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許負相德器 第五

(托名鬼谷子) · 旧题鬼谷子等(托名汇辑) · 第2巻 / 6

許負西漢時人。陰陽陶鑄幾般人。陰陽二氣生成,分智思賢不肖幾般。陳圖南云:夫人之生,為萬物之貴,懷天地五常之性,抱陰陽二氣之靈,雖秉彝之本問,肖容貌之非一。《通玄賦》云:陽生陰育,天尊地卑。燭謄經云:人凜陰陽之正氣,形似天地以相同,中聖有全德,造化無全功。秘訣云:陰陽二氣之化生也,陽先而陰後,陽施而陰受,陽者乾道,陰者坤道,乾道成男,坤道成女,稟其氣之清者,為聖為賢,稟其氣之濁者,為愚為不肖,所以稟氣則同,清濁有異,而人品殊文。

本篇は許負の署したもので、彼女は西漢初年の著名な女相士で、かつて周亞夫・薄姬を相したことがある。陰陽二氣は陶匠鑄工のごとく、各式各樣の人を捏造し出す。陰陽二氣によって生成すれば、これによって智愚賢不肖の幾等かに分かれる。陳摶は言う:人が生まれて萬物中最も尊貴なる者たる所以は、彼が天地の仁義禮智信の五常の性を懐き、陰陽二氣の靈明を抱いているからである。人人の秉受する常理はもとは一樣なれども、相貌は各々同じからざるなり。《通玄賦》は言う:陽來りて生發し、陰來りて長育す。天尊して上に在り、地卑して下に在る。《燭誊經》は言う:人は陰陽の正氣を禀受し、形體の構造は天地と相似たり。その中に聖人は全德を具備するも、造化は十全の功用なし。秘傳の口訣は言う:陰陽二氣が萬物を化生し、陽が先に在りて陰が後に在り、陽は施與して陰は承受す。陽は乾道、陰は坤道、乾道は男子を成就し、坤道は女子を成就す。清氣を禀受する者は聖賢となり、濁氣を禀受する者は愚頑不肖となる。ゆえに曰く、禀氣の一點は人人相同なるも、ただ清濁に別あるがゆえに、人品は高下に分かれる。

器識緣何分淺深。器者德器,識者識量。裴行儉云:士先器識而後文藝。李靖云:淺淺器識庸人耳,福薄難與成功名。《風鑑》云:形者人之材也,德者人之器也,有材矣而付之以德,猶如雕琢而成器也。器遇拙工而棄之,是為不材之材也。秘訣云:德在形先,形在德後,如項羽目有重瞳,形則善矣;然而咸陽三月火,骸骨亂如麻。哭聲慘怛天地,非羽殘暴之器致之乎?竟而舨舟不渡、則首烏江,形何足恃哉。

人の「器識」が何を以てか深淺あるか。「器」とは德性の容量を指し、「識」とは見識の度量を指す。唐代の裴行儉は言う:士人はまず器識を講じ、その後に初めて文才技藝を講ず。李靖は言う:器識が淺薄なるは庸人に過ぎず、福分が單薄で、彼とともに功名を成就すること甚だ難し。《風鑑》は言う:形貌は人の材料であり、德性は人の器皿である。材料に加うるに德性を以てすれば、譬えば木料が雕琢を經て器物と成るがごとし。同じ材料が笨拙な工匠の手に落ちて丢棄されれば、それは不材の材料と成る。秘傳の口訣は言う:德は形の先に在り、形は德の後に在る。譬えば項羽の眼に重瞳生じ、形相は好しと謂うべからざるなし。しかるに咸陽を火して三月滅せず、白骨は縱橫として麻のごとく、哭聲は慘絕して天地に滿つ。これは正に項羽の殘暴なる器量の成したる所にあらずや。最終に彼は烏江亭長の船に渡るを肯ぜず、江邊に自刎した。見るべし、形相のみを凭って何の倚仗する所あらん(底本の「舨舟」は「艤舟」とすべき、「則首」は「刎首」とすべき)。

也有汪洋居臺閣。汪洋,喻德量之寬宏,臺閣,三公元宰之位也。《風鑑》云:剛毅汪洋誰可識。呂尚云:器宇汪洋有容納,志氣深遠有機謀,動作使令不可料,時通亦為公與候。鬼箭云:氣宇軒昂好丰標,必居臺閣佐明朝。秘訣云:形□美惡,本自生成,器識卑瑣,學問可以充拓。昔柴羔見惡末學,性至愚滷。一見孔子之後,啟蟄不殺,方長不折,不徑不竇,居喪泣血三年。未曾見齒,卒成大賢。學問之變如此!

人の中にも氣度が汪洋として臺閣の位に居る者がある。「汪洋」は德量の寬廣宏大を比喩し、「臺閣」は三公宰輔の高位を指す。《風鑑》は言う:剛毅にして汪洋たる氣象、誰か能く之を識らん。呂尚は言う:器局が汪洋として人を容れ、志氣が深遠として謀略あり、一擧一動・發號施令が皆人意表に出で、時運一通すれば位は公侯に至る。《鬼箭》は言う:氣宇が軒昂し豐采が出衆なる人は、必ず臺閣に居り、清明の朝廷を輔佐す。秘傳の口訣は言う:形貌の(ここで底本に脱字あり)美醜はもともと生まれつき定まるも、器識の卑下瑣屑は學問を以て擴充すべきなり。昔子羔は相貌が醜陋にして、また學問を缺き、性情は極めて愚鈍粗率なりき。孔子に見えてより以來、蟄蟲が初めて醒むる時に殺生せず、草木が正に長ずる時に折斷せず、歩くに小道を抄せず、出入に洞穴を鑚らず、居喪三年泣血哀慟して、未だかつて齒を露わにして笑わず、終に大賢と成れり。學問が人を改變すること竟にこの地步に至る(底本の「柴羔」は「柴(子羔)」とすべき、「末學」は「未學」とすべき)。

也有輕盈處廟廷。氣驕則輕,志滿則盈。廟廷,朝廷也。《風鑑》云:幾輩堂堂相貌清,幾人相貌太輕盈。神機云:骨格精神志氣盈。早年佩玉立廟廷。春花必定春時發,過卻春時花謝傾。秘訣云:德器者,滄海之波瀾。注之不見泛,挹之不見涸。虛而能受,動而愈出,此其所以異於輕盈者也。

また氣浮き志滿ちたる人が一時朝廷に身を處することもある。氣が驕橫なれば輕浮に顯れ、志が自滿すれば盈溢に顯れる。「廟廷」とは朝廷である。《風鑑》は言う:幾輩かの人は相貌が堂堂として清朗なり、また幾人かは相貌が未免輕浮盈滿に太り過ぐる。《神機》は言う:骨格精神は好しといえども、志氣が滿盈に過ぎる者は、この種は早年にも玉を佩びて朝堂に立つことを得る。しかし春花は必ず春に開き、一たび春時を過ぎれば凋謝傾落す――意思はこの類の人は發するも早く敗するも速きを言う。秘傳の口訣は言う:真に德器ある人は、滄海の波瀾のごとし。往きて水を注げば泛濫を見ず、中より酌取すれば乾涸を見ず。空虚なるがゆえに容受し、愈々攪動すれば愈々涌出して盡きざるなり。これは正に彼が「輕盈」の輩と同じからざる處である。

輕盈薄識非遐福。輕盈薄識不見於其身而見於其後。裴行儉云:士有文才而浮急淺露,豈享富貴之耶。管輅云:處崇宦而自視巍巍然,非遐福之器也。秘決云:大舜微時,耕稼陶漁,艱苦無不履歷,及身處九重,玉食萬國,自是不以為欲然,無異耕稼陶漁之時,祿位名壽,兼而有之,福流子孫,真遐福之器哉。

輕浮にして見識が淺薄なる人は、長遠の福を享くることを得ず。この種の輕浮淺薄は、報應が往々にして彼本人の身に顯れずして、彼の後代の身に顯れる。裴行儉は言う:讀書人は文才ありといえども、浮躁急切にして淺露して藏する所なければ、どこで富貴を享くるに足らんや。管輅は言う:高官顯位に居りて自ら視ること巍然として了不起たるは、これ長久の福分を享くる能わざる器量なり。秘傳の口訣は言う:大舜は微賤に出でし時、田を耕し、陶を燒き、魚を打ち、各種の艱苦を皆經歷したり。彼が帝位に登るを及ぶや、天下の奉養を享用すとも、亦たかつてこれを以て得意自滿せず、當年耕稼陶漁の時と兩樣なかりき。祿位・名聲・壽數を兼ね有し、福澤は子孫に流れ、これぞ真に遠き福を享くる能くの器量なり(底本の「不以為欲然」は「不以為泰然」の類とすべく、語意は自滿せざること)。

汪洋大度可延齡。絕而能續曰延,齡,年齡也。白閣道者云:腹內能容三萬斛,齡如一縷亦須延。陸賈云:漢高豁達大度。秘訣云:書云:有容德乃大。夫德者,天爵也。孟云:修其天爵,而人爵從之。即宋郊以竹渡蟻,遇胡僧相之曰,公神彩異常,必活數萬性命,後日當魁天下。夫以數萬蟻命,猶獲報之速,使活天下蒼生之命,又當何如耶,延齡之說,誠非迂也。

氣量汪洋として人に待るに寬大なる人は、壽數を延長すべし。「延」とは本應斷絕すれども接續し得ること、「齡」は即ち年歲である。白閣道者は言う:肚裏に三萬斛を容るるを得れば、壽命たとい一縷の如く細くとも、必ず接續延長すべし。陸賈は言う:漢高祖の人となり豁達大度なり。秘傳の口訣は言う:《尚書》に「容あり、德乃ち大なり」と講ず。德は上天の給ふ爵位なり。孟子は曰く、天賦の爵位を修好すれば、人間の爵位は自らそれに隨い來る。宋代の宋郊が竹枝を以て橋を搭き水に淹れたる蟻を渡し出だしたるが如く、後に一の胡僧に遇うて彼に相面して曰く、あなたの神采は往日と大いに同じからず、必ず幾萬條の性命を救活せしなり、日後當に狀元に高中すべし。幾萬隻の蟻を救うもなほ報應の速かなること此の如し。況んや天下蒼生の性命を救活するにおいては、それはまた如何なるべき。見るべし、「寬大延壽」の說は、實に迂闊の談にあらず。

子輿□巖師萬世。孟柯,字子輿,□巖,氣象□巖也。《風鑑》云:□巖器宇旋旋生。《通仙錄》云:□巖器宇旋旋露,有類古玉埋千秋。《清鑑》云:孟子巖巖,泰山氣象,能賤齊宣之祿萬鍾。秘訣云:夫有德者,其器宇恢廓,輕萬鍾一節,未足以窺其微,使務名者亦能之,畢竟於平時見義無難色,方得之,古人謂觀其所忽是也。

孟子の氣象は岩岩として、萬世の師と爲すべし(ここで底本に一「岩」字脱あり)。孟子は名を軻、字を子輿といふ。「岩岩」(底本脱字)は彼の氣象が高峻なること山岩の如きを形容す。《風鑑》は言う:岩岩の器宇は一層々生發して出づ。《通仙錄》は言う:岩岩の器宇は一層々顯露し、埋藏千年の古玉が重ねて天日を見るが如し。《清鑑》は言う:孟子の氣象は岩岩として、泰山の如き氣度あり、故に能く齊宣王の萬鐘の厚祿を輕く視ることを得たり。秘傳の口訣は言う:德ある人は、器量が寬宏廓大なり。單に彼が萬鐘の祿を輕視する此一節を視るのみでは、還た彼の精微の處を窺見するに足らず、好名の人も之を爲す能わざればなり。畢竟彼が平日義に合する事に遇う時、臉上に一點の爲難の色なきを見て、初めて真に德ありと算す。古人の所謂「其の忽なりする所を觀る」――彼が經意せざる處に於ける表現を見る――講ずる所は即ち此の道理なり(底本の「孟柯」は「孟軻」とすべき)。

夷吾卑俠佐姜齊。管仲,字夷吾,相齊桓公,伯諸侯。孔子曰:管仲之器小哉。朱子注云:局量褊淺,規模卑狹,謂其得君行道而以伯終也。秘訣云:或謂孔子論管仲之器小,朱子釋曰:局量褊淺,規模卑狹,此論事功,末論其德容。葆和子曰:不然,器者,吾身之德,發而為容,有其德便有其器,有其器便有其容。事功即德器之見於行也,故古人見其禮而知其政,聞其樂而知其德。袁柳莊曰:聞人之聲,而知其素,其意於此同。

管仲の器局は卑狹で、ただ姜姓の齊國が覇を稱するを輔佐するのみ足る。管仲は字を夷吾といい、齊桓公の相國と爲り、桓公をして諸侯に覇を稱せしめたり。孔子は曰く、管仲の器量は小なり、と。朱熹の注解は曰く、彼の局量は偏狹淺薄にして、規模は卑下狹窄なり、意思は彼が明君を得て大道を推行すべきに、最後に霸業に止まるのみと謂ふなり。秘傳の口訣は言う:或る人は孔子の管仲器小と講ずるを以て、朱熹は局量褊淺・規模卑狹と解せりと思ふも、これは事功に就きて論ずるのみ、未だ彼の德と容に論ずるに至らざるなり(底本の「末」は「未」とすべき)。葆和子は曰く、然らず。所謂器とは、即ち自身の德にして、發露して出づれば即ち容貌なり。あの份の德あればあの份の器あり、あの份の器あればあの份の容あり。事功は不過德器が行事の上に表現せるのみ。故に古人は一國の禮制を見れば即ち其の政事を知り、其の音樂を聽けば即ち其の德教を知れり。袁柳莊は曰く、一人の聲音を聽けば、即ち彼が平素人と爲る所を知る、と。意思は此れと相同じ。

此特公私毫髮間。用心有公私之別。玄談云:丰姿異,骨格奇,再觀才器設施為。才濟變,意有私,小人君子不同歸。朱文達曰:公道私情,此事間不容髮。秘訣云:夷吾葵丘之會,名尊周室,實伯齊桓。公私之不同,宣尼知之。所以器不能王齊而伯終也。假如既有此才器,有奇形,且至大公無我,不惟福庇於一身一家,大君赤子,亦蒙其福矣。人之德器,顧不重哉。

君子と小人の分別は、ただ公と私の一絲一毫の間にあるのみ。用心に公私あれば、結果は兩樣となる。《玄談》は言う:豐采が凡ならず、骨格が奇特なれば、なお更に彼の才干器局がどう施爲するかを見なければならない。若し才能が變局に應付するに足り、用意が私心を夾むならば、小人と君子は終じて一条の路に至ること能わず。朱文達は言う:公道と私情の中間には一根の頭髮も容るることを得ず。秘傳の口訣は言う:管仲が葵丘の會を主持したのは、名義上は周王室を尊崇するも、實際は齊桓公のために霸を争ったのである。この一點の公私の別を、孔子は清清楚楚と見た。ゆえに彼の器量は霸を稱するのみ能くして王道を行ふ能わずと言ったのである。假に既にこのような才器、このような奇相あり、また能く大公無私ならば、福を受くるは己の一身一家のみならず、君主と百姓もともに彼の福澤を蒙受する。人の德器、豈に重要ならざらんや。

出其下者無足評。德器不及夷吾者,無足論相矣。《風鑑》云:上貴之人方人相,中下之人豈可評。成和子云:南北路頭多少人,上士吾方與論評。秘訣云:麻衣曰:形骸侷促,作事猥縮。器宇軒昂。一生快順。夫軒昂者,抱致遠之資。侷促者,顯卑瑣之態。人品已定,貴賤已殊,無足評論固宜。

器量がなほ管仲の下にある人は、評説するに足らない。德器が管仲にすら趕き及ばぬ者は、彼のために相を論ずる要用なし。《風鑑》は言う:ただ上等の貴人のみが相人の法に配すべきで、中下の人はどこで評論するに足らん。成和子は言う:南來北往の路上に多少人あるも、ただ上等の人物のみ我は肯んじて彼と品評を與へん。秘傳の口訣は言う:《麻衣相法》に講ず:形骸が局促なる人は、事を爲すも畏縮猥瑣なり。器宇が軒昂なる人は、一生順遂快意なり。軒昂の人は遠きを行き大きを致す資質を懷抱し、局促の人は卑下瑣碎の情態を顯す。人品は既に定まり、貴賤は既に分かれたり。この類の人を評論するに足らずと言うは、本應當然なり。

福若水兮德若器。德隨器付。《玉管訣》云:雖然論相而論福,尤必觀器面知德。度冥經云:人有一分德器,必有一分衣祿。十分德器,必有十分衣祿。秘訣云:福水德器之喻,極善比方者也。吾曾讀史,見古人作欹器者,中則正,滿則覆。限於其器也。始知德福小者,亦猶欹器之有限也。

福は水に譬え、德は水を盛る器皿に譬える。幾何の水を盛るを得るかは、全く器皿の大小を視る。福もまた德器に隨って分派して下る。《玉管訣》は言う:相を論ずるは福を論ずる爲めとはいえ、尤も必ずまず彼の器量を見、器量の上より彼の德を知るべし(底本の「面」は「而」とすべき)。《度冥經》は言う:人に一分の德器あれば、必ず一分の衣祿あり。十分の德器あれば、必ず十分の衣祿あり。秘傳の口訣は言う:福を水に比し、德を器に比すとは、この比方は極めて好く打たれたり。我曾て史書を讀み、古人が一種の「欹器」を造るを見たり。水を半ば注げば端正し、滿ち注げば傾覆す――これは器皿の容量の限る所を受くるなり。これに由りて初めて明白す。德小さく福小なる人も、正に欹器の如く有限なるを。

器若淺今水盈溢。器小福薄。鬼箭云:相寒福薄是前緣,器淺分明由怨天。胡僧云:小人形貌相有方,不見□間乞祭郎。施施狀,驕妻房,易盈易溢最乖張。昏夜乞哀曾婢膝,白書矜人更濟鏘。器淺志盈無遠識,直饒富貴也尋常。

器皿が淺小なれば、水一たび注げば滿ち溢れ出づ。同じく、器量小なる人は福分も薄し(底本の「今」は「兮」とすべき)。《鬼箭》は言う:相貌が寒薄にして福分が單薄なるは、前世の因緣なり。器量が淺窄なるも分明に老天を埋怨することのみ知る。胡僧は言う:小人の形貌にも方正に生まれたる者あり。しかるに汝は見ざりしや(ここで底本に脱字あり)あの人に向かって祭餘を乞求する者を。彼は得意の時に洋洋自得し、妻子の前に驕りを逞しうす。滿ち易く溢れ易く、最も乖張なり。昏夜には人に向かって哀求し、曾て卑躬屈膝せり。白日には人の前に誇耀し、聲調は鏗鏘たり(底本の「白書」は「白晝」とすべき)。器量淺くして志氣滿ち、長遠の見識なく、縱いて彼を富貴せしむるも、不過平常の輩なり。

秘訣云:曾聞孔子臍深七李,董卓亦臍深七李。經云,臍為五臟之外表,惟喜深寬,怕窄小,居上為智居下愚,七李能容仲尼是,亙古一聖,賦此異質,董卓亦當如仲尼之聖為是。何乃驕於盧植曰:吾與公同位方嶽,公何尚居中郎?植曰:明公與我皆鴻鵠,不意明公變為鳳凰。卓喜,夫卓使孔子之德。又有其形,是亦孔子也。何乃戮身燃臍。德不稱形故也。

秘傳の口訣は言う:曾て聞く、孔子の肚臍は深く七枚の李子を容れ、董卓の肚臍もまた深く七枚の李子を容れたりと。相經に講ず、肚臍は五臟の外に顯れたる標志にして、ただ深く寬く生まれんことを喜び、最も窄小を怕る。臍位が上に偏する人は聰明にして、下に偏する人は愚鈍なり。既に「臍七李を容る」の如き異相あり、孔子が之を有して亙古の一聖と成りし以上、董卓もまた孔子の如く聖明なるべきなり。しかるに彼は偏偏として盧植に對して傲慢に曰く、我とあなたと同じく方伯の位に居るに、あなたは何ぞなお中郎のみ為すや、と。盧植は答えて曰く、あなたと我とはもともと皆鴻鵠なりき、思いも寄らずあなたが今や鳳凰に變成するとは。董卓之を聞きて甚だ喜べり。見るべし、董卓もし真に孔子の德あり、また孔子の形あらば、彼も即ち孔子なり。何を以てか最後に身に殺戮を遭い、人の肚臍の上に燈を點じて屍を焚かれしや。正に彼の德が彼の形に配せざるが故なり。

得志崢嶸泯德色。德色,驕矜之態。泯,無跡也。《風鑑》云:紅紫黃光起福堂,崢嶸得志喜非常。謝靈運云:得志之人輕可識,辨取崢嶸及德色。秘訣云:富貴得志之氣,三光五澤、此正本來之色也。人若處此富貴之時,未嘗不以富貴驕人,其傲慢之氣,有不及檢柬於處已待人之時,圭角發露,此德色也,學力到,涵養純,則無矣。

人が得志崢嶸の時、「德色」を消泯して痕跡を留めざるを得るこそ、涵養あると算す。「德色」とは自ら德あるを恃みて驕矜する神態で、「泯」とは形跡を留めざること。《風鑑》は言う:福堂部位(額角の兩傍)に紅紫黄潤の光澤が泛起するは、正に崢嶸得志・喜事非常の氣色なり。謝靈運は言う:得志の人は認め易し。ただ彼の臉上の崢嶸の氣と德色とを辨ぜよ。秘傳の口訣は言う:富貴得志の人の氣は、三光五澤を現出す。これは本來それの應有の本色なり。人が富貴の時に處すれば、未免富貴を拿げて人に向かって架子を擺す。その傲慢の氣は、人を待ち物に接するに檢點するに及ばず、稜角は露れ出る。これが即ち德色なり。學力が到家し涵養が純熟するを及ぶや、この種の德色は便ち無くなる(底本の「檢柬」は「檢束」とすべき)。

失時落魄絕狐媚。落魄,猶言喪氣也。狐善媚,故曰狐媚。《風鑑》云:失志落落坐立欹。成和子云:落魄貧寒無媚態,相中唯有此人稀。秘訣云:世間惟有貧賤至易移人、飢寒迫於身,壯氣消磨,雄心頓挫。鮮不奴顏拽招十王公。程子詩:富貴不淫貧賤樂、男兒到此是豪雄,此相之謂也。

失意落魄の時、一點の諂媚の態もなきを得るこそ、好相なり。「落魄」とは即ち喪氣潦倒なり。狐狸は媚を取るに善し。ゆえに媚を獻ずるを「狐媚」と呼ぶ。《風鑑》は言う:失志の人は落落として寡く歡ばず、坐るも立つも身子は皆歪斜なり。成和子は言う:落魄貧寒にして毫も媚態なきは、この種の人は相法の中に最も難得なり。秘傳の口訣は言う:世上に最も一人を改變し易きは貧賤に若くものなし。飢寒が身を逼り、壯氣は消磨し、雄心は受挫し、王公權貴に對して奴才の嘴臉を擺し、意を曲げて逢迎せざるもの鮮し。程顥の詩は曰く:富貴の時に放縱せず、貧賤の時にも自ら其の樂を得る。男兒此の地步を作して初めて豪傑と算す。講ずる所は即ち此の種の相なり。

任是不□難錄取。不□,貌惡寢小也。胡僧云:休嫌貌不□,白壁璞中藏。裴中立云:白題像,爾聲不□,爾貌不□,一點靈臺丹青莫狀。秘訣云:人形甚美,必有甚惡,人形甚惡,必有甚美。誠能知美中有惡,惡中有美,相術不減於姑布子卿矣。

たとい相貌が揚がらざるも、取るべからずと言うこと難し(ここ及び下文數處、底本は皆一字を脱し、「不揚」とすべき)。所謂「不揚」とは、容貌が醜陋にして身材が短小なるを言う。胡僧は言う:彼の相貌の揚がらざるを嫌うなかれ。白玉は正に未琢の璞石の裏に藏れたり。裴度(字は中立)は自ら畫像に題して曰く:あなたの聲音は揚がらず、あなたの容貌は揚がらざれども、あの一點の心地靈明は、丹青も畫き出すこと能わざるなり。秘傳の口訣は言う:人の形貌が極めて美なる者は、必ず別に極めて醜なる處あり。形貌が極めて醜なる者は、必ず別に極めて美なる處あり。真に美の中に惡あり、惡の中に美あるを懂得する能くば、相術は古代の名相士・姑布子卿に比して差し支えなからん。

心生相貌立□基。□基,寓言心地也。《人倫賦》云:借使修德於心,吉凶可易。陳圖南云,心發善端諸福集。麻衣云:末觀形貌,先相心田。秘訣云:心生相貌,以理言也。夫人心雕琢太甚,生理盡矣。具有美形,術見有減,惟福白減耳,培養方寸,生理全矣,雖有惡形,未嘗有改,惟福自增耳,學術者此不可不知。

相貌は心より生ず。ゆえにまず根基を立定せよ(ここで底本に脱字あり、「基」の上に一字あるべし)。この「基」(底本脱字)は借りて心地を言う。《人倫賦》は言う:假使能く心上に德を修めば、吉凶は改變すべきなり。陳摶は言う:心裏に善念を發すれば、各種の福は聚攏して來る。《麻衣相法》は言う:まず形貌を見るな、まず心田を相せよ。秘傳の口訣は言う:心は相貌を生じ得る。これは道理に就きて講ずるなり。人若し心機を雕琢すること太も過ぎれば、生生の理は斷絕す。縱いて一副の好形貌ありとも、相術の上に減損を見出す能わざるも、福分はすでに暗中に減少せり。反して、若し能く方寸の心を培養して生理完足なれば、たとい一副の惡形貌あるも、形貌は未だ必ずしも改變せざるも、福分は自ら増加す。相術を學ぶ人は、此一點を知らざるべからず(底本の「白減」は「自減」とすべき、「術見」は「相見」の類とすべき)。

右五條相法,精無不該,粗無不載,囊括諸相法中之相,泛視之,其辭簡約,深玩之,其理無窮。餘珍之久矣,敢自私乎,公於同志。

以上五篇の相法は、精微の處は包せざるなく、粗淺の處は記せざるなし。各家の相法中の最も緊要なる相理を皆囊括し盡したり。粗粗として之を看れば、文辭は簡約なり。細細として之を玩味すれば、道理は無窮なり。我之を珍藏することすでに久し。豈に敢えて私獨占せんや。今公佈し出だして、同道とともに之を享ぶ(底本の「餘」は「余」とすべき)。

十三部位總歌

天中 天庭 司空 中正 印堂 山根 年上 壽上 準頭 人中 水星 承槳 地閣

これは面部の上より下への十三箇の主幹部位の名稱で、相家は「十三部位」と稱し、全部面相定位の骨架である。額頂の髮際正中の「天中」より起こり、下へ順次に「天庭」(上額の中央)、「司空」(額中)、「中正」(額下の眉に近き處)、「印堂」(兩眉の間)、「山根」(兩眼の間の鼻梁の根)、「年上」(鼻梁の上段)、「壽上」(鼻梁の下段)、「準頭」(鼻尖)、「人中」(鼻下の溝)、「水星」(口)、「承漿」(下脣下方の凹處、底本は「承槳」)、「地閣」(下巴)とする。この十三處は一条の中線を排し、每處はまた各々一圈の附属小部位を帶び、以下の歌訣は即ち逐處にその左右の部位を點數するものである。

天中:第一天中對天嶽,左廂內府相隨續,高廣尺陽武庫同,軍門輔角邊地足。天庭:第二天庭連日角,龍角天府房心墓,上墓四殺戰堂連,驛馬吊庭分善惡。司空:第三司空額角前,上卿少府更相連,交友道中交額好,眉重山林看□賢。

第一位「天中」は額頂の髮際の正中にあり、それと相對するは天岳である。順次兩傍に排列するは左廂・內府、さらに外に高廣・尺陽・武庫、さらに外に軍門・輔角・邊地あり、邊地をもって止まる。天中一帶は早年の運と祖上の蔭庇を主り、また官府貴人との關係をも主る。第二位「天庭」は天中の下にあり、兩傍に日角・月角を連ね、さらに外に龍角・天府・房心墓あり、また上墓・四殺・戰堂が相連なり、最も外は驛馬・吊庭である。この一帶は父母の存亡と出行遷動を看る。氣色の明潤なるを善とし、昏暗なるを惡とす。第三位「司空」は額の中央・額角の前にあり、兩傍に上卿・少府を連ね、さらに外に交友・道中・交額あり、眉上の一帶の濃重なる處を山林と呼び、ここより賢人の相助を得るや否やを看る(ここで底本に脱字あり)。司空は官運と名位を主る。

中正:第四中正額角頭,虎角牛角輔骨遊,玄角斧裁及華蓋,福堂彩霞郊外求。印堂:第五印堂交鎖裡、左日□室林中起。酒樽精舍對繽門,劫路巷路青路尾。山根:第六山根對太陽,中陽少陽及外陽。魚尾奸門神光接,倉井大門玄武藏。

第四位「中正」は額下の眉に近き正中にあり、兩傍は虎角・牛角、さらに外に輔骨が游走し、また玄角・斧裁と華蓋あり、最も外は福堂・彩霞・郊外である。中正は官祿と一年吉凶の總綱を主る。第五位「印堂」は兩眉の間にあり、傍は交鎖、外に左日・□室(ここで底本に脱字あり)・林中あり、また酒樽・精舍と繽門が相對し、最も外は劫路・巷路・青路である。印堂は命宮の在る處で、一生成敗の根本を主る。第六位「山根」は兩眼の間の鼻梁の根にあり、兩傍に太陽(眼頭)・中陽・少陽及び外陽に對應し、また魚尾(眼尾)・奸門と神光に接し、還た倉井・大門あり、最も外は玄武を藏す。山根は疾厄と夫妻を主る。

年上:第七年上夫座參,長男中男及少男。金櫃禁房並賊盜,遊軍書上玉堂厴。壽上:第八壽上甲櫃依,歸來堂上正面時。姑姨姊妹好兄弟,外甥命門學堂基。準頭:第九準頭蘭臺正,法令灶上宮室盛。典御園倉後閣連,守門兵卒記印綬。

第七位「年上」は鼻梁の上段にあり、兩傍に夫座を參列し、さらに外に長男・中男・少男の三位あり、また金櫃・禁房と賊盜あり、さらに外は游軍・書上・玉堂などの處である。年上は中年の運と妻兒を主る。第八位「壽上」は鼻梁の下段にあり、緊く甲櫃に靠り、次は歸來・堂上・正面で、兩傍に姑・姨・姊・妹と兄弟の諸位を排し、さらに外に外甥・命門と學堂の根基がある。壽上は壽元と六親を主る。第九位「準頭」は即ち鼻尖で、兩傍に端正に蘭臺・廷尉を排し(左鼻翼を蘭臺、右鼻翼を廷尉とする)、下に法令紋と竈上・宮室に連なり、さらに後は典御・園倉・後閣、最も外は守門・兵卒と印綬である。準頭は財帛と信義を主り、一面の中心である。

人中:第十人中對井部、帳下細廚內閣附。小使僕從妓堂前,嬰門博士懸壁路。水星:十一水星閣門對,北鄰委巷通衢至。客舍兵蘭及家庫,商旅生門山頭寄。承漿:十二承漿祖宅安,孫宅外院林苑看。下墓莊田酒池上,郊廓荒斤道路旁。地閣:十三地閣下舍隨,奴僕推磨坑塹危。地庫陂池及鵝鴨,大海舟車無憂疑。

第十位「人中」は鼻下のあの一道の溝で、井部に對し、附近に帳下・細厨・內閣あり、さらに外に小使・僕從と妓堂、最も外は嬰門・博士・懸壁の諸路である。人中は子嗣と壽元の長短を主る。第十一位「水星」は即ち口で、閣門に對し、傍は北鄰・委巷、直ちに通衢に通じ、また客舍・兵蘭と家庫あり、最も外は商旅・生門と山頭を寄せる。水星は飮食・信用と晚年の衣祿を主る。第十二位「承漿」は下脣の下の凹處にあり、祖宅の安否を主り、傍に孫宅・外院と林苑を看、下は下墓・莊田と酒池、最も外は郊廓・荒丘と道路である(底本の「荒斤」は「荒丘」とすべき)。承漿は田産と酒食の厄を主る。第十三位「地閣」は即ち下巴で、それに隨うは下舍、傍に奴僕・推磨と坑塹の險あり、さらに外に地庫・陂池と鵝鴨、最も外は大海・舟車である。地閣が豊滿なれば、晚年に田宅奴僕俱に足り、船に行き車に乘るも皆憂慮なし。

流年部位歌

運氣.口訣.識限歌。欲識流年運氣行,男左女右各分形,天輪一二初年運,三四周流至天城,天廓垂珠五六七,八九天輪之上停,人輪十歲及十一,輪飛廓反必相刑,十二十三並十四,地輪朝口壽康寧,

以下は《流年部位歌》《運氣口訣》《識限歌》の三篇を包み、講ずる所は皆各歳が面上の何處に行き到るか、その處の好惡によって當年の吉凶を判斷することである。流年運氣の行く部位を推算するには、男子は左邊を看、女子は右邊を看て、各々その次序に按ずる。一二歳は「天輪」(耳輪の上緣)に行き、初年の運なり。三四歳は耳周に沿って「天城」に轉ず。五・六・七歳は「天廓」と「垂珠」(耳廓と耳垂)に行く。八・九歳はまた天輪の上停に回る。十歳と十一歳は「人輪」(耳輪の中段)に行き、此處若し輪が外に飛び、廓が前に反すれば、必ず刑克を主る。十二・十三・十四歳は「地輪」(耳垂の下緣)に行き、地輪が口部に朝向するは、壽元康寧を主る。

十五火星居正額,十六天中骨法成,十七十八日月角,遠逢十九應天庭,輔角二十二十一,二十二歲至司空,二十三四邊城地,二十五歲逢中正,二十六上主丘陵,二十七年看墳墓,二十八遇印堂平,

十五歳は「火星」に行き、額の正中の最上の處にあり。十六歳は「天中」に行き、此處の骨法が生成して隆起するや否やを看るべし。十七・十八歳は左右の「日角」「月角」(兩眉上方の額骨)に分かれて行き、父母を主る。十九歳は遠く「天庭」に行く。二十・二十一歳は「輔角」に行く。二十二歳は「司空」に到る。二十三・二十四歳は「邊城」「邊地」(額側の髮際に近き處)に行く。二十五歳は「中正」に逢う。二十六歳は「丘陵」に行く。二十七歳は「墳墓」(此の二處は眉上の外側)を看る。二十八歳は「印堂」に遇う。印堂は生じて平滿明潤なるを要し、この年にして初めて順なり。この一段は額部の十餘年の運程で、額相好なれば少年にして志を得る。

廿九三十山林部,三十一歲凌雲程,人命若逢三十二,額右黃光紫氣生,三十三行繁霞上,三十四有彩霞明,三十五歲太陽位,三十六上會太陰,中陽正當三十七,中陰三十八主亨,少陽年當三十九,少陰四十少弟兄,

二十九・三十歳は「山林」部(眉上の髮際に近き兩側)に行く。三十一歳は「凌雲」に行く。三十二歳は額右に行き到り、此處若し黄光紫氣が泛起すれば即ち吉兆なり。三十三歳は「繁霞」に行く。三十四歳は「彩霞」に行き、明潤を以て佳とす。三十五歳は「太陽」位(左眼頭)に行き、三十六歳は「太陰」(右眼頭)に會す。三十七歳は正に「中陽」に當たり、三十八歳は「中陰」に行き、亨通を主る。三十九歳は「少陽」に行き、四十歳は「少陰」に行き、此處が虧陷すれば兄弟稀少なり。太陽・太陰・中陽・中陰・少陽・少陰は兩眼を自内より外に向かって六段に分つもので、この六年は最も眼神の清濁を看る。

山根路遠四十一,四十二造精舍宮,四十三歲登光殿,四旬有四年上增,壽上又逢四十五,四十六七兩顴宮,準頭喜居四十八,四十九入蘭臺中,庭尉相逢正五十,人中五十一人驚,五十二三居仙庫,五旬有四食倉盈,五五得請祿倉米,五十六七法令明,五十八九遇虎耳,耳順之年遇水星,

四十一歳は「山根」に行き、路途はなほ遠し。四十二歳は「精舍」宮に到る。四十三歳は「光殿」に登る。四十四歳は「年上」に行き、運勢は漸々増す。四十五歳はまた「壽上」に逢う。四十六・四十七歳は左右兩「顴」宮に行き、權勢を主る。四十八歳は喜んで「準頭」(鼻尖)に行き、財帛の正位なり。四十九歳は「蘭臺」(左鼻翼)に入る。五十歳は正に「廷尉」(右鼻翼、底本は「庭尉」)に逢う。五十一歳は「人中」に行き、此處が深長なれば人はその壽に驚く。五十二・五十三歳は「仙庫」に行く。五十四歳は「食倉」に行き、豊盈なるべし。五十五歳は「祿倉」の米を得る。五十六・五十七歳は「法令」(鼻傍の兩道の紋)に行き、深長明晰を要す。五十八・五十九歳は「虎耳」に遇う。六十歳に到りて(孔子の所謂耳順の年)は「水星」に行き、即ち口なり。

承漿正居六十一,地庫六十二三逢,六十四居陂池內,六十五處鵝鴨鳴,六十六七穿金縷,歸來六十八九程,逾矩之年逢頌堂,地閣頻添七十一,七十二三多奴僕,腮骨七十四五同,七旬六七尋子位,七十八九丑牛耕,太公之年添一歲,更臨寅虎相偏靈,八十二三卯兔宮,八十四五辰龍行,八旬六七巳蛇中,八十八九午馬輕,九旬九一未羊明,九十二三猴結果,九十四五聽雞聲,九十六七犬吠月,九十八九買豬吞,

六十一歳は正に「承漿」に行く。六十二・六十三歳は「地庫」に逢う。六十四歳は「陂池」に行く。六十五歳は「鵝鴨」に行く。六十六・六十七歳は「金縷」に行く。六十八・六十九歳は「歸來」に行く。七十歳(孔子の所謂心の欲する所に従えども矩を踰えざるの年)は「頌堂」に逢う。七十一歳は「地閣」に添え到る。七十二・七十三歳は「奴僕」位に行く。七十四・七十五歳はともに「腮骨」に行く。七十六・七十七歳は「子」位を尋る。七十八・七十九歳は「丑牛」に行く。八十歳(姜太公は八十にして文王に遇い、故に太公の年と稱す)にまた一歳を添え、八十・八十一歳は「寅虎」の位に臨み、相理は偏に靈驗なり。八十二・八十三歳は「卯兔」宮に行く。八十四・八十五歳は「辰龍」に行く。八十六・八十七歳は「巳蛇」に行く。八十八・八十九歳は「午馬」に行く。九十・九十一歳は「未羊」に行く。九十二・九十三歳は「申猴」に行く。九十四・九十五歳は「酉鷄」に行く。九十六・九十七歳は「戌犬」に行く。九十八・九十九歳は「亥猪」に行く。この一段は十二支の属する生肖位を下巴と兩腮の一圈に排し、高壽の年の部位とする。

若問人生過百歲,頤數朝上保長生,周而□始輪於面,紋痣缺陷禍非輕,限運並沖明暗九,更逢破敗屬幽冥,又兼氣色相刑剋,骨肉破敗自伶仃,倘若運逢部位好,順時氣色見光晶,五嶽四瀆相朝拱,扶搖萬里任飛騰,誰識神仙真妙訣,相逢談笑世人驚。

若し百歳を過ぎて以後は如何に算するかと問わば、兩腮の下頦(頤)の部位が朝上して拱抱するや否やを看よ。朝上すれば則ち長生を保すべし。流年は周して復た始まり(ここで底本に脱字あり)、一輪輪として面上に轉ず。所行の部位若し紋路・黑痣或いは缺陷あれば、禍患は輕からず。運と限とが并臨して相沖し、また明九・暗九の年(十九・二十九と暗合の九數の年の如し)に遇い、再び部位の破敗に撞當すれば、幽暗凶險に落入す。若しさらに氣色と部位とが相刑相克するを加えれば、骨肉の親人は破敗し、自身もまた孤苦伶仃なり。反して、倘若行運が正に部位の生得よきに遇い、當令の氣色がまた光潤晶瑩し、五岳(額・頦・鼻・兩顴)と四瀆(耳・目・口・鼻)が互相朝拱すれば、則ち大鵬の扶搖直上するが如く、任意に萬里を飛騰すべし。誰か能くこの神仙の如き真妙訣を識らん、一たび見て談笑の間に斷じて世人を驚かしめん。

運氣口訣。水形一數金三歲,土厚惟將四歲推,火赴五年求順逆,木形二歲□何疑。金水兼之從上下,若云水火反求之。土自準頭初主限,周而□始定安危。

これは五形に配合して起運の歳數を定める口訣である。水形の人は一歳を以て數を起こし、金形の人は三歳より推を起こし、土形の厚重なるは四歳より推を起こし、火形の人は五年を以て一節とし順逆に按して推求し、木形の人は則ち二歳より算を起こす。疑う要なし(ここで底本に脱字あり)。金水の兩形を兼ね有するは、自上から下の次序に按して推す。若し水火の兼形ならば、則ち反って自下より上に推す。土形の人は「準頭」(鼻尖)より起こって初主の限と爲し、周して復た始まる(ここで底本に脱字あり)に轉じ、これに據って各年の安危を判定す。

識限歌。八歲十八二十八,下至山根上至髮。有無活計兩頭消,三十印堂莫帶殺。三二四二五十二,山根上下準頭止。禾倉祿馬要相當,不識之人莫亂指。五三六三七十三,人面排來地閣間。逐一推詳看禍福,火星百歲印堂添。上下兩截分貴賤,倉庫分平定有無。此是神仙真妙訣,莫將胡亂教庸夫。

これは八に逢い、二に逢い、三に逢う年歳に按って分段して「限」を看る口訣である。八歳・十八歳・二十八歳のこの一組は、所行の部位が下は山根より起こり上は髮際に至る。この一段は家業の有無・成敗消長が皆兩頭に顯れ出る。三十歳に到りて印堂に行き、印堂の上には切に煞紋惡氣を帶ぶるを忌む。三十二・四十二・五十二のこの一組は、所行の部位が山根の上より下に起こり、準頭に至って止まる。この一段は「禾倉」「祿馬」の兩處がそれと相當するや否やを看るべし。懂らざる人は亂りに部位を指すなかれ。五十三・六十三・七十三のこの一組は、面部の次序に按って一路に地閣に排し到る。逐處に推詳し、當年の禍福を看るべし。「火星」(額頂の正中)と印堂は、則ち直ちに百歳に添算すべし。總じて言えば、面は上下の兩截に分かれ、上截は貴賤を定め、下截は即ち倉庫(兩腮と地庫)の平滿なるや否やを分け、財物の有無を定める。これは神仙の如き真妙訣で、胡亂に庸俗の人に敎うるなかれ。

十二宮相論

一命宮 二財帛 三兄弟 四田宅 五男女 六奴僕 七妻妾 八疾厄 九遷移 十官祿 十一福德 十二相貌 十二宮總訣 相容貴賤

相家は面部を十二箇の各々一事を專管する宮位に劃し、「十二宮」と呼ぶ。第一は命宮(兩眉の間の印堂)、第二は財帛宮(鼻)、第三は兄弟宮(兩眉)、第四は田宅宮(兩眼)、第五は男女宮(兩眼下の淚堂)、第六は奴僕宮(地閣の兩側)、第七は妻妾宮(眼尾の魚尾・奸門)、第八は疾厄宮(山根)、第九は遷移宮(眉角の天倉)、第十は官祿宮(中正・額)、第十一は福德宮(天倉に地閣を連ぬ)、第十二は相貌宮(全面の三停)である。此の外に還た「十二宮總訣」と「相容貴賤」の兩節を附す。以下は逐宮に詩を立て論を立て、各宮の主る所の事と氣色の應驗を説明す。

一命宮。詩曰:眉眼中央是命宮,光明瑩淨學須通,若還紋理多□滯,破盡家財及祖宗。命宮者,居兩眉之間,山根之上。光明如鏡,學問皆通。山根平滿,乃主福壽。土星聳直,扶拱財星。眼若分明,財帛豐盈。額如川字,命逢釋馬,官星果若如斯,必保雙全富貴。凹沉必定貧寒,眉接交相成下賤。亂理離鄉又克妻,額窄眉枯,破財□。

第一は「命宮」。詩中に言う:兩眉兩眼の間の正中が即ち命宮で、此處が生じて光明瑩潔なれば、學問は自ら通達す。若し紋路が雜亂し、氣色が滯暗なれば(ここで底本に脱字あり)、便ち祖上の家産を敗盡す。命宮の位置は兩眉の間・山根の上に在り、即ち印堂なり。此處が光潔して鏡の如くなれば、讀書學問は皆通ず。山根が平滿なるは、福あり壽あるを主る。「土星」は即ち鼻梁の高聳端直にして、能く扶助拱衛して財星たる鼻を爲す。兩眼が黑白分明なるは、財帛豊足す。額上に「川」字の紋あり、命宮がまた驛馬(額側の邊地)に逢うて相應すれば、官星がまた生得かくの如くならば、必ず富貴雙全なり(底本の「釋馬」は「驛馬」とすべき)。命宮が凹陷低沉なるは、必ず貧寒なり。兩眉が交接して印堂に侵入するは、主人の下賤を主る。紋理が雜亂なるは離鄉しまた妻を克すを主る。額頭が狹窄にして眉毛が枯焦なるは、破財を主る(ここで底本に脱字あり)。

命宮論曰:印堂要明潤,主壽長久。眉交者,身命早傾。懸針主破,克妻害子。山嶽不宜昏暗,有川字紋者,為將相。平正明潤身常吉,得貴人之力。氣色青黃虛驚,赤主刑傷,白主喪服哭悲,黑主身亡,紅黃主壽安,終身吉兆。

命宮の總論は言う:印堂は明亮潤澤なるを要し、かくの如くすれば壽命長久を主る。兩眉が交連して印堂を侵占するは、身家性命が早年に傾覆す。印堂の中間に一條の「懸針紋」が竪たるは、破敗を主り、妻を克し子を害す。印堂の所在する中岳の一帶は昏暗すべからず。若し「川」字の三條の竪紋を生じて氣色明潤なれば、反って位は將相に至るを主る。此處が平正明潤なれば、一身常に吉にして、貴人の相助を得る能くす。再び氣色を看るに:青泛して黄を帶ぶるは虛驚を主り、赤泛すは刑傷爭鬥を主り、白泛すは喪服哭泣の事あるを主り、黑泛すは身亡を主り、紅黄の色を現すは則ち壽安を主り、終身吉利の徵兆なり。

二財帛。詩曰:鼻主財星瑩若隆,兩邊廚灶若教空。仰露家無財□栗,地閣相朝甲櫃豐。鼻乃財星,位居土宿。截簡懸膽,千倉萬箱。聳直豐隆,一生財旺。富貴中正不偏,須知永遠滔滔。鷹嘴尖峰。破財貧寒。莫教孔仰,主無隔宿之糧。廚灶若空,必是家無所積。

第二は「財帛宮」。詩中に言う:鼻は財を主る星で、生じて瑩潤隆起なるを要す。兩邊の「厨竈」(鼻孔)若し空虚にして外に露れば好からず。鼻孔が仰露するは、家に糧米すら存えざるなり(ここで底本に脱字あり)。地閣(下巴)が朝上して拱應し、甲櫃(兩腮)が豊滿なれば、家財乃ち厚し。鼻は財星で、五行は土に属す。ゆえに「土宿」と呼ぶ。鼻梁が截斷の竹筒の如く齊しく、鼻頭が懸垂の膽囊の如く圓なるは、千倉萬箱の富を主る。鼻梁が聳直豊隆なるは、一生財運旺なり。生じて端正偏らざるは、富貴長久にして滔滔として絕えざるなり。若し鼻頭が鷹嘴の如く尖鈎なれば、則ち破財貧寒を主る。切に鼻孔の天に向かって外仰す可からず。かくの如きは隔夜の糧食すら無きを主る。兩邊の鼻孔(厨竈)若し空陷なれば、家中必ず積蓄無し。

財帛宮論曰:天倉、地庫、金甲櫃、井、灶,總曰財帛官。須要豐滿明潤,財帛有餘,忽然枯削,財帛消乏。有天無地,先富後貧。天薄地豐、始貧終富。天高地厚,富貴滿足,蔭及子孫。額尖窄狹、一生貧寒。井灶破露,廚無宿食。金甲櫃豐,富貴不窮。氣色昏黑。主破失財祿,紅黃色現,主進財祿。青黃貫鼻、主得橫財。二櫃豐厚,明潤消和,居官而受賞賜。赤主口舌。

財帛宮の總論は言う:天倉(額角の兩傍)・地庫(下巴の兩側)・金甲櫃(兩腮骨)・井竈(鼻孔)のこの數處を合わせて皆財帛宮と呼ぶ(底本の「官」は「宮」とすべき)。これらの部位は豊滿明潤なるを要し、乃ち財帛餘裕あるを主る。忽然として枯瘦削薄と變ずれば、財帛は便ち消乏せんとす。天倉のみ有って地庫無きは、先ず富み後に貧し。天倉薄くて地庫豊なるは、初め貧寒にして終に富を致す。天倉高く地庫厚きは、富貴圓滿にして、還た子孫を蔭庇すべし。額尖りて狹窄なるは、一生貧寒なり。鼻孔が破露するは、廚裏に隔夜の糧を存えず。兩腮の金甲櫃が豊滿なれば、富貴無窮なり。再び氣色を看るに:昏黑は破財失祿を主り、紅黄の色を現すは進財得祿を主り、青中に黄を帶ぶる氣色が鼻上に貫るは、意外の財を得るを主る。兩頰の二の二櫃が豊厚にして氣色が明潤調和なるは、官を爲るは賞賜を受くべし。赤泛せば則ち口舌是非を主る。

三兄弟。詩曰:眉為兄弟軟徑長,兄弟生成四五強,兩角不齊須異母,交連黃簿送他鄉。兄弟位居兩眉,屬羅計。眉長過目,三四兄弟無刑。眉秀而疏,枝幹自然端正。有如新月,和同水遠超群。若是短粗,同氣連枝見別。眉環塞眼,雁行必疏。兩樣眉毛,定須異母。交連黃薄,自喪他鄉。旋結回毛。兄弟蛇鼠。

第三は「兄弟宮」。詩中に言う:兩眉は兄弟を主り、眉毛は柔軟修長なるを要す。生得よきは兄弟四五人にして皆強健を主る。兩邊の眉角が高低齊わざるは、多くは同父異母なり。兩眉が交連し、眉色が枯黄稀疎なるは、他鄉に客死するを主る。兄弟宮の位は兩眉に在り、星曜の上に「羅睺」「計都」の二星に属す。眉が長く眼に過ぐるは、三四人の兄弟あって刑克なきを主る。眉毛が清秀にして疎朗なるは、兄弟の此の枝幹が自ら端正なり。眉が新月の如きは、兄弟和睦して情誼長遠にして常人に超出す(底本の「水遠」は「永遠」とすべき)。若し眉毛が短くて粗なれば、同胞兄弟の間に分離すべし。眉毛が環繞して眼を壓塞す��は、兄弟は雁行の如く稀疏なり。兩條の眉毛が長く同じからざるは、必ず異母の所生なり。兩眉が交連して枯黄稀疎なるは、自身他鄉に喪命すべし。眉中に旋毛が盤結回卷するは、兄弟の間に蛇鼠の如く互いに殘害す。

兄弟宮論曰:兄弟羅計,須要豐蔚,不宜虧陷。長秀則兄弟和睦,短促不足,則有分離孤獨。眉有旋毛,兄弟眾多狼性不常。眉毛散者、錢財不聚。眉毛逆生,仇兄賊弟,互相妒害,或是異姓同居。眉清有彩,孤騰清高之士。眉毛過目,兄弟和睦。眉毛中斷,兄弟分散。濃淡豐盈,義友弟兄。氣色青主兄弟鬥爭口舌,黑白,兄弟傷文。紅黃之氣,榮貴喜慶。

兄弟宮の總論は言う:兩眉は即ち羅睺・計都の二星で、生じて豊厚茂密なるを要し、虧缺凹陷すべからず。眉長くして秀なるは兄弟和睦し、眉短促足らざるは兄弟分離して自身孤獨す。眉中に旋毛を生ずるは、兄弟雖多なれど性情凶狠反覆なり。眉毛が散亂なるは、錢財聚め難し。眉毛が逆生するは、兄弟互いに仇視殘害し、彼此嫉妬し、或いは同じく一處に住すとも實は同胞にあらず。眉清にして彩光あるは、孤高清介の士なり。眉毛が眼に長過ぐるは、兄弟和睦す。眉毛の中間が斷缺なるは、兄弟分散す。眉色が濃淡得宜にして豊盈有致なるは、兄弟朋友みな義氣を講ず。再び氣色を看るに:眉間に青泛すは兄弟爭鬥口舌を主り、黑白の色は兄弟に喪亡の痛あるを主り(底本の「傷文」は「傷亡」とすべき)、紅黄の氣は榮顯貴盛の喜慶の事を主る。

四田宅。詩曰:眼為田宅主其宮,清秀分明一樣同。若是陰陽枯更露,父母家財總是空。田宅者,立居兩眼,最怕赤脈侵睛,初作破盡家園,到老無糧作櫱。眼如點漆,終身產業榮榮。風目高眉、置稅三州五縣。陰陽枯骨,莫保田園。火眼冰輪,家財傾盡。

第四は「田宅宮」。詩中に言う:兩眼は田宅の此一宮を主管し、兩眼は清秀分明・左右一樣なるを要す。若し左眼(陽)右眼(陰)が枯陷にして眼球がまた突露なれば、父母の留めた家産は終に落空す。田宅宮の位置は即ち兩眼に在り、最も紅絲血脈が眼珠に侵入するを怕る。かくの如きは初時に家園を敗盡し、老して酒を釀し曲を作る餘糧すらなし。眼が點漆の如く黑亮なるは、終身産業興旺す。眼が鳳目の如くして眉がまた高挑なるは、三州五縣の田賦産業を置辦する能くす。眼の上下(陰陽)が枯瘦骨を見るは、田園を保つ能わず。眼中が火の如く赤紅にして、眼白が氷の如く冷青なるは、家財は必ず傾盡す。

田宅宮論曰:土星為田宅,主地閣要朝。天庭豐滿明潤,主田宅進益。低塌昏暗傾欹,主破田宅。若飛走不朝,田宅俱無。氣色青,主官非,田宅無成。黑主杖責。白主丁憂。紅主成,田宅喜重重。黃明吉昌,謀無不遂,君子加官,即日得升,小人得寵,利見貴人,武職或領兵馬,殺氣旺者即行師,主管財賦,或入運司等處,五品至三品,三品至二品,如是詳看六品以下,另作區處。

田宅宮の總論は言う:「土星」は即ち鼻で、また田宅を主る。なお下巴(地閣)が朝上して拱應するを要す。天庭(上額)が豊滿明潤なるは、田宅日増するを主る。天庭が低塌昏暗・歪斜傾側なるは、田宅を破敗するを主る。若し額と頦とが彼此飛散して相朝應せざれば、田宅は便ち一無所有なり。再び氣色を看るに:青泛すは官司是非・田宅置き成らざるを主り、黑泛すは杖責刑罰を受くるを主り、白泛すは父母の喪(丁憂)を主り、紅泛すは産を置きて成あり、田宅の喜連々として來るを主る。黄にして明潤なれば則ち大吉昌隆にして、謀る所は如わざるなく――官を爲るは即日遷升加職し、平民も上人の寵遇を得て、貴人に見るに宜し。若し武職なれば、或いは兵馬を統領し、殺氣旺盛なるは即ち出師すべし。また財賦を掌管し、或いは轉運司の類の衙門に調入するをも主る。官階は五品より三品に升り、三品より二品に升るべし。此に照らして詳看せば、六品以下は別にその品級に按じて斟酌推斷せよ。

五男女。詩曰:男女三陽起臥□,瑩然光彩好兒郎。懸針理亂來侵位,宿債平生不可當。男女者。位居兩眼下,名曰淚堂。三陽平滿,兒孫福祿榮昌。隱隱臥□,子息還須清貴。淚堂深陷,定為男女無緣。黑痣斜紋,到老兒孫有克。口如吹火,獨坐蘭房。若是平滿人中,難得兒孫送老。

第五は「男女宮」、即ち子女宮である。詩中に言う:男女宮は兩眼下の三陽位にあり、此處は一道の「臥蠶」(下眼瞼が飽滿して臥蠶の如し。ここで底本に脱字あり)を隆起するを要す。瑩潤光彩あるは、好兒郎を生むを主る。若し懸針紋或いは雜亂紋理が此の部位を侵犯すれば、一生は宿世の債を償い、受け當へがたし。男女宮の位置は兩眼の下に在り、「淚堂」と呼ぶ。三陽位が平滿なるは、兒孫福祿榮昌す。隱隱として臥蠶(底本脱字)を現すは、子嗣なほ清高顯貴を得べし。淚堂が深陷するは、必ず子女と緣なし。此處に黑痣を生じ或いは斜紋あるは、老に至って兒孫に刑克あり。口が撮み起こりて吹火の如きは、孤獨無嗣・空房を獨り守るを主る。若し人中が平滿にして溝槽なければ、また兒孫の送終を得がたし。

男女宮論曰:三陰三陽,位雖豐厚,不宜枯陷,左三陽枯,克損男,右三陰枯,克損女。左眼下有臥□紋,生貴子。凡男女眼下無肉者,妨害男女。臥□陷者,陰騭少,當絕嗣也。亂紋侵者,主假子及招義女。魚尾及龍宮黃色環繞,主為陰騭紋見,曾懷陰德濟於人,必有果報。又云:精寒血竭不華色,男不旺,女不育。若明陽調和,精血敷暢,男女交合,故生成之道不絕。宜推於形象外,當以理言,玄妙自見也。氣色青,主產厄。黑白主男女悲哀。紅黃主喜至。三陽位紅生兒。三陰位青生女。

男女宮の總論は言う:左眼下は三陽と稱し、右眼下は三陰と稱す。この兩。この兩處は豊厚なるべしといえども、最も枯陷を忌む。左邊の三陽が枯陷すれば、兒子を克損す。右邊の三陰が枯陷すれば、女兒を克損す。左眼下に臥蠶紋(底本脱字)あるは、貴子を生む能くす。およそ眼下に肉なきは、皆子女を妨害す。臥蠶(底本脱字)が凹陷なるは、陰德少なく、當に絕嗣に至るべし。亂紋の侵入するあるは、假子を收養し或いは義女を招くを主る。眼尾(魚尾)と眼下の龍宮一帶に黄色が環繞するあるは、陰騭紋の顯現にして、此の人が曾て陰德を積みて他人を救濟せるを説明し、必ず善報あり。また曰く:精氣寒く血液竭きて面に華色なきは、男子は興旺する能わず、女子は生育する能わず。若し陰陽調和せば(底本の「明陽」は「陰陽」とすべき)、精血通暢し、男女交合度あり、生育の道は斷絕せざらん。此の一層は形貌の外において推求するを要し、理を以て講ずれば、その中の玄妙は自ら明白なり。再び氣色を看るに:青泛すは産難の厄を主り、黑白の色は子女の悲を主り、紅黄の色は喜事の到來を主る。三陽位に紅を現すは男を生むを主り、三陰位に青を現すは女を生むを主る。

六奴僕。詩曰:奴僕還須地閣豐,水星兩角不相容,若言三處都無應,傾陷紋痕總不同。奴僕者,位居地閣,重接水星,頰圓豐滿,侍立成群,輔弼星朝,一呼百諾。口如四字,主呼聚喝散之權。地閣尖斜,受恩深而反成怨恨。絞紋敗陷,奴僕不周。牆壁低傾,恩成仇隙。

第六は「奴僕宮」。詩中に言う:奴僕宮は下巴(地閣)の豊滿を要す。口(水星)の兩角若し相容れ配合せざれば好からず。若し地閣・水星と兩頰の三處が皆相應せず、加うるに傾陷或いは紋痕あれば、情形は各々同じからず。奴僕宮の位置は地閣に在り、また水星(口)と相接す。兩頰が圓滿豊厚なるは、侍從群を成す。左右輔弼の位が來り朝拱するは、一聲呼喚すれば百人答應す。口が生じて方正にして「四」字の如きは、呼來喝去・僕從を指揮する權柄あるを主る。地閣が尖削歪斜なるは、恩を施す雖深きも反って怨恨と結ぶ。此處に交錯亂紋・破敗凹陷あるは、奴僕は肯んじて心を盡さざるなり。腮頰が牆壁の如く低塌傾斜なるは、恩情は反って仇隙と變ず。

奴僕宮論曰:懸壁無虧,奴僕不少。如是枯陷,僕馬俱無。氣色青主奴僕損傷。白黑主僕馬墜墮,不宜遠行。赤主僕馬口舌,損馬失財。黃色勝,牛馬奴僕自旺,左門右戶,排立成行。

奴僕宮の總論は言う:兩頰下の「懸壁」部位に虧損なければ、奴僕は少なからず。若し枯瘦凹陷なれば、僕從と車馬と皆無し。再び氣色を看るに:青泛すは奴僕に損傷あるを主り、白泛し黑泛すは僕人或いは牲口の墜傷を主り、遠門を出ずべからず。赤泛すは僕從と口舌爭執するを主り、還た牲口を損傷し財物を損失す。黄色が明盛なるは、牛馬奴僕は自ら興旺し、左右門戸の位は行列を排して、人手充足す。

七妻妾。詩曰:奸門光澤保妻宮,財帛盈箱見始終,若是奸門生黯黲,斜紋黑痣蕩淫奔。妻妾者,位居魚尾,號曰奸門。光潤無紋,必保妻全四德,豐隆平滿,娶妻財帛盈箱。顴星侵天,因妻得祿。奸門深陷,長作新郎。魚尾紋多,妻防惡死。奸門黯黲,自號生離。黑痣斜紋,外情好而心多淫慾。

第七は「妻妾宮」。詩中に言う:眼尾の外側の「奸門」が光潤澤あるこそ、妻宮を保ち得て、財帛箱に滿ち、夫妻相守して底まで至る。若し奸門が生じて晦暗光なく、また斜紋黑痣あれば、妻子の淫蕩私奔を主る。妻妾宮の位置は眼尾(魚尾)の處に在り、「奸門」と呼ぶ。此處が光潤にして紋なきは、妻子は必ず婦德・婦言・婦容・婦功の四德を保全する能くす。豊隆平滿なるは、妻を娶れば滿箱の財帛を帶來す。顴骨が高聳して上は天倉を侵すは、妻子に因って祿位を得るを主る。奸門が深陷するは、再々續娶して長く新郎を爲るべし。魚尾紋が多きは、妻子の橫死を防ぐべし。奸門が晦暗なるは、夫妻生離と注定せり。此處に黑痣斜紋あるは、外表の交情は甚だ好しといえども、心裏には多く淫欲を懷く。

妻妾宮論曰:魚尾須要平滿,不宜克陷,豐滿則夫貴妻榮,奴僕成行。婦女魚尾奸門明潤,得貴人為夫。女人鼻如懸膽,則主富貴。缺陷則主防夫,淫亂敗家,放蕩不旺夫。婦人面如滿月,下頦豐滿,主國母之貴。氣色青,則主妻妾憂愁思慮。赤主夫妻口舌。黑白大夫妻男女之悲。紅黃色見,主夫妻男女和諧之喜。如有闇昧,主夫妻分離,不然,隔角少情。

妻妾宮の總論は言う:魚尾は平滿なるを要し、虧損凹陷すべからず。豊滿なるは丈夫顯貴・妻子榮耀し、奴僕群を成すを主る。婦女の魚尾・奸門が明潤なるは、貴人を嫁し夫と爲す能くす。女子の鼻が懸膽の如きは、一生富貴を主る。此處が缺陷なるは、丈夫を妨害するを防ぐべし、或いは淫亂敗家・放蕩して夫を旺さざるなり。婦人の面が滿月の如く下巴が豊滿なるは、國母の如き貴氣あるを主る。再び氣色を看るに:青泛すは妻妾の憂愁思慮を主り、赤泛すは夫妻の口舌を主り、黑白の色は夫妻子女に悲喪の事あるを主り(底本の「大」は「主」とすべき)、紅黄の色を現すは、夫妻子女和諧の喜を主る。若し氣色が暗昧なれば、夫妻分離を主る。たとい分離せざるも、彼此隔閡して情分少なし。

八疾厄。詩曰:山根疾厄起平平,一世無災禍不生,若值紋痕並枯骨,平生辛苦卻難成。疾厄者,印堂之下,位居山根。隆如豐滿,福祿無窮。連接伏犀,定主文章。瑩然光彩,五福俱全,年壽高平,和鳴相守。紋痕低陷,連年連疾沉痾,枯骨尖斜,未免終身受苦。氣如煙霧,災厄纏身。

第八は「疾厄宮」。詩中に言う:山根の此の一段の疾厄宮が生じて平正隆起すれば、一世災なく禍なし。若し紋痕破損或いは枯瘦露骨に碰えば、一生辛苦にして事を成す難し。疾厄宮は印堂の下に在り、位置は即ち山根なり。此處が隆起豊滿なれば、福祿無窮なり。若し額上の「伏犀骨」と相連なり貫通すれば、必ず文章才學あるを主る。瑩潤光彩あるは、壽・富・康寧・好德・善終の五福俱全なり。「年上」「壽上」の兩段の鼻梁が高くして平なるは、夫妻和鳴して白首相守す。此處に紋痕ある或いは低陷なるは、連年生病して久病疴と成る。枯瘦骨を見・尖削歪斜なるは、終身苦を受くるを免れず。此處の氣色が煙の如く霧の如きは、災厄身に纏う。

疾厄宮論曰:年壽明潤康泰,昏暗疾病至。氣色青主憂驚。赤防重災。白主妻子之悲。黑主身死。紅黃紫主喜氣之兆也。

疾厄宮の總論は言う:鼻梁上の「年上」「壽上」の兩段が明潤なるは、身體康泰なり。昏暗なるは、疾病便ち來る。再び氣色を看るに:青泛すは憂愁驚恐を主り、赤泛すは重大の災禍を防ぐべし、白泛すは妻子兒女に喪亡の悲あるを主り、黑泛すは本人の身死を主り、紅・黄・紫の三色を現すは、則ち喜氣の徵兆なり。

九遷移。詩曰:遷移宮分在天倉,低陷平生少住場,魚尾末年不相應,定因遊宦卻尋常。遷移者,位居眉角,號曰天倉。豐盈隆滿,華彩無憂。魚層位平,到老得人欽□,騰騰驛馬,須貴遊宦四方。額角低陷,到老住場難見。眉連交接,此人破祖離家。天地偏斜,十居九變。生相如此,不在移門,必當改墓。

第九は「遷移宮」。詩中に言う:遷移宮は「天倉」(眉尾の上方の額角に近き處)に分属す。此處が低陷なるは、一生安穩の居所なし。魚尾(眼尾)が晚年に到りて若し之と相應せざれば、それは多くは宦游して外に在り、終に平常に歸す。遷移宮は眉角に在り、「天倉」と呼ぶ。此處が豊盈隆滿なるは、光彩人を照らし一生憂なし。魚尾一帶が平滿なるは、老して人の敬重を受く(ここで底本に脱字あり)。「驛馬」部位(額側の邊地)の氣勢が騰騰たるは、宦游して四方に顯貴なるを主る。額角が低陷なるは、老に到りても安身の所あること難し。兩眉が交連するは、此の人は祖業を破敗し鄉を離れ井を背く。天(額)地(頦)が偏斜するは、十回の搬遷に九回は變動あり。かくの如き相を生成せるは、門戸を遷移せんとするか、即ち祖墳を改葬せんとするかなり。

遷移宮論曰:邊地驛馬,山林髮際,乃為出入之所,宜明潤潔淨,利遠行,若昏暗缺陷及有黑子,不宜出入,被虎狼驚。氣色青,遠行主驚,失財。白主馬僕有失,黑主道路身亡。紅黃紫宜獲財喜。

遷移宮の總論は言う:邊地・驛馬と山林・髮際の此一帶は、主人の出入往來の部位で、明潤潔淨なるに宜しく、かくの如くすれば遠門を出るに利あり。若し昏暗缺陷或いは黑痣生じたれば、則ち遠行に宜からず、路上に猛獸の驚嚇に遇わん。再び氣色を看るに:青泛すは、遠行に驚を受け・財を失うを主る。白泛すは車馬僕從に損失あるを主る。黑泛すは路途に死するを主る。紅・黄・紫色を現すは、則ち出行に宜しく、財を獲て喜を得べし。

十宮祿。詩曰:官祿榮宮仔細詳,山根倉庫要相當,忽然瑩淨無痕點,定主官榮貴久長。官祿者,位居中正,上合離宮,伏犀貫頂,一生不到訟庭。驛馬朝歸,官司退擾。光明瑩淨,顯達超群。額角堂堂,犯著官司貴解。宮痕理破,常招橫事。眼如赤鯉,實死徒刑。

第十は「官祿宮」(底本は「十宮祿」)。詩中に言う:官祿の此一の榮顯の宮は仔細に端詳すべく、山根と兩傍の倉庫の部位とは彼此相當するを要す。若し此處に忽然として瑩潔乾淨にして毫も痕點なからば、必ず官運榮顯して貴氣長久なり。官祿宮の位置は中正(額下の正中)に在り、上は離宮(額頂は離火に属す)に合す。若し「伏犀骨」が印堂より直ちに頭頂に貫けば、一生官府公堂に進まず。驛馬部位が中央に朝向して歸聚するは、官司は自ら退散す。此處が光明瑩淨なるは、顯達して群を超える。額角が堂堂正正なるは、たとい官司に惹かれても能く貴人の解救を得る。此の宮に痕紋破損あるは、常に橫禍を招く。眼睛が鯉魚の如く赤紅なるは、實に徒刑に死するを主る。

官祿宮論曰:兩眼神光如曙星,龍目鳳睛主貴。印堂明潤,兩耳色白過面,聲聞天下,福祿榮顯。如陷缺飛走而無名譽。氣色青,主憂疑。赤主口舌是非。白主孝服至。紅黃上下有詔書加官進職之喜。

官祿宮の總論は言う:兩眼の神光が拂曉の星子の如く、生成して龍目鳳睛の相なるは貴を主る。印堂が明潤にして、兩耳の顏色が白くして面色に勝る。かくの如き人は聲名が天下に聞こえ、福祿榮顯す。若し此處が陷缺し、或いは額と頦とが彼此飛散して相朝應せざれば、名誉なし。再び氣色を看るに:青泛すは憂愁疑懼を主り、赤泛すは口舌是非を主り、白泛すは喪服の事あるを主る。額の上下に紅黄の色を現すは、則ち詔書の下り加官進職の喜事あるを主る。

十一福德。詩曰:福德天倉地閣圓,五星光照福綿綿,若還缺陷並尖破,衣食平平更不全。福德者,位居天倉,牽連地閣。五星朝拱,平生福祿滔滔。天地相朝,德行須全五福。頦因額窄,須知苦在初年。額闊頤尖。□否還從晚景。眉高目聳,尤且平平。眉壓耳掀,休言福德。

第十一は「福德宮」。詩中に言う:福德宮は天倉と地閣に在り、兩處ともに圓滿なるを要す。五星(耳・額・鼻・口など)が光潤相照らば、福分綿綿として絕えず。若し缺陷或いは尖削破損あれば、衣食は平平として、且つ周全せず。福德宮の位は天倉に在り、下は地閣に牽連す。五星が中央に朝向して拱衛するは、一生福祿滔滔なり。天(額)地(頦)が互相朝應し、再加えるに德行完備すれば、五福は便ち齊う。下巴好しといえども額頭窄きは、苦早年に在り。額頭が開闊にして下頦が尖削なるは、通泰なるや否やは晚景を看るを要す(ここで底本に脱字あり、「泰否」とすべき)。眉高くして眼突なるは、福分もただ平平のみ。眉毛が眼を壓し、耳朵が掀反するは、則ち何の福德をも談ずるに足らず。

福德宮論曰:天倉地庫為福德宮,須要豐滿明潤相朝揖,重重祖蔭,福德永崇。若陷缺不利,淺窄昏暗,災厄常見,人亡家破,蓋因心術損了陰騭,終是勉強,神明不佑。氣色青主憂疑。赤主酒肉,忌口舌。白主災疾。紅黃吉兆。

福德宮の總論は言う:天倉と地庫とが合して福德宮と爲る。豊滿明潤にして彼此朝揖相應するを要す。かくの如くすれば祖上の蔭庇は一重また一重と接し、福德長久崇高なり。若し此處が陷缺なれば則ち利ならず。淺窄昏暗なるは、災厄常に來り、甚だしきは人亡び家破る――これは多くは心術正しからず陰德を損したるが爲めで、縱いて勉強して福を求むるも、神明は保佑せず。再び氣色を看るに:青泛すは憂愁疑懼を主り、赤泛すは酒肉の事あるを主るも口舌を防ぐべし、白泛すは災病を主り、紅黄の色を現すは則ち吉兆なり。

十二相貌。詩曰:相貌須教上下停,三停平等更相生,若還一處無均等,好惡中間有改更。相貌者,先觀五嶽,次辨三停盈滿,此人富貴多榮。三停俱等,永保平生顯達。五嶽朝聳,官祿榮遷,行坐威嚴,為人尊重。額主初運,鼻管中年,地閣水星,是為末主。若有克陷,斷為凶惡。

第十二は「相貌宮」。詩中に言う:相貌を看るは上停下停を兼ね顧みるを要し、三停の長短が相等しくしてまた彼此相生するを以て好しとす。若し一處均ふならざるあれば、一生の好惡の中間に變更すべし。相貌を相看するに、まず五岳(額・頦・鼻・兩顴)を觀、再び三停が盈滿するや否やを辨ず。三停盈滿の人は富貴多く榮あり。三停の長短が齊等なるは、一生顯達にして長久を保つべし。五岳が中央に朝向して高聳するは、官祿遷升し、行くも坐るも立つも皆威嚴あり、人の敬重する所と爲る。額は早年の運を主り、鼻は中年の運を管し、地閣と水星(下巴と口)は則ち晚年の主運なり。この數處若し克傷凹陷あれば、凶惡の相と斷ずべし。

相貌宮論曰:骨法精神,骨肉相稱氣相和,精神清秀,如桂林一枝、崑山片玉,如珠藏淵,如玉隱石,貴顯名流,翰苑吉士。暗慘而薄者凶。氣色滿面紅黃明潤,大吉之兆。

相貌宮の總論は言う:骨法と精神を看るを要す――骨と肉とが相稱し、氣息が調和し、精神が清朗秀發なれば、桂樹林中の一枝・崑崙山上の一片の玉の如く、また明珠が深淵に藏れ・美玉が石中に隱るるが如し。かくの如き人は貴顯の名流・翰林院裏の吉士なり。之に反して、氣色が暗慘にして形貌が單薄なるは凶を主る。滿面に紅黄にして明潤の氣色を現すは、大吉の兆なり。

十二宮總訣。父母宮論曰:日月角須要高,明淨則父母長壽康□。低塌則幼失雙親。闇昧主父母有疾。左角偏,防父。右角偏,防母。或同父異母,或隨母嫁父,出祖成家,重重災注,只宜假養。方免刑傷。又云:重羅疊計、父母重拜,或父亂母淫,與外姦通,又主防父害母。頭側額窄,多是庶出,或因奸而得。

以下は十二宮の外に補出したる總訣で、まず父母宮を講ず。父母宮の總論は言う:額上の左の「日角」は父を主り、右の「月角」は母を主る。この兩處は生じて高起するを要す。明淨なるは、父母長壽康健なり(ここで底本に脱字あり)。低塌なるは、幼年に雙親を失う。晦暗なるは、父母に病あるを主る。左角が偏斜すれば、父に事あるを防ぐべし。右角が偏斜すれば、母に事あるを防ぐべし。此處が正ならざるは、或いは同父異母、或いは母に隨って他家に改嫁したるなり。この種の人は祖業を離れて門戸を自立するを須み、さもなくば災禍重重たり。ただ他人に過繼して撫養せしむるに宜しく、乃ち刑傷を免れん。又曰く:兩眉が羅睺・計都の二星の如く重疊錯生するは、父母は兩重を拜するを要す(即ち繼父繼母あり)。或いは父の行止端ならず、母が貞ならず、外人と私通するは、また父を防ぎ母を害するを主る。頭形が偏側し額面が狹窄なるは、多くは庶出か、或いは私通の所生なり。

又云:左眉高,右眉低,父在母先歸。左眉上,右眉下,父亡母再嫁。額削眉交者,主父母早拋,是為隔角,反面無情。兩角入頂,父母雙榮,更受祖蔭,父母聞名。氣色青,主父母憂疑,又有口舌相傷。黑白主父母喪亡。紅黃主雙親喜慶。

又曰く:左眉高くして右眉低きは、父在りて母先ず亡ぶ。左眉上に往き右眉下に往くは、父亡故して母改嫁す。額頭が削瘦にして兩眉交連するは、父母早年に己を抛棄するを主る。これを「隔角」と呼ぶ。親子の間に反目して情無し。日月の兩角が高起して直ちに頭頂に入るは、父母雙雙榮顯し、己はなほ祖上の蔭庇を受くる能く、父母もまた名望あり。再び氣色を看るに:額角に青泛すは、父母の憂疑を主り、還た口舌相傷あり。黑白の色は父母の喪亡を主る。紅黄の色を現すは、雙親に喜慶あるを主る。

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