法界通化分第十九『法身は界に遍し、通化して辺なし』
「須菩提!於意云何?若有人滿三千大千世界七寶,以用佈施,是人以是因緣,得福多不?」
「須菩提!汝はどう思うか。もし人が三千大千世界を満たす七宝をもって布施するなら、この人はこの因縁によって得る福は多いか。」
「如是,世尊!此人以是因緣,得福甚多。」
「はい、世尊!この人はこの因縁によって得る福は甚だ多いです。」
「須菩提!若福德有實,如來不說得福德多;以福德無故,如來說得福德多。」
「須菩提!もし福徳が実有のものならば、如来は彼が得る福徳が多いとは言わなかったであろう。まさに福徳そのものが実有でないがゆえに、如来は彼が得る福徳が多いと説くのである。」
離色離相分第二十『色相は皆妄、妄を離れて性を見る』
「須菩提!於意云何?佛可以具足色身見不?」
「須菩提!汝はどう思うか。円満具足の色身をもって仏を見ることができるか。」
「不也,世尊!如來不應以具足色身見。何以故?
「できません、世尊!円満具足の色身をもって如来を見るべきではありません。なぜか。
如來說:具足色身,即非具足色身,是名具足色身。」
如来は説く——いわゆる円満具足の色身は、執取し得る具足色身ではなく、ただ仮に具足色身と名づけるだけです、と。」
「須菩提!於意云何?如來可以具足諸相見不?」
「須菩提!汝はどう思うか。円満具足の種々の相をもって如来を見ることができるか。」
「不也,世尊!如來不應以具足諸相見。何以故?
「できません、世尊!円満具足の種々の相をもって如来を見るべきではありません。なぜか。
如來說:諸相具足,即非具足。是名諸相具足。」
如来は説く——いわゆる種々の相の円満具足は、執取し得る具足ではなく、ただ仮に諸相具足と名づけるだけです、と。」
非説所説分第二十一『法は説くべくもなく、説く所は法にあらず』
「須菩提!汝勿謂如來作是念:『我當有所說法。』莫作是念。何以故?
「須菩提!汝は如来がこのような念を起こすと思うな——『わたしは何らかの法を説くべし』と。そのように思うな。なぜか。
若人言:如來有所說法,即為謗佛,不能解我所說故。
もし人が如来に説く法ありと言えば、それは仏を毀謗するのであって、彼はわたしの説く意を解しないからである。
須菩提!說法者,無法可說,是名說法。」
須菩提!いわゆる説法は、実際に説くべき法はなく、ただ仮に説法と名づけるだけである。」
爾時,慧命須菩提白佛言:「世尊!頗有眾生,於未來世,聞說是法,生信心不?」
その時、慧命須菩提は仏に言った。「世尊!未来世において、衆生がこの法の宣説を聞いて信心を生ずることがあるでしょうか。」
佛言:「須菩提!彼非眾生,非不眾生。何以故?
仏は言った。「須菩提!彼らは執取し得る衆生ではなく、しかし衆生がないのでもない。なぜか。
須菩提!眾生眾生者,如來說非眾生,是名眾生。」
須菩提!いわゆる一つ一つの衆生は、如来は彼らが実有の衆生ではなく、ただ仮に衆生と名づけるだけだと説くのである。」
無法可得分第二十二『性空を悟るがゆえに、得べき法なし』
須菩提白佛言:「世尊!佛得阿耨多羅三藐三菩提。為無所得耶?」
須菩提は仏に言った。「世尊!仏が無上正等正覚を証得したことは、実には無所得なのですか。」
佛言:「如是,如是。須菩提!我於阿耨多羅三藐三菩提乃至無有少法可得,
仏は言った。「そのとおり、まさにそのとおり。須菩提!わたしは無上正等正覚において、少しの法さえ得たことがない。
是名阿耨多羅三藐三菩提。」
まさにこのゆえに、無上正等正観というのである。」
浄心行善分第二十三『清浄心をもって、諸の善法を行ず』
「復次,須菩提!是法平等,無有高下,是名『阿耨多羅三藐三菩提』;
「次に、須菩提!この法そのものは平等で、高下の分別がない。ゆえに『阿耨多羅三藐三菩提』という。
以無我、無人、無眾生、無壽者,修一切善法,則得阿耨多羅三藐三菩提。
我なく・人なく・衆生なく・寿者なき心をもって一切の善法を修すれば、無上正等正覚を証得できる。
須菩提!所言善法者,如來說即非善法,是名善法。」
須菩提!いわゆる善法は、如来はそれが執取し得る善法ではなく、ただ仮に善法と名づけるだけだと説く。」
福智無比分第二十四『福智は甚だ大、比ぶる物なし』
「須菩提!若三千大千世界中,所有諸須彌山王,如是等七寶聚,有人持用佈施;
「須菩提!假使三千大千世界の中に、すべて須弥山王のように大きな七宝を堆積して、人がそれをもって布施するなら。
若人以此《般若波羅蜜經》,乃至四句偈等,受持讀誦,為他人說,
また人があってこの《般若波羅蜜経》に依って、たとえその中の四句偈だけでも受持読誦し、また他人のために講説するなら、
於前福德百分不及一,百千萬億分、乃至算數譬喻所不能及。」
前の福徳は後の者の百分の一、百千万億分の一にも及ばず、さらに算数・譬喩をもってしても及ぶべくもない。」
化無所化分第二十五『聖凡は同性、化するに化す所なし』
「須菩提!於意云何?汝等勿謂如來作是念:『我當度眾生。』須菩提!莫作是念。
「須菩提!汝はどう思うか。汝らは如来がこのような念を起こすと思うな——『わたしは衆生を度すべし』と。須菩提!そのように思うな。
何以故?實無有眾生如來度者。若有眾生如來度者,如來則有我、人、眾生、壽者。
なぜか。実際には如来に度される衆生はいないからである。もし真に如来に度される衆生があれば、如来には我・人・衆生・寿者の執着があることになる。
須菩提!如來說:『有我者,則非有我,而凡夫之人以為有我。』
須菩提!如来は説く——『いわゆる我有りは、実に真の我があるのではなく、凡夫が自ら我ありと思うだけである』と。
須菩提!凡夫者,如來說則非凡夫,是名凡夫。」
須菩提!いわゆる凡夫は、如来は彼らも実有の凡夫ではなく、ただ仮に凡夫と名づけるだけだと説く。」
法身非相分第二十六『清浄の法身、相貌に属せず』
「須菩提!於意云何?可以三十二相觀如來不?」
「須菩提!汝はどう思うか。三十二相をもって如来を観見できるか。」
須菩提言:「如是!如是!以三十二相觀如來。」
須菩提は言った。「はい!はい!三十二相をもって如来を観見できます。」
佛言:「須菩提!若以三十二相觀如來者,轉輪聖王則是如來。」
仏は言った。「須菩提!もし三十二相をもって如来を観見できるならば、同じく三十二相を具足する転輪聖王もまた如来ではないか。」
須菩提白佛言:「世尊!如我解佛所說義。不應以三十二相觀如來。」
須菩提は仏に言った。「世尊!わたしが仏の説かれる意を解するに、三十二相をもって如来を観見すべきではありません。」
爾時,世尊而說偈言:
その時、世尊は一首の偈を説かれた。
「若以色見我,以音聲求我,是人行邪道,不能見如來。」
もし形色をもってわたしを見、声をもってわたしを求めんとするならば、この人は邪道を行くのであって、如来を見ることができない。
無断無滅分第二十七『法に依りて修持し、断滅すべからず』
「須菩提!汝若作是念:『如來不以具足相故,得阿耨多羅三藐三菩提。』
「須菩提!汝はもしこのような念を起こさば——『如来は相好の円満具足によって無上正等正覚を証得したのではない』と。
須菩提!莫作是念:『如來不以具足相故,得阿耨多羅三藐三菩提。』」
須菩提!このような念を起こすな——『如来は相好の円満具足によって無上正等正覚を証得したのではない』という念を。」
「須菩提!汝若作是念,發阿耨多羅三藐三菩提心者,說諸法斷滅。莫作是念!何以故?
「須菩提!汝はもしこのような念を起こし、無上正等正覚の心を発する人が一切法は皆断絶滅尽に帰ると主張すると思うならば、それは誤りである。そのように思うな!なぜか。
發阿耨多羅三藐三菩提心者。於法不說斷滅相。」
無上正等正覚の心を発する人は、一切法について断滅の相を主張しないからである。」
不受不貪分第二十八『一塵も染まず、何を貪り何を受けん』
「須菩提!若菩薩以滿恆河沙等世界七寶持用佈施;
「須菩提!もし菩薩が恒河沙のように多い世界を満たす七宝をもって布施するなら。
若復有人,知一切法無我,得成於忍,此菩薩勝前菩薩所得功德。何以故?
また人があって一切法には我なしと了知して、安忍を成就したなら、この菩薩の得る功徳は前の菩薩に勝れる。なぜか。
須菩提!以諸菩薩不受福德故。」
須菩提!諸々の菩薩は福徳を領受しないからである。」
須菩提白佛言:「世尊!云何菩薩不受福德?」
須菩提は仏に言った。「世尊!なぜ菩薩は福徳を領受しないと言うのですか。」
「須菩提!菩薩所作福德,不應貪著。是故說不受福德。」
「須菩提!菩薩が作した福徳は、貪恋執着すべきではない。ゆえに彼は福徳を領受しないというのである。」
