中論 巻第一
答曰?
答える者曰く、
不然。何以故?
そうではない。なぜか。
「空則不可說,非空不可說,
「空はすなわち説くべからず、非空もまた説くべからず。
共不共叵說,但以假名說。」
共および不共も皆説くことを得ず。ただ仮名を用いて説く。」
諸法空則不應說,諸法不空亦不應說,諸法空不空亦不應說,非空非不空亦不應說。何以故?但破相違故以假名說。如是正觀思惟,諸法實相中不應以諸難為難。何以故?
諸法は空なれば説くべきではなく、諸法は不空なればまた説くべきではなく、諸法はまた空また不空なればまた説くべきではなく、非空非不空なればまた説くべきではない。なぜか。ただ相違を破らんがためにこそ仮名を用いて説く。このように正観思惟すれば、諸法の実相の中に種種の問難を以て難を作すべきではない。なぜか。
「寂滅相中無,常無常等四;
「寂滅の相の中に、常・無常等の四句なし。
寂滅相中無,邊無邊等四。」
寂滅の相の中に、辺・無辺等の四句なし。」
諸法實相如是微妙寂滅,但因過去世起四種邪見:世間有常、世間無常、世間常無常、世間非常非無常;寂滅中盡無。何以故?諸法實相畢竟清淨不可取,空尚不受,何況有四種見。四種見皆因受生,諸法實相無所因受。四種見皆以自見為貴、他見為賤,諸法實相無有此彼。是故說寂滅中無四種見。如因過去世有四種見,因未來世有四種見亦如是。世間有邊、世間無邊、世間有邊無邊、世間非有邊非無邊。
諸法の実相はこのように微妙寂滅にして、ただ過去世に因って四種の邪見を生ず。世間は常有・世間は無常・世間はまた常また無常・世間は非常非無常。寂滅の中に皆なし。なぜか。諸法の実相は畢竟清浄にして取るべからず。空すらなお受けざるに、いわんや四種の見をや。四種の見は皆受に因って生ず。諸法の実相に因る所の受なし。四種の見は皆自らの見を貴と為し他の見を賤と為す。諸法の実相に此と彼なし。ゆえに寂滅の中に四種の見なしと説く。過去世に因って四種の見有るが如く、未来世に因って四種の見有るもまたこのようである。世間は辺有り・世間は辺なし・世間はまた辺有りまた辺なし・世間は非有辺非無辺。
問曰:若如是破如來者,則無如來耶?
問う者曰く、もしこのように如来を破れば、すなわち如来なきか。
答曰:
答える者曰く、
「邪見深厚者,則說無如來;
「邪見の深厚なる者は、こそ如来なしと説く。
如來寂滅相,分別有亦非。」
如来は寂滅の相にして、分別して有ると説くも当らず。」
邪見有二種:一者破世間樂;二者破涅槃道。破世間樂者是麁邪見,言無罪無福,無如來等賢聖。起是邪見,捨善為惡,則破世間樂。破涅槃道者,貪著於我,分別有無,起善滅惡。起善故得世間樂,分別有無故不得涅槃。是故若言無如來者,是深厚邪見,乃失世間樂,何況涅槃!若言有如來,亦是邪見。何以故?如來寂滅相,而種種分別故。是故寂滅相中,分別有如來亦為非。
邪見に二種有る。一つは世間の楽を破る、二つは涅槃道を破る。世間の楽を破るは粗き邪見で、罪なく福なく、如来等の賢聖なしと説く。この邪見を生起して、善を捨てて悪を為せば、すなわち世間の楽を破る。涅槃道を破るは、我に貪着して有無を分別し、善を起こして悪を滅す。善を起こすがゆえに世間の楽を得、有無を分別するがゆえに涅槃を得ず。ゆえにもし如来なしと言えば、深厚の邪見であって、世間の楽すら失うに、いわんや涅槃をや。もし如来有ると言うも、また邪見である。なぜか。如来は寂滅の相にして、それなのに種種に分別するがゆえである。ゆえに寂滅の相の中に、分別して如来有ると説くも当らない。
「如是性空中,思惟亦不可,
「このように性空の中に於いては、思惟もまた得べからず。
如來滅度後,分別於有無。」
如来が滅度して後、有無に於いて分別せん。」
諸法實相性空故,不應於如來滅後思惟若有、若無、若有無。如來從本已來畢竟空,何況滅後!
諸法の実相は性空なるがゆえに、如来が滅したる後に於いてあるいは有・あるいは無・あるいはまた有また無と思惟すべきではない。如来は本よりこのかた畢竟空なり。いわんや滅後をや。
「如來過戲論,而人生戲論,
「如来は戯論を超出せるに、人は戯論を生出す。
戲論破慧眼,是皆不見佛。」
戯論は慧眼を破る。これらの人は皆仏を見ず。」
戲論名憶念取相分別此彼。言佛滅不滅等,是人為戲論,覆慧眼故,不能見如來法身。此〈如來品〉中,初中後思惟,如來定性不可得。是故偈說:
戯論とは、憶念・取相・此彼を分別すると名づく。仏は滅す・滅せず等と説けば、この人は戯論に慧眼を覆われて、如来の法身を見ること能わず。この〈如来品〉の中に、初・中・後に思惟して、如来の定性は求めて得られない。ゆえに偈に言う。
「如來所有性,即是世間性;
「如来の所有の性は、すなわち世間の性である。
如來無有性,世間亦無性。」
如来に性なければ、世間もまた性なし。」
此品中思惟推求,如來性即是一切世間性。
この一品の中に思惟推求すれば、如来の性はすなわち一切世間の性である。
問曰:何等是如來性?
問う者曰く、何をか如来の性と為すか。
答曰:如來無有性,同世間無性。
答える者曰く、如来に性なし。世間に性なきと相同じ。
中論觀顛倒品第二十三(二十四偈)
《中論》観顛倒品第二十三(二十四首の偈)
問曰:
問う者曰く、
「從憶想分別,生於貪恚痴,
「憶想分別に随って、貪・恚・癡を生じ、
淨不淨顛倒,皆從眾緣生。」
浄・不浄の顛倒は、皆衆縁に随って生ず。」
經說因淨不淨顛倒,憶想分別生貪恚痴。是故當知有貪恚痴。
経の上に浄・不浄の顛倒に因って、憶想分別が貪・恚・癡を生ずと説く。ゆえに知るべし、貪・恚・癡有ることを。
答曰:
答える者曰く、
「若因淨不淨,顛倒生三毒,
「もし浄・不浄の顛倒に因って三毒を生ぜば、
三毒即無性,故煩惱無實。」
三毒に性なきがゆえに、煩悩は実ならず。」
若諸煩惱因淨不淨顛倒憶想分別生,即無自性,是故諸煩惱無實。復次:
もし諸の煩悩が浄・不浄の顛倒・憶想分別に因って生ぜば、すなわち自性なし。ゆえに諸の煩悩は実ならず。さらにいえば、
「我法有以無,是事終不成;
「我という法は、有るも無くも、この事は終に成立せず。
無我諸煩惱,有無亦不成。」
我なければ、諸の煩悩の有無もまた成立せず。」
我無有因緣若有若無而可成,今無我諸煩惱云何以有無而可成?何以故?
我は並びに因縁有るも無くも以て成立すべきものなし。いま我なきに、諸の煩悩はどうして有無を用いて成立せんか。なぜか。
「誰有此煩惱,是即為不成;
「誰がこれらの煩悩を有するか。これはすなわち成立せず。
若離是而有,煩惱則無屬。」
もしこの人を離れて有れば、煩悩は帰属する所なし。」
煩惱名為能惱他,惱他者應是眾生,是眾生於一切處推求不可得。若謂離眾生但有煩惱,是煩惱則無所屬。若謂雖無我而煩惱屬心,是事亦不然。何以故?
煩悩とは、能く他を悩乱するを名づく。他を悩乱する者は衆生であるべきである。この衆生は一切の処に推し求めて皆得られない。もし衆生を離れてただ煩悩有ると言うならば、これらの煩悩はすなわち帰属する所なし。もし我なしといえども煩悩は心に属すると言うならば、この事もまた当らない。なぜか。
「如身見五種,求之不可得,
「身見が五種に推し求めて皆得られざるが如く、
煩惱於垢心,五求亦不得。」
煩悩も垢心に対して、五種に推し求めて得られず。」
如身見,五陰中五種求不可得;諸煩惱亦於垢心中,五種求亦不可得。又垢心於煩惱中,五種求亦不可得。復次:
身見が五陰の中に五種に推し求めて得られざるが如く、諸の煩悩も垢心に対して五種に推し求めて得られない。また垢心も煩悩に対して五種に推し求めて得られない。さらにいえば、
「淨不淨顛倒,是則無自性;
「浄・不浄の顛倒は、これはすなわち自性なし。
云何因此二,而生諸煩惱?」
どうしてこの二様に因って諸の煩悩を生出せんか。」
淨不淨顛倒者,顛倒名虛妄。若虛妄即無性,無性則無顛倒。若無顛倒,云何因顛倒起諸煩惱?
いわゆる浄・不浄の顛倒とは、顛倒は虚妄と名づく。もし虚妄なればすなわち性なし。性なければすなわち顛倒なし。もし顛倒なければ、どうして顛倒に因って諸の煩悩を生起せんか。
問曰:
問う者曰く、
「色聲香味觸,及法為六種,
「色声香味触および法のこの六種は、
如是之六種,是三毒根本。」
かくのごとき六種は、三毒の根本なり。」
是六入,三毒根本,因此六入生淨不淨顛倒,因淨不淨顛倒生貪恚痴。
この六入は三毒の根本である。この六入に因って浄・不浄の顛倒を生じ、浄・不浄の顛倒に因って貪・恚・癡を生ずるがゆえである。
答曰:
答える者曰く、
「色聲香味觸,及法體六種,
「色声香味触および法のこの六種の体は、
皆空如炎夢,如乾闥婆城。
皆空にして、陽焔の如く夢の如く、乾闥婆城の如し。
如是六種中,何有淨不淨?
このように六種の中に、どうして浄・不浄があらんか。
猶如幻化人,亦如鏡中像。」
たとえば幻化の人の如く、また鏡の中の像の如し。」
色聲香味觸法自體,未與心和合時空無所有,如炎如夢,如化如鏡中像,但誑惑於心,無有定相。如是六入中,何有淨不淨?復次:
色声香味触法の自体は、まだ心と和合せざる時は空にして有るところなく、陽焔の如く夢の如く、幻化の如く鏡の中の像の如く、ただ心を誑惑するのみで、確定の相なし。このように六入の中に、どうして浄・不浄があらんか。さらにいえば、
「不因於淨相,則無有不淨;
「浄の相に因らざれば、すなわち不浄なし。
因淨有不淨,是故無不淨。」
浄に因ってこそ不浄有るがゆえに、不浄なし。」
若不因於淨,先無有不淨,因何而說不淨?是故無不淨。復次:
もし浄に因らざれば、先前に並びに不浄なし。何を以てか不浄を説かんか。ゆえに不浄なし。さらにいえば、
「不因於不淨,則亦無有淨;
「不浄に因らざれば、また浄なし。
因不淨有淨,是故無有淨。」
不浄に因ってこそ浄有るがゆえに、浄なし。」
