維摩詰所説経 巻中
一時到其舍,化令向佛道。
一時にその舎に到りて、教化して仏道に向わしむ。
經書禁呪術,工巧諸伎藝,
経書・禁呪の術、工巧の諸の伎芸を、
盡現行此事,饒益諸群生。
全部現じて此の事を行い、諸の群生を饒益す。
世間眾道法,悉於中出家,
世間の衆の道法に、皆その中に於て出家し、
因以解人惑,而不墮邪見。
因りて人の惑を解きて、邪見に堕せず。
或作日月天,梵王世界主,
或いは日月天を作り、梵王・世界の主と為り、
或時作地水,或復作風火。
或いは時に地水を作り、或いはまた風火を作す。
劫中有疾疫,現作諸藥草,
劫の中に疾疫あれば、諸の薬草と現作し、
若有服之者,除病消眾毒;
もし服飲する有る者は、病を除き衆毒を消す;
劫中有飢饉,現身作飲食,
劫の中に飢饉あれば、身を現じて飲食を作り、
先救彼飢渴,卻以法語人;
まず彼の飢渇を救いて、復た法を以て人に語る;
劫中有刀兵,為之起慈悲,
劫の中に刀兵あれば、之のために慈悲を起こし、
化彼諸眾生,令住無諍地。
あの衆生を教化して、無諍の地に住せしむ。
若有大戰陣,立之以等力,
もし大いなる戦陣あれば、等力を以て之を立て、
菩薩現威勢,降伏使和安。
菩薩威勢を現じて、降伏して和安せしむ。
一切國土中,諸有地獄處,
一切の国土の中、諸の地獄の処あるを、
輒往到於彼,勉濟其苦惱;
乃ち往きて彼処に至りて、勉力してその苦悩を救済す;
一切國土中,畜生相食噉,
一切の国土の中、畜生の相食啖するを、
皆現生於彼,為之作利益。
皆彼処に生ずると現じて、彼らのために利益を作す。
示受於五欲,亦復現行禪,
五欲を受けるを示し、また復た禅を現行し、
令魔心憒亂,不能得其便。
魔をして心を愦乱せしめ、其の便を得しめず。
火中生蓮華,是可謂希有,
火の中に蓮花を生ずるは、これを希有と称すべし、
在欲而行禪,希有亦如是。
欲に在りて禅を行ずるも、希有はまたこのごとし。
或現作婬女,引諸好色者,
或いは淫女を現作して、諸の好色の人を引き、
先以欲鉤牽,後令入佛智;
まず欲鉤を以て牽きて、然る後に仏智に入らしむ;
或為邑中主,或作商人導,
或いは城邑中の主事を作り、或いは商人の向導を作り、
國師及大臣,以祐利眾生。
国師および大臣を作し、以て衆生を祐利す。
諸有貧窮者,現作無盡藏,
およそ貧窮の人有るには、乃ち无尽の宝蔵と現作し、
因以勸導之,令發菩提心。
因りて彼らを勧導して、菩提心を発せしむ。
我心憍慢者,為現大力士,
内に驕慢ある人には、彼らのために大力士を現作し、
消伏諸貢高,令住無上道。
諸種の貢高を消伏して、無上道に住せしむ。
其有恐懼眾,居前而慰安,
あの恐懼の大衆には、乃ち前に立ちて慰安し、
先施以無畏,後令發道心。
まず彼らに無畏を施して、然る後に道心を発せしむ。
或現離婬欲,為五通仙人,
或いは淫欲を出離して、五通の仙人を現作し、
開導諸群生,令住戒忍慈。
諸の群生を開導して、戒・忍・慈に住せしむ。
見須供事者,現為作僮僕,
供事を須つる人を見れば、乃ち身を現じて僮僕を作し、
既悅可其意,乃發以道心,
既にその意を悦可せしめ、乃ち道心を以て啓発す、
隨彼之所須,得入於佛道,
彼の須つる所に随ひて、仏道に進入することを得、
以善方便力,皆能給足之。
善き方便の力を以て、皆能く彼らに給足す。
如是道無量,所行無有涯,
かくのごときの道は無量にして、行ふ所辺際なく、
智慧無邊際,度脫無數眾。
智慧辺際なくして、無数の衆生を度脱す。
假令一切佛,於無量億劫,
仮令一切の仏が、無量億劫の中に於て、
讚歎其功德,猶尚不能盡。
彼の功徳を讃歎するも、尚お窮尽すること能わず。
誰聞如是法,不發菩提心?
誰かかくのごときの法を聞きて、菩提心を発せざらん?
除彼不肖人,痴冥無智者。」
ただあの不肖の人、痴冥にして智慧なきを除いては。」
維摩詰所說經入不二法門品第九
維摩詰所説経 不二法門品第九
爾時維摩詰謂眾菩薩言:「諸仁者!云何菩薩入不二法門?各隨所樂說之。」
その時維摩詰は衆の菩薩に謂いて言う——「諸の仁者!菩薩はいかにして不二法門に入る?各々楽む所に随ひて説け。」
會中有菩薩名法自在,說言:「諸仁者!生滅為二。法本不生,今則無滅,得此無生法忍,是為入不二法門。」
会中に一の菩薩あり名を法自在と曰いて言う——「諸の仁者!生と滅とは是れ二なり。法は本より生ぜず、いま則ち滅もなし、この無生法忍を得れば、これすなわち不二法門に入るなり。」
德守菩薩曰:「我、我所為二。因有我故,便有我所;若無有我,則無我所,是為入不二法門。」
徳守菩薩言う——「我と我所とは是れ二なり。我有るに因りて、便ち我所有り;若し我なければ、則ち我所なし、これすなわち不二法門に入るなり。」
不眴菩薩曰:「受、不受為二。若法不受,則不可得;以不可得故,無取無捨、無作無行,是為入不二法門。」
不眴菩薩言う——「受と不受とは是れ二なり。もし法を受けざれば、則ち得るべからず;得るべからざるが故に、取なく捨なく、作なく行なし、これすなわち不二法門に入るなり。」
德頂菩薩曰:「垢、淨為二。見垢實性,則無淨相,順於滅相,是為入不二法門。」
徳頂菩薩言う——「垢と浄とは是れ二なり。垢の実性を見れば、則ち浄相なし、滅相に随順すれば、これすなわち不二法門に入るなり。」
善宿菩薩曰:「是動、是念為二。不動則無念,無念則無分別,通達此者,是為入不二法門。」
善宿菩薩言う——「こちの動とこちの念とは是れ二なり。動かざれば則ち念なく、念なければ則ち分別なし、これを通達する者は、これすなわち不二法門に入るなり。」
善眼菩薩曰:「一相、無相為二。若知一相即是無相,亦不取無相,入於平等,是為入不二法門。」
善眼菩薩言う——「一相と无相とは是れ二なり。もし一相はすなわち无相なるを知るも、また无相を取らずして、平等に入るは、これすなわち不二法門に入るなり。」
妙臂菩薩曰:「菩薩心、聲聞心為二。觀心相空如幻化者,無菩薩心、無聲聞心,是為入不二法門。」
妙臂菩薩言う——「菩薩心と声聞心とは是れ二なり。心相の空にして幻化のごときを観ずれば、菩薩心なく声聞心なし、これすなわち不二法門に入るなり。」
弗沙菩薩曰:「善、不善為二。若不起善、不善,入無相際而通達者,是為入不二法門。」
弗沙菩薩言う——「善と不善とは是れ二なり。もし善と不善を起こさずして、无相の際に入りて通達するは、これすなわち不二法門に入るなり。」
師子菩薩曰:「罪、福為二。若達罪性,則與福無異,以金剛慧決了此相,無縛無解者,是為入不二法門。」
師子菩薩言う——「罪と福とは是れ二なり。もし罪性を通達すれば、則ち福と差異なし、金剛慧を以てこの相を決了して、縛なく解なきは、これすなわち不二法門に入るなり。」
師子意菩薩曰:「有漏、無漏為二。若得諸法等,則不起漏、不漏想,不著於相,亦不住無相,是為入不二法門。」
師子意菩薩言う——「有漏と無漏とは是れ二なり。もし諸法の平等を得れば、則ち漏と不漏との想を起こさず、相に著せず、また无相にも住せず、これすなわち不二法門に入るなり。」
淨解菩薩曰:「有為、無為為二。若離一切數,則心如虛空,以清淨慧無所礙者,是為入不二法門。」
浄解菩薩言う——「有為と無為とは是れ二なり。もし一切の数量を離れれば、心は虚空のごとく、清浄の慧を以て障碍なきは、これすなわち不二法門に入るなり。」
那羅延菩薩曰:「世間、出世間為二。世間性空,即是出世間,於其中不入、不出、不溢、不散,是為入不二法門。」
那羅延菩薩言う——「世間と出世間とは是れ二なり。世間の性は空なれば、すなわち是れ出世間、その中に於て入らず出でず、溢れず散ぜず、これすなわち不二法門に入るなり。」
善意菩薩曰:「生死、涅槃為二。若見生死性,則無生死,無縛無解,不然不滅,如是解者,是為入不二法門。」
善意菩薩言う——「生死と涅槃とは是れ二なり。もし生死の性を見れば、則ち生死なく、縛なく解なく、燃えず滅せず、かくのごとく解する者は、これすなわち不二法門に入るなり。」
