Libo

巻第十四

西汉 · 董仲舒 · 第6巻 / 7

治亂五行第六十二

治亂五行第六十二

火幹木,蟄蟲蚤出,蚿雷蚤行;土幹木,胎夭卵毈,鳥蟲多傷;金幹木,有兵;水乾木,春下霜。

火は木に干預すれば、蟄蟲早く出で、蚯蚓雷聲早く行う。土は木に干預すれば、胎児夭折して、卵孵り出でず、鳥蟲多く傷受く。金は木に干預すれば、兵事有り。水は木に干預すれば、春霜を下す。

土幹火,則多雷;金幹火,草木夷;水乾火,夏雹;木幹火,則地動。

土は火に干預すれば、則ち雷多し。金は火に干預すれば、草木夷傷を受く。水は火に干預すれば、夏雹を下す。木は火に干預すれば、則ち地動す。

金乾土,則五穀傷有殃;水乾土,夏寒雨霜;木乾土,?蟲不為;火乾土,則大旱。

金は土に干預すれば、則ち五穀傷を受けて殃有り。水は土に干預すれば、夏寒して霜を下す。木は土に干預すれば、倮蟲繁殖せず。火は土に干預すれば、則ち大旱す。

水乾金,則魚不為;木幹金,則草木再生;火幹金,則草木秋榮;土幹金,五穀不成。

水は金に干預すれば、則ち魚繁殖せず。木は金に干預すれば、則ち草木再生す。火は金に干預すれば、則ち草木秋に開花す。土は金に干預すれば、五穀成就せず。

木幹水,冬蟄不藏;土幹水,則蟄蟲冬出;火幹水,則星墜;金幹水,則冬大寒。

木は水に干預すれば、冬蟄潛藏せず。土は水に干預すれば、則ち蟄蟲冬天出づ。火は水に干預すれば、則ち星墜落す。金は水に干預すれば、則ち冬天大寒す。

五行變救第六十三

五行變救第六十三

五行變至,當救之以德,施之天下,則咎除;不救以德,不出三年,天當雨石。木有變,春凋秋榮,秋木在,春多雨,此繇役眾,賦歛重,百姓貧窮叛去,道多飢人;救之者,省繇役,薄賦歛,出倉谷,振困窮矣。火有變,冬溫夏寒,此王者不明,善者不賞,惡者不絀,不肖在位,賢者伏匿,則寒暑失序,而民疾疫;救之者,舉賢良,賞有功,封有德。土有變,大風至,五穀傷,此不信仁賢,不敬父兄,淫泆無度,宮室榮;救之者,省宮室,去雕文,舉孝悌,恤黎元。金有變,畢昴為回三覆,有武,多兵,多盜寇,此棄義貪財,輕民命,重貨賂,百姓趣利,多奸軌;救之者,舉廉潔,立正直,隱武行文,束甲械。水有變,冬溼多霧,春夏雨雹,此法令緩,刑罰不行;救之者,憂囹圄,案奸宄,誅有罪,五日。

五行の變至り來れば、當に德を用いて救い、天下に施行すべし。則ち咎除去す。德を用いて救わざれば、三年を出ずして、天は石雨を下さん。木に變有りて、春に凋み秋に榮え、秋に樹木猶お在りて、春に雨多し。此れ徭役多く賦斂重く、百姓貧窮叛離して、路上饑人を多くす。之を救うの法は、徭役を減省して、賦斂を輕減して、倉穀を拿出して、困窮を賑濟す。火に變有りて、冬に溫し夏に寒し。此れ王者明白ならずして、善の賞せざる・惡の黜せざる・不肖の位に在る・賢者の伏匿すれば、則ち寒暑次序を失して、而して民に疾疫有り。之を救うの法は、賢良を推舉して、功有るを賞して、德有るを封ず。土に變有りて、大風至り來りて、五穀傷を受く。此れ仁賢を信任せず、父兄を尊敬せず、淫佚度無く、宮室華美なり。之を救うの法は、宮室を減省して、雕文を去掉して、孝悌を推舉して、黎民を體恤す。金に變有りて、畢宿・昴宿三重回轉して、武事有りて、兵多く、盜寇多し。此れ義を拋棄して財を貪り、民の命を看輕して、貨賂を看重して、百姓は利に趨して、奸軌多し。之を救うの法は、廉潔を推舉して、正直を樹立して、武事を隱して文德を行い、甲械を收束す。水に變有りて、冬に濕多く霧多く、春夏雹を下す。此れ法令緩にして、刑罰實行せざるなり。之を救うの法は、監獄を憂慮して、奸宄を案問して、罪有るを誅殺し、五日を失う。

五行五事第六十四

五行五事第六十四

王者與臣無禮,貌不肅敬,則木不曲直,而夏多暴風,風者,木之氣也,其音角也,故應之以暴風。王者言不從,則金不從革,而秋多霹灤,霹灤者,金氣也,其音商也,故應之以霹灤。王者視不明,則火不炎上,而秋多電,電者,火氣也,其音徵也,故應之以電。王者聽不聰,則水不潤下,而春夏多暴雨,雨者,水氣也,其音羽也,故應之以暴雨。王者心不能容,則稼穡不成,而秋多雷,雷者,土氣也,其音宮也,故應之以雷。

王者と臣と禮無く、容貌肅敬ならざれば、則ち木は曲直する能わずして、而して夏に暴風多し。風は木の氣、其の音は角なり。故に暴風を用いて應ず。王者の話聽從せられざれば、則ち金は變革に從わずして、而して秋に霹靂多し。霹靂は金の氣、其の音は商なり。故に霹靂を用いて應ず。王者看る明白ならざれば、則ち火は上に炎せずして、而して秋に電多し。電は火の氣、其の音は徵なり。故に電を用いて應ず。王者聽く聰ならざれば、則ち水は下に潤せずして、而して春夏に暴雨多し。雨は水の氣、其の音は羽なり。故に暴雨を用いて應ず。王者の心容納する能わざれば、則ち稼穡成就せずして、而して秋に雷多し。雷は土の氣、其の音は宮なり。故に雷を用いて應ず。

五事:一曰貌,二曰言,三曰視,四曰聽,五曰思,何謂也?夫五事者,人之所受命於天也,而王者所修而治民也,故王者為民,治則不可以不明,準繩不可以不正。王者貌曰恭,恭者,敬也;言曰從,從者,可從;視曰明,明者,知賢不肖,分明黑白也;聽曰聰,聰者,能聞事而審其意也;思曰容,容者,言無不容。恭作肅,從作乂,明作哲,聰作謀,容作聖。何謂也?恭作肅,言王者誠能內有恭敬之姿,而天下莫不肅矣。從作乂,言王者言可從,明正從行,而天下治矣。明作哲,哲者,知也,王者明,則賢者進,不肖者退,天下知善而勸之,知惡而恥之矣。聰作謀,謀者,謀事也,王者聰,則聞事與臣下謀之,故事無失謀矣。容作聖,聖者,設也,王者心寬大無不容,則聖能施設,事各得其宜也。

五事は、一を貌と曰い、二を言と曰い、三を視と曰い、四を聽と曰い、五を思と曰う。是れ何の意ぞや。五事は、人の天より命を承受する所、而して王者の修習して以て民を治する所なり。故に王者は民と為りて、治理すれば則ち明白ならざるべからず、準繩は正ならざるべからず。王者の貌は恭と謂い、恭は即ち敬なり。言は從と謂い、從は即ち以て聽從すべし。視は明と謂い、明は即ち賢と不肖とを知りて、黑白を分別す。聽は聰と謂い、聰は即ち能く事を聽見して其の意を審察す。思は容と謂い、容は即ち話容納する能わざる無きなり。恭すれば則ち肅を作成し、從すれば則ち乂を作成し、明なれば則ち哲を作成し、聰なれば則ち謀を作成し、容なれば則ち聖を作成す。是れ何の意ぞや。恭は肅を作成するは、王者確かに內裏恭敬の姿容有れば、天下肅ならざる無きを說く。從は乂を作成するは、王者の話は以て聽從すべく、明白端正にして、隨って實行すれば、天下則ち治まるを說く。明は哲を作成するは、哲は即ち知なり。王者明なれば、則ち賢者進用して、不肖は斥退して、天下は善を知りて勸勉して、惡を知りて羞恥す。聰は謀を作成するは、謀は即ち事を謀劃す。王者聰なれば、則ち事を聽見して臣下と謀劃すれば、故に事失謀無し。容は聖を作成するは、聖は即ち施設なり。王者心寬大にして容納する能わざる無ければ、則ち聖は能く施設して、事各々適宜を得。

王者能敬則肅,肅則春氣得,故肅者主春。春,陽氣微,萬物柔易移,弱可化。於時陰氣為賊,故王者欽欽不以議陰事,然後萬物遂生,而木可曲直也。春行秋政,則草木凋;行冬政,則雪;行夏政,則殺。春失政則。

王者能く敬すれば則ち肅し、肅すれば則ち春氣得。故に肅は春を主管す。春は、陽氣微にして、万物柔軟にして移り易く、弱くして以て化すべし。此の時に於て陰氣賊を做すれば、故に王者欽敬して陰事を以て議論せずして、然る後に万物は順遂生長して、而して木は以て曲直すべし。春は秋の政を實行すれば、則ち草木凋む。冬の政を實行すれば、則ち雪を下す。夏の政を實行すれば、則ち殺す。春は政を失えば則ち——底本此の處疑いて脱文有り。

王者能治則義立,義立則秋氣得,故乂者主秋。秋氣始殺,王者行小刑罰,民不犯則禮義成。於時陽氣為賊,故王者輔以官牧之事,然後萬物成熟,秋,草木不榮華,金從革也。秋行春政,則華;行夏政,則喬;行冬政,則落。秋失政,則春大風不解,雷不發聲。

王者能く治理すれば則ち義立ち、義立てば則ち秋氣得。故に乂は秋を主管す。秋氣は始めて殺して、王者は小刑を實行して、民犯さざれば則ち禮義成就す。此の時に於て陽氣賊を做すれば、故に王者官牧の事を用いて輔助して、然る後に万物成熟す。秋は、草木開花せずして、金は變革に服從す。秋は春の政を實行すれば、則ち開花す。夏の政を實行すれば、則ち高大す。冬の政を實行すれば、則ち零落す。秋は政を失えば、則ち春大風解せず、雷聲を發せず。

王者能知,則知善惡,知善惡,則夏氣得,故哲者主夏。夏,陽氣始盛,萬物兆長,王者不揜明,則道不退塞。而夏至之後,大暑隆,萬物茂育懷任,王者恐明不知賢不肖,分明白黑,於時,寒為賊,故王者輔以賞賜之事,然後夏草木不霜,火炎上也。夏行春政,則風行;秋政,則水行;冬政,則落。夏失政,則冬不凍在,五穀不藏,大寒不解。

王者能く知れば、則ち善惡を知る。善惡を知れば、則ち夏氣得。故に哲は夏を主管す。夏は、陽氣始めて盛にして、万物兆始生長す。王者明を掩蔽せざれば、則ち道は退塞せず。夏至の後は、大暑隆盛にして、万物茂育懷孕す。王者は明にして賢と不肖とを知らず、黑白を分別するを恐る。此の時に於て、寒は賊を做すれば、故に王者賞賜の事を用いて輔助して、然る後に夏の草木霜を下さず、火は上に炎す。夏は春の政を實行すれば、則ち風行す。秋の政を實行すれば、則ち水行す。冬の政を實行すれば、則ち零落す。夏は政を失えば、則ち冬冰を結ばず、五穀收藏せず、大寒解せず。

王者無失謀,然後冬氣得,故謀者主冬。冬,陰氣始盛,草未必死,王者能聞事審謀慮之,則不侵伐,不侵伐且殺,則死者不恨,生者不怨。冬日至之後,大寒降,萬物藏於下,於時,暑為賊,故王者輔之以急斷之事,以水潤下也。冬行春政,則蒸;行夏政,則雷;行秋政,則旱,冬失政,則夏草木不實,霜,五穀疾枯。

王者謀を失わずして、然る後に冬氣得。故に謀は冬を主管す。冬は、陰氣始めて盛にして、草木未だ必ずしも死せず。王者能く事を聽見して謀慮を審察すれば、則ち侵伐せず。侵伐せず且つ殺せば、則ち死する者恨まず、活くる者怨まず。冬至の後は、大寒降臨して、万物は下に藏す。此の時に於て、暑は賊を做すれば、故に王者急斷の事を用いて輔助して、水を用いて下に潤す。冬は春の政を實行すれば、則ち蒸鬱す。夏の政を實行すれば、則ち雷を打つ。秋の政を實行すれば、則ち旱す。冬は政を失えば、則ち夏草木實を結ばず、霜を下し、五穀病害して枯槁す。

郊語第六十五

郊語第六十五

人之言:醞去煙,鴟羽去眯,慈石取鐵,頸金取火,蠶珥絲於室,而弦絕於堂,禾實於野,而粟缺於倉,蕪荑生於燕,橘枳死於荊,此十物者,皆奇而可怪,非人所意也。夫非人所意而然,既已有之矣,或者吉凶禍福、利不利之所從生,無有奇怪,非人所意如是者乎,此等可畏也。孔子曰:“君子有三畏:畏天命,畏大人,畏聖人之言。”彼豈無傷害於人,如孔子徒畏之哉!以此見天之不可不畏敬,猶主上之不可不謹事,不謹事主,其禍來至顯,不畏敬天,其殃來至闇,闇者不見其端,若自然也,故曰:堂堂如天殃。言不必立校,默而無聲,潛而無形也。由是觀之,天殃與主罰所以別者,闇與顯耳,不然其來逮人,殆無以異,孔子同之,俱言可畏也。天地神明之心,與人事成敗之真,固莫之能見也,唯聖人能見之,聖人者,見人之所不見者也,故聖人之言亦可畏也,奈何如廢郊禮?郊禮者,人所最甚重也,廢聖人所最甚重,而吉凶利害在於冥冥不可得見之中,雖已多受其病,何從知之!故曰:問聖人者,問其所為,而無問其所以為也,問其所以為,終弗能見,不如勿問,問為而為之,所不為而勿為,是與聖人同實也,何過之有!詩云:“不騫不忘,率由舊章。”舊章者,先聖人之故文章也,率由各,有修從之也,此言先聖人之故文章者,雖不能深見而詳知其則,猶不知其美譽之功矣。今郊事天之義,此聖人故,故古之聖王,文章之最重者也,前世王莫不從重粟精奉之,以事上天,至於秦,而獨闕然廢之,一何不率由舊章之大甚也。天者,百神之大君也,事天不備,雖百神猶無益也,何以言其然也,祭而地神者,春秋譏之,孔子曰:“獲罪於天,無所禱也。”是其法也。故未見秦國致天福如周國也,詩云:“唯此文王,小心翼翼,昭事上帝,允懷多福。

人の話に曰く、醞は能く烟を去し、鴟羽は能く眼を眯うの塵を去し、磁石は鐵を取り、頸金は火を取り、蠶は室裏に於て絲を吐きて、而して堂上の弦斷絶し、禾は野裏に於て實を結びて、而して倉裏の粟缺少し、蕪荑は燕地に生じて、橘枳は荊地に死す。此の十種の物は、皆奇特にして怪しむべく、人の意料する所に非ず。人の意料に非ざるに然るに此くの如し。既に已有りて、或いは吉凶禍福・利と不利との生ずる所從も、亦奇怪にして人の意料に非ざる此くの如き有らんか。此の類は畏るべきなり。孔子曰く、「君子に三畏有り。天命を畏れ、大人を畏れ、聖人の話を畏る。」彼等豈に人に傷害無くして、孔子の徒然に之を畏れんや。此れより見れば、天は畏敬せざるべからず、猶お主上の謹慎事奉せざるべからざるが如し。主を謹慎事奉せざれば、其の禍の至るや極めて顯著なり。天を畏敬せざれば、其の殃の至るや極めて幽暗なり。幽暗は端緒を見るべからずして、自然に如同じ。故に曰く、堂堂として天殃の如し。是れ必ずしも立ちどころに校驗せず、沉默して聲無く、潛藏して形無きを說く。此れより觀れば、天殃と主罰との分別する所以は、只だ暗と顯とのみ。然らずんば彼等の人の身に來るや、幾ならずして同じからず。孔子は彼等を同じと看て、皆畏るべしと曰う。天地神明の心と、人事成敗の真とは、固より見る能くする人無く、唯だ聖人のみ能く見る。聖人は、人の見る能わざる所を見る者なり。故に聖人の話も亦畏るべし。何を以て郊禮を廢棄せんや。郊禮は、人の最も看重する所なり。聖人の最も看重する所を廢棄して、而して吉凶利害は冥冥として得て見るべからざるの中に在れば、已に多く其の病を受くると雖も、何より知らん。故に曰く、聖人に問うは、其の做す所を問いて、其の做す所以の故を問わず。其の做す所以の故を問えば、終に見る能わず。問わざるに如かず。其の做す所を問いて做せば、做さざる所は則ち做さず。此れ則ち聖人と實質相同じ。何の過錯有らん。『詩經・大雅・假樂』に曰く、「虧損せず遺忘せず、舊き章程に遵循す。」舊章は、先聖人の舊有する文章なり。各自の修習する所有りて隨從すれば遵循す。此れ先聖人の舊有する文章は、深見して其の法則を詳細に知る能わずと雖も、猶お其の美譽の功を知らざるを說くなり。今郊來して天に事奉するの義は、此れ聖人の故實、故に古代聖王の文章の最も重き所なり。前代の王は重んぜざる無く、精粟を用いて奉持して以て上天に事奉せり。秦に至りて、獨り缺然として廢棄す。何ぞ舊章に遵循せざるや極まり。天は、百神の大君なり。天に事奉する完備せざれば、百神と雖も亦益無し。何を以て此くの如く說くや。地神を祭祀するは、『春秋』譏刺す。孔子曰く、「天に罪を獲れば、禱告すべき無し。」此れ即ち其の法なり。故に秦國の天福を招致するを周國の如く見ず。『詩經・大雅・大明』に曰く、「維れ此の文王、小心翼々として、明らかに上帝に事奉して、誠信にして多福を懷來す。」

”多福者,非謂人也,事功也,謂天之所福也,傳曰:周國子多賢蕃殖,至於駢孕男者四,四產而得八男,皆君子俊雄也,此天之所以興周國也,非周國之所能為也。今秦與周俱得為天子,而所以事天者異於周,以郊為百神始,始入歲首,必以正月上辛日先享天,乃敢於地,先貴之義也,夫歲先之,與歲弗行也,相去遠矣。天下福若無可怪者,然所以久弗行者,非灼灼見其當而故弗行也,典禮之官常嫌疑莫能昭昭明其當也,今切以為其當與不當,可內反於心而定也。堯謂舜曰:“天之歷數在爾躬。”言察身以知天也,今身有子,庸不欲其有子禮也!聖人正名,名不虛生,天子者,則天之子也,以身度天,獨何為不欲其子之有子禮也!今為其天子,而闕然無祭於天,天何必善之!所聞曰:天下和平,則災害不生。今災害生,見天下未和平也,天下所未和平者,天子之教化不政也。詩曰:“有覺德行,四國順之。”覺者,著也,王者有明著之德行於世,則四方莫不響應風化,善於彼矣。故曰:悅於慶賞,嚴於刑罰,疾於法令。

」所謂多福は、人を說くに非ず。是れ事功、是れ天の降す所の福を說く。傳曰く、周國の子孫は賢多く蕃殖して、一胎兩男を生ずること四次に至りて、四次生産して八個の男児を得。皆君子俊雄なり。此れ天の周國を興起する所以、周國の能く做す所に非ず。今秦と周と皆天子を做すを得るに、而して天に事奉する所以は周と同じからず。郊を以て百神の開始と為し、剛に歲首に進入すれば、必ず正月上辛日に先ず天を享して、乃ち敢えて地に及ぶ。是れ先貴の義なり。一年先ず此れを做すと、一年做さざるとは、差遠し。天下の福は怪しむべき無きに似たれども、然れども長久做さざる所以は、灼灼として其の當なりを見て故意に做さざるに非ず。是れ典禮の官常に嫌疑して、昭昭として其の當を明白する能わざるなり。今切實に其の當と不當とを認むるは、以て心に返回して確定すべし。堯は舜に對して曰く、「天の歷數は汝の身に在り。」是れ自身を審察して以て天を知るを說く。今自身に兒子有れば、豈に其の子と為るの禮有らんを欲せざらんや。聖人は名を端正す。名は空に生ぜず。天子は、即ち天の子なり。自身を以て天を度量して、獨り何の故に其の子の子と為るの禮有らんを欲せざらんや。今其の天子を做して、缺然として祭天無きは、天何ぞ必ずしも之を善待せんや。聽聞する所は、天下和平なれば、則ち災害生ぜず。今災害生ずれば、天下未だ和平ならざるを見るべし。天下の未だ和平ならざる所以は、天子の教化の端正ならざるなり。『詩經・大雅・抑』に曰く、「正直顯著の德行有れば、四國順從す。」覺は、即ち顯著なり。王者顯著の德行を世に有れば、則ち四方響應せざる無く、彼に於て善に向う。故に曰く、慶賞より喜ばしく、刑罰より嚴しく、法令より急切なり。

巻第十五

郊義第六十六

郊義第六十六

郊義:春秋之法,王者歲一祭天於郊,四祭於宗廟,宗廟因於四時之易,郊因於新歲之初,聖人有以起之,其以祭,不可不親也。天者,百神之君也,王者之所最尊也,以最尊天之故,故易始歲更紀,即以其初郊,郊必以正月上辛者,言以所最尊首一歲之事,每更紀者,以郊郊祭首之,先貴之義,尊天之道也。

郊の義。『春秋』の法は、王者每年郊に於て天を祭ること一次、宗廟に於て祭ること四次なり。宗廟は四時の改易に因りて、郊は新歲の開始に因る。聖人以て之を興起する有りて、以て祭るは、親しからざるべからず。天は百神の君、王者の最も尊ぶ所なり。最も天を尊ぶの故を以て、故に歲首を改易し紀年を更新するに、則ち其の開始を用いて郊す。郊は必ず正月上辛を用う。是れ最も尊ぶ所を用いて一歲の事の開頭を做すを說く。每に紀年を更新するに、郊祭を用いて開頭と為す。是れ先貴の義、天を尊ぶの道なり。

郊祭第六十七

郊祭第六十七

春秋之義,國有大喪者,止宗廟之祭,而不止郊祭,不敢以父母之喪廢事天地之禮也。父母之喪,至哀痛悲苦也,尚不敢廢郊也,庸足以廢郊者,故其在禮亦曰:喪者不祭,唯祭天為越喪而行事。夫古之畏敬天而重天郊如此甚也,今群臣學士不探察曰:“萬民多貧,或頗飢寒,足郊乎!”是何言之誤,天子父母事天,而子孫畜萬民,民未遍飽,無用祭天者,是猶子孫未得食,無用食父母也,言莫逆於是,是其去禮遠也。先貴而後賤,庸貴於天子,天子號天之子也,奈何受為天子之號,而無天子之禮,天子不可不祭天也,無異人之不可以不食父,為人子而不事父者,天下莫能以為可,今為天之子而不事天,何以異是。是故天子每至歲首,必先郊祭以享天,乃敢為地,行子禮也;每將興師,必先郊祭以告天,乃敢征伐,行子道也。文王受命而王天下,先郊乃敢行事,而興師伐崇,其詩曰:“芃芃棫樸,薪之槱之。濟濟闢王,左右趨之。濟濟闢王,左右奉璋。奉璋峨峨,髦士攸宜。”此郊辭也。其下曰:“淠彼涇舟,烝徒橶之。周王於邁,六師及之。”此伐辭也。其下曰:“文王受命,有此武功,既伐於崇,作邑於豐。”以此辭者,見文王受命則郊,郊乃伐崇,伐崇之時,民何處央乎!

『春秋』の義。國に大喪有るは、宗廟の祭を停止して、而して郊祭を停止せず。敢えて父母の喪を用いて天地に事奉するの禮を廢棄せず。父母の喪は、哀痛悲苦の極に至れども、尚且つ敢えて郊を廢せず。猶お何ぞ足りて郊を廢する有らん。故に禮に於ても亦曰く、喪有る者は祭らず、唯だ天を祭るは喪事を越えて擧行すと。古代は天を畏敬して天郊を看重すること此くの如く深し。今群臣學士は探察せずして曰く、「萬民貧多く、或いは頗る飢寒す。猶お郊に及ぶべきか。」是れ何ぞ錯誤の話なるや。天子は天を以て父母と為して事奉して、而して萬民を以て子孫と為して畜養す。民未だ普遍に飽食せざれば、則ち天を祭るを用いず。此れ猶お子孫未だ飯を食わざれば、則ち父母に食を與えざるが如く、話の此れより逆なる無し。此れ禮を離るるや遠し。先貴にして後賤す。猶お天子より貴き有らんや。天子此の號は天の子なり。怎んに天子の號を承受して、而して天子の禮無からん。天子は天を祭るべからず、人の父に食を與えざるべからざるに異無し。子と為りて父に事奉せざるは、天下以て可と為す能くする無し。今天の子と為りて天に事奉せざるは、此れと何の異有らん。故に天子は歲首に到る毎に、必ず先ず郊祭して以て天を享して、乃ち敢えて地と為す。是れ兒子の禮を行うなり。將に師を興さんとする毎に、必ず先ず郊祭して以て天に稟告して、乃ち敢えて征伐す。是れ兒子の道を行うなり。文王は命を受けて天下に王たりて、先ず郊して乃ち敢えて事を行いて、而して師を興して崇を伐つ。其の詩曰く、「棫樸茂盛せり。斫きて之を堆積す。儀容濟濟の君王、左右趨就す。儀容濟濟の君王、左右璋を捧ぐ。璋を捧げて儀態莊嚴、髦士正しく宜し。」此れ郊の文辭なり。其の下曰く、「彼の涇水の上の船漂浮す。衆楫を用いて之を划ぐ。周王出行すれば、六師跟上す。」此れ伐の文辭なり。其の下曰く、「文王命を受け、此の武功有り。已に崇を伐ちて、豐に邑を作す。」此の文辭を用いて、文王の命を受けて則ち郊し、郊して乃ち崇を伐つを見る。崇を伐つの時、民何の央害有らんや。

四祭第六十八

四祭第六十八

古者歲四祭,四祭者,因四時之生庸而祭其先祖父母也。故春曰祠,夏曰礿,秋曰嘗,冬曰蒸,此言不失其時以奉祭先祖也,過時不祭,則失為人子之道也。祠者,以正月始食韭也,礿者,以四月食麥也,嘗者,以七月嘗黍稷也,蒸者,以十月進初稻也,此天之經也,地之義也,孝子孝婦緣天之時,因地之利,地之菜茹瓜果,藝之稻麥黍稷,菜生谷熟,永思吉日,供具祭物,齋戒沐浴,潔清致敬,祀其先祖父母,孝子孝婦不使時過已,處之以愛敬,行之以恭讓,亦殆免於罪矣。

古時は一年祭ること四次なり。四祭は、四時の出産に因りて先祖父母を祭るなり。故に春を祠と曰い、夏を礿と曰い、秋を嘗と曰い、冬を蒸と曰う。此れ時を失わずして以て先祖に奉祭するを說く。時を過ぎて祭らざれば、則ち兒子と為るの道を失う。祠は、正月に韭菜を始めて食らう。礿は、四月に麦を食らう。嘗は、七月に黍稷を嘗す。蒸は、十月に新稻を進獻す。此れ天の經、地の義なり。孝子孝婦は天の時に緣りて、地の利に因る。地の菜茹瓜果・種植する稻麦黍稷は、菜生じ谷熟すれば、永く吉日を念い、祭物を供具して、齋戒沐浴して、潔清して致敬して、先祖父母を祭祀す。孝子孝婦は時を自らの身上より過ぎ去らしめずして、愛敬を用いて相處して、恭讓を用いて實行すれば、亦ほぼ罪を免るべし。

已受命而王,必先祭天,乃行王事,文王之伐崇是也,詩曰:“濟濟闢王,左右奉璋。奉璋峨峨,髦士攸宜。”此文王之郊也。其下之辭曰:“淠彼涇舟,烝徒橶之。周王於邁,六師及之。”此文王之伐崇也。上言奉璋,下言伐崇,以是見文王之先郊而後伐也。文王受命則郊,郊乃伐崇,崇國之民方困於暴亂之君,未得被聖人德澤,而文王已郊矣,安在德澤未洽者不可以郊乎!

已に命を受けて王と為るは、必ず先ず天を祭りて、乃ち王事を擧行す。文王の崇を伐つは即ち是れ。『詩經・大雅・棫樸』に曰く、「儀容濟濟の君王、左右璋を捧ぐ。璋を捧げて儀態莊嚴、髦士正しく宜し。」此れ文王の郊なり。其の下の文辭に曰く、「彼の涇水の上の船漂浮す。衆楫を用いて之を划ぐ。周王出行すれば、六師跟上す。」此れ文王の崇を伐つなり。上は璋を捧ぐと說き、下は崇を伐つと說く。此れより見れば、文王は先ず郊して後に伐つ。文王は命を受けて則ち郊し、郊して乃ち崇を伐つ。崇國の民は正しく暴亂の君に困めりて、未だ聖人の德澤に覆われずして、而して文王は已に郊せり。德澤未だ洽遍せざる者は以て郊すべからずとは、又何の處に在らんや。

郊祀第六十九

郊祀第六十九

周宣王時,天下旱,歲惡甚,王憂之,其詩曰:“倬彼雲漢,昭回於天。王曰:‘嗚呼!何辜今之人!天降喪亂,餓饉荐臻。靡神不舉,靡愛斯牲。圭璧既卒,寧莫我聽!旱既太甚,蘊隆蟲蟲。不殄禋祀,自郊徂宮。上下奠瘞,靡神不宗。后稷不克,上帝不臨,耗射下土,寧刃我躬’”宣王自以為不能乎后稷,不中乎上帝,故有此災,有此災,愈恐懼而謹事天,天若不予是家,是家者安得立為天子,立為天子者,天予是家,天予是家者,天使是家,天使是家者,是家天之所予也,天之所使也,天已予之,天已使之,其間不可以接天,何哉?故春秋凡譏郊,未嘗譏君德不成於郊也,乃不郊而祭山川,失祭之敘,逆於禮,故必譏之,以此觀之,不祭天者,乃不可祭小神也。郊因先卜,不吉,不敢郊;百神之祭不卜,而郊獨卜,郊祭最大也。春秋譏喪祭,不譏喪郊,郊不闢喪,喪尚不闢,況他物。郊祝曰:“皇皇上天,照臨下土,集地之靈,降甘風雨,庶物群生,各得其所,靡今靡古,維予一人某,敬拜皇天之祜。”夫不自為言,而為庶物群生言,以人心庶天無尤焉,天無尤焉,而辭恭順,宜可喜也。右郊祀九句,九句者,陽數也。

周宣王の時、天下旱して、年成は壞るるや甚だしく、王は憂慮す。其の詩曰く、「彼の雲漢は何ぞ明亮なる、光耀天に回轉す。王曰く、嗚呼、今の人何の罪有らん。天は喪亂を降下して、饑饉連續して至り來る。祭祀せざる神無く、此の牲を愛惜せざる無し。圭璧已に用盡きて、豈に我を聽かざらんや。旱已に太甚にして、鬱熱隆盛として蟲の如し。禋祀絶えず、郊より宮に至る。上下奠瘞して、尊ばざる神無し。后稷能わず、上帝降臨せずして、下土を損耗して、豈に我が身に刃及ばんとするや。」宣王は自ら以て后稷に比過する能わずして、上帝に合せずと為し、故に此の災有り。此の災有りて、更に恐懼して天に謹慎事奉す。天若し此の家に與えざれば、此の家怎んに天子と為りて立たんや。天子と為りて立つは、天の此の家に與えるなり。天の此の家に與えるは、天の此の家を使喚するなり。天の此の家を使喚するは、此の家は天の與える所・天の使喚する所なり。天已に與え已に使喚して、中間却って天に接するべからざるは、何の故ぞや。故に『春秋』凡そ郊を譏刺するや、未だ嘗て君德の郊に成就せざるを譏刺せず、乃ち郊せずして山川を祭りて、祭祀の次序を失いて、禮に逆うれば、故に必ず譏刺す。此れより觀れば、天を祭らざるは、乃ち小神を祭るべからざるなり。郊は因りて先ず占卜して、吉ならざれば敢えて郊せず。百神の祭は占卜せずして、而して郊は獨り占卜を占う。是れ郊祭最大なり。『春秋』は喪中の祭祀を譏刺して、喪中の郊を譏刺せず。郊は喪を避けず。喪尚且つ避けざれば、何況んや其の他の事物をや。郊の祝辭に曰く、「皇皇の上天、下土を照臨して、地の靈を集めて、甘風雨を降下して、庶物群生して、各々其の所を得。今古を論わず、唯だ我一人某、皇天の祜を敬拜す。」自らの為に說かずして、庶物群生の為に說きて、人心を以て天に怨尤無きを期望す。天怨尤無くして、而して文辭恭順なれば、當に喜ぶべし。右に郊祀九句。九句は、陽數なり。

順命第七十

順命第七十

父者,子之天也,天者,父之天也,無天而生,未之有也。天者,萬物之祖,萬物非天不生,獨陰不生,獨陽不生,陰陽與天地參然後生,故曰:父之子也可尊,母之子也可卑,尊者取尊號,卑者取卑號,故德侔天地者,皇天右而子之,號稱天子;其次有五等之爵以尊之,皆以國邑為號;其無德於天地之間者,州、國、人、民;甚者不得系國邑,皆絕骨肉之屬,離人倫,謂之閽盜而已,無名姓號氏於天地之間,至賤乎賤者也;其尊至德,巍巍乎不可以加矣,其卑至賤,冥冥其無下矣。春秋列序位,尊卑之陳,累累乎可得而觀也,雖闇至愚,莫不昭然,公子慶父罪亦不當繫於國,以親之故,為之諱,而謂之齊仲孫,去其公子之親也,故有大罪不奉其天命者,皆棄其天倫。人於天也,以道受命,其於人,以言受命;不若於道者,天絕之,不若於言者,人絕之;臣子大受命於君,辭而出疆,唯有社稷國家之危,猶得發辭而專安之盟是也。天子受命於天,諸侯受命於天子,子受命於父,臣妾受命於君,妻受命於夫,諸所受命者,其尊皆天也,雖謂受命於天亦可。天子不能奉天之命,則廢而稱公,王者之後是也;公侯不能奉天子之命,則名絕而不得就位,衛侯朔是也;子不奉父命,則有伯討之罪,衛世子蒯聵是也;臣不奉君命,雖善,以叛言,晉趙鞅入於晉陽以叛是也;妾不奉君之命,則媵女先至者是也;妻不奉夫之命,則絕夫不言及是也;曰不奉順於天者,其罪如此。

父は子の天、天は父の天なり。天無くして生ずるは、未だ嘗て有らず。天は万物の祖、万物は天に非ずれば生生ぜず。獨陰は生ぜず、獨陽は生ぜず、陰陽と天地と參合して然る後に生ず。故に曰く、父の子は尊ぶべく、母の子は卑むべし。尊は尊號を取り、卑は卑號を取る。故に德天地に相配するは、皇天佑助して之を兒子と為して、天子と號稱す。其の次は五等の爵を以て之を尊ぶ。皆國邑を用いて號と為す。其の天地の間に德無きは、州・國・人・民なり。更に甚だしきは國邑に系るるを得ずして、皆骨肉の屬を斷絶して、人倫を離れて、只だ閽盜と稱するのみ。天地の間に名姓號氏無く、是れ賤きの極點に至る賤なり。其の尊きや至德に至りて、巍巍として以て加うべからず。其の卑きや至賤に至りて、冥冥として更に下無し。『春秋』は位子を列序して、尊卑の陳列は、累累として觀るべく、最も愚暗なると雖も、昭然ならざる無し。公子慶父の罪も亦當に國に系るべからずして、親の故を以て、之が為に避諱して、而して齊仲孫と謂い、其の公子の親を去る。故に大罪有りて天命を奉奉ぜざるは、皆其の天倫を拋棄す。人は天に對して道を用いて命を承受し、人に對して言を用いて命を承受す。道に順わざるは、天之を絶つ。言に順わざるは、人之を絶つ。臣子は君より大いに命を受けて、辭別して疆を出づるは、唯だ社稷國家の危は、猶お辭を發して專斷すべし。安之盟即ち是れ。天子は天より命を受け、諸侯は天子より命を受け、子は父より命を受け、臣妾は君より命を受け、妻は夫より命を受く。凡そ承受する所の命は、其の尊は皆天なり。天より命を受くと說いても亦可なり。天子能く天の命を奉ぜざれば、則ち廢して公と稱す。王者の後嗣即ち是れ。公侯能く天子の命を奉ぜざれば、則ち名を稱して絶たれて位に就くを得ず。衛侯朔即ち是れ。子は父命を奉ぜざれば、則ち霸主討伐の罪有り。衛世子蒯聵即ち是れ。臣は君命を奉ぜざれば、善と雖も、亦叛を用いて說く。晋趙鞅の晋陽に入りて叛するは即ち是れ。妾は君の命を奉ぜざれば、則ち媵女先ず至る即ち是れ。妻は夫の命を奉ぜざれば、則ち夫を絶ちて提及せざる即ち是れ。曰く、天に奉順せざるは、其の罪此くの如し。

孔子曰:“畏天命,畏大人,畏聖人之言。”其祭社稷、宗廟、山川、鬼神,不以其道,無災無害;至於祭天不享,其卜不從,使其牛口傷,鼷鼠食其角,或言食牛,或言食而死,或食而生,或不食而自死,或改卜而牛死,或卜而食其角,過有深淺薄厚,而災有簡甚,不可不察也;猶郊之變因其災,而之變應而無為也,見百事之變之所不知而自然者,勝言與!以此見其可畏,專誅絕者,其唯天乎!臣殺君,子殺父,三十有餘,諸其賤者則損,以此觀之,可畏者,其唯天命、大人乎!亡國五十有餘,皆不事畏者也,況不畏大人,大人專誅之,君之滅者,何日之有哉!魯宣違聖人之言,變古易常,而災立至,聖人之言可不慎!此三畏者,異恉而同致,故聖人同之,俱言其可畏也。

孔子曰く、「天命を畏れ、大人を畏れ、聖人の話を畏る。」社稷・宗廟・山川・鬼神を祭祀して、其の道に按ぜざれば、災無く害無し。天を祭りて享用せられざるに至りては、其の卜順わずして、其の牛口を傷つけ、鼷鼠其の角を食う。或いは牛を食うと說き、或いは食いて死すると說き、或いは食いて活くると說き、或いは食わずして自ら死すると說き、或いは卜を改めて牛死すると說き、或いは卜して其の角を食うと說く。過錯に深淺薄厚有りて、而して災に簡略嚴重有り。審察せざるべからず。猶お郊の變は其の災に因りて、而して其の變の響應は却って無爲なるが如く、百事の變の知らざる所にして自然なるを見るは、說いて說き盡くすべからざるなり。此れより見れば、其れ畏るべし。誅絶を專掌するは、蓋し天のみなるか。臣は君を殺し、子は父を殺すは、三十有餘。其の賤きは則ち減損す。此れより觀れば、畏るべきは、蓋し天命・大人のみなるか。亡國五十有餘は、皆事奉せず畏れざるなり。況んや大人を畏れざれば、大人は專掌して之を誅殺す。君の滅亡は、猶お幾日有らんや。魯宣公は聖人の話に違背して、古法を改變して常規を改易して、而して災は立ちどころに至る。聖人の話は謹慎すべからざらんや。此の三畏は、意旨同じからずして趨向同じ。故に聖人は彼等を同じと看て、皆畏るべしと曰う。

郊事對第七十一

郊事對第七十一

廷尉臣湯昧死言,臣湯承製以郊事問故膠西相仲舒。臣仲舒對曰:“所聞古者天子之禮,莫重於郊,郊常以正月上辛者,所以先百神而最居前,禮三年喪,不祭其先而不敢廢郊,郊重於宗廟,天尊於人也。王制曰:‘祭天地之牛繭栗,宗廟之牛握,賓客之牛尺。’此言德滋美而牲滋微也。春秋曰:‘魯祭周公,用白牡。’色白、貴純也。‘帝牲在滌三月。’牲貴肥潔而不貪其大也。凡養牲之道,務在肥潔而已,駒犢未能勝芻豢之食,莫如令食其母便。”臣湯謹問仲舒:“魯祀周公用白牡,非禮也。”臣仲舒對曰:“禮也。”臣湯問:“周天子用騂犅,群公不毛。周公、諸公也,何以得用純牲?”仲舒對曰:“武王崩,成王立,而在襁褓之中,周公繼文武之業,成二聖之功,德漸天地,澤被四海,故成王賢而貴之,詩云:‘無德不報。’故成王使祭周公以白牡,上不得與天子同色,下有異於諸侯。臣仲舒愚以為報德之禮。”臣湯問仲舒:“天子祭天,諸侯祭土,魯何緣以祭郊?”臣仲舒對曰:“周公傅成王,成王遂及聖,功莫大於此,周公,聖人也,有祭於天道,故成王令魯郊也。”臣湯問仲舒:“魯祭周公用白牡,其郊何用?”臣仲舒對曰:“魯郊用純騂犅,周色上赤,魯以天子命郊,故以騂。”臣湯問仲舒:“祠宗廟或以鳧當鳧,鳧非鳧,可用否?”仲舒對曰:“鶩非鳧,鳧非鶩也。臣聞孔子入太廟,每事問,慎之至也。陛下祭躬親,齋戒沐浴,以承宗廟,甚敬謹,奈何以鳧當鶩,鶩當鳧,名實不相應,以承太廟,不亦不稱乎!臣仲舒愚以為不可。臣犬馬齒衰,賜骸骨,伏陋巷,陛下乃幸使九卿問臣以朝廷之事,臣愚陋,曾不足以承明詔,奉大對。臣仲舒昧死以聞。”

廷尉臣湯昧死して進言す。臣湯は制命を承受して、郊事を以て故膠西相仲舒に問う。臣仲舒對答して曰く、「聽聞する所は、古代天子の禮は、郊より重き莫し。郊は常に正月上辛を用う。是れ以て百神に先んじて最も前に居るなり。禮に、三年の喪は、先人を祭らずして敢えて郊を廢せず。郊は宗廟より重く、天は人より尊し。『王制』に曰く、『天地を祭るの牛は、角は繭栗の如く、宗廟の牛は、角は手握の如く、賓客の牛は、角一尺。』此れ德越えて美なれば牲越えて微なるを說く。『春秋』に曰く、『魯は周公を祭るに、白牡を用う。』色白きは、純を貴ぶなり。『帝牲は滌宮に三個月。』牲は肥潔を貴して其の大を貪らず。凡そ牲を養うの道は、肥潔に在るを務求する而已。駒犢は未だ芻豢の食を勝任する能わず。其の母の奶を食わしむるに如かず便なり。」臣湯は謹みて仲舒に問う、「魯の周公を祀るに白牡を用うるは、禮に非ざるか。」臣仲舒對答して曰く、「是れ禮なり。」臣湯問う、「周天子は騂犅を用い、群公は不純毛を用う。周公は諸公なり。何の故に純牲を用うるを得るや。」仲舒對答して曰く、「武王崩じ、成王立ち、猶お襁褓の中に在りて、周公は文・武の業を繼承して、二聖の功を成就して、德は天地を浸潤して、澤は四海を覆蓋す。故に成王は之を賢とし之を貴ぶ。『詩經』に曰く、『德報うる無き無し。』故に成王は周公を祭るに白牡を用いしむ。上りて天子と色を同じくするを得ず、下りて諸侯と異有り。臣仲舒愚見は以て此れ德を報ずるの禮と爲す。」臣湯は仲舒に問う、「天子は天を祭り、諸侯は土を祭る。魯は何を凭りて郊を祭るや。」臣仲舒對答して曰く、「周公は成王を輔傅して、成王は是に聖に及ぶ。功は此れより大なる無し。周公は聖人にして、天道に祭有り。故に成王は魯に郊せしむ。」臣湯は仲舒に問う、「魯は周公を祭るに白牡を用う。其の郊は何を用うるや。」臣仲舒對答して曰く、「魯の郊は純騂犅を用う。周の色は赤を崇尚す。魯は天子の命を凭りて郊すれば、故に騂を用う。」臣湯は仲舒に問う、「宗廟を祠るに或いは鳧を以て鶩に當つ。鳧は鶩に非ず。以て用うべきか。」仲舒對答して曰く、「鶩は鳧に非ず、鳧は鶩に非ず。臣は孔子の太廟に入りて事每に問うを聞きて、謹慎の極に至れり。陛下は自ら祭祀して、齋戒沐浴して、以て宗廟に承奉して、甚だ敬謹なり。何ぞ鳧を拿りて鶩に當て、鶩を拿りて鳧に當てんや。名實相應せずして、以て太廟に承奉するは、亦相稱せざるに非ずや。臣仲舒愚見は以て可ならずと爲す。臣は犬馬齒衰えて、骸骨を賜還して、陋巷に伏處す。陛下は竟に幸にして九卿をして朝廷の事を以て臣に問わしむ。臣愚陋にして、曾て以て明詔を承受し大對を奉上するに足らず。臣仲舒昧死して稟聞す。」

巻第十六

執贄第七十二

執贄第七十二

凡執贄:天子用暢,公侯用玉,卿用羔,大夫用雁。雁乃有類於長者,長者在民上,必施然有先後之隨,必俶然有行列之治,故大夫以為贄。羔有角而不任,設備而不用,類好仁者;執之不鳴,殺之不諦,類死義者;羔食於其母,必跪而受之,類知禮者;故羊之為言猶祥與,故卿以為贄。玉有似君子。子曰:“人而不曰如之何,如之何者,吾末如之何也矣。”故匿病者,不得良醫,羞問者,聖人去之,以為遠功而近有災,是則不有。玉至清而不蔽其惡,內有瑕穢,必見之於外,故君子不隱其短,不知則問,不能則學,取之玉也。君子比之玉,玉潤而不汙,是仁而至清潔也;廉而不殺,是義而不害也;堅而不硻,過而不濡,視之如庸,展之如石,狀如石,搔而不可從繞,潔白如素而不受汙,玉類備者,故公侯以為贄。暢有似於聖人者,純仁淳粹,而有知之貴也,擇於身者,盡為德音,發於事者,盡為潤澤,積美陽芳香以通之天,暢亦取百香之心獨末之,合之為一,而達其臭氣暢於天,其淳粹無擇,與聖人一也,故天子以為贄,而各以事上也。觀贄之意,可以見其事。

凡そ執贄は、天子は鬯を用い、公侯は玉を用い、卿は羔を用い、大夫は雁を用う。雁は乃ち長者に類似す。長者は民の上に在りて、必ず舒展として先後の隨從有りて、必ず整齊として行列の治理有り。故に大夫は之を用いて贄と為す。羔は角有りて用いず、防備を設置して使用せず。仁を好む人に類似す。之を捉えて叫ばず、之を殺して啼かず。義に死する人に類似す。羔は母に向いて奶を食うに、必ず跪きて接受す。禮を知る人に類似す。故に羊此の字は猶お祥のごとし。故に卿は之を用いて贄と為す。玉は君子に似たる有り。孔子曰く、「人若し如何せん如何せんと說わざれば、我も亦彼に如何ともする無し。」故に病を隱瞞する者は、良醫を得ず。問うを羞とする者は、聖人之を離る。以て功に遠離して災に接近すと為し、此くの如く則ち無し。玉は至清にして其の惡を遮蔽せず。內裏瑕穢有れば、必ず外面に顯現す。故に君子は短を隱藏せず、知らざれば則ち問い、能わざれば則ち學ぶ。是れ之を玉より取るなり。君子は之を玉に比作す。玉は潤にして污れざるは、仁にして至りて清潔なり。棱角有りて傷害せざるは、義にして害無し。堅にして脆ならず、過ぎて軟ならず、看れば平常に如同じく、展開すれば石に如同じく、形狀石に如同じく、之を搔けば隨いて繞るべからず、潔白素に如同じくして污れを受けず。玉此の類完備すれば、故に公侯は之を用いて贄と為す。鬯は聖人に似たる有り。純仁淳粹にして、而して知の貴有り。身の上に選擇するは、皆德音なり。事の上に發出するは、皆潤澤なり。美陽芳香を積聚して以て天に通達す。鬯も亦是れ百香の心を取り、獨り其の末を用いて、合わせて一と為して、其の氣味を天に暢達せしむ。其の淳粹選擇無きは、聖人と一事なり。故に天子は之を用いて贄と為して、而して各々之を用いて上に事奉す。贄の意を觀看すれば、以て其の事を見るべし。

山川頌第七十三

山川頌第七十三

山則巃嵷崔,嶊嵬●巍,久不崩,似仁人志士。孔子曰:“山川神隻立,寶藏殖,器用資,曲直合,大者可以為宮室臺榭,小者可以為舟輿畜灄,大者無不中,小者無不入,持斧則斫,折鐮則艾,生人立,禽獸伏,死人入,多其功而不言,是以君子取譬也。且積土成山,無損也;成其高,無害也;成其大,無虧也;小其上,泰其下,久長安後世,無有去就,儼然獨處,惟山之意。詩云:‘節彼南山,惟石巖巖;赫赫師尹,民具爾瞻。’此之謂也。”

山は則ち巃嵷崔嶊嵬巍として、長久にして崩れず。仁人志士に像たり。孔子曰く、「山川神祇樹立して、寶藏生殖して、器用資取して、曲直皆合す。大は以て宮室臺榭を做すべく、小は以て舟輿畜積を做すべし。大は中る用無くなく、小は入る無く無し。斧を持てば則ち砍り、鐮を折れば則ち割る。活人は其の上に立ち、禽獸は其の中に伏し、死人は其の中に埋まる。功多くして言わず。故に君子は之を取りて比方と作す。況んや土を積んで山を成すに、損無く、其の高を成就するに、害無く、其の大を成就するに、虧無し。上は小にして、下は安泰にして、長久にして後世を安定して、去就無く、儼然として獨り彼處に處す。只だ山の意のみ。『詩經・小雅・節南山』に曰く、『彼の高峻の南山、巖石層層たり。聲勢顯赫の師尹、民皆汝を瞻望す。』此れを謂うなり。」

水則源泉混混澐澐,晝夜不竭,既似力者;盈科後行,既似持平者,循微赴下,不遺小間,既似察者;循溪谷不迷,或奏萬里而必至,既似知者;障防山而能清淨,既似知命者;不清而入,潔清而出,既似善化者;赴千仞之壑,入而不疑,既似勇者;物皆困於火,而水獨勝之,既似武者;鹹得之而生,失之而死,既似有德者。孔子在川上曰:“逝者如斯夫,不捨晝夜。”此之謂也。

水は則ち源泉混混沄沄として、晝夜枯竭せず。已に力有る人に像たり。坑洼を注滿して然る後に前行す。已に持平の人に像たり。微細に順って低下に奔赴して、小間隙を遺漏せず。已に明察の人に像たり。溪谷に順って路を迷わずして、或いは萬里を走りて必ず到達す。已に知有る人に像たり。障防に阻まて山裏に在りて能く清淨す。已に命を知る人に像たり。清ならずして入りて、潔清して出づ。已に教化を善くする人に像たり。千仞の壑に奔赴して、入りて疑惑せず。已に勇の人に像たり。物は皆火に困せられて、而して水は獨り能く之に勝つ。已に武の人に像たり。皆之を得て生じ、之を失いて死す。已に德有る人に像たり。孔子は川の上に在りて曰く、「逝く者は此くの如きか、晝夜停止せず。」此れを謂うなり。

求雨第七十四

求雨第七十四

春旱求雨,令縣邑以水日禱社稷山川,家人祀戶,無伐名木,無斬山林,暴巫,聚尪,八日於邑東門之外,為四通之壇,方八尺,植蒼繒八,其神共工,祭之以生魚八、玄酒、具清酒、膊脯,擇巫之潔清辯利者以為祝,祝齋三日,服蒼衣,先再拜,乃跪陳,陳已,復再拜,乃起。祝曰:“昊天生五穀以養人,今五穀病旱,恐不成實,敬進清酒膊脯,再拜請雨。雨幸大澍,即奉牲禱。”以甲乙日為大蒼龍一,長八丈,居中央,為小龍七,各長四丈,於東方,皆東鄉,其間相去八尺,小童八人,皆齋三日,服青衣而舞之,田嗇夫亦齋三日,服青衣而立之,鑿社,通之於閭外之溝,取五蝦蟆,錯置社之中,池方八尺,深一尺,置水蝦蟆焉,具清酒、膊脯,祝齋三日,服蒼衣,拜跪陳祝如初,取三歲雄雞與三歲豭豬,皆燔之於四通神宇,令民闔邑里南門,置水其外,開邑里北門,具老豭豬一,置之於裡北門之外,市中亦置豭豬一,聞鼓聲,皆燒豭豬尾,取死人骨埋之,開山淵,積薪而燔之,信道橋之壅塞,不行者決瀆之,幸而得雨,報以處一,酒鹽黍財足,以茅為席,毋斷。

春旱すれば雨を求む。縣邑に命じて水日に於て社稷山川に禱告せしめ、家人は戶を祀り、名木を斫伐せず、山林を斬伐せず、巫を暴曬せしめ、尪を聚集して、八日に邑東門の外に於て、四通の壇を做して、八尺見方にして、蒼繒八幅を樹立して、其の神は共工、生魚八條・玄酒を用いて祭り、清酒・膊脯を具備す。巫の裏の潔清にして口才便利なるを選擇して祝を做す。祝は齋すること三日、蒼衣を穿ちて、先ず再拜して、乃ち跪きて陳說して、陳說畢って、再び再拜して、乃ち起つ。祝辭に曰く、「昊天は五穀を生じて以て人を養う。今五穀は旱に病みて、恐らくは實を成す能わず。敬んで清酒膊脯を進めて、再拜して雨を請う。雨幸に大降すれば、則ち牲を奉りて禱告す。」甲乙の日に於て大蒼龍一條を做して、長さ八丈、中央に居りて、小龍七條を做して、各々長さ四丈、東方に在りて、皆東に面向して、中間相距ること八尺。小童八人は、皆齋すること三日、青衣を穿ちて舞う。田嗇夫も亦齋すること三日、青衣を穿ちて立つ。社を鑿開して、之を閭外の溝に通じて、蝦蟆五隻を取りて、錯雜して社の中に放つ。池八尺見方、深さ一尺にして、水蝦蟆を其の中に放つ。清酒・膊脯を具備す。祝は齋すること三日、蒼衣を穿ちて、拜跪陳祝すること初めの如くす。三歲の雄鷄と三歲の豭豬とを取りて、皆四通神宇に於て燔燒す。民に命じて邑里の南門を關閉して、水を外面に放ちて、邑里の北門を打開して、老豭豬一頭を具備して、里北門の外に放ち、市中にも豭豬一頭を放つ。鼓聲を聽けば、皆豭豬の尾を燒く。死人の骨を取りて埋め、山淵を打開して、薪柴を堆積して燔燒して、道路橋梁の壅塞を打通して、行き通わざるは溝瀆を決開す。幸に雨を得れば、報祭は一頭を用いて、酒鹽黍財用足るを以て、茅を以て席を做して、切斷せざるを要す。

夏求雨,令縣邑以水日,家人祀灶,無舉土功,更火浚井,暴釜於壇,臼杵於術,七日為四通之壇於邑南門之外,方七尺,植赤繒七,其神送尤,祭之以赤雄雞七、玄酒,具清酒、膊脯,祝齋三日,服赤衣,拜跪陳祝如春辭。以丙刃日為大赤龍一,長七丈,居中央,又為小龍六,各長三丈五尺,於南方,皆南鄉,其間相去七尺,壯者七人,皆齋三日,服赤衣而舞,司空嗇夫亦齋三日,服赤衣而立之,鑿社,而通之閭外之溝,取五蝦暮,錯置里社之中,池方七尺,深一尺,具酒脯,祝齋,衣赤衣,拜跪陳祝如初,取三歲雄雞豭豬,燔之四通神宇,開陰閉陽如春也。

夏雨を求む。縣邑に命じて水日に於て、家人は竈を祀り、土功を興さず、火を更換して井を疏浚し、釜を壇の上に暴曬し、臼杵を道路に放つ。七日に邑南門の外に於て四通の壇を做して、七尺見方にして、赤繒七幅を樹立して、其の神は蚩尤、赤雄鷄七隻・玄酒を用いて祭り、清酒・膊脯を具備す。祝は齋すること三日、赤衣を穿ちて、拜跪陳祝すること春の辭の如し。丙丁の日に於て大赤龍一條を做して、長さ七丈、中央に居りて、又小龍六條を做して、各々長さ三丈五尺、南方に在りて、皆南に面向して、中間相距ること七尺。壯者七人は、皆齋すること三日、赤衣を穿ちて舞う。司空嗇夫も亦齋すること三日、赤衣を穿ちて立つ。社を鑿開して、之を閭外の溝に通じて、蝦蟆五隻を取りて、錯雜して里社の中に放つ。池七尺見方、深さ一尺。酒脯を具備す。祝は齋して、赤衣を穿ちて、拜跪陳祝すること初めの如くす。三歲の雄鷄・豭豬を取りて、四通神宇に於て燔燒す。陰を開き陽を閉ぐこと春の如し。

季夏禱山陵以助之,令縣邑十日壹徙市於邑南門之外,五日禁男子無得行入市,家人祠中溜,無舉土功,聚巫市傍,為之結蓋,為四通之壇於中央,植黃繒五,其神后稷,祭之以母?五、玄酒,具清酒、膊脯,令各為祝齋三日,衣黃衣,皆如春祠。以戊己日為大黃龍一,長五丈,居中央,又為小龍四,各長二丈五尺,於南方,皆南鄉,其間相去五尺,丈夫五人,皆齋三日,服黃衣而舞之,老者五人,亦齋三日,衣黃衣而立之,亦通社中於閭外之溝,蝦蟆,池方五尺,深一尺,他皆如前。

季夏は山陵に禱告して以て輔助す。縣邑に命じて十日に一度市を邑南門の外に遷して、五日男子をして市に進入するを得ざらしむ。家人は中霤を祠り、土功を興さず、巫を市の旁に聚集して、之が為に蓋を結ぶ。中央に於て四通の壇を做して、黃繒五幅を樹立して、其の神は后稷、母五隻・玄酒を用いて祭り、清酒・膊脯を具備す。各々祝を做らしめて、齋すること三日、黃衣を穿ちて、皆春祠の如し。戊己の日に於て大黃龍一條を做して、長さ五丈、中央に居りて、又小龍四條を做して、各々長さ二丈五尺、南方に在りて、皆南に面向して、中間相距ること五尺。丈夫五人は、皆齋すること三日、黃衣を穿ちて舞う。老者五人も、亦齋すること三日、黃衣を穿ちて立つ。亦社を閭外の溝に通ず。蝦蟆池五尺見方、深さ一尺。其の他皆前の如し。

秋暴巫尪至九日,無舉火事,無煎金器,家人祠門,為四通之壇於邑西門之外,方九尺,植白繒九,其神少昊,祭之以桐木魚九,玄酒,具清酒、膊脯,衣白衣,他如春。以庚辛日為大白龍一,長九丈,居中央,為小龍八,各長四丈五尺,於西方,皆西鄉,其間相去九尺,鰥者九人,皆齋三日,服白衣而舞之,司馬亦齋三日,衣白衣而立之,蝦蟆,池方九尺,深一尺,他皆如前。

秋は巫尪を暴曬して九日に至らしめて、火事を興さず、金器を煎せず、家人は門を祠る。邑西門の外に於て四通の壇を做して、九尺見方にして、白繒九幅を樹立して、其の神は少昊、桐木魚九條・玄酒を用いて祭り、清酒・膊脯を具備して、白衣を穿ちて、其の他春の如し。庚辛の日に於て大白龍一條を做して、長さ九丈、中央に居りて、小龍八條を做して、各々長さ四丈五尺、西方に在りて、皆西に面向して、中間相距ること九尺。鰥者九人は、皆齋すること三日、白衣を穿ちて舞う。司馬も亦齋すること三日、白衣を穿ちて立つ。蝦蟆池九尺見方、深さ一尺。其の他皆前の如し。

冬舞龍六日,禱於名山以助之,家人祠井,無壅水,為四通之壇於邑北門之外,方六尺,植黑繒六,其神玄冥,祭之以黑狗子六、玄酒,具清酒、膊脯,祝齋三日,衣黑衣,祝禮如春。以壬癸日為大黑龍一,長六丈,居中央,又為小龍五,各長三丈,於北方,皆北鄉,其間相去六尺,老者六人,皆齋三日,衣黑衣而舞之,尉亦齋三日,服黑衣而立之,蝦蟆、池,皆如春。

冬は龍を舞うこと六日、名山に禱告して以て輔助す。家人は井を祠り、水を壅塞せず。邑北門の外に於て四通の壇を做して、六尺見方にして、黑繒六幅を樹立して、其の神は玄冥、黑狗子六隻・玄酒を用いて祭り、清酒・膊脯を具備す。祝は齋すること三日、黑衣を穿ちて、祝禮春の如し。壬癸の日に於て大黑龍一條を做して、長さ六丈、中央に居りて、又小龍五條を做して、各々長さ三丈、北方に在りて、皆北に面向して、中間相距ること六尺。老者六人は、皆齋すること三日、黑衣を穿ちて舞う。尉も亦齋すること三日、黑衣を穿ちて立つ。蝦蟆池は皆春の如し。

四時皆以水日,為龍必取潔土為之,結蓋,龍成而發之。四時皆以庚子之日,令吏民夫婦皆偶處。凡求雨之大體,丈夫欲藏匿,女子欲和而樂。

四時皆水日に在り。龍を做るに必ず潔淨の土を取りて以て做り、蓋を結び、龍成れば再び之を打開す。四時皆庚子の日に於て、吏民夫婦をして皆成對にして相處せしむ。凡そ雨を求むの大體は、丈夫は藏匿せよ、女子は和諧して樂しめ。

止雨第七十五

止雨第七十五

雨太多,令縣邑於土日塞水瀆,絕道,蓋井,禁婦人不得行入市,令縣鄉里皆掃社,下縣邑若丞合史嗇夫三人以上,祝一人,鄉嗇夫若吏三人以上,祝一人,里正父老三人以上,祝一人,皆齋三日,各衣時衣,具處一,黍鹽美酒財足祭社,擊鼓三日,而祝先再拜,乃跪陳,陳已,復再拜,乃起。祝曰:“嗟!天生五穀以養人,今淫雨太多,五穀不和,敬進肥牲清酒,以請社靈,幸為止雨,除民所苦,無使陰滅陽,陰滅陽,不順於天,天之常意在於利人,人願止雨,敢告於社。”鼓而無歌,至罷乃止。凡止雨之大體,女子欲其藏而匿也,丈夫欲其和而樂也,開陽而閉陰,闔水而開大,以朱絲縈社十週,衣赤衣赤幘,三日罷。二十一年八月甲申朔丙午,江都相仲舒告內史中尉:陰雨太久,恐傷五穀,趣止雨,止雨之禮,廢陰起陽,書十七縣、八十離鄉,及都官吏千石以下夫婦在官者,鹹遣婦歸,女子不得至市,市無詣井,蓋之,勿令洩,鼓用牲於社。祝之曰:“雨以太多,五穀不和,敬進肥牲,以請社靈,社靈幸為止雨,除民所苦,無使陰滅陽,陰滅陽,不順於天,天意常在於利民,願止雨,敢告。”鼓用牲於社,皆壹以辛亥之日,書到,即起縣社令長若丞尉官長,各城邑社嗇夫裡吏正里人皆出,至於社,下餔而罷,三日而止,未至三日,天?亦止。

雨多し。縣邑に命じて土日に於て水瀆を堵塞して、道路を斷絶して、井を蓋いして、婦人をして市に進入するを得ざらしむ。縣・鄉・里に命じて皆社を清掃せしむ。下りて縣邑に至りては、丞・令史・嗇夫三人以上に祝一人、鄉嗇夫若しくは吏三人以上に祝一人、里正・父老三人以上に祝一人。皆齋すること三日、各々當令の時衣を穿ちて、豬一頭を具備して、黍鹽美酒財用足るを以て社に祭る。鼓を擊つこと三日、祝は先ず再拜して、乃ち跪きて陳說して、陳說畢って、再び再拜して、乃ち起つ。祝辭に曰く、「嗟、天は五穀を生じて以て人を養う。今淫雨多くして、五穀和せず。敬んで肥牲清酒を進めて、以て社靈に請求す。幸に雨を止めて、民の苦しむ所を除去して、陰をして陽を滅せしむる無かれ。陰陽を滅すは、天に順わず。天の常意は人を利するに在り。人雨を止むを願う。敢えて社に稟告す。」鼓を擊ちて歌わず、畢るに至りて乃ち止む。凡そ雨を止むの大體は、女子は藏して匿れ、丈夫は和諧して樂しめ。陽を開啟して陰を關閉し、水を閉合して火を打開す。朱絲を用いて社を縈繞すること十周して、赤衣を穿ち赤幘を戴いて、三日畢る。二十一年八月甲申朔丙午に、江都相仲舒は內史・中尉に告ぐ。陰雨太久きを恐れて五穀を損傷せんとすれば、趕く雨を止めよ。雨を止むの禮は、陰を廢して陽を起す。文書は十七縣・八十離鄉に發到して、以及都官吏千石以下官に在る夫婦に及びて、皆妻子を遣りて回去せしめ、女子は市に到るを得ず、市は井邊に去りて、井を蓋上して、之を泄漏せしめず。鼓を擊ちて牲を社に用う。祝辭に曰く、「雨多きに因りて、五穀和せず。敬んで肥牲を進めて、以て社靈に請求す。社靈幸に雨を止めて、民の苦しむ所を除去して、陰をして陽を滅せしむる無かれ。陰陽を滅すは、天に順わず。天意は常に民を利するに在り。雨を止むを願う。敢えて稟告す。」鼓を擊ちて牲を社に用うるは、皆一律に辛亥の日を用う。文書到達すれば、則ち興起す。縣社令長若しくは丞尉官長・各城邑社嗇夫・里吏・正・里人は皆出でて、社に到りて、下午申時に至りて罷めて、三日にして止む。未だ三日に至らずして、天も亦止めり。

祭義第七十六

祭義第七十六

五穀食物之性也,天之所以為人賜也,宗廟上四時之所成,受賜而薦之宗廟,敬之性也,於祭之而宜矣。宗廟之祭物之厚無上也,春上豆實,夏上尊實,秋上朹實,冬上敦實。豆實,韭也,春之所始生也;尊實,●也,夏之所受初也;朹實,黍也,秋之所先成也;敦實,稻也,冬之所畢熟也。始生故曰祠,善其司也;夏約故曰礿,貴所受初也;先成故曰嘗,嘗言甘也;畢熟故曰蒸,蒸言眾也;奉四時所受於天者而上之,為上祭,貴天賜且尊宗廟也,孔子受君賜則以祭,況受天賜乎!一年之中,天賜四至,至則上之,此宗廟所以歲四祭也。故君子未嘗不食新,新天賜至,必先薦之,乃敢食之,尊天敬宗廟之心也,尊天,美義也,敬宗廟,大禮也,聖人之所謹也,不多而欲潔清,不貪數而欲恭敬。君子之祭也,躬親之,致其中心之誠,盡敬潔之道,以接至尊,故鬼享之,享之如此,乃可謂之能祭。祭者,察也,以善逮鬼神之謂也,善乃逮不可聞見者,故謂之察,吾以名之所享,故祭之不虛,安所可察哉!祭之為言際也與,祭然後能見不見,見不見之見者,然後知天命鬼神,知天命鬼神,然後明祭之意,明祭之意,乃知重祭事,孔子曰:“吾不與祭,如不祭。祭神如神在。”重祭事如事生,故聖人於鬼神也,畏之而不敢欺也,信之而不獨任,事之而不專恃,恃其公,報有德也,幸其不私與人福也,其見於詩曰:“嗟爾君子,毋恆安息,靜共爾位,好是正直,神之聽之,介爾景福。”正直者,得福也,不正者,不得福,此其法也,以詩為天下法矣。何謂不法哉?其辭直而重有再嘆之,欲人省其意也,而人尚不省,何其忘哉!孔子曰:“書之重,辭之復。嗚呼!不可不察也,其中必有美者焉。”此之謂也。

五穀は食物の性、天の以て人に賜與する所なり。宗廟は四時の成就する所を進獻して、賜與を接受して宗廟に薦す。是れ敬の性、祭に對して適宜なり。宗廟の祭は、物の厚は其の上無し。春は豆實を進獻し、夏は尊實を進獻し、秋は籩實を進獻し、冬は敦實を進獻す。豆實は韭、春の始めて生ずる所なり。尊實は、夏の始めて接受する所なり。籩實は黍、秋の先ず成就する所なり。敦實は稻、冬の畢りて成熟する所なり。始めて生ずれば故に祠と謂う。是れ其の司を善とするなり。夏は簡約にして故に礿と謂う。是れ始めて接受する所を貴とするなり。先ず成就すれば故に嘗と謂う。嘗は甘を說く。畢りて成熟すれば故に蒸と謂う。蒸は衆を說く。四時を天より接受する所を奉上して以て上祭と為す。是れ天賜を貴とし且つ宗廟を尊ぶなり。孔子は君賜を接受すれば則ち以て祭る。況んや天賜を接受するをや。一年の中に、天賜四次至り來りて、到れば則ち獻上す。此れ宗廟の一年祭ること四次の所以なり。故に君子は未だ嘗て新を食わざる無し。新の天賜至り來れば、必ず先ず薦して、乃ち敢えて食らう。是れ天を尊び宗廟を敬するの心なり。天を尊ぶは美義、宗廟を敬するは大禮にして、是れ聖人の謹慎する所なり。多を求めずして潔清を想い、次數を貪らずして恭敬を想う。君子の祭は、自ら往いて做して、其の中心の誠を致上して、敬潔の道を盡くして、以て至尊に接すれば、故に鬼享用す。享用到るに此くの如くして、乃ち以て能祭と謂うべし。祭は、即ち察なり。是れ善を用いて鬼神に達するを說く。善は乃ち聞見すべからざるに達すれば、故に察と謂う。我は名に因りて享する所以、故に祭虛ならず。何の處に察すべき有らんや。祭此の字は際を說くか。祭して然る後に見えざるを見るべし。其の見えざるの見を見て、然る後に天命鬼神を知る。天命鬼神を知って、然る後に祭の意を明白す。祭の意を明白して、乃ち祭事を看重するを知る。孔子曰く、「我祭に與らざれば、祭らざるに如同じ。神を祭ること神在るが如くす。」祭事を看重すること生を事奉するに如同じ。故に聖人は鬼神に對して、畏れて敢えて欺かず、信じて獨り任用せず、事奉して專恃せず。恃るは其の公、德有るに回報す。其の私りて人に福を與えざるを慶幸す。此れ『詩經・小雅・小明』に見えて曰く、「嗟爾君子、常安息する無かれ、安靜恭敬せよ爾の位子、此の正直を喜好せよ。神之を聽きて、爾に大福を與う。」正直の福を得て、不正の福を得ざる。此れ即ち其の法、詩を以て天下の法と為す。怎んに取法せざると謂わんや。其の文辭直くして重く、再次感嘆有るは、人をして其の意を省察せしめんと欲す。而して人猶お省察を知らず。何ぞ健忘なるや。孔子曰く、「書の重複、辭の反復。嗚呼、審察せざるべからず。其の中必ず美有り。」此れを謂うなり。

循天之道第七十七

循天之道第七十七

循天之道以養其身,謂之道也。天有兩和,以成二中,歲立其中,用之無窮,是北方之中用合陰,而物始動於下,南方之中用合陽,而養始美於上。其動於下者,不得東方之和不能生,中春是也;其養於上者,不得西方之和不能成,中秋是也。然則天地之美惡在?兩和之處,二中之所來歸,而遂其為也。是故東方生而西方成,東方和生,北方之所起;西方和成,南方之所養長;起之,不至於和之所不能生;養長之,不至於和之所不能成;成於和,生必和也;始於中,止必中也;中者,天地之所終始也,而和者,天地之所生成也。夫德莫大於和,而道莫正於中,中者,天地之美達理也,聖人之所保守也,詩云:“不剛不柔,佈政優優。”此非中和之謂與!是故能以中和理天下者,其德大盛,能以中和養其身者,其壽極命。男女之法,法陰與陽,陽氣起於北方,至南方而盛,盛極而合乎陰;陰氣起乎中夏,至中冬而盛,盛極而合乎陽;不盛不合。是故十月而壹俱盛,終歲而乃再合,天地久節,以此為常,是故先法之內矣,養身以全,使男子不堅牡,不家室,陰不極盛,不相接,是故身精明難衰而堅固,壽考無忒,此天地之道也。天氣先盛牡而後施精,故其精固,地氣盛牝而後化,故其化良。是故陰陽之會,冬合北方,而物動於下,夏合南方,而物動於上,上下之大動,皆在日至之後,為寒,則凝在裂地,為熱,則焦沙爛石,氣之精至於是。故天地之化,春氣生,而百物皆出,夏氣養,而百物皆長,秋氣殺,而百物皆死,冬氣收,而百物皆藏。是故惟天地之氣而精,出入無形,而物莫不應,實之至也。君子法乎其所貴,天地之陰陽當男女,人之男女當陰陽,陰陽亦可以謂男女,男女亦可以謂陰陽。

天の道を遵循して自らを養うを、道と謂う。天に兩和有りて、以て二中を成就す。一歲は其の中に立ちて、之を用うるに窮盡無し。北方の中は陰を用いて合して、而して物は始めて下に於て動く。南方の中は陽を用いて合して、而して養は始めて上に於て美す。其の下に於て動くは、東方の和を得ざれば生ずる能わず。仲春即ち是れ。其の上に於て養うは、西方の和を得ざれば成る能わず。仲秋即ち是れ。然らば則ち天地の美惡は何の處に在らん。兩和の處所・二中の來歸する所に在りて、而して其の做す所に順遂す。故に東方は生じ西方は成る。東方和にして生ずるは、北方の興起する所なり。西方和にして成るは、南方の養長する所なり。之を興起するに、和の處所に到らざれば生ずる能わず。之を養長するに、和の處所に到らざれば成る能わず。和に於て成れば、生は必ず和なり。中に於て始まれば、止は必ず中なり。中は、天地の終始する所なり。和は、天地の生成する所なり。德は和より大なる莫く、道は中より正なる莫し。中は、天地の美の通達する理、聖人の保守する所なり。『詩經・商頌・長發』に曰く、「剛ならず柔ならず、政を布くや寬和なり。」此れ中和の意に非ずや。故に能く中和を用いて天下を治理するは、其の德大いに盛なり。能く中和を用いて自らを養うは、其の壽命應有の年限に達す。男女の法は、陰と陽とに取法す。陽氣は北方より興起して、南方に到りて盛にして、盛の極にして陰に合す。陰氣は仲夏より興起して、仲冬に到りて盛にして、盛の極にして陽に合す。盛ならざれば則ち合せず。故に十月にして一併皆盛にして、整年乃ち再次會合す。天地長久の節は、此れを以て常規と為す。故に先ず內に於て取法す。身を養いて全を求めて、男子をして壯盛ならざる時家室を成立せしめず、極盛ならざれば相い交接せず。故に身の精明は衰え難くして堅固にして、壽考は差錯無し。此れ天地の道なり。天氣は先ず牡を盛にして然る後に精を施す。故に其の精牢固なり。地氣は牝を盛にして然る後に化す。故に其の化良好なり。故に陰陽の會合は、冬は北方に於て合して、而して物は下に於て動く。夏は南方に於て合して、而して物は上に於て動く。上下の大動は、皆日至の後に在り。寒と為れば、則ち凝結して地を裂し、熱と為れば、則ち沙を焦し石を爛す。氣の精は此くの如く至る。故に天地の化は、春氣生じて、而して百物皆出づ。夏氣養いて、而して百物皆長ず。秋氣殺して、而して百物皆死す。冬氣收して、而して百物皆藏す。故に唯だ天地の氣にして精にして、出入形無くして、而して物響應せざる無し。是れ實の極致なり。君子は其の貴ぶ所に取法す。天地の陰陽は男女に當り、人の男女は陰陽に當る。陰陽も亦以て男女と謂うべく、男女も亦以て陰陽と謂うべし。

天地之經,至東方之中,而所生大養,至西方之中,而所養大成,一歲四起,業而必於中,中之所為,而必就於和,故曰和其要也。和者,天之正也,陰陽之平也,其氣最良,物之所生也,誠擇其和者,以為大得天地之奉也。天地之道,雖有不和者,必歸之於和,而所為有功;雖有不中者,必止之於中,而所為不失。是故陽之行,始於北方之中,而止於南方之中;陰之行,始於南方之中,而止於北方之中。陰陽之道不同,至於盛,而皆止於中,其所始起,皆必於中,中者,天地之太極也,日月之所至而卻也,長短之隆,不得過中。天地之制也,兼和與不和,中與不中,而時用之,盡以為功,是故時無不時者,天地之道也。順天之道,節者、天之制也,陽者、天之寬也,陰者、天之急也,中者、天之用也,和者、天之功也,舉天地之道,而美於和,是故物生皆貴氣而迎養之,孟子曰:“我善養吾疾然之氣者也。”謂行必終禮,而心自喜,常以陽得生其意也。公孫之養氣曰:“裡藏泰實則氣不通,泰虛則氣不足,熱勝則氣□,寒勝則氣□,泰勞則氣不入,泰佚則氣宛至,怒則氣高,喜則氣散,憂則氣狂,懼則氣懾,凡此十者,氣之害也,而皆生於不中和。故君子怒則反中,而自說以和;喜則反中,而收之以正;憂則反中,而舒之以意;懼則反中,而實之以精。”夫中和之不可不反如此。故君子道至氣則華而上,凡氣從心,心、氣之君也,何為而氣不隨也,是以天下之道者,皆言內心其本也。故仁人之所以多壽者,外無貪而內清淨,心和平而不失中正,取天地之美,以養其身,是其且多且治。鶴之所以壽者,無宛氣於中,是故食在;猿之所以壽者,好引其末,是故氣四越。天氣常下施於地,是故道者亦引氣於足,天之氣常動而不滯,是故道者亦不宛氣。

天地の經は、東方の中に到れば、生ずる所大いに養わる。西方の中に到れば、養う所大いに成就す。一歲四次興起して、事業は必ず中に在り。中の做す所は、必ず和に趨就す。故に和は要約なりと曰う。和は、天の正、陰陽の平、其の氣最良にして、是れ物の生ずる所なり。確かに其の和を選擇すれば、以て大いに天地の奉養を得ると爲す。天地の道は、不和有ると雖も、必ず和に歸して、而して做す所功有り。不中有ると雖も、必ず中に停止して、而して做す所失わず。故に陽の運行は、北方の中に始まりて、南方の中に停止す。陰の運行は、南方の中に始まりて、北方の中に停止す。陰陽の道同じからずして、盛に到れば、皆中に停止す。其の興起を始める所は、皆必ず中に在り。中は、天地の太極、日月の到りて退却する所なり。長短の隆盛は、中を越え得ず。天地の制度は、和と不和・中と不中とを兼有して、而して時に按じて使用して、皆以て功と為す。故に時不時の無きは、天地の道なり。天の道に順從すれば、節は天の制度、陽は天の寬、陰は天の急、中は天の用、和は天の功なり。天地の道を舉ぐれば、而して美は和に在り。故に物は生ずれば皆氣を貴して迎えて之を養う。孟子曰く、「我は我が浩然の氣を養うを善くす。」是れ行は必ず禮に終りて、而して心は自ら喜悅して、常に陽を用いて其の意を生ずるを得るを說く。公孫の氣を養うに曰く、「裏藏太實なれば則ち氣通せず、太虛なれば則ち氣足らず、熱勝れば則ち氣、寒勝れば則ち氣、太勞なれば則ち氣進入せず、太安逸なれば則ち氣鬱積して至り、怒れば則ち氣高く、喜べば則ち氣散じ、憂えば則ち氣狂し、懼れれば則ち氣懾す。凡そ此の十者は、氣の害、而して皆不中和に生ず。故に君子怒れば則ち中に返回して、自ら和を用いて喜悅し、喜べば則ち中に返回して、正を用いて收し、憂えば則ち中に返回して、意を用いて舒展し、懼れれば則ち中に返回して、精を用いて充實す。」中和は返回せざるべからざるや此くの如し。故に君子の道は氣に到れば則ち華美にして上る。凡そ氣は心に從う。心は氣の君なり。何の故に氣隨從せざらんや。故に天下道を講ずるは、皆內心を本と曰う。故に仁人の多壽する所以は、外面貪無くして內裏清淨にして、心和平均して中正を失わずして、天地の美を取りて以て自らを養う。故に既に多くして且つ治なり。鶴の壽なる所以は、中に鬱氣無くして、故に食在るなり。猿の壽なる所以は、末端を牽引するを喜好して、故に氣四方に超越す。天氣は常に下に於て地に施すれば、故に道有る人も亦氣を足に引導す。天の氣は常に動いて滯らざれば、故に道有る人も亦氣を鬱積せず。

苟不治,雖滿不虛,是故君子養而和之,節而法之,去其群泰,取其眾和,高臺多陽,廣室多陰,遠天地之和也,故聖人弗為,適中而已矣。法人八尺,四尺,其中也,宮者,中央之音也,甘者,中央之味也,四尺者,中央之制也;是故三王之禮,味皆尚甘,聲皆尚和,處其身,所以常自漸於天地之道,其道同類,一氣之辨也,法天者,乃法人之辨。天之道,向秋冬而陰來,向春夏而陰去,是故古之人霜降而迎女,在泮而殺內,與陰俱近,與陽俱遠也。天地之氣,不致盛滿,不交陰陽;是故君子甚愛氣而遊於房,以體天也。氣不傷於以盛通,而傷於不時天幷;不與陰陽俱往來,謂之不時;恣其欲而不顧天數,謂之天幷。君子治身不敢違天,是故新牡十日而一遊於房,中年者倍新牡,始衰者倍中年,

假如治らざれば、滿と雖も亦虛ならず。故に君子は養いて之を和せしめ、節して之に取法して、其の過度を去りて、其の衆多の和を取る。高臺は陽多く、廣室は陰多くして、天地の和に遠離すれば、故に聖人は做さず。適中而已。人に法すれば八尺、四尺は其の中なり。宮は中央の音、甘は中央の味、四尺は中央の制度なり。故に三王の禮は、味道皆甘を崇尚して、聲音皆和を崇尚して、自らを安置して、故に常に自ら天地の道に浸潤す。其の道同類なるは、一氣の辨別なり。天に取法するは、乃ち人の辨別に取法す。天の道は、秋冬に向いて陰來り、春夏に向いて陰去る。故に古人は霜降して女子を迎娶して、冰泮して房事を減省して、陰と皆近く、陽と皆遠し。天地の氣は、盛滿に到達せざれば、陰陽相い交せず。故に君子は甚だ氣を愛して房事の上に優游して、以て天を體す。氣は盛に傷せずして通して、而して不時と天并とに傷す。陰陽と一同に往來せざれば、不時と謂う。欲望を放縱して天數を顧みざれば、天并と謂う。君子は身を治めて敢えて天に違背せず。故に新壯は十日に一次房に游び、中年は新壯に加倍して、始衰は中年に加倍す。

中衰者倍始衰,大衰者以月當新牡之日,而上與天地同節矣,此其大略也。然而其要皆期於不極盛不相遇,疏春而曠夏,謂不遠天地之數,民皆知愛其衣食,而不愛其天氣,天氣之於人,重於衣食,衣食盡,尚猶有閒,氣盡而立終。故養生之大者,乃在愛氣,氣從神而成,神從意而出,心之所之謂意,意勞者神擾,神擾者氣少,氣少者難久矣;故君子閒欲止惡以平意,平意以靜神,靜神以養氣,氣多而治,則養身之大者得矣。古之道士有言曰:“將欲無陵,固守一德。”此言神無離形,而氣多內充,而忍飢寒也。和樂者,生之外泰也,精神者,生之內充也,外泰不若內充,而況外傷乎!忿恤憂恨者,生之傷也,和說勸善者,生之養也,君子慎小物而無大敗也,行中正,聲向榮,氣意和平,居處虞樂,可謂養生矣。凡養生者,莫精於氣,是故春襲葛,夏居密陰,秋避殺風,冬避重漯,就其和也;衣欲常漂,食慾常飢,體欲常勞,而無長佚居多也。凡天地之物,乘於其泰而生,厭於其勝而死,四時之變是也。故冬之水氣,東加於春而木生,乘其泰也;春之生,西至金而死,厭於勝也;生於木者,至金而死,生於金者,至火而死;春之所生,而不得過秋,秋之所生,不得過夏,天之數也。飲食臭味,每至一時,亦有所勝,有所不勝,之理不可不察也。四時不同氣,氣各有所宜,宜之所在,其物代美,視代美而代養之,同時美者雜食之,是皆其所宜也。故薺以冬美,而荼以夏成,此可以見冬夏之所宜服矣。冬,水氣也,薺,甘味也,乘於水氣而美

中衰は始衰に加倍して、大衰は一個月を用いて新壯の一日に當てて、而して上りて天地と節を同じくす。此れ大略なり。然れども要約は皆極盛ならざれば相遇らざるを期望して、春は疏に夏は曠にして、天地の數に遠離せずと謂う。民は皆衣食を愛するを知りて、而して天氣を愛せず。天氣は人に對して、衣食より重し。衣食は盡くるも猶お間隙有り。氣は盡くれば立ちどころに終結す。故に生を養うの大は、乃ち氣を愛するに在り。氣は神に從って成り、神は意より出づ。心の往く所を意と謂う。意勞すれば則ち神擾れ、神擾るれば則ち氣少なく、氣少なければ則ち長久し難し。故に君子は欲望を閑止して惡を止住して以て意を平にし、意を平にして以て神を靜にし、神を靜にして以て氣を養う。氣多くして治なれば、則ち身を養うの大の方面を得たり。古代の道士話有りて曰く、「將に陵越無き、一德を固守す。」此れ神は形を離れずして、而して氣は內に多く充實して、而して能く飢寒を忍受するを說く。和樂は、生の外泰なり。精神は、生の內充なり。外泰は內充に如かず。況んや外傷をや。忿怒憂恨は、生の傷なり。和悅勸善は、生の養なり。君子は小物を謹慎して大敗無し。行は中正、聲は榮に向い、氣意和平、居處安樂して、以て生を養うと謂うべし。凡そ生を養うは、氣より精なる莫し。故に春は葛を穿ち、夏は密陰の處に居り、秋は殺風を避け、冬は重濕を避けて、其の和に趨就す。衣服は常に寬漂たらんと欲し、飲食は常に微飢たらんと欲し、身體は常に勞動たらんと欲して、而して長久安逸して多く坐する要らず。凡そ天地の物は、其の泰に乘りて生じ、其の勝に壓制せられて死す。四時の變即ち是れ。故に冬の水氣は、東に向いて春に加わりて木生ず。是れ其の泰に乘るなり。春の生は、西に向いて金に到りて死す。是れ勝に壓制せらるなり。木に生ずるは、金に到りて死す。金に生ずるは、火に到りて死す。春の生ずる所は、秋を過ぎるを得ず。秋の生ずる所は、夏を過ぎるを得ず。是れ天の數なり。飲食氣味は、一時に到る毎に、亦勝つ所有り勝たれざる所有り。此の理は審察せざるべからず。四時氣同じからずして、氣は各々宜しき所有り。宜しき所在の處は、其の物更迭して美す。更迭の美を看て更迭之を養いて、同時美なるは雜えて之を食らう。此の等は皆宜しき所なり。故に薺は冬に美して、荼は夏に成る。此れより以て冬夏の服用に宜しきを見るべし。冬は水氣、薺は甘味なり。水氣に乘りて美なるは。

者,甘勝寒也,薺之為言濟與,濟,大水也;夏,火氣也,荼,苦味也,乘於火氣而成者,苦勝暑也。天無所言,而意以物,物不與群物同時而生死者,必深察之,是天之所以告人也。故薺成告之甘,荼成告之苦也,君子察物而成告謹,是以至薺不可食之時,而盡遠甘物,至荼成就也。天所獨代之成者,君子獨代之,是冬夏之所宜也。春秋雜物其和,而冬夏代服其宜,則當得天地之美,四時和矣。凡擇美之大體,各因其時之所美,而違天不遠矣。是故當百物大生之時,群物皆生,而此物獨死,可食者,告其味之便於人也,其不可食者,告殺穢除害之不待秋也,當物之大枯之時,群物皆死,如此物獨生,其可食者,益食之,天為之利人,獨代生之,其不可食,益畜之,天愍州華之間,故生宿麥,中歲而熟之,君子察物之異,以求天意,大可見矣。是故男女體其盛,臭味取其勝,居處就其和,勞佚居其中,寒暖無失適,飢飽無過平,欲惡度理,動靜順性,喜怒止於中,憂懼反之正,此中和常在乎其身,謂之得天地泰,得天地泰者,其壽引而長,不得天地泰者,其壽傷而短,短長之質,人之所由受於天也,是故壽有短長,養有得失,及至其末之,大卒而必讎於此,莫之得離,故壽之為言猶讎也,天下之人雖眾,不得不各讎其所生,而壽夭於其所自行,自行可久之道者,其壽讎於久,自行不可久之道者,其壽亦讎於不久,久與不久之情,各讎其生平之所行,今如後至,不可得勝,故曰:壽者,讎也。然則人之所自行,乃與壽夭相益損也;其自行佚,而壽長者,命益之也,其自行端,而壽短者,命損之也,以天命之所損益,疑人之所得失,此大惑也。是故天長之,而人傷之者,其長損;天短之,而人養之者,其短益;夫損益者皆人,人其天之繼歟!出其質而人弗繼,豈獨立哉!

是れ甘は寒に勝つなり。薺此の字は猶お濟、濟は大水なり。夏は火氣、荼は苦味なり。火氣に乘りて成就するは、是れ苦は暑に勝つなり。天は說く所の話無くして、而して意を物の上に用う。物の群物と同時に生死せざるは、必ず深深に審察す。此れ天の以て人に告ぐる所以なり。故に薺は成就して甘を告げ、荼は成就して苦を告ぐ。君子は物を審察して其の告ぐる所の謹慎を成就すれば、故に薺の食うべからざるに到れば、則ち甘物を盡く遠し、荼の成就に到る。天の獨り更迭成就する所は、君子も亦獨り之を更迭す。此れ冬夏の宜しき所なり。春秋は物の和を雜用して、而して冬夏は宜しき所を更迭服用すれば、則ち當に天地の美を得て、四時和すべし。凡そ美を選擇するの大體は、各々其の時の美なる所に因りて、而して天に遠からず。故に百物大生の時に當りて、群物皆生じて、而して此の物は獨り死す。食うべきは、其の味道の人に便なるを告ぐ。食うべからざるは、殺穢除害して秋を待たずを告ぐ。物大枯の時に當りて、群物皆死して、此の物の如く獨り生ず。食うべきは、更に之を食らう。天は人の利を為して、獨り更迭之を生ず。食うべからざるは、更に之を畜養す。天は州華の間を憐憫して、故に宿麦を生じて、中歲にして成熟す。君子は物の異を審察して、以て天意を求むれば、大體以て見るべし。故に男女は其の盛に當りて、氣味は其の勝を取りて、居處は其の和に趨就して、勞逸は其の中に居りて、寒暖は適宜を失わず、飢飽は平を過えず、欲惡は理に度量して、動靜は性に順從して、喜怒は中に停止して、憂懼は正に返回す。此の中和は常に身の上に在るを、天地の泰を得と謂う。天地の泰を得るは、壽命引きて長し。天地の泰を得ざるは、壽命傷して短し。短長の質は、人の天より承受する所なり。故に壽に短長有り、養に得失有りて、末了に到りて、大卒して必ず此に應驗して、離るる能くする無し。故に壽此の字は猶お應驗のごとし。天下の人は多しと雖も、各々其の生ずる所に應驗せざるを得ずして、而して壽夭は其の自ら行う所に在り。自ら長久すべきの道を實行するは、其の壽長久に應驗す。自ら長久すべからざるの道を實行するは、其の壽も亦久からざるに應驗す。長久と不久との實情は、各々其の生平行う所に應驗して、今猶お後到するが如く、勝るを得て得ざらんとする無し。故に曰く、壽は、即ち應驗なり。然らば則ち人の自ら實行する所は、乃ち壽夭と相い損益す。自ら行爲安逸にして壽長きは、是れ命之を増益す。自ら行爲端正にして壽短きは、是れ命之を減損す。天命の損益する所を用いて、人の得失する所を懷疑するは、此れ大惑なり。故に天之を長くして、而して人之を傷害すれば、其の長は減損せらる。天之を短くして、而して人之を養えば、其の短は増益せらる。損益は皆人に在り。人は天の繼續なるか。其の質を拿出して人は繼續せざれば、豈に能く獨立せんや。

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