Libo

月波洞中記・提要並びに序

宋 · 旧题郑樵(一说老君题、唐任逍遥得;今本出《永乐大典》) · 第1巻 / 2

《月波洞中記》は現存二巻である。按ずるに:この書が宋代・鄭樵《通志・藝文略》に著録されたのは一巻のみで、太上老君が太白山月波洞中に記した文字…

相術典籍

部位別に読むほうが通読より効率的である。相書中の社会的背景の記述にはその時代の刻印が強く残っている点に注意。

《月波洞中記》二卷。案《月波洞中記》見於宋鄭樵《通志·藝文略》者一卷,稱老君記於太白山月波洞,凡九篇。晁公武《讀書志》亦載此書一卷,序稱唐任逍遙得之於太白山月波洞石壁上,凡九篇相形術也,與《藝文略》所記併合。《宋史·藝文志》載《月波洞中龜鑑》一卷,又《月波洞中記》一卷,皆無撰人姓氏。其為一書異名,抑或兩本別行,已無可考。

《月波洞中記》は現存二巻である。按ずるに:この書が宋代・鄭樵《通志・藝文略》に著録されたのは一巻のみで、太上老君が太白山月波洞中に記した文字とされ、全九篇という。南宋・晁公武《郡齋讀書志》にもこの書一巻が著録され、書前の序には唐代の人・任逍遙が太白山月波洞の石壁に書き写し得たもので、全九篇の「相形」の術、すなわち形体骨相によって人の禍福を判断する術だという。これは《通志・藝文略》の記すところと完全に吻合する。《宋史・藝文志》に至っては、著録されるのは《月波洞中龜鑑》一巻で、そのほかに《月波洞中記》一巻があり、いずれも撰者の姓名を署していない。この二つの書名が究竟同一の書の二つの題し方なのか、それとも二つの本子がそれぞれ単独で流伝したのかは、今や査考の術がない。

自來術家亦罕有徵引,惟《永樂大典》所載尚存。核其體例,蓋猶據宋時刊本錄入。並有原序一篇,稱老君題在太白山鴻靈溪月波洞中七星南龕石壁間。其說與《藝文略》相符,而序中不及任逍遙之名,則亦非晁氏所見之舊矣。序末又題赤烏二十年七月二十三日。

歴代相術を講ずる者にもこの書を引用するものは稀で、ただ明代《永樂大典》に収録された一份がなお保存されている。その編排の体例を核するに、大抵仍ほ宋代刻本に照らして録入されたものであろう。書中には一篇の原序を帯び、これらの文字は老君が太白山鴻靈溪月波洞裏の七星南龕の石壁の上に題し書きしたものだという。この説は《通志・藝文略》と合するが、序文中に任逍遙の名を挙げず、見ればこの本子もすでに晁公武の当時見た旧貌ではない。序の末にまた「赤烏二十年七月二十三日」の年月を題している。

案相術自《左傳》已載,而序中乃獨稱鍾、呂二真人。鍾離權生於漢代,其事已屬渺茫。呂則唐之洞賓,傳記鑿然。何由三國時人得以預知其名姓?且赤烏紀號盡十三年,又安得有二十年?明為不學之徒依託附會,其妄殆不足與辨。

按ずるに:相人の術は《左傳》にすでに記載がある。しかるにこの序は單に鍾離權・呂洞賓の両真人を抬げ出して見證とする。鍾離權は傳に漢代の人といい、事蹟はもとより渺茫として考えがたく、呂洞賓は唐代の人で傳記に明明白白に記されている。三国時の人がどうしてあらかじめ彼ら両人の姓名を知り得よう。況んや孫呉の「赤烏」という年号は前後合わせて僅か十三年しか用いられず、どこに「赤烏二十年」があらん。これは明白に文墨に通ぜぬ者が假託附會したもので、荒謬してこれと辨論するに値しない。

特以其所論相法,視後來俗本較為精晰,當必有所傳授。篇目自仙濟至玉枕九章,其詞亦頗古奧。蓋即鄭樵、晁公武所言之九篇,疑原本實止於此。故諸家著錄皆稱一卷,九篇以下或為後人所附益,未可知也。然相傳已久,今亦不復刪汰。以篇頁稍多,析為二卷,以便循覽,且微示原本與續入之別焉。

ただそれの講ずる相法は、後世に流行した通俗の相書に比べて精確清晰なこと甚だしく、思うに必ず師承來歷あるものであろう。全書の篇目は「仙濟」から「玉枕」に至るまで共九章で、文辭も相當に古奧である。この九章がおそらく鄭樵・晁公武のいうところの九篇であろう。ゆえに原本は実はここで終わっていたと疑われる。だから歴代の書目著録はみな一巻と稱するのみである。九篇以後の部分はあるいは後人が陸續と增補し入れたものか、今や斷定の術がない。ただ流伝すでに久しく、今更刪削淘汰もしない。篇幅やや多きに因り、上下二卷に分ち、讀者が順次翻檢するに便ならしめ、同時に原本と後來續入部分の分別をやや顯示する。

原序

醫卜者,皆術也。醫而不驗,非所謂良醫也。卜而不應,非所謂善卜也。愚之神術非敢稱善,謂無所不應矣。素非伎者,昨因求士假術以講道。夫相者,先相出氣,重者為貴,輕者為賤。若人內心神有千尺之索,是行也。穿滿者為大貴,取盡者為大殺,此索繫鍾呂二真人為證也。穿滿者眉有曲鉤者,積行人也。取盡者眉毛散逆及斷者粗硬者,為有災無德。

醫道と卜筮はみな「術」に屬する。醫を行いて病を治し得ざれば良醫と算するに足らず、占卜して應驗せざれば善卜と算するに足らず。我がこの神妙の相術は高明を自ら誇るを敢えてせず、ただ應驗せざるなしと敢えていうのみ。我本來技藝を以て生を謀る人に非ず。先ごろ賢士を訪求した因り、相術を借りて道理を講說した。人を相する第一歩は、先ず彼の透き出す「氣」を看る。氣厚重なるは貴を主り、氣輕浮なるは賤を主る。人の內心の神明は一條の千尺長の繩索の如し。この索が指すのは平日の「行」、すなわち德行操守である。索の穿ち滿つるは大貴の相、索の抽き盡くされるは大凶の相。この索は鍾離權・呂洞賓両真人の説を以て憑據とす。いわゆる「穿滿」とは、眉毛が彎鉤の如く柔順に囘環するを生ずることで、これは德を積み善を行う人。いわゆる「取盡」とは、眉毛が散亂に逆生し中間斷缺し毛質粗硬なることで、この種の人は災殃ありて德行なし。

夫相者,天地之玄機,聖賢之蘊奧,取禍福而無差,定生死而有則。遇之於相,始之鐘呂之太白山石室中,有逸人陳仲文傳之三卿張仲遠,餘因得之而不敢隱,故傳於世。斯誠神異術也。又云:相術九篇,乃老君題在太白山鴻靈溪月波洞中,七星南龕石壁間。如有志人念得斯九章,精通其象,廣拜道術。赤烏二十年七月二十三日序。

相術という學問は天地間の玄妙の機樞、聖賢の蘊藏する深奥の道理で、これを以て禍福を推斷すれば差錯なく、生死を判定すれば自ら法則に循うものあり。この相法は最初鍾離權・呂洞賓が太白山石室中で傳授し、ある隱士・陳仲文がこれを三卿・張仲遠に傳え、我これを得た因り、私に隱藏するを敢えてせず、故に世に公にす。これ実に神異の方術である。序にまたいう:相術のこの九篇は老君が太白山鴻靈溪月波洞中・七星南龕の石壁の間に題し書きしたもの。若し志を立つる人この九章を誦記し、其中の相貌法象に精通せば、廣く道術を得ることを得。この序は赤烏二十年七月二十三日に作る。

月波洞中記・上卷

仙濟

燕雀之志,嘗思爪下之食,腸不盈於百粒,聲不遠於五畦,翱翔藩籬之下,其氣量亦自足矣。鸞鳳之志,一舉千里,非梧桐而不棲,非竹實而不食,鳴於朝陽,天下稱其慶,志度氣象,固自有殊也。是知有沖天之異者,必不肯棲托桑榆;有方外之材者,必不肯貪求名利。志之所向取舍,以此觀之,志趣遠近,氣量深淺,自可見矣。

燕と雀の志は、不過爪の下の一点の食物を念うのみで、腹に百來粒の穀を裝められず、叫聲は五畦の菜地を出られず、籬笆の下を飛び廻るのみ――その氣量もここに止まる。鸞鳥鳳凰の志は異なり:一飛すれば即ち千里、梧桐の樹に非ざれば棲息せず、竹の結ぶ實に非ざれば口にせず、朝陽に迎えて鳴き、天下人皆これを祥瑞とす。見れば志向・器度・氣象は本來高下の別あり。これにより知る:衝天の奇志を懷く人は、必ず己を桑樹榆樹の如き矮枝に安頓せず。超世の才具を具備する人は、必ず名利に汲汲とせず。一人の志向がどの方向に向かい、何を取り何を捨てるか、ここより看れば、彼の志趣の遠近・氣量の深淺は自ずと顯露出る。

九天玄微

凡欲相人,先視其首。頭者,五臟之主,百體之宗,四維八方,並須停正。左耳為東方,右耳為西方,鼻為南方,玉枕為北方,左頰為東南角,右頰為西南角,左壽堂為東北角,右壽堂為西北角。方維既正,乃視其骨。骨法九般,皆貴相也。無異骨終難入貴。

凡そ人に相を看んと欲すれば、先ず彼の頭を看る。頭は五臟の主宰・周身百骸の宗主で、その四維八方は皆端正勻停を求む。具體の分配は:左耳を東方に當て、右耳を西方に當て、鼻を南方に當て、腦後の「玉枕」を北方に當て、左頰を東南角に當て、右頰を西南角に當て、左邊の「壽堂」を東北角に當て、右邊の「壽堂」を西北角に當てる。八方の方位皆端正なれば、再び彼の骨相を看る。頭面の骨法は全部で九種あり、皆貴相に屬す。一人若しこの類の人と異なる異骨を生ぜざれば、終に顯貴に躋りがたい。

所謂九骨者,一曰顴骨,二曰驛馬骨,三曰將軍,四曰日角,五曰月角,六日龍宮,七曰伏犀,八曰巨鰲,九曰龍角。東西兩嶽高成為顴骨,勢入天倉為驛馬,耳齊為將軍骨,左眉上隱隱而起者名曰月角骨,右眉上隱隱而起者名曰日角骨,繞眼圓起者名龍宮骨,鼻上一骨起者至腦名曰伏犀骨,耳兩畔滿拙骨高者名曰巨鰲骨,兩眉毛入邊地稍高似角者名龍角骨,亦名輔角骨。已上九骨皆三品之相。人額上骨圓大名天成骨。顴勢入耳名壽骨,兩耳後骨起名玉堂骨,亦曰玉階骨,項後骨起如雞子者名天柱骨,亦貴相也。

九骨とはこの九種をいう:一を顴骨、二を驛馬骨、三を將軍骨、四を日角骨、五を月角骨、六を龍宮骨、七を伏犀骨、八を巨鰲骨、九を龍角骨という。それら各自の部位は:左右両顴(相法に「東嶽」「西嶽」と稱す)が高く隆成するものが即ち顴骨。顴骨の氣勢が一直に両側「天倉」に伸び入るを驛馬骨という。骨勢が耳と齊平なるを將軍骨という。左眉上方に隱隱と凸起するを月角骨という。右眉上方に隱隱と凸起するを日角骨という。眼眶を環繞して円円に隆起するを龍宮骨という。鼻梁上より一條の骨が直ちに起きて後腦に通ずるを伏犀骨という。兩耳の傍に骨肉が豐滿に高厚なるを巨鰲骨という。兩道の眉毛が「邊地」に伸向して略略高く起き角の如きを龍角骨といい、輔角骨ともいう。以上の九骨は皆三品官以上の貴相。この外、額頭上の骨が円く大ききを天成骨という。顴骨の勢いが一直に耳根に伸び入るを壽骨という。兩耳後ろに骨が隆起するを玉堂骨といい、玉階骨ともいう。後頸上に骨が突起して雞蛋の如きを天柱骨という。この數種も同じく皆貴相である。

冥度

尺宅從須際至地,部一十三部,位左右東西共二百三十五位。其部分眾多,其象類參雜,若定取紋理黑子,則吉凶之理森然難見。要其大隻,在於骨法神氣。但先相其骨法,觀其神氣,則貴賤自明矣。凡骨形已見,以手揣而識之者,名為骨法;骨形未見,以眼看而識之者,名為骨氣。骨法則止知見定之形,骨氣則可見未來之事,是知能辨骨氣者玄於法也。

人の整個の面部を相法上「尺宅」といい、鬚髮の邊際から下巴地閣に至るまで、縱向に十三個の「部」に分ち、左右東西合わせて共に二百三十五個の「位」あり。部位既にこのように繁多で、所生の形象また互いに夾雜すれば、若し只紋路と黑痣を盯著して吉凶を斷ずれば、その道理紛亂して林の如く、かえって看明し得ない。大處を抓まえていえば、關鍵は骨法と神氣に在り:先ず彼の骨法を相し、再び彼の神氣を觀れば、貴賤自ずと清楚。凡そ骨の形狀已に外に顯露し、手を以て摸按して辨識するを要するを「骨法」といい、骨の形狀まだ顯露せず、只眼を憑りて氣を望み辨識し得るを「骨氣」という。骨法は只眼前已に定局を成した形貌を知るのみ、骨氣は卻って將來まだ發生せざる事を看出し得る。故に骨氣を辨じ得る人は、只骨法を懂するより更に高明という。

神有餘者形或不足,形有餘者神或不足,或俱有餘,或俱不足。親其骨察其心,則神形可見。蓋形麗於骨,而神宅於心。此是其主不必廣壽也。經云:心者,形之主;形者,心之器也。神主其心,心主其形,形體端足,魂魄自全,四體屈伸,神精荒散,君臣相合,四支相助,自然之理也。能知神在於心,心能清淨,則福自生矣。是故,神稍清,形稍緊者,必為富貴人也;神稍濁,形稍慢者,必知其貧賤也。

或る人は神氣有餘にして形體不足、或る人は形體有餘にして神氣不足、あるいは神形兩樣俱に有餘なるもあり、また兩樣俱に不足なるもあり。彼の骨を摸し彼の心地を體察すれば、神と形の虛實は皆看出し得る。形體は骨骼に依附し、神明は則ち心中に安宅すに因る。ここに講ずるは主從の關係で、單にこれに憑れば必ず長壽というに非ず。相經上にいう:心は形體の主人、形體は心の器具。神は心を支配し、心は形を支配す。形體端正充實なれば魂魄自ずと完固。四肢屈伸活動の際、若し神情渙散して收まらざれば、則ち主從失序なり。君主と臣下が相配合して、四肢乃ち彼此輔助し得るは、自ずと然る道理。能く神は心裏に寄托し、心また清静を保持し得るを明白すれば、福氣自ずと滋生せん。故に神氣略に清朗を顯し形體略に緊湊を顯するは、必ず富貴の人。神氣略に混濁を顯し形體略に鬆懈を顯するは、彼の貧賤を斷定し得る。

《老君之歌》曰:「百劫廣修異骨生,骨肉不合神非靈,嶽牧旌旗骨上生。先看骨肉不聽聲,玉柱相成千萬兵。次看食地廣能平,天倉地庫連滿城,龍宮日月應天庭,神形清潔君呼名,審神察形自有程,有此骨者身必榮,錄在天府仙洞經,天地之內人最靈,直見一生推豪英。」

《老君之歌》にいう:百世を歷して廣く善業を修した人にして、始めて人と異なる異骨を生出す。骨と肉若し配合當を得ざれば、神氣も靈秀と算するに足らず。方岳州牧の如き顯位・旌旗儀仗の如き威權は、皆先ず骨上より端倪を顯す。相を看るに先ず骨肉を看、急いで聲音を聽くを要せず。額上「玉柱」骨が成形に生ずるは、千軍萬馬を統領するを主る。其次に「食地」を看る。即ち下停頦頤一帶で、寬廣平滿を要す。再び兩「天倉」と兩「地庫」を看、豐滿して一の城を連なるが如くなるを要す。「龍宮」眼眶と日角・月角は天庭と相呼應するを要す。神清く形潔き人は、君王が名を點じて徵召す。神と形を審察するに自ずと一定の程式あり。これらの骨相を具備する人は、此の身必ず榮顯し、名字早已に天府仙洞の經册に錄せらる。天地の間、人最も靈性あり。骨相上より直ちに彼の一生が豪傑英才と成るか否か看出し得る。

靈嶽

凡有受氣懷胎,皆稟五行。支曰男,雙曰女。得其偏者形骨必俗,稟其粹者神氣必全。形有厚薄,故福有淺深;神有明暗,故識有智愚。雖吉凶貴賤紛綸不齊,而神見於動作,形備於骨法,善惡有相,可得而知。今以精神、氣色、才智、骨法次第考核,設九成之術以觀之。一曰精神,二魂魄,三形貌,四氣色,五動止,六行藏,七瞻視,八才智,九德行。凡精彩分明為一成,魂神慷慨為二成,形貌停穩為三成,氣色明淨為四成,動止安詳為五成,行藏合義為六成,瞻視澄正為七成,才智應速為八成,德行可法為九成。又有九骨:一曰顴骨,二驛馬,三將軍,四日角,五月角,六龍宮,七伏犀,八巨鰲,九龍角。已上九骨,凡有一骨起者亦為一成。

凡そ氣を受け結胎する人は、皆五行の氣を禀受す。單數は陽に屬して男を生じ、雙數は陰に屬して女を生ず。禀氣偏駁なるは、形體骨相必ず俗陋。禀氣純粹なるは、神情氣度必ず完足。形體に厚有り薄有り、故に福分に淺有り深有り。神氣に明有り暗有り、故に見識に智有り愚有り。人の吉凶貴賤雖も錯雜不齊なれど、神氣は舉止動作の中に流露し、形體の高下は骨法の中に具備し、善惡各々相貌尋るべきあり、能く察知し得る。今、精神・氣色・才智・骨法の次第に按じ逐項考核し、「九成」の法を立てて人を觀る:一は精神、二は魂魄、三は形貌、四は氣色、五は動止、六は行藏、七は瞻視、八は才智、九は德行。精神光彩分明なるを一成と算し、魂魄意氣慷慨なるを二成と算し、形貌勻停安穩なるを三成と算し、氣色明朗潔淨なるを四成と算し、舉動安詳にして躁ならざるを五成と算し、出處進退義理に合するを六成と算し、目光澄澈端正なるを七成と算し、才思機敏に應對迅捷なるを八成と算し、德行足りて人に效法せらるべきを九成と算す。此の外また九骨あり:一は顴骨、二は驛馬骨、三は將軍骨、四は日角骨、五は月角骨、六は龍宮骨、七は伏犀骨、八は巨鰲骨、九は龍角骨。以上九骨、只要一處骨相隆起あれば、亦一成に算し上ぐべし。

《老君歌》曰:「顴骨成權合主兵,驛馬分茅列土人,將軍骨起將軍位,日角月角佐明君,龍骨清明好官勳,伏犀刺史隱沖門,巨鰲繞拙尚書榮,龍角玉枕三臺臣,九成八成臣中尊,五成六成臣中臣,三成四成五品人,一成二成有微勳,有之不成不白身,無成無骨永沉淪,三品貴者皆識人,識人必貴自通神,神魂清淨貴人親,君須識覽洞中文。」

《老君歌》にいう:顴骨生じて權勢あるは、兵を掌るに合當。驛馬骨長成するは、分封裂土の人物。將軍骨隆起するは、將軍の位に坐す。日角・月角兼備するは、明君を輔佐する大臣を做す。龍宮骨清朗分明なるは、官運功勋俱に好し。伏犀骨頂を貫くは、一州の刺史と為し鋒を藏して露さず。巨鰲骨環繞豐厚なるは、尚書の榮を享く。龍角骨更に玉枕骨を配するは、三台重臣に位列す。九成・八成なるは臣子中の尊貴者。五成・六成なるは臣子中の中等。三成・四成なるは約五品官に當たり、一成・二成なるも些微の功勋あり。雖も骨相ありて格局を成さざるは、總じて白衣終身に至らず。一成も無く一骨も無きは、即ち永遠に下僚に沉淪す。三品以上の貴人は皆人を識るに善く、人を識り得るは自身必ず貴し。彼已に神明に通ずるに因る。神魂清静の人は、貴人自ずと彼に親近す。諸君當にこの篇の洞中之文を好く研讀すべし。

幽隱

凡有氣血之成,出於毛髦。毫白者主壽,黑子上生毫者主貴相。若頭髮老來勝者不宜壽,髭鬚少白不宜壽,眉耳生長毫者至壽。眉生白毛,玉堂骨起,仙人之相。胸上生毛主學道術,背上生毛兇惡之人,兩肩上或臂上生毛主慈孝有祿,腹上生毛大富,膝上生毛者少官祿,足下生毛者極仙品人,若足下生黑子,有祿之人。一孔三毫,富貴之身。圓面豐頂,後連山勢起須少者,富貴之相也。

人身の氣血の充盈するや否やは、毛髮上に顯露出る。白毫を生出するは長壽を主る。黑痣上に毫毛を長出するは貴相。若し頭髮が老いてかえって年少時より更に濃密ならば、かえって長壽に利あらず。鬍鬚早く花白するも、長壽に利あらず。眉毛と耳中に長毫を生出するは、高壽を享け得る。眉中に白毛を生じ、加えて「玉堂骨」隆起するは、仙人一流の相貌。胸口に毛を生ずるは、道術を愛好するを主る。脊背に毛を生ずるは、凶狠の人。兩肩或いは臂膀上に毛を生ずるは、人と為りて慈孝にして祿あり。肚腹上に毛を生ずるは大富。膝蓋上に毛を生ずるは官祿少なし。脚底に毛を生ずるは、極上等の仙品の人。若し脚底に黑痣を長ずれば、亦祿有る人。一個の毛孔の裏に三根の毫毛を長出するは、富貴の身。臉盤円潤、頭頂豐隆、腦後骨勢相連なりて起き鬍鬚また稀少なるは、富貴の相。

河嶽

凡相人面,五嶽欲其相朝,四瀆欲其不混,形神備足,富貴相。所謂五嶽者,順為恆嶽,額為衡嶽,鼻為嵩嶽,左顴為泰嶽,右顴為華嶽。所謂四瀆者,眼為淮,耳為江,口為河,鼻為濟。高成曰嶽,深厚曰瀆,嶽欲成而瀆欲清。若更精彩自足,有威有媚,接對無偽,信行不欺,此乃形神備足矣。

凡そ人の面部を相看るに、「五嶽」は彼此朝拱呼應を要し、「四瀆」は各自分明にして混濁ならざるを要し、形と神皆完備充足なれば、即ち富貴の相。いうところの五嶽は:下頦を北嶽恒山とし、額頭を南嶽衡山とし、鼻を中嶽嵩山とし、左顴を東嶽泰山とし、右顴を西嶽華山とす。いうところの四瀆は:眼睛を淮水とし、耳朵を長江とし、口を黃河とし、鼻を濟水とす。高く隆起するを「嶽」といい、深邃厚實なるを「瀆」という。嶽は成形に勢ありて生ずるを要し、瀆は清朗にして濁らざるに生ずるを要す。若し更に神采自足、威嚴ありて溫媚あり、人に待し物に接して虛僞なく、言行信を守り人を欺かざれば、これを形神完備という。

凡人言辭審正,聲音安詳,瞻視尊貴,舉止沉隱,折旋俯仰,諸凡安貼,使人見之不覺悚然生敬者,蔡澤雲第一上相之人,有此威儀。《老君歌》曰:「五嶽阜成終不貧,圓頭項短足珠珍,耳有垂珠度百春,驛馬骨成主萬人,巨鰲骨圓尚書身,虎頭燕頷主騎兵,鳳頭千里受其榮,從少至老不識貧,如同靈鶴在凡群。」

凡人說話措辭審愼中正、聲音從容安詳、目光莊重可敬、舉止沉穩にして浮ならず、轉身俯仰の間様様妥帖にして、人をして一見便ち由らず肅然として敬を起さしむるを、戰國の說客蔡澤は之を第一等上相の人の具る威儀と稱す。《老君歌》にいう:五嶽豐厚に成形する人は終身貧窮せず。頭円く頸短きは、脚下自ずと珍寶あり。耳に垂珠有るは百歲を過ぎて活く。驛馬骨長成するは上萬人を統領し得。巨鰲骨円厚なるは尚書の身あり。虎頭燕頷は騎兵を主掌す。鳳頭の相を生ずるは名を千里に揚げ尊榮を享受し、少年より老年に至るまで貧窮の滋味を識らず、一隻の靈鶴が尋常の鳥群の中に立つが如し。

又歌曰:「江淮河濟湛然清,四海之中必振聲,五嶽並無一嶽毀,一年福盡一年生,五嶽成來四瀆濁,其人不富有官榮,法〔原缺三字〕各分明,為文位列三臺貴,為武權持萬騎兵。」

又一首歌訣ありていう:耳・眼・口・鼻のこの四瀆が江・淮・河・濟の四條の大川の如く澄澈清明なる人は、必ず名聲四海に震動す。五嶽の中に一處も塌陷毀損無きは、福分一年接一年に生發し盡きず。若し五嶽成形に生じて四瀆卻って混濁を顯すれば、この種の人は富まざれども、仍お官職榮顯を得。此處底本原來三字を缺き、補足するに從由なし。要するに各處部位皆生じて分明に格あるを要す:文に從うは三台高位に位列し得、武に從うは萬騎兵權を掌握し得。

心隱

夫欲相之,必先試之性行,相外乃得其真。欲知其性行者,察之於眼,驗之於口,則可見矣。心者,神明之舍,目其竅也。其神內守,而其明外鑑,故觀其眼可以知其心矣。心主於火,目主於木,火木相生,乃分輪理。心有五輪,故目有五等。所謂五等,水、火、木、金、土之精也。

一人の人に相を看んと要すれば、必ず先ず彼の性情操守を試察し、形貌の外に求證して、始めて真實の判斷を得。彼の性情操守を知らんと欲すれば、眼睛より觀察し言語より驗證して、便ち看出し得。心は神明の居住する屋舍、眼睛はこの間の屋子の窗口。神明は內に守持し、光明は外に向かい照鑑す。故に彼の眼睛を看れば以て彼の心を知るべし。五行に就いて論ずれば、心は火に屬し眼は木に屬し、木火相生して、乃ち「輪」の層次條理を分出す。心に五輪あり、故に眼も五等に分かる。この五等は即ち水・火・木・金・土の五行の精の各自生じた眼形である。

目如初月者屬水,如懸鈴者屬火,如破梯者屬木,如臥弓者屬金,如圓杏者屬土。初月之目,壬癸之精,水流不遠,無信之相也。懸鈴之目,丙丁之精,禮樂情懷,似火之德也。破梯之目,甲乙之精,瞻視瞬息,似木這性直,其間亦有虛妄不實者,蓋木身雖直,而果味不同故也。臥弓之目,庚辛之精,殺君殺父,陣亡兵死,天生露晴是也。圓杏之目,戊已之精,忠孝信行,似土之德。

眼形一彎の新月の如きは水に屬し、懸掛の鈴鐺の如きは火に屬し、破梯の如きは木に屬し、卧倒の弓の如きは金に屬し、圓杏子の如きは土に屬す。新月形の眼は壬癸水の精で、水流遠からず、信用を講らざる相。懸鈴形の眼は丙丁火の精で、胸中禮樂情懷に富み、火の德性に合す。破梯形の眼は甲乙木の精で、目光轉動敏捷にして木の性子の如く直し。不過此の一類の人の中にも虛妄不實なるあり。樹身雖も直くとも、結出の果子味道は各各相同ならざるに因る。卧弓形の眼は庚辛金の精で、君を弑し父を殺し、陣亡兵死を主る。即ち生來眼珠外に露るるのあの一種。圓杏形の眼は戊己土の精で、人と為りて忠孝守信、土の德性に合す。

言者,心之聲也。靈氣漏露,發而成響,神靜則辭寡,神躁則辭多,是以既察之於目,又驗之於口。多言數窮,不如守中。周廟金人,三緘其口。君子欲訥於言而敏於行,故知金言無益,最減人相。凡人言語無統緒,好摭人短處,自恃已長處,此人也輕薄無行,眾所共惡,摧挫失志,禍從斯起矣。夫聰明豁達者少遲,執迷勾留者多滯。是以君子之性,通而不執;小人之性,執而不通。君子有將來,不期身貴而自貴,雖不徼福而福自至焉。小人無此去,自望身榮,而多得禍焉。故曰凡欲相之,必先試之。

言語は內心の發出する聲音。靈氣外に泄れ、發して聲と成る:神定まる人は話少なく、神躁る人は話多し。故に既に眼睛より察看し、還た言談より驗證するを要す。《老子》は話多くしてかえって屢々困窘し、中虛を守るに如かずという。周朝太廟前に立つ金人は、嘴上に三重の封條を貼り。孔子も君子の說話は遲鈍に辦事は敏捷を主張す。見れば誇誇として談ずるは毫も益處なく、最も能く一人の相格を折損す。凡そ說話條理なく、人の短處を挑るを愛し、專ら己の長處を誇るは、この種の人は輕薄無行にして衆人に厭惡せられ、一旦受挫失意すれば、禍事即ち此處より生出す。聰明豁達の人は少有遲滯、固執迷惘の人は處處窒礙。故に君子の性情は通達にして拘執せず、小人の性情は拘執にして通達せず。君子に遠大の前程あり、刻意に貴を求めずして自ずと顯貴、刻意に福を求めずして福氣自ら來る。小人にこの氣度なく、一味に自身榮顯を指望し、かえって多く禍患を招く。故にいう、凡そ人を相せんと要すれば、必ず先ず彼の性情行事を試察せよと。

凡閱人必詳察其骨狀,似載棟樑者貴人也。眼有蓋而魚尾遠者,主有大祿。天勢圓大,旗亭廣博,心目分明,品位自崇。瞬息不定,瞻視不常,心性不定之人也。羊眼四白,死於道路。蜂目豬眼,毒而多淫。大小不等,眉頭屈曲,若下視者皆壽短之相。精神不定,目急者無信。瞳子微小,赤脈亂侵者,並主惡死。目下小者為善相。四大猖狂,目不自斂,衣食必破。經云:重瞳者未必為貴,眇目者未必為賤。仔細觀察相可知矣。

凡そ人を看るに必ず仔細に彼の骨骼形狀を察看し、骨相能く棟梁を承載するが如く厚重有力なるは、貴人。上眼瞼に覆蓋の勢あり、眼角魚尾伸展し長遠なるは、大祿を享くるを主る。額頭天庭圓滿寬大、兩傍「旗亭」部位開闊、心思と眼神皆清明分明なるは、品級地位自ずと崇高。眼珠轉動停まず、目光遊移定まらざるは、心性不定の人。羊眼の如く眼白四面に黑睛を包圍するは、道路上に死せん。蜂眼・猪眼を生ずる人は、心毒にして多淫。兩眼一大一小、眉頭屈曲糾結、低頭下視を習慣とするは、皆短壽の相。精神散亂・目光急促の人は信用を講らず。瞳仁細小・紅絲眼白に亂侵するは、皆横死を主る。眼下部位張揚ならざるは、善相に屬す。四處に放縱猖狂・眼神收斂住らざる人は、衣食必ず敗盡す。相經上にいう:重瞳を生ずるは未必だ貴ならず、一隻眼瞎るは未必だ賤ならず。還た仔細に全相を觀察して乃ち斷定すべし。

貫德

金毛五色是鸞鳳之衣,紫綬金章是朝天之服,故知神不貴者,其形不永期也。人受天地五行之正氣,一月精血凝,二月胚胎成,三月統血脈,四月形體就,五月能動轉,六月毛髮生,七月筋脈至,八月臟腑具,九月谷氣在胃,十月百神修具,出於子亥之門,然後成人。蘊胚胎之真粹,稟靈骨於幽冥。情慾既萌,遂生禍福,事雖未兆,神已先知。發於五神是為五色,布在面部,吉凶可知:青憂,白哭,黑病,赤災。惟有黃氣,獨主喜慶。更須紀四時瞻察,隨本相以相生,則災福之理,昭然自見。

金色羽毛・五彩斑斕は鸞鳳のみ有る衣裳、紫色綬帶・黃金印章は天子を朝見して始めて穿る禮服。これにより知る、神氣貴重ならざる人は、形體も長久せず。人は天地五行の純正の氣を禀受す:一個月精血凝聚、兩個月胚胎成形、三個月血脈貫通、四個月形體完具、五個月能く轉動、六個月毛髮を長出、七個月筋脈通達、八個月臟腑齊備、九個月穀氣胃に入る、十個月百神修成し、子亥の門より降生して、然る後人と為る。彼は胚胎の中に先天の精粹を蘊含し、冥冥の中に靈秀の骨相を禀受す。情慾萌動するに及び、禍福便ち此處に由りて產生す。事情雖もまだ徵兆なくとも、神明已に先に知之。此の先知は五臟の神に發し、表現出るは即ち五種の氣色で、面部に分布し、吉凶これを據に推知し得:青は憂愁を主り、白は哭泣を主り、黑は疾病を主り、赤は災殃を主り、ただ黃氣獨獨喜慶を主る。還た四季變化に按じて觀察するを記し、氣色をして本人の本相五行と相生せしめば、災福の道理即ち昭然として見えん。

夫貴人者,含靈受既,稟之於天和;血脈形神,降之於精髓。山有玉而草木鮮,水懷珠而波瀾媚。人有貴氣者,形神骨肉自然異於常倫,無藝無才亦有大祿,雖處貧賤之中,人自欽仰,此貴人之苗也。但看禮度、接待、行步、笑語、精神,自在異於眾人,貴人一見便加愛重保護,原其顯達者是也。《老君之歌》:「三品貴者皆識人。」此其象也。

いわゆる貴人は、靈秀の氣を含藏し、上天の冲和に禀受す。血脈形神は皆父母の精髓中より降下す。山中に玉を藏すれば、草木便ち格外に鮮潤。水裏に珠を含めば、波瀾便ち格外に嫵媚。人に貴氣有るは、形神骨肉自ずと常人と異なり、縱使一技の長なく過人の才學なくとも、照樣大祿を享有す。縱使貧賤の中に身處すとも、別人も自ずと欽敬仰慕す。これ即ち貴人の苗子。只彼の禮節風度・待人接物・行走步態・談笑神情を看れば、自ずと衆人と異なり。身份有る貴人が一たび彼を見れば、格外愛惜維護し、推究するにそれら後來顯達した人は、大抵皆このように起家す。《老君之歌》に「三品貴者皆人を識る」といえるは、講ずるは即ちこの氣象。

賤人者,雖能語而無神,賤人者,雖能語而無神,雖有形而無骨,視其氣則不潤,察其色則無光,手足失墜,筋節不續,舉措悚懾,作事乖違,其精神、語笑、體度、接對,一見可知,更不在相也。經云:頑石投於江湖,雖千年而不潤;白玉投於沙泥,至劫盡而明。形薄者不可以任重,神濁者必難以當祿。元氣失者視之不遙,元氣勝者望之愈遠。氣貴者望之如雲宵,氣賤者望之如糞土,其根本深淺亦可知矣。

賤相の人は則ち相反す(底本此の句重出一次、今照錄す):雖も能く口を開き說話すとも全く神采なく、雖も形體有れど骨力なく。彼の氣を看るに滋潤なく、彼の色を察するに光華なく。手脚動作失落して準なく、筋骨關節接續上らず。一舉一動畏縮驚懼、辦事處處乖張違逆。彼の精神・談笑・體態・應對は、一見便ち知るべく、根本に再びどの部位を細相するを用いず。相經上にいう:頑石を江湖裏に丟進すれば、千年泡すも溫潤に變らず。白玉を沙泥中に埋めば、劫盡きるに至るも依然明潔。形體單薄の人は重任を擔起し得ず、神氣混濁の人は祿位を受住し得ず。元氣虧損の人は、望上去精神能く遠に及ばず。元氣充盛の人は、望上去愈々氣象深遠を顯す。氣貴き人は望むに雲霄に高入るが如く、氣賤き人は望むに一堆の糞土の如く、彼の根柢の深淺も就中知るべし。

經曰:莽蒼無色終年貧,黃鬚亂垂乞為伶,腹淺臀薄無屋薪。急行視後多孤辛,腦髮半垂少失親。鶴頂結露不用論,區區終日沒精神。肉多口大蠐螬身,縱得公卿命早遲。更有掉腰蛇行人,雖年百歲守孤貧。

相經上にいう:面色蒼茫暗淡・毫も光彩無き人は一年到頭窮を受く。黃鬍鬚散亂に下垂するは、多く乞丐或いは伶人に淪落す。肚腹淺薄・臀部瘦削のは、家裏旣に房屋無く柴薪無し。走路匆忙にして還た頻頻回首張望するは、多く孤苦。後腦頭髮披垂して半を過ぐるは、年少にして便ち雙親を失う。頭頂尖削して鶴頂の如く上に露珠の凝りたるが如く虛浮なるは更に說を及ぼすに足らず。この種の人は整日局促忙碌にして精神無し。肉多く口大きく身子蛴螬の如く臃腫蠕動するは、縱使公卿に當るも、壽命早晚折るを要す。還た走路時腰肢搖擺・行步蛇の如く曲行する人は、即便百歲に活くるも、只能孤獨貧寒を守りて日を過ごす。

玉枕

兩耳上平為百會,前為額,後為腦,前為星堂,後為玉枕。枕之骨凡一十八般,皆公侯富貴之相也。今具骨法如後:車軸,仰月,覆月,方枕,一字,背月,十字,八字,玉環,右撒,左撒,三關,雞子,山字,連枕,品字,垂針,懸針。經云:凡人有此骨者,皆貴相。如作僧道,雖不貴,有此枕者皆主壽。凡人稍有玉枕,但有骨微起者,皆主祿壽旺,平仄無者,祿壽難逢。婦人有之,皆亦主貴矣。

兩耳より往上に取平し、頭頂正中を「百會」という。百會の前は額、後は腦。再び細分すれば、前を「星堂」といい、後を「玉枕」という。玉枕骨は共に十八種の樣式あり、皆公侯富貴の相に屬す。今、これらの骨法を下面に列す:車軸枕・仰月枕・覆月枕・方枕・一字枕・背月枕・十字枕・八字枕・玉環枕・右撒枕・左撒枕・三關枕・雞子枕・山字枕・連枕・品字枕・垂針枕・懸針枕。相經上にいう:凡そこれらの骨を生有するは皆貴相に屬す。假如出家して僧道を做すとも、雖も顯貴せずとも、此の玉枕有るは皆長壽を主る。一般人は只略有玉枕あるも、哪怕骨頭只微微に隆起するも、皆祿位と壽數旺盛を主る。後腦平坦低陷・全然枕骨無きは、祿と壽皆指望し難し。婦人生じて玉枕骨有るは、同じく貴を主る。

耳限十五年

耳若無珠者不貴,若有珠者不貴,何也?難得正垂而生,謂不得地也。珠若生正垂,謂得地也。向外貼者為失地也。若正月十五夜珠,繫青白珠,最為上也,若青白色光潤是也。如豌豆大帶五顆者,必建節。若八月夜珠者次也,四五品官也。若帶三顆者,合取一品,繫磁白珠也,白瑩潤,六七品官也。帶兩顆者,有官無職。若五月十五夜珠者下也,繫粉紅者是也。如豌豆大帶五顆者,四五品官也。若帶三顆者如豌豆大,七八品官也。如三四顆者,八九品官,亦有官無職。如兩顆者,無官而有權。若粉紅者,不光澤而圓者,如五月珠者,多饒限弱反覆。

耳朵に垂珠無きは貴ならず。垂珠有るも貴ならずと說くは、是れ何の故か?垂珠は難く端正に下垂の形狀を生成し得ず、偏斜不正なれば即ち「得地せず」という。垂珠若し端正下垂に生ずれば、始めて「得地」と叫ぶ。垂珠外に向かい翻貼するは、「失地」なり。相家は耳珠の色澤を月夜の明珠に比作す:正月十五夜の珠子の如きは、青白色珠に屬し、最上一等、即ち色澤青白にして光潤なるあの種。此の樣の耳珠若し豌豆大小あり左右合わせて五顆の數有れば、必定能く節を建て疆を封ず。八月夜の珠子の如きは次一等、四五品官を做り得。只三顆を帶ぶるは、一品の位を取るに合當、あれは瓷白色珠で、色白瑩潤なるは六七品官を做り得。兩顆を帶ぶるは官銜ありて實職無し。五月十五夜の珠子の如きは最下一等、即ち粉紅色のあの種:豌豆大小ありて五顆を帶ぶるは四五品官、三顆豌豆大を帶ぶるは七八品官、只三四顆有るは八九品官で、亦是れ官ありて職無し。只兩顆有るは、官無くして實權あり。若是れ粉紅色・不光潤にして僅僅圓潤なるは、即ち五月珠の一類に屬し、此の種の人は限運多く疲弱し、事情反覆不定。

此已上三等珠要顆圓者貴,不圓者減半,取富貴輕。向外貼者自立也,若向裡者貼者,長富。要耳貼輪而厚,取富貴準也。左耳不牢妨父,右耳不牢妨母。不牢者無根也,薄而無垂也。

以上三等の耳珠は、皆顆粒圓滿を要求して始めて貴と算す。圓ならざるは貴氣半減し、所得の富貴も輕し。耳珠外に向かい翻貼するは白手自立を主り、裏に向かい貼合するは長久富有を主る。總の要求は耳廓腦に貼して肉厚なること。此の標準に照らして富貴を取る最も準確。左耳生じて牢固ならざるは父を妨克し、右耳生じて牢固ならざるは母を妨克す。いわゆる「不牢」とは、耳根虛浮して根基なく、耳肉また薄く底下に垂珠無し。

額限十年

若重額者,為人多樂也。若天庭骨正者,入廟堂。又為天頂者,承以蔭,為白色,光潤明也,上至髮際下至眉齊。若額不似熨者不貴,熨者是明也。如兩重額者合取二,齊賓生向前者,初年多滯,及犯了額者,堪一齊也。婦人有重額者,多饒貧賤也。重額者,額上有附肉者是也,必食離合之財。左額上有痣者,陽人多不在家,亡也。若陽人有三骨者,額上身邊骨起是也,必過長上之基。若有天倉是富人之根本,若滿者富貴也,不滿者反是夭短。髮際下者,必夭壽。若山源不正,平生三破。左壁好者食祖基,右壁好者食其妻,祿合立外財。

額上に重疊一層を生有するは、人と為りて多く安樂を享く。天庭骨端正なるは、朝堂に入り官を做し得。いわゆる「天頂」とは、祖上の蔭庇を承受する部位で、色は潔白を要し、光潤明亮、範圍上は髮際に至り下は眉と齊す。額頭若し熨した如く平展光潔ならざれば貴ならず。此處いう「熨」とは、正に光明平整を指す。兩重額を生ずるは兩「齊」の格を取るに合當。若し鬢髮參差して向前に侵生すれば、早年多く阻滯あり。額相受損するに至っては、只堪に一「齊」を得る。婦人生じて重額有るは、多く貧賤。いわゆる重額とは、額上に別に一層の肉を附着せることで、此の種の人は必定聚散離合の財を喫するを要す。左額上に痣を生ずるは、男子多く家中に守住し能わず、甚至他鄉に客死す。男子若し三骨を生有せば、即ち額上と額側邊緣に骨頭隆起するで、必定能く父祖輩の基業を超過す。額角兩傍に「天倉」あり、あれは富人の根本:天倉豐滿なるは富貴、滿たざるはかえって夭折短命。髮際壓し過低きは、必定壽を折る。山根若し長じて正ならざれば、一生三次の破敗を經るを要す。左邊額壁生じて好きは、祖上の產業を享用す。右邊額壁生じて好きは、妻子に靠りて力を得。祿位に至っては、則ち應に外面に到り自ら財路を求むべし。

眉限四年

若眉細長稀疏,正平有彩者貴;黑濃鹿無光者不貴。若陰人得正陰眉者,平生多樂也。若陽人得陽眉,平生亦多樂也。陰人得陽眉者敗,陽人得陽眉者濫。陽人有聖眉者,必食陰人重疊之財。若眉重者,是眉上有肉附高也。若男子眉不停者,出子於眾母也。如眉散逆者,必棄前妻,後就富妻,此人命短及絕嗣,有大德者減半。若有勾者,小背向下曲者,是積行人也。陽人陰眉散者,必定妨妻多也。散在小背者,妨兩三個也;散在大背者,妨三五個也。若陰人得正陽眉者及散者,妨五七夫;若陽眉不正及散者,妨兩三夫。若十分陽眉散者,必落娼。

眉毛細長稀疏・生じて平正にして光彩有るは貴を主る。黑く濃密・鹿毛の如く粗硬にして光澤無きは貴ならず。女子生じて純正の「陰眉」有れば、一生多く安樂を享く。男子生じて「陽眉」有れば、一生も多く安樂を享く。女子卻って陽眉を生ずるは、家道敗るを要す。男子生じて陽眉にして過度に張揚なるは、行事放縱に流る。男子生じて「聖眉」有るは、必定能く女方の一層又一層の財物を得。いわゆる眉重とは、眉毛の上に別に一層高起の肉を附くること。男子兩眉高低不勻のは、子女幾位の母親より出るを會す。眉毛散亂逆生するは、必定前妻を拋棄し別に富家の妻を娶るを要す。此の種の人は壽命短促にして且つ絕嗣し易し。若し本人德行深厚なれば、凶應半を減じ得。眉尾彎鉤の如く末梢略略下に向かい彎曲するは、德を積み善を行う人。男子卻って散亂の陰眉を生ずるは、必定多次妻子を妨克するを要す。眉尾小彎處に散ずるは、妨克兩三個。眉身大彎處に散ずるは、妨克三五個。女子若し純正の陽眉或いは陽眉散亂を生ずれば、五七個の丈夫を妨克するを要す。陽眉生じて正ならず或いは略に散ずるは、妨克兩三個の丈夫。陽眉散じて十分厲害なるは、必定風塵に淪落す。

陽人眉有角者,是眉毛三五根成縷也,必見兩三個妻也。眉生四角者,必見三五個妻也。眉角盛者妻多也。若眉眼相近者,不宜初子也。注異有聖眉者,合得陰人之財,眉上有附肉高者是也。

男子眉上に「角」を生ずるは、即ち三五根の眉毛が一縷に聚り豎起するで、此の種の人は一生兩三個の妻子を娶るを要す。眉上に四處の角縷を生出するは、三五個の妻子を娶るを要す。眉角愈々茂盛なれば、妻子愈々多し。眉と眼距離太に近きは、頭生の孩子に利あらず。別に一條の附注說明あり:「聖眉」を生有する人は、妻家女方の財物を得るに合當。聖眉が指すは即ち眉上に別に一塊の高起の肉を附くること。

眼限六年

眼中有神者貴,無神者不貴,必為人昏暗。若七分內神者及第,十分內神狀元取一齊。眼裡有學神旺者為樂,有才神者小貴。夫剛骨有肉者,積財鉅萬;剛骨不正者,亦積財鉅萬。額上有若指甲潤者,是剛骨也。若正者,三品官也;不正者,五六品也。婦人有剛骨者,多妨夫及出子於眾父也。三品以上貴能兼富,四品以下富能兼貴。

眼中に神有るは貴を主り、神無きは貴ならず、人と為りて必定昏昧暗弱。眼神含蓄內斂して七分に達するは中科第し得、十分に達するは狀元を望み得、取るは「一齊」の格。眼裏「學神」旺盛なるは一生安樂、「才神」を帶ぶるは小貴を得べし。額上「剛骨」に肉包裹有るは、萬貫の家財を積起し得。剛骨生じて端正ならざるも、一樣に萬貫を積み得。いわゆる剛骨とは、額頭上に一塊指甲ほど大きく色澤潤澤の隆起あること。剛骨生じて端正なるは三品官を做り得、端正ならざるは五六品官を做す。婦人生じて剛骨有るは、多く丈夫を妨克し、子女も幾位の父親より出るを會す。大抵三品以上の貴人は往往貴中に富を兼ね、四品以下は則ち富中に貴を帶ぶ。

眼裡無學神者或不秀者,不高貴也。視低無學神,如無目人覷其三鼎。婦人眼內有神者下也。目斜視,好殺也;目正視者平也。疊睛平視者,平安多遭冤枉之事。眼神散者,多發疾。眼屬南方日月之宮,是神之所舍,外照萬物,或開或閉,灼然不見,或秀或媚,或威或惡,長守黑白分明,神物有力,回顧有常,掌三公之位,不可逃也。晴有三角,晴外露,赤縷慣睛,區區覓食,相之下也。眼中有三點神者,必建節;有兩點神者,五品官。

眼裏「學神」無き或いは眼形清秀ならざるは、高貴し能わず。目光低垂にして又學神を缺乏する人は、瞎子が鼎彝重器を打量するが如く、什麼も看出せず。婦人眼中神光過度に外露するは、かえって下等に屬す。眼を斜めにして人を看るは殺伐を好み、兩眼平正に直視するは性情平和。眼皮重疊にして目光平視するは、一生雖も平安と算すれど、常に冤枉の事に遭う。眼神渙散する人は多く疾病を生ず。眼は方位上南方に屬し、日月之宮、神明の寄居する處所に為り、外に向かい萬物を照察す。一開一閉の間、光華內斂して炫露せず、或いは清秀、或いは嫵媚、或いは威嚴、或いは凶惡。若し能く長久に黑白分明を保持し、神采有力、回首顧盼從容に常あれば、便ち三公高位を掌る相で、躲けんと欲すも躲けられず。眼珠三角を露出し眼球外突し紅絲眼睛を貫穿するは、只能碌碌として食を覓え、是れ下等の相。眼中に三點神光有るは必ず能く節を建て疆を封じ、兩點神光有るは五品官を做り得。

若左眼下有臥蠶者,目下光潤如臥蠶之狀,必主食僧道之祿。若右眼下有臥蠶者,必食陰人之祿。若左眼下胞勻硬,主三子之數;右眼下胞勻硬,主六子之數。左右視高及神明者,繫子多也,於內有顯子也。夫則覷其妻,妻則覷其夫,行業者為先,謂如夫帶三子,妻帶七八子者,夫有行也。

左眼下面に「卧蚕」を生有するは、即ち眼下に一道光潤隆起・形狀蚕の横卧するが如く、此の種の人は必定僧道一路の福祿を享用す。右眼下面に卧蚕を生ずるは、必定妻室女方の財祿を享用す。左眼下眼胞勻稱にして結實なるは、三個の兒子有るを主る。右眼下眼胞勻稱結實なるは、六個の兒子有るを主る。兩眼向上看る時神光明亮なるは、子息多く、而且その中に顯達の人あらん。子息を斷ずるに還た夫妻對看を須いる:丈夫は妻子の相を參照し、妻子は丈夫の相を參照し、德行深厚の一方を以て準とす。譬えば丈夫相上只三個の兒子を帶ぶも、妻子相上卻って七八個を帶ぶれば、即ち丈夫德行有るの緣故。

左眼有層紋者,一個兄弟;兩層紋者,是兩個兄弟。若層紋在裡者,兄弟不得力;有義紋者,兄弟子不到頭。上胞為父,下胞為子。父宮胞硬,則父送其子;子宮胞硬,則子送其父。眼若悲啼,兩角白仁多者,兄弟多饒眾母也。若眼臉下迎上,不過月餘;上迎下,不過百日。兩相併者,是早亡者。有殺人難殺在眼,若疊睛垂視,及斜視,下視,為殺不散者,澄湛為上也。

左眼上に一層の橫紋有るは、一個の兄弟あり。兩層の橫紋有るは、兩個の兄弟あり。橫紋若し眼角內側に靠近すれば、兄弟指望上らず。「義紋」を生有するは、兄弟子姪相守り底に至る難し。上眼胞は父宮を代表し、下眼胞は子宮を代表す:父宮の眼胞堅硬なるは、父親が兒子を送走し、白髮人黑髮人を送る。子宮の眼胞堅硬なるは、始めて兒子が父親の為に終を送る。眼睛剛に哭過した如く、兩眼角眼白多きは、兄弟雖も多くとも往往幾位の母親より出。若し下眼瞼往上に迎合すれば、壽數一個餘月を過ぎず。上眼瞼往下に迎合すれば、一百天を過ぎず。上下同時に相迎合するは、早亡の兆。一人身上の帶ぶ殺氣、最も消解し難きは眼上に在り:眼皮重疊にして目光下垂、および斜視・下視、此の類殺氣凝聚して散ぜず。眼神澄澈湛然なるは始めて上等。

鼻限十年

若鼻不直聳者不貴,有節必兩姓也。若鼻近上有節者,祖姓不真;近下有節者,自姓不真。鼻不藏竅不富,如富者,必側近有庫也。若鼻蹇,四十五大破也。聳者貴,有庫者足,鼻肥兩端紅潤者是也。若有仙庫者,足富貴;有俗庫者足財。庫在仙庫之下,單庫者下半,雙庫者雙也。若鼻懸紋者,多移落他鄉。鼻小及人中蹇者,平生多動搖也。眉過目,人富也。如狼目虎視全者,富貴;不全者,富而不貴也,只可同憂不可同樂。

鼻子挺直高聳ならざるは貴ならず。鼻梁上に節有るは、一生必定兩個の姓氏を跨ぐ。鼻節上に靠るは、祖上の姓氏來歷真ならず。鼻節下に靠るは、自己の姓氏來歷真ならず。鼻孔外露して藏せざるは富まず。若し竟に富む有れば、あれは必ず鼻旁近處に「庫」を生有する。鼻梁蹇塞して暢ならざるは、四十五歲上に一場の大破敗あり。鼻子高聳するは貴を主り、兩傍に庫有るは富足を主る。即ち鼻頭肥厚・兩側紅潤のあの種。「仙庫」を生有するは富貴雙全、「俗庫」を生有するは財物充足。俗庫の位置は仙庫の下、只一邊に生ずるは力量半減、左右雙生する始めて完足と算す。鼻梁上に懸針の如き直紋有るは、多く遷徙して外鄉に流落するを要す。鼻子小さく人中又蹇澀にして顯ならざるは、一生奔波動盪。眉毛眼を過ぎて長き人は富有。若し狼の如き眼・虎の如き視を兼具せば、是れ富貴の相。兩樣齊全ならざるは、只富みて貴ならず。此の種の人は只彼と患難を共にすべく、彼と安樂を同じくすべからず。

上下唇二十年

若口不方者不貴,是一齊之齒,四海之方圓,合要方,開要圓。齒齊密者,取富貴準也。若齒有三十六個者,大貴。如稀少者及唇掀者,賤。如四海方圓,高得助也。唇紅齒白,富貴之苗也。

口生じて方正ならざるは貴ならず。いわゆる「一齊之齒」とは、牙齒の齊整劃一を說く。いわゆる「四方之方圓」とは、口の四圍を說く:合攏する時方正如りて顯れ、張開する時圓滿如りて顯るを要す。牙齒齊整細密なるは、此の一條を用いて富貴を取る最も準。牙齒多き三十六顆に至るは大貴を主る。牙齒稀疏缺少および嘴唇上掀して齒を包めざるは賤を主る。口の四圍方圓體得するは、上位者の提攜を得べし。嘴唇紅潤・牙齒潔白は、富貴の苗子。

頦限五年

髮疏賓美者,富貴得助。頦下有成主旅肉者,足富。頦中有蠶者,限外有餘,壽命七十有三。勒腰蠶者,七十八,不固,減三年。八九十者,看餘限豐滿也。頦下旋生□肉在頦骨下,必主近有權也。

頭髮稀疏にして鬢髮秀美なるは、人の扶助を得て富貴し得。下巴底下に成塊厚實の肉を生出するは、家道富足。頦中に蚕の如く横卧隆起を生有するは、限運走り完る後仍お餘福あり、壽命七十三歲に到り得。此の蚕紋若し束腰の如く勒進すれば、七十八歲に到り得。生じて牢固ならざるは、再び三年を減ず。能く八九十歲に活くるに至っては、還た餘下の各限の部位豐滿なるや否やを看るを要す。下巴以下・頦骨以下に別に旋生して一塊の肉出るは、必定近期內に權柄を掌握するを會す。此處底本一字殘缺あり、臆補を敢えてせず。

月波洞中記・下卷

八限を論ず

眉耳額限初主,耳限八限之先。不欲焦黑,及有粥衣,主腎臟有疾而不貴。如猴人有者,不妨世人,只知無珠者,不貴。如貴者何也?輪廓分明紅潤,有刀環也。大抵耳不欲向前,不欲低於眉。謂耳低於眉,不要反輪,必破祖也。風門不欲小,無學之人也。不欲上廣下狹,父母早亡也。虎形上尖下闊,猴形人亦上尖,熊形人上下勻停,獸形下狹上正也。如反輪不破祖,下狹遲亡父母。風門小而有學者,何也?看其高於眉,紅潤有氣也。主初年駁雜,當細辨之。如行運男左女右交生,日後起有缺者,在襁褓中有疾驗也。

眉・耳・額の三限が管するは人生の初運で、その中耳限はまた八限の最前に排す。耳朵は枯焦して黑を發するを宜とせず、また米湯乾きたるが如き薄皮を一層蒙るを宜とせず。あれは腎臟に病ありて且つ貴ならざるを主る。若し猴形の人の耳朵が此の如くば、倒れて妨事なし。世人只耳珠無ければ貴ならざるを知るも、或る人珠無きも照樣貴なるは是れ何の故か?彼の耳輪耳廓分明に紅潤、耳內還た刀環の如き一圈の骨棱を生有するに因る。大体上いうに、耳朵は向前に招くを宜とせず、また眉毛より低きを宜とせず。耳が眉より低しと說くは、還た耳輪外に翻らざるべからずを要求す。さもなくば必定祖業を破敗す。耳孔「風門」細小を宜とせず。風門小さきは學問無き人。耳形上寬下窄を宜とせず。あの樣は父母早亡を主る。不過虎形の人の耳は本來上尖下闊、猴形の人の耳も上尖、熊形の人の耳は上下勻停、獸形の人の耳は則ち下窄にして上端方正、各々形局に依り論斷す。若し耳輪雖も反すとも祖業を破らざれば、那麼下削上寬も只遲一些父母を克するのみ。風門小さくとも學問有るはまた是れ何の故か?あれは彼の耳位が眉毛を高過し、而且色澤紅潤にして神氣有るを看るを要す。此の種の人は早年際遇駁雜、應に仔細分辨すべし。行運に至っては、男は左耳を看、女は右耳を看、交替推算す。日後凡そ耳上の缺損處の應ずる年份は、往往襁褓の中に已に病を生じたり、驗證し得。

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