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鹖冠子 · 第1巻

战国 · 鹖冠子 · 第1巻 / 7

御製題鶡冠子

道家典籍

まず老子と荘子内篇を読み、列子・文子・淮南子へ進む。道教が「道」をどう修持として書いたかを見るには、陰符経・黄庭・参同契・悟真篇と抱朴子を読む。

御製題鶡冠子

御製題鶡冠子

鈇器原歸厚德將【開卷首義即雲王鈇非一世之器者厚德隆俊也注以王鈇為法制引賈誼言權勢法制人主之斤斧謂專任法制不以厚德將之而欲以持久難哉是其説雖雜刑名未嘗不歸於道德固非若黃老之專務清靜亦不至如申韓之流為慘礉也】雜刑匪獨老和黃朱評陸注同因顯栁謗韓譽兩不妨完帙倖存書著楚失篇卻勝代稱唐【宋陸佃既為之註解復序雲鶡冠子楚人居深山以鶡羽為冠號曰鶡冠子其書雜黃老刑名要其宿時若防亂而無家然竒言奧防亦毎毎而有自博選至武靈王問凡十有九篇而退之讀此雲十有六篇者非全書也朱子評韓文雲漢唐皆以為道家者流公謂其辨施於國家功德豈少而栁子厚作辨則曰得其書而讀之言盡鄙淺所見不同如此朱子雖不置可否然其書具在栁説不免過當朱子又云漢藝文志有鶡冠子一卷而唐志雲三卷謂漢時遺缺至唐而全以今書校之卷雖唐増於漢而篇則宋増於唐茲本既完備無缺佃注亦世所罕見自應重刋以廣流傳】帝常師處王友處【帝者與師處王者與友處亦其博選篇中語】戒合書紳識弗忘

𫓧の器は結局厚德をもって統領しなければならない。【巻を開く第一条にすでに言う:王𫓧(君王の手にある法制の権柄で、賈誼はこれを人主の斧斤に喩えた)は一朝一世の器具ではなく、厚德をもって俊傑を抬舉する。注は王𫓧を法制と解し、賈誼の言を引く:権勢・法制は人主の斧斤である。専ら法制を任じて厚德をもってそれを統領しなければ、持久せんと欲しても難しい。ゆえにその学説は刑名(刑法と名実の考核をもって臣下を御する一套で、後に申不害・韓非がここから出た)を雑えても、ついには道徳に帰り、黄老(黄帝・老子に仮託した治国の術)のように専ら清静を説くでもなく、申韓のように惨刻苛酷に流れるにも至らない】刑名を雑えても、ただ黄老一路ではない。朱熹の評と陸佃の注は、ちょうどこれを顕わし、柳宗元の貶斥と韓愈の稱譽は、二説並存しても妨げない。全本はなお在り、書は楚人の作である。韓愈は數篇缺けていると言ったが、唐代に十六篇と稱したのに比べ、今はかえって全い。【宋の陸佃は既に注を作り、また序を作って言う:鶡冠子は楚人で、深山に居り、鶡鳥の羽をもって冠とし、號して鶡冠子と言う。この書は黄老・刑名を雑え、その歸宿を窮めると、常に散乱して家派がないようだ(底本は「防乱」、四庫本は「散乱」)。しかし奇特の言論・深奧の旨趣も往々にしてある(底本は「奧防」、四庫本は「奧旨」)。《博選》から《武靈王問》まで十九篇あるが、韓愈はこの書を讀んで十六篇と言い、それは全本ではない。朱熹が韓文を評して言う:漢唐はみなこれを道家の流と見たが、韓公はその辨說を國家に施せば功德豈に少なからんやと言い、柳宗元は《辨》を作って、この書を得て讀めば言語は盡く鄙淺だと言った。兩人の所見はかくも異なる。朱熹は可否を置かないが、書はなお在り、柳説は過分を免れない。朱熹はまた言う:《漢志》に《鶡冠子》一卷あり、《唐志》は三卷とし、ある人は漢に缺があって唐に至って全くなったと言う。今本で對すれば、卷數は唐が漢より多く、篇數は宋が唐より多い。この本は既に完備して缺なく、陸佃の注も世に少見だから、自ら重刻すべく、流傳を廣くせんがためである】帝は常に師と處り、王は友と處る。【「帝者與師處、王者與友處」も《博選》篇の言である】この數句は紳帶に書いて、忘れぬよう牢く記すべきである。(御製詩はこの七字で句を起こし、四庫本も同じ。前にもし一聯あれば、今本に見えない)

韓愈讀鶡冠子

韓愈 鶡冠子を讀む

鶡冠子十有六篇其詞雜黃老刑名其博選篇四稽五至之說當矣使其人遇其時援其道而施於國家功德豈少哉學問篇稱賤生於無所用中流失船一壺千金者餘三讀其辭而悲之文字脫繆為之正三十有五字乙者三減者二十有二注十有二字雲

《鶡冠子》は全部で十六篇、文辭に黄老と刑名を雜えている。その《博選》篇の四稽(四種の核驗)・五至(五種の來歸する人)の說は當っている。もしこの人がその時勢に遇い、その道(本書では萬物の本原を指し、また國家に施すべき治理の道をも指す)を國家に施行したなら、功德は豈に少なからんや。《學問》篇に言う:賤とは、用いる所がないからである。船が中流で沈んだとき、一つの瓢は千金に値する。私はこの段を三讀して、これがために悲しんだ。文字の脫誤には、三十五字を改め、勾乙して序を調べる所三處、删去した所二十二處、注を加えたのが十二字、上の如くである。

鶡冠子原序

鶡冠子原序

鶡冠子楚人也居於深山以鶡為冠號曰鶡冠子其道踳駮著書初本黃老而末流迪於刑名傳曰申韓厲名實切事情其極慘礉少恩而原於道德之意蓋學之有如此者也故曰孔墨之後儒分為八墨離為三嗚呼可不慎哉此書雖雜黃老刑名而要其宿時若防亂而無家者然其竒言奧防亦毎毎而有也自博選篇至武靈王問凡十有九篇而退之讀此雲十有六篇者非全書也今其書雖具在然文字脫繆不可考者多矣語曰書三寫魚成魯帝成虎豈虛言哉餘竊閔之故為釋其可知者而其不可考者輒疑焉以俟博洽君子陸佃撰

鶡冠子は楚人で、深山に居り、鶡鳥の羽をもって冠とし、それによって鶡冠子と號した。彼の道は駁雜にして純ならず、著書は初め黄老に本づき、末流は刑名に走った。書傳に言う:申韓は名實を嚴格にし、事情に切近く、極端に至っては惨刻にして恩少なく、また道徳の意に原を推す。學問の流弊は竟にここまで至る(底本「學之」の下は私用區の缺字、四庫本は「弊」)。故曰く:孔墨の後、儒は八派に分かれ、墨は三派に離れた。嗚呼、慎まざるべからざるか。この書は黄老・刑名を雜えても、その歸宿を窮めると、常に散乱して家派がないようだ(底本は「防乱」、四庫本は「散乱」)。しかし奇特の言論・深奧の旨趣も往々にしてある(底本は「奧防」、四庫本は「奧旨」)。《博選》篇から《武靈王問》まで十九篇あるが、韓愈はこの書を讀んで十六篇と言い、全本ではない。今その書は具在するも、文字の脫誤で考えるべからざるものはなお多い。語に曰く:書を三寫すれば魚を魯と成し、帝を虎と成す。豈に虛言ならんや。私は竊かにこれを愍む。故に知れるべきものは釋し、考え得ないものは疑を存し、博洽の君子に俟つ。陸佃撰。

欽定四庫全書子部十

欽定四庫全書 子部十

鶡冠子目録雜家類一【雜學之屬】捲上

鶡冠子目録 雜家類一【雜學の屬】 卷上

博選第一

博選第一

著希第二

着希第二

夜行第三

夜行第三

天則第四

天則第四

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