四大水口を弁ず
夫四大水口有至理存焉,楊公書中未嘗發露,惟希夷先生闢闔水法,倡明八卦之理,而四大水口之義寓於其中。此乃黃石公《三字青囊》所固有,楊公特秘而不宣,即希夷引而不發也。
四大水口の裏には自ずと極精微の道理あり。楊筠松の書中に曽て点破せず、ただ陳摶(希夷先生)が「辟闔水法」を講じて八卦の理を倡明せるのみ、四大水口の意義は即ちその中に寄寓す。これは本より黄石公《三字青囊》が原より有するものにして、楊公は特に秘して宣せず、陳希夷もまたただ引いて発せざるのみ。
今人不知天元八卦之妙用,妄以凡庸淺見測之,遂以為辰戌丑未為五行墓庫之方,輒以三合雙山附會曰:乙丙交而趨戌、辛壬會而聚辰、斗牛納丁庚之氣、金羊收甲癸之靈。鳴呼,謬矣。
今人は天元八卦の妙用を懂せず、胡乱に庸常浅陋の見識を以てこれを揣测し、ここにおいて辰・戌・丑・未を以て五行の墓庫所在の方と認定し、動もすれば三合・双山を以て附会して、何やら「乙丙交りて戌に趨き、辛壬会して辰に聚まり、斗牛は丁庚の気を納め、金羊は甲癸の霊を収む」(斗牛は丑を指し、金羊は未を指す)と言う。嗚呼、全く錯誤なり。
以三合五行起長生墓庫之非,即龍上五行左旋為陽,右旋為陰而同歸一庫,穿鑿不通之論,前篇皆已辨之。獨此四大水口原屬卦氣之妙用,《青囊》之正訣,而亦為此輩牽合舛錯而亂真,余每開卷至此,不勝握腕,故又特舉而言之。
三合五行を用いて長生・墓庫を起こすの荒謬、および竜の上に五行を分かち左旋を算えて陽と為し右旋を算えて陰と為して最後同じく一つの墓庫に帰るという穿鑿不通の議論は、前の幾篇にすでに辨明せり。唯だこの四大水口のみ、本より卦気の妙用・《青囊経》の正訣に属するに、如今またこの班の人に牽合錯乱せられ、以って假を乱真せり。私は毎回書を翻してここに読み至るに、総じて腕を扼して嘆息せざるを得ず、故に特に再び提起して一講す。
夫圖南先生八大局皆從《洛書》八卦中來,一卦有一卦之水口。舉四隅之卦而言,則有四;若舉四正之卦而言,其實有八。然括其要旨,即一水口而諸卦之理已具。學者苟明乎此,山河大地,佈滿黃金矣。特以天心所秘,非人勿傳,故不敢筆之於書,聊因俗本,微露一端,任有夙慧者私心自悟。
陳摶(字は図南)の八大局は皆《洛書》八卦の中より推して出づ。一卦は自ずと一卦の水口あり。単に乾坤艮巽の四隅の卦に就いて講ぜば、ただ四つあり。若し坎離震兌の四正の卦を連ねて一併に講ぜば、其の実八つあり。然るにその要旨を帰結すれば、ただ一つの水口を通ぜば、諸卦の道理は皆全く具備す。学者若し能くこの一層を明白せば、満眼の山河大地は皆遍地の黄金なり。ただこれは天心の秘するところにして、その人に非ざれば即ち伝うべからざるが故に、敢えて明白に書上に写さず、姑らくこの俗本に借りて畧かに一端を露出し、任せて夙に慧根ある人に自ずと心領神会せしむ。
若以為陽艮龍丙火,交於乙,墓於戌;陰亥龍乙木,交於丙,亦墓於戌,以為天根明窟,雌雄交媾,玄竅相通,種種痴人說夢,總因誤認諸家五行,不知卦氣之理,以訛傳訛,盲修瞎煉。
至りて何やら陽艮竜は丙火に属して乙に交りて戌に墓す、陰亥竜は乙木に属して丙に交りて亦戌に墓す、便ち「天根明窟」(即ち「天根月窟」)・「雌雄交媾」・「玄竅相通」と算えんと言う——種種は皆痴人の夢を説くなり。総帰するに各家の方位五行を錯認し、卦気の理を懂せず、以て訛り伝え訛り、盲修瞎錬せるなり。
吾遍觀古來帝王陵寢,以及公卿名墓,何曾有合此四語者。若用此四語擇得合格之地,總與地理真機無涉,其為敗絕,亦猶是也。所謂勞而無功,聞餘言者,不識能惕然有動於中否。
私は遍く古来帝王の陵寝および公卿名家の墳墓を看るに、曽て一処のこの四句の口訣に合上る者あらんや。就中この四句に照らして一塊の謂うところの「合格」の地を挑ぶといえども、亦地理の真機と毫も相干らず、照様として敗家絶嗣の下場なり。これ正に謂うところの労して功なしなり。私がこの番の話を聞く者は、能く心頭一驚し感動あるを知らずや。
陰陽交媾を弁ず
天地之道,不過一陰陽交媾而已。天地有一大交媾,萬物各有一交媾,變變化化,施之無窮,論其微妙,莫可端倪而實有其端倪。故曰玄牝之門,是為天地根。地理之道,若確見雌雄交媾之處,則千卷《青囊》皆可付之祖龍。斯理甚秘,而實在眼前,若一指明,觸目可睹。然斷不在五行生旺墓上討消息也。
天地の道は帰根到底するに過ぐるは一つの「陰陽交媾」のみ。天地に一つの大交媾あり、万物はまた各々その交媾あり、変化已まず施行窮りなし。其の微妙なる処を講ぜば髣髴として端倪を摸得すべからざるが如し、其の実確確実実として端倪の尋るべきあり。故に《老子》に曰く「玄牝の門は是れ天地の根と謂う」と。地理のこの門の学問は、若し真に能く雌雄交媾の処を看準せば、則ち千巻の《青囊》は皆取って焼き去るべし(「之を祖竜に付す」は秦始皇の焚書の典を用いる)。この道理は極めて隠秘なるも、また実実在在として即ち眼前に擺し、一経指明せば触目するは皆これなり。但しそれは断断として五行の生・旺・墓の上に消息を討るに在らず。
《玉尺》乃曰:有乙辛丁癸之婦,配甲庚丙壬之夫。又曰:陰遇陽而非其類,號曰陽差;陽見陰而非其偶,名曰陰錯。乃取必於乙丙之墓戌;辛壬之墓辰;丁庚之墓丑;癸甲之墓未,此真三家村學究之見也。
《玉尺経》は却って曰く「乙・辛・丁・癸の幾位の陰干を以て婦と作し、去りて甲・庚・丙・壬の幾位の陽干に配して夫と作す」と。又曰く「陰は陽に遇いて其の同類に非ざれば、これを『陽差』と叫び。陽は陰を見て其の配偶に非ざれば、これを『陰錯』と叫ぶ」と。ここにおいて必ず乙丙が戌に同墓し、辛壬が辰に同墓し、丁庚が丑に同墓し、癸甲が未に同墓するを取らんとす。これは真に三家村の塾師の見識なり。
夫陰陽交媾自然而然,不由勉強,亦活潑地不拘一方,豈可以方位板格死煞排算乎。即以天地之交媾者言,天氣一降,地氣一升,而雨澤斯沛矣,子能預定天地之交於何方,合於何日乎?更以男女之交媾者言,陽精外施,陰血內抱而胎元斯孕矣,子能預擬胎孕之何法而成,何時而結乎。
其の実陰陽交媾は自然にして然らしむるの事にして、一分一毫も勉強し得べからず、而も活潑潑として拘定して哪一方に在らず。どうして二十四方位を以て刻板に死排硬算せんことを得んや。就中天地の交媾を以て言わん。天気下降し地気上昇し、両気一交れば雨沢は沛然として下る。あなたは能く予め天地の哪一方に交り哪一天に合するを定め出さんや。再び男女の交媾を以て言わん。陽精外に施し陰血内に抱けば胎元は便ち結成す。あなたは能く予めこの一胎は何の方法を用いて成り何の時辰に結ぶを擬定せんや。見れば交媾の機は全く自然感応に在り、方位の排定に在らざるなり。
知天地男女之不可以矯楺造作,則知地理之所謂天根月窟,亦猶是矣。此唯楊公《都天寶照》言之鑿鑿,不啻金針暗度,而因辨《玉尺》之謬而偶洩於此,具神識者,精思而冥悟之,或有鬼神之告也。
天地の交泰・男女の媾精は皆矯揉造作して得るに非ざるを明白せば、即ち地理上の謂うところの「天根月窟」も同じくこの道理なるを明白す。この一層は、ただ楊筠松の《都天寶照経》のみ講じて鑿鑿として拠り所あり、不啻暗中に金針を以て人に度するなり。私は《玉尺経》の謬誤を弁ぜんと欲するが故に、ここに在りて偶然一点を泄露せり。霊識ある人は、静心精思し黙々参悟せば、或いは鬼神の来りて彼を点化するあらん。
砂水の吉凶を弁ず
今之地理家,分龍穴砂水為四事。或雲龍雖好、穴不好;或雲龍穴雖好,砂水不好。何異痴人說夢。古之真知地理者,只有尋龍定穴之法,無尋砂尋水之法。正以雖有四者之名,而其實一而已矣。穴者,龍之所結;水者,龍之所源;砂者,龍之所衛;故有是龍則有是穴,有是穴則有是砂水。未有龍穴不真而砂水合格者也。亦未有龍真穴的,而砂水不稱者也。
如今の地理家は、竜・穴・砂・水を分かちて四件の事と作して講じ、動もすれば「竜は好けれども穴は好からず」と言い、或いは「竜穴は好けれども砂水は好からず」と言う。これは痴人の夢を説くと何の両様あらん。古時真に地理を懂せる人は、ただ竜を尋ね穴を定むるの法門あるのみ、併せて別に砂を尋ね水を尋ぬるの法門あることなし。正しくこの四つの名目あるといえども、其の実ただ一件の事なり。穴は竜気の結ぶ処、水は竜気の従来の源、砂は竜身の護衛なり。故にこのような竜あれば即ちこのような穴あり、このような穴あれば即ちこのような砂水あり。曽て竜穴真ならずして砂水偏に合格なる者なく、また曽て竜真穴的にして砂水偏に相称せざる者なし。
《玉尺》反曰:龍穴之善惡從水,猶女人之貴賤從夫。穴雖凶而水吉,尚集吉祥。是以本為末,以末為本,顛倒甚矣。且其所謂吉凶者,只取四生三合,雙山五行,論去來之吉凶,而以來從生旺、去從墓絕者為吉,反此者為凶。既屬可笑。又以砂水在淨陰方位者為吉,在淨陽方位者為凶,尤為拘泥。
《玉尺経》は反し曰く「竜穴の好壞は水に取決せられ、正しく女人の貴賤が丈夫に取決せらるるが如し。穴は凶なりといえども、ただ水吉なれば仍お能く吉祥を聚め来す」と。これは根本を以て枝末と作し、枝末を以て根本と作すにして、顛倒する得て太甚なり。何ぞ況んや其の講ずる吉凶は、ただ「四生」「三合」および双山五行を取り、専ら水の来去を論ず。来水は生旺の方より来り、去水は墓絶の方に往けば便ち吉と算え、反すれば便ち凶と算う。本よりすでに可笑なるも、又把て砂水が「浄陰」の方位に落つるを算えて吉と為し、「浄陽」の方位に落つるを算えて凶と為す、則ち更加拘泥なり。
夫,水之吉凶只辨天元衰旺之氣,砂者,借賓伴主,只要朝拱環抱,其形尖圓平正秀麗端莊,皆為吉曜。若斜飛反去,破碎丑拙則為凶殺。或題之曰文筆、曰誥軸、曰御屏、曰玉幾、曰龍樓、曰鳳閣、曰仙橋、曰旗幟、曰堆甲屯兵、曰煙花粉黛,諸般名色皆以象取之,以類應之,而不可拘執。
其の実水の吉凶は、ただ天元卦気の衰と旺を辨ずるのみ。至りて砂は、過ぐるは賓を借りて主に陪するなり、ただ朝拱環抱して情あり、形状は尖・円・平・正・秀麗端荘なれば、皆吉曜と算えらる。若し斜飛反背して去り、破碎醜陋粗拙なれば、則ち凶殺なり。人々は彼らに題名し、或いは「文笔」と叫び、或いは「誥軸」「御屏」「玉几」「竜楼」「鳳閣」「仙橋」「旗幟」と叫び、或いは「堆甲屯兵」「煙花粉黛」と叫ぶ。種種の名色は皆過ぐるは形象に就いて譬を取り、類別に按じて応験するなり、死死として拘執すべからず。
亦須所穴者果是真龍胎息,精靈翕聚,而後一望臚列皆其珍膳兩假。如一山數家,同見貢砂,而一冢獨發,其餘皆否,非貴之與賤在龍穴而關於砂乎。況四神八國並起星峰,皆堪獻秀,何必淨陰之位則吉、淨陽之位則凶。龍穴無貴陰賤陽之分,砂水又豈有貴陰賤陽之分耶。
而も還って必ず所点の穴は確に真竜の胎息所在・精霊翕然として聚会せんことを要し、然る後に放眼望むに前に羅列する衆砂は、乃ち皆其の席上の珍饈と成れり(原文「珍膳両假」は文字訛あり)。譬えば同一座の山下に幾戸の人家住み、一様に皆那座の貴砂を望見すといえども、偏にただ一座の墳のみ発福し、其餘は皆発せず。見れば貴と賤は竜穴に係り、併せて砂の上に係らざるなり。何ぞ況んや四神八方は一斉に聳起して星峰を成し、皆能く秀を献ず。何ぞ必ずしも浄陰の位にして乃ち吉、浄陽の位にして即ち凶なるを要せんや。竜穴はすでに貴陰賤陽の分なく、砂水はまた哪裏より来りて貴陰賤陽の分あらんや。
其云文筆在坤申為詞訟、旌旗見子午為劫賊;高峰出南離,恐驚回祿、印星當日馬,必遭瞽疾;幹戌為鼓盆之煞、坤流為寡宿之星;寅甲水、瘋疾纏身、乙辰水,投河自縊;又云:未離胎而夭折,多因沖破胎神、才出世而身亡,蓋為擊傷生氣。四敗傷生,雖有子而母明父暗、望神投浴,居官而淫亂可羞。諸如此類,不可枚舉,立辭愈巧其理愈虛。一謬百謬,難以悉辨。
其の書中にまた曰く。文筆砂は坤申の方に出ずれば主打官司し、旌旗砂は子午の方に見ゆれば主出劫盗す。高峰は南離の方に起れば、只怕回禄(火神、火災に遭うを指す)を驚動せんことを要し、印星は正当駅馬の位にすれば、必定眼病を害せん。乾戌の方は主「鼓盆の煞」(妻を喪す)、坤方の来水は主孤寡の星、寅甲の方の来水は瘋疾に纏らせん、乙辰の方の来水は投河自縊せん。又曰く。未だ胎を出でずして夭折するは、多く胎神を衝破するに因り、纔かに世に出でて身亡するは、それ生気を撃傷す。「四敗」の水は生気を傷り、縦え児子あるも亦母明父暗なり。「望神投浴」(沐浴桃花の水)にすれば、官を為すも淫乱にして羞ずべし。これらの類は挙げて勝ならず、辞句は造る得て巧なるほど、道理はいよいよ空虚を顕わす。一処の謬れば便ち処処謬り、実に辨じて勝ならず。
總其大旨曰:廢五行衰旺之說,破陰陽貴賤之名,可以論龍穴,即可以論砂水矣。我於是書,取其四語,曰:本主興隆,殺曜變為文曜;龍身微賤,牙刀化作屠刀。此則沙中之金,石中之玉也。釆葑採菲,無以下體。故特舉而存之。
総括するに私の主旨はただ一句。五行の衰旺の那一套を廃し、陰陽の貴賤の那些の名目を破除せよ。能くこのように竜穴を論ぜば、亦能くこのように砂水を論ぜよ。私はこの部の書の中にただ其の四句の話を取る。「本主興隆なれば、殺曜は変じて文曜と為り。竜身微賤なれば、牙刀は化作して屠刀と為る」と。この四句は真に沙の裏の金・石の中の玉なり。《詩経・邶風・谷風》に曰く「葑を采り菲を采るに、下体を以てする無かれ」——蔓菁を采る人・蘿蔔を采る人は、根が好からざるに因りて連ねて茎葉も棄てず、故に私は特にこれを拈出して保存せり。
八煞黄泉禄馬水法を弁ず
水法中有「祿上御街」、「馬上御街」,其說鄙俚不經,而最能使俗人豔慕。又有八煞、黃泉二種禁忌,使人望而畏之若探湯焉。我以為其說皆妄也。
水法の中に謂うところの「禄上御街」「馬上御街」あり、その説法鄙俗にして経なく、却って最も能く俗人をして艶羨せしむ。此の外また「八煞」「黄泉」の両種の禁忌あり、人をして望見すれば即ち害怕せしめ、手を伸べて滾水を探るが如し。私は思うにこれらの説法は全く妄談なり。
夫,祿馬貴人,起例見於六壬,在易課中已屬借用,與地理祿命皆無干涉。世人學術無本,一見干支便加祿馬,推命家用之,地理家亦用之,東挪西借,以張之子孫繼李之宗祖,血脈不通,鬼神不享。此在楊曾以前,從不見於經傳,後之俗子妄加添設,不辨自明。
禄・馬・貴人の幾種の神煞は、起例本より六壬より出づ、《易》課に用いられてすでに借用と算えらる、地理・禄命と更に毫も相干らず。世人は学問に根柢なく、一見干支あれば即ち上に禄馬を加え、命を算うる者はこれを用い、地を看る者もまたこれを用い、東に挪り西に借るは、張家の子孫を以て李家の祖宗に承継せしめ、血脉通ぜず鬼神もまた肯んじて歆享せず。これらの類の名目は楊筠松・曽文辿以前の典籍の裏に従来見えず、皆後世俗人が妄自添設せるなり、辨ぜずして自ずと明白なり。
夫,地理之正傳,只以星體為巒頭,卦爻為理氣,舍此二者,一切說玄說妙,且無所用之,況其鄙俗之甚者耶。其所稱馬貴者,亦有之矣,曰貴人、曰天馬,此皆取星峰以為名,不在方位也。水之御街亦以形言,不在方位。至於八煞、黃泉,尤無根據,全屬捏造。更與借用不同。
地理の正伝は、ただ星体を以て巒頭を講じ、卦爻を以て理気を講ず。這両様を離れれば、一切の玄を説き妙を説くは皆派上用場ならず、何ぞ況んやこの種の鄙俗なる極みの物や。其の謂うところの「馬」「貴」は、倒也真に其の物あり。一を「貴人」と叫び、一を「天馬」と叫ぶ。然るに彼は皆山峰の形象に就いて取るの名にして、併せて方位の上に在らず。水の謂うところの「御街」も、亦就いて形勢の説にして、同じく方位の上に在らず。至りて八煞・黄泉は、更に毫も根拠なく、純属捏造にして、連ねて「借用」すら算うに足らず。
夫,天地一元之氣,周流六虛。八卦方位,先天後天互為根源,環相交合,相濟為用。得其氣運則皆生,違其氣運則皆死,但當推求卦氣之興衰而為趨避者,從無此卦忌見彼卦,此爻忌見彼爻之理。
天地間の一元の気は、上下四方に周流す。八卦の方位は、先天と後天と互いに根源と為り、環環相交り彼此相済し其の用を成す。当時の気運に合すれば、則ち一概に能く生じ、当時の気運に違背すれば、則ち一概に是れ死なり。故にただ卦気の興衰を推求すべく、これに拠って吉に趨り凶を避くべく、曽てこの卦はあの卦に見るを忌み、この爻はあの爻に見るを忌むの道理あることなし。
若失氣運,則巽見辛、艮見丙、兌見丁、坤見乙、坎見癸、離見壬、震見庚、幹見甲,本宮納甲正配尚足以興妖發禍。若得氣運,雖坎龍,坤兔、震猴、巽雞、幹馬、兌蛇、艮虎、離豬,而卦氣無傷,諸祥自致。我謂推求理氣者,須知有氣運隨時之真煞,實無卦爻配合之煞。今真煞之刻期刻應,剝膚切骨者不知避,而拘拘忌八曜之假煞,亦可悲矣。
若し是れ気運を失えば、則ち巽は辛に見え、艮は丙に見え、兌は丁に見え、坤は乙に見え、坎は癸に見え、離は壬に見え、震は庚に見え、乾は甲に見うる、これらの本宮納甲の正配は、照様として足りて興妖作禍す。若し是れ気運を得れば、縦え謂うところの「坎竜・坤兎・震猴・巽鶏・乾馬・兌蛇・艮虎・離猪」の八曜煞に撞上るも、ただ卦気傷らざれば、種種の吉祥は自ずと到來す。私は思うに理気を推求する者は、須らく世上はただ気運に随い時に転移する真煞あるのみ、併せて卦爻硬配して出ずる死煞あることなきを知るべし。如今那の刻期刻応・剥膚切骨の真煞は知らずして躲れ、偏偏斤斤として八曜の这种の假煞を忌韙す、亦真に可悲なり。
黃泉即四大水口,而強增名色者也。故又曰四個黃泉能殺人,辰戌丑未為破軍;四個黃泉能救人,辰戌丑未巨門。故又文飾其名為「救貧黃泉」。夫,既重九星大玄空水法,則不當又論黃泉矣。何其自相矛盾一至於此。或亦高人心知其誣,而患無以解世人之惑,故別立名色,巧為寬譬耶,未可知也。其實則單論三吉水可矣,不必論黃泉也。
謂うところの「黄泉」は、其の実即ち四大水口にして、過ぐるは硬に一つの名色を安上するのみ。故に彼らはまた曰く「四つの黄泉は能く人を殺し、辰戌丑未は破軍と為る」と、又曰く「四つの黄泉は能く人を救い、辰戌丑未は巨門と為る」と、ここにおいて再び文飾して一つの名目を出して「救貧黄泉」と叫ぶ。すでに九星大玄空水法を看重すれば、更に別に黄泉を論ずべからざるを、どうして自相矛盾してこの地步に至るや。或いは高明の人有りて心裏明白にその荒誕を知り、ただ世人の迷惑を解开するの法なきを苦しみ、纔かに別に一つの名色を立てて巧みに寛解する、これもまた未だ知らざるなり。其の実単に三吉水を論ずれば即ち足れり、用いずして何の黄泉を論ぜんことを要せんや。
且黃泉忌,於彼所言淨陰淨陽、三合生旺墓水法皆不相合。若論陰陽,則乙忌巽是矣,而丙則同為純陰;庚丁忌坤、申癸忌艮、辛忌幹是矣,丙壬則同為純陽,何以亦忌此?於淨陰淨陽,自相矛盾也。
何ぞ況んや黄泉のこの一忌は、彼らが自ら講ずる浄陰浄陽・三合生旺墓水法と皆対攏せず。若し浄陰浄陽に按じて論ぜば、乙は巽を忌むは還って講じて通ぜども、丙は乙と同じく純陰に属す。庚・丁は坤を忌み、申・癸は艮を忌み、辛は乾を忌むは亦講じて通ぜども、丙・壬は同じく純陽に属す、何を以てか亦一併に忌むを要せんや。これは即ち浄陰浄陽の上に自相矛盾せり。
若論三合五行,則乙水向見巽、丁木向見坤、辛火向見幹、癸金向見艮,同為墓絕方,忌之是矣,丙火向見巽,庚金向見坤、壬水向見幹、甲木向見艮,皆臨官方也,何以亦忌此。於三合雙山,自相矛盾也。我即彼之謬者,而證其謬中之謬,雖有蘇張之舌,亦無亂以復我矣。
若し三合五行に按じて論ぜば、乙は水に属し其の向は巽に見え、丁は木に属し其の向は坤に見え、辛は火に属し其の向は乾に見え、癸は金に属し其の向は艮に見うる、これらは皆正しく墓絶の方に落つ。これを忌むは還って説いて過ぐるを得べし。然るに丙は火に属し其の向は巽に見え、庚は金に属し其の向は坤に見え、壬は水に属し其の向は乾に見え、甲は木に属し其の向は艮に見うる、これらは皆正しく臨官の方に落つ、何を以てか亦一併に忌むを要せんや。これは即ち三合双山の上に自相矛盾せり。私は就ち他自身の謬説を用いて、以て他の謬中の謬を証明す。縦え他に蘇秦・張儀の如き弁舌あるも、また能く来りて攪乱して我に答うるを得ざるなり。
《玉尺》遂飾其說曰:八煞黃泉雖為惡曜,若在生方,例難同斷,此真掩耳盜鈴之術。既云惡曜矣,又焉得雲生方;既云生方矣,又焉得稱惡曜。孰知惡固不真,而生方亦皆假也。又或者為之辭曰:黃泉忌水去而不忌來。或又曰:忌水來而不忌去。總屬支離,茫無一實。
《玉尺経》はここにおいてまた替わりて自ら場を圓めて曰く「八煞・黄泉は悪曜なりといえども、若し生方に落つれば、照例一概に論ずべからず」と。これは真に耳を掩い鈴を盗むの手段なり。すでにこれを悪曜と言う、どうして又これを生方と言うを得んや。すでに生方と言う、又どうして悪曜と称作することを得んや。殊に知らず其のあの「悪」は本より真ならず、あの「生方」も亦一様に是れ假なり。又有人替わりて彼を弁解して曰く、黄泉はただ水去るを忌み水來るを忌まず、亦有人曰く、ただ水來るを忌み水去るを忌まず、と。総帰支離破碎して、一句も実処に落ちることなし。
我謂運氣乘旺,雖黃泉亦見其福;運氣當衰,雖非黃泉而立見其禍。苟知其要,不辨自明。而我之偲偲然論之不置者,以世人迷惑已久,如墮深坑,無力自脫,多方曉譬,庶以雲救也。嗚呼,當世亦有見餘心者耶。
私は思うに、気運正当乗旺なれば、就中黄泉方なりといえども照様として福を見、気運正当衰敗なれば、就中黄泉方に非ざるも即ち刻に禍を見ん。若し能くこの要領を懂得せば、用いずして辨ぜば自ずと明白なり。私の所以に還ってこのように懇切休まず反復して申説するは、世人の迷惑すでに久しく、髣髴として深坑に掉進し、自ら力ありて爬出するを得ず、ただ多方に譬を設け開導するのみ、或いは能く一二を救い得ん。嗚呼。当今の世にも、還って我がこの番の苦心を看出する者あらんや。
分房公位を弁ず
夫葬者所以安親魄也,親魄安則眾子皆安,親魄不安則眾子皆不安。今之世家巨族,往往累年不葬,甚之遲之久久終無葬期,一則誤於以擇地為難,再則誤於以分房之說。一子之家猶可,子孫愈多,爭執愈甚,遂有挾私見以堤防,用權謀以自使者矣。
下葬は本より親の魂魄を安頓するを為す。親魄安ければ衆子孫も亦皆安く、親魄安からざれば衆子孫も亦皆安からず。如今の世家大族は、往々にして多年葬らず、甚至一拖再拖して終に下葬の期なし。一来は「選地太難」のこの一念に耽誤せられ、二來は「分房」の説に耽誤せらる。ただ一つの児子ある人家は還って罷む、子孫多ければ多いほど争執いよいよ凶し、ここにおいて人の私心を懐き処処提防し、権謀を玩弄してただ自ら方便を図る者あり。
有時得一吉地,惑於旁人之言,以為不利於己而阻之者,阻之不已,竟葬凶地,同歸於盡,亦可衰哉。原其故,皆地理書公位之說為之禍根。使人減倫理、喪良心,無所不極其至也。
時には明明一塊の吉地を得るも、却って旁人の話を聴信し、以て自ら這一房に不利と為して出面阻撓し、阻撓休まず最後竟に一塊の凶地に葬り進め、全家同帰於尽す、あに可悲ならざらんや。推究するに其の緣故は、皆地理書の裏の「公位」(分房)の説が禍根と做したるなり、人をして倫理を減損し良心を喪尽し、其の極を用いざるなし。
豈知葬地如樹木,根莖得氣則眾枝皆榮,根莖先撥則眾枝皆萎。亦有一枝榮一枝枯者,外物傷殘之耳。葬親者但論其地之凶吉,斷不可執房分之私見。吾觀歷來名臣宗室,往往共一祖地,各房均發者甚多。亦有獨發一房或獨絕一房者,此有天焉,不可以人之智巧爭也。
哪裏にして曉るや葬地は正しく樹木の如し。根幹は気を得れば衆枝皆榮し、根幹は先に抜損せられれば衆枝皆萎む。偶に亦一枝の榮・一枝の枯あるは、それは外物に損傷せられたるのみ。親に替わりて下葬するは、ただこの塊の地の吉凶を論ずべく、断断として哪一房の利を得るの私見を抱着すべからず。私は看るに歴來の名臣宗室は、往々にして一処の祖地を共用し、各房皆發達する者多し。亦有単に一房を發し或いは単に一房を絶する者あり、這裏頭には自ずと天意あり、人の智巧に憑って争い得る者に非ず。
或問曰:然則公位之說全謬歟?又何以有獨發獨絕者耶?曰:是固有之,而非世人之所知也。其說在易曰,震為長男、坎為中男、艮為少男;巽為長女、離為中女、兌為少女。孟仲季之分房由此而起也。然其中有通變之機,非屬此卦即應此子、應此女之謂也。
ある人問う。則ち「公位」の説は全く謬誤なりや。又何を以てか単發・単絶の情形あらんや。私は曰く。この種の情形は固より是れ有るのみ、ただ併せて世人の理解する如くに非ず。其の来歴は《周易・説卦伝》に出づ。震は長男と為り、坎は中男と為り、艮は少男と為り、巽は長女と為り、離は中女と為り、兌は少女と為る。孟(長)・仲(次)・季(幼)の分房の説法は即ち此に由りて起これり。然るに其の中に別に通変の機竅あり、併せて這一卦に属すれば即ち必ず這個の児子・這個の女児の身上に應ずるに非ず。
《玉尺》乃云:胎、養、生、沐屬長子;冠、臨、旺、衰屬仲子;病、死、墓、絕屬季子。即就彼之言以析之,生則諸子皆生矣,旺則諸子皆旺矣,死絕則諸子皆死絕矣,何以以此屬長、以此屬仲、以此屬季?
《玉尺経》は却って曰く。胎・養・長生・沐浴の四位は長子に属し、冠帯・臨官・帝旺・衰の四位は次子に属し、病・死・墓・絶の四位は幼子に属す。就ち其自身の話を以て剖析せん。すでに是れ生なれば、則ち諸子皆生じ、すでに是れ旺なれば、則ち諸子皆旺し、すでに是れ死絶なれば、則ち諸子皆死絶す。何を憑ってかこの一段を長房に派し、あの一段を次房に派し、另一段を幼房に派せんや。
曰:亦以其漸耳。析之曰:以為始於胎養,繼而之旺,既而死絕,似矣,若有四子以往,則又當如何耶,其轉而歸生旺耶、抑另設名以應之耶?此不足據之甚者也。世人慎勿惑於其說也。
他は答えん。過ぐるは一つの由漸而及の意思を取るのみ、と。則ち再び往下に剖析せん。何やら胎養より起こり、接して帝旺に到り、再接して死絶に到ると言う、髣髴として亦講じて通ずるが如し。然るに假如四つの児子以上あれば、又どのように排せんや。是れ轉回頭して重帰して生旺ならんか、是れ別に名目を立てて以て彼に應ぜんか。これ是最も靠り難き一条なり。世人は千万にこの種の説法に迷惑せられるなかれ。
総論後
餘作《玉尺辨偽》既成,或問曰:子於是書訛謬,辨之則既詳矣,子謂吉凶之理在乎地,而非方位之所得而限也,然則八干、四維、十二支,寧無有吉凶之當論乎?曰:何為其然也!我正謂八干、四維、十二支皆分屬於卦氣,夫,卦氣吉凶之有辨,蓋灼灼矣,特非淨陰淨陽、雙山三合生旺墓之謂也。
私はこの部の《玉尺弁偽》を写畢したる後に、ある人問う。您のこの部の書に対する訛謬は、弁じてすでに甚だ詳尽なり。您は曰く吉凶の道理は地の本身に係り、方位の限定し得るに非ずと、則ち八天干・四維(乾坤艮巽)・十二地支は、あに吉凶の論ずべきなからんや。私は曰く。どうして是れこのようならんや。私は正しく要して言わん、八干・四維・十二支は皆分别して卦気に隸属し、而して卦気の吉凶は自ずと分辨あり、この一点は明明白白なるも、只不過是れ浄陰浄陽・双山三合生旺墓の那一套に非ずと。
乃若《青囊》正理,方位之辨實有之,其秘者不敢宣洩,姑就《玉尺》之文以概舉之。《玉尺》所畏者曰乙辰、曰寅甲,而以《青囊》言之,乙之與辰、寅之與甲,相去何啻千萬里也。有時此凶而彼吉,有時此吉而彼凶者矣。所最羨者,曰巽巳丙,而以《青囊》言之,巽巳之與丙,相去亦不啻千萬里也。有時此吉而彼凶,有時此凶而彼吉者矣。
至りて《青囊経》の正理は、方位の上の分辨は確実に是れ有る。其の中最も隠秘の部分は、我敢えて宣泄せず、姑らく就て《玉尺経》の原文に一個の大概を挙ぐ。《玉尺経》の畏忌する所は乙辰是れ、寅甲是れ、把てこれらを一路の凶方と當成す。然るに《青囊》に依れば、乙と辰・寅と甲は、彼此相差する何止千万里なり。時には這一個凶にして那一個正に吉、時には這一個吉にして那一個正に凶あり。其の最も艶羨するは巽・巳・丙にして、把てこれらを一路の吉方と當成す。然るに《青囊》に依れば、巽巳と丙は相差する亦不止千万里なり。時には這一個吉にして那一個正に凶、時には這一個凶にして那一個正に吉あり。
所最欲分別而不使之混者,曰丙午丁、曰乾亥、曰甲卯乙、曰辰巽、曰丑艮寅。而以《青囊》言之,午之與丙丁、亥之與幹、卯之與甲乙、巽之與辰、丑寅之與艮,所爭不過尺寸之間而已,有時而吉則必與之俱吉、有時而凶則必與之俱凶矣。
反し其の最も彼らを分别開きたく、生怕彼此相混するは、丙午丁の一組・乾亥の一組・甲卯乙の一組・辰巽の一組・丑艮寅の一組是れ。然るに《青囊》に依れば、午と丙丁・亥と乾・卯と甲乙・巽と辰・丑寅と艮は、彼此の争う所は過ぐる羅盤上の尺寸の間の距離のみ。到りて吉すべき時に當れば、彼らは必定一同に吉と為り、到りて凶すべき時に當れば、彼らも亦必定一同に凶と為る。根本より那种の細碎なる區分を做るを須いざるなり。
今乃於其當辨而不可不辨者,如黃精之與勾吻、附子之與烏頭,一誤用之而足以入口傷生者反置之不辨;於其易辨而可以不辨者,如白梁與黑秬,異色而皆可以養人,堇之與鴆,異類而皆可以殺人者,屑屑然悉舉而辨之,彼自以為智,而乃天下之大愚也。
如今其の対て當に辨ずべく辨ぜざるを得ざる者は、好比黄精と勾吻・附子と烏頭、形状相近く一旦誤服入口すれば即以て命を傷るに足る者を、反し撂いて一邊に開き辨ぜざり。對て容易に分辨し其の実辨ずるを須いざる者は、好比白粱と黑黍、顏色不同なるも皆能く人を養い、毒堇と鴆鳥、種類不同なるも皆能く人を殺す者を、却って瑣瑣屑屑として一一枚挙して辨ず。他は自ら以て聰明と為す、其の実是れ天下の大愚なり。
且生旺死絕之說,《青囊》未嘗不重之,故《葬書》曰:葬者,乘生氣也。卦氣之所謂生,非三合五行之所謂旺;卦氣之所謂死絕,非三合五行之所謂死絕。且地氣之大,生旺不知趨,而區區誤認一干一支之假生旺而求迎之;地氣之大,死絕不知避,而區區誤認一干一支之假死絕而思避之,悲夫,所謂雀以一葉障目,而謂彈者不我見也。以此為已,適以害己;以此為人,適以害人而已。
再び言えば生旺死絶の説は、《青囊経》未だ嘗て看重せざるなし。故に郭璞《葬書》の開篇に便ち曰く「葬する者は、生気に乗るなり」と。只是卦気の謂うところの「生」は、三合五行の謂うところの「旺」に非ず。卦気の謂うところの「死絶」も、亦三合五行の謂うところの「死絶」に非ず。地気大局の上の生旺を、他は知らずして趨就せんことを知らず、却って斤斤として某一干某一支の假生旺を誤認して以て之を迎接せんとす。地気大局の上の死絶を、他は知らずして回避せんことを知らず、却って斤斤として某一干某一支の假死絶を誤認して以て之を躲避せんとす。可嘆なるかな。これ正しく那只の一片の樹葉を拿りて眼睛を遮り、還って以て彈弓を拿る人は自己を看不見と為す鳥雀の如し。把てこの一套を自己身上に用いれば、恰好自己を害し、別人身上に用いれば、亦恰好別人を害す。
故乎《玉尺》之於地理,猶鄭聲之於雅樂、楊墨之於仁義,一是一非,勢不兩立,實有關乎世道之盛衰,天地之氣數。竊聞嘉靖以前,其書尚未大顯,至萬曆時,有徐之鏌者為之增釋圖局而梓行之,於是江湖行術之徒,莫不手握一編以求食於世,至今日而惑於其說者,且遍天下也。
故に《玉尺経》の地理に対するは、就ち鄭國の靡靡の音の雅樂に対する、楊朱墨翟の學の仁義に對するが如し、一是れ一非れ、勢い両立せず、實に世道の盛衰・天地の氣數に關係す。我私くに聞く、嘉靖年間以前は這部の書は還だ世に大行せず、到りて萬曆年間に、有個の徐之鏌と叫ぶ人替わりて之に増補注解し添えて圖局を畫き刊刻流通せしめ、ここにおいて江湖上の術を行う者は無不手に一冊を拿り、靠て之に世上に口飯を討り喫す。到りて今天に、被て之に迷惑せられし人はすでに遍布天下せり。
悖陰陽之正,幹天地之和,與俶擾五行,怠棄三正者同其患,有聖人者出,而誅非聖之書,於陰陽一家,必以此書為之首。嗚呼,此書不破,世運何由而息水火,生民何由而儕仁壽哉。我拭目望之矣。
其の違背する陰陽の正理、干犯する天地の中和は、《尚書・甘誓》の斥責する所の「俶五行を擾り、三正を怠棄す」と同じ一種の禍患に属す。將來若有聖人出世して、要して那些の聖道に違背する書を誅毀せんとする時、陰陽術數の這一家に在りては、一定得把て這部の書を列為第一と為さん。嗚呼。這部の書破らざれば、世運は何を憑って能く水深火熱より脫出せんや、蒼生は何を憑って能く一同に仁壽の域に躋身せんや。我眼を擦亮して這一天を等待す。
