入地眼全书 · 第1巻
私の同郷の秀才、万仁村先生は好学の士である。父を亡くして以来、家のために墳山の購入を計画し、喪に服して礼を読む余暇に堪輿を専心して研究し、山…
風水堪輿典籍
まず読む書が形勢か理気かを見極めてから条文に入るのがよい。派を跨いだ術語の混用が、この門で最もありがちな誤読の源である。
入地眼全書
周兆熊序
同里茂才萬君仁村,好學士也。自失怙後,為買山計,讀《禮》之暇,究心地理,本之形勢以立其體,參之河洛以妙其用,非尋常言青烏者所能逮。庚辰,餘乞假南旋為先大夫卜吉。延至家甫一歲,以丁內艱。服將聧,欲閉戶為舉子業,遂辭去。余每購得一山一址,猶資商榷焉。茲有辜託長老地理全書之刻,請余言。長老生宋時,扦葬建造,迭著神異,其遺址猶有存者。此編向無刻本,傳寫數百年,堪輿家秘如珍寶。萬君得之,梓以行世,可謂公矣。
私の同郷の秀才、万仁村先生は好学の士である。父を亡くして以来、家のために墳山の購入を計画し、喪に服して礼を読む余暇に堪輿を専心して研究し、山川の形勢をもって根本を立て、また《河図》《洛書》を参照してその妙用を推演した。決して並みの「青烏」の相地術を空言するだけの者の及ぶところではない。庚辰の年、私は暇を得て南に帰り、先父のために吉壤を選ぶにあたり、彼を家に請じてちょうど一年を満たしたころ、母の喪に遇った。服喪が満ちようとすると、彼は門を閉じて科挙を専攻しようと、辞して去った。それ以後、私が山地や宅基を買うたびに、やはり彼に参詳・商議してもらった。今、彼は托長老の著したこの堪輿全書を刊刻しようとして、私に序を請うた。長老は宋代の人で、彼が點穴して安葬し、地を擇んで興造したものは、屡々神妙な應驗を顯し、その遺址は今なお存するものがある。この書はこれまで刻本がなく、写されて数百年伝わり、堪輿家はこれを珍宝のように祕藏してきた。万君がこれを得て、世に公にするため上梓を肯んじたのは、まさに一片の公心から出たものといえる。
地理之說,餘素未研究,不知是書之善。然每見萬君適墓登壟,考驗得失無差謬,豈非遵守其說而有明效哉?他日出所學以問世,其樹立必有可觀。吾以是編之刻,信之矣。時而不靈者,比使仁孝之儔不忍於薄其親者,相度原野有所依據,而不至於眩惑。其為益也,豈有涯哉?他日樹華得志,科名快談,纂述石渠芸閣之間,必有鴻篇揚聲儒雅。而其書之梓,亦足以見其存心矣。建昌周兆熊臥餘序。
堪輿という学問は、私は從來研究したことがなく、この書のどこがよいのか言い尽くせない。しかし万君が墓地に行き山に登って察看するたび、前人の葬地の成敗得失を考覈して誤りがないのを見ると、これは書中に講じるところに遵ったゆえに明らかな效驗があったのではないか。將來彼が学んだことを公にすれば、その成就は必ず觀るべきものがあるだろう。私はこの書の刊刻によって、ますますそのことを信じる。たとえ時おり靈驗しないことがあっても、仁厚で孝順な、親に亏くことを忍びない人々が、原野を勘察し葬地を選ぶ際の依拠とであり、紛紜たる衆説に目を眩まされずにすむ。その益は、どこに際限があろうか。將來万樹華が抱負を遂げ、科場で名を揚げ、石渠閣・芸臺のような國の蔵書の地で著述立説すれば、必ず鴻篇の巨製が儒雅の聲を傳えるだろう。そして彼がこの書を刻印して出すことを肯んじたことにも、彼の存心を見るに足る。建昌の人、周兆熊、號は臥余、これを序す。
黃中模序
地理之說,繁雜不一,今與古殊,甲與乙異。同師之學,或彼此各鳴其長;一人之身,或前後頓易其義。善於立論者,辭達而理未舉;妙有心得者,語晦而筆不靈。理氣明晰,未必貫穿形勢;龍脈審辨,甚且錯謬陰陽。擅其長者,瞭然於心目,燦然於口舌矣。又復吝惜珍秘,移易顛倒,使讀者茫然眩惑,失所依據。非有聰明才辨之實,不能分別而抉擇之也。
堪輿の諸説は繁雜で一様ではない。今人は古人と異であり、あの家とこの家もまた互いに異なる。同じ師の門下から出た者でも、往々にして各々の長所を誇り、同じ一人の人間でも前後に講じる義理が忽然と變わることがある。立論に善い者は文辞は通達するが道理を言い透かさず、眞に心得ある者は話は晦澀して筆も靈便でない。「理氣」(方位卦爻の推算)を明白に講じる者は、必ずしも「形勢」(山川の形貌と走向)を貫通できるわけではなく、龍脈の走向を審辨できる者でも、陰陽の分屬を間違えることがある。それら眞に各々一長を擅にする人は、心にも目にも明白で、口でも筋道立てて語れるが、また自らの祕訣を吝嗇し、わざと次序を移し顛倒させて、讀者を茫然とさせ依拠するところをなくす。眞に聰明才辨の人でなければ、これらの説を分辨し善を擇んで從うことは到底できない。
雖然,儒者之言,可以折衷是非。晉之郭景純、唐之卜則巍、宋之蔡牧堂、明之劉青田皆以儒者而精地理者也。以術士言之,說或囿於俗;以儒者言之,藝可進於道。南昌萬子樹華識性爽朗,曩從余遊,講業論文之餘,旁涉堪輿,便有契悟。
とはいえ、讀書人の議論は、是非を折衷判定するのに用いることができる。晋代の郭璞(字は景純)、唐代の卜則巍、宋代の蔡元定(號は牧堂)、明代の劉基(青田の人)は、いずれも儒者の身分をもって堪輿に精通した。同じ一門の技藝でも、江湖の術士が語れば説は流俗に限られがちだが、儒者が語れば技藝は「道」の層次に高められる。南昌の万樹華は見識が明るく開け、昔私とともに讀書し、講習課業・切磋文章の余に、兼ねて堪輿を渉獵して、すぐに會心の領悟があった。
篋中藏有宋托長老《入地眼》一書,地無遁形,理有實際,異於世之惝恍支離其說者。所謂釋其行而儒其言者,長老有焉。樹華不復吝惜珍秘,梓而行世,索序於餘。餘老困名場,疲事舉業,窮愁所寄,瀏覽葬經,性之所欣,時有創穫,欲編輯一書,融會眾說,自愧不文而未果。今得托長老所著,諸家之言皆有所折衷,雖其間有未雅馴,而理舉辭達非晦。道光辛已秋,法授奉政大夫掌廣西道監察御史前翰林院編修加三級範亭黃中模拜撰。
彼の箧中には宋代托長老の《入地眼》という書が蔵されており、書中は山川地形を剖析して遁形するところなく、講じる道理はすべて實處に落ち、世上の恍惚として支離滅裂な説とは大いに異なる。いわゆる行事は僧のようでありながら言論は儒理に合う――托長老はまさにそういう人である。万樹華はこれを祕本として珍藏することをやめ、刻印して世に傳えようと、私に序を求めてきた。私は科場で半世紀以上困頓し、考試に疲れ、窮愁の寄せどころなく、《葬經》の類を繙閱したが、これはちょうど私の性情の好むところに合い、時折獨到の収穫もあり、本來一書を編んで各家の説を融會させたかったが、自ら文筆の拙いを愧じて成せなかった。今、托長老のこの著作を得て、各家の説に折衷の準繩ができた。その間文辞の典雅を欠く處はあるが、道理は明白に舉げられ、辞句も晦澀していない。道光辛巳年の秋、奉政大夫・掌廣西道監察御史・前翰林院編修・加三級の范亭黃中模が拜して撰す。
万樹華跋
曩為先君謀窀穸,日隨青烏家登山陟嶺,足蹇甚。比暮,萃先賢地理書,剪燭讀之。更闌燼落,弗輟也。如是者有年。然以所見證所讀,率皆牽強附會,遠於自然,心竊疑之。東鄉徐壽山先生者,積學士也。遊癢序有聲,家故豐,以葬父故,絕意進取,專攻堪輿藝,然不屑以術鳴。歲丁卯,來會城,餘獲從遊者七年。既為餘卜葬先君,而餘亦追隨杖履,口講指畫,得以聞所未聞。然後知山川河嶽自有真性情,剪裁作用自有真識力,牽強附會無當也。
昔、私は先父のために墓地を求め、日々堪輿の先生に從って山を登り嶺を越え、両脚は跛けるほどだった。夕暮れになれば、前賢の遺した堪輿書を一處に集め、燈芯を剪って細讀し、夜深く燭灰が堆り落ちても止めようとしなかった。こうして數年が過ぎた。しかし親眼で見たことを書上で讀んだことに印證すると、多くは牽強附會して自然の理に遠いもので、心の中に密かに疑いが生じた。東鄉の徐壽山先生は、學問の積累が深厚な人で、縣學で頗る名声があり、家はもともと富裕だったが、父を安葬した縁で功名を求める念を斷ち、堪輿の術を專攻しながら、またこの手藝で名を成すことを屑としなかった。丁卯の年、彼は省城に來て、私は彼に從って七年間学ぶことができた。彼は私のために先父の葬地を選定し、私も一路その左右に追隨し、口講手畫を聽いて、かつて聞いたことのない多くの道理を聞いた。これ以後私はようやく明白になった。山川河嶽には自らそれらの眞實の性情があり、裁剪取捨には眞の眼力があり、牽強附會は通用しないのだと。
既又得托長老《入地眼全書》凡十卷,書皆寫本,秘弗傳。伏而誦之,其旨宗《河》、《洛》法,用挨星於理氣為神妙,恍然如披雲霧睹青天,驗之故家巨族陰陽兩宅,其盛衰隆替,罔不畢合。向之竊竊然疑者,至是不覺渙然冰釋也。
その後また托長老の《入地眼全書》計十卷を得た。すべて手抄本で、祕藏され外に傳えられなかった。私は案に伏して誦讀し、その宗旨が《河圖》《洛書》の理に本づき、理氣の上で「挨星」(九星を飛布させて吉凶を定める)の法を運用すること最も神妙であるのを見て、讀んで豁然と雲霧を撥いて青天を見たようだった。さらに世家大族の墳墓と住宅をもって印證すると、それらの家の盛衰興替で、書中に講じるところと合わない處が一處もなかった。從來心に抱いていた咕噥たる疑惑は、この時不知不覺に氷のように解けた。
雖然,地理之學微矣。餘何人斯,知識淺陋,涯涘未窺,敢竊先賢緒餘哉!且思獵取科名,玷墨弗暇,何暇及此?第念附於棺者,必誠必信,人子皆有是責。則餘曩所盡心力而為之,諒必有同情者。餘既獲是編,何忍自秘?爰付剞劂,用公同好,或亦韓子所謂“以之為己順而祥,以之為人愛而公”者歟?刻既成,述其緣起如此。道光元年歲次辛巳仲夏月望後五日,南昌萬樹華仁村氏謹跋於省垣之宗祠。
とはいえ、堪輿の学は實に精微である。私は何人か、見識は淺陋で、その邊際すら窺えず、どうして前賢の餘緒を竊取できよう。まして一心に功名を獵取しようとし、筆墨の考試に忙しくて及ばず、これらに顧みる工夫がどこにあろう。ただ思うに、棺に隨って土に入る事はすべて、誠と信を盡くさねばならず、人の子たる者はみなこの責任を負う。ならば私が從來心力を竭くしてしたこの事も、きっと私と同感の人がいるだろう。私はすでにこの書を得たのに、どうして獨りで祕藏するに忍びよう。そこで刻工に交付し、同好に公にする。これはおそらく韓愈のいう「これをもって己に待てば順遂吉祥、これをもって人に待てば仁愛公正」という意であろう。刻し終えて、その縁起を上のように記す。道光元年、干支辛巳年仲夏月十五日の後五日目、南昌万樹華、字は仁村、省城の宗祠にて謹んで跋す。
例言
一、是書自宋迄今,巨族大家抄寫成帙,秘之已久。或前後失次,或散軼不全,愚不揣固陋,留心匯正,曆數寒暑,方成全集。至間有欠雅馴處,字字坦然明白,故不敢妄為刪易。
第一、この書は宋代から今日まで傳わり、いずれも世家大族が私に抄寫して册とし、祕藏して久しい。抄本には前後の次序が錯亂したもの、散失殘缺したものがある。私は淺陋を量らず、留心して彙集校正し、前後數年の寒暑を經て、ようやく一部の完整な集に整理した。書中に偶々文辞の典雅でない處があるが、字字はみな平實明白なので、敢えて隨意に删改しない。
二、是書理透法巧,言簡意賅。其他書有相為表裡者,如賴之催官、陳之撥砂、吳之夾竹梅花、葉之理氣三訣、張陳之四彈子是也。但諸家坊刻傳書不傳訣,或且讀其書而不能用其書。茲集條分縷析,妙諦俱現,能使閱者瞭然,易於學習。
第二、この書は道理を透徹に講じ、方法を靈巧に用い、文字は簡練で意思は完備している。他家の著作でこれと互いに表裏となりうるものに、頼文俊の《催官篇》、陳氏の《撥砂經》、呉氏の《夾竹梅花》、葉氏の《理氣三訣》、張氏・陳氏の《四彈子》の類がある。ただ各家の坊間刻本は文字のみを傳え口訣を傳えず、讀んで書を得てもなお使用できない人がある。本書は條を分け句を剖解し、精微の要旨をすべて明處に擺し、讀者をして一見して懂り、入門し易くする。
三、地理之書,言巒頭者或遺理氣,言理氣者又遺巒頭,彼此偏勝,多無應驗;至於立向之法,更未有詳言及者。是編將龍、穴、砂、水並向五字互相發明,言巒頭即兼講理氣,言理氣即帶講巒頭,體用賅備,洵為全璧。
第三、堪輿書で「巒頭」(山川の形勢)を講じる者は往々にして「理氣」(卦爻方位の推算)を抛き、理氣を講じる者はまた巒頭を抛き、各々一方に偏るので、多くは應驗しない。「立向」(墓穴や住宅の朝向を定める)の方法に至っては、さらに詳しく講じた人がいない。本書は龍・穴・砂・水に向を加えた五つの字を互いに印證發揮する。形勢を講じるとき理氣を連帶して講じ、理氣を講じるとき形勢を連帶して講じ、本體と運用がともに備わり、實に一塊の完整な璧玉と算えられる。
四、是書引用古經,在他書或因奧語難明,致有妄加批註,強為牽合者,茲集證佐詳明,見解獨出,於古經意義無不透徹。學者切勿以引用處多習見語,視為尋常坊本。愚蓋逐字逐句細心體認,每於巒頭合理氣處,尤多聞所未聞,讀此真可力破疑。
第四、本書は古代の經典を引用するが、他書は往々にして經文が深奧難懂のために、胡乱に注を加え强引に牽合する。本書は擧證が詳細明白で、見解は獨到であり、古經の本義で講じ透さないものはない。学ぶ人は切に引文に多く常見の句があるからといって、これを尋常の坊間讀本と見做してはならない。私は逐字逐句細心に體會し、凡そ形勢と理氣の相合する處は、殊に前所未聞の道理が多く、この書を讀めば眞に一擧に心中の疑團を破除できる。
五、是書已經考驗。凡富貴名墓,高山平洋,無不符合。況長老手作甚多,陰陽二宅經彼建造,至今不替。學者試觀其巒頭作法,再審其理氣應用,方知此書神效。
第五、この書は實地の檢驗を經たものである。凡そ富貴を出す名墓は、高山に坐すと「平洋」(地勢が平坦で高山のない地帶)にあるとを問わず、書中に講じるところと相符する。まして長老が親手で點定した地は多く、陰宅の墳墓と陽宅の住居で彼が營造したものは、今日に至ってもなお興旺して衰えない。學者はまず彼の形勢を相する做法を見て、さらに彼の理氣を運用する門徑を考察すれば、この書がいかに靈驗かを知るだろう。
六、是書先熟看巒頭,然後細玩理氣。蓋陰陽五行微妙難言,巒頭即理氣之著也。若舍巒頭而重理氣,開卷瞭然,登山茫然,便是屋裡先生。惟深知巒頭,又能明理氣,知所先後,而技乃至於神。
第六、この書を讀むにはまず巒頭の一門を熟看し、その後細かく理氣を揣摩すべきである。陰陽五行の道理は微妙で言傳し難いが、山川の形勢はまさに理氣が外に顯れた形迹である。もし形勢を抛いて理氣のみを重んずれば、書本を開けば條條理路整然としながら、一山に登れば茫然として措く所を知らず、屋裏で空談するだけの先生となる。まず形勢を看通し、また理氣を明白にし、二者の先後次第を懂得してこそ、この技藝は出神入化の地步に達することができる。
入地眼全書 天星卷一
天星卦序
天尊地卑,乾坤定矣。卑高以陳,貴賤位矣。動靜有常,剛柔斷矣。方以類聚,物以群分,吉凶生矣。在天成象,在地成形,變化見矣。是故剛柔相摩,八卦相蕩,一陰一陽,一上一下,一外一內,或上臨下,或下臨上,變化而莫測。是以鼓之以雷霆,潤之以風雨,一寒一暑,日月光明,運化不已。故乾,健也;坤,順也;震,動也;巽,入也;坎,險也;離,麗也;艮,止也;兌,說也。是故雷以動之,風以散之,雨以潤之,日以暄之,艮以止之,兌以說之,乾以君之,坤以藏之。
天は上にありて尊く、地は下にありて卑し。乾坤兩卦の位置はこれにより定まる。高低すでに排列分明なれば、貴賤の次序もまた確立する。動と靜に各々常規があり、陽剛と陰柔の分別は判断できる。事物は類により相聚り、万物は群により分かれ、吉と凶はここから生ずる。天に在っては日月星辰の「象」を凝らし、地に在っては山川陵谷の「形」を凝らし、變化はここに顯現する。そこで剛爻と柔爻が互いに摩蕩し、八卦が彼此推移激蕩する。一陰一陽が相對し、一上一下が相錯し、一外一內が相配し、あるときは上卦が下卦に臨み、あるときは下卦が上卦に臨み、變化は測度し難い。ここに雷霆をもってこれを鼓動し、風雨をもってこれを滋潤し、一寒一暑が交替し、日月が番々に照明し、運行化育は歇まない。ゆえに乾の本性は剛健、坤は柔順、震は振動、巽は入伏、坎は險陷、離は附麗、艮は靜止、兌は欣悅である。この故に雷は万物を鼓動し、風は欝結を吹き散らし、雨は土地を滋潤し、太陽は大地を温煦し、艮は生機を收め、兌は万物を欣悅させ、乾は群物を統領し、坤は万物を收藏する。
乾道成男,坤道成女。乾知大始,坤作成物。乾以易知,坤以簡能。易則易知,簡則易從。易知則有親,易從則有功。有親則可久,有功則可大。可久則賢人之德,可大則賢人之業。易簡而天地之理得矣,天地之理得而成位乎其中矣。蓋天晝夜旋轉而不停,日月五星隨之。天帝順行十二宮,布四時之令;太陽逆行十二宮,宣八節之功。是以八卦陰陽變動,應四時八節交會於天地矣。
乾の法則は化生して男と為り、坤の法則は化生して女と為る。乾は万物の開創を主管し、坤は万物を養育して形を成すことを負う。乾は平易の方式で人に知らしめ、坤は簡約の方式で效能を發揮する。平易なれば容易に理解され、簡約なれば容易に遵從される。理解され易ければ人を親附させ、遵從され易ければ功業を成就できる。親附あれば長久し、功業あれば廣大となる。長久し得るは賢人の德行、廣大し得るは賢人の事業である。平易と簡約を掌握すれば、天地の法則は手に入り、天地の法則が手に入れば、人は天地の間に自らの位置を立てることができる。大體いえば、天體は晝夜旋轉して止まず、日月と金木水火土の五星は皆これに隨って運行する。「天帝」(斗柄の指し、節氣に隨って位を移す方位の神)は十二宮に順って依次前行し、四季の政令を布散する。太陽は十二宮の中を逆行し、八つの節氣の功用を宣示する。ゆえに八卦の陰陽はこれに隨って變動し、四時八節と天地の間で交會相應する。
大寒,天帝在丑,太陽臨子,交會於子丑之間,故子與丑合,萬物成終成始。《易》曰:“成言乎艮。”雨水,天帝到寅,太陽在亥,寅亥交會,故寅與亥合,丑寅輔艮,東北之卦也。春分,天帝臨卯,太陽在戌,故卯與戌合,卯戌交會,甲乙輔震,正春之令也,萬物發生。《易》曰:“帝出乎震。”
大寒の時節、天帝の方位は丑にあり、太陽は子に臨み、両者は子と丑の間で交會する。ゆえに子と丑は相合し、万物はここで終結であると同時に開端である。《周易・說卦》にいう、「成言は艮にあり」。雨水の時節、天帝は寅に行き、太陽は亥にあり、寅と亥は交會する。ゆえに寅亥は相合する。丑と寅は艮卦を輔佐し、艮は東北に位する卦である。春分の時節、天帝は卯に臨み、太陽は戌にあり、ゆえに卯と戌は相合し、卯戌は交會する。甲と乙は震卦を輔佐し、これは正春の時令で、万物が萌生し生長する。《周易》にいう、「帝は震より出ず」。
穀雨,天帝在辰,太陽到酉,故辰與酉合,辰酉交會,萬物潔齊。《易》曰:“齊乎巽。”小滿,天帝到巳,太陽在申,故巳與申合,申巳交會,辰巳輔巽,東南之卦也。夏至,天帝到午,太陽臨未,故午與未合,午未交會,丙丁輔離,正夏之令也,萬物皆茂。《易》曰:“相見乎離。”大暑,天帝在未,太陽居午,午未交會,萬物致養。《易》曰:“致役乎坤。”
穀雨の時節、天帝は辰にあり、太陽は酉に行き、ゆえに辰と酉は相合し、辰酉は交會し、万物は整齊潔淨となる。《周易》にいう、「齊くは巽にあり」。小滿の時節、天帝は巳に至り、太陽は申にあり、ゆえに巳と申は相合し、申巳は交會する。辰と巳は巽卦を輔佐し、巽は東南に位する卦である。夏至の時節、天帝は午に至り、太陽は未に臨み、ゆえに午と未は相合し、午未は交會する。丙と丁は離卦を輔佐し、これは正夏の時令で、万物は一片に茂盛する。《周易》にいう、「相見は離にあり」。大暑の時節、天帝は未にあり、太陽は午に居り、午未は交會し、万物はここで長養を得る。《周易》にいう、「役を致すは坤にあり」。
處暑,天帝到申,太陽到巳,申巳交會,申未輔坤,西南之卦也。秋分,天帝到酉,太陽在辰,酉辰交會,庚辛輔兌,正秋之令,萬物悅成。《易》曰:“悅言乎兌。”霜降,天帝到戌,太陽居卯,戌卯交會,陰陽相薄。《易》曰:“戰乎乾。”小雪,天帝在亥,太陽在寅,亥寅交會,戌亥輔乾,西北之卦也。冬至,天帝迴歸北極,入於垣,太陽復命告功,壬癸輔子,正冬之令也,萬物歸藏。《易》曰:“勞乎坎。”夫由出而齊,而相見,帝之鼓乎出機也。而成由人,以向乎出焉。起震終艮,一歲之終也,而循環之妙在中矣。
處暑の時節、天帝は申に至り、太陽は巳に至り、申巳は交會する。申と未は坤卦を輔佐し、坤は西南に位する卦である。秋分の時節、天帝は酉に至り、太陽は辰にあり、酉辰は交會する。庚と辛は兌卦を輔佐し、これは正秋の時令で、万物は欣悅して成熟する。《周易》にいう、「悅言は兌にあり」。霜降の時節、天帝は戌に至り、太陽は卯に居り、戌卯は交會し、陰氣と陽氣が互いに逼迫する。《周易》にいう、「戰うは乾にあり」。小雪の時節、天帝は亥にあり、太陽は寅にあり、亥寅は交會する。戌と亥は乾卦を輔佐し、乾は西北に位する卦である。冬至の時節、天帝は北極に返回し、紫微垣の中に入り、太陽も還って復命報功する。壬と癸は子位を輔佐し、これは正冬の時令で、万物は收斂歸藏する。《周易》にいう、「勞するは坎にあり」。震卦の「出」から巽卦の「齊」へ、さらに離卦の「相見」に至るまで、皆天帝が生機を鼓動し、万物の萌發を促す過程である。最終の成就は人に頼り、人はこの生發の機に順ってこれを承接する。震卦に起始し艮卦に終結すれば、一年の完結であり、循環往復の妙はその中に藏まっている。
乾宮天星
《易》曰:“乾道行健。元亨,利貞。”其性燥急,陽之亢也。位居西北。乾以君之,六子皆統攝而分職以聽,又孰翕受時令於冬,曰:“戰乎乾。”陰陽相薄,肅殺相攻,即純陽克陰也。霜降,天帝到戌,太陽居卯,戌卯交會,陰陽相薄。《易》曰:“戰乎乾。”小雪,天帝在亥,太陽到寅,亥寅交會,戌亥輔乾,西北之卦。
《周易》にいう、「乾の運行は剛健息まず、大いに亨通し、正を守るに利あり」。乾の性情は燥烈にして急躁、陽氣亢盛の表れで、方位は西北に居る。乾は君主の身分をもって衆卦を統領し、震・巽・坎・離・艮・兌の六つの子女卦は皆その統攝を受け、職守を分掌してその命に聽く。誰か斂容してその號令を承受せざらん。時令上は乾は冬季に配する。ゆえに「戰うは乾にあり」という。陰氣と陽氣が互いに逼迫し、肅殺の氣が交攻する。すなわち純陽の氣が陰氣を克制することである。霜降の時、天帝は戌に至り、太陽は卯に居り、戌卯は交會し、陰陽は相迫る。《周易》にいう、「戰うは乾にあり」。
天星曰陽機,又曰天璣,奎宿十六星赤居其所。今五星聚奎,則天下世盛文明。又曰封豕,主文章之府。又主天子武庫,故主兵權,所以禁暴橫行。又主溝瀆。其星下九尺乃日、月、五星之中道。乾在天皇之左,是以聖人畫卦,以乾為八卦之首,為天、為父、為龍、為馬,故天地萬物亦以乾為首。乾三爻俱陽,萬物資始。坤三爻俱陰,萬物資生。是以聖人以乾、坤為天地定位,地理家用之為權衡。
乾位の對應する天星は「陽機」といい、また「天璣」ともいう。二十八宿中の奎宿十六星が赤色をもってここに居る。五星が奎宿に聚集すれば、天下は文教が昌盛する。奎宿はまた「封豕」ともいい、文章の府庫を主管する。また天子の武器倉庫を司り、因って兵權を主掌し、暴亂橫行を禁絕するのに用いる。還た溝渠水道を司る。この星の下九尺は、正に日・月と五星の運行する中道である。乾位は天皇星の左側にあり、ゆえに聖人が卦を畫くとき乾を八卦の首に列し、象を天・父・龍・馬と取った。因って天地万物も皆乾を首とする。乾卦の三爻は全陽で、万物はこれに憑って起始し、坤卦の三爻は全陰で、万物はこれに頼って生長する。ゆえに聖人は乾・坤兩卦をもって天地の位置を確定し、堪輿家はこれをもって地理を衡量する準繩とする。
乾龍法
凡乾龍起祖,卓立雲霄如龍樓鳳閣者,出脈過蛺,起伏盤旋,布氣行度,到頭結穴,與眾不同。其龍不可與亥同行,亥乃龍之曜鬼,先賢所忌,切宜詳細。若得單清過脈,地局端正,砂水全備,為龍之上格。若得主星高聳,功垂社稷,澤及生民,恩榮奕世。中格龍結穴者,翰院聲價,日近天顏。
凡そ乾方(西北)から祖山を起こし發脈する龍は、祖山は高聳して雲に入り、樓閣殿宇のごとく巍峨とし、祖山から山脈を抽出し、「過峽」(龍脈の起伏の間で收束して細くなる一段)を經て、一起一伏して盤旋して行き、沿途に生氣を布散し、度數に按って行走し、盡頭に至って穴場を結ぶ。その氣象は他の龍脈と大いに異なる。この龍は亥方の脈と同行してはならない。亥は乾龍の「曜鬼」(相沖相克する凶煞の方位)で、前賢の最も忌むところ、必ず細辨せよ。もし單一清純で旁氣を夾雜しない過脈を得、地局が端正で、砂山と水流が齊備すれば、龍中の上等格局である。さらに主星が高聳を加えれば、主人の功業は國家に垂れ、恩澤は百姓に施され、榮寵は世代斷えない。中等格局の龍が結穴すれば、主人は翰林に入り清望を享け、時に天子に親近し得る。
下格龍結穴者,亦發科甲、鉅富、人丁。若得殿上貴人者,聚氣火星也。上格龍主出將入相,大有功勳,名聞四海。中格龍結穴者,主尚書、侍從,翰院榮封。下格龍結地者,主科第大富。或火星變土結穴者,產狀元、宰輔。或木星結者,出尚書、侍郎。或金星結者,主科甲屏翰。水星結者,定出翰林學士。土星結者,主科貢秀士,百萬之莊,富壓一郡。
下等格局の龍が結穴しても、科舉に中り、巨富を發し、人丁を旺かせることができる。「殿上貴人」のような端立の星峰を得れば、それは聚氣の火星(尖鋭に上聳し、火焰の状の山形)である。上格龍は將を出し相に入るを司り、功勳卓著で名聲は四海に遍く傳わる。中格龍が結穴すれば、尚書・侍從の官に至り、翰林院で榮寵の封を受けるを司る。下格龍が結地すれば、科舉に登第し家資巨富を司る。もし火星が土星(頂が平で體が方、厚重で倉廩のごとき山形)に變じて結穴すれば、狀元・宰相を出す。木星(挺直圓聳、筆や竹のごとき山形)が結穴すれば、尚書・侍郎を出す。金星(圓渾高隆、覆せし鐘のごとき山形)が結穴すれば、科舉に高中し屛藩の重臣に位するを司る。水星(連綿起伏して波浪のごとき山形)が結穴すれば、必ず翰林學士を出す。土星が結穴すれば、貢生秀才の類の讀書人を出し、家に百萬の田莊があり、一郡に富甲するを司る。
總看龍之強弱,穴之有無砂之拱峙,水之澄清,案之朝拱,五種俱備,方為是地;而有缺陷,便是鬼氣。庸師到此,歡天喜地,假者好看,真者天秘。明師到此,圓規方矩,自有道理。有德之家遇著此地,無德之家反是掏氣。
總じていえば、龍脈の强弱、穴場の有無、砂山が環拱對峙するか、水流が澄澈か、案山(穴前近處に橫列する低山)が朝向拱抱するかを見るべきである。この五つが皆齊備してこそ、眞の好地と算える。一樣でも殘缺があれば、それは虛假の鬼氣に過ぎない。平庸の地師はこの種の地に至れば歡天喜地するが、假地は往々にして見目よく、眞地はかえって天機に隱藏されることを知らない。高明の地師がここに至れば、圓規で圓を量り矩尺で方を取るがごとく、心中に自ずから一套の準則がある。德ある家はこのような地に遇って初めて承受でき、德なき家はかえって地氣に反噬される。
亥宮天星
《易》曰:“亥乃屬水,西北之隅。”納卦於震。地支之十有二數,木之長生位。時令於冬,太陽驚蟄到亥,白露到巳向,天帝小雪到亥山。天星曰天皇,壁宿二星,一東一璧,其名東璧。二星赤居其所,下九星尺為天之中道,主文章圖書之秘府也。又主土工。明則圖書集,道術行,小人退,君子進,天下士子多賢良,世上詩翁賽謫仙。
《周易》にいう、亥は水に屬し、位は西北方の一隅にあり、納甲配卦上は震卦に歸する。亥は十二支中の第十二位で、また五行中木の「長生」の位(木氣が初生する方位)である。時令上は冬季に配する。太陽は驚蟄の節氣に亥に至り、白露には巳向に正對し、天帝は小雪に亥山に至る。亥に對應する天星は「天皇」といい、二十八宿中の壁宿に二星があり、一東一西相對して兩堵の牆壁のごとく、因って「東璧」と呼ぶ。この二つの赤色の星は亥位に居り、その下九尺は天の中道で、文章圖籍の祕府を主管し、また土木營造の事を司る。この星が明亮なれば、圖書が匯聚し、道術が流行し、小人は退避し、君子は進用され、天下の士子に賢良が多く出、世の詩人は「謫仙」と稱される李白と高下を較べ得る。
亥龍法
《易》曰:“亥在天門之左,紫微傍照之所,天極太乙常居也。”木之長生,又得天皇之星下照亥地。若亥龍起祖,單清過脈,為龍之上吉。凡亥龍過峽出脈,到頭結穴,束咽處必須要一亥字,到頭結穴者為吉。二十四龍惟有五龍難下:一亥龍,左乾右壬;一辛龍,左酉右戌;一午龍,左丙右丁;一巽龍,左辰右巳;一卯龍,左甲右乙。此五龍陰陽駁雜,兼帶煞氣。若得單清過脈,發福更大、更悠久。不但來龍如此,五向必作正向,方得房分不偏;而若兼左兼右則三房受害,無三則二房受害矣。
《周易》にいう、亥位は天門の左にあり、紫微垣の光芒が旁照する處で、天極星と太乙星が常にそこに駐する。亥は木の長生の位であるとともに、天皇星が下照して亥地に臨む。亥龍が祖山を起こし、過脈が單一清純なれば、龍中の上吉である。凡そ亥龍が過峽出脈し、盡頭に至って結穴するとき、その「束咽」(龍脈が穴に入る前の最も細い收束處)は必ず亥字の格上に在らねばならない。こうして頭を盡して結ぶ穴が初めて吉である。二十四条の龍脈の中で五条だけ最も下葬し難い。一は亥龍で、左は乾に緊挨し右は壬に緊挨する。二は辛龍で、左酉右戌。三は午龍で、左丙右丁。四は巽龍で、左辰右巳。五は卯龍で、左甲右乙。この五つの龍は陰陽の屬性が駁雜不純で、還た煞氣を夾帶する。もし單一清純の過脈を得れば、發福はかえって更大更久である。來龍だけでなく、この五種の坐向も必ず正向を立てねばならず、そうすれば各房の子孫の得るところが偏枯しない。もし偏左あるいは偏右して鄰位を兼取すれば、三房が害を受け、三房がなければ二房が害を受ける。
凡亥龍起祖,由亥旋入艮結穴者,定主科甲及第,富貴顯耀。若卯龍起祖,入丙轉亥結穴者,主文武雙全,宰輔三公。如兌龍起祖轉丙入庚者,主鉅富,又主翰苑才名。如正亥結穴者,主科甲連綿,官居臺閣。
凡そ亥龍が祖山を起こし、亥位から盤旋して艮位に轉入して結穴するものは、必ず科舉登第、富貴顯赫を司る。卯龍が祖を起こし、丙位に轉入し再び亥位に折返して結穴するものは、子孫が文武全才で、位は宰輔三公に至るを司る。兌龍が祖を起こし、丙位に轉じ再び庚位に入るものは、家產巨富を司り、また翰林院で文才の名を享けるを司る。正正しく亥位上に落ちて結穴すれば、科舉が一代接一代として斷えず、官は中央臺閣の重臣に至るを司る。
壬宮天星
《易》曰:“壬屬北方。”陽水納卦於離,為天干之九數。故《卜易》曰:“離火己卯己酉親。”己、壬二干隸離。時令仲冬,太陽雨水到壬山,處暑到丙向,天帝大暑到壬山。天星曰陰權,室宿二星赤居其所,為太廟,天子之宮也。又為元宮,一曰清廟,又為軍糧之府,又土工事。其下九天為日、月、五星之中道。土一星,為天子宮;下一廟為太廟,故羽林以衛之,將有土工之事。占於營室,其星明正則國昌,文明四海;不明則鬼神不享祭祀,天下多生疾疫。
《周易》にいう、壬は北方に屬する。それは陽水で、納甲上は離卦に歸し、十干の第九位に居る。ゆえに《卜易》にいう、「離火己卯己酉親」。己・壬の兩干は皆離卦に隸屬する。時令上は仲冬に配する。太陽は雨水の節氣に壬山に至り、處暑には丙向に正對し、天帝は大暑に壬山に至る。壬位に對應する天星は「陰權」といい、二十八宿中の室宿二つの赤星がここに居り、太廟を象り、天子の宮室である。また元宮ともいい、清廟とも稱し、還た軍糧の倉庫と土木工程の事を司る。その下九天は日・月と五星の運行する中道である。室宿中の一つの土に屬する星は天子の宮殿を象り、その下の一處の廟宇は太廟を象る。ゆえに羽林軍の拱衛があり、土木營造の事あらずんことを示す。凡そ宮室の營造を占卜するには、この營室の星を看る。星光が明亮端正なれば國運昌隆、文教は四海に遍く及び、星光が晦闇なれば鬼神は祭祀を享けず、天下に瘟疫が多く生ずる。
壬龍法
紫微帝座,一白星傍照壬地,又得四輔六相左右輔之,為龍之上吉。其龍不可與亥同行,謂之龍身帶曜,先賢所忌,切宜詳細。若乾龍起祖,由坤入午,正出面結穴者,定主科甲翰苑,官居極品。如坎龍起祖,由甲出乙,轉壬結穴者,主富貴雙全,科甲聯登。若午龍起祖,入坤轉乙,向甲結穴者,主鉅富,田聯阡陌,官居臺省。
紫微垣の帝座の側に一白星が旁照して壬地に臨み、また四輔・六相の諸星が左右に夾護する。ゆえに壬龍は龍中の上吉である。この龍は亥位の脈と同行してはならない。それを「龍身帶曜」(龍脈に凶煞星曜の氣を夾帶する)といい、前賢の忌むところ、必ず細辨せよ。乾龍が祖山を起こし、坤位を經て午位に轉入し、端端正正に出面して結穴するものは、必ず科舉に入り翰林に至り、官は一品に至るを司る。坎龍が祖を起こし、甲位から出脈し、乙位に轉出し、再び壬位に折入して結穴するものは、富と貴が兩全し、科舉は連續して登第するを司る。午龍が祖を起こし、坤位に入り再び乙位に轉じ、甲位に向かって結穴するものは、家資巨富で田地は連なって阡陌を成し、官は臺省の要職に居るを司る。
坎宮天星
《易》曰:“坎,陷也。習坎,有孚維心,亨。行有尚。”位居正北,雨以潤之而枯槁滋息。時令仲冬。曰:“勞乎坎”,以終歲勤動,慰勞於斯,一陽藏蓄而休息也。冬至,天帝迴歸北極於子垣,太陽復命告功於丑所,壬癸輔子。坎,冬之令也,萬物歸藏,帝既慰勞而一元告成。《易》曰:“勞乎坎。”
《周易》にいう、「坎は陷落である。重々たる險陷の中に身を處しても、心中に誠信を懐けば亨通し得、行動は還た嘉許を受く」。坎位は正北にあり、雨水がこれを滋潤して、枯槁した草木を再び滋生させる。時令上は仲冬に配する。《說卦》に「勞するは坎にあり」というのは、一年到頭辛勤勞作し、ここで慰勞を獲て、一線の陽氣が潛藏蓄養して休止することをいう。冬至の時、天帝は北極の子垣の中に歸り、太陽も丑位で復命報功し、壬と癸は子位を輔佐する。坎は冬の時令を司り、万物は收斂歸藏し、天帝すでに衆生を慰勞し、一元の氣はここに告成する。《周易》にいう、「勞するは坎にあり」。
天星曰陽光,虛宿二星赤居其所,冢宰之象,主北方城邑、廟堂祭祀之事。又主風雲、死喪、哭泣。下九尺是日、月、五星之中道,其星明大則天下安泰。又危宿三星赤,亦居其所,為天府,一曰天市;又曰架屋,為天子廟堂。下九尺由日、月、五星之中道。主架屋受藏風雨、墓墳祠禮,亦為冢宰之官。主天下五穀豐稔,以象海涵珠滋萬物之所。一白正臨,九紫對照,八白居左,六白居右,兩相輔佐,天帝成始之宮也。
坎位に對應する天星は「陽光」といい、二十八宿中の虛宿二つの赤星がここに居り、冢宰(百官を總領する大臣)を象り、北方の城邑と廟堂祭祀の事を主管し、また風雲・死喪・哭泣を司る。その下九尺は日・月と五星の運行する中道で、この星が明亮碩大なれば天下は安寧太平となる。危宿三つの赤星もこの位に居り、天府を象り、また天市とも架屋ともいい、天子の廟堂で、その下九尺も同じく日・月と五星の中道である。それは屋を建てて風雨を蔽うことを司り、墳墓祠祭の禮を司り、また冢宰の類の官職に屬し、併せて天下の五谷豐收を司る。大海が珠玉を涵容し万物を滋養する處に象を取る。九星の中で一白が正しくこの位に臨み、九紫が對面に相照し、八白は左に居り、六白は右に居り、両旁に夾輔する。これは天帝が一年の始を開創する宮位である。
坎龍法
凡坎龍起租,骨脈分明,地局端正,到頭結穴者,為龍之上吉。若轉坤龍結穴者,定主雙生之兒,富貴可許。如旋申起勢,轉正坎出面結者,亦主科甲富貴。又有翻身逆勢,旋申由午結回龍顧租,必得局法端正,砂水秀麗,定主翰苑才名,日近天顏,富而好禮。又主雙生之兒,又生六指之人。如壬癸起祖,旋申入辰,轉乙出面者,主產武略將帥之職,英俊雄偉之才。若巽山起祖,由坎出面結者,主生雙女。兌龍亦同,主家財消散。
凡そ坎龍が祖山を起こし、骨干と枝脈が分明で、地局が端正で、盡頭に至って結穴するものは、龍中の上吉である。坤龍に轉じて結穴すれば、必ず雙胞胎を生じ、富貴も指して期できる。盤旋して申位に至り勢いを起こし、再び正坎に轉り返って出面して結穴するものも、科舉富貴を司る。また一種、翻身して回頭し、來勢に逆って行くものがあり、申位から盤旋し、午位を經て「回龍顧祖」(穴場が頭を掉げて自家の祖山を朝拜する)の局を結ぶ。局法が端正で砂山水流が秀麗ならば、必ず主人が翰林に入り才名を享け、常に天子に親近し得、家は富み禮を好むを司る。また雙胞胎を生じ、六指の人を生ずるをも主る。壬・癸方から祖を起こし、盤旋して辰位に入り、再び乙位に轉じて出面するものは、武略に通曉し將帥に堪える英偉の才を出すを司る。巽山が祖を起こし、坎位から出面して結穴するものは、雙胞胎の女子を生ずるを司る。兌龍も同じで、還た家財の耗散を司る。
癸宮天星
《易》曰:“癸屬北方之陰水,納卦於坎,為天干之十數。”故《卜易》曰:“坎水戊寅外戊申。”癸、戊二干隸坎,時令仲冬之末。太陽大寒到山,大暑到向;天帝小寒到山。天星曰陰光,女宿四星赤居其所,為天之少府,掌管書機。又為須女、賤妾之稱,婦職之小也。主布帛、裁制、嫁娶。下九尺為日、月、五星之中道。其星明則文士現,五穀豐,女工昌盛,府庫充盈。
《周易》にいう、癸は北方の陰水に屬し、納甲上は坎卦に歸し、十干の第十位に居る。ゆえに《卜易》にいう、「坎水戊寅外戊申」。癸・戊の兩干は皆坎卦に隸屬し、時令上は仲冬の末尾に配する。太陽は大寒の節氣に癸山に至り、大暑には癸向に正對し、天帝は小寒に癸山に至る。癸位に對應する天星は「陰光」といい、二十八宿中の女宿四つの赤星がここに居り、天上の少府を象り、文書機要を掌管する。また「須女」とも稱し、卑妾の意を含み、婦人の職分中の較低い等を指し、布帛・裁剪縫製と嫁娶の事を主管する。その下九尺は日・月と五星の運行する中道である。この星が明亮なれば、文士輩出し、五谷豐登し、女紅興盛し、府庫充實する。
癸龍法
凡癸龍起祖,旋申入辰轉乙出面結穴者,主生英雄豪傑,才堪將帥。如旋申起勢,轉正坎出面結者,主科甲富貴。若轉坤龍結穴者,富貴雙全。如翻身逆勢,旋申由午結回龍顧祖,定主科甲翰苑,又主雙生之兒、六指之人。與坎宮同推。
凡そ癸龍が祖山を起こし、盤旋して申位に入り、再び辰位に折入し、乙位に轉じて出面して結穴するものは、英雄豪傑を生じ、才幹は將帥を担当するに足るを司る。申位で盤旋して勢いを起こし、正坎に轉り返って出面して結穴するものは、科舉富貴を司る。坤龍に轉じて結穴するものは、富と貴が兩全する。もし翻身して回頭し、逆勢に行き、申位から盤旋し午位を經て回龍顧祖の局を結べば、必ず科舉に入り翰林に至るを司り、また雙胞胎・六指の人を生ずるをも主る。これらの斷法は坎宮と同じく推求する。
丑宮天星
《易》曰:“丑屬陽土,東北之界,納甲於兌,金庫於丑。”地支之二數,時令季冬。太陽小寒到丑山,小暑到未向。天帝大寒到丑山。天星曰金牛,又曰斗牛。牛宿六星赤居其所,為天之關梁,主犧牲之事。日、月、五星貫之為中道。上二星,主道路;次一星,主關梁;又次二星,主南夷。其上二星,一曰積路,一曰積火,主道路;中間一火星,主關梁、牛馬;次下三星,主南越。星明大則王道,天下安,牛馬廣;不明,則牛馬瘟疫。
《周易》にいう、丑は陽土に屬し、位は東北方の分界處にあり、納甲は兌卦に歸し、五行中金の「墓庫」は丑位にある。丑は十二支の第二位で、時令上は季冬に配する。太陽は小寒の節氣に丑山に至り、小暑には未向に正對し、天帝は大寒に丑山に至る。丑位に對應する天星は「金牛」といい、また「斗牛」ともいう。二十八宿中の牛宿六つの赤星がここに居り、天上の關隘橋梁を象り、祭祀に用いる牲畜の事を主管し、日・月と五星がその間を貫穿して中道を成す。牛宿の上の二星は道路を司り、次の一つは關隘橋梁を司り、更に下の二つは南方の外族を司る。上の二星は、一名「積路」、一名「積火」で、皆道路を司る。中間の一つの火星は關梁と牛馬を司る。更に下の三つは南越の地を司る。この星が明亮碩大なれば、王道通行・天下安定・牛馬繁盛の兆であり、星光が晦闇なれば牛馬に瘟疫が多い。
丑龍法
《易》曰:“丑居東北。”以八白同宮,貪狠一星,在紫微之北下照丑地。在天為四金,在時為四季。然天市垣中,天機一星傍照丑地。故丑龍起祖,骨脈分明,為龍之上吉,定產富貴之人。其龍不可與癸同行,切宜詳細。如兌龍起祖,入艮由震出面結穴者,主產文武全才之士,威鎮邊夷。若艮龍起祖,由丙入庚結穴者,主科甲奕世、丁財大旺。若亥龍起祖,入艮轉未結穴者,主大富,乃得牛羊發家。
《周易》にいう、丑位は東北に居る。それは九星中の八白と同宮で、また「貪狼」の一星が紫微垣の北で下照して丑地に臨む。貪狼は天に在っては四金の列に屬し、時令上は四季の末の土月に配する。天市垣中に還た天機一星が旁照して丑地に臨む。ゆえに丑龍が祖山を起こし、骨干枝脈が分明なものは、龍中の上吉で、必ず富貴の人を出す。この龍は癸位の脈と同行してはならない。必ず細辨せよ。兌龍が祖を起こし、艮位に入り再び震位から出面して結穴すれば、文武全才の士を出し、威名は邊地部族を鎮服するを司る。艮龍が祖を起こし、丙位から庚位に轉入して結穴すれば、科舉が一代接一代とし、人丁と財帛が共に極めて旺むを司る。亥龍が祖を起こし、艮位に入り再び未位に轉じて結穴すれば、大富を司り、しかも牛羊を畜養して家を興したものである。
艮宮天星
《易》曰:“艮,止也。艮其背,不獲其身。行其庭,不見其人,無咎。”位居東北,艮以止之,而生意收斂於不過。時令於春,曰:“成言乎艮。”生克嗣續,成終開始,則一陽凝止於外,而為之有待也。此帝之無為而為,不為也。大寒,天帝司丑,太陽臨子,交會於子丑之間,萬物成終成始。太陽逆行,天帝順行,故丑寅輔艮。艮得上爻一陽初生,故春之時令得艮之陽爻而發。
《周易》にいう、「艮は止息である。背脊の處に止息すれば、自身の存在を覺えず、その庭に入っても、人を見ることなし。斯くのごとくして過ちなし」。艮位は東北に居り、これをもって生機を止め、生意を收斂させて過度にいたらしめない。時令上は春季に配し、《說卦》に「成言は艮にあり」という。生生克克、子孫相繼ぎ、一年はここで終結すると同時に再び開始し、一線の陽氣が外に凝定して、靜かに時機を待つ。これ正に天帝が作為なくして一切を成就し、為さないように見えて實に為すところあるである。大寒の時、天帝は丑位を主宰し、太陽は子位に臨み、両者は子丑の間で交會し、万物は終わりかつ始まる。太陽は逆行し、天帝は順行する。ゆえに丑と寅は艮位を輔佐する。艮卦の最上の一爻は一陽の初生で、因って春の時令は艮卦のこの一本の陽爻に憑って發動する。
天星曰陽機,又曰陽樞。斗宿六星赤居其所,為天廟也。五星貫其中,為日、月之正道。五帝坐其宮,天市垣中其星最明赤者主之。天市,全貨之府,為丞相、太宰之位,酌量政事之宜,褒進賢良,永受爵祿。南二星魁,天梁也。中央二星,天相也。北二星,天府庭也。亦為受命之期,將有天子之事占於南斗。其魁第一星主吳,第二星主會稽,第三星主丹陽,第四星主豫章,第五星主廬江,第六星主江州。六星欲其均明,則天下安泰,風雨順時,君民安康,五穀豐熟。
艮位に對應する天星は「陽機」といい、また「陽樞」ともいう。二十八宿中の斗宿六つの赤星がここに居り、天上の廟宇を象り、五星がその中を貫穿し、日と月の運行する正道である。五方の天帝がこの宮に坐鎮し、天市垣中の最も明亮にして赤色を呈する星がそれを主管する。天市は百貨を聚集する府庫で、丞相・太宰の職位を象り、政事の得宜否を斟酌し、賢良を褒奬進用し、爵位俸祿を長く享く。斗宿の南の二つは斗魁で天梁といい、中央の二つは天相といい、北の二つは天府庭という。ここはまた天命を承受する時機を象り、凡そ天子の事あらずんとするには、南斗を占看する。斗魁の第一星は呉地を司り、第二は會稽を司り、第三は丹陽を司り、第四は豫章を司り、第五は廬江を司り、第六は江州を司る。この六つの星は亮度が均一なのをよしとし、さすれば天下は安寧太平で、風雨は時に順い、君主と百姓は皆安康で、五谷は豐熟する。
艮龍法
凡艮龍起祖,卓拔高拱如華蓋、如文筆、如玉印、如武金、如貪狼、華蓋者,蓋下出木星如此,出脈過峽,一起一伏,一灣一曲,起伏盤旋到頭結穴者,為龍之吉。其龍不可與寅同行,謂之八煞龍,切宜詳細,先賢所忌。若得單清過脈,地局端正,砂水全備,主星拱峙者,為龍之最吉者也。
凡そ艮龍が祖山を起こすとき、山勢は挺拔高拱し、形狀は或いは「華蓋」(頂部が平展し四周が下垂して車蓋のごとき山)、或いは「文筆」(尖峭で筆鋒のごとし)、或いは「玉印」(方正で印章のごとし)、或いは「武金」(雄壯渾圓の金形山)、或いは「貪狼」(九星の一つ、山形は圓頭直身で尖圓して筍のごとし)に似る。所謂華蓋とは、蓋形の山の下から更に一座の木星峰を抽出する樣子である。このような祖山が脈を抽して出行し、「過峽」(龍脈の起伏の間で收束して細くなる處)を經て、一起一伏・一彎一曲し、盤旋して下り盡頭に至って結穴すれば、吉龍である。この龍は寅位の脈と同行してはならない。それを「八煞龍」(本卦の忌む煞位と龍が同行する)といい、必ず細辨せよ。
如華蓋下出脈,有木星結穴者,主出侍郎、尚書之官;中格龍科甲、翰林;下格龍主科貢秀士。如文星上木下水結穴者,上格龍主文章顯達,職兼文武;中格龍主科甲道院,下格龍主科貢人才。如玉印方正之山,小土星出脈結穴者,上格龍主科名高顯,爵祿萬鍾;中格龍主腰金五馬;下格龍主富,出重義之人。
もし華蓋形の山の下から脈を抽出し、木星峰で結穴するなら、侍郎・尚書一級の官を出すを司る。中等格局の龍は科舉中式し翰林に入り、下等格局の龍は貢生・秀才を出す。文筆の星峰で、上段が木形を作り下段が水形(上は尖直で下は起伏する)を作って結穴するなら、上格龍は文章顯達で職は文武を兼ねるを司り、中格龍は科舉に中り道院に供職するを司り、下格龍は貢生・秀才の類の人才を出す。玉印のような方正の山で、小土星(頂平體方の小丘)から出脈して結穴するなら、上格龍は科名顯赫で爵祿豊厚を司り、中格龍は腰に金印を佩び五馬の車に乘る顯官を司り、下格龍は富を司り義氣を重んずる人を出す。
如武金者,其星雄偉,體勢尊嚴,故謂之武,即獻天金。雲中金出脈結穴者,上格龍主出大將,征伐邊境,名傳四海;中格龍主田聯阡陌,出臺鎮閫府;下格龍主鉅富,主出蠢俗燥烈之人。如華蓋,蓋下有木星而出結穴者,上格龍主翰林臬臺,中格龍主尚書侍從,下格龍主科甲府道。如金星結者,主科甲屏翰,大發文章。如木星結者,主臬臺開府。如水星結者,主出科貢秀士。如火星結者,主生燥烈之人。如土星結者,主鉅富。
所謂「武金」とは、この類の星峰が雄偉で體勢が莊嚴であることをいい、ゆえに武と稱し、すなわち「獻天金」である。「雲中金」(高聳して雲端に插入する金形山)から出脈して結穴するものは、上格龍は大將を出し邊疆に出征して名を四海に傳えるを司り、中格龍は田地が連片し一方を鎮守する統帥を出すを司り、下格龍は家資巨富を司るが粗鄙暴躁の人をも出す。華蓋形の山で、蓋下に木星峰が出脈して結穴するなら、上格龍は翰林に入り按察使に任ずるを司り、中格龍は尚書・侍從を為すを司り、下格龍は科舉中式して知府あるいは道員に任ずるを司る。金星により結穴すれば、科舉中式して屛藩の重臣に列し、文章大いに顯れるを司る。木星により結穴すれば、按察使に任じ開府建衙するを司る。水星により結穴すれば、貢生・秀才を出すを司る。火星により結穴すれば、性情暴烈の人を生ずるを司る。土星により結穴すれば、家資巨富を司る。
