Libo

化书 · 第4巻

南唐 · 谭峭 · 第4巻 / 4

庚氏穴池,構竹為憑檻,登之者其聲“策策”焉。辛氏穴池,構木為憑檻,登之者其聲“堂堂”焉。二氏俱牧魚於池中,每憑檻投餌,魚必踴躍而出。他日但聞“策策”“堂堂”之聲,不投餌亦踴躍而出,則是庚氏之魚可名“策策”,辛氏之魚可名“堂堂”,食之化也。

庚氏が池を掘り、竹をもって凭欄を作ると、登る者は「策策」の聲を發した。辛氏が池を掘り、木をもって凭欄を作ると、登る者は「堂堂」の聲を發した。兩家とも池中で魚を養い、凭欄で餌を投げるたびに、魚は必ず踊躍して出た。後にただ「策策」「堂堂」の聲を聞くだけで、餌を投げなくても魚は踊躍して出た。然らば庚氏の魚は「策策」と名づけられ、辛氏の魚は「堂堂」と名づけられる。これが食の化だ。

興亡

興亡

瘡者人之痛,火者人之急,而民喻飢謂之瘡,比餓謂之火,蓋情有所切也。夫鮑魚與腐屍無異,鱁鮧與足垢無殊,而人常食之。飽猶若是,飢則可知。苟其飢也無所不食,苟其迫也無所不為。斯所以為興亡之機。

瘡は人の痛、火は人の急。民は飢を瘡に比し、餓を火に比する。情に急切する所があるからだ。鮑魚と腐屍に差異なく、鱁鮧と脚垢に分別ないのに、人は常に食う。飽きてなおこのよう、飢えれば推して知るべし。もし飢えれば食わないものなく、もし急げば為さないことなし。これが興亡の機だ。

雀鼠

雀鼠

人所以惡雀鼠者,謂其有(襄攴)竊之行;雀鼠所以疑人者,謂其懷盜賊之心。夫上以食而辱下,下以食而欺上,上下得不惡下,下不得不疑上,各有所切也。夫剜其肌、啖其肉,不得不哭;扼其喉、奪其哺,不得不怒。民之瘠也由剜其肌,民之餒也由奪其哺。嗚呼,惜哉!

人が雀鼠を惡む所以は、攘竊の行があると言うからだ(底本「襄」に攴旁の注)。雀鼠が人を疑う所以は、人が盗賊の心を懐くと言うからだ。上は食のために下を辱め、下は食のために上を欺く。上は下を惡まざるを得ず、下は上を疑わざるを得ない。各々急切する所がある。彼の肌を剜り彼の肉を食えば、哭かざるを得ない。彼の喉を扼し彼の哺を奪えば、怒らざるを得ない。民の瘦せは、彼の肌を剜るからだ。民の飢えは、彼の哺を奪うからだ。嗚呼、惜しいかな。

無為

無為

牛可使之駕,馬可使之負,犬可使之守,鷹可使之擊,蓋食之所感也。獼猴可使之舞,鸚鵡可使之語,鴟鳶可使之死鬥,螻蟻可使之合戰,蓋食有所教也。魚可使之吞鉤,虎可使之入陷,雁可使之觸綱,敵國可使之自援,蓋食有所利也,天地可使之交泰,神明可使之掖衛,高尚可使之屈折,夷狄可使之委伏,蓋食有所奉也。故自天子至於庶人,暨乎萬族,皆可以食而通之。我服布素則民自暖,我食葵藿則民自飽。善用其道者,可以肩無為之化。

牛は車を駕せられ、馬は重を負わせられ、犬は看守せられ、鷹は搏擊せられる。食に感應する所があるからだ。獼猴は舞をさせられ、鸚鵡は言をさせられ、鴟鳶は死鬪させられ、螻蟻は會戰させられる。食に教導する所があるからだ。魚は鉤を吞ませられ、虎は陷阱に入れられ、雁は網に觸れさせられ、敵國は自ら來りて救援させられる。食に利する所があるからだ。天地は交泰させられ、神明は護衛させられ、高尚は屈折させられ、夷狄は委伏させられる。食に供奉する所があるからだ。だから上は天子より下は庶人に至り、萬族に至るまで、みな食をもって貫通できる。我が布素を衣れば民は自ら暖かく、我が葵藿を食えば民は自ら飽く。この道を善く用いる者は、無為の化を肩負できる。

王者

王者

獵食者母,分乳者子。全生者子,觸綱者母。母不知子之所累,子不知母之所苦。王者衣纓之費、盤餚之直,歲不過乎百萬,而封人之土地,與人之富貴,百萬之百萬。如咂王之肌,如飲王之血。樂在於下,怨在於上,利歸於眾,咎歸於王。夫不自貴,天下安敢貴;不自富,天下安敢富?

食物を獵取するは母、乳を分かつは子。性命を保全するは子、網に觸れるは母。母は子に累われることを知らず、子は母の苦しむことを知らない。王者の衣纓の費用、盤肴の價錢は、一年百萬に過ぎないが、人に封ずる土地、人に與える富貴は、百萬の百萬だ。王の肌を咂するが如く、王の血を飲むが如し。樂は下に在り、怨は上に在り、利は衆人に歸し、咎は君王に歸す。自ら貴ばなければ、天下敢えて貴ばせんや。自ら富まなければ、天下敢えて富まんや。

鴟鳶

鴟鳶

有智者憫鴟鳶之擊腐鼠,嗟螻蟻之駕斃蟲,謂其為蟲不若為人。殊不知當歉歲則爭臭斃之屍,值嚴圍則食父子之肉。斯豺狼之所不忍為,而人為之,則其為人不若為蟲。是知君無食必不仁,臣無食必不義,士無食必不禮,民無食必不智,萬類無食必不信。是以食為五常之本,五常為食之末。苟王者能均其衣,能讓其食,則黔黎相悅,仁之至也;父子相愛,義之至也;飢飽相讓,禮之至也;進退相得,智之至也;許諾相從,信之至也。教之善也在於食,教之不善也在於食。其物甚卑,其用甚尊;其名尤細,其化尤大。是謂無價之寶。

智ある人は鴟鳶が腐鼠を搏擊するを憐れみ、螻蟻が死蟲に駕るを歎息し、蟲となるは人となるに如かずと言う。殊に知らないのは、歉年に遭えば腐屍を爭食い、嚴酷な圍城に遭えば父子の肉を食うことだ。これは豺狼ですら忍ばないことだが、人はそれを為す。然らば人となるは蟲となるに如かず。ここから君に食なければ必ず不仁、臣に食なければ必ず不義、士に食なければ必ず不禮、民に食なければ必ず不智、萬類に食なければ必ず不信と知る。だから食は五常の根本、五常は食の末梢。もし王者が衣服を均平にし、食物を讓ることができれば、黔黎が相悅するは仁の極致、父子が相愛するは義の極致、飢飽が相讓するは禮の極致、進退が相得するは智の極致、許諾が相從するは信の極致。教の善は食に在り、教の不善も食に在り。この物は甚だ卑下、この用は甚だ尊貴。この名は甚だ細小、この化は甚だ大。これを無價の寶と言う。

卷六儉化

巻六 儉化

太平

太平

夫水火,常用之物,用之不得其道,以至於敗家,蓋失於不簡也。飲饌,常食之物,食之不得其道,以至於亡身,蓋失於不節也。夫禮失於奢,樂失於淫。奢淫若水,去不復返,議欲救之,莫過乎儉。儉者,均食之道也。食均則仁義生,仁義生則禮樂序,禮樂序則民不怨,民不怨則神不怒,太平之業也。

水火は常用の物だが、用いるにその道を得なければ、家を敗るに至る。失は不簡にあるからだ。飲饌は常食の物だが、食うにその道を得なければ、身を亡ぼすに至る。失は不節にあるからだ。禮の失は奢に在り、樂の失は淫に在り。奢淫は水の如く、去れば復た返らない。議論して拯救するに、儉に過ぎるものはない。儉は、食を均平にする道。食均しければ仁義生じ、仁義生じれば禮樂有序あり、禮樂有序あれば民怨まず、民怨まざれば神怒らず。これが太平の事業だ。

權衡

權衡

服絺綌者不寒,而衣之布帛愈寒;食藜藿者不飢,而飯之黍稷愈飢。是故我之情也,不可不慮;民之心也,不可不防。凡民之心,見負石者則樂於負塗,見負塗者則樂於負芻。飢寒無實狀,輕重無必然,皆豐儉相形,彼我相平,我心重則民心重,我負輕則民負輕。能至於儉者,可以與民為權衡。

細葛粗葛を衣る者は寒さを覺えないが、更に布帛を衣せればかえって寒い。藜藿を食う者は飢えを覺えないが、更に黍稷を食せばかえって飢える。だから我の情は慮らざるべからず、民の心は防がざるべからず。民の心は、石を負うを見れば泥を負うを樂しみ、泥を負うを見れば草を負うを樂しむ。飢寒に實在の形狀なく、輕重に一定なし。皆、豐儉が互いに比較し、彼我が互いに平を取る。我心重ければ民心重く、我が負擔輕ければ民の負擔輕し。儉に至れる者は、民に權衡を為すことができる。

禮道

禮道

禮貴於盛,儉貴於不盛;禮貴於備,儉貴於不備;禮貴於簪紱,儉貴於布素;禮貴於炳煥,儉貴於寂寞。富而之愈不樂,貴而貴之愈不美,賞而賞之愈不足,愛而愛之愈不敬。金玉者,富之常;官爵者,貴之常。渴飲則甘,飢食則香。夫惟儉,所以能知非常。

禮は盛を貴び、儉は不盛を貴ぶ。禮は備を貴び、儉は不備を貴ぶ。禮は簪紱を貴び、儉は布素を貴ぶ。禮は炳煥を貴び、儉は寂寞を貴ぶ。富んで更に富を求めればますます樂しまず、貴く更に貴を求めればますます美ならず、賞して更に賞すればますます足らず、愛して更に愛すればますます敬わず。金玉は富の常態、官爵は貴の常態。渴して飲めば甘く、飢えて食えば香り。ただ儉あるがゆえに、何が非常かを知ることができる。

食象

食象

觀食象者食牛不足,觀戴冕者戴冠不足。不足有所自,不廉有所始。是知王好奢則臣不足,臣好奢則士不足,士好奢則民不足,民好奢則天下不足。夫天下之物十之,王好一,民亦一;王好五,民亦五;王好十,民亦十。以十論之,則是十家為一家,十國為一國,十天下為一天下,何不弊之有!

象を食うを見た者は、牛を食うても足りないと覺える。冕を戴くを見た者は、冠を戴いても足りないと覺える。不足には來る所有り、不廉には始まり有り。ここから王が奢を好めば臣は足らず、臣が奢を好めば士は足らず、士が奢を好めば民は足らず、民が奢を好めば天下足らずと知る。天下の物を十をもって算えば:王が一を好めば民も一、王が五を好めば民も五、王が十を好めば民も十。十をもって論ずれば、十家が一家となり、十國が一國となり、十の天下が一つの天下となる。どうして弊がないことがあろうか。

民情

民情

其夫好飲酒者,其妻必貧。其子好臂鷹者,其家必困。剩養一僕,日飯三甌,歲計千甌。以一歲計之,可享千兵。王者歲率是享,則必告勞而聚怨,病在於增不在於損。王駕牛車,民驕於行;王居土陛,民恥於平。杜之於漸,化之於儉。所以見葛藟不足者,則樂然服布素之衣;見窳杯而食者,則欣然用陶匏之器,民之情也。

丈夫が酒を好めば、妻子は必ず貧す。兒子が鷹を架るを好めば、家は必ず困む。僕を一人多く養えば、每日三甌の飯、一年に千甌。一年をもって算すれば、千の兵士を供養できる。王者が每年このよう享用すれば、必ず勞を告げて怨を積む。病は増加に在り、減損に在らず。王が牛車に駕れば、民は步行を以て驕りと為す。王が土階に住すれば、民は平坦を以て恥と為す。開端で杜じ、儉をもって化す。だから葛藟を衣るなお足らざるを見れば、樂然として布素の衣を衣る。粗杯で飯するを見れば、欣然として陶匏の器を用いる。これが民の情だ。

慳號

慳號

世有慳號者,人以為大辱,殊不知始得為純儉之道也。於己無所與,於民無所取。我耕我食,我蠶我衣。妻子不寒,婢僕不飢。人不怨之,神不罪之。故一人知儉則一家富,王者知儉則天下富。

世に慳吝と稱される人あり。他人は大辱と思うが、殊に知らない、これが始めて純儉の道を得ることだ。自らに與える所なく、民に求むる所なし。我耕して我食い、我蠶して我衣る。妻子寒からず、婢僕飢えず。人は彼を怨まず、神は彼を罪としない。だから一人儉を知れば一家富み、王者儉を知れば天下富む。

君民

君民

君之於民,異名而同愛。君樂馳騁,民亦樂之;君喜聲色,民亦喜之;君好珠玉,民亦好之;君嗜滋味,民亦嗜之。其名則異,其愛則同。所以服布素者,愛士之簪組;服士之簪組者,愛公卿之劍佩;服公卿之劍佩者,愛王者之旒冕,是故王者居兆民所愛之地,不得不慮也。況金根玉輅奪其貨,高臺崇榭奪其力,是賈民之怨,是教民之愛。所以積薪聚米,一歲之計,而易金換玉,一日之費,不得不困,不得不儉。

君は民に對して、名稱は異なるも愛する所は同じ。君が馳騁を樂しめば民も樂しみ、君が聲色を喜べば民も喜び、君が珠玉を好めば民も好み、君が滋味を嗜めば民も嗜む。名は異なり、愛は同じ。だから布素を衣る者は士の簪組を愛し、士の簪組を衣る者は公卿の劍佩を愛し、公卿の劍佩を佩びる者は王者の旒冕を愛する。だから王者は兆民の愛する地に處り、慮らざるを得ない。況んや金根玉輅が彼らの貨を奪い、高臺崇榭が彼らの力を奪うをや。これは民の怨を買い、民を敎えて愛せしめることだ。だから薪を積み米を聚むは一年の生計、金玉に換えるは一日の花費。困まざるを得ず、儉ならざるを得ない。

乳童

乳童

乳童拱手,誰敢戲之,豈在乎黼黻也。牧豎折腰,誰敢背之,豈在乎刑政也。有賓主之敬,則雞黍可以為大享,豈在乎簫韶也。有柔淑之態,則荊苧可以行婦道,豈在乎組繡也。而王者之制,設溝隍以御之,陳棨戟以衛之,蓄粟帛以養之,張欄檻以遠之。蓋有機於民,不得不藏;有私於己,不得不防。夫能張儉之機,民自不欺;用儉之私,我自不疑。夫儉者,可以為大人之師。

乳童が拱手すれば、誰が敢えて戲弄しよう。豈に黼黻に在らんや。牧童が折腰すれば、誰が敢えて違背しよう。豈に刑政に在らんや。賓主の敬あれば、雞黍も大宴に當たる。豈に簫韶に在らんや。柔淑の態度あれば、荆苧も婦道を行える。豈に組繡に在らんや。しかるに王者の制度は、溝隍を設けて抵禦し、棨戟を陳れて護衛し、粟帛を蓄えて養活し、欄檻を張って遠離する。民に對して機心あれば、藏せざるを得ない。自らに私あれば、防がざるを得ない。儉の機を張ることができれば、民は自ら欺かず。儉の私を用いれば、我は自ら疑わず。儉は、大人の師となることができる。

化柄

化柄

儉於聽可以養虛,儉於視可以養神,儉於言可以養氣,儉於私可以獲富,儉於公可以保貴,儉於門闥可以無盜賊,儉於環衛可以無叛亂,儉於職官可以無奸佞,儉於嬪嬙可以保壽命,儉於心可以出生死。是知儉可以為萬化之柄。

聽けば儉は虚を養い、視れば儉は神を養い、說けば儉は氣を養い、私用に儉は富を獲、公用に儉は貴を保つ。門闥儉なれば盗贼なく、環衛儉なれば叛亂なく、職官儉なれば奸佞なく、嬪嬙儉なれば壽命を保全し、心裏儉なれば生死を出ず。ここから儉は萬化の柄と為ることを知る。

御一

御一

王者皆知御一可以治天下也,而不知孰謂之一。夫萬道皆有一:仁亦有一,義亦有一,禮亦有一,智亦有一,信亦有一。一能貫五,五能宗一。能得一者,天下可以治。其道蓋簡而出自簡之,其言非玄而人自玄之。是故終迷其要,竟惑其妙。所以議守一之道,莫過乎儉;儉之所律,則仁不蕩,義不亂,禮不奢,智不變,信不惑。故心有所主,而用有所本,用有所本而民有所賴。

王者はみな「一」を御すれば天下を治められると知るが、何を一と言うかを知らない。萬道にみな一あり:仁にも一あり、義にも一あり、禮にも一あり、智にも一あり、信にも一あり。一は五を貫き、五は一を宗奉する。一を得る者は、天下を治められる。この道は本來簡なのに、自らそれを複雜にする。この話は玄ではないのに、人自らそれを玄化する。だから終に領要を迷失し、竟然としてその妙を疑惑する。だから守一の道を議論するに、儉に過ぎるものはない。儉の約束する所は、仁蕩れず、義亂れず、禮奢らず、智變わらず、信惑わず。だから心に主あり、用に本あり。用に本あれば、民に賴る所有り。

三皇

三皇

君儉則臣知足,臣儉則士知足,士儉則民知足,民儉則天下知足。天下知足,所以無貪財,無競名,無奸蠹,無欺罔,無矯佞。是故禮義自生,刑政自寧,溝壘自平,甲兵自停,遊蕩自耕,所以三皇之化行。

君が儉なれば臣は足ることを知り、臣が儉なれば士は足ることを知り、士が儉なれば民は足ることを知り、民が儉なれば天下は足ることを知る。天下足ることを知れば、だから財を貪らず、名を爭わず、奸蠹なく、欺罔なく、矯佞なし。だから禮義は自ら生じ、刑政は自ら安寧し、溝壘は自ら塡平し、甲兵は自ら停息し、游荡の人は自ら耕に去る。三皇の化はここにして行われる。

天牧

天牧

奢者三歲之計,一歲之用;儉者一歲之計,三歲之用。至奢者猶不及,至儉者尚有餘。奢者富不足,儉者貧有餘。奢者心常貧,儉者心常富。奢者好親人,所以多過,儉者能遠人,所以寡禍。奢者事君必有所辱,儉者事君必保其祿。奢者多憂,儉者多福,能終其儉者,可以為天下之牧。

奢の者は三年の生計を一年で用い盡くし、儉の者は一年の生計を三年用い足りる。至奢はなお足らず、至儉はなお余りあり。奢の者は富んでなお足らず、儉の者は貧しくなお余りあり。奢の者は心に常に貧しく、儉の者は心に常に富む。奢の者は人に親しむを好み、だから過失多し。儉の者は人に疏くできる、だから禍少なし。奢の者は君に事えて必ず辱あり、儉の者は君に事えて必ず祿を保つ。奢の者は憂多く、儉の者は福多し。儉を堅持し底まで持つ者は、天下の牧守と為ることができる。

雕籠

雕籠

懸雕籠、事玉粒養黃雀,黃雀終不樂。垂禮樂、設賞罰教生民,生民終不泰。夫心不可安而自安之,道不可守而自守之,民不可化而自化之。所以儉於臺榭則民力有餘,儉於寶貨則民財有餘,儉於戰伐則民時有餘。不與之由與之也,不取之由取之也。海伯亡魚,不出於海;國君亡馬,不出於國。

雕籠を懸けて玉粒をもって黃雀を養うても、黃雀は終に樂しまない。禮樂を垂れ、賞罰を設けて生民を敎うても、生民は終に安泰しない。心は強いて安んずべからずも自ら安んじ、道は強いて守るべからずも自ら守り、民は強いて化すべからずも自ら化す。だから臺榭儉なれば民力に余あり、寶貨儉なれば民財に余あり、戰伐儉なれば民時に余あり。與えざるは與えるに等しく、取らざるは取るに等しい。海伯が魚を失えば、海を出られず。國君が馬を失えば、國を出られない。

禮要

禮要

夫禮者,道出於君而君由不知,事出於職而職由不明。儒者棲山林,敬師友,窮理樂,講本末。暨乎見羽葆車輅之狀,鐘鼓簫韶之作,則矍然若鹿,怡然若豕;若醉於酒,若溺於水,莫知道之本,莫窮禮之旨。謂弓為弧,則民不知矣;謂馬為駟,則民莫信矣。所以數亂於多,不亂於少;禮惑於大,不惑於小。能師於儉者,可以得其要。

禮という物は、道は君に出るも君自らなお知らず、事は職に出るも職自らなお明白ならず。儒者は山林に棲居し、師友を敬事し、理樂を窮究し、本末を講論する。羽葆車輅の形狀、鍾鼓簫韶の演奏を見るに及んで、矍然として鹿の如く、怡然として豬の如し。酒に醉うが如く、水に溺るるが如く、道の根本を知らず、禮の旨意を窮めない。弓を弧と呼べば、民は知らない。馬を駟と呼べば、民は信じない。だから數の亂れるは多に在り、亂れざるは少に在り。禮の惑うは大に在り、惑わざるは小に在り。儉に師法できる者は、領要を得ることができる。

清靜

清静

奢者好動,儉者好靜;奢者好難,儉者好易;奢者好繁,儉者好簡;奢者好逸樂,儉者好恬淡。有保一器畢生無璺者,有掛一裘十年不斃者。斯人也可以親百姓,可以司粟帛,可以掌符璽,可以即清靜之道。

奢の者は動を好み、儉の者は靜を好む。奢の者は難を好み、儉の者は易を好む。奢の者は繁を好み、儉の者は簡を好む。奢の者は逸樂を好み、儉の者は恬淡を好む。一つの器具を保守して一生裂紋なき者あり、一つの裘衣を懸けて十年も壞れぬ者あり。かかる人は百姓に親しむことができ、粟帛を主管でき、符璽を執掌でき、清静の道に就近できる。

損益

損益

夫仁不儉,有不仁;義不儉,有不義;禮不儉,有非禮;智不儉,有無智;信不儉,有不信。所以知儉為五常之本,五常為儉之末。夫禮者,益之道也;儉者,損之道也。益者損之旨,損者益之理。禮過則淫,儉過則樸。自古及今,未有亡於儉者也。

仁儉ならざれば、不仁あり。義儉ならざれば、不義あり。禮儉ならざれば、非禮あり。智儉ならざれば、無智あり。信儉ならざれば、不信あり。だから儉は五常の根本、五常は儉の末梢と知る。禮は增益の道、儉は減損の道。增益は減損の旨意、減損は增益の道理。禮が過ぎれば淫し、儉が過ぎれば樸となる。古より今に至るまで、儉を以て亡びたものはない。

解惑

解惑

謙者人所尊,儉者人所寶。使之謙必不謙,使之儉必不儉。我謙則民自謙,我儉則民自儉。機在此不在彼,柄在君不在人。惡行之者惑,是故為之文。

謙は人の尊ぶ所、儉は人の寶とする所。人をして謙せしめれば彼必ず謙せず、人をして儉せしめれば彼必ず儉せず。我謙すれば民自ら謙し、我儉すれば民自ら儉す。機は此に在って彼に在らず、柄は君に在って人に在らず。實行する者を惡めば惑う所以なり。だからこの文字を書き下す。

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