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悟真篇 · 第1巻

宋 · 张伯端 · 第1巻 / 6

悟真篇

道家典籍

まず老子と荘子内篇を読み、列子・文子・淮南子へ進む。道教が「道」をどう修持として書いたかを見るには、陰符経・黄庭・参同契・悟真篇と抱朴子を読む。

悟真篇

悟真篇

序

序。

嗟夫!人身難得,光陰易遷,罔測修短,安逃業報?不自及早省悟,惟只甘分待終,若臨歧一念有差,立墮三塗惡趣,則動經塵劫,無有出期。當此之時,雖悔何及?故老釋以性命學開方便之門,教人修種,以逃生死。釋氏以空寂為宗,若頓悟圓通,則直超彼岸;如有習漏未盡,則尚徇於有生。老氏以煉養為真,若得其樞要,則立躋聖位;如其未明本性,則猶滯於幻形。

嘆かわしいことです。人身は得がたく、光陰は移り流れやすく、寿命の長短は測れず、またどうして業報から逃れられましょうか。早く自ら省悟せず、ただ甘んじて本分にしたがって終わりを待つならば、もし臨終の岐路で一念に差があれば、たちまち三塗の悪趣に堕ち、塵劫を経て出頭の期がありません。この時に至って、悔いてもどうして間に合いましょうか。だから老・釈は性命の学を以て方便の門を開き、人に修種を教えて、以て生死を出でさせます。釈氏は空寂を宗旨とし、もし頓悟して円通すれば、直ちに彼岸に超えます。もし習漏がまだ尽きなければ、なお有生のうちに牽纏します。老氏は錬養を以て真とし、その枢要を得れば、すぐさま聖位に躋ります。もしまだ本性を明らかにしなければ、やはり幻形のうちに滞留します。

其次,《周易》有窮理盡性至命之辭,魯語有毋意必固我之說,此又仲尼極臻乎性命之奧也。然其言之常略,而不至於詳者,何也?蓋欲序正人倫,施仁義禮樂有為之教。故於無為之道,未嘗顯言。但以命術寓諸《易》象,以性法混諸微言耳。至於《莊子》推窮物累逍遙之性,《孟子》善養浩然之氣,皆切幾之矣。

その次に、《周易》には理を窮め性を尽くして命に至るとの言があり、魯語には「意を無くし・必を無くし・固を無くし・我を無くす」との説があり、これはまた仲尼が極めて性命の深奥に臻ったところです。しかるに彼の言は常に簡略で、詳尽に至りませんでした。なぜなら。彼は人倫を序正し、仁・義・礼・楽という有為の教化を施行せんとしたため、無為(意図的に為すことなく、何もしないことではありません)の道(老子がこの字を借りて万物の本原と運行のあり方を指し示したもの)については、顕かに説かなかったのです。ただ命術を《易》象に寄寓し、性法を微言のうちに混ぜたにすぎません。《荘子》が物累を推窮して逍遥の性を説き、《孟子》が浩然の気(万物を構成し貫通する流動するもの)を養うに善かったのは、すでに切近したものでした。

迨夫漢魏伯陽引《易》道陰陽交姤之體,作《參同契》以明大丹之作用,唐忠國師於語錄首敘老莊言,以顯至道之本末,如此豈非教雖分三,道乃歸一。奈何後世黃緇之流,各自專門,互相非是,致使三家旨要迷沒邪歧,不能混而同歸矣!且今人以道門尚於修命,而不知修命之法,理出兩端,有易遇而難成者,有難遇而易成者。如煉五芽之氣,服七耀之光,注想按摩,納清吐濁,唸經持咒,噀水叱符,叩齒集神,休妻絕粒,存神閉息,運眉間之思,補腦還精,習房中之術,以致服鍊金石草木之類,皆易遇難成者。已上諸法,於修身之道,率皆滅裂,故施功雖多,而求效莫驗。若勤心苦志,日夕修持,止可避病,免其非橫。一旦不行,則前功漸棄。此乃遷延歲月,必難成功。慾望一得永得,還嬰返老,變化飛昇,不亦難乎?深可痛傷!蓋近世修行之徒,妄有執著,不悟妙法之真,卻怨神仙謾語。殊不知成道者,皆因鍊金丹而得。恐洩天機,遂託名數事而名。其中惟閉息一法,如能忘機息慮,即與二乘坐禪相同。若勤而行之,可以入定出神。奈何精神屬陰,宅舍難固,不免常用遷徒之法。既未得金汞返還之道,又豈能回骨換陽,白日而昇天哉?

漢の魏伯陽に至り、《易》道・陰陽交姤の体を援引して、《参同契》を作りて大丹の作用を闡明しました。唐の忠国師は語録のはじめに老荘の言を叙述して、至道の本末を顕明しました——このごときは、あに教は三家に分かれながら道は一処に帰するにあらざらんや。奈何せん後世の黄冠・緇流はそれぞれ専門として、互いに非難し、三家の旨要をして邪僻の岐路に迷失せしめ、混じて同帰すること能わざるに至らしめました。しかも今の人は道門がただ修命を崇尚すると思い、修命の法には理の上で両端に分かれることを知らぬのです。遇い易くして成り難きがあり、遇い難くして成り易きとがあります。五芽の気を錬り、七曜の光を服し、注想・按摩し、清を納め濁を吐き、経を念じ呪を持し、水を噴き符を叱り、歯を叩き神を集め、妻を休め粒を絶ち、神を存し息を閉ざし、眉間の思慮を運転し、脳を補い精を還し、房中の術を習い、さらに金石・草木の類を服錬するに至るまで、みな遇い易く成り難いものです。以上の諸法は、修身の道に対して大抵みな滅裂です。だから功を用うること多くとも、効を求めて応験なし。もし心を勤め志を苦しめて日夜修持すれば、ただ病を避け非横の禍を免れるのみです。いったん行わなければ、従前の功夫は漸く抛擲されます。これは歳月を遷延して、必ず成功し難いものです。一得して永く得、嬰に返り老に還り、変化して飛升せんと欲するも、また難からずや。深く痛傷に値します。近世に修行する者は、妄りに執着して妙法の真なるところを悟らず、かえって神仙が空言を説くと埋怨します。まさに知らず、道を成就する者はみな金丹を錬ることによりて得たのです。天機の泄漏を恐れて、ここに多くの名目を仮托して説きました。その中にただ閉息の一法のみ、もし機を忘れ慮を息めれば、二乗の坐禅と同じです。もし勤勉して実行すれば、入定・出神すべし。奈何せん精神は陰に属し、宅舎は固くなり難く、常に迁徙の法を用いざるを得ません(底本の「徒」は「徙」に作るべし)。すでに金汞返還の道を得ず、またどうして骨を回し陽に換え、白日に升天せんや。

夫鍊金液還丹者,則難遇易成,須要洞曉陰陽,深達造化,方能追二氣於黃道,會三性於元宮,攢簇五行,和合四象,龍吟虎嘯,夫唱婦隨,玉鼎湯煎,金爐火熾,始得玄珠成象,太乙歸真。都來片餉工夫,永保無窮逸樂。至若防危慮險,慎於運用抽添,養正持盈,要在守雌抱一。自然返陽生之氣,剝陰殺之形。節氣既周,脫胎神化,名題仙籍,位號真人,此乃大丈夫功成名遂之時也。今之學者,有取鉛汞為二氣,指臟腑為五行,分心腎為坎離,以肝肺為龍虎,用神氣為子母,執津液為鉛汞,不識沉浮,寧分主客,何異認他財為己物,呼別姓為親兒,又豈知金木相剋之幽微,陰陽互用之奧妙?是皆日月失道,鉛汞異爐,欲結還丹,不亦難乎?僕幼親善道,涉躐三教經書,以至刑法書算、醫卜戰陣、天文地理、吉凶死生之術,靡不留心詳究。惟金丹一法,閱盡群經及諸家歌詩論契,皆雲日魂月魄,庚虎甲龍,水銀丹砂,白金黑錫,離坎男女,能成金液還丹。終不言真鉛、真汞是何物也。又不說火候法度,溫養指歸。加以後世迷徒恣其臆說,將先聖典教妄行箋註,乖訛萬狀。不惟紊亂仙經,抑亦惑誤後學。

金液還丹を錬るに至っては、これは遇い難くして成り易く、必ず陰陽を洞曉し、造化に深く達してこそ、二気を黄道に追い、三性を元宮に会し、五行を攢簇し、四象を和合し、龍吟じ虎嘯き、夫唱えて婦随い、玉鼎の裏に湯は煎じ、金炉の裏に火はまさに熾んです——本篇に用いる鉛・汞・龍虎・鼎炉・嬰児・姹女の類の名目は、すべて内丹家が外丹の薬物と器具の名を借りて、身中の精・気・神と錬養の部位を指し示すもので、金石の薬物を実指するのではありません——ここに至って始めて玄珠が成象し、太乙が真に帰るを得ます。総じてただ片刻の工夫で、永く窮りなき逸楽を保有します。危を防ぎ険を慮るに至っては、謹慎は抽添の運用に在り、正を養い盈を持するには、雌を守り一を抱くに要があります。自然(自らそうあり、本来そうであること。「大自然」ではありません)に陽生の気を返還し、陰殺の形を剥落します。節気すでに周遍すれば、脱して胎を神化し、名字は仙籍に題され、位号は真人と称され、これがこそ大丈夫の功名成り遂げたる時です。今の学者は、あるいは鉛汞を以て二気と為し、臓腑を指して五行と為し、心腎を分かちて坎離と為し、肝肺を以て龍虎と為し、神気を用いて子母と為し、津液を執して鉛汞と為し、沈浮を識らず、どうして主客を分かたんや。これは他人の財物を認めて自己の物と為し、別姓の子を呼んで親児と為すに何ぞ異ならん。またどうして金木相克の幽微、陰陽互用の奥妙を知らんや。これはみな日月が道路を失い、鉛汞が同一の炉に在らざるなり。還丹を結成せんと欲するも、また難からずや。私は小より善道に親しみ、三教の経書を渉猟し、刑法・書算・医卜・戦陣・天文・地理・吉凶・死生の術に至るまで、留心して詳究せざるはなし。ただ金丹の一法のみ、群経および諸家の歌詩・論契を読み尽くせど、みな日魂・月魄、庚虎・甲龍、水銀・丹砂、白金・黒錫、離坎・男女と言い、金液還丹を成し得ると言うも、終始して真鉛・真汞が何物なるかを説かず、また火候の法度・温養の帰宿を説かず。これに加うるに後世の迷徒は臆説を放任し、先聖の典教を妄りに箋注して、乖訛万状、ただ仙経を紊乱するのみならず、また後学を迷惑し誤らせました。

僕以至人未遇,口訣難逢,遂至寢食不安,精神憔悴。雖詢求遍於海嶽,諸益盡於賢愚,皆莫能通曉真宗,開照心腑。後至熙寧己酉歲,因隨龍圖陸公入成都,以夙志不回,初誠愈恪,遂感真人,授金丹藥物火候之訣。其言甚簡,其要不繁,可謂指流知源,語一悟百,霧開日瑩,塵盡鑑明,校之仙經,若合符契。因謂世之學仙者,十有八九;而達其真要者,未聞一二。

私は至人に未だ遇わず、口訣は遭逢し難く、ここにおいて寝食安からず精神は憔悴するに至りました。詢求は海岳に遍くし、賢愚に請益して尽くしたれど、いずれも真宗を通暁し心腑を開照すること能わず。後に熙寧己酉の年に至り、龍図・陸公に従って成都に入り、夙志は回転せず、初めの誠意はいよいよ恭謹にして、ここにおいて真人が金丹・薬物・火候の訣を伝授するを感得しました。その言は甚だ簡にして要領は繁らず、流れを指して源を知り、一を説いて百を悟ると言うべし。霧開けて日は瑩潔に、塵尽きて鏡は明らかに、以て仙経に校对すれば符契の相合うがごとし。因りて感慨す、世の学仙する者は十に八九、しかして真要に通達する者は、いまだ一二を聞かざるなり。

僕既遇真詮,安敢隱默,罄所得,成律詩九九八十一首,號曰《悟真篇》。內七言四韻一十六首,以表二八之數;絕句六十四首,按《周易》諸卦;五言一首,以象太一之奇;續添西江月一十二首,以同歲律。其如鼎器尊卑、藥物斤兩、火候進退、主客後先、存亡有無、吉凶悔吝,悉備其中矣。及乎篇集既成之後,又覺其中惟談養命固形之術,而於本源真覺之性有所未究,遂玩佛書及《傳燈錄》,至於祖師有擊竹而悟者,乃形於歌頌、詩曲、雜言三十二首,今附之卷末,庶幾達本明性之道,盡於此矣。

私はすでに真詮に遇い、あえて隠黙せんや。得たる所をことごとく写し出して、律詩九九八十一首を作り、《悟真篇》と号しました。そのうち七言四韻十六首は、以て二八の数を表し、絶句六十四首は《周易》の諸卦に按じ、五言一首は以て太一の奇数に象り、続いて《西江月》十二首を添えて、以て歳律に同じくしました。鼎器の尊卑、薬物の斤両、火候の進退、主客の後先、存亡・有無、吉凶・悔吝に至るまで、みな備わりてその中に在り。篇集すでに成りて後、またその中にただ命を養い形を固めるの方術を談じて、本源・真覚の性について未だ窮めざる所ありと覚え、ここにおいて仏書および《伝燈録》を玩味して、祖師に竹を撃ちて悟る者あるに至りて、便ちこれを歌頌・詩曲・雑言三十二首に形づけ、今巻末に附して、本に達し性を明らかにするの道、ここに尽くさんことを願います。

所期同志覽之,則見末而悟本,舍妄以從真。

望む所は同志これを看て、末梢を見て根本に悟り、妄を捨てて真に従わんことを。

卷之上

巻之上

七言四韻一十六首

七言四韻十六首。

(以表二八一斤之數)

(以て二八一斤の数を表す。)

其一

その一

不求大道出迷途,縱負賢才豈丈夫。百歲光陰石火爍,一生身世水泡浮。

大道を求めずして迷途を出る、たとい身に賢才を負うとも、またあに丈夫と言わんや。百歳の光陰は石火の一烁のごとく、一生の身世は水泡の浮くがごとし。

只貪名利求榮顯,不覺形容暗悴枯。試問堆金等山嶽,無常買得不來無。

ただ名利を貪りて栄顕を求め、形容の暗に憔悴・枯竭するを覚えず。試みに問う、金を堆ねて山岳に等しきも、無常はあに買い得て来たらざらしめんや。

其二

その二

人生雖有百年期,夭壽窮通莫預知。昨日街頭猶走馬,今朝棺內己眠屍。

人生は百年の期限あれど、夭寿・窮通は預知すること能わず。昨日は街上に馬を走らせ、今朝は棺の裏にすでに屍を眠らせたり(底本の「己」は「已」に作るべし)。

妻財拋下非君有,罪業將行難自欺。大藥不求爭得遇,遇之不煉是愚痴。

妻・財は抛下してあなたの物にあらず、罪業は将に随行せんとして、自ら欺き難し。大薬を求めずんば、どうして遇わん。遇いて錬らざれば、すなわちこれ愚痴なり。

其三

その三

學仙須是學天仙,惟有金舟最的端。二物會時情性合,五行全處虎龍蟠。

仙を学ぶには須く天仙を学ぶべし。ただ金丹のみ最も端的なり(底本の「舟」は「丹」に作るべし)。二物相会する時は情性相合し、五行斉備する処は虎龍蟠繞す。

本因戌己為媒娉,遂使夫妻鎮合歡。只候功成朝玉闕,九霞光裡駕祥鎣。

もとは戊己に因りて媒娉を作し(底本の「戌」は「戊」に作るべし)、ここにおいて夫妻をして長く合歓せしむ。ただ功成就して玉闕に朝見するを待ち、九霞光の裏に祥鸞を駕る(底本の「蓥」は「鸞」に作るべし)。

其四

その四

三五一都三個字,古今明者實然稀。東三南二同成五,北一西方四共之。

三・五・一はただ三個の字のみ、古今に真に明白なる者は実に稀少なり。東三・南二は一同にして五を成し、北一と西方の四は共にそれを成し、

戌己自居生數五,三家相見結嬰兒。嬰兒是一含真炁,十月胎圓入聖基。

戊己は自ら生数の五に居り、三家は相見て、嬰児を結成す。嬰児は一なり、真炁を含む(気の異写。内丹家が以て口鼻呼吸のあの層にあらざるを標示する)。十月胎円して、聖基に入る。

其五

その五

草木陰陽亦兩齊,若還缺一不芳菲。初開綠葉陽先倡,次發紅花陰後隨。

草木の陰陽もまた両辺斉備なり。もし一辺を缺かば芳菲ならず。初めに緑葉を開くは陽の先ず倡導し、随いて紅花を発するは陰の後に跟随するなり。

常道只斯為日用,真源返覆有誰知。報言學道諸君子,不識陰陽莫亂為。

常道はただこれを以て日用と為し、真源の返覆は誰か之を知らん。学道の諸君子に告ぐ、陰陽を認識せずんば、乱りに作為するなかれ。

其六

その六

陽裡陰精質不剛,獨修一物轉贏尪。勞形按引皆非道,服氣餐霞總是狂。

陽裏の陰精は質にして剛ならず、独り一物を修してかえっていよいよ羸弱・尫弱なり。形を労する導引はみな道にあらず、気を服し霞を餐るは總じて狂妄なり。

舉世漫求鉛汞伏,何時得見虎龍降。勸君窮取生身處,返本還源是藥王。

世を挙げて空しく鉛汞の降伏を求め、何時か虎龍の降落を見ん。あなたに勧む、窮究して出生の処所を取り、本に返り源に還るがこそ薬王なれ。

其七

その七

人人本有長生藥,自是迷徒枉擺拋。甘露降時天地合,黃芽生處坎離交。

人々本来長生薬あり、ただ迷徒が白白と抛掉するのみ。甘露降る時は天地相合し、黄芽生ずる処は坎離相交す。

井蛙應謂無龍窟,籬鵲爭知有鳳巢。丹熟自然金滿屋,何須尋草學燒茅。

井蛙はただ龍窟なしと説くのみ、籬辺の鵲はあに鳳巢あるを知らん。丹熟すれば自然に黄金は屋に満ち、なんぞ必ずしも草を尋ねて茅を焼くを学ばん。

其八

その八

休煉三黃及四神,若尋眾草便非真。陰陽得類歸交感,二八相當自合親。

三黄および四神を錬ることなかれ。もし衆草を尋ね去らばすなわち真にあらず。陰陽は同類を得ばすなわち交感に帰り、二八相当にして自然に合親す。

潭底日紅陰怪滅。山頭月白藥苗新。時人要識真鉛汞,不是凡砂及水銀。

潭底の日頭は紅にして陰怪は滅尽し、山頭の月亮は白にして薬苗は新鮮なり。時人は真鉛汞を認識する須く、並びに凡砂と水銀にあらず。

其九

その九

此法真中妙更真,都緣我獨異於人。自知顛倒由離坎,誰識浮沉定主賓。

この法は真中に更に妙真あり、みな我が独り人に異なるにより。自ら知る顛倒は離坎に由るを、誰か沈浮を識りて主賓を定めん。

金鼎欲留朱里汞,玉池先下水中銀。神功運火非終旦,現出深潭月一輪。

金鼎は朱裏の汞を留住せんと欲し、玉池は先ず水中の銀を下入す。神功・火を運ずるに並びに一整夜を要せず、便ち深潭裏の一輪の月を現出す。

其十

その十

要知產藥川源處,月在西南是本鄉。鉛遇癸生須急採,金逢望遠不堪嘗。

須く知るべし、薬を産する源頭の処を。月は西南に在りて是れ本郷なり。鉛は癸生に遇うて須く急採すべし、金は月望に逢えば便ち嘗むるに堪えず。

送歸土釜牢封固,次入流珠廝配當。藥重二斤須二八,調停火候托陰陽。

土釜に送帰して牢牢に封固し、更に加入して流珠に相配す。薬重二斤は須く是れ二八、火候を調停して陰陽に依托す。

十一

十一

虎躍龍騰風浪粗,中央正位產玄珠。果生枝上終期熟,子在胞中豈有殊。

虎躍・龍騰して、風浪は粗猛なり。中央正位は玄珠を産出す。果は枝上に生じて終に熟し、子は胞中に在りてまた何の異ならん。

南北宗源翻卦象,晨昏火候合天樞。須知大隱居廛市,何必深山守靜孤。

南北の宗源は卦象を翻し、晨昏の火候は天枢に合す。須く知るべし、大隠は市廛に住す、なんぞ必ずしも深山に到りて孤静を守らん。

十二

十二

不識玄中顛倒顛,爭知火裡好栽蓮。牽將白虎歸家養,產個明珠似月圓。

玄中の顛倒また顛倒を認識せずんば、あに火裏に正しく蓮を栽うるを知らん。白虎を牽きて家に帰りて養い、明珠を産して月のごとく円ならしめん。

謾守藥爐看火候,但安神息任天然。群陰剝盡丹成熟,跳出樊籠壽萬年。

空しく薬炉を守りて火候を看るも、ただ神息を安んじ天然に聴任せよ。群陰剥尽すれば丹は便ち成熟し、樊籠を跳出して寿は万年に至る。

十三

十三

黃芽白雪不難尋,達者須憑德行深。四象五行全藉土,三元八卦豈離壬。

黄芽・白雪は尋ね難からず、通達する者は須く徳行の深きに凭るべし——徳(道が人と物に落ち着くその得であり、道徳説教の「品德」ではありません)。四象・五行は全て土に藉り、三元・八卦はあに壬を離れんや。

煉成靈寶大難識,消盡陰魔鬼莫侵。欲向人間留秘訣,未逢一個是知音。

錬成する霊宝は最も識り難し、陰魔を消尽せば鬼もまた侵す能わず。人間に向かって秘訣を留めんと欲するも、未だ一個の知音に遇わず。

十四

十四

好把真鉛著意尋,莫教容易度光陰。但將地魄擒朱汞,自有天魂制水金。

好く真鉛を把て意を着けて尋ね、光陰をして軽く度らしむるなかれ。ただ地魄を用地て朱汞を擒えれば、自然に天魂ありて水金を制す。

可謂道高龍虎伏,堪言德重鬼神欽。已知壽永齊天地,煩惱無由更上心。

道高く龍虎降伏すと言うべく、徳重く鬼神欽敬すと称す可し。すでに知る、寿は天地と斉しく永く、煩悩は従来より再び心に上る由なしと。

十五

十五

不識真鉛正祖宗,萬般作用枉施功。休妻謾遣陰陽隔,絕粒徒教腸胃空。

真鉛の正祖宗を認識せずんば、万般の作用はみな白く功を用うるのみ。妻を休めて空しく陰陽を隔絶せしめ、粒を絶ちてただ腸胃を空しゅうせしむ。

草木陰陽皆滓質,雲霞日月屬檬隴。更饒吐納並存想,總與金丹事不同。

草木の陰陽はみな渣滓の質、雲霞・日月は朦朧に属す(底本の「檬隴」は「朦朧」に作るべし)。たといさらに吐納と存想を加うるも、總じて金丹の事と同じからず。

十六

十六

萬卷丹經語總同,金舟只此是根宗。依他坤位生成體,種在乾家交感官。

万卷の丹経は話語は總じて相同じ、金丹はただ此れのみが根宗なり(底本の「舟」は「丹」に作るべし)。あの坤位生成の体に依りて、乾家交感の官に種す。

莫怪天機都洩漏,只緣學者盡愚蒙。若能了得詩中意,立見三清太上翁。

怪しむなかれ天機ことごとく泄漏したるを、ただ学者がことごとく愚蒙なるがためのみ。もし能く詩中の意思を了得せば、立ちどころに三清・太上翁を見ることを得ん。

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