仏説無量寿経 巻上
「『設我得佛,國中人天不悉識宿命,下至知百千億那由他諸劫事者,不取正覺。
「『もしわたしが成仏するや、国土の中の人天が悉く宿命を識り得ず、下して百千亿那由他(極めて大きな数目の単位)の諸劫の事を知るに至らざれば、正覚を成ぜず。
「『設我得佛,國中人天不得天眼,下至見百千億那由他諸佛國者,不取正覺。
「『もしわたしが成仏するや、国土の中の人天が天眼を得ず、下して百千亿那由他の諸仏国土を見るに至らざれば、正覚を成ぜず。
「『設我得佛,國中人天不得天耳,下至聞百千億那由他諸佛所說不悉受持者,不取正覺。
「『もしわたしが成仏するや、国土の中の人天が天耳を得ず、下して百千亿那由他の諸仏の説く所を聞いて皆受持し得ざれば、正覚を成ぜず。
「『設我得佛,國中人天不得見他心智,下至知百千億那由他諸佛國中眾生心念者,不取正覺。
「『もしわたしが成仏するや、国土の中の人天が他心智を得ず、下して百千亿那由他の諸仏国土の中の衆生の心念を知るに至らざれば、正覚を成ぜず。
「『設我得佛,國中人天不得神足於一念頃,下至不能超過百千億那由他諸佛國者,不取正覺。
「『もしわたしが成仏するや、国土の中の人天が神足を得ず、一念の間に下して百千亿那由他の諸仏国土を超過し得ざれば、正覚を成ぜず。
「『設我得佛,國中人天若起想念貪計身者,不取正覺。
「『もしわたしが成仏するや、国土の中の人天にもし想念を生じこの身を貪計するあらば、正覚を成ぜず。
「『設我得佛,國中人天不住定聚必至滅度者,不取正覺。
「『もしわたしが成仏するや、国土の中の人天が正定の聚に安住し必ず滅度に至らざれば、正覚を成ぜず。
「『設我得佛,光明有能限量,下至不照百千億那由他諸佛國者,不取正覺。
「『もしわたしが成仏するや、光明に限量あるものあり、下して百千亿那由他の諸仏国土を照らし得ざれば、正覚を成ぜず。
「『設我得佛,壽命有能限量,下至百千億那由他劫者,不取正覺。
「『もしわたしが成仏するや、寿命に限量あるものあり、下して百千亿那由他劫のみならば、正覚を成ぜず。
「『設我得佛,國中聲聞有能計量,乃至三千大千世界眾生緣覺於百千劫悉共計挍知其數者,不取正覺。
「『もしわたしが成仏するや、国土の中の声聞に計量し得るものあり、乃至三千大千世界の衆生・縁覚が百千劫の中に共に計算してその数を知り得れば、正覚を成ぜず。
「『設我得佛,國中人天壽命無能限量——除其本願脩短自在——若不爾者,不取正覺。
「『もしわたしが成仏するや、国土の中の人天の寿命に限量あるものなく——ただし彼らの本願の或いは長く或いは短く自在を除く——このごとくならざれば、正覚を成ぜず。
「『設我得佛,國中人天乃至聞有不善名者,不取正覺。
「『もしわたしが成仏するや、国土の中の人天乃至不善の名を聞くことあらば、正覚を成ぜず。
「『設我得佛,十方世界無量諸佛不悉諮嗟稱我名者,不取正覺。
「『もしわたしが成仏するや、十方世界の無量の諸仏が皆咨嗟してわが名号を称せざれば、正覚を成ぜず。
「『設我得佛,十方眾生至心信樂欲生我國,乃至十念,若不生者,不取正覺,唯除五逆、誹謗正法。
「『もしわたしが成仏するや、十方の衆生が至心に信楽してわが国に往生せんと欲し、乃至十念するも、もし往生し得ざれば、正覚を成ぜず。ただ五逆・正法を誹謗する者を除く。
「『設我得佛,十方眾生發菩提心修諸功德,至心發願欲生我國,臨壽終時,假令不與大眾圍遶現其人前者,不取正覺。
「『もしわたしが成仏するや、十方の衆生が菩提心を発し諸の功徳を修し、至心に願を発してわが国に往生せんと欲し、寿終に臨んで、もしわたしが大衆と囲繞してその人の前に現ずることあらざれば、正覚を成ぜず。
「『設我得佛,十方眾生聞我名號、係念我國,殖諸德本、至心迴向欲生我國,不果遂者,不取正覺。
「『もしわたしが成仏するや、十方の衆生がわが名号を聞きわが国を繫念し、諸徳の本を種植し、至心に回向してわが国に往生せんと欲すとも、願のごとくならざれば、正覚を成ぜず。
「『設我得佛,國中人天不悉成滿三十二大人相者,不取正覺。
「『もしわたしが成仏するや、国土の中の人天が悉く三十二大人相を成満せざれば、正覚を成ぜず。
「『設我得佛,他方佛土諸菩薩眾來生我國,究竟必至一生補處——除其本願自在所化,為眾生故,被弘誓鎧,積累德本度脫一切;遊諸佛國修菩薩行,供養十方諸佛如來;開化恆沙無量眾生,使立無上正真之道;超出常倫諸地之行,現前修習普賢之德——若不爾者,不取正覺。
「『もしわたしが成仏するや、他方の仏土の諸菩薩衆が来生してわが国に至り、究竟必ず一生補処(あと一度受生するだけで成仏する菩薩)に至らん——ただし彼らの本願自在の所化は除く。衆生のために、弘誓の鎧を披き、徳本を積累して一切を度脱し、諸仏国土に游歴して菩薩行を修し、十方の諸仏如来を供養し、恒河沙の無量の衆生を開化して無上正真の道に安立せしめ、寻常の諸地の行を超出し、現前に普賢の徳を修習する——このごとくならざれば、正覚を成ぜず。
「『設我得佛,國中菩薩承佛神力供養諸佛,一食之頃不能遍至無量無數億那由他諸佛國者,不取正覺。
「『もしわたしが成仏するや、国土の中の菩薩が仏の神力を承けて諸仏を供養するに、一飯の時間に遍く無量无数億那由他の諸仏国土に至ること能わざれば、正覚を成ぜず。
「『設我得佛,國中菩薩在諸佛前現其德本,諸所求欲供養之具若不如意者,不取正覺。
「『もしわたしが成仏するや、国土の中の菩薩が諸仏の前にその徳本を顕現し、諸の求欲する供養の具が如意ならざれば、正覚を成ぜず。
「『設我得佛,國中菩薩不能演說一切智者,不取正覺。
「『もしわたしが成仏するや、国土の中の菩薩が一切智を演説し得ざれば、正覚を成ぜず。
「『設我得佛,國中菩薩不得金剛那羅延身者,不取正覺。
「『もしわたしが成仏するや、国土の中の菩薩が金剛那羅延身を得ざれば、正覚を成ぜず。
「『設我得佛,國中人、天、一切萬物嚴淨光麗,形色殊特,窮微極妙,無能稱量。其諸眾生乃至逮得天眼,有能明瞭辨其名數者,不取正覺。
「『もしわたしが成仏するや、国土の中の人・天・一切万物は厳浄光麗にして、形色殊特にして、微を窮め妙を極め、称量し得るものなし。其中の諸衆生乃至天眼を得て、その名数を明了に弁別し得るものあらば、正覚を成ぜず。
「『設我得佛,國中菩薩乃至少功德者,不能知見其道場樹無量光色高四百萬裡者,不取正覺。
「『もしわたしが成仏するや、国土の中の菩薩乃至少功徳の者も、その道場樹の無量の光色・高さ四百万里を見知り得ざれば、正覚を成ぜず。
「『設我得佛,國中菩薩若受讀經法,諷誦持說而不得辯才智慧者,不取正覺。
「『もしわたしが成仏するや、国土の中の菩薩がもし経法を受読し、諷誦持説して弁才智慧を得ざれば、正覚を成ぜず。
「『設我得佛,國中菩薩智慧辯才若可限量者,不取正覺。
「『もしわたしが成仏するや、国土の中の菩薩の智慧弁才にもし限量あるものあらば、正覚を成ぜず。
「『設我得佛,國土清淨,皆悉照見十方一切無量無數不可思議諸佛世界,猶如明鏡覩其面像;若不爾者,不取正覺。
「『もしわたしが成仏するや、国土は清浄にして、皆十方一切無量无数不可思議の諸仏世界を照見し得ること、明鏡がおのが面像を見るがごとし。このごとくならざれば、正覚を成ぜず。
「『設我得佛,自地以上至於虛空,宮殿、樓觀、池流、華樹——國土所有一切萬物——皆以無量雜寶百千種香而共合成,嚴飾奇妙超諸人天,其香普薰十方世界,菩薩聞者皆修佛行;若不爾者,不取正覺。
「『もしわたしが成仏するや、地面より上って虚空に至るまで、宮殿・楼観・池流・華樹——国土の所有一切万物は——皆無量の雑宝・百千種の香をもって共に合成し、厳飾奇妙にして諸人天を超過し、その香は普く十方世界に熏じ至り、菩薩の聞く者は皆仏行を修す。このごとくならざれば、正覚を成ぜず。
「『設我得佛,十方無量不可思議諸佛世界眾生之類,蒙我光明觸其體者,身心柔軟超過人天;若不爾者,不取正覺。
「『もしわたしが成仏するや、十方無量不可思議の諸仏世界の衆生の類が、わが光明に身体を触れ蒙る者は、身心柔軟にして人天を超過す。このごとくならざれば、正覚を成ぜず。
「『設我得佛,十方無量不可思議諸佛世界眾生之類,聞我名字不得菩薩無生法忍、諸深總持者,不取正覺。
「『もしわたしが成仏するや、十方無量不可思議の諸仏世界の衆生の類が、わが名字を聞いて菩薩の無生法忍・諸深総持を得ざれば、正覚を成ぜず。
「『設我得佛,十方無量不可思議諸佛世界,其有女人聞我名字,歡喜信樂,發菩提心,厭惡女身,壽終之後復為女像者,不取正覺。
「『もしわたしが成仏するや、十方無量不可思議の諸仏世界に、もし女人がわが名字を聞き、歓喜信楽し、菩提心を発し、女身を厭悪しても、寿終した後また女身を受くることあらば、正覚を成ぜず。
「『設我得佛,十方無量不可思議諸佛世界,諸菩薩眾聞我名字,壽終之後常修梵行至成佛道;若不爾者,不取正覺。
「『もしわたしが成仏するや、十方無量不可思議の諸仏世界の諸菩薩衆がわが名字を聞き、寿終した後つねに梵行を修して成仏に至らん。このごとくならざれば、正覚を成ぜず。
「『設我得佛,十方無量不可思議諸佛世界,諸天人民聞我名字,五體投地稽首作禮,歡喜信樂修菩薩行,諸天世人莫不致敬;若不爾者,不取正覺。
「『もしわたしが成仏するや、十方無量不可思議の諸仏世界の諸天人民がわが名字を聞き、五体投地して稽首作礼し、歓喜信楽して菩薩行を修するに、諸天世人の致敬せざるあらん。このごとくならざれば、正覚を成ぜず。
「『設我得佛,國中人天欲得衣服隨念即至,如佛所讚應法妙服自然在身;若有裁縫、染治、浣濯者,不取正覺。
「『もしわたしが成仏するや、国土の中の人天が衣服を得んと想えば念に随い即ち至り、仏の讃じたる応法妙服のごとく自然に身に在り。もし裁縫・染治・浣濯を要せば、正覚を成ぜず。
「『設我得佛,國中人天所受快樂不如漏盡比丘者,不取正覺。
「『もしわたしが成仏するや、国土の中の人天の受くる快楽が漏尽比丘に如かざれば、正覚を成ぜず。
「『設我得佛,國中菩薩隨意欲見十方無量嚴淨佛土,應時如願,於寶樹中皆悉照見,猶如明鏡覩其面像;若不爾者,不取正覺。
「『もしわたしが成仏するや、国土の中の菩薩が心意の想うに随って十方無量の厳浄仏土を見んと欲せば、時に応じて願のごとく、宝樹の中において皆照見し得ること、明鏡がおのが面像を見るがごとし。このごとくならざれば、正覚を成ぜず。
「『設我得佛,他方國土諸菩薩眾聞我名字,至於得佛,諸根缺陋不具足者,不取正覺。
「『もしわたしが成仏するや、他方国土の諸菩薩衆がわが名字を聞いて、成仏に至るまで、諸根の缺陋にして具足せざるものあらば、正覚を成ぜず。
「『設我得佛,他方國土諸菩薩眾聞我名字,皆悉逮得清淨解脫三昧,住是三昧一發意頃,供養無量不可思議諸佛世尊而不失定意;若不爾者,不取正覺。
「『もしわたしが成仏するや、他方国土の諸菩薩衆がわが名字を聞いて、皆清浄解脱三昧を得、この三昧に住して一発意の間に、無量不可思議の諸仏世尊を供養して定意を失わざらん。このごとくならざれば、正覚を成ぜず。
「『設我得佛,他方國土諸菩薩眾聞我名字,壽終之後生尊貴家;若不爾者,不取正覺。
「『もしわたしが成仏するや、他方国土の諸菩薩衆がわが名字を聞いて、寿終した後尊貴の家に生ぜん。このごとくならざれば、正覚を成ぜず。
「『設我得佛,他方國土諸菩薩眾聞我名字,歡喜踴躍,修菩薩行,具足德本;若不爾者,不取正覺。
「『もしわたしが成仏するや、他方国土の諸菩薩衆がわが名字を聞いて、歓喜踊躍し、菩薩行を修して徳本を具足せん。このごとくならざれば、正覚を成ぜず。
「『設我得佛,他方國土諸菩薩眾聞我名字,皆悉逮得普等三昧,住是三昧至於成佛,常見無量不可思議一切如來;若不爾者,不取正覺。
「『もしわたしが成仏するや、他方国土の諸菩薩衆がわが名字を聞いて、皆普等三昧を得、この三昧に住して成仏に至るまで、つねに無量不可思議の一切如来を見ん。このごとくならざれば、正覚を成ぜず。
「『設我得佛,國中菩薩隨其志願,所欲聞法自然得聞;若不爾者,不取正覺。
「『もしわたしが成仏するや、国土の中の菩薩がその志愿に随い、聞かんと欲する法は自然に得聞せん。このごとくならざれば、正覚を成ぜず。
「『設我得佛,他方國土諸菩薩眾聞我名字,不即得至不退轉者,不取正覺。
「『もしわたしが成仏するや、他方国土の諸菩薩衆がわが名字を聞いて、不退転を得ること即時ならざれば、正覚を成ぜず。
「『設我得佛,他方國土諸菩薩眾聞我名字,不即得至第一、第二、第三法忍,於諸佛法不能即得不退轉者,不取正覺。』」
「『もしわたしが成仏するや、他方国土の諸菩薩衆がわが名字を聞いて、第一・第二・第三法忍を得ること即時ならず、諸仏法の上において不退転を得ること即時ならざれば、正覚を成ぜず。』」
佛告阿難:「爾時,法藏比丘說此願已,而說頌曰:
仏は阿難に告げた。「その時、法蔵比丘はこれらの願を説き終えて、また頌を説いて曰く——
「『我建超世願,必至無上道,
「『わたしは超世の願を建立し、必ず無上道に至達せん。
斯願不滿足,誓不成等覺。
これらの願もし満足せざれば、誓って等正覚を成ぜじ。
我於無量劫,不為大施主,
わたしは無量劫の中に、もし大施主となること能わざれば、
普濟諸貧苦,誓不成等覺。
普く諸の貧苦を救済せん。誓って等正覚を成ぜじ。
我至成佛道,名聲超十方,
わたしは仏道を成就するに至り、名声十方を超越せん。
究竟靡所聞,誓不成等覺。
究竟してなお聞こえざる所あらば、誓って等正覚を成ぜじ。
離欲深正念,淨慧修梵行,
貪欲を遠離し深く正念して、浄慧をもって梵行を修し、
志求無上道,為諸天人師。
志を立てて無上道を求め、諸天人の導師とならん。
神力演大光,普照無際土,
神力は大光を演放し、辺際なき国土を普照し、
消除三垢冥,明濟眾厄難。
貪瞋癡の三垢の昏冥を消除し、光明は衆厄難を救済せん。
開彼智慧眼,滅此昏盲闇,
彼らの智慧眼を開き、これ昏盲の暗を滅除し、
閉塞諸惡道,通達善趣門。
諸の悪道を閉塞し、善趣の門を通達せん。
功祚成滿足,威曜朗十方,
功祚は成就満足し、威光は十方を朗照し、
日月戢重暉,天光隱不現。
日月は重暉を収斂し、天光は隠れて現れず。
為眾開法藏,廣施功德寶,
大衆のために法蔵を開示し、広く功徳宝を布施し、
