順十二格(三伝をもって言う)
登三天(辰午申):巳午未申四位為天。蓋龍登天則行雨,官登天位主遷轉,惟忌空脫。占爭訟轉大,占病彌深,占行人即至,久旱而占則雨之類。出三天(午申戌):戌為天頭,凡占事情還大,病訟皆凶。涉三淵(申戌子):亥子丑寅歷地,如履春冰蹈虎尾之象,病訟危險,目前阻隔,占官不吉,課望不成之類。
以下の十二格はみな三伝の順行して位を隔てて相連なるに按じて分かつ。「登三天」、三伝は辰・午・申。巳午未申のこの四位は盤上の天位で、三伝は一路この四位へ向かって昇る。龍が天に登れば行雨をなし、官員が天位に登れば升遷調転を主る。ただ旬空に落ちるを怕れ、脱気を怕れるのみ。凡そ争訟を占えば訟事は大いに鬧ぎ、疾病を占えば病勢は加深し、行人を占えば人は即刻到り、久旱の時に雨を占えば必ず雨を得る——いずれも気勢が向上し来勢が加倍する応験である。「出三天」、三伝は午・申・戌。戌は天位の尽頭で、三伝は天位を越えて出ず。凡そ占えば事はかえっていっそう大なり(底本の「還大」は「愈大」とすべき)。病を占い訟を占えばいずれも凶を主る。「渉三淵」、三伝は申・戌・子。亥子丑寅のこの四位は盤上の地位で、三伝は一路下へ向かって走り、春の薄冰を踏み虎の尾を踏むがごとし。病を占い訟を占えばいずれも危険で、眼前に重々の阻隔あり、官を占えば吉ならず、謀望は成らず。
入三淵(戌子寅):凡舉皆凶,或末傳乘蛇虎,為鬼煞,占病必死。向陽(子寅辰):子乃北方幽暗這神,寅辰乃日出之方,自暗人明,凡事初凶後吉,病癒訟解,人情皆美。出陽(寅辰午):午后陰生,自寅傳午,有出陽之象,凡占災各相仍,病訟均凶也。
「入三淵」、三伝は戌・子・寅。渉三淵よりさらに一层深く、すでに淵の底に沈んだ。凡そ挙動有れば凶ならざるなし。もし末伝にさらに螣蛇・白虎に乗れば、すなわち鬼煞を成し、病を占えば必ず死す。「向陽」、三伝は子・寅・辰。子は北方の幽暗の神で(底本の「這神」は「之神」とすべき)、寅辰は太陽の昇る方位で、三伝は暗処より明処へ向かって走る(底本の「自暗人明」は「自暗入明」とすべき)。ゆえに凡事は初め凶にして後に吉、病は能く愈え、訟は能く和解し、人情もみな転じて好くなる。「出陽」、三伝は寅・辰・午。午の後には一陰便ち生ず。三伝は寅より午に伝わり、まさに陽気が尽頭に走りて界を出んとする様子。ゆえに凡そ占えば災禍接続して相因り(底本の「災各」は「災咎」とすべき)、病を占い訟を占えばいずれも凶。
出戶(丑卯巳):卯為門戶,巳為地戶,凡占君子長揚,小人狐疑。盈陽(卯巳未):卯巳為三陽,未乃明之始,自卯傳巳未,為日中將昃,陽盈巳極,凡事急就吉,遲干凶。變盈(巳未酉):陽至午為陰,未為一盈,凡事皆凶,占官補黜,占疾新病死,久病癒。
「出戸」、三伝は丑・卯・巳。卯は門戸、巳は地戸で、三伝は内より門を出でて行く。凡そ占えば君子がこれを得れば声名遠く揚がり(底本の「長揚」は「張揚」とすべき)、小人がこれを得ればかえって狐疑して定まらず、敢えて頭を出さない。「盈陽」、三伝は卯・巳・未。卯と巳はちょうど三陽開泰の時に当たるも、未は明より暗に転ずる起点で、三伝は卯より巳・未に伝わり、日の中天に至りて便ち西に偏せんとするがごとく、陽気はすでに盈満して極処に至る。ゆえに凡事は急いで為せば則ち吉、遅疑すれば凶(底本の「遅干凶」は「遅則凶」とすべき)。「変盈」、三伝は巳・未・酉。陽気は午に至れば陰に転じ、未は盈満の後の第一歩の下坡で、ゆえに凡事みな凶。官職を占えば貶黜を主り、疾病を占えば新病の者は死し久病の者はかえって痊愈する——久病の人はもともとすでに陽消しており、盈に変じて下るはまさにその勢に合するからである。
入冥(未酉亥):酉亥為日冥之時,陽消陰長之象,凡占事速為則可,緩則不及也,病訟官祿均不利益,此吉漸消而漸長其凶。凝陰(酉亥丑):亥丑屬北,冬令陰氣凝結,有嚴霜堅冰之象,凡占有淫慾奸盜之事,多主幽暗不明。溟濛(亥丑卯):亥丑為陰,卯乃微陽,二陰下見微陽,正在溟濛之時,凡占者事體不真,□憂懼不寧,進退未決之貌。
「入冥」、三伝は未・酉・亥。酉と亥は日光の沈没する時で、まさに陽消陰長の象。ゆえに凡そ占えば事は急いで弁ずればなお及ぶも、一たび慢くなれば及ばず。病を占い・訟を占い・官を占い・禄を占うもいずれも利益を得ず、吉処は一分々消減し凶処は一分々増長する。「凝陰」、三伝は酉・亥・丑。亥丑は北方に属し、ちょうど冬令に当たり、陰気が凝結して厳霜堅冰の象あり。凡そ占えば多く淫欲・奸盗の類の事を出し、しかも大抵幽暗にして明らかならず、光を見るべからず。「溟蒙」、三伝は亥・丑・卯。亥丑は純陰で、卯はわずかに一点の微陽、两重の陰気の下に剛めて一線の微陽を透かし出すは、まさに天将に明けんとして未だ明けず・霧気溟蒙たる時。凡そ占えば事体の真ならず虚実弁じ難く・人心の憂懼して安からず・進退に主意を拿り定め難きを主る(底本のこの句の中間に闕文あり、敢えて臆補しない)。
逆十二格(亦三伝をもって言う)
冥陰(戌寅子):寅為日出曉方,子戌陰氣盛旺,相退入陰,凡占事自明入暗,防其暗損,占官最凶。偃蹇(子戌申):申乃陰方,自子傳申,以陰入陰,凡占事迷暗不明,出入動作皆不吉。悖戾(戌申午):午乃陰氣始生,申戌由之而盛旺,占賊不狨,行人未來,作事成禍。
以下の十二格はみな三伝の逆行して位を隔てて相連なるに按じて分かつ。「冥陰」、三伝は戌・寅・子(逆行の通例に依れば寅・子・戌とすべきも、底本の字序はこの如し、姑く照録す)。寅は太陽初めて昇る清晨の方位で、子と戌は陰気まさに盛ん。三伝は明処より陰処へ退き回る。凡そ占えば事は明より暗に入り、暗中に損を受くるを提防すべく、官を占えば最も凶。「偃蹇」、三伝は子・戌・申。申は陰方に属し、三伝は子より申に伝わるは、陰をもって陰に入り、行くほど暗くなる。凡そ占えば事は迷蒙にして明らかならず、出門するも動作するもいずれも吉利ならず。「悖戻」、三伝は戌・申・午。午は陰気初めて生ずる処で、申戌はそれを承けて陰気転じて盛んとなり、一路悖逆して行く。盗賊を占えば捉え得ず(底本の「不狨」は「不獲」とすべき)、行人を占えば来らず、事を作ればかえって禍を惹く。
凝陽(申午辰):辰為一陽,申午俱陰,陽凝在陰,凡占事未了,行人來緩,占訟留連,謀望均遲。僱祖(午辰寅):午為寅之子孫,寅乃之長生,如子僱母,凡求財謀望皆吉,占行人來,庚日占病為凶,占官則大吉。涉疑(辰寅子):陽主進,寅子主退,凡占事進退不決,行人不來,官病皆凶。
「凝陽」、三伝は申・午・辰。辰は一陽初めて起こる地で、申と午はいずれも陰に属し、陽気は陰気の中に凍結されて動けない。凡そ占えば事は弁じ尽くせず、行人の来るは慢く、訟を占えば拖延して決せず、謀望もみな遅滞す。「顧祖」、三伝は午・辰・寅(底本は「雇祖」と作るも「雇」は「顧」とすべき)。午は寅の生ずる子孫で、寅はまた午の長生の地(底本の「寅乃之長生」は一字を脱し、「寅乃午之長生」とすべき)、三伝は午より寅に退き回るは、兒子が頭を回して母親を照顧するがごとし。凡そ財を求め謀を望めばいずれも吉、行人を占えば人は帰り来る。ただ庚日に病を占えば凶、官職を占えば大いに吉。「渉疑」、三伝は辰・寅・子。陽気は本前進を主るも、寅と子は一路後退し、進退相持す。凡そ占えば事は猶豫して決せず、行人は来らず、官を占い病を占えばいずれも凶。
極陰(丑亥酉):陰主退,自丑傳酉,以陰入陰而終於極,凡占事或有淫亂而生疾,若占病必死。時遁(亥酉未):酉為太陰,未中之丁為玉女,有遁走之象,占行人不來,出行不出,捕盜不獲,君子有吉,小人乃凶。歷明(酉未巳):巳為陽明之地,自酉傳巳,叢暗入明,凡舉皆由勉強而為,君子利取祿位,小人宜早營運。
「極陰」、三伝は丑・亥・酉。陰気は本後退を主り、三伝は丑より酉に退くは、陰をもって陰に入り退くに尽頭に到る。凡そ占えばあるいは淫乱によりて疾病を生ず。もし病を占えば、必ず死して疑いなし。「時遁」、三伝は亥・酉・未。酉位の乗るは太陰、未の中に蔵する丁火を玉女と称し、太陰と玉女はいずれも隠匿を主る。ゆえに遁走して身を蔵する象有り。行人を占えば来らず、出行を占えば出ずるを成さず、盗を捕えんとすれば捉え得ず。君子がこれを得れば退蔵して身を保ち吉を得べく、小人がこれを得れば責任を逃避して凶となる。「歴明」、三伝は酉・未・巳。巳は陽気まさに明の地で、三伝は酉より巳に伝わるは、暗処より明処に走り入る(底本の「叢暗」は「従暗」とすべき)。ただし退行して明に向かうゆえ、凡そ挙動有ればみな勉強して力を用いてこそ成る。君子はこれに乗じて禄位を謀取するに宜しく、小人は早めに生計を経営するに宜しい。
回明(未巳卯):未乃一陰,巳卯二陽,自未傳卯,由陰而至於陽,凡事不宜急舉,只宜緩進,久雨則睛,吉事漸成,而凶事漸消也。轉悖(巳卯丑):巳卯二陽,丑乃純陰,陽傳至陰,避明向暗,凡占主家業不振,作事邪魔,不知守分安命。斷澗(卯丑亥):卯為一陽,丑亥二陰,自卯傳亥,乃一陽深入二陰,暗長明消之象也,凡占君子退職,小人遇凶。凡課之體格備於斯矣,初學者可不明乎。
「回明」、三伝は未・巳・卯。未は一陰初めて生じ、巳と卯はいずれも陽で、三伝は未より卯に退くは、陰より陽に回る。凡事は急いで挙動するに宜しくなく、ただ慢々として推進するに宜しい。久雨にこれを得れば天は晴れ放ち(底本の「則睛」は「則晴」とすべき)、吉事は一点々成り、凶事は一点々消退す。「転悖」、三伝は巳・卯・丑。巳と卯はいずれも陽で、丑は純陰、三伝は陽より陰に伝わるは、光明を背いて黑暗に走る。凡そ占えば家業の振るわず・事を作して邪祟を招惹し・人もまた安分して己を守り天に任せるを肯んぜざるを主る。「断澗」、三伝は卯・丑・亥。卯は一陽で、丑と亥はいずれも陰、三伝は卯より亥に退くは、一点の陽気が深く两重の陰気の中に陥る、暗長じ明消ゆるの象で、行路に断崖深澗に遇うがごとし。凡そ占えば君子は退職罷官を主り、小人は兇険に遭遇するを主る。六壬各課の体格はここに至りて全て具備す。初学の人はどうしてこれを弄明白にしないでいられようか。
占要
凡占之要,大約有五:一曰年命,即占人之行年本命;二日類神,隨其所占而求其類,詳其神將之吉凶;三曰日辰,今日之干為日,今日之支為辰;四曰發用,即初傳也;五曰正時,即所占之時也。此謂五要。
凡そ課を占うに、要領はおおよそ五条ある。第一条は「年命」、すなわち事を問う人の行年と本命の二字である。第二条は「類神」、占う事に随いてそれと同類のその一位の神を探し、さらにこの位の神とその乗る天将の吉凶を詳審する(底本の「二日」の「日」は「曰」とすべき)。第三条は「日辰」、当日の天干を「日」と呼び、当日の地支を「辰」と呼ぶ。第四条は「発用」、すなわち初伝である。第五条は「正時」、すなわち課を起こすその時辰である。この五条を合わせて「五要」と称し、占断のときは一つとして欠くべからず。下文はそれぞれ申して説く。
而日辰之分屬者,不可不辨。占家宅,則日為人,辰為宅;占婚姻,則日為男,辰為女;天庭求事,則日為舉主,辰為臣,為我;占選舉,則日為占人,辰為品職;占詞訟,則日為起訟之人,辰為對訟者;占疾病,則日為人,辰為病,又這醫藥;胎產則日為子,辰為女。
五要の中で、日と辰が各々何を代表するかは、占う事に随いて変わる。これは必ず分辨し清楚にせねばならない。家宅を占うは、日干は人を代表し日支は房宅を代表する。婚姻を占うは、日干は男方を代表し日支は女方を代表する。朝廷に向かって差事を謀るは、日干は薦挙の主家を代表し日支は臣属を代表する、すなわち自己のこちら側である(底本のこの条の文字は脱乱有り)。選挙・授職を占うは、日干は占問の人を代表し日支は求める品級職位を代表する。官司を占うは、日干は訟を興す一方を代表し日支は訟に対する一方を代表する。疾病を占うは、日干は病人を代表し日支は病症を代表し、同時に医薬を兼ね見る(底本の「又這医薬」は「又主医薬」とすべき)。胎産を占うは、日干は胎児を代表し日支は産婦を代表する。
占交易,則日為人,辰為物;占墳墓,則日為人,辰為墓;占奴僕,則日為主,辰為僕;占出行,則日為住為陸,辰為往為水;占求望,則日為我,辰為他;占動靜,則日為動為來,辰為靜為應;占博奕,則日為我為我物,辰為他為他物;占漁獵,則日為人,辰為物。此皆占事之大略,所當辨者也。
さらに下へ。交易・売買を占うは、日干は人を代表し日支は貨物を代表する。墳墓・風水を占うは、日干は生人を代表し日支は墓穴を代表する。奴婢・僕従を占うは、日干は主人を代表し日支は僕役を代表する。出門・遠行を占うは、日干は留まる一方を代表しまた陸路を代表し、日支は往く一方を代表しまた水路を代表する。求め謀り期望するを占うは、日干は我を代表し日支は他人を代表する。動静・去留を占うは、日干は動を代表し来を代表し、日支は静を代表し応を代表する。賭博・博戯を占うは、日干は我と我の賭け金を代表し、日支は相手と相手の賭け金を代表する。漁猟・捕取を占うは、日干は猟人を代表し日支は猟物を代表する。以上は各類の事を占う大概の分属で、いずれも弁明すべきものである。分属が一たび定まれば、次に日と辰の間の生克を見れば、事の主客・強弱が明白となる。
而日辰之喜忌,又不可不察。所喜者曰日德、曰支德、曰月德、曰三合、曰六合、曰吉將、曰日祿、曰生曰旺;而所忌者,鬼墓刑沖破害,亦所當察者也。日辰既審,次觀發用,視其與日辰生剋制化何如?更又當審其所乘之天官何如。(天官即十二貴人)
日と辰には各々喜ぶところ有り、各々忌むところ有りで、これもまた察せずにはいられない。喜ぶところは、日德・支德・月德、三合・六合、吉将、日禄、および当生・当旺の気——この几样が日辰に臨めばいずれも順遂を主る。忌むところは、官鬼・墓庫、および刑・冲・破・害——この几样が日辰に臨めばいずれも阻滯を主る。日辰が審定された後、続いて発用を見る。すなわち初伝で、それと日干・日支との間が生か克か・制か化かを見る。さらに一歩進めて、この一位の発用の神の乗る天官が哪一位かを審察しなければならない(原注にいう、天官はすなわち十二位の貴人天将)。この一层は最も緊要に関わる。同一の神が異なる天将に乗れば、断法は全く二様となるからである。下文は日干に按じて分列する。
甲乙日用起:天乙(官中口舌)、螣蛇(虛驚不實)、朱雀(外人咒咀)、六合(和合六親)、勾陳(貴中嗔怒)、青龍(求財有害)、天后(陰暗不明)、太陰(走失之事)、元武(盜賊為妄)、太常(灑食爭鬥)、白虎(門戶不安)、天空(主人虛疑)。丙丁日用起:天乙(貴人不和)、螣蛇(寤寐不安)、朱雀(口舌之事)、六合(因財有憂)、勾陳(田財有訟)、青龍(因財有撓)、天后(陰人有爭)、太陰(求雨不決)、元武(盜來賊欺)、太常(宅中有撓)、白虎(家業不寧)、天空(奴僕為盜)。
甲日・乙日に発用の神の乗る天将は、各々一事を主る。天乙貴人に乗れば、官府の中に口舌起こるを主る。螣蛇に乗れば、虚驚一场にして実事なきを主る。朱雀に乗れば、外人の咒罵・詛咒を主る。六合に乗れば、六親の和睦相合を主る。勾陳に乗れば、貴人の面前で嗔怒に遭うを主る。青龍に乗れば、財を求めてかえって損を受くるを主る。天后に乗れば、陰私の事の晦暗不明を主る。太陰に乗れば、人口の走失を主る。玄武に乗れば、盗賊の詐妄を行うを主る。太常に乗れば、酒食により争闘を起こすを主る(底本の「洒食」は「酒食」とすべき)。白虎に乗れば、門戸の安寧を得ざるを主る。天空に乗れば、主人の心中に虚疑を生ずるを主る。丙日・丁日に発用の乗る天将は、天乙貴人に乗れば、貴人と不和するを主る。螣蛇に乗れば、睡臥の安からざるを主る。朱雀に乗れば、口舌是非を主る。六合に乗れば、財により憂を生ずるを主る。勾陳に乗れば、田産・銭財に訟を興すを主る。青龍に乗れば、財により擾を受くるを主る。天后に乗れば、女子と相争うを主る。太陰に乗れば、雨を求むる事の未だ決せざるを主る。玄武に乗れば、盗賊門に上りて欺凌するを主る。太常に乗れば、家宅の中に攪擾有るを主る。白虎に乗れば、家業の寧ならざるを主る。天空に乗れば、奴僕の監守自盗を主る。
戊己日用起:天乙(見官有盜)、螣蛇(小人有撓)、朱雀(文字不明)、六合(先接和爭)、勾陳(賊盜憂疑)、青龍(因財慶賀)、天后(因外有撓)、太陰(求用開匿)、元武(有財逢盜)、太常(兄弟失理)、白虎(小口有災)、天空(家門不寧)。庚辛日用起:天乙(貴人尋事)、螣蛇(皇信有疑)、朱雀(文字不寧)、六合(求財不遂)、勾陳(交加訟起)、青龍(因財喜慶)、天后(走失小口)、太陰(人慾謀己)、元武(失財有喜)、太常(因件為害)、白虎(有病不安)、天空(有喜不成)。
戊日・己日に発用の乗る天将は、天乙貴人に乗れば、官に見えて失窃に遇うを主る。螣蛇に乗れば、小人の攪擾を受くるを主る。朱雀に乗れば、文書・字据の清からざるを主る。六合に乗れば、先に和を講じて後にまた争うを主る(底本の「先接和争」の文字は訛り有り)。勾陳に乗れば、盗賊の事のため憂疑するを主る。青龍に乗れば、財によりて慶賀有るを主る。天后に乗れば、外人により擾を受くるを主る。太陰に乗れば、求むる事の人に隠匿せらるるを主る。玄武に乗れば、財有れど盗に遇うを主る。太常に乗れば、兄弟の間に道理を失うを主る。白虎に乗れば、家中の小児に災有るを主る。天空に乗れば、家門の安寧を得ざるを主る。庚日・辛日に発用の乗る天将は、天乙貴人に乗れば、貴人が事を尋ね挑剔するを主る。螣蛇に乗れば、音信の疑わしきを主る。朱雀に乗れば、文書の寧ならざるを主る。六合に乗れば、財を求めて遂げざるを主る。勾陳に乗れば、訟事の交じりて起こるを主る。青龍に乗れば、財により喜慶を得るを主る。天后に乗れば、小児の走失を主る。太陰に乗れば、人の自己を図謀する有るを主る。玄武に乗れば、財を失う中にかえって喜有るを主る。太常に乗れば、某事により害を受くるを主る。白虎に乗れば、病有りて安からざるを主る。天空に乗れば、喜事の成らざるを主る。
壬癸日用起:天乙(小人有撓)、螣蛇(火怪驚疑)、朱雀(小人論官)、六合(財星有喜)、勾陳(同土勾連)、青龍(因人失事)、天后(陰小之災)、太陰(出人闇昧)、元武(途中逢盜)、太常(不家人和)、白虎(道路虛疑)、天空(詐騙不實)。
壬日・癸日に発用の乗る天将は、天乙貴人に乗れば、小人の攪擾を受くるを主る。螣蛇に乗れば、火災・怪異の驚疑を主る。朱雀に乗れば、小人が官に告げて理を論ずるを主る。六合に乗れば、財星門に臨みて喜有るを主る。勾陳に乗れば、同伙と勾連して牽累せらるるを主る(底本の「同土」は「同伴」とすべき)。青龍に乗れば、他人によりて事を誤るを主る。天后に乗れば、婦女・幼小の災を主る。太陰に乗れば、出入・行蔵の暗昧を主る(底本の「出人」は「出入」とすべき)。玄武に乗れば、途中に盗に遇うを主る。太常に乗れば、家人の和せざるを主る(底本の「不家人和」は「家人不和」とすべき)。白虎に乗れば、道路上に虚驚を生ずるを主る。天空に乗れば、人の詐騙を受け事の実に属さざるを主る。以上の五組は日干に按じて分列し、同じ一位の天将が異なる日干の上では主る事が各々相同じからず、まさに前文『凡例』の言う「此に在りては吉、彼に在りては凶と成る」の道理である。
更宜考其類神之吉凶何如,現否何如,決以年命上神吉凶如何,與日神辰神生克如何。又參以正時:如時與日合為外和,與日害為外憂,與辰合為內和,與辰害為內憂。又當審其日財、日馬、日官鬼、日印綬之類,則占無遺義矣。此難舉其大略,實五要之樞紐也。
さらに一歩進めて、なお占う事の類神の吉凶如何・この位の類神が課中に出現したや否やを考察すべきである。然る後に行年・本命上神の吉凶如何、およびそれと日干の神・日支の神とが相生するや相克するやに取り決むべし。このほかなお正時を参看すべし。占時が日干と相合すれば、外面の和順なり。占時が日干と相害すれば、外面に憂有り。占時が日支と相合すれば、家内の和順なり。占時が日支と相害すれば、家内に憂有り。最後にさらに日財・日馬・日官鬼・日印綬の類の日干と直接掛鈎する神を審察し、これらを看遍くして後、占断に遺漏の義理なからん。ここはただその大略を挙ぐるのみ(底本の「此難挙其大略」は「此謹挙其大略」とすべき)。実際、この一節はまさに「五要」運用の総枢紐である。
占応
占事尚應期,證其驗也。有取決於五行者(水一、火二、木三、金四、土五是也),有取決於大衍數者(子午九、丑未八、寅申七、卯酉六、辰戌五、巳亥四是也),有取決於末傳者(吉事取末傳合處所臨神為成期,凶事取末傳沖處所臨神為散期)。
事を占うには「応期」を最も重んずる。すなわち事がいつの時に兌現するかを断定し、これをもって課断の准否を験証する。応期を定める弁法は一種に止まらない。五行の成数に按じて取る者有り。水は一を取り、火は二を取り、木は三を取り、金は四を取り、土は五を取り、几を得れば几の日あるいは几の月に応ず。あるいは『易・繫辞』の大衍の数に按じて取る者有り。子午は九に配し、丑未は八に配し、寅申は七に配し、卯酉は六に配し、辰戌は五に配し、巳亥は四に配す。あるいは末伝に按じて取る者有り。吉事は末伝と相合するその一位の臨む神を取り、もって事の成る期とし、凶事は末伝と相冲するその一位の臨む神を取り、もって事の散ずる期とする。三法は各々宜しき所有り、用いるときは占う事の哪の類に属するかを見るべし。
然皆不如決之於發用。(用是日則日應,用是辰則旬內應,太歲一年,月建一月,四立季內,正時日前,節應半月,候應五日。大抵用起第一課、第二課,兼天乙順行,在貴人前者,應事必速;用起第三課、第四課,兼天乙逆行,在貴人後者,應事必緩。又用起第四課者,名驀越課,事難到度,驀然而成。)
ただしこの几種の弁法は、いずれも直接発用の神の上より応期を取るに如かず准なる。原注は取法を列す。初伝がもし当日の日辰ならば、すなわち当日に応ず。もし本旬の支辰ならば、本旬の内に応ず。もし太歳より起これば、一年の内に応ず。月建より起これば、一月の内に応ず。四立の神より起これば、本季の内に応ず。正時より起これば、すなわち当日の前に応ず。節の上に応ずるは半月を算え、候の上に応ずるは五日を算える。大体の規律は、用神が第一課・第二課より起こり、同時に天乙貴人が順行し、用神がまた貴人の前に落ちるは、事の応験は必ず速し。用神が第三課・第四課より起こり、同時に天乙貴人が逆行し、用神がまた貴人の後に落ちるは、事の応験は必ず慢し。このほか、用神が第四課より起こるを「蓦越課」と呼び、事は常をもってその期限を推算し難く、往々人の意表を出でて忽然として成り辦ぐ。
又有應期神之說,謂用起亥子(則以壬上神為應期),寅卯(則取辰上神),巳午(則取未上神),申酉(則取戌上神)是也。(上神者以天盤言之也)又有關格之說,謂辰加子為天開,加午為地關開,所為之事必自天時地利關阻也;辰加卯為天格,加酉為地格,凡遇之必因天時地利隔阻也。皆當參看。
このほかまた「応期神」の一説有り。用神が亥あるいは子より起こるは、すなわち壬の寄宮の上の神を取って応期と作す。寅あるいは卯より起こるは、辰上の神を取る。巳あるいは午より起こるは、未上の神を取る。申あるいは酉より起こるは、戌上の神を取る——いずれも本方の最后一位の墓庫の神を取る。原注は説明して、ここの「上神」はみな天盤に就いて言うとす。このほかまた「関格」の一説有り。天罡の辰が子に加わるを「天関」と呼び、午に加わるを「地関」と呼び(底本の「天開」「地関開」の文字は訛り有り)、凡そこれに遇えば、為す事は必ず天時あるいは地利に関し留めらる。天罡の辰が卯に加わるを「天格」と呼び、酉に加わるを「地格」と呼び、凡そこれに遇えば、事は必ず天時あるいは地利によりて隔阻して通ぜず。これらはみな併せて参看すべきである。
占宗
課傳既立,玩而占這,必有所宗,神將之類不可不審。神克將為內戰,難吉有咎;將克神為外戰,難凶可解。太歲乃天元一炁,號令四時,為五行之標,歲功之本,眾煞之主,至尊之神,是謂朝廷。若作貴人,不必人傳,皆有救肋,惟不救病。
四課・三伝がすでに排定せられ、玩味して推占する時(底本の「占這」は「占之」とすべき)、必ず帰宗する処有るべし。その中の神と将のこの一层は最も審にせずにはいられない。地支の神がその上に乗る天将を克しに行くを「内戦」と呼び、縦に吉課なりとも咎を帯び、天将がその下に乗る神を克しに行くを「外戦」と呼び、縦に凶課なりとも解す可し(底本の二つの「難」字はいずれも「虽」とすべき)。太歳は天元の一団の元気で、四時を号令し、五行の標準・一年の功業の根本・衆煞の主宰にして、最も尊貴の一位の神で、人事に比すれば朝廷である。太歳がもし貴人に充当すれば、それの三伝に入るを待つを要せず、凡事みな救助有り(底本の「救肋」は「救助」とし、「人伝」は「入伝」とすべき)。ただ疾病を占うときのみそれは救い得ず。
月將乃幽明之司,動靜之機,禍福之始。在日為福德,在辰為龍德,臨發用及行年本命皆臨支,宅生輝光;臨元武賊必敗,乘天空或空亡為光輝之象。其屬為臺省部院,帶天馬為使命,乘青龍為公卿、為太常、為武職,乘白虎為權臣,乘勾陳為大將,乘朱雀羽林,乘螣蛇為軍騎。旬丁為變動之神,附以魁罡,傳以二馬,乘以龍合太陰,萬里飛騰之象。
月将は幽明両界を掌管する官長で、動静の枢機・禍福の起点である。それが日干の上に落ちるを「福德」と呼び、日支の上に落ちるを「龍德」と呼ぶ。それが発用に臨むか、あるいは行年・本命に臨むか、あるいは日支に臨むかは、いずれも家宅に輝を生ずるを主る。それが玄武に臨めば、盗賊は必ず敗露す。それが天空に乗るかあるいは旬空に落ちれば、かえって光ありて実なき象と成る。官署に比すれば、月将は台省部院のこの一級に属す。天馬を帯びれば便ち命を奉じて出使する人、青龍に乗れば便ち公卿・太常の類の清貴の職あるいは武職、白虎に乗れば便ち権を握る臣、勾陳に乗れば便ち兵を統べる大将、朱雀に乗れば便ち羽林の近衛、螣蛇に乗れば便ち軍中の騎卒である。「旬丁」に至っては、変動を主る神で、もしさらに河魁・天罡を附し、三伝の裏にまた駅馬・天馬の両馬を帯び、併せて青龍・六合・太陰に乗れば、便ち万里飛騰の象で、遠行を主り驟かの升遷を主る。
天乙貴人握尊權,蒞天人,隨在無犯,臨日辰年命發用最吉。螣蛇為驚恐,為卑賤,若占怪異視蛇之陰,而小兒病亦責之。朱雀為口舌,為文書,若占異舉視雀之陰,月移之類亦責之。六合為私合,若占婚姻視合之陰。勾陳為遲滯,為汙蜀,為私慾鬥爭,若占詞訟視勾之陰。青龍為富貴,為生發,若占求財視龍之陰。
十二天将は各々専主有り。凡そ某類の事を占うには、その将本身を見るほかに、なおその陰神を見るべし。天乙貴人は尊貴の権柄を握り、天上人間を統臨し、至る処人の敢えて犯す者なく、それが日干・日支・行年・本命の上あるいは発用に臨めば、最も吉利である。螣蛇は驚恐を主り、また卑賤の人を主る。凡そ怪異の事を占えばすなわち螣蛇の陰神を見、小児の病もまたそれに帰して管せらる。朱雀は口舌を主り、また文書を主る。凡そ非常の挙動を占えばすなわち朱雀の陰神を見、書信の往来伝遞の類もまたそれに帰して管せらる。六合は私下の結合を主る。凡そ婚姻を占えばすなわち六合の陰神を見る。勾陳は遅滞を主り、また汚濁の糾纏・私欲の争闘を主る(底本の「汚蜀」は「汚濁」とすべき)。凡そ詞訟を占えばすなわち勾陳の陰神を見る。青龍は富貴を主り、また生発繁栄を主る。凡そ財を求めるを占えばすなわち青龍の陰神を見る。
天空為虛誕,若占僕從視空之陰。白虎為道路,為喪病,若占疾病視虎之陰;若作日鬼帶馬,為催官使者。太常為衣服,為酒食,若占筵會衣服視常之陰。元武為盜賊,為虛耗,為邪淫,若占捕盜視武之陰。太陰為不顯,若占婢媵視陰之陰。天后為恩澤,若占妻妾視後之陰,而婦人病亦責之。
天空は虚妄不実を主る。凡そ奴僕・随従を占えばすなわち天空の陰神を見る。白虎は道路を主り、また喪事・疾病を主る。凡そ疾病を占えばすなわち白虎の陰神を見る。もし白虎がちょうど日干の官鬼を作してまた駅馬を帯びれば、かえって升官を催促する使者で、仕宦を占うときは吉である。太常は衣服を主り、また酒食を主る。凡そ筵席・聚会と衣着の事を占えばすなわち太常の陰神を見る。玄武は盗賊を主り、また虚耗・損失・邪淫の事を主る。凡そ盗賊を捕捉するを占えばすなわち玄武の陰神を見る。太陰は隠晦して顕れずを主る。凡そ婢女・侍妾を占えばすなわち太陰の陰神を見る。天后は恩沢を主る。凡そ妻妾を占えばすなわち天后の陰神を見、婦人の病もまたそれに帰して管せらる。これがいわゆる「某の陰を視る」の通例である。まず占う事と同類のその位の天将を認定し、さらにその陰神を取りてもって吉凶の深浅を定める。
日德為一日之喜神,諸事之吉象,而訪謁者亦視其陰。至於十二神各有所主,而魁罡則貴人不臨,作用反多(如魁度天門、罡塞鬼戶之類);而天罡則又隨所占而操其吉凶之柄(如加孟加仲加季之類),尤為緊切。
日德は当日の喜神で、凡事みな吉象で、凡そ拜訪・謁見の事を占うもまたその陰神を見る。十二地支の神に至っては、また各々主る所有り。その中の戌位の「河魁」と辰位の「天罡」の两位は、天乙貴人が従来臨幸せず、しかもそれらの起こす作用はかえって最も多い。たとえば河魁が天門の亥位を越え、天罡が鬼戸の丑位を堵塞するという類の説法は、みなそれらの身の上より出る。而して天罡は特に緊要で、それが占う事の不同に随いて吉凶の柄を掌握する。たとえばそれが四孟に加わる・四仲に加わる・四季に加わるは、断法各々相同じからず、用いるときは務めて留意すべし。
然神將為眾課之所同,而年命為一人之所獨。故命為一身之應,不得與太歲日上神相傷;年為用之肋,不得與日用相傷。如命上見財,求財吉;見官求官吉,餘可類推。
ただし一层を看清すべきは、神と将はすべての人がこの一課を占うに相同じだが、ただ行年・本命のみがこの人の独り有するところである。ゆえに本命は一身の休咎の応験する処で、太歳と・日干上神と相冲相克すべからず。行年は用神の輔佐で(底本の「用之肋」は「用之助」とすべき)、日干と・用神と相冲相克すべからず。反対に、本命の上に財神を見れば、財を求めればすなわち吉。本命の上に官星を見れば、官を求めればすなわち吉。残りはこれに照らして類推する。同一の課が異なる人の身に落ちて吉凶が二様なる、関鍵はまさにここに在り。
而年命上見月將者,大能消一切禍,長一切福;見二馬者還官奉詔,最利還行;見天喜者凡事吉慶;見貴人者非常喜佑;見魁罡乘凶將者百事不利;見月厭作死炁者,主有冤仇人鬼相逼,風血忌有車為驚恐;見傳送乘凶將者主疾病服藥;見登明乘凶將者主水厄;見蛇凝滯;見虎乘死炁克合而無救肋者,不出四十九日其人必死;乘生炁克命,有傳尸癆瘵之疾。若乘吉神,利於仕宦,餘可類推。
行年・本命の上に見る神は、各々専断有り。月将を見れば、最も能く一切の禍患を消除し一切の福分を増長す。駅馬・天馬の両馬を見れば、復職して詔を受くるを主り、最も往返行走に利あり。天喜を見れば、凡事吉慶。天乙貴人を見れば、非常の喜慶護佑を得る。河魁・天罡を見てまた凶将に乗れば、百事利あらず。月厭を見てまた死気を作せば、冤家仇人あるいは鬼魅の相逼る有るを主り、なお血光・車馬の類の驚恐を防ぐべし。申位の「伝送」を見て凶将に乗れば、病みて薬を服するを主る。亥位の「登明」を見て凶将に乗れば、水厄を主る。螣蛇を見れば、事の凝滞して通ぜざるを主る。白虎が死気に乗りて本命を克し来り、また別神の救助なきを見れば、四十九日を出でず、この人は必ず死す。もし白虎が生気に乗りて本命を克すれば、すなわち伝尸・労瘵の類の慢性の重病に染まるを主る。反対に、年命の上に乗るがもし吉神ならば、便ち仕途功名に利あり。残りはこれに照らして類推する。
若三傳,則初傳為心之所主,事之所向,故曰用神,要上下相生,神將比和為吉。如用神克歲,歲中災咎;克月,月中災咎;剋日,優身及尊長公訟鬼賊;克辰,家宅不安;克時,心動憂驚;克中傳,有頭無尾。中傳為事體移易,子傳母為逆,母傳子為順,鬼主事壞,墓主事止,空為折腰。末傳為事之結果,克初為吉,傳空事敗。而所宗都乃初耳。此則因神將之宗,而類推之也。
三伝に至っては、初伝は問事の人の心中の主る所・事の向かうその一頭なので、「用神」と呼ぶ。それは上下相生し神と将が比和してこそ吉とする。もし用神が太歳を克しに行けば、一年の内に災咎有り。月建を克すれば、一月の内に災咎有り。日干を克すれば、則ち憂は自身と尊長に及び、なお公門の訟事・鬼賊の侵擾を主る(底本の「優身」は「憂身」とすべき)。日支を克すれば、家宅安からず。占時を克すれば、心神浮動して憂驚を生ず。中伝を克すれば、事は頭有りて尾なし。中伝は事体の中途の変化を主る。子神より母神に伝わるは逆、母神より子神に伝わるは順。中伝が鬼を作せば則ち事は敗壊し、墓を作せば則ち事は停まり、空亡に落ちれば則ち「折腰」と呼び、中間が断えたり。末伝は事の結果で、末伝が初伝を克しに行けばかえって吉を為し、末伝が空に落ちれば則ち事は終に失敗に帰す。総じて全課の帰宗する所は、なお初伝の一位に在り。以上は神将のこの一頭より帰宗し、さらに類を逐うて推衍し出した断法である。
占意
東方朔曰:魁罡乘於武后,其人妻妾懷孕;傳送若乘青龍,占者子孫財損;勝光乘於天馬,來意必問行人;太沖加於白虎,多遭疾病天災;小吉天后相逢,婦人愛生淫泆;太吉陳常相會,男子必進田財;叢魁加於天空,奴婢逃走姦淫;登明加於太陰,酒食必逢朋友。
この一篇は課の上から来人の問う何事かを予知する法を講じ、漢代の東方朔が伝えたと托名する。戌の「河魁」・辰の「天罡」が玄武あるいは天后に乗れば、来人の家中の妻妾に懐妊有り。申の「伝送」がもし青龍に乗れば、来人は子孫に損・銭財に失有るを主る。午の「勝光」が天馬に乗れば、来意は必ず行人の消息を問うなり。卯の「太冲」が白虎に加われば、多半は疾病あるいは天災に遭いしなり。未の「小吉」が天后と相逢えば、婦人が淫佚の事を生ずるを喜ぶを主る。丑の「大吉」が勾陳・太常と相会すれば(底本の「太吉」は「大吉」とし、「陳常」はすなわち勾陳・太常)、男子が田産・銭財を添置せんとするを主る。酉の「従魁」が天空に加われば(底本の「叢魁」はすなわち従魁)、奴婢の逃走あるいは奸淫の事有るを主る。亥の「登明」が太陰に加われば、将に酒食の会・朋友の相聚まる有るを主る。
功曹若乘龍合,占者子孫歡喜;魁罡乘於元武,合主奴婢逃亡;六合小吉相逢,宜問婚姻禮聘;天罡並於勾虎,來者必爭田墳;太歲或作龍常,發用官員改轉;神后若乘龍合,女人占受皇恩;大吉或乘勾虎,墓田損破必真;從魁太沖陰武,私通門戶動搖;太乙登明陰后,值此二女爭淫。
寅の「功曹」がもし青龍・六合に乗れば、来人の子孫に喜有るを主る。戌の「河魁」・辰の「天罡」が玄武に乗れば、合わせて奴婢の逃亡と断ず。六合と未の「小吉」が相逢えば、来意は宜しく婚姻の聘礼と作して看るべし。辰の「天罡」が勾陳・白虎と并れば、来人は必ず田産・墳地を相争うがためなり。太歳がもし青龍・太常を作して発用すれば、官員の職位の調転を主る。子の「神后」がもし青龍・六合に乗れば、女人の占いに来るで、皇家の恩沢を承受するを主る。丑の「大吉」がもし勾陳・白虎に乗れば、墳地・田産の確かに損壊有るを主る。酉の「従魁」・卯の「太冲」が太陰・玄武に乗れば、私通の事・門戸の動揺するを主る。巳の「太乙」・亥の「登明」が太陰・天后に乗れば、この一組に遇えば、二つの女子が風を争いて相妒るを主る。
占論
聖人作易,變通不一,豈於壬占而獨不然。課有七百二十,其中吉少凶多,世宗無惑。鈐壬歷鈐,其制未始不矛盾;袁、李、劉、邵諸人,其斷論未始不異同,皆不可舉一而廢百也。
聖人が『易』を作り、講ずるところは時に随いて変通し一端に執らずということ。豈に六壬の占課に至って偏偏として然らざらんや。六壬は全部で七百二十課あり、その中の吉は少なく凶は多い。世人はこれをもって宗とすべくして疑惑するを要せず(底本の「世宗無惑」の文字は訛脱有り)。历来の『壬鈐』『壬歴鈐』の類の課鈐の書は、その体例は未だ嘗て彼此矛盾する処なきにあらず。袁天罡・李淳風・劉基・邵雍の諸家の断語も、未だ嘗て互相に出入する処なきにあらず。これらはみな一条を執着してその余の百条を廃すべからざるものである。
即如傳生日為吉,而以占子孫之賢否則凶;傳脫日為凶,而以占生產之遲速則吉;傳剋日凶,仕宦占之則吉;日克傳吉,長病占之則凶。貴人臨獄,或臨二分,所忌也,而卯酉辰戌為日干年命,亦忌之乎?貴人啟蒙地,治事不一,所忌也,而選舉這占為廉幕登第,亦忌之乎?即舉一隅,而三隅可推。
就拿ち現成の例をもって言えば、三伝が日干を生ずるは本来吉と算えるも、これをもって子孫の賢と不賢を占えば、かえって凶(気はみな子孫に泄れ去る)。三伝が日干を脱泄するは本来凶と算えるも、これをもって生産の快慢を占えば、かえって吉(泄れれば則ち産易し)。三伝が日干を克するは本来凶なれど、仕宦の人が占えばかえって吉(官鬼すなわち官星)。日干が三伝を克するは本来吉なれど、久病の人が占えばかえって凶(病人は力なく再び物を克し能わず)。また貴人が獄地に臨み、あるいは二分の位に臨むは、历来の忌むところなれど、卯酉辰戌がもし正にこの人の日干・年命ならば、豈に一概にこれを忌むや。貴人が蒙昧の地に落ち、事を弁ずるに専一ならざるも、また忌むところなれど、これをもって選挙を占えば、かえって廉幕の職・科第の登榜に応じ作すべしとするを、豈に一概にこれを忌むや。一角を挙げれば、その余の三角は推知すべきである。
故有以課體論者(如用知一、比用、潤下、曲直之類),有以傳體論者(如登三天、涉三淵之類),有以用神相加論者(以用神上下相加而斷吉凶),有以辰神相加論者(以十二宮神輪流相加而斷吉凶),有以正時斷吉凶者(占時),有以用論者(謂上言官府事妻財,相氣論死來,喪起凶動見官刑,休時憂患病類),有以克論者(謂上克下事起男子,下賊上事起女子;將克神,神剋日,禍從外來;日克神,神克將,禍從內起;伏吟事近,反吟事遠類)。其類雖有可據,其藝雖有可呈,而終不免舉一廢百之病。一課千萬人占之各巽,一占千萬人應之不同,變化之妙,鮮有不應者也。
ゆえに課を断ずる路数は一条に止まらず。課体の上より論ずる者有り、知一・比用・潤下・曲直のこの類のごとし。伝体の上より論ずる者有り、登三天・渉三淵のこの類のごとし。用神の相加の上より論ずる者有り、すなわち用神の上下両神を相畳してもって吉凶を断ず。辰神の相加の上より論ずる者有り、すなわち十二宮神を輪番に相畳してもって吉凶を断ず。もっぱら正時を憑りて吉凶を断ずる者有り、すなわち占時を見る。旺衰の気の上より論ずる者有り、旺気は官府の事と妻財を講じ、相気は死喪の来たるを講じ、喪気一たび起これば則ち凶動して官刑を見、休気の時は則ち憂患・疾病を主る。克の上より論ずる者有り、上が下を克すれば則ち事は男子より起こり、下が上を賊すれば則ち事は女子より起こり、天将が神を克し神が日干を克すれば、禍は外面より来り、日干が神を克し神が天将を克すれば、禍は内裏より起こり、伏吟は事の近処に在るを主り、返吟は事の遠方に在るを主る。これらの路数は各々依据有り、各々観るべき処有り。しかしながら終に一を執りて百を廃するの毛病を免れず。同一の課を千万人が占えば、各人の得るところ同じからず(底本の「各巽」は「各異」とすべき)。同一の占を千万人が応ずれば、各人の応ずるところも同じからず。変化の奥妙は全く活用に在り。能く活用する者は、占って応験せざること稀なり。
凡占事,當審其天地盤之陰陽神。凡事有陽,不能無陰,社之陰者即事之影鄉,必須參看,定其吉凶。十二神中惟貴人日夜互為陰神,其餘各有陰神。如蛇臨天盤申字而居地盤子位,則地盤申位上辰字即蛇陰神也。其餘陰神主何吉凶,盡詳占宗。
全書の末尾にこの一段を重出すは、前文の『天地盤陰陽神』一節と文字相同じく、底本の刻版が重複したもので、今、照録してその旧を存す。陰神を取る口訣を再び申説し一遍す。凡そ事を占うにはみな天盤・地盤上の陽神と陰神を審看すべし。陽有れば必ず陰有り、陰の一面はすなわちこの事の影子で、必ず参看してこそ吉凶を定め得る。十二天将の中では貴人の昼夜两位のみが互いに陰神と為り、残りの各将はみな別に陰神有り。求め方は、某将の乗る天盤の字を取り、地盤の同名の位子に回り、それの頭上に何を圧するかを見る——たとえば螣蛇が天盤の申字に乗りて地盤の子位に落ちれば、すなわち地盤の申位を見、申位の上は辰で、辰は便ち螣蛇の陰神。残りの各陰神がそれぞれ何の吉凶を主るかは、すでに『占宗』一篇の裏に講じ尽くせり。
