巻第四
王道第六
王道第六
春秋何貴乎元而言之?元者,始也,言本正也;道,王道也;王者,人之始也。王正,則元氣和順,風雨時,景星見,黃龍下;王不正,則上變天,賊氣幷見。五帝三王之治天下,不敢有君民之心,什一而稅,教以愛,使以忠,敬長老,親親而尊尊,不奪民時,使民不過歲三日,民家給人足,無怨望忿怒之患、強弱之難,無讒賊妒疾之人,民修德而美好,被髮銜哺而遊,不慕富貴,恥惡不犯,父不哭子,兄不哭弟,毒蟲不螫,猛獸不搏,抵蟲不觸,故天為之下甘露,朱草生,醴泉出,風雨時,嘉禾興,鳳凰麒麟遊於郊,囹圄空虛,畫衣裳而民不犯,四夷傳譯而朝,民情至樸而不文,郊天祀地,秩山川,以時至封於泰山,禪於梁父,立明堂,宗祀先帝,以祖配天,天下諸侯各以其職來祭,貢土地所有,先以入宗廟,端冕盛服,而後見先,德恩之報,奉先之應也。
『春秋』は何を以て元を貴びて說すや。元は始なり。是れ本正を說すなり。道は王道なり。王は人の始なり。王正しければ、則ち元気和順し、風雨時に応じ、景星出で、黄龍下る。王正しからざれば、則ち上は天を変じ、賊気倶に出ず。五帝三王の天下を治むるや、敢えて君臨して民に臨むの心有らず。十分に一を取りて税し、愛を以て教え、忠を以て使い、長老を敬い、親を親しみ尊を尊び、民の時を奪わず、民を使うに一年三日を過ごさず。民は家給し人足り、怨望忿怒の患、強弱の難、讒賊妒疾の人無し。民は徳を修めて美好なり。被髪含哺して游び、富貴を羨まず、悪を為すを恥じて犯さず。父は子を哭せず、兄は弟を哭せず。毒虫螫せず、猛獣搏まず、抵虫触れず。故に天は之が為に甘露を降らし、朱草生じ、醴泉出で、風雨時に応じ、嘉禾興り、鳳凰麒麟は郊に游び、囹圄空虚にして、衣裳を画して民犯さず。四夷は繙訳を重ねて朝に來たる。民情至朴にして文ならず。郊に天を祀り地を祀り、山川を秩次し、時に応じて泰山に封し梁父に禅し、明堂を立て、先帝を宗祀し、祖を以て天に配す。天下の諸侯各々職分を按じて來りて祭り、土地の所有るを貢献し、先ず宗廟に入り、冕を端し盛服して、然る後に先人を見る。是れ徳恩の報、先を奉ずるの応なり。
桀紂皆聖王之後,驕溢妄行,侈宮室,廣苑囿,窮五采之變,極飭材之工,困野獸之足,竭山澤之利,食類惡之獸,奪民財食,高雕文刻鏤之觀,盡金玉骨象之工,盛羽旄之飾,窮白黑之變,深刑妄殺以陵下,聽鄭衛之音,充傾宮之志,靈虎兕文采之獸,以希見之意,賞佞賜讒,以糟為邱,以酒為池,孤貧不養,殺聖賢而剖其心,生燔人,聞其臭,剔孕婦,見其化,斮朝涉之足,察其拇,殺梅伯以為醢,刑鬼侯之女,取其環。誅求無已,天下空虛,群臣畏恐,莫敢盡忠,紂愈自賢,周發兵,不期會於孟津者,八百諸侯,共誅紂,大亡天下,春秋以為戒,曰蒲社災。周衰,天子微弱,諸侯力政,大夫專國,士專邑,不能行度製法文之禮,諸侯背叛,莫修貢聘,奉獻天子,臣弒其君,子弒其父,孽殺其宗,不能統理,更相伐銼以廣地,以強相脅,不能制屬,強奄弱,眾暴寡,富使貧,併兼無已,臣下上僭,不能禁止,日為之食,星霣如雨,雨螽,沙鹿崩,夏大雨水,冬大雨雪,霣石於宋五,六鷁退飛,霣霜不殺草,李梅實,正月不雨,至於秋七月,地震,梁山崩,壅河,三日不流,畫晦,彗星見於東方,孛於大辰,鸛鵒來巢,春秋異之,以此見悖亂之徵。孔子明得失,差貴賤,反王道之本,譏天王以致太平,刺惡譏微,不遺小大,善無細而不舉,惡無細而不去,進善誅惡,絕諸本而已矣。
桀・紂は皆聖王の後なり。驕溢して妄行し、宮室を奢侈にし、苑囿を拡大し、五采の変化を窮め、材を飭るの工を極め、野獣の足を困まし、山沢の利を竭くし、類悪の獣を食らい、民の財食を奪い、雕文刻鏤の観賞を増高し、金玉骨象の工を尽くし、羽旄の飾を盛んにし、白黒の変化を窮め、刑を深くし妄りに殺して以て下を陵ぎ、鄭衛の音を聴き、傾宮の志を充満し、虎兕文采の獣を畜養して、以て少見の意を足らしめ、佞を賞し讒に賜い、糟を以て丘を為し、酒を以て池を為し、孤貧養わず、聖賢を殺して其の心を剖き、人を生きて之を燒き、其の気味を聞き、妊婦を剔開して其の変化を視、朝渉の足を斫りて拇指を察し、梅伯を殺して醢と為し、鬼侯の女を刑して其の環を取る。誅求止境無く、天下空虚にして、群臣畏恐して尽忠する敢えてせず。紂益々自ら以て賢と為す。周兵を発して、期せずして孟津に会するは八百の諸侯、共に紂を誅して、天下を大いに亡ぼす。『春秋』は以て警戒と為し、蒲社の災を說す。周衰えて、天子微弱にして、諸侯は力を以て政を為し、大夫は国を専らにし、士は邑を専らにし、度制法文の礼を行う能わず。諸侯は背叛して、貢聘を修めず、天子に奉献せず。臣は君を弑し、子は父を弑し、孽は宗を殺す。統理する能わず、更に相攻伐して以て土地を拡げ、強を憑じて相脅迫して、属する所を制する能わず。強は弱を呑み、衆は寡を暴め、富は貧を役使し、兼并止境無し。臣下は上に僭越して、禁ずる能わず。日は之が為に食し、星隕ること雨の如く、螽を雨らし、沙鹿崩れ、夏は大水あり、冬は大雨雪あり、宋に石を隕ること五、六鷁退き飛び、霜を隕らして草を殺さず、李梅実を結び、正月雨せずして秋七月に至り、地震し、梁山崩れて河を壅塞して三日流れず、白日昏暗にして、彗星東方に見え、大辰に孛し、鸜鵒來りて巢う。『春秋』は以て異と為す。此に由りて悖乱の徴験を見るなり。孔子は得失を明らかにし、貴賤を等差し、王道の本に返り、天王を譏りて以て太平を致す。悪を刺し微を譏りて、小大を遺さず。善は細にして挙げざる無く、悪は細にして去らざる無し。善を進め悪を誅して、本より絶つ而已。
天王使宰喧來歸惠公仲子之賵,刺不及事也;天王伐鄭,譏親也;會王世子,譏微也;祭公來逆王后,譏失禮也。刺家父求車,武氏毛伯求賻金,王人救衛,王師敗於貿戎,天王不養,出居於鄭,殺母弟,王室亂,不能及外,分為東西周,無以先天下。召衛侯,不能致,遣子突徵衛,不能絕;伐鄭,不能從;無駭滅極,不能從。諸侯得以大亂,篡弒無已,臣下上逼,僭擬天子;諸侯強者行威,小國破滅;晉至三侵周,與天王戰於貿戎,而大敗之;戎執凡伯於楚丘,以歸;諸侯本怨隨惡,發兵相破,夷人宗廟社稷,不能統理;臣子強,至弒其君父;法度廢,而不復用,威武絕,而不復行。故鄭魯易地,晉文再致天子,齊桓會王世子,擅封邢衛杞,橫行中國,意欲王天下,魯舞八佾,北祭泰山,郊天祀地,如天子之為,以此之故,弒君三十二,亡國五十二,細惡不絕之所致也。
天王は宰咺を遣わして來りて恵公仲子の賵を帰る。事に及ばざるを刺すなり。天王鄭を伐つ。親らなるを譏るなり。王世子と会す。微なりを譏るなり。祭公來りて王后を迎う。礼を失えるを譏るなり。家父の車を求むるを刺し、武氏・毛伯の賻金を求むるを刺し、王人の衛を救い、王師の貿戎に於て敗績するを刺し、天王養われずして、鄭に出居し、母弟を殺す。王室乱れて、外に及ぶ能わず、分かれて東西周と為り、天下を率先するに従う無し。衛侯を召するに、致する能わず。子突を遣わして衛を征するに、絶つ能わず。鄭を伐つるに、従う能わず。無駭の極を滅ぼすに、従う能わず。諸侯此に因りて大いに乱れ、簒弑止境無く、臣下は上に逼迫し、天子に僭擬す。諸侯の強きは威を行い、小国破滅す。晋は三たび周を犯すに至り、天王と貿戎に於て戦いて大いに之を敗る。戎は楚丘に於て凡伯を捉えて帰る。諸侯は本より怨み悪に随い、兵を発して相攻破し、人の宗廟社稷を夷平して、統理する能わず。臣子強くして、其の君父を弑するに至る。法度廢れて復た用いられず、威武絶えて復た行われず。故に鄭・魯は土地を交換し、晋文は再び天子を招致し、斉桓は王世子と会し、擅りに邢・衛・杞を封ず。横行して中国にして、心天下に王たらんと欲す。魯は八佾を舞い、北に泰山を祭り、天を郊し地を祀る。天子の為す所の如し。故に君を弑する三十二、国を亡ぼす五十二。是れ細悪絶えざるの致す所なり。
春秋立義,天子祭天地,諸侯祭社稷,諸山川不在封內不祭。有天子在,諸侯不得專地,不得專封,不得專執天子之大夫,不得舞天子之樂,不得致天子之賦,不得適天子之貴。君親無將,將而誅,大夫不得世,大夫不得廢置君命。立適以長不以賢,立子以貴不以長,立夫人以適不以妾,天子不臣母后之黨,親近以來遠,未有不先近而致遠者也。故內其國而外諸夏,內諸夏而外夷狄,言自近者始也。
『春秋』義を立つ。天子は天地を祭り、諸侯は社稷を祭る。諸山川は封内に在らざれば祭らず。天子有るに、諸侯は地を専らにする能わず、封を専らにする能わず、天子の大夫を専らに執る能わず、天子の楽を舞う能わず、天子の賦を致す能わず、天子の貴に敵する能わず。君親に將有らず。將あれば則ち誅す。大夫は世襲する能わず、大夫は君命を廢置する能わず。嫡を立つるは長を按じて賢を按ぜず、子を立つるは貴を按じて長を按ぜず、夫人を立つるは嫡を按じて妾を按ぜず。天子は母后の党を以て臣と為さず。近きを親しみて以て遠きを致す。先ず近きにして遠きを致さざる無し。故に其の国を内として諸夏を外とし、諸夏を内として夷狄を外とす。是れ近きより始まるを謂うなり。
諸侯來朝者得褒,邾婁儀父稱字,滕薛稱侯,荊得人,介葛盧得名;內出言如,諸侯來曰朝,大夫來曰聘,王道之意也。誅惡而不得遺細大,諸侯不得為匹夫興師,不得執天子之大夫,執天子之大夫,與伐國同罪,執凡伯言伐;獻八佾,諱八言六;鄭魯易地,諱易言假;晉文再致天子,諱致言狩;桓公存邢衛杞,不見春秋,內心予之行,法絕而不予,止亂之道也,非諸侯所當為也。春秋之義,臣不討賊,非臣也,子不復儲,非子也;故誅趙盾,賊不討者,不書葬,臣子之誅也;許世子止不嘗藥,而誅為弒父;楚公子比脅而立,而不免於死;齊桓晉文擅封致天子,誅亂,繼絕存亡,侵伐會同,常為本主,曰:桓公救中國,攘夷狄,卒服楚,至為王者事;晉文再致天子,皆止不誅,善其牧諸侯,奉獻天子,而服周室,春秋予之為伯,誅意不誅辭之謂也。
諸侯の來朝するは褒を得。邾婁儀父は字と称し、滕・薛は侯と称し、荊は人と称するを得、介葛盧は名と称するを得。内より出づるを如と曰い、諸侯の來るを朝と曰い、大夫の來るを聘と曰う。是れ王道の意なり。悪を誅して細大を遺漏する能わず。諸侯は匹夫の為に師を興す能わず、天子の大夫を捉う能わず。天子の大夫を捉うるは、国を伐つと罪を同じくす。凡伯を捉うるを伐と曰う。八佾を献ずるは、八を諱みて六と曰う。鄭・魯の土地を交換するは、易を諱みて假と曰う。晋文の再び天子を招致するは、致を諱みて狩と曰う。桓公の邢・衛・杞を存するは、『春秋』に見えず。内は其の行を許すも、法の上は絶して与えず。是れ乱を止むるの道にして、諸侯の当に為すべきに非ざるなり。『春秋』の義は、臣は賊を討たざれば則ち臣ならず、子は讐を復せざれば則ち子ならず。故に趙盾を誅す。賊討たざるは、葬を書さず。是れ臣子の誅なり。許世子止は薬を嘗めずして、而して誅して父を弑すと為す。楚公子比は脅されて立つも、死を免れず。斉桓・晋文は擅りに封じ、天子を招致し、乱を誅し、絶を継ぎ亡を存し、侵伐会同し、常に本主と為る。曰く、桓公は中国を救い、夷狄を攘い、終に楚をして服せしめ、王の事を為すに至る、と。晋文は再び天子を招致す。皆止めて誅せず。其の諸侯を牧養して天子に奉献して周室に服するを善とするなり。『春秋』は之が為に伯と為す。是れ意を誅して辞を誅せざるの說なり。
魯隱之代桓立,祭仲之出忽立突,仇牧、孔父、荀息之死節,公子目夷不與楚國,此皆執權存國,行正世之義,守惓惓之心,春秋嘉氣義焉,故皆見之,復正之謂也。夷狄邾婁人、牟人、葛人,為其天王崩而相朝聘也,此其誅也。殺世子母弟,直稱君,明失親親也。魯季子之免罪,吳季子之讓國,明親親之恩也。閽殺吳子餘祭,見刑人之不可近。鄭伯髡原卒於會,諱弒,痛強臣專君,君不得為善也。衛人殺州籲,齊人殺無知,明君臣之義,守國之正也。衛人立晉,美得眾也。君將不言率師,重君之義也。正月公在楚,臣子思君,無一日無君之意也。誅受令,恩衛葆,以正囹圉之平也。言圍成,甲午祠兵,以別迫脅之罪,誅意之法也。作南門,刻桷丹楹,作雉門及兩觀,築三臺,新延廄,譏驕溢不恤下也。故臧孫辰請糴於齊,孔子曰:“君子為國,必有三年之積,一年不熟,乃請糴,失君之職也。”誅犯始者,省刑絕惡,疾始也。大夫盟於澶淵,刺大夫之專政也。諸侯會同,賢為主,賢賢也。春秋記纖芥之失,反之王道,追古貴信,結言而已,不至用牲盟而後成約,故曰:“齊侯衛侯苟命於蒲。”傳曰:“古者不盟,結言而退。”宋伯姬曰:“婦人夜出,傳母不在,不下堂。”曰:“古者周公東征則西國怨。”桓公曰:“無貯粟,無鄣谷,無易樹子,無以妾為妻。”宋襄公曰:“不鼓不成列,不阨人。”莊王曰:“古者、杅不穿,皮不蠹,則不出。君子篤於禮,薄於利;要其人,不要其土;告從不赦,不祥;強不陵弱。”齊頃公吊死視疾;孔父正色而立於朝,人莫過而致難乎其君;齊國佐不辱君命,而尊齊侯;此春秋之救文以質也。救文以質,見天下諸侯所以失其國者亦有焉,潞子欲閤中國之禮義,離乎夷狄,未合乎中國,所以亡也。
魯隠は桓に代わりて立ち、祭仲は忽を放出して突を立て、仇牧・孔父・荀息は節に死し、公子目夷は楚国を与えずして出さず。此れ皆権を執りて国を存し、正世の義を行い、惓惓の心を守る。『春秋』は其の義を嘉す。故に皆顕る。是れ正に復るの說なり。夷狄の邾婁人・牟人・葛人は、天王崩ずるに以て相朝聘す。此れ之を誅するなり。世子・母弟を殺すに、直ちに君と称す。親親を失えるを表明すなり。魯の季子は罪を免れ、呉の季子は国を譲る。親親の恩を表明すなり。鬩は呉子余祭を殺す。刑人の親近すべからざるを顕現すなり。鄭伯髡原は会に於て卒す。弑を諱む。強臣の君を専らにし、君の善を為す能わざるを痛しむなり。衛人は州吁を殺し、斉人は无知を殺す。君臣の義、国を守るの正を表明すなり。衛人は晋を立つ。衆を得るを賛美すなり。君將は師を率いると曰わざるは、君を重んずるの義なり。正月公は楚に在り。臣子の君を思念し、一日も君無きの意無きなり。令を受くるを誅し、衛葆を恩し、以て囹圄の平を端正す。成を圍むと曰い、甲午に兵を祠る。以て迫脅の罪を分別す。是れ意を誅するの法なり。南門を作り、桷を刻み楹を丹にし、雉門及び両観を作り、三台を築き、延厩を新たにす。驕溢して下を恤えざるを譏るなり。故に臧孫辰の斉に向かい糴を請うや、孔子曰く、「君子国を治むるは、必ず三年の積蓄有り。一年熟せずして糴を請うは、君の職を失うなり。」始より犯すを誅し、刑を省き悪を絶つ。始を痛恨すなり。大夫澶淵に於て盟す。大夫の政を専らにするを刺すなり。諸侯会同するに、賢は主を為す。是れ賢賢なり。『春秋』は纖芥の過を記録し、王道に返り、古を追いて信を貴ぶ。言を結ぶ而已。牲を用いて盟して然る後に約を成すに至らず。故に曰く、「斉侯衛侯蒲に於て胥命す。」『伝』に曰く、「古は盟せず、言を結びて退く。」宋伯姫曰く、「婦人夜に出づるは、傅母在らざれば、堂を下らず。」曰く、「古周公東に征せば則ち西国怨めり。」桓公曰く、「粟を貯むる勿れ、山谷を障塞する勿れ、樹子を改易する勿れ、妾を以て妻と為す勿れ。」宋襄公曰く、「列を成さずんば鼓せず、人を困阨せず。」荘王曰く、「古は杅破れず皮蠹せざれば、則ち出でず。君子は礼に篤く、利に薄し。其の人要らん、其の土要らず。已に告げ従えば再び赦さず。是れ不祥なり。強は弱を陵がず。」斉頃公は死者を弔い病人を視る。孔父は正色して朝に立ち、人経過して其の君に難を興さず。斉国佐は君命を辱めずして、斉侯を尊ぶ。此れ『春秋』の質を以て文を救うなり。質を以て文を救うに、天下の諸侯の国を失う所以を見るも有り。潞子は中国の礼義に会合せんと欲し、夷狄を去る。未だ中国に合せざるに、故に亡ぶ。
吳王夫差行強於越,臣人之主,妾人之妻,卒以自亡,宗廟夷,社稷滅,其可痛也,長王投死,於戲,豈不哀哉!晉靈行無禮,處臺上,彈群臣,枝解宰人而棄之,漏陽處父之謀,使陽處父死,及患趙盾之諫,欲殺之,卒為趙盾所弒。晉獻公行逆理,殺世子申生,以驪姬立奚齊卓子,皆殺死,國大亂,四世乃定,幾為秦所滅,從驪姬起也。楚平王行無度,殺伍子苟父兄,蔡昭公朝之,因請其裘,昭公不與,吳王非之,舉兵加楚,大敗之,君舍乎君室,大夫舍乎大夫室,妻楚王之母,貪暴之所致也。晉厲公行暴道,殺無罪人,一朝而殺大臣三人,明年,臣下畏恐,晉國殺之。陳侯佗淫乎蔡,蔡人殺之。古者,諸侯出疆,必具左右,備一師,以備不虞,今陳侯恣以身出入民間,至死閭里之庸,甚非人君之行也。宋閔公矜婦人而心妒,與大夫萬博,萬譽魯莊公曰:“天下諸侯宜為君者,唯魯侯爾。”閔公妒其言,曰:“此虜也。”“爾虜焉故?魯侯之美惡乎至。”萬怒,搏閔公,絕脰,此以與臣博之過也。古者,人君立於陰,大夫立於陽,所以別位,明貴賤,今與臣相對而博,置婦人在側,此君臣無別也,故使萬稱他國,卑閔公之意,閔公借萬,而身與之博,下君自置,有辱之婦人之房,俱而矜婦人,獨得殺死之道也。春秋傳曰:“大夫不適君”遠此逼也。梁內役民無已,其民不能堪,使民比地為伍,一家亡,五家殺刑,其民曰:“先亡者封,後亡者刑。”君者,將使民以孝於父母,順於長老,守丘墓,承宗廟,世世祀其先,今求財不足,行罰如將不勝,殺戮如屠,仇讎其民,魚爛而亡,國中盡空,春秋曰:“梁亡。”亡者,自亡也,非人亡之也。虞公貪財,不顧其難,快耳悅目,受晉之璧,屈產之乘,假晉師道,還以自滅,宗廟破毀,社稷不祀,身死不葬,貪財之所致也。故春秋以此見物不空來。
呉王夫差は越に強を行い、人の主を以て臣と為し、人の妻を以て妾と為す。終に自ら滅亡し、宗廟夷平され、社稷滅ぼさる。痛むべきかな。長王投げ死す。于戯、豈に悲哀ならずや。晋霊は行い礼無く、台に処り、弾を以て群臣を彈き、宰人を肢解して棄つ。陽処父の謀を漏洩して、陽処父を死せしめ、又趙盾の進諫を患えて、之を殺さんと欲す。終に趙盾の弑する所と為る。晋献公は行い理に逆い、世子申生を殺し、驪姫に因りて奚斉・卓子を立つ。皆殺されて、国大いに乱れ、四世にして乃ち定まる。幾く秦の滅ぼす所と為らんとす。驪姫より興るなり。楚平王は行い度無く、伍子胥の父兄を殺す。蔡昭公之を朝して、因りて其の裘を索む。昭公与えず。呉王非難し、兵を挙げて楚に加え、大いに之を敗る。君は君の室に居り、大夫は大夫の室に居り、楚王の母を以て妻と為す。是れ貪暴の致す所なり。晋厲公は暴道を行い、罪無き人を殺す。一朝に大臣三人を殺す。明年臣下畏恐して、晋国は之を殺す。陳侯佗は蔡に於て淫し、蔡人之を殺す。古は諸侯疆を出づれば、必ず左右を具え、一師を備え、以て不測に備う。今陳侯は恣に身を帯びて民間に出入し、以て閭里の平常の処に於て死するに至る。甚だ人君の行に非ざるなり。宋閔公は婦人に於て矜りて心に妒む。大夫万と博戯す。万は魯荘公を称して曰く、「天下の諸侯、君を為るに宜しきは、唯だ魯侯而已。」閔公其の言に妒みて曰く、「此れ虜なり。」「此の虜何を以て知る。魯侯の美悪何より至る。」万怒りて、閔公を搏撃して、頸項を折る。此れ臣と博戯するの過なり。古は人君は陰に立ち、大夫は陽に立つ。以て位を分別し、貴賤を彰明す。今臣と相対して博戯し、婦人を傍らに置く。此れ君臣分別無し。故に万をして他国を称し、閔公を卑視するの意せしむ。閔公は万に借りて、而して自身之と博戯す。己を下君に置き、婦人の房に辱有り。皆婦人に対して矜る。独り殺せるの道を得たり。『春秋伝』に曰く、「大夫は君に敵せず。」是れ此の逼迫を遠ざくるなり。梁は内民を役使して止境無く、民堪ふる能わず。民をして地に比して伍と為さしめ、一家逃亡すれば、五家殺刑を受く。民曰く、「先に逃ぐるは封、後に逃ぐるは刑。」君は、将に民をして孝を父母にし、長老に順い、丘墓を守り、宗廟を承け、世々先人を祭祀せしめんとす。今財を求めて足らず、罰を行うに将に勝たんとするが如く、殺戮するに屠宰の如く、民を以て仇讐と為す。魚爛れて亡ぶ。国中全く空し。『春秋』に曰く、「梁亡ぶ。」亡とは、自ら亡ぶるなり。人の之を亡ぼすに非ざるなり。虞公は財を貪り、其の難を顧みず。耳を快くし目を悦ばしめて、晋の璧・屈産の乗を受け、晋師に道路を假す。帰りて此に因りて自ら滅亡し、宗廟破毀し、社稷祭祀せず、身死して葬らず。是れ財を貪るの致す所なり。故に『春秋』は此に由りて物の空しく來らざるを見るなり。
寶不虛出,自內出者,無匹不行,自外至者,無主不止,此其應也。楚靈王行強乎陳蔡,意廣以武,不顧其行;慮所美,內罷其眾,乾溪有物女,水盡則女見,水滿則不見,靈王舉發其國而役,三年不罷,楚國大怨;有行暴意,殺無罪臣成然,楚國大懣;公子棄疾卒令靈王父子自殺,而取其國,虞不離津澤,農不去疇土,而民相愛也,此非盈意之過
宝物は空しくして出でず。内より出づるは、匹対無ければ則ち行われず。外より來るは、主無ければ則ち止まらず。此れ則ち応験なり。楚霊王は陳・蔡に強を行い、意広くして武を用い、其の行を顧みず。思慮する所の美は、内其の衆を疲弊せしむ。干溪に物女有り。水尽くれば則ち女出で、水満つれば則ち出でず。霊王は其の国を発動して以て之を役使す。三年罷まず。楚国大いに怨む。又暴意を行い、罪無きの臣成然を殺す。楚国大いに懑る。公子弃疾は終に霊王父子をして自殺せしめて、其の国を取る。虞人は津沢を離れず、農人は疇土を離れず、而して民相愛す。此れ其の意を盈満するの過に非ざらんや。
耶!魯莊公好宮室,一年三起臺,夫人內淫兩弟,弟兄子父相殺,國絕莫繼,為齊所存,夫
魯荘公は宮室を好み、一年に三たび台を築く。夫人は内に於て両弟と淫し、弟兄子父相殺す。国絶えて継嗣無く、斉の存する所と為る。是れ夫
人淫之過也,妃匹貴妾,可不慎邪!此皆內自強,從心之敗已。見自強之敗,尚有正諫而不用,卒皆取亡,曹?諫其君曰:“戎眾以無義,君無自適。”君不聽,果死戎寇。伍子苟諫吳王,以為越不可不取,吳王不聽,至死伍子苟,還九年,越果大滅吳國。秦穆公將襲鄭,百里蹇叔諫曰:“千里而襲人者,未有不亡者也。”穆公不聽,師果大敗殽中,匹馬隻輪無反省。晉假道虞,虞公許之,宮之奇諫曰:“宴亡齒寒,虞虢之相救,非相賜也,君請勿許。”虞公不聽,後虞果亡於晉。春秋明此存亡道可觀也,觀乎蒲社,知驕溢之罰;觀乎許田,知諸侯不得專封;觀乎齊桓、晉文、宋襄、楚莊,知任賢奉上之功;觀乎魯隱、祭仲、叔武、孔父、荀息、仇牧、吳季子、公子目夷,知忠臣之效;觀乎楚公子比,知臣子之道,效死之義;觀乎潞子,知無輔自詛之敗;觀乎公在楚,知臣子之恩;觀乎漏言,知忠道之絕;觀乎獻六羽,知上下之差;觀乎宋伯姬,知貞婦之信;觀乎吳王夫差,知強陵弱;親乎晉獻公,知逆理近色之過;觀乎楚昭王之伐蔡,知無義之反;觀乎晉厲之妄殺無罪,知行暴之報;觀乎陳佗、宋閔,知妒淫之禍;觀乎虞公、梁亡,知貪財枉法之窮;觀乎楚靈,知苦民之壤;觀乎魯莊之起臺,知驕奢淫佚之失;觀乎衛侯朔,知不即召之罪;觀乎執凡伯,知犯上之法;觀乎晉卻缺之伐邾婁,知臣下作福之誅;觀乎公子翬,知臣窺君之意;觀乎世卿,知移權之敗。故明王視於冥冥,聽於無聲,天覆地載,天下萬國莫敢不悉靖其職,受命者不示臣下以知之至也,故道同則不能相先,情同則不能相使,此其教也。由此觀之,未有去人君之權,能制其勢者也;未有貴賤無差,能全其位者也;故君子慎之。
人の淫の過なり。妃匹貴妾は、慎まざるべからんや。此れ皆内裏自ら強を逞しくして、心の欲する所に従うの敗亡而已。己の強を逞しくするの敗を見るに、猶お正諫して用いられず、終に皆滅亡を取る有り。曹劌其の君に諫めて曰く、「戎衆にして義無し。君自ら往く勿れ。」君聴かず。果たして戎寇に死す。伍子胥呉王に諫めて、越は取らざるべからずと為す。呉王聴かず。伍子胥を殺すに至る。過ぎて九年、越果たして呉国を大いに滅ぼす。秦穆公将に鄭を襲わんとす。百里・蹇叔諫めて曰く、「千里往きて人を襲うは、亡びざる無し。」穆公聴かず。師果たして殽の中に於て大敗す。匹馬隻輪返らざる無し。晋は虞に道を假るを請う。虞公許す。宮之奇諫めて曰く、「唇亡びて歯寒し。虞・虢は相救う。相賜うに非ざるなり。君請う許す勿れ。」虞公聴かず。後虞果たして晋に於て亡ぶ。『春秋』は此の等を彰明す。存亡の道は観るべし。蒲社を観れば、驕溢の罰を知る。許田を観れば、諸侯の封を専らにする能わざるを知る。斉桓・晋文・宋襄・楚荘を観れば、賢を任用し上を奉ずるの功を知る。魯隠・祭仲・叔武・孔父・荀息・仇牧・呉季子・公子目夷を観れば、忠臣の効験を知る。楚公子比を観れば、臣子の道・死を効するの義を知る。潞子を観れば、輔助無くして自ら呪うの敗を知る。公の楚に在るを観れば、臣子の恩を知る。漏言を観れば、忠道の絶えるを知る。六羽を献ずるを観れば、上下の差別を知る。宋伯姫を観れば、貞婦の信を知る。呉王夫差を観れば、強の弱を陵ぐを知る。晋献公を観れば、理に逆い色に近づくの過を知る。楚昭王の蔡を伐つを観れば、義無きの回報を知る。晋厲の妄りに無罪を殺すを観れば、暴を行うの報を知る。陳佗・宋閔を観れば、妒淫の禍を知る。虞公・梁亡を観れば、財を貪り法を枉ぐるの窮を知る。楚霊を観れば、民を苦しむるの敗壊を知る。魯荘の台を築くを観れば、驕奢淫佚の失を知る。衛侯朔を観れば、召に即かざるの罪を知る。凡伯を捉うるを観れば、上を犯るの法を知る。晋の郤缺の邾婁を伐つを観れば、臣下の福を作すの誅を知る。公子翬を観れば、臣の君の意を窺視するを知る。世卿を観れば、権を移すの敗を知る。故に明王は冥冥の中に視、無声の中に聴く。天覆い地載せ、天下万国敢えて其の職を静め尽くさざる莫し。命を受くるは、知の至を以て臣下に示さず。故に道同じければ則ち相先んずる能わず、情同じければ則ち相使う能わず。此れ則ち教なり。此れより観れば、人君の権を去りて能く勢を制する無し。貴賤差無くして能く位を保全する無し。故に君子は之を慎む。
巻第五
滅國上第七
滅国上第七
王者,民之所往,君者,不失其群者也;故能使萬民往之,而得天下之群者,無敵於天下。弒君三十六,亡國五十二,小國德薄不朝聘,大國不與諸侯會聚,孤特不相守,獨居不同群,遭難莫之救,所以亡也。非獨公侯大人如此,生天地之間,根本微者,不可遭大風疾雨,立鑠消耗。衛侯朔固事齊襄,而天下患之;虞虢幷力,晉獻難之。晉趙盾,一夫之士也,無尺寸之土,一介之眾也,而靈公據霸主之餘尊,而欲誅之,窮變極軸,軸盡力竭,禍大及身,推盾之心,載小國之位,庸能亡之哉!故伍子苟,一夫之士也,去楚,幹闔廬,遂得意於吳,所託者誠是,何可御邪!楚王髡托其國於子玉得臣,而天下畏之;虞公托其國於宮之奇,晉獻患之;及髡殺得臣,天下輕之;虞公不用宮之奇,晉獻亡之;存亡之端,不可不知也。諸侯見加以兵,逃遁奔走,至於滅亡,而莫之救,平生之素行可見也。隱代桓立,所謂僅存耳,使無駭帥師滅極,內無諫臣,外無諸侯之救,載亦由是也,宋、蔡、衛國伐之,鄭因其力而取之,此無以異於遺重寶於道,而莫之守,見者掇之也。鄧、谷失地,而朝魯桓,鄧、谷失地,不亦宜乎!
王とは、民の往き向かう所なり。君とは、其の群を失わざるなり。故に能く万民をして往き向かわしめて、天下の群を得るは、天下に敵無し。君を弑する三十六、国を亡ぼす五十二。小国は徳薄くして朝聘せず、大国は諸侯と会聚せず。孤特にして相守らず、独居して群を同じくせず。禍難に遭いて救う人無し。故に亡ぶ。唯だ公侯大人此くの如きのみならず。天地の間に生るるも、根本微弱なるは、大風疾雨に遇うべからず。即ち銷鑠消耗す。衛侯朔は固より斉襄に事うるも、而して天下之を患う。虞・虢は力を合わせ、晋献は難と覺す。晋の趙盾は、一夫の士にして、尺寸の土・一介の衆無し。而して霊公は霸主の余尊に凭って之を誅さんと欲す。変化を窮め詐謀を極めて、力尽きて禍大きく身に及ぶ。盾の心を推すに、小国の位を載るに、豈に之を亡ぼさん。故に伍子胥は、一夫の士にして、楚を離れ、闔廬に求め、是に於て呉に於て意を得たり。託する所誠に当れば、何ぞ禦ぐべき之有らん。楚王髡は国を子玉得臣に託して、天下畏懼す。虞公は国を宮之奇に託して、晋献之を患う。髡の得臣を殺すに及びて、天下之を軽んず。虞公の宮之奇を用いざるに、晋献之を亡ぼす。存亡の端倪は、知らざるべからず。諸侯兵を加えらるるを見て、逃遁奔走し、滅亡に至りて救う人無し。平生の素行は見るべし。隠は桓に代わりて立つ。所謂僅かに存する而已。無駭をして師を率いて極を滅ぼさしむ。内に諫臣無く、外に諸侯の救いに來る無し。載るも此に因るなり。宋・蔡・衛は之を伐ち、鄭は其の力を借りて之を取る。此れ重宝を道上に遺落して守る人無く、見る者拾うに与に異ならざるなり。鄧・穀は地を失いて魯桓に朝す。鄧・穀の地を失うは、亦当ならずや。
滅國下第八
滅国下第八
紀侯之所以滅者,乃九世之也,一旦之言,危百世之嗣,故曰大去。衛人侵成,鄭入成,及齊師圍成,三被大兵,終滅,莫之救,所恃者安在?齊桓公欲行霸道,譚遂違命,故滅而奔莒,不事大而事小。曹伯之所以戰死於位,諸侯莫助憂者,幽之會,齊桓數合諸侯,曹小,未嘗來也,魯大國,幽之會,莊公不往,戎人乃窺兵於濟西,由見魯孤獨而莫之救也,此時大夫廢君命,專救危者。魯莊公二十七年,齊桓為幽之會,衛人不來,其明年,桓公怒而大敗之;及伐山戎,張旗陳獲,以驕諸侯;於是魯一年三築臺,亂臣比三起於內,夷狄之兵仍滅於外;衛滅之端,以失幽之會;亂之本,存親內蔽。邢未嘗會齊桓也,附晉又微,晉侯獲於韓而背之,淮之會是也,齊桓卒,豎刁、易牙之亂作,邢與狄伐其同姓,取之,其行如此,雖爾親,庸能親爾乎!是君也,其滅於同姓,衛侯毀滅邢是也。齊桓為幽之會,衛不至,桓怒而伐之,狄滅之,桓憂而立之。魯莊為柯之盟,劫汶陽,魯絕,桓立之。邢杞未嘗朝聘,齊桓見其滅,率諸侯而立之,用心如此,豈不霸哉!故以憂天下與之。
紀侯の滅ぶ所以は、乃ち九世の讐なり。一旦の言に、百世の嗣を危うくす。故に大去と謂う。衛人は成を侵し、鄭は成に入り、斉師と成を圍むに及びて、三たび大兵を遭い、終に滅び、救う人無し。依恃する所は何ぞ在らん。斉桓公は覇道を行わんと欲す。譚・遂は命に違う。故に滅びて莒に奔す。大に事えずして小に事うるなり。曹伯の位に於て戦死する所以は、諸侯の憂を助くる人無し。幽の会に以て、斉桓屢々諸侯を会合す。曹小さく、未だ嘗て來らず。魯は大国なり。幽の会に、荘公往かず。戎人則ち済西に於て兵を窺う。魯の孤獨にして救う人無きを見るに由るなり。是の時大夫は君命を廃して、専らに危を救う。魯荘公二十七年、斉桓は幽の会を舉ぐ。衛人來らず。明年桓公怒りて大いに之を敗る。山戎を伐つに及びて、旗を張り獲を陳列して、以て諸侯に驕る。是に於て魯は一年に三たび台を築き、乱臣は一連して三たび内に興り、夷狄の兵は猶お外に於て人を滅ぼす。衛の滅ぶるの端は、幽の会を失するに以てなり。乱の本は、内を親しむを蔽うに在り。邢は未だ嘗て斉桓に会せず、晋に依附して又微し。晋侯は韓に於て獲られて背叛す。淮の会が是れなり。斉桓卒して、豎刁・易牙の乱興る。邢は狄と其の同姓を伐ちて取る。行い此くの如くなれば、親なりと雖も、豈に爾を親しまん。此の君は、同姓に滅ばさる。衛侯の邢を滅ぼすが是れなり。斉桓は幽の会を舉ぐに、衛至らず。桓怒りて之を伐つ。狄之を滅ぼす。桓之を憂えて之を立つ。魯荘は柯の盟を舉ぐに、汶陽を劫す。魯絶え、桓之を立つ。邢・杞は未だ嘗て朝聘せず、斉桓其の滅ぶを見て、諸侯を率いて之を立つ。心を用うるや此くの如し。豈に覇ならずや。故に天下を憂うるを以て之に与う。
隨本消息第九
随本消息第九
顏淵死,子曰:“天喪予。”子路死,子曰:“天祝予。”西狩獲麟,曰:“吾道窮,吾道窮。”三年,身隨而卒。階此而觀,天命成敗,聖人知之,有所不能救,命矣夫!
顔淵死して、子曰く、「天予を喪せり。」子路死して、子曰く、「天予を祝せり。」西に狩して麟を獲たり。曰く、「吾が道窮まれる、吾が道窮まれる。」三年、身随いて逝く。此れより観れば、天命の成敗は、聖人之れを知る。救う能わざる所有り。是れ命かな。
先晉獻之卒,齊桓為葵丘之會,再致其集;先齊孝未卒一年,魯僖乞師取谷;晉文之威,天子再致,先卒一年,魯僖公之心分而事齊,文公不事晉;先齊侯潘卒一年,文公如晉,衛侯、鄭伯皆不期來,齊侯已卒,諸侯果會晉大夫於新城;魯昭公以事楚之故,晉人不入,楚國強而得意,一年再會諸侯,伐強吳,為齊誅亂臣,遂滅厲,魯得其威以滅鄫,其明年如晉,無河上之難,先晉昭之卒一年無難;楚國內亂,臣弒君,諸侯會於平丘,謀誅楚亂臣,昭公不得與盟,大夫見執,吳大敗楚之黨六國於雞父,公如晉而大辱,春秋為之諱,而言有疾;由此觀之,所行從不足恃所事者,不可不慎,此亦存亡榮辱之要也。先楚莊王卒之三年,晉滅赤狄潞氏及甲氏留籲;先楚子審卒之三年,鄭服蕭魚;晉侯周卒一年,先楚子昭卒之二年,與陳蔡伐鄭而大克,其明年,楚屈建會諸侯,而張中國,卒之三年,諸夏之君朝於楚;楚子卷繼之,四年而卒,其國不為侵奪,而顧隆盛強大中國,不出年餘,何也?楚子昭蓋諸侯可者也,天下之疾其君者,皆赴愬而乘之,兵四五出,常以眾擊少,以專擊散,義之盡也;先卒四五年,中國內乖,齊、晉、魯、衛之兵分守,大國襲小,諸夏再會陳儀,齊不肯往,吳在其南,而二君殺,中國在其北,而齊、衛殺其君,慶封劫君亂國,石惡之徒,聚而成群,衛衎據陳儀而為諼,林父據戚而以畔,宋公殺其世子,魯大飢,中國之行,亡國之跡也,譬如於文、宣之際,中國之君,五年之中,五君殺,以晉靈之行,使一大夫立於斐林,拱揖指撝,諸侯莫敢不出,此猶隰之有泮也。
晋献の卒するの前に在りて、斉桓は葵丘の会を舉ぎ、再び集を招致す。斉孝の未だ卒せざる一年に在りて、魯僖は師を乞い谷を取る。晋文の威は、天子再び招致さる。卒する前の一年、魯僖公の心は分かれて斉に事え、文公は晋に事えず。斉侯潘の卒する前の一年に在りて、文公は晋に至り、衛侯・鄭伯は皆期せずして來る。斉侯已に卒して、諸侯果たして新城に於て晋の大夫に会す。魯昭公は楚に事うるの故を以て、晋人之を納れず。楚国強くして意を得、一年に再び諸侯に会し、強呉を伐ち、斉の為に乱臣を誅し、是に於て厲を滅ぼす。魯は其の威を得て以て鄫を滅ぼす。明年晋に至り、河上の難無し。晋昭の卒する前の一年に在りて難無し。楚国は内乱し、臣は君を弑す。諸侯は平丘に於て相会し、謀りて楚の乱臣を誅せんとす。昭公は盟に与る能わず、大夫執られり。呉は鶏父に於て楚の党六国を大いに敗る。公は晋に至りて大いに辱めらる。『春秋』は之が為に諱めて、而して疾有りと曰う。此れより観れば、行う所若し事うる所を依恃するに足らざれば、慎まざるべからず。此れ亦存亡栄辱の要なり。楚荘王の卒する前の三年に在りて、晋は赤狄潞氏及び甲氏・留吁を滅ぼす。楚子審の卒する前の三年に在りて、鄭は蕭魚に於て服す。晋侯周卒すること一年、楚子昭の卒する前の二年に在りて、陳・蔡と鄭を伐ちて大いに克つ。明年、楚屈建は諸侯に会して中国を張大す。卒して後三年、諸夏の君は楚に朝す。楚子卷は位を継ぎ、四年にして卒す。其の国は侵奪されず、返りて隆盛にして中国を強大にす。年余を出でず。何ぞや。楚子昭は蓋し諸侯の中の可なり。天下其の君を痛恨するは、皆來りて愬に赴きて机に乗ず。兵四五たび出で、常に衆を以て少を撃ち、専を以て散を撃つ。義至れるなり。卒する前の四五年、中国は内に乖れ、斉・晋・魯・衛の兵は分かれて守る。大国は小を襲う。諸夏は再び陳儀に於て会す。斉肯んじて往かず。呉は南に在りて、而して二君殺さる。中国は北に在りて、而して斉・衛は其の君を殺す。慶封は君を劫して国を乱し、石悪の徒は聚りて群を成し、衛衎は陳儀を據りて欺詐し、林父は戚を據りて叛き、宋公は其の世子を殺し、魯大いに饑う。中国の行いは、亡国の迹なり。譬えば文・宣の際に在りて、中国の君は、五年の中に五君殺さる。晋霊の行いに凭りて、一の大夫を斐林に立て、拱揖指麾すれば、諸侯敢えて出でざる無し。此れ猶お隰地に涯岸有るが若し。
盟會要第十
盟会要第十
至意雖難喻,蓋聖人者,貴除天下之患,貴除天下之患,故春秋重而書天下之患遍矣,以為本於見天下之所以致患,其意欲以除天下之患,何謂哉?天下者無患,然後性可善,性可善,然後清廉之化流,清廉之化流,然後王道舉,禮樂興,其心在此矣。傳曰:“諸侯相聚而盟。”君子修國,曰:“此將率為也哉!”是以君子以天下為憂也,患乃至於弒君三十六,亡國五十二,細惡不絕之所致也。辭已喻矣,故曰立義以明尊卑之分,強幹弱枝,以明大小之職;別嫌疑之行,以明正世之義;採摭托意,以繅失禮;善無小而不舉,惡無小而不去,以純其美;別賢不肖,以明其尊;親近以來遠,因其國而容天下,名倫等物,不失其理,公心以是非,賞善誅惡,而王澤洽,始於除患,正一而萬物備,故曰:大矣哉其號,兩言而管天下,此之謂也。
至意は曉諭し難しと雖も、蓋し聖人は天下の患を除くを貴ぶ。天下の患を除くを貴ぶれば、故に『春秋』は之を重んじて天下の患を書きて遍し。本は天下の患を致す所以を見るに在ると為し、其の意は天下の患を除かんと欲す。是れ何を謂うや。天下に患無くして、然る後に性善なるべし。性善なるべくして、然る後に清廉の教化流行す。清廉の教化流行して、然る後に王道挙がり礼楽興る。其の心此れ在り。『伝』に曰く、「諸侯相聚りて盟す。」君子は国を修めて曰く、「此れ将に率いて為さんとす。」故に君子は天下を以て憂と為す。患乃至りて君を弑する三十六、国を亡ぼす五十二。是れ細悪絶えざるの致す所なり。辞已に曉諭せり。故に曰く、義を立てて以て尊卑の別を彰明し、幹を強くし枝を弱くして、以て大小の職を彰明す。嫌疑の行を分別して、以て世を正すの義を彰明す。意を寄托するを採摭して、以て失礼を矯む。善は小にして挙げざる無く、悪は小にして去らざる無し。以て其の美を純化す。賢不肖を分別して、以て尊を彰明す。近きを親しみて以て遠きを致し、国に因りて天下を兼容す。名分倫類・事物を等列して、理を失わず。公心を以て是非とし、善を賞し悪を誅して、而して王沢洽し。患を除くより始めて、一を正して万物備わる。故に曰く、大きなりかな其の名号、両句にして天下を管す、此れを謂うなり、と。
正貫第十一
正貫第十一
春秋,大義之所本耶!六者之科,六者之恉之謂也,然後援天端,布流物,而貫通其理,則事變散其辭矣。故志得失之所從生,而後差貴賤之所始矣;論罪源深淺定法誅,然後絕屬之分別矣;立義定尊卑之序,而後君臣之職明矣;載天下之賢方,表謙義之所在,則見覆正焉耳;幽隱不相踰,而近之則密矣,而後萬變之應無窮者,故可施其用於人,而不悖其倫矣。是以必明其統於施之宜,故知其氣矣,然後能食其志也;知其聲矣,而後能扶其精也;知其行矣,而後能遂其形也;知其物矣,然後能別其情也;故倡而民和之,動而民隨之,是知引其天性所好,而壓其情之所憎者也。如是則言雖約,說必布矣;事雖小,功必大矣;聲響盛化鉉於物,散入於理;德在天地,神明休集,並行而不竭,盈於四海而訟詠。書曰:“八音克諧,無相奪倫,神人以和。”乃是謂也,故明於情性,乃可與論為政,不然,雖勞無功,夙夜是寤,思慮惓心,猶不能睹,故天下有非者。三示當中,孔子之所謂非,尚安知通哉!
『春秋』は、大義の本とする所ならんや。六科とは、六者の旨を謂うなり。然る後に天端を援引し、流を物に分布して、其の理を貫通すれば、則ち事変は辞に散れり。故に得失何れより生ずるを記して、然る後に貴賤の等差何れより始まるを記す。罪源の深浅を論じて以て法誅を定め、然る後に絶属の分別定まる。義を立てて尊卑の序を定め、然る後に君臣の職分明らかなり。天下の賢方を記し、謙義の在る所を表彰すれば、則ち復正を見る而已。幽隠相い逾越せずして、近き就きて密なり。然る後に万変の応は窮まり無く、以て人に施行すべくして、倫に悖らず。故に必ず其の統が施用の宜しきに在るを明かにせよ。故に其の気を知りて、然る後に能く其の志を養う。其の声を知りて、然る後に能く其の精を扶う。其の行を知りて、然る後に能く其の形を成就す。其の物を知りて、然る後に能く其の情を分別す。故に唱道すれば民和応し、発動すれば民随従す。此れ天性の好む所を引きて、情の憎む所を圧するを知ればなり。此くの如くなれば、話は要約と雖も、説は必ず伝布せん。事は小と雖も、功は必ず大ならん。声響の盛化は物に貫き、理に散り入る。徳は天地に在り、神明休集し、並行して竭きず、四海に盈ちて歌誦さる。『書』に曰く、「八音克く諧らい、相い倫を奪うこと無く、神人以て和す。」此れを謂うなり。故に情性に明らかなるは、乃ち以て之と政を為すを論ずべし。然らずんば、勞苦して功無く、夙夜醒寤して、思慮心を倦まさしむと雖も、猶お見る能わざるなり。故に天下に非有り。三たび中を顕す。孔子の所謂非、又焉んぞ通を知らん。
十指第十二
十指第十二
春秋二百四十二年之文,天下之大,事變之博,無不有也,雖然,大略之要,有十指。十指者,事之所繫也,王化之所由得流也。舉事變,見有重焉,一指也;見事變之所至者,一指也;因其所以至者而治之,一指也;強幹弱枝,大本小末,一指也;別嫌疑,異同類,一指也;論賢才之義,別所長之能,一指也;親近來遠,同民所欲,一指也;承周文而反之質,一指也;木生火,火為夏,天之端,一指也;切刺譏之所罰,考變異之所加,天之端,一指也。舉事變,見有重焉,則百姓安矣;見事變之所至者,則得失審矣;因其所以至而治之,則事之本正矣;強幹弱枝,大本小末,則君臣之分明矣;別嫌疑,異同類,則是非著矣;論賢才之義,別所長之能,則百官序矣;承周文而反之質,則化所務立矣;親近來遠,同民所欲,則仁恩達矣;木生火,火為夏,則陰陽四時之理相受而次矣;切刺譏之所罰,考變異之所加,則天所欲為行矣。統此而舉之,仁往而義來,德澤廣大,衍溢於四海,陰陽和調,萬物靡不得其理矣。說春秋凡用是矣,此其法也。
『春秋』二百四十二年の文、天下の大、事変の博、有らざる無し。然りと雖も、大略の要約は十指有り。十指とは、事の繋がる所、王化の由って以て流行する所なり。事変を挙げて、重くする所有るを見るは、一指なり。事変の至る所を見るは、一指なり。至る所以に因りて以て治むるは、一指なり。幹を強くし枝を弱くし、本を大にし末を小にするは、一指なり。嫌疑を分別し、同類を区分するは、一指なり。賢才の義を論じ、長ずる所の能を分別するは、一指なり。近きを親しみ遠きを致し、民の欲する所を一にするは、一指なり。周文を承けて質に返るは、一指なり。木は火を生じ、火は夏を為すは、天の端、一指なり。罰する所を切に刺譏し、異変を加える所を考察するは、天の端、一指なり。事変を挙げて、重くする所有るを見れば、則ち百姓安し。事変の至る所を見れば、則ち得失審らかなり。至る所以に因りて以て治むれば、則ち事の本正し。幹を強くし枝を弱くし、本を大にし末を小にすれば、則ち君臣の分別明らかなり。嫌疑を分別し同類を区分すれば、則ち是非顕著なり。賢才の義を論じ長ずる所の能を分別すれば、則ち百官序有り。周文を承けて質に返れば、則ち教化の務むる所立つ。近きを親しみ遠きを致し民の欲する所を一にすれば、則ち仁恩通達す。木は火を生じ火は夏を為せば、則ち陰陽四時の理は相い授受して次序有り。罰する所を切に刺譏し異変を加える所を考察すれば、則ち天の為さんと欲する所行わる。此れを統べて挙ぐれば、仁往きて義來り、徳沢広大にして、四海に衍溢し、陰陽和調し、万物は其の理を得ざる無し。『春秋』を講るに凡そ此れを用う。此れ法なり。
重政第十三
重政第十三
惟聖人能屬萬物於一,而系之元也,終不及本所從來而承之,不能遂其功,是以春秋變一謂之元,元猶原也,其義以隨天地終始也,故人惟有終始也,而生不必應四時之變,故元者,為萬物之本,而人之元在焉,安在乎,乃在乎天地之前,故人雖在天氣及奉天氣者,不得與天元,本天元命,而共違其所為也。故春正月者,承天地之所為也,繼天之所為而終之也,其道相與共功持業,安容言乃天地之元,天地之元,奚為於此,惡施於人,大其貫承意之理矣。
唯だ聖人のみ能く万物を一に属して、元に繋ぐ。終に本の従來する所に帰りて承くるに返らざれば、能く功を成さず。故に『春秋』は一を改めて元と曰う。元は猶お原のごとく、義は天地の終始に随う。故に人唯有終始有りて、生は必ずしも四時の変に応えず。故に元は万物の本にして、而して人の元は彼に在り。彼とは何ぞや。乃ち天地の前に在り。故に人は天気に及び及び天気を奉ずると雖も、天の元と、天の元の命に本づきて、共同して其の為す所に背く能わず。故に春正月とは、天地の為す所を承受し、天の為す所を継ぎて之を終らしむ。道は相い共同して功業を持守す。怎能に天地之元なりと謂わんや。天地の元は、何ぞ此れ在りて、何ぞ人に施すや。是れ其の貫穿して意を承くるの理を大にするなり。
能說鳥獸之類者,非聖人所欲說也;聖人所欲說,在於說仁義而理之,知其分科條別,貫所附,明其義之所審,勿使嫌疑,是乃聖人所貴而已矣;不然,傳於眾辭,觀於眾物,說不急之言,而以惑後進者,君子之所甚惡也,奚以為哉!聖人思慮,不厭晝日,繼之以夜,然後萬物察者仁義矣,由此言之,尚自為得之哉!故曰:於乎!為人師者,可無慎邪!夫義出於經,經,傳大本也,棄營勞心也,苦志盡情,頭白齒落,尚不合自錄也哉!
能く鳥獣の類を説くは、聖人の説かんと欲する所に非ず。聖人の説かんと欲する所は、仁義を説いて治むるに在り。科条を分かち別を知り、依附する所を貫穿し、義の審察する所を彰明にして、嫌疑ならしめざれ。此れ乃ち聖人の貴ぶ所而已。然らずんば、衆辞を伝述し、衆物を観視し、急ならざるの話を説いて、以て後進を迷惑せしむるは、君子の甚だ悪む所なり。将に何を為さんや。聖人の思慮は、昼に厭かず、之を継ぐに夜を以てす。然る後に万物の察せらるるは仁義なり。此れより言えば、猶お自ら以て得たりと為さんや。故に曰く、於乎、人の師と為るは、慎まざるべからざるか、と。義は経に出づ。経は伝の大本なり。経営を棄てて心を勞し、志を苦しめ情を尽くし、頭白く齒落つるも、猶お自ら檢録せざらんや。
人始生有大命,是其體也,有變命存其間者,其政也,政不齊,則人有忿怒之志,若將施危難之中,而時有隨遭者,神明之所接,絕屬之符也,亦有變其間,使之不齊如此,不可不省之,省之則重政之本矣。
人始めて生るるや大命有り。是れ其の体なり。変命其の間に存する有り。是れ其の政なり。政斉しからざれば、則ち人忿怒の志有り。将に危難の中に施行せんとするが若くして、時に随命・遭命有るは、神明の接し絶属するの符なり。亦変其の間に在りて、之を斉しからずして此くの如くならしむ。省察せざるべからず。省察すれば則ち政の本を重んず。
撮以為一,進義誅惡,絕之本,而以其施,此與湯武同而有異,湯武用之,治往故。春秋明得失,差貴賤,本之天王之所失天下者,使諸侯得以大亂之說,而後引而反之,故曰:博而明,深而切矣。
撮り合わせて一と為し、義を進めて悪を誅し、本上より断絶して、其の施予を用う。此れ湯武と相同じくして又異有り。湯武之を用うるは、以往を治むるの故なり。『春秋』は得失を明らかにし、貴賤を等差し、天王の天下を失う所以に本づき、諸侯をして大乱を得さしむるの説を以てし、然る後に引きて返る。故に曰く、博にして明、深にして切、と。
巻第六
服制像第十四
服制像第十四
天地之生萬物也以養人,故其可適者,以養身體;其可威者,以為容服;禮之所為興也。劍之在左,青龍之象也;刀之在右,白虎之象也;韍之在前,赤鳥之象也;冠之在首,玄武之象也;四者、人之盛飾也。夫能通古今,別然不然,乃能服此也。蓋玄武者,貌之最嚴有威者也,其像在後,其服反居首,武之至而不用矣。聖人之所以超然,雖欲從之,末由也已!夫執介冑而後能拒敵者,故非聖人之所貴也,君子顯之於服,而勇武者消其志於貌也矣。故文德為貴,而威武為下,此天下之所以永全也。於春秋何以言之?孔父義形於色,而奸臣不敢容邪;虞有宮之奇,而獻公為之不寐;晉厲之強,中國以寢屍流血不已。故武王克殷,裨冕而搢笏,虎賁之士說劍,安在勇猛必在武殺然後威,是以君子所服為上矣,故望之儼然者,亦已至矣,豈可不察乎!
天地が万物を生育するは、人を養う為なり。故に口に适うべきは、以て体を養い、威すべきは、以て容服を為す。礼此に因りて興る。剣は左に在るは、青竜の象なり。刀は右に在るは、白虎の象なり。韍は前に在るは、赤鳥の象なり。冠は首に在るは、玄武の象なり。四者は人の盛飾なり。能く古今に通じ、然と不然とを分別するは、乃ち能く此れを服す。蓋し玄武は貌最も厳にして威有り。形象は後に在るに、服は反りて首に居る。是れ武極まりて用いざるなり。聖人の超然たる所以は、従わんと欲するも、為すに従う無きなり。介胄を執着して然る後に能く敵を拒ぐは、本より聖人の貴ぶ所に非ず。君子は服に顕われ、而して勇武の人は貌に於て志を消す。故に文徳を貴と為し、威武を下と為す。此れ天下の永く全き所以なり。『春秋』に於て何に凭りて此く言うや。孔父は義色に形われて、奸臣敢えて邪を容れず。虞に宮之奇有りて、献公此に因りて寐ねず。晋厲の強は、中国此に因りて屍を寝せ血を流して已まず。故に武王殷を克ちて、裨冕して笏を搢すれば、虎賁の士は剣を解く。何ぞ勇猛必ず武殺に在りて然る後に威とせん。故に君子は服する所以上と為す。故に之を望めば儼然たるは、已に至れり。豈に察せざるべけんや。
二端第十五
二端第十五
春秋至意有二端,不本二端之所從起,亦未可與論災異也,小大微著之分也。夫覽求微細於無端之處,誠知小之將為大也,微之將為著也,吉凶未形,聖人所獨立也,雖欲從之,末由也已,此之謂也。故王者受命,改正朔,不順數而往,必迎來而受之者,授受之義也。故聖人能繫心於微,而致之著也。是故春秋之道,以元之深,正天之端,以天之端,正王之政,以王之政,正諸侯之即位,以諸侯之即位,正竟內之治,五者俱正,而化大行。故書日蝕,星隕,有蜮,山崩,地震,夏大雨水,冬大雨雹,隕霜不殺草,自正月不雨,至於秋七月,有鸛鵒來巢,春秋異之,以此見悖亂之徵,是小者不得大,微者不得著,雖甚末,亦一端,孔子以此效之,吾所以貴微重始是也,因惡夫推災異之象於前,然後圖安危禍亂於後者,非春秋之所甚貴也,然而春秋舉之以為一端者,亦欲其省天譴,而畏天威,內動於心志,外見於事情,修身審己,明善心以反道者也,豈非貴微重始、慎終推效者哉!
『春秋』の至意に二端有り。二端の何れより起こるを推原せざれば、亦之と災異を論ずべからず。是れ小大・微著の分別なり。端緒無きの処に於て微細を覽求して、小の将に大と為らんとす、微の将に著と為らんとすを確知す。吉凶未だ形を成さざるに、聖人独り立てり。従わんと欲するも為すに従う無きは、此れを謂うなり。故に王者は命を受けて、正朔を改む。数に順って往かず、必ず迎えて受く。是れ授受の義なり。故に聖人は能く心を微に繋ぎて、著に致す。故に『春秋』の道は、元の深きを以て、天の端を正しくす。天の端を以て、王の政を正しくす。王の政を以て、諸侯の即位を正しくす。諸侯の即位を以て、境内の治を正しくす。五者皆正しければ、教化大いに行わる。故に日蝕・星隕・蜮有り・山崩・地震・夏大雨水・冬大雨雹・隕霜草を殺さず・正月より雨降らずして秋七月に至る・鸜鵒來りて巢すを書きて、『春秋』は以て異と為す。此れに由りて悖乱の徴験を見る。此れ小の大なる能わざる、微の著なる能わざるは、甚だ末と雖も、亦一端なり。孔子此れを以て効験す。我が微を貴び始を重んずる所以は即ち是れ。因りて夫の先に災異の象を推して、然る後に安危禍乱を後に圖謀するを悪むは、『春秋』の甚だ貴ぶ所に非ず。然るに『春秋』の挙げて一端と為すも、亦其の天譴を省察して、天威を畏れ、内に於ては心志発動し、外に於ては事顕現し、身を修め己を審らかにし、善心を明らかにして道に返らんことを欲す。豈に微を貴び始を重んじ、終を慎み效を推するに非ずや。
符瑞第十六
符瑞第十六
有非力之所能致而自至者,西狩獲麟,受命之符是也,然後托乎春秋正不正之間,而明改制之義,一統乎天子,而加憂於天下之憂也,務除天下所患,而欲以上通五帝,下極三王,以通百王之道,而隨天之終始,博得失之效,而考命象之為,極理以盡情性之宜,則天容遂矣。百官同望異路,一之者在主,率之者在相。
事の人力の能く招来する所に非ざるにして、自ら至る者有り。西に狩して麒麟を獲たるは、即ち天命を承受するの符験なり。此れより後に義理を『春秋』の正しき所・正しからざる所の間に寄托して、以て改制の義を彰明にし、天下をして天子に一統せしめ、且つ天下の憂を以て自ら更に重き憂と為し、務めて天下の患う所を除かんとす。又上は五帝に通じ、下は三王を窮めて、以て百王の道を貫通し、天の終始に随い、得失の効験を広博に考求し、命と象の為す所を考察して、理を極処に推して以て性と情の宜しき所を尽くさんとす。此くの如くなれば天の容止順遂ならん。百官同じく仰望すれども路を異にす。能く之を統一するは主に在り、能く之を率いるは相に在り。
俞序第十七
俞序第十七
仲尼之作春秋也,上探正天端,王公之位,萬民之所欲,下明得失,起賢才,以待後聖,故引史記,理往事,正是非,見王公,史記十二公之間,皆衰世之事,故門人惑,孔子曰:“吾因其行事,而加乎王心焉,以為見之空言,不如行事博深切明。”子貢、閔子、公肩子言其切而為國家資也。其為切,而至於殺君亡國,奔走不得保社稷,其所以然,是皆不明於道,不覽於春秋也。故衛子夏言:“有國家者,不可不學春秋,不學春秋,則無以見前後旁側之危,則不知國之大柄,君之重任也。故或脅窮失國,揜殺於位,一朝至爾,苟能述春秋之法,致行其道,豈徒除禍哉!乃堯舜之德也。”故世子曰:“功及子孫,光輝百世,聖人之德,莫美於恕。”故予先言:“春秋詳己而略人,因其國而容天下。”春秋之道,大得之則以王,小得之則以霸。故曾子、子石盛美齊侯,安諸侯,尊天子,霸王之道,皆本於仁,仁,天心,故次之以天心。愛人之大者,莫大於思患而豫防之,故蔡得意於吳,魯得意於齊,而春秋皆不告。故次以言:怨人不可邇,敵國不可狎,攘竊之國不可使久親,皆防患、為民除患之意也。不愛民之漸,乃至於死亡,故言楚靈王、晉厲公生弒於位,不仁之所致也。故善宋襄公不厄人,不由其道而勝,不如由其道而敗,春秋貴之,將以變習俗,而成王化也。故子夏言:“春秋重人,諸譏皆本此,或奢侈使人憤怨,或暴虐賊害人,終皆禍及身。”故子池言:“魯莊築臺,丹楹刻桷;晉厲之刑刻意者;皆不得以壽終。”上奢侈,刑又急,皆不內恕,求備於人。故次以春秋,緣人情,赦小過,而傳明之曰:君子辭也。孔子明得失,見成敗,疾時世之不仁,失王道之體,故緣人情,赦小過,傳又明之曰:君子辭也。孔子曰:“吾因行事,加吾王心焉,假其位號,以正人倫,因其成敗,以明順逆。
仲尼の『春秋』を作るは、上は以て天の端緒・王公の位次・万民の欲求を探求して正しくし、下は得失を彰明にし、賢才を興して、以て後の聖人を待たんとす。故に史書の記載を援引し、往事を整理し、是非を端正して、王公の行事をして顕現せしむ。史記の記す所十二公の間は、皆衰世の事なり。故に門人は之を迷惑す。孔子曰く、「吾は已に行われたる行事に借りて、王者の心を加う。空しく道理を講ずるは、行事に借るに広博・深切・明白なるに如かずと覺ゆるが故なり。」子貢・閔子・公肩子は皆其の切実なるを言い、以て国家の資取する所と為すに足れりとす。其の切実なるは、君を殺し国を亡ぼし、奔走して社稷を保有する能わざるに至れり。此くの如き所以なるは、皆道に明らかならず、『春秋』を覽読せざるに因るなり。故に衛人の子夏曰く、「国を有つ者は、『春秋』を学ばざるべからず。『春秋』を学ばざれば、前後左右の危難を見るに従う無く、国の大権柄・君の重責任を知らず。故に脅迫せられ窮困して国を失い、位に在りて掩殺せらるる者有り。一朝にして至れり。若し能く『春秋』の法を称述し、其の道を力めて行わば、豈に唯だ禍患を除くのみならんや。乃ち堯舜の徳なり。」故に世子曰く、「功業は子孫に延び、光輝は百世に伝わる。聖人の徳は、恕より美しきは莫し。」故に予先に曰く、「『春秋』は己に詳しくして人に略し、一国に借りて天下を兼容す。」『春秋』の道は、大いに之を得れば以て王と称すべく、小さく之を得れば以て覇と称すべし。故に曾子・子石は盛んに斉侯の諸侯を安んじ天子を尊ぶを賛す。覇と王の道は皆仁に本づく。仁は天心なり。故に次いで天心を講ず。人を愛するの大なるは、患難を想いて豫め防ぐより大なるは莫し。故に蔡は呉に於て意を得、魯は斉に於て意を得たれども、『春秋』は皆其の事を以て捷を告ぐと為して書かず。故に次いで又曰く、怨有る者は親しむべからず、敵国は狎昵すべからず、攘窃の国は久しく親附せしむべからず、皆患を防ぎ民の為に患を除くの意なり、と。民を愛せざれば漸く死亡に至る。故に楚霊王・晋厲公の生きて位に於て弑せらるるを講ずるは、不仁の致す所なり。故に宋襄公の人を困境に逼めざるを善と称す。其の道に由らずして勝たんよりは、其の道に由りて敗るるに如かず。『春秋』の之を重んずるは、以て此れを用いて習俗を変え、王の教化を成就せんと欲すればなり。故に子夏曰く、「『春秋』は人を重んず。各条の譏刺は皆此れに本づく。或るは奢侈して人をして憤怨せしめ、或るは暴虐にして人を賊害し、終に禍は皆自らの身に落つ。」故に子池曰く、「魯荘公は台を築き、楹柱を漆りて赤くし、椽子に花文を彫る。晋厲公は刑を用うること刻毒なり。皆能く寿終せず。」上は奢侈し、刑罰又急なり。皆内に恕ならずして、人に完备を求むるなり。故に次いで『春秋』を以て人情に順い小過を赦免す。而して伝文明らかに曰く、「此れ君子の措辞なり。」孔子は得失を彰明にし、成敗を見て、時世の不仁にして王道の体を失えるを痛恨す。故に人情に順い小過を赦免す。伝文又明らかに曰く、「此れ君子の措辞なり。」孔子曰く、「吾は行事に借りて、吾が王心を加え、其の位号に借りて、以て人倫を正しくし、成敗に借りて、以て順逆を彰明にす。」
”故其所善,則桓文行之而遂,其所惡,則亂國行之終以敗。故始言大惡,殺君亡國,終言赦小過,是亦始於麤粗,終於精微,教化流行,德澤大洽,天下之人,人有士君子之行,而少過矣,亦譏二名之意也。
故に其の善と称する所は、桓公・文公之を行えば順遂なり。其の悪む所は、乱国之を行えば終に失敗す。故に始めに大悪・君を殺し国を亡ぼすを講じ、終りに小過を赦免するを講ず。此れ亦粗より始まりて、精微に至りて終るなり。教化流行し、徳沢普く洽合して、天下の人は、人人士君子の品行有りて、過失則ち少なし。此れ亦二名を譏刺するの意なり。
離合根第十八
離合根第十八
天高其位而下其施,藏其形而見其光;高其位,所以為尊也,下其施,所以為仁也,藏其形,所以為神,見其光,所以為明;故位尊而施仁,藏神而見光者,天之行也。故為人主者,法天之行,是故內深藏,所以為神,外博觀,所以為明也,任群賢,所以為受成,乃不自勞於事,所以為尊也,泛愛群生,不以喜怒賞罰,所以為仁也。故為人主者,以無為為道,以不私為寶,立無為之位,而乘備具之官,足不自動,而相者導進,口不自言,而擯者讚辭,心不自慮,而群臣效當,故莫見其為之,而功成矣,此人主所以法天之行也。為人臣者,法地之道,暴其形,出其情,以示人,高下險易,堅耎剛柔,肥轢美惡,累可就財也,故其形宜不宜,可得而財也。為人臣者,比地貴信,而悉見其情於主,主亦得而財之,故王道威而不失,為人臣常竭情悉力,而見其短長,使主上得而器使之,而猶地之竭竟其情也,故其形宜可得而財也。
天は位を抬げて高くし、施与を降して低くし、其の形を隠して、其の光を顕す。其の位を抬ぐは、以て其の尊を成る所以なり。施与を降すは、以て其の仁を成る所以なり。其の形を隠すは、以て其の神を成る所以なり。其の光を顕すは、以て其の明を成る所以なり。故に位尊くして仁を施し、神を蔵して光を見るは、天の運行なり。故に人主と為るは、天の運行に取法す。此れに因りて内に深く蔵すは、以て其の神を成り。外に広く観るは、以て其の明を成り。群賢を任用すは、以て成れる功業を受く。是に於て自ら事に勞せずは、以て其の尊を成り。普く群生を愛護して、自らの喜怒を凭って賞罰せずは、以て其の仁を成る。故に人主と為るは、無為を以て道と為し、不私を以て寶と為し、無為の位に立ちて、配備の齊われる官屬に凭る。足は自ら動かずして、相禮の人引導して進前せしむ。口は自ら言わずして、擯相の人代わりて贊辭せしむ。心は自ら謀慮せずして、群臣当たるの辦法を呈す。故に其の做すを見ずして、功已に成就す。此れ即ち人主の天の運行に取法するの故なり。人臣と為るは、地の道に取法す。自らの形を顯露し、自らの情を拿出して、人に見せる。高下險易・堅軟剛柔・肥瘠美惡は、皆就きて裁斷すべし。故に形の宜しき不宜しきは、得て裁斷すべし。人臣と為るは、地に比照して信を重んじ、自らの情を悉く主に顯現せば、主亦能く之を裁斷す。故に王道は威有りて失わず。人臣は常に情力を竭くして、自らの短長を顯出し、主上をして器物として之を使用せしめんことを得さしむ。猶お地の自らの情を完全に献盡するがごとし。故に其の形の宜しきや否やは、得て裁斷すべし。
立元神第十九
立元神第十九
君人者,國之元,發言動作,萬物之樞機,樞機之發,榮辱之端也,失之豪釐,駟不及追。故為人君者,謹本詳始,敬小慎微,志如死灰,形如委衣,安精養神,寂寞無為,休形無見影,揜聲無出響,虛心下士,觀來察往,謀於眾賢,考求眾人,得其心,遍見其情,察其好惡,以參忠佞,考其往行,驗之於今,計其蓄積,受於先賢,釋其讎怨,視其所爭,差其黨族,所依為臬,據位治人,用何為名,累日積久,何功不成?可以內參外,可以小占大,必知其實,是謂開闔。君人者,國之本也,夫為國,其化莫大於崇本,崇本則君化若神,不崇本則君無以兼人,無以兼人,雖峻刑重誅,而民不從,是所謂驅國而棄之者也,患庸甚焉!何謂本?曰:天地人,萬物之本也,天生之,地養之,人成之;天生之以孝悌,地養之以衣食,人成之以禮樂,三者相為手足,合以成體,不可一無也;無孝悌,則亡其所以生,無衣食,則亡其所以養,無禮樂,則亡其所以成也;三者皆亡,則民如麋鹿,各從其欲,家自為俗,父不能使子,君不能使臣,雖有城郭,名曰虛邑,如此,其君河塊而僵,莫之危而自危,莫之喪而自亡,是謂自然之罰,自然之罰至,裹襲石室,分障險阻,猶不能逃之也。明主賢君,必於其信,是故肅慎三本,郊祀致敬,共事祖禰,舉顯孝悌,表異孝行,所以奉天本也;秉耒躬耕,採桑親蠶,墾草殖穀,開闢以足衣食,所以奉地本也;立辟廱庠序,修孝悌敬讓,明以教化,感以禮樂,所以奉人本也;
人君と為るは、国の元なり。言を發し作を動かすは、万物の樞機なり。樞機一たび發動すれば、即ち榮辱の端緒なり。之を失うこと毫釐、四匹の馬が車を挽くも追い及ばず。故に人君と為るは、根本を謹み起始を詳察し、細小の事にも敬慎す。心志は熄える灰の如く、形軀は委棄の衣の如く、精神を安んじ、寂寞として無為にして、形を休めて影子を現さず、聲音を掩いて回響を發さず。虚心して士人に對待し、將來を觀察し以往を審察し、衆賢と謀劃し、衆人を考求し、其の心を得、普く其の情を見、其の好惡を察して、以て忠と佞とを參驗す。其の以往の行事を考え、今日に於て驗す。蓄積を計算し、先賢の教訓を受け、讐怨を化解し、其の爭う所は何ぞやを看る。其の黨族を等差して、依據する所を以て臬準と為す。位に凭りて人を治むるに、何を以て名號と為すか。日積月累すれば、何の功業か成就せざらん。内を以て外を參驗すべく、小を以て大を占斷すべく、必ず實際を知る。此れを開闔と謂う。人君と為るは、国の根本なり。国を治むるに、教化は根本を崇ぶより大なるは莫し。根本を崇べば、則ち君の教化は神の如し。根本を崇ばざれば、則ち君衆人を兼領するに從う無し。衆人を兼領するに從う無ければ、嚴刑重誅と雖も、民聽從せず。此れ所謂国を驅著して棄てるが如きなり。禍患何ぞ此れより甚だしき有らん。何をか本と謂う。曰く、天・地・人は、万物の本なり。天之を生み、地之を養い、人之を成就す。天は孝悌を以て生み、地は衣食を以て養い、人は禮樂を以て成就す。三者は相い手足と為り、合わさりて一体を成す。一樣を缺くべからず。孝悌無くんば、生ずる所以の依據を失う。衣食無くんば、養う所以の依據を失う。禮樂無くんば、成就する所以の依據を失う。三者皆失えば、則ち民は麋鹿の如く、各々欲望に順い、家家自ら習俗と為り、父は子を使喚する能わず、君主は臣下を使喚する能わず。城郭有ると雖も、唯だ虚邑と名づくる而已。此くの如くなれば、其の君は土塊の如く僵仆して、人之を危害する無くして自ら危うく、人之を喪亡する無くして自ら亡ぶ。此れを自然の罰と謂う。自然の罰至れば、石室に裹り險阻を隔つると雖も、猶お逃脱るる能わず。明主賢君は、必ず信に落實す。故に敬肅謹慎して三本に對待す。郊祀して敬を致し、恭敬して祖禰に事え、孝悌を推擧顯揚し、特異の孝行を表彰して、以て天の一本に奉事す。手に耒耜を持ちて親しく耕種し、桑を採りて親しく蠶を養い、荒草を開墾し穀物を種植し、土地を開闢して以て衣食を充足せしめ、以て地の一本に奉事す。辟雍・庠・序を設立し、孝悌敬讓を修習し、教化を以て人を明白にし、禮樂を以て感化して、以て人の一本に奉事す。
三者皆奉,則民如子弟,不敢自專,邦如父母,不待恩而愛,不須嚴而使,雖野居露宿,厚於宮室,如是者,其君安河而臥,莫之助而自強,莫之綏而自安,是謂自然之賞,自然之賞至,雖退讓委國而去,百姓襁負其子,隨而君之,君亦不得離也,故以德為國者,甘於飴蜜,固於膠漆,是以聖賢勉而崇本,而不敢失也,君人者,國之證也,不可先倡,感而後應,故居倡之位,而不行倡之勢,不居和之職,而以和為德,常盡其下,故能為之上也。
三者皆奉事すれば、則ち民は子弟の如く、敢えて自ら專斷せず。邦は父母の如く、恩惠を施加せずして親愛し、威嚴に靠らずして使喚に聽く。野居露宿すると雖も、宮室に住するに比べて猶お情意深厚なり。此くの如くなれば、其の君は安然に躺臥して、人之を幇助する無くして自ら強盛に、人之を撫慰する無くして自ら安寧なり。此れを自然の賞と謂う。自然の賞至れば、退讓して国を委して離るると雖も、百姓も布兜を以て子を背負いて随從し、之を君と奉ぜん。君亦能く彼等を離るべからず。故に德を以て国を治むるは、飴蜜より甘甜にして、膠漆より牢固なり。故に聖賢は努力して根本を崇びて、敢えて失う有らず。人君と為るは、国の證驗なり。自ら先に倡導すべからず。感應有りて然る後に乃ち響應す。故に倡導の位に居ると雖も、倡導の威勢を行使せず。「和」の職事を擔任せずして、和を以て德と為し、常に其の下屬に盡心す。故に能く其の上と為るなり。
體國之道,在於尊神。尊者,所以奉其政也,神者,所以就其化也,故不尊不畏,不神不化。夫欲為尊者,在於任賢;欲為神者,在於同心;賢者備股肱,則君尊嚴而國安;同心相承,則變化若神;莫見其所為,而功德成,是謂尊神也。天積眾精以自剛,聖人積眾賢以自強;天序日月星辰以自光,聖人序爵祿以自明;天所以剛者,非一精之力,聖人所以強者,非一賢之德也。故天道務盛其精,聖人務眾其賢;盛其精而壹其陽,眾其賢而同其心;壹其陽,然後可以致其神,同其心,然後可以致其功;是以建治之術,貴得賢而同心。為人君者,其要貴神,神者,不可得而視也,不可得而聽也,是故視而不見其形,聽而不聞其聲;聲之不聞,故莫得其響,不見其形,故莫得其影;莫得其影,則無以曲直也,莫得其響,則無以清瘻也;無以曲直,則其功不可得而敗,無以清瘻,則其名不可得而度也。所謂不見其形者,非不見其進止之形也,言其所以進止不可得而見也;所謂不聞其聲者,非不聞其號令之聲也,言其所以號令不可得而聞也;不見不聞,是謂冥昏,能冥則明,能昏則彰,能冥能昏,是謂神。人君貴居冥而明其位,處陰而向陽,惡人見其情,而欲知人之心。是故為人君者,執無源之慮,行無端之事,以不求奪,以不問問;吾以不求奪,則我利矣,彼以不出出,則彼費矣;吾以不問問,則我神矣,彼以不對對,則彼情矣。故終日問之,彼不知其所對,終日奪之,彼不知其所出,吾則以明,而彼不知其所亡。故人臣居陽而為陰,人君居陰而為陽,陰道尚形而露情,陽道無端而貴神。
国家を治理するの道は、尊と神とに在り。尊は、以て其の政を奉持するなり。神は、以て其の教化を成就するなり。故に尊ならざれば畏るる人無く、神ならざれば化する能わず。尊と為らんと欲すれば、賢人を任用するに在り。神と為らんと欲すれば、心を同じくするに在り。賢人股肱として備われば、則ち君は尊嚴にして国安し。心を同じくし相い承接すれば、則ち變化神の如し。其の做す所を見ずして、功德已に成就す。此れを尊神と謂う。天は衆精を積聚して以て自らを剛にし、聖人は衆賢を積聚して以て自らを強にす。天は日月星辰を序次して以て自らを光にし、聖人は爵祿を序次して以て自らを明にす。天の剛なる所以は、一精の力に非ず。聖人の強なる所以は、一賢の德に非ず。故に天道は務めて其の精を盛ならしめ、聖人は務めて其の賢を多くせんことを求む。其の精を盛にして其の陽を專一にし、其の賢を衆にして其の心を同一にす。其の陽を專一にして、然る後に以て其の神を招致すべし。其の心を同一にして、然る後に以て其の功を招致すべし。故に治理の術を建立するに、賢を得て心を同じくするを貴ぶ。人君と為るは、要約は神を貴ぶに在り。神は、得て見るべからず、得て聽くべからず。故に看れども其の形を見ず、聽けども其の聲を聽かず。聲聽こえざれば、回響を得る人無し。形見えざれば、影子を得る人無し。影子を得る人無ければ、曲直を論ずるに從う無し。回響を得る人無ければ、清濁を論ずるに從う無し。曲直を論ずるに從う無ければ、則ち其の功は得て敗壞すべからず。清濁を論ずるに從う無ければ、則ち其の名は得て度量すべからず。所謂其の形を見ずは、進退舉止の形を見ざるに非ず。進退する所以の故は得て見るべからずと謂うなり。所謂其の聲を聽かずは、號令の聲を聽かざるに非ず。號令する所以の故は得て聞くべからずと謂うなり。見ず聽かずは、冥昏と謂う。能く冥なれば能く明なり。能く昏なれば能く彰なり。能く冥能く昏は、之を神と謂う。人君は冥に居して其の位を明らかにし、陰に處して陽に向かうを貴ぶ。人の其の情を見るを惡みて、却りて人の心を知らんとす。故に人君と為るは、源頭無きの思慮を執持し、端緒無きの事を施行し、求めずを以て奪取し、問わずを以て詢問す。我求めずを以て奪取すれば、則ち我利を得。彼拿出せずを以て拿出せば、則ち彼耗費す。我問わずを以て詢問すれば、則ち我神なり。彼對えずを以て對えば、則ち其の情顯現す。故に終日之を問うも、彼如何に對ゆべきを知らず。終日之を奪取するも、彼如何に拿出すべきを知らず。我此に因りて明白にして、彼自ら失う所は何ぞやを知らず。故に人臣は陽に居して陰と表現し、人君は陰に居して陽と表現す。陰道は形を崇して情を顯露し、陽道は端緒無くして神を貴ぶ。
保位權第二十
保位權第二十
民無所好,君無以權也;民無所惡,君無以畏也;無以權,無以畏,則君無以禁制也;無以禁制,則比肩齊勢,而無以為貴矣。故聖人之治國也,因天地之性情、孔竅之所利,以立尊卑之制,以等貴賤之差,設官府爵祿,利五味,盛五色,調五聲,以誘其耳目;自令清瘻昭然殊體,榮辱踔然相駁,以感動其心;務致民令有所好,有所好,然後可得而勸也,故設賞以勸之;有所好,必有所惡,有所惡,然後可得而畏也,故設罰以畏之;既有所勸,又有所畏,然後可得而制;制之者,制其所好,是以勸賞而不得多也;制其所惡,是以畏罰而不可過也;所好多,則作福;所惡多,則作威;作威則君亡權,天下相怨;作福則君亡德,天下相賊。故聖人之制民,使之有欲,不得過節;使之敦樸,不得無慾;無慾有欲,各得以足,而君道得矣。國之所以為國者,德也,君之所以為君者,威也,故德不可共,威不可分,德共則失恩,威分則失權,失權則君賤,失恩則民散,民散則國亂,君賤則臣叛。是故為人君者,固守其德,以附其民,固執其權,以正其臣。聲有順逆,必有清瘻,形有善惡,必有曲直,故聖人聞其聲,則別其清瘻,見其形,則異其曲直,於瘻之中,必知其清,於清之中,必知其瘻,於曲之中,必見其直,於直之中,必見其曲,於聲無小而不取,於形無小而不舉,不以著蔽微,不以眾揜寡,各應其事,以致其報,黑白分明,然後民知所去就,民知所去就,然後可以致治,是為象則。為人君者,居無為之位,行不言之教,寂而無聲,靜而無形,執一無端,為國源泉,因國以為身,因臣以為心,以臣言為聲,以臣事為形,有聲必有響,有形必有影,聲出於內,響報於外,形立於上,影應於下,響有清瘻,影有曲直,響所報,非一聲也,影所應,非一形也。
民に喜好無くんば、君權衡するに從う無し。民に惡厭無くんば、君畏れしむるに從う無し。權衡するに從う無く畏れしむるに從う無ければ、則ち君禁制するに從う無し。禁制するに從う無ければ、則ち彼此比肩齊勢にして、君貴と為るに從う無きなり。故に聖人國を治むるは、天地の性情・孔竅の便利する所に因りて、以て尊卑の制度を建立し、以て貴賤の分別を等差す。官府爵祿を設立して、五味をして利有らしめ、五色をして盛美ならしめ、五聲を調和して、以て耳目を誘導す。清濁をして昭然各々異なる體を成さしめ、榮辱をして顯然相い駁難せしめ、以て其の心を感動す。務めて民をして喜好する所有らしめんことを求む。喜好する所有りて、然る後に得て勸勉すべし。故に賞を設けて以て勸む。喜好する所有れば必ず惡厭する所有り。惡厭する所有りて、然る後に得て畏れしむべし。故に罰を設けて以て畏れしむ。既に勸むる所有り、又畏るる所有りて、然る後に得て制すべし。所謂制とは、其の喜好する所を制す。故に賞を以て勸むれども過多なるべからず。其の惡厭する所を制す。故に罰を以て畏れしむれども過度なるべからず。喜好する所多ければ、福を作さん。惡厭する所多ければ、威を作さん。威を作せば則ち君權を失い、天下相い怨恨す。福を作せば則ち君德を失い、天下相い賊害す。故に聖人は民を制して、欲有らしむれども節度を越越するを得ざらしめ、敦厚樸實ならしむれども毫も欲する無きを得ざらしむ。無欲と有欲と、各々満足を得れば、君道得たり。國の國と為る所以は、德なり。君の君と為る所以は、威なり。故に德は人と共有すべからず、威は分割すべからず。德人と共有すれば恩を失い、威分割せらるれば權を失う。權を失えば則ち君賤しく、恩を失えば則ち民散ず。民散ずれば則ち國亂れ、君賤しければ則ち臣叛く。故に人君と為るは、其の德を固守して以て民を附着せしめ、其の權を固執して以て臣を端正す。聲に順有り逆有り、必ず清有り濁有り。形に善有り惡有り、必ず曲有り直有り。故に聖人は聲を聽けば清濁を分別し、形を見れば曲直を區分す。濁の中に於て必ず清を知り、清の中に於て必ず濁を知り、曲の中に於て必ず直を見、直の中に於て必ず曲を見る。聲に於て小にして取らざる無く、形に於て小にして舉げざる無し。顯著を以て微細を遮蔽せず、多數を以て少數を掩蓋せず。各々事に應じて其の報應を致し、黑白分明にして、然る後に民離るべき所・趨くべき所を知る。民去就を知りて、然る後に治に達すべし。此れ即ち象を取りて則と為すなり。人君と為るは、無為の位に居して、不言の教を施行し、寂静として聲無く、安靜として形無く、一を執持して端緒無く、國の源泉と為る。國を以て自らの身と為し、臣を以て自らの心と為し、臣の言を以て聲と為し、臣の事を以て形と為す。聲有れば必ず回響有り、形有れば必ず影子有り。聲は内裏より發し、回響は外面に於て回報す。形は上に立ち、影子は下に應和す。回響に清有り濁有り、影子に曲有り直有り。回響の回報する所は、一種の聲に非ず。影子の應和する所は、一種の形に非ず。
故為君,虛心靜處,聰聽其響,明視其影,以行賞罰之象,其行賞罰也,響清則生清者榮,響瘻則生瘻者辱,影正則生正者進,影枉則生枉者絀,?名考質,以參其實,賞不空施,罰不虛出,是以群臣分職而治,各敬而事,爭進其功,顯廣其名,而人君得載其中,此自然致力之術也,聖人由之,故功出於臣,名歸於君也。
故に君と為るは虚心靜處して、靈敏に其の回響を聽き、明白に其の影子を看て、以て賞罰の象を取りて行わんとす。賞罰を實行する時は、回響清なれば、清なるをして榮を得しめ、回響濁なれば、濁なるをして辱を受けしめ、影子正なれば、正なるをして進用せしめ、影子歪なれば、歪なるをして貶退せしむ。名に循いて實質を考察して、以て實際を參驗す。賞は空を憑て施與せず、罰は空を憑て虚出せず。故に群臣は職を分かちて治理し、各々敬慎して辦事し、爭いて功勞を進獻し、自らの名を顯揚推廣して、而して人君其の中に承載せんことを得る。此れ自然に力を致すの術なり。聖人此れに由りて行う。故に功は臣より出でて、名は君に歸す。
