置閏
作盤ガイド: 八字作盤
置閏之法,氣盈朔虛,此其大綱,中法二十四氣平分,每一節氣十五日二十一刻有奇,積算每年所餘十一日,三年所餘三十三日,因而置潤;西法則云:冬夏不齊,冬一節氣,十四日八十四刻有奇,夏一節氣十五日七十二刻有奇。因日行距地遠近不等,冬日距地遠而行疾,夏日距地近而行遲,以此詳算置閏,氣朔分齊,無盈縮之差,其置閏視中法疏密為何如耶?
置閏の法は、大綱は「気盈朔虚」の四字にある。すなわち一歳の節気の多く出る日数と、十二の朔望月の足らぬ日数とが相抵する。中法は二十四節気を平均に分配し、毎一節気は十五日二十一刻に零あり。累算して毎年十一日を多くし、三年に三十三日を多くし、ここに一つの閏月を安置する。西法はいう。冬夏二季の節気の長短は並び相等しくない。冬の一節気はただ十四日八十四刻に零あり、夏の一節気は十五日七十二刻に零ある。これは太陽の地よりの遠近が同じからぬためで、冬は地を離れて遠く行い速く、夏は地に近く行い遅い。西法はこれに依りて詳しく算して置閏し、節気と朔望とは分配斉整にして、盈縮の誤差なし。このように比べれば、西法の置閏は中法と孰疏孰密なるか、また明らかである。(末句「因而置潤」の「潤」は「閏」の訛り。今は原様のまま録出する。)
歳差
歲差之法,則以日躔之所遷,驗列宿之退數。古無差法,虞喜始立其法,以五十年差一度;何承天則以百年差一度;劉焯則以七十五年差一度;一行以八十三年差一度。中法始減週歲為三百六十五度二十四分五秒,加周天為三百六十五度二十五分七十五秒,以六十七年而差一度,視前為不同矣。
歳差の法は、太陽の躔る位置の遷移を以て、二十八宿の逐年後退する度数を検証する。上古はもと歳差の説なし。晋人の虞喜がはじめてこの法を創して、五十年に一度差ずと定めた。南朝の何承天は百年に一度差と改め、隋人の劉焯は七十五年に一度差と改め、唐僧の一行は八十三年に一度差と改めた。中法は後に至りて周岁を三百六十五度二十四分五秒に減じ、周天を三百六十五度二十五分七十五秒に加え、六十七年に一度差と定作す。前の数家よりまた自ら同じからず。
西法詳算列星,每年東行五十一秒,積七十年有奇而差一度,二千一百十七年有奇而差一宮,二萬五千四百一十年有奇而東旋一周,西法歲差更不同焉。
西法は詳しく衆恒星の行度を推算して、恒星は毎年東へ五十一秒を行き、累積して七十年に零あってやっと一度を差し満たし、二千一百十七年に零あってやっと一宮を差し満たし、二万五千四百十年に零あってやっと東に旋りて一周天を満たすという。西法が歳差を講ずるは、中法各家とまた別の一副の面目あるが見える。
里差
裡差之法,為分省節氣之刻;中法立表測景以求時刻,難為依據,即所測冬夏二至,猶未盡善;西法用八線表法,已為精細,且又有別法以相濟,人莫窺其底蘊。西法裡差密乎不密,異乎不異。
里差の法は、各省の節気に交わる時刻を分別するためのものである。中法は圭表を立てて日影を測り時刻を求むるも、拠り所とし難く、測定した冬至・夏至の二つの至点すら、なお完善とはいえない。西法は「八線表」の法を用い、すでに十分精細であり、しかも別に別の算法ありて互相補済し、外人はその底蘊を窺うこと能わず。かく見れば、西法の里差が果たして密なるか否か、異なるか否か、答えはおのずからその中にある。
交蝕
以交蝕言之,日月之行由南北而縱分之謂之度,由東西而橫截之謂之道,日行高而月行卑,若合朔之時,日與月同度同道,則日為月掩而日蝕;月本無光,借日之光;若對望之時,月與日對度對道,則月為日所,陽極反亢,故蝕;凡交蝕分數總由同道對道之多寡,此中法西法之同也。
さらに日月の交蝕を取って言う。日月の運行する路は、南北の方向より縦に劃分するを「度」といい、東西の方向より横に截断するを「道」という。太陽は行くこと高く、月は行くこと低し。合朔の時に至りて、日と月と同一度・同一道に在り、太陽が月に掩われれば、日蝕となる。月はもとより光なきも、太陽の光を借る。対望の時に至りて、月と日と度・道相対し、月は太陽に掩われ、陽気は極まりてかえって亢盛す。ゆえに月蝕となる。およそ交蝕の分数の多少は、つねに同道・対道の相合の多寡による。この一層は中法と西法とが完全一致する処である。(「則月為日所」の句下、底本は一字を脱す。まさしく「所掩」なるべし。今は照録して補わず。)
至西法更謂月蝕則在日月正望,而地球介乎其間,月入地影中失其所借之光而為蝕;地在天中,其體微渺,尋常不能障隔日月,惟日月同在一線,乃為地所隔而成蝕;故中法謂太陽之體本有暗虛,月值之則遙奪其光,西法則謂月蝕仍名暗虛,為地所隔則暗而虛也,是月蝕又更異矣。
西法はさらに一層進めていう。月蝕は日月の正しく対する望日に起り、地球がちょうど中間に挟まり、月は地球の影に入りて借りた日光を失い、ここに蝕を成す。地球は天体の中に処し、形体は極めて微小にして、平常はよく日月を遮隔せず。ただ日・地・月の三者が同じ一直線上に在るときのみ、地球に隔てられて蝕を成す。ゆえに中法は太陽の本体上にもと一塊の「暗虚」ありと講じ、月がこれに当たれば便ち遥かに光亮を奪わるとする。西法は月蝕も依然として暗虚と呼ぶべしと講ずるも、ただ地球に隔てられて暗く虚しくなるのみ。この一層は、中西両家が月蝕を解釈するに大いに相同じず。
刻漏
刻漏之制,周禮挈壺氏掌之,孔壺謂之漏,浮箭謂之刻。浮箭壺、漏水壺名異而實同,中法因之。西法又有地平晷、百遊晷、通光晷、十字晷,遇陰雨則有自嗚鍾,沙漏、水漏之制。中法以水入壺而時箭浮,西法以水出壺而時牌出,壺體並不開孔,以節時分、定晨昏、考中星、撥晷景,無有差忒,刻漏視中法亦較密焉。
刻漏という制度は、『周礼』に挈壺氏が掌る。孔を開けた壺を「漏」といい、浮かぶ箭杆を「刻」という。浮箭壺と漏水壺とは名称は異なるも実質は同じく、中法はずっとこれに沿って用いる。西法は別に地平晷・百游晷・通光晷・十字晷などの日晷があり、陰雨に遇いて晷影を見る能わざれば、自鳴鐘を用い、また沙漏・水漏の制がある。中法は水を壺中に注がしめ、時箭はこれに随いて浮き起る。西法は水を壺外に流出さしめ、時牌はこれに随いて顕れ、壺身は別に孔竅を開かず。以て時刻を劃分し、晨昏を判定し、中星を考験し、晷影を撥正するに、差錯あることなし。刻漏の一項に就いて論ずれば、西法は中法よりも精密なるが見える。(「自嗚鐘」の「嗚」は「鳴」の訛り。今は原様のまま録出する。)
暦元
惟曆元之準於北極,推而上之,而章、而蔀、而紀、而元,東西兩漢異而實同,中法、西法皆循之,無疏密也。
ただ暦元の一項は、北極を以て准とする。これより上へ層々推排す。十九年積りて一「章」となり、四章積りて一「蔀」となり、二十蔀積りて一「紀」となり、三紀積りて一「元」となる。この一套の算法は、西漢・東漢の两代に異なるが如く見えて実質は同じ。中法と西法とがともにそれに沿って用い、誰が疏で誰が密かは談ずるに足らず。
西法の諸差と三角八線
至西法謂地如圓球,正居天中,日大於地,月小於地,五星大如月,尤振古所未聞。若其論恆星之南北差、赤黃道之疏密差、日與地之不同心差、七政之視差、日蝕之內三差外三差、月蝕時刻之裡差以及悉月星之本次,輪調參觜之先後度,正羅計之誤,元思至理,深切著明,中法不能讚詞矣。
西法の言うところ、大地の形は円球の如く、端正に天体の正中に居り、太陽は地より大にして、月は地より小さく、五星の大小は月に相仿つ。これはさらに古来曾て聞かざるところである。さらにそれが論ずる恒星の南北差、赤道黄道の疏密差、日と地との不同心差、七政の視差、日蝕の内三差と外三差、月蝕時刻の里差、および詳しく月と星と各々の本次を審らかにし、参宿・觜宿の先後の度数を調整し、羅睺・計都の首尾顛倒の誤りを訂正する——思慮の深く道理の至れるは、いずれも明白透徹に講じ得て、中法はこれらの処に一語を置くの余地すらない。
更用以三角八線之算,揆以均數自變量根數之法,天地之寒暑、日月之晦明、渾淪磅礴於太虛之表而不能出其範圍,直可上接容成之統,遠紹羲和之傳,行之萬世而可無敝,密莫密於此,異莫異於此。
さらに三角形と八線の術を加えて運算し、均数・変数・根数の類の算法を以て推校するならば、天地間の寒来暑往、日月の晦朔明暗は、たとい渾淪磅礴して太虚の外に充塞するも、その推算の範囲を逃れること能わず。このような暦法は、上は黄帝の時の容成が暦を造った統緒を承け、遠くは唐堯の時の羲和が天を掌った伝授を継ぎ、これを万世に行っても敗壊せざるべし。密を言えば、これより密なるものなし。異を言えば、またこれより異なるものなし。(「自変量」の三字は底本の如し。まさしく「自変数」の類の訛文なるべし。今は照録する。)
有志者誠取預定之萬年書,及當年之七政經緯躔度書,一一遵而行之,求其故而晰其微,庶幾精算無餘蘊矣。
この道に志す人、果たしてよく予め編定した万年暦書および当年に頒行する七政経緯躔度の書を取り来たり、一条一条に依りて推演し、その然る所以の故を探求し、その精微にして見え難き処を剖析するならば、推算の術はほぼ窮尽して余なし。
十二宮の分度数相照
隔六宮,一百八十度相。隔四宮,一百二十度三合。隔三宮,九十度二絃。隔二宮,六十度六合。
十二宮は彼此相照応し、隔たる宮数に按じて四等に分かる。六宮を隔たるは、両宮の相去ること百八十度、これ正対の照。四宮を隔たるは、相去ること百二十度、これ「三合」の照。三宮を隔たるは、相去ること九十度、これ「二弦」の照。二宮を隔たるは、相去ること六十度、これ「六合」の照。この四種の照法は、すなわち全書が「絡」「釣」「拱」「冲」を講ずるに依拠する度数である。(「一百八十度相」の句下、底本は一字を脱す。まさしく「相對」または「相冲」なるべし。今は照録して補わず。)
立命
生時加太陽上順數至卯是。
命宮を安ずる法:出生の時辰を太陽の在るあの宮の上に加え、再び十二宮の次序に順って数え下し、卯位に数え至るを以て止める。落ちたあの宮がすなわち命宮である。
立度
從太陽所躔之度,用量天尺直數至命宮某度是,即所謂絡也,亦即對三合六合二絃之謂,特兼及三十度,一百五十度而其數益全。
立度の法:太陽の躔るあの度より起算し、「量天尺」を以て一路直に命宮のある度に数え至る。数え至ったあの度がすなわち立つ所の度である。これすなわち前に言うた「絡」、即ち対照・三合・六合・二弦という数種の関係である。ただ立度の法はさらに兼ねて相去ること三十度と百五十度との二種を取る。単に対冲三合を講ずる度数より更に完備なり。
十二宮の名目次序
人以命為主,故命宮第一;財為養命之源,故次二;分我之財曰兄弟,故次三;田宅所以安命藏財而居兄弟,故次四;既有財帛兄弟田宅,而男女所以承田與財者也,故次五;奴婢所以輔男女,故次六;妻妾敵體,與命宮對,故次七;疾厄人所難免,故次八;遷移人所常有,故次九;官祿夭之所予於人,故次十;福德人之所享於天,故次十一;相貌所以成身,故次十二。
十二宮の排列の次序にはおのずから道理あり。人は性命を以て根本とす。ゆえに命宮を第一に排す。財帛は命を養う源頭。ゆえに第二に排す。我が財産を分つ能くするは兄弟。ゆえに第三に排す。田宅は以て身命を安頓し、財貨を収蔵し、兄弟を安置す。ゆえに第四に排す。すでに財帛・兄弟・田宅を有ちて、而も子女は田産家業を承接する人。ゆえに男女宮を第五に排す。奴婢は子女を輔助するもの。ゆえに第六に排す。妻妾は自身と身分相當し、正しく命宮と相対す。ゆえに第七に排す。疾病災厄は人の免るる能わざる所。ゆえに第八に排す。遷徙調動は人の常に有る所。ゆえに第九に排す。官禄は天が人に授ける所。ゆえに第十に排す。福徳は人が天より領受し享用する所。ゆえに第十一に排す。相貌はこの身形を成就する所。ゆえに第十二に排す。(「官禄夭之所予于人」の「夭」は「天」の訛り。今は原様のまま録出する。)
自命宮而至妻宮,其敘不亂;自疾厄而至相貌,卻乃倒置,何歟?命與妻相對,相貌福德官祿出天上,故列在命前;財帛兄弟田宅隱地下,故列在命後。
ある人問う。命宮より妻宮に排ぶるに至るまで、次序は井然として乱れず。しかるに疾厄宮より相貌宮に排ぶるに至っては、看るに顛倒せるに似たり。これは何の故か。要は命宮と妻宮とがもとより相対する両端なるにあり。相貌・福徳・官禄の三宮は天上顕露の一路に属す。ゆえに盤面上に命宮の前に列す。財帛・兄弟・田宅の三宮は地下隠伏の一路に属す。ゆえに盤面上に命宮の後に列す。宮名の先後の次第と盤位の前後の位置とは、もとより一回事にあらず。
有相貌才見福德,有福德才居官祿,有官祿才多遷移,才遷移才招疾厄,自相貌至疾厄,皆日月之喜升而惡沉;有財帛應分兄弟,有兄弟應剖田宅,有田宅應歸男女,有男女應用奴僕,自財帛至奴僕,皆日月之右轉而分佈。此十二宮之立,而人之所以為生,盡在是矣。
さらにこの两路の各々の連貫を見る。先ず相貌ありてこそ福徳を談ずべく、福徳ありてこそ居官食禄を談ずべく、官禄ありてこそ多く調遷外任を談ずべく、調遷ありてこそ疾病災厄を招来す——相貌より疾厄に至るこの一路は、皆日月の升るを喜び沈むを悪む一面に属す。また財帛あれば便ち兄弟に分与すべく、兄弟あれば便ち田宅を剖分すべく、田宅あれば便ち子女に伝帰すべく、子女あれば便ち奴僕を役使すべし——財帛より奴僕に至るこの一路は、皆日月の右に回転し而も挨次分布する一面に属す。十二宮かくの如く建立起てば、人生在世の種種の境遇もまた全てその中に包括せり。
限年
命與祿十有五,福與妻十有一,田宅子孫各四年半,而奴僕隨之,財帛兄弟各五,而相貌獨十年,疾厄遷移退以七八。
各宮の管する行限の年数は並び同じからず。命宮と官禄宮とは各々十五年を管し、福徳宮と妻妾宮とは各々十一年を管し、田宅宮と子孫宮とは各々四年半を管し、奴僕宮もまたこの数に随い、財帛宮と兄弟宮とは各々五年を管し、ただ相貌宮のみ多くして十年、疾厄宮と遷移宮とは退いてただ七年・八年を管す。
其所以若此者,子午卯酉居陰陽之中位,命祿妻田為四正宮,管四十五年有奇,乃含洛書四十有五之妙也;寅申巳亥辰戌丑未八宮,當陰陽終始之地,管五十五年無奇,乃具河圖五十有五之妙也。
なぜかく分配するか。子・午・卯・酉の四支は陰陽の中位に居るがゆえに、命宮・官禄・妻妾・田宅の四つの宮は四正の地に落ち、合わせて四十五年に零ありを管す。正しく『洛書』の数四十五の妙を暗含す。而も寅・申・巳・亥・辰・戌・丑・未のこの八宮は、陰陽の終わりて復た始まる処に処り、合わせて五十五年の整数に零なきを管す。正しく『河図』の数五十五の妙を具備す。四正と八宮と相加えてちょうど一百年。人の一生の限数は便ち皆その中に在り。
童限を出で大限を行る
童限管十五年,此其常也。不及則十歲後即出,太過則二十歲才出,總查太陽過宮之淺深,以定行限之遲早。太陽過宮三日管一年,三十日管十年,須扣算實數起;
童限は一般に十五年を管す。これは常例である。もし足らずんば、十歳以後に童限を出づ。もし過ぎるときは、二十歳に至ってやっと出づ。つねに太陽の宮を過ぐる深浅を査し、これに拠りて大限を起行する遅早を定む。折算の法は、太陽の宮を過ぐること毎三日を以て一年に抵し、三十日を以て十年に抵す。必ず実際の日数に按じて扣算した後に起限せねばならぬ。
倘未滿三日,只二日零六個時,即十歲十個月行限。如七月初一生,必至十一歲六月三十滿十歲,再加十個月,行限則十二歲五月初一才起。
例を挙げて言う。もし三日に満たず、ただ二日零六時辰のみあれば、折りて十歳零十箇月を以て大限を起行す。たとえば七月初一に生れた人は、十一歳の年の六月三十日に至ってやっと満十周岁と算し、さらに十箇月を加えれば、大限の行は十二歳の年の五月初一に至ってやっと起る。
倘將滿三十日,只缺少九個時,即十九歲零九個月行限。如六月初十生,必至二十歲六月初九滿十九歲,再加九個月,行限則二十一歲三月初十才起。
また三十日将に満たんとしてただ九時辰を差すのみあれば、折りて十九歳零九箇月を以て大限を起行す。たとえば六月初十に生れた人は、二十歳の年の六月初九に至ってやっと満十九周岁と算し、さらに九箇月を加えれば、大限の行は二十一歳の年の三月初十に至ってやっと起る。
定命
定命專論宮,果老論度固不可以,即另立度主亦在所不必,但看度之經緯、貫串以卜休咎而已,至於身主尤屬泛泛,皆所宜削。
命宮を定むるはただ宮を論じて度を論ぜず。果老の一派は命を定むるにまた度を論ずるも、固より当らず。すなわち別に一つの「度主」を立つるも、同じく大いに用うるに足らず。度上はただそれの経緯関係と貫串関係とを見るを須み、以て休咎を占断すれば即ち足る。いわゆる「身主」に至っては、さらに泛泛として凭るところなし。これらは皆一概に刪去すべし。
行限
行限專論度,如寅宮有房心尾箕四度,行房以日論,行心以月論,行尾以火論,行箕以水論。若又論宮之為木,則金躔尾,顧不受火克而反雲克木可乎?卯宮有亢氐二度,行亢以金論,行氐以土論,若又論宮之為火,則金躔氐,顧不受土生,而反雲火克可乎?
行限は則ち専ら度を論じて宮を論ぜず。たとえば寅宮の裏に房・心・尾・箕の四度あり、房度に行れば即ち太陽に按じて論じ、心度に行れば即ち太陰に按じて論じ、尾度に行れば即ち火に按じて論じ、箕度に行れば即ち水に按じて論ず。仮に度を論ずる外にさらに宮の五行をも併せ論ぜば、寅宮は木に属す。然らば金星が尾度に躔る時、それが尾火の剋を受くるを算せざって、かえってそれが宮中の木を剋すと言わんか。また卯宮の裏に亢・氐の二度あり、亢度に行れば金に按じて論じ、氐度に行れば土に按じて論ず。仮にまた卯宮の火に属すを論ぜば、金星が氐度に躔る時、それが氐土の生を受くるを算せざって、かえってそれが宮火に剋されりと言わんか。行限はただ度を論ずるのみ能くして、宮の五行を牽入すべからざるが見える。
命主
命主總在得時得地但左右無相剋者,有相生者更優遊自如,尤須朝陽近吉,或作陽引,或作陽從,或有吉神引,或有吉神從,皆主貴顯;若凶神引從,便以禍論。如吉凶神均不引從,則專看經絡貫串等矣。倘有盤合全格而不貴者,皆由主星失之也。
命主星はつねに時を得地を得るを要す。ただ左右にそれを剋する星なければ、それは安穏なり。もし左右にそれを生ずる星あれば、さらに優游自如なり。殊に緊要なるは太陽を朝拱し、吉曜に親近すること。あるいは太陽の前に「引」を為し、あるいは太陽の後に「従」を為し、あるいは吉神ありて前に引き、吉神ありて後に従す。この数種は皆貴顕を主る。反対に、もし凶神ありて前に引き後に従せば、便ち災禍に按じて断ずべし。仮に吉神凶神いずれも引従に来らずんば、便ち専らそれが各星との経・絡・貫・串の関係の如何を見る。ある命盤は格局の配う斉整なれども終に貴ならざるは、毛病は皆命主星の時を失地を失したに出づ。
経
經者四經,如箕參軫壁、井角斗奎、尾窒觜翼、亢牛婁鬼、氐女胃柳、房虛昴星、心危畢張,在天同為一氣,故宮神皆暗相管攝。命主在箕,吉星在箕,固是同經;命主在箕,吉星在參軫壁,亦係同經,應無不利。反是而為凶曜,害亦如之。
いわゆる「経」とは、四方遥かに相対応する宿度が同一の経に属することを指し、毎経に四宿あり。たとえば箕・参・軫・壁は合して一経を為し、井・角・斗・奎は合して一経を為し、尾・窒(即ち室宿)・觜・翼は合して一経を為し、亢・牛・婁・鬼は合して一経を為し、氐・女・胃・柳は合して一経を為し、房・虚・昴・星は合して一経を為し、心・危・畢・張は合して一経を為す。同経の数宿は天上に本より一気相通ず。ゆえに各宮の宮神は皆暗に彼此管攝す。命主が箕度に躔り、吉星もまた箕度に躔るは、固より同経。命主が箕度に躔り、吉星が参・軫・壁のいずれかの度に躔るも、同じく同経と算す。当に不利あるべからず。反対に、もし同経なるが凶曜なれば、為害もまたこの路子に照らして同じく伝わり来る。
絡
絡者宮度對也,即對沖三合二絃六合之謂,而兼及三十度、一百五十度,所以立度者即此道也。一氣相通最為親切,即以日月論,日晝夜行一度,月晝夜行十二三四度不等,月與日同宮同度則合朔,離日九十度則上弦,離日一百八十度則望,近日九十度又下弦,非即絡之謂歟?諸星之互相感通,何獨不然?故命主與吉凶星絡對而榮枯立判。
いわゆる「絡」とは、宮と度とが彼此相対すること、即ち対冲・三合・二弦・六合という数種の関係で、ほかにさらに兼ねて相去ること三十度と百五十度との二種を取る。前に講じた立度の法は、用いる所は正しくこの一套の道理である。同一の気中に在りて彼此相通ずれば、感応は最も親切なり。まず日月を以て言うに、太陽は昼夜に一度を行き、太陰は昼夜に十二度より十四度に至るまで等しからず。月が日と同宮同度なれば即ち合朔、日を離れて九十度なれば即ち上弦、日を離れて百八十度なれば即ち望、再び日に逼近して九十度なれば即ち下弦。これは正しく「絡」の意にあらずや。その余の各星の彼此感通、豈に例外あらんや。ゆえに命主と吉星凶星とが一旦絡対すれば、人の栄枯は立刻に分判し出づ。
貫
貫者,他星與命度共為一經也。如命與度是火,他星即火之類。分衰旺不分同異,吉星自亨,凶星自蹇。
いわゆる「貫」とは、別の星が命宮の立つ所の度と同一の経に属するをいう。たとえば命宮と立つ所の度とが俱に火に属し、来るあの星もまた火に属すれば、これを貫と呼ぶ。貫を看るにはただそれの衰旺を分かつのみ、彼此の同異を分たず。来貫するが吉星なれば自然に亨通し、来貫するが凶星なれば自然に蹇滞す。
串
串者,在立命立度之度也。如命是木,他星即躔角斗奎井;度是角,他星即躔角斗奎井。有相迎無相拒,吉星自亨,凶星自蹇。
いわゆる「串(ちゅう)」とは、別の星がちょうど立命・立度と相応するその一路の度に躔する(ちな)ことである。たとえば命が木に属し、別の星が角・斗・奎・井の几度に躔れば、立てた度が角であれば、別の星も角・斗・奎・井の几度に躔すればよい。このように彼此は相迎えるだけで相拒むことがない。串に来るのが吉星なら亨通し、凶星なら蹇滞(けんたい)する。
塡(てん)
填者四柱填實也。如四柱有子丑,吉凶星在子丑;四柱有戌亥,吉凶星在戌亥之類。
いわゆる「塡」とは、盤上の吉凶星がちょうど生辰四柱の地支を塡め実(み)たすことである。たとえば年月日時の四柱のうちに子・丑があり、吉星・凶星がまさに子宮・丑宮に落ちる、また四柱のうちに戌・亥があり、吉星・凶星がまさに戌宮・亥宮に落ちる——この類を皆「塡」と呼ぶ。塡め実たされたのち、その星の吉凶は格段に応験(おうけん)しやすくなる。
冲(己後補)
沖者對宮沖照也。即隔六宮一百八十度之謂,而正不必拘拘於一百八十度也。如立命在子,吉凶星在午之類,更須看命主與大限。
いわゆる「冲」とは、対宮が遥かに冲照すること、すなわち六宮を隔て百八十度を距てる関係である。ただし実際の取用は必ずしも足かせのように百八十度に固守しなくてよい。たとえば命宮が子に立ち、吉星・凶星が午宮に落ちれば、これを冲と呼ぶ。冲の吉凶を断ずるには、なお併せて命主星と大限の様子を参看しなければならない。(篇題下の底本原注「己後補」の三字は、作者が後にこの条を補入した記号である。)
守(す)
守者守命宮也,吉凶星在命宮之謂,大限亦然。
いわゆる「守」とは、星曜が命宮に坐守すること、すなわち吉星または凶星がまさに命宮の内に落ちることである。大限の行き到るその宮のうちに星が坐すれば、同じくこれを守と呼ぶ。
釣(ちょう)
釣者三方四正釣照也。三方即隔四宮之三合,而不必拘拘於一百二十度也。如命宮在卯,吉凶星在亥未之類。四正即隔三宮之二絃,而不必拘拘於九十度也。如命宮在申,吉凶星在亥寅巳之類,更須看命主及大限。
いわゆる「釣」とは、三方四正から遥かに釣照することである。三方とは四宮を隔てる三合で、これも必ずしも百二十度に固守しなくてよい。たとえば命宮が卯にあり、吉星・凶星が亥宮・未宮に落ちれば、卯亥未がまさに三合を成す——これが三方釣である。四正とは三宮を隔てる二弦で、これも必ずしも九十度に固守しなくてよい。たとえば命宮が申にあり、吉星・凶星が亥・寅・巳の三宮に落ちれば、これが四正釣である。釣の吉凶を断ずるにも、同じく併せて命主星と大限を参看しなければならない。
拱(きょう)
兩星拱命主,或在三方,或在對宮,總以無混雜為貴,日月官魁之拱尤重,命主大限皆然,然亦須辨拱星之吉凶。
いわゆる「拱」とは、二つの星がともども命主を拱抱(きょうほう)することで、あるいは三方から拱に来るか、あるいは対宮から拱に来る。拱は中間に別の星が夾雑しないのを貴ぶ。そのうち太陽・太陰・「天官」・「魁星」が拱に来るのが最も緊要である。命主が拱を受けるのもそうであれば、大限が拱を受けるのもそうである。ただし来て拱するのが果たして吉星か凶星かを分別しなければならず、拱あるを見ればすぐ美と思うべきではない。
夾(きょう)
兩星夾命主,或在一宮,或在數宮,總以不混雜為貴,日月官魁之夾尤重,命主大限皆然,然亦須辨夾星之吉凶,至於日月所夾,更當推求。
いわゆる「夾」とは、二つの星が一前後に命主を中間に夾むことで、あるいは同一宮の内に夾むか、あるいは数宮を隔てて夾む。夾もまた中間に別の星が夾雑しないのを貴ぶ。そのうち太陽・太陰・「天官」・「魁星」が夾に来るのが最も緊要である。命主が夾を受けるのもそうであれば、大限が夾を受けるのもそうである。同じく来て夾むのが吉星か凶星かを分別しなければならない。日月の夾む情況に至っては、さらに詳しく推求すべきである。
命主是官魁文科,日月夾最宜,以其氣聚神旺也,若係劫煞傷刃,日月夾之反為不美。倘非命主,僅屬他星,則以夾官魁文科為祥,夾劫煞傷刃為災,但必察其與命度有關會與否,如並未與命度經絡貫串,則亦不見災祥也。
命主が「天官」「魁星」「文星」「科名」といった類の貴曜ならば、日月の夾を得るのが最も相応しく、気が聚まり神が旺えるからである。命主が「劫財」「七煞」「傷官」「羊刃」といった類の悪曜ならば、日月がそれを夾むとかえって美しくなく、凶気まで培養して旺えさせるに等しい。もし夾まれるのが命主ではなく別の星だけならば、官・魁・文・科を夾めるのを吉祥とし、劫・煞・傷・刃を夾めるのを災殃とする。ただしその夾まれた星が命宮立度と関会(かんえ)あるかを必ず察しなければならない——もしその星が命度と経絡もなく貫串もなければ、災であれ祥であれ、いずれも応験しない。
日月之夾雖取其不混雜,若冬生人,以水孛為官魁科名,日月夾水夾孛,或並夾火夾羅在內,則水孛方藉火羅以暖,始不寒凍,非惟不作混雜論,其精神正全在火羅;如夾水孛並無火羅,似乎不混雜,而其實反難生動矣。推之於拱亦然,夾與拱略同,而其力較大。
日月の来て夾むことは別の星が夾雑しないのを貴とするが、例外もある。たとえば冬に生まれた人が、水星と「月孛」をもって「天官」「魁星」「科名」とする場合、日月が水を夾め、「月孛」を夾めるが、その中間に火星と「羅睺」まで一併せて夾まれている。このとき水と「月孛」はまさに火・「羅睺」を借りて暖を取り、寒凍凝滞に陥らないのである。これは決して夾雑と見なせないばかりか、かえって全副の精神がまさに火と「羅睺」の上に落ちる。反対に、夾まれるものが水・「月孛」だけで火・「羅睺」がなければ、表面には清潔で雑なきように見えて、実は寒凝板滞(かんぎょうはんたい)して、かえって生動しがたい。この道理は「拱」に推しても同じである。夾と拱は大体同じだが、夾の力は拱よりも大きい。
攔截(らんせつ)
或羅計攔出一星,日月攔出一星是也。所當辨攔截之星之吉凶,並當辨吉凶星之與命度有關會與否,更取其無他星混雜。然使攔出吉凶星,兼攔出命主,則此吉凶星雖與命度絕不經絡貫串,卻以命主同攔出而有關會矣。
いわゆる「攔截」とは、「羅睺」「計都」の二星が一つの星を中間に攔(ふせ)ぎ截(き)り出すか、または太陽・太陰が一つの星を攔截し出すことである。この格を断ずるには、まず攔截を作す二つの星自体が吉か凶かを分別し、次に攔き出されたその吉星・凶星が命宮立度と関会あるかを分別し、さらに中間に別の星が来て混雑しないことを取る。ただし一つの情形に留意すべきである。もし攔き出されたものが吉星・凶星であると同時に、命主をも一併せて攔め入れたなら、その吉星または凶星はたとい命度と全く経絡・貫串がなくても、命主とともに攔き出されたことによって、そこに関会が生じるのである。
又冬生人,攔出水孛,兼攔出火羅,似乎混雜,但水孛是官魁科名,得火羅暖之,其氣正揚;水孛是劫煞傷官,有火羅助之,其焰彌熾,未可執一而斷。
またたとえば冬に生まれた人で、攔き出されたのが水と「月孛」で、同時に火と「羅睺」も攔き出されたなら、見るに混雑のようである。実は両頭に分けて見なければならない。もし水・「月孛」がその人の「天官」「魁星」「科名」なら、火・「羅睺」の温暖を得て、その気はちょうど発揚する。もし水・「月孛」がその人の「劫財」「七煞」「傷官」なら、火・「羅睺」が傍らで相助けて、凶焔はかえっていよいよ熾ん(おこ)る。だから一方に執定して断語を下してはならない。
天官(てんかん)
等天官者何?天干之官也,餘俱從天干取用。如甲年生人,甲以辛為官,辛之化祿為氣,氣即天官;以庚為七煞,庚之化祿為水,水即七煞;以丁為傷官,丁之化祿為金,金即傷官;以丙為食神,丙之化祿為木,木即食神;
何を「天官」と呼ぶか。それは天干上の正官である。その余の各種の十神も、一概に天干上から取用する。たとえば甲年に生まれた人。甲は辛をもって正官とし、辛の化禄は「紫氣」だから、「紫氣」がすなわちその人の天官となる。甲は庚をもって七煞とし、庚の化禄は水だから、水星がすなわちその人の七煞となる。甲は丁をもって傷官とし、丁の化禄は金だから、金星がすなわちその人の傷官となる。甲は丙をもって食神とし、丙の化禄は木だから、木星がすなわちその人の食神となる。(句首の「等」の字は上の条の篇題の残留の文なり。今は照録して削らない。)
以己為正財,己之化祿為月,月即正財;以戊為偏財,戊之化祿為土,土即偏財;以壬為偏印,壬之化祿為計,計即偏印;以癸為正印,癸之化祿為羅,羅即正印;以乙為劫財,乙之化祿為孛,孛即劫財;甲之化祿為火,火即元祿。餘仿此。
引き続き下に配する。甲は己をもって正財とし、己の化禄は太陰だから、太陰がすなわちその人の正財となる。甲は戊をもって偏財とし、戊の化禄は土だから、土星がすなわちその人の偏財となる。甲は壬をもって偏印とし、壬の化禄は「計都」だから、「計都」がすなわちその人の偏印となる。甲は癸をもって正印とし、癸の化禄は「羅睺」だから、「羅睺」がすなわちその人の正印となる。甲は乙をもって劫財とし、乙の化禄は「月孛」だから、「月孛」がすなわちその人の劫財となる。甲自身の化禄は火だから、火星がすなわちその人の「元禄」となる。その余の九つの年干は、いずれもこの方法に照らしておのおのの十曜を推し出す。
