Libo

三字经 · 第4巻

宋 · 王应麟(旧题) · 第4巻 / 4

高祖興漢業建至孝平王莽篡

漢高祖が興起して、漢朝の基業が建立されました。孝平帝の時に至って、王莽が位を簒いました。

光武興為東漢四百年終於獻

光武帝が中興して、これを東漢と為します。漢朝は四百年にして、献帝に終わりました。

魏蜀吳爭漢鼎號三國迄兩晉

魏・蜀・呉が漢家の鼎器を争奪し、合して三国と称し、両晋に至ります。

宋齊繼梁陳承為南朝都金陵

宋・斉が相継ぎ、梁・陳が承け接ぎました。これを南朝と称し、金陵に都を建てました。

北元魏分東西宇文周與高齊

北方の元魏は東魏・西魏の両魏に分かれ、また宇文氏の周、高氏の斉がありました。

迨至隋一土宇不再傳失統緒

隋に至って、天下が一統に帰しましたが、何代かも伝えないうちに正統を失いました。

唐高祖起義師除隋亂創國基

唐高祖は兵を起して義を挙げ、隋末の乱を掃除して、国基を開創しました。

二十傳三百載梁滅之國乃改

二十代を伝え、合わせて三百年。後梁が唐を滅ぼして、国号はここに改換しました。

梁唐晉及漢周稱五代皆有由

梁・唐・晋と漢・周は、合して五代と称し、それぞれ興亡の縁由があります。

趙宋興受周禪十八傳南北混

趙氏の宋朝が興起し、後周の禅譲を受け、十八代を伝え、南北は混一しました。

遼與金皆夷裔元滅金絕宋世

遼と金はみな外族の後裔です。元は金を滅ぼし、また宋の世系を断絶し、

蒞中國兼戎狄九十年反沙磧

中原を統治し、あわせて戎狄の地を兼ねました。九十年を過ぎて、また沙漠に退き返りました。

太祖興稱大明紀洪武都南京

明太祖が興起し、国号を大明と称し、年号を洪武とし、南京に都を建てました。

迨成祖遷宛平十六世至崇禎

成祖の時に至り、宛平に都を遷しました。十六代を伝えて、崇禎帝に至ります。

權閹肆流寇起自成入神器毀

宦官が権を専らにし、流寇が四起しました。李自成が京城に攻め入り、帝位はここに毀棄されました。

清太祖興遼東金之後受明封

清太祖は遼東に興起し、金人の後裔で、かつて明朝の册封を受けました。

至世祖乃大同十二世清祚終

世祖に至って初めて一統に帰しました。十二代を伝えて、清朝の国運は終結しました。

凡正史廿四部益以清成廿五

正史は合わせて二十四部で、清史を加えれば、二十五部を成します。

史雖繁讀有次史記一漢書二

史書は多くとも、読むに次序があります:《史記》が第一、《漢書》が第二、

後漢三國志四此四史最精緻

《後漢書》が第三、《三国志》が第四。この四史は最も精審です。

先四史兼證經參通鑑約而精

まず四史を読み、あわせて経書を証します。さらに《通鑑》を参じれば、簡約にして精要です。

歷代事全在茲載治亂知興衰

歴代の事はすべてここにあり、それらは治乱を記載して、人に興衰を明白させます。

讀史書考實錄通古今若親目

史書を読むには、実録を考核すべく、古今を貫通して、親しく見たことがあるかのようにします。

漢賈董及許鄭皆經師能述聖

漢代の賈誼・董仲舒・許慎・鄭玄は、みな経師で、能く聖学を述べました。

宋周程張朱陸明王氏皆道學

宋代の周・程・張・朱・陸、明代の王守仁は、みな道学に属します。

屈原賦本風人逮鄒枚暨卿雲

屈原は賦を作り、詩人に本づきました。鄒陽・枚乗・相如・揚雄に至り、

韓與柳並文雄李若杜為詩宗

韓愈と柳宗元は並びて文章の巨匠、李白・杜甫は詩家の宗師です。

凡學者宜兼通翼聖教振民風

学を求める人はこれらを兼ねて通ずべきです。聖教を輔翼し、民風を振り起します。

口而誦心而維朝於斯夕於斯

口には誦読し、心には思索します。朝はこのごとく、夕もこのごとしです。

昔仲尼師項橐古聖賢尚勤學

昔、孔子はかつて項橐を師としました。古の聖賢すらなおこのごとく勤く学びました。

趙中令讀魯論彼既仕學且勤

趙普は中書令の官に居りながら《魯論》を読みました。既に官を為して、なおこのごとく勤く学びました。

披蒲編削竹簡彼無書且知勉

ある人は蒲草を編み、竹片を削って書冊としました。彼らは書無きも、なお自ら勉めるを知りました。

火焠掌錐刺股彼不教自勤苦

ある人は火をもって掌を焠け、ある人は錐をもって股を刺しました。督促する人なくして、自ら刻苦します。

如囊螢如映雪家雖貧學不輟

ある人は蛍を嚢に入れて明かりとし、ある人は雪に映して読書しました。家は貧しくとも、学業は停まりません。

如負薪如掛角身雖勞猶苦卓

ある人は薪を負いて苦読し、ある人は書を牛角に掛けました。身は労すれども、志節は卓然です。

蘇明允二十七始發憤讀書籍

蘇明允は二十七歳に至って、初めて発憤して書を読み始めました。

彼既老猶悔遲爾小生宜早思

彼は年が既に老いて、なお起步の晚きを悔いています。あなたたちは若い——早く打算を作るべきです。

若荀卿年五十遊稷下習儒業

荀卿が五十歳の時のごとく、なお稷下に游が学して、儒家の学業を研習しました。

彼既成眾稱異爾小生宜立志

彼はこの成就を得て、衆人は奇と称しました。あなたたちは若い——志向を立て定めるべきです。

瑩八歲能詠詩泌七歲能賦棋

祖瑩は八歳にして詩を吟じることができ、李泌は七歳にして棋を題として賦を作ることができました。

彼穎悟人稱奇爾幼學當效之

彼らは聡慧が人に過ぎ、人々は奇と称しました。あなたたちは幼くして学を求める——效法すべきです。

蔡文姬能辨琴謝道韞能詠吟

蔡文姬は琴の声を聴き辨え、謝道韞は詩を吟じ対を作ることができました。

彼女子且聰敏爾男子當自警

彼女たちは女子でありながらなおこのごとく聡敏です。あなたたちは男子——自ら警醒すべきです。

唐劉晏方七歲舉神童作正字

唐の劉晏はわずか七歳にして、神童と挙げられて、正字の官を為しました。

彼雖幼身己仕爾幼學勉而致

彼は年こそ小さくとも、既に出仕しました。あなたたちは幼くして学を求めれば、勉めて至ることができます。

犬守夜雞司晨苟不學曷為人

狗は夜を守り、鶏は暁を報じます。人はもし学ばなければ、何をもって人としますか?

蠶吐絲蜂釀蜜人不學不如物

蚕は糸を吐き、蜂は蜜を醸します。人が学習しなければ、かえってこれらの物に及びません。

幼習業壯致身上匡國下利民

幼き時に学業を研習し、壮んな時に世に身を献じます。上は国家を匡し、下は百姓を利します。

揚名聲顯父母光於前裕於後

名声を伝揚して、父母を顕耀させます。先人に光を増し、後代に余蔭を留めます。

人遺子金滿籯我教子惟一經

人は子孫に満箱の黄金を留めますが、我が子孫に教えるはただ一部の経書のみです。

勤有功戲無益戒之哉宜勉力

勤奮すれば効果があり、嬉戯すれば益なし。これを戒めとして、よく努めなさい!

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