釈日度二十五
太史楊惟德曰:臣等謹案:曆法日周天三百六十五度四分度之一,太陽一日行一度,八十五歲則行不及一度。臣等今依大宋《祟天曆》,起自景甲戌歲,二十四氣、日宿次合、分璧度數,以定月將,故得用式無差,占事有準,禍福符應,時變以周,悔吝凶吉與神道而合契。
太史楊惟徳はいう:臣等謹んで按ずるに、暦法上、太陽は周天を一圏繞るに三百六十五度又四分の一度にして、太陽は毎日一度を行き、積もりて八十五年に至れば一度を差出す——これは歳差を説く。臣等は今、大宋《崇天暦》に依拠し、景徳甲戌年(一〇〇四年)より起算し、二十四節気の当日に太陽の所在する宿次を会合し、各気の宿度分数を推算し、それを用いて月将を確定す;このようになれば、式盤を用いて課を起すに偏差あらず、事を占うに準則あり、禍福に応験あり、時令に随いて変化して周遍し、悔吝吉凶は皆神道と相い契合し得(底本の「崇天暦」は「祟天暦」と訛り、「景徳」は「徳」の一字を脱す、照録して改めず)。下文の列する所は、即ち気を逐いて推定する太陽の宿度なり。
冬至,斗宿六度二十六分。小寒,斗宿二十二度二十二分。大寒,女宿六度七十七分。立春,危宿初度九十七分。雨水,危宿十六度五十三分。驚蟄,室宿十四度二十分。春分,奎宿二度五十分。清明,婁宿初度四十分。穀雨,胃宿二度四十分。立夏,昴宿二度五十二分。小滿,畢宿六度二十八分。芒種,參宿三度八十九分。
以下は節気の順序に按じて太陽の所在する宿と度分を列す、毎条は「某気:太陽は某宿の第几度几分に在り」と読む。冬至、太陽は斗宿六度二十六分に在り;小寒、斗宿二十二度二十二分;大寒、女宿六度七十七分;立春、危宿初度九十七分(「初度」は即ちその宿の第零度、起始度);雨水、危宿十六度五十三分;驚蟄、室宿十四度二十分;春分、奎宿二度五十分;清明、婁宿初度四十分;穀雨、胃宿二度四十分;立夏、昴宿二度五十二分;小満、畢宿六度二十八分;芒種、参宿三度八十九分。ここの「分」は一度を百等分する小数にして、今日の度・分と同じからず。太陽の宿度を査得し、再び上篇「釈璧度」の十二段の界限に對照せば、便ちどの月将を用いるべきかを定出し得。
夏至,井宿九度十三分。小暑,井宿二十三度六十六分。大暑,柳宿五度四十分。立秋,星宿五度九十八分。處暑,張宿十三度八十六分。白露,翼宿十度十二分。秋分,軫宿六度一分。寒露,角宿二度五十四分。霜降,亢宿四度九十八分。立冬,氐宿十一度五分。小雪,尾宿一度四十八分。大雪,尾宿一度四十八分。大雪,箕宿初度三十分。
続いて後半年:夏至、太陽は井宿九度十三分に在り;小暑、井宿二十三度六十六分;大暑、柳宿五度四十分;立秋、星宿五度九十八分;處暑、張宿十三度八十六分;白露、翼宿十度十二分;秋分、軫宿六度一分;寒露、角宿二度五十四分;霜降、亢宿四度九十八分;立冬、氐宿十一度五分;小雪、尾宿一度四十八分;大雪、箕宿初度三十分。底本は「小雪」条の後に一行を重出す「大雪、尾宿一度四十八分」、小雪の度数と全同なり、顯らかに傳抄の時に前行を誤復したるなり、真正の大雪の一条は應に「箕宿初度三十分」と作るべし;ここは底本の原样に依りて両条を収録し、刪併せず。全年二十四気の太陽宿度はここに至りて列斉し、冬至の斗宿より起り、繞行一周して仍ほ斗・箕の間に帰す。
假令十一月十五日冬至,在南斗六度。至二十一日,在南斗十二度。於辰在丑方,用大吉為月將。若二十日以前用式占事,猶用功曹為月將。餘皆仿此。
照做しうる例を挙ぐ:仮に十一月十五日に冬至を交すとせば、この日太陽は南斗六度に在り;二十一日に至れば、太陽は已に南斗十二度に行至れり。「釈璧度」上篇に按ずれば、斗宿十二度より女宿七度までの这一段は大吉に属し、丑位に配す、故に二十一日より起りて大吉(丑)を用いて月将と作す。倘若二十日以前に式を以て事を占えば、太陽は仍ほ斗宿十一度以内に在り、あの一段は功曹に属す、則ち仍旧に功曹(寅)を用いて月将と作す。その余の各気は皆これに照らして辦理す。こちらの一条の緊要な処は:将を換うるは太陽の実際に界を過ぐるを以て準と為し、一到某月某日すれば即ち換うるにあらず、故に課を起す前に必ず先に太陽宿度を査せねばならぬ。
釈日出没第二十六
古法曰:一晝夜有二十時,總一百刻,逐時更分,各有長短,謂辰戌丑未四時,各十三刻,其餘八時各六刻,共成一百刻也。殊不知天道運行,歲時差忒,銀漏著短長之限,實咎分盈縮之期。臣等今依《祟天曆》,算定遲疾,四時無差於昏曉。《月令》云:日出前二刻半為曉,日入後二刻半為昏也。
古法にいう:一昼夜は共に十二の時辰・合わせて一百刻で、各時辰は再び下に細分し、長短は併せて一ならず——辰・戌・丑・未この四つの時辰は各々十三刻を占め、その余の八つの時辰は各々六刻を占め、四乗十三に八乗六を加えて、恰好一百刻を凑成す(底本の「十二時」は誤って「二十時」と作す、照録)。然るにこの種の算法は考慮せざりき:天道の運行は、一年の中、时令は本より参差あり、漏壺の刻する長短の界限は固定なれども、実際の昼夜の盈縮の期は則ち変化す、毛病は正にここに出づ。臣等は今《崇天暦》に依りて昼夜の遅速を算定し、四季の昏・曉をして再び誤差あらざらしむ。《礼記・月令》にいう:日出以前二刻半を「曉」と曰い、日入以後二刻半を「昏」と曰う。昏曉を定准して、はじめて昼貴・夜貴を分清し得、天乙貴人の取用は全系ここに在り。
冬至,日出卯正五刻空,入申正三刻二十分。小寒,日出卯正四刻五十分,入申正三刻三十分。大寒,日出卯正四刻二十分,入申正四刻空。立春,日出卯正三刻三十二分,入申正四刻四十八分。雨水,日出卯正二刻三十分,入申正五刻五十分。驚蟄,日出卯正一刻十七分,入申正十刻三分。春分,日出卯正初刻空,入酉正初刻空。清明,日出寅正七刻三分,入酉正一刻十七分。穀雨,日出寅正五刻五十分,入酉正二刻三十分。立夏,日出寅正四刻四十分,入酉正三刻三十二分。小滿,日出寅正四刻四十八分,入酉正四刻二十分。芒種,日出寅正三刻三十分,入酉正四刻五十分。
下面は気を逐いの日出・日入の時刻で、毎条は「某気:日出は某時正後第几刻几分、日入は某時正後第几刻几分」と読む;「空」は即ち整、零分なし。冬至、日出は卯正五刻整、日入は申正三刻二十分;小寒、日出は卯正四刻五十分、日入は申正三刻三十分;大寒、日出は卯正四刻二十分、日入は申正四刻整;立春、日出は卯正三刻三十二分、日入は申正四刻四十八分;雨水、日出は卯正二刻三十分、日入は申正五刻五十分;驚蟄、日出は卯正一刻十七分、日入は酉正初刻三分(底本は「申正十刻三分」と作す、一時辰は十刻を有すべからず、是れ傳抄の誤なり、照録原文);春分、日出は卯正初刻整、日入は酉正初刻整、昼夜は恰好平分す;清明、日出は寅正七刻三分、日入は酉正一刻十七分;穀雨、日出は寅正五刻五十分、日入は酉正二刻三十分;立夏、日出は寅正四刻四十分、日入は酉正三刻三十二分;小満、日出は寅正四刻四十八分、日入は酉正四刻二十分;芒種、日出は寅正三刻三十分、日入は酉正四刻五十分。見出す可し、冬至より芒種に至るまで、日出は一路に提前し、日入は一路に推遅し、昼は漸く長く夜は漸く短し。
夏至,日出寅正三刻三十分,入酉正五刻空。小暑,日出寅正三刻三十一分,入酉正四刻五十分。大暑,日出寅正四刻空,入酉正四刻二十分。立秋,日出寅正四刻四十八分,入酉正三刻三十三分。處暑,日出寅正五刻五十分,入酉正二刻三十分。白露,日出寅正七刻三分,入酉正七刻十七分。秋分,日出卯正初刻空,入酉正初刻空。寒露,日出卯正一刻十七分,入酉正七刻三分。霜降,日出卯正二刻三十分,入申正五刻五十分。立冬,日出卯正三刻二十二分,入申正四刻四十八分。小雪,日出卯正四刻二十分,入申正四刻空。大雪,日出卯正四刻五十分,入申正三刻三十分。
続いて後半年:夏至、日出は寅正三刻三十分、日入は酉正五刻整、白昼は最長なり;小暑、日出は寅正三刻三十一分、日入は酉正四刻五十分;大暑、日出は寅正四刻整、日入は酉正四刻二十分;立秋、日出は寅正四刻四十八分、日入は酉正三刻三十三分;處暑、日出は寅正五刻五十分、日入は酉正二刻三十分;白露、日出は寅正七刻三分、日入は酉正一刻十七分(底本は「七刻十七分」と作す、清明の一条と對称の数と合わず、当に「一刻」の訛なり、照録原文);秋分、日出は卯正初刻整、日入は酉正初刻整、昼夜は再び一度平分す;寒露、日出は卯正一刻十七分、日入は申正七刻三分(底本は「酉正」と作す、前後の遞減の勢に拠れば当に「申正」と作るべし、照録原文);霜降、日出は卯正二刻三十分、日入は申正五刻五十分;立冬、日出は卯正三刻二十二分、日入は申正四刻四十八分;小雪、日出は卯正四刻二十分、日入は申正四刻整;大雪、日出は卯正四刻五十分、日入は申正三刻三十分。夏至より大雪に至るまで、日出は気を逐いて推遅し、日入は気を逐いて提前し、昼は漸く短く夜は漸く長し、前半年と正相對称す。占課の時は当日の節気に按じて日出日入を査得し、再び各々二刻半を退進せば、便ちその日の曉と昏を得出し、昼夜貴人はこれにより界を划す。
釈昏曉第二十七
《黃帝》曰:曉昏之法,以星沒為曉,星出為昏。雖諸說之紛紜,奈法式而猶闕。臣等今依《祟天曆》,算定昏曉,中星定貴神經歷之方,分天官向背之所,庶占驗無失,善惡有準矣。
《黄帝》にいう:曉と昏を判定するの办法は、星辰の隠没を以て「曉」と為し、星辰の出現を以て「昏」と為す。各家の説法は紛紜たりと雖も、然るに式盤上に用いる具体の法度は却一直に缺けたり。臣等は今《崇天暦》に依りて昏・曉の両時刻を算定し、併せて当時正に南天中央にあたる「中星」を推出し、それを用いて貴神の経行する所到の方位を確定し、天官(十二天将)の面向と背向の処を区分し、占験をして閃失なく、善悪に准拠する所有らんことを希う(底本の「崇天暦」は「祟天暦」と訛る、照録)。所谓「中星」は、昏時・曉時に恰も正南子午線上に在るあの宿星を指す;中星を知れば、即ち当時の天盤の実際の指向を知るに等し。
節氣,曉中星,昏中星。冬至,角初度,壁四度。小寒,亢二度,奎六度。大寒,氐七度,婁八度。立春,房四度,昴初度。雨水,尾五度,畢八度。驚蟄,尾十六度,參九度。春分,箕九度,井十九度。清明,斗八度,柳三度。穀雨,斗十九度,張一度。立夏,牛四度,翼三度。小滿,女九度,軫二度。芒種,危初度,角二度。
下表は三欄で、依次は節気・拂曉時の中星・黄昏時の中星、毎条は「某気:曉時正南は某宿几度、昏時正南は某宿几度」と読む。冬至、曉中星は角宿初度に在り、昏中星は壁宿四度に在り;小寒、亢宿二度/奎宿六度;大寒、氐宿七度/婁宿八度;立春、房宿四度/昴宿初度;雨水、尾宿五度/畢宿八度;驚蟄、尾宿十六度/参宿九度;春分、箕宿九度/井宿十九度;清明、斗宿八度/柳宿三度;穀雨、斗宿十九度/張宿一度;立夏、牛宿四度/翼宿三度;小満、女宿九度/軫宿二度;芒種、危宿初度/角宿二度。前の一つの数は曉中星、後の一つの数は昏中星、両者は各々節気に随いて二十八宿の次第に順い推移す。
夏至,危十四度,亢六度。小暑,室十三度,氐十一度。大暑,奎五度,尾初度。立秋,婁七度,尾十二度。處暑,昴初度,箕六度。白露,畢九度,斗五度。秋分,井一度,斗十六度。寒露,井二十一度,牛初度。霜降,柳五度,女三度。立冬,張二度,虛三度。小雪,翼二度,危五度。大雪,軫一度,室一度。
続いて後半年、仍ほ「曉中星/昏中星」の两欄なり:夏至、危宿十四度/亢宿六度;小暑、室宿十三度/氐宿十一度;大暑、奎宿五度/尾宿初度;立秋、婁宿七度/尾宿十二度;處暑、昴宿初度/箕宿六度;白露、畢宿九度/斗宿五度;秋分、井宿一度/斗宿十六度;寒露、井宿二十一度/牛宿初度;霜降、柳宿五度/女宿三度;立冬、張宿二度/虚宿三度;小雪、翼宿二度/危宿五度;大雪、軫宿一度/室宿一度。全年二十四条列斉の後、曉中星は角宿より一路に二十八宿を行遍して復た軫に帰り、昏中星もまた然り、ただ相隔てること約半周天なり。占課の時に若し昏曉の已到せるや否やを核對せんと欲せば、頭を抬げて正南方の中星を看れば即ち可なり、尽く漏刻に依らずともよし。
釈天乙第二十八
司馬遷《天官書》曰:天乙在紫徽宮門右星南,天帝之神也,主鬥戰,知人之吉凶者也。天乙常背天門向地戶而行。天官十有二,天乙常以甲戊庚日,旦治大吉,暮治小吉。乙己之日,旦治神后,暮治傳送。丙丁之日,旦治徵明,暮治從魁。壬癸之日,旦治太乙,暮治太沖。六辛之日,旦治勝光,暮治功曹也。
司馬遷《史記・天官書》にいう:天乙星は紫微宮門の右星の南面に在り、是天帝の神にして、争戦を主管し、能く人の吉凶を知る(底本の「紫微」は「紫徽」と作す、照録)。天乙の運行する時、總じて天門(西北の乾位)を背にして地戸(東南の巽位)に朝向す。十二天官(即ち十二天将)の中は天乙を以て首と為し、その起例は:甲・戊・庚の三日は、白昼の貴人は大吉(丑)に治し、夜間の貴人は小吉(未)に治す;乙・己の二日は、昼は神后(子)に治し、夜は伝送(申)に治す;丙・丁の二日は、昼は徵明(亥)に治し、夜は従魁(酉)に治す;壬・癸の二日は、昼は太乙(巳)に治し、夜は太衝(卯)に治す;六つの辛日は、昼は勝光(午)に治し、夜は功曹(寅)に治す。これ即ち六壬の貴人を起すの口訣なり:まず日干のどの一組に属するかを看、再び占時の曉昏の間か昏曉の間かに按じ、昼貴を用いるか夜貴を用いるかを定め、天乙一たび落定すれば、其余の十一将は便ち依次に排開す。
釈天官第二十九
天乙居中貴神主,帝王之象,家在己丑,土神。臨行年日辰利,主上書見人有財錢慶賀誥命之事。在旺有貴人召命印信事,在相上有貴人賞賜財物事,在死上有貴人外喪事,在囚上有貴人囚繫事,在休上有貴人憂疾病之事。
天乙は十二将の中枢に居り、衆貴神の主にして、帝王に象を取り、本家は己丑に在り、土神に属す。それが本人の行年あるいは日・辰の上に臨めば、吉利を主り、主る所の事は上書陳情・要人に謁見、および財銭・慶賀・封贈誥命の類なり。再びそれの臨む所の地の気に按じて五等に分かちて斷ず:旺地に落つれば、貴人の召見・印信を授予するの事あり;相地に落つれば、貴人の財物を賞賜するの事あり;死地に落つれば、貴人の外に在りて喪を遭うの事あり;囚地に落つれば、貴人の拘繋せらるるの事あり;休地に落つれば、貴人の疾病を憂慮するの事あり。以下十一将は皆この格式に照らして講ず:まずそれの十二将中に天乙に相對する位次・任ずる官職・本家の干支と五行・主る所何事を説き、再び旺・相・死・囚・休の五等に按じて吉凶を分述す。
前一螣蛇,天乙奉車都尉,家在丁巳,火神,驚恐怪異。在旺上有縣官鬥訟,在相上有土賊爭訟,在死上有死喪驚恐,在囚上有囚繫恐飾,在休上有疾病怪異事。
天乙より前に数うる第一位は螣蛇で、天乙の麾下に在りて奉車都尉に相當し、本家は丁巳に在り、火神に属し、惊恐と怪異を主る。旺地に落つれば、官府の斗訟あり;相地に落つれば、土寇盗賊の引き起す争訟あり;死地に落つれば、死喪と惊恐あり;囚地に落つれば、拘繋と恐惧あり(底本の「恐飾」は当に「恐惧」と作るべし、照録);休地に落つれば、疾病と怪異の事あり。螣蛇は火性の凶将にして、凡そ課伝にこれを見れば、多く虚惊・夢魘・怪異の象を主る。
前二朱雀,天乙羽林軍,家在丙午,火神,主刑獄口舌。在旺上有縣官口舌,在相上有錢財婚姻,在死上有死喪口舌,在囚上有囚錮囚繫,在休上有疾病,心腹口腹口竅不利。
前に数うる第二位は朱雀で、天乙の羽林軍に相當し、本家は丙午に在り、火神に属し、刑狱と口舌を主る。旺地に落つれば、官府の口舌あり;相地に落つれば、却って銭財・婚姻の類の好事を主る;死地に落つれば、死喪に口舌を兼ぬ;囚地に落つれば、囚禁拘繋あり;休地に落つれば、疾病あり、しかも心腹と口竅の一路不利なり(底本の「口腹」二字は疑らく衍文、照録)。朱雀は火に属して文書言語を主る、文書・訴訟・消息伝逹を占うに多くこの将を取る。
前三六合,天乙光祿大夫,家在乙卯,木神,主婚姻和合。在旺上有賞賜遷位,在相上有嫁娶財物,在死上有死葬事,在囚上有婚姻繫囚,陰私謀事,在休上有疾病陰私之事。
前に数うる第三位は六合で、天乙の光禄大夫に相當し、本家は乙卯に在り、木神に属し、婚姻と和合を主る。旺地に落つれば、賞賜と升遷あり;相地に落つれば、嫁娶と財物あり;死地に落つれば、喪葬の事あり;囚地に落つれば、婚姻に牽連して狱に入り、および暗中に謀劃するの事あり;休地に落つれば、疾病と陰私の事あり。六合は吉将と為し、凡そ婚姻・合伙・交易・議和を占うに、これを得れば多く成る。
前四勾陳,天乙大將軍,家在戊辰,土神,主戰鬥刑革。在旺上有貴人戰鬥,在相上有貴人爭訟,在死上有死喪人財物,在囚上有爭田囚繫禁錮,在休上有爭訟病人田宅事。
前に数うる第四位は勾陳で、天乙の大将軍に相當し、本家は戊辰に在り、土神に属し、戦闘と刑罰変革を主る。旺地に落つれば、貴人の参与する戦事あり;相地に落つれば、貴人の渉入する争訟あり;死地に落つれば、死喪に人口・財物の損失を兼ぬ;囚地に落つれば、田産を争奪して牢狱禁錮に致るあり;休地に落つれば、争訟・病人と田宅の事あり。勾陳は土に属して争闘・田土・牢狱を主る、田産糾紛・争闘勝負を占うに多くこの将を取る。
前五青龍,天乙丞相,家在甲寅,木神,主錢財慶賀、酒禮婚姻。在旺上有貴人遷官遠使財物,在相上有貴人婚姻慶賀之事,在死上有死人財物,在囚上有囚繫人財物事,在休上有故吏酒食錢物之事。
前に数うる第五位は青龍で、天乙の丞相に相當し、本家は甲寅に在り、木神に属し、銭財・慶賀・宴飲の礼と婚姻を主る。旺地に落つれば、貴人の升遷・遠行出使と得財あり;相地に落つれば、貴人の婚姻慶賀の事あり;死地に落つれば、得る所の財物は死者に係る(遺産・賻贈のごとし);囚地に落つれば、人口・財物に因りて拘繋を遭うの事あり;休地に落つれば、旧日の属吏の酒食銭物を送るの事あり。青龍は十二将中の第一等の吉将にして、求財・謀官・喜慶の事を占うにこれを得れば最も利なり。
後一天后,天乙後官采女也。家在壬子,水神,主婦女陰私蔽匿之事。在旺上有嫁娶酒食之事,在相上有婦女陰私之事,在死上有死喪財帛之事,在囚上有奸邪囚繫,在休上有陰私疾病之事。
天乙より後に数うる第一位は天后で、天乙の後宮采女に相當し(底本の「後宮」は「后官」と作す、照録)、本家は壬子に在り、水神に属し、婦女・陰私と隠蔽の事を主る。旺地に落つれば、嫁娶と酒食の事あり;相地に落つれば、婦女の陰私の事あり;死地に落つれば、死喪と財帛の事あり;囚地に落つれば、奸邪の事およびこれに因りて拘せらるるあり;休地に落つれば、陰私と疾病の事あり。天后は水に属して女性を主る、婚姻・女人・暗昧不明の事を占うに多くこの将を取る。以下五将は皆天乙の後に在り、前五将と方向相反す。
後二太陰,天乙御史中丞也。家在辛酉,金神,主陰私金帛。在旺上有嫁娶陰私事,在相上有財物蔽匿事,在死上有死喪陰私事。在囚上有陰私囚繫事,在休上有巫繫蔽匿事。
後に数うる第二位は太陰で、天乙の御史中丞に相當し、本家は辛酉に在り、金神に属し、陰私と金銀布帛を主る。旺地に落つれば、嫁娶および陰私の事あり;相地に落つれば、財物の蔵匿せらるるの事あり;死地に落つれば、死喪に陰私を兼ぬるの事あり;囚地に落つれば、陰私に因りて拘繋せらるるの事あり;休地に落つれば、巫蠱の事と隠匿の事あり(底本の「巫蠱」は「巫系」と作す、照録)。太陰は暗中・私下・隠蔽を主る、蔵匿・私情・暗事を占うに多くこの将を取る。
後三玄武,天乙後將軍也。家在癸亥,水神,主遺亡盜賊離別事。在旺上有貴人亡遺失去財物事,在相上有縣官亡失財物事,在死上有死人賊盜財物事,在囚上有賊盜囚繫事,在休上有亡失病人財物事。
後に数うる第三位は玄武で、天乙の後将軍に相當し、本家は癸亥に在り、水神に属し、遺失・盗賊と離別の事を主る。旺地に落つれば、貴人の財物を丢失するの事あり;相地に落つれば、官府の財物を失落するの事あり;死地に落つれば、死者の窃を遭い財物の盗まるるの事あり;囚地に落つれば、賊盗の擒えられ拘繋せらるるの事あり;休地に落つれば、失物・病人と財物の事あり。玄武は盗賊の神と為し、失物・逃亡・追捕を占うに、一律にそれの何処に落ち何の神に乗るかを以て主要の線索と為す。
後四太常,天乙卿也。家在己未,土神,主財物田宅衣服賞賜事。在旺上有貴人財物酒禮喜事,在相上有祠祭祀衣食媒婚吉事,在死上有諡贈財物事,在囚上有縣官召命,在休上有病人衣服錢財事。
後に数うる第四位は太常で、天乙の九卿に相當し、本家は己未に在り、土神に属し、財物・田宅・衣服と賞賜の事を主る。旺地に落つれば、貴人の財物・酒礼喜事あり;相地に落つれば、祠祭・衣食・媒を説いて婚を成すの類の吉事あり;死地に落つれば、諡号を追贈し併せて賻贈の財物を給するの事あり;囚地に落つれば、官府の召命あり;休地に落つれば、病人の衣服銭財の事あり。太常は吉将にして、衣食禄位・祭祀宴享を主る、衣食を求め賞を受け婚聘するを占うにこれを得れば佳なり。
後五白虎,天乙遷尉也。家在庚申,金神,主錢財誣咒重囚繫疾病死喪骸骨之事。在旺上有哭泣遭官,在相上有怨仇相爭,在死上有死喪疾病,在囚上有囚繫沉淪,在休上有疾病災禍事。
後に数うる第五位は白虎で、天乙の廷尉に相當し(底本の「廷尉」は「迁尉」と作す、照録)、本家は庚申に在り、金神に属し、銭財に因りて起る誣告咒詛・重罪拘禁・疾病・死喪と骸骨の事を主る。旺地に落つれば、哭泣および官府の追究を遭うあり;相地に落つれば、仇怨相い争うあり;死地に落つれば、死喪と疾病あり;囚地に落つれば、拘繋して沈淪に致るあり;休地に落つれば、疾病災禍あり。白虎は十二将中の最も凶なる一位にして、病を占い訟を占い行人を占うに最もこれを見るを忌む、然れども若し徳神・救神の相い解するを得れば、凶もまた減ずべし。
後六天空,天乙司直。家在戊戌,土神,主欺詒無信,奸諶詐偽。在旺上有貴人欺誕之事,在相上有財物欺詒之事,在死上有欺詐死人事,在囚上有冊獄欺詒之事,在休上有被人欺詒之事。
後に数うる第六位は天空で、天乙の司直に相當し、本家は戊戌に在り、土神に属し、欺騙失信・奸猾詐偽を主る。旺地に落つれば、貴人の欺誕の事あり;相地に落つれば、財物上に欺瞞せらるるの事あり;死地に落つれば、死者を欺詐するの事あり;囚地に落つれば、案巻訟狱中の欺瞞の事あり;休地に落つれば、自身人に欺騙せらるるの事あり。天空はすでに天乙の後の第六位なれば、即ち正に天乙の對衝の地に在り、凡そ課伝にこれを得れば、問う所の事は多く虚にして実ならず、許して踐まず。十二天将はここに至りて列全す:天乙は中に居り、前に螣蛇・朱雀・六合・勾陳・青龍あり、後に天后・太陰・玄武・太常・白虎・天空あり。
釈造式第三十
《玄女》曰:造式之法,以楓子為天。楓子者,楓樹之別株。自生大枝傍,遠望與母齊,近視高下異也。又以棗心為地,以象天地陰之象。楓者,眾木之精。棗者,群木之使。物之靈者,莫過於此。
《玄女》にいう:式盤を製造するの办法は、「楓子」を用いて天盤と為す。所谓楓子は、楓樹の旁に生ずる別の一株にして、それ自ら大枝の旁に長じ、遠く望めば母樹と一般の高きがごとく、近づきてはじめて高下の別あるを覚ゆ。又「棗心」を用いて地盤と為し、以て天地陰陽に象を取る(底本の「陰陽」は「陽」の一字を脱し、「天地陰之象」と作す、照録して補わず)。楓は衆木の精華にして、棗は群木の使者にして、万物の中に霊性あるは、この両種に超過するはなし。式盤は上下二片より合成す:上片は円にして轉ず可きは天盤、下片は方にして固定するは地盤——これ正に前面「釈天」「釈地」の両篇の説く円動方静と相い照應す。
注《雷公殺律》云:式局有三,木之道,以霹靂棗心為上,檀木為中,以柿木為下。無霹靂棗心,取舊車軸,亦為次也,須擇良者為之。
《雷公殺律》の注文にいう:式盤の用料は三等に分かつ——木材に就いて論ずれば、雷撃を遭いし棗心を以て上等と為し、檀木を中等と為し、柿木を下等と為す。若し雷撃棗心を尋ね得ざれば、旧車軸の木料を取用するも次一等と算しうる、總じて必ず良材を挑選してこれを作らねばならず。雷撃の木を取るは、古人はそれが已に天威の貫注を受け、最も能く神に通ずと認むるを以てなり;この一条が講ずるは選材で、下の一条が講ずる刻制形制・再び下の一条が講ずる尺寸等級と合わせて、造式の完整な工序を構成す。
造式:天中作斗杓,指天罡。次作十二辰,中列二十八宿,四維局。地列十二辰、八干、五行、三十六禽、天門地戶人門鬼路四隅訖。
式盤の制作の布局はかくのごとし:天盤の中央に北斗の斗杓を画き、杓頭は天罡(辰)を指向す;内より外に向かい、その次の一圈に十二辰を排し、再び中間の一圈に二十八宿を列ね、併せて四隅に四維の局を安んず。地盤上は則ち十二辰・八天干(十干中の戊己は中央に寄す、故に盤上はただ甲乙丙丁庚辛壬癸の八箇を列す)・五行・三十六禽、および天門・地戸・人門・鬼路この四つの隅位を排し、ここに至りて地盤は排畢る。占課の時に手で天盤を轉じ、月将をして占時のあの一格に壓到せしめ、天盤の十二神と地盤の十二辰は便ち一一に對定し、全課の上下関係はこれに就りて形成す。
天子式,天廣六寸象六律,地廣一尺二寸象十二辰。王公侯伯式,天廣四寸象四時,地廣九寸象九宮。卿大夫式,天廣三寸象三才,地廣七寸象七曜。士庶人式,天廣二寸四分象二十四氣,地廣六寸象六律。
式盤の尺寸は使用者の身分に依りて等を分かち、毎一つの数字は各々取象あり:天子の用うる式は、天盤の直徑六寸にして、六律に象を取る;地盤の辺長一尺二寸にして、十二辰に象を取る。王・公・侯・伯の用うる式は、天盤四寸にして、四時に象を取る;地盤九寸にして、九宮に象を取る。卿・大夫の用うる式は、天盤三寸にして、三才(天・地・人)に象を取る;地盤七寸にして、七曜(日・月と五星)に象を取る。士人と庶人の用うる式は、天盤二寸四分にして、二十四節気に象を取る;地盤六寸にして、六律に象を取る。見るべし式盤はただ工具のみならず、亦た礼器なり、尺寸の越大なる者は位の越尊きを象り、而して取る所の象は各自完足す。
次局,天廣八分,象八卦,地廣三寸法三才也。刻式之法用十一月壬子日,神在內時,起手刻之,至甲子日,醮而盛以縫囊,依法加臨而佩之。
再び次一等の小局は、天盤八分にして、八卦に象を取る;地盤三寸にして、三才に法を取る。刻制する時日に至っては:須らく十一月の壬子日・貴神の内に行る時辰にあたりて手を動かし刻を起し、一直に甲子日に至りて完工し、然る後に醮を設けて祭告し、縫好した布囊を用いて盛装し、此後は便ち法に依りて盤を轉じ加臨して以て事を占い、平日は則ち身上に佩帯す。十一月は子を建て壬子は水日にして、正に六壬の水を以て宗と為すの義に合す;壬子より手を起し甲子に至りて告成す、取るは六十甲子の首尾相接し周而復始するの意なり。
釈用式第三十一
《金匱經》曰:用式之法,朝向南,暮向北。當以左手執鬼門,右手轉月將以加正時。視日辰上下陰陽,以立四課。日上神為日之陽神,日上本位所得之神為日之陰神。辰上神為辰之陽神,辰上神本位所得之神為辰之陰神。
《金匱經》にいう:式盤を用いて課を起すの歩驟は以下のごとし。第一歩、方位を摆正す:早朝に占えば面は南に向かい、傍晚に占えば面は北に向かう。第二歩、左手は地盤の鬼門の一角(東北の艮位)を托住し、右手は天盤を轉動し、当月の月将を占時のあの一格に壓到す——月将は正時に加わり、天盤はこれに就りて定住す。第三歩、日干と日支の上下両層の陰陽を看て、四課を立出す:日干の寄する所の宮の上面のあの天盤神は「日之陽神」で、第一課と為す;再びこの陽神を以て地盤の位次と當作り、それの上面にまた何の神を得るかを看る、あれは「日之陰神」で、第二課と為す;日支の上面の天盤神は「辰之陽神」で、第三課と為す;再び辰の陽神を以て位次と為し、それの上面の得る所の神を看る、是れ「辰之陰神」で、第四課と為す。四課立定すれば、一課一課は皆「上神が下神を壓す」の一対で、続いて便ちこの四対の裏に発用を找る。
四課之中,察其五行,先取相剋者為用,先以下克上為用,若無下克上,即以上克下為用。若三上克下,一下克上,當以一下克上為用。若四上克下,四下克上,即以與今日比者為用。俱比俱不比,以涉害深者為用。涉害復等,先日後辰為用,剛日用日上神為用,柔日用辰上神為用。
四課立好の後、毎一課の上下両神の五行を察看し、まず相克する課の裏に発用を取る、次第は以下のごとし:一、優先して「下剋上」のあの一課を取る(即ち地盤の神が天盤の神を剋す)、これを賊剋と曰い、最も急なる象なり。二、若し下剋上なければ、則ち「上剋下」の一課を取りて用と為す。三、若し三課の上剋下ありて一課のみの下剋上あれば、仍旧にあの唯一の一課の下剋上を取りて用と為す——少なる者を以て貴と為し、孤なる者を以て急と為す。四、若し四課悉く上剋下、あるいは四課悉く下剋上にして、克処は一处に止まらざれば、則ちその中の当日の日干と「比」なるあの一つを取りて用と為す;所谓「比」は、陰陽属性の日干と相同なるを指し、陽日は陽神を取り陰日は陰神を取る。五、若し幾処も皆日干と相い比し、あるいは幾処も皆相い比せず、分別するに由なければ、則ち「渉害」の較深なる一つを取りて用と為す;所谓渉害は、その神を天盤の位次より本家に退回する路上の経過する克伐を一一に数過し、克を受くる多き者を深と為す。六、若し渉害の深浅がまた恰好相等しければ、則ちまず日を取り後に辰を取る:剛日(陽日)は日干上の神を用いて発用と為し、柔日(陰日)は日支上の神を用いて発用と為す。この一整套は即ち六壬の初伝を取るの正法で、後世は賊剋・比用・渉害の三級取用と称す。
四課陰陽不相剋者,以遙相剋為用。若日遙克神,神遙剋日,始取神遙剋日為用。如無神遙剋日,便用日遙克神。若有日克兩神,兩神剋日,並取今日比者為用。四課陰陽上下,並不相剋,又無遙相剋,當以昴星為用。剛日仰視,以酉上所得之神為用。柔日俯視,以從魁所臨之辰為用。當以日辰上神重之為中,末傳不得傳於中。剛日先傳辰,後傳日。柔日先傳日,後傳辰。
四課の上下皆相い剋せざる時は、改めて「遥剋」を用いて発用を取る:上下を看ず、改めて四課の上神と日干との間の隔位相克を看る。若し日干の遥かに某神を剋する有り、また某神の遥かに日干を剋する有れば、まず「神の遥かに日を剋す」のあの神を取りて用と為す(他の来りて我を剋するは、事は外より出でて急なり);若し神の遥かに日を剋するなければ、はじめて「日の遥かに神を剋す」のあの神を用う。若し日干が两神を剋し、あるいは两神が皆日干を剋し、多き者は擇び難し、仍旧に当日の日干と相い比するあの一つを取りて用と為す。若し四課の上下がすでに相い剋せず、また遥剋なければ、則ち「昴星」法を用う:剛日は「仰視」を用い、地盤の酉位の上面の得る所のあの天盤神を取りて発用と為す;柔日は「俯視」を用い、天盤の従魁(酉)の臨む所のあの地盤の辰を取りて発用と為す。三伝の中・末の両伝は、皆日上神・辰上神を拿りて重複して充當す、但し末伝は中伝と相同なるを得ず。先後の次序に至っては:剛日はまず辰上神を伝え後に日上神を伝え、柔日はまず日上神を伝え後に辰上神を伝ゆ。
若四課無遙相剋,乃陰陽不備之時,當以別責為用。別責之課,其數有九。剛日有三,謂戊辰、戊午、丙辰,日各有一課。柔日有六,謂辛未、辛丑日各有二課,丁酉、辛酉日各二課,辛酉曰有一課。剛日別貴取干合上神為卦首,次傳日上與終傳同。柔日別責取支合上神本位所得之神為卦首,次日上與終傳同,各以神將言其吉凶。
若し四課にすでに上下剋なし、また遥剋なし、しかも四課はただ三つの異なる神のみ出現す——即ち所谓「陰陽不備」——須らく「別責」の法を用いて取用すべし。別責の課式は一共に九个あり:剛日に三つあり、即ち戊辰・戊午・丙辰、各々一課を占む;柔日に六つあり、即ち辛未・辛丑・丁酉・辛酉の諸日(底本ここは枚挙の文字重複錯乱し、「辛酉曰有一課」は上文と相い犯す、姑くその旧を存す)。取法は:剛日の別責は、日干と相合するあの天干の寄する位の上面の神を取りて卦首と作す、即ち初伝で、中伝と末伝は皆日干上神を用い、両者相同なり;柔日の別責は、日支と三合・六合に相関するあの一位の上面の得る神を取りて卦首と作す、中伝・末伝も同じく皆日干上神を用う。初・中・末の三伝定妥の後、再び各々乗ずる所の天盤の神と十二天将に按じて吉凶を論説す。
天地伏吟返吟課有相剋者,並有比及涉害深者為用。伏吟課,己癸子二柔日課有相剋。癸丑一日,猶屬八專伏吟。六乙日有克自刑者,當以克處為課首。次傳其辰,沖動所刑為中、未傳,謂六乙日也。伏吟,六癸日有克者,當以克處為課首,盡刑為三傳。
天地盤の重叠する「伏吟」課と天地盤の相い衝する「返吟」課に至っては、若し課中に本より相克あれば、仍ほ前法に照らして克処に取用し、亦た照样に「比」と「渉害深」の两条を用いて先後を分かつ。伏吟に就いて言えば、柔日の中に相克ある(底本ここは「己癸子二柔日」と作す、文字に訛あり、当に乙・癸の両組の柔日を指すべし)、その中の癸丑の一日は還って八專伏吟を兼属す。凡そ六つの乙日、若し課中にすでに克ありてまた自刑に逢えば、則ち相克の処を以て卦首即ち初伝と作す;中伝・末伝は則ちその辰の衝する所・刑する所の位を取る(底本の「末伝」は「未伝」と写す、照録)。伏吟の六つの癸日に若し克あれば、亦た相克の処を以て卦首と作し、再び刑の関係に順いて三伝を排足す。
伏吟無克者,剛日以日上神為用,柔日以辰上神為用,為課首,皆盡其三刑為中、末傳。若得自刑者,剛日則先傳日,次傳辰,辰所刑為末傳。柔則先傳辰,次傳日,日所刑為終傳。更若次傳自刑者,即以沖為末傳也。
伏吟にして全く相克なきは、取用の法は:剛日は日干上神を以て発用と為し、柔日は日支上神を以て発用と為し、それを用いて卦首と作し、中伝と末伝は皆三刑の次第に順いて排出す(寅は巳を刑し巳は申を刑すの類のごとし)。若し発用の神が恰好辰・午・酉・亥の類の自刑の支なれば、刑す可き刑なし、則ち改めて次序に按じて走らす:剛日はまず日上神を伝え、次に辰上神を伝え、再び辰上神の刑する所の位を以て末伝と作す;柔日はまず辰上神を伝え、次に日上神を伝え、再び日上神の刑する所の位を以て末伝と作す。倘若中伝に排到する時にまた自刑に碰上すれば、仍ほ刑す可き処なし、則ちそれの對衝の支を取りて末伝と作す。伏吟課は神動かずして事発せず、故に專ら刑衝を用いてこれを推動す、これは伏吟が伝を取るの通則なり。
返吟課多相剋,惟丁丑、己丑、辛丑、丁未、己未、辛未無克,丁未、己未猶為八專。餘四柔日當以辰沖為用。辰沖者,丑沖巳、巳沖丑、未沖亥、亥沖未。丑日沖巳,巳上見徵明為初傳。皆以辰上為次傳,日上為末傳。未沖亥,亥上見太乙為初傳,皆以辰上為次傳,日上為末傳。
返吟課は天地盤の全部相い衝するに因り、課中は多く半ば克あり、常法に依りて取用しうる;ただ丁丑・己丑・辛丑・丁未・己未・辛未この六つの日子は克なし、その中の丁未・己未の両日は還って八專を兼属す。残る四つの柔日(丁丑・己丑・辛丑・辛未)は、須らく「辰衝」の法を用いて発用を取るべし。所谓辰衝は、指すは丑と巳・未と亥この両組の互いに衝する位なり:丑日は衝する所の巳を取り、巳上に見ゆる天盤の神は徵明(亥)、便ちそれを以て初伝と為し、然る後に一律に日支上神を以て中伝と為し日干上神を以て末伝と為す;未日は衝する所の亥を取り、亥上に見ゆる天盤の神は太乙(巳)、便ちそれを以て初伝と為し、同じく日支上神を以て中伝と為し日干上神を以て末伝と為す。返吟は事の反復・去りて復た返るを主る、故に專ら衝位を取りて伝を起す。
八專之日惟有兩課,見有克者,亦以比及涉害深者為用。若無克,剛日從日上陽神順數三辰為用,柔日從辰上陰神逆數三神為用,中傳末傳當以日辰上神重之。又云末傳與初傳同,八專之日惟有兩課也。
「八專」は日干と日支と同一宮に處するあの幾つかの日子を指し、干支の重叠に因り、四課は併びて两課と成る。この類の課に若し克の有るを見れば、同じく「比」と「渉害深」の两条に按じて発用を取る;若し克なければ、則ち剛日は日干上の陽神より起り、順に数えて第三辰に至りて取りて発用と為し、柔日は日支上の陰神より起り、逆に数えて第三神に至りて取りて発用と為す。中伝・末伝は皆日上神と辰上神を拿りて重複して充當す;別の一说は則ち末伝を以て初伝と相同と為す。八專の日の两課のみ有る所以は、正に干支同宮・上下相い重なり、四課を分出するに由なきがためなり。ここに至りて、六壬の課を起し伝を取るの九種の大法——賊剋・比用・渉害・遥剋・昴星・別責・伏吟・返吟・八專——已に交代完備せり。
釈避忌第三十二
《啟明式例》曰:用式法當避太歲、月建及月忌、日忌。正五九月忌卯時,二六十月忌子時,三七十一月忌酉時,四八十二月忌午時。又忌法云:甲乙日忌酉時,丙日忌子時,戊己日忌卯時,庚辛日忌午時,壬癸日忌未時。
《啓明式例》にいう:式盤を用いて課を起すは、当に太歳・月建、および月に按じ日に按じる各自の忌時を避くべし。月に按ずる忌時は:正月・五月・九月は卯時を忌み;二月・六月・十月は子時を忌み;三月・七月・十一月は酉時を忌み;四月・八月・十二月は午時を忌む——四組は各々三箇月を管し、忌む所の時は卯・子・酉・午の四仲の支に依りて輪轉す。別に一套の日干に按ずる忌法あり:甲・乙日は酉時を忌み、丙日は子時を忌み、戊・己日は卯時を忌み、庚・辛日は午時を忌み、壬・癸日は未時を忌む。細看すれば知る可し、日干の忌む所の時は多くその干を剋する支なり、即ち前面「釈鬼」「釈刑」の両篇の説く干鬼・干刑の位なり。
右忌日時不可占事,誤用者當損用式之人也。
以上の列するこれらの忌日・忌時は、皆用いて事を占うべからず;若し誤ってこれらの時辰に課を起せば、損害するは将に式盤を用いて占卜する人の自身なり。古人は式盤を視て神に通ずる器と為す、故にこの一条の禁忌を立下す、前篇の式を刻するに須らく日を擇び、器を成すの後に須らく醮を設け囊を盛るべしとするは同一層の用意なり:敬せざれば則ち霊ならず、妄用すれば則ち却ってその咎を受く。
釈次客第三十三
《玄女》曰:陽將臨正時,先用後三,次用前五。陰將加正時,先用前五,次用後三。假令十二月占事,第一人用月將神后,第二人用月將後三從魁,第三人用前五功曹。餘皆仿此例。
《玄女》にいう:若し当月の月将が陽支上に落ち(陽将)占時に加臨すれば、なれば第二人が課を起すにまず後に三辰を退がり、第三人は再び前に五辰を進む;若し月将が陰支上に落ち(陰将)占時に加臨すれば、則ち先に五辰を進み、再び後に三辰を退がる。この一篇が講ずるは「次客」で、即ち同一時刻に好幾人が先後に来りて事を問う時、如何にして第二人・第三人のために分かちて月将を取るか。照做の例を挙ぐ:十二月に事を占い、月将は神后(子)、第一箇人は就直接に神后を用う;第二箇人は子より逆に三辰を退りて酉を得、即ち従魁;第三箇人は再び酉より順に五辰を進みて寅を得、即ち功曹。此後は依旧に逆三・順五を交替して下去り、その余の各人は皆この例に仿傚して推す。
《靈轄經》曰:用次客法,第一客月將加正時,第二客用月建加太歲,第三客用太歲加月建,第四客用月建加日干,第五客用歲干加正時,第六客用月將加日干,第七客用月將加太歲,第八客用太歲加月將,第九客用月將加本命,第十客用月將加行年,十一客用太歲加本命,第十二客用太歲加行年。
《霊轄經》は別に一套の「次客」之法あり、十二位の来客を各々一种の加臨方式に配し、天盤を轉ずる時は各自の法子に按じて課を起す:第一位の客人は、月将は占時に加わる;第二位は、月建は太歳に加わる;第三位は、太歳は月建に加わる;第四位は、月建は日干に加わる;第五位は、太歳の天干は占時に加わる;第六位は、月将は日干に加わる;第七位は、月将は太歳に加わる;第八位は、太歳は月将に加わる;第九位は、月将は本命(生年の支)に加わる;第十位は、月将は行年に加わる;第十一位は、太歳は本命に加わる;第十二位は、太歳は行年に加わる。所谓「甲は乙に加わる」は、即ち甲のあの一格の天盤の神を乙のあの一格の地盤位次の上に壓到し、天盤はこれに随いて定住し、再び照常に四課を立て三伝を発す。十二法は各々相同ならず、故に十二人は同時に来りて問うと雖も、得る所の課もまた各自分明にして、混同を致さず。
