Libo

三命消息賦二巻(徐子平注)

宋 · 徐子平 · 第1巻 / 3

作盤ガイド: 八字作盤

臣らが謹んで考えるに:《珞琭子三命消息賦注》は二巻で、宋の徐子平が撰したものである。《珞琭子》という書は「禄命」の学を説く者たちにとって共通…

八字命理典籍

初学はまず体例の整った通論の書で枠組みを立て、次に歌賦類、最後に評注と進むのがよい。断語集から入ると、結論は覚えても導出の過程を組み立てられないことが多い。

臣等謹案《珞琭子三命消息賦注》二卷,宋徐子平撰。《珞碌子》書為言祿命者所自出。其法專以人生年月日時八字推衍吉凶禍福。李淑《邯鄲書目》謂:其取琭琭如玉,珞珞如石之意,而不知撰者為何人。朱弁《曲洧舊聞》云:世傳《珞琭子三命賦》不知何人所作,序而釋之者以為周世子晉所為。然考其賦所引,有秦河上公。又如:懸壺化仗之事,皆後漢末壺公、費長房之徒,則非周子晉明矣。是書前有楚頤序,又謂:珞琭子者,陶宏景所自稱。然祿命之說至唐李虛中尚僅以年月日起算,未有所謂八字者。宏景之時又安有是說乎?

臣らが謹んで考えるに:《珞琭子三命消息賦注》は二巻で、宋の徐子平が撰したものである。《珞琭子》という書は「禄命」の学を説く者たちにとって共通の源であり、その法はひとえに人の出生の年・月・日・時の八字を取って一生の吉凶禍福を推衍する。宋の李淑は《邯鄲書目》の中で、書名は「琭琭として玉のごとく、珞珞として石のごとし」の意を取ったと言い、撰者が誰であるかは彼も知らなかった。朱弁《曲洧旧聞》には、世に流布する《珞琭子三命賦》は何人の作か分からず、序を作り注釈を加えた者は周の霊王の太子晋の作と見なした、とある。しかし賦文に引かれた人物を考察すると、中に秦代の河上公がおり、また「懸壺」「化杖」といった故事はいずれも後漢末の壺公・費長房の類の方士の伝説に属するから、この賦が周の太子晋の作でないことは明らかである。この書の巻頭には楚頤の序があり、序ではまた「珞琭子」は南朝の陶弘景の自称だと言う。しかし禄命の説は唐の李虚中の時になっても、なお年・月・日の三項だけで起算しており、「八字」というものはなかった。陶弘景の時代に、どうしてこのような説があり得ようか。

考其書始見於《宋*藝文志》。而晁公武《讀書志》亦云:宣和建炎之間是書始行,則當為北宋人所作。舊稱某某,皆依託也。自宋以來,注此賦者有王廷光、李仝、釋曇瑩及子平四家。子平事蹟無可考,獨命學為世所宗,今稱推八字者為子平,蓋因其名。劉玉《已瘧編》曰:江湖談命者有子平,有五星。相傳宋有徐子平者,精於星學,後世術士宗之,故稱子平。又云,子平名居易,五季人。與麻衣道者、陳圖南、呂洞賓俱隱華山,蓋異人也。今之推子平者,宋末徐彥升,非子平也云云,其說不知何所本。然術家之言,百無一真,亦無從而究詰也。

さらにこの書を調べると、最も早く著録されたのは《宋史・芸文志》であり、晁公武《郡斎読書志》にも、宣和・建炎の年間にこの書が流行し始めたとあるから、北宋の人の作品と見るべきである。旧題の撰者名はいずれも後人の仮託である。宋代以来、この賦に注を施したのは王廷光・李仝・僧の曇瑩・徐子平の四家である。徐子平の生平事蹟は考究する術がなく、ただ彼の命学のみが後世に宗主と仰がれ、今日、八字を推すことを「子平」と呼ぶのは、まさに彼の名に由来する。明の劉玉《已瘧編》に言う:江湖で命を談ずる者には「子平」の一派と「五星」の一派があり、伝えるところでは宋代に徐子平という人がいて、星命の学に精しく、後世の術士が彼を宗と仰いだので「子平」と呼ぶ、と。また言う:子平は名を居易といい、五代の人で、麻衣道者・陳抟(字は図南)・呂洞賓とともに華山に隠居した異人である、と。今日推される子平の法は、実は宋末の徐彦升に出たもので、徐子平ではない。これらの説はいずれも何の根拠があるか分からないが、術数家の言は百句に一句も真実が難いので、追及する術もない。

其注久無傳本,惟見於《永樂大典》中者尚為完帙。謹加裒輯,釐為上、下二卷,以符《宋志》之舊。其中論運氣之向背,金木剛柔之得失,青赤父子之相應,言皆近理。間有古法不合於今者,是則在後人之善於別擇耳。又考《三命通會》亦載有《珞琭子》寥寥數語,與此本絕不相合,蓋由原書散佚,談命者又依託為之。偽中之偽,益不足據,當以此本為正也。

徐子平のこの注は伝世の刻本が久しく絶え、ただ《永楽大典》に収められた一部が比較的完全であるのみである。そこで臣らは謹んで捜輯を加え、改めて上・下の二巻に釐定し、《宋史・芸文志》の著録する旧貌に合わせた。書中に論ずる行運の「向」と「背」、金木二行の剛柔の得失、青(木)と赤(火)の間の父子相生のごとき呼応は、いずれも情理に合う説である。その間には古法が今日通行の算法と合わない部分もあり、そこは後人がよく分別して取舍するほかない。また《三命通会》にも《珞琭子》の寥寥たる数句が載っているのを査得したが、この本とまったく合わず、おそらく原書が散佚した後、命を談ずる者が仮託して捏造したものであろう。それは偽中の偽であり、なおさら憑信に足らないので、この本を以て正とすべきである。

元気肇分・干支禄命を定む

元一氣兮先天,稟清濁兮自然;著三才以成象,播四氣以為年。【元者,始也;一者,道生一沖氣也。有物混成,先天地生。以看命法論之,如人初受胎月在母腹中男女未分。以四柱言之,則知人本命也,尚未有生月日時,即貴賤壽夭未分,故云一氣。以大道言之,則混一氣而生育天地也,主祖宗之宮也。陰陽既分,清氣為天,濁氣為地。地法天,天法道,道法自然。以命術言之,則如在母胎中以是成形,男女已分也。以大道言之,天地分也。以四柱言之,則生月是也,主父母宮。】

賦文に言う:万物の始まりは天地に先んずる一団の元気にすぎず、それは自然に清濁の二気に分かれた。ここから天・地・人の三才が立ち形象を成し、四時の気を布散して一年を成す。徐子平が注するに:「元」とは始まりのこと、「一」は道の生ずるあの沖和の一気である。物ありて混沌と成り、天地に先んじて生ず。看命の法で言えば、ちょうど人が受胎したばかりで母腹の中にあり、男女まだ分かれぬに似る。四柱に落とせば、この時は年柱の本命があるのみで、月・日・時の三柱はまだなく、貴賎寿夭も未だ分判せず、ゆえに「一気」と称す。大道から言えば、渾然たる一気が天地を生育し、命の上では「祖宗宮」を主る。陰陽すでに分かれ、清気は上昇して天を成し、濁気は下沈して地を成す。地は天に法り、天は道に法り、道は自然に法る。命術で言えば、胎児が母腹の中ですでに成形し、男女が分明したに似る。大道から言えば天地すでに分判し、四柱に落とせばこれが「生月」で、「父母宮」を主る。

【天地人為三才。以命術言之,是人生日是也。乃人身自得之宮。看下臨何宮分也。四氣者,布木火水金以為四時,各旺七十二日,土旺四季,各旺十八日,故為一年。五行之休旺也。以看命論之,是人生時也。以四柱論之,本命生月生日生時四柱也。每一宮有三元,有天元、人元、支元。生時主子孫也,更看生時天元不居休敗,居於旺相,則佳矣,死囚則見多而晚成。】

天・地・人を合わせて「三才」という。命術で言えば、この層は人の「生日」に対応し、自身の得た一宮であり、その下に臨む宮分がどれかを見る。いわゆる「四気」は、木・火・水・金を四季に分布し、各行それぞれ七十二日ずつ旺し、土は四季の末に寄旺して季ごとに十八日ずつ旺し、合わせてちょうど一年となる。これは五行の休囚旺相を説いたものである。看命で言えば、この層は人の「生時」に対応し、四柱に就いて言えば、本命(年柱)と生月・生日・生時の四柱である。各柱はみな「三元」を含む。すなわち天元(天干)・人元(支中に蔵する干)・支元(地支)である。生時は子孫宮を主り、また生時の天干が休・敗の地に落ちず、旺・相の位にあれば良い。死・囚の地に落ちれば、子女は多くとも成就が遅れると主る。

以干為祿,向背定其貧富;以支為命,詳順逆以循環。【干者,是生日天元也。看干下有何支,支內有何人元,而與生日天元為祿,或有祿印,或有財帛。假令六甲日生人,甲子生旺,甲寅建祿,甲辰為財庫,甲午為妻財,甲申為官印,甲戌為財官。其甲子,以水生木。如秋生,並十二月生,則有官貴命,官印無失。甲以庚辛為官印,為子,有癸,善制其丁。故曰:癸乃甲之印綬也。更須消息四柱內外,吉凶輕重,而配其休祥。其言,不可大疾,疾則不盡善矣。】

賦文に言う:天干を以て「禄」とし、それが向禄か背禄かを見れば貧富を定め得、地支を以て「命」とし、順行逆行の循環を詳しく審れば運程を推し得る。徐子平が注するに:ここにいう「干」は、生日の天元、すなわち日干である。日干の下に坐する地支が何か、支中に蔵する人元が何で、それらが日干とどのような関係を成すか——禄か、禄兼印か、それとも財帛か——を見なければならない。たとえば甲を日干とする六つの日柱では、甲子は生旺に坐し、甲寅は建禄に坐し、甲辰は財庫に坐し、甲午は妻財に坐し、甲申は官印に坐し、甲戌は財と官を兼ねる。そのうち甲子の一柱は、子中の癸水が甲木を生ずるものである。秋または十二月に生まれれば、官有り貴有りの命で、官印は失われない。甲は庚・辛を官印とするが、甲子の日支は子水に坐し、子中に癸を蔵し、癸水はまさに丁火を制して庚辛の官星を傷つけさせない。ゆえに癸は甲の「印綬」だという。このほか四柱内外の吉凶の軽重を斟酌して、はじめて禍福を配定できる。これらの断語は急いで満ちた言い方をしてはならず、満ちすぎれば周到でなくなる。

【曏者,要生日天元向其祿馬也。如無祿馬,向其財帛,或有向其壽限,向其旺相也。假令六甲生日天元,若得夏至生,而居辰、戌、丑、未,並丑位之上,則有財帛,及有祖基。若是秋生,居巳、酉、丑、申、戌,四柱之內,別無丙丁,則甲之向祿也。甲以金為官印,秋生金旺,故曰向也。若運到西方者,亦向祿也。運行南方及四季亦向財也。若生月內,有官印於生日天元,則主官出祖宗。如生月及支內,有財於生日天元,則主有祖財。若生時支內,有財,別無刑沖剋破,則主自立財。其論官、論財,更須精其休旺輕重言之。財庫並旺相,為佳。官長生、官庫、官旺相為妙。】

いわゆる「向」とは、日干が自己の禄と馬に向かうことである。柱中に禄馬がなければ財帛に向かい、寿元に向かうものや旺相の地に向かうものもある。たとえば甲を日干とする人が夏至以後に生まれ、四柱が辰・戌・丑・未の上に坐し、とりわけ丑位に坐すれば、財帛もあり祖先の基業もある。秋生まれで、巳・酉・丑・申・戌に坐し、四柱の内に丙・丁火が金を克しに来なければ、これが甲の「向禄」である。甲は金を官印とし、秋は金が旺して官星が令に当たるから「向」という。行運が西方の金地に至るも向禄であり、行運が南方の火地および辰戌丑未の四季の土月に至れば向財である。生月の中に日干の官印を帯びれば、官職は祖先に由ると主り、生月の干支の内に日干の財星を帯びれば、祖先の遺産有りと主る。生時の地支に財があり、かつ刑・冲・克・破がなければ、みずから起業して財を得ると主る。官を論ずるも財を論ずるも、なおそれらの休囚旺相の軽重を精細に分別しなければならない。財庫が同時に旺相の気を得るが最上で、官星が長生に坐し、官庫に坐し、旺相の地に坐するが最も妙である。

【支者,十二支也。支內有天元,十干甲祿在寅,乙祿在卯之類,宜生日天元取年、月、時中內天元配其吉凶,或有財帛,或有官印,或壽或夭。假令甲日天元屬木,取金為官印,取土為財帛,見丙為壽星,見乙並亥卯未為劫財,合用官印或財帛須精休旺言之。】

いわゆる「支」は十二地支のことである。地支の中には天干が蔵しており、十干にはそれぞれ自己の禄位がある。甲の禄は寅に、乙の禄は卯に、という類である。生日の天干を主とし、年・月・時の三柱の地支中に蔵する天干を取って吉凶を配定すべきである。あるいは財帛を得、あるいは官印を得、あるいは長寿を主り、あるいは夭折を主る。たとえば甲日の天元は木に属するので、金を取って官印とし、土を取って財帛とし、丙火を見れば「寿星」とし、乙木および亥卯未の木局を見れば「劫財」とする。究竟、官印を用いるべきか財帛を用いるべきかは、必ずそれらの休囚旺相を精細に権衡した後に断語を下さなければならない。

運行則一辰十歲,折除乃三日為年。精休旺以為妙,窮通變以為玄。【行運則一辰十歲,折除乃三日為年。折除者,一年二十四氣,七十二侯。命有節氣淺深,用之而為妙。假令六甲日生人,以金為官印,得六月下旬生,則有官印者,有祖財。更若順行陽運,則為佳。逆行則運背矣。甲以金為官印,南方火能奪甲之貴。南方,火土之分,卻向財帛。若七八月尤佳。若六月上旬或中氣生,則無官。若年、月、時在申、巳、酉、丑位,更運行西方,則卻有官印,而亦榮顯也。若六月中氣或初氣下生,卻更看與時在寅午戌亥卯未之位,更天元有丙丁,只是商賈之命也。】

賦文に言う:大運を行くは一つの地支が十歳を管し、起運は出生後の三日を以て一年に折算する。五行の休囚旺相を精しく弁ずるを以て高明とし、窮通変化の理を窮究するを以て玄に入るとす。徐子平が注するに:行運は一辰が十年を管し、折除は三日を以て一年とする。「折除」と言うのは、一年に二十四節気・七十二候があり、各人の出生が節気を離れること遠近・深浅があるため、これに拠って起運の歳数を折算して、はじめてその妙が見えるからである。たとえば甲を日干とする人で、甲は金を官印とするが、六月下旬に生まれれば、官印もあり祖先の財もある。さらに順行の陽運ならなお良く、逆行なら「背運」となる。甲はすでに金を官印とするが、南方の火は甲の貴気を奪い得る。ただ南方は火と土の交界の分野で、火は官を奪うが、土はまさに甲の財である。ゆえに転じて財に向かう。七・八月の金旺の時に生まれればなお佳い。六月上旬または中気の内に生まれれば、官は言うべきものがない。しかし年・月・時が申・巳・酉・丑の金位に坐し、さらに行運が西方の金地を行けば、なお官印有りて顕栄し得る。六月中気または初気以下に生まれれば、年・時が寅午戌・亥卯未の火局木局の位に落ちるかどうかを更に見、天干に丙・丁が透出していれば、ただの経商の命にすぎない。

【其五行休旺,已具前述。凡看命見貴賤,未可便言,且精四柱內外,天元並三合有無克奪所有之貴。假令壬午日生,乃祿馬同鄉,切不可年、月、時、中有甲乙並寅卯,若春生則甲乙旺,土死則壬背祿也;若夏秋生雖見甲乙寅卯亦有官印;夏生土旺則官印旺也。秋生則甲乙絕而無害,餘仿此。假令壬子年,壬子月,丙申日,辛卯時。然,丙申、辛卯,天地六合。被太歲是壬子,更壬子月,二壬刑于卯位,此合而不合也。若丙取辛作妻,定因財致禍,而身災也。凡看命,切詳內外五行相合有無忌神,更看所用者內外天元得淺深向背而用之。】

五行の休囚旺相は前にすでに述べた。およそ看命して貴賎の象を見たら、すぐに断語を下してはならず、なお四柱内外の天干および三合局を精査し、すでに有する貴気を克奪しに来るものがあるかを見なければならない。たとえば壬午日の生まれは、午中に蔵する丁・己と壬が相配し、まさに「禄馬同郷」の好格であるが、年・月・時に甲・乙または寅・卯が出ることを最も忌む。春に生まれれば甲乙木が正旺して土が死し、壬の官星たる己土が奪われて背禄となる。夏・秋に生まれれば、甲乙寅卯を見てもなお官印がある。夏は土が旺して官印も随って旺し、秋は甲乙木が絶して土を克するに足らない。ゆえに妨げなし。残りはこれに推すべし。さらに例えば壬子年・壬子月・丙申日・辛卯時の一造では、丙と辛は天干相合し、申と卯は地支相配し、もとは天地六合の好象であるが、如何せん太歳は壬子、月柱もまた壬子で、二つの壬水が卯位の上で刑を成す。これを「合せりて合せず」という。丙火が辛金を妻財と取れば、必ず財に因りて禍を招き、自身にも災殃がある。ゆえにおよそ看命は、必ず内外五行の相合の中に忌神の有無を細審し、さらに用いる神が内外天干の上で気を得る深さと向背を見て、しかる後にこれに拠りて取用せねばならない。

五行気機・有無常変

其為氣也,將來者進,功成者退。如蛇在灰,如鱔在塵。【氣者,四時向背之氣也。假令,六甲六乙生日,春生,則無官;夏生,則有財;秋生則有官印重矣,若生時卻居寅午戌巳上,更有戊己丙丁在時中,則官減半言之。如本位犯丙丁南方火位亦奪甲之印也。五行當權者用之為福;不當權者用之,無慶。假令,金用火為官印,九夏生則向官,七月生則氣退,即官不遷進也。當用之神旺相,則有慶;死囚休敗則退也。又如,水命人以土為官印,卻得十月、正月、二月生,雖有土而不中用,以五行退則不當權,而休息,此論五行氣退罷權之道。如蛇鱔之在灰塵,則何可長久也?】

賦文に言う:五行の気を論ずるに、将に来らんとするを「進気」といい、功成りたる後のを「退気」という。退気の物は蛇の灰中に困し、鱔の塵裡に陥るがごとく、もはや施展できない。徐子平が注するに:ここにいう「気」は、四時向背の気である。たとえば甲日・乙日の生まれは、春に生まれれば官無し。金絶して官星力無きがゆえである。夏に生まれれば財有り。火土が甲乙の財なるがゆえである。秋に生まれれば官印極めて重し。ただ生時が寅・午・戌・巳の火位に坐し、時柱に戊己丙丁があれば、官星の分量は半減して見なければならない。本位が丙丁南方火を犯せば、同じく甲の官印を奪う。五行はおよそ権に当たり令を得たるものは、これを用いれば福であり、権に当たらざるものは、これを用いても喜慶なし。たとえば金命は火を以て官印とす。盛夏に生まるるは「向官」なり。七月に生まるれば火はすでに退気し、官は再び昇遷できない。用いる神が旺・相に処れば慶有り、死・囚・休・敗に処れば退なり。またたとえば水命の人は土を以て官印とす。偏えに十月・正月・二月に生まるれば、柱中に土有りと雖も用に足らず。この時、土は権に当たらず休息に在るがゆえである。これが五行気退きて権柄を失うの理である。蛇と鱔が灰塵の中に落ちたるがごとき、どうして長久できようか。

其為有也,是從無而立有;其為無也,天垂象以為文。【此五行論於絕地而建貴也,五行絕處有祿馬。假令,丁亥、丙子、庚寅、甲申、乙酉、戊寅、壬午、癸巳、己卯、己亥皆從無。天元受絕休囚之地,卻成貴強之位。鬼谷曰:干雖絕而建日。成鑑曰:受氣推尋胎月須深。亦當論生日天元破絶而貴也。賦言:五行窮絶處無也,絶中建祿則有也。凡此者,皆合大道,貴而清也。易曰:懸象著明,莫大乎日月。日月者,天之文也。陰陽之柄也。日往則月來,暑往則寒來,皆一生造化之文也。】

賦文に言う:いわゆる「有」は「無」の裡より建てられたるもの、いわゆる「無」は上天が物象を垂示して文采を成就したものである。徐子平が注するに:この句は五行が絶地に在って却って貴気を建てることを説く。五行の絶処はまさに禄馬を蔵す。たとえば丁亥・丙子・庚寅・甲申・乙酉・戊寅・壬午・癸巳・己卯・己亥の日柱は、日干がみな絶地に坐し、ことごとく「無よりして有と成す」に属す。天元は受絶休囚の郷に処ると雖も、却って貴にして強の位置を成す。鬼谷子の「干は絶すと雖も日を建つ」、《成鑑》の「受気推尋、胎月須らく深かるべし」は、いずれも日干が破絶して却って貴を得る理を説く。賦文の意は:五行が窮絶の処に至るは「無」なり、絶中に能く禄を建てるは「有」なり。およそこの類は大道に合し、貴にして清の命なり。《周易・繋辞》に言う:物象を懸けて明らかなるもの、日月より大なるは莫し。日月はまさに上天の文采、陰陽運行の枢柄なり。日落ちれば月昇り、暑去れば寒来たる。すべて一生造化の顕す文章なり。

其為常也,立仁立義。其為事也,或見或聞。【五行者,在天為五星,在地為五嶽,在人為五臟。推而行之則為五常。常有可久之道則秉乎仁義者。易曰:立天之道曰陰與陽。立地之道曰柔與剛。立人之道曰仁與義。人之道非仁與義則不能立也。命遇金者必要木,有木者須要金,是謂有剛濟柔仁而尚勇。遇此格者多貴。賦曰:金木定其剛柔是也。】

賦文に言う:その恒常の理を論ずれば、仁と義を立てること、具体の事を論ずれば、あるいは顕露して見え、あるいは名のみ聞えて形を見ず。徐子平が注するに:五行は天に在っては五星と化し、地に在っては五岳と化し、人身に在っては五蔵と化し、推して之を広むれば人倫に在っては仁義礼智信の五常となる。「常」は長久すべきの道にして、長久の道は仁と義を以て維繫す。《周易・説卦》に言う:天の道を立つるを陰と陽と曰い、地の道を立つるを柔と剛と曰い、人の道を立つるを仁と義と曰う。人道、仁義を失えば立ち難し。命中、金に遇うは必ず木を要し、木有るも必ず金を要す。これを以剛済柔、仁有りて尚勇と曰う。この格局に遇う者は多く貴命なり。賦文の後にいう「金木その剛柔を定む」は、まさにこの意なり。

【其為也者,今術者將人生年月日時中支匹配吉凶作為也。或見者,年月日時上天元也。或聞者,支內人元也。甲在寅之類,又辰乃水土之庫,戌火庫,丑金庫,未木庫,辰中有乙是春木之餘氣,未中有丁是夏火之餘氣,戌內有辛是秋金之餘氣,丑中有癸是冬水之餘氣。有春分、秋分、夏至、冬至二十四氣七十二侯分陰陽所主之事以定貴賤。今術者看命而定吉凶,知見與不見之理,執法而善用之則為妙矣。】

いわゆる「事」とは、今日の術家が人の出生の年・月・日・時の四柱干支を彼此搭配し、これに拠りて吉凶を断ずるこの一つの工夫である。いわゆる「見」は、年・月・日・時四柱の天干で、明らかに外に在るもの。いわゆる「聞」は、地支中に蔵する人元で、その有を聞くのみで形を見ざるもの、寅中に甲を蔵するがごときである。また辰は水土の庫、戌は火庫、丑は金庫、未は木庫。辰中の乙は春木の余気、未中の丁は夏火の余気、戌中の辛は秋金の余気、丑中の癸は冬水の余気。これに春分・秋分・夏至・冬至および二十四節気・七十二候を加え、各自分かちて陰陽の主る事を領し、これに拠りて一人の貴賎を判定す。今日の術家が看命して吉凶を断ずるに、「見」と「不見」の分別を懂り、法度を守りて善く運用すれば、入妙と称するに足る。

崇宝奇貴・勾陳真武

崇為寶也,奇為貴也,將星扶德,太乙加臨,本主休囚,行藏汩沒。【崇者,尊也。凡看命,主本元祿馬為奇,切忌別位歲月時中沖剋破本位,有損則或貴而輕也;損之重則貴而不貴也。生日厯貴地而日旺不可擊損也,故曰崇,為寶也。又如命中有掌壽、掌財、掌災福之辰,亦不可被別位制伏、刑剋、損奪,被損則有災禍。假令甲日生人,年月日時中庚來克身,有乙或卯巳午火,則能救之,也為福之地。不可被傷,禍聚之地不可無救。】

賦文に言う:命裡に尊崇するその一位が宝なり。三奇に遇えば貴なり。さらに将星の輔扶・徳神の相助・太乙貴人の加臨を得れば、本なら顕達すべし——然るに日主自身が休囚の地に落ちれば、一生の行蔵も埋没沈淪あるのみ。徐子平が注するに:「崇」は尊なり。およそ看命は、日主本元の禄馬を以て奇とし、最も忌むは年・月・時の別位が冲・克・破して本位に来ること。受损軽きは、貴なりと雖も分量減ず。受损重きは、貴にして貴ならず。生日、貴地に歴臨し、日主また旺たり。この一点、断じて撃傷せられず。ゆえにこれを「崇」と称し、これを「宝」と称す。また命裡に寿を掌り、財を掌り、災福を掌るそれらの辰位も、別位に制伏・刑克・損奪せられず。一旦受损すれば災禍有り。たとえば甲日の生まれ、年月日時中に庚金の克身する有り。柱裡に乙木の庚を合するか、あるいは卯・巳・午の火の庚を制する有れば、解救を得、却って福地を成す。要するに福気聚集の処は傷せられず、禍患聚集の処は救応無きべからず。

【三奇為貴者,謂年月日時內外三為匹配者,三奇祿馬則貴命也,更看祿馬所乘輕重而言之。三奇歌云:甲己六辛頭,乙戊向庚求,丙辛遭癸美,丁壬辛更優,戊癸逢乙妙,己壬並甲遊,庚乙丁須聴,辛甲丙同周,壬丁己堪重,癸丙戊何愁。將星者,月將也。扶徳者,徳辰也;又曰,六合也。假令,壬寅年、庚戌月、癸卯日、乙卯時,九月將在卯,扶其生日,更得九月金土六合,卯戌合,乙庚合,戊癸合,如此五行各不居休敗,則貴命也,可作兩府之上貴格言。雖生日取合前面貴氣,若亦本主休囚,即不為貴命也,只可作虛名言之。故曰:本主休囚行藏汩沒也。】

いわゆる「三奇貴となす」は、年・月・日・時の内外三元彼此匹配し、三奇を凑成しまた禄馬を帯ぶれば、すなわち貴命なり。さらに禄馬の乗ずる気の軽重を見て、その高下を定むべし。三奇歌訣に曰く:甲己の二干は六辛の上に起頭を要し、乙戊の二干は庚金の裡に求め、丙辛は癸水を得るを最も美とし、丁壬は辛金を得るを更に優とし、戊癸は乙木に逢うを妙とし、己壬は甲木と并び同游し、庚乙は須らく丁火の消息を聴き、辛甲は丙火と同周し、壬丁は己土を得て重んずるに堪え、癸丙は戊土有りて何ぞ愁えん、と。いわゆる「将星」は月将を指し、いわゆる「扶徳」は徳辰、すなわち六合を指す。たとえば壬寅年・庚戌月・癸卯日・乙卯時の一造:九月の月将はまさに卯に在り、生日を扶助す。さらに九月金土の気と六合相配に逢い、卯と戌合、乙と庚合、戊と癸合。この如く五行各々休敗に落せず、すなわち貴命にして、両府一級の上等貴格と断ずべし。ただし縦使生日が上述の種々の貴気を合住せしめ得るも、日主本身が休囚の地に落ちれば、なお貴命と算せられず、虚名と作して見るのみ。ゆえに賦文に「本主休囚、行蔵汩没」と曰う。

至若勾陳得位,不虧小信以成仁;真武當權,知是大才而分瑞。【勾陳,戊己土也;得位者,戊己日生,臨於寅卯並亥卯位下,有官印長生、帝旺、庫墓,乃祿馬之鄉,不虧小信,以成仁者。土厚,主信也。更得位,則能成仁矣。此三奇貴人,即君子也。故曰:以成人之美也。賦曰:約文而切理者也。又曰:真武當權者,壬癸生日也。以壬午、癸巳、壬辰、壬戌、癸丑、癸未日生也,或四季月亦是,下有官印、祿馬旺相墓庫而成慶,此乃作上格貴命言也。】

賦文に言う:「勾陳」位を得る者は、小小の信義を亏かずして仁徳を成就し、「真武」権に当たる者は、大才にして祥瑞を分かつと知るべし。徐子平が注するに:勾陳は戊・己土なり。いわゆる「得位」は、戊・己日の生まれ、日支が寅・卯または亥・卯の下に臨み、彼処に正に官印の長生・帝旺・庫墓有り、禄馬の郷なり。ゆえに小信を亏かずしてその仁を成すと曰う。土性は厚重にして、五常の上に「信」を主る。さらに得位を加えれば、よく仁徳を成就す。かかる者はすなわち三奇貴人、すなわち君子なり。ゆえに彼は人之美を成すと曰う。賦文のいわゆる「約文にして理に切なり」は、まさにこの言簡にして事理に切中する断法を指す。さらに「真武当権」を説くに、壬・癸日の生まれを指す。壬午・癸巳・壬辰・壬戌・癸丑・癸未のごとき日柱、あるいは辰戌丑未四季の月に生まるるも算す。日支の下に官印・禄馬有りて旺相または墓庫の地に処り、その吉慶を成す。これすなわち上等格局の貴命と断ずべし。

不仁不義,庚辛與甲乙交差;或是或非,壬癸與丙丁相畏。【前二句是貴命,切忌五行交差,甲己、乙庚、丙辛、丁壬、戊癸是陰陽相合而成貴命也。若甲見庚,乙見辛之類皆是五行陰陽不合而交差也,乃無福之命。更有交差之論,且如甲以金為官印,見火而亦曰交差,則不成慶也。更有十二支交差,如午與未合,卻被戌刑、丑破、卯辰破於未位,此亦曰交差。卯與戌合而忌辰沖、丑刑、戌未三刑也;辰與酉合,而忌午之破為害,餘可例求焉。是者五行和合也,成慶而貴也。非者,五行內外陰陽不起,即不是貴命也。丁畏癸、丙壬相畏故也。若丁見壬即為合,丙見癸即為官,一陰一陽曰道,偏陰偏陽曰疾,正合則為貴命,偏合不為貴命也。宜消息而言之。】

賦文に言う:いわゆる不仁不義は、庚辛と甲乙の彼此交差するもの。いわゆる或是或非は、壬癸と丙丁の互相畏忌するもの。徐子平が注するに:上文二句は貴命を説く。最も忌むは五行の「交差」。甲と己、乙と庚、丙と辛、丁と壬、戊と癸、これは陰陽相合して貴命を成す。甲の庚を見、乙の辛を見るの類は、皆陰陽不合の交差に属し、すなわち無福の命なり。交差にまた一層の意有り:たとえば甲は金を以て官印とするも、柱中に火の金を克するを見るをも交差と曰い、官星は喜慶を成さず。十二地支も同様に交差有り:午と未と本相合するも、戌に刑せられ、丑に破せられ、卯と辰とまた未位を破る。これも交差と曰う。卯と戌相合するは、辰の冲・丑の刑および戌未相刑を忌む。辰と酉相合するは、午の破害に来るを忌む。残りはこれに照らして類推すべし。いわゆる「是」は、五行和合して慶を成し貴を得る。いわゆる「非」は、五行内外の陰陽作用を起さず、それすなわち貴命ならず。丁は癸水を畏れ、丙は壬水を畏る。まさにこの故なり。丁が壬を見ればすなわち相合を成し、丙が癸を見ればすなわち正官を成す。一陰一陽相配するを「道」と曰い、偏陰または偏陽を「疾」と曰う。正合するは貴命、偏合するは貴命ならず。ここは当に細々と斟酌したる後に断語を下すべし。

通道多門・見不見之形

故有先賢謙己處俗求仙,崇釋則離宮修定,歸道乃水府求玄。【固有達賢之士自謙而處俗塵,降心火而進於水府,養丹砂而成妙道矣。以看命言之,五行中有水火既濟之命也。又如丙子生人得亥子時或申子辰水位亦曰既濟。假令丙申、丙辰、丙子、丁亥、丁丑、丁酉生人或火以水相濟成慶,皆為水火既濟之命也。】

賦文に言う:ゆえに古来、賢人有りて自ら謙し拙を守り、俗世に身を処して心に神仙を慕う。仏法を崇奉するは、すなわち離宮(心火)の上に禅定を修習し、道門に帰依するは、すなわち水府(腎水)の中に玄妙を探求す。徐子平が注するに:もとより通達の賢士有りて自ら謙し、塵俗に混迹し、心中の火を降して腎水之府に沈め、丹砂を涵養して妙道を成就す。看命を以て之を講ずれば、これすなわち五行中「水火既済」の命なり。また丙子日の生まれ、亥時・子時を得、あるいは年月時に申子辰水局を凑成するも、既済と曰う。たとえば丙申・丙辰・丙子・丁亥・丁丑・丁酉のごとき日柱の生まれ、火は水の相济するを得てその吉慶を成す。皆水火既済の命に属す。

是知五行通道,取用多門。理於賢人,亂於不肖;成於妙用,敗於不能。【取用多門謂:人命生處各自不同,基本亦異。吉凶向背,行運用法,所主者異兆。故曰:取用多門,即非一途而取軌也。亦要人用心消息五行所歸,即知吉凶也。賢達之人深悉造化,愚者豈能曉了?易曰:苟非其人,道不虛行是也。】

賦文に言う:これを以て五行本相通の大道なるを知るべし。取用の門径は多し。同一の理、賢人の手に至れば条理分明し、不肖の手に至れば一団に乱る。妙く用うれば成し、用いるを会せざれば敗す。徐子平が注するに:いわゆる「取用多門」は、人各々出生の時地有り、命の根基も各々相同じからず。吉凶の向背・行運の用法・所主の征兆、皆一様ならず。ゆえに取用に多門径有りと曰い、ただ一条の路子に拠りて套すべからず。これも人の用心して五行の帰着を斟酌するを肯んずるを要し、乃ち吉凶を知るを得。通達賢明の人は造化の理を深知す。愚昧の人、何ぞ能く明白せんや。《周易・繋辞》に「苟も其の人に非ざれば、道虚しく行はれず」と曰う。まさにこの意なり。

見不見之形,無時不有;抽不抽之緒,萬古聯綿。【不見之形者,內天元也,庫墓餘氣節令也,沖刑剋破也及五行休旺匹配生死也。三合貴地,祿馬妻財父母皆不見之形也。只聞其有形,而用之自然應驗矣。凡取用法,則比蠶婦抽絲之妙。善取者,能尋其頭緒,自然解之得絲也。不善者,不知頭緒,萬古聯綿也。凡言命中貴賤吉凶,先得頭緒則災祥自然應驗矣。生時坐祿,甲日見寅時,乙日見卯時之類,時坐本祿,更看歲月有無刑沖剋破本祿,祿旺用之云云。】

賦文に言う:見えざる形跡を見るべし、それらは時なくして在らざるなし。抽き尽くせぬ頭緒を抽くべし、それらは万古連綿たり。徐子平が注するに:いわゆる「不見之形」は、地支中に蔵する天干、庫・墓・余気と節令、冲・刑・克・破を指し、また五行休囚旺相と生死の匹配をも指す。三合貴地および禄・馬・妻・財・父母のごとき神位は、皆見えざる形跡に属す。ただその形有りと聞くのみ、これを用いれば自然に応験す。およそ取用の法は、蚕婦の糸を抽く妙にたとえるべし。抽くを会する者は線頭を見出し、一提すれば順順当に糸を抽き出す。抽くを会せざる者は頭緒に触れず、永遠に一団に纏まる。およそ命中の貴賎吉凶を論ずるは、先ず頭緒を把捉すれば、災祥は自然に応験す。たとえば生時が禄に坐す——甲日の生まれが寅時を得、乙日の生まれが卯時を得るの類——時支はまさに日干の本禄に坐す。さらに年・月にこの本禄を刑・冲・克・破する有無を見、禄旺たれば取用に善し。残りは類推すべし。

是以河公懼其七殺,宣父畏其元辰。峨眉闡以三生,無全士庶;鬼谷播其九命,約以星觀。今集諸家之要,略其偏見之能,是以未解曲通,妙須神悟。【此令術者既要見年月時取其有克而為用者是何,作官印用之,作官鬼用之,假令甲見庚或見申位為官為鬼,須見金木輕重之用言之。假令丙日生人逢亥七煞,亥中有壬,丙見壬為七殺。丁到子位,甲到申,辛到午,壬到巳,戊到寅,己到卯,庚到巳皆為七殺之地,主有災。如當生元有七殺,運更相逢即重矣,不利求財,主有災。如當生歲月日時元無七殺,則災輕。】

賦文に言う:ゆえに河上公は命中の七殺を畏れ、孔夫子は命中の元辰を忌怕す。峨眉先生は三生の説を闡発し、士人庶民いずれも十全少なしとす。鬼谷先生は九命の術を伝布し、星宮を以て之を約束して篇を成す。いま各家の精要を彙集し、その偏頗の一得の見を删去す。その中にいまだ曲尽通達せざるの処有り。学者自ら神会妙悟するに頼るのみ。徐子平が注するに:これは術家がまず年・月・時の三柱中に、日主を克しに来る者が究竟何であるかを見出し、それを官印と用いるか官鬼と用いるかを定めよということ。たとえば甲日に庚を見または申位を見れば、官と為すも可、鬼と為すも可。須らく金木両方の力量の軽重を見て取舍を定むべし。またたとえば丙日の生まれ、亥に逢えばすなわち七殺なり。亥中に壬を蔵し、丙が壬を見ればすなわち七殺なるがゆえ。同じく、丁が子位に至り、甲が申位に至り、辛が午位に至り、壬が巳位に至り、戊が寅位に至り、己が卯位に至り、庚が巳位に至るは、皆七殺の地にして、災殃有りを主る。原命に本より七殺を帯び、行運がまた再び碰上すれば、それすなわち分外に沈重、求財に利あらず、災禍有りを主る。原命の年月日時に本より七殺無ければ、災は軽し。

【故賦中引宣父畏以元辰者,即非前位辰也,是當生年月日時位有七殺,害生月生時者,乃名元有元辰也,即為災重矣。虛中云:當生元有則凶重,無則凶輕。所以宣父畏以元辰者,是宣父命中元有煞害之辰也。又,戊見甲,己見乙為七殺,戊己人在十月生,正月生,雖生時居巳午或更有庚辛,亦夭壽,為土死不能生弱金,金囚不能勝旺木。賦云:建祿而夭壽。餘仿此。昔者,峨眉先生精通三命,每言貴賤,少有全者;鬼谷先生以九命之術,約以星宮為賦,比前賢自謙而言之,與物難窮,理則同也。】

ゆえに賦文が「宣父その元辰を畏る」と引くに、ここの元辰は通常いう歳前歳後のあの辰位ではなく、原命の年月日時中に七殺を帯び、また生月・生時を傷害するを指す。これを「元有元辰」と曰い、その災禍重し。李虚中が曰く:原命に本有るは凶重く、原命に無きは凶軽し、と。ゆえに孔夫子が元辰を畏るると曰うは、彼の命裡に本より煞害の辰を帯びたるに因る。また戊が甲を見、己が乙を見るは皆七殺なり。戊己日の生まれが十月または正月に生まれれば、縦使生時が巳・午の火地に坐し、あるいは柱中に別に庚・辛有りて木を制すとも、なお短寿なり。此の時土死して衰弱の金を生ぜず、金また囚を受けて当旺の木に敵せざればなり。賦文後の「建禄にして夭寿」は、まさにこの情形なり。残りは類推すべし。昔、峨眉先生は三命の学に精通し、人の貴賎を論ずるごとに、常に十全少なしと曰い、鬼谷先生は九命の術を以て、星宮を綱として賦文を成せり。徐子平ここに前賢に比照して自ら謙す。是れ万物の変化窮尽し難く、その中の道理は相通ずるを説くなり。

珞琭子自述・乾坤牝牡

臣出自蘭野,幼慕真風,入肆無懸壺之妙,遊街無化仗之神。息一氣以凝神,消五行而通道。【臣者,太子自稱於君父前也。生於內庭,有芝蘭之野之稱。真風者,自幼樂於五行之真理者也。昔有懸壺先生貨卜於市,國君聞而召之,先生拒命而不往,君令執之,先生預知,以仗化龍乘而去。息一氣者,天元也。五行者,金木水火土也。凝聚也,消散也。通道者,符合也。陰陽不偏,上下符合,則能知造化,而貴賤吉凶壽夭定矣。猶然自謙無化仗乘龍之為也。】

賦文に言う:臣、蘭野に出身し、幼より真道の風を仰慕す。市に入り肆を開くも、懸壺先生のごとき神妙無く、街衢を游走するも化杖成龍のごとき神通無し。ただ一気を休養して精神を凝聚し、五行を消息して大道に通達するのみ。徐子平が注するに:自ら「臣」と称するは、太子が君父の前での謙称なり。宮廷内庭に生長せるがゆえに「芝蘭之野」の説有り。「真風」とは幼より五行の真理を喜好するを指す。昔、懸壺先生有りて市上に卦を売る。国君聞きて彼を朝に召すも、先生は命に抗して行かず。国君人を遣して捉えんとすれば、先生は預め知り、手杖を化して龍と為し、乗じて飛び去れり。「息一気」の「一気」は天元を指し、「五行」は金木水火土を指す。「凝」は凝聚、「消」は消散、「通道」は彼此符合なり。陰陽偏らず倚らず、上下彼此相合すれば、造化を洞知し、一人の貴賎・吉凶・寿夭も定まるべし。作者ここに至りて、なお自ら化杖乗龍のごとき本事無しと謙す。

乾坤立其牝牡,金木定其剛柔;晝夜互為君臣,青赤時為父子。【干陽物也,坤陰物也。凡看命,見五行陰陽匹配,上下相合不偏者為貴命也。若偏陽偏陰者,則五行有疾矣。金木定其剛柔者,且如,木用金為官印,其金秋生或帶壬癸水而克木,即剛也,謂金旺時,水木無火則金剛矣。若金生於春夏,木帶天元,人元有火,則木剛金柔也。】

賦文に言う:乾と坤は牝牡陰陽を立定し、金と木は剛柔の別を定出す。昼と夜は互いに君臣と為り、青(木)と赤(火)は時々父子を結ぶ。徐子平が注するに:乾は陽物、坤は陰物なり。およそ看命、五行陰陽匹配・上下相合して偏枯せざるを見れば、すなわち貴命なり。若し陽に偏しまたは陰に偏すれば、五行に病有り。いわゆる「金木その剛柔を定む」:たとえば木が金を以て官印とするに、この金が秋に生まれ、あるいは壬癸水を帯びて木を泄し金を助くれば、それは金剛なり。金まさに旺令に当たり、水また木を泄して柱中に火の金を制する無し。金自然に剛硬なり。反対に、金が春夏に生まれ、木が天干に於て勢を得、地支人元の中にまた火を蔵すれば、それは木剛にして金柔なり。

【晝夜互為君臣也,青赤時為父子者,丁壬合,生甲己,壬生甲,壬乃甲之母,丁乃甲之父。丁生己,己以壬為父,丁乃己之母。甲己再合生辛,甲生丙,丙辛再合生戊,辛生癸,戊癸再合,戊生庚,癸生乙,乙庚再合,乙生丁,庚生壬,丁壬再合復生甲己,周而復始。人只知,木生火,火生土,土生金,金生水,水生木,即不知陰生陰,陽生陽,陽產陰為父,陰產陽為母,丁乃甲之父,壬是甲之母,故云青赤時為父子。】

「昼夜互いに君臣と為る」「青赤時に父子と為る」に至りては、十干化合相生の一層の道理を説く。丁と壬相合し、化生して甲・己を出す。壬水は甲木を生ず。ゆえに壬は甲の母、丁火はすなわち甲の父なり。丁また己土を生ず。ゆえに己は壬を以て父とし、丁を以て母とす。甲と己と再び合して辛を生じ、甲は丙を生じ、丙と辛と再び合して戊を生じ、辛は癸を生じ、戊と癸と再び合し、戊は庚を生じ、癸は乙を生じ、乙と庚と再び合し、乙は丁を生じ、庚は壬を生じ、丁と壬と再び合し、また甲・己を生出す。この如く周して始めに復す。世人はただ木の火を生じ、火の土を生じ、土の金を生じ、金の水を生じ、水の木を生ずるの一層のみを知り、さらに陰の陰を生じ、陽の陽を生ずるの一層有るを知らず。陽の産む所の陰を父と為し、陰の産む所の陽を母と為す。丁は甲の父、壬は甲の母。ゆえに「青赤時に父子と為る」と曰う。

不可一途而取軌,不可一理而推之。時有冬逢炎熱,夏草遭霜;類恐陰鼠棲水,神鬼宿火。【假令,庚辛人冬至後逢丙丁者,則為官印,謂一陽生也。金逢火之生氣,是冬逢火熱也。夏草遭霜者,言丙丁人夏至後,逢壬癸而得用也,謂之一陰生,是火逢官之生氣。故曰:夏草遭霜。又,丙丁人冬至後生,雖遇七殺之鄉,亦作官印之用。偏陰偏陽,則有官而不清也。又庚辛人,夏至雖遇巳午未寅戌,亦可作官印用,亦苦不清。夏至後,陰氣深則為妙矣。若夏至氣淺,官雖發早,而不益壽。更詳元辰並運言之。】

賦文に言う:ただ一条の路子に照りて法を取るべからず、ただ一つの道理を用いて推すべからず。時に会して冬天に反って炎熱に遇い、夏草に反って寒霜に遭うの類有り。また陰鼠の水に棲み、神鬼の火に宿るの怪象有り。徐子平が注するに:たとえば庚・辛日の生まれが冬至以後に丙・丁火に遇上するは、すなわち官印なり。冬至に一陽初生し、金は正に火の生気に逢着す。これが「冬炎熱に逢う」なり。いわゆる「夏草霜に遭う」は、丙・丁日の生まれが夏至以後に壬・癸水に遇いて取用するを説く。夏至に一陰初生し、火は正に官星の生気に逢着す。ゆえに夏草霜に遭うと曰う。また丙・丁日の生まれが冬至以後に出生すれば、縦使七殺の郷に遇うとも、官印と為して用うべし。ただ偏陰偏陽にして、官有りと雖も清純ならず。庚・辛日の生まれが夏至以後に、巳・午・未・寅・戌のごとき火地に遇うと雖も、同様に官印と為して用うべし。同じく清らかならざるに苦しむ。夏至以後、陰気愈深ければ愈妙なり。夏至剛過して陰気なお浅ければ、官は早く発すと雖も、寿命に益なし。これらはまた元辰と行運を合看して乃ち定論すべし。

【陰鼠棲水,如癸祿在子,為地元。神鬼宿火,如戊祿在巳,為人元也。丙以癸為官印,戊與癸為匹配,子與支德六合,癸以戊為官印須識陰陽造化、尊卑、順逆。戊以癸為財,丙以癸為官印,此與水火既濟之道。如冬逢炎熱,夏草遭霜,在學人深求之也。】

いわゆる「陰鼠水に棲む」は、癸水の禄は子に在り、子は鼠に属し癸は陰水なり。これは地元すなわち地支に就いて曰う。いわゆる「神鬼火に宿る」は、戊土の禄は巳に在り、巳は火に属し火中に戊土を蔵す。これは人元すなわち支中蔵干に就いて曰う。丙は癸を以て官印とし、戊と癸は天干五合の一対、子また丑と結びて支徳六合を成し、而して癸もまた戊を以て官印とす。およそこれらは皆陰陽の造化・尊卑と順逆を弁明せねばならず。戊は癸を以て財とし、丙は癸を以て官印とす。これらの道理は皆「水火既済」に通ず。「冬炎熱に逢う」「夏草霜に遭う」のごとき反常の象は、また学者自ら深入求索するに頼る。

陰陽罕測・禎祥有応

是以陰陽罕測,志物難窮。大抵三冬暑少,九夏陽多,禍福有若禎祥,術士希其八九。【禎祥者,為應。前賢比其五行吉凶應驗矣。如天子親耕曰禎祥,務天下民勤於耕種,田中種穀則生穀苗,時至七八月則穀熟,而為祥。元種豆苗,時至七八月豆熟,而成祥。其五穀下種各有時也,則收成也。地內曾種,則望成。更有良田萬傾,不曾耕種,則遇大熟之歲而亦無可收,不得禎祥也。此論人命八字內外元無官印,則運臨官印之地,亦不發官印,為年月日時中元無貴氣。論財亦論元有元無也。】

賦文に言う:ゆえに陰陽の理は測度し難く、万物の情は窮尽し難し。大体に三冬の月は暑気少なく、九夏の月は陽気多し。禍福の応験は農事の豊歉のごとく征兆有りて循るべし。術士が八九分を説中するも亦容易ならず。徐子平が注するに:「禎祥」はすなわち応験なり。前賢これを取りて五行吉凶の霊験に比喻す。たとえば天子の籍田を親耕するを禎祥と曰う。その意は天下の百姓に勤耕を勧むに在り。田に穀を種けば穀苗を生じ、七八月に至り穀子成熟す。これが祥なり。元より種いたるは豆苗、七八月に至り豆子成熟す。同じく祥を成す。五穀各々下種の時令有り、時に按じて下種せば収成有り。地裡に曽て種きたれば、乃ち収穫を指望し得るを談ず。反対に、縦に良田万頃有りて未だ耕種せずんば、大豊の年に碰上するも収割する処無く、禎祥を得ず。これは人命の八字内外に本より官印無きを比喻す。然らば行運、官印の地に至るも、照様に官を発せず。年月日時の中に本よりその貴気無きがゆえなり。財を論ずるも同一の道理。先ず原命裡に有るや無きやを見るべし。

或若生逢休敗之地,早歲孤窮;老遇建旺之鄉,連年偃蹇。若乃初凶後吉,似源濁而流清;始吉終凶,狀根甘而裔苦。【假令,庚辛人秋七八月生者是也,金以木為財,木絕。以火為官印,火死。早歲孤窮謂生日為父母絕,則為無祖財,亦無官印,則早歷艱難也,準此。若或運臨祿馬貴官之鄉,亦多偃蹇而不成福。初凶者,生月凶逢於休敗也。後吉者,生時得地也,居財旺並官印旺地,運行向所臨之位,卻為有慶。止為初年之滯,中年晚年有福也。故曰:源濁、伏呤是也。】

賦文に言う:ある人は休囚敗絶の地に生まれ、早年孤苦貧窮す。ある人は老来して始めて建禄旺盛の郷に遇うも、なお連年困頓す。先凶後吉に至りては、水源渾濁して下流転清のごとし。先吉後凶は、根は甘くして末梢は苦を発するがごとし。徐子平が注するに:たとえば庚・辛日の生まれ、秋の七八月に生まれれば、金は木を以て財とするも此の時木已に絶し、火を以て官印とするも此の時火已に死す。いわゆる「早歳孤窮」は、生日が父母絶地に坐し、既に祖上の家財無く、また官印無し。ゆえに早年、艱難を歴尽す。これに依りて準とすべし。かかる人は縦使行運、禄馬貴官の郷に臨むも、多くは困頓して福を結ばず。いわゆる「初凶」は、生月凶にして休敗の地に落つるなり。いわゆる「後吉」は、生時地を得、財旺または官印旺の位に坐し、行運またその臨む処に向かいて去る。却って喜慶有り。ただ初年阻滞し、中年・晩年に便ち福有るのみ。ゆえにこれを「源濁」「伏呤」の類の命と曰う。

【若生月為鬼克身,若生時有救是源濁之類,五行活法則度,如遇五行交錯,但消息勝負而言之。有命有祖財而生者,少年富貴,故云:始吉。如生時不得地,或祖敗官,或身災疾。更背于吉地,則為凶也。至於晚年祖財破盡,終身困苦。雖有富貴之家,生時失地,更不得運,故曰:終凶。裔者,苗也。如苦物而不堪也。此先富而後貧也。】

若し生月が七殺の鬼にして身を克しに来り、而生時に別に救応有れば、亦「源濁流清」の類に属す。五行の活法はただ一つの大致の尺度なり。五行彼此交錯の局面に遇上すれば、ただ双方の勝負を斟酌して断語を下すべし。ある人は生来家中に祖産有り、少年にして富貴を得る。ゆえに「始吉」と曰う。然るに生時若し地を得ず、あるいは祖上の官職を敗し、あるいは自身多災多病、行運再び吉地に背離すれば、それは凶を成す。晩年に至り祖上の家産敗尽し、終身困苦す。縦使富貴の家に出身するも、生時失地し、また運の上に好運を行かざれば、「終凶」と曰う。「裔」はすなわち末梢・枝苗、苦渋の物の口に入れ難きがごとし。これは先富して後貧の命を説く。

根苗花実・三獣五虎

觀乎萌兆,察以其元,根在苗先,實從花後。【欲知運內吉凶,先看根元勝負。根元有貴則運臨貴地而發貴,根元有財,運臨財地而發財。根元有災則運臨災而有災也。貴賤吉凶自有根苗則無不結實而應驗矣。】

賦文に言う:一命の萌芽征兆を観察するは、その本元より察起すべし。根は常に苗の前頭に長じ、果実は常に花の後頭に結す。徐子平が注するに:大運之中の吉凶を知らんと欲すれば、先ず原命根元の強弱勝負を見るべし。根元裡に貴気有れば、行運貴地に臨みて乃ち貴を発す。根元裡に財有れば、行運財地に臨みて乃ち財を発す。根元裡に災を帯びれば、行運災地に臨みて乃ち災を出す。貴賎吉凶、ただ原命に根有り苗有れば、時に至りて果実を結ばず応験分明せざるは無し。

胎生元命,三獸定其門宗;律呂宮商,五虎論其成敗。【胎生元命者,乃人之年月日時所得天元、人元、支元也。三獸者,寅午戌之類是也。門宗者,一類也如寅午戌火之類。五虎者,支也,持大運逆順,生日向背數而行之。假令,甲寅生午逢庚戌也,亦曰鬼。庚戌見丙午之類,賦曰:五虎者,以寅為首也,此乃五陽相剋也。論其成敗者,有救而身旺則成;無救而身衰則敗也。好事者宜精詳之。】

賦文に言う:胎・生・元命のこれらの層は、三合の三つの属相に頼りてその門戸宗派を定出す。律呂宮商の配合は、「五虎」を用いて成敗を論ず。徐子平が注するに:いわゆる「胎生元命」は、人の年・月・日・時四柱の得たる天元・人元・支元を指す。いわゆる「三獣」は、寅午戌の類の三合の三つの生肖なり。いわゆる「門宗」は、同じく一類に帰す。寅午戌の同じく火局に属するがごとし。いわゆる「五虎」は、地支に就いて曰う。大運の順行逆行・生日の向禄背禄に按じて数を推して行かんとす。たとえば甲寅の生まれ、午の上に至りて庚戌に逢えば、亦之を鬼と曰う。庚戌また丙午を見るの類、同じく此の理なり。賦文のいう「五虎」は、寅を首とする甲寅・丙寅・戊寅・庚寅・壬寅の五位。五つの陽干の互相克制を講ず。成敗を論ずるに至りては:救応有りて日主また旺なるは成し、救応無く日主衰弱するは敗す。心此の道に有る者は当に精細に推詳すべし。

無合有合・得一分三

無合有合,後學難知;得一分三,前賢不載。【無合者,年月時中取財而無財,取貴而不貴,取合而不合,兼之以根在苗先,實從花後,此乃八字內有根而方發苗。又云禍福者,然八字內外無合而有合在別位之內,內外五行刑沖剋破於別位之祿,停住不得,至令飛走。三合就於本命生日相合或寅刑巳內丙戊,巳酉丑三合就走馬。】

賦文に言う:明らかに無合なれどまた合有り。この一層、後学最も領会し難し。一位より得出して三合に分成す。前賢の書裡に並に記載無し。徐子平が注するに:いわゆる「無合」は、年・月・時の三柱裡に財を取るも財無く、貴を取るも貴を見ず、合せんと欲すも合上せざるを曰う。さらに「根は苗先に在り、実は花後に従う」の一層を配合すれば、すなわち八字の内に先ず根有り、然る後に乃ち苗を発す。さらに禍福を説く:時に八字内外本より合無くして、合は別の位置上に蔵す。内外五行、刑・冲・克・破して別位の蔵する禄に行き、その禄、原地に停留せず、冲きられて飛走出来し、転じて本命生日と相合成局す。たとえば寅の巳を刑ずるに行き、巳中に丙・戊を蔵す。刑せられて後、丙戊飞出し、再び巳酉丑三合に由りて馬位の上に帯往す。

【假令甲子年丙寅月癸丑日辛酉時,若論官則背祿而不貧。以八字內外三元無戊,兼正月土死,其背祿明矣。卻被寅刑巳,丑破巳,甲子遙克於巳,而巳內有丙戊被刑破,破而飛走出巳,三合就馬,巳酉丑月三合,丙就辛酉,戊就癸丑而合癸,癸以戊為官印,此乃無合有合也。故後學難知,誠也,信也。】

たとえば甲子年・丙寅月・癸丑日・辛酉時の一造:官星を論ずれば、背禄にして貧ならずに属す。八字内外三元の中、皆戊土を見ず。正月土死を加え、背禄は甚だ明白なり。然るに寅の巳を刑しに行き、丑の巳を破りに行き、甲子また位を隔て遥かに巳位を克す。巳中の蔵する丙・戊は刑破せられて巳宮より飞出し、三合に随いて馬位に就く。巳・酉・丑の三字局を成し、飞出の丙火は辛酉の上に至り、飞出の戊土は癸丑の上に至りて癸と相合す。而して癸は正に戊を以て官印とす。これすなわちいわゆる「無合有合」なり。後学の知り難しと曰うも怪しむに足らず。この話確かに信ずべし。

【古歌曰:虎生奔巳豬猴定,羊擊豬蛇自然榮。有合無合歌:飛祿飛來就馬騎,資財官職兩相宜,王中更得本家助,上格榮華寶貴奇。人歌:志節二八廉貞女,四面豬猴獰似虎,先看天元乘地馬,後邊集路教侵取。得一者,既見有寅刑巳,丑破巳,而丙戊被刑破而出,則便宜分三而行。既得巳位為用,便是三合巳酉丑也。須有酉丑,上有癸辛字則為有合之命。雖刑而祿出,無合則不佳也。前賢者,為賦以前賢人也。立此一訣之門。後作賦者,又指說得一合而三合見頭緒,則作三合取吉凶也。】

古歌に曰く:「虎生まれて巳に奔り猪猴定まる、羊猪蛇を撃ちて自然に栄えん」と。また《有合無合歌》に曰く:「飛禄飛来り馬に就きて騎る、資財官職両相い宜しく、王中更に本家の助を得、上格栄華宝貴奇なり」と。さらに一首の《人歌》に曰く:「志節二八の廉貞女、四面の猪猴虎のごとく狞たり、先ず天元の地馬に乗るを見、後辺路を集め侵取せしめん」と。いわゆる「得一」は、すでに寅の巳を刑し、丑の巳を破り、巳中の丙・戊刑破せられて飞出するを見れば、当に分かちて三合と作して行くべし。すでに巳位を取りて用と為せば、それは巳酉丑三合なり。柱中に必ず酉有り丑有り、しかもその上に癸・辛を透出せば、乃ち「有合」の命と算す。刑に由りて禄気飞出すと雖も、若し合すべきの処無ければ、なお好しと算せず。いわゆる「前賢」は、この篇の賦を作る以前の賢人を指す。彼らこの訣の門径を立下せり。後来の作賦の者、また「得一」に由りて三合を合出し、頭緒を看出すを点明し、ここに三合に按じて吉凶を断ず。

年雖逢於冠帶,尚有餘災;初至於衰鄉,猶披鮮福。【此言冠帶大運也。假令,庚辛日人初年無祖財,又自戊酉逆行,皆歷無財敗祿之運,喜逢未運是財旺之地,只可言方入祿運漸向泰也,只言從此運後所求遂意,後五年方有三五分福也。運氣淺深而言之,淺則福淺,深則福厚也。庚辛見未為冠帶,緣運自西方而來久閒於財祿。故有,尚有餘災也。言先歷貴旺之鄉或建財之地已成大器,而方交入敗宮失財之地,未可作大敗之運言之。只可言,自入此運不甚遂意,謂前運久歷貴強之地,根基極厚,雖臨敗運,未至大損,故初運入衰鄉,猶披鮮福也。】

賦文に言う:流年すでに冠帯の地に行到ると雖も、なお余りの災殃を留む。剛に衰敗の郷に踏入するも、なお新鮮の福気を披く。徐子平が注するに:この一句は冠帯大運を講ず。たとえば庚・辛日の生まれ、初年祖上の財無く、運また戊酉一路より逆行し、経歴するは全く無財敗禄の運なり。欣びて未運に逢うに及び、未は財庫旺地なれど、ただ剛に禄運に踏入し漸漸亨通に転ずと言うべきのみ。ただこの步運より後、求むる所なお心を称えるに算す。後五年に至りて乃ち三五分の福気有り。これは運気の深浅に按じて言うべきなり。気浅ければ福浅く、気深ければ福厚し。庚・辛は未を以て冠帯とす。大運は西方一路より走り来たり、長久財禄を閑置す。ゆえに「なお余災有り」と曰う。下一句に至りては、先前貴旺の郷または建財の地を歴過し、已に大器を成就せし人、剛に敗宮失財の地に交進する時、なお大敗の運と作して断ずべからず。ただこの步運に進んでより便ち大いに順心せずと言うべきのみ。前面の運、長久貴強の地を走り、根基極めて厚し。敗運に臨むも大損に至らず。ゆえに初入衰郷、なお幾分の新福を披くと曰う。

大段天元羸弱,宮吉不及以為榮;中下興隆,卦凶不能成其咎。【天元者,干也。雖臨祿馬之地,若天元被傷而本氣羸弱,則亦不能為榮。假令壬午人四月生,更別位戊己相剋,貴而不貴也,可作虛名及無祿言之。然,壬午宮吉,而天元無氣,更加重重戊己來克,故名不貴矣。又云,不及者,上下五行休旺不相負也。又如庚辛日人正月生,更別位有重重火相剋於金,其金見寅卯甲乙而亦無祖財,而木中旺火必害其金而成災,此亦是天元羸弱,而宮內有財不得而發矣。其餘五行仿此言之。】

賦文に言う:およそ天元衰弱の人は、宮位縦吉なりと雖もその栄顕を成すに足らず。反対に中元・下元興旺盛盛の者は、卦象縦凶なりと雖も災咎を構せず。徐子平が注するに:「天元」はすなわち天干なり。日干縦使禄馬の地に臨むも、若しそれ本身傷せられて本気羸弱なれば、照様に栄顕せず。たとえば壬午日の生まれ、四月に生まれ、別の位置にまた戊・己土の克する有れば、それは貴にして貴ならず。ただ虚名と作して断ずべく、あるいは無禄と作して断ずべし。壬午のこの一柱は本は宮位吉利なり。如何せん天干気無く、再び重重の戊己の克するを加う。ゆえに名有りて貴ならず。いわゆる「不及」は、上下五行の休囚旺相彼此担當し起せざるを指す。またたとえば庚・辛日の生まれ、正月に生まれ、別位にまた重重の火の金を克する有れば、この金縦使寅・卯・甲・乙を見るも同じく祖財無く、木中の蔵する旺火は必ず金を傷して災を成す。これも天元羸弱、宮裡財有ると雖も発せざるなり。残りの五行はこれに照らして類推すべし。

【中者,人元也。下者,支元也。假令十月壬建其祿,亥乃水之旺鄉,此乃中下興隆也。若丁亥日人十月生,乃火絕於亥,其丁生絕地,乃為丁卦之凶也。不能成其咎者,謂丁以壬為官印,而中下祿馬建旺而成慶,雖火臨絕地尚為中下之貴。《成鑑》曰:祿雖絕而建貴。是也。《陶朱》云:絕祿旺財不為凶兆也。丙人十一月生,壬癸人十二月生並辰戌丑未,金人正月生,木人七八月生,土人亥卯未月生,皆臨貴旺之地謂消息也。】

いわゆる「中」は人元を指し、すなわち地支中に蔵する天干なり。いわゆる「下」は支元を指し、すなわち地支本身なり。たとえば十月壬水建禄、亥は正に水の旺郷、これすなわち中元下元の興隆なり。若し丁亥日の生まれまた十月に生まれれば、火亥に於て絶し、丁火絶地に坐す。丁のこの一「卦」に就いて言えば本は凶なり。ゆえに「その咎を成す能わず」と曰うは、丁は壬を以て官印とし、中元下元の禄馬まさに建旺に当たりてその吉慶を成す。火は絶地に臨むと雖も、なお中下の貴を失わず。《成鑑》の「禄は絶すと雖も貴を建つ」はまさに此の意なり。《陶朱》もまた「禄を絶して財旺たり。凶兆と算せず」と曰う。これらの外、丙日の生まれ十一月に生まれ、壬・癸日の生まれ十二月および辰戌丑未月に生まれ、金命人正月に生まれ、木命人七八月に生まれ、土命人亥卯未月に生まるるのごとき、皆貴旺の地に臨むに属す。皆この思路に照らして斟酌すべし。

尊卑救療・六甲虧盈

若遇尊凶卑吉,救療無功;尊吉卑凶,逢災自愈。祿有三會,災有五期。【尊者,年月日時內外三元有最得力者是也。賦云:崇為寶也,尊也。假令六甲生人以庚及申為七煞,若大運則庚及申為祿絕之鄉,致身災也,所為不能遂心。又如甲乙以庚辛為官,大運至巳午,又見寅午戌是也。神得氣定,甲乙失官也。若甲乙人秋生,甲以辛為官,乙以庚為官,或二木用申為官,此乃鬼旺之鄉,甲木全藉乙木或亥卯未為救。若遇行年太歲克木,或火運有害乙木之官,使甲被克,凶也。元本甲藉賴乙配於庚,次用庚為偏官,若乙被害,則甲亦凶也。所謂緊用之者,不可受害也。乙既被害,則甲天元醫療無功也。五行為主者,病重而不能救也。】

賦文に言う:若し「尊」の一方凶にして「卑」の一方吉に碰上すれば、それは救治するも功無し。反対に尊吉卑凶なれば、災に遇うも自ら痊愈せん。禄に三会の期有り、災に五期の数有り。徐子平が注するに:いわゆる「尊」は、年月日時内外三元の中、最も得力のその一位なり。賦文前に「崇は宝を為す」と曰う。崇はすなわち尊なり。たとえば甲を日干とする人、庚および申を以て七殺とす。大運若し庚・申に走り至れば、正に日主禄絶の郷にして、身災を招来し、作為する所心を称えられず。またたとえば甲・乙は庚・辛を以て官とす。大運巳・午に走り至り、柱中また寅午戌火局を見れば、火神気を得て站穏し、甲乙便ち官星を失う。若し甲・乙日の生まれ、秋に生まれ、甲は辛を以て官とし乙は庚を以て官とし、あるいは両木皆申を取りて官と為せば、正に鬼旺の郷なり。甲木は全く乙木を頼りて庚を合し、あるいは亥卯未木局を頼りて救う。一旦流年太歳木を克し、あるいは火運乙木のこの官星を傷して、甲に屏障を失わしめ克せられれば、それは凶なり。元より甲は乙を仗りて庚を配し、其次に庚を用いて偏官と為す。乙一たび被害せられれば、甲も随いて凶なり。これすなわち緊要の処の用神断じて傷せられるべからずを説く。乙すでに被害せられれば、甲のこの天元は医治する処無し。一命の主と為る五行、病此の地步に至れば、再び救回せられず。

【若年月日時內外三元雖有克戰,但不損外尊者即逢自愈也。更切消息所損之神主何貴賤而言之。害命則身災,害妻則妻災,害官則失官。與行年不和則主上位不喜,不宜。干上位若沖擊行年歲君則主有不測官訟,小人橫事不足,或主身病。故曰:尊凶也。假令甲乙以巳酉丑申子辰為祿,甲以巳酉丑為祿,即三會也。乙為五期之災,乙以申子辰三會為祿之命,大運行於官鄉,更行年太歲是三會之年,與本命位主本相生,會於祿馬,則此年定遷官進祿也。若太歲本命八字及大運內外不合,更大運在鬼旺之鄉,五期之歲,定作災矣,更精所生向背言之。】

若し年月日時内外三元に克戦有りと雖も、ただ外面のあの「尊」神を損傷せざれば、災に遇うも自ら愈ゆべし。このほかまた損せられたるは究竟何の神か、何の方面の貴賎を主るかを細審すべし。命を傷れば、すなわち自身に災有り。妻星を傷れば、すなわち妻室に災有り。官星を傷れば、すなわち官を丢く。日干と流年と不和なれば、上司の喜ばざるを主り、諸事宜しからず。天干若し流年太歳を冲击すれば、則ち意外の官司詞訟を主り、あるいは小人横事の糾纏、あるいは自身の生病す。これらを皆「尊凶」と曰う。さらに三会と五期を説く:甲・乙は巳酉丑・申子辰を以て禄とし、甲は巳酉丑を以て禄とす。これが「三会」なり。乙は則ち五期の災有り。乙が申子辰三会を以て禄とする命、大運官郷に走り、流年太歳また恰も三会の年なれば、本命の主本と彼此相生して禄馬に会合し、この年必ず官を升り禄を進む。反対に、若し太歳と本命八字および大運内外皆相合せず、大運また鬼旺の郷に落ち、五期の歳に赶上すれば、それは必ず災を出す。ここにまた所生の気の向背を精弁して断語を下すべし。

凶多吉少,類大過之初爻;福淺禍深,喻同人之九五。【此兩卦卦爻,以此人命四柱之中,三元內外元無貴氣者,更運背祿馬則為凶,可知矣。】

賦文に言う:凶多吉少の命は、《大過》卦の初爻にたとう。福浅禍深の命は、《同人》卦の九五にたとう。徐子平が注するに:賦文この二つの卦爻を借りて比方するは、人命四柱の中、三元内外本より貴気無く、行運また禄馬に背離すれば、それは凶なり。結果は想うに知るべし。《大過》一卦は本に棟梁彎折の象有り、初爻また全卦最下に居る。《同人》九五は終に同志と相遇すと雖も、先ず号啕痛哭と大軍苦戦を経歴せねばならず。両卦皆険難前に在り、福気単薄の意を取るなり。

聞喜不喜,是六甲之虧盈;當憂不憂,賴五行之救助。【如甲乙用庚辛為官印,乃為喜也。卻正月二月五月十一月生,雖見金而無官印。謂正月庚絕,二月受氣,五月金囚,十月金病,十一月金死。故曰:聞喜不喜。當憂不憂者,如甲人見庚,或甲在七煞之地,如年月日時中有乙或卯字,或甲春生,或三位內有丙丁火多助,不憂也。乙為合庚夫,庚親,甲為妻之兄也。若無乙有卯亦得。若十月十一月生,雖有丙丁亦不能為用,謂火無氣不能克金。若無乙字卯字,即用為憂也。其餘準此。】

賦文に言う:喜訊を聞きて却って喜ぶべからず。これは六甲盈虧消長の道理なり。本応に憂うべきも憂うるに足らず。それは五行の救助に頼るなり。徐子平が注するに:たとえば甲・乙は庚・辛を以て官印とす。本来は喜なり。然るに若し正月・二月・五月・十一月に生まれれば、縦使柱中に金を見るも官印を成さず。正月は庚絶し、二月にして気を受け、五月は金囚し、十月は金病し、十一月は金死するがゆえに、「喜を聞きて喜ばず」と曰う。いわゆる「当に憂うべしも憂えず」は、たとえば甲日の生まれが庚を見、あるいは甲が七殺の地に坐すとも、年月日時中に一つの乙字または卯字有り、あるいは甲が春に生まれ、あるいは三つの位置裡に丙・丁の火有りて殺を制するを助ければ、憂うるに及ばず。乙は庚を合する能く、是れ庚の配偶なり。庚はこれに由りて自家の親眷と成り、而して甲は乙に対して正に兄長なり。ゆえに妹夫は兄を害しに来らず。若し乙字無くして卯字有れば、同じく管用なり。然るに若し十月・十一月に生まれれば、縦に丙・丁有りも用に及ばず。火気無く、金を克動せられざればなり。若し乙字も無く卯字も無ければ、それは真に憂うべし。残りはこれに照らして準とすべし。

【假令六甲生人,以辛為官,三春九夏,庚辛囚休。雖見申酉之位並庚辛,而不成慶也。謂金囚故也。春生甲日則克妻,無財無妻,一生少病。三月生,則為財庫,夏生則有父母財,歲時有亥子,則為甲之生旺,有辰戌丑未為財帛,有申酉位,則好學。有始無終,更看運行逆順向背,如向遇鬼克,則橫發官資,運背則逢財擊運而不發。逢金亦不發官,謂金土元居休敗,故不獲福。】

さらに例を挙げて曰わく:甲を日干とする人は辛を取りて官とす。若し三春九夏に生まれれば、庚・辛は正に休囚に処り、縦使申・酉の位および庚・辛の透干を見るも、喜慶を成さず。金の囚を受くるがゆえなり。春生まれの甲日は妻を克す。財も無く妻も無く、ただ一生病少なし。三月生まれは財庫の上に坐す。夏生まれは父母の財を得る能し。年・時に若し亥・子有れば、それは甲の長生と旺地なり。辰・戌・丑・未有れば便ち財帛なり。申・酉の位有れば則ち学を好む。惜しむらくは始有りて終無し。このほかまた行運の順逆向背を見るべし。運向いて鬼の克するに遇えば、反って驟に官資を発する能し。運背ければ財の冲击に逢いて発せられず、金に遇うも照様に官を発せず。金土本より休敗の地に処るがゆえに、福を得ること能わざるなり。

【假令乙生人,以庚為官印,春夏生無官。正四月克庚最重。乙以土為財,春正二月,土死無財。三月為乙之財庫,有祖財。然申為學堂,亦有始無終,皆謂金休敗。又如乙見庚為官,雖歲時位內有庚金或有申酉之金,若見天元有丙則亦無官。此乃見庚而不用,乃聞喜不喜之謂也。乙若四月生,時居亥子或申子時水鄉,則卻有祿,謂四月是金之長生也。乃乙遇官之辰,生兼有水鄉,制其火而成慶,亦不清。如胡茂老,丁卯年,庚戌月,戊寅日,癸亥時。九月二十八生,八歲八個月退運,節氣極深。起運將年月日時節氣向背,乃上下三元匹配,有兩三奇,八字俱無一字閒,皆祿馬同鄉,不三臺而八座。以運臨乙巳,被當生癸亥沖擊,大運並刑,提綱罷權也。賦云:與生地之相逢,宜退身而避位。】

またたとえば乙日の生まれ、庚を以て官印とし、春・夏に生まるれば便ち官無し。正月と四月の庚を克する最も重し。乙は土を以て財とす。春の正・二月は土死す。ゆえに財無し。三月は乙の財庫にして、便ち祖上の財有り。申は乙の学堂なりと雖も、照様に始有りて終無し。皆金の休敗に処るに因る。さらに乙の庚を見るは本は官星なり。縦使年・時の位中に庚金有り、あるいは申・酉の金有るも、ただ天干に丙火透出して庚を克すれば、同じく官無し。これすなわち庚を見るも用い得ざる、正に「喜を聞きて喜ばず」の意なり。乙若し四月に生まれ、時辰また亥・子または申・子のごとき水郷に坐せば、反って禄有り。四月は金の長生にして、乙は正に官星の辰に遇う。加うるに水の巳中の火を制してその吉慶を成す有り。ただ清純ならざるのみ。たとえば胡茂老の一造:丁卯年・庚戌月・戊寅日・癸亥時、九月二十八日に生まれ、八歳八箇月にして運を起し、逆行し、節気極めて深し。運を起す時、年月日時の節気向背を合わせて見、上下三元彼此匹配し、両処の三奇を帯び、八字裡に一つの閑字も無く、全く禄馬同郷なり。縦使三台に入らずとも、当に八座の位に当たるべし。然るに運、乙巳に臨む時、原命の癸亥に冲击せられ、大運また之と相刑し、月令提綱権柄を失う。賦文後の「生地の相逢うや、宜しく身を退き位を避くべし」は、正にこの情形を指す。

八孤臨於五墓,戌未東行;六虛下於空亡,自干南首。【干在戌亥之間,假令甲子旬中,戌亥空亡也。戌未東行者,戌東行見丑,未東行見辰。如見生命內八字三元上下居於辰戌丑未內,人元被破而支虛,則一生孤立少骨肉,或為僧道,遊走入舍之命。其於福氣,可詳所稟之氣,察夫命向背言之為妙。】

賦文に言う:八孤の神、五墓の地に臨み、戌と未は東に向かいて推行すべし。六虚、空亡の下に落ち、乾位より南に起首す。徐子平が注するに:乾位は戌・亥の間に在り。たとえば甲子のこの旬、空亡はすなわち戌・亥の両位に落つ。いわゆる「戌未東行」は、戌の東に走りて丑に遇い、未の東に走りて辰に遇うなり。若し原命八字の三元上下皆辰・戌・丑・未の内に落ち、支中に蔵する人元また冲破せられれば、地支は便ち虚位と成り、それは一生孤立・親人稀少、あるいは出家して僧道と為り、あるいは漂泊して別家に寄居する命なり。福気の厚薄に至りては、なおその禀する所の気を細看し、本命の向背を考察して断語を下せば乃ち善し。

天元一氣,定侯伯之遷榮;支作人元,運商徒而得失。【天元者,十干也。支者,十二支也。定侯伯之遷榮者,將為主,天元配其人元而定其吉凶貴賤也。支作人元者,令好事者,八字內外五行作為也。運商徒而得失,看見支下有財無財,賦意令看命者,先看其有官印高低,有者次看財命如何,有財則得財,無財則失財。如得大運,即將為主,天元循環而推之。每交一運,先看運下有何吉凶,次看運命八字,無有何吉凶。元有官則發官,元有財則發財,有災則發災。若當生年氣深,則迎運前發其災福。中氣則主中停,如氣淺,則所居欲交前運而方發災福。更看逐年太歲如何。賦云:根在苗先,實從花後。宜消息之。】

賦文に言う:天元自ら一気を成し、以て侯伯の位の升遷栄顕を定出すべし。地支、人元と為すは、則ち商賈の流の得失盈虧を推出すべし。徐子平が注するに:「天元」はすなわち十の天干、「支」はすなわち十二地支なり。いわゆる「侯伯の遷栄を定む」は、日干を以て主とし、天干を用いて地支の蔵する人元に配し、従りて吉凶貴賎を定出す。いわゆる「支人元を作す」は、この道に留心する者が八字内外の五行を拿来して細かに推求するを要す。いわゆる「商徒を運らし得失す」は、地支の下に財有るか財無きかを看るなり。賦文の用意は、看命の人に先ず官印の有無・官印の高低を見せ、官印有るの後、再び財命如何を見せんとするに在り。財有れば財を得、財無ければ財を失う。大運を推するに至りては、なお日干を以て主とし、天干の循環に順いて推す。毎に一步の運に交わるに、先ず運支の下に何の吉凶有るかを見、再びこの步運と八字相配せし後に何の吉凶有るかを見る。原命に官有れば官を発し、財有れば財を発し、災有れば災を出す。若し出生の時年の内に節気深ければ、便ち交運の先に提前して災福を応出す。若し中気に在れば、則ちこの步運の中段に応ず。若し節気浅ければ、則ち次の步運に交わらんとするを待ちて乃ち災福を発す。このほかまた逐年太歳如何を見るべし。賦文に「根は苗先に在り、実は花後に従う」と曰うは、正にこれに拠りて細々と斟酌すべし。

The original text is in the public domain. The Japanese is a machine-assisted translation of this library’s own Chinese paraphrase, checked against a fixed glossary so that technical terms match the definitions used elsewhere on this site. It is a reading aid and does not replace the original.