巻第十七
天地之行第七十八
天地之行第七十八
天地之行美也,是以天高其位而下其施,藏其形而見其光,序列星而近至精,考陰陽而降霜露。高其位,所以為尊也;下其施,所以為仁也;藏其形,所以為神也;見其光,所以為明也;序列星,所以相承也;近至精,所以為剛也;考陰陽,所以成歲也;降霜露,所以生殺也。為人君者,其法取象於天,故貴爵而臣國,所以為仁也;深居隱處,不見其體,所以為神也;任賢使能,觀聽四方,所以為明也;量能授官,賢愚有差,所以相承也;引賢自近,以備股肱,所以為剛也;考實事功,次序殿最,所以成世也;有功者進,無功者退,所以賞罰也。是故天執其道,為萬物主,君執其常,為一國主;天不可以不剛,主不可以不堅;天不剛,則列星亂其行,主不堅,則邪臣亂其官;星亂則亡其天,臣亂則亡其君;故為天者,務剛其氣,為君者,務堅其政,剛堅然後陽道制命。地卑其位而上其氣,暴其形而著其情,受其死而獻其生,成其事而歸其功。卑其位,所以事天也;上其氣,所以養陽也;暴其形,所以為忠也;著其情,所以為信也;受其死,所以藏終也;獻其生,所以助明也;成其事,所以助化也;歸其功,所以致義也。為人臣者,其法取象於地,故朝夕進退,奉職應對,所以事貴也;供設飲食,候視疢疾,所以致養也;委身致命,事無專制,所以為忠也;竭愚寫情,不飾其過,所以為信也;伏節死難,不惜其命,所以救窮也;推進光榮,褒揚其善,所以助明也;受命宣恩,輔成君子,所以助化也;功成事就,歸德於上,所以致義也。是故地明其理,為萬物母;臣明其職,為一國宰;母不可以不信,宰不可以不忠;母不信,則草木傷其根;宰不忠,則奸臣危其君;根傷則亡其枝葉,君危則亡其國;故為地者,務暴其形;為臣者,務著其情。
天地の運行は美なり。故に天は位を抬高して施與を下向して、形を隱藏して光を顯現して、列星を序次して至精に接近して、陰陽を考求して霜露を降下す。其の位を抬高するは、故に其の尊を成す。下向施與するは、故に其の仁を成す。其の形を隱藏するは、故に其の神を成す。其の光を顯現するは、故に其の明を成す。列星を序次するは、故に相い承接す。至精に接近するは、故に其の剛を成す。陰陽を考求するは、故に一歲を成就す。霜露を降下するは、故に生有り殺有り。人君と為るは、天に取法す。故に爵を貴して其の國を臣服して、以て其の仁を成し、深居隱處して、形形體を顯現せずして、以て其の神を成し、賢能を任用して、四方を觀聽して、以て其の明を成し、才能を量りて官を授けて、賢愚差別有りて、以て相い承接し、賢を引いて自らに靠近して、以て股肱を完備して、以て其の剛を成し、事實事功を考求して、殿最を次序して、以て世代を成就し、功有るを進用して、功無きを斥退して、以て賞罰す。故に天は其の道を執持して、万物の主を做し、君は其の常を執持して、一國の主を做す。天は剛ならざるべからず、主は堅ならざるべからず。天剛ならざれば、則ち列星其の運行を亂し、主堅ならざれば、則ち邪臣其の官を亂す。星亂るれば則ち其の天を失い、臣亂るれば則ち其の君を失う。故に天を做すは、其の氣を剛ならしむるを務求し、君を做すは、其の政を堅ならしむるを務求す。剛堅して然る後に陽道は命令を制約す。地は位を放低して氣を上向して、形を顯露して情を彰明して、死を接受して生を獻上して、事を成就して功を歸還す。其の位を放低するは、故に天に事奉す。其の氣を上向するは、故に陽を養う。其の形を顯露するは、故に其の忠を成す。其の情を彰明するは、故に其の信を成す。死を接受するは、故に終結を藏す。生を獻上するは、故に明を輔助す。事を成就するは、故に化を輔助す。功を歸還するは、故に義に達致す。人臣と為るは、地に取法す。故に朝夕進退して、職を奉り應對して、以て貴に事奉し、飲食を供設して、疾病を候視して、以て養に達致し、身を委ね命を致して、事專制無くして、以て其の忠を成し、愚誠を竭盡して情實を抒發して、過錯を文飾せずして、以て其の信を成し、節に伏して難に死して、生命を吝惜せずして、以て窮を救い、光榮を推進して、其の善を褒揚して、以て明を輔助し、命を受けて恩を宣揚して、君子を輔佐成就して、以て化を輔助し、功成り事就れば、德を上に歸して、以て義に達致す。故に地は其の理を彰明して、万物の母を做し、臣は其の職を彰明して、一國の宰を做す。母は信ならざるべからず、宰は忠ならざるべからず。母信ならざれば、則ち草木其の根を傷り、宰忠ならざれば、則ち奸臣其の君を危害す。根傷れば則ち枝葉を失い、君危ければ則ち其の國を失う。故に地を做すは、其の形を顯露するを務求し、臣を做すは、其の情を彰明するを務求す。
一國之君,其猶一體之心也:隱居深宮,若心之藏於胸;至貴無與敵,若心之神無與雙也;其官人上士,高清明而下重瘻,若身之貴目而賤足也;任群臣無所親,若四肢之各有職也;內有四輔,若心之有肝肺脾腎也;外有百官,若心之有形體孔竅也;親聖近賢,若神明皆聚於心也;上下相承順,若肢體相為使也;布恩施惠,若元氣之流皮毛腠理也;百姓皆得其所,若血氣和平,形體無所苦也;無為致太平,若神氣自通於淵也;致黃龍鳳皇,若神明之致玉女芝英也。君明,臣蒙其功,若心之神,體得以全;臣賢,君蒙其恩,若形體之靜,而心得以安;上亂,下被其患,若耳目不聰明,而手足為傷也;臣不忠,而君滅亡,若形體妄動,而心為之喪。是故君臣之禮,若心之與體;心不可以不堅,君不可以不賢;體不可以不順,臣不可以不忠;心所以全者,體之力也;君所以安者,臣之功也。
一國の君は、一體の心に猶おごとし。深宮に隱居するは、心の胸中に藏まるに如同じく、至貴敵無きは、心の神の成雙無きに如同じ。其の官に任くるに上士を用いて、高き清明にして下き重濁なるは、身の眼を看重して脚を看輕するに如同じ。群臣を任用して私親無きは、四肢各々職事有るに如同じ。內裏に四輔有るは、心に肝肺脾腎有るに如同じ。外面に百官有るは、心に形體孔竅有るに如同じ。聖に親近して賢に接近するは、神明皆心に聚まるに如同じ。上下相い承順するは、肢體相い使喚するに如同じ。恩を布き惠を施すは、元氣の皮毛腠理に流行するに如同じ。百姓皆其の所を得るは、血氣和平にして形體苦痛無きに如同じ。無爲にして太平に達致するは、神氣の自ら深淵に通ずるに如同じ。黃龍鳳凰を招致するは、神明の玉女芝英を招致するに如同じ。君明なれば、臣其の功を蒙受するは、心の神のごとく、身體保全を得る。臣賢なれば、君其の恩を蒙受するは、形體安靜にして、而して心安を得るに如同じ。上亂るれば、下其の患を被るは、耳目聰明ならずして、而して手足傷るるに如同じ。臣忠ならずして、君滅亡するは、形體妄動して、而して心此れに因りて喪亡するに如同じ。故に君臣の禮は、心と體との如し。心は堅ならざるべからず、君は賢ならざるべからず。體は順ならざるべからず、臣は忠ならざるべからず。心の保全する所以は、體の力なり。君の安き所以は、臣の功なり。
威德所生第七十九
威德所生第七十九
天有和、有德、有平、有威、有相受之意、有為政之理,不可不審也。春者,天之和也,夏者,天之德也,秋者,天之平也,冬者,天之威也。天之序,必先和然後發德,必先平然後發威,此可以見不和不可以發慶賞之德,不平不可以發刑罰之威,又可見德生於和,威生於平也,不和無德,不平無威,天之道也,達者以此見之矣。我雖有所愉而喜,必先和心以求其當,然後發慶賞以立其德;雖有所忿而怒,必先平心以求其政,然後發刑罰以立其威,能常若是者,謂之天德,行天德者,謂之聖人。為人主者,居至德之位,操殺生之勢,以變化民,民之從主也,如草木之應四時也,喜怒當寒暑,威德當冬夏,冬夏者,威德之合也,寒暑者,喜怒之偶也,喜怒之有時而當發,寒暑亦有時而當出,其理一也。當喜而不喜,猶當暑而不暑;當怒而不怒,猶當寒而不寒;當德而不德,猶當夏而不夏;當威而不威,猶當冬而不冬也;喜怒威德之不可以不直處而發也,如寒暑冬夏之不可不當其時而出也,故謹善惡之端,何以效其然也?春秋採善不遺小,掇惡不遺大,諱而不隱,罪而不忽,□□以是非,正理以褒貶,喜怒之發,威德之處,無不皆中,其應可以參寒暑冬夏之不失其時已,故曰聖人配天。
天に和有り德有り平有り威有りて、相い授受するの意有り、政を為すの理有りて、審察せざるべからず。春は天の和、夏は天の德、秋は天の平、冬は天の威なり。天の次序は、必ず先ず和して然る後に德を發出し、必ず先ず平して然る後に威を發出す。此れより以て見るべし。和せざれば以て慶賞の德を發出すべからず、平ならざれば以て刑罰の威を發出すべからず。又以て德は和に生じ威は平に生ずるを見るべし。和せざれば則ち德無く、平ならざれば則ち威無し。是れ天の道なり。通達の人是れに因りて見たり。我は悅して喜ぶ所有ると雖も、必ず先ず心を和にして其の當を求めて、然る後に慶賞を發出して以て其の德を立つ。忿て怒る所有ると雖も、必ず先ず心を平にして其の正を求めて、然る後に刑罰を發出して以て其の威を立つ。能く常に此くの如くするを、天德と謂う。天德を實行するを、聖人と謂う。人主と為るは、至德の位子に居りて、殺生の勢を操持して、以て民を變化す。民は主に隨從すること、草木の四時に響應するに如同じ。喜怒は寒暑に當り、威德は冬夏に當る。冬夏は威德の合、寒暑は喜怒の對偶なり。喜怒は時有りて當に發すべく、寒暑も亦時有りて當に出すべし。其の理是一事なり。當に喜べし而して喜ばざるは、當に暑べし而して暑ならざるに猶おごとし。當に怒るべし而して怒らざるは、當に寒べし而して寒ならざるに猶おごとし。當に德べし而して德ならざるは、當に夏べし而して夏ならざるに猶おごとし。當に威べし而して威ならざるは、當に冬べし而して冬ならざるに猶おごとし。喜怒威德は直かに其の處に處りて發せざるべからず。寒暑冬夏の時に當りて出でざるべからざるに如同じ。故に善惡の端緒を謹慎するは、何を凭りて其の此くの如くを效驗せんや。『春秋』は善を採取して小を遺漏せず、惡を拾取して大を遺漏せず、避諱して隱瞞せず、罪を定めて忽略せず、以て是非を為して、正理を用いて褒貶す。喜怒の發出、威德の處所、中らざる無き無し。其の應驗は以て寒暑冬夏の時を失わざると參驗すべし。故に聖人は天に配すと曰う。
如天之為第八十
如天之爲第八十
陰陽之氣在上天亦在人,在人者為好惡喜怒,在天者為暖清寒暑,出入上下,左右前後,平行而不止,未嘗有所稽留滯鬱也,其在人者,亦宜行而無留,若四時之條條然也。夫喜怒哀樂之止動也,此天之所為人性命者,臨其時而欲發,其應亦天應也,與暖清寒暑之至其時而欲發無異,若留德而待春夏,留刑而待秋冬也,此有順四時之名,實逆於天地之經,在人者亦天也,奈何其久留天氣,使之鬱滯,不得以其正周行也,是故天行谷朽寅而秋生麥,告除穢而繼乏也,所以成功繼乏以贍人也。天之生有大經也,而所周行者又,有害功也,除而殺殛者,行急皆不待時也,天之志也。而聖人承之以治,是故春修仁而求善,秋修義而求惡,冬修刑而致清,夏修德而致寬,此所以順天地,體陰陽;然而方求善之時,見惡而不釋,方求惡之時,見善亦立行,方致清之時,見大善亦立舉之,方致寬之時,見大惡亦立去之,以效天地之方生之時有殺也,方殺之時有生也,是故志意隨天地,緩急仿陰陽,然而人事之宜行者,無所鬱滯,且恕於人,順於天,天人之道兼舉,此謂執其中。天非以春生人,以秋殺人也,當生者曰生,當死者曰死,非殺物之義待四時也,而人之所治也,安取久留當行之理而必待四時也,此之謂壅非其中也。人有喜怒哀樂,猶天之有春夏秋冬也,喜怒哀樂之至其時而欲發也,若春夏秋冬之至其時而欲出也,皆天氣之然也,其宜直行而無鬱滯一也,天終歲乃一遍此四者,而人主終日不知過此四之數,其理故不可以相待,且天之慾利人,非直其欲利谷也,除穢不待時,況穢人乎!
陰陽の氣は上天に在りて亦人に在り。人に在るは好惡喜怒、天に在るは暖清寒暑なり。出入上下、左右前後、平行して停止せず、未だ嘗て稽留滯鬱有らず。其の人に在るも、亦當に運行して留滯無く、四時の條暢するが如くすべし。喜怒哀樂の止と動は、此れ天の人性命に做爲する所なり。其の時に臨みて發せんと想うは、其の應も亦天應、暖清寒暑の其の時に到りて發せんと想うと不同ならず。若し德を留下して春夏を待ち、刑を留下して秋冬を待たば、此れ四時に順從の名有るも、實は却って天地の經に逆らう。人に在るも亦是れ天なり。何ぞ能く長久天氣を留下して、之を鬱滯せしめ、正に按じて周行するを得ざらしめんや。故に天は運行して、穀物は寅月に朽敗して秋に麦を生長す。是れ污穢を除去して乏匱を接續せよと告ぐ。故に功を成して乏匱を接續して以て人を贍養す。天は生の大經有りて、而して其の周行する所は又功を害する有り。之を除去して殺殛するは、行動急にして皆時を待たず。是れ天の志なり。而して聖人は之を承受して以て治理す。故に春は仁を修めて善を求め、秋は義を修めて惡を求め、冬は刑を修めて清に達致し、夏は德を修めて寬に達致す。此れ以て天地に順從して陰陽を體察す。然れども正に善を求むの時に、惡を見ても亦放過せず。正に惡を求むの時に、善を見ても亦立ちどころに實行す。正に清に達致の時に、大善を見ても亦立ちどころに推舉す。正に寬に達致の時に、大惡を見ても亦立ちどころに之を去る。以て天地に效法す。正に生の時殺有り、正に殺の時生有り。故に志意は天地に隨いて、緩急は陰陽に仿照す。然れども人事の當に實行すべき所は、鬱滯無くして、且つ人に對して恕して、天に對して順して、天人の道一併擧行す。此れ其の中を執ると謂う。天は春を用いて人を生じ秋を用いて人を殺すに非ず。當に生ずべきは生と謂い、當に死すべきは死と謂う。物を殺すの義は四時を待たず。而して人の治理する所は、何ぞ長久當行の理を留下して必ず四時を待たんや。此れ壅塞と謂う。中に非ず。人に喜怒哀樂有るは、天に春夏秋冬有るに猶おごとし。喜怒哀樂は其の時に到りて發せんと想うこと、春夏秋冬の其の時に到りて出でんと想うに如同じく、皆天氣の然らしむるなり。其れ當に直かに實行して鬱滯無きは一事なり。天は整年才かに一邊此の四者を過し、而して人主は整天知らず覺えず此の四の數を越過す。其の理は本來以て相い等待すべからず。況んや天は人を利せんと想いて、單に穀物を利せんと想うのみならず。穢を除するに時を待たず。況んや穢人をや。
天地陰陽第八十一
天地陰陽第八十一
天、地、陰、陽、木、火、土、金、水、九,與人而十者,天之數畢也,故數者至十而止,書者以十為終,皆取之此。聖人何其貴者,起於天,至於人而畢,畢之外,謂之物,物者,投其所貴之端,而不在其中,以此見人之超然萬物之上,而最為天下貴也。人下長萬物,上參天地,故其治亂之故,動靜順逆之氣,乃損益陰陽之化,而搖盪四海之內,物之難知者若神,不可謂不然也。今投地死傷,而不騰相助,投淖相動而近,投水相動而愈遠,由此觀之,夫物愈淖而愈易變動搖盪也。今氣化之淖,非直水也,而人主以眾動之無已時,是故常以治亂之氣,與天地之化相殽而不治也。世治而民和,志平而氣正,則天地之化精,而萬物之美起;世亂而民乖,志僻而氣逆,則天地之化傷,氣生災害起。是故治世之德潤草木,澤流四海,功過神明;亂世之所起,亦博若是;皆因天地之化,以成敗物,乘陰陽之資,以任其所為,故為惡愆人力,而功傷名自過也。天地之間,有陰陽之氣,常漸人者,若水常漸魚也,所以異於水者,可見與不可見耳,其澹澹也,然則人之居天地之間,其猶魚之離水一也,其無間,若氣而淖於水,水之比於氣也,若泥之比於水也,是天地之間,若虛而實,人常漸是澹澹之中,而以治亂之氣與之流通相殽也,故人氣調和,而天地之化美,殽於惡而味敗,此易之物也,推物之類,以易見難者,其情可得,治亂之氣,邪正之風,是殽天地之化者也,生於化而反殽化,與鉉連也。春秋舉世事之道,夫有書天,之盡與不盡,王者之任也。詩云:“天難諶斯,不易維王。”此之謂也。夫王者不可以不知天,知天,詩人之所難也,天意難見也,其道難理,是故明陽陰入出、實虛之處,所以觀天之志;辨五行之本末、順逆、小大、廣狹,所以觀天道也。
天・地・陰・陽・木・火・土・金・水、九樣にして、人と而して十樣、天の數畢りぬ。故に數は十に至りて止み、書寫は十を以て終と爲す。皆之を此に取る。聖人は何の故に貴きや。天より興起して、人に到りて畢る。畢るの外を物と謂う。物は、貴ぶ所に投向するの端緒にして、而して其の中に在らず。此れに因りて人は超然として万物の上に在りて、最も天下の貴と爲すを見る。人は下に於て万物を長養して、上に於て天地に參配すれば、故に治亂の故、動靜順逆の氣は、乃ち陰陽の化を損益して、而して四海の內を搖蕩す。物は神の如く知り難くして、以て此くの如くならずと說うべからず。今地に投げて死傷するも、而して騰躍して相助けず。泥淖の裏に投げれば相い動いて近し。水の裏に投げれば相い動いて更に遠し。此れに由りて觀れば、物は淖なる越えて變動搖蕩し易し。今氣化の淖は、單に水のみならずして、而して人主は衆人を用いて停まず之を動かす。故に常に治亂の氣を用いて、天地の化と相い混雜して治らず。世治りて民和し、志平にして氣正なれば、則ち天地の化精にして、而して万物の美興起す。世亂れて民乖し、志偏して氣逆なれば、則ち天地の化傷を受けて、氣は災害を生じ興起す。故に治世の德は草木を潤澤して、澤は四海に流れて、功は神明を超過す。亂世の興起する所も、亦廣博此くの如し。皆天地の化に因りて、以て物を成敗して、陰陽の資に乘りて、以て做す所を放任す。故に惡を做すは人の力愆過有りて、而して功傷を受け名自ら過分す。天地の間に陰陽の氣有りて、常に人を浸漬す。水の常に魚を浸漬するに如同じ。故に水と異なるは、只だ見ゆべきと見ゆべからざるとのみ、その澹澹たる樣子。然らば則ち人は天地の間に居處するは、魚の水を離るるに猶お一事なり。其の間隙無きは、氣の如くして水より比して更に淖なり。水は氣に比するは、泥の水に比するに如同じ。此くの如く天地の間は、虛に似て實際實なり。人は常に此の澹澹の中に浸漬して、而して治亂の氣を用いて之と流通して相い混雜す。故に人氣調和して、而して天地の化美なり。惡に混雜して味道敗壞するは、此れ容易の物なり。物の類を推求して、容易を用いて難きを見れば、其の情得るべし。治亂の氣、邪正の風は、是れ天地の化に混雜するにして、化に生じて反りて化を混雜して、統貫と相い連なり。『春秋』は世事の道を擧げて、天を書する有りて、盡くと盡かずとは、是れ王者の責任なり。『詩經・大雅・大明』に曰く、「天は信じ難きか、易ならざるは王と爲るなり。」此れを謂うなり。王者は天を知らざるべからず。天を知るは、詩人の難くする所なり。天意は見え難くして、其の道は治め難し。故に陰陽出入・實虛の處所を明白して、以て天の志を觀察し、五行の本末・順逆・小大・廣狹を辨別して、以て天の道を觀察す。
天志仁,其道也義,為人主者,予奪生殺,各當其義,若四時;列官置吏,必以其能,若五行;好仁惡戾,任德遠刑,若陰陽;此之謂能配天。天者,其道長萬物,而王者長人;人主之大,天地之參也;好惡之分,陰陽之理也;喜怒之發,寒暑之比也;官職之事,五行之義也;以此長天地之間,蕩四海之內,殽陰陽之氣,與天地相雜,是故人言既曰:王者參天地矣,苟參天地,則是化矣,豈獨天地之精哉!王者亦參而殽之,治則以正氣殽天地之化,亂則以邪氣殽天地之化,同者相益,異者相損之數也,無可疑者矣。
天の志は仁、其の道は義なり。人主と為るは、予奪生殺、各々義に當ること、四時の如くし、列官置吏、必ず其の才能に按ずること、五行の如くし、仁を喜好して暴戾を惡み、德を任用して刑を遠離すること、陰陽の如くす。此れ能く天に配すと謂う。天は、其の道万物を長養して、而して王者は人を長養す。人主の大は、天地の參配なり。好惡の分別は、陰陽の理なり。喜怒の發出は、寒暑の比況なり。官職の事は、五行の義なり。此れを用いて天地の間を長養して、四海の內を蕩滌して、陰陽の氣を混雑して、天地と相い雜す。故に人說は已に說けり、王者は天地に參配すと。假如天地に參配すれば、則ち此れ即ち化なり。豈に只だ天地の精のみならんや。王者も亦參配して之を混雜す。治なれば則ち正氣を用いて天地の化を混雑し、亂なれば則ち邪氣を用いて天地の化を混雑す。同なるは相い増益して、異なるは相い減損す。是れ其の數、疑うべき無し。
天道施第八十二
天道施第八十二
天道施,地道化,人道義,聖人見端而知本,精之至也,得一而應萬類之治也。動其本者,不知靜其末,受其始者,不能辭其終,利者,盜之本也,妄者,亂之始也,夫受亂之始,動盜之本,而欲民之靜,不可得也。故君子非禮而不言,非禮而不動;好色而無禮則流,飲食而無禮則爭,流爭則亂。夫禮,體情而防亂者也,民之情不能制其欲,使之度禮,目視正色,耳聽正聲,口食正味,身行正道,非奪之情也,所以安其情也。變謂之情,雖持異物,性亦然者,故曰內也,變變之變,謂之外,故雖以情,然不為性說,故曰外物之動性,若神之不守也,積習漸靡物之微者也,其入人不知,習忘乃為常然若性,不可不察也。純知輕思則慮達,節慾順行則倫得,以諫爭?靜為宅,以禮義為道則文德,是故至誠遺物而不與變,躬寬無爭而不以與俗推,眾強弗能入,蜩蛻瘻穢之中,含得命施之理,與萬物頡徙而不自失者,聖人之心也。
天道は施與、地道は化、人道は義なり。聖人は端緒を見て則ち本を知る。是れ精の極致、一を得て能く萬類の治に應對す。其の本を發動するは、其の末を安靜せしむるを知らず。其の始を接受するは、其の終を推辭する能わず。利は盜の本、妄は亂の始なり。亂の始を接受して、盜の本を發動して、却って民の安靜を想うは、得べからず。故に君子は禮に非ざるの話は說かず、禮に非ざるの事は動かず。色を好みて禮無ければ則ち放流し、飲食して禮無ければ則ち爭い、放流と爭とあれば則ち亂る。禮は、情を體察して亂を防止す。民の情は欲望を制約する能わずして、之を禮を以て度と爲さしむ。眼は正色を看て、耳は正聲を聽き、口は正味を食らい、身は正道を行う。其の情を奪取するに非ず。是れ以て其の情を安定す。變を情と謂う。異物を持持すると雖も、性も亦是れ此くの如し。故に內と說く。變えて又變えるの變を、外と謂う。故に情に因ると雖も、却って性の喜悅する所と爲さず。故に外物は性を打動して、神の舍を守らざるに如同じと說く。積習漸々浸靡するは、物の微細、其れ人に入りて知らずして、習慣忘れて乃ち常然に當作して性に如同じ。審察せざるべからず。純粹の知、輕微の思なれば則ち思慮通達す。欲望を節制して實行に順從すれば則ち倫序を得。靜を以て宅と爲し、禮義を以て道と爲せば則ち文德有り。故に至誠は外物を遺棄して之と變わらず、自身寬にして爭わず、世俗と推移するを拿來せず。衆強も入る能わず。蟬の污穢の中に蜕するが如く、命施を得るの理を含んで、万物と頡頏遷徙して自ら失わず。是れ聖人の心なり。
名者,所以別物也,親者重,疏者輕,尊者文,卑者質,近者詳,遠者略,文辭不隱情,明情不遺文,人心從之而不逆,古今通貫而不亂,名之義也。男女猶道也,人生別言禮義,名號之由,人事起也,不順天道,謂之不義,察天人之分,觀道命之異,可以知禮之說矣。見善者不能無好,見不善者不能無惡,好惡不能堅守,故有人道,人道者,人之所由、樂而不亂、復而不厭者。萬物載名而生,聖人因其象而命之,然而可易也,皆有義從也,故正名以名義也,物也者,洪名也,皆名也,而物有私名,此物也非夫物。故曰:萬物動而不形者,意也,形而不易者,德也,樂而不亂,復而不厭者,道也。
名は、以て物を分別するなり。親は重く、疏は輕く、尊は文有り、卑は質樸、近は詳に、遠は略なり。文辭は情を隱瞞せず、情を彰明して文を遺漏せず。人心は之に隨從して逆らわず、古今は貫通して亂れず。是れ名の義なり。男女は道に猶おごとし。人は生まれて分かちて禮義を講じて、名號の由來、人事興起す。天道に順わざれば、不義と謂う。天人の分際を審察して、道と命との異同を觀察すれば、以て禮の說を知るべし。善を見て喜好無かる能わず、不善を見て厭惡無かる能わず。好惡は堅守する能わずして、故に人道有り。人道は、人の經由する所、樂して亂れず、反復して厭わずのなり。万物は名を承載して生じて、聖人は其の象に因りて以て命名す。然れども以て改易すべくして、皆義從うべき有り。故に名を端正するは、名を用うるの義なり。物は、洪大の名、皆名なり。而して物に私名有れば、即ち此の物は其の物に非ず。故に曰く、万物動いて成形せざるは、是れ意なり。成形して改易せざるは、是れ德なり。樂して亂れず、反復して厭わざるは、是れ道なり。
