入地眼全書 砂法卷四
砂說
古人論砂詳矣。有以形體而辨吉凶者,如尖圓方正,結成珍貴之物類者為吉,歪斜破碎,生成凶惡之器品者為凶是也。有以方位而定吉凶者,如震庚、巽辛、兌丁、艮丙等方為吉,寅甲、坤申、辰戌、丑未等方為凶是也。有以理氣而辨吉凶者,如金、木、水、火、土各星俱喜於生、旺之垣,不喜於克洩之地是也。又有以某龍應配某砂、某砂當配某向,此亦理氣之說,如文俊《催官》之書是也。
古人の「砂」(穴場四周を護衛する山)を論ずるはすでに詳盡である。形體上より吉凶を分辨するものがあり、たとえば山形が尖・圓・方・正で、珍貴器物の模樣を湊成するを吉と算し、歪斜破碎して凶惡器具の模樣を成すを凶と算す。方位上より吉凶を判定するものがあり、たとえば砂が震と庚・巽と辛・兌と丁・艮と丙のこれらの方位に立つを吉と算し、寅甲・坤申・辰戌・丑未のこれらの方位に立つを凶と算す。理氣上より吉凶を分辨するものがあり、たとえば金・木・水・火・土の各類の星體は皆本氣生旺の宮垣に落ちるを喜び、我を克し我を泄す處に落ちるを喜ばない。還た某種の龍は某種の砂に配すべし・某種の砂は某種の坐向に配すべしと講じるもあり、これも理氣の一派に屬し、頼文俊の《催官篇》のごときがそうである。
凡論砂,各有師傳,堅持一說,應用形骸為是,應用方位是高,應審理氣為妙,而砂法遂無不合一之致矣。衲得師傳,全在撥砂法內應用。閱古今墓,乃知砂以形體為主,而方位亦未始不重,理氣亦未嘗不靈,故砂形吉而在於吉方,則應驗愈速;若凶砂而居吉位,福未必全。砂形吉生於凶方,則休祥減力。若凶砂而居凶位,禍不旋踵。龍向之喜而吉砂森列,則富貴愈盛。故撥砂之法,全在作者善於體認形體、方位,理氣必運用精細,撥吉則吉,撥凶則凶。合觀而趨避之,則庶為全美耳。凡二卷。
凡そ砂を論ずるに、各家に師門の傳授があり、各々一種の説を執る。ある人は形體を看るべしと認め、ある人は方位を用いるが更高明と認め、ある人は理氣を審察してこそ精妙と算うと認め、因って砂法は終始一一處に歸らない。貧僧の得た師傳は、全部「撥砂」(坐向に依りて四圍の砂山の氣を消納する方法)上に落實して運用する。古今の墳墓を看遍して、初めて砂は形體を主としながら、方位も未嘗て重要ならず、理氣も未嘗て靈て靈驗ないを知った。ゆえに砂形が吉で、また吉方に坐落すれば、應驗は更に速い。凶砂が吉位を占めれば、福氣は必ずしも周全でない。砂形は吉なれど凶方に生じれば、吉祥の力量は減弱し、凶砂がまた凶位に落ちれば、災禍は轉眼に至る。もし龍脈と坐向が皆稱心に、さらに吉砂が羅列成行を加えれば、富貴は愈々興盛する。ゆえに撥砂のこの門の法子は、全く施術の人が形體と方位を善く體認することを看、理氣も必ず運用精細を要する。撥きて吉を得れば吉、撥きて凶を得れば凶。合わせて通盤に權衡し、吉に趨き凶を避けて、初めて周全完美と算う。この一篇は全部で兩卷に分かつ。
看砂法
靜道和尚曰:凡看砂,先認星體為主。砂分三等看法:富、貴、賤。肥圓正主富,尖麗秀主貴,斜臃腫主賤。又認星體形象所屬何星,方知其富貴之大小、壽夭與窮通。總之,在天看纏舍,在地看情勢,則吉凶在掌握中矣。纏舍即二十八宿所屬。
靜道和尚がいう、凡そ砂を看るに、まず星體を辨認するを主とする。砂は三等の看法に分かつ。主富・主貴・主賤。肥厚圓渾端正のは富を司り、尖峭明麗秀拔のは貴を司り、歪斜臃腫のは賤を司る。更にこの座の星體の形象が五星中のどの星に屬するかを辨認して、初めて富貴の大小・壽命の長短と窮通得失を知り得る。總じて、天上でそれの纏附する星宿を看、地上でその情態形勢を看れば、吉凶は盡く掌握の中にある。所謂纏舍とは、それが二十八宿中の分屬である。
如火星體尖而利,稍示偏欹,其焰欲動,正火體也,一名廉貞,又名燥火。其焰不動,兩峰並出者名曰雙薦,砂名文筆。此等星體,屹立雲霄,居正印,產宰輔三臺。
たとえば火星は、形體が尖鋭鋒利で、略々偏側し、火焰の勢いは搖動せんとするがごとく、これは火の正體で、一名「廉貞」、また「燥火」ともいう。もし焰勢が動かず、兩峰が竝列して出れば、「雙薦」と名づけ、砂と作るとき「文筆」と稱する。この類の星體が高く雲霄に屹立し、また正しく穴前の「正印」の方位に落ちれば、宰輔三公一級の大官を出す。
如木星體圓而直,身聳而起,正木體也,一名貪狼,又名紫氣,砂名貴人。此等星體,沖天入云,定主狀元宰輔。
たとえば木星は、形體が圓渾にして挺直、身軀は高聳して起こり、これは木の正體で、一名「貪狼」(九星の首、山形は圓頭直身で尖圓して筍のごとし)、また「紫氣」ともいい、砂と作るとき「貴人」と稱する。この類の星體が天に沖し雲に入るものは、必ず狀元・宰輔を出すを司る。
如金星體高而圓,金之正體,一名太陽,又名左輔,砂名大武金、獻天金、雲中金。惟金星最多,各變不同:方而帶圓,金變土肩,土之變也,一名右弼,又名太陰,砂名主釜;低而長者名娥眉,曲則帶圓,金變水腰,水之變也,一名武曲,又名金水,砂名三臺。尖起為華蓋,圓起為寶蓋,兩翅垂下為飛鳳,糊而小者為席帽。若高金身圓頭亦圓,亦金正體,但比大武金加文秀,砂名覆鍾。如此星體,若一二峰起,或遠峰列筍居正印,定出翰苑才名、臺省官貴。
たとえば金星は、形體が高大にして渾圓で、金の正體、一名「太陽」、また「左輔」ともいい、砂と作るとき「大武金」「獻天金」「雲中金」と稱する。金星の變體は最も多く各々同じからず。方中に圓を帶びるは、金が變じて土肩と為る、土の變體に屬し、一名「右弼」、また「太陰」ともいい、砂と作るとき「主釜」と稱す。低平にして狹長のは「娥眉」と名づく。彎曲して圓を帶ぶるは、金が變じて水腰と為る、水の變體に屬し、一名「武曲」、また「金水」ともいい、砂と作るとき「三臺」と稱す。頂上が尖起するを「華蓋」といい、頂上が圓起するを「寶蓋」といい、両翼が下垂するを「飛鳳」といい、輪廓が模糊して低小のを「席帽」という。もし高大の金星で、身も圓・頭も圓なら、同じく金の正體で、只だ大武金より文秀を幾分添えたのみで、砂と作るとき「覆鐘」と稱す。この類の星體が一兩座の峰を起こし、あるいは遠處の峰巒が竹筍のごとく排列して正しく正印の方位に落ちれば、必ず翰林才子・臺省顯宦を出す。
如土星體圓而方,土正體也,一名巨門,一名天財,砂名御屏,低者名御書臺。即兩肩起角者為展誥,低而長者名玉幾。開窩之內有包者為藏金,一頭高一頭低為天馬。若如此星體聳起,高者居正印,主鉅富,人丁大旺,小貴馳名。
たとえば土星は、形體が既に圓であり且つ方で、土の正體、一名「巨門」、一名「天財」、砂と作るとき「御屛」と稱し、低矮のを「御書臺」という。両肩が角を起こすを「展誥」(展開した詔書の形如し)といい、低くして狹長のを「玉幾」という。窩形を開出して窩中に還た小包あるを「藏金」といい、一頭が高く一頭が低いを「天馬」という。この類の星體が高聳して起こり、その中の高大のがまた正印の方位に落ちれば、家資巨富・人丁大旺を司り、併せて小官小名をもって一方に馳譽する。
如水星勢如生蛇,或如波浪,正水體也,一名清奇,又名掘曲,砂名文曲。如此星體,上高下低,居正印,出人清秀,聰明、富秀而已。若破、祿、文、廉之砂,乃大山中星體,食而看之,名漲天水星。頭似廉貞,身似巨門,腳似破軍,分股處似祿存。若此等星辰在老山中,為祖宗分支出者,到水口作天雄星,或到塢底作天權星,火之變體。若居正印,產威武燥烈之人,文武兼全之士。
たとえば水星は、勢態が遊動する活蛇のごとく、あるいは起伏する波浪のごとく、これは水の正體、一名「清奇」、また「掘曲」ともいい、砂と作るとき「文曲」と稱す。この類の星體は上端が高く下端が低く、正しく正印の方位に落ちれば、出る人は清秀聰明だが、些の富氣秀氣あるに過ぎない。破軍・祿存・文曲・廉貞のこの幾種の砂に至っては、大山之中の星體で、合わせて看れば、「漲天水星」と名づく。頭部は廉貞に似、身軀は巨門に似、脚下は破軍に似、分股の處は祿存に似る。この類の星辰がもし老山の中に身を處すれば、祖宗山の分出する支脈で、水口に至れば「天雄星」とであり、あるいは山塢底部に至れば「天權星」となる、火の變體に屬する。もし正印の方位に落ちれば、威武剛烈の人を出し、文武兼全の士をも出す。
五星砂體形象既明,然又要分高、中、低三等看法。若入雲霄之砂,高數百丈者,為第一等,最為有力;高數十丈者,為中等之砂,力稍次之,定主科甲富厚;亂峰低小之砂,高數丈者,為下等之砂,其力又次之,定主富秀人丁。此言山龍之結地也。又有平崗龍結地者,其砂高數丈,亦作高山論。
五星砂體の形象すでに辨明し、還た高・中・低の三等の看法を分かつべきである。凡そ直に雲霄に插する砂で、高さ數百丈のは第一等に屬し、最も力量あり。高さ數十丈のは中等の砂に屬し、力量は稍次で、必ず科舉中式・家道富厚を司る。雜亂峰頭が低小で高さ數丈に過に過ぎぬは下等の砂に屬し、力量は又次の等で、必ず家富人秀・丁口興旺を司る。これは山龍結地について言う。別に平岡龍結地のがあり、そこの砂は只だ數丈の高さでも、高山の標準に照らして論ずる。
又有平洋龍結地者,比高山更秀、最大、最悠久。若得前後左右之砂高數丈,亦作高山論。山龍結地,以高山為主;平崗龍結地,以中砂為主;平洋龍結地,以低砂為主。若以平洋之地得平崗之砂,更加有力;平崗之地得高山之砂,其福加倍。若高山之地得平洋之砂,謂之有若無,乃砂之餘氣,非砂也。
還た平洋龍結地のがあり、高山より更に清秀・格局更に大・發福更に久遠である。もし前後左右の砂が數丈高き得れば、高山に照らして論ずる。山龍結地は高山の砂を主とし、平岡龍結地は中等の砂を主とし、平洋龍結地は低矮の砂を主とする。もし平洋の地が平岡のような砂を得れば、更に有力。平岡の地が高山のような砂を得れば、福分は加倍する。もし高山の地が平洋のような砂のみ得れば、あってないに等しく、只だ砂の剩す餘氣で、砂と算えない。
凡龍結地,龍與砂兩相配合,砂雖好,還要龍好。龍好砂又好,總喜開面有情,向我勢親,實為我用,全在消納工夫。若是反背無情,雖有何益哉?以龍辨砂,若結大地,天生地成,亦有自然之理。依砂坐度,依水立向。故古仙師有內外兩曏者:內向消砂,外向納水。是以富貴雙全,房分均勻,方見仙人手段。
凡そ龍が地を結ぶには、龍と砂は必ず兩相配合すべし。砂はたとえよくとも、還た龍もよくあらずねばならない。龍よく砂もよければ、總じて砂山が面を開き內に向かい、情を含み我に向かい、姿態が親近して切に我が用と為るを上とし、全く「消納」(坐向をもって砂水の氣を化解し收納する)の功夫上に在る。もし砂が反背無情なら、たとえそれあるも何の益かある。龍脈に依りて砂を辨すれば、もし結ぶが大地なら、それは天造地設で自らその天然の道理あり。砂に依りて坐して度數を定め、水に依りて朝向を確定する。ゆえに古代の仙師に內外二つの向を立てるのあり。內向はもって砂を消し、外向はもって水を納し、こうして初めて富貴雙全・各房子孫の受益均匀と為り、方に仙人の手段を見る。
入地眼全書 水法卷六
水說
水從天,其性動,為乾,為陽,禍福之應最速。故古人論葬,龍、水並重。論厝專論水,蓋以厝不取地脈而惟取天氣,以其易於應驗而發財。但天行健,易發易衰,故葬以龍為主,而水亦其要也。水法之書,紛紛不一。衲得白鶴仙師之遺師,全賴邱公之門人青衣子仙師指點,明白授受,則言形象、方位、納甲、先天後天、淨陰淨陽、理氣吉凶,瞭然心目。總以形象為第一。
水は源を上天に發し、その性質は動で、乾に屬し陽に屬し、禍福の應驗は最も速い。ゆえに古人は安葬を論じ、龍と水を竝重する。もし只だ「厝」(暫厝して柩を停め土に即ち入れぬ)を論ずれば、專ら水を論ず。停厝は地脈を取らず、只だ天氣を取るので、應驗し易く發財する。しかし天道の運行は剛健息まず、發るも速ければ衰えるも速い。ゆえに正式の安葬は仍ほ龍を主とし、水は同じく緊要の一環である。水法を講ずる書は紛紛雜雜、各々同じからず。貧僧は白鶴仙師の遺した師法を承け、全く邱公の門人青衣子仙師の指點に頼り、明白に授受し、因って形象・方位・納甲・先天後天・淨陰淨陽および理氣の吉凶を講じて、皆心目の間に了然とす。總じて形象を第一と為す。
如斜飛直沖之水,雖合理氣,又在吉方,終不免禍。故知之元屈曲為上格。夫水與砂,不相離者也。水曲則砂抱,水直則砂硬,水斜則砂飛。水沖於穴之前後左右,則災禍立見矣。業是術者,當先擇其形像善者以迎之,形像惡者以避之。更兼加以理氣之法、方位之辨,而立向以消納之,則吉無不利,而禍不侵之矣。凡上下卷。
たとえば斜飛して去り直沖して來る水は、たとえ理氣に合しまた吉方に落ちるも、終に禍患を免れない。これにより知るべし、水は「之」字「元」字のように屈曲回環するを上等格局と為す。水と砂は分け得ない。水が彎曲すれば砂は環抱し、水が筆直なれば砂は僵硬し、水が斜走すれば砂は飛散する。水がもし穴場の前後左右に沖射すれば、災禍は立ちどこに至る。この門の術業に從事する人は、まず形象美善の水を挑選してこれを迎え、形象凶惡の水はこれを避くべきである。さらに理氣の法度と方位の辨別を加え、坐向を立定して消解收納すれば、往くところ吉ないなく、災禍も侵擾し得ない。この一篇は上下兩卷に分かつ。
水法
堪輿首重詳龍身,“詳”字妙。詳龍勢之強弱、偏正以及榮枯休旺等形。倚斜側出,不是龍矣。精峻岡巒秀氣凝。精峻自然秀,有凝自然發福。亦有平原結穴者,靜深蛾眉最親人。世俗紛紛滋論說,究來禍福總無憑。卻不知水秀砂明即是地,誰識得消砂納水法中尋。
堪輿はまず重んずるは細察の龍身――この「詳」の一字の下す妙。龍勢の強弱・偏正および榮枯休旺の等の形態を詳審すべし。もし倚側歪斜して伸出すれば、それは龍でない。山岡峰巒は精悍峻拔して、秀氣は初めて凝聚す――形體が精峻なれば自然に清秀し、氣に凝聚あれば自然に發福す。平原上に結穴するもあり、あの安靜深穩・形は蛾眉のごとき低阜が最も人に親近する。世俗の人は議論紛紛、追究すれば禍福は總じて憑據なし。知らず、水が清秀・砂が明淨の處はすなわち好地で、只だ誰か認むるか、還た消砂納水の法門の裏から尋ねるを須る。
水秀者,或凝聚,或彎抱,或層層朝拜,並來大去小,來長去短,止見來不見去,更無駁雜是也。砂明者,峰頭開爽,情向親勢,低穴其頭俯臨,高穴其頭仰顧。穴砂差等,如賓主坐談,語笑殷勤是也。凡砂高穴,不過丈許,離穴不過兩尋。八尺曰尋,此言兩旁龍、虎是也。
所謂水秀とは、水が凝聚して潭を成し、あるいは彎抱環繞し、あるいは層層朝拜して來るをいう。來る處は口大・去る處は口小、來路は長・去路は短、來水を見得るも去水を見えず、更に夾雜駁亂なし。所謂砂明とは、峰頭が開展爽朗し、情態が穴場に朝して親切なるをいう。穴位が低きとき砂頭は俯身して臨照し、穴位が高きとき砂頭は仰面して回顧す。穴と砂の間に高低の等差あり、賓主が對坐交談し談笑殷勤するがごとし。凡そ砂が穴場に高出するは、高きこと一丈上下を過ぎず、穴を離るること兩尋を過ぎず――八尺を一尋と呼ぶ。ここに説くは正に穴場両旁の青龍砂と白虎砂である。
如砂腳端正,砂頭圓淨,砂身潤澤,饒有悃悃款款之形,不出半紀而發也。十二年為一紀。“凡砂”句四十二字,字字要訣。總之,人在穴中,砂之頭腳俱見者,其力最重。第一逆朝好,速發地多逆水。次之橫過水停蓄。橫過水停蓄,得砂關即發。
もし砂脚が端正で、砂頭が圓渾潔淨で、砂身が潤澤で、甚だ一副の誠懇款曲・依依として內に向かう姿態があれば、六年を出ずして發福す――十二年を一紀と稱す。「凡砂」以下のこの四十二個の字は、字字は皆要訣である。總じて、人が穴中に坐して、砂の頭と脚が皆望見えるは、力量最も重し。第一等は來水に逆って朝拜する砂が最もよし――發福速き地は多く逆水あり。其次は穴前を橫過して水が停蓄し得る――水が橫過して停蓄するは、砂の關攔ある限り發福し得る。
人言大地多順局,初運貧寒怎救人。若得一案,緊緊橫開亦好。砂與水分先後,砂遲發,水速行。每見青龍砂甚好,右邊惡水長飄零。水先管事矣。朝主兩山本無砂妙處,二房似不利矣。二來繼大二乃興。長絕則二承矣。溪澗江湖固是水,田源塘沼亦同情。堂平而低砂即應,稍有曲折水先輪。龍為根本水為用,兩者由來無輕重。尋龍立穴水為先,詳將要法把君傳。
人は常に大地は多く順局なりといえど、運程が剛く起こるとき家道貧寒なれば、また何をもって人を救わん。もし一座の案山を得て緊緊に橫攔開かれば、還た算うによし。砂と水の應驗は先後を分かつ。砂は發する遲く、水は行く速し。常に左邊の青龍砂が甚だよく、右邊に惡水が長年飄瀉するを見る――これすなわち水が先に事を管する。前朝の兩座の山は本來砂の妙處なきも、二房は似乎不利。長房が絕えるに及んで、二房が接續して下り、二房はかえって興旺す――長房が絕嗣すれば、二房は便ち承繼して過來す。溪流山澗・江河湖泊は固より水だが、田間の水源・池塘沼澤も同じ一つの道理である。明堂が平坦低伏のは、砂は便ち應驗し、水道が稍く曲折あるは、水の應驗はかえって先に至る。龍は根本・水は功用で、両者は從來輕重を分け得ず。尋龍立穴は總じて水を先と為す。我はしばらくこれら要緊の法門を一一詳細にお前に傳えん。
人皆以龍、穴、砂、水為地理之用,而四者之中,獨以龍為首者,何也?龍為根本。故常觀龍。苟有真龍,必有真穴。結穴之處,砂必抱。砂抱之處,水必聚。是龍真穴的而砂水隨之矣。看地之要領,此數句已說盡了。
人人は皆龍・穴・砂・水を堪輿の四大用處と為すが、この四樣の中で偏に龍を首と為すは、何の緣故か。龍は根本だからで、ゆえに時時龍を觀察するを要す。眞龍あれば、必ず眞穴あり。結穴の處は、砂は必ず環抱す。砂が環抱の處は、水は必ず聚匯す。これすなわち龍眞穴確にして砂水自然に之に隨う。地を看る要領は、此の幾句の話ですでに説盡した。
地理由來分四用,第一龍為重。吉凶禍福此中生,須要察真情。龍止管得地氣或暖或冷,吉凶禍福不能自主,以其靜故也。砂水得天之氣,人善承之則吉則福,人不能善承之則凶則禍,以其動故也。故《周易》曰:“吉凶侮吝生乎動。”
堪輿は自古四種の功用に分かち、第一は龍を重と為す。吉凶禍福は皆ここから生ず。必ずその眞情實態を察明すべし。龍は只だ地氣の或暖或冷を管得住し、吉凶禍福はそれ自ら主を為さず。龍は靜だからである。砂と水は天の氣を禀受し、人は善く承接すれば吉を得福を得、人が善く承接し得なければ凶を招き禍を招く。砂水は動だからである。ゆえに《周易・繫辭》にいう、「吉凶悔吝は動に生ず」――吉・凶・悔恨と憂慮は、皆動により生ずるのである。
或曰:龍亦恆動,二十四龍,不拘其何龍入首,時而轉乾,又忽而轉坤,時而入艮,又忽而向巽,詎曰不動?砂疊水亦靜,如巽砂侍側,則終古是巽,不見其為丙,酉水朝來則終古是酉,安見其為辰乎?是砂水亦靜。
人反問して曰く、龍もまた常に動くものだ。二十四条の龍は、いずれの条が入首するを問わず、一會に乾に轉じ、忽然また坤に轉じ、一會に艮に入り、忽然また巽に朝す。どうしてそれを動かぬといえよう。而るに砂は重疊し水は朝來するは、倒れて靜と算うべし。たとえば巽方の砂は旁に侍立し、それは千古皆巽で、丙に變ぜず。酉方の水は朝拜して來り、それは千古皆酉で、どうして辰に變ぜんや。照らして言えば、砂水はかえって靜である。
托長老曰:二十四龍,看龍逶迤,至於入首在亥則止於亥,入首在卯則止於止,詎非靜乎?若夫砂水,則變動無方。同一卯龍,有砂水見於乾亥者,有砂水見於丙午者。同一丙龍,有砂水聚於丑艮者,豈非動而難拘者乎?惟其動而難拘,則有喜忌分於其間矣。喜者為吉為福,忌者為凶為禍,理固然也。
托長老が答えていう、二十四条の龍は、それが蜿蜒して行くを看るも、入首の處に至れば、亥に落ちれば亥に停まり、卯に落ちれば卯に停まる。これ豈に靜でないか。砂と水に至っては、それこそ變動して定所なし。同じ一条の卯龍でも、ある砂水は乾・亥方に現れ、ある砂水は丙・午方に現る。同じ一条の丙龍でも、砂水が丑・艮方に聚まるあり。これ豈に動きて拘定し難きでないか。正にそれが動きて拘定し難きが故に、その間に可喜と可忌の分別あり。喜ぶ所はすなわち吉であり福であり、忌む所はすなわち凶であり禍である。道理は本來かくのごとし。
地氣動,龍主之;天氣動,砂水主之。天施地承,夫倡婦隨,不易之理也。此可知四者之中,龍為根本也。然既曰龍為跟本,而獨以水話於龍、穴與砂之後者,又何說也?蓋以水者,尋龍之要法也。古人云:氣為水之母,水為氣之子。
地氣の動は、龍により主宰す。天氣の動は、砂水により主宰す。天は施與し地は承受し、丈夫が倡導し妻子が隨從するがごとく、これは更易し得ぬ道理である。これにより知るべし、四者の中で龍こそ根本である。しかしすでに龍が根本と言うからには、なぜ偏に水を龍・穴・砂の後に置いて講ずるか。それは水が正に尋龍の要法だからである。古人がいう、氣は水の母、水は氣の子。
來水所以導龍行,界水所以止龍住。水源有長短,而龍之遠近可卜;水勢有大小,而龍之枝幹可分。察水勢之返彎,而朝與穴之賓主判然於此;觀水流之來去,則龍與砂之順逆辨別於斯。未看山,先看水。真龍落處水聚,真穴結處水纏。若有曲流之水,定有曲轉之砂。此可知尋地之法,水為要也。水有形勢,其所以看水之法,詳見下文。水中亦有巒頭,有曲流水定有曲轉砂,可見水之行止由於砂也。而“真龍落處水聚,真穴結處水纏”,此二句實得看地之要訣也。
來水は用いて龍の行走を引導し、界水は用いて龍の停留を止す。水源に長短あれば、龍の遠近は便ち推斷できる。水勢に大小あれば、龍の幹と枝は便ち分別できる。水勢の回環反彎を考察すれば、朝山と穴場の誰が賓で誰が主かはここに判明す。水流の來と去を觀察すれば、龍と砂の順逆はここに辨清す。未だ山を看ず、先に水を看るを要す。眞龍が落脈の處は水は必ず聚匯し、眞穴が結成の處は水は必ず環纏す。もし曲折回流の水あれば、必ず曲折回轉の砂あり。これにより知るべし、尋地の法は水を要と為す。水は自ずからその形勢あり、水を看る具體の方法は詳しくは下文に見るべし。水中にも同じく巒頭の辨あるべし。曲流の水あれば必ず曲轉の砂あり。水の行と止は砂により決定すること見える。而して「眞龍の落處は水聚まり、眞穴の結處は水纏う」のこの兩句は、實に地を看る要訣を捉えた。
辨水須當論分合,有分有合穴無錯。合前合後及兩旁,氣止水交方可作。水之分合有三,其一,自立穴球頂,水從上分而合於穴暈下龍虎內者,此一合也,名曰小分合,地之有無於此定。
水を辨ずるは必ず「分」と「合」を論ずべし。分あり合ありて、穴は點錯らざるを得。水が穴前に交合し、穴後に交合し、あるいは両旁に交合し、氣脈が止まり水流が交會して、初めて手を動かし穴を作るべし。水の分合は共に三重あり。第一重、立てる所の穴場の球簷頂上より、水は上頭より分かれ、而して穴暈の下・青龍白虎二砂の內に交合す。これを第一重の交合と為し、「小分合」と呼ぶ。一塊の地に究竟眞穴あるや否やは、ここに定奪す。
其二,自主山起頂,水從上分而合於龍虎外案山內者,此二合也,名曰次分合。不可苛求,自然有的。其三,自起祖分枝,水從兩邊分而合於案山外,合於大水口出者,此大合水也,名曰大分合。此老祖公產業,眾家子孫都有分的,不比自己獨產。
第二重、主山が頂を起こす處より、水は上頭より分かれ、而して龍虎砂の外・案山の內に交合す。これを第二重の交合と為し、「次分合」と呼び、苛求するに及ばず、自然に有る。第三重、祖山が枝脈を分出するより起こり、水は両邊より分かれ、案山の外に交合し、一直に大水口に會歸して流出す。これを大合の水と為し、「大分合」と呼ぶ。これは老祖宗の遺した産業に比し、各家の子孫は人人に份あり、自家獨有の私産に比せず。
然會水又有前後左右之不同,以下逐層講進,講到妙處。順結者,水合於前;回結者,水合於後;橫結者,或合於左右。至於左右旁水勝於前合,然旁合又不如後合。蓋前合順局,水皆前去,不能收住凝蓄。旁合者水橫過穴前,未必皆洋洋水口。至於後合,則翻身逆潮,隨後之水,無不入口矣。
ただ水の會合にまた前・後・左・右の不同あり。下に層を逐い講じ入り、一直に精妙の處に講じ至る。順結の穴は、水は穴前に交合す。回結の穴は、水は穴後に交合す。橫結の穴は、水は或いは左邊・或いは右邊に交合す。左右両旁に交合するに至っては、穴前に交合するに勝る。しかし旁合はまた後合に如かず。前合は順局に屬し、水は皆前に往き流れて、收まり得ず蓄え成さず。旁合の水は穴前を橫過するも、未だ必ず洋洋たる大觀の水口を形成し得ず。後合に至っては、それは翻身して來て潮勢に逆迎し、隨後に來る水は水口に歸入せざるなし。
前合水易得,後合水難求,以其得水之蓄也。總之,有分有合,則穴之結作始真;否則,水去而不合,龍去而不住,其穴結而不真。此察水之分合,辨水之第一法耳。又辨水勢論結局,逆朝橫抱堆金玉。次取合襟及順流,山高無水共五局。君今認局既分明,大聚小取皆堪錄。
穴前に交合の水は得易く、穴後に交合の水は最も求め難し。正にそれが水を蓄え得るが故である。總じて、分あり合あれば、穴の結作は初めて眞である。否れば水流れ去るも交合せず、龍走り過ぎるも停住せず、あの穴は結ぶといえど眞ならず。この一条の水の分合を察看するは、水を辨ずる第一法である。さらに、水勢を辨ずるは結局を論ずべし。逆水が穴に朝し、橫水が穴を抱くは、金玉のごとき富貴を堆積す。其次は「合襟水」(兩水が衣襟のごとく穴前に交合する)および順流の水を取る。山高くして水なきは又一局である。合わせて五種の格局である。お前は今すでに格局を認め分明せり。大聚の大局であれ小取の小局であれ、皆採錄すべし。
昔禹王時,天降神龜,負紋而出。王見此紋,方知治水。能知水之性情,故葬厝以水為第一。水性動,陽也,管事速,故言朝貧暮富,取其快也。以向配之,其水來,卻在二十四山方位而來。如陽水來立陽向,陰水來立陰向,則吉。若陰水來立陽向,則凶。先聖知水之性情,水無吉凶,方位不同。方位乃天地之使用,水乃天地之血脈。水無吉凶,方位與向皆有吉凶。是以納吉則吉,納凶則凶。
當年大禹が水を治むる時、上天は神龜を降し、文圖を背負いて水中より浮出せり。禹王はこの文圖を見て、初めて治水の門道を懂得せり。正に水の性情を懂得し得るが故に、下葬と停厝は皆水を第一と為す。水性は動に屬し、陽である。事を管する最も速し。ゆえに早上は窮せど晚上は富むといい、取るは正にその效の見る速きである。坐向を用いて之に配す。水は何處より來るや、總じて二十四山中の某箇の方位上より來る。もし陽水來れば陽向を立て、陰水來れば陰向を立てれば、吉を得。もし陰水來るに陽向を立てれば、凶を招く。前代の聖人は水の性情を明白せり。水は本身吉凶なし、只だ方位の別あるのみ。方位は天地運用の所在、水は天地の血脈である。水は本身吉凶を謂うなく、方位と坐向は各々吉凶あり。ゆえに吉氣を收納すれば吉、凶氣を收納すれば凶である。
入地眼全書 向法卷九
陰宅圖說
陰宅不外《河》、《洛》之理,配合不外八卦之法。龍、穴、砂、水、向,不外五字之真。龍認生死,穴認有無,砂認粗秀,水認曲直,向辨純疵。此五法亦為緊要。知此五者,改天命,奪神功,有一不測之機。伏羲畫先天之卦為《河圖》,得乾一、兌二、離三、震四、巽五、坎六、艮七、坤八,識天地之陰陽,知世上之吉凶。禹王畫後天之卦,故戴九履一,左三右七,二四為肩,六八為足,以定八方之正、隅,知天地四時八節之氣候。文王之卜易用後天之八卦:乾、坎、艮、震、巽、離、坤、兌。二卦合而為一,則知天地之氣數,世間之禍福。
陰宅の道理は《河圖》《洛書》を出ず、配合の方法は八卦を出ず。龍・穴・砂・水・向もまた、この五つの字の眞諦を出ず。龍を看るはそれが生か死かを認め、穴を看るは氣あるか無氣かを認め、砂を看るは粗劣か清秀かを認め、水を看るは屈曲か直瀉かを認め、向を看るは純正か帶疵かを辨ず。この五条の法門は皆極めて要緊である。この五樣を懂得すれば、便ち天命を改易し造化の功を奪取する能くして、その中に自ずから測度し得ぬ機關あり。伏羲が先天の卦を畫きて《河圖》を成し、乾一・兌二・離三・震四・巽五・坎六・艮七・坤八の次序を排出し、用いて天地の陰陽を認識し世間の吉凶を知る。禹王が後天の卦を畫き、因って「九を戴き一を履み、左三右七、二四肩と為し、六八足と為す」の九宮數位あり。用いて八方の正位と隅位を確定し、天地四時八節の氣候を知る。文王の卜筮に用いるは後天八卦、乾・坎・艮・震・巽・離・坤・兌。先後天の兩套の卦は合して一と為り、便ち天地の氣數・世間の禍福を知り得る。
黃石公作翻卦,乾、離、艮、巽、坎、坤、震、兌,定水之陰陽,知人家之興廢。惟翻卦無一定之規,總以斗柄七星為主。貪、巨、祿、文、廉、武、破,此七星之名。七星之外,又有左輔、右弼二星,加入七星之內,共成九星。卦只八方,星有九星,故輔、弼二星共一卦。
黃石公は「翻卦」の法を創制し、乾・離・艮・巽・坎・坤・震・兌の次序に依り、用いて水の陰陽を判定し、人家の興衰を推知す。只だ翻卦は一成不變の規矩なく、總じて北斗斗柄の七星を主と為す。貪狼・巨門・祿存・文曲・廉貞・武曲・破軍、これが七星の名目。七星の外に還た左輔・右弼の兩星あり、七星の中に加進し、合して九星を成す。卦は八方のみ、星は九顆あり。ゆえに左輔・右弼の兩星は一卦を合占す。
其卦乾、離、坎、坤為四陽卦,艮、巽、震、兌為四陰卦。四陰向要四陰水路吉,四陽水路凶;四陽向要四陽水路吉,四陰水路凶。其翻卦從向上起輔,是輔、武、破、廉、貪、巨、祿、文。陰向四吉星在艮、巽、震、兌,四凶星在離、乾、坎、坤。陽向四吉星在乾、離、坎、坤,四凶星在艮、巽、震、兌。其星輔、武、貪、巨四星吉,破、祿、文、廉四星凶。吉星便以吉來斷,凶星便以凶來推。翻卦之法,神乎其神,烏有不神驗者哉。九星斷語列於後。
此の八卦の中、乾・離・坎・坤は四つの陽卦、艮・巽・震・兌は四つの陰卦。四陰の向を立てるは、四陰方の來る水路を要して吉、四陽方の水路は凶。四陽の向を立てるは、四陽方の水路を要して吉、四陰方の水路は凶。翻卦の起法は、立てる所の向上より「輔」を起こし、依次に輔・武・破・廉・貪・巨・祿・文と為す。陰向の四顆の吉星は艮・巽・震・兌に落ち、四顆の凶星は離・乾・坎・坤に落つ。陽向の四顆の吉星は乾・離・坎・坤に落ち、四顆の凶星は艮・巽・震・兌に落つ。九星の中、左輔・武曲・貪狼・巨門の四星は吉と為し、破軍・祿存・文曲・廉貞の四星は凶と為す。吉星に落ちれば吉に按じて斷じ、凶星に落ちれば凶に按じて推す。翻卦の此の套の方法は神奇の至り、靈驗ない道理あらずんや。九星の斷語は後に開列す。
是以聖人知天地陰陽,畫卦以示後人。遵其教者,習而明之,無有不驗。奈地理一道,百不得一。而用之者不以為德,反以為仇,貶而削之,所云“用卦不用卦,用卦還是錯”。殊不知自不明其理,胸無點墨,先聖豈有哄人者哉!今特標明,請列位老師往人祖山考驗,看其字向,辨其水路,用翻卦訣知其吉凶,方信用卦之妙,總以淨陰淨陽為主,故云:紅黑一盤詳水路,究來不必辨龍神。
正に此の故をもって、聖人は天地陰陽を洞悉し、卦象を畫出して後人に指示す。彼の教誨に遵照して反覆演習して明白するに、應驗せざるなし。無奈、堪輿の此の一門、百人中に眞懂る一得難し。これを用いる人は但しその好處を感念せざるのみならず、倒れてこれを仇敵と當て、貶低删削を加え、還た何やら「卦を用い用いざれど、卦を用いるは還た錯なり」といえり。彼らは殊に知らず、自らその中の道理を明白せず胸中に半點の墨水なきを。前代の聖人豈に人を哄騙せむや。今特に標擧明白す。諸位の先生は人家の祖墳山上に請じて實地に考覈し、それが坐するはどの字向かを看、來るはどの水路かを辨し、翻卦口訣を用いてその吉凶を推せば、初めて卦を用いる妙處を信ずる。此の一切は總じて「淨陰淨陽」(陰陽各々類を成し相混雜せざる)を主と為す。ゆえにいう、羅盤上の紅黑兩色の字位を拿して水路を細審し、追究して底に至れば、倒れて何やら龍神を辨ずるに及ばず。
入地眼全書 陽宅卷十
陽宅門路竈宮星生克方位總論
《八宅周書》由來已久,乾、坎、艮、震、巽、離、坤、兌,一卦管三山。凡戌乾亥,皆乾宅也;壬子癸,皆坎宅;丑艮寅,皆艮宅;甲卯乙,皆震宅;辰巽巳皆巽宅;丙午丁,皆離宅;未坤申,皆坤宅;庚酉辛,皆兌宅;名曰連山卦。
《八宅周書》の流傳は已來久し。乾・坎・艮・震・巽・離・坤・兌の八つの卦は、每一卦が三つの山向を管轄す。凡そ戌に坐し・乾に坐し・亥に坐するは、皆乾宅と算う。壬・子・癸は皆坎宅と算う。丑・艮・寅は皆艮宅と算う。甲・卯・乙は皆震宅と算う。辰・巽・巳は皆巽宅と算う。丙・午・丁は皆離宅と算う。未・坤・申は皆坤宅と算う。庚・酉・辛は皆兌宅と算う――此の套の分法を連山卦と呼ぶ。
以陰陽對待之理,運消息盈虛之氣。理全則氣足,而造化神矣。其卦以乾、坤、兌、艮為西四宅,三吉俱右,此內門、路、灶切勿犯東;坎、離、巽、震為東四宅,三吉俱左,此內門、路、灶切勿犯西。至大門,又必於三吉中擇。陰陽配合,而後生息蕃昌。故先天乾坤定位之理,即後天坎離既濟之氣,此萬古不易之《河》、《洛》,昭昭可考矣。其遊星以七政而加九曜,貪、巨、祿、文、廉、武、破,此七政之名,又加左輔、右弼,共為九曜,即生、天、延、絕、五、禍、六、伏也。內有竹節貫井、宮星生克方位要訣,詳載於後,宅法庶無餘蘊乎。
それは陰陽相對待の道理に憑り、消長盈虛の氣機を運轉す。道理が周全なれば、氣は充足し、造化の功は便ち神妙である。八卦の中で乾・坤・兌・艮をもって西四宅と為し、三つの吉方は皆右邊に在り、宅內の門・路・竈は切に東邊に犯るなかれ。坎・離・巽・震をもって東四宅と為し、三つの吉方は皆左邊に在り、宅內の門・路・竈は切に西邊に犯るなかれ。大門に至っては、更に必ず三吉方の裏に挑選すべし。陰陽配合當を得れば、此の後子孫は初めて繁衍昌盛す。ゆえに先天八卦の乾坤定位の道理は、すなわち後天八卦の坎離既濟の氣機。これは萬古不變の《河圖》《洛書》の理で、明白に考究し得る。その「遊星」は北斗七政を拿して再び九曜に配す。貪狼・巨門・祿存・文曲・廉貞・武曲・破軍、これは七政の名目で、さらに左輔・右弼を加え、合して九曜を成す。すなわち生氣・天醫・延年・絕命・五鬼・禍害・六煞・伏位のこれらの星位。その中に還た竹節貫井法および宮星生克方位の要訣あり、詳細に後に記載し、陽宅の法は大概遺漏する所なし。
遊星
乾六天五禍絕延生,坎五天生延絕禍六。艮六絕禍生延天五,震延生禍絕五天六。巽天五六禍生絕延,離六五絕延禍生天。坤天延絕生禍五六,兌生禍延絕六五天。
此の八句は八宅遊星の排盤口訣で、每句の頭の一字は本宅を標明し、その下の七字は固定次序に按って其餘の七つの卦位上に配す。「六」は六煞を指し、「天」は天醫を指し、「五」は五鬼を指し、「禍」は禍害を指し、「絕」は絕命を指し、「延」は延年を指し、「生」は生氣を指す。乾宅は依次に六煞・天醫・五鬼・禍害・絕命・延年・生氣。坎宅は五鬼・天醫・生氣・延年・絕命・禍害・六煞。艮宅は六煞・絕命・禍害・生氣・延年・天醫・五鬼。震宅は延年・生氣・禍害・絕命・五鬼・天醫・六煞。巽宅は天醫・五鬼・六煞・禍害・生氣・絕命・延年。離宅は六煞・五鬼・絕命・延年・禍害・生氣・天醫。坤宅は天醫・延年・絕命・生氣・禍害・五鬼・六煞。兌宅は生氣・禍害・延年・絕命・六煞・五鬼・天醫。
前一字是本宅,名伏位,後七字乃七政也。七政者,以生、天、延為三吉,三吉之方宜開門、放灶、擇房、安床,而大門尤重。絕命最凶,五鬼次之,禍與六又次之,謂之四凶。此四凶方再以卦地參之,而輕重始辨。如絕命凶矣,然惟克宅者真凶;若生宅與宅比和及為宅所克者,皆凶不甚惡。
每句の前のあの一字は本宅の所在で、「伏位」と呼び、後の七字はすなわち七政。七政の中で、生氣・天醫・延年をもって三吉と為す。三吉の所在の方位は門を開き・竈を安じ・房を擇び・床を安ずるに宜しく、而して大門は尤も要緊である。絕命は最も凶、五鬼は次の等、禍害と六煞はまた次の等で、合わせて四凶と稱す。この四つの凶方は還た再び卦位五行の生克に參照し、輕重は初めて分辨し得る。たとえば絕命は固より凶だが、只だ本宅を克制するもののみ真凶と算う。もしそれが本宅を生じ、あるいは本宅と比和し、あるいは反って本宅に克されれば、凶性は皆太だ狠くなし。
竹節貫井法
從大門起遊星,數至向上第一棟,逆生而入,以辨某棟為三吉宜高,某棟為四凶宜低也。如正中開大門,則大門即第一前重也。如大門在一邊,必要大門數頭棟,然後逆生而入。靜宅不用竹節貫井之法。惟動宅、變宅、化宅始用之。取金生水、水生木,木生火、火生土、土生金。如此逐棟生入。各舉一局為式。
大門より遊星を排起し、朝向のあの面の第一棟の房に數え至り、再び相生の次序に逆って內に推し、用いてどの棟が三吉の位に落ち造りて高きに宜しきか、どの棟が四凶の位に落ち造りて低きに宜しきかを分辨す。もし大門が正中に開けば、大門をすなわち第一進と算う。もし大門が一側に開けば、必ず大門より算え起こして頭の一棟を數え、然る後に相生次序に逆って內に推す。靜宅は竹節貫井の此の法子を用いるに及ばず、只だ動宅・變宅・化宅のみ用上げる。推排する時は金生水・水生木・木生火・火生土・土生金を取り、このように一棟一棟相生して推進す。下に各々一つの格局を擧げて範例と為す。
三棟至五棟,無牆隔斷者為動宅,如坎宅離門,門為延年金星,二棟六水凶,三凍生木吉。或傍角開門,如坎宅巽門,則用巽天五六之法。巽至離向,天醫吉星為第一棟土,生第二棟延年金吉,第三棟六煞水凶,此為動宅。
三棟から五棟で中間に牆の隔斷なきは、「動宅」と呼ぶ。たとえば坎宅が離門を開けば、門上は延年金星、第二棟は六煞に落ち水に屬し、凶。第三棟は生氣に落ち木に屬し、吉。あるいは旁角上に門を開けば、たとえば坎宅が巽門を開く、便ち巽宅の「天五六禍生絕延」の此の一路の口訣を用いる。巽より數えて離向に至り、天醫吉星が第一棟に落ち土に屬し、第二棟の延年に生じ金に屬し、吉。第三棟は六煞で水に屬し、凶――これすなわち動宅の推法。
五行相生之法,六棟七棟名變宅。謂五行生盡而變也。蓋五鬼火生禍害土,不生天醫土;天醫土生延年金,不生絕命金;禍害土生絕命金,不生延年金。吉生吉,凶生凶,此常理也。惟六煞水單生貪狼木,貪狼木單生五鬼火,亦常理也。
さらに五行相生の法則を講ず。六棟・七棟の宅子は「變宅」と呼び、意は五行相生が盡頭に至って便ち變ずべし。本來五鬼は火に屬し禍害の土に屬するに生ずべきも、天醫の土に屬するに生ぜず。天醫は土に屬し延年の金に屬するに生ずべきも、絕命の金に屬するに生ぜず。禍害は土に屬し絕命の金に屬するに生ずべきも、延年の金に屬するに生ぜず――吉星は吉星に生じ、凶星は凶星に生ず、これ常理である。唯だ六煞は水に屬し單單に貪狼の木に屬するに生じ、貪狼は木に屬し單單に五鬼の火に屬するに生ず。これも常理と算う。
變宅前五棟內生,如人常法。至六七棟則五鬼火生天醫土,天醫土反生絕命金,禍害土反生延年金,故曰變也。如坎宅巽門,用巽天五六之法,向上第一重天醫土吉,第二棟延年金吉,第三棟六水凶,第四棟生木大吉,第五棟五鬼火凶,至第六棟天醫土吉,是凶火生吉土矣。第七棟絕命金凶,是吉土反生凶金矣。五棟之後,吉變凶,凶變吉,此為變宅相生之法。
變宅の前五棟は常規に照らして相生し、一般の宅子と異なるなし。第六・第七棟に至っては、便ち五鬼火の天醫土に生じ、天醫土が反って絕命金に生じ、禍害土が反って延年金に生ずると為る。ゆえに「變」と呼ぶ。たとえば坎宅が巽門を開く、巽宅の「天五六」の此の一路を用いる。朝向のあの面の第一進は天醫で土に屬し、吉。第二棟は延年で金に屬し、吉。第三棟は六煞で水に屬し、凶。第四棟は生氣で木に屬し、大吉。第五棟は五鬼で火に屬し、凶。第六棟に至ってまた天醫で土に屬し、吉。これすなわち凶火が吉土に生ずると為る。第七棟は絕命で金に屬し、凶。これすなわち吉土が反って凶金に生ずる。五棟の後は、吉は變じて凶と為り凶は變じて吉と為る。これ便ち變宅の相生の法。
八棟九棟名化宅,謂最後一棟為輔弼,星隨門而化也。法以雙木、雙金、雙土並進,以全貪、巨、祿、文、廉、武、破、輔、弼九星之用。蓋靜、動、變宅無輔、弼星,止名七政,與化宅異也。如坎宅巽門九棟,亦用巽天五六之法,大門數至向上第一重天土,次吉;二棟禍土,此雙土也,凶;三棟絕命凶;四棟延年,此雙金也,吉;五棟六水,不吉;六棟生木大吉,七棟左輔木,此雙木也,次吉;八棟五火凶;九棟右弼,原巽門生氣木,此右弼亦生氣木也,大吉。如止八重,即右弼生氣木大吉,此為化宅相生之法。
八棟・九棟の宅子は「化宅」と呼び、意は最後の一棟は左輔・右弼に歸り、星位は大門に隨って變化す。其の法は雙木・雙金・雙土を竝列推進し、用いて貪狼・巨門・祿存・文曲・廉貞・武曲・破軍・左輔・右弼の九星の全部の功用を湊足す。靜宅・動宅・變宅は皆輔・弼の二星なく、只だ七政と稱し、化宅と同じからざるが故である。たとえば坎宅が巽門を開き共に九棟、も巽宅の「天五六」のあの一路を用いる。大門より數えて朝向のあの面に至り、第一進は天醫で土に屬し、次吉。第二棟は禍害で土に屬し、これすなわち雙土と為り、凶。第三棟は絕命で、凶。第四棟は延年で、これすなわち雙金と為り、吉。第五棟は六煞で水に屬し、不吉。第六棟は生氣で木に屬し、大吉。第七棟は左輔で木に屬し、これすなわち雙木と為り、次吉。第八棟は五鬼で火に屬し、凶。第九棟は右弼で、本來巽門の起こすは生氣で木に屬し、此の右弼も生氣で木に屬し、大吉。もし八進のみならば、末の一進は便ち右弼生氣で木に屬し、大吉。これ便ち化宅の相生の法。
