Libo

四十、偏官の取運を論ず

清 · 沈孝瞻 · 第5巻 / 6

作盤ガイド: 八字作盤

偏官取運,即以偏官所成之局分而配之。煞用食制,煞重食輕則助食,煞輕食重則助煞,煞食均而日主根輕則助身。忌正官之混雜,畏印綬之奪食。煞用印綬,不利財鄉,傷官為美,印綬身旺,俱為福地。

沈氏の原文は言います。偏官格の取運は、七煞の成すあの一種の局に就いてそれぞれ配します。「煞用食制」の一路。煞が重くて食が輕ければ、食を助ける運を走ります。煞が輕くて食が重ければ、煞を助ける運を走ります。煞と食の力量が相當で日主の根氣が淺薄なら、身を助ける運を走ります。最も忌むのは正官が來て混雜することで、また印綬の運が來て食を奪うを怕れます。「煞用印綬」の一路。財の郷を走るは利ありません。財が印を壞しまた煞を黨するからです。傷官の運を走るは反って美です。傷官は煞を制しえて、かつ食神のように印に全奪されるに至らないからです。印綬の運と身旺の運は、みな福地です。

七煞用財,其以財而去印存食者,不利劫財,傷食皆吉,喜財怕印,透煞亦順。其以財而助煞不及者,財已足,則喜食印與幫身;財未足,則喜財旺而露煞。

沈氏の原文は言います。「七煞用財」の一路はまた二種に分かれます。第一種は財に賴って印を去り食神を保住するもの。それは劫財の運を走るに利あらず(劫財はこの財を奪い去る)、食傷の運はみな吉で、財を喜んで印を怕れ、運にまた七煞を透してもまた順當と算します。第二種は煞自身が足りず財に賴ってそれを助けるもの。財がもしすでに足りれば、食神・印綬と身を助ける運を喜びます。財がもしなお足りなければ、財旺の運を喜び、併せて運にまた七煞を露し出します。

煞帶正官,不論去官留煞,去煞留官,身輕則喜助身,食輕則喜助食。莫去取清之物,無傷制煞之神。煞無食制而用刃當煞,煞輕刃重則喜助煞,刃輕煞重,則宜制伏,無食可奪,印運何傷?七煞既純,雜官不利。

沈氏の原文は言います。七煞が正官を帶びる者は、命が官を去って煞を留めるか煞を去って官を留めるかを論ぜず、日主が輕ければ身を助ける運を喜び、食神が輕ければ食を助ける運を喜びます。緊要なのは、運にあの格局を清純ならしめる字を去らせてはならないこと、また煞を制するあの神を傷してはならないことです。七煞に食神が來て制するなく、羊刃を用いて承當する者に至っては、煞が輕くて刃が重ければ、煞を助ける運を喜びます。刃が輕くて煞が重ければ、七煞を制伏する運を走るべきです。この一路はもともと奪われるべき食神がないので、印運を走って何の妨げかありましょうか。ただ七煞がすでに純粹であれば、さらに官星を混じ入れるは不利です。

四十一、傷官を論ず

傷官雖非吉神,實為秀氣,故文人學士,多於傷官格內得之。而夏木見水,冬金見火,則又為秀之尤秀者也。其中格局比他格多,變化尤多,在查其氣候,量其強弱,審其喜忌,觀其純雜,微之又微,不可執也。

沈氏の原文は言います。傷官は吉神とは算せないものの、實際は日主の吐き出した秀氣です。だから文人學士の命は、多く傷官格の中より出ます。しかも夏の木が水を見、冬の金が火を見れば、それはさらに秀氣の中の最秀です。傷官のこの門の中の格局は他の格より多く、變化もまた格外に繁複です。その氣候の寒暖を察看し、その強弱を衡量し、その喜忌を審辨し、その純雜を觀察し、細かくしてまた細かくし、一端に死執してはなりません。

故有傷官用財者,蓋傷不利於民,所以為凶,傷官生財,則以傷官為生官之具,轉凶為吉,故最利。只要身強而有根,便為貴格,如壬午、己酉、戊午、庚申,史春芳命也。

沈氏の原文は言います。第一種は「傷官用財」。傷官が凶と算される所以は、それが官星に利あらぬがゆえです(底本の「不利于民」は「不利于官」に作るべき)。一たび傷官が去って財を生ずれば、傷官は轉じて官を生ずる工具となり、凶より吉に變じ、所以に最も利ありです。ただ日主が身強で根があれば、便ち貴格です。たとえば壬午年・己酉月・戊午日・庚申時、これは史春芳の命。戊土日主が酉月に生まれ、酉中の辛金と時干の庚金はみな食傷、年干の壬水は偏財です。日主は午に坐し年支もまた午で、身強にして根あり、食傷が財を生じて源流は絶えません。

至於化傷為財,大為秀氣,如羅狀元命,甲子、乙亥、辛未、戊子,干頭之甲,通根於亥,然又會未成局,化水為木,化之生財,尤為有情,所以傷官生財,冬金不貴,以凍水不能生木。若乃化木,不待於生,安得不為殿元乎?至於財傷有情,與化傷為財者,其秀氣不相上下,如秦龍圖命,己卯、丁丑、丙寅、庚寅,己與庚同根月令是也。

沈氏の原文は言います。傷官を全體として財に化するに至っては、それはさらに大に秀氣があります。たとえば羅狀元の命。甲子年・乙亥月・辛未日・戊子時。辛金日主が亥月に生まれ、亥中の壬水はもともと傷官です。天干の甲木は正財で、恰好亥に通根し、地支の亥と未がまた會して木局を成し、ここにおいて水を化して木となし、傷官は徑直に變じて財となり、格外に有情です。もともと傷官が財を生ずるのに、冬の金は貴ばれません。冰凍の水が木を生じ得ないからです。今や干脆化して木となれば、水がそれを生ずるを更に待つに及ばず、どうして狀元に中らざるを得ましょうか。財と傷官の配合が有情に至っては、その秀氣は傷を化して財と為すと相上下しません。たとえば秦龍圖の命。己卯年・丁丑月・丙寅日・庚寅時。丙火日主が丑月に生まれ、年干の己土は傷官・時干の庚金は偏財で、己と庚はともに丑の月令中に通根し、一氣相生します。

有傷官佩印者,印能制傷,所以為貴,反要傷官旺,身稍弱,始為秀氣。如孛羅平章命,壬申、丙午、甲午、壬申、傷官旺,印根深,身又弱,又是夏木逢潤,其秀百倍,所以一品之貴。然印旺極深,不必多見,偏正疊出,反為不秀,故傷輕身重而印綬多見,貧窮之格也。

沈氏の原文は言います。第二種は「傷官佩印」。印が傷官を制しうるゆえに貴と為します。この格は反って傷官が旺し日主が稍々弱きを要して、はじめて秀氣を見出します。たとえば孛羅平章の命。壬申年・丙午月・甲午日・壬申時。甲木日主が午月に生まれ、午中の丁火と月干の丙火はみな食傷で、傷官は極旺です。年時の二つの壬水は偏印で、二つの申に通根して、印の根は甚だ深いです。日主自身は反って偏に弱し。何况夏の木が水の滋潤を得れば、秀氣は百倍に勝り、所以に一品に位します。ただし印はただ旺んで根深ければ足り、あまりに多く見るを要しません。正印・偏印が重ねて疊出すれば、反って秀なりません。だから傷官が輕く日主が重く印綬がまた多く見る者は、それは貧窮の格です。

有傷官兼用財印者,財印相剋,本不併用,只要干頭兩清而不相礙;又必生財者,財太旺而帶印,佩印者印太重而帶財,調停中和,遂為貴格。如丁酉、己酉、戊子、壬子,財太重而帶印,而丁與壬隔以戊已,兩不礙,且金水多而覺寒,得火融和,都統制命也。又如壬戌、己酉、戊午、丁巳,印太重而隔戊已,而丁與壬不相礙,一丞相命也。反是則財印不併用而不秀矣。

沈氏の原文は言います。第三種は傷官が財と印を兼用するもの。財と印はもともと相剋で、理に照らせば併用できませんが、ただ天干上の两边が各自に清楚で互いに妨げなければよいです。しかも必ず財を用いるあの一路が財の太過旺んで印を帶びて平衡を來し、印を用いるあの一路が印の重すぎて財を帶びて平衡を來し、調停して中和を得て、ここにおいて貴格を成します。たとえば丁酉年・己酉月・戊子日・壬子時。戊土日主が酉月に生まれ、酉金は傷官、二つの子水と時干の壬水は財で、財は實に重すぎて、所以に年干の丁火の印を帶びます。丁と壬の中間に戊・己の两土を隔て、两り相碍まらず。何况金水が多く寒冷を覺え、火を得て來て融和する、これは都統制の命。また壬戌年・己酉月・戊午日・丁巳時。印が重すぎてはじめて年干の壬水の財を帶び、丁と壬の間に同じく戊己を隔て、两り相碍まらず、これは一丞相の命。もし反対に排せば、財印が彼此に妨げて併用できず、秀でありません。

有傷官用煞印者,傷多身弱,賴煞生印以幫身而制傷,如己未、丙子、庚子、丙子,蔡貴妃也。煞因傷而有制,兩得其宜,只要無財,便為貴格,如壬寅、丁未、丙寅,夏閣老命是也。有傷官用官者,他格不用,金水獨宜,然要財印為輔,不可傷官並透。如戊申、甲子、庚午、丁丑,藏癸露丁,戊甲為輔,官又得祿,所以為丞相之格。若孤官無輔,或官傷並透,則發福不大矣。

沈氏の原文は言います。第四種は「傷官用煞印」。傷官が多すぎて日主が弱ければ、七煞に賴って去って印を生じ、印が來て身を助けて兼ねて傷官を制します。たとえば己未年・丙子月・庚子日・丙子時、これは蔡貴妃の命。庚金日主で、三つの子水は傷官で、傷することが重すぎます。月干・時干の二つの丙火は七煞、年干の己土は正印で、煞が印を生じ、印が身を助けまた傷を制します。七煞はまた傷官が去ってそれを剋するがあるがゆえに節制を受け、两下ともに各々その宜を得、ただ局中に財が來て煞を黨することがなければ、便ち貴格です。たとえば壬寅年・丁未月・丙寅日、これは夏閣老の命(底本のこの造は時柱を脱す、敢えて臆補せず)。第五種は「傷官用官」。他の日主はこの一路を用いず、ただ金水の日主のみ相宜です。しかし財と印を以て輔佐と為すを要し、また傷官と官星が一同に透し出るも不可です。たとえば戊申年・甲子月・庚午日・丁丑時。庚金が子月に生まれ、子中の癸水は傷官で藏して露せず、時干の丁火は正官で明透、年干の戊土は印・月干の甲木は財で輔佐と為し、官星はまた午上に祿を得て、所以に丞相の格を成します。もし孤官無輔、あるいは官と傷が併透すれば、それは發福が大きくありません。

若冬金用官,而又化傷為財,則尤為極秀極貴。如丙申、己亥、辛未、己亥,鄭丞相命是也。然亦有非金水而見官,何也?化傷為財,傷非其傷,作財旺生官而不作傷官見官,如甲子、壬申、己亥、辛未,章丞相命也。至於傷官而官煞並透,只要干頭取清,金水得之亦清,不然則空結構而已。

沈氏の原文は言います。もし冬の金が官星を用い、同時に傷官を化して財と為せば、それは極秀極貴です。たとえば丙申年・己亥月・辛未日・己亥時、これは鄭丞相の命。辛金が亥月に生まれ、亥中の壬水はもともと傷官ですが、亥と未が會して木局を成し、傷官は化して財となります。年干の丙火は正官、二つの己土は印で輔を作し、財は去って官を生じ、官はまた清純です。しかし金水日主でなくて官星を見るものもあるのはなぜでしょうか。傷官がすでに化して財と為り、それはもはや傷官ではなく、ただ「財旺生官」に按じて看て、「傷官見官」に按じて看ないからです。たとえば甲子年・壬申月・己亥日・辛未時、これは章丞相の命。己土が申月に生まれ、申中の庚金は傷官ですが、申子が會して水、亥未が會して木、傷は化して財となり財が旺んで年干の甲木の正官を生じます。傷官格で官と煞が併せて透し出るに至っては、ただ天干上に清純を取り得れば善いです。金水日主がそれに遇えばまた清くなりえますが、そうでなければ不過架構だけの空結構に過ぎません。

四十二、傷官の取運を論ず

傷官取運,即以傷官所成之局,分而配之。傷官用財,財旺身輕,則利印比;身強財淺,則喜財運,傷官亦宜。傷官佩印,運行官煞為宜,印運亦吉,傷食不礙,財地則凶。

沈氏の原文は言います。傷官格の取運は、傷官の成すあの一種の局に就いてそれぞれ配します。「傷官用財」の一路。財が旺んで日主が輕ければ、印と比劫の運が來て身を助けるに利あり。日主が強くて財が淺ければ、財運を喜び、傷官の運もまた相宜して、財を生じえます。「傷官佩印」の一路。行運は官煞に走るを宜とします。官煞が印を生じうるからです。印運も吉です。食傷の運は妨げありません。印があってそれを制するからです。ただ財地に走り至れば便ち凶です。財が來れば印を壞すからです。

傷官而兼用財印,其財多而帶印者,運喜助印,印多而帶財者,運喜助財。傷官而用煞印,印運最利,傷食亦亨,雜官非吉,逢財即危。

沈氏の原文は言います。傷官で財と印を兼用する者は、どちらの頭が偏重するかを看るを要します。財が多くて印を帶びる者は、行運は印を助けるを喜び、两边を扯り平げるを善とします。印が多くて財を帶びる者は、行運は財を助けるを喜び、道理は同じです。「傷官用煞印」の一路。印運が最も利ありで、食傷の運も亨通します。官星を混じ入れれば便ち不吉です。一たび財運に逢えば、財は印を壞しまた煞を黨して、即刻に危險となります。

傷官帶煞,喜印忌財,然傷重煞輕,運喜印而財亦吉。惟七煞根重,則運喜傷食,印綬身旺亦吉,而逢財為凶矣。傷官用官,運喜財印,不利食傷,若局中官露而財印兩旺,則比劫傷官,未紿非吉矣。

沈氏の原文は言います。「傷官帶煞」の一路。印を喜んで財を忌みます。ただしもし傷官が重くて七煞が輕く、制することが頭を過ぎれば、行運は印を喜ぶものの、財運を走るも吉です。財があの足りなき煞を補足しうるからです。ただ七煞の根氣が深重なもののみ、行運は食傷が去ってそれを制するを喜び、印綬と身旺の運も吉で、財運に逢えば凶となります。「傷官用官」の一路。行運は財と印を喜びます。財は官を生じ、印は傷を制するからです。食傷の運に利あらず。もし局中の官星がすでに露して財印が两旺して格局が穩固なら、たとい比劫を走り傷官の運を走っても、必ずしも不吉ではありません(底本の「未紿」は「未始」に作るべき)。

四十三、陽刃を論ず

陽刃者,劫我正財之神,乃正財之七煞也。祿前一位,惟五陽有之,故為陽刃。不曰劫而曰刃,劫之甚也。刃宜伏制,官煞皆宜,財印相隨,尤為貴顯。夫正官而財印相隨美矣,七煞得之,夫乃甚乎?豈知他格以煞能傷身,故喜制伏,忌財印;陽刃用之,則賴以制刃,不怕傷身,故反喜財印,忌制伏也。

沈氏の原文は言います。所謂「陽刃」とは、我の正財を搶奪するあの神で、即ち正財の七煞です。それは日主の祿位の前の一位にあり、五つの陽干のみこれがあり、所以に陽刃と呼びます。それを「劫」と呼ばずして「刃」と呼ぶのは、それが搶奪すること格外に厉害なるを言うのです。刃は伏制を加えるべきで、官と煞はともに合用します。さらに財・印が隨行すれば、いよいよ貴顯です。正官を用いて財印が相隨するは、もともと善いです。七煞を用いて財印が相隨するは、豈にいよいよ過分ではありませんか。須知、他の格の七煞は身を傷る要あり、所以に制伏を喜んで財印が去ってそれを助くるを忌みます。しかし陽刃格は正にこの煞に頼って刃を制し、併してそれが身を傷るを怕れず、所以に反って財印を喜んで、煞を制伏し掉るを忌みます。

陽刃用官,透刃不慮;陽刃露煞,透刃無成。蓋官能制刃,透而不為害;刃能合煞,則有何功?如丙生午月,透壬制刃,而又露丁,丁與壬合,則七煞有貪合忘克之意,如何制刃?故無功也。

沈氏の原文は言います。陽刃格が正官を用いる者は、天干上にさらに刃を透しても顧慮するに及ばず。陽刃格が七煞を露する者は、天干上にさらに刃を透せば格を成しません。官は刃を制しうるゆえに、刃が透し出ても害なし。しかし刃は煞を合し住めうるゆえに、煞が合されてはなお何の功用を談ぜん。たとえば丙火が午月に生まれ刃に坐し、天干に壬水の七煞を透して來て刃を制するのに、偏偏とまた一つの丁火を露す――丁と壬が相合して、七煞は便ち貪戀合情・去って剋することを忘れる意があり、なおどうして刃を制せん。だから功がないと為るのです。

然同是官煞制刃,而格亦有高低,如官煞露而根深,其貴也大;官煞藏而不露,或露而根淺,其貴也小。若己酉、丙子、壬寅、丙午,官透有力,旺財生之,丞相命也。又辛酉、甲午、丙申、壬辰,透煞根淺,財印助之,亦丞相命也。

沈氏の原文は言います。同じく官煞を用いて刃を制するも、格局にもまた高低の分があります。官煞が明透して根深きは、貴が大きいです。官煞が藏して露せず、あるいは露すと雖も根が淺きは、貴が小さいです。たとえば己酉年・丙子月・壬寅日・丙午時。壬水日主が子月に生まれ、子は即ち壬の羊刃です。年干の己土は正官で、明透して時支の午に通根し、官星は有力です。月干・時干の二つの丙火は財で、旺財がまた來て官を生ず――これは丞相の命。また辛酉年・甲午月・丙申日・壬辰時。丙火が午月に生まれ刃に坐し、時干の壬水は七煞で、辰に通根し申に生ぜられますが、根は畢竟淺いです。善いのは年干の辛金が財で來て煞を生じ、月干の甲木が印で來て身を護り、財印が相助ける――これもまた丞相の命。

然亦有官煞制刃帶傷食而貴者,何也?或是印護,或是煞太重而裁損之,官煞輕而取清之,如穆同知命,甲午、癸酉、庚寅、戊寅,癸水傷寅午之官,而戊以合之,所謂印護也,如賈平章命,甲寅、庚午、戊申、甲寅,煞兩透而根太重,食以制之,所謂裁損也。如丙戌、丁酉、庚申、壬午,官煞競出,而壬合丁官,煞純而不雜。況陽刃之格,利於留煞,所謂取清也。

沈氏の原文は言います。しかし官煞を用いて刃を制しながら食傷を帶びてなお顯貴するものもあるのはなぜでしょうか。原因は三種に外なりません。一は印が來て官煞を護る、二は煞が重すぎて食傷を借りて裁損を加える、三は官煞が混雜して食傷を借りて一つを去って清を取る、です。たとえば穆同知の命。甲午年・癸酉月・庚寅日・戊寅時。庚金日主が酉月に生まれ刃に坐し、寅午の中の丙丁火は官煞が來て刃を制し、月干の癸水は偏偏とあの官星を傷らんとしますが、幸いに時干の戊土が癸と相合して、それを拴し住めます――これがすなわち所謂印護。また賈平章の命。甲寅年・庚午月・戊申日・甲寅時。戊土が午月に生まれ刃に坐し、年干・時干の二つの甲木は七煞で、また两寅に通根して、根は實に重すぎ、月干の庚金の食神に頼って去ってそれを制します――これがすなわち所謂裁損。また丙戌年・丁酉月・庚申日・壬午時。庚金が酉月に生まれ刃に坐し、年干の丙火は七煞・月干の丁火は正官で、官煞が爭って透し出るのに、時干の壬水が丁官を合掉して、煞のみを残し、純にして雜らず。何况陽刃格はもともと煞を留めるに宜し――これがすなわち所謂取清。

其於丙生午月,內藏己土,可以克水,尤宜帶財佩印,若戊生午月,干透丙火,支會火局,則化刃為印,或官或煞,透則去刃存印其格愈清。倘或財煞並透露,則犯去印存煞之忌,不作生煞制煞之例,富貴兩空矣。更若陽刃用財,格所不喜,然財根深而用傷食,以轉刃生財,雖不比建祿月劫,可以取貴,亦可就富。不然,則刃與財相搏,不成局矣。

沈氏の原文は言います。丙火が午月に生まれるに至っては、午中にまた己土を藏し、己土は水を剋しえて、壬癸の官煞が刃を制するを妨げます。だから殊に財を帶び印を佩んで周旋するを宜とします。もし戊土が午月に生まれ、天干に丙火を透し地支がまた會して火局を成せば、羊刃は便ち化して印となります。このとき官を透すも煞を透すも、一たび透し出れば便ち刃を去って印を留めて、格局はいよいよ清純です。倘若財と煞が雙雙として透露すれば、「印を去り煞を存す」の忌諱を犯し、また尋常の生煞・制煞に照らして論ずる能くなく、それは富と貴と两頭ともに落空します。また陽刃格が財を用いるは、もともと格局の喜ぶ所ではありません。ただしもし財の根が深く、また食傷を用いて羊刃の氣を轉じて去って財を生ぜしめれば、建祿月劫格のように貴を取りうるには及ばないものの、また富を致しえます。さもなくば、刃と財が硬碰硬に相搏して、局を成しません。

四十四、陽刃の取運を論ず

陽刃用官,則運喜助官,然命中官星根深,則印綬比劫之方,反為美運,但不喜傷食合官耳。陽刃用煞,煞不甚旺,則運喜助煞;煞若太重,則運喜身旺印綬,傷食亦不為忌。陽刃而官煞並出,不論去官去煞,運喜制伏,身旺亦利,財地官鄉反為不吉也。

沈氏の原文は言います。陽刃格が正官を用いる者は、行運は官を助ける地を喜びます。ただし命の官星がもともと根深ければ、印綬・比劫の運は反って美運となります。ただ食傷が去って官を剋するを喜ばず、また官を合する字に遇うを喜ばないだけです。陽刃格が七煞を用いる者。煞が甚だ旺たざれば、行運は煞を助けるを喜びます。煞がもし重すぎれば、行運は身旺と印綬の地を喜び、食傷の運もまた忌むに及ばず、ちょうどあの過重の煞を制しに行きます。陽刃格で官と煞が併せて透し出る者。命が官を去るか煞を去るかを論ぜず、行運は制伏の神あるを喜び、身旺の運もまた利ありです。反って財地を走り官郷を走れば不吉です。財が去って官煞を生じ、官がまた來れば便ちまた混雜するからです。

四十五、建祿・月劫を論ず

建祿者,月建逢祿堂也,祿即是劫。或以祿堂透出,即可依以用者,非也。故建祿與月劫,可同一格,不必加分,皆以透干支,別取財官煞食為用。祿格用官,干頭透出為奇,又要財印相隨,不可孤官無輔。有用官而印護者,如庚戌、戊子、癸酉、癸亥,金丞相命是也。有用官而財助者,如丁酉、丙午、丁巳、壬寅,李知府命是也。

沈氏の原文は言います。所謂「建祿」とは、月建がちょうど日主の祿位に落ちることです。祿は實は即ち比劫です。ある人は祿堂はただ天干上に透せば、それに據って取用できると以為しますが、これは誤りです。だから建祿と月劫は併せて一つの格を作して、別に分かつを要せず、みな天干・地支に何を透すかを看て、別に財・官・煞・食を取って用神と為します。祿格が官を用いる者は、官星が天干上に透するが最も難得で、さらに財・印が相隨するを要し、孤零零とした一つの官で輔佐なきは不可です。官を用いて印を以て官を護るものあり。たとえば庚戌年・戊子月・癸酉日・癸亥時、これは金丞相の命――癸水が子月に生まれ建祿と為し、月干の戊土は正官、年干の庚金は正印で、官が印を生じ印が身を生じ、官星に護りあり。官を用いて財を以て官を助くるものあり。たとえば丁酉年・丙午月・丁巳日・壬寅時、これは李知府の命――丁火が午月に生まれ建祿と為し、時干の壬水は正官、年支の酉金は財で來て官を生ず。

有官而兼帶財印者,所謂身強值三奇,尤為貴氣。三奇者,財官印也,只要以官隔之,使財印兩不相傷,其格便大,如庚午、戊子、癸卯、丁巳,王少師命是也。祿劫用財,須帶食傷,蓋月令為劫而以財作用,二物相剋,必以傷食化之,始可轉劫生財,如甲子、丙子、癸丑、壬辰,張都統命是也。

沈氏の原文は言います。官がありて財と印を兼帶する者は、すなわち所謂「身強して三奇に值う」で、殊に貴氣があります。三奇は財・官・印の三者を指します。ただ官星を用いて中間に隔て、財と印をして彼此相傷まらしめれば、格局は大です。たとえば庚午年・戊子月・癸卯日・丁巳時、これは王少師の命――癸水が子月に生まれ建祿と為し、月干の戊土は正官、年干の庚金は正印、時干の丁火は偏財で、官は中に居り財印は両端に分列し、各々相犯せず。祿劫格が財を用いる者は、必ず食傷を帶びるを要します。月令は比劫であるのに、財を拿って用神と為すゆえに、劫と財の两物は相剋して、必ず食傷が中より化轉するを得て、はじめて劫氣を轉じて去って財を生ぜしめえます。たとえば甲子年・丙子月・癸丑日・壬辰時、これは張都統の命――癸水が子月に生まれ建祿と為し、月干の丙火は正財、年干の甲木は傷官で間に居り通關します。

至於化劫為財,與化劫為生,尤為秀氣。如己未、己巳、丁未、辛丑,丑與巳會,即以劫財之火為金局之財,安得不為大貴?所謂化劫為財也。如高尚書命,庚子、甲申、庚子、甲申,即以劫財之金,化為生財之水,所謂化劫為生也。

沈氏の原文は言います。干脆劫を化して財と為し、あるいは劫を化して財を生ずる神と為すに至っては、それはさらに秀氣です。たとえば己未年・己巳月・丁未日・辛丑時。丁火が巳月に生まれてもともと建祿ですが、時支の丑と月支の巳が會して金局を成し、ここにおいてもともと劫財に屬した巳火が、一轉して金局の財と成れば、どうして大貴ならざるを得ましょうか。これがすなわち所謂「劫を化して財と為す」。また高尚書の命。庚子年・甲申月・庚子日・甲申時。庚金が申月に生まれ建祿と為し、二つの申はもともと劫ですが、申と二つの子が會して水局を成し、劫財の金は便ち化して財を生ずる水となります(水は年月の二つの甲木の財を生ず)。これがすなわち所謂「劫を化して生を為す」。

祿劫用煞,必須制伏,如婁參政命,丁巳、壬子、癸卯、己未,壬合丁財以去其黨煞,卯未會局以制伏是也。至用煞而又逢財,本為不美,然能去煞存財,又成貴格。戊辰、癸亥、壬午、丙午,合煞存財,袁內閣命是也。

沈氏の原文は言います。祿劫格が七煞を用いる者は、必ず制伏の物があらねばなりません。たとえば婁參政の命。丁巳年・壬子月・癸卯日・己未時。癸水が子月に生まれ建祿と為し、時干の己土は七煞です。年干の丁火は偏財で、本來去って七煞を黨助せんとしますが、幸いに月干の壬水が丁を合し住めて、煞を黨する物を去ります。さらに日支の卯と時支の未に由って會して木局を成して來て己土を制伏する――一去一制して、煞は便ち伏帖します。煞を用いてまた財に逢うに至っては、もともと美ありません。しかしもし煞を去り得て財を保住すれば、反って貴格を成します。たとえば戊辰年・癸亥月・壬午日・丙午時、これは袁內閣の命。壬水が亥月に生まれ建祿と為し、年干の戊土は七煞、月干の癸水は戊と相合して煞を合し去ります。時干の丙火と二つの午はみな財で、財は保全を得、これがすなわち煞を合して財を存するです。

其祿劫之格,無財官而用傷食,洩其太過,亦為秀氣。唯春木秋金,用之則貴,蓋木逢火則明,金生水則靈。如張狀元命,甲子、丙寅、甲子、丙寅,木火通明也;又癸卯、庚申、庚子、庚辰,金水相涵也。更有祿劫而官煞競出,必取清方為貴格。如一平章命,辛丑、庚寅、甲辰、乙亥,合煞留這也;如辛亥、庚寅、甲申、丙寅,制煞留官也。

沈氏の原文は言います。祿劫格の中にもし財もなく官もなければ、食傷を用いてその太過の氣を泄し、また秀氣と算します。ただし春の木・秋の金のみこの一路を用いて貴と為ります。木が火に遇えば便ち通明し、金が水を生ずれば便ち靈秀するからです。たとえば張狀元の命。甲子年・丙寅月・甲子日・丙寅時――甲木が寅月に生まれ建祿と為し、二つの丙火は食神の吐秀で、正に木火通明です。また癸卯年・庚申月・庚子日・庚辰時――庚金が申月に生まれ建祿と為し、申子辰が會して水局を成し、正に金水相涵です。さらに祿劫格で官と煞が爭って透し出る者は、必ずその清純を取ってはじめて貴格を成します。たとえば某平章の命。辛丑年・庚寅月・甲辰日・乙亥時――甲木が寅月に生まれ建祿と為し、年干の辛金は正官・月干の庚金は七煞で、時干の乙木が庚と相合して、煞を合し去り官を留めます(底本の「留這」は「留官」に作るべき)。また辛亥年・庚寅月・甲申日・丙寅時――同じく官煞併透で、時干の丙火の食神に頼って去って庚煞を制し、辛官を留めます。

倘或兩官競出,亦須制伏,所謂爭正官不可無傷也。若夫用官而孤官無輔,格局更小,難於取貴,若透傷食便不破格。然亦有官傷並透而貴者,何也?如己酉、乙亥、壬戌、庚子,庚合乙而去傷存官,王總兵命也。

沈氏の原文は言います。倘若二つの正官が爭って透し出れば、また制伏の物あるを要し、これがすなわち所謂「正官を爭うは傷なかるべからず」――官星が重ければ、反って傷官に頼って去ってその一つを損せしめます。官を用いて孤官無輔の者に至っては、格局はいよいよ小さく、貴を取り難いです。このときもし食傷を透し出れば、反って破格と算しません。しかし官と傷が併せて透し出てなお顯貴するものもあるのはなぜでしょうか。たとえば己酉年・乙亥月・壬戌日・庚子時、これは王總兵の命。壬水が亥月に生まれ建祿と為し、年干の己土は正官、月干の乙木は傷官で本來官を剋さんとしますが、幸いに時干の庚金が乙と相合して、傷官を去って官星を保住します。

用財而不透傷食,便難於發端,然干頭透一位而不雜,地支根多,亦可取富,但不貴耳。用官煞重而無制伏,運行制伏,亦可發財,但不可官煞太重,致令身危也。

沈氏の原文は言います。祿劫格が財を用いて食傷を透さない者は、劫と財が直接に相爭して、開端を成し難いです。ただし天干上にただ一位の財を透して駁雜せず、地支の財根がまた多ければ、また富を致しえますが、ただ顯貴はできないだけです。官を用いて官煞が過重で、命にまた制伏の物がなければ、行運が制伏の地に走り至るを待って、同じく發財しえます。ただ官煞は重すぎてはならず、重きが日主を壓して危殆ならしめるに至れば、それは行けません。

四十六、建祿月劫の取運を論ず

祿劫取運,即以祿劫所成之局,分而配之。祿劫用官,印護者喜財,怕官星之逢合,畏七煞之相乘。傷食不能為害,劫比未即為凶。財生喜印,宜官星之植根,畏傷食之相侮,逢財愈見其功,雜煞豈能無礙?

沈氏の原文は言います。祿劫格の取運は、それが成すあの一種の局に就いてそれぞれ配します。「祿劫用官にして印を以て官を護る」の一路。行運は財を喜びます。財が官を生じ、官がまた印を生ずるからです。怕れるのは官星が運上に合し去られることで、また七煞が虛に乘じて來て混雜するを怕れます。食傷の運はそれを害しえず(印があって制しうる)、比肩・劫財の運もまた必ずしも凶ではありません。「祿劫用官にして財を以て官を生ず」の一路。印を喜び、官星が運上に根を下ろすを宜とします。食傷が來て官星を欺侮するを怕れます。財運に逢えばいよいよその功用を顯し。七煞を混じ入れるに至っては、どうして妨げがないことがありましょうか。

祿劫用財而帶傷食,財食重則喜印綬,而不忌比肩;財食輕則宜助財,而不喜印比。逢煞無傷,遇官非福。祿劫用煞食制,食重煞輕,則運宜助煞;食輕煞重,則運喜助食。

沈氏の原文は言います。「祿劫用財にして食傷を帶ぶ」の一路。財と食がともに重ければ、印綬の運が來て太過を收斂するを喜び、比肩の運もまた忌むに及ばず。財と食がともに輕ければ、財を助ける運を走るべく、印と比劫を喜びません。この一路で七煞の運に逢うは妨げなく(食傷があって制しうる)、官星に遇うは反って福でありません(官が來て身を剋しまた食傷の用を奪う)。「祿劫用煞にして食神を以て煞を制す」の一路。食が重くて煞が輕ければ、行運は煞を助けるに宜しく、食が輕くて煞が重ければ、行運は食を助けるを喜びます。

若用煞而帶財,命中合煞存財,則傷食為宜,財運不忌,透官無慮,身旺亦亨。若命中合財存煞,而用食制,煞輕則助煞,食輕則助食則已。

沈氏の原文は言います。もし煞を用いてまた財を帶びる者は、命の中がどの一種の安排であるかを看るを要します。命中が煞を合掉して財を保住するものなら、食傷の運は相宜で、財運もまた忌むに及ばず、運に官星を透しても顧慮するに足らず、身旺の運も同じく亨通します。命中が財を合掉して煞を保住して食神を用いて去ってそれを制するものなら、それは依然として食煞の輕重に照らして調する――煞が輕ければ煞を助け、食が輕ければ食を助くる、ただそれだけです。

祿劫而用傷食,財運最宜,煞亦不忌,行印非吉,透官不美。若命中傷食太重,則財運固利,而印亦不忌矣。祿劫而官煞並出,不論合煞留官,存官制煞,運喜傷食,比肩亦宜,印綬未為良圖,財官亦非福運。

沈氏の原文は言います。「祿劫用食傷」の一路。財運が最も相宜で、秀氣を實果に收めえます。煞運もまた忌むに及ばず、食傷があってそれを制します。印運を走れば便ち不吉で、印が食を奪います。運に官星を透してもまた美ありません。もし命中の食傷がもともと重すぎれば、財運は固より利ありで、印運もまた忌むに及ばず、ちょうど太過を收斂します。「祿劫にして官煞併出」の一路。命が煞を合して官を留めるか官を存して煞を制するかを論ぜず、行運は食傷が去って制伏するを喜び、比肩の運もまた相宜です。印綬の運は善い打算と算せず、財と官の運もまたみな福運ではありません。それらはただ官煞を助長するのみです。

四十七、雜格を論ず

雜格者,月令無用,以外格而用之,其格甚多,故謂之雜。大約要干頭無官無煞,方成格,如有官煞,則自有官煞為用,列外格矣。若透財尚可取格,然財根深,或財透兩位,則亦以財為重,不取外格也。

沈氏の原文は言います。所謂「雜格」とは、月令の中に用神を取り出せず、已まず外格を改めて用いるものです。この類の格は名目が繁多で、所以に雜と呼びます。大体において天干上に官もなく煞もないを要して、はじめて格を成しえます。もし官煞があれば、自然に官煞を以て用神と為し、更に外格を列するに及ばず。もしただ財を透し出るのみなら、却ってなお外格を取りえます。ただし財の根がもし甚だ深いか、あるいは財が天干に两位を透せば、それもまた財を以て重きと為すべく、外格を取りません。

試以諸格論之,有取五行一方秀氣者,取甲乙全亥卯未、寅卯辰,又生春月之類,本是一派劫財,以五行各得其全體,所以成格,喜印露而體純。如癸亥、乙卯、乙未、壬午,吳相公命是也。運亦喜印綬比劫之鄉,財食亦吉,官煞則忌矣。

沈氏の原文は格ごとに講じます。第一種は五行が一方に專聚する秀氣を取るもの。たとえば甲乙木の日主で、地支に亥卯未の三合または寅卯辰の三會を湊り齊え、また春月に生まれる類です。これはもともと滿盤の劫財ですが、ただ五行の中で木がその全體を得たがゆえに、格を成しえます。天干に印を露して來てそれを生じ、本體を純粹ならしめるを喜びます。たとえば癸亥年・乙卯月・乙未日・壬午時、これは呉相公の命。乙木が卯月に生まれ、地支の亥卯未が全く、年干の癸水・時干の壬水はみな印で、木氣は純一です。行運もまた印綬と比劫の郷を喜び、財と食神の運も吉で、官煞の運は則ち忌諱となります。一には旺神を剋傷し、二には全局の氣勢に違逆するからです。

有從化取格者,要化出之物,得時乘令,四支局全。如丁壬化木,地支全亥卯未、寅卯辰,而又生於春月,方為大貴。否則,亥未之月亦是木地,次等之貴,如甲戌、丁卯、壬寅、甲辰,一品貴格命也。運喜所化之物,與所化之印綬,財傷亦可,不利官煞。

沈氏の原文は言います。第二種は從化して格を取るもの。緊要なのは化し出るあの一物が必ず時を得て當令し、地支の局もまた湊り全くなるを要します。たとえば丁と壬が相合して木を化するは、地支に亥卯未または寅卯辰を湊り齊え、また春月に生まれて、はじめて大貴と算します。さもなくば、亥月または未月に生まれてもまた木地と算して、次の一等の貴を得えます。たとえば甲戌年・丁卯月・壬寅日・甲辰時、これは一品の貴格の命。壬水日主が月干の丁火と相合し、卯月に生まれ、地支にまた寅・卯・辰があり、木の元神たる甲がまた两透して、化木が真を成します。行運は化し出るあの一物(木)と、この一物を生ずる印綬(水)を喜び、財と傷の運もまた走れますが、ただ官煞に利あらず。金が來て木を剋すれば、便ち化神を傷るからです。

有倒沖成格者,以四柱列財官而對面以沖之,要支中字多,方沖得動。譬如以弱主邀強官,主不眾則賓不從。如戊午、戊午、戊午、戊午,是沖子財也;甲寅、庚午、丙午、甲午,是沖子官也。運忌填實,餘俱可行。

沈氏の原文は言います。第三種は倒衝して格を成すもの。命にもともと財官がなければ、四柱の地支を用いて去って向いのあの一位を衝して、財官を衝き出します。地支中に同じ字が多いを要して、はじめて衝して動かしえます。主人が力弱くして強賓を邀請せんとするに譬え、主人のこなた人が多くなければ、客は肯んじて來ません。たとえば戊午年・戊午月・戊午日・戊午時、四つの午が去って子を衝す――子中の癸水は正に戊土の財。また甲寅年・庚午月・丙午日・甲午時、三つの午が去って子を衝す――子中の癸水は正に丙火の官。この格の行運は最も衝するあの字を塡實するを忌み(運上に真に子を見れば)、殘りの運はみな走れます。

有朝陽成格者,戊去朝丙,辛日得官,以丙戊同祿於巳,即以引汲之意。要干頭無木火,方成其格,蓋有火則無待於朝,有木財觸戊之怒,而不為我朝。如戊辰、辛酉、戊子,張知縣命是也。運喜土金水,木運平平,火則忌矣。

沈氏の原文は言います。第四種は朝陽して格を成すもの。戊土を用いて去って丙火を朝迎して、辛金日主に官星を得せしめます。丙と戊がともに巳上に祿を得るがゆえに、戊土は便ち丙火を引汲して來る意があります。天干上に木もなく火もないを要して、はじめてこの格を成しえます。火があれば、去って朝迎するを用いず。木があれば、木は戊土の財で、反って戊土を觸動して財を貪らしめ、便ち肯んじて我のために朝迎しません。たとえば戊辰年・辛酉月・戊子時、これは張知縣の命(底本のこの造は一柱を脱す、後文に據れば辛酉日であるべき、敢えて徑に補せず)。行運は土・金・水を喜び、木運は平平、火運は則ち忌諱となります。

有合祿成格者,命無官星,借干支以合之。戊日庚申,以庚合乙,因其主而得其偶。如己未、戊辰、戊辰、庚申,蜀王命是也。癸日庚申,以申合巳,因其主而得其朋,如己酉、癸未、癸未、庚申,趙丞相命是也。運亦忌填實,不利官煞,理會不宜以火克金,使彼受制而不能合,餘則吉矣。

沈氏の原文は言います。第五種は合祿して格を成すもの。命に官星がなければ、干支を借りて去ってそれを合して來ます。戊土日主が庚申時に逢えば、庚金を用いて去って乙木を合す――乙は戊の正官で、これをその本主よりその配偶を招くと謂います。たとえば己未年・戊辰月・戊辰日・庚申時、これは蜀王の命。癸水日主が庚申時に逢えば、申を用いて去って巳を合す――巳中の戊土は癸の正官で、これをその本主よりその同伴を招くと謂います。たとえば己酉年・癸未月・癸未日・庚申時、これは趙丞相の命。この格の行運もまた塡實を忌み、官煞に利あらず。理に照らせばさらに火運を走って金を剋するを宜とせず、一たび金を剋すれば、それは制を受けて合を成しえません。殘りの運はみな吉です。

有棄命保財者,四柱皆財而身無氣,舍而從之,格成大貴。若透印則身賴印生而不從,有官煞則亦無從財兼從煞之理,其格不成。如庚申、乙酉、丙申、乙丑,王十萬命造也。運喜傷食財鄉,不宜身旺。

沈氏の原文は言います。第六種は棄命從財(底本は「保財」に作る)。四柱の通盤がみな財で、日主自身に毫も氣力がなく、索性己を舍ててそれに順從する、格が成れば便ち大貴です。もし天干に印を透し出れば、日主は印に依るべくあるがゆえに肯んじて從いません。もし官煞があれば、またすでに財に從いまた煞に從うの道理なく、格は成しません。たとえば庚申年・乙酉月・丙申日・乙丑時、これは王十萬の命造。丙火日主が酉月に生まれ、滿盤の庚辛申酉丑はみな金の財で、丙火に毫も根氣なく、二つの乙木はまた庚に從って金を化し、ただ命を棄てて財に從うのみ。行運は食傷と財の郷を喜び、身旺の地を走るを宜としません。

有棄命從煞者,四柱皆煞,而日主無根,舍而從之,格成大貴。若有傷食,則煞受制而不從,有印則印以化煞而不從。如乙酉、乙酉、乙酉、甲申,李侍郎命是也。運喜財官,不宜身旺,食傷則尤忌矣。

沈氏の原文は言います。第七種は棄命從煞。四柱の通盤がみな煞で、日主に毫も根氣がなく、索性己を舍ててそれに順從する、格が成れば便ち大貴です。もし食傷があれば、煞は制を受けて、日主は便ち肯んじて從いません。もし印があれば、印が煞を化し去って、日主もまた肯んじて從いません。たとえば乙酉年・乙酉月・乙酉日・甲申時、これは李侍郎の命。三つの乙木はみな酉上に坐し、時支はまた申で、滿盤の金煞、乙木に全く根氣なく、ただ命を棄てて煞に從うのみ。行運は財と官を喜び(財は煞を生じ、官は煞を助く)、身旺の地を走るを宜とせず、食傷の運は殊に忌むを要します。

有井欄成格者,庚金生三七月,方用此格。以申子辰沖寅午戌,財官印綬,合而沖之,若透丙丁,有巳午,以現有財官,而無待於沖,乃非井攔之格矣。如戊子、庚申、庚申、庚申,郭統制命也。運喜財,不利填實,餘亦吉也。

沈氏の原文は言います。第八種は井欄叉して格を成すもの。庚金日主が三月または七月に生まれて、はじめてこの格を用いえます。地支の申子辰を用いて去って寅午戌を衝して、寅中の財・午中の官・戌中の印を一齊に衝き出します。もし天干にすでに丙丁を透し、地支にすでに巳午があれば、それは現成に財官があり、去って衝するを用いず、便ち井欄の格ではありません。たとえば戊子年・庚申月・庚申日・庚申時、これは郭統制の命。三つの申に一つの子を加え、水局が成して衝力が足ります。行運は財を喜び、衝する所の字を塡實するに利あらず、殘りの運もまたみな吉です。

有刑合成格者,癸日甲寅時,寅刑巳而得財官,格與合祿相似,但合祿則喜以合之,而刑合則硬以致之也。命有庚申,則木被沖剋而不能刑;有戊己字,則現透官煞而無待於刑,非此格矣。如乙未、癸卯、癸卯、甲寅,十二節度使命是也。運忌填實,不利金鄉,餘則吉矣。

沈氏の原文は言います。第九種は刑合して格を成すもの。癸水日主が甲寅時に逢えば、寅を用いて去って巳を刑し、巳中の丙火の財・戊土の官を刑し出します。この格は合祿格と相似たり、ただ合祿は你情我願で合して來るのに、刑合は硬くそれを逼め出すだけです。命中にもし庚申があれば、寅木は衝され剋されて、刑して動かせません。もし戊己の字があれば、それは官煞がすでに現成に透し出て、更に刑するを用いず、すなわちこの格ではありません。たとえば乙未年・癸卯月・癸卯日・甲寅時、これは十二節度使の命。行運は塡實を忌み、金の郷を走るに利あらず(金が寅木を剋すれば便ち刑を成さず)、殘りの運はみな吉です。

有遙合成格者,巳與丑會,本同一局,丑多則會巳而辛丑處官,亦合祿之意也。如辛丑、辛丑、辛丑、庚寅,章統制命是也。若命是有子字,則丑與子合而不遙,有丙丁戊己,則辛癸之官煞已透,而無待於遙,另有取用,非此格矣。至於甲子遙已,轉輾求俁,似覺無情,此格可廢,因羅御史命,聊復存之。為甲申、甲戌、甲子、甲子,羅御史命是也。

沈氏の原文は言います。第十種は遙合して格を成すもの。巳と丑はもともと巳酉丑の同一の局に屬し、丑字が多ければ巳を會して來え、辛金日主は便ち巳中の丙火を得て官と為します(底本のこの句の文字にやや訛脱あり)、これもまた合祿の意です。たとえば辛丑年・辛丑月・辛丑日・庚寅時、これは章統制の命。もし命に子字があれば、丑は子と合して住み、遙し過ぎ去れません。もし丙丁戊己があれば、それは辛金の官煞がすでに明透して、更に遙するを用いず、別に取用があって、すなわちこの格ではありません。甲子日が遙合する巳という說法に至っては、輾轉牽求して(底本の「求俣」の字は訛り)、實に無情に見え、この格はもともと廢すべきです。ただ羅御史の一造があるがゆえに、姑らく保留します。それは甲申年・甲戌月・甲子日・甲子時、羅御史の命です。

若夫拱祿、拱貴、趨乾、歸祿、夾戌、鼠貴、騎龍、日貴、日德、富祿、魁罡、金神、時墓、兩干不雜、干支一氣、五行俱足之類,一切無理之格,既置勿取。即古人格內,亦有成式,總之意為牽就,硬填入格,百無一是,徒誤後學而已。乃若天地雙飛,雖富貴亦有自有格,不全賴此。而亦能增重基格,即用神不甚有用,偶有依以為用,亦成美格。然而有用神不吉,即以為凶,不可執也。

沈氏の原文は言います。拱祿・拱貴・趨乾・歸祿・夾戌・鼠貴・騎龍・日貴・日德・富祿・魁罡・金神・時墓・两干不雜・干支一氣・五行俱足という類に至っては、一概に道理なき格で、みな一邊に擱いて取らざるべきです。たとい古人の格譜の中に成式を立ててあっても、總じて隨意に牽就して、硬く八字を格の中に塞ぎ込むで、百箇の中に一つも說き通るものなく、徒に後學を耽误するのみです。「天地雙飛」の一類に至っては、人は富貴なれど、その富貴はもともと自らその格局があり、併して全くこの名目に頼りません。ただしそれもまた確かに本格に分量を増加しえ(底本の「基格」は「其格」に作るべき)、たとい用神が甚だ有用と算しなくとも、偶にそれに依って取用すれば、また一つの美格を成しえます。しかしもし用神自身が不吉なら、便ちそれを凶と斷定する――このように一端に死執するも、また不可です。

其於傷官傷盡,謂是傷盡,不宜一見官,必盡力以傷之,使之無地容身,現行傷運,便能富貴,不知官有何罪,而惡之如此?況見官而傷,則以官非美物,而傷以制之,又何傷官之謂凶神,而見官之為禍百端乎?予用是術以歷試,但有貧賤,並無富貴,未輕信也,近亦見有大貴者,不知何故。然要之極賤者多,不得不觀其人物以衡之。

沈氏の原文は言います。「傷官傷盡」というこの說に至っては、傷するには傷して乾淨にし、一つの官星も見るを許さず、それを傷って地に容身なからしめなければならず、傷官の運に行き至れば便ち富貴しえると講じます。私は實に明らかにせず。官星は何の罪を犯して、こうもそれを厭惡するのでしょうか。何况もし官を見ればそれを傷るべきなら、それは官は良いものではなく傷官を用いて去ってそれを制すべきと言うに等しい。それならまたなぜ傷官を凶神と呼び、官を見るを禍患百出と說くのでしょうか。私はこの說法を持って一一に試驗したが、見る所はただ貧賤のみで、併して富貴はなく、だから敢えて輕信しません。近來もまた幾箇かの大貴を見たが、何の緣故かを知りません。總じて極賤のものが多く居り、たださらにこの人の品貌・氣度を參看して權衡するほかありません。

徐注:用傷官之忌見官星,亦猶用官之忌傷,用印之忌財,用財之忌劫也。何格無喜忌,豈獨傷官?況官星有喜見不喜見之別乎?至於格局之不可解者甚多。我人學識不足,未窮奧妙,知之為知之,不知為不知,正不必曲為諱飾也。

徐樂吾の評註はここに申明します。傷官を用いるが官星を見るを忌むは、正に官を用いるが傷官を見るを忌み、印を用いるが財を見るを忌み、財を用いるが比劫を見るを忌むと同じく、みな同一の道理です。どの格かその喜と忌のないものがありましょうか。豈に單單に傷官格のみあるでありましょうか。何况官星自身はまた喜んで見ると喜んで見ざるの二種の情形に分かれます。格局が講じ通らぬ例子に至っては實に多く、それは我らの學識が足りず、その中の奥妙を窮究していないのです。知るは知ると為し、知らざるは知らざると為して、實に曲意に掩飾するに及ばず。

The original text is in the public domain. The Japanese is a machine-assisted translation of this library’s own Chinese paraphrase, checked against a fixed glossary so that technical terms match the definitions used elsewhere on this site. It is a reading aid and does not replace the original.