Libo

自己になお知らざる所有るを知るは、最好なり。知らずして自ら以て知ると為すは、則ち毛病なり。

春秋 · 老聃(旧题) · 第10巻 / 20

知不知上,不知知病。

正に毛病を以て毛病と對待するがゆえに、毛病なきなり。聖人に毛病なきは、正に彼が毛病を以て毛病と對待するがゆえに、乃ち毛病なきなり。

夫唯病病,是以不病。聖人不病,以其病病,是以不病。

七十二章

百姓がもはや統治者の威壓を畏懼せざるとき、可怕の大禍は將に降臨せんとす。百姓の居所を逼迫するなかれ、百姓の生計を壓榨するなかれ。

民不畏威,則大威至。無狎其所居,無厭其所生。

正に統治者が百姓を壓榨せざるがゆえに、

夫唯不厭,

百姓は乃ち統治者を厭棄せず。

是以不厭。

ゆえに聖人は自知之明有りて自ら表現せず、

是以聖人自知不自見,

自我を愛惜して自ら高貴と視せず。

自愛不自貴;

ゆえにあれらを舍ててこれらを取る。

故去彼取此。

七十三章

強蠻幹を逞するに勇あるは殺せられん、

勇於敢則殺,

收斂して蠻幹せざるに勇あるは活命する能くす。

勇於不敢則活。

この兩種の勇は、一種は利を得、一種は害を受く。

此兩者,或利或害。

上天の惡厭する所は、誰かその何の故なるかを知らん。ゆえに聖人すらもこの事を艱難と看る。

天之所惡,孰知其故?是以聖人猶難之。

天道はこの如し、争わずして取勝に善く、

天之道,不爭而善勝,

言わずして回應に善く、

不言而善應,

召喚せずして万物は自動に歸來し、

不召而自來,

寬緩從容にして謀劃に善し。

繟然而善謀。

天網は廣大無邊、網眼は稀疏なると雖も、漏掉する能くするなし。

天網恢恢,疏而不失。

七十四章

百姓は死を怕れず、何を以て還に死を以て彼らを嚇唬せんや。假使百姓真的に皆死を怕れば、あの非を為し歹を作る人に對して、我は彼を抓り來りて殺せば、誰か敢えて還に亂を作さん。常に殺戮を専管するありて殺戮を執行す。殺戮を専管するに代りて殺すは、高明の木匠に代りて砍削するに譬うべし。

民不畏死,奈何以死懼之?若使民常畏死,而為奇者,吾得執而殺之,孰敢?

高明の木匠に代りて砍削する人は、自己の手を砍傷せざる少なし。

常有司殺者殺,夫代司殺者殺,是謂代大匠斲。

七十五章

夫代大匠斲者,希有不傷其手矣。

百姓の挨餓する所以は、統治者の吞喫する賦税の太多を以て、ゆえに挨餓す。百姓の治理し難き所以は、統治者の妄加作為を以て、ゆえに治理し難し。百姓の死亡を輕視する所以は、統治者の自己を奉養するが太に厚きを以て、ゆえに百姓は乃ち死亡を輕視す。ただあの刻意して自己の生命を厚養せざる人のみ、乃ちあの自己の生命を看重する人に勝過す。

七十六章

民之饑,以其上食稅之多,是以饑。民之難治,以其上之有為,是以難治。民之輕死,以其上求生之厚,是以輕死。夫唯無以生為者,是賢於貴生。

人の活くるときは身體は柔軟にして、死して後に便ち僵硬と變ず。

万物草木の活くるときは柔嫩にして、死して後に便ち干枯と變ず。

人之生也柔弱,其死也堅強。

ゆえに堅硬強固は死亡一類に属し、柔軟脆弱は生存一類に属す。

萬物草木之生也柔脆,其死也枯槁。

此に因りて兵力は逞強すれば却って取勝する能わず、

故堅強者死之徒,柔弱者生之徒。

樹木は強大なれば却って砍伐を招來す。

是以兵強則不勝,

強大は下位に處し、

木強則兵。

柔弱は却って上位に居す。

強大處下,

七十七章

柔弱處上。

天道は正に弓を張りて箭を射るが如からずや。弦位高ければ便ちこれを壓低し、低ければ便ちこれを抬高し、有餘は便ちこれを減損し、不足は便ちこれを補足す。天道は即ち有餘を減損して不足を補足す。

人間の做法は却ってこの如からず、

天之道,其猶張弓與?高者抑之,下者舉之;有餘者損之,不足者補之。天之道,損有餘而補不足。

却って不足を減損して以て有餘に供奉す。

人之道則不然,

誰か能く有餘を取り來りて天下に供奉せん。ただ道有る人のみ做り到る能くす。

損不足以奉有餘。

ゆえに聖人は作為有るもその能に恃まず、功業成就しても功に居らず、彼は自己の賢能を顯示するを願わざるなり。

孰能有餘以奉天下?唯有道者。

七十八章

是以聖人為而不恃,功成而不處,其不欲見賢。

天下に水より柔弱なる物なく、然れども堅強の物を攻擊するに、それに勝過する能くするなし、それに替代する能くするなきを以てなり。

柔弱は剛強に勝過す、天下に知らざる人なく、然れども實行する能くする人なし。ゆえに聖人曰く、「一國の屈辱を承受する能くするは、乃ち社稷の主と作るに配し、一國の災殃を承擔する能くするは、乃ち天下の王と作るに配す」と。正面の話は聽き來りて却って反話の如し。

天下莫柔弱於水,而攻堅強者,莫之能勝,其無以易之。

七十九章

弱之勝強,柔之勝剛,天下莫不知莫能行。是以聖人云﹕「受國之垢,是謂社稷主;受國不祥,是為天下王。」正言若反。

大の怨恨を調解すれば、必ずなお殘餘の怨恨を留下せん、

這何を以て妥善と算さんや。ゆえに聖人は借據の存根を拿着して、

和大怨,必有餘怨,

然れども人に向かって索討せず。德有る人は借據を掌管する一方の如く寬厚にして、

安可以為善?是以聖人執左契,

無德の人は却って收税を掌管する一方の如く苛取す。

而不責於人。有德司契,

天道は誰に對しても偏愛せず、永遠に善良の人を幫助す。

無德司徹。

八十章

天道無親,常與善人。

國家は小にすべく、百姓は少にすべく、

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