《子平真詮評註》 清 沈孝瞻 原著
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《子平真詮評註》 清 沈孝瞻 原著
八字命理典籍
初学はまず体例の整った通論の書で枠組みを立て、次に歌賦類、最後に評注と進むのがよい。断語集から入ると、結論は覚えても導出の過程を組み立てられないことが多い。
序
予自束髮就傳,即喜讀子史諸集,暇則子平《淵海》、《大全》略為流覽,亦頗曉其意。然無師授,而於五行生剋之理,終若有所未得者。後復購得《三命通會》、《星學大成》諸書,悉心參究,晝夜思維,乃恍然於命之不可不信,而知命之君子當有以順受其正。
私は髪を束ねて入学し、師について学問を受けたころから、諸子・史書や各家の文集を読むのが好きでした。暇があるたびに、子平家の《淵海子平》《三命大全》もざっと目を通し、その趣旨もかなり理解できました。ただ師の直授がなかったため、五行の相生相剋の理については、どうしても徹底的に会得しきれない部分があるように思われました。のちに《三命通會》《星學大成》などの書を購入し、一心に参究し、昼夜思索して、ようやく豁然と悟りました――人の命数は信じないわけにはいかない、そして天命を知る君子は天命に順い、それが与える正しい結果を受け入れるべきだということに。これこそ《孟子・盡心上》のいう「順受其正」です。
戊子歲予由副貢充補官學教習,館舍在阜城門右,得交同里章公君安,歡若生平,相得無間,每值館課暇,即詣君安寓談《三命》,彼此辯難,闡民無餘蘊。已而三年期滿,僦居宛平沈明府署,得山陰沈孝瞻先生所著子平手錄三十九篇,不覺爽然自失,悔前次之揣摩未至。遂攜其書示君安,君安慨然嘆曰:「此談子平家真詮也!」
戊子の年、私は副貢生の身分で官學教習に選任され、館舍は京の阜城門の右側にあったため、同郷の章君安先生と知り合いました。一見して多年の旧友のようで、互いに気が合い、隔たりはまったくありませんでした。館課の合間には、君安の寓所を訪ねて《三命通會》を談じ、二人で互いに詰難・論駁し、その義理を余すところなく闡明しました(底本は「闡民」、これは「闡發」の誤りでしょう)。三年の任期が満了した後、私は宛平県の沈知県の官署に間借りし、山陰の人・沈孝瞻先生が著した子平の手稿三十九篇を得て、読み終えると思わず茫然と自失し、これまでの揣摩がまだ及んでいなかったことを悔いました。そこでその書を携えて君安に見せたところ、君安は感慨深く嘆じて言いました。「これこそ子平の學を語る者の真詮だ!」
先生諱燡燔,成乾隆己未進士,天資穎悟,學業淵邃,其於造化精微,固神而明之,變化從心者矣。觀其論用神之成敗得失,又用神之因成得敗、因敗得成,用神之必兼看於忌神,與用神先後生克之別,並用神之透與全、有情無情、無力無力之辨,疑似毫芒,至詳且悉。是先生一生心血,生注於是,是安可以淹沒哉!
沈先生は燡燔という名で、乾隆己未年に進士に及第しました。天資は聡明にして学問は深く、造化の精微なところにはもともと心で領會し自在に変化できました。彼が「用神」の成敗・得失を論じ、また用神が格を成すことでかえって破敗を得、破敗することでかえって格を成すことを論じ、用神は必ず「忌神」と併せて見なければならないこと、用神の先後の生剋の次序の分別、さらに用神の透出と齊全、有情と無情、有力と無力の辨析(底本はここに誤って「無力」の二字を重ねている)など、似て非なり・毫釐の差しかない箇所を、いずれもきわめて詳しく綿密に論じています。これは先生の一生の心血で、すべてこの書に注ぎ込まれています(底本は「生注于是」、「生」は「盡」の誤りでしょう)。どうしてこれを埋もれさせて傳えないままでいられましょうか!
君安爰謀付剞劂,為天下談命者,立至當不易之準,而一切影響游移管窺蠡測之智,俱可以不惑。此亦談命家之幸也;且不談命家之幸,抑亦天下士君子之幸,何則?人能知命,則營競之可以息,非分之想可以屏,凡一切富貴窮通壽夭之遭,皆聽之於天,而循循焉各安於義命,以共勉於聖賢之路,豈非士君子厚幸哉!
君安はそこでこれを刻版して刊行し、天下で命理を論じる人々のために最も適切で易えることのできない準繩を立てて、一切の風を捕らえ影を捉えるような、游移不定の、管をもって豹を窺い蠡をもって海を測るような浅い見識が、もはや人を迷わすことのないようにしようと考えました。これは当然、命を談ずる者の幸いです。しかも単に命を談ずる者の幸いにとどまらず、天下の士人君子の幸いでもあります。なぜそう言うのでしょうか。人がおのれの命を知ることができれば、鑽營・争競の心は止められ、分に過ぎた望みは除くことができます。富貴・困頓・亨通・長寿・短命の類の遭際はすべて天に委ね、規矩を守ってそれぞれ道義と天命に安んじ、ともに聖賢の道を歩むよう励む――これは士人君子にとって大きな幸いではないでしょうか!
觀於此而君安之不沒人善,公諸同好,其功不亦多乎哉?愛樂序其緣起。乾隆四十一年歲丙申初夏同後學胡焜倬空甫謹識。
この一件から見るに、君安は他人の長所を埋もれさせず、良書を同好に公にしました。その功労は大きいのではないでしょうか。私はそこで喜んで、この書の成り立ちの由来を書いてこの序としました(底本は「愛樂序其緣起」、「愛」は「爰」の誤り、すなわち「ここに」)。乾隆四十一年、歳次丙申初夏、同じ後学の胡焜倬、字は空甫、謹んで題記します。
一、十干十二支を論ず
天地之間,一氣而已。惟有動靜,遂分陰陽。有老少,遂分四象。老者極動靜之時,是為太陽太陰;少者初動初靜之際,是為少陰少陽。有是四象,而五行具於其中矣。水者,太陰也;火者,太陽也;木者,少陽也;金者,少陰也;土者,陰陽老少、木火金水沖氣所結也。
沈氏の原文は開宗明義に言います。天地の間は、もともと一団の氣にすぎません。この氣に動があり靜があるので、「陰」と「陽」に分かれます。動靜にそれぞれ老・少の別があるので、また「四象」に分かれます。老とは動が極まり靜が極まったとき、すなわち「太陽」と「太陰」です。少とは動き始めたばかり、靜まり始めたばかりのとき、すなわち「少陰」と「少陽」です。この四象があれば五行もその中に含まれます。水は太陰に屬し、火は太陽に屬し、木は少陽に屬し、金は少陰に屬します。土に至っては、陰陽老少・木火金水というこれらの氣が互いに沖和し交會して凝結したものです。
有是五行,何以又有十干十二支乎?蓋有陰陽,因生五行,而五行之中,各有陰陽。即以木論,甲乙者,木之陰陽也。甲者,乙之氣;乙者,甲之質。在天為生氣,而流行於萬物者,甲也;在地為萬物,而承茲生氣者,乙也。又細分之,生氣之散佈者,甲之甲,而生氣之凝成者,甲之乙;萬木之所以有枝葉者,乙之甲,而萬木之枝枝葉葉者,乙之乙也。方其為甲,而乙之氣已備;及其為乙,而甲之質乃堅。有是甲乙,而木之陰陽具矣。
沈氏の原文は続けて自問します。五行がある以上、なぜ別に十天干・十二地支を立てるのでしょうか。これは先に陰陽があって五行が生まれ、五行の中でも各行がさらにそれぞれ陰陽に分かれるからです。木を例に取れば、甲と乙は木の陰と陽です。甲は乙の「氣」であり、乙は甲の「質」です。天上にあって生發の氣として萬物の間に流行するものが甲であり、地上にあって萬物となってこの生氣を受けるものが乙です。さらに細かく分ければ、生氣が散らばる面は甲中の甲、生氣が凝りて形となる面は甲中の乙、萬木が枝葉を出せるのは乙中の甲、そして実際に育った一枝一葉は乙中の乙です。それがまだ甲であるとき、乙の氣はすでに備わっています。乙となったとき、甲の質ははじめて堅実となります。甲乙という一対があって、木の陰陽は備わるのです。
何以復有寅卯者,又與甲乙分陰陽天地而言之者也。以甲乙而分陰陽,則甲為陽,乙為陰,木之行於天而為陰陽者也。以寅卯而陰陽,則寅為陽,卯為陰,木之存乎地而為陰陽者也。以甲乙寅卯而統分陰陽,則甲乙為陽寅卯為陰,木之在天成象而在地成形者也。甲乙行乎天,而寅卯受之;寅卯存乎地,而甲乙施焉。是故甲乙如官長,寅卯如該管地方。甲祿於寅,乙祿於卯,如府官之在郡,縣官之在邑,而各司一月之令也。
沈氏の原文は続けて問います。なぜ木には甲乙のほかに寅卯があるのでしょうか。それは甲乙と寅卯を並べて、さらに「天」と「地」の二層から陰陽を分けるためです。甲乙だけで陰陽を分ければ、甲は陽・乙は陰、これは木が天上を運行するときの陰陽です。寅卯だけで陰陽を分ければ、寅は陽・卯は陰、これは木が地下に存在するときの陰陽です。甲乙寅卯を合わせて総じて陰陽を分ければ、甲乙は陽に屬し寅卯は陰に屬する、これが木の「在天成象・在地成形」の分別です。甲乙は天を運行し、寅卯は下にあってそれを受けます。寅卯は地に存し、甲乙は氣をそれに施します。だから甲乙は官長のようなものであり、寅卯はその管轄する地のようなものです。甲は寅を「祿」とし、乙は卯を「祿」とします。ちょうど知府が府城に坐し、知県が県城に坐して、それぞれ一箇月の月令を主管するようなものです。
甲乙在天,故動而不居。建寅之月,豈必當甲?建卯之月,豈必當乙?寅卯在地,故止而不遷。甲雖遞易,月必建寅;乙雖遞易,月必建卯。以氣而論,甲旺於乙;以質而論,乙堅於甲。而俗書謬論,以甲為大林,盛而宜斬,乙為微苗,脆而莫傷,可為不知陰陽之理者矣。以木類推,餘者可知,惟土為木火金水沖氣,故寄旺於四時,而陰陽氣質之理,亦同此論。欲學命者,必須先知干支之說,然後可以入門。
沈氏の原文は言います。甲乙は天上にあるので流動して止まりません。正月は寅に建てますが、天干が必ず甲とは限りません。二月は卯に建てますが、天干が必ず乙とは限りません。寅卯は地上にあるので固定して遷りません。年がめぐり甲の字がどう替わろうと、正月は常に寅に建てます。乙の字がどう替わろうと、二月は常に卯に建てます。氣について言えば甲は乙より旺で、質について言えば乙は甲より堅いです。ところが俗書はみだりに立論し、甲を天に聳える大林で茂ったから伐るべきだとし、乙を纖細な幼い苗で脆くて傷つけられないとするのは、まさに陰陽の理を知らない人というべきです。木に準じて推せば、残りの四行も明らかです。ただ土だけは木火金水の四氣が沖和して成るので、四季の末の辰戌丑未に旺を寄せます。その陰陽氣質の道理も上に述べたのと同じです。命理を学ぼうとする者は、まず干支の道理を明らかにしてからでなければ入門とは言えません。
二、陰陽の生剋を論ず
四時之運,相生而成,故木生火,火生土,土生金,金生水,水復生木,即相生之序,循環迭運,而時行不匱。然而有生又必有克,生而不克,則四時亦不成矣。克者,所以節而止之,使之收斂,以為發洩之機,故曰「天地節而四時成」。即以木論,木盛於夏,殺於秋,殺者,使發洩於外者藏收內,是殺正所以為生,大易以收斂為性情之實,以兌為萬物所說,至哉言乎!譬如人之養生,固以飲食為生,然使時時飲食,而不使稍飢以待將來,人壽其能久乎?是以四時之運,生與克同用,克與生同功。
沈氏の原文は言います。四季の運転は五行の相生によって成し遂げられます。だから木は火を生じ、火は土を生じ、土は金を生じ、金は水を生じ、水はまた木を生じる――これが相生の次序です。このように循環して遞運することで、四時は推し進められて竭きることがありません。しかし生があれば必ず剋があり、生のみで剋がなければ四時もまた四時とはなりません。剋の作用はそれを節制し、止め、収斂させて、次の一巡の發泄の契機とならせることです。だから《易經・節卦・彖傳》は「天地節而四時成」と言います。木を例に取れば、木は夏に最も盛んで、秋になると肅殺されます。肅殺とは、外へ發泄していた生氣を内に收藏することです(底本は「藏收內」、語序が倒置されている)。肅殺がまさに來年の生發のためであることが分かります。《周易》は「収斂」を性情の実質と見なし、兌卦を萬物が欣悅する所と見なしています(「説」は「悅」に通ず)――この言葉は実に精到です!人の養生にたとえれば、確かに飲食で生命を維持しますが、もし時々刻々ずっと食べ続けて腸胃を少しも空けず次の食事を待たなければ、人は長寿でいられましょうか。だから四時の運行は生と剋を併用し、剋は生と同じ功をなします。
然以五行而統論之,則水木相生,金木相剋。以五行之陰陽而分配之,則生克之中,又有異同。此所以水同生木,而印有偏正;金同克木,而局有官煞也。印綬之中,偏正相似,生克之殊,可置勿論;而相剋之內,一官一煞,淑慝判然,其理不可不細詳也。
沈氏の原文は続けて言います。もし漠然と五行だけで論ずれば、水は木を生じ、金は木を剋する、です。しかしいったん五行にさらに陰陽を分けて配すれば、生と剋の中にもまた同と不同が生じます。これがなぜ同じ水生木でも「偏印」と「正印」に分かれ、同じ金剋木でも格局上「正官」と「七煞」に分かれるのかという理由です。印綬の類では偏印と正印は性質が近く、生剋の差が大きくないので措いて論じなくてよいですが、相剋の類では一つは正官、一つは七煞で、一善一悪の境界が明瞭です。その道理は細かく講明しないわけにはいきません。
即以甲乙庚辛言之。甲者,陽木也,木之生氣也;乙者,陰木也,木之形質也。庚者,陽金也,秋天肅殺之氣也;辛者,陰金也,人間五金之質也。木之生氣,寄於木而行於天,故逢秋天為官,而乙則反是,庚官而辛殺也。又以丙丁庚辛言之。丙者,陽火也,融和之氣也;丁者,陰火也,薪傳之火也。秋天肅殺之氣,逢陽和而克去,而人間之金,不畏陽和,此庚以丙為殺,而辛以丙為官也。人間金鐵之質,逢薪傳之火而立化,而肅殺之氣,不畏薪傳之火。此所以辛以丁為殺,而庚以丁為官也。即此以推,而餘者以相剋可知矣。
沈氏の原文は例を挙げて言います。甲・乙・庚・辛を例に取りましょう。甲は陽木で、木の生發の氣です。乙は陰木で、木の形體の質です。庚は陽金で、秋の肅殺の氣です。辛は陰金で、人間の金銀銅鐵錫という五金の實體です。木の生氣は樹木に寄託して天に運行するので、甲は秋の肅殺の氣に遭うとかえってそれが「正官」となります――制されて序があるのです。乙はその逆で、乙にとって庚は官であり辛こそが煞です(底本のこの句は文字がやや倒錯していますが、陰陽異性相制を官、同性相制を煞とする趣旨でしょう)。次に丙・丁・庚・辛を例に取りましょう。丙は陽火で、温暖融和の氣です。丁は陰火で、薪の相傳の火です。秋の肅殺の氣は温暖な陽和に遭うと剋されてしまいますが、人間の五金の實體は陽和を恐れません。だから庚は丙を煞とし、辛は丙を官とします。人間の金鐵の實體は薪の火に遭えばすぐ熔けますが、肅殺の氣は薪の火を恐れません。だから辛は丁を煞とし、庚は丁を官とします。この筋道に沿って推せば、残りの各行の相剋における官煞の分別もすべて明らかになります。
三、陰陽の生死を論ず(支藏人元司令の圖表を附す)
五行干支之說,已詳論於干支篇。干動而不息,支靜而有常。以每干流行於十二支之月,而生旺墓絕繫焉。
沈氏の原文は言います。五行と干支の道理は、すでに前の《十干十二支を論ず》の篇で詳しく述べました。天干は動して止まらず、地支は靜して常があります。各天干を十二地支の主る十二箇月の中に流行させれば、長生・帝旺・入墓・氣絕という一連の生死の状態がすべてそこに係ります。
陽主聚,以進為進,故主順;陰主散,以退為退,故主逆。長生沐浴等項,所以有陽順陰逆之殊也。四時之運,功成者去,等用者進,故每流行於十二支之月,而生旺墓絕,又有一定。陽之所生,即陰之所死,彼此互換,自然之運也。即以甲乙論,甲為木之陽,木之枝枝葉葉,受天生氣,已經收藏飽足,可以為來克發洩之機,此其所以生於亥也。木當午月,正枝葉繁盛之候,而甲何以死?卻不是外雖繁盛,而內之生氣發洩已盡,此其所以死於午也。乙木反是,午月枝葉繁盛,即為之生,亥月枝葉剝落,即為之死。以質而論,自與氣殊也。以甲乙為例,餘可知矣。
沈氏の原文は言います。陽の性は凝聚を主とし、前進をもって前進とするので順行します。陰の性は發散を主とし、後退をもって後退とするので逆行します。長生・沐浴という十二位に「陽順陰逆」の分別があるのは、このためです。四季の運行は、功を成した者が退き、用を待つ者が進みます(底本は「等用者進」、「等」は「待」の誤り)。だから各天干が十二支の月に一巡流行すると、長生・帝旺・入墓・氣絕には一定の位置があります。陽干の長生の処は、まさに陰干の死絕の処で、互いに入れ替わるのは自然の規律です。甲乙を例に取れば、甲は木の陽で、亥の月に至ると樹木の枝葉が受けた天の生氣はすでに飽滿に收藏され、來春の發泄の契機となりえます(底本は「來克」、「來春」の誤り)――これが甲木が亥に長生する所以です。木が午の月に至ると、ちょうど枝葉が最も繁るときですが、なぜ甲はかえって「死」と算されるのでしょうか。外見は盛んでも、内の生氣はすでに發泄し盡くしているのです(底本は「却不是」、「却不知」の誤り)――これが甲木が午に死する所以です。乙木はちょうど逆です。午月に枝葉が繁るのはそれにとって「生」であり、亥月に枝葉が凋落するのはそれにとって「死」です。乙は形質について論ずるので、甲の氣について論ずるのとは自ら異なります。甲乙を例とすれば、残りの各干も推し知ることができます。
支有十二月,故每干長生至胎養,亦分十二位。氣之由盛而衰,衰而復盛,逐節細分,遂成十二。而長生沐浴等名,則假借形容之詞也。長生者,猶人之初生也。沐浴者,猶人既生之後,而沐浴以去垢;如果核既為苗,則前之青殼,洗而去之矣。冠帶者,形氣漸長,猶人之年長而冠帶也。臨官者,由長而壯,猶人之可以出仕也。帝旺者,壯盛之極,猶人之可以輔帝而大有為也。衰者,盛極而衰,物之初變也。病者,衰之甚也。死者,氣之盡而無餘也。墓者,造化收藏,猶人之埋於土者也。絕者,前之氣已絕,後之氣將續也。胎者,後之氣續而結聚成胎也。養者,如人養母腹也。自是而後,長生循環無端矣。
沈氏の原文は言います。地支には十二箇月があるので、各天干も「長生」から「胎」「養」まで十二の位次に分かれます。氣は盛から衰に轉じ、衰からまた盛に轉じて、一節ずつ細分されるとちょうど十二段になります。長生・沐浴などの名目は、いずれも人生の経歴を借りて譬えた言い方です。「長生」は、人が生まれたばかりのようなもの。「沐浴」は、人が生まれて汚垢を洗い落とすようなもの、果核がすでに芽を出して苗となったら、先にそれを包んでいた青い殼は洗い捨てるようなものです。「冠帶」は、形體と氣力がだんだん長成し、人が成年して冠を戴き帶を束ねるようなもの。「臨官」は、長成して壮健となり、人が出て官に就けるようなもの。「帝旺」は、壮盛が極まり、人が帝王を輔佐して大いに作為できるようなもの。「衰」は、盛が極まって衰に轉じ、事物が変化し始めること。「病」は、衰がさらに甚だしくなったこと。「死」は、氣が盡きて何も余らないこと。「墓」は、造化がそれを收藏し、人が死んで土に埋められるようなもの。「絕」は、前の一段の氣がすでに絕え、後の一段の氣がまさに接続しようとすること。「胎」は、後の一段の氣が接して凝聚して胎を成すこと。「養」は、人が母の腹中で孕養を受けるようなもの。「養」の後にまた「長生」が接し、このように循環して始めも終わりもありません。
人之日主,不必生逢祿旺,即月令休囚,而年日時中,得長祿旺,便不為弱,就使逢庫,亦為有根。時產謂投庫而必沖者,俗書之謬也,但陽長生有力,而陰長生不甚有力,然亦不弱。若是逢庫,則陽為有根,而陰為無用。蓋陽大陰小,陽得兼陰,陰不能兼陽,自然之理也。
沈氏の原文は言います。人の日主は、必ずしも祿旺の月に生まれなければならないわけではありません。月令がそれに対して休・囚であっても、年・日・時の三支のうちに長生・祿・帝旺を得れば(底本は「長祿旺」、「生」の一字が脱けている)、弱とは算されません。たとえ墓庫に一つ出遭うだけでも、根があると算します。時下には「投庫」は必ず刑衝によって開くとする説がありますが(底本は「時產謂」、「產」は「説」の誤り)、これは俗書の謬論です。ただ陽干の長生は力があり、陰干の長生は力が大きくないですが、弱いとも算されません。墓庫に遭えば、陽干は根があると算しますが、陰干は用に立ちません。陽大陰小で、陽は陰を兼ね攝できるが陰は陽を兼ね攝できない――これは自然の道理です。
四、十干配合の性情を論ず
合化之義,以十干陰陽相配而成。河圖之數,以一二三四五配六七八九十,先天之道也。故始於太陰之水,而終於沖氣之土,以氣而語其生之序也。蓋未有五行之先,必先有陰陽老少,而後沖氣,故生以土。終之既有五行,則萬物又生於土,而水火木金,亦寄質焉,故以土先之。是以甲己相合之始,則化為土;土則生金,故乙庚化金次之;金生水,故丙辛化水又次之;水生木,故丁壬化木又次之;木生火,故戊癸化火又次之,而五行遍焉。先之以土,相生之序,自然如此。此十干合化之義也。
沈氏の原文は言います。天干の「合化」の道理は、十干の陰陽が二つずつ配されて成るものです。《河圖》の數は一二三四五で六七八九十に配り、これは先天の法則です。だから合化の序は太陰の水から始まり、沖和の氣が結んだ土で終わります。これは「氣」についてその相生の次序を言うものです。五行が未だ生ぜざる前に必ず先に陰陽老少があり、その後に沖和の氣があるので、生化は土で収結します。そして五行がすでに生成した後は、萬物はみな土の中から生じ、水火木金もみな形質を土に寄託するので、また土を先頭にします。したがって甲と己が合して首位に居り、化して土となります。土は金を生ずるので乙庚は金に化して第二、金は水を生ずるので丙辛は水に化して第三、水は木を生ずるので丁壬は木に化して第四、木は火を生ずるので戊癸は火に化して第五――こうして五行は周遍して漏れがありません。土を先に居らせるのは、相生の次序が自然にそうなるためです。これが十干合化の道理です。
其性情何也?蓋既有配合,必有向背。如甲用辛官,透丙作合,而官非其官;甲用癸印,透戊作合,而印非其印;甲用己財,己與別位之甲作合,而財非其財。如年己月甲,年上之財,被月合去,而日主之甲乙無分;年甲月己,月上之財,被年合去,而日主之甲乙不與是也。甲用丙食與辛作合,而非其食,此四喜神因合而無用者也。
沈氏の原文は続いて合の「性情」を講じます。配合がある以上、必ず偏向と背離があります。たとえば甲木が辛金を「正官」とする命で、丙火が透して辛と合すれば、この官星はもはや我が官ではありません。甲木が癸水を「正印」とするのに、戊土が透して癸と合すれば、この印ももはや我が印ではありません。甲木が己土を「正財」とするのに、己土がわざわざ他處の甲の字と合すれば、この財ももはや我が財ではありません。たとえば年干が己で月干が甲なら、年上の財は月干に合われて去り、日主の甲乙は分け与えられません。また年干が甲で月干が己なら、月上の財は年干に合われて去り、日主の甲乙はそれに与れません。また甲木が丙火を「食神」とするのに、丙が辛と合すれば、この食神もまた食神と成りません。財・官・印・食という四種の喜神は、みな合されることによって無用となることがあります。
蓋有所合則有所忌,逢吉不為吉,逢凶不為凶。即以六親言之,如男以財為妻,而被別干合去,財妻豈能親其夫乎?女以官為夫,而被他干合去,官夫豈能愛其妻乎?此謂配合之性情,因向背而殊也。
沈氏の原文は結論づけます。合する所があれば、忌む所があります。吉神に遭っても必ずしも真に吉とはならず、凶神に遭っても必ずしも真に凶とはなりません。六親を例に取れば、男命は財星を妻としますが、財星が他の天干に合われて去れば、この妻たる財星はまだその夫を親しめるでしょうか。女命は官星を夫としますが、官星が他の天干に合われて去れば、この夫たる官星はまだその妻を愛しめるでしょうか。これを配合の性情と言い、誰に偏向し誰に背離するかによってそれぞれ異なります。
五、十干の合して合せざるを論ず
十干化合之義,前篇既明之矣,然而亦有合而不合者,何也?蓋隔於有所間也,譬如人彼此相好,而有人從中間之,則交必不能成。譬如甲與己合,而甲己中間,以庚間隔之,則甲豈能越克我之庚而合己?此制於勢然也,合而不敢合也,有若無也。
沈氏の原文は言います。十干合化の道理は前篇で既に明らかにしました。しかし合えるように見えて実際は合えないものがあるのはなぜでしょうか。一つの情形は、中間が他の字に隔てられていることです。たとえば二人がもともと交好していても、誰かが間に横槍を入れれば交情は結べません。たとえば甲と己は本應合すべきですが、甲と己の間に庚が挟まれれば、庚は甲を剋する神なので、甲はどうして我を剋する庚を越えて己と合できましょうか。これは形勢に制されたもので、「合したいが敢えて合せぬ」に屬し、合があってもないのと同じです。
又有隔位太遠,如甲在年干,己在時上,心雖相契,地則相遠,如人天南地北,不能相合一般。然於有所制而不敢合者,亦稍有差,合而不能合也,半合也,其為禍福得十之二三而已。
沈氏の原文は言います。もう一つの情形は、位置があまりに遠く隔たることです。たとえば甲が年干にあり己が時干にあれば、両者は心は投合しても地位は隔たりすぎ、ちょうど二人が一人は天南、一人は地北にいるように、合する術がありません。ただこれは前の「制されて敢えて合せぬ」の情形とやや分かれます。あれは敢えて合せぬのであり、これは合したいが合わない、半合と算するだけで、それがもたらす吉凶禍福も正常な合局の十分の二三に過ぎません。
又有合而無傷於合者,何也?如甲生寅卯,月時兩透辛官,以年丙合月辛,是為合一留一,官星反輕。甲逢月刃,庚辛並透,丙與辛合,是為合官留煞,而煞刃依然成格,皆無傷於合也。
沈氏の原文は言います。また一つ、合したが格局に損なわないものがあるのはなぜでしょうか。たとえば甲木が寅月または卯月に生まれ、月干と時干にともに辛金の正官が透して官星の重みを嫌うとき、ちょうど年干に丙火があって月干の辛を合し留めれば、これを「合一留一」と言い、官星の分量がかえってちょうどよく軽減されます。また甲木が卯月に生まれて羊刃に坐し、庚金の七煞と辛金の正官が併せて透して官煞が混雜するとき、丙火が來て辛官を合し留めれば、これを「合官留煞」と言い、煞と刃は依然として「煞刃格」を配成します。この二種の情形では、合がかえって助けとなり、いずれも合に傷られたとは算しません。
又有合而不以合論者,何也?本身之合也。蓋五陽逢財,五陰遇官,俱是作合,惟是本身十干合之,不為合去。假如乙用庚官,日干之乙,與庚作合,是我之官,是我合之。何為合去?若庚在年上,乙在月上,則月上之乙,先去合庚,而日干反不能合,是為合去也。又如女以官為夫,丁日逢壬,是我之夫,是我合之,正如夫妻相親,其情愈密。惟壬在月上,而年丁合之,日干之丁,反不能合,是以己之夫星,被姊妹合去,夫星透而不透矣。
沈氏の原文は言います。また一つ、合ではあるが「合されて去った」とは論じないものがあります。それは日主自身が人と合するものです。五つの陽干が正財に遇い、五つの陰干が正官に遇えば、いずれも合を成しますが、日主自身が合するならば、それを合い去ったとは算しません。たとえば乙木が庚金を正官とし、日干の乙が庚と合すれば、この官はもともと我が官で、私自身がそれを合し留めるので、どうして「合去」と言えましょうか。逆に、庚が年干にあり乙が月干にあれば、月干の乙が先に庚を合し留めて日主はかえって合できず、これこそ「合去」です。また女命は官星を夫としますが、丁日が壬水に遇えば、これは我が夫で、私自身が彼と合するのは、ちょうど夫婦が相親しんで情意がいっそう親密になるようなものです。しかし壬が月干にあり、年干に別の丁があってそれを合い去れば、日主の丁はかえって合せず、これは自分の夫星が姉妹に合い去られたので、夫星は天干に透していても透していないのと同じです。
用神之情,不向日主,或日主之情,不向用神,皆非美朕也。
徐樂吾の評註はここで一つの通則を指摘します。用神の情意が日主に向かわないか、あるいは日主の情意が用神に向かわず、両者が互いに顧み合わないなら、いずれも良い兆しではありません(底本は「美朕」、「朕」は「兆」の誤り)。合と不合をこれほど細かく辨えるのは、まさに用神と日主の間のこの一点の向背の情を見極めるためです。
然又有爭合妒合之說,何也?如兩辛合丙,兩丁合壬之類,一夫不娶二妻,一女不配二夫,所以有爭合妒合之說。然到底終有合意,但情不專耳。若以兩合一而隔位,則全無爭妒。如庚午、乙酉、甲子、乙亥,兩乙合庚,甲日隔之,此高太尉命,仍作合煞留官,無減福也。
沈氏の原文は言います。また「爭合」「妒合」という説がありますが、これはどういうことでしょうか。たとえば二つの辛が一つの丙を合し、二つの丁が一つの壬を合する類です。一人の夫は二人の妻を娶れず、一人の女子は二人の夫に配せられないので、爭合・妒合の説があるのです。ただし結局は相合する意はあるので、ただ情意が專一でないだけです。もし二つが一つを合しに來て中間が隔てられれば、そもそも爭も妒も言えません。たとえば庚午年・乙酉月・甲子日・乙亥時という造では、月干と時干の二つの乙がともに年干の庚を合しようとしますが、甲の日主が間に横たわってそれらを隔てます――これは高太尉の命で、依然として「合煞留官」に準じて論じ、福分はこれによって減りません。
今人不知命理,動以本身之合,妄論得失;更有可笑者,書云「合官非為貴取」,本是至論,而或以本身之合為合,甚或以他支之合為合,如辰與酉合、卯與戌合之類,皆作合官。一謬至此子平之傳掃地矣!
沈氏の原文は批評します。今の人は命理を知らず、やたらに日主自身の合を持ち出して得失を妄論します。さらに可笑しいのは、書に「官を合すれば貴を取ったとは算せぬ」とあるのはもともと至理ですが、ある者はなんと日主自身が官星を合しに行くのも合官と算し、さらには地支同士の六合、辰と酉の合・卯と戌の合の類まで、ことごとく合官としてしまうのです。この荒唐無稽の極みでは、子平の學の傳承も地に墮ちて余すところがありません!
六、十干の時を得ても旺ならず時を失しても弱ならざるを論ず
書云,得時俱為旺論,失時便作衰看,雖是至理,亦死法也。然亦可活看。夫五行之氣,流行四時,雖日干各有專令,而其實專令之中,亦有並存者在。假若春木司令,甲乙雖旺,而此時休囚之戊己,亦未嘗絕於天地也。特時當退避,不能爭先,而其實春土何嘗不生萬物,冬日何嘗不照萬國乎?
沈氏の原文は言います。書に「時を得た者は一概に旺と見、時を失した者は衰と見なす」とあるのは確かに至理ですが、それは死んだ法であって、やはり活きて見なければなりません。五行の氣は四時に流行し、各天干にそれぞれ專主する時令がありますが、ある一行が專令するときでも、残りの各行も実は天地の間に併存しています。もし春に木が當令すれば甲乙は確かに旺ですが、このとき休囚にある戊己土も天地の間で斷絕してはいません。それは時令にあって退避し、先を爭えないだけです。実のところ、春の土も萬物を生養しないでしょうか。冬の太陽も萬國を照らさないでしょうか。
旺衰強弱四字,昔人論命,每籠統互用,不知須分別看也。大致得時為旺,失時為衰;黨眾為強,助寡為弱。故有雖旺而弱者,亦有雖衰而強者,分別觀之,其理自明。春木夏火秋金冬水為得時,比劫印綬通根扶助為黨眾。甲乙木生於寅卯月,為得時者旺;干庚辛而支酉丑,則金之黨眾,而木之助寡。干丙丁而支巳午,則火之黨眾,木洩氣太重,雖秉令而不強也。甲乙木生於申酉月,為失時則衰,若比印重疊,年日時支,又通根比印,即為黨眾,雖失時而不弱也。不特日主如此,喜用忌神皆同此論。
徐樂吾の評註はここで補正します。「旺・衰・強・弱」という四字は、昔の人が命を論じるとき漠然と混用して、分けて見なければならないことを知りませんでした。おおよそ言えば、時令を得たものを「旺」、時令を失ったものを「衰」と言い、同黨の衆多なものを「強」、助け手の稀なものを「弱」と言います。だから旺ではあるが弱であるものもあり、衰ではあるが強であるものもあります。分けて觀察すれば道理は自ずから明らかです。春の木・夏の火・秋の金・冬の水はすべて時を得たと算します。比肩劫財・印綬通根があって扶助すれば黨衆と算します。甲乙木が寅月・卯月に生まれれば時を得て旺ですが、もし天干に庚辛が透し地支に酉・丑があれば、金の黨が衆多で木の助け手が少ないのです。もし天干に丙丁が透し地支に巳・午があれば、火の黨が衆多で木は氣を泄らされすぎて、令を秉り權を當てても強とは算されません。甲乙木が申月・酉月に生まれれば時を失して衰ですが、もし比劫印綬が重ね重ねあって年・日・時の三支がすべて比・印の根に通じれば、これは黨衆で、時を失しても弱とは算されません。日主だけでなく、喜神・用神・忌神もみなこの道理で分辨します。
是故十干不論月令休囚,只要四柱有根,便能受財官食神而當傷官七煞。長生祿旺,根之重者也;墓庫餘氣,根之輕者也。天干得一比肩,不如得支中一墓庫,如甲逢未、丙逢戌之類。乙逢戌、丁逢丑、不作此論,以戌中無藏木,丑中無藏火也。得二比肩,不如得一餘氣,如乙逢辰、丁逢未之類。得三比肩,不如得一長生祿刃,如甲逢亥子寅卯之類。陰長生不作此論,如乙逢午、丁逢酉之類,然亦為明根,可比得一餘氣。蓋比劫如朋友之相扶,通根如室家之可住;干多不如根重,理固然也。
沈氏の原文は結論づけます。だから十天干は月令が休囚かどうかを問わず、四柱の中に根があれば、財・官・食神を受け止めることができ、傷官・七煞にも堪えられます。長生・祿・帝旺は根の重いもの、墓庫・余氣は根の軽いものです。天干の上で比肩を一つ多く得るより、地支の中で墓庫を一つ得るほうが良い――甲が未に逢い、丙が戌に逢う類です。乙が戌に逢い、丁が丑に逢うのはこのように算できません。戌中に藏するのは辛金・丁火で木はなく、丑中に藏するのは癸水・辛金で火はないからです。比肩を二つ得るより余氣を一つ得るほうが良い――乙が辰に逢い(辰中に乙を藏す)、丁が未に逢う(未中に丁を藏す)類です。比肩を三つ得るより長生・祿または羊刃を一つ得るほうが良い――甲が亥に逢って長生、寅に逢って祿、卯に逢って刃となる類です。陰干の長生はこのように算しません――乙が午に逢い、丁が酉に逢う類です。ただこれも明らかな根と算して、一つの余氣に抵当できます。比劫は朋友が相扶するようなもので、通根は自家の房屋で身を安んじられるようなものです。天干の上の字がいくら多くても、地支の根の厚重さには及びません。道理はもともとそうです。
七、刑衝會合の解法を論ず
刑者,三刑也,子卯巳申之類是也。沖者,六沖也,子午卯酉之類是也。會者,三會也,申子辰之類是也。合者,六合也,子與丑合之類是也。此皆以地支宮分而言,繫對射之意也。三方為會,朋友之意也。並對為合,比鄰之意也。至於三刑取廡,姑且闕疑,雖不知其所以然,於命理亦無害也。
沈氏の原文はまず名目に定義を下します。いわゆる「刑」とは三刑を指し、子が卯を刑し、巳が申を刑する類です。いわゆる「衝」とは六衝を指し、子午相衝・卯酉相衝の類です。いわゆる「會」とは三合會局を指し、申子辰が會して水局を成す類です。いわゆる「合」とは六合を指し、子と丑が相合する類です。これらはみな地支の方位宮分について言うもので、衝は正面から対射する意を帯び、三つの方位が會して局を成すのは朋友が相聚する意を帯び、二支が併列相対して合するのは鄰里が相親しむ意を帯びます。三刑が一体どこに取義するか(底本は「取廡」、字に訛誤あり)は、とりあえず存疑して論じません。たとえその所以然を知らなくても、推命には妨げがありません。
八字支中,刑沖俱非美事,而三合六合,可以解之。假如甲生酉月,逢卯則沖,而或支中有戌,則卯與戌合而不沖;有辰,則酉與辰合而不沖;有亥與未,則卯與亥未會而不沖;有巳與丑,則酉與巳丑會而不沖。是會合可以解沖也。又如丙生子月,逢卯則刑,而或支中有戌,則與戌合而不刑;有丑,則子與丑合而不刑;有亥與未,則卯與亥未會而不刑;有申與辰,則子與申辰會而不刑。是會合可以解刑也。
沈氏の原文は言います。八字の地支に、刑も衝も良いことではなく、三合・六合はそれらを化解できます。たとえば甲木が酉月に生まれ、命にまた卯に逢えば卯酉相衝です。このとき支中に別に戌があれば、卯と戌が合し留まり衝しません。辰があれば酉と辰が合し留まり衝しません。亥と未があれば卯と亥未が會して木局を成して衝しません。巳と丑があれば酉と巳丑が會して金局を成して同じく衝しません。會と合が衝を解くことが分かります。また丙火が子月に生まれ、卯に遇えば子卯相刑です。このとき支中に戌があれば卯と戌が合し留まり刑しません。丑があれば子と丑が合し留まり刑しません。亥と未があれば卯と亥未が會して木局を成して刑しません。申と辰があれば子と申辰が會して水局を成して同じく刑しません。會と合がまた刑を解くことが分かります。
又有因解而反得刑沖者,何也?假如甲生子月,支逢二卯相併,二卯不刑一子,而支又逢戌,戌與卯合,本為解刑,而合去其一,則一合而一刑,是因解而反得刑沖也。
沈氏の原文は言います。また、化解しようとしてかえって刑衝を招くものがあるのはなぜでしょうか。たとえば甲木が子月に生まれ、地支に二つの卯が併列し、二つの卯が争って一つの子を刑しようとしても力が分散し、もともと刑すに動きません。このとき支中にまた一つの戌が來て戌と卯が相合すれば、本意は刑を解くことですが、それは一つの卯しか合し留められず、一つは合されて留まり、もう一つはかえって手を空けて専ら子を刑します――これが解こうとしてかえって刑衝を招くものです。
又有刑沖而會合不能解者,何也?假如子年午月,日坐丑位,丑與子合,可以解沖,而時逢巳酉,則丑與巳酉會,而子復沖午;子年卯月,日坐戌位,戌與卯合,可以解刑,而或時逢寅午,則戌與寅午會,而卯復刑子。是會合而不能解刑沖也。
沈氏の原文は言います。また、會合はあっても刑衝を解けないものがあるのはなぜでしょうか。たとえば年支が子・月支が午で子午相衝し、日支が丑に坐して丑と子が合すれば、もともと衝を解けるはずですが、時支が巳または酉に逢えば、丑は引きずられて巳酉と會して金局を成し、子を合するのに及ばず、そこで子はまた翻って午を衝します。また年支が子・月支が卯で子卯相刑し、日支が戌に坐して戌と卯が合すれば、もともと刑を解けるはずですが、時支が寅または午に逢えば、戌は引きずられて寅午と會して火局を成し、そこで卯はまた翻って子を刑します。會合があっても必ずしも刑衝を解けるわけではないことが分かります。
更有刑沖而可以解刑者,何也?蓋四柱之中,刑沖俱不為美,而刑沖用神,尤為破格,不如以另位之刑沖,解月令之刑沖矣。假如丙生子月,卯以刑子,而支又逢酉,則又與酉沖不刑月令之官。甲生酉月,卯日沖之,而時逢子立,則卯與子刑,而月令官星,沖之無力,雖於別宮刑沖,六親不無刑剋,而月官猶在,其格不破。是所謂以刑沖而解刑沖也。如此之類,在人之變化而己。
沈氏の原文は言います。さらに刑衝を用いて刑衝を解くものがあるのはなぜでしょうか。四柱の中で刑も衝ももともと良いことではなく、刑衝が用神に及ぶと殊に格を破るので、むしろ他の位置の刑衝で月令上の刑衝を牽制させるのがよいのです。たとえば丙火が子月に生まれ、子中の癸水が正官で、卯が來て子を刑する場合、このとき支中にまた一つの酉に逢えば、卯は酉に衝されて牽制され、月令の官星を刑しに行かなくなります。また甲木が酉月に生まれ、日支が卯で、卯が來て月令の酉官を衝する場合、時支に一つの子が來れば、卯と子が相刑して卯が牽制され、月令の官星を衝する力が弱まります。このように他の宮位にはなお刑衝があって六親上にやむをえず多少の刑剋がありますが、月令の官星はなお存し、格局は破れません――これがいわゆる刑衝をもって刑衝を解くものです。この類はすべて人が局に臨んで靈活に變通するだけです(底本の「而己」は「而已」の誤り)。
八、用神を論ず
八字用神,專求月令,以日干配月令地支,而生克不同,格局分焉。財官印食,此用神之善而順用之者也;煞傷劫刃,用神之不善而逆用之者也。當順而順,當逆而逆,配合得宜,皆為貴格。
沈氏の原文は全書の根本大法を立てます。八字の「用神」は、專ら月令の中に求めます。日干と月令の地支を配して、生剋の関係が異なるため格局も分かれます。正財偏財・正官・正印偏印・食神という四類は性質が良善な用神で、その性に順って用います。七煞・傷官・劫財・陽刃という四類は性質が不善な用神で、その性に逆らって制します。順すべきは順にし、逆すべきは逆にして配合が宜しければ、いずれも貴格と成りえます。
取用之法不一,約略歸納,可分為下列五種: (一)扶抑。日元強者抑之,日元弱者扶之,此以扶抑為用神也。月令之神太強則抑之,月令之神太弱則扶之,此以扶抑月令為用神也。 (二)病藥。以扶為喜,則以傷其扶者為病;以抑為喜,則以去其抑者為病。除其病神,即謂之藥。此以病藥取用神也。 (三)調候。金水生於冬令,木火生於夏令,氣候太寒太燥,以調和氣候為急。此以調候為用神也。 (四)專旺。四柱之氣勢,偏於一方其勢不可逆,惟有順其氣勢為用,或從或化,及一方專旺等格局皆是也。 (五)通關。兩神對峙,強弱均平,各不相下,須調和之為美,此以通關為用也。
徐樂吾の評註はここで用神を取る門徑を五類に歸納します。その一は「扶抑」――日元が強ければそれを抑え、日元が弱ければそれを扶ける、これは日元を扶抑して用神を定めるものです。月令の神が強すぎれば抑え、弱すぎれば扶ける、これは月令を扶抑して用神を定めるものです。その二は「病藥」――扶を喜とする以上、この扶助の神を損傷するものが「病」です。抑を喜とする以上、この抑制の神を除くものも「病」です。病神を除けるその一つを「藥」と言い、これは病藥で用神を取るものです。その三は「調候」――金水の日主が冬令に生まれ、木火の日主が夏令に生まれれば、氣候が寒すぎるか燥しすぎるので、氣候を調和するのが當務の急となり、これは調候を用神とするものです。その四は「專旺」――四柱の氣勢が全体に一方に偏し、その勢いは違逆できず、この氣勢に順って用いるしかないものです。從格・化氣格および一方專旺の曲直・炎上などの諸格はみなこの類に屬します。その五は「通關」――二つの神が互いに對峙し、強弱が相當して誰も讓らないとき、必ず一物が中から調和してはじめて美となり、これは通關を用神とするものです。
是以善而順用之,則財喜食神以相生,生官以護財;官喜透財以相生,生印以護官;印喜官煞以相生,劫財以護印;食喜身旺以相生,生財以護食。不善而逆用之,則七煞喜食神以制伏,忌財印以資扶;傷官喜佩印以制伏,生財以化傷;陽刃喜官煞以制伏,忌官煞之俱無;月劫喜透官以制伏,利用財而透食以化劫。此順逆之大路也。
沈氏の原文は続けて言います。性質が良善な用神に順って用いるなら、財格は食神があってそれを生ずるを喜び、また官星を生じて財を護るを喜びます。官格は財を透してそれを生ずるを喜び、また印綬を生じて官を護るを喜びます。印格は官煞があってそれを生ずるを喜び、また劫財があって印を護るを喜びます。食神格は日主が身旺してそれを生ずるを喜び、また財を生じて食神を護るを喜びます。性質が不善な用神に逆らって制するなら、七煞は食神が來て制伏するを喜び、財印がそれを資助するのを最も忌みます。傷官は印を佩びて制伏するを喜び、あるいは財を生じて傷の氣を化泄します。陽刃は官煞が來て制伏するを喜び、官煞が一つもないのを最も恐れます。月劫は官星を透して制伏するを喜び、あるいは財を用いてさらに食神を透して劫の氣を化泄させます。これが順用・逆用の大まかな路数です。
今人不知專主提綱,然後將四柱干支,字字統歸月令,以觀喜忌,甚至見正官佩印,則以為官印雙全,與印綬用官者同論;見財透食神,不以為財逢食生,而以為食神生財,與食神生財同論;見偏印透食,不以為洩身之秀,而以為梟神奪食,宜用財制,與食神逢梟同論;見煞逢食制而露印者,不以為去食護煞,而以為煞印相生,與印綬逢煞者同論;更有煞格逢刃,不以為刃可幫身制煞,而以為七煞制刃,與陽刃露煞者同論。此皆由不知月令而妄論之故也。
沈氏の原文は批評します。今の人は月令の提綱を主とし、さらに四柱の干支を一字ずつ月令に歸して喜忌を見ることを知らず、それゆえ官格が印を佩びれば「官印雙全」と言って、印格に官を用いるのと混同し、財格が食神を透すれば「財に逢って食が生ず」とは言わずかえって「食神が財を生ず」と言って、食神格が財を生ずるのと混同し、偏印格が食神を透せば日主の秀氣を泄するとは言わずかえって「梟神が食を奪う」、財を用いて梟を制すべしと言って、食神格が梟に遇うのと混同し、煞格が食神に制されて印綬を露せば「食を去りて煞を護る」とは言わずかえって「煞印相生」と言って、印格が煞に逢うのと混同し、さらに煞格が羊刃に遇えば刃が身を助けて煞を擔うとは言わずかえって「七煞が刃を制す」と言って、陽刃格が煞を露すのと混同します。これらはみな月令を主とすることを明らかにせず胡乱に議論する故です。
然亦有月令無用神者,將若之何?如木生寅卯,日與月同,本身不可為用,必看四柱有無財官煞食透干會支,另取用神;然終以月令為主,然後尋用,是建祿月劫之格,非用而即用神也。
沈氏の原文は一層補います。しかし月令の中から用神が取れないものもあるではないか、それはどうするのでしょうか。たとえば甲乙木が寅月または卯月に生まれれば、日主と月令は同じ一氣に屬し、比劫自身は用神に當てられないので、四柱の中に財・官・煞・食が天干に透しているか地支の局を會成しているかを見て、別に一つの用神を取らなければなりません。しかし結局はなお月令を主として、それから用神を尋ねます――これが「建祿」「月劫」の二格で、月令自身は用神ではないが、取用を決める出發點です。
九、用神の成敗と救應を論ず
用神專尋月令,以四柱配之,必有成敗。何謂成?如官逢財印,又無刑沖破害,官格成也。財生官旺,或財逢食生而身強帶比,或財格透印而位置妥貼,兩不相剋,財格成也。印輕逢煞,或官印雙全,或身印兩旺而用食傷洩氣,或印多逢財而財透根輕,印格成也。食神生財,或食帶煞而無財,棄食就煞而透印,食格成也。身強七煞逢制,煞格成也。傷官生財,或傷官佩印而傷官旺,印有根,或傷官旺、身主弱而透煞印,或傷官帶煞而無財,傷官格成也。陽刃透官煞而露財印,不見傷官,陽刃格成也。建祿月劫,透官而逢財印,透財而逢食傷,透煞而遇制伏,建祿月劫之格成也。
沈氏の原文は言います。用神は專ら月令の中に尋ね、さらに四柱をもってそれに配すれば、必ず成と敗があります。何を「成」と言うのでしょうか。たとえば官格に財があって官を生じ、印があって官を護り、また刑衝破害がなければ、これは官格の成です。財格で財が旺して官を生ずることができるか、あるいは財が食神の生ずる所を得て日主の身が強く比肩を帶びるか、あるいは財格が印綬を透して位置の安排が妥当で財と印が互いに剋しないか、これは財格の成です。印格で印が軽く七煞に逢って印を生ずるか、あるいは官印雙全であるか、あるいは身と印がともに旺して食傷で秀を泄すか、あるいは印が多く財に逢ってその太過を損じ財がまた干に透して根が浅いか、これは印格の成です。食神が財を生ずるか、あるいは食神が煞を帶びて財がなく、いっそ食を捨てて煞に就き併せて印を透して身を護るか、これは食神格の成です。日主の身が強く七煞に制伏があれば、これは煞格の成です。傷官が財を生ずるか、あるいは傷官が印を佩びて傷官が旺し印にまた根があるか、あるいは傷官が旺して日主が弱く煞印相生を透すか、あるいは傷官が煞を帶びて財が煞を黨することがないか、これは傷官格の成です。陽刃格が官煞を透しまた財印を露して、しかも傷官が來て官星を傷るのを見なければ、これは陽刃格の成です。建祿・月劫格が官星を透してまた財印が相随うか、あるいは財星を透してまた食傷が轉化するか、あるいは七煞を透して制伏に遇うか、これは建祿月劫格の成です。
財旺生官者,月令星旺,四柱有官,則財旺自生官;或月令財星而透食神,身強則食神洩秀,轉而生財。財本忌比劫,有食神則不忌而喜,蓋有食神化之也。或透印而位置妥貼者,財印不相礙也(參觀財格佩印節)。如年干透印,時干透財,中隔比劫,則不相礙;隔官星則為財旺生官,亦不相礙,是為財格成也。
徐樂吾の評註は上文の「財格成」の三種の情形を逐一疏解します。いわゆる「財旺生官」は、月令の財星がもともと旺で、四柱にまた官星があれば、財が旺して自ずから官を生じることです。いわゆる「財逢食生」は、月令が財星で天干に食神を透し、日主の身が強ければ、食神は日主の秀を泄し、轉じて財を生じに行くことです。財はもともと比肩劫財が來て分奪するのを最も恐れますが、食神があれば、比劫は忌むばかりかかえって喜ばしいです。食神が比劫の氣を化し轉じて財を生じさせうるからです。いわゆる「財格透印而位置妥貼」は、財と印が隔たって擺けられ互いに妨げないことです(後の《論財》の中の財格佩印の節を參照)。たとえば年干に印を透し時干に財を透し、中間が比肩劫財に隔てられれば、両者は碰つき合いません。もし中間に隔たるのが官星なら、それは財旺生官で印がまた官を護ることとなり、同じく互いに妨げません。これらの種はいずれも財格の成と算します。
何謂敗?官逢傷克刑沖,官格敗也;財輕比重,財透七煞,財格敗也;印輕逢財,或身強印重而透煞,印格敗也;食神逢梟,或生財露煞,食神格敗也;七煞逢財無制,七煞格敗也;傷官非金水而見官,或生財而帶煞,或佩印而傷輕身旺,傷官格敗也;陽刃無官煞,刃格敗也;建祿月劫,無財官,透煞印,建祿月劫之格敗也。
沈氏の原文は言います。何を「敗」と言うのでしょうか。官星が傷官に剋され、あるいは刑され衝されれば、これは官格の敗です。財星が軽く比劫が重ねて來て爭奪するか、あるいは財星が透して出て七煞を黨助すれば、これは財格の敗です。印が軽く財に逢って印を壞すか、あるいは日主がすでに強く印がまた重くさらに七煞を透して印を生じに行けば、これは印格の敗です。食神が偏印に遇って食を奪われるか、あるいは食神が財を生じてまた七煞を露すれば、これは食神格の敗です。七煞が財に遇って煞を黨し食神の制伏がなければ、これは七煞格の敗です。傷官格が金水傷官でないのに官星を見るか、あるいは傷官が財を生じてまた煞を帶びるか、あるいは傷官が印を佩びて傷官が軽く日主がまた旺すれば、これは傷官格の敗です。陽刃格の中に官煞が來て刃を制するものがなければ、これは刃格の敗です。建祿月劫格の中に財も官もなくて七煞と印綬を透せば、これは建祿月劫格の敗です。
成中有敗,必是帶忌;敗中有成,全憑救應。何謂帶忌?如正官逢財而又逢傷;透官而又逢合;財旺生官而又逢傷逢合;印透食以洩氣,而又遇財露;透煞以生印,而又透財,以去印存煞;食神帶煞印而又逢財;七煞逢食制而又逢印;傷官生財而財又逢合;佩印而印又遭傷,透財而逢煞,是皆謂之帶忌也。
沈氏の原文は言います。格局がすでに成した中にまた敗象を暗に藏するのは、必ず忌神を帶びたものです。格局がすでに敗れた中からまた成局に轉じ出るのは、全く救應に頼ります。何を「帶忌」と言うのでしょうか。たとえば正官格に財があって生ずるのにまた傷官に碰うか、官星が透したのにまた人に合されて去られるか、財が旺して官を生ずるのにまた傷官に逢いまた官を合されるか、印格が食神を透して日主の秀を泄すのにまた財星が顯露して印を壞すのに遇うか、七煞を透して印を生じに行くのにまた財星を透して印を去らせて煞だけを残すか、食神格が煞印を帶びるのにまた財に逢って煞を黨するか、七煞が食神に制伏されるのにまた印に逢って食を奪い煞を護るか、傷官が財を生ずるのに財がまた合されて去るか、傷官が印を佩びるのに印がまた財に傷られるか、財格が透すのにまた七煞に遇って盗泄されるか――これらをみな帶忌と言います。
成中之敗,亦變化萬端,此不過其大概也。如財旺生官,美格也,身弱透官,即為破格。傷官見官,為格之忌,透財而地位配置合宜,則傷官生財來生官,反可以解,種種變化,非言說所能盡,在於熟習者之妙悟耳。
徐樂吾の評註は補充します。成格の中に藏す敗象は、變化が千頭萬緒で、上に挙げたのは大概に過ぎません。たとえば「財旺生官」はもともと美格ですが、日主の身が弱く官星がまた透せば、それは破格になります。また「傷官見官」はもともと格局の大忌ですが、もし財星を透し、しかも財と官・傷の四柱中の位置の安排が當を得れば、傷官は財を生じに行き、財がまた官を生じに行き、忌はかえって化解します。この類の變化は言語で言い盡くせるものではなく、全くこの道に熟習した人が自ら妙悟するにあります。
何謂救應?如官逢傷而透印以解之,雜煞而合煞以清之,刑沖而會合以解之;財逢劫而透食以化之,生官以制之,逢煞而食神制煞以生財,或存財而合煞;印逢財而劫財以解之,或合財而存印;食逢梟而就煞以成格,或生財以護食;煞逢食制,印來護煞,而逢財以去印存食;傷官生財透煞而煞逢合;陽刃用官煞帶傷食,而重印以護之;建祿月劫用官,遇傷而傷被合,用財帶煞而煞被合,是謂之救應也。
沈氏の原文は言います。何を「救應」と言うのでしょうか。たとえば官格が傷官に遇えば、印綬を透して傷を制して解救します。官の中に七煞が混じれば、煞を合する法で格局を清純にします。地支に刑衝があれば、會合に頼って化解します。財格が比劫に遇って奪われれば、食神を透して劫の氣を化轉させるか、あるいは官星を生じて比劫を制します。財格が七煞に遇えば、食神で煞を制しさらに財を生身の用に行かせるか、あるいは財を保ちながら煞を合し去ります。印格が財に遇って印を壞されれば、劫財に頼ってその財を奪って解救するか、あるいは財を合し留めて印を保存します。食神が梟神に遇って食を奪われれば、いっそ煞に就いて別に煞格を成すか、あるいは財を生じて食神を護ります。七煞が食神に制伏されるのにまた印が來て煞を護れば、財に逢って印を去り食神を保ちます。傷官が財を生じて七煞を透せば、煞がちょうど合され留まります。陽刃格が官煞で刃を制するのにまた傷食を帶びて官煞を傷れば、重ね重ねの印綬で官煞を護ります。建祿月劫格が官を用いて傷官に遇えば、傷官がちょうど合されます。財を用いて煞を帶びれば、煞がちょうど合されます。およそこれらの種をみな救應と言います。
八字妙用,全在成敗救應,其中權輕權重,甚是活潑。學者從此留心,能於萬變中融以一理,則於命之一道,其庶幾乎!
沈氏の原文はこの篇を収束します。八字推斷の精妙は全く成・敗・救應のこの数層にあり、その孰が軽く孰が重いか、いかに權衡するかは、極めて靈活で多變です。學ぶ者がもしここから留心して用功し、萬千の變化の中で一以貫之の道理を融會できれば、命理という學問に対して、ほぼ登堂入室したと言えるでしょう!
