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十、用神の變化を論ず

清 · 沈孝瞻 · 第2巻 / 6

作盤ガイド: 八字作盤

用神既主月令矣,然月令所藏不一,而用神遂有變化。如十二支中,除子午卯酉外,餘皆有藏,不必四庫也。即以寅論,甲為本主,如郡之有府,丙其長生,如郡之有同知,戊亦長生,如郡之有通判;假使寅月為提,不透甲而透丙,則如知府不臨郡,而同知得以作主。此變化之由也。故若丁生亥月,本為正官,支全卯未,則化為印。己生申月,本屬傷官。藏庚透壬,則化為財。凡此之類皆用神之變化也。

沈氏の原文は言います。用神は月令を主とする以上、月令の地支に藏する人元は往々にして一つに止まらないので、用神はこれによって變化を生じます。十二地支の中、子・午・卯・酉が單氣であるほか、残りの各支にはみな幾人元かが藏され、辰戌丑未の四墓庫に限りません。寅を例に取れば、甲木はその本氣の主で、一郡に知府があるようなものです。丙火は寅に長生し、郡に同知があるようなものです。戊土も寅に長生し、郡に通判があるようなものです。もし寅月を提綱として、天干が甲を透さず丙を透せば、知府が到任せず同知が主となるようなものです。これが用神變化の由來です。だから丁火が亥月に生まれる場合、亥中の壬水はもともと正官ですが、地支に卯未が齊って木局を會成すれば、官は印に化します。己土が申月に生まれる場合、申中の庚金はもともと傷官ですが、庚金が藏して壬水が透せば、傷官は財に化します。およそこの類はみな用神の變化です。

變之而善,其格愈美;變之不善,其格遂壞。何謂變之而善?如辛生寅月,逢丙而化財為官;壬生戌月逢辛而化煞為印。癸生寅月,不專以煞論。此二者以透出而變化者也。

沈氏の原文は言います。變化が良ければ格局はいっそう精美となり、變化が悪ければ格局はこれによって敗壞します。何を變化が良いと言うのでしょうか。たとえば辛金が寅月に生まれ、寅中の甲木はもともと辛の正財ですが、寅中の丙火が長生して丙が一たび透すれば辛の正官となり、ここに「財を化して官と為す」。壬水が戌月に生まれ、戌中の戊土はもともと壬の七煞ですが、戌中の辛金が一たび透せば、煞は轉じて印となり、ここに「煞を化して印と為す」。また癸水が寅月に生まれ、寅中の戊土はもともと癸の正官、丙火は財、甲木は傷ですが、專ら煞で論ずることはできません(底本のこの句は文字がやや脱誤)。以上のものはみな、地支に藏する神が天干に透して變化を生じたものです。

癸生寅月,月令傷官秉令,藏甲透丙,會午會戌,則寅午戌三合,傷化為財;加以丙火透出,完全作為財論,即使不透丙而透戊土,亦作財旺生官論。蓋寅午戌三合變化在前,不作傷官見官論也。乙生寅月,月劫秉令,會午會戌,則劫化為食傷,透戊則為食傷生財,不作比劫爭財論。此二者因會合而變化者。因變化而忌化為喜,為變之善者。

評註は上に承けて、會合によって生じる變化を申し述べます。癸水が寅月に生まれ、寅中の甲木は傷官が當令して、甲が藏して丙が透し、地支がまた午と會し戌と會すれば、寅午戌が三合して火局を成し、傷官は財に化します。さらに丙火が干に透せば、完全に財格として論じます。たとえ丙が透さず戊土が透しても、「財旺生官」と見なします。寅午戌の三合の變化が先だから、もはや「傷官見官」では論じません。また乙木が寅月に生まれ、寅中の甲木は月劫が當令して、地支が午と會し戌と會して火局を成せば、劫財は食神傷官に化します。さらに戊土を透せば食傷生財となり、もはや「比劫爭財」では論じません。この二例はみな會合によって生じた變化です。この種の變化により、もともとの忌神が轉じて喜神となる、これがいわゆる「變之善者」です。

何謂變之而不善?如丙生寅月,本為印綬,甲不透干而會午會戌,則化為劫。丙生申月,本屬偏財,藏庚透壬,會子會辰,則化為煞。如此之類亦多,皆變之不善者也。

沈氏の原文は言います。何を變化が良くないと言うのでしょうか。たとえば丙火が寅月に生まれ、寅中の甲木はもともと丙の印綬ですが、甲が干に透さず、地支がかえって午と會し戌と會して火局を合成すれば、印は劫財に化し、日主はすでに旺なのにさらに旺します。また丙火が申月に生まれ、申中の庚金はもともと丙の偏財ですが、庚が藏して壬水が透し、地支がまた子と會し辰と會して水局を合成すれば、財は七煞に化し、かえって身を攻めます。この類の例も多く、いずれも變化が良くないものに屬します。

又有變之而不失本格者。如辛生寅月,透丙化官,而又透甲,格成正財,正官乃其兼格也。乙生申月,透壬化印,而又透戊,則財能生官,印逢財而退位,雖通月令,格成傷官,戊官忌見。丙生寅月,午戌會劫,而又或透甲,或透壬,則仍為印而格不破。丙生申月,逢壬化煞,而又透戊,則食神能制煞生財,仍為財格,不失富貴。如此之類甚多,是皆變而不失本格者也。是故八字非用神不立,用神非變化不靈,善觀命者,必於此細詳之。

沈氏の原文は言います。また一つ、變化は起きても本格を失わないものがあります。たとえば辛金が寅月に生まれ、丙を透して財を化して官と為しても、甲木もまた透し出れば、格局は依然として正財を成し、正官はただその兼格に過ぎません。また乙木が申月に生まれ、壬を透して官を化して印と為しても、戊土もまた透し出れば、戊財は申中の庚官を生じに行け、印は財に遇えばその次に退きます。申中の庚金は乙に対して正官ですが、乙の傷官丙火が勢を得れば格は傷官を成し、このとき戊土の生ずる官星は忌んで見るべきものです(底本のこの段は文字に訛脱あり、大意はこの通り)。また丙火が寅月に生まれ、地支の午戌が會して火局を成して印を化して劫としても、もし別に甲木または壬水を透せば、依然として印格と算して格は破れません。また丙火が申月に生まれ、壬に逢って財を化して煞としても、もしさらに戊土を透せば、食神は煞を制しまた財を生じえて、依然として財格と算し、富貴を失いません。この類の例は多く、いずれも變化しても本格を失わないものです。だから言います、八字は用神なくして立たず、用神は變化を知らなければ靈活でない、と。善く命を看る者は、必ずここに細かく推詳しなければなりません。

十一、用神の純雜を論ず

用神既有變化,則變化之中,遂分純、雜。純者吉,雜者凶。何謂純?互用而兩相得者是也。如辛生寅月,甲丙並透,財與官相生,兩相得也。戊生申月,庚壬並透,財與食相生,兩相得也。癸生未月,乙己並透,煞與食相剋,相剋而得其當,亦兩相得也。如此之類,皆用神之純者。

沈氏の原文は言います。用神に變化がある以上、變化の中に「純」と「雜」の分かれがあります。純なれば吉、雜なれば凶です。何を純と言うのでしょうか。二つの神が交互に用を為して互いに相投相得するものが純です。たとえば辛金が寅月に生まれ、寅中の甲木と丙火が併せて透し、甲は財・丙は官で、財が官を生じえて両者が相得します。また戊土が申月に生まれ、申中の庚金と壬水が併せて透し、壬は財・庚は食神で、食神が財を生じえて両者が相得します。また癸水が未月に生まれ、未中の乙木と己土が併せて透し、己は七煞・乙は食神で、食神が煞を剋し、剋するところを得れば、これも両者が相得と算します。この類はみな用神が純粹です。

何謂雜?互用而兩不相謀者是也。如壬生未月,乙己並透,官與傷相剋,兩不相謀也。甲生辰月,戊壬並透,印與財相剋,亦兩不相謀也。如此之類,皆用之雜者也。純雜之理,不出變化,分而疏之,其理愈明,學命者不可不知也。

沈氏の原文は言います。何を雜と言うのでしょうか。二つの神が交互に用を為すが各々その是を行い互いに相謀らないものが雜です。たとえば壬水が未月に生まれ、未中の乙木と己土が併せて透し、己は正官・乙は傷官で、傷官がひたすら官星を剋しに行けば、両者は相謀りません。また甲木が辰月に生まれ、辰中の戊土と癸水(ここで壬が透しても同じ)が併せて透し、水は印・土は財で、財がひたすら印を壞しに行けば、両者もまた相謀りません。この類はみな用神が駁雜です。純と雜の道理は、結局はなお「變化」の上から來ます。それを分けて疏解すれば道理はいっそう分明です。命を學ぶ者は知らないではいられません。

十二、用神格局の高低を論ず

八字既有用神,必有格局,有格局必有高低,財官印食煞傷劫刃,何格無貴?何格無賤?由極貴而至極賤,萬有不齊,其變千狀,豈可言傳?然其理之大綱,亦在有情無情、有力無力之間而已。

沈氏の原文は言います。八字に用神があれば必ず格局があり、格局があれば必ず高低の分があります。財・官・印・食・煞・傷・劫・刃という八種の格のうち、どの格に貴人が出なかったことがありましょうか。どの格に賤命が出なかったことがありましょうか。極貴から極賤に至るまで、參差萬狀・變化千端であって、言語で一々言い盡くせるものでありましょうか。ただその道理の大綱は、「有情無情」「有力無力」というこの二言の間に過ぎません。

如正官佩印,不如透財,而四柱帶傷,反推佩印。故甲透酉官,透丁合壬,是謂合傷存官,遂成貴格,以其有情也。財忌比劫,而與煞作合,劫反為用。故甲生辰月,透戊成格,遇乙為劫,逢庚為煞,二者相合,皆得其用,遂成貴格,亦以其有情也。

沈氏の原文は「有情」の例を挙げます。一般に正官格は印を佩びるより財を透すほうが良いとしますが、もし四柱に傷官を帶びれば、かえって印を佩びるのを推重します。だから甲木は酉中の辛金を官として、命に丁火の傷官を透し、また壬水があって丁を合し留めれば、これを「合傷存官」と言い、ここに貴格を成します――この一合が有情に來るからです。また財格は比肩劫財が來て奪うのを最も恐れますが、劫財が偏に七煞と相合すれば、劫はかえって用いられる物となります。だから甲木が辰月に生まれ、戊土を透して財格を成し、乙木に遇えば劫財、庚金に逢えば七煞で、乙庚が一合すれば、忌神が二つ二つ牽制して各々が用に立つ、ここに貴格を成します――これもまた合が有情だからです。

身強煞露而食神又旺,如乙生酉月,辛金透,丁火剛,秋木盛,三者皆備,極等之貴,以其有力也。官強財透,身逢祿刃,如丙生子月,癸水透,庚金露,而坐寅午,三者皆均,遂成大貴,亦以其有力也。

沈氏の原文は「有力」の例を挙げます。日主の身が強く、七煞が透して、食神がまた旺します。たとえば乙木が酉月に生まれ、辛金の七煞が透し、丁火の食神が剛健で、秋の乙木自身もまた比印の助を得て盛んで、煞・食・身の三者が具備すれば、これは極品の貴命です――三者が皆有力だからです。また官星が強く財星が透し、日主自身がまた祿に坐し刃に坐します。たとえば丙火が子月に生まれ、癸水の正官が透し、庚金の財星が顯露し、日支・時支に寅木と午火が坐れば、官・財・身の三者の力が均衡して、ここに大貴を成します――これもまた有力だからです。

又有有情而兼有力,有力而兼有情者。如甲用酉官,壬合丁以清官,而壬水根深,是有情而兼有力者也。乙用酉煞,辛逢丁制,而辛之祿即丁之長生,同根月令,是有力而兼有情者也。是皆格之最高者也。

沈氏の原文は言います。また有情でかつ有力、有力でかつ有情のものがあります。たとえば甲木が酉中の辛金を官と用い、壬水が丁火の傷官を合し留めて官星を清純にし、この壬水自身がまた根深く力があれば、これは有情にして兼ねて有力です。また乙木が酉中の辛金を煞と用い、辛煞が丁火の食神に制され、辛金の祿が酉にあり丁火の長生もまた酉にあり、両者がともに月令に根を生すれば、これは有力にして兼ねて有情です。およそこれらはみな格局中の最高の一等に屬します。

如甲用酉官,透丁逢癸,癸克不如壬合,是有情而非情之至。乙逢酉逢煞,透丁以制,而或煞強而丁稍弱,丁旺而煞不昂,又或辛丁並旺而乙根不甚深,是有力而非力之全,格之高而次者也。

沈氏の原文は続けて言います。たとえば甲木が酉官を用い、丁火の傷官を透して癸水でそれを剋する場合、剋を用いるより壬水で合するほうが潔いですが、これを有情であるが情の至ではないと言います。また乙木が酉月に生まれて七煞に遇い、丁火を透して煞を制するが、あるいは煞が強く丁がやや弱いか、あるいは丁が旺で煞が昂揚に足りないか、あるいは辛煞と丁食がともに旺なのに乙木自身の根が深く足りないか――これを有力であるが力の全ではないと言います。この類は格局は高いが次の一等のものです。

至如印用七煞,本為貴格,而身強印旺,透煞孤貧,蓋身旺不勞印生,印旺何勞煞助?偏之又偏,以其無情也。傷官佩印,本秀而貴,而身主甚旺,傷官甚淺,印又太重,不貴不秀,蓋欲助身則身強,制傷則傷淺,要此重印何用?是亦無情也。又如煞強食旺而身無根,身強比重而財無氣,或夭或貧,以其無力也。是皆格之低而無用者也。然其中高低之故,變化甚微,或一字而有千鈞之力,或半字而敗全局之美,隨時觀理,難以擬議,此特大略而已。

沈氏の原文はさらに反面の例を挙げます。印格が七煞を用いて印を生ずるのは、もともと貴格ですが、日主がすでに身強で印もまたすでに旺なのに、さらに七煞を透せば、かえって孤苦貧寒となります。身旺なら印に生じてもらう必要がなく、印旺なら煞に助けてもらう必要がないからです。これは偏に偏を重ねるので、無情と言います。また傷官が印を佩びるのは、もともと秀でかつ貴ですが、日主が非常に旺し傷官はとても浅く印がまた重すぎれば、貴にも秀にもなりません。印で身を助けようとすれば身はもともとすでに強く、印で傷を制しようとすれば傷はもともとすでに浅い――これほど重い印を何に用いるのでしょうか。これもまた無情です。また七煞が強く食神が旺なのに日主に毫も根氣がないか、あるいは日主が身強で比劫がまた重いのに財星に毫も氣勢がなければ、夭折するか貧困するかです。これは無力だからです。これらはみな格局が低下して用いる所がないものです。しかしその中の高低の縁由は、變化が極めて細微です。ある字が千鈞の力を持つときもあれば、半字が全局の美を敗すときもあり、ただ時に隨い局に就いて理を觀るだけで、豫め擬定するのは難しく、上に講じたのは大略に過ぎません。

十三、用神の成により敗を得、敗により成を得るを論ず

八字之中,變化不一,遂分成敗;而成敗之中,又變化不測,遂有因成得敗,因敗得成之奇。是故化傷為財,格之成也,然辛生亥月,透丁為用,卯未會財,乃以黨煞,因成得敗矣。印用七煞,格之成也,然癸生申月,秋金重重,略帶財以損太過,逢煞則煞印忌財,因成得敗也。如此之類,不可勝數,皆因成得敗之例也。

沈氏の原文は言います。八字の中は變化が一様でないので、成と敗があります。そして成敗の中にも變化が測れないので、「因成得敗」「因敗得成」という奇局が現れます。たとえば傷官を化して財とするのは、もともと格局の成ですが、辛金が亥月に生まれ、亥中の壬水が傷官で、天干に丁火を透して七煞として取用し、地支にさらに卯未があって會して木局を成せば、木の財が一成してかえって丁煞を黨助して身を攻めに行く――これが因成得敗です。また印格が七煞で印を生ずるのは、もともと格局の成ですが、癸水が申月に生まれ、秋の金が重ね重ねで印が多すぎるとき、もともと財をやや帶びてその太過を損ずべきところ、一旦また七煞に逢えば、煞印相生の格局は財が來て印を壞すのを最も忌み、財と煞は両々相容れません――これも因成得敗です。この類の例は數え切れず、みな因成得敗の様子です。

官印逢傷,格之敗也,然辛生戊月,年丙時壬,壬不能越戊克丙,而反能洩身為秀,是因敗得成矣。煞刃逢食,格之敗也,然庚生酉月,年丙月丁,時上逢壬,則食神合官留煞,而官煞不雜,煞刃局清,是因敗得成矣。如此之類,亦不可勝數,皆因敗得成之例也。

沈氏の原文は言います。反対に、官印格が傷官に遇うのは、もともと格局の敗ですが、辛金が戌月に生まれれば(底本の「戊月」は「戌月」の誤り)、年干の丙火は官、時干の壬水は傷官で、中間に月干の戊土が隔たり、壬水は戊土を越えて丙火を剋に行けず、かえって辛金の身を泄して秀氣を成します――これが因敗得成です。また煞刃格が食神に遇うのは、もともと格局の敗ですが、庚金が酉月に生まれて羊刃に坐し、年干の丙火は七煞、月干の丁火は正官で官煞が混雜し、時上にまた壬水の食神に逢えば、壬と丁が合して官を合し去らせて煞を留め、官煞はもはや混雜せず、煞刃格はかえって清純となります――これも因敗得成です。この類の例も同じく數え切れず、みな因敗得成の様子です。

其間奇奇怪怪,變幼無窮,惟以理權衡之,隨在觀理,因時運化,由他奇奇怪怪,自有一種至當不易不論。觀命者毋眩而無主、執而不化也。

沈氏の原文は収束します。この中は奇怪で變幻が窮まりません(底本の「變幼」は「變幻」の誤り)。ただ道理をもってそれを權衡し、隨處に局に就いて理を看、時令と運勢に隨って變通するのみです。それがいくら奇怪であっても、自然に一つの最も恰當で移易できない定論があります(底本の「不易不論」は「不易之論」の誤り)。命を看る者は、これらの手品に目を眩まされて心中に主を失ってはならず、また一つの法を死んだように執して變通を知らないでもあってはなりません。

十四、用神に氣候を配する得失を論ず

論命惟以月令用神為主,然亦須配氣候而互參之。譬如英雄豪傑,生得其時,自然事半功倍;遭時不順,雖有奇才,成功不易。是以印綬遇官,此謂官印雙全,無人不貴。而冬木逢水,雖透官星,亦難必貴,蓋金寒而水益凍,凍水不能生木,其理然也。身印兩旺,透食則貴,凡印格皆然。而用之冬木,尤為秀氣,以冬木逢火,不惟可以洩身,而即可以調候也。

沈氏の原文は言います。命を論ずるには月令の用神を主としますが、必ず氣候を併せ配して參看しなければなりません。たとえば英雄豪傑も、その時に生を逢えば自然に事半而功倍ですが、時勢が順でなければ、たとえ奇才があっても成功は難しいです。だから印綬格が官星に遇えば「官印雙全」と言って貴でないものはありませんが、冬の木は水を印とし、金を透して官星としても、必ずしも貴とはなりません。金は冬に本來寒冷で、かえって水をいっそう氷凍させ、凍った水は木を生じられない、道理はここにあります。また身と印が両旺して食神を透せば貴を主とし、およそ印格はみなこのようですが、冬の木に用いればとりわけ秀氣が顯れます。冬の木が火に逢えば、日主の秀を泄せるだけでなく、同時に寒暖の候を調和できるからです。

傷官見官,為禍百端,而金水見之,反為秀氣。非官之不畏夫傷,而調候為急,權而用之也。傷官帶煞,隨時可用,而用之冬金,其秀百倍。傷官佩印,隨時可用,而用之夏木,其秀百倍,火濟水,水濟火也。

沈氏の原文は言います。傷官が官星を見れば、例によって禍患が百出ですが、金水傷官は官星を見てかえって秀氣を成します。これは官星が傷官を恐れないというのではなく、冬月の金水があまりに寒くて調候がいっそう切迫するので、軽重を權衡してそれを用いるしかないからです。また傷官が七煞を帶びるのは、いつ用いても用に立ちますが、冬の金に用いれば、秀氣が百倍も勝ります。傷官が印を佩びるのも、いつ用いても用に立ちますが、夏の木に用いれば、秀氣が同じく百倍も勝ります――これこそ火が來て水を救い、水が來て火を救う道理です。

傷官用財,本為貴格,而用之冬水,即使小富,亦多不貴,凍水不能生木也。傷官用財,即為秀氣,而用之夏木,貴而不甚秀,燥土不甚靈秀也。

沈氏の原文は言います。傷官が財を用いるのは、もともと貴格ですが、冬の水日主に用いれば、木が傷、火が財となり、たとえ小さく富厚があっても大半は貴ではありません。氷凍した水は木を生じられず、傷官が力なく自然に財を生じ起こせないからです。傷官が財を用いること自体が秀氣ですが、夏の木日主に用いれば、火が傷、土が財となり、貴ではあってもあまり秀とは言えません。夏月は火が炎し土が燥して、燥土自身があまり靈秀でないからです。

春木逢火,則為木為通明,而夏木不作此論;秋金遇水,則為金水相涵,而冬金不作此論。氣有衰旺,取用不同也。春木逢火,木火通明,不利見官;而秋金遇水,金水相涵,見官無礙。假如庚生申月,而支中或子或辰,會成水局,天干透丁,以為官星,只要壬癸不透露干頭,便為貴格,與食神傷官喜見官之說同論,亦調候之道也。

沈氏の原文は言います。春の木が火に遇えば「木火通明」と言い(底本の「則為木為通明」は「則為木火通明」の誤り)、夏の木はこのようには論じません。秋の金が水に遇えば「金水相涵」と言い、冬の金もこのようには論じません。氣に衰があり旺があるので、取用は自ずから異なります。春木が火に逢って木火通明を成せば、さらに官星が來て身を剋するのを宜としませんが、秋金が水に遇って金水相涵を成せば、官星を見ても妨げがありません。たとえば庚金が申月に生まれ、地支に子または辰があって會して水局を成し、天干に丁火を透して官星とすれば、壬水・癸水が天干に透して丁を傷らなければ貴格です――これは「食神傷官は官を見るを喜ぶ」という説と同じ道理で、調候の路数に屬します。

食神雖逢正印,亦謂奪食,而夏木火盛,輕用之亦秀而貴,與木火傷官喜見水同論,亦調候之謂也。此類甚多,不能悉述,在學者引伸觸類,神而明之而已。

沈氏の原文は言います。食神はたとえ正印に碰っても「奪食」と算しますが、夏の木は火氣が盛んすぎるので、やや印を用いて潤澤すれば、かえって秀でかつ貴です。これは「木火傷官は水を見るを喜ぶ」という説と同じ道理で、同じく調候の意です。この類の情形は多く、一々言い盡くせず、全く學者が自ら一を挙げて三を返し、類に觸れて傍通し、融會貫通して心に領り神に會するだけです。

十五、相神の緊要を論ず

月令既得用神,則別位亦必有相,若君之有相,輔者是也。如官逢財生,則官為用,財為相;財旺生官,則財為用,官為相;煞逢食制,則煞為用,食為相。然此乃一定之法,非通變之妙。要而言之,凡全局之格,賴此一字而成者,均謂之相也。

沈氏の原文は言います。月令にすでに用神を取り定めれば、他の位置上にも必ず一つの「相神」があって、たとえば君主の下に宰相があるように、用神を輔佐するものです。たとえば官星が財の生ずるを得れば、官は用神、財は相神です。財が旺して官を生じえれば、財は用神、官は相神です。七煞が食神の制伏を得れば、煞は用神、食神は相神です。ただしこれは死んだ例示であって、まだ通權達變の妙味には及びません。扼要して言えば、全局の格局が全くある一文字に頼って成立するなら、その字を相神と言います。

傷用神甚於傷身,傷相甚於傷用。如甲用酉官,透丁逢壬,則合傷存官以成格者,全賴壬之相;戊用子財,透甲並己,則合煞存財以成格者,全賴己之相;乙用酉煞,年丁月癸,時上逢戊,則合去癸印以使丁得制煞者,全賴戊之相。

沈氏の原文は言います。用神を傷るのは日主を傷るよりも甚だしく、相神を傷るのは用神を傷るよりもさらに甚だしいです。たとえば甲木が酉中の辛金を官と用い、天干に丁火の傷官を透してまた壬水に逢えば、傷官を合し去り官星を保って格を成せるのは、全く壬水という相神に頼ります。戊土が子中の癸水を財と用い、天干に甲木の七煞を透してまた己土が併列すれば、七煞を合し去り財星を保って格を成せるのは、全く己土という相神に頼ります。乙木が酉中の辛金を煞と用い、年干は丁火の食神、月干は癸水の偏印で、癸は丁を剋して煞を制なしとしようとするとき、時上にちょうど戊土があって癸印を合し去り丁火に煞を制させえれば、全く戊土という相神に頼ります。

癸生亥月,透丙為財,財逢月劫,而卯未來會,則化水為木而轉劫以生財者,全賴於卯未之相。庚生申月,透癸洩氣,不通月令而金氣不甚靈,子辰會局,則化金為水而成金水相涵者,全賴於子辰之相。如此之類,皆相神之緊要也。

沈氏の原文はさらに二例を挙げます。癸水が亥月に生まれ、天干に丙火を透して財としますが、亥中の壬水は月劫で、まさに財を奪おうとします。このとき地支に卯と未があって亥と會して木局を成せば、水を化して木とし、劫財は轉じて財を生じに行きます。これは全く卯未という二つの相神に頼ります。また庚金が申月に生まれ、天干に癸水を透して秀を泄しますが、癸水が月令の根に通じなければ、金の氣は靈秀を顯しません。このとき地支に子と辰があって申と會して水局を成せば、金を化して水とし、「金水相涵」を成就します。これは全く子辰という二つの相神に頼ります。この類はすべて相神の緊要が見えます。

相神無破,貴格已成;相神相傷,立敗其格。如甲用酉官,透丁逢癸印,制傷以護官矣,而又逢戊,癸合戊而不制丁,癸水之相傷矣;丁用酉財,透癸逢己,食制煞以生財矣,而又透甲,己合甲而不制癸,己土之相傷矣。是皆有情而化無情,有用而成無用之格也。凡八字排定,必有一種議論,一種作用,一種棄取,隨地換形,難以虛擬,學命者其可忽諸?

沈氏の原文は言います。相神が破られなければ貴格はすでに成立し、相神が一旦傷られれば格局はただちに敗れます。たとえば甲木が酉官を用い、丁火の傷官を透して癸水の印綬があれば、もともと傷官を制し官星を護っていたのに、偏にまた一つの戊土に逢い、癸水は戊土と相合して行き、丁を制する手が空かなくなります――これは癸水という相神が傷られたものです。また丁火が酉中の辛金を財と用い、天干に癸水の七煞を透して己土の食神があれば、もともと煞を制して財を生じていたのに、偏にまた一つの甲木を透し、己土は甲木と相合して行き、癸を制する手が空かなくなります――これは己土という相神が傷られたものです。これらはみなもともと有情だったのがかえって無情になり、もともと有用だったのがかえって無用になった格局です。およそ一つの八字が排定されれば、必ず一套の議論・一種の作用・一番の取捨があり、局面の異なるに隨って形態もそれぞれ異なり、空から擬想できません。命を學ぶ者はどうして相神を忽せにできましょうか?

十六、雜氣はいかに取用するかを論ず

四墓者,雜氣也,何以謂之雜氣?以其所藏者多,用神不一,故謂之雜氣也。如辰本藏戊,而又為水庫,為乙餘氣,三者俱有,於何取用?然而甚易也,透干會取其清者用之,雜而不雜也。何謂透干?如甲生辰月,透戊則用偏財,透癸則用正印,透乙則用月劫是也。何謂會支?如甲生辰月,逢申與子會局,則用水印是也。一透則一用,兼透則兼用,透而又會,則透與會並用。其合而有情者吉,其合而無情者則不吉。

沈氏の原文は言います。辰・戌・丑・未という四つの墓庫を「雜氣」と言います。なぜ雜氣と言うのでしょうか。それらの中に藏する人元が多く、取れる用神が一つに止まらないので、雜氣と稱します。たとえば辰は、本氣に戊土を藏し、同時に水の墓庫であり、また乙木の余氣でもあり、三様が具わっていて、一体どれを取って用とすべきでしょうか。実はとても簡単です。天干に何が透し、地支に何の局を會成するかを見て、その中で最も清純な一つを取って用いれば、雜に見えて実は雜ではありません。何を「透干」と言うのでしょうか。たとえば甲木が辰月に生まれ、戊土を透せば偏財を用い、癸水を透せば正印を用い、乙木を透せば月劫を用います。何を「會支」と言うのでしょうか。たとえば甲木が辰月に生まれ、地支にさらに申と子に逢って會して水局を成せば、水を印として用います。一つ透せば一つを用い、二つとも透せば二つを兼ねて用います。透干があり會支もあれば、透と會を併せて用います。それらが配合して有情なら吉、配合して無情なら不吉です。

何謂有情?順而相成者是也。如甲生辰月,透癸為印,而又會子會申以成局,印綬之格,清而不雜,是透干與會支,合而有情也。又如丙生辰月,透癸為官,而又逢乙以為印,官與印相生,而印又能去辰中暗土以清官,是兩干並透,合而情也。又如甲生丑月,辛透為官,或巳酉會成金局,而又透己財以生官,是兩干並透,與會支合而有情也。

沈氏の原文は言います。何を有情と言うのでしょうか。互いに順承して相成就するものが有情です。たとえば甲木が辰月に生まれ、癸水を透して印とし、地支にまた子と會し申と會して水局を合成すれば、印綬格は清純で雜らず、これは透干と會支の配合が有情です。また丙火が辰月に生まれ、癸水を透して正官とし、同時にまた乙木があって印とすれば、官が印を生じ印が身を生じ、しかも乙木という印はさらに辰中に暗藏する戊土を疏らして官星が土の混濁を受けないようにします。これは两干が併せて透して配合が有情です。また甲木が丑月に生まれ、丑中の辛金が透して官となり、あるいは地支の巳酉が丑と會して金局を成し、同時に己土を透して財として官を生じに行かせれば、これは两干が併せて透してさらに會支を加え、配合して有情です。

何謂無情?逆而相背者是也。如壬生未月,透己為官,而地支會亥卯以成傷官之局,是透官與會支,合而無情者也。又如甲生辰月,透戊為財,又或透壬癸以為印,透癸則戊癸作合,財印兩失,透壬則財印兩傷,又以貪財壞印,是兩干並透,合而無情也。又如甲生戌月,透辛為官,而又透丁以傷官,月支又會寅會午以成傷官之局,是兩干並透,與會支合而無情也。

沈氏の原文は言います。何を無情と言うのでしょうか。互いに相逆し相背離するものが無情です。たとえば壬水が未月に生まれ、己土を透して正官としますが、地支がまた亥卯と會して木局を成し傷官の局となれば、傷官はまさに官を剋しようとします。これは透官と會支の配合が無情です。また甲木が辰月に生まれ、戊土を透して財とし、同時に壬水または癸水を透して印とすれば、癸を透すなら戊と癸が相合して財と印が兩處とも空しく、壬を透すなら財が印を剋し印がまた火土の勢を剋しようとして、財印が兩傷し、なお「貪財壞印」の名を負います。これは两干が併せて透して配合が無情です。また甲木が戌月に生まれ、辛金を透して官とし、同時に丁火の傷官を透して辛を剋しに行かせ、月支がまた寅・午と會して火局を成して傷官を助長すれば、これは两干が併せて透してさらに會支を加え、配合して無情です。

又有有情而卒成無情者,何也?如甲生辰月,逢壬為印,而又逢丙,印綬本喜洩身為秀,似成格矣,而火能生土,似又助辰中之戊,印格不清,是必壬干透而支又會申會子,則透丙亦無所礙。又有甲生辰月,透壬為印,雖不露丙而支逢戌位,戌與辰沖,二者為月沖而土動,干頭之壬難通月令,印格不成,是皆有情而卒無情,富而不貴者也。

沈氏の原文は言います。また本来有情だったのに結果的に無情となるものがあるのはなぜでしょうか。たとえば甲木が辰月に生まれ、壬水に逢って印とし、同時に丙火の食神に逢えば、印格はもともと食傷が身を泄して秀となるのを喜ぶので、格を成したように見えますが、火は土を生じえて、丙火はかえって辰中の戊土を助長し、土が旺すれば水を剋しに來て、印格は清純でなくなります。この情形は、必ず壬水が天干に透して地支がまた申と會し子と會して水局を成し、印の根が深厚であれば、さらに丙火を透しても妨げはありません。また甲木が辰月に生まれ、壬を透して印とし、丙火を露さなくても、地支が一つの戌に逢えば、戌と辰が相衝して月支が衝されて土が動き、天干の壬水は月令の根に通じ難く、印格も立ちません。これらはみな本来有情だったのに終わりは無情で、富にはなれても貴にはなれない命です。

又有無情而終有情者,何也?如癸生辰月,透戊為官,又有會申會子以成水局,透干與會支相剋矣。然所克者乃是劫財,譬如月劫用官,何傷之有?又如丙生辰月,透戊為食,而又透壬為煞,是兩干並透,而相剋也。然所克者乃是偏官,譬如食神帶煞,煞逢食制,二者皆是美格,其局愈貴。是皆無情而終為有情也。

沈氏の原文は言います。また本来無情だったのに結果的に有情となるものがあるのはなぜでしょうか。たとえば癸水が辰月に生まれ、戊土を透して正官とし、地支がまた申と會し子と會して水局を合成すれば、透干の土と會支の水はちょうど相剋します。しかし土に剋されるのは水局の劫財なので、これは月劫格が官星を用いて劫を制するようなもので、何の妨害がありましょうか。また丙火が辰月に生まれ、戊土を透して食神とし、同時に壬水を透して七煞とすれば、两干が併せて透して水火が相剋します。しかし食神に剋されるのは偏官なので、これは食神が煞を帶びて煞が食神の制伏を得るようなもので、两者とも美格であり、局面はかえっていっそう貴となります。これらはみな本来無情だったのに終わりは有情となったものです。

十七、墓庫刑衝の說を論ず

辰戌丑未,最喜刑沖,財官入庫不沖不發——此說雖俗書盛稱之,然子平先生造命,無是說也。夫雜氣透干會支,豈不甚美?又何勞刑沖乎?假如甲生辰月,戊土透豈非偏財?申子會豈非印綬?若戊土不透,即辰戌相沖,財格猶不甚清也。至於透壬為印,辰戌相沖,將以累印,謂之沖開印庫可乎?

沈氏の原文は言います。「辰戌丑未は刑衝を最も喜び、財官が墓庫に入れば衝しなければ發せない」――この説は俗書に到處傳誦されていますが、子平先生が法を立てて命を論ずるに、この一条はありません。雜氣の月令は天干に透があり地支に會があれば、それだけで十分に美しいのではないでしょうか。何の勞して刑し衝する必要がありましょう。たとえば甲木が辰月に生まれ、戊土が一たび透せば、それは偏財格ではありませんか。申子が一たび會すれば、それは印綬格ではありませんか。もし戊土が透しなければ、たとえ辰戌が相衝して庫を衝き開いても、財格は依然として清純とは算されません。壬水を透して印とするに至っては、一旦辰戌が相衝すれば、土が動いてかえって印星を累わせます。なおこれを「印庫を衝き開いた」と言えましょうか?

況四庫之中,雖五行俱有,而終以土為主。土沖則靈,金木水火,豈取勝以四庫之沖而動乎?故財官屬土,沖則庫啟,如甲用戊財而辰戌沖,壬用己官而丑未沖之類是也。然終以戊己干頭為清用,干既透,即不沖而亦得也。至於財官為水,沖則反累,如己生辰月,壬透為財,戌沖則劫動,何益之有?丁生辰月,透壬為官,戌沖則傷官,豈能無害?其可謂之逢沖而壬水之財庫官庫開乎?

沈氏の原文は言います。何况四墓庫の中は五行が俱備していても、結局は土を本氣の主とします。土が衝されてはじめて靈動を顯すのであって、金木水火という寄藏の物が、四庫の相衝によって動き出せるでありましょうか。だから、もし取った財官がちょうど土であるなら、一衝して確かに庫を啓開できます――たとえば甲木が戊土を財として辰戌が相衝し、壬水が己土を官として丑未が相衝する類です。しかし結局のところ、戊己が天干に透して取用するのが最も清純です。天干がすでに透していれば、衝しなくても照樣に用いられます。取った財官が水であるに至っては、一衝すればかえって累を受けます。たとえば己土が辰月に生まれ、壬水を透して財とし、戌が來て辰を衝せば、辰中の戊土という劫財が衝動されて水を剋しに行き、財に何の好處がありましょうか。また丁火が辰月に生まれ、壬を透して官とし、戌が來て辰を衝せば、辰中の乙木傷官が衝動されて官を剋しに行き、どうして害がないでありましょうか。なおこれを衝に逢えば壬水の財庫・官庫を打開したと言えましょうか?

今人不知此理,甚有以出庫為投庫。如丁生辰月,壬官透干,不以為庫內之壬,干頭透出,而反為干頭之壬,逢辰入庫,求戌以沖土,不顧其官之傷。更有可笑者,月令本非四墓,別有用神,年月日時中一帶四墓,便求刑沖;日臨四庫不以為身坐庫根,而以為身主入庫,求沖以解。種種謬論,令人掩耳。

沈氏の原文は批評します。今の人はこの道理を知らず、甚だしくは「出庫」を「投庫」としています。たとえば丁火が辰月に生まれ、壬水の官星がすでに天干に透していれば、もともと庫中の壬水がすでに透し出たと見るべきなのに、彼は偏に反對して天干の壬水が辰に碰えば庫に入ったと言い、そこで一味に戌を尋ねて土を衝して庫を開こうとし、この一衝がかえって官星を傷るのを全く顧みません。さらに可笑しいのは、月令がもともと四墓でなく別に用神があるのに、ただ年月日時の中に一つの墓庫を帶びているが故に、必ず刑を求め衝を求めます。日支が四庫に坐していれば、日主が庫根に坐しているとは言わず、かえって身主が墓に入ったと言って、必ず衝き開かなければ解救としません。この種々の謬論は、実に聞くに堪えません。

然亦有逢沖而發者,何也?如官最忌沖,而癸生辰月,透戊為官,與戌相沖,不見破格,四庫喜沖,不為不足。卻不知子午卯酉之類,二者相仇,乃沖剋之沖,而四墓土自為沖,乃沖動之沖,非沖剋之沖也。然既以土為官,何害於事乎?是故四墓不忌刑沖,刑沖未必成格。其理甚明,人自不察耳。

沈氏の原文は言います。しかし確かに衝に逢ってかえって發達するものもあるのはなぜでしょうか。官星は衝されるのを最も忌みますが、癸水が辰月に生まれ、戊土を透して官とし、辰と戌が相衝しても破格を見ないので、そこで「四庫は衝を喜ぶ」という言葉も必ずしも間違いではないと言う人がいます。しかし子午・卯酉という類の相衝は、两者が互いに仇剋し合う「衝剋之衝」に屬し、四墓は同じく土に屬して、彼此が相衝するのはただ土を衝き動かすだけで、「衝動之衝」に屬し、衝剋の衝ではないことを知りません。すでにもともと土を官としているのに、土が衝動しても官星に何の妨害がありましょうか。だから言います、四墓は刑衝を忌まないが、刑衝が必ずしも格を成すとも限らない、と。この道理はもともとよく明白ですが、ただ人々が自ら細かく察しないだけです。

十八、四吉神が格を破りうるを論ず

財官印食,四吉神也,然用之不當,亦能破格。如食神帶煞,透財為害,財能破格也;春木火旺,見官則忌,官能破格也;煞逢食制,透印無功,印能破格也;財旺生官,露食則雜,食能破格也。

沈氏の原文は言います。財・官・印・食という四種は吉神ですが、用い方が當を失すれば、同じく格局を破りえます。たとえば食神格が七煞を帶び、もともと食神で煞を制するのに頼るのに、このとき財を透せば、財は行って七煞を黨助し、財が破格の物となります。また春の木が火に遇って旺して木火通明の秀を成すとき、さらに官星が來て身を剋し秀を奪うのを最も忌み、官が破格の物となります。また七煞がすでに食神の制伏を得たのに、さらに印綬を透して食を奪い煞を護れば、煞を制する功が廢れ、印が破格の物となります。また財が旺して官を生ずるのはもともと好格ですが、偏にまた食神を露して官を剋せば、格局が駁雜となり、食神が破格の物となります。

十九、四凶神が格を成しうるを論ず

煞傷梟刃,四凶神也,然施之得宜,亦能成格。如印綬根輕,透煞為助,煞能成格也。財逢比劫,傷官可解,傷能成格也。食神帶煞,靈梟得用,梟能成格也。財逢七煞,刃可解厄,刃能成格也。是故財不忌傷,官不忌梟,煞不忌刃,如治國長搶大戟,本非美具,而施之得宜,可以戡亂。

沈氏の原文は言います。七煞・傷官・梟神・陽刃という四種は凶神ですが、安排が宜しければ、同じく格局を成就できます。たとえば印綬の根氣が浅薄なとき、七煞を透して印を生じさせれば、煞は成格の物となります。また財格が比肩劫財に遇って爭奪されるとき、傷官があれば比劫の氣を化し去らせて轉じて財を生じさせえ、傷官は成格の物となります。また食神格が七煞を帶びて、もともと梟神が食を奪うのを恐れるのに、もし食神が旺しすぎて煞が制えなければ、梟神を用いてやや裁抑を加えるとかえって靈動して用いられ、梟神は成格の物となります。また財格が七煞に遇って煞を黨し身を攻めるとき、羊刃があって身を助け煞に敵せば、この危厄を解くことができ、陽刃は成格の物となります。だから言います、財は傷官を忌まず、官は梟神を忌まず、煞は陽刃を忌まない、と。これは國を治めるに長槍大戟を用いるようなものです(底本の「長搶」は「長槍」の誤り)。兵器はもともと祥和の物ではありませんが、使用が宜しければ、まさに禍亂を平定するのに用いられます。

二十、生剋の先後に吉凶を分かつを論ず

月令用神,配以四柱,固有每字之生克以分吉凶,然有同此生克,而先後之間,遂分吉凶者,尤談命之奧也。如正官同是財傷並透,而先後有殊。假如甲用酉官,丁先戊後,則以財為解傷,即不能貴,後運必有結局。若戊先而丁後時,則為官遇財生,而後因傷破,即使上運稍順,終無結局,子嗣亦難矣。

沈氏の原文は言います。月令の用神に四柱を配すれば、確かに各字の生剋によって吉凶を分けます。しかしさらに一層があります。同じこの幾つかの字の生剣でも、ただ排列の先後が異なるだけで、吉凶が截然として両様になります。これがさらに命を談ずる深奧な處です。たとえば正官格は同じく財と傷官が併せて透しても、先後が異なれば結果に差があります。たとえば甲木が酉中の辛金を官とし、丁火の傷官が前にあり戊土の財星が後にあれば、財が後頭で傷官の氣を化し去らせて轉じて官を生じえるので、たとえ顯貴できなくても、後半生の運程は必ず良い収まりがあります。もし戊財が前にあり丁傷が後にあって時柱に落ちれば、官星が先に財の生を得て後にまた傷官に破られることになり、たとえ前半段の運がやや順でも、終わりは結局がなく、子嗣もまた艱難です。

印格同是貪財壞印,而先後有殊。如甲用子印,己先癸後,即使不富,稍順晚境;若癸先而己在時,晚景亦悴矣。食神同是財梟並透,而先後有殊。如壬用甲食,庚先丙後,晚運必亨,格亦富而望貴。若丙先而庚在時,晚運必淡,富貴兩空矣。

沈氏の原文は言います。印格は同じく「貪財壞印」でも、先後が異なれば差があります。たとえば甲木が子中の癸水を印とし、己土の財星が前にあり癸水の印星が後にあれば、印を壞す物がすでに過ぎ、印が後頭で權を當てるので、たとえ富まなくても晩境は総じてやや順です。もし癸印が前にあり己財が時柱に落ちれば、晩年は凄凉です。食神格は同じく財と梟神が併せて透しても、先後が異なれば差があります。たとえば壬水が甲木を食神とし、庚金の梟神が前にあり丙火の財星が後にあれば、食を奪う物が先行し財を生ずる物が後にあるので、晩運は必ず亨通し、格局も富んで貴に望みがあります。もし丙財が前にあり庚梟が時柱に落ちれば、晩運は必ず清淡で、富と貴が兩頭とも空しくなります。

七煞同是財食並透,而先後大殊。如己生卯月,癸先辛後,則為財以助用,而後煞用食制,不失大貴。若辛先而癸在時,則煞逢食制,而財轉食黨煞,非特不貴,後運蕭索,兼難永壽矣。

沈氏の原文は言います。七煞格は同じく財と食神が併せて透しても、先後が異なれば差はさらに大きいです。たとえば己土が卯月に生まれ、卯中の乙木は七煞で、癸水の財星が前にあり辛金の食神が後にあれば、財が先に來て所用の煞を資助し、隨後に食神がまた來て煞を制して、煞は有力でまた制もあり、大貴の格を失いません。もし辛食が前にあり癸財が時柱に落ちれば、煞は食神に制されはしても、後頭の財がまた食神の氣を轉じさせて七煞を黨助しに行き、それならば貴ではないばかりか、後運は蕭條冷落で、壽數もまた久長し難いです。

丙生辛酉,年癸時己,傷因財間,傷之無力,間有小貴。假如癸己產並而中無辛隔,格盡破矣。辛生申月,年壬月戊,時上丙官,不愁隔戊之壬,格亦許貴。假使年丙月壬而時戊,或年戊月丙而時壬,則壬能克丙,無望其貴矣。

沈氏の原文はさらに二造を挙げます。丙火が辛酉月に生まれ、辛金は正財・酉は財地で、年干の癸水は正官・時干の己土は傷官です。己傷はもともと癸官を剋しようとしますが、幸いに中間が辛財に隔てられ、傷官の氣は財に通關され化し去られて、傷官は官を剋する力がありません。だからなお時折小貴があります。もし癸と己が直接相併んで中間に辛金が隔たっていなければ(底本の「產併」は「相併」の誤り)、格局は全く破られてしまいます。また辛金が申月に生まれ、年干の壬水は傷官・月干の戊土は正印・時上の丙火は正官です。壬水はもともと丙を剋しようとしますが、戊土が中間に隔たってまた壬を制しえるので、あの隔てられた壬水は愁うに足りず、格局は彼に顯貴を許します。もし年丙・月壬・時戊と排し、あるいは年戊・月丙・時壬と排すれば、壬水はみな直接丙火を剋し得て、それなら顯貴の望みはありません。

以上舉官星為例,餘如印畏財破,財懼比劫,食傷忌梟印,意義相同。救應之法,亦可例推矣。

沈氏の原文は收結します。以上はみな官星を例としました。残りの、印が財に破られるのを恐れ、財が比劫に奪われるのを恐れ、食傷が梟印に奪われるのを恐れる類は、道理が全く同じで、みな忌神と救神の孰が先で孰が後かを見なければなりません。各種の救應の辦法も、この例に照らして推衍できます。

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