の厄に落つ。以て見るべし、造化の功は委曲にしてその理を窮尽せずんば可ならず。この説は《太乙統紀》から出る。

五行太過不及

一水生三木,枯藁;三水一木,飄溢,貴於陰陽等也。此不入格。一土生三金,蹇滯,三土生一金,福盛。惟土生金,土多金少,無礙,轉為福壽。一水命得三金,太過不均,早發早亡,是乘父母之福。一金生三水,虛弱。一木得三金,必尅伐。一金得三木,自鈍。然金以木為財,木多者,不可尅也。

一分の水が去りて三分の木を生ずれば、水は必ず吸われて枯竭す。三分の水がただ一分の木を養うは、木はまた漂泊して根なし。貴ぶべきは陰陽の数量相当なるに在り。上面の両種は皆格に入らず。一分の土が三分の金を生ずれば、蹇滞不通を主る。三分の土がただ一分の金を生ずれば、則ち福気豊盛。ただ土の金を生ずるこの一路のみ、土多く金少なきも併せて妨げなく、かえって福寿に転成し得べし。水命の人がもし四柱に三分の金の来りて生ずるを得れば、生ずること太過にして勻ならず。早年発達・早年夭亡を主る。あれは父母の余福を借用するなり。一分の金が三分の水を生ずれば、体質虚弱を主る。一分の木が三分の金に遇えば、必ず砍伐に遭う。一分の金が三分の木に遇えば、かえって自己を磨き鈍くす。ただ金は木を以て財星と為し、木多きの人はそれを剋し去るべからざるなり。

一金三火,是貴,金人不畏火,若在上位,得火者為上。一火人得三金,亦不名財,然火尅金,火輕故也。兩金兩木,粗得,兩木兩水粗得,兩金兩土造化,兩土兩金粗得,兩火兩木粗得,兩木兩火閒弱,兩金兩水閒弱,兩水兩金清秀,兩金兩火最上,兩火兩金足財,兩土兩木造化,兩水兩土造化,其餘倣此消息,更看天干交涉。(天元變化書)

一分の金が三分の火に遇えば、かえって貴顕を主る。金命人はもとより火を怕れず、火がもし年月の上位に居れば、火を得るは更に上等である。火命人が三分の金を得るは、卻って財旺と算え難し。火は金を剋し得ると雖も火力が太軽ければである。この外――両金が両木に対するは、勉强用い得べし。両木が両水に対するは、勉强用い得べし。両金が両土に対するは、造化の局を成す。両土が両金に対するは、勉强用い得べし。両火が両木に対するは、勉强用い得べし。両木が両火に対するは、閑散虚弱。両金が両水に対するは、閑散虚弱。両水が両金に対するは、清秀。両金が両火に対するは、最も上等。両火が両金に対するは、財禄充足。両土が両木に対するは、造化の局を成す。両水が両土に対するは、また造化の局を成す。残りの各種の搭配は皆この路数に拠りて斟酌消長し、さらに再び天干の間如何に交涉するを看るを要す。この条は《天元変化書》から出る。

五行太過

水盛泛而不止,主好陰謀,後遇其傷。土強不見於木,情多欺罔,性定頑愚鄙執。木繁不逢金制,初辛苦而晚歲孤貧。火炎不遇水濟,神性兇暴,多招橫禍。金剛無火,兇頑夭壽。故曰金剛火強,多則損己;木柔土和,盛亦傷身。(宰公要訣)

水勢太盛・泛濫止まざる人は、陰謀を用いるを好み、日後終竟反って傷せらるる所とならん。土太強にして四柱に木の来りて疏導するを見ざれば、性情は多く欺瞞詐偽、人と為りて頑固愚鈍・鄙陋固執。木太繁茂にして金の来りて修剪するなければ、早年辛苦・晩年孤貧。火太炎烈にして水の来りて調剤するなければ、心性凶暴にして、多く飛来横禍を招く。金太剛硬にして火の来りて鍛錬するなければ、凶頑にしてしかも短寿。だからいう――金剛火強は、過多なれば則ち自己を損傷す。木柔土和は、過盛もまた一様に身を傷る。この条は《宰公要訣》から出る。

輕得地,而可敵重衰,重無地,而制之輕敗。如土制水,則丙辰丁巳之土,能制丙子癸亥之水。壬申癸酉之金雖重,卻遇戊子、己丑、丙寅、丁卯之火,雖金重亦受制於火,蓋火向旺,而金向絕也。

分量軽き一方がもし地を得るの処を占住すれば、能く分量重くしてすでに衰弱せる一方に抵挡し得べし。分量重き一方がもし地利を失えば、かえって分量軽き一方に制服せられて陣を敗る。例えば土を以て水を制するに、丙辰・丁巳のこの両種の納音は土に属して地を得て力あれば、則ち丙子・癸亥の水を制し得住し得べし。また壬申・癸酉の金のごときは分量重しと雖も、一旦戊子・己丑・丙寅・丁卯のこの数種の火に碰上すれば、金は再び重きもまた火に受制するを要す。この数種の火は正に旺地に走向し、しかも金は卻って正に絶地に走向するを以てなり。

【各衰如旺,輕重自然】如辛酉見癸酉,戊午見丙子,乃旺處相敵,支氣不比,卻有相敵,為變化發揚也,甲寅水見庚午辛未土,力氣各衰,水土和柔,則有化育之道,餘彷此。

いわゆる「各々衰するがごとき旺、軽重自然」とは、双方が各自衰弱する時、あの相持の勢いは各自当旺する時と一様にして、軽重は自ずから自然に帰するを要するをいう。例えば辛酉が癸酉に遇い、戊午が丙子に遇うは、皆旺地上に彼此対峙し、地支の気はもとより相類せず、卻って恰好勢均力敵して、かえって変化を生出し発揚光大し得べし。また甲寅の水が庚午・辛未の土に遇上するがごときは、双方の気力は皆すでに減衰し、水と土はかえって和柔に相処し、則ち化育生成の道理有り。残りの情形は皆これに倣って類推す。

【至若體輕用重,不免漂沉,本重末輕,廣謀自勝,主客相容,優遊享福】如庚午辛未,土體輕也,見壬戌癸亥丙子之水,是體輕用重,反散流也。如庚子辛丑土,見癸巳乙卯水,是本重末輕,廣謀自勝之人也。五行主客輕重相等,制用有法,水土和柔,金火相得,則康寧。

古語に「本体軽くして用うる所重きに至っては、漂泊沉浮を免れ難し。根本重くして末梢軽きは、謀劃に善く常に能く自勝す。主と客と彼此相容れば、便ち従容として福を享くべし」という。例えば庚午・辛未の土は、本体軽薄で、一旦壬戌・癸亥・丙子のこれらの水に碰上すれば、則ち体軽くして用重しで、土はかえって冲せられて散流四溢す。また庚子・辛丑の土が癸巳・乙卯の水に遇上するがごときは、則ち本重くして末軽しで、この種の人は多く謀略にして常に能く勝ち取る。総じて五行中に主と客と軽重相当にして、克制と取用と各々法度あり、水と土と調和柔順し、金と火と配合得宜なれば、一生は則ち安康無事である。

【五行相敵,一凶一吉】五行相敵輕重目等,遇鬼二則凶,一重鬼凶中反吉。(鬼谷遺文)凡命納音鬼多,主本當時,名曰官星乘旺,納音財多,主本無氣,名曰財多害身,主富而多惡疾。

いわゆる「五行相敵すれば、一凶一吉」とは、五行が両々相対峙し軽重相当する時、もし両重の我を剋する神に碰上せば則ち凶を主り(術家は我を剋する一方を「鬼」と称す)、もしただ一重の鬼に碰上するのみなれば、かえって凶中に於て吉に転じ得べし。この語は《鬼谷遺文》から出る。およそ命中の納音上に我を剋するの鬼甚だ多くして、しかも本命日主がまた恰好当令得時するを、「官星乗旺」と作る。もし納音上に財星甚だ多くして、しかも本命日主が卻って気なければ、則ち「財多害身」と作る。この種の人は富むと雖も、卻って多く悪疾が身に纏うあり。

御鬼

如木命人得火月金日時之類是也,主立身於艱難之中,凡事必就他人之力。

いわゆる「御鬼」とは、木命人が火月に生まれてまた金の日時に逢うこの一類のごとく――金はもとより木を剋するの鬼なり、卻って中間の火に擋住抵禦せられたるなり。この種の人は艱難の中に立身し、凡事皆他人の力を借助して初めて弁成し得べし。

助鬼

如水命人,四柱有土火之類是也,主小膽,凡百舉事,欲為不為,又云:如水命人,得土月火日時之類,又謂之子母鬼,主平生多被骨肉破斗,干支通用,納音最緊,又名助官。

いわゆる「助鬼」とは、水命人の四柱の中にすでに土ありまた火あるこの一類のごとく――土はもとより水を剋し、火はまた土を生ず。鬼に替わりて幇忙するに等し。この種の人は胆子小さく、凡事為さんと欲してまた敢えて為さず。また一説に――水命人が土月に生まれて再び火の日時に逢うを「子母鬼」と作り、一生は多く骨肉至親に拖累争闘せらる。この看法は天干地支上に皆通用し、しかも納音上の応験を以て最も緊要と為す。それはまた「助官」と作る。

鬼中に鬼あり

如土命人,生木月,金日時之類是也,主有官勢威權根基,若劣弱太凶,經云:五行切忌下賊上,平生不足事相萃。

いわゆる「鬼中に鬼あり」とは、土命人が木月に生まれて再び金の日時に逢うこの一類のごとく――木が土を剋するは一重の鬼で、金はまた来りて木を剋す。これは鬼上にさらに鬼あり。この種の命は官勢威権あり根基浅からざるを主る。ただ本身がもし衰弱して承当し得なければ、かえって極凶。経書上にいう――五行は最も下位に居るが去りて上位に居るを侵害するを忌諱し、あれようは一生総じて不如意の事の聚攏し来るあり。

損気

如水命人,四柱有土木,土人四柱有木金之類是也,主平生歇滅,勞而無功,難至遠大。

いわゆる「損気」とは、水命人の四柱の中にすでに土ありまた木あり、土命人の四柱の中にすでに木ありまた金あるこの一類のごとく――我を剋するの神と我を泄するの神とが一斉に上り来り、元気は両頭に消耗す。この種の人は一生時に起り時に滅し、労碌にして功効なく、遠大を為し難し。

争掰

如金人三金一木之類是也,主平生財物不足,爭掰之事。

いわゆる「争掰」とは、金命人の四柱中に三分の金ありて卻ってただ一分の木あるこの一類のごとく――木は金の財で、衆金がこの一点の財を争奪す。この種の人は一生財物足らず、常に争奪撕扯の是非あり。

煎熬

如金人一金三火之類是也,主平生煎熬,不得安閒。(廣信集)

いわゆる「煎熬」とは、金命人がただ一分の金あるのみで卻って三分の火あるこの一類のごとく――火多くして金を熔し、日夜烤を受く。この種の人は一生煎迫を備受し、安閑を得ず。この条は《広信集》から出る。

生ずる者は死を畏る

丙寅火畏乙卯水,辛巳金畏丁酉火,甲申水畏己卯土,戊申土畏壬午木,己亥木畏甲子金。(廣録)

納音五行が正に長生の地に処するは、最もそれを剋してしかも死絶の地に坐する一方に遇上するを怕る。だから「生者畏死」という――丙寅の火は乙卯の水を怕れ、辛巳の金は丁酉の火を怕れ、甲申の水は己卯の土を怕れ、戊申の土は壬午の木を怕れ、己亥の木は甲子の金を怕る。この条は《広録》から出る。

鬼論

窠中鬼者,如丙子見庚子、丁丑見辛丑之類是也。隔壁鬼者,如庚子見癸丑之類是也,墓中鬼者,如水中見丙辰,土人見戊辰之類是也,空亡鬼者,如甲戌見甲申乙酉之類是也。(天元變化書)

いわゆる「窠中鬼」とは、両柱の地支相同にして納音相克するで、丙子が庚子に遇い丁丑が辛丑に遇う類のごとし。いわゆる「隔壁鬼」とは、相隣る両柱の間に来りて剋するで、庚子が癸丑に遇う類のごとし。いわゆる「墓中鬼」とは、我を剋するの神が墓庫裏に蔵るるで、水命が丙辰に遇い土命人が戊辰に遇う類のごとし。いわゆる「空亡鬼」とは、来りて我を剋するあの両柱が恰好「空亡」上に落つるで、甲戌が甲申・乙酉に遇う類のごとし。この条は《天元変化書》から出る。

【以小凌大,自遺其害,以若勝剛,自掇其殃】以一水克三火,以小凌大,反為灼絕,自遺其害也,如癸巳絕水克丙寅旺火,以弱勝強也,乃自掇其殃矣。

《珞琭子》に「小を以て大を凌ぐは、自ら其の害を遺す。柔を以て剛に勝つは、自ら其の殃を掇む」の語あり。一分の水を拿りて去りて三分の火を剋するは、則ち小を以て大を欺くで、水はかえって焼き乾かし灼き尽くされて、自己で禍害を招来するに等し。また癸巳のこの種のすでに絶地に処する水が、去りて丙寅のこの種の正旺の火を剋するがごときは、則ち弱を以て強に敵するで、あれは更に自己で自己に災を招くなり。

【以陰勝陽,雖殃不彰。以陽勝陰,為害不深,兩陰相敵,兩陽相拒,凶禍旋至,不安其處】如乙巳陰火,克壬申陽金,此以陰勝陽也,設使為禍,不至彰楊。如壬申克己巳木,以陽勝陰也,雖有為害亦不深也。夫何故?蓋陰陽有情而然也。如丁卯癸酉二陰相敵也,兩陽相蹈,戊午見甲子是也,陽剛銳,陰柔佞,必勝而後已,故凶禍旋至,不安其處,所至多人情,胡越之擾。(燭神經)

古語に「陰を以て陽に勝つは、縦に殃咎あるも顕著ならず。陽を以て陰に勝つは、害を為すもまた深きと算えず。両陰相持ち両陽相拒むに至っては、凶禍は眼を転ずれば則ち到り、処処安身を得ず」という。例えば乙巳の陰火が去りて壬申の陽金を剋するは、これは陰を以て陽に勝つで、縦に禍を生ずとも張揚に至らず。また壬申が去りて己巳の木を剋するがごときは、これは陽を以て陰に勝つで、損害あると雖もまた深重ならず。何を以てか。一陰一陽が彼此有情なるが故の故なり。丁卯と癸酉に至っては、便ち両陰相敵す。戊午が甲子に遇うは、便ち両陽相踏む。陽性は剛鋭、陰性は柔佞で、双方は必ず勝負を分かち出して初めて罷むを肯ず。だから凶禍は随い即ち至りて、身は何処に在るも安穩ならず、何処に走到するも皆人情乖違・胡越の相隔たるがごとき格格不入の紛擾である。この条は《燭神経》から出る。

太乙統紀云:天地陰陽變化之機,未嘗不以陰召陽,陽召陰,則天地合正,五行氣融,若乃陽從乎陽,陰從乎陰,則陰陽偏出,動靜失序,所以禍福兩途也。

《太乙統紀》にいう――天地陰陽変化の関鍵は、陰を以て陽を招引し陽を以て陰を招引するに在らざるなし。こうすれば天地は各々その正を得、五行の気もまた融通して礙なし。もし陽がただ陽に跟いて走り陰がただ陰に跟いて走れば、陰陽は便ち一頭に偏し、動と静と皆次序を失い、禍と福とここより两条の路に分かれ、人の吉凶もまたこれに随いて分かる。

辨五音訣

舌音為徵,齒為商,牙角,喉宮,唇羽,方能五姓類中,用見圖達者盡規章。(神白經)

五音を分辨する口訣は――発音の着力が舌上に在るは「徵」に属し、歯上に在るは「商」に属し、牙上に在るは「角」に属し、喉裏に在るは「宮」に属し、唇上に在るは「羽」に属す。この法に倣って分かち去れば、初めて五姓帰類の中に用場に派し得べし。図表に対照して推演すれば、通達の人は自ずから能くその中の規矩を窮尽す。この訣は《神白経》から出る。

五音貴旺,蓋取本音五行,各至相旺處也,商音為金,旺在申酉,德在辰巳,角音屬木,旺在寅卯,德在戌亥,徵音屬火,旺在巳午,德在丑寅,宮羽音屬水土,旺在亥子,德在未申,若人遇之,如三命有氣,不遇惡殺臨之,主平生貴盛,雖在刑殺,以宜有祿,假令徵姓人四月五月為旺月,十二月正月生德月,餘準此。(三命鈐)

五音は旺に逢うを以て貴と為す。法は本音の属する五行を取りて、各々それの当旺する地支上に推して到る。商音は金に属し、旺は申・酉に在り、徳は辰・巳に在り。角音は木に属し、旺は寅・卯に在り、徳は戌・亥に在り。徵音は火に属し、旺は巳・午に在り、徳は丑・寅に在り。宮音と羽音は水土に属し、旺は亥・子に在り、徳は未・申に在り。人がもしこれらの地支に生れ逢えば、ただ年・月・日の三命に気あり、また悪煞の圧臨なくんば、則ち一生貴盛を主る。たとい刑煞を帯ぶるも、また禄の食むべきあるべし。例を挙げれば、姓が徵音に属する人は、四月・五月は便ち彼の旺月で、十二月・正月は便ち彼の徳月である。残りの各音は皆これに倣って推算す。この条は《三命鈐》から出る。

五音姓氏(郡望附)

角音

趙天水、周汝南、朱沛國、孔魯國、曹譙郡、華武陵、金彭城、俞河間、盧河東、樂南陽、和汝南、肖河南、董隴西、高渤海、虞陳郡、裘渤海、艾天水、弘太原、國下邳、秋天水、郜京兆、印馮翊、懷河南、從東莞、索武威、喬梁國、洪敦煌、崔博陵、陸河南、家京兆、熊中山、車京兆、俠上谷、恣平昌、雍京兆、僕魯國、晁京兆、荊廣陵、密太原、蘋青陽、曲陳留、藥汝南、衙江夏、甲齊郡、虢新平、嶽馮翊、敬平陽、戢東平、憲會稽、劉彭城、澹臺大山、鍾離會稽。

角音に帰入する姓氏は、各姓の出づる所の郡望を連ねて下のごとし――趙は天水に出づ、周は汝南に出づ、朱は沛国に出づ、孔は魯国に出づ、曹は譙郡に出づ、華は武陵に出づ、金は彭城に出づ、兪は河間に出づ、盧は河東に出づ、楽は南陽に出づ、和は汝南に出づ、肖は河南に出づ、董は隴西に出づ、高は渤海に出づ、虞は陳郡に出づ、裘は渤海に出づ、艾は天水に出づ、弘は太原に出づ、国は下邳に出づ、秋は天水に出づ、郜は京兆に出づ、印は馮翊に出づ、懐は河南に出づ、従は東莞に出づ、索は武威に出づ、喬は梁国に出づ、洪は敦煌に出づ、崔は博陵に出づ、陸は河南に出づ、家は京兆に出づ、熊は中山に出づ、車は京兆に出づ、俠は上谷に出づ、恣は平昌に出づ、雍は京兆に出づ、僕は魯国に出づ、晁は京兆に出づ、荊は広陵に出づ、密は太原に出づ、苹は青陽に出づ、曲は陳留に出づ、薬は汝南に出づ、衙は江夏に出づ、甲は斉郡に出づ、虢は新平に出づ、岳は馮翊に出づ、敬は平陽に出づ、戢は東平に出づ、憲は会稽に出づ、劉は彭城に出づ。複姓澹台は大山に出づ、鍾離は会稽に出づ。

徵音

錢彭城、姜天水、羅豫章、季渤海、咎太原、莊天水、終南陽、欒河西、卓西河、丁濟陽、吉馮翊、巴高平、辛隴西、祭河間、李隴西、寳扶風、畢河南、婁譙國、管平昌、瞿松陽、祿扶風、厲范陽、池西平、宣始平、鈕吳興、姬南陽、那天水、諶河內、鄭榮陽、雲琅琊、郝太原、刀弘農、經范陽、連上黨、東平原、玉彭城、荀河內、賁宣城、甄中山。

徵音に帰入する姓氏及び其の郡望は、まずこの一批を列す――銭は彭城に出づ、姜は天水に出づ、羅は豫章に出づ、季は渤海に出づ、咎は太原に出づ、荘は天水に出づ、終は南陽に出づ、欒は河西に出づ、卓は西河に出づ、丁は済陽に出づ、吉は馮翊に出づ、巴は高平に出づ、辛は隴西に出づ、祭は河間に出づ、李は隴西に出づ、寳は扶風に出づ、畢は河南に出づ、婁は譙国に出づ、管は平昌に出づ、瞿は松陽に出づ、禄は扶風に出づ、厲は范陽に出づ、池は西平に出づ、宣は始平に出づ、鈕は呉興に出づ、姫は南陽に出づ、那は天水に出づ、諶は河内に出づ、鄭は滎陽に出づ、雲は琅琊に出づ、郝は太原に出づ、刀は弘農に出づ、経は范陽に出づ、連は上党に出づ、東は平原に出づ、玉は彭城に出づ、荀は河内に出づ、賁は宣城に出づ、甄は中山に出づ。

宰西河、曾魯國、勐咸陽、陳穎川、史京兆、時隴西、鍾穎川、干穎川、官中山、利河南、黎京兆、聞吳興、鄧南陽、芮平原、酈新蔡、笠東海、給鉅鹿、泰天水、唐晉昌、紀高陽、蔡濟陽、邉隴西、易太原、師太原、宿東平、莘天水、單濟陽、靳西河、聶河東、錄廣平、智魯國、尤吳興、薛河東、舒京兆、田雁門、陝武陵、慎天水、鞏山陽、咸汝南、翟南陽。

徵音姓氏はつづきて往きて列す――宰は西河に出づ、曾は魯国に出づ、勐は咸陽に出づ、陳は潁川に出づ、史は京兆に出づ、時は隴西に出づ、鍾は潁川に出づ、干は潁川に出づ、官は中山に出づ、利は河南に出づ、黎は京兆に出づ、聞は呉興に出づ、鄧は南陽に出づ、芮は平原に出づ、酈は新蔡に出づ、笠は東海に出づ、給は鉅鹿に出づ、泰は天水に出づ、唐は晋昌に出づ、紀は高陽に出づ、蔡は済陽に出づ、邉は隴西に出づ、易は太原に出づ、師は太原に出づ、宿は東平に出づ、莘は天水に出づ、単は済陽に出づ、靳は西河に出づ、聶は河東に出づ、録は広平に出づ、智は魯国に出づ、尤は呉興に出づ、薛は河東に出づ、舒は京兆に出づ、田は雁門に出づ、陝は武陵に出づ、慎は天水に出づ、巩は山陽に出づ、咸は汝南に出づ、翟は南陽に出づ。

諸琅琊、井扶風、冷京兆、練河內、開天水、施吳興、騰南陽、藍汝陽、支合陽、別京兆、廖武威、寧齊郡、賴穎川、勞松陽、石武陵、段京兆、訾渤海、晉平陽、負天水、迮隴西、西門晉陽、申屠京兆、次第京兆、遲遠東、獨孤高平、東門濟陽、北門京兆、鄉河內、司徒越郡、信都濟陰、斛斯武陵、野廣陵、司空頓丘、諸葛琅琊、譚弘農、司馬河內、呼延盬官、真下邳一雲上谷、紇干魏郡、乞伏隴西、尉遲太原、屈突河內、屈男武威。

徵音姓氏の末の一批――諸は琅琊に出づ、井は扶風に出づ、冷は京兆に出づ、練は河内に出づ、開は天水に出づ、施は呉興に出づ、騰は南陽に出づ、藍は汝陽に出づ、支は合陽に出づ、別は京兆に出づ、廖は武威に出づ、寧は斉郡に出づ、頼は潁川に出づ、労は松陽に出づ、石は武陵に出づ、段は京兆に出づ、訾は渤海に出づ、晋は平陽に出づ、負は天水に出づ、迮は隴西に出づ。以下は複姓――西門は晋陽に出づ、申屠は京兆に出づ、次第は京兆に出づ、遲は遠東に出づ、独孤は高平に出づ、東門は済陽に出づ、北門は京兆に出づ、郷は河内に出づ、司徒は越郡に出づ、信都是済陰に出づ、斛斯は武陵に出づ、野は広陵に出づ、司空は頓丘に出づ、諸葛は琅琊に出づ、譚は弘農に出づ、司馬は河内に出づ、呼延は盬官に出づ、真は下邳に出づ・一説に上谷に出づ、紇干は魏郡に出づ、乞伏は隴西に出づ、尉遲は太原に出づ、屈突は河内に出づ、屈男は武威に出づ。

宮音

孫樂安、範高平、倪千乘、曲臨海、農雁門、居渤海、仰汝南、幸雁門、蒙安定、封渤海、馮始平、彭隴西、殷汝南、閔隴西、晏齊郡、都黎陽、仲中山、司頓丘、陰始平、縻汝南、沉吳興、風郄易明吳興、童雁門、閻太原、耿高陽、宮太原、昭太原、欝太原、松東莞、嚴天水、任樂安、計京兆、林西河、充贊皇、寇上谷、仇南陽、薊內黃、雙天水、瑰餘杭、魏鉅鹿、鄷京兆、談廣平、丘河南、容敦煌、廣丹陽、甘渤海、薄雁門、貢廣陵、逢長樂、陶潯陽。

宮音に帰入する姓氏及び其の郡望は、まずこの一批を列す――孫は楽安に出づ、范は高平に出づ、倪は千乗に出づ、曲は臨海に出づ、農は雁門に出づ、居は渤海に出づ、仰は汝南に出づ、幸は雁門に出づ、蒙は安定に出づ、封は渤海に出づ、馮は始平に出づ、彭は隴西に出づ、殷は汝南に出づ、閔は隴西に出づ、晏は斉郡に出づ、都は黎陽に出づ、仲は中山に出づ、司は頓丘に出づ、陰は始平に出づ、縻は汝南に出づ、沈は呉興に出づ、風・郄・易・明の四姓は併せて呉興に注す、童は雁門に出づ、閻は太原に出づ、耿は高陽に出づ、宮は太原に出づ、昭は太原に出づ、欝は太原に出づ、松は東莞に出づ、厳は天水に出づ、任は楽安に出づ、計は京兆に出づ、林は西河に出づ、充は賛皇に出づ、寇は上谷に出づ、仇は南陽に出づ、薊は内黄に出づ、双は天水に出づ、瑰は余杭に出づ、魏は鉅鹿に出づ、鄷は京兆に出づ、談は広平に出づ、丘は河南に出づ、容は敦煌に出づ、広は丹陽に出づ、甘は渤海に出づ、薄は雁門に出づ、貢は広陵に出づ、逢は長楽に出づ、陶は潯陽に出づ。

鮑上黨、宋京兆、應汝南、弋臨海、闕下邳、針遼西、藺中山、鬱黎陽、冉武陵、水吳興、岑南陽、熊豫章、冀渤海、隆南陽、景晉陽、屠陳留、麴吳興、桂天水、牛隴西、也昌陽、公松陽、奄內黃、水丘吳興、大叔東平、句平陽、鞠汝南、夐鄱陽、逢譙國一雲商音、第五隴西、敖譙國、豊松陽、鹿可南、問、弓太原、公冶魯國、融南康、紅平昌、酒江陵、公孫高陽、南門河南、簡范陽、遊廣平、欽太原、豆廬范陽、仲孫高陽、空頓丘、權天水、栗黎陽、東方平原、大兄隴西、沙汝南、桓譙國、蹇山陽、門丘頓丘、折中京兆。

宮音姓氏はつづきて往きて列す――鮑は上党に出づ、宋は京兆に出づ、応は汝南に出づ、弋は臨海に出づ、闕は下邳に出づ、針は遼西に出づ、藺は中山に出づ、郁は黎陽に出づ、冉は武陵に出づ、水は呉興に出づ、岑は南陽に出づ、熊は豫章に出づ、冀は渤海に出づ、隆は南陽に出づ、景は晋陽に出づ、屠は陳留に出づ、麴は呉興に出づ、桂は天水に出づ、牛は隴西に出づ、也は昌陽に出づ、公は松陽に出づ、奄は内黄に出づ。複姓水丘は呉興に出づ、大叔は東平に出づ。句は平陽に出づ、鞠は汝南に出づ、夐は鄱陽に出づ、逢は譙国に出づ・一説に該当商音に帰すべし、第五は隴西に出づ、敖は譙国に出づ、豊は松陽に出づ、鹿は可南に出づ、問氏は郡望を注せざるなり、弓は太原に出づ、公冶は魯国に出づ、融は南康に出づ、紅は平昌に出づ、酒は江陵に出づ、公孫は高陽に出づ、南門は河南に出づ、簡は范陽に出づ、游は広平に出づ、欽は太原に出づ、豆盧は范陽に出づ、仲孫は高陽に出づ、空は頓丘に出づ、権は天水に出づ、栗は黎陽に出づ、東方は平原に出づ、大兄は隴西に出づ、沙は汝南に出づ、桓は譙国に出づ、蹇は山陽に出づ、門丘は頓丘に出づ、折中は京兆に出づ。

商音

王太原、栢魏郡、烏穎川、姚吳興、柳河東、龎始平、麻上谷、徐東海、蔣樂安、章河間、常平原、邵博陵、雷馮翊、項遼西、強天水、駱內黃、韓南陽、潘容陳傅清河、湛豫章、汪平陽、祝太原、賈武威、樊上黨、何廬江、葛頓丘、康京兆、元河南、狄天河、梁安定、路內黃、萬扶風、張清河、奚譙國、賀廣平、湯中山、伏太原、杜京兆、餘雁門、柯濟陽、戚東南、郎中山、平河內、方河南、成上谷、阮陳留、江濟陽、廬范陽、謝陳留、昌中山、黃江河、花東平、茅東海、席安定、顏魯國、莫鉅鹿、房清河、慕敦煌、殳武功、藉廣平、稽譙國、邴平陽、申魏郡、相河西、奔琅琊、南汝南、靖臨海、陽弘農、俞會稽。

商音に帰入する姓氏及び其の郡望は、まずこの一批を列す――王は太原に出づ、栢は魏郡に出づ、烏は潁川に出づ、姚は呉興に出づ、柳は河東に出づ、厐は始平に出づ、麻は上谷に出づ、徐は東海に出づ、蒋は楽安に出づ、章は河間に出づ、常は平原に出づ、邵は博陵に出づ、雷は馮翊に出づ、項は遼西に出づ、強は天水に出づ、駱は内黄に出づ、韓は南陽に出づ、潘・容・陳の三姓は下に別に郡望を注せず、傅は清河に出づ、湛は豫章に出づ、汪は平陽に出づ、祝は太原に出づ、賈は武威に出づ、樊は上党に出づ、何は廬江に出づ、葛は頓丘に出づ、康は京兆に出づ、元は河南に出づ、狄は天河に出づ、梁は安定に出づ、路は内黄に出づ、万は扶風に出づ、張は清河に出づ、奚は譙国に出づ、賀は広平に出づ、湯は中山に出づ、伏は太原に出づ、杜は京兆に出づ、余は雁門に出づ、柯は済陽に出づ、戚は東南に出づ、郎は中山に出づ、平は河内に出づ、方は河南に出づ、成は上谷に出づ、阮は陳留に出づ、江は済陽に出づ、廬は范陽に出づ、謝は陳留に出づ、昌は中山に出づ、黄は江河に出づ、花は東平に出づ、茅は東海に出づ、席は安定に出づ、顔は魯国に出づ、莫は鉅鹿に出づ、房は清河に出づ、慕は敦煌に出づ、殳は武功に出づ、藉は広平に出づ、稽は譙国に出づ、邴は平陽に出づ、申は魏郡に出づ、相は河西に出づ、奔は琅琊に出づ、南は汝南に出づ、靖は臨海に出づ、陽は弘農に出づ、兪は会稽に出づ。

赫連渤海、拔也樂安、能平陽、習東陽、伊陳留、能太原、刑河間、巫平陽、郄濟陽、查汝南、鐸鄱陽、萇魏郡、附南陽、安武威、上官天水、僕陽博陵、万俟蘭陵、壽京兆、向河內、暴魏郡、蒼武陵、滑下邳、牧弘農、桑黎陽、蓋齊郡、猴中山、況廬江、譙京兆、臧東海、東平河南、拓拔穎川、端木蘭陵、通西河、沖雁門、葉南陽、黨馮翊、裴河南、山河內、闞天水、益馮翊、介河內、咸魯國、丹汝南、危晉昌。

商音姓氏つづきて列す――複姓赫連は渤海に出づ、拔也是楽安に出づ。能は平陽に出づ、習は東陽に出づ、伊は陳留に出づ、能また太原に出づ、刑は河間に出づ、巫は平陽に出づ、郄は済陽に出づ、査は汝南に出づ、鐸は鄱陽に出づ、萇は魏郡に出づ、附は南陽に出づ、安は武威に出づ。複姓上官は天水に出づ、僕陽は博陵に出づ、万俟は蘭陵に出づ。寿は京兆に出づ、向は河内に出づ、暴は魏郡に出づ、蒼は武陵に出づ、滑は下邳に出づ、牧は弘農に出づ、桑は黎陽に出づ、蓋は斉郡に出づ、猴は中山に出づ、况は廬江に出づ、譙は京兆に出づ、臧は東海に出づ。複姓東平は河南に出づ、拓拔は潁川に出づ、端木は蘭陵に出づ。通は西河に出づ、冲は雁門に出づ、葉は南陽に出づ、党は馮翊に出づ、裴は河南に出づ、山は河内に出づ、闞は天水に出づ、益は馮翊に出づ、介は河内に出づ、咸は魯国に出づ、丹は汝南に出づ、危は晋昌に出づ。

令狐太原、托板黎陽、賀板下邳、尚上黨、匡晉陽、白南陽、杭餘杭、榮上谷、全京兆、巢彭城、宦京兆、慶河內、扶琅琊、商京兆、斛成陽、鮮干太原、賀蘭河東、司寇平陽、溫太原、文雁門、郃平廬、左濟陽、羊泰山、邥山陽、闕隴西、勤汝南、長河內、鄢平陽、卿內黃、哀丹陽、相里西河、青陽榮陽、軒轅郄陽、柴平陽、歐平陽、鄂武昌、程安定、惠扶風、班扶風、蒯襄陽、留南安、殤魯國、過高平、滿山陽、郭太原一雲汾王、去斤京兆、夏侯譙國、舍利渤海、公羊(頓丘)、長孫(濟陰)、千秋(彭城)、吐萬(河東)、辛丘(河南)、夙勤(內黃)、東鄉(清河)、公綿(咸陽)、立販(河內)、賀音(河內)、賀撥(齊郡)。

商音姓氏の末の一批――複姓令狐は太原に出づ、托板は黎陽に出づ、賀板は下邳に出づ。尚は上党に出づ、匡は晋陽に出づ、白は南陽に出づ、杭は余杭に出づ、栄は上谷に出づ、全是京兆に出づ、巣は彭城に出づ、宦は京兆に出づ、慶は河内に出づ、扶は琅琊に出づ、商は京兆に出づ、斛は成陽に出づ。複姓鮮干は太原に出づ、賀蘭は河東に出づ、司寇は平陽に出づ。温は太原に出づ、文は雁門に出づ、郃は平廬に出づ、左は済陽に出づ、羊は泰山に出づ、邥は山陽に出づ、闕は隴西に出づ、勤は汝南に出づ、長は河内に出づ、鄢は平陽に出づ、卿は内黄に出づ、哀は丹陽に出づ。複姓相里は西河に出づ、青陽は滎陽に出づ、軒轅は郄陽に出づ。柴は平陽に出づ、欧は平陽に出づ、鄂は武昌に出づ、程は安定に出づ、惠は扶風に出づ、班は扶風に出づ、蒯は襄陽に出づ、留は南安に出づ、殤は魯国に出づ、過は高平に出づ、満は山陽に出づ、郭は太原に出づ・一説に汾王に出づ。複姓去斤は京兆に出づ、夏侯は譙国に出づ、舍利は渤海に出づ、公羊は頓丘に出づ、長孫は済陰に出づ、千秋は彭城に出づ、吐万は河東に出づ、辛丘は河南に出づ、夙勤は内黄に出づ、東郷は清河に出づ、公綿は咸陽に出づ、立販は河内に出づ、賀音は河内に出づ、賀撥は斉郡に出づ。

羽音

吳(渤海)、魯(扶風)、卞(濟陽)、毛(西河)、凌(河間)、魚(馮翊)、夔(京兆)、龍(武陵)、於(京兆)、谷(上谷)、須(渤海)、盤(西松)、褚(河南)、韋(京兆)、伍(安定)、禹(隴西)、霍(太原)、古(新安)、戎(江陵)、蒲(河內)、羿(齊郡)、扶(京兆)、後(東海)、楚(新平)、衛(河東)、馬(扶風)、餘(下邳)、具(清河)、繆(蘭陵)、瘦(齊郡)、祖(范陽)、胥(琅琊)、儲(河東)、堵(河東)、塗(俞章)、帥(平原)、許(高陽)、苗(東陽)、卜(河西)、梅(汝南)、扈(京兆)、步(尋陽)、武(太原)、宗(京兆)、汲(清河)、璩(黎陽)、潛(豫章)、巨(鉅鹿)、呂(東平)、袁(汝南)、顏(武陵)、盛(廣陵)、燕(范陽)、沃(太原)、符(琅琊)、包(上黨)、富(齊郡)。

以下の諸姓は五音の中に羽音と読み作し、姓下に括注する地名はその姓の「郡望」で、すなわちこの一姓が世代聚居し最も著聞する州郡である――呉氏は渤海に望出づ、魯氏は扶風に望出づ、卞氏は済陽に望出づ、毛氏は西河に望出づ、凌氏は河間に望出づ、魚氏は馮翊に望出づ、夔氏は京兆に望出づ、龍氏は武陵に望出づ、于氏は京兆に望出づ、谷氏は上谷に望出づ、須氏は渤海に望出づ、盤氏は西松に望出づ、褚氏は河南に望出づ、韋氏は京兆に望出づ、伍氏は安定に望出づ、禹氏は隴西に望出づ、霍氏は太原に望出づ、古氏は新安に望出づ、戎氏は江陵に望出づ、蒲氏は河内に望出づ、羿氏は斉郡に望出づ、扶氏は京兆に望出づ、后氏は東海に望出づ、楚氏は新平に望出づ、衛氏は河東に望出づ、馬氏は扶風に望出づ、余氏は下邳に望出づ、具氏は清河に望出づ、繆氏は蘭陵に望出づ、瘦氏は斉郡に望出づ、祖氏は范陽に望出づ、胥氏は琅琊に望出づ、儲氏は河東に望出づ、堵氏は河東に望出づ、涂氏は兪章に望出づ、帥氏は平原に望出づ、許氏は高陽に望出づ、苗氏は東陽に望出づ、卜氏は河西に望出づ、梅氏は汝南に望出づ、扈氏は京兆に望出づ、歩氏は尋陽に望出づ、武氏は太原に望出づ、宗氏は京兆に望出づ、汲氏は清河に望出づ、璩氏は黎陽に望出づ、潜氏は豫章に望出づ、巨氏は鉅鹿に望出づ、呂氏は東平に望出づ、袁氏は汝南に望出づ、顔氏は武陵に望出づ、盛氏は広陵に望出づ、燕氏は范陽に望出づ、沃氏は太原に望出づ、符氏は琅琊に望出づ、包氏は上党に望出づ、富氏は斉郡に望出づ。

饒(平陽)、汝(汝南)、頓(魏郡)、喻(江夏)、費(江夏)、孟(平昌)、夏(會稽)、浦(京兆)、尉(琅琊)、詹(河間)、巽(武陵)、烏(穎川)、毋(鉅鹿)、宛(東海)、牟(平昌)、蘇(武功)、干(河內)、穆(河南)、胡(安定)、茹(河內)、越(晉陽)、束(東南)、翁(鹽官)、弓(太原)、養(山陽)、邳(清河)、旅(南安)、渠(雁門)、端木(魯國)、單于(千乘)、突盧(南安)、稅(河間)、淳于(河內)、宗正(彭城)、士孫(河內)、來(河內)、於丘(廣陵)、比羅(豫章)、顓孫(丹陽)、慕容(太原)、僕固(同安)、伊祈(咸陽)、乙弗(高平)、皇甫(京兆)、沙陀(遼西)、比干(遼西)、南宮(河南)、朱耶(范陽)、宇文(趙郡)、羽弗(榮陽)、斛律(雁門)。

羽音姓氏の後の一批は、体例は依然として姓を前にして括注の郡望を後にす――饒氏は平陽に望出づ、汝氏は汝南に望出づ、頓氏は魏郡に望出づ、喩氏は江夏に望出づ、費氏は江夏に望出づ、孟氏は平昌に望出づ、夏氏は会稽に望出づ、浦氏は京兆に望出づ、尉氏は琅琊に望出づ、詹氏は河間に望出づ、巽氏は武陵に望出づ、烏氏は潁川に望出づ、毋氏は鉅鹿に望出づ、宛氏は東海に望出づ、牟氏は平昌に望出づ、蘇氏は武功に望出づ、干氏は河内に望出づ、穆氏は河南に望出づ、胡氏は安定に望出づ、茹氏は河内に望出づ、越氏は晋陽に望出づ、束氏は東南に望出づ、翁氏は塩官に望出づ、弓氏は太原に望出づ、養氏は山陽に望出づ、邳氏は清河に望出づ、旅氏は南安に望出づ、渠氏は雁門に望出づ。端木以下よりは多くは両字の複姓――端木は魯国に望出づ、単于是千乗に望出づ、突盧は南安に望出づ、税氏は河間に望出づ、淳于是河内に望出づ、宗正は彭城に望出づ、士孫は河内に望出づ、来氏は河内に望出づ、于丘は広陵に望出づ、比羅は豫章に望出づ、顓孫は丹陽に望出づ、慕容は太原に望出づ、僕固は同安に望出づ、伊祈は咸陽に望出づ、乙弗は高平に望出づ、皇甫は京兆に望出づ、沙陀は遼西に望出づ、比干は遼西に望出づ、南宮は河南に望出づ、朱耶は范陽に望出づ、宇文は趙郡に望出づ、羽弗は滎陽に望出づ、斛律は雁門に望出づ。この一批の複姓は多くは北朝以来の内附の部族の姓で、注する所の郡望もまた多くは河北・関隴の一帯に在り。

論三元

立天之道曰陰與陽,日天道也,自甲至癸十日迭運,而陰陽之義明。立地之道曰柔與剛,辰地道也。自子至亥十二辰更次,而剛柔之義顯,然單出為聲而已,雜比然後為音,故以日辰錯宗,納甲以成音,於是三才備,而五行無餘蘊矣。(五行要訣)

《易伝》に「天の道を立つるは陰と陽と曰く」といい、指す所は天干で、天干は便ち天道である。甲より癸に至る十干が輪番運行し、陰陽の道理はこれに由りて顕明す。また「地の道を立つるは柔と剛と曰く」といい、指す所は地支で、地支は便ち地道である。子より亥に至る十二支が依次更替し、剛柔の道理はこれに由りて彰顕す。ただ単独に発出するはただ「声」と作り得るのみで、相雑相配の後に初めて「音」を成すを要す。だから天干と地支とを交錯して宗と為し、「納甲」の法を用いて「納音」を配成するを要す。是に於て天・地・人の三才斉備し、五行の道理もまた再び剰義なし。この条は《五行要訣》から出る。

干為祿,定貴賤,支為命,定修短,納音為身,察盛衰。夫人生處得祿,命身居旺相宮,三才有氣,則為快樂長壽之命,若祿、命、身值死絕,三才無氣,則為塵埃,困窘之命矣。(金書命訣)

天干を「禄」と作り、以て一生の貴賤を判定す。地支を「命」と作り、以て寿数の長短を判定す。納音を「身」と作り、以て気運の盛衰を考察す。人が生まれ下りてもし「禄」がその地を得、「命」と「身」とまた旺相の宮に居り、禄・命・身の三才が皆気あれば、あれは快楽長寿の命である。もし禄・命・身が皆死絶の地に落ち、三才が全然気なければ、あれは便ち塵埃裏に打滾する困窘の命である。この条は《金書命訣》から出る。

凡命先看干神,有無剋制,支神有無刑沖,干支納音有無戰鬥降伏,如甲以寅為祿,而寅上有何干,甲以辛為官,而辛得何支,干不侵支,則天乃能高,支不犯干,則地乃能卑,五行不相賊,則人乃能順,四孟不相害,則馬乃能馳,李淳風曰:五行生旺,觀福氣之往還,五行死絕,在吉神之救助。

およそ命を看るは、まず天干の神に克制せらるる有るや否やを看、地支の神に刑冲有るや否やを看、さらに干・支・納音の三者の間に交戦と降伏有るや否やを看る。例えば甲は寅を以て「禄」と為せば、則ち寅上に坐するは哪個の天干かを看るを要す。甲は辛を以て「官」と為せば、則ち辛が哪個の地支に落つるを看るを要す。天干が地支を侵犯せざれば、天は初めて其の高きを保ち得べし。地支が天干を冒犯せざれば、地は初めて其の卑きを安んじ得べし。五行が彼此相殺害せざれば、人事は初めて順遂し得べし。寅申巳亥の四孟の位が相刑害せざれば、「駅馬」は初めて馳騁し得べし。李淳風がいう――五行が生旺の地に処すれば、則ち福気如何に往来するを看る。五行が死絶の地に落つれば、則ち全く吉神の来りて救助するに頼る。

五行得地

干神得地,謂甲乙得亥卯,丙丁得寅午,庚辛得巳酉,壬癸得申子,戊己得辰戍丑未。支神得地,謂見祿馬貴神官印食神學堂,及祿馬貴神相合,暗合,互換見也。納音得地,謂五行如在生旺庫,而無刑害沖犯也。大抵五行得地,納音相宜,吉神無助亦榮。五行無氣,納音相妨,縱有吉神,不用也。

いわゆる天干得地とは、甲・乙が亥・卯に坐し、丙・丁が寅・午に坐し、庚・辛が巳・酉に坐し、壬・癸が申・子に坐し、戊・己が辰・戌・丑・未に坐することをいう。いわゆる地支得地とは、支上に「禄」・「駅馬」・「貴人」及び官星・印綬・食神・学堂に見るか、あるいは禄・馬・貴人と相合・暗合・互換して見ることをいう。いわゆる納音得地とは、納音五行が正に長生・帝旺・墓庫の位に処し、また刑・害・冲・犯を受けざるをいう。大体上に言えば、五行がすでに地を得て納音がまた相宜なるは、たとい吉神の幇襯なくとも一様に栄顕す。五行に気なく納音がまた彼此妨碍するは、縦に吉神あるも用場に派する能わず。

三元が一字の名を得る

自下生上者上也,年水月木日水時木。自上生下者次之,年火月金,日火時金者,又次之俱全者為上,納音次之,支干又次之,祿馬相乘,貴德相助,更資之以生成充實之氣,而無刑害空亡之類者好。(閻東叟書)

下位より上位を生ずるは最も好し。例えば年は水に属し月は木に属し日は水に属し時は木に属するごとし。上位より下位を生ずるは次一等。例えば年は火に属し月は金に属し日は火に属し時は金に属するごとし。この一路はまた再び一等を降すを要す。干・支・納音の三元が俱全して相類するは上等と算え、単に納音が相類するはこれに次ぎ、単に支干が相類するはまたこれに次ぐ。もしさらに「禄」と「駅馬」とが互乗し「貴人」と「天徳」とが相助し、また生成充実の気の来りて滋養する有りて、しかも刑・害・空亡の一類を犯さざれば、あれは更に好し。この条は閻東叟の書から出る。

又林開云:其類有數等,納音相類最為第一,是至貴,兩府兩省命有之。然須得純粹不雜者方可也。如雜則減落斷之,干神兄弟相類又其次也,純粹者方可,五行兄弟相類第二,然純粹者亦可作兩府,有雜者減為斷之,干神兄弟相類又其次也,純粹者只可為兩制之命,有雜則減落斷之,支神相類最為下,純粹者只可作正郎之命,有雜從減落斷之,此等格局,便有駁雜官祿,雖然以減落論,亦須作好差遣,有聲譽,亦常調之格也。

林開がまたいう――この一類の相同の格は好き等に分かる。納音が彼此相類するは第一に排し、貴は極処に到り、官は両府・両省の人の命裏に初めて有る。ただ必ず純粹不雑を要して初めて数に算え、一たび夾雑あれば則ち等を降じて断ずるを要す。天干兄弟相類するはまた次一等で、また純粹を得て初めて行えり。五行兄弟相類するは第二に居り、純粹のもまた両府まで為し得、夾雑あるは照様に等を降す。天干兄弟相類するは再び次一等で、純粹のはただ両制誥命を掌るの官まで為し得るのみで、雑有れば再び往きて降す。地支相類するは最も下で、純粹のはただ郎官まで為し得るのみで、雑有るもまた降等に倣って看る。この数種の格局は、官禄はもとより駁雑を帯び、等を降じて断ずるを要すと説くと雖も、また好き差遣と些かの声譽を得て、循資常調の格と算うべし。

【大殿天元羸弱,宮吉,不及以為榮,上下興隆,卦凶能不成其咎】王氏注云:天元者干也,以干為祿,人之生也,以得祿為榮,失祿為辱,必以天元為主,在五行生旺之處,而遇天祿者,官易於榮顯也,或大段天元五行無氣之謂羸弱,雖所臨宮分之吉,亦不及為榮也。譬如甲申水人,得庚申甲子,甲祿至子以敗,逢庚為鬼,申子是甲申水生旺之宮,以其天元無氣,雖宜吉亦不及榮也。

《珞琭子》に「大抵天元羸弱なれば、縦に臨む所の宮位吉利なるも、以て栄と為すに足らず。中元下元興隆なれば、縦に卦象凶険なるも、災咎を醸成せず」の語あり。王氏が注解していう――天元はすなわち天干で、天干を以て「禄」と為す。人生は世に在りて、禄を得るを栄と為し禄を失うを辱と為すから、必ず天元を以て主と為すを要す。天干がもし五行生旺の処に処してまた天禄に遇上せば、官を為るに栄顕し易し。もし天元五行が大段に気なければ、あれは便ち「羸弱」と作り、縦に臨む所の宮位吉利なるも、栄を称するに及ばず。譬えば甲申水命の人が庚申・甲子に遇到するは、甲の禄は子に到りてすでに敗地を成し、また庚金を逢いて鬼と為し、申と子は甲申水の生旺の宮なりと雖も、天元に気なきに因りて、縦に吉処あるも栄顕と算えず。

中下興隆者,中元曰支主命,下元曰納音主身,身命俱臨五行興隆之地,雖八卦定分為凶,亦不能致害也,如甲寅水人,得乙亥月水木,得亥以逢相旺之氣,可謂中下興隆,雖亥中有乾卦屬金,金傷甲木,為鬼卦之傷祿,以其身命五行生旺,故曰卦凶而不能成其咎矣。

いわゆる「中下興隆」とは、中元は地支を指して一生の命を主り、下元は納音を指して一身の気を主るをいう。身と命と皆五行興隆の地に落つれば、縦に八卦分野が凶象と定るとも、彼を害する能わず。例えば甲寅水命の人が乙亥月を得るは、納音は水に属して干支は木を帯び、亥上に坐して正に相旺の気に逢い、中下興隆と算え得べし。亥位は乾卦に属し卦気は金に属すと雖も、金が来りて甲木を傷るは、卦上の鬼が来りて禄を傷るなりと雖も、身命の五行が俱に生旺の地に在るに因りて、卦は凶と雖も災咎を醸成する能わずという。

【干摧兩重,防災於元首之間。支折三輕,畏禍於股肱之內。下元一氣,周居去住之期】瑩和尚注云:天元兩值受克,防災於頭目胸背之間。支辰三次逢傷,畏禍於腹臟股肱之內。下元一氣納音是也,其主宰也五行逐干支遷變,故曰周居去住之期,而成否泰。王氏注云:納音之謂下元,為剛為柔,相繼相治,循環於命,周而復始,得之以為福,失之以為禍,故周居去住而期。

《珞琭子》に「天干が両重に摧折せらるれば、頭面上の災を提防するを要す。地支が三処に折損せらるれば、腹背手足内の禍を畏懼するを要す。下元はただ一気のみ、周流去留は自ずから其の期あり」といい、瑩和尚が注解していう――天干が両度剋を受くれば、則ち頭・目・胸・背の間に災を出すを防ぐを要す。地支が三度傷に遭えば、則ち腹臟と手足の内に禍を生ずるを怕るを要す。いわゆる下元一気とは、指す所は納音で、それは一身の主宰にして、干支の推移に随いて遷転変化す。だからそれが周流去留して各々定期あると説き、人の否と泰もまたこれに由りて成る。王氏が注解していう――納音を下元と作り、あるいは剛あるいは柔、彼此相承相制して、命中に循環往復・周而复始す。それを得着すれば便ち福、それを失掉すれば便ち禍。だから「周居去住して期す」という。

第十巻

論年月日時胎

三主論

年與月管初主,月與日管中主,日與時管末主,其法與星象曆家分三主同。初主星當生年得力,則初主好,不得力,則初主蹇滯,中末主亦若此,而分年月日時,看命之三主,其義同也。(李虛中書)

年柱と月柱は一生の前段を管し、「初主」と作る。月柱と日柱は中段を管し、「中主」と作る。日柱と時柱は後段を管し、「末主」と作る。この分法は星命暦家が一生を三段に分かつ法と相同じ。星命家は初主の星を看て、もし生ずる所の年に力を得れば、初主の一段は便ち好し。力を得ざれば則ち初主の一段は蹇滞不通。中主・末主もまたこれに倣って看る。禄命家は改めて年・月・日・時を以て三主を分かつ。道理は一様である。この条は李虚中の書から出る。

定三限

常以生月為初限,管二十五年,生日為中限,管二十五年,生時為末限,管五十年,後徹終年,以上初限值祿馬貴神,不犯空亡,截路,交退伏神,便於初限進達立身成遂。如中限值祿馬貴神天德,不犯空亡,大敗,交退伏神,便當中限成立,其末限一如前法,大凡須在生時為主,若得好時,自然成遂矣。(金書命訣)

通常は生月を以て「初限」と為し、二十五年を管す。生日を以て「中限」と為し、また二十五年を管す。生時を以て「末限」と為し、五十年を管して、一直に寿終に通ず。初限のあの一柱がもし「禄」・「駅馬」・「貴人」等の吉神に坐し、また「空亡」・「截路」と交退伏神の一類の煞を犯さざれば、あれは則ち前の二十五年裏に出頭立身して成就あるを要す。中限のあの一柱がもし禄・馬・貴人と「天徳」に坐し、空亡・大敗と交退伏神を犯さざれば、則ち中間の二十五年裏に立ち得住す。末限の看法は前面と相同じ。大体上は依然として生時を以て主と為すを要し、時辰が好きを得れば、自然に水渠りて成る。この条は《金書命訣》から出る。

凡看生旺死絕,以主本為先,次以月,又次以時,又次以胎,假如年日見生旺,月時上雖有死絕,不妨。月日生旺,即時上死絕,若主本死絕,月與時雖有生旺,不能救也。又如命上見時旺,月上雖死絕,不妨。(林開五命)

およそ五行の生旺死絶を推究するは、まず「主」と「本」を看る。すなわち年柱と日柱で、其次に月を看、再び次に時を看、最後に胎元を看る。仮に年・日の両処が皆生旺を得れば、あれは月・時上に縦に死絶あるも、また妨事ならず。月・日が生旺を得て時上が死絶するも、同じく碍なし。しかし若し年日のこの根本が先に死絶の地に落つれば、月と時は縦に生旺するも、また回りて救う能わず。また本命の上に時柱が旺を得て、月柱は死絶すと雖も、また妨害と算えざるがごとし。この条は林開《五命》から出る。

大凡看命,切須於年月日時上尋見用神,用神氣特達極妙。用神不得勢,福祿薄少。(天元變化書)

大抵命を看るは、必ず年・月・日・時の四柱の中に「用神」を找出するを要す。用神の気が顕達特出するは、あれは最も妙なる格局である。用神が勢を得ざる処に落つるは、一生の福禄は便ち単薄稀少である。この条は《天元変化書》から出る。

好年不如好月,好月不如好日,好日不如好時,一如生時見祿馬貴合貴食官印,不犯刑尅空亡,則少年進達。生時值天中殺,截路,空亡,十惡大敗,交退伏神,一生沉滯,更值刑害,沖破,則一生疾病,如逢敗休死絕,雜以刑尅相沖,則一生貧賤,更犯天年短夭,及諸凶殺,二十五歲以前定死,若胎數不足,值四大空亡,而惡殺有氣,無吉神助之,則襁褓中死。

年が好きは月が好きに如かず、月が好きは日が好きに如かず、日が好きは時が好きに如かず。譬えば生時上に「禄」・「駅馬」・「貴人」の相合及び貴食・官星・印綬に見着け、また刑剋と「空亡」を犯さざれば、あれは則ち少年得志・早々顕達す。生時にもし「天中殺」・「截路」・「空亡」・「十悪大敗」と交退伏神に碰上せば、便ち一生沈滞す。さらに刑・害・冲・破を加えれば、則ち一生疾病が身に纏う。もし時辰が敗・休・死・絶の地に落ち、また刑剋相冲を夾雑すれば、便ち一生貧賤す。さらに短寿の煞と各種の凶煞を犯上せば、二十五歳以前に必ず死す。もし胎元の日数が足らず、また「四大空亡」に逢い、しかも悪煞が正に気を当てて吉神の来りて救助するなければ、あれは則ち襁褓の中にすら保つ能わず。

集福発福

日者三陽之會,帝王之象。時者近侍之臣,以親帝坐,尤要得時,而時上有君臣慶會,天地德合,也以時得之,則人臣常親帝坐。若年月日時四位納音生旺之氣,或四位支干吉會之氣,或四位祿馬福貴之氣,聚於時上,謂之四位集福於帝坐,不然時上倒揭旺氣,秀氣,散在諸位,而諸位乘吉會之氣者,謂之帝坐發福於四位,夫集福於帝坐則以純厚忠信,得更發福於四位,則以聰明端直自進,然近傳之臣,切忌金木太旺,不能久任也。

日柱は三陽交会の処で、帝王を象徴す。時柱は則ち帝王の身辺の近侍の臣のごとく、帝座に緊挨着くればである。だから殊に時を得るを要す。時上にもし君臣慶会・天地徳合の一類の吉象あれば、時辰に凴りて則ち福を得るべし。臣子を為るは便ち常に能く帝座に親近し得べし。もし年・月・日・時四柱の納音の生旺の気、あるいは四柱干支の吉会の気、あるいは四柱の禄・馬・福・貴の気が、統統聚攏して時柱上に到来すれば、則ち「四位が帝坐に福を集む」と作る。反って、もし時柱が自身の旺気・秀気を反向に散布して残りの各柱に到り、しかも各柱がまた皆吉会の気に乗ずれば、則ち「帝坐が四位に福を発す」と作る。帝座に福を集むる人は、純厚忠信に凴りて進を得る。四位に福を発する人は、聡明端正に凴りて自立す。ただ身として近侍の臣は、最も金木の太旺を忌む。あれようは便ち任職して久長する能わざらん。

主本両勝

遁月從年,則以年為主,遁時從日,則以日為本,主勝於本,多出資蔭。本勝於主,當自卓立,主本兩勝,則富貴雙全,如主木而得卯月以乘之,本金而得酉時以乘之,謂之主本乘旺氣,如主水而得甲申、丙子、壬戌、癸亥月。本火而得丙寅、戊午、甲辰、乙巳時。主木而得己亥、辛卯、甲寅、庚寅月。本金而得辛巳、癸酉、庚申、壬申時,謂之主本還家。

月柱を推るは年干より遁を起すを要するが故に、年を以て「主」と為す。時柱を推るは日干より遁を起すを要するが故に、日を以て「本」と為す。主が本に勝る人は、多くは世家に出身して祖蔭に凴りて進を得る。本が主に勝る人は、自己卓然と自立するに須からざるべし。主と本と両辺とも強ければ、則ち富貴双全文く。例えば年上が木に属して卯月の来りて乗載するを得、日上が金に属して酉時の来りて乗載するを得るは、これを「主本乗旺気」と作る。また年上が水に属して甲申・丙子・壬戌・癸亥のこれらの月を得、日上が火に属して丙寅・戊午・甲辰・乙巳のこれらの時を得、年上が木に属して己亥・辛卯・甲寅・庚寅のこれらの月を得、日上が金に属して辛巳・癸酉・庚申・壬申のこれらの時を得るがごときは、これを「主本還家」と作る。

主木而得癸未月,本金而得乙丑時,主水而得壬辰月,本火而得甲戌時,謂之主本持印。四位如此,而更吉神往來,凶殺迴避,謂之主本得位也。(閻冬叟書)

また年上が木に属して癸未月を得、日上が金に属して乙丑時を得、年上が水に属して壬辰月を得、日上が火に属して甲戌時を得るがごときは、これを「主本持印」と作る。すなわち主と本とが各自本気の墓庫印綬を握るなり。四柱が能くこのようの格局を配成し、さらに吉神の往来照応・凶煞の回避不犯を加えれば、便ち「主本得位」と作る。この条は閻冬叟の書から出る。

主本係和,未生貧賤之人,時月乖違,豈見久榮之者。主本係和,相有為貴,年剋日減力也。日尅年難主貴氣,亦多屯剝。況日時俱尅於年,乖離尤甚。(鬼谷遺文)

年と日と彼此調和するは、従来貧賤の人を生出せず。時と月と互相乖違するも、また曽て久長の栄顕あるを見ず。年と日と調和してまた能く互相扶助するは、初めて貴格と算える。年が来りて日を剋すれば、貴気は則ち力を減ずるを要す。日が反って来りて年を剋すれば、則ち貴気を主り難く、しかも多く困頓剥落の事あり。まして日と時とが一斉に来りて年を剋すれば、あの乖離するは更に厲害ならん。この条は《鬼谷遺文》から出る。

垂帯貴人

謂立春在十二月末,身在十二月生,而得次年春氣,占兩年氣候最好,謂之垂帶貴人。

いわゆる「垂帯貴人」とは、立春交節が臘月末尾に落ち、人が恰好この臘月裏に生まれ、是に於て旧年に属すと雖もすでに次年の春気を承受し、一身が両年の気候を占るを指す。最も上好なれば、だからそれに名を起して垂帯貴人と為す。

剰餘中生

謂如二月末而得三月節氣,雖主富貴,終無後祿。(廣錄)三命鈐云:剩餘終生者,為無後貴人。

いわゆる「剰餘中生」とは、二月末尾に生まれて卻ってすでに三月の節気に交上するを指す。この種の人は富貴を主ると雖も、終竟後福の享くべきなし。この説は《広録》に見る。《三命鈐》は則ちいう――剰餘の気の生ずる所に属する人は、後嗣なきの貴人である。

凡人命年不可尅胎,月不可尅年,日不可尅月,時不可尅日,胎不可尅時,皆以納音論之。凡命主本相尅害,而又相還者,不使相還,假令壬申癸未,元無相還,以氣散論之。(廣信集)

およそ人の命は、年は胎元を剋し去るべからず、月は年を剋し去るべからず、日は月を剋し去るべからず、時は日を剋し去るべからず、胎元もまた時を剋し去るべからず。これらは皆「納音」五行に就いて講ずるなり。およそ命中に年と日と互相剋害し、もともとまた彼此回還相済し得べきは、則ちそれを回還せしむることを要せず。譬えば壬申が癸未に配するは、両者はもとより回還を談ずるに及ばず、ただ気散して帰ることなしと作して論ずるのみ。この条は《広信集》から出る。

月傷時日,衣食終日區區,時日傷年,久不免於勞苦。(隱迷賦)時傷日月,家財自破。

月柱が時柱と日柱を傷剋するは、一輩子衣食局促して斤々計較す。時柱・日柱が反って年柱を傷剋するは、長久に労碌辛苦を免れず。この語は《隠迷賦》から出る。時柱が日柱と月柱を傷剋するは、家中財産は自ずから破敗するを要す。

釈日時貴格

須要不犯壞乃作福。

下面に列する各種の日時貴格は、皆四柱が刑冲剋破を受けざるを以て前提と為すを要し、ただ本格が損壊せられざる時に、初めて真に福を成し得べし。

甲子日:丙寅時<居日祿>、己巳時<神白雲化主貴>、辛未時<貴>、乙亥時<目疾>。甲寅日:甲子時<高貴>、乙丑時<平>、丙寅時<貴>、戊辰時<平>、己巳時<平>、辛未時<神白雲金化木主貴>。甲辰日:乙丑時<貴主血>、丙寅時<神白雲火木化主貴>、庚午時<主血>、甲戌時<貴>。甲午日:甲子時<高>、辛未時<高>、壬申時<高>、癸酉時<孤>。

甲子日生の人――丙寅時に配すれば、寅は正に甲の「禄」位で、日禄は自ずから其の地に居る。己巳時に配すれば、《神白経》に甲己相合して土に化して貴を主るといい、辛未時に配すれば貴を主り、乙亥時に配すれば則ち眼目に病あるを主る。甲寅日生の人――甲子時に配するは最も高貴、乙丑時は平常、丙寅時は貴を主り、戊辰時は平常、己巳時は平常、辛未時は《神白経》に金が木に化して貴を主るという。甲辰日生の人――乙丑時に配すれば貴を主りて血光を帯び、丙寅時は《神白経》に火木相化して貴を主るといい、庚午時は血を見るを主り、甲戌時は貴を主る。甲午日生の人――甲子時に配すれば格高く、辛未時は格高く、壬申時は格高く、癸酉時は則ち孤独を主る。

甲申日:乙丑時、丙寅時<平>、己巳時<貴>、辛未時<神白雲金化木主貴>、壬申時、乙亥時。甲戌日:甲子時<平>、丙寅時<神白火木化主有厚福>、辛卯時<平>、乙亥時<平>。乙丑日:戊寅時<高>、己卯時<高>、辛未時<始雜後純>、甲申時<高>、乙酉時<高>、丁亥時<秀>。

甲申日生の人――乙丑時・丙寅時(平常)・己巳時(貴を主る)・辛未時(《神白経》に金が木に化して貴を主るという)・壬申時と乙亥時に配すべし。甲戌日生の人――甲子時に配すれば平常、丙寅時は《神白経》に火木相化して福沢深厚という、辛卯時は平常、乙亥時は平常。乙丑日生の人――戊寅時に配すれば格高く、己卯時は格高く、辛未時は先に雑して後に純に帰し、甲申時は格高く、乙酉時は格高く、丁亥時は清秀。

乙卯日:丙子時<高>、己卯時<高>、壬午時<高>、甲申時<化貴>。乙巳日:丙子時、壬午時、甲申時<化>、丙戌時、丁亥時<並吉>。乙未日:丙子時<平>、己卯時、丁亥時<貴>。乙酉日:丙子時<貴>、己卯時<秀>、丁亥時<平>、庚辰時<神白雲金化主有厚禍福>。

乙卯日生の人――丙子時に配すれば格高く、己卯時は格高く、壬午時は格高く、甲申時は干支相化に因りて貴を主る。乙巳日生の人――丙子時・壬午時・甲申時(化格に属す)・丙戌時・丁亥時に配すれば、この数個の時辰は皆吉。乙未日生の人――丙子時に配すれば平常、己卯時・丁亥時に配すれば則ち貴を主る。乙酉日生の人――丙子時に配すれば貴を主り、己卯時は清秀、丁亥時は平常、庚辰時は《神白経》に乙庚が金に化して禍福皆来ること深厚という。

乙亥日:丙子時<化青赤主福>、庚辰時<平>、甲申時<神白雲通乙庚之化主厚福>。丙子日:壬辰時<印>、癸巳時<神白雲水化主有福不宜飲酒>、甲申時。丙寅日:己丑時<神白雲火土象主貴有血疾>、乙亥時<火土象主貴>、庚寅時<貴不久>、辛卯時、癸巳時<神白雲火化主貴而無壽不宜飲酒>。

乙亥日生の人――丙子時に配すれば、青木赤火が相化して福を主る。庚辰時は平常。甲申時は《神白経》に乙庚の化を通ず、福沢深厚という。丙子日生の人――壬辰時に配すれば印綬を得、癸巳時は《神白経》に水に化して福あり・ただ飲酒に宜しからずといい、また甲申時に配すべし。丙寅日生の人――己丑時に配すれば、《神白経》に火土の象を成して貴を主りて血疾ありという。乙亥時もまた火土の象にして貴を主る。庚寅時は貴と雖も卻って久長せず。辛卯時もまた可なり。癸巳時は《神白経》に火に化して貴を主るも卻って長寿せず、また飲酒に宜しからずという。

丙辰日:庚寅時<高>、甲午時<平>、己亥時<神白雲火土化鬚髮有福只壽短>。丙午日:壬辰時<貴>、癸巳時<戒酒>、丙申時<主血火厄>、戊戌時<平>、己亥時<貴武>。丙申日:戊子時<平>、己丑時<血疾>、癸巳時<主血>。丙戌日:己丑時<高武>、辛卯時<神白雲火大主福厚>、癸巳時<戒酒>、甲午時<平>、丙申時<高>。在六丙日見己丑時主血災疾。

丙辰日生の人――庚寅時に配すれば格高く、甲午時は平常、己亥時は《神白経》に火土相化して、須発遅長するを須とするも福あり、ただ寿数偏短なりという。丙午日生の人――壬辰時に配すれば貴を主り、癸巳時は酒を戒むるを須とし、丙申時は血光と火厄を主り、戊戌時は平常、己亥時は武職の貴を主る。丙申日生の人――戊子時に配すれば平常、己丑時は血疾を主り、癸巳時は血を見るを主る。丙戌日生の人――己丑時に配すれば武職高顕を主り、辛卯時は《神白経》に火勢盛大にして福沢深厚という、癸巳時は酒を戒むるを須とし、甲午時は平常、丙申時は格高し。およそ丙子・丙寅・丙辰・丙午・丙申・丙戌のこの六個の丙日が己丑時に遇上するは、皆血光災疾を主る。

丁丑日:壬寅時<化貴>、丙午時<平>、戊申時<秀實>。丁卯日:壬寅時<貴>、甲辰時<不利陳獻>、丙午時<平>、辛亥時<平>。丁巳日:庚子時<平>、辛丑時<平>、壬寅時<平>、丙午時<平>、丁未時<夾祿>。丁未日:壬寅時<神白雲木化主貴>、丙午時、庚戌時<皆吉>。

丁丑日生の人――壬寅時に配すれば、丁壬相化して貴を主る。丙午時は平常。戊申時は清秀にして結実。丁卯日生の人――壬寅時に配すれば貴を主り、甲辰時は上書献策に利せず、丙午時は平常、辛亥時は平常。丁巳日生の人――庚子時・辛丑時・壬寅時・丙午時に配すれば皆平常に属し、丁未時に配すれば則ち「夾禄」の格を成す。丁未日生の人――壬寅時に配すれば、《神白経》に丁壬が木に化して貴を主るといい、丙午時・庚戌時に配するもまた皆吉なるなり。

丁酉日:壬寅時<神白雲木化主貴>、甲辰時<平>、丙午時<平>、辛亥時<平>。丁亥日:壬寅時<神白雲木化主貴>、甲辰時<血疾>、丙午時<平>。戊子日:甲寅時<貴>、乙卯時<神白雲火木象主貴少壽>、丁巳時<貴>、戊午時<夏不鎔鑄>。戊寅日:甲寅時、丁巳時、癸亥時<高>。

丁酉日生の人――壬寅時に配すれば、《神白経》に丁壬が木に化して貴を主るという。甲辰時は平常。丙午時は平常。辛亥時は平常。丁亥日生の人――壬寅時に配すれば同じく木に化するに因りて貴を主り、甲辰時は血疾を主り、丙午時は平常。戊子日生の人――甲寅時に配すれば貴を主り、乙卯時は《神白経》に火木の象を成して貴を主るも寿短しという、丁巳時は貴を主り、戊午時は則ち夏月の火のごとく炎盛にしてかえって熔鋳して器を成さず。戊寅日生の人――甲寅時・丁巳時に配すべし、癸亥時に配すれば格最も高し。

戊辰日:丁巳時、庚申時、癸亥時<秀>、乙卯時<神白雲水木象主貴無壽>。戊午日:甲寅時<化貴>、丁巳時<高貴>、癸亥時<貴>。戊申日:壬子時<高>、丁巳時<平>、己未時<貴>。戊戌日:乙卯時<貴>、丁巳時<貴>、己未時<貴平>。

戊辰日生の人――丁巳時・庚申時に配すべし、癸亥時に配すれば清秀、乙卯時に配すれば《神白経》に水木の象を成して貴を主るも卻って長寿せずという。戊午日生の人――甲寅時に配すれば、干支相化して貴を主る。丁巳時は高貴。癸亥時は貴を主る。戊申日生の人――壬子時に配すれば格高く、丁巳時は平常、己未時は貴を主る。戊戌日生の人――乙卯時に配すれば貴を主り、丁巳時は貴を主り、己未時は貴中に平を帯ぶ。

己丑日:甲子時<化貴>、庚午時<貴>、壬申時<高>、甲戌時<貴>、丙寅時<神白雲火土象主貴有血疾>。己卯日:丙寅時<平>、庚午時<貴>、甲戌時<高>、乙亥時<平>。己巳日:甲子時<神白雲土化主有福但不顯>、庚午時<貴>、甲戌時<化貴>、乙亥時<平>。己未日:甲子時<高>、庚午時<高>、丙寅時<神白雲火土象主貴有血疾>。

己丑日生の人――甲子時に配すれば、甲己相化して貴を主る。庚午時は貴を主り、壬申時は格高く、甲戌時は貴を主り、丙寅時は《神白経》に火土の象を成して貴を主りて血疾ありという。己卯日生の人――丙寅時に配すれば平常、庚午時は貴を主り、甲戌時は格高く、乙亥時は平常。己巳日生の人――甲子時に配すれば、《神白経》に甲己が土に化して福ありも卻って顕達せずという。庚午時は貴を主り、甲戌時は相化に因りて貴く、乙亥時は平常。己未日生の人――甲子時に配すれば格高く、庚午時は格高く、丙寅時は《神白経》に火土の象を成して貴を主りて血疾を帯ぶという。

己酉日:丙寅時<有用貴>、庚午時<貴>、辛未時、壬申時。己亥日:丙寅時<神白雲火木象主貴>、庚午時<貴>、壬申時<貴>、乙亥時。庚子日:丙子時<貴>、甲申時<貴>、丁亥時<貴>。庚寅日:丁丑時<平>、癸未時、甲申時、戊寅時<貴>、辛巳時、丁亥時<平>。

己酉日生の人――丙寅時に配すれば、用うべきの貴を主る。庚午時は貴を主る。辛未時・壬申時もまた用うべし。己亥日生の人――丙寅時に配すれば、《神白経》に火木の象を成して貴を主るという。庚午時は貴を主り、壬申時は貴を主り、乙亥時もまた可なり。庚子日生の人――丙子時・甲申時・丁亥時に配すれば、皆貴を主る。庚寅日生の人――丁丑時に配すれば平常、癸未時・甲申時に配すべし、戊寅時に配すれば貴を主り、辛巳時もまた可なり、丁亥時は平常。

庚辰日:辛巳時<終蹇>、壬午時<發即死>、甲申時、乙酉時<神白雲金化主福厚>。庚午日:丙子時<貴>、癸未時<貴>、甲申時<貴>、丁亥時<貴>。庚申日:丁丑時<平>、甲申時<貴>、乙酉時<貴>。庚戌日:丙子時<高>、戊寅時<貴>、壬午時<平>、癸未時<平>、甲申時<神白雲金水帶印主有清顯之福>。

庚辰日生の人――辛巳時に配すれば、終竟蹇滞不通。壬午時は一たび発達すれば則ち性命の憂あり。甲申時は用うべし。乙酉時は《神白経》に乙庚が金に化して福気豊厚という。庚午日生の人――丙子時・癸未時・甲申時・丁亥時に配すれば、皆貴を主る。庚申日生の人――丁丑時に配すれば平常、甲申時は貴を主り、乙酉時は貴を主る。庚戌日生の人――丙子時に配すれば格高く、戊寅時は貴を主り、壬午時は平常、癸未時は平常、甲申時は《神白経》に金水相生してまた印綬を帯び、清貴顕達の福あるを主るという。

辛丑日:戊子時、己丑時<孤>、庚寅時<發即風疾>、癸巳時<化貴戒酒>、丙申時<化貴>、丁酉時<高>、己亥時<高>。辛卯日:庚寅時<發即風疾>、戊子時<神白雲金火化主有貴>、丙申時<化貴>。辛巳日:庚寅時<平>、戊子時<神白雲金火象主貴>、癸巳時<化貴>、甲午時<平>、丙申時<見血則福之兆>、丁酉時<平>。

辛丑日生の人――戊子時に配すべし。己丑時は孤独を主る。庚寅時は一たび発達すれば便ち風疾を得。癸巳時は相化に因りて貴なるも、ただ酒を戒むるを須とす。丙申時もまた相化に因りて貴なり。丁酉時は格高く、己亥時は格高し。辛卯日生の人――庚寅時に配すれば、一たび発達すれば則ち風疾を得。戊子時は《神白経》に金火相化して貴を主るという。丙申時は相化に因りて貴なり。辛巳日生の人――庚寅時に配すれば平常。戊子時は《神白経》に金火の象を成して貴を主るという。癸巳時は相化に因りて貴なり。甲午時は平常。丙申時は血を見るがかえって福を得るの先兆。丁酉時は平常。

辛未日:戊子時<貴>、庚寅時<發即風疾>、壬辰時、丁酉時<貴>、丙申時<神白雲金火乘合血乃福之先又水化主貴>、己亥時<貴>。辛酉日:戊子時<神白雲金化火主貴>、庚寅時<貴>、壬辰時<平>、癸巳時<化貴戒酒>、丙申時<神白雲水化主貴>、丁酉時<平>。

辛未日生の人――戊子時に配すれば貴を主る。庚寅時は一たび発達すれば便ち風疾を得。壬辰時は用うべし。丁酉時は貴を主る。丙申時は《神白経》に金火乗合して、血を見るはまさに福を得るの先兆で、また水に化するに因りて貴を主るという。己亥時は貴を主る。辛酉日生の人――戊子時に配すれば、《神白経》に金が火に化して貴を主るという。庚寅時は貴を主り、壬辰時は平常、癸巳時は相化に因りて貴なるもただ酒を戒むるを須とし、丙申時は《神白経》に水に化して貴を主るという、丁酉時は平常。

辛亥日:戊子時<貴>、庚寅時<貴>、壬辰時<貴>、丁酉時<貴>。在六日辛日見戊子時,謂之天庭清顯氣,辛酉得之最高。

辛亥日生の人――戊子時・庚寅時・壬辰時・丁酉時に配すれば、皆貴を主る。およそ辛丑・辛卯・辛巳・辛未・辛酉・辛亥のこの六個の辛日が戊子時に遇上するを、「天庭清顕気」と作り、その中に辛酉日がこれを得るは格局最も高し。

壬子日:辛丑時、壬寅時<太虛>、丙午時、辛亥時<貴>。壬寅日:庚子時<貴>、壬寅時<太虛>、丁未時<神白雲化木貴>、辛亥時<艱難>。壬辰日:壬寅時<太虛>、甲辰時<水火血災>、己酉時<高>、辛亥時<貴>。壬午日:壬寅時<太虛>、癸卯時<高>、甲辰時<水火災>、丁未時<平>、辛亥時<平>。

壬子日生の人――辛丑時に配すべし。壬寅時は「太虚」に属す。また丙午時に配すべし。辛亥時は貴を主る。壬寅日生の人――庚子時に配すれば貴を主る。壬寅時は太虚に属す。丁未時は《神白経》に丁壬が木に化して貴を主るという。辛亥時は則ち一生艱難。壬辰日生の人――壬寅時に配すれば太虚に属す。甲辰時は水火相激して血光の災を主る。己酉時は格高く、辛亥時は貴を主る。壬午日生の人――壬寅時に配すれば太虚に属す。癸卯時は格高く、甲辰時は水火の災を主り、丁未時は平常、辛亥時は平常。

壬申日:庚子時、壬寅時<太虛>、甲辰時<水火災>、乙巳時、辛亥時<貴>。壬戌日:壬寅時<太虛>、庚戌時<不利妻>、辛亥時。六壬日見壬寅時,名曰太虛,貴不久盛而禍生。癸丑日:甲寅時<貴>、丙寅時<平>、戊午時<財厚>、庚申時<高>、癸亥時。

壬申日生の人――庚子時に配すべし。壬寅時は太虚に属す。甲辰時は水火の災を主る。乙巳時は用うべし。辛亥時は貴を主る。壬戌日生の人――壬寅時は太虚に属す。庚戌時は妻室に利せず。辛亥時もまた可なり。およそ壬子・壬寅・壬辰・壬午・壬申・壬戌のこの六個の壬日が壬寅時に遇上するは、皆「太虚」と作り、貴と雖も久盛する能わず、盛極まれば便ち禍端を生ず。癸丑日生の人――甲寅時に配すれば貴を主り、丙寅時は平常、戊午時は財禄豊厚、庚申時は格高く、癸亥時もまた可なり。

癸卯日:癸丑時<平>、乙卯時<艱難>、辛丑時<平>、癸辛時<平>。癸巳日:壬子時<平>、甲寅時<平>、庚申時<平>。癸未日:甲寅時<貴>、丙辰時<高>、癸亥時<高>。癸酉日:丙辰時<高>、庚申時<高>、癸亥時<高>。癸亥日:壬子時<貴>、甲寅時<津樑高貴>、戊午時<貴>、庚申時<貴>、癸亥時<貴>。

癸卯日生の人――癸丑時に配すれば平常、乙卯時は一生艱難、辛丑時は平常、癸辛時もまた平常。癸巳日生の人――壬子時・甲寅時・庚申時に配すれば、皆平常に属す。癸未日生の人――甲寅時に配すれば貴を主り、丙辰時は格高く、癸亥時は格高し。癸酉日生の人――丙辰時・庚申時・癸亥時に配すれば、格は皆高し。癸亥日生の人――壬子時に配すれば貴を主る。甲寅時は津渡橋梁のごとく接引通達して、格は最も高貴。戊午時は貴を主り、庚申時は貴を主り、癸亥時は貴を主る。

以上注字有神白經云者,或是引用或是附入。

上面の各条の小注裏におよそ「《神白経》にいう」と標明せるは、あるは廖氏がその書の原文を引用し、あるは則ち後人が附益補入するで、読者は分別して看待するを須とす。

釈日時凶中貴格

甲子日:己巳時<先貴後富>、癸酉時<先破祖後大富>、乙亥時<得妻財尅妻>。甲寅日:壬申時<旺中有災>、甲戌時<四十後以富>。甲辰日:乙丑時,主血貴;戊辰時,刑後發財;庚午時,出血發;甲戌時,有財凶。甲午日:甲子時,身孤有財,清貴有吉;庚午時,傷祖主刑,發財死。甲申日:己巳時,身孤清貴;壬申時,離鄉發福;甲戌時,身孤,三十後財旺。

甲子日生の人――己巳時に配すれば、先に貴を得て後に富に致る。癸酉時に配すれば、先に祖業を破敗して後に大富する。乙亥時に配すれば、妻に因りて財を得るも卻って妻室を剋傷す。甲寅日生の人――壬申時に配すれば、正旺の中に忽ち災禍あり。甲戌時に配すれば、四十歳以後に富に転ず。甲辰日生の人――乙丑時に配すれば、貴を主りて血光を帯ぶ。戊辰時に配すれば、先に刑傷を受けて後に財を発す。庚午時に配すれば、血を見るの後に初めて家を起す。甲戌時に配すれば、財ありて卻って凶険を帯ぶ。甲午日生の人――甲子時に配すれば、孤身一人にして卻って財あり、清貴にして吉慶あり。庚午時に配すれば、祖業を損傷してまた刑剋を主り、財を発したも卻って性命を保ち難し。甲申日生の人――己巳時に配すれば、孤身にして清貴。壬申時に配すれば、故郷を離れて初めて福を発し得べし。甲戌時に配すれば、孤身倚なく、三十歳以後に財運が初めて旺す。

甲戌日:乙丑時,先刑後財;戊辰時,克早身孤,中年發財;辛未時,先刑後貴。乙丑日:己卯時,中年大福;辛巳時,初純後雜。乙卯日:丙子時,凶中逢吉大貴;庚辰時,刑後大發。乙巳日:戊寅時,中年橫發;庚辰時,先刑後貴;甲申時,刑中化貴。乙未日:甲申時,旺中有失終旺;丙戌時,旺處凶。

甲戌日生の人――乙丑時に配すれば、先に刑傷に遭いて後に財を得。戊辰時に配すれば、早年に親人を剋傷し孤身一人、中年に到りて初めて財を発す。辛未時に配すれば、先に刑を受けて後に貴を得。乙丑日生の人――己卯時に配すれば、中年に大福を享く。辛巳時に配すれば、起初は純正にして後来は駁雑。乙卯日生の人――丙子時に配すれば、凶険の中に於て吉に逢いて大貴。庚辰時に配すれば、刑傷を受けたるの後に大いに発達す。乙巳日生の人――戊寅時に配すれば、中年に意外暴発す。庚辰時に配すれば、先に刑を受けて後に貴を得。甲申時に配すれば、刑傷の中に於てかえって貴に化す。乙未日生の人――甲申時に配すれば、旺中に閃失あると雖も、終竟旺に帰す。丙戌時に配すれば、正に旺処に当たりて卻って凶を生ず。

乙酉日:乙酉時,旺處自刑;己卯時,先破,中年旺,末年死無地。乙亥日:戊寅時,三十年後身孤發福;庚辰時,發中自刑害;丙戌時,血疾;丁亥時,有財自刑。丙子日:壬辰時,有財招是非。丙寅日:丙申時,旺中脫敗;辛卯時,無祖自立,有財,有肢體疾。丙辰日:壬辰時,身孤有財;丙申時,橫發財。

乙酉日生の人――乙酉時に配すれば、正に旺地に当たりて卻って自刑を犯す。己卯時に配すれば、早年破敗し、中年旺に転じ、晩年に卻って死して安身する処なし。乙亥日生の人――戊寅時に配すれば、三十年後に孤身なると雖も卻って福を発し得べし。庚辰時に配すれば、発達の中に自ら刑害を犯す。丙戌時に配すれば、血疾を主る。丁亥時に配すれば、財ありて自刑す。丙子日生の人――壬辰時に配すれば、財ありて卻って是非を惹く。丙寅日生の人――丙申時に配すれば、正旺の際に忽然として脱空敗落す。辛卯時に配すれば、祖業なくして白手自立し、財あるも、ただ四肢身体に病あり。丙辰日生の人――壬辰時に配すれば、孤身にして財あり。丙申時に配すれば、財の来ることまた快にしてまた猛し。

丙午日:戊子時,先貧後富;丙申時,見血大發。丙申日:己丑時,見血疾後發;壬辰時,旺中失;丙申時,好色。丙戌日:己丑時,刑後發旺;丙申時,破祖了發,火血災;戊戌時,貧。丁丑日:庚子時,先貧後富;辛丑時,因貴人發福。丁卯日:丙子時,旺中有失;丁未時,刑中發。

丙午日生の人――戊子時に配すれば、先に貧困して後に富足す。丙申時に配すれば、血光を見たるの後に大いに発す。丙申日生の人――己丑時に配すれば、血疾を患えたる以後に初めて発す。壬辰時に配すれば、正旺の中に失する所有り。丙申時に配すれば、人と為りて色を好む。丙戌日生の人――己丑時に配すれば、刑を受けたる後に旺に転ず。丙申時に配すれば、祖業を破尽して初めて発し、しかも火厄血光の災あり。戊戌時に配すれば、貧寒を主る。丁丑日生の人――庚子時に配すれば、先貧後富。辛丑時に配すれば、貴人の提携に頼りて福を発す。丁卯日生の人――丙子時に配すれば、正旺の中に損失あり。丁未時に配すれば、刑傷の中に於てかえって発達す。

丁巳日:庚子時,橫發大富;辛丑時,因陰人致貴。丁未日:丙午時,破祖而成大富;丁未時,凶中脫為大富。丁酉日:壬寅時,貧中化貴;丙午時,不利子孫。丁亥日:壬寅時,五十後大旺;丙午時,先破後富;戊申時,身孤發福。戊子日:甲寅時,先破後發;戊午時,先刑後發。

丁巳日生の人――庚子時に配すれば、意外暴発して大富を成す。辛丑時に配すれば、女子の力に因りて貴を得。丁未日生の人――丙午時に配すれば、祖業を破了てかえって大富を成す。丁未時に配すれば、凶険の中より脱し出でて大富を成す。丁酉日生の人――壬寅時に配すれば、貧困の中に転化して貴を為す。丙午時に配すれば、子孫に利あらず。丁亥日生の人――壬寅時に配すれば、五十歳以後に大旺す。丙午時に配すれば、先に破敗して後に富有す。戊申時に配すれば、孤身一人にして卻って福を発し得べし。戊子日生の人――甲寅時に配すれば、先に破敗して後に発達す。戊午時に配すれば、先に刑傷を受けて後に発達す。

戊寅日:甲寅時,身卑賤而發;丙辰時,龍吟虎嘯,中年大貴。戊辰日:己卯時,身孤而貴;丙辰時,克父大發。戊午日:甲寅時,賤中貴;戊午時,先刑後發。戊申日:壬子時,先帶後旺;庚申時,刑中發。戊戌日:乙卯時,身卑母賤,出生奴僕而發,有驗;丙辰時,破盡而後大富。

戊寅日生の人――甲寅時に配すれば、出身低微なるも卻って発達し得べし。丙辰時に配すれば、龍吟虎嘯のごとき声勢相応じて、中年大貴。戊辰日生の人――己卯時に配すれば、孤身一人にして貴を得。丙辰時に配すれば、父親を剋傷するも卻って此に因りて大いに発す。戊午日生の人――甲寅時に配すれば、卑賤の中より富貴を挣出す。戊午時に配すれば、先に刑傷を受けて後に発達す。戊申日生の人――壬子時に配すれば、先に牽累を受けて後に旺に転ず。庚申時に配すれば、刑傷の中に於て発達す。戊戌日生の人――乙卯時に配すれば、自身卑微・母親の出身低賤にして、甚だしきは奴僕の家に生まれて後に発跡す。この一条は頗る応験す。丙辰時に配すれば、家業破尽したる以後にかえって大富を成す。

己丑日:辛未時,破盡而發;甲戌時,克父雖輕,刑後大旺。己卯日:甲子時,先破祖而後旺。己巳日:丙寅時,先刑後旺;戊辰時,身孤後發。己未日:辛未時,先破後成;丙寅時,多庶出過房,或父不見生。己酉日:丁卯時,九成十破,末年旺;壬申時,主心狂腎病,大貴。己亥日:辛未時,凶中貴;乙亥時,多成破晚富。

己丑日生の人――辛未時に配すれば、家業破尽したる之後に初めて発す。甲戌時に配すれば、父を剋するの応は軽しと雖も、刑傷を受けたる以後に大旺す。己卯日生の人――甲子時に配すれば、先に祖業を破敗して後に旺に転ず。己巳日生の人――丙寅時に配すれば、先に刑を受けて後に旺に転ず。戊辰時に配すれば、孤身一人にして後に発達す。己未日生の人――辛未時に配すれば、先に破敗して後に家を成す。丙寅時に配すれば、多くは庶出の子あるいは他人に過継し、甚だしきは父親が自己の出生を見る能わざるなり。己酉日生の人――丁卯時に配すれば、九成九破して屡々起ち屡々仆れ、晩年に初めて旺す。壬申時に配すれば、心神狂躁・腎臟に病あるを主るも、ただ大貴し得べし。己亥日生の人――辛未時に配すれば、凶険の中にかえって貴を得。乙亥時に配すれば、成敗反复して晩年に富に致る。

庚子日:丙子時,先無中年大貴;己卯時,破祖失土大貴。庚寅日:辛巳時,孤則貴;丁亥時,貧中秀利,末年大富旺。庚辰日:庚辰時,大凶,過則貴,主惡死;辛巳時,先無後有。庚午日:壬午時,破盡身孤則發;乙酉時,刑中貴。庚申日:乙卯時,少貧,中年有小官,聰明,克妻小子;戊寅時,先刑尾好。

庚子日生の人――丙子時に配すれば、早年一无所有、中年大貴。己卯時に配すれば、祖業を破了て故土を離れて後に大貴。庚寅日生の人――辛巳時に配すれば、孤独を守り得れば便ち貴を得。丁亥時に配すれば、貧寒の中に出落として清秀才あり、晩年大富にして旺す。庚辰日生の人――庚辰時に配すれば、大凶、もし挺過し得れば便ち貴なるも、ただ善终を得ざるを主る。辛巳時に配すれば、先に有する所なくして後に漸漸有るを得。庚午日生の人――壬午時に配すれば、家業破尽し孤身一人の時に初めて発す。乙酉時に配すれば、刑傷の中に於て貴を得。庚申日生の人――乙卯時に配すれば、少年貧寒、中年は小官を為り、人と為りて聡明、妻を剋して子息少なし。戊寅時に配すれば、先に刑傷を受けて結局甚だ好し。

庚戌日:丁丑時,四十後大富;己卯時,少孤母賤,中年貴。辛丑日:癸巳時,先父母而多福;丙申時,少苦中年貴。辛卯日:庚寅時,發即風疾;辛卯時,先苦中年大發。辛巳日:庚寅時,刑了有財;丙申時,少蹇,中末年貴。辛未日:庚寅時,風疾而發;丙申時,因貴人門下得富;戊戌時,克父母,身旺中年富。

庚戌日生の人――丁丑時に配すれば、四十歳以後に大富す。己卯時に配すれば、少年に親を喪い母親の出身低微にして、中年に貴を得。辛丑日生の人――癸巳時に配すれば、父母先に亡びて自身福多し。丙申時に配すれば、少年に苦を喫し、中年に貴を得。辛卯日生の人――庚寅時に配すれば、一たび発達すれば則ち風疾を得。辛卯時に配すれば、早年困苦、中年大発。辛巳日生の人――庚寅時に配すれば、刑傷を受けたる之後に財あり。丙申時に配すれば、少年蹇滞、中晩年に貴を得。辛未日生の人――庚寅時に配すれば、風疾を得ると雖も卻って発達し得べし。丙申時に配すれば、貴人の門下に投じて富に致る。戊戌時に配すれば、父母を剋傷し、自身健旺にして、中年富足す。

辛酉日:戊子時,破祖發;辛卯時,少貧,二十後有財。辛亥日:庚寅時,有暗疾有福;丙申時,多孤,見血疾主財。壬子日:庚子時,少年富,三十五後艱辛,末年大富;辛亥時,父母惡疾,中末大富貴。壬寅日:壬寅時,中年貴,五十年大厄;辛亥時,艱苦中發。壬辰日:甲辰時,少孤及貧中發;辛亥時,秀貴不善死。

辛酉日生の人――戊子時に配すれば、祖業を破了て初めて発す。辛卯時に配すれば、少年貧寒、二十歳以後に財あり。辛亥日生の人――庚寅時に配すれば、身に暗疾あるもまた福あり。丙申時に配すれば、多く孤独を主り、血光の疾を経過してかえって財を得るを主る。壬子日生の人――庚子時に配すれば、少年富足、三十五歳以後に艱辛に転入し、晩年大富す。辛亥時に配すれば、父母は悪疾を患え、自己は中晩年に大富大貴。壬寅日生の人――壬寅時に配すれば、中年に貴を得、五十歳上に大厄あり。辛亥時に配すれば、艱苦の中に於て発達す。壬辰日生の人――甲辰時に配すれば、少年に親を喪いまた貧寒、中途に初めて発す。辛亥時に配すれば、清秀顕貴なるも卻って善终を得ず。

壬午日:壬寅時,少年疾厄,中年貴;辛亥時,貧中大富。壬申日:庚子時,先凶後富;壬寅時,貧中發不久。壬戌日:庚戌時,平生為妻妾所害;辛亥時,少年大富。癸丑日:癸丑時,孤中失土貴;乙卯時,少賤中年貴。癸卯日:癸丑時,克陷生孤貧;丙辰時,克父母有財。

壬午日生の人――壬寅時に配すれば、少年多病多災、中年に貴を得。辛亥時に配すれば、貧寒の中より大富を挣成す。壬申日生の人――庚子時に配すれば、先に凶険して後に富有す。壬寅時に配すれば、貧寒の中に発すると雖も卻って久長せず。壬戌日生の人――庚戌時に配すれば、一生妻妾に拖累せらる。辛亥時に配すれば、少年に便ち大富す。癸丑日生の人――癸丑時に配すれば、孤独失土の中にかえって貴を得。乙卯時に配すれば、少年低賤、中年に貴を得。癸卯日生の人――癸丑時に配すれば、親人を剋陥し生来孤貧。丙辰時に配すれば、父母を剋傷して財あり。

癸巳日:丁巳時,賤中貴;戊午時,中年大富。癸卯日:癸丑時,先卑賤,中年大貴;甲寅時,中年秀貴。癸酉日:丙辰時,孤貴;丁巳時,先貧後富。癸亥日:庚申時,少貧好學大才;癸亥時,性明飄逸,中年大富。

癸巳日生の人――丁巳時に配すれば、卑賤の中より貴を得。戊午時に配すれば、中年大富。癸卯日生の人――癸丑時に配すれば、先に卑微低賤、中年大貴。甲寅時に配すれば、中年清秀顕貴。癸酉日生の人――丙辰時に配すれば、孤独にして貴。丁巳時に配すれば、先貧後富。癸亥日生の人――庚申時に配すれば、少年貧寒にして好学し、大才を成す。癸亥時に配すれば、性情明朗灑脱にして、中年大富す。

第十一巻

釈日時凶中凶格

甲子日:丁卯時<凶刑>、甲戌時<主聾啞頭瘡犬狼虎傷>。甲寅日:丁卯時<水火相戰凶刑之災>、壬申時<旺中失>。甲辰日:丁卯時<身孤凶刑>、戊辰時<凶有財>、甲戌時<有財凶刑>。甲午日:甲子時<有財貴凶若為僧道有高名>、丁卯時<凶刑>。甲申日:丙寅時<貧>、丁卯時<凶>、己巳時<破刑>。甲戌日:乙丑時<有財刑>、辛未時<犯刑貴>。

甲子日生の人――丁卯時に配すれば、凶険刑傷を主る。甲戌時に配すれば、聾啞・頭上に瘡を生ずるを主り、併せて犬狼虎豹の傷を防ぐ。甲寅日生の人――丁卯時に配すれば、水火相戦して凶険刑傷の災あり。壬申時に配すれば、正旺の中にかえって損失あり。甲辰日生の人――丁卯時に配すれば、孤身にして凶刑に遭う。戊辰時に配すれば、凶なりと雖も卻って財あり。甲戌時に配すれば、財ありて凶刑を帯ぶ。甲午日生の人――甲子時に配すれば、財あり貴あるもまた凶を帯び、もし出家して僧道と為ればかえって大名を享くべし。丁卯時に配すれば、凶険刑傷を主る。甲申日生の人――丙寅時に配すれば貧を主り、丁卯時は凶を主り、己巳時は破敗刑傷を主る。甲戌日生の人――乙丑時に配すれば、財ありて刑を帯ぶ。辛未時に配すれば、刑を犯す中に卻って貴を得べし。

乙丑日:庚辰時<破祖尅父>、癸未時<凶刑>。乙卯日:庚辰時<惡死若年月有救主刑>。乙巳日:戊寅時<刑子發>、辛巳時<尅妻中年方繁生子晚>。乙未日:庚辰時<破祖刑災身孤>、乙酉時<旺中有刑>、丙戌時<大凶>。乙酉日:乙酉時<旺中自刑年月火金主災>。乙亥日:丁亥時<有財自刑不損乎足定主刑傷>、庚辰時<自刑害>。

乙丑日生の人――庚辰時に配すれば、祖業を破敗してまた父親を剋傷す。癸未時に配すれば、凶険刑傷を主る。乙卯日生の人――庚辰時に配すれば、善终を得ざるを主り、もし年月の両柱上に救神あれば、則ちただ些かの刑傷を受くるのみ。乙巳日生の人――戊寅時に配すれば、子女を刑剋して後に発達す。辛巳時に配すれば、妻を剋し、中年に到りて家道こそ繁盛し、子を得るもまた遅し。乙未日生の人――庚辰時に配すれば、祖を破り刑傷・災禍かつ孤身一人。乙酉時に配すれば、正旺の中に刑を帯ぶ。丙戌時に配すれば、大凶。乙酉日生の人――乙酉時に配すれば、旺地上に自ら刑を犯し、もし年月の両柱にまた火金を見れば、更に災殃を主る。乙亥日生の人――丁亥時に配すれば、財ありて自刑し、手足を傷るならざれば、また必ず刑傷の事を主る。庚辰時に配すれば、自刑して害を帯ぶ。

丙子日:辛卯時<刑>。丙寅日:辛未時<肢體有傷>、壬辰時<仇冤大凶>、癸巳時<陸沉之厄>、丙申時<旺中死>。丙辰日:壬辰時<有財惡死>、癸巳時<不利祖宗>、戊戌時<破祖中年孤可為僧人>。丙午日:辛卯時<旺中失>、癸巳時<戒酒>、丙申時<血疾>、戊戌時<喜中災>。丙申日:己丑時<血疾>、辛卯時<滯>、癸巳時<陸沉>、丙申時<好色>、戊戌時<災貧>。丙戌日:己丑時<旺中刑>、壬辰時<凶>、癸巳時<因酒失>、丙申時<血疾>、戊戌時<災貧>。

丙子日生の人――辛卯時に配すれば、刑傷を主る。丙寅日生の人――辛未時に配すれば、四肢身体に傷あり。壬辰時に配すれば、仇怨を結下して大凶。癸巳時に配すれば、埋没沈淪の厄あり。丙申時に配すれば、正旺の際にかえって命を喪う。丙辰日生の人――壬辰時に配すれば、財あるも卻って善终を得ず。癸巳時に配すれば、祖上に利あらず。戊戌時に配すれば、祖業を破敗し中年孤独、出家して僧人と為るは倒れて合宜なり。丙午日生の人――辛卯時に配すれば、正旺の中に失あり。癸巳時に配すれば、酒を戒むるを須とす。丙申時に配すれば、血疾を主る。戊戌時に配すれば、喜慶の中に災を生ず。丙申日生の人――己丑時に配すれば血疾を主り、辛卯時は沈滞を主り、癸巳時は埋没沈淪を主り、丙申時は色を好むを主り、戊戌時は災禍貧寒を主る。丙戌日生の人――己丑時に配すれば、旺中に刑を帯ぶ。壬辰時は凶を主る。癸巳時は酒に因りて事を失う。丙申時は血疾を主る。戊戌時は災禍貧寒を主る。

丁丑日:丁未時<破祖刑>、庚戌時<先破祖後有財中刑>。丁卯日:庚子時<貧刑>、甲辰時<不利文章>、丁未時<刑>。丁巳日:甲辰時<凶刑>、辛亥時<濁>。丁未日:壬辰時<惡死>、丁未時<尅父母孤刑>、庚戌時<主刑>。丁酉日:丁未時<大凶夭>、癸酉時<自刑害>。丁亥日:甲辰時<大凶刑>、己酉時<蹇滯娶婢為妻>、辛亥時<自刑滯>。

丁丑日生の人――丁未時に配すれば、祖業を破敗してまた刑傷を受く。庚戌時に配すれば、先に祖業を破りて後に財あり、中途に仍りて刑傷あり。丁卯日生の人――庚子時に配すれば、貧寒かつ刑傷。甲辰時に配すれば、文章科名に利あらず。丁未時に配すれば、刑を主る。丁巳日生の人――甲辰時に配すれば、凶険刑傷を主る。辛亥時に配すれば、一生混濁不清。丁未日生の人――壬辰時に配すれば、善终を得ざるを主る。丁未時に配すれば、父母を剋傷し孤独にして刑を受く。庚戌時に配すれば、刑傷を主る。丁酉日生の人――丁未時に配すれば、大凶にして短命。癸酉時に配すれば、自刑相害す。丁亥日生の人――甲辰時に配すれば、大凶にして刑あり。己酉時に配すれば、蹇滞不通にして婢女を娶りて妻と為す。辛亥時に配すれば、自刑して沈滞す。

戊子日:乙卯時<凶刑>、戊午時<旺處多官火破祖>。戊寅日:甲寅時<身旺骨肉不同居>、庚申時<凶刑後發>。戊辰日:乙卯時<身孤>、戊午時<凶刑>。戊午日:戊午時<凶>。戊申日:乙卯時<中年破祖>、戊午時<主法死不然戰亡>。戊戌日:丙辰時<大凶刑有財>、戊午時<大凶>、庚申時<災瘧>。

戊子日生の人――乙卯時に配すれば、凶険刑傷を主る。戊午時に配すれば、正に旺処に当たるも卻って官非火災多く、祖業を破敗す。戊寅日生の人――甲寅時に配すれば、自身健旺なるも卻って骨肉と分居す。庚申時に配すれば、先に凶刑に遭いて後に発達す。戊辰日生の人――乙卯時に配すれば、孤身を主る。戊午時に配すれば、凶険刑傷を主る。戊午日生の人――戊午時に配すれば、凶を主る。戊申日生の人――乙卯時に配すれば、中年に祖業を破敗す。戊午時に配すれば、王法に死するを主り、然らざれば便ち沙場に陣亡せん。戊戌日生の人――丙辰時に配すれば、大凶にして刑を帯ぶるも卻って財あり。戊午時に配すれば、大凶。庚申時に配すれば、災病瘧疾を主る。

己丑日:戊辰時<身孤>、辛未時<凶刑>。己卯日:甲子時<旺中有傷>、丙寅時<下賤>。己巳日:壬申時<大凶刑>。己未日:辛未時<有財中自害>、甲戌時<尅陷遭刑>。己酉日:辛未時<凶刑後發>、甲戌時<孤獨離鄉>。己亥日:辛未時<貴中凶失>、乙亥時<多成敗自刑>。

己丑日生の人――戊辰時に配すれば、孤身を主る。辛未時に配すれば、凶険刑傷を主る。己卯日生の人――甲子時に配すれば、正旺の中に損傷あり。丙寅時に配すれば、身分低下を主る。己巳日生の人――壬申時に配すれば、大凶にして刑を帯ぶ。己未日生の人――辛未時に配すれば、財あるも卻ってその中に自ら其の害を受く。甲戌時に配すれば、親人を剋陥して自ら刑傷に遭う。己酉日生の人――辛未時に配すれば、先に凶刑に遭いて後に発達す。甲戌時に配すれば、孤独一身・故郷を遠離す。己亥日生の人――辛未時に配すれば、顕貴の中に忽ち凶失あり。乙亥時に配すれば、成敗反复して自ら刑を犯す。

庚子日:己卯時<刑>、乙酉時<破祖凶刑>、丙戌時<聾啞犬狼傷>。庚寅日:甲申時<凶刑>、乙酉時<刑>。庚辰日:己卯時<孤>、庚辰時<刑>、乙酉時<刑>。庚午日:己卯時<刑破>、庚辰時<自刑>、癸未時<先虛後災>、乙酉時<刑破>。庚申日:戊寅時<先刑後發>、辛巳時<刑>、乙酉時<真刑>。庚戌日:丁丑時<刑>、癸未時<發中刑>、乙酉時<刑後發>。

庚子日生の人――己卯時に配すれば刑を主る。乙酉時に配すれば、祖業を破敗してまた凶刑に遭う。丙戌時に配すれば、聾啞を主り、併せて犬狼の咬傷を防ぐ。庚寅日生の人――甲申時に配すれば凶刑を主り、乙酉時に配すれば刑を主る。庚辰日生の人――己卯時に配すれば孤独を主り、庚辰時に配すれば刑を主り、乙酉時に配するもまた刑を主る。庚午日生の人――己卯時に配すれば刑剋破敗を主る。庚辰時に配すれば自刑を主る。癸未時に配すれば、先に空に落ちて後に災を生ず。乙酉時に配すれば刑剋破敗を主る。庚申日生の人――戊寅時に配すれば、先に刑を受けて後に発達す。辛巳時に配すれば刑を主る。乙酉時に配すれば、正に真刑を犯す。庚戌日生の人――丁丑時に配すれば刑を主る。癸未時に配すれば、発達の中に刑を帯ぶ。乙酉時に配すれば、刑を受けたる之後に初めて発す。

辛丑日:己丑時<濁滯>、庚寅時<風疾>、乙未時<刑>、戊戌時<刑害>。辛卯日:甲午時<命夭破祖>、戊戌時<刑>。辛巳日:丙申時<貴中失>、丁酉時<有財有害壽不過三十一>。辛未日:己丑時<破相>、壬辰時<身孤>、戊戌時<凶刑>。辛酉日:戊戌時<凶刑>。辛亥日:戊戌時<凶後發>。

辛丑日生の人――己丑時に配すれば、一生混濁沈滞。庚寅時に配すれば、風疾を得るを主る。乙未時に配すれば刑を主る。戊戌時に配すれば、刑害を主る。辛卯日生の人――甲午時に配すれば、短命にして祖業を破敗す。戊戌時に配すれば刑を主る。辛巳日生の人――丙申時に配すれば、顕貴の中に失する所有り。丁酉時に配すれば、財ありて損害を帯び、寿数は三十一歳を活き過ぎず。辛未日生の人――己丑時に配すれば、身上に残缺破相あり。壬辰時に配すれば、孤身を主る。戊戌時に配すれば、凶険刑傷を主る。辛酉日生の人――戊戌時に配すれば、凶険刑傷を主る。辛亥日生の人――戊戌時に配すれば、先に凶険して後に発達す。

壬子日:癸卯時<旺中自刑>、丙午時<旺中失>、辛亥時<父母惡死木命貴土命有財>。壬寅日:庚子時、甲辰時<尅陷極貧>、乙巳時<自刑>。壬辰日:甲辰時<有財自刑失>、庚戌時<有財刑破>、辛亥時<貴則惡死>。壬午日:癸卯時<旺中破<、甲辰時<自刑凶惡死>、己酉時<破祖凶>。壬申日:庚子時<貧刑>、乙巳時<手足折傷自刑死>。壬戌日:庚子時<夭>、甲辰時<有財孤>、戊申時<破多身滯中年蹇>。

壬子日生の人――癸卯時に配すれば、旺中に自ら刑を犯す。丙午時に配すれば、正旺の中に失あり。辛亥時に配すれば、父母は善终を得ざるも、ただ木命の人がこれを得れば貴を主り、土命の人がこれを得れば財あり。壬寅日生の人――庚子時に配すべし。甲辰時に配すれば、親人を剋陥して極貧。乙巳時に配すれば、自刑を主る。壬辰日生の人――甲辰時に配すれば、財あるも卻って自刑して失う。庚戌時に配すれば、財ありて刑剋破敗を帯ぶ。辛亥時に配すれば、たとい貴顕なるも善终を得ず。壬午日生の人――癸卯時に配すれば、旺中に破を受く。甲辰時に配すれば、自刑して凶、悪死を主る。己酉時に配すれば、祖業を破敗して凶。壬申日生の人――庚子時に配すれば、貧寒にして刑を帯ぶ。乙巳時に配すれば、手足折傷を主り、自刑に因りて死す。壬戌日生の人――庚子時に配すれば夭折を主る。甲辰時に配すれば、財ありて孤独。戊申時に配すれば、破敗多く自身沈滞し、中年蹇渋不通。

癸丑日:丙辰時<財孤>、己未時<刑破>、壬戌時<刑>。癸卯日:丙辰時,孤獨;辛酉時,不利妻妾。癸巳日:丁巳時,貴中血光死;庚申時,貧;辛酉時,孤。癸未日:癸丑時,克父母;己未時,刑傷;壬戌時,刑。癸酉日:癸丑時,刑獄貧賤;戊午時,破祖凶敗;辛酉時,有財自刑。癸亥日:甲寅時,貴中惡死;丁巳時,刑害;戊午時,有財凶;庚申時,好學,性中平,身孤。

癸丑日生の人――丙辰時に配すれば、財ありて孤独。己未時に配すれば、刑剋破敗を主る。壬戌時に配すれば、刑を主る。癸卯日生の人――丙辰時に配すれば、孤独を主る。辛酉時に配すれば、妻妾に利あらず。癸巳日生の人――丁巳時に配すれば、正に顕貴に当たるも卻って血光に死す。庚申時に配すれば貧を主る。辛酉時に配すれば孤を主る。癸未日生の人――癸丑時に配すれば、父母を剋傷す。己未時に配すれば、刑傷を主る。壬戌時に配すれば、刑を主る。癸酉日生の人――癸丑時に配すれば、刑獄に遭いて貧賤。戊午時に配すれば、祖業を破敗し凶険敗落す。辛酉時に配すれば、財ありて自刑す。癸亥日生の人――甲寅時に配すれば、正に顕貴に当たるも卻って善终を得ず。丁巳時に配すれば、刑害を主る。戊午時に配すれば、財ありて凶を帯ぶ。庚申時に配すれば、人と為りて好学し性情平和、ただ孤身一人なり。以上は《宰公要訣》から出る。

釈日時月中悪殺を犯す

日見殺主中年,時見殺主末死。

この一門は日柱あるいは時柱が月柱中の悪煞に撞上することを講ず――煞が日柱上に出現するは、中年に応ず。時柱上に出現するは、晩年に応じ、多く非命に死するを主る。

甲子日時:乙卯月,主刑;乙巳月,主法死。甲寅日時:乙巳月,受刑;丁亥月,旺中惡死。甲辰日時:乙卯月,主刑折;癸巳月,水火中死;癸亥月,主凶死。甲午日時:乙巳月,破祖夭;乙亥月,自刑刀刃死;癸亥月,旺中惡死。甲申日時:乙卯月,夭;丁巳月,死不全尸。甲戌日時:乙卯月,犯刑;乙亥月,主遭劫盜殺死。

日柱あるいは時柱が甲子の人――乙卯月に遇えば刑傷を主り、乙巳月に遇えば王法に死するを主る。日時が甲寅のは――乙巳月に遇えば刑を受け、丁亥月に遇えば正に旺時に当たるもかえって悪死に遭う。日時が甲辰のは――乙卯月に遇えば刑傷折損を主り、癸巳月に遇えば水火の中に死し、癸亥月に遇えば凶死を主る。日時が甲午のは――乙巳月に遇えば祖業を破敗して夭亡し、乙亥月に遇えば自刑に因りて刀刃に死し、癸亥月に遇えば正旺時に悪死に遭う。日時が甲申のは――乙卯月に遇えば夭亡を主り、丁巳月に遇えば死後屍首全からず。日時が甲戌のは――乙卯月に遇えば刑を犯し、乙亥月に遇えば劫盗の殺害に遭うを主る。

乙丑日時:丙寅月,身不完死;己未月,刑;甲戌月,犯刑;己丑月,大破凶。乙卯日時:丁巳月,破祖凶;戊申月,身不完死;己酉月,惡死。乙巳日時:甲寅月,刑;壬辰月,刑夭;乙酉月,下賤。乙未日時:己未月,刑傷;丙申月,身不完死;己丑月,破祖惡死。乙酉日時:戊寅月,大凶殺;丁巳月,破祖貧;乙酉月,金刃死。乙亥日時:庚辰月,刑;乙酉月,破祖高貴中惡死。

日時が乙丑の人――丙寅月に遇えば死時身体全からず、己未月に遇えば刑を主り、甲戌月に遇えば刑を犯し、己丑月に遇えば大破して凶。日時が乙卯のは――丁巳月に遇えば祖業を破敗して凶、戊申月に遇えば死時身体全からず、己酉月に遇えば悪死を主る。日時が乙巳のは――甲寅月に遇えば刑を主り、壬辰月に遇えば刑して夭亡し、乙酉月に遇えば身分低下。日時が乙未のは――己未月に遇えば刑傷を主り、丙申月に遇えば死時身体全からず、己丑月に遇えば祖業を破敗して善终を得ず。日時が乙酉のは――戊寅月に遇えば大凶の煞を犯し、丁巳月に遇えば祖を破りて貧なり、乙酉月に遇えば金刃に死す。日時が乙亥のは――庚辰月に遇えば刑を主り、乙酉月に遇えば祖を破ると雖も後に高貴なるも、終に悪死す。

丙子日時:丁巳月,夭;己酉月,破家失土身賤。丙寅日時:癸巳月,刑;癸巳月,惡死;乙酉月,大敗。丙辰日時:己巳月,凶死;己亥月,自刑死;癸丑月,破祖惡死。丙午日時:丁巳月,惡死;丁亥月,自刑惡死;辛丑月,孤獨。丙申日時:癸巳月,中年刑;乙酉月,破敗。丙戌日時:己亥月,死不全尸;癸丑月,貧夭。

日時が丙子の人――丁巳月に遇えば夭亡を主り、己酉月に遇えば家破れ土を失い身分卑賤。日時が丙寅のは――癸巳月に遇えば刑を主り、また癸巳月に遇えば悪死を主ると説き、乙酉月に遇えば大敗す。日時が丙辰のは――己巳月に遇えば凶死を主り、己亥月に遇えば自刑に因りて死し、癸丑月に遇えば祖業を破敗して悪死す。日時が丙午のは――丁巳月に遇えば悪死を主り、丁亥月に遇えば自刑して悪死し、辛丑月に遇えば孤独を主る。日時が丙申のは――癸巳月に遇えば中年に刑を受け、乙酉月に遇えば破敗を主る。日時が丙戌のは――己亥月に遇えば死後屍首全からず、癸丑月に遇えば貧寒にして短命。

丁丑日時:戊寅月,夭;辛丑月,破祖中年蹇。丁卯日時:癸巳月,破祖凶死;己未月,刑傷;甲申月,刺面不完死。丁巳日時:庚辰月,刑;庚申月,大破;辛酉月,刑破。丁未日時:戊申月,夭;庚戌月,刑;辛丑月,刑凶。丁酉日時:甲寅月,破敗惡死;癸巳月,離鄉惡死;乙酉月,刑死。丁亥日時:庚寅月,惡死;庚申月,身不全死;辛酉月,破敗。

日時が丁丑の人――戊寅月に遇えば夭亡を主り、辛丑月に遇えば祖業を破敗し中年蹇滞す。日時が丁卯のは――癸巳月に遇えば祖を破りて凶死し、己未月に遇えば刑傷を主り、甲申月に遇えば黥面の刑を受け死時身体全からず。日時が丁巳のは――庚辰月に遇えば刑を主り、庚申月に遇えば大破し、辛酉月に遇えば刑して破敗す。日時が丁未のは――戊申月に遇えば夭亡を主り、庚戌月に遇えば刑を主り、辛丑月に遇えば刑して凶。日時が丁酉のは――甲寅月に遇えば破敗して悪死し、癸巳月に遇えば郷を離れて悪死し、乙酉月に遇えば刑に死す。日時が丁亥のは――庚寅月に遇えば悪死を主り、庚申月に遇えば死時身体全からず、辛酉月に遇えば破敗を主る。

戊子日時:乙卯月,刑;癸巳月,旺中刑;戊午月,旺中受刑。戊寅日時:己巳月,刑;辛酉月,凶;己亥月,凶刑。戊辰日時:戊辰月,自刑凶;辛巳月,截路凶刑;乙丑月,破敗刑。戊午日時:戊午月,身不全;癸亥月,自刑夭。戊申日時:己巳月,刑害;戊午月,短夭傷六親;癸亥月,孤貧。戊戌日時:戊午月,刺面短夭;辛卯月,破敗凶刑;癸丑月,受刑。

日時が戊子の人――乙卯月に遇えば刑を主り、癸巳月に遇えば正旺時に刑を受け、戊午月に遇うもまた旺中に刑を受く。日時が戊寅のは――己巳月に遇えば刑を主り、辛酉月に遇えば凶を主り、己亥月に遇えば凶にして刑を帯ぶ。日時が戊辰のは――戊辰月に遇えば自刑して凶、辛巳月に遇えば「截路」の煞を犯して凶にして刑を帯び、乙丑月に遇えば破敗して刑を帯ぶ。日時が戊午のは――戊午月に遇えば身体残缺せず、癸亥月に遇えば自刑して夭す。日時が戊申のは――己巳月に遇えば刑害交加し、戊午月に遇えば短命にしてまた六親を傷り、癸亥月に遇えば孤苦貧寒。日時が戊戌のは――戊午月に遇えば黥面の刑を受けて短命、辛卯月に遇えば破敗凶刑、癸丑月に遇えば刑を受く。

己丑日時:甲寅月,貴中惡死;丁未月,受刑;丁丑月,破祖失鄉惡死。己卯日時:己巳月,破敗凶死;庚申月,血光惡死;壬子月,刑害重。己巳日時:壬寅月,受刑;丁未月,刑傷;癸酉月,夭。己未日時:甲申月,身不完死;丙子月,孤貧;丁丑月,刑害。己酉日時:庚寅月,破敗惡死;己巳月,凶惡;戊戌月,孤單血光。己亥日時:壬寅月,惡月;壬申月,孤貧遭刑;癸酉月,破凶。

日時が己丑の人――甲寅月に遇えば正に顕貴の時に卻って悪死し、丁未月に遇えば刑を受け、丁丑月に遇えば祖を破り郷を離れて悪死す。日時が己卯のは――己巳月に遇えば破敗凶死し、庚申月に遇えば血光に因りて悪死し、壬子月に遇えば刑害深重。日時が己巳のは――壬寅月に遇えば刑を受け、丁未月に遇えば刑傷を主り、癸酉月に遇えば夭亡を主る。日時が己未のは――甲申月に遇えば死時身体全からず、丙子月に遇えば孤苦貧寒、丁丑月に遇えば刑害を主る。日時が己酉のは――庚寅月に遇えば破敗悪死し、己巳月に遇えば凶悪、戊戌月に遇えば孤単にしてまた血光を見る。日時が己亥のは――壬寅月に遇えばこれ凶月、壬申月に遇えば孤貧にしてまた刑に遭い、癸酉月に遇えば破敗して凶。

庚子日時:己巳月,刑破貧;癸未月,孤單;己亥月,刑。庚寅日時:癸酉月,破敗凶;辛亥月,血光;甲子月,夭。庚辰日時:乙巳月,破敗刑;乙酉月,旺中刑凶;己丑月,破凶。庚午日時:己巳月,破祖凶;己亥月,破劫盜凶;癸丑月,孤凶。庚申日時:辛巳月,凶刑;辛亥月,孤夭。庚戌日時:乙巳月,凶破;乙亥月,官災多凶刑;己丑月,破敗凶。

日時が庚子の人――己巳月に遇えば刑剋破敗して貧なり、癸未月に遇えば孤単一身、己亥月に遇えば刑を主る。日時が庚寅のは――癸酉月に遇えば破敗して凶、辛亥月に遇えば血光を主り、甲子月に遇えば夭亡を主る。日時が庚辰のは――乙巳月に遇えば破敗して刑を帯び、乙酉月に遇えば正旺時に刑して凶、己丑月に遇えば破敗して凶。日時が庚午のは――己巳月に遇えば祖を破りて凶、己亥月に遇えば劫盗の破財に遭いて凶、癸丑月に遇えば孤独にして凶。日時が庚申のは――辛巳月に遇えば凶にして刑を帯び、辛亥月に遇えば孤独夭亡す。日時が庚戌のは――乙巳月に遇えば凶にして破敗し、乙亥月に遇えば官司災禍多く凶刑断えず、己丑月に遇えば破敗して凶。

辛丑日時:庚寅月,刺面凶;癸未月,受刑;癸丑月,破敗孤凶。辛卯日時:癸卯月,父母凶死;辛巳月,大破凶;壬申月,尸不全死。辛巳日時:丙寅月,刑平;乙巳月,先貧;丁酉月,命不到三十。辛未日時:庚申月,尸不全死;壬子月,孤凶;癸丑月,凶刑死。辛酉日時:壬寅月,凶死;辛巳月,大破祖凶;庚戌月,凶死。辛亥日時:丙寅月,尸不全死;丙申月,失鄉惡死;丁酉月,失土惡死。

日時が辛丑の人――庚寅月に遇えば黥面の刑を受けて凶、癸未月に遇えば刑を受け、癸丑月に遇えば破敗孤独して凶。日時が辛卯のは――癸卯月に遇えば父母凶死し、辛巳月に遇えば大破して凶、壬申月に遇えば死後屍首全からず。日時が辛巳のは――丙寅月に遇えば刑するもなお平常に属し、乙巳月に遇えば早年貧寒、丁酉月に遇えば寿数三十に到らず。日時が辛未のは――庚申月に遇えば死後屍首全からず、壬子月に遇えば孤独にして凶、癸丑月に遇えば凶刑に因りて死す。日時が辛酉のは――壬寅月に遇えば凶死を主り、辛巳月に遇えば祖業を大破して凶、庚戌月に遇えば凶死を主る。日時が辛亥のは――丙寅月に遇えば死後屍首全からず、丙申月に遇えば郷を離れて悪死し、丁酉月に遇えば田土を失去して悪死す。

壬子日時:辛巳月,凶惡死;辛亥月,大凶;壬子月,刑。壬寅日時:乙巳月,受刑;丁酉月,大破祖惡死;乙亥月,刑。壬辰日時:丙辰月,夭死尸不全凶;丁巳月,破祖孤;辛丑月,大破刑。壬午日時:丙午月,自刑多是非;辛酉月,大破失鄉惡死;辛亥月,惡死。壬申日時:乙巳月,受刑夭;丁酉月,夭;乙亥月,孤自刑。壬戌日時:己酉月,孤單凶刑;丁亥月,凶刑惡死;辛丑月,刑。

日時が壬子の人――辛巳月に遇えば凶悪にして死し、辛亥月に遇えば大凶、壬子月に遇えば刑を主る。日時が壬寅のは――乙巳月に遇えば刑を受け、丁酉月に遇えば祖業を大破して悪死し、乙亥月に遇えば刑を主る。日時が壬辰のは――丙辰月に遇えば夭亡してしかも屍首全からず、甚だ凶。丁巳月に遇えば祖を破りて孤なり。辛丑月に遇えば大破して刑を帯ぶ。日時が壬午のは――丙午月に遇えば自刑して是非多く、辛酉月に遇えば家業を大破し郷を離れて悪死し、辛亥月に遇えば悪死を主る。日時が壬申のは――乙巳月に遇えば刑を受けて夭し、丁酉月に遇えば夭亡を主り、乙亥月に遇えば孤独にして自刑す。日時が壬戌のは――己酉月に遇えば孤単にしてまた凶刑に遭い、丁亥月に遇えば凶刑して悪死し、辛丑月に遇えば刑を主る。

癸丑日時:壬寅月<刑>、乙未月<刑>、庚戌月<刑>、乙丑月<下賤>。癸卯日時:甲辰月<凶刑孤>、丙申月<凶惡死>、癸丑月<刑>。癸巳日時:戊寅月<遭刑>、戊申月<受刑>、己酉月<乞丐>。癸未日時:壬申月<身不全凶>、庚申月<凶刑>、乙丑月<失土凶死>。癸酉日時:丙寅月<不全尸死>、乙巳月<大破凶死>、丁酉月<自縊死>。癸亥日時:戊寅月<死不全尸凶>、戊申月<孤貧>、己酉月<及告>。(宰公要訣)

日時が癸丑の人――壬寅月・乙未月・庚戌月に遇えば皆刑を主り、乙丑月に遇えば身分低下。日時が癸卯のは――甲辰月に遇えば凶刑して孤なり、丙申月に遇えば凶悪にして死し、癸丑月に遇えば刑を主る。日時が癸巳のは――戊寅月に遇えば刑に遭い、戊申月に遇えば刑を受け、己酉月に遇えば乞丐に淪落す。日時が癸未のは――壬申月に遇えば身体全からずして凶、庚申月に遇えば凶刑を主り、乙丑月に遇えば田土を失去して凶死す。日時が癸酉のは――丙寅月に遇えば死後屍首全からず、乙巳月に遇えば大破して凶死し、丁酉月に遇えば自縊して亡す。日時が癸亥のは――戊寅月に遇えば死後屍首全からず、甚だ凶。戊申月に遇えば孤苦貧寒。己酉月に遇えば則ち訟告の事あり。以上は《宰公要訣》から出る。

胎生元命に三獣を以て其の門宗を定む

瑩和尚注云:禽分三十六位,支列一十二辰,次而布之,一辰三獸,胎生元命,亦如甲子生、月癸酉,胎建甲子元命是也。又如乙丑金命人,月居己卯,胎建庚午土,以土生金二說,並詳其意不遠。

瑩和尚が注解していう――星禽の学は飛禽走獣を三十六位に分かち、地支を十二辰に排し、依次分布し下りて、每一辰に三隻の禽獣を配す。いわゆる「胎生元命」とは、例えば甲子年生の人で、生月が癸酉なれば、往きて推して胎元を得るもまた甲子で、胎と本命と同一柱を為す。これは則ち一例である。また乙丑の納音が金に属する人が、生月が己卯に落ち、推して胎元を得るは庚午の納音が土に属す。土は能く金を生じ、胎が来りて命を生ず。これもまた一例である。この両種の説法は、細かく究むれば意思相去ること遠からず。

王氏注云:今談命者,或不以胎月為意,蓋言不如日時得之獨也,然胎月是四柱根苗,日時雖緊,若不來犯破胎月,胎月或承旺氣祿馬之處為福尤多也。或日時吉而為胎月所犯,則歸於無用,

王氏が注解していう――如今命を談ずる人は、あるは胎月を心上に放らず。其の理由は胎月が日・時のごとく応験の専一如ならざるを以てなり。しかるに胎月は四柱の根苗で、日時は緊要なりと雖も、ただ日時の来りて胎月を冲犯破壊せざりて、しかも胎月がまた恰好旺気を承接するかあるいは「禄」・「駅馬」の上に坐せば、あの福気はかえって格外深厚である。反って、日時は縦に吉利なるも、一旦胎月に冲犯せられれば、則ち統統空に落ちて用場に派する能わず。

今人以約法取胎,未為精當,且戊子生甲寅月,便以乙巳為胎,殊不明有閏無閏。凡是貴命受胎,定在三百日,有一法取之簡要,只以當生前三百日為十月之氣,乃是受胎之正也。譬之甲子日生,便以甲子日為受胎之日,蓋五六計三百日也。看其生日是在何月而取之,則閏在其中矣。

今人は簡便公式を用いて胎元を推すも、併せて精确ならず。譬如戊子年に甲寅月に生まれれば、則ち一概に乙巳を以て胎元と為し、全然其の間に閏月の有るや否やを管せず。およそ貴命の受胎は、皆三百日に定まる。一個の既に簡要にしてまた准なる法あり――ただ出生前三百日を算して十個月の気数と為せば、あれこそ受胎の正日である。譬如甲子日生の人は、則ち往前の甲子日を以て受胎の日と為す。六十甲子が五遍輪して恰よそ三百日なればである。再びこの日子が哪一個の月裏に落つるを看て以て取るを為し、閏月は自然に則ち其の中に算え入る。

胎生元命藍注,如子生得子胎,丑人得丑胎,此說未盡善,且如辛未人得人壬辰月,以癸未為胎,辛未土受癸未木制為身鬼,何以謂之胎生之命也。

「胎生元命」に関して、藍氏の注解は子年生の人が子胎を得、丑年生の人が丑胎を得るを便ち是と認むも、の説法は併せて完善ならず。譬如辛未年生の人が壬辰月に遇えば、癸未を胎元と為すを推出す――辛未の納音は土に属し、かえって癸未の納音の木に制せられて、身を剋するの「鬼」を成す。これはどうしてまた胎の来りて命を生ずと作り得べきか。

所謂胎生元命者,不必將以子人子胎,丑人丑胎,但以胎中五行來生我元命者是也。胎為父母之象,胎中五行來生元命者,知其人是受蔭貴家之命也。或胎與元命五行相尅,兼處六害之地,縱使日時為福,亦主孤獨自立,鬼谷子曰:胎中如有祿,生在貴豪家,或值空亡中,貧窮起嘆嗟,蓋謂此也。三獸者以年取月,以月取胎,觀三處承屬之獸,有無傷啖刑尅以定門宗之出處也。(珞琭子)

真正の「胎生元命」は、子年生の人が子胎に配し丑年生の人が丑胎に配するに拘泥するを要せず。ただ胎元の五行が能く来りて本命を生ずれば、則ち数に算える。胎元は父母を象徴し、胎中の五行が来りて本命を生ずるは、以てこの人が祖蔭を承受し貴家に出身するの命を知るべし。もし胎元と本命の五行と相克し、また「六害」の地に落つれば、あれは縦に日時が福を成すとも、孤独一身にしてただ自立門戸するのみを主る。鬼谷子がいう――胎中にもし「禄」を帯びれば、便ち権貴豪富の家に生まる。胎がもし「空亡」裏に落ちれば、則ちただ窮困潦倒して長吁短嘆するのみ。講ずる所はまさにこの道理である。いわゆる「三獣」とは、年柱より月柱を取り月柱より胎元を取り、この三処の配属する所の星禽の獣を看て、彼此に吞噬刑剋有るや否やを看、これに拠りて一人の門第宗族の出身を判定す。この条は《珞琭子》から出る。

沉芝云:胎生元命怕沖胎,注云:如庚辰人復見庚辰是也,最忌沖刑,日時破害尅剝,或朝殺聚福其上,愚賤凶也。福聚純粹則富貴。

沈芝がいう――胎生元命は最も胎元に冲犯するを怕る。注解に講じていう――譬如庚辰年生の人で胎元また庚辰なる、この類の同柱重叠するは、最も冲せられ刑せらるるを忌み、また日時の来りて破・害・剋・剥するを怕る。もし各路の凶煞が一斉に胎元の上に朝聚せば、便ち愚昧卑賤にして凶険を主る。反って、もし胎上に聚るが皆純粹の福神なれば、あれは則ち富貴を主る。

五行胎息気象

假令甲子年、丙寅月、丁亥日、己酉時、胎月丁巳、入胎日壬寅、受氣甲辰,餘皆倣此。又云:夫人處三才之中,稟五行之氣,氣聚而形成,天地交合,化生萬物,欲知其氣所出,且先定其生時,遁取時之支合干,得何支干。譬如辛卯年十二月辛丑、丙戌日、己亥時,用己合甲、亥合寅,即知是甲寅,納音水為胎氣,胎氣屬水,其人形圓肥,亥時水得臨官,一生榮樂。

例を挙げれば――甲子年・丙寅月・丁亥日・己酉時生の人は、胎月は丁巳で、胎に入る日は壬寅で、気を受くるの辰は甲辰である。残りの各命は皆この法に倣って推す。書中にまたいう――人は天・地・人の三才の中に処りて、五行の気を禀受し、気が聚攏し起って初めて形体を成す。天地が交合して、万物を化生す。一人の気が何処より来るを知らんと要せば、先にその生時を定准し、再び遁法を用いて時支と時干とを各自取合し、合して成すは什么样の一組の干支かを看るを要す。譬如辛卯年十二月辛丑月・丙戌日・己亥時生の人――己と甲と相合し、亥と寅と相合す。便ち甲寅を合出するを知る。甲寅の納音は水に属す。これは則ち彼の胎気である。胎気が水に属すれば、その人の体形は円胖。亥時はまた水の臨官の地で、だから一生栄華安楽。

又丙戌日生在當年閏二月二十一日,辛卯受胎,丙辛合,卯戌合,胎中帶鳳凰支,官居眾宰,此是晏相命,又累其日至十二月二十一日逢丙戌,得三百日,除四介月小,盡實二百九十六日,合上隔胎有隔,餘命倣此。

再びこの丙戌日生の人を看る――彼の受胎は当年閏二月二十一日に在り、その日は辛卯で、丙と辛と相合し、卯と戌と相合し、胎中にまた鳳凰の支を帯ぶ。だから官は宰輔に至る。これはまさに宋相晏殊の命である。再び日子を累計し下れば、閏二月二十一日より十二月二十一日に到りてまた丙戌に逢い、共に三百日を得、その中の四個の小月を扣去して、実数は二百九十六日で、正に「上隔」の数に合す。以て見るべし、胎数は等級を分かつあり。残りの命は皆この法に倣って推算す。

二百九十六日、二百八十六日為上隔。二百七十六日、二百六十六日為中隔。二百五十六日、二百四十六日為下隔。

受胎より出生に到るに、実数が二百九十六日あるいは二百八十六日のを「上隔」と作る。二百七十六日あるいは二百六十六日のを「中隔」と作る。二百五十六日あるいは二百四十六日のを「下隔」と作る。隔数愈々高ければ、禀気愈々足る。

大凡人胎數長,壽亦必長,胎數短,壽必短,常以受胎隔零數為壽限,遇德卻於零數增之,遇殺於零數減之,如正月生,四月受胎,此舉大綱,不必堅執其月,隨其閏行,但於受胎月尋取受胎日,皆以本生日支干相合取之。(金書要訣)

大抵胎数長き人は寿命もまた長く、胎数短き人は寿命もまた短し。通常は則ち受胎隔数の零頭を拿りて寿限の年数と作す。命中に「天徳」の一類の吉神に遇上すれば、則ち零頭上に加算す。凶煞に遇上すれば、則ち零頭上に減算す。比如正月出生の人は、大致頭一年の四月に受胎す。これはただ大綱を挙ぐるのみで、必ずしも死に咬定してあの月と為すを要せず、さらに閏月に随いて推移す。ただ受胎の月裏に受胎の日を找出するを要し、皆本人の生日干支と相合するの法を以て取り去る。この条は《金書要訣》から出る。

神白經云:或有不足月生者,或有出月生者,如何取的,曰不然,胎月者,乃天地父母會而始合,造化之月也。物豈無始,往往不曾窮其奧旨,得其妙論,所以失也。術曰:受胎之日,與所生日為天地合,人乃方生,若受胎之月無是日,故有出月也,又術曰:胎與四柱交併即有異母。太乙降誕定經引甘氏經云:胎與生日之干合,為受胎日,於受胎月中尋其日辰,若月內無,則推後一兩月尋之。

《神白経》にいう――人に月を足らずして生ずる者有り、人に月を過ぎて初めて生ずる者有り。この胎元はさらにどう取らん。答えていう然らず。胎月は天地と父母と交会して始めて合し、化育造物するあの月で、万物に何れか開頭なき者有らん。ただ人々が往々にしてその中の奥旨を窮究せず、妙論を得ざるが故に、初めて推し錯る。術法にいう――受胎の日は出生の日と天地相合を構成するを要して、人は初めて降生す。もし受胎のあの月裏に恰好この一日なければ、便ち月を過ぎて生ずるの情形出現す。術法にまたいう――胎元と四柱と交曇併見するは、生母が嫡母に非ざるを主る。《太乙降誕定経》が甘氏の経を引いていう――出生日の天干と相合するあの一日は、則ち受胎の日である。受胎の月裏に到りてこの日辰を找えば、もしあの月裏になければ、則ち往後に一両個月を推して找る。

論受気

人受天地陰陽之氣,形體俱足然後生,故在胎三百日乃成,則胎中所受之氣,安得不論,如納音屬金年,懷胎即受金氣為形,或次年屬木,即受金木氣也。故遇金木氣得地,且如乙丑年三月受胎,至次年丙寅正月初一二間生,安得便作火命看,金氣多而火氣淺故也。是須通達造化之理,然後可以語此。

人は天地陰陽の気を禀受し、形体斉備して初めて降生す。だから母胎中に三百日を満つして初めて形を成すを要す。すでに然るば、胎中の受くる所の気はどうして論ぜざるべきや。譬如受胎のあの一年の納音が金に属せば、懐胎する時に先に金気を受けて形を成す。次年に到りてもし納音が木に属せば、あれは則ち金・木の両種の気を兼受す。だから命を看るは金木の気が地を得るや否やを看るを要す。また乙丑年三月に受胎して次年丙寅の正月初一二日の間に出生するがごときは、どうして一概に火命と作して看るべきや。彼の受くる所の金気多くして火気なお浅ければである。この一層は必ず造化の理に通達する人を要して、初めて談ずるに及ぶ。

今市卜者,止據古人歌訣推理,所以多不准也。予自得此說於一老先生,以此論命,多人得四柱所不可能推處或云勿用胎元者,豈謬論耳。又云:胎氣不深者,不能耐久,發即易休,更看納音為何,謂如金年受胎,逢土年生即好,若金年受胎,火年生,即不堅固也。又云:胎月見貴,必受福廕。(希尹書)

如今街市上に卜を売る人は、ただ古人の歌訶に照りて死に推す。だから多くは准ならず。我がこの套の説法は一位の老先生より得て、それを以て命を論ずれば、往々にして単に四柱を看るに推し出さざる処を推し得べし。人に胎元は看るに用いる所なしという者有り。あれは真に謬論である。書中にまたいう――胎気厚からざる人は、福気は能く持久せず、一たび発達すれば衰歇し易し。さらに再び納音の何なるを看るを要す。譬如金年に受胎し土年に出生すれば則ち好し。もし金年に受胎して卻って火年に出生すれば、根基は則ち牢固ならず。またいう――胎月上に「貴人」に見るは、必定祖上の福蔭を承受す。この条は希尹の書から出る。

郭景初引陳昉說云:凡求胎月遇貴者,若今年受胎,今年生者,隨今年太歲干求之,若去年受胎,今年生者,隨去年太歲干求之,胎月遇去年貴者慢於今年貴也。又云:康子詳曰:雖去年受胎,便以今年太歲為主。未知屬是?

郭景初が陳昉の説法を引いていう――およそ胎月上に「貴人」有るや否やを推算するは、もし本年に受胎し本年に出生せば、則ち本年太歳の天干に照りて貴人を起す。もし去年に受胎し今年に出生せば、則ち去年太歳の天干に照りて起す。胎月上に去年の貴人に遇到するは、其の力量は今年の貴人に遇到するに比べて来ること緩慢なる些し。また一説あり――康子詳は、たとい去年に受胎するも、また今年の太歳を以て主と為すべしと認む。両説究竟哪一種か対なるは、なお断ずる難し。

凡推胎月知人貴盛者,謂驛馬建祿在胎月也,假令甲子人十月生,胎月在寅,甲子人祿馬俱在寅,又寅與亥合,是生月與胎月祿馬俱合也,又陽命難順行,為向祿馬,干祿至亥為長生,支命到亥為臨官,此人三十以前必超越,但亥上空亡少年多厄,若胎月在驛馬後二辰亦貴。假令丁亥人十一月生,以亥人驛馬在巳,二月受胎,是馬後二辰,又祿干是丁火,十一月生建祿胎也,他準此推之。(三命指掌)

およそ胎月上より一人の貴盛を看出すは、「駅馬」と「建禄」が正に胎月上に落つるを説くなり。譬如甲子年生の人が十月に出生して、胎月が寅に落つれば――甲子人の禄と馬は皆寅に在り、しかも寅はまた亥と相合す。これは則ち生月と胎月の禄馬が彼此相合するなり。また陽命は順行し易し。まさに禄馬に朝向して去るなり。天干甲の禄が亥に行き到れば長生と為し、地支の命が亥に到れば臨官と為す。このような人は三十歳以前に必定人頭地を出ず。ただ亥上にもし「空亡」に逢えば、少年時は災厄便ち多し。もし胎月が駅馬の後面第二辰に落つるも、一様に貴を主る。譬如丁亥年生の人が十一月に出生すれば――亥年人の駅馬は巳に在り、二月に受胎して、正に駅馬の後両辰である。しかも天干丁は火に属し、十一月出生は正に建禄の胎に当たる。その他の命は皆この法に倣って推す。この条は《三命指掌》から出る。

凡命以胎元論受氣清濁,如胎元支干納音得地,定小年賢明。古詩云:胎中清氣旺運連,少年為性必須賢。如胎元無氣,四柱不相入,五行不相生,主為性愚懵,古詩云:胎元無氣殺神虛,一世為人性更愚。

およそ命を看るは、胎元を用いて受くる所の気の清か濁かを判断するを要す。胎元の干支と納音ともし皆地を得れば、あの人は少年時に必定聡慧賢明。古詩にいう――胎中の禀する所は清気にして、また旺運に連上せば、少年時に性情必定賢良。もし胎元に気なく、四柱と格格不入して、五行また相生せざれば、あの人は生性愚昧糊涂ならん。古詩にいう――胎元に気なくして煞神虚浮なれば、一輩子人と為りて更に愚鈍。

凡胎元被年月日時刑、沖、破、害、帶殺、空亡,皆主破祖,若時日好,雖破而中末主當自營立與旺,不可與時日同位,主平生災滯,若更同干,主疾病或為廢人,有破無成。古詩云:時臨胎氣干莫同,此地同之禍必逢,名利縱然微得意,四肢不免疾相攻。對胎破了元無福,此是平生失路翁。(時胎互破,平生不立也。)

およそ胎元が年・月・日・時に刑・冲・破・害せらるるか、あるいは凶煞と「空亡」を帯ぶるは、皆祖業を破敗するを主る。もし日時の両柱好ければ、胎元は破ると雖も、中年晩年はなお能く自己経営して家業を立起して旺に転ずべし。ただ胎元は日・時と同じく一位に在るべからず。同位なれば便ち一生災病沈滞を主る。もし天干を連ねても相同なれば、則ち疾病が身に纏い甚だしきは廃人と為るを主り、事事破あり成なし。古詩にいう――時柱が胎気に臨むは、天干は切に相同なるを莫とせよ。此処一たび相同なれば必定禍を招く。名利は縱に稍稍得意なるも、四肢もまた病痛の相攻するを免れず。またいう――正に胎元に対してそれを冲破了れば、本来の福分は便ち沒す。この種の人は一輩子皆道路を迷失する老翁である。原注にいう――時と胎と互相冲破する人は、一生立ち起る能わず。

寸珠尺璧云:凡胎與年不合,主骨肉不合,被年沖刑破害損祖,甚者離居。神白經云:胎與日時同位,禍多福少,又云:對胎破了天元位,應作艱辛失路人。沖胎破祿也。

《寸珠尺璧》にいう――およそ胎元と年柱と相合せざるは、骨肉親人もまた彼此不和を主る。胎元が年柱に冲・刑・破・害せらるれば、則ち祖業を損傷し、嚴重なるはさらに家を離れ別居するを要す。《神白経》にいう――胎元と日・時と同じく一位に在るは、禍多くして福少なし。またいう――正に胎元に対して天元の位を冲破了れば、この人は註定して艱辛失路の人を為るを要す。いわゆる冲胎とは、則ち「禄」をも併せて冲破了るなり。

凡胎元在六陽位,被時沖破,主父是過房,身卻是的子,古詩云:胎宮陽干共陽支,時剋或沖破不奇,雖是親身的養子,父母應須是外兒。胎元在六陰宮被時沖破,更在暴敗上,及納音無氣於年者,母多是娼尼婢妾,不然過房。古詩云:胎低支克母不正,更逢時殺是乾生。如胎元無氣,與年同位,亦主父母不正,不然克陷。

およそ胎元が六陽の位に落ちて時柱に冲破せらるれば、父親は過継して来たるにして自己は卻って親生の子を主る。古詩にいう――胎宮は陽干に陽支を配し、時柱に剋せられるかあるいは冲破せらるれば則ち不吉。自己は親生の児子と説くと雖も、父母のあの一輩は卻って必ず過継の外姓ならん。もし胎元が六陰の宮に落ちて時柱に冲破せられ、また「暴敗」の上に坐し、兼ねて納音が年柱に対して気なければ、あれは母親は多くは娼妓・尼姑あるいは婢妾の出身で、然らざれば便ち過継の人。古詩にいう――胎位低下にして地支が来りて剋せば、母親の出身は便ち正ならず。再び時上の凶煞に逢えば、あれは更に外姓の生む所ならん。もし胎元に気なくしてまた年柱と同位なれば、一様に父母の出身正ならざるを主り、然らざれば則ち親人を剋陥するを主る。

凡胎元帶時羊刃、年劫殺、日破碎者,主生下便剋父母,可抱養,及父母不見生,如四柱羊刃劫殺夭傷破碎,元辰往來於胎上,主損夭或襁褓中亡也。

およそ胎元上に時柱の「羊刃」・年柱の「劫煞」・日柱の「破碎」煞を帯ぶるは、一生れ下りて則ち父母を剋するを主る。この種の孩子は別人に過継して抱養せしむべし。あるはまた父母が根本に彼の出生を見る能わざるなり。仮に四柱の羊刃・劫煞・夭傷・破碎と「元辰」を連ねて皆胎元上に往来交集せば、あれは則ち損傷夭折を主り、甚だしきは襁褓の中に於て則ち亡故せん。

凡命以胎元主壽,時主末主,若胎時支干納音相生,不刑戳者,必壽至八九十之外,古詩云:時為末主胎為壽,盡在末年五十後;帝坐朝胎生氣誥,看取壽年多老耄。(廣信錄)三命提要云:古人以胎息定壽長短,予驗之在納音,若月日時在身生旺臨官上主壽,值鬼則夭折。

およそ命を看るは、胎元を以て寿数を主り、時柱を以て晩運を主る。もし胎元と時柱の干支・納音と彼此相生して、また互相刑殺せざれば、あれは必ず能く八九十歳開外に活到すべし。古詩にいう――時柱は末運を管し、胎元は寿数を管す。応験は皆五十歳以後の晩年に在り。帝座(日柱)が胎元に朝向して生気相通ずれば、則ちこの人の多く能く高寿して老に到るを看出すべし。この条は《広信録》から出る。《三命提要》にいう――古人は胎息を用いて寿命の長短を定む。我が験証し下るに関鍵は納音に在り。もし月・日・時が皆本身の生旺臨官の地に落つれば、則ち長寿を主る。もし身を剋するの「鬼」上に落つれば、便ち夭折を主る。

第十二巻

論十二月節気

【寅正月】

立春正月節,雨水正月中。正月丁為天德,丙為月德,辛為月合,壬為月空。甲乙丙丁為月中秀氣,支宜亥卯未寅午戌,畏見癸庚二干,損內之德。正月火木主事,如秀在丙丁寅午戌及納音諸火,若見壬癸申子辰,及納音諸水,是損火之秀也。如秀在甲乙亥卯未,及納音諸木,若見庚辛巳酉丑與納音諸金,是損木之秀也。

立春は正月の節、雨水は正月の中気。正月裏に天干「丁」は「天徳」の寄る所、「丙」は「月徳」、「辛」は「月合」、「壬」は「月空」。この四位は皆本月の福徳の神である。甲・乙・丙・丁の四干は合して本月の「月中秀気」と称し、地支は最も亥卯未の木局と寅午戌の火局に見るを好み、最も癸・庚の両干に見るを怕る。それらが本月内蔵の徳気を損傷するが故である。正月は木・火の両気に由りて当令主事す。もし秀気が丙・丁と寅午戌、及び「納音」が火に属する干支上に落ち、卻ってまた壬・癸と申子辰及び納音が水に属する干支に見れば、あれは則ち水の来りて火の秀気を損傷するなり。もし秀気が甲・乙と亥卯未、及び納音が木に属する干支上に落ち、卻ってまた庚・辛と巳酉丑及び納音が金に属する干支に見れば、あれは則ち金の来りて木の秀気を損傷するなり。

以上火木二氣全無損傷者,主文科之命。如單逢木及水,亦主文科;如帶旺氣,及諸貴神祿馬之類,而見十大休廢兼損月中秀氣者,為武臣也。分文武格,餘月俱彷此例。(廣信集)

上面の説く所の火・木両種の気が皆完好無損の人は、命裏に文科出身の路を走るを主る。もし四柱中にただ木と水に逢うのみなれば、一様に文科功名を主る。もしすでに当令の旺気を帯び、また「貴人」「禄馬」の一類の吉神ありて、卻って同時に「十大休廃」のこれらの衰敗の神に見、併せて本月の秀気を損傷せば、あれは則ち武職の臣に転ず。文格と武格は則ちこのように区分し、残りの各月は皆この例を倣いて推し断ず。この説は《広信集》から出る。

見丁輕重以衰旺言之,丁巳丁亥日顯有不同,須引用之地。如丁亥日見壬寅時,此得之輕,卻引用重厚也。如丁巳日得己酉時,雖丁巳之火,引至酉地,乃死而無氣,不及丁亥也。

命裏に「丁」火に見るは、分量の軽重はそれが衰地に坐するか旺地に坐するかを看るを要す。丁巳日と丁亥日は顕然同じからず。関鍵はなおそれが何の地支上に「引用」せらるるに在るを要す。譬如丁亥日生にして壬寅時に遇えば、丁火本身は気を得ること甚だ軽し。しかし寅木の長生の地に引かれ到れば、かえって変じて厚重有力を成す。また丁巳日生にして己酉時に遇うがごときは、丁巳は火なりと雖も、一たび酉金の地に引かれれば則ち死火を成して、全く生気なく、かえって丁亥日に及ばず。

丁乃為德藏,壬為德合,其壬在寅午戌火位之上,是既濟作福之地。如壬子壬申,此二種水盛火滅,必疾厄而形體不足。壬辰者各持其德,墓水不能制克其火,此乃為既濟之地。

正月の「丁」は徳神の藏身する処で、「壬」と丁と相合すれば便ち「徳合」と称す。この壬がもし寅・午・戌等の火位の上に落ちれば、水火相済して、まさに福を造るの地である。しかし壬子・壬申のこの両種の干支のごときは、水勢太盛にして火を澆き滅し、命主は必然として疾病が身に纏い、形体もまた虧損あり。壬辰に至っては、水と土と各自其の徳位を守り、辰は水庫で、墓中の水は火を克制し去るの力量なし。だからそれも同じく水火既済の好配置と算え得べし。

丙亦正月秀氣,如丙午月、甲午時者,發而脫也,為正月之節,木成火生,都引於二旺之地,此火出木盡,福不能久也。如丙戌日庚寅時,正是火藏於木,木氣盛而火不繼,福漸充實而常久也。

「丙」火もまた正月の秀気である。もし丙午月が甲午時に配すれば、火気は一たび発すれば則ち散脱す。正月のこの節令は木剛に長成し火正に初生すればである。如今木火は皆午のこの火旺の地に引かれ、火は冒出して木もまた焼き尽くさる。福気は便ち久長する能わず。反って、丙戌日が庚寅時に配するは、まさに火が木中に蔵り、木気充盛にして火は急ぎて接続外泄せざる。福気は一点ずつ積み厚く、かえって能く久長し得べし。

如丙申日丙申時,或歲月俱在丙在申子辰上,為化從水,是陽極丙化為陰,如臨日時者,此伎術從道閒薄之人也,況丙火衰而在申,水生之地,不能成福。

また丙申日が丙申時に配するがごとき、あるいは年柱・月柱上の丙もまた皆申・子・辰の水局の上に落つれば、丙火は則ち化して水に従い、陽は極処に到りて反転して陰を成す。この種の組合せがもし日柱と時柱上に落つれば、命主は多くは一技の芸に頼りて生を謀り、あるいは出家学道するの清閑寡薄の人である。まして丙火は申に到りてすでに衰弱し、申はまた水の長生の地で、水旺して火熄む。自然に福を結出し得ず。

如干不遇,更以納音言之。如甲戌之火,在正月亦為秀氣,甲木逢旺,陰火藏生,帶五行印庫為德亦非薄矣。如甲戌日丙寅時生,奇福之人也,丙寅引用合造化之性也。如甲戌日庚午時,為火出木死,乃柴薪也,因物得氣不能久,亦不能顯達也。

もし天干上にこれらの秀気に碰り得ざれば、則ち再び「納音」を用いて推す。譬如甲戌の納音は火に属し、正月に在りて同じく秀気と算える――甲木は正に旺相に当たり、陰火はその中に蔵して生じ、また五行の印庫を帯びて以て徳と為す。福分は併せて薄しと算えず。甲戌日生にして丙寅時を得るがごときは、便ち奇特有福の人である。丙寅のこの引用の地が恰好造化生生の性に合すればである。ただ甲戌日生にして庚午時を得れば、火は冒出して木は卻って焼き死し、柴薪の一たび焼けば則ち尽くるがごとく、外物に頼りて初めて気勢を得るも、終竟能く久長する能わず、また顕達も難し。

戊子之火寒薄,發而得濟,五行窮極而變,如冬至之氣,水極化火,陰極為陽,類乎乃戊子之火也。正月三陽之氣,木大成而能育其火,如辛巳日戊子時生者,自薄而厚也。辛與丙合,須是辛巳,為巳上有丙,既見辛,故能正和,辛得戊子,是陰金不死,隨火之功,遇此必自孤寡而獲厚福也。

戊子の納音は火に属す。この団の火は寒冷単薄にして、外来の接済に頼りて初めて発し起り得べし。これはまさに五行が尽頭に窮すれば便ち転変するを要するの道理である――冬至のあの一刻に比すべし。水は極点に到りてかえって火を生出し、陰は極点に到りて陽に転成す。戊子の火は則ちこの一類に属す。正月はすでに三陽開泰の気で、木は長成して、以てこの点の微火を哺育するに足る。だから辛巳日生にして戊子時を得る人は、命は単薄より厚実に転向するなり。辛は丙と相合するを要し、必ず辛巳ならざるべからず。巳中にもとより丙火を蔵すれば、すでに辛金に見えまた丙火あれば、配して初めて端正調和す。辛が再び戊子の火を得れば、陰金は則ち死絶に至らず、かえって火の功用に藉りて器を成す。この種の格局に遇上する人は、往々にして先に孤苦無依を経て、後に厚福を獲得す。

如丙寅日戊子時生者為破甲敗族,終身蹇塞之人,為丙寅之火,自乘生胚之氣,卻於旺水滅壞其德,故不能用戊子,須以巧拙言之。如一丙之火,更須太歲支干分其輕重,如庚寅人得之,鬼化為官,鬼氣不絕,盛而生福,辛人得之為官,癸人得之為財也。更須分其輕重,詳其所歷之地,行年太歲扶合推之。(神但經)

しかし丙寅日生にして戊子時に配する人は、卻って門戸を敗落し宗族を断送して、一輩子困頓不通を要す。原因は丙寅の火は本来初生胚胎の気に乗ずるに、如今子中の旺水に澆き滅され、徳気受損せば、だから戊子に配すべからず。ここに必ず配合の巧と拙を分清するを要す。同じく一個の丙火なりと雖も、さらに太歳の天干地支を看て以てその軽重を定むるを要す。譬如庚寅年生の人がそれに遇到すれば、我を剋するの「鬼」は「官」に転化し、鬼気は絶えずしてかえって愈々旺し愈々福を生ず。辛年生の人がそれに遇到するは官を得たと算え、癸年生の人がそれに遇到するは財星を得たと算うべし。総じて依然として軽重を分辨し、細くその経歴する所の地支を看、再び流年太歳の扶助と合会とを結合して一併に推し断ずるを要す。この説は《神白経》から出る。原書は「神但経」と刻す。

【卯二月】

驚蟄二月節,春分二月中。二月坤為天德,甲為月德,己為月合,庚為月空,甲乙丙丁為月中秀氣,支宜寅午戌亥卯未,畏見壬辛二干,申酉二位,損時之德。二月秀在甲乙亥卯未,及納音木;丙丁寅午戌及納音火。

驚蟄は二月の節、春分は二月の中気。二月裏に坤位を「天徳」と為し、天干「甲」を「月徳」と為し、「己」を「月合」と為し、「庚」を「月空」と為す。甲・乙・丙・丁の四干は本月の「月中秀気」で、地支は最も寅午戌の火局と亥卯未の木局に見るを好み、最も壬・辛の両干と申・酉の両位に見るを怕る。それらが生時の徳気を損傷するが故である。二月の秀気は首先甲・乙と亥卯未、及び「納音」が木に属する干支上に落ち、其次は丙・丁と寅午戌、及び納音が火に属する干支である。

二月卯木正旺,若逢申金,木絕其氣,酉又破卯,有此者,不惟無貴,尤破祖業,多為貧下之人。凡稟月中秀氣,卻有損壞時日者,最緊切,蓋日為引,時為用也。又須看中氣,如中氣後五日,即使將來者進,功成者退,此說十二月中氣極要審詳之。

二月の卯木は正に旺相に当たる。もし申金に碰上すれば、木は申に於て便ち気絶し、酉金はまた来りて卯木を冲破す。命裏にこの種の組合せある人は、ただ貴顕を求め得ざるのみならず、さらに祖上の産業を敗尽して、多くは貧寒下等の人に淪為せん。およそ本月の秀気を禀受し、偏に日柱・時柱にまた損壊あるは、この一点は最も緊要なり。日柱は「引」にして時柱は「用」なればである。この外にさらに中気を看るを須とす。中気を過ぎて五天以後は、則ち「将来する者は進み、功成る者は退く」に拠りて推すを要し、正に生発する一方は気を進め、すでに功成せる一方は気を退く。十二個月の中気は皆極めて仔細審辨するを須とす。

二月甲寅甲辰己亥己卯乙亥乙卯乙未俱為秀氣,宜審酌用之。(廣信集)遇甲乙居寅辰未亥之上尤美也。如己在亥卯未上,亦為秀氣,何也?如妻在夫家隨夫之姓也。

二月裏に甲寅・甲辰・己亥・己卯・乙亥・乙卯・乙未のこの数組の干支は皆秀気と算え、斟酌して取用すべし。この説は《広信集》に見る。その中に甲・乙が寅・辰・未・亥のこれらの地支の上に落つるは殊に美好なり。至于「己」土が亥卯未の木局上に落つるは、何を以てかまた秀気と算えるや。これは妻子が夫家に嫁入れば便ち夫姓に随うに比す――己土と甲木と相合し、甲木はすでに旺せば、己土もまた則ちこれに随いて勢を得。

若遇辛酉癸酉為破家之厄,緣金木之氣,忌全金沖剋,若時日遇之,遭刑不賤,從有其德,終身不立。若遇丙丁,為和氣通明之時,在木為花,輕盈而容,不能久也。如丙寅日,辛卯時,此從木之性,其氣實而華,必為明達身容之士;如甲午日丁卯時,此木弱火虛,遇時而不通,乃伎術工巧近貴之人,福不能久也。

もし辛酉・癸酉に碰上すれば、あれは家業を破敗するの災厄で、二月はまさに金木相争の気で、最も純金の前に来りて卯木を冲剋するを忌むればである。日柱・時柱上にそれに遇到せば、たとい刑罰に遭わずとも卑下を免れ難く、縦に本身に徳気を帯ぶるも、一輩子もまた立ち起る能わず。もし丙・丁火に遇到せば、あれは気候調和・木火通明の時で、木に在りては便ち開花するがごとく、軽盈好看なるも卻って果を結成せず、風光は能く持久せず。譬如丙寅日が辛卯時に配するは、これは木の本性に順って走るで、気はすでに充実してまた文釆あり。必定通達明理・儀表出衆の士ならん。また甲午日が丁卯時に配するがごときは、木弱にして火虚、時辰に碰上するも卻って気を通じ得ず。則ちただ一技巧芸に頼りて生を謀り、能く貴人に親近する人で、福気は久長ならざらん。

若遇壬癸沖注其木,兆能生養,常有不安,二月之候,死水浸活木故也。遇之安閒漸亨,不及富貴之地。若更其中藏土,必為疾厄之人。如水在甲申之納音,壬辰之干,猶有位之人也。

もし壬・癸の水が木上に冲注するに遇上せば、木を生養するの跡象あると雖も、卻って総じて人をして安穏を得せず。二月のこの時令は、一潭の死水を拿りて一株の活木を浸泡するに等しければである。この種の組合せに遇到する人は、日子安閑にして漸漸亨通するも、卻って大富大貴に及ばず。要是水中にさらに土を夾蔵せば、あれは必定多病多災の人である。ただ若しこの水が甲申の「納音」の水か、あるいは天干壬辰の水なれば、倒れてなお官位あるの人を為り得べし。

二月己酉日癸酉時,此水土俱遇死敗之上,乃水土渾濁,如癸酉之金,損時之德,不惟下賤,更多殘疾也。壬辰之水秀氣不濁,甲申之水,隱金木交會,藏於陰而寄於甲,故不得為死水推之,遇此之時,巧拙須詳引用言其輕重也。(神白經)

二月生にして己酉日が癸酉時に配するを得れば、水と土は皆死敗の地に落ちて、水土渾濁の象を成す。さらに癸酉の納音が金に属するを加えて、生時の徳気を損傷す。この種の人はただ地位卑下なるのみならず、また多く残疾あり。相比之下べし、壬辰の水は秀麗にして渾濁せず。甲申の水は暗に金木交会の機を含み、陰中に蔵して甲木に寄托す。だからそれを死水と作して推すべからず。この数種の情形に遇到するは、配合の巧か拙か、必ず「引用」の地支を細看して初めて軽重を定出し得べし。この説は《神白経》から出る。

【辰三月】

清明三月節,穀雨三月中。三月壬為天德,又為月德,丁為月合,丙為月空,壬戊為月中秀氣,支宜寅午戌辰丑未,畏見辛申二干。三月水土主事,秀在壬癸申子辰戊己辰戌丑未,大畏甲木損時之德,此月見甲己則凶,丁壬則吉。(廣信集)

清明は三月の節、穀雨は三月の中気。三月裏に天干「壬」はすなわち「天徳」にしてまた「月徳」、「丁」を「月合」と為し、「丙」を「月空」と為す。壬・戊の両干は本月の「月中秀気」で、地支は最も寅午戌と辰・丑・未に見るを好み、最も辛と申に見るを怕る。三月は水・土に由りて当令主事し、秀気は壬・癸と申子辰の水局、及び戊・己と辰戌丑未の土位の上に落つ。最も甲木の前に来りて生時の徳気を損傷するを怕る。だからこの月は甲・己に見れば則ち凶、丁・壬のこの一対の徳と徳合に見れば則ち吉。この説は《広信集》から出る。

壬重癸輕,中藏陽土,戊己無地,而散於四時,陽從妻墓,陰從夫墓,而旺更在專位之上,更為高崇顯達之士也,戊午得之者輕,戊子大貴,詳其巧拙,守魁罡有將相之權,臨傳送得詞館之顯。

三月の水は壬を以て重と為し癸を以て軽と為し、辰中にまた陽土を蔵す。戊・己の二土はもとより固定の方位なく、併せて四季の末に散布す。陽土は妻星に跟いて墓に入り、陰土は夫星に跟いて墓に入る。もしそれらがまた自己の専位の上に旺せば、あれは則ち地位崇高・顕達の士である。同じく戊土なりと雖も、戊午がこれを得るは分量なお軽く、戊子がこれを得れば便ち大貴を主る。その間の巧と拙は細辨するを要す。辰戌「魁罡」の位を守るは、能く将相の権を握り得べし。申のこの「伝送」の位に臨むは、翰苑詞臣の清顕を得べし。

如壬子之水,並聚非清,雖有福祿,定虧於壽,緣物太過即不能久,壬申之水,如井中之泉,汲而旋生,壬辰之水,所歸有地,皆為月中精當,癸亥癸酉,亦作其福,禍福輕重,不可不詳引用。

譬如壬子のこの種の水は、水勢併聚して清澈ならず。福あり禄あると雖も、寿数は卻って必定虧損す。任何な物も太過なれば則ち能く久長せざればである。壬申の水は井中の泉のごとく、一瓢を汲み去れば立刻にまた一瓢を生ず。壬辰の水は帰宿して地あり。この両種は皆本月裏の最も精当の配置と算える。癸亥・癸酉もまた一様に福を造出し得べし。至于禍福の軽重は、依然として「引用」の地支を細察せざるべからず。

三月之氣,土水濟會,如戊遇甲,為損德之甚,如戊午日甲寅時,此土輕木重,卻為少立而多失,如戊戌日甲寅時,此為土氣稍重,得失多,終略有其福也。

三月の気は土と水と交会相済する。この時戊土がもし甲木に碰上せば、則ち徳気を損傷する最も厲害の情形である。戊午日が甲寅時に配するがごときは、土軽くして木重し。この種の人は年軽い時に能く業を立つるも、卻って屡々得て復た失う。戊戌日が甲寅時に配するがごときは、土気稍微重し。この種の人は得失反复すると雖も、終竟なお幾分の福気を留得す。

三月壬戌同行,各持其德,水土衰旺,亦常同行,更不以克傷言之,如己酉及己卯日癸酉時,此雖水土清而加於休敗之地,必不能進達,衣食雖足,而多艱辛也。

三月裏に壬水と戌土と同行併進し、各自其の徳位を守る。水と土の衰旺もまた常に同步消長す。だから相克相傷に拠りて論ずるを要せず。己酉日あるいは己卯日が癸酉時に配するがごときは、水土は清純なりと雖も、卻って皆休囚敗絶の地に落つ。この種の人は必定能く上進顕達せず、衣食は縦に缺けずとも、一生もまた多く艱辛なり。

如壬申日戊申時,此福安厚也,其中遇戊申土濁水之氣,常憂疾厄纏身,如戊寅日,甲寅時,土氣虛浮,遇木剋制,戊寅之土,乃火土也,甲木刑而陰水漂之,然甲寅乃火之木也,非能損戊,卻為相助起,自艱辛有權柄,居顯位也。如己未日戊辰時,乃顯達貴人,為造化之功多也。(神白經)

壬申日が戊申時に配するがごときは、福気安穩厚実。ただその中の戊申の一柱は土を以て水を攪濁するの気を帯び、命主は常に疾病が身に纏うを愁うるを要す。また戊寅日が甲寅時に配するがごときは、土気虚浮にして、また木の来りて克制するに遇う――戊寅のこの土はもとより火を帯ぶの土で、甲木に刑せられまた陰水に冲漂せらる。しかし甲寅はすなわち能く火を生ずるの木で、併せて真に戊土を損傷する能わず、かえって相助の力を成す。だからこの種の人は艱辛の中より家を起すと雖も、卻って権柄を握得して顕要の位に居る。また己未日が戊辰時に配するがごときは、あれは則ち顕達の貴人で、造化の助力を得ること最も多し。この説は《神白経》に見る。

【巳四月】

立夏四月節,小滿四月中。四月辛為天德,庚為月德,乙為月合,甲為月空,丙丁戊癸為月中秀氣,支宜巳酉丑寅午戌,畏見甲壬二干。又云:四月秀在丙丁戊癸庚辛三氣。(廣信集)

立夏は四月の節、小満は四月の中気。四月裏に天干「辛」を「天徳」と為し、「庚」を「月徳」と為し、「乙」を「月合」と為し、「甲」を「月空」と為す。丙・丁・戊・癸の四干は本月の「月中秀気」で、地支は最も巳酉丑の金局と寅午戌の火局に見るを好み、最も甲・壬の両干に見るを怕る。また一説あり――四月の秀気は丙丁の火・戊癸相合して化する所の火・庚辛の金のこの三種の気上に在り。この説は《広信集》から出る。

秀在庚辛,氣雄丙丁之火,通明壬癸之津,甲乙傷殘,勾陳失地,更詳所落匹配之情。如辛巳遇壬癸之上,秀氣殊麗,皆得其地,主文學多智,官崇漸貴,火金各持其勢,發跡迅而或在邊疆。如辛巳日,丁酉時,皆金火持爭;丁巳日,乙巳時,遇貴而成器也。

四月の秀気は庚・辛の金に在り、気勢雄壮なるは丙・丁の火で、能く人をして通達明澈せしむるは壬・癸の水津である。甲・乙の木はここに到りてすでに傷残し、「勾陳」の戊土もまた立足の地を失う。さらにこれらの干支の落つる所の彼此匹配の情形を細看するを須とす。譬如辛巳が壬・癸の上に坐せば、秀気格外華美にして、各自皆其の位を得、命主は文才出衆・見識多智にして、官位漸漸崇高顕貴す。もし火と金と各自其の勢いを撑起せば、発跡は快しと雖も、成就は卻って往々にして辺疆の地に在り。辛巳日が丁酉時に配するがごときは、まさに金と火と相持争闘す。丁巳日が乙巳時に配するがごときは、則ち貴人の提携に遇上して終に大器を成すなり。

如壬戌日辛亥時,隨水之氣,辛金不顯,然有引用不為精當,此雖有富貴之福,不實而虛也。癸巳日丁巳時,及丙辰時,從火之性,雖無引用,卻為精當之福,引用之理,該詳主客所宜也。

壬戌日が辛亥時に配するがごときは、辛金は水気に随いて走り、自身は顕出し得ず。所謂「引用」あると説くと雖も、配するは卻って精当ならず。この種の人は縦に富貴の福あるも、また虚にして実ならず。再び癸巳日が丁巳時あるいは丙辰時に配するがごときは、火の本性に順って走り、看るに引用を談ずるに及ばざるに似て、卻ってまさに精当の福である。以て見るべし、引用の道理は、総じて主(日柱)と客(時柱)と彼此相宜するや否やを看るを要す。

乙亥之木,初生氣嫩,從火得亨,不可獨用,如乙亥月丙戌時,及丁亥時者,火雖衰,得乙亥木能育也。如乙亥日乙酉時,不惟木落無氣之地,更日月之節,金生之時,遇此之人,平生蹇塞,四肢見疾也。

乙亥のこの木は剛えて萌生し、気はなお甚だ嫩し。必ず火に跟いて初めて亨通を得べし。単独に取用するべからず。譬如乙亥月が丙戌時あるいは丁亥時に配すれば、火は衰弱するも、乙亥の木を得れば便ち養育され起り得べし。ただ乙亥日が乙酉時に配せば、木はただ酉のこの全く生気なき処に落つるのみならず、加うるに四月のこの節令はまさに金が始めて長生するの時で、こうした組合せに遇上する人は一生困頓閉塞し、四肢もまた疾病あらん。

丙午之火,剛而損德,先須得進,後必遭重厄也。庚寅辛卯之木,不為衰弱,庚辛金德旺之時,下有火木初生之金,未能害也。已成之物,不能相剋,分輕重矣。(神白經)

丙午のこの団の火は過剛烈にして、かえって徳気を損傷し、命主は起初は能く進取するも、後来は必定大難に遭遇せん。庚寅・辛卯の納音は木に属し、四月に在りて併せて衰弱と算えず。庚・辛の金徳は正に旺時に当たり、その下にまた火中初生の金あれば、なおそれを傷害するに及ばざればである。およそすでに形を成したる物は、彼此便ち簡単に相克を按じて論ずべからず。ただ軽重を分かつのみ。この説は《神白経》から出る。

【午五月】

芒種五月節,夏至五月中。五月亥為天德,丙為月德,辛為月合,壬為月空,丙丁為月中秀氣,支宜寅午戌辰丑未,畏見庚壬。神白經作壬癸二干,甲亦不見也。又云:五月秀在乙丙丁。(廣信集)

芒種は五月の節、夏至は五月の中気。五月裏に亥位を「天徳」と為し、天干「丙」を「月徳」と為し、「辛」を「月合」と為し、「壬」を「月空」と為す。丙・丁の両干は本月の「月中秀気」で、地支は最も寅午戌の火局と辰・丑・未に見るを好み、最も庚と壬に見るを怕る。《神白経》は則ち壬・癸の両干に見るを怕ると作し、併せて甲木もまた出現すべからずと説く。また一説あり――五月の秀気は乙・丙・丁の三干に在りと認む。この説は《広信集》から出る。

火氣太盛,金囚木死,壬癸胎生之時,此月甲木死,乙木生,庚囚辛旺,乃辛與丙為濟合隨夫而旺,庚辛金剛,厄於火,甲木死,乙木生,中藏天庭之氣,兄死之後,隨子而亨,乙能生而丙得其時,木厄在午,利在納音水,壬癸遇之,損時之德,納音藏之,陽極漸通也。

五月は火気太盛にして、金は囚せられ木はすでに死絶す。まさに壬癸の水が胎を受け初生するの時節である。この月は甲木は死して乙木は生じ、庚金は囚せられて辛金は旺す。辛と丙と相合して水火既済を成し、妻が夫貴に随いて旺し起るがごとけばである。庚・辛の金は本性剛硬なるも、卻って火に困せらる。甲木は死するも乙木はなお生じ、その中に暗に天庭の生気を蔵す――兄長の甲木が先に亡く、弟弟の乙木は便ち自己の生ずる所の子息たる丙火に依靠して亨通を得るがごときなり。乙木は能く生じ、丙火はまた正に其の時に当たる。木は午位に困せられ、利あるは「納音」が水に属する干支で、壬・癸がもし天干上に明露すれば、かえって生時の徳気を損傷し、ただ納音の中に蔵して初めて好し。これは陽気が極点に到りてまた漸々通転するの故である。

五月遇丙午丙寅日壬辰時,此水火既濟,陰陽配合也,遇之則聰明位顯。如辛亥乙亥為陰陽道合發生之理,遇此之人,多作門中之瑞。丙戌丁巳丙寅,皆為奇特之辰,引用之法,不可不詳,立官之妙,消息其有用無用,或在壬子癸亥則凶矣。(神白經)

五月生の人がもし丙午日あるいは丙寅日が壬辰時に配するを得れば、これは水火既済・陰陽相配の格局で、それに遇上する人は聡明人に過ぎ・地位顕達す。辛亥・乙亥のごとき搭配は、陰陽交泰・万物を生発するの理に合して、遇う人は多く一門の中の祥瑞を為す。丙戌・丁巳・丙寅もまた皆奇特の干支である。至于「引用」の法は、細加推詳せざるべからず。官を立て格を成すの妙処は、全くそれが究竟有用か无用かを斟酌するに在り。もし壬子・癸亥のこの類の水盛の地に落ちれば、あれは則ち凶に転ず。この説は《神白経》から出る。

【未六月】

小暑六月節,大暑六月中。六月甲為天德,又為月德,己為月合,庚為月空,戊己甲乙為月中秀氣,支宜亥卯未辰戌丑,畏見丙癸二干,此月土木用事。又云:六月秀在甲乙己。(廣信集)

小暑は六月の節、大暑は六月の中気。六月裏に天干「甲」はすなわち「天徳」にしてまた「月徳」、「己」を「月合」と為し、「庚」を「月空」と為す。戊・己・甲・乙の四干は本月の「月中秀気」で、地支は最も亥卯未の木局と辰・戌・丑に見るを好み、最も丙・癸の両干に見るを怕る。この月は土と木に由りて当権用事すればである。また一説あり――六月の秀気は甲・乙・己の三干に在りと認む。《広信集》から出る。

甲己為秀,乙亦輔之,丙火弱滅丁火未衰,如丁未日甲辰時,為有福之人也。乙獨遊亥卯未上者,為因貴人用之漸亨,若見己,不可見乙,損其德,必福不能久也。如乙不得地者,輕而如己之福也。如己在亥卯未上,更旁見甲者為奇顯之命。

六月は甲・己を以て秀気と為し、乙木は旁より輔助す。丙火はすでに衰弱して将に滅せんとすも、丁火は卻ってなお退勢せず。だから丁未日が甲辰時に配するがごときは、便ち福ある人である。乙木が単独に亥卯未の木局上に游走するは、貴人の扶持に頼りて漸漸亨通す。ただもしすでに己土に見れば、則ち再び乙木に見るに宜からず。乙木が己土を剋傷して其の徳気を損し、福気は必定能く久長せざればである。仮に乙木が地を得ず分量軽微なれば、あれは則ち己土が単独に福を成すと差不多なり。至于己土が亥卯未の上に落ち、旁にまた甲木の来りて合するを見るは、あれは奇特顕達の命である。

如六月見金木相剋,而金勝者,為損德招刑;如木土之氣遇之,供乘衰敗之氣者,亦主平生厄滯不立也。丙申日庚寅時者,火衰藏木,從木之性,引用在火長生之地,庚金窮絕,為丙火之制,惟只有木也,遇此者亦為有福之人也。

もし六月裏に金木相克して金の一方が勝を得るが出現せば、あれは則ち徳気を損傷し刑傷を招惹す。もし木と土の気と相遇するも、卻ってまた皆衰敗の気に乗ずれば、同じく一生困頓滞塞・立ち起る能わざるを主る。至于丙申日が庚寅時に配するは、火はすでに衰弱して木中に蔵り、木の本性に順って走り、「引用」はまた寅のこの火の長生の地に落つ。庚金は寅上に到りてすでに窮絶し、さらに丙火に克制せられ、用い得るは木のみを余す。だからこうした組合せに遇上する人もまた福ある人と算える。

如庚寅日甲申時者,雖然庚金而生日祿,卻木有氣,引用無氣之上,然見一甲及納音木,皆不為精當,遇此之人不能大成,雖有其福必失,乃遇如不遇也。(神白經)

また庚寅日が甲申時に配するがごときは、庚金は申上に於て日禄を得ると雖も、木もまた自ら気勢あり、しかして「引用」は偏に無気の処に落つ。このようにたとい一個の甲木あるいは納音が木に属する干支に見るとも、配するもまた精当と算えず。こうした組合せに遇上する人は大器を成さず、縦に福ありても必定失う。遇上するも遇上せざると一様に等し。この説は《神白経》から出る。

【申七月】

立秋七月節,處署七月中。七月癸為天德,壬為月德,丁為月合,丙為月空,壬庚為月中秀氣,支宜巳酉丑申子辰,納音金水土三氣,畏見甲丙二干。又云:七月秀在壬癸庚辛,及納音金水。(廣信集)

立秋は七月の節、処暑は七月の中気。七月裏に天干「癸」を「天徳」と為し、「壬」を「月徳」と為し、「丁」を「月合」と為し、「丙」を「月空」と為す。壬・庚の両干は本月の「月中秀気」で、地支は最も巳酉丑の金局と申子辰の水局に見るを好み、「納音」は則ち金・水・土の三気を以て宜と為し、最も甲・丙の両干に見るを怕る。また一説あり――七月の秀気は壬・癸・庚・辛の四干、及び納音が金に属し水に属する干支に在り。この説は《広信集》から出る。

壬癸秀氣,金氣剛利,火厄木弱,陰土隨時而亨,如壬子日然,清而極不為厚福也。壬辰壬申,其氣至秀,更得中藏金氣,方為出格,壬辰日辛亥時,引用主客,皆得其道,合必位顯崇也。辛巳日癸巳時者,從金言之,絕水之德,此伎術近貴,九流僧道,無權之人也。

七月は壬・癸を以て秀気と為し、金気は剛鋭鋒利にして、火は困厄を受け木もまた衰弱し、陰土は則ち時令に順いて亨通す。譬如壬子日は便ち此のごとく、水清して極点に到り、かえって厚福と算え得ず。壬辰・壬申の両組の気は最も清秀で、もしその中にさらに金気を暗蔵せば、初めて格を出るの好命と算うべし。壬辰日が辛亥時に配するは、主(日柱)客(時柱)の「引用」が皆道理に合し、相配の下に必定地位顕赫崇高す。至于辛巳日が癸巳時に配するは、金の一面より看れば、則ち水の徳気を断絶するなり。この種の人はただ技芸に憑りて権貴に親近し、九流方術・僧道の一類の実権なき人に属す。

如丙子甲申,從水言之。七月木絕火厄,不得其水,隨旺之性言也。如丙午日丙申時,丙子日丙申時者皆從水之用,丙子壬子日甲申時生,引用於長生之地也。如甲申日乙亥時,此甲申之水,引於亥上,而申合其旺,皆又福貴。丙子日癸巳時,引在丙火旺處不為有福之人,只作近貴閒人,雖能引用日碌,不能合主客造化也。(神白經)

また丙子・甲申がごときは、則ち水の一面より看るを要す。七月は木すでに絶え火は困を受け、もし水の接済を得ざれば、則ちただ当令得旺の一方に順いて去りて論ずるのみ。丙午日が丙申時に配し・丙子日が丙申時に配するがごときは、皆水を取りて用と為す。丙子日あるいは壬子日生にして甲申時に配するは、則ち「引用」を申のこの水の長生の地に放くなり。また甲申日が乙亥時に配するがごときは、甲申の納音の水が亥上に引かれ、申はまた亥と相合して其の旺勢を助く。これらは皆福あり貴ありを主る。至于丙子日が癸巳時に配するは、引用が丙火の旺地に落ちて、かえって福ある人と算え上がらず、ただ権貴に親近するの閑散の輩を為るのみ。縦に日柱が禄を引出し得るも、また主客の間の造化に配し合わず。この説は《神白経》から出る。

【酉八月】

白露八月節,秋分八月中。八月寅為天德,庚為月德,乙為月合,甲為月空,壬癸寅辛為月中秀氣,支宜巳酉丑申子辰,及納音金水,畏見丙己二干。(廣信集)

白露は八月の節、秋分は八月の中気。八月裏に寅位を「天徳」と為し、天干「庚」を「月徳」と為し、「乙」を「月合」と為し、「甲」を「月空」と為す。壬・癸・寅・辛は本月の「月中秀気」で、地支は最も巳酉丑の金局と申子辰の水局、及び「納音」が金に属し水に属する干支に見るを好み、最も丙・己の両干に見るを怕る。この説は《広信集》から出る。

秀在庚辛壬癸,乃通明之氣,木殘水死,土濁水清,八月庚辛金木交平,俱藏秀氣,己丑秀墓之金,遇之皆顯達之人也。辛巳辛丑若癸巳時,從金得貴,壬辰時秀麗通仙,名冠世間,才清容廣也,若丙午戊午之辰,如犯之,遭刑殘疾,下賤之命,吉凶貴賤不可一見而言之,更分主客,引用巧拙而言也。

八月の秀気は庚・辛・壬・癸の四干に在り。これは清澈通明の気である。この時木はすでに残敗し水は死絶に近く、土は渾濁を顕し水は清純を顕す。八月裏に庚辛の金は木の勢力と相当して、両辺とも秀気を蔵す。己丑のこの一柱は秀気が金庫に帰入するの金で、それに遇上するは皆顕達の人である。辛巳日・辛丑日がもし癸巳時に配すれば、金に順いて推せば便ち貴を得べし。もし壬辰時に配すれば、則ち秀麗脱俗して通仙の人のごとくあり、名声は当世に冠絶し、才思清越・気度寛宏ならん。ただ要是丙午・戊午のこの類の干支に碰上せば、一たび犯着すれば則ち刑傷残疾に遭い、下賤の命を成す。吉凶貴賤はただ一処を看るのみで断語を下すべからず。さらに主と客を分清し、「引用」の配するが巧か拙かの上より論ずるを要す。

如乙木不衰,從庚之德,在巳酉丑上,乙化為金,乃從其庚性,與庚同行此不衰也。丁火不死,古法云:陽死之氣陰生,又乃金中火氣不絕,而藏於金,丁火是也。若居巳酉丑之位,亦為小通也。(神白經)

また乙木は八月に在りて併せて衰と算えず。それが庚金の徳気に跟従して、巳酉丑の金局の上に落つる時、乙は便ち化して金と為り、庚の性情に随い、庚と同行す。だからそれを衰ならずと説く。丁火は八月に在りてもまた死と算えず。古法に「陽死の気に陰生ず」と講じ、まして金中の火気はもとより絶えず、ただ金裏に蔵すのみ。丁火はまさにこのごときなり。それがもし巳酉丑の位置に落つれば、また小なる亨通ありと算うべし。この説は《神白経》から出る。

【戌九月】

寒露九月節,霜降九月中。九月丙為天德,又為月德,辛為月合,壬為月空,戊癸丁壬為月中秀氣,支宜申子辰寅午戌,畏見甲乙二干。又云:九月秀在丙辛丁,丙辛化水,故宜金水火三氣,為得其地也。(廣信集)

寒露は九月の節、霜降は九月の中気。九月裏に天干「丙」はすなわち「天徳」にしてまた「月徳」、「辛」を「月合」と為し、「壬」を「月空」と為す。戊・癸・丁・壬は本月の「月中秀気」で、地支は最も申子辰の水局と寅午戌の火局に見るを好み、最も甲・乙の両干に見るを怕る。また一説あり――九月の秀気は丙・辛・丁の三干に在り。丙辛相合して水に化するを以て、だから金・水・火の三種の気は皆地を得たと算うべし。この説は《広信集》から出る。

秀在丙辛、丁亦輔之,丙居寅午戌,辛在己酉丑位之上遇金者,乃貴顯之人,九月辛酉辛丑辛巳日皆位德金,若居癸巳時引用在金長生之地,為人中之奇,福壽之人也。如壬辰時,遇與不遇,壬辰水與時不和,制時之德金水,然秀不為貴顯,乃閒慢之祿,或九流近貴之人也。若生甲申日及引用在壬申時者,為疾苦殘失,多不立之人也。

九月の秀気は丙と辛に在り、丁火は旁より輔助す。丙が寅午戌の火局・辛が巳酉丑の金局の上に落ちてまた金に逢うは、貴顕の人である。九月の辛酉日・辛丑日・辛巳日は、皆徳位に居るの金に属し、もし再び癸巳時に配すれば、「引用」は正に巳のこの金の長生の地に落ち、便ち人中の奇才・福あり寿ありならん。ただもし配する所が壬辰時なれば、則ち遇上するも遇上せざると等しきに等す。壬辰の水はこの時令と相協調せず、かえって生時の金水の徳を圧制し住ましめ、秀気あると雖もまた貴顕を成さず、ただ個の清閑散淡の俸禄を落とすか、あるいは九流の中の権貴に親近する人を為るのみ。もし甲申日に生まれ、あるいは引用を壬申時に落とせば、便ち疾病が身に纏い残缺失意して、多くは立ち起らざる人ならん。

如戊午日,丙辰時,世之厚福人也,戊午之火旺而藏,在九月火墓藏,明為德之時,丙辰時得造化之秀氣多,乃顯達之士也。如丁巳時者然,建日祿,不及丙辰時,此火輕土弱,又不帶印,乃富貴而不顯達也。

また戊午日が丙辰時に配するがごときは、あれは世上に厚福ある人である。戊午の納音は火に属し、火はすでに旺にしてまた能く収蔵す。九月はまさに火が墓庫に入り徳気顕明の時で、丙辰時はまた多く造化の秀気を得。だから顕達の士である。もし丁巳時に換えれば、巳上に日禄を建起すると雖も、卻って丙辰時に及ばず。此なれば火軽く土弱く、また印綬を帯びざれば、ただ富貴し得るも顕達する能わざればである。

如己未己丑甲戌甲辰,此四者皆納音火也,其中甲戌己未勝,如辰丑二位,戌為火地,未為火盛藏火在其中,德福重矣,生丙寅時者顯達之人也。如己巳日庚午時,然引用在臨官旺地,卻虛而不實,然近貴,頗有其福,終不能久也。居丁卯時者,引用在虛敗處,主福祿慢而近貴,九流聰明而不實,福終不久也。(神白經)

また己未・己丑・甲戌・甲辰のこの四組は、納音は皆火に属し、その中に甲戌・己未は己丑・甲辰に勝る。辰・丑の両位に比ぶれば、戌はもとより火の墓地で、未はまた火勢正盛の処で、火は則ちその中に蔵り、徳と福と皆厚重なり。こうした人がもし再び丙寅時に生まれれば、便ち顕達の人である。至于己巳日が庚午時に配するは、「引用」は臨官帝旺の地に落つると雖も、卻って虚にして実ならず、ただ権貴に親近し得るのみで、頗る幾分の福気あるも、終竟能く久長せず。もし丁卯時に落ちれば、引用は便ち虚耗敗絶の処に落ちて、福禄の来ること遅緩にしてただ権貴に依附するを主り、人は聡明なりと雖も末技に流れて踏実せず、福気は終帰久しからざらん。この説は《神白経》から出る。

【亥十月】

立冬十月節,小雪十月中。十月乙為天德,甲為月德,己為月合,庚為月空,壬癸甲乙丁為月中秀氣,支宜亥卯未申子辰,畏見庚辛二干。(廣信集)

立冬は十月の節、小雪は十月の中気。十月裏に天干「乙」を「天徳」と為し、「甲」を「月徳」と為し、「己」を「月合」と為し、「庚」を「月空」と為す。壬・癸・甲・乙・丁は本月の「月中秀気」で、地支は最も亥卯未の木局と申子辰の水局に見るを好み、最も庚・辛の両干に見るを怕る。この説は《広信集》から出る。

秀在甲乙,精火藏形,木盛水清而火藏土虛,金病之時,己土隨夫不窮,更須居亥卯未之正,方得用也,戊土受制而濁,丙火藏木而有進,丁火合壬而化木,丁火絕滅而化也。乙亥之木藏火而秀。甲寅乙卯,皆為氣勝,庚寅辛卯俱為精當,甲申乙酉,遇德而損福也,乙丑逢干木為德,在金位受制,不能清顯,乙丑日逢戊寅己卯時為木盛金衰,蓋引用巧也。

十月の秀気は甲・乙に在り。この時火の精華は収斂蔵形し、木旺して水清かにして火伏し土虚し。まさに金が転じて病地に入るの時である。己土は夫星の甲木に跟従して、窮困に至らざるも、たださらに亥卯未のこれらの正位上に落つるを須として初めて用い得着べし。戊土は木に克制せられて渾濁を顕す。丙火は木中に蔵してかえって進気あり。丁火は壬水と相合して木に化す。あれは丁火本身がすでに絶滅して、初めてこれに随いて化すればである。乙亥の納音は火に属し、火は木下に蔵す。だから秀と為す。甲寅・乙卯は皆木気が勝を得、庚寅・辛卯もまた皆配して精当、甲申・乙酉は徳位に逢うと雖も卻って福気を損す。乙丑は天干上に於て木に逢いて徳を為すも、ただ金位上に坐して制を受け、能く清貴顕達せず。もし乙丑日が再び戊寅時あるいは己卯時に逢えば、木盛にして金衰し、あれは則ち「引用」の配するが巧なり。

十月之節,遇甲辰甲戌,皆為藏明之木,立冬之候,火氣絕滅,而木氣生養,甲為月德之位,中藏陰火不絕,必生奇達英顯之士也,如庚寅日己卯時及丁亥時者,皆為有福之人也,卻甲申乙酉時,從金言之,失主客也,若癸未時生,乃帶印人,福壽殊異也,戊寅時者然,引用在木旺之地,遇戊寅灰火之土,其木雖秀,不能顯也,比之申酉時,無非禍之災耳。

十月のこの節令裏に甲辰・甲戌に遇上するは、皆光明を裏面に蔵するの木に属す。立冬の時は火気絶滅して木気は正に生養し、甲はまた月徳の位に居り、その中の暗蔵する陰火は併せて断絶せず。必定奇特通達・英俊顕耀の士を生出せん。庚寅日が己卯時あるいは丁亥時に配するがごときは、皆福ある人である。ただもし配する所が甲申時・乙酉時なれば、金の一面より看れば、則ち主客相配の宜を失う。もし癸未時に生まれれば、あれは印を帯ぶの人で、福寿は格外出衆す。至于戊寅時は、「引用」は木旺の地に落つると雖も、奈何せん戊寅は灰火の土で、木は縦に秀麗なるもまた顕出し得ず。ただ申時・酉時に比ぶれば、倒れてなお災を招き禍を惹くに至らざるのみ。

戊子之火窮困而有小成,十月之氣,陰極卦合,純坤乃為陽火欲生之地,旁逢水氣而得亨也。丁巳之火氣強,不能絕滅通旺之性,為邊武之官,遇一木之秀,無刑剋,而得造化之美也。(神白經)

戊子のこの団の火は窮困すると雖も、卻ってもまた小さき成就あり得べし。十月の気は陰が極処に到りて、正に純陰の《坤》卦に合し、しかも陰極の処は恰よそ陽火の将に萌生せんとするの地で、旁に再び水気に逢えばかえって能く亨通し得べし。丁巳の火は気勢強盛にして、絶滅せらるるに至らず、なお通達旺盛の本性を保持し、辺関武職の官を為るを主る。もし再び一個の木の秀気に遇い、しかして刑冲剋害なければ、あれは則ち造化の美処を得着したなり。この説は《神白経》から出る。

【子十一月】

大雪十一月節,冬至十一月中。十一月己為天德,壬為月德,丁為月合,丙為月空,乙癸為月中秀氣,支宜寅午戌申子辰,畏見已庚二干。又云:十一月秀在丁壬乙辛癸。(廣信集)

大雪は十一月の節、冬至は十一月の中気。十一月裏に天干「己」を「天徳」と為し、「壬」を「月徳」と為し、「丁」を「月合」と為し、「丙」を「月空」と為す。乙・癸の両干は本月の「月中秀気」で、地支は最も寅午戌の火局と申子辰の水局に見るを好み、最も己・庚の両干に見るを怕る。また一説あり――十一月の秀気は丁・壬・乙・辛・癸の五干に在り。この説は《広信集》から出る。

秀在丁壬,癸亦助之,金死火滅,木敗土虛之候,庚死辛生,丁榮丙從,甲敗乙莘,乃陰陽各遂其性也。十一月辛巳之金秀而有壽,逢引用須詳命源,遇與不遇,引巧而命源遇所遇者,人中奇特富貴之人也。辛巳日丙申時,此乃引用巧,是月中旺氣,戊人得之,乃顯達之福,辰人得之,遇而不遇也。

十一月の秀気は丁と壬に在り、癸水は旁より相助す。この時金はすでに死し火はすでに滅し、木は衰敗して土は空虚す――庚金は死して辛金は生じ、丁火は栄旺して丙火は退いて其の後に居り、甲木は敗れて乙木はなお在る。これは陰と陽と各自其の性情に順いて消長するなり。十一月裏に辛巳は金に属し、すでに秀麗にしてまた長寿を主るも、「引用」に碰上する時はさらに本命の根源を細看するを須とす。同じく遇と不遇とに、引用の配するが巧にして本命の根源がまた恰好接得上ぐれば、便ち人中の奇特の富貴の人である。辛巳日が丙申時に配するがごときは、則ち引用の配するが巧にして、正に本月の旺気を得――戊年生の人がそれを得るは、顕達の福。辰年生の人がそれを得るは、卻って遇上するも遇上せざると等しきに等す。

乃寅午為得用,子申為廢物推之。如壬子壬申壬辰,乃四時精當至清之氣,若辛巳日壬辰時,為得道通仙奇達之士;若丙寅日壬辰時,乃水火既濟,亦為高明奇福,位厚而虛也。若甲申日不可遇壬申時,若月干又帶旺,此水極而溢,然引用巧而榮,後破敗狼狽之士也。

これは寅・午を把りて可用手の地と作し、子・申を把りて廃物と作して推すなり。壬子・壬申・壬辰がごときは、すなわち四季の中の最も精当・最も清澈の気である。もし辛巳日が壬辰時に配すれば、便ち道を得て仙に通ずるがごとき奇特通達の士ならん。もし丙寅日が壬辰時に配すれば、あれは水火既済で、また高明奇特の福分と算うべし。ただ地位は厚しと雖も略々虚浮を嫌むあり。至于甲申日は則ち再び壬申時に遇う能わず。もし月干がまた旺気を帯びれば、あれは便ち水盛して極点に到りて漫溢し、引用は巧にして能く一時の栄顕あると雖も、後来は終竟破敗狼狽の人に淪為せんを要す。

若戊戌之木,不可遇之,損時之德,遭刑下賤。如戊子之火,宜中氣後逢之,陽氣將生,水極從火之精,先厄而後達也。如辛丑日癸巳時生,引用雖巧,乃辛所宜也,立客為用,乃癸臨死地,有祿而不能顯也,或九流近貴,性不實福終不堅也。如壬申日辛亥時生,引用主客得其宜,此為殊常福達之命。(神白經)

もし戊戌のこの納音が木に属する干支なれば、更に遇上すべからず。それは生時の徳気を損傷し、刑傷に遭受し身分卑下を主る。至于戊子の納音の火は、冬至の中気の後に遇到するに宜し。あの時陽気は将に生ぜんとし、水は極処に到りてかえって火の精華に順従して転化し、命主は先に磨難を経て後に通達す。また辛丑日が癸巳時に配して生まるるがごときは、引用は説に算えて巧とはすも、また確に辛金の宜しき所なれども、一ただ客位の時柱を把りて用を立てれば、癸水は正に死地に臨む。だから俸禄ありて顕達する能わず、あるいはただ九流の中の権貴に親近する人を為り、性情踏実せず、福気は終竟牢固ならず。また壬申日が辛亥時に配して生まるるがごときは、引用の中に主と客と各々其の宜を得。これは便ち異乎尋常の福厚通達の命である。この説は《神白経》から出る。

【丑十二月】

小寒十二月節,大寒十二月中。十二月庚為天德,又為月德,乙為月合,甲為月空,戊癸辛為月中秀氣,支宜亥卯未巳酉丑,畏見丙丁壬三干。又云:十二月秀在庚辛,納音土,為吉利之神。(廣信集)

小寒は十二月の節、大寒は十二月の中気。十二月裏に天干「庚」はすなわち「天徳」にしてまた「月徳」、「乙」を「月合」と為し、「甲」を「月空」と為す。戊・癸・辛の三干は本月の「月中秀気」で、地支は最も亥卯未の木局と巳酉丑の金局に見るを好み、最も丙・丁・壬の三干に見るを怕る。また一説あり――十二月の秀気は庚・辛の両干に在り、しかして「納音」が土に属する干支は吉利の神なり。この説は《広信集》から出る。

秀在庚辛,乙乃從之,木相火虛,水衰土利之時,若遇乙巳乙酉乙丑,此從無氣而旺,得貴而成器,內乙丑最為精當,辛在巳酉丑上,若有庚申,皆為月中精當也。壬申癸酉其氣清而福厚,庚辰得之尤厚,庚戌得之虛薄,庚子庚午遇之,雖薄而卻有氣。

十二月の秀気は庚・辛に在り、乙木は其の後に随従す。この時木は相位に処りて火気虚弱、水はすでに衰退して土は正に利を得。このとき乙巳・乙酉・乙丑に遇上せば、これは無気の中より転じて旺を得て、貴気に頼りて器を成すなり。その中にまた乙丑を以て最も精当と為す。辛が巳酉丑の上に落ち、もし再び庚申の相配あれば、皆本月裏の最も精当の組合せと算うべし。壬申・癸酉の気は清純にして福厚し。庚辰がこれを得れば殊に深厚、庚戌がこれを得れば便ち虚薄を顕し、庚子・庚午が遇上するは、単薄なりと雖もなお幾分の気勢あり。

若庚子日丙子時,遭刑下賤,聾殘之人;甲申時遇之雖薄,引用巧也。更有攝助之秀,乃殊常之福,能自微至顯也。庚寅日引居丁丑辛巳甲申時者,得造化之全美,顯達奇福之人,生於富貴之門,長而身榮,清顯之福也。如庚申日丙戌時或丙子時者,然遇而不遇也。

ただ若是庚子日が丙子時に配せば、則ち刑を遭い辱めを受け身分卑下し、甚だしきは耳聾残疾の人と為る。甲申時に換えれば、分量は依然として単薄なりと雖も、「引用」は卻って配して巧なり。もし別に幇扶提携の秀気あって相助けば、あれは便ち異乎尋常の福気で、能く微末よりして顕達に升到し得べし。庚寅日が引用を丁丑時・辛巳時あるいは甲申時に安んずるは、造化の全部の美処を得着して、顕達にして奇福を享くるの人である――富貴の門第に生まれ、長成して後に栄位に身居し、享くる所は清貴顕耀の福なり。至于庚申日が丙戌時あるいは丙子時に配するは、則ちまた遇上するも遇上せざると一様を成す。

若十二月中有戊辰戊戌已丑已未在專位上,是曰季中所宜之辰,戊辰已未得之尤厚,該詳引用主客月中衰旺,明其命源之福有無,四象三元,不可失於消息,舉此十二月節中憎愛得用衰敗秀氣,察其輕重,推之可無失矣。(神白經)

もし十二月裏に戊辰・戊戌・己丑・己未が各自の専位上に落つれば、これを四季の月の最も相宜の干支と作り、その中にまた戊辰・己未がこれを得るを最も深厚と為す。推し断ずる時は当に「引用」の中の主客の関係及び本月の衰旺を細察し、本命の根源上に究竟福有るや無しやを弄清し、太陽太陰少陽少陰のこの「四象」と天地人の「三元」とを、皆斟酌に於て遺漏あるべからず。以上に挙出する十二個月の節令中の忌む所喜ぶ所・可用と衰敗の秀気は、ただそれらの軽重を辨明すれば、命を推し起るに差錯なからん。この説は《神白経》から出る。

珞琭子言將來者進,功成者退,是月令之奧旨,神白經說中氣後五日行建旺,如十二月大寒節五日後生,有庚辛者為功成,有甲丙者為將來,蓋十二月以金為立事,又庚為天德,卻前有立春甲旺丙相,火木有將來之福,如庚辛是功成者也,他宜詳此。

《珞琭子》の説く所の「将来する者は進み、功成る者は退く」とは、まさに月令の深奧の要旨である。《神白経》に講じていう――中気を過ぎて五天以後は則ち建旺に拠りて推すを要す。譬如十二月の大寒の後五日に出生する人は、命裏に庚・辛あるは「功成」の一方に属し、甲・丙あるは「将来」の一方に属す。十二月は金を以て事を立て、庚はまた本月の天徳なればである。ただ前頭に緊接して立春あれば、あの時甲木は当旺し丙火は相を為し、だから火と木は享くる所は将に到来せんとするの福で、しかして庚・辛は不過すでに功成の気なり。残りの各月は皆この道理に照りて細推すべし。

大凡月令中干神全備天月德全,秀氣足,不居破廢之上為清格,主有祿。若更支神合干,不脫太歲月建即為榮顯之命,更帶神白中貴殺,則又為超卓特達之格。若無干支秀德,而獨納音有者為富有之人,若重之有納音秀者亦有祿,而不至顯擢也。若傷損時德,鬼氣太甚,有破害衛廢多者濁之其也,是無祿貧下之命。若損德不多,或為官格,終是君子中隱小人也,或有引無用,有用無引,卻分中末限有無也。

大抵月令の中に天干の諸神斉備し・天徳月徳俱全し・秀気充足して、また破敗廃絶の処に落ちざれば、便ち「清格」と算え、命主は俸禄あり。もし地支が再び天干と相合して、太歳と月建の範囲を脱離せざれば、則ち栄耀顕達の命である。もし再び《神白経》の載する所のあれらの貴神吉煞を帯びれば、更に超卓特達の格局なり。仮に天干地支上に秀気徳神なく、ただ「納音」裏に有れば、あれは富有の人である。もし干支すでに重くして納音にまた秀気あれば、もまた禄あり得べし。ただ顕赫の位置に升るに至らざるのみ。もし生時の徳気を損傷し、身を剋するの鬼気太く重く、破・害・廃絶の類また多ければ、命は便ち渾濁す。あれは無禄の貧賤の命である。もし徳を損するは多しと算えざれば、あるいはなお官格を成し得べし。終竟もまたただ君子の裏頭に小人を蔵するのみ。至于「引」ありて「用」なし・「用」ありて「引」なしは、あれは則ち分別して中年と晩年の両段の運程の有無を決定す。

大凡看命須詳引用,以知中末立成實不成實,蓋日為引,時為用也。假令庚辛人,四柱見乙庚巳酉丑在四八十二月,不在中氣五月後,乃月中秀氣全,卻看引用為何,引用得地,則終始享富貴也。有引無用,則晚年不佳,有用無引,則中年奔馳,如或廢脫,太歲引用無地,則必不再言功名也。(廣信集)

大抵命を看るは必ず「引」と「用」を細究するを須して、初めて中年・晩年の成就が踏実なるや否やを知るべし。日柱は引にして時柱は用なればである。仮に庚・辛の日主の人とせば、四柱中に乙・庚及び巳酉丑の金局に見、また四月・八月あるいは十二月に生まれ、しかも中気の五日後に在らざれば、あれは則ち本月の秀気斉全なり。続いて再び引用如何なるを看る。引用がもし地を得れば、一生は自始至終富貴を享受す。引ありて用なきは、晩年佳ならず。用ありて引なきは、中年奔波労碌す。もし干支が廃弛脱落し、太歳の引用を連ねても安んずる処なければ、あれは則ち再び何の功名を談ぜんやを必とせず。この説は《広信集》から出る。

凡看貴命,須看本月德神喜合在日時,有干涉者為妙,更看輕重言之。(寸殊尺璧)

およそ貴命を看るは、必ず本月の徳神と喜ぶ所の合神とが日柱・時柱上に落つるや否やを察看するを須し、日時と彼此に牽連照応あるを最妙と為し、然る後に再び分量の軽重に拠りて論断せらる。この説は《寸珠尺璧》から出る。

【五行生旺徳神】

正月丙丁辛日時加午未,二月庚乙甲日時加申巳,三月丁壬戊日時加辰亥,四月辛乙庚日時加戌巳,五月壬辛丙日時加亥戌,六月甲乙已日時加寅未,七月丁壬癸日時加丑子,八月甲乙庚日時加丑寅,九月丙辛丁日時加巳午,十月甲乙丁日時加卯辰,十一月丁壬丙日時加巳子,十二月乙庚辛日時加丑申。五行生旺德神日時全見者,十有九貴。

「五行生旺徳神」の取法は逐月同じからず。正月は丙・丁・辛のこの三個の天干の日あるいは時を取り、午・未の上に加臨す。二月は庚・乙・甲を取り、申・巳に加臨す。三月は丁・壬・戊を取り、辰・亥に加臨す。四月は辛・乙・庚を取り、戌・巳に加臨す。五月は壬・辛・丙を取り、亥・戌に加臨す。六月は甲・乙・己を取り、寅・未に加臨す。七月は丁・壬・癸を取り、丑・子に加臨す。八月は甲・乙・庚を取り、丑・寅に加臨す。九月は丙・辛・丁を取り、巳・午に加臨す。十月は甲・乙・丁を取り、卯・辰に加臨す。十一月は丁・壬・丙を取り、巳・子に加臨す。十二月は乙・庚・辛を取り、丑・申に加臨す。およそこの套の生旺徳神が日柱と時柱上に全部見る人は、十個の裏に九個は能く貴顕し得べし。

【真気】

寅午戌月辛丙丁,巳酉丑月辛乙庚,申子辰月壬癸丁,亥卯未月甲乙已。日時犯者或歲運逢之,定主興發財祿。

「真気」は三合月局に拠りて取る。寅・午・戌の三個月に生まるるは辛・丙・丁を取り、巳・酉・丑の三個月に生まるるは辛・乙・庚を取り、申・子・辰の三個月に生まるるは壬・癸・丁を取り、亥・卯・未の三個月に生まるるは甲・乙・己を取る。日柱あるいは時柱上にそれを占むるか、あるいは流年大運が走り到れば、一定に財源と俸禄とが興旺発達するを主る。

【五行休敗】

正月癸庚日時,二月辛壬日時,三月甲辛日時,四月壬癸日時,五月甲癸日時,六月丙癸日時,七月甲丙日時,八月丙已日時,九月甲乙日時,十月辛庚日時,十一月已庚日時,十二月丁壬日時。

「五行休敗」は逐月の忌む所の両個の天干で、日柱あるいは時柱上に落ちれば便ち犯着と算う。正月は癸と庚を忌み、二月は辛と壬を忌み、三月は甲と辛を忌み、四月は壬と癸を忌み、五月は甲と癸を忌み、六月は丙と癸を忌み、七月は甲と丙を忌み、八月は丙と己を忌み、九月は甲と乙を忌み、十月は辛と庚を忌み、十一月は己と庚を忌み、十二月は丁と壬を忌む。

【生時は月内に見るを忌む】

寅午戌月怕酉時,巳酉丑月怕子時,申子辰月怕卯時,亥卯未月怕午時。(神白經)

生時は最も月支と相犯するを忌む――寅・午・戌の月に生まるるは酉時を怕れ、巳・酉・丑の月に生まるるは子時を怕れ、申・子・辰の月に生まるるは卯時を怕れ、亥・卯・未の月に生まるるは午時を怕る。これは三合局の化する所の五行が、恰好この時辰上に於て死絶すればである――火は酉に死し、金は子に死し、水は卯に死し、木は午に死す。この説は《神白経》から出る。

【歳十二月節候法】

古法云:驚占五時三(此月取日目氣),二時六刻收(此訣取月中氣)。假令正月甲子日寅時一刻立春,即從乙丑日數至甲午計三十日,克退寅時不數,卻有時數至未是五時,至未時三刻得驚蟄節,故謂之驚蟄占五時三也。又如正月甲子日寅時一刻立春,而從乙丑日數至辰,是二時,至辰六刻,此二時六刻得雨水節也,餘月皆彷此推之。

古法に一個の口訣ありて「驚占五時三」といい、この一句は下個月の節気交接の時刻を推す。また「二時六刻収」といい、この一句は本月の中気を推す。例を挙げて説けば――正月甲子日寅時一刻に立春に交れば、則ち乙丑日より往下に甲午日まで数えて、一共に三十天。起算の寅時は要に扣除して計せず、再び往後に五個の時辰を数えて未時に到り、未時三刻に到れば便ち驚蟄節に交す。だから「驚蟄占五時三」と作る。また正月甲子日寅時一刻に立春に交するがごときは、乙丑日より数え下りて辰時に到れば、正好両個の時辰で、再び辰時六刻に到れば、この「二時六刻」は便ち雨水中気に交上す。残りの各月は皆この法を倣いて推算す。

一歌云:兔執龍開巳止平,五收六滿七危傾,八建九破十閉戶,鼠定牛收一歲成。並以立春為始,看立春在甚時,於時上起建順行,逢執是二月節氣,開是三月節氣,餘依此數之。假定申時立春,即申時起建,除加酉,滿加戌,平加亥,定加子,執加丑,時交二月節也,餘月皆彷此推之。

さらに一首歌訣ありていう――「兔執龍開巳止平、五収六満七危傾、八建九破十閉戸、鼠定牛収一歳成。」意思是二月は兔に属して「執」に配し、三月は龍に属して「開」に配し、四月は巳に属して「平」に配し、五月は「収」に配し、六月は「満」に配し、七月は「危」に配し、八月は「建」に配し、九月は「破」に配し、十月は「閉」に配し、十一月は鼠に属して「定」に配し、十二月は牛に属して「収」に配し、一年十二個月は則ち湊斉す。推算は一律に立春を以て起点と為す――立春が哪個の時辰に交するを看て、則ちあの時辰より「建」を起し、建・除・満・平・定・執・破・危・成・収・開・閉の次序に拠りて順数し下り、数えて「執」に到れば便ち二月の節気で、数えて「開」に到れば便ち三月の節気で、残りは此を照りて類推す。假定申時に立春すれば、則ち申時より「建」を起し、酉時を「除」と為し、戌時を「満」と為し、亥時を「平」と為し、子時を「定」と為し、丑時を「執」と為し、ここに到れば便ち二月の節に交上す。残りの各月は皆この法を倣いて推算す。

【十二月時】

功曹寅木,太衡卯木,天罡辰土,太乙巳火,勝光午火,小吉未土,傳送申金,從魁酉金,河魁戌土,登明亥水,神后子水,大吉丑土。

十二個の月将は各々名号ありて、地支と五行とを配定す――功曹は寅で木に属し、太衡は卯で木に属し、天罡は辰で土に属し、太乙は巳で火に属し、勝光は午で火に属し、小吉は未で土に属し、伝送は申で金に属し、従魁は酉で金に属し、河魁は戌で土に属し、登明は亥で水に属し、神后は子で水に属し、大吉は丑で土に属す。

歌曰:天罡一神屬破軍,太乙勝光是祿存,小吉傳送貪狼位,從魁河魁文曲星,登明神后加武曲,大吉功曹是巨門,太衡獨愛廉貞位,一一從頭為曉分。(廣錄、三曆會同云:正月用亥,二月用戌,逐月逆行,用一辰為將。)

歌訣は十二月将を北斗の諸星に配上す――天罡(辰)は一位独り破軍星に配し、太乙(巳)と勝光(午)は禄存星に配し、小吉(未)と伝送(申)は貪狼星に配し、従魁(酉)と河魁(戌)は文曲星に配し、登明(亥)と神后(子)は武曲星に配し、大吉(丑)と功曹(寅)は巨門星に配し、太衡(卯)は単独に廉貞星に配す。この十二位を頭より一々辨清すれば、則ち明白す。《広録》と《三暦会同》にいう――正月は亥を用いて月将と為し、二月は戌を用い、逐月に倒れて往回に退き、每月一個の地支を取りて以て月将と為す。

第十三巻

論釈吉貴神例

【天乙貴神】天月徳に遇えば尤も佳なり

甲戊庚牛羊,乙庚鼠猴鄉,丙丁豬雞位,壬癸兔蛇藏,六辛逢馬虎,此是貴人強。

これは「天乙貴人」の取法の口訣である――甲・戊・庚の三干は、丑(牛)と未(羊)を以て貴人と為す。乙・庚の両干は、子(鼠)と申(猴)を以て貴人の郷と為す。丙・丁の両干は、亥(猪)と酉(鶏)を以て貴人の位と為す。壬・癸の両干は、貴人は卯(兔)と巳(蛇)に蔵す。六個の辛日は則ち午(馬)と寅(虎)に逢う。四柱の中に本干の属するこれらの地支に見れば、則ち貴人の力を得るの処である。

【陰官貴】一名を天官貴といい、また文星貴と名づく、官に就き禄を報ず

甲戀金雞乙愛猴,丁豬丙鼠己寅頭,戊尋玉兔庚壬馬,辛癸逢蛇官未休。

「陰官貴」の取法の口訣は――甲干は酉(金鶏)に眷戀し、乙干は申(猴)を喜愛す。丁干は亥(猪)を取り、丙干は子(鼠)を取り、己干は寅を取る。戊干は去りて卯(玉兔)を尋ね、庚と壬は皆午(馬)を取る。辛と癸は則ち巳(蛇)に逢う。命中に此の一位を帯びれば、官を為るの勢いは便ち綿延歇まず。

三命鈴云:若人遇之,主官爵崇高,聲華顯赫。天官貴以五虎六遁謂為甲用,辛為官,未上遁見辛,餘彷此,又名官貴堂,有訣在友神類。天官遁官遁甲入羊群,乙守青龍丁虎奔,丙向蛇頭庚逐亥,辛猴己狗戊牛存,壬人本向酉位上,六癸即隨入馬村,別有兩般為貴處,再將壬癸季交輪。

《三命鈐》にいう――人もしこの貴神に遇上せば、官爵崇高・声名顕赫を主る。天官貴は「五虎遁」の六甲遁法を用いて推出するなり。譬如甲日は辛を以て正官と為せば、未のこの一位上に遁出する天干は恰よそ辛なれば、だから甲は便ち未を以て天官貴と為す。残りの各干は此を照りて類推す。それをまた「官貴堂」と作り、口訣は友神の一類の中に収む。天官遁の歌訣にいう――甲干は未(羊)群に遁入し、乙干は辰(青龍)を守り、丁干は寅(虎)に朝りて奔去し、丙干は巳(蛇頭)に向い、庚干は亥位を追逐し、辛干は申(猴)に見え、己干は戌(狗)に見え、戊干は丑(牛)に存す。壬日の人は本该酉位に向いて去るべく、六個の癸日は便ち之に随いて午(馬)の郷に入る。此の外にまた両処ありても貴地と算え、さらに壬・癸の二干を四季の末の地支上に於て輪換して取るを要す。

三命鈴云:若人遇之,主名望高貴,三命皆乘旺相之位,行年至此,亦主遷升。

《三命鈐》にまたいう――人もしこの貴神に遇上せば、名望高貴を主る。もし年・月・日の「三命」がまた皆旺相の位に乗ずれば、流年行運がここに走り到れば、同じく升官晋級を主る。

【福星貴】一名を文星貴といい、玉門関集、【禄干福神】。

甲丙相邀入虎鄉,更遊鼠穴最高強,戊猴己未丁宜亥,乙癸逢牛卯祿昌,庚趕馬頭辛到巳,壬騎龍背喜非常。

「福星貴」の取法の口訣は――甲と丙は一同に寅(虎)の郷に請入し、もし再び子(鼠)穴に游到せば、格局は最も高強。戊は申(猴)を取り、己は未を取り、丁は亥に見るを宜とす。乙と癸は丑(牛)と卯に逢えば、禄気は便ち昌盛す。庚は午(馬)頭に追い到り、辛は巳位に走り到る。壬は辰(龍)背に騎上す。あれは格外可喜の配合である。

閻東叟云:文星純,秉天之清氣,主科名巍峨,官職高崇,在天蓋紫薇之垣,值文昌之館,在人將絲綸之職,專文翰之美,以十干加九支,分十二位,或互相往來,為文星貴。

閻東叟がいう――文星は最も純粹にして、上天の清気を禀受し、科第名声高峻・官職崇隆を主る。それは天上に於て紫微垣に属し、正に文昌の館に値する。人間に落到すれば、則ち詔令を起草するの職務を掌管し、専ら文章翰墨の美を擅にす。取法は十個の天干を把りて地支上に加え、十二個の位次に分かち、あるいは彼此往来交錯して、およそ合し上ぐる能くするは則ち「文星貴」なり。

甲見寅,己見未,癸見丑,皆祿氣也;丙見寅,戊見申,皆學堂也;乙見丑,壬見辰,皆正印也;庚見午,丙見子,辛見巳,丁見亥,同天官也。如甲人見甲寅或甲子,乙人得乙丑,丙人得丙寅或丙子,丁人得丁亥,戊人得戊申,己人得己未,庚人得庚午,辛人得辛巳,壬人得壬辰,癸人得癸丑,為文星如華館。

甲が寅に見・己が未に見・癸が丑に見るは、皆本干の食禄の気の在る所である。丙が寅に見・戊が申に見るは、皆「学堂」に属す。乙が丑に見・壬が辰に見るは、皆「正印」に属す。庚が午に見・丙が子に見・辛が巳に見・丁が亥に見るは、則ち前面の「天官貴」と相同なり。だから甲年生の人が甲寅あるいは甲子に見、乙年生の人が乙丑を得、丙年生の人が丙寅あるいは丙子を得、丁年生の人が丁亥を得、戊年生の人が戊申を得、己年生の人が己未を得、庚年生の人が庚午を得、辛年生の人が辛巳を得、壬年生の人が壬辰を得、癸年生の人が癸丑を得るは、これらは皆文星と算え、華美の館閣に身居するに比すべし。

【太極貴】一名を科星貴という

甲乙生人子午中,丙丁卯酉定亨通,戊己兩干臨四季,庚辛寅亥祿盈豐,壬巳癸申(一作壬癸巳申)偏喜美,封侯萬戶即三公。

「太極貴」はまた科星貴と名づき、取法の口訣は――甲・乙日生の人は子と午を取り、丙・丁日生の人は卯と酉を取れば便ち定然亨通す。戊・己の両干は辰戌丑未のこの四季の支に臨むを要し、庚・辛は寅と亥を取れば則ち禄気豊盈す。壬は巳を取り癸は申を取る(另一種の写法は壬癸皆巳と申を取ると作す)、殊に可喜可美なり。命裏にそれを帯ぶれば、以て万户侯に封ぜられ三公に位列すべし。

【文昌貴】

甲人蛇口乙豬頭,丙狗丁龍戊向猴,己午庚寅辛未貴,六壬卯位癸逢牛。

「文昌貴」の取法の口訣は――甲日生の人は巳(蛇口)を取り、乙日生の人は亥(猪頭)を取る。丙は戌(狗)を取り、丁は辰(龍)を取り、戊は則ち申(猴)に向う。己は午を取り、庚は寅を取り、辛は未を取りて貴と為す。六個の壬日は卯位を取り、癸日は則ち丑(牛)に逢う。

【文誉貴】甲子人が壬戌丙寅に見るがごとき

祿前祿後一般神,必作公卿冠世人,主性天聰名譽播,富貴榮華事業新。(三命纂局)

「文誉貴」は本干の食禄の位の前後の両個の干支を取り、一前一後に同じくこの一位の神に属す。命中にそれを帯ぶる人は必定官は公卿に至りて当世に冠絶し、天性聡敏にして名誉遠播し、富貴栄華にして事業日新なり。この説は《三命纂局》から出る。

【文星貴】

甲馬乙蛇丙戊猴,酉抬丁己亥辛求,庚逢戊狗壬逢虎,十位文星癸兔遊。(林開五命)

另一路の「文星貴」の口訣は――甲は午(馬)を取り、乙は巳(蛇)を取り、丙と戊は申(猴)を取る。酉位は丁と己を抬擧し、亥位は辛を供えて来りて求めしむ。庚は戌(狗)に逢い、壬は寅(虎)に逢う。十位文星の中に、癸は則ち卯(兔)に游す。この説は《林開五命》から出る。

【天印貴人】

甲在子寅中,乙逢亥亦聞,丁酉戊申位,丙戊己羊宮,庚辛馬蛇是,癸卯與壬龍,此號天印貴,榮達受皇封。(預知子貴格)

「天印貴人」の取法は――甲は子と寅を取り、乙は亥に逢うもまた算う。丁は酉を取り、戊は申を取る。丙・戊はまた未(羊宮)を取り得べし。庚は午(馬)を取り、辛は巳(蛇)を取る。癸は卯を取り、壬は辰(龍)を取る。この一位は天印貴と号称し、命中にそれを帯ぶる人は栄顕通達して、朝廷の封賞を受け得べし。この格は《預知子》から出る。

【喜神進退】

甲己先從鼠穴遊,乙庚便向兔邊求,丙辛解策花聰馬,丁壬雞樹迎皇洲,戊癸兩神為伏日,人生值此主淹留,此是五行見優劣,念者方知進退頭。(金書命訣)

「喜神進退」の歌訣にいう――甲日と己日は先に子(鼠穴)上より取り起し、乙日と庚日は便ち卯(兔)辺に向いて求め去る。丙日と辛日は午位に鞍を解き馬を縦し、丁日と壬日は酉(鶏)位に朝廷に迎向す。戊日と癸日のこの両位は伏日と算え、人生がそれに遇上すれば淹滞停留を主る。ここに正に五行各自の優劣を顕出し、能く反復して口訣を玩味する人は、初めて何時進むべきか・何時退くべきかを懂得す。この説は《金書命訣》から出る。

【天神喜】

春戌夏丑逢天喜,秋辰冬未三三指,卦中遇此必歡欣,官事無由終得理。(廣錄)

「天神喜」は四季に拠りて取る――春は戌を取り、夏は丑を取り、秋は辰を取り、冬は未を取り、每季各々一位を指定す。卦を占するか命を推する時にそれに遇上せば、必定歓喜の事あり。縦に官司に沾上するも、また終竟能く道理を講明して平安に了結すべし。この説は《広録》から出る。

大殺者貴神之輔助也,歌云:大殺子生人在猴,丑雞寅犬逐蹤由,卯蛇辰馬巳羊位,午號未兔,申龍頭,酉豬戌須尋見鼠,循環亥地必逢牛,此殺若叫逢旺氣,福神同貴天乙定封侯。

「大殺」は貴神を輔佐するの一位の神煞である。歌訣は逐年にその落つる処を列出す――子年生の人の大殺は申(猴)に在り、丑年は酉(鶏)に在り、寅年は戌(犬)に在り、この条の踪跡に順いて往下に推す。卯年は巳(蛇)に在り、辰年は午(馬)に在り、巳年は未(羊)に在り。午年・未年は卯(兔)に在りと称し、申年は辰(龍)に在り。酉年は亥(猪)に在り、戌年は須に子(鼠)を尋ね、循環して亥年に到れば必定丑(牛)に逢う。この殺がもし当令の旺気に逢上し、また福神・天乙貴人と同じく一位に居れば、命主は一定能く侯に封ぜられ得べし。

其神生旺,壬重大器,公正嚴肅,或更並刑破沖剋,即持威尚武,為事暴戾,與貴人並,走譽馳聲,文武兼全,與建祿並,則一生多得賂遺,或私橫闇昧之財。(燭神經)

この位の神煞がもし生旺の地に処れば、人は便ち重任を担い得べく器局宏大にして、人と為りて公正厳粛ならん。もしまた刑・破・冲・剋と併せて一処に在れば、則ち勢を仗し威を逞ぶし武力を崇尚し、事を辦するに暴烈乖戾に転ず。それが貴人と同柱なれば、声誉遠播・文武兼備を主る。「建禄」と同柱なれば、則ち一生多く他人の饋贈を得るか、あるいは進項は私下・横来・曖昧不明の財路より来る。この説は《燭神経》から出る。

廣信集云:亦可以月取之。金書命訣,作飛廉相殺云:君子值之吉,小人凶,若扶大德貴人,本音墓合殺同其位,官居廊廟,單有其殺,羊刃相夾,祿命身無氣,謂之小人須惡死。

《広信集》にいう――大殺もまた月支を以て取り得べし。《金書命訣》はそれを「飛廉相殺」と作し、併せていう――君子がそれに遇上するは吉、小人がそれに遇上すれば則ち凶。もしそれが大徳貴人を輔助し、また本命「納音」の墓庫・合神・殺神と同じく一位に在れば、命主は以て朝廷に官居すべし。もし単単この殺のみあれば、両辺にまた「羊刃」に夾住せられ、しかして禄・命・身の三処皆気なければ、あれは則ち小人が之に遇えば必ず横死に遭うなり。

壺中子云:大殺若見喜神,藩垣坐鎮。注云:如正月大殺在戌,喜神亦在戌,大殺乃專權柄用之殺喜神,乃化治一方之神,正月大殺遇戌,是謂大殺見喜神。三命鈐云:主有武勇或掌刑戮之任,小人逢之,多有非命,而終主對防害。

《壺中子》にいう――大殺がもし喜神に見れば、一方に坐鎮し藩鎮の任に身居するを主る。注文に解释道して――譬如正月の大殺は戌に在り、喜神もまた戌に在り。大殺は専ら権柄を掌るの殺神で、喜神は一方を教化治理するの吉神で、正月の大殺が恰好戌上に落つれば、これを則ち大殺が喜神に見ると作す。《三命鈐》は則ちいう――命に此の殺を帯ぶれば勇武あるを主るか、あるいは刑罰殺伐を掌管するの職務を担任す。小人がそれに遇上すれば、多くは善终を得ず、終竟人の加害する所と為るを提防するを要す。

【天徳】

正丁二坤宮,三壬四辛同,五亥六是甲,七癸八艮宮,九丙十乙處,子巳必有功,庚居丑月內,值此必興隆。(神白經)

「天徳」の逐月の在る所の位置は――正月は丁に在り、二月は坤宮(未申の間)に在り、三月は壬に在り、四月は同じく辛を取り、五月は亥に在り、六月は甲なり、七月は癸に在り、八月は艮宮(丑寅の間)に在り、九月は丙に在り、十月は乙に在り。十一月の子月は巳上に落つれば必定功あり、庚は則ち十二月の丑月の内に居る。命中に天徳に值上すれば、家道は必然として興旺隆盛ならん。この説は《神白経》から出る。

三命鈐云:天德者五行福德之辰,若人遇之,主登臺輔之位,更與月德並者貴,縱遇凶殺,亦主清顯。三曆會同有天德合日,正壬三丁四丙六己七戊九辛十庚十二乙,雲萬事大吉。

《三命鈐》にいう――天徳は五行の福徳の聚る所の干支で、人もしそれに遇上せば、宰輔の位に登上するを主る。もし再び「月徳」と併せて一処に在れば、更加貴顕にして、縦に凶殺に碰上するも、またなお清貴顕達を主る。《三暦会同》は別に「天徳合」の日を列す――正月は壬を取り、三月は丁を取り、四月は丙を取り、六月は己を取り、七月は戊を取り、九月は辛を取り、十月は庚を取り、十二月は乙を取り、併せてこれらの日子に逢上すれば万事大吉なりと説く。

【歳干徳】

甲己年甲,乙庚年庚,丙辛年丙,丁壬年壬,戊癸年寄戊。此方萬福存焉,千殃遠避,具注歷名歲德。

「歳干徳」は年干に拠りて取る――甲年と己年は甲を取り、乙年と庚年は庚を取り、丙年と辛年は丙を取り、丁年と壬年は壬を取り、戊年と癸年は則ち戊上に寄托す。この方位上に万種の福気は皆此に存留し、千般の災殃は皆遥かに避開す。官頒の具注暦書はそれを「歳徳」と称す。

【歳徳】

寅午戌年巳,巳酉丑年申,申子辰年亥,亥卯未年寅。集正曆云:此方百事大吉。

「歳徳」は年支の三合局に拠りて取る――寅・午・戌年は巳に在り、巳・酉・丑年は申に在り、申・子・辰年は亥に在り、亥・卯・未年は寅に在り。《集正暦》にいう――この方位上に於て任何の事を為すも皆大吉なり。

【月干徳】

甲己月甲,乙庚月庚,丙辛月丙,丁壬月壬,戊癸月寄戊。(三曆會同)集正曆云:按蕭吉五行論月干德者,陰陽配匹之德,天地會合之辰,其神所在,眾福皆臻。

「月干徳」は月干に拠りて取る――甲月と己月は甲を取り、乙月と庚月は庚を取り、丙月と辛月は丙を取り、丁月と壬月は壬を取り、戊月と癸月は戊上に寄托す。この説は《三暦会同》に見る。《集正暦》にいう――蕭吉《五行大義》の論ずる所に依れば、月干徳は陰陽の彼此匹配するの徳・天地交会相合するの辰で、この位の神の在る所の処は、各種の福気は皆聚攏し来るべし。

【月徳】

正五九月在丙,二六十月在甲,三七十一月在壬,四八十二月在庚。(神白經)三命鈐云:月德者,陰陽同類,異位之德也,若人遇之,主學超升,仕官清顯。

「月徳」は三合月局に拠りて取る――正月・五月・九月は丙に在り、二月・六月・十月は甲に在り、三月・七月・十一月は壬に在り、四月・八月・十二月は庚に在り。この説は《神白経》に見る。《三命鈐》にいう――月徳は陰陽同類にして位置各異なるの徳神で、人もしそれに遇上せば、学業出衆にして超擢を得、官を為して清正顕達を主る。

李九萬云:犯天月德者災危處定有救助,婦人不與此說。又云:女命帶天月德者,非吉殺也。月合者五行相氣之辰相合為德也,如月德在甲,則己是主,諸事諧合,官祿崇厚。月空者陰陽之辰,吉慶之位也,如德在甲則庚是,在丙則壬是,互換取之,主資產富有,職任玉庭。(三命鈐)

李九万がいう――命に天徳・月徳を犯する人は、災禍危難の処に於て必定救助あり。ただこの説法は婦人に適用せず。彼がまたいう――女命に天徳・月徳を帯ぶるは、併せて吉神と算えず。いわゆる「月合」とは、本月の相気の辰と相合して成るの徳で、譬如月徳が甲に在れば、あれは則ち甲と相合する己は便ち月合で、諸事和諧・官禄崇厚を主る。いわゆる「月空」とは、陰陽交互の辰・吉慶の在る所の位で、譬如徳が甲に在れば則ち空は庚に在り、徳が丙に在れば則ち空は壬に在り、両両互換して取るなり。家産富足・身は清貴朝班に居るを主る。この説は《三命鈐》から出る。

【天赦日】

春戊寅,夏甲午,秋戊申,冬甲子。集正曆云:經曰天之生育萬物,而乃宿罪,甲戊為陽之干位,子午為陰陽之成,寅申為陰陽之立,以甲戊配成,主為赦也,總聖云:百事吉。(三曆會同)

「天赦日」は四季に拠りて取る――春は戊寅日、夏は甲午日、秋は戊申日、冬は甲子日である。《集正暦》にいう――経書に上天は万物を生養するも、卻って罪罰を留存すと講じ、甲と戊は陽干の位で、子と午は陰陽の成就する処で、寅と申は陰陽の建立する処で、甲・戊を用いてこの数個の地支に配上すれば、便ち赦宥を主る。総聖の説に称す――この日は百事を為すも皆吉利なり。この条は《三暦会同》に見る。

【扶生日】

正酉二卯三居戌,四辰五亥六巳方,七子八午九丑上,十未寅申要相當。(廣錄)三曆會同引總聖集云:百事吉。

「扶生日」の逐月の在る所――正月は酉に在り、二月は卯に在り、三月は戌に居る。四月は辰に在り、五月は亥に在り、六月は巳方に在り。七月は子に在り、八月は午に在り、九月は丑上に在り。十月は未に在り、十一月と十二月は則ち寅・申に配上して初めて相当なりを要す。この説は《広録》から出る。《三暦会同》が《総聖集》を引いていう――この日は百事を為すも皆吉利なり。

【旌徳】

寅午戌月丙日時,巳酉丑月庚日時,申子辰月壬日時,亥卯未月甲日時。

「旌徳」は生月の三合局に拠りて天干を配定す――寅・午・戌の月に生まるるは、丙を取りて日あるいは時と作す。巳・酉・丑の月に生まるるは、庚を取りて日あるいは時と作す。申・子・辰の月に生まるるは、壬を取りて日あるいは時と作す。亥・卯・未の月に生まるるは、甲を取りて日あるいは時と作す。この四組はまさに各三合局の化する所の五行の陽干当旺の神である。

【旌鉞】

寅午戌人寅時,巳酉丑人巳時,申子辰人申時,亥卯未人亥時。一神主旌德,五世不貧窮,內有旌鋮殺,將相及三公。旌鉞殺犯之者,十有九貴,不貴即富,更與旌德相會,不將即相也。(神白經)

「旌鉞」は本命年支の三合局に拠りて時辰を取る――寅・午・戌年生の人は寅時を取り、巳・酉・丑年生の人は巳時を取り、申・子・辰年生の人は申時を取り、亥・卯・未年生の人は亥時を取り、取る所は皆各三合局の長生の位である。歌訣にいう――単に旌徳の一神を得れば、五代人は貧窮を受けず。裏頭に若し再び旌鉞殺あれば、便ち将相三公を出し得べし。およそ旌鉞殺に犯着する人は、十個の裏に九個は貴顕し、貴ならざるもまた必ず富す。もし再び旌徳と会合せば、将軍を為らざれば便ち宰相を為す。この説は《神白経》から出る。

【又旌徳】三合に本干合を見る

寅午戌人見辛,巳酉丑人見乙,申子辰人見丁,亥卯未人見己。主生英俊,生時犯之,更在太歲三六合上,更中氣後尤緊。

另一種の「旌徳」は、三合局の化する所の五行の陽干上より、再びそれと相合するあの天干を找り去る――寅・午・戌年生の人は辛に見(辛と丙と合す)、巳・酉・丑年生の人は乙に見(乙と庚と合す)、申・子・辰年生の人は丁に見(丁と壬と合す)、亥・卯・未年生の人は己に見(己と甲と合す)。命にこの一神を帯ぶれば人生英俊を得るを主る。もしそれが生時上に出現し、また太歳の三合・六合の位に落ち、しかも中気の後に生まれれば、応験は殊に緊要なり。

【又旌鉞】子午卯酉に金人を見る

寅卯辰人見癸酉,巳午未人見癸卯,申酉戌人見戊子,亥子丑人見戊午。乃四時專主誅戮之神,庶人主徙配,克本命主惡死。又云:二殺若更與三公殺會同一位者,尤佳,主殊貴。

另一種の「旌鉞」は四季方位に拠りて取る――寅・卯・辰年生の人は癸酉に見、巳・午・未年生の人は癸卯に見、申・酉・戌年生の人は戊子に見、亥・子・丑年生の人は戊午に見る。これは四季の中の専ら誅殺刑戮を管る神で、平民百姓がそれに犯着すれば、流放発配せらるるを主る。もしそれがまた本命を剋傷せば、則ち非命に死するを主る。また一説あり――この両個の殺神がもし「三公殺」と同じく一位上に会合せば、かえって更に好く、特別貴顕を主る。

【三公殺】

寅午戌人壬子,巳酉丑人丙午,申子辰人已卯,亥卯未人辛酉。三合中見支干來克是也,惟申子辰水土同位,故取己土卯木之克,乃陰陽鬼極之神,五行毒氣宰輔之殺,庶人切忌犯之,主非橫刑獄而死。

「三公殺」の取法は――寅・午・戌年生の人は壬子を取り、巳・酉・丑年生の人は丙午を取り、申・子・辰年生の人は己卯を取り、亥・卯・未年生の人は辛酉を取る。それは三合局の中に於て天干地支の両頭が皆来りて本局を剋するのあの一柱を挑出するなり。ただ申子辰の水局は水と土と同じく一位に居するを以て、だから改めて己土と卯木の剋を取る。これは陰陽の中に鬼気が極点に到った神で、また五行の毒気が凝成するの宰輔の殺である。平民百姓は千萬にそれに犯着すべからず。犯着すれば便ち意外横禍あるいは牢獄に因りて死するを主る。

【青龍殺】又名を老人星という

寅午戌人丙寅,巳酉丑人辛巳,申子辰人壬申,亥卯未人乙亥。乃天地喜樂聚會之神,君子多權柄,仍多倉廩,庶人招橫財之福,刑破者非,又主壽長,有美妻好子,淫奢不離心,子孫亦淫蕩。

「青龍殺」はまた老人星と作り、取法は――寅・午・戌年生の人は丙寅を取り、巳・酉・丑年生の人は辛巳を取り、申・子・辰年生の人は壬申を取り、亥・卯・未年生の人は乙亥を取り、落つる処は皆各三合局の化する所の五行の長生の位である。それは天地間の歓喜聚會の神である――君子がこれを得れば多く権柄を握り、しかも倉廩充実す。平民がこれを得れば能く横財の福を招来す。もし刑冲破害せられれば、則ちこのように論ずる能わず。それはまた長寿を主り、美貌の妻子と出色の児子あり。ただ心里に総じて淫逸奢華を離れず、子孫もまた往々にして淫蕩に流る。

【良会殺】卯木は寅午戌の丁火を生ず、余は此に准じて之を推す。

寅午戌人丁卯,巳酉丑人庚辰,申子辰人癸酉,亥卯未人甲子。以上殺只恐忌刑沖破害,在生時主人歇滅福淺,無破則為人間之瑞。(廣信集)神白經云:寅午戌生及生月得丁卯日忌癸乙時,巳酉丑生及生月得庚辰日忌丙戊時,申子辰生及生月得癸酉日忌已辛時,亥卯未生及生月得甲子日忌庚壬時。

「良会殺」の取法は――寅・午・戌年生の人は丁卯を取り、巳・酉・丑年生の人は庚辰を取り、申・子・辰年生の人は癸酉を取り、亥・卯・未年生の人は甲子を取る。まさに標題の説くごとく、卯木は能く寅午戌の丁火を生じ、残りの三組は此を照りて類推す。以上のこれらの殺神はただ刑・冲・破・害に遇上するを怕る。もし生時上に落ちて冲破せられれば、主人は福気浅薄・気数消歇し、破損なければ便ち人間の祥瑞である。この説は《広信集》から出る。《神白経》にいう――寅午戌の年あるいは月生にして丁卯日を得るは、癸時と乙時を忌む。巳酉丑の年あるいは月生にして庚辰日を得るは、丙時と戊時を忌む。申子辰の年あるいは月生にして癸酉日を得るは、己時と辛時を忌む。亥卯未の年あるいは月生にして甲子日を得るは、庚時と壬時を忌む。

【天印殺】

甲乙申,丙丁亥,戊己寅,壬癸巳。一如壬癸生屬水,金生水,金生在巳,又為天印天綬殺,彷此對宮取之。

「天印殺」の取法は――甲・乙日は申を取り、丙・丁日は亥を取り、戊・己日は寅を取り、壬・癸日は巳を取る。例を挙げて説けば、壬・癸生の人は五行が水に属し、金は能く水を生じ、しかして金の長生は巳に在れば、だから壬癸は則ち巳を取る。この一位はまた「天印天綬殺」と作る。残りの各干は皆この道理に照りて、対面の宮位上より往きて取る。

【活禄殺】

甲乙申,丙丁巳,戊己申,庚辛亥,壬癸寅。一如甲乙生屬木,木克土,土生申是也。(洞微經)

「活禄殺」の取法は――甲・乙日は申を取り、丙・丁日は巳を取り、戊・己日は申を取り、庚・辛日は亥を取り、壬・癸日は寅を取る。例を挙げて説けば、甲・乙生の人は五行が木に属し、木の剋する所は土で、しかして土の長生は申に在れば、だから甲乙は便ち申を取る。この説は《洞微経》から出る。

【天印貴格】

甲在子宮中,乙逢亥亦同。陽支生陽干,陰支生陰干,餘八干同。

「天印貴格」の取法は――甲は子宮を以て貴と為し、乙が亥に逢うもまた同様の道理である。それの原理は陽支が陽干を生じ陰支が陰干を生ずるに在り、残りの八個の天干は皆この法則に照りて去りて取る。

【旌旗殺】

謂五行旺氣會於日辰上,主建工立事,入貴格則多為元帥魁眾。(五行要訣)

いわゆる「旌旗殺」とは、五行の旺気が日柱の上に会聚することを指し、主人は能く功業を興建し事功を創立し得べし。もしまた貴格に入れば、多くは兵を統るの元帥・群倫を領袖するを為り得べし。この説は《五行要訣》から出る。

貴窠神者,陰陽福德之位,蓋取前逢驛馬,後遇太歲,或前遇太歲,後逢驛馬,若人生月遇之,凡吉月者時日俱同,下皆彷此,主官致公侯,位登臺輔。假令甲子生人,驛馬在寅,子為本命太歲,後逢驛馬也,餘命彷此,行年至此,亦主稱遂。

「貴窠神」は陰陽福徳の居る所の位で、取法は前面に「駅馬」に逢着して後面に太歳に遇着するか、あるいは前面に太歳に遇いて後面に駅馬に逢うなり。人もし生月上にそれに遇到せば、およそ吉利の月に属するは、日柱と時柱もまた同様の法を照りて取り、以下の各条は皆此を倣う。命に此の神を帯ぶれば、官は公侯に至り位は宰輔に登るを主る。例を挙げて説けば、甲子年生の人の駅馬は寅に在り、子は則ち本命太歳で、正に太歳が後に在り駅馬が前に在るの義に合す。残りの各命は此を照りて類推す。流年行運がこの一位に走り到れば、同じく称心遂意を主る。

凡遇貴命神下生者,不可一概論之,但以三命財祿有氣無氣,凶神貴神,多少折除消息。設如遇貴神三命,卻值墓絕休囚,或財祿無氣,或落在空亡,似此之人,合主有官而無位,或有名而不立,或為僧道,或攻藝術,下等小人,或衣食不充,或一生孤獨,所謂有名而無實也。凡諸貴神下生者,皆彷此推之。(三命指掌)

およそ是れらの貴神の下に出生する人は、一概に論ずるべからず。さらに年月日「三命」の中の財と禄とが気あるか気なきか・凶神と貴神と各々多少を占むるを看て、彼此折抵斟酌するを須とす。仮に貴人が三命に加臨するに遇上するも、卻って正に墓・絶・休・囚の地に値するか、あるいは財禄は毫も生気なく、あるいは「空亡」裏に落ち込めば、このような人は便ちただ官ありて実位なきか、あるいは名声ありて卻って立ち起る能わざるか、あるいは出家して僧道を為るか、あるいは専ら一門の技芸を攻むるのみ。至于下等の小人は、則ち衣食足らざるか、あるいは一生孤独して、これはまさにいわゆる名ありて実なきである。およそ各種の貴神の下に出生するは、皆この法に照りて推し断ず。この説は《三命指掌》から出る。

名福者,謂太歲是陽干,得陰干月生,歲干後生祿干者是也,陰干生人得陽干月亦然。假如甲人在寅,丙為祿干,生在八月,月建癸酉,水生甲木,甲木生丙火,己人祿在午,寅為祿干,生在正月,月建丙寅,丙火生己土,己土生庚金,餘依此取之。

いわゆる「名福」とは、太歳の天干が陽干なのに、卻って陰干の月に生まれ、しかして年干が順次にまた能く本命禄位上の天干を生出するを指す。陰干生の人が陽干の月に生まるるも、道理は一樣である。例を挙げて説けば、甲年生の人の禄は寅に在り、寅上に遁出する丙は便ち禄干である。もし八月に生まれれば、月建は癸酉と為し、酉中の水は甲木を生じ、甲木は再び丙火を生じて、一路相生して絶えず。また己年生の人の禄は午に在り、寅位の遁する所の干を以て禄干と為すがごときは、もし正月に生まれれば、月建は丙寅と為し、丙火は己土を生じ、己土は再び庚金を生ず。残りの各命は皆この法に照りて去りて取る。

又如甲人得酉,乙人得午,丙人巳,丁人辰,戊人巳,巳人寅,庚人卯,辛人戌,壬人亥,癸人申,若人生月遇之,主有科名祿位。(三命鈴)

また甲年生の人が酉を得、乙年生の人が午を得、丙年生の人が巳を得、丁年生の人が辰を得、戊年生の人が巳を得、己年生の人が寅を得、庚年生の人が卯を得、辛年生の人が戌を得、壬年生の人が亥を得、癸年生の人が申を得るがごときは――人もし生月上にこれらの地支に遇到せば、科第功名と俸禄官位を取得し得るを主る。この説は《三命鈐》から出る。

【天定印】

丙辰日土印,忌壬辰時。天元變化書云兩辰名勾陳,廣信集雲忌見壬子壬辰尤緊。庚戌日金印,忌丁亥丁丑時,與丙同。天元變化書云庚戌名白虎,廣信集雲丁亥稍得,丁丑不佳,無丙字。己亥日木印,忌乙亥乙丑日時。天元變化書云己亥名青龍,廣信集雲有乙未時。

「天定印」は共に三日あり。丙辰日は土印に属し、壬辰時に配するを忌む。《天元変化書》に両個の辰字が併見するを「勾陳」と作るといい、《広信集》に殊に壬子・壬辰に見るを忌むという。庚戌日は金印に属し、丁亥・丁丑時に配するを忌み、丙に見るの情形と相同なり。《天元変化書》に庚戌を「白虎」と作るといい、《広信集》に丁亥に配するはなお稍可なれど、丁丑に配すれば則ち好からず、しかも丙字を缺くべからずという。己亥日は木印に属し、乙亥・乙丑の日あるいは時に配するを忌む。《天元変化書》に己亥を「青龍」と作るといい、《広信集》にさらに乙未時に配し得べしという。

天定印者,文官福相,武做管軍,餘人犯之,不貴即富,若失天定者祿出艱辛,餘者貧薄也。又云:庚戌日見丙時,己亥日見乙時,丙辰日見壬時,為真官印,犯之主富貴。(神白經)

命に「天定印」を帯ぶる人は、文途を走れば宰輔の福を享くべく、武途を走れば軍隊を統領し得べし。残りの人がそれに犯着するは、貴ならざるもまた必ず富す。もしこの天定の印を失えば、俸禄は便ち艱難辛苦の中より挣来するを要し、再び次の一等は則ち貧寒微薄ならん。また一説あり――庚戌日が丙時に見、己亥日が乙時に見、丙辰日が壬時に見るは、これを「真官印」と作り、命中にそれに犯着すれば富貴を主る。この説は《神白経》から出る。

李九萬云:天定印在日上,見之大好,見所忌則壞破印,福出艱辛,貧薄之人也。正犯不破者,十有九貴。

李九万がいう――天定印が日柱上に落つるは、それに見れば極めて好し。ただ要是同時にまた其の忌む所の時辰に見れば、印綬は則ち冲壊破損せられ、福気はただ艱辛の中より求むるのみの能くして、貧寒微薄の人を成す。およそ正正それに犯着して破せられざるは、十個の裏に九個は貴顕す。

【四大福神】

甲日丙寅時,丙丁壬人上,辛癸人次之;乙日己卯時,乙癸丁人上,甲庚人次之;庚日甲申時,乙庚戊人上,壬癸人次之;辛日丁酉時,甲丙辛人上,丁巳人次之。若主本旺相有貴同行,文為宰輔,武為建節,無用即主衣祿豐也。(鬼谷命格)

「四大福神」は四組の固定する日時の搭配である――甲日は丙寅時に配し、丙・丁・壬年生の人を以て上等と為し、辛・癸年生の人は次の一等。乙日は己卯時に配し、乙・癸・丁年生の人を以て上等と為し、甲・庚年生の人は次の一等。庚日は甲申時に配し、乙・庚・戊年生の人を以て上等と為し、壬・癸年生の人は次の一等。辛日は丁酉時に配し、甲・丙・辛年生の人を以て上等と為し、丁・巳年生の人は次の一等。もし本命日主がまた旺相の地に処り、さらに貴神の同行あれば、文は宰輔に做到し得べく、武は節を持するの封疆大吏に做到し得べし。たといこのような大用に派し得ざるも、また衣食俸禄の豊足を主る。この説は《鬼谷命格》から出る。

【建節星】

祿前第六位是也,如甲申生人,至癸酉是也。(三命纂局)

「建節星」は本命禄位より往前に数うるの第六位を取る。譬如甲申年生の人は、一路癸酉まで数え到れば便ち是なり。この説は《三命纂局》から出る。

【千対貴神】又名を禄対神という

蓋取與見祿對沖也,如甲人在申,乙人在酉之類,主多藝能,有智識,居官食祿,即在清要之地。(三命鈴)

「千対貴神」はまた禄対神と作り、取る所は本命禄位と正相対冲するあの地支である――甲の禄は寅に在り、対冲は申なれば、だから甲年生の人は申を取る。乙の禄は卯に在り、対冲は酉なれば、だから乙年生の人は酉を取る。残りは此を照りて類推す。命に此の神を帯ぶる人は多才多藝・見識智謀ありて、官を為し禄を食するもまた総じて清貴緊要の位置上に在る。この説は《三命鈐》から出る。

【鳳凰池】

戊午年月日時同,餘彷此。(三命纂局)鬼谷要訣云:支干一路鳳凰池,祿馬相逢實更奇,君子定為國樑棟,女人多是做皇妃。如戊午年月日時,乃高職方命,固貴,卻胎在死絕,壽不長,如辛卯年月日時,乃楊太后命。

「鳳凰池」は年・月・日・時の四柱の干支が完全相同することを指す。譬如四柱皆戊午なれば、残りは此を照りて類推す。この説は《三命纂局》から出る。《鬼谷要訣》にいう――干支が一路相同なれば便ち鳳凰池を成し、もし再び「禄」と「駅馬」に逢上せば則ち更に奇特なり。男子は必定国家の棟梁と為り、女子は多くは皇妃に做到す。譬如四柱皆戊午のは、あれは高職方の命で、本来貴を主るも、ただ惜しむらくは受胎の月が死絶の地に落つれば、だから寿数長からず。また四柱皆辛卯のがごときは、あれは楊太后の命である。

【四建一字格】

四個壬寅最上,為壬居寅上,有變化氣,俱顯貴命也。四個辛卯,納音自旺,貴格。四個庚辰金大凶,金盛刑強。四個己巳木,貧困,三才俱無好氣象。四個戊午火,干化納音,俱顯貴,然有刑支干,有俱不用凶。四個丁未大凶,軍徒命。四個丙申賊敗命,貧下之人。四個己酉為真土,旺酉不可用,沐浴顯貴。

四柱が同じく一組の干支と為るの「四建一字格」は、好壊各々同じからず。四個の壬寅は最も上等で、壬水は寅上に居りて変化の気を含み、皆顕貴の命なればである。四個の辛卯は、「納音」が自旺して、また貴格と算える。四個の庚辰は金に属し、大凶、金気太盛にして刑気強横なり。四個の己巳は納音が木に属し、貧困を主り、天地人三才皆好气象なし。四個の戊午は火に属し、天干と納音と化成して一気を為し、同じく顕貴す。ただ干支の間に刑を帯ぶれば、あるは便ち凶にして取用すべからず。四個の丁未は大凶で、軍に充り役に服するの命である。四個の丙申は盗賊敗落の命で、貧寒下等の人に属す。四個の己酉は納音が真土と為り、酉は当旺すると雖も卻って取用すべからず、ただ沐浴の地上に於て略々貴気を顕すのみ。

甲戌火印顯貴,四個癸亥水中貴,雖俱旺俱是水太過,故得中貴。(天元變化書)

四個の甲戌は納音が火に属して印を帯び、顕貴を主る。四個の癸亥は水に属し、ただ中等の貴と算えるのみ。水は皆旺気を得ると雖も、畢竟水勢太過なれば、だからただ個の中等の貴顕を落とすのみ。この説は《天元変化書》から出る。

【徳星俱聚格】

謂年月日時納音同,惟戊午丁未並是自刃,不宜全見,午乃帶自刑,如丙申年,月日時全見,即金人弱火強,亦不能為福,不可不消息也。(玉簫寶鑑)

「徳星俱聚格」は年・月・日・時の四柱の「納音」が相同なるを指す。ただ戊午と丁未の両組は皆自刃を帯び、四柱斉見するに宜からず。午はまた別に自刑を帯ぶ。また丙申年にして月・日・時もまた全く丙申なれば、あれは則ち金弱火強にして、同じく福を成さず。これらの地方は皆細加斟酌せざるべからず。この説は《玉霄宝鑑》から出る。

【公孫同類格】

年月日時同一如鳳凰池。(三命纂局)

「公孫同類格」は年・月・日・時の四柱が完全相同するを説くに、前面の講じる所の「鳳凰池」と実は一回事である。この説は《三命纂局》から出る。

【又公孫同類格】

公孫同類年與時,生成祿貴最為奇,自生自旺元無此,乃是鄉財積穀兒。公孫同類者年與時也,胎於月也。(珞琭貴賤格)

歌訣にいう――いわゆる公孫同類とは、年柱と時柱とが彼此相同するを指す。このように天然生成するの禄と貴は最も奇特なり。もしただ自生自旺して原本にこの層の関係なければ、あれは不過個の郷間に穀米を囤積するの富家子弟のみ罷らん。下文に解釈していう――公孫同類の講ずるは則ち年柱と時柱で、しかして胎元は則ち月上に落つる。この説は《珞琭貴賤格》から出る。

順生首尾相宜,重重回視順干支,若臨貪武兼權殺,詔入朝廷輔萬歲。如蕭清卿大夫是丙寅生見丙寅時是也。(鬼谷要訣)玉霄寶鑑作族繫重光格云:此類家族昌盛門閥增光。

另有歌訣にいう――四柱が順次相生して首尾彼此相宜し、反復回看する時に干支皆理に順い条に成る。もし再び貪狼・武曲の星に臨み、兼ねて権殺を帯びれば、便ち詔を奉じて朝に入り君王を輔佐し得べし。譬如蕭清卿大夫の命は、則ち丙寅年生にしてまた丙寅時に見るなり。この説は《鬼谷要訣》から出る。《玉霄宝鑑》はそれを「族系重光格」と称し、この一類の命は家族昌盛・門第が光を増すを主ると説く。

【鳳凰干】

兩甲合一己,兩己合一甲之類。

「鳳凰干」は両個の相同の天干が去りて一個の天干に合することを指す。譬如両個の甲が一個の己に合し、あるいは両個の己が一個の甲に合するは、皆この一類に属す。

【鳳凰支】

兩子合一丑,兩丑合一子之類。(林開五命)

「鳳凰支」は両個の相同の地支が去りて一個の地支に合することを指す。譬如両個の子が一個の丑に合し、あるいは両個の丑が一個の子に合するは、皆この一類に属す。この説は《林開五命》から出る。

【又鳳凰支】

如甲子人甲子日生,乙丑人乙丑日生,餘倣此。(三命纂局)

另一種の「鳳凰支」は、本命年柱と日柱とが完全相同することを指す。譬如甲子年生の人がまた恰好甲子日に生まれ、乙丑年生の人がまた恰好乙丑日に生まるるは、残りは此を照りて類推す。この説は《三命纂局》から出る。

金書命訣云:鳳凰支常以本命為主,於生月日時或胎月逢太歲,即是鳳凰支,皆主聰明慧達,為官尊貴。亦如呂相國命,己卯年十一月生,得己卯日,戊辰時,其己卯鳳凰支,甲戌日入胎合本生歲,天官在胎月中,所以官居相府也。

《金書命訣》にいう――鳳凰支は一向に本命年柱を以て主と為し、ただ生月・生日・生時あるいは胎月上に再び太歳と相同の干支に逢着すれば、則ち鳳凰支と算え、皆人の聡明頴悟・官を為して尊貴なるを主る。譬如呂相国の命は、己卯年十一月に生まれ、日柱は己卯を得・時柱は戊辰で、この己卯日は年柱と相同なれば便ち鳳凰支を成す。さらに受胎の甲戌日が本生の年と相合し、天官貴神がまた胎月の中に落つるを加えれば、だから彼は能く宰相の府に官居し得べし。

八字金書云:凡命有吉,鳳凰支者,不拘祿馬,定是貴人,更有祿馬,此間世之命,或二干凶,下得雙吉,更有吉神,亦主富貴,俱凶主貧薄短命,縱有祿馬,終是尋常,如見單鳳凰大段有貴人祿馬,亦作貴命。

《八字金書》にいう――およそ命裏に吉神を帯びてまた鳳凰支あるは、必ずしも再び禄馬を講究するを要せず、一定是貴人である。もし再び禄馬あれば、あれは便ち世間少有の好命である。あるいは天干上に両位の凶神ありて、しかして下面の地支が両位の吉神を得、再び別の吉神の相助を加えれば、もまた富貴を主る。もし上下皆凶なれば、則ち貧薄短命を主り、縦に禄馬あるも、終竟ただ尋常の人のみ。至于ただ一処の単鳳凰を見るのみのは、ただ大体上に貴人と禄馬あれば、一様に貴命と算え得べし。

鬼谷要訣云:鳳凰四位更為尊,擲地文章筆下分,縱值空亡皆有力,青雲直上立功勳。如韓學士戊戌年丁巳月戊戌日丁巳時是也。又歌云:生居四位鳳凰星,死氣窮寒露體冰,值祿值馬並有氣,定為勐將坐專城。又云:四正之中四鳳凰,定言刑尅勐凶亡,縱然吉將來扶助,若是刑多死法場。如子午卯酉人,不用鳳凰支,有則反為災也。

《鬼谷要訣》にいう――四柱皆鳳凰の位を成すは更に尊貴で、文章は落筆して地に擲つに声あり高下自ら分かれ、縦に「空亡」に遇上するも依然として力あり、能く青雲直上して功勲を建立し得べし。譬如韓学士の命――戊戌年・丁巳月・戊戌日・丁巳時は、まさにこのごときなり。また歌訣ありていう――生来四位の鳳凰星を占むれば、もし死気に逢えば便ち窮寒して露身して氷に臥するがごとし。もし禄に値し馬に値してまた皆気あれば、一定是猛将にして一方の大城に坐鎮せん。さらに歌訣ありていう――子午卯酉の四正の中にもし四鳳凰に見れば、断定して刑剋・凶猛にして亡ぶるを要す。縦に吉将の前に来りて扶助するあれども、ただ刑が太多ければ、終竟法場に死す。だから子・午・卯・酉年生の人は鳳凰支を取らず。有ればかえって災を成す。

【命天庭】

常在命前一辰,如子生人在丑,遇之者主職在天庭,長得陰貴人力,小人逢之,亦主遊歷四方,得人扶助。(三命鈐)

「命天庭」は総じて本命年支より往前に数うるの第一位に在る。譬如子年生の人は便ち丑に落つ。それに遇上する人は職位が朝廷の上に居るを主り、常に陰貴人の助力を得ることを得べし。尋常の人がそれに逢着するも、また四方を游歴して処処に人の扶持を得るを主る。この説は《三命鈐》から出る。

【天奇天宝】

生時前五辰為天奇,後五辰為天寶,主富貴,在四旺上尤妙。(廣錄)

生時より往前に数うるの第五位を「天奇」と作り、往後に数うるの第五位を「天宝」と作る。命にこの両位を帯ぶれば富貴を主る。もしそれらがまた子・午・卯・酉のこの四個の旺地上に落つれば、則ち更加美妙なり。この説は《広録》から出る。

第十四巻

【論天乙貴神】林開が云うに武曲星に属す

天乙貴人者,十干之秀氣在紫微宮門外,乃天皇大帝,其神為最貴,所至六害、一切凶殺,隱然而避,形貌軒昂,性靈穎悟,理烈分明,不喜雜術,純粹大器,身蘊道德,眾人欽愛,此生旺者然也,死絕則執拗自是,喜遊近貴,與劫殺倂,則貌厚有威,多謀足計,與官符倂則文翰飄逸,高談雄辯,與建錄倂則文翰純實,濟惠廣施也。(燭神經)

「天乙貴人」は十天干の秀気の聚る所で、位は紫微宮門の外に在り、則ち天皇大帝で、この位の神は最も尊貴である。彼の到る所の処は、「六害」及び一切の凶殺は皆悄悄回避す。命に此の神を帯ぶる人は形貌軒昂にして、性情霊慧頴悟し、理を説くに清晰分明にして、旁門雑術を喜ばず、禀性純粹にして器局宏大、一身は道徳を涵養し、衆人は敬愛す――これは貴人が生旺の地に処るに就きて言うなり。もし貴人が死絶の地に落つれば、人は便ち己見に固執し、ただ権貴に交游攀附するを愛するを変ず。貴人と「劫殺」と併せて一処に在れば、相貌は厚重にして威儀あり、多謀善算す。「官符」と併せて一処に在れば、文章飄逸灑脱にして、高談闊論・弁才无碍す。「建禄」と併せて一処に在れば、文章純正扎实にして、また能く広く恩惠を施し他人を救済す。この説は《燭神経》から出る。

甲木陽也,乘少陽之氣,而生乎東,至巳而陽用事畢矣,故藏於未而為貴。庚陽金也,乘少陰之氣,而生乎西,至亥而陰用事畢矣,故藏於丑而為貴。戊陽土也,沖和中央,播於四時,甲因之而萬物生,庚因之而萬物成,則生成之理備矣,此陽木陽土陽金,喜於印庫也。

甲は陽木に属し、少陽の気に乗じて東方に生じ、巳位に到れば陽気の作用は便ち尽き使われ、だからそれは未に蔵して、則ち未を以て貴と為す。庚は陽金に属し、少陰の気に乗じて西方に生じ、亥位に到れば陰気の作用もまた尽き使われ、だからそれは丑に蔵して、則ち丑を以て貴と為す。戊は陽土に属し、冲和して中央に居り、四季の中に散布す――甲はそれに靠りて万物は初めて生発を得るを以てし、庚はそれに靠りて万物は初めて成就を得るを以てし、生と成の道理は便ち完備す。これは則ち陽木・陽土・陽金が皆丑未のこの両個の印庫を喜ぶの縁故である。

丙丁之火,盛夏則其性至酷而害物,惟息於酉,藏於亥,而豬雞所以為貴者,和之以西北方之氣也。壬癸之水窮冬則其性至嚴而殺物,惟嗇於卯,潛於巳,而蛇兔所以為貴者,和之以東南方之氣也,此水火不嫌於死絕。

丙・丁は火に属し、盛夏に到れば其の性子は最も酷烈にして万物を傷害す。ただ酉に到って初めて止息し、亥に到って初めて収蔵す。だから亥(猪)・酉(鶏)を拿りて貴人と作すは、まさに西北方の寒気を用いてそれを調和せんと要するなり。壬・癸は水に属し、隆冬に到れば其の性子は最も厳厲にして万物を粛殺す。ただ卯に到って初めて収斂し、巳に到って初めて潜伏す。だから巳(蛇)・卯(兔)を拿りて貴人と作すは、まさに東南方の暖気を用いてそれを調和せんと要するなり。これは便ち水と火とが死絶の地を忌諱せざるの道理である。

六辛陰金,執方而不能自化,乙陰木,己陰土,失類而無居,故六辛必假寅午戌之火,乙己必假申子辰之水土,此陰金不嫌鬼盛,陰木陰土喜於財旺也。

六個の辛日は陰金に属し、一方を固守して自ら変化する能わず。乙は陰木で、己は陰土で、皆同類を失いて安身する処なし。だから六辛は必ず寅午戌の火を借助するを須とし、乙と己は必ず申子辰の水と土を借助するを須とす。これは則ち陰金が鬼殺の旺盛を怕れず、陰木陰土が財星の当旺を喜ぶの道理である。

如甲子人有戊有庚,得癸未乙丑遇二吉而帶印也,甲人遁見丁丑辛未者次之,乃三陽喜在印庫也。乙人得戊申庚子生旺之土,己人得甲申丙子生旺之水,此陰木陰土喜於財旺也。丙丁得丁酉乙亥,壬癸得乙卯癸巳,此水火不嫌死絕也。六辛得丙寅戊午,此陰金不嫌鬼盛也,得二者為上,得一次之。(關東叟雲)

譬如甲子年生の人で、命中に戊あり庚あり、また癸未・乙丑の両柱を得れば、あれは便ち両重の吉神に遇上してしかも印庫を帯ぶるなり。甲年生の人がもし丁丑・辛未を遁出せば、則ち次の一等。これはまさに三個の陽干が印庫の上に坐するを喜ぶの意思である。乙年生の人が戊申・庚子のこの類の生旺の土を得、己年生の人が甲申・丙子のこの類の生旺の水を得るは、これは陰木陰土が財星の当旺を喜ぶなり。丙・丁が丁酉・乙亥を得、壬・癸が乙卯・癸巳を得るは、これは水火が死絶を忌まざるなり。六個の辛日が丙寅・戊午を得るは、これは陰金が鬼殺の旺盛を怕れざるなり。以上の各類は、両処を得着するは上等と算え、ただ一処を得るのみは次の一等。この説は関東叟の論ずる所と為す。

紫虛格有貴人入廟格歌云:甲戊須尋癸未時,戊庚乙丑細窮推,丙丁丁酉乙亥是,壬癸乙卯癸巳奇,乙得戊申並庚子,己居丙子甲申時,辛遇丙寅兼戊午,遇者重金掛紫緋。

紫虚格の中に另有「貴人入廟格」あり。歌訣にいう――甲と戊は去りて癸未時を尋ねるを要し、戊と庚は乙丑に配してさらに細々推求するを須とす。丙・丁は丁酉と乙亥を取り、壬・癸は乙卯と癸巳を取れば最も奇特なり。乙は戊申并びに庚子を取り、己は丙子と甲申時に居る。辛は丙寅兼ねて戊午に遇う――およそこれらの配合に遇上する人は、皆能く重金を身佩し紫紅の官袍を披上し得べし。

玉霄寶鑑云:有貴人入廟格,取五虎元遁之貴人本位上,見所遁之干者是也。假令六甲人得辛未丁丑者為入廟,餘皆準此,若不犯空亡駁雜者清貴,安逸之人也。

《玉霄宝鑑》にいう――いわゆる「貴人入廟格」とは、取法は五虎遁の推出する貴人の本位上に於て、恰好遁出する所のあの天干に見るなり。譬如六個の甲日の人が辛未・丁丑を得れば、則ち入廟と算え、残りは此を照りて准と為す。このような命がもし「空亡」を犯さず、また駁雑不純ならざれば、便ち清貴安逸の人である。

李虛中云:本家貴人全者,如甲人有戊、有庚、有丑、有未是也,大貴。如甲人得丁丑辛未,又得次也,蓋甲年丑上遁得丁,未上遁得辛也,更有一種貴人,亦為福甚,重得者必貴,甲戊庚得乙丑癸未,乙得庚子戊申,己得丙子甲申,丙丁得丁酉乙亥,壬癸得乙卯癸巳,六辛得丙寅戊午是也。

李虚中がいう――本家貴人が斉全のは、譬如甲年生の人の命裏に戊あり庚あり、また丑あり未あるは、あれは大貴である。甲年生の人がもし丁丑・辛未を得れば、もまた次の一等と算える。甲年が丑上に遁出する天干は丁で、未上に遁出する天干は辛なればである。此の外にまた一種の貴人ありて、福力もまた甚だ重く、重複して得れば必定貴顕す――甲・戊・庚が乙丑と癸未を得、乙が庚子と戊申を得、己が丙子と甲申を得、丙・丁が丁酉と乙亥を得、壬・癸が乙卯と癸巳を得、六個の辛日が丙寅と戊午を得るは、則ちこの一類である。

甲陽木,戊陽土,庚陽金,皆喜土位,而未者土之正位,丑者土之安靜之地,故以牛羊為貴。然細分之,則甲尤喜未,庚尤喜丑,各歸其庫也。戊子戊寅戊午喜丑,丑者火人胎養之鄉;戊辰、戊申、戊戌喜未,未者木人入庫,土人生旺之位也。

甲は陽木、戊は陽土、庚は陽金で、皆土位を喜ぶ。未は土の正位で、丑は土の安静の地である。だから丑(牛)・未(羊)を拿りて貴人と作す。ただ細分して言えば、甲は殊に未を喜び、庚は殊に丑を喜び、各自其の墓庫に帰入す。戊子・戊寅・戊午は丑を喜ぶ。丑は火の受胎養育の郷なればである。戊辰・戊申・戊戌は未を喜ぶ。未はすなわち木の庫に入るの処にして、また土の生旺の位なればである。

乙者陰木,巳者陰土也,陰土喜生旺,陰木愛陽水,所以鼠猴為貴,然乙尤喜申者,木之絕鄉也,巳尤喜申,申者坤之正位也。丙丁屬火,火墓在戌,壬癸屬水,水墓在辰,辰戌為魁罡之地,貴人所不臨,故尋寄火,貴於酉亥,寄水貴於卯巳,皆歸靜復之鄉。

乙は陰木、己は陰土。陰土は生旺を喜び、陰木は陽水を喜愛す。だから子(鼠)・申(猴)を拿りて貴人と作す。ただ乙は殊に申を喜ぶ。申は木の絶郷なればである。己もまた殊に申を喜ぶ。申は坤位の正に在る所なればである。丙・丁は火に属し、火の墓は戌に在り。壬・癸は水に属し、水の墓は辰に在り。しかし辰・戌は「魁罡」の地に属し、貴人はその上に臨むを肯んぜず。だから火は則ち改めて酉と亥の上に寄せて貴と為し、水は則ち改めて卯と巳の上に寄せて貴と為す。皆安静復元の郷に帰到するなり。

六辛陰金,喜陽火生旺之地,故以馬虎為貴,雖然宜以納音互換推尋,須比和則其貴為福,若丙寅火得酉,則火至此死,焉足為貴哉。(廣錄)

六個の辛日は陰金に属し、陽火生旺の地を喜ぶ。だから午(馬)・寅(虎)を拿りて貴人と作す。話は此のごとくと雖も、さらに「納音」を把りて交互に推尋する一番を当にす。必ず彼此比和するを須して、初めてこの份の貴気は福を成し得べし。譬如丙寅の納音は火に属して卻って酉を得れば、火は酉に到れば便ち死絶し、あれはまた何処で貴と称するに足らんや。この説は《広録》から出る。

天乙貴人者,三命中最吉之神也,若人遇之,主榮名早達,官祿易近,若更三命皆乘旺氣,終登將相公卿之位,大小運行年至此,亦主遷官進財,一切加臨至此,皆為吉兆。(三命指掌)

天乙貴人は年・月・日の「三命」の中の最吉の一位の神で、人もしそれに遇上せば、声名早々顕達し官位俸禄容易に手に到るを主る。もし三命がまた皆旺気に乗ずれば、終竟能く将相公卿の位に登上し得べし。大運・小運と流年がこの一位に走り到れば、同じく升官進財を主る。任何の神煞が此に加臨するも、も皆吉兆と算える。この説は《三命指掌》から出る。

【論貴神優劣】

乙丑文星貴神,丁丑退氣貴神,乙丑大敗貴神,辛丑武星貴神,癸丑羊刃貴神,乙未華蓋貴神、載路空亡,丁未退氣羊刃貴神(一雲半吉),巳未羊刃貴神(一雲半吉),辛未華蓋貴神(一雲空亡大敗),癸未伏神華蓋貴神。以上甲戊庚人月日時貴神。

甲・戊・庚の三干の貴人は丑と未に落ち、同じく貴人なりとも各々優劣あり――乙丑は文星貴神、丁丑は退気貴神、己丑は大敗貴神(原刻は誤って「乙丑」と作す)、辛丑は武星貴神、癸丑は羊刃貴神。乙未は華蓋貴神にして兼ねて「載路空亡」を犯し、丁未は退気に羊刃を加えるの貴神(另一説は半吉と算す)、己未は羊刃貴神(原刻は誤って「巳未」と作し、另一説は半吉と算す)、辛未は華蓋貴神(另一説は空亡大敗と算す)、癸未は伏神に華蓋を加えるの貴神。以上は則ち甲・戊・庚の三干の人が月・日・時上に於て見る所の貴神である。

甲子進神貴神,丙子交神貴神,戊子福神貴神,庚子得合貴神,壬子羊刃貴神,甲申截路空亡貴神(一雲半吉),丙申大敗貴神,戊申伏馬貴神,庚申建祿貴神,壬申大敗貴神。以上乙巳人月日時貴神。

乙・己の両干の貴人は子と申に落ち、逐位分別して是れ――甲子を進神貴神と為し、丙子を交神貴神と為し、戊子を福神貴神と為し、庚子を得合貴神と為し、壬子を羊刃貴神と為す。甲申を截路空亡貴神と為し(另一説は半吉と算す)、丙申を大敗貴神と為し、戊申を伏馬貴神と為し、庚申を建禄貴神と為し、壬申を大敗貴神と為す。以上は則ち乙・己の両干の人が月・日・時上に於て見る所の貴神である。

乙酉破祿貴神,丁酉喜神貴神、大敗,己酉進神貴神,辛酉建祿交貴神,癸酉伏神貴神(一雲吉),乙亥天德貴神,丁亥文星貴神,己亥臨官貴神,辛亥正祿馬貴神,癸亥大敗貴神。以上丙丁人月日時貴神。

丙・丁の両干の貴人は酉と亥に落ち、逐位分別して是れ――乙酉を破禄貴神と為し、丁酉を喜神貴神にして而又大敗を兼ね、己酉を進神貴神と為し、辛酉を建禄交貴神と為し、癸酉を伏神貴神と為す(另一説は吉と算す)。乙亥を天徳貴神と為し、丁亥を文星貴神と為し、己亥を臨官貴神と為し、辛亥を正禄馬貴神と為し、癸亥を大敗貴神と為す。以上は則ち丙・丁の両干の人が月・日・時上に於て見る所の貴神である。

甲午進神貴神,丙午交羊刃貴神(一雲半吉),戊午伏羊刃貴神,庚午文星截路貴神(一雲半吉),壬午祿旺氣貴神,甲寅文星建祿貴神,丙寅文星貴神,戊寅伏馬貴神,庚寅破祿馬貴神,壬寅截路貴神。以上六辛人月日時貴神。

辛干の貴人は午と寅に落ち、逐位分別して是れ――甲午を進神貴神と為し、丙午を交神に羊刃を加えるの貴神と為し(另一説は半吉と算す)、戊午を伏羊刃貴神と為し、庚午を文星截路貴神と為し(另一説は半吉と算す)、壬午を禄旺気貴神と為す。甲寅を文星建禄貴神と為し、丙寅を文星貴神と為し、戊寅を伏馬貴神と為し、庚寅を破禄馬貴神と為し、壬寅を截路貴神と為す。以上は則ち六個の辛日の人が月・日・時上に於て見る所の貴神である。

乙卯天喜貴神,丁卯截路貴神(一雲半吉),己卯進神貴神,辛卯交破祿貴神,癸卯旺祿貴神,乙巳正祿馬貴神,丁巳九天祿庫貴神,己巳九天祿馬庫貴神,辛巳截路貴神(一雲半吉),癸巳伏馬貴神。以上壬癸人月日時貴神。

壬・癸の両干の貴人は卯と巳に落ち、逐位分別して是れ――乙卯を天喜貴神と為し、丁卯を截路貴神と為し(另一説は半吉と算す)、己卯を進神貴神と為し、辛卯を交神破禄貴神と為し、癸卯を旺禄貴神と為す。乙巳を正禄馬貴神と為し、丁巳を九天禄庫貴神と為し、己巳を九天禄馬庫貴神と為し、辛巳を截路貴神と為し(另一説は半吉と算す)、癸巳を伏馬貴神と為す。以上は則ち壬・癸の両干の人が月・日・時上に於て見る所の貴神である。

凡如此以上貴神,若於祿馬同窠,不犯交退伏神支干相合者,定須官高職清,若無德,更值空亡交退伏神,五行無氣,至老不貴,緊要在月日時支干相合,則為吉,不然乃庸常流也。(同金書命訣)

以上のこれらの貴神は、もし「禄」と「駅馬」と同じく一処に居り、また交神・退神・伏神を犯さず、しかも干支彼此相合せば、命主は必定官職高くして位置清要ならん。もしすでに徳神なく、また空亡と交・退・伏神に碰上し、五行皆生気なければ、あれは則ち老に到るも能く貴顕せず。緊要の処は全く月・日・時の三柱の干支が相合し得るや否やに在り――合し上ぐれば便ち吉、合し上がらざればも則ち個の平庸尋常の輩なり。この説は《金書命訣》と相同す。

【天乙貴神相還格】

此格有三,干合為上,支合次之,無合者又次之。如甲子己未,此為上格,蓋甲己合也,若無死絕沖破空亡,更有福神佐之,當極一品之貴達,有死絕為鄙吝殺故也。如有死絕沖破空亡之類,只作正郎員郎,然多難無福耳。

「天乙貴神相還格」は共に三等に分かつ――天干相合するを上等と為し、地支相合するを次の一等と為し、両者とも相合せざるをまた次の一等と為す。譬如甲子が己未に配するは、これは則ち上格で、甲と己と相合すればである。もし命中に死絶・冲破・空亡なく、また福神の輔佐あれば、当に位は一品に極まり貴達は比ぶ無きべし。之に於てこの数様を強調するを要する所以は、死絶はまさに人をして鄙吝せしむるの凶殺なればである。もし死絶・冲破・空亡の類を帯ぶれば、則ちただ正郎・員郎の一級の官に做到し得るのみで、しかも多災多難・福気なし。

如戊子己丑,此為次格,若無死絕沖破空亡,須作兩制兩省,少年登科,常居清要,華近之選,更有福神相助,為兩府矣。有死絕即減作正郎員郎,亦須有職名,若有沖破空亡,只作一多難州縣官,晚年得至朝官極矣。

譬如戊子が己丑に配するは、これは次の一等の格局である。もし死絶・冲破・空亡なければ、当に両制・両省の官職に做到し、少年登科し、常に清要の任に居り、得る所は清貴近侍の選授ならん。もし再び福神の相助あれば、便ち両府に位列し得べし。もし死絶を帯ぶれば、則ち正郎・員郎に降作す。ただも総じてなお個の職名あらん。もし冲破・空亡を帯ぶれば、則ちただ個の多災多難の州県官を為るのみの能くして、晩年は最多朝官に做到するを以て止めん。

如辛未庚寅,此為第三等,若無死絕沖破空亡,即作正郎卿監,少達歷清要差遣,更有福神為之助,往往為兩制矣。若有死絕,即作員郎京朝官,更有沖破空亡,平生多難,只作州縣卑冗之官,縱得政官,則壽不永矣。(林開五命)

譬如辛未が庚寅に配するは、これは第三等である。もし死絶・冲破・空亡なければ、則ち正郎・卿監の一級の官を為り、年紀軽々にして便ち通達し、歴任は清要差遣ならん。もし再び福神の相助あれば、往々にして両制に做到し得べし。もし死絶を帯ぶれば、則ち員郎・京朝官を為す。もし再び冲破・空亡を帯上せば、一生多災多難にして、ただ個の州県裏の卑微冗散の小吏を為るのみの能くして、縦に個の正式官職を得るも、寿数もまた久長ならざらん。この説は《林開五命》から出る。

紫虛局云:貴人交互人多貴,旺氣相乘館殿資,切莫五行傷著主,令人閒地冷清虛。寸珠尺璧云:凡月日時互換見貴,太歲不帶者不貴。

《紫虚局》にいう――年月日時の各柱の干支が交互に「天乙貴人」に見る人は多くは貴顕し、もし再び旺相の気に乗ずれば、便ち館閣に入り清要の文職を任ずるの資格あり。ただ切に五行の刑冲剋害が「日主」を傷るを忌む。日主一たび傷れば、縦に貴人あるもただ閑散冷清の位置を落とすのみ。《寸珠尺璧》にいう――月・日・時の三柱が互換して貴に見るも、唯年柱の太歳が貴人を帯びざるは、終竟真貴と算え得ず。

貴合貴食

有貴合則官位穹崇,所作契合;有貴食,則財祿豐足,所成遇望。如甲戊庚貴在丑未,甲得己丑己未,戊德癸丑癸未,庚得乙丑乙未;乙己貴在申子,乙得庚子庚申,己得甲子甲申;丙丁貴在亥酉,丙得辛酉辛亥,丁得壬寅壬辰。如此之類,謂之貴合。甲食丙,乙食丁,丙丁貴在酉亥,甲得丙寅丙辰,乙得丁酉丁亥;庚食壬,辛食癸,壬癸貴在卯巳,庚得壬申壬戌,辛得癸卯癸巳。如此之類,謂之貴食。有貴合則官多稱意,二者兼之,官高祿重,無往不利。(閻東叟書)

命裏に「貴合」出現すれば、官位は則ち高峻顕赫にして、事を辦するに処処人の心意に合す。「貴食」出現すれば、財源俸禄は則ち豊厚充足して、図謀する所の事は多く願いに称う。いわゆる「天乙貴人」とは、天干に拠りて推出するの最吉の神である――甲・戊・庚の三干の貴人は丑・未の両支に在り、甲干は己丑・己未に配し、戊干は癸丑・癸未に配し、庚干は乙丑・乙未に配す(皆本干と貴人の坐する所の干と相合す)。乙・己の両干の貴人は申・子に在り、乙干は庚子・庚申に配し、己干は甲子・甲申に配す。丙・丁の両干の貴人は亥・酉に在り、丙干は辛酉・辛亥に配し、丁干は壬寅・壬辰に配す。およそ貴人の坐する所の天干が正好本干と相合するを、則ち貴合と作る。再び貴食を説かば――甲は丙を以て「食神」と為し、乙は丁を以て食神と為し、しかして丙・丁の貴人は酉・亥に在れば、だから甲は丙寅・丙辰に遇い、乙は丁酉・丁亥に遇う。庚は壬を以て食神と為し、辛は癸を以て食神と為し、壬・癸の貴人は卯・巳に在れば、だから庚は壬申・壬戌に遇い、辛は癸卯・癸巳に遇う。およそ食神と貴人とが一処に会合するを、則ち貴食と作る。命に貴合あれば、官を為すに多く能く心に称う。貴合・貴食の両様兼備すれば、便ち官高く禄重く、何れの処に到るも皆順遂なり。この説は《閻東叟書》から出る。

天乙貴神合者,謂天乙在貴神六合上是也,甲戊庚在子午,乙己在丑巳,丙丁在寅辰,壬癸在甲戌,辛在亥未,皆主大福,遇兩合以上者主貴。(三命提要)

いわゆる「天乙貴神合」とは、天乙貴人の居る所の支と相「六合」するあの地支を指す。六合は則ち子と丑と合し、寅と亥と合し、卯と戌と合し、辰と酉と合し、巳と申と合し、午と未と合す。この規矩に照りて推せば――甲・戊・庚の貴人は丑未に在り、合位は便ち子・午に落つ。乙・己の貴人は子申に在り、合位は丑・巳に落つ。丙・丁の貴人は亥酉に在り、合位は寅・辰に落つ。壬・癸の貴人は卯巳に在り、合位は申・戌に落つ(原書は「甲戌」と作すも、六合に按ずれば当に申戌なり)。六辛の貴人は寅午に在り、合位は亥・未に落つ。命中にこれらの合位に遇上するは、皆大福を主る。もし同時に両処以上に遇到せば、則ち顕貴を主る。この説は《三命提要》に見る。

天乙扶身格

貴人挾擁太歲者是也,假令壬寅人得甲寅日時,壬貴在卯,甲貴在丑是也,丙申人得戊申,準此,若入貴格,別無刑沖,乃清貴之命也,又主一生少病,早年享福,常格得之,一生無刑獄官府之災。(玉宵寶鑑)

「天乙扶身」は貴人が前後両辺より年柱を挾護するを説くなり。例を挙げて説けば、壬寅年生の人が甲寅日あるいは甲寅時を得れば――壬の貴人は卯に在り、甲の貴人は丑に在り、年支の寅は正に丑と卯の当中に夾まれ、前後皆貴人の位である。また丙申年生の人が戊申を得るがごときは、丙の貴人は酉に在り、戊の貴人は未に在り、申支は恰好未・酉の両位の貴人に夾住せられ、道理相同なり。およそこの格に合し四柱また刑冲の来りて破壊するなきは、便ち清高顕貴の命で、さらに一生少病・早年に福を享くるを主る。たとい平常格局の人がそれを得るも、一輩子もまた牢獄官司の災あらざらん。この説は《玉宵宝鑑》から出る。

干夾貴神格

如甲戊庚年生人,得丑日或未時上卻帶甲戊庚中一字主顯異。

比如甲年・戊年・庚年に出生の人で、日支が丑上に落つるか時支が未上に落つれば――丑と未はまさに甲・戊・庚の三干の天乙貴人の位で――しかしてこの一柱の天干がまた恰好甲・戊・庚の当中の一個なれば、上頭は貴干にして下頭は貴支、これを則ち「干夾貴神」と作り、主人の一生顕達出衆・常人と同じからざるを主る。

支夾貴中生格

如己丑人丙子月乙卯日丙子時,兩子夾一卯,雖帶無禮刑,官居使節。又如丁巳人壬子月乙丑日丙子時,兩子夾一乙,官亞相輔。(三命提要)

例如己丑年生の人で、丙子月・乙卯日・丙子時なれば――己の天乙貴人は子と申に在り、月・時の両個の子支は皆貴人で、正に日支の卯を中間に夾む。子と卯と相犯して「無礼の刑」を帯ぶると雖も、この人は仍りて官は節を持するの使臣に至る。また丁巳年生の人で、壬子月・乙丑日・丙子時がごときは、両個の子支は当中の乙木の一柱を夾住し、官位は宰輔に次ぐのみ。この説は《三命提要》に見る。

夾貴窠

蓋取前後各有天乙官貴神也,謂壬癸人天乙貴神在卯巳,辰為夾貴窠也;丙丁人在戌,主官位崇顯。(三命指南)

この一の格は前後両辺に各々一位の天乙官貴神あって、中間に夾住せらるるあの一支が便ち貴人の巢窠を為すを取る。譬如壬・癸の両干の天乙貴人は卯と巳に在り、当中に夾まる辰は則ち「夾貴窠」。丙・丁の両干の貴人は酉と亥に在り、当中に夾まる戌もまた是なり。主人の官位崇高顕赫を主る。この説は《三命指南》から出る。

夾貴兼逢六合神,更須時日墓相親,臨身祿馬重重貴,祿馬金龍極富人。

歌訣にいう――命が夾貴の格を成し、もし再び六合の神に逢上せば、あれば則ち更に好し。たださらに日柱・時柱と墓庫の地とが彼此親近相依するを須とす。「禄」神と「駅馬」が重重叠叠として命主の身上に臨めば、初めて真の貴と算える。禄と馬とがまた辰のこの「金龍」の位に同会せば、便ち極富の人である。

夾貴中逢六合,如癸酉見壬辰是也,須要日時胎位見土水同類來辰上作庫墓,乃是貴人。(鬼谷要訣)

いわゆる夾貴の中にまた六合に逢うとは、例如癸酉年生の人が壬辰に見れば則ち是なり――癸の貴人は卯・巳に在り、辰は当中に夾まれて窠を成し、しかして辰はまた本命の酉と相合す。さらに日柱・時柱と胎元上に於て土・水のこれら辰と同類の気に見るを須して、来りて辰位上に庫墓を結成し、こうして初めて真貴人と算え上ぐ。この説は《鬼谷要訣》に見る。

活貴人

貴人乾上轉干支,再就生時胎月奇,好去君門榮畫錦,不應窮巷久低眉。法曰:六甲逢寅午,乙辛丑未強,丙從雞亥地,丁申鼠位藏,戊癸求申子,庚壬卯巳鄉,己尋蛇兔穴,名為活祿堂,君子日時兼命坐,必定櫃堂佐帝王。如薛相戊戌年甲子月辛巳日丙申時是也。

歌訣にいう――いわゆる「活貴人」とは、貴人の坐する所の干頭上より再び輾転して干支を推出し、然る後に生時と受胎の月とを配合して看て、初めて其の奇妙を見る。能くこの格を得る人は、以て高く君門に歩み身は錦繍に栄え、久しく窮巷に困し低眉して屈を受けるに至らざるべし。其の法は――六甲の人は寅と午を取り、乙・辛の両干は丑・未を取れば最も力あり。丙は酉(歌の中に鶏と称す)と亥を取り、丁は申と子(歌の中に鼠と称す)を取り、戊・癸は申と子を求め、庚・壬は卯と巳を取り、己は則ち巳(蛇)・卯(兔)の位を尋ぬ。これらの地方は合して「活禄堂」と称す。君子もし日柱・時柱連ねて本命皆その上に坐せば、必定能く朝に入り帝王を輔佐し得べし。宰相薛某の命造がごとき――戊戌年・甲子月・辛巳日・丙申時は、まさにこの一の格である。

福星天乙貴人格

格局更加入福星,聰明才秀顯官身,術人若要知奇異,東嶽儲精治世人。如蔡君謨壬子年癸卯月庚戌日庚辰時,壬騎龍背,又貴在卯巳得辰,是謂福星扶貴人。(紫虛局)

歌訣にいう――本にすでに格を成すの命に、再び「福星」を加入れば、人は聡明有才にして官場に名を揚ぐ。術士もし其の中の奇処を知らんと欲せば、須くこれは東岳が精気を儲蓄して生ずるの治世の才なるを知るべし。例如蔡君謨(則ち宋代の名臣蔡襄)の命造――壬子年・癸卯月・庚戌日・庚辰時。壬水が辰に見るは、「壬騎龍背」の格なり。壬の貴人は卯と巳に在り、命中にすでに卯を得また辰を得、辰は正に卯・巳の間に夾まる。これを則ち福星が貴人を扶助すと作る。この説は《紫虚局》から出る。

天乙之名是貴星也,須逢旺氣相親,無旺又兼無福祿,只是胥徒府吏人。(林開五命)

天乙のこの名目は本来貴星なれども、必ず旺気と相親して初めて用に頂く。もし貴人の臨む所の処に一点の旺気もなく、また福神と禄気とを帯びざれば、あれは則ち大器を成さず、充其量は個の衙門裏に走り腿くるの小吏差役を為るのみ罷らん。この説は《林開五命》に見る。

天元變化書有富貴格云:如丁卯火人丙午月乙巳日丁亥時,丁酉胎,乃集貴於酉亥,清貴也,若火不經巳午者,不可用,雖坐貴星,而無旺氣,不可也。餘彷此。

《天元変化書》裏に一則の富貴格ありていう――丁卯年生・納音が火に属する人がごときは、丙午月・乙巳日・丁亥時、胎元は丁酉に在り――丁の天乙貴人は正に酉と亥に在り、この命は貴気を酉・亥の両処に聚むるを把る。清貴の命に属す。ただ留意するを要す――本命の火がもし曽て巳・午のこの類の火旺の地を経行せざれば、この格は便ち用い得ず。縦に貴星の上頭に坐するも、旺気の托住なければも則ち空し。残りは此を照りて類推すべし。

貴人は昼夜に分治して各自権を専らにす

乃天乙貴人也,如晝生仍遇晝貴人,夜生仍遇夜貴人者為得力。凡晝夜之分,在於子無時,子後為晝,午後為夜。(壺中子)

ここに説くは仍りて天乙貴人である。白天に出生する人は恰好昼貴人に遇上し、夜裏に出生する人は恰好夜貴人に遇上して、初めて力を得たと算う。昼夜の分界は子時と午時に在り(原書は「子無時」と作すも、当に「子午時」の誤なり)――子時以後は白昼と算え、午時以後は黑夜と算う。この説は《壺中子》から出る。

指迷賦云:天乙貴最吉,而有晝夜之分。三曆會同云:貴人分晝夜者,甲戊庚旦丑暮未,乙己者旦子暮甲,丙丁旦亥暮酉,壬癸旦巳暮卯,六辛旦午暮寅,在日出後,日入前者用旦貴人,在日入後日出前者用暮貴人法推之。

《指迷賦》にいう――天乙貴人は最も吉利なれども、ただ昼貴・夜貴を分かつを要す。《三暦会同》にいう――貴人の昼夜を分かつ取法は――甲・戊・庚の三干は白天に丑を用い夜裏に未を用い、乙・己の両干は白天に子を用い夜裏に申を用い(原書は「甲」と作すも、当に「申」の誤なり)、丙・丁は白天に亥を用い夜裏に酉を用い、壬・癸は白天に巳を用い夜裏に卯を用い、六辛は白天に午を用い夜裏に寅を用いる。およそ日出以後・日落以前に生まれれば、則ち白天のあの一位の貴人を用い、日落以後・日出以前に生まれれば、則ち夜裏のあの一位の貴人を用い、この法に依りて推算す。

貴人主官爵高貴,若見胎月,必受祖蔭,有祿馬不見天乙,必無科名,生時見貴,有祿有馬,位極人臣,惟忌無氣,如貴人屬火,而生冬月,雖有如無。(玉霄寶鑑雲)

貴人の主する所は官爵の高貴である。もし胎元・生月上にも貴人に見れば、此人は必定祖上の蔭庇を承受す。命裏にただ禄神・駅馬ありて天乙貴人を見ざれば、多くは科第功名なし。出生の時辰上に貴人に見、また禄あり馬あれば、以て位は人臣に極まり得べし。最も忌諱するは貴人に気なきなり――譬如貴人の属する所が火にして、人は卻って冬月の火衰の時に生まれれば、あれは則ち有るも無きに等し。この説は《玉霄宝鑑》から出る。

貴人臨祿上,將相之徵。與馬同宮,必作公卿,與太歲相食,貴神無氣,又是空亡,則無力,貴人入墓,不好,貴人擁馬而前視羊刃者必貴顯。(廣錄)

貴人が正好禄位上に臨むは、将を出で相に入るの征兆である。貴人と駅馬とが同じく一宮に在れば、必ず位は公卿に至る能くすべし。ただ若し貴人と年柱とが互いに耗食し、貴神本身また気なく、さらに「空亡」(一旬の中の虚にして実なきの両支)裏に落ち進めば、あれば則ち力を使い上がらず。貴人が墓庫に入るも、また好しと算え得ず。至于貴人が駅馬を擁し前方にまた「羊刃」を照見するは、則ち必定顕貴なり。この説は《広録》に見る。

陳希烈疏曰:乾為天乙之將,支為貴神之帥,是乾為天乙,支為貴神也,假如丑未生人,月日時得甲戊庚是遇正天乙也,甲子人十二月生,是遇貴神,己巳日乙亥時,是遇兩天乙,予合貴

陳希烈が疏を作していう――天干は譬えば天乙の将で、地支は譬えば貴神の帥なれば、だから干上に「天乙」を論じ支上に「貴神」を論ず。譬如丑年・未年生の人で、月・日・時の天干上に甲・戊・庚の三字を得れば、これは則ち正天乙に遇上するなり。甲子年生の人が十二月則ち丑月に出生すれば、便ち貴神に遇上するなり。もし再び己巳日・乙亥時に逢えば、則ち両重の天乙が同時に出現す。以下に彼が続いて自己の帯貴人の命造を合せて観察する所得を説くを接す(原書は此処正に頁面の接縫に当たり、文意は下一段に連なる)。

人之命觀之,若在太歲本干四貴華蓋之上,遇兩天乙者,臺輔之命也,若在四平之位,遇兩天乙者,亦為侍從清華之命,若在四忌上遇兩天乙者,常調之官也。又云:予觀貴人之命,若丑未人甲戊庚申,惟得兩字子申人得乙己全,酉亥人得丙丁全之類,更與太歲干祿為正官正印者,其福加倍也。

上文を承接して、陳希烈がいう――帯貴人の命造を拿りて看れば、貴人がもし年柱の本干・四貴・「華蓋」のこれらの位置上に落ち、また同時に両重の天乙に遇到せば、便ち宰輔の一級の命である。もし四平の位に落ちて両重の天乙に遇えば、もまた侍従・清要の一類の清貴の命である。もし四忌の位上に落ちて両重の天乙に遇えば、則ちただ個の循資遷転の尋常官員のみ。彼がまたいう――我があれらの帯貴人の命を看るに、丑未年生の人が甲・戊・庚の三字斉全を得るがごとき(原書「申」は当に「全」と作すべし)、たといその中の両字を得るのみなりとも。子申年生の人が乙・己の斉全を得、酉亥年生の人が丙・丁の斉全を得るの類は、これらの字がもし年干に対してまた正に正官・正印なれば、あの福気はさらに加倍を要す。

沉芝論凡生月日時遇天乙貴人相四字全者,為一品之命,若有酉亥,又有丙丁者之類是也。說者引會魯公命:己亥年丙寅月,乙酉日,丁丑時,是相間四字全,予謂時不值忌神,所以至宰相,若酉時生己祿,則酉為敗忌,雖四全必不至於宰相也。

沈芝が議論していう――およそ生月・生日・生時上に天乙貴人に遇到し、四個の字が湊斉するは、一品の命である――比如命裏にすでに酉・亥の両支あり、また丙・丁の両干あるのこの一類。ある人が会魯公の命を挙げて例と為す――己亥年・丙寅月・乙酉日・丁丑時は、まさに間隔して四字を湊全す。廖中がいう、この命の宰相に做到し得る所以は、時辰上に忌神に碰上せざればに在り。仮に酉時に生まれれば、己土の禄は酉上に落ち、酉は便ち敗忌の地と変じ、縦に四字斉全なりとも、また断じて宰相に位登するに至らざらん。

古人皆以貴人主福,不分福力厚薄,今各隨位次約為厚薄也。若甲人遇丑,庚人遇未,各在祿庫,主貴;戊人遇丑未是土支,己人遇子申是貴神與生旺同位,主貴。以上四神生日生時遇之,又帶正官正印上下合正,天乙本家祿、天乙貴神合者,福力加倍。

古人は一概に貴人は福を主ると認めて、卻って福力の厚薄を分かたず。如今貴人の処する所の位次に拠り、大略厚薄を分かち一分かちす。譬如甲年の人が丑に遇い、庚年の人が未に遇うは、貴人は各自本身の禄庫上に坐して、貴を主る。戊年の人が丑・未に遇えば、あれは正に戊土の本気の支なり。己年の人が子・申に遇えば、貴神は生旺の地と同じく一位に処り、も皆貴を主る。以上のこの四種は、もし生日・生時上に遇到し、また正官・正印を帯び、上下相合端正なるか、あるいは天乙の本家禄上に坐するか、あるいは天乙貴神と相合せば、福力は則ち加倍を要す。

乙人遇甲絕,忌,卻有暗合,遇子敗,忌,丙丁人遇亥絕,忌,丁有暗合,遇酉死,忌,壬癸人遇巳絕,忌,癸有暗合,遇卯死,忌,六辛人遇午敗,忌,遇寅絕,忌,以上六貴神,皆與忌神同位,生月日時遇之,可得三二分福分,若與驛馬同位,及帶正天乙本家祿,正官正印干合,有輔助者,得五分六分福力也。(三命提要)

反过来说えば――乙年の人が申に遇うは(原書は「甲」と作す)、申は乙木の絶地で、忌に属す。ただ申と乙とはなお暗合ありて緩解し得べし。子に遇えば、子は乙の敗地で、も忌に属す。丙・丁が亥に遇えば、亥は火の絶地で、忌に属し、その中に丁と亥とは暗合あり。酉に遇えば、酉は火の死地で、忌に属す。壬・癸が巳に遇えば、巳は水の絶地で、忌に属し、その中に癸と巳とは暗合あり。卯に遇えば、卯は水の死地で、忌に属す。六辛が午に遇えば、午は辛金の敗地で、忌に属す。寅に遇えば、寅は辛金の絶地で、も忌に属す。以上のこの六位の貴神は皆忌神と同じく一位に処り、生月・生日・生時に遇到すれば、ただ両三分の福気を得るのみの能くす。もしそれらが駅馬と同位なるか、あるいは正天乙の本家禄を帯び、また正官・正印の天干と相合し、別に吉神の輔助あれば、初めて以て五六分の福力を得べし。この説は《三命提要》に見る。

第十五巻・禄を論ず

十干禄

甲祿在寅,乙祿在卯,丙戊祿在巳,丁己祿在午,庚祿在申,辛祿在酉,壬祿在亥,癸祿在子。

十天干は各々自己の「禄」位あり。則ちこの天干が十二地支中に行って臨官旺地に到るあの一支である――甲の禄は寅に在り、乙の禄は卯に在り、丙と戊の禄は同じく巳に在り、丁と己の禄は同じく午に在り、庚の禄は申に在り、辛の禄は酉に在り、壬の禄は亥に在り、癸の禄は子に在る。

凡命的一位者為衣食,或多見,更五行相生者為貴,若遇死絕有刑者,作無官閒冗之輩,猥賤之人。(林開五命)

およそ命中に禄神がただ一位出現するは、一生衣食缺かざるを主る。もし禄の見ること多く、五行の間また能く彼此相生せば、便ち顕貴を主る。倘も禄が死地・絶地に落ち、さらに刑剋に遭えば、あれば則ちただ個の官職なきの閑散の人で、甚だしきは卑微低賤の輩に淪為せん。この説は《林開五命》に見る。

十干の禄気を分かつ

甲祿在寅,丑為祿庫,卯為羊刃,申為破祿,餘皆彷此。見丙寅為福星祿,甲土勊丙水為財,戊寅為伏馬祿,火土相生大吉,此帶刑杖,君子吉,小人凶,庚寅為之破祿,半凶半吉,壬寅謂之正祿,帶截路空亡,必為僧道,有福,甲寅謂之長生福星祿大吉。

甲の禄は寅に在り、禄前の丑は其の禄庫で、禄後の卯は「羊刃」で、寅と相冲する申は則ち「破禄」で、残りの各干は皆この格局に照りて推す。同じく寅のこの一支なりとも、天干同じからざれば則ち吉凶同じからず。丙寅に遇えば「福星禄」で、納音を以て論ずれば、甲の土は能く丙の水を剋し、剋せらるる者は財と為れば、だから財を主る。戊寅に遇えば「伏馬禄」で、火土相生して大吉、ただ刑杖の気を帯ぶるのみ――君子がこれを得れば吉、小人がこれを得れば則ち凶。庚寅に遇えば破禄と作り、半凶半吉。壬寅に遇えば正禄と作すも、卻って「截路空亡」を帯び、この種の人は多くは出家して僧道を為り、倒れてもまた福あり。甲寅に遇えば長生福星禄と作り、最も大吉。

乙祿在卯,見丁卯為截路空亡,金本不相喜,凶象,己卯進神祿,有官不久,己土卯上死也。辛卯破祿,又為交神,乙祿會之凶,暫有資財不永。癸卯帶天乙死祿,雖貴終貧,乙卯旺祿喜神大吉。

乙の禄は卯に在り。丁卯に遇えば、截路空亡で、金気之と本来相投せず、凶象に属す。己卯に遇えば、「進神」の禄で、官職あると雖も做して久長せず。己土が卯上に行到るは正に死地なればである。辛卯に遇えば、破禄で、また「交神」と作り、乙の禄はそれと相会するを凶と為し、縦に銭財あるもただ一時で、能く久長せず。癸卯に遇えば、帯ぶるは天乙死禄で、此人は身分尊貴なりと雖も、最後には仍りて貧困に帰す。乙卯に遇えば、則ち旺禄にしてまた喜神に逢う、大吉。

丙祿在巳,見己巳九天庫祿,有官,辛巳截路空亡祿,多是非,癸巳伏貴神祿,多成敗。(一雲半吉)乙巳旺馬祿有官,丁巳旺庫祿有官。

丙の禄は巳に在り。己巳に遇えば、「九天庫禄」で、官職あるを主る。辛巳に遇えば、截路空亡の禄で、一生多く口舌是非す。癸巳に遇えば、伏貴神の禄で、成敗起伏多し(另一種の説法は半吉と算す)。乙巳に遇えば、旺馬の禄で、官あり。丁巳に遇えば、旺庫の禄で、もまた官あるを主る。

丁祿在午,見庚午為截路空亡祿,多成敗,壬午為德,合祿有官短命,甲午為進神祿,有登科之喜,丙午喜神祿,交羊刃半吉,戊午伏羊刃祿,多凶災患。

丁の禄は午に在り。庚午に遇えば、截路空亡の禄で、一生多成多敗す。壬午に遇えば、丁壬相合して徳合の禄と為し、能く官を得ると雖も、寿命は卻って短し。甲午に遇えば、進神の禄で、登科及第の喜あるを主る。丙午に遇えば、喜神の禄なれども、羊刃と交錯して、ただ半吉と算う。戊午に遇えば、伏羊刃の禄で、多く凶険災病あり。

戊祿在巳,見己巳九天庫祿,有官司,辛苦巳截路空亡祿,有官,終失,多是非,癸巳貴神祿,有官位重,戊癸相合吉,乙巳驛馬同鄉祿,有官大吉,丁巳旺庫祿,有官。

戊の禄もまた巳に在り。己巳に遇えば、九天庫禄で、官府の職あるを主る。辛巳に遇えば(原書は一「苦」字を衍す)、截路空亡の禄で、能く官を得ると雖も終竟失うを要し、しかも是非多し。癸巳に遇えば、貴神の禄で、官位隆重、加うるに戊と癸と相合して、更に吉利なり。乙巳に遇えば、禄と駅馬と同じく一郷に在り、官ありてしかも大吉。丁巳に遇えば、旺庫の禄で、もまた官あるを主る。

己祿在午,見庚午截路空亡祿,為凶象,壬午死鬼祿,凶,甲午進神德合祿,殊達之象,丙午喜神為羊刃祿,凶,戊午伏神羊刃凶。

己の禄もまた午に在り。庚午に遇えば、截路空亡の禄で、凶象に属す。壬午に遇えば、死鬼の禄で、凶。甲午に遇えば、進神にしてまた徳合の禄を兼ね、特別顕達を主る。丙午に遇えば、喜神なりと雖も卻って羊刃の禄と成りて、仍りて凶。戊午に遇えば、伏神羊刃で、も凶。

庚祿在申,見壬申大敗祿,主貧賤,甲申截路空亡祿,凶(一雲小吉)丙申大敗祿,多成敗,招是非,戊申伏馬祿,多滯,(一雲戊申伏滯又值福星貴吉)庚申長生祿,大吉。

庚の禄は申に在り。壬申に遇えば、大敗の禄で、貧賤を主る。甲申に遇えば、截路空亡の禄で、凶(另一説は小吉と算す)。丙申に遇えば、もまた大敗の禄で、多成多敗にしてまた是非を招く。戊申に遇えば、伏馬の禄で、事を為すに多く遅滞す(另一説は戊申は伏滞すと雖も、卻ってまた福星に値し、かえって貴と為り吉と為す)。庚申に遇えば、長生の禄で、大吉。

辛祿在酉,見癸酉伏神祿,水火相犯凶,(一雲半吉)乙酉破祿,多成敗,丁酉空亡貴神祿,丁木受氣,辛水沐浴主姦淫之事,(一雲值喜神吉)己酉進神祿,有殊達之兆,辛酉正祿,吉在戌,六戊午羊刃相蝕,小人血光散財,婦人產難,君子赤眼病患,乙卯年大敗,戊戌年羊刃發見天災。

辛の禄は酉に在り。癸酉に遇えば、伏神の禄で、水火互犯して凶と為す(另一説は半吉と算す)。乙酉に遇えば、破禄で、多成多敗す。丁酉に遇えば、空亡貴神の禄で、丁は気を受け辛は沐浴に坐し、淫奔苟且の事あるを主る(另一説は喜神に逢えば則ち吉)。己酉に遇えば、進神の禄で、特別顕達の征兆あり。辛酉に遇えば、初めて本干の正禄なり。至于吉凶は戌位上に応ず――もし六戊と午上の羊刃とが互相侵蝕すれば、小人は血光破財を主り、婦人は難産を主り、君子は眼赤生病を主る。乙卯年に行到るは大敗で、戊戌年に行到れば則ち羊刃発動して、天降の災殃を現出せん。

壬祿在亥,見丁亥貴神祿,有官,乙亥天德祿,大吉,己亥旺祿,辛亥同馬鄉祿,大貴,癸亥大敗祿,貧薄。

壬の禄は亥に在り。丁亥に遇えば、貴神の禄で、官職あるを主る。乙亥に遇えば、天徳の禄で、大吉。己亥に遇えば、旺禄。辛亥に遇えば、禄と駅馬と同じく一郷に在り、大貴を主る。癸亥に遇えば、大敗の禄で、一生貧薄す。

癸祿在子,見甲子進神祿,主登科進達之喜,丙子交羊刃祿,帶福星貴,有權,戊子伏羊刃合貴祿,半吉,庚子應祿吉,壬子正羊刃祿凶。(金書命訣)

癸の禄は子に在り。甲子に遇えば、進神の禄で、登科上進の喜を主る。丙子に遇えば、交羊刃の禄なれども、福星貴気を帯びて、権柄あるを主る。戊子に遇えば、伏羊刃にしてまた貴人に合するの禄で、半吉と算う。庚子に遇えば、応禄で、吉。壬子に遇えば、則ち正羊刃の禄で、凶。以上は《金書命訣》から出る。

命書云:陰死陽生,陽死陰生,人皆言之,未知其詳,今書以示將來,且甲生於亥,順數至寅,臨官為祿,至午而死,乙卻復生於午,逆數至卯,臨官為祿,蓋死於亥,而甲復生也,丙生寅,順數至巳,臨官為祿,至酉而死,丁卻復生於酉,逆數至午臨官為祿,蓋死於寅,而丙復生也,庚辛壬癸皆彷此,惟戊生申,逆數至巳上臨官為祿,己生於卯,順數至午上臨官為祿,此陰死陽生,陽死陰生之說也。(廣信集)

命書裏に「陰死陽生・陽死陰生」と説くは、人人皆講ずるも、卻って其の所以然を講じ清めず。現に写し下して後人に留め看せしめん。陽干の甲は亥に長生し、順に数えて寅に到れば臨官で、便ち甲の禄と成り、再び数えて午に到れば便ち死地である。しかして陰干の乙は恰好午より長生を起し、逆に数えて卯に到れば臨官で、便ち乙の禄と成り、乙は亥に死し、しかして甲は正に亥より生を起す。丙は寅に長生し、順数して巳に到れば臨官で禄と為し、酉に到りて死す。丁は便ち酉より長生を起し、逆数して午に到れば臨官で禄と為し、丁は寅に死し、しかして丙は正に寅より生を起す。庚辛・壬癸は皆この道理に照りて推す。ただ戊土は申に長生して、逆数して巳上に到れば臨官で禄と為すを須とし、己土は卯に長生して、順数して午上に到れば臨官で禄と為し、稍々同じからざるあり。これは則ち陰死陽生・陽死陰生の説法である。この説は《広信集》から出る。

生成禄

甲乙人得甲寅乙卯,丙丁人得丁巳戊午,戊己人得丁巳戊午,庚辛人得庚申辛酉,壬癸人得癸亥壬子。

いわゆる「生成禄」とは、天干が自己の禄位と配成するの現成一柱で、干支は同じく一気である――甲・乙年の人は甲寅・乙卯を得、丙・丁年の人は丁巳・戊午を得、戊・己年の人もまた丁巳・戊午を得、庚・辛年の人は庚申・辛酉を得、壬・癸年の人は癸亥・壬子を得る。

名位禄

凡祿上帶食神者是,如甲人見丙寅,謂之名位祿,皆為貴格,餘彷此。(林開五命)

およそ禄位上に食神の坐するは、則ちこの一の格に属す。譬如甲人の禄は寅に在りて、しかして寅上の天干が丙を得れば、丙は正に甲の食神なれば、これを則ち「名位禄」と作り、皆貴格と算う。残りは此を照りて類推すべし。この説は《林開五命》に見る。

真禄

甲人見丙或巳,乙人見巳或午,丙人見癸或子,丁人見丙或巳,戊人見丁或午,己人見庚或申,庚人見甲或寅,辛人見丁或午,壬人見辛或酉,癸人見甲或寅。大凡看貴命最要真祿馬、真官、真印、食神、天德、月德、歲德、月空,並月中秀氣。

いわゆる「真禄」とは、命中に或る特定の天干に見るか、あるいはあの天干の禄支に見るか、両者に一を得れば則ち算う――甲年の人は丙に見あるいは巳に見(丙の禄は巳に在り)、乙年の人は丁に見あるいは午に見(原書は「巳」と作すも、丁の禄は午に在り)、丙年の人は癸に見あるいは子に見、丁年の人は丙に見あるいは巳に見、戊年の人は丁に見あるいは午に見、己年の人は庚に見あるいは申に見、庚年の人は甲に見あるいは寅に見、辛年の人は丁に見あるいは午に見、壬年の人は辛に見あるいは酉に見、癸年の人は甲に見あるいは寅に見。総じて説えば、一個の人が貴命か否かを看るに、最も緊要なるは則ち真禄・真馬・真官・真印・食神、及び天徳・月徳・歳徳・月空のこれらの吉神あるや否やを看、再び生月裏の含む所の秀気を加うるに在り。

進退真禄

戊辰丁巳,戊丁巳,丙辰癸巳,丙午癸巳,癸亥甲子,癸丑甲子,壬戌辛亥,壬子辛亥。以上戊見丁,丙見癸,癸見甲,壬見辛,皆真祿也,進則平易,退則艱難,更帶福神,可作貴顯科甲之格,如重見之,難作福,而為狡獪不堪福,福亦少減損,重迭之字,以後俱用,更不再書。

この一串の干支は互いに進退を為すの両柱を併列するを把るも、原書の伝抄に脱字あり(第二組の「戊丁巳」は応に「戊午丁巳」と作すべきがごとき)、大意は――戊辰は丁巳に配し、戊午は丁巳に配し、丙辰は癸巳に配し、丙午は癸巳に配し、癸亥は甲子に配し、癸丑は甲子に配し、壬戌は辛亥に配し、壬子は辛亥に配す。以上の戊が丁に見・丙が癸に見・癸が甲に見・壬が辛に見るは、皆真禄に属す。禄位が前一辰に在るを「進」と作り、事を行うに平順容易。後一辰に在るを「退」と作り、事を行えば則ち艱難す。もし再び福神を帯上せば、以て顕貴登科の格局と為り得べし。ただ同様の組合せが重複して出現すれば、かえって福を結成せず、ただ機巧狡獪にして福気を承受し住まざる人を養出するのみで、福分もまた些か折扣を打つを要す。およそ下文に再びこれらの重複の字様に遇到せば、一律此を照りて使用し、再び別に説明せず。

因縟殺

甲人戊寅,乙人己卯,丙人辛巳,丁人庚午,戊人癸巳,己人壬午,庚人甲申,辛人乙酉,壬人丁亥,癸人丙子。以上乃祿頭是財,主人富有聲望,古詩云:祿生於因辱,因財反有名,君子榮顯祿,常人主豐盈。

甲年の人は戊寅に見、乙年の人は己卯に見、丙年の人は辛巳に見、丁年の人は庚午に見、戊年の人は癸巳に見、己年の人は壬午に見、庚年の人は甲申に見、辛年の人は乙酉に見、壬年の人は丁亥に見、癸年の人は丙子に見る。これらは皆禄位の干頭上に正好自己の財星の坐するなれば、だから「禄頭是財」と作り、主人家資富厚・また声望あるを主る。古詩にいう――俸禄は看似屈辱の地方より生出し、財に憑りてかえって名声を挣得す。君子が之を得れば則ち官は栄え位は顕れ、平常人が之を得るもまた家道豊盈を主る。

禄頭鬼

甲人庚寅,乙人辛卯,丙人癸巳,丁人壬年,戊人乙巳,己人甲午,庚人丙申,辛人丁酉,壬人己亥,癸人戊子。以上又名赤舌殺,君子主甲科,常人口舌刑責,若別有貴救,主家世超越,三代富有,行年太歲遇之,主有災。(廣信錄)

甲年の人は庚寅に見、乙年の人は辛卯に見、丙年の人は癸巳に見、丁年の人は壬午に見(原書「年」は当に「午」と作すべし)、戊年の人は乙巳に見、己年の人は甲午に見、庚年の人は丙申に見、辛年の人は丁酉に見、壬年の人は己亥に見、癸年の人は戊子に見る。これらは皆禄位の干頭上に身を剋するの官鬼の坐するなれば、だから「禄頭鬼」と作り、また「赤舌殺」と名づく。君子が之を得ればかえって科第登甲を主り、平常人が之を得れば則ち口舌争訟と刑責と多し。もし別に貴神の来りて解救するあれば、かえって門第超群して三代富有す。至于流年太歳上にそれに遇到せば、則ち災あるを主る。この説は《広信録》に見る。

禄盈天府格

假令六甲人見丙寅,復見巳字者為入格,甲祿在寅,遁得丙寅,丙祿在巳,再見丙祿,他皆彷此,入格者,福祿兼足,稍有福助之,五品之貴,一雲重重福祿主富盛。

例を挙げて説けば、六甲年生の人が丙寅に見、命中にまた巳字出現すれば、則ちこの一の格に入ると算う。道理は――甲の禄は寅に在り、五虎遁に按じて寅上に丙を遁出し、しかして丙の禄はまた巳に在り。如今巳字が重現すれば、禄上に禄を加うるに等し。残りの各干は皆此を照りて類推す。この格に合する人は、福と禄との両様皆足らん。ただ稍々吉神の幇襯あれば、便ち五品の貴あり。另一種の説法は禄気重重叠叠にして、家道富盛を主る。

旬中禄格

旬中祿為月中祿,定斷公卿無反覆,清華館見演絲綸,福慧昭昭兩俱足。如貴晃仲甲申年乙亥月丙辰日庚寅時,又如丁慶相公庚寅年甲申月壬寅日己酉時生月帶祿也。

歌訣にいう――一旬の中の禄がもし生月上に落つれば、則ち「月中禄」と作り、公卿の命と断じて絶に反復あるべからず。この種の人は能く清貴の館閣裏に於て皇帝に代わりて詔令を起草し、福気と才智との両様皆円満す。例如晃仲の命造――甲申年・乙亥月・丙辰日・庚寅時。また丁慶相公の命造がごとき――庚寅年・甲申月・壬寅日・己酉時は、皆生月上に禄神を帯ぶるなり。

干支合禄格

如甲祿在寅,見甲寅,己亥,乙祿在卯見乙卯庚戌,丙戊祿在巳,見辛巳丙申,丁己祿在午,見壬午丁未,餘彷次,凡值此主官職崇重,臺輔之命。(八字金書)

比方甲の禄は寅に在り、命中に甲寅に見、また己亥に見れば――甲と己と相合し寅と亥と相合し、干支両重相合す。乙の禄は卯に在り、乙卯に見また庚戌に見れば、乙庚合・卯戌合す。丙戊の禄は巳に在り、辛巳に見また丙申に見れば、丙辛合・巳申合す。丁己の禄は午に在り、壬午に見また丁未に見れば、丁壬合・午未合す。残りは此を照りて類推す。およそこの種の干支双合の禄に遇上するは、官職崇高隆重を主り、宰輔の一級の命なり。この説は《八字金書》から出る。

暗禄格

甲人辛亥暗中祿,乙要隆昌甲戌推,丙見戊申尊重處,丁逢辛未福神威,戊人若見壬申好,己若繁華乙未隨,庚意多權須己巳,辛來喜合壬辰輝,壬公元用丙寅輔,癸命生未巳丑時,此是上清暗合祿,不因師指若何知。

いわゆる「暗禄」とは、禄支と相六合するあの一支を取りて、禄は明現せずして暗自相通ずるなり。歌訣にいう――甲人は辛亥を以て暗中の禄と為し(甲の禄は寅に在り寅亥合す)、乙人は興旺せんと要せば甲戌を看よ(乙の禄は卯に在り卯戌合す)、丙人は戊申に見れば便ち尊重を得(丙の禄は巳に在り巳申合す)、丁人は辛未に逢えば則ち福神が威を顕す(丁の禄は午に在り午未合す)、戊人はもし壬申に見れば好と為し(戊の禄もまた巳に在り)、己人は乙未を得れば便ち繁華を見る(己の禄は午に在り)、庚人は多く権柄を握るは己巳を看るを要し(庚の禄は申に在り申巳合す)、辛人は喜びて壬辰に逢えば輝きを生ず(辛の禄は酉に在り酉辰合す)、壬人は本该丙寅を用いて輔助せしめ(壬の禄は亥に在り亥寅合す)、癸人は則ち丑時に生まれて佳と為す(癸の禄は子に在り子丑合す。原句の字に脱誤あり)。これは則ち上清の一派の伝うる所の暗合禄で、もし明師の指点なければ、誰か其の中の門道を知ることを得んや。

活禄格

上清活祿少人知,演去干頭轉取之,君子日時兼生命,榮華富貴一生奇。法曰:甲丁巳喜慶,乙辛戊午強,癸庚寅位上,丙丁己申鄉,壬人酉中取,官品至候王。

歌訣にいう――上清一派の「活禄」は人の懂れること少く、干頭上より輾転推演して初めて取り出すを得べし。君子もし日柱・時柱連ねて本命皆此に合せば、一生栄華富貴にして奇特異常ならん。其の法は――甲と丁は巳位を取りて喜慶と為し、乙と辛は戊午を取れば最も強し、癸と庚は寅位を取り、丙・丁・己は申郷を取り、壬人は則ち酉中に於て求取す。此の法に合するは、官品は以て侯王に做到し得べし。

天雄禄

大凡陰陽天地之數,須至五位而後有成,天數五,地數五是也,且如申人數至戊是五數,不必求戊,戊祿在巳,見巳即名天雄祿,更正祿加之為入格。(馬子才命格)

大抵陰陽天地の数は、皆第五位に数え到って初めて成就と算う。いわゆる天数五あり地数五ありとは則ちこの意思である。例を挙げて説けば、甲年の人(原書は「申」と作すも、当に「甲」の誤なり)は甲より数え起して、甲乙丙丁戊、数えて戊に到れば正好第五位である。この時は必ずしも真に命裏に戊字を找るを要せず、ただ戊の禄は巳に在るを知れば、命中に巳に見れば、則ち「天雄禄」と作る。もし再び本干の正禄を加えれば、便ち合格入局と算う。この説は《馬子才命格》から出る。

天禄貴神

太歲本干不見祿,取五虎元遁,至祿上看得何干,真干見天乙貴神,而貴人所坐之干,復得貴於祿上者是也。假令六丁人祿在午,至午上得丙字,丙貴在酉亥,而得辛酉或辛亥,則辛貴復見於午也,此為入格,又加六壬人至祿上得辛而見丙寅者是也,如更入格,貴極一品,常格得之,不下三品。(玉霄寶鑑)

もし年干本身に禄を見ざれば、則ち「五虎遁」を用いて年干より推し起し、禄支上に遁出するは哪一個の天干なるを看る。この遁出の干がもし天乙貴人に見る能くし、しかして貴人の坐するあの天干が、また反過来禄位上に於て貴を得れば、則ち「天禄貴神」を成す。例を挙げて説けば――六丁年生の人の禄は午に在り、五虎遁を用いて午上に推して丙字を得。丙の貴人は酉・亥に在り、もし命中に辛酉あるいは辛亥を得、しかして辛の貴人は恰恰また午に在れば、貴気が禄位上に於て一個の圈子を兜して回り来るに等し。これは則ち入格と算う。また六壬年の人が禄位上に於て辛を遁得し、しかして命裏に丙寅に見るがごときは、もまた一様の道理である。もし格局再び完備すれば、貴は一品に極まり得べし。たとい平常格局の人がそれを得るも、また三品を下らず。この説は《玉霄宝鑑》から出る。

禄堂

自來言祿,但知甲祿在寅之類,殊未知祿堂為最貴,甲人得甲戌是也,以其甲為歲干,則甲之本位遁在戌,若更得諸位福神助發,必須大貴,獨辛壬有二位,辛有辛卯辛丑,壬有壬寅壬子,餘皆一位。(李虛中書)

歴来禄を講ずる人は、ただ甲禄は寅に在るのこの一類の説法を知るのみで、卻って「禄堂」が最も貴なるを知らず。譬如甲年の人が甲戌を得れば則ち禄堂なり。甲は年干で、甲年より五虎遁を起せば、寅上は丙・卯上は丁で、一路戌上に数え到れば正好また甲で、本干は自己の位子に回到せばである。もし再び各種の福神の来りて幇襯発動するを得れば、必定大貴なり。十干の中にただ辛と壬のみ各々両個の禄堂あり――辛年は辛卯・辛丑あり、壬年は壬寅・壬子あり、残りの各干は皆一個のみあり。この説は《李虚中書》から出る。

閻東叟云:切記三合六合上見刑見鬼,以甲戌言之,鬼在丑上則可畏,以丑刑戌也,鬼在未上則無意,以戌刑未也,以乙酉言之,鬼在巳上則為善,以三合相會也,鬼在辰上則減福,以合相親也,五行無勊,諸位相助,方為祿堂,理愚歌云:祿入都堂須大拜。

閻東叟がいう――特に留意するを要す。禄堂の在る所の三合・六合位上は刑と官鬼とを見るべからず。甲戌のこの禄堂に就きて言えば、官鬼がもし丑上に落つれば可怕し。丑は戌を刑するを要せばである。官鬼がもし未上に落つれば倒れて打緊せず。反過来戌が未を刑すればである。再び乙酉のこの禄堂に就きて言えば、官鬼が巳上に落つればかえって好事で、巳酉丑三合相会して、鬼もまた化して我が用と為せばである。官鬼が辰上に落つれば則ち福を減ずを要す。辰酉相合して、鬼と禄とが貼りて太く近ければである。総じて五行の間に剋伐なく、各個の位次また能く互相扶助すれば、初めて真の禄堂と算う。《理愚歌》にいう――禄もし都堂の位に進めば、必定要に相を拝し侯に封ぜられん。

禄九天

祿九天者,取祿後一辰,謂如甲祿在寅,丑是也,主食天祿,常處廊廟之上。

いわゆる「禄九天」とは、禄位に挨着するの後一辰を取る。例如甲の禄は寅に在れば、あれば則ち丑は其の禄九天なり。命中に此の位を帯ぶる人は、朝廷の俸禄を享受し、常年身は廟堂の上に在るを主る。

禄九地

祿九地者,取祿後二辰,謂如甲祿在寅,子是也,戊己之人,寄旺於丙丁,無祿九地也,遇之者,主高官長壽,資產富饒。(三命鈴)

いわゆる「禄九地」とは、禄位の後面の第二辰を取る。例如甲の禄は寅に在れば、あれば則ち子は其の禄九地なり。戊・己の両干の旺気は丙・丁上に寄托せられ、本身は独立の禄九地なし。命中に禄九地に遇上する人は、官位高く寿数長く、家产もまた豊饒なるを主る。この説は《三命鈴》から出る。

本家祿者,甲為寅人之祿,乙為卯人之祿,丙戊為巳人之祿,丁己為午人之祿,庚為申人之祿,辛為酉人之祿,壬為亥人之祿,癸為子人之祿,辰戌丑未人無本家祿,若寅生人月日時遇甲,餘準此。若遇兩重以上,又在四貴華蓋之位,則極貴也,若在四平位或貴人上亦主貴,又曰:歲干為正干官正印尤佳,在四忌上則亦有官,常調之人也。(三命提要)

いわゆる「本家禄」とは、反過来地支より天干を看るなり――甲は寅年の人の禄、乙は卯年の人の禄、丙・戊は巳年の人の禄、丁・己は午年の人の禄、庚は申年の人の禄、辛は酉年の人の禄、壬は亥年の人の禄、癸は子年の人の禄。辰・戌・丑・未の四支は土庫に属し、本身は本家禄なし。譬如寅年生の人は、ただ月・日・時の天干上に甲に遇到すれば、則ち本家禄を得たと算え、残りは此を照りて類推す。もし本家禄が両重以上に出現し、また四貴・「華蓋」の位に落つれば、あれば則ち極貴。四平の位あるいは貴人の上に落つるも、もまた貴を主る。書中にまたいう――この字が年干に対してもし正に正官・正印なれば、則ち更に好し。たとい四忌の上に落つるも、仍りて官を為り得べし。ただ循資遷転の平常官員のみ罷らん。この説は《三命提要》から出る。

建祿者,主人肌厚氣實,韻格不清,一生安逸足財利,此生旺者然也。死絕則氣濁神慢,孜孜為生,吝嗇猥鄙,與元辰並,因樗蒲而得財,復因此敗,與官符並因公門得或多爭訟,與卻殺並好賤使小商不義橫財,與天中並多遺失破財,與祿鬼倒食並,多因賒貨牙販而得財,至死不通,惟財是念之人。

命に「建禄」を帯ぶる人は、体格厚実・気血充盈す。ただ風韵格調の清雅に足らざるのみ――一生安逸・財利缺かず。これは禄が生旺に逢うの時の情形である。もし禄が死絶の地に落つれば、則ち気濁く神慢と変じ、成天生計の為に奔忙し、性情吝嗇鄙俗す。建禄が「元辰」と同柱なるは、賭博に靠りて財を得、最後にもまた賭に因りて家を敗す。「官符」と同柱なるは、官府の門路より財を得るか、あるいは常に官司を打つ。「却殺」と同柱なるは、小商小販を役使するを喜び、得るは不義の横財なり。「天中」(則ち空亡)と同柱なるは、多く遺失破財す。禄鬼・「倒食」と同柱なるは、多くは貨物を賒売し牙行経紀を為して銭を挣ぎ、一輩子想い開かず、ただ一個の銭字を認むるのみ。

庫者祿之緊也,破者祿之散也,空者祿之閒也,合者祿之橫也。

総じて説えば――禄が庫に入るは、禄の収め得ること緊し。禄が冲破せらるるは、禄の散じたり。禄が空亡に落つるは、禄の閑じて用なし。禄が合に逢うは、則ち禄の意外に横来するなり。

甲乙木庫在未,丙丁在戌,戊己壬癸在辰,庚辛在丑庫者,祿之所鍾也,如甲乙亥多而得未者,乃祿厚望足之人也。破為破祿也,如甲祿在寅而得申,惡沖而氣散也。貴者得此,停慶剝落,眾人衣食不瞻,祿落空亡,此為尤甚,古人云:資財聚散祿居空,胎裡生時怕遇逢,貧賤為奴為乞食,飄又身自泛西東。

甲乙は木に属し、木庫は未に在り。丙丁は火に属し、火庫は戌に在り。戊己と壬癸は土・水に属し、庫は辰に在り。庚辛は金に属し、庫は丑に在る。庫は禄気の鍾聚する所の地方である。譬如甲乙年の人の命裏に亥字多くしてまた未を得れば、則ち禄気深厚・声望充足の人である。いわゆる「破」とは、則ち破禄で、比如甲の禄は寅に在りて卻ってまた申に見れば、寅申相冲して、禄気は便ち冲散せらる。顕貴の人が破禄に碰上すれば、喜慶は停下して福気は剥落せん。尋常の人が碰上すれば、衣食を連ねても顧み周わらざらん。禄もし空亡に落ち進めば、あれば則ち更に厳重なり。古人に詩ありていう――銭財は聚めてまた散ず、ただ禄が空亡に坐するに因る。胎元と生時上は最もそれに遇着するを怕る。遇上すれば便ち貧賤して人に奴を為し沿門して食を乞い、一輩子漂泊して東奔西走す。

祿最喜合,如甲祿在寅,命中得亥,雖非見祿,亦曰見祿也,得之多者為意外倘來之福,門蔭流外有司達身者,往往得此也。(燭神經)

禄は最も合に逢うを喜ぶ。比如甲の禄は寅に在りて、命中に亥を得れば、寅亥相合して、直接に禄を見ること無しと雖も、もまた禄を見たと算う。この種の合禄の見ること多き人は、福気は多くは意外に飛来するなり。あれらの祖上の門蔭に靠り・吏職流外の途に由りて出身して官に做到するは、往々にして則ちこのような命である。この説は《燭神経》から出る。

古人云:祿前二辰為背祿,後二辰為向祿。沉芝取建,向,近,合四字為貴,若甲祿在寅,亦寅為建,丑為向,卯為近,亥為合,餘準此。又曰建不如向,近不如合,以為四字中,得兩字者發早,至於主貴惟建合兩字也。(三命提要)

古人がいう――禄前の第二辰を「背禄」と作り、禄後の第二辰を「向禄」と作る。沈芝は則ち建・向・近・合の四個の字を取りて以て貴を論ず――甲の禄は寅に在り、寅本身を「建」と作り、丑を「向」と作り、卯を「近」と作り、亥(寅と相合す)を「合」と作り、残りの各干は此を照りて類推す。彼がまたいう――建は向に如かず、近は合に如かず。この四個の字裏に能く両個を占むるは、発達すること早し。しかして真に貴を主るは、ただ建・合のこの両字ありのみ。この説は《三命提要》から出る。

禄位会合

祿若會見則富貴,相合則奮迅,遇食神則福緊,值天牛力慢,切忌沖破。甲祿在寅而得己亥,乙祿在卯而得庚戌,丙戊祿在巳,而得辛巳癸巳,丁己祿居午,而得壬午甲午,庚祿居申,而得己巳,辛祿在酉,而得丙辰,壬祿在亥而得丁亥,癸祿在子,而得戊子,以上十位,謂之相合祿。

禄は能く聚会相見すれば則ち富貴を主り、禄と別柱と相合すれば則ち奮発迅捷を主り、禄が食神に遇上すれば則ち福気の収め得ること緊密なり。もし「天牛」のこの類の鈍滞の神に碰上せば、力量の発揮する便ち慢し。しかして最も忌諱するは冲破せらるるなり。いわゆる相合の禄とは、例如――甲の禄は寅に在りて命中に己亥を得(甲己合・寅亥合)、乙の禄は卯に在りて庚戌を得(乙庚合・卯戌合)、丙戊の禄は巳に在りて辛巳・癸巳を得、丁己の禄は午に在りて壬午・甲午を得、庚の禄は申に在りて己巳を得、辛の禄は酉に在りて丙辰を得、壬の禄は亥に在りて丁亥を得、癸の禄は子に在りて戊子を得る。以上のこの十種は、皆「相合禄」と作る。

壬食甲,甲祿在寅,從而得甲寅;癸食乙,乙祿在卯,從而得乙卯;戊食庚,庚祿居申,從而得庚申;己食辛,辛祿在酉,從而得辛酉。以上四位,謂之食神帶祿。甲食丙,從而得丙申或丙寅;乙食丁,從而得丁未或丁卯;丙食戊,從而得戊申;丁食己,從而得己未;庚食壬,從而得壬寅;辛食癸,從而得癸丑。以上八位,謂之食神合祿。丙戊祿居巳,丁巳祿居午,四干而得二支,謂之三見祿也。

壬は甲を以て食神と為し、甲の禄は寅に在れば、だから壬人は甲寅を得。癸は乙を以て食神と為し、乙の禄は卯に在れば、だから癸人は乙卯を得。戊は庚を以て食神と為し、庚の禄は申に在れば、だから戊人は庚申を得。己は辛を以て食神と為し、辛の禄は酉に在れば、だから己人は辛酉を得。以上の四種は、食神は自己就職して禄上に坐し、「食神帯禄」と作る。再び看れば――甲は丙を以て食神と為し、丙申あるいは丙寅を得べし。乙は丁を以て食神と為し、丁未あるいは丁卯を得べし。丙は戊を以て食神と為し、戊申を得べし。丁は己を以て食神と為し、己未を得べし。庚は壬を以て食神と為し、壬寅を得べし。辛は癸を以て食神と為し、癸丑を得べし。これらは食神と禄と相合して、「食神合禄」と作る。至于丙・戊の禄は皆巳に在り、丁・己(原書「巳」は当に「己」と作すべし)の禄は皆午に在り、四個の天干は卻ってただ両個の地支を共用す。この種の情形を「三見禄」と作る。

禄気相親

甲寅乙卯庚申辛酉之命,與日上或時上干支同者,謂之本祿入鳳池,更遇天乙天官食神驛馬居其上,有氣而不犯空亡者文貴命也。本食甲寅,得乙卯為帝坐,本是庚申,得辛酉為帝坐,謂支順祿入鳳池,本是辛酉得庚申為帝坐,本是乙卯得甲寅為帝坐,謂之逆祿入鳳池。

本命が甲寅・乙卯・庚申・辛酉のこの四柱の一なれば、干支本身便ち禄で、もし日柱あるいは時柱上にまた同様の干支出現せば、則ち「本禄入鳳池」と作る(鳳池は中書省を指し、則ち宰相の弁公する所)。もしこの上に再び天乙貴人・天官・食神・駅馬に遇到し、本気有力にしてまた空亡を犯さざれば、便ち文職顕貴の命である。本命が甲寅にして日・時に乙卯を得るを「帝坐」と為し、本命が庚申にして辛酉を得るを帝坐と為し、地支は依次に前進して、「支順禄入鳳池」と作る。反过来说えば本命が辛酉にして庚申を得、本命が乙卯にして甲寅を得るは、地支は往回に退きて、則ち「逆禄入鳳池」と作る。

丙寅得辛巳,戊寅得癸巳,丁人得壬午,己壬得甲午,壬人得丁亥,癸人得戊子,在於帝坐謂之合祿入鳳池。甲寅乙卯丙辰丁巳丙午己未庚申辛酉戊戌癸亥壬子癸丑十干在十二辰上,如五位中得之多或得之全,謂之祿氣專位。

再び有り――丙寅が辛巳を得、戊寅が癸巳を得、丁人が壬午を得、己人が甲午を得、壬人が丁亥を得、癸人が戊子を得――干と干と相合し支上また禄なれば、これらもし帝坐(日支・時支)の上に落つれば、則ち「合禄入鳳池」と作る。至于甲寅・乙卯・丙辰・丁巳・丙午・己未・庚申・辛酉・戊戌・癸亥・壬子・癸丑のこの一串は、十天干の各自十二地支上に安じ干支同気の組合せである。もし年・月・日・時・胎のこの五個の位次裏に得ること多く、甚だしきは全都得れば、則ち「禄気専位」と作る。

甲寅得己亥,乙卯得庚戌,戊辰得癸酉,丁巳得壬申,丙午得辛未,己未得甲午,庚申得乙巳,辛酉得丙辰,戊戌得癸卯,癸亥得戊寅,壬子得丁丑,己丑得甲子,在日上謂之祿氣乘本主,在時上謂之祿氣親帝坐也。(閻東叟書)

下面の十二組は、毎一組皆天干相合・地支もまた相合するの一対で、禄気は此に因りて緊緊相連す――甲寅は己亥に配し(甲己合・寅亥合)、乙卯は庚戌に配し、戊辰は癸酉に配し、丁巳は壬申に配し、丙午は辛未に配し、己未は甲午に配し、庚申は乙巳に配し、辛酉は丙辰に配し、戊戌は癸卯に配し、癸亥は戊寅に配し、壬子は丁丑に配し、己丑は甲子に配す。取法は皆第一組と相同なり。このような組合せがもし日柱上に落つれば、「禄気乗本主」と作る。時柱上に落つれば、「禄気親帝坐」と作る。この説は《閻東叟書》から出る。

官崇位顯定知夾祿之鄉。王氏注云:癸祿在子,子前後辰遇癸四柱得之者曰夾祿,又謂之拱祿,祿得虛拱以待用,祿之所主者,官爵也,如此則官爵自然榮顯。

《珞琭子》の賦文にいう――官位崇高顕達の人は、命裏に一定有りて夾禄の郷なり。王氏が注を作していう――癸の禄は子に在り、もし四柱中に癸亥・癸丑出現して、子のこの一支を把りて前後両頭より虚虚夾住すれば、則ち「夾禄」と作り、また「拱禄」と作る――禄は併せて実見せずして、被りて当中に拱せられ備用を留めらる。禄の主する所は正に官爵なれば、だからこのような命は、官爵は自然に栄顕す。

生月帶祿入居赫奕之尊。瑩和尚注云:本命祿元與生日同者是也,其祿元用日干求之,假令庚子人甲申月得乙庚之日使用五子推之,甲申是也。(珞琭子)

賦文にまたいう――生月上に禄を帯ぶる人は、能く顕赫尊貴の位に居る。瑩和尚が注を作していう――これは本命の禄元と生日とが同じく一処に在るを指す。禄元は日干を用いて求むるを要す。譬如庚子年生の人が甲申月に生まれれば――庚の禄は申に在り、しかして乙・庚の年は五虎遁を用いて月干を推すに、申月は正好甲申に排到し、禄は則ち生月上に落つるなり。この説は《珞琭子》から出る。

甲好寅方庚好申,更將戊己附炎神,日時並有三重祿,須作清華職位人。此謂十干祿也,見生旺福神,則為貴祿,若遇死絕刑破則為絕祿。(鬼谷要訣)

歌訶にいう――甲は寅のこの一方を喜び、庚は申のこの一方を喜び、戊と己は則ち丙丁のこれらの火神の上に附するを要す(火土同宮)。日柱・時柱上に再び三重の禄気あれば、此人は必定清要顕貴の官を為る。ここに講ずるは則ち十干の禄である――禄もし生旺の地と福神とに見れば、便ち貴禄なり。もし死絶・刑破に碰上せば、則ち絶禄と成る。この説は《鬼谷要訣》から出る。

互横朝元両相得

互橫者,如庚寅見甲申日時之類,朝元祿如寅人見甲日時之類,或總朝於胎中為最貴,須不駁雜,不相嫌,兼貴助之曰得。

いわゆる「互横」とは、両柱の干支が彼此交錯互換するなり。例如庚寅年が甲申日あるいは甲申時に見るのこの一類。いわゆる「朝元禄」とは、地支が去りて本干の禄を朝拱するなり。例如寅年の人が甲日・甲時に見るのこの一類(甲の禄は正に寅に在り)。もしこれらの禄気が一斉に胎元に朝向せば、あれば則ち最も貴し。ただ必ず五行が駁雑せず彼此相嫌忌せず、再び貴神の幇襯を加えて、初めて「得」と作り叫ぶべし。

朝雲夾合公国に封ず

朝元夾合者,如癸巳見戊辰戊午之類,蓋兩戊於癸合夾巳得戊祿在巳也,如辛巳人見丙辰丙午,甲午人見己巳己未之類亦是。

いわゆる「朝元夾合」とは、例如癸巳年が戊辰と戊午に見れば――両個の戊は皆癸と相合し、また巳を把りて前後より夾住し、しかして戊の禄は正好則ち巳に在り、禄は当中に夾まるるなり。また辛巳年の人が丙辰・丙午に見(丙辛相合)、甲午年の人が己巳・己未に見(甲己相合)がごときは、も皆この一類である。この格に合するは以て公に封じ国に封じ得べし。

時に禄ありて日内を朝すれば金玉堂に満ち富輩を成す

如己巳日丙時更帶滋,命金玉滿堂格主大富,祿中更有多般說,自衰自旺兼敗絕,若無吉殺加助時,定知破祖多浮劣。

比如己巳日生の人が再び丙時を得れば、時上の禄は日主を朝向し、また滋助の気を帯ぶ。これは則ち「金玉満堂」格で、大富を主る。ただ禄の裏頭にさらに多くの講究あり――それが自坐衰地か・自坐旺地か・あるいは敗地・絶地に坐するかを看るを要す。倘も吉神の来りて幇扶を加えるなければ、あれば則ち此人は祖業を敗破し多くは軽浮无成と断定せらる。

如甲寅人見戊寅日自衰,壬寅日自絕,辛人見乙酉曰自敗,乙人見乙卯曰自死,吉殺加助者,如己卯己酉甲子甲午,雖曰自敗自死,緣有四簡進神,故得吉殺助也。甲寅有秀氣,內或有貴人食神旺氣來助亦佳,不可一途而取也。

例を挙げて説けば、甲寅年の人が戊寅日に見れば、戊土は寅に於て衰を為し、自衰と作る。壬寅日に見れば、壬水は寅に於て絶を為し、自絶と作る。辛年の人が乙酉に見るは、自敗と作る。乙年の人が乙卯に見るは、自死と作る。いわゆる吉神の幇扶あるとは、己卯・己酉・甲子・甲午のこの数柱がごときを指す。自敗・自死と算うと雖も、卻ってそれらが「四簡進神」なるが為に、だからかえって吉神の助を得。甲寅本身は秀気を含有し、命裏にもし別に貴人・食神・旺気の来りて相幇すれば、一様に好し。総じてただ死の一路を認めて取断する能わざるのみ。

祿入空亡何所知,虛名虛譽足堪嗤,忽然更在衰兼病,曹無名傳處處知。

歌訣にいう――禄が空亡に落ち進むは、何を憑りて看え出すことを得んや。則ち此人に虚名虚誉のみあるを憑りて、実に可笑すべし。万一禄がさらに衰地・病地上に坐せば、あれば則ち更に不堪なり、個の到処に伝揚せらるるの难听の名号を落とさん。

祿值空亡之人,或秀氣助成,稱虛官沖,解元之屬,或空亡值衰病,亦是曹號,更駁雜,即呼不好曹號。(沉源)

禄が空亡に落つる人は、もし命裏に別に秀気の来りて彼を成就するあれば、もまた個の空頭官銜を挂け得べし、あるいは郷試解元の一類の虚栄に做到し得べし。もし空亡がまた衰・病の地に碰上せば、あれば則ちただ一個の綽号を落とすのみ(原書は「曹号」と作す)。五行再び駁雑不清なれば、得るはさらに难听の諢名なり。この説は《沈源》から出る。

一祿不足救三絕,故宣叔丙午年庚子月,戊寅日,庚申時,官至正郎,行乙巳運,除福建漕,未赴,一夕暴卒,足見禍福各不相擾,雖有重祿,奈水土絕於巳,餘彷此。(廣錄)

一個の禄は三重の絶地を救う能わず。已故の宣叔の命造は丙午年・庚子月・戊寅日・庚申時で、官は正郎に做到す。乙巳の大運に行到り、朝廷は彼を任命して福建転運使を為らしめんとすも、未だ赴任せざるに、一夜の間に則ち暴卒す。見るべくんば禍は禍・福は福にして、各々相干らず――彼の命裏は禄気重叠すと雖も、奈何せん水と土と皆巳上に絶して、運は一ただ巳に到れば則ち救なし。残りは此を照りて類推すべし。この説は《広録》に見る。

遇如不遇

甲祿在寅,如甲子人見庚寅,被庚來破甲,所謂遇如不遇,又如庚人見丙申,乙人見辛卯,辛人見丁酉,以上鬼來勊退故無力,雖有如閒,餘彷此。(三命篡局)

甲の禄は寅に在るも、甲子年の人が庚寅に見れば、庚金が来りて甲木を劈き、禄は在ると雖も卻って破壊せらる。これを則ち「遇如不遇」と作る。また庚人が丙申に見・乙人が辛卯に見・辛人が丁酉に見るがごときは、皆官鬼が禄上に坐して、禄気を把りて剋退すれば、だから力を使い上がらず。看るに禄ありても、実は閑じて用なし。残りは此を照りて類推す。この説は《三命篡局》から出る。

第十六巻・馬を論ず

駅馬位歌

且論寅午戌生人,驛馬從來會在申,申是金鄉嫌鬼勊,官職無堅退剝頻,丙午丙寅並丙戌,七月同生建丙申,丙與納音重火勊,其中金馬動災迍,又是空亡多病厄,是非空走困紅塵,生逢十二四八月,金馬忽忽向此巡,更餘別月庚辛是,納音金位亦為真,有此兩般金馬貴,即為殿閣錦衣人,丙戌生人十二月,此名背馬帶官勳,辛丑兩重金馬庫,六辛臨馬貴人親,丙寅正月壬寅九,馬居庚戌及庚寅,忽然與祿相交併,朱紫分明不妄陳,巳酉丑申年月日,玉堂深處荷皇恩。

先ず寅・午・戌年生の人を説かば、彼らの「駅馬」は歴来皆申に在るを会す。申は金郷に属し、最も火の来りて鬼を為して相克するを怕る。一ただ剋せらるれば、官職は則ち立ち穏まらず、屡屡退職剥落す。丙午・丙寅・丙戌のこの数個の年份がごときは、人また七月則ち申月に生まれて丙申の一柱を得れば、天干の丙火に納音の火を加えて、両重の火が来りて申金を剋し、金馬傷を受ければ、則ち災殃困頓を動出せん。もしこの馬位が再び空亡に落つれば、便ち多病多厄にして一身の是非を惹き、白白奔走して紅塵裏に困す。反过来说えば、十二月(丑)・四月(巳)・八月(酉)に生まるるは、巳酉丑が三合成して金局を為せば、金馬は便ち匆匆としてここに巡り到る。たとい別の月份に生まれとも、ただ干上に庚・辛を帯び納音また金に属せば、同じく真金馬なり。この両種の金馬の貴有れば、便ち殿閣の上・錦衣を身著するの人物である。丙戌年生の人が十二月に生まるるは、「背馬」と作り、もまた官勲を帯び得べし。辛丑の一柱は両重の金馬の庫で、六辛の人が馬位に臨めば、貴人と相親近す。丙寅は正月に・壬寅は九月に在り、馬は庚戌と庚寅の上に落ち、もしまた禄星と交会して併臨せば、あれば則ち朱衣紫綬は明明白白にして虚説ならず。巳・酉・丑と申とが年・月・日上に出現する人は、能く玉堂の深処に於て皇恩を承受し得べし。

甲申載路空亡馬,丙申大敗馬,戊申福星伏馬,庚申建天關馬有好官,壬申大敗馬。如壬申,甲申,丙申,戊申,四馬多疾再沉再起,招是招非。以上巳酉丑申年月日時發應。

同じく申のこの馬位なりとも、天干同じからざれば吉凶もまた同じからず――甲申は載路空亡の馬、丙申は大敗の馬、戊申は福星伏馬、庚申は建天関の馬にして能く好官を得、壬申もまた大敗の馬なり。壬申・甲申・丙申・戊申のこの四種の馬がごときは、主人は多病多災にして、事業は几番か沈み去りまた几番か起り、また是非を招惹し易し。以上のこれらは、皆巳・酉・丑・申の在る所の年・月・日・時上に於て応験す。

申子辰年,馬在寅,甲乙天關木氣同,只怕壬寅金勊破,空亡載路勿發逢,庚子生人正月建,戊寅伏馬卻堪中,戊祿在巳刑庚祿,祿馬相刑官印重,丙午文星天喜位,時加乙未貴人宮,又帶兩重驛馬庫,茂林長策定英雄,此命時干乙庚合,鼠猴連貴至三公,子未宮神凶吉雜,卻應難到廟堂中,但遇亥寅並卯未,此之年月自興隆。

申・子・辰年生の人は、駅馬は寅に在り。寅上に甲・乙を得れば、皆天関の木気と馬と同類にして最も好し。ただ壬寅に遇上するを怕る――納音は金に属し、かえって来りて寅木を剋破す。また空亡・載路に落ち進むを怕れ、逢着すれば則ち発し起る能わず。一個の命を挙ぐ――庚子年生の人が正月建寅に生まれ、戊寅の一柱を得るは、伏馬にしてさらに可用と算う。戊の禄は巳に在り、巳はまた庚の禄の申を刑して、禄と馬とが互相刑動し、官印の気は此に因りて加重す。もし丙午が位に在るを得れば、是れ文星・天喜の地で、時上に再び乙未のこの貴人宮を加え、また両重の駅馬の庫を帯ぶれば、あれは真に林木茂盛・長策に国を定むるの英雄である。この命は時干の乙と年干の庚と相合し、子(鼠)と申(猴)とは貴気相連なり、以て三公に做到し得べし。ただ子と未の両宮の神煞は吉凶混雑して、到底久しく廟堂の上に居ること難し。ただ一ただ亥・寅あるいは卯・未のこれらの年月に行到れば、自然になお興隆ならん。

甲寅正祿文星馬,丙寅福星馬,戊寅伏馬,庚寅破祿馬,壬寅截路馬。以上亥卯未寅年月日時發應。

寅のこの馬位上は、甲寅は正禄にして文星の馬を兼ね、丙寅は福星の馬、戊寅は伏馬、庚寅は破禄の馬、壬寅は截路の馬なり。以上のこれらは、皆亥・卯・未と寅との在る所の年・月・日・時上に於て応験す。

巳酉丑年馬在亥,壬癸差肩水馬公,惟忌亡神臨位上,乙庚丁亥孟冬生,申子及辰皆水位,亦為旺主國中英,忽然辛丑當三月,干帶壬辰馬庫名,馬得二重三品貴,翰宛調林學士稱,丁酉五月見丙午,納音水馬喜神臨,雖然此處居官祿,暫得科名不久榮,只緣丙午納音水,勊他丁祿遂伶仃,申子辰年並月日,不求推薦自然成。

巳・酉・丑年生の人は、駅馬は亥に在り。亥は水に属し、天干に壬・癸を得てそれと比肩同気するは、水馬の貴なり。ただ「亡神」が馬位上に圧するを忌む。乙年・庚年の人が丁亥を得、また孟冬十月に生まれ、あるいは命裏に申・子・辰のこれらの水位斉備して、馬気旺盛なれば、もまた国中の英才を成るを主る。また辛丑年生の人が三月に生まれ、干支に壬辰を得るがごときは、辰は水庫にして正に馬庫の名で、馬は両重を得れば、便ち三品の貴あり、以て翰林院裏に於て学士を為り得べし。また丁酉年生の人が五月に生まれて丙午に見るがごときは、丙午の納音は水に属し、水馬にしてまた喜神の来臨に逢う。能く個の官位俸禄を占むると雖も、卻ってただ暫時科名を博するのみで、栄耀は久長せず――原因は則ち丙午の納音水が丁の禄気を剋して、終竟伶仃孤単なればに在り。もし申・子・辰が年上に在りてまた月日に併見せば、あれば則ち人の推薦を求むるを必とせず、功名は自然に成就せん。

乙亥天德馬,丁亥天乙貴馬,己亥旺祿馬,辛亥正祿馬,癸亥大敗馬。以上申子辰亥年月日時發應。

亥のこの馬位上は、乙亥は天徳の馬、丁亥は天乙貴人の馬、己亥は旺禄の馬、辛亥は正禄の馬、癸亥は則ち大敗の馬なり。以上のこれらは、皆申・子・辰と亥との在る所の年・月・日・時上に於て応験す。

亥卯未人馬在巳,丙丁火位本同居,辛卯辛未並辛亥,四月生人得英圖,癸巳兩水凌其火,伏馬無堪官印虛,亦是貴神相保護,終得空名在世途,乙亥九月建丙戌,兩重馬庫德相扶,此名背馬居官職,乙丙相生印受除,更看丙丁關寶馬,寅午戌位火光殊,遇此年月日時到,天子榮飛紫詔書。

亥・卯・未年生の人は、駅馬は巳に在り。巳は火に属し、丙・丁と同居して一気なれば、だから干上に丙丁を得るが最も相宜なり。辛卯・辛未・辛亥年生の人がごときに、また四月建巳に生まれれば、便ち能く英偉の前程を謀得し得べし。もし癸巳なれば、天干の癸と地支の蔵する所の水と両重にして巳火を欺凌し、馬は則ち伏して起たず、官印の気もまた空しく落つ。ただすでに貴神の旁に在りて保護あれば、終帰なお世上に於て個の虚名を挣得し得べし。また乙亥年生の人が九月建戌に生まるるがごときは、戌は火庫にして、両重の馬庫が徳を以て相扶く。これを「背馬」と作り、一様に以て官に居り職に任じ得べし。乙木と丙火と相生して、印綬は此に因りて升遷を得。再び丙・丁の両干の関する所の宝馬を看れば、寅・午・戌のこれらの火位上に落ちて、火光は格外明亮なり。このような年月日時が一ただ到れば、天子の紫色の詔書は則ち栄耀にして飛来せん。

乙巳正祿馬,丁巳旺氣馬,己巳九天祿庫馬,辛巳截路馬(一雲作貴人半吉),癸巳天乙伏馬(一雲作貴人吉)。以上寅午戌巳年月日時發應。

巳のこの馬位上は、乙巳は正禄の馬、丁巳は旺気の馬、己巳は九天禄庫の馬、辛巳は截路の馬(另一説は貴人と算うも、ただ半吉なり)、癸巳は天乙伏馬(另一説は貴人と算え、吉と為す)なり。以上のこれらは、皆寅・午・戌と巳との在る所の年・月・日・時上に於て応験す。

其上項馬若不值空亡敗破交退伏神者,定須榮貴,忽祿共天乙貴神同其馬位,更得諸殺相併,官秉大權,貴居廊廟,時為上貴,日為中貴,月為常廉,庫馬值少年之喜,旺馬資壯歲之榮,生馬老方得遂而官卑任遠矣。如木生亥旺卯庫未,餘彷此。

上面のこれらの馬は、ただ空亡・大敗・破・交・退・伏神のこれらの壊神煞に碰上せざれば、一定に栄顕貴達を主る。仮に禄神と天乙貴人とがまた馬と同じく一位に在り、再び各類の吉殺の会合あれば、あれば則ち大権を手握りて、身は廟堂の上に居る。位次に就きて言えば、馬が時柱に在るは上等の貴、日柱に在るは中等の貴、月柱に在るはただ尋常の廉吏と算う。馬の処する所の段階に就きて言えば、庫に坐する馬は少年の得意を主り、旺に坐する馬は壮年の栄達を助人し、長生に坐する馬は老年に到って初めて遂心を得て、しかも官卑く任遠し。譬如木は亥を以て長生と為し卯を以て旺と為し未を以て庫と為す。残りは此を照りて類推す。

珞琭子云:坐馬未必有馬,背祿未必有祿,看其旺庫,不問背生,妙在消息盈虛也。

《珞琭子》にいう――命中に馬位に坐するも、未だ必ずしも真に馬の用あらず。看るに禄を背けたがごとくても、また必ずしも禄なきにあらず。関鍵はそれが旺地・庫地に処するや否やを看るを要して、必ずしも背なるや生なるやに拘泥するを要せず。妙処は全く気の盈虧消長を揣摩するに在り。

天関駅馬位歌

驛馬天關在四維,四維重柱與君知,其中水馬逢壬癸,金指庚辛自有期,甲乙木林花競秀,丙丁漁火彩光輝,如斯十公干頭上,官職隨人命裡歸。(金書命訣)

歌訣にいう――駅馬の天関は寅・申・巳・亥のこの「四維」の上に落つ。四維がもし几柱裏に重叠して出現せば、当にその中の分別を告げるべし。水馬は壬・癸に逢うを要し、金馬は庚・辛を指望し、各々其の応期あり。甲・乙は木にして、林木の花开き争い秀发するがごとし。丙・丁は火にして、漁火の水を照らし光彩輝映するがごとし。このように十天干は各自馬頭上に安じ、官職は便ち各人の命理の帰属に随りて定まる。この説は《金書命訣》から出る。

所謂驛馬者,乃五行有為待用之氣,強名也,陰陽倚伏,氣令循環,猶會置之郵傳,命逆來送往,無氣如驛,氣動如馬耳。

いわゆる駅馬とは、実は五行の中のあの有所作為・調用せらるるを待つの気で、「駅馬」は不過則ち勉めてそれに取るの名字のみ罷り。陰と陽と互相依伏して、気は時令と循環已まず。譬えば朝廷の駅站郵伝を設置して、人を命じて迎え来り送り往かしむるがごとし――気が静止して動かざる時は駅站のごとく、気が一たび発動すれば則ち奔馬のごとし。

寅午戌火屬也,水藏其中矣,遇申生主水以發越之,然後陽中陰動而化。申子辰水屬也,火藏其中矣,遇寅位生火以圖融之,然後陰中陽動而生。亥卯未木屬也,金藏其中矣,遇巳位生金以櫜龠之,然後動者靜而斂者散。巳酉丑金屬也,木藏其中矣,遇亥位生木以敷榮之,然後飲者散,而屈者伸。

寅午戌は火局を合成し、火中に卻って水を蔵し、申に遇えば――水の長生の地――水を把りて引発出し、於是陽中の陰は発動して変化を起す。申子辰は水局を合成し、水中に卻って火を蔵し、寅に遇えば――火の長生の地――火を把りて生起して之を交融せしめ、於是陰中の陽は発動して生機を顕現す。亥卯未は木局を合成し、木中に卻って金を蔵し、巳に遇えば――金の長生の地――金を把りて生出して、風箱鼓橐の一開一合するがごとく、於是好動するは安静に帰し・収斂するは転じて発散す。巳酉丑は金局を合成し、金中に卻って木を蔵し、亥に遇えば――木の長生の地――木を把りて生出して之を敷布繁栄せしめ、於是鬱積するは散開し・屈縮するは伸展す。これは則ち四組の三合が各々対冲の支を以て馬と為すの道理である。

由是木火水金,錯綜往來,因時動靜,內外相感,互為利用,進則與時皆行,退則與時偕極,然則帶之強名驛馬者,皆此例也,是特舉其一隅而已,苟能以三隅反,則理歸一揆,不必執於寅午戌申,申子辰寅,然後為馬,凡水中火騰,火中水降,陰陽交泰,陰陽變通,皆為馬類也。(雲霄寶鑑)

此に由りて見るべくんば、木・火・水・金は錯綜往来して、時令に随い或いは動き或いは静かにして、内外互相感応し・彼此用と為す――進むの時は時と倶に行き、退くの時は時と倶に尽く。あれば則ち勉めて駅馬と称せらるるは、皆この一類の情形で、上面は不過一個の角落を挙げて例と作したのみ。もし此に由りて残りの三面を推知する能くせば、道理は原より一貫にして、必ずしも「寅午戌は申に見・申子辰は寅に見」を死守して初めて馬と算えるを要せず。およそ水中有りて火騰起し・火中有りて水降下し・陰陽交感通泰し・変化流通するは、皆馬のこの一類に属す。この説は《雲霄宝鑑》から出る。

古人謂當五行更易變動奔沖往來之際為驛馬,然火局在申,水局在寅,金局在亥,木局在巳,何也,蓋無行之氣,當共相反處,乃始沖擊,故火馬必在水長生處,水馬必在火長生處,木金亦然。(希尹書)

古人は五行の更替変動し・奔走冲蕩往来するあの一刻を把りて駅馬と作す。しかし火局の馬は何の故に申に在り・水局の馬は寅に在り・金局の馬は亥に在り・木局の馬は巳に在るや。原因是五行の気は必ず彼此相反の地方に於て、初めて冲击発動を開始するを以て、だから火の馬は一定水の長生の地に落ち・水の馬は一定火の長生の地に落ち・木と金もまた同様の道理なり。この説は《希尹書》から出る。

生成馬

寅午戌見庚申,申子辰見甲寅,巳酉丑見癸亥,亥卯未見丁巳。

いわゆる「生成馬」とは、馬位の地支上に同気の天干を配するの現成一柱である――寅午戌年の人は庚申に見、申子辰年の人は甲寅に見、巳酉丑年の人は癸亥に見、亥卯未年の人は丁巳に見る。

名位馬

凡馬上帶食神者是,如甲寅,甲午,甲戌,見丙申,謂之名位馬,為貴格,餘彷此。(林開無命)

およそ駅馬の上に食神の坐するは、則ちこの一の格なり。譬如甲寅・甲午・甲戌年生の人は、馬は申に在りて丙申に見れば――丙は正に甲の食神なれば――これを則ち「名位馬」と作り、貴格に属す。残りは此を照りて類推す。この説は《林開五命》から出る(原書は「林開無命」と作す)。

馬聚天庭格

馬天庭者寅午戌人在巳酉,巳酉丑人在申子,申子辰人在亥卯,亥卯未人在寅午,取五虎元遁至馬上所得之者,再見本祿在馬天庭上者是也,假令六壬人生居寅午戌之位者,馬在申於申上遁得戊干,戊之祿在巳,巳繫天庭,復見巳,故名馬聚天庭,入此格者,早年在王庭也。(玉霄寶鑑)

いわゆる「馬天庭」とは、寅午戌年の人は巳と酉に在り、巳酉丑年の人は申と子に在り、申子辰年の人は亥と卯に在り、亥卯未年の人は寅と午に在る。取法は五虎遁を用いて馬位上に推して、何の天干を遁出するを看え出し、再びこの天干の本禄が馬天庭の上に落つるや否やを看る。例を挙げて説けば――六壬年生の人がもし寅午戌の局に生まれれば、馬は申に在り、五虎遁を用いて申上に戊を遁得。戊の禄は巳に在り、しかして巳は正に天庭に属し、命裏にまた巳を重見すれば、だから「馬聚天庭」と作る。この格に合する人は、早年に能く朝廷に立身し得べし。この説は《玉霄宝鑑》から出る。

理愚歌云:馬聚天庭月九遷。

《理愚歌》にいう――馬聚天庭の人は、一個月裏に能く九次升遷し、仕途の快さは人を驚かす。

馬天庭

在驛馬前一辰也,主官職超達。(三命鈴)

「馬天庭」は則ち駅馬の前面に挨着するあの一辰で、主人の官職は超群顕達を主る。この説は《三命鈴》から出る。

馬九天

在驛馬後一辰也,主官祿超盛,封崇不絕。

「馬九天」は駅馬の後面に挨着するあの一辰で、主人の官位俸禄は格外興盛し、封賞尊崇不断なるを主る。

馬九地

在驛馬後二辰,主職進王庭,常格亦為令長。(三神指掌)

「馬九地」は駅馬の後面の第二辰で、主人は能く朝廷に於て任職す。たとい命局平常なるも、もまた県令・県長の一類の地方長官に做到し得べし。この説は《三神指掌》から出る。

干支合馬格

如申子辰馬在寅,甲寅與己亥合,丙寅與辛亥合,餘彷此,凡值此合主官職崇重,富貴之命。(八字金書)

比如申子辰年の人の馬は寅に在り――命中に甲寅と己亥と相遇して、甲己相合・寅亥相合す。丙寅と辛亥と相遇して、丙辛相合・寅亥相合す。残りは此を照りて類推す。およそこの種の干支双合の馬に碰上するは、官職崇高隆重を主り、富貴の命なり。この説は《八字金書》から出る。

有馬有駅

寅午戌人見庚申,申子辰人見甲寅,巳酉丑人見癸亥,亥卯未人見丁巳。乾為馬,支為驛,如甲木臨官在寅,是有馬有驛也,餘倣此,主及第陞擢,使承門蔭,亦作當道之貴。

ここでは天干を「馬」とし、地支を「駅」とし、二つ揃ってこそ全きものとなる。寅午戌年の人は庚申に、申子辰年の人は甲寅に、巳酉丑年の人は癸亥に、亥卯未年の人は丁巳に遇ふは、皆干支同気の一柱なり。例へば甲木の臨官は正に寅にあり、干と支と一気を成せば、これを「有馬有駅」と曰ふ。余は皆これに準ず。かかる命の主は科第に及第し、屡々陞擢を受け、たとへ祖上の門蔭によりて仕ふる者も、また当道の貴官となるを得る。

有馬無駅・有駅無馬

寅午戌見庚無申,見申無庚。申子辰見甲無寅,見寅無甲。

寅午戌年の人は庚を見て申なく、あるいは申を見て庚なし。申子辰年の人は甲を見て寅なく、あるいは寅を見て甲なし——干支同時に揃はざれば、すなはち有馬無駅、あるいは有駅無馬なり。

巳酉丑見癸無亥,見亥無癸。亥卯未見丁無巳,見巳無丁。以上多作監司巡按之職,庶人聰明奔馳尤甚。

巳酉丑年の人は癸を見て亥なく、あるいは亥を見て癸なし。亥卯未年の人は丁を見て巳なく、あるいは巳を見て丁なし。かかる諸般の人は、多くは監司・巡按のごとき四方を巡行する職に就き、もし平常の百姓ならば、同じく聡明伶俐なるも、ただ奔波労碌いよいよ甚し。

一木双馬を繫ぐ

寅午戌多見丙申,申子辰多見庚寅,巳酉丑多見己亥,亥卯未多見癸巳。馬中干剋支也,主為性易驚易疑,多驚險,若遇四馬驟於時上或年上曰驍騎驟軍中,主爵封。(廣信集)

寅午戌年の人命に多く丙申を見、申子辰年の人多く庚寅を見、巳酉丑年の人多く己亥を見、亥卯未年の人多く癸巳を見——これらは皆、馬の一柱にて天干地支を剋するものなり。主の性情は驚き易く疑ひ易く、一生多く険危を歴る。もし四馬一斉に時柱または年柱に奔集すれば、これを「驍騎軍中に驟る」と曰ひ、かへつて爵を受け封を受くるを主る。この説は《広信集》に出づ。

天馬貴神

太歲本支不見正驛馬,而取五虎元遁至馬上看得何干,其干見天乙貴人,而天乙貴神所坐之干,卻復見貴於馬上者是也,假令亥卯未馬在巳,係六丁人遁至巳上見乙,乙貴在申子,而得壬子,壬申者是也,蓋壬貴在巳故也,如入格貴不下三品,常格則減落言之。(玉霄寶鑑)

もし年支に正駅馬を見ずんば、すなはち五虎遁を用ひて馬位に推し、遁出する天干の何れなるを視る。この天干もし天乙貴人を見るを得、しかも貴人の坐するその天干が、かへつて馬位にて貴を得ば、すなはち「天馬貴神」なり。例を挙げれば、亥卯未年の人の馬は巳に在り、もし六丁年生の人ならば、五虎遁を用ひて巳に推して乙を得、乙の貴人は申と子に在り、命中壬子または壬申を得、しかして壬の貴人は恰恰巳に在りて、貴気また馬位に帰る。この格に合するは、貴三品を下らず。ただ平常の格局なれば、等を減じて論ずべし。この説は《玉霄宝鑑》に出づ。

貴馬例

寅午戌人日時乙未癸末,巳酉丑人日時壬戌丙戌,申子辰人日時癸丑己丑,亥卯未人日時甲辰庚辰。

貴人と駅馬と配合する例は、寅午戌年の人は日・時に乙未・癸未を得(原書の「末」は「未」に作るべし)、巳酉丑年の人は壬戌・丙戌を得、申子辰年の人は癸丑・己丑を得、亥卯未年の人は甲辰・庚辰を得。これら四組の地支は、皆正しく各自の駅馬の前一辰に落ち、天干また貴気を帯ぶゆゑ、貴馬と称す。

馬財庫

蓋取驛馬所尅之辰入墓也,如馬在申,申屬金,金剋木,木至未為庫墓,若人遇之,主平生遊歷四方,廣得資財。(三命鈐)

「馬財庫」とは、駅馬の剋するその一行の墓に入る地を取るなり。例へば馬申に在れば、申は金に属し、金は能く木を剋し、木剋されればすなはち馬の財となり、而して木は未に至りて庫墓と為るゆゑ、未すなはちこの馬の財庫なり。人もしこれに遇へば、主として一生四方を遊歴し、至るところ皆資財を獲るを得。この説は《三命鈴》に出づ。

南方離明馬

議者多謂未馬在巳,丑馬在亥,辰馬在寅,戌馬在申,曾不知辰戌丑未四位係土之位,以生處為馬,故東方朔雲;辰戌丑未人飛在午,為南方離明之馬,遇此者,大愛子午相沖,為飛馬見鞭策,不論福神輕重,皆主入格有官。(馬子才命格)

命を講ずる者の多くは曰ふ、未年の馬は巳に在り、丑年の馬は亥に在り、辰年の馬は寅に在り、戌年の馬は申に在りと。彼らは知らず、辰・戌・丑・未の四支は皆土位に属し、土は自らの長生の処を以て馬と為すべきを。ゆゑに東方朔曰く、辰戌丑未年生の人は馬午上に飛び、これを「南方離明の馬」と曰ふ。この馬に遇ふ人は、最も子午相沖を喜び、沖動すればすなはち飛馬の鞭を蒙るに等し。この時福神の軽重を論ぜず、皆入格に官あると算す。この説は《馬子才命格》に出づ。

飛馬

寅午日申時,申子日寅時,己酉日亥時,辛卯日己時,四季日午時。天干得用不相剋者顯達。(神白經)

いはゆる「飛馬」は、日支より時支に飛ぶなり。寅日・午日は申時を得、申日・子日は寅時を得、巳日・酉日は亥時を得(原書の「己」は「巳」に作るべし)、亥日・卯日は巳時を得(原書の「辛卯」「己時」は「亥卯」「巳時」に作るべし)、辰戌丑未の四季の日は午時を得。天干ただ用を得て互に剋せざれば、すなはち顕達を主る。この説は《神白経》に出づ。

飛馬共干格

太陽清氣日中看,土馬飛來要共干,只看生朝如點入,照臨方定作高官。如陳侍郎壬申年甲辰月庚辰日丁亥時,庚辰日為土馬從庚遁至午得壬,壬年與天馬同干。

歌訣に曰く、太陽の清気は正午の時分に視るべく、土馬飛来するに必ず年干と同一字なることを要す。ただ出生のその日、一点の清光の射入するに似たるや否を視るのみ、光の身に臨めばこそ高官に断ずるを得。例へば陳侍郎の命造、壬申年・甲辰月・庚辰日・丁亥時。庚辰日は土に属し、これ土馬なり。庚より五鼠遁を起して午に推して壬午を得、この壬正に年干の壬と同じく、天馬年干と一つの干を共にす。ゆゑに格に合す。

上清飛馬食禄格

丁己天元注祿星,本宮永鎮日時明,生日土龍如飛入,吉照人身玉食清。如歐陽永叔,丁未年,丁未月,丙辰日,庚寅時,且丙辰日馬在午,遁得甲午,甲祿在寅是也。(紫虛局)

歌訣に曰く、丁・己両天元に禄星注定し、本宮長く日・時の位に鎮守して光明昧まず。出生の日、もし辰の「土竜」飛入あらば、吉気身に照り、一生玉食清貴なり。例へば欧陽永叔(すなはち欧陽脩)の命造、丁未年・丁未月・丙辰日・庚寅時。丙辰日の馬は午に在り、午に遁して甲午を得、而して甲の禄は正に寅に在り、時支恰も寅にて、禄と馬と彼此照応し、すなはちこの格なり。この説は《紫虚局》に出づ。

驛馬同貴神位,閻東叟謂之貴馬同科。

駅馬と貴神と同一位置に在るを、閻東叟はこの情形を「貴馬同科」と呼べり。

寅午戌馬在申,乙己鼠猴鄉,戌為華蓋,巳上若見甲己乙庚合者,定建殊利名,名振四海,若單有乙己無合者,武侯高貴。申子辰馬在寅,六辛逢馬虎,又云:甲丙相邀入虎鄉,辰為華蓋,以上若見甲己丙辛合者,當有清華崇重之貴,若單有甲丙,而無合字者為右職清貴也。

寅午戌年の人は馬申に在り、而して乙・己両干の貴人は正に子(鼠)と申(猴)に在り、貴と馬と同じく申に落ち、戌はこの一組の「華蓋」なり。もし巳位にてさらに甲己相合・乙庚相合を見れば、必ず能く特別の功名を建て、声望四海を震動す。もしただ乙・己ありて相合の字なければ、また武侯のごとき高貴なるを得。申子辰年の人は馬寅に在り、六辛の貴人は午と寅に在り、ゆゑに「逢馬虎」と曰ふ。又一説に、甲・丙相邀ねて同じく寅の虎郷に入る、辰はこの一組の華蓋なり。もしさらに甲己相合・丙辛相合を見れば、まさに清要崇重の貴あらん。ただ甲・丙ありて合字なければ、また右職のごとき清貴の官を失はず。

巳酉丑馬在亥,丙丁豬是貴,且為華蓋,以上見丙辛丁壬合者,翰苑詞林之貴,若單有丙丁無合字者,為武官之清職矣。亥卯未馬在巳,壬癸兔蛇鄉,又云:辛到巳,未為華蓋,以上見戊癸、丙辛、丁壬合者,文資高貴,若見辛壬癸無合字者,武官重爵矣。

巳酉丑年の人は馬亥に在り、而して丙・丁の貴人は正に亥(猪)に在り、貴と馬と位を同じくし、亥また兼ねて華蓋と作る。この一組もしさらに丙辛相合・丁壬相合を見れば、これ翰林詞苑の一級の清貴なり。ただ丙・丁ありて合字なければ、便ち武官のうちの清要の職を為す。亥卯未年の人は馬巳に在り、壬・癸の貴人は卯(兔)と巳(蛇)に在り、貴馬同郷なり。又一説に、辛の貴気また巳に到る、未はこの一組の華蓋なり。もしさらに戊癸・丙辛・丁壬のこれら相合を見れば、文職高貴を主る。ただ辛・壬・癸を見て合字なければ、それすなはち爵位隆重の武官なり。

馬貴同窠之位,若不犯空亡、大敗、交退伏神,一生清貴,如有上件,神夾在月日時上者,若非守職有違,亦必因事移徙,祇如蕭昭學士壬寅六月丁未乙酉日庚辰時,其庚祿在申與乙合寅為馬在申,前云:乙己鼠猴鄉是也,其庚辰是大敗,丁未為退神,所以二遭降點經略廣東。(金書命訣)

馬と貴と一窠の位置に同処し、ただ空亡・大敗・交神・退神・伏神を犯さざれば、一生清高顕貴なり。されど上述の悪神煞もし月・日・時に夹まらば、この人は任職にて差錯を出すか、必ず事によりて遷徙を迫られん。蕭昭学士の命造のごとし、壬寅年・六月丁未・乙酉日・庚辰時——庚の禄は申に在り、また乙と相合し、寅年の馬正に申に在り、すなはち前に曰ふ「乙己鼠猴郷」なり。奈何せん庚辰は大敗、丁未は退神なるがゆゑ、彼二度貶降に遭ひ、広東を経略せしめらるに至れり。この説は《金書命訣》に出づ。

玉門關集云:驛馬為天使,長為喜事媒,欲其馬蹄發,且提貴人催。閻東叟云:歲運行年更與貴馬相合者,大亨快也。

《玉門関集》に曰く、駅馬は天の使者のごとく、従来喜事の媒介なり。馬蹄の快走せんことを欲せば、また貴人を請ひて後より催促せしめんことを要すと。閻東叟曰く、大運・流年さらに貴人・駅馬と相合すれば、それすなはち万事亨通痛快なり。

驛馬主人氣韻清峻,通變趨時,平生多聲望,此生旺者然也。死絕則為性有頭無尾,或是或非,一生少成,飄泊不定,與祿同鄉,主福力優遊,與殺相沖併,或孤神弔客喪門併者,離鄉背井之人,或為僧道,或為商賈,帶倒食祿鬼者,一生慳吝,機倖遇人,賤心塵態,與食神併者,聲譽人也。(燭神經)

命に駅馬を帯ぶる人は、気度清朗高峻にして、善く権変を通じ時勢に及び、平生頗る声望あり——これ馬の生旺に逢ふ時の様なり。もし馬死絶の地に落ちれば、性有頭無尾にして、是非一定せず、一辈子少なく成就なく、四方漂泊す。駅馬禄と同一郷に在るは、福力寛裕従容なり。凶殺と相沖相併するか、あるいは孤神・吊客・喪門と同併するは、すなはち離郷背井の人、出家して僧道を為すか、あるいは出でて経商す。「倒食」と禄鬼とを帯ぶるは、一生吝嗇にして、投機僥倖を以て人と周旋し、心地卑賤・挙止庸俗なり。食神と同併するは、こそ有声誉の人なれ。この説は《燭神経》に出づ。

驛馬者之命中,發用喜慶之神也,若人遇之,君子常居榮位,小人亦主豐瞻,大小運行年至此,主得官及遷改之喜,若小運及行年太歲與驛馬合併主遷官得祿,如甲子人驛馬在寅,小運及太歲至亥,亥與寅合之類也。(三命鈐)

駅馬の命に在るは、発動起用し、喜慶を致す一神なり。人もしこれに遇へば、君子は常に栄顕の位に居り、小人もまた家道豊足を主る。大運・小運・流年馬位に走れば、官職を得るか遷転改任の喜事を主る。もし小運・流年太歳駅馬と相合すれば、さらに升官得禄を主る。例へば甲子年生の人駅馬寅に在り、小運と太歳亥に行れば、亥は寅と相合す、すなはちこの類なり。この説は《三命鈴》に出づ。

文曲星歌

文曲天星是福神,若逢貴地最堪親,尋論納音歸去就,絕病相逢賤薄人。

歌訣に曰く、文曲のこの天星はもと福神にして、もし貴人の地に落つるを得ば、最も親しむべし。ただしまた納音を按じてその帰宿向背を推すべく、もし絶地・病地に碰上れば、ただ卑賊軽薄の人のみ。

假令甲辰人見丙寅,是為食神見長生馬,若見戊寅則為財庫之馬,若見甲寅火被水所剋,作遇如不遇之論也。(珞琭貴賤格)指迷賦云:拜命無啕蓋生逢於鬼馬。

例を挙げれば、甲辰年生の人丙寅を見れば、丙は甲の食神にして、寅また馬の長生の地なり。ゆゑに食神が長生馬を見ると曰ふ。もし戊寅を見れば、戊は甲の財にして、寅上に財庫あり、すなはち財庫の馬なり。もし甲寅を見れば、甲寅の納音は水に属し、火を克住すれば、それただ「遇りて遇らざるがごとし」を以て論ずべし。この説は《珞琭貴賤格》に出づ。《指迷賦》にも曰く、朝廷の任命を得ざる人は、多くは生来鬼馬に逢へばなり(馬官鬼に克され)。

諸馬を論ず

如亥生人以巳為馬,看如何馬,但用長生處推,便見,若癸亥至巳,亦自無氣,水絕故也,然今人但知此正馬,而不知有從馬,癸亥亦巳為馬,是以火為馬,凡遇火辰,亦是從馬,命中有之,亦濟事,若癸亥人遇戌亦是,蓋戌火庫也,更看得何干,若得水乾則減力也,餘彷此。(李靈中書)

例へば亥年生の人巳を以て馬と為す、究竟是何の馬ぞや、ただ長生の位置を按じて推れば明らかなり。癸亥年の人の巳に行くがごとき、馬の身もまた気なし、水は巳に絶つがゆゑに。ただし今人はただこの正馬を知るのみ、また「従馬」あるを知らず。癸亥年の人巳を以て馬と為すも、巳は火に属すれば、すなはち凡そ火に属する辰位に遇ふは、皆従馬と算し、命中これあれば同じく用あり。癸亥年の人戌に遇ふもまたしかり、戌は火庫なればなり。この外またこの一柱の得る天干の何なるを視べし。もし得るところ水干なれば、馬の力量減弱すべし。余はこれに準ず。この説は《李虚中書》に出づ(原書は「李霊中書」と作る)。

凡驛馬下生者,若月日時支干及衡策全並勊身者,定貴,馬前一辰為沖,後一辰為策,假令甲子金命正月辛丑日卯時生必貴,以甲子人馬在寅,又逢祿,又本命子與生日丑在馬後為策,又卯時在馬前一辰為沖,又馬是丙寅火,能勊甲子金必貴也。

凡そ駅馬の下に生まるる人、もし月・日・時の干支「沖」と「策」と連ねて皆備はり、而して馬能く身を剋すれば、必ず顕貴なり。馬の前一辰を「沖」と曰ひ、馬の後一辰を「策」と曰ふ。例を挙げれば、甲子年生・納音金に属する人、正月辛丑日卯時に生まれれば、必ず貴し。甲子年の人馬は寅に在り、寅また甲の禄なればなり。本命の子と生日の丑とは皆馬の後に在り、正にこれ策。卯時は馬の前一辰、正にこれ沖。而してこの馬は丙寅・納音火に属し、火能く甲子の金を剋す。馬来たりて身を剋すゆゑ、必ず貴し。

有驛有馬者,主位至公候,乾為馬,支為驛,如戊戌人,驛馬在庚申,庚申支干屬金,金到申上臨官,戊戌支干俱屬土,到申上長生,本命及驛馬,支干皆為有氣,是有驛有馬也,

駅ありかつ馬ある人は、官位公侯に至るを得。ここに天干を以て馬と為し、地支を以て駅と為す。例へば戊戌年生の人、駅馬は庚申に落つ。庚申干支皆金に属し、金申に行きて正に臨官の地。戊戌干支皆土に属し、土申に行きて正に長生の地。本命と駅馬の干支全く気ある、これを「有駅有馬」と曰ふ。

又如壬午人驛馬在戊申,戊土與本命壬水到申長生,以午火到申為衰鄉,本命干旺支衰,是有馬無驛也,又如丁丑人驛馬在辛亥,金臨亥為病鄉,本命丁火到亥為絕鄉,以丑土到亥為臨官,本命干衰支旺,驛馬乾亦衰,是有驛無馬也,大小二運行年並準此推之,

また壬午年生の人のごとき、駅馬は戊申に在り。戊土と本命の壬水と申に行きて皆長生なれども、本命の午火申に到れば却つて衰地なり。ここにおいて天干旺にして地支衰ゆ、これを「有馬無駅」と曰ふ。また丁丑年生の人のごとき、駅馬は辛亥に在り。辛金亥に到れば病地、本命丁火亥に到れば絶地、而して丑土亥に到れば却つて臨官なり。ここにおいて天干衰へて地支旺わり、駅馬の天干もまた衰ゆ。これを「有駅無馬」と曰ふ。大運・小運・流年、皆この法を以て推算す。

馬勊身者,取驛馬之辰能制生月也,如寅午戌人,馬在申,申屬金,能制寅卯月木也,假令甲子人在辰戌丑未月生是也,主官祿易求,仕宦無滯,常人遇之主小富。(三命鈴)

いはゆる「馬剋身」は、駅馬のその一辰能く生月の気を制伏するを取るなり。例へば寅午戌年の人馬申に在り、申は金に属し、能く寅月・卯月の木を制す。また甲子年の人辰・戌・丑・未のこれら土月に生まるれば、馬また来たりて身を剋す。かかる命は官を求め易く、仕途に阻滞なし。平常人これに遇ふも、また小富を主る。この説は《三命鈴》に出づ。

英霊貫馬格

音動而使星明五行真氣之長生處曰英靈氣,下遇驛馬者,乃是英靈貫馬格,凡人遇之必為持節按部之使。(壺中子)

納音一たび動けば、使星顕明なり。五行真気の長生の処を「英霊気」と曰ふ。この気の下、また駅馬に遇へば、すなはち「英霊貫馬格」なり。凡人この格に遇へば、必ず能く節を持して一方を巡按する使臣を為すべし。この説は《壺中子》に出づ。

凡命時坐年馬日馬,皆主清貴,然少年主孤又主跋涉,多作監司往來之位,難久君側也。(廣信集)

凡そ時柱に年支の馬または日支の馬を坐するは、皆清高顕貴を主る。ただし少年の時免れず孤単なり、また四方に跋涉奔走し、多くは監司のごとき来往巡查の差使を担ひ、君王の身辺に長く留まること難し。この説は《広信集》に出づ。

駅馬の清濁

甲子得丙寅為祿馬同鄉,為食神乘長生馬,丁丑人得丁亥為天乙天官乘旺官馬,又巳酉丑馬在亥,則丁亥土,癸亥水皆為臨官馬,己亥木長生馬。辛亥金,病馬,乙亥火,絕馬,

甲子年の人丙寅を得れば、禄と馬と一郷に同じく在り、丙また甲の食神なるがゆゑ、これ食神の長生の馬に騎るなり。丁丑年の人丁亥を得れば、亥上に天乙貴人・天官あり、これ旺気を乘する官馬なり。さらに説く、巳酉丑年の人馬亥に在り、丁亥は納音土に属し、癸亥は納音水に属し、亥に到りて皆臨官なるがゆゑ、これ臨官の馬なり。己亥は納音木に属し、木は亥に長生す、これ長生の馬なり。辛亥は納音金に属し、金は亥に到りて病と為る、これ病馬なり。乙亥は納音火に属し、火は亥に到りて絶と為る、これ絶馬なり。

若乘長生臨官馬或帶祿食貴氣,則遇一當百,馬勊身則少年亨快,為官清顯,若乘病絕空亡者,更值破敗交退伏神,則遇如不遇,縱為官則粗濁卑賤,非清要之職,又申子辰馬在寅干得甲,乙支得亥卯未,納音得木,雖無寅皆馬氣也,五命中時為上,日為中,月為下,三命中庫為上,旺為中,生為下。(閻東叟書)

もし騎るところ長生馬・臨官馬にして、また禄気・食神・貴気を帯ぶれば、それ一つ以て百に当たる。馬さらに能く身を剋せば、少年にて順遂快意、官を為して清高顕達なり。これに反し、もし騎るところ病馬・絶馬あるいは空亡に落ち、また破敗・交神・退神・伏神に碰上れば、それ遇ふも遇らざるに等し。たとへ官を為すも粗濁卑下にして、清要の職にあらず。また申子辰年の人馬寅に在り、ただ天干に甲・乙を得、地支に亥卯未を得、納音また木に属せば、たとへ命中寅字なくとも、これら皆馬気と算す。五つの位次に就きて言へば、馬は時柱に在るを最上とし、日柱に中、月柱に最下とす。三命に就きて言へば、馬は庫に坐するを最上とし、旺に坐するを中、長生に坐するを最下とす。この説は《閻東叟書》に出づ。

世之言命者多矣,至於驛馬,皆以月胎日時帶馬則為貴,無馬則為賤,是不知得一分三之說,蓋天有五行,馬有五種:曰水,曰火,曰木,曰金,曰土,馬若來勊命者,早年榮達,命去勊馬者,順則得,逆則否,卯生馬,巳運逆行則為無馬也。

世の命を講ずる者多し。駅馬を説くに、一概に月・胎・日・時に馬を帯ぶれば貴しとし、帯びざれば賤しと為すは、これ「一分を得て三と為す」の道理を解せざるなり。天に五行あれば、馬もまた五種あり。水馬・火馬・木馬・金馬・土馬。馬もし来たりて命主を剋せば、早年の栄顕発達を主る。これに反して命主馬を剋するに行かば、すなはち運の順逆を視べし——順行すれば則ち得る能く、逆行すれば得る能はず。例へば卯年生の人馬巳に在り、もし大運逆行して巳を離れ去らば、馬なきに等し。

馬有十二:一曰欵假。巳酉丑人得壬,亥卯未人得丙,申子辰人得甲,寅午戌人得庚。二曰蹶蹄。謂四柱雖帶驛馬,而生日值空亡亡神者是也,一生多主失而復起。

駅馬また細かに十二種に分かつ。第一を「款假」と曰ふ、すなはち馬気虚假にして実ならざるなり。巳酉丑年の人ただ壬を得て(亥の本気)亥を見ず、亥卯未年の人ただ丙を得て巳を見ず、申子辰年の人ただ甲を得て寅を見ず、寅午戌年の人ただ庚を得て申を見ず、その干ありてその支なければ、馬すなはち假なり。第二を「蹶蹄」と曰ふ、四柱駅馬を帯ぶといへども、生日正に空亡・亡神に落つるを指し、馬の前蹄を失ふがごとき、一生多くは先に失ひて後に起つ。

三曰折足。胎月日時帶驛馬,而月日時中帶沐浴者是也,遇此者用不得發也。四日無糧。生日值馬,馬食太歲,如甲子人得人寅日,而時更落空在空亡者是也。

第三を「折足」と曰ふ、胎・月・日・時に駅馬を帯び、而して月・日・時のうちまた沐浴の地を帯ぶを指し、馬の腿折れたるがごとき、かかる情形に遇へば、たとへ才具あるも施展すること能はず。第四を「無糧」と曰ふ、生日正に駅馬に坐し、而して馬かへつて年柱を耗食するを指す——例へば甲子年の人丙寅日を得(原書の「人寅」は「丙寅」に作るべし)、時辰また空亡に落ち入れば、馬草糧食ふべきものなし。

五曰不出廳廄。胎月帶馬不見貴,及不見祿堂,及入空亡者是也,得此者不歷任所。六曰嘶風。寅申人得己亥,己亥人得寅申者是也,一生只有虛名。

第五を「不出庁厩」と曰ふ、胎月に馬を帯ぶといへども、貴人を見ず、また禄堂を見ず、なほ空亡に落ち入り、馬は厩に関しめられて出づる能はず。これを得る者一辈子真に任に到り事を視ることなし。第六を「嘶風」と曰ふ、寅・申年の人巳亥を得、巳・亥年の人寅申を得るを指す(原書の「己」は「巳」に作るべし)、馬ただ風に対して長く嘶き、一生徒らに虚名あり。

七曰趨途。謂驛馬雖有,祿在空亡,不見驛也,何謂驛,甲丙庚壬為四陽驛也,寅申巳亥為四陰馬也,得此者謾勞求祿也。

第七を「趨途」と曰ふ、駅馬ありといへども、禄は空亡のうちに落ち、馬ありて歇息すべき駅舎なきに等し。何をか駅と曰ふ。甲・丙・庚・壬の四つの陽干は四陽駅、寅・申・巳・亥の四支は四陰馬なり。これを得る者一路奔走し、徒らに気力を費して禄を求む。

八曰馱尸。十二驛馬中惟馱尸馬為最凶,見祿即死,甲子旬中,巳酉丑生人馬在亥,乙丑人丁亥,己巳人乙亥,癸酉人癸亥,乙丑人得亥馬,忌寅月日時金絕故也,己巳人得亥馬,忌申月日時,癸酉人得亥馬,亦忌寅月日時,有一在此,名曰馱尸,亦如亥卯未是甲午旬中者乙未己亥癸卯,乙未人得巳馬,忌寅月日時,己亥人得巳馬忌申月日時,癸卯人得巳馬,亦忌寅月日時,皆馱尸也,餘皆準此。

第八を「駄屍」と曰ふ、これ十二種の駅馬のうち最も凶なる一種にして、一たび禄を見れば命を送らん。甲子のこの一旬を以て言へば、巳酉丑年生の人馬亥に在り、乙丑年の人丁亥に配し、己巳年の人乙亥に配し、癸酉年の人癸亥に配す。乙丑年の人亥馬を得れば、最も寅月・寅日・寅時を忌む、金は寅に絶つがゆゑに。己巳年の人亥馬を得れば、申月・日・時を忌む。癸酉年の人亥馬を得れば、また寅月・日・時を忌む。ただそのうちの一様を犯せば、便ち駄屍と曰ふ。また亥卯未の甲午のこの一旬に在る乙未・己亥・癸卯のごとき、乙未年の人巳馬を得れば寅月・日・時を忌み、己亥年の人巳馬を得れば申月・日・時を忌み、癸卯年の人巳馬を得ればまた寅月・日・時を忌む——皆駄屍に属す。余はこれに準ず。

九曰食蒭。謂驛馬勊其時者是也,假令驛馬屬金,生時得木,此類謂之食,得此者朝宦以上命也。十曰乘軒。謂胎月生日帶祿馬,名曰乘軒,宰相命也,假令甲申人得庚寅甲寅時,及庚寅胎月也。

第九を「食芻」と曰ふ、駅馬能く生時を克制するを指す。例へば駅馬金に属し、生時木に属せば、金の木を剋するは馬の草料を食らふに等し。これを得る者は朝官以上の命なり。第十を「乘軒」と曰ふ、胎・月・生日の上に皆禄と馬とを帯ぶを指し、大夫の車駕に坐上せしに等し、これ宰相の命なり。例へば甲申年の人庚寅日・甲寅時を得、胎月また庚寅なり。

十一月乘貂。有天地得合,見太歲生月日時見貴人驛馬,假令丁亥生人,四月壬寅日己酉時,月生馬,酉繫貴人也。十二曰無轡。

第十一を「乘貂」と曰ふ、天干地支皆能く相合し、年・月・日・時の上また貴人と駅馬を見るを指す。例へば丁亥年生の人、四月・壬寅日・己酉時、月上馬を生出し、而して酉は正に丁の貴人、頭上便ち貂飾を戴けるがごとし。第十二を「無轡」と曰ふ、すなはち馬ありて控ふべき韁繩なきなり。

以上十二驛馬,當以意消息,災福自見,驛馬款假,則平生坎坷,只作選人。無糧,不食天俸。不出廄,則不歷任所。折足則永失蹶蹄則有失復起,無轡則一生孤貧。食芻則官可六品,嘶風徒有虛聲,趨途則謾勞求祿。乘貂則帶職,乘軒則三公。馱尸則得官即亡。(神白經)

以上十二種の駅馬は、人の自ら揣摩推詳するを要し、災と福とは自然分明なり。馬もし款假なれば、一生坎坷にして、ただ候補待選の人を為すのみ。無糧なれば、朝廷の俸禄を食らふ能はず。厩を出でざれば、任所に到る能はず。折足は永く機会を失ひ、蹶蹄は失ひて復た得。無轡は一生孤单貧寒。食芻は六品官に至るを得。嘶風はただ虚名を落とす。趨途は徒らに気力を費やして禄を求む。乘貂は職名を帯ぶるを得。乘軒は位三公に至るべし。駄屍は最も惨なり、官職を得るや随ひて身亡ぶ。この説は《神白経》に出づ。

劣馬格

寅午戌人見壬申,申子辰人見丙寅,巳酉丑人見乙亥,亥卯未人見己巳,馬中支生干也,主平生奔走不定,財帛歇滅,汩沒無成,徒自聰明耳。(廣信集)

寅午戌年の人壬申を見、申子辰年の人丙寅を見、巳酉丑年の人乙亥を見、亥卯未年の人己巳を見——これらは皆馬の一柱にて地支かへつて天干を生ず、気力外に泄るるなり。主人一生奔走定まらず、銭財時に聚り時に散じ、埋もれて出頭を得ず、徒らに聡明を落とすのみ。この説は《広信集》に出づ。

また劣馬格

寅午戌人見丙寅,申子辰人見壬申,巳酉丑人見丁巳,亥卯未人見癸亥,馬對沖一辰是也,若時遇之有日祿德貴同行支干旺相,可作有福斷之,五行衰敗,乃常人也。(鬼谷命訣)

寅午戌年の人丙寅を見、申子辰年の人壬申を見、巳酉丑年の人丁巳を見、亥卯未年の人癸亥を見——これらは皆駅馬と正相沖のその一辰なり。もし時柱の上にこれに遇ひ、而して日禄・天徳・貴人同行あり、干支皆旺相の地に処れば、なほ福あると断ずべし。もし五行の身衰敗せば、則ちただ平常人のみ。この説は《鬼谷命訣》に出づ。

至若人疲馬劣,尤托財旺之鄉,或乃財旺祿衰,建馬何邂。瑩和尚注云:人疲馬劣者,如戊午火命,驛馬在申,申中金旺火衰,故曰人疲馬劣,尤托財旺之鄉,財旺祿衰者,其甲戌火命,月建壬申,甲祿既絕,馬主財鄉,故云財旺祿衰,建馬何邂,馬是扶身之本,運財而獲富。

《珞琭子》に曰く、人疲れ馬劣る命に至りては、全く財旺の郷に仰ぎて托せらるるを要す。あるは財旺にして禄衰ふ、然らば建馬また何の指望かあらん。瑩和尚注して曰く、いはゆる人疲馬劣とは、例へば戊午年生・納音火に属する人、駅馬申に在り、申中金気正に旺わり火気衰弱して、人と馬と皆勁を提げず。ゆゑに財旺の地を頼りて支撑せんことを要す。いはゆる財旺禄衰とは、例へば甲戌年生・納音火に属する人、月建は壬申、甲の禄は申に絶ち、而して馬また財郷に落つ。ゆゑに財旺禄衰・建馬期し難しと曰ふ。ただし馬はもと命身を扶助する根本にして、能く財貨を運転して富を獲るなり。

王氏注云:本命支曰人元兼驛馬,皆在五行衰財無氣之地,則曰人疲馬劣,其所以不為災者,以財旺,故曰尤托財旺之鄉,祿在驛馬,兼得之則富貴兩全,偏得之,則又次焉,或天祿雖衷,則身財尤旺,兼遇驛馬來乘,又何邂之有。

王氏注して曰く、本命地支の蔵する人元と駅馬と連ねて、もし皆五行衰弱・財気無力の処に処れば、これを人疲馬劣と曰ふ。かくのごときも災を致さざるは、財旺なるを以てなり。ゆゑに財旺の郷に仰ぎて托するを要すと曰ふ。禄と駅馬と両様兼ね得るは、富貴双全。ただそのうちの一様を得るは、すなはち一等を次ぐ。ある時天禄衰微すといへども、ただ命身と財と格外に旺わり、また駅馬来たりて乘載するに逢はば、また何の憂ふるかあらん。

馬劣財微,遇之則流而不返。瑩和尚注云:驛馬微劣,財命休囚,則辛勤無成,飄蕩無歸。(珞錄子)

《珞琭子》また曰く、馬既に劣り財また微なれば、かかる命に遇ひて、人は水のごとく流れ出でて帰らず。瑩和尚注して曰く、駅馬微弱低劣にして、財と命と皆休囚の地に処れば、則ち一辈子辛苦にして成就なく、四方飄蕩して帰宿なし。

馬中無限玄微事,切須一一心中記,四專名位旺兼生,值病移去多失意。

歌訣に曰く、駅馬のうちには説き尽くすべからざる精微の道理あり、必ず一々心に記すべし。四専・名位を分かち、また旺と生との区別あり。一旦馬病地に碰上りて他に挪移すれば、多く事事失意す。

四專者如申子辰馬在寅,逢甲寅,申遇庚申,巳遇丁巳,亥遇癸亥也,名位者乃馬中逢食神也,自生者辛巳甲申己亥丙寅也,或值空亡駁雜,皆不達之士也,病馬者,乃自死自絕,日時犯多,則主離祖失業,道途失意人也。

いはゆる「四専」は、干支同気にして専一なるなり。例へば申子辰年の人馬寅に在りて甲寅に逢ひ、寅午戌年の人馬申に在りて庚申に逢ひ、亥卯未年の人馬巳に在りて丁巳に逢ひ、巳酉丑年の人馬亥に在りて癸亥に逢ふ。いはゆる「名位」は、馬上に食神に遇ふなり。いはゆる「自生」は、辛巳・甲申・己亥・丙寅のこれらの柱、天干地支の上に長生を得るなり。これらもし空亡あるいは五行駁雑に碰上れば、皆顕達する能はざる人なり。いはゆる「病馬」は、天干馬支の上に自死自絶するなり。日・時に犯すこと多ければ、主人家の祖業を離れ家産を失ひ、一生道路に奔波失意す。

馳宝多く門商業を広ぐ

馳寶馬者,乃納音克馬為財,加食神之類,如甲寅人見丙申日時,又如甲申見丙寅,亦富商多產業,餘彷此。

いはゆる「馳宝馬」は、納音去りて駅馬を剋し、馬を化作して財と為し、さらに食神のごとき吉神を加ふるなり。例へば甲寅年の人丙申日あるいは丙申時を見、また甲申年の人丙寅を見るがごとき、皆富商と成り産業衆多を主る。余はこれに準ず。

銜花は偏に是れ女奔人

銜花馬者,乃納音臨官遇馬也,如庚申壬子戊辰,納音皆木,遇寅馬木人桃花也,更值庚寅尤重,或乙亥見乙巳,丁卯見丁巳,己未見己巳之類,男多淫蕩,女多私惑娼妓命,如丁卯見乙巳尤重,不徙則配,餘皆彷此。

いはゆる「銜花馬」は、納音馬位の上に正に臨官に逢ふなり。例へば庚申・壬子・戊辰のこれらの柱納音皆木に属し、寅馬に遇へば、寅は正に木人の桃花なり。もしさらに庚寅ならばさらに重し。また乙亥の乙巳を見、丁卯の丁巳を見、己未の己巳を見るがごときの類、男子多く淫蕩、女子多く私情迷惑あり、甚だしきは娼妓の命なり。丁卯の乙巳を見るがごときはいよいよ厳重にして、流徙せざるもまた発配せられん。余はこれに準ず。

遇中の遇は同じく前のごとく断ず

亦看生旺怕干神倒食也。

この一条もまた馬の生旺の地に在るや否を視べし。最も畏るるは天干の上に倒食の神来たりて食を奪ふなり。

鞭策発する時は互換を視る

如辰人馬在寅,或太歲在申,沖動寅即是,太歲為鞭策,小運在申,即小運如鞭策,多主動,如申與寅須看互換如何,兩皆和乃吉,凡遇互換之年,如庚申遇甲寅,庚申木之類,寅則臨官,甲寅水之類,申則長生皆吉,如兩互換無氣則空動,或失意,有氣即主再動,皆彷此。

例へば辰年の人馬寅に在り、流年太歳申に走れば、申来たりて寅を沖動し、太歳すなはち馬身に抽く鞭子と成る。もし小運申に在れば、それ小運すなはち鞭子なり。鞭子を蒙りし馬は多く変動を主る。申と寅のこの一対、また彼此交換し来たりて如何を視べし。両辺気皆和順なればこそ吉なり。凡そ互換の年に遇ふ、例へば庚申甲寅に遇へば、庚申納音木に属し、木は寅に臨官す。甲寅納音水に属し、水は申に長生す。両辺皆気あれば皆吉なり。もし互換の後両辺皆気なければ、則ちそれ徒らに一場を動くか、あるいは動きて失意す。もし気あれば、則ちさらに再び動くを主る。皆これに準じて推すべし。

小児驚扑して雷公と号す

小兒逢者十二歲以前,三歲以下,或馬遇小運太歲沖,或臨官馬遇之,即主驚病□撲之厄,故號雷公。或大人行年遇馬與病符,同主驚病,與官符同者主官事驚恐,入宅主口舌驚恐,但以歲中吉凶神言之,宅謂甲子人宅在巳,巳順行六支是也。

小さき子供かかる情形に遇ふ、十二歳以前・殊に三歳以下、もし駅馬小運あるいは太歳に沖動せられ、あるいは臨官の馬沖せられれば、便ち驚を受けて病み跌扑の災を主る(原書ここに拼音を以て一難字に代ふ)。ゆゑに「雷公」と呼作す。大人流年馬と「病符」と同臨するに遇ふも、また驚懼して病むを主る。「官符」と同臨すれば、官司に因りて驚恐するを主る。もし宅位に進入すれば、口舌驚擾を主る。総じて須らく流年の中の吉凶神を按じて判断すべし。いはゆる宅とは、例えば甲子年の人の宅は巳に在り、本命より順に六支を数ふるを以て得るなり。

老人気虚して脚患多し

四十以上,或運遇太歲乘之,即多氣虛腰疼腳痛之患,凡老人如祿運病多吐食之類,凡是此運太歲老人遇者,病多損氣奔喘虛急,少者逢之必發病,蓋老少並不堪乘馬,馬在五行中動躍神也。

四十歳以上の人、もし大運さらに太歳に乘凌せられれば、便ち多く気虚・腰疼・脚痛の毛病あり。老人もし禄運に行きて病を生ぜば、多くは嘔吐・食えざるの一類なり。凡そ老人かかる運と太歳とに碰上れば、病み起これば多くは気を耗し・気喘し・虚弱急促なり。年幼の人これに碰上るもまた必ず発病す。これは老と少と皆馬に騎りて奔走するに堪へざるを以て、馬は五行の裏にもと動跳を好む一位の神なればなり。

四馬朝元好惡分,好榮惡是破孤身。四馬如好,定是榮貴之人,不好是破家業人,身孤在外,如為僧道,好行腳也。(沉芝源髓)

歌訣に曰く、四馬本元を朝拱するは、須らく好壊を分かつべし。好きは栄顕を主り、壞きは便ち孤身を破敗す。四馬もし配して好ければ、一定して栄顕尊貴の人なり。配して好からざれば、便ち家業を敗尽する人にして、孤身流落して外に在り、もし僧道を為れば、便ち四処に行脚するを愛す。この説は《沈芝源髄》に出づ。

亥卯未の馬を論ず

亥卯未馬三辰,不宜坐著巳馬,若一辰坐著,少年雖泰後還窮,若三辰全見馬者,縱有官資,終成下賤。歌曰:亥卯未人坐馬位,男多傷敗多孤貧,三辰辰上重重見,難有雄名亞縉神。

亥・卯・未のこの三支の人は、命柱巳のこの馬位の上に坐すること宜しからず。ただ一支坐するあれば、少年の時安泰なりといへども、後來なほ窮に転ずべし。もし三支皆巳馬を見れば、たとへ官職資歴あるも、最終なほ下賤に帰す。歌訣に曰く、亥卯未年の人馬位の上に坐すれば、男子多く傷損敗落・孤单貧寒なり。三支の上重々畳畳としてこれに見ゆれば、便ち雄名有り難く、また縉紳に次ぐ人物を為すを成さず。

只如己未生人,己巳月,癸卯日,癸亥時,亥卯未全見巳馬,馬為祿絕,四十二歲果失,又如癸亥生,丁巳月丁酉日辛亥時,癸亥干支俱屬水,三命到巳並絕,又癸亥人以火為財,火死在酉,至亥上六絕,其父為官,此人乞食至死。(金書命訣)

己未年生の人、己巳月・癸卯日・癸亥時のごとく、亥卯未三支斉全にして馬巳に在り、馬正に禄の絶地なり。此人四十二歳の上果して敗落す。また癸亥年生の人、丁巳月・丁酉日・辛亥時のごとき、癸亥干支皆水に属し、三命行きて巳に至れば全都是絶地なり。而して癸亥の人火を以て財と為し、火は酉に死し、亥に到ればさらに絶のまた絶なり。その父もと官を為りしに、此人却つて門に沿ひて討乞し、死するに至るまでなりき。この説は《金書命訣》に出づ。

第十七巻・併せて禄馬を論ず

時居日祿當得路於青雲,五馬交馳可致身於黃閣。

《鬼谷遺文》に曰く、時柱の上正に日干の禄に坐すれば、此人便ち青雲の上に於て路を找到するがごとし。年・月・日・時・胎の五処の駅馬交相馳騁すれば、便ち能く身黄閣に登りて、宰輔に至るを得。

時居日祿,謂之青雲得路,甲日得寅時須有氣而能朝,命主本三元無氣,亦可清達。但福壽不永耳。年月日時胎五馬不閒,定為文儒之貴。(鬼谷遺文)

いはゆる時上日禄に坐すとは、便ち「青雲路を得」と呼ぶなり。例えば甲日生の人寅時を得れば、寅正に甲の禄にして、ただこの寅気ありて能く日主を朝拱すれば便ち行ふ。たとへ命主本身年・月・日の三元皆気なきも、同じく清高顕達するを得、ただ福分と寿数と長久ならざるのみ。もし年・月・日・時・胎の五処の馬皆閑ならざれば、必ず文士儒者の一流の貴命なり。この説は《鬼谷遺文》に出づ。

背祿逐馬,守窮途而悽惶,祿馬同鄉,不三臺而八座。

《珞琭子》に曰く、禄を背离してまた馬に放逐せらるる人は、ただ窮途末路を守りて凄惶として日を度るを得るのみ。これに反して禄と馬と同一の郷に在るは、三台を為らずともまた八座を為るべし、総帰して高官なり。

王氏注云:舊說以甲戌人四月生,背寅祿,逐申馬,義亦非也。祿馬皆可致富貴,既有馬可逐,安得守窮途而悽惶,蓋背如陰陽之相背,逐如放逐之逐,非謂逐也。譬如癸亥人,得正月甲寅,癸祿在子,寅以背之,驛馬在巳,寅以逐之,前因刑而追去其馬,後因背而不能及祿,二者俱失,所以守窮途而悽惶。

王氏注して曰く、旧説甲戌年の人四月に生まるるを把て、寅禄を背きて申馬を追逐すと呼作す、この講法は併して正しからず。禄と馬と皆能く富貴を帯来す、既になほ追ふべき馬あれば、何ぞ窮途を守りて凄惶するに落ちんや。其の実「背」は陰陽相背の背にして、「逐」は放逐駆趕の逐にして、併して追逐の意にあらず。例えば癸亥年生の人正月甲寅を得れば、癸の禄は子に在り、寅正に子と相背す。駅馬は巳に在り、寅巳を刑して馬を趕去す。前頭は刑に因りて馬を追走去らしめ、後頭は相背に因りて禄に够着かず、両様皆落空す。ゆゑにただ窮途を守りて凄惶するを得るのみ。

祿馬同鄉者,如甲申人丁丑月己亥日丙寅時,於帝座上會祿馬同鄉,兼甲申己亥丙寅,皆稟五行清明生氣,是命晚年位至三公壽逾七十。(珞琭子)

禄馬同郷の例に至りては、例えば甲申年生の人、丁丑月・己亥日・丙寅時なり。時支寅は既に甲の禄にして、また申年の駅馬なり。禄と馬と帝座の上に於て一処に会到す。加ふるに甲申・己亥・丙寅の幾柱皆五行清明の生気を禀受す。この命晩年官三公に至り、寿七十に過ぎたり。この説は《珞琭子》に出づ。

三命指掌云:假令丙寅人,建祿在巳,驛馬在申,五月六日生,是背祿逐馬,多主窮途。

《三命指掌》に曰く、例えば丙寅年生の人、建禄は巳に在り、駅馬は申に在り、却つて五月・六月の間に生まれ、禄と馬と両頭皆够着かず。これすなはち背禄逐馬にして、多くは一生潦倒す。

凡建祿向祿,建馬向馬,若值貴人神旺,必是貴人,食祿之命,若背祿背馬,破刑祿馬,兼值囚死空亡,一生多失多敗,衣不充身,食不充口,多破散之徒。(太乙降誕寶經)

凡そ建禄・向禄・建馬・向馬のこれら幾種の格局は、もしさらに貴人得力・神気旺盛に碰上れば、それ必ず貴人にして、俸禄を享受する命なり。これに反して、もし禄を背き馬を背き、禄馬また破られ刑され、なほ囚・死・空亡に赶上せば、それすなはち一生多失多敗にして、衣体を蔽はず食腹を果さず、多くは家を敗き産を破るの輩なり。この説は《太乙降誕宝経》に出づ。

珞琭子云:祿馬同鄉必三臺而八座,時為上,日為中,月為下,亦如狄相,戊申七月辛未日癸巳時,戊祿在巳,辛未日馬在巳,戊癸相合,所以官居使相,又如庚申生人正月丙午日乙未時,其庚祿在申,月日二馬皆同其位,亦為列相,又如戊戌生人,二月乙卯,戊午日丁巳時,其戊祿在巳,月馬同鄉,此魏大夫命,刺五羊郡。(金書命訣)

《珞琭子》に曰く、禄馬同郷の人は、必ず三台八座に位列す。位次を就きて言へば、時柱に落つるを最上と為し、日柱は中に居り、月柱は最下なり。例えば狄相公の命、戊申年・七月・辛未日・癸巳時なり。戊の禄は巳に在り、辛未日の馬もまた巳に在り、時干癸また年干戊と相合す。ゆゑに官使相に居る。また庚申年生の人、正月・丙午日・乙未時、庚の禄は申に在り、月と日の両処の馬皆同じくこの位置に在り、また宰相の列に至る。さらに戊戌年生の人、二月乙卯・戊午日・丁巳時、戊の禄は巳に在り、月上の馬それと同郷にして、これ魏大夫の命にして、五羊郡(広州)の刺史に出任せり。この説は《金書命訣》に出づ。

祿馬同鄉,生月日時遇之皆貴,然福力亦有厚薄,假如申子辰帶甲干人,祿馬在寅,甲子甲辰人遇之,主貴,若甲申人遇之,是本命破,主多蹇滯,反為不利,餘彷此。(三命提要)祿馬同鄉,更忌五行之破。(指迷賦)

禄馬同郷は、生月・生日・生時のいづれに出現するを論ぜず、皆貴を主る。ただ福力厚きあり薄きあり。例えば申子辰局にして年干甲なる人は、禄と馬と皆寅に在り。甲子年・甲辰年の人これに遇へば貴を主る。されど甲申年の人これに遇へば、寅は本命の申と相冲し、本命破られ、かへつて多く阻滞して吉利ならず。余はこれに準じて推す。この説は《三命提要》に出づ。《指迷賦》もまた曰く、禄馬同郷するといへども、なほ最も五行の上に破損あるを忌む。

禄馬交馳

祿為養命之源,馬是扶身之本,祿嫌沖破,馬忌空亡。且如寅午戌馬在申,甲祿在寅,甲年寅上遁見丙,申上遁見壬,則以丙為天祿,壬為天馬,在日時上交互見之,謂之天祿天馬。

禄は命を養ふの源頭にして、馬は命身を扶持するの根本なり。禄は最も沖破せらるるを嫌ひ、馬は最も空亡に落つるを忌む。例えば寅午戌年の人馬は申に在り、而して甲の禄は寅に在り。甲年五虎遁を用ひて推し往けば、寅上丙を遁得し、申上壬を遁得す。ここにおいて丙を以て「天禄」・壬を以て「天馬」と為す。この両字日柱・時柱の上に交互に出現すれば、便ち「天禄天馬」と曰ふ。

又寅午戌馬在申,而時干得庚,亥卯未馬在巳,而時干得丙,申子辰馬在寅,而時干得甲,巳酉丑馬在亥,而時干得壬,以日支求時干,以時支求日干,如年月日時支干互換得之,謂之祿馬交馳,如年月不見祿馬,而日時互見者尤妙。(吾東叟書)

さらにあり。寅午戌年の人馬は申に在りて時干庚を得、亥卯未年の人馬は巳に在りて時干丙を得、申子辰年の人馬は寅に在りて時干甲を得、巳酉丑年の人馬は亥に在りて時干壬を得る。皆馬支と同気の干と相配するなり。取法は日支を用ひて時干を求め時支を用ひて日干を求むるなり。凡そ年・月・日・時の干と支とかくのごとく互換配合して得るを、便ち「禄馬交馳」と曰ふ。もし年・月の上に禄馬を見ざれども、偏に日・時の上に互見すれば、それすなはちさらに妙なり。この説は《閻東叟書》に出づ(原書「吾東叟書」と作る)。

玉櫃珠を蔵する格

祿前馬後坐中神,玉櫃藏珠事更新,至貴至尊更子命,無災無難到公卿,如曾相乙亥年丁亥月戊辰日癸亥時是也。(紫虛局)

歌訣に曰く、禄の前・馬の後、正中に一位の神を夹坐す、これを「玉櫃珠を蔵す」と呼ぶ。事事皆能く陳を推して新を出だす。命格至貴至尊にして、また子命の上に生まれ、一生災なく難なく、直に公卿に至るを得。例えば曽相公の命造、乙亥年・丁亥月・戊辰日・癸亥時、すなはちこの一格なり。この説は《紫虚局》に出づ。

馬子才命格

有祿馬櫃巳酉丑辛干人在戌,亥卯未乙干人在辰。

この格は須らく「禄馬庫」あらばこそ数と為す。地支巳・酉・丑の三合金局を結成して天干辛なる人は、禄馬の庫戌上に落つ。地支亥・卯・未の三合木局を結成して天干乙なる人は、禄馬の庫辰上に落つ。

夹禄夹馬

乙亥、乙卯、乙未人辰日時,乙祿在卯,亥卯未馬在巳是也。辛巳、辛酉、辛丑人戌日時,準此。若別無凶會,可為五品之命。(玉宵寶鑑)

乙亥・乙卯・乙未年生の人、もし日柱あるいは時柱の上に辰を見れば、便ちこの格に合す。乙の「禄」は卯に在り、亥卯未三合木局の「駅馬」は巳に在り、辰正好く卯と巳との当中に夹まれ、禄と馬とに前後に夹住せらる。辛巳・辛酉・辛丑年生の人日時に戌を見るは、道理完全相同なり。かかる命ただ別の凶神聚会の来たりて破壊するなければ、五品官の命を按じて視るを得。この条は《玉宵宝鑑》に出づ。

祿馬飛天無刑剋,旺相中生須至尊。假令戊祿在巳,以戊遁見丁己,丁祿在午,為飛天祿。如戊申人馬在寅,遁得甲寅,為飛天祿馬,餘彷此。(理愚歌)

歌訣に曰く、「禄」と「駅馬」は遁干より飛臨して来たり、また刑冲剋害を受けず、さらに五行旺相の時令に生まれれば、かかる人必定尊貴至極なり。例を挙げて言へば、戊の禄は巳に在り、戊を用ひて遁を起せば、巳位の上丁と己とを遁出し、而して丁の禄正に午に在り。これを「飛天禄」と曰ふ。また戊申年生の人駅馬は寅に在り、遁を起せば恰も甲寅を得。これを「飛天禄馬」と曰ふ。余の各干皆この弁法を照らして推算す。この説は《理愚歌》に出づ。

凡祿馬須是遁到者,最有力,如六甲人丙寅之類,行運至巳午上亦主發旺。(寸珠尺璧)

大凡「禄」と「駅馬」は、必ず遁を起して推出し真に柱の上に落つるを靠るあらばこそ、力量こそ最も強し。例えば六甲日生の人丙寅の一柱を得れば、便ち遁到の禄馬に属す。この種の人大運に行きて巳・午の火郷に走れば、同じく発達興旺を主る。この条は《寸珠尺璧》に出づ。

庚寅申上好生辰,祿馬同鄉貴在申,若有商音來犯者,干沖支破定孤貧。如庚寅見壬申為祿馬同鄉,卻木之納音於申,金克木,又寅申交互相沖也。(鬼谷要訣)

歌訣に曰く、庚寅生の人さらに申に遇上すれば、もと甚だ好き生辰にして、庚の禄と馬と皆申位に聚まるを以て、ゆゑに「禄馬同郷」と称して申を以て貴と為す。されど一旦商音に属するすなはち金音の干支の来たりて沖犯するあれば、天干相冲し地支相破して、かへつて孤苦貧寒を注定す。解釈に曰く、庚寅壬申を見れば、禄と馬と同じく申宮に在り、本该貴格なれども、奈何せん庚寅の一柱の「納音」木に属し、木行きて申に至れば便ち金に剋さる。何ぞ況んや寅と申とまた交互相冲す、ここにおいて吉処翻りて凶と成る。この条は《鬼谷要訣》に出づ。

馬在長生須富學,祿逢帝旺足錢財,若還刺配兼流役,是帶懸針劫殺來。祿若臨時馬不來,此人只是有錢財,一生恥話招賢士,死絕關門誓不開。(林開五命)

歌訣に曰く、「駅馬」長生の地に坐する人は、必定富足にしてしかも学を好む。「禄」帝旺の郷に遇ふ人は、一生銭財を缺かず。もし命にかへつて刺配流放の苦難を帯ぶるは、これは兼ねて「懸針」と「劫殺」の両種の凶煞を帯ぶるを以てなり。また曰く、禄時柱に臨むといへども、駅馬却つて来たりて相配するを肯んぜず。この種の人過ぎず略ば銭財あるのみ、一輩子言談を羞ぢて賢士を招攬し難し。もし禄馬死絶の処に落つれば、門を把て死に関じ誓ひてさらに開啓せざるがごとく、前程閉塞して通ぜず。この条は《林開五命》に出づ。

官神を論ず

官印

甲辛、乙庚、丙癸、丁壬、戊乙;己甲、庚丁、辛丙、壬己、癸戊。甲用庚為官,餘彷此。(三命纂局)

十干各々自己の官星あり。配法は、甲は辛に配し、乙は庚に配し、丙は癸に配し、丁は壬に配し、戊は乙に配し、己は甲に配し、庚は丁に配し、辛は丙に配し、壬は己に配し、癸は戊に配す。取る所皆本干を克制して陰陽相反するあの一位なり。書中例を挙げて説くに、甲木すなはち庚金を以て官と為し、余の各干この例を照らして類推す。この表は《三命纂局》に出づ。

生成官

甲乙人得辛巳、庚申、辛酉;丙丁人得壬申、癸亥、壬子;戊己人得乙亥、甲寅、乙卯;庚辛人得丙寅、丁巳、丙午;壬癸人得戊申、己亥、戊子。天資驛馬學堂貴人助之,無不發越。(李虛中書)

いはゆる「生成官」とは、官星恰好それ自家の気を得る位置の上に坐するなり。甲・乙木命の人辛巳・庚申・辛酉を得、丙・丁火命の人壬申・癸亥・壬子を得、戊・己土命の人乙亥・甲寅・乙卯を得、庚・辛金命の人丙寅・丁巳・丙午を得、壬・癸水命の人戊申・己亥・戊子を得る。この一類の命もしさらに天然に「駅馬」「学堂」「貴人」等の吉神の扶助を借得せば、騰達顕揚せざるなし。この条は《李虚中書》に出づ。

夹官禄

甲以辛為官,見癸酉為正官祿,以壬申、甲戌夾之;乙以庚為官,見甲申為正官祿,以癸未、乙酉夾之。餘依此例。犯者勝帶正官,正祿見帶前後神亦佳。(太一經)

甲木は辛金を以て官と為し、命中癸酉の一柱を見れば便ち「正官禄」なり。さらに壬申と甲戌と一前一後にそれを把て中間に夹めば、便ち「夹官禄」と成る。乙木は庚金を以て官と為し、甲申を見れば正官禄と為し、癸未と乙酉とを用ひて前後に夹住すれば、道理一様なり。余の各干皆この例に依りて推す。命中この格に占到る人は、単に一個の正官を帯ぶるに比べてなお好し。正禄の位置もし前後また吉神の来たりて夹むあれば、同じく美事なり。この条は《太一経》に出づ。

官者,取長生、臨官、帝旺之鄉,但取支干,不取納音。甲乙人得辛巳、庚申、辛酉,壬癸人得戊申、己亥、戊子為真官。甲得辛、乙得庚之類,自然陽干配陰支,陰支合陽干,不然則縱得之,陰不受陽,陽不兆陰也。凡真官帝旺為上,臨官次之,長生又次之。若資驛馬、學堂、文星、天乙,不得歲運,自然亨奮。(閻東叟書)

官星を論ずるは、須らくそれの長生・臨官・帝旺のこの三種の気を得る郷に坐するを取り、しかもただ天干地支の本気を視て、「納音」を視ず。甲・乙木命の人辛巳・庚申・辛酉を得、壬・癸水命の人戊申・己亥・戊子を得れば、これこそ「真官」と算す。甲の辛を得・乙の庚を得るのこの一類のごとき、もとより陽干の去りて陰支に配し陰支の来たりて陽干に合するにして、陰陽自然相和す。かく配せざれば、たとへ命に官星あるも、また陰肯んじて陽を承受せず陽能く陰を感召せず、終竟用を成す能はず。凡そ真官は帝旺に坐するを以て最上と為し、臨官に坐するは一等を次ぎ、長生に坐するはまた一等を次ぐ。もしさらに駅馬・学堂・文星・天乙貴人のこれら吉神を借助せば、則ちたとへ一時流年大運の推動なくとも、日後自然にまた能く亨通奮発せん。この条は《閻東叟書》に出づ。

交互官格(大貴)

甲申見乙酉,丙子見壬子,乙卯見戊申,庚午見壬午,丁巳見辛亥,癸亥見丁巳。如范文正公丙午年、己亥月、戊子日、壬子時,是也。

両柱の干支彼此交錯して官と為るを、「交互官」と曰ふ。甲申乙酉に遇ひ、丙子壬子に遇ひ、乙卯戊申に遇ひ、庚午壬午に遇ひ、丁巳辛亥に遇ひ、癸亥丁巳に遇ふ、皆この格に属す。例えば范仲淹范文正公、丙午年・己亥月・戊子日・壬子時に生まれ、正にかかる配合なり。

六合官星格

官是六合少人知,貴在旬中始是奇,生日生時如直入,太師太傅佩旌旗。如蔡太師丁亥年壬寅月壬辰日辛亥時是也。(紫虛局)

歌訣に曰く、官星恰好本命と地支六合を成す、この一層は甚だ少なく人の懂得するあり。しかも須らく官星本命と同一旬の内に在らばこそ、こそ真に奇特と算す。もしかかる官星直に日柱あるいは時柱の上に落つれば、此人便ち能く太師・太傅に位居し、出行すれば旌旗儀仗相随ふるあり。例えば蔡姓の太師、丁亥年・壬寅月・壬辰日・辛亥時に生まれ、すなはちこの一格なり。この説は《紫虚局》に出づ。

上下官印

甲己辛乙戊庚丙辛癸丁庚壬戊癸乙,已壬甲庚乙丁辛甲丙壬丁己癸丙戊。以上又名十樣錦,主甲科官近禁地,常人亦不至艱辛,逐年太歲帶祿在第三位秀才請舉及第,常調政官兩府入相。古詩云:若人三處遇,食祿定封侯。

この格は天干を把て上下の両行に排して対照して視るなり。上一行と下一行と相対する両位、一個は官星・一個は印綬なり。ゆゑに「上下官印」と曰ふ。この十種の配合また「十様錦」と称し、主人甲科に考中し宮禁に接近する清要の地に任職す。たとへ尋常の百姓これに遇ふも、日子また艱難に至らず。もし逐年の太歳禄を帯びて第三位の上に落つれば、読書人便ち能く応挙及第す。已に常規の遷転の列に在る官員は、則ち政事堂と枢密の両府に進入し、相を拝するに至るを得。古詩此に因りて曰く、一人もし三処に於て皆かかる配合に遇へば、享受する俸禄必ず侯を封ずるの地步に高からん。

官の下に印あり

如甲人見辛月,丙日時之類是也,主官職崇高,名位清峻。

例えば甲木命の人月柱辛金を見れば、辛は甲の官星にして、日柱あるいは時柱また丙火を見れば、丙能く辛と相合して化生して印と為る。これを「官の下に印あり」と曰ふ。主人官職高峻にして名声地位清貴なり。

官の下に食あり合あり

如甲人見辛為官,官食癸,丙與辛合,在月日時上是也,主為官有貼職,常人有兼藝。

例えば甲木命の人辛金を見て官星と為し、而して辛の生ずる所の癸水正にそれの食神にして、丙火また能く辛と相合す。これらの幾者分かちて月・日・時の三柱の上に出現すれば、便ち「官の下に食あり合あり」と曰ふ。この種の人官を為れば往往別に貼職兼差を帯び、たとへ平常人なるも、また本行の外さらに一門の手芸を兼ぬるなり。

官会殺

甲乙人見辛丑,丙丁人見壬辰,戊己人見乙未,庚辛人見丙戌,壬癸人見戊辰。如辛金克甲乙木,金墓在丑,餘彷此。君子主甲科,武人戰功,常人藝業出俗。

官星それ自己の墓庫と聚まりて一処に在るを、「官会殺」と曰ふ。甲・乙木命の人辛丑を見、丙・丁火命の人壬辰を見、戊・己土命の人乙未を見、庚・辛金命の人丙戌を見、壬・癸水命の人戊辰を見。第一条を以て例と為せば、辛金能く甲乙の木を剋し、正に官星にして、而して金の墓庫また丑に在り、官と庫と同柱なり。余の各条これに準じて推す。読書人これに遇へば甲科に中たるを主り、武人これに遇へば戦功を立つるを主り、普通人これに遇ふもまた技芸本領流俗を超出するを主る。

五官

甲乙人庚辛巳酉丑,丙丁人壬癸申子辰,戊己人甲乙亥卯未,庚辛人丙丁寅午戌。以上名聚官,亦名聚鬼,又名夭折殺。遇鬼有氣之月,君子主貴顯,常人主橫夭;無氣,君子反夭折,常人作胥吏。(廣信集)

我を剋する干と我を剋する三合局とが同時に倶に備はるを、「五官」と曰ふ。甲・乙木命の人は庚辛の金と巳酉丑の金局を見、丙・丁火命の人は壬癸の水と申子辰の水局を見、戊・己土命の人は甲乙の木と亥卯未の木局を見、庚・辛金命の人は丙丁の火と寅午戌の火局を見る。この格局は「聚官」とも「聚鬼」とも曰ひ、また「夭折殺」とも曰ひ、吉凶は全く強弱を視る。もし鬼神当令気ある月に生まれれば、読書して官を為す人は顕貴を主り、平常人は却つて横死早亡を主る。もし鬼神気なければ、然らば読書人はかへつて夭折し、平常人はただ衙門の小吏となるを得るのみ。この条は《広信集》に出づ。

真官

己丑得甲寅,辛丑得丙寅,如此之類,謂之真官,不貴即富,命前一辰是也。(神白經)

己丑年生の人甲寅を得、辛丑年生の人丙寅を得るがごとき、この類の配合を「真官」と曰ひ、命主は顕貴ならざればすなはち富足なり。いはゆる真官とは、正に本命の後に緊く挨るその一位の地支を指し、すなはち命の前一辰の位置なり。この条は《神白経》に出づ。

催官格

如庚辰見乙酉,戊午見癸丑,自下而上,名催官。(太乙經)

例へば庚辰の乙酉を見、戊午の癸丑を見るがごとき、官星下の柱位より上に往きて上の柱位を催動す、これを「催官」と曰ひ、主として陞遷快速を主る。この条は《太乙経》に出づ。

暗官

謂如庚辛用丙丁為官,不見丙丁而見寅午戌,則為暗官,得火局也。(廣錄)

例へば庚・辛金命の人は本まさに丙・丁の火を以て官星と為すべきに、命中丙丁の両干を見ず、ただ寅・午・戌の三支会して火局を成すを見る。これも同じく官あるも、ただ蔵して露はらず。ゆゑに「暗官」と曰ふ、地支已に火局を結成せるを以てなり。この条は《広録》に出づ。

また暗官

火多人,水地降為上,土多人,木地降為上,金多人,火地降為上,水多人,土地降為上,木多人,金地降為上,如辛酉年,辛卯月,癸丑日,辛本時,木入西方,更祿真,故貴顯也,為魁命,如乙亥年庚辰月辛卯日庚寅時,庚辛多得寅上有火氣。如癸丑年壬戌月辛酉日丁酉時,在西方金地,終無苦顯困劣太過,到了不均,是武官大使臣命。(天元變化書)

もう一つの暗官の視法は、能く本命の過旺の気を制伏するその一方を以て貴と為すなり。火気太多の人は水郷に降るを最もよしとし、土気太多の人は木郷に降るを最もよしとし、金気太多の人は火郷に降るを最もよしとし、水気太多の人は土郷に降るを最もよしとし、木気太多の人は金郷に降るを最もよしとす。例へば辛酉年・辛卯月・癸丑日・辛時に生まれたる人は、卯木進みて西方金地に入りて制せられ、禄位真確なるを加へ、ゆゑに顕貴にして魁首の命なり。また乙亥年・庚辰月・辛卯日・庚寅時に生まれたる人のごとき、庚辛の金多しといへども、寅位の上に火気蔵して金を熔かすべきあるを好しとす。また癸丑年・壬戌月・辛酉日・丁酉時に生まれたる人のごとき、通体皆西方金地に在り、終始出頭顕達の苦楚あらざれども、困頓もまた過頭に過ぎ、前後終に均衡せず、ただ武官中の大使臣一級の命のみ。この条は《天元変化書》に出づ。

名位官

用納音取之,遇食神是也。(林開五命)

「名位官」は「納音」の五行を用ひて取るなり。納音の生ずる神は正に食神なり、これに遇へばすなはちなり。この条は《林開五命》に出づ。

官貴堂格

甲羊丙巳乙青龍,丁是虎隨戊土中,己狗庚豬辛猴地,壬雞癸馬是三公。官堂與印綬祿貴全尤貴。(出錦囊經紫虛局)三命鈐作天官貴神,又名祿官旺相,主資級清峻,仕路無滯。

歌訣は十干各自の官貴堂の所在を指出す。甲は未に在り即ち羊、丙は巳に在り、乙は辰に在り即ち青竜、丁は寅に従ひ即ち虎、戊は辰戌丑未の土位の中に落ち、己は戌に在り即ち狗、庚は亥に在り即ち猪、辛は申に在り即ち猴、壬は酉に在り即ち鶏、癸は午に在り即ち馬なり。能くこれらの位置に坐する人は三公に位列すべし。官貴堂もしさらに印綬・禄神・貴人と一斉に倶に備はれば、いよいよ尊貴なり。この説は《錦囊経》と《紫虚局》に出づ。《三命鈐》はこれを「天官貴神」と呼び、また「禄官旺相」と曰ひ、主人官階清高、仕途通暢して阻滞なしとす。

三台帝座を拱する格

假令納音本干見真官,而二位天地相合,中見夾兩干貴人是。以納音水人得甲寅,又得己亥日時者入格。甲寅納音水,見甲己土,乃是真官,甲真復土見納音己亥木,又為官,而甲貴在丑,己貴在子,在六合之間,故名三合拱帝坐,如不犯凶神惡殺沖破,則官入三臺,如有則滅落斷之,庚寅生而見乙亥亦同。(玉霄寶鑑)

この格の条件は、本柱の「納音」に対する天干に真官を見、また両柱がさらに天干相合・地支相合し、而して中間にまたこの両干各自の天乙貴人を夹むなり。例を挙げれば、納音水に属する人甲寅を得、日柱時柱また己亥を得れば、便ちこの格に合す。甲寅の納音は水にして、甲と己と合して土に化し、土は能く水を剋し、正にこれ真官。甲己の化する真土また納音木に属する己亥を見れば、木また来たりて土を剋して官と為す。而して甲の貴人は丑に在り、己の貴人は子に在り、子と丑と恰も六合を成し、中間の位置を拱衛す。ゆゑに「三合帝坐を拱す」と曰ふ。かかる命ただ凶神悪煞に沖破されざれば、官位三台の列に入るべし。もし沖破を受ければ、すなはち降黜衰落を以て断ずべし。庚寅年生の人乙亥を見れば、情形も同じなり。この条は《玉霄宝鑑》に出づ。

天官鄉者,蓋取月干制歲干也,謂六甲年正月建丙寅,五月庚午,六月辛未,庚辛金能制甲木也,戊癸即相帶而行,甲癸人在午未,乙丙人在辰巳,丁戊人在寅卯,己庚人在戌亥,辛壬人在申酉,若人遇之當食天祿,貴處朝倫,假令甲子人五月六月生是也。

いはゆる「天官郷」は、月柱の天干を取りて年柱の天干を制伏するなり。例へば六甲の年、正月は丙寅を建て、五月は庚午を建て、六月は辛未を建つ。庚辛の金正に能く甲木を克制す、これすなはち月干の歳干を制するなり。戊と癸と則ち相配りて同行す。この法を按じて排せば、甲年・癸年生の人の天官郷は午未に在り、乙年・丙年生の人は辰巳、丁年・戊年生の人は寅卯、己年・庚年生の人は戌亥、辛年・壬年生の人は申酉に在り。人もしこれらの月に生まれれば、まさに天賜の俸禄を享け、朝班に位列して尊貴なり。例へば甲子年生の人、五月または六月に生まれれば、すなはちこの種の情形なり。

地官鄉者,蓋取月建制歲干也,謂歲干是甲乙屬木,七月八月建申酉,屬金,金能制木也,甲乙人在申酉,丙丁人在亥子,戊己人在寅卯,庚辛人在巳午,壬癸人在辰戌丑未,若人遇之,主早承床蔭,官序易階,榮名日益。

いはゆる「地官郷」は、月建の地支を取りて年柱の天干を制伏するなり。例へば年干は甲・乙にして木に属し、七月は申を建て八月は酉を建てて皆金に属し、金能く木を剋す、これすなはち月建の歳干を制するなり。これを照らして推算すれば、甲・乙年生の人の地官郷は申酉に在り、丙・丁年生の人は亥子、戊・己年生の人は寅卯、庚・辛年生の人は巳午、壬・癸年生の人は辰戌丑未に在り。人もしこれらの月に生まれれば、主として早年より祖上の蔭庇を承け、官階升進し易く、栄誉名声日に一日と増長す。

真官者,蓋取命前三辰月干與命干合也。假令丙子人二月生,為命前三辰,是辛卯,丙與辛合也,故丙子二月生人為真官中生也。餘彷此,若人遇之,當受聖眷,職隆近輔,小人逢之,亦主家富。

いはゆる「真官」は、本命の前第三位のその一辰に配する月干を取り、恰も本命の天干と相合するなり。例へば丙子年生の人二月に生まれれば、子より前に三位を数ふるに正に卯、二月は辛卯にして、而して丙と辛と正に相合す。ゆゑに丙子年二月生の人を便ち「真官中生」と曰ふ。余の各命はこれに準じて推す。人もしこの格に遇へば、まさに君王の眷顧を受け、官職尊隆にして輔弼の位に接近すべし。たとへ功名なき普通人これに遇ふも、また家道富足を主る。

凡祿命身三等官,各稟五行,率以其性推之,若以金為官,主職位清峻,多掌刑獄,錢穀之任,決斷明敏,遇行年太歲在丑為官庫,主喜,亦取旺相、休敗、有氣、無氣言之,餘準此。

凡そ禄・命・身のこの三等の官は、各自不同なる五行を禀受し、大体皆その一行の性情を按じて推断す。もし金を以て官星と為せば、主人職位清高峻抜にして、多くは刑獄あるいは銭糧の任を掌管し、事を辧するに決断明快敏捷なり。行年太歳丑位に走れば、それ金の官庫にして、喜慶あるを主る。もちろんまた兼ねてその旺相なるか休敗なるか、気あるか無気なるかを視るを要し、余の各行皆この法を以て視る。

若以木為官,主品秩清高和裕守慎,運行年太歲在未為官庫,以火為官,主官序炎赫,為性勐烈,用刑殘酷,亦主發歇不常,遇行年太歲在戌為官庫。以水為官,主職卑位下,級升序進,謙和得眾,矜恤孤寡,亦有道性,遇行年太歲至辰為官庫。以土為官,主官序穩審難侵犯,厚重賢直,法令分明,遇行年太歲至辰為官庫。

もし木を以て官星と為せば、主人品級清高、性情寛和富裕にして事に処し謹慎なり。行年太歳未位に走れば便ち木の官庫なり。火を以て官星と為せば、主人官位顕赫烜赫たれども、性情却つて猛烈にして、刑を用ふるに残酷に失し、官運もまた起伏定まらず、行年太歳戌位に走れば便ち火の官庫なり。水を以て官星と為せば、主人職位低微にして、ただ按部に就り一級級に陞遷するを得るのみ。好しとするは謙和にして衆を得、孤寡を体恤し、また幾分か道家の気質を帯ぶ。行年太歳辰位に走れば便ち水の官庫なり。土を以て官星と為せば、主人官位穏重周密にして侵犯を容れず、為人厚重賢良正直にして、法令を執行するに分明なり。行年太歳辰位に走れば便ち土の官庫なり。

凡五行之官,各隨其性則吉,金主文主剛,木主文主仁,火主禮主勐,水主智主順,土主信主重,若各失其性,則主為官不久,禍咎生焉,假令癸丑木命人,以土為祿官,木為命宮,金為身宮蓋取克我者為官,餘命準此,皆以三命尊卑,五行休旺言之,

大凡五行の化する官星は、各自本性に順ひて発揮せばすなはち吉なり。金は文才を主りて性剛く、木は文才を主りて性仁く、火は礼節を主りて性猛く、水は智慧を主りて性順く、土は信実を主りて性厚重なり。もし各自本性を失はば、則ち官を為して長久ならず、災禍随ひて生ずるを主る。例を挙げて言へば、癸丑納音木に属する人は、土を以て禄官と為し、木を以て命宮と為し、金を以て身宮と為す。取るところ皆自己を克制するその一行を官と為すを以てなり。余の各命はこれを以て準とし、総て禄・命・身の三命の尊卑の次序と五行の休囚旺相とを按じて講ずべし。

祿命身三等宮庫者,取克我者為官,如甲子金,甲為祿屬木,木又被金克,故為祿官,金墓在丑,是為祿官庫也。命與身官庫,彷此推之。若人遇之,宜官足財,向老轉吉,小人逢之,亦得妻財兼有藝。(三命錄)

禄・命・身のこの三等の宮庫の算法も、また自己を克制するその一行を取りて官と為すなり。例へば甲子の一柱は納音金に属し、その中に甲は禄にして木に属し、木また金に剋さる。ゆゑに金すなはちこれが禄官なり。金の墓庫は丑に在り、丑便ち禄官庫なり。命宮・身宮の官庫、皆この法を照らして推す。人もし遇へば、主として官ありて銭財もまた乏しからず、晩年に至るほどいよいよ吉に転ず。たとへ功名なき人これに遇ふも、また能く妻家の財産を得て兼ねて一門の手芸を有す。この条は《三命録》に出づ。

天寶經有官庫源歌云:亥子巳午愛於辰,申酉生人戌上真,寅卯命人分在丑,辰戌丑未未為親。

《天宝経》に官庫の来源を講ずる一首の歌訣ありて曰く、亥・子と巳・午年生の人は、官庫皆辰上に落つるを愛す。申・酉年生の人は、官庫真に戌上に落つ。寅・卯年生の人は、官庫丑上に分たる。辰・戌・丑・未の四土年生の人は、則ち未を以て最も親近の官庫と為す。

西蜀知命者言於予曰,凡人年月日時上四干迭相官印足者,亦主貴,若呂吉甫觀文壬申年,己酉月丁巳日庚子時,壬與己、庚與丁為官,壬與庚、己與丁為印,又章子厚相公,乙亥年,己卯胎,戊子月,丁未日,壬寅時,戊與乙,壬與己,丁與壬,為官,乙與壬,戊與丁為印,其官印足,亦至貴之助也。

西蜀の命理を解する一人の人我に告げて曰く、凡人年・月・日・時四柱の天干互相交替して、官星と印綬とを皆配足するも、同じく貴を主ると。呂恵卿呂吉甫観文のごとき、壬申年・己酉月・丁巳日・庚子時に生まれ、壬の己に対し・庚の丁に対し皆官、壬の庚に対し・己の丁に対し皆印なり。また章惇章子厚相公のごとき、乙亥年生・己卯を胎元とし・戊子月・丁未日・壬寅時、戊の乙に対し・壬の己に対し・丁の壬に対し皆官、乙の壬に対し・戊の丁に対し皆印なり。彼らの官星印綬は配るに斉全、これもまた極貴を造就する一大助力なり。

歷觀大貴命,遇兩印者頗多,少有遇兩官者,若遇兩官於祿,反有所損,丁遇兩壬之類也,又須四貴華蓋上遇正官者,主大貴,四平次之。(三命提要)

遍く歴来の大貴の命を視るに、両重の印綬を帯ぶるは相当に多く、両重の官星を帯ぶるは却つて少し。仮に禄位の上に両重の官星に碰上らば、かへつて損傷する所あり、丁日主の二つの壬に遇ふがごとき便ちこれなり。この外また須らく四貴・華蓋のこれら位置の上に正官に遇ふべく、こそ大貴を主れ。四平の位に落つるは一等を次ぐ。この条は《三命提要》に出づ。

真官時過,早達金紫之封,日遇真官貴,則時加祿命,時日生遇官印,須憑有氣之鄉,若遇沖破空亡,此等官如不遇官印官鬼,官印如無鬼旺鬼衰,詳其勝負,官刑命喜,莫教命反刑官,官印受刑,從貴不戎即吏,官印明無暗有,比如生帶重重時日相逢,福德勝生十倍,有官無印,難求清顯之名,有印無官,發不在迅途之內。(隱迷賦)

《隠迷賦》に曰く、真官時柱に臨みて本旬を超越するは、主人早年に便ち金印紫綬の封賞を得るを得。日柱の上に真官貴神に遇ふは、また時柱の上に禄と命と如何に加臨するを視るを要す。時柱・日柱の遇ふ所の官星と印綬は、必ず五行気ある郷に落ちてこそ作用を起こす。一旦沖破空亡に碰上れば空と成る。この類の官星、もし官印にも遇はず官鬼にも遇はざるか、あるいは官印ありて鬼辨ふべきなければ、すなはち鬼の旺か衰かを分かち、両辺の勝負を権衡すべし。官星来たりて本命を刑するは、もと命の喜ぶ所なれども、かへつて本命をして官星を刑せしむべからず。官印一旦刑を受ければ、たとへこれによりて貴を得るも、従軍ならざれば吏を為る。官印明処に在りて見えず暗に蔵するは、生と倶に層層身に帯ぶがごときにして、また日柱時柱の上に相逢へば、その福徳は明見に勝ること十倍なり。官星ありて印綬なきは、清要顕達の名声を求め難し。印綬ありて官星なきは、たとへ発達するも快捷の路上に走る能はず。

凡命官鬼多,而主本卻在有氣之地,其鬼化官,若本主無氣,官有氣,即官化鬼也,季主云:旺處逢鬼鬼化官,衰處官官化鬼。(廣信集)

凡そ命中の官星と七殺の鬼と多しといへども、本命の主気気ある地に坐すれば、則ち鬼は転化して官と為り、かへつて好事と成る。もし本命主気無力にして、官星かへつて気あれば、則ち官は転化して鬼と為り、かへつて禍患と成る。司馬季主説く明白なり、旺処鬼に遇へば鬼は官と化し、衰処はたとへ官なりとも官もまた鬼と化すと。この条は《広信集》に出づ。

術者多以甲見辛之類為官,蓋以克我者為官,會不知其五行克納音者為真官,此最聚福神也,干頭自見官而德合者為上,又有諸福神來朝命者,最上也。

術士多くはただ甲の辛を見るのこの類を以て官星と為す。自己を克制するを取りて官と為すを以てなり。却つて真の官星はあの能く「納音」を剋する五行なるを解せず、これこそ福神聚集の処なれ。天干の上自ら官星を現出して、しかも彼此徳合するは上等と算す。もしさらに衆多の吉神来たりて本命を朝拱せば、それすなはち最上等なり。

假令甲寅納音水人得己亥,甲己為真土,是納音見真五行克也,若不見太歲本干克,而但於月日時上見乙庚者是也,若不見乙庚,而止見庚者,謂之偏官,比之全者減力,又不見庚而見乙巳、乙酉、乙丑,餘位中多見中者,亦可謂之全見,若不見申,止得三五分力而已,餘皆彷此。

例を挙げて言へば、甲寅の一柱納音水に属する人己亥を得れば、甲と己と合して真土に化し、土正に能く水を剋す。これすなはち納音の真五行に剋されしなり、真官に属す。もし年柱本干の上にこの種の克制を見ず、ただ月・日・時の三柱の上に乙・庚を見るも、また数に算す。もし乙・庚斉見する能はずしてただ一つの庚を見れば、あれを「偏官」と曰ふ。斉全なるに比べて幾分か力量を減ず。さらにもし庚もまた見えず、ただ乙巳・乙酉・乙丑を見、而して余の柱位の中にまた多く相応の字を見れば、また以て全見と作して論ずべし。たとへ申をも見ざれば、則ちただ三五分の力気を余すのみ。余の各命皆この類を照らして推す。

以上貴格,須是支神帶生旺福聚方入格,若有駁雜沖破空亡,所臨時加減言之,若帶死絕、凶殺、福聚之處,雖有如無也,主吉中有凶,亦作薄命斷之,蓋變官為鬼也,又若己酉己卯人見丁壬,壬子壬午人見乙庚,雖納音見真五行克為官,奈本干同受克,故不作真官,而作真鬼斷之,大小運太歲逢之,災尤重。

以上これらの貴格は、必ず地支生旺の気を帯び、諸福会聚してこそ真の入格と算す。もし夾雑駁乱し、また沖破空亡あらば、すなはち当時の情形を按じて加減して説くべし。もし死絶と凶煞とを帯ぶれば、則ち原本の福聚の地も虚設に等し。主として吉中に凶を蔵し、なお薄命を按じて断ずべし。この時官已に鬼と変ぜるを以てなり。また己酉・己卯年生の人丁と壬を見、壬子・壬午年生の人乙と庚を見るがごとき、説くに納音真五行に剋されて官の条件に合すといへども、奈何せん本柱天干自身もまた一同に剋を受く。ゆゑに真官と作して視る能はず、ただ真鬼を按じて断ずべし。大運小運と流年太歳と再び碰上れば、災禍格外沈重なり。

鬼を変じて官と為す雑格

丁於真五行屬木,凡丁人見乙與庚為鬼,若丁亥或丁卯丁未人見乙庚者,不為鬼而為官,若亥卯未全見三丁足者尤好,蓋亥卯土木之正位,而又得三丁木氣旺盛全,要真金剋制之。又如丁巳丁酉丁丑人,丁真木也,生居金之正位,木弱金強,而更見乙庚者不好,鬼旺故也,

丁は真五行のうちに木に属す。ゆゑに凡そ丁日生の人乙と庚の合化する金を見れば、本まさに鬼と論ずべし。されど丁亥・丁卯・丁未のこの三種の人乙庚を見るは、鬼と算せずして官と算す。もし亥・卯・未の三支斉全にして、三つの丁もまた配足することを得ば、則ちさらによし。亥・卯はもと木の地を得る正位にして、さらに三丁の相助を得れば、木気極めて旺盛にして、正に真金を須ちて克制修剪すべし。これに反して、丁巳・丁酉・丁丑のこれらの種の人は、丁真木なりといへども、却つて金の本位の上に生まれ、木弱くして金強し。この時再び乙庚を見れば好からず、それ鬼太く旺なるがゆゑなり。

又如六丁皆真木,而見乙酉、乙亥,乙真金也,卻不為鬼,而反為官,蓋丁貴在酉亥故也,又若壬寅壬申見乙庚多者,皆不為鬼而為官,蓋取其與納音皆比和故也,辛未辛丑見甲己,己巳己亥見丁壬,乙巳乙亥見戊癸,餘皆彷此。

また六つの丁日皆真木に属し、乙酉・乙亥時に遇へば、乙もと真金にして、理を照らせばまさに鬼と論ずべきに、却つて官と作して論ず。丁の天乙貴人正に酉と亥の上に在るを以てなり。また壬寅・壬申の乙庚を見ること多きがごときも、また一概に鬼と作さずして官と作す。それはそれらが本柱の納音と同類相和するがゆゑなり。この外辛未・辛丑の甲己を見、己巳・己亥の丁壬を見、乙巳・乙亥の戊癸を見るは、情形皆同じなり。余はこれに準じて推す。

天元變化書有反鬼作官氣格,如丁未年甲辰月癸丑日癸亥時,兩鬼反為生氣滋助甲木,既甲木旺則丁亦旺,又納音從下生至火,既火旺,水人得財盛,上下皆有用矣。寸珠尺璧云:凡克干者不得地,干卻得地者,名鬼化官。

《天元変化書》のうちに一種の「反鬼作官気」の格局あり。例へば丁未年・甲辰月・癸丑日・癸亥時、二つの癸水もと鬼なれども、かへつて化作して生気と為りて甲木を滋養す。甲木一たび旺われば、丁火跟随してまた旺わり、さらに加ふるに納音下より上に層層相生して火に至るまで。火既に旺盛なれば、水命の人便ち財源豊厚にして、ここにおいて上下四柱皆各々用ある所なり。《寸珠尺璧》にも曰く、凡そ天干を克制するその一方地に立つ能はずして、天干自らかへつて地を得れば、これを「鬼化官」と曰ふ。

官を変じて鬼と為す雑格

假令甲戌納音火,見丙辛水為真官,若得丙申、辛酉為佳,或辛未、辛丑皆好,若得辛卯者,繫在羊刃上見官,卻變為鬼,若別有福神救助,則為右選,無氣者類多胥吏之輩,不可一揆,當臨時加減也。

例を挙げて言へば、甲戌の一柱納音火に属し、丙辛の合化する水に遇へば便ち真官なり。この時もし丙申・辛酉を得れば最佳、辛未・辛丑を得るもまたよし。されど一旦得るところ辛卯なれば、官星は羊刃の上に落ち、かへつて鬼と変成す。この種の命もし別に吉神の来たりて救助するあらば、なほ武選の一途に列すること能くす。もし五行気なければ、多くはただ衙門胥吏の流のみ。総じて一概に論ずべからず、臨時に斟酌加減すべし。

如壬申人納音是成器之金,見火則壞,故壬申人見戊癸者,乃變而為鬼,又壬屬木,木至申為絕鄉,木絕得火,則火飛煙滅,此為尤凶,若癸酉雖亦是成器金,然本干自帶癸之官,故不為鬼,見戊則尤好,當消息之也。(玉霄寶鑑)

また壬申の一柱の納音は已に打造成器せる金にして、火の来たりて銷熔するを見るを怕る。ゆゑに壬申年生の人戊癸の合化する火を見れば、官変じて鬼と為る。況んや壬は真五行のうちに木に属し、木は申に行けば便ち絶地なり。絶地の木再び火に遇ふは、火苗一たび閃き青煙散尽するがごとく、格外凶険なり。癸酉に至りては、同じく成器の金なれども、その本柱天干自ら癸のこの一層の官気を帯ぶ。ゆゑに鬼と作して論ぜず、再び戊を見ればかへつていよいよよし。この中間の分寸は仔細に斟酌を要す。この条は《玉霄宝鑑》に出づ。

第十八巻

印綬を論ず

十干印綬貴位格

甲用癸陰為印綬,乙壬庚己更堪論,戊丁己丙元相得,丁甲壬辛次第分,丙與乙運辛見戊,癸庚相遇賀皇恩,日時年月干頭上,運氣相逢印自臻。

歌訣は十干各自の印綬を排出す。甲は陰水癸を以て印綬と為し、乙は壬を以て印と為し・庚は己を以て印と為す、皆一併に推論するに値す。戊は丁を以て印と為し・己は丙を以て印と為す、もとより相配れり。丁は甲を以て印と為し・壬は辛を以て印と為す、また依次分明なり。丙は乙を以て印と為し、辛は戊を以て印と為す。癸は庚に遇ふ、それさらに皇恩を賀すべき好配合なり。これらの印綬ただ年・月・日・時の何れの柱の天干の上に現れ、さらに大運流年の気に逢ひて来たり接引せば、印の福力自ら到る。

如甲陽木,用癸陰水為正印綬生祿者,謂之印綬,他干彷此。若祿馬相交,不值天官貴印者,亦為官。(金書命訣)

例へば甲は陽木にして、陰水癸を用ひてその禄気を生助すれば、これを「正印綬」と曰ふ。余の各干これに準じて推す。もし命中ただ禄と駅馬と交会するのみ、却つて天官貴神のごとき正印に碰上らざれば、それもまたただ官星を按じて論ずべく、印と算すること能はず。この条は《金書命訣》に出づ。

以陽干生陰干、陰干生陽干,為正印,陽干生陽干,陰干生陰干,為偏印,若月日時在四貴、華蓋之上,遇正印者,主大貴。遇四平亦主貴,四忌上亦主福。(三命提要)

正偏を分辨する法は、陽干陰干を生じ、陰干陽干を生じ、陰陽相異なるを「正印」と曰ひ、陽干陽干を生じ、陰干陰干を生じ、陰陽相同なるを「偏印」と曰ふ。もし月・日・時の三柱正に四貴あるいは華蓋の位置に落ち、また正印に遇へば、主として大貴なり。四平の位に落ちてこれに遇ふもまた貴を主る。たとへ四忌の位に落つるも、同じくなほ福気言ふべきあり。この条は《三命提要》に出づ。

印綬禄格

甲子、甲寅、乙亥,對癸中甲丙卯中求,戊庚歸午己辛己、壬酉臺星射斗牛。(紫虛局)

この首の口訣は各干の印綬禄を帯ぶる位置を指出す。甲子・甲寅・乙亥の三柱は、癸の位置に到りて対看すべし。甲と丙の印綬禄は卯上より尋求す。戊と庚のは午上に帰す。己と辛のは己位に帰す。壬のは則ち酉上に在り、それ正に台星の光芒直に斗牛の分野を射る貴地なり。この条は《紫虚局》に出づ。

印綬之福星最殊,更看權殺在何居,忽然並守居元位,聲振朝廷位不虛。此言四位集福於綬。(鬼谷要訣)印綬生居被殺同,殺同心膽反粗雄,運亨便有運中職,只恐將來不善終。(林開五命)

歌訣に曰く、印綬のこの福星最も特殊なり、また権柄の殺の何処に落つるを視るを要す。もし印と権殺と一同に本命元位の上に守り居れば、この人必ず名声朝廷を震動し、官位実実在在たり。これは四柱の福気皆印綬に聚到したるを言ふなり。この条は《鬼谷要訣》に出づ。もう一首の歌訣に曰く、印綬の生ずる処偏に七殺と同居す。殺既に同宮なれば、人の心胆かへつて粗豪雄悍と変り、行運亨通の時もまた運中の一官半職を得るを得。ただ将来結局善終を得ざるを怕る。この条は《林開五命》に出づ。

食神を論ず

食神貴格(三命纂局)

甲食丙。

甲木の生ずる所の丙火は、すなはち甲の「食神」なり。

乙食丁,丙食戊,丁食己,戊食庚,己食辛,庚食壬,辛食癸,壬食甲,癸食乙。

余の各干これに依りて排列す。乙木の食神は丁火、丙火の食神は戊土、丁火の食神は己土、戊土の食神は庚金、己土の食神は辛金、庚金の食神は壬水、辛金の食神は癸水、壬水の食神は甲木、癸水の食神は乙木。取るところ皆本干の生ずるにして陰陽相同なるその一位なり。

本家食神

謂如甲食丙、甲子人見丙子之類是也,得此者非大富,即大貴,月不如日,日不如時,若互換生旺帶祿貴者,無不貴顯。如韓魏公,戊申年、庚甲月、庚辰日、庚辰時、秦太師庚午年、己丑月、乙卯日、壬午時,如倒食在本家者,亦貴,張全真,甲子年,見壬子時,吳挺庚子年,見戊子時也。

いはゆる「本家食神」は、食神本命と支を同じくするを言ふ。例へば甲の食神は丙にして、甲子年生の人また丙子のこの類を見るがごとき。この種の配合を得れば、大富ならざればすなはち大貴なり。月柱に現るるは日柱に現るるに如かず、日柱に現るるはまた時柱に現るるに如かず。もし両柱互換して各々生旺を得、さらに禄神貴人を帯ぶれば、顕貴ならざるなし。韓琦韓魏公のごとき、戊申年・庚申月・庚辰日・庚辰時に生まる。秦檜秦太師は、庚午年・己丑月・乙卯日・壬午時に生まる。皆例なり。倒過來の「倒食」もしも本家に落つるも、同じく貴を主る。張全真甲子年生にして壬子時を見、呉挺庚子年生にして戊子時を見るがごとき、皆この類に属す。

一名隔十三食神,古詩云:論命先論隔十三,命中帶得入朝參,金魚束帶渾閒事,若見魁星定面南。甲辰、丁未、庚戌、癸丑四位為真魁星,如汪狀元戊戌,見庚戌時,是見魁星也。

食神また「隔十三食神」と曰ふ。本干より食神の干に数へ、さらに連ねて地支を合算すれば恰も十三位相隔たるを以てなり。古詩に曰く、命を論ずるに先ずこの隔十三の食神を論ずべし。命にこれを帯ぶれば便ち能く朝に入りて官を為す。金魚袋を佩び官帯を繫ぐは過ぎず尋常の小事、もしさらに魁星を見れば、必ず南面して坐し位人臣を極む。甲辰・丁未・庚戌・癸丑のこの四位こそ真の魁星なり。例へば汪姓の状元戊戌年生にして庚戌時を見れば、すなはち魁星を見たるなり。

食合印

甲人見丙辛、乙人見丁壬、丙人見戊癸、丁人見己甲、戊人見庚乙、己人見辛丙、庚人見壬丁、辛人見癸戊、壬人見甲己、癸人見乙庚。以上主為官有權印。(光信集)

食神さらに能くこれに合するその一干と同見すれば、これを「食合印」と曰ふ。甲日の人は丙と辛を見、乙日の人は丁と壬を見、丙日の人は戊と癸を見、丁日の人は己と甲を見、戊日の人は庚と乙を見、己日の人は辛と丙を見、庚日の人は壬と丁を見、辛日の人は癸と戊を見、壬日の人は甲と己を見、癸日の人は乙と庚を見。凡そこれらの配合あるは、主人官を為して能く実権を掌り印信を握る。この条は《広信集》に出づ。

墨池金泉を湧出す格(食神生是)

墨池湧出金泉水,辛巳生逢癸巳傍,燦爛文章如錦繡,高攀仙桂紫薇郎。如陳朝議辛巳年、壬辰月、癸巳日、癸亥時是也。如丙寅愛戊寅、戊申愛庚申、己巳愛辛亥、庚午愛壬申、甲戌愛丙寅、壬辰愛甲申,餘皆彷此。

歌訶に曰く、墨池のうちに金泉のごとき活水を湧出すは、正に辛巳年生の人身辺また癸巳に逢ふなり。かかる人は文章燦爛として錦繍のごとく、能く高く月宮の仙桂を折り、中書紫微郎のごとき清要の官を為すを得。例へば陳姓の朝議大夫、辛巳年・壬辰月・癸巳日・癸亥時に生まる、便ちこの格なり。同類の配合また丙寅の戊寅を見るを喜び、戊申の庚申を見るを喜び、己巳の辛亥を見るを喜び、庚午の壬申を見るを喜び、甲戌の丙寅を見るを喜び、壬辰の甲申を見るを喜ぶあり。余はこれに準じて推す。

紅鸞天印格

紅鸞天印在生時四庫之中多不移,君子命逢于吉兆,榮華富貴一生奇,法曰:丙逢戊戌是,辛得癸丑奇,壬遇甲辰好,乙見丁未時,命坐日時得,官品日遷移。如石參政命,壬申年、己酉月、甲辰日、丙寅時、壬食甲、壬水墓在辰是也。(並紫虛局)

「紅鸞天印」は出生の時辰の上に落ち、しかも多くは辰・戌・丑・未の四庫の中に固定して再び移動せず。読書して官を為す人命にこれに逢へば便ち吉兆、一生栄華富貴格外奇特なり。取法は、丙日戊戌に遇ふ即ちこれ、辛日癸丑を得る最も奇なり、壬日甲辰に遇ふを好と為し、乙日丁未を見るもまた合す。これらの配合は日柱あるいは時柱の上に坐してこそ得たりと算し、之を得れば官品日を逐ひて陞遷す。例へば石姓の参知政事、壬申年・己酉月・甲辰日・丙寅時に生まる。壬水は甲木を以て食神と為し、而して壬水の墓庫正に辰上に在り、便ちこの格なり。この説は併せて《紫虚局》に出づ。

三台格

甲乙食丙丁,加寅卯巳午之上、丙丁食戊己,加辰戌丑未之上、戊己食庚辛,加巳午申酉之上、庚辛食壬癸,加申酉亥子之上、壬癸食甲乙,加亥子寅卯之上,謂食神見生旺者是也。若食神帶祿馬旺相,文謂兩制相省,武為建節防團,亦無財帛重權。(鬼谷要訣)

甲・乙は丙・丁を以て食神と為し、寅・卯・巳・午の上に加ふるを要す。丙・丁は戊・己を以て食神と為し、辰・戌・丑・未の上に加ふるを要す。戊・己は庚・辛を以て食神と為し、巳・午・申・酉の上に加ふるを要す。庚・辛は壬・癸を以て食神と為し、申・酉・亥・子の上に加ふるを要す。壬・癸は甲・乙を以て食神と為し、亥・子・寅・卯の上に加ふるを要す。これら皆食神の生旺の地に坐する情形にして、ゆゑに「三台」と称す。食神もしさらに禄神・駅馬を帯びて旺相に処れば、文官は両制・宰執省台の職に至るを得、武官は建節および防御・団練の一級に至るを得。この外また掌る所の財帛重権を算せず。この条は《鬼谷要訣》に出づ。

十干以隔一位為食神何也,希尹曰:甲己化土,故食丙辛、丙辛化水,故食戊癸;戊癸化火,故食庚乙;庚乙化金,故食壬丁;壬丁化木,故食甲己,食者如蟲之食物,傷之也。蟲得物食則飽,故得食則吉,被食則損,甲一物如遇丁壬,兩物見食者,尤費力。

ある人問ふ、十干何を以てか一位を隔てて食神を取るやと。完顔希尹回答して曰く、甲と己と合して土に化す、ゆゑに土は丙辛の化する水を食らひに去る。丙と辛と合して水に化す、ゆゑに水は戊癸の化する火を食らひに去る。戊癸は火に化す、ゆゑに火は庚乙の化する金を食らひに去る。庚乙は金に化す、ゆゑに金は壬丁の化する木を食らひに去る。壬丁は木に化す、ゆゑに木は甲己の化する土を食らひに去る。いはゆる「食」は、虫の物を啃食するがごとき、一種の損傷なり。虫物を食らへば即ち飽く。ゆゑに自ら去りて別人を食らふは吉、別人に食らはるれば即ち損なり。例へば甲はただ一物、もし丁と壬の合成する一物の来たりてこれを食らふに遇へば、両物相加りて一物を食らふに行けば、それ格外吃力なり。

或以倒食為喜神何也,曰:遇獨干而無氣者也,丙見甲木,反以生火,十干皆然,二者須要看納音有無剋制,如甲子金見丙寅火,雖順食,安得為奇,庚戌金見戊申土,雖云倒食,有何不可,未可以一概論。

またある人問ふ、何を以てかある時かへつて「倒食」を以て喜神と当作するやと。回答して曰く、それは孤立無気の天干に遇ふか否かを視るを要す。例へば丙火甲木を見れば、甲はただ丙を損せざるのみならず、かへつて火を生起す。十干皆この道理なり。この両種の情形また皆納音の間に克制あるか否を視るを要す。甲子納音金に属して丙寅納音火に属するを見るがごとき、説くに順に食らふといへども、火来たりて金を剋すればまた何ぞ奇と算せん。庚戌納音金に属して戊申納音土に属するを見るがごとき、説くに倒食といへども、土能く金を生ずればまた何の不可かあらん。ゆゑに一概に論ずる能はず。

以子成而致食,謂如甲食丙,乙食丁,甲乙乃丙丁火之父母也,故為食神,如人子致養於父母之道也。(燭神經)

食神また一層の意思あり。子女長成の後かへつて父母を供養するなり。例へば甲は丙を以て食と為し、乙は丁を以て食と為し、而して甲乙の木は正に丙丁の火の父母なり。火木より生じ、今また回頭して木を供奉す。ゆゑに「食神」と曰ふ、兒子の力を尽くして父母を奉養するがごときなり。この条は《燭神経》に出づ。

食神者,十干福祿之會,君子得之顯達,豐瞻、小人得之周旋給足,在福聚之地,則官崇祿厚,在禍聚之地,則職卑命薄,以甲子論之,食丙子為福星之貴,丙寅為長生之祿,又為祿馬同鄉食神學堂福生之貴,丙辰為正印,丙午為自刑破命,丙申為克身破祿,丙戌為身衰空亡,

食神は十干の福気と禄位と聚会する処なり。読書して官を為す人これを得れば便ち顕達豊厚、尋常百姓これを得るもまた能く周転裕如にして衣食乏しからず。これもし衆福の聚集の処に落ちれば、すなはち官高く禄厚し。衆禍の聚集の処に落ちれば、すなはち職位低く命もまた薄し。甲子年生の人を把て言へば、食神は丙なり。丙子を見れば福星の貴、丙寅を見れば食神長生に坐し兼ねて禄を得、また禄馬同郷・食神学堂を帯ぶる福生の貴なり。丙辰を見れば正印、丙午を見れば却つて自刑して本命を破り、丙申を見れば身を剋しまた禄を破り、丙戌を見れば則ち身衰へてまた空亡に落つ。

若遇生、旺、庫、印、天乙、天官、華蓋、文星、學堂、官印、祿馬之類,為福聚之地,遇克破空亡惡殺、刑官、休敗、死絕之地,為禍聚,然有華蓋、正印、雖少、倍增。無學堂驛馬雖多減半,清貴之家,驕貴之族,亦以此別之。(閻東叟書)

総じて、食神もし長生・帝旺・庫墓・印綬・天乙貴人・天官・華蓋・文星・学堂・官印・禄馬のこれらに遇へば、便ち福聚の地なり。もし剋破・空亡・悪煞・刑官および休敗死絶の郷に遇へば、便ち禍聚の地なり。ただしただ華蓋と正印とあるだけに、食神少なしといへども福力もまた加倍す。もし学堂と駅馬とを缺けば、食神多しといへども福力もまた半減を要す。清貴門第と驕矜権貴との両種人家の分別も、正にここより看い出づ。この条は《閻東叟書》に出づ。

雖道食神為貴格,若無祿馬又奚為。凡食神須到生旺之處,及祿馬貴人比和方貴。(理愚歌)

説くに食神貴格と算すといへども、されど禄神と駅馬と相配することなく、また何を成就するを得んや。大凡食神必ず生旺の地に坐し、しかも禄馬・貴人と同気相和してこそ、真に顕貴なり。この条は《理愚歌》に出づ。

食神一一當處,用一代於三,若遇空閒,遇三重不逮於一。食分三二,財如落葉當秋風,貴克食神,福若朝生暮落,食神若遇空閒,大抵難逃憔悴。(隱迷賦)

《隠迷賦》に曰く、食神一々各々その位に当たり、用ふること好ければ、一つ以て三つに抵当す。もし空亡の閑地に落ちれば、たとへ三つを重畳するも一つに抵当すること能はず。食神分散せられて両三処と為れば、財気は秋風のうちの落葉のごとく凋零す。貴神かへつて食神を克制すれば、福分便ち早晨に生まれ傍晚に落つるがごとし。食神一旦空閑の地に落入れば、この人大抵一生の憔悴困頓を逃るる能はず。

食神遇吉為福德,遇凶則無力,不可一概而論。(廣錄)食在四貴四平之地者,為福,在四忌上則難為福也。(三命提要)食神沖破,可做雜揉歇減斷之。人格亦可以為侍從,然終不免出入之擾。(廣信)

食神吉神に遇へば便ち福徳と成り、凶神に遇へば便ち力気を使出すこと能はず、一概に論ずる能はず、これ《広録》の説法なり。食神四貴・四平の位に落つるは福あると算し、四忌の位に落つるは福を成し難し、これ《三命提要》の説法なり。食神もし沖破されれば、ただ夾雑駁乱・時断時続・福力逓減を按じて断ずべし。この種の人格に入るもなほ侍従のごとき近臣に至るを得、ただ終に進出の紛擾を免るる能はず。この条は《広信集》に出づ。

順食を喜ばざる例

如甲子見丙寅,死金逢絕地,卻見生火,安得為奇。

例へば甲子丙寅を見れば、甲子の納音は死金にして、寅また正に金の絶地なり。偏にまた長生に処する丙寅の火の来たりてこれを銷熔するに遇ふ。かくのごとく順に去りて食らふ、また何を以て奇特可貴と談ぜん。

倒食を畏れざる例

己亥不畏丁倒食,丁壬丑合化木,而壬祿在亥也。丙午不畏甲倒食,甲與己合,而巳祿在午也。乙巳不畏癸倒食,戊癸化火,乙巳亦火也。癸巳不畏辛倒食,丙辛化水,而丙祿在巳也。六庚人惟庚戌最喜戊子火,故六庚不畏倒食,諸書皆云:庚戌金最喜戊子火,庚為眾陽之首,喜戊子火,故六庚不畏倒食,見戊做喜神。

幾種の情形ありて倒食を怕れず。己亥は丁の来たりて倒食するを怕れず、丁と壬と相合して木に化し、而して壬の禄正に亥上に在ればなり。丙午は甲の来たりて倒食するを怕れず、甲と己と相合し、而して己の禄正に午上に在ればなり。乙巳は癸の来たりて倒食するを怕れず、戊と癸と合して火に化し、乙巳の納音もともとまた火なればなり。癸巳は辛の来たりて倒食するを怕れず、丙と辛と合して水に化し、而して丙の禄正に巳上に在ればなり。六つの庚日のうち、殊に庚戌は最も戊子の火を喜ぶ。ゆゑに六庚一概に倒食を怕れず。各家の書皆曰く、庚戌の金最も戊子の火を喜ぶ、庚は衆陽の首にして、戊子の火を得て来たり煅錬せらるるを喜べばなり。ゆゑに六庚倒食に遇ふもただ妨げなきのみならず、戊を見ればかへつて喜神と当作す。

二儀開闢五行次序,則十干生馬,首生巳土在西南坤方,則地之餘氣之源也,然後巳生辛、辛生癸、癸生乙、乙生丁、丁歸源,故丁乃倒食己,乃子歸母位,是陰氣散發,一同復本之氣,故六己人最喜丁火倒食,呼作喜神。

天地二儀の開闢以来、五行に一定の次序あり、十干もまた各々生ずる所有り。最も先生じたるは巳中の土にして、位は西南の坤方に在り、それ大地の余気の源頭なり。此の後巳より辛を生じ、辛より癸を生じ、癸より乙を生じ、乙より丁を生じ、丁に到りて便ち本源に回帰す。ゆゑに丁来たりて己を倒食するは、其の実兒子の母親の位置に帰るにして、陰気の散発したる後また一同に本原の気に返帰するに属す。正にこのがゆゑに、六つの己日生の人最も丁火の来たりて倒食するを喜び、これを「喜神」と呼ぶ。

假令己巳年、丁卯月、甲申日、丁卯時、用丁為喜神,甲生丁火,丁火旺,則己巳人喜神全借,又丁至卯真木,作己祿官、極盛,又己巳木,旺於卯,上下人使用,故入翰林學士,假令己巳年,丁卯月、癸亥日、壬子時、壬助癸,癸克丁之喜神,不成貴氣,雖遇喜神,不佳也,故有名而無實。

例を挙げて言へば、己巳年・丁卯月・甲申日・丁卯時の命は、すなはち丁を以て喜神と為す。甲木丁火を生起し、丁火転じて旺わり、己巳年生の人便ちこの喜神を十足に借るを得。丁は卯に行きて、卯は真木にして、また己の禄官と作して気勢極盛なり。況んや己巳の納音木に属し、木は卯上に正に旺に当たり、上下皆用を得。ゆゑにこの人翰林学士に至るを得たり。これに反して、己巳年・丁卯月・癸亥日・壬子時の命は、壬来たりて癸を幇助し、癸水直ちに丁火のこの喜神を剋し、貴気便ち成る能はず。説くに命に喜神に遇へども、終に好からず。ゆゑにただ有名無実を落とすのみ。

次生庚,乃天之餘氣,惟庚為了眾陽之首,然後生壬、壬生甲、甲生丙、丙生戊、戊復歸庚祖,故六庚人不使倒食,用戊作善神,如庚寅年、戊寅月、丁未日、庚子時、己巳胎,是命專得戊土為用,又入寅上子上戊土旺,喜神得地,又丁生戊土,丁戊己庚連珠,但丁下又見庚氣,稍逆,木氣亦弱,只得太尉,若丁下更一字得用,須兩府也,如庚寅年、戊寅月、辛酉日,被辛酉日雜壞戊寅土,又氣太弱,若得好,只薄薄之福,餘依次推之。

其の次生じたるは庚なり。それ上天の余気にして、庚は衆陽の首なり。此の後庚より壬を生じ、壬より甲を生じ、甲より丙を生じ、丙より戊を生じ、戊また庚のこの祖気に回帰す。ゆゑに六つの庚日生の人戊を以て倒食と為さず、戊を以て善神と当作す。例へば庚寅年・戊寅月・丁未日・庚子時・己巳を胎元とする命は、正に専ら戊土を取りて用と為す。戊土は寅に・子に皆能く気を得て旺わり、喜算算も実地に落つ。丁火また戊土を生じ、丁・戊・己・庚一路相連ねて串珠のごとし。ただ惜しむらくは丁の下また庚気を冒出し、稍や逆行の嫌あり、木気もまた偏弱す。ゆゑにただ太尉に至るのみ。もし丁の下別の一つの得用の字に換へば、まさに両府に入りて執政と為るべかりし。また庚寅年・戊寅月・辛酉日の命のごとき、辛酉のこの一日に攪壊せられて戊寅の土を、気また太く弱し。たとへ法を得るも、過ぎず薄薄一点の福気のみ。余の各命依次類推す。

又云:己不畏丁歸源之數,己不倒食辛陰氣初發散之源,庚不畏戊陽氣歸源之數,庚不倒食壬,陽氣初散之源,辛不畏丁,為丁養育金也,況有丁處,便有己土,陰陽干涉得清福之助,故六辛人切要丁,但從寅遁至辛人本祿位,方知用丁為祿,更自是金家,己上火里長生,故知要火為富貴,金無父母,借火處有父母之氣。(天元變化書)

書にまた曰く、己は丁を怕れず、丁は本源に回帰する数を以てなり。己もまた去りて辛を倒食せず、辛は正に陰気の初次発散の源頭なればなり。庚は戊を怕れず、戊は陽気の本源に回帰する数を以てなり。庚もまた去りて壬を倒食せず、壬は正に陽気の初次発散の源頭なればなり。辛さらに丁を怕れず、丁火能く温養して金を生育すればなり。況んや丁ある処に便ち己土あり、陰陽彼此相牽連し、清福の相助を得るを得。ゆゑに六つの辛日生の人最も丁を須ち、ただ寅位より遁を起して辛日の本身の禄位に数へれば、丁を用ひて禄に当つべきを明白に知る。辛もと金家にして、而して己土また火中に長生す。これより非ずんば火あるを得てこそ富貴ならんことを知るべし。金は原本父母の依るべきなく、ただ好く火ある処に向かひてあの一点の父母の気を借るのみ。この条は《天元変化書》に出づ。

倒食者是喜神,生值及行年值之,皆有喜,雖貴窮窘而已。(金書命決)

倒食其の実は喜神にして、出生の四柱の上に碰上るを論はず、行年流年のうちに碰上るをも論ぜず、皆喜事あるを主る。ただこの種の貴はまた幾分の窮窘を帯び、富貴十全なる能はず。この条は《金書命訣》に出づ。

倒食あるいは好くあるいは悪し

古人立倒食者,有深旨焉,但後學便以為梟神之毒或言君子有兵刑之理,且如壬以庚為倒食,卻生在四月、七月、八月、十二月,豈得直言不好,其禍自禍、福自福,各有所歸,假令位居高品,或一旦有愆,而遭極刑,此之謂也。(神白經)

古人「倒食」のこの名目を設立するに、もと甚だ深き用意あり。後来学ぶ者は一味にこれを以て梟神の毒害と当作し、あるいは読書人これに遇へば便ち刀兵刑戮の災あると説く。其の実は然らず。例へば壬は庚を以て倒食と為す、もし四月・七月・八月・十二月に生まれ、庚金気を得れば、また何を以て一口に不好と咬定せんや。禍には禍の帰属あり、福には福の帰属あり、各々その去る処あり。例えばある人官高位に居るも、却つて一時の過失によりて極刑を遭受する、説くは正にこの種の禍福併存の情形なり。この条は《神白経》に出づ。

子返哺時逢子建,更值貴人喜相見,建官又在貴人鄉,鳳閣鸞臺曆華選。返哺者返食也,年月日時皆自下食上,須見天乙貴神官印,吉殺方貴。(理愚歌)

歌訣に曰く、子女返り来たりて父母を奉養する格局は、正に時支子に建つるに逢ふ。もし再び天乙貴人の欣然として相会するに遇ひ、而して臨官の位また貴人郷里に落つれば、この人便ち能く中書門下のこれら清華要職を歴任す。いはゆる「返哺」はすなはち「返食」にして、年・月・日・時の各柱皆下より上に往きて食らひ、回饋の勢を形成するを指す。ただしまた須らく天乙貴神と官印とを見るを要し、凶煞もまた吉に転じてこそ、真貴と算す。この条は《理愚歌》に出づ。

食神嫌倒,爭啜爭哺,忽併臨之,乏漿乏乳,有餘,則食前方丈,不足,則簟食豆羹。犯倒食在命者,多被人撓,重迭帶得者,在初幼兒則言其乏乳,正食而有餘者,富貴。爭食者衣食不足,假令甲人得二丙三丙,乃有餘,三甲二甲止有一丙者,乃不足。(壺中子)

《壺中子》に曰く、食神最も倒さるるを忌む。一旦倒れれば、便ち衆口の食を争ひ彼此奪取するに成る。もし幾つかの倒食忽然として一斉に身に臨まば、それ便ち漿を缺き乳を少なしくするがごとく口糧を断つ。食神有余の人は、飯を食らふに珍饈一丈見方に満ちて擺れり。食神不足の人は、ただ一竹筐の飯・一碗の豆羹のみ。命に倒食を犯するは、多くは処処人に牽制阻撓せらる。倒食重畳して皆帯ぶるは、嬰児の時に於て缺奶として表現す。これに反して、正食にして有余の人は富貴なり。幾つかの日主一つの食神を争ふは、衣食便ち足用ならず。例へば甲日の人二つの丙・三つの丙を得れば、それ有余なり。もし三つの甲・二つの甲ありてただ一つの丙のみなれば、それすなはち不足なり。

倒合類(倒食合を見る是)

甲人見壬丁、己人見丁壬、乙人見癸戊、庚人見戊癸、丙人見甲己、辛人見己甲、丁人見乙庚、壬人見庚乙、戊人見丙辛、癸人見辛丙。以上官鬼相傷,公立庶幾。凡生時干倒食年干者,主克子,日時俱食,主頭面帶破,並克母,身死後無子送也。(廣信)

倒食さらに相合の干に遇ふれば、これを「倒合」と曰ふ。甲日の人は壬と丁を見、己日の人は丁と壬を見、乙日の人は癸と戊を見、庚日の人は戊と癸を見、丙日の人は甲と己を見、辛日の人は己と甲を見、丁日の人は乙と庚を見、壬日の人は庚と乙を見、戊日の人は丙と辛を見、癸日の人は辛と丙を見。これらの配合のうち官と鬼と互相損傷し、強ひてなほ公門に立身するを得。凡そ時柱天干かへつて年柱天干を倒食するは、子女を剋するを主る。日柱時柱皆来たりて食らふは、頭面上に残破の疤痕を帯び、しかも母親を剋し、本人死して後送終する兒子なきを主る。この条は《広信集》に出づ。

重ねて群虎を吞む毎に嗟を興す

群虎格,吞中逢吞也,倒食神曰吞,且如甲人見壬日時,又逢字,曰重吞,主多貧窮死溝壑之命,惟恐干合解之,且如甲人逢壬庚,乙人逢癸辛是,如甲見壬寅、或帶乙來,乙或帶甲來,終又緩矣。(沉芝源髓)

いはゆる「群虎格」は、吞噬のうちまた吞噬に遇ふなり。倒食神を便ち「吞」と呼ぶ。例へば甲日の人日柱時柱の上に壬を見、続ひてまた同様の字に碰上れば、それを「重吞」と曰ふ。主人多くは貧窮潦倒して沟壑に死す。この種の格局最も天干の相合の来たりて化解するを怕る。すなはち甲日の人壬に遇ひてまた庚に遇ひ、乙日の人癸に遇ひてまた辛に遇ふは、こそ真に凶なれ。仮に甲の見るは壬寅、あるいは傍ら別に一つの乙を帯び来たり、乙の傍ら別に一つの甲を帯び来たれば、凶勢終に緩和す。この条は《沈芝源髓》に出づ。

三奇を論ず(四奇附)

六儀二吉

天上三奇日月星,則乙為日奇、丙為月奇、丁為星奇,地下三奇甲戊庚,則甲為陽木之魁,戊為陽土之君,庚為陽金之精,若年月日時四干分明,見乙丙丁、或甲戊庚,是乙丙丁而遇六儀,則器業遠大,甲戊庚而逢二吉,則堅完富貴,

天上の「三奇」は日・月・星に象を取る。乙は日奇、丙は月奇、丁は星奇なり。地下の「三奇」は甲・戊・庚なり。甲は陽木の首、戊は陽土の君、庚は陽金の精なり。もし年・月・日・時四柱の天干排るるに分明にして、恰も乙丙丁あるいは甲戊庚を湊成せば、それすなはち三奇命に入るなり。乙丙丁の三奇さらに「六儀」に遇へば、この人器局事業遠大なり。甲戊庚の三奇さらに「二吉」に逢へば、この人富貴堅実完満なり。

六儀者以子加寅,順數至生月,見本命者是,二吉者丑未也,如有福神之助,更在生旺之鄉,則極貴,如無福神更犯死絕,沖破、空亡,則減福。(閻東叟書)

いはゆる「六儀」は、子を寅位の上に加へて起算し、順に出生の月份に数ふるに、凡そ本命と相同なるに数へ到ればすなはちなり。いはゆる「二吉」は、指す所丑と未との両位なり。かかる命もしさらに吉神の幇扶あり、また生旺の郷に坐せば、それ便ち貴極点に到る。もし吉神なく、かへつて死絶・沖破・空亡を犯せば、福分すなはち折扣を打つべし。この条は《閻東叟書》に出づ。

玉霄寶鑑云:古人以正月為歲之始,日出於乙,故以乙為日奇,老人星,凡為瑞,見於丁位,故以丁為星奇,月照夜到丙位,而天下明,故以丙為月奇。

《玉霄宝鑑》三奇の来歴を解釈して曰く、古人正月を以て一年の始と為し、太陽乙の方位より昇る。ゆゑに乙を定めて「日奇」と為す。老人星は従来祥瑞と視られ、それ丁の方位に出現す。ゆゑに丁を定めて「星奇」と為す。月亮夜間丙の方位に照りて天下通明す。ゆゑに丙を定めて「月奇」と為す。

珞□子云:重犯奇儀蘊藉,抱出群之器,趙氏新注云:乙丙丁為三奇,甲子旬戊,甲戌旬己,甲申旬庚,甲午旬辛,甲辰旬壬,甲寅旬癸,以上六儀生月日時,遇者才智出倫,只如甲申年、乙亥月、丙辰日、庚寅時,各重犯奇儀。

《珞琭子》に曰く、命に重々奇と儀とを犯する人は、気度含蓄深厚にして、超群出衆の才具を懐抱す。趙氏《新注》さらに進みて説明す、乙・丙・丁合して三奇と称す。六儀に至りては、則ち甲子旬は戊に配し、甲戌旬は己に配し、甲申旬は庚に配し、甲午旬は辛に配し、甲辰旬は壬に配し、甲寅旬は癸に配す。この六儀もし生月・生日・生時の上に出現せば、これに遇ふ人才智同輩を超出す。例へば甲申年・乙亥月・丙辰日・庚寅時の命は、すなはち奇と儀と重々相犯するなり。

三奇主人精神異常,襟韻卓越,好奇、尚大、博學多能,帶貴者奇雅,富貴人也,帶官符劫殺,器識宏遠,帶空亡生旺,則脫塵離俗,富貴不淫、威武不屈、帶元辰、咸池、死絕,皆為無用。(燭神經)

三奇命に入る人は精神格外充沛、胸襟気韻超卓にして、新奇を好み宏大を崇し、博学にして多才多芸なり。三奇さらに貴人を帯ぶるは、風格奇特高雅にして富貴中の人なり。官符・劫殺を帯ぶるは、器局見識宏濶深遠なり。空亡を帯びてまた生旺に処するは、則ち塵俗を超脱し、富貴これを放縱せしむる能はず、威武これを屈服せしむる能はず。もし帯ぶる所元辰・咸池・死絶なれば、それ三奇全く用場に派せず。この条は《燭神経》に出づ。

順食干神乙丙丁,神童及第播聲名,日時祿馬公卿殺,換武除文佐聖明。須是乙人見乃好,如他干見則非也。順食干神甲戊庚,兼得長生兩府名,若然無祿無馬,只是財中蓄積人。

歌訣に曰く、天干順次相食して乙丙丁と排成するは、主人少年神童及第・声名遠播を主る。日柱時柱の上さらに禄馬と掌権の煞あれば、便ち能く武職より改めて文職を授けられ、聖明の天子を輔佐す。ただしこれは乙日生の人見るを以てこそ好しと為し、別の日干に換へて見ればすなはち然らず。又曰く、天干順次相食して甲戊庚と排成するは、もし兼ねて長生の気を得れば、両府に位列すること望むべし。もし禄なくかつ馬なければ、それただ銭を攒むる能くする富家翁のみ。

如甲人見,又支神帶福方妙。(鬼谷要訣)

この格は甲日生の人見るを以てこそ算し、しかも地支また須らく吉神の相助を帯ぶべく、こそ美妙と算す。この条は《鬼谷要訣》に出づ。

三奇須是重逢貴,方是榮華福壽人,只有空奇無貴地,貧窘下賤被欺凌。如余大宰戊戌年、庚申月、甲辰日、乙丑時,又如吳參政,丁卯年、乙巳月、丁丑日、丙午時也。(紫虛局)

歌訣に曰く、三奇必ず再三貴人に遇上してこそ、栄華福寿の人と算すに足る。もしただ空落落たる三奇ありて貴人の地相配るなければ、かへつて貧寒窘迫・身份低下・処処人に欺凌せらる。前の一種は余姓の大宰のごとき、戊戌年・庚申月・甲辰日・乙丑時に生まる。また呉姓の参知政事のごとき、丁卯年・乙巳月・丁丑日・丙午時に生まる。この条は《紫虚局》に出づ。

乙丙丁分甲戊庚,上局相生生復生,不是蓬萊三島客,也應金殿玉階行。(太乙妙旨)三奇要入三合,假令甲戊庚在申子辰之上,方為入局,清貴之命。(玉霄寶鑑)凡三奇須要順,有不依次者,亦得半力,若值天羅地網、交、伏、空亡,都不好。(八字金書)

歌訣に曰く、乙丙丁と甲戊庚と各々一組を成し、上下相生して生じてまた生ず。かかる人は蓬莱三島の神仙客ならざれば、また金殿玉階の上に行走する朝臣なるべし。この説は《太乙妙旨》に出づ。《玉霄宝鑑》補充して曰く、三奇また三合局のうちに落ち入るを要す。例へば甲戊庚の三干申・子・辰の上に坐してこそ、真に入局と算し、清貴の命なり。《八字金書》は則ち曰く、三奇必ず順序を按じて排列するを要し、次序合はざるもまたただ一半の力量を得るのみ。もし天羅地網および交神・伏神・空亡に碰上れば、それ皆好からず。

俗說以見三奇便為貴,又以順為貴,皆未盡也,若乙人丙月丁時,是乙生丙丁秀氣,下降乃尋常命,若乙時丙日丁年是秀氣上達,即貴。若甲戊庚卻以順者為貴,逆者福慢,氣清則貴,濁則富,又甲戊庚夜生者福厚,又云:三奇正得之者早貴,倒者晚貴,亂者不壽。皆謂生在四柱內者。(廣錄)

世俗はただ三奇を見れば便ち貴しと曰ひ、また一味に順排を以て貴と為す。其の実皆説くに周全ならず。例へば乙年・丙月・丁時は、乙秀气を丙丁に生じ与ふ、秀气下に向かひて走り、過ぎず尋常の命なり。これに反して乙は時に在り・丙は日に在り・丁は年に在れば、秀气自ら下より上に直達し、それこそ貴なれ。甲戊庚に至りては、倒に順排を以て貴と為すを要し、逆排の人は福来たること遅し。気清なるは貴を主り、気濁れるはただ富を主るのみ。甲戊庚の三奇また夜間に出生するを以て福気さらに厚しと為す。書中にまた曰く、三奇之を得る端正なるは早年に貴を発し、之を得る顛倒なるは晩年に貴を発し、之を得る雑乱なるは則ち寿長からず。以上皆三奇の四柱の内に出現するを指して言ふなり。この条は《広録》に出づ。

三奇倒懸,呂望白頭釣叟。三奇得之正者早貴,珞琭子曰:奇為貴也,得之倒亂都夭壽。金書云:三奇倒亂人多不壽,得之倒而不亂者,晚貴,而不夭,所以呂望為白頭釣叟,八十方遇。(壺中子)

三奇もし排るるに顛倒せば、便ち姜太公呂望のごとく、頭白きまでなほ渭水の辺にて釣魚の老翁を為す。三奇之を得る端正なるは早年に便ち貴なり。《珞琭子》に曰く、奇はもと貴の象征なれども、一旦之を得るに顛倒錯乱せば、かへつて寿数を折損す。《金書》にも曰く、三奇顛倒錯乱の人は多く短寿なり。もしただ顛倒にして錯乱せざれば、則ちそれ晩年に貴を発して夭折に至らず。呂望正にこの一類にして、八十歳に至りて始めて文王に遇へり。この条は《壺中子》に出づ。

凡犯三奇,太歲不帶者,不用,主孤獨。(寸珠尺璧)五行各有奇儀,須分逆順,歲、胎、月、日、時都順。時、日、月、胎、年者逆,胎本立於歲前,因歲得之胎月、或立胎在歲後月前、空、刑、敗、害、日月倒亂,卻得順,三奇不為倒也。

凡そ命に三奇を犯すに、もし年柱太歳の上帯びざれば、便ち用ひ起す能はず、かへつて孤独を主る。この条は《寸珠尺璧》に出づ。この外五行各々自己の奇と儀とあり、また須らく順逆を分かつべし。年・胎・月・日・時の次第を按じて排せ下るは順、時・日・月・胎・年の次第を按じて排せ上るは逆なり。胎元もと年柱の前に立てられ、年柱より推し出さるるに由るなり。もし胎月年後月前に安ぜらるるも、たとへ空亡・刑・敗・害に碰上るか、あるいは日月の次序顛倒するも、ただ三奇本身なほ順排なれば、便ち顛倒と算せず。

若三奇各帶合,須前後五辰合為上,更分逆順之用,甲戊庚金奇,喜辰戌丑未、或金方,乙丙丁火奇,喜寅午戌、或南方。丙辛癸水奇,喜亥子丑申辰。丁壬甲木奇,喜寅卯辰亥未。甲己丙土奇,喜四季及寅、午亥申。三奇,亦要合而貴,五位中得逆順三奇皆吉。惟嫌不連順、三奇刑、八敗、六害、空亡、相刑、相剋、倒亂者,卻得順三奇在本方,亦主富貴。(鬼谷遺文)太乙經,以辛壬癸為水奇。

三奇もし各々合を帯ぶれば、前後五辰を隔てて相合するを以て上等と為し、また須らく順用なるか逆用なるかを分かつべし。金に属する甲戊庚奇は、辰・戌・丑・未あるいは西方金位に坐するを喜ぶ。火に属する乙丙丁奇は、寅・午・戌あるいは南方火位に坐するを喜ぶ。水に属する丙辛癸奇は、亥・子・丑・申・辰に坐するを喜ぶ。木に属する丁壬甲奇は、寅・卯・辰・亥・未に坐するを喜ぶ。土に属する甲己丙奇は、四季月の辰戌丑未および寅・午・亥・申に坐するを喜ぶ。三奇もまた相合してこそ貴なり、年胎月日時の五つの位置の上順を得るも逆を得るも皆吉と算す。忌む所はただ相連貫せず・三奇自ら相刑剋する、および八敗・六害・空亡・相刑・相剋と顛倒錯乱のみ。ただしこれらの毛病あるも、ただ順排の三奇なほ本方の地に坐せば、照様富貴を主る。この条は《鬼谷遺文》に出づ。また《太乙経》は則ち辛・壬・癸を把て水奇と視る。

また三奇格

欲識巖廊官赫奕,名仙多誕癸壬辛,三奇玉藉傳消息,輕薄時師莫與評。如翁中丞,辛亥年、壬辰月、壬寅日、戊申時、癸未胎是也。

歌訣に曰く、誰が能く朝堂廊廟の間に官運顕赫なるを知らんと欲せば、あの仙名を享有する人物は多く癸・壬・辛の三奇の下に生まる。この一層の消息は三奇玉冊のうちに伝へ下る秘旨にして、軽浮浅薄の江湖術士は彼と評説するに配せず。例へば翁姓の御史中丞、辛亥年・壬辰月・壬寅日・戊申時に生まれ、胎元癸未、正にこの格に合す。

四奇格

甲戊庚壬是四奇、乙丙丁庚亦合儀、戊癸丙庚相遇著,便斷為官著紫緋。如陳左司,丁酉年、乙巳月、癸亥日、庚申時、丙申胎是也。(紫虛)

歌訣に曰く、甲・戊・庚・壬の四干斉全なればすなはち「四奇」、乙・丙・丁・庚一処に湊るもまた儀の条件に合す。戊・癸・丙・庚彼此相遇するは、直ちに断ずべし日后官を為して紫袍紅袍を穿たんことを。例へば陳姓の尚書左司郎中、丁酉年・乙巳月・癸亥日・庚申時に生まれ、胎元丙申、正にこの一格なり。この条は《紫虚局》に出づ。

吉神を論ず

合有三:一曰干合、二曰六合、三曰三合、其用者一也。是天地陰陽和氣,大概主形容姿美,好生惡殺,心平聰慧,疏通周旋,亦有為害非常重者,

「合」は共に三種あり。一は天干相合、二は地支六合、三は地支三合、作用の上に於ては其の実一つの道理なり。合は天地陰陽の和順の気にして、大体主人相貌姿容美好・生を好みて殺伐を喜ばず・心境平和にして聡慧・人を待ち事に処し通達円転を主る。ただし合もまた為害極重なる時あり。

凡命以生旺合,則舉事慰懷,以死絕合,則有為未嘗遂意,其相生合者,為吉,更有福神與之往來,其福愈厚,若以相剋,合則為凶,更有惡殺遇之相合,則多橫逆,凡支干合神,常以吉凶諸殺加臨禍福用之,婦人大忌。

凡そ命中生旺の地に在りて相合するは、事を為すに称心快意なり。死絶の地に在りて相合するは、所作所為往往として如願する能はず。彼此相生して合するは吉と算し、もしさらに吉神その間に往來照応あれば、福気いよいよ深厚なり。彼此相剋して合するは便ち凶にして、もしさらに悪煞掺り入りて相合せば、便ち多く横禍逆境あり。総じて干支の合神を推算するに、従来各種の吉凶神煞を連ねて一併に加臨してこそ、禍福を定め出すを得。この一層は女命に於て殊に忌諱す。

合中有殺,合咸池則有淫聲玷行,更帶大耗,必到淫奔,中有貴格者,自賤而貴也。大率合正印、貴人、祿馬、食神,則為福祿厚、合元辰、天中、劫殺、咸池、官符之類,雖曰合神,莫若無也。有則反禍矣。(燭神經)

合の中もし凶煞を夹めば便ち同じからず。「咸池」と相合するは、淫蕩の名声・品行を玷污することあらん。さらに「大耗」を帯ぶれば、必ず私奔苟合に至る。この種の命もし別に貴格あれば、倒に卑賤より顕貴に転ずるを得。大略して言へば、正印・貴人・禄馬・食神と相合するは、福禄深厚なり。元辰・天中・劫殺・咸池・官符の類と相合するは、合神と呼ぶといへども、なきに如かず、之あればかへつて禍を招く。この条は《燭神経》に出づ。

真合為緊:子巳卯申干合為真。德合不清:甲子、己丑、丙戌、辛卯,連順而貴,尚不如壬子、癸丑。空合何榮:四柱相合,不扶祿馬本命,即不為貴。

賦文に曰く「真合は緊と為す」、意思是れ子と巳・卯と申のこの類の地支相配りて天干また相合するは、こそ真合と算し、最も緊要なり。又曰く「徳合清ならず」、是指す甲子・己丑・丙戌・辛卯のこの一串連ねて順排して顕貴なりといへども、純粋を論ずればなほ壬子の癸丑に配るに及ばず。さらに説く「空合何の栄ぞ」、是指す四柱固然として彼此相合するも、されど本まさに本命の禄と馬とを扶助する能はず、あの様の合は貴を成す能はず。

夫寅午戌之類,乃五行體合,三生之會也,子丑之類,地支歲合也,甲己之類,真氣德合也。寅丑示之類,天地真形會也。甲得丑未無合有合也。丁得亥之類祿通同合也。申見乙,支合干也。申見亥干合支也。各看得位之清濁,失位之輕重,上下配偶,親疏緊慢而言禍福也。(鬼谷遺文)

合また須らく種類を分かつべし。寅午戌のこの一類は、五行本体の相合にして、三支同じく一気を生ずる会聚なり。子と丑のこの一類は、地支の間の歳合なり。甲と己のこの一類は、真気相感する徳合なり。寅と丑未のこの一類は、天干地支真形の会合なり。甲丑・未に遇ふは、似て合なくして実に合あり。丁亥に遇ふのこの一類は、禄気相通ずる同合なり。申乙を見るは、地支の去りて天干を合するなり。申亥を見るは、天干の去りて地支を合するなり。禍福を断ずるに、須らくそれの位を得る時の清か濁か・位を失ふ時の軽か重か・および上下如何に配对し彼此親疏緊慢するを分別視て、然る後にこそ断語を下すを得。この条は《鬼谷遺文》に出づ。

合に十干・十二支を全うす

干合全,甲如戊庚辛壬是也;支合全,丑卯巳未酉亥是也。五位合全得十干,若得命宮全足十二支,最貴也。蓋

いはゆる天干合全は、甲の外また戊・庚・辛・壬のごとく湊斉するを言ふ。いはゆる地支合全は、丑・卯・巳・未・酉・亥のごとく湊斉するを言ふ。年・胎・月・日・時の五つの位置合せて能く十干を配全し、もし命宮を連ねても十二支を補足せば、それ便ち貴極点に到る。これは因るに。

言戊則癸在,言子則丑在,所謂天官貴格,正此也。甲愛金雞,以其酉中有辛,乙愛猴,以申中有庚,予因此遂悟,支干自有合全者,得之者,五行稍旺,未有不大貴者。加之祿馬貴殺,往往極貴。

戊を説けば、癸便ち裏頭に隠含せり。子を説けば、丑もまた跟着て内に在り——いはゆる「天官貴格」、正にこの道理なり。甲の金鶏を喜ぶ所以すなはち酉は、酉中に辛を蔵するを以てなり。乙の猴を喜ぶ所以すなはち申は、申中に庚を蔵するを以てなり。我これによりてこそ悟る、干支もと合の斉全する有りと。凡そこの種の配合を得る人は、ただ五行稍稍旺を得れば、大貴ならざるなし。さらに加ふるに禄馬・貴人と権殺とあれば、往往貴極点に到る。

支干暗合格

凡甲人得三未或四未丑同名支暗合,於干為其未中有己,亥人得三甲或四甲,名乾暗合於支,為其甲中有寅,如此之類,主無心中稱意,是無合有合也。於前合支干論之解矣,但方諸彼稍慢耳。(並李虛中書)

凡そ甲日生の人三つの未あるいは四つの未・丑を得れば、これを地支天干を暗合すと曰ふ。未中に己土を蔵し、己能く甲と相合すればなり。亥年生の人三つの甲あるいは四つの甲を得れば、これを天干地支を暗合すと曰ふ。甲中に寅気を含み、寅は亥と相合すればなり。この一類の配合は主人無心の間に事事称意なり、正に表面合なくして実際合あるなり。道理は前に干支相合を論ずる時已に講明し、ただ明合に比べれば、その応験は幾分か慢し。この条は併せて《李虚中書》に出づ。

また支干暗合格

丙人見酉,丙與辛合,辛福在酉。丑人見癸,癸祿在子,子與丑合。又如甲人帶丑未,六癸人見戊,餘皆彷此。(三人丙纂局)

もう一種の暗合はこのごとし。丙日の人酉を見るは、丙と辛と相合し、而して辛の福気正に酉上に在ればなり。丑年の人癸を見るは、癸の禄は子に在り、而して子また丑と相合すればなり。この外甲日の人丑と未とを帯ぶる、六つの癸日の人戊を見るがごとき、皆同類に属し、余はこれに準じて推す。この条は《三命纂局》に出づ。

被克干頭支第六,此為六合入中書,順流只作財星斷,引從聲名播帝都。如章子厚相公,乙亥年、戊子月、丁未日、壬寅時、丁見壬為為官,寅合未也。(紫虛局)李九萬云:干合數支第六位,是如甲子,己巳、己巳、甲子、戊午、癸亥、癸亥、戊午皆是。

歌訣に曰く、天干剋されて地支恰も第六位に在りて相合すれば、これを「六合中書に入る」と曰ふ。能く中書省に入りて相を為す貴格なり。もしただ相生に順ひて下るのみなれば、便ちただ财星と当作して断ずべし。引あり従あるは、声名以て帝都に伝遍すを得。例へば章惇章子厚相公、乙亥年・戊子月・丁未日・壬寅時に生まれ、丁壬を見れば正に官星にして、而して寅また未と相合す。この条は《紫虚局》に出づ。李九万曰く、いはゆる天干相合して地支第六位に数ふるは、甲子の己巳に配り・己巳の甲子に配り・戊午の癸亥に配り・癸亥の戊午に配るがごとき、皆この一類に属す。

君臣慶会・天地徳合

乾為天之清氣,支為地之厚載,本乎天者親上,本乎地者親下,在本元一甲中得之,為君臣慶會。如己卯得甲戌、辛卯得丙戌,戊戌得癸卯之類是也。不在本元一甲中得之,為天地德合,如庚午得己未,甲子得己丑,甲午得己未,謂之天地德合之數,

天干は上天の清軽の気にして、地支は大地の厚重の載なり。本源天に出づるは自然上位に親しみ、本源地に出づるは自然下位に親しむ。もしこの種の天干相合・地支相合の配対同一甲旬の内に出現せば、これを「君臣慶会」と曰ふ。例えば己卯甲戌を得、辛卯丙戌を得、戊戌癸卯を得るのこの一類なり。もし同一甲旬の内に在らざれば、便ち「天地徳合」と曰ふ。例えば庚午己未を得、甲子己丑を得、甲午己未を得る、これらすなはち天地徳合の数なり。

然辛卯自旺之木,得丙戌乃火之所鍾,以生土則木為仁恕和柔之性,土承祿厚,福壯之基。戊戌會於癸卯,而金木在未能成器之處,往來相剋,子午二金,雖有貴氣諸位,更逢生旺之金,則富貴壽考,

ただしなほ細かに五行を視るを要す。辛卯は自身旺盛の木にして、丙戌のこの一柱を得れば、丙戌は正に火気の聚まる所にして、火また土を生ず。ここにおいて木は仁厚寛恕・和順柔婉の性情を顕し、土また豊厚の禄気を承接して、福沢壮大の根基と成る。戊戌と癸卯と会合するは、金と木とまだ器を成す能はざる段階に処し、來往して互に剋伐す。甲子・甲午のこの両柱の金に至りては、各位置の上に皆貴気あるといへども、もしさらに生旺の金の相助に逢はば、便ち富貴にしてしかも長寿を主る。

蓋甲子死金,甲午敗金,有火克之,無生旺之氣,更諸位逢死絕之金,則貴而夭壽,而或貧,二格時合為上,日合次之,又云:畫夜互為君臣,辛卯得丙戌之類,然遇進合,則少年便發,遇,遇退合,則晚年方快。(閣東叟書)

これは甲子は死金に属し、甲午は敗金に属し、もと已に衰弱し、また火の来たりてこれを剋するあり、全く生旺の気なきを以てなり。もし別の位置の上さらに死絶の金に碰上れば、それすなはち貴にして短寿、甚だしきは貧困す。「君臣慶会」と「天地徳合」のこの両格は、皆時柱に合するを以て上と為し、日柱に合するは一等を次ぐ。書中にまた曰く、昼と夜と互に君臣を充当す、辛卯の丙戌を得るがごときすなはちこれ。ただし進合に遇ふは少年に便ち発達し、退合に遇ふは晩年に到りてこそ称心す。この条は《閻東叟書》に出づ。

君臣慶会・白衣職を拝して堯天を佐く

須得不出本旬者方是,因要別其陽為君,陰為臣,君位致上,臣致下,若君在下,而臣在上,則父子悖亂也。(壺中子)

この格は必ず両柱同一旬を出でざるを以てこそ数と為す。陽干を君と為し陰干を臣と為すを分辨するを要するを以てなり。君の位置は上にあるべく、臣の位置は下にあるべし。もし君かへつて下に居り臣かへつて上に居らば、それ便ち父子の顛倒・上下の悖乱するがごとく、格局を成さず。この条は《壺中子》に出づ。

宸庭貴従格

天地合全,快馬加鞭見真官貴人,夾擁者是也,假令丙子辛丑,得甲子日時之類,丙子納音水,見甲子,甲真土是官也,丙子辛丑地天合也,丙貴在亥,辛貴在寅,是貴人夾也。擁得此格者,官延於世,壬午得乙未準此。但不見天地合,滅一二分力斷之。

この格は天干地支全く相合することを要求し、快馬に鞭を加ふるがごとくまた真官と貴人とを見、しかも前後に貴人の夹擁あるを要す。例を挙げて言へば、丙子辛丑に配し、日柱時柱また甲子のこの類を得るなり。丙子の納音は水に属し、甲子に遇へば、甲己の合化する真土能く水を剋し、正にこれ官星。丙子と辛丑とは天干地支両両相合す。而して丙の貴人は亥に・辛の貴人は寅に在り、両頭中間を把えて夹む、これすなはち貴人の夹擁なり。この格に占する人は、官運能く子孫後世に延及す。壬午乙未を得るもまたこの例を照らして視る。ただし天地皆合するを見ざれば、力量すなはち一二分を減じて断ずるを要す。

帯懸重金格

干合謂之天帶合,支合謂之地帶合,假令庚辰人,己酉月、丙戌日、辛卯時,正應此格。乙庚丙辛天帶合也,酉辰戌卯地帶合也,庚辰納音一金,乙庚真金,重金也,故云:帶懸重金,貴顯之命。(並玉霄寶鑑)

天干相合するを「天帯合」と曰ひ、地支相合するを「地帯合」と曰ふ。例を挙げて言へば、庚辰年生の人、己酉月・丙戌日・辛卯時に配すれば、正にこの格に合す。乙と庚・丙と辛とは天干の上に合を成し、酉と辰・戌と卯とは地支の上に合を成す。而して庚辰の一柱納音もと已に金にして、乙庚の合化するはまた真金なり。両重の金気畳ねて一処に在り、ゆゑに「帯懸重金」と曰ふ、これ顕貴の命なり。この条は併せて《玉霄宝鑑》に出づ。

天地合乘本家旺氣,並他處旺氣,並

天干地支両両相合する命、もしまた本柱の納音自家の旺気に乘り、同時に兼ねて其他の柱位の上の旺気を得、両重の旺気一併に具備せば

作兩府,至貴命斷之,如不乘旺氣,卻帶一切福神,於其上或自作福神於他處,純粹無壞,亦作兩府左右命斷之。既不乘旺氣,又無福神臨之,卻瑩淨無壞,亦作員郎命斷之,如遇沖破空亡,皆為駁雜,有福神臨之,則作官更無福神乘之,只作無成舉人,清淨僧道之命,若死絕無氣,只作鄙吝衣食百姓看之。(林開五命)

即ち以て両府執政の至貴の命を按じて断ずべし。もし旺気に乘ることなく、却つて各種の吉神を帯ぶるか、あるいは合処の上に於て・あるいは別の柱位の上に於て自ら吉神を成し、通体純粋にして破損なければ、また以て両府左右の一級の命を按じて断ずべし。もし旺気に乘ることなくかつ吉神の臨照なければ、ただ干净利落にして破損なきのみ、それすなはち郎官の一級の命を按じて断ず。もし沖破空亡に碰上れば、一概に駁雑不純と算す。その中に吉神の臨照あるはなほ官を為るを得、吉神をもたざるは、すなはちただ考へて上がらざる挙人、あるいは清浄に日を度る僧道の命なり。もし五行死絶無気なれば、それ過ぎず吝嗇に日を度る尋常の百姓のみ。この条は《林開五命》に出づ。

天地合,最要以時合,主本為上,蓋時乃帝坐,以時合則未有不得君者,若非時合終慢也。又切戒陽多陰少,如二甲一己是、且陽譬,則君也、夫也,陰譬,則臣也、婦也、君多臣少,夫多婦少,豈不致亂哉,又要無殺害沖破。(李虛中書)

天地相合するは、最も緊要なるは時柱の上に合して、本命の主体と相応じてこそ上等と算す。時柱は正に帝王の座なればなり。時柱に合する人は君王の賞識を得ざるなし。時柱の上の合ならざれば、応験終に緩慢なり。この外また須らく陽多く陰少なきを切に忌むべし、例えば二つの甲ただ一つの己に配るがごとき。陽は好比ば君なり・丈夫なり、陰は好比ば臣なり・妻子なり。君多くして臣少なく、夫多くして妻少なければ、豈に禍乱を生を生ぜざらんや。同時にまた須らく凶煞・害・沖・破の攪擾なきべし。この条は《李虚中書》に出づ。

天地合,得造化相生旺者緊,若甲辰得己酉則慢,乙酉得庚辰則緊,更臨時消息。(廣錄)凡天地合本為福,若在空亡中或相剋戰,反為禍緊。玄談曰:合處相傷,卻為無補。(廣信)

天地相合するは、造化の気彼此相生してしかも旺盛なるを要し、応験こそ緊密なれ。例えば甲辰己酉を得れば、応験便ち慢し。乙酉庚辰を得れば、応験便ち緊し。また臨事に斟酌を要す。この説は《広録》に出づ。《広信集》は則ち曰く、天地相合はもと福なれども、もし空亡の中に落つるか、あるいは彼此相剋交戦せば、かへつて禍来たることまた快くまた重し。《玄談》は講ず明白なり、相合する処却つて互相損傷すれば、それ一点の補益もなし。

大凡天地合中無造化氣,不足為真,且如乙酉人見庚辰金,須得日時有火或土者為上,不然向寅巳午申酉支辰得氣,又陰索陽合者,福厚,己酉合甲辰是,若甲辰己酉則弱矣。(天元變化書)

大凡天地相合してその中に造化生成の気なきは、皆真合と算するに足らず。例えば乙酉年生の人庚辰の金を見れば、必ず日柱時柱の上別に火あるいは土あらばこそ上等と算す。否則もまた寅・巳・午・申・酉のこれら支辰の上に気を取得するを要す。また陰より去りて陽を索求して相合するは、福気深厚なり、己酉の去りて甲辰を合するがごとき便ちこれ。倒過來甲辰より去りて己酉を合するは、力量便ち弱し。この条は《天元変化書》に出づ。

六合之星甚最強,更看權殺細推詳,無權只是田財盛,有殺須應給舍郎。此言天地六合,須要神殺純粹、或駁雜空亡,皆為破,如戊戌合癸卯,此天地合,只作富民命,有些子薄祿,謂癸卯金克命,木不旺也,如戊午、癸未之類此至貴之命。(鬼谷要訣)

歌訣に曰く、六合のこの星力量最も強し、また権柄の殺の何処に落つるを視て仔細に推詳すべし。権殺相配るなきは、過ぎず田産銭財豊盛なるのみ。権殺相配るあるは、まさに給事中・中書舎人の一級の近臣に至るべし。これは天地六合は必ず神煞純粋なるを要するを言ふ。一旦駁雑あるいは空亡に落ちれば、皆破格と算す。例えば戊戌癸卯に合するは、天地皆合するといへども、またただ富民の命と算するを得、略帯びて一点の薄禄あり。癸卯の納音金に属して本命を剋せんとし、木気旺盛なる能はざるを以てなり。戊午癸未に配るのこの一類に換へれば、それこそ至貴の命なれ。この条は《鬼谷要訣》に出づ。

三奇不如一甲強,三甲能如一合鄉,支干日時俱是合,清風美譽遠傳揚。(金書命訣)三合者,以帶本家一位納音旺日時上者,為最上,如亥卯未得辛卯是。切忌以金富寅午戌之類,須旺而損壽,尤宜以驛馬當之,須大貴,三合換盡入格甚好(李虛中書)

歌訣に曰く、三奇斉備するも一つの甲の来たれる強きに比せず、三つの甲また一処の相合する地方に比せず。干支日柱時柱の上に皆合を成す人は、清正の風名美譽以て四方に遠播すを得。この説は《金書命訣》に出づ。《李虚中書》また三合を講ず。本命の納音同類のその一位を帯び、また旺相なる日柱時柱の上に落つるを以て最上と為す。例えば亥卯未の木局の人辛卯を得れば便ちこれ。最も忌諱するは、金気充盈して却つて寅午戌の火局に湊るのこの一類のごとき、旺なりといへども寿命を折損す。三合殊に駅馬を配上するに宜し、配上すれば便ち大貴を主る。三合四柱の気を交換し尽して入格するは、また非常に好し。

如木干,木納音遇巳酉丑金局,反克為凶、賤。且以水命,若遇申子辰水,曰潤下局,乃得局,遇亥卯未曲直局,反洩氣,得寅午戌火,曰炎上局,為財局或得巳酉丑金,從革局,曰成局,蓋逢母也,水人得水局,乃為正局,餘準此。(源髓歌)

例えば天干木に属し納音もまた木に属する人、巳酉丑の三合金局に碰上れば、金かへつて木を剋す、すなはち凶にしてしかも賤し。さらに水命を把て言へば、申子辰の水局に遇ふを「潤下局」と曰ふ、これ本局を得たり。亥卯未の木局に遇ふを「曲直局」と曰ふ、水去りて木を生じかへつて自身の気を泄す。寅午戌の火局を得るを「炎上局」と曰ふ、水能く火を剋す、それ財局なり。巳酉丑の金局を得るを「従革局」と曰ふ、金能く水を生ず、便ち「成局」と曰ふ、我を生ずる母気に遇へるを以てなり。水命の人水局を得、こそ純正の本局なれ。余の各命これを以て準と為す。この条は《源髄歌》に出づ。

合神安靜助福貴,福力涓涓。鬼克合神,縱有喜須反禍。(隱迷賦)吉事合,以合中見吉,凶事合,以合中見凶。(神白經)

《隠迷賦》に曰く、合神安穏にして攪動を受けざれば、便ち能く福気と貴気とを扶助し、福力細流のごとく綿綿として絶えず。もし鬼煞の来たりてこの合神を剋するあらば、たとへ本より喜事あるも、また翻りて災禍と成る。《神白経》は説くさらに簡明なり、合の中吉神を見れば便ち吉事に応じ、合の中凶神を見れば便ち凶事に応ず。

第十九巻

進神を論ず

進神四坐兼奇特,貴殺相扶為力。謂甲子、甲午、已卯、已酉。(理愚歌)

歌訣に曰く、進神に四つの坐位あり、本身已に奇特なり。もしさらに貴人と権殺と傍らに扶助あれば、力量こそ真に発揮し出づ。いはゆる四つの坐位は、指す所甲子・甲午・己卯・己酉のこの四柱なり。この条は《理愚歌》に出づ。

進・交・退・伏

以十干為四候,十五就為一候,十二日為進神候:外三日為交、退、伏、神候,故甲子為第一進神,則丙子、丁丑、戊寅為交、退、伏神,已卯為第二進神,則辛卯、壬辰、癸巳為交、退、伏、神。

十干を把て四つの節候に分かつ。毎十五日を一候と為し、その中の十二日は進神の候に属し、余りの三日は交神・退神・伏神の候に属す。ゆゑに甲子は第一の進神、緊く接ぐ丙子・丁丑・戊寅便ち依次交神・退神・伏神と為る。己卯は第二の進神、緊く接ぐ辛卯・壬辰・癸巳便ち依次交神・退神・伏神と為る。

甲午為第三進神,則丙午、丁未、戊申為交、退伏神,已酉為第四進神,則辛酉、壬戌、癸亥為交、退、伏神,值進神則發跡亨快,值交神,則庶事不諧,值退神則官資降黜,值伏神則所作留滯。(閻東叟書)

同様の次序を照らせば、甲午は第三の進神、丙午・丁未・戊申依次交神・退神・伏神と為る。己酉は第四の進神、辛酉・壬戌・癸亥依次交神・退神・伏神と為る。命に進神に値するは、発跡順暢痛快なり。交神に値するは、様様の事皆諧和せず。退神に値するは、官階俸禄降黜せらるべし。伏神に値するは、為す所の事処処停滞して前進せず。この条は《閻東叟書》に出づ。

凡遇進神,則為學日益、志氣精進、事皆如意、省力、若值退神,則為志氣灰懶,凡事費力,如甲乙丙丁、子丑寅卯為進,丁丙乙甲、卯寅丑子為退,若干支俱退者,主稱意,中有不稱意事隨之,如庚戌年,得乙巳者,是退也,不在本旬者慢,如庚戌得甲寅為進神。

凡そ進神に遇ふ人は、学業一日一日長進し、志気奮発して上に向かひ、事を辧するに称心にしてしかも力を省く。退神に碰上る人は、志気灰頽懶散にして、何を為すも格外吃力なり。分辨の法は、天干は甲・乙・丙・丁を按じて下に排し、地支は子・丑・寅・卯を按じて下に排す、これ進なり。これに反して丁・丙・乙・甲、卯・寅・丑・子と回りて排すれば、これすなはち退なり。もし干支一斉に後退せば、表面称心なりといへども、中間もまた総て幾らかの不称心の事を跟随す。例えば庚戌年生の人乙巳を得れば、すなはち退なり。ただし同一旬の内に在らざるは、応験幾分か慢し。また庚戌甲寅を得るがごとき、それ便ち進神なり。

遇進神則為學日新,逢退殺則心勞日拙。順太歲而行曰進神,逆太歲而回曰退神。逢進神則文字穎銳之人也,遇

進神に遇ふ人は、学問一日一日に更新す。退殺に碰上る人は、心思を費尽すれども一日一日に笨拙なり。太歳の方向に順ひて前に往き行くを「進神」と曰ひ、太歳の方向に逆らひて回りて走るを「退神」と曰ふ。進神に逢ふは、文思敏鋭・下筆穎脱の人なり。遇ふに至りては

則智識闇昧之人也。(壺中子)

退神に上るは、それすなはち見識昏昧不明の人なり。この条は《壺中子》に出づ。

隔角退神

壬辰日亥時,壬戌時巳時;丁丑日申時,丁未日寅時。以上主退家業,日上主退妻、退官,胎上退祖財、父母,時上退子。如壬辰人行運到亥上,亦主退散,餘同此論。丁丑日時,或大運,名曰真退神,主退妻子,退產業,退官職。(並廣信集)

隔角退神の配法は、壬辰日生にして亥時に逢ひ、壬戌日生にして巳時に逢ひ、丁丑日生にして申時に逢ひ、丁未日生にして寅時に逢ふなり。凡そこれらに犯上するは皆家業衰退を主る。日柱に落つるは妻を退き官を丟すを主り、胎元に落つるは祖産と父母とを折損するを主り、時柱に落つるは子女を損するを主る。例えば壬辰年生の人大運に行きて亥に走れば、同じく家業退散を主る。余はこれに準じて推す。丁丑日柱時柱の上に出現するか、あるいは丁丑の大運に行くを、「真退神」と呼ぶ。妻を退き子を退き・産業を敗光し・官職を丟すを主る。この条は併せて《広信集》に出づ。

正印を論ず

五行正印

乙丑金印,癸未木印,壬辰水印,甲戌火印,丙辰土印。以上正印,凡人遇之,得本家印最佳,若水命人得壬辰為日時者,是其中更帶祿馬,夾貴、華蓋,須作出將入相斷之。

五行各々自己の正印あり。乙丑は金の印、癸未は木の印、壬辰は水の印、甲戌は火の印、丙辰は土の印なり。以上これらの正印は、人ただ遇へば皆好し。その中また本命と同一行の印を得るを以て最佳と為す。例えば水命の人壬辰を得て日柱あるいは時柱の上に落つれば、もしその中さらに禄馬・夹貴と華蓋とを帯ぶれば、まさに出将入相の貴命を按じて断ずべし。

若非本家印,凡人遇之亦好,只是須要旺,並同類作庫於上,更帶祿馬、華蓋、夾貴,亦須作兩府兩省也。既非本家印,只有同類來作庫,並不帶祿馬夾貴,亦作正郎上下斷之。仍須歷升朝任使,

もし得る所本命同行の印ならざれば、人これに遇ふも好しと算す。ただし必ず五行旺を得、しかも同類の気の上に於て結成して庫墓と成るを要す。かくのごとくさらに禄馬・華蓋・夹貴を帯ぶれば、また以て両府両省の大臣を按じて断ずべし。もし本家の印ならざるのみならず、ただ同類の気の来たりて庫を作すあり、また禄馬夹貴を帯びざれば、それすなはち郎官上下の一級を按じて断ず。ただしなほ須らく升朝官の差遣任使を経歴すべし。

既非本家印,又無同類作庫,卻有華蓋、夾貴來臨之,或帶祿馬,亦須作清要近侍之職,如不帶祿馬夾貴華蓋,又非本家印,又無同類來作庫,孤逈冷澹,只作薄祿,或富民進納之命。如見克破,並空亡,只作無成舉人,或僧道,若更帶殺,則作貧劣不善終,百姓命。

さらに一層を退く。本家の印ならざるも、また同類の庫を作すなく、却つて華蓋・夹貴の来たりて臨照するあり、あるいは禄馬を帯ぶれば、また以て清要近侍の一類の職位を按じて断ずべし。もし禄馬・夹貴・華蓋一概に帯びず、また本家の印ならず、また同類の庫を作すなければ、それすなはち孤零零として冷清清、ただ薄禄、あるいは粟を納めて官を捐る富民の命なり。もしさらに剋破および空亡を見れば、すなはちただ考中せざる挙人、あるいは出家の僧道なり。もしなほ凶煞を帯ぶれば、それ便ち貧賤低劣・善終を得ざる百姓の命なり。

夹貴

丙丁人得甲戌,壬癸人得丙辰、壬辰。凡夾貴正印,而庫墓者,出將入相之格;夾正印而不庫墓者,兩制左右官職;夾庫而非正印者,亦須作員郎以上官職,須有升陟重權。如不夾正印,又不夾庫墓者,皆常調之祿,或京官,或州縣,臨時看好惡、輕重斷之。

丙・丁日の人甲戌を得、壬・癸日の人丙辰あるいは壬辰を得れば、すなはち夹貴なり。凡そ夹貴また正印に逢ひ、しかも庫墓の上に坐するは、出将入相の格局に属す。正印を夹みて庫墓に落ちざるは、両制およびその左右の官職に任ずべし。庫墓を夹みて正印ならざるは、またまさに郎官以上に至るべく、しかも能く陞遷し重権を掌る。もし正印を夹まず、また庫墓を夹まざれば、それ皆過ぎず常規を按じて遷転する俸禄、あるいは京官を為し、あるいは州県に任ず、須らく臨時に吉凶好壊・分量軽重を視て断ずべし。

華蓋印

若亥卯未人,得癸未是也,餘準此,凡帶華蓋正印,夾貴庫墓純粹,而不雜者,出將入相之格也。只帶華蓋、正印而不夾庫者,兩制之格也。只帶庫墓而不帶正印者,員郞以上官,須有省府錢榖升擢之任,既不帶庫墓,又不帶正印,而止有華蓋者,皆常調之祿也,更在臨時以別位好惡加減言之。

例えば亥・卯・未年生の人癸未を得れば、便ち華蓋印なり。余はこれを以て準と為す。凡そ華蓋正印を帯び、また夹貴と庫墓とあり、しかも通体純粋にして雑ならざるは、出将入相の格局に属す。ただ華蓋と正印とを帯びて库墓を夹まざるは、両制の一級の格局なり。ただ庫墓を帯びて正印を帯びざるは、郎官以上に至るを得、しかも能く省府のうち銭糧を掌る陞遷の差事を得。もし庫墓を帯びず、また正印を帯びず、僅かに一個の華蓋あるのみなれば、それ皆ただ常規を按じて遷転する俸禄なり。なほ須らく臨時に別の柱位の吉凶を参照して加減論断すべし。

偏印

以上格是純粹不雜,方有以上祿,如雜,則皆從減半力而論。玉霄寶鑑有節印云:凡帶華蓋印,而正建驛馬者是也。餘皆準此,名曰節印者,旌節之象也。偏印水人得火印,火印帶水印、偏印也,亦作貴命斷之,而次於本家印,餘準此。

以上これらの格局は、皆純粋にして夾雑ならばこそ前に説く所の禄位あり。一旦夾雑せば、力量一律に半減して論ず。《玉霄宝鑑》のうちに別に一種の「節印」あり。凡そ華蓋の印を帯び、而して月建の上また正に駅馬なるを言ふなり。余はこれを以て準と為す。「節印」と呼ぶ所以は、旌節儀仗の象征を取るなり。偏印に至りては、例えば水命の人火印を得、あるいは火命の人水印を帯ぶる、皆偏印に属し、また以て貴命を按じて断ずべし。ただ本家の印に比べて一等を次ぐのみ。余はこれを以て準と為す。

玉霄寶鑑云:若所得非本家印者,謂之偏正印,亦好,然須要主本有旺相氣,方能成福,若有克破,而別無福神救助,或有空亡,只作皮革閒僧道,無成舉人之類,若內有五行清氣者,多是離世異俗,耕雲釣月之士,內中多殺,則貧賤之命也。

《玉霄宝鑑》に曰く、得る所もし本命同行の印ならざれば、便ち「偏正印」と曰ふ。遇ふもまた好しと算す。ただし必ず本命の主気旺相の力あらばこそ、福分を成就するを得。もし剋破を受けてまた別の吉神の来たりて救ふなく、あるいは空亡のうちに落つれば、それ過ぎず皮革の一類の手芸を靠りて口を糊する人、あるいは閑散の僧道・考中せざる挙人の流のみ。この類の命もし五行の清気を含有せば、多くは世俗を超脱し雲を耕し月を釣る隠逸の士と成る。もし裏頭凶煞太多ければ、それすなはち貧賤の命なり。

福聚印

若年、月、日、時、胎五位中、或四位,五行俱無氣衰敗,而得一正印、偏印,而俱在此印上、或庫、或旺,雖有殺神,至是而受制,是之謂福聚印。玉霄寶鑑有權印云:假令五位中或四位,五行俱無氣,而一正印俱在此印上、或庫或旺,雖有殺神,至是受制,故名權印。

もし年・月・日・時・胎のこの五つの位置、あるいはその中の四つの位置、五行統統として気なくして衰敗し、偏に一つの正印あるいは偏印を得、衆気また皆この印の上に聚まり、あるいは庫墓を成し、あるいは旺相を得れば、則ちたとへ命中凶煞あるも、ここに到りても制伏せらる。これを「福聚印」と曰ふ。《玉霄宝鑑》のうちに別に一名を立てて「権印」と曰ふ、説くは同一の事なり。五位あるいは四位の中に五行皆気なく、唯だ一つの正印ありて衆気を皆その上頭に収め、あるいは庫あるいは旺にして、凶煞ここに到りて制を受く。ゆゑに権印と称す。

財庫印

若水人得火印,是也。餘準此。

例えば水命の人火に属する印を得れば、火は水の剋する所の財にして、印また庫なり。ゆゑに「財庫印」と曰ふ。余の各命これを以て準と為す。

福を破りて禍と成す印

若水人得水印,或月日時胎多帶土來,而本家印見鬼盛,是謂破福成禍,餘準此。

例えば水命の人同じく水に属する印を得るも、されど月・日・時・胎の幾柱多く土を帯びて来たりて水を剋し、本家の印かへつて鬼煞に圧制せられて鬼気極盛なれば、これを「破福成禍」と曰ふ。原本の福かへつて禍と変れり。余の各命これを以て準と為す。

禍聚印

如癸巳人帶壬辰印,而又多帶水來,俱墓於辰,則癸巳受殺,以巳為命,則巳火也,水太多則本命病,此之謂禍聚印。

例えば癸巳年生の人壬辰のこの印を帯び、四柱多く水気を帯び、而して衆水皆辰に帰墓すれば、ここにおいて癸巳かへつてその害を受く。巳を以て本命と為すを以て、巳もと火に属し、水一たび多ければ便ち本命の火を困住して病を生ず。これを「禍聚印」と曰ふ。

帯殺印

印中見貴殺即好,如壬子人見壬辰、丙辰是也。子至辰謂之華蓋,又壬人見辰為貴,若印中反克本命,無福神往還,名帶殺印不好。

印の中に貴気を帯ぶる煞を見るは好事なり。例えば壬子年生の人壬辰あるいは丙辰を見れば便ちこれ。子より辰に数ふれば正に華蓋にして、而して壬日の人辰を見ればまた貴と算す。されど印もしかへつて本命を剋傷し、中間また吉神の往來調停なければ、それを「帯殺印」と曰ふ、これ好からざるなり。

帰空印

若印臨空亡,無六合見官貴,即是臨空印,此至賤而無成也。

もし印空亡の上に落ち、また地支六合の来たりて解救するなく、また官星貴人を見ざれば、それすなはち「臨空印」なり。この種の命極めて卑賤にしてしかも一事も成らず。

自刑殺

若庚戌帶乙丑是也,金人見金印,固好,然丑刑戌,又是以金刑金,此類不如無,如此等人,雖帶些少福來,亦終賤耳,餘皆準此亡詳之。(並林開五命)

例えば庚戌の一柱乙丑を帯ぶれば便ちこれ。金命の人金に属する印を見るは、もと好事なれども、奈何せん丑戌を刑せんとし、金を用ひて金を刑するに等し。この一類はなきに如かず。かかる人たとへ一点の福気を帯来するも、最終もまた卑賤を脱する能はず。余の各命皆これを照らして仔細に推詳すべし。この条は併せて《林開五命》に出づ。

鳳凰御印格(ただ年時上のみ)

鳳凰御印若何論,庫墓年時兩對分,欲識此人尊貴處,少微星動照秋雲。如虞尚書,癸未命、甲寅月、戊午日、丙辰時是也。(紫虛局)

歌訣に曰く、鳳凰御印のこの一格は如何に視るべき。須らく庫墓の分かちて年柱と時柱の上に落ち、両両相対するを視べし。この種の人の尊貴何処に在るを知らんと欲せば、それ便ち少微星の光華閃動して秋日の雲天を照徹するがごとし。例えば虞姓の尚書、癸未年生・甲寅月・戊午日・丙辰時、正にこの格に合す。この条は《紫虚局》に出づ。

文章印

戊寅見癸未,辛巳見甲戌,庚申見乙丑,癸亥見丙辰,乙亥見壬辰。以上納音克身,復為干神所制,主甲科及第,官至侍從,常俗少遇之。(廣信集)

文章印の配法は、戊寅癸未を見、辛巳甲戌を見、庚申乙丑を見、癸亥丙辰を見、乙亥壬辰を見。これらの種は皆対方の納音の来たりて本身を剋するにして、而してそれまたかへつて天干の神に制伏せらる。一剋一制して文気斐然たり。ゆゑに主として甲科に考中し官を為して侍従の列に至る。尋常の人は甚だ少なくこれに遇ふ。この条は《広信集》に出づ。

また文章印

庚子得乙丑,戊午得癸未,丁酉得壬辰,己卯得辛酉,得丙辰。以上在日上或時上是也。

文章印またもう一組の配法あり。庚子の一柱乙丑に配上し、戊午癸未に配上し、丁酉壬辰に配上し、己卯辛酉に配上し、および丙辰に配上す。これらの幾組同じく納音と庫墓と相合して印を成すなり。必ず日柱あるいは時柱の上に落ちてこそ数と為す。もしただ年月の両柱に出現するのみなれば、便ちこの一格を按じて断ずる能はず。

五行正印主本同德為上,帝坐為中,胎月為下,夾貴最妙,華蓋印次之,相生印又次,文章印又次之,諸印要逢庫墓,若諸位上生旺相助,互換見祿馬貴人,並相合者,至貴之命,最忌刑沖破害,三合六合上見鬼,如甲戌日得乙酉時,則減力也,水命人得木印,無益,水命人得土印,則吉、中有凶,宜細詳之。(並閻東叟書)

五行正印は本命の主気と徳を同じくするを以て上等と為し、時柱帝座の上に落つるを以て中等と為し、胎元と月柱とに落つるを以て下等と為す。諸印の中に夹貴印最も妙、華蓋印これに次ぎ、相生印またこれに次ぎ、文章印さらにこれに次ぐ。各種の印皆庫墓の上に坐するを要す。もし別の柱位また生旺の気の相助あり、彼此交換して禄馬貴人を見、しかも互相成合すれば、それすなはち至貴の命なり。最も忌むは刑・沖・破・害、および三合六合の位置の上に鬼煞を見るなり。例えば甲戌日乙酉時を得れば、力量すなはち折扣を打つべし。水命の人木印を得るは益処なし。水命の人土印を得るは則ち吉中に凶を蔵す。皆まさに仔細に分辨すべし。この条は併せて《閻東叟書》に出づ。

天元變化書云:如水人得木印,名曰損氣,得土印,名曰鬼印,一曰官印,但支干有交涉者,使官印,無交涉者,使鬼印如癸巳年、乙卯月、丙辰日、壬辰時,此水多可使土印,故貴,如癸巳年、丙辰月、戊戌日、丙辰時,此為鬼印,一水不任兩土氣多,所以貧賤。

《天元変化書》に曰く、水命の人木印を得るを「損気」と呼ぶ。水去りて木を生じ便ち自己を耗すを以てなり。土印を得るを「鬼印」と呼ぶ、また「官印」と呼ぶべし。分別は干支の間に牽連あるか否に在り。牽連あるは官印と当作して用ひ、牽連なきは便ち鬼印と成る。例えば癸巳年・乙卯月・丙辰日・壬辰時の命は、水気もと多く、正好く土印を用ひて制す。ゆゑに顕貴なり。また癸巳年・丙辰月・戊戌日・丙辰時の命のごとき、それ便ち鬼印なり。一点の水両重の土気の圧迫を受け容れず。ゆゑに貧賤なり。

正印主人重厚,魁偉、功名昭著,本家之印,若又得貴格扶之,可也,若木得火印,火得木印,非本家正印也,多秉他權外財,若身命克印、或印克身,為廢而復興,大抵五行之印多主少安逸,不利六親,難得子息。(燭神經)

正印は主人性情厚重・体貌魁偉・功名顕著なり。もし本命同行の印にして、さらに貴格の扶助を得れば、それ便ちさらに好し。木命の火印を得・火命の木印を得に至りては、皆本家の正印にあらず。この種の人多くは別人の権を掌り・外来の財を賺ぐ。もし身命去りて印を剋するか、あるいは印かへつて身を剋すれば、一度廃棄して後また新たに振作するを主る。大体して言へば、五行の印多くは一生少なく安逸なく、六親に於て不利にして、子嗣もまた得難し。この条は《燭神経》に出づ。

命中有印最好,然印不宜動,若有所沖,即減力也。(林開五命)

命に印あるはもちろん最好なれども、ただし印は安静を宜とし摇动を宜とせず。一旦別の柱位に沖撃せられれば、力量立刻に減弱す。この条は《林開五命》に出づ。

庫墓を論ず

庫中財富,千斯倉而萬斯箱;絕處無依,百件謀而一不遂。五行墓處為倉庫,若命中帶倉庫,又遇太歲所克之五行加之,則謂之倉庫中有財也。其人必豐富,若命帶墓絕,而反值太歲所畏之五行加之,謂之絕處無依,其人必迍滯。

賦文に曰く、庫中に財富を蔵する人は、糧倉千を成し箱箋万に上る。絶地に落ちて依托する所なき人は、百件の事を謀划して一件も順遂ならず。これは五行の墓地すなはちその倉庫なるを以てなり。命に倉庫を帯び、また太歳の剋するその一行に逢ひて加臨せば、これを「倉庫中に財あり」と曰ふ。この種の人必ず家道豊厚なり。これに反して命に墓絶を帯び、偏にまた太歳の畏懼するその一行に逢ひて加臨せば、これを「絶処依なし」と曰ふ。この種の人必ず処処迍邅停滞す。

庫中有財者,木人得辛未、火人得庚戌、土人得壬辰,水人得甲辰,金人得癸丑是矣。絕處無依者,木人得乙未、火人得壬戌、土人得戊辰、金人得己丑,水人得丙辰是矣。(壺中子)

具体に説けば、庫中に財あるは、木命の人辛未を得、火命の人庚戌を得、土命の人壬辰を得、水命の人甲辰を得、金命の人癸丑を得。絶処依なきは、木命の人乙未を得、火命の人壬戌を得、土命の人戊辰を得、金命の人己丑を得、水命の人丙辰を得。この条は《壺中子》に出づ。

五位遁相庫墓。純粹而不破,又有福神加臨之,此兩府之格也,或破而卻生旺者,更帶諸福神,須主錢穀臺閣之任,或兩制之格,如破而相剋搏,有福臨之,亦須有官、多難、京朝州縣之職,臨時以輕重加減斷之,如相剋破而俱無福神,只作富有百姓命言之,然此庫墓格局,不問貴賤,只是一身自立、榮旺不利六親,仍難得子息。(林開五命)

年・胎・月・日・時の五つの位置遁を起したる後、互に皆庫墓の上に落つるは、これ一種の格局なり。もし通体純粋にして破損を受けず、また吉神の加臨あれば、それ両府執政の格なり。もし破られといへどもなほ生旺に処し、さらに各種の吉神を帯ぶれば、また主として能く銭糧を掌る台閣の職を担任し、あるいは両制の一級の格なり。もし破られてまた彼此克戦すれども、吉神の臨照あるを好しとすれば、それもまた官あるを得、ただ多災多難にして、京朝官あるいは州県官に至るのみ、須らく臨時に軽重を按じて加減して断ずべし。もし相剋相破してまた全く吉神なければ、それすなはちただ銭ある百姓を按じて論ずべし。ただし庫墓のこの一類の格局は、貴賤を論ぜず、皆ただ自己の一身に靠りて業を立て、栄顕興旺なりといへども六親に利あらず、子嗣同じく得難し。この条は《林開五命》に出づ。

軒車殺

甲乙人,見辛未,忌丁巳。神白經云:時忌丁與己。丙丁人,見壬戌,忌戊寅。神白經云:時忌戊與庚。戊己人,見甲辰,忌庚寅。神白經云:時忌庚與乙。庚辛人,見丁丑,忌癸巳。神白經云:時忌癸與乙。壬癸人,見戊辰,忌甲寅。神白經云:時忌甲與丙。

軒車殺の配法と各自の忌諱とは、甲・乙日の人辛未を見れば軒車殺と為し、最も再び丁巳を見るを忌む。《神白経》に時柱の上丁と己とを忌むと曰ふ。丙・丁日の人壬戌を見れば、戊寅を忌む。《神白経》に時柱の上戊と庚とを忌むと曰ふ。戊・己日の人甲辰を見れば、庚寅を忌む。《神白経》に時柱の上庚と乙とを忌むと曰ふ。庚・辛日の人丁丑を見れば、癸巳を忌む。《神白経》に時柱の上癸と乙とを忌むと曰ふ。壬・癸日の人戊辰を見れば、甲寅を忌む。《神白経》に時柱の上甲と丙とを忌むと曰ふ。

以上殺乃墓頭鬼也,若犯所忌,則車破輪,馬折足,婦人主疾危,常人因致盜,神白經云:生日犯之,得用。若遇時不犯忌,定多生富貴人。

以上これらの煞は其の実墓頭の上に坐する鬼なり。一旦それの忌む所の字に触犯せば、出行すれば便ち車輪破損し馬匹折足す。女子これに遇へば疾病危重を主り、尋常の人これに遇へば則ち盗劫に遭ひ易し。《神白経》に曰く、生日の上にこれを犯せばかへつて用を得るを得。もし時柱の上に於て忌む所を触犯せざれば、それ多くはなほ富貴の人を生出さん。

庫頭鬼

甲乙人辛未,丙丁人壬戌,戊己人甲辰,庚辛人,壬癸人戊辰。以上與軒車殺同,君子主早年科甲,常人藝業出俗。

庫頭鬼の配法は、甲・乙日の人辛未を見、丙・丁日の人壬戌を見、戊・己日の人甲辰を見、庚・辛日の一項は原書失載、壬・癸日の人戊辰を見。これらは前の軒車殺と同一の路数なり。読書人これに遇へば早年に科甲に高中するを主り、普通人これに遇ふもまた技芸本領流俗を超出するを主る。

庫頭財

甲乙人己未,丙丁人庚戌,戊己人壬辰,庚辛人乙丑,壬癸人丙辰。君子多主財穀之任,常人家業從容,卻主孤。(並廣信集)

庫頭財の配法は、甲・乙日の人己未を見、丙・丁日の人庚戌を見、戊・己日の人壬辰を見、庚・辛日の人乙丑を見、壬・癸日の人丙辰を見。読書して官を為す人これに遇へば、多くは銭糧倉儲を掌管する差事を担任す。平常人これに遇へば、家業もまた寛裕従容なれども、ただ六親孤单を主る。この条は併せて《広信集》に出づ。

墓在鬼中,危疑者甚。瑩和尚注云:以五行墓中逢鬼是也,如金畏己丑火,木憂乙未金,水懼丙辰土,土慮戊辰木,火怕壬戌水,如此之格,危疑者甚。(珞琭子)

《珞琭子》に曰く、墓庫鬼煞の中に落つるは、最も危険可疑なり。瑩和尚注を作して解释道、これ是指す五行の墓庫のうちまた我を剋する鬼に遇ふなり。例えば金命は己丑の火を怕れ、木命は乙未の金を愁へ、水命は丙辰の土を懼れ、土命は戊辰の木を慮り、火命は壬戌の水を怕る。凡そこの種の格局に属するは、処境格外に危険にして安んぜず。

財を論ず

天財

甲乙人見戊己為財,丙丁人見庚辛為財,戊己人見壬癸為財,庚辛人見甲乙為財,壬癸人見丙丁為財。(林開五命)

財はすなはち我の剋するその一行なり。甲・乙木命の人戊・己の土を見れば財と為し、丙・丁火命の人庚・辛の金を見れば財と為し、戊・己土命の人壬・癸の水を見れば財と為し、庚・辛金命の人甲・乙の木を見れば財と為し、壬・癸水命の人丙・丁の火を見れば財と為す。この条は《林開五命》に出づ。

また天財

納音本干自見真五行財,而見合者,是假令乙亥人,四干中見庚者,是天財也。乙亥納音火克乙庚真金,干頭自是財故也。主富足優逸,一生無不足愁苦之嘆。

もう一種の天財は、本柱の納音に対する天干自ら真五行の財を見、しかも彼此相合するなり。例を挙げて言へば、乙亥年生の人、四柱の天干の中に庚を見れば、便ち天財なり。乙亥の納音は火に属し、火能く乙庚の合化する真金を剋す。天干の上に自ら財を現出するに等し。この種の人は主として富足安逸にして、一生短缺愁苦の嘆息あらざらん。

真財

術者多以甲見戊,乙見己之類為財,是未知真財,甲己見丙辛、丙辛見戊癸、戊癸見乙庚、乙庚見丁壬、丁壬見甲己,為真財,生居有氣旺相之位。有氣旺相為此五行主富盛,若居死絕無氣處者,有如無也。

術士多くはただ甲の戊を見・乙の己を見るのこの一類を把て財と当作す。其の実なほ何をか真財と曰ふを解せず。真正の財は合化五行を按じて取るなり。甲己土に化して丙辛の化する水を見、丙辛水に化して戊癸の化する火を見、戊癸火に化して乙庚の化する金を見、乙庚金に化して丁壬の化する木を見、丁壬木に化して甲己の化する土を見、これこそ真財なり。しかも気旺相の位置に生ずるを要す。この一行気旺相あれば、主人富厚興盛なり。もし死絶無気の処に落ちれば、それ財あるもまたなきに等し。

生成財

所謂生成財,以其支干合也,假如甲乙生,用戊己土之屬,申子辰上之生旺庫也,若戊申、戊辰、戊子、支干合成,故謂之生成財,凡人命入貴格,除貴外須主大富,乃多歷錢穀重任,若不入貴格,其生成財上又無福神助之,是大豪富百姓命,仍主納粟有官,又有自生自旺財,如甲乙人戊午己亥是也。餘彷此推之。(林開五命)

いはゆる「生成財」は、講ずる所干と支と配合して天成するなり。例えば甲・乙木命の人戊・己の土を以て財と為し、而して申・子・辰は恰も土の長生・帝旺と墓庫との所在なり。ここにおいて戊申・戊辰・戊子のこれらの柱干支自然一体を配成す。ゆゑに「生成財」と曰ふ。凡そ命に貴格に入る人は、顕貴の外なほ必ず大富にして、多くは銭糧を掌る重要職務を歴任す。もし貴格に入らず、この生成財の上また吉神の幇扶なければ、それ便ち極豪富の百姓の命にして、なほ粟を納めて官銜を捐得するを靠るべし。この外また一種の自生自旺の財あり、例えば甲・乙日の人戊午・己亥を見れば便ちこれ。余はこれに準じて推す。この条は《林開五命》に出づ。

生合財

甲人見戊癸,乙人見己甲,丙人見庚乙,丁人見辛丙,戊人見壬丁,己人見癸戊,庚人見甲己,辛人見乙庚,壬人見丙辛,癸人見丁壬。以上主成立富貴。

財星さらにそれと相合する干を帯ぶれば、これを「生合財」と曰ふ。甲日の人は戊と癸を見、乙日の人は己と甲を見、丙日の人は庚と乙を見、丁日の人は辛と丙を見、戊日の人は壬と丁を見、己日の人は癸と戊を見、庚日の人は甲と己を見、辛日の人は乙と庚を見、壬日の人は丙と辛を見、癸日の人は丁と壬を見。凡そこれらの配合あるは、主人能く家を成し業を立てて富貴を致す。

子母財

如木命人見火,月土日時之類是也,主平生多見喜事。

例えば木命の人先に火を見、火また土を生じ、土こそ木の剋する所の財なり。ここにおいて月柱に火を見・日柱時柱に土を見るのこの一類、母子相承けて財を生出す、これを「子母財」と曰ふ。主人一生多く喜事に遇ふ。

財下に財あり

如火命人見火月,土日時之類是也。

例えば火命の人月柱また火を見、日柱時柱さらに土を見れば、土は火の剋する所の財にして、財の下なほ財を托するあり。ゆゑに「財下に財あり」と曰ふ。

類財殺

寅午戌人見乙庚,巳酉丑人見丁壬,申子辰人見戊癸,亥卯未人見甲己。

三合局と合化の干と湊りて財を成して煞を帯ぶれば、これを「類財殺」と曰ふ。寅午戌火局の人乙と庚の合化する金を見、巳酉丑金局の人丁と壬の合化する木を見、申子辰水局の人戊と癸の合化する火を見、亥卯未木局の人甲と己の合化する土を見るなり。

財会殺

寅午戌人見辛丑,巳酉丑人見乙未,申子丑人見丙戌,亥卯未人見戊辰。以上乃妻財聚會之神,主富足,及有美妻、橫財,卻防婦人毒藥害命,古詩去:財會刑,商賈因妻富出倫,但防毒藥因此掩夜輪。(並廣信集)

財と庫墓と会合して煞を帯ぶれば、これを「財会殺」と曰ふ。寅午戌火局の人辛丑を見、巳酉丑金局の人乙未を見、申子辰水局の人丙戌を見、亥卯未木局の人戊辰を見。以上皆妻と財との聚会の神にして、主人富足にして、能く美貌の妻子を娶るを得、なほ常に意外の財あり。ただし須らく婦人に毒を下されて性命を害せらるるを提防すべし。古詩に曰く、財と刑と一処に会すれば、売買を為す人妻家を靠りて一方に富甲すれども、また一杯の毒薬を提防すべし、これより夜月の遮られしがごとく性命を断たん。この条は併せて《広信集》に出づ。

名位財

食神中見庫是也,假令戊子火人見庚戌、戊食庚,火墓在戌,克金為財,逢此者,一生受祿也。餘彷此。珞琭貴賤格。

食神の中にまた庫墓を見れば、これを「名位財」と曰ふ。例を挙げて言へば、戊子納音火に属する人庚戌を見るなり。戊は庚を以て食神と為し、而して火の墓庫正に戌上に在り、火また能く金を剋して金を以て財と為す。食・庫・財の三者一処に湊れり。この種の配合に遇ふ人は一生皆俸禄の享くべきあり。余はこれに準じて推す。この格は《珞琭子》の貴賤格に見ゆ。

外財

只取長生宮是,如甲用戊己為財,見戊申是也,又如癸用丙丁為財,見丙寅是,此類多得外財。(李虛中書)

外財はただ財星の長生宮の上に坐するを取る。例えば甲木戊・己の土を以て財と為し、戊申を見れば便ちこれ、土は申に長生するを以てなり。また癸水丙・丁の火を以て財と為し、丙寅を見れば便ちこれ、火は寅に長生するを以てなり。この一類の人多くは分外の・意料の外の財物を得るを得。この条は《李虚中書》に出づ。

鬼財

干頭見鬼,而納音反制,克干頭鬼者是也。假令丁卯納音火,丁於真五行屬木,四干中見乙庚,是干頭金鬼,丁卯納音火,卻能制乙庚金,故名鬼財,此類人多主一生得世財、或為豪猾胥吏之徒以起家,丁卯丁酉得乙庚、戊寅、戊申,得丙辛、乙酉、乙卯得戊癸準此。

天干の上に我を剋する鬼を現出して、而して本柱の納音かへつて能くこの鬼を制服すれば、これを「鬼財」と曰ふ。例を挙げて言へば、丁卯の納音は火に属し、丁は真五行のうちに木に属す。もし四柱の天干の中に乙と庚の合化する金を見れば、それすなはち天干の上の金鬼の来たりて木を剋するなり。されど丁卯の納音は火にして、火恰も能く乙庚の金を熔制す。鬼便ち化して財と成る。ゆゑに鬼財と曰ふ。この一類の人多くは一生能く世間の財貨を掙得し、あるいは豪強狡黠の胥吏を為りて起家するを靠る。丁卯・丁酉の乙庚を得、戊寅・戊申の丙辛を得、乙酉・乙卯の戊癸を得る、皆この例を照らして視る。

更帶辰戌丑未多者,主為藝術之士,而大獲世財,大抵鬼財主不得父祖產業之力,而多主自立強干得之,若被刑殺帶殺,居福聚之地者,多主寇盜之類,更逢惡運,則多因惡財以致死,有吉神救助,而居子得之,則而主橫財,橫得橫失矣。(玉霄寶鑑)

もしさらに多く辰・戌・丑・未の四庫を帯ぶれば、主人身に技芸を懐く士と成り、しかも能く大に世間の財貨を獲る。大体して言へば、鬼財のこの一格の人は父祖の留下する産業に靠る能はず、多くは自己独立強干を凭りて掙来するなり。もし刑煞に傷られてまた兼ねて凶煞を帯ぶれば、たとへ福聚の地に坐するも、多くは盗賊の一流に淪落す。さらに悪運に逢へば、往往不義の財によりて命を送る。もし吉神の救助あり、また子位に坐して之を得れば、それすなはち横財を主る。ただ来たること快くして去ることもまた快し。この条は《玉霄宝鑑》に出づ。

財庫金を発する格

如戊己干克水為財,水墓處是也。年干克下是天財,克墓之鄉正庫開,財入庫時多穀帛,家豪穀物積成堆。如畢狀元己亥年、癸酉月、庚辰日、甲申時是也。(紫虛局)

例えば戊・己の土水を剋して財と為し、而してこの財また正に水の墓庫の上に落つれば、すなはちこの格なり。歌訣に曰く、年柱の天干去りて下面の各柱を剋するは、それ天財なり。剋する所恰も墓郷にして、正好く財庫を把て打開す。財一たび庫に入れば、家中穀米布帛便ち多く、豪門大戸の裏に糧食山を堆積して成す。例えば畢姓の状元、己亥年・癸酉月・庚辰日・甲申時に生まれ、正にこの格に合す。この条は《紫虚局》に出づ。

祿命身三等財庫者,取我克者為財,為甲子金,甲為祿屬木,木克土,故土為祿財,土墓在辰,是為祿財庫也,子命屬水,水克火故火為命財,火墓在戌,是為命財庫也。金為身,金克木,故木為身財,木墓在未,是為身財庫也。餘彷此推之,主財產豐盈,自能勞立,少年多主辛苦,漸方稱遂。

禄・命・身の三等の財庫は、皆我の剋するその一行を取りて財と為す。甲子の一柱を以て例と為せば、甲は禄にして木に属し、木は土を剋す。ゆゑに土は禄財にして、土の墓庫は辰に在り、辰便ち禄財庫なり。子は命にして水に属し、水は火を剋す。ゆゑに火は命財にして、火の墓庫は戌に在り、戌便ち命財庫なり。この一柱の納音金に属し、金は身と為し、金は木を剋す。ゆゑに木は身財にして、木の墓庫は未に在り、未便ち身財庫なり。余の各命これを照らして推算す。これらの三等の財庫ある人は主として財産豊盈にして、凡事自己勤労に靠りて立つるを得。少年の時多くは辛苦にして、漸漸にこそ称心如意なれ。

財綬者,並以歲乾制月建,如甲乙人在辰戌丑未,丙丁人在申酉,餘準此,若人遇之,主職位崇高,印綬顯赫。(三命鈴)

いはゆる「財綬」は、年柱の天干を用ひて去りて月建を制伏するなり。例えば甲・乙年生の人月建は辰・戌・丑・未に在り、丙・丁年生の人月建は申・酉に在り。余はこれを以て準と為す。人もし遇へば、主として職位崇高にして、佩ぶ所の印綬もまた格外顕赫なり。この条は《三命鈐》に出づ。

但看財命有氣逢背祿而不貧者也。財絕命衰,徒建祿而不富。王氏注云:人生以財命為主:五行所克者之謂財,財與命皆得屬於五行生旺之地,雖四柱背祿亦不至於貧賤也,或命與財二者無氣,雖得建祿,亦不能致富貴也。

《珞琭子》に曰く、ただ財と命と皆気あるを視ば、則ちたとへ禄位を背离するも貧窮せず。これに反して財已に絶ち命また衰ふれば、たとへ建禄に坐するも富まず。王氏注して曰く、人の一生は財と命とを以て主と為す。五行の中我に剋さるるを便ち財と曰ふ。財と命と皆五行生旺の地に落つれば、四柱たとへ禄を背くも、また貧賤に至らず。もし命と財と両様皆気なければ、たとへ建禄を得るも、同じく富貴を成す能はず。

瑩和尚注云:財命宜旺地,如庚寅木命,庚祿在申,見丁亥土,木生土旺,雖背了申之庚祿而不貧,次如火歸巳地,逢金土,向申中遇水,皆曰財命有氣。財絕命衰者,戊戌木命,見丁巳月生,雖云壓祿財鄉,其隸命衰財絕,雖建祿而不富,此法不但月上時日皆然。(珞琭子)

瑩和尚注して曰く、財と命と皆まさに旺地に坐すべし。例えば庚寅納音木に属し、庚の禄は申に在り、今丁亥納音土に属するを見れば、木能く生発して土また転じて旺わり、申上の庚禄を背离するといへども、併して貧窮せず。其次火の巳地に帰して金土に逢ふがごとき、あるいは申位に朝してその中に於て水に遇ふがごとき、皆財命気ありと呼ぶべし。財絶命衰の例に至りては、則ち戊戌納音木に属する人丁巳月に生まるるがごとき、説くに禄と財との郷里に圧するといへども、奈何せん本命衰へて財已に絶ち、たとへ建禄あるも富起す能はず。この法則はただ月柱の上に用ゐるのみならず、日柱時柱もまた同じなり。この条は《珞琭子》に出づ。

凡命納音財多而旺者,有財賄而濁在死墓處,逢財主富,而慳貪無義,亦主因死人而得財。(廣信集)

凡そ命に納音の主る所の財既に多くかつ旺なる人は、銭財あるといへども来たるに混濁不清なり。もし財死絶墓庫の処に落ち、これに遇へば富を主るといへども、為人は吝嗇貪婪にして信義を講ぜず、しかも往往他人の死亡によりてこそこの筆の銭財を得たるなり。この条は《広信集》に出づ。

身衰へて財を剋する能はず

謂如金克木為財,若壬寅金見戊辰木,安能剋制翻成損氣,如丁卯火自敗,不足以制癸酉自旺之金,五行同此。(廣信)

例えば金木を剋して木を以て財と為すも、されど壬寅の納音の金戊辰の納音の木に遇へば、自身衰弱して、何ぞ克制し得住せん、かへつて白白と自己の気力を折損す。また丁卯の火もと自敗の地に処し、癸酉のあの正に自旺に当たる金を制伏するに足らず。五行皆この道理なり。この条は《広信集》に出づ。

小盈大亏・恐らくは劫財の地

瑩和尚注云:譬如丙辰土命,見癸巳,丙祿在巳,以水為財,劫殺卻居巳,財既絕矣,命又衰矣,即曰小盈大虧,恐是劫財之地。(珞琭子)

瑩和尚注して曰く、例えば丙辰納音土に属する人癸巳を見れば、丙の禄もと巳に在り、土また水を以て財と為す。偏に「劫殺」もまた巳上に坐す。ここにおいて財ここに到りて已に絶ち、命ここに到りてまた衰ふ。これを「小に盈余ありて大に其の本を亏く」と曰ふ。恐らくは正に銭財を劫奪せらるる地方なり。この条は《珞琭子》に出づ。

第廿巻・華蓋を論ず

華蓋位

寅午戌人在戌,巳酉丑人在丑,申子辰人在辰,亥卯未人在未。凡命值一位者,近貴,多主僧道,術人,印祿同宮,三位俱定,食祿高強之人,三者全於年月日時者,乃妙。(林開五命)

「華蓋」は年支の属する三合局の墓庫に依りて定位す。寅午戌年生の人華蓋は戌に在り、巳酉丑年生の人は丑に在り、申子辰年生の人は辰に在り、亥卯未年生の人は未に在り。命中一位の華蓋を占得するは、多く能く貴人に親近し、また常にこの人僧道・術士を為るを主る。もし華蓋と「印」「禄」と同居一宮するか、あるいは年・月・日・時の中三処皆華蓋を帯びて位次安定すれば、便ち食禄豊厚・根基強健の人なり。これらの三様年月日時のうちに斉ふを得てこそ、最妙と算す。《林開五命》かくのごとく曰ふ。

華蓋者,以三合之位入墓也,謂如寅午戌屬火,戌為墓也,主人多能博識,立性聰明,又云:華蓋即墓殺也,所占頗異者,蓋取三命旺相休囚凶神吉神多少,或身克殺,殺克身之類消息斷之。(三命論)

いはゆる華蓋は、すなはち「三合」の局「墓」位に帰入するなり。例えば寅午戌合して火局を成せば、戌便ち火の墓庫なり。命に華蓋を帯ぶる人は多くは博学多能にして、天性聡明なり。又一説に、華蓋其の実は墓殺なり。それの主る所の吉凶の差別甚だ大なる所以は、須らく年・月・日の三命の旺相休囚および凶神吉神孰多孰少を視るを要し、また本身の殺神を克制するか、殺神の本身を克制するかを分かち、これに拠りて斟酌推断すべし。《三命論》かくのごとく曰ふ。

華蓋為庇廕之清神,主人曠穎神清,性靈恬澹,不較是非,好仙道伎巧事,一生不利財物,惟與夾貴正印併,則為福清貴,特達,不利權握,日犯克妻,時犯克子,孤介之神也。(燭神經)

華蓋は一顆の能く人を庇蔭する清貴の神にして、主人心胸開闊・神気清朗にして、性情恬淡にして、人と是非を計較せず、神仙方術と技芸巧事とを喜好す。ただ一生銭財の上に於て便宜を得ず。ただ「夹貴」「正印」と併見する時のみ、こそ清貴の福を成し、官を為るもまた能く顕達するも、なほ実権を掌握すること宜しからず。華蓋日柱に臨めば妻を剋するを主り、時柱に臨めば子を剋するを主る。総帰して一顆の孤高耿介の星なり。《燭神経》かくのごとく曰ふ。

華蓋要皆主福,若與歲干庫同位為兩重福,主大貴,三命提要華蓋要見庫墓冠帶之鄉,假令癸卯金人,華蓋在未,見丁未為冠帶之位,若辛卯木人見之,為庫墓之位,見癸未是木人之正印,最為貴格,餘皆彷此。(珞琭貴賤格)

華蓋大体皆福気を主り、もし年干の庫位と同じく一支に処れば、便ち双重の福気にして、大貴を主る。《三命提要》に曰く、華蓋は須らく庫・墓あるいは冠帯の郷に落ちてこそ好し。例えば癸卯年生にして「納音」金に属する人は、華蓋は未に在り、丁未に遇へば、未正に金の冠帯の位なり。もし辛卯年生にして納音木に属する人未に遇へば、未便ち木の庫墓なり。さらに癸未を見れば、癸水は木を生じ、正に木命の正印なり、これ最も貴き格局なり。余はこれに準じて推す。これ《珞琭貴賤格》に見ゆ。

重金重蓋爵頻りに添ふ

重金重蓋者,如庚辰見庚辰,為華蓋見二金是也。並干之類曰重金,辛丑辛丑之類,但逢兩金重見華蓋是也。更有祿馬秀氣扶持,當爵封也。(沉芝源髓)

いはゆる重金重蓋とは、庚辰さらに庚辰に遇ふがごとき配合を指す。華蓋の位の上に両重の金を重畳して現出す。天干相同じく並列するを「重金」と曰ふ、辛丑また辛丑を見るも同じなり。ただ両重の金同時に華蓋の上に圧すれば便ち算と為す。もしさらに「禄馬」等の秀气の神の扶持あれば、この種の人まさに封爵を受くべし。《沈芝源髄》かくのごとく曰ふ。

華蓋は芸術の星と名づく、壬水は太僕と為る

華蓋本清高近貴之物,得之者好方外之學。(壺中子)印墓同華品格清,重重臨印即公卿,若還空破臨其位,便是幽閒術士人。(林開五命)

華蓋もと清高にして貴顕に近き星にして、これを得る人は方外の学を愛好す、すなはち仏道と術数の一路なり。これ《壺中子》に見ゆ。《林開五命》の歌訣に曰く、印星と墓庫と同じく華蓋の上に落つれば、人の品格便ち清し。印星重々加臨せば、公卿に位するを得。もし「空亡」あるいは沖破華蓋の位を占住せば、すなはちただ隠居閑散の術士のみ。

華蓋重重善,休逢破與沖,若還臨旺相,定是作三公。華蓋重重善,若是破與沖,性雖頗聰慧,遊術走西東。(寸珠尺璧)君子值之應獲福,小人生處不宜逢,又云:君子主聰明好色,小人遇之更帶懸針,主處徙配。(八字金書)

歌訣に曰く、華蓋重々畳見するはもと好事なれども、ただ沖と破とに遇ふを怕る。華蓋もしさらに旺相の地に臨めば、必ず官三公に至る。これに反して、華蓋重畳するといへども沖破を帯ぶれば、此人性情たとへ聡慧なりとも、過ぎず奔走四方の江湖術士のみ。これ《寸珠尺璧》に見ゆ。《八字金書》は則ち曰く、徳ある君子華蓋に遇へばまさに福を得べし、尋常の小人華蓋の下に生まれればかへつて宜しからず。また曰く、君子華蓋を帯ぶれば聡明にして好色を主り、小人これに遇ひてさらに「懸針」の凶煞を帯ぶれば、流放逐徙せらるるを主る。

凡命時坐華蓋者,主平生歇滅,壬癸人大忌之,主老年喪子女命,時逢華蓋一生不產。古詩云:華蓋星辰兄弟寡,天上孤高之宿也。生來若在時與胎,便是過房庶出者。(並廣信集)

凡そ時柱華蓋に坐する人は、一生事業半途に消歇し易し。壬・癸日生の人殊に忌諱す、老年に到りて子女を喪失するを主る。女命時上に華蓋に逢へば、一生生育し難し。古詩に曰く、華蓋のこの星は兄弟稀少を主り、もと天上孤高の宿なり。生来もし華蓋時柱あるいは胎元に落ちれば、多くは他人に過継せらるか庶出の子女なり。以上併せて《広信集》に見ゆ。

第廿巻・金輿を論ず

金輿者,是五行之吉神,常在祿前二辰,命前二辰,馬前二辰。(林開五命)祿金輿者,如甲子人祿在寅,辰為祿金輿,主多得橫財,仕進有譽,小人逢之,亦主得妻財,若為僧道,即有藝術也。

「金輿」は五行の中の一顆の吉神にして、位置常に「禄」の前の両位・本命の前の両位・「駅馬」の前の両位に在り、これは《林開五命》の説法なり。いはゆる禄金輿、例えば甲子年生の人禄は寅に在り、寅の前の両位の辰すなはち禄金輿なり。この人多く意外の財を得るを主り、出仕して官を為るも声誉あり。平常人これに遇ふも、また嫁資を帯ぶる妻子を娶るを主る。もし出家して僧道を為れば、則ち必ず一門の技芸あらん。

紫虛局云:祿前二辰號金輿,遇此之人福最殊,偏主聰明多富貴,一生清泰亦無虞。命金輿者,如子生人在寅,若人遇之,車蓋盈門姻連戚里,當防陰人相訐。(並三命論)驛馬前辰居二位,此名金輿在其中,生於此處並行運,到老為官轉自通。(八字金書)

《紫虚局》に曰く、禄の前の両位を金輿と呼ぶ。これに遇ふ人は福気特に厚く、多くは聡明にして富貴にして、一生安穏清泰にして、憂慮すべきなし。いはゆる命金輿、例えば子年生の人金輿は寅に在り、人もし遇へば、則ち車馬門に盈ち姻親貴戚に結連す、ただ須らく女子の暗中に於ける攻訐を提防すべし。以上併せて《三命論》に見ゆ。《八字金書》また曰く、駅馬の前の第二位すなはち金輿の所在にして、この位置に生まれ、行運さらにここに走れば、老に到りて官を為りてかへつて愈々通達す。

金輿者乃祿命之旌旗,三才之節鉞,主人性柔貌願,舉止溫克,婦人逢之,不富即貴,男子得之,多妻妾,陰福相扶持,生日生時遇之,主多賢貴,骨肉平生安泰。得賢妻妾,子孫茂盛,如皇族之類,多帶此殺,常格得之,身在無氣中者,主作贅。(燭神經)

金輿は好比ば禄命の中の旌旗・天地人三才の節鉞儀仗にして、主人性情柔和・容貌端謹にして、挙止温厚にして節制あり。婦人これに遇へば、富まずとも貴し。男子これを得れば、多く妻妾あり、しかも陰徳の福の暗中の扶持あり。日柱・時柱の上に金輿に遇ふは、多く賢能顕貴の助を得、骨肉親属一生安泰にして、能く賢恵の妻妾を娶り、子孫繁盛す。皇族の一類の人多くはこの星を帯ぶ。もし尋常の格局の人これを得て、而して自身また無気の地に処れば、ただ入婿して婿と為るを主るのみ。《燭神経》かくのごとく曰ふ。

第廿巻・学堂文章を論ず

文彩衆に異なり

謂年、月、日、時,有甲乙丙丁分處四位,相聯不斷,帶木火盛數,如甲寅年、乙亥月、丁酉時、丙申日,丙寅胎,此青赤為文之命也,又云:青赤時為父子,謂如甲子年、丙寅月、甲子日,丙寅時,又甲寅、丙寅之類,亦是如年木、月火、日木、時火,不惟福力最緊,兼文彩異眾。

この格は年・月・日・時の四柱の天干分かちて甲・乙・丙・丁と為り、四位相接して断えず、また木火の両行の旺盛の数を帯ぶるを言ふ。例えば甲寅年・乙亥月・丙申日・丁酉時、胎元丙寅なり。木の色青・火の色赤、青赤相配れば便ち文章の命を主る。また説く、青赤時柱の上に在れば父子相承けるがごとし、例えば甲子年・丙寅月・甲子日・丙寅時、あるいは甲寅丙寅に配するのこの一類、すなはち年柱木に属し・月柱火に属し・日柱木に属し・時柱火に属するなり。かくのごときは福力最も緊要なるのみならず、文采もまた常人を遥かに超ゆ。

文章群を出づ

謂年、月、日、時或月、日、時、見木金火分四處,次第相承,不相刑破,如甲子年、丙寅月、丙午日、辛卯時、丁巳胎,此青赤為文,赤白成章之格也。(關東叟書)

この格は年・月・日・時の四柱、あるいは月・日・時の三柱、木・金・火の三行分かちて各位に処り、依次相承けて彼此刑せず破らざるを見るを言ふ。例えば甲子年・丙寅月・丙午日・辛卯時、胎元丁巳なり。木青火赤を「青赤文を為す」と称し、火赤金白を「赤白章を成す」と称す。合して便ち文章群を出づるの格なり。《関東叟書》かくのごとく曰ふ。

文章引従格

如兩已一甲,兩辛一丙,兩癸一戊,兩乙一庚,兩丁一壬,有寅申巳亥,主文詞貴人祿馬來臨,乃有用也。(鬼谷命格)

例えば命に二つの己ありて一つの甲に配し、二つの辛ありて一つの丙に配し、二つの癸ありて一つの戊に配し、二つの乙ありて一つの庚に配し、二つの丁ありて一つの壬に配するは、皆両阴の一阳を夹む干合なり。地支さらに寅・申・巳・亥の四生の位を見れば、この人の文詞衆に出づるを主る。ただしなほ須らく貴人と禄馬の来臨あらばこそ、この格こそ真に用ありと算す。《鬼谷命格》かくのごとく曰ふ。

詞林秀穎格

木金火全者是也,蓋青赤為文,赤白成章,得此者皆館閣之格,假令丙寅生人,見己亥月、辛巳日、時者,為入格,蓋丙寅火、己亥木、辛巳金,皆長生是名木金火全也,又丙辛化真水,為官必貴。

この格は木・金・火の三行斉全を指す。木青火赤は「青赤文を為す」、火赤金白は「赤白章を成す」。この格を得るは皆館閣に入るべき命なり。例えば丙寅年生の人、己亥月・辛巳日あるいは辛巳時に遇へば、便ち入格と算す。丙寅納音は火に属し・己亥納音は木に属し・辛巳納音は金に属し、三者また各々自ら長生の地に坐す。ゆゑに木金火全と曰ふ。加ふるに丙辛相合して真水に化す、官を為れば必ず顕貴なり。

学海波深格

申子辰人全,見丙字者是,假令丙子人,丙申月、丙辰日、丙申時,為正入格,水主文學,丙為真水,申子辰,水之正位,上下全見之,故曰學海波深,得此者,為大聰明之士。(玉霄寶鑑)

この格は地支申・子・辰の三合水局斉全、天干また皆丙字を見るを要す。例えば丙子年生の人、丙申月・丙辰日・丙申時に配すれば、すなはち正しく入格なり。水は文学を主り、丙はここに真水と看作さる、申子辰また水の正位にして、天干地支上下俱全なり。ゆゑに学海波深と称す。この格を得るは極聡明の士なり。《玉霄宝鑑》かくのごとく曰ふ。

戊己重重兩位來,須知貴賤不須猜,忽然帶旺兼元祿,文章聲譽眾言魁。如戊子年、戊午月、戊戌日、己未時,己酉胎,五位干具見戊己,而不雜為貴格。本旬位位順相連,燦爛文章似錦鮮,鶴詔一來天外去,須教名字國中傳。(鬼谷要訣)

歌訣に曰く、天干戊・己重々畳見して両位以上に及べば、この人の貴賤如何は便ちさらに猜るを要せず。もしさらに旺気を帯び兼ねて本命の元禄あれば、文章声誉必ず衆人に推されて第一と為らん。例えば戊子年・戊午月・戊戌日・己未時、胎元己酉、五つの位置の天干全て戊己にして別のを夾雑せざれば、すなはち貴格なり。また一首に曰く、四柱皆同一旬の中に在り位位順序相連なれば、文章燦爛として新錦のごとし。一旦天子の詔書天外より飛来せば、姓名便ち全国に伝遍せんとす。これ《鬼谷要訣》に見ゆ。

文星入命,笑班馬之無才。火包而不包者,惟乙亥得之,土包而不包者,惟丁巳得之,乙亥丁巳謂之文星,凡人遇之,可笑班固馬遷。(壺中子)

「文星」命に入る人は、才学高くして以て班固・司馬遷の才華なきを笑ふを得。いはゆる火能く物を包みて而して物に包まれざるは、ただ乙亥の一柱のみ。土能く物を包みて而して物に包まれざるは、ただ丁巳の一柱のみ。乙亥と丁巳のこの両柱便ち文星と呼ぶ。人もし遇へば、文才以て班固と司馬遷とを睥睨するに足る。《壺中子》かくのごとく曰ふ。

文章聲譽播他鄉,時命坐學堂,有氣者是,無氣者非。無官無印不成名,斷定是虛聲,支干三合逢貴人,一舉便身榮。(直道歌)丙子、丁丑、絕其朱雀,不利於文章,丙子、丁丑無德,則文章難立。(神白經)

《直道歌》に曰く、文章声誉能く外郷に伝ふるは、時柱あるいは本命「学堂」の上に坐するなり。ただしあの学堂の神気あらばこそ算と為し、気なければ便ち非ず。命のうち官星なく印綬なければ、終竟名を成す能はず、ただ虚にその声あると断定するを得るのみ。もし干支三合また「天乙貴人」に逢へば、一挙にして便以て身を栄やかすを得。《神白経》に曰く、丙子・丁丑の両柱朱雀の気を断絶せしめ、文章に於て利あらず。丙子・丁丑もしさらに天徳月徳を帯びざれば、文章便ち立つこと難し。

学堂会福

甲乙人,金長生在巳,臨官在申,丙丁人水長生在申,臨官在亥,戊己人木長生在亥,臨官在寅,庚辛人火長生在寅,臨官在巳,壬癸人土長生在申,臨官在亥,以上遇長生臨官,皆為官祿學堂,甲乙人得亥,丙丁人得寅,戊己壬癸人得申,庚辛人得巳,是為本干長生學堂,甲食丙,得丙寅,乙食丁,得丁巳,丙食戊,得戊申,丁食己,得己亥之類,為食學堂兼官印,驛馬,其福厚,遇祿貴、奇德,其氣清,值刑剋沖破,其氣濁,清則科名巍峨,濁則福祿微薄,官職卑賤。(關東叟書)

甲乙の日主金を以て官と為し、金は巳に長生し申に臨官す。丙丁は水を以て官と為し、水は申に長生し亥に臨官す。戊己は木を以て官と為し、木は亥に長生し寅に臨官す。庚辛は火を以て官と為し、火は寅に長生し巳に臨官す。壬癸は土を以て官と為し、土は申に長生し亥に臨官す。以上凡そ官星の長生と臨官の地に遇ふは、皆「官禄学堂」と曰ふ。甲乙の人亥を得、丙丁の人寅を得、戊己と壬癸の人申を得、庚辛の人巳を得るは、これ本干自身の長生学堂なり。甲は丙を以て食神と為して丙寅を得、乙は丁を以て食神と為して丁巳を得、丙は戊を以て食神と為して戊申を得、丁は己を以て食神と為して己亥を得る、この一類を「食神学堂」と呼ぶ。学堂兼ねて官星・印綬と駅馬とを帯ぶるは、福気深厚なり。禄・貴人と奇徳とに遇ふは、気象清純なり。刑・剋・沖・破に碰上れば、気便ち渾濁す。清なれば則ち科名高峻にして、濁れば則ち福禄微薄・官職卑下なり。《関東叟書》かくのごとく曰ふ。

正學堂者,在五行長生位上,甲乙亥、丙丁寅、戊己壬癸申、庚辛巳是也。三命提要云:歲與干長生之位,為文學堂,生月日時遇之,主性識聰俊,文學富瞻,取高科,歷清職。臨官學堂者,甲乙寅、丙丁巳、戊己壬癸亥,庚辛申是也。(並廣錄)

いはゆる正学堂は、本干の五行の長生の位の上に在り。甲乙は亥を見、丙丁は寅を見、戊己と壬癸は申を見、庚辛は巳を見、皆これなり。《三命提要》に曰く、年柱と天干の長生の位を、文学堂と称す。生月・生日・生時の上にこれに遇へば、主人性情識見聡明俊秀にして、学問文章富贍にして、能く高第を考取して清要の職を歴任す。いはゆる臨官学堂は、則ち甲乙は寅を見、丙丁は巳を見、戊己と壬癸は亥を見、庚辛は申を見るなり。以上併せて《広録》に見ゆ。

正學堂者在五行納音長生之地,如甲子金人在巳,身學堂者,在五行納音冠帶之地,祿學堂在命後二辰、與祿九地同行,命學堂者,在命後一辰,如子生人在亥之類是也。主有詞翰,早得仕進。(三命鈴)

別に一説あり。正学堂は本命の納音五行の長生の地に在り、例えば甲子年生の人納音金に属し、金は巳に長生すれば、学堂便ち巳に在り。身学堂は納音五行の冠帯の地に在り。禄学堂は本命の後の第二位に在りて、禄の九地と同行す。命学堂は本命の後の第一位に在り、例えば子年生の人亥に在るのこの一類。これらの幾種の学堂を帯ぶる人は、主として文辞翰墨の才あり、甚だ早く出仕進用するを得。《三命鈴》かくのごとく曰ふ。

官学堂

甲乙人辛亥,丙丁人壬寅,戊己人甲申,庚辛人丁巳,壬癸人戊申。以上又名鬼學堂,生處見克也。乃五行之英氣,主登科甲入侍從。(廣信)

甲乙の日主辛亥に配し、丙丁は壬寅に配し、戊己は甲申に配し、庚辛は丁巳に配し、壬癸は戊申に配す。以上また「鬼学堂」と呼ぶ、これらの配合皆長生の処に於て我を剋する神に遇ふを以てなり。それ其の実は五行の英華の気にして、主人能く科甲に登り朝に入りて侍従近臣を充任す。《広信》かくのごとく曰ふ。

官禄学堂格

甲用辛為官,辛祿在酉,酉屬金,金生在巳,餘彷此。(三命纂局)歌曰:金人乙巳丙寅長,水人丁亥戊申鄉,土人己亥庚寅好,火人癸亥甲申方,木人辛巳壬申位,此是五行官學堂。(廣錄)

甲は辛を以て正官と為し、辛の禄は酉に在り、酉は金に属し、金の長生は巳に在り。ゆゑに甲の官禄学堂便ち巳に在り。余はこれを照らして推す。これ《三命纂局》に見ゆ。《広録》に歌訣ありて曰く、納音金に属する人は乙巳・丙寅を取り、水に属する人は丁亥・戊申を取り、土に属する人は己亥・庚寅を取り、火に属する人は癸亥・甲申を取り、木に属する人は辛巳・壬申を取る。これらすなはち五行の官学堂なり。

詞学堂格

凡納音見帝旺之位,而逢天乙貴人處,其上者也,假令乙酉人得丙子日時,壬午人得辛卯日時,己酉人得庚子日時之類,方為應格,清貴之人也。(玉宵寶鑑)

凡そ納音五行帝旺の位に落ち、而してこの位置また正に天乙貴人の所在なれば、便ち上等の詞学堂なり。例えば乙酉年生の人丙子日あるいは丙子時を得、壬午年生の人辛卯の日時を得、己酉年生の人庚子の日時を得るのこの一類、こそ合格と算す、これ清貴の人なり。《玉宵宝鑑》かくのごとく曰ふ。

学堂詞館貴神位

夫人生年、月、日、時,四干俱通連天乙不斷者,謂之學堂詞館貴神,見甲戊庚乙己丙丁壬癸辛六相連足者,不必在丑未子申酉亥卯巳午寅、或見辰戌者,亦為天乙,納受之宮,只如宋朝呂狀元,甲寅年、戊辰月、戊申日、庚申時、四干頭俱帶甲戊庚、相連不斷為例,此命犯兩申一寅,刑不相等,必須反挫重位矣。(八字金書)

人の生年・生月・生日・生時の四つの天干もし彼此通連して、また皆天乙貴人に連なりて間断なければ、便ち「学堂詞館貴神」と曰ふ。いはゆる相連とは、甲戊庚の一組・乙己の一組・丙丁の一組・壬癸辛の一組にして、ただこの六位接続して補足すれば、地支必ずしも丑未・子申・酉亥・卯巳・午寅のこれら貴人本位に落つるを要せず。たとへ辰・戌を見るも、また天乙の福慶を納受する宮と算す。例えば宋朝の呂状元、甲寅年・戊辰月・戊申日・庚申時、四つの天干正に甲・戊・庚を帯びて相連して断えざれば、便ち例なり。ただ此の命両申一寅を犯し、刑の軽重等しからず。ゆゑに必ず反復の挫折を経てこそ重位を得るを得。《八字金書》かくのごとく曰ふ。

諸學堂上下帶金水木者,決取高科,有文名於天下。(三命提要)學堂多合兮,登上甲之科。(指迷賦)

各種の学堂の位、天干地支上下さらに金・水・木の三行を帯ぶるは、必ず能く高第を取り、文名天下に伝はる、これは《三命提要》の言なり。《指迷賦》は則ち曰く、学堂の処多く干支相合あるは、能く上甲科第に考中す。

第廿巻・科名を論ず

凡有科名命,自是五行清粹,學堂驛馬生旺於金水之上,三奇華蓋萃類於時日之中、或刑沖生旺,木水相生,福神集時,天元不戰,皆主清譽巍峨。(燭神經)

凡そ科名ある命は、五行もと自ら清純精粹なり。学堂と駅馬と金水の上に生旺し、「三奇」と華蓋と日時の中に聚集す。あるいは刑冲あるも各々生旺し、木水相生し、福神時柱に会聚し、天干の間また相争戦せず、これら皆清誉高峻を主る。《燭神経》かくのごとく曰ふ。

科名貴

自甲辰至癸丑一旬,俱是在日時上,無不及第,兩三位者必作前名。(廣信)

甲辰より癸丑に至るこの一旬の十の干支は、ただ日柱・時柱の上に落ちれば、考中せざるなし。もし日・時の両位乃至三位皆この一旬のうちに在れば、必ず前茅に列す。《広信》かくのごとく曰ふ。

魁星

丁亥、辛卯、庚戍。以上日時犯者,多占解省殿魁,必作前名人。(同上)

魁星は丁亥・辛卯・庚戌の三柱を指す。以上の三柱もし日柱あるいは時柱に出現せば、此人多く能く解試・省試・殿試の中に魁を奪ひ、必ず前茅に列する人なり。なほ《広信》に見ゆ。

また魁星

寅申巳亥四位,為館殿詞林之貴,亦主學堂,大愛本年遁起四位為魁星,如癸巳人從寅上遁起甲寅,丁巳、庚申、癸亥此四位是也,又如丁卯人從寅上遁起壬寅、乙巳、戊申、辛亥四位是,餘皆凖此為例。(馬子才命格)一說云:甲辰、丁未、庚戍、癸丑四位是魁星,甲木旺於東方,丁火旺於南方,庚金旺於西方,癸水旺北方,蓋取逐方旺氣,加於辰戍丑未之上,以為魁星也。

寅・申・巳・亥の四位は館閣・殿院・詞林の一類の清要の職の貴位にして、また学堂を主り、最も本生年の天干よりこの四位を遁出して魁星と作すを喜ぶ。例えば癸巳年生の人寅上より遁を起して、甲寅・丁巳・庚申・癸亥のこの四柱を得。また丁卯年生の人寅上より遁を起して、壬寅・乙巳・戊申・辛亥のこの四柱を得るがごとく、余皆この弁法を照らして推す。これ《馬子才命格》に見ゆ。もう一説は則ち甲辰・丁未・庚戌・癸丑の四柱を以て魁星と為す。甲木は東方に旺わり、丁火は南方に旺わり、庚金は西方に旺わり、癸水は北方に旺わる。これは四方各自の旺気を取り、辰・戌・丑・未の四墓庫の上に加へて、用いて魁星と作すなり。

歲窠者,蓋以命建之月是也,謂如子生人在子,丑生人在丑,餘凖此,若生月遇之,運氣相扶,主辭學豐膽,科名顯赫,假令甲子人十一月是也,一雲臺閣殺,君子吉,小人凶。(三命指掌)

いはゆる「歳窠」とは、すなはち本命の年支と相同じきあの月建なり。子年生の人歳窠は子月に在り、丑年生の人は丑月に在り、余は照らして推す。もし生月正好くこれに遇ひ、行運また来たりて扶助せば、この人文辞学問豊贍にして科名顕赫を主る。例えば甲子年生の人十一月の子月に生まれればすなはちこれ。また人これを台閣殺と呼ぶもあり、君子これに遇ふを吉と為し、小人これに遇ふを凶と為す。《三命指掌》かくのごとく曰ふ。

天上正合曰龍首星,幼如魚養於深淵,長若鵬搏於霄漢。四柱內兩見干合,謂之龍首星,主省殿魁薦之貴。(壺中子)

天干四柱の上に端正に相合するを、「竜首星」と呼ぶ。かかる人は年幼の時魚の深淵に養はれて黙々と勢を蓄ふるがごとく、長成して後便ち大鵬の雲天を搏撃するがごとし。四柱の内両処に天干相合を見れば、便ち竜首星と曰ふ。省試・殿試に魁を奪り薦を受くる貴気を主る。《壺中子》かくのごとく曰ふ。

凡命申金土乘秀氣,金水乘秀氣,火木乘秀氣,水木乘秀氣,皆主科名,秀氣者,月令中秀氣也,最為緊急。大凡支干有氣,乘月令中秀氣,亦為及第之命,金水乘秀氣,火木乘秀氣,水木乘秀氣,亦不必直待月令中秀氣,但乘旺氣皆主文科可矣。(並廣信集)

凡そ命に金と土と秀气に乘り、金と水と秀气に乘り、火と木と秀气に乘り、水と木と秀气に乘るは、皆科名を主る。いはゆる秀气とは、月令の中に当旺の那股の気を指す。これ一点最も緊要なり。大抵干支気あり、また月令の秀气に乘れば、また能く及第する命なり。金水・火木・水木のこれら幾種の相乘の秀气に至りては、倒に必ずしも月令の中の秀气を待つを要せず、ただ旺気に乘れば、皆文を以て科に中たるを主るを得。以上併せて《広信集》に見ゆ。

馬兼財合秦庭獻一鶚之書,官共祿迎,禹門透三層之浪。行年驛馬與見生驛馬沖而不合,謂如生馬在申,年馬在寅,卻見巳亥是有合也。又見天財文星之類,其人必發,故云:馬兼財合不言馬與馬合也,若馬雖沖而不合,忽所屬相生而不相剋,反為徘徊驛馬,發亦不行也,發必以次年遇官與祿,則須成不遇官與祿,惟可發而已。(壺中子)

駢句に曰く、駅馬兼ねて財星の来たりて合するを得れば、便ち能く古人の朝廷に於て「一鶚」の書を献ずるがごとく一挙にして知を受く。官星と禄と相迎へば、便ち鯉魚の禹門の三層の浪頭を躍過して龍と化するがごとし。解釈に曰く、流年の駅馬と本生の駅馬と相沖して相合せざるなり。例えば本生の馬申に在り流年の馬寅に在り、却つてまた巳と亥とを見、巳申相合し寅亥相合す、これこそ合ありと呼ぶ。さらに天財・文星の一類を見れば、此人必ず発達す。ゆゑに「馬兼ねて財合す」と曰ふ、講ずる所は併して馬と馬と相合するにあらず。もし両馬沖すといへども合せず、恰好その属する五行相生して相剋せざれば、それすなはち徘徊不定の駅馬と成り、発すといへども走って動かず。真に発達せんとすれば、須らく次年官星と禄とに遇ふべし。もし終始官禄に遇はざれば、またただ一たび発するのみ。《壺中子》かくのごとく曰ふ。

八字金書云:行年馬興見生馬合,即住而不發,科舉尤忌之。凡同人請舉,年有太歲二運見甲庚丙壬者,見乙辛丁癸者,有乙丙丁見寅卯歲運者,有甲戊庚見子午歲運者,有時興太歲作福者,其事不一,當取為福緊者詳之,凡舉人了當年大要太歲與月建相和作福,其餘甲戊庚乙丙丁之類,皆不定也,只以行年太歲與本生月建參而推之。(廣信集)

《八字金書》に曰く、流年の駅馬と本生の駅馬と相合すれば、人便ち停住して動かずして発達せず。応挙考試は殊にこの種の情形を忌諱す。凡そ人に替はりて応挙の年を推算するに、あるは太歳と両歩の大運のうち甲・庚・丙・壬の出現を視、あるは乙・辛・丁・癸の出現を視、あるは乙丙丁の寅卯の歳運に遇ふ、あるは甲戊庚の子午の歳運に遇ふ、またあるは時柱と太歳と配合して福を作す。情形各々相同じからず、まさにその中の福を作す最も切要の一項を挑みて細視すべし。大抵挙子の中式するあの年は、最も緊要なるは太歳と月建と相和して福を成すなり。余の甲戊庚・乙丙丁の類は皆必ずしも定まらず、ただ須らく流年の太歳と本生の月建とを参合して推断すべし。《広信集》かくのごとく曰ふ。

欲知人及第之年,須是大運在吉位,又太歲帶正官正印、或正天乙或本家祿是及第之年也。又曆識士人於庫年庫運登科者,多為舉人,有祿者言也,無祿不在此。(三命提要)

一人の及第はどの年に在るを知らんと欲せば、須らく大運吉位に走り、同時に太歳正官・正印を帯び、あるいは正天乙貴人を帯び、あるいは本命の禄を帯ぶを視べし。この年便ち及第の年なり。また歴來士人の庫年・庫運のうち登科するを見るに、多くはあの已に禄位ある挙人なり。もと禄なき人は、この例に在らず。《三命提要》かくのごとく曰ふ。

第廿巻・蔭補を論ず

凡命入貴格,五行生旺純粹,支干恬和不相凌戰,胎元有氣而卻無學堂、三奇、激揚、夾貴、華蓋之類,門蔭出身者也。(燭神經)稍見有貴及印綬,學堂,不相就,更值三元失五行,此是受恩人。(直道歌)凡五行死絕空亡中見學堂、貴格,生月閒慢,時日為福,更或帶官鬼,祿鬼,多百司流外之進。(燭神經)

凡そ命已に貴格に入り、五行生旺にして純粋にして、干支安和して相凌犯争戦せず、胎元もまた気あれども、偏に学堂・三奇・激揚・夹貴・華蓋のこの一類の文貴の神なければ、これすなはち父祖の門蔭に靠りて仕に入る命なり。これ《燭神経》に見ゆ。《直道歌》に曰く、略ば一点の貴気と印綬・学堂とを見るも、却つて彼此相就合せず、加ふるに年月日の三元五行の気を失ふ、これすなはち恩蔭を受くる人なり。《燭神経》また曰く、五行死絶・空亡の中に処りて学堂と貴格とを見、生月平淡にして、日時にしてこそその福を成す。もしさらに官鬼・禄鬼を帯ぶれば、多くは各衙門の吏職流外より出身して升進するなり。

第廿巻・武職を論ず

文以火木為主,在祿馬之鄉,以金水為客,木來相侵者是也,武以金土為主,得生旺之氣,以木火為客,故來為福者是也,仍以七神定武官之貴,七神者,謂武庫以下七神。

文貴の命は火・木を以て主と為し、禄馬の郷に居り、而して金・水を以て客と為す。木来たりて相侵せば便ちその文を成す。武貴の命は金・土を以て主と為し、須らく生旺の気を得、而して木・火を以て客と為す。客来たりて相助ければ便ちその福を成す。この外また須らく「七神」を用ひて武官の貴賤を判定すべし。いはゆる七神とは、すなはち武庫神より算起して以下の七位なり。

武庫神

甲隨丙戊入蛇鄉,乙酉丁同愛逐羊,金書命訣作乙巳丁同發逐羊,庚共壬人居亥月,己辛丑位取相當。金書命訣作六辛壬位取相當。武庫見文星,主武文兼全。

歌訣に曰く、甲と丙・戊の武庫は同じく巳に在り、すなはち蛇位なり。乙・酉と丁の武庫は未に在り、すなはち羊位なり。この句《金書命訣》に「乙巳丁同発逐羊」と作る。庚と壬の武庫は亥に居る。己と辛の武庫は丑位を取りて相当と為す。この句《金書命訣》に「六辛壬位取相当」と作る。武庫もしさらに文星を見れば、此人の文武兼備を主る。

【太極神】有訣,在釋吉貴例中。【陰貴人】即官貴堂。甲在未兮乙在辰,丙巳丁寅辛向申,戊午己戍庚臨亥、癸馬壬雞陰貴人。陰貴人見天官,主福祿崇重。

七神の中の太極神は別に口訣あり、吉貴諸例を解釈するあの一門に載す。陰貴人すなはちいはゆる官貴堂なり。歌訣に曰く、甲の陰貴人は未に在り、乙は辰に在り、丙は巳に在り、丁は寅に在り、辛は申に在り、戊は午に在り、己は戌に在り、庚は亥に在り、癸は午に在りすなはち馬、壬は酉に在りすなはち鶏。陰貴人もしさらに天官星を見れば、福禄隆重を主る。

勾陳

甲乙巳亥是勾陳,丙丁臨處戍和辰,要知戊己寅申位,欲辨庚辛丑未真,壬癸兩干何處覓,直來子午位中尋。三命鈴云:若人遇之,主立期信,重然諾,居五品之位,小人逢之,亦主豐盈。神白經云:戊寅勾陳受刑時,犯之大不利於武人,若犯庚戌戊戌,遇死於鋒刃之禍。

歌訣に曰く、甲・乙の勾陳は巳と亥に在り、丙・丁の勾陳は戌と辰に落ち、戊・己の勾陳は寅と申に在り、庚・辛の勾陳は須らく丑と未の上に到りて辨認し、壬・癸の両干の勾陳は則ち径に子・午の位の中に尋ね往く。《三命鈴》に曰く、人もし勾陳に遇へば、信を守り諾を重んじ言出でて必ず践ふを主り、五品の位に居るを得。平常人これに遇ふも、また家道豊足を主る。《神白経》に曰く、戊寅のこの一柱は勾陳刑を受くるの時にして、これに犯着すれば武人に対し大いに不利なり。もしさらに庚戌・戊戌を犯せば、刀鋒に死するの禍事に遭遇せん。

真武

甲乙未兮丙丁午,戊己直來辰上數,庚辛元向卯中尋,壬癸逢寅是真武,當月空真武當權。三命鈴云:若人遇之如木火併者,主大有才識,水土併多好是非。

歌訣に曰く、甲・乙の真武は未に在り、丙・丁は午に在り、戊・己は便ち辰上より数を起し、庚・辛はもと卯中に到りて尋ぬべく、壬・癸は寅に逢へば便ち真武なり。もし真武正好く月建の空位に当たれば、便ち真武当権と呼ぶ。《三命鈴》に曰く、人もし真武に遇へば、命中木火併見するは、大に才識あるを主る。水土併見して偏多なるは、則ち是非を惹くを好む。

【將星】馬後二辰是,前有驛馬攀鞍,更遇天乙、天德,則吉氣厚盛。【攀鞍】馬後一辰是,前馬後將,逢見祿合,則倍福力。以上七神互見武人之貴也。(並閻東叟書)

将星は駅馬の後の第二位に在り、それ前に駅馬と攀鞍と相接するあり。もしさらに天乙貴人・天徳に遇へば、吉気便ち格外に厚盛なり。攀鞍は駅馬の後の第一位に在り、前に馬あり後に将星あり、さらに禄と干支相合とに逢へば、福力以て加倍すを得。以上の七神彼此交互に出現すれば、便ち武人の貴格を成就す。以上併せて《閻東叟書》に見ゆ。

武跨将壇格

寅午戊人皆戊子者是。假令戊戌人,戊午月、戊寅日、戊午時,為正入格,戊為真火,寅午戌火之正位,而真火處其上,故曰武跨將壇,得此者,勇冠三軍。(玉宵玉鑑)

この格は地支寅午戌合して火局を成す人、天干皆戊字を見るを言ふ。例えば戊戌年生の人、戊午月・戊寅日・戊午時に配すれば、すなはち正しく入格なり。戊はここに真火と看作さる、寅午戌また火の正位にして、真火火位の上に圧す。ゆゑに武跨将壇と曰ふ。この格を得る人は勇気三軍に冠たり。《玉宵玉鑑》かくのごとく曰ふ。

福星不值水星無,祿馬值強只武夫,若犯食神並刃殺,出神寧免是屠沽。(八字金書)武吏生時須武殺,金火相兼易榮發,馬帶殺來主有權,天衢名跡須超越。

《八字金書》の歌訣に曰く、命中福星に遇はずまた水星なき、ただ禄馬強旺なるは、過ぎず一個の武夫のみ。もしさらに食神と羊刃・殺神とを犯せば、出身低下にして、屠戸酒保の流に淪為するを免れず。また一首に曰く、武職の人生時須らく武殺を帯ぶべし、金と火と相兼ねれば最も栄顕発達し易し。駅馬殺神を帯びて来たれば、兵権を主掌し、天街要路の上の名声事跡必ず群を超えん。

凡右職須要庚辛辰戌丑未、及馬上旺相,主武官支干合,不全有相刑相剋,卻又有氣之地見祿馬及羊刃倒戈,或云羊刃懸針名倒戈,三帶戊午戌支名倒戈。又皆是武官也。

凡そ武職は、須らく命に庚・辛と辰・戌・丑・未とあり、しかも駅馬の上旺相なるを要す。武官を主る命は、干支多くは相合して全からず、あるいは相刑相剋あり、却つてまた気ある地に於て禄馬および「羊刃倒戈」を見る。人あるは羊刃懸針を帯ぶれば便ち倒戈と呼ぶと説き、また人あるは三処に戊・午・戌の支を帯ぶれば倒戈と呼ぶと説く。これらの幾種もまた皆武官を主る。

馬頭に剣を帯び将権を主る

馬上或見辰戌丑未,馬上見金、或庚辛羊刃倒戈,若不為將,亦有兵權,又云:或有憲職(並理愚歌)

駅馬の上あるいは辰・戌・丑・未の四庫を見、あるいは金を見、あるいは庚辛の羊刃倒戈を見れば、かかる人は将軍を為らずとも、また必ず兵権を掌らん。又一説に、あるいは御史の一類の憲職を担任するをも得。以上併せて《理愚歌》に見ゆ。

交刃多く武職に応ず

如庚辰乙酉為交加羊刃。(沉芝源髓)官印貴人加刑殺,武將有初末,賊將出職立其身,先殺後貴人。(直道歌)凡刑沖、死絕、三才、克戰,中有貴格,或刑沖互相生旺、或多偏印者,多起於盜賊凶惡、或卒伍而進也。(燭神經)

例えば庚辰と乙酉と相遇すれば、すなはち交加羊刃なり。これ《沈芝源髄》に見ゆ。《直道歌》に曰く、官星・印綬・貴人さらに刑と殺とを加ふれば、武将の功名始あり終あり。盗賊より出身し招安を受けて官を得て身を立つるは、命に先に殺神を見後に貴人を見るなり。《燭神経》に曰く、凡そ命中刑冲・死絶・三才交戦克伐して、而してその中また貴格を蔵するか、あるいは刑冲の中彼此なほ生旺する能くするか、あるいは偏印甚だ多きは、多くは盗賊凶悍の徒より、あるいは行伍士卒の裏より升り上がり来たるなり。

第廿一巻・貴局を論ず上

貴格

五行足、干神一字、支神一字、五行一字、甲庚丙壬全、乙辛丁癸全、四孟生氣全、四位旺氣全、四季庫、五行得正印、四位集福於帝座、帝坐發福於四位、君臣慶會、引從全、交互見祿、交互見貴神、祿合全(甲得亥之類)、貴合全(甲得午之類)。

上等貴格の名目あり。五行倶足。天干ただ一つの字を用ふ。地支ただ一つの字を用ふ。納音五行ただ一種のみ。甲庚丙壬の四陽干斉全。乙辛丁癸の四陰干斉全。寅申巳亥四孟の生気斉全。子午卯酉四仲の旺気斉全。辰戌丑未四季庫斉備。五行正印を得。四柱の福皆「帝座」すなはち本命の位に聚まる。帝座よりかへつて四柱に向かひて福気を発出す。君臣慶会。引神従神倶全。干支交互に禄を見。交互に貴神を見。禄合斉全、甲の禄合亥に在るのこの一類のごとき。貴合斉全、甲の貴合午に在るのこの一類のごとき。

合全十干、合全十二支、十干得專位祿、納音同源(順數為上,逆數為次)、夾祿窠、夾貴窠、干神五位相連、支神五位相連、天地德合(年與時為上)、順連合(如甲乙丙或丙丁戊之類)、逆連合(如癸甲乙或甲乙丙之類)、三合順(謂生年次月日時)、自生旺一路見福貴、自死絕一路見福貴、先駁雜後純粹。

またあり。十干の合斉全。十二支の合斉全。十干各々自己専位の上の禄を得。納音同一の源に出づ、順数を上等と為し逆数これに次ぐ。夹禄窠。夹貴窠。天干五位相連。地支五位相連。天地徳合、年と時と相合するを以て上と為す。順次相連して合す、甲乙丙あるいは丙丁戊のこの一類のごとき。逆次相連して合す、癸甲乙あるいは甲乙丙のこの一類のごとき。三合して次序順行す、生年より依次に月・日・時に数ふるを指す。生旺より一路に下りて皆福貴を見。死絶より一路に下りてかへつて福貴を見。先は駁雑にして後に純粋に帰す。

三奇(天為上,地為次)、食神見驛馬、食神見本冢祿、六合喚盡、支神暗合祿堂、本家貴全、生成官、夾貴庫、專位暗合祿、旺氣乘本主(主木卯月、本金酉時)、兄弟五行同類、兄弟納音相煩、兄弟干神相類(年兄日弟、月兄時弟)、兄弟支神相類、官印驛馬學堂、食神學堂。

さらにあり。三奇、天上三奇を以て上と為し地下三奇これに次ぐ。食神駅馬を見。食神本家の禄を見。六合四柱を喚合して遺すなし。地支暗に禄堂を合す。本家貴人斉全。生成の官。夹貴の庫。専位の上暗に禄を合す。旺気本主の上に乘る、日主木に属して卯月に生まれ、本命金に属して酉時に生まるるがごとき。兄弟五行同じく一類に属す。兄弟納音彼此重畳す。兄弟天干同類、年を兄と為し日を弟と為し、月を兄と為し時を弟と為すがごとき。兄弟地支同類。官印駅馬の学堂。食神の学堂。

右自夾貴窠以上卿相王侯格局,自干神五位連珠以下鳳閣鸞臺舍人格局,亦須入格後更看納音五行衰旺死,及參以祿馬貴神刑害殺神看之,臨時加減,或凶而有吉、吉而隱凶,或在上局而降中、或在中局而升上臨時消息之,當自見之矣。(李虛中書)

以上の諸格、夹貴窠より往きて前のは皆卿相王侯の一級の格局なり。天干五位連珠より往きて後のは、則ち鳳閣・鸞台・中書舎人の一級の格局なり。ただし格に入りてなほさらに納音五行の衰・旺・死を視、併せて禄馬・貴神・刑害と殺神とを参照して一同に判断し、臨時に増減す。あるは凶中に吉を蔵し、あるは吉中に凶を隠し、あるはもと上等の格局にして却要して中等に降し、あるはもと中等にして却つて上等に升入るべし。随時に斟酌せば、自然に看て明白ならん。《李虚中書》かくのごとく曰ふ。

また貴格

五行相生、戊己兩字不雜、五行兩字相善、生旺六合、自生旺六合、自死絕六合、死絕六合、生旺一路、死絕一路、四位見印、見印合、六合夾貴、六合夾貴印、華蓋印、自生旺相沖、生旺相善去來、年父、月子、日父、時子、首尾公孫同類(如甲申年公,甲申時孫)。

もう一份の貴格の名目は。五行彼此相生す。戊己の両字他の干と夾雑せず。五行の中両字の相亲善なるあり。生旺の位の上に六合を成す。自身生旺して六合を成す。自身死絶して六合を成す。死絶の位の上に六合を成す。一路皆生旺。一路皆死絶。四柱皆印星を見。印と合とを見。六合また貴を夹む。六合貴印を夹む。華蓋印を帯ぶ。自身生旺して却つて相冲す。生旺相亲善して彼此往来去就す。年を父と為し月を子と為し日を父と為し時を子と為す。首尾祖孫のごとく同類、例えば甲申年を祖と為し甲申時を孫と為すがごとき。

干神不雜、納音集生旺、貴神集生旺、自生自旺祿、祿馬同鄉、天中受殃、主本支干同(此下出閻東叟)、三合見本干、三合以馬換頭支、食神見貴、祿馬合全、往來生旺相沖、往來祿馬相善、貴賤不相入(金則金生,木則木生)、干神集生旺(以下出燭神經)。

またあり。天干夾雑せず。納音生旺に聚まる。貴神生旺に聚まる。自生自旺して禄を帯ぶ。禄と馬と同一の郷に在り。「天中」すなはち空亡の位かへつてその殃を受く。主と本との干支相同じ。以下の諸条《閻東叟書》に出づ。三合の中本命の天干を見。三合駅馬を用ひて頭一個の地支を換ふ。食神貴人を見。禄と馬と会合俱全。生旺の気往来して相冲す。禄馬往来して相亲善す。貴と賤と各々相入らず、金に属するは便ち金を生じ木に属するは便ち木を生ず。天干生旺に聚まる。以下の諸条《燭神経》に出づ。

還魂借氣、拱揖端門、自生馬、天中自旺、天中合神、主本同德、三合見一馬、三合喚盡、食神制畏神、祿馬暗合、全興見福貴並將星者妙、福會神(甲人丙戌之類,不犯他干仍帶貴氣)。

なほあり。還魂借気。拱揖端門。自生の駅馬。空亡の位かへつて自ら旺わる。空亡の位の上に合神あり。主と本と同じく一徳を得。三合の中一位の駅馬を見。三合四柱を喚合して遺すなし。食神畏るる所の神を制住す。禄馬暗の中に於て相合す。四柱全て興起して福貴を見、また将星を帯ぶるの最妙なり。福会の神、甲日丙戌を見るの一類のごとき、ただ別の天干を沖犯せざれば、なほ貴気を帯ぶ。

右貴格只忌空亡、死絕,相沖,為破壞也,全一路無破,有貴名,有破則富足之人也,全一路無破,州縣官,二路京官,三路朝官,四路員郎,五路正郎,六路卿監,七路兩制,八路兩省,九路兩府,十路三公,若入格命,更得福集帝座,須曆清華之選,或有刑破即迤邐減退言之,若有天中無科名,相沖相刑帶殺多是右職也,如多死絕,主為官不長進,更天中相刑沖,主多停替,宜細詳之。(林開五命)

以上これらの貴格は、ただ空亡・死絶と相冲とを忌む、遇へば便ち破壊と算す。全一路破を見ざるは、貴名あり。破あるは、すなはちただ富足の人のみ。全一路破なきは、州県官を為る。両路のは京官を為る。三路のは朝官を為る。四路のは員外郎を為る。五路のは正郎を為る。六路のは卿監を為る。七路のは両制に居るすなはち翰林と中書舎人。八路のは両省に居る。九路のは両府に居る。十路は則ち位三公に至る。もし已に格に入る命、さらに福気帝座に聚まるを得れば、必ず清要顕貴の選を歴せん。万一刑破あれば、便ち依次に逓減して説く。もし命天中空亡を帯ぶれば、便ち科名なし。相冲相刑してまた殺を帯ぶるは、多く武職を為る。死絶太多きは、官を為るも長進する能はず。さらに天中と刑冲とを加ふれば、則ち常に停職替換せらる。まさに細々に推詳すべし。《林開五命》かくのごとく曰ふ。

十干十二年生の大貴人の例

六甲年二月乙未日丙寅時。六乙年二月甲戌日乙亥時。六丙年正月丁巳日丙午時。六丁年五月壬辰日丁未時。六戊年九月己丑日己丑時。六己年六月己未日丙寅時。六庚年七月庚申日辛巳時。六辛年七月庚午日辛巳時。六壬年十月壬辰日丁未時。六癸年三月丙辰日戊子時。以上逐年只有一日一時,主生大貴人,應世建功立事之命,不然出塵神仙常術不能曉也。

六甲の年生の人は、二月の乙未日・丙寅時を取る。六乙の年は、二月甲戌日・乙亥時を取る。六丙の年は、正月丁巳日・丙午時を取る。六丁の年は、五月壬辰日・丁未時を取る。六戊の年は、九月己丑日・己丑時を取る。六己の年は、六月己未日・丙寅時を取る。六庚の年は、七月庚申日・辛巳時を取る。六辛の年は、七月庚午日・辛巳時を取る。六壬の年は、十月壬辰日・丁未時を取る。六癸の年は、三月丙辰日・戊子時を取る。以上毎一種の年干ただ一日一時に対応し、生まれて来れば便ち大貴人にして、運に応じて出で功業を建功する命なり。もし仕途に入らざるも、また塵を超へ世を出づる神仙の一流にして、尋常の術数根本に推明白ならず。

貴人局

年隔二位,月隔時日一位,如子年、卯月、巳日時之類,支干順全者,入貴格。(並廣信集)

年と月と两位を相隔て、月と日・時と各々一位を隔てる。例えば子年・卯月・巳日あるいは巳時のこの一類、干支依次順行して斉全なるは、便ち貴格に入る。以上併せて《広信集》に見ゆ。

五行全く一旬の中に在る格

帶生旺六合,無破敗,臺閣貴人命也。(鬼谷命格)

四柱五行皆同一旬の内に落ち、また生旺と六合とを帯び、破敗の処なきは、これ能く台閣清要の職に任ずる貴人の命なり。《鬼谷命格》かくのごとく曰ふ。

四鎮格

戊己或土帶四孟中、四仲下、四季上,是宰相命。(三命纂局)

天干戊・己を見、あるいは納音土に属し、而して地支四孟の中・四仲の下・四季の上に分居すれば、これ宰相の命なり。《三命纂局》かくのごとく曰ふ。

貴人黄枢格

戊己二字而入辰戌丑未者是也,假令戊戊人,己未月、己丑日、戊辰時、戊貴集於丑位,而此日見之為入格,此類多主鎮守之職。(玉霄寶鑑)四鎮之星福最強,更看權殺戒在何方,數重生旺兼乘祿,不作公侯便主王。辰戍丑未屬土故也,五行一字全是土,亦得須要生旺。(鬼谷要訣)

この格は天干戊・己の両字を見、地支辰・戌・丑・未の四庫の上に落つるなり。例えば戊戌年生の人己未月・己丑日・戊辰時に配すれば、戊の貴人丑位に聚まり、而してこの日正好くこれに見ゆれば、便ち入格と算す。この一類の人多くは一方を鎮守する職務を担任す。これ《玉霄宝鑑》に見ゆ。《鬼谷要訣》の歌訣に曰く、四鎮の星福気最も強し、なほ権柄と殺神と各々何の方に在るを視べし。もし数重の生旺また禄に乘れば、公侯を封ぜらるずとも便ち王を称すべし。これは辰戌丑未皆土に属し、五行ただ土の一個の字を用ふるもまた可なれども、必ず生旺ならばこそ行ふを得るを以てなり。

孟仲季四位全

四孟帶五行生氣,四仲帶五行旺氣,四季帶五行庫墓,能全其位,又於納音稟五行生旺氣兼諸貴人助之,未有不大貴者,但有一說,常術所不能及,若孟仲季於年月日時全得,則沖犯而早達致死,要以胎代年方壽貴也。(李虛中書)閣東臾有四位純全格云:四孟帶五行生氣,謂之四柱焉上,四仲帶五行旺氣,謂翻之四正為中,四季帶五行正庫,謂之四墓為下。

寅申巳亥の四孟は五行の生気を帯び、子午卯酉の四仲は五行の旺気を帯び、辰戌丑未の四季は五行の庫墓を帯ぶ。もし能く各々その位に就きて斉全し、納音また五行の生旺の気を禀受し、さらに諸位の貴人の相助あれば、大貴せざるなし。ただ別に一説ありて尋常の術家の想ひ到らざるなり。假如孟・仲・季の三組恰好年月日時の上に全占すれば、かへつて彼此冲犯し、早年顕達するといへどもこれに因りて死せんとす。必ず胎元を用ひて年柱に代替してこそ、能く長寿にしてまた顕貴たるを得。これ《李虚中書》に見ゆ。閻東叟別に「四位純全格」を立てて曰く、四孟五行の生気を帯ぶは、四柱の中の上等なり。四仲五行の旺気を帯ぶは、四正と称して中等なり。四季五行の正庫を帯ぶは、四墓と称して下等なり。

四冲位を封じ王を封ずる格

四沖得位者寅申巳亥,欲自生或互換生,子午卯酉欲自旺,辰戍丑未欲自墓,方為貴格,假如甲申年、丙寅月、辛巳日、己亥時,四位皆自旺,加丁巳胎,五行足,又是詞館學堂俊乃封王,又如辛卯年、庚子月、癸酉日、戊午時,乃胎生元命,又曰自旺,四仲局又如乙丑年、癸未月、丙辰日、壬辰時、甲辰胎,四庫曰四印,秀局五行,數足皆貴命,他倣此。(沉芝源髓)

いはゆる四冲位を得とは、地支寅申巳亥なるは、須らく各々自ら長生に坐し、あるいは彼此互換して長生すべし。子午卯酉なるは、須らく各々自ら帝旺に坐すべし。辰戌丑未なるは、須らく各々自ら墓庫に坐すべし。これこそ貴格と算す。例えば甲申年・丙寅月・辛巳日・己亥時、四位皆自ら旺地に坐し、さらに丁巳の胎元を加ふれば、五行倶足にして、また詞館学堂の秀を成し、便ち能く王を封ず。また辛卯年・庚子月・癸酉日・戊午時のごときは、胎・生・元・命倶備にして、また自旺と呼ぶ、四仲の局に属す。また乙丑年・癸未月・丙辰日・壬辰時・甲辰胎のごとき、四庫また四印と称し、格局清秀にして五行の数完足し、皆貴命なり。余はこれに準じて推す。《沈芝源髄》かくのごとく曰ふ。

金章格

甲子見甲寅、乙丑見乙卯、丙寅見丙辰、丁卯見丁巳、戊辰見戊午、己巳見己未、庚午見庚申、辛未見辛酉、壬申見壬戍、癸酉見癸亥,命前二辰見本祿有用,必貴,無用即常也。(鬼谷命訣)

金章格の配法は、甲子命甲寅に遇ひ、乙丑命乙卯に遇ひ、丙寅命丙辰に遇ひ、丁卯命丁巳に遇ひ、戊辰命戊午に遇ひ、己巳命己未に遇ひ、庚午命庚申に遇ひ、辛未命辛酉に遇ひ、壬申命壬戌に遇ひ、癸酉命癸亥に遇ふ。これら皆本命の前の第二位の上に於て本干の禄を見るなり。禄もし用あれば、必ず顕貴なり。禄もし用なければ、すなはち尋常の人のみ。《鬼谷命訣》かくのごとく曰ふ。

世に及ばざる貴格

甲人辛酉、戊人乙卯、乙人庚甲、己人甲寅。(三命纂局)

甲日主辛酉に遇ひ、戊日主乙卯に遇ひ、乙日主庚申に遇ひ、己日主甲寅に遇ふは、皆この格に属す。原書「庚甲」と作る、まさに「庚申」の誤なるべし。《三命纂局》かくのごとく曰ふ。

栄華格

以五虎元遁,如甲起丙寅,到己巳,甲與己合,甲申己巳天地德合,他準此,在日上為緊,只見一位便入格。甲人己巳到甲申,乙是庚辰乙酉親,丙須辛卯及丙戌,丁下壬寅丁亥乘,戊生癸亥戊寅日,辛用丙申辛巳迎,壬逢丁未兼壬午,癸注戊午癸未神,己因甲戌來己卯,此是榮華福壽齡,中若更加他格局,定生王侯宰相身。如虞尚書,癸未年、甲寅月、戊午日、丙辰時,蔡學士甲申年、戊辰月己巳日、庚午時是也。

この格は「五虎遁」月を起する法を用ひて推す。例えば甲年丙寅より月を起して、己巳に数至れば、甲と己と相合し、甲申と己巳と便ち天地徳合を成す。余はこれを照らして推す。それ日柱の上に落つるを最も緊要と為し、ただ一位を見れば便ち入格と算す。歌訣に曰く、甲日の人己巳と甲申とに配し、乙日の人庚辰・乙酉と相亲にし、丙日須らく辛卯と丙戌とを得、丁日則ち壬寅・丁亥に乘り、戊日生癸亥と戊寅とに逢ひ、辛日丙申を用ひて辛巳を迎へ、壬日丁未に逢ひて兼ねて壬午、癸日戊午・癸未に配するを注定し、己日甲戌に因りて己卯を来たす。これすなはち栄華福寿の命にして、その中もしさらに別の貴格を加ふれば、一定して王侯宰相の身を生成せん。例えば虞尚書は癸未年・甲寅月・戊午日・丙辰時、蔡学士は甲申年・戊辰月・己巳日・庚午時、皆この格に属す。

天厨格

此以食神見祿推之。甲丙愛行雙女遊(巳),乙丁獅子(午)己金牛(酉),戊樂陰陽(申)庚亥地,二千石祿坐皇州,癸來天蠍(卯)壬人馬(寅),辛到寶瓶(子)福自由,此乃天廚注天祿,令人福慧兩優遊。如富鄭公,甲辰年、丙寅月、乙巳日、辛巳時是也。

この格は食神の臨む所の禄位を按じて推するなり。歌訣十二星宮を借りて比と作す。甲・丙の天厨は双女宮に在りすなはち巳。乙・丁は獅子宮に在りすなはち午。己は金牛宮に在りすなはち酉。戊は陰陽宮に在りすなはち申。庚は亥地に在り。これらの位置皆二千石の厚禄を主り、京師に坐鎮す可し。癸は天蝎宮に在りすなはち卯。壬は人馬宮に在りすなはち寅。辛は宝瓶宮に在りすなはち子、福気自在なり。これすなはち天厨星の注定する所の天禄にして、人の福気と才智とをして両皆優裕ならしむ。例えば富鄭公、甲辰年・丙寅月・乙巳日・辛巳時、すなはちこの一格なり。

衣錦特賜格

甲丙庚日遇寅時,丙庚壬向巳中推,庚壬甲地歸申坐,壬甲丙來亥取之,此是錦衣第一局,時日無差定不移。如黃冕仲,甲申年、乙亥月、丙辰日、庚寅時,石參政,壬申年、己酉月、甲辰日、丙寅時是也。

歌訣に曰く、甲・丙・庚日生の人寅時に遇ひ、丙・庚・壬日のは巳上に往きて推し、庚・壬・甲日のは申位に帰りて坐し、壬・甲・丙日のは則ち亥時を取る。これ錦衣賜を受くる第一等の格局にして、ただ日と時と配して差はらざれば、貴格便ち定まりて移らず。例えば黄冕仲は甲申年・乙亥月・丙辰日・庚寅時、石参政は壬申年・己酉月・甲辰日・丙寅時、皆この格に属す。

清貴入堂格

此以丁辛加於子午卯酉主取之。乙丁辛見馬,丁辛癸向雞,辛癸乙還子,癸乙丁兔奇,此是正郎格,清華著錦衣。如林按撫,己酉年、乙亥月、癸丑日、乙卯時是也。又曰暗合三奇。

この格は丁・辛の両干を把て子・午・卯・酉の四仲の上に加へて取るなり。歌訣に曰く、乙・丁・辛の三干は午を見すなはち馬。丁・辛・癸の三干は酉に向かふすなはち鶏。辛・癸・乙の三干はなほ子に帰す。癸・乙・丁の三干は則ち卯を以て奇と為す、卯すなはち兎なり。これすなはち正郎の格にして、清貴顕要にして錦衣を身に着たり。例えば林按撫、己酉年・乙亥月・癸丑日・乙卯時、すなはちこの一格にして、また暗合三奇と呼ぶ。

循環格

如謂陳右相,癸巳年、癸亥月、甲寅日、辛未時,為入格,歌曰:生年遁數逢癸亥,生月又遁見甲寅,從日推之逢辛未,此般格局有功名。(並預知子貴格)

例えば陳右相、癸巳年・癸亥月・甲寅日・辛未時、便ちこの一格に入ると算す。歌訣に曰く、生年より遁数し下りて正好く癸亥に碰上り、生月よりさらに遁してまた甲寅を見、生日より推して往けば則ち辛未に逢ふ。年月日時首尾循環して相接す。かかる格局功名あるを主る。以上併せて《預知子貴格》に見ゆ。

竜吟虎嘯格

寅辰兩字見龍吟,遇此生人福最深,虎嘯風生人相厚,榮華富貴積資金。如王狀元,戊寅年、甲寅月、丁酉日、甲辰時是也。珞琭子云:龍吟虎嘯,風雨助其休祥。

歌訣に曰く、地支寅と辰の両字を見れば便ち竜吟なり。この格に遇ふ人は福気最も深し。虎嘯して風生ずれば、その人相貌厚重にして、栄華富貴能く金帛を積成す。例えば王状元、戊寅年・甲寅月・丁酉日・甲辰時、すなはちこの一格なり。《珞琭子》に曰く、竜吟虎嘯、自から風雨の来たりてその祥瑞を助くるあり。

瑩和尚注云:龍吟雨降,虎嘯風生,故曰:雲從龍,風從虎,則各從其所類也,常以戊辰甲寅取之,不然遇寅與辰,相得亦是。玉門關集云:凡龍吟虎嘯日時遇之,大好,日月次之,年月又次,日年月遇之,卻於時上遇祿者亦佳,但不犯空亡、支干相破,便是兩制命,有破無救只正郎。預知子云:龍吟得水,戊辰見甲寅,虎嘯得木,甲寅見戊辰。

瑩和尚注を作して曰く、竜吟すれば則ち雨降り、虎嘯すれば則ち風生ず。ゆゑに《周易》に「雲は龍に従ひ風は虎に従ふ」を講ず、皆各々その類に従ふなり。この格通常戊辰と甲寅の両柱を取る。もし然らずとも、ただ寅と辰とに遇ひて彼此相得れば、また算と為す。《玉門関集》に曰く、凡そ竜吟虎嘯は日・時の上に遇ふを以て最好と為し、日・月これに次ぎ、年・月またこれに次ぐ。もし日・年・月の上に遇ひて、而して時柱また禄に逢へば、また佳と算す。ただ空亡を犯さず干支相破らざれば、便ち翰林と中書の両制に任ずべき命なり。破ありて救なければ、ただ正郎に至るのみ。《預知子》に曰く、竜吟は須らく水を得べし、戊辰甲寅を見るこれ。虎嘯は須らく木を得べし、甲寅戊辰を見るこれ。

四般生一格

四般生一一生四,便斷公卿更莫疑,添減福神隨厚薄,官資子細定尋推。如許運使,癸巳年、癸亥月、辛亥日、壬辰時、甲寅胎是也。

歌訣に曰く、四様の物同じく一様を生じ一様また四様を生ずれば、便ち公卿の貴と断定するを得、さらに疑ふを要せず。ただ須らく福神の厚薄に随ひて増減高下し、官階資歴さらに仔細に推尋すべし。例えば許運使、癸巳年・癸亥月・辛亥日・壬辰時、胎元甲寅、すなはちこの一格なり。

官星暗合・馬馳禄格

如謝參政,乙卯年、戊寅月、己酉日、己巳時,己巳與甲申暗合,乙祿在酉,遁得乙卯、巳為祿元,巳馬位,故曰馬馳祿。

例えば謝参政、乙卯年・戊寅月・己酉日・己巳時なり。己巳と甲申と暗の中に於て相合し、乙の禄は酉に在り、遁数して乙卯を得れば、巳便ち禄元の所在なり。而して巳また正に駅馬の位なり。ゆゑに馬馳禄と呼作す、官星暗の中に於て相合して禄馬に随ひて走るなり。

鞍馬格

馬俊一辰是。玉撥金鞍坐貴人,便知三品定官榮,若無的殺加此格,兩府中書定舍人。如王駙馬,庚寅年、乙酉月、辛亥日、乙未時,庚寅見乙未,為攀鞍,庚貴在未,又是金號貴人坐金鞍。(此紫虛局)

鞍馬は駅馬の後の第一位に在り。歌訣に曰く、玉琢の馬鞍の上に貴人坐せば、便ち官三品の栄に居るを知る。もし確実の凶殺この一格の上に加はるなければ、両府に入るか中書舎人を為るを得。例えば王駙馬、庚寅年・乙酉月・辛亥日・乙未時なり。庚寅乙未を見れば便ち攀鞍なり、庚の貴人また正に未に在り。ゆゑに金貴人金鞍に坐すと称す。これ《紫虚局》に見ゆ。

相位貴神法歌

好年不如月,好月不如時,尊親帝座位,前後貴人隨。只如陳相國,庚寅年、丙戌月、辛卯日、己丑時,雖是大敗卻得天乙貴神,更本生太歲,為年中天子,前歌云:尊親帝座位是也。

歌訣に曰く、年柱の好きは月柱の好きに如かず、月柱の好きは時柱の好きに如かず。最も緊要なるは尊親の居る所の帝座の位にして、前後また貴人の相随ふるあり。例えば陳相国、庚寅年・丙戌月・辛卯日・己丑時、命は大敗を犯すといへども、却つて天乙貴神を得たり。加ふるに本生の太歳本身一年の中の天子にして、正に前の歌に説く「尊親帝座位」に合す。

又己丑、庚寅、辛卯,相連,謂之連珠鳳凰,雖無科名,官居相位,又生月丙戌,帶天德,九月戌為大殺同宮,況陳姓屬徵音,火墓在戌,合其寅,經云:本音墓處天德大殺司宮,即有三臺入座之榮,自餘不夾大歲值祿馬同鄉,亦可入相。(八字金書)

さらに己丑・庚寅・辛卯の三柱相連なるを「連珠鳳凰」と呼ぶ。此人科第の出身なしといへども、なほ官相位に居る。また生月丙戌は天徳を帯び、九月の戌位また大殺と同宮す。何ぞ況んや陳姓は五音のうち徵に属し、徵音は火に属し、火の墓庫正に戌に在り、戌また寅と相合す。経書の上に曰く、本音の墓庫の処もし天徳と大殺と一宮を同掌するに逢へば、便ち三台座に入るの栄顕あり。余の前後に夹拱せらるるなき命は、ただ太歳の上に禄馬同郷に碰上れば、また入相するを得。《八字金書》かくのごとく曰ふ。

引従輔弼格

年為天子坐中宮,日時相逢兩侍從,輔弼貴星人要識,為官氣勢最英雄。如曹中奉,癸丑年、甲子月、丙寅日、巳亥時,乙卯胎,拱年在其中也。(紫虛局)

歌訣に曰く、年柱好比ば天子中宮に坐し、日柱と時柱と相逢すれば便ち左右の両位の侍従なり。輔星弼星のこの両顆の貴星人須らく認得すべし、これを帯びて官を為れば気勢最も英武なり。例えば曹中奉、癸丑年・甲子月・丙寅日・己亥時、胎元乙卯、年柱正に前後に拱夹せられて当中に在り。《紫虚局》かくのごとく曰ふ。

包承格

前後有二支包承,本命在其中者是也,假令辛亥生人,得庚子月,戊戌日,子處其上,亥處其中,戌處其下是也,子在前為包,戌在後為承,入此格者主清貴福厚,只怕空亡沖破。(林開五命)

この格は本命の前後各々一個の地支ありてそれを包夹承托し、本命は当中に居る。例えば辛亥年生の人、庚子月・戊戌日を得れば、子は上に在り、亥は中に在り、戌は下に在り。子前に在るを「包」と曰ひ、戌後に在るを「承」と曰ふ。この格に入る人は清貴にして福厚きを主る。ただ空亡と沖破とに遇ふを怕る。《林開五命》かくのごとく曰ふ。

引従包承

假令甲子人,以前三辰為引,則丙寅、丁卯為引,以後三辰為從,則壬戌、癸亥為從,引宜遠,以丁卯為遠,從宜近,以癸亥為近。

例えば甲子年生の人、本命の前の三位を把て「引」と算すれば、丙寅・丁卯便ち引神なり。本命の後の三位を把て「従」と算すれば、壬戌・癸亥便ち従神なり。引神は遠きを以て好しと為す。ゆゑに丁卯は遠と算す。従神は近きを以て好しと為す。ゆゑに癸亥は近と算す。

然子卯相刑,不若丙寅為食神祿馬,若得壬戌時,則丁與壬合,卯與戌合,暗中有合,則壬戌癸亥甲子並乙丑以待用,而前引神有丙寅丁卯,一甲中天地氣全,前後包承,更看納音,有生旺之氣,兼諸貴殺助之者,大貴。管輅曰:引從包承,拱太歲,則官曆清華;刑害沖破值身命,則一生困苦。(閻東叟書)

ただし子と卯と相刑すれば、丁卯は丙寅に如かず。丙寅は甲に対し食神にして兼ねて禄馬なるを以てなり。もしさらに壬戌時を得れば、則ち丁と壬と合し卯と戌と合し、暗の中皆合意あり。ここにおいて壬戌・癸亥・甲子連なりて乙丑と皆備用す可し。前の引神また丙寅・丁卯あり、一個の甲子の中天地の気俱全にして、前後包承相接す。さらに納音生旺の気あるか否かを視、もしまた諸般の貴神と殺神の相助あれば、便ち大貴なり。管輅に曰く、引神従神包承相続きて太歳を拱せば、官を為れば必ず清要顕職を歴せん。もし刑・害・沖・破正に身命の上に落つれば、それすなはち一生困苦なり。《閻東叟書》かくのごとく曰ふ。

引從、從近,引須遙。引從格者,年月日時在一旬中也,居年前曰引,居年後曰從,引愛遠,從愛近,如己酉年、癸酉月、戊申日,後從壬子時,前引、引遠從近,乃大官之命,然引從格,居朝廷則多出入,蓋引從動也。

駢句に曰く、引神と従神との中、従神は近きを要し、引神は須らく遠からんべし。いはゆる引従格は、年・月・日・時皆同一旬のうちに落つるなり。本命年の前に在るを引と呼び、本命年の後に在るを従と呼ぶ。引神は遠きを喜び、従神は近きを喜ぶ。例えば己酉年・癸酉月・戊申日、後は壬子時を以て従と為し、前また引神あり、引遠くして従近し、これ大官の命なり。ただし引従格に入る人は朝廷の上に於て多く出入遷転あり、引と従とは本身就是動の義なればなり。

且如丁酉人,遇壬辰日、庚子時,此乃從遠引近不中,又不如壬辰日,壬寅時拱卯上作丁酉正端門格,又如乙丑人,見甲子為從或前遇庚午日乘引,只見庚午日謂引,蓋干合也,乙丑前數有己巳後有甲子,方曰正引徒數,無者止曰引從也,餘皆凖此推之。(沉芝源髓)

また丁酉年生の人壬辰日・庚子時に遇ふがごとき、これは従神遠くして引神近く、配すること中らず。かへつて壬辰日壬寅時に配するに如かず、辰と寅との間虚に卯を拱出す、丁酉に対し正に端門の格を成す。また乙丑年生の人、甲子を見れば従神と為し、あるいは前に於て庚午日に遇ひて乘りて引神と為す。ただ庚午日を見るもまた引と呼ぶ、乙と庚と天干相合するを以てなり。乙丑の前もし己巳を数得て後また甲子あれば、こそ正引正従と呼ぶ。なければ、ただ泛く引従と称するのみ。余皆この弁法を照らして推す。《沈芝源髄》かくのごとく曰ふ。

引從不同,前後宜乎審察。引從乃引進侍從也,陽命人遇引進神,陰命人遇侍從神者為得力,前從之分,在於太歲歲之前焉引,進歲之後為侍從。(壺中子)

引と従と併して相同じからず、前後の分別まさに仔細に審察すべし。いはゆる引従とは、すなはち引進の神と侍従の神なり。陽命の人引進神に遇ひ・陰命の人侍従神に遇へば、こそ得力と算す。前引と後従との分界は太歳に在り、太歳の前は引進と算し、太歳の後は侍従と算す。《壺中子》かくのごとく曰ふ。

夹禄夹貴

甲人得卯、丑,乙人得寅、辰,丙戊人得辰、午,丁己人得巳、未,庚人得未、酉,辛人得申、戌,壬人得戌、子,癸人得亥、丑,為夾祿鄉,有丁己庚而得未有丙戊乙而得辰,有辛壬而得戍,有癸甲而得丑,為夾祿窠二者祿窠為上,夾祿鄉次之。

甲日主地支卯と丑とを得、乙は寅と辰とを得、丙・戊は辰と午とを得、丁・己は巳と未とを得、庚は未と酉とを得、辛は申と戌とを得、壬は戌と子とを得、癸は亥と丑とを得る。これらを「夹禄郷」と呼ぶ、両支正に本干の禄を把て中間に夹むを以てなり。もし丁・己・庚にして未を得、丙・戊・乙にして辰を得、辛・壬にして戌を得、癸・甲にして丑を得れば、便ち「夹禄窠」と呼ぶ。両者相較すれば、禄窠を上と為し、禄郷これに次ぐ。

凡祿最喜於墓,謂之庫,而有所藏也,最惡於沖,謂之鬼,而有所尅也,妻財凖此論之。然當生遇庫印為福、為壽,歲運逢墓印,為爭、為凶。

大凡禄は最も墓に入るを喜ぶ、あれを庫と呼作す、収蔵する所有るを表示す。最も冲さるるを厭悪す、あれを鬼と呼作す、克伐する所有るを表示す。妻宮と財星もまたこの道理を照らして論ず。ただし本命の原局庫と印とに遇ふは、福気なり長寿なり。歳運の上に到りてさらに墓と印とに逢へば、便ち争奪と変じ凶事と変ず。

丙丁豬雞以戌為夾貴,壬癸蛇兔以辰為夾貴,丙午、丁未、丙子、丁丑,納音水,得甲戍火為財庫,壬子、癸丑、壬午、癸未,納音木,得丙辰土,為財庫以上謂之夾貴印庫,火財而得壬戍之水,土財而見戊辰之木,謂之庫中逢鬼,先富後貧,雖成必破。

丙・丁の貴人は亥と酉に在りすなはち猪と鶏、戌恰も両者の間に在り。ゆゑに戌を以て夹貴と為す。壬・癸の貴人は巳と卯に在りすなはち蛇と兎、辰恰も両者の間に在り。ゆゑに辰を以て夹貴と為す。丙午・丁未・丙子・丁丑の四柱納音水に属し、水は火を以て財と為し、甲戌の火を得れば便ち財庫なり。壬子・癸丑・壬午・癸未納音木に属し、木は土を以て財と為し、丙辰の土を得れば便ち財庫なり。以上皆「夹貴印庫」と呼ぶ。これに反して、火を以て財と為して却つて壬戌の水を得、土を以て財と為して却つて戊辰の木を見れば、便ち庫中に鬼に逢ふと曰ふ。先に富み後に貧するを主り、たとへ成就するも必ず破敗せん。

又甲戊庚、乙己丙丁壬癸,六辛於年月日時順連,四干不斷,不必在牛羊鼠猴豬雞兔蛇馬虎之位,但見辰戍二位,便為天乙受福,納慶之宮,主學問該博,文章蘋藻,科名巍峨,官職清貴,凡夾庫帶正印,而庫墓者為上,庫墓而非正印者為中,無印庫者為下。(閻東叟書)

また甲戊庚の一組・乙己の一組・丙丁の一組・壬癸の一組、加ふるに六辛、年月日時の上に順次相連なりて四つの天干断えざれば、則ち地支必ずしも丑未・子申・亥酉・卯巳・午寅のこれら牛羊鼠猴猪鶏兎蛇馬虎の貴人本位に落つるを要せず。ただ辰・戌の両位を見れば、また天乙の福を受け慶を納する宮と算す。学問淵博・文章華美・科名高峻・官職清貴を主る。凡そ夹庫また正印を帯びて本身是庫墓なるを上等と為し、是庫墓にして正印を帯びざるを中等と為し、印なくかつ庫なきを下等と為す。《閻東叟書》かくのごとく曰ふ。

また夹禄夹貴

干神一字而支神相應,前有貴擁,後有馬乘,中有建祿者是也,假令己未人,己巳月、己未日、己巳時,四己干神二字,未有己貴在申,故曰前有貴擁,未有馬在巳,故曰後有馬乘,中己祿在午,故曰建祿,貴踰三品之命,若夫丁巳丁未則止夾祿,辛卯辛丑則止夾貴,當從減落斷之。(玉霄寶鑑)

この格は天干ただ一個の字を用ひ、而して地支これと相応ずるを要す。前に貴人の擁護あり、後に駅馬の承載あり、当中なほ建禄あり。例えば己未年生の人、己巳月・己未日・己巳時に配すれば、四つの己字にして地支ただ未と巳の両種を用ふ。未年の己の貴は申に在り、ゆゑに前有貴擁と説く。未の駅馬は巳に在り、ゆゑに後有馬乗と説く。居中の己の禄は午に在り、ゆゑに建禄と称す。これ貴三品に過ぎる命なり。丁巳丁未に配するに至りては、ただ夹禄を成すのみ。辛卯辛丑に配すれば、ただ夹貴を成すのみ。まさに等級を按じて逓減して断ずべし。《玉霄宝鑑》かくのごとく曰ふ。

禄貴夹扶人少なきを得

祿貴夾扶者,戊午、丙午日時多者是也。蓋戊祿在巳,夾在後,戊貴在未,夾在前也,又如己未年、辛未月、己未日、辛未時,蓋己祿在午在後,己貴在申在前也,乃祿與貴人夾扶其身,乃貴命,不須帶別支神也。(沉芝源髓)

いはゆる禄貴夹扶とは、日時多く戊午・丙午のこの一類を見るなり。戊の禄は巳に在り、巳は午の後に在りて、後より夹住す。戊の貴人は未に在り、未は午の前に在りて、前より夹住す。また己未年・辛未月・己未日・辛未時のごとき、己の禄は午に在りて位は未の後に在り、己の貴人は申に在りて位は未の前に在り、正に禄と貴人と一前一後に本身を夹持扶助す。ゆゑに貴命これ、さらに別の吉支を帯ぶるを要せず。《沈芝源髄》かくのごとく曰ふ。

前遮後擁人中の仙

祿馬夾貴,在本命前後是也。(理愚歌)凡欲持網入帝朝,貴星不與賤星交,將軍須是刑星裡,宰相多應祿馬包。凡貴人格,須要五位中無一位駁雜,往來乘旺,遞相有氣,帶福神於其上是也。四位貴卻一位賤,便不是貴格。(鬼谷要訣)

いはゆる前遮後擁とは、すなはち禄・馬と夹貴と分列して本命の前後に在るなり。これ《理愚歌》に見ゆ。歌訣また曰く、凡そ綱紀を執掌し朝に入りて官を為らんと欲するは、貴星賤星と相交ること能はず。将軍を為るは須らく刑星の中に在るべく、宰相を為るは多く禄馬に包夹せらる。大凡貴人の格は、須らく年・月・日・時・胎の五位の中一位の駁雑もなく、彼此往来皆旺気に乘り、逓相気あり、また福神を帯びて上に在るを要す。もし四位皆貴にして一位賤あれば、便ち貴格と算するを得ず。《鬼谷要訣》かくのごとく曰ふ。

第廿二巻・貴局を論ず下

一切福神相還格

凡祿馬陰官貴、六合、華蓋、金興、文星、貴人、印綬、祿庫、食神、奇德之類,皆謂之一福神,遞互相還,便是貴格,若無死絕沖破、空亡,有五行旺氣,福助之貴,為將相,如此而又有殺神,即少達曆重任,若有死絕沖破、空亡,只在格上看之,又須尊者吉,方可,即干神是也。

凡そ禄馬・陰官貴・六合・華蓋・金輿・文星・貴人・印綬・禄庫・食神・奇徳のこの一類は、皆福神と算す。それら彼此逓相往還照応せば、便ち貴格なり。もし死絶・沖破と空亡なければ、また五行の旺気あれば、福神相助けて貴を成し、将相を為るを得。かくのごとくして却つてさらに殺神を帯ぶるは、すなはち晚些にしてこそ通達するも、ただまた重任を担当するを得。もし命に已有死絶・沖破・空亡あれば、ただ格局本身に就きて視るを得るのみ、なほ須らく尊位是吉なるを要す。いはゆる尊位とは指す所すなはち天干なり。

凡干神作生旺、臨官、或作福神,皆是尊吉也,納音逢死絕,茲謂尊吉卑凶,若納音既死絕,更有沖破空亡,即不成就,不過一薄尉州縣官,縱他有福神助之,亦不遇一多難京朝官耳。

凡そ天干生旺・臨官の地に処るか、あるいは本身即是福神なるか、皆尊位吉と算す。この時納音却つて死絶に逢へば、便ち「尊吉卑凶」と呼ぶ。假如納音已に死絶するのみならず、また沖破と空亡とを添ふれば、それすなはち事を成す能はず、過ぎず位卑き県尉・州県の小官を為るのみ。たとへ別に福神の来たりて幇扶するあれども、また過ぎず一個の多災多難の京朝官のみ。

若死絕空亡沖破更有三刑六害,必是一孤獨有藝術人,或僧道,並無成舉人,更觀五行輕重消息斷之,若乘生旺氣者,特達之士,只消一件,可作大貴,若不乘生旺之氣,須兩件可也。(林開五命)

もし死絶・空亡・沖破の外さらに三刑六害を加ふれば、此人必ず孤独にして技芸術数を以て生を謀り、あるいは出家して僧道を為り、挙人をも考へて成らず。なほ五行の軽重を視て斟酌判断を要す。もし生旺の気に乘れば、便ち特出顕達の士にして、ただ一様の吉格を占めれば便ち大貴す。もし生旺の気に乘らざれば、両様を占めてこそ行ふを得。《林開五命》かくのごとく曰ふ。

一を致し神を凝す

聖人得抱一之真,則無所不達,鬼神含得一之靈,則變化無窮,而陰陽之理,精神之運,斂散抑揚,歸於一者,所以為致一之命,乃問世賢輔,出群異人也。

聖人「抱一」の真諦を得れば、通達せざるなし。鬼神「得一」の霊性を含めば、変化無窮なり。陰陽の道理・精神の運行・収斂と発散・抑制と揚起、最終皆一個の「一」の字に帰結す。ゆゑに致一の命と呼作す。かかる人是問世の賢良輔弼にして、常人を超出する奇士なり。

如年月日時胎五位,納音四木、一水、四土一火之類是,見於時,或一金四木,土一水四,全之類,一見於年各有旺氣發越、一路是也。五位中有二戊、二丑,而日上或時上,見一寅之類是也。干神上下俱是戊己,而日上見一丙之類是也。

例えば年・月・日・時・胎の五つの位置、納音四つの木ありて一個の水に配し、四つの土ありて一個の火に配するのこの一類、あの唯一の異類時上に出現す。あるいは一個の金ありて四つの木に配し、一個の水ありて四つの土に配するのこの一類、あの唯一の異類年上に出現す。各々自ら旺気ありて発越して自ら一路を成す。これすなはち致一なり。また五位の中に二個の戊・二個の丑ありて、而して日上あるいは時上单に一個の寅を見るも、またこの一類に属す。また天干上下皆戊己にして、而して日上単に一個の丙を見るも、またこの一類に属す。

天乙、天官、文星,天德,往來見於四位為福貴之氣,獨於時上一位無福貴之氣是也。祿馬官印貴德會聚於一位是也。三合於日時上帶本家一位是也,三合逢一馬是也。

また天乙・天官・文星・天徳四柱の間に往来出現して、処処皆福貴の気にして、唯だ時上のあの一位のみ福貴の気なきも、これもまた致一なり。また禄・馬・官・印・貴・徳統統として一個の位置の上に会聚するがごとき。また三合の局日柱あるいは時柱の上に於て本家の一位を帯ぶるがごとき。また三合の中に於て一位の駅馬に逢ふがごとき、皆この一格に属す。

四位俱乘旺氣,獨於時上帶一路死絕之氣是也。四位俱帶死絕之氣,惟日上或時上帶一路生旺之氣是也。四位或甲乙或丙丁或戊己或庚辛或壬癸,而日上或時上見一真官是也。雖曰如是,須往來會合歸於一者,方成此格。

また四柱皆旺気に乘りて、唯だ時上一路の死絶の気を帯ぶるがごとき。これに反して四柱皆死絶の気を帯びて、ただ日上あるいは時上一路の生旺の気を帯ぶるがごとき。また四柱天干あるいは全て甲乙・あるいは全て丙丁・あるいは全て戊己・あるいは全て庚辛・あるいは全て壬癸にして、而して日上あるいは時上单に一位の真正の官星を見るがごとき。かくと曰ふも、なほ須らく彼此往来会合して一処に帰してこそ、真にこの格を成就したると算す。

虚中精実

人之年時上下如天地覆載而運,日月於太虛之中,此虛中精實之格,最為奇妙,雖美惡相雜,憎愛相半,無不併包而兼容之,真大氣遠業之命。

人の年柱と時柱と一上一下、好比ば天上に覆ひ地下に載するがごとく、而して日・月の両柱中間の太虚の内に運行す。これすなはち虚中精実の格にして、最も奇妙なり。かかる命たとへ美悪夾雑し憎愛各半するも、また能く一併に包容し下さる。真に気量宏大・事業久遠の命なり。

且年與時上下乘生旺之氣,而於日月兩路帶死絕之氣是也。年月時三位俱帶生旺之氣,惟日上帶一路衰敗死絕之氣是也。上下乘金土剛建厚實之德,惟日上一路建水火變通之氣是也。

例えば年と時と一上一下皆生旺の気に乘りて、而して日・月の両路却つて死絶の気を帯ぶるがごとき。また年・月・時の三位皆生旺の気を帯びて、唯だ日上一路の衰敗死絶の気を帯ぶるがごとき。また上下皆金土剛健厚実の徳に乘りて、唯だ日上一路水火変通の気を立つるがごとき。これら皆虚中精実に属す。

上下俱帶天乙、天官,文星、祿馬,並互換見諸吉神,獨日位上無祿馬貴氣是也。年月日得寅午戍生旺庫三位純全,獨日上一位在火氣衰敗死絕之處是也。巳酉丑、申子辰,亥卯未,三合之命,獨日上一位帶三合、衰敗死絕之氣是也。入此格者,曠世無忌,大德有容,富貴不能淫,威武不能屈。

また上下皆天乙・天官・文星・禄馬を帯び、各種の吉神交互に出現して、唯だ日位の上に禄馬貴気なきがごとき。また年月日湊りて寅午戌の生・旺・庫の三位純全を成して、唯だ日上のあの一位火気衰敗死絶の処に落つるがごとき。また巳酉丑・申子辰・亥卯未の三合の命にして、唯だ日上の一位三合の中の衰敗死絶のあの一段を帯ぶるがごとき。凡そこの格に入る人は、曠世もまた顧忌する所なし、徳量宏大にして能く人を容れ、富貴もまたそれをして放縦ならしむる能はず、威武もまたそれをして屈服せしむる能はず。

鼎足鎡基

鼎足之義,謂之三合,見三奇三合,見一馬三合,見馬合三合,見本干三合,帶本家三合,以馬換實支,切忌以金當寅午戌之類,須旺中損壽也。

「鼎足」は取る所三足鼎立の義にして、指す所すなはち三合の局なり。三合三奇を見、三合一位の駅馬を見、三合馬と相合する支を見、三合本命の天干を見、三合本家の柱を帯ぶ、三合駅馬を用ひて一個の実支を換ふ。これら皆鼎足の根基なり。ただ切に金を用ひて寅午戌の火局に当たるのこの一類を忌むべし、あれは旺中に処るといへども、却要して寿数を折損せん。

三合見三奇者,乙丙丁或甲戊庚在年月日時,胎上是也。三合見一馬者,申子辰而得寅馬,巳酉丑而得亥馬之類是也。三合見馬合者,寅午戍見巳合,亥卯未見申合之類是也。三合見本干者,甲乙人得亥卯未,丙丁人得寅午戍之類是也。

いはゆる三合三奇を見とは、乙丙丁あるいは甲戊庚年・月・日・時あるいは胎元の上に出現するなり。いはゆる三合一馬を見とは、申子辰水局にして寅上の駅馬を得、巳酉丑金局にして亥上の駅馬を得るのこの一類なり。いはゆる三合馬合を見とは、寅午戌火局の馬申に在りてまた巳の来たりて申と合するを見、亥卯未木局の馬巳に在りてまた申の来たりて巳と合するを見るのこの一類なり。いはゆる三合本干を見とは、甲乙の日主亥卯未の木局を得、丙丁の日主寅午戌の火局を得るのこの一類なり。

三合帶本家者,寅午戍火命得丙寅,戊午、甲戍帶本家火也,亥卯未得己亥、辛卯、癸未,帶本家木也,他準此。又如寅午戌馬,在申有申,而闕寅,亥卯未馬在巳,有巳而闕亥,申子辰馬在寅,有寅而闕申,巳酉丑馬在亥,有亥而闕巳,此三合馬換頭支也。

いはゆる三合本家を帯ぶとは、寅午戌の火命にして丙寅・戊午・甲戌を得、この三柱の納音皆火に属して、正に本家の火を帯ぶなり。亥卯未の木局にして己亥・辛卯・癸未を得、納音皆木に属して、正に本家の木を帯ぶ。余はこれを照らして推す。また寅午戌の駅馬申に在りて、命に申ありて却つて寅を缺くがごとき。亥卯未の馬巳に在りて、巳ありて却つて亥を缺くがごとき。申子辰の馬寅に在りて、寅ありて却つて申を缺くがごとき。巳酉丑の馬亥に在りて、亥ありて却つて巳を缺くがごとき。これを三合駅馬を用ひて頭一個の地支を換ふと呼ぶ。

拱揖闕門

本命甲子,以己巳、辛未為拱揖,虛午為闕門,本命乙丑以庚午壬申為拱揖,虛未為闕門,餘皆倣此。陽命只天官合,陰命見天官、印綬,在日時上,居拱揖二位者是也。

本命甲子なるは、己巳と辛未の両柱を以て拱揖を作し、中間空ける午位便ち「闕門」なり。本命乙丑なるは、庚午と壬申とを以て拱揖を作し、中間空ける未位便ち闕門なり。余はこれに準じて推す。陽命はただ天官相合を取り、陰命は則ち天官と印綬とを見るを要し、皆日柱・時柱の上に落ちて、而して正好く拱揖のあの両個の位置に居るを要す。

一如甲以己為天合,辛為天官,乙以庚為天官,壬為印綬之類,或二天官合,又二天官或二印綬,夾輔闕門,亦貴資以天德、天乙者,尤貴也。(並閻東叟)

例えば甲は己を以て天干相合と為し辛を以て天官と為し、乙は庚を以て天官と為し壬を以て印綬と為すのこの一類。あるいは両重の天官の合、あるいは両重の天官、あるいは両重の印綬、両辺より闕門を夹輔するも、また貴を主る。もしさらに天徳・天乙の力を借助せば、それすなはち格外に顕貴なり。以上併せて《閻東叟書》に見ゆ。

拱將、拱門、並拱座,拱貴、拱印、青雲路。凡拱者二位虛夾一位,日拱,拱將者,如亥人得寅日,辰時,故虛夾有拱,林開云:坐實不如拱虛、明合不如暗合,乃此格也。

駢句に曰く、拱将・拱門連なりて拱座、さらに拱貴・拱印を加ふれば、皆青雲に通ずる路なり。凡そ「拱」と称するは、両個の位置虚に中間の一位を夹みて、日柱より来たりて拱するなり。拱将、例えば亥年生の人寅日・辰時を得れば、寅と辰と虚に中間の卯を夹住し、卯正に亥命の将星なり。林開に曰く、実に坐するは虚を拱するに如かず、明合は暗合に如かず、講ずる所すなはちこの一格なり。

拱門者,如年對處是,如林發運癸亥年、癸亥月、戊辰日、戊午時,有辰有午,虛拱巳上一位,曰拱門,加之戊輿癸合,兩戊巳上又拱祿,兩癸巳上又虛夾拱貴,與兩戊合為真拱。

拱門とは、年柱と相対する処に拱するこれなり。例えば林発運、癸亥年・癸亥月・戊辰日・戊午時、辰ありまた午ありて、虚に中間の巳を拱す。これを拱門と呼ぶ。加ふるに戊と癸と相合し、両個の戊巳上に於てまた禄を拱出し、両個の癸巳上に於てまた虚に貴人を夹拱出し、両個の戊と相合す。これこそ真拱と算す。

凡拱者須愛兩拱干同方為真拱,如戊辰見壬午等,乃假拱。凡拱處只愛一午、一辰,如一處重逢,乃偏也。凡拱格皆用此例。

凡そ拱は、皆須らく両辺拱夹の天干相同じければこそ真拱と算す。戊辰壬午に配するのごとき天干相同ならざるは、ただ假拱のみ。凡そ拱の処は、ただ一個の午一個の辰に配するを喜ぶ。もし同一辺重複して出現せば、便ち偏なり。凡そ拱格に属するは、皆この例を照らして視る。

拱座者,乃時為帝座,對沖處逢曰拱座,如庚寅年、丁亥月、庚辰日、乙酉時,沖卯為木帝旺之門,乙祿在卯,與庚合,逢真拱為貴。

拱座とは、時柱を把て帝座と看作し、それと相冲する処に於て拱に遇へば、便ち拱座と曰ふ。例えば庚寅年・丁亥月・庚辰日・乙酉時、酉の沖する所の卯は木の帝旺の門にして、乙の禄また正に卯に在り、乙と庚と相合し、真拱に逢上す。ゆゑに貴と為す。

拱貴者,如甲戊庚牛羊,逢有寅、有子、或有午,更有申曰拱貴也。拱印者,如六丙生人遇卯,並巳遁起拱得壬辰,辰乃水印也,凡拱印者,須不破,又看得財印、鬼印、官印、子印、乘印、脫印細細推之。

拱貴、例えば甲・戊・庚の貴人は丑と未に在りすなはち牛と羊、命中寅に遇ひ・子に遇ひあるいは午に遇ひ、さらに申あれば、便ち能く貴人を虚に拱出す。拱印、例えば六丙日生の人卯に遇ひ、また巳あれば、中より遁を起して壬辰を拱得す、辰正に水印なり。凡そ拱印皆須らく沖破せられざるべく、なほ須らく拱到するは財印か・鬼印か・官印か・子印か・乘印か・脱印かを分かちて、細々に推詳すべし。

凡拱印者,有七十二格,拱印、拱害、拱馬、拱學堂、拱飛刃、拱劫、拱亡神、拱鬼、拱官貴、拱旺、拱破、拱孤辰、拱寡宿、拱巌廊、拱合、拱君臣合,凡拱須詳殺神輕重分高低言禍福貴賤,青雲得路者,皆貴命,乃日就時中帶祿也。(沉芝源髓)

拱の格式共に七十二種あり。例えば拱印・拱害・拱馬・拱学堂・拱飛刃・拱劫煞・拱亡神・拱鬼・拱官貴・拱旺・拱破・拱孤辰・拱寡宿・拱岩廊・拱合・拱君臣合等々。凡そ拱を論ずるは、皆須らく殺神の軽重を詳察して高下を分かち、拠りて禍福貴賤を判断すべし。いはゆる青雲路を得とは、皆貴命を指し、日柱によりて時柱に就きて禄を拱帯出するを言ふなり。《沈芝源髄》かくのごとく曰ふ。

竜天門を躍る

凡五亥人,得壬辰日時,壬辰人得五亥日時者也,如見丁亥者,為正入格,天門在西北處。乾之位,壬辰水正印,而六龍在御,見亥,所以為福,若得丁亥,則干神合壬祿在亥,入此格者,有潤澤生民濟世之功業。

凡そ乙亥・丁亥・己亥・辛亥・癸亥のこの五種の亥年生の人壬辰日あるいは壬辰時を得、あるいは壬辰年生の人亥日・亥時を得るは、皆この格に属す。もし丁亥を見れば、便ち正しく入格なり。天門は西北に在り、正に乾卦の位なり。壬辰納音水に属し、これ水の正印にして、辰また竜と為る。六竜天に於て駕御し、さらに亥の乾位に居るを見る。ゆゑに福を成す。もし丁亥を得れば、則ち丁と壬と天干相合し、壬の禄また正に亥に在り。この格に入る人は、百姓を潤沢し世を済ひ民を安んずるの功業あり。

虎竜閣に臥す

庚申人得辛卯,為日時者,為正入格,曰虎家在庚申,而辛卯重重見之,則為龍閣,故曰虎臥龍閣,得此者,有聲彈壓名臣。

庚申年生の人、日柱あるいは時柱辛卯を得れば、便ち正しく入格なり。申は虎に属し、庚申すなはち虎の家なり。辛卯重々出現すれば則ち竜閣と成る。ゆゑに虎竜閣に臥すと曰ふ。この格を得る人は、声威以て一方を鎮服するに足る名臣なり。

雲行き雨施す

丙午、丁未得戊子已丑日時,戊子己丑人得丙午丁未日時,蓋丙午丁未天河水,戊子己丑霹靂火,子午居陰陽之正位,今全見之,陰陽和也,陰陽和而乃雨,如己入貴格,而得此者,膏澤及民,榮職百撥,如有沖破、空亡,亦不免為州縣之職,丁未人得壬辰、己丑人得壬辰,凖龍得天河水、與霹靂火亦為雨故也。

丙午・丁未年生の人戊子・己丑の日時を得、あるいは戊子・己丑年生の人丙午・丁未の日時を得るは、皆この一格なり。丙午・丁未の納音は天河水にして、戊子・己丑の納音は霹靂火なり。子と午とまた陰陽の正位にして、今両者俱に見ゆ、陰陽調和し、陰陽一たび和すれば便ち能く雨を降らす。もしもと已に貴格に入りてまたか般の配合を得れば、恩沢能く百姓に施及し、栄顕の職層層升抜す。もし沖破・空亡を帯ぶれば、また免れずただ州県の官を為るのみ。丁未年生の人壬辰を得、己丑年生の人壬辰を得るも、またこれを照らして視る。辰は竜と為るを以て、竜天河水を得てまた霹靂火に遇へば、同じく能く雨を成す。

清粛憲台

巳酉丑人皆得乙字者是,假令乙丑人得乙酉月、乙巳日、乙酉時為入正格,金主刑,乙真金也,巳酉丑金之正位,上下全見之故,清肅憲臺,得此者,多為臺諫之任,若胎月中見驛馬,則外任憲司之職。(並玉霄寶鑑)

地支巳酉丑合して金局を成す人、天干皆乙字を得れば、便ちこの一格なり。例えば乙丑年生の人乙酉月・乙巳日・乙酉時に配すれば、すなはち正しく入格なり。金は刑殺を主り、乙はここに真金と看作さる、巳酉丑また金の正位にして、上下俱全なり。ゆゑに清粛憲台と称す。この格を得る人多くは台諫の職に任ず。もし胎元あるいは月柱の中に駅馬を見れば、便ち外放して監察一路の憲司の官を為り往く。以上併せて《玉霄宝鑑》に見ゆ。

風雲慶会格

風雲慶會少人知,年遁月兮日遁時,轉把月時遁年日,有人遇者一生奇。(廣録)

歌訣に曰く、風雲慶会のこの一格は甚だ少なく人の識得するあり。それは生年を用ひて生月を遁出し、生日を用ひて生時を遁出す。これに反してさらに月と時とを把て年と日とを遁せば、彼此皆能く相応ず。人もしこの一格に遇へば、一生際遇必ず奇特なり。《広録》かくのごとく曰ふ。

数日貴

須將三日一分干,十干日內細推看,六日生為初甲乙,須逢寅卯貴人言。一至三日得甲或寅,四至六日得乙或卯,七至九日得丙或巳,十至十二日得丁或午,十三日至十五日得戊或己,十六日至十八日得己或午,十九至二十一日得庚或申,二十二至二十四日得辛或酉,二十五至二十七日得壬或亥,二十八日至三十日癸或子,五行既失,取舍既便,數日人命稍加於此,乃為福貴之命。(太乙統紀)

歌訣に曰く、須らく一個の月を把て毎三日に一個の天干を配して分かち、十干の内に於て細々に推看すべし。頭の六天生まれは甲・乙の両干に属し、須らく寅・卯に逢ひてこそ貴人を説くを得。具体これ、初一より初三に生まれは甲あるいは寅を取り、初四より初六は乙あるいは卯を取り、初七より初九は丙あるいは巳を取り、初十より十二は丁あるいは午を取り、十三より十五は戊あるいは己を取り、十六より十八は己あるいは午を取り、十九より二十一は庚あるいは申を取り、二十二より二十四は辛あるいは酉を取り、二十五より二十七は壬あるいは亥を取り、二十八より三十は癸あるいは子を取る。もし五行已に位を失へば、取捨便ち宜に随ひて変通す。日数を按じて排出する命、稍微さらに別の吉格を加ふれば、便ち福貴の命なり。《太乙統紀》かくのごとく曰ふ。

陽奇陰偶最も豪英・重陰官重き職さらに深し

陽奇者,甲庚丙壬也,陰偶者乙辛丁癸也,命中見之大好,重陰者,如甲人逢癸又見庚,重官者,如甲人逢辛,又見丙,蓋甲以辛為官,辛以丙為官,乃重官也。如甲人逢兩辛,不用此論如福聚多,兩府之命。

いはゆる陽奇とは、甲・庚・丙・壬の四陽干を指す。いはゆる陰偶とは、乙・辛・丁・癸の四陰干を指す。命に見ゆれば最好なり。いはゆる重陰とは、例えば甲日の人癸に逢ひてまた庚を見るなり。いはゆる重官とは、例えば甲日の人辛に逢ひてまた丙を見るなり。甲は辛を以て正官と為し、辛また丙を以て正官と為す、官上に官を加ふ。ゆゑに重官と曰ふ。もし甲日の人ただ両個の辛に逢へば、便ち重官を按じて論ぜず。福気聚得る多きは、両府に入るべき命なり。

包裹旌旗皆貴人

包裹旌旗乃拱劫殺、亡神相見,須是天元有氣,不甚死絕,最吉。凡命中劫殺曰旗,亡神曰旌,二殺相見,方為旌旗,獨遇一位,非旌旗也。包裹者,乃拱旌旗也。

包裹旌旗とは、虚に拱出する劫殺と亡神と同時に出現するを指す。なほ須らく天干気ありて太だ死絶せざるを要し、かくのごとき最も吉なり。凡そ命中の劫殺を「旗」と呼び、亡神を「旌」と呼ぶ。両殺同見してこそ旌旗と算し、ただ一位に遇ふのみなれば、便ち旌旗を成さず。いはゆる包裹とは、すなはち旌旗を把て当中に拱夹するなり。

且如庚辰年、丙戌月、庚午日、丙子時,乃辰人劫殺在巳,亡神在亥,庚辰庚午拱巳上劫殺,曰包裹旗,丙戌丙子拱亥上亡神,曰包裹旌,餘格類此。凡遇旌旗者,官雖卑,亦作小監司,如遇之必為師帥,如帶刃,身克殺,多斬人,殺克身必下來惡死定也。(沉芝源髓)

例えば庚辰年・丙戌月・庚午日・丙子時なり。辰年生の人の劫殺は巳に在り亡神は亥に在り。庚辰と庚午の両柱虚に巳上の劫殺を拱すれば、便ち包裹旗と曰ふ。丙戌と丙子の両柱虚に亥上の亡神を拱すれば、便ち包裹旌と曰ふ。余の同類の格はこれを照らして視る。凡そ旌旗に遇ふ人は、官位低きといへども、また能く一個の小監司を為るを得。配合好きを得れば、必ず兵を統べる師帥なり。もしさらに羊刃を帯びて本身殺を剋するは、多く人を殺すを主る。殺かへつて本身を剋するは、下場必ず凶死せん。《沈芝源髄》かくのごとく曰ふ。

富貴の成す所

祿期本地,身命旺相,祿乘馬位,貴合兩全。如甲人生亥卯未或寅卯辰中,即生旺氣也,如甲辰得辛亥,丙寅己亥,甲寅得辛未,丙子巳亥是也。

禄は須らく本命の本気の地に落ち、身と命と皆旺相にして、禄また駅馬の位に乘り、貴と合と両様俱全なるを要す。例えば甲日の人亥卯未あるいは寅卯辰の中に生まれれば、便ち生旺の気を得たり。また甲辰辛亥を得、丙寅己亥を得、甲寅辛未を得、丙子己亥を得るがごとき、皆この一類に属す。

真体位を守る

如丁人得壬,而在寅卯辰亥之中、或見丙辛各在旺地,而別位無丁是也。

例えば丁日の人壬を得て来たりて相合し、而してこの壬また寅・卯・辰・亥の中に坐す。あるいは丙と辛と各々自ら旺地に居りて、而して別の位置の上さらに丁の来たりて相争ふなければ、これを真体位を守ると曰ふ。

支干純一・貴ありて来朝す

本命四柱支干純一,或四柱干純帶貴神來朝本命,或四柱並在一支上見貴神。

本命四柱の天干地支純粋にして画一、あるいは四柱天干純一にして貴神を帯びて来たりて本命を朝拱するか、あるいは四柱一斉に同一個の地支の上に於て貴神を見るか、皆この格に属す。

金五事に逢ひ・順に三奇を得

金、木、水、火、土而三元有氣,得生克相順尤佳也,辛酉人得甲午月、戊寅日、庚申時,是三奇順得也。

金・木・水・火・土の五行斉備して、而して年・月・日の三元皆気あり、生と剋とまた能く順次相承ければ、最も上佳なり。例えば辛酉年生の人甲午月・戊寅日・庚申時を得れば、甲・戊・庚の三奇依次に来たる。これすなはち順に三奇を得なり。

假音時を得

如土人生夏季,或居申子辰中,連四季者是也。

例えば納音土に属する人夏末の季夏の月に生まれれば、火旺にして能く土を生ず。あるいは身申子辰の水局の中に居りてまた辰戌丑未の四季土月に連なれば、これを假借して他音によりて時を得と曰ふ。

宝義制伐・四事朝に顕る

尊生卑曰寶,卑生尊曰義,上克下曰制,下克上曰伐,以此四者,胎月日時上下相生相剋是也。

尊位卑位を生ずるを「宝」と曰ひ、卑位尊位を生ずるを「義」と曰ひ、上に在るの下に在るを剋するを「制」と曰ひ、下に在るの上に在るを剋するを「伐」と曰ふ。この四種の関係を用ひて胎・月・日・時の彼此上下の間の相生相剋を視れば、すなはち宝義制伐なり。

木官木重き金鬼偏なし

木須要金,而木適用,甲重而無金者,須得支有金,金須要火,而金相當,或庚重而會合於丙。

木は必ず金の来たりて修削するあらばこそ、木こそ用あり。甲木重畳して天干金なきは、須らく地支のうち金を蔵するを得べし。金また必ず火の来たりて鍛錬するあらばこそ、金こそ手に称へ。もし庚金重畳せば、すなはち丙火と会合してこそ好し。

五行雑ならず・九命相養ふ

謂三元各處一方,帶本位祿,而和及三元各居生旺庫,而納音支干相生育也。

これは年・月・日の三元各々一方を占め、各々本位の禄を帯びて彼此調和するを言ふ。あるいは三元各々自ら生・旺・庫の地に居りて、而して納音と干支との間また能く互相生育養護するなり。

主旺し本成りて一方に会す

庚子土得丙午月、丁丑胎、庚辰日、癸未時之類,雖沖破卻會在本氣之方,更有祿馬尤好。

例えば庚子年納音土に属し、丙午月・庚辰日・癸未時を得、胎元丁丑。この一類子午の冲・丑未の破あるといへども、却つて皆土の本気の一方に会聚す。もしさらに禄馬の来たりて会するあれば、それすなはちさらに好し。

【月官德合】如丁亥得壬辰、壬戌、壬寅,己亥得甲辰、甲戌、甲寅。【暗逢支祿】如甲人得丑未亥之類。【用刑者有時】如寅刑巳,而生在春,制克有用。【守刑者不亂】如癸巳刑戊申、而無丁干是。人生元命支干四柱,應以上諸格者,主富貴,縱無氣,亦主名聞挺特出群。

月官徳合、例えば丁亥壬辰・壬戌・壬寅を得、己亥甲辰・甲戌・甲寅を得るがごとき、丁と壬と合し甲と己と合する、皆月上の官星と本命の徳合なり。暗に支禄に逢ふ、例えば甲日の人丑・未・亥のこの一類を得る、地支の中に暗に禄を蔵するなり。刑を用ふるは時あり、例えば寅巳を刑し、而して人春天に生まれ、木旺火相にして、この一刑正好く制剋の用を起す。刑を守るは乱れず、例えば癸巳戊申を刑し、而して天干丁の来たりて攪擾するなし。人の元命干支四柱もし以上これらの格に合上せば、皆富貴を主る。たとへ五行気なきも、また名声挺特・抜類萃出するを主る。

三元有地而貴,四柱遞合而榮。三元俱有用得地,必富貴清顯,胎月日時為四柱,交互相合而朝命,即是榮貴清顯之命。(並鬼谷遺文)

駢句に曰く、年月日の三元各々着落あれば便ち貴にして、四柱逓相配合せば便ち栄なり。解釈に曰く、三元皆用ありてしかも各々その地を得るは、必ず富貴清顕なり。胎・月・日・時を把て四柱と算し、それら交互相合して本命に朝向すれば、すなはち栄貴清顕の命なり。以上併せて《鬼谷遺文》に見ゆ。

凡貴人之命,不可一塗而定,須推生月日時之所遇,有遇四貴者,有遇五行本位及華蓋而貴者,有遇正天乙而貴者,有遇本家祿而貴者,有遇干合而貴者,有遇正官印而貴者,有遇天乙神而貴者,有遇天乙貴神合而貴者,有遇祿馬同位而貴者,有遇支干四字全而貴者,有遇驛馬而貴者,有遇貴神足而貴者,有遇帶三祿而貴者,有遇君相五行而貴者,有遇貴窠而貴者,有遇命合祿合而貴者,有遇食神福會而貴者,有遇三支迭三奇全而貴者,有遇胎生元命而貴者,有遇學堂而貴者。

凡そ貴人の命は、ただ一条路数を按じて断定する能はず。必ず生月・生日・生時各々何に遭遇したるかを推詳すべし。あるは四貴に因りて貴と為り、あるは五行本位と華蓋とに因りて貴と為り、あるは正天乙に因りて貴と為り、あるは本家の禄に因りて貴と為り、あるは天干相合に因りて貴と為り、あるは正官正印に因りて貴と為り、あるは天乙神に因りて貴と為り、あるは天乙貴神相合に因りて貴と為り、あるは禄と馬と同一位置に処るに因りて貴と為り、あるは干支四字斉全に因りて貴と為り、あるは駅馬に因りて貴と為り、あるは貴神完足に因りて貴と為り、あるは三重の禄を帯ぶるに因りて貴と為り、あるは君相五行に因りて貴と為り、あるは貴窠に因りて貴と為り、あるは本命の合と禄の合とに因りて貴と為り、あるは食神福会に因りて貴と為り、あるは三支畳出して三奇斉全なるに因りて貴と為り、あるは胎・生・元・命倶備に因りて貴と為り、あるは学堂に因りて貴と為る。

以上分為廿例,非為遇一例便為貴人,但以生月日時三位上占例數多者為上貴,謂臺相兩府之人也,占例數中者,為中貴,謂侍從清華也,占例數少者,為下貴,謂帶貼職並朝奉郎,以上入為省郎清望之官,出曆監司潘府之任,若知小州軍者,在下等也,占例數又少者,京朝官而已,又少者選人而已。

以上共に二十例に分かつ。併して一例に遇へば便ち貴人と算するにあらず、而して生月・生日・生時の三個の位置の上に占得する例数の多少を視るべし。占得る多きは上貴にして、台省宰相と両府の一級の人物を指す。占得る中等なるは中貴にして、侍従清要の職を指す。占得る少なきは下貴にして、貼職を帯ぶるおよび朝奉郎の一類を指す。これらの人朝に在れば省郎清望の官を為るを得、外任すれば則ち監司・藩府の職を歴せん。もしただ一個の小州軍の知州を為るのみなれば、それ已に下等に在り。占例さらに少なきは、過ぎず京朝官のみ。さらに少なきは、すなはちただ候補の人のみ。

就二十例中,更以福力之高下,則四貴位五行本位,正天乙本家祿,祿馬同鄉(不犯沖破刑者),以上為上等,上下合正官、正印、華蓋、天乙、貴人、合生馬同位(陽祿臨官馬同),有氣貴神(不與忌神同者),支干四字全,貴神足,君相五行,帶三祿以上,為宜中等。

この二十例の中に於て、なほ須らく福力の高下を按じてさらに等級を分かつべし。四貴の位・五行本位・正天乙・本家の禄・禄馬同郷は、沖破と刑とを犯さざるを以て限と為し、以上上等に属す。上下相合する正官・正印・華蓋・天乙・貴人・合生と駅馬と同一位置に処るは、陽干の禄・臨官と馬と同宮を指し、および気ある貴神は、忌神と同処せざるを以て限と為し。なほ干支四字斉全・貴神完足・君相五行・三重の禄を帯ぶる以上ある、応に中等と算すべし。

食神福會,三支又三奇,全乾合胎生元命學堂無氣貴神(與忌神同),病馬絕馬祿合馬合六合貴窠命中胎生旺庫已為四貴此謂其餘者也。以上宜為下等也。(三命提要)

食神福会・三支また三奇を見・天干全合・胎生元命・学堂、および忌神と同処する無気の貴神、なほ病馬・絶馬・禄合・馬合・六合・貴窠、および本命の胎・生・旺・庫已に四貴と算作せらるに至りては。これら皆余の名目に属し、応に下等と算すべし。《三命提要》かくのごとく曰ふ。

人之富貴者,得五行之純粹陰陽之交泰也,命若入格,則五行清而可貴,獨而可富,所謂清者,生旺是也。濁者,死絕是也。若貴氣已成,得陰陽秀氣,大氣有所刑破,則尤為害,或多出謫,更或帶殺,則不得善終。蓋陰陽己成,稍有刑傷則相反,較之氣未成者,災尤甚也。正如好物易毀耳。

人の富貴なる所以は、五行の純粋と陰陽の交泰とを得たるこれなり。命もし格に入れば、五行清純なれば便ち貴と為すを得、専一にして雑ならざれば便ち富と為すを得。いはゆる清とは、生旺に処るを指す。いはゆる濁とは、死絶に落つるを指す。もし貴気已に結成して、さらに陰陽の秀气を得、この時大局一旦刑破せられれば、為害かへつて格外に大なり。往往多く貶謫せらる。さらに殺神を帯ぶるは、さらに善終を得ず。陰陽既に成局するを以て、稍し刑傷あれば便ち反面に走向す。気まだ成形せざる命に比べて、災禍殊に厳重なり。正に好き物の損毀し易きがごとし。

凡命入格局,須有一官重得之者愈增。然又須能辮其可以宜文、可以宜武,大抵學堂、官印、驛馬乘金水之氣,或火木之氣,又或三奇、華蓋、夾貴、夾祿中有生旺食神皆宜文也。

凡そ命已に格局に入れば、須らく一位の官星あらんを要す。重複して得れば貴気さらに増す。然るにまた須らく能くそれの文職に宜なるか武職に宜なるかを分辨すべし。大抵学堂・官印・駅馬金水の気あるいは火木の気に乘るか、またあるいは三奇・華蓋・夹貴・夹禄の中生旺の食神あるか、これら皆文に宜し。

或五行生旺,而無學堂、納音,見金火、官符,與劫殺往來,大耗與羊刃相承,刑沖帶馬尅,處貴氣主之,倒食帶殺。祿貴逢生,皆宜武官,官符利文不利武,劫殺利武不利文,學堂貴神祿馬中下有金水或水木中有刑害、空亡、劫殺、羊刃者,是謂清濁駁雜。或自文而換武、或自武而換文,可以意推之也。

もし五行生旺するといへども、学堂なければ、納音さらに金火と官符とを見て劫殺と往来相接し、大耗と羊刃と前後相承け、刑冲駅馬を帯びて克伐あれば、貴気便ちこれらの凶神の上に落つ。さらに倒食殺を帯び・禄貴生に逢ふを加ふれば、これら皆武官に宜し。官符は文に利にして武に利あらず。劫殺は武に利にして文に利あらず。学堂・貴神・禄馬の中に金水あるいは水木を夹み、その間また刑害・空亡・劫殺・羊刃あるは、便ち清濁駁雑と呼ぶ。この種の人あるいは文より武に改め、あるいは武より文に改む。これによりて意会推求するを得。

凡貴命切要五行生旺,不可死絕,生旺則超達,死絕則卑冗,生旺則權謀機變,死絕則沉滯坎坷,而於政事亦不敏也。

凡そ貴命最も緊要なるは五行の生旺にして、死絶すべからず。生旺すれば則ち群を超へて顕達し、死絶すれば則ち卑微冗散す。生旺の人は権謀機変に富み、死絶の人は沈滞坎坷にして、政務を処理するもまた敏捷に足らず。

凡貴人命見拱端朝帝座、生旺、祿貴、驛馬,五行自旺者,多近侍清華之職,不離京國。凡貴命常以祿馬集帝坐,生時五行來生本命,如命是金時土也,多主恩寵,為祿最緊。如命是水,而時是木者。主為臣忠孝子,但為祿稍慢,又時上帶本命之貴人者,多寵眷之恩也。

凡そ貴人の命、拱端帝座を朝拱するを見、また生旺・禄貴・駅馬あり、五行自身旺盛なるは、多く近侍清要の職に任じ、京城を離れず。凡そ貴命常に禄馬帝座の上に聚まるを以てす。もし生時の五行来たりて本命を生ずれば、例えば本命金に属して時柱土に属すれば、土能く金を生ず、多く恩寵を蒙受するを主る。この一条得禄に対し最も緊要なり。もし本命水に属して時柱木に属すれば、水去りて木を生ず。則ち臣と為りて忠を尽し子と為りて孝を尽すを主る。ただ得禄稍し慢し。時柱の上さらに本命の貴人を帯ぶれば、多く恩寵眷顧あり。

凡貴命見生旺帶殺,刑沖破及尅者,多刑獄兵刃之權,見印庫財庫建祿者,多錢榖重任,得驛馬帶劍,官符同貴人或孤辰四殺合長生建祿者,漕憲之職,見學堂金水或水木兩字清秀,多館職清華也。

凡そ貴命生旺を見て殺を帯び、また刑・沖・破と剋とあるは、多く刑獄兵刃の権を掌る。印庫・財庫と建禄とを見るは、多く銭糧の重任を担ふ。駅馬剣を帯び、官符と貴人と同処し、あるいは孤辰四殺と長生・建禄と相合するは、多く漕運と憲司の職に任ず。学堂を見て金水あるいは水木の両字清秀なるは、多く館閣清要の職に任ず。

凡貴命見正印重重,或見偏印,或異類帶合者,動有兼職重權,至隆顯也。凡貴命帶偏印、四殺、刑尅、驛馬、孤角,州縣冷官、或宜力四方,出塞邊鄙,多不安逸也。

凡そ貴命正印重々畳出するを見、あるいは偏印を見、あるいは異類の神合を帯ぶるは、往往数職を兼領し手に重権を握り、位隆顕に至る。凡そ貴命偏印・四殺・刑剋・駅馬・孤辰を帯ぶるは、多くは州県の冷落の小官、あるいは四方を奔走して塞を出でて辺を戍るを要し、大都安逸を得ず。

凡貴命見大耗、官符、尅身者,多遭言章貶逐,小官文書督責,僚友不和。凡貴命相沖上、或一切貴格上,帶喪門弔客,倒食祿鬼,一才得祿,便丁憂也。凡貴命見魁罡、天中、刑尅,本命奪祿分氣,更帶諸凶殺,謫死遠方也。

凡そ貴命大耗・官符を見てまた身を剋するは、多く言官の弾章に遭ひて貶逐せられ、あるいは文書の小事に因りて督責を受け、同僚朋友と和せず。凡そ貴命相冲の位に在り、あるいは各種の貴格の上に於て喪門・吊客と倒食・禄鬼とを帯ぶるは、こそ一たび禄を得れば、すなはち父母の喪に遭ひて丁憂せんとす。凡そ貴命魁罡・天中空亡と刑剋とを見、本命の禄奪はれ気分かたれ、さらに各種の凶殺を帯ぶるは、貶謫せられて遠方に死せんとす。

凡富足命,尤為易定,有貴格而不生旺,貴格全而見刑沖氣散、或乘死絕馬,或在無氣祿庫中,生身,貴人交互,或月日時胎納音重重生本命,主富足,得之多者,祿厚,得之少者,祿薄也。(並燭神經)

凡そ富足の命は殊に判定し易し。貴格ありて生旺せざるか、あるいは貴格全しといへども刑冲に遇ひて気散ずるか、あるいは死絶の馬に乘るか、あるいは身無気の禄庫の中に処りてなほ能く身を生ずるか、あるいは貴人彼此交互なるか、あるいは月・日・時・胎の納音重々本命を生扶するか、皆富足を主る。これらの条件得る多ければ、禄便ち厚し。得る少なければ、禄便ち薄し。以上併せて《燭神経》に見ゆ。

凡命有清氣、有官印、有福神、有吉殺,天月德合,卻犯空亡、六害者,建功立業臺輔之命,蓋無空亡、無度量、無六害、無斷制也。凡大用冢宰之格,須是六害空亡全,方有斷制、度量以能建功立業事也,凡冢宰輔臣皆以五行朝命,有殺論之,不可離空亡六害。

凡そ命に清気あり・官印あり・福神あり・吉殺あり、また天徳月徳相合に逢ひて、偏に空亡と六害とを犯着するは、かへつて功業を建功し位台輔に至る命なり。これは空亡なければ便ち度量なく、六害なければ便ち決断なきを以てなり。凡そ大用して冢宰と為るべき格局は、必ず六害と空亡と俱全ならばこそ、こそ決断と度量とありて、能く功業を建功すを得。凡そ冢宰輔臣の一類は、皆須らく五行本命を朝拱するを視て、併せて殺神を連ねて一同に論断し、空亡と六害とを離れて視る能はず。

凡建大事,立大功,不以五行取,是應時之人,雖以五行,當意外求之,不多得也,五百年方出於世,如狄梁公、趙韓王之徒,邵先生日:才堪命世有時有,智可濟時無世無。長平之卒、南陽之士,意不外此。

凡そ能く大事を建し大功を立つる人は、単に五行を用ひて取る能はず。あれは運に応じて生まるる人なり。たとへ五行を用ひて視んと欲するも、まさに常理の外に於て求むべし。かかる人もと多からず、大約五百年にしてこそ一個出で、唐代の狄梁公狄仁杰・宋初の趙韓王趙普のごとき便ちこれ。邵康節先生に曰く、才以て世に名づくに足る人は時有るにして有り、智以て世を済ふに足る人はいづれの世か之なきことなきなり。長平に坑せられたる士卒・南陽に躬耕せし諸葛亮、道理もまた此を出でず。

凡命係官格,卻日落空亡者,主多就權闢正任,多不滿也,寸珠尺璧雲亦難有出身或印落空亡者,主常居清職,亦多不全任,沖破印者,亦多不滿任,行年太歲亦不可使沖印。

凡そ命官格に属して、而して日柱却つて空亡に落つるは、多くただ権摂の職に就くを得るのみ、正式の任命かへつて常に任期を満つるを為らず。《寸珠尺璧》にかかる人もまた正経の出身有り難しと説く。もし印星空亡に落つれば、常に清閑の職に居るを主り、また多く一任を満つるを為る能はず。印沖破せらるるは、同じく多く満つるを為らず。流年太歳の上もまたそれをして印を冲せしむべからず。

乘軒衣冕,金火何多,位劣班卑,陰陽不定。王氏注云:乃四柱遇官鬼生旺之鄉也,如金人得戊午,辛人得丙寅之類,金從火革,有造化之妙,然亦欲合陰陽之耦,如庚人得丁,辛人得丙之類,天官帶德,陰陽相配,加以祿馬相乘,則有乘軒衣冕之生、或庚人得丙,辛人得丁,純陽純陰,為尅為鬼,是謂陰陽不定,如此者,雖有官,亦致位劣班,安能顯達。(珞琭子)

《珞琭子》に曰く、能く車に乘り冕を服する人は、命に金と火と何其多きや。而して位次低劣・班列卑下なるは、則ち陰陽配して定まらざるこれなり。王氏注を作して曰く、これ是指す四柱官鬼生旺の郷に遇ふなり。例えば納音金に属する人戊午を得、辛日の人丙寅を得るのこの一類、金火煉を経て変革して器を成し、自から造化の妙あり。ただしなほ須らく陰陽対を成すの理に合すべし。例えば庚日丁を得・辛日丙を得るのこの一類、天官また徳を帯び、陰陽相配し、さらに禄馬相乘るを加ふれば、便ち軒に乘り冕を衣るの顕貴あり。これに反して庚日丙を得・辛日丁を得れば、純陽純陽に対し純陰純陰に対して、ただ克伐を成して鬼と為る。これを陰陽不定と呼ぶ。かかる人たとへ官あるも、また過ぎず位低く班卑し、何ぞ顕達せん。

印堂在日,呼為雨,而吐為雲。詞館臨時,談為經,而注為史。五行以入墓為印堂,以長生為詞館,印堂以在日而言者,蓋年為本,管於月,日為主,管於時,故取主本須言日也,詞館以在時而言者,蓋年尊而象君,時卑而象臣,故取君臣須言時也。

駢句に曰く、印堂日柱の上に落つる人は、一呼すれば便ち雨と成り一吐すれば便ち雲と成る。詞館時柱の上に臨む人は、口を出でて経を成し筆を下して史を注す。五行は墓に入る処を以て印堂と為し、長生の処を以て詞館と為す。印堂の日柱に就きて言ふ所以は、年は本と為りて月を管し、日は主と為りて時を管するを以て、主と本とを取らんとすれば、すなはち日上より説くを得。詞館の時柱に就きて言ふ所以は、年の位尊くして君を象り時の位卑くして臣を象るを以て、君臣関係を取らんとすれば、すなはち時上より説くを得。

自墓者,癸未、甲戍、丙辰、壬辰、乙丑,惟壬辰、丙辰可借而用,蓋同包共墓也,自生者,己亥、丙寅、辛巳、甲申、戊甲,惟戊申、甲申可借用,蓋同包共生也,正得之則力全,借得之則力減,不在日時者,半之,非本家者更無用也。

自ら墓庫に坐するは癸未・甲戌・丙辰・壬辰・乙丑の五柱にして、その中ただ壬辰と丙辰とのみ借りて来たりて用ふるを得、それら同包共墓するを以てなり。自ら長生に坐するは己亥・丙寅・辛巳・甲申・戊申の五柱にして、その中ただ戊申と甲申とのみ借用するを得、それら同包共生するを以てなり。正にその位を得るは力量完全にして、借りて来たるは力量便ち半減す。日柱・時柱の上に落ちざるはさらに一半を減ず。本家ならざるは、便ちさらに用なし。

連珠馬を発し一道澄清・互換の貴人・六親朁級

遇連珠發馬格者,主有監司之貴,得互換貴人者,主有家世之賞。

連珠発馬のこの一格に遇ふ人は、監司の一級の貴顕あるを主る。彼此互換の貴人を得るは、能く門第世家の恩賞を享受するを主り、六親もまた之に随ひて陞遷す。

攀鞍禄馬を践み・長卿使を奉じて来たる

乙亥、乙未、乙卯人,祿在卯、攀寄辰,其攀鞍先曆卯而後辰,故曰踐祿也,辛巳、辛酉、辛丑人,祿在酉,攀鞍在戍,故曰踐祿,遇此格者,有使者之貴。(並壺中子)

乙亥・乙未・乙卯年生の人は、乙の禄は卯に在り、攀鞍は辰上に寄す。攀鞍須らく先に卯を経過して後に辰に到る、禄を踏みて走るに等し。ゆゑに践禄と曰ふ。辛巳・辛酉・辛丑年生の人は、辛の禄は酉に在り、攀鞍は戌に在り、また先に禄あり後に鞍あり、同じく践禄と曰ふ。この格に遇ふ人は、漢代の司馬長卿の使を奉じて出行するがごとき貴顕あり。以上併せて《壺中子》に見ゆ。

珞琭子云:若值攀鞍踐祿,逢之則佩印乘軒。瑩和尚注云:攀鞍有位與天元帶合者,人得之貴也。須要加臨吉將,身運自生,更於旺相之宮,始可言其福也。

《珞琭子》に曰く、もし攀鞍践禄に碰上れば、遇ふ人便ち能く印を佩び車に乘る。瑩和尚注を作して曰く、攀鞍その位を占得して、また天干と相合するは、人これを得れば則ち貴なり。ただしなほ須らく吉将を加臨し、本身と行運と皆能く自生し、また旺相の宮に落ちてこそ、こそその福気を談ずるを得。

攀鞍馬を見る

如丁丑年、癸卯月、丁亥日、庚戍時,丑人用亥日為正馬,有戌時為攀鞍,東方朔云:有馬無鞍則不能致用,有鞍無馬則不能致遠,鞍馬兩全,頻求千里之望,亦主多動靜,不守本宅,好遊行,或主不在本家或離鄉。(馬子才命格)

例えば丁丑年・癸卯月・丁亥日・庚戌時なり。丑年生の人亥日を以て正駅馬と為し、戌時便ち攀鞍なり。東方朔に曰く、馬ありて鞍なければ便ち使用する能はず、鞍ありて馬なければ便ち遠きを致す能はず。鞍馬両様俱全してこそ、こそ頻々に千里の行に寄望す可し。かかる命もまた多動少静を主り、本宅を安守せず、出遊を喜び、あるいは主人本家に在らず郷を離れて外に在るを主る。《馬子才命格》かくのごとく曰ふ。

攀鞍践禄格

亥卯未人見丙辰、戊辰。巳酉丑人見壬戌。(預知子)

亥卯未年生の人丙辰・戊辰を見、巳酉丑年生の人壬戌を見れば、皆攀鞍践禄の格と算す。《預知子》かくのごとく曰ふ。

第廿三巻

凶神の例を釈す

截路空亡

生時最不可犯之。甲己申酉以為仇,乙庚午未不須遊,丙辛辰巳門外立,丁壬寅卯一場空,戊癸子丑高堂坐,時值空亡不可求。

「截路空亡」のこの顆の凶神は最も出生の時辰の上に落つるを忌む。それは日干を按じて時支を找す。甲日・己日生の人は申時・酉時を以て仇敵と為す。乙日・庚日生の人は午時・未時に走り往くを宜とせず。丙日・辛日生の人辰時・巳時に碰上れば、ただ門外に立つを得るのみ。丁日・壬日生の人寅時・卯時に遇着すれば、便ち一場の空なり。戊日・癸日生の人は則ち子時・丑時の上に坐す。出生の時辰正にこれらの幾個の位次に落つれば、すなはち求めて成らざる命なり。

金書命訣作戊癸不堪逢戌亥,(八字金書作戊癸子丑君須避,李九萬作「戊癸子丑多凶敗」,天寶經作「戊癸子丑天然是」。三曆會同引百忌總聖二曆云:「甲己日在戌亥」。)又云:若月值,初限不安,日值,中限不泰,時值,末限不快,若受胎月、日值者,一生不快。八字金書云:凡值此一重不妨,二三重主早亡,不然主遭刑,如甲己生人,申酉日時,定不好,縱干納吉,只作尋常命,運到此亦凶。

各家の伝本は戊癸の一句の上に於て説法一ならず。《金書命訣》は戊癸日は戌・亥に逢ふに堪へざると作り、《八字金書》は戊癸日は須らく子・丑を避くべしと作り、李九万の本子は戊癸子丑は多く凶敗と作り、《天宝経》は戊癸子丑は天然これと作り、《三曆会同》は《百忌》《総聖》の両部の曆書を引きて、則ち甲日・己日の截路空亡は戌・亥に落つと説く。書中また講ず、この顆の空亡もし月柱に落つれば、人の早年の一段安穏を得ず。日柱に落つれば、中年の一段舒泰を得ず。時柱に落つれば、晩年の一段快意を得ず。もし受胎の月と出生の日と皆これに撞上せば、便ち一輩子皆痛快ならず。《八字金書》また曰く、ただ一重を犯すはなほ妨げなし、両三重に犯せば便ち早年に夭亡するを主り、然らずともまた刑罰を遭受せん。例えば甲日・己日生の人また申・酉の日時に逢へば、注定して好からず。たとへ天干と「納音」(六十甲子に配出せる五行)と皆吉利なるも、またただ平常の命と算するのみ、大運ここに走り到れば同じく凶険なり。

呑餤殺

鼠見犬時須惡死,牛到牛宮獨自傷,鼠雞逐犬遭從厄,兔趕蛇蹤配遠鄉,龍上見龍波浪起,船行須忌水中央,蛇猴相會樹頭亡,豬犬羊逢虎必傷,忌行年運並時日,三合為災子細詳。

「呑餤殺」の歌訣は句を逐ひて説く。鼠に属する人戌の狗に遇へば、多くは凶死す。牛に属する人さらに丑の牛に遇へば、独自傷を受く。鼠・鶏の両支戌の狗を追逐するは、牽連の厄に遭ふべし。兎に属する人巳の蛇の蹤跡を追ふは、遠方に発配せられん。辰の竜また辰の竜を見れば、水上風浪驟起するを主り、船を行くは最も江心に走り到るを忌む。巳の蛇と申の猴と相会すれば、樹下に墜落して亡ぶを主る。猪・狗・羊の三支寅の虎に碰上れば、必定傷を受く。これらの忌諱は流年・大運および出生の日と時の上に於て皆留意を要し、もし三合の局を結成せば、災禍さらに須らく仔細に推詳すべし。

鬼門関

子人逢酉丑居午,寅未交加申卯安,亥問凶辰戌怕巳,此神皆是鬼門關,人命生來若犯此,六月無霜也道寒。林開云:命中無生旺祿馬貴人,全無好處,最忌,此主作事幽暗、遁悶,一生窮寒。

「鬼門関」の配法は、子年生の人酉を見、丑年生の人午を見、寅年生の人未を見、未年生の人寅を見、申年生の人卯を見、卯年生の人申を見、亥年生の人辰を見、戌年生の人巳を見る。これらの搭配皆鬼門関と算す。人一生まれて来りてもしこれに犯上せば、六月の裏明かに霜なきに猶ほ寒冷を覚ゆるがごとし。林開に曰く、命にもしさらに当旺の「禄馬」(禄神と駅馬、俸禄と奔走得財を主る)と「貴人」(天乙貴人、貴顕の人の提携を主る)の来たりて幇襯するなければ、便ち一つも好処なく、最も忌諱す。この種の人事を辧ずるに総じて暗処に在り、心裏憋悶にして、一輩子貧寒なり。

三戦殺

子午卯、辰戌丑(八字金書作未戌丑)、寅申巳(八字金書云此類輕)。三戰如同刑一般,五行犯著主傷殘,若不投河須惡死,耳聾瘖瘂併相干。八字金書作三刑殺云:大段有貴人祿馬救,亦主貧困,有疾,雖食祿命,須惡死,如無救,主徙配。

「三戦殺」は三組の地支より構成す。子午卯・辰戌丑(《八字金書》は未戌丑と作る)・寅申巳(《八字金書》はこの一組分量軽しと説く)。歌訣に講ず、三戦の殺傷力は「三刑」のごときに同じく、五行の上にこれに犯着すれば身体傷残を主り、河に投じて自ら尽するならざれば、便ち非命に死す。耳聾口唖の一類の残疾病もまたそれと相干れり。《八字金書》はそれを把て三刑殺と呼作し、併せて曰く、大体たとへ貴人・禄馬の来たりて救ふあるも、またなほ貧困多病を主る。たとへ俸禄ある命なるも、最後もまた免れず凶死せん。もし毫も解救なければ、便ち流放充軍を主る。

無成殺

寅午戌巳位不堪出,巳酉丑未位不須有,申子辰卯上不須慿,亥卯未子上何處是。

「無成殺」は三合局を按じて取用す。寅午戌局の人は巳を見るを忌み、巳位の上に於て出でて頭を得ず。巳酉丑局の人は未を見るを忌み、未位の上に於て指望するを要せず。申子辰局の人は卯を見るを忌み、卯位の上に於て凭依する可きなし。亥卯未局の人は子を見るを忌み、子位の上に於てさらに着落なし。凡そこの殺に犯するは、諸事皆成就し難し。

沐浴殺

沐浴名休敗,賣田還宿債,業盡損妻兒,作事何【曾】快,如金人逢午是,餘傚此。天元變化書云:五行最忌沐浴者火,次忌土,又次忌木,水不使沐浴,金亦不使,此兩數貴於沐浴也。沉芝源髓云:亦忌時日逢沐浴,酒色,不然耽賭博。寸珠尺璧云:凡男女命,忌沐浴,主淫亂。壺中子云:沐浴臨年,伯夷有首陽之餓。注云:見生值沐浴曰祼刑,行年值沐浴曰窮殺,故曰伯夷有首陽之餓。

「沐浴」また休敗と呼ぶ。歌訣に曰く、これに碰上れば便ち田産を変売して旧債を償還し、家業敗尽してなお妻子児女を損傷し、事を辧ずるに曽て痛快あらんや。取法例を挙げれば、納音金に属する人午を見れば即是沐浴、余の五行これに準じて推す。《天元変化書》に曰く、五行の中に最も沐浴を忌むは火にして、其次は土、再次は木なり。水と金とは則ち沐浴を怕れず、この両者かへつて沐浴を以て貴と為す。《沈芝源髄》に曰く、日柱・時柱の上沐浴に逢ふもまた忌諱を要し、酒色に沉溺するを主り、然らざれば便ち賭を好む。《寸珠尺璧》に曰く、男命女命を論ぜず皆沐浴を忌み、行為淫乱を主る。《壺中子》に曰く、沐浴年柱に臨めば、便ち伯夷首陽山に餓死せしがごとき困厄あり。注文に解釈す、出生の年月日時の上に沐浴を見るを「祼刑」と呼び、流年沐浴に走り到るを「窮殺」と呼ぶ。ゆゑに伯夷の挨餓を把て比と作す。

九天厄会

丑酉申人在酉子,寅午卯人在子丑,辰巳戌人在午戌,戌亥未人在丑卯。以上主不利尊親、兄弟、妻子,平生貧困,資財不足。

「九天厄会」の取法は、生年丑・酉・申に属する人は、厄会酉と子に落ち。寅・午・卯に属する人は子と丑に落ち。辰・巳・戌に属する人は午と戌に落ち。戌・亥・未に属する人は丑と卯に落つ。凡そ命にこの顆の殺を帯上せば、皆長輩尊親に利あらず、また兄弟と妻子児女とを妨げ、一生貧困にして、銭財総じて用に足らず。

天罡殺

取本命沖破之辰,一謂之破命殺,若人遇之,君子多為勇勐將帥,小人主刑獄,非命而終,或為僧道。

「天罡殺」は本命の年支と相冲相破するあの地支を取る。もう一個の名字を「破命殺」と曰ふ。人もしこれに遇へば、徳位ある君子は多くは勇武の将帥と成り、平常の百姓は則ち官司を喫し牢獄に坐するを主り、あるいは善終を得ず、また人あるは此に因りて出家して僧人道士を為す。

陰殺

子午人在午,丑未人在辰,寅申人在寅,卯酉人在子,辰戌人在戌,巳亥人在申。君子掌刑殺之任,小人性多淫密,好行陰謀,宜為僧道。

「陰殺」の取法は、生年子あるいは午に属する人は、陰殺は午に落ち。丑・未に属するは辰に落ち。寅・申に属するは寅に落ち。卯・酉に属するは子に落ち。辰・戌に属するは戌に落ち。巳・亥に属するは申に落つ。官を為る人これを帯ぶれば、多くは刑罰殺伐を掌管する職務を担任す。平常人これを帯ぶれば、性情陰柔隠秘にして、陰謀を施用するを喜び、出家して僧道を為るに適合す。

陽殺

寅申人在戌,卯酉人在子,辰戌人在寅,巳亥在辰,子午人在午,丑未人在申。君子主錢穀重任,小人多陷刑獄。

「陽殺」の取法は、生年寅・申に属する人は、陽殺は戌に落ち。卯・酉に属するは子に落ち。辰・戌に属するは寅に落ち。巳・亥に属するは辰に落ち。子・午に属するは午に落ち。丑・未に属するは申に落つ。官を為る人これを帯ぶれば、多く銭糧賦税の一類の要職を担負す。平常人これを帯ぶれば、則ち多くは牢獄の災に陥入す。

竜殺

取命前一辰是,主多因武藝進達,亦有戮辱之禍。

「竜殺」は本命の年支より往きて一位を数ふるあの地支を取る。この顆の星を帯ぶる人は、多くは武芸を凭りて出身を謀得して歩々升遷す、ただしまた免れず人に殺戮羞辱せらるるの禍事あり。

虎殺

取命後一辰為之,主立性強明,常有邊防之任,殺若克身,亦有非命之災。

「虎殺」は本命の年支より後きて一位を数ふるあの地支を取る。これを帯ぶる人は性情剛強精明にして、常に辺防を戍守する軍職を担任す。ただしこの顆の殺もしかへつて命主本身の五行を克制すれば、また横死意外の災あり。

墓殺

取異方三命入墓中也,常在劫殺後一辰,謂如申子辰人在辰,主多坎坷,為事蹇塞,行年至此,亦然。

「墓殺」は別の一方の三合局の五行墓に入る処を取る。位置は常に「劫殺」の後面の一位に在り。例えば申子辰水局の人は、墓殺便ち辰上に落つ。これを帯ぶる人は一生多く坎坷にして、事を辧ずるに処処受阻す。流年この一位に走り到れば、情形もまた同じなり。

害気殺

取逐方有三合正位後一辰也。如申子辰為三合子為正位,亥臨於子,是害氣殺也。申子辰人在亥,他彷此,主妨害父母,不利六親,資用缺乏。

「害気殺」は各三合局の本位地支の後面に挨る一位を取る。例えば申子辰合して水局を成せば、子はこの一局の正位にして、亥は緊く子の旁に挨る。亥便ち害気殺なり。ゆゑに申子辰年生の人は、害気殺は亥に在り。余の各局はこれに依りて類推す。命にこれを帯ぶれば、父母を妨克し六親の縁分に利あらざるを主り、日常の用度常に短缺す。

死気殺

取命前四辰,如子人在辰是也,主夭折或刑獄之厄。(三命指掌)

「死気殺」は本命の年支より往きて第四位を数ふるを取る。例えば子年生の人は、死気殺便ち辰上に落つ。命中これを帯ぶれば、早年夭折するか、あるいは牢獄刑罰の厄に遭遇するを主る。この説は《三命指掌》に出づ。

擎天殺

謂如太歲是甲子,甲己之年丙作首,遁起丙寅,自丙寅數起,逢丙逢寅,順移一辰,數至丙至子,移卯上,戊寅到辰上,丙戌到巳上,庚寅到午上,丙申到未上,壬寅到申上,丙午到酉上,甲寅到戌上,丙辰到亥上,自丙辰數至癸亥,無丙無寅,不移,復見甲子,是擎天殺,卻要移一辰,是殺所臨之地,則子上是也,其殺各隨逐年太歲,從寅上遁起,皆彷此推之,起照臨身命運限,決有凶咎。

「擎天殺」の推法は是のごとし。仮に当年の「太歳」を甲子と設け、「甲己の年丙を首と作す」の口訣に依り、丙寅より月を遁起し、丙寅より下に数ふ。凡そ天干丙を帯ぶるか地支寅を帯ぶるに数到れば、便ち順に一位を移動す。かく数へて丙子に到れば、卯位に移り。戊寅は辰位に移り。丙戌は巳位に移り。庚寅は午位に移り。丙申は未位に移り。壬寅は申位に移り。丙午は酉位に移り。甲寅は戌位に移り。丙辰は亥位に移る。丙辰よりさらに癸亥に数到れば、中間既に丙なくまた寅なければ、便ちさらに移動せず。重新甲子に数到るを等てば、これ便ち擎天殺なり。なほ須らくさらに一位を移し、移到する所の地方すなはちこの殺の臨む所の地、すなはち子位なり。この顆の殺は毎年の太歳に随ひて変じ、皆寅位より遁を起す。余の年份はこの弁法を照らして推算す。それ一旦命宮・身宮あるいは大運流年を照臨すれば、必定凶険咎害を帯来す。

破殺

卯與午,丑與辰,子與酉,未與戌,皆相破,惟寅申巳亥無破,以其合故也。犯此主少年災滯,及財產耗散,兼身有折傷之災。(李虛中書)

「破殺」は講ずる所地支の相破なり。卯と午と相破し、丑と辰と相破し、子と酉と相破し、未と戌と相破す。ただ寅・申・巳・亥のこの四支のみ破なし、それら彼此もとより相合の関係あるを以てなり。命に相破を犯せば、少年の時災病身に纏はり諸事遅滞するを主り、家産もまた耗散し易く、自身また跌打骨折の一類の傷災あらん。この説は《李虚中書》に出づ。

暴敗殺

未上起子逆行至本命是也。歌曰:暴敗子生未上行,逆遊一匝細推尋,損克六親及妻子,命中兼疾犯徒刑。(穿珠指掌)

「暴敗殺」の取法は、未位の上より子を起し、地支の次序に逆らひて本人の生年に至るまで数ふ。数到るいづれの支に至るや便ちこれなり。歌訶に曰く、暴敗は須らく未位より子を起して逆推し、繞行一周仔細に尋ね求むべし。命にこれを帯上せば、六親と妻子児女とを損克し、なほ常に疾病を兼帯し、あるいは徒刑を触犯せん。この法は《穿珠指掌》に出づ。

返本殺

(五行無貴氣,下克上為返)五行死絕併來時,有格如閒福不隨,更忌日時克年主,定無官貴切須知。

「返本殺」は命中五行貴気なく、下面の柱位かへつて上面の柱位を克制するを指す。歌訣に曰く、五行死絶の地に処りてまた一斉に時柱の上に湊到すれば、たとへ格局を排出するも虚設に同じく、福気跟上がらず。さらに忌諱するは日柱・時柱の去りて年柱の命主を剋するなり。かかる命注定して官職貴顕と縁なし、学者切に須らく記住すべし。

的殺

寅卯相逢為的殺,此般之兆最傷情,性直可憐無惡意,自然作事不安平。

命中寅と卯と相逢すれば、便ち「的殺」と曰ふ。この種の征兆最も人の情分を傷る。これを帯ぶる人性子直率にして、あはれ彼もと悪意なきも、却つて自然に事を把て安穏ならず平順ならずに為り做さん。

離祖殺

祿後一辰時若遇,定離祖業自營家,元辰寡宿如相併,大似青松生生石涯。(紫虛)

「離祖殺」は禄神の後面の一位の地支を取る。時柱の上もしこれに遇へば、此人必定祖上の産業を離れ、門戸を自立して別に生計を謀る。もしさらに「元辰」「寡宿」の両顆の凶星と併見せば、処境青松の石崖の縫に長ずるがごとく、孤零零として舒展し難し。この説は《紫虚》に出づ。

白虎殺

(位在納音旺處對宮)水土須來午上尋,金人切忌卯來侵,木居酉位火居子,克命凶為白虎神。其神主血光橫死,在水火,防焚溺之災,在金木,防杖楚金刀災,在土,防墜落災,克身大凶,不克身五行生旺者,不用。神白經有類因訣云:類水逢星照(申子辰見午也)虛空懼日炯,(寅午戌見子也)庚辛憂蠍戰,(巳酉丑見卯也)木不引雞眠,(亥卯未見酉也)四柱交加見,福少禍連緜,有人得此訣,便是得昇天。

「白虎殺」の位置は納音五行の帝旺の処の对冲するあの一宮に在り。歌訣に曰く、納音水に属し土に属する人は須らく午位の上に到りて尋ぬべし。金に属する人は切に卯位の前來侵犯するを忌むべし。木に属するは酉位に落ち、火に属するは子位に落つ。それもし来たりて命を剋せば、便ち凶悪の白虎の神なり。この顆の星は血光の災と横死とを主る。命水火に属するは、火焼水溺を防ぐを要す。金木に属するは、杖責と刀傷とを防ぐを要す。土に属するは、墜落摔傷を防ぐを要す。それ命主本身を剋するを大凶と為す。もし併して身を剋せず、而して五行また正に生旺に当たれば、便ちそれを論ずるを要せず。《神白経》の裏に一首の「類因訣」ありて曰く、水局の人は午火の照臨を怕る(申子辰午を見)、虚空の中烈日の灼照を畏懼す(寅午戌子を見)、庚辛の金は卯木の相争を憂心す(巳酉丑卯を見)、木局の人は酉鶏の安眠を許さず(亥卯未酉を見)。四柱の中交錯してこれらを見れば、福薄くして禍事連綿たり。誰か能くこの口訣を懂得せん、便ち道を得て天に升るがごとし。

爪牙殺

爪牙殺去命三辰,大忌金神羊虎臨,夾殺克身無福救,必遭蛇虎害其身。大忌與羊刃金神白虎並,則大凶,主爪牙之災,甚者虎狼之厄,輕則牛馬犬畜毒蟲傷【噄】之災,不克身,有福神責罵宮者,不用。如克身,而遇於刑殺之地,決不可逃也。

「爪牙殺」は本命を距る三位の地方に在り。歌訣に曰く、それ最も金神・羊刃・白虎一同に臨照するを忌み、両辺凶殺を夹みてまた来たりて身を剋し、福神の解救なければ、必定蛇虎の類に傷害せられん。それ羊刃・金神・白虎と併見すれば便是大凶にして、禽獣の爪牙に傷られんを主り、重きは虎狼の厄に遭ひ、軽きもまた牛馬犬畜あるいは毒虫咬傷の災あり。もしそれ併して命主を剋せず、しかも福神あの一宮に鎮在すれば、便ち理会するを要せず。もし既に来たりて身を剋し、また刑殺の地に落つれば、この場の災禍断断として躱避し得ず。

顛墜殺

劫殺克身者是也,主車馬顛覆之災,更帶金神羊刃克身,其禍尤緊也。

「顛墜殺」はすなはち「劫殺」の来たりて命主本身を剋する情形にして、車馬翻覆墜落の災を主る。もしさらに金神・羊刃を帯びて一同に来たりて身を剋せば、この場の禍事便ちさらに緊迫凶険なり。

自縊殺

戌人己,己人戌,辰人亥,亥人辰,寅人未,未人寅,卯人申,申人卯,午人丑,丑人午,子人酉,酉人子,是五行反【擊】處,大忌相剋,天元是墓,更有天中、官符、大耗者,自縊之人也。

「自縊殺」の配法は両支互見すなり。戌年生の人は己を見、己年生の人は戌を見。辰年生の人は亥を見、亥年生の人は辰を見。寅年生の人は未を見、未年生の人は寅を見。卯年生の人は申を見、申年生の人は卯を見。午年生の人は丑を見、丑年生の人は午を見。子年生の人は酉を見、酉年生の人は子を見。これら皆五行かへつて相撃する処にして、最も彼此相剋するを忌む。もし天干の属するまた正に墓地に落ち、加ふるに「天中」(即ち空亡)・「官符」・「大耗」の幾顆の凶神あれば、便ち自縊の一路に走上する会う人なり。

水溺殺

丙子、癸未、癸丑上,帶咸池、金神、羊刃是也。更納音克身,決不可免。(丑為三可之分、未為井宿之居。)以上三殺共一歌:劫殺克身名【顛】墜,金神羊刃防同位,要知自縊最凶神,戌巳辰亥並寅未,子酉一例為凶殺,卯申丑午依前是,尤忌空亡兼墓鬼,官符大耗仍須避,丙子癸未並癸丑,感池金殺羊堪畏,五行更若來克身,一死懸空一溺水。

「水溺殺」は命中丙子・癸未・癸丑のこの三個の干支を見、上面また「咸池」(即ち桃花、酒色を主る)・金神・羊刃を帯ぶるを指す。もし納音五行さらに来たりて身を剋せば、この場の水厄断断として免れ難し。原注に曰く、丑は三河の分野の処にして、未は井宿の位次にして、皆水と関連す。上面の顛墜・自縊・水溺の三殺合して一首の歌訣を成す。劫殺来たりて身を剋すれば便ち顛墜と曰ふ、なほ須らく金神・羊刃同一位置に処るを提防すべし。自縁は最凶の神煞なるを知るを要す、配法は戌と巳・辰と亥および寅と未にして、子と酉と同じく凶殺と算し、卯と申・丑と午もまた前の説法を照らす。殊に空亡の墓鬼に連なるを忌諱し、官符・大耗もまた須らく回避すべし。丙子・癸未に癸丑を加ふれば、咸池・金神・羊刃皆畏懼す可し。五行もしさらに来たりて命主を剋せば、懸空自縊するならざれば、便ち溺水して亡ぶなり。

掛剣殺

巳酉丑申全氣見,從革局多皆掛劍,元亡金虎克刑身,【縱】不殺人身豈免。命中帶巳酉丑申全者是,又或重迭再巳酉丑亦是。若更犯官符、元辰、白虎、金神之類,五行刑剋者,主兇暴殺人或反為人害也。

「掛剣殺」は命中巳・酉・丑・申の四支の金気斉備するを指す。金気「従革」の局を結成する人は多くは剣を佩ぶ。もしさらに元辰・亡神・金神・白虎の来たりて命身を刑克するあれば、たとへ自己殺人し往かずとも、また自身の殺身の禍を保し難し。凡そ命中巳酉丑申の四字斉全なる便是なり、あるいは巳酉丑重複して出現するもまた算と為す。もしまた上官符・元辰・白虎・金神の一類の凶煞を犯し、五行の間なほ互相刑克すれば、便ち此人性情凶暴・手を動かして人を殺すを主り、あるいはかへつて別人に害せらるるなり。

天火殺

寅午戌全號天火,不見丙丁猶自可,五位都無一水神,生旺臨年災厄大。寅午戌全,而上有丙丁,五位中全不見水者,是也。有水者,非。年運至火氣生旺處,當防火災。

命中寅・午・戌の三支斉全なれば、便ち「天火殺」と曰ふ。歌訣に曰く、もし天干の上丙丁の火を見ざれば、なほ過去すを得ると算す。要是四柱の五個の位次の裏一点の水気もなければ、火到りて生旺の地また流年に臨むを等てば、災厄便ち大なり。具体に説來すれば、寅午戌三合火局斉備にして、天干また丙あるいは丁あり、而して全局の中完全に水を見ざれば、こそ天火殺と算す。水あるは便ち算と為さず。流年大運火気生旺の地方に走り到れば、まさに火災を提防すべし。

妄語殺

官符落天中,是也。多邪誕不實。

「妄語殺」は「官符」正好く「天中」(也即是ち空亡)の上に落つるを指す。この顆の殺を帯ぶる人は説話多くは荒誕不経にして、虚にして実ならず、真実と為し難し。

伶倫殺

貴人落天中,是也。或與天中連珠或與天中合,常有伶倫之態,好謳吟,伎藝人也。理愚歌云:貴人或落空亡裡,祿馬背違如不值,假饒性識甚聰明,男即伶倫女娼妓。

「伶倫殺」は天乙貴人正に天中空亡の上に落ち、あるいは空亡と連なりて一串を成し、空亡と相合するを指す。この種の人常に優伶芸人の做派を帯び、曲を唱ひ吟咏するを喜び、多くは技芸を靠りて生を謀る人なり。《理愚歌》に曰く、貴人もし空亡の裏に落進せば、禄神と駅馬もまた背离して如同有らざるがごとし。たとへ天資聡明にして人に過ぐるも、男は過ぎず一個の伶人を成り、女は便ち娼妓に淪為す。

陰陽殺

女命得戊午,男命得丙子,是也。女屬陰而喜於陽,命得戊午旺火為正陽,男屬陽而喜於陰,命得丙子旺水為正陰,是為陰陽和暢,故男得丙子平生多得美婦人也。女得戊午,平生多逢美男也。若日上逢之,男娶美麗婦人,女適端正之夫,大忌元辰、咸池同宮,不以男女皆淫蕩。如男得戊午多婦人相愛,女得丙子,多男子挑誘。更看有無貴賤格局,消息用之。(並燭神經)

「陰陽殺」は説く所女命戊午を得、男命丙子を得るなり。女子陰に属して陽を得るを喜び、命中の戊午は旺火にして、正に純陽の気に合す。男子陽に属して陰を得るを喜び、命中の丙子は旺水にして、正に純陰の気に合す。かくのごとく陰陽便ち調和して通暢す。ゆゑに男人丙子を得れば、一生多く能く美貌の女子に遇ひ。女人戊午を得れば、一生多く能く俊美の男子に碰上す。もしこの両個の干支日柱の上に落つれば、男は美麗の妻子を娶り、女は端正の丈夫に嫁ぐ。ただ最も「元辰」・咸池と同一宮に在るを忌諱す、あれは男女を論ぜず皆淫蕩に流れん。また男命戊午を得れば、許多の婦人の愛慕あるべし。女命丙子を得れば、許多の男子の挑逗引誘あるべし。この外なほ須らく整個の命局の是貴是賤を視て、斟酌して取用すべし。以上皆《燭神経》に出づ。

真亡殺

寅午戌人見葵已、癸亥,巳酉丑人見丙申、丙寅,申子辰人見丁亥、丁巳,亥卯未人見壬寅、壬申。

「真亡殺」は亡神を把て具体の干支の上に落とす一種の取法なり。寅午戌年出生の人は、癸巳と癸亥とを見れば便是。巳酉丑年出生の人は、丙申と丙寅とを見る。申子辰年出生の人は、丁亥と丁巳とを見る。亥卯未年出生の人は、壬寅と壬申とを見る。凡そ命にこれらの組合を出現せば、皆亡神を按じて論断す。

天刑

子丑人己時,寅人庚時,卯辰人辛時,巳人壬時,午未人癸時,申人丙時,酉戍人丁時,亥人戍時。犯之者遭刑,有疾,四時休敗,不利四時,旺者富也。

「天刑」は出生の年支を按じて時辰に配す。子年・丑年生の人は己時に配し、寅年生は庚時に配し、卯年・辰年生は辛時に配し、巳年生は壬時に配し、午年・未年生は癸時に配し、申年生は丙時に配し、酉年・戌年生は丁時に配し、亥年生は戌時に配す。これに犯す人は刑罰を遭受すべく、身上もまた常に病あり。もし値する所の気四季の中に於て休囚敗地に処れば、一年四季皆順利ならず。これに反してもし気勢正に旺なれば、倒に此に因りて致富するを得。

艱難局

寅午戍人辰時,巳酉丑人未時,申子辰人戍時,亥卯未人丑時。辰戍丑人未時有丁者好命。(並燭神經)玉門關集有頭戴殺云:寅午戍人在辰,巳酉丑人在未,申子辰人在戍,亥卯未人在丑,生日生時犯之,損妻破業。

「艱難局」の配法は、寅午戌年生の人辰時に逢ひ、巳酉丑年生の人未時に逢ひ、申子辰年生の人戌時に逢ひ、亥卯未年生の人丑時に逢ふ。もし是れ辰・戌・丑年生の人未時に逢ひて天干丁を帯ぶれば、かへつて好命と算す。以上《燭神経》に出づ。《玉門関集》別に一顆の「頭戴殺」を立て、配法此と相同なり。寅午戌年の人は辰に在り、巳酉丑年の人は未に在り、申子辰年の人は戌に在り、亥卯未年の人は丑に在り。出生の日と時の上これに犯せば、妻子を損傷し家業を敗破するを主る。

土鬼日

秋百日內應,如遇天地黑道,不雨即陰也。己丑壬胡並,乙酉,癸巳丁巳及辛丑,甲午戊午庚戍神,萬般逢著皆殃咎。

「土鬼日」の応験多くは秋季の一百天の内に在り、もしまた天地黒道の日に碰上れば、雨降らずともまた一定して陰沈なり。歌訣これらの日子を把て一串に編成す。己丑と壬胡と、なほ乙酉あり、さらに癸巳・丁巳と辛丑とを加へ、および甲午・戊午・庚戌のこれら幾位の神煞なり。万事ただこれらに撞上せば、皆災殃咎害を招来せん。

神白經云:國家用此日必定損宮闕,臣僚用此日,必定損勳烈,上官用此日,官事常不絕,呼迎用此日,定是主離別,開張用此日,本利盡消折,修造用此日,樑棟不相接,行船用此日,桅梢寸寸折,動土用此日,憂惱不常輟,葬埋用此日,哭聲常不歇,出行用此日,路逢虎狼啜,行兵用此日,人馬化為血,求醫用此日,名醫難辨別。

《神白経》に曰く、国家この種の日子を挑みて事を辧ずれば、宮殿必定損を受く。臣子この種の日子を挑めば、功勲必定折損す。上任して官を為るにこの種の日子を挑めば、官司永遠に断えず。親を迎へ客を会するにこの種の日子を挑めば、注定して生離別を生ず。開張して営業するにこの種の日子を挑めば、本銭利息全て賠光す。房屋を修造するにこの種の日子を挑めば、梁柱接合し上がらず。船を行くにこの種の日子を挑めば、桅杆寸寸に折断す。土を動かすにこの種の日子を挑めば、憂愁煩悩了結なし。葬を下すにこの種の日子を挑めば、哭声総じて停歇せず。門を出でて遠行するにこの種の日子を挑めば、路上に虎狼の吞噬に遇はん。軍を行きて戦を打つにこの種の日子を挑めば、人馬皆化作して血水と為らん。医を求め薬を問ふにこの種の日子を挑めば、さらに高明の医も診断し清楚ならず。

十悪大敗

甲辰乙巳與壬申,丙申丁亥及庚辰,戊戍癸亥加辛巳,己丑都來十座神,國家用兵須大忌,龍蛇出穴也妨身,人生若還值此日,倉庫金銀化作塵。寸珠尺璧云:凡四柱帶十惡大敗,主淫亂。

「十悪大敗」は総じて十個の日子なり。甲辰・乙巳・壬申・丙申・丁亥・庚辰・戊戌・癸亥・辛巳・己丑。歌訣に曰く、国家兵を出すに最もこれらの日子を忌み、たとへ竜蛇穴を出づるがごとき英雄人物これに碰上るもまた身を傷るべし。人もしかかる日子の裏に生まれれば、倉庫の中の金銀もまた化成して塵土と為らん。《寸珠尺璧》に曰く、凡そ四柱の中十悪大敗を帯ぶるは、主として人淫乱を為す。

四廃日

春庚辛,夏壬癸,秋甲乙,冬丙丁。三曆會同有正四廢日,春庚申、辛酉,夏壬子、癸亥,秋甲寅乙卯,冬丙午,丁巳,此五行無氣之日,福德不遊之辰,百事並凶,又有大四廢日,春申酉,夏亥子,秋寅卯,冬巳午,百事凶。

「四廃日」は季節を按じて天干に配す。春天は庚と辛、夏天は壬と癸、秋天は甲と乙、冬天は丙と丁。《三曆会同》別に「正四廃日」を立つ。春天は庚申・辛酉と為し、夏天は壬子・癸亥と為し、秋天は甲寅・乙卯と為し、冬天は丙午・丁巳と為す。これら皆五行毫も生気なき日子にして、また福徳の神の肯んじて游臨せざる時辰にして、何の事を辧ずるも皆凶なり。この外また「大四廃日」あり。春天は申・酉に在り、夏天は亥・子に在り、秋天は寅・卯に在り、冬天は巳・午に在り、同じく百事皆凶なり。

十大休廃時

甲乙是午丙丁辛,戊己還從日入輪,庚辛平旦君須避,壬癸禺中敗是真。(八字金書)

「十大休廃時」は日干を按じて時を擇す。甲日・乙日は午時を以て休廃と為し、丙日・丁日の一句原作「丙丁辛」なり。戊日・己日は須らく日入の時すなはち酉時の上より輪推すべし。庚日・辛日は必ず平旦すなはち寅時を避開すべし。壬日・癸日は則ち禺中の巳時を以て真正の敗時と為す。この訣は《八字金書》に出づ。

官符殺

取太歲前五辰是,日時遇之平生多官災,更並羊刃乃徒行之命。從太歲數起,至第五辰是。古詩云:五官六死十二病,三喪十一客來臨。

「官符殺」は当年の太歳より往きて第五位の地支を数ふるを取る。日柱・時柱の上これに遇へば、一生多く官司の災あり。もしさらに「羊刃」と併見せば、便ち徒刑を判られ遠地に発せられて服役する命なり。推算する時は太歳の本位より数を起し、第五位に数到れば便是なり。古詩この一類の神煞の位次を把て口訣に編成す。第五位は官符、第六位は死符、第十二位は病符、第三位は喪門、第十一位は吊客なり。

死符殺

取病符對沖是,月日時犯之,無貴神救,凶惡短折。

「死符殺」は「病符」と正に相対冲するあの一位を取る。月柱・日柱・時柱の上これに犯し、また貴神の前來解救なければ、此人性情凶悪にしてしかも寿命短促を主る。

病符殺

取太歲後一辰是,犯者多疾病,行年遇之亦然。(亞宰公要訣)

「病符殺」は当年の太歳の後面の一位の地支を取る。命にこれに犯す人は多病多災なり。流年この一位に走り到る時も、情形もまた同じなり。この説は《亜宰公要訣》に出づ。

横関殺

橫關一殺少人知,月祿凶神又及時,縱有吉神重疊至,不遭刑戮也傾危。命前二辰,命俊二辰,月祿羊刃來佐,凶殺臨時是也。如丙午年,乙未月,戊申日,丙辰時,丙戍胎,土尅命而橫關殺全月上,羊刃在時,月劫殺在申日,又胎與時同類相沖,此一人命獲二攀,己卯年犯極法,因赦真訣配(鬼谷要訣)

「横関殺」は甚だ少なく人の知道するあり。それは月上の禄神と凶神とまた時辰の上に赶在して会斉するにして、たとへ吉神の一層層に前來相救するあるも、殺戮を遭はずともまた傾覆危亡せん。取法は本命の前の両位と本命の後の両位、さらに月上の禄神と羊刃の来たりて相幇するあり、凶殺また時辰に臨めば、便ちこの顆の殺を構成す。書中一個の命例を挙ぐ。丙午年・乙未月・戊申日・丙辰時、胎元は丙戌と為り、納音土来たりて命を剋し、而して横関殺斉集して月柱の上に在り、羊刃時柱に落ち、月上の劫殺申日に落ち、胎元また時柱と同類相冲す。此人一命の中に於て両重の牽連を犯し、己卯年極刑を触犯し、後來赦に遇ひて、なほ真訣に依りて流配を判ぜられり。この例は《鬼谷要訣》に出づ。

徙配殺

以木生日上數甲至本日干柱,陽干順數,陰干逆數,若在命宮,主極刑,三合主徙配,對宮主外死。(廣信集)

「徙配殺」の推法は、木生の日より起して、日柱の上に於て甲より本日の天干に数到る。陽干は順に数へ、陰干は逆に数ふ。数落の処もし正に命宮に在れば、極刑を受くるを主る。三合の位に落ちれば、流放充軍を主る。对冲の宮に落ちれば、他郷に客死するを主る。この法は《広信集》に出づ。

五命犯徙配歌

戊馬庚豬乙虎狼,甲人羊位切須防,壬鼠己龍辛到丑,癸兔丁雞事不祥,丙逢猴狗何悲歎,流竄他州道路長,更逢羊刃臨其位,面帶懸針背血光。(金書命訣)

この首の歌訣は句を逐ひて説く。戊日生の人午馬を見、庚日生の人亥猪を見、乙日生の人寅虎を見、甲日生の人未羊を見れば、皆切切に提防すべし。壬日生の人子鼠を見、己日生の人辰竜を見、辛日生の人丑牛を見、癸日生の人卯兎を見、丁日生の人酉鶏を見れば、件件皆不祥なり。丙日生の人申猴・戌狗に碰上ればさらに可嘆なり、外州に流放せられ道路遥遠を主る。もしさらに「羊刃」同一の位の上に臨むに逢へば、なほ顔上に字を刺し血光の災を背負はん。この歌は《金書命訣》に出づ。

戟鋒懸針須らく配を決すべし

戟鋒殺,正月起甲,二月乙,三月戊甲,四月丙,五月丁,六月己,七月庚,八月甲辛,九月戊甲,十月壬,十一月癸,十二月己,甲日時帶兩重者至凶,更與懸針相見,定主決配及傷殘之凶。(沉芝源髓)

「戟鋒殺」は月份を按じて天干を起す。正月は甲を起し、二月は乙を起し、三月は戊と甲を起し、四月は丙を起し、五月は丁を起し、六月は己を起し、七月は庚を起し、八月は甲と辛を起し、九月は戊と甲を起し、十月は壬を起し、十一月は癸を起し、十二月は己を起す。日柱・時柱の上両重の甲を帯ぶるは最も凶険なり。もしさらに「懸針」と相見えば、注定して流配を判ぜられ、あるいは傷残の下場に落つるなり。この説は《沈芝源髄》に出づ。

天刑天傷

時前一辰為天刑,主克害宗族,時後二辰為天傷,主疾病折傷。

時柱の前面の一位の地支を「天刑」と呼び、同宗の族人を克害するを主る。時柱の後面の両位の地支を「天傷」と呼び、疾病纏身あるいは跌打折傷を主る。

伏尸殺

庚戌見甲戌,主不善終。(並廣錄)

「伏尸殺」は命に庚戌ありてまた甲戌を見るを指し、此人善終を得ざるを主る。この一条と上文と皆《広録》に出づ。

また伏尸殺

甲辰午時,甲午酉時,惟此二命有之。(理愚歌)

別に一種の「伏尸殺」の説法あり。甲辰日午時に生まれ、甲午日酉時に生まれ、ただこの両種の命のみこれを帯ぶ。この説は《理愚歌》に出づ。

浮沉殺

(惟在財帛官名穿錢殺,主富蓄)。從戌上起子,逆行至本生年住,卻從命宮數,看在何宮,只在財帛宮為吉,餘皆凶,甲乙己庚人,犯之稍輕,丙丁戊辛癸人犯之重,常發災。在寅午戌申未年中,此殺多主水厄,仍各隨宮分為災,如在甲宅宮,則主破祖,餘以類推。

「浮沉殺」もしただ財帛の一宮に落つれば、便ち名を改めて「穿銭殺」と呼び、かへつて积蓄豊厚を主る。推法は戌位の上より子を起し、逆に数へて本人の生年に至るを止め、さらに命宮より起算し、それの十二宮のいづれの宮に落つるを視る。ただ財帛宮に落つるのみ吉利と算し、余の各宮皆凶なり。甲・乙・己・庚日生の人これに犯せば稍し軽く、丙・丁・戊・辛・癸日生の人これに犯せば便ち重く、常常災禍を発生す。寅・午・戌・申・未のこれらの年に生まれし人は、この顆の殺多く水厄を主る。具体の災禍はなほ落つる所の宮位に随ひて定まる。例えば田宅の一宮に落つれば、便ち祖業を敗破するを主り、余はこれに準じて推す。

血光殺

子日戌時,丑日卯時,辰日午時,未日酉時。以上是隔角殺,君子主癰疽致命,庶人血光致死,日時上主妻子損克,胎年克父母。(並廣信集)

「血光殺」の配法は、子日戌時に生まれ、丑日卯時に生まれ、辰日午時に生まれ、未日酉時に生まるるなり。以上のこれら幾種の搭配また「隔角殺」と呼ぶ。身分ある人これに犯せば、多く癰疽毒瘡に因りて命を送る。平民百姓これに犯せば、則ち血光の災に死す。それ日柱・時柱の上に落つれば、妻子児女を損克するを主り、胎元と年柱の上に落つれば、則ち父母を剋す。以上皆《広信集》に出づ。

また血光殺

子人戌,戌人子,丑人卯,卯人丑,辰人午,午人辰,巳人未,未人巳,申人戌,戌人申,酉人亥,亥人酉,日時犯者平生多血災。

もう一種の「血光殺」は出生の年支を按じて互見するを以て取る。子年生のは戌を見、戌年生のは子を見。丑年生のは卯を見、卯年生のは丑を見。辰年生のは午を見、午年生のは辰を見。巳年生のは未を見、未年生のは巳を見。申年生のは戌を見、戌年生のは申を見。酉年生のは亥を見、亥年生のは酉を見。日柱・時柱の上これに犯す人は、一生多く流血の災あり。

流血神

以本生月起子,順數至本年住,若在命宮三合對宮,主癰疽,庶人刑,婦人發。

「流血神」の推法は本人の出生の月份の上より子を起し、順に数へて本命年に至るを止む。数到の位置もし命宮・三合の位あるいは对冲の宮に落つれば、癰疽毒瘡を生ずるを主る。平民百姓は此に因りて刑を受け、婦人は則ち発病し易し。

点頭殺

戊寅、戊申、庚寅、庚申、辛巳、辛亥。以上日時犯更帶元辰者,君子主血疾,小人徒配,婦人主血危,日上損妻,時上損子。

「点頭殺」は共に六個の干支あり。戊寅・戊申・庚寅・庚申・辛巳・辛亥。日柱・時柱の上これに犯し、また「元辰」を帯ぶるは、身分あるは出血の疾を患ふるを主り、平民は徒刑流配を判られ、婦人は則ち血崩難産の危あり。日柱の上に落つれば妻子を損傷し、時柱の上に落つれば子女を損傷す。

暗金殺

子巳丑寅酉,寅人巳子游,卯酉子未戌,戌龍不自由,亥卯申共丑,金殺主徙流,亡神若共見,應不免愆尤。以上,君子主癰疽,公人百姓主有官災,與飛廉亡神併,大凶。

「暗金殺」の歌訣は生年と忌む所の地支とを把て一処に編む。子・巳・丑年の人は寅と酉とを忌み。寅年生の人は巳と子とを忌み。卯・酉年の人は子・未・戌を忌み。戌と辰の両支もまた同じく自由を得ず。亥・卯年の人は申と丑とを忌む。この顆の金殺に犯せば、流放遷徙せらるるを主る。もしさらに「亡神」と同時に出現せば、免れず過失災咎あらん。総じて説へば、身分ある人これに犯せば癰疽を生ずるを主り、吏員と百姓これに犯せば官司を喫するを主る。それ「飛廉」・亡神と併見する時、殊に大凶なり。

無形鬼

甲午丁酉己巳庚子辛亥壬申壬寅癸卯。以上重迭犯者,如甲午見甲午,是也。主橫發橫死,以月日時分之,日時主妻子。

「無形鬼」は共に八個の干支あり。甲午・丁酉・己巳・庚子・辛亥・壬申・壬寅・癸卯。いはゆる重畳犯とは、命に甲午を出現してまた甲午を見るのこの一類の情形を指す。これを帯ぶる人は暴発暴亡を主り、たとへ一夜に富貴する能くともまた横死するを得。具体なほ須らくそれの月柱・日柱あるいは時柱の上に落つるを分かつべく、日柱・時柱に落つるは、妻子児女の身上に於て応験す。

離郷殺

(三合中見類也)寅午戌人午,巳酉丑人酉,申子辰人子,亥卯未人卯。以上日時犯者,主離鄕並祖業,子午卯酉上安命者同。

「離郷殺」は三合局の中同類のあの一支を取る。寅午戌年生の人は午を見、巳酉丑年生の人は酉を見、申子辰年生の人は子を見、亥卯未年生の人は卯を見。日柱・時柱の上これに犯す人は、家郷を離れ祖業を抛下するを主る。命宮子・午・卯・酉の四支の上に安ずる人も、情形もまた同じなり。

破外殺

(各第二位相對處是)寅卯辰人酉,巳午未人子,申酉戌人卯,亥子丑人午。以上日時胎犯之,主外家破散人財。

「破外殺」は毎一方位の中の第二支の对冲するあの一位を取る。寅・卯・辰年生の人は酉を見、巳・午・未年生の人は子を見、申・酉・戌年生の人は卯を見、亥・子・丑年生の人は午を見。日柱・時柱あるいは胎元の上これに犯せば、外祖の一家人口離散・銭財敗尽するを主る。

天屠殺

除子日午時,午日子時外,其餘丑日亥時,亥日丑時,寅時戌時,戌日寅時,依此逐兩位數之,君子犯者主異疾腸風腳氣,小人損肢折體,重犯者主徙配。

「天屠殺」の配法は、子日午時・午日子時を除きての外、なほ丑日亥時・亥日丑時、寅日戌時・戌日寅時あり、かくのごとく両両に相配して依次に推数す。身分ある人これに犯せば、怪病を患ふるを主り、腸風下血・脚気の類のごとし。平民百姓は則ち肢を傷り骨を折る。犯すること重きはなほ流配を判处するを要す。

壬辰日時或大運,名玄武受戮,主官員被讒有失,小人是非不寜。癸巳日時或大運,名青龍伏藏,主因酒有失,暗損福壽,不飲則可。丁未日時玄武折足,大不利六畜,亡散死傷,或患瘡疾,有甲乙則有子孫。辛卯時犯白虎喪目,不利勇勐戰鬥,令人多有眼目之疾,重犯尤忌之。(並神白經)

壬辰日柱・時柱あるいは大運の上に落つるを、「玄武戮を受く」と呼び、官を為る人人に讒を進められて位を失ふを主り、平常人もまた是非不断にして安寧を得ず。癸巳日柱・時柱あるいは大運の上に落つるを、「青竜伏蔵」と呼び、酒を飲みて事を誤るに因り、暗の中に於て福分寿数を折損するを主り、酒を飲まざれば便ち避开す可し。丁未日柱・時柱の上に落つるを「玄武足を折る」と呼び、六畜に対し大いに不利にして、牲口逃散死傷し、人もまた瘡を生じ病を患ふる易し。もし天干甲・乙あれば、なほ能く子孫あるを得。辛卯時の上に犯するを「白虎目を喪ふ」と呼び、勇武征戦に利あらず、人をして多く眼疾を患へしむ、犯すること重きは殊に忌諱を要す。以上皆《神白経》に出づ。

第廿四巻

劫殺を論ず

林開云:屬右弼星。

林開《林開五命》の裏に説く、「劫殺」のこの顆の凶神は星宿の系統の中に於て「右弼星」に帰属す。

劫殺例

寅午戌在亥,巳酉丑在寅,申子辰在巳,亥卯未在申。凡值一位,為人毒害,其性難犯,二位逢克,主有宿疾,刑徒手足不完,運若逢此,乃有刀兵折傷之難,如祿馬相順,五行不相刑,又為好命,主有權柄握兵,文武官皆然。(林開五命)

劫殺の取法は、寅午戌年生の人は亥に落ち、巳酉丑年生の人は寅に落ち、申子辰年生の人は巳に落ち、亥卯未年生の人は申に落つ。命中ただ一位を犯すは、人として狠毒厲害にして、性子好からず招惹す。両位に犯してまた克制に逢へば、身に旧疾あるを主り、甚だしきは刑を受け獄に坐して手足残缺す。大運ここに走り到れば、刀兵折傷の難ありべし。ただし「禄馬」それと順遂に相配し、五行の間相刑せざれば、かへつて一副の好命にして、手に兵権を握るを主り、文官武将皆是のごとし。この説は《林開五命》に出づ。

劫殺者,五行昏濁之神也,常在五行之氣絕處,寅午戌火絕在亥是也,君子得之,則氣剛志勇,宜為右職,小人得之,則放僻邪侈,無所不至,生旺則多謀略,遇事敢為,死絕則執拗內狠,陰中於人,與貴人併,則高明遠慮,有武德,與建祿併,能權大任,多得橫財。與空亡元辰併,為樑上君子,生時得之,子孫愚薄,下乘金火多在死絕,患頭瘡闇昧疾,干帶庚辛,多好刑刻凋鏃伎巧事,或空亡金火併,多打鐵屠膾捕獵籠養之人。(燭神經)

劫殺は五行の中の昏暗混濁の神煞にして、総じて五行の気の断絶する地方に落つ。例えば寅午戌は火に属し、火は亥に絶すれば、劫殺便ち亥に在り。徳位ある君子これを得れば、気魄剛強・志向勇決にして、武職を担任するに適合す。普通人これを得れば、則ち放縦邪僻・奢侈無度にして、何の事も皆做し出すを得。それ生旺の地に処れば、人多く謀略あり事に遇ふに敢作敢為す。死絶の地に処れば、則ち性子執拗・内心陰狠にして、暗裏に於て別人を算計す。それ「貴人」と併見すれば、人高明にして遠慮あり、武徳を兼具す。「建禄」と併見すれば、能く大任を擔當し、常に意外の財を得。「空亡」「元辰」と併見すれば、便ち梁上君子のごときの盗賊と成る。出生の時辰の上これを帯ぶれば、子孫愚鈍淺薄なり。命格低下にして納音金火また多くの処死絶するは、頭瘡と些かの説清楚ならざる暗疾とを生じ易し。天干庚・辛を帯ぶるは、多く刀鋸彫鏤の一類の精巧の手藝活を喜ぶ。もし空亡と金火と一同に併見すれば、則ち多くは打鉄・屠宰・捕獵・籠養禽獣を以て生と為す人なり。この説は《燭神経》に出づ。

劫頭殺

寅午戍人,甲干己亥,丙干辛亥,戊干癸亥,庚干乙亥,壬干丁亥。巳酉丑人,乙干戊寅,丁干庚寅,己干壬寅,辛干甲寅,癸干丙寅。申子辰人,甲干己巳,丙干辛巳,戊干癸巳,庚干乙巳,壬千丁巳。亥卯未人,乙干戊申,丁干庚申,己干壬申,辛干甲申,癸干丙申。以上劫殺上有干財,主蓄積大富,吞併不僱藉,滲毒害物,遇再重者反有害。

「劫頭殺」は劫殺のあの一位の地支の上にさらに天干を配出して財と為す組合なり。寅午戌年生の人は、甲日主己亥に配し、丙日主辛亥に配し、戊日主癸亥に配し、庚日主乙亥に配し、壬日主丁亥に配す。巳酉丑年生の人は、乙日主戊寅に配し、丁日主庚寅に配し、己日主壬寅に配し、辛日主甲寅に配し、癸日主丙寅に配す。申子辰年生の人は、甲日主己巳に配し、丙日主辛巳に配し、戊日主癸巳に配し、庚日主乙巳に配し、壬日主丁巳に配す。亥卯未年生の人は、乙日主戊申に配し、丁日主庚申に配し、己日主壬申に配し、辛日主甲申に配し、癸日主丙申に配す。以上皆劫殺の位に財星の坐するを主り、积蓄豊厚にして大富と成り、別人の産業を兼并するに毫も情面を顧惜せず、甚だしきは毒を施して物を害す。ただしこの種の組合もし重複して出現せば、かへつて変じて禍害と為る。

劫頭鬼

寅午戍人,甲干辛亥,丙干癸亥,戊干乙亥,庚干丁亥,壬干己亥。己酉丑人,乙干庚寅,丁干壬寅,己干甲寅,辛千丙寅,癸干戊寅。申子辰人,甲干辛巳,丙干癸巳,戊干乙巳,庚干丁巳,壬千己巳。亥卯未人,乙干庚申,丁干壬申,己千甲申,辛千丙申,癸干戊申。以上劫殺上見官鬼,主無官,縱有須因事罷,入侍從,大罕得也,庶人多被劫,平生聚散,公人主估家計,兩重須被盜,日劫妻,時劫子,婦人劫夫。(並廣信)

「劫頭鬼」は劫殺のあの一位の地支の上に天干を配出して官鬼と為す組合なり。寅午戌年生の人は、甲日主辛亥に配し、丙日主癸亥に配し、戊日主乙亥に配し、庚日主丁亥に配し、壬日主己亥に配す。巳酉丑年生の人は、乙日主庚寅に配し、丁日主壬寅に配し、己日主甲寅に配し、辛日主丙寅に配し、癸日主戊寅に配す。申子辰年生の人は、甲日主辛巳に配し、丙日主癸巳に配し、戊日主乙巳に配し、庚日主丁巳に配し、壬日主己巳に配す。亥卯未年生の人は、乙日主庚申に配し、丁日主壬申に配し、己日主甲申に配し、辛日主丙申に配し、癸日主戊申に配す。以上皆劫殺の位に官鬼の坐するを主り、一生官を為る可きなく、たとへ官を做せども、また事に因りて罷免せられ、朝に入りて侍従の職を充当せんと欲するはさらに極めて得難し。平民百姓は多く抢劫に遭ひ、一生財物聚めてまた散ず。吏員の一類の人は主として家産を估売して債を抵当せられ、両重に犯すは必定盗まれん。それ日柱の上に落つれば妻を劫し、時柱の上に落つれば子を劫し、婦人は則ち其の丈夫を劫す。この説は《広信集》に出づ。

一殺相合

殺為首,故謂之一殺,甲寅值己亥,丙寅值辛亥,戊寅值癸亥,庚寅值乙亥,壬寅值丁亥,甲申值已巳,丙申值辛巳,戊申值癸巳,庚申值乙巳,壬申值丁巳,十位在日上,謂之旌旗殺,在時上謂之英雄殺,全要以身剋殺,不宜以殺剋身。四位逢生劫又來,當朝霸業振雄材,更無印墓臨時上,梗直名光御史臺。四位逢生交互見之。(鬼谷要訣)

劫殺は衆殺の首に居り、ゆゑに「一殺」と曰ふ。その組合は共に十種あり。甲寅己亥に遇ひ、丙寅辛亥に遇ひ、戊寅癸亥に遇ひ、庚寅乙亥に遇ひ、壬寅丁亥に遇ひ、甲申己巳に遇ひ、丙申辛巳に遇ひ、戊申癸巳に遇ひ、庚申乙巳に遇ひ、壬申丁巳に遇ふ。この十種日柱の上に落つるを「旌旗殺」と呼び、時柱の上に落つるを「英雄殺」と呼ぶ。関鍵は須らく命主自身を用ひてこの顆の殺を克制し、殺をしてかへつて身を剋せしめず。この出處は《鬼谷要訣》なり。歌訣に曰く、四柱皆生気に逢ひて劫殺また湊上来れば、便ち能く当朝に於て霸業を成就し雄才を振起す。ただ時柱の上印綬墓に入るを落とさざれば、人として剛直にして、能く御史台に於て名を揚ぐ。いはゆる四位生に逢ふとは、四柱交互相見えて皆生気を帯ぶるを指す。この説は《鬼谷要訣》に出づ。

劫殺儻も生気に逢はば、関外に於て権を持つ

劫殺主殺,生氣主生,若同於本位之上,其人必作將帥,若有生氣兩重,而劫殺一重者,則是生氣強於劫,劫殺兩重而生氣一重者,則是劫強於生氣,生氣多者從生氣言,劫殺多者從劫殺言,不可一概論也。

劫殺は粛殺の気を主り、「生気」は生発の機を主る。両者もし同一の位次の上に処れば、此人必定上将帥に当たらん。仮に生気両重ありて劫殺ただ一重あれば、便是生気劫殺を圧過せり。劫殺両重ありて生気ただ一重あれば、則は劫殺生気を圧過せり。生気多きは便ち生気を按じて断じ、劫殺多きは便ち劫殺を按じて断ず、一概に論ずる能はず。

両頭重劫は凶を致し、最も身を剋し運を剋するを怕る

諸書皆曰劫坐兩頭夭壽,其有分劫,聚劫,身剋劫,或劫剋身,皆不同,如分劫者,如甲子生人,得己巳月,己巳日時,是也,蓋只有一劫寄於兩巳,兩巳分劫而受之,反不為重災也。聚劫者,譬如甲子生人,丙子月,己巳日時,是也。蓋子有兩重劫,會於巳,一巳受兩重劫,致害重也。身剋劫,與劫剋身者,常以太歲所屬之五行為身劫,殺所屬之五行為劫,劫剋身者重,身剋劫者輕,若見生得帶而不剋,流年遇之,而剋運必見傷,而夭矣。(並壺中子)

各家の書皆劫殺命局の両頭に坐して寿命を折損すと説く。其の実はなほ須らく「分劫」「聚劫」「身剋劫」「劫剋身」の幾種の情形を分かつべく、各々相同ならず。いはゆる分劫とは、例えば甲子年生の人己巳月・己巳日時を得れば、ただ一重の劫両個の巳の上に寄托し、両個の巳分けて承受し、かへつて大災を成さず。いはゆる聚劫とは、例えば甲子年生の人丙子月・己巳日時を得れば、両個の子各々一重の劫を帯び、皆一個の巳の上に会聚し、一個の巳両重の劫を承受し、為害すれば便ち重し。身剋劫と劫剋身とに至りては、通常太歳の属する五行を以て命主自身を代表し、殺の属する五行を以て劫を代表す。劫来たりて身を剋するを重と為し、身去りて劫を剋するを軽と為す。もしただ相見相帯して併して相剋せざれば、流年さらにこれに遇へば、大運に剋到る時必定傷を受け、甚だしきは夭折せん。以上《壺中子》に出づ。

日中劫殺災非少,財遇大虧並引盜,陽人妻是產中亡,陰命夫終多惡暴。

歌訣に曰く、日柱の上劫殺を帯ぶれば、災禍着実少なからず。一たび財星に碰上すれば大きく其の財を虧し、なほ盗賊を招来す。男命の妻子多く難産に死し、女命の丈夫多くは凶暴にして、好死を得ず。

劫殺怕生日犯之,更加可剋害,或財遇,則招賊劫盜傷財產,小事則成,大事則虧,且如申子辰人,劫殺在巳,丙子水人,以乙巳火為財,亥卯未人劫殺在申,而生日是申,亦然。蓋亥卯未本木體,用土為財,主於申號曰財遭劫殺,主盜劫。又主求財,大商則失,小則遂,生日管妻位,更逢劫殺,更加刑害,主妻多因產死,或膿血疾,或自殘害,惡疾致死,或主自凶刑及惡殺加之,主打殺人之類,若陰命日犯,主夫多惡暴,死不得善終。(沉芝源髓)

劫殺は最も生日の上に犯着するを怕れ、もしさらに克害を加へればさらに凶なり。一旦財星と相遇すれば、便ち賊を招きて劫を行ひ、家産を損傷し、小事はなほ辧り成るを得も、大事は一定して虧空す。例えば申子辰年生の人劫殺巳に在れば、丙子納音水に属する人は便ち乙巳の火を以て財星と為す。又如亥卯未年生の人劫殺申に在り、而して生日恰好く申なれば、情形相同なり。亥卯未もと木体に属して、土を以て財と為し、財申位に落つれば、便ち財劫殺に遭ふと呼作して、盗抢劫せらるるを主る。この種の人財を求むに、大売買を做せば必ず虧し、小生意を做ればかへつて順遂なり。生日の一柱管する所は妻子の位置にして、さらに劫殺に逢ひてまた刑害を加へれば、妻子多く生産に因りて死し、あるいは膿血の疾を患ひ、あるいは自残自害して、悪疾に奪はれて性命を去る。あるはまた自身凶刑を遭受するを主り、あるいは凶殺畳加して手を動かして人を殺す。もし是れ女命の生日の犯着せるは、則ち丈夫性情凶暴にして善終を得ざるを主る。この説は《沈芝源髄》に出づ。

劫殺主多仇怨,君子逢之,當為將帥,小人值者,則為盜賊,凡身能制殺,必能傷人,若剋身,則被人害,行年至此,亦主破財,逢賊盜及刀傷、馬墜之災。三命鈐右弼令人心不中,一生無氣謾愚蠢,三重主右全無祿,此命須當刃下終。(林開五命)

劫殺は人多く仇怨を結ぶを主る。君子これに逢上すれば将帥に当たる可く、小人これに碰上すれば便ち盗賊に淪為す。凡そ命主自身能くこの顆の殺を制伏するは、必定能く別人を傷る。もしそれにかへつて身を剋せられれば、便ち別人に害せられん。流年劫殺の地に走り到れば、また破財を主り、盗賊および刀刀傷・墜馬の災に遇はん。《三命鈐》に曰く、右弼星は人心術をして正しからざらしめ、一生毫も生気なく、空しく愚鈍糊涂たり。三重に犯すはさらに全く俸禄なく、この種の命最後多くは刀刃の下に死す。この説は《林開五命》に出づ。

亡神を論ず

林開云:屬破軍星。

林開《林開五命》の裏に説く、「亡神」のこの顆の凶神は星宿の系統の中に於て「破軍星」に帰属す。

天官符

寅午戌巳上弄紙筆,巳酉丑逢申莫動手,申子辰亥上不動塵。凡犯一位,主多口面,二位帶殺主刑徒,如祿馬同宮,卻有衣食,三位及五行刑剋者,刺配,四位並逢刑殺,乃絞斬之命。(林開五命)三命篡局云:一位破軍多口面,二重犯者主徒流,三重見此刑須絞,四位逢之定斬頭。

「天官符」便是亡神にして、配法は、寅午戌年生の人は巳に落ち、ただ舞文弄墨するを宜しとす。巳酉丑年生の人は申に逢ひ、切に軽易に手を動かすなかれ。申子辰年生の人は亥に落ち、安分守己にして塵埃を惹かず。凡そ一位を犯すは、口舌争執特別に多きを主る。両位を犯してまた凶殺を帯ぶるは、徒刑を判ぜられん。もし禄・馬と同一宮に在れば、倒にまだ衣食を愁へず。三位に犯して五行また互相刑剋するは、字を刺されて発配せられん。四位皆刑殺に逢ふは、便ち絞刑斬首の命なり。この説は《林開五命》に出づ。《三命簒局》もまた曰く、一位の破軍を犯すは口舌多く、両重を犯すは主として徒刑流放、三重を犯すは絞死せられん、四位皆逢ふは注定して頭を斬られん。

亡身殺者,自劫殺數至第七殺者,是也。亦名官殺符,蓋本金木水火各三會成一舉,盛極則亢,而其道窮則為災。故申子辰在亥,亥卯未在寅,寅午戍在巳,巳酉丑在申,皆亢地也。是以貴在上,日值之,多因言事爭辯生釁,氣不謙下,遂罹悔吝,運好逢之,跋前跌後,失位失名,賢而在下值之,則失勢失援,橫逆紛擾,感而為疾,則主血氣癕疽,或兵刑難。小人逢之,則乘戰爭而發越也。珞琭子謂河公懼其七殺,乃有道之士,知進退存亡也。(五行要論)

亡神また「亡身殺」と呼ぶ。劫殺のあの一位より下に数へて第七位に到りて得たるなり、また官殺符と呼ぶ。金・木・水・火各々三支より会合して一局を成し、気勢極点に盛んなれば便ち亢進し、路尽頭に走り到れば便ち転じて災禍と為る。ゆゑに申子辰の亡神は亥に在り、亥卯未は寅に在り、寅午戌は巳に在り、巳酉丑は申に在り、これら皆亢極の地なり。此に因りて地位尊貴の人もし生日これに撞上せば、多くは議論争辯に因りて怨を結び、態度肯んじて謙下せず、此に於て悔恨と責難とを招来す。運勢正好の時これに遇へば、また進退拠を失ひ官を丢し名を失ふ。才徳あって下僚に位居する人これに遇へば、則ち依靠と援手とを失ひ、横逆紛擾接連して来たる。この股の気感発して病と成れば、便ち血気壅滞して癰疽を生ずるを主り、あるいは兵刑の難に遭ふ。小人これに遇へば、かへつて能く戦乱に乗じて発跡す。《珞琭子》に曰く、河上公七殺を畏懼す、あれは正に有道の士の進退存亡の道理を懂得するなり。この説は《五行要論》に出づ。

亡神官符與劫殺對沖是也,在五行臨官位,故曰官符,其神主君子掌刑獄之權,小人則多官事,生旺則氣義理烈,好豐盛,形狽峻厲,有威,死絕則褊躁性窄,與貴人併,則事弄筆硯飾撰言語,與空亡併,則妄媚無實,強文假借,與建祿併,則因空起家,干涉官利,或為胥徒之職,並大剋身則語吃無氣,則多腰足疾也。(燭神經)

亡神官符は正好く劫殺と相対冲し、それ五行の臨官の位の上に落つ。ゆゑに官符と称作す。この顆の星は君子の刑獄の権を掌握するを主り、小人は則ち官司身に纏はる。それ生旺の地に処れば、人気節剛烈・鋪張を喜好し、形貌厳峻にして威勢あり。死絶の地に処れば、則ち性情急躁・心胸狹窄なり。それ貴人と併見すれば、多く舞文弄墨・文辞を潤色する差事に従事す。空亡と併見すれば、便ち変じて虚妄諂媚・言にして実なく、勉强文墨を装点し人の名頭を借る。建禄と併見すれば、則ち能く白手して家を起し、官府の利益に插手し、あるいは胥吏差役を做す。もしそれ重重に来たりて命主自身を剋せば、人便ち説話結巴・中気足らず、また多く腰腿の疾を患ふ。この説は《燭神経》に出づ。

武曲身を持ち、韓彭の志なきに訝る

至惡之殺,亡神是也,至吉之殺,祿元是也。亡神附祿元化為武曲星,命中得之,反訝韓信彭越謾雄也。

最凶悪の殺は亡神にして、最吉利の神は「禄元」、すなはち本命の禄神なり。亡神一旦禄元の上に依附すれば、便ち転化して「武曲星」と為る。命にこの種の組合を得る人は本領極大にして、かへつて人をして韓信・彭越のごとき名将も過ぎず徒らに雄名あるのみと驚訝せしむ。

天官符もと貫索、究竟傷を遭ふ

亡神為天宮符,亦名貫索星,更附凶神者,必被人傷害或傷害人。(並壺中子)亡神貪狼手持印,好酒多妄為寡言,卻宜符咒與師巫,若在臨官色尤緊。亡神屬貪狼星,持印被髮,如此殺帶滋助,或命入局,則作旌旗,雖耽酒而不失禮,命不好,則多詐妄,宜學師巫符呪也。(沉芝源髓)

亡神便是天官符にして、また「貫索星」と呼ぶ。もしさらに別の凶神を依附せば、此人別人に傷害せらるるならざれば、便ち去りて別人を傷害せん。以上《壺中子》に出づ。歌訣に曰く、亡神好む比貪狼星手裏に印を持ち、酒を飲むを愛し多く妄為にして言語稀少なり、倒に符咒巫術を以て業と為すに適合す。もし臨官の位に落つれば、酒色の毛病殊に厲害なり。《沈芝源髄》に解釈して曰く、亡神は貪狼星に属し、形象は手持印信・頭髪を披散す。この顆の殺もし幇扶を得、あるいは命局格を成せば、能く旌旗大将を作し、酒を嗜むといへども礼数を失はず。命局もし好からざれば、便ち変じて詭詐虚妄にして、巫術符咒を学ぶに適合す。

亡神殺若人遇之,主破業孤立,貴人扶之,或有顯位,然多主流遷,常防闇昧之災,凝神子云:善莫善於將星,惡莫惡於亡神,行年至此,多逢賊盜,或婦人致災也。(三星鈐)

人もし亡神殺に遇へば、家業敗破・孤立無援を主る。もし貴人の扶持あれば、また可能く身顕位に居るも、多くは四処に遷徙流動し、なほ須らく常に暗中の中来たる災禍を防ぐべし。凝神子に曰く、最善は「将星」に如くなく、最悪は亡神に如くなし。流年ここに走り到れば、多く盗賊に遇ひ、あるいは婦人に因りて災禍を惹出す。この説は《三星鈐》に出づ。

如巳酉丑三位全,又有一位在申上者,必主極刑,如玉黼,乙未年,乙亥月,丙寅日,辛卯時,丙寅胎,亥卯未全,又見兩寅,戚世顯癸丑年,丁巳月,丁酉日,戊申時,戊申胎,巳酉丑全,又見兩神亡神聚會,雖貴顯,終被極刑,故一位二位猶輕,三位四位必主刑獄。(廣錄)

仮に巳酉丑の三支斉全にして、また一位申上に落つれば、必定要して極刑を受く。例えば玉黼の命は、乙未年・乙亥月・丙寅日・辛卯時、胎元丙寅にして、亥卯未の三支斉全にして、また両個の寅を見。戚世顕の命は、癸丑年・丁巳月・丁酉日・戊申時、胎元戊申にして、巳酉丑の三支斉全にして、また両重の亡神一処に聚まるを見。此の両人は身分顕貴なるといへども、最終に極刑を処せられり。ゆゑに亡神一位・両位を犯すはなほ軽しと算し、三位・四位に犯せば便ち一定して刑獄の禍を招来す。この説は《広録》に出づ。

元辰を論ず

林開五命云:屬毛頭星。

《林開五命》に曰く、「元辰」のこの顆の凶神は星宿の系統の中に於て「毛頭星」に帰属す。

元辰大耗者,陽男陰女,在沖前一位支辰,陰男陽女,在沖後一辰,主人形狽古樸,聲音沉濁,生旺落魄,大度不別是非。死絕則寒薄狽猥,不識羞辱,一生無成,貪飲好情,與官符併,多招無辜之撓,帶劫殺,則不循細行動招危辱。與空亡併,則為貧賤,婦人得之,姦淫私通。(燭神經)

元辰また「大耗」と呼ぶ。陽年出生の男子と陰年出生の女子は、本命相冲するあの一支の前面の一位を取り。陰年出生の男子と陽年出生の女子は、相冲するあの一支の後面の一位を取る。元辰を帯ぶる人は相貌古拙にして、声音低沉混濁なり。生旺の地に処れば、落拓不羈なるも気度闊大にして、大に是非を計較せず。死絶の地に処れば、便ち寒酸猥瑣・羞恥を知らず、一生一事成らず、杯を貪りて色を好む。それ官符と併見すれば、常に無端の騒擾を招来す。劫殺を帯上すれば、行事便ち小節を拘らず、動けば危険と羞辱とを惹出す。空亡と併見すれば、便ち貧賤の人に淪為す。婦人元辰を帯ぶれば、多く奸淫私通の事あり。この説は《燭神経》に出づ。

方朔曰:宣父畏其元辰,何也?仲舒曰:元辰所以為凶者當氣沖之地,左皼則風殺在右,故陰男陽女,在沖後一辰,右皼則風殺在左,故陽男陰女,在沖前一辰,若歲運臨之,如物當風,動搖顛倒,不得寧息,不有內疾,必有外難。雖雖富貴崇高,勢位炎盛,大運逢之,十年可畏。立朝定當竄逐,居家必罹凶咎,縱有吉神扶持,不免災禍倚伏。尤忌先吉後凶,發亡之後,欲出未出之際,禍不可逃也。(閻東叟書)

東方朔問ふ、孔夫子は何を以て元辰を畏懼するや。董仲舒回答して曰く、元辰の凶と為る所は、それが正に気機の相冲する処に当たるを以てなり。左辺鼓動すれば、風殺便ち右辺に落ち。ゆゑに陰年生の男子と陽年生の女子は冲後の一位を取る。右辺鼓動すれば、風殺便ち左辺に落ち。ゆゑに陽年生の男子と陰年生の女子は冲前の一位を取る。流年大運一旦それに臨到せば、人物件の風に当たりて立つがごとく、揺晃顛倒にして安寧を得ず、内病を生ぜずんば、必ず外来の禍難あり。たとへ富貴崇高・権勢手を炙るがごとくとも、大運元辰に逢上せば、この十年もまた十分に可怕なり。朝に在りて官を為れば必ず貶謫流放せられ、家に在りて閑居するもまた免れず殃に遭ふ。たとへ吉神の扶持あるも、災禍なお旧来その中に潜伏す。殊に先吉後凶を忌諱し、気数尽き将に出でんとし未だ出でざるの当口に於て、この場の禍事逃れんとする処なし。この説は《閻東叟書》に出づ。

常術云:鼠忌羊頭上,牛【嗔】馬不耕,虎憎雞觜塹,猴冤兔不平,龍嫌豬面黑,蛇驚犬吠聲。然而未分男女。元辰陽男陰女,則沖前一辰是。珞琭子以謂宣父畏其元辰,則其為災禍甚重。李虛中林開以元辰為惡殺,有互換遇者,參政巫伋,己卯年,壬申月,己巳日,申戌時,樞密滕康乙丑年,壬午月,乙丑日,壬午時,豈不是犯元辰也。李吉甫曰:大凡貴命須逢殺,即得君上橫升拔,若無殺助何為緊,一世為官無職業,即此推之。林開執一隅見之也。(廣信集)

一般の術書の裏に説く、鼠は未羊の頭に当たるを忌み、牛は午馬の肯んじて田を耕せざるに悩み、虎は酉鶏の尖嘴を憎恨し、猴と兎子とは冤家平らが難く、竜は亥猪の臉の黒きを嫌ひ、蛇は戌狗の叫声を聞くに便ち受驚す。ただし此はただ配法を列出するのみ、併して男女を分かたず。元辰の正法は陽年男・陰年女は冲前の一位を取る。《珞琭子》に曰く、孔夫子元辰を畏懼す、見るべくそれの帯来する災禍重し。李虚中と林開と皆元辰を把て悪殺と當作し、なほ男女互換して遇上する例あり。参政巫伋の命は己卯年・壬申月・己巳日・申戌時。枢密滕康の命は乙丑年・壬午月・乙丑日・壬午時。これ皆元辰を犯さざらんや。しかるに李吉甫は却つて曰く、大凡貴命は総じて殺星に遇ふを要して、こそ君王に破格提拔せらるるを得ん。もし殺の来たりて幇襯するなければ、何を凭りて緊要を顕出せん、ただ怕る一輩子官を做るも個の正経の職事なからん。このように照らして推論すれば、林開の看法は未だ免れず一隅の見に執着せり。この説は《広信集》に出づ。

元辰者,假令甲子生男,與甲午對沖,即乙未為正元辰,丁未,己未,辛未,癸未,為半元辰,若人遇之,主流遷邊戌,多有口舌、虎狼之災。女人逢之,主有產厄。(三命鈐)

元辰の取法は、例えば甲子年出生の男子は、本命甲午と相冲すれば、あれば乙未便ち彼の「正元辰」にして、丁未・己未・辛未・癸未は則ち「半元辰」と算す。人もしこれに遇へば、辺地に遷徙流放せられて戍守するを主り、口舌是非と虎狼の人を傷るの災もまた多し。婦人元辰に逢上すれば、則ち生産の時危難あるを主る。この説は《三命鈐》に出づ。

羊刃を論ず

羊刃者,祿前一辰是也,過越其分,如羊之在刃,主人眼露性急,兇暴親近惡黨,生旺稍可,死絕尤甚,在五行敗地逢之,多患瘰癧,或癉瘇,金刀之災,不以貴賤,多冗雜勞迫,少得安逸人。

「羊刃」は禄神の前面の一位の地支にして、気勢本分を超過す、好む比羊の屠刀の下に送らるるがごとし。羊刃を帯ぶる人は眼睛外突・性子急躁にして、凶暴にして壊人と結交するを喜ぶ。それ生旺の地に処ればなほ稍し好し、死絶の地に処れば便ちさらに厳重なり。もし五行の敗地の上これに逢着せば、多く瘰癧のこの種の頸間の結核を患ひ、あるいは瘅腫の症を患ひ、また金刀の傷に遭ひ易し。富貴貧賤を論ぜず、この種の人多くは事務繁雑・労碌逼迫にして、甚少く安逸の日子を過ごすを得。

真羊刃

甲人見丁,乙人見庚,丙人見甲,丁人見戊,戊人見戊,己人見辛,庚人見乙,辛人見戊,壬人見壬,癸人見乙。若人重犯,身有殘疾,官祿失退,旺財在晚年,循祿前一干是也。(神白經)袁天罡太乙經云:六甲生人逢丁卯,為真羊刃,餘卯為偽偏刃,他準此。

「真羊刃」は日干を按じて天干に配す。甲日主丁を見、乙日主庚を見、丙日主甲を見、丁日主戊を見、戊日主戊を見、己日主辛を見、庚日主乙を見、辛日主戊を見、壬日主壬を見、癸日主乙を見。人もし重複してこれに犯上せば、身上残疾を帯び、官職俸禄もまた保ち難く、財運晩年に到りてこそ旺せん。取法は便是順に禄神の前面の一位の配出せる天干を照らす。この説は《神白経》に出づ。袁天罡《太乙経》は則ち曰く、六甲日出生の人は丁卯に逢ひてこそ真羊刃と算し、余の卯を帯ぶるはただ偽偏刃と算するのみ、別の日干これを照らして準と為す。

自刃

丙午丁未戊午己未壬子癸丑。以上,日主損妻,時損子。

「自刃」は共に六個の干支あり、便是丙午・丁未・戊午・己未・壬子・癸丑なり。それ日柱の上に落つれば、妻子を損傷するを主り、時柱の上に落つれば、子女を損傷するを主る。

飛刃

丙子丁丑戊子己丑壬午癸未。以上多帶血疾,其餘同自刃災福,又云:祿前一辰為羊刃,對處是飛刃。沉芝源髓云:飛刃,羊刃對沖取也。紫微太乙局云:羊刃對宮名飛刃,有人犯者著血光來,日上克妻時克子,破皮痔漏不寧災。又云:小人主杖刑。

「飛刃」は共に六個の干支あり、便是丙子・丁丑・戊子・己丑・壬午・癸未なり。これを帯ぶる人は多く出血の一類の病あり、余の吉凶は自刃と相同なり。別に一説あり、禄神の前面の一位は羊刃にして、羊刃の对冲する所のあの一位便ち飛刃なり。《沈芝源髄》に曰く、飛刃便是羊刃の对冲の位を取るなり。《紫微太乙局》に曰く、羊刃の対宮を飛刃と呼び、人一たびこれに犯上すれば便ち血光身に臨み、日柱の上に落つれば妻を剋し、時柱の上に落つれば子を剋し、なほ破皮・痔漏の一類の安寧を得ざる病痛あらん。又説く、平常人これに犯すは杖刑を受くるを主る。

刃頭財

甲人己卯,乙人戊辰,丙人庚午,丁人辛未,戊人壬午,己人癸亥,庚人乙酉,辛人甲戌,壬人丙子,癸人丁丑。又名銷鎔殺,主財賄歇滅,常人以屠沽刃鋸等事為業,或因被盜而致命者有矣。

「刃頭財」は日干を按じて干支を配出す。甲日主己卯に配し、乙日主戊辰に配し、丙日主庚午に配し、丁日主辛未に配し、戊日主壬午に配し、己日主癸亥に配し、庚日主乙酉に配し、辛日主甲戌に配し、壬日主丙子に配し、癸日主丁丑に配す。それまた「銷鎔殺」と呼び、銭財金属の熔化せらるるがごとく消耗殆尽するを主る。平常人多くは屠宰・酒を売る・刀鋸の類の営生を以て日を度り、あるはまた抢劫に遭ふに因りて命を送る。

刃頭鬼

甲人辛卯,乙人庚辰,丙人壬午,丁人癸未,戊人甲午,己人乙未,庚人丁酉,辛人丙戌,壬人戊子,癸人己丑。以上又名持刀殺,主人不令終,雖入貴格,亦不測,甲乙人見之尤緊,多腦疽發背而終。(並廣信集)

「刃頭鬼」は日干を按じて干支を配出す。甲日主辛卯に配し、乙日主庚辰に配し、丙日主壬午に配し、丁日主癸未に配し、戊日主甲午に配し、己日主乙未に配し、庚日主丁酉に配し、辛日主丙戌に配し、壬日主戊子に配し、癸日主己丑に配す。それまた「持刀殺」と呼び、此人善終を得ざるを主る。たとへ命貴格に入るも、また意外なきを保し難し。甲日・乙日出生の人これを見れば殊に要緊にして、多くは脳疽あるいは背瘡に因りて死す。この説は《広信集》に出づ。

血刃

血刃者祿前一辰是也。如丙午人帶多丙戊來,卻不於日時帶巳來,不作血刃,餘彷此。(林開五命)

「血刃」は同じく禄神の前面の一位を取る。例えば丙午年生の人命中丙・戊の出現する甚だ多くとも、しかれども日柱・時柱の上に併して巳を帯出せざれば、あれば血刃と算せず。余の情形はこれを照らして類推す。この説は《林開五命》に出づ。

羊刃相蝕

甲寅虎兔相蝕,甲辰龍兔不蝕,甲午馬兔不蝕,甲申猴兔不蝕,甲戌狗兔相蝕,甲子鼠兔不蝕。其餘九介干前皆彷此,見所蝕食月稍可,日時至危,若見兩重更值空亡,設非相蝕,亦犯徙罪,不然須是重病可免。(金書命訣)生逢羊刃食神凶,至老終期不善終,若在日時憂早世,臨其年月晚年逢。(八字金書)

「羊刃相蝕」は六個の甲日と卯兎――甲の羊刃――とを把て相比較す。甲寅日は、寅虎と卯兎と互相蝕す。甲辰日は、辰竜と卯兎と相蝕せず。甲午日は、午馬と卯兎と相蝕せず。甲申日は、申猴と卯兎と相蝕せず。甲戌日は、戌狗と卯兎と互相蝕す。甲子日は、子鼠と卯兎と相蝕せず。余の九個の天干の前面の羊刃は皆この弁法を照らして推す。相蝕の象月柱の上に出現するはなほ軽しと算し、日柱・時柱の上に出現すれば便ち極めて危険なり。もし両重を見てまた正に空亡に逢へば、たとへ相蝕せずとも、また流徙の罪を犯さん、然らずんば便ち一場の大病を害してこそ抵過し得ん。この説は《金書命訣》に出づ。《八字金書》もまた曰く、生まれて羊刃を帯びてまた食神に逢ふは最凶にして、老に到りて終に善終を得ず。日柱・時柱の上に落つれば早亡を憂慮すべく、年柱・月柱の上に落つれば則ち晩年に於て応ずべし。

或謂祿前一辰為羊刃,何也?希尹曰:陰陽萬物之理,皆惡極盛,當其極處,火則焦滅,水則湧竭,金則折缺,土則崩裂,木則摧折,故既盛而未極,則為福,已極而將反則為凶,極盛之地,十干正中處是也。卯者甲之正位,為陽木這極,辰者乙是正位,為陰木之極,午者丙是正位,為陽火之極,未者丁之正位,為陰火之極,酉者庚之正位,為陽金之極,戌者辛之正位,為陰金之極,子者壬之正位,為陽水之極,丑者癸之正位,為陰水之極,當其極處,其氣剛烈暴戾而不和,所以祿前一辰為羊刃,其既盛而未極,則溫柔和易,故刃後一辰為祿也。

人ある問ふ、何を以て禄神の前面の一位を便ち羊刃と呼ぶや。希尹回答して曰く、陰陽万物の道理は、皆盛極に到るを厭惡す。極点に到れば、火便ち焼尽して熄滅し、水便ち涌溢して枯竭し、金便ち折断して残缺し、土便ち崩塌して裂開し、木便ち摧折して断裂す。ゆゑに気勢已に盛んにして未だ極点に到らざれば、便ち成りて福と為り。已に極点に到りて将に反転せんとすれば、便ち成りて凶と為る。いはゆる極盛の地とは、正に十天干各自の正位の所在なり。卯は甲の正位にして、陽木の極なり。辰は乙の正位にして、陰木の極なり。午は丙の正位にして、陽火の極なり。未は丁の正位にして、陰火の極なり。酉は庚の正位にして、陽金の極なり。戌は辛の正位にして、陰金の極なり。子は壬の正位にして、陽水の極なり。丑は癸の正位にして、陰水の極なり。極点に到れば、あの股の気剛烈暴戻にして平和ならず。ゆゑに禄前の一位便是羊刃にして、盛んにして未だ極まらざるの処温柔平和にして、ゆゑに羊刃の後面の一位便ち禄なり。

攬轡澄清格

凡見羊刃最凶殺也。然貴人乘馬而前視羊刃者反為貴格,蓋殺服其貴,而況處馬前則受制可知,假令庚午人,得乙酉月,或乙酉己酉日而時甲申,為入格。午馬在申,庚祿在申,乙巳貴在申,庚羊刃在酉,卻貴人乘乙巳甲申為驛馬,而前視羊刃,故曰攬轡澄清,此格多為清嚴之官,若更再吉殺,類多為酷吏,能制奸宄,甲申人得卯月而再見辛卯日時,內中有寅字者,亦入此格也。(玉霄寶鑑)

命に羊刃を見るは、もともと最凶の殺なり。しかれどももし貴人駅馬に騎りて前頭に於て羊刃を盯住せば、かへつて成りて貴格と為る。凶殺貴気に懾服するを以てなり、況んや羊刃駅馬の前に処り、顕然としてそれの節制を受けんや。例えば庚午年生の人乙酉月を得、あるいは乙酉・己酉日にして時柱甲申なれば、便ち入格と算す。午年の駅馬は申に在り、庚の禄もまた申に在り、乙の貴人同じく申に在り、而して庚の羊刃は酉に在り。貴人乙巳・甲申のこの匹の駅馬に乗りて向かひて羊刃を逼視す。ゆゑに「攬轡澄清」と呼ぶ。この個の格に入る人は多く清正厳明の官を做す。もしさらに別の凶殺を添へれば、則ち大多く酷吏と成るも、却つて能く奸邪の徒を圧制す。甲申年生の人卯月を得、日柱・時柱また辛卯を見、中間なほ寅の字あるも、またこの格に入ると算す。この説は《玉霄宝鑑》に出づ。

凡羊刃遇福貴,則為權謀,為武勇,若遇凶惡,則為刑傷,為凶災。(廣錄)羊刃殺遇之者主少年食祿,尋既疏失,一生凶惡,財物聚散,狐獨須防口舌刑獄之厄,若為僧道,主有藝術。(三命鈐)

凡そ羊刃福神貴気に碰上すれば、便ち転化して権謀と武勇と為る。凶悪の神に碰上すれば、便ち変じて刑傷と凶災と為る。この説は《広録》に出づ。《三命鈐》は則ち曰く、羊刃殺に遇ふ人は、少年の時能く俸禄食む可きあるも、随にまた疏忽して失去し、一生性情凶悪にして、銭財聚めてまた散じ、孤单依拠なく、なほ須らく口舌と刑獄の厄とを提防すべし。もし出家して僧道を做れば、倒に能く一技の長あるを得。

凡羊刃不惟三命在日時上主克妻害子,若日時羊丸朝年,名曰倒懸羊刃,日曰日殺歸年,時曰時殺歸年,皆主凶,若帶寅午戌支者,名曰倒戈刃,主頭面腰足之病,多招毒藥。庚戌,辛酉,戊午,己未,丙午,丁未,甲辰,乙卯,壬子,癸丑,名曰連珠刃,俱凶象也。庚戌,辛酉緊,甲辰乙卯慢,女命犯連珠刃者,定主剋夫、害子、不貞潔之事。不然自刃夭,帶懸針,主刺面。(廣信集)

羊刃はただ年月日の三命の日柱・時柱の上に於て妻を剋し子を害するを主るのみならず。もし日柱・時柱の上の羊刃かへつて年柱に朝向せば、便ち「倒懸羊刃」と呼び、日柱に落つるを日殺年に帰ると称作し、時柱に落つるを時殺年に帰ると称作し、皆凶を主る。もし同時に寅・午・戌の支を帯ぶれば、便ち「倒戈刃」と呼び、頭面と腰腿の病痛を主り、また毒薬の禍を招惹し易し。庚戌・辛酉・戊午・己未・丙午・丁未・甲辰・乙卯・壬子・癸丑のこの十組を「連珠刃」と呼び、皆凶象にして、その中庚戌・辛酉は応験するに急にして、甲辰・乙卯は応験するに緩なり。女命連珠刃を犯せば、注定して夫を剋し子を害し貞潔を失す。然らずんば便ち自刃に因りて夭折し、もしさらに「懸針」を帯ぶれば、なほ顔上に字を刺すを主る。この説は《広信集》に出づ。

羊丸不可再犯死者,必帶疾,多主眼目相傷,若大運遇之,貴命當權,亦必有失。又如甲祿在寅,羊刃在卯,若命中犯兩甲,或三甲,即見卯為飛刃,尤凶。倒羊刃亦凶,如甲午人見丁未,亦多主有疾。(廣錄)

羊刃は重複して犯す可からず、殊にさらに死地に落ちる可からず、あれば必定病を帯びて、多くは眼睛の上に傷る。大運もし羊刃に走り到れば、たとへ貴命権を当たる人なるも、また一定して閃失ある所あらん。再如甲の禄は寅に在れば、羊刃便ち卯に在り。命中もし両個の甲甚だしきは三個の甲を出現せば、一たび卯を見れば便ち成りて飛刃と為り、格外に凶険なり。倒羊刃同じく凶にして、例えば甲午年生の人丁未を見れば、また多く病あるを主る。この説は《広録》に出づ。

朝元羊刃の寿、胎年さらにもし刑を帯ぶれば、多く面を刺す

凡遇胎中羊刃,更帶刑害,主出不善,或父母惡死,及賊也,凡羊丸忌殺勝年,朝元者,如卯年日時,干有甲字也。凡日干就時上作刃,主痕疾,不然即於息帶也。如時干就日支作刃,主妻惡死,併性氣,不然是軍人,或帶痕疾也。年干臨時支作刃,多主父母惡死,或更帶天殺在上,五不失一,陰人年干就日支作刃,主夫性惡。

凡そ胎元の中に於て羊刃に遇ひ、また刑害を帯ぶれば、此人出身善からざるを主り、あるいは父母非命に死し、また可能く盗賊に淪為せん。羊刃は最も凶殺の年柱を圧過するを忌諱す。いはゆる「朝元」は、例えば卯年生の人、日柱・時柱の天干の上に甲の字を出現し、而して卯正に甲の羊刃なれば、これ便ち朝元と呼ぶ。凡そ日干時支の上に於て羊刃を結成するは、身上疤を帯び疾を留むるを主り、然らずんば便ち子女の身上に於て応ずべし。時干日支の上に於て羊刃を結成するは、妻子凶死するを主り、あるいは夫妻性情合はず、さらに然らずんば此人便是兵を当たるか、あるいは身上傷疤を帯ぶ。年干時支の上に於て羊刃を結成するは、多く父母凶死するを主り、もし上面さらに天殺を帯ぶれば、五次の裏総じて四五次を応験すべし。女命の年干日支の上に於て羊刃を結成するは、則ち丈夫性情凶悪を主る。

不特羊刃,大凡一切殺,以年為父母,月為兄弟姐妹,日為妻妾,己身,及夫,時為子息,皆準此推之。或時藏刃人於胎,日刃或朝時上來,更若支干相駁克,妻身妊產定應災,婦人之命若如此,敢斷須憂生產死。(沉芝源髓)。

ただ羊刃のみならず、大凡一切の凶殺は、皆年柱を以て父母を視、月柱を以て兄弟姐妹を視、日柱を以て妻妾・自身と丈夫とを視、時柱を以て子女を視、一律にこの弁法を照らして推断す。もし時柱刃を蔵して人また胎元に値し、あるいは日柱の刃時柱に朝りて来たり、さらに干支彼此駁雑相克を加へれば、妻子懐孕生産の時必定災に応ずべし。婦人の命もし是のごとくなれば、便ち敢へて断定して難産に死するを憂慮するを要すと為すべし。この説は《沈芝源髄》に出づ。

第廿五巻

三刑を論ず

刑有四種:一曰無禮刑,子刑卯,卯復刑子,蓋子為生陽晶,卯為日門,陽者,君也,夫也,勢不兩立,又子者,水也,卯者,木也,有子母之道,因兩陽之競不恤,所以相生處相刑害。故曰:無禮刑。生旺主人威肅,面無和顏,氣強性暴,太察不容。死絕則侮慢忽略,狹劣刻剝,大率主人敖慢,少孝悌,妨害親子,吳越六親,入貴格,則多掌兵權,不利近侍,位居不久。入賤格,則悖戾兇暴,多招刑禍,婦人得之,非有令德也。

「三刑」は総じて四種あり。第一種を「無礼刑」と呼ぶ。子卯を刑じ、卯またかへつて子を刑ず。子は陽気初生の処にして、卯は太陽出入の門戸にして、陽は君主と丈夫とを象征し、両陽相遇せば勢両立せず。さらに子は水に属し卯は木に属し、もと母子相生の情分あるも、却つて両陽の相争に因りて彼此加恤せず。ゆゑに相生の関係の裏に於てかへつて刑害を生出す。此に因りて無礼刑と呼ぶ。それ生旺の地に処れば、人威厳粛穆にして、臉上和気を帯びず、気盛性暴にして、明察過頭にして人を容るる能はず。死絶の地に処れば、則ち軽慢疏忽・心胸狹窄刻薄なり。総じて説へば、無礼刑を帯ぶる人は傲慢にして、孝悌の心を缺少し、親生の子女を妨害し、六親と相処るに如同呉越の世仇なり。命貴格に入るは、多くは兵権を掌握す、却つて君主の近侍を為るに宜しからず、位子もまた坐るに長久ならず。命賤格に入るは、則ち乖戻凶暴にして、屡々刑禍を招来す。婦人これを帯ぶれば、美好の徳行あると算するを得ず。

玉霄寶鑑云:卯為日門,子為陽之所生,日出於卯,子卯角立,無欽卑之道,故曰無禮刑。三命提要云:惟子卯位相生,比和亦災。

《玉霄宝鑑》に曰く、卯は太陽の升起する門戸にして、子は陽気の所生する地にして、太陽卯位より出でて、子と卯と針鋒相対して、誰も肯んじて敬譲して下に居らず。ゆゑに無礼刑と呼ぶ。《三命提要》に曰く、唯だ子と卯とのこの一組もと相生の位次にして、たとへ気類和同なるも、照様して災を成す。

二曰:無恩刑,寅刑巳,巳刑申,申刑寅,是也。蓋寅中有甲木,刑巳中之戊土,戊土土聚,以癸水相合為妻,則癸水者,甲木之母也。戊土既為癸水之夫,乃甲之父也。彼父而我刑之,恩斯忘矣。故曰:無恩刑。巳中之丙,刑申中之庚,申中之庚,刑寅中之甲,準此同義。生旺主人持重少語,寡慾無情,多招失義忘恩之撓,死絕則面譽背毀,忘恩棄義。入貴格,則慘虐喜殺,好立功業,入賤格,則言行乘越,貪吝無厭。婦人得之,多產血損胎之災,一生不利骨肉,頗廉正也。

第二種を「無恩刑」と呼ぶ。寅巳を刑じ、巳申を刑じ、申寅を刑ず。寅の中甲木を蔵して、去りて巳の中の戊土を刑ず。戊土気を聚めて、癸水と相合して夫妻を結ぶ。而して癸水正に甲木の母親にして、戊土既に癸水の丈夫たれば、也等于甲木の父親なり。刑する所は父親にして、恩情自然に忘掉せらる。ゆゑに無恩刑と呼ぶ。巳の中の丙火申の中の庚金を刑じ、申の中の庚金また寅の中の甲木を刑ず、道理此と相同なり。それ生旺の地に処れば、人持重少言・寡欲無情にして、却つて常に別人の背信忘恩を招来す。死絶の地に処れば、則ち当面奉承・背後詆毀にして、忘恩負義なり。命貴格に入るは、性情残忍にして殺を好み、功業を建立するを喜ぶ。賤格に入るは、言行軌を越え、貪婪吝嗇にして満足を知らず。婦人これを帯ぶれば、多く生産出血・胎児を損傷の災あり、一生骨肉と縁薄し、ただし人として倒に相当に廉潔端正なり。

玉霄寶鑑云:寅有生火,刑巳上生金,巳上有寄生之土,刑申之水,申中生水,刑寅中生火,不恤所生,遙相剋制,故曰無恩刑。

《玉霄宝鑑》に別に一説あり。寅の中初生の火ありて、去りて巳位の上の初生の金を刑ず。巳位の上寄生の土ありて、去りて申の中の水を刑ず。申の中の所生の水、また去りて寅の中の所生の火を刑ず。彼此皆自己の所生する物を体恤せず、位次を隔てて遥遥と相克す。ゆゑに無恩刑と呼ぶ。

三曰:恃勢刑,丑刑戌,戌刑未,未刑丑,蓋丑中有旺水,丑乃水中之土也,戌有墓火,丑恃旺水,刑戌中之墓火,戌為六甲之尊,未為六癸之卑,戌恃六甲之尊,而刑未,六癸之卑,未有旺土,復恃旺土之氣,刑丑中之水,各有所恃而相刑。故曰恃勢。生旺主人精神,意氣雄豪,眉粗面闊,以直攻人。死絕則眼露瘦小,精神乖角,是非賤侫,樂禍幸災。入貴格,則公清平正,人多畏懼。入賤格,則多犯刑責,闇昧之災。婦人得之,妨害孤獨。

第三種を「恃勢刑」と呼ぶ。丑戌を刑じ、戌未を刑じ、未丑を刑ず。丑の中旺水を蔵して、もと水の中の土なり。戌の裏墓に入るの火ありて、丑便ち旺水を仗りて去りて戌の中の墓火を刑ず。戌六甲の中に於て位分最も尊く、未六癸の中に於て位分最も卑し。戌尊貴を仗りて去りて卑下の未を刑ず。未の中旺土ありて、また旺土の気を仗りて去りて丑の中の水を刑ず。各自皆倚仗する所有りて互相刑剋す。ゆゑに恃勢刑と呼ぶ。それ生旺の地に処れば、人精神飽満・意気豪雄にして、眉毛粗く臉面寛く、直来直去に別人を攻訐するを喜ぶ。死絶の地に処れば、則ち眼珠外突・身形痩小にして、心思乖僻にして、是非を搬弄し諂媚に取巧を好み、人の災に幸して禍を楽しむ。命貴格に入るは、公正清廉にして、人人畏懼す。賤格に入るは、則ち屡々刑責を触犯し、あるいは暗中の中来たる災禍に遭ふ。婦人これを帯ぶれば、親人を妨害して孤独なり。

玉霄玉鑑云:未恃丁火之勢,以刑丑中之金,丑恃旺水之勢,以刑戌中之火,戌恃辛金之勢,以刑未中之木,故曰恃勢刑。

《玉霄玉鑑》に曰く、未は丁火の声勢を仗りて、去りて丑の中の金を刑ず。丑は旺水の声勢を仗りて、去りて戌の中の火を刑ず。戌は辛金の声勢を仗りて、去りて未の中の木を刑ず。三者皆各自勢力を倚仗して相刑ず。ゆゑに恃勢刑と呼ぶ。

四曰:自刑。自刑,辰、午、酉、亥,是也。辰者,水之墓也,滔則盈,午者,火之旺也,盛則滅。酉者,金之旺也,剛則【闕】。亥者,木之生也,旺則朽。各稟已太過之氣,而自致禍也。故曰自刑,生旺則沉靜內毒,形容劣弱。死絕則鴆毒輕忽,察見淵魚,多肢節足之災。入貴格,則機權大謀。入賤格,則多憂頑愚,不情自害,自刑帶諸凶殺,非令終人也。婦人主淫蕩,凶夭之災。

第四種を「自刑」と呼び、辰・午・酉・亥の四支の自己自ら刑ずるを指す。辰は水の墓庫にして、水盛んなれば則ち満溢す。午は火の旺地にして、火盛んなれば則ち自滅す。酉は金の旺地にして、剛極まれば則ち残缺す。亥は木の生地にして、木旺んなれば則ち朽壊す。それら各自過頭の気を禀受して、此に因りて自ら禍患を招く。ゆゑに自刑と呼ぶ。自刑生旺の地に処れば、人沈静にして内に毒念を蔵し、形貌怯弱なり。死絶の地に処れば、則ち陰毒軽率にして、明察水底の游魚のごときの瑣細に到り、多く四肢関節と脚上の毛病あり。命貴格に入るは、機変権謀にして能く大主意を出す。賤格に入るは、則ち多く憂愁にして頑鈍愚昧、人情に近からずかへつて自ら傷る。自刑さらに各種の凶凶殺を帯ぶれば、便ち善終を得る人にあらず。婦人自刑を帯ぶれば、淫蕩を主り、併せて凶死早夭の災あり。

凡人遇此四種之刑,常以相勝者,為凶。相生者為吉。相勝者如甲子刑辛卯,是也。又有刑不入者,是謂善御禍也。如甲寅水刑丁巳土是也。若人命得相生之刑,是五行激揚之氣,聰明脫俗,聲望榮立。若值相剋之刑,多狂橫刑責,官府之災。若值遇祿之刑,主特達,敢為人也。(並獨神經)

凡人この四種の刑に遇へば、通常彼此相克するを以て凶と為し、相生するを以て吉と為す。相克するは例えば甲子の金去りて辛卯の木を刑ずるがごとし。別に一種の刑じて入り得ざるありて、善く災禍を抵御すると呼作す、例えば甲寅の水去りて丁巳の土を刑ずるがごとし。人の命もし相生の刑を得るは、あれは五行激揚奮発の気にして、主人聡明脱俗・声望卓著なり。もし相克の刑に碰上せば、多く狂妄横暴・刑責と官府の災とを遭受す。もし禄と相逢する刑に碰上せば、則ち主人格外出衆・敢作敢為なり。以上《独神経》に出づ。

經云:金鋼火強,各歸其方,木落歸本,水流趨末,故巳酉丑金之位,其刑皆在西方,蓋巳刑申,酉自刑酉,丑刑戌,申酉戊皆西方之位,故也。寅午戌火之位,其刑皆在南方,蓋寅刑巳,午自刑午,戌刑未,巳午未皆南方之位,故也。亥卯未木之位,其刑皆在北方,言木落歸本者,歸根之位也。亥者木之根,故亥自刑亥,卯刑子,未刑丑,皆北方之位,故也。申子辰水之位,其刑皆在東方,言水流趨末者,必東流遊逝而不返,故申刑寅,子刑卯,辰自刑辰,皆東方之位,故也。(玉霄寶鑑)

経書の上に曰く、金性剛・火性強にして、各自本来の方位に帰回す。木の葉凋落して終に根に帰り、水流奔涌して総じて末梢に趨向す。ゆゑに巳酉丑の三合金局の刑は皆西方に落ちて――巳申を刑じ、酉自己自ら刑じ、丑戌を刑ず、而して申・酉・戌正に西方の三支なり。寅午戌の三合火局の刑は皆南方に落ちて――寅巳を刑じ、午自己自ら刑じ、戌未を刑ず、而して巳・午・未正に南方の三支なり。亥卯未の三合木局の刑は皆北方に落ちて、いはゆる木落ちて本に帰るとは、便是根柢の所在に回到するなり。亥は木の根にして、ゆゑに亥自己自ら刑じ、卯子を刑じ、未丑を刑ず、これら皆北方の位に属す。申子辰の三合水局の刑は皆東方に落ちて、いはゆる水流末に趨くとは、説く所水一路東流して再び頭を回らざるなり。ゆゑに申寅を刑じ、子卯を刑じ、辰自己自ら刑ず、これら皆東方の位に属す。この説は《玉霄宝鑑》に出づ。

麒麟窟

三刑遇晝夜貴人,會德全者,謂之麒麟窟,主文章清貴。(鬼谷命格)

三刑もし同時に昼貴人と夜貴人とに遇上し、また天徳・月徳の一類の徳神を聚斉せば、便ち「麒麟窟」と呼作して、此人文章を以て世に名をなし清高顕貴を主る。この説は《鬼谷命格》に出づ。

以殺止殺格

三刑全之人,太歲受刑,而別刑卻來制刑太歲者,是也。理愚歌云:三刑相等同羊刃,封侯萬戶上將軍。假令癸巳人,得成戊寅月日,卻得庚申時之類為入格。蓋癸巳為戊寅所制,得庚申木,卻制之,本有刑而卻無刑,此類多掌兵刑之任。(玉霄寶鑑)

「以殺止殺格」は三刑斉全の人を指し、太歳もと刑を受くれども、却つて別に一重の刑かへつてあの刑太歳する支を制住す。《理愚歌》に曰く、三刑分量相等なれば、如同羊刃一般にして、かへつて能く侯を封じて万户・位上将軍に至る。例えば癸巳年生の人戊寅月・戊寅日を得、また庚申時を得れば、便ち入格と算す。癸巳は戊寅に制せられ、而して庚申またかへつて戊寅を制住し、もと刑ありて却つて刑なきに等し。この一類の命は多く兵権刑獄を掌管する職務を担任す。この説は《玉霄宝鑑》に出づ。

九命其の刑なきを定むるに先ず太歳を論ず

乃五行四柱也。(鬼谷遺文云:九命是三元、四柱、祿馬)惡見三刑,蓋刑破終為不善,若只於月日時上帶刑,而太歲不干預者,不妨,干預者為不吉,故曰先論太歲。

ここに説く九命は、指す所便是五行と四柱なり。《鬼谷遺文》は則ち曰く、九命は三元・四柱と禄馬なり。九命は最も三刑を見るを忌諱し、刑と破とは終究好事ならざるを以てなり。もしただ月柱・日柱・時柱の上に刑を帯び、而して太歳併して牽渉して入らざれば、あれば要緊ならず。一旦太歳もまた牽渉して入れば、便ち不吉利なり。ゆゑに説く先ず太歳を看るを要す。

凡三刑須分刑得入,刑不入,命中須分主客,以年為主,月日時為客,如主刑客,刑得入為貴,刑不入即賤,兼主有官災。若客來刑主,須是刑不入,方為貴格,刑得入者,賤命也。假令丑刑戌,須看是何丑,何戌,且以乙丑言之,刑庚戌是同類相刑,不好,刑丙戌壬戌則相生相刑,不以刑論,戊戌、甲戌是相剋相刑,戌戌刑得入,甲戌刑不入,更須看禍福所生之地如何,以戊戌為福聚之地,卻有乙丑來刑之,則大不好,若刑不入福聚之地,須作貴命看,餘準此。(並林開五命)

凡そ三刑を論ずるに、先ず須らく刑じて入り得るか入り得ざるかを分淸し、なほ須らく主客を分淸すべし。年柱を以て主と為し、月柱・日柱・時柱を以て客と為す。もし是れ主去りて客を刑ぜば、刑じて入り得れば便ち貴、刑じて入り得ざれば便ち賤、なほ兼帯して官司の災あり。もし是れ客かへつて主を刑ぜば、必ず刑じて入り得ざるを要してこそ貴格と算し、刑じて入り得れば便是賤命なり。例えば丑戌を刑ずるも、なほ須らく是れいづれの丑・いづれの戌なるを視るべし。就中乙丑を把て言へば、庚戌を刑ずるは同類相刑に属して好からず。丙戌・壬戌を刑ずるは則ち相生の刑に属して、刑と當作して論ぜず。戊戌・甲戌を刑ずるは相克の刑にして、その中戊戌は刑じて入り得、甲戌は刑じて入り得ず。この外なほ須らく禍福の聚まる所の地如何なるを視るべし。戊戌もと福気の聚集する処にして、偏に乙丑の来たりてこれを刑ずるあれば、便ち大いに不妙なり。もしこの塊の福地に刑じて入らざれば、旧来として貴命と當作して看るを要す。余の情形は一概にこれを照らして準と為す。以上《林開五命》に出づ。

三刑之位帶三奇,天乙兼均在日時,刑若等分干遇德,官居極品定無虧。三刑須等即貴,若偏枯不等即凶敗。若有官,也見遷謫,須得相等,更帶三奇、貴人,天德,官極品矣。(金書命訣)隱迷賦云:三刑不足身立,大器難成。三刑殺者,若人遇之,身能制殺,當掌刑罰之任。殺若克身,多受戮辱,或非命而終。(三命鈐)

歌訣に曰く、三刑の位次の上もし「三奇」を帯び、天乙貴人また均勻に日柱・時柱に分布し、刑の分量彼此相等にして天干の上さらに徳神に遇へば、この種の人官極品に居り、絶対して虧損ある会はず。三刑は必ず分量相等なるを要してこそ貴を主り、もし偏枯不均なれば便ち凶敗を主る。たとへ官を当たるも、また免れず貶謫せられん。一定要して刑相等なり、さらに三奇・貴人と天徳とを帯びて、こそ位人臣に極まるを得。この説は《金書命訣》に出づ。《隠迷賦》に曰く、三刑は以て身を立つるに足らず、大器造就し難し。《三命鈐》に曰く、人もし三刑殺に遇へば、自身能くそれを制服すれば、便ち能く刑罰の職を執掌す。この顆の殺もしかへつて身を剋せば、多くは殺戮羞辱を受くるを要し、あるいは善終を得ず。

凡犯刑者,若原災福看在天輪是何宮分,各隨其位而定凶災,金則防刀兵之厄,內感心疾,逆毒焚如之禍,土水防登涉墜溺之險,與夫貪淫汙行,損敗元氣之咎。木則防強梁杖責之災,與筋骨手足折傷之疾,辰戌丑未則防勞瘵,脾氣凝積之疾,更以意類推廣之,如值下局,防刑憲流徙,險難惡死,值貴局則防內疾,不令終之禍,惟得貴人祿馬,或有沖破則減深災,然所得福壽,亦不全也。(五行要論)

凡そ刑を犯す人は、須らく災福の根源の命盤天輪のいづれの宮に落つるを推究し、宮位に随ひて災禍の種類を断定すべし。金に属するは刀兵の厄を防ぐを要し、内裏応感して心病と為り、なほ火焚の一類の暴烈の禍あり。土に属し水に属するは攀高墜落・涉水淹溺の危険を防ぐを要し、および貪淫汚穢・元気を損耗の過失あり。木に属するは強人杖責の災を防ぐを要し、和筋骨手脚折傷の疾あり。辰・戌・丑・未の四支は則ち癆病と脾胃鬱結の症とを防ぐを要す。余はこの思路を照らして推広して開くを得。命局もし下等に属すれば、刑罰流放・険難凶死を防ぐを要す。命局もし貴格に属すれば、則ち内臓の疾と善終を得ざるの禍とを防ぐを要す。ただ貴人・禄馬の来たりて救ふを得、あるいは冲破解開するあるのみ、災禍こそ減軽するを得。ただしこのように得たるの福分寿数も、また終究完満と算せず。この説は《五行要論》に出づ。

凡命帶自刑,大忌時日與上下支干克戰,主為性陰毒少決,自強氣梗,未免帶疾,更才財死者,主無氣,如巳酉丑人,日時在午未申也,經曰:自刑財死,不盡天年。有人癸未年,辛酉月,己酉日,癸酉時,五十後枯右目喪子,此井邑吳二郎命。(廣信集)

凡そ命に自刑を帯ぶるは、最も日柱・時柱と上下の干支と互相克戦するを忌む。あれば人の性情陰毒にして決断を缺少し、逞強にして気性梗直にして、身上免れず病を帯びん。もし財星また死地に落つれば、便ちさらに毫も生気なきを顕得す。例えば巳酉丑年生の人、日柱・時柱午・未・申の上に落つれば便是なり。経の上に曰く、自刑に財死を加ふれば、天年に満たざるを活きん。人生まれて癸未年・辛酉月・己酉日・癸酉時に於て、五十歳以後右眼失明し、また子を死せり、これは井邑呉二郎の命なり。この例は《広信集》に出づ。

寸珠尺璧云:凡四柱帶自刑,多主闕唇,六指,眇目。自刑帶殺不為良,手足分支定見傷,若使陽申入陰殺,臨危不免惡聲揚。辰、午、酉、亥、各自刑,若年月日時見四字足者,主凶。如年月屬陽,日時屬陰,更帶羊刃,不論貴賤,須不善終。如丙午羊刃年,壬辰月,癸亥劫殺日,丙辰時,官居殿閣,四十三歲臨法而終。(金書命訣)

《寸珠尺璧》に曰く、凡そ四柱自刑を帯ぶるは、多く兎唇・六指を主り、あるいは一隻の眼睛失明す。歌訣に曰く、自刑さらに凶殺を帯ぶるは好事ならず、手脚肢体一定して傷を受けん。もし陽位の申と陰位の凶殺とを相湊せしめば、危難に臨到る時免れず個の悪名に落つらん。辰・午・酉・亥各自自刑を成せば、もし年・月・日・時の四柱この四個の字を湊斉せば、便ち凶を主る。もし年柱月柱陽に属し日柱時柱陰に属し、さらに羊刃を帯ぶれば、貴賤を論ぜず皆善終を得ず。例えば生まれて丙午羊刃の年・壬辰月・癸亥劫殺日・丙辰時のあの一位は、官殿閣に做到し、四十三歳の上法に依りて死を処せらる。この例は《金書命訣》に出づ。

六害を論ず

子未相害者,謂未以旺土害子旺水,此勢【家】相害也。故子人見未則為害,未人見子不為害也。神白經云:未為旺土來害子水,故子人見未,更有真鬼,其害尤重。李虛中云:未害子,陰男陽女,尤忌。丑午相害者,謂午以旺火凌丑死金,此官鬼相害也。故丑人見午則為害,午人見丑不為害矣。丑人見午,而午更帶丑干之真鬼,為害尤重。

「六害」の第一組は子と未との相害なり。未曾旺の土を把て去りて子の中の旺水を害す、これは勢を仗りて人を欺く式の相害に属す。ゆゑに子年生の人未を見てこそ害と算し、未年生の人子を見ては害と算せず。《神白経》に曰く、未は旺土にして、前來して子の中の水を害す。此に因りて子年生の人未を見て、もしさらに真正の鬼星を帯ぶれば、害すること殊に重し。李虚中に曰く、未子を害するこの一組は、陰年生の男子と陽年生の女子と殊に忌諱す。第二組は丑と午との相害なり。午当旺の火を把て去りて丑の中の已死の金を欺凌す、これは官鬼式の相害に属す。ゆゑに丑年生の人午を見てこそ害と算し、午年生の人丑を見ては害と算せず。丑年生の人午を見て、而して午の上また丑を剋する干の真鬼を帯ぶれば、為害すること便ちさらに重し。

燭神經云:午有旺火,害丑之中墓金,此鬼賊相害也。李虛中云:午害丑,陽男陰女尤忌。寅巳相害者,謂各恃臨官擅能而進相害也,若干神往來帶真鬼者,大凶。又有刑在其中也,不可不加減災福斷之。神白經云:若干神有鬼,其害甚重。李虛中云:寅害巳,陽男陰女尤忌。

《燭神経》に曰く、午の裏旺火ありて、去りて丑の中の墓に入るの金を害す、これは鬼賊式の相害に属す。李虚中に曰く、午丑を害するこの一組は、陽年生の男子と陰年生の女子と殊に忌諱す。第三組は寅と巳との相害なり。両者各自臨官の位を倚仗して強を逞しくし進を争ひて彼此傷害す。もし天干往来の間また真鬼を帯ぶれば、便ち大凶なり。この一組の裏になほ刑を夾雑して、吉凶を推断する時加减斟酌せざるを得ず。《神白経》に曰く、天干の上もし鬼星あれば、害すること甚だ重し。李虚中に曰く、寅巳を害するこの一組は、陽年生の男子と陰年生の女子と殊に忌諱す。

三命提要云:丙寅遇乙巳,是同類相害,為災亦重。卯辰相害者,謂卯以旺木凌辰死土,此以少凌長相害也。故辰人見卯則為害,卯人見辰不為害也。若辰人見卯,而卯更帶辰干之真鬼,則其害尤重。燭神經云:卯恃旺木害辰之墓土,此恃勢相害也。神白經云:若更見鬼尤甚。珞琭子云:輕重校量也,申亥相害者,謂各恃臨官競嫉,才能爭進相害也。故申見亥,亥見申,均為六害,若干頭更帶真鬼,尤重。神白經云:申亥均為六害,更納音相剋尤甚。

《三命提要》に曰く、丙寅乙巳に遇上すれば、同類相害に属して、災を成すもまた重し。第四組は卯と辰との相害なり。卯当旺の木を把て去りて辰の中の已死の土を欺凌す、これは以幼凌長式の相害に属す。ゆゑに辰年生の人卯を見てこそ害と算し、卯年生の人辰を見ては害と算せず。もし辰年生の人卯を見て、而して卯の上また辰を剋する干の真鬼を帯ぶれば、害すること殊に重し。《燭神経》に曰く、卯は旺木を仗りて去りて辰の中の墓土を害す、これは恃勢相害に属す。《神白経》に曰く、もしさらに鬼星を見れば便ちさらに厲害なり。《珞琭子》に曰く、軽重は仔細に権衡するを要す。第五組は申と亥との相害なり。両者各自臨官の位を倚仗して彼此嫉妒して争りて能を顕して相害す。ゆゑに申亥を見、亥申を見て皆六害と算す。もし天干の上さらに真鬼を帯ぶれば、為害すること殊に重し。《神白経》に曰く、申と亥と互に六害と為り、もし納音さらに相克すれば便ちさらに厲害なり。

酉戌相害者,謂戌以死火害酉旺金,此嫉妬相害也。幫酉人見戌則凶,戌人見酉則無災也若乙酉人得戊戌則為害尤甚,干見鬼帶六害來相害也。(並玉宵寶鑑)燭神經云:戌有墓火,妬酉金氣之旺,此鬼妬相害也。神白經云:乙酉人不得見戊戌日時,乙為真金,戊為真火,克金。

第六組は酉と戌との相害なり。戌已死の火を把て去りて酉の中の旺金を害す、これは嫉妒式の相害に属す。ゆゑに酉年生の人戌を見て凶と為し、戌年生の人酉を見ては災なし。もし乙酉年生の人戊戌を得れば、害すること殊に厲害にして、天干の上鬼星を現出し、また六害を帯びて一同に来たりて傷るを以てなり。以上《玉霄宝鑑》に出づ。《燭神経》に曰く、戌の裏墓に入るの火ありて、酉の中の金気正に旺なるを嫉妒す、これは鬼妒式の相害に属す。《神白経》に曰く、乙酉年生の人は戊戌の日柱・時柱を見る可からず。乙は真金にして、戊は真火にして、火来たりて金を剋す。

六害者,十二支凌戰之辰,若納音相剋者凶,各詳逐類相害之情,以決吉凶。大忌羊刃、劫殺、官符,則災為尤甚。寅申巳亥此四位相害,生旺則主人神緊貌峻,好爭奪,激作。死絕則多謀少成,強學好義。做事兀兀,趨進無厭。入貴格,則有操守善專權,入賤格,則好大權,司刑典兵。入賤格,則謀生於不義之地也。子未相害,生旺死絕皆主不利骨肉,妨害六親,入貴格則多妻妾之累,入賤格孤獨無依之人也。

六害は十二地支彼此欺凌交戦する位次にして、もし納音また相克すれば便ちさらに凶なり。須らく分別して毎一組の相害の情形を体察し、こそ吉凶を断定するを得。それ最も羊刃・劫殺・官符と同見するを忌み、あれば災禍殊に厳重なり。寅・申・巳・亥のこの四支の相害は、生旺の地に処れば、人神気緊繃・相貌厳峻にして、争を好み奪を好み、行事激烈なり。死絶の地に処れば、則ち多謀にして少成、勉强学を好み故に仗義を作し、事を辧ずるに孜孜不倦、進取厭はず。命貴格に入るは、操守ありて善く専権す。賤格に入るは、則ち大権を貪慕し、あるいは刑獄兵事を掌り、甚だしきは不義の門路を靠りて生を謀る。子未の相害は、生旺を論ぜず死絶を論ぜず、皆骨肉に利あらず六親を妨害す。貴格に入るは多く妻妾の拖累を受け、賤格に入るは便ち孤独依拠なきの人なり。

戌害酉,鬼妬相害,生旺,不容物,多剛戾,死絕,妬狠憎能。入貴格則多奸侫及闇昧無辜之訟。入賤格則賊害陰狡,為性不良。凡六害,大率主防害、孤獨,淫泆,不利六畜、田財,少骨肉,陰小婦人之命尤忌也。(燭神經)

戌酉を害するは鬼妒相害に属す。生旺の地に処れば、人別人を容るる能はず、性情多く剛愎乖戻なり。死絶の地に処れば、則ち忌妒狠毒にして、才能ある人を憎恨す。命貴格に入るは、多く奸佞の行および暗昧無端の官司あり。賤格に入るは、則ち残害陰狡にして、本性不良なり。総じて説へば、六害多くは妨害・孤独・淫佚を主り、六畜と田産銭財とに利あらず、骨肉縁薄し。女子と小児の命は殊にそれを忌諱す。この説は《燭神経》に出づ。

未合在午,午沖子,而子未害生。卯害於辰,辰酉合,而卯沖酉破。亥申重得,五嶽常慎傷殘;寅巳兩關,四體必憂廢棄。因晝夜陰陽之氣,感而為六合,因六合而生六害,因六害而忘晝夜,陰陽之氣得之連併,必有折傷,故云:兩關,又曰,重得亥與申,屬西北為陽也,氣高而併於上,是以言五嶽,寅與巳屬東南,為陰也,氣沉而併下,是以言四體。

未と午と相合し、午また子と相冲し、此に於て子未の害便ち産生す。卯の辰を害する所は、辰と酉と相合し、而して卯また酉を冲破するを以てなり。亥と申と重複して出現すれば、五岳のごときの頭面躯幹は常に傷残を提防するを要す。寅と巳と両相関鎖すれば、四肢必定残废を擔憂すべし。これは昼夜陰陽の気交感して六合を結成し、六合よりまた六害を生出し、六害よりして昼夜の分打乱せらるるを以てなり。陰陽の気一旦このように連并して一処に在れば、必ず折傷あり。ゆゑに「両関」と称作す。又説く、亥と申とは西北に属して陽にして、気位高くして并聚して上に在り。ゆゑに五岳すなはち頭面を把て言ふ。寅と巳とは東南に属して陰にして、気位沈みて并聚して下に在り。ゆゑに四体すなはち手足を把て言ふ。

六害は剥官の殺と為り、李広侯を封ぜられず

凡人入命中得清要之格,而犯六害者,終不顯,更有破祿刑沖輔之,必遭貶剝,蓋六害亦曰剝官殺,行年亦忌之。(並壺中子)

凡人の命に清貴顕要の格局を排出して、却つてまた六害を犯せば、終究顕達して起らず。もしさらに破禄・刑・冲の類の旁に於て幇兇するあれば、必定貶官削職に遭はん。六害此に因りてまた「剥官殺」と呼び、流年それの上に走り到れば同じく忌諱を要す。以上《壺中子》に出づ。

六害の徙、命に七傷の徙あり

瑩和尚注云:凡看人命,或值一兩重六害,或屐轉凶殺害沖,如此之人,命有七傷之事。王氏注云:七傷者不刑六親,則傷自身矣。(珞琭子)六害之人忌日時,老年殘疾苦何依,又逢羊刃神相【蝕】,不中鋒鋩虎亦欺。(金書命訣)

瑩和尚注を作りて曰く、凡そ人の命を看るに、もし一両重の六害に碰上し、あるいは輾転して凶殺の相害相冲するに遇へば、この種の人命の裏に便ち七傷の事あり。王氏注を作りて曰く、いはゆる七傷は、六親を刑克するならざれば、便ち自己身上に傷るなり。以上《珞琭子》に出づ。《金書命訣》に歌訣ありて曰く、六害を犯す人は最も日柱・時柱の上に於てこれを見るを忌み、老来残疾にして依拠なし。もしさらに羊刃と神煞と彼此相蝕するに逢へば、たとへ刀鋒を躱避し得るも、なほ須らく虎狼に欺凌せられん。

凡命犯六害,大忌支干相傷於日時上之上,最緊,名曰大害,身命宮次之,便是貴格,貴自貴,害自害也。(廣信集)大抵值六害,主妨害六親,少兄弟,縱有亦如無,兼起命宮看之,其害落何宮分,逐宮分斷之。(李虛中書)六害如逢度歲,終身少樂。(隱迷賦)

《広信集》に曰く、凡そ命六害を犯すは、最も干支日柱・時柱の上に於て互相傷害するを忌み、この一層最も要緊にして、「大害」と呼作す。身宮・命宮に落つるは次の一等なり。たとへ貴格なるも、また貴は貴に帰り害は害に帰り、両に相抵せず。《李虚中書》に曰く、大体六害に遇へば、六親を妨害し兄弟稀少を主り、たとへ兄弟あるも如同なきがごとし。なほ須らく命宮に配合して看るべく、害いづれの宮に落つるや、便ちあの一宮を按じて断ず。《隠迷賦》に曰く、六害もし流年経過するに逢へば、一輩子皆楽しみ少なからん。

空亡を論ず

空亡例

每旬管兩空亡,分前後五辰,各有所屬,假令甲子旬中無戌亥,自甲子至戊辰,以戌為空亡,自己巳至癸酉,以亥為空亡,餘彷此。(林開五命)太乙降誕經云:空亡者,旬後兩位也。

「空亡」の取法は、毎一旬両個の空亡を管し、一旬の十天を前後各五天に分かち、各々属する所有り。例えば甲子のこの一旬の裏に戌・亥の両支なければ、甲子より戊辰に至るこの五日は、戌を以て空亡と為し、己巳より癸酉に至るこの五日は、亥を以て空亡と為し、余の各旬はこれを照らして類推す。この説は《林開五命》に出づ。《太乙降誕経》に曰く、いはゆる空亡とは、便ち一旬の後に空出るあの両位なり。

凡論空亡,每旬兩空亡須分前後,假令甲子旬無戌亥,自甲子至戊辰,以戌為空亡,自己巳至癸酉,以亥為空亡,若甲子至戊辰見亥,不作空亡。又有輕重,若甲子至戊辰,見壬戌,則為重,見戊戌之類為輕,己巳至癸酉,見癸亥,則為重,見乙亥之類為輕。如甲子生,甲戌時,此時上正見空亡為差輕。如己巳生,癸亥時,此亦時上犯空亡,而犯之者重,此看空亡之訣,不可不知也。(穿珠指掌)

凡そ空亡を推論するに、毎一旬の両個の空亡は必ず前後を分淸するを要す。例えば甲子旬の中戌と亥とを缺けば、甲子より戊辰に至るは戌を以て空亡と為し、己巳より癸酉に至るは亥を以て空亡と為す。もし是れ甲子より戊辰に至るのこれらの日亥を見れば、便ち空亡と算せず。空亡なほ軽重の別あり。甲子より戊辰に至るの間に於て壬戌を見れば、重と算し、戊戌の一類を見れば軽と算す。己巳より癸酉に至るの間に於て癸亥を見れば、重と算し、乙亥の一類を見れば軽と算す。例えば甲子日出生の人甲戌時に逢へば、時柱の上正に空亡を見、程度較べて軽し。己巳日出生の人癸亥時に逢へば、同じく時柱空亡を犯すも、却つて犯すこと甚だ重し。これは空亡を看るの訣竅にして、命を学ぶ人知らざる可からず。この説は《穿珠指掌》に出づ。

干空亡

甲人見癸,乙人見甲,丙戊人見乙,丁巳人見丙,戌庚人見丁巳,辛人見庚,壬人見辛,癸人見壬。甲子旬見壬,甲戌旬見庚辛,甲申旬見丁巳,甲午旬見丙戌,甲辰旬見甲乙,甲寅旬見癸。寅午戌月壬,巳酉丑月甲,申子辰月丙,亥卯未月庚。

「干空亡」は空亡を把て天干の上に落とし看るなり。甲日主癸を見、乙日主甲を見、丙と戊日主乙を見、丁と己日主丙を見、戊と庚日主丁・己を見、辛日主庚を見、壬日主辛を見、癸日主壬を見。旬を按じて分かてば、甲子旬は壬を見、甲戌旬は庚と辛とを見、甲申旬は丁と己とを見、甲午旬は丙と戊とを見、甲辰旬は甲と乙とを見、甲寅旬は癸を見。月支の三合局を按じて分かてば、寅午戌月は壬を見、巳酉丑月は甲を見、申子辰月は丙を見、亥卯未月は庚を見。

真空亡

甲子旬土水,甲戌旬金,甲申旬火土,甲午旬土火,甲辰旬木,甲寅旬水土。空亡空亡幾多般,干人闕處悞人看,此法用之無準則,應是空亡有秘藏。古傳金木水火土,五行窮此盡陰陽,若人逢之生坎坷,名利雖有反被傷,四柱臨之隨分過,狂【圓】於身禍難當,三生親傳宰公訣,學者雖能得此詳。時緊日慢,若日犯之,卻被時刑害破,亦有其福,須主坎坷。珞琭子有云:聞喜不喜,是六甲之虧盈;當不憂,賴五行之救助。

「真空亡」は旬を按じて五行に配す。甲子旬は土と水とに属し、甲戌旬は金に属し、甲申旬は火と土とに属し、甲午旬は土と火とに属し、甲辰旬は木に属し、甲寅旬は水と土とに属す。歌訣に曰く、空亡究竟多少種あるや。単に天干の缺処を従りて看れば、往々にして人を誤る。この法子用起するに準則なく、想必く空亡別に秘伝あらん。古来相伝えて金木水火土に配するを要す、五行陰陽の理を窮尽せり。人もし真空亡に逢上せば、一生坎坷にして、たとへ名利あるもかへつて傷られん。四柱の上それに臨めば、なほ可く安分に日を度らん、もしさらに狂放不羈して其の身に加へれば、禍事便ち擔當して起らず。これは三生親伝の宰公口訣にして、学者領会する能くとも、また須らく細究すべし。空亡時柱の上に落つる最も緊要にして、日柱の上に落つる稍し緩なり。もし日柱これに犯して、却つてまた時柱に刑害冲破せられば、旧来として福気ある能くとも、ただ一生免れず坎坷ならん。《珞琭子》に曰く、喜訊を聴到してかへつて喜ばざるは、あれは六甲盈あり虧あるなり。本当に憂愁すべくとも憂愁するを要せざるは、全く五行の前來救助に靠るなり。

空亡を説く

空亡之法雖備,不言太歲,此空亡只用生日旬中空亡極緊,如運見空良則倍之,如太歲空亡,則不佳。又云:空亡合其破宅,甕牖蓬樞。太歲前後犯天地鬼,為破宅殺。若與空亡合,主一生貧賤之人。(並神白經)

空亡の算法は完備するといへども、却つて太て太歳を談ぜず。ここの空亡はただ生日の在る所のあの一旬の空亡を取り、最も緊要にして、大運さらに空亡を見れば、凶意便ち倍加す。もし太歳もまた空亡に落つれば、あれば便ちさらに好からず。又説く、空亡もし「破宅殺」と相合せば、人破瓮窓を當て蓬草門を作すの屋子の裏に住す。太歳の前後天鬼・地鬼を犯着するを、便ち破宅殺と呼ぶ。それ一旦空亡と相合せば、此人一生貧賤を主る。以上《神白経》に出づ。

互換空亡

甲子壬戌,乙丑癸亥,甲戌壬申,乙亥癸酉,甲申壬午,乙酉癸未,甲午壬辰,乙未癸巳,甲辰壬寅,乙巳癸卯,甲寅壬子,乙卯癸丑。以上空亡,如人遇之,主一生財物耗散,大破家宅,兼為人不閒。(林開五命)

「互換空亡」は共に十二組あり。甲子と壬戌、乙丑と癸亥、甲戌と壬申、乙亥と癸酉、甲申と壬午、乙酉と癸未、甲午と壬辰、乙未と癸巳、甲辰と壬寅、乙巳と癸卯、甲寅と壬子、乙卯と癸丑。人もしこの一類の空亡に遇へば、一生銭財耗散・家宅大破するを主り、しかも人として一刻も清閑を得ず。この説は《林開五命》に出づ。

空亡は切に互換を怕る

以實為空,則實可以映其空,以空為空,則空無所映帶,故得常空亡者,致災淺,得互空亡者致災重。假令甲子年壬戍日,甲子正空亡在壬戍,其壬戍乃甲寅旬也。甲寅旬中空亡復在子,而甲子為年,乃空亡互換,餘倣此。(壺中子)

実を把て空に當てれば、実はなほ能くあの空を映襯して出す。空を把て空に當てれば、空は便ちさらに映襯する可きなし。ゆゑにただ尋常の空亡を犯すは、災を招くに較べて淺し。互換の空亡を犯せば、災を招くに便ち重し。例えば甲子年・壬戌日は、甲子のこの一旬の正空亡壬戌の上に落ち、而して壬戌また甲寅旬に属し、甲寅旬の空亡恰好く子上に落ち、甲子偏に年柱なれば、これ便是空亡互換にして、余はこれを照らして類推す。この説は《壺中子》に出づ。

四大空亡歌

甲子並甲午,旬中水絕流,甲寅與甲申,金氣沓難求,若人三處遇,還似葉驚秋。以上四大空亡,若值三重者,夭壽,更於胎日乃胎氣中值者瞬息為期。(金書命訣)

歌訣に曰く、甲子と甲午の両旬の裏水気断絶して流れなく、甲寅と甲申の両旬の裏金気杳然として尋ね難し。人もし三処に於て皆これに遇へば、秋風の裏の落葉のごとく驚惶して飄零せん。以上便是四大空亡なり。もし三重に犯せば、寿命短促を主る。もしまた胎元の日・胎気の中に於てこれに撞上せば、性命ただ瞬息の間に在り。この説は《金書命訣》に出づ。

五鬼空亡

甲己見午,乙庚見辰巳,丙辛見寅卯,丁壬見子丑,戊癸見申酉。

「五鬼空亡」は日干を按じて地支に配す。甲日と己日と午を見、乙日と庚日と辰と巳とを見、丙日と辛日と寅と卯とを見、丁日と壬日と子と丑とを見、戊日と癸日と申と酉とを見。

破祖空亡

甲乙人見午,丙丁人見申,戊己人見戍,庚辛人見子,壬癸人見寅。(並廣錄)

「破祖空亡」は日干を按じて地支に配す。甲日と乙日と生の人午を見、丙日と丁日と生の人申を見、戊日と己日と生の人戌を見、庚日と辛日と生の人子を見、壬日と癸日と生の人寅を見。これに犯上する人は祖業を敗破するを主る。以上《広録》に出づ。

また五鬼空亡

甲己巳午鬼來存,乙庚寅卯莫開門,丙辛子丑君須記,丁壬戌亥守黃昏,戊癸但看申酉位,限至斯鄉定主貧。天寶經作犯空亡一世貧。空亡見天乙,倒來剋命,如甲寅水,見辛丑土,為鬼來剋命,又戊午見丁丑日,庚申見乙丑之類。

もう一種の「五鬼空亡」の歌訣に曰く、甲日・己日は巳と午との上に鬼身を存し、乙日・庚日は寅卯の地に走り到るに門を開くなかれ、丙日・辛日は須らく子と丑とを記住すべし、丁日・壬日は戌亥の間に於て黄昏を守り、戊日・癸日はただ申と酉とを看る。運限これらの地方に走り到れば、注定して貧寒なり。《天宝経》は末の一句を把て「空亡を犯す一世貧」と作す。空亡もし天乙貴人と相見れば、かへつて頭を回して命を剋す。例えば甲寅納音水に属し、辛丑納音土に属するを見れば、便是鬼来たりて命を剋す。又如戊午丁丑日を見、庚申乙丑を見の類は、皆同じ一個の道理なり。

帶殺天中又更親,定應刀鑷立其身,忽逢四孟來臨者,彩畫多能足巧人。天中無沖,無剋,無合,謂真空亡,四孟空亡大毒,只作小伎巧術人。(鬼谷要訣)

歌訣にまた曰く、凶殺を帯びて「天中」也即是ち空亡とさらに親近する人は、注定して刀剪鑷子の一類の手藝を靠りて身を立つるを要す。もし忽然として寅・申・巳・亥の四孟の位の臨照に逢へば、便ち多くは彩絵描画するに善きの巧手匠人なり。天中もし冲なく・克なく・合なければ、こそ真空亡と呼ぶ。四孟の上の空亡は毒性最も大にして、ただ個の小技藝・小方術の人を做るのみ。この説は《鬼谷要訣》に出づ。

印祿臨空虛有名,平生向善老無成,逢其馬貴來相救,縱得官資又複停。胎裹生逢怕遇空,遇空時節自昏蒙,曉君十步有九計,不免飄飄西復東。

歌訣に曰く、印綬と禄神と空亡の上に落つれば、過ぎず徒らに虚名あり、一輩子善に向かふもまた老に到りて成らず。たとへ駅馬・貴人の前來解救あるも、たとへ官職俸禄を得るも、甚だ快くまた停頓して下る。又説く、胎の中より出生に到るは最も空亡に撞上するを怕れ、一たび空亡に遇へば人昏昧蒙昧なり。たとへ聡明にして十歩を走りて九条の計策を生ずるに到るも、また免れず東飄西蕩にして居所定まる所なからん。

天中乃十干不及之處,空亡之辰,如刑害,則全要天中解之。若祿馬之類切忌臨之,管輅曰:甲寅丑未天乙嗔之,庚午亥申惡殺,殺無氣,蓋天中能解惡殺之凶,亦能散福神之氣,三合、六合、墓庫上逢之,多僧道處士之命,純粹駁雜,吉凶神殺,尤在詳之。(閻東叟書)

天中便是十天干の排布して到らざるの地方、也即是ち空亡の落つる所の地支なり。命の裏もし刑害あれば、全く天中に靠りて化解す。ただし禄・馬の一類の吉神は却つて切にそれの上に落つるを忌む。管輅に曰く、甲寅日は丑・未の上に於て、天乙貴人かへつて嗔怪するを要す。庚午日は亥・申の上に於て悪殺にして、而して殺空亡に落つれば便ち気力を没す。見るべく天中既に能く悪殺の凶を化解し、また能く福神の気を吹散す。もし三合・六合あるいは墓庫の位の上に於てこれに逢着せば、多くは僧道隠士の命なり。命局究竟纯粹なるか駁雑なるか、吉神と凶殺と如何に配合するや、殊に須らく仔細に辨明すべし。この説は《閻東叟書》に出づ。

天中殺即空亡是也,生旺則器度寬大,動招虛名,長大肥滿,多意外無心之福,死絕則一生成敗飄泊,但在我有氣之地,則不能為禍也。大忌支干與天中相合,是謂小人得位,則奸詐譎詭,靡所不為。若為我所尅,是謂天中受殃,反為特達之福。如戊午火人,見甲子金是也。其神性無常,與官符併則妄媚多文,與劫殺併,則校勇,與大耗併,則顛倒鶻突、與建祿併,則一生破散,與咸池併,則多兇暴卒,惟夾貴、華蓋、三奇、學堂併者,大聰明脫俗。(燭神經)

「天中殺」便是空亡なり。それ生旺の地に処れば、人器量寛宏にして、動けば虚名を博得し、身材高大豊満にして、常に意外得来の福気あり。死絶の地に処れば、則ち一生成敗無常・四処に飄泊す。ただしそれただ命主の気ある地方に落つれば、便ち禍を作成せず。最も干支天中と相合するを忌諱し、あれを小人得位と呼び、人便ち奸詐詭譎にして、何の事も幹し出すを得。もし天中かへつて命主に克せられれば、便ち天中殃を受くと呼び、かへつて成りて格外通達の福気と為る、例えば戊午納音火に属する人甲子納音金に属するを見れば便是なり。この顆の星性情反覆無常にして、官符と併見すれば、便ち虚妄諂媚にして文辞を売弄するを好み、劫殺と併見すれば、便ち逞強斗狠し、大耗と併見すれば、便ち顛三倒四・糊裏糊涂し、建禄と併見すれば、則ち一生破敗離散し、咸池と併見すれば、多く凶暴にして猝然として禍に遭ふ。ただ夾貴・「華蓋」・三奇・学堂のこれらの吉星と併見する時のみ、こそ極めて聡明・流俗を超脱するを顕得す。この説は《燭神経》に出づ。

金空則聲,火空則明,水空則清,木空則死,土空則崩,又云,三者雖不畏,因他也減半。(廣錄)應凶殺在空而無害,旺相得空而亦利,至若空亡有用,類虛中而有應。應殺、害、刑在空亡,無合,動不為凶也。旺相處,明暗合,逢天月德見空亡,亦吉。夫響之有聲,莫非虛中也,實則不應,是以大人之命,要虛中之德,空亡自旺有用,乃大聲大應之器也。(鬼谷遺文)

一説あり、金空亡に逢へば便ち能く声を発し、火空亡に逢へば便ちさらに明るく、水空亡に逢へば便ち清澈にして、木空亡に逢へば便ち枯死し、土空亡に逢へば便ち崩塌す。又説く、金・火・水のこの三者は空を怕れざるといへども、福力もまた半分減ずべし。この説は《広録》に出づ。凶殺空亡の上に落つれば害を為さず、旺相の気空亡を得ても仍旧として利あり、見るべく空亡自ら其の用あり、譬へば器物の中間は空なるを以てこそ回响あらんがごとし。凡そ殺・害・刑の空亡の上に落ちてまた合なきは、動くも凶を成さず。旺相の地に処り、明合暗合ありて、また天徳・月徳に逢ひて空亡を見るは、同じく吉利なり。声响の発出し得る所以は、無非中間の空なるに因る。実心の物は便ち声出さず。ゆゑに大人物の命は、正にこの種の虚中の徳あるを要し、空亡自身当旺にして用あればこそ、大响大応の器量なれ。この説は《鬼谷遺文》に出づ。

空亡雖不佳,若沖破不為禍,論空亡止以年日所在,如申為空亡,得寅則破,為空亡受制,不能為災,反為福也。又看寅上有無福神,或有之,即災福並行,以皆受其沖也。(林開五命)

空亡好からずといへども、可れどもし冲破せられれば、禍患を成さず。空亡を論ずるはただ年柱・日柱の在る所の旬に按じて取るのみ、譬へば申は空亡にして、命の裏寅を得れば便ちそれを冲破し、空亡制伏を受けて、災を作す能はず、かへつて転じて福と為る。なほ須らく寅位の上福神あるや無きやを看るべし。もしも福神あれば、あれば災と福と同時に並行し、両者皆この一冲に動かせらるるを以てなり。この説は《林開五命》に出づ。

凡人命空亡本不好,若被日時或運沖刑者,反為虛聲殺,士人遇之飛聲走譽,淺者休舉,如劉提舉命,甲申年,丁丑月,乙亥日,甲申時,行壬午運,作當路。張運使命,如乙未年,乙酉月,乙丑日,丁亥時,行辛巳運,作監司,大振聲望。空亡要沖極好,若壬寅為空亡,壬申同類沖之,則不動,此為最毒。

人命空亡を帯ぶるはもと好からざるも、しかれども日柱・時柱あるいは大運に冲刑せられれば、かへつて変じて「虚声殺」と為り、読書人これに遇へば声名鵲起・誉れ時に満ちん。根基の淺き人は則ち過ぎず虚名を図るのみ。譬へば劉提挙の命は、甲申年・丁丑月・乙亥日・甲申時にして、壬午の大運を走り、権を掌るの要職を做し。張運使の命は、乙未年・乙酉月・乙丑日・丁亥時にして、辛巳の大運を走り、監司に当たりて声望去りて大いに振ふ。空亡は最も冲開せらるるを得るを好む。可れどもし壬寅は空亡にして、偏に同類の壬申を以てこれを冲せば、かへつて冲して動かず、これこそ最毒の情形なれ。

凡命犯藏頭空亡,本是禍,反為福,但戊己人帶之大好,戊子、戊午、己丑、己未、戊申、戊寅、己酉、己卯、戊辰、戊戍、己巳、己亥是也。(並廣集雲)

凡そ命の裏「蔵頭空亡」を犯すは、もと禍にして、却つてかへつて福と為る。尤も戊日・己日生の人これを帯ぶれば極めて好し。これらの干支は戊子・戊午・己丑・己未・戊申・戊寅・己酉・己卯・戊辰・戊戌・己巳・己亥なり。以上《広信集》に出づ。

康子祥曰:空亡最忌在建祿上,若更值於祿干四忌之上,極為害,又云:月日時一位值空亡者,不害,為大貴人,若兩位,雖有官不貴。(三命提要)

康子祥説く、空亡は最も「建禄」の上に落つるを忌む。もしさらに禄神天干の忌む所のあの四位に撞上せば、為害すれば極めて大なり。彼また説く、月柱・日柱・時柱の三処の中にただ一位の空亡に落つるは、妨害と算せず、かへつて可く大貴の人と成らん。もし両位の空亡に落つれば、たとへ官を做すも貴きを起さず。この説は《三命提要》に出づ。

空亡生時性重拗,更加華蓋兒應少,年上非的及防難,藝道僧流少宜保。凡命值空亡在時上,多拗性,為事高而虛,更見華蓋少子。日上見多庶出,或離妻潤親戚,妾或偶合,多淫亂,自身是藝術人或僧道,少年多厄。(沉芝源髓)

歌訣に曰く、空亡出生の時辰の上に落つれば、人の性子執拗にして沈重なり。さらに華蓋を加ふれば、子女必定稀少なり。年柱の上に落つれば則ち是非断たず、なほ災難を防備するを要す。この種の人多く技藝の一路を走るかあるいは僧道の流に入り、少年の時保全し難し。解釈して曰く、凡そ命中空亡の時柱に落つるは、人多半性情拗強にして、事を做すに志向高遠なるも流れて空虚に帰す。さらに華蓋を見れば便ち子息稀少なり。日柱に落つるは、多く庶出にして、あるいは妻子を離棄し・親戚に寄食し、妾室あるいは偶然結合する人と厮混し、行為多く淫乱にして、本人は則ち技藝に従事し、あるいは僧道を做り、少年の時災厄甚だ多し。この説は《沈芝源髄》に出づ。

凡空亡遇三者,主骨肉離散,拋失鄉井,橫遭官事,常主破財,祿馬與一切福神落空亡,皆為陷沒,大小運至此,三命又在衰鄉,財祿無氣,亦為死厄。(三命鈴)

凡そ空亡三重に碰上するは、骨肉離散・家郷を抛別し、横に官司に遭ひ、なほ常に破財するを主る。禄・馬および一切の福神空亡の上に落つれば、皆陷没して起らずと算す。大運小運ここに走り到り、年月日の三命また皆衰敗の郷に処れば、財と禄と皆気力なきは、あれ便是死亡の厄なり。この説は《三命鈐》に出づ。

第廿六巻

冲破を論ず

相沖者十二支戰擊之神,大概為凶,然有為福之甚者,凡沖處要相生,如辛巳沖癸亥,即是金生水也,餘依此推之。如同類及相尅者最凶,如壬申金尅庚寅之木,己卯沖己酉之土,皆不利矣。凡相生沖,主人聲望播流,高明出眾,科甲崢嶸,相尅沖,主人神清貌俊,襟韻脫俗,軒昂灑落,上視,仰面而行。

いはゆる「相冲」とは、十二地支両両相対して彼此交戦冲击する神煞にして、大体上凶を主るも、しかもかへつて大福を成就するもあり。凡そ相冲の処に遇ふは、須らく両柱の「納音」五行の相生する能くするや否やを看るべし。辛巳(白蠟金)の癸亥(大海水)を冲するがごときは、便是金去りて水を生ず、余はこれを依りて類推するを得。もし両辺の納音同一類に属し、あるいは互相克制せば、あれば最凶にして、例えば壬申剣鋒金の去りて庚寅松柏木を剋し、己卯城頭土の去りて己酉大驛土を冲するがごときは、皆不利を主る。凡そ相生に属する冲は、此人声望去りて四方に伝揚し、見識高明・抜類出萃にして、科挙功名峥嵘顕赫たるを主る。相克に属する冲は、此人神気清朗・相貌俊秀にして、胸襟気韻流俗を超脱し、挙止軒昂洒落にして、眼睛習慣として上に向かひ、臉を仰ぎて路を行くを主る。

死絕則精神峻急,骨氣緊實,趫捷便利、語聲清爽,輕動易悅,若相尅沖生旺,主人神剛貌肅,膽氣壯,倜儻敢為,多成敗。死絕則寒酸鄙薄,形容乖劣,動招凶辱,多夭折也。(燭神經)

相生の冲もし「死絶」の地に落つれば、其人便ち精神急躁にして、骨骼痩緊結実し、行動軽捷便利にして、説話声音清爽、性子好動にして容易く高興す。仮に是れ相克の冲また「生旺」の地に落つれば、此人神情剛強・相貌厳粛にして、胆気豪壮、倜儻敢作敢為にして、一生成敗起落皆多きを主る。相克の冲もし死絶の地に落つれば、便ち寒酸淺薄・形貌乖張醜陋に顕れ、一挙一動皆凶険羞辱を招来し、多く夭折の憂あり。以上《燭神経》に出づ。

【煩冗格】如甲子見午,乙丑見乙未,多破祖業,不生心不閒,內明有斷,假令祿高名重,終有一失也。【乖離格】如戊午見丙子,癸卯見丁酉,相沖相尅,五行不和而破命,再遇者,平生破散,衣食稍足,夭壽也。(並鬼谷命格)

「煩冗格」は、譬へば甲子年生の人柱の中に午を見、乙丑年生の人柱の中に乙未を見、この類の冲多く祖上の産業を敗破し、心の裏清閑を得ず、過ぎず内心明白・事に遇ふに決断あるを主る。たとへ禄位高く・名望重くとも、最終にまた免れず一次の大きな失落あらん。「乖離格」は、譬へば戊午の丙子を見、癸卯の丁酉を見、既に相冲また相克して、五行和せずして本命を破す。もしさらに重複して遇へば、一生破財離散し、衣食勉强して够用にして、寿命もまた長からず。この両格は皆《鬼谷命格》に出づ。

相沖還是自相生,集來帝座位無刑,更得華蓋兼權殺,為官清顯統雄兵。相沖相去要長生,見旺之時祿更亨,貪武若更臨時殺,為官清貴掌權兵。此論來去相沖生旺,如戊寅沖丙申,癸卯沖辛酉之類,得相生旺,五行氣不散,更得福神方妙,如甲申沖庚寅,丙子沖戊午,名生旺,沖不破。(並鬼谷要訣)

歌訣に曰く、相冲の両柱もし彼此なほ能く相生し、また帝旺の位に聚集して刑害なく、さらに「華蓋」星と権を掌るの殺星とを加へれば、この個人官を做れば必定清高顕達にして、能く精兵を統領せん。又説く、相冲の双方は須らく各自「長生」の地に坐し、行運旺気を見る時禄位さらに亨通せん。もし「貪狼」「武曲」の両星また時上の殺星に臨めば、官を做れば便ち清貴にして兵権を握らん。この両首の講ずる所は来去相冲するも仍ほ生旺に在るの情形にして、例えば戊寅の丙申を冲し、癸卯の辛酉を冲するの類、双方納音相生してまた皆旺気を得、五行の気至らず冲散せず、さらに福神の相助あればこそ上妙と算す。又如甲申の庚寅を冲し、丙子の戊午を冲するは、これを「生旺」と呼び、冲すといへども破と算せず。以上並びに《鬼谷要訣》に見ゆ。

天元變化書云:凡五行向旺者,不名破,向衰弱者,名破,如丙辰得丙戍最妙。戊子得戊午亦妙。若戊午火見戊子火,則名破也。又有聚旺格云:若眾木入寅卯,其間有沖擊者好。因旺極,故要沖擊,非旺,不可,餘皆凖此。

《天元変化書》に曰く、凡そ五行正に旺地に走向するは、これを冲すは「破」と算せず。正に衰弱に走向するは、これを冲してこそ破と呼ぶ。譬へば丙辰沙中土の丙戌屋上土を得るは最も美妙にして、戊子霹靂火の戊午天上火を得るもまた妙なり。かへつて若し是れ戊午火の戊子火を見れば、あれば便ち破と呼ぶ。書の中にまた「聚旺格」の説あり、もし満盤の木皆寅卯の地に聚まれば、其の間一点の冲击あるはかへつて好事なり。旺極処に到れば、非で冲击を靠りて疏泄せずんば不可なり。もし本来旺ならざれば、便ち絶対して冲す可からず。余の情形は皆この道理を照らして推す。

生旺連綿見吉神,更兼一七又為鄰,看看直入朝堂去,權握兵符助聖神。四沖生處自貧寒,更值凶神不足看,一種邪心偏作賊,父常嗔恨子常瞞。凡遇一七殺者,命吉則沖發。命凶則為禍破財。

歌訣に曰く、命中生旺の気連綿として断たず、また吉神照臨を見、さらに第一位と第七位と(即ち本命支とそれの对冲する支)緊緊として相邻呼応すれば、此のようの人眼の前に便ち直入して朝堂に入り、手に兵符を握りて君王を輔佐せん。又説く、四柱相冲して根基本来自ら単薄の人は、一生貧寒なり。さらに凶神に碰上せば、便ちさらに看るに値せざるにして、この種の人往々にして心術正しからず、偏に去りて賊を做るを要し、父親常に彼を怨恨し、児子もまた常に彼を瞞す。大凡この種の「一七」相冲の殺に遇ふは、本命吉のは、一冲かへつて発達し、本命凶のは、一冲すれば便ち禍を招き財を破す。

凡遇四柱沖破,如禍聚之地,有他位來沖,即謂破禍成福。如犯空亡有下位來沖,亦為福也,凡年月日時值此,必作食祿人。如福聚之地逢他處來沖,則破福成禍,必孤困。凡相生者,不為破,如丁未破癸丑是也。同類者,作破論,如丁未破丁丑是也。相尅者最為毒,如丁未破己丑是也。(林開五命)

凡そ是れ四柱の間の冲破は、須らく冲せらるるは何の地方なるを看るべし。もし禍気聚集の処別の柱に冲散せらるれば、これを「破禍成福」と呼ぶ。もし柱の中「空亡」を犯し、また下面の柱の来たりてこれを冲するあれば、同じく是れ福なり。年月日時いづれの一柱この種の情形に碰上すれば、此人必ず是れ俸禄食む可きの人なり。かへつて福気聚集の処別処より来たりて冲せば、あれば便是「破福成禍」にして、一生必定して孤単困頓す。凡そ相冲双方納音相生するは、破と當作せず、例えば丁未天河水の癸丑桑柘木を冲するがごとし。納音同類のは、便ち破を按じて論ずるを要し、例えば丁未水の丁丑澗下水を冲するがごとし。納音相克の毒害最も深し、例えば丁未水の己丑霹靂火を冲するがごとし。この説は《林開五命》に出づ。

凡命帶劫殺亡神相沖,主犯刑,若在死絕處主廢病多疾,如帶貴殺入局,有秀氣科名者,多入臺諫,終有惡疾而死,帶元辰,空亡,相沖,不是下賤,則是貧寒之士。五行枯瘁則賤,帶秀則虛聲,貧士之徒也。凡諸位沖破,如遇沖空亡,主禍中生福,若月沖日時,時沖年,名曰仇?殺,主與人無恩,內外多得憎嫌,或長病,或卒暴而死。

凡そ命中「劫殺」「亡神」を帯びてまた彼此相冲するは、此人刑法を触犯するを主る。もしこれらの神煞死絶の地に落つれば、則ち残廃久病・疾患纏身を主る。仮に帯ぶるは貴人の一類の殺また局を成し、命中秀气ありて能く科名を取るは、多半台諫の一類の言官の職に進入す、しかれども最後仍ほ悪疾を得て死せん。もし「元辰」「空亡」を帯びてさらに相冲を加へれば、此人は是れ身分的下賤ならざれば、便是貧寒の読書人なり。五行枯槁憔悴するは低賤を主り、たとへ秀气を帯ぶるもただ空しく虚名あるのみ、終究是れ窮士の一流なり。凡そ各柱の間の冲破は、もし冲する正に空亡なれば、禍の裏福を生ずるを主る。もし月柱日時を冲し、時柱年柱を冲せば、「仇殺」と呼ばれ(原書ここに一字を缺く)、此人待人恩義なきを主り、家の裏家の外皆人に憎嫌せられ、あるいは久病愈えず、あるいは暴卒して亡ぶ。

凡命犯力停相沖生旺死絕,俱是凶咎。如丙寅、甲申、癸卯、辛酉之類是也。凡日時沖年,主人心不平,以己度人,不相信付。凡命生時沖太歲者,支干皆可用也,假令丙午年,壬子時,乙卯年,辛酉時,支干皆沖也。(並廣信集)

凡そ命の裏「力停」を犯して両辺相冲するは、生旺に落つるを論ぜず死絶の地に落つるを論ぜず、皆凶咎に属す、例えば丙寅の甲申に対し、癸卯の辛酉に対するのこの一類なり。凡そ是れ日柱・時柱の去りて年柱を冲するは、此人心の裏平らならず、総じて自己の心思を把て別人を揣度し、肯んじて真心旁人を信託せざるを主る。凡そ出生の時辰太歳(也即是ち年柱)を冲犯するは、天干と地支と皆把て来たり論断するを得、譬へば丙午年生にして壬子時を得、乙卯年生にして辛酉時を得れば、天干地支便ち皆相冲す。以上皆《広信集》に出づ。

破印破財並破祿,破馬少曾為命福,更加破合日時中,疾非手足並頭目。破印者,如木人帶癸未,內有乙丑金,曰破印,見庚戍曰刑。印破財者,如金人以寅卯為財,寅怕見申,卯怕見酉,不然無寅卯二字亦忌。

歌訣に曰く、印綬破せられ・財星破せられ・連ねて禄位もまた破せられ、さらに駅馬破せられを加ふれば、このようの命很少く能く福気有らん。もし日柱時柱の中また把て天干の「合」を冲破せば、あれば便ち疾病を生ぜん、手足に在らざれば、便ち頭面眼目に在らん。いはゆる「破印」とは、例えば木命人柱の中癸未(楊柳木)を帯び、其中暗に蔵する之と相対する乙丑(海中金)の来たりてこれを剋するあれば、便ち破印と呼ぶ。もし庚戌(釵釧金)を見れば則ち刑と呼ぶ。いはゆる「破財」とは、例えば金命人寅卯の木を以て財星と為し、寅便ち申の来たりて冲するを見るを怕れ、卯便ち酉の来たりて冲するを見るを怕る。たとへ柱の中併して寅卯の両字なきも、申酉を見れば同じく忌諱す。

見申酉字破祿者,如甲祿在寅,怕見申字。破馬者,如馬在巳,怕見亥字。破合者,乃干合被支破,如甲午人見己亥,或見巳字則破,己亥逢子字即破,甲午合也,如丙寅年,辛卯月,壬申日,其人害一目。凡破多不好,是欲達不達之人。如甲人逢丑卯日時,夾祿見申字,破,不好,夾拱等同。(沉芝源髓)

上文を承けて説く、申酉の両字を見れば便ち破と算す。いはゆる「破禄」とは、例えば甲干の「禄」は寅に在り、便ち柱の中申の来たりて寅を冲するを見るを怕る。いはゆる「破馬」とは、例えば「駅馬」は巳に在り、便ち亥の来たりて巳を冲するを見るを怕る。いはゆる「破合」とは、天干本来相合するも、却つて地支に冲破せらるるなり。甲午と己亥とはもと甲己相合にして、一たび巳の字亥を冲するを見れば、合便ち破さる。己亥もし子の字に逢へば、同じく把て甲午の合を冲破す。又如丙寅年・辛卯月・壬申日生の人は、便ちこの類の破損に因りて一隻の眼を瞎せり。総じて柱の中破多きは総じて好事にあらず、是れあの種の顕達せんと想へども始終顕達成らざるの人なり。譬へば甲干人丑・卯を遇えて日時と作し、中間寅のこの個の禄位を夾み、もしさらに申の字の来たりて冲するを見れば、禄便ち破せられ、好からず。「夾禄」「拱禄」の一類の格局皆このように照らして看る。この説は《沈芝源髄》に出づ。

金殺を論ず

金神大殺者,至凶之神,古人云:寅、申、巳、亥,雞頭粉粹,四支生人,金神在酉。子、午、卯、酉,蛇頭開口。四支生人,金神在巳。辰、戍、丑、未,牛頭大忌。四支生人,金神在丑。與人為災,而不為福。又主喪服哭泣之事。丑人金殺在本命,若生月生日時又在丑上,帶鬼尅身,則有不測之禍。以巳酉丑金之位,故金神居於上,所值金神,下更帶金火,則為災,又大而遲。(三命提要)

「金神大殺」は極凶の神煞なり。古人説く、寅申巳亥年生の人は「鶏頭粉碎」を忌み、この四支生の人の金神は酉に落つ。子午卯酉年生の人は「蛇頭開口」を忌み、この四支生の人の金神は巳に落つ。辰戌丑未年生の人は「牛頭大忌」を忌み、この四支生の人の金神は丑に落つ。この個の神煞はただ人に災禍を帯来し、福気を帯来する会はず、なほ家の中に喪事を辧じ・哭泣の憂あるを主る。丑年生の人は、金殺正に本命の上に落ち、もし生月・生日・生時また皆丑に在り、さらに身を剋するの鬼煞を帯ぶれば、便ち意想不到の禍事あらん。巳酉丑もと金の三合方位たるを以て、ゆゑに金神便ち其の上に居る。凡そ金神の臨する所の処、底下の納音さらに金を帯び・火を帯ぶれば、便ち災を成さんと要し、しかも災大にして、来たるもまた遅し。この條は《三命提要》に出づ。

金殺者,為五行中惟金為殺之物也。一殺而有三名,一曰吟呻殺,二曰破碎殺,三曰白衣殺。其神常居巳、酉、丑三位。蓋是金之體也。寅、申、巳、亥,在酉。子、午、卯、酉,在巳。辰、戍、丑、未,在丑。是金之生旺庫也。在巳曰吟呻,巳中臨官之火,火者,金之官也。金氣臨尅,主官府杖楚、刑獄呻吟之災。故曰吟呻。在酉曰破碎,酉者金旺之地,殺物當時,又有辛金相助,萬物當之,無不破碎,主支離破碎,流血之災。故曰破碎。在丑曰白衣,乃金庫墓也,居四季而臨鬼門,主妨害,喪服,哭泣之事。故曰白衣。

いはゆる「金殺」とは、五行の中ただ金は粛殺の物に属するを以てなり。同一の殺却つて三個の名字あり、一を「吟呻殺」と呼び、二を「破碎殺」と呼び、三を「白衣殺」と呼ぶ。それ常に巳・酉・丑の三個の位置に落つ、この三支正に金の形体の所在たるを以てなり。寅申巳亥年生の人の金殺は酉に在り、子午卯酉年生の人は巳に在り、辰戌丑未年生の人は丑に在り、也即是ち金の長生・帝旺・墓庫の三処なり。巳に落つるを吟呻と呼ぶは、巳の中「臨官」の位に処るの火を蔵し、火は金の官星にして、金気ここに到りて官に剋せらるるを以てなり、官府の杖責に遭ひ・牢獄の中に呻吟するの災を主り、ゆゑに吟呻と呼ぶ。酉に落つるを破碎と呼ぶは、酉は金最も旺なる地にして、正に万物を粛殺するの時に当たり、また辛金の相助あれば、万物それに碰上するに破碎せざるなく、主人一生支離破碎・流血の災あるを以てなり、ゆゑに破碎と呼ぶ。丑に落つるを白衣と呼ぶは、丑は金の庫墓にして、位は四季の末に居りて鬼門に臨近し、妨剋傷害・身に孝服を穿ち・喪を辧じて哭泣するの事を主るを以てなり、ゆゑに白衣と呼ぶ。

其神生旺,主人寬量大器,決斷有能,形容清峻,若不夭喪、刑傷。則須有癩病、癱瘓。死絕則慘害尅毒,形容紅白,巧言令色,笑裡藏刀,其神常主橫事。與官符併,則橫來官災;與劫殺併,則橫來死喪;與白虎羊刄併,則流血傷殘,與貴人建祿併,則稍慢,五行旺相不須用也。(燭神經)

この個の神煞もし生旺の地に坐せば、此人度量寛宏・気象不凡にして、事に遇ふに能く決断し、相貌清朗峻抜たるを主る。しかれどももし早夭・刑傷に遭ふにあらざれば、便ち多半悪瘡癩病あるいは癱瘓の疾あらん。もし死絶の地に坐せば、此人便ち陰狠毒辣にして、臉色忽ち紅忽ち白く、説話動聴・臉上笑を帯び、心の裏却つて刀を蔵す。この個の神煞常に意外横生の事を主る。「官符」と同柱なれば、便ち横に官司の災を来たし、「劫殺」と同柱なれば、便ち横に死喪を来たし、「白虎」「羊刃」と同柱なれば、便ち流血傷残あり。もし「貴人」「建禄」と同柱なれば、凶性便ち些か緩和す。倘若命中五行本已に旺相なれば、この個の殺便ち再び論ずるを要せず。この條は《燭神経》に出づ。

夫吟呻者,金殺之精,子午卯酉人見巳金生處,主大風癱緩之疾,寅申巳亥人見酉金旺處,主水痼毒藥之病,辰戌丑未人見丑金墓處,主克妻害子,惡死之憂。若帶三刑德貴,主有高官握兵權。(金書命訣)金殺夾貴兮,有兵有權。(指迷賦)男逢金殺,累累官刑,女犯金神,重重產厄。(隱迷賦)

いはゆる吟呻とは、金殺の精気の聚まる所なり。子午卯酉年生の人巳を見るは、あれは金の長生の処にして、大風・癱瘓遅緩の一類の病を患ふを主る。寅申巳亥年生の人酉を見るは、あれは金の帝旺の処にして、水腫痼疾あるいは中毒の病を主る。辰戌丑未年生の人丑を見るは、あれは金の墓庫の処にして、妻を剋し子を害し・横死の憂あるを主る。この個の殺もし同時に「三刑」と天徳・貴人とを帯ぶれば、かへつて高官に居り・兵権を握るを主る。この段は《金書命訣》に出づ。《指迷賦》に説く、金殺貴人に中間に夾まるるは、能く兵権有らん。《隠迷賦》に説く、男子金殺に遇上すれば、官非刑罰接連して断たず。女子金神を犯せば、生産の凶険重重畳畳たり。

血蠱最厭於交重。血蠱者,本金殺也,亦名血蠱,犯之則有血光之厄,重得之者,尤為不吉。(壺中子)金殺者傷害之辰,男子犯之,多有刑傷,兵刃之災。婦人有產厄,行年至此亦然。(三命鈐)

《壺中子》に説く、「血蠱」は最も重複して出現するを忌諱す。いはゆる血蠱とは、本来便ち金殺にして、別にこのようの一個の名字を取る。命の裏これに犯上せば便ち血光の厄あり、もし重複して見れば、尤其として不吉なり。《三命鈐》に説く、金殺は傷害を主るの支辰にして、男子これを犯せば、多く刑傷と刀兵の災とあり。婦人これを犯せば、則ち生産の危険あり。流年行運この個の位置に走り到れば、情形もまた是れ同じなり。

咸池を論ず

寅午戌兔從苑裡出,巳酉丑騎馬階中走,申子辰雞鳴動四鄰,亥卯未鼠子驚人睡。咸池者,常在劫殺前四辰,又有一名沐浴者是也。咸池者,乃日入日所,取其萬物闇昧時也。其神主奸邪落魄,美容儀,耽酒色,疏財好懽,破散家業,惟務貪濁,此生旺者然也。

これは「咸池」を推すの口訣にして、寅午戌年生の人咸池は卯に在り、ゆゑに説く兎子園苑の裏より跑出すと。巳酉丑年生の人咸池は午に在り、ゆゑに説く馬に騎りて台階の中間に走ると。申子辰年生の人咸池は酉に在り、ゆゑに説く鶏鳴四鄰を驚動すと。亥卯未年生の人咸池は子に在り、ゆゑに説く老鼠睡る人を驚擾すと。咸池常に「劫殺」の前の第四位に在り、それまた一個の名字を「沐浴」と曰ふ。いはゆる咸池とは、本指す所太陽沈落する地方にして、取る所は万物昏暗不明の時なり。この神主人奸邪失意・容貌漂亮・酒色に沉溺し、銭を散漫に使ひ・歓楽を貪図し、家業を敗散し、一味して汚濁の事を追求す。これはそれの生旺の地に坐する時の様子なり。

死絕者,則嗜滋味,好粧飾,落魄不檢,狡計頑猾,忘恩失信,私濫奸訛,靡所不為。與元辰併者,更臨生旺,多得匪人為妻。與貴人建祿併者,多因油鹽酒貨得生,或因婦人闇昧之財起家,平生多防水厄,勞瘵之疾,多遭累、遺失、闇昧之災也。(燭神經)咸池殺亦名桃花沐浴是也。歌云:風流淫宿號咸池,併集來臨禍應期,酒色相刑三二位,更加殺神血光隨。(紫虛局)

咸池もし死絶の地に坐せば、此人便ち貪嘴好吃・打扮を愛し、潦倒にして檢点を知らず、心機狡詐頑猾にして、恩を忘れ義を負き・信用を守らず、私通濫交・欺詐作偽して、何の事も皆做し出すを得。それ「元辰」と同柱にしてまた生旺に臨めば、多半品行不端の人を娶りて妻子と為す。「貴人」「建禄」と同柱なれば、多く油鹽酒貨の一類の売買を靠りて生を謀り、あるいは婦人の来路不明の銭財を靠りて家を起し、一生須らく水中の厄と癆瘵の病とを防ぐべく、常に連累・失物および見る可からざるの禍事に遭ふ。この條は《燭神経》に出づ。《紫虚局》に説く、咸池殺はまた桃花・沐浴と呼び、歌の裏に講ふ。風流好色の星宿の名は咸池と呼び、一旦聚斉して来臨せば、災禍便ち応期にして至る。もし酒色の神刑冲と湊上して両三位なり、さらに凶殺を加ふれば、血光の災便ち跟随して来たらん。

勾絞を論ず

勾絞殺者,陽命人前辰為絞,後三辰為勾,陰命人後三辰為絞,前三辰為勾,曰陰後陽前三是絞,陽後陰前三是勾。(珞琭子林開五命,皆以陽命人前三辰為勾,後三辰為絞,陰命人前三辰為絞,後三辰為勾。)假令甲子陽命人二月為絞,八月為勾,乙丑陰命人三月為勾,九月為絞,餘準此。凡人遇之,身若克殺,多掌刑法之任。或為將帥,專行誅戮。殺若克身,主非命而終。(玉門關集云:勾絞主非命)小人逢之,皆為飛橫災禍。行年至此,亦主口舌刑獄之事。(三命鈐)

「勾絞殺」の取法は、陽年生の人は本命の前第三位を「絞」と為し・之後第三位を「勾」と為し、陰年生の人はかへつて、本命の後第三位を絞と為し・之前第三位を勾と為す。ゆゑに口訣に説く「陰後陽前三は絞、陽後陰前三は勾」。(《珞琭子》と《林開五命》の両書の算法正に相反して、皆陽命人本命の前三辰を以て勾と為し・後三辰を絞と為し、陰命人の前三辰を絞と為し・後三辰を勾と為す。)例を挙げて説く、甲子のこの個の陽命人は、二月の卯を絞と為し・八月の酉を勾と為し、乙丑のこの個の陰命人は、三月の辰を勾と為し・九月の戌を絞と為し、余はこれを照らして類推す。凡人この殺に遇上すれば、もし本身五行能くこの個の殺を剋得住せば、多半刑法を掌管する職務を担任し、あるいは将帥を做して、専ら誅戮の事を行ふ。もしかへつて是れ殺の本身を剋せば、便ち非命に死するを主る。(《玉門関集》に説く、勾絞は人の非命に死するを主る。)平常人これに碰上すれば、皆飛来横禍あらん。流年ここに走り到れば、また口舌是非と牢獄の事とを主る。この條は《三命鈐》に出づ。

勾絞二殺至凶之神,各隨本命求之,陽男陰女,命前三辰為絞,後三辰為勾,陰男陽女命前三辰為勾,後三辰為絞,二殺與人為災,而不為福,值勾絞兩位全者,災重,一位者災輕。又云:以上殺有鬼則災重,無鬼則災輕。(三命提要)犯勾絞殺者,主人多計巧心路。(沉芝源髓)

勾・絞のこの両個の殺は皆極凶の神にして、各自本命年支を依りて推求す。陽男と陰女とは、本命前第三位を絞と為し・後第三位を勾と為し、陰男と陽女とは、本命前第三位を勾と為し・後第三位を絞と為す。この両個の殺ただ人に災禍を帯来し、福気を帯来せず。命中勾絞両位斉全のは災重く、ただ一位を占むるの災軽し。書の中また説く、以上これらの殺もし身を剋するの「鬼」を帯ぶれば、災便ち重く、鬼を帯びざれば、災便ち軽し。この條は《三命提要》に出づ。《沈芝源髄》に説く、勾絞殺を犯す人は、心思多く・点子巧なり。

天羅地網歌

丈夫每忌天羅繫,婦人常防地網籠,豬犬侵凌災【撓撓】,龍蛇溷雜禍重重,單逢地【網】終身苦,再入天羅永世凶。凡以戌亥為天羅,辰巳為地網,若戌年、戌月、初一日生者,犯一年天羅。十五日生者,犯十五年天羅。若更生日是戊,增成三十年。天羅或戌年亥月,或亥戌日交互見之,則災不能歇,地網亦如上說。

歌訣に説く、男子は最も「天羅」に纏住せらるるを忌み、婦人は須らく常に「地網」の身を罩ふるを防ぐべし。命の裏猪(亥)犬(戌)互相侵凌すれば、災殃擾擾として断たず。竜(辰)蛇(巳)混雑一処すれば、禍患重重畳畳たり。ただ一重の地網に碰上するのみ、已に一輩子受苦し、さらに天羅に落ち進めば、あれば便ち永世凶険なり。推算の法は戌亥の両支を以て天羅と為し・辰巳の両支を以て地網と為す。譬へば戌年・戌月にして初一日生の人は、一年の天羅を犯す。十五日生のは、十五年の天羅を犯す。仮に生日の天干また是れ戊なれば、便ち三十年に加へん。天羅もし是れ戌年亥月を配し、あるいは亥日と戌日と交錯して出現せば、災禍停歇の時なからん。地網の算法上面と相同なり。

地網溷辰,男吉女凶:天羅溷成,女吉男凶。二運流年方發其災,二運到戌亥年、月、日及辰巳年、月、日,男子孝夫,失財,女人連綿床蓆。若天羅地網重併者,男妨妻,女妨夫,並絕嗣方免重厄。只如庚戌年,十月丁亥,十八日癸亥日,丁巳時,其人妨三妻,又絕嗣,並官事不休,破財,口舌之象。(金書命訣)

地網辰の上に混雑するは、男子なほ吉と算し・女子は則ち凶なり。天羅戌の上に混雑するは、女子なほ吉と算し・男子は則ち凶なり。須らく大運・小運の両運連ねて流年と一齊に走り到るを待ちて、災禍こそ真に発作す。両運戌亥の年・月・日に走り到り、あるいは辰巳の年・月・日に到れば、男子便ち喪服・失財の事あり、女子は則ち長年牀上に臥病す。もし天羅地網重畳して併見すれば、男の妨剋妻子・女の妨剋丈夫、ただ子嗣を断てばこそ免れてこの重の厄難を掉るを得ん。就くに庚戌年・十月丁亥・十八日癸亥日・丁巳時生の人のごときは、一生三人の妻子を妨剋し、また後嗣を絶し、なほ官司断たず・破財・口舌是非身に纏はれり。この條は《金書命訣》に出づ。

龍蛇溷雜,偏不利於辰生,豬犬侵凌,但獨嫌於亥字,龍為辰,蛇為巳,辰人得巳,巳人得辰,皆曰龍蛇溷雜,男命則不吉,惟女命破婚害子,薄福抱疾,辰人得巳重,巳人得辰輕。謂龍生蛇穴者退,蛇生龍穴者進。豬為亥,犬為戌,戌人得亥,亥人得戌,皆豬犬侵凌,女命則不吉,惟男命則迍滯齟齬,妨祖克財,戌人得亥輕,亥人得戌重,謂犬入豬群,則進,豬入犬群,則傷。諸書亦云:龍蛇溷雜,常妨女子憂厄;豬犬侵凌,每慮丈夫危難。(壺中子)世謂男忌天羅,戌亥,陰之終也。女忌地網,辰巳,陽之終也。(燭神經)男犯兩重天羅,主克妻,害子,官事,破財,女犯兩重地網,主重災孝服。(廣信集)

竜蛇混雑は、辰年生の人に対して尤其として不利にして、猪犬侵凌は、則ち単に亥のこの字を嫌忌す。竜便是辰・蛇便是巳にして、辰年生の人柱の中巳を見・巳年生の人柱の中辰を見れば、皆竜蛇混雑と呼ぶ。男命固然として不吉、女命さらに婚姻破裂・子女を剋害し・福薄多病を主る。辰人巳を見れば応験重く、巳人辰を見れば応験軽し、いはゆる竜は蛇穴の裏に生ずるは退にして、蛇は竜穴の裏に生ずるは進なり。猪便是亥・犬便是戌にして、戌年生の人亥を見・亥年生の人戌を見れば、皆猪犬侵凌と呼ぶ。女命不吉、男命は則ち一生迍邅停滞・事事合はず、祖業を妨害し・銭財を剋損す。戌人亥を見れば応験軽く、亥人戌を見れば応験重し、いはゆる犬は猪群に進むは進にして、猪は犬群に進めば便ち傷を受くるなり。各家の書の裏にも説く、竜蛇混雑は、常に女子を妨害して憂患を生じ、猪犬侵凌は、毎々男子の危難を憂慮す。以上《壺中子》に出づ。《燭神経》に説く、世人男子の天羅を忌むを講ずるは、戌亥は陰気の終点たるを以てなり。女子の地網を忌むは、辰巳は陽気の終点たるを以てなり。《広信集》に説く、男子両重の天羅を犯すは、妻を剋し・子を害し・官司を招き・財を破るを主り、女子両重の地網を犯すは、大災と孝服の事とを主る。

孤辰寡宿

寅卯辰,孤巳、寡丑;巳午未,孤申、寡辰;申酉戌,孤亥、寡未;亥子丑,孤寅、寡戌。(三命纂局)逐方三位進前一辰為孤,退後一辰為寡,進為陽不利父,退為陰不利母,又云:在陽宮主妨父,在陰宮主妨母,常術曰:男忌孤辰,女忌寡宿,其神形孤骨露,面無和氣,生旺稍可,死絕尤甚,不利六親。與驛馬併者,放蕩離鄉;與空亡併者,幼而無依;與喪門弔客併者,一生多遭重喪,迭禍自身,纏發則骨肉伶仃也。(燭神經)

孤辰寡宿の定位は、寅卯辰の三支の人は、孤辰巳に在り・寡宿丑に在り。巳午未の人は、孤辰申に在り・寡宿辰に在り。申酉戌の人は、孤辰亥に在り・寡宿未に在り。亥子丑の人は、孤辰寅に在り・寡宿戌に在る。この表は《三命纂局》に出づ。其の法便是本命の属するの三支の方に按じ、往かひて一位を進むを孤辰と為し、往かひて一位を退くを寡宿と為す。進は陽に属して、父親に不利、退は陰に属して、母親に不利なり。又一説あり、陽宮に落つるは父を妨げ、陰宮に落つるは母を妨ぐを主る。術家常に講ずる男は孤辰を怕れ・女は寡宿を怕る。この個の神煞を帯ぶる人は形体孤削・骨相外露にして、臉上和气なし。生旺の地に坐するはなほ稍し好く、死絶の地に坐せば便ちさらに厳重にして、総帰として六親に不利なり。それ「駅馬」と同柱なれば、放蕩にして郷を離るるを主り、「空亡」と同柱なれば、幼年依靠を失ふを主り、「喪門」「弔客」と同柱なれば、一生屡々重喪に遭ひ、禍事接連して自己身上に落ち、糾纏開来すれば便ち骨肉零落孤単なり。この條は《燭神経》に出づ。

【連【屬】不言孤寡】如亥得寅戌,寅得丑巳,或支干朝會、包裹,貴人連屬,雖犯孤寡亦吉。(鬼谷遺文)慿陰察其陽禍,歲星莫犯於孤辰,恃陽鑑以陰災,天年忌逢於寡宿。

「連属不言孤寡」とは、譬へば亥年生の人柱の中寅と戌とを得、寅年生の人柱の中丑と巳とを得、あるいは干支彼此朝拱会合して・前後包裹し、貴人一位一位を接して一串に連なるなれば、あればたとへ孤辰寡宿を犯すも、仍旧として是れ吉なり。この條は《鬼谷遺文》に出づ。古賦別に両句話あり、陰位を凭りて去りて陽位の禍患を察看し、ゆゑに太歳孤辰に犯着するなかれ。陽位を靠りて陰位の災殃を鑑別し、ゆゑに小運寡宿に碰上するを忌諱す。

瑩和尚注云:寅卯辰人,巳為孤辰,丑為寡宿,其寅辰是陽之位,丑巳是陰之位,故曰慿陰察其陽禍,歲星莫犯於孤辰。巳午未人,申為孤辰,辰為寡宿,巳未為陰之位,辰申是陽之位,故曰恃陽鑑以陰災,天年忌逢於寡宿,天年猶小運也。歲星猶太歲也。陽以孤辰為重,陰以寡宿為重。

瑩和尚注解して説く、寅卯辰年生の人は、巳是れ孤辰・丑是れ寡宿にして、寅と辰と陽位に属し・丑と巳と陰位に属す。ゆゑに賦文に説く「陰位を凭りて来たりて陽位の禍患を察看す、太歳孤辰に犯着するなかれ」。巳午未年生の人は、申是れ孤辰・辰是れ寡宿にして、巳と未と陰位に属し・辰と申と陽位に属す。ゆゑに説く「陽位を靠りて陰位の災殃を鑑別す、小運寡宿に遇上するを忌諱す」。ここの「天年」便是小運にして、「歳星」便是太歳なり。陽に属する人は孤辰を以て重と為し、陰に属する人は寡宿を以て重と為す。

趙氏新注云:歲星者,寅人在丑,丑人在寅,子人在卯,卯人在辰,辰人在亥,亥人在辰,巳人在戌,戍人在巳,午人在酉,酉人在午,未人在申,申人在未,天年者,子人在亥,亥人在子,丑人在戌,戌人在丑,寅人在酉,酉人在寅,卯人在申,申人在卯,辰人在未,未人在辰,巳人在午,午人在巳,歲星兼孤辰,天年兼寡宿,皆主孤獨。(珞琭子)

趙氏の新注に説く、いはゆる歳星の位置とは、寅年生の人は丑に在り、丑年生の人は寅に在り、子年生の人は卯に在り、卯年生の人は辰に在り、辰年生の人は亥に在り、亥年生の人は辰に在り、巳年生の人は戌に在り、戌年生の人は巳に在り、午年生の人は酉に在り、酉年生の人は午に在り、未年生の人は申に在り、申年生の人は未に在る。いはゆる天年の位置とは、子年生の人は亥に在り、亥年生の人は子に在り、丑年生の人は戌に在り、戌年生の人は丑に在り、寅年生の人は酉に在り、酉年生の人は寅に在り、卯年生の人は申に在り、申年生の人は卯に在り、辰年生の人は未に在り、未年生の人は辰に在り、巳年生の人は午に在り、午年生の人は巳に在る。歳星の位もし同時にまた是れ孤辰、天年の位もし同時にまた是れ寡宿なれば、皆一生孤独を主る。以上皆《珞琭子》に見ゆ。

孤辰寡宿,主上妨父母,下害妻子,女人值之,主損尅翁婆,不利夫子。(三命鈴)井攔斜沖是孤神,寡宿,更天干帶倒食,謂之井攔倒食。若巳午未人生在夏三月,是帶兩重孤寡,主尅妻害子,少六親,不聚財,多生女,更帶諸凶殺,主不令終。(廣錄)

《三命鈐》に説く、孤辰寡宿のこの両個の神煞は、上に往かひて父母を妨害し、下に往かひて妻子児女を傷害す。女人これに碰上すれば、公婆を剋損し、丈夫と子女とに対して皆不利を主る。《広録》に説く、いはゆる「井欄斜冲」とは、指す所便是孤神と寡宿にして、もし天干の上また「倒食」(偏印奪食)を帯ぶれば、便ち「井欄倒食」と呼ぶ。仮に巳午未年生の人また夏季の三個の月の裏に生まれれば、両重の孤寡を帯ぶるに等しく、妻を剋し子を害し・六親稀少・銭財を聚めず・女児を生むこと多きを主る。もしさらに各種の凶殺を帯ぶれば、便ち善終を得ざるを主る。

妨害

甲人丁為父、壬為母;乙人戊為父、癸為母;丙人己為父、甲為母;丁人庚為父、乙為母;戊人辛為父、丙為母;己人壬為父、丁為母;庚人癸為父、戊為母;辛人甲為父、己為母;壬人乙為父、庚為母;癸人丙為父、辛為母。見父則無父而發,見母則無母而發,尅日干不利父,尅月干不利母,干鬼不利父,倒食不利母,又云:胎與四柱交併,即有異父母也。(神白經)

天干を以て父母を推すの取法は、甲日生の人は丁を以て父と為し・壬を母と為し、乙は戊を以て父と為し・癸を母と為し、丙は己を以て父と為し・甲を母と為し、丁は庚を以て父と為し・乙を母と為し、戊は辛を以て父と為し・丙を母と為し、己は壬を以て父と為し・丁を母と為し、庚は癸を以て父と為し・戊を母と為し、辛は甲を以て父と為し・己を母と為し、壬は乙を以て父と為し・庚を母と為し、癸は丙を以て父と為し・辛を母と為す。柱の中父親を代表するあの干を見るは、かへつて須らく父親なきの後こそ発達せんと要し、母親を代表するあの干を見るは、また須らく母親なきの後こそ発達せんと要す。干の来たりて日干を剋するあるは父に不利、月干を剋するは母に不利なり。天干化して身を剋するの「鬼」と為るは父に不利、「倒食」の出現するは母に不利なり。又説く、胎元と四柱と交錯して併見するは、往々にして父母一位のみならず。この條は《神白経》に出づ。

【反本殺】且如甲子金命得戊午日,又於胎月日時上,多帶寅巳,名反本殺,犯此者,或貴、或富,定主孤立,一旺則尅殺父母尊長,餘則無害。(李虛中書)【鴟梟殺】年隔月一位,月隔時日二位,如子年寅月,巳日時之類,主尅盡父母,離鄉外住方發。

「反本殺」は、譬へば甲子(海中金)命の人戊午日を得、胎元・月・日・時の上また多く寅・巳の両字を帯ぶれば、便ち反本殺と呼ぶ。これを犯す人は、あるいは貴・あるいは富総じて一樣を占むるも、しかし一定して孤立無靠なり。この殺の気一たび旺なれば、便ち父母尊長を剋傷せんと要し、余の情形は倒にも大害なし。この條は《李虚中書》に出づ。「鴟梟殺」は、年支と月支と一位を隔て、月支と日時と两位を隔つるなり、例えば子年寅月にして巳日巳時に生ずるの類、父母剋尽せらるるを主り、家郷を離れて外地に居住してこそ発達するを得ん。

【破分殺】春秋二分前後犯卯酉日時者,是也。主散絕骨肉祖業。酉日時,或大運名白虎臨庭,在日尅妻,在時尅子,不利骨肉。(廣信錄)紫徽太乙局云:人生辛酉作日時,號為白虎入閨闈,男子損妻因血死,女人難產實堪悲。戊申戊寅為六道消虛,亦不利於親族,壬戍日或壬戍時,名天后失行,大不利於妻孥。(神白經)馬後二辰是也,主散親戚破家,骨肉不和。(廣錄)

「破分殺」は、春分・秋分の前後に生まれてまた卯日卯時あるいは酉日酉時を犯すは、便是この個の殺にして、骨肉離散・祖業断絶を主る。凡そ酉を帯ぶるの日時、あるいは大運走り到るは、「白虎臨庭」と呼ばれ、日柱に在れば妻を剋し、時柱に在れば子を剋し、骨肉に対して皆不利なり。この條は《広信録》に出づ。《紫微太乙局》に説く、人辛酉日あるいは辛酉時に生ずるを、「白虎入閨闥」と呼び、男子は妻子血光の厄に因りて妻を喪ひ、女子は則ち難産して、実に悲しむ可し。《神白経》に説く、戊申・戊寅は「六道消虚」と呼ばれ、また親族に利あらず。壬戌日あるいは壬戌時は「天后失行」と呼ばれ、妻子児女に対して大いに不利なり。《広録》に説く、この個の殺便ち駅馬の後第二位に在り、親戚離散・家業敗破・骨肉不和を主る。

四季生人背太陽,必定父先亡。(直道歌)凡命生時不是辰戍丑未,四柱帶劫殺、亡神、元辰、羊刄多者,亦主尅父毋,不必直待辰戍丑未時生也,亦有犯辰戍丑未時,卻不犯惡殺,而不尅父母者,宜詳之。若日時兩犯亡神者,定主尅母,如兆晁侍郎謙之丁丑年、壬寅月、庚申日、甲申時,兩重亡神尅母也。(廣錄)

《直道歌》に説く、辰戌丑未の四季月生の人は太陽を背負し、父親必定先に去世す。《広録》に説く、凡そ出生の時辰たとへ辰戌丑未にあらずとも、ただ四柱の中「劫殺」「亡神」「元辰」「羊刃」の帯ぶる多ければ、同じく父母を剋するを主り、必ずしも辰戌丑未時に生ずるを待たず。も人またあり辰戌丑未時を犯すといへども、却つてこれらの悪殺を犯さず、因りて併して父母を剋せず、応当に仔細に分辨すべし。もし日柱・時柱の両処皆亡神を犯せば、便ち一定して母を剋し、例えば晁謙之侍郎の八字は丁丑年・壬寅月・庚申日・甲申時にして、両重の亡神併見す、正に是れ剋母の命なり。

天元變化書云:但以生我者為母,尅我者為父,若生在父母氣絕弱之位者,必刑尅,帶殺多者主離背,不必在四季之時。寸珠尺璧云:凡時犯劫殺、羊刃,雖非辰戊丑未亦有尅,四維母,四正父也。凡命前五辰生者,男當妨婦,命後五辰生者,女主妨夫,若無妨害,即主有宿疾,若命前後四辰生者,即於父母妻子,主有妨害也。(三命鈴)

《天元変化書》に説く、ただ我を生ずるの五行を以て母親と當作し・我を剋するの五行を以て父親と當作すのみ。もし父母の気絶滅衰弱の位置の上に生ずれば、必ず刑剋あり、殺を帯ぶる多きはなほ父母と分離背棄するを主り、併して一定要して四季月に生ずるを要せず。《寸珠尺璧》に説く、凡そ時柱の上劫殺・羊刃を犯すは、たとへ辰戌丑未時にあらずとも照様して剋あり。四維(辰戌丑未)は母を剋するを主り、四正(子午卯酉)は父を剋するを主る。《三命鈐》に説く、凡そ本命の前第五位に生ずるは、男子須らく妻を妨ぐべし。本命の後第五位に生ずるは、女子須らく夫を妨ぐべし。もし明らかなる妨害なければ、また身上久治愈えざるの旧病を帯ぶるを主る。もし本命の前後第四位に生ずれば、あれば父母妻子に対して皆妨害あらん。

五墓為庫藏之地,時貴亦,四孟是孤絕之方,帶殺必尅。四季為五行之墓,萬物之所終也,生時逢之,雖會吉而貴亦主妨害尊親也,四孟有孤辰絕氣,若見亡神、劫殺、歲刑、亦主妨害父母也。(鬼谷遺文)

辰戌丑未のこの「五墓」は收藏の地にして、生時ここに坐せば、たとへ貴を得るも仍旧として妨害あらん。寅申巳亥のこの「四孟」は孤絶の方にして、一たび凶殺を帯ぶれば必定して剋あらん。四季の末は五行墓に入るの地方にして、万物ここに到れば皆終結せんと要す。出生の時辰これに碰上すれば、たとへ吉神を会合して貴を得るも、また尊長親人を妨害するを主る。四孟の地本帯孤辰と絶気と、もしさらに「亡神」「劫殺」「歳刑」を見れば、同じく父母を妨害するを主る。この條は《鬼谷遺文》に出づ。

眷屬情同水火,相逢於沐浴之鄉。瑩和尚注云:凡本命沐浴中見相尅是也。此主六親寡合,朋友匪和,凡虛求謀,故難成就。骨肉中道分離,孤宿尤嫌於隔角。瑩和尚注云:子午卯酉中有死氣,辰戊丑未四墓之鄉,人或值之,孤中孤也。燭神經云:辰戌丑未為妨害。常以寅卯辰居午,巳午未在酉,申酉戍逢子,亥子丑臨卯,此是孤辰隔角也,辰戌丑未亦然,以寅申巳亥為天地之角,蓋隔此四位孤辰也。

古賦に説く、親属の間感情水火に勢同ずくは、あれは彼此相逢するが「沐浴」の郷に於てなり。瑩和尚注解して説く、これは本命の沐浴の位の上また相克を見るを指す。このようの人は六親合し来ること難く、朋友の間もまた和睦せず、凡そ求め謀る所有れば皆空と成り、此に因りて成りて事と為ること難し。賦文また説く、骨肉半路分離す、孤辰寡宿尤其として「隔角」の地に落つるを嫌忌す。瑩和尚注解して説く、子午卯酉の中死気を含み、辰戌丑未また四墓の郷にして、人もしこれに碰上せば、あれば便是孤独の中の孤独なり。《燭神経》もまた説く、辰戌丑未は妨害を主る。通常寅卯辰生の人を以て午に算り到り、巳午未生の人を以て酉に算り到り、申酉戌生の人を以て子に算り到り、亥子丑生の人を以て卯に算り到れば、这便是孤辰の隔角にして、辰戌丑未もまたこれを照らして推す。寅申巳亥は天地の四角たるを以て、孤辰正にこの四個の位置に隔てられて開く。

王氏注云:孤辰寡宿合乎隔角之地,夫婦不免中道分離,男命生於妻絕之中,而逢孤辰,則平生難於婚偶,女命生於夫絕之位,而遇寡宿,則屬嫁而不能偕老,如辛丑人得庚寅,寅為丑孤辰,丑為寅寡宿,丑寅互為孤寡也,所謂隔角者,言丑寅中有艮卦之隔,截乾坤艮巽日四維之隔角。(並珞琭子)玉門關集云:寅申巳亥為角,辰戍丑未為隔。天元變化書曰:本季之方,前後為隔角,與孤辰寡宿同,如巳午未則在辰申也。

王氏注解して説く、孤辰寡宿正好く「隔角」の地に落つれば、夫妻便ち免れず半路分離せん。男命妻星絶気の中に生まれてまた孤辰に逢ふは、一輩子婚配を成し難し。女命夫星絶気の位に生まれてまた寡宿に遇ふは、たとへ出嫁するも能く白頭到老する能はず。譬へば辛丑年生の人庚寅を得れば、寅是れ丑の孤辰・丑是れ寅の寡宿にして、丑寅の両支互に孤寡と為る。いはゆる隔角とは、説く所丑と寅との間一個の艮卦を隔て、乾・坤・艮・巽のこの四維恰好く把て地支を截成して隔角と為す。以上皆《珞琭子》に出づ。《玉門関集》に説く、寅申巳亥を「角」と呼び、辰戌丑未を「隔」と呼ぶ。《天元変化書》に説く、本季の在る所の方、その前後の両支便是隔角にして、孤辰寡宿と同一の道理なり、比如巳午未のこの一組、隔角便ち辰と申とに落つ。

隔角分明亥子初,日時犯著定應孤,若非父母隔絕早,往往偏房外寄居,累犯惟宜孤立吉,更將年上來求日,妻家不是喪無人,便是自身知非一,或主自身多姓,不然是庶出,或妻有多姓,不然隔絕也。時上子孫少更遲,不然不出在親闈,月中兄弟應散少,日裹須防離換妻。

歌訣に説く、隔角の説は、看得最も分明なるは亥と子と相接するの処なり。日柱・時柱これに犯着せば、必定孤独の上に応ずべし。もし早早父母と隔絶せざれば、往々にして便ち偏房を做り・外に寄居す。屡々これに犯着する人は、ただ孤身自立してこそ吉と算せり。さらに年柱を把て去りて日柱と対求す、妻子娘家は是れ人を死して家の中無人ならざれば、便ち自身来歴一端のみならず。あるいは自己両個の姓あり、然らずんば便是庶出なり。あるいは妻子改嫁過ぎて・両個の姓あり、然らずんば便是家人と隔絶す。歌の裏また説く、時柱に犯着せば、子孫稀少にしてしかも来たること遅く、然らずんば孩子也自己の身辺に在りて長大せず。月柱に犯着せば、兄弟応当に離散稀少せん。日柱に犯着せば、便ち須らく夫妻分離・別に妻室を換ふるを防ぐべし。

隔宿者,子人見亥,亥人見子,戍人兌丑,丑人見戍,各兩位依次數之,與孤寡中越氏新注珞琭子云:天年殺例同。日時遇著定主孤獨,少失六親,不然主異姓等事,年時犯,若不過房,必尅父母。(沉芝源髓)

いはゆる「隔宿」とは、子年生の人亥を見・亥年生の人子を見・戌年生の人丑を見・丑年生の人戌を見、各々前後の两位を按じて依次に数へ出すにして、前面孤辰寡宿の一節の裏趙氏新注《珞琭子》の講ずる所の「天年殺」の算例と相同なり。日柱・時柱これに遇上すれば、一定して孤独を主り、年幼にして便ち六親を失ひ、然らずんばまた改姓換宗の一類の事を主る。年柱・時柱これに犯着せば、此人もし他人に過継せざれば、便ち必定して父母を剋せん。この條は《沈芝源髄》に出づ。

生時地結與天盤,爭使親闈得久安。天盤地結者,甲辰命見甲戍,或甲戍命見甲辰是也。只此二辰生人有之。(理愚歌)亡神犯羅網,妨妻害子。命中見亡劫殺全者,妨初婚,尅長子,更帶辰戍字天羅地網全者,尤緊。月坐孤虛,棣萼凋瘁。孤乃孤神,虛乃六虛,命中得之,兄弟衰絕。(並壺中子)凡巳酉丑全人,帶辛字者,主骨肉在他鄉,不得歸葬也。(寸珠尺璧)

《理愚歌》に説く、出生の時辰もし「地結」を結成してまた「天盤」に逢へば、怎麽して家の中の双親をして長久安寧せしめんや。いはゆる天盤地結とは、便是甲辰年命甲戌を見、あるいは甲戌年命甲辰を見、ただこの両個の支の人のみ有るなり。《壺中子》に説く、亡神また天羅地網に犯上せば、便ち妻を妨げ子を害す。命中「亡神」「劫殺」斉全のは、第一次の婚姻を妨害し、長子を剋傷し、もしさらに辰・戌の両字を帯びて天羅地網俱全なれば、応験尤其として緊急なり。それまた説く、月柱「孤」と「虚」とに坐せば、兄弟便ち凋謝の棠棣花のごとし。孤は孤神を指し、虚は六虚を指し、命の裏これを得着せば、兄弟衰敗断絶す。《寸珠尺璧》に説く、凡そ巳酉丑の三支斉全にして柱の中また辛の字を帯ぶる人は、骨肉客死他郷して、能く帰葬して故里せざるを主る。

第廿七巻

凶殺を論ず

或逢四殺、五鬼、六害、七傷、天羅、地網、三元、九宮,福臻成慶,禍併危疑。瑩和尚注云:四殺謂辰戌丑未,王氏注云:四殺者寅申巳亥四沖之劫者是也。五鬼謂五行之鬼,六害謂寅巳之類,七傷謂劫殺等神,戌亥謂之天羅,辰巳巳為之地網,凡相得者為吉,相尅者為凶,禍併則危疑,福臻則成慶,

《珞琭子》の賦文に説く、命の裏あるいは四殺・五鬼・六害・七傷・天羅・地網に碰上し、さらに三元と九宫とを配合して看れば、福気聚まり来たれば便ち喜慶を成就し、禍患并集すれば便ち危疑に陷入す。瑩和尚注解して説く、四殺は辰・戌・丑・未を指す。王氏注解して説く、四殺は指す所寅申巳亥のこの四個の互冲の位の上の劫煞なり。五鬼は五行の中身を剋するの鬼を指し、六害は寅と巳と相害のこの一類を指し、七傷は劫殺の等の一干の凶神を指し、戌亥を天羅と呼び、辰巳を地網と呼ぶ。凡そ彼此配合相得するは吉と為し、互相克制するは凶と為す。禍患并集すれば便ち危険可疑にして、福気聚まり来たれば便ち喜慶を成就す。

王氏注云:以上神殺皆為凶,或三元,九宮,五行,生旺為福之臻,尚可以成吉慶,蓋五行為神殺之先,或值凶殺,兼三元九宮五行,四柱又在衰敗之地,則禍併危疑。

王氏また注解して説く、上面これらの神煞本身皆凶に属するも、しかし三元(禄・命・身)・九宫と五行と皆生旺の地に処れば、福気到来して、仍旧として可く吉慶を成就せん。五行の根基先に神煞にして立つを以て、神煞過ぎず其の次に居るを以てなり。かへつてもし既に凶殺に碰上し、三元・九宫・五行また皆得力せず、四柱なほ衰敗の地に落つれば、あれば便是禍患并集・処境危疑なり。

【夾殺持丘,親姻哭送】瑩和尚注云:辰戌丑未謂之四大殺,亦云三丘之地,各以五行入墓,假令己巳木命,得己未日,此是本家三丘,又加臨羊刄,故曰夾殺持丘,親姻哭送,王氏注云:如乙未人得己丑,金人以丑為三丘五墓,己丑火夾帶返吟破命,兼為身鬼,故凶。

賦文に「夾殺持丘・親姻哭送」の一句あり。瑩和尚注解して説く、辰戌丑未を四大殺と呼び、また「三丘」の地と呼び、各々本命五行の墓に入るに按じて定む。譬へば己巳(大林木)命の人己未日を得れば、未正に木命自家の三丘にして、また羊刃身に臨むを加へ、ゆゑに説くこれは凶殺を夾み・墳丘を守り、親戚姻家皆来たりて哭送せんと要すと。王氏注解して説く、又如乙未(沙中金)年生の人己丑を得れば、金命丑を以て三丘五墓と為し、己丑(霹靂火)夾帯して返吟来たりて本命を破し、同時にまた是れ身を剋するの鬼にして、ゆゑに凶なり。

須要明其神殺輕重,校量身尅殺而尚輕,殺尅身而尤重。瑩和尚注云:吉凶神殺,百有餘坐,或得於日時,或逢於歲運,但以殺尅身而重,身尅殺而輕,更要隨器審詳,臨機消息(並珞琭子)

命を推すに必ず須らく神煞の軽重を辨明し、衡量して下せば、本身能く凶殺を克制するは、為害するになほ軽し。凶殺かへつて本身を克制するは、為害すれば便ち格外に重し。瑩和尚注解して説く、吉神凶煞合はせて一百余種あり、あるは日柱時柱の上に出現し、あるは流年大運の中に遇ふ。論断する時ただ殺の身を剋するを以て重と為し・身の殺を剋するを以て軽と為し、なほ須らく各人の格局器量の大小を按じて仔細に分辨し、事に臨みて機に随ひて斟酌すべし。以上皆《珞琭子》に出づ。

老醉秦樓十二,直緣重犯八專,少亡楚甸八千,應是疊遭九丑。八專為淫慾之殺,九丑為妨害之辰。重犯八專者,好花酒而老獨醉於秦樓。疊帶九丑者,逞兇豪而少年亡於楚甸,八專乃甲寅、乙卯、己未、丁未、庚申、辛酉、戊戍、癸丑。九丑乃己酉也。(壺中子)

賦文に説く、人ある老に到るもなほ秦楼十二重の歌館の裏に酔倒するは、正に重複して「八専」を犯すを因とす。人ある年紀軽々として楚地八千里之外に死するは、あれは応当に畳遭して「九丑」に遭ひたるなり。八専は淫欲を主るの殺にして、九丑は妨害を主るの支辰なり。重複して八専を犯す人は花酒を貪恋し、老来独り青楼に酔倒す。畳帯九丑の人は強を逞しくし闘を好み、年少にして便ち他郷に客死す。八専は甲寅・乙卯・己未・丁未・庚申・辛酉・戊戌・癸丑のこの幾日を指し、九丑は則ち己酉の類のごとし。この條は《壺中子》に出づ。

李九萬云:八專主酒色,日上有不正之妻,時上有不正之子女,人犯者不擇親疏,犯多者尤緊。九丑壬子、壬午、戊子、戊午、己酉、己卯、乙酉、乙卯、辛卯、辛酉是也,婦人犯者主產厄,男犯多者不令終。歌八專:甲寅、乙卯,並己未、丁未、庚申、辛酉、戊戍、癸丑,名八專,老醉秦都樓十二。歌九丑:壬戊兩雙居子午,乙辛卯酉亦重逢,更將己上兔雞數,九丑令人不善終。

李九万説く、八専は酒色を主り、日柱の上に落つれば妻子行為不端を主り、時柱の上に落つれば子女行為不端を主る。これを犯す人は親疎を分かたず皆敢へて乱来し、犯すこと多きは尤其として厳重なり。九丑は壬子・壬午・戊子・戊午・己酉・己卯・乙酉・乙卯・辛卯・辛酉のこの十日にして、婦人これを犯せば生産危険あるを主り、男子犯すこと多きは善終を得ず。八専の歌訣に説く、甲寅・乙卯、加へて己未・丁未・庚申・辛酉・戊戌・癸丑、この八日を八専と呼び、人の老来秦都の十二楼に酔倒するを主る。九丑の歌訶に説く、壬と戊との両干各々子・午を配して成双に出現し、乙と辛とまた重逢して卯・酉に遇ひ、さらに把て己を配して卯(兎)と酉(鶏)とを一併して数へ進めば、这便是九丑にして、人をして善終を得しめず。

返吟又遇干梟食,壽短傷妻並子息,家虛財耗愛輕人,犯上吐言皆傲忽。返吟又遇子見午是也。梟食是倒食,如甲子遇壬午是倒食,返吟,以納音輕重,支神尅剝言之。

歌訣に説く、命「返吟」を犯し、天干の上また梟神奪食に遇着せば、寿命短促を主り、なほ須らく妻を傷り子を剋せん。家宅空虚・銭財耗散し、待人軽慢なり。説話尊長を冒犯し、語気傲慢軽忽なり。いはゆる返吟また遇ふとは、便是子の午を見るのこの一類の对冲なり。梟食便是倒食にして、例えば甲子壬午に遇へば、壬水奪去して甲の食神を去る便是倒食にして、同時に子午また返吟を構成す。軽重は則ち須らく両柱納音の強弱、および地支の間剋剥の程度を看て判断すべし。

臨官遇劫或貪狼,浪跡多為花酒客。凡人遇臨官,曰桃花殺,或遇劫殺亡神,皆好酒色破家,貪狼乃亡神,破軍乃劫殺,異名,二殺或命中帶來臨官之位,必好酒色,且如丙戌、壬辰、丙午、丙子、戊寅、戊申,人犯亥日時,值亡神劫殺,與桃花同位,乃好酒色人。(並沉芝源髓)

歌訣に説く、「臨官」の位の上劫殺あるいは貪狼に遇着せば、此人多半四方に浪迹し、個の花酒場の中の過客を做せん。凡人臨官に遇上すれば、便ち桃花殺と呼ぶ。もしさらに劫殺・亡神に遇へば、皆酒色を貪恋するに因りて家を敗せん。貪狼便是亡神にして、破軍便是劫殺にして、ただ名称相同ならざるのみ。この両個の殺もし命中に於て臨官の位の上に帯到せられば、此人必定して酒を好み色を貪らん。譬へば丙戌・壬辰・丙午・丙子・戊寅・戊申のこの幾種の年命の人、日時の上亥を犯し、正に亡神劫殺に値し、また桃花と同じく一位に在れば、便是酒色を好むの人なり。以上皆《沈芝源髄》に出づ。

諸殺傷

五鬼怕夜生,空亡怕六害,三刑怕金,自刑怕火,羊刃怕金,咸池怕水,劫殺怕金,華蓋怕金木,返吟怕鬼。(三命篡局)大抵凶殺所居干神,不宜帶真鬼,雖見真官,尚變為鬼,況見真鬼,則為災禍明矣。(玉霄寶鑑)褚刑殺須看納音,與當生年相尅者,為災重,見生者輕,刑殺受旺氣者,為災重,刑殺返遭刑尅沖害破者輕,刑殺上帶祿馬貴人者,必主有大權勢也。(李中虛書)

各種の凶殺各々怕る所あり。五鬼は夜間に生ずるを怕れ、空亡は六害を怕れ、三刑は金を怕れ、自刑は火を怕れ、羊刃は金を怕れ、咸池は水を怕れ、劫殺は金を怕れ、「華蓋」は金と木とを怕れ、返吟は鬼を怕る。この表は《三命纂局》に出づ。《玉霄宝鑑》に説く、大体上凶殺の占むるあの天干は、宜しく再び真正の鬼煞を帯ぶ可からず。たとへ真正の官星を見るとも、尚且つ変じて鬼と為らん、況んや直接に真鬼を見れば、災を成し禍を成す自然明らかに摆れたり。《李虚中書》に説く、各種の刑殺皆須らく納音を看るべし。納音本生年と相克するは災重く、相生するは災軽し。刑殺本身旺気を得るは災重く、刑殺かへつて刑剋冲害破損せらるるは災軽し。刑殺の在る所の処もし禄・馬・貴人を帯ぶれば、かへつて此人甚だ大きな権勢を握るを主る。

貧賤の成る所・貧賤凶悪局

刑聚敗極:甲申得丁巳、己卯、己巳之類。四柱不收:甲子得丙寅、丁巳、辛亥、壬申之類。五行未備:甲子得庚子、己卯、癸巳之類。數無取用:如不合干,不沖支,而上下相異其氣。一方前後:如木命人得己丑之類。柱多隔角:如辛丑得辛卯,甲子得甲戌。真者失時:如丙辛合在(二月、六月),丁壬合在(五月、八月)。假音殃克:五行克納音,本輕卻多逢剋制。

貧賤凶悪共に幾種の格局あり。一は「刑聚敗極」にして、甲申年命丁巳・己卯・己巳の類を得るがごとく、刑気一処に聚まりて敗るる極点に到る。二は「四柱不收」にして、甲子年命丙寅・丁巳・辛亥・壬申の類を得るがごとく、四柱各自為政して、収攝住さず。三は「五行未備」にして、甲子年命庚子・己卯・癸巳の類を得るがごとく、五行残缺失全ならず。四は「数無取用」にして、便是天干相合せず・地支相冲せず、上下の気各々相干せず、取用するに従る無し。五は「一方前後」にして、木命人己丑の類を得るがごとく、本命と同じく一方に処りて前後夾雑す。六は「柱多隔角」にして、辛丑辛卯を得・甲子甲戌を得るがごとく、两支中間一位を隔つ。七は「真者失時」にして、丙辛相合するも却つて二月・六月に在り、丁壬相合するも却つて五月・八月に在るがごとく、合して当令せず。八は「假音殃剋」にして、便是五行去りて納音を剋し、本命の気原已に軽弱にして、却つて屡屡克制を遭受す。

主本倒亂:火年水日,更先逢生旺,繼逢死絕。父子乖違:日克年,時克年。人生元命,犯以上之格,皆主貧賤,害身如此,而元命有氣,卻得富貴者,不久而多凶也。(鬼谷遺文)

九は「主本倒乱」にして、年柱火に属して日柱水に属し、先に生旺を走り・随にまた死絶に落つるがごとく、主従顛倒錯乱す。十は「父子乖違」にして、便是日柱年柱を剋し・時柱年柱を剋し、子位かへつて来たりて父位を欺凌す。人の本命もし以上これらの格局を犯せば、皆貧賤を主る。傷害この地步に到れば、倘若本命尚ほ生気ありて居然として富貴を得るも、あれも富貴久しからず、しかも多く凶険あり。この條は《鬼谷遺文》に出づ。

忽若干支錯亂,陰陽偏枯,八字無格以扶持,九命有刑而駁雜,忽作閭巷之輩,忽焉市井之徒,豈獨不利不名,又且多窮多窘。此言黎庶之命。範丹甑塵,蓋值十惡大敗。甲辰旬中,甲乙落空亡,甲戌旬中,庚辛落空亡,甲申旬中,丙丁落空亡,於此自落空亡之日生者,貧窮寒賤,獨言日而不言月時,蓋只有大敗日,此乃十惡大敗。(並壺中子)八字金書云:甲寅旬壬癸落空亡,甲辰旬甲乙落空亡,甲申旬丙丁落空亡,甲戌旬庚辛落空亡。

賦文に説く、仮に干支錯乱・陰陽偏枯にして、八字の中格を成すの字なくて扶持し得ず、九命の内また刑傷ありて駁雑不純なるは、このようの人忽ち淪為して街巷の小民と為り、忽ち成りて市井の徒と為す。但だ無利無名なるのみならず、しかも処処困窮窘迫す。この一段の講ずる所は平民百姓の命なり。賦文また説く、東漢の范丹窮して甑の中塵を積めり、正に撞上する「十悪大敗」なり。甲辰旬の中甲・乙の両干空亡に落ち、甲戌旬の中庚・辛空亡に落ち、甲申旬の中丙・丁空亡に落つ。これらの自ら空亡に落つるの日子の上に生ずれば、一生貧窮寒微なり。ここにただ日を講じて月時を講ぜざるは、「大敗日」のこの一説あるのみを以て、这便是十悪大敗なり。以上皆《壺中子》に出づ。《八字金書》の算法略々異なり、甲寅旬壬癸空亡に落ち、甲辰旬甲乙空亡に落ち、甲申旬丙丁空亡に落ち、甲戌旬庚辛空亡に落つ。

絕中遇鬼,多貧賤。如木命見壬申,如生年納音值絕,更逢納音鬼多,主貧賤,或多吉殺扶持,先須貧,後方富也。有人是戊午年,壬戌月,癸亥日,戊寅時,其人先貧,蓋壬戌癸亥乃是絕中逢鬼,後戊寅土與癸亥、君臣慶會,土能制水,寅午戌三合為炎上局,故主後大富也。(沉芝源髓)六害、四殺、三刑、身無氣,或奴或蜱。(隱迷賦)

本命絶地に在りてまた鬼煞に遇上すれば、多く貧賤を主る。譬へば木命人壬申(剣鋒金)を見れば、这便是生年納音正に絶地に値し、もしさらに許多の身を剋するの納音の鬼に逢へば、便ち貧賤を主る。倘若別に不少の吉神の扶持あれば、あれも須らく先に窮して後に富せんと要す。個の人の八字是れ戊午年・壬戌月・癸亥日・戊寅時にして、早年甚だ窮す、壬戌・癸亥正に絶中に鬼に逢ふを以てなり。後来時上の戊寅の土日上の癸亥と相配し、成りて君臣慶会と為り、土能く水を制住し、寅午戌また三合して炎上の局を成せば、ゆゑに後来大富せり。この條は《沈芝源髄》に出づ。《隠迷賦》に説く、命六害・四殺・三刑を犯して本身また気なき人は、是れ奴仆を做るならざれば、便ち当たりて婢女と為る。

凡貧賤之命,多無貴,或五行死絕,支干閒慢,不相干涉,此為貧困之人也。凡命中多見死絕者,一生少得足意事,資財窘闕,憂煎逼迫之人也。凡命見祿落空亡,大耗克身,天中臨日,本命無氣,一生破財貧賤之人也。凡命一位上聚諸祿馬,生旺而卻天中臨之,或有他位來刑害,至於氣散者,窮悴福薄之人也。

凡そ貧賤の命は、大多貴気なし。あるいは五行尽く死絶の地に落ち、あるいは干支彼此散漫して、互に相干せず、这便是貧困の人なり。凡そ命の裏死絶の処見ること多きは、一生難く得て幾件の称心の事、銭財短缺して、是れ憂愁に煎熬せられ・事事逼迫を受くるの人なり。凡そ命中禄位空亡に落ち進み、「大耗」また来たりて身を剋し、「天中」空亡日柱に臨み、本命毫も気勢なきは、这是一生破財貧賤の人なり。凡そ命中某一柱の上禄と馬とを聚斉し、本来生旺なるも、却つて天中空亡に臨まるるか、あるいは別の柱来たりてこれを刑害し、以致して気勢潰散するは、这是窮困憔悴・福分淺薄の人なり。

凡命中五位死絕,或落空亡,驛馬克身,離鄉背井,困窮之人也。凡命見辰戌丑未相剋,五行無氣而不激揚,位位逢合,支干閒慢者,奴賤命也。凡貧賤之格,常用建祿、食神為救神,命中有此二救,雖貧而不至困餓,一遇運發,卻小小稱意,運過則傷貧賤也。

凡そ命中五処皆死絶に落ち、あるいは空亡に落ち進み、駅馬また来たりて身を剋するは、是れ郷を離れ井を背き・窮困潦倒の人なり。凡そ命中辰戌丑未彼此相克して、五行気なくて振作して起らず、各柱また位位合に逢ひて干支散漫無力のは、是れ奴仆下賤の命なり。凡そ貧賤の格局に属するは、通常須らく「建禄」と「食神」とを靠りて来たりて救星を做すべし。命の裏この両個の救神あれば、窮すといへども至らず挨餓受凍し、一たび好運に遇へばなほ能く些かの小小の称心あり、運頭一過ぎれば、依旧として貧賤に帰回す。

凡欲知凶惡者,乃命與五行無氣,而又相剋,支干乖戾,刑剋互為凌戰,帶殺是也。凡命見真沖氣散,或真刑氣散者,多是廢疾人也。凡命見官符、大耗、刑剋、本命五行死絕,全然無救者,一生多官災、屈辱、汙濁、貧賤、受制於人也。

一個人是不是凶悪を知らんと欲せば、便ち本命と五行と皆生気なく、彼此また互相克制し、干支乖張背戻し、刑と剋と交相欺凌争戦し、さらに凶殺を帯ぶるを看れば、こようのようになれば便是なり。凡そ命中真正の冲気勢を冲散し、あるいは真正の刑気勢を刑散するは、多半是身に残疾あるの人なり。凡そ命中「官符」「大耗」および刑剋を見、本命五行また尽く死絶の地に在り、完全に救なきは、一生多く官非・屈辱・汚名と貧賤とを招き、処処人に受制せらる。

凡命見官符克身,或兩木相刑沖者,平生主官事杖楚之災也。凡命見辰戌丑未,魁罡相沖,全無貴人驛馬相助者,乃孤獨凶惡,流配遠方人也。凡命五行死絕無氣相剋處,不宜見天火、水溺、白虎、自縊一切惡殺,決是不令終之人也。

凡そ命中官符来たりて身を剋し、あるいは両個の木互相刑冲するは、一生官司纏身・杖責の災を遭受するを主る。凡そ命中辰戌丑未併見して「魁罡」相冲し、また全く貴人・駅馬の相助なきは、是れ孤独凶悪・辺方に流放到るの人なり。凡そ命中五行死絶無気にしてまた相克の処は、最も天火・水溺・白虎・自縊のこの一類の悪殺を見るを忌み、一旦見れば、断定して善終を得ざるの人なり。

凡命見五行皆旺,而卻位位相剋氣散者,多是暴死人也,若帶諸殺,多是橫死、夭亡、兵刃,誤遭水火而終之命也。凡命見交互空亡,孤寡四殺者,殍死路旁人也。凡命見破碎,白虎、羊刃、相剋,不以貴賤,死須破尸也。凡命見天中重迭相剋者,必不見尸也。凡命見天中、大耗、劫殺同宮者,必有賤名、不良之行,更或五行沖剋帶白虎、羊刃之類,是劫盜刑戳而終也。

凡そ命中五行たとへ皆旺なりとも、却つて位位相克して以致して気勢潰散するは、多半是暴死の人なり。もしさらに各種の凶殺を帯ぶれば、多く是れ横死・夭亡・刀兵に死し、あるいは誤遭して水火に終るの命なり。凡そ命中交互空亡出現し、また孤辰・寡宿と四殺とを帯ぶるは、是れ路傍に餓死するの人なり。凡そ命中「破碎」を見、加へて白虎・羊刃にして彼此相克するは、身分貴賤を論ぜず、死後尸身皆破損せんと要す。凡そ命中「天中」空亡重畳してまた互相克制するは、死後連ねて尸首もまた找着せざらん。凡そ命中天中・大耗・劫殺同じく一宮に処るは、必定して好からざる名声を背負し・不良の行径あらん。もし五行さらに冲剋して白虎・羊刃の類を帯ぶれば、あれば便是劫盗を做して、終に法に伏し刑を受けて死す。

凡凶惡之格,常須貴人、三奇、華蓋、夾貴為救神,有此四神相助,雖見凶神,不至切害。大忌者,五行閒慢,死絕而無建祿,食神,三才刑剋帶殺,而無貴氣相御,則其為貧賤凶惡,不能免也。(並燭神經)

凡そ凶悪の格局に属するは、通常須らく貴人・三奇・「華蓋」・夾貴のこの四樣を靠りて来たりて救星を做すべし。それらの相助あれば、たとへ凶神を見るも、至らず傷害する得甚だ深し。最も忌諱するは五行散漫無力にして、死絶にしてまた建禄・食神の来たりて救ふなき、三才の間彼此刑剋してなほ凶殺を帯び、さらに貴気の来たりてそれらを駕馭するなきは、あればこの個人の貧賤凶悪は、便ち避免する法なからん。以上皆《燭神経》に出づ。

賊凶

四柱皆相刑,更臨空廢地,當居賊處,生而向刑中死。(玉門關集)

《玉門関集》に説く、四柱彼此皆相刑して、また皆空亡廃絶の地に臨むは、このようの人応当に身を置きて盗賊の列に於て、一生下来りて便ち注定して刑罰の中に死せんと要す。

吉凶得失

若乃初凶後吉,似源濁而流清,始吉終凶,狀根甜而裔苦。瑩和尚注云:初主歇滅,而晚歲興隆者,源濁流清之謂也,幼年建旺,而臨老竛竮者,根甘裔苦之謂也。

賦文に説く、もし是れ先凶後吉なれば、就くに水源渾濁にして下游転じて清なるがごとし。もし是れ先吉後凶なれば、就くに樹根是れ甜にして末梢発苦するがごとし。瑩和尚注解して説く、早年家業消歇敗落して・晩年却つて興旺発達するを、便ち源濁流清と呼ぶ。幼年正当興旺・老に到りてかへつて孤零無依のを、便ち根甘裔苦と呼ぶ。

若乃尊凶卑吉,救療無功,尊吉卑凶,逢災自愈。瑩和尚注云:立年為尊,其胎月日時,資以次之,大運為尊,其大歲小運資以次之,若遇本命與大運德合於建旺之鄉,其歲運日時凶,而不能為咎,大運與本命互戰於死囚之地,其歲運日時吉,而未足為救。

賦文に説く、尊位凶にして卑位吉のは、怎麽して救治するも皆用なからん。尊位吉にして卑位凶のは、災殃に遇上すれば自ら痊愈せん。瑩和尚注解して説く、年柱を以て尊と為し、胎元・月・日・時依次にその下に排す。大運を尊と為し、太歳と小運と依次にその下に排す。もし本命と大運と建旺の郷に在りて徳合相扶すれば、あれば歳運と日時とたとへ凶象あるも、また醸成して禍咎と為さず。かへつて大運と本命と死囚の地に在りて互相交戦すれば、あれば歳運と日時とたとへ吉象あるも、また足らず挽救す。

王氏注云:五行四柱或上尊凶而下卑吉者,卑勝尊也,下之克上曰伐也,克我之謂鬼,故雖救療亦無功也。或上尊吉,而下卑凶,陰陽理順,上之制下曰治也,我克之謂,故雖不藥而自愈。

王氏注解して説く、四柱五行の中、もし上面の尊位凶にして下面の卑位吉のは、あれは卑の尊を圧倒せるなり。以下の上を犯すを「伐」と呼び、来たりて我を剋するを「鬼」と呼び、ゆゑにたとへ設法して救治するもまた効験なし。かへつて上面の尊位吉にして下面の卑位凶のは、陰陽の次序なほ是れ順なり。以上の下を制するを「治」と呼び、我に剋せらるるは足らず患と為すを以て、ゆゑにたとへ服薬せずとも自ら痊愈せん。

禄に三会あり、災に五期あり

瑩和尚注云:祿有三會者,長生、帝旺、庫也,為至吉之地。災有五期者,衰、病、死、敗、絕也,為至凶之地。王氏注云:祿有三會,如甲祿在寅,遇甲寅是正祿之會,一祿也,得甲午是暗合,天德之會,二祿也。得甲戌乃祿堂之會,三祿也。災有五期者,以三元祿馬五處,遇死絕之地者,是也,一說以大歲、月建、日辰、大小運五處,皆來期會凶殺,刑剋本命,斯亦謂之災有五期。

瑩和尚注解して説く、いはゆる「禄に三会あり」とは、指す所長生・帝旺・庫墓のこの三処にして、是最も吉の地方なり。いはゆる「災に五期あり」とは、指す所衰・病・死・敗・絶のこの五処にして、是最も凶の地方なり。王氏注解して説く、禄に三会ありとは、例えば甲の禄は寅に在り、甲寅に遇上すれば便是正禄の会にして、这是第一重の禄なり。甲午を得れば寅午暗合・天徳の会にして、这是第二重の禄なり。甲戌を得れば禄堂の会にして、这是第三重の禄なり。災に五期ありとは、説く所三元と禄馬とのこの五処皆死絶の地に落ち進むなり。另一説は則ち太歳・月建・日辰および大運小運のこの五処、一齊に来たりて会合し凶殺・本命を刑剋するは、这同じく災に五期ありと呼ぶ。

趙氏新注云:如甲祿在寅,遇午戌亦同建祿,凡五行遇鬼、死、墓、絕為災,故云三會五期。聯吉不喜,是六甲之虧盈,當憂不憂,賴五行之救肋。瑩和尚注云:聞喜以盈為言,盈者益也,不喜以虧為言,虧者損也,損益之道,由六甲而推之。當憂不憂者,但五行休廢處逢生是也。如木得甲申、癸巳,水金遇丁亥、戊寅,土水值辛巳、壬寅,金火得庚申己亥木,故曰當憂不憂,賴五行之救助。

趙氏新注に説く、例えば甲の禄は寅に在り、午・戌に遇上して寅と三合すれば、同じく建禄と算す。凡そ五行鬼・死・墓・絶に遇上すれば便ち災と成り、ゆゑにこそ「三会」「五期」の説あれ。賦文接続して講ず、接連して吉事に遇ひても併して喜ぶに足らざるは、あれは六甲の数虧あり盈あるなり。本当に憂愁すべくとも憂愁するを要せざるは、是靠りて五行の救助す。瑩和尚注解して説く、いはゆる聞喜とは、就くに「盈」に於て言ふにして、盈便是増益なり。いはゆる不喜とは、就くに「虧」に於て言ふにして、虧便是損減にして、この損益の道理須らく六甲より推求すべし。いはゆる本当に憂愁すべくして憂愁せざるとは、便是五行休廃の処に在りてかへつて生に逢ふなり。如く木甲申・癸巳を得、水と金と丁亥・戊寅に遇ひ、土と水と辛巳・壬寅に値し、金と火と庚申・己亥の木を得、ゆゑに説く本当に憂愁すべくとも憂愁せず、全く五行の来たりて救助するに頼ると。

王氏注云:行年歲運若逢祿馬、貴人,可謂喜矣,後不為喜者,蓋六甲中值十二位之空亡也,六陽命畏於陽宮,六陰位畏其陰宮,乃正空亡。凶會吉會,伏吟返吟,陰錯陽差,天沖地擊。

王氏注解して説く、流年大運もし禄・馬と貴人とに逢上せば、可く喜事と算せり。後来却つてまた其の喜と為らざるは、六甲の中正に十二位の空亡に碰上するを以てなり。六個の陽命は陽宮に落つるを怕れ、六個の陰位は陰宮に落つるを怕れ、あれこそ真正の空亡なれ。賦文接続して幾種の情形を列出す、凶会と吉会・伏吟と返吟・陰錯と陽差・天冲と地撃と。

瑩和尚云:凶會吉會,伏吟返吟,曾未定也,且如甲子金命,伏吟庚之土,為吉,戊子火為凶,返吟以戊午為凶,庚午土為吉,切忌陰錯陽差,天沖地擊,如甲木畏其庚金,子水傷其午火。

瑩和尚説く、究竟是れ凶会なるか是れ吉会・是れ伏吟なるか是れ返吟、本来併して定準なし。譬へば甲子(海中金)命、伏吟庚子(壁上土)に碰上すれば便是吉にして、戊子(霹靂火)に碰上すれば便是凶なり。返吟戊午(天上火)に遇ふは凶と為し、庚午(路旁土)に遇ふは吉と為す。最も要緊は忌諱する陰錯陽差・天冲地撃にして、就好比甲木庚金の来たりて剋するを怕れ・子水の去りて午火を傷するがごとし。

王氏注云:凶會吉會者,如癸亥人,三元受水一氣,或行年歲運會於己卯,水死於卯,而遇己卯土為鬼,則祿命、命、身三元皆死,故曰凶。一說行年歲運祿馬皆在生旺之地,而來拱生我元命之謂吉會,皆來克我之為凶會,沖命一辰曰返吟,本位曰伏吟,以陰遇陰曰錯,以陽遇陽曰差,純陰則不能成,純陽則不能生,此陰錯陽差也。

王氏注解して説く、いはゆる凶会・吉会とは、譬へば癸亥年生の人、禄・命・身の三元同じく水のこの一気を受く。もし流年大運己卯に会到せば、水卯の上正に死地にして、また己卯(城頭土)に遇ひて来たりて身を剋するの鬼を做せば、あれば三元一齊に死絶し、ゆゑに凶と称す。另一説は、流年大運の禄馬皆生旺の地に在り、また来たりて拱扶生助して我の本命するを、这を吉会と呼ぶ。かへつて皆来たりて我を剋すれば、便是凶会なり。本命のあれ一支を冲するを返吟と呼び、本命の原位に落つるを伏吟と呼ぶ。陰を以て陰に遇ふを錯と呼び、陽を以て陽に遇ふを差と呼び、純陰は則ち万物成る能はず・純陽は則ち万物生ずる能はず、这便是陰錯陽差なり。

天沖地擊者,戌亥曰天羅,辰巳曰地網,沖擊於五行陰陽絕滅之地,歲運得此,更在返吟上,其為凶禍可知也,四柱寓於上,縱貴而不壽。惡曜加而有喜,疑其大器,福星臨而禍發,以表凶人。

いはゆる天冲地撃とは、説く所戌亥を天羅と呼び・辰巳を地網と呼び、両者五行陰陽絶滅の地に在りて互相冲击す。流年大運これに碰上し、また正に返吟の上に圧せば、招来するの凶禍知る可く想ふ可し。四柱もし皆このようの位置の上に寄寓せば、此人たとへ顕貴なるもまた長寿ならず。賦文接続して説く、凶悪の星曜加臨してかへつて喜事を生出すは、あれは須らく疑心して此人是れ個の大器なりと。福星照臨してかへつて禍患を発生すは、あれは正に顕出す此人本是凶人なりと。

王氏注云:命之四柱五行,或皆乘生旺之氣,未曾發福,惡曜加之,其凶不勝福,則變凶為喜,故為疑其大器,或五行四柱俱在休囚死絕之內,未曾發禍,吉星臨之,其吉以勝凶,反變以為禍,是為以表凶人,是知五行根基,為神殺之先,運氣又次之矣。

王氏注解して説く、人の四柱五行もし皆生旺の気を乗じ、ただ福気尚ほ未だ発出せざる、この時凶曜加臨すれば、凶敵せず福に、かへつて把て凶を転成して喜と為し、ゆゑに説く須らく疑心して彼是れ個の大器の人なりと。かへつて四柱五行皆休囚死絶の中に陷り、禍尚ほ未だ発作せざる、この時吉星照臨すれば、吉圧せず凶を、かへつて変じて禍事と為り、这正に顕出す彼本是凶人なりと。此より知る可し、五行の根基先に神煞にして立ち、運気なほ須らく其の後に排すべしと。

瑩和尚注云:修之於身,其德乃真,故曰:忠孝仁義德之順矣,雖臨諸殺,反為權星,富貴而驕,自貽其咎,故曰悖傲無禮,德之逆也,善不失善報,為惡自招禍,此珞琭子之深戒。趙氏新注云:寬仁厚德,非災自遠,景公善言,熒惑退舍,不忠不教,禍自隨之,德薄不任其福,反為禍也。(並珞琭子)

瑩和尚注解して説く、把て徳を修養して自身に在れば、この徳こそ是れ真なり、ゆゑに説く忠孝仁義是れ順徳、このようの人たとへ身各種の凶殺に臨むとも、凶殺かへつて変じて権を掌るの星と為ると。富貴の後転じて驕縦するは、是自己に罪咎を招来す、ゆゑに説く悖慢無礼是れ逆徳と。善を行へば得ず善報せず、悪を作せば自然に禍殃を招来す、这正に是れ《珞琭子》の深切的告誡なり。趙氏新注に説く、人と為りて寛厚仁慈・徳行深重なれば、災禍駆逐するを用ひずして自然に遠離す。当年宋景公三句の善言を説き、火星便ち彼の為に三舍を退避せり。至るに不忠不孝・教化を受けざるの人は、禍患自ら跟随して来たらん、徳行淺薄にしてあの分の福気を承當して起らず、福かへつて変じて禍と為る。以上皆《珞琭子》に出づ。

四柱中逢暗帶,有辱有榮。年月日時四柱,其間有暗帶者,即慿暗帶以言貴賤吉凶,蓋暗帶切於正帶,假如甲子年,丙寅月,暗帶乙丑為正印,為貴人,為引進神,為偏祿元,是以有榮。若甲子年,壬戌月,乃暗帶癸亥,為亡神,為正空亡,是以有辱,餘彷此。(壺中子)

《壺中子》に説く、四柱の中もし「暗帯」あれば、便ち栄ありまた辱あり。年月日時の四柱の間夾帯して明に写し出さざるの干支あれば、便ちこの暗帯を凭りて来たりて貴賤吉凶を断ず、暗帯明に摆れて正帯するに比べてさらに貼切なるを以てなり。譬へば甲子年・丙寅月、中間暗に一個の乙丑を夾み、乙丑是れ正印にして、是れ貴人にして、是れ引進の神にして、また是れ偏禄の元にして、ゆゑに栄を主る。もし是れ甲子年・壬戌月、中間暗に癸亥を夾めば、癸亥是れ亡神にして、また正に空亡に当たり、ゆゑに辱を主る。余の皆このように照らして類推す。

劫殺天歲遇用處,不能為凶,祿馬奇輿逢破處,未始為福。劫災天歲四殺雖凶,若干支配合有用,則為福祿之神,祿馬奇輿雖干之清氣富貴之神,若干支配合為破敗,則反為貧賤凶害之殺。(鬼谷遺文)重迭逢生印不臨,此人名只播儒林,縱然有祿無權柄,爭似清高意氣深。(林開五命)五個星辰四個凶,就中臨事每沖沖,貴人臨著須相救,驛馬加之得善終。(鬼谷要訣)

《鬼谷遺文》に説く、劫殺・天殺・歳殺もし能く用場を派するの地方に碰上せば、便ち凶として起らず。禄・馬・三奇・金輿もし破せらるるの処に落つれば、また未だ必ずしも福を成さず。劫殺・災殺・天殺・歳殺のこの四殺たとへ凶なるも、ただ干支配合得当にして用処あれば、便ち変じて福禄を主るの神と為る。禄・馬・三奇・金輿たとへ天干清気の結ぶ所の富貴の神なるも、一旦干支配合して破敗の局を成せば、かへつて変じて貧賤凶害を主るの殺と為る。《林開五命》に説く、重重畳畳生気に逢ひても印星の臨照なければ、此人の名声ただ読書人の中間に流伝するのみ。たとへ俸禄あるも却つて実権なきは、倒に如く安ずる清高・意気深遠に。《鬼谷要訣》に説く、五個の星辰の裏四個は是れ凶にして、事に遇へば総じて冲撞不順せんと要す。もし貴人臨照あれば便ち能く相救し、さらに駅馬を加ふれば、便ち能く個の善終を得ん。

先駁雜,後純粹。如辛酉得癸卯,癸巳得乙亥,以本自無氣,而【遽】至生旺,又如金命人生於子寅月日,則金已死絕,若得己酉時,則金復旺於酉,而寅為己之天官貴,子為己之天乙貴人。又如癸巳人得戊寅日,則水為土所克,及得庚申時土,反為木所刑剋,而水卻生於申,此類皆是,故先駁雜而後純粹,為五行之奇貴,切忌先純粹,而後駁雜。

なほ一種の「先駁雑・後純粹」の格局あり。譬へば辛酉癸卯を得・癸巳乙亥を得、本来自己気なきも、忽然として便ち転じて生旺の地に到る。又如金命人子月寅日に生ずれば、金已に死絶す、もし己酉時を得れば、金便ち酉の上に於て重新に旺と為り、而して寅是れ己土の天官貴人・子是れ己土の天乙貴人なり。再如癸巳年生の人戊寅日を得れば、水土に剋せらる。庚申時を得るに等到れば、あの戊土かへつて寅の中の木に刑剋せられ、水却つて申の上に於て長生を得る。凡そ此の種種は、皆先駁雑にして後純粹にして、这五行の裏に於ては難得の貴格と算す。最も忌諱するは倒転过来して、先純粹にして後駁雑なり。

【先貴後刑】刑殺時中見,奇神命上居,莫言官職好,必竟被刑誅。(玉門關集)【氣清氣濁】四柱遇祿馬貴人,生日吉神,則氣清;值刑剋沖破,則氣濁。氣清則科名巍峩,氣濁則福祿淺薄。【吉中之凶】如甲子生人,得丙寅坐祿乘馬,遇食神可為貴矣,然甲子自死之金,又絕於寅,復遇丙寅長生之火,見克為鬼,故變吉為凶,餘當依此消息。【仙瓢星】壬癸人得酉字,或酉人得壬癸字,為仙瓢星,水從酉為酒,遇吉,因酒成家,凶則破家。(並廣錄)

「先貴後刑」は、《玉門関集》の歌訣に説く、刑殺時柱の上に出現し、奇神却つて本命の上に坐す、要せず以て官職の做得好と、到頭来終究須らく刑戮に遭はん。「気清気濁」は、四柱禄・馬・貴人に遇上し、生日また吉神に逢へば、便ち気清と呼ぶ。刑・剋・冲・破に碰上せば、便ち気濁と呼ぶ。気清の人は科名高峻にして、気濁の人は福禄淺薄なり。「吉中の凶」は、譬へば甲子年生の人丙寅を得れば、寅是れ丙の禄また駅馬を乗じ、さらに食神に遇ひ、本来可く貴格と算す。しかるに甲子自死の金に属し、寅の上に到りてまた絶地に逢ひ、さらに丙寅炉中の火正に長生に当たるに遇へば、火来たりて金を剋して便ち鬼と成り、ゆゑに吉かへつて変じて凶と為る、余の情形皆須らくこれを照らして斟酌すべし。「仙瓢星」は、壬癸年生の人柱の中酉の字を得、あるいは酉年生の人柱の中壬癸の字を得るを、仙瓢星と呼ぶ。水酉の上に到れば便ち化して酒と為り、吉に遇へば酒に因りて家を発し、凶に遇へば酒に因りて家を破す。以上皆《広録》に出づ。

【分擘格】凡福聚處須要獨立不相分擘,謂如壬癸辰卯日,又有壬癸辰卯時,則其處分擘矣。(鬼谷命格)一切福神所居之位,則欲生旺,生旺則榮貴。一切殺神所居之位,則欲死絕,死絕則善終。一說凡福神欲令得旺氣,忌有敗之者,凡凶神欲令得衰氣,忌有助之者。

「分擘格」は、凡そ福気聚集の地方は、須らくそれの独一无二・分掉せられざるを要す。譬へば日柱是れ壬・癸あるいは辰・卯にして、時柱の上また壬・癸あるいは辰・卯出現せば、あればこの処の福気便ち分薄せらる。この條は《鬼谷命格》に出づ。凡そ福神の在る所の位置は、皆希望してそれの生旺せんことを、生旺すれば便ち栄華顕貴を帯来す。凡そ殺神の在る所の位置は、皆希望してそれの死絶せんことを、死絶してこそ能く善終を得ん。另一説は、福神は須らくそれに旺気を得せしむべく、忌諱する別の東西の去りてこれを敗壊するを。凶神は須らくそれに衰気に処らしむべく、忌諱する別の東西の去りてこれを幇扶するを。

凡殺神如人命已入貴格,緊要處帶殺,有福神主之,則名曰權柄,無福神主之,又殺氣乘旺,遞互相還,貴則雖貴,亦不善終,如命中更不入格,復為殺神遞互相乘,則主下賤,而不善死。相沖相破,六合、三合,命中有之,即求其五行相得如何,或暗中生福,如死絕而復生,空亡而受破,相剋而相成也,福中生禍,反此,凡伏吟入墓,惟夾貴則大好也,須有災。(林開五命)

殺神に説到れば、人命もし已に貴格に入り、而して緊要の処に於て殺を帯び、ただ福神の来たりてこれを主宰するあれば、便ち「権柄」と呼ぶ。もし福神の主宰なく、殺気また旺を乗じ、彼此递相往还せば、あれば貴固然として是れ貴なるも、また終究善終を得ず。倘若命中本来便ち格に入らず、また殺神に递相乗凌せらるれば、あれば便ち身分的下賤を主り、しかも死する得好好せず。至るに相冲・相破および六合・三合、命中出現せば、便ち須らくこの幾方の五行配合する得怎麽を看るべし。あるは能く暗中に福を生出す、比如死絶の後また生に逢ひ・空亡に落ちてかへつて冲破せられ・相克してかへつて相成す。あるは却つて福の中禍を生ず、道理正好く相反す。凡そ伏吟・入墓に遇ふは、ただ夾貴のみこそ大好と算し、然らざれば総じて免れず災あらん。この條は《林開五命》に出づ。

乙字為披頭殺,並天乙、天德,定為高官,若重見者,乃披頭,或為師巫,或倡優之人。(宰公要訣)命書曰:道途賤吏,豈無驛馬攀鞍,市井薄徒,亦有三奇夾貴。大抵夾貴、攀安、金櫃,不可專用為吉殺,又云:孤殺,亡神、空亡、六害,不可專用為惡殺。(廣集)當生緊處如逢破,富貴兩途皆有禍。(理愚歌)

《宰公要訣》に説く、乙のこの字便是「披頭殺」にして、それもし天乙貴人・天徳と同見すれば、此人一定して高官を做せん。もし乙の字重複して出現せば、あれば便ち真に成りて披頭と為り、此人是れ師公巫祝を做るならざれば、便ち当たりて倡優藝人と為る。命書の上に説く、路上奔走する低級の小吏、豈に便ち駅馬・攀鞍なからんや。市井の中の軽薄の徒、同じく三奇・夾貴あり。ゆゑに大体上、夾貴・攀鞍・金櫃一概に当たりて吉殺を作し去りて用ふ可からず。書の中また説く、孤殺・亡神・空亡・六害、また可からず一概に当たりて悪殺を作し去りて用ふ。この條は《広集》に出づ。《理愚歌》に説く、出生の時命局最も要緊の地方もし冲破に逢へば、あれば富を求むるも好し・貴を求むるも好し、両条の路の上皆禍患あらん。

第廿八巻

雑釈諸例

十二宮分歌(書広録)

角亢,秤宮,辰是鄭,壽星為分野星;氏房心,宋,蠍宮,遊大火。 尾箕,人馬,燕,寅地,析木;斗牛,磨羯,丑,吳,求星紀。 女虛危,瓶,齊,子位,玄枵;室璧,雙魚,亥,衛州,娵訾。 奎婁,白羊,魯,戌管,降婁;胃昴畢,趙,酉,金牛,大梁。 觜參,陰陽,申,晉士,實沉;井鬼,巨蟹,未,秦州,鶉首。 柳星張,周,師子,分鶉火;翼軫,雙女,楚,巳留,鶉尾。

この首の歌は把て二十八宿・十二宮・地支・古国封域と十二星次とを一一対応せしむ。角・亢の二宿は天秤宮に属し、地支に於ては辰と為り、分野は郑国にして、星次を寿星と呼ぶ。氐・房・心の三宿は天蠍宮に属し、分野は宋国にして、星次を大火と呼ぶ。尾・箕の二宿は人馬宮に属し、地支に於ては寅と為り、分野は燕国にして、星次を析木と呼ぶ。斗・牛の二宿は磨羯宮に属し、地支に於ては丑と為り、分野は呉国にして、星次を星紀と呼ぶ。女・虚・危の三宿は宝瓶宮に属し、地支に於ては子と為り、分野は斉国にして、星次を玄枵と呼ぶ。室・璧の二宿は双魚宮に属し、地支に於ては亥と為り、分野は衛地にして、星次を娵訾と呼ぶ。奎・婁の二宿は白羊宮に属し、管するは戌位にして、分野は魯国にして、星次を降婁と呼ぶ。胃・昴・畢の三宿は金牛宮に属し、地支に於ては酉と為り、分野は趙国にして、星次を大梁と呼ぶ。觜・参の二宿は陰陽宮(今は双子と称す)に属し、地支に於ては申と為り、分野は晋地にして、星次を実沈と呼ぶ。井・鬼の二宿は巨蟹宮に属し、地支に於ては未と為り、分野は秦州にして、星次を鶉首と呼ぶ。柳・星・張の三宿は獅子宮に属し、分野は周地にして、星次を鶉火と呼ぶ。翼・軫の二宿は双女宮に属し、地支に於ては巳と為り、分野は楚国にして、星次を鶉尾と呼ぶ。

十二宮駅馬例

驛馬、六厄(穿珠指掌云:一名弱殺)、華蓋、劫殺、災殺、天殺、歲殺、地殺、亡神、將星、攀鞍。(三命篡局)驛馬喻人乘馬而致遠也,長生臨宮馬主貴,病絕馬主禍。六厄至凶之神,克臨則為災重,不然亦小災。三命鈐云:六厄者,在劫殺後二辰,主人心地奸險,名跡微賤,行年值此,主有刑獄損傷之事。

この一組の神煞依次に是れ駅馬・六厄(《穿珠指掌》に説くそれまた弱殺と呼ぶ)・「華蓋」・劫殺・災殺・天殺・歳殺・地殺・亡神・将星・攀鞍にして、《三命纂局》に出づ。駅馬好比如人馬に騎りて遠行す。長生の宮に落つるの馬は貴を主り、病・絶の地に落つるの馬は禍を主る。六厄は極凶の神にして、それもし身を剋せば災便ち重く、たとへ身を剋せずともまた小災あり。《三命鈐》に説く、六厄は劫殺の後第二位に在り、此人心地奸険・名声低微を主る。流年これに碰上すれば、牢獄と損傷の事とあるを主る。

華蓋福地也,主大福,與祿庫同位主貴。劫殺至凶之神,主貴權,大貴人主建節,克臨身則災,不然則否。災殺至凶之神,主兵刑之權,大貴人主建節,克臨身則定凶,不然則只主喪服哭泣之事。三命鈐云:災殺在劫殺前一辰是也,若人遇之,君子當居近職,小人多抱病患,行年至此,亦生橫事,口舌或疾病刑獄。

華蓋は福地にして、大福を主り、禄庫と同じく一位に在るはなほ顕貴を主る。劫殺は極凶の神にして、却つて貴重の権柄を主り、大貴人これを得れば能く節を持ちて一方を鎮守す。それもし身を剋せば便ち災と成り、身を剋せざれば便ち妨げなし。災殺もまた極凶の神にして、兵刑の権を主掌し、大貴人これを得れば同じく能く節を建つ。それもし身を剋せば必定して凶と為り、身を剋せざれば則ち至多吉く孝服哭泣の事を主るのみ。《三命鈐》に説く、災殺は劫殺の前一位に在り、君子これに遇上すれば当たりて近侍の職を任じ、小人これに遇上すれば多く疾病纏身あらん。流年ここに走り到れば、また意外の事を生出し、あるいは口舌是非、あるいは疾病牢獄あらん。

天殺凶神主權,不克身不為災,克身為災亦重。三命鈐云:天殺在劫殺前二辰是也,主人立性方勇,而不顧宜居,或職當主兵權,掌宰殺之任,或有水火雷電之厄,小人遇之,多罹憲法,行年至此,主官序升擢,財物豐羨。歲殺主權,主文筆,不為災,克身則為災亦重。三命鈐云:歲殺在劫殺前二辰是也,若人遇之,君子當列王庭;貴登要職;小人逢之,主有兵役或抱疾,行年至此,亦主遠行,或疾病縈繞。

天殺は凶神なるも却つて権柄を主り、身を剋せざれば便ち災を成さず、一旦身を剋せば、災もまた甚だ重し。《三命鈐》に説く、天殺は劫殺の前第二位に在り、此人性情方正勇猛にして自身の安適を顧みず、あるいは職務の上兵権を握り・宰殺の任を担當し、あるいは水火雷電の厄あるを主る。小人これに遇上すれば、多半刑法を触犯せん。流年ここに走り到れば、官階升遷・財物豊足を主る。歳殺もまた権柄を主り、なほ文才筆墨を主り、本身災を成さず、身を剋せば則ち災もまた重し。《三命鈐》に説く、歳殺同じく劫殺の前第二位に在り、君子これに遇上すれば可く朝廷に位列し・要職に登らん。小人これに遇上すれば、兵役を服しあるいは病を身に抱くを主る。流年ここに到れば、また遠行あるいは疾病纏绕を主る。

月殺凶神,文主侍從清華之貴,武主橫行帶職之位,克身為災亦重。地殺凶神,主權,大貴人主建節,不為災,克身則為災重。三命鈐云:地殺在劫殺前五辰是也,若人遇之,身能制殺者,居將卒之任,或掌刑罰之權,殺若克身,門多憂患,行年亦準此。亡神至凶之神,主兵刑之權,大貴人主建節,克臨身則為大災,不然則否,又只凶服哭泣之事。三命鈐云:亡神在劫殺前六辰是也。

月殺は凶神にして、文職の上に於て侍従近臣の一類の清貴の地位を主り、武職の上に於て一方に横行し・職を帯びて兵を領するを主る。それもし身を剋せば、災もまた甚だ重し。地殺は凶神なるも却つて権柄を主り、大貴人これを得れば能く節を持ち、本身災を成さず、身を剋せば則ち災重し。《三命鈐》に説く、地殺は劫殺の前第五位に在り、人もしこれに遇上して自身制してこの個の殺を得住せば、便ち統兵の職を担任し、あるいは刑罰の権を掌らん。もし殺かへつて身を剋せば、家門の内多く憂患あらん、流年もまたこのように照らして看る。亡神は極凶の神にして、兵刑の権を主掌し、大貴人これを得れば能く節を建つ。それもし身を剋せば便是大災にして、身を剋せざれば便ち妨げなし、至多吉く孝服哭泣の事を主るのみ。《三命鈐》に説く、亡神は劫殺の前第六位に在り。

刑殺(與將星同位)至凶害物之神,帶金火尤重,主兵刑之權。大貴人主建節,帶土木水不克臨身,不為災。克臨身則主有不測之禍,四仲人在本命,如帶金火,雖不克身亦主有不測之禍。三命鈐云:刑殺在劫殺前七辰是也,若人遇之,如五行相扶持,君子掌刑憲,居顯位,小人主陷刑獄,又曰:將星者,在馬後二辰,若人遇之,主有福壽,位居將相,常人逢之,亦主因武勇進遠,行年至此,亦為官喜。

刑殺(将星と同じく一位に在り)は極凶・専ら物を傷る会の神にして、金を帯び火を帯ぶる時尤其として厲害にして、兵刑の権を主掌し、大貴人これを得れば能く節を持つ。もし帯ぶるは土・木・水にして身を剋せざれば、便ち災を成さず。一旦身を剋せば、便ち意想不到の禍事あるを主る。子午卯酉の四仲年生の人は、刑殺正に本命の上に落ち、もしまた金火を帯ぶれば、たとへ身を剋せずともまた不測の禍あるを主る。《三命鈐》に説く、刑殺は劫殺の前第七位に在り、人もしこれに遇上して五行また能く互相扶持せば、君子便ち刑法を掌管し・身顕位に居り、小人は則ち須らく牢獄に陷入せん。書の中また説く、将星は駅馬の後第二位に在り、人もしこれに遇上すれば、福あり寿あり・位将相に居るを主る。平常人これに遇上するも、また武勇を凭りて遠方に進身するを主り、流年ここに到れば、同じく是れ官場の上の喜事なり。

以上八殺,古人以為帶金土為武臣,帶水木為文臣,予以為文臣遇水金為殺者,亦主兵權。攀鞍喻人乘馬而致遠也,主福,若祿馬同鄉人遇攀鞍,主厚福。三命鈴云:攀鞍在驛馬後一辰,若人遇之,當得貴人援引,職近天庭,終身安逸,故曰,男值攀鞍,行不賣糧,女值攀鞍,奴婢成行。至此運氣扶之,主遷官進財。

以上八個の殺は、古人以て金を帯び・土を帯ぶるは武臣を做り、水を帯び・木を帯ぶるは文臣を做ると為す。我は則ち以て文臣もし水・金に遇ひて化成して殺星と為れば、同じく能く兵権を掌らんと為す。攀鞍もまた好比如人馬に騎りて遠行し、福気を主る。もし命中禄と馬と同じく一処に在り、人また攀鞍に遇上すれば、福気深厚を主る。《三命鈐》に説く、攀鞍は駅馬の後一位に在り、人もしこれに遇上すれば、能く貴人の提攜を得、任職朝廷に接近し、終身安逸す、ゆゑに説く男子攀鞍に逢へば、出門して必ずしも糧を売りて銭を換ふるを要せず。女子攀鞍に逢へば、奴婢成行して随侍す。運気さらに来たりて扶助せば、便ち升官進財を主る。

凡驛馬、華蓋、攀鞍、吉神也,八殺並六厄、九神,主災福各有輕重,劫殺、亡神、六厄、五殺,主權亦重,為災亦重。天地歲月四殺,總輕以前。凡言尅身者為凶殺,下納音尅生年大歲,納音臨身者,謂凶殺帶太歲,納音於本位下也,太歲納音為身,若其身被尅,被臨於死敗絕位,則便遭不測之災,若但在身有氣處,被尅,災亦重,被臨災,差輕。(三命提要)

総じて説へば、駅馬・華蓋・攀鞍は吉神に属し、八個の殺連ねて六厄共に九位の神煞は、主る所の災と福と各々軽重あり。其中劫殺・亡神・六厄のこの幾個の殺は、主るの権柄重く、成すの災もまた重し。天殺・地殺・歳殺・月殺のこの四殺は、分量皆前の幾個に比べて軽し。凡そ「剋身」と説くは、指す所凶殺のあれ一柱の納音去りて生年太歳の納音を剋するなり。いはゆる「臨身」とは、指す所凶殺太歳と同柱にして・納音本位の下に圧するなり。太歳の納音便ち身を代表し、もしこの個の身剋せられ、また死・敗・絶の位置の上に圧せられれば、便ち須らく意外の災に遭はん。もしただ身なほ気あるの地方剋せらるるは、災仍旧として重く、もしただ臨せられて未だ剋せられざれば、災便ち些か軽し。この條は《三命提要》に出づ。

命宮を起すの例

凡起命宮,看當生太陽在何宮,以本生時加太陽順數見卯為命宮,如當生是卯時,即太陽在處,便是命宮,約法正月太陽在子,二月在亥,一月一移,依次數之。【起身宮例】凡起身宮,看當生太陰在何宮,太陰坐宮處,即身宮也。

凡そ命宮を起すに、先ず出生の時太陽いづれの一宮に在るを看て、さらに把て本人出生の時辰を加へて太陽の在る所の宮の上に於て順に数へ、数へて卯位に到れば、あの一宮便是命宮なり。もし出生正好く卯時なれば、あれば太陽の在る所の処便ち直接に是れ命宮なり。簡便の算法は、正月太陽子に在り、二月亥に在り、毎に一月を過ぐれば一位を移し、依次に下に往かひて数ふ。「身宮を起すの例」は、凡そ身宮を起すに、出生の時太陰(月亮)いづれの一宮に在るを看て、太陰の坐する所のあれ一宮便是身宮なり。

太陰星を求むる約法

欲識太陰行度時,正月之節起於危,二奎三胃四徙畢,五星六柳張居七,八月翼宿以為初,龍角季秋任遊歷,十月房宿作元辰,建子箕星細尋覓,十二牽牛切須知,周天之度無差失。假令正月初十日生,即於初一起危宿,每宿管一日,逆數至初十日是,參星元配在申宮,即申宮便是太陰星,餘皆倣此。(並五星捷論)

歌訣に説く、太陰運行の度数を知らんと欲せば、正月の節気危宿より起算し、二月奎宿より起り・三月胃宿より起り・四月畢宿に移り、五月星宿より起り・六月柳宿より起り・七月張宿に輪到り、八月翼宿を以て開頭と為し・九月角宿に由りて輪値し・十月房宿を以て起点と為し、十一月建子の月は須らく細く箕宿を尋ね、十二月は則ち須らく牽牛宿を記住すべし、こよう周天の度数こそ算錯せざらん。例を挙げて説く、正月初十日生の人は、便ち初一より危宿を起り、毎に一宿一日を管し、逆に数へて初十に到れば、正に是れ参宿なり。参宿原配申宮に在れば、あれば申宮便ち是れ太陰の在る所なり。余の月份皆このように照らして推す。以上《五星捷論》に出づ。

太歳十二殺

太歲、生氣、喪門、天醫、官符、死符、大耗、發盜、福德、大吉、弔客、病符。(洞微經)靈臺經云:太歲喪門須哭泣,弔客死病亦災殃,官符牢獄發盜賊,天醫福德且安康,生氣大吉元來喜,大耗資財有損傷。

太歳の統領する所の十二個の神煞依次に是れ太歳・生気・喪門・天医・官符・死符・大耗・発盗・福徳・大吉・弔客・病符にして、この表は《洞微経》に出づ。《霊台経》は歌訣を用ひて概括して説く、太歳と喪門とに碰上すれば須らく哭泣の事あらん、弔客・死符・病符もまた災殃を帯来す。官符は牢獄を主り、発盗は賊に偸搶せらるるを主る。天医・福徳は則ち平安康健を主る。生気・大吉は本来便ち喜事なり。大耗は則ち銭財受損するを主る。

月建を起すの例

甲己之年丙作首,乙庚之歲戊為頭,丙辛庚位依次數,丁壬壬起順行流,戊癸更徙何處起,正月便向甲寅求。珞琭子云:律呂宮商,五虎論其成敗,王氏注云:陽六為律,陰六為呂,五音總於律呂,吹律吸呂,以定宮商,蓋五行合於五音,是故甲己宮土,遁起丙寅,乙庚商金,起戊寅,丙辛羽水,起於庚寅,丁壬角木,起自壬寅,戊癸徵火,起於甲寅,遁人之成敗吉凶,皆由此而始,故曰五虎論其成敗。

月建を起すの歌訣に説く、甲年・己年は、正月の天干丙より起り、乙年・庚年は戊より起り、丙年・辛年は依次に庚より起り、丁年・壬年は順に壬より起り、戊年・癸年は応当にいづこより起らんや。正月便ち甲寅の上に到りて求めよと。《珞琭子》に説く、律呂と宮商とは、須らく「五虎遁」を靠りて来たりて其の成敗を論ずべし。王氏注解して説く、六個の陽を律と為し・六個の陰を呂と為し、五音皆律呂の中に統摂せられ、律を吹き呂を吸ひて以て宮商を定む。五行本五音と相配す、ゆゑに甲己は宮音土に属し、遁起は丙寅に於てす。乙庚は商音金に属し、起りは戊寅に於てす。丙辛は羽音水に属し、起りは庚寅に於てす。丁壬は角音木に属し、起りは壬寅に於てす。戊癸は徵音火に属し、起りは甲寅に於てす。一個人の成敗吉凶を推排するに、皆ここより開頭す、ゆゑに説く「五虎其の成敗を論ず」と。

時を起すの例

甲己還生甲,乙庚丙作初,丙辛當戊子,丁壬庚子居,戊癸起壬子,此是遁時書。(並三命篡局)

時辰干支を起すの歌訣に説く、甲日・己日は、子時なほ甲子より起り、乙日・庚日は、丙子より開頭し、丙日・辛日は、当たりて戊子より起り、丁日・壬日は、庚子の上に落ち、戊日・癸日は、則ち壬子に起る。这便是遁排時辰の口訣なり。以上並びに《三命纂局》に出づ。

黄道黒日を求むるの例

正七常加子,二八每臨寅,三九居辰上,四十馬頭巡,五十一何在,消遙卻到申,六郎年十二,戌地好相親。以上逐月以「途遠幾時通達,路遙何日回程」十二字,用途字加於當起月分上,數起,順行一辰一字,遇有之遠字為黃道,餘為黑道。(金書命訣)三曆同會云:凡吉凶百事得黃道為順,大吉,黑道為逆,百事皆凶。

黄道黒道を求むるの歌訣に説く、正月と七月とは総じて子位より加へ起り、二月と八月とは毎々寅の上に落ち、三月と九月とは辰の上に居り、四月と十月とは須らく午(馬頭)の上に到りて巡行し、五月と十一月とはいづれの処に在るや、逍遥一路却つて申に到り、六月と十二月とは、則ち戌位と相親近す。用法は、逐月把て「途遠幾時通達・路遥何日回程」のこの十二個の字を排上し、先将て「途」の字を加へて当月の起算するあの一位の上に於て、然る後順に地支一位一字を配して数へ下し、凡そ走之旁を帯ぶるの字(途・遠・通・達・路・遥・回・程)に遇ふは便是黄道にして、余の便是黒道なり。この條は《金書命訣》に出づ。《三暦同会》に説く、凡そ吉凶百事は、黄道を得れば便ち順利にして大吉、黒道を得れば便ち違逆して百事皆凶なり。

寅時を定むるの訣

五更二點正九月,兔雞玉漏五更徹,三七平光是寅時,四六日出寅無別,五月日高三丈地,十月十二四更二,惟有仲冬四更初,便是寅時君曉記。

寅時を定むるの歌訣に説く、正月と九月とは、寅時は五更二点に在り。二月は兎に属し・八月は鶏に属し、この両個の月は須らく五更漏尽に到りてこそ寅時なれ。三月と七月とは、天剛に放亮すれば便是寅時なり。四月と六月とは、太陽出で来たる時正当寅時にして、平日と異ならず。五月の寅時已に日高三丈なり。十月と十二月とは四更二点に在り。ただ仲冬十一月最も早く、四更初刻便是寅時なり。諸位に請はく記住して清楚ならんことを。

日出入を求むるの訣

正九出乙入庚方,二八歸雞出兔房,三七發甲向辛位,四六徙寅入犬藏,五月生艮來乾上,仲冬出巽沒坤鄉,惟有十與十二月,辰申二位好推詳。(並百忌曆)

太陽出入の方位を求むるの歌訣に説く、正月と九月とは、太陽乙方より升起し・庚方に落入す。二月と八月とは、卯(兎)方より出来し・酉(鶏)方に帰入す。三月と七月とは、甲方より発出し・辛位に落向す。四月と六月とは、寅方より移出し・戌(犬)方に蔵進す。五月は艮方より升起し・乾方に落到す。仲冬十一月は巽方より出で・坤方に没入す。ただ十月と十二月とは、須らく辰・申の両個の方位の上に於て仔細に推詳すべし。以上皆《百忌暦》に出づ。

具注暦出入法

立春前一日,日出乙三刻,入酉一刻。 雨水前三日,日出乙二刻,入酉二刻。 驚蟄前五日,日出乙一刻,入酉三刻。 驚蟄後七日,日出乙初刻,入酉四刻。 春分前三日,日出卯初刻,入辛初刻。 春分前一日,日出卯四刻,入辛初刻。 春分後五日,日出卯三刻,入辛一刻。 清明後三日,日出卯二刻,入辛二刻。 穀雨後一日,日出卯一刻,入辛三刻。

《具注暦》の記する所の全年日出日落の方位と時刻と如下なり。立春の前一天は、太陽乙方三刻より升起し・酉方一刻に落入す。雨水の前三天は、乙方二刻を出で・酉方二刻に入る。驚蟄の前五日は、乙方一刻を出で・酉方三刻に入る。驚蟄の後七天は、乙方初刻を出で・酉方四刻に入る。春分の前三天は、卯方初刻を出で・辛方初刻に入る。春分の前一天は、卯方四刻を出で・辛方初刻に入る。春分の後五日は、卯方三刻を出で・辛方一刻に入る。清明の後三天は、卯方二刻を出で・辛方二刻に入る。穀雨の後一天は、卯方一刻を出で・辛方三刻に入る。此より見る可し、冬末より暮春に到りて、日出の方位一歩一歩東南の乙位より挪向して正東の卯位に至り、白昼もまた一天天加長すと。

立夏後一日,日出卯初刻,入辛四刻。 小滿前四日,日出卯初刻,入戌初刻。 小滿前一日,日出甲四刻,入戍初刻。 芒種前二日連夏至節終,日出甲三刻,入戌一刻。 小暑俊三日,日出甲四刻,入戍初刻。 大暑後二日,日出卯初刻,入戌初刻。 大暑後五日,日出卯初刻,入辛四刻。 立秋日,日出卯一刻,入辛三刻。 處暑後一日,日出卯二刻,入辛二刻。

立夏の後一天は、太陽卯方初刻を出で・辛方四刻に落入す。小満の前四天は、卯方初刻を出で・戌方初刻に入る。小満の前一天は、甲方四刻を出で・戌方初刻に入る。芒種の前兩天一直に夏至のこの一節結束するに至るまで、皆甲方三刻を出で・戌方一刻に入る。小暑の後三天は、甲方四刻を出で・戌方初刻に入る。大暑の後兩天は、卯方初刻を出で・戌方初刻に入る。大暑の後五日は、卯方初刻を出で・辛方四刻に入る。立秋の当天は、卯方一刻を出で・辛方三刻に入る。処暑の後一天は、卯方二刻を出で・辛方二刻に入る。夏至の前後日出最も北に偏し、落点もまた最も戌方に靠近す、正に一年の裏白昼最も長きの時節なり。

白露前一日,日出卯三刻,入辛一刻。 秋分前四日,日出卯四刻,入辛初刻。 秋分後二日,日出乙初刻,入酉初刻。 秋分後三日,日出乙一刻,入酉四刻。 寒露前五日,日出乙一刻,入酉三刻。 寒露後六日,日出乙二刻,入酉二刻。 霜降後四日,日出乙三刻,入酉一刻。 立冬後四日,日出乙四刻,入酉初刻。 小雪前二日,日出辰初刻,入酉初刻。

白露の前一天は、太陽卯方三刻を出で・辛方一刻に落入す。秋分の前四天は、卯方四刻を出で・辛方初刻に入る。秋分の後兩天は、乙方初刻を出で・酉方初刻に入る。秋分の後三天は、乙方一刻を出で・酉方四刻に入る。寒露の前五日は、乙方一刻を出で・酉方三刻に入る。寒露の後六天は、乙方二刻を出で・酉方二刻に入る。霜降の後四天は、乙方三刻を出で・酉方一刻に入る。立冬の後四天は、乙方四刻を出で・酉方初刻に入る。小雪の前兩天は、辰方初刻を出で・酉方初刻に入る。秋分の後日出漸々南に移り、卯位より退りて乙位に至り・さらに退りて辰位に至り、白昼もまた之に随ひて一天短じて一天に過ぐ。

小雪日,日出辰初刻,入庚四刻。 大雪前二日連冬至節終,日出辰二刻,入庚三刻。 小寒後二日,日出辰初刻,入酉四刻。 大寒後一日,日出辰初刻,入酉初刻。 大寒後四日,日出乙四刻,入酉初刻。 (三暦會同)

小雪の当天は、太陽辰方初刻を出で・庚方四刻に落入す。大雪の前兩天一直に冬至のこの一節結束するに至るまで、皆辰方二刻を出で・庚方三刻に入る。小寒の後兩天は、辰方初刻を出で・酉方四刻に入る。大寒の後一天は、辰方初刻を出で・酉方初刻に入る。大寒の後四天は、乙方四刻を出で・酉方初刻に入る。冬至の前後日出最も南に偏し・落点最も北に靠く、白昼もまた最も短し。大寒を過ぎれば、日出の方位便ちまた辰位より転回して乙位に帰る。以上一表《三暦会同》に出づ。

小児の例を釈す

凡小兒日帶甲乙者,主印堂寬,日藏神,人中長,眉疏秀。帶丙丁者,主眼大,頸長,額窄。小年多患瘡。帶戊己者,主頭大,額廣,帶庚字者,主面方,額闊,帶辛字者,主鳳眼,耳朝口,有垂珠,帶壬字者,主眼大,好吃酒,膽大,蓋癸乃真武殺也。

凡そ小児の日柱天干甲・乙を帯ぶるは、印堂開闊・眼中神を蔵し・人中修長・眉毛疏朗秀气を主る。丙・丁を帯ぶるは、眼睛大・脖頸長・額頭窄を主り、幼年多く瘡癤を生ず。戊・己を帯ぶるは、頭大額寛を主る。庚の字を帯ぶるは、臉型方正・額頭開闊を主る。辛の字を帯ぶるは、一雙の鳳眼を生じ・耳朵口に朝へて垂珠あるを主る。壬の字を帯ぶるは、眼睛大・酒を愛し・胆子大を主る、これは壬と同気の癸乃是れ真武の殺たるを以てなり。

凡小兒在四孟月生,得四季時,主家中有教服。四仲月生,得四季時,亦主有哭聲,得四孟時者,主有公訟,四季月生得四孟時,主家中有迎送,不然外服。凡小兒胎元坐生年驛馬者,主在胎中頻頻動躍,生時有臍帶纏頭。凡小兒生時帶劫殺,主頂有雙旋,帶亡神主母驚,帶月殺,主背父而生,及偏頭。又亡神主家中有訟,及難產,亦主克害。

凡そ小児寅申巳亥の四孟の月に生まれて辰戌丑未の四季の時を得るは、家の中孝服あるを要するを主る。子午卯酉の四仲の月に生まれて四季の時を得るは、また家の裏哭声あるを主り、もし四孟の時を得れば、則ち官司訴訟あるを主る。四季の月に生まれて四孟の時を得るは、家の中迎来送往を迎へ、然らずんば便是外姓親戚の喪事あり。凡そ小児の胎元正に生年駅馬の上に坐するは、彼の母腹の中に於て頻頻踢動し・出生の時臍帯頭を繞ぐを主る。凡そ小児の生時劫劫殺を帯ぶるは、頭頂両個の旋あるを主る。亡神を帯ぶるは、母親驚嚇を受けたるを主る。月殺を帯ぶるは、父親を背着して出生し・頭なほ偏斜するを主る。亡神また家の中官司あり・母親難産を主り、また親人を剋害するを主る。

凡小兒犯辰巳多,或申酉多者,主左右眼耳不一般,犯寅丑或戌亥多者,主一支腳大,一支腳小,犯三四介卯字,或辰字者,主使左手。凡小兒帶生旺氣者,是嫡母所生也。凡小兒胎無氣,命有氣,更年與時支刑剋沖破胎元者,主母不正也。

凡そ小児柱の中辰・巳多く、あるいは申・酉多きは、左右両眼両耳大小不一を主る。寅・丑多きあるいは戌・亥多きは、両隻の脚一大一小を主る。三四個の卯の字あるいは辰の字を帯上するは、慣用左手を主る。凡そ小児柱の中生旺の気を帯ぶるは、是れ正室嫡母の所生する所なり。凡そ小児の胎元気なくして本命気あり、さらに年支と時支と胎元を刑剋冲破するを加ふれば、母親行為不端を主る。

凡小兒犯戊寅、戊申、癸巳日時,主與父母不相保守,帶四孟或四季多者,背父生方不克陷,四孟母先亡,四仲父先死,辰戌丑未克父母。(寸珠尺璧云:辰戌時克父,丑未時克母。)犯巳午多者,主十八九前克父母,巳午時尤緊,胎年同位及胎生元命者,主先克母。

凡そ小児戊寅・戊申・癸巳のこの幾個の日・時を犯すは、父母と相守する能はざるを主る。柱の中四孟あるいは四季の帯ぶる多きは、須らく父親を背離し・外方に生まれてこそ、至らず陷入して剋害せん。四孟多きは母親先に亡び、四仲多きは父親先に死し、辰戌丑未は則ち父母皆剋せんと要す。(《寸珠尺璧》に説く、辰時・戌時は父を剋し、丑時・未時は母を剋す。)柱の中巳・午多きは、十八九歳以前に就て便ち父母を剋するを主り、巳時・午時に生ずるの応験尤其として緊なり。胎元と年支と同じく一位に在り、あるいは胎元と本命と同気のは、先に母親を剋するを主る。

凡小兒命生時是辰戌丑未,面又四柱中多墓者,亦主過房。寸珠尺璧云:凡四季日生人,多過房。凡小兒五行全者,自少便精後伶俐,是宿有靈骨也。凡小兒帶正印者,多驚哭。凡小兒帶午未多者,名曰執拗殺,主為性執拗。寸珠尺璧云:凡帶戌人多執拗。

凡そ小児出生の時辰是れ辰戌丑未にして、四柱の中墓庫また多きは、また他人に過継するを主る。《寸珠尺璧》に説く、凡そ四季日に生ずる人は、多半夜に過房せん。凡そ小児五行斉全のは、小さきより精明伶俐にして、あれ是れ前世の帯来するの霊骨なり。凡そ小児柱の中正印を帯ぶるは、多半夜に驚啼哭を受くるを愛す。凡そ小児柱の中午・未の帯ぶる多きは、「執拗殺」と呼ばれ、性情執拗して勧を聴かざるを主る。《寸珠尺璧》に説く、凡そ柱の中戌を帯ぶる人は多半脾気執拗なり。

凡小犯兒帶子亥多,主疝氣偏墜,是子時者,無不應,壬子、丙子尤緊,生時與胎同在辰上者,亦然。凡小犯帶火多,主少年【膿】血之疾,帶丁干多有未字者,主頭上害瘡、癤,大人腦疽或禿瘡,及小兒頭面上有疤痕。凡小兒四柱帶父母四柱一位,或二位者,雖重關不死。

凡そ小児柱の中子・亥の帯ぶる多きは、疝気・睾丸偏墜を患ふを主る。子時に生ずるの応験せざるなし、壬子・丙子尤其として緊要なり。出生の時辰と胎元と同じく辰の上に落つるは、も是れ一樣なり。凡そ小児柱の中火多きは、少年の時膿血の一類の病を患ふを主る。天干丁の字多くして地支また未の字あるは、頭上瘡を生じ癤を長ずるを主り、大人に在りては脳疽あるいは秃瘡にして、小児に在りては則ち頭臉の上疤痕を留む。凡そ小児四柱の中帯びて父母四柱の裏の一位あるいは両位の干支するは、たとへ重重の関煞に遇上するも夭亡せざらん。

凡小兒生時納音不可克年與胎之納音,克則胎中死,克年及刑破三五七九歲死,若生月乘旺氣者,亦難過十八九二十五六也,若鬼自無氣者,亦中壽。凡小兒生年納音屬屬金,忌午時,屬火忌丑時,屬水忌酉時,屬木忌子巳二時,屬土忌亥卯二時,名曰鬼關,凶者多不過三十歲而夭。

凡そ小児出生時辰の納音は、可からず去りて年柱と胎元の納音を剋する。胎元を剋するは、胎の裏就て夭亡す。年柱を剋してまた刑破を加ふれば、多く三歳・五歳・七歳・九歳の上に於て死去す。もし生月旺気を乗ずれば、また難く過ぎて十八九歳あるいは二十五六歳のあの一関。もし来たりて剋するあの鬼本身気なければ、倒になほ能く中寿に活到せん。凡そ小児生年納音金に属するは午時を忌み、火に属するは丑時を忌み、水に属するは酉時を忌み、木に属するは子・巳の両個の時辰を忌み、土に属するは亥・卯の両個の時辰を忌み、これを「鬼関」と呼び、凶の多半三十歳に活過せずして夭折す。

凡小兒生年納音是金木,不可犯巳酉時,是火不可犯辰申日時,是水土不可犯午戌日時,名曰三關殺,主夭折。凡小兒犯五重羊刃,名曰滿盤刃,多養不成,更時帶刑害者,決死,女兒差慢,終不免產厄而死。(並廣信集)

凡そ小児生年納音金に属するあるいは木に属するは、可からず巳時・酉時を犯す。火に属するは可からず辰・申の日時を犯す。水に属し土に属するは可からず午・戌の日時を犯す。これを「三関殺」と呼び、小児夭折を主る。凡そ小児命五重の羊刃を犯すは、「満盤刃」と呼ばれ、多半養大せらるる能はず。もし時柱の上さらに刑害を帯ぶれば、あれば便ち必ず死せん。女孩子の応験略々緩めて些かなるも、しかるに最終もまた免れず生産の厄に因りて死せん。以上皆《広信集》に出づ。

凡小兒命中五行,自生月至時上以次求生旺,少刑沖者吉,主長壽,成器人也。如命中生月上日上五行死絕刑沖,必主夭殤,縱使福神之多有赦,少年當十生九死,及至成人,亦非上壽,大抵稟五行生旺,則氣實,氣實則壽長,五行死絕則氣薄,氣薄則短夭,蓋死絕則失時者也。

凡そ小児命中の五行を看るは、須らく生月より一路時柱に到るまで依次に生旺の気を尋求し、刑冲少なきを吉と為し、長寿を主り、是れ能く器を成すの人なり。もし命中生月・生日の上の五行皆死絶に落ちてまた相刑相冲せば、必定して夭亡せん。たとへ福神多くして赦免を得るも、少年時期もまた十生九死にして、長大成人するもまた長寿の相にあらず。大体上、五行生旺の気を禀受するは元気充実にして、気実なれば便ち寿長し。五行死絶のは元気単薄にして、気薄ければ便ち短命なり、死絶便是時令を失ふを以てなり。

凡小兒命帶四水,生船中,三金是逆旅生,聯鍾皷,金革哭聲,或有孝子著白衣婦人相看也,見三木生聞喧呼驚怪,或不在正堂,或近園林庭舍也。見三土生時,近丘塚堤堰積土處,或有土切動作之事處也。三火生時鄰家有喪禍事,或家中有憂恐離別事也。鬼谷要訣云:五行消息看元生,重迭空亡母有驚,四水皆臨船上產,三金俱在驛中生。

凡そ小児命の裏四重の水を帯ぶるは、船の上に生ず。三重の金を帯ぶるは、旅店の中に生じ、出生の時あるいは鍾鼓の声・金鉄交鳴の响と哭声とを伴ひ、あるいは白衣を穿つるの孝子・婦人旁に在りて照看す。三重の木を見れば、出生の時喧嘩驚呼を聴き、あるいは正屋に在らず、而して園林庭院の近旁に在り。三重の土を見れば、出生の処墳丘・堤堰・積土の地方に靠近し、あるいは附近正に動土施工す。三重の火を見れば、出生の時隣家喪禍あり、あるいは家の中正に憂恐・離別の事あり。《鬼谷要訣》に説く、五行の消長は須らく本元の所生するを看るべく、空亡重畳出現すれば則ち母親驚を受け、四重の水皆臨めば便ち船の上に於て生産し、三重の金斉備すれば便ち駅途の中に生ずと。

凡小兒見四孟上帶金火相剋,多瘡癤驚疾,又金水火相制,主剝皮瘡災。凡木相刑沖,木土相剋,主驚吊,蓋木發驚駭,土受邪故也。凡命中見金水,多主晚語,見木火主早言。凡五行一位,生三四位,幼失乳,凡生時見官符,父有公訟,母有驚恐。凡見咸池重合,非嫡母所生也。(李九萬云:帶咸池重合,不得親父珠養育)

凡そ小児四孟の位の上金火相克を帯ぶるは、多く瘡癤・驚風の一類の病を生ず。金・水・火互相制约するは、剥皮瘡の災を患ふを主る。凡そ木と木と相刑相冲し・木と土と相克するは、驚風抽搐を主る、木は発驚駭を主り・土また邪気を受けたるを因るを以てなり。凡そ命中金水多きは、多半説話晩し。木火多きは、説話早し。凡そ五行ただ一位ありて却つて去りて三四位を生ずるは、幼年に就て乳を断てり。凡そ出生の時官符を見るは、父親官司あり・母親驚恐を受けたるを主る。凡そ咸池重合を見るは、是れ嫡母の所生にあらず。(李九万説く、咸池重合を帯ぶるは、親生の父親の撫養を得ず。)

凡生時見正印者,自襁褓中無驚恐也。凡生時見劫殺者,有【緃】頂旋也。凡重迭見空亡,主驚【顛】失墜。生時有空亡及自死絕者,七歲前羸疾,七歲後陟肥,時胎見空亡,主左眼圓小,凡見前喪後吊,名曰喪吊直長,多湯火之災。生時見喪門弔客,初生時有白懵尿草之性,又生時見喪門,母氏難產及生則母多疾病。

凡そ出生の時正印を見るは、襁褓の中より起りて便ち驚恐の事なし。凡そ出生の時劫殺を見るは、頭頂の上旋毛あり。凡そ空亡重畳出現するは、驚を受け顛仆し・高き処より跌落するを主る。出生の時空亡に逢ひてまた自ら死絶に坐するは、七歳以前体弱多病にして、七歳以後かへつて長胖す。時柱と胎元と皆空亡を見るは、左眼偏円偏小を主る。凡そ前面喪門を見・後面弔客を見るは、「喪弔直長」と呼ばれ、多く湯火燙傷の災あり。出生の時喪門・弔客を見るは、剛に生下来れば便ち懵懂尿牀の毛病あり。出生の時単に喪門を見るは、母親難産にして、生下の後母親もまた多病なり。

凡欲催小兒正否,則命見孤辰寡宿,多潔房異宅,勢不行,氣不轉,幼離父母,勢不行者,如戊辰木,得庚辰金是也,木為金克,其勢不行者,此也,氣不轉者,如庚辰金見乙巳火是也。金氣轉於十二支則有火截,所以氣不轉者,此也。餘依此推之。(並燭神經)

凡そ小児是不是正出を推断せんと要するは、便ち命中孤辰寡宿あるや無きやを看れば、あるの多半別に門戸を立て・別宅に寄居し、あるいは「勢不行」・あるいは「気不転」にして、幼年に便ち父母と分離す。いはゆる勢不行とは、例えば戊辰(大林木)命庚辰(白蠟金)を得れば、木金に剋せられて、気勢便ち伸展して開く能はず。いはゆる気不転とは、例えば庚辰金乙巳(覆灯火)を見れば、金気本須らく十二支の上に於て流転せんとす、却つて火に攔腰截住せられて、ゆゑに転動せず。余の情形はこれを照らして類推す。以上皆《燭神経》に出づ。

凡胎中帶廉貞兩位,沖一位,陰陽不正,為庶子,或六害、相刑、帶殺,主過房。時逢年字臨華蓋,四季胎空加六害,若非寄養外人家,庶出倚觀多此輩。時逢年字者,如戊寅戊午命,得戊戌時,但三合處生時干,與年干同為真華蓋,四季乃時臨辰戌丑未是也。胎空乃胎犯空亡,命犯前殺主二姓,或傷生過房就舍及招外子。

凡そ胎元の中両位の廉貞を帯び・また一位の来たりて冲するあり、陰陽正しからざるは、是れ庶出の子なり。もしさらに六害・相刑あるいは凶殺を帯ぶれば、便ち他人に過継するを主る。歌訣に説く、時柱の上出現して年柱と相同の字また「華蓋」に臨み、四季の時胎元空に落ちてさらに六害を加ふれば、この種の人是れ寄養して外人の家の裏に在らざれば、多半便ち庶出あるいは別人に依附して過活す。いはゆる時年の字に逢ふとは、例えば戊寅・戊午年命の人戊戌時を得れば、三合の処時柱天干年柱天干と相同にして、これこそ真華蓋と算せり。いはゆる四季とは、便是時辰辰戌丑未の上に落つるなり。胎空便是胎元空亡を犯すなり。命の裏上面これらの殺を犯せば、一身両姓を主り、あるいは親生の父母を傷て過継し・他家に入贅し、以致して外姓の子を招養するに至る。

時入空亡子拗性,天元受克尤加勁,或加辰戌等宮中,庶出不然身兩姓。天元受克主為事剛勁,辰戌丑未四時生空亡中,多是庶出並兩姓。日時勾絞,亦難勝子帶,須防內吊驚。小兒犯勾絞多克身,多驚吊厄。生時若也逢干祿,少年乳麤兮口有角。如甲人寅時,少年乳麤口有角,少時便好酒之類。(並沉芝源髓)

歌訶に説く、時柱空亡に落ち進むは、孩子性子執拗なり。天元また剋を受くるは、脾気さらに剛硬なり。もしさらに辰・戌の等の宮の裏に加へれば、是れ庶出ならざれば、便ち一身両姓なり。いはゆる天元剋を受くとは、此人做事剛強執拗を主る。辰戌丑未の四個の時辰に生まれてまた空亡の中に落つるは、多半是庶出あるいは両個の姓あるなり。歌また説く、日柱時柱勾絞を見れば、孩子也難養難帯にして、須らく内裏の驚弔の症を防ぐべし。小児勾絞を犯せば多く自身を剋し、常に驚風弔症の厄あり。歌さらに説く、出生の時辰もし天干の禄に逢着せば、この孩子小時候乳を吃すれば粗猛にして・嘴角棱あり。例えば甲干人寅時に生ずれば、寅正に甲の禄にして、この児少時乳を吃すれば便ち猛く・口棱角あり、年紀軽々として便ち飲酒を好む。以上皆《沈芝源髄》に出づ。

支干重濁必是螟蛉。凡月日時支干錯亂雜而重見太歲者,曰重元星,主為過房寄生人。螟蛉者,謂蜾羸之祝,螟蛉而曰類我也。(壺中子)胎月生時,大小墓、空、刑、絕同處,不是雙生異母兒,奇生抱將歸。(直道歌)

《壺中子》に説く、干支重複混濁のは、必定して是れ螟蛉義子なり。凡そ月・日・時の干支錯雑紛乱してまた重複して太歳の字を出現するは、「重元星」と呼ばれ、此人是れ過継あるいは寄養の人を主る。いはゆる螟蛉とは、用る所蜾蠃の銜養する螟蛉幼虫・口の中祝念して「像我像我」と曰ふの典故にして、比喻して併して親生にあらざるなり。《直道歌》に説く、胎元・月柱と出生の時辰との中、大墓小墓・空亡・刑・絶同一の処に挤れば、この孩子是れ双胞胎ならざれば・便ち異母の所生、さらに然らずんば便是別処生まれ下来りて抱きて家に帰りて養ふ。

或有偶然同產一母以分,須分深淺之時,復看五音向背。凡一時有八刻二十分,故有淺深前後吉凶不同,其有同時共母,以生須分深淺異姓,同時則論五音向背,得旺相者,福祿厚。(鬼谷遺文)雙生之法有奇門,欲驗榮枯視日辰,陰日弟強兄必弱,陽時兄貴弟須貧。凡雙生須用日斷好惡,定無誤也。(八字金書)李九萬曰:凡小兒帶四生多者,主雙生。神白經云:陽命後生者死,陰命先生者死,不以男女論。凡小兒有關最急,今具端的如左。

《鬼谷遺文》に説く、偶爾に同一個の母親一胎に兩個の孩子を産下するあり、必ず須らく出生時刻の深淺先後を分辨し、さらに五音の向背を看るべし。一個の時辰共に八刻二十分あり、ゆゑに同一の時辰の内もまた先後深淺の別あり、吉凶併して相同ならず。凡そ同時同母の所生するは、出生須らく深淺を分かち、姓氏もまた可能く各異なり、もし時辰完全一樣なれば、便ち五音の向背を論じ、旺相の気を得るの福禄深厚なり。《八字金書》に説く、双生を判断するに自ら奇門の法あり、須らく彼らの日后の栄枯を験せんとすれば、便ち日辰を看れば、陰日出生のは、弟弟強くして哥哥必ず弱し。陽時出生のは、哥哥貴くして弟弟必ず貧し。凡そ双生児皆日柱を用ひて来たりて好壊を断ず、絶対して錯らざらん。李九万説く、凡そ小児柱の中長生の支の帯ぶる多きは、双胞胎を生ずるを主る。《神白経》に説く、陽命の後生するは先に死し、陰命の先生するは先に死す、男女を分かたず皆このように論ず。小児の各種の「関煞」最も緊要にして、現に把て确切的算法を開列して如下に如くす。

大関

凡甲子、壬子、戊子,三旬生人,俱從申上起數,庚子、丙子中兩旬生人,俱從寅上數,假令辛未命是甲子旬中生人,用甲子從申上數起,順行一位一辰,至卯上見本年辛未,此是關也,餘彷此。卻看命宮在何宮,若在兄弟、奴僕、遷移、相貌四宮為犯關也。餘宮非,在第三宮不過三歲死,六十二宮依次言之,惟第九宮不出三十歲死也。若行年太歲大小運沖併,決不免矣,歌曰:甲壬戊子從申起,庚丙旬人數起寅,數到本年方是殺,三九六十二為真。

凡そ甲子・壬子・戊子のこの三旬に生ずる人は、皆申位より起りて数ふ。庚子・丙子のこの両旬に生ずる人は、皆寅位より起りて数ふ。譬へば辛未年命にして甲子旬に属する人は、便ち把て甲子を放りて申の上に起りて数へ、順行して一位一辰を数へ、数へて卯位に到れば正好く本年の辛未に碰上し、ここ便是関煞の在る所にして、余はこれを照らして類推す。接続してさらに命宮いづれの一宮に落つるを看れば、もし兄弟・奴仆・遷移・相貌のこの四宮に落つれば、便ち関を犯すと算し、別の宮に落つれば則ち算せず。第三宮に落つるは三歳に活過せず、第六宮・第十二宮依次に論断し、ただ第九宮のは、三十歳を出でずともまた須らく死せん。もし流年太歳と大運小運とまた来たりて冲併せば、あれば便ち決計して逃掉する能はず。歌訣に説く、甲子・壬子・戊子の三旬は申の上より起り、庚子・丙子の両旬の人は寅の上より数ふ、数へて本人生年のあれ一位に到ってこそ是れ殺、三・九・六・十二のこの幾宮に落つればこそ真犯と算せり。

小関

主千日週歲,三歲五歲不出也,辰戌年生關在辰子,亥酉年生關在亥午,申年生關在午丑,未年生關在卯,寅年生關在巳,巳年生關在未,卯年生關在子,看命宮在何宮,若殺在三六九十二宮,是犯關也。古詩云:六九不過三百日,十二同三定五【關】,更兼惡殺來臨著,父母如何得不憂。

小関の主る所は千日・周岁の内の凶険にして、最遅三歳・五歳もまた逃過する能はず。辰年・戌年生の関は辰と子とに在り、亥年・酉年生の関は亥と午とに在り、申年生の関は午と丑とに在り、未年生の関は卯に在り、寅年生の関は巳に在り、巳年生の関は未に在り、卯年生の関は子に在り。さらに命宮いづれの一宮に落つるを看て、もしこの個の殺第三・第六・第九・第十二宮に落つれば、便是犯関なり。古詩に説く、六宮・九宮に落つるは三百天に活過せず、十二宮と三宮とに落つるは定めて五歳の上に在り。もしさらに悪殺一併して頭に臨むあれば、父母を做るは怎能不憂心せんや。

又歌云:子亥酉年關在亥,寅蛇卯鼠戌辰龍;巳人羊位午申馬,丑未生人兔上逢。此關君要知凶惡,三六九十二宮中。又一例云:子蠍牛羊寅女為,卯併辰【?】巳申知,午牛未丑【甲】人馬,酉雞戌未亥魚兒。假令子生卯上起殺,其殺在三六九十二宮,則主夭死,不能逃也。(並廣信集)

また一首の歌に説く、子年・亥年・酉年生のは、関は亥の上に在り。寅年は巳(蛇)に在り、卯年は子(鼠)に在り、戌年・辰年は辰(竜)に在り。巳年生のは未(羊)に在り、午年・申年生のは午(馬)に在り、丑年・未年生のは卯(兎)の上に於て碰见す。須らくこの個の関煞の凶悪を知れば、便ち応ずる第三・六・九・十二宮の中に在り。別に一種の算例あり、是把て生年地支を配して十二宮の星象に上げて以て関を定む。子年は天蠍に属し、丑・未は牛と羊とに属し、寅年は双女に属す。卯と辰と并列し(原書ここに一字を缺く、已に難く確指す)、巳・申は此より推知するを得。午は金牛に属し、未・丑は人馬に属し、酉は天鶏に属し、戌は未に属し、亥は双魚に属す、この一段の文字已に残脱あり。譬へば子年生の人卯の上より殺を起れば、この個の殺もし第三・六・九・十二宮に落つれば、便ち夭折を主り、躱避するも躱掉する能はず。以上皆《広信集》に出づ。

諸関殺

三春亥子不過關,夏卯未上不堪看。秋寅戌上切須忌,冬丑辰時便入棺。(化成書作秋辰戌冬丑寅)春關丑巳夏辰申,秋未雙魚冬戌寅,生時若犯此關殺,三三九九保其身。(即孤辰寡宿並三命纂局)正七巳亥要君知,二八辰戌不相宜,三九卯酉君須記,四十寅申主哭悲,五月十一丑未是,六月十二子午時。(正月巳,七月亥,是關,即六害也。)金戌化為鐵,火向未申絕,木辰枝葉枯,水土丑寅滅。(並廣琭)

各種の関煞の歌訣如下なり。第一首に説く、春三月生の孩子亥・子の両個の時辰に遇へば関を過ぐる能はず、夏天生の卯・未の上に落つるは堪えて看る能はず、秋天生の切に須らく寅・戌を忌諱し、冬天生の丑・辰時に碰上すれば便ち棺に入らん。(《化成書》は秋は辰・戌を忌み、冬は丑・寅を忌むと作す。)第二首に説く、春天の関は丑・巳に在り、夏天は辰・申に在り、秋天は未と双魚に属する亥とに在り、冬天は戌・寅に在る。出生の時辰もしこれらの関殺を犯せば、須らく三歳・九歳のこの幾道の坎を熬過してこそ性命を保住するを得ん。(これ実は便ち孤辰寡宿にして、並びに《三命纂局》に見ゆ。)第三首に説く、正月・七月は須らく巳と亥とを記住し、二月・八月は辰と戌とを忌み、三月・九月は須らく卯と酉とを記住し、四月・十月は寅・申に遇へば哭泣悲傷を主り、五月・十一月は丑と未とにして、六月・十二月は則ち子・午の両個の時辰なり。(正月の巳・七月の亥便是関にして、実是れ便ち六害なり。)末の一首に説く、金戌の上に到れば化成して鉄と為り、火未・申に到れば便ち絶滅し、木辰の上に到れば枝葉枯萎し、水と土と丑・寅の上に到れば消亡に帰す。以上皆《広録》に出づ。

命書以金戌化為鐵,為金鎖關,而紫微太乙局別有小兒金鎖關,例云:從戌上起正月,逆行至本生月位,卻自日上起子,順行至本生時位,遇辰戌丑未上是關殺,犯之必應,又寅申巳亥月,見子午卯酉時,是關,子午卯酉月,見辰戌丑未時是關,辰戌丑未月,見寅申巳亥時,亦是。

命書は把て「金戌の上に到りて化して鉄と為る」のこの一句を「金鎖関」と呼び、而して《紫微太乙局》は別に一套の小児金鎖関の算法あり。それ説く、戌位の上より正月を起り、逆行して数へて本人出生の月份に到り、さらにあの一位より子時を起り、順行して数へて本人出生の時辰に到る。凡そ辰・戌・丑・未の上に落つる便是関殺にして、犯せば必定して応験せん。此の外、寅申巳亥月生にして子午卯酉時を見るは関にして、子午卯酉月生にして辰戌丑未時を見るは関にして、辰戌丑未月生にして寅申巳亥時を見るもまた関なり。

又有大人關云:凡人命中日時上干克命宮,其年必死,更看在甚月分,卻又來克命宮,此年此月內必死,又一關,名三殺,水土寅卯巳,木人巳午申,火人申酉亥,金人戌子寅。如人命中月日時上帶三兩重,必痴困,無精神,夭壽也。

另外なほ一種の「大人関」の説あり。凡人命中日柱・時柱の天干去りて命宮を剋するは、あの一年に到れば必ず死せん。さらに看て是れいづれの月份の上に在るや、もしあの月また来たりて命宮を剋せば、あればこの一年この一月の内必ず死して疑なからん。なほ一関ありて「三殺」と呼ぶ。水命・土命の人は寅・卯・巳を忌み、木命の人は巳・午・申を忌み、火命の人は申・酉・亥を忌み、金命の人は戌・子・寅を忌む。人命中月・日・時の上もし両三重を帯ぶれば、必定して痴呆困頓・精神なし、しかも短寿なり。

小児運例

陽男陰女寅至卯。寅上起一歲,卯上起二歲,辰上起三歲。陰男陽女申至未。申上起一歲,未上起二歲,午上起三歲。右一年行一位,凡撞辰巳戍亥年,定有災殃,號名孩兒運。(五行捷論)

小児行運の排法は、陽年生の男孩・陰年生の女孩は、寅より順に数へて卯に到り、寅の上一歳を起り・卯の上二歳を起り・辰の上三歳を起る。陰年生の男孩・陽年生の女孩は、申より逆に数へて未に到り、申の上一歳を起り・未の上二歳を起り・午の上三歳を起る。以上皆一年一位を走り、凡そ辰・巳・戌・亥のこの幾個の年份に撞上すれば、一定して災殃あり、この一套の推法便ち「孩児運」と呼ばる。この條は《五行捷論》に出づ。

第廿九巻

男命の例を釈す

凡推男命,以年為父,胎為母,月為兄弟,官員以朋為僚友日為己身、妻妾,時為子孫,官員以時為帝座,禍福凡是子午卯酉日生,主娶子午卯酉命妻,或日支三六合,或干合,俱不得偕老。假令甲子日生,合娶子午卯酉妻,或有娶申子辰生,或有丑生或有甲己生者,皆不永,若尅過頭,妻再醮,不在此限,亦有屢尅,直到娶生日支干不同者,方不尅,寅申巳亥,辰戍丑未生,亦同上說。

男子の命運を推算する時、四柱各々主る所有り。年柱は父親を代表し、胎元は母親を代表し、月柱は兄弟を代表す。もし命主是れ官員なれば、月柱なほ兼ねて同僚朋友を看る。日柱は自己と妻妾とを代表し、時柱は子女を代表す。官員の時柱また「帝座」と称し、一生禍福皆ここより看る。凡そ是れ子・午・卯・酉の四個の桃花の日に生ずるの男子は、照例として会く年命同じく子午卯酉に属するの妻子を娶らん。もし夫妻双生の日支三合・六合を構成し、あるいは天干相合せば、皆難く白頭到老を主る。例を挙げて説く、甲子日出生の人本当に子午卯酉年命の妻子を娶るべく、もし申子辰年・丑年を娶り、あるいは年干甲と為り・己と為るの女子を娶れば、婚姻皆長久ならず。倘若命中妻を剋するの力量已に応験過ぎて、妻子改嫁して他人にすれば、便ちこの條の限制を受けず。も人また一再に妻を剋し、一直に娶りて日の干支自己と完全不同の女子に到りて、こそ再び妨害なくなれ。寅申巳亥・辰戌丑未のこの両組の日子に生ずる人は、道理上面の説く所と相同なり。

凡命以生日論妻人,須定四柱內有我尅為妻,無我尅者,名曰局中無妻,卻看所生日在何地,如在財旺之鄉,當有得力之妻,或美妾,更帶貴神祿馬歸年,主妻帶官嫁夫,若在本命財死墓絕敗處,定主尅陷,或有一生鰥居之人,如籤判江,癸亥年水,辛酉月木,丁丑日水,壬寅時金,四柱皆無火,日又在無氣之地,雖有官至老,但攜匪人而己。

凡そ是れ命を看るに、皆出生の日を以て来たりて妻子を論ず。必ず須らく四柱の中找し出して我に剋せらるるの五行を、あれ便是妻星なり。四柱の裏もし找し出さざれば我に剋せらるるの五行を、便ち「局中無妻」と呼ぶ。この時須らくさらに出生の日いづれの位置に落つるを看るべし。もし財星旺盛の地に落つれば、便ち能幹得力の妻子あるいは美貌の侍妾あらん。もしさらに「貴人」「禄馬」の等の吉神を帯びて併して年柱に帰すれば、妻子出身官宦・封誥を帯びて丈夫に嫁ぐを主る。かへつてもし日主本命財星の死・墓・絶・敗の地に落つれば、一定して妻室を剋傷し、甚至として人終身鰥居するあり。例えば有位の姓江の簽判は、年柱癸亥納音水に属し、月柱辛酉納音木に属し、日柱丁丑納音水に属し、時柱壬寅納音金に属し、四柱の中一点の火もなく、日主また毫も生気なきの地方に落つれば、ゆゑに彼たとへ官を做して老に到るも、身辺却つてただ能く不成器の人を跟随せしむるのみ。

玉門關集云:假令土為妻,居寅卯甲乙鄉,坐尅。餘倣此。凡命日祿在時上,遁見名譽殺者,不惟主富,亦主因妻有官。假令六丙日得癸巳時,六壬日得辛亥時之類是也。日帶年之官,或年之印,主妻奪夫權,或祿出妻蔭,或妻是權貴之家,駙馬郡馬之類。日坐命財,更在時生旺之鄉,主得妻財,又主妻賢明,若在死墓絕處,得妻家死人財,日坐貴人主妻有族望,不然賢淑美麗,及有美妾少僕也。

《玉門関集》に説く、仮に土を以て妻星と為し、而して土寅卯あるいは甲乙のこれらの木に属する位置の上に坐せば、便是妻星剋制する自己の地方に坐す、余の各種の五行これを依りて類推す。凡そ日干の「禄」時柱の上に出現し、また遁干の法を用ひて「名誉殺」に遇ふは、不但として富有を主り、なほ妻子の関係を凭りて官職を得るを主る、例えば丙日生の人癸巳時に遇ひ・壬日生の人辛亥時に遇ふは、皆この一類に属す。日柱年柱の官星あるいは印綬を帯ぶるは、妻子奪去して丈夫の権柄を、あるいは丈夫の俸禄妻家の蔭庇を靠りて来たるを主り、あるいは妻子出身権貴の門、駙馬・郡馬のあのようの門第のごとし。日柱本命の財星に坐し、時柱また生旺の地に在れば、主として能く妻子の帯来するの財産を得、妻子もまた賢恵明達なり。もし財星死・墓・絶の地に落つれば、所得する便是妻家亡故の人の留下するの遺産なり。日柱「貴人」に坐するは、妻子出身望族を主り、否ればまた必定して賢淑美麗にして、併せて身辺美妾と年軽僮仆とあらん。

凡命帶日刑主尅妻。日帶年沖破,主尅妻。日帶年羊刄,主尅妻。日帶年劫殺,主尅妻。日帶年六厄,主尅妻。日帶年元辰,主尅妻。日帶年空亡主尅妻,或三四娶或無妻。日帶年墓主尅妻,或重重尅陷,或以娼妓為妻。日帶正印主娶娼妓妾為妻,正室多尅,五行順則吉。日帶刑害沖破,又帶惡殺,多主妻生離。日坐沉浮殺,主妻生離或惡死。日帶自刃名曰日殺,或時羊刃歸日,皆主尅妻。日羊刃歸年者,名曰朝元羊刃,主尅妻。

以下逐條に列挙して妨妻の組合す。日柱自ら刑を帯ぶるは、妻を剋するを主る。日柱と年柱と相冲相破するは、妻を剋するを主る。日柱年柱の「羊刃」を帯ぶるは、妻を剋するを主る。日柱年柱の「劫殺」を帯ぶるは、妻を剋するを主る。日柱年柱の「六厄」を帯ぶるは、妻を剋するを主る。日柱年柱の「元辰」を帯ぶるは、妻を剋するを主る。日柱年柱の「空亡」を帯ぶるは、妻を剋するを主り、甚至として須らく三四次を娶るかあるいは終身妻なからん。日柱年柱の墓庫を帯ぶるは、妻を剋するを主り、あるいは接連して妻室を剋傷し、あるいはただ能く娼妓を娶りて妻と為す。日柱正印を帯ぶるは、多半娼妓・姫妾を娶りて正妻に充当し、正室常に剋傷せらる、しかれどももし五行流通順暢なれば、仍ほ可く転じて吉と為らん。日柱刑・害・冲・破を帯び、また凶悪の殺神を加ふれば、多く妻子と生離するを主る。日柱「沉浮殺」に坐するは、妻子あるいは生離し、あるいは非命に死するを主る。日柱自ら羊刃を帯ぶるは、「日殺」と呼ばれ、あるいは時柱の羊刃回帰して日柱に到るは、皆妻を剋するを主る。日柱の羊刃年柱に帰到るは、「朝元羊刃」と呼ばれ、同じく妻を剋するを主る。

日在命財死墓絕處,主尅妻,假令金命人,生日在午未申上是也,仍以納音論之,古詩云:納音金命木為妻,午未宮為死絕葬期,更進一辰妻是絕,若無傾陷也先虧。日坐華蓋。主頻頻尅妻,主聚娼妓尼妾為妻,大抵四季日多如此,古詩云:時逢華蓋主身孤,有子臨年必定殂,日若值時妻屢尅,不娶娼尼即奴婢。

日柱本命財星の死・墓・絶の地に落つるは、妻を剋するを主る。例えば納音金に属する人木を以て妻と為し、木午・未・申の上正に死絶の処にして、出生の日もしこの幾位に落つれば便ち応験し、判断する時仍ほ「納音」五行を以て準と為す。古詩に説く、納音金に属する人木を以て妻と為し、走りて午・未の両宮に到れば便是妻星の死絶と入葬の期、さらに前に往かひて一位便是絶地にして、たとへ至らず傾家敗落すとも、妻子もまた必ず先に受損せん。日柱「華蓋」に坐するは、一再に妻を剋するを主り、往々にして娼妓・女尼・姫妾を娶りて妻と為す、大抵辰戌丑未の四季の日に生ずる人多くこの象あり。古詩に説く、出生の時華蓋に遇上すれば、一生孤独を主り、たとへ児子あるも、応期に到れば必定して夭亡せん。日柱もし時柱と皆華蓋に逢へば、妻子屡々剋傷に遭ひ、娶る所は是れ娼妓女尼ならざれば、便是婢女奴仆なり。

寸珠尺璧云:日坐華蓋,主妻不廉不孝。日坐驛馬主妻多病,慵懶,或孤,五行相尅,亦主陷,辛酉日生尅妻,癸巳日主夫妻有疾,或酒色,荒淫,年日同一位,名主本同宮,主尅妻,娶同年妻方免俗謂之鳳凰池。沉芝云:兄弟同宮鳳凰池,但使人心懷不佳,日時相沖、相破、相刑、六害,皆主難婚、難嗣,男女通用,申日辰時,未日亥時,寅日戍時,丑日巳時,互換皆為井欄斜沖,主難妻,更帶食神,名絕房殺,主多女少男,如甲辰壬申,帶倒食者,尤緊。古賦井欄對敵,荘子?盆而歌,謂此也。日是自刑,主妻多病,日坐沐浴殺,主得美妻多不廉。

《寸珠尺璧》に説く、日柱「華蓋」に坐するは、妻子貞潔ならず・不孝順を主る。日柱「駅馬」に坐するは、妻子多病・懶散にして、あるいは孤単を主る。もし五行の間また相剋せば、同じく受損を主る。辛酉日出生の人は妻を剋し、癸巳日出生の人は夫妻病あるを主り、あるいは酒色に沉溺し・荒淫無度なり。年柱と日柱と干支相同は、「主本同宮」と呼ばれ、妻を剋するを主り、ただ同年出生の妻子を娶ればこそ免除するを得、俗に「鳳凰池」と称す。沈芝説く、兄弟同宮の鳳凰池は、ただ能く人をして心の裏痛快ならざらしむ。日柱と時柱と相冲・相破・相刑あるいは六害を構成するは、皆婚姻難成・子嗣難得を主り、男命女命通用す。申日辰時・未日亥時・寅日戌時・丑日巳時、および互に対換するの組合は、皆「井欄斜冲」と呼ばれ、難く妻室を得るを主る。もしさらに食神を帯ぶれば、便ち「絶房殺」と呼ばれ、女を生むこと多く・男を生むこと少なきを主り、甲辰・壬申のごときまた「倒食」を帯ぶるは、応験尤其として緊切なり。古賦のいはゆる井欄対井欄対敵・荘子弹盆して歌ふとは、説く所正にこの種の情形なり。日柱自刑するは、妻子多病を主る。日柱「沐浴殺」に坐するは、娶り到る美貌なるも不甚だ貞潔の妻子を主る。

凡命以日之納音,論妻之數目,水一,火二,木三,金四,土五,甚者倍之。(廣信)凡人妻位沖辰,為娶妻之年,罕有與日三六合而見妻者,更以巧拙言之。(寸珠尺璧)日凌親,老婦無恭。日為妻妾,如乙丑人見辛日,乃傷年干,癸日乃吞乙干,遇甲日是乙之長,多不伏夫,蓋年為父母,更支神刑沖帶殺,故無恭順,或助生別干則不然,乃乙見辛有壬字,辛金金生壬水,壬水生乙木也。

凡そ是れ命を推すに、皆日柱の「納音」を用ひて来たりて妻子の数目を推算す。水に属するは一位、火に属するは両位、木に属するは三位、金に属するは四位、土に属するは五位。情况厳重のはなほ須らく加倍して計算すべし、这是《広信集》の説法なり。凡人妻星の在る所の位冲せらるるのあの一年、便是妻を娶るの年にして、很少く有る日柱と三合・六合を構成するの年份こそ妻を娶る、此の外なほ須らく命局配合する得巧妙なるか笨拙なるかを看るべし、这是《寸珠尺璧》の説法なり。いはゆる「日凌親・老婦無恭」とは、説く所日柱は妻妾を代表す。譬へば乙丑年生の人辛日に遇へば、辛金傷つて年干の乙木を、癸日に遇へば、癸水また吞泄して乙木を、甲日に遇へば、甲是れ乙の兄長にして、妻子多半丈夫の管束を服せず。年柱は父母を代表するを以て、もし地支さらに刑冲ありて併して凶殺を帯ぶれば、妻子便ち尊長に対して毫も恭順の心なし。もし別に別の天干の来たりて生助するあれば、情况便ち同からず、例えば乙木辛金に遇ふ時命中壬の字あれば、辛金壬水を生じ、壬水また乙木を生じ、かへつて通順して害なし。

日支忽在歲支前,眾笑怕妻聲醜惡。日為妻姜之神,在太歲支神前主怕妻,或妻性氣(並沉芝源髓)凡是殺臨妻位者,妻和不克外家傷,克損妻家零落後,方得妻年壽命長。(紫虛局)鼓盆歌處是鰥夫。鼓盆殺一名望門寡,歌曰:水人逢亥望門寡,火燒寅位婦相疏,土木遇蛇妻必喪,金猴長是怨鰥夫。(理愚歌)

「日支忽に歳支の前に在り、衆笑して妻を怕る声醜悪」とは、説く所日柱本来主管妻室の一位にして、それの地支もし太歳地支の前面に排せば、便ち丈夫内を懼れ・あるいは妻子脾気剛烈を主り、以致して衆人に取笑せられ、落下して内を懼るの醜名、这是《沈芝源髄》の説法なり。《紫虚局》に説く、凡そ是れ凶殺妻位に臨到るは、夫妻たとへ和睦なるも、却つて免れず妻子の娘家を剋傷せん。妻家敗落零散の後に等到れば、妻子自己かへつて能く長寿を得ん。いはゆる「鼓盆歌処是れ鰥夫」とは、指す所「鼓盆殺」にして、また「望門寡」と呼ぶ。歌訣に説く、納音水に属する人亥に遇へば、便ち望門守寡の応あり。火に属する人寅位に碰上すれば、夫妻情分疏遠す。土に属し・木に属する人巳蛇に遇へば、妻子必定して亡故す。金に属する人申猴に遇へば、長久皆抱怨孤単の鰥夫なり。这是《理愚歌》の説法なり。

女命の例を釈す

凡女命以年為翁父,胎為婆母,月為妯娌,日為夫,己身,時為子孫。凡女命是子午卯酉日生,合嫁子午卯酉命夫,四陵園四季者亦同,若嫁日干合或支神三合六合者,俱不偕老。凡女命胎年為福,主生在富貴之家,父母榮顯,生月為福,主兄弟榮顯,生日為福,主夫位榮顯,生時為福,主子孫榮顯,日時俱為福,受夫與子之蔭也。

凡そ女命を看るに、年柱は公公を代表し、胎元は婆婆を代表し、月柱は妯娌を代表し、日柱は既に丈夫を代表しまた自身を代表し、時柱は子女を代表す。女命子・午・卯・酉の日に生ずるは、照例として応当に年命同じく子午卯酉に属するの丈夫に嫁ぐべし。辰戌丑未のこの四座の陵園四季の日に生ずるは、道理もまた一樣なり。もし丈夫の日干自己と相合し、あるいは地支三合・六合を構成せば、かへつて皆夫妻能く白頭偕老せざるを主る。女命の福気もし胎元と年柱の上に落つれば、富貴の家に生まれ・父母顕達を主る。月柱の上に落つれば、兄弟顕達を主る。日柱の上に落つれば、丈夫顕達を主る。時柱の上に落つれば、子孫顕達を主る。日柱・時柱皆福を得れば、便ち能く一生丈夫と児子との蔭庇を受く。

凡女命大宜納音上生下,主人有殊福,不家下克上,主欺詐【僣】越,若年之納音克時之納音,不宜子,又云:若年克戰,刑破生時納音,少子多女。凡女命絕中有生,旺中有死,空亡中有破,五行無情乃吉婦人也。若生中絕,死中有旺,而帶殺者,賤婦也。

女命最も宜しく四柱「納音」上位より下位を生ずるは、此人福気特別に深厚を主る。最も忌む下位かへつて来たりて上位を剋するは、人と為りて奸詐・本分を僭越するを主る。もし年柱の納音時柱の納音を剋せば、則ち子女に不利なり。また一説あり、年柱と時柱の納音相剋相戦し、あるいは刑・破を以て去りて時柱の納音を傷るは、女を生むこと多く・男を生むこと少なきを主る。女命もし能く絶地の中に於て生機を含み、旺気の中に於て死気を蔵し、空亡の中に於て破損を帯び、五行彼此相牽扯糾纏せざれば、这便是福あるの好婦人なり。かへつてもし生気の中暗に絶地を蔵し、死気の中また忽然として転じて旺と為り、なほ凶殺を帯ぶれば、那便是命賤の婦なり。

凡女命日坐年祿榮神者,郡國之封,春甲乙,夏丙丁,秋庚申,冬壬癸,榮神也。凡女命刑沖無情者,為上,只無情次之,日帶夫祿,仍有實庫,又次之,皆命婦格也。凡女命貴人帶天月德,日上有官,乃賢婦也。

女命の日柱もし年柱の禄神と栄神とに坐せば、可く郡君・国夫人の一類の封號を得ん。いはゆる「栄神」とは、指す所春季生の人甲・乙を見・夏季生の人丙・丁を見・秋季生の人庚・申を見・冬季生の人壬・癸を見るなり。女命刑冲ありて彼此情なく牽連するを以て上等と為し、ただ情なくして刑冲なきを次の一等と為し、日柱丈夫の禄を帯び・命中また充実の庫蔵あるを再次の一等と為し、この幾種皆能く封誥を受くるの命婦格局に属す。女命もし「貴人」また「天徳」「月徳」を帯び、日柱の上なほ官星あれば、あれば便是賢良の婦なり。

凡女命印要虛,庫要實,五行澹靜,無情有福,不相帶惹為上等,清廉之格。一云:凡女命要庫虛而貴實,貴實者是貴人不落空亡位也。命賤者,是貴虛而庫實,更犯孤寡、元辰、皆為不良之婦也。

女命の印綬は宜しく虚にして実ならざるを、庫蔵は却つて須らく充実なるを要し、五行安静淡泊・彼此情なくして各々其の福を得、互に牽扯糾纏せざれば、これこそ上等の清白廉正の格局なれ。別に一種の説法あり、女命応当に庫蔵虚にして貴気実なるべし、いはゆる「貴実」とは、指す所命中の「貴人」空亡の位置の上に落つるなきなり。命賤の人恰好く相反して、貴气虚浮にして庫蔵充実し、もしさらに「孤辰」「寡宿」「元辰」を犯上せば、皆品行不良の婦人に属す。

凡女命印有氣,則奪夫權,庫有氣則蓄夫財,不戰爭,無情理,則無妬忌,奴婢宮有浮沉殺,主打死奴婢。凡女命以克我者為夫,四柱無克我者,名曰局中無夫,更日落空亡,帶旺氣刑殺者,剋夫、下賤之甚也。

女命の印綬もし気勢あれば、便ち会く奪去して丈夫の権柄を。庫蔵もし気勢あれば、便能く丈夫の為に銭財を积蓄す。四柱の間相争戦せず・情理を牽連せざれば、性情便ち会はず妒忌せん。奴婢宮もし「浮沉殺」に坐せば、把て奴婢を責打して致死するを主る。女命我を剋するの五行を以て丈夫と為し、四柱の中もし找し出さざれば我を剋するの五行を、便ち「局中無夫」と呼ぶ。仮に日柱また空亡に落ち、なほ旺気と刑殺とを帯ぶれば、あれば便是夫を剋し而且として極めて下賤の命なり。

寸珠尺璧云:納音金命火為夫,重重臨寡又臨孤,戌亥二宮夫葬絕,徒然出嫁是場虛。凡女命生年生日同一位者,主剋夫,嫁同音同年者庶幾。凡女命不可帶六早日,犯者名曰帶甲夫,月共日俱帶者亦然,主剋夫守寡,如甲午生婦人,十有九剋夫,甲午日可知也,謂之金神帶甲,此例尤緊。

《寸珠尺璧》に説く、納音金に属するの女命は火を以て丈夫と為し、もし重重畳畳にして寡宿に臨到りまた孤辰に臨到れば、火戌・亥の両宮に到れば正に墓に入ると絶地と、あればたとへ出嫁するも、過ぎず一場の空なり。女命の生年と生日と干支相同のは、夫を剋するを主り、ただ納音相同・年歳相同の人に嫁げばこそ勉强して化解するを得。女命可からず「六早日」を帯ぶ、也即是ち六個の甲日にして、犯すのを「帯甲夫」と呼び、月柱と日柱と同時に帯上するも一樣にして、皆夫を剋し寡を守るを主る。譬へば甲午年生の婦人は、十個の裏九個は夫を剋し、甲午日生のさらに想ふ可く知るべし、これを「金神帯甲」と呼び、応験尤其として緊切なり。

凡女命主日不宜帶旺氣,帶者名承旺夫,若不下賤,則多主剋夫,若帶十分福德,則是內人五六分則貴官,左右三五分則近貴,娼婦上游也。次則尼妾,甚者剋夫淫蕩,見丙子、庚子、戊午、癸酉、辛卯日是也,戊午多貴,癸酉、辛犯次之,丙子、庚子下賤也。又云:戊午、癸酉、辛卯,大美小疵。又云:凡女命大忌祿衰身旺,日為身,凡女命大忌日在冠帶、臨官、帝旺,主淫惡或屢嫁夫,若男命生日上見之,主妻美麗不廉。

女命の日柱宜しく旺気を帯ぶ可からず、旺気を帯ぶるを「承旺夫」と呼び、この種の人是れ身分低賤ならざれば、多半便ち須らく夫を剋せん。もし同時に十分の福徳を帯足せば、便是宮中の内人なり。ただ五六分のは、是れ顕貴官員の妻室なり。三五分のは、是れ権貴に接近する人なり。さらに下に往かへば便是上等の娼婦なり。等にして下之れば則ち女尼・姫妾と為り、厳重のなほ会く夫を剋し淫蕩せん。この類の日子は指す所丙子・庚子・戊午・癸酉・辛卯にして、戊午日多く貴人を出だし、癸酉・辛卯次之、丙子・庚子は則ち下賤に属す。また一説あり、戊午・癸酉・辛卯のこの三日大体美好にして略々瑕疵あり。なほ一説あり、女命最も禄気衰にして身旺なるを忌み、日柱便ち自身を代表す。女命最も出生の日冠帯・臨官・帝旺のこの幾個の旺位に落つるを忌み、淫邪凶悪あるいは屡々改嫁するを主る。もし是れ男命の生日の上この種の情形に遇へば、則ち妻子美貌にして貞ならざるを主る。

凡女命生日在官鬼死墓絕上,主剋夫,若官鬼落空亡,或日落空亡,又生日無氣者,主無夫,縱有如無也。古詩云:五行夫位落空亡,更值身低豈有郎,不是風塵須婢妾,縱有卑夫身亦娼。

女命の生日もし官鬼星の死・墓・絶の地に落つれば、夫を剋するを主る。倘若官鬼空亡に落入し、あるいは日柱空亡に落入し、生日また毫も生気なければ、あれば便ち丈夫なきを主り、たとへ名義の上有るも、また和なきがごとし。古詩に説く、五行の中丈夫を代表するの位置空亡に落ち進み、さらに自身低微を加へれば、いづれの処に好夫婿あらんや。このようの女子是れ風塵に淪落するならざれば、便ち人に給して婢を做り妾を做り、たとへ嫁ぐ個の卑微の丈夫とも、自身もなお仍ほ是れ娼流なり。

凡女命日時犯華蓋、正犯,主無夫,無子,有亦臨終年克盡。凡女命日時犯刑害、空亡,沖破、飛刃、羊刃、劫亡,破碎、大敗等殺,主剋夫害子,更以輕重言之,仍以日時納音定夫子之數。

女命の日柱・時柱もし正に「華蓋」を犯せば、丈夫なき・子女なきを主る。たとへ有るも、晩年に到ればまた剋せられて干淨せん。女命の日柱・時柱もし犯上して刑・害・空亡・冲破・飛刃・羊刃・劫殺・亡神・破碎・大敗のこれらの凶殺せば、夫を剋し子を害するを主り、なほ須らく凶殺の軽重を按じて分別して判断し、併せて仍ほ日柱・時柱の納音を用ひて来たりて丈夫と子女の数目を推定すべし。

凡女命犯空亡、元辰、感池、華蓋、攀鞍,(寸珠尺璧云:凡女月日時,攀鞍主數嫁)乃惡婦人也,主剋夫少子,多病妬忌。凡女命帶六個自刃日時,主無夫夫子,便是十分惡命也,須主有克。

女命もし犯上して空亡・元辰・咸池・華蓋・攀鞍せば(《寸珠尺璧》に説く、女命の月柱・日柱・時柱の上攀鞍を見るは、多次改嫁するを主る)、便是凶悪の婦人にして、夫を剋し・子少なきを主り、しかも多病・多妒忌なり。女命の日柱・時柱もし六個の自刃を帯上せば、既に丈夫なくまた子女なきを主り、这便是十足の悪命にして、必定して会く剋傷の応あらん。

凡女命在羊刃上,多主產厄,及月經過多之疾,中年後主冷病,犯卯酉多主肋痛血刺。凡女命四柱個股陽不生男,俱陰不生女,時是陽干頭胎多生男,時是陰干頭胎多生女,帶寅申巳亥多者,多主雙生,亥字多者雙生男,巳字多者雙生女。

女命もし羊刃の上に坐せば、多く分娩難あるを主り、および月経過多の類の病症、中年以後なほ容易く虚寒の疾を得ん。もし卯酉を犯せば、多く肋部疼痛・血気刺痛を主る。女命四柱もし全く陽干なれば、かへつて男を生まず。全く陰干なれば、かへつて女を生まず。時柱是れ陽干のは、頭胎多く男を生ず。時柱是れ陰干のは、頭胎多く女を生ず。四柱の中寅・申・巳・亥の帯ぶる多きは、多く双胞胎を生ずるを主り、亥の字多きは双男を生じ、巳の字多きは双女を生ず。

寸珠尺璧云:四柱皆陽干不生男,皆陰干不生女,時是仲主生仲子,孟季同。凡女命有三年一胎,二年一胎,一年一胎者,皆以時之納音,取水一、火二、木三、金四、土五之數驗之。凡土命女犯火氣多者,主一世不生長,五行燥氣同。

《寸珠尺璧》に説く、四柱全く陽干のは男を生まず、全く陰干のは女を生まず。時支もし是れ子午卯酉のこの類の居中の位なれば、主として所生するは排行居中の孩子なり、四孟・四季の位に属するもまたこれを照らして推断す。女命有りて三年一胎を生ずるあり、有りて兩年一胎を生ずるあり、も有りて一年一胎を生ずるあり、皆時柱の納音を用ひて来たりて験証し、水一・火二・木三・金四・土五の数目を取りて推算す。凡そ是れ納音土に属するの女子は、もし命中火気太多なれば、一輩子生養順ならざるを主る。五行の中燥気太重のは、情形もまた一樣なり。

凡女命日時犯空亡、羊刃、劫亡,有一生不產兒女,或多損胎產厄者,以五行加減說之,亦有有不嫁者,縱有兒女多不和孝。凡女命犯伏返吟時,不利子,中年縱有,晚年必退,伏吟日主剋夫,惟同歲者方可免,月是伏吟,不家妯娌、姐妹,胎是伏吟,不利骨肉,返吟同此論。

女命の日柱・時柱もし空亡・羊刃・劫殺・亡神を犯せば、あるは一生児女を生まず、あるは屡々胎を損し・分娩険に遇ふ、須らく五行の強弱を按じて増減して判断すべし。も有りて終身嫁がざる、たとへ児女有るも、も多半不和睦・不孝順なり。女命の時柱もし「伏吟」「返吟」を犯せば、子女に利あらず、中年たとへ生育するも、晩年もまた必定して衰退せん。日柱伏吟するは夫を剋するを主り、ただ同歳の人に嫁げばこそ免除するを得。月柱伏吟するは、妯娌姐妹と不和す。胎元伏吟するは、骨肉親人に利あらず。返吟の看法此と相同なり。

凡女命壬癸生人見丙子、癸亥,申子辰人重重見壬癸,名曰流水殺,主下賤,不貞潔之事,女命多水而無土,主濫,多火而無水,主淫。大抵五行無剋制,主剋夫害子,不然賤薄也。凡女命犯八專日時,胎月亦然,主淫亂及虛勞之疾,犯九丑多者,亦主淫蕩及產厄、惡死。沐浴、咸池,乃酒色神,亦主淫亂,犯十惡大敗,主淫惡破家。

女命凡そ壬・癸日生の人丙子・癸亥に遇ひ、あるいは申子辰年生の人重重畳畳にして壬癸を見るを、「流水殺」と呼び、身分的低賤を主り、会く不貞潔の事情あらん。女命水多くして土の来たりて堤防するなきは、行為泛滥す。火多くして水の来たりて制约するなきは、性情淫佚なり。大抵五行の間制约なければ、便ち夫を剋し子を害するを主り、否ればまた是れ貧賤軽薄なり。女命の日柱・時柱もし「八専」を犯せば、胎元・月柱犯すも一樣にして、淫乱および虚労の一類の疾病を主る。「九丑」を犯すこと多きは、また淫蕩および分娩険に遇ひ・非命に死するを主る。「沐浴」「咸池」は酒色を主るの神煞にして、同じく淫乱を主る。「十悪大敗」を犯すは、則ち淫悪にして家を敗するを主る。

凡女命生日無氣,若坐貴人,卻四柱帶天月德,或時祿者,主賤中生貴子,是官員左右也。亦有受子封者,凡女命帶合多者,不尼妓即婢妾也。三六合,天地合,亦同論,若更帶貴人多是上游官妓,不然貴人左右也,或有因而受封者,福在日時上也。

女命の生日もし毫も生気なきも、しかし「貴人」に坐し、四柱また「天徳」「月徳」を帯び、あるいは時柱禄あれば、たとへ出身低賤なるも能く貴子を生下するを主り、本人は則ち官員の身辺に在りて侍奉し、も有りて児子の顕達に因りて封誥を受くる。女命もし命中相合太多なれば、是れ女尼・娼妓ならざれば、便是婢女・姫妾なり。三合・六合および天干地支同時に相合するは、看法もまた一樣なり。もしさらに多く「貴人」を帯ぶれば、多半是上等の官妓にして、否ればまた是れ権貴の身辺の人なり。其中も有りて此に因りて封贈を受くるは、あれ是福気日柱・時柱の上に落つるの縁故なり。

凡女命犯桃花劫者,主少入娼門,老為貧丐,寅午戌生人,在冬三月,亥時。巳酉丑生人,在春三月,寅時。申子辰生人,在夏三月,巳時。亥卯未生人,在秋三月,申時。古詩云:桃花與劫兩相侵,不為盜賊犯姦淫,忽然女子遭逢者,少入娼門老至貧。(廣信)

女命もし「桃花劫」を犯せば、少年時娼門に淪入し・年老の後貧困行乞するを主る。それの定法は、寅午戌年生の人は、冬季三個の月の亥時に生ず。巳酉丑年生の人は、春季三個の月の寅時に生ず。申子辰年生の人は、夏季三個の月の巳時に生ず。亥卯未年生の人は、秋季三個の月の申時に生ず。古詩に説く、桃花と劫殺と両相侵犯すれば、男子盗賊を做らざるもまた須らく姦淫を犯さん。女子もし忽然として遇上せば、便是年少にして娼門に入り・年老にして貧困に陷る。这是《広信集》の説法なり。

陰人命與男子稍巽,常欲五行不傷太過不及,欲得恬和中有貴格也。更帶祿馬貴人,自生自旺,六合者,主巧性賢德,資貌殊麗,不可傷於五行太盛,則恐乏柔順,不可傷於死絕,則淫媚而性卑,苟得五行恬和又緊要福聚集於日時上,乃佳。蓋日為夫,時為子也。一切福祿,加於日時上,須因夫子而貴也。蓋陰人之福在於夫與子也。當重封貴號,早適賢夫,若日時二位福力不緊,乃常命也。如福聚月胎之上,只是生於富貴之家,終不為夫之福也。

女子の命男子と稍し相同ならず、総じて希望して五行傷を受けず・太過せずも不及せず、最も好しは平和の中に於て貴気を含むなり。もしさらに「禄馬」「貴人」を帯び、自ら長生に坐し・自ら帝旺に坐し、また六合あれば、性情霊巧・品德賢良・姿容特別に美麗を主る。可からず五行をして過度に強盛せしむ、太盛なれば便ち恐怕く柔順を缺少せん。も可からず死絶に傷る、死絶すれば則ち淫媚にして性情卑下なり。倘若五行既に平和にして、最も要緊の福気また日柱・時柱の上に聚集せば、あれば便ち最も好し、日柱は丈夫を代表し・時柱は児子を代表するを以てなり。一切の福禄皆日柱・時柱の上に加へれば、便ち必定して丈夫と児子とに因りて顕貴せん、女子の福気本来便ち丈夫と児子との身上に在るを以てなり。このようの人応当に再三に封貴號を受け、早早として賢良の夫婿に嫁ぐを得べし。もし日・時の両位の福力緊ならず足らざれば、便ちただ尋常の命のみ。仮に福気月柱と胎元の上に聚まれば、あれは過ぎず是れ富貴の家に生まるるのみ、終究能く成りて丈夫の福分と為る能はず。

凡婦人之命最喜者,是金輿、六合、自旺,則福厚而利骨肉,見印綬、祿鬼、水火兩字,或金水兩字,姿質美麗,自生自旺帶官符,或五行支干不相往來,無情,內政清白,嚴殺有守,不喜淫雜,若祿馬死絕,則儉素不華,印綬帶殺,則權能任重,六合相生,則骨肉盛茂,周旋和美,時上見貴人驛馬,多生賢孝之子,孕產無虞,日上見之得賢美聰明之夫,一生快樂也。

婦人の命最も喜ぶ所は、「金輿」「六合」と自ら旺地に坐するにして、こよう福気深厚にして、骨肉親人に対してもまた利あり。命中印綬・禄鬼を見、水火の両字あるいは金水の両字を帯ぶるは、姿容体質皆甚だ美麗なり。自ら長生に坐し・自ら帝旺に坐して「官符」を帯び、あるいは五行干支彼此相往来せず・互に牽連せざれば、家を持つこと清白を主り、たとへ厳厲の凶殺あるも能く自守し、淫乱雑乱を喜ばず。もし禄馬死絶の地に落つれば、則ち生活儉朴にして浮華を尚ばず。印綬殺を帯ぶれば、則ち権柄ありて能く重任を担ふ。六合相生すれば、則ち骨肉興旺にして、周旋応酬和順美満なり。時柱の上「貴人」「駅馬」を見れば、多く賢良孝順の児子を生じ、懐孕生産もまた憂患なし。日柱の上見到れば、則ち能く賢良聡明の好丈夫を得、一生快楽なり。

凡婦人之命下賤者,尤為易定,大忌咸池、自敗、大耗、天中、凌尅、刑沖、氣散、自刑帶殺,為性粗賤淫蕩,縱有貴格,亦有風聲,更忌魁罡交沖,則多狠戾不順,或飄蕩,生旺太過,中見劫殺,往來相沖,為性多烈,不睦六親,卻清貞不淫,動招患禍,若咸池輿大耗同宮,則淫媚讒毒,天中與暴敗相承,則情性多訛,招淫私玷辱,更有刑沖,必至淫私,官事發覺,但命見大耗、咸池、天中者,須有不美之事。

婦人の中命下賤に属するは、尤其として容易く判定す。最も忌むは「咸池」「自敗」「大耗」「天中」、および凌剋・刑冲・気散・自刑さらに凶殺を帯ぶる、この種の人性情粗鄙下賤・行為淫蕩にして、たとへ命中貴格あるも、また免れず風流の名声あらん。さらに忌む「魁罡」交相冲戦すれば、あれば便ち多半凶狠乖戻・肯んじて順從せず、あるいは一生飄蕩す。生旺太過して、中間また劫殺を見、来りて回りて相冲するは、性情剛烈にして、六親と和睦せざるも、しかしこの種の人かへつて清白貞節にして淫乱せず、ただ動けば禍患を招惹す。もし「咸池」と「大耗」と同宮なれば、便ち淫媚にして讒毒なり。「天中」と「暴敗」と前後相承すれば、則ち性情多く虚詐にして、淫私の玷辱を招来す。さらに刑冲あれば、必定して淫私の事に因りて官府に查出せらる。総じて命中「大耗」「咸池」「天中」を見到るは、一定して会く不光彩の事情あらん。

凡婦人下格,多是日時上死絕,帶殺不貧則賤,五行生旺太過,而帶殺,多貧困,作勞或自營於街市,或粗賤劣庸之婦,但五行生旺者,不至於娼淫之類也。凡婦人下格中,五行死絕不及者,更帶凶殺刑尅,不娼則為賤婢也,命中見無禮刑,或天中印或合墓中大耗者,多是媒巫術藥之輩,中有建祿貴人者,或市塵牙敗,狼藉婦人也。

婦人の下等格局は、多く是れ日柱・時柱死絶の地に落ち、また凶殺を帯び、是れ貧窮ならざれば便是低賤なり。五行生旺太過して凶殺を帯ぶるは、多半貧困にして、須らく辛苦労作し、あるいは街市に於て自ら生計を謀り、粗俗平庸の婦人に属す。過ぎず五行生旺の人は、総じてなほ至らず淪為して娼妓淫婦の一類なり。婦人の下等格局の中、もし五行死絶不及して、さらに凶殺刑剋を帯ぶれば、娼妓を做らざれば便ち賎婢を做す。命中もし「無礼の刑」を見、あるいは「天中」印を帯び、あるいは合して墓庫に入りてまた「大耗」に逢ふは、多く是れ媒婆・巫師・薬を売り術を行ふの人を做す。其中「建禄」「貴人」あるは、あるいは是れ市井の中の牙儈の流にして、も是れ名声狼藉の婦人なり。

凡婦人生日帶大耗、咸池,夫妻外心相撓,又或見官符,多適兇暴俗惡之夫,棄逐凌辱,或即妨尅於夫,一生因夫煩惱也。凡婦人生時帶劫殺、大耗、空亡者,生子少成,憂煎為撓,或生不孝悖逆之子,見咸池,多損孕也。

婦人の生日もし「大耗」「咸池」を帯ぶれば、夫妻双方皆外心ありて彼此紛擾す。もしさらに「官符」を見れば、多半凶暴粗悪の丈夫に嫁して、抛弃駆逐と凌辱とに遭ひ、あるいはかへつて丈夫を妨剋し、一生皆丈夫の為に煩悩す。婦人の生時もし「劫殺」「大耗」「空亡」を帯ぶれば、生むの孩子少なく能く器を成さず、終日憂煎煩擾し、あるいは生下して不孝忤逆の児子。もし「咸池」を見れば、多半会く屡屡胎孕を損傷せん。

凡婦人歲運見大耗為凶,夫子不祥之撓,更或尅身,往往死矣,所以大凶者、八數字,陰之終也。(燭神經)若為女子忌向旺方,蓋顏狀亦不相堂,雖血氣也非相稱。負陰抱陽者為男,負陰抱陰者為女,是以男命生則利旺,不利衰,女命生則利衰,不利旺,男旺則福,衰則否,女衰則福,旺則否。

婦人流年大運の中「大耗」に遇ふは是れ凶兆にして、会く帯来して丈夫児子の方面の不祥紛擾せん。もしさらに剋到りて自身せば、往往にして会く性命の危あらん。それの特別に凶なる所以は、「大耗」は数に於て八にして、八是れ陰数の終極たるを以てなり、这是《燭神経》の説法なり。女子は旺地に走向するを忌諱す、過旺せば連ねて容貌もまた相称せず、血気もまた協調せざるを以てなり。男子是れ陰を背いて陽を抱き、女子是れ陰を背いて陰を抱く、ゆゑに男命生来旺に利ありて衰に利あらず、女命生来衰に利ありて旺に利あらず。男子旺に逢へば則ち福あり、衰に逢へば則ち然らず。女子衰に逢へば則ち福あり、旺に逢へば則ち然らず。

是以登明足艶,太乙多淫。登明亥也,太乙巳也,亥為入夜之時,巳為迎日之時,故女命而得亥多者有資質,巳多者為色慾。木盛則妖妍,水澄則清潔,金多夭折,火致剛強。女命得木多者,窈窕而妖妍,姿質瘦長,得水多者,寬量而清潔,蓋水形濶大,又為澄靜之物。金多則情意躁急而夭折,主性剛脆,火多則志意決烈,蓋火性炎勐也,土多則足田園厚財穀,婦道煇煇,母儀汪洋,蓋土性厚德能載也。

ゆゑに説く「登明足艶・太乙多淫」。「登明」は亥を指し、「太乙」は巳を指す。亥是れ夜に入るの時にして、巳是れ日を迎ふるの時にして、此に因りて女命中亥多き人は容貌姿質出衆し、巳多き人は則ち情慾に偏重す。又説く「木盛んなれば則ち妖妍、水澄なれば則ち清潔、金多ければ夭折し、火致れば剛強」。女命木多きは、身材窈窕痩長にして妖艶なり。水多きは、度量寛宏にして潔淨なり、水の形态闊大にして、本性また是れ澄澈安静の物たるを以てなり。金多きは、情緒急躁にして夭折し易く、性情剛硬易脆なり。火多きは、意志果決剛烈にして、火性炎猛たるを以てなり。土多きは、則ち田園豊足・銭糧豊厚にして、婦徳光耀・母儀寛広なり、土性厚徳にして能く万物を承載するを以てなり。

負天月二德,則霞帔金冠。天德陽之德,正月起自乾卦前一辰,亥上順行,月德陰之德,正月起自坤卦之後一辰,未上順行,女子命中得之全者,有郡邑之封也。不全者富旺其家。得祿命身三財,則夫榮兒貴。歲干所尅曰祿財,歲支所尅曰命財,納音所尅曰身財,其三財所屬之五行,在命中,一則不乏,而得之全者,夫必榮,兒必貴。

「天月二徳を負へば、則ち霞帔金冠」とは説く所、「天徳」は陽の徳に属し、正月乾卦の前一位より起り、亥の上より順行す。「月徳」は陰の徳に属し、正月坤卦の後一位より起り、未の上より順行す。女子命中もし両徳斉備せば、可く郡君・邑君の類の封號を得ん。斉備せざるは、亦能く家道をして富足興旺せしむ。「禄命身の三財を得れば、則ち夫栄え児貴し」とは説く所、年干の剋する所を「禄財」と呼び、年支の剋する所を「命財」と呼び、納音の剋する所を「身財」と呼ぶ。この三種の財の属するの五行ただ命中出現せば、便ち至らず匱乏し、もし三者斉備せば、丈夫必定して栄顕し、児子必定して貴達せん。

切嫌者陰刃妨害尊親,最忌者純陰不宜子息。祿後一辰曰陰刃,男得之妨妻族親,女得之,妨夫族親,又女命年月日時支干俱屬陰,又生五月之後,十一月之前者,乃陰極而陽不生,是為純陰多而無子息,蓋獨陰則不成,獨陽則不生。

「切に嫌ふ所は陰刃の尊親を妨害するを、最も忌む所は純陰の子息に宜しからざるを」とは説く所、禄位の後一位を「陰刃」と呼び、男子これを得れば会く妻子の一族の親属を妨害し、女子これを得れば会く丈夫の一族の親属を妨害せん。此の外女命もし年月日時の干支全く陰に属し、また五月の後・十一月の前に生まれれば、あれば便是陰極処に到りて陽気生ぜず、「純陰」に属し、多半夜に子嗣なし、孤陰能く物を成さず・独陽能く物を生く物を生ぜざるを以てなり。

骨髓破殃羅內外,薦枕星招涉是非。骨髓破,亦名白衣殺,得之者,刑及內外二族。薦枕星,乃冠帶也。得之者,一生多涉是非,惟言女子,不斷男命。鴛鴦憚於見水,傾國傾城。凡三支三干,鳳凰、麟閣、鳳治三格,在女命,則變為鴛鴦殺,應其為人淫穢不廉,命中又見水多,則主風塵多艶質。

「骨髓破は殃を羅して内外し、薦枕星は招きて是非に渉る」とは説く所、「骨髓破」はまた「白衣殺」と呼び、これを得る人は、刑傷会く波及して母家と夫家との両族に及ばん。「薦枕星」便是冠帯の位にして、これを得る人は一生多く是非を惹く。この両條ただ用ひて女命を断じ、用ひて男命を断ぜず。「鴛鴦憚りて水を見、傾国傾城」とは説く所、凡そ三個の地支相同・三個の天干相同にして成る「鳳凰」「麟閣」「鳳治」の三種の格局は、女命の上に落つれば便ち変じて「鴛鴦殺」と為り、応験して人淫秽不貞と為る。命中もしさらに水多ければ、便ち風塵に流落して姿色艶麗を主る。

花釵與桃花相犯,朝雨暮云,貴人共天喜,爭窠穿垣驀牖。命前一辰為花釵殺,後一辰曰桃花殺,本主上見之全而不偏,是為同犯,主為倡優之人,如得地三奇者,不在此論,天乙住處曰貴人,旺氣住處曰喜神,本主上帶之,而又同宮,謂之爭窠,主為淫奔之妾,如得落空亡者,不在此論。(並壺中子)

「花釵と桃花と相犯し、朝雨暮暮雲。貴人と天喜と共に、窠を争ひ垣を穿ち牖を驀ぐ」とは、其の義は、本命の前一位を「花釵殺」と為し・後一位を「桃花殺」と為し、もし本命の上両者斉全にして一辺に偏せざれば、便ち「同犯」と呼び、此人淪為して倡優を主る。しかれどももし命中地を得てまた「三奇」あれば、便ちこの條に按じて論断せず。「天乙」の在る所の処を「貴人」と呼び、旺気の在る所の処を「喜神」と呼び、本命の上それらを帯びてまた同じく一宮に処るを、「争窠」と呼び、私奔の妾と為るを主る。もしそれら空亡に落入せば、またこの條に按じて論断せず。以上皆《壷中子》に出づ。

官鬼旺於貴垣,鳳冠霞帔。女人推命貴神一者為良神,若【叢】雜合多,不尼即妓。(神白經)稍加卯酉二時生,若免墮胎當克子。婦人若犯卯酉二時生者,多主墮胎克子。日時勾絞亦難勝。女命不宜日時犯勾絞,有【繫】絆意,恐生產難,不然子多掛綆生。

「官鬼貴垣に於て旺なれば、鳳冠霞帔」とは、説く所丈夫を代表するの官鬼星旺盛にして貴人の位に坐せば、便ち能く誥命封贈を得ん。《神白経》に説く、女子命を推すに、貴神ただ一位あるのみこそ善神なれ、もし叢雑重畳・相合太多なれば、是れ女尼ならざれば便是娼妓なり。「稍し卯酉の二時生を加へ、もし堕胎を免れば当に子を剋すべし」とは、説く所婦人もし卯時・酉時に生まれれば、多半は要するに堕胎するか・あるいは子を剋せん。「日時勾絞もまた難く勝たず」とは、説く所女命の日柱・時柱宜しく「勾絞」を犯す可からず、勾絞牽絆纏繞の意あり、恐怕く生産艱難せん、否れば孩子出生の時もまた多く臍帯身に纏はるの患あらん。

蛔花又遇雙鴛合,雜見貴人真妓才。桃花殺者,卻冠帶是也,命犯桃花殺,又雙鴛合如兩己合一甲,一甲合兩己之類,又遇貴殺,是雜娼妓命也。(沉芝源髓)孤鶯舞時真寡婦。孤鶯殺歌:水火逢蛇大不祥,金豬何必強猖狂,土猴木虎夫何在,時對孤鶯舞一場。(理愚歌)凡婦人犯逆食殺,絕子,貴人同空亡,主風聲。(廣錄)

「蛔花また双鴛合に遇ひ、雑見して貴人真の妓才」とは、説く所いはゆる「桃花殺」実是れ便ち冠帯の位なり。命中桃花殺を犯し、また「双鴛合」あり、例えば両個の己一個の甲を合し・一個の甲両個の己を合するの類、さらに貴人と凶殺と混雑するに遇へば、便是雑居して娼妓の流の命なり、这是《沈芝源髄》の説法なり。「孤鶯舞ふ時真の寡婦」とは、指す所「孤鶯殺」にして、歌訣に説く、納音水に属し火に属する人巳蛇に遇ふは最も不吉祥にして、金に属する人亥猪に遇ふは何必強を逞しくせん、土に属する人申猴に遇ひ・木に属する人寅虎に遇ふは、丈夫皆知らずいづれの処に在るや、時柱正に孤鶯に対し、ただ能く独り舞ひて一場を上ぐるのみ、这是《理愚歌》の説法なり。《広録》に説く、婦人もし「逆食殺」を犯せば、子嗣を断絶するを主る。「貴人」と空亡と同じく一処に処れば、則ち風流の名声を招来するを主る。

併せて男女命の例を釈す

【夫婦位】(妾位附く)

妻位者,以己身納音所克者為之,若在有氣之鄉,主得妻賢明婉淑,終身相保,假令甲子金人,以木為妻,二月生是,餘準此,若在死墓無氣之鄉,則主所聚狠戾惡妬,或即頻妨克,假令甲戌火命,以金為妻,十一月十二月生,值妻死墓之月,餘準此。

いはゆる「妻位」とは、自身納音の剋する所の五行を以て来たりて充当す。妻星もし気あるの地に落つれば、娶り到る賢恵明達・温婉貞淑の妻子を主り、能く終身相守せん。譬へば甲子年生納音金に属する人木を以て妻と為し、二月木旺の時に生ずれば便是如此にして、余これを依りて類推す。妻星もし死地・墓地のこの類の気なきの処に落つれば、則ち所娶の婦凶狠乖戻・妒恨を心に懐くを主り、あるいは接連して妨剋に遭ふ。譬へば甲戌年生納音火に属する人金を以て妻と為し、十一月・十二月に生ずれば、正に妻星の死墓の月に逢ふ、余もまたこれを依りて類推す。

夫位者,以克我者為夫,若夫在旺相有氣之鄉,則生得賢夫有官爵,終身和睦,假令甲子金命人,以火為夫,五月生逢火旺,餘準此。若夫位在無氣墓絕之鄉,主得凶悖之夫,或即其夫抱病,或有妨克,假令己巳木命,以金為夫,十二月生金入墓,餘準此。妾位者,以妻命所克者為之,謂木命人以水為妾之類,若在旺相有氣之鄉,主有好婢妾,存心忠良,不相剋害,若在無氣絕木之鄉,及落空亡者,主無婢妾,縱有,心懷異志,或抱疾患,或多逃亡之類。(三命鈐)

いはゆる「夫位」とは、我を剋するの五行を以て来たりて充当す。夫星もし旺相気あるの地に落つれば、便能く嫁得して賢良にして官爵あるの丈夫、終身和睦せん。譬へば甲子年生納音金に属する人火を以て夫と為し、五月火旺の時に生ずれば便是如此にして、余これを依りて類推す。夫星もし気なきの墓絶の地に落つれば、嫁到る凶暴悖逆の丈夫を主り、あるいは丈夫病を身に抱き、あるいは彼此妨剋す。譬へば己巳年生納音木に属する人金を以て夫と為し、十二月金墓庫に入るに生ずれば、余これを依りて類推す。いはゆる「妾位」とは、妻星の剋する所の五行を以て来たりて充当す、譬へば納音木に属する人水を以て妾と為すの類。妾星もし旺相気あるの地に落つれば、好の婢妾あるを主り、居心忠厚善良にして、会はず相互剋害せん。もし気なきの絶地に落ち、あるいは空亡に落入せば、便ち婢妾なきを主り、たとへ有るも、も是れ心に二意を懐き、あるいは身に疾病を患ひ、あるいは屡々逃亡す。以上《三命鈐》に出づ。

凡女命及男命,本年幫生日者,一嫁一娶。須是男生日不在妻財死墓絕處,女生日不在官鬼死墓絕處,各不帶劫亡羊刃者,方用此法。(廣信)寸珠尺璧云:女命剋日者,一嫁,有吉神者,命婦。

女命を論ぜず男命を論ぜず、本命年柱日柱を生扶するは、皆ただ一度嫁ぎ・ただ一度娶るを主る。過ぎず必ず須らく男命の生日妻財の死・墓・絶の地に落つらず、女命の生日官鬼の死・墓・絶の地に落つらず、而且して双方皆劫殺・亡神・羊刃を帯びざれば、こそ能くこの個の方法を套用せん、这是《広信集》の説法なり。《寸珠尺璧》に説く、女命もし日柱剋せられれば、ただ一度嫁ぐを主る。命中もしまた吉神あれば、便是能く封誥を受くるの命婦なり。

【夫婦を妨ぐ】

木命逢牛鼠,金人忌馬羊,水土逢雞狗,龍蛇火命當,夫妻如倖免,頭男頭女亡。

配偶を妨害するの歌訣に説く、納音木に属する人丑牛・子鼠に遇ひ、金に属する人午馬・未羊を忌諱し、水に属し土に属する人酉鶏・戌狗に遇ひ、火に属する人則ち辰竜・巳蛇に対して、皆須らく配偶を妨剋せん。夫妻もし僥倖にしてこの一劫を躱過せば、頭胎の児子あるいは女児便ち須らく夭亡せん。

【望郷殺】

金命雞猴是,火人蛇馬鄉,水土生豬鼠,木虎兔難當,男人若值此,三度作新郎,女人逢此者,三度作花娘。(廣信)

「望郷殺」の定法は、納音金に属する人酉鶏・申猴を見、火に属する人巳蛇・午馬を見、水に属し土に属する人亥猪・子鼠を見、木に属する人寅虎・卯兎を見れば、皆難く承当す。男子もしこれに遇上せば、須らく三次新郎を做らんと要す。女子もしこれに遇上せば、また須らく三度新娘を做らんと要す。这是《広信集》の説法なり。

【狼籍殺】

豬羊犬位春三月,蛇鼠龍人夏不中,寅午卯生冬月是,申酉丑人秋月窮。假令戌亥未人正月狼籍,二月八敗,三月大敗。百忌【曆】,以正月為大敗,二月為狼籍,三月為八敗。

「狼籍殺」の歌訣に説く、亥猪・未羊・戌狗年生の人は春季三個の月を忌み、巳蛇・子鼠・辰竜年生の人は夏季不吉にして、寅・午・卯年生の人は冬季に応じ、申・酉・丑年生の人は則ち秋季に困る。例を挙げて説く、戌・亥・未年生の人は、正月を「狼籍」と為し、二月を「八敗」と為し、三月を「大敗」と為す。而して《百忌暦》の排法相同ならず、それは正月を以て「大敗」と為し、二月を「狼籍」と為し、三月を「八敗」と為す。

【絶房殺】

寅申巳亥七月生,子午卯酉十二神,辰戌丑未仲春月,絕房男女堪親。(三命纂局)百忌【曆】云:絕房凶殺法難圓,十二支從月上呼,男害妻兒兼父母,女傷夫主及公姑。

「絶房殺」の定法は、寅申巳亥年生の人七月に生じ、子午卯酉年生の人十二月に生じ、辰戌丑未年生の人仲春二月に生ずれば、男女これを犯すも皆宜しく成親す可からず、这是《三命纂局》の説法なり。《百忌暦》に説く、絶房のこの一凶殺の算法難く周全せず、総じて是れ按じて十二地支を月份の上より推呼す。男子これを犯せば会く妻子および父母を妨害し、女子これを犯せば会く丈夫と公婆とを傷せん。

面前見害,琴瑟不調。見生巳,見六害,而行年大小運又遇之,其年必夫妻不和,所以言面前見害,謂行見,為面前也。陰惆陽悵,亥來子上妨夫,夾角夾雜,寅向丑邊克婦。辰戌丑未不為惆悵殺,惟陰陽並處,然後有之,亥人得子,乃陰惆其陽,如妻號其夫,故曰亥來子上妨夫,子人得亥,乃陽悵其陰,如夫哭其妻,子來亥上妨妻,不待說而見也。子午卯酉無隔角殺,惟方隅曲處,然後有之,寅人得丑,乃隔角,寡宿則不利妻,故曰寅向丑邊克婦,丑人得寅,乃隔角,孤宿則不利夫,丑向寅上剋夫,故不待說也。(壺中子)

「面前害を見、琴瑟調はず」とは説く所、命中已に六害を見、流年と大小運とまた碰上せば、あの一年夫妻必定して不和なり。説く所の「面前」は所以は、行運遇見するに因りて、如同当面撞見するがごとし。「陰惆陽悵、亥来たりて子の上に於て夫を妨げ。夾角夾雑、寅丑辺に向かひて婦を剋す」とは説く所、辰戌丑未本惆悵殺を構成せず、ただ陰陽並処あるのみこそ有れ。亥年生の人子に遇ふは、是れ陰其の陽を惆し、好比妻子対着して丈夫に号哭す、ゆゑに説く亥来たりて子の上に於て夫を妨ぐと。子年生の人亥に遇ふは、是れ陽其の陰を悵し、好比丈夫其の妻子を哭す、子来たりて亥の上に便ち妻を妨ぐ、这不用して多説するも能く明白なり。子午卯酉本隔角殺なし、ただ方位曲折の処に在りてこそ有れ。寅年生の人丑に遇ふは、便是隔角にして、寡宿の位妻に利あらず、ゆゑに説く寅丑辺に向かひて婦を剋すと。丑年生の人寅に遇ふは、も是れ隔角にして、孤辰の位夫に利あらず、丑寅の上に向かひて便ち夫を剋す、同じく用ひて多説するを要せず。以上《壷中子》に出づ。

臨官帝旺未為好,早嫁早婚傷亦早,若還相適作夫妻,頭女頭男須夭喪。臨官帝旺二殺,雖五行壯,男多殺妻,女多傷夫。(沉芝源髓)凡男於妻絕中生者,不宜生女,生女則喪妻,如甲子金以木為妻,七月生為妻絕也。女於夫絕中生者,不宜生男,生男則喪夫,如甲子金,女以火為夫,十月生為夫絕也,餘準此。

歌訣に説く、臨官・帝旺に坐するは併せて好と算せず、早早として出嫁成婚すれば便ち早早として傷を受けん。もし両人偏偏として夫妻を結成せば、頭胎の女児あるいは児子必定して夭折せん。这是因为臨官・帝旺のこの両位たとへ五行をして強壮せしむとも、却つて男命多く妻を剋し・女命多く夫を傷るを以てなり、この説は《沈芝源髄》に出づ。凡そ男子妻星の絶地の中に生ずれば、便ち宜しく女児を生ず可からず、女児を生ぜば便ち会く妻を喪はん、譬へば甲子年生納音金に属する人木を以て妻と為し、七月木の絶地に生ずれば正是なり。女子夫星の絶地の中に生ずれば、便ち宜しく児子を生ず可からず、児子を生ぜば便ち会く夫を喪はん、譬へば甲子年生納音金に属するの女子火を以て夫と為し、十月火の絶地に生ずれば、余これを依りて類推す。

父母位を論ず

父位者,以克母者為之,謂如木命以土為父,若遇父在有氣之鄉,其父必居華顯或得父祖庥蔭,名望升達,假令戊辰木命人,以土為父,十一月生為旺鄉,若居無氣之鄉,則主其父不利,或幼失尊長,或父抱疾,終當孤立,假令丁卯火命人,以金為父,九月生為衰鄉,他皆彷此。母土命,以火為母,五月生為旺鄉,若遇母位居墓絕之鄉,則主幼失其母,多病患,或母性惡戾,假令壬申金命人,土為母,十二月生,為衰鄉,他皆彷此。(並三命鈐)胎氣同柱,當有異母,月干相逢,須依二父。受胎正在受氣之地,而與日時支干同者,當食二母之乳,月干年干相逢而同在父母生地,當依二父。(鬼谷遺文)

いはゆる「父位」とは、母を剋するの五行を以て来たりて充当す、譬へば納音木に属する人土を以て父と為す。父星もし気あるの地に落つれば、父親必定して身顕要に居り、自己もまた能く父祖の庇蔭を得、名望日漸上昇せん。譬へば戊辰年生納音木に属する人土を以て父と為し、十一月正に土の旺地に生ずれば便是なり。父星もし気なきの地に落つれば、則ち父親不利を主り、あるいは幼年就て長輩を失ひ、あるいは父親久病して、最終孤立無依す。譬へば丁卯年生納音火に属する人金を以て父と為し、九月正に金の衰地に生ずれば、余これを倣す。母位は則ち如く納音土に属する人火を以て母と為し、五月正に火の旺地に生ずれば便是なり。母星もし墓絶の地に落つれば、便ち幼年母を喪ふを主り、あるいは自身多病し、あるいは母親性情凶悪乖戻なり。譬へば壬申年生納音金に属する人土を以て母と為し、十二月正に土の衰地に生ずれば、余これを倣す。以上《三命鈐》に出づ。「胎気同柱、当に異母あるべし。月干相逢、須らく二父に依るべし」とは説く所、受胎の月正に気を受くるの地に在りて、而して日柱・時柱の干支と相同のは、須らく両位の母親の乳を吃せんと要す。月干と年干と相逢して同じく父母の生地に処るは、便ち須らく両位の父親に依靠せんと要す、这是《鬼谷遺文》の説法なり。

伯叔位者,以其父同類推之,謂如金命人,以木為父,則以甲為伯,乙為叔,若遇伯叔在有氣之鄉,則主有足智略聰明伯叔,假令戊辰木命人,用土為父,以戊為伯,己為叔,五月六月生,戊在午,己在未,仲夏土乘旺氣,諸準此例,若遇伯叔在墓絕之鄉,則主叔伯別異不親睦,假令己巳木命人,用土為父,以戊為伯,己為叔,三月四月生,戊在辰,己在巳,季春土「入」墓,孟夏土絕,他皆彷此。

いはゆる「伯叔位」とは、按じて父親の同類五行を以て推す。譬へば納音金に属する人木を以て父と為し、便ち甲を以て伯父と為し・乙を叔父と為す。伯叔星もし気あるの地に落つれば、足智多謀・聡明能幹の伯父叔父あるを主る。譬へば戊辰年生納音木に属する人土を以て父と為し、戊を以て伯と為し・己を叔と為し、五月・六月に生じ、戊は午に寄り・己は未に寄り、仲夏の時節土旺気を乗ず、余皆この個の例を照らして推す。伯叔星もし墓絶の地に落つれば、則ち伯叔の間彼此疎遠・相親睦せざるを主る。譬へば己巳年生納音木に属する人土を以て父と為し、戊を以て伯と為し・己を叔と為し、三月・四月に生じ、戊は辰に寄り・己は巳に寄り、季春土墓庫に入り・孟夏土絶地に到る、余これを倣す。

兄弟位者,取己身同類推之,謂如木命人,以甲為兄,乙為弟,如推伯叔法也,若遇兄弟在有氣之鄉,則主有孝友兄弟,終身和睦,假令丁酉火命人,以丙為兄,以丁為弟,五月六月生,丙在午,丁在未,夏火乘旺氣,餘準此,若遇兄弟在衰病之鄉,則主無兄弟,縱有多疾或常隔越,假令丙寅火命人,丙為兄,丁為弟,七月八月生,丙在申,丁在酉,孟秋火病,仲秋火死,餘彷此。(三命鈐)寸珠尺璧云:凡月帶刑沖破殺者,主兄弟不和,並無力。

いはゆる「兄弟位」とは、自身の同類五行を取りて来たりて推す。譬へば納音木に属する人甲を以て兄と為し・乙を弟と為し、推法伯叔位と相同なり。兄弟星もし気あるの地に落つれば、兄弟孝順友愛・終身和睦するを主る。譬へば丁酉年生納音火に属する人丙を以て兄と為し・丁を弟と為し、五月・六月に生じ、丙は午に寄り・丁は未に寄り、夏天火旺気を乗ず、余これを依りて類推す。兄弟星もし衰病の地に落つれば、則ち兄弟なきを主り、たとへ有るも多く病し、あるいは常年両地に分隔す。譬へば丙寅年生納音火に属する人丙を以て兄と為し・丁を弟と為し、七月・八月に生じ、丙は申に於て病・丁は酉に於て死、孟秋火病し・仲秋火死す、余これを倣す。以上《三命鈐》に出づ。《寸珠尺璧》に説く、凡そ月柱刑・冲・破および凶殺を帯ぶるは、兄弟不和を主り、しかも幇上げる能はず。

第卅巻

子息位を論ず

子位者,以妻命所生者為之,謂如木命人以金為子,若遇子位在旺相有氣之鄉,則生有聰明忠孝之子,光顯祖宗。假令甲子人以火為子,五月生火乘旺氣,餘準此。若是陰命人,定子位,並以所生者為子,如木命人,火為子,他彷此。其吉凶休咎,皆如前法夫命推之。

いはゆる「子位」とは、妻星の生ずる所の五行を以て来たりて充当す、譬へば納音木に属する人金を以て子と為す。子星もし旺相気あるの地に落つれば、便能く生下して聡明忠孝の児子、祖宗を光耀せん。譬へば甲子年生の人火を以て子と為し、五月火旺気を乗ずるに生ずれば便是如此にして、余これを依りて類推す。もし是れ女命なれば、子位を確定する時一律に自身の生ずる所の五行を以て子と為し、譬へば納音木に属する人火を以て子と為し、余これを倣す。至るに其中の吉凶禍福は、皆前面の夫命を推算するの弁法を照らして来たりて推す。

欲知子之性情,各以五行推之。木命人以金為子,主其子性懷廉正,剛烈自用。火命人以水為子,主其子性謙和,守恬澹,扶高接下。土命人以木為子,主其子仁慈忠孝,柔順謙和,宜少不宜老。金命人以火為子,主其子性多貪婪,心中虛妄,逐利勝己,有始無終。水命人以土為子,主其子緩慢凝重,沉靜耿介,老而有福。並以五命各在有氣之鄉,若在休墓之所,則反是也。(並三命鈐)

児子の性情を知らんと欲せば、各々五行を按じて来たりて推す。納音木に属する人金を以て子と為すは、児子廉潔方正・剛烈にして自負するを主る。火に属する人水を以て子と為すは、児子謙和にして、恬淡に安んじ、能く上を敬して下を接するを主る。土に属する人木を以て子と為すは、児子仁慈忠孝・柔順謙和にして、宜しく年少にして宜しく年老せざるを主る。金に属する人火を以て子と為すは、児子多く貪婪にして、心の中虚妄不実にして、一味して利を逐ひて要して別人に勝過し、做事始ありて終なきを主る。水に属する人土を以て子と為すは、児子遅緩穏重・沈静耿直にして、年老の後福あるを主る。以上皆就くに子星気あるの地に落つるに於て言ふ、もし休囚墓庫の処に落つれば、情形便ち恰好く相反す。この説は《三命鈐》に出づ。

凡男命以生時為子,以克我者為子孫,若四柱內無鬼,名曰局中無子,卻看生時在何地,如木命人以金為子,若局中無子,而得申酉巳時者,必有子也。名曰子乘旺氣,若金死於子,絕於寅,即無子也。天元變化書云:以時取子,如丁巳土人,壬寅月,己亥日,己巳時,寅亥俱是木,又時中見木,必多子,如丁巳人,庚戌月,壬申日,己酉時,金多則無木,又時上無木,必少子,餘彷此。凡命以時之納音,推子之數,水一,火二,木三、金四、土五,有氣乘時,則倍數言之,無氣背時,則減數言之,有不依數者,在五十後,禍福方定也。

男命生時を以て子女宮と為し、我を剋するの五行を以て子孫と為す。四柱の内もし官鬼なければ、便ち「局中無子」と呼ぶ。この時須らく生時いづれの位置に落つるを看るべし、譬へば納音木に属する人金を以て子と為し、たとへ局中子なきも、しかし申時・酉時・巳時に生ずるは、必定して児子あり、これを「子乗旺気」と呼ぶ。もし金子に於て死し・寅に於て絶すれば、あれば便ち真に子なし。《天元変化書》に説く、時柱を用ひて子を取る、譬へば丁巳年納音土に属する人、壬寅月・己亥日・己巳時、寅と亥と皆木に属し、時の中また木を見れば、必定して子多し。又如丁巳年生の人、庚戌月・壬申日・己酉時、金多くして木なく、時の上もまた木なければ、必定して子少なし、余これを倣す。凡そ命を看るに皆時柱の納音を用ひて児子の数目を推算す。水に属するは一個、火に属するは両個、木に属するは三個、金に属するは四個、土に属するは五個。もし気ありて時令に合すれば、便ち加倍して来たりて説き、もし気なくして時令に違背せば、便ち減少して来たりて説く。も有りてこの個の数目に合せざる、須らく五十歳以後に到りて禍福こそ定準し得ん。

凡男命犯局中無子,又時不在鬼生旺之鄉,卻支干與年合者,但只生女得成,子不育也。或即生而夭喪者多矣。古詩云:哭子帶刑死位傍,子多復是少年亡,忽若支干並德合,只宜養女得成雙。假如一員郎,癸未年,癸亥月,丙辰日,戊子時,得局中無子,又在官鬼死地,卻戊與癸合,故生女多,子皆不成。若見甲子則一生無子也。又有一玉牃,癸未年木,甲子月金,辛卯日木,癸巳時水,是局中有子在死地,時在官鬼長生之地,故生數子,而女少。又有一郎官,庚辰年金,壬午月木,戊寅日土,辛酉時木,白虎臨庭下,不慈,五十六不祿,兒女俱無,此格大妙,可詳推之。

男命もし「局中無子」を犯し、時柱また官鬼の生旺の地に在らず、而して干支却つて年柱と相合せば、あれば便ちただ女児を生むの能く養大し、児子養活せず、あるいは生下来れば便ち夭折するの多し。古詩に説く、子を哭するの凶星刑を帯びてまた死位に靠れば、たとへ児子多くともまた少年夭亡せん。もし干支同時に徳神と相合せば、便ちただ宜しく女児を養ひ、なほ能く成双せん。例を挙げて説く、有位の員外郎、癸未年・癸亥月・丙辰日・戊子時、局中無子に属し、また官鬼の死地に落つるも、しかし戊と癸と相合す、ゆゑに女児を生むこと多く、児子皆養成らず。もし時柱換へて甲子と為れば、あれば便ち一生子なし。又有一份の宗室玉牒の上の命例、癸未年納音木に属し、甲子月納音金に属し、辛卯日納音木に属し、癸巳時納音水に属す、这是局中子ありて却つて死地に落ち、而して時柱官鬼の長生の地に在り、ゆゑに好幾個の児子を生じ、女児かへつて少なし。又有一位の郎官、庚辰年納音金に属し、壬午月納音木に属し、戊寅日納音土に属し、辛酉時納音木に属す、白虎庭下に臨み、人と為りて慈ならず、五十六歳にして去世し、児女一個もなし。この幾個の格局皆甚だ玩味するに値し、可く仔細に推詳せん。

寸珠尺璧云:凡命犯亥子多得兒,巳字多得女。凡人命時帶年沖,克子。時帶年刑,克子。時帶年破,克子。時帶年害,克子。時帶年刃,克子。時帶年劫,克子。時帶年破,克子。時帶年元辰,克子。時帶年空亡,克子。(重者絕子)時帶自刃,克子。時帶飛刃,克子。時坐華蓋,克子。五十後愈見不牢。時帶自刑,子多疾病。時帶六厄,子多厄。時帶浮沉殺,子死瀉痢。時坐本音墓,主有壽。無子送老,但孫息耳。時坐日破、空亡、刑沖、刃、食、劫,皆主克頭子。

《寸珠尺璧》に説く、凡そ命中亥の字・子の字多きは容易く児子を得、巳の字多きは容易く女児を得。以下逐條に列挙して妨子の組合す。時柱年柱の冲を帯ぶるは、子を剋す。年柱の刑を帯ぶるは、子を剋す。年柱の破を帯ぶるは、子を剋す。年柱の害を帯ぶるは、子を剋す。年柱の羊刃を帯ぶるは、子を剋す。年柱の劫殺を帯ぶるは、子を剋す。年柱の破を帯ぶるは、子を剋す。年柱の元辰を帯ぶるは、子を剋す。年柱の空亡を帯ぶるは、子を剋し、厳重の甚至として子嗣を断絶す。時柱自刃を帯ぶるは、子を剋す。飛刃を帯ぶるは、子を剋す。時柱華蓋に坐するは、子を剋し、五十歳以後に到ればさらに覚えて子女保ち難し。時柱自刑を帯ぶるは、児子多病なり。六厄を帯ぶるは、児子多災なり。浮沉殺を帯ぶるは、児子会く瀉痢に因りて死せん。時柱本命納音の墓庫に坐するは、自身長寿を主るも、却つて児子の送終するなし、ただ能く孫輩に靠るのみ。時柱日柱の破・空亡・刑冲、および羊刃・食神・劫殺に坐するは、皆長子を剋するを主る。

納音帶絕氣,又時在絕鄉,定主絕嗣。如癸巳、壬寅、庚申、乙亥、丁巳是也。假令庚申年,得壬寅時,決然無子矣。凡命見申日、亥時,巳日、寅時,互換見者,名曰狡害殺,主絕嗣,須庶出過房方住。古詩云:五行狡害不為良,夫婦孤單獨守房,死去墳前無子哭,求他異姓卻相當。(並廣信集)太乙降誕經云:假令甲子旬九月十日生,兼戌亥日時者,定主絕子。

納音本身絶気を帯び、時柱また絶地に落つれば、一定して子嗣を断絶するを主り、癸巳・壬寅・庚申・乙亥・丁巳のこれらの干支のごとき便是なり。譬へば庚申年生の人また壬寅時を得れば、必然として子なし。凡そ命中申日亥時を配し・巳日寅時を配し、および両者互換の組合を見るを、「狡害殺」と呼び、絶嗣を主り、必ず須らく庶出あるいは他人の子を過継してこそ延續するを得ん。古詩に説く、五行の中狡害を犯すは好事にあらず、夫婦孤単各々空房を守る。死後墳前親生の児子の哭祭するなく、只好く去りて異姓の人を求めて来たりて頂替せしむ。以上《広信集》に出づ。《太乙降誕経》に説く、譬へば甲子旬の中九月十日に出生し、また戌・亥の日時を兼ねれば、一定して絶子を主る。

子息則先明生氣,或用克以推之。如丁巳土以木為子孫,遁至亥上得辛,若四柱見丁在無氣,更有刑害者,必少子孫也。祿馬不閒,子孫未必絕滅。若人生時見祿馬,往來朝命,不犯寡孤,亦有子孫。(並鬼谷遺文)時尅亦應男不順。時干尅年干,及倒食干,主生男不順(沉芝源髓)

「子息は則ち先ず生気を明らかにし、あるいは剋を用ひて以て之を推す」とは説く所、子嗣を推すに先ず須らく生気の在る所を弄清し、また可く我を剋するの五行を用ひて来たりて推せん。譬へば丁巳年納音土に属する人木を以て子孫と為し、遁干の法を用ひて推して亥位に到りて辛金を得、もし四柱の中丁火気なく、また刑害あれば、必定して子孫稀少なり。「禄馬閑ならず、子孫未必絶滅せず」とは説く所、人の生時もし禄神・駅馬を見、往来朝拱して本命し、また孤辰寡宿を犯さざれば、仍ほ会く子孫あらん。以上《鬼谷遺文》に出づ。「時剋もまた応ずる男不順」とは説く所、時干年干を剋し、および時干倒食を作すは、児子を生むこと不順利を主る、这是《沈芝源髄》の説法なり。

【婦人孕生男女を定むるの訣】

乾坤艮巽坎離震兌。乾、坎、艮、震為男兒。巽、離、坤、兌為女兒。父母歲數兩頭安,受胎之月中心取。凡以父母年歲雙、隻及受胎月裝成一卦,父母年歲雙為拆,受胎只為單,成坎卦定得男兒,父母年歲皆只為單,受胎月日雙為拆,成離卦,定為女。父年上,母年下,餘皆凖此例。(穿珠指掌)

八卦の次序は乾・坤・艮・巽・坎・離・震・兌にして、其中乾・坎・艮・震の四卦は男を生ずるを主り、巽・離・坤・兌の四卦は女を生ずるを主る。推法は把て父母の年歳を分列して上下の両頭に置き、把て受胎の月份を放りて中間に在らしむ。父母の年歳是れ双数なれば便ち拆爻を画き、受胎の月份是れ単数なれば便ち単爻を画く。三爻湊成して坎卦と為れば、断定して男を生ず。父母の年歳皆単数にして単爻を画き、受胎の月日双数にして拆爻を画き、湊成して離卦と為れば、断定して女を生ず。父親の年歳は上に在り、母親の年歳は下に在り、余皆この個の例を照らして推す、这是《穿珠指掌》の説法なり。

凡大小二運,與歲命三六合者,主有孕,生男女之慶,陽多生男,陰多生女,若純陽則極而反陰,生女。純陰則極而反陽,生男也。謂如甲子命,屬陽,而大小二運臨辰位,或申位,外夾辛巳,太歲屬陰,則是陽多生男也。(五行要論)

凡そ大運・小運と太歳・本命と三合あるいは六合を構成するは、懐孕を主り、生育子女の喜慶あり。其中陽多きは男を生じ、陰多きは女を生ず。もし純陽極処に到りてかへつて陰に転ぜば、便ち女を生ず。純陰極処に到りてかへつて陽に転ぜば、便ち男を生ず。譬へば甲子年生の人本命陽に属し、大運小運また行きて辰位あるいは申位に到り、外にまた辛巳を夾み、太歳陰に属すれば、这便是陽多くして男を生ずるを主る、この説は《五行要論》に出づ。

僧道を論ず

凡推道德命者,喪門、孤角、空亡,同類福者,是也。或命有貴格,而五行死絕,或命無貴氣,而五行生旺帶天中亦是。常以月為法眷,日為章服住持,時為衣缽、徙弟、法嗣。常須日上五行恬和有用,則徒弟數多,行果相輔,月上五行有用,福神相助,得善和法眷。同袍讚美,若月上刑沖帶殺,即同袍不和,法眷乖越,更帶大耗,他須連累。日上刑沖帶殺,則求化無緣,飄流不定,時上刑沖帶殺,則小徒弟,一生窮寂,衣缽不備也。

凡そ僧道の命を推算するは、須らく「喪門」「孤辰」「空亡」のこれらの出家と相類するの福神出現するや否やを看るべし。も有りて命本貴格ありて却つて五行死絶し、あるいは本貴気なくして却つて五行生旺してまた「天中」を帯ぶるは、同じく僧道の命に属す。通常月柱を以て同門法眷を代表し、日柱を以て所受の僧衣と住持の位とを代表し、時柱を以て衣鉢・徒弟と法嗣とを代表す。日柱の上の五行必ず須らく平和にして用あればこそ、徒弟こそ衆多にして、修行の成果もまた彼此相輔す。月柱の上の五行用あり、また福神の相助あれば、便能く和善の同門法眷を得、同袍の間互に称誉す。もし月柱の上刑冲ありてまた凶殺を帯ぶれば、同袍便ち和睦せず、法眷の間乖違疎遠し、さらに「大耗」を帯ぶれば、なほ須らく他人に連累せられん。日柱の上刑冲殺を帯ぶれば、則ち化縁門なく、四処飄流不定す。時柱の上刑冲殺を帯ぶれば、則ち小徒弟一生窮困冷落にして、連ねて衣鉢もまた置辦して斉はざらん。

凡道德之命,亦宜等降,命中見印,當權服眾,前喪後吊,則苦行傷身,有華蓋夾貴,三奇中帶五行恬和之氣,或帶自死自絕火木者,志性明白,清高脫麗人也。更帶干鬼、倒食、學堂、金水則文章辯慧,生旺太遇,則名利之心不可遏,更帶凶殺,終是還俗,死絕中見貴人、三奇、華蓋、五行相生,或夾貴,或金水火木兩字者,道行明遠,為性穎悟,不喜雜冗,道心精進,無礙人也。凡欲辨道德之命,則多四殺者為僧,四孟者為道人,多水者為道,多火者為僧。又五行生旺者道也。死絕者僧也。

僧道の命もまた応当に高下等級を分かつべし。命中印綬を見るは、能く権を掌りて衆人をして信服せしむ。前に「喪門」あり後に「弔客」あるは、則ち苦行修持して身体を損傷す。「華蓋」ありて貴人を夾み、「三奇」の中また五行平和の気を帯び、あるいは自死自絶の火と木とを帯ぶるは、志向性情明白通達・清高脱俗にして、是れ常人を超出するの人物なり。もしさらに天干の官鬼・倒食・学堂および金水を帯ぶれば、便ち文章出衆・辯才聡慧なり。生旺太過のは、名利を追求するの心便ち按捺して住さず、さらに凶殺を帯ぶれば、最終なほ須らく還俗せん。死絶の中貴人・三奇・華蓋を見、五行また相生し、あるいは夾貴あり、あるいは金水・火木の両字を帯ぶるは、道行高遠・秉性聡頴にして、雑乱冗務を喜ばず、道心精進して、是れ通達無礙の人なり。大凡僧道の命を分辨す、四殺多きは和尚を做り、四孟多きは道士を做る。水多きは道門に入り、火多きは仏門に入る。此の外五行生旺のは道に属し、五行死絶のは僧に属す。

珞琭子云:崇釋乃離宮修定,歸道乃水府求玄。凡道德命見五行相尅,六害、孤、寡、刑、沖、中帶元辰、羊刃、劫殺者,是為生謀利,庸愚之輩也。更帶咸池,耽惑酒色,狡計謀、門財利,是念在道門不久之人。

《珞琭子》に説く、仏教を信奉する人は是れ離宮火位に於て禅定を修習し、道教に帰入する人は是れ水府の中に於て玄妙を探求す。凡そ僧道の命もし五行相剋を見、また六害・孤辰・寡宿・刑・冲あり、其中また「元辰」「羊刃」「劫殺」を帯ぶるは、ただ是れ出家を借りて生を謀り利を求むるの庸碌愚昧の輩なり。もしさらに「咸池」を帯ぶれば、便ち酒色に耽溺し、心計に工み・財利を専営し、この種の人存心して道門に在るもまた待つこと長久ならず。

凡道德命,較之他人用事相反,歲運上見喪門、弔客、孤寡、伏返,常人哭泣持服喪禍處,乃為僧道披剃緣會,及賜服住持之時也。凡道德命大忌見咸池,一生不利道行,多酒色陰私連累之撓。歲運逢之,多疾病,破財煩聒,更五行無氣,往往死矣。(並燭神經)

僧道の命取用の上に於て常人と恰好く相反す。流年大運の上「喪門」「弔客」「孤辰」「寡宿」および「伏吟」「返吟」を見るは、常人に在りて是れ哭泣服喪・喪禍に遭遇するの時にして、僧道に在りては却つて正に剃度出家・機縁湊合し、あるいは法服を受賜し・住持に出任するの時なり。僧道の命最も「咸池」を見るを忌み、一生道行に利あらず、多く酒色陰私の牽累紛擾あり。流年大運これに碰上すれば、多く疾病を生じ・破財し・煩擾休まず、もし五行さらに気なければ、往往にして便ち此に就て命を喪ふ。以上《燭神経》に出づ。

【建命殺】一名破祖

取生月支干,與太歲同也。如甲戍年甲戍月是也,主破蕩祖業,多妨害,定僧道。(三命鈐)孤、寡兩犯,圓頂方袍;亡劫併刑,羽衣道士。孤寡重重犯者,為圓頂之流,亡辰劫殺併三刑者,為羽衣之士。(壺中子)

「建命殺」の取法は、生月の干支太歳と完全相同なり、例えば甲戌年また甲戌月に生ずるがごとく、祖上の産業を敗尽し・多く妨害あるを主り、断定して僧道の命と為す、这是《三命鈐》の説法なり。《壷中子》に説く、孤辰・寡宿の両樣皆犯すは、是れ光頭を剃り・方袍を穿つるの僧人の一流なり。亡神・劫殺また三刑を併するは、則ち身に羽衣を披るの道士なり。

【平頭羊刃緇黄応】

平頭乃甲、乙、丙、丁、壬、己之類,若平頭羊刃,更犯六害、空亡、無氣、孤辰、寡宿之類,多是僧道命。(沉芝源髓)長生貴人入孤寡,必定為僧也。祿馬三元入食神,章服有權聲。若或刑沖入四墓,徙子下山去,休敗刑沖及空寡,終身作刑者,不論陰陽逆順行,男女亦同稱,若不害子及刑夫,斷定作師姑。(直道歌)

いはゆる「平頭」とは、甲・乙・丙・丁・壬・己のこの一類の字形平頭の天干を指す。もし平頭の干また羊刃を帯び、さらに六害・空亡・無気・孤辰・寡宿の類を犯せば、多半是僧道の命にして、这是《沈芝源髄》の説法なり。《直道歌》に説く、長生と貴人と孤辰寡宿に落入すれば、必定して出家して僧と為る。禄・馬・三元また食神に入れば、則ち能く法服を受賜し・権位声望を享有す。もし刑冲辰戌丑未の四墓に落入せば、徒弟就て山を離れて他去せん。休敗・刑冲および空亡・寡宿に遇上せば、則ち終身刑剋を受く。此の一條は陰陽順逆を論ぜずして行ひ、男命女命皆同じく看待す。女子もし子を害せずまた夫を刑せざれば、便ち断定して彼女は出家して尼姑を做ると。

孤辰、寡宿、華蓋,遇空亡,或道或僧。(隱迷賦)兩般父母見星孤,四孟天中祿也。無辰戍丑未加臨著,多是道士及僧徒。四孟仲季同,如見三合六合,定為僧道。(鬼谷要訣)

《隠迷賦》に説く、孤辰・寡宿・華蓋さらに空亡に遇上すれば、此人是れ道士ならざれば便是和尚なり。歌訣また説く、父母の両方皆星辰孤単を見、四孟の位また「天中」と禄神とに逢ふ、もし辰・戌・丑・未の来たりて加臨するなければ、多半是道士あるいは僧徒なり。《鬼谷要訣》に説く、四孟・四仲・四季の情形相同なり、もしさらに三合・六合を見れば、断定して僧道の命なり。

凡命帶三六合,貴人破印相尅,華蓋同空亡,有貴氣者,不可以貴人論之,多是九流僧道之命。故曰:僧有四沖,道有三合。古詩云:三合生人辰戍時,定為僧不須疑。若還華蓋並臨墓,囊橐豐隆定紫衣。凡命重支重干,更帶空亡者,有心力長老也。

凡そ命中三合・六合を帯び、貴人また印を破して彼此相剋し、華蓋と空亡と同処するは、こようの人たとへ貴気あるも、能く当たりて富貴の命を作し来たりて論ずる能はず、多半是九流術士あるいは僧道の命なり。ゆゑに説く、和尚は多く四冲を見、道士は多く三合を見。古詩に説く、三合の人辰時・戌時に生まれれば、断定して僧と為る疑ふを要せず。もし華蓋また一併して墓庫に臨めば、あれば便是囊中豊足・終に紫袈裟を賜るを得るの高僧なり。凡そ命中地支重畳・天干重畳して、また空亡を帯ぶるは、是れ心力あり・能く担当するの長老なり。

九流を論ず

凡為術士命,有長生學堂,主本不帶刑戰傷闘,有小可福氣,歸於本主,但五行無根本耳。祿後二辰名祿九地,學堂、空亡、華蓋、印庫,亦主作九流,貴人無用亦然。無根本者,如水人無金,火人無木之類是也。不惟九流,但是貴賤人命犯之,主無祖業。

凡そ術士の命は、命中長生・学堂あり、本命刑戦傷闘を帯びず、略々一点の福気自身に帰す、ただ五行根基なきのみなり。禄位の後第二位を「禄九地」と呼び、さらに学堂・空亡・華蓋・印庫を加ふれば、も此人九流術業に従事するを主る。貴人虚設して用なきは、情形もまた一樣なり。いはゆる「根基なき」とは、指す所納音水に属する人命中金なし・火に属する人命中木なしの類なり。ただ九流の人のみならず、貴賤を論ぜず、凡そ命中この條を犯すは、皆祖上の産業の継承す可きなきを主る。

遊逸之人命,五行無根本,四柱不相往來,脫前落後,無情無理,故作飄蓬尋幽之士,更五行無氣象者,破落道人也。更刑射破了主本,即是丐士,或五行無根本,卻有福德,互相往來者,是客吏也。天乙閒慢,多是九流。古詩云:貴人且看閒不閒,閒即九流當便許。假令甲戊庚,上半年以未為貴人,不閒,下半年以丑為貴人,不閒,與六壬中相反用。(並廣信集)

游荡閑散の人の命は、五行根基なく、四柱の間彼此相往来せず、前後脱節して、既に情なくまた理なし、ゆゑに成りて到処漂泊・幽勝を尋訪するの人と為る。もし五行さらに毫も気象なければ、便是破落の道人なり。もしさらに刑冲あって本命を傷破せば、あれば便是乞丐なり。もし五行たとへ根基なくとも却つて福徳あり、四柱また能く互相往来せば、あれば便ち官府に当差するの吏員なり。「天乙貴人」もし閑置して用ひざれば、多半是九流の人なり。古詩に説く、貴人を看れば先ず須らくそれの閑不閑を看るべし、閑の便ち断じて九流と為す可し。譬へば甲・戊・庚の三干、上半年は未を以て貴人と為す、是れ不閑なり。下半年は丑を以て貴人と為す、も是れ不閑なり、これ六壬術の中の用法と恰好く相反す。以上《広信集》に出づ。

吏卒を論ず

吏人命,沖刑多者為吏人,東西戰闘,南北沖爭,長生處破了,死敗處生起,五行錯雜者,是也。若帶官鬼而有福氣,兼引死還生者,是因吏中有祿也。若帶刑殺者,多至徙配。凡命帶重支重干,有刑戰者,是狡猾公人也。(並廣信集)

吏員の命は、冲と刑と多き人を以て吏と為す。東西方位相戦闘し、南北方位相冲争し、長生の処破壊せられ、死敗の処かへつて生起し、五行錯雑不純なるは、便是この種の命なり。もし官鬼を帯びてまた福気あり、併せて能く死より転じて生ずるは、是れ吏職の中に於て俸禄を得るの人なり。もし刑殺を帯ぶれば、多半会く落到りて流放充軍の地步せん。凡そ命中地支重畳・天干重畳して、また刑戦あるは、是れ狡猾の衙門公人なり。以上《広信集》に出づ。

空亡無氣,貧薄夭奸,胥猾吏真不少。空亡無氣,僧道,加之刑剋乃奸吏也。(理愚歌)兵卒命局中,殺重方為兵卒,五行不等破傷,主本尊卑無禮者,亦是也。若帶福氣,凶中有生成主本者,是由軍伍而有權祿人也。此等命,亦有食神,亦有權星,雖貴命,而殺在先也。(廣信集)

《理愚歌》に説く、命中空亡にして気なきは、多半貧寒短命にして奸猾なり、この類の胥吏の中の滑頭実に少なからず。空亡無気本僧道を主る、もしさらに刑剋を加ふれば、便ち成りて奸猾の吏員と為る。兵卒の命は則ち要して局中殺気重ければこそ算せり、五行参差不斉にして破損を受け、本命尊卑失序・礼法を講ぜざるは、もこの一類に属す。もし命中福気を帯び、凶険の中また能く本命を生ずれば、あれば便是行伍出身して権柄俸禄を握るの人なり。この種の命もまた食神あり、も権星あり、たとへ貴命なるも、却つて是れ凶殺先に在るを以て、この説は《広信集》に出づ。

形貌性情を論ず

凡人稟五行之氣而生者也,形貌美惡,性之剛柔不同,由金、木、水、火、土,今敍五行形性。金,主人骨肉相應,面上濶下狹,眉高眼深,額平印堂寬,鼻曲耳紅,音聲清響,剛毅有決,動為尚義,死絕則面有巌稜,眼深睛黑,剋薄內毒,喜淫喜殺,自拙無志也。

人皆五行の気を禀受して生ず、容貌の美醜・性情の剛柔各々相同ならず、全く金・木・水・火・土より決定せらる、現に依次に五行の形貌と性情とを叙述す。金に属する人は、骨骼と肌肉と相称し、臉上寛下窄にして、眉高眼深・額頭平正・印堂開闊・鼻梁弯曲・耳朵紅潤・声音清亮响亮し、性格剛毅果決にして、行事道義を崇尚す。もし死絶の地に落つれば、則ち面棱角あり・眼窝深陷・眼珠発黒し、人と為りて刻薄陰毒にして、色を好み殺を好み、自身笨拙にして志気なし。

木,主人形瘦長,骨細肉膩,口尖,人中長,美鬚髮,手足【纖】膩,柔語細聲,其色青,遇火而赤,逢金而白,生旺則仁勇氣節,死絕則眉眼不正,慳吝鄙嗇,肌肉乾燥,頸長喉結,行坐不隠,身多欹側也。

木に属する人は、身形痩長にして、骨骼細くして肌肤細膩し、嘴巴尖・人中長・鬚髪秀美・手足纎細柔潤し、説話軽柔・声音細弱にして、肤色偏青なり。火に遇へば便ち転じて紅と為り、金に逢へば便ち転じて白と為る。生旺の人は仁厚勇敢にして気節あり。死絶の地に落つるは、眉眼長ずる端正ならず、人と為りて悭吝鄙嗇にして、肌肉乾燥・脖子長くして喉結突出し、行走坐立皆不安穏にして、身子常に歪斜なり。

水,主人眉牻目大,鼻曲面圓,頂平聲細,生旺黑色,受制黃白,行走緊速,搖頭擺腰,為性大寬小急,坐旺莽蕩大器,死絕則陰狡內狠,帶殺則傾覆陰謀。火,主人面上尖下濶,印堂窄,鼻露竅,精神閃爍,語言辯急,意速聲焦,其色或青或赤,更變不定,坐須搖膝,立不移時,臨事敏疾。如死絕則黃瘦,尖小性靈,妬毒有始無終,多妄作,有貴氣主之,則大聰明。

水に属する人は、眉毛雑色にして眼睛大にして、鼻梁弯曲にして面龐円にして、頭頂平坦・声音細弱にして、生旺の時肤色偏黒、受制の時転じて黄白と為る。走路また快くまた急にして、頭を搖ぎ腰を摆ふ、性情大処に於て寛和にして小処に於て急躁なり。旺地に坐するは、気度豪放にして是れ大器なり。死絶の地に落つるは、陰険狡詐・内心狠毒にして、さらに凶殺を帯ぶれば、便会く図謀して他人を傾覆せん。火に属する人は、臉上尖下寛にして、印堂狹窄・鼻孔外露し、精神閃爍不定にして、説話辯捷急促、心思快くして声音焦躁し、肤色時に青時に赤・変化不定なり。坐すれば腿を抖るを愛し、立つこと久しからず、事に遇ふに反応敏捷なり。もし死絶の地に落つれば、則ち面色黄痩・身材尖小にして心思霊巧にして、妬を好み陰毒にして、做事始ありて終なく、多く妄挙あり。もし貴気の来たりて主導するあれば、便ち成りて極めて聡明の人と為る。

土,主人形貌肥厚,背圓腰濶,鼻大口方,眼長眉秀,面有牆壁,其色黃白,為性重厚,作事不輕易容寬博,死絕則顏色似憂,鼻低面褊,聲音重濁,樸質拗事,孤介吝梗,不容眾情沉毒恨事也。以上五行之情,參以吉凶神殺,所遇於命中日時上,納音所得五行,或生、或旺、或死、或絕,自可以義推之。

土に属する人は、形貌肥厚にして、背円腰闊にして、鼻子大・嘴方正にして、眼長眉秀にして、臉盤墙壁のごとく端方にして、肤色黄白にして、性情穏重敦厚にして、做事軽率ならず、容貌気度寛宏なり。もし死絶の地に落つれば、則ち臉色憂愁を帯ぶがごとく、鼻梁低・面龐窄にして、声音重濁にして、人と為りて朴拙にして執拗、孤僻吝嗇・生硬不通にして、能く衆人の情面を体諒せず、心の裏深く怨毒を蔵す。以上五行の情性は、なほ須らく参照して命中日柱・時柱の上所遇の吉凶神煞、および納音の得る所の五行是れ生・是れ旺・是れ死・是れ絶、自然に可く理を按じて推断せん。

天干雖同為合也,而情各有辨焉,甲己為中正之合,甲陽木也,其性仁,處十干之首,己陰土也,鎮靜篤厚,有生物之德,故甲己為中正合也,主人崇重大器,寬厚平直,如帶殺而五行無氣,則多嗔好,性不可屈。

天干相合同じく「合」と呼ぶといへども、其中の情性各々分別あり。甲と己とは「中正の合」なり。甲は陽木にして、本性仁厚にして、位は十干の首に居る。己は陰土にして、鎮静篤厚にして、万物を生養するの徳性を具有す。ゆゑに甲己相合するを中正の合と称し、主人器量崇高厚重にして、人と為りて寛厚正直なり。但しもし凶殺を帯びて五行また気なければ、便ち変じて多怒好闘にして、性情倔強にして肯んじて屈服せず。

【乙庚是れ仁義の合と為す】

乙陰木也,其性仁而太柔,庚陽金也,剛以輔之,故仁柔而義剛,主人果敢有守,不惑柔佞,周旋進退,五行生旺則骨形清,若五行死絕帶殺,則主氣直勇決,卻自是自非,甲己乙庚之合,婦人尤宜得之。

乙は陰木にして、本性仁厚なるも却つて過ぎて柔弱なり。庚は陽金にして、剛強を以てこれを輔助す、ゆゑに合して便ち仁中柔を帯び・義中剛を帯び、主人果敢にして操守あり、柔媚諂佞の言に迷惑せられず、進退周旋皆分寸あり。五行生旺のは、骨相清秀なり。もし五行死絶してまた凶殺を帯ぶれば、則ちたとへ気性耿直・勇んで決断するも、往々にして自以为是・自作是非す。甲己の合と乙庚の合とは、婦人これを得れば尤其として相宜なり。

【丙辛是れ威制の合と為す】

丙陽火也,威明自盛,辛陰金也,克刃喜殺,主儀表威肅,人多畏懼,酷毒好賄,喜淫,若帶殺及五行死絕,則為寡恩少義無情之人也,婦人得之,與天中大耗咸池相併者,貌甚美,聲甚卑,是為妖冶而淫者也。

丙は陽火にして、威勢光明にして自ら盛なり。辛は陰金にして、刀刃を剋制するを善くし・粛殺を喜好す、ゆゑに合して主人儀表威厳粛穆にして、別人多半彼を畏懼す、但し性情厳酷陰毒にして、財賄を貪好し、また淫佚を喜ぶ。もし凶殺を帯びて五行死絶せば、便ち成りて寡恩少義・冷酷無情の人と為る。婦人この種の合を得れば、もしさらに「天中」「大耗」「咸池」と併して一処に在れば、容貌極めて美・声音極めて柔にして、あれば便是妖冶にして淫蕩の人なり。

【丁壬是れ淫慝の合と為す】

壬者純陽之水,三光不照,丁者藏陰之火,自昧而不明,故丁壬為陰慝之合,主人眼淫神矯,多情易動,習下無志,耽歡惑色,於我則吝,於彼則貪,若五行死絕或殺見咸池、大耗、天中、自敗,是淫巧人也,親小人,慢君子,貪婪妄作,必勝而後已。婦人淫邪奸慝,多招玷辱,或年高而嫁少婿,或年艾而適老夫,或先賤而後良,或先良而後賤也。

壬は純陽の水にして、深沈して連ねて日月星の三光もまた照進せず。丁は内蔵の陰火にして、本身昏昧にして不明亮なり、ゆゑに丁壬相合するを陰慝の合と称す。主人眼神淫意を帯びて神情做作し、多情易動にして、下流に習ひて志向なく、歓楽に耽り女色に迷惑し、自己に対して吝嗇にして、別人の東西に対して却つて貪求す。もし五行死絶し、あるいは凶殺の中「咸池」「大耗」「天中」「自敗」を見れば、便是淫邪巧詐の人にして、小人に親近し・君子を怠慢し、貪婪妄為にして、非で他人を圧倒せずんば罷まず。婦人これを得れば則ち淫邪奸悪にして、多く玷汚羞辱を招来し、あるいは年紀已に大にして却つて年軽の夫婿に嫁し、あるいは已に盛年を過ぎて却つて老翁に嫁し、あるいは先に卑賤にして後に良善、あるいは先に良善にして後に卑賤なり。

【戊癸是れ無情の合と為す】

戊陽土也,是老丑之夫,癸陰水也,是婆娑之婦,老陽而少陰,雖合而無情也,主人或好或丑,如戊得癸則矯,神色姿美得所,若癸得戊,則形貌古樸,老相塵俗,若戊合癸,則男子娶好婦,婦人嫁美夫,癸合戊則男娶老妻,婦人當嫁老夫也。(並燭神經)

戊は陽土にして、好比年老貌醜の丈夫。癸は陰水にして、好比姿態婆娑の少婦。老陽少陰に配し、たとへ相合するも情意なく、ゆゑに主人の相貌あるいは美あるいは醜不定なり。もし是れ戊癸を得れば、便ち顕れて矯健にして、神采姿容皆恰到好処なり。もし是れ癸戊を得れば、便ち形貌古朴にして、長相老気にして俗塵を帯ぶ。もし戊の来たりて癸を合すれば、男子能く好妻子を娶るを得、女子能く美丈夫に嫁ぐを得ん。もし癸の来たりて戊を合すれば、男子就て年長の妻子を娶らんと要し、女子もまた須らく年老の丈夫に嫁せんと要す。

人身形を論ず

大抵生旺才主長大,死絕者主矮小,若有殺臨之,則不在此限,又從殺上斷也,大木要瘦長,金方矮,土肥厚骨麤,水肥壯骨細,火長筋骨麤,木青,金白,土黃,水黑,火赤,若有克則從所克之五行斷其形狀顏色,凡斷此取日時納音,看其有克無克,並神殺所臨,有氣無氣斷其形狀情性,萬不失一也。

大体上説く、五行生旺の人は身材高大にして、死絶の人は身材矮小なり。もし凶殺の臨到るあれば、便ちこの條の限制を受けず、須らく改めて凶殺の上より判断すべし。具体に言へば、木形の人は痩長にして、金形の人は方正にして偏矮、土形の人は肥厚にして骨骼粗大、水形の人は肥壮にして骨骼細く、火形の人は身長にして筋骨粗なり。肤色は則ち木青・金白・土黄・水黒・火赤なり。もし五行の間剋あれば、便ち按じてそれを剋するのあれ一行を以て形状と気色とを断定す。凡そこの種の判断を作すは、皆取りて日柱・時柱の納音を、看てそれの剋ある無剋を、さらに結合して神煞の所臨・気ある無気を、来たりて形貌と性情とを断定す、こようすれば便ち万無一失なり。

【人性形を推す】此の格ただ日時の上のみ

命若入格而逢生旺者,主為性明白,遇物不逆,動必應機,言語聲高,豁達大度,臨事能斷,公正不疑,犯難不畏,平生不以財物為吝,好施與,不私己,奢泰歡樂多惰,尚義平生無滯常防,有不善終之患,若命入貴格,而逢死絕者,主為性寡合,機深意密,多疑足計,動拘禮節,謹慎行止,修飾儀貌(容),常自檢絕不妄施設,常防有陰謀之患,

命もし格局に合してまた生旺に逢へば、此人性情爽朗明白・待人接物違逆せず・一挙一動皆能く時機に合するを主る。説話声音洪亮にして、豁達大度にして、事に遇ふに能く決断し、処事公正にして遅疑せず、危難に面しても畏懼せず。平生財物を吝惜せず、施与を楽しみ、ただ自己を顧みず、ただ是れ過ぎて奢華享楽にして略々懶惰を顕す。この種の人一生道義を崇尚して滞碍なし、但し須らく常に防備して善終を得ざるの隠患を要す。もし命貴格に入りて却つて死絶に逢へば、則ち性情孤僻にして合群少なく、心機深沈・用意縝密にして、多疑にして算計を善くし、挙動礼節を拘守し、行止謹慎にして、儀容の修飾を注重し、常に自我検点約束し、肯んじて軽率施為せざるを主り、この種の人須らく常に防備して人の暗算するの禍患を要す。

若小人之命,【已】入殘局,而逢生旺者,主性氣無常,不自尊檢,為事不顧危亡,好爭闘,恃強壓弱,親近惡黨,不事家業,必竟不得善終也,死絕則為性淫邪,勤必巧為,畜縮執拗,學動修飾,事美言辭,好自矜衛,臨事無斷,少是多非,一生無立,以上如入至貴之局,其性行一皆如前,若常貴之流,並或兼此。(並林開五命)

もし是れ小人の命にして、已に残破の格局に落入し、却つてまた生旺に逢へば、性情気度反覆無常にして、自重自検を知らず、做事危亡を顧みず、人と争闘するを好み、勢に仗りて弱小を欺圧し、壊人に親近し、肯んじて家業を経営せず、最終難く善終を得るを主る。もし死絶に落つれば、則ち性情淫邪にして、勤快の処必定して取巧の上に用ひ、畏縮にして執拗、別人に学びて売弄修飾し、言辞漂亮を講究し、自我誇耀護短を好み、事に臨みて決断なく、是処少なくして非処多きを主り、一生一事成らず。以上の説く所、もし命極貴の格局に入れば、性情行為完全に前面の講ずるに照らす。もしただ尋常貴顕の流なれば、則ち可能く兼ねて其中幾種を有せん、这是《林開五命》の説法なり。

【五行地を得る】

智高量遠,蓋因水處深源;篤信守仁,蓋為土成山嶽;仁慈敏厚,木乘甲乙之方,性速辨明,火應丙丁離位;譽高羲重,因金歸合庚辛。虛於中者,正性不移,或盛或衰,性情變易。

智慧高遠・器量宏大なるは、水の深遼の源頭に居るを因とす。篤守信義・持守仁徳なるは、土の積成して山岳と為るを因とす。仁慈敏捷にして厚道なるは、木の甲乙の東方の気を乗ずるを因とす。性情迅速にして明辨なるは、火の丙丁の離宮の位に応ずるを因とす。声誉高く・道義重きは、則ち金の庚辛の位に帰るを因とす。命中内里虚静の人は、純正の本性移易せざらん。五行時に盛時に衰の人は、性情もまた之に跟ひて変じ来たりて変じ去らん。

【五行地を失ふ】

水乘衰敗,性昏無賴;土力太微,蔽執寡用;木歸蹇地,太柔而治事無規。火數未興,小辨而大傷無決;金當淺薄,雖羲而有始無終。不及太過,皆能為凶。(並宰公要訣)

水もし衰敗の気を乗ずれば、性情昏聵にして無頼なり。土の力量太微弱なれば、則ち蔽塞固執にして用ある少なし。木蹇滞の地に帰すれば、便ち過ぎて柔弱にして、辦事章法なし。火の気数未だ興起せざれば、ただ能く小処に於て分辨するのみ、大事に遇ふに受損する時かへつて決断なし。金もし過ぎて淺薄なれば、たとへ義気を講ずるも始ありて終なし。総じて五行不及と太過と、皆能く成りて凶象と為るを得、这是《宰公要訣》の説法なり。

文章明敏兮,定須火盛;威武剛烈兮,乃是金多。木盛則懷惻隱之心,水多則抱機巧之智,至土之性,最重為貴。(指迷賦)凡命五行生旺者,主好事華飾,胸中無物,亦主好色,火命尤緊,死絕相尅入墓者,多好禪道,歸根復本也。(廣信集)

《指迷賦》に説く、文章写す明快敏捷のは、命中必定して火気旺盛なり。威武剛烈のは、則ち是れ金気偏多なり。木気旺盛の人は惻隠の心を懐き、水気多き人は機巧の智慧を抱有す。至るに土の本性は、厚重を以て貴と為す。《広信集》に説く、凡そ命中五行生旺の人は、張羅排場を喜好し・華美装飾を講究し、胸中却つて多少の実学なく、も好色を主り、納音火に属する人尤其として明顕なり。五行死絶・相剋して墓に入るの人は、多半参禅問道を喜好し、返本帰根を追求す。

【自絶五位五般情】

凡五行有自死自絕,且如水遇乙卯自死,癸巳自絕。木遇庚申自絕,壬午自死。張白先生五命云:日時犯著一位,號曰奪印殺,作官須有一失,此意乃更說五性者,金主羲,自絕則寡羲;木主仁,自絕則不仁,水主智,遇絕則失智;火主禮,自絕則無禮;土主信,自絕則寡信。逐五行詳斷之,凡五行如先生旺、後死絕,則為多鄙。

五行の中いはゆる「自死」「自絶」あり、譬へば納音水に属するの乙卯に遇ふは便是自死にして、癸巳に遇ふは便是自絶なり。納音木に属するの庚申に遇ふは便是自絶にして、壬午に遇ふは便是自死なり。張白先生の《五命》に説く、日柱・時柱の上其中一位を犯着するを、便ち「奪印殺」と呼び、官を做れば必定して一次の差錯を出さんと要す。この個の道理なほ可く推して五常の性の上に到る。金は義を主り、自絶すれば便ち寡義なり。木は仁を主り、自絶すれば便ち不仁なり。水は智を主り、絶に逢へば便ち失智なり。火は礼を主り、自絶すれば便ち無礼なり。土は信を主り、自絶すれば便ち寡信なり。須らく逐一に五行を按じて仔細に判断すべし。凡そ五行先生旺して後死絶するは、人と為りて多半鄙陋に流れるを主る。

陽止正而皆在內,丙逢多者生重頂,更加沖破受尅時,腦大侏儒壽何永。凡十干至丙,乃陽止至正,多丙正則有雙頂而生,加沖破受尅,必有雙頂,不成或不正,額闊頭大,不然矮小,兼亦無壽。

歌訣に説く、陽気最正の処に到れば皆収めて裏面に在り、命中丙字多き人は生来頭頂重畳す。もしさらに冲破受剋を加ふれば、便会く頭大身矮にして、寿命いづくんぞ能く長久せんや。这是因为十天干排して丙に到るは、正に陽気最も端正の時にして、丙字多くして端正の人は生来便ち双重の頭頂あり。もしさらに冲破受剋あれば、必定して頂骨双起にして長じて周正ならず、額頭寛闊・腦袋碩大にして、否れば便是身材矮小にして、而且もまた長寿ならず。

時居卯酉斗日月,眼目斷之定親切。卯酉是日月出入之門,犯卯酉時生,眼目必主圓大。卯酉平生好徙移,或多道路或親離,若然帶殺加刑尅,眼大難全信有之。凡命犯卯酉者,性不定,好移徙,或多在道路,非依舊祖離骨肉,更帶殺兼有刑破,必損目,不然目中有翳或目大。(並沉芝源髓)

「時卯酉に居りて日月に闘し、眼目之を断ずれば定めて親切なり」とは説く所、卯と酉とは是れ日月出入の門戸にして、卯時・酉時に生ずる人は、眼睛必定してまた円また大なり。歌訣また説く、卯酉を犯す人は一生遷徙を好み、あるいは常年道路上に奔走し、あるいは親人と離散す。もしさらに凶殺を帯びてまた刑剋を加ふれば、眼睛たとへ大なるも難く保全す、この話は実に可信なり。凡そ命卯酉を犯す人は、性情不安定にして、遷移を喜好し、多半道路上に於て奔波し、能く祖業を守らずして骨肉と分離す。もしさらに凶殺を帯びて兼ねて刑破あれば、必定して眼目を損傷し、否れば眼中もまた翳を生じ、あるいは眼睛特別に大なり。以上《沈芝源髄》に出づ。

言詞狡猾,誕時合值六虛。六虛住處,曰謾語神,凡人得之,必好撰飾語詞,重併遇者,必狡猾。(壺中子)三命鈐云:六虛者,取空亡對沖之辰,謂如甲子旬中辰巳是也,主平生妨尅尊親,漂流他國。李九萬云:六虛主好奢華,緣飾文辭,作事故多虛聲。

「言辞狡猾、誕時合して六虚に値す」とは説く所、「六虚」の在る所の処を「謾語神」と呼び、凡人これを得れば、必定して編造粉飾言辞するを喜好せん。もし重畳して遇上せば、人と為りて一定して狡猾なり、这是《壷中子》の説法なり。《三命鈐》に説く、いはゆる六虚とは、是れ取りて空亡の对冲する所の地支にして、譬へば甲子旬の中空亡戌亥に在り、之と对冲するの辰・巳便是六虚にして、一生尊長親属を妨剋し・他郷異国に漂流するを主る。李九万説く、六虚は主人奢華を好み、粉飾文辞を善くし、事を做り起せば此に因りて多く虚名ありと。

第卅一巻

疾病を論ず

夫人稟五行之和氣而成形,所以有疾苦者,皆由陰陽五行之氣,虛、實、寒、熱太過不及,贅疣而致也。欲知人虛實,死絕為虛,生旺為實,虛實既明,疾病可以類推也。凡水死絕,多胸氣、腰足、攻圭、滑瀉、便溺不利之疾,火死絕主腸氣、結塞、驚悸、健忘、精神不安之疾。木死絕,主虛風、目牆、眩暈、筋急、爪甲枯悴,喜怒顛倒,擇食揀飯之疾。金死絕,主氣虛喘咳嗽、皮毛焦、乾燥、乾嗇,骨筋疼痛、善憂足涕淚,大腸瀉痢,便血之疾。土死絕,主面黃減食,隔食吐逆,肢體怠墮,喜睡嗜臥,多思足慮,耳聾神濁,健忘少喜動作之疾。

人五行の中和の気を禀受して形を成す。疾病痛苦あるの所以は、皆陰陽五行の気虚・実・寒・熱の上に於て太過あるいは不及に因り、贅疣のごときの偏差を生出するの所致なり。一個人の虚実を知らんと欲せば、死絶を以て虚と為し・生旺を以て実と為す。虚実一たび分明なれば、疾病便ち可く類を依りて推断せん。凡そ水死絶に落つるは、多く胸中気悶・腰腿酸痛・気逆上攻・滑瀉不止・大小便不利の毛病あり。火死絶に落つるは、腸中脹気・結塞不通・驚悸・健忘・精神不安を主る。木死絶に落つるは、虚風・眼目昏障・頭暈目眩・筋脉拘急・指甲枯槁憔悴を主り、喜怒無常・挑食偏食す。金死絶に落つるは、気虚喘息咳嗽を主り、皮肤毛髪焦枯乾燥・澁滞不潤し、骨節筋絡疼痛し、憂愁を好みて涕涙多く、大腸瀉痢・便中血を帯ぶ。土死絶に落つるは、面色発黄・食量減少を主り、膈食嘔逆・四肢懈怠し、貪睡嗜臥・思慮過多・耳聾神志昏濁し、健忘にして活動を愛せず。

凡五行有相尅而成疾者,金火相尅生旺,則痬、瘡、癱、腫,死絕無氣,主勞瘵嘔血。土木相尅生旺,主痞悶、昏眩、風麻、小腸疾、丹腫。死絕相尅,主吐食症塊,疽癖積滯之疾。李九萬云:木土相尅主中風,土受邪故也。金木相尅生旺,主肢足骨節不完,眼目之疾。死絕主氣虛精脫,勞瘵癱瘓之疾。水上相尅,主脾溼洩瀉,中滿痰嗽,不利之疾。

五行の間もまた因りて相剋して病を生ずるあり。金と火と相剋して生旺の地に在れば、便ち瘍瘡・癱瘓・腫脹を生ず。もし死絶無気の地に在れば、則ち癆瘵咳血を主る。土と木と相剋して生旺の地に在れば、胸腹痞悶・頭昏目眩・風気麻痺・小腸疾患と丹毒紅腫とを主る。死絶の地に於て相剋すれば、則ち嘔吐食物・腹生痞塊を主り、および疽瘡・癖積・滞塞の一類の病。李九万説く、木土相剋は中風を主る、脾土の邪気を受けたるを因るを以てなり。金と木と相剋して生旺の地に在れば、四肢骨節残缺不全および眼目の疾を主る。死絶の地に在れば、則ち気虚精脱・癆瘵癱瘓を主る。水と土と相剋すれば、脾湿泄瀉・中焦脹満・痰多咳嗽の等の不通利の病症を主る。

凡五行有相生而生疾者,火木相生生旺,則上盛膈壅,目赤頭風。死絕則傷寒作狂悶亂疾。火土相生生旺,則胃實。死絕則唇焦,紅氣熱結,大便不利。金水相生生旺,則氣滯,死絕則精滑。水木相生生旺,則嘔吐胃虛。死絕則精敗傷寒,痁瘧,金土相生生旺,則多無肌肉。死絕腸鳴蟲作也。凡水土木相逢於無氣處。主蠱氣腹脹,吐逆之疾。凡金水火相逢於無氣之地,主痢疾。金主大腸,水火守之陰陽不和也。凡水逢土,多主翻胃疾,土多而無木氣疏之,主聾聵疾,蓋腎水不流則為翻胃,氣不通則為聵也。

五行の間もまた因りて相生して病を生ずるあり。火木相生して生旺の地に在れば、則ち上焦壅盛・胸膈阻塞し、眼睛発紅・頭風疼痛す。死絶の地に在れば、則ち傷寒を得て発狂煩悶す。火土相生して生旺の地に在れば、則ち胃中壅実す。死絶の地に在れば、則ち嘴唇焦裂・熱気鬱結・大便不通す。金水相生して生旺の地に在れば、則ち気機滞塞す。死絶の地に在れば、則ち精関不固にして滑泄す。水木相生して生旺の地に在れば、則ち嘔吐胃虚す。死絶の地に在れば、則ち精気敗壊し・傷寒と瘧疾とを感受す。金土相生して生旺の地に在れば、則ち大多肌肉豊ならず。死絶の地に在れば、則ち腸鳴して腹中虫を生ず。凡そ水・土・木の三者無気の処に於て相逢すれば、蠱脹腹満・嘔吐反逆の疾を主る。凡そ金・水・火の三者無気の地に於て相逢すれば、痢疾を主る、金は大腸を主り・水火それを守りて陰陽調和せざるを因るを以てなり。凡そ水土に遇ふは、多く反胃の疾を主る。土多くして木気の来たりて疏通するなければ、則ち耳聾を主る、腎水流通せざれば便ち成りて反胃と為り、気機通暢せざれば便ち成りて耳聾と為るを以てなり。

凡一切諸殺,亦有主疾者,劫殺主小腸,又主耳聾、咽喉疾。官符,主腰腳疾。威池主酒色勞瘵膿血,便溺疾。大耗主闇昧,或贅疣疾,凡祿主因食致疾,須帶殺尅身方是也。凡命見真沖氣散,或真刑氣散者,多是廢疾人也(並燭神經)

一切の神煞の中もまた疾病を主るあり。「劫殺」は小腸の病を主り、また耳聾と咽喉疾患とを主る。「官符」は腰腿の疾を主る。「咸池」は因りて酒色して癆瘵・膿血および大小便の毛病を得るを主る。「大耗」は昏昧不明を主り、あるいは贅疣を生ず。凡そ「禄」は因りて飲食して病を致すを主る、ただ過ぎず必ず須らく凶凶殺を帯びてまた身を剋してこそ数を算せん。凡そ命中真の相冲出現して気散し、あるいは真の相刑して気散するは、多半是残廃帯病の人なり。以上《燭神経》に出づ。

凡人午為頭,巳為左肩,未為右肩,辰為左膊,申為右膊,卯為左肋,酉為右肋,寅為左腿,戌為右腿,丑為左腳,亥為右腳,子為陰,又辰為腿,丑為唇,未為三焦,戍為兩腿之間,取疾病去處,須推此。凡寅丑子亥多人,中年有腰腳疾,庚辰日,乙亥日,主消渴勞病等疾。

人身と十二地支との対応は、午は頭と為り・巳は左肩と為り・未は右肩と為り・辰は左臂と為り・申は右臂と為り・卯は左肋と為り・酉は右肋と為り・寅は左腿と為り・戌は右腿と為り・丑は左脚と為り・亥は右脚と為り・子は下陰と為る。此の外辰また可く腿を代表し・丑は嘴唇を代表し・未は三焦を代表し・戌は両腿の間を代表す。病いづれの処に在るを判断せんと要するは、便ち須らくこの個の対応を照らして来たりて推す。凡そ命中寅・丑・子・亥多き人は、中年会く腰腿の疾あらん。庚辰日・乙亥日に生ずる人は、「消渇」(口渇して多飲して形体消瘦するの症)と虚労との一類の病を患ふを主る。

【天瞽殺】

正月起申,逆行十二辰,又名飛廉殺,犯者主無目,凡命最忌,大惡支干有氣。(並寸珠尺璧)

「天瞽殺」の排法は、正月より起りて申位に於て、十二地支を逆りて依次に行ふ、それまた叫做して「飛廉殺」と為す。犯到る人は眼睛失明するを主り、凡そ命を看る皆最もそれを忌諱し、尤其として忌諱するは它の在る所の干支なほ旺気を帯ぶるは、あれば便ち大凶なり。以上《寸珠尺璧》に出づ。

【五行交加象】刑を以て之を言ふ

甲辰、甲午、乙丑、乙未,土木交加,主癱瘓之疾,丙申、丁酉,金火交加,主血筋所傷。戊子、己亥,水土交加,主脾胃之疾。庚寅、辛卯,金木交加,主筋骨勞嗽之疾。癸巳、壬午、丙子、丁亥,水火交加,主頭面目疾。

甲辰・甲午・乙丑・乙未のこの幾組は、是れ土と木と交相錯雑して、癱瘓の疾を主る。丙申・丁酉は是れ金と火と交加して、血脉筋絡の受傷を主る。戊子・己亥は是れ水と土と交加して、脾胃の疾を主る。庚寅・辛卯は是れ金と木と交加して、筋骨労損と咳嗽とを主る。癸巳・壬午・丙子・丁亥は是れ水と火と交加して、頭面と眼目の疾病とを主る。

日被時克莫相對,終是艱辛病禍纏,金木戰兮憂骨肉,水凌火氣眼生煙。金水死時為風【癩】,土多水少敗丹田。土遭木克脾胃弱,火勝金殘血裡眠,水深金重逢水厄,遇水定教落深淵。水少火多應受渴,火多土少語狂顛。水若滿兮火若明,水滿火明壽難延。金純切忌四肢損,土多帶火受憂煎。木若盛時應蹇塞,更須仔細辯根源。(並神白經)

《神白経》の歌訣に説く、日柱時柱に剋せらるるは、両者可からず対立す、終究是れ艰辛困苦・疾病災禍身に纏はる。金木交戦すれば、須らく骨肉受受傷を擔憂すべし。水の火気を欺凌するは、眼前便ち烟を生ずるがごとし。金水死地に落つれば便ち風癩の疾を得、土多水少なれば便ち丹田元気を敗壊す。土木に剋せらるれば、脾胃虚弱なり。火勝ちて金残れば、睡臥の中血を帯ぶ。水深くして金また重き人は会く水厄に遭遇し、一たび大水に遇へば必定して深淵に落入せん。水少火多なれば、応ずるに口渇の症を主るべし。火多土少なれば、則ち言語狂乱癲妄す。水もし満溢して火また太明なれば、水満火明の人は寿命難く久延す。純金の命最も四肢損傷を忌み、土多くしてまた火を帯ぶれば則ち終日憂煎す。木気もし太旺盛なれば、行事応ずるに蹇滞阻塞あるべし、凡そ此皆なほ須らく仔細に命局の根源を分辨すべし。

金衰火盛,嘔血不人小,脫肛水竭,土盈病癖,忽然耳聵。金在臟為肺而主嘔,火在臟為心,而主血咳與血相應也。金衰而火盛,則火乘其便以克之,肺乃受疾,發於上則為咳嘔,發於下則為痔漏,蓋肺與腸相為表裡也。此言金人得火多也。水在臟為骨髓,土在臟為脾為肌肉,骨與肉相接也。水竭而土盈,則土乘其便以克之,腎乃受疾,腎既受疾,攻於下則為癖,攻於上則為聵,蓋腎上攻則應於耳,此言水人得土多也。(壺中子)

「金衰火盛、嘔血不人小、脱肛水竭、土盈病癖、忽然耳聵」のこの幾句、《壷中子》解釈して説く、金は五蔵に於て肺と為り、嘔逆を主る。火は五蔵に於て心と為り、血を主り、咳嗽と出血と正に相応ず。金衰して火盛なれば、火便ち勢に乗じて去りて金を剋し、肺便ち病を受く。上に発すれば便ち成りて咳嗽嘔血と為り、下に発すれば便ち成りて痔漏脱肛と為る、肺と大腸と互に表裏たるを以て、这是説く所納音金に属する人命中火多きの情形なり。水は五蔵に於て骨髄と為り、土は五蔵に於て脾と為り・肌肉と為る、骨と肉と本相連接す。水枯竭して土壅盛なれば、土便ち勢に乗じて去りて水を剋し、腎便ち病を受く。腎一たび病を受ければ、下に向かひて攻すれば便ち成りて癖塊と為り、上に向かひて攻すれば便ち成りて耳聾と為る、腎気上攻するは会く応じて耳朵の上に在るを以て、这是説く所納音水に属する人命中土多きの情形なり。

破碎羊刃招痕疾,疾中六害還非吉,日時累犯旺鬼凌,無氣空亡纏病卒。凡命如犯破碎羊刃,日時中見者,身多痕瘕,女人有血氣之疾,少年主多【?】癤之患,凡病厄宮不要見六害,多疾患。旺鬼凌者,如土命人犯乙卯己亥又三合,巳酉丑見戊午,乙巳丁巳之類,更犯空亡無氣,一生多疾。

歌訶に説く、「破碎」と「羊刃」とは会く招来して疤痕を帯ぶるの病せん、疾厄の中さらに六害を見るもまた不吉利なり。日柱時柱屡屡犯上して旺盛の鬼星の欺凌し、加へて無気と空亡とあれば、便会く纏綿病榻して以て死に至らん。具体に説く、凡そ命「破碎」「羊刃」を犯して日柱・時柱の中に出現するは、身上多く疤痕腫塊あり、女子会く血気の方面の疾病あらん、少年は則ち多く瘡癤の患を生ず。凡そ是れ疾厄宮皆宜しく六害を見る可からず、見れば便ち多く疾患を生ず。いはゆる「旺鬼凌」とは、譬へば納音土に属する人乙卯・己亥を犯してまた三合を結成し、あるいは巳酉丑の人戊午・乙巳・丁巳の類を見るなり。もしさらに空亡を犯して気なければ、便会く一生多病ならん。

月陰淫佚忌相逢,陰命須憂帶下通,月水不調緣好事,男兒痔漏及腸風。月陰月殺也,如寅午戌在卯。(並沉芝源髓)凡命祿對沖一辰,如坐命宮,或疾厄宮,主人手足不完,身體有疾,六厄亦係名曰互戰。

歌訶に説く、「月陰」のこの一凶星は最も相逢するを忌諱す、女命須らく帯下の疾を擔憂し、月経不調もまた是れそれの中より作祟するを因とす、男子は則ち痔漏と腸風下血とを得ん。いはゆる「月陰」便是月殺にして、例えば寅午戌年生の人月殺は卯に在り、这是《沈芝源髄》の説法なり。凡そ命中禄神の对冲する所のあれ一位、もし正に命宮あるいは疾厄宮の上に坐せば、此人手足残鈌不全・身体病あるを主る。「六厄」もまたこの一類に属し、叫做して「互戦」と為す。

辛卯日時,名曰白虎閉目,火年必損眼,其餘辛與卯字者,亦忌之。(並廣信集)凡欲推疾病災厄,先看祿、命、身三等,大小運如何,若三命無氣,祿馬敗絕,但只祿財、命財旺相,亦不至死。若父病推其子命,如子命遇孤辰、寡宿、喪門、吊害及白衣殺臨命,其父必有不可救之疾,夫妻亦準此論之。(三命指掌)

辛卯の日柱あるいは時柱は、叫做して「白虎閉目」と為し、火に属するの年份に遇ふは必定して眼睛を損傷せん。其の余凡そ辛の字と卯の字と相配する有るは、同じく須らく忌諱すべし、这是《広信集》の説法なり。《三命指掌》に説く、凡そ疾病災厄を推断せんと要するは、先ず「禄」「命」「身」の三者および大運小運如何を看るべし。もしこの三者皆気なく、禄馬また敗絶すとも、但し禄財・命財なほ旺相なれば、も至らず命を喪ふ。仮に父親病を生ずれば、可く推して彼の児子の命を。もし児子命中孤辰・寡宿・喪門・弔客および「白衣殺」の命に臨むに遇上せば、彼の父親必定して救治する法なきの病を患上せん。夫妻の間の病情を推断するも、またこの個の弁法を照らす。

寿夭を論ず

夫人壽夭脩短之數,大抵生旺為壽長,死絕則為夭折,如根深者蒂固,源【澞】者流長也。凡命皆要逢生旺,則為有壽,如日月上逢生旺,時上雖有死氣,不妨。蓋生旺氣之故也。如月上死絕,日時上雖生旺氣不甚雄,蓋生承死絕故也,於三十歲前,須有幾死之災。如月生日生旺,時上死絕人,壽不過四十五歲。月日時死絕者,死在三十歲前也。更有凶殺五行凌犯,必為殤子,常以月管一歲至三十歲。日管三十一歲至四十五歲。時管四十五歲至百歲。或生旺,或死絕,逐限詳之。

人の寿命長短は、大体上「生旺」を以て長寿と為し・「死絶」を以て夭亡と為す。生旺とは指す所干支五行長生・臨官・帝旺の一類の気を得るの地に処るにして、死絶は則ち是れ死・墓・絶の一類の気尽くるの地に処るなり。這好比如樹根扎むこと深ければ、果蒂こそ牢固なり。水源深遠なれば、河流こそ悠長なり。凡そ是れ命造皆須らく生旺の気に遇上してこそ、算して寿有ると為す。仮に年柱・月柱の上生旺に遇ひ、時柱の上たとへ死気を帯ぶるも、妨げなし、全体の生旺の気以て支撑するに足るを以てなり。仮に月柱死絶に落ち、日柱・時柱たとへ生旺するも、気勢もまた雄厚に足らず、この生気是れ死絶の後に承接するを以てなり、この種の人三十歳以前必ず幾場の瀕死の災あらん。仮に月柱生を得・日柱旺を得て時柱死絶せば、寿数四十五歳を過ぎず。月・日・時の三柱皆死絶の上に落つるは、三十歳以前就て死せんと要す。もしさらに凶煞と五行の相凌相犯とを加ふれば、必ず是れ養大せられざるの夭殤の子なり。推算する時通常月柱を以て一歳より三十歳に到るを主管し、日柱を以て三十一歳より四十五歳に到るを主管し、時柱を以て四十五歳より百歳に到るを主管し、各柱あるいは生旺・あるいは死絶、便ちこの三段の年限を照らして逐一に推詳す。

如欲知人死處,聚則為生氣,散則為死氣,遇二運太歲會集在死絕衰息之鄉,更太歲刑剋與災限相應者,定死也。各發在身無氣,月日時上也。凡命中有生旺多者,如不犯刑殺,應是少疾病,善終,死於一念之間。若死絕,多刑殺,主憔悴苦楚之災,或久淹歲月難辨之疾。凡旺運中死,或祿上死者,是稱意中卒也。老人行年生旺,死於苦楚,蓋生旺則尫羸淹久,少者則死於善疾,命中是亡神、大耗重迭,死須破尸也。(燭神經)

一個人いづれの一步の限の上に於て死するを知らんと欲せば、気の聚散より看るを得。気聚すれば便是生気にして、気散すれば便是死気なり。もし大運・小運のこの両重の運連ねて「太歳」と一齊に会集して死絶衰息の地に於て、太歳また来たりて刑剋し、併せて災限と彼此呼応せば、あれば断定して必ず死せん。災禍発作するの部位は、皆落ちて命主本身気なきの処に在り、也即是ち月柱・日柱・時柱の上なり。凡そ命中生旺の気多く・また刑冲凶煞を犯さざる人は、応当に病少く、善終を得、往往にして一念の間に就て安然而逝す。もし命局死絶にして刑煞また多ければ、便ち憔悴苦楚の災厄を主り、あるいは多年を拖延し・連ねて医家もまた辨明白せざるの怪病。凡そ旺運の中に於て去世し、あるいは「禄」位の上に於て去世するは、算して称心如意の寿終と為す。老年人流年行きて生旺に到れば、かへつて死する得痛苦して、生旺の気人をして痩弱纏綿・久拖不断せしむるを以てなり。年少の人かへつて容易く了結するの病に死す。命中「亡神」と「大耗」との両凶重畳するは、死後なほ免れず尸を毁り棺を破るの事あらん。以上《燭神経》に出づ。

凡天干生旺不損克者,壽。天干不敗死有救助者,尤壽。天干敗死相賊者,夭。天干生旺中有破克者,尤夭。(廣錄)

凡そ四柱天干生旺の地に処りて損傷剋制を受けざるは、長寿を主る。天干たとへ敗地死地に落つらず、また別に他神の救助あれば、さらに長寿なり。天干既に敗また死して、彼此なほ相互残戕するは、夭亡を主る。天干本生旺の中に在りて、却つて夾帯して破損剋伐するは、夭する得尤其として快し。この説は《広録》に見ゆ。

凡欲知人壽命長短,但以本年納音,與生月納音,觀其刑剋,若生月克命,即多夭折。命克生月,主壽籌延永。假令癸亥水命人,四月生即無壽,以戊癸年,四月建丁巳,納音屬土,土能克水,是生月克命也。又癸亥人四月為祿命絕處生,故無壽。如癸丑木命,三月生,即有壽,以戊癸之年,三月建丙辰,納音土,木克土,是命克生月也,設如凶殺下生,亦為身制殺也。又癸丑人三月生,為祿命庫墓中生,凡庫墓中生者,多主有壽。但三十歲以前常主有患難,緣前有絕鄉運,後有死病,歷盡衰鄉運到旺處,故有晚歲福也。(三命鈐)

寿命長短を推断せんと要するは、ただ須らく生年の「納音」五行と生月の納音五行とを拿比して、看て両者是否刑剋するを。もし生月本命を剋すれば、多く夭折を主る。もし本命生月を剋すれば、則ち寿数綿長なり。例を挙げて説く、癸亥年生の人水命に属し、四月に生ずれば便ち長寿ならず。戊年・癸年の四月月建は是れ丁巳にして、丁巳納音土に属し、土能く水を剋し、正に是れ生月本命を剋すなり。況んや癸亥人の禄と命と行きて四月巳位に到れば正に絶地にして、ゆゑに寿なし。反過りて、癸丑年生の人木命に属し、三月に生ずれば便ち寿あり。戊年・癸年の三月月建は是れ丙辰にして、丙辰納音土に属し、木能く土を剋し、正に是れ本命生月を剋すなり。たとへこの一柱の下面凶煞に坐するも、も算して本身力ありて凶煞を制伏すと。加へて癸丑人三月に生ずるは、是れ生じて禄命の庫墓の中に在り、凡そ庫墓に生ずる人多半寿あり。ただ是れ三十歳以前常に患難あり、前面須らく経過して絶地の運・後面また死病の郷あれば、これらの衰弱の運走完し・旺処に行到するを待ちて、こそ晩年の福あらん。この説は《三命鈐》に出づ。

凡壽以生月定之,生月居支干納音旺處,及五音相生不逆,及日、時,並胎,並皆得數,不相刑剋,上壽也。(玉門關集)

凡そ寿数を推すは、主要生月より決定す。生月の天干・地支と納音と皆旺地に居り、宮・商・角・徴・羽のこの五音の配する所の五行また彼此順生して相逆せず、さらに日柱・時柱および受胎の月を加ふ、各処皆合して応有の数に於て、彼此相刑剋せざれば、这便是上等の長寿の命なり。この説は《玉門関集》に見ゆ。

【天寿朝元格】

納音居死絕之地,而有真五行與納音比合,居於生旺之位者,是也。假令乙酉人,其納音水,自敗,若得辛亥、丙申,則丙辛真水,復生於申,此類享眉壽也。如乙亥人,得癸亥、戊寅之類亦是。(玉霄寶鑑)

いはゆる天寿朝元とは、指す所本命納音たとへ死絶の地に落つるも、却つて別に「真五行」——天干化合するの所生成の五行——ありて納音と同類相合し、併せて生旺の位に居るなり。例を挙げて説く、乙酉年生の人納音水に属し、酉正に水の沐浴自敗の処にして、もし命中さらに辛亥・丙申の両柱を得れば、丙と辛と相合して水を化し、正に是れ真水にして、而して水また申に於て長生す、こようすれば便ち能く高寿を享け・活到りて眉毛白変するの年せん。又如乙亥年生の人癸亥・戊寅の類を得れば、道理もまた相同なり。この格は《玉霄宝鑑》に出づ。

【建命須らく寿命長知るべし】

建命者,如子人見子,丑人見丑之類,如遇滋助,無刑剋,多長壽。(沉芝源髓)凡命中帶長生多者,定有壽,須本家納音旺者,謂之長生見剋制,則夭矣。(李虛中書)

いはゆる「建命」とは、便是柱中地支本命地支と相同なり、如く子年生人また子を見・丑年生人また丑を見るの類なり。この種の格局もしさらに生扶滋助に遇上して、刑冲剋害なければ、多半長寿なり。この説は《沈芝源髄》に出づ。另外、凡そ命中「長生」を帯ぶる多き人は一定して寿あり、但し前提是本命納音本身須らく旺ならんと要す。もし長生かへつて剋制せられれば、あれば便ち転じて夭折と為る。この説は《李虚中書》に出づ。

凡祿馬貴人,往來在生旺之地,死絕之氣者,雖早發亦早死,然須在乘旺之地者,方為福,餘且徒然,若時得力,則晚發,而壽長。要知天算得遐長,五行生旺最高強,旺鬼克身為短命,祿財無氣亦為殃。(理愚歌)

凡そ「禄馬」(即ち禄神と駅馬)と「貴人」とのこれらの吉神、もし往来出没して生旺の地に於て却つて死絶の気を夾めば、あればたとへ早年発達するも又会く早死せん。必ず須らくそれら旺気の上に乗じてこそ真に能く福を成さん、否れば過ぎず徒らに其名あるのみ。もしこれらの吉神時柱に落ちて力を得れば、則ち発達較晩にして、寿命かへつて長久なり。《理愚歌》唱へて曰く、須らく知るべし天賜の寿算怎様にしてこそ能く久遠ならん、五行生旺の処に在ればこそ最も強健なれ。旺盛の鬼煞の前来りて身を剋するは便ち短命の徴にして、禄神と財星と気なきは同じく是れ禍殃なり。

人過鬼門,氣度消關。火忌申酉亥,(甲申、乙酉、癸亥,消關者,病、死、絕。)金嫌亥子丑,水土寅卯巳,(水忌戊寅、己卯、丁巳,土忌庚寅、辛卯、己巳。)木怕巳午申,(辛巳、甲午、壬申。)更若逢陰鬼,壽算永不停,艱辛尤住世,發即禍來尋,若人逢此地,不請怨天文。

人一たび鬼門を走過せば、気数就て消磨の関口を経過せんと要す。火命は申・酉・亥の三支を忌み、原注甲申・乙酉・癸亥の三柱を挙出す、いはゆる消関とは、指す所便是病・死・絶のこの三個の気尽くるの地なり。金命は亥・子・丑を嫌ひ、水命と土命とは寅・卯・巳を嫌ふ、原注説く水は戊寅・己卯・丁巳を忌み、土は庚寅・辛卯・己巳を忌む。木命は巳・午・申を怕れ、即ち辛巳・甲午・壬申なり。もしさらに陰に属するの鬼煞に遇上せば、寿算便ち此に就て止住して再び増添せず。勉强して活着するも格外に艰辛にして、一たび発達あれば便ち禍事を招来す。人もしこれらの地支に碰上せば、も必ずしも去りて天定の命書を埋怨するを要せず。

【気短法】

鬼限生來有所憂,欲知人死向斯求,金哥出去休騎馬,火弟歸來莫跨牛,木遇鼠蛇須遠走,水逢雞子也堪愁,土人切更防豬兔,難保年光到白頭。即小兄例中鬼關殺。

歌訣に説く、命の裏鬼限を帯ぶれば、生来便ち憂ふ可きの処あり、人いづれの一步に於て死するを知らんと欲せば、便ちここより去りて求めよ。金命の人切に午(馬)の上に於て出行するなかれ、火命の人帰来の時跨上して丑(牛)するなかれ、木命の人子(鼠)と巳(蛇)とに遇ふは須らく遠く避け、水命の人酉(鶏)と子(鼠)とに碰上すればも実に堪憂なり、土命の人尤其として須らく亥(猪)と卯(兎)とを提防すべし、これらに碰上すれば、年歳難く保ちて挨到りて白頭せん。这便是小児命例の中の説く所の「鬼関殺」なり。

受氣重重鬼莫臨,四柱交加豈可親,時兼本命還相遇,富貴之中壽不存。生日對時人短命,生年對月亦復是,此乃人間短命法,人生值此少年紀。如寅年、申月、午日、子時,是也。又日與時對,更被時尅者,是也。

歌訣また説く、気を受くるの処重重畳畳するは、最も鬼煞の来臨を忌諱す。四柱の間刑剋交加せば、いづれの処に談ず可き親和を。時柱また本命と相犯すれば、たとへ身富貴の中に在るも、寿数もまた保つ能はず。生日と生時と相冲する人は短命にして、生年と生月と相冲するも同じく如此にして、这便是人間の短命を判断するの法にして、人一たび遇上せば、多半ただ活到りて年少の時のみ。譬へば寅年・申月・午日・子時、寅と申と相冲し・午と子と相冲すれば、便是この種の格局なり。又如日柱と時柱と相冲し、時柱なほ反過りて来たりて日柱を剋伐するは、もこの一類に属す。

生日對時人促壽,日時相沖壽不長,天罡空亡難保守,定知惡死路頭亡。或云沖而不散無害。(並神白經)生日對年須可歎,生時對日亦堪傷,那看生處時同歲,二入風流壽不長。如甲寅年、丁酉月、戊申日、甲寅時,不出週歲死,生年對月亦然。(鬼谷要訣)

歌訣に説く、生日と生時と相冲する人は寿促なり、日時一たび冲すれば寿数便ち長からず。さらに「天罡」と「空亡」とを犯せば——空亡即ち一旬十干十二支を配するの後空出するのあの両個の地支——あれば便ちさらに難く保全す、可く断定して須らく道路上に於て横死せん。も人また説く、ただ冲して至らず冲散すれば、便ち大害なし。以上並びに《神白経》に見ゆ。另一首に説く、生日と生年と相冲する実に可嘆にして、生時と生日と相冲するも一樣にして堪傷す。さらに看て生時と太歳と同一の支の上に落ち、両下相犯するは、風流たとへ好なるも寿数長からず。譬へば甲寅年・丁酉月・戊申日・甲寅時、寅申相冲して時柱また年柱と重畳すれば、この孩子活満して周岁せずして便ち死せん。生年と生月と相冲するは、道理もまた一樣なり。この例は《鬼谷要訣》に出づ。

【短命殺】

豬鼠無良犬戰於,雞聲催促夜行彪,龍羊猴兔不相入,巳午無人到白頭。與防中害巾沉芝源髓隔宿例同。三命鈐作天年殺,主壽命不長,多遇喪禍,若身能尅殺,則可免。

歌訣に説く、亥(猪)と子(鼠)と相値する本善局にあらず、戌(犬)もまた其中に於て交戦す。酉(鶏)鳴声声にして、催促して寅(虎)をして連夜奔行せしむ。辰(竜)と未(羊)・申(猴)と卯(兎)と彼此格格不入す。巳と午と相併する人は、能く活到りて白頭するなきなり。この一説は《沈芝源髄》の中の防中害・隔宿の條例と相同なり。《三命鈐》は把て之を「天年殺」と呼び、寿命長からず・屡々喪亡禍事に遭ふを主る。もし本身五行力ありて能くこの殺を制伏せば、便ち可く禍を免れん。

【急脚殺】

此以干支相尅,只如甲乙屬木、申酉屬金、金尅木也。甲乙申酉見閻王,丙丁亥子切須防,庚申巳午如風燭,戊己寅卯亦重傷,壬癸辰戍加丑未,永別浮生入鬼鄉。(並三命篡局)

この殺は是れ按じて天干と地支と相剋して取る。譬へば甲・乙は木に属し、申・酉は金に属し、金能く木を剋し、天干このようの地支の上に坐せば便ち殺と成る。歌訣に説く、甲乙の人申酉を見れば、等しく是れ閻王を見るなり。丙丁の人亥子を見れば、切に須らく提防すべし。庚金の人行きて巳午に到れば、性命風中の残燭のごとし。戊己の人寅卯を見れば、も須らく重傷を受けん。壬癸の人辰戌を見てさらに丑未を加ふれば、就て永別して浮世し・走入して鬼郷せん。以上並びに《三命篡局》に見ゆ。

廣信集作天鬼截路殺,若甲人見申,乙人見酉,生時帶著,支干皆有者,定夭。如甲人見庚申是,支干皆有也。太歲與大運逢之,主多孝服,更與小運併,主死。金書命訣云:行年二位臨斯位,自察前程有盛衰。

《広信集》は把てこの殺を「天鬼截路殺」と呼ぶ。如く甲日の人申を見・乙日の人酉を見、而且して生時の上に帯び、天干地支両頭皆斉備するは、一定して夭亡せん。譬へば甲日の人庚申を見れば、便是干支両頭皆有るなり。太歳と大運とここに走り到れば、孝服頻仍を主る。さらに小運と重併すれば、便ち死亡を主る。《金書命訣》に説く、流年と大小の二運と一齊にこの個の位置の上に臨到れば、自己便ち応当に前程の盛衰を察看すべしと。

【又急脚殺】

金人沐浴火木胎,土死水墓四季裁,命有限逢為再犯,閻王急腳送書來。(金書命訣)

歌訣に説く、金命の人怕る行きて沐浴の地に到るを、火命と木命の人怕る行きて受胎の地に到るを、土命の人怕る死地・水命の人怕る墓地を、皆須らく辰戌丑未の四季の月を按じて裁定すべし。本命の中已に帯到り、行限の時また再び遇上すれば、便ち再犯と呼び、あれば便是閻王差遣して急脚差役に送らしめて催命文書を来たるなり。この訣は《金書命訣》に出づ。

【急脚殺】

寶瓶在亥丑居寅,人馬來蛇蠍奔辰,天秤卯宮雙女午,獅子尋牛蟹寶瓶,陰陽在未金牛戌,白羊居丑亥還申。假令子上安命即亥上起一歲,酉上十一,未上二十零一年倒轉,順數節節而去,一歲一辰,怕與限星及大小運併,在子午卯酉宮,及本命墓殺三刑宮。

この一訣は用る所は七政四余の十二宮星座にして、宝瓶宮は亥に在り、丑宮は寅に居り、人馬宮来たりて巳(蛇)に到り、天蝎宮奔向して辰に到り、天秤宮は卯に在り、双女宮は午に在り、獅子宮は丑(牛)を尋ね、巨蟹宮は宝瓶の在る所の処に落ち、陰陽宮は未に在り、金牛宮は戌に在り、白羊宮は丑に居り、亥宮また還りて申に帰す。推法は、仮に命子宮に安んぜられば、便ち亥の上より一歳を起り、数へて酉の上に到れば十一歳にして、数へて未の上に到れば二十一歳にして、然る後倒転过来して、順に一節一節を数へ下し、一歳一支を走る。最も怕る它と限星および大運・小運と重併するを、尤其として怕る併して子・午・卯・酉の四正の宮、および本命の墓庫・凶殺と三刑と在る所の宮に於てす。

又歌曰:子午便是黃泉路,卯酉呼為二八門,限到殺時人便死,若無惡殺只災迍。(五星捷論)古詩云:急腳相逐逐歲移,沖臨行限少人知,更加惡曜臨其位,買取棺材不用疑。

また歌訣に説く、子と午との両宮便是黄泉の路にして、卯と酉との両宮号して二八の門と為す。行限一たび走りて凶殺の在る所に到れば、人就て死せんと要し、もし悪煞の同臨なければ、も過ぎず一場の災厄困頓のみなり。此は《五星捷論》に出づ。古詩また説く、急脚殺年年相逐ふて移動し、それ冲犯する所行の限、很少く人の察覚するあらん。もしさらに凶悪の星曜のあの位置に臨むを加ふれば、棺を買ふの事便ち不必として再び猶疑すと。

廣信集云:陰陽順逆依次數,假令寅申巳亥上安命,遇寅申巳亥年,亦災。更恨在寅申巳亥上尤緊,更帶當生行年殺神尅戰命宮,定死,月分亦如之。若坐當生行年祿馬救神上,但災耳。

《広信集》に説く、この殺は須らく陰陽の順行・逆行を按じて依次に推数すべし。仮に命宮寅・申・巳・亥の四孟の上に安んぜられ、また寅・申・巳・亥年に遇へば、も須らく災あらん。尤其として可恨は落ちて寅申巳亥の上に於て最も吃緊なり。もしさらに出生時と流年の凶煞を帯びて来たりて命宮を剋戦せば、あれば必ず死し、推して月份の上に到るもまた此を照らして論ず。もし命宮正に本命と流年の禄神・駅馬のこれらの救助の神の上面に坐せば、あればただ是れ一場の災厄のみ、至らず命を送らん。

【截命殺】

若子生人見丑、各於本命前一辰是。人命歸前次一支,子生須與丑為期,三逢必定遭凶死,兩見須憂血漬衣。

原注に説く、この殺は如く子年生人丑を見、也即各々取りて本命地支往かひて一位を数ふるなり。歌訣に説く、人の命須らく帰到りて前面挨るのあれ一支の上に到らんとす、子年生の人便ち丑を以て期限と為す。命中三次これに遇ふは、必定して凶死に遭ひ、両次遇ふは、も須らく血衣裳を汚すの凶事を擔憂せん。

【推命殺】

若子生人見亥、各於本命後一辰是。命後一辰宜見兩,重重見者涉疑猜,三重在外中年夭,五十年前禍必來。

原注に説く、この殺は如く子年生人亥を見、也即各々取りて本命地支往かひて一位を退けて数ふるなり。歌訣に説く、本命後一位ただ宜しく両重を見る可し、重重畳見すれば便ち人をして疑ひを生ぜしむ。もし三重以上なれば、中年就て夭亡し、五十歳以前禍事必定して臨頭せん。

【短夭歌】

寅午戌連亥,亥卯未同申,申子辰歸巳,巳酉丑從寅,此劫殺位,更支干相尅,則凶。財死中生者,從頭說向君,金招離上厄,水莎兌家遁,惟有土兼木,同過玉兔門,火山通鼠穴,光景自逡巡。

寅午戌三合火局の人連ねて亥に到り、亥卯未三合木局の人同じく申に於て、申子辰三合水局の人帰りて巳に到り、巳酉丑三合金局の人従ひて寅に到る。這四処便是「劫殺」の在る所の位にして、もしさらに干支相剋を加ふれば、あれば便ち凶なり。歌訣に説く、財星生地に於て死するの道理、頭より講じて你に聴かせん、金命離位(午)の上に於て災厄を招き、水命兌家(酉)の裏に往かひて潜逃し、ただ土命連ねて木命と、一同に須らく玉兎(卯)の門を過ぐべく、火命は則ち通向して鼠穴(子)に到る。これらに碰上すれば、好光景自然に迟疑して前進せず。

【五行満数】

值之有尅刑損夭。五行生處定陰陽,日月平分兩位當。凡月一至十五日為陽,十六至三十為陰。六日初生名甲乙,初六日木生至初十日滿。丙丁依此火為強,十六日火生至二十日滿。壬癸水流相註定,二十六日水生至三十日滿。從茲生死不乖張。只如己亥生九月三十日己酉,丁卯時,其日值水滿,年是己亥,日是己酉,其水被兩土所尅,此人夭壽。

原注に説く、命中この格に値上せば、便ち剋伐刑傷・損寿夭亡の患あり。歌訣に説く、五行各々それの生起するの処あり、此より定め出して陰陽を。一個の月の日子平分して両半と為し、恰好く各々一位に当たる。原注、毎月初一より十五に到るは陽に属し、十六より三十に到るは陰に属す。歌訣、初六木気始生を起り、配する所是れ甲乙。原注、初六日木気始まりて生じ、初十日に到りて円満す。歌訣、丙丁の火この次序を依りて転じて強と為る。原注、十六日火気始まりて生じ、二十日に到りて円満す。歌訣、壬癸の水もまた依次に流注して以て定む。原注、二十六日水気始まりて生じ、三十日に到りて円満す。歌訣、此より生死の数便ち錯乱せざらん。例を挙げて説く、己亥年生の人、九月三十日己酉日・丁卯時に生ず、この一天正に水気満数に値し、而して年柱是れ己亥・日柱是れ己酉にして、両個の己土一齊に来たりて水を剋すれば、この人便ち夭寿を主る。

【陰陽二極】

男以本命順數至九辰為陽極,女以本命順數至六辰為陰極。陰陽二極君知否,男女替從本命數,男逢九位女三雙,位位相連兼順去,大小兩運氣全無,到此須知身死處,兩運有氣則無妨,合致一年災運苦。(並金書命訣)

原注に説く、男子は本命地支より順に数へて第九位に到れば、便是陽極にして、女子は本命地支より順に数へて第六位に到れば、便是陰極なり。歌訣に説く、陰陽の両個の極位你可く知るや、男女皆各自本命地支より起りて数ふ、男的は数へて第九位に到り、女的は数へて三個の双数・也即是ち第六位に到り、一位挨着一位順に数へ過ぐ。もし大運・小運の両処皆毫も生気なく、走りてこの個の位置に到れば便ち応当に知る是れ身死の処なり。両運もしなほ気あれば、便ち妨げなし、至多吉く成して一年の災厄困苦のみ。以上並びに《金書命訣》に見ゆ。

【支辰上生下】

假如寅人,午月,巳日,未時,必命從木生兩火,巳失本氣,更兩火生未土,而寅木弱也。

例を挙げて説く、寅年生人午月・巳日・未時に遇ふ。本命寅木須らく去りて午・巳の両重の火を生じ、連ねて巳火自身の本気もまた一併して耗散せんと要す。両重の火また転じて去りて未土を生じ、一路泄耗して下来れば、寅木自然に衰弱す。这便是地支一層一層を生じ、母気子孫の気に泄尽せらるるの格局なり。

【夭寿殺】

寅午戌全人,亥年、亥時、亥運,皆弱也,巳酉丑全人,寅年、寅時、寅運,皆弱也,申子辰全人,巳年、巳時、巳運,皆弱也,亥卯未全人,申年、申時、申運,皆弱也,更看天干納音,仔細消息之。(並天元變化書)

地支寅午戌三合火局斉全の人、亥年・亥時・亥運に碰上すれば、火亥に到りて絶と為り、気便ち転じて弱と為る。巳酉丑三合金局斉全の人、寅年・寅時・寅運に碰上すれば、金寅に到りて絶と為り、気便ち転じて弱と為る。申子辰三合水局斉全の人、巳年・巳時・巳運に碰上すれば、水巳に到りて絶と為り、気便ち転じて弱と為る。亥卯未三合木局斉全の人、申年・申時・申運に碰上すれば、木申に到りて絶と為り、気便ち転じて弱と為る。此の外なほ須らく天干と納音の旺衰を看て、仔細に斟酌して消息すべし。以上並びに《天元変化書》に見ゆ。

【夭寿殺】

木為身命,未申子全;金為身命,丑寅午全;火為身命,戍亥卯全;水土為身命,辰巳酉全,在墓絕敗位。(廣錄)

木を身命とする人は、命の中に未・申・子の三支がそろうこと。金を身命とする人は、丑・寅・午の三支がそろうこと。火を身命とする人は、戌・亥・卯の三支がそろうこと。水または土を身命とする人は、辰・巳・酉の三支がそろうこと——この三支は、それぞれ本命五行の墓・絶・敗という三つの衰位にちょうどあたり、すべてそろえば夭寿の殺となる。この説は《広録》に見える。

木遇巳金金遇寅,生火生金傷本身,五行命裡皆防此,遇者知非鶴髮人。凡有二木,怕見巳中生金,金命人金多,怕見寅中生火也,如兩土怕逢亥,亥中有生木尅也。五命皆怕逢之,更加惡殺,皆主夭壽。(沉芝源髓)

歌訣にいう:木命が巳に蔵する金に遇い、金命が寅に蔵する火に遇うと、一方は火を生じ、一方は金を生じ、かえってともに自身を傷つける。五行で命を論ずるときは皆この一点を防がねばならず、遇った人は白髪長寿の人にはなれないと分かる。原注の解釈:およそ命に木が二重ある者はもっとも巳を怕れ、巳に庚金が蔵して金を生ずるからである。金命で金がまた多い者はもっとも寅を怕れ、寅に丙火が蔵して火を生ずるからである。土が二重の者は亥に逢うことを怕れ、亥に甲木が蔵して木が土を剋するからである。五種の命局はいずれもこの一点に遇うことを怕れ、さらに凶悪の煞が加われば、みな夭寿を主る。この説は《沈芝源髓》に見える。

若乃生旺鬼絕,雖破命而長年;鬼旺身衰,逢建命而夭壽。王氏注云:五行納音為身,身旺則克我之鬼,自然絕滅,或鬼承旺氣,則我身必致衰矣。譬之庚申木人,得壬寅之金,金克木為鬼,金絕於寅,寅乃木旺之鄉,寅申破命,以其身旺鬼絕,雖破命而長年也。或庚申木人,得壬申之金,金旺木絕,在申是謂鬼旺身衰,雖二申建命,亦不免於夭壽。

経文にいう:自身が生旺して鬼煞が絶地に落ちるときは、たとえ本命が冲破されてもなお長寿である。鬼煞が旺んで自身が衰えるときは、たとえ本命と同じ建命の支に遇っても、同じく夭亡する。王氏の注の解釈:ここでは納音五行を「身」とする。身がすでに旺んていれば、我を剋する鬼はおのずと絶滅する。逆に、鬼が旺気に乗ずれば、我が身は必ず衰えに転ずる。たとえば庚申年生まれの人は納音が木に属し、もし壬寅の一柱を得れば、壬寅の納音は金に属し、金が木を剋するのが鬼である。しかし金は寅において絶し、寅はまさに木の旺郷である。寅と申はあい冲破して命を破るが、身が旺んで鬼が絶するゆえ、命を破られてもなお長く生きる。これに反して、庚申木命の人が壬申の金を得れば、金は申において旺、木は申において絶で、これを鬼旺身衰という。たとえ二つの申の字がともに建命であっても、夭寿を免れない。

就中祼形夾殺者魄往酆都;所犯有傷,魂歸岱獄。王氏注云:祼形殺者,五行之敗氣,納音長生前一辰是也,如甲子金人,得戊午火,乃金之暴敗處,是為祼形,加以戊午旺火,夾殺自刑,返吟災殺,來破甲子之命,其殺凶也。如此則所犯有傷,魂歸岱獄,乃死者所歸之地。(並珞錄子)

経文にいう:そのうち「裸形」を犯し凶殺を挟帯する者は、魂魄を酆都に送られる。犯した処に傷損がある者は、魂は岱獄に帰する。王氏の注の解釈:裸形殺とは五行の敗気のことで、納音の長生位から一辰進んだ処を取る。たとえば甲子年生まれの人は納音が金に属し、もし戊午の一柱を得れば、午はまさに金の暴敗の処で、これが裸形である。さらに戊午は旺火で、凶殺を挟みかつ自ら刑し、「返吟」の災煞を構成して甲子の命を冲破すれば、この殺は凶となる。このようであれば所犯に傷があり、魂は岱獄に帰する——岱獄とは泰山の下を指し、古人はそこを死者の魂魄の帰する処と考えた。以上はともに《珞琭子》に見える。

死絕依前,生旺命曰返魂,丘墓坐在本命,其名絕體。死而復生,生而復旺,於本命之位者,乃返魂格也。其命必有壽,墓處為丘,丘處於本命,同一方者,名曰絕體,其命必須傷夭。

経文にいう:先には死絶に落ちたが、後にまた生旺に転じた命を「返魂」という。もし墳丘墓庫がまさに本命の上に坐すれば、それを「絶体」という。注の解釈:先に死んで後によみがえり、すでに生じて後にまた旺むもので、しかもこれらの変化がすべて本命のある位において起こるものが返魂格であり、この命は必ず寿がある。墓庫の処がすなわち丘で、丘が本命の上に圧しかかり本命と同じ方にあれば、これを絶体といい、この命は必ず傷損して夭亡する。

壽數傷殘,本命必逢三合。五行生旺墓處互為三合,若得三合全者,壽短,若得三合全,而不帶墓者,抑可言中壽,蓋五行始必生,既生必旺,既旺必墓,既墓則已矣。如巳酉丑,乃金三合之類,緣自生至墓,則氣歇滅矣。

経文にいう:寿数が傷つき欠けるのは、多くは本命が「三合」に遇ったためである。注の解釈:五行の長生・帝旺・墓庫の三か所が互いに三合局を構成する。三合がすべてそろえば寿短を主り、三合はそろってもその中に墓庫を帯びなければ、なお中等の寿数と算定できる。五行は必ずまず生があり、生じれば必ず旺に至り、旺すれば必ず墓に入り、墓に入ればすなわち完結するからである。たとえば巳酉丑はまさに金の三合で、金は巳に長生し、酉に帝旺し、丑に入墓する。生から墓まで一順に並べば、気もまた歇滅し尽くす。

顏回夭折,只因四大空亡。甲子、甲午之旬,納音無水。甲申、甲寅之旬,納音無金。生於甲子甲午之人,命內有三字水者,夭。生於甲申甲寅旬之人,命內有三字金者,夭。若見生只有兩字,流年、大運更遇一重圓之,亦夭。(並壺中子)

経文にいう:孔子の弟子顔回が早死にしたのは、ただ「四大空亡」を犯したためである。注の解釈:甲子旬と甲午旬では、六十甲子の納音の中に水が欠け、甲申旬と甲寅旬では、納音の中に金が欠ける。甲子・甲午の両旬に生まれた人は、命の中に水に属する字が三つあれば夭を主り、甲申・甲寅の両旬に生まれた人は、命の中に金に属する字が三つあれば、やはり夭を主る。もし出生時に二つの字しか見えず、流年または大運がさらに一重を補って三の数をそろえても、同じく夭を主る。以上はともに《壺中子》に見える。

第卅二巻・雑論

崇為寶也,奇為貴也,將星扶德,天乙加臨,本主休囚,行藏汩沒。王氏注云:年、月、日、時四柱有五行上生下曰崇也。或更帶官印、祿馬、學堂、詞館、天德,生氣貴神符合,必為間世之寶奇者。乙丙丁、甲戊庚是也。四柱五行得之生旺,更於祿馬中帶三奇、印綬、天德貴神,必致身於貴顯。將星扶德,天乙加臨者,驛馬後二辰,謂之將星,其上更加天乙、天德,兼遇崇奇祿馬,則出將入相之格也。

経文にいう:「崇」とは宝、「奇」とは貴である。さらに将星が徳神を扶助し、天乙貴人が加臨するとしても、本主がいったん休囚すれば、出処行蔵もついには埋没する。王氏の注の解釈:年・月・日・時の四柱の中に、五行で上の一位が下の一位を生ずるものがあれば、これを崇という。さらに官星印綬・「禄馬」・「学堂」・「詞館」・「天徳」を帯び、生気貴神と互いに契合すれば、必ず世に稀に見る宝奇の命である。いわゆる奇とは、乙丙丁の「三奇」と甲戊庚の三奇を指す。四柱の五行がすべて生旺を得、しかも禄馬の中に三奇・印綬と天徳貴神を帯びれば、必ず身は顕貴に居る。「将星扶徳、天乙加臨」というのは、駅馬から後へ二位を数えた処を将星といい、将星の上にさらに天乙貴人と天徳を加え、兼ねて崇・奇と禄馬に遇えば、それは出将入相の格局である。

本主休囚者,年為本,日為主,蓋遁月從年而為本,遁時從日為主,主本在五行生旺之處,加以貴神從之,則富貴可知。或五行休辦死絕,又背祿馬貴神,徒有崇寶之貴,將星扶德,天乙加臨,亦不免於行藏汩沒。

いわゆる「本主休囚」とは、生年を「本」、生日を「主」とすることをいう。月柱の天干は年干から起遁して来るゆえ年をもって本とし、時柱の天干は日干から起遁して来るゆえ日をもって主とする。主と本がともに五行の生旺の処に落ち、さらに貴神が随従すれば、富貴は断定できる。これに反して、五行が休廃死絶の地に処し、また禄馬と貴神に背けば、たとえ崇宝のような貴い徴を徒らに有し、将星が徳を扶け天乙が加臨しても、一生進退して成すことなく、埋没して顕れないことを免れない。

譬之甲子年,乙亥月,戊子日,庚申時,甲子自死之金,當生受乙亥絕火之制,加以戊子為本命之鬼,金生主本皆至亥子而休囚,庚申時又逢祿絕天鬼,雖有甲戊庚三奇,以其主體休囚,縱有小官,不免一生汩沒,故知命以五行為先,神殺則從而論之矣。

たとえば甲子年・乙亥月・戊子日・庚申時という一造:甲子の納音は金に属し自ら死地に処し、生まれてすぐ乙亥の絶地の火の制伏を受ける。さらに戊子の納音は火に属し、まさに本命の鬼煞である。金は一路亥・子の両地に生じてともに休囚となり、庚申時の上にまた禄絶と天鬼に逢う。こうなると、天干に甲・戊・庚の三奇をそろえても、主体そのものが休囚であるため、たとえ小官を得られても、一生埋没を免れない。これにより命を論ずるには五行の旺衰を先とし、神煞はあくまで後から附帯して参論するにすぎないことが分かる。

瑩和尚注云:崇為寶,奇為貴,若更將星扶德,天乙加臨,所謂吉將交互,而福臻成慶也。擧將星天乙,則諸宮吉殺可知。

瑩和尚の注の解釈:崇はすなわち宝、奇はすなわち貴で、もしさらに将星が徳神を扶助し、天乙貴人が加臨すれば、これがいわゆる吉神良将が交わり映え、福気が到来して吉慶を成就するということである。文中では将星と天乙の両様を挙げて例としただけで、其余の各宮の吉神凶煞もまたこれに準じて類推できる。

無合有合,後擧難知,得一分三,前賢不載。瑩和尚注云:且如寅與亥合,而不見亥,但得壬者是也。緣亥上有壬,壬祿在亥,故也。又如甲與己合,而不見己,但得午是也。緣午上有己,己祿在午,故也。又如寅午戌,而不見寅,但得甲者是也。緣寅中有甲,甲祿在寅也。大抵合中帶吉,其福可知,合處相傷,卻成無補。擧一隅以三隅反,所謂得一分三,前賢不載也。

経文にいう:表面には合がなく実際には合がある、この意味は後の人が例を挙げるとき最も説明しにくい。一か所から三か所を推し知ることは、前代の賢者も記載していない。瑩和尚の注の解釈:たとえば寅と亥は相合するが、命の中に亥が見えず壬だけが見えても、合と算定する——亥の中に壬が蔵し、壬の禄はまさに亥にあるからである。また甲と己は相合するが、命の中に己が見えず午だけが見えても、合と算定する——午の中に己が蔵し、己の禄はまさに午にあるからである。さらに寅午戌の三合でも、命の中に寅が見えず甲だけが見えても、合と算定する——寅の中に甲が蔵し、甲の禄はまさに寅にあるからである。おおむね合の中に吉神を帯びれば、福気は想像できる。もし相合の処が互いにまた相傷すれば、かえって補益するところがない。一角を挙げればすなわち他の三角を反推できる、これがいわゆる「得一分三」で、前人がまだ書き記さなかった道理である。

兼須詳其操執,觀以秉持,厚薄論其骨狀,成敗藉以心源。瑩和尚注云:秉持操執,觀人所為也。以五行論命,亦須藉其德行,故術云:有心無相,相遂心生,有相無心,心隨相滅。王氏注云:形神吉善,命必向祿迎財,風貌稍低,定犯三刑五鬼,有命必有相,有相必有命,所謂心源者,亦由心而見命也。蓋心正則吉,心曲則凶。(並珞錄子)

経文にいう:命を論ずるにはさらにその人の操守を詳しく察し、彼が平生どのように秉持して自処するかを見なければならない。福分の厚薄は骨相形貌を参看し、成敗得失は彼の内心の根源に憑らねばならない。瑩和尚の注の解釈:いわゆる秉持操執とは、一人の人間の行いを観察することである。五行で命を論ずるにも、また彼の徳行を借りなければならない。ゆえに術家にいう:善心があって好相がなければ、好相は善心に随って生じて来る。好相があって善心がなければ、好相もまた心術の敗壊に随って消え去る。王氏の注の解釈:形貌神気が吉善な人は、命の中で必ず禄位に向かい、財帛を迎える。相貌風度がやや劣る者は、必ず三刑五鬼を犯す。その命あれば必ずその相あり、その相あれば必ずその命あり。いわゆる「心源」とは、すなわち内心から命を見ることである。心地が端正なれば吉、心術が邪曲なれば凶。以上はともに《珞琭子》に見える。

六虛臨於乙亥,孟浩然徒有文章,三才會於壬辰,後季倫恣堆金玉。乙亥乃文星也,六虛乃謾語神,文星附謾語神,則其人止有虛學,終不遇。壬辰乃水之庫也,三才乃祿命身也,庫中三才,則其人雖無清譽,而享萬鍾之祿。

経文にいう:「六虚」が乙亥の上に臨めば、唐代の詩人孟浩然は空しく満腹の文章を有しながら終生遇われなかった。「三才」が壬辰の中に会聚すれば、晋代の石季倫石崇は恣に金玉を堆積することができた。注の解釈:乙亥は文星で、六虚は虚言妄語を主る神である。文星が谩語の神に附すれば、この人は虚浮の学問を有するのみで、ついに時に逢い主に遇わない。壬辰は水の庫地で、三才とは禄・命・身の三者を指す。庫の中に三才が聚まれば、この人は清高の名声はなくても、万鍾の厚禄を享受できる。

有文無印,賈誼屈於長沙,有印無文,李斯專於上蔡。文為文星、天才、詞館、學堂之類,印謂正印、印綬之類,有印無文者,雖不才而權重,有文無印者,雖懷才而位卑。

経文にいう:文星があって印綬がなければ、漢代の賈誼は長沙王太傅の職に屈居した。印綬があって文星がなければ、上蔡の人李斯はかえって大権を独攬できた。注の解釈:いわゆる文とは、文星・天才・詞館・学堂の類を指す。いわゆる印とは、正印・印綬の類を指す。印があって文がない人は、たとえ才学がなくても権柄は重い。文があって印がない人は、たとえ才華に満ちていても位置は低い。

互祿、互馬,誰羨黑頭相公;帶刑、帶殺、帶破,終為白面書生。得互換之祿,又得互換之馬,少年宰相也。遇三刑之刑,遇沖破之破,末品書生也。

経文にいう:命に「互禄」「互馬」を帯びる人は、誰が他の人の少年で相に拝することを羨まん。命の中に刑を帯び、煞を帯び、冲破を帯びる者は、ついにはただの白面書生にすぎない。注の解釈:すでに両柱の干支が互換して成った禄を得、また互換して成った駅馬を得れば、これが年若くして宰相を為す命である。もし三刑の刑に遇い、また冲破の破に遇えば、それは最下等の一介の書生である。

若有天元羸弱,命不再甦;忽值本主休囚,貧寒無地。太歲之干曰天元,生年、生日,曰本主,天元所屬之五行,己巳下支干刑剋之,則曰天元羸弱,其人夭。本主所屬之五行,於月與時上衰絕歇滅之甚,則曰本主休囚,其人窘甚。(並壺中子)

経文にいう:もし「天元」が羸弱なれば、性命は再び蘇ること難い。いったん本主休囚に逢えば、貧寒して錐を立てる地もない。注の解釈:太歳の天干を天元といい、生年と生日を合わせて本主と称する。天元の属する五行が、その下の地支干支に刑剋されるとき、これを天元羸弱といい、この人は夭亡を主る。本主の属する五行が、月柱と時柱の上で衰絶歇滅の甚だしいとき、これを本主休囚といい、この人は困窘の極みを主る。以上はともに《壺中子》に見える。

【五行妙旨】

自甲至癸,十干為天,自子至亥,十二支為地,以干合支,然後為人,凡命須要求之以天地,而斷之以人,如甲用辛為官,乃看辛下得何支,用寅為祿,乃看寅上得何干,遂合支干名為納音,定其五行之或死或生,或旺或衰,吉凶自見,貴人驛馬準此。又以年為主,以日為本,蓋遁月從年,遁時從日,以主推之,五行衰死,未必凶為凶,以本推之,則生旺類,但發【遲】耳。常以主配父母,本配己身,本吉主凶,當由自立,主勝於本,多出資蔭,主本皆強,此名最上。人命年、月、日、時、胎五位,宜有情,又不可專執祿馬為貴,刑殺為賤,全要圓機,探其妙旨。(李虛中書)

甲から癸までの十の天干は天を代表し、子から亥までの十二の地支は地を代表する。天干を地支に配して、はじめて人となる。およそ命を論ずるには皆まず天と地から求め、再び人事に落として断ずる。たとえば甲日は辛を正官とするから、辛の下に坐す地支が何かを見る。甲は寅を禄とするから、寅の上に透る天干が何かを見る。干支を合わせて納音を取り出し、その五行の死か生か、旺か衰かを定めれば、吉凶はおのずと顕現し、貴人と駅馬を推すのもこの方法による。また生年をもって主とし、生日をもって本とするのは、月干は年干から起遁し、時干は日干から起遁するからである。主から推せば、五行は衰死しても必ずしも真に凶とはいえない。本から推して、生旺の類に属せば、ただ発迹が遅いだけにすぎない。通常は主をもって父母に配し、本をもって自身に配する。本が吉で主が凶なら、自身に頼って業を立てねばならない。主が本に勝れば、多くは祖廕の資助に出る。主と本がともに強くて、はじめて最上等と呼ぶ。人命の年・月・日・時・胎という五つの位置は、互いに情ありて相顧みるを宜とす。また一味に禄馬を執して貴とし、刑煞をもって賤としてはならず、すべては融通変通に在り、以ってその中の妙旨を探求する。この説は《李虚中書》に出る。

馬無害,祿無鬼,食無亡,支合無元,干合無厄。如早子得丙寅,為馬,見壬子及水在丙寅六合,破刑之上,是有害也。如甲子得丙寅為祿,不見正氣,卻看祿上得何干,其祿干亦要無鬼也。倒食順食皆要無空亡、亡神。支合要無元辰,干合要無六厄。

口訣にいう:駅馬は妨害がないことを要し、禄神は鬼煞を帯びないことを要し、食神は亡神に逢わないことを要し、地支の相合は元辰を犯さないことを要し、天干の相合は六厄を犯さないことを要す。注の解釈:たとえば子年生まれの人が丙寅の一柱を得て駅馬とする時、もしまた壬子を見、および水が丙寅と六合する位置に落ち、また破と刑の上に処すれば、この駅馬には害がある。また甲子年生まれの人は丙寅をもって禄とし、命の中に正気の禄が見えなければ、禄位の上に透る天干が何かを見る。この禄干も同じく鬼煞を帯びないことを要す。倒食と順食はともに「空亡」と「亡神」を避けねばならず、地支の相合の処には「元辰」がなく、天干の相合の処には「六厄」がないことを要す。

旺無喪,衰無吊,妻無刃,財無飛,孟無孤,季無寡。如癸丑木命,不要卯,此則旺無喪。如壬午木命,不要辰,此則衰無吊。陽制陰為妻,不可在羊刃上,故妻欲無刃。命後四辰曰飛廉,我克者為財,不可犯飛廉。四孟之人不得孤辰在命,四季之人不得寡宿之命。

口訣にいう:旺む処に喪門に遇うなかれ、衰える処に吊客に遇うなかれ、妻星は羊刃に坐するなかれ、財星は飛廉を犯すなかれ、四孟生まれの人は孤辰を帯びるなかれ、四季生まれの人は寡宿を帯びるなかれ。注の解釈:たとえば癸丑で納音が木に属する人は、命の中に卯を見ないこと、これが「旺無喪」である。壬午で納音が木に属する人は、命の中に辰を見ないこと、これが「衰無吊」である。陽干に制伏される陰干を妻と算定し、妻星は「羊刃」の上に落ちてはならない。ゆえに妻は刃なきを要すという。本命から後へ四位を数えた処を「飛廉」といい、我の剋するものを財と算定し、財は飛廉を冲犯してはならない。寅申巳亥の四孟生まれの人は、命の上に孤辰があるべきでない。辰戌丑未の四季生まれの人は、命の上に寡宿があるべきでない。

體重須鬼,祿重須官,夫須尠,妻須倍,吉須顯然,凶須沉昧。五行體重,須鬼損裁,祿輕須官,如甲祿在寅,須辛而貴也。夫須尠者,己不可見甲眾也。妻須倍者,甲見己多在旺地,是也。五行在吉神方須顯然,見其清氣,凶位見五行,須得凶殺沉昧,斯能無害。

口訣にいう:本体が重すぎれば鬼に損なわしめねばならず、禄気が重すぎれば官に管らしめねばならない。夫星は少なきを宜とし、妻星は多きを宜とす。吉神は顕豁にして分明を要し、凶煞は晦暗にして振るわざるを要す。注の解釈:五行の本体が重過ぎれば、鬼煞を借りて裁抑しなければならない。禄気が偏って軽ければ官星の扶持を要す。たとえば甲の禄は寅にあり、辛金を見て官とせばはじめて顕貴である。いわゆる「夫須尠」とは、己土は众多の甲木を見るに宜しからずということ。いわゆる「妻須倍」とは、甲木が多個の己土を見てしかも皆旺地に居ればよいということ。五行が吉神の方に落ちれば、顕豁分明にして清純の気を見出すことを要す。五行が凶位に落ちれば、凶煞を晦暗にして振るわせず、こうしてはじめて害なきを得る。

支干太和而塞,夫婦失時而凶。五行支干納音位位相和,則蹇剝,假如甲子生,逢己巳在秋生,又見甲午沖命,兩金克己巳木,故凶。四柱主本祿馬往來,須分建破,天乙扶持,將德是沖,更辨尊卑。謂當用處,有建不可破,已破卻不可建,吉神在四柱中,各用干為貴。

口訣にいう:干支が過分に和順なればかえって壅塞して通ぜず、夫星妻星が時令を失えば凶を主る。注の解釈:五行の干支と納音が位位すべて相和すれば、かえって滞渋して前に進まない。たとえば甲子年生まれの人が、己巳の一柱に逢いまた秋に生まれ、命の中にさらに甲午を見て本命を冲すれば、二重の金が己巳の木を剋するゆえ凶となる。口訣にまたいう:四柱の中に主と本、禄と馬が往来して交錯するときは、どこを建としどこを破とするかを分け清めねばならない。天乙貴人が来たり扶持し、将星と徳神がかえって相冲するときは、さらに彼此の尊卑主次を辨明しなければならない。注の解釈:これは当用の処において、すでに建と成ったものは再び破るべからず、すでに破れたものも強いて建と成さなくてもよいことを説く。吉神は四柱の中において、各々その居する天干をもって貴を論ずる。

有根而無苗實,貧而尚可甘食,本氣絕而花繁,縱子成而味拙。根基本主有氣,雖運不扶合,亦可作平生自足之命,三元四柱本無旺氣,得到福祿之運,亦不可以久榮。至若貴神當位,諸殺伏藏,三無旺相,豈專神殺。言天乙貴神論於干,看四時五行之氣,及晝夜之干而定,若有氣天元當位,則殺自藏矣。五行三元為本,若在旺相之地,不背克正氣,不論神殺也。(並鬼谷遺文)

口訣にいう:根があって苗と果実を見ざる者は、貧寒なりといえども安らかに自ら食すことができる。本気すでに絶えて開花繁盛する者は、たとえ果実を結んでも、その滋味は粗劣である。注の解釈:根基と本主に気ある人は、たとえ行運が扶助配合に来らずとも、一生自給自足の命と算定できる。もし三元四柱にもとより旺気がなければ、たとえ福禄の運に行き着いても、長く栄顕することはできない。口訣にまたいう:貴神がまさにその位に当たり衆煞が潜伏隠蔵し、三元に旺相の気がないとき、なお専ら神煞に憑って命を断ずることができようか。注の解釈:天乙貴神は天干から論ずるのであり、四時五行の気および昼貴夜貴に用いる天干を見て定めなければならない。もし天元に気ありて位に当たれば、凶煞はおのずと潜蔵する。五行三元こそが根本であり、それが旺相の地に居り、正気を剋制する常理に背かなければ、もはや神煞を計較する必要はない。以上はともに《鬼谷遺文》に見える。

命中用殺,以五行為本,如五行得地,無貴殺而亦貴。雖有惡殺無害於事。若五行不得地,縱有吉殺,亦發不久,如冬月中花耳。(五行要論)天元變化書云:看命不許苦使神殺,但宮辰中得一二殺,可表吉凶之理,雖神殺百餘,坐當者十餘。

命の中に神煞を用いるにも、なお五行をもって根本とする。五行がもし地を得れば、たとえ貴を主る吉煞がなくても同じく顕貴となり、たとえ悪煞があっても大局に碍なし。五行がもし地を得なければ、たとえ吉煞があっても、発達は長く続くこと能わず、隆冬に開く花のごとく、転眼の間に謝る。この説は《五行要論》に出る。《天元変化書》にいう:命を見るには一味に神煞を死抠することを許さず、ただ宮位地支の上に一二の煞を得れば、足りて吉凶の理を表明す。神煞の名目は百余種あるといえども、真にその位を坐得して用い得るものは十数個に過ぎない。

凡官祿併馬在旺庫鄉最為相應,只如乙乙祿屬木,生於亥,旺於卯,庫於未,庚子正月生人,得木馬未時,為馬庫,此命發祿在初限,若見亥,是馬長生,到晚年才發,或官在長生亦遲,縱得早官,往遠方也。(金書命訣)

およそ官星・禄神と駅馬がともに旺地または庫地に落ちるとき、最も相応する。たとえば乙木の禄は木に属し、木は亥に長生し、卯に帝旺し、未に入庫する。庚子年正月生まれの人が、木性の駅馬を得て未時に落ちれば、これが馬の庫地に入ることであり、この命は頭一歩の限の上で禄を発する。もし駅馬が見るのが亥なら、それは馬の長生の地で、晩年に至ってはじめて発する。官星が長生の地に落ちるのも同じく発するのが遅く、たとえ早く官を得ても、多くは遠方へ外放される。この説は《金書命訣》に出る。

【太過相忤】

祿多則貧。馬多則病。印多則孤。庫多則虛。生旺多,無歸宿。死絕多,無激揚。五行不可大相傷。五行不可太純粹。貴人馬多升躍。常人馬多奔馳。

禄神が多すぎればかえって貧窮し、駅馬が多すぎればかえって多病となり、印綬が多すぎればかえって孤単となり、庫墓が多すぎればかえって虚耗する。生旺の気が多すぎる人は帰宿がなく、死絶の気が多すぎる人は振作して起きることができない。五行は互いに傷剋しすぎてはならないが、しかし純粋で変化が全くないことも不可である。同じく駅馬が多くとも、貴人の命主は昇遷騰躍し、平常人の命はただ終日奔波労碌するのみである。

破要傷禍。空要空盡。所愛者不可毀。所畏者不可旺。先畏後愛,為福。先愛後畏,為禍。合多不發,而媚。(寸珠尺璧雲合多人滯。)學堂多則無成,少可。貴人多,則巽懦而無志。

破るからには傷筋動骨するまで破らねばならず、空しくするからには乾乾淨淨まで空しくしなければならず、いずれも半端を忌む。命の中で喜ぶところは毀傷されてはならず、畏れるところは旺に転じさせてはならない。先に畏るる所に遇い後に愛する所に遇うは福、先に愛する所に遇い後に畏るる所に遇うは禍である。相合の多すぎる人は発起することができず、ただ一味に柔媚して討好するのみ——《寸珠尺璧》に、合の多い人は多く滞塞して通ぜずという。学堂が多すぎればかえって学んで成すところなく、少なきがかえってよい。貴人が多すぎれば、人は謙順懦弱にして志気がない。

祿馬太顯,不可以貴人論。貴人表裡足,不可以常人論。四柱俱陽,口噁心善。四柱俱陰,狠戾沉毒之人。拱要拱馬、拱祿、拱福神、拱貴。不要拱刑、拱禍、拱歲、拱時。陰陽貴在均協。

禄馬が顕赫にして太過の者は、もはや貴人格に照らして論ずることができない。貴人が内外ともに足る者も、常人の規矩をもって論ずることができない。四柱すべて陽干陽支の人は、口は狠くして心地は善である。四柱すべて陰干陰支の人は、狠戾陰沈にして心機は深毒である。いわゆる「拱」とは、両柱が中間に空出した一位を挟むことである。拱すべきは駅馬・禄神・福神と貴人を拱出することであって、刑を拱出し、禍を拱出し、太歳を拱出し、出生時を拱出すべきではない。要するに陰と陽は均衡協調を貴ぶ。

凡命丙辛壬癸見戊戌,則戊土當塗,刃傷折挫。壬子丙午,丙午壬子,水木精要,陰陽純粹,餘位無助,亦非常器。加以季秀之氣,則曠世無忌,大德有容,富貴不能淫,威武不能屈也。如金水清白,當為穎麗之格,特不可見土,見土則水溷,水溷則金暗,令人福淺,卯酉日出入之地,子午陰陽二路,遇之者,令人往來不定。歲運亦然,已亥為兩極之地,天地斡旋,寅申為三停之方,郵遞往來,如人遇之,多不執一。丑未遲遲,辰戌速速,遇之令人執方,性不通變,辰戍有氣,卻能建立大事。

およそ命の中に丙・辛・壬・癸が戊戌を見れば、戊土が道に当たって挡き、刀刃の傷と挫折を主る。壬子と丙午、丙午と壬子という組み合わせは、水と木の精華を取り、陰陽は純粋である。たとえ他の位置に帮扶がなくても、尋常の器量ではない。もしさらに四季月令中の秀気を加えれば、曠世に忌憚するところなく、徳量宏大にして人を容れ、富貴も彼を放蕩させることができず、威武も彼を屈服させることができない。金水清白の命については、もとより聡穎秀麗の格であるべきだが、ただ特に土を見ることができない。土を見れば水は渾濁し、水がひとたび渾濁すれば金もこれに随って晦暗となり、人の福分を薄くする。卯と酉は日出日入の地、子と午は陰陽分界の二つの路で、それらに遇えば、人は往来漂泊して定まらず、歳運の上もまた同じである。巳と亥は陰陽両極の地で、天地はここに斡旋する。寅と申は三停往来の方で、駅路上に伝えて停まらないがごとし。人がこれらに遇えば、多くは一途を固守することを肯んじない。丑未は遅緩を主り、辰戌は急速を主る。それらに遇う人は一方に固執して性情は通変を知らない。ただし辰戌に気あれば、かえって大事業を建立できる。

丙子人四柱有壬寅,是壬入丙家,就破不美,庚子見庚午,是五鬼臨門,戊寅見甲寅,甲尅其戊,戊寅隨勢尅甲寅,是支干納音,上下不和,除別有福神,方為福力。癸酉見戊寅,戊土尅癸木,又金氣向絕鄉,劫殺元辰居中,除得月令中秀氣,方可為用,亦久而不可。庚午丁酉互旺互破,乃旺中破也。不好全為福力。己未辛酉,雖得食卻歸死地,終久不佳。乙丑、乙未、庚辰、庚戊見戊寅,大好。戊寅見之亦好,大運亦然。經曰:如得剛金濟戊寅,欲絕不絕成福力。乙卯見戊寅,戊寅見乙卯,是丹陽大好。

丙子年生まれの人の四柱の中に壬寅があれば、これを壬水が丙火の家に闖入するといい、一見すれば破れ、美事と算定しない。庚子が庚午を見るは、五鬼臨門である。戊寅が甲寅を見れば、甲木はその戊土を剋し、戊寅はまた勢いに順じて甲寅を剋しに行く。これは干支と納音の上下が相和せざることである。別に福神の扶持があってはじめて福力を論じ得る。癸酉が戊寅を見れば、戊土は癸木を剋し、金気はまた絶地に走向し、劫煞と元辰がその中間に挟まる。月令の中の秀気を得てはじめて勉強して用い得るが、しかし長くは続かない。庚午と丁酉は互いに旺を為しまた互いに冲破し、これは旺の中に破を帯び、すべてを福力と見なすことはできない。己未と辛酉を配すれば、食神を得るといえども死地に帰し、ついに佳ならず。乙丑・乙未・庚辰・庚戌の諸柱が戊寅に遇うは、大いに吉利。戊寅がそれらに遇うも同じくよく、大運を行くときもまた然り。経書の上にいう:もし剛硬の金を得て戊寅を救済せば、将に絶えんとして未だ絶えざる一段の福力となる。乙卯が戊寅を見、戊寅が乙卯を見るは、これを「丹陽」といい、また大いに吉利である。

命書云:三奇之際,尚有虛聲,死絕之中,尤存生旺。此語近理,蓋三合三奇,不合月份,則不貴。如甲戊庚,有子午時方貴。乙丙丁,有寅卯時方貴。天元變化書云:乙丙丁正愛酉亥更者納音有無交涉。餘則主羲居假合,庶出、過房、贅婿之事。又云:凡三奇三合,帶月令中秀氣入貴格者,不免有庶出、過房、作贅之事。

命書の上にいう:命に三奇を帯びるときも、なお虚名一场に過ぎないことがあり得る。死絶の中に処しても、かえって生旺の機がないとは限らない。この話は理に近い。三合と三奇はもし月令と相合しなければ、貴くなることができないからである。たとえば甲戊庚の三奇は、子時または午時あってはじめて貴。乙丙丁の三奇は、寅時または卯時あってはじめて貴である。《天元変化書》にいう:乙丙丁の三奇は最も酉と亥を喜愛し、さらに納音がそれと牽渉あるかを見ねばならない。これ以外は多く他姓に寄居し、仮合して家を成し、および庶出・過継・入贅の類の事を主る。書中にまたいう:およそ三奇・三合が月令中の秀気を帯びて貴格に入る人も、庶出・過房・作贅の経歴を免れない。

凡命見三合三奇,而本年不帶,在四孟生而得四仲,四季月日時,四仲四季同論,及胎月日時互換干合,或六合,而本命不帶者,皆名曰掉太歲,多主離祖,孤立,為人不得力,少救助,卻宜義居假合而立也。貴命則多倚伏而升進。凡四柱而帶三奇三合者,本身若不是過房庶出,將來子孫中,必有過房庶出,隨母之子或自身作贅,命宮三合,亦用之。古詩云:三合與三奇,清秀更饒肥。不為過房子,便為隨母兒。又云:時日犯三丫,降生須異詫,不是偏室生,即多星月下。此無他異,三合也。

およそ命の中に三合・三奇を見ても、生年そのものが帯びていないとき——たとえば寅申巳亥の四孟に生まれて三合が子午卯酉の四仲に落ち、あるいは辰戌丑未の四季の月・日・時の上に落ちるとき——四仲・四季の情形も同じく看待する——および胎・月・日・時の間で天干相合あるいは地支六合を互換しても、本命がその中に参与しないものは、皆「掉太歳」と呼ばれ、多くは祖業を離れて孤身で自立し、人として助力を得ず救援も少なく、かえって他姓に寄居し他人に依托して成家立業するに宜しい。もしもとより貴命ならば、多くは依傍の中で漸々升進する。およそ四柱に三奇三合を帯びる人は、自身が過継か庶出でなければ、将来の子孫の中にも必ず過継・庶出・母に随って改嫁する子があり、あるいは自ら入贅する。命宮の上の三合もまたこれに照らして用いる。古詩にいう:命に三合と三奇を帯びれば、人物は清秀にしてまた豊腴、他家に過継した子でなければ、母に随って来た子である。またいう:時柱日柱が三丫を犯せば、降生の時に異常あり、偏房の生まれでなくとも、多くは星月の下・行旅の中に生まれる。これに他の故はなく、皆三合の成すところである。

財帛之宮怕空絕,衣衫常破裂,若得吉神助,此宮終是衣祿豐。兄弟宮中有貴人,急難得相親,若見六害並劫殺,孤棲守殘月,更看刑墓入空亡,夭死主殘傷。長生三元守田宅,家業榮顯赫,父母高年主壽延。常臨此宮,父母享終年。

《直道歌》は宮を逐って詠じる:財帛宮は最も空亡と絶地に落ちることを怕れ、さすれば衣衫は常に破敝する。もし吉神来たり帮扶すれば、この宮はついに衣食豊足である。兄弟宮中に貴人あれば、危難の際に手足の親みあり。もし六害を見て劫煞を併せれば、ただ孤零零として残月を守るのみ。さらに刑と墓庫を見てまた空亡に落ち入れば、兄弟に夭亡残傷の事あり。長生と禄・命・身の三元が田宅宮を守れば、家業は栄顕赫奕にして、父母もまた高年長寿である。三元が常にこの宮に臨めば、父母は安らかに天年を享くることができる。

只愛三元守男女,必定招文武,若逢孤寡入刑沖,子息一時空。奴僕宮中怕刑殺,姦詐奴婢絕。對面元來妻妾宮,吉宿保昌隆,怕逢孤寡與空亡,琴瑟不久長。疾厄元來居第八,不可入刑殺,若見沖破及三關,疾病主連連。

最も喜ぶべきは三元が男女宮を守ること、さすれば必ず能文能武の好兒子を招き得る。もし孤辰寡宿に逢いまた刑冲に入れば、子息は時に落空する。奴僕宮中は刑煞を見ることを怕れ、奴婢の奸詐を主り、甚だしきは一人も留め置くことができない。命宮の正面はもとより妻妾宮で、吉星の照臨あれば家室の昌隆を保つことができる。もし怕るる孤辰寡宿と空亡が皆来れば、夫妻の琴瑟の好は長く続かない。疾厄宮はもと第八位にあり、刑煞に落ち入るべからず。もし冲破および三関の同臨を見れば、疾病は接連して断えない。

遷移宮有長生,貴不求,財自至,百事榮達又相當,多致外州主。官祿宮中有吉神,官職日遷榮,若見沐浴及暴敗,日日招災害。福祿相貌二宮祥,形貌好兒郎,學堂文章臨此位,終身得高貴。命宮帝座詳在前,禍福總自然。(直道歌)

遷移宮の裏に長生あれば、貴位は求めずとも、財帛はおのずと到来し、百事順遂して栄達し、多くは外州に出て主政の官を為すことができる。官禄宮中に吉神あれば、官職は日々に遷升して栄顕す。もし沐浴および暴敗の地を見れば、日々に災害を招来する。福徳・相貌の両宮が祥和なれば、人は一副の好模様を生まれ得る。学堂・文章の星がこの位置に臨めば、終身ともに高貴を得ることができる。命宮と帝座については、前文ですでに詳説し、禍福はおのずからその定数あり。以上は《直道歌》に出る。

靈臺經云:有婦人配宮法:一命宮,二容質,三姊妹,四舅姑,五男女,六婢妾,七夫婿,八疾厄,九嫁高,十邑號,十一福德,十二相貌,雲出四經。

《霊台経》にいう、婦人には別に一種の配宮の办法があり、十二宮は順次に:第一は命宮、第二は容質、第三は姉妹、第四は舅姑、第五は男女、第六は婢妾、第七は夫婿、第八は疾厄、第九は嫁高、第十は邑号、第十一は福徳、第十二は相貌。この宮名は《四経》に出ると称される。

凡命前五辰為宅舍,若遇有氣之鄉,及有吉神臨之,主有好宅舍,門閥崇峻,宗族貴盛,子孫華顯。假令甲申生人,宅舍在丑,十二月生,得天乙臨宅舍,餘凖此。若居無氣之鄉,及有凶神臨之,主其宅多虛耗,財帛不聚,舍宇不完,或無祖父資產,假令庚午生人,宅舍在亥,甲子旬中亥落空亡,又遇劫殺臨之,餘皆凖此。若在破宅殺中,亦主不好,命後一辰是也。又看宅納音與本名納音,相生即吉,宅尅身得好宅,身尅宅必破散也。

およそ本命地支から前へ五位を数えた処が「宅舍」の位である。この一位がもし有気の郷に落ち、また吉神の臨照あれば、住宅良好・門第崇高・宗族貴盛・子孫顕達を主る。たとえば甲申年生まれの人は、宅舍は丑にあり、もし十二月に生まれて天乙貴人がまさに丑位に臨めば、この格局である。其余は類推できる。これに反して、宅舍がもし無気の郷に落ち、また凶神に臨照されれば、家宅虚耗・財帛聚まらず・屋舍破損不全を主り、あるいは祖父の産業を継承しない。たとえば庚午年生まれの人は宅舍は亥にあり、甲子一旬の中で亥はまさに空亡に落ち、また劫煞がこれに臨み遇う。其余もまたこれに照らして類推する。宅舍がもし「破宅殺」に落ち入れば、同じく好からず。破宅殺は本命から後へ一位を数えて取る。さらに宅位の納音と本命の納音を比較しなければならない。両者相生すれば吉、宅が来て身を剋すれば好宅を得、身が宅を剋しに行けば家宅は必ず破敗離散する。

凡祿命雖有休旺,更論其宅,以辨吉凶,假令甲申水人,以己丑火為宅,正月生雖在建祿,宅旺中生,以身尅宅,後當破落。假令戊午火人,以癸亥水為宅,九月生,宅冠帶,十月生,宅建,十一月生,宅旺,又值宅尅身,必得好宅,若甲子金人,以己巳木為宅,二月生雖逢宅旺,合有好宅,後亦破散,以身尅宅也。若宅鬼旺中生者,有官則吉,無官則凶。假令甲子金命人,八月名為宅鬼,旺中生木,宅以金為鬼,金至酉上旺,餘凖此。破宅殺者,取命後一辰是也。主無祖父產業或客死他鄉。(並三命鈐)

禄命そのものに休囚旺相の分があるとはいえ、さらに宅位を併せて推論しなければ、吉凶を辨明できない。たとえば甲申年生まれの人は納音が水に属し、己丑をもって宅とし、己丑の納音は火に属す。この人が正月に生まれれば身は建禄に居るとはいえ、宅位もまた旺中に生を受けるが、水が火を剋しに行くは身剋宅で、日后家宅はまさに破落せんとする。またたとえば戊午年生まれの人は納音が火に属し、癸亥をもって宅とし、癸亥の納音は水に属す。九月に生まれれば宅は冠帯にあり、十月に生まれれば宅は臨官建位にあり、十一月に生まれれば宅は帝旺にあり、またまさに宅が来て身を剋するに当たり、必ず好宅を得ることができる。またたとえば甲子年生まれの人は納音が金に属し、己巳をもって宅とし、己巳の納音は木に属す。二月に生まれれば宅位は旺を得るに逢うといえども、もとより好宅あるべきが、日后また破散する。金が木を剋しに行くは、なお身剋宅であるからである。もし宅位の鬼煞がまさに旺む時に生まれれば、官職あれば吉、官職なければ凶。たとえば甲子金命の人は、八月を宅鬼という。その時木は旺中に生を受けるが、宅は金をもって鬼とし、金は酉の上に至りてまさに旺む。其余はこれに照らして類推する。破宅殺については、本命から後一位を取り、祖父の産業を継承しないか、あるいは他郷に客死することを主る。以上はともに《三命鈐》に見える。

日時破宅宅須破,太歲沖年亦深禍。宅者大歲前五辰,干合者是也。且如甲子人以己巳是宅,其人如犯亥,其宅受破,命元稍薄,太歲沖年亦須破也,須是為長方可斷,且如丙子人,得辛巳金,宅遇乙亥年之類是也。(沉芝源髓)

歌訣にいう:日柱・時柱が宅位を冲破すれば、家宅は必ず破れる。太歳が来たり生年を冲せば、禍事もまた甚だ深重である。注の解釈:いわゆる宅とは、太歳から前へ五位を数え、かつ年干と相合するあの一柱である。たとえば甲子年生まれの人は己巳をもって宅とし——甲と己は相合する——この人がもし亥を犯せば、己巳は亥に冲されるため宅位は破を受ける。もし命元がもとより单薄で、太歳がさらに生年を冲せば、同じく破れを要す。ただし必ずこの人が家中の長嗣であって、はじめてこのように断ずることができる。またたとえば丙子年生まれの人が辛巳の一柱を得れば、辛巳の納音は金に属し、宅位が乙亥年に遇い冲されれば、この類に属する。この説は《沈芝源髓》に出る。

凡命後五辰為田園,若居有氣之鄉,福神臨之,主其人田園盈野,倉庫充實,假令甲子生人,田園在己未六月生,季夏土乘旺氣,又逢天乙貴人臨之,餘凖此。若遇無氣之鄉,或凶神臨之,則主田園瘠薄,倉稟空虛,假令戊子人,田園在癸未六月生,甲申旬中未落空亡,除凖此例。(三命鈐)

およそ本命地支から後へ五位を数えれば「田園」の位である。この一位がもし有気の郷に居り、また福神の臨照あれば、この人は田連阡陌・倉庫充実を主る。たとえば甲子年生まれの人は田園は己未にあり、もし六月に生まれ、季夏の土がまさに旺気に乗じ、また天乙貴人の臨照に逢えば、この格局である。其余は類推できる。もし田園が無気の郷に落ち、あるいは凶神に臨照されれば、田地瘠薄・倉廩空虚を主る。たとえば戊子年生まれの人は田園は癸未にあり、同じく六月に生まれても、甲申一旬の中で未はまさに空亡に落ちる。其余もまたこの例に照らして推断する。この説は《三命鈐》に出る。

第卅三巻・論大運

運行則一辰十歲,折除乃三日為年,精休旺以為妙,窮通變以為玄。王氏注云:夫運者,人生之傅舍,推命之說,先以三元、四柱、五行、生死格局,以定根基。然考竅運氣協而從之,以定平生之吉凶也。大運一辰十歲者,何也?蓋一月之終,晦朔周而有三十日,一日之內,晝夜周而有十二時,總十年之運氣,凡三日有三十六時,乃見三百六十日,為一歲之數,在一月之中,有三百六十時,折除節氣算計,三千六百日為一辰之十歲也。

経文にいう:行運は一つの地支が十年を管し、「折除」の法は三天をもって一年に折算する。五行の休囚旺相を精研してはじめて妙に入り、窮通変化を窮究してはじめて玄を得る。王氏の注の解釈:いわゆる運とは、人の一生が寄居する旅舎である。命を推す路数は、まず三元・四柱・五行と生死格局をもって根基を定め、それから運気がいかにこれと協調配合するかを考察し、これに拠って一生の吉凶を断定する。なにゆえ大運は一つの地支が十年を管するのか。一箇月は朔から晦まで一周三十日であり、一日の内は昼夜一周十二時辰である。十年の運気を合わせて算するに:三天はあわせて三十六時辰で、ちょうど三百六十天に対応し、すなわち一年の日数である。そして一箇月の中にはあわせて三百六十時辰あり、節気により折除して計算すれば、三千六百天で、ちょうど一つの地支の管する十年である。

人生以一百二十歲為周天,論折除之法,必用生者,實歷過日時,數其節氣,以合歲月之數,乃若陽男陰女,大運以生日後,未來節氣日時為數,順而行之。陰男陽女,大運以生日前過去節氣日時為數,逆而行之。

人の一生は一百二十歳をもって一つの周天とする。折除の法を講ずるには、必ず出生者が実際に経過した日と時を用い、それが節気までの距離を数え清め、再び歳月の数に折合する。陽年生まれの男子と陰年生まれの女子については、大運は生日から後へ数え、未来の節気の間の日時を取って数とし、順に排して下る。陰年生まれの男子と陽年生まれの女子については、大運は生日から前へ数え、過去の節気の間の日時を取って数とし、逆に排して上る。

譬如甲子陽男,十二月二十四日,巳時生,是月二十九日申時立春,陽男數未來之日,自二十四日巳時至二十五日巳時,方曰一日之實數,至二十九日申時止,得五日三時之節氣,實歷過六十三時,折除計六百三十日,乃是一歲奇九月之大運,起於丁丑,是越三歲九月之內,方是甲子十二月生行一歲奇九月之大運也。今人行運多用約法,以一歲奇八月起運,便以二歲九月過矣,殊不明折除實歷之數也。

例を挙げて言えば、甲子年生まれの陽男が、十二月二十四日巳時に出生し、この月の二十九日申時に立春する。陽男は未来の日を数える。二十四日巳時から二十五日巳時までで、はじめて実足の一天となる。二十九日申時まで数えて、あわせて五天零三時辰の節気距離を得、実際に六十三時辰を経過し、折除すれば六百三十天に合し、すなわち一歳零九箇月にしてはじめて運を起こす。第一步の大運は丁丑に起こる。このように算すれば、三歳零九箇月を過ぎて、はじめてこの甲子年十二月生まれの人の行く一歳零九箇月の大運となる。今の人が運を起こすには多く約略の法を用い、一歳零八箇月で運を起こすと言い、一挙に两歳九箇月を跨ぎ越す。実に折除実暦の算法を明白にしていないのである。

論行運至五行生旺之地,如木之得春,其敷榮華實可知矣。或行運至五行休敗之地,如木之逢秋,衰朽枯藁亦可見矣。人之四柱五行休旺、生死之理,在乎悟理窮幽,達微通變,以盡其妙。

行運が五行の生旺の地に走り着くことを論ずれば、樹木が春天に遇うがごとく、枝葉舒展し開花結果する景象は想見できる。もし行運が五行の休廃敗絶の地に走り着けば、樹木が秋天に遇うがごとく、衰朽枯槁の様子もまた歴歴として見える。人の四柱五行の休囚旺相・生死消長の道理は、すべて義理を領悟し幽微を窮究し、変化に通達することに在り、これによりその妙処を発揮し尽くすことができる。

其為氣也,將來者進,功成者退。瑩和尚注云:將來者進,迎之以臨官、帝旺。功成者退,背之以休廢、死囚。則福禍凶吉可見也。或曰:生逢休敗,早歲孤貧;老遇建旺之鄉,臨年偃蹇。瑩和尚注云:身須逐運,必假運而資身,勢須及時,亦假時而成勢。生逢旺歲,運須處於旺鄉,晚遇衰年,運恰宜於困地。(並珞錄子)

経文にいう:運もまた一股の気で、将に来たらんとする者は便ち前進し、功業すでに成った者は便ち退去する。瑩和尚の注の解釈:将来者進とは、臨官・帝旺のこれら方興の地に向かい迎えること。功成者退とは、休・廃・死・囚のこれら已尽の地を背き離れること。こうすれば、禍福吉凶は便ち見える。経文にまたいう:ある人が言うに、出生時に行運が便ち休敗に逢えば、早年は孤苦貧寒である。老いてはじめて建禄帝旺の郷に遇い、晩年に臨んでかえって困頓して行き難い。瑩和尚の注の解釈:身は運に随って転ずるを要し、必ず運を借りて自身を資養しなければならない。勢いは時を趁って起こるを要し、また時を借りて気勢を成就しなければならない。旺年に生まれれば、運はまさに旺郷に処すべきである。晩年に衰年に遇えば、運はかえって困地に落ちるを宜とし、はじめて相称する。以上はともに《珞琭子》に見える。

老幼慎勿坐強,壯實惟宜趨旺。生旺雖吉,而未必吉,衰滅雖凶,而未必凶,達此者始可論運。蓋人自生至老,必從微以至少壯,十歲二十歲方當少年之時,惟可行胞胎、養、生、沐浴、冠帶處,三十四十歲當陽強齒壯之時,乃可行旺處,五十六十歲當天癸枯竭,只可行衰限,反此者如老得少年脈,少年得老年脈,非所宜也。

経文にいう:年老いた時と年幼い時はともに小心を要し、過強の地に坐するに宜しからず。身体壮実の年に、はじめて旺気に趨向するに適す。注の解釈:生旺は吉と算定するといえども、必ずしも真に吉ではない。衰滅は凶と算定するといえども、必ずしも真に凶ではない——この一层を懂得する人こそ、行運を談論するに足る。人は出生から年老に至るまで、必ず微弱より漸々少壮に至るからである。十歳二十歳はまさに少年に当たり、ただ胞胎・養・長生・沐浴・冠帯のこれら数歩を行くに宜しい。三十四十歳は陽気強盛にして歯牙堅壮、はじめて帝旺の地を行くことができる。五十六十歳は精血枯竭し、ただ衰弱の限を行くべきのみ。もしこれに反すれば、老年人が少年の脈を診出し、少年人が老年の脈を診出するがごとく、いずれも合宜でない。

若值一生運背,三限驅馳,直饒晚入旺鄉,已非符葉。凡人初中之限,合行生旺,而不生旺,晚老之年,合行衰絕,而不衰絕,乃為運背,此等人三限最為驅馳連蹇也。(並壺中子)

経文にいう:もし一生運勢が相背するに逢えば、初・中・末の三限ともに奔波して停まらず、たとえ晩年に至って旺郷に走り入っても、すでに時機と相符合しない久しい。注の解釈:およそ人の初限・中限はもとより生旺を行くべきが、偏偏として生旺せず、晩年老境はもとより衰絶を行くべきが、偏偏として衰絶せず、これを「運背」という。この種の人は三限の中で最も奔波労碌し、接連して蹭蹬する。以上はともに《壺中子》に見える。

年雖逢於冠帶,尚有餘災。初入衰年,尤披尠福。王氏注云:年運或初離沐浴暴敗之地,而順行才至冠帶之上,未可便以為福。蓋尚有衰敗之餘災也。或自旺之地而行,初至衰鄉,亦不可便以為禍,蓋尤披旺鄉之尠福也。所以行運有前後五行之說,蓋由此耶。(珞錄子)

経文にいう:年運はたとえ冠帯に行き着いても、なお前の一歩の余災を帯びている。ようやく衰年に踏み入っても、なお上の一歩の残った少许の福気を披いている。王氏の注の解釈:年運がもし剛剛沐浴暴敗の地を離れ、順行してようやく冠帯の上に到ったなら、すぐに福と見なしてはならない。衰敗の余災がまだ散り尽くしていないからである。もし帝旺の地から行き来たり、剛剛衰郷に踏み入ったなら、すぐに禍と見なしてはならない。なお旺郷の遺留した一点の福気を披いているからである。ゆえに行運を論ずるに「前五行・後五行」の説法がある。道理はまさにここに出る。この説は《珞琭子》に見える。

將徹不徹,寧有久否之殃;欲交不交,尚有幾殘之福。運在衰絕處,將入吉慶之地者,必於臨離之時,更有重撓。運在吉慶之地,將入衰絕之處,必於初入時,更有重福也。(壺中子)

経文にいう:将に過ぎ去らんとして未だ過ぎ尽くさざる者、どうして長く閉塞の災殃があらん。将に交接せんとして未だ交わらざる者、なお幾分か残余の福気を留めている。注の解釈:運がまさに衰絶の処にあり、将に吉慶の地に進入せんとする人は、必ず衰絶を離れんとするその時間に、さらに一重の折磨を受ける。運がまさに吉慶の地にあり、将に衰絶の処に進入せんとする人は、必ず剛剛衰絶に踏み入ったときに、なお一重の福気を享くることができる。この説は《壺中子》に出る。

陰男陽女,時觀出入之年。陰女陽男更看元辰之歲。王氏注云:男,陽也。或稟五行之陰而生,則謂之陰男。女,陰也。或稟五行之陽而生,則謂之陽女。陰男陽女稟氣不順,故大運歷過去節,不順者,時觀出運入運之年而有吉凶之變。順者雖不以出入之年為應,亦不可與元辰之厄會。(珞錄子)

経文にいう:陰男と陽女は、時々出運・入運のあの二年を留意しなければならない。陰女と陽男は、さらに「元辰」の当値する年を見なければならない。王氏の注の解釈:男はもとより陽に属し、もし五行の陰気を禀受して生まれれば、これを陰男という。女はもとより陰に属し、もし五行の陽気を禀受して生まれれば、これを陽女という。陰男陽女は禀気が順ならず、ゆえに大運は逆に過去の節気を数える。すでに順ならざれば、時々換運出入のあの二年を留意しなければならず、その間は吉凶の変動が多い。順行の人については、出運入運の年をもって応験としないとはいえ、それを元辰の厄難と撞き合わせてもならない。この説は《珞琭子》に見える。

三命指掌云:凡陽男陽女,至交運時,主有災滯。陽男陰女,大小運行年之元辰,亦為厄會。元辰犯運,仲尼困陳蔡之飢。行年二運遇元辰,災禍併至。故譬夫子之厄陳蔡。(壺中子)

《三命指掌》にいう:およそ陽男と陽女は、大運を交換するときに至り、皆災厄滞碍あることを主る。陽男陰女が大運・小運と流年の上で元辰に碰到するも、同じく厄難聚会の時である。経文にいう:元辰が行運を冲犯するは、孔子が当年陳国・蔡国の間に困われて糧を絶たれたがごとし。注の解釈:流年と大小二運が一齐に元辰に遇えば、災禍は併せて到来する。ゆえに孔夫子が陳蔡に受困したことを取って比方とする。この説は《壺中子》に出る。

凡大運至本命宮,五行生旺,支干和祿馬、貴人、食神相生有益處,為吉泰之運。亦不能常為福,須候太歲行年,又看五行生旺,支干和合福神之地,方可發福。大運至吉鄉,卻遇逐年太歲小運到刑害之鄉,亦主細累浮災,但不為重害也。凡大運至本命宮,五行死絕,支干刊沖六害,一切凶殺者,為屯蹇,凶禍之運,遇逐年太歲又見刑沖,小運不和,死絕帶殺者,方可發禍,其小運與太歲到生旺、祿馬、貴人一切吉神者,其年卻主有小喜,遂快事。但歲神過宮,福如故也。

およそ大運が本命宮に走り着き、五行が生旺に処し、干支がまた禄馬・貴人・食神と相生して有益なれば、これが吉泰の運である。しかしそれもまた一直に福を為すことはできず、さらに太歳と流年の配合を待たねばならず、同じく五行が生旺するか、干支が福神と和合するかを見て、あの年こそ真に福を発することができる。大運は吉郷に到ったといえども、当年の太歳と小運が刑害の地に走り入るに碰上すれば、また瑣碎拖累と浮浅の災を主るが、ただ重害と算定しない。これに反して、およそ大運が本命宮に走り着いて五行が死絶し、干支がまた刑冲六害で種種の凶煞を聚めれば、これが屯難蹇滞の凶禍の運である。さらに当年の太歳も来たり刑冲し、小運不和で、死絶の中に煞を帯びれば、あの年こそ真に禍を発する。もし小運と太歳が生旺・禄馬・貴人のこれら吉神の上に走り着けば、あの年はかえって小喜慶あり、称心の事あり。ただ太歳が宮を過ぎた後は、もとの禍福はなお旧に照らすのみ。

凡大運到長生之地,主多有創建從新之事。凡大運到臨官地旺之地,主人盛旺快樂,發權進財,生子骨肉之慶,一運中亨通也。凡大運到衰病之鄉,一運中多退、破財、疾敗事。凡大運到死絕鄉,一運中,骨肉死喪,自身衰禍、鈍悶、百事蹇塞也。凡大運到五行敗鄉,主人落魄懶惰,酒色荒迷。大運到胎庫成形冠帶之鄉,一運中百事得中,安康平易也。

およそ大運が長生の地に走り着けば、多く新局を開創し、従頭より建立する事あり。臨官・帝旺の地に走り着けば、人は便ち興盛快楽し、権を掌り財を進め、丁を添え子を生じ、骨肉に慶あり、この十年は一路亨通する。衰・病の郷に走り着けば、この十年は多く退步・破財と疾病敗落の事あり。死・絶の郷に走り着けば、この十年は骨肉に喪亡あり、自身もまた衰病して禍に遭い、遅鈍煩悶して百事阻塞する。五行の沐浴敗地に走り着けば、人は落魄懶散し、酒色に沉迷する。胎・庫・成形と冠帯の郷に走り着けば、この十年は百事皆平平適中で、安康平順である。

凡推命之禍福,須先度量基地厚薄,然後定災福。運氣譬之船也,命譬之水,隨其水之廣狹深淺,發得船之力也。凡命有八分福神,行三四分惡運,都不覺其凶,福力厚故也。若五六分惡運,只浮災細累而已。至七分惡運,方有重災。凡五分福命,行三四分惡運,為凶甚切。若四五分惡運,則須死,蓋基地不牢固也。凡命中五行衰者,運宜盛。(寸珠尺璧云:凡衰處行運到旺處脫)

およそ命の中の禍福を推断するには、必ずまず根基の厚薄を掂量し、それから災福を定めなければならない。運気は譬えば船、命は譬えば水で、水面がどれほど寛く水位がどれほど深いかが、はじめてこの船がどれほど大きな力を使えるかを決定する。およそ命の中に八分の福神ある人は、三四分の悪運を行っても、根本的に凶を覚えず、福力が深厚であるからである。五六分の悪運に碰上しても、ただ浮浅の災厄と瑣碎の拖累に過ぎない。七分の悪運に至って、はじめて重災あり。もし五分の福気のみの命ならば、三四分の悪運を行けば凶は十分に切身となり、四五分の悪運に碰上すれば、死せざるを得ない。根基がもとより牢固でないからである。およそ命の中の五行が衰弱の者は、行運は盛地に走るに宜しい。《寸珠尺璧》にいう:およそ命衰の人が行運して旺処に到れば、はじめて解脱を得ることができる。

五行盛者,運宜衰,衰者復行衰運,是謂不及。五行不及,則遁塞沉滯。五行盛而復行盛運,是謂太過。過則【擊】作成敗也。凡大運行十二宮,曾歷過本命長生處者,謂之氣盛之運,雖歲運來沖剋者,為禍不重,蓋運氣強故也。如大運未經長生,而歲運刑沖剋破則便為災,蓋氣未備,運弱故也。凡大運曾過旺相,而逢死絕者,為災輕,蓋陰陽五行代謝之順道也。縱死於此,亦須令病而終。若方經長生,歷於敗地,其中有刑剋惡殺與命相符而見者,則五行之氣反戰,故為凶惡而終也。(並燭神經)

五行にもとより旺盛の者は、行運は衰地に走るべきである。もとより衰弱の者がかえって再び衰運を行くは、これを「不及」といい、五行不及なれば閉塞沈滞する。五行にもとより旺盛の者がかえって再び盛運を行くは、これを「太過」といい、太過なれば撞击冲突して成敗起伏を造成する。およそ大運が十二宮を行経するに、もしすでに本命の長生の処を走り過ぎれば、これを気盛の運といい、たとえ流年と運が来たり冲剋しても、禍を為すこと重ならず、運気そのものが強健であるからである。これに反して、大運がまだ長生を経過せず、歳運の刑冲剋破に遇えば、それは災と成る。気がまだ養足せず運がなお弱いからである。およそ大運がかつて旺相の地を走り過ぎて、随後して死絶に逢う者は、災禍は較輕である。これは陰陽五行の新陳代謝の正常な次序であるからである。たとえこの一歩に死すとも、患病して善終するに過ぎない。もし剛剛長生を経過して敗地に跌入し、その中にまた刑剋悪煞が命局と相応して顕現あれば、それは五行の気が反って交戦するもので、ゆえに凶悪にして終るを要す。以上はともに《燭神経》に見える。

凡命有氣象,常取生時干神為氣,如甲時己時則土氣也,乙庚金、丙辛水之類取之也。行運至氣象得地處吉,不得地處凶,庚辛、壬癸、乙庚、丙辛為金水象,運至申酉丑上得地。庚辛、戊己、甲己、乙庚為金土象,運至申酉辰上得地。庚辛、丙丁、乙庚、戊癸為金火象,運至巳午戌上得地。庚辛、甲乙、乙庚、丁壬為金木象,運至丑寅卯上得地。甲乙、壬癸、丁壬、丙辛為水木象,運至亥子辰上得地。

およそ命は皆その「気象」あり、通常は生時の天干の神を取って気とする。たとえば日干が甲で時干が己ならば、甲己合化して土となり、すなわち土気である。乙と庚は合化して金、丙と辛は合化して水、皆この方法に照らして取る。行運が気象の地を得る処に走り着けば吉、地を得ざる処に走り着けば凶。庚辛・壬癸が乙庚・丙辛の化気を併せ、金水の象を合成し、運が申・酉・丑の上に走り着けば地を得る。庚辛・戊己が甲己・乙庚の化気を併せ、金土の象を合成し、運が申・酉・辰の上に走り着けば地を得る。庚辛・丙丁が乙庚・戊癸の化気を併せ、金火の象を合成し、運が巳・午・戌の上に走り着けば地を得る。庚辛・甲乙が乙庚・丁壬の化気を併せ、金木の象を合成し、運が丑・寅・卯の上に走り着けば地を得る。甲乙・壬癸が丁壬・丙辛の化気を併せ、水木の象を合成し、運が亥・子・辰の上に走り着けば地を得る。

丙丁、甲乙、戊癸、丁壬為火木象,運至寅卯未上得地。戊己、壬癸、甲己、丙辛為水土象,運至辰上得地。戊己、丙丁、戊癸、甲己為火土象,運至戌上得地。戊己、甲乙、甲己、丁壬為土木象,運至未上得地。戊己、庚辛、乙庚、甲己為金土象,運至丑上得地。

丙丁・甲乙が戊癸・丁壬の化気を併せ、火木の象を合成し、運が寅・卯・未の上に走り着けば地を得る。戊己・壬癸が甲己・丙辛の化気を併せ、水土の象を合成し、運が辰の上に走り着けば地を得る。戊己・丙丁が戊癸・甲己の化気を併せ、火土の象を合成し、運が戌の上に走り着けば地を得る。戊己・甲乙が甲己・丁壬の化気を併せ、土木の象を合成し、運が未の上に走り着けば地を得る。戊己・庚辛が乙庚・甲己の化気を併せ、別に一種の金土の象を成し、運が丑の上に走り着けば地を得る。

看四柱干神得何象,如純金木水火土,亦為五象。若雜而不入象者,不發,發亦不久。如五純象,亦有太過之象,仍詳當生月令,得地不得地,然後看行運得地不得地,而言發跡,不可以遇祿、馬、貴人為得運,遇空亡、羊刃、劫亡為失運也。

四柱の天干がいずれの象を合成するかを見なければならない。もし清一色に金か、木か、水か、火か、土ならば、それもまた各々一象を成し、あわせて五種の純象である。もし駁雑にしていずれの象にも入れない者は、発起することができず、たとえ発しても長久ならず。五種の純象については、その中にも太過に失する者あり、なお出生月令が地を得るか得ざるかを詳審し、それから行運が地を得るか得ざるかを見て、これに拠って発迹を談ずる。決して一見して禄神・駅馬・貴人あればすなわち運を得たといい、一見して空亡・羊刃・劫煞亡神あればすなわち運を失ったというべからず。

凡大運以月上起運源,卻不可以年月參較災福,蓋有同年同月同日而時不同者,災福逈別故也。但以生時支干納音休旺及神殺斷之,無不駭也。又以月參初限,日參中限,時參末限,月則主源,不可沖破。凡行運且要源發處穩實,終耐患難,富貴可以安享,如發源在時,年空沖死敗之地,縱處富貴,終不穩實,易成易敗也。更以逐宮消息,最忌太歲小運沖擊,如根基有此,災福至本宮,其災福立應,在年內三合月,並太歲輦路月分之上。

およそ大運は月柱より運を起出する源頭であるが、ただ年・月のみをもって灾福を比較することはできない。同年同月同日に生まれて時辰の異なる人は、灾福の相差が極めて遠いからである。生時の干支納音の休か旺かを用い、さらに神煞を合わせて断ずれば、応験せずして驚くべきことなし。また月柱をもって初限を参断し、日柱をもって中限を参断し、時柱をもって末限を参断する。月柱は運の源頭で、殊に冲破されるべからず。およそ行運はまず発源の処が穏固扎实することを要し、こうすれば終に患難に経得起すことができ、富貴もまた安らかに享用できる。もし発源が時柱に落ち、しかも年柱がまた空亡・冲动し死敗の地に落ちれば、たとえ身は富貴に処すとも、終に穩ならず、成りやすくまた敗れやすい。さらに宮を逐って消息を推すに、最も忌むべきは太歳と小運が来たり冲击すること。根基の上にこの類の毛病あれば、災福が本宮に行き着くを待って、便ち応験す。応期は多く当年の三合の月、および太歳の経行するあの数箇の月份の上にある。

凡行運至夾貴、華蓋、貴人、六合上,及乘生旺氣者,皆主喜慶,仍須察當生根基,十分則應五分,生時五分則應十分,福與災同。凡行運至臨宮帝旺上,太歲持之,官員主薦章改秩之喜,官印食神亦然,馬旺貴人之地,必入參侍之列,蓋貴為君道,馬主遷動故也。凡子丑寅卯辰巳四柱陽多人,行運至午未申酉戌亥上乘陰氣而發。午未申酉戌亥多人,行子丑寅卯辰巳運發,名利乘陽氣而發也。二者陰陽均協,然陰人陽發者快。

およそ行運が夾貴・「華蓋」・貴人・六合の上に走り着き、また生旺の気に乗ずる者は、皆喜慶を主る。ただしなお出生時の根基を察看しなければならない。根基が十分足る者は、運が来てもただ五分に応ず。生時の根基が五分のみの者は、運が来れば十分に反応す。福はこのようであり、災もまたこのようである。およそ行運が臨官・帝旺の上に走り着き、太歳がまた扶持すれば、官を為す者は荐挙昇遷・官階改換の喜あることを主り、官星・印綬・食神を帯びるも同じ。駅馬旺盛と貴人の所在する地に走り着けば、必ず侍従近臣の列に進入す。貴は君王の道を象徴し、馬は遷転調動を主るからである。およそ四柱地支に子丑寅卯辰巳の類の陽支の多い人は、行運して午未申酉戌亥に到り、陰気に乗じて発す。午未申酉戌亥の多い人は、子丑寅卯辰巳の運を行き、名利は便ち陽気に乗じて発す。両者ともに陰陽の均衡協調を取るが、ただ陰に属する人は陽運に頼って発り起こるのが更に速い。

凡水命四柱有土,至火運本是財運,卻反為鬼者,以火生土,土克水,是財化為鬼,轉福成禍也。水命四柱有金,至土運是鬼運卻反為吉者,以土生金,金生水,是化鬼為助氣,反為福也。五行俱以此為例。

およそ水命にして四柱の中に土ある人は、火運に行き着けば、火はもとより水の剋する財であるが、かえって鬼煞に変ずる。これは火が土を生じに行き、土がまた回頭して水を剋するためで、財が鬼に化成したに等しく、福は便ち禍に転ずる。これに反して、水命にして四柱の中に金ある人は、土運に行き着けば、土はもとより水を剋する鬼運であるが、かえって吉に転ずる。これは土が金を生じに行き、金がまた転じ来たりて水を生ずるためで、鬼を助力の気に化成したに等しく、かえって福と成る。五行は皆この例に照らして推す。

凡水命人有寅午戌,或納音火,更行寅午戌運,皆為好運,五行準此推之。凡水命四柱,有金,有火,固是為福,若行水運,則分擘其福,即為不好之運,他準此。凡水命四柱,多土,卻行木運,然則有救,多主辛苦,歇滅,名曰損氣,謂之駁雜,他皆彷此。

およそ水命の人で四柱に寅午戌の火局あり、あるいは納音が火に属し、さらに寅午戌の運を行けば、皆好運と算定す。財がその地を得るからである。其余の五行はこれに照らして類推す。およそ水命で四柱の中にすでに金ありまた火あるは、もとより福であるが、もしさらに水運を行けば、この福分を分け去り、かえって不好の運と成る。其余はこれに照らして類推す。およそ水命で四柱の土の多い者が、かえって木運を行けば、木は土を剋することができるとはいえ、救ありというも、多くは辛苦労碌・時に興り時に滅することを主る。これを「損気」といい、すなわちいわゆる駁雑不純で、其余は皆この道理に彷倣う。

凡丁丑人行丁未運,名曰將凡入聖,以假為真,不以退神論。四柱有丁丑丁未者,不在此限。凡甲申人行丙寅運,名曰力停,相沖主破財爭競、屈伸不辨。丙戌人行辛卯運,主鈍滯,只宜武人。丙子人行壬寅運,壬入寅家,破其財,不好也。戊寅人行丁丑運,雖是退神,卻有濟化為福。庚辰人或庚辰月,行乙酉運,乙酉人或乙酉月行庚辰運,名曰鴛鴦刃,大好,須發跡。但重迭者,不佳。乙庚辰酉年月日時者,大凶。

およそ丁丑年生まれの人が丁未運を行くは、これを「将凡入聖」といい、仮のものを真に変えることができ、退神には論じない。四柱の中にもとより丁丑・丁未の両柱ある者は、この例に在らず。およそ甲申年生まれの人が丙寅運を行くは、これを「力停」といい、寅申相冲して、破財争訟・進退両難を主る。丙戌年生まれの人が辛卯運を行くは、遅鈍滞塞を主り、ただ武を習う人に宜しいのみ。丙子年生まれの人が壬寅運を行くは、壬水が寅木の家に闖入し、その財を破り、好からず。戊寅年生まれの人が丁丑運を行くは、退神に属するといえども、別に調済転化あって福と成る。庚辰年生まれの人あるいは庚辰月に生まれ、乙酉運を行き、乙酉年生まれの人あるいは乙酉月に生まれ、庚辰運を行くは、これを「鴛鴦刃」といい、大いに吉利で、必ず発迹す。ただし重複迭見すれば、かえって佳ならず。もし乙・庚・辰・酉が年・月・日・時の四柱の上に斉集すれば、則ち大凶である。

凡行運有逆行換甲入癸者,有順行換癸入甲者,名曰換甲運。古語云:傷寒換陽,行運換甲,換得過是人,換不過是鬼。老人大忌之,後生差慢。(並廣信集)

およそ行運に逆行して甲より癸に換入する者有り、順行して癸より甲に換入する者有り、皆これを「換甲運」という。古語にいう:傷寒病に害るには換陽のこの一関を過ぎるを要し、大運を行くには換甲のこの一関を過ぎるを要す。換え過ぐる者はなお人、換え過ぎざる者は便ち鬼と成る。老年人は最もそれを忌諱し、年軽人の受害は稍々軽し。以上はともに《広信集》に見える。

運到換甲為災運,皆以生年太歲納音推之,生金畏死火,生火畏死水,生水畏死土,生土畏死木,生木畏死金,經歷長生,謂之生實。在死墓謂之死假。如納音是木,木為身,運過癸亥長生處,交到甲子金,是換甲逢死鬼也。謂金死在子,墓在丑,故一金皆為死鬼也,其人必死。餘準此。若命合貴而未貴,合有厚祿而未受,幼年或少年經換甲者,可以過也。只多病患孝服。(三命提要)

運が換甲の処に走り着けば便ち災運と成り、皆生年太歳の納音をもって推す。活金は死火を怕れ、活火は死水を怕れ、活水は死土を怕れ、活土は死木を怕れ、活木は死金を怕る。およそ長生の地を経過した者を「生実」といい、死地墓地に停まる者を「死仮」という。たとえば本命の納音が木に属し、木をもって身とし、大運が癸亥という木の長生の処を経過して甲子に交換すれば、甲子の納音は金に属し、これが換甲して死鬼に遇うこと——金は子に死し丑に墓するゆえ、この一路の金は皆死鬼と算定し、この人は必ず死す。其余はこれに照らして類推す。もし命は貴なるべきがまだ顕貴せず、厚禄を享くべきがまだ禄を受けず、あるいは幼年・少年の時に換甲を経過すれば、それはなお熬り過ぐることができ、ただ病痛と孝服の事多きのみ。この説は《三命提要》に出る。

凡換甲者,謂六甲旬中,至換甲處,被納音所克,換甲無氣也。假令甲子金人,二月建丁卯,是金胎處生,男命順行,大運經巳為金長生,此人大運到酉戌即死,緣甲子至癸酉,是十干氣止處,換得甲午納音屬火,到酉為死,到戌為墓,所謂生金畏死火,此為換甲無氣也。

いわゆる換甲とは、六甲一旬の中において、換甲のあの一歩に行き着き、また納音に剋され、ここに換甲の処に毫も生気なし。例を挙げて言えば、甲子年生まれの人は納音が金に属し、二月の月建は丁卯で、まさに金の胎地にして生を受く。男命順行すれば、大運は巳位を経過し、あれは金の長生の地である。この人の大運が酉・戌に走り着けば便ち死を要す。甲子より数えて癸酉に至るは、まさに十干の気の終止する処で、続いて甲午に換入す。甲午の納音は火に属し、火は酉に到りて死、戌に到りて墓、まさに「活金は死火を怕る」のあの句に応え、これが換甲にして気なしである。

凡納音不經長生至換甲處,納音不在死墓,即不為換甲也。假令丁卯人,正月中氣日生,作五歲氣運算,正月建壬寅,男命逆行即平生不換甲也。緣逆行過去之月,謂五歲以前在壬寅,七十五歲大運方到甲午,納音已屬金,故不為換甲也。換甲所畏者,謂生金畏死火,生火畏死水,生水畏死土,生土畏死木,生木畏死金,生金生火,生火旺生水,生水旺生土,生土旺生木,生木旺生金。凡五行曾經歷長生處,即為之生,五行在死墓處,即謂之死。(三命鈐)

これに反して、もし納音がまだ長生を経過せずして換甲の処に走り着き、しかもこの一歩の納音もまた死地墓地に在らざれば、それは換甲と算定しない。例を挙げて言えば、丁卯年生まれの人が正月中気のあの日に生まれ、五歳起運により計算すれば、正月の月建は壬寅、男命逆行すれば、それは一生換甲に碰上しない。逆行は過去の月份に向かって数えるゆえ、五歳以前は壬寅に在り、一直に七十五歳に至るまで大運ははじめて甲午に走り着き、あの時の納音はすでに金に属するゆえ、換甲と算定しない。換甲の怕るる所は、すなわち活金は死火を怕れ、活火は死水を怕れ、活水は死土を怕れ、活土は死木を怕れ、活木は死金を怕る。しかして活金は火を生ずることができ、活火旺は水を生ずることができ、活水旺は土を生ずることができ、活土旺は木を生ずることができ、活木旺は金を生ずることができる。およそ五行がかつて長生の処を走り過ぎた者を「生」といい、死地墓地に停まる者を「死」という。この説は《三命鈐》に出る。

大運到換甲宮,看祿馬旺,三財有氣者,不必懷疑,若祿三才見死夾魁罡,或太歲正臨或對照或居刑害位上者,其人灼然殂矣。(金書命訣)

大運が換甲の宮に走り着けば、まず禄神と駅馬が旺なるか否か、三処の財星に気あるか否かを見る。もし皆気あれば、疑慮するに及ばず。倘若禄と禄・命・身の三才が死地に落ち、また「魁罡」に挟まれ、あるいは太歳がまさにその上に圧し、あるいは対宮より照し来たり、あるいは刑害の位に落ちれば、あの人は明らかに死せんとする。この説は《金書命訣》に出る。

凡行運有見空亡而發者,蓋水流溼、火就燥之道也。每見甲申、丁酉、壬辰、癸巳人於午未運上,大獲財。丙子人於丙申、丁酉運亦然。如癸巳人,行庚申運,乃望空運也。十有九發,大宜醫卜九流之人,白手起家,卻欲出時,忌見併死,是不得到實地也。金水火人同土木不佳。又云:行運在空亡中,欲出未出之時,忌見太歲(刑沖併害),九死一生,見惡殺亦然。火命尤緊。(廣信集)

行運にもまた空亡を見てかえって発達する者有り、これはすなわち水は湿処に流れ、火は乾処に焼く、各々その類に従うの道理である。常に甲申・丁酉・壬辰・癸巳のこれら数種の人が午運・未運の上で大いに銭財を獲るを見、丙子年生まれの人の丙申・丁酉運の上もまたこのごとし。またたとえば癸巳年生まれの人が庚申運を行く、あれを「望空運」といい、十個の中に九個は発を要し、殊に行医・占卜等の九流の人が白手起家するに宜しい。ただ将に空亡を走出せんとするとき、最も死気との重併を見るを忌み、それは実地に落ち着かない。金命・水命・火命の人と土命・木命の人は同論すれば佳ならず。書中にまたいう:行運まさに空亡の中に在り、将に出でんとして未だ出でざるの際、太歳の前に来たりて刑・冲・併・害するを見るを忌み、それは九死一生である。悪煞を見るもまた同じく、火命の人は殊に吃緊である。この説は《広信集》に出る。

運到空亡上者,蓋陽運先到陽空亡,陰運先到陰空亡,假如陽運順行到陽空亡上,逢祿馬貴神同位者,卻為亨運使也。不逢祿馬貴神者,為災運。在本祿上建庫,華蓋之位,有災有福。在四忌位上有災。若運上帶祿鬼,或下帶身鬼,決有喪服哭泣,或主責罰停替之災,或運上有二鬼,雖在貴位上,亦有喪服哭泣之災。

運が空亡の上に走り着くに、おおむね陽運は先に陽空亡に碰到し、陰運は先に陰空亡に碰到す。假如陽運順行して陽空亡の上に走り着き、また禄神・駅馬・貴神の同一位に逢えば、かえって亨通の運である。もし禄馬貴神に逢わざれば、それは災運である。空亡がもし本禄の上に落ち、あるいは建庫と華蓋の位に落ちれば、災ありまた福あり。もし四忌の位に落ちれば、災あり。倘若運の上頭に禄を剋する鬼を帯び、あるいは下頭に身を剋する鬼を帯びれば、必ず喪服哭泣の事あり、あるいは責罰を受け停職替換の災を主る。あるいは運の上に两重の鬼を聚めば、たとえ身は貴位に在るとも、照様に喪服哭泣の災あり。

若交到陰空亡,如祿與身漸向亨,則災輕。若在本祿貴位,又帶正官正印正天乙者,便為好運。若是在四忌上帶正官、正印、正天乙者,先凶而後吉。假如陰運逆行,先到陰空亡,逢祿馬貴神者,卻為好運,使不逢祿馬貴神,卻為災運。在於本祿貴位之上,則災輕。在四忌上則災重,若運上帶祿貴,下帶身鬼,決有喪服器泣或責罰停替之災。若上下有鬼,雖在貴位上,亦有喪服哭泣之災。

もし続いて陰空亡に交入し、しかして禄と身がまさに漸々亨通に転じ向かえば、あの災は便ち軽し。もし空亡が本禄と貴人の位に落ち、また正官・正印・正天乙を帯びれば、便ち好運と成る。もし四忌の上に落ちてしかも正官・正印・正天乙を帯びれば、則ち先に凶にして後に吉。これに反して、陰運逆行して先に陰空亡に碰到し、禄馬貴神に逢上すれば便ち好運、禄馬貴神に逢わざれば便ち災運。本禄貴位の上に落ちれば災は便ち軽し、四忌の上に落ちれば災は便ち重し。倘若運の上頭に禄と貴を帯び、下頭にかえって身を剋する鬼を帯びれば、必ず喪服哭泣あり、あるいは責罰を受け・停職替換の災あり。もし上下ともに鬼あれば、たとえ身は貴位に在るとも、照様に喪服哭泣の災あり。

若到陽空亡,祿與身漸向榮,則災輕。若在本祿貴位上,又帶正官、正印、正天乙者,即為好運,若在四忌上帶正官、正印、正天乙者,先吉而後凶。大抵運到陰陽二空亡,便值身祿、忌神或是克身祿或兩凶殺在運下,此人必死,又大凡空亡運祿馬運合上命合貴者,到此上當進職也。(三命提要)

もし続いて陽空亡に交到し、しかして禄と身がまさに漸々栄顕に転じ向かえば、災もまた軽し。もし本禄貴位の上に落ち、また正官・正印・正天乙を帯びれば、便ち好運。もし四忌の上に落ちてしかも正官・正印・正天乙を帯びれば、則ち先に吉にして後に凶。大体に言えば、運が陰陽两重の空亡に走り着き、恰好また身と禄の忌神に撞上し、あるいは身を剋し禄を剋する物あり、あるいは两重の凶煞が運の下に圧しあれば、この人は必ず死す。ただし大凡空亡の運・禄馬の運は、もしまさに本命と相合し、貴神と相合する人ならば、ここに走り着いてかえって昇官進職すべきである。この説は《三命提要》に出る。

凡甲申人行運至己亥上,多不好,官員多退閒,庶人失財,蓋是陰陽窮變之地。如小雪後眾鳥成群,以雜雌雄,小滿後【?】麂相溷,不識子母,此理不可不詳。凡行運至命後一辰,名破宅殺,主破財散失人口事。凡行運在生旺之地,怕見刑中有克戰,如此者或死。凡大運到祿馬死敗及財命死敗之地,被太歲刑沖併迭,功忌見天鬼、截路殺,定主哭聲。(並廣信集)

およそ甲申年生まれの人が行運して己亥に到るは、多くは好からず。官を為す者は常に罷黜閑置され、百姓は則ち破財を要す。あれは陰陽窮尽転変の地であるからである。小雪の後に群鳥は群を成し、雌雄混雑して辨え難きがごとく。小満の後に麂鹿あい混じり、母子をも認め出でざるがごとく——この一层の道理は詳察せざるべからず。およそ行運が本命の後一位に走り着くを「破宅殺」といい、破財と人口失散の事を主る。およそ行運は生旺の地に在るといえども、また刑の中に剋戦を挟むを怕れ、この種の情形に遇えば時に死する有り。およそ大運が禄馬の死敗の地および財と命の死敗の地に走り着き、また太歳に刑冲重併され、殊に天鬼と截路殺を見るを忌諱し、それは必ず哭声あるを要す。以上はともに《広信集》に見える。

時運逢馬,吉凶馬上,一吉呼而諸吉會,一凶馳而眾凶符。運到馬上,即看馬上吉凶,馬主動,必須細取三元四柱而論,不可獨以馬為吉,而不言凶也。趙氏新注,珞琭子云:運至祿馬為福,若帶刑剋亦能為災。

経文にいう:時と運が駅馬に遇えば、吉凶は便ち皆この匹の馬に係る。一つの吉神が一召喚すれば、衆吉は便ち聚まり会して来る。一つの凶煞が一奔馳すれば、衆凶もまた声に応えて相随う。注の解釈:運が駅馬の上に走り着けば、駅馬そのものの吉凶を見なければならない。馬は変動を主り、必ず細々と三元と四柱を参酌して論じ、ただ馬を吉として口を閉じて凶を談ぜざるべからず。趙氏は《珞琭子》新注の中にいう:運行して禄馬に到るは福と為す。もし刑剋を帯びれば、同じく災を成すことができる。

運行伏、返,災福各端。伏,守也,逢合則動。返,動也,逢合則靜。先分君子小人之主本,次看運中吉凶通變。趙氏新注,珞琭子云:運至伏吟、返吟為凶,或帶祿馬、食神、三財,亦能為福。

経文にいう:運が「伏吟」と「返吟」に行き着けば、災と福は各々その頭緒あり。注の解釈:伏は静守で、合に遇えば転じて動と為る。返は変動で、合に遇えばかえって静に転ず。まずこの人が君子か小人か、主と本が各々何の位に居るかを分け清め、再び運中の吉凶がいかに通変するかを見る。趙氏は《珞琭子》新注の中にいう:運行して伏吟・返吟に到るはもとより凶と為す。もし禄馬・食神と三処の財星を帯びれば、また転じて福と為ることができる。

【天官殺】

三元到中庸之地,見貴逢合,或只有貴而無合,或有合而無貴,四柱相生,凡得此限,君子將榮,庶人護安,百事吉。

禄・命・身の三元が皆不偏不倚の平和の地に行き着き、既に貴人を見また相合に逢う。あるいは貴人あるのみで相合なく、あるいは相合あるのみで貴人なく、しかして四柱の間がまた彼此相生する。およそこの一限に走り着けば、官を為す者は栄顕を得る将にあり、百姓もまた平安を保つことができ、百事皆吉。

【得勢限】

三元俱到旺相地,四柱相承貴。

禄・命・身の三元が一齐に旺相の地に行き着き、四柱がまた層層相承してあい犯さざれば、この一限は最も勢いを得、貴顕を主る。

【亀蔵限】

祿金入土乾下,命金入土支下,身金入土納音下者,則享暮年之優遊,不利君子,利小人。蓋子弱母勝也。

金をもって禄とする人は、金が土の天干の下に伏す。金をもって命とする人は、金が土の地支の下に伏す。金をもって身とする人は、金が土の納音の下に伏す——烏亀が殻の裏に縮み進み出でず蔵するがごとく、このような人は晩年の悠閑自得を享くることができる。この限は位に在る君子に利あらず、かえって平常小民に利あり。これは子気が衰弱にして母気が偏勝するの故である。

【波浪限】

金人到亥子歲運是也,木人在此大厄,飄泛如舟。

金命の人は流年と大運が亥・子の水地に走り着けば、すなわちこの一限である。木命の人はここにおいて更に大難で、一生漂泊して定まらず、小船が波浪の裏で顛簸するがごとし。

【風雨限】

運到三元衰絕處,氣運小運又為祿鬼,故吉凶來去,迅若風雨。

大運が禄・命・身の三元の衰絶の処に走り着き、しかして当年の気運と小運がまたまさに禄を剋する鬼煞なれば、ゆえに吉凶は来るのも去るのも速く、一陣の風雨のごとく急なり。

【布素限】

行運到身旺相,支干死絕是也。若太歲小運扶助,雖入災運,十年之間,亦有五年之吉,不致凶甚,故名布素限,或分前後五年,前吉則後凶,後吉則前凶。

行運が自身の旺相の地に走り着き、しかして干支が死絶に処すれば、すなわちこの一限である。もし太歳と小運がなお扶助する能ければ、たとえ災運に踏み入るとも、この十年の中に五年は吉あり、凶にして甚だしきに至らず。ゆえに「布素限」という。粗布素衣を穿ち、清苦にして大禍なきを意味す。この一限は往々にして前後五年各々半ば:前五年吉なれば、後五年は便ち凶。後五年吉なれば、前五年は便ち凶。

【失所限】

三元俱值鬼,二運見三刑,併沖,四柱主本與行年不相承,作黃泉失所之人也。

禄・命・身の三元が一齐に鬼煞に撞上し、大運小運にまた三刑を見て相冲を併せ、四柱の中の主と本がなお流年と気を接ぐる得ざれば——このような人は便ち魂は黄泉に帰し、死して帰宿なき人と為らんとす。

【破碎限】

此非死限,只是主破資財,運氣沐浴,更逢真鬼,如甲衰而有庚之類。

この一限は死を主らず、ただ資財の破耗を主るのみ。運気まさに沐浴の地に落ち、また真の鬼煞に碰上す。たとえば甲木すでに衰えて命の中に偏偏として庚金来たりて剋するのこの類。

災位限

運到伏吟上,逢喪吊、白衣、飛廉、孤寡、歲刑剋身者,定主災厄。凡得此限,不利親戚,主有喪服。(並鬼谷遺文)

大運が伏吟の上に走り着き、また喪門・吊客・白衣・飛廉・孤辰寡宿、および太歳の刑が来たりて身を剋するに逢えば、必ず災厄を主る。およそこの一限に走り着けば、親属に対して不利、家中に喪事孝服あることを主る。以上はともに《鬼谷遺文》に見える。

凡大運到歲干祿馬同位,生馬同位,祿長生處,長生臨官旺庫,驛馬貴神,貴窠,以上十位,皆為大亨之運。運上更帶正官、正印,尤吉。若在空亡運上,則減其福力。惟祿馬生馬同位,則不減。若一位帶兩凶殺以上,亦有災,克身災重。運行到祿合命、六合,更帶六神干,亦為亨運。陽運到冠帶,陰運到衰位,皆為向亨之運。運到祿馬同位為福,亦有輕重。假如寅午戌,庚人祿馬在申,庚寅人本命雖沖著祿馬,運到尤為大亨。若生月日時重迭在寅申上,則是迭相刑沖運,有大災。若生月日時在申上,則祿馬刑破本命,運到亦當災。申子辰甲人,祿馬在寅,甲申人本命巳刑著祿馬,運到亦有小災。若更生月時在寅申上,是迭相刑沖,運到主有大災,刑又重於沖也。

およそ大運が太歳天干の禄馬と同じ位に在る処、生馬と同じ位に在る処に走り着き、あるいは禄の長生の処・長生・臨官・帝旺・墓庫、および駅馬・貴神・貴窠に走り着く——以上のこの十個の位置は、皆大いに亨通する運である。運の上にさらに正官・正印を帯びれば、更に吉。もしこの一歩が空亡運の上に落ちれば、福力は便ち折扣を打ち、ただ禄馬と生馬の同位のみ減らず。もし一つの位置に两個以上の凶煞を帯びれば、また災あるを要し、その中で身を剋する災が最も重し。行運が禄と相合し・命と相合し・六合と相応する処に走り着き、さらに六神の属する天干を帯びれば、同じく亨運である。陽運が冠帯に走り着き、陰運が衰位に走り着くは、皆亨通に趨向する運と算定す。運が禄馬同位に到るは固より福と為すが、その中にも軽重の別あり。たとえば寅午戌局の中で、庚日の人は禄馬は申にあり、庚寅年生まれの人は本命は禄馬と相冲するといえども、運が申の上に到ればかえって大いに亨通す。しかしもし生月・生日・生時がまた重迭して寅申の両支の上に圧せば、それは迭相刑冲の運で、大災あるを要す。もし生月日時が皆申の上に在れば、則ち禄馬はかえって本命を刑破し、運があそこに到ればまさに災あるべし。またたとえば申子辰局の中で、甲日の人は禄馬は寅にあり、甲申年生まれの人は本命巳が禄馬を刑しており、運が到ればまた小災あり。もし生月生時がまた寅申の上に落ち、迭相刑冲を形成せば、運が到れば便ち大災を主り、しかして刑の分量はまた冲より重し。

運到祿庫者,主不次陞進之福,若根本合貴,而未貴,中年運到庫上,則驟發,一旺十年,交入前後運,則死,為祿死在庫前,絕在庫後。若已貴之人,晚年運到庫上者,再居輔弼,或始登大位,過半運以後,便為墓使決死於庫中也。中年之人陰陽二運,經庫前後者,以災滯言,若陰祿先到絕上,逢驛馬貴人同位,即為好運,若少年到庫者,乃登第改官之運也。運到空亡庫者,少年之人亦為登第改官之運,若官祿享足,晚年遇到者,必死。若有壽而不死,必有重災。

運が禄庫の上に走り着くは、破格提拔・越級升遷の福を主る。もし根基はもとより顕貴なるべきがまだ顕貴せざれば、中年に運が庫の上に到れば便ち骤然発達し、一旺すれば十年である。しかしいったん前の一歩あるいは後の一歩の運に交入すれば、便ち死を要す。禄は庫前に死し、庫後に絶するからである。もしすでに顕貴の人が晩年に運が庫の上に到れば、あるいは再度輔弼重臣に出任し、あるいは才剛く高位に登上するが、しかしこの運の一半を過ぎた以後、庫は便ち墓と変じ、多くは庫中に決死す。中年の人の陰陽両運が庫の前後を経過するは、ただ災厄滞碍をもって論ずるのみ。もし陰禄が先に絶地に走り着き、かえって駅馬・貴人の同一位に逢えば、あれはかえって好運である。少年時に庫の上に走り着く者は、則ち登科及第・官階改換の運である。空亡の庫に走り着く者は、少年人も同じく登第改官の運であるが、しかしもし官禄すでに早く享足し、晩年に至りてはじめて遇えば、必ず死を要す。たとえ命長く死せずとも、必ず重災あり。

余嘗問行運於道士康子祥,子祥引寶元玉統經說:大運到生月生日生時六合位上,皆主不次升遷,驟登顯位。餘雖不曾見其書,合以貴人之命,使之有驗,運到貴神上,古人皆以為亨通,若甲戌庚到丑未,乙巳到子申,可為亨運,亦不可以一例斷為有福,須看凶殺、空亡定其災福也。若丙丁人運到酉亥,壬癸人運到卯巳,皆先福而後災。

私はかつて道士康子祥に行運の法を請教した。子祥は《宝元玉統経》を引いていう:大運が生月・生日・生時と相六合する位置に走り着けば、皆越級升遷・骤然顕位に登上することを主る。私はあの部の書を見たことはないが、貴人の命をもって検証すれば、かえって応験した。運が貴神の上に走り着くを、古人は皆亨通と為した。たとえば甲・戊・庚の三干の人が丑・未に走り着き、乙・巳の人が子・申に走り着くは、皆亨運と算定できる。ただし一概に福ありと断ずることもできず、さらに凶煞と空亡がいかんかを見て、はじめてその災福を定めることができる。丙・丁の人が運して酉・亥に到り、壬・癸の人が運して卯・巳に到るに至っては、あれは皆先に福を得て後に災を招く。

餘歷考丙丁貴人,少年運到酉亥者,決有喪服,或責罰之災。晚年運到而死者,十有六七,以丙丁二火,死於酉,絕於亥。丁人到亥,有暗合者,災輕,壬癸貴人,少年運到卯巳者,決有喪服,或責罰之災。晚年運到而死者,十有六七,以壬癸二水,死於卯,絕於巳,癸人到巳,有暗合者,差輕。

私は逐一に丙丁貴人を帯びる命を考察した:少年時に運が酉・亥に到った者は、必ず喪服の痛みあるいは責罰を受ける災あり。晩年に運があそこに到りて死した者は、十個の中に六七個ある。これは丙丁の両火が酉に死し亥に絶するためである。その中で丁日の人が亥に走り着くは、丁と壬が暗合するゆえ、災は軽めである。壬癸貴人を帯びる命もまた同じ:少年時に運が卯・巳に到った者は、必ず喪服あるいは責罰の災あり。晩年に運があそこに到りて死した者も、また十個の中に六七個ある。これは壬癸の両水が卯に死し巳に絶するためである。その中で癸日の人が巳に走り着くは、戊癸が暗合するゆえ、災もまた稍々軽し。

凡大運行到祿乾死絕病敗上,為大凶之運,行到伏吟、反吟、空亡、三刑、六害、凶殺驟處,及祿逢鬼,皆為凶運。(太歲行運,行到主一年凶)若病絕運上逢驛馬,或馬合者,始為福,而終為災。若到死敗及伏吟、反吟,上帶正官、正印,正天乙者,亦始為福,而終為災。餘歷觀貴人之運,死於死絕病敗者,十有六七,死於伏吟、反吟、空亡、刑害之運者,十有五六,死於三凶殺或二凶殺聚處者,十有三四也。

およそ大運が禄干の死・絶・病・敗の地に走り着くは、大凶の運である。伏吟・反吟・空亡・三刑・六害および凶煞聚集の処に走り着き、また禄神が鬼に遇うは、皆凶運に属す。原注:太歳行運がこれらの処に走り着けば、あの年の凶を主る。もし病絶の運の上に駅馬に逢着し、あるいは馬と相合すれば、あれは開頭は福を為し終了は災と成る。もし死敗および伏吟・反吟の地に走り着き、上頭に正官・正印・正天乙を帯びれば、同じく開頭は福を為し終了は災と成る。私は従来貴人の運程を観察するに:死絶病敗の運に死した者は、十個の中に六七個。伏吟・反吟・空亡・刑害の運に死した者は、十個の中に五六個。三重凶煞あるいは两重凶煞聚集の処に死した者は、十個の中に三四個ある。

此謂祿在無氣處者,如運到伏吟、反吟上,主有喪服、哭泣之災。古人云:伏吟反吟,悲哭淋淋。若大運小運相沖,或太歲壓運,或太歲小運亦到凶處,此為災發之年也,災大則父母亡,災小則陰人小口之哭。若伏吟、反吟運到祿馬建合,生庫旺相位上,於祿則利,於家則有小災。若晚年福衰祿謝,到此運,又是祿命凶位,必死也(並三命提要)

以上の説は皆禄が無気の処に落ちる情形である。運が伏吟・反吟の上に走り着くがごときは、便ち喪服哭泣の災あるを主り、古人にいう:伏吟反吟、悲哭淋淋。もしさらに大運と小運の相冲に碰上し、あるいは太歳が大運を圧し、あるいは太歳と小運もまた一齐に凶処に走り着けば、あの年は便ち災禍爆発の年である。災大なれば父母亡故し、災小さくとも婦人幼小の哭声あり。もし伏吟・反吟の運が恰好禄馬・建禄相合および生地・庫地・旺相の位の上に落ちれば、禄位に対してかえって利あり、ただ家中に小災あるのみ。もし晩年に到り福気すでに衰え禄気すでに謝し、またこのような運に走り着き、しかもまさに禄命の凶位なれば、則ち必ず死す。以上はともに《三命提要》に見える。

大凡運如或相沖交併,不犯太歲、官符、破軍、七殺、年禁三殺、本命元辰、天羅地網、三丘男未申、女丑寅五墓男丑寅、女申未、八字金書以丑為三丘,未為五墓及諸殺刑害,即不為害。大凡君子不刑不發用,值吉宿即為福也。如二運交併相沖,犯諸刑殺、空亡、死絕之類,必主憂厄。(三命纂要)

大体に言えば、行運はたとえ彼此相冲し・交併すとも、ただ太歳・官符・破軍・七殺・年禁三殺・本命元辰・天羅地網、および三丘・五墓——三丘は男は未申を取り女は丑寅を取り、五墓は男は丑寅を取り女は申未を取り、しかして《八字金書》は丑をもって三丘とし未をもって五墓とす——と其余の種種凶煞刑害を触犯しなければ、害を成すことなし。大凡品位ある君子は、刑剋を経ずしてかえって発起することができず、ただ吉星に遇えば、刑冲もまた福に転ずることができる。これに反して、もし大小二運が交併相冲し、また諸般の刑煞・空亡・死絶の類を触犯せば、則ち必ず憂愁厄難である。この説は《三命纂要》に出る。

凡根基元少金者,行運須借金土而旺,元少水者,行運借水金則旺,根基金太過者,金土運必滯,木太盛者,水木運必滯,如丙申年,丙申月,乙時日,壬午時,此命火盛,行運到寅巳午,必災滯,至火無氣處,卻喜兆,餘皆此(天元變化書)古書云:凡大運若四柱元少金者,運值金必旺,元少水者,運值水必旺,元盛而運入盛者,水必泛,木必塞,金必折,火必燥,土必滯。

およそ命の根基にもとより金を缺く人は、行運は金と土を借りてはじめて旺に転ずることができる。もとより水を缺く人は、行運は水と金を借りてはじめて旺に転ずることができる。これに反して、根基の上に金すでに太過の者は、再び金土の運を行けば必ず滞塞す。木すでに太盛の者は、再び水木の運を行くも必ず滞塞す。たとえば丙申年・丙申月・乙日・壬午時のこの一造は、命の中に火気偏盛で、行運して寅・巳・午に到れば必ず災厄滞碍あり。火気の依るところなき処に走り着くを待って、かえって好兆頭である。其余は皆この道理に照らす。この説は《天元変化書》に出る。古書の上にもいう:およそ大運を看るに、四柱にもとより金を缺く者は、運が金に値すれば便ち旺む。もとより水を缺く者は、運が水に値すれば便ち旺む。もとより已に盛んにして運がまた盛地に入る者は、水は泛濫し、木は壅塞し、金は折断し、火は燥烈し、土は板結して通ぜず。

運入天羅地網者,常以戌亥為天羅,辰巳為地網,若男行年至天羅,則有官符、訴訟、刑獄牽纏,女行年至地網,則有口舌、沉痾、縈仍疾病。假令男二十一歲歷丙戌,二十二歲歷丁亥,此名運入天羅。女年二十八歲歷乙巳,二十九歲歷甲辰,此名運入地網,餘準此。

いわゆる運が「天羅地網」に入るとは、通常は戌・亥の両支をもって天羅とし、辰・巳の両支をもって地網とす。男子は流年が天羅に行けば、官府文書・訴訟・刑獄の類の牽纏あり。女子は流年が地網に行けば、口舌是非と纏綿して癒え難き沉重の病痛あり。例を挙げて言えば、男子は二十一歳に丙戌を行き、二十二歳に丁亥を行けば、これを運の天羅に入るという。女子は二十八歳に乙巳を行き、二十九歳に甲辰を行けば、これを運の地網に入るという。其余はこれに照らして類推す。

運入大小耗者,常以太歲前五辰為大耗,六辰為小耗,諸書皆以太歲前五辰為大耗,六辰為小耗,獨三命指掌與此說同主諸事喪敗,無所成實,行年遇之亦然,假令子年生人,以巳為大耗,午為小耗,若入巳午上,為入大小耗,主諸事耗散。

いわゆる運が「大耗」「小耗」に入るとは、通常は太歳より前へ第五位を数えて大耗とし、第六位を小耗とす。各家の書は皆太歳前の五位をもって大耗とし六位をもって小耗とし、ただ《三命指掌》のみこの説法と相同じく、皆諸事喪敗・一成する所なきを主り、流年に遇上するもまた同じ。例を挙げて言えば、子年生まれの人は巳をもって大耗とし午をもって小耗とし、行運がもし巳・午の両支に踏み入れば、便ち大小耗に入ることで、諸事耗散を主る。

十不過一者,蓋取本命干被大運刑剋也,謂甲乙人忌庚辛,庚辛人忌丙丁之類,若更值祿命衰敗,財又無氣,不十過一也。假令丁亥人忌壬癸,丁壬之年,正月建壬寅,二月建癸卯,若是男逆行,不能過癸卯也。蓋以祿屬火,火到卯上敗,命屬水,身屬土,水土到卯上皆死,又丁人以金為祿財,金至卯上受胎,微有氣,不能救援,亥人以火為命財,火至卯上敗,此為大厄也。(並三命鈐)

いわゆる「十不過一」とは、本命天干が大運に刑剋されるを取って言う。甲乙の人は庚辛を忌み、庚辛の人は丙丁を忌むのこの類。もしさらに禄命衰敗・財星また無気に碰上せば、則ち十個の中に一個を過ぐる能わず。例を挙げて言えば、丁亥年生まれの人は壬癸を忌み、丁年・壬年に逢えば、正月の月建は壬寅・二月の月建は癸卯。もし男命逆行なれば、癸卯のこの一歩を過ぐることができない。その禄は火に属し、火は卯の上に到りて敗地。命は水に属し身は土に属し、水と土は卯の上に到りて皆死地。また丁日の人は金をもって禄財とし、金は卯の上に到りてただ受胎のみ、微かに一点の気あり、救援は上がらず。亥年の人は火をもって命財とし、火は卯の上に到りても敗——ゆえにこれは一場の大厄である。以上はともに《三命鈐》に見える。

凡行運到羊刄上,主財物聚散(寸珠尺壁)凡行運分上下五年,今運吉,而後運凶,則下五年福淺,今運凶,而後運吉,則下五年凶輕,若凶遇凶,吉遇吉,則吉凶皆重。

およそ行運が「羊刃」の上に走り着くは、財物の忽聚忽散を主る。この説は《寸珠尺璧》に出る。およそ一歩の大運はまた上五年と下五年に分かつ。こちらの一歩が吉であの一歩が凶なれば、則ち下五年の福気は便ち浅し。こちらの一歩が凶であの一歩が吉なれば、則ち下五年の兇険は便ち軽し。もし凶運が凶運に接し吉運が吉運に接せば、則ち吉と凶は皆加倍して深重となる。

論小運

小運者,陰陽生成之數也。陽生於子,至寅三陽成矣。故男一歲順起於丙寅,陰生於午,至申三陰成矣,故女命逆行,一歲起壬申。火至陽之氣,木少陽之氣,丙火寅木,而火生在寅,則丙寅者純陽也,故男子之運均起於丙寅。水至陰之氣,金少陰之氣,壬水申金,而水生在申,則壬申乃純陰也,故女子之運均起於壬申。(閻東叟書)

「小運」の講ずる所は陰陽生成の数である。陽気は子に始生し、寅に到れば便ち三陽斉備す。ゆえに男子は一歳に順じて丙寅より起こる。陰気は午に始生し、申に到れば便ち三陰斉備す。ゆえに女命は逆行し、一歳に壬申より起こる。火は至陽の気、木は少陽の気で、丙は火に属し寅は木に属し、しかして火はまた寅に長生す。ゆえに丙寅は純陽で、男子の小運は一律に丙寅より起こる。水は至陰の気、金は少陰の気で、壬は水に属し申は金に属し、しかして水はまた申に長生す。ゆえに壬申は純陰で、女子の小運は一律に壬申より起こる。この説は《閻東叟書》に出る。

燭神經云:小運名行年,男一歲起丙寅,女一歲起壬申,男順女逆而行,逐太歲交之。三命提要云:小運一年移一位,男子一歲起丙寅,順行依次數向前,六十一歲又自丙寅數起也。婦人一一歲起壬申,逆行依次數向後六十一歲,又自壬申數起也。

《燭神経》にいう:小運はまた「行年」と呼ばれ、男子は一歳に丙寅より起こり、女子は一歳に壬申より起こる。男は順行し女は逆行し、毎年太歳に随って一度交替す。《三命提要》にいう:小運は一年に一位を移動し、男子は一歳に丙寅より起こり、順じて依次に前へ数え、数え満つる六十に至り、六十一歳に到りてまた丙寅より重新に起数す。婦人は一歳に壬申より起こり、逆じて依次に後へ数え、同じく数え満つる六十に至り、六十一歳に到りてまた壬申より重新に起数す。

小運天左地右,陽從於寅,陰從於申,故男一歲起於寅,女一歲起於申,以建元而論,勝負助歲運而依吉凶,小運各以年遁月建五行,而分生克勝負,假令甲子年,男起丙寅,女起壬申類也。小運助大運太歲相依負而為吉凶。

小運の運行は天道左旋・地道右転である。陽は寅の上より起こり、陰は申の上より起こる。ゆえに男子は一歳に寅に起き、女子は一歳に申に起きる。月建元気をもってその勝負を論じ、さらに太歳と大運に配合して吉凶を定出しなければならない。小運は各々年干より起遁して得た月建五行に依り、生と剋・勝と負を分出す。たとえば甲子年は、男命は丙寅に起き女命は壬申に起きるは、すなわちこの類である。小運は大運と太歳を輔助するもので、三者は互いに依倚し勝負し、従って吉凶を定出す。

返、破、刑、孤,凶中有凶,寅申二命,小運不專反吟、沖破、刑孤之位,雖是凶運,其中亦有吉者,寅申二命,伏吟、反吟,不以小運專在太歲之上也。(並鬼谷遺文)

口訣にいう:反吟・冲破・三刑・孤辰は、凶の上に凶を加える。ただし寅・申の両種の本命は、小運は専ら反吟・冲破と刑孤の位を主らず。注の解釈:これらは凶運に属するといえども、その中にも吉に転ずる者あり。寅・申の両種の本命は伏吟・反吟に遇上しても、単に小運を太歳の頭上に圧して一概に論断することはできない。以上はともに《鬼谷遺文》に見える。

第卅四巻

論二運

凡二運見貴人,主少災無撓,主有人引接,進職加官。貴人多,主見君登封。常人生子得財,婦人夫子之喜,僧道利見大人。二運見祿,貴人加冠遷祿。常人得財。二運見驛馬,官員帶職差遣,或宣力四方。常人榮干得財。婦人生男,夫位有喜。僧道征行吉也。二運見華蓋、夾貴,文官遷職清華,武官罷職,常人破財停權,但主無禍。僧道披剃,百事大吉。二運到正印,官人建大功名。常人聚財得權。婦人骨肉之憂,僧道章服、住持。二運見金輿,不以貴賤,主婚姻慶賀,骨肉之喜。婦人百事大吉,僧道干陰貴人。

大運と小運を合わせて「二運」と称す。二運が「貴人」、すなわち天乙貴人の所在する位置に走り着けば、一年の中に災病稀少・阻撓なきを主り、人中より引薦提携する者有り、官を為す者は職を升り官を加えることができる。命の中に貴人の多き者は、さらに君王に面見し封賞に参与するを主る。平民百姓はこの一年に子を生じ丁を添え、財物を得、婦人は則ち丈夫兒女の方面の喜事あり、僧人道士は権貴を拝謁するに宜しい。二運が「禄」位に走り着けば、官を為す者は官を加え爵を晋め俸禄昇遷し、平民は財を得る。二運が「駅馬」位に走り着けば、官員は職を帯びて外派し命を奉じて四方に奔走し、平民は外出経営により財を得、婦人は男子を生み丈夫の一方に喜慶あり、僧道の遠行も吉利である。二運が「華蓋」「夾貴」に走り着けば、文官は清要顕貴の職位に遷升し、武官はかえって免職され、平民は財を破り主事の権を失うが、大禍に至らず。僧道は則ちこの時に剃度受戒するに適し、諸事大吉。二運が「正印」に走り着けば、官を為す者は大功名を建立することができ、平民は財を聚め権を得、婦人はかえって骨肉親人の憂患あり、僧道は紫衣袈裟の賜与あるいは住持に出任を得る。二運が「金輿」に走り着けば、貴賤を論じず、皆婚姻慶賀・骨肉团聚の喜を主り、婦人は諸事大吉、僧道は則ち女性貴人の暗中相助を得ることができる。

凡二運見伏吟、返吟,不以貴賤,主人疾病、破財、離鄉、哭泣之事。惟僧道披剃吉利。二運見喪門、弔客,主死喪哭泣不祥之事,不以貴賤論之。惟僧道大吉,章服權握之喜。二運見劫殺,武官非橫遷職,文官胥吏起訟或致黜責。常人橫事失權散財,婦人損胎,僧道公事不利上人。二運見官符,官人僚友辯舌,上官窘涉督責,常人闘訟,婦人骨肉不和,僧道官事發覺不詳也。

二運が「伏吟」に遇上し、すなわち歳運干支が本命と相同じく、あるいは「返吟」に遇上し、すなわち歳運干支が本命と相冲するは、貴賤を論じず、皆本人が生病・破財・離郷・哭泣の類の事を主る。ただ僧人道士のみこの一年に剃度出家すればかえって吉利。二運が「喪門」「吊客」のこの両個の喪事の神に遇上すれば、死喪哭泣の不祥の事あることを主り、同じく貴賤を分けず一概にこのごとし。ただ僧道が遇上すれば大吉で、法衣の賜贈・寺観権柄の掌握の喜事あり。二運が「劫殺」に遇上すれば、武官は意外変故により職務を調遷され、文官と衙門胥吏は訴訟を招惹し甚だしきは貶責され、平民は横禍に遭い権柄を失い銭財を散じ、婦人は容易に小産し、僧道は則ち公事により上級に得罪す。二運が「官符」に遇上すれば、官を為す者は同僚と口舌争執を発生し、上司もまた来たり責問督察し、平民は官司を打ち、婦人は家中骨肉不和し、僧道は則ち案発の事あり、甚だ吉利ならず。

二運見大耗,官人上司問難,闇昧讒侫難伸。常人破家失財。婦人憂夫泣子,疾病驚恐,甚者死也。僧道還俗罷權。二運見咸池,官人贓濫發覺,不測闇昧,連累。常人酒色,婦人亦然,及損血氣陰撓。僧道疾病還俗,不寧之兆。二運見空亡,官人罷祿,被逐。常人官事破財鈍悶。婦人憂夫子。僧道平和慰快之年。(凡太歲到以上諸殺位,亦依此論之)

二運が「大耗」に遇上すれば、官を為す者は上司に責難され、また暗中の讒言中傷に遭い冤あって申し難し。平民は家を破り業を敗し銭財を損失す。婦人は丈夫のために憂愁し兒女のために哭泣し、併せて疾病惊恐あり、甚だしきは甚だして喪命する。僧道は則ち還俗し執事の権を失う。二運が「咸池」に遇上し、すなわち俗称の桃花殺は、官を為す者は貪贓枉法の事が敗露し、あるいは説明し難き暗昧案件に牽連し、平民は酒色に沉溺し、婦人もまた同じく、さらに血気を損傷し暗に折磨を受く。僧道は則ち生病して還俗し、心神不寧の徴兆である。二運が「空亡」に遇上し、すなわち一旬の中に配すべき天干なきあの両個の地支は、官を為す者は官を丟げ俸を罷められ逐出局にされ、平民は官司を喫し財を破り心情郁悶す。婦人は丈夫兒女のために憂心す。僧道は倒れて平安順遂・称心快意の一年である。およそ流年太歳が上面のこれら凶殺の所在する位置に行き到るも、またこの办法に照らして推断す。

二運到無禮刑,官人民吏起訟,上官誥責,僚屬相侮,不利見君。常人上下不睦,陰小多災。婦人有淫訛發覺。僧道爭權。二運至無恩刑,官人不利薦擧,屬官家宅陰小死亡。常人恩中生害,六親失義。婦人損胎。僧道俗家骨肉服。二運至恃勢刑,官人同僚不和。常人爭打,是非紛冗。婦人不和,僧道平常。凡運至勾絞者,主勾連連累遠方之事。運至二八門者,主動搖猶豫。二八門者,卯酉是也。運至陰陽二路者,子午是也,主多迍蹇,諸事隔絕。運至當生胎月上者,主有祖宗舊事動搖也。(並燭神經)

二運が「無礼刑」、すなわち子卯相刑に走り着けば、官を為す者は百姓小吏に告発され訟を興され、上級は文を下し申斥し、僚属もまた来たり欺侮す。君王に進見するに宜しからず。平民は則ち上下和睦せず、婦女幼儿は多く災あり。婦人は淫乱醜聞の敗露あり。僧道の間は権位を争奪す。二運が「無恩刑」、すなわち寅巳申の三支相刑に走り着けば、官を為す者は人に挙薦されるに利あらず、下屬と家中の婦孺に死亡あり。平民は恩を受けた処にかえって禍害を生じ、六亲の間は情義を失う。婦人は小産す。僧道は則ち俗家親属のために喪服を服さねばならない。二運が「恃勢刑」、すなわち丑戌未の三支相刑に走り着けば、官を為す者は同僚と不和し、平民は争闘打架し是非紛擾し、婦人は家中不和し、僧道は則ち平平常常である。およそ運が「勾絞」に走り着けば、遠方の事端に牽連され入るを主る。運が「二八門」に走り着けば、心思動揺・猶豫不決を主る。いわゆる二八門とは、すなわち卯・酉の両支である。運が「陰陽二路」、すなわち子・午の両支に走り着けば、諸多の困頓・事事阻隔不通を主る。運が本人の受胎したあの月の月建の上に走り着けば、祖上遺留の旧事の重新翻動を主る。以上は皆《燭神経》に出る。

三命鈐云:運到二八門者,大吏主遷擢,小吏多譴責,庶人不寧其居。運入陰陽二路者,主多遁悶厄塞,諸事隔絕,未泰之象。予甞得之隱者曰:凡命以日時為根本,大運為扶持,小運為發用。豈非以生日生時遇兩吉位則貴,遇兩凶位則賤也。古人云:年不如月,月不如日,日不如時,合貴者,須由大運扶持而至貴也。(三命提要)

《三命鈐》にいう:運が「二八門」すなわち卯酉の位に行き到れば、大官は昇遷擢用を主り、小吏は則ち多く責備を受け、平民百姓は住むこと安寧ならず。運が「陰陽二路」すなわち子午の位に進入すれば、諸多の逃避苦悶・厄難阻塞を主り、事事は隔絶して通ぜず、尚未だ通泰の景象である。私はかつて一位の隠士よりこのような説法を聴き得た:およそ命を看るに、出生の日柱・時柱をもって根本とし、大運は輔助扶持し、小運は臨時発動の用神である。これはまさに、生日と生時がもし両個の吉位に遇えば富貴、両個の凶位に遇えば貧賤と言うのではないか。古人は「年は月に如かず、月は日に如かず、日は時に如かず」と言い、八字の裏に貴神を配得する人も、なお大運の扶持に頼ってはじめて真に顕貴となることができる。この説は《三命提要》に出る。

大小二運為喜會者:(一)謂大運至祿旺,小運至驛馬,假令癸丑人,大運至子,小運至亥,是也。(二)謂大運至驛馬,小運至建祿,假令癸丑生人,大運至亥,小運至子,是也。(三)謂大運至驛馬,小運至馬合,假令癸丑生人,大運至亥,小運至寅,是也。(四)謂大運至驛馬合,小運至驛馬,假令癸丑生人,大運至寅,小運至亥,是也。(五)謂大運至祿庫,小運至祿庫合,假令癸丑生人,大運至辰,小運至酉,是也。

大運と小運が相配して吉慶聚会と成るは、あわせて九種の情形あり。第一種、大運が「禄」の旺地に行き着き、小運が「駅馬」に行き着く。たとえば癸丑年生まれの人は、癸の禄は子にあり、大運が子に走り着き、小運が駅馬の所在する亥に走り着けば、すなわちこの一種である。第二種、大運が駅馬に行き着き、小運が「建禄」に行き着く。なお癸丑生人をもって例とすれば、大運が亥に走り着き、小運が子に走り着く。第三種、大運が駅馬に行き着き、小運が駅馬と相合する地支に行き着く。癸丑生人は大運が亥に到り、小運が亥と相合する寅に到る。第四種はこれに反し、大運が駅馬の合神に行き着き、小運が駅馬そのものに行き着く。癸丑生人は大運が寅に到り、小運が亥に到る。第五種、大運が「禄庫」に行き着き、小運が禄庫の合神に行き着く。癸丑生人は大運が辰に到り、小運が辰と相合する酉に到る。

(六)謂大運至祿財長生,或命財長生,小運至合。假令癸丑生人,寅為祿財長生,寅與亥合,申為命財長生,巳與申合,是也。(七)謂大運至祿長生,小運至建祿,假令癸巳生人,大運至申,小運至子,是也。(八)謂大運至身旺,小運與本命合,假令癸丑生人,大運至卯,小運至子,是也。(九)謂大運小運至祿命旺相之鄉,假令癸丑生人,至亥子是也。

第六種、大運が「禄財」の長生の地に行き着き、あるいは「命財」の長生の地に行き着き、しかして小運が恰好それと相合する地支に行き着く。たとえば癸丑生人は、寅は禄財の長生位で寅と亥は相合し、申は命財の長生位で巳と申は相合し、皆この類に属す。第七種、大運が禄の長生の地に行き着き、小運が建禄に行き着く。たとえば癸巳年生まれの人は、大運が申に走り着き、小運が子に走り着く。第八種、大運が日主身旺の地に行き着き、小運がまた本命年支と相合す。癸丑生人は大運が卯に走り着き、小運が丑と相合する子に走り着く。第九種、大運と小運が同時に禄と本命の皆旺相得気の地方に進入す。癸丑生人が亥・子の両位に走り着くは便ちこれである。以上九種は、皆大小二運の吉会に属す。

大小二運為厄會者:(一)謂大運至祿命絕,小運至敗,假令癸丑生人,大運至巳,小運至酉,是也。(二)謂大小二運併在祿命無氣之鄉,假令癸丑生人,巳為絕,酉為敗,丑為衰,寅為病,卯為死,辰為墓,是也。(三)謂大運小運相沖,假令癸丑生人,大運至卯,小運至酉,或大運至酉,小運至卯,又卯酉為死敗之鄉,是也。(四)謂大運在本命,小運又沖破,假令癸丑生人,大運至丑,小運至未,是也。(五)謂大運至生月,小運至胎月,假令癸丑三月生,大運至辰,小運至未,是也。

大運と小運が相配して災厄聚会と成るも、また九種の情形あり。第一種、大運が禄と本命の絶地に行き着き、小運が沐浴敗地に行き着く。たとえば癸丑年生まれの人は、大運が巳に走り着き、小運が酉に走り着く。第二種、大小二運が一齐に禄命の毫も生気なき処に落ちる。癸丑生人に対して、巳は絶、酉は敗、丑は衰、寅は病、卯は死、辰は墓で、皆無気の郷に属す。第三種、大運と小運が彼此相冲す。癸丑生人は大運が卯に到り小運が酉に到るか、あるいは大運が酉に到り小運が卯に到る。何况卯酉はもとより死地と敗地である。第四種、大運がまさに本命年支の上に圧し、小運がまた来たりてそれを冲破す。癸丑生人は大運が丑に到り、小運が丑と相冲する未に到る。第五種、大運が出生の月建に行き着き、小運が受胎の月份に行き着く。たとえば癸丑年三月生まれの人は、大運が辰に走り着き、小運が未に走り着くは、皆災厄交会の象に属す。

(六)謂大小二運併在三刑、六害、元辰之位。假令癸丑生人,六害、元辰在午,三刑在未,是也。(七)謂大小二運至災劫二殺之位,假令癸丑生人,劫殺在寅,災殺在卯,是也。(八)謂大小二運落空亡,假令癸丑人,是甲辰旬中寅卯為空亡,是也。(九)謂大小二運至男女正天羅地網,假令戌生男,遇亥,亥生女,遇戌,為正天羅。辰生男,遇巳,巳生女,遇辰,為正地網是也。

第六種、大小二運が一齐に「三刑」「六害」「元辰」の所在する位置に落ちる。たとえば癸丑年生まれの人は、六害と元辰は皆午に在り、三刑は未に在り。第七種、大小二運が「災殺」「劫殺」の両個の凶神の位置に走り着く。癸丑生人の劫殺は寅に在り、災殺は卯に在り。第八種、大小二運が「空亡」に落ち入る。癸丑は甲辰のこの一旬に属し、旬中は寅・卯の二支を缺き、寅卯は便ちその空亡である。第九種、大小二運が男女各々の正「天羅」・正「地網」に走り着く。戌年生まれの男子が亥に遇い、亥年生まれの女子が戌に遇うを、正天羅という。辰年生まれの男子が巳に遇い、巳年生まれの女子が辰に遇うを、正地網という。以上九種は、皆大小二運の厄会に属す。

凡支干納音俱在死、墓、絕處。又值災劫惡殺臨之,即死。若大小運上支干納音俱比和,或相生無刑者,即主重病,不至於死。若干在厄處,主去官失祿,或被誣讒,或損失父母財產,若支在厄處,則主疾病散財,若納音在厄處,主瘦損肢體或疾病,小人遭刑責也。

およそ地支・天干と「納音」、すなわち六十甲子の各々配属する五行が、同時に死・墓・絶のこれら衰竭の地に落ち、また災殺・劫殺の類の悪神の圧臨に碰上せば、則ち性命の憂あり。倘若大小運の上の干・支・納音が彼此比和相同じく、あるいは相生して刑剋なければ、則ちただ一場の重病で、死に至らず。もし天干のみ厄地に処すれば、官を丟げ俸を失い、あるいは人に誣告され讒を進められ、あるいは父母遺留の産業を損失することを主る。もし地支のみ厄地に処すれば、生病破財を主る。もし納音のみ厄地に処すれば、身体消瘦・四肢受損あるいは生病を主り、地位卑微の人はさらに刑罰責罰を遭受す。

諸凶神者,若大小運臨其上,或居衰、敗、空亡之鄉,則主其年有亡官失祿、疾病死喪之事。大忌劫殺、墓殺、三刑、六害、元辰、厄會相加。及到支干刑破之位,或臨墓絕之中,則眾凶相會,當有災厄,於是歲修德慎靜則吉。(並三命鈐)

命の中の各種の凶神は、もし大運小運がまさにそれらの上に圧し、あるいは恰好衰・敗・空亡の類の地方に処せば、則ちこの一年に官を丟げ俸を失い・疾病死喪の事あるを主る。最も怕るるは劫殺・墓殺・三刑・六害・元辰と前面の説の厄会の幾様が叠加し一起すること。さらに天干地支の彼此刑破の位置に走り着き、あるいは墓庫・絶地の中に落ち入るに赶上せば、則ち衆凶汇聚し、必ず災厄あり。このような年份に遇えば、ただ徳行を修養し謹慎安静するのみ、はじめて危を轉じて吉と為すことができる。以上は皆《三命鈐》に出る。

凡大小運併,不問納音,如併不在本生年一路者,名曰併不及身,如四季生人併在四孟上,主四孟骨肉災。四仲生人併在四季上,主四季骨肉災。如無此等骨肉,此月分自有災。又在寅申巳亥運上死者,名曰重喪運,主三年骨肉再死一人,大小二運同。(廣信集)欲明榮悴,重加真氣以參祥,更攷興衰,當以殺神而斷失。凡大小二運所歷之處,須兼見生神殺,推其災福也。又加真氣以別其吉凶可也。(壺中子)

およそ大運と小運が同一支の上に重叠するは、さらに納音を論ずるに及ばず。もし重叠の位置が本人出生年の所属するあの一路に在らざれば、これを「併不及身」という。たとえば辰戌丑未の四季月生まれの人は、二運が寅申巳亥の四孟の位に重叠すれば、四孟月出生の骨肉に災あるを主る。子午卯酉の四仲生まれの人は、二運が四季の位に重叠すれば、四季月出生の骨肉に災あるを主る。假如家中に併なきこのような親属なければ、則ちこの月份に本人自己が便ち災ある。また寅申巳亥の運の上に去世する者は、これを「重喪運」といい、三年の内に骨肉親人さらに一個死することを主り、大運小運は皆これに照らして論ず。この説は《広信集》に出る。一生の栄枯を弄清せんと欲すれば、さらに「真気」を加看して参詳しなければならない。興衰起落を考察するには、則ちまさに凶殺の神を憑じて得失を判断すべし。およそ大小二運の経過する処は、皆「生神」と「殺神」を併せて一併に看て、はじめて災禍と福気を推出することができる。さらに真気に配合して吉凶を分辨すれば、便ち周全である。この説は《壺中子》に出る。

二運如逢旺庫年,必須登第更遷官;干神印綬併天乙,祿合臨官喜慶全。兩般運氣看行年,旺庫逢時主峻遷,若是白衣須及第,職官加秩亦欣然。(並金書命訣)

歌訣にいう:大小二運がもし旺地あるいは庫地の年份に碰上せば、読書人は必ず登科及第し、官を為す者はさらに一級を升る。天干の上にまた「印綬」を帯び併せて「天乙貴人」に会合し、加えて禄神と臨官の位の相合あれば、則ち喜慶斉全である。また一首にいう:大運小運のこの两重の運気を看るに、さらに当年の流年を合看せよ。旺地庫地が適逢其時なれば、昇遷迅猛を主る。もし尚未だ入仕の白衣書生ならば、この一年に進士に考中すべし。すでに任職の官員も、また官を加え秩を進めて心満意足する。両首の歌訣は皆《金書命訣》に出る。

瑩和尚注云:古之善歌者,有繞粱之音,善歌者命宮商之曲,今易以呻吟愁嘆,嘆為薤露輓歌,則喪吊臨門,宅墓受殺也。命前五辰為宅,命後五辰為墓,命前二辰為喪門,命後二辰為弔客,其或太歲凶殺臨並大小運限,刑沖,必致凶災,切宜預避。宅墓同處,恐少樂而多憂。王氏注云:命前五辰為陽宅,命後五辰為陰墓,何以為之同處也,如癸亥生人,前五辰見戊辰,乃水之墓也,行年歲運若帶殺來同處其中,故曰宅墓同處,恐少樂而多憂也。

瑩和尚の注の解釈:古代に歌を善くする人は、歌声に梁を繞る三日の余韻あり、唱したるは宮商音律に合する曲子であった。如今かえって呻吟愁歎に換えられ、歎き出すは《薤露》の一類の送葬挽歌で、これはすなわち喪門・吊客が家門に臨み、宅神と墓神が皆凶殺に傷られたを意味す。いわゆる「宅」は、本命年支より前へ第五位を数え、いわゆる「墓」は、後へ第五位を数え、いわゆる「喪門」は本命より前へ第二位に在り、いわゆる「吊客」は本命より後へ第二位に在る。倘若流年太歳と凶殺が一同に大小運限の上に圧し到り、また刑あるいは冲を形成せば、必ず凶災を招来し、務めて事先に法を設けて避くべし。《珞琭子》原文に「宅墓同処、恐少楽而多憂」といえる。王氏の注の解釈:本命より前へ五位は陽の住宅、後へ五位は陰の墳墓で、二者はどうして同一処に在ることができようか。たとえば癸亥年生まれの人は、前へ五位に戊辰に遇い、辰はまさに水の墓庫で、宅と墓は便ち重合した。この時もし流年大運がさらに凶殺を帯びて一起に擠り入れば、ゆえに「宅墓同処」といい、おそらく歓楽は少なく憂愁は多し。

狂橫起於勾絞,禍敗發於元亡。王氏注云:行年歲運遇勾絞,則多因狂橫而起災。元亡者,元辰也,遇之則所為多致傷敗。(並珞琭子)是故人之壽夭,莫不由於見生,禍福窮通,亦復憑於運限,比合則吉,戰克則凶。

《珞琭子》にいう:「狂横は勾絞より起こり、禍敗は元亡より発す。」王氏の注の解釈:流年と大運が「勾絞」のこの凶神に碰上すれば、多くは狂妄横暴の行為により災禍を惹出す。「元亡」はすなわち「元辰」で、それに遇上すれば、為す所の事は多く損傷失敗をもって収場す。以上は皆《珞琭子》に出る。ゆえに人の長寿と夭折は、所遇が生気を得るか否かに取決せざるはなく、禍福と窮通も、同じく運限に憑依して定まる。五行比和相生すれば則ち吉、交戦相克すれば則ち凶。

凡行年二運至相生比合之鄉,則吉,至相剋不比合之鄉,則凶。行年二運生我命者吉深。我命生行年五行者吉淺。行年二運之五行克我者凶多,我命克行年二運之五行者凶少。又須當每以至福者,運之三合處為有吉之月。至禍者,運之四沖處為有凶之月。若逢破宅,必有修營。設遇會神,焉無嫁娶。破宅常居命前五辰,會神常居命前後各四辰,若流年二運遇破宅,必有修營蓋屋之事,其中又見喪門弔客,乃有凶禍至矣。若流年二運遇會神,必有婚娶宴樂之事,重併主疾病,會神是三合處也。

およそ流年と大小二運が本命と相生・比和相合する処に走り着けば、便ち吉利。相克してしかも比和すること能わざる処に走り着けば、便ち兇険。流年二運の五行が来たりて我が本命を生ずるは、吉利最も深厚。これに反して我が本命が流年五行を生じに行くは、吉利は便ち淡薄。流年二運の五行が来たりて我を剋するは、凶多し。我が流年二運の五行を剋しに行くは、凶少し。これ以外にさらに記住すべし:福ある運に走り着けば、則ち当該運の三合の位置をもって一年中吉利の月份と為す。禍ある運に走り着けば、則ち当該運の四冲の位置をもって一年中兇険の月份と為す。《壺中子》にいう:「若逢破宅、必有修営。設遇会神、焉無嫁娶。」「破宅」は常に本命より前へ第五位に在り、「会神」は常に本命前後の各々第四位に在る。流年と二運がもし破宅に碰上せば、必ず修繕蓋房の事あり。その中にもしさらに喪門・吊客を見れば、則ち凶禍の降臨あり。流年と二運がもし会神に碰上せば、必ず嫁娶宴飲の楽あり。ただし重叠相併せば、かえって疾病を主る。会神の指す所は、すなわち三合の位置である。

最不律者勾絞,動作不成,極為災者浴盆,公私易行。行年二運見勾絞,主動作不成,沐浴住處見水,則化為浴盆殺,行年二運見之,男主公私文書聒撓,女主破產傷胎。併在返吟之上,分興三尺任優遊;沖於刑害之鄉,決定一年遭迍蹇。大小二運及本命行年沖,而又併者死。返吟詠謂對沖,雖於是年見災病,而不致夭壽,刑害謂不併也。

《壺中子》にまたいう:最も法度を守らざるは「勾絞」で、それに遇えば事を為して総じて為し成さず。最も災を招き易きは「浴盆」で、公事私事ともに岔子を出し易し。流年と二運が勾絞を見れば、為す所の事の成功せざるを主る。沐浴の位の所在する処にもしまた水を見れば、便ち「浴盆殺」に化成す。流年二運がそれに遇えば、男子は公私文書の纏身聒擾を主り、女子は破財損産・傷胎小産を主る。原文は続いていう:「併在返吟之上、分興三尺任優游。冲於刑害之郷、決定一年遭迍蹇。」大小二運と本命・流年が互相冲し、しかして彼此重叠する者は、死を主る。いわゆる「返吟」とは正对冲を指し、当年は災病を見るといえども、寿命を折損するに至らず。いわゆる「刑害」とは、刑害ありて併未だ重叠せざる情形を指す。

值病仍須憂病,脫底忌於羅網,適生依舊得生,特且遠其喪吊。行年大小二運值病處,仍須疾病,值生處,仍須生產,雖疾病之年,而不見辰戌二字者,不妨,見辰戌字者,尢不吉也。蓋辰戌乃天羅地網,故脫底忌之。遇生產之年,而不見喪門弔客者,不妨,見之者不吉矣。蓋喪門弔客,乃黃幡豹尾,故特宜遠之。(並壺中子)

原文にいう:「値病仍須憂病、脱底忌於羅網。適生依旧得生、特且遠其喪吊。」流年と大小二運が十二運の「病」位に走り着けば、本年はなお疾病のために憂愁す。もし「生」位に走り着けば、本年はなお生育の事あり。疾病の年といえども、ただ辰・戌の二字を見ざれば、便ち事に妨げず。いったん辰戌を見れば、則ち格外不吉である。辰は天羅・戌は地網であるから、ゆえに根本上よりそれらを忌諱す。生産の年に遇えば、ただ喪門・吊客を見ざれば、また事に妨げず。見れば便ち不吉利である。喪門・吊客はまさに「黄幡」「豹尾」の両個の凶神の化する所なるがゆえに、殊にまさに遠離すべし。以上は皆《壺中子》に出る。

木,亥上為祿長生,卯上為祿旺之類。凡欲知人得官早晚,但以驛馬建祿,祿財祿官到合處,即主白身得祿。居官者,有陞擢之慶,小人亦主財物驟至。假令巳酉丑人驛馬在亥,寅年驛馬旺,又與驛馬合,亥年為驛馬建,又癸丑人建祿在子,丑年為祿合,又祿官是土,子年祿官旺,命財是水,子年命在旺。凡大小運並太歲至此,皆為祿官喜,又祿官庫命財庫在辰,辰與酉合,驛馬在亥,亥與寅合,宜於辰寅酉亥方守官。

いわゆる禄の長生と禄旺とは、たとえば木に属する人は、亥位はその禄の長生の地、卯位はその禄の旺地で、其余の五行はこれに依りて類推す。およそ一人の人がいつ官を得るかを知らんと欲すれば、ただ「駅馬」「建禄」、および「禄財」「禄官」が相合する位置に行き到るか否かを看よ。行き到れば則ち白身平民も官禄を得るを主り、すでに官を為す者は昇遷の喜あり、普通人もまた銭財の骤然に至るを主る。例を挙げて言えば、巳酉丑年生まれの人は駅馬は亥に在り、寅年は駅馬の旺地で、寅はまた亥と相合す。亥年は則ち駅馬の本位である。またたとえば癸丑生人は、建禄は子に在り、丑年は子と相合して禄合と為す。癸の禄官は土に属し、子年はまさに禄官の旺を得る時で、癸の命財は水に属し、子年は命財もまた旺地に在り。およそ大運・小運と流年太歳を連ねてこれらの位置に走り着けば、皆禄官相喜の好時候に属す。さらに、禄官庫と命財庫は皆辰に在り、辰は酉と相合し、駅馬は亥に在り、亥は寅と相合す。ゆえに辰・寅・酉・亥のこれら数個の方位に於いて官を任じ職を守るに宜しい。

凡本命支干與大小運及太歲支干合,併為吉會,假令癸丑人大小運行年至戊午,為干合,至壬子為支合,餘準此。凡貴命,刑沖則發,必得時日歲運撃揚然後動。陰陽二命,並命前五辰為宅,若遇太歲臨之,主其年多災,或因官事失財物,凡所施為,皆當蹇躓,若有福神救之,其災則輕。假令甲子生人,以命前五辰,己巳為宅,若遇己巳即為太歲入宅,餘準此。(並三命鈐)

およそ本命の天干地支が大小運および流年太歳の干支と相合するは、皆吉利の聚会と算定す。たとえば癸丑年生まれの人は、大小運と流年が戊午に走り着き、戊は癸と相合し、是れ天干の合。壬子に走り着き、子は丑と相合し、是れ地支の合。其余はこれに照らして類推す。およそ貴格の命は、往々にして刑冲を経てはじめて発動し、必ず時辰・日辰と流年大運の撞击激揚を得て、然る後に動き起こるを得る。男命女命を論じず、皆本命年支より前へ第五位をもって「宅」と為す。もし流年太歳がまさにこの一位の上に圧せば、則ちこの一年に災禍較多く、あるいは官司により財物を損失し、およそ作為あるごとに阻礙に遇う。もし福神来たり解救あれば、災禍は便ち軽め。たとえば甲子年生まれの人は、前へ第五位は己巳で、己巳は便ち彼の宅。己巳年に遇えば、則ちこれを「太歳入宅」といい、其余はこれに照らして類推す。以上は皆《三命鈐》に出る。

宅神沖破定移居。如戊子見癸巳是宅,太歲沖破,但移動改更。

歌訣に「宅神冲破定移居」とある——宅神がいったん冲破されれば、必ず家を搬さねばならない。たとえば戊子年生まれの人は、前へ第五位の癸巳が便ち彼の宅で、流年太歳が来たりてこの癸巳を冲破せば、あの年に便ち遷徙搬移・居所改換の事あり。

凡行年有五箇太歲逢著真者,名曰撞命殺,如丙寅日生,遇丙寅太歲是也。大忌日上逢之。若官員在富貴權要之地逢之,多死。縱不死,則撞破福氣,一生閒慢也。閒居遇之,主己身與妻有災,庶人逢之,喪妻之年也。大抵日上逢之,未有無事者。時上見之,有子哭子,無子生子,有生時同者,五十後犯之,主自死。

一人の八字の裏には、年・月・日・時に胎元を加えてあわせて五処の干支あり、流年太歳がもしその中の某一処と完全相同なれば、則ちこれを「撞命殺」という。たとえば丙寅日生まれの人が丙寅年に遇上するは便ちこれ。最も忌諱するは日柱の上に撞くこと。官を為す人はまさに富貴権要の位置に在ってそれに撞けば、多くは死を要す。たとえ死せずとも、福気を撞破し、従此一生閑散して志を得ず。閑居在家の人がそれに遇えば、自己と妻子に災あるを主る。平民百姓がそれに遇えば、往々にして妻を喪う年份である。大体に言えば、日柱の上に撞く者は、平安無事なる能う者なし。時柱の上に撞く者は、兒子ある者は兒子を哭し、兒子なき者はかえって兒子を生ず。もし八字の生時と流年干支が相同じく、五十歳以後に再び犯せば、自身の死亡を主る。

有一卿監,丙寅年,庚寅月,丙辰日,己丑時,丙辰年知饒州,言罷,二十餘年不起。一侍從壬申年,丁未月,丁卯日,辛亥時,丁卯年撞死。一兩制,乙亥年,己丑月,辛未日,丙申時,辛未年閒居喪妻,壬申年起,復即死。一員郎戊辰年,乙卯月,己丑日,壬申時,壬申年撞死。珞錄子云:與生地之相逢,宜退身而避位者也。又云:災福在歲年之位內,覺發由時日之撃揚。(並廣信集)

書中に幾個の実例を挙ぐ。ある卿監あり、八字は丙寅年・庚寅月・丙辰日・己丑時で、丙辰年に到り饒州知州に出任し、人に弾劾され罷職した以後、二十余年再び起用されず。ある侍従官あり、八字は壬申年・丁未月・丁卯日・辛亥時で、丁卯年に到り日柱に撞上して死す。ある両制に任ずる詞臣あり、八字は乙亥年・己丑月・辛未日・丙申時で、辛未年にまさに閑居在家して妻を喪し、壬申年に重新起用され、随いて去世す。ある員外郎あり、八字は戊辰年・乙卯月・己丑日・壬申時で、壬申年に時柱に撞上して死す。《珞琭子》に「与生地之相逢、宜退身而避位者也」といい、流年が本命の居する地に撞上すれば、まさに早めに退身して位を避くべきを意味す。また「灾福在歳年之位内、覚発由時日之撃揚」といい、一年の災と福は皆流年太歳の位置の裏に蔵し、しかしてそれが発作するか否かは、日柱時柱が激動されるか否かを看る。以上は皆《広信集》に出る。

論歳運

【虚一待用】

發於沉滯之中,有非常之慶,起於貧賤之間,有不次之用,當在歲運相遇也。謂金、木、水、火而無土,或乙、辛、丁而無癸,或甲、丙、庚而無壬,或辰、戌、丑而無未,或卯、酉、午而無子,或寅、辛、亥而無巳,有天乙而無天官,有官印而無食神,有甲戊而無庚,有丙丁而虛乙,至於六合、四庫、三合,交互見貴,見祿之類,待其歲運,補其不足,則氣數備。(閻東叟書)

一人の人が長期の沈淪停滞の中より忽然発達し、非同尋常の慶幸を得、貧賤の間より骤然崛起し、越級に提拔任用されるは、多くは流年と大運が正好命局の缺口を補斉する時に発生す。いわゆる「虚一待用」とは、命の中に金・木・水・火の四様斉備して独り土を缺き、あるいは天干に乙・辛・丁ありて癸を缺き、甲・丙・庚ありて壬を缺き、地支に辰・戌・丑ありて未を缺き、卯・酉・午ありて子を缺き、寅・辛・亥ありて巳を缺く。さらに「天乙貴人」ありて「天官」なく、官星印綬ありて食神なく、甲・戊ありて庚を缺き、丙・丁ありて乙位を空く。乃至六合・四庫・三合等の格局が交互に配合し、ただ一位を差して便ち貴神あるいは禄神を凑成せんとす。これらは皆流年大運の走り到るを待ち、缺く所のあの一位を補上して、気数ははじめて完備と算定す。この説は《閻東叟書》に出る。

大凡看命,根實支茂,得月令氣象牢固,有氣無沖破廢脫,則歲運雖有刑、克、沖、戰、殺神撃搏,雖災必解,而輕。若根本不牢,月令廢脫,則歲運雖有些小神殺沖撃,便至十分之災也。凡行運太歲與當生日、時上下合者,定發。及遇當生月中秀氣,補全造化者,尤緊。

大凡一人の命を看るに、もし根基堅実・枝葉繁茂にして、また月令の気の支撑を得て格局牢固で、気ありて冲破廃脱なければ、則ちたとえ流年大運に刑・剋・冲・戦と凶殺の神の来たり攻撃するありとも、災禍もまた必ず化解する能く、しかして来ること甚だ軽し。これに反して、もし命局の根本牢ならず、月令また廃棄脱気なれば、則ち流年大運はただ一点小小的の神煞冲击あるのみでも、十分に厳重の災禍を釀成す。およそ大運流年が出生日柱・時柱と上下相合するは、必ず発達す。もしまた出生月份中の秀気に遇上し、命局の欠缺を補全すれば、則ち更に要緊である。

凡行運,須祥行年太歲所犯乾乾納音災福,干不和則尊凶,支不和則卑凶,支干納音皆不和,名尊卑俱戰,大不好,十有九災。凡命四柱中有與我為福者,年運宜向之吉,背之凶。四柱中有與我為禍者,年運宜背之吉,向之凶。

およそ大運を看るに、必ず流年太歳の触犯する所の天干・地支と納音の各々帯來する災福を詳細審察しなければならない。天干不和は、長輩上級の方面の凶を主る。地支不和は、晩輩下屬の方面の凶を主る。干・支・納音の三者ともに不和は、「尊卑俱戦」と呼ばれ、情形は極めて壊れ、十次の中に九次は災を出す。およそ八字四柱の中に我に利ある字あれば、流年大運はまさにそれに向かって走るべくして吉、それを背離すれば凶。四柱の中に我に害を為す字あれば、流年大運はまさにそれを背離すべくして吉、それに迎えて走れば凶。

凡久旺之人,歲運逢破祿而住,乃旺之過也。久閒之人歲運逢食神而再起,乃食神之年也。如歲運併帶刑食者凶,凡命當見孝服之年,有白衣天鬼二殺臨之,卻須隨宮分年月日時消祥。如殺在父母宮,太歲與大運戰逼,主有重服,兄弟子孫妻妾各隨宮分斷之。行年喪吊白虎病符等殺,亦如此例取之。

およそ長久興旺の人は、流年大運が「破禄」に碰上すれば就此停頓し、あれは旺の極処の故である。長久閑廃の人は、流年大運が「食神」に碰上して重新起用され、あれはまさに食神当令の年である。もし流年大運が既に食神を帯びまた刑を帯びれば、則ち転じて凶と為る。およそ命の中に孝服あるべき年份に、また「白衣」「天鬼」の両個の凶殺が圧臨すれば、則ち宫位に照らして分別に年・月・日・時に対応して細々推詳せねばならない。凶殺が父母宮に落ち、しかして流年太歳また大運と交戦相逼すれば、重孝あるを主る。兄弟・子孫・妻妾の各宮に落ちるも、また各々所属宫位に拠って断ず。流年の上の喪門・吊客・白虎・病符等の凶殺も、またこの例に照らして取用す。

行運禍福二神俱集於本位上者,主稱意中死,故其禍與福俱緊也。其禍與福皆撃於太歲遇逼壓即死。更以時限參之尤妙。凡行運被太歲逼壓刑沖、大小運及帝坐克戰,皆主災厄。如支神相連,名曰拱運,忌遭毒藥橫死之事。

大運の中に、禍を主ると福を主るの両個の神が同時に本命位の上に聚集すれば、主人は称心得意の際に忽然去世す。禍と福の両頭が皆緊き過ぐるが故である。この禍と福は皆流年太歳の上に撞き、いったんさらに逼圧に遇えば、便ち性命の憂あり。もしさらに時限を参合して一同に推算すれば、便ち更に精準。およそ大運が流年太歳に逼圧刑冲され、あるいは大小運と「帝坐」すなわち本命の居する位が交戦相克するは、皆災厄あるを主る。假如両個の地支が首尾相連にして一位を挟住するを「拱運」といい、この種の格局は中毒あるいは横死の類の事を隄防せねばならない。

凡行年大忌與太歲相迎,名曰迎頭殺。女人逆行小運多如此,男子大運逆行值之,尤重。主歲內災厄,迎在返伏吟、空亡上,主死。凡大小運併在本命死、墓、絕上,須看行年太歲與本命有何傷害,有則主重喪,若無傷害雖災不重。但不可離生時也。

およそ流年は最も太歳と迎面して相撞くを忌み、これを「迎頭殺」という。女命の小運は逆行するがゆえに、常にそれに碰上す。男命の大運はもし逆行してそれに撞上せば、害を為すこと殊に厳重。それは一年の内に災厄あるを主り、もし「返吟」「伏吟」あるいは「空亡」の位置上に迎えれば、則ち死亡を主る。およそ大運小運が一齐に本命の死・墓・絶の三処に重叠するは、さらに流年太歳が本命に対して傷害あるか否かを看ねばならない。傷害あるは重孝喪事を主る。もし併傷害なければ、災ありといえどもまた重しと算定せず。ただし如何なるにも、皆出生時辰のこの根本を脱離して論断するべからず。

凡大運行空亡及凶殺之地,欲出未出之時,怕小運太歲併迭沖刑,定死。又二運有未併一年死者,併年為災者,併後一年為災者,多是行年太歲作災,四柱危困而然。

およそ大運が「空亡」と凶殺の所在する地方に行進し、まさに将に出でんとして未だ出でざるの関頭に当たり、最も小運と流年太歳が一齐に叠し上がり来たりて冲刑するを怕る。あれは必死の局である。これ以外に、大小二運あるは尚未だ重叠せざる前の一年に就中死し、あるは重叠するあの一年に災を出し、あるは重叠の後の一年にしてはじめて災を出す。これは多くは流年太歳が作祟するに在り、加えて八字四柱がもとより已に危困不支の故である。

凡甲子生人,祿在寅,祿前五辰未為祿宅,命前五辰,巳為命宅,大小運行年到祿、命宅二宮,己身有災。若太歲行年到宅宮,婦人小口災,家宅不寧,若改移即吉。只如壬戌人、戊申月、戊辰日、丁巳時,其生日坐祿宅,太歲行到辰宮,其人疾病有孝服,或妻子患,須以二運及太歲與本祿命刑害者為災。若太歲二運支干與本祿命喜合,此名吉慶之兆。

例を挙げて言えば、甲子年生まれの人は、甲の禄は寅に在り、寅より前へ第五位を数えて未、未は便ち「禄宅」。本命子より前へ第五位を数えて巳、巳は便ち「命宅」。大運小運と流年が禄宅・命宅のこの両宮に走り着けば、本人は便ち災あり。もし流年太歳が宅宮に走り着けば、則ち婦女幼儿に災あり・家宅安寧ならずを主り、この時家を搬し遷居すればかえって吉に転ず。またたとえば壬戌年・戊申月・戊辰日・丁巳時生まれの人は、彼の生日はまさに禄宅の上に坐し、流年太歳が辰宮に行き到れば、この人は便ち生病し孝服の事に遇い、あるいは妻子兒女が患病す。要するに二運と太歳が本人の禄・命と刑害を構成するか否かを看、刑害を構成するはじめて災と成る。もし太歳と二運の干支が本人の禄命と歓喜相合すれば、則ちこれを吉慶の兆という。

凡太歲二運如到孤辰,必有孝服,到寡宿必有血光之災也。(並金書命訣)凡太歲刑大運,主破財。太歲壓大運,主權握不寧也。(燭神經)

およそ流年太歳と大小二運が「孤辰」に走り着けば、必ず孝服喪事あり。「寡宿」に走り着けば、必ず血を見て傷を受ける災あり。以上は《金書命訣》に出る。およそ流年太歳が大運を刑剋するは、破財を主る。太歳が大運の上に圧するは、手中の権柄穩ならず・坐立安からざるを主る。この説は《燭神経》に出る。

足下臨喪,面前見害。瑩和尚注云:命前二辰為喪門,或太歲諸殺,大小運臨,憂不測之災,慮有外服之象。如辛亥人,以命前二辰為喪門,見己丑則面前為禍,立可見矣。

《珞琭子》にいう:「足下臨喪、面前見害。」瑩和尚の注の解釈:本命より前へ第二位は「喪門」で、もし流年太歳あるいは各種凶殺が大小運を連ねて一齐にここに圧し到れば、則ち突如其来の災禍を担心し、また外親のために喪服する事を防備せねばならない。たとえば辛亥年生まれの人は、前へ第二位の丑は便ち彼の喪門で、己丑年に遇えば、禍事は便ち眼前に擺わり、立刻に見ることができる。

宅墓受殺落梁塵,以呻吟喪吊臨門,變宮商為薤露。瑩和尚注云:古之善歌者,有繞粱之音,善歌者命宮商之曲,今易以呻吟愁嘆,嘆為薤露輓歌,則喪吊臨門,宅墓受殺也。命前五辰為宅,命後五辰為墓,命前二辰為喪門,命後二辰為弔客,其或太歲凶殺臨並大小運限,刑沖,必致凶災,切宜預避。

《珞琭子》にいう:「宅墓受殺落梁塵、以呻吟喪吊臨門、変宮商為薤露。」瑩和尚の注の解釈:古時に歌を善くする人は、歌声は梁上の塵土を震落し余音は梁を繞りて絶えず、唱したるは皆宮商の律に合する雅曲であった。如今この歌声はかえって呻吟愁歎と変じ、歎き成すは《薤露》のような送葬挽歌。喪門・吊客の已に門に臨み、宅神墓神は皆凶殺の傷を受けたるを見べし。本命より前へ第五位を「宅」といい、後へ第五位を「墓」といい、前へ第二位を「喪門」といい、後へ第二位を「吊客」という。もし流年太歳が凶殺を帯び、一同に大小運限の上に圧し到り、また相刑相冲せば、必ず凶災を招致し、務めて預め法を設けて躲避せねばならない。

宅墓同處,恐少樂而多憂。王氏注云:命前五辰為陽宅,命後五辰為陰墓,何以為之同處也,如癸亥生人,前五辰見戊辰,乃水之墓也,行年歲運若帶殺來同處其中,故曰宅墓同處,恐少樂而多憂也。

《珞琭子》にまたいう:「宅墓同処、恐少楽而多憂。」王氏の注の解釈:本命より前へ第五位は陽に属する住宅、後へ第五位は陰に属する墳墓で、この両者はどうして同一個の位置上に落ちることができようか。たとえば癸亥年生まれの人は、前へ第五位に戊辰を見、しかして辰は恰恰として水の墓庫で、宅と墓は便ち一処に重合した。この時流年大運がもしさらに凶殺を帯びて擠り入れば、ゆえに「宅墓同処」といい、おそらく一生歓楽少なく憂愁多きのみ。

狂橫起於勾絞,禍敗發於元亡。王氏注云:行年歲運遇勾絞,則多因狂橫而起災。元亡者,元辰也,遇之則所為多致傷敗。(並珞琭子)

《珞琭子》にまたいう:「狂横は勾絞より起こり、禍敗は元亡より発す。」王氏の注の解釈:流年と大運が「勾絞」に碰上すれば、多くは狂妄横暴の挙により災禍を生出す。「元亡」とはすなわち「元辰」を指し、いったん遇上すれば、弁ずる所の事情は多く損傷失敗の結局に落つ。以上は皆《珞琭子》に出る。

是故人之壽夭,莫不由於見生,禍福窮通,亦復憑於運限,比合則吉,戰克則凶。凡行年二運至相生比合之鄉,則吉,至相剋不比合之鄉,則凶。行年二運生我命者吉深。我命生行年五行者吉淺。行年二運之五行克我者凶多,我命克行年二運之五行者凶少。又須當每以至福者,運之三合處為有吉之月。至禍者,運之四沖處為有凶之月。

ゆえにいう、人の長寿か短命かは、生気に遇うか否かに取決せざるはなし。禍福窮通も、同じく大運流年の限度に憑る。五行が比和相合すれば則ち吉、交戦相克すれば則ち凶。およそ流年と大小二運が本命と相生・比和相合する処に走り着けば便ち吉、相克して比和する能わざる処に走り着けば便ち凶。流年二運の五行が来たりて我が本命を生ずるは、吉利深厚。我が本命が流年の五行を生じに行くは、吉利は便ち浅薄。流年二運の五行が来たりて我を剋するは、兇険は便ち多し。我が流年二運の五行を剋しに行くは、兇険は便ち少し。これ以外にまた記住すべし:福ある運に走り着けば、則ち当該運の三合の位置を取って一年中吉利の月份と為す。禍ある運に走り着けば、則ち当該運の四冲の位置を取って一年中兇険の月份と為す。

若逢破宅,必有修營。設遇會神,焉無嫁娶。破宅常居命前五辰,會神常居命前後各四辰,若流年二運遇破宅,必有修營蓋屋之事,其中又見喪門弔客,乃有凶禍至矣。若流年二運遇會神,必有婚娶宴樂之事,重併主疾病,會神是三合處也。

《壺中子》にいう:「若逢破宅、必有修営。設遇会神、焉無嫁娶。」「破宅」は常に本命より前へ第五位に在り、「会神」は常に本命前後の各々第四位に在る。流年と二運がもし破宅に遇上せば、家中に必ず修繕蓋屋の事あり。その間にもしさらに喪門・吊客を見れば、則ち凶禍の臨頭あり。流年と二運がもし会神に遇上せば、必ず婚嫁宴飲の楽あり。ただし重叠相併せば、かえって生病を主る。いわゆる会神とは、すなわち三合の位置を指す。

最不律者勾絞,動作不成,極為災者浴盆,公私易行。行年二運見勾絞,主動作不成,沐浴住處見水,則化為浴盆殺,行年二運見之,男主公私文書聒撓,女主破產傷胎。併在返吟之上,分興三尺任優遊;沖於刑害之鄉,決定一年遭迍蹇。

原文にまたいう:最も法度を守らざるは「勾絞」で、それに遇上すれば諸事為し成さず。最も災を招く能くは「浴盆」で、公事私事ともに生変し易し。流年と二運が勾絞を見れば、挙げる所の事の成功せざるを主る。沐浴の位の居する処にもしまた水を見れば、便ち「浴盆殺」に化成す。流年二運がそれに遇上すれば、男子は公私文書の紛擾纏身を主り、女子は破財損産・傷胎小産を主る。原文は続いていう:「併在返吟之上、分興三尺任優游。冲於刑害之郷、決定一年遭迍蹇。」

大小二運及本命行年沖,而又併者死。返吟詠謂對沖,雖於是年見災病,而不致夭壽,刑害謂不併也。值病仍須憂病,脫底忌於羅網,適生依舊得生,特且遠其喪吊。行年大小二運值病處,仍須疾病,值生處,仍須生產,雖疾病之年,而不見辰戌二字者,不妨,見辰戌字者,尢不吉也。蓋辰戌乃天羅地網,故脫底忌之。遇生產之年,而不見喪門弔客者,不妨,見之者不吉矣。蓋喪門弔客,乃黃幡豹尾,故特宜遠之。(並壺中子)

大小二運と本命・流年を連ねて互相冲し、しかして彼此重叠する者は、死を主る。いわゆる「返吟」とは正对冲を指し、当年は災病を見るといえども、夭折を折損するに至らず。いわゆる「刑害」とは、ただ刑害ありて曽て重叠せざる情形を指す。原文にまたいう:「値病仍須憂病、脱底忌於羅網。適生依旧得生、特且遠其喪吊。」流年と大小二運が十二運の病位に走り着けば、本年はなお疾病のために憂愁す。生位に走り着けば、本年はなお生育の事あり。病年といえども、ただ辰・戌の二字を見ざれば便ち妨げず。辰戌を見れば便ち格外不吉。辰は天羅・戌は地網であるから、ゆえに根子より忌諱す。生産の年に遇えば、ただ喪門・吊客を見ざれば便ち妨げず。見れば便ち不吉利。喪門・吊客はまさに黄幡・豹尾の化する所なるがゆえに、殊にまさに遠く避くべし。以上は皆《壺中子》に出る。

論太歳

太歲者,木星之精也,每歲一位,其神為諸殺之君,故諸殺視之以定其位,所至之宮,欲常與本命支干納音相合,無沖害、刑剋,仍加本命貴人、祿馬,一切福神之地,則其年有遷官得財、成名進身、婚姻生子、利見大人之福。如在本命支干納音,三才刑剋、死絕,一切凶殺之地,則主疾病、官災、破財,不祥、死喪,動有不快,上人怪責之事,更以運氣扶合用之。

「太歳」は木星の精気の化する所で、毎年一つの方位を占拠す。それは衆多凶殺の神の君主で、ゆえに各路の凶殺は皆太歳の位置を看て自己の所在を確定す。太歳の到る宮位は、最も好ましくは常に本命の干支・納音と相合し、冲害刑剋なく、さらに本命の「貴人」「禄馬」等一切の福神もまた此地に在らば、則ちこの一年に昇官得財・成名出仕・婚姻生子・大人物を見て获益の福気あり。これに反して、もし太歳が本命干支納音と相刑相克し・天地人三才死絶の位置に落ち、また各種凶殺の盤踞する地なれば、則ち疾病・官司・破財・不祥・喪亡を主り、動けば心に副わず、さらに上級の責怪を招来す。具体の断法はさらに大運の気に配合して扶助推詳せねばならない。

凡太歲與本命相生年,利見大人。凡太歲與本命相剋年,宜防上人怒責,凡太歲與本命相刑年,主有官事。凡本命納音生太歲年,破財勞冗,百事不成。凡太歲生本命年,事多遂心。凡太歲壓本命年,主動為稽滯不快。

およそ流年太歳と本命五行の相生する年份は、貴人を謁見し上位者を結交するに宜しい。およそ太歳と本命の相克する年份は、上級の発怒責罰を隄防せねばならない。およそ太歳と本命の相刑する年份は、官司あるを主る。およそ本命納音が太歳を生じに行く年份は、破財・労碌繁冗を主り、百事皆為し成さず。およそ太歳が来たり本命を生ずる年份は、事情多く称心如意的に能う。およそ太歳が本命の上に圧する年份は、一挙一動皆拖延阻滞され、甚だ痛快ならざるを主る。

凡太歲入宅,主家宅動搖,宅者命前五辰是也。凡太歲臨大耗年,多賣田產。凡太歲至空亡年,失脫破財。凡太歲至劫殺年,主咽喉目赤之災。凡太歲見咸池年,淫亂公事。凡太歲到破命年,多驚恐暴橫之事。凡太歲壓元辰年,主移徙,或妻妾親人失義也。(命前一辰是)凡文官命見學堂貴人,金水木食神驛馬合命。若太歲在身生旺之年,同人登第,仕人轉資見君,登封發祿之歲。

およそ太歳が「宅」位に進入すれば、家宅動揺不安を主る。いわゆる宅とは、すなわち本命より前へ第五位。およそ太歳が「大耗」に臨る年份は、多く田産を変売す。およそ太歳が「空亡」に走り着く年份は、東西を丟失し・破財を主る。およそ太歳が「劫殺」に走り着く年份は、咽喉腫痛・眼睛紅赤の類の病災を主る。およそ太歳が「咸池」に遇う年份は、淫乱により官司に惹上るを主る。およそ太歳が本命を冲破するに到達する年份は、多く惊恐と暴烈横逆の事あり。およそ太歳が「元辰」の上に圧する年份は、搬遷移居を主り、あるいは妻妾親人と失和絶義す。元辰はすなわち本命より前へ第一位に在り。およそ文官の命は、「学堂貴人」を見、また金・水・木の食神と駅馬が来たり本命に合し、もし太歳が自身生旺の年份に行き到れば、読書人は同榜登第し、已仕の官員は転官晋資・君王に面見し、まさに加封発禄の好年頭である。

凡武官命見倒食、祿鬼、刑沖、官符、合祿、劫殺逢生、刑害見旺之年,必主功立事在邊職也。(並燭神經)太歲到官兼到印,定應加印與加官,欲知進祿並登第,推取干神合貴看。(金書命訣)凡太歲來克貴神,宜求官祿。乾上位貴神克太歲,軒冕臨門。(廣錄)

およそ武官の命は、「倒食」「禄鬼」・刑冲・「官符」・合禄、および劫殺逢生・刑害得旺の年份に遇えば、必ず辺関任上に功勲を建立する能し。以上は《燭神経》に出る。《金書命訣》に歌訣あっていう:太歳が既に官星に走り着きまた印綬に走り着けば、必ず加官進印に応験す。いつ俸禄を増加し登科及第するかを知らんと欲せば、天干と貴神の相合する情形を推看せよ。《広録》にいう:およそ太歳がかえって貴神を剋制する年份は、官職俸禄を謀求するに宜しい。もし命中天干上位の貴神が太歳を剋しに行けば、則ち車馬冠冕の門に臨み・富貴自ずから来るを主る。

掩沖歲臨,尚不為災,由是年登,故宜獲福。王氏注云:縱使掩沖歲臨,尚且不為災變,況歲運更在五行生旺會合豐登之處,故宜獲福。如癸亥生,得乙已歲,水雖絕在巳,而以水克火為財,火旺於巳,兼巳上乘馬,雖已亥沖,臨於返吟之上,以身財之旺,故不為災忒焉。可謂年歲豐登,宜獲福之多矣。瑩和尚注云:掩者,伏吟也。沖者,返吟也。相生則吉,相剋則凶。(珞琭子)

《珞琭子》にいう:「掩冲歳臨、尚不為災、由是年登、故宜獲福。」王氏の注の解釈:たとえ伏吟・返吟が一齐に流年の上に圧し到るとも、なお災変と為らず。何况流年大運そのものがまさに五行生旺・会合丰盛の処に処するや、おのずからまさに福を獲るべし。たとえば癸亥年生まれの人が乙巳年に碰上すれば、水は巳位の上において絶地といえども、水は火を剋し、火は癸水に対してまさに財で、しかして火は巳の上においてまたまさに旺に当たり、巳の上にまた駅馬を乗ず。巳と亥は相冲して返吟を構成するといえども、身と財の両旺なるがゆえに、併災と成らず。これは真に年成豊登・理応に多く福を獲るべしと言うべし。瑩和尚の注の解釈:いわゆる「掩」はすなわち伏吟、いわゆる「冲」はすなわち返吟。二者が本命と相生すれば便ち吉、相克すれば便ち凶。

論晦数

夫晦者,亂也,暗也。天晦則星辰變易,日時失序;地晦則百川沸騰,山冢卒崩,高岸為谷,深谷為陵。晝晦則日有重暈,飛埃起霧,不雨而陰;夜晦則月沒魄化;人晦則三綱不振,五常共愆,臣殺其君,子殺其父,皆晦亂之道也。

いわゆる「晦」とは、すなわち紊乱・昏暗の意。天に晦象現わるれば、則ち星辰の位置改易し、日月の運行は次序を失う。地に晦象現わるれば、則ち百川沸騰泛濫し、山陵忽然崩塌し、高き河岸は深谷と変じ、深き谿谷は丘陵と変ず——この数句はもと《詩経・小雅・十月之交》に出る。白昼に晦象現わるれば、則ち太陽の外に重重の光暈あり、塵埃飛揚し・霧気弥漫し、雨は下らずして陰沉沉たり。夜裏に晦象現わるれば、則ち月亮沈没し・月魄変形す。人事に晦象現わるれば、則ち君臣・父子・夫婦の三綱振るわず、仁義礼智信の五常一同に違背され、以て臣子が君主を弑殺し・兒子が父親を弑殺するに至る。これらは皆晦乱の道に属す。

太歲者,人君之象,率領諸神,統正方位,斡旋時序,總成歲功,凡人年、月、日、時者,臣也,不可瀆犯於君,若生日、生時,與逐年太歲天元干合者,謂之晦氣,必主陰災。發災在支干所犯之月,重者死亡,輕者災撓也。

「太歳」は人間の君主を象徴し、衆神を統率し、各個の方位を端正し、四時の節序を斡旋し、一年の功成を総攬す。人の年柱・月柱・日柱・時柱に至っては、皆臣子で、君主を冒犯するべからず。もし出生の日柱・時柱の天干が当年太歳の天干と相合すれば、則ちこれを「晦気」といい、必ず暗中に災を招くを主る。災禍の発作する時間は、則ち触犯されたあの干支の所属する月份に在り。重きは死亡し、軽きもまた一番の搅擾を受く。

凡生日、生時,天干與逐年太歲干合者,謂之晦氣入門。旺則在門戶眷屬之災,氣並沖合死絕,主身災。苦在相刑之位,更氣困,主身災,有禍。若在六害之位,主陰小有災,或奴婢走疾之惱。若在時日宅墓,謂日前五位為宅,時後五位為墓,主門戶多凶,及陰人為撓。若有懷妊者,必產後有不安之象,利生女,不利生男。若生男子,兩有一失,與大運一同論也。

およそ出生日・出生時の天干が当年太歳の天干と相合するを、則ち「晦気入門」という。もしこの干がまさに旺気に当たれば、災は門戸家眷の身上に応ず。もし気勢がまた冲また合して死絶の地に落ちれば、則ち自身に災あるを主る。倘若相刑の位置に落ち、気また困頓せば、同じく自身に災あり併せて禍患を招くを主る。倘若六害の位置に落ちれば、家中の婦女幼儿に災あるを主り、あるいは奴婢逃走・患病の類の煩悩あり。倘若日・時の宅墓の位に落ちれば、いわゆる宅は日柱より前へ第五位、いわゆる墓は時柱より後へ第五位で、則ち門戸に凶多く・併せて女眷の作梗生擾あるを主る。家里にもし懐孕する者あれば、産後必ず不安の象あり。女児を生ずは尚かつ利あり、男児を生ずは便ち不利。もし男児を生下せば、母子両個は多くは一個を失わんとす。これらは皆大運と同じく論断す。

晦氣入門者,當有婦人厄難,孕者即免。(又云,主陰人妊孕,生女減咎,生男須一失)若在地支六神中相合,為之鴛鴦合,主有好事,若有用,主添進人口,苦相憎,則有別離之事。若太歲克生時,亦身災。(並神白經)

およそ「晦気入門」の者は、家中にまさに婦人の厄難に遭遇する者あるべし。已に懐孕する者はかえって災を免れることができる。別の一説は:家中の女眷の懐孕を主り、女児を生めば咎害を減軽し、男児を生めば則ち母子必ず一失あり。もしこの種の相合が地支の六神の中に発生すれば、これを「鴛鴦合」といい、好事あるを主る。もし合して用あれば、家中に丁を添え口を進むを主る。もし彼此相憎相悪すれば、便ち離別の事あり。もし流年太歳が出生の時柱を剋制するも、また自身に災あるを主る。以上は皆《神白経》に出る。

古詩云:日時莫與歲干合,歲干合兮災必侵,近則臨門陰小厄,遠則人財破敗陵。婦人有孕尤能免,女喜男災多不寧。凡人遇此休言福,不如靜坐去休心。

古詩にいう:出生の日干・時干は千万に流年太歳の天干と相合するなかれ。いったん相合せば、災禍は必ず侵擾す。近きは自家門内に応え、婦女幼儿殃に遭う。遠きは則ち人口と銭財の上に応え、破敗凋零す。家中の婦人もしまさに身孕を懐くれば、かえって災を免れることができる。女を生むは喜、男を生むは則ち多く災あり、家宅安寧ならず。およそ人この種の年份に碰上するは、何らかの福分を指望するなかれ、安坐静守し・心思を收斂するに如かず。

凡太歲刑沖壓害生年,主父母亡身之災,刑沖壓害生月,主兄弟僚友之災,刑沖壓害生日,主妻妾己身之災。刑沖壓害生時,主子孫之災。五行不戰則生兒女,刑沖壓害胎元,主父母長上骨肉之災。刑沖厄害命宮,有戰克,主己身、父母,官事、孝服、破財、不寧等事,皆主一年災福,遂應在太歲輦路上,輦路者:四孟四仲四季月分也。(並廣信集)

およそ流年太歳が出生の年柱を刑・冲・圧・害するは、父母に亡故の災あるを主る。月柱を刑冲压害するは、兄弟と同僚朋友に災あるを主る。日柱を刑冲压害するは、妻妾と自己に災あるを主る。時柱を刑冲压害するは、子孫に災あるを主る。ただし五行もしあい戦わざれば、かえって兒女を生じ育てるを主る。「胎元」を刑冲厄害するは、父母長輩等の骨肉に災あるを主る。「命宮」を刑冲厄害するは、その中にまた交戦相克あれば、自身と父母に官司・孝服・破財・不安寧等の事あるを主る。以上は皆ただ一年の内の災と福を管し、応験の時間は太歳の「輦路」の上に落つ。いわゆる輦路とは、すなわち四孟・四仲・四季のこの十二箇の月份である。以上は皆《広信集》に出る。

劫殺臨命者,常以十二枝辰為正命,若遇歲劫殺臨之,主其年諸事耗散,如在遠方當逢劫奪之事。假令亥生人,遇寅午戌年劫殺臨命,逢之者,宜慎靜守常,不可遠適他鄉,恐逢劫盜。陰陽二命,並以命前二辰為喪門,後二辰為弔客,若人遇喪吊臨命,主其年有孝服哭泣之事。假令子生人,以寅為喪門,戌為弔客,若大歲在寅戌,(小運亦然)主其年有喪服之事也。

いわゆる「劫殺臨命」とは、十二地支の中の本人の年支をもって正命とし、もし流年の劫殺に碰上してまさにこの一位の上に圧せば、則ちこの一年に諸事耗散破敗を主る。人もし遠方に在れば、さらに搶劫掠奪の事に遇う。例を挙げて言えば、亥年生まれの人は、寅・午・戌のこの三個の年份に遇えば、火局の劫殺は恰好亥に落ち、則ち本命の上に圧し到る。この種の年份に遇えば、まさに謹慎安静・守常度日し、遠行他郷するなかれ、劫盗に遭遇するを免れんがため。男命女命を論じず、皆本命より前へ第二位をもって「喪門」とし、後へ第二位をもって「吊客」とす。人もし喪門吊客が本命の上に圧するに遇えば、則ちこの一年に孝服哭泣の事あるを主る。たとえば子年生まれの人は、寅は喪門、戌は吊客で、流年太歳もし寅・戌の両年に在り、小運がこの両位に走り着くも同じく、皆この一年に喪服の事あるを主る。

凡大運如大將軍,小運如小將軍,太歲如人君,三者相得而和,然後濟事,所至逢祿馬貴人,則吉。逢刑殺則凶。所逢者當生年有,則吉凶重。當生年無,則吉凶輕。久困而遇通,未必通;久通而運困,未必困。更加盛衰,宜細消息之。五行衰者運宜盛,五行盛者運宜衰,仍須命合三主而言,萬不失一也。(李虛中書)

大運は譬えば大将軍、小運は譬えば小将軍、流年太歳は則ち譬えば君主。この三者の彼此配合融洽にして、事情ははじめて為し成すを得る。三者の到る処にもし禄・駅馬・貴人に遇えば、則ち吉。刑と凶殺に遇えば、則ち凶。遇う所のこれら神煞は、もし本人出生年の八字の裏にもとよりあれば、吉凶の応験は便ち重し。八字の裏にもとよりなければ、吉凶は便ち軽し。長久困頓の人が忽然通達の運に遇うも、未必しも真に通達せず。長久通達の人が忽然困頓の運に走上るも、未必しも真に困頓せず。さらに命局そのものの盛衰を参合し、仔細にその中の消長を揣摩せねばならない。五行衰弱の人は、運は旺地に走るに宜しい。五行太旺の人は、運はかえって衰地に走るに宜しい。要するになお年・月・日の三主を合わせて看て、はじめて万失なきを得る。この説は《李虚中書》に出る。

凡命以太歲小運為我用,若大運雖到吉位,尤未動也,候太歲小運亦到吉位上相應,則當年有遷官進職之福。若大運到凶位,災未發也,候太歲小運亦到凶位相應,則當年有喪服哭泣責罰之災。

およそ命を看るに、流年太歳と小運をもって我の調用し得る力量と為す。大運はすでに吉利の位置に走り着いたといえども、福気は実は尚未だ発動せず。太歳と小運もまた吉位に走り着きそれと呼応するを待って、あの年にやっと昇官進職の福分ある。同じく、大運は兇険の位置に走り着いたといえども、災禍もまた尚未だ爆発せず。太歳と小運が同じく凶位に走り着きそれと呼応するを待って、あの年にやっと喪服・哭泣・責罰を受けるの類の災ある。

陳訪曰:大小運並太歲都在吉處,謂之福會;俱在凶處,謂之凶會。大凡大運在凶處,小運太歲皆到吉地,不能為大福,止為當年之利也。大運在吉處,小運太歲皆到凶位,不能為大災,止為當年之不利也。小大災福,皆以大運為之主。欲知人受福之年,須是大運在祿、長生、建庫、驛馬、馬合、祿合、命合上。若要見受福,月月時亦以上**配而推之,可見矣。欲知人受災之年,須是大運在祿與身死、敗、絕位上,並伏吟、返吟、空亡、凶殺上,太歲亦到七位上,更帶克身之鬼,其年決有大災。若要見受災月日時,亦以上**配推之,可見矣。

陳訪にいう:大運・小運と流年太歳を連ねて皆吉処に落つるを、「福会」という。皆凶処に落つるを、「凶会」という。大体に言えば、大運は凶処に在りて小運太歳は皆吉地に到るも、また大福を成すこと能わず、ただ当年略微順利のみ。これに反して、大運は吉処に在りて小運太歳は皆凶位に到るも、また大災を釀成する能わず、ただ当年略微不順のみ。災福の大小軽重は、一概に大運をもって主とす。一人の受福の年份を知らんと欲すれば、必ず大運が禄・長生・建庫・駅馬・馬合・禄合・命合のこれら位置上に走るを要す。もしさらに受福の月・日・時を推出せんとすれば、また上面の例に照らして配して推算し、便ち見ることができる。一人の受災の年份を知らんと欲すれば、必ず大運が禄と身の死・敗・絶位の上に走り、あるいは伏吟・返吟・空亡・凶殺の上に落ち、しかして流年太歳もまたこの七類の位置に到り、さらに身を剋する鬼神を帯びれば、あの年は必ず大災あり。もし受災の月・日・時を推出せんとすれば、同じく上例に照らして配して推算し、また見ることができる。

古人以太歲及小運壓大運為災,非也。若大運在吉位,或太歲或小運並於大運上,當年主有兩重喜,最忌者,或大運,或小運與大運同到凶位上,則當年主有不測之禍,或死兆也。(並三命提要)

古人は流年太歳と小運が大運の上に圧するを則ち災と為したるが、これは正しからず。倘若大運もとより吉位に在り、太歳あるいは小運がさらに大運の上に重叠せば、あの年はかえって双重喜事あるを主る。最も忌諱すべきは、太歳あるいは小運と大運が一同に凶位の上に走り着くことで、あの年は則ち意料之外の禍事、甚だしきは死亡の徴兆あるを主る。以上は皆《三命提要》に出る。

幾欲占得官者,須是歲運至祿干生旺處,乃吉。年內取月準此。假令甲子人以甲為祿,干屬

およそいつ官職を得るかを占問せんと欲する者は、必ず流年と大運が禄の天干の生旺の処に走り着くを要し、はじめて吉利と算定す。一年の内にさらにいずれの月份に応験するかを細取するも、またこの办法に照らして推す。例を挙げて言えば、甲子年生まれの人は甲をもって禄とし、甲のこの天干の属する所は……原書の文字はここに至りて中断す。

The original text is in the public domain. The Japanese is a machine-assisted translation of this library’s own Chinese paraphrase, checked against a fixed glossary so that technical terms match the definitions used elsewhere on this site. It is a reading aid and does not replace the original.

Mentioned in this book