三死は命に非ず
作盤ガイド: 八字作盤
死生本有定數,而非所論於自取。嘗讀孔子之言而爽然矣,曰:「寢處不時,飲食不節,勞佚過度者,疾共殺之;居下位而好干上,嗜慾無厭,求索不止者,刑共殺之;少以犯眾,弱以侮強,忿不量力,兵共殺之。」此三死者非其命也,人自取之。
生死はもともと自ら定数あるが、あれは自然の数に就いていうので、みずから招来したる死を含まない。かつて孔子の一段の言を読みて、読みて恍然(こうぜん)として明白した。孔子がいう。起居に時なく、飲食に節なく、労累と安逸とが皆度を過ぐる者は、疾病にともに殺される。身は下位に居りて好んで上級に冒犯し、嗜好欲望は永く満足なく、索求は肯んじて停止せざる者は、刑罰にともに殺される。少数をもって衆人に触犯し、弱小をもって強大を欺侮し、一怒してみずから力を量らざる者は、兵刃にともに殺される。この三種の死はいずれもその命の応に然るべきにあらずして、みずから招来せしものなり。
諸書の存参と不取
《乾元秘書》內載七曜性情吉凶及所屬陰陽、所屬晝夜,皆於命理無關,故不錄。
《乾元秘書》のうちに七曜の性情吉凶と、および各々の所属する陰陽・所属する昼夜を載す。これらはいずれも命理と相干(あいかん)あらず。だから本書は収録を予(あずか)らない。
《元星變化》云命之主星最嫌洩氣。洩氣之輕,多招災禍;洩氣之重,不免死亡。此說似乎太拘,終於不採。
《元星変化》にいう。命主星は最も泄気(せっき)を忌み、泄ること軽ければ多く災禍を招き、泄ること重ければ死亡を免れないと。この説は未(いま)だ拘泥(こうでい)に太(はなはだ)しきを免れず。だから終わりに採用せざるなり。
《元星變化》云如甲與己合,看合何星,若官祿則得祿,疾厄則多疾。合著恩星,自為有用;合著難星,不無受制。此說亦微有驗,姑以存參。
《元星変化》にまたいう。たとえば甲と己とが相合するに、それの合するはどの一星か、落つるはどの一宮かを看る——官禄宮に合すれば禄を得、疾厄宮に合すれば多病となり、「恩星」に合着すればこの一合は自ずから用あり、「難星」に合着すればその牽制を受けるを免れないと。この説はやや応験あるも、姑(しばら)く存録して参攷(さんこう)に備うるのみ。
魁・科・文の三星
魁、科、文三星其用不同。《天官經》云:「魁官穿度,早步青雲;魁度逢官,陛廷司諫;官魁拱命,驄馬乘風」是魁主風審無疑,推而廣之,內至兵刑都察院等官,外至督撫按察司等官,皆作魁論。
「魁星」「科名」「文星」のこの三つの星は、用処は各々同じからず。《天官經》にいう。「魁官は度を穿(うが)てば、早く青雲を歩み、魁度に官に逢えば、陛廷(へいてい)の司諫(しけん)たり、官魁が命を拱すれば、驄馬(そうば)風に乗る。」これは魁と天官とが互いに穿度する者は早く青雲に登り、魁の度の上に天官に遇う者は朝廷の諫官たるべく、官・魁がともに命を拱する者は便ち驄馬御史の風に乗りて起つが如しをいう。見るべし、魁星の主どるは風紀と刑名の審断なり。この一点は疑問なし。これを推して広げれば、内には兵部・刑部・都察院の類の官の如く、外には督撫・按察司の類の官の如く、いずれも魁星に拠って論ずる。
文不獨科第然也,總裁、主試、房考、學差,內而司成等,外而教職等,皆以文論。倘不得氣,又微與命主有關,雖老於諸生,亦應有文名科名。升殿朝陽,兼日月拱夾,可以問鼎。天一生水,水作科名更妙。
「文星」の主どるところは単に科第のみにあらず。会試の総裁・郷試の主考・房考官・提督学政の如き、内には国子監の司成・祭酒の類の如く、外には府州県学の教職の類の如く、いずれも文星に拠って論ずる。文星はたとい気を得ずとも、また命主とやや関渉あれば、その人はたとい秀才の行列の裏に老死すとも、なお旧(もと)より文名あるいは科名あるべし。文星がもし殿に升り地を得、太陽を朝拱し、さらに日月の拱夾を兼ねれば、以て大魁を問鼎(もんてい)すべし。天は一を生じて水と為す。だから水星を用いて「科名」と作すは更に美妙なり。
有謂科名與陽隔一度,中第一;隔二度,中第二;隔三度,中第三;隔三度外,尚與日同度,亦可館選。又有謂魁守命坐度,與所立之度數相隔一二三,即以此定廷試之名次。二說皆驗,當參觀而得之。
ある人がいう。「科名」と太陽とが相隔ること一度なる者は第一名に中り、二度に隔たるは第二名に中り、三度に隔たるは第三名に中り、三度以外に隔たるも、ただなお太陽と同一度の内に在らば、また翰林に入选すべしと。またある人がいう。「魁星」が命宮の所在の度に坐守し、立てたる度と相隔ること一度・二度・三度に拠り、すなわちこれに拠って殿試の名次を定むと。この二種の説はいずれも応験あり。応に合わせて参看し、乃(すなわ)ちその真意を得べし。
煞度を行りて反(かえ)って貴なる例
有壬年人行柳土煞度館選者,查文、日、科、水皆在女躔,則柳度正收科文陽君貴氣,不要概論煞也。又有壬年人行女土煞度館選者,查科水在女躔,日月夾之,則女度正收科名貴氣,又科名頂度,不可概論煞也。
壬年の生まれの人ありて、柳宿土度のこの七煞の度に行り到りて、かえって翰林に入选せしあり。その盤を査するに、文星・太陽・科名と水星とが皆女宿に躔す。それならば柳度の収むる所はまさに科・文と君象太陽の貴気なり。一概に七煞と作して断ずべからず。また壬年の生まれの人ありて、女宿土度のこの七煞の度に行り到りて翰林に入选せしあり。その盤を査するに、科名の水星がまさに女宿に躔し、また日月あってこれを夾む。それならば女度の収むる所はまさに科名の貴気にして、しかも科名はすなわちこの一度に頂(いただ)けり。同じく一概に七煞と作して断ずべからず。
有庚年人行奎木煞度居大位掌重權者,查原木與氣照已經合化,天官金與太陽俱在斗躔,則奎木乃天官與太陽貴氣所通故也。有辛年人行婁金煞度館選者,查金即科名,木在陽躔,則即以科名近陽也。總之七煞止忌其混官,既不混官,則另視其氣之所並而已。蓋即一星常在數用,一用亦有不同之理,特因煞而詳載之。
また庚年の生まれの人ありて、奎宿木度のこの七煞の度に行り到りて、却って高位に身を居し重権を執れり。その盤を査するに、原盤の木星と「紫氣」とは互いに照り、早已(さっそく)合化して煞気を去れり。しかして天官の金星と太陽とが同じく斗宿に躔す。それならば奎宿の木はまさに天官と太陽との貴気の貫通する所なり。だから煞と作して論ずべからず。また辛年の生まれの人ありて、婁宿金度のこの七煞の度に行り到りて翰林に入选せしあり。その盤を査するに、金は辛年の人に対してまさに「科名」にして、しかも木星はまた太陽の所在の度に躔す。これはすなわち科名が太陽に親近する所以(ゆえん)なり。総じていえば、七煞の忌む所はただ天官を混雑するに在るのみ。すでに官を混ぜざれば、すなわちただその気が何と併せて一処に在るかを看るのみ。これまさに前にいいし一つの星はつねに数用を兼ね、同一種の用途もまた各々同じからざるの道理なり。ただ講ずるは七煞なれば、故(ことさ)らに詳しく記載し置くなり。
宮を過ぎ度を行る年数
七年每月行二十一分零,兩個月零二十四日行一度。一年,該四度十七分有奇。二年,該八度三十四分有奇。三年,該十二度五十一分有奇。四年,該十七度八分有奇。五年,該二十一度二十五分有奇。六年,該二十五度四十二分有奇。七年,合計三十度。
およそ一宮が七年を管するものは、毎月二十一分余を行り、二箇月零(れい)二十四日にして一度を行り滿つ。逐年に累計すれば、第一年は共に四度十七分零有り、第二年は共に八度三十四分零有り、第三年は共に十二度五十一分零有り、第四年は共に十七度八分零有り、第五年は共に二十一度二十五分零有り、第六年は共に二十五度四十二分零有り、第七年に到りて合計して恰(か)も三十度、正に一宮を走り滿つ。
八年每月行十九分,缺三個月零六日行一度。一年,該三度四十五分。二年,該七度三十分。三年,該十一度十五分。四年,該十五度。五年,該十八度四十五分。六年,該二十二度三十分。七年,該二十六度十五分。八年,合計三十度。
およそ一宮が八年を管するものは、毎月十九分を行り、三箇月零六日に足らずして便ち一度を行り滿つ。逐年に累計すれば、第一年は共に三度四十五分、第二年は共に七度三十分、第三年は共に十一度十五分、第四年は共に十五度、第五年は共に十八度四十五分、第六年は共に二十二度三十分、第七年は共に二十六度十五分、第八年に到りて合計して恰も三十度、正に一宮を走り滿つ。
十一年每月行十三分零,四個月零十二日行一度。一年,該二度四十三分有奇。二年,該五度二十七分有奇。三年,該八度十分有奇。四年,該十度五十四分有奇。五年,該十三度三十八分有奇。六年,該十六度二十一分有奇。七年,該十九度五分有奇。八年,該二十一度四十九分有奇。九年,該二十四度三十二分有奇。十年,該二十七度一十六分有奇。十一年,合計三十度。
およそ一宮が十一年を管するものは、毎月十三分余を行り、四箇月零十二日にして一度を行り滿つ。逐年に累計すれば、第一年は共に二度四十三分零有り、第二年は共に五度二十七分零有り、第三年は共に八度十分零有り、第四年は共に十度五十四分零有り、第五年は共に十三度三十八分零有り、第六年は共に十六度二十一分零有り、第七年は共に十九度五分零有り、第八年は共に二十一度四十九分零有り、第九年は共に二十四度三十二分零有り、第十年は共に二十七度十六分零有り、第十一年に到りて合計して恰も三十度、正に一宮を走り滿つ。
某宮行幾年,惟七年、八年、十一年尤須逐年扣清,特另開於右。
各宮が究竟何年を行るかは、前の「限年」の一条にすでに列明せり。そのうち七年を管し、八年を管し、十一年を管するこの三種は、殊に逐年に扣算して清楚なるを要すれば、故(ことさ)らに別に上の三張の表を列して査検に備うるなり。
