歳運神煞・宅墓喪吊
作盤ガイド: 八字作盤
值病憂病,逢生得生;旺相崢嶸,休囚滅絕;論其眷屬,憂其死絕。【如壬寅人要丙丁為妻財,戊己為官印,庚為壬之母,乙為壬之子。又如大運到火旺處,父旺。庚旺處,母旺。若運在衰病處,逐類而言之。若運到墓絕之上,更逢七煞並者,是乃危疑而凶也。】
賦文に言う:病地に碰上すれば当に病を憂うべし、生地に逢着すれば便ち生を得る能し。旺相の時は気象峥嵘、休囚の時は便ち滅絶に帰す。六親眷属を論ずるに至りては、最も怕れるはそれらの死・絶の地に落ちるなり。徐子平が注するに:たとえば壬寅日の生まれ、丙・丁を以て妻財とし、戊・己を以て官印とし、庚を以て壬の母と為し、乙を以て壬の子女と為す。大運若し火旺の処に走り至れば、父星の旺を主る。庚旺の処に走り至れば、母星の旺を主る。若し運衰・病の地に落ちれば、便ち各自の属する六親に按じて逐一推するべし。倘若運墓・絶の上に至り、また七殺の一并に臨来するに碰上せば、それは危疑にして凶なり。
墓在鬼中,危疑者甚;足下臨喪,面前可見。【庫絕位逢鬼,或流年歲命前後一辰也。若人生時辰生日犯之,則主早克父母也。乃有生離遠地。或生日生時之干來克太歲下者,尤凶。面前可見者,言其為凶運。】
賦文に言う:墓庫、官鬼の中に落つれば、危疑最も深重なり。脚下便ち喪事に臨み、眼前即刻に見ゆべし。徐子平が注するに:これは庫・絶の位の上にまた官鬼に逢い、あるいは流年と本命と前後一辰の位置の上に落つるを指す。若し人の生時・生日これに犯上すれば、早年にして父母を克し、あるいは父母と生離して他郷に遠隔するを主る。若し生日・生時の天干また去りて太歳の下の字を克すれば、則ち更に凶なり。いわゆる「面前見ゆべし」は、これは眼前即刻に応験せんとするの凶運を説く。
憑陰察其陽禍,歲星莫犯於孤辰;恃陽鑑以陰災,天年忌逢於寡宿。【陰以陽為對,陽以陰為耦。如說陽卦多陰,陰卦多陽,其理一也。既知其陰,則陽亦可知也。陰既得時而有立,則陽禍可知矣。故曰:憑陰察其陽禍也。歲星者,太歲也,不可在孤神之上。假令寅卯辰人,遇太歲在巳上是也。寅人勾絞,卯人喪吊,辰人謂之控神殺,又謂之邀神煞,主阻礙抑塞。天年者,亦太歲也,不可在寡宿之上。又如寅卯辰人,遇太歲在丑是也,辰人勾絞,卯人喪吊,寅人謂之窺神煞,又謂迫神煞,主人窺竊逼迫陷害。其或三元刑戰,歲運不和,或是五行財祿為害之年,則尤為凶甚。】
賦文に言う:陰の一面に凭りて陽の禍患を察看すれば、太歳は孤辰に犯到るべからず。陽の一面に靠りて陰の災殃を鑑別すれば、天年の数は寡宿に落つるを忌諱す。徐子平が注するに:陰は陽を以て対と為し、陽は陰を以て偶と為す。正に《周易》のいう陽卦多く陰・陰卦多く陽のごとく、道理は一様なり。すでに陰の一面を知れば、陽の一面も亦推出する能し。陰既に時を得て站住せば、陽の禍患も亦想い知るべし。ゆえに「陰に凭りてその陽禍を察す」と曰う。「歳星」はすなわち太歳なり。孤神の上に落つべからず。たとえば寅・卯・辰年の生まれ、太歳の巳に在るに遇えば、便ち此の例なり。寅年の生まれに対しては勾絞、卯年の生まれに対しては喪吊、辰年の生まれに対しては則ち控神煞と曰い、また邀神煞と曰い、事事阻礙壅塞を主る。「天年」も亦是れ太歳を指す。寡宿の上に落つべからず。同じく寅・卯・辰年の生まれ、太歳の丑に在るに遇えば便ち:辰年の生まれに対しては勾絞、卯年の生まれに対しては喪吊、寅年の生まれに対しては則ち窺神煞と曰い、また迫神煞と曰い、人に窺伺窃奪・逼迫陥害せらるるを主る。若し再び三元彼此刑戦・歳運不和に赶上し、あるいは正に五行財禄の受害の年に当たれば、則ち尤其も凶険なり。
先論二氣,次課延生。父病推其子祿,妻災課以夫年。【二氣者,陰陽也。延生者,命運也。分別陰陽,既分命運,自然響應。父病推其子祿,妻災課以夫年。亦是明陰陽進退之象也。假令,庚辰人十月生,庚金病在亥,是父母病也。庚生壬為子,壬祿在亥,是子有祿也。妻災課以夫年者,庚以乙為妻,大運到巳,乙木敗於巳,是妻災也。而庚金復得延年,是妻災課以夫年,此大概之論也。假令丙戌日生人,下取辛為妻年,辛生癸為子,卻行亥子運,丙到亥子則衰病,而癸祿厚也。如壬癸日生人,行亥子運,則父母災病,或丁憂也。又丙以辛為妻,運行寅卯,辛金絕於寅卯,則妻災也。卻丙火逢生,是夫卻得延年也。如丙丁日生,運行寅卯者,則災或喪偶也,其餘準此。】
賦文に言う:先ず陰陽二気を論じ、其次に命運の延続を推算す。父に病有れば、彼の兒子の禄の上より推すべし。妻に災有れば、丈夫の年運の上より課すべし。徐子平が注するに:「二気」はすなわち陰陽、「延生」はすなわち命運なり。先ず陰陽を分清し、再び命運を分清せば、自然彼此呼応す。「父病はその子禄を推し、妻災は夫年を以て課す」も、亦陰陽進退の道理を申明するに在り。たとえば庚辰日の生まれ、十月に生まれれば、庚金は亥に於て病す。これは父母に病有るなり。而して庚の生ずる所の壬は正に子、壬の禄は恰も亥に在り。これすなわち兒子禄有るなり。いわゆる妻災夫年を以て課す:庚は乙を以て妻とす。大運巳に走り至れば、乙木巳に於て敗す。これは妻に災有るなり。而して庚金は巳に至りて反って長生に逢い延生を得。ゆえに妻子の災は丈夫の年運の上より課出すと曰う。これは大略の説法なり。またたとえば丙戌日の生まれ、日支の下、辛を取りて妻と為し、辛の生ずる所の癸を子と為す。若し亥・子運を行けば、丙は亥・子に至りて便ち衰し便ち病す。而して癸の禄は却って厚し。さらにたとえば壬・癸日の生まれ、亥・子運を行けば、父母に災病有り、あるいは喪親の憂に遭遇するを主る。またたとえば丙は辛を以て妻とす。運寅・卯を走れば、辛金寅・卯に於て絶す。これは妻に災有るなり。而して丙火は寅に於て長生に逢う。丈夫と為るは反って延年す。ゆえに丙・丁日の生まれ、寅・卯運を行くは、往々にして災有り、あるいは配偶を喪す。残りはこれに照らして準とすべし。
三宮元吉,禍遲可以延推;始末皆凶,災忽來而迅速。【前論陰陽之始終,此說人命有吉凶。如命內天元、人元、支元,內外歲月時中值貴祿,不居休敗,或值行年太歲運同乖危之地,雖是凶運,然亦可推禍以遲延也。夫何故?以根基主本,三元元吉。故也。若三元內外,雖有祿馬貴陽市氣,卻八字中沖刑破害,不唯有貴而不貴,又終為凶人之命也。如遇吉運,則防因福生禍,則災忽來而迅速,故也。】
賦文に言う:三宮本元原本吉利の者は、禍の来ること慢く、以て後に推延すべし。頭より尾に至るまで皆凶なるは、災禍忽然而至り、来勢迅速なり。徐子平が注するに:前面は陰陽の始終を講じ、ここは人命の吉凶を説く。若し命裡の天元・人元・支元および内外年・月・時中皆貴と禄に逢着し、休・敗の地に落ちざれば、則ち縦使流年太歳と大運と一同に乖違危険の処に在るに碰上すも、凶運なりと雖も、亦以て禍事を推し得て遅緩ならしむべし。何を以ての故にや。根基主本のこの三元原本吉利なるがゆえなり。反対に、三元内外禄馬貴気有ると雖も、八字の中彼此冲・刑・破・害すれば、則ち不但貴にして貴ならず、最終には仍ほ凶人の命なり。この種の人は縦使吉運に遇上すも、福に因りて禍を生ずるを防ぐべし。災禍忽然而来り、速きこと措不及防し。
宅墓受煞,落梁塵以呻吟;喪吊臨人,變宮商為薤露。【歲命前後五辰為宅墓,人生日時與歲運不宜,逢之受煞也。如見丙丁是騰蛇,見戊己是勾陳,見庚辛是白虎,見壬癸即是玄武,見甲乙即是青龍。看類而言之。故云:受煞。凡遇此者,皆主家宅陰小財畜不和。歲命前後二辰為喪吊,如人歲運日時犯之,主孝服哭泣,輕者外服遠親,不利家宅,骨肉離異。】
賦文に言う:宅墓、凶煞を受ければ、屋梁塵を落し卧床呻吟す。喪吊の神、身に臨めば、歓楽の宮商の音便ち送葬の《薤露》哀歌と変ず。徐子平が注するに:本命前後各々第五の辰位を「宅墓」と曰う。人の生日・生時と歳運とは皆之に碰上するを宜しとせず。碰上すれば便ち煞を受くるなり。見る所若し丙・丁ならば便ち騰蛇に属し、戊・己ならば便ち勾陳に属し、庚・辛ならば便ち白虎に属し、壬・癸ならば便ち玄武に属し、甲・乙ならば便ち青龍に属す。各々その類に按じて分辨す。ゆえに「煞を受く」と曰う。およそこれらに遇上すれば、皆家宅の内、婦孺安寧せず、財物牲畜順ならざるを主る。本命前後各々第二の辰位を「喪吊」と曰う。人の歳・運・日・時若し之に犯上すれば、孝服を穿く・哭泣の事有るを主る。軽きは外姓遠親の為に服喪するなり。亦家宅不利・骨肉離散を主る。
干支推折・下元守限
干推兩重,防災於元首之間;支折三輕,慎禍於股肱之內。下元一氣,周居去住之期。【假令壬寅人逢戊為太歲,戊為月建者,兩戊克壬,則為干推兩重。遇之者為元首頭目之災,輕者為股肱之患也,此論未祥。此賦意論三元動靜之理,物我輕重之別,四時變通之義。如壬寅人,壬為天元,為首,為尊長,見戊謂之七煞。如遇戊為太歲,為尊長,太歲則大人尊長之事,是以太歲為尊,月建為卑也。此謂支干推也,推則有剛柔相推之義。兩重者,視壬與戊兩干勢孰重,戊重則克壬,防有尊長不喜,不利見大人。壬重見戊,不我克,唯人事而已,或頭目作疾,此太歲之事也。與月建相剋者輕,戊重則僚友不和,壬重則小人為害,或腰膝作疾,更月支下三合,如或有救,則為災輕也。】
賦文に言う:天干の上、両重相推するは、頭面の間の災病を防ぐべし。地支の上、三方軽折するは、四肢の内の禍患を謹慎すべし。下元自ら一気を成し、循環往復して各々その去留の期を守る。徐子平が注するに:たとえば壬寅日の生まれ、戊に遇いて太歳と為し、また戊に遇いて月建と為せば、二つの戊一斉に壬を克す。これすなわち「干の推すこと両重」なり。遇上する人、頭面の災を主り、軽きは則ち四肢の患なり。この一層、前人未だ曽て詳論せず。この篇の賦の用意は、三元動静の理・物我軽重の別・四時変通の義を講ずるに在り。壬寅日の生まれに就いて言えば、壬は天元、頭首と為り、尊長と為る。戊を見れば便ち七殺なり。若し戊、太歳の上に出現せば、太歳本は大人尊長の事を主る。ゆえに太歳を以て尊と為し、月建を以て卑と為す。これを支干相推と曰う。「推」は剛柔互いに推すの意を含む。いわゆる「両重」は、壬と戊の二つの天干、いずれの一方の勢力が更に重きかを看るなり。戊重ければ則ち壬を克し、尊長の己を喜ばざるを防ぎ、大人に見ゆるに宜しからず。壬重ければ則ち戊、我を克動せず。不過これらの人事糾葛、あるいは頭面の生病するのみ。これは太歳の一層の事なり。若し月建と相克せば、分量便ち軽し。戊重ければ則ち同僚朋友不和、壬重ければ則ち小人有りて害を為し、あるいは腰膝の生病す。再び月支の下に三合の有無を看るべし。若し別に救応有れば、災便ち軽し。
【折有變義,故云:支折三輕,慎禍於股肱之內。此月建之事也。上文論干祿支命,天元十干常動,地元十二支常靜。復言下元一氣者,支也。以壬為天元,如四柱別有丁,或有己,則壬應而合之,或為官印,或為財帛,是干未常不動也。支者雖遇巳時,周流往還變易,而支未常不靜也。周者,循環也。居者,安居也。期者,如限之期。去住者,氣也。此言四時周流循環,無有始終,無有窮極,而下元之辰,未嘗不善守其限也。只可以三合取之,或干克太歲者,看兩干勢力輕重而言之,或為尊長頭目之災,或在僚友左右之嫉,此與輕重較量不殊。】
「折」は変の意を含む。ゆえに「支の折ること三軽く、股肱の内に禍を慎む」と曰う。これは月建の一層の事なり。上文に天干を以て禄と為し、地支を以て命と為すを講じたり。天元十干常に動き、地元十二支常に静なり。ここにまた「下元一気」と曰うは、正に地支を指す。壬を以て天元と為せば、若し四柱中に別に丁有り、あるいは別に己有れば、壬便ち之に応じて之と相合し、あるいは官印を成し、あるいは財帛を成す。天干未だ嘗て動かざらざるを見るべし。地支縦使巳時の類に遇上すも、周流往還・変化已まずと雖も、而して地支本身は未だ嘗て静ならざらざるなり。「周」は循環、「居」は安居、「期」は限期のごとき期限、「去住」は気を指す。これは四時周流循環し、開頭も無く終結も無く窮尽も無し。而して下元のこれらの地支、各々自己の限度を善守せざる無しを説く。推断の時、ただ三合を用いて取るべし。若し天干去りて太歳を克せば、便ち二つの天干の勢力の軽重を看て断ずべし。あるいは尊長と頭面の災を主り、あるいは同僚左右の嫉恨を主る。これは上面の軽重を比較するの道理と並に分別無し。
仁而不仁,慮傷伐於戊己。至於寢食侍衛,物有鬼物,人有鬼人,逢之為災,去之為福。【仁者是甲乙木也,在五常為仁。今反言不仁者,以其克伐乎土也。如甲見己則為仁,乙見戊則為仁,以其陰陽造化,萬物代之以為生也。若甲見戊,乙見己,偏陰偏陽,萬物危脆,則五行為不仁也。賦中引甲乙戊己為例,其餘五行則可以例求焉。侍衛者,是人養生之至近也。又云,寢食者,則又近。侍衛者至親也,寢食奉養也,此二者慎不可輕忽也。】
賦文に言う:本は仁にして又た不仁。それ戊・己を傷伐するを慮慮すべし。飲食起居と身辺侍従に至りては、物裡に祟りを為す物有り、人裡に祟りを為す人有り。遇えば便ち災、去れば便ち福なり。徐子平が注するに:いわゆる「仁」は、甲・乙の木を指し、五常の中に於て仁を主る。いま反ってそれ不仁と説くは、それ土を克伐せんとするがゆえなり。たとえば甲の己を見るは仁、乙の戊を見るも亦是れ仁。一陰一陽、造化相合し、万物これに由りて更迭して生ずるがゆえなり。若し甲の戊を見、乙の己を見るは、偏陰偏陽にして、万物便ち危殆脆弱。それは五行不仁と算す。賦文、甲乙と戊己とを挙げて例と為す。残りの五行はこれに照らして類推すべし。いわゆる「侍衛」は、人の養生起居最も身に貼くそれらの人なり。「寝食」に至りては、則ち更に貼近し。侍衛は最も親近の人、寝食は日常の奉養。この両様は皆謹慎を要し、万に軽忽すべからず。
【夫物中有鬼物,人中有鬼人者,言吉凶之變遷,及遠近速之甚也。以看命言之,且如六戊日生人,用乙為官印,六己日生人,用甲為官印,木與土比和,陰與陽唱和,則為仁也。如戊見甲,己見乙,則仁而不仁也。又如戊見甲為不仁,或歲月時中見庚辛,則為仁矣,或見己亦為仁矣。且戊見甲亦為仁者,謂甲己合,己侍衛甲也。見庚則為仁者,謂戊食庚者,逢之為災,則是戊不逢庚,己被甲來剋制,與七煞同論。去之為福者,如戊見甲,則歲月時中有庚,戊己求救助,則為福也,餘仿此。】
いわゆる物裡に祟りを為す物有り、人裡に祟りを為す人有りとは、吉凶の変遷往々にして身辺に就近く、而且来ること極めて速しを説く。看命を用いて講ずれば:たとえば戊日の生まれは乙を以て官印とし、己日の生まれは甲を以て官印とす。木と土と比和し、陰と陽と唱和す。これ便ち仁なり。若し戊の甲を見、己の乙を見れば、それは仁にして不仁なり。またたとえば戊の甲を見るは本は不仁に属す。但し年・月・時中に若し庚・辛を見て甲を制せば、便ち仁に転成す。若し己を見て甲を合せば、亦仁に転成す。ゆえに戊の甲を見るも仁と算する能くと曰うは、甲と己と相合し、己が旁に在りて甲を侍衛するに因る。庚を見るを仁と説くは、戊は庚を生ずる能く而して庚は甲を制する能くするに因る。「これに逢えば災と為る」に至りては、戊偏えに庚に遇上せず、己また甲に克制せらるるを指し、則ち七殺と同論なり。いわゆる「これを去れば福と為る」は、戊の甲を見る時、年・月・時中に恰も庚有り、戊・己救助を得れば、それは便ち福なりを説く。残りはこれに照らして類推すべし。
就中裸形夾煞,魄往豐都;所犯有傷,魂歸岱嶺。【裸形者,五行淋浴也。如人本音淋浴,大運逢之者災,水土人運在酉,木人運在子,火人運在卯,金人運在午。鬼谷子謂之波浪限也。夾煞者,元辰七煞也。如人運在淋浴之上,與太歲並者災重,可當生歲時,元有傷犯之辰,則魂歸岱嶺,魄往豐都,此至凶名也。】
賦文に言う:その中、若し裸形に遇いまた凶煞を夾せば、魄は将に豊都に往かんとす。犯す所已に受傷すれば、魂は将に岱嶺に帰せんとす。徐子平が注するに:「裸形」はすなわち五行の沐浴の地なり。若し人の本命納音正に沐浴に処り、大運再び之に逢上せば便ち災有り。水命・土命の人は運酉に在り、木命の人は運子に在り、火命の人は運卯に在り、金命の人は運午に在る。鬼谷子これを「波浪限」と曰う。「夾煞」はすなわち元辰と七殺なり。若し人の大運正に沐浴の上に在り、また太歳と并臨せば、災便ち重し。倘若当生年・時原本傷犯の辰を帯びれば、便ち魂岱嶺に帰り魄豊都に往く。岱嶺は泰山を指し、豊都は酆都を指す。古人皆幽冥の主治する所と以為す。ゆえにこれは最凶の名目なり。
或乃行來出入,抵犯凶方,嫁娶修營,路登黃黑。【出入者,言運出運入之異也。如壬癸日生人,運行在戌,為土火之聚,則為吉運。運交亥,亥為火之絕,此為凶運,乃是行來出入,抵犯凶方。我克者為之妻財,妻財在旺鄉,則為之娶。克我者為官鬼,又為天官,吉在長生財旺之地。賦意總說,要扶同五行,體用陰陽,或運來克命,而為官貴之鄉,日克運宮乃是發財之地。皆以生月起建,陽男陰女,則順。陰男,陽女,則逆。如運到黃道,凡百皆利;運至黑道,凡百抑塞。凡人行為動作,進退向背,莫不本乎陰陽,體合運氣吉凶,俱不能逃也。故云:嫁娶修營,路登黃黑。】
賦文に言う:時に来往出入、凶方を触犯すれば、ここに嫁娶婚配・修造営建、行く所の路便ち黄道と黒道とに分出す。徐子平が注するに:いわゆる「出入」は、この一步運を走出してあの一步運に進入するの差別を指す。たとえば壬・癸日の生まれ、運戌に行在すれば、戌は土と火の聚会する処、正に吉運なり。一たび亥に交進せば、亥は火の絶地、便ち凶運を成す。これ便ち来往出入して凶方を触犯するなり。我の克する所は妻財なり。妻財、旺郷に処れば、便ち嫁娶に宜し。我を克するは官鬼、すなわち天官の星なり。その吉処は長生と財旺の地に在り。賦文の総の意は、五行彼此扶同し、体と用と陰陽相配せよとするに在り。時に大運来たりて本命を克すれば、反って官貴の郷と成り、日主去りて運宮を克せば、それは便ち財を発するの地なり。これら皆生月より月建を起し、陽年男命と陰年女命は順行し、陰年男命と陽年女命は逆行す。運、黄道を走れば、諸事皆利あらん。運、黒道を走れば、諸事壅塞せん。およそ人の行為挙止・進退向背、陰陽に本づかざる無く、運気の吉凶と相合す。誰も逃出する能わず。ゆえに「嫁娶修営、路黄黒に登る」と曰う。
災福在歲年之位內,發覺由日時之擊揚。五神相剋,三生定命。每見貴人食祿,無非祿馬之鄉。源濁伏呤,惆悵歇宮之地。【凡說歲中休祥,專責日時與太歲相剋、刑害、沖破言之。生日為妻,時為子。日時與太歲和合及財官有用無諸壞者,依事類而言之。如太歲與日時相刑,或六合、三合中有元辰七煞者,凶。亦會類而言之。故下文云:不過是五神相剋,三生定命也。每見貴人食祿,無非祿馬之鄉。源濁伏呤,惆悵歇宮之地。上卷有例。】
賦文に言う:災と福とは便ち流年太歳の位次の内に蔵す。而してそれらの顕発は、則ち日柱・時柱の撃揚に由りて見出す。五神彼此相克し、三生の数、命運を定下す。常に貴人食禄を得享するを見れば、一つとして禄馬の郷に出でざる無し。源頭渾濁にしてまた伏呤に逢うは、ただ歇官の地に徒らに惆悵するのみ。徐子平が注するに:およそ一年の中の休咎を講ずるは、専ら日・時と太歳との間の相克・刑害・冲破を責成して立論す。生日は妻を主り、生時は子を主る。日・時と太歳と和合し、財・官有用にして種種の破壊無ければ、便ち各類の事情に按じて分別推斷す。若し太歳と日・時と相刑し、あるいは六合・三合の中に元辰七殺を帯びれば、則ち凶なり。亦帰類して論ずべし。ゆえに下文に曰わく、総じて五神相克・三生定命に過ぎず、と。「毎に貴人の食禄を見れば、非ざる無し禄馬の郷なり。源濁伏呤、歇宮の地に惆悵す」のこの二句に至りては、上巻に已に例を挙げたり。
狂橫起於勾絞,禍幾發於元亡。宅墓同處,恐少樂而多憂。萬里回還,乃是三歸之地。【歲命前三辰為勾,後三辰為絞,不可在元命日時二運之上,遇之者主非災橫禍,更或與元辰七煞並者,尤凶。歲命前後五辰為宅墓,如戊子生,遇辛未太歲者,是也。亦須未字,日上及時上本有,或大運同宮者,則重。凡遇此者不利,陰小家宅也。此言大運在十二辰之間,順逆迴環在三元本祿本財終須之地,遇此者則為憂,安之福厚,更晚年遇財祿歸聚之處,則尤有所長也,根本元無者,無所長也。】
賦文に言う:狂妄横逆の禍は勾絞より起こり、災禍の苗头は元辰空亡に発す。宅と墓と同一の地に処るは、ただ歓楽少なくして憂愁多きを恐る。万里を行きて後、回還するは、すなわち三帰の地なり。徐子平が注するに:本命前三辰を「勾」と為し、後三辰を「絞」と為す。皆原命の日・時および大運小運の上に落つべからず。遇上すれば意外の災・飛来横禍を主る。若し再び元辰・七殺と并臨せば、則ち更に凶なり。本命前後各々第五辰を「宅墓」と為す。たとえば戊子年の生まれ、辛未太歳に遇えば便ち是れなり。但しなお日上・時上に本来未の字有り、あるいは大運恰も同一の宮に在るを須ちて、分量して乃ち重し。およそこれらに遇上すれば皆吉利ならず。家中の婦孺と宅舎の安寧ならざるを主る。ここに説く所は、大運の十二辰の間に順行逆行し、循環往復し、最終には仍ほ三元の本禄本財の帰する所の地に回帰せんとするなり。それに遇上すれば便ち憂を生じ、若し能くその中に安処せば、福気却って深厚なり。若し晚年また財禄帰聚の処に遇えば、則ち更に成就する所有らん。原命の根本にこれらの物無きに至りては、亦何の成就かを談ずるに及ばず。
四煞之父,多生五鬼之男;六害之徒,命有七傷之事。【辰戌丑未為四方之末季,為五行之庫墓。言辰戌丑未中,藏納五行死墓之氣,如人運限逢之,生幽憂之疾,淹延之厄。如父子之相承,卒難不能救解。破命者謂之害,如人運限逢之,皆主眷屬難合,人情反覆,或更六害中逢七煞克我者凶。】
賦文に言う:四煞は父に比するごとく、多くは五鬼のごとき兒子を生出し、六害に犯る人は、命裡便ち七傷の事有り。徐子平が注するに:辰・戌・丑・未は四方各季の末月にして、五行の庫墓なり。この四つの字の裡に五行の死墓の気を蔵納し、人の運限一たびそれに逢上すれば、便ち鬱結して愈え難き病・纏綿して去らざる厄を生出し、父子相承のごとく接続断えず、倉促の間に解救し難し。およそ本命を破壊するを「害」と曰う。人の運限それに逢えば、皆家人眷属和睦し難く、人情反覆常無きを主る。若し六害の中また七殺の来たりて我を克するに逢えば、則ち更に凶なり。
眷屬情同水火,相逢於淋浴之鄉;骨肉中道分離,孤宿尤嫌隔角。【水陰火陽,相合而為既濟,相資而為仇讎,言其反覆多變。或情通自乖而反合,或情變自合而反乖,故曰:情同水火也。義欲和而同、久而遠者,必須在五行淋浴之時。五行休敗,如人情處患難之時,未有不情同者也。以看命言之,如丙寅丁卯,貴在豬雞,壬戌癸亥,貴於兔蛇。此無它,大率五行貴在於衰敗之中,人情要處乎淡泊之際也。凡命運隔角者,主中道骨肉離異之事。隔者,如卯日丑時,丑日卯時。鬼谷子曰:枉多隔角。餘可例求焉。丑者北方之氣也,卯者東方之氣也,其趣不同,遇之者中道分離也。嫌疑孤神者,煞也。遇多孤立而未嫌,甚言隔角之重也。】
賦文に言う:家人眷属の情は水火のごとし。一たび沐浴の郷に到りて相逢えば便ち分晓を見る。骨肉中途分離するは、孤辰寡宿の外に尤其も隔角を忌諱す。徐子平が注するに:水は陰に属し火は陽に属す。相合すれば便ち既済を成し、相争えば便ち仇讐を成す。その反覆多変なるを見るべし。時に本来乖違にして却って合起す有り、時に本来相合にして却って乖違する有り。ゆえに「情水火に同じ」と曰う。情義を和洽にして長久深遠ならしめんと欲せば、必ず五行沐浴の時に真章を見ることを得べし。五行、休敗に処れば、便ち人の患難の中に処るに同じく、あの時にしてなお同心能くするは乃ち真情なり。看命を用いて講ずれば、丙寅・丁卯の貴人は亥(猪)と酉(鶏)に在り、壬戌・癸亥の貴人は卯(兎)と巳(蛇)に在り。これ他の道理無く、大抵五行の貴気は正に衰敗の中に蔵し、人の情誼も亦淡泊の際に到りて乃ち見出すを得。およそ命と運と「隔角」に犯るは、中途骨肉離散を主る。いわゆる隔角は、卯日に丑時を配し、丑日に卯時を配するがごとし。鬼谷子に「枉多く隔角」と曰う。残りは類推すべし。丑は北方の気、卯は東方の気、趣向同じからず。遇えば便ち中途分離を主る。孤神に至りては、本も亦是れ煞なり。遇うこと多ければ固より孤立を主るも、却ってなお太だ嫌うべきと算せず。これは極言して隔角の重きなり。
神煞軽重・八卦河洛
須要明其神煞,較重較量。身克煞而尚輕,煞克身而尤重。【神煞者,官印祿馬貴賤之別名也。如前說,上克下則不貴,下克上即貴,意義不殊。煞克身者,是官來克我者,是下克上者也。如身克煞,是我克官,即不貴也。故賦曰:須要明其神煞。神譬官印,煞比財帛。但官財是克我,則為之煞克身,我克官財,則為之身克煞。此明貴賤之本也,更祥其輕重量而言之。】
賦文に言う:必ず命中の神と煞とを辨明し、仔細に分量の軽重を比較すべし。日主去りて煞を克するは分量なお軽く、煞来たりて日主を克するは分量尤も重し。徐子平が注するに:いわゆる神煞は、其の実は官・印・禄・馬のこれら貴賤を判定するの別名なり。前面に説くがごとく、上が下を克すれば則ち貴からず、下が上を克すれば則ち貴なり。意思は並び両様無し。「煞が身を克す」は、官星来たりて我を克す、下が上を克するに属す。「身が煞を克す」は、我去りて官を克す。それは便ち貴からず。ゆえに賦文に必ず神煞を辨明すべしと曰う。「神」は官印に比作し、「煞」は財帛に比作す。およそ官と財と来たりて我を克するを、便ち煞が身を克すと曰い、我去りて官と財とを克するを、便ち身が煞を克すと曰う。これは貴賤を分判するの根本なり。なお再び双方の分量の軽重を詳辨し、然る後に立論することを須す。
至於循環八卦,因河洛以遺文。略之定為一端,究之翻成萬緒。【易曰:河出圖,洛出書,聖人則之以教後世。循環於四時之中,布八卦於四維之內,而成一歲之功。亙古窮今,無有終窮者,道也。道分為陰陽,而人處乎其中,則吉凶悔吝存焉。是以動靜屈伸,體天法地,莫不由乎命也。故下文云一端者,道降而為一也,二三數六,又三而成九,又九九而成八十一數,自此以後,繞繞萬緒,莫能紀極。以看命言之,不過五神相剋,三生定命,一也。其氣有淺深者,運有向背,福有厚薄,壽有長短,要後人深求之,則得古人之妙也。】
賦文に言う:八卦の循環に至りては、河図洛書に因りて留るる所の文字なり。簡略に説けばただ一端、深究すれば却って万端の頭緒を翻出す。徐子平が注するに:《周易・繫辭》に「河図を出し、洛書を出し、聖人これに則る」と曰う。聖人、法をそれに取りて後世を教化す。八卦、四時の中に循環し、四維の内に布列し、一年の功用を合わせ成す。亘古より今に至るまで窮尽無きは、すなわち道なり。道は陰陽に分かれ、人は陰陽の中に処る。ここに於て吉・凶・悔・吝便ち皆存す。ゆえに人の動静屈伸は、天地に効法し、命に由りて定められざるは無し。下文に説く所の「一端」は、すなわち道降りて一と為り、一が二に分かれ二が三に分かれ、三と二と相乗じて六を得、再び三を乗じて九と為り、九九相乗じてまた八十一数を成し、これより下は纏繞して万端の頭緒を成し、窮尽する無し。看命を用いて講ずれば、亦不過は五神相克・三生定命のこの一条のみ。気に深浅有り、運に向背有り、福に厚薄有り、寿に長短有るに至りては、後人の深入求索するに頼りて、乃ち古人の妙処を得るを得べし。
攀鞍践禄・四八之期
若值攀鞍踐祿者,自之則佩印乘軒。馬劣財微,遇之則流而不返。【攀鞍踐祿者,乃貴人之美稱也。馬劣財微者,乃眾人所惡也。凡人鎡基歲月帶祿者,日時得地,運順祿而向官鄉,則佩印乘軒,固不難矣。此言根本元有官祿,運更向而不背者也。馬劣財微者,其財必微,言人命歲月本無祖財及無父母財,雖日時得地,後運遇財絕之鄉,即財帛散,如水東流,往而不返,此明根本元無者也。】
賦文に言う:若し攀鞍践禄の格局に碰上せば、自然佩印乗軒するを得る能し。若し馬劣財微ならば、一たび遇上すれば便ち流水の東に去るがごとく、一去して返らず。徐子平が注するに:「攀鞍践禄」は貴人を称美するの説法、「馬劣財微」は則ち衆人の悪忌する所なり。およそ人の根基、年・月の上に禄を帯び、日・時また地を得、行運禄に順い官郷に向かえば、則ち佩印乗軒本来難からず。これは原命の根本の上に官禄有り、行運また向かい背かざる人を説く。馬劣財微に至りては、彼の財必定単薄なり。これは人命の年・月本来祖上の財無く、亦父母の財無きを説く。縦使日・時地を得ても、後運一たび財絶の郷に遇えば、財帛便ち散じて流水の東に向かうがごとく、往きて返らず。これは原命の根本の上に便ち無き人を説く。
占除望拜,甲午以四八為期;口舌文書,己亥慎三十有二。【前文說有祿者吉,無財者凶。此說元無祿者,遇有財祿運,則崇遷而榮。無官者,遇鬼則退職也。如甲午人,下有丁己。甲以己為財,而無官印。占除望拜,四八為期者,四月為金長生,甲以金為官印,四月是官長生,八月是金帝旺。如甲乙日生人,或問食祿在幾時,須言在四月、八月為食祿之期也。口舌文書,己亥慎三十有二者,言己亥日生人,亥中有甲木長生,元有官祿也,或運行巳或到酉者,則為口舌文書。口舌見訟事,文書則口章。己用甲為官印,巳上木病,酉上木絕。三十二者,亦四八之數也。此言戊己日生人,如遇巳或到酉運,則宜退身而避位也。】
賦文に言う:官を授け職を拝せられんを盼ぐは、甲午日の生まれ、四月・八月を以て期と為す。口舌と文書の累とを防がんと欲するは、己亥日の生まれ、須らく三十二歳に謹慎すべし。徐子平が注するに:前文に禄有るは吉・財無きは凶と説きたり。ここは則ち原本禄無き人も、一旦財有り禄有るの運に遇上せば、亦能く昇遷顕栄し、原本官無き人も、一遇官鬼すれば便ち退職せんとすることを説く。たとえば甲午日の生まれ、午の下に丁と己とを蔵す。甲は己を以て財と為すも、却って官印無し。いわゆる「除を占め拜を望み、四八を以て期と為す」は、四月は金の長生にして、而して甲は金を以て官印と為す。四月正に官星長生に当たり、八月は則ち金の帝旺なり。ゆえに甲・乙日の生まれ、若し幾時に食禄を得るやを問わば、当に四月・八月を以て食禄の期と為すべしと曰うべし。いわゆる「口舌文書、己亥三十二に慎む」は、己亥日の生まれ、亥中に甲木長生有り、原命本来官禄有りを説く。一旦行運巳に走り至るかあるいは酉に走り至れば、便ち口舌文書の事を生ずべし。口舌は訴訟を指し、文書は公文章奏を指す。己は甲を以て官印と為す。而して木は巳の上に於て病、酉の上に於て絶なり。「三十二」に至りては、亦正に四と八と相乗の数なり。これは戊・己日の生まれ、若し巳運あるいは酉運に遇上せば、当に身を退き位を避くべしを説く。
善惡相伴,搖動遷移。夾煞持邱,親姻哭送。兼須詳其操執,觀厥秉持。厚薄論其骨狀,成器藉於心源。木氣盛而仁昌,庚辛虧而義寡。【善惡者,吉凶也。相伴者,不偏也。如人運行至此,吉凶爭勝之年,皆主身心不寧動搖遷改,在陰陽則有所忌。易曰:吉凶悔吝生乎動也。動則多凶,宜守慎詳,約以處之,乃吉。夾煞持邱者,如人運命遇太歲月建大運與元辰七煞並臨於五行墓絕之位者,此年慎不可弔喪問病也。如賦云:物有鬼物,人有鬼人,逢之為凶,去之為福。是也。如遇此年,尤宜慎處,向吉背凶,則無不利矣。】
賦文に言う:善と悪と相伴して来れば、人便ち揺動遷改す。凶煞を夾みて墳丘に臨めば、便ち親戚姻族の哭泣送葬有らん。このほかなお一個人の操守執持を詳察し、彼の秉性の守る所を観ることを須す。形骨の厚薄より彼の分量を論じ、能く器を成すや否やは則ち心源に靠るべし。木気旺盛なれば則ち仁徳昌隆し、庚辛虧損すれば則ち義気稀少なり。徐子平が注するに:「善悪」はすなわち吉凶、「相伴」はすなわち両下偏らざるなり。人、行運吉凶相争の年份に到れば、皆身心寧からず・動揺遷改するを主り、陰陽の上に於て忌諱する所有るなり。《周易・繫辭》に「吉凶悔吝は動より生ず」と曰う。一たび動けば多く凶なり。ゆえに持守謹慎・審詳節制を以て応付するに宜しく、乃ち吉利を得。いわゆる「煞を夾み丘を持つ」は、人の命と運と太歳・月建・大運、連ねて元辰七殺と一斉に五行墓絶の位に臨むに遇上す。この一年は千万に弔喪問病に往くべからず。賦文に説く所の「物に鬼物有り、人に鬼人有り。これに逢えば災と為り、これを去れば福と為る」は、正に此の意なり。この様の年份に遇上するは、尤其も当に謹慎自処し、吉に趨り凶を避くべし。則ち往く所利あらざる無し。
【前說歲運休祥,復明根本作用也。且如木人秋生,木被金克,則為性有操執也。甲申、乙酉、乙巳、乙丑、甲戌生人,不背官祿也。或生於三春九夏,季木氣盛時,秉受旺氣,有所執持也。故云:觀厥秉持。又須生時在西北方金土之中,或大運到金土分野,則有官印長遠。若或甲申、乙酉、乙巳、乙丑、甲戌日生人,生於秋三月或三春夏季,不背官祿,有所執持,才能操執。卻歲月時居火木盛時,火木旺地,或行運在東南有丙丁火旺,早年雖發福,晚年蕭條也。】
前面は歳運の休咎を講じたり。ここにまた回りて根本の作用を申明す。たとえば木命人、秋に生まれれば、木、金に克せられ、それは便ち性情の上に操守執持有るなり。甲申・乙酉・乙巳・乙丑・甲戌のこれら日柱の生まれは、皆官禄に背かず。あるいは三春九夏・木気正盛の時節に生まれ、旺気を禀受すれば、亦執持する所有り。ゆえに「その秉持を観る」と曰う。このほかなお生時、西北方の金土の中に落ち、あるいは大運金土分野に走り至るを須ちて、官印乃ち長久する能し。倘若甲申・乙酉・乙巳・乙丑・甲戌日の生まれ、秋三月あるいは春夏の季に生まれ、官禄に背かず、執持する所有り、亦才干有り。しかるに年・月・時却って火木正盛の時・火木旺地に落ち、あるいは行運東南を走りて丙丁火旺なれば、則ち早年縦使福を発する能くするも、晚年終に蕭條に帰す。
【賦意之要言,令後人觀五行造化向背,而詳言之。如前論甲申、乙酉、乙巳、乙丑、甲戌者,雖居官印之位,然物有厚薄之不齊,則吉凶修短之有異。何以言之?木旺則天元厚,天元厚則有操持,有操持則權重也。金旺則祿厚,祿厚則官重,官重則有秉持也。若金木之氣俱薄,則官祿何可長也?故曰:厚薄論其骨狀。是也。】
賦文のこれら数句の要旨は、後人に五行造化の向と背とを観察せしめ、然る後に細かく分辨を加えんとするに在り。前面に挙げたる甲申・乙酉・乙巳・乙丑・甲戌の幾柱のごときは、皆官印の位に居ると雖も、但し事物本より厚薄参差有り、吉凶と寿夭とも亦これに随いて異なる。如何に講ずるや。木旺なれば則ち天元厚く、天元厚ければ便ち操守有り、操守有れば則ち権柄重し。金旺なれば則ち禄厚く、禄厚ければ則ち官職重く、官職重ければ便ち秉持有り。若し金木両気皆単薄なれば、官と禄とまた何ぞ能く長久せんや。ゆえに「厚薄その骨状を論ず」と曰う。
【成器藉於心源者,謂如金若不遇木,須用火為官印也。且如庚辛日生人,要在三春九夏,則財官兩美也。所云:乘軒衣冕。金火何多是也。心源者,離宮也,屬火。金得火乃成器也。前說木遇金為操持,次論金遇火而成器,皆因五行相剋而成造化。更看金火之器不偏,運向祿而不背,則為福長久也。又下文云木仁也,金義也,木盛而逢金,則剛柔得中,如由豫之盍簪,有以利天下,則仁而昌。庚辛履而逢火,似井泥之而不食,不能廣濟,則寡於義,此又何疑焉?賦云:兼須詳其操執,觀厥秉持者,以言其金木之體厚薄,論其骨狀成器,藉於心源者,以言其金火之才,各得其宜,則為好命。至於金木氣偏,木氣盛而仁昌,庚辛虧而義寡者,是財用不相宜,金木各不仁,則凶悔吝從之。】
「成器心源に藉る」に至りては、金若し木に遇着せずんば、便ち火を用いて官印と為すを須すを説く。たとえば庚・辛日の生まれ、要は三春九夏に生まれて乃ち財官両美なり。すなわち前面に説く所の「軒に乗り冕を衣るは、金火何ぞ多からん」なり。「心源」は離宮を指す。離は火に属す。金は火を得て乃ち器を成す能し。前面に木、金に遇いて操持有りと説き、接ぎて金、火に遇いて器を成す能しと説くは、皆五行相克を借りて造化を成就するなり。なお金と火の鋳する所の器、偏倚せざるを看、行運禄に朝向して背離せざれば、福乃ち長久せん。下文また曰わく、木は仁を主り、金は義を主る。木盛んにして金に逢えば、剛柔その中道を得。《豫》卦九四の「朋盍簪」のごとく能く衆人を聚合して天下に利有り。ここに於て仁徳昌盛す。庚辛履践して火の来たりて克するに逢えば、却って《井》卦初六の「井泥食われず」のごとく、能く人に広済する能わず。義気便ち稀薄なり。これまた何の疑う可きかあらん。賦文に「兼ねて須らくその操執を詳らかにし、その秉持を観るべし」と曰うは、金木の体の厚薄を講ず。曰わく「厚薄その骨状を論じ、成器心源に藉る」は、金火の才を講ず。両者各々その宜を得れば、便ち好命なり。金木の気偏枯し、木気盛んにして仁昌かん、庚辛虧して義寡かるに至りては、あれは財と用と彼此相宜えず、金と木と各自その仁を失い、凶と悔吝と亦これに随いて来るなり。
惡曜加而有喜,疑其大器;福星臨而禍發,以表凶人。【詳註見上卷,初至衰鄉猶披鮮福內,更不重載。】
賦文に言う:凶悪の星曜加臨して反って喜慶有るは、それは多くは大器を成す人なり。福星降臨して反って禍端を発出すは、それは正に凶人なるを表明す。徐子平が注するに:詳細なる解説は已に上巻の「初めて衰郷に至るも、猶ほ鮮福を被く」のあの条の下に見ゆ。ここに再び重複登載せず。
処定求動・終篇自謙
處定求動,克未進而難遷;居安問危,可凶中而卜吉。【此卷末,總言其妙旨也。處定者,凡言人命,用法處者,欲定其貴賤也。貴賤既明,故曰:處定也。求動者,人命雖見官印財帛,而不貴富者,宜於處定之中復求其變動也。既見其貴中未貴,財中未財,則當克未進而難遷也。未進者,未當升進。難遷者,難為遷移也。此與上文云:息一氣以凝神,消五行而通道。之義不殊。居安者,如是貴命,見行官祿所向集福之運以為安也。問危者,未可便宜言終吉,況前云吉中有凶,當於歲月時中,扶合行年太歲,三合三會,問危疑神煞,參詳而言之。如見有危疑之神,則必有危疑之事,則當懲戒,積善以禳之,則凶中復吉矣。如易說:憂悔吝者存乎介者是也。】
賦文に言う:已定の処に於て再びその変動を求めれば、便ち彼の何故に克を受けて升進を得ざるかを明白す。安穏の中に先ず危機を問えば、便ち凶裡より吉を卜出する能し。徐子平が注するに:これは全巻の末、総括して賦文の妙旨なり。いわゆる「処定」は、およそ人命を論ずるは、運用方法の処、先ず彼の貴賤を定むるを説く。貴賤既に分明なれば、ゆえに処定と曰う。いわゆる「求動」は、人命縦使官印財帛を見るも却って富貴ならざるを説く。則ち当に已定の中に於て再びその変動を求むべし。既然に彼の貴中未だ貴ならず・財中未だ財ならざるを看出せば、則ち当に彼の克を受けて升進を得ず・遷転し難しを断ずべし。「未進」は升進に当たらず、「難遷」は調遷し難きなり。これは上文に説く所の「一気を息めて以て神を凝らし、五行を消して道に通ず」と同一層の意思なり。いわゆる「居安」は、本已に貴命にして、また官禄の向う所・福気聚集の運に行き至れば、安穏と算すべしを説く。いわゆる「問危」は、仍ほすぐに終竟吉なりと断定すべからず。況んや前面に「吉中に凶有り」と説きたるをや。当に年・月・時の中に於て、流年太歳の扶合および三合三会を一并に考慮し、再び危疑の神煞の有無を査問し、参詳し後に断語を下すべし。若し危疑の神を見れば、便ち必定危疑の事有り。則ち当に引きて戒めと為し、善を積みて以て禳解すべし。凶中便ち能く吉に復す。《周易・繫辭》に「悔吝を憂うる者は介に存す」と曰うは、正にこの道理なり。
貴而忘賤,災自奢生;迷而不返,禍從惑起。【貴而忘賤,是後人不明賤意。引大道之妙,而執方守隅。見貴命而言貴,不知貴中有賤,或始貴而終賤者,則災自奢生。與賒同一其源則妙,理賒自遠也。此說見貴忘賤之誤也,其或有不遇至人,不明道理者,執迷而見,寡陋偏學,滋蔓偏求,理無所出者,則是禍從惑起者是也。】
賦文に言う:ただその貴を見てその賤を忘れれば、災禍便ち驕奢の中より生出す。執迷にして回頭を知らざれば、禍患便ち疑惑の中より興起す。徐子平が注するに:いわゆる「貴にして賤を忘る」は、後人「賤」のこの一層の意思を明白せざるを説く。彼らは大道の精微を援引するも、却って一方に執着し一隅を死守し、貴命を見れば一味に貴と説き、貴中に還って賤の蔵するを知らず。亦開頭貴にして末了賤なる有り。則ち災禍自然驕奢の中より生出す。この「奢」は前文の「禍福の賒遥」の「賒」と同源を同じくす。妙処は道理の推すこと愈々遠きに在り。この一句の講ずるは正にただ貴を見て賤を忘るの錯誤なり。高明の人に遇着せず・道理を明白せざるそれらに至りては、一己の見る所に執迷し、学問寡陋偏枯、求むること愈々支蔓にして正理を推出する能わず。それはすなわちいわゆる「禍惑より起こる」なり。
殊常易舊,變處為萌。福善禍淫,吉凶異兆。【殊常者,知變也。易舊者,善通也。或處為萌者,知其幽微也。曾遇明師,必通道理者,誠有如易所謂:苟非其人,道不虛行是也。古人為道者,皓首窮經,專心致志,惟恐失於妙道。雖行坐服食,未嘗心不在五行之中,則能知幽妙。有殊常易舊,變處為萌,是知大道福善而禍淫,故君子修身以俟命。】
賦文に言う:能く常規を超出し旧法を変易すれば、便ち変動の処に於て萌芽を看出する能し。上天、善人を福佑し淫悪に禍を降す。吉と凶とは各々その先兆有り。徐子平が注するに:「殊常」は変通を懂得し、「易旧」は通達を善くし、「変処に萌を為す」は能く幽微を察知するなり。およそ曽て明師に遇いて必ず能く道理を通曉するは、正に《周易・繫辭》の説く所の「苟くもその人に非ざれば、道虚しく行なわれず」に応ず。古人の道を求むるや、皓首経を窮め、専心致志し、唯恐れくはこの妙道を孤負せんことを。縦使行走坐臥・飲食起居も、心思一刻として五行を離れず。ゆえに能く幽を知り微を察す。能く常規を超出し旧法を変易し、変動の処に於て萌芽を看出すれば、便ち大道の善人を福佑し淫悪に禍を降すを懂得す。ゆえに君子、身を修養して天命を待つ。
至於公明季主,尚無變識之文,景純仲舒,不載比形之妙。【易曰:知變化之道者,其知神之所為乎。知進退存亡之道者,其唯聖人乎。以此究之,難終又難窮也。故賦云:管公明,董仲舒,郭景純,司馬季主者,皆王佐之才,博通經史,洞達陰陽,遺文教於後世,可謂賢矣。】
賦文に言う:管公明と司馬季主に至りても、亦曽て通変識微を講ずるの文字を留めず。郭景純と董仲舒も、亦曽て比類取象の妙法を記載せず。徐子平が注するに:《周易・繫辭》に曰わく、変化の道を懂得する者は、蓋し神明の作為を懂得せんか。進退存亡の道を懂得する者は、蓋し聖人のみあらんか。これに照りて推究し下去れば、この理既に窮尽し難く、亦終結有ること難し。ゆえに賦文、管輅(字は公明)・董仲舒・郭璞(字は景純)・司馬季主のこの四位を挙出す。彼ら皆帝王を輔佐するの才具にして、経史に博通し、陰陽に洞達し、文字教化を以て後世に留む。称して賢人と為す可し。
詳其往聖,鑑以前賢,或指事以陳謀,或約文而切理。多或少剩,二義難精。今者參詳得失,補綴遺蹤,窺為心鑑,永掛清臺,引列終編,千希得一。【然則致君澤民,於當時則不能全身遠害也。或指事以陳謀,約文而切理者,有之矣。珞碌子萃眾妙之說,將少者補其詳博,剩者遺其繁蕪。故云:補綴遺蹤。窺者,所見者小也。心鑑,言自謙心,有所見甚少也。引列終編者,是探索前賢往聖,盡善於美之至道也。得之於心,則永掛清臺,善用者,千希得一也。】
賦文に言う:往古の聖人を詳察し、在前の賢者を借鑑す。彼らあるいは事に就きて立論して謀略を陳述し、あるいは簡約の文字を用いて事理に切中す。説きてあるいは嫌うこと太多き、あるいは嫌うこと太少き、両頭皆精当に作ること難し。いまその中の得失を参詳し、散失の遺跡を補綴し集め、ただ一斑を窺見して自作の心鏡と為すを算す。願わくはそれを長く清台の上に掛けん。引述羅列して以て全篇を終結するも、亦不過は千の中に希にその一を得るのみ。徐子平が注するに:これらの幾位の前賢、縦使能く君を致し民を沢するも、然るに当時に於て亦未だ必ずしも能く自ら保身し禍害を遠離せず。事に就きて謀を陳し文を約して理に切るに至りては、それは却って確かに過ぎたる有り。珞琭子、衆家精妙の説を汇聚し、説きて太だ略なるに対してはその詳博を補足し、説きて太だ繁なるに対してはその蕪雑を删去す。ゆえに「遺蹤を補綴す」と曰う。「窺」は見る所甚だ小なり、「心鑑」は自謙して心中の得る所極めて少なきと曰う。「引列して編を終る」は、前賢往聖の尽善尽美の至道を探索す。一旦心中領会する所有れば、便ち長く清台に掛けて以て準的と為すべし。ただ真に能く善く運用する人は、一千個の裡に亦得ること難し。
