一個の物有りて渾然として成り、天地の先に已に存在す。
有物混成,先天地生。
寂静なりや空虚なりや、それ獨立自存して改變せず、
寂兮寥兮,獨立而不改,
周流運行して停歇せず、以て天下万物の母体と算す可し。
周行而不殆,可以為天下母。
我はその名字を知らず、
吾不知其名,
それに字を取りて「道」と謂い、
字之曰道,
強いてそれに名を起して「大」と謂う。
強為之名曰大。
大は即ち流逝不居を意味し、
大曰逝,
流逝は即ち遙遠に走向し、遙遠に走到してまた本原に返回すを意味す。
逝曰遠,遠曰反。
ゆえに道は大、天は大、地は大、王もまた大なり。
故道大,天大,地大,王亦大。
天地の間に四樣の大き有り、
域中有四大,
王はその中の一を占む。
而王居其一焉。
人は地に取法し、地は天に取法し、天は道に取法し、道は則ちそれ自己本來の樣子に取法す。
人法地,地法天,天法道,道法自然。
二十六章
厚重は輕率の根本、静定は躁動の主宰なり。
重為輕根,靜為躁君。
ゆえに聖人は整天路を行くも、皆輜重を載する車子を離れず。
是以聖人終日行不離輜重。
華美の樓觀賞する有ると雖も、彼は安然としてこれに處して外に超脱す。
雖有榮觀,燕處超然。
何を以て万乘之國を擁有する君主が、却って一己の身を以て天下を輕率に對待するや。輕率なれば便ち根本を失い、躁動なれば便ち主宰を失う。
奈何萬乘之主,而以身輕天下?輕則失本,躁則失君。
二十七章
行走に善き者は車轍足迹を留めず、
善行無轍跡,
言談に善き者は指摘す可き瑕疵なく、
善言無瑕讁;
計算に善き者は籌碼を用いず、
善數不用籌策;
關閉に善き者は門閂を用いずして、他人は打開する能わず。捆縛に善き者は繩索を用いずして、他人は解開する能わず。
善閉無關楗而不可開,善結無繩約而不可解。
ゆえに聖人は總是して人を救助するに善く、因りて遺棄せらるる人なく、
是以聖人常善救人,故無棄人;
總是して物を愛惜するに善く、因りて遺棄せらるる物なし——これを明を承襲すと謂う。ゆえに善人は不善之人の老師、
常善救物,故無棄物,是謂襲明。故善人者,不善人之師;
不善之人は善人の憑藉なり。
不善人者,善人之資。
自己の老師を尊重せず、自己の憑藉を愛惜せざれば、縱令自ら聰明と以為すとも、其實は大糊塗なり。
不貴其師,不愛其資,雖智大迷,
これを精要玄妙と謂う。
是謂要妙。
二十八章
何が雄強かを知りて、却って雌柔を安守し、甘く天下の溪澗と作る。甘く天下の溪澗と作れば、恒常の德は離失せず、重ねて嬰兒の狀態に復歸す。
知其雄,守其雌,為天下谿。為天下谿,常德不離,復歸於嬰兒。
何が明白かを知りて、却って暗昧を安守し、甘く天下の準則と作る。
知其白,守其黑,為天下式。
甘く天下の準則と作れば、恒常の德は差失有らず、
為天下式,常德不忒,
重ねて無窮無盡の本原に復歸す。
復歸於無極。
何が榮耀かを知りて、却って卑辱を安守し、甘く天下の山谷と作る。甘く天下の山谷と作れば、恒常の德は乃ち充足と算し、重ねて未だ雕琢せざる原木に復歸す。
知其榮,守其辱,為天下谷,常德乃足,復歸於樸。
原木は一經離散すれば便ち器具と成り、聖人はこの道理に沿用して、便ち百官の長と成る。
樸散則為器,聖人用之,則為官長,
ゆえに最好の裁制は割裂せざるなり。
故大制不割。
二十九章
天下を奪取せんと欲して強行して做す者は、我は彼が目的に達せざるを見る。天下は神妙の器物、
將欲取天下而為之,吾見其不得已。天下神器,
強行作為す可からず。強行作為するは必ず敗れ、執意把持するは必ず失う。
不可為也,為者敗之,執者失之。
ゆえに万物はあるいは前行しあるいは跟隨し、あるいは緩吁しあるいは急吹し、あるいは強健あるいは羸弱、あるいは挫折あるいは毀壞す。此に因りて聖人は極端を去掉し、奢侈を去掉し、過度を去掉す。
故物或行或隨,或歔或吹。或強或羸,或挫或隳。是以聖人去甚,去奢,去泰。
三十章
道を以て君主を輔佐する者は、兵力に靠りて天下に逞強せず。
以道佐人主者,不以兵強天下。
兵を用うるこの事は最も容易く却って己の身上に報應す。
其事好還。
軍隊の駐紮し過ぎた地方は、荆棘便ち生長し起こり、大戰の後は、必ず荒年有り。
師之所處,荊棘生焉。大軍之後,必有凶年。
兵を用うるに善き者はただ目的に達するを求めて算了し、敢えて此を憑りて逞強せず。
善有果而已,不敢以取強。
目的に達して自ら誇らず、目的に達して自ら伐らず、目的に達して驕横せず。
果而勿矜,果而勿伐,果而勿驕。
目的に達するを以て不得已に出づと看為すべく、目的に達して逞強せず。
果而不得已,果而勿強。
事物は壯盛すれば便ち衰老に走向す、これを道に合せずと謂う。道に合せざるは、速く便ち了ぬ。
物壯則老,是謂不道,不道早已。
三十一章
