Libo

凡例(はんれい)

周 · 佚名 · 第1巻 / 2

作盤ガイド: 大衍筮法, 六爻納甲の立卦

第1卦 乾為天(けんいてん) ䷀

易経易学典籍

術数への応用を目指すなら、まず六十四卦の卦爻辞と《説卦伝》の取象に親しむ。義理を目指すなら《繋辞伝》から入るのがよい。

周易六十四卦爻辭全文。本文件收錄周易六十四卦的完整爻辭,供梅花易數解卦時參考動爻含義。使用說明:梅花易數中,動爻的爻辭可作為斷卦的重要參考。爻位由下往上數:初爻(1)、二爻(2)、三爻(3)、四爻(4)、五爻(5)、上爻(6)。九代表陽爻,六代表陰爻。

この文書は『周易』六十四卦の卦辞と三百八十四条の爻辞を集めたもので、乾卦にはさらに「用九」の一条、坤卦には「用六」の一条があり、合計三百八十六条となる。『梅花易数』で卦を立てて占断する際に、動爻の意味を調べるために供する。ここで言う「動爻」とは、卦を立てた後に陰陽の変化が生じた一爻のことで、その爻辞こそが問うた事柄の急所を最もよく言い当てることが多い。爻辞を読むにはまず位を認めること。一卦の六爻の順序は下から上へ数え、最下の一爻を初爻といい、上へ順に二爻・三爻・四爻・五爻、最上の一爻を上爻という。爻の陰陽は数目字で標し、「九」は陽爻、「六」は陰爻を表し、両者が合わさって初九・六二・九五・上六といった名称となる。ただし最下と最上の二爻だけは位次を先に言って陰陽を後に言い、中間の四爻はすべて陰陽を先に言って位次を後に言う。

上経(第1〜30卦)

第1卦 乾為天(けんいてん) ䷀

卦辭:元亨利貞。 初九:潛龍勿用。 九二:見龍在田,利見大人。 九三:君子終日乾乾,夕惕若厲,無咎。 九四:或躍在淵,無咎。 九五:飛龍在天,利見大人。 上九:亢龍有悔。 用九:見群龍無首,吉。

乾為天(けんいてん)は、上下の卦がともに乾で、六爻すべてが陽であり、天道の剛健にして止まないことを象徴する。卦辞「元亨利貞」の四字は全『周易』の綱領である。「元」は大であり万物の始め、「亨」は通達、「利」は適宜、「貞」は正しく固く守ること。合わせて言えば、乾の道は広大に亨通し、正道を堅く守るのに宜しい。六爻は龍を譬えにして、陽気が潜蔵から亢極に至る全過程を説く。初九は最下にあって、陽気が生まれたばかりで地位も卑しいので、潜龍勿用——龍は深水に潜み、しばらく施展できないと言う。九二は地面に現れ、下卦の中に居て「中を得」(二・五の両爻はそれぞれ上下卦の中位に居り、最も平らかで頼もしい)、だから見龍在田、徳と位ある大人に拝謁しに行くのが宜しい。九三は陽爻が第三の奇数位に居るので「当位」だが(陽爻が初・三・五に居り、陰爻が二・四・上に居るのを当位という)、下卦の頂点にあって、上は天にあらず下は田にあらず、だから終日勤勉して怠らず、夜に入ってもなお危険に臨むように警惕する。こうして初めて「咎なし」——災いがない。九四はすでに上卦に入り、進退が定まらないので、或いは躍り或いは淵に在りと言い、躍るも躍らないも両可で、時を審らかにして動けば災いはない。九五は陽剛が尊位に居り、当位であって中をも得、全卦で最も盛んな爻、飛龍が天に昇り、このとき賢者と相見てともに大业を成すのが宜しい。上九は極位に居り、物は極まれば必ず反るので、亢龍悔いあり、あまりに高く飛び過ぎれば必ず悔恨が生じる。乾卦は別に「用九」の一条を立て、六爻がすべて変わるときの断語とする。群龍がいずれも首領を争わず、剛にして能く柔なればこそ吉祥である。

第2卦 坤為地(こんいち) ䷁

卦辭:元亨,利牝馬之貞。君子有攸往,先迷後得主,利。西南得朋,東北喪朋。安貞吉。 初六:履霜,堅冰至。 六二:直方大,不習無不利。 六三:含章可貞,或從王事,無成有終。 六四:括囊,無咎無譽。 六五:黃裳,元吉。 上六:龍戰于野,其血玄黃。 用六:利永貞。

坤為地(こんいち)は、上下の卦がともに坤で、六爻すべてが陰であり、大地が柔順に万物を載せることを象徴する。卦辞は元亨、牝馬の貞に利ありと言う。坤の道もまた広大に亨通するが、その正を守るあり方は母馬のようでなければならない。地を千里行くことができ、なおかつ終始柔順に人に随う。だからあえて牝馬を挙げて龍を挙げない。君子が往くところあれば、先んじれば道を迷い、後に随えばかえって主人を得る。これが利である。「攸往」とはすなわち往くところ、行こうとする所である。西南へ往けば陰柔の同類の方で仲間を得、東北へ往けば陽剛の方で仲間を失う。しかし仲間を失ってこそ陽剛に事えると言えるので、結局は柔順に安んじ正を固守するを吉とする。六爻は陰気が微より盛んに至るを説く。初六は最下にあって、足に薄霜を踏んだばかりなら、堅氷の至るを知るべきである。これは微細な兆候から大勢を予見することである。六二は陰爻が第二の偶数位に居り、当位であって中をも得、坤卦で最も純正の爻である。品性は直く、方く、大きく、わざと揣摩して習わなくとも、自ら利あらざるなし。六三は陰が陽位に居るので「失位」に属し、才華は内に含めるべきである。だから章を含みて貞にすべしと言う。たとえ君王の事に従っても、その功を自居せず、成を求めずして善き終わりを得る。六四は多く懼れる位に処し、嚢を括るように収斂して露さない。災いもなく、誉れも得ない。六五は柔順にして尊位に居り、黄は中央の正色、裳は下身の服で、尊貴の身をもって謙下の徳を守るので大吉である。上六は陰が盛んの極に至って陽と争い、龍が野に戦い、青黄相雑の血を流す。両方とも敗れて傷つく。坤卦は別に「用六」を立てる。六爻すべてが変わるときは、永く正を守るに利ありとする。

第3卦 水雷屯(すいらいちゅん) ䷂

卦辭:元亨利貞,勿用有攸往,利建侯。 初九:磐桓,利居貞,利建侯。 六二:屯如邅如,乘馬班如。匪寇婚媾,女子貞不字,十年乃字。 六三:即鹿無虞,惟入于林中。君子幾,不如舍,往吝。 六四:乘馬班如,求婚媾,往吉,無不利。 九五:屯其膏,小貞吉,大貞凶。 上六:乘馬班如,泣血漣如。

上卦は坎で水、下卦は震で雷。震は動を主り、坎は険を主る。動いて険に遇うので「屯」と言い、万物が生まれたばかりで艱難にして未だ通ぜざるの象である。卦辞は大いに亨りて正を守るに宜しと言う。このとき草創の気運が始まったばかりで、宜しく侯を建てて自らを助けしめるべし——草昧の世には賢者の補佐が欠かせない。初九は陽剛が最下に居る。磐石のように動かずに居て利あり、侯を建てるに宜し。六二は陰柔が中正に居るが初九に逼られて進めず、屯如邅如、馬に乗りて班如たり——求婚者が来ても十年待ってようやく許す。正を失わなければ吉である。六三は陰が陽位に居るので失位、山に入りて虞をなければ陥る。君子はこれを見て捨てるべし、往けば吝を取る。六四は柔で当位、上に応じて九五に随い、求婚の馬を班如として進めば吉、往くに利あらざるなし。九五は陽剛中正にして尊位に居るが、屯の膏沢を小さく守れば正にして吉、大きく求めれば凶——膏沢を広く施せない屯難の時である。上六は屯の極に処し、馬に乗りて班如たり、血を泣くが如く涙を流す。進退ともに路が窮まる象である。

第4卦 山水蒙(さんすいもう) ䷃

卦辭:亨。匪我求童蒙,童蒙求我。初筮告,再三瀆,瀆則不告。利貞。 初六:發蒙,利用刑人,用說桎梏,以往吝。 九二:包蒙,吉。納婦,吉。子克家。 六三:勿用取女,見金夫,不有躬,無攸利。 六四:困蒙,吝。 六五:童蒙,吉。 上九:擊蒙,不利為寇,利禦寇。

上卦は艮で山、下卦は坎で水。山の下に泉水が湧き出て流れの向きが未だ定まらないので「蒙」と言い、童稚が蒙昧で人の啓発を待つ象である。艮は止を主り、坎は険を主る。険に遇えば止まる、まさに蒙昧で往くべきを知らざるである。卦辞はまず亨通を言う。蒙昧はもとより開通し得る。私という教える者が童蒙を追って教えを乞うのではなく、童蒙が誠心をもって私を求めるのでなければならない。初めて占えば実をもって告げ、再三繰り返して問えば軽慢となり、軽慢なればもはや告げない。求教は必ず専一にして虔敬でなければならないと言うのである。最後に利貞で収める。教えるも学ぶも正を守るべし。初六は最下にあって啓蒙の初めに処し、適度の刑罰をもって規矩を立て、人をして桎梏のような束縛を解脱せしめる。しかしひたすら刑を用いて往けば困窘を招く。九二は陽剛が中を得、全卦で教化を主る爻で、蒙昧な者を包容できるので吉。柔順な人を納れるのは吉で、子もまた家業を担うことができる。六三は陰が陽位に居り失位、また急いで上九に攀附しようとする。このような女子は金ある男子を見れば自らの操守を失う。娶るべからず、娶れば何の利もない。六四は上下ともに九二と上九の二つの陽爻から遠く離れ、孤立して援なく、蒙昧に困って憾恨を生ず。六五は柔順にして尊に居り、下は九二に応じ、童子の心をもって己を虚しくして教えを求めるので吉祥。上九は剛にして卦の終りに居り、厳厉な手段をもって蒙昧を撃破するが、力が猛り過ぎれば侵害となる。だから自ら寇を為すは宜しからず、ただ来る寇を禦ぐのみ宜しい。

第5卦 水天需(すいてんじゅ) ䷄

卦辭:有孚,光亨,貞吉,利涉大川。 初九:需于郊,利用恆,無咎。 九二:需于沙,小有言,終吉。 九三:需于泥,致寇至。 六四:需于血,出自穴。 九五:需于酒食,貞吉。 上六:入于穴,有不速之客三人來,敬之終吉。

上卦は坎で水、下卦は乾で天。雲気が天空に昇って未だ雨と成らないので「需」と言い、等待の象である。乾の健は内にあって本は前進を欲するが、坎の険が前に横たわる。剛健でありながら冒進しない、まさに等待の道理である。卦辞は心に誠信を懐けば(「孚」とは内心の真実にして欺かざる誠信)、光明にして亨通し、正を守れば吉、こうして初めて「大川を渉るに利あり」——大河を渡るに利する。これは険難の大事を担い得ることの譬えである。六爻は険を離れる遠近によって配列される。初九は険から最も遠く、郊野で待つ。恒心を保てば災いはない。九二は一歩近づいて沙上で待つ。些かの閑言の中傷は免れないが、陽剛が中を得ているので、終竟は吉。九三はすでに坎水に迫り、泥濘の中に陥って待つ。自ら寇敵を招いたに等しい。六四はすでに険中に落ち、血を流す地で待つが坑穴から脱出し得る。柔順が当位で険と争わないことに依る。九五は陽剛中正にして尊位に居り、身は坎険の中にあっても容与できる。酒食の宴飲の中に待ち、正を守って吉を得る。上六は険の尽きるところに処し、坑穴に落���込むが、招かざる三人の客が来訪し、敬して待てばかえって終に吉祥を得る——いわゆる不速の客とは、まさに下卦の三つの陽爻が終に上って来て助けることを指す。

第6卦 天水訟(てんすいしょう) ䷅

卦辭:有孚窒惕,中吉,終凶。利見大人,不利涉大川。 初六:不永所事,小有言,終吉。 九二:不克訟,歸而逋,其邑人三百戶,無眚。 六三:食舊德,貞厲,終吉。或從王事,無成。 九四:不克訟,復即命,渝安貞,吉。 九五:訟,元吉。 上九:或錫之鞶帶,終朝三褫之。

上卦は乾で天、下卦は坎で水。天気は上に行き、水は下に注ぎ、両者相背するので「訟」と言い、争訟の象である。坎の険は内にあり、乾の健は外にある。内に険心を懐き、外に剛強を逞しゅうすれば、争端はこれによって起こる。卦辞は心にもとより誠信があるのに阻塞され、それによって戒懼して安からざるを言う。争訟は中途で止めるが吉、争い尽くせば凶。徳高く位尊き大人を求めて裁断させるが宜しく、険を渉って冒進して大川を渡るは宜しからず。初六は柔弱にして下に居り、争いの事を長引かせない。些かの言語の責めを受けるも、終竟は吉利。九二は陽剛が中を得るも九五と相敵し、争訟は勝ち得ない。そこで封邑に退きて隠避すれば、あの三百戸の小邑はまさに争わないがゆえに禍患を免れる。「眚なし」とは人為によって招く灾殃がないことである。六三は陰柔が失位、ただ先人の遺した旧い徳沢を安享するのみできる。正を守りて危を知れば、終竟は吉を得る。たとえ君王の事に参与しても、その功を居らない。九四は陽が陰位に居り中せず、訟は勝てない。そこで回頭して天命に順い、心态を改めて正を守るに安んずれば、吉祥を得る。九五は陽剛中正にして尊位に居り、訟を聴く公正な者である。彼に争訟を決断させるが最も大吉である。上九は争訟し尽くして僥倖に勝ちを得、官爵を象徴する鞶帯を賜わるが、一朝のうちに度々褫奪される。争訟によって得たものは結局守り切れないことを説く。

第7卦 地水師(ちすいし) ䷆

卦辭:貞,丈人吉,無咎。 初六:師出以律,否臧凶。 九二:在師中,吉,無咎,王三錫命。 六三:師或輿尸,凶。 六四:師左次,無咎。 六五:田有禽,利執言,無咎。長子帥師,弟子輿尸,貞凶。 上六:大君有命,開國承家,小人勿用。

上卦は坤で地、下卦は坎で水。地の中に水を蓄え、衆多にして聚まりて散ぜざるので「師」と言い、師とはすなわち軍旅である。坤は順を主り、坎は険を主る。険を行いて能く民心をもって順随せしめるは、まさに用兵の道である。卦辞は必ず正道を守持し、かつ老成持重の「丈人」に主持せしめてこそ吉利にして災いなからんと言う。初六は最下にあって出師の始めである。兵を出すには必ず紀律に循わねばならず、紀律が良くなければ凶険がある。九二は全卦唯一の陽爻で、下卦の中に居り、まさに統帥の位に当たる。身は軍中にあって中道を得、だから吉祥にして災なく、君王が三たび命を頒ちて重任を委ねる。六三は陰が陽位に居り失位、才は弱く位は高い。軍隊が車に屍首を載せて帰るは敗績の象で、凶。六四は柔にして当位、難を知りて退き、軍隊を撤して傍らに駐す。戦功はないが災いもない。六五は柔中にして尊に居り、統帥を委任する人主である。田に野獣があって庄稼を侵害すれば、師を出して討伐するは名正言順で、だから咎なし。しかし人を用いるは必ず当を得なければならず、老成の長子に兵を統べさせるは可なり。若し同時に無能の晩輩を派して兵を掌らしめれば、屍を車に載せて帰ることになり、占えば凶。上六は功を論じ賞を行う時で、天子が詔命を頒ち、諸侯を分封して国を開き、大夫に賞して家を承けしめる。「小人勿用」とは、功を立てた小人にはただ財貨を賞するのみ可で、権位を授けるは絶対に不可であると言う。

第8卦 水地比(すいちひ) ䷇

卦辭:吉。原筮元永貞,無咎。不寧方來,後夫凶。 初六:有孚比之,無咎。有孚盈缶,終來有它吉。 六二:比之自內,貞吉。 六三:比之匪人。 六四:外比之,貞吉。 九五:顯比,王用三驅,失前禽,邑人不誡,吉。 上六:比之無首,凶。

上卦は坎で水、下卦は坤で地。水が地上を流布して浸潤し、彼此相亲し合うので「比」と言い、比は親附し輔助する象である。卦辞はまず吉と断じ、続けて再び慎重に占問すれば、親附する対象が至善・長久・貞正の三つの品質を具えていれば災いはないと言う。もとより安からざる邦国までもが続々と帰附し、ただ遅れて来た者だけが凶険である。親附は時に及ぶを貴ぶと説く。初六は最下に居り、誠信をもって人に親附するので咎なし。さらに言えば、誠信が瓦罐に満ちるように充実して質朴なれば、終に意外の吉祥を招来する。六二は柔順中正にして上は九五に応じ、内心から自発的に親附する。正を守れば吉で、炎勢に附くものではない。六三は陰が陽位に居り失位、上下の親しむところはいずれも正応ではない。だから親附する人が正しくないと言う。六四は九五に紧邻し、外に向かって賢明の君に親附する。柔にして当位、正を守るゆえ吉。九五は全卦唯一の陽爻で、尊に居り中を得、衆人の親附する対象である。光明正大に人と相亲し、君王が田獵して三面を駆り囲み一面を留めて出し、前方の禽獣は走るに任せ、封邑の百姓までも戒備を要しない。去来は自願に出る。だから吉祥。上六は比道の尽きるところに処して帰依するところなく、親附するも元首に託するものなし。凶険は知るべし。

第9卦 風天小畜(ふうてんしょうちく) ䷈

卦辭:亨。密雲不雨,自我西郊。 初九:復自道,何其咎,吉。 九二:牽復,吉。 九三:輿說輻,夫妻反目。 六四:有孚,血去惕出,無咎。 九五:有孚攣如,富以其鄰。 上九:既雨既處,尚德載,婦貞厲。月幾望,君子征凶。

上卦は巽で風、下卦は乾で天。風が天上に行くは、一時の約束はできても久しく留めることはできない。だから「小畜」と言い、「畜」は蓄止・畜養で、小をもって大を止めるは力が有限である。卦辞は亨通を言うが、濃雲は密に布くれども雨と成って降らず、雲気は我が西の郊野から昇る。まさに蓄積未だ足らず時機未だ至らざるの象である。全卦は五陽一陰で、六四という一つの陰爻に倚って五つの陽爻を止めるので、畜するところ甚だ小さい。初九は陽剛が下にあって、自ら行くべき正道に順って返る。何の災いがあろうか、だから吉。九二は初九と同類で相牽き、仲間に牽かれてともに回帰する。中に居りて躁進せず、ゆえに吉。九三は陽剛過盛にしてまた六四に緊逼し、かえって陰に制せられる。大車が輻条を脱して走れず、夫妻は剛柔相争いて反目し和を失う。六四は成卦の主爻で、一陰をもって五陽を畜止するはもとより極めて危険だが、その心に誠信を懐けば、血光の災いは避け得られ、憂懼は解除される。だから災いはない。九五は陽剛中正で、誠信をもって上下と緊密に相連なり、自ら富みてなお隣里に恵み及ぶ。上九は畜道すでに成り、雨はすでに降り、局勢はすでに定まり、徳沢は満載された。しかし陰気が盛んにして月は将に圓けんとして未だ圓けざるの地步に至れば、婦人が正を守るも危険があり、君子がこのとき出征すれば凶である。

第10卦 天澤履(てんたくり) ䷉

卦辭:履虎尾,不咥人,亨。 初九:素履,往無咎。 九二:履道坦坦,幽人貞吉。 六三:眇能視,跛能履,履虎尾,咥人,凶。武人為于大君。 九四:履虎尾,愬愬,終吉。 九五:夬履,貞厲。 上九:視履考祥,其旋元吉。

上卦は乾で天、下卦は兌で沢。天は上にあり沢は下にあり、尊卑分明で、人は礼に依って行うので「履」と言う。履はもとより踩踏で、引申して礼法を踐行することを言う。卦辞は虎の尾を踏んで虎が人を咬まないと言う。下卦の兌が和悦を主るので、柔順・和悦をもって剛強に対応すれば、危くして通じ得る。初九は質朴にして下に処し、本色をもって事を行い虚飾を慕わない。往けば災いはない。九二は陽剛が中に居り、行う道は平坦にして寛広である。幽居して自ら守る人が正道を堅守すれば吉。六三は全卦唯一の陰爻で、陰が陽位に居り失位、才は弱く志は剛である。隻眼でありながら自らはよく見えると思い、跛足でありながら自らは遠く行けると思う。こうして虎の尾を踏めば真に咬まれる。その凶はまさに、ただ勇を逞しゅうするのみの武人をもって一国の君に充てるが如し。九四は陽が陰位に居り、同じく虎の尾を踏むが、戒懼して謹慎できるので終竟は吉祥。九五は陽剛中正にして尊に居り、行事は剛決果断である。しかし剛過ぎれば折れやすいので、正を守るもなお危険がある。これが「貞厲」——正道を守持してもなお処境は危殆である。上九は履道の尽きるところに処し、回頭して一路の行跡を審視し、吉凶の兆候を考察すれば、周旋が圓満にして缺失なければ、すなわち大吉である。

第11卦 地天泰(ちてんたい) ䷊

卦辭:小往大來,吉亨。 初九:拔茅茹,以其彙,征吉。 九二:包荒,用馮河,不遐遺,朋亡,得尚于中行。 九三:無平不陂,無往不復。艱貞無咎,勿恤其孚,于食有福。 六四:翩翩不富,以其鄰,不戒以孚。 六五:帝乙歸妹,以祉元吉。 上六:城復于隍,勿用師。自邑告命,貞吝。

上卦は坤で地、下卦は乾で天。天気は下降し、地気は上昇し、二気交感して相通ずるので「泰」と言い、通泰の象である。卦辞は小往き大来る、吉にして亨ると言う。「小」は陰を指し、「大」は陽を指す。陰柔は往いて外卦に居り、陽剛は来て内卦に居る。陽長して陰消ゆ、だから吉にして亨る。初九は陽剛が下にあって、茅草を抜けば根に連れて同類が出る。賢者は相互に引薦して進み、このとき出征すれば吉。九二は陽剛が中を得、泰を治める主爻である。荒穢を包荒でき、徒歩で大河を渉渡する果決があり、遠方の人を遺漏せず、また党を結んで私を営まない。こうして初めて「中行」に合すると称するに足り、すなわち偏らず倚らずの中道である。九三は乾体の頂端、泰運の中途に処する。永遠に平坦にして斜坡に変ぜざるはなく、ただ前に往きて返らざるもない。盛極まれば将に衰えんとす。だから艱難の中に正を守ってこそ災いなく、自らの誠信が落空するを憂うるに及ばず、飲食禄養は自ら福分がある。六四は柔にして当位、軽捷に下行して自ら富むを恃まず、隣里と同心で、互いに告戒せずともすでに誠信がある。六五は柔中にして尊に居り、下は九二に応じ、商王の帝乙が女を下嫁せしめたるが如く、尊貴の身をもって柔順に剛に従う。これによって福を獲て大吉。上六は泰運の尽きるところに処し、泰極まりて否に転ず。城墻が倒れて護城濠に回る。このとき軍隊を動かすは可ならず、ただ自らの邑中より告命を発するのみできる。正を守るも憾恨を免れ難い。

第12卦 天地否(てんちひ) ䷋

卦辭:否之匪人,不利君子貞,大往小來。 初六:拔茅茹,以其彙,貞吉亨。 六二:包承,小人吉,大人否亨。 六三:包羞。 九四:有命無咎,疇離祉。 九五:休否,大人吉。其亡其亡,繫于苞桑。 上九:傾否,先否後喜。

上卦は乾で天、下卦は坤で地。天気は上昇し、地気は下沈し、両者交通せざるので「否」と言う。この字はここでは痞と読み、閉塞して通ぜざることで、否定の義ではない。前の一卦の泰を丸ごと倒転させれば否卦である。卦辞は否塞の世は人道正しからずと言い、このとき君子が正を守り施展するに利せず、陽の大なる者は外に往きて消退し、陰の小なる者は内に入る。卦中の三陰は下にあって自ら長し、三陽は上にあって退避する。まさに小人が位にあり君子は野にある局面である。初六は最下にあって、泰卦の初九と同じく拔茅連根の譬えを用いるが、ここでは同類が相引いてともに退隠して正を守る。だから正を守れば吉にして亨通する。六二は柔順が中を得、上位にある者を包容し承順できる。小人はこれに憑って吉を得、大人は否塞の中に自ら守るが、かえって通達し得る。六三は陰が陽位に居り失位、中せずまた正を守らず、下卦の頂端に処して急いで上進を求める。包蔵し得るはただ一份の羞恥のみ。進退ともに地自容することなし。だから爻辞は吉凶さえ断語を加えない。九四は陽剛が上卦に入り、否道は転機を始める。天命あるいは君命を奉承して行えば災いなく、同類の人はみな依附して福を得る。九五は陽剛中正にして尊に居り、否塞を休止せしめる主爻で、大人は吉を得る。しかしなお常に「亡びんとす、亡びんとす」の憂懼を存してこそ、叢生の桑根に繫ぐが如く穏固であり得る。上九は否の尽きるところに処し、否極まれば必ず傾く。閉塞の局面は推翻され、だから先に困頓を受けて後に喜慶に転ず。

第13卦 天火同人(てんかどうじん) ䷌

卦辭:同人于野,亨。利涉大川,利君子貞。 初九:同人于門,無咎。 六二:同人于宗,吝。 九三:伏戎于莽,升其高陵,三歲不興。 九四:乘其墉,弗克攻,吉。 九五:同人,先號咷而後笑,大師克相遇。 上九:同人于郊,無悔。

上卦は乾で天、下卦は離で火。火の性は上に炎して天と同じ向きなので「同人」と言い、人と和同し協力して事に当たる象である。卦辞は曠野にて人と和同すれば亨通すると言う。曠野は偏私するものなきがゆえに。人心が斉一なれば大川を渉渡して大事を成すことができる。しかし必ず君子式の正を守る同でなければならず、苟合であってはならない。全卦は一陰五陽で、六二は衆陽がともに親和せんとする爻である。初九は門戸を出たばかりで、門外にて人と相交わる。未だ私昵に渉入せず、だから災いはない。六二は柔中にして九五と正応を為し、もとより正配であるが、衆陽に環視され、和同の範囲は宗族の小さい圏内に局限される。だから「吝」、偏狭の憾恨がある。九三は剛にして中せず、六二を奪わんと欲して九五を畏れ、そこで兵を草莽の中に埋伏し、高陵に登って窺探するも、三年の間敢えて発動しない。九四もまた六二を争奪せんと欲し、城墻に登るも終竟は攻撃せず、難を知りて退く。かえって吉を得る。九五は陽剛中正で、六二ともとより正応であるが三・四の両爻に阻隔される。先に痛哭して後に歓笑し、終に大軍に憑って敵を克し、六二と会合し得る。上九は卦外に居り争うところなく、郊野にて人と和同する。未だ大いにその志を得ずとも、悔恨はない。

第14卦 火天大有(かてんだいゆう) ䷍

卦辭:元亨。 初九:無交害,匪咎,艱則無咎。 九二:大車以載,有攸往,無咎。 九三:公用亨于天子,小人弗克。 九四:匪其彭,無咎。 六五:厥孚交如,威如,吉。 上九:自天祐之,吉無不利。

上卦は離で火、下卦は乾で天。火が天上にあって万物を普照するので「大有」と言い、有する者が広大で富有盛大の象である。卦辞は「元亨」の二字のみ。「元」は大であり衆善の首、「亨」は通達。合わせれば大いに亨通するである。全卦は一陰五陽で、六五は柔をもって尊位に居り、五つの陽爻がみな来て帰附する。柔なる者が尊位を得、中に居りて上下相応ずる格局である。富有が長く保ち得る所以は、まさに尊に居る者が己を虚しくして衆を容れるにあり、聚斂に在らず。初九は最下に処して六五から遠く離れ、人と交渉しなければ損害もない。これはもとより過失と算しないが、なお常に艱難・警惕の心を存してこそ災いなからん。九二は陽剛が中を得、大車が重物を装載するが如く、任は重くして能く行く。往くところあれば災いなし。九三は陽剛が下卦の頂端に居り、位は高く富厚である。公侯は自らの富有を天子に献享でき、下をもって上に奉りてその所有を私しない。小人はただ富を據って自専するのみ知り、これができない。だから爻辞はあえて君子と小人の二路を分かつ。九四は君位に緊逼し、最も盛満を忌む。自らの盛大を炫耀せず、謙退してこそ災いなし。六五は全卦の主で、柔中にして尊に居り、誠信をもって上下と相交わり、同時に威厳を保持する。寛厚にして節度あるゆえ吉祥。上九は極位に処しても驕縱せず、下りて六五の柔中の徳に順うことができる。だから上天の護佑を得、吉祥にして往くところ利あらざるなし。

第15卦 地山謙(ちざんけん) ䷎

卦辭:亨,君子有終。 初六:謙謙君子,用涉大川,吉。 六二:鳴謙,貞吉。 九三:勞謙,君子有終,吉。 六四:無不利,撝謙。 六五:不富以其鄰,利用侵伐,無不利。 上六:鳴謙,利用行師,征邑國。

上卦は坤で地、下卦は艮で山。山はもとより高大なのに屈して地下に居るので「謙」と言い、内に高徳を藴して外には自ら卑下する象である。艮は止を主り、驕気を止めることができ、坤は順を主り、順をもって人に待つことができる。卦辞は謙は亨通を致し得ると言い、ただ君子のみが謙徳を終りまで守りて善き結末を有する。常人は往々にして初めは謙で終りは謙ならず、些か成就あればすなわち自満する。だから特に「終り有り」の二字を標出する。九三は全卦唯一の陽爻で、下卦の上に居りて甘んじて四陰の下に処す。成卦の主爻である。謙卦の六爻には凶辞が一句もなく、六十四卦中に絶無僅有である。謙徳の貴ぶべきが見える。初六は最下にあって、謙にしてまた謙。このような徳行に憑って大川のごとき艱険を渉渡するも吉。六二は柔順中正で、謙徳は声名に発して人々が聞く。正を守れば吉。九三は陽剛が下卦の頂端に居りながら甘んじて衆陰の下に居る。功労ありてなお謙退する。君子かくのごとくすれば始終を保ち得るので吉。六四は柔にして当位、上は六五を承け、下は九三に臨む。利あらざるところなし。ただ謙徳を施布し出せばよい。「撝」とは発揮・布散の意である。六五は柔中にして尊に居り、財富に倚らずして隣里の相助を得る。謙なる者に衆心が帰附するゆえに。服従せざる一方に対しては兵を動かして討伐するに宜しい。謙は無原則の退譲ではないことが見える。だから利あらざるなし。上六は謙道の尽きるところに処し、謙名はすでに著れども位なくして施展する所なし。ただ兵を出して自らの封邑を整治するのみ宜しく、遠く他国を伐つは宜しからず。

第16卦 雷地豫(らいちよ) ䷏

卦辭:利建侯行師。 初六:鳴豫,凶。 六二:介于石,不終日,貞吉。 六三:盱豫,悔。遲有悔。 九四:由豫,大有得。勿疑,朋盍簪。 六五:貞疾,恆不死。 上六:冥豫,成有渝,無咎。

上卦は震で雷、下卦は坤で地。雷声が地上に出て奮発し、万物和悦するので「豫」と言う。豫は安楽と予備の二層の意を兼ねる。卦辞は諸侯を分封し兵を出して師を行うに宜しと言う。時勢に順って動けば人心自ら和悦する。侯を建てるは内を安んじ、師を行うは外を攘う。いずれも衆心の帰附に倚ってこそ成し得る。九四は全卦唯一の陽爻で、君に近い位に居りて衆陰がみなそれに順従する。成卦の主爻である。豫の講ずるは安楽で、安楽は最も怠惰を滋生しやすい。だから六爻は多く戒懼の辞である。初六は陰柔が下にあって九四と応を為す。勢いに倚って自ら鳴り得意となり、張揚して享楽する。だから凶。六二は柔順中正で、独り安楽に沉溺せず、操守は磐石のごとく堅く、苗头を見れば立刻に決断し、一日の終るを待たず。正を守れば吉。六三は陰が陽位に居り失位、諂媚して九四を仰望し享楽を求取する。だから悔あり。若し更に遅疑して改めなければ、悔に悔を加える。九四は天下をして楽を得せしめる主爻で、衆人は彼によって安楽を獲る。収穫は甚だ大きい。ただ心に猜疑を存さなければ、同志の人は自ら髪簪が髪を束ねるように迅速に聚拢して来る。六五は陰柔が尊に居りて九四に逼られ、長年病を抱えるが如く、その正位を守れば痼疾ありと雖も滅亡に至らず。上六は豫の尽きるところに処し、昏冥にして逸楽に沉溺す。幸いにして事はすでに成形した後なお変改する所有れば、仍うして災いに致らざるを得る。

第17卦 澤雷隨(たくらいずい) ䷐

卦辭:元亨利貞,無咎。 初九:官有渝,貞吉。出門交有功。 六二:係小子,失丈夫。 六三:係丈夫,失小子。隨有求得,利居貞。 九四:隨有獲,貞凶。有孚在道,以明,何咎。 九五:孚于嘉,吉。 上六:拘係之,乃從維之。王用亨于西山。

上卦は兌で沢、下卦は震で雷。雷が沢中に動いて沢がこれに随って動くので「随」と言い、時に随い人に随う象である。震は動を為し、兌は悦を為す。動いて人を喜ばせれば、人は自ら肯んじて追随する。卦辞は大いに亨通して正を守るに宜しく、かくの如くすれば災いなしと言う。人に随うも正を守らなければ盲従となる。初九は陽剛が初にあって、主るところの職事に変動が生じ、正を守り得れば吉。このとき門を出て人と交われば、かえって功を建て得る。六二は陰柔中正だが、初九という「小子」に紧邻し、九五の「丈夫」とは相隔たる。小子に繫がれば丈夫を失う。取舍は両全し得ない。六三は上に九四という丈夫を承け、下は初九という小子を捨て、陽剛な者に随従して求める所有る。しかし陰が陽位に居り失位なので、安んじ居て正を守ればこそ善い。九四は陽剛にして君側に近い位にあり、随従の中に大いに収穫有り。まさに収穫が大き過ぎるがゆえにかえって疑忌を招く。だからこれを守りて変えざれば凶と言う。ただ心に誠信を懐き、正道を行い、光明磊落をもって自ら処るに憑ってこそ、過ちと言うに足らず。九五は陽剛中正にして尊位に居り、誠信をもって美善の人と美善の事に対する。だから吉祥。上六は随道の尽きるところに処し、随うことすでに極まり、牢く拘係し捆縛されたるが如く、然る後にさらに維係を加う。周文王が西山にて祭祀を行いしは、まさにこの至誠が神明に係り人心に係る写照である。

第18卦 山風蠱(さんぷうこ) ䷑

卦辭:元亨,利涉大川。先甲三日,後甲三日。 初六:幹父之蠱,有子,考無咎,厲終吉。 九二:幹母之蠱,不可貞。 九三:幹父之蠱,小有悔,無大咎。 六四:裕父之蠱,往見吝。 六五:幹父之蠱,用譽。 上九:不事王侯,高尚其事。

上卦は艮で山、下卦は巽で風。風が山下に回旋して出ず、器物が停滯して動かなければ腐壊して虫が生ずる。だから「蠱」と言う。蠱は敗壊で、卦義は積弊を整治するに在り。卦辞は大いに亨通し、大川を渉渡して一番の大事を干すに宜しと言う。甲は天干の首で、更新の開端を象徴する。だから甲日の前に三日をもって籌劃し、甲日の後に三日をもって検省せよ。積弊を革除するには必ず前に思い後に顧みねばならぬと説く。初六は最下にあって、父輩の遺した弊病を整治する。このような幹蠱の子あれば、先父は罪責を免れる。処境は危険なれども終竟は吉。九二は陽剛が中を得て上は六五に応じ、母輩の弊病を整治する。この事は恩情に関わるので、ひたすら生硬に正を固守してはならず、柔道を用いなければならない。九三は陽が陽位に居り、剛猛に過ぎ、父輩の弊病を整治すれば小さな悔恨は免れ難い。しかし方向は誤らないので、大きな災いはない。六四は陰柔が当位なれども寛緩に過ぎ、姑息に放纵して父輩の弊病を発展するに任せれば、ただ羞吝を招くのみ。六五は柔中にして尊に居り、下は九二に応じ、父輩の弊病を整治するに賢能を任用し得る。これによって赞誉を獲る。上九は卦外に処して位なく、王侯に事えず、自らの志節と操守を更に高きところに置く。これは功成りて身を退く者の選択である。

第19卦 地澤臨(ちたくりん) ䷒

卦辭:元亨利貞,至于八月有凶。 初九:咸臨,貞吉。 九二:咸臨,吉,無不利。 六三:甘臨,無攸利。既憂之,無咎。 六四:至臨,無咎。 六五:知臨,大君之宜,吉。 上六:敦臨,吉,無咎。

上卦は坤で地、下卦は兌で沢。地は高くして沢の上に臨み、高きに居りて下に臨むので「臨」と言う。卦中の初九・九二の二つの陽爻は下より浸長す。陽気日に盛んの時である。卦辞は大いに亨通して正を守るに宜しと言う。しかし臨卦の値する十二月より起算し、八月に至れば陰気が事を用い、陽気は転じて衰う。すなわち凶険あらん。これは陽長の初めにして消退の期を預告し、人に極盛の時に衰変を預防せよと提めんとする。「臨」とは上に居りて下を視、尊をもって卑に接すること。だから六爻はいずれもどう臨下するかに就いて立説する。初九は陽剛が当位にして上は六四に応じ、感応の心をもって下に臨む。正を守れば吉。九二は陽剛が中を得て上は六五に応じ、同じく感応をもって下に臨む。吉のみならず、また順ならざるところなし。中を得て偏らざるがゆえに。六三は陰が陽位に居り失位、また中せず、ただ甘言蜜語をもって下に臨むのみ知る。何の利もない。幸いにしてすでにこのために憂慮し自省すれば、なお災いに致らざるを得る。六四は柔にして当位、下は初九に応じ、自ら位に至りて事務を督導する。だから過ちなし。六五は柔中にして尊に居り、下は九二に応じ、智慧をもって衆人を駕御して自ら形を労せず。これはまさに偉大な君主の有すべき做法で、だから吉。上六は臨道の尽きるところに処し、敦厚篤実の徳をもって下に臨み、上に居りて驕らず。だから吉祥にしてまた災いなし。

第20卦 風地觀(ふうちかん) ䷓

卦辭:盥而不薦,有孚顒若。 初六:童觀,小人無咎,君子吝。 六二:闚觀,利女貞。 六三:觀我生,進退。 六四:觀國之光,利用賓于王。 九五:觀我生,君子無咎。 上九:觀其生,君子無咎。

上卦は巽で風、下卦は坤で地。風が地上を行いて遍く万物を歴るので「観」と言い、観看と観瞻されるの二層の意を兼ねる。卦辞は祭祀を譬えに挙ぐ。祭祀の初めに手を洗い爵を浄めて未だ祭品を献上せざる時、心意は最も専一で、人々は誠信を懐いて仰望し、容貌は荘厳・肅穆である。民を治めるもまたかくの如くすべし、徳をもって感じて事事施為するに及ばず。初六は最下に居りて九五より最も遠く、孩童のごとく浅薄に観看する。平民がかくの如くなれば過ちと算せず、君子がかくの如くなれば羞愧すべし。六二は陰柔が内に居り、婦人が門の縫より外を窺視するが如く、見るところ有限である。このような観法はただ女子がその本分を守るにのみ宜しい。六三は上下卦の交に処し、進退未だ定まらず。だから自らの所作所為を反観し、これに拠って出処・進退を決定すべし。六四は九五に紧邻し、最も観瞻の便を得、一国の文明の光輝を観摩し得る。君王の座上の賓と為り、出仕して政を輔くるに宜しい。九五は陽剛中正にして尊位に居り、全卦が観瞻される中心である。彼は自らの德行と政教を省察し、君子の道を失わざれば災いなし。百姓の観るところはまさに彼自身なれば。上九は卦外に処し、当位せざるもなお人の矚目を受く。だから自らの行止が天下の法と為り得るかを観察せよ。君子かくの如くすれば災いなし。

第21卦 火雷噬嗑(からいぜいごう) ䷔

卦辭:亨,利用獄。 初九:屨校滅趾,無咎。 六二:噬膚滅鼻,無咎。 六三:噬臘肉,遇毒,小吝,無咎。 九四:噬乾胏,得金矢,利艱貞,吉。 六五:噬乾肉,得黃金,貞厲,無咎。 上九:何校滅耳,凶。

上卦は離で火、下卦は震で雷。雷電が交作し、威と明とを並用するので「噬嗑」と言う。噬は咬む、嗑は合う。口の中に物が梗阻し、咬み断いて上下の顎がようやく合攏する。社会を梗阻する奸悪を除去するの譬えである。卦辞は亨通し、刑獄を施用するに宜しと言う。六爻は物を咬む軟硬・深浅をもって刑罰の軽重を譬える。初九は最下にあって、初めて犯して罪は軽い。足に木枷を戴きて脚趾を傷つけるは、小さく懲らして大いに誡めるに属する。だから災いなし。六二は柔順中正で、刑を用いるに当を得る。柔嫩の肌膚を咬んで深く鼻を没するまで至る。些か過分なれども過ちと算せず。六三は陰が陽位に居り失位、刑を用いるに当たらずして反抗に遭う。乾硬の腊肉を咬んで毒に遇うが如く、略かに困窘するも、終竟は災いなし。九四は陽剛にして君位に近く、骨ある乾肉を咬むが如く、硬くして咬み難い。しかしその中より金属の箭鏃を得る。剛直にして明断を象徴す。艱難の中に正を守るに宜しく、だから吉。六五は柔中にして尊に居り、聴断の主である。乾肉を咬んで黄金を得る。黄は中色、金は剛質。これはそれが柔をもって尊に居りて能く中を持ち剛を守るを説明す。正を守るも危険あるも、終竟は災いなし。上九は卦の極に処し、罪大きく悪極まる者である。頸に大枷を扛げて耳を淹没す。耳を充ちて勧誡を聞かず。だから凶。

第22卦 山火賁(さんかひ) ䷕

卦辭:亨,小利有攸往。 初九:賁其趾,舍車而徒。 六二:賁其須。 九三:賁如濡如,永貞吉。 六四:賁如皤如,白馬翰如。匪寇婚媾。 六五:賁于丘園,束帛戔戔,吝,終吉。 上九:白賁,無咎。

上卦は艮で山、下卦は離で火。山下に火があり、草木は照らされて光彩赫奕とするので「賁」と言う。賁はすなわち文飾である。卦辞は亨通すると言う。往かんとする事に対して小さな利益があるのみ。文飾は事物を焕然として観るべくならしめるので亨るが、しかし文飾は所詮は輔助で、実質に代えられない。だから利するところは小さい。全卦の講ずるはまさに文と質の分際で、上に至るほど文飾は淡くなり、上九に至って純白に帰る。『周易』が本を崇び実を尚ぶ用意が見える。初九は最下にあって、飾るのはただ脚趾のみ。乗るべからざる車を寧ろ捨てて徒歩で行き、本分に安んじて逾越しない。六二は九三に緊附する。鬚はそれ自体動くこと能わず、ただ下顎に随って動くのみ。だから自らの鬚を装飾すると言い、剛健なる者に依附して行うの譬えである。九三は両陰の間に処し、文飾されて潤沢光亮となり、外表に沉溺しやすい。だから長久に正を守ってこそ吉。六四は初九と正応を為すも九三に阻隔され、装飾は素白にして華なく、白馬は奔駆して飛ぶが如く、馳せて来て相会する。来者は強盗にあらずして求婚の伴侶、疑慮は終に消解し得る。六五は柔中にして尊に居り、上九の賢に近く、丘陵の園囿の間にて装飾の事を行う。賢を聘する束帛は微薄で、些か面目なき思いあるも、それは質が文に勝るがゆえに終に吉祥。上九は賁道の尽きるところに処し、璞に返り真に帰り、純白をもって飾りと為す。すなわち雕琢を加えないので、過ちはない。

第23卦 山地剝(さんちはく) ䷖

卦辭:不利有攸往。 初六:剝床以足,蔑貞凶。 六二:剝床以辨,蔑貞凶。 六三:剝之,無咎。 六四:剝床以膚,凶。 六五:貫魚,以宮人寵,無不利。 上九:碩果不食,君子得輿,小人剝廬。

上卦は艮で山、下卦は坤で地。山は地に附着して将に崩墜せんとするので「剥」と言う。全卦は五陰が下にあって自ら長し、ただ上九の一阳が孤懸して頂にある。陰盛んで陽消え、小人が勢を得る時である。卦辞はただ往くところあるに宜しからずと言うのみ。このとき君子は時に順いて止まるべし。六爻は一張の床が剥落するをもって層層に递进する。初六は最下にあって、床の脚を剥蝕す。禍患は根基より始まる。「蔑貞」とは正道を滅棄すること、だから凶。六二はさらに一層進み、床身と床足の間の横木を剥蝕す。依然として正道を滅棄して凶であり、しかもすでに漸く人身に迫近す。六三もまた陰群の中にあれども、上九と正応を為し、同類に背いて陽に向かうことができる。だから剥落の中に独り咎なしを得る。六四は陰気すでに盛ん、床面にまで剥蝕して人の肌膚を傷つける。禍はすでに身に切迫す。だから凶。六五は衆陰の首で、群陰を率いて上九に順従し得る。魚を一連に穿ち通すが如く、後宮の衆人を率いて順序に依りて寵を承け、各々その所を得る。だから利あらざるなし。上九は碩大の果実が残されて喰われず、陽徳は絶えず、来年再生し得るを象徴す。君子はこれによって民衆の擁戴を得て車輿を獲るが如く、小人は自ら栖身する房屋さえも併せて剥落す。

第24卦 地雷復(ちらいふく) ䷗

卦辭:亨。出入無疾,朋來無咎。反復其道,七日來復,利有攸往。 初九:不遠復,無祗悔,元吉。 六二:休復,吉。 六三:頻復,厲無咎。 六四:中行獨復。 六五:敦復,無悔。 上六:迷復,凶,有災眚。用行師,終有大敗,以其國君凶,至于十年不克征。

上卦は坤で地、下卦は震で雷。雷は地中に蔵れ、陽気は最下の一爻にて改めて萌生する。だから「復」と言い、一阳来復・生機回還の象である。卦辞は亨通すると言う。陽気の出入に阻礙なく、同類の陽爻が相継いで到来するも災禍なし。天道は循環往復して自ら常軌あり、五月の姤卦にて一陰始まり生ずるより算えば、六次の消長を歴て復卦の一阳復生に至り、恰好第七次となる。だから七日来復と言う。ここに言う「日」とは爻位の推移を指し、実際に日数を指すにあらず。陽気すでに回還したれば、往くところあるに宜しい。初九はすなわちあの一点の復生の陽で、遠く行かずして返る。未だ大きな悔恨を醸成せず、だから至って吉祥。六二は初九に緊鄰して能くそれに親近し、安然として美好に返る。だから吉。六三は陰が陽位に居り中せず正しからず、屢々去り屢々回り、反復定まらず。危厲ありと雖も、終に能く過ちを改めるがゆえに、仍うして災禍に至らず。六四は群陰の中に居りて独り初九と正応を為し、衆人の中を行きながら独り回頭して陽に向かう。勢は孤なれど志は正し。六五は柔中にして尊に居り、敦厚篤実の心をもって正道に返る。だから悔恨なし。上六は復道の尽きるところに処し、返る路を迷失し、凶険にしてしかも天灾人禍あり。若しこの迷惑の勢いをもって兵を出さば、終に必ず大敗を蒙り、さらに国君を累して凶を遭わせ、十年の久しきに至るまで再び征伐を行う能わず。

第25卦 天雷无妄(てんらいむもう) ䷘

卦辭:元亨利貞。其匪正有眚,不利有攸往。 初九:無妄,往吉。 六二:不耕獲,不菑畬,則利有攸往。 六三:無妄之災,或繫之牛,行人之得,邑人之災。 九四:可貞,無咎。 九五:無妄之疾,勿藥有喜。 上九:無妄,行有眚,無攸利。

上卦は乾で天、下卦は震で雷。雷が天下に行き、万物各々その性命を正しくして敢えて虚妄せざる。だから「无妄」と言い、すなわち真実にして欺かず、非分の想いを存せざること。「妄」とは虚妄にして乱為すこと。无妄はすなわち一切理に依って行い、人為の機巧を攙えざること。卦辞は大いに亨通して正を守るに宜しと言う。若し行為が正に合わなければ、灾殃を招来し、そのようにすれば往くところあるに宜しからず。无妄の關鍵は全て一つの正の字にあるが見える。初九は陽剛が初にあって当位、真実无妄の心をもって往く。だから吉。六二は柔順中正で、分外の得を貪求せず、収穫のために耕すのでもなく、熟田のために開墾するのでもなく、一切は分に随いて力を尽くす。これによって往くところあるに宜しい。六三は陰が陽位に居り失位、遭遇するは意外の災い。ある人が牛を路傍に繋ぎ、行人が顺手に牽き去り、かえって本邑の居民の禍事となる。無辜にして累を受けるはまさに「无妄之灾」の本義である。九四は陽が陰位に居り、上に応ずるものなく、ただ自身を固守するに宜しい。堅貞に自ら持すれば災禍はなからん。九五は陽剛中正にして尊に居り、遇うは期せずして至る疾病。既に自ら招いたにあらざれば、むやみに薬石を投ずるに及ばず、静養して自ら愈えればかえって喜びあり。上九は卦の尽きるところに処し、このときすでに再び往くべきなし。若し仍お行動せんとすれば灾殃あらん、何の利もない。

第26卦 山天大畜(さんてんだいちく) ䷙

卦辭:利貞。不家食吉,利涉大川。 初九:有厲,利已。 九二:輿說輹。 九三:良馬逐,利艱貞。曰閑輿衛,利有攸往。 六四:童牛之牿,元吉。 六五:豶豕之牙,吉。 上九:何天之衢,亨。

上卦は艮で山、下卦は乾で天。天が山中に含蓄され、畜積する所は極めて宏大。だから「大畜」と言う。艮の止は上にあり、能く乾の健を畜し留める。徳をもって賢を蓄え、学をもって己を蓄える象である。卦辞は正を守るに宜しと言う。家中にあって自ら食せずして朝に禄を受くるは吉。大川を渉渡して大事を成就するに宜しい。下卦の三陽はいずれも上進を欲し、上卦の三爻は各々畜止の司を掌る。初九は陽剛が初にあって六四に止められ、前進すれば危険あり、止まるに宜しい。「利已」とはすなわち可なりところに止まること。九二は陽剛が中を得、自ら強進すべからざるを知る。車が車軸下の伏兎を卸すが如く、自ら車を停める。ゆえに灾咎を言うべからず。九三は上九と同じく陽剛にして志道相合し、畜する極まりて将に通ぜんとす。良馬が奔逐するが如し。しかしなお艱難の中に正を守り、平日に駕車と防衛の事を熟習せねばならず、こうして初めて往くところあるに宜しい。六四は柔をもって当位にして初九の剛を止める。小牛が未だ角を生ぜざる時に横木を套し、患いを未然に防ぐ。だから大吉。六五は柔中にして尊に居りて九二の剛を止める。雄豚の利牙を制服するに硬く拔くに倚らず、その躁性を去るに在り、柔をもって剛に克つ。だから吉。上九は畜道すでに成り、天衢の大道に通じ、一路暢達す。だから亨通。

第27卦 山雷頤(さんらいい) ䷚

卦辭:貞吉。觀頤,自求口實。 初九:舍爾靈龜,觀我朵頤,凶。 六二:顛頤,拂經,于丘頤,征凶。 六三:拂頤,貞凶,十年勿用,無攸利。 六四:顛頤,吉。虎視眈眈,其欲逐逐,無咎。 六五:拂經,居貞吉,不可涉大川。 上九:由頤,厲吉,利涉大川。

上卦は艮で山、下卦は震で雷。上は止まり下は動き、形状は張り開いた口顎が上下に咀嚼するに似る。だから「頤」と言う。頤は腮頬で、引申して頤養を言う。卦辞は正を守れば吉と言う。一人の人がどう頤養するかを観察し、彼がどう自ら食其力を恃みて口中の食を求取するかを見れば、その正邪を知り得る。全卦は上下両陽で、中に四陰を含み、口中が空虚にして養いを待つが如し。初九はもとより陽剛の才あり、自ら養うに足るが、かえって自らのあの霊亀の如く食せずして自足する本領を捨棄し、眼を瞠って人が腮頬を鼓動して食を求めるを見る。守る所を失う。だから凶。六二は陰柔にして養いを失い、下に向かって初九に求めるは上下の序を顛倒し、常理に背く。転じて上に向かって高丘の六五に求めるも正応に合わず、冒然として前行すれば凶。六三は陰が陽位に居り、中せずまた正しからず、頤養の道に背くこと最も甚し。占問すれば凶を得、十年の久しきも任用すべからず、何の利もない。六四は同じく下に向かって初九に養いを求めるが、それは柔にして当位、上に居りて下に求めるは民を養わんがため、だから吉。虎の如く目光専注、欲求は接続して断えず、志は必ず得んとして私なし。だから災禍はなからん。六五は柔中にして尊に居るも陽剛の才なく、常理に背いて上九に依頼して天下を養う。安んじ居て正を守れば吉なれども、険を渉り大川を渡って作為するは可ならず。上九は天下が倚頼して頤養する人で、責任は重大、ゆえに危厲あり。能く戒懼すれば吉、かつ大川を渉渡するに宜しい。

第28卦 澤風大過(たくふうたいか) ䷛

卦辭:棟橈,利有攸往,亨。 初六:藉用白茅,無咎。 九二:枯楊生稊,老夫得其女妻,無不利。 九三:棟橈,凶。 九四:棟隆,吉。有它吝。 九五:枯楊生華,老婦得其士夫,無咎無譽。 上六:過涉滅頂,凶,無咎。

上卦は兌で沢、下卦は巽で木。沢水が樹木を淹没するので「大過」と言い、陽剛が過盛にして事に非常の挙動ある時である。全卦は四陽が中間に聚まり、両陰が首尾に処す。棟梁が中間は粗壯にして両端は脆弱なるが如し。卦辞は棟梁が圧されて撓曲したるを言う。このとき往くところあってその傾くを救うに宜しく、かくの如くしてこそ亨通し得る。初六は柔順にして下に在り、事を為すこと極めて慎重。祭祀に潔白の茅草を用いて器物の下に墊とす。見れば小題大作の如しなれども、まさに非常の時の謹慎に合す。だから災禍なし。九二は陽剛が中を得て下は初六に比す。枯楊が新芽を生じ、老夫が少妻を娶るが如し。常規に合わざるも、能く生育して気を續ぐ。だから利あらざるなし。九三は陽が陽位に居りて過剛、かつ他人に借助せんと肯ぜず。棟梁が独り重を承けて彎折するが如し。だから凶。九四は陽が陰位に居りて剛柔相済い、棟梁は隆起して下に撓まず。だから吉。しかしそれは下は初六に応じ、若し私情に牽累せば、別に憾恨を生ぜん。九五は陽剛中正なれども上は上六に比す。枯楊が花を開き、老婦が壮夫に嫁ぐが如し。花は開くも結実する能わず。だから災禍なくまた称誉を得ず。上六は大過の尽きるところに処し、水を渉って深過ぎて頭頂を淹没するが如く、その事は凶険。しかしそれは難を済わんがために険を蹈むので、道義に就いて言えば過ちはない。

第29卦 坎為水(かんいすい) ䷜

卦辭:習坎,有孚,維心亨,行有尚。 初六:習坎,入于坎窞,凶。 九二:坎有險,求小得。 六三:來之坎坎,險且枕,入于坎窞,勿用。 六四:樽酒簋貳,用缶,納約自牖,終無咎。 九五:坎不盈,祗既平,無咎。 上六:係用徽纆,寘于叢棘,三歲不得,凶。

坎は水。上下の卦がともに坎で、険の上に険を加う。だから卦名は「習坎」といい、「習」は重複である。卦辞は重々の険難の中に身を処すも、心中に誠信を保有すれば、心志は亨通し得、行動は嘉許を受けるであろうと言う。険を出るは内心の篤実に倚って僥倖に倚らず。両つの陽爻は分かれて四つの陰爻の中に陥る。まさに陥険の象である。初六は陰柔にして最下、才は弱くして入険は最も深い。坎中の小さな坑に落ち込む。だから凶。九二は陽剛が中を得、なお険中に在るも、中道を憑って自ら守れば、小さく得る所有り、なお険を出ると言うには至らず。六三は上下両坎の間に処し、来るも険、去るも険。危険にしてしかも険に枕倚し、愈々深く陥る。このとき作為あるべからず。六四は柔にして当位、上は九五を承け、険に処る時、君臣は質朴をもって相交わる。一樽の薄酒、二簋の飯食、瓦缶をもって盛り、窗口よりこの簡約の心意を遞入する。礼は薄いれど誠意は足る。だから終に災禍なし。九五は陽剛中正にして尊位に居り、坎中の水は未だ満溢せざるも、すでに将に平復せんとす。険は将に過ぎんとす。だから災禍なし。上六は険の尽きるところに処し、三股の繩索をもって捆綁され、荆棘の叢中に囚置され、三年も脱身を得ず。だから凶。

第30卦 離為火(りいか) ䷝

卦辭:利貞,亨。畜牝牛,吉。 初九:履錯然,敬之,無咎。 六二:黃離,元吉。 九三:日昃之離,不鼓缶而歌,則大耋之嗟,凶。 九四:突如其來如,焚如,死如,棄如。 六五:出涕沱若,戚嗟若,吉。 上九:王用出征,有嘉折首,獲匪其醜,無咎。

離は火。上下の卦がともに離で、明の上に明を加う。だから「離」と言う。離はまた附麗の義あり。火は必ず薪木に附着してこそ燃焼し得、人もまた必ず正道に附麗してこそ光明であり得る。卦辞は正を守って後に亨通するに宜しと言う。母牛を畜養すれば吉。母牛は最も柔順、附麗の道は柔順にして正を守るを本と為すべきを説明す。初九は明の始めに処し、脚步は交錯紛雑、人事は剛く始まりて頭緒は雑乱。このとき恭敬審慎を保てば災禍はなからん。六二は柔順中正にして下卦の中位に居り、黄は中央の色、中正の道に附麗す。だから大吉、全卦最も美しき爻である。九三は下離の終りに処し、夕陽が西に下る余暉の如く、人は暮年に至る。このとき若し瓦缶を敲いて放歌自楽できざれば、ただ年老いて将に尽きんとするの悲嘆が残るのみ。だから凶。九四は陽が陰位に居り失位、また上下両離の交替の際に当たり、来勢は突兀、烈火が驟起するが如く、焚焼・死亡・遺棄され、転瞬にして尽く。躁進して禍を取る象である。六五は柔中にして尊に居りて両陽の間に処し、憂懼は涕涙滂沱・悲声嗟嘆に至る。まさに能く憂え能く懼れるがゆえに、かえって吉を得る。上九は陽剛が極に居りて明察し、君王はこれに藉って兵を出して征伐し、敵方の首悪を斬獲して嘉賞を受く。俘虜とするはまた脅従の衆にあらず、首悪を誅して濫りに無辜に及ばず。だから災禍なし。

下経(第31〜64卦)

第31卦 澤山咸(たくざんかん) ䷞

卦辭:亨,利貞,取女吉。 初六:咸其拇。 六二:咸其腓,凶,居吉。 九三:咸其股,執其隨,往吝。 九四:貞吉,悔亡,憧憧往來,朋從爾思。 九五:咸其脢,無悔。 上六:咸其輔頰舌。

上卦は兌で沢、下卦は艮で山。山は高くして能く沢の潤沢を受く。虚をもって人を受け、二気交感する象で、だから「咸」と言う。咸はすなわち感で、心の字を去り、无心の感すなわち自然の感応の意を取る。卦辞は亨通して正を守るに宜しく、女を娶れば吉と言う。少男が下にあり少女が上にあり、男は先ず女に下る。まさに婚配の礼に合す。六爻は下より上へ人身の部位を譬えとす。初六は最下にあって、感応はただ脚の大拇指に至る。程度は極めて浅く、志はすでに動くも未だ行う能わず。だから爻辞は吉凶の断語を加えない。六二は感応が小腿に至る。小腿が一たび動けば人は将に走らんとす。妄動すれば凶。六二は柔順中正で、能く安んじ居て妄動せず。だから吉。九三は感応が大腿に至る。大腿はそれ自体自主する能わず、ただ身体に随って動くのみ。若し執意して他人に跟隨して行かば、往けば憾恨あらん。九四は心の位置に居り、全卦感応の關鍵。能く正を守れば吉にして悔恨は消失す。しかし若し心思が往来して定まらず、患得患失ならば、感応の及ぶ所もまた自らと心思相同なる少数の朋友のみ、格局は小さい。九五は感応が脊背に至る。脊背は心の上にあって私欲に背く。正をもって感じて私を徇さず。だから悔恨なし。上六は口舌の位に居り、感応はただ牙牀・頬・舌頭に停留す。徒らに言語をもって人を動かして実感なし。その浅さは知るべし。

第32卦 雷風恆(らいふうこう) ䷟

卦辭:亨,無咎,利貞,利有攸往。 初六:浚恆,貞凶,無攸利。 九二:悔亡。 九三:不恆其德,或承之羞,貞吝。 九四:田無禽。 六五:恆其德,貞,婦人吉,夫子凶。 上六:振恆,凶。

上卦は震で雷、下卦は巽で風。雷は動き風は行き、相輔相成して長久に已まず。だから「恒」と言い、すなわち恒久である。卦辞は亨通して災禍なく、正を守るに宜しく、また往くところあるに宜しと言う。恒とは死守して動かざるにあらず、変動の中にて変わらざる常道を守ることである。初六は陰柔にして最下にありて急いで上の九四に応ぜんと求め、初めより深く恒久を求む。「浚」とは深く掘ること。求むること太深く太急にして、これを守りて変えざれば凶、何の利もない。九二は陽剛が中に居りて陰位に処す。当位せざるも能く中を守る。だからもとより有りし悔恨は消失し得る。「悔亡」とは悔恨が消散して跡なきこと。九三は陽が陽位に居りて過剛にして中せず、能く自らの徳行を恒守せず、反復常なし。羞辱を承受するやもしれず、たとえこの做法を守るもただ羞吝を齎すのみ。九四は陽が陰位に居り失位、久しくその処すべからざる地に処す。禽獣なき地にて田獵するが如く、力を用うること再び久しきも獲るところなし。六五は柔順が中を得て上に応ず。能く柔順の徳を恒久に保つ。婦人に就いて言えば、一より終るは正道、だから吉。男子に就いて言えば、若しただ人に随うのみ知りて断制なければ凶なり。上六は恒の尽きるところに処し、震動の極に居り、搖擺震蕩して安んじて恒常を守る能わず。だから凶。

第33卦 天山遯(てんざんとん) ䷠

卦辭:亨,小利貞。 初六:遯尾,厲,勿用有攸往。 六二:執之用黃牛之革,莫之勝說。 九三:係遯,有疾厲,畜臣妾吉。 九四:好遯,君子吉,小人否。 九五:嘉遯,貞吉。 上九:肥遯,無不利。

上卦は乾で天、下卦は艮で山。山は高峻なれども天は愈々退いて愈々遠し。だから「遯」と言い、すなわち退避して隱遁すること。卦中の初六・六二の両陰は下より浸長す。陽剛はこの時に当たり機を知りて退くべし。卦辞は亨通すると言う。退くことその時を得ればすなわち通なれば。しかし陰気は方に長ず。だからただ小さく正を守るに宜しいのみ。初六は最下にあって、退避して最後に落つ。尾巴が人に抓住されるが如く、処境は危険。このとき再び往くところあるに宜しからず、静伏するはかえって穏妥。六二は柔順中正にして上は九五に応じ、両情は牽係して捨て難し。黄牛の皮をもって為した繩索をもってそれを牢く捆住すれば、誰も解脱する能わず。それが中正の志を固守して堅く移さざるを説明す。九三は陽剛にして下は二陰に比し、私情に牽係されて痛快に退避する能わず。病を帯びて危境に処するが如し。この牽係の情は奴僕侍妾を畜養するに用いれば可なれど、大事に用いれば不可。九四は陽剛が陰位に居りて能く自ら克し、好む所有ると雖も毅然として退避す。君子はこれを為し得る、だから吉。小人はその好む所に溺れて、これを為し得ず。九五は陽剛中正にして尊位に居り、退避は尽善尽美を得、進退は時宜に合す。正を守れば吉。上九は遯の最も外に処し、超然として牽累する所なく、寬綽従容に退隱す。だから利あらざるなし。全卦最高の境界である。

第34卦 雷天大壯(らいてんだいそう) ䷡

卦辭:利貞。 初九:壯于趾,征凶,有孚。 九二:貞吉。 九三:小人用壯,君子用罔,貞厲。羝羊觸藩,羸其角。 九四:貞吉,悔亡,藩決不羸,壯于大輿之輹。 六五:喪羊于易,無悔。 上六:羝羊觸藩,不能退,不能遂,無攸利,艱則吉。

上卦は震で雷、下卦は乾で天。雷は天上に響き、声勢は極めて盛ん。卦中の四つの陽爻は下より併せて長ず。だから「大壮」と言い、すなわち陽剛の壮盛である。卦辞はただ正を守るに宜しと言うのみ。壮にして正しからざれば強暴となる。ただ正を守ってこそ真の壮と称するに配す。六爻は多く公羊が籬笆に抵撞するを譬えとし、壮を恃みて直進するの害を説明す。初九は最下に処して陽剛躁進し、力は壮なれどもただ脚趾の上に表れる。位は卑しくして行を急ぐ。出征すれば凶。この一点は確実にして信ずべし。九二は陽剛が中を得、壮の時に処するも能く中を守りて過ぎず。だから正を守って吉を得る。九三は陽が陽位に居りて過剛にして中せず、小人はこの位置にあってただ強を逞しゅうするのみ知り、君子は強を恃まずして節を知る。たとえ正道を守るもなお危険あり。公羊が籬笆を衝撞して角が卡住し、進退ともに得ざるが如し。九四は陽が陰位に居りて剛柔相済う。正を守れば吉にして悔恨は消失す。このとき籬笆はすでに衝き開かれて角は再び困らず、力量は大車の車軸の上に用いられ、壮はその所を得る。六五は柔中にして尊に居りて群陽の上に処し、剛と争わず。平易の地にて羊を喪失するが如く、見れば失あるが如し、実は躁強の性を去りたり。だから悔恨なし。上六は大壮の尽きるところに処し、公羊が籬に撞きて角が挂かり、退く能わず進む能わず。何の利もない。ただ自ら艱難を知り、再び強を逞しゅうせざれば、転じて吉と為り得る。

第35卦 火地晉(かちしん) ䷢

卦辭:康侯用錫馬蕃庶,晝日三接。 初六:晉如,摧如,貞吉。罔孚,裕,無咎。 六二:晉如,愁如,貞吉。受茲介福,于其王母。 六三:眾允,悔亡。 九四:晉如鼫鼠,貞厲。 六五:悔亡,失得勿恤,往吉,無不利。 上九:晉其角,維用伐邑,厲吉無咎,貞吝。

上卦は離で火、下卦は坤で地。光明は地面より昇出す。だから「晋」と言い、すなわち進長して上昇すること。卦辞は史事をもって象と為す。国を安んずる諸侯は天子の賞賜する大量の車馬を獲、一日の内に三たび接見される。上下相亲し、進用の盛んが見える。六爻は上進の途中の種種の境遇を講ず。初六は最下にあって九四と応を為し、上進せんと欲して摧折される。正を守れば吉。一時は信任を得ずとも、心地が寛裕従容にして急がず怨まざれば災禍はなからん。六二は柔順中正にして上に正応なく、上進の路は憂愁にして行き難し。しかし正を守れば終に吉。それは中を守りて失わず、終に「王母」——すなわち尊位上の六五より、この大いなる福を承受せん。六三は陰が陽位に居り失位、本は悔有るべきなれども、それは下卦三陰の領頭で、衆人の信任賛同を得る。だから悔恨は消失す。九四は陽が陰位に居り中せず正しからず、高位に據りて貪據して譲らず。貪婪畏縮の鼫鼠の如し。この做法を守れば危険あり。六五は柔中にして尊に居り、全卦の主である。悔恨は消失す。このとき一時の得失を計較するに及ばず、手を放して前行すれば吉、順ならざるなし。上九は晋の尽きるところに処し、剛進はすでに犄角の如き頂端に至る。この剛猛はただ自ら治下の服せざる城邑を討伐するに用いるのみ可なり。危厲あるも能く吉を得て災禍を免れるも、一味にこの剛進の勢を固守すれば、終に羞吝を齎さん。

第36卦 地火明夷(ちかめいい) ䷣

卦辭:利艱貞。 初九:明夷于飛,垂其翼,君子于行,三日不食,有攸往,主人有言。 六二:明夷,夷于左股,用拯馬壯,吉。 九三:明夷于南狩,得其大首,不可疾貞。 六四:入于左腹,獲明夷之心,于出門庭。 六五:箕子之明夷,利貞。 上六:不明晦,初登于天,後入于地。

上卦は坤で地、下卦は離で火。光明は地中に沈入す。だから「明夷」と言う。「夷」は傷で、賢明なる者が暗世に身を処して傷害を受くるを指す。卦辞は艱難の中に正を守るに宜しと言う。いわゆるその明を晦ましてその正を失わざること。初九は最下に処して陽明は初にあり、鳥が飛行の中にて翅膀を垂れて光彩を蔵するが如し。君子は出行して難を避け、三日も食に及ばず。往くところあればなお主人の責難を招来す。去就の難しきが見える。六二は柔順中正で、明夷の中で最も能く自ら処る爻。傷を受くるもただ左腿に傷きるのみ、行動は不便なれど根本は損なわず、なお健壯の馬に借助して救援し得る。だから吉。九三は陽剛が下離の上に居り、明極まりて奮起する爻。南方の狩獵の如き征伐の中にて元兇首悪を擒獲す。しかし積弊すでに久しく、操切して一切を立刻に正に帰せしめんことを求むべからず。六四は陰柔が当位にしてすでに上卦に入り、深く暗主の左腹の中に入りて、その心跡を探り得、そこで門庭の中より脱身して出で、身を全うして害を遠ざく。六五は最も上六という昏暗の主に近く、まさに箕子が殷紂の世に処するが如く、狂を佯りて自ら晦ましてその正を失わず。だから正を守るに宜しい。上六は卦の極に居り、明夷を造成する昏暗なる者そのもの。明ならずして晦に至る。彼は初めは天位に高居して日が天に在るが如く、最終には墜落して地に入る。自ら傷きて後に人を傷ける結局はその中に尽く。

第37卦 風火家人(ふうかかじん) ䷤

卦辭:利女貞。 初九:閑有家,悔亡。 六二:無攸遂,在中饋,貞吉。 九三:家人嗃嗃,悔厲,吉。婦子嘻嘻,終吝。 六四:富家,大吉。 九五:王假有家,勿恤,吉。 上九:有孚威如,終吉。

上卦は巽で風、下卦は離で火。火が燃えて後に風が生ず。内より外に及ぶ象で、だから「家人」と言い、家を治める道を講ず。卦辞はただ女子が正を守るに宜しと言うのみ。家道は内を主る者の貞順をもって根本と為すがゆえに、六二は柔順中正にしてまさにその位に当たる。初九は家道の始めに処し、防範約束の規矩を立てる。だから悔恨は消失す。家を治めるは先に寛にして後に厳なるを最も忌む。六二は柔順中正にして内卦の中に居り、自ら主張を作して外事を成就せんとせず、ただ家中にて飲食供養の事を主持し、その本分を守る。だから正を守れば吉。九三は陽が陽位に居りて過剛、家を治めること過度に厳厉、家人は呵斥されて戰戦兢兢す。悔恨と危険あるも、家規は廃せず、結果はなお吉。反対に、若し婦人孩子が嬉笑して節なく、上下が序を失わば、それこそが最終の羞吝である。六四は柔にして当位、善く家を持ち財を理し、家道をして富足ならしむ。だから大吉。九五は陽剛中正にして尊に居り、一家の長。能く自らの徳行をもって家人を感格し、憂慮を用いず。だから吉。上九は家道の尽きるところに処し、家を治めるの成は権勢に在らず徳望に在り。誠信を保有してしかも威厳荘重にして、人をして心より悦服せしむ。だから最終に吉祥。

第38卦 火澤睽(かたくけい) ䷥

卦辭:小事吉。 初九:悔亡,喪馬勿逐,自復。見惡人,無咎。 九二:遇主于巷,無咎。 六三:見輿曳,其牛掣,其人天且劓,無初有終。 九四:睽孤,遇元夫,交孚,厲無咎。 六五:悔亡,厥宗噬膚,往何咎。 上九:睽孤,見豕負塗,載鬼一車,先張之弧,後說之弧。匪寇婚媾,往遇雨則吉。

上卦は離で火、下卦は兌で沢。火の性は上に炎し、沢水は下に流れ、両相背離す。だから「睽」と言い、すなわち乖離して合わざること。卦辞はただ小事は吉と言うのみ。大同の世はすでに得べからず、ただ小処にて同を求めてこそ、漸く乖隔を消し得る。初九は睽の始めに処し、悔恨は消失し得る。馬を失うも追うに及ばず、それは自ら回り来たらん。乖離の時は強求すべからざるを説明す。自らと合わざるいわゆる悪人に遇うも接納して相見よ。怨を結ばざれば災禍はなからん。九二は陽剛が中を得て上は六五に応ず。正応は阻まれ、ただ小巷の中に不期に遇うのみ能くす。委曲にして合を求むるも、邪径にあらず。だから災禍なし。六三は陰が陽位に居り失位、両陽の間に処して牵制を備う。車が後ろに拖かれ、車を牽く牛が横向に掣肘されるを見、赶車人はなお額を刻み鼻を割くの刑を受く。初めは挫折を備受すも、それは上九ともとより正応なれば、終に能く会合し得る。九四は陽が陰位に居りて上下に応なく、乖離の中に孤立す。初九という志同の大丈夫に遇い、彼此誠信をもって相交わる。危厲あるも災禍はなからん。六五は柔中にして尊に居りて下は九二に応ず。悔恨は消失す。同宗の九二が来りて合するは、軟肉を咬むが如く毫も阻礙なし。往けば何の災禍かあらん。上九は睽の尽きるところに処し、猜疑は最深し。豚の背に泥汚が満ちるを見、また一車の鬼怪を見、そこで弓を張りて射んと欲し、隨いてまた弓を放下す。来者が強盗にあらずして求婚の伴侶なるを看清したれば。往いて降雨に遇えば、陰陽和合し、疑雲は消散す。だから吉。

第39卦 水山蹇(すいざんけん) ䷦

卦辭:利西南,不利東北,利見大人,貞吉。 初六:往蹇,來譽。 六二:王臣蹇蹇,匪躬之故。 九三:往蹇來反。 六四:往蹇來連。 九五:大蹇,朋來。 上六:往蹇來碩,吉,利見大人。

上卦は坎で水、下卦は艮で山。山上に水あり、前は険陷、後は高山。だから「蹇」と言い、すなわち行走の艱難である。卦辞は西南に往くに宜しく東北に往くに宜しからずと言う。西南は坤地で平易の方、順処するに宜しい。東北は艮山で険阻の方、愈々進めば愈々難し。このとき徳位ある大人を謁見するに宜しく、衆力を借助し、正を守れば吉。六爻は反復して「往」と「来」とを対挙す。往とは前に向かい険に赴くこと、来とは退き居て自ら守ること。初六は最下にあって才弱く、前往して険に赴けば艱難を加重するのみ。退き返ればかえって美誉を得る。それは難を知りて止まるがゆえに。六二は柔順中正にして上は九五に応ず。身は王臣たる者、艱険を知りながら一往一来して蹇難の中に奔走す。これは自身の私利のためにあらず。九三は陽剛が下卦の上に居り、往けば坎険に入り、退き返れば両陰の依附を得る。だから往けば蹇なり来れば反ると言う。身を返して自ら守るがこそ正着。六四は柔にして当位、往くもなお艱難、退き返れば九三と相連なり、力を合わせてともに済う。九五は陽剛中正にして尊位に居り、身は大難の正中に当たり、最大の蹇なり。しかしまさに尊に居りて中を守るがゆえに、天下の同志の人は紛紛として来りて相助す。上六は蹇の尽きるところに処し、往くもなお難し、退き返れば収穫は豊碩。それは下は九三に応じまた九五に親比するがゆえに。だから吉、かつ大人に進見してともに蹇を済うの功を成すに宜しい。

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