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提要

清 · 惠栋 · 第1巻 / 3

作盤ガイド: 大衍筮法, 六爻納甲の立卦

『新本鄭氏周易』は全部で三巻、本朝(清)の恵棟が編纂したものである。恵棟は字を定宇といい、江蘇長洲県の人。これに先立ち、宋代の王応麟が後漢の…

易経易学典籍

術数への応用を目指すなら、まず六十四卦の卦爻辞と《説卦伝》の取象に親しむ。義理を目指すなら《繋辞伝》から入るのがよい。

《新本鄭氏周易》三卷,國朝恵棟編。棟字定宇,長洲人。初王應麟輯鄭元易注一卷,其後人附刻玉海之末,雖殘章斷句,尚頗見漢學之崖畧。於經籍頗為有功,然皆不著所出之書,又次序先後間與經文不應,亦有遺漏未載者。

『新本鄭氏周易』は全部で三巻、本朝(清)の恵棟が編纂したものである。恵棟は字を定宇といい、江蘇長洲県の人。これに先立ち、宋代の王応麟が後漢の鄭玄(書中では避諱して「鄭元」と作る)の散佚した『周易注』を一巻に輯め、その後人がこの一巻を『玉海』の巻末に附刻した。その輯本は残欠の篇章・断裂した句子しか残っていなかったが、それでもなお漢代経学の大体の輪郭をかなり見せるもので、古代経籍の整理に大きな功労があった。ただしそれにもいくつかの欠点があった。輯めた条目がいっさいどの書から採ったかを注記していないこと、条目の前後の配列が『周易』経文の次序と合わないことがあること、さらに鄭玄の旧注のうち収録されずに漏れたものがあったことである。

棟因其舊本重為補正,凡應麟書所已載者,一一考求原本,注其出自某書。明其信而有徵,極為詳。核其次序先後,亦悉從經文,釐定復搜採群籍。上經補二十八條,下經補十六條,繋辭傳補十四條,說卦傳補二十二條,序卦傳補七條,雜卦傳補五條。移應麟所附易贊一篇於卷端,刪去所引諸經正義論互卦者八條,而別據元周禮臣太師注作十二月爻辰圖,據元月令注作爻辰所值二十八宿圖附於卷末。以駁朱震漢上易傳之誤。雖因人成事,而考核精宻實勝原書。應麟固鄭氏之功臣,棟之是編,亦可謂王氏之功臣矣。

恵棟は王応麟の旧輯本に基づいて改めて補充・訂正を加えた。王氏の書にすでに収録された条目については、彼は一つ一つ原初の出典を追跡し、その条がどの書から採られたかを注記して、信頼できて根拠があることを人に示し、きわめて詳細を尽くした。条目の前後の次序も、すべて『周易』経文の順序に従って改めて釐定した。そのうえ広く各種の古籍を渉猟して増補を加え、上経に二十八条、下経に十六条、『繋辞伝』に十四条、『説卦伝』に二十二条、『序卦伝』に七条、『雑卦伝』に五条を補入した。彼はまた、王応麟が書の後に附した『鄭氏周易賛』を全書の巻首に移し、王本が引く各経『正義』のうち「互卦」を論じた八条を删去し、別に鄭玄の『周礼・春官・太師』注に依拠して『十二月爻辰図』を作り、鄭玄の『礼記・月令』注に依拠して『爻辰所値二十八宿図』を作り、あわせて巻末に附して、宋人朱震の『漢上易伝』の爻辰の問題における誤りを駁正するのに用いた。この書は前人次第の既成の成果に接続して成ったものとはいえ、考訂の精密さは確かに原本に勝る。王応麟は固より鄭玄の功臣だが、恵棟のこの編もまた、王応麟の功臣ということができよう。

鄭氏周易賛

易之為名也,一言而函三義。簡易一也、變易二也、不易三也。故繋辭云:乾坤其易之縕耶。又曰:易之門戶耶。又曰:夫乾確然示人易矣。夫坤隤然示人簡矣,易則易知,簡則易從。此言其易簡之法則也。又曰:其為道也。屢遷,變動不居,周流六虛,上下無常,剛柔相易,不可為。典要唯變所適,此言從一作順時變易,出入移動者也。又曰:天尊地卑,乾坤定矣。卑髙以陳貴賤位矣,動靜有常剛柔斷矣。此言張設佈列,不易者也。據茲三義,而說易之道廣矣,大矣。

「易」という名称は、一字のうちに三層の意義を含んでいる。一は「簡易」、二は「変易」、三は「不易」である。それで『繋辞伝』は「乾坤はほぼ『易』の蔵する根本であろう」と言い、また「乾坤はほぼ『易』の門戸であろう」と言い、また「乾は剛健堅定で、平易という一面を人に示し、坤は柔順緩徐で、簡約という一面を人に示す。平易だからこそ知られやすく、簡約だからこそ遵行されやすい」と言う——この数句が講ずるのはまさに「簡易」という一層の法則である。『繋辞伝』はまた「『易』は一つの道理として、たびたび遷移するものである。変動して一処に留まらず、六爻の虚位のあいだを周流し、あるいは上りあるいは下り定まるところなく、剛爻と柔爻とが互いに入れ替わり、固定の準則として立てることはできず、ただ変化に随ってゆく」と言う——この数句が講ずるのは、時勢に順って変易し出入移動するという一層である(「従時変易」は一本に「順時変易」と作る)。『繋辞伝』はまた「天は上にあり地は下にあり、乾坤の位分はこれで定まる。低きも高きもいったん陳列すれば、貴賤の位次は分かれる。動と静とには各々常の規則があり、剛と柔とは判然として分かれる」と言う——この数句が講ずるのは、天地万物が張設布列して各々その位に安んじて移り易えないという一層である。この三層の意義をもって『周易』を講説すれば、「易」の道理は広博弘大となるのである。

巻上

乾(けん)

九二,見龍在田,利見大人。 二於三才為地道,地上即田,故稱田也集解。九二利見九五之大人正義。 九三,君子終日乾乾,夕惕若厲,無咎。 三於三才為人道,有乾徳而在人道,君子之象集解。惕,懼也釋文。 九五,飛龍在天,利見大人。 五於三才為天道,天者清明無形,而龍在焉。飛之象集解。

乾卦の九二の爻辞、「龍がすでに田野に現れた。大人を見るに利あり。」鄭玄の注:六爻は天・地・人の「三才」に配され、第二爻は「地道」に属する。地の上面が田であるから、爻辞は「田」と称する(『周易集解』に見える)。ここに「大人を見るに利あり」と言うのは、九二が君位に居る九五の大人を見るに利あることを指す(『周易正義』に見える)。九三の爻辞、「君子は終日勤勉して懈らず、夜に至ってもなお警戒戒惧し、危境に処るも過失に至らない。」鄭玄の注:第三爻は「三才」のうち「人道」に属し、乾の剛健の徳を具えて人の位に処る、まさに君子の象徴である(『周易集解』に見える)。「惕」の字は畏懼と訓ずる(『経典釈文』に見える)。九五の爻辞、「龍が飛騰して天上にあり。大人を見るに利あり。」鄭玄の注:第五爻は「三才」のうち「天道」に属する。天は清明にして形体なく、龍はその中に活動する。これが「飛」の取象である(『周易集解』に見える)。

上九亢龍有悔 堯之末年,四凶在朝,是以有悔。未大凶也正義。 用九,見群龍無首,吉。 六爻皆體乾一作龍,群龍之象也。舜既受道道一作禪,禹與稷、契咎繇之屬,並在於朝後漢郎顗傳注,班固傳注。 萬物資始乃統天。 資,取也。統,本也釋文。 大人造也造,徂早反。 造,為也釋文。

上九の爻辞「亢龍有悔」(龍があまりに高く飛んで悔恨を生ずる)、鄭玄の注:これは唐堯が位に在った末年に、共工・驩兠・三苗・鯀という「四凶」がなお朝中に蟠踞していたようなものだから「有悔」と言う。ただし悔があるだけで、大凶に至るほどではない(『周易正義』に見える)。用九の爻辞、「一群の龍が首を居らないのを見る。吉。」鄭玄の注:乾卦の六爻はみな乾を以て体とする(「体乾」は一本に「体龍」と作る)、まさに群龍が並び現れる象である。これは虞舜が堯の禅譲を受けた後(「受道」は一本に「受禅」と作る)、大禹と后稷・契・皐陶という一連の賢臣が同時に朝にあり、人人みな賢であって自らその首に居る者がないようなものである(『後漢書・郎顗伝』注、『後漢書・班固伝』注に見える)。『彖伝』の「万物资始乃統天」に、鄭玄の注:「資」は取と訓じ、「統」は本と訓ずる(『経典釈文』に見える)。『文言』の「大人造也」、、「造」の字の読みは徂早反、鄭玄の注:「造」は作為と訓ずる(『経典釈文』に見える)。

文言傳附。 君子體仁,足以長人。 體,生也文選二十四。 不成名釋文。 當隠之時,以從世俗。不自殊異,無所成名也集解。 確乎其不可拔。 確,堅髙之貌。拔,移也釋文。 閒邪以存其誠□通晁氏云。 君子進徳,修業及時,故無咎同上。 聖人作。 作,起也釋文。 亢龍有悔,窮志災也同上。 利貞者,情性也漢上易,晁氏同。 乾始而以美利,利天下晁氏云。

以下は『文言伝』の諸条の鄭注を附録する。「君子体仁、足以長人」に、鄭玄の注:「体」は生養と訓ずる(『文選』李善注巻二十四に見える)。「不成名」の一句は、鄭本はこのように作る(『経典釈文』に見える)。鄭玄の注:隠退すべき時に処すれば、世俗に順って行い、意を用いて自ら人と異なることを標榜せず、それゆえ名声を成すことがない(『周易集解』に見える)。「確乎其不可抜」に、鄭玄の注:「確」は堅実にして高峻なる貌、「抜」は移動と訓ずる(『経典釈文』に見える)。「閑邪以存其誠」の一句は、晁説之の引く鄭本は此処に一字残缺して辨え難い(元は「□通」と作る)。「君子進徳修業」に、鄭玄の注:君子は徳行を増進し功業を修治するにいずれも時に及んで機を失わず、それゆえ過失がない(同上)。「聖人作」に、鄭玄の注:「作」は興起と訓ずる(『経典釈文』に見える)。「亢龍有悔」に、鄭玄の注:その志を窮極すれば災禍を招く(同上)。「利貞者、情性也」、鄭本はこのように作る(朱震『漢上易伝』に見え、晁説之の記すところも同じ)。「乾始而以美利、利天下」、鄭本もまたこのように作る(晁説之の記すところに拠る)。

坤(こん)

履霜堅氷至。 履,讀為禮釋文。 馴致其道。 馴,從也釋文。 六二,直方。 直也,方也,地之性。此爻得中氣,而在地上,自然之性,廣生萬物,故生動直而且方禮記深衣正義。 龍戰于野。 聖人喻龍,君子喻蛇儀禮注 蛇龍君子之類。 必有餘殃。 殃,禍惡也釋文。

坤卦の初六「履霜堅氷至」に、鄭玄の注:「履」の字は「礼」と読む(『経典釈文』に見える)。『象伝』の「馴致其道」に、鄭玄の注:「馴」は順従と訓ずる(『経典釈文』に見える)。六二の爻辞「直方」に、鄭玄の注:正直・方正はもとより大地の本性である。この一爻は下卦の中に居って中和の気を得、また地面の上に処り、その自然の本性に順って広く万物を生育するから、それの生発する動向は正直にして方正である(『礼記・深衣』正義に見える)。上六の「龍戦于野」に、鄭玄の注:龍を以て聖人に譬え、蛇を以て君子に譬える(『儀礼』鄭注に「蛇・龍は君子の類」との説がある)。『文言』の「必有餘殃」に、鄭玄の注:「殃」は禍害悪事と訓ずる(『経典釈文』に見える)。

為其慊於陽也釋文謂鄭作謙,訛,故稱龍焉。 慊,讀如群,公溓之溓。古書篆作立,心與水相近,讀者失之,故作慊。溓,雜也。陰謂此上六也。陽謂今消息用事,乾也。上六為蛇,得乾氣,雜似龍詩,采薇,正義。

『文言』の「為其嫌于無陽也」に、鄭本は「為其慊于陽也」と作り(『経典釈文』は鄭本が「謙」と作ると言うが、それは伝写の誤りである)、下に「故に龍と称す」と接続する。鄭玄の注:「慊」の字は鄭国の大夫群公「溓」の「溓」と読むべきである。古書の篆体では「立心」旁と「水」旁の形が相近く、写し取る人が弁別できず、したがって誤って「慊」と写した。「溓」は混じり合うの義である。ここに言う「陰」は坤卦の上六爻を指し、言う「陽」は消息卦に拠るその時用事している乾卦を指す。上六はもと取象を蛇とするが、乾の陽気を混じえたため、龍のようになった。それゆえ爻辞は「龍戦于野」と称する(『詩経・小雅・采薇』正義に見える)。

屯(ちゅん)

天造草昧,宜建侯,而不寧。 造,成也。草,草創。昧,昧爽也文選注三十六。而,讀曰能。能,猶安也釋文。 君子以經論。 謂論,撰書禮樂,施政事釋文,正義曰劉表、鄭玄 以綸為論字。 六二,乗馬般如。 馬,牝牡曰乗釋文。 匪冦昏冓。 冓,猶會也釋文。 君子機不如舍。 機,弩牙也釋文。 以從禽也從,於用反,釋文。

屯卦の『彖伝』「天造草昧、宜建侯而不寧」に、鄭玄の注:「造」は成就と訓じ、「草」は草創初起、「昧」は天が明けようとして未だ明けない昧爽の時分(『文選』李善注巻三十六に見える)。句中の「而」は「能」と読み、「能」はここで「安」と同義で、諸侯を分封建立するに宜しく自ら安逸を求めてはならないと言うのである(『経典釈文』に見える)。『象伝』の「君子以経綸」に、鄭本は「綸」を「論」と作り、鄭玄の注:いわゆる「論」とは、礼楽の典章を撰定し政事を施行することを指す(『経典釈文』に見える。孔穎達『正義』は劉表・鄭玄ともに「綸」の字を「論」の字に作ると言う)。六二の爻辞「乗馬般如」に、鄭玄の注:牝馬と牡馬とが一対に配されるのを「乗」と言う(『経典釈文』に見える)。「匪寇婚媾」に、鄭本は「媾」を「冓」と作り、注:「冓」は会合と同義(『経典釈文』に見える)。六三の「君子几不如舍」に、鄭本は「几」を「機」と作り、注:「機」は弩の上で箭を発する牙機(『経典釈文』に見える)。『象伝』の「以従禽也」の「従」の字は、読みを于用反とし、追逐の義である(『経典釈文』に見える)。

蒙(もう)

蒙,亨。匪我求童蒙,童蒙求我。初筮告,再三瀆,瀆則不告。 蒙者,濛濛,物初生形,是其未開著之名也。人幼稚曰童,未冠之稱。亨者,陽也。瀆,褻也。筮,問也。於體震而得中,嘉會禮通,陽自動其中。徳施地道之上,萬物應之而萌牙生。教授之師,取象焉。修道蓺於其室,而童蒙者求為之弟子,非已乎求之也。弟子初問,則告之以事。義不思其三隅,相況以反,解而筮者,此勤師而功寡,學者之災也。瀆筮則不復告,欲令思而得之,亦所以利義而乾事也公羊疏釋文。

蒙卦の卦辞:「蒙は亨通す。我が蒙昧の童子を求めるに非ず、蒙昧の童子が我を求めるのである。初めて占問すれば告げ、再三繰り返して問えばそれは涜すなわち冒涜で、涜せばもはや告げない。」鄭玄の注:いわゆる「蒙」とは蒙蒙昧昧の貌で、万物が形体を生じたばかりで未だ舒展顕露しない時の名称を指す。人の幼き時を「童」と言う、これはまだ冠礼を行っていない称呼である。卦辞が「亨」と言うのは、陽気に就いて言ったものである。「涜」は軽慢にして褻狎、「筮」は問卜して教えを請うことである。卦体に就いて言えば、蒙卦は下体が震で九二が中に居り位を得て、まさに「嘉会して礼通ず」の義に合し、陽気がその中で自ら鼓動し、徳沢が大地の上に施布され、万物が感応して萌芽生長する。学問を教授する師とは、この卦象の上から譬えを取ったものである。師は自らの居室の中で道芸を修治し、蒙昧の童子が来りて彼の弟子となることを請うのであって、師が自ら学生を求めるのではない。弟子が初めて発問すれば、師は道理を彼に告げる。もし弟子が一隅を挙げて三隅を思い、反復比類推求することを肯んぜず、ただ一味に繰り返して問うだけならば、それは師が労苦して収穫が微少となり、求学者自身の災害である。それゆえ涜して反復して問い来ればもはや告げないのは、彼をして自ら思索して得るところあらしめようとするのであって、これもまた「義を守るに利あり、其の事を成す能し」の道理に合するのである(『春秋公羊伝』疏、『経典釈文』に見える)。

初六,用說桎梏。 木在足曰桎,在手曰梏周禮大司冦疏。 九二,苞蒙。 苞,當作彪。彪,文也釋文。 順以巽也。 巽,當作遜釋文。 上九繋蒙釋文。

初六の爻辞「用説桎梏」は、これを以て足枷手枷を解脱することを言う。鄭玄の注:木製の刑具を足に加えるを「桎」と言い、手に加えるを「梏」と言う(『周礼・秋官・大司寇』疏に見える)。九二の爻辞は、鄭本は「苞蒙」と作り、注:「苞」は「彪」と作るべく、「彪」は文采の義(『経典釈文』に見える)。『象伝』の「順以巽也」に、鄭玄の注:「巽」は「遜」と作るべく、謙遜の義を取る(『経典釈文』に見える)。上九の爻辞は、鄭本は「繋蒙」と作る(『経典釈文』に見える)。

需(じゅ)

需,讀為秀。陽氣秀而不直上者,畏上,坎也釋文。 光亨貞吉釋文云鄭揔為一句。 位音蒞乎天位釋文。 君子以飲食宴樂。 宴,享宴也釋文。 九二,需于沙釋文。 沙,接水者詩鳧鷖,正義引作沙。 致戎至釋文。

需卦の卦名に、鄭玄の注:「需」は「秀」と読み、陽気はすでに秀発したが、直ちに上に向かって冲らないのは、上卦の坎険を畏れるからであると言うのである(『経典釈文』に見える)。卦辞の「光亨貞吉」四字は、鄭本は連ねて一句として読む(『経典釈文』は鄭玄が総て一句に作すと言う)。『彖伝』の「位乎天位」の頭の「位」の字は、鄭本は「莅」と読み、臨御の義である(『経典釈文』に見える)。『象伝』の「君子以飲食宴楽」に、鄭玄の注:「宴」は享を設け宴請する義(『経典釈文』に見える)。九二の爻辞は、鄭本は「需于沙」と作る(『経典釈文』に見える)。鄭玄の注:「沙」は水に接する水辺の沙地(『詩経・大雅・鳧鷖』正義の引く鄭本は正しく「沙」の字に作る)。『象伝』の「致寇至」は、鄭本は「致戎至」と作る(『経典釈文』に見える)。

訟(しょう)

辯財曰訟釋文。 有孚咥。 咥,覺悔貌釋文。 九二,歸而逋其邑人三百戶,無眚。 小國之下大夫采地方一,成其定稅三百家,故三百戶也雜記正義。不易之田,歲種之,一易之田,休一歲乃種,再易之田,休二歲乃種。言至薄也。茍自藏隠不敢與五相敵,則無災眚正義。眚,過也釋文。 患至惙也惙,陟劣反。 惙,憂也釋文。 渝安貞吉。 渝,然也釋文。 上九,或錫之鞶帶。 鞶帶,佩鞶之帶周禮巾車疏。 終朝三拕之拕,徒可反,釋文。

訟卦の卦名に、鄭玄の注:財貨を争弁して相訴えるを「訟」と言う(『経典釈文』に見える)。卦辞の「有孚窒」は、鄭本は「有孚咥」と作り、注:「咥」は醒悟悔恨の神情(『経典釈文』に見える)。九二の爻辞:「訟に敗れて帰りて逃避し、彼の封邑は三百戸の人家しかなく、それゆえ災患を受けない。」鄭玄の注:小国の下大夫は、采地は方圆十里の一「成」之地で、その定額の賦税は三百家から出る。それゆえ「三百戸」と言う(『礼記・雑記』正義に見える)。古代の田地は三等に分かれた。不易の田は毎年種を播くことができ、一易の田は休耕一年してから種を播き、再易の田は休耕二年してから種を播く。ここに「三百戸」と言うのは、まさに采地の菲薄なること極まりなきを形容するのである。九二はすでに力が弱いから、自ら収斂隠蔵し、九五と争強対抗することを敢えてせねば、災患を招来しない(『周易正義』に見える)。「眚」は過失災患と訓ずる(『経典釈文』に見える)。『象伝』の「患至惙也」に、「惙」の音は陟劣反。鄭玄の注:「惙」は憂愁と訓ずる(『経典釈文』に見える)。九四の「渝安貞吉」に、鄭玄の注:「渝」はここで「然」と訓じ、即ち安然の義(『経典釈文』に見える)。上九の爻辞「或錫之鞶帯」は、或いは大帯を賞賜されることを言う。鄭玄の注:「鞶帯」とは鞶嚢を佩繋する大帯である(『周礼・春官・巾車』疏に見える)。「終朝三拕之」の「拕」の字は、読みを徒可反とする(『経典釈文』に見える)。

師(し)

軍二千五百人為師。多以軍為名,次以師為名,少以旅為名。師者舉中之言王氏。 丈人吉。 丈之言,長能御眾,有正人之徳,以法度為人之,長吉而無咎。謂天子諸侯主軍者春官天府疏,釋文。 初六,否臧凶否,方有反。釋文。 九二,王三賜命釋文。 承天寵也。 寵,光耀也釋文。

師卦の卦名に、鄭玄の注:兵二千五百人を編して一「師」とする。人数の多いは「軍」の名を以てし、次の等級は「師」の名を以てし、少ないは「旅」の名を以てす。この卦は名を「師」と取るが、中間の一等を挙げて説を立てたのである(王応麟輯本に見える)。卦辞の「丈人吉」に、鄭玄の注:「丈」は長者の意で、衆人を統御することができ、他人を匡正する德行を具え、法度を以て衆人の表率とするから、吉にして過失がない。ここに言う「丈人」は、天子・諸侯のうち軍事を主持する者を指す(『周礼・春官・天府』疏、『経典釈文』に見える)。初六の爻辞「否臧凶」の「否」の字は、読みを方有反とする(『経典釈文』に見える)。九二の爻辞は、鄭本は「王三賜命」と作る(『経典釈文』に見える)。『象伝』の「承天寵也」に、鄭玄の注:「寵」は光耀栄顕と訓ずる(『経典釈文』に見える)。

比(ひ)

初六,有孚盈缶。 爻辰在未上,值東井。井之水,人所汲用缶。缶,汲器也詩宛丘,正義,釋文。 九五,王用三驅釋文,失前禽。 王因天下顯,習兵於搜狩焉。驅禽而射之,三則已,法一作發軍禮也。失前禽者,謂禽在前來者,不逆而射之,傍去又不射。唯背走者,順而射之,不中則一作亦巳,是皆所以失之,用兵之法亦如之。降者不殺,奔者不禁,背者不殺。加以仁恩,養威之道秋官士師 疏,左傳桓四年,正義。

比卦の初六の爻辞「有孚盈缶」は、誠信が充満して瓦缶に水を盛るが如きを言う。鄭玄の注:この一爻は「爻辰」の法に拠って地支の「未」位に配され、未位の上は正に二十八宿のうちの東井宿に当たる。井の水は人が瓦缶を以て汲み上げるもので、「缶」はすなわち水を汲む器皿である(『詩経・陳風・宛丘』正義、『経典釈文』に見える)。九五の爻辞「王用三駆」(鄭本はこのように作る、『経典釈文』に見える)、下に「失前禽」と接続する。鄭玄の注:君王は天下がすでに安定昌明であるので、田猟を借りて兵事を演習する。禽獣を駆り立ててこれを射るに、駆ること三次に至れば止める。これは軍礼の定法である(「法」は一本に「発」と作る)。いわゆる「失前禽」とは、迎面して自らに向かって走り来る禽獣は迎え撃たず、傍から逃走するも射ず、ただ背を向けて自らを外れて走るもののみ方向に順って射、射中らなければそれで罷む(「則」は一本に「亦」と作る)。これらはみな意を用いて彼らをして逃れさせるのである。用兵の法度もまたこの如し:投降するは殺さず、奔逃するは追截せず、背向して退走するは殺さず。このように仁愛恩恵を施加するは、まさに威信を蓄養する方法である(『周礼・秋官・士師』疏、『左伝』桓公四年正義に見える)。

小畜(しょうちく)

小畜許六反,釋文 畜,養也釋文。 九三,輿說輻。 輻,伏莬釋文。謂輿下縛木,與軸相連,鉤心之木是也王氏。

小畜卦、卦名の「畜」の字の読みは許六反(『経典釈文』に見える)。鄭玄の注:「畜」は畜養と訓ずる(『経典釈文』に見える)。九三の爻辞「輿説輻」は、車身が輻を脱落したと言う。鄭玄の注:「輻」はすなわち「伏兎」(『経典釈文』に見える)、車厢の底に縛り付ける一つの木件を指し、それは車軸と相連なり、まさに車心を鉤留するあの木である(王応麟輯本に見える)。

履(り)

履,虎尾不噬,人亨。 噬,齧也音誓,文選十。 視履考詳。 履道之終,考正詳備晁氏。

履卦の卦辞は、鄭本は「履虎尾、不噬人、亨」と読み、虎の尾を踏んでも虎が人を噛まず、それゆえ亨通すると言う。鄭玄の注:「噬」は咬啮で、読みは「誓」と同じ(『文選』李善注巻十に見える)。上九の爻辞「視履考詳」に、鄭玄の注:これは履道が終点に至った時、回头して自ら一路の行履を審視し、それが端正で周詳完備かを考覈することである(晁説之の記すところに拠る)。

泰(たい)

通也釋文。 后以財成,天地之道。輔相天地之宜,以左右民 財,節也。輔相左右,助也以者,取其順陰陽之節,為出內之政。春崇寛仁,夏以長養,秋教收斂,冬勅蓋藏,皆可以成物助民也集解。 初九,拔茅音苖茹,以其彚征彚音謂。 彚,類也。茹,牽引也。茅喻君有絜白之徳,臣下引其類而仕之劉向傳注。 九二,苞荒。 荒,讀為康,虛也釋文。 六五,帝乙、歸妹,以祉元吉。 五爻辰在卯春,為陽中,萬物以生。生育者,嫁娶之貴。仲春之月,嫁娶男女之禮。福祿大吉周禮媒氏疏。 上六,城復于隍。 隍,壑也詩韓奕正義。

泰卦の卦名に、鄭玄の注:「泰」はすなわち通達(『経典釈文』に見える)。『象伝』の「后以財成天地之道、輔相天地之宜、以左右民」に、鄭玄の注:「財」は節制と訓じ、「輔相」も「左右」もいずれも輔助の義。いわゆる「以」とは、陰陽の節候に順応して出入の政を施行することを取る意である:春は寛和仁厚を尚び、夏はその生長養育を助け、秋は民に収斂を教え、冬は収蔵を督令する。これらはみな万物を成就し百姓を輔助することができる(『周易集解』に見える)。初九の爻辞「抜茅茹、以其彙征」に、「茅」の音は苗、「彙」の音は謂。鄭玄の注:「彙」は同類、「茹」は牽引。茅草を以て君主が洁白の徳を懐くに譬え、臣下はそこで自己の同類を牽引してともに出でて職に就く(『漢書・劉向伝』注に見える)。九二の爻辞「苞荒」に、鄭玄の注:「荒」は「康」と読み、空虚の義(『経典釈文』に見える)。六五の爻辞「帝乙帰妹、以祉元吉」に、鄭玄の注:第五爻は爻辰の法に拠って地支の「卯」位に配され、卯は春季に当たり、まさに陽気の中点で、万物はここより生発する。生育の事を主るは嫁娶を貴しとし、仲春二月はまさに男女の嫁娶行礼の月である。それゆえ福禄を得て大吉である(『周礼・地官・媒氏』疏に見える)。上六の爻辞「城復于隍」に、鄭玄の注:「隍」は城牆の下の溝壑である(『詩経・大雅・韓奕』正義に見える)。

否(ひ)

九四,疇離祉釋文。 九五,休否。 休,美也文選二十五。 其亡其亡,繋于苞桑。 苞,植也。否,世之人不知聖人有命,咸曰其將亡矣。其將亡矣,而聖乃自繋於植桑,不亡也文選五十二。猶紂囚文王於羑里之獄,四臣獻珍異之物而終免於難。繋于苞桑之謂集解。

否卦の九四の爻辞は、鄭本は「疇離祉」と作る(『経典釈文』に見える)。九五の爻辞「休否」に、鄭玄の注:「休」は美善と訓ずる(『文選』李善注巻二十五に見える)。九五の「其亡其亡、繋于苞桑」に、鄭玄の注:「苞」は深植の義。否閉の世に当たって、世人は聖人に自ら天命あるを明白せず、皆彼はほどなく亡びよう、ほどなく亡びようと言う。しかるに聖人は自らを深植の桑根の上に繋結し、それゆえ亡びない(『文選』李善注巻五十二に見える)。これは商紂が周文王を羑里の牢獄に囚え、太頗・閎夭ら四人の臣子が珍奇の宝物を進献し、文王が終に禍難を免れたが如きである。いわゆる「繋于苞桑」はまさにこの類の事を指す(『周易集解』に見える)。

同人(どうじん)

同人于野,亨。 乾為天,離為火,卦體有巽。巽為風,天在上,火炎上而從之,是其性同於天也。火得風然,後炎上益熾,是猶人君在上,施政教使天下之人和同而事之。以是為人和同者,君之所為也。故謂之同人。風行無所不徧,徧則會通之徳大行,故曰同人于野亨集解。 六二,同人于宗。 天子諸侯后夫人,無子不出儀禮士昏,禮疏,詩河廣,正義。 九三,伏戎于莽。 莽,叢木也釋文。

同人卦の卦辞「同人于野、亨」に、鄭玄の注:上卦の乾は天、下卦の離は火、卦中の互体にまた巽あり、巽は風である。天は上方にあり、火の性は炎上してこれに随って上行する。火の性質が天と相同じるが見え、火は風を得れば、火焰の上騰はいっそう熾烈となる。これは君主が上位に居り、政治教化を施行し、天下の人をして和同一致して彼に事奉せしめるが如し。衆人を和同せしめること能くするは、まさに君主の作為である。それゆえこの卦を「同人」と言う。風の至るところ、周遍せざるなく、周遍すれば会合貫通の徳沢が大いに流行する。それゆえ「同人于野、亨」と言う(『周易集解』に見える)。六二の爻辞「同人于宗」に、鄭玄の注:天子・諸侯の后および夫人は、たとえ子なくとも出弃を加えない(『儀礼・士昏礼』疏、『詩経・衛風・河広』正義に見える)。九三の爻辞「伏戎于莽」に、鄭玄の注:「莽」は叢生の草木(『経典釈文』に見える)。

九四,乗其庸釋文

九四の爻辞は、鄭本は「乗其庸」と作り、通行本の「乗其墉」(城牆に登る)と用字を異にする(『経典釈文』に見える)。

大有(たいゆう)

大有元亨。 六五,體離,處乾之上,猶大臣有聖明之徳,代君為政,處其位有其事,而理之也。元亨者,又能長群臣以善使,嘉會禮通,若周公攝政,朝諸侯於明堂是也集解。 明,辯遰也。 遰,讀如明。星晢晢釋文。

大有卦の卦辞「元亨」に、鄭玄の注:六五のこの一爻は離を以て体とし、下卦の乾の上に居る。これは大臣が聖明の徳を具え、君主に代わって政事を執掌するが如し。すでにその位置に処りその職事を担えば、それを治めて妥当ならしめる。いわゆる「元亨」は、彼がまた善道を以て群臣を統領し善く任使すること、まさに「嘉会而礼通」の義に合し、周公が政を摂して明堂で諸侯を朝会せしめた如きである(『周易集解』に見える)。『象伝』の「明辨晳也」は、鄭本は「明、辯遰也」と作る。鄭玄の注:「遰」は『詩経』の「明星晢晢」の「晢」の如く読み、光明分明の義を取る(『経典釈文』に見える)。

嗛(けん、謙)

嗛亨,君子有終。 艮為山,坤為地。山體髙,今在地下,其於人道,髙能下下,嗛之象。亨者,嘉會之禮,以嗛為主。嗛者,自貶損以下人,唯艮之堅固,坤之厚順,乃能終之。故君子之人,有終也集解。 君子以捊多益寡。 捊,取也釋文。 卑以自牧也。 牧,養也釋文,文選注十六。 六四,撝嗛。 撝,讀為宣釋文。

謙卦は鄭本では卦名を「嗛」と作る。卦辞「嗛亨、君子有終」に、鄭玄の注:下卦の艮は山、上卦の坤は地。山の形体はもとより高峻であるのに、今は大地の下に処っている。人事の道に就いて言えば、これは地位の高い者が能く卑下の者の下に屈することで、まさに「謙」の象である。いわゆる「亨」は、嘉美会合の礼が謙譲を主とするからである。「謙」とは自らを貶損して人の下に居ること。艮の堅定と坤の厚順とを具えてこそ、謙を最後まで守り通すことができる。それゆえ君子たる者は「有終」と言う(『周易集解』に見える)。『象伝』の「君子以捊多益寡」に、鄭玄の注:「捊」は取と訓ずる(『経典釈文』に見える)。『象伝』の「卑以自牧也」に、鄭玄の注:「牧」は畜養と訓ずる(『経典釈文』、『文選』李善注巻十六に見える)。六四の爻辞「撝嗛」に、鄭玄の注:「撝」は「宣」と読み、宣布布散の義(『経典釈文』に見える)。

豫(よ)

豫,利建侯行師。 坤,順也。震,動也。順其性而動者,莫不得其所。故謂之豫。豫,喜佚說樂之貌也。震又為雷,諸侯之象。坤又為眾,師役之象。故利建侯行師矣集解。 四時不忒。 忒,差也釋文。

豫卦の卦辞「利建侯行師」に、鄭玄の注:下卦の坤は順、上卦の震は動。事物の本性に順って行動すれば、一つとしてその所を得ないものはない。それゆえこの卦を「豫」と言う。「豫」は歓喜安適・悦楽の貌。震はまた取象を雷とし、諸侯の象。坤はまた取象を衆とし、師旅を興し衆を役する象。それゆえ諸侯を分封するに利あり、兵を出して征伐するに利ありと言う(『周易集解』に見える)。『彖伝』の「四時不忒」に、鄭玄の注:「忒」は差錯と訓ずる(『経典釈文』に見える)。

象曰:雷出地,奮豫。先王以作樂崇徳。殷薦之上帝以配祖考。 奮動也。雷動於地上,萬物乃豫也。以者取其喜佚,動搖猶人至,樂則手欲鼓之,足欲舞之也。崇,充也。殷,盛也。薦,進也。上帝,天帝也。王者功成作樂,以文得之者,作鑰舞。以武得之者,作萬舞。各充其徳而為制。祀天地以配祖考者,使與天同饗其功也。故孝經云:郊祀后稷以配天。宗祀文王於明堂,以配上帝是也集解。

『象伝』は言う:「雷出でて地を奮い、豫。先王以て楽を作り徳を崇め、殷に之を上帝に薦じ、以て祖考に配す。」鄭玄の注:「奮」は振動。雷が地上で鼓動すれば、万物はそこで歓悦する。これが「豫」である。いわゆる「以」は、あの歓喜安適で動揺して已まない趣を取る——ちょうど人が快楽の極に至れば、手は鼓を撃ちたくなり足は舞い起きたくなるが如し。「崇」は充実と訓じ、「殷」は盛大と訓じ、「薦」は進献と訓じ、「上帝」はすなわち天帝。帝王は功業が告成すれば楽章を制作する。文徳を以て天下を取った者は「籥舞」を作り、武功を以て天下を取った者は「万舞」を作り、各々自己の徳業を充実させてその楽制を定める。天地を祭祀して祖先を以て配享せしめるは、祖先をして上天とともにこの功業を享受せしめようとするのである。それゆえ『孝経』は言う:南郊で天を祭るに后稷を以て配享し、明堂で宗祀するに文王を以て上帝に配す——まさにこの事を指す(『周易集解』に見える)。

六二,砎於石砎,古八切。謂磨砎也,釋文。 六三,盱豫。 盱,誇也釋文。 九四,由豫,大有得。勿疑朋,盍簮。 由,用也。簮,速也釋文。 上六,冥豫。 冥,讀為鳴釋文。

六二の爻辞「介于石」は、鄭本は「砎于石」と作り、「砎」は古八切と読む。鄭玄の注:「砎」は磨礪の意(『経典釈文』に見える)。六三の爻辞「盱豫」に、鄭玄の注:「盱」は誇張自大(『経典釈文』に見える)。九四の爻辞「由豫、大有得、勿疑、朋盍簪」に、鄭玄の注:「由」は用と訓じ、「簪」は迅速と訓ずる(『経典釈文』に見える)。上六の爻辞「冥豫」に、鄭玄の注:「冥」は「鳴」と読む(『経典釈文』に見える)。

随(ずい)

隨元亨利貞。無咎。 震,動也。兌,說也。內動之以徳,外說之以言。則天下之民咸慕其行,而隨從之。故謂之隨也。既見隨從,能長之以善,通其嘉禮,和之以義,乾之以正,則功成而有福。若無此四徳,則有凶咎焉。焦貢曰,漢髙帝與項籍其明征也集解,左傳襄九年,正義。 君子以嚮晦入宴息。 晦宴也,猶人君既夕之,後入於宴,寢而止息正義。

随卦の卦辞「元亨利貞、无咎」に、鄭玄の注:下卦の震は動、上卦の兌は悦。内にあっては徳行を以て人を感動せしめ、外にあっては言辞を以て人を喜悦せしめれば、天下の百姓はみな彼の作為を仰慕して彼に随う。それゆえこの卦を「随」と言う。すでに随う人あらば、能く善道を以てその成長を助け(元)、嘉美の礼を通達せしめ(亨)、合宜を以て調和し(利)、正道を以て成就し(貞)なければならない。こうすれば功業が告成して福沢を享くる。もし元・亨・利・貞の四徳を欠けば、凶険と過咎を招来する。焦贛は言う:漢高祖と項羽の成敗は、この一点の明証である(『周易集解』、『左伝』襄公九年正義に見える)。『象伝』の「君子以向晦入宴息」に、鄭玄の注:「晦」はここで宴息の時を指し、君主が日暮れの後に内寝に入り安息休止するが如し(『周易正義』に見える)。

出門交有功。 震為大塗,又為日門。當春分,陰陽之所交也。是臣出君門,與四方賢人交,有成功之象也。昔舜慎徽五典,五典克從,內於百揆,百揆時序,賓於四門,四門穆穆,是其義也集解。

初九の『象伝』「出門交有功」に、鄭玄の注:震は取象を大道とし、また取象を日出の門とする。震は春分の時に当たり、まさに陰陽交会の処である。これはすなわち臣子が君門を出でて、四方の賢人と交接して能く功業を成就する象である。昔、虞舜は慎みて五種の倫常の教を敷布し、五教はみな遵行を得た。彼に百官を総領させれば、百官の政事は井然として序あり。彼に四門で賓を迎えさせれば、四門の賓客は粛穆恭敬せざるなし——言うところはまさにこの道理である(『周易集解』に見える)。

蠱(こ)

先甲三日,後甲三日。 甲者,造作新令之日。先之三日而用辛也。欲取改過自新之義。後之三日而用丁也。取其丁寧之義正義。

蠱卦の卦辞「先甲三日、後甲三日」に、鄭玄の注:「甲」は新たな法令を頒布する日である。甲日の前の第三日は正に「辛」日に当たり、「辛」と「新」との同音を取り、過ちを改め自ら新たになる義を含む。甲日の後の第三日は正に「丁」日に当たり、「丁」と「叮嚀」との同音を取り、反復告誡の義を含む(『周易正義』に見える)。

臨(りん)

至于八月,有凶。 臨,大也。陽氣自此浸而長大,陽浸長矣而有四徳,齊功於乾盛之極也。人之情盛則奢淫,奢淫將亡,故戒以凶也。臨卦斗建丑,而用事殷之正月也。當文王之時,紂為無道,故於是卦為殷家著興衰之戒以見。周改殷正之數,雲臨。自周二月用事,訖其七月至八月而遯卦受之此,終而復始,王命然矣集解。

臨卦の卦辞「至于八月有凶」に、鄭玄の注:「臨」は大の意。陽気はここから漸々滋長壮大し、陽はすでに浸長してしかも元亨利貞の四徳を具備し、功用は乾卦と斉しいほか、盛んなること極点に至る。人の常情は、盛極すれば奢侈淫佚に流れ、奢淫が下ればまさに敗亡せんとする。それゆえ卦辞は「凶」を以て告誡する。臨卦は北斗の斗柄が「丑」を指す月に用事するが、それはまさに殷代の暦法の正月である。周文王の時に当たり、商紂は暴虐無道であったから、すなわちこの卦の上に殷王朝のために興衰の警戒を標出し、その義を顕明ならしめた。周朝に至って正朔の数を改めれば、この卦は自ずから周暦二月から用事を起こし、七月を経歴し、八月に至って遯卦が接替する。この如く終わればまた始まる——帝王が命を受ける運はもとよりこのようである(『周易集解』に見える)。

観(かん)

觀,盥而不薦。 坤為地,為眾。巽為木,為風。九五,天子之爻。於體有艮,艮為鬼門,又為宮闕。地上有木而為鬼門宮闕者,天子宗廟之象也集解。諸侯貢士於天子,卿大夫貢士於其君,必以禮賓之。唯主人盥而獻賓,賓盥而酢。主人設薦俎則弟子也王氏。 初六,童觀。 童,稚也釋文。

観卦の卦辞「盥而不薦」に、鄭玄の注:下卦の坤は地であり衆であり、上卦の巽は木であり風である。九五は天子の爻。卦中の互体に艮あり、艮は鬼門でありまた宮闕である。地の上に樹木が生えまた鬼門宮闕の所在たるは、まさに天子の宗廟の象(『周易集解』に見える)。諸侯が天子に士人を薦挙し、卿大夫が自らの国君に士人を薦挙するには、いずれも必ず賓客の礼を以て相待す。ただ主人が盥手して酒を賓に献じ、賓が盥手して主人に回敬するのみが、主賓が親行の事である。陳設して羞俎豆を薦ずるに至っては、弟子輩のなすところである(王応麟輯本に見える)。初六の爻辞「童観」に、鄭玄の注:「童」は幼稚(『経典釈文』に見える)。

噬嗑(ぜいこう)

先王以明罰勅法。 勅,猶理也釋文。 九四,噬乾胏。 胏,簀釋文。 上九,何校滅耳,凶。 離為槁木,坎為耳木。在耳上何校,滅耳之象也集解。 聰不明也。 目不明,耳不聰釋文。

噬嗑卦の『象伝』「先王以明罰勅法」に、鄭玄の注:「勅」は治理と同義(『経典釈文』に見える)。九四の爻辞「噬乾胏」に、鄭玄の注:「胏」は骨に連なる乾肉(鄭本はこの字を「簀」と訓作する、『経典釈文』に見える)。上九の爻辞「何校滅耳、凶」は、肩に大枷を扛ぎ、枷が耳をも遮没すると言う。鄭玄の注:離は取象を枯木とし、坎は取象を耳とする。木が耳の上に圧するは、まさに重枷を肩に負い両耳を遮没する象(『周易集解』に見える)。『象伝』の「聡不明也」に、鄭玄の注:目が見えないを「不明」と言い、耳が聞こえないを「不聡」と言う(『経典釈文』に見える)。

賁(ひ)

賁亨小。利有攸往。 賁,文飾也。離為日,天文也。艮為石,地文也。天文在下,地文在上,天地二文相飾,成賁者也一雲天地之文交,相而成賁。賁,然也。猶人君以剛柔仁義之道,飾成其徳也。剛柔雜仁義合,然後嘉會禮通,故亨也。卦 於體坎艮,艮止於上,坎險止於下,夾震在中,故不利大行,小有所之則可矣詩白駒,正義,集解。 賁,變也。文飾之貌釋文。

賁卦の卦辞は、鄭本は「賁、亨小、利有攸往」と読む。鄭玄の注:「賁」は文飾。下卦の離は日で天の文采に属し、上卦の艮は石で地の文采に属す。天文が下にあり地文が上にあり、天地二種の文采が互いに修飾して賁と成る(一説に天地之文が交錯相済して賁と成る)。「賁」は文采焕然たる貌で、君主が剛柔仁義の道を以て自己の徳行を修飾し成就するが如し。剛柔が相雑じり仁義が相合して、然る後に嘉美会合の礼が通行する。それゆえ「亨」と言う。この卦の互体に坎あり艮あり、艮は上に止まり坎は下に険阻し、中間にまた震を挟む。それゆえ大いに作為するに利せず、ただ小さく往くはまだ可なり(『詩経・小雅・白駒』正義、『周易集解』に見える)。鄭玄はまた注す:「賁」は変化、文飾の貌(『経典釈文』に見える)。

無敢折獄。 折,斷也釋文。 初九,賁其趾,舍輿而徒釋文。 趾,足同上。 義不乗也晁氏。 六四,賁如燔如燔,音煩。釋文。 六四,巽爻也。有應於初九,欲自飾以適,初既進退未定,故燔如也檀弓正義。 白馬翰如翰,寒案反釋文。 謂九三位在辰,得巽氣,為白馬。翰,猶乾也。見六四,適初未定,欲乾而有之檀弓,正義。

『象伝』の「无敢折獄」に、鄭玄の注:「折」は断決と訓ずる(『経典釈文』に見える)。初九の爻辞は、鄭本は「賁其趾、舍輿而徒」と作る(『経典釈文』に見える)。鄭玄の注:「趾」はすなわち足(同上)。『象伝』の「義不乗也」は、鄭本このよう(晁説之の記すところに拠る)。六四の爻辞「賁如燔如」、「燔」の音は煩(『経典釈文』に見える)。鄭玄の注:六四は巽爻で、初九と相応の義あり。自ら文飾を加えて初九に就かんと欲するが、初九は此刻進退未定。それゆえ「燔如」なるあの焦灼の貌を顕す(『礼記・檀弓』正義に見える)。「白馬翰如」の「翰」は寒案反と読む(『経典釈文』に見える)。鄭玄の注:九三のこの一爻は爻辰に拠り「辰」位に配され、巽気を得、それゆえ取象を白馬とする。「翰」は「乾」と同義で、求取の意。九三は六四が初九に就かんとしながら未だ定まらざるを見て、便ち先んじて彼女を求め得て自らの有と為さんと欲する(『礼記・檀弓』正義に見える)。

剥(はく)

不利有攸往,小人長也。 陰氣侵陽,上至於五,萬物霝落,故謂之剝也。五陰一陽,小人極盛,君子不可有所之,故不利有攸往也集解。 蔑,貞凶。 蔑,輕慢釋文。 剝床以辨。 足上稱辨,謂近膝之下。屈則相近,信則相逺。故謂之辨。辨,分也集解。 切,近災也。 切,急也釋文。 小人剝廬。 小人傲很,當剝徹廬舍而去天官遺人疏。

剥卦の『彖伝』「不利有攸往、小人長也」に、鄭玄の注:陰気が陽気を侵奪し、上に向かって一直に第五爻にまで逼り、万物が零落凋残する。それゆえこの卦を「剥」と言う。五つの陰爻にただ一つの陽爻が残るは、小人の勢力が盛極の時で、君子は行動する所あってはならない。それゆえ「不利有攸往」と言う(『周易集解』に見える)。「蔑貞凶」に、鄭玄の注:「蔑」は軽慢(『経典釈文』に見える)。六二の爻辞「剥床以辨」に、鄭玄の注:脚以上の部位を「辨」と称し、膝蓋の下方に近い処を指す。腿が一たび屈すれば上下両段は靠攏し、腿が一たび伸びれば上下両段は分かれる。それゆえこれを「辨」と称す。「辨」はすなわち分界(『周易集解』に見える)。『象伝』の「切近災也」に、鄭玄の注:「切」は急迫と訓ずる(『経典釈文』に見える)。上九の爻辞「小人剥廬」に、鄭玄の注:小人は驕傲狠戾で、到頭来自らの住む廬舍さえも拆毀して去る(『周礼・地官・遺人』疏に見える)。

復(ふく)

復,亨。 復,反也。還也。陰氣侵陽,陽失其位,至此始還反,起於初,故謂之復。陽,君象。君失國而還反,道徳更興也春秋正義。 七日來復。 建戌之月,以陽氣既盡,建亥之月,純陰用事,至建子之月,陽氣始生,隔此純陰一卦。卦主六,日七分,舉其成數言之,而云七日來復正義序。

復卦の卦辞「復、亨」に、鄭玄の注:「復」は返回・帰還。陰気が陽気を侵奪し、陽は自己の位置を失い、この一卦に至って始めて返回し、初爻から重新に興起する。それゆえ「復」と言う。陽は君主の象で、これは君主が国を失った後また返国を得て、道徳が重新に振興するが如し(『春秋』正義に見える)。卦辞の「七日来復」に、鄭玄の注:斗柄が戌を指す九月、陽気はすでに耗尽する。斗柄が亥を指す十月、純陰の坤卦が当令用事する。斗柄が子を指す十一月に至って、陽気はやっと重新に生出する——中間には坤という純陰の卦一つを隔てるのみ。卦気の法に拠れば、一卦は六日七分を主る。ここではその整数を挙げて言うから、「七日来復」と称す(『周易正義』序に見える)。

商旅不行。 資貨而行,曰商。旅,客也釋文。 無祗悔。 祗,病也釋文。 六三,顰復釋文。 六四,中行獨復。 爻處五陰之中,度中而行,四獨應初漢上易傳。 中以自考也。 考,成也釋文。 有烖眚釋文。 異自內生,曰眚。自外曰祥。害物曰災釋文。

『象伝』の「商旅不行」に、鄭玄の注:貨本を帯びて外出して経営するを「商」と言い、「旅」は行客(『経典釈文』に見える)。初九の「无祗悔」に、鄭玄の注:「祗」は病患と訓ずる(『経典釈文』に見える)。六三の爻辞は、鄭本は「顰復」と作る(『経典釈文』に見える)。六四の爻辞「中行独復」に、鄭玄の注:この一爻は五つの陰爻の正中に処り、能く中道を揣度して行う。六爻のうちただこれのみが初九と相応する。それゆえ「独復」と言う(朱震『漢上易伝』に見える)。『象伝』の「中以自考也」に、鄭玄の注:「考」は成就と訓ずる(『経典釈文』に見える)。上六の「有災眚」は、鄭本は「有烖眚」と作る(『経典釈文』に見える)。鄭玄の注:怪異が内部から生ずるを「眚」と言い、外部から来るを「祥」と言い、凡そ万物を傷害するを「災」と言う(『経典釈文』に見える)。

无妄(むぼう)

妄,猶望。謂無所希望也釋文。 無妄之往,何之矣。 妄之言,望人所望。宜正行,必有所望,行而無所望,是失其正,何可往也後漢書李通傳注。 天命不右。 右,助也釋文。 不菑畬。 一歲曰菑,二歲曰新田。三歲曰畬王氏。

无妄卦の卦名に、鄭玄の注:「妄」は「望」と相通じ、「无妄」とは心中に希求期待を存せざるを言う(『経典釈文』に見える)。上九の『象伝』「无妄之往、何之矣」に、鄭玄の注:「妄」はすなわち「望」で、人の心中に指望する所を指す。人はもとより正道を走りて行うべく、行事には常に指望する所あるが、もし行事して一も指望がなければ、それはその正道を失うもので、なおどこへ往くことができよう(『後漢書・李通伝』注に見える)。『象伝』の「天命不右」に、鄭玄の注:「右」は佑助と訓ずる(『経典釈文』に見える)。六二の爻辞「不菑畬」に、鄭玄の注:開墾第一年の田を「菑」と言い、第二年を「新田」と言い、第三年をやっと「畬」と言う(王応麟輯本に見える)。

大畜(たいちく)

不家食,吉。 自九三至上九,有頤象。居外,是不家食。吉而養賢表記正義。 輝光日新絶句,其徳連下句剛上而尚賢釋文。 良馬逐逐。 逐逐,兩馬走也釋文。 日閒輿衛日,人實反。 日,習車徒釋文。

大畜卦の卦辞「不家食、吉」に、鄭玄の注:九三から上九に至るまで、卦形は頤卦の象あり。賢者が外卦に居るは、まさに自己の家で飯を食して閑食せざるの意で、それゆえ吉。国家が能く賢人を供養すると言うのである(『礼記・表記』正義に見える)。『彖伝』の「輝光日新」四字は、鄭本はここで句を断ち、「其徳」の二字は下句に連ねて「其徳剛上而尚賢」と読む(『経典釈文』に見える)。九三の爻辞「良馬逐」は、鄭本は「良馬逐逐」と作る。鄭玄の注:「逐逐」は両馬が並び馳する貌(『経典釈文』に見える)。「日閑輿衛」の「日」の字は人実反と読み、鄭玄の注:「日」は日日車馬徒衆を演習すること(『経典釈文』に見える)。

六四,童牛之梏,元吉晁氏謂梏。鄭作角,非也。 巽為木,於體震。震為牛之足,足在艮體之中,艮為手,持木以就足,是施梏大司冦疏。 六五,豶豕之牙。 牙,讀為□釋文。 上九,何天之衢。 艮為手,手上肩也。乾為首,首肩之間,荷物處。乾為天,艮為徑路,天衢象也後漢崔駰傳注。 道大行也。 人君在上位,負荷天之大道文選十一。

六四の爻辞「童牛之梏、元吉」(晁説之はこの「梏」の字を鄭本は「角」と作ると言うが、その説は不確)。鄭玄の注:巽は木、卦中の互体にまた震あり、震は取象を牛の脚とする。牛脚が艮体の中に処り、艮は取象を手とする。手を以て木具を持ちて牛脚を套住するに往く、これがすなわち牛に木梏を加えること(『周礼・秋官・大司寇』疏に見える)。六五の爻辞「豮豕之牙」に、鄭玄の注:「牙」は別の一字と読むべく、鄭本が此処で改めた字はすでに残缺(『経典釈文』に見える)。上九の爻辞「何天之衢」に、鄭玄の注:艮は手、手の上端は肩に連なり、乾は首、頭と肩のあいだはまさに東西を負荷する処。乾はまた天、艮はまた小路。合わせれば「天衢」の象(『後漢書・崔駰伝』注に見える)。『象伝』の「道大行也」に、鄭玄の注:君主は上位に居り、上天の大道を肩に負う(『文選』李善注巻十一に見える)。

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