太史馮夔揚先生鑑定 六壬経緯 京江鉄瓮子著
太史馮夔揚先生鑑定 六壬経緯 京江鉄瓮子著
大六壬典籍
まず起課と三伝を発する機械的な流れを確実にしてから、課体と神煞に入る。起課を飛ばして断語だけ読んでも、書中の例を自分で再現できない。
序
丹徒毛氏以數學名於鄉薦,紳士大夫咸欽其術。有毛生者,持《六壬經緯》來謁,請為序。其書六卷,曰演法,曰神煞,曰格局,曰斷占,曰類相,曰定式,條分縷析,皆其祖父所傳,秘不示人者。
丹徒県の毛氏は、「数学」――すなわち術数を推算する学――をもって本郷の薦挙士林に知られ、当地の士紳と読書して官をなす人で、その家のこの技芸を感服せぬ者はいなかった。毛家に一人の後生がいて、一部の《六壬経緯》を携えて私を訪ね、この書のために序を書いてほしいと請うた。この書は全六巻で、順に《演法》《神煞》《格局》《断占》《類相》《定式》と呼ばれ、条々に分かれ縷々に剖析して、説き方がきわめて条理整然としている。書中に載るものはすべて彼の祖父・父の二代に伝わった家学で、従来秘して人に示さなかったものである。
餘儒家也,儒者言數始《河圖》、《洛書》,大《易》之卦象、《尚書》之《洪範》並言數,而理即寓焉。《春秋左氏傳》所載龜筮之占,其理頗微妙,非有所授受,不得其解。漢以後,各自為家,如九流一十一家,傳其術者,各有師授,莫得而○考。
私は儒書を読んで身を立てた者である。儒家の「数」について言えば、その源は《河図》《洛書》にある。《周易》の卦象、《尚書・洪範》のいう九疇も、いずれも同時に「数」を講じており、天地の「理」はこれらの数の中に寄寓している。《春秋左氏伝》に記された亀卜と蓍筮の占は、道理がかなり精微で、師門の親授がなければ他人はとても読み解けない。漢代以降、術数はそれぞれ門戸を立て、諸子九流のように十一家に分かれ、その術を伝習する者はそれぞれ師承があり、他人はもはや査考のしようがなかった(底本はここに一字を欠く。「○」をもって代え、臆に補うことを敢えてしない)。
近世所傳,獨六壬占多奇中,考前代如《常陽經》、《金鑾密記》,亦有所授受。大都自隱其名,弗令人通曉,術家務秘其傳,以矜奇闢云爾。丹徒毛氏擅是術三世矣,毛生欲以是書傳諸人,其意蓋以數者天地自然之理,趨吉避凶亦儒家之道所宜通曉。毛生其不囿於術者歟!生祖一駒、父翥並以術名,生名志道,號鐵甕子,世居丹徒千秋橋畔雲。
近世に伝わる各種の占法の中で、「六壬」だけが占断にもっとも奇験が多い。前代の《常陽経》《金鑾密記》の類の壬書を考查しても、いずれもそれぞれ師承の来歴があるが、ただ作者は多く姓名を隠し、人に読み解かせようとしない――術数の家がひたすら家伝を死守するのは、要するにそれをもって自らの奇異を衒うにすぎない。丹徒の毛家はこの術に精擅してすでに三代を経たが、この毛生は家伝の書を公開して世に伝えようとしている。その用意は、おそらく「数」はもともと天地自然の道理であり、吉に趨り凶を避けることも儒者が通暁すべき一途に属すると考えたのであろう。毛生はまことに術数そのものに局限されない人と言える。毛生の祖父は名を一駒、父は名を翥といい、いずれも術数で知名であった。毛生本人は名を志道、号は鉄瓮子、代々丹徒県千秋橋のほとりに住む。
雍正三年乙巳五月。賜進士出身、翰林院庶吉士、特授江南鎮江府丹徒縣知縣金溪馮詠拜譔。
雍正三年、歳次乙巳(一七二五年)の五月に書す。序を作る人:賜進士出身・翰林院庶吉士・特命により江南省鎮江府丹徒県知県に任じられた、江西金渓の人馮詠、恭謹に撰する。(「庶吉士」は新科の進士が翰林院に入り深造する職名、「特授」は皇帝の特命により任ぜられることで、常規の銓選によらない。)
自序
餘漢儒毛公諱萇裔也,自宋龍圖閣待制諱友公來任鎮江軍府,啟宇千秋橋畔,名曰歸與齋,宦跡居址兩載郡志,丹徒故里由此昉焉。溯友公及道,凡二十一世。
私は漢代の経学家毛萇の裔である。宋代に官が竜図閣待制に至り、諱を「友」といった先祖が鎮江軍府に任官して以来、千秋橋のほとりに宅第を建て「帰与斎」と題してから、彼の仕宦の事跡と居住の地の二つがともに鎮江の郡志に書き込まれ、毛家が丹徒を故里としたのはこの時からである。友公の代から下ってこの志道の代まで数えて、すでに二十一世になる。
先祖子千公幼習經史,兼精數學,隱茅山白雲觀中,與泰郵鐵山王公、吳門豈金公最契,二相國屢欲薦於朝,卒託疾弗起。吾父際生公敬承家學,為人卜休咎,其應如響。都統北平蔡公、總河長沙陳公知交尤其密,其隱逸事蹟載在郡志,彰彰可考。
私の祖父・子千公は、幼年より経書史籍を研習し、同時に術数の学に精通し、後に茅山の白雲観に隠居した。泰州・高郵一帯の鉄山王公、蘇州の豈金公との交情が最も深く、この二氏の宰輔に位する先生はたびたび彼を朝廷に挙薦しようとしたが、彼はついに病と托して出山しなかった。私の父・際生公は恭謹にこの家学を承け継ぎ、人のために吉凶禍福を占って、その応験は回音が声に応ずるように的中した。都統・北平の人蔡公、総理河道・長沙の人陳公との交往がとりわけ密であり、隠居して仕えなかった事跡はすべて郡志に載り、明瞭に査考できる。
餘於經史諸書未及肄業,惟專意六壬之法,嘗鑑群書,旁搜秘旨,見諸家簡內有演法而無定式,有格局而無神煞,有類相而無斷占,遂鍵戶潛心,錯綜經緯,條分縷析。一演法,以七例為衡;二定式,以七百二十局為法;三格局,以九十一款為度;四神煞,以四十四種為準;五類相,以綱領一十一門為規;六斷占,以一十三篇為則。
私は経書史籍に十分な功夫を積まず、心力を六壬の一法に専ら注いだ。諸家の壬書を遍覧し、四方に各派の伝えざる要旨を捜し求めたところ、前人の著作には、起課の「演法」だけを講じて既成の課式を列しないもの、「格局」だけを講じて「神煞」を講じないもの、「類相」(人事万物の取象帰類)だけを講じて「断占」(事に臨んで実断する)を講じないものがあった。そこで私は門を閉じて心を静め、この数方面を縦横に交織し彼此参照して、逐条剖析し、これを編んで本書六巻とした。第一巻《演法》は七条の通例をもって起課の法を衡定し、第二巻《定式》は七百二十種の課局を既成の式様に立てて比对に供し、第三巻《格局》は九十一款の格局を定めて尺度とし、第四巻《神煞》は四十四種の神煞を選定して準縄とし、第五巻《類相》は提綱挈領して十一門に帰併し、第六巻《断占》は十三篇を立てて事を断ずる法則とした。
後更詳歸凡例,衍釋精微,公諸同好。乙巳歲太史金溪馮公出宰吾邑,以數學試餘,餘出是書就正,公贈以序,更編入郡志,以垂示將來,不可謂非餘之知遇也。在昔大易始於伏羲,成於文書周孔,天下宗之。六壬始於黃帝,雖有成書,尚未明備,余竊不自揣,纂成是帙,以坊友之請授,之梓人刊以問世,庶使遠近流傳。趨避之道,不可與有志者共喻哉。至於盡洩其傳,質直無隱,《經緯》出而知我罪,惟聽之斯世斯人而已。志道謹序。
全書の後に、私はまた詳しく若干条の「例言」を帰納し、その精微なところを推衍解釈して、同好に公開した。乙巳の年、翰林出身の金渓人・馮公が我が丹徒県の県令として出任し、術数の学をもって私を考較したので、私はこの書を取り出してご指正を請うた。馮公は私に一篇の序を贈り、またこの書のことを郡志に編入して後人に遺した。これは私が知音に遇ったと言わざるを得ない。昔《周易》は伏羲の画卦に発端し、文王・周公・孔子の手で成書され、天下に宗主として奉られた。六壬の学は黄帝に発端したが、歴代に成書の流伝があっても、終始して十分明白完備には講じられなかった。私は力を量らず、この一冊の書を編み、また書坊の友人の請託に応じて、これを刻工に付して印行して世に出し、遠近に流伝せしめようとした。吉に趨り凶を避ける道理は、どうしてこれに志ある人とともに講明すべきでなかろうか。家伝を和盤托出し、直白に隠すことなきについては、《六壬経緯》が一出して、私を解するか怪しむかは、ただ当世の人の評説に聴くのみである。志道謹んで序す。
六壬経緯総目
卷之一 演法 卷之二 定式 卷之三 格局 卷之四 神煞 卷之五 類相 卷之六 斷占
全書六巻の次第は以下のとおり。巻之一《演法》は、起課推演の方法を講じる。巻之二《定式》は、各種の課式を既成の定局に排して人の比对に供する。巻之三《格局》は、課体と格局の名目・断法を講じる。巻之四《神煞》は、各類の神煞の取法と所主を講じる。巻之五《類相》は、人事万物の取象帰類を講じる。巻之六《断占》は、門類に分かちて実際の断事を講じる。
例言
一、演法傳述皆訛,學者難以遵守,謹更定七例,為初學之津樑。 二、傳課裝訛,占斷不驗,今立成七百二十局,使學者觀此瞭然,庶幾無惑。 三、格局推設多端,瑕瑜互見,爰增減別成九十一格,其講斷一一載之集中。
第一条:起課の「演法」は従来輾転伝述されて訛誤が多く、学ぶ者は遵循する所がなかったので、私はあらためて七条の通例を釐定し、初学者入門の橋梁とした。 第二条:「三伝」を排し「四課」を装うに当たり装い誤れば、占い出た断語は自ずと応験しない。今私は七百二十種の課局をすべて既成の式様に立てたので、学ぶ者は一見して明白となり、おそらく再び疑惑はないであろう。 第三条:前人が推設した格局は名目が繁多で、良いものも悪いものも混雑しているので、私は増もあり刪もあり、あらためて九十一格を定め、各格の講法と断法を一々この書中に収めた。
四、神煞異說紛紜,並無理據,謹刪定四十四種,增著解義,其無用者皆去之。 五、類相不能盡述,但諸家互相是非,今提綱挈領,只著十一門,覽者由此引申觸類。 六、斷法不可勝紀,然諸家秘旨未傳,謹著一十三篇,如規矩準繩以資幼學,至於變化通微,尤在識者神而明之。
第四条:「神煞」は従来各家の説が紛乱し、多くは道理の根拠を見出せなかった。私は謹んで刪定して四十四種とし、逐条に解義を増書し、およそ無用に属するものは一概に剔除した。 第五条:「類相」(人事万物の取象帰類)は一々に説き尽くせず、しかも諸家が互いに対錯を指摘し合う。今私は提綱挈領してただ十一門を立てた。読者はこの十一門から引申推広し、触類旁通すべきである。 第六条:事を断ずる法は多くて記し勝てないが、各家の伝えざる秘はかつて公開されなかった。私は謹んで十三篇に書き成し、たとえば木匠の規矩・縄墨のごとく、初学者に依循せしめる。事に臨んでの千変万化・通達入微に至っては、有識見の人が自ら心領神会することに俟つほかない。
六壬経緯巻之一 演法
目錄:干支 占時 月將 四課 三傳 本命 貴神。正文
本巻の目次は共に七題:干支・占時・月将・四課・三伝・本命・貴神。この七題は順に起課の全手続を説き明かす――まず干支を定めて主体とし、次に占時を定め、次に月将を定めて天盤を布し、次に天盤から四課を取り、四課から三伝を取り、別に本命を立てて当事者を代表させ、最後に十二天将(貴神)を盤に安じる。以下本巻の正文である。
演法・干支
干支 演六壬數,先以本日干支為主,而陰陽五行生剋由是推之。其陽干,甲丙戊庚壬;陽干,乙丁己辛癸。陽支,子寅辰午申戌;陰支,丑卯巳未酉亥。五行,甲乙寅卯屬木,丙丁巳午屬火,庚辛申酉屬金,壬癸亥子屬水,戊己辰戌丑未屬土。生克,水生木,木生火,火生土,土生金,金生水;水克火,火克金,金克木,木克土,土克水。凡占某事,以本日之干為人,本日之支為事。若占某人,則以本日之干為我,本日之支為人。此干支、陰陽、五行、生克之辨也。
「干支」:六壬の数を推演するに、まず占問当日の「日干」「日支」を主体としなければならない。陰陽と五行の相生相克はすべてこの一対の干支から推衍される。十干は陰陽に分かれる:甲・丙・戊・庚・壬は陽干、乙・丁・己・辛・癸は陰干(底本はここ第二の「陽干」を「陰干」とすべきところ、刻誤なり。今は原字を照録す)。十二支も陰陽に分かれる:子・寅・辰・午・申・戌は陽支、丑・卯・巳・未・酉・亥は陰支。五行に配すれば、甲・乙と寅・卯は木、丙・丁と巳・午は火、庚・辛と申・酉は金、壬・癸と亥・子は水、戊・己と辰・戌・丑・未は土に属す。相生の次序は水生木・木生火・火生土・土生金・金生水、相克の次序は水克火・火克金・金克木・木克土・土克水。およそ一事を占問するには当日の日干をもって「人」を代表し、日支をもって「事」を代表する。一人を占問するには日干をもって「我」(問事人自身)、日支をもって「相手のその人」を代表する。以上が干支・陰陽・五行・生克の幾重かの区別である。
演法・占時
占時 取時之法,用雷劈棗木,擇十一月壬子日子時制成小盒,圓廣五寸,上下相連,內周圍刻十二塘。用赤珊瑚為珠,從左旋轉,盒面周圍刻十二孔,觀珠所落之處。中雕太極圖,以離坎兩分子午,定其某某時。
「占時」は起課に用いるその時辰を取り定める手続である。本家に伝わる取時の方法は:雷に撃たれたことのある棗木を料に選び、十一月の壬子日の子時に着手して、一隻の小円盒を作る。盒の径は五寸、上下二層が扣合して相連なり、内層は円周に沿って十二個の凹槽(「塘」は凹坑の意)を刻み、十二支に分応させる。別に紅珊瑚を磨いて一顆の珠とし、盒中に置いて左より右へ旋転させ、盒面は円周に沿って十二の孔を鑽り対応させる。転じて停まった後、珠がどの孔に落ちたかを見て、その一位の地支を「占時」とする。盒面の正中には一幅の太極図を彫り、離・坎両卦の方位を借りて「子」「午」の両極を分け定め、十二位の座標として、これにより占うのが究竟どの時辰かを定める。(これは毛氏家伝の取時器具で、通行の壬法が直接に問事の時刻を占時とするのとは異なる。)
演法・月将
月將 正月亥,二月戌,三月酉,四月申,五月未,六月午,七月巳,八月辰,九月卯,十月寅,十一月丑,十二月子。月將既明,則以值月之將加臨,運定之時,餘將左轉,依此周流順布,至於更換值月之將,不可拘定月分,當按歷家中氣交節時刻換之。
「月将」は毎月太陽のある宮位で、月份と逆向きに相配する:正月は亥、二月は戌、三月は酉、四月は申、五月は未、六月は午、七月は巳、八月は辰、九月は卯、十月は寅、十一月は丑、十二月は子。月将を查明した後、その月に事を値するこの月将を、前の「占時」で定めたその時辰位の上に加え、残りの十一将は次序に順って左へ排してゆく。このように周流して一圈すれば、天盤は布定される。毎月月将を更換する時点については、暦書の月份の起訖に拘泥してはならず、暦家の定める「中気」交節の時刻に依って換えるべきである――中気を過ぎて初めて将を換えたことになる。
演法・四課
四課 甲同寅,乙同辰,丙戊同巳,丁己同未,庚同申,辛同戌,壬同亥,癸同丑。其法:先取日干所同之位上之將加於日干上,為第一課。又以第一課位上之將加於第一課上為第二課。次取日支位上之將加於日支上為第三課,又以第三課位上之將於第三課上為第四課。占事者以第一課干陽應人,第三課支陽應事。占人者,以第一課干陽應我,第三課支陽應人。其第二課干陰、第四課支陰,不必論。其支與干所同者,即亦以干論之。
「四課」は天盤が布定された後に取出す四組の上下の対である。天干は十二支の地盤に本位がなく、まず「寄宮」しなければならない:甲は寅に寄り、乙は辰に寄り、丙・戊は巳に寄り、丁・己は未に寄り、庚は申に寄り、辛は戌に寄り、壬は亥に寄り、癸は丑に寄る。課を取る法は、まず日干の寄るその一宮を見、その上の天盤に落ちているのがどの将かを見て、それを日干の頭上に書く。これが「第一課」。次に第一課のその将自身が地盤上に占める位置を見、その上の天盤の将を第一課の上に書く。これが「第二課」。続いて日支の本位を見、その上の天盤の将を日支の頭上に書く。これが「第三課」。さらに第三課のその将の占める位置上の天盤の将を見て、第三課の上に書く。これが「第四課」。事を占うには第一課(日干に属し陽)をもって「人」に対応させ、第三課(日支に属し陽)をもって「事」に対応させる。人を占うには第一課を「我」に、第三課を「相手」に対応させる。第二課は日干の陰に属し、第四課は日支の陰に属し、別に専論を立てる必要はない。別に一種の情形がある:日支がちょうど日干の寄るその一宮であるとき(たとえば甲日に寅日に遇う、庚日に申日に遇う)、この一課はそのまま日干の側に帰して論ずる。
演法・三伝
三傳 四課中取五行上下相剋為初傳,初傳位上之將為中傳,中傳位上之將為末傳,謂之三傳。但四課中先取一下克上為初傳,縱有二三上克下,亦勿論。如無一下克上,方取一上克下為初傳。
「三伝」は四課の中から推出する三つの将で、それぞれ「初伝」「中伝」「末伝」と呼び、一つの事の起頭・中段・結末を見るのに用いる。取法は:四課の中で上下の二字が五行相克するその課を見出し、その中の受用の将を取って「初伝」とする。初伝のこの将の占める位置上の天盤の将がすなわち「中伝」、中伝の占める位置上の天盤の将がすなわち「末伝」、この三者を合わせて三伝と称す。ただし取用に先後がある:四課の中に一課でも「下克上」(下の字が上の字を克する)があれば、まずそれを取って初伝とし、たとえ同時に別に二三課が「上克下」であっても一概に顧みない。四課の中に「下克上」が一課もないときにのみ、転じて「上克下」のその課を取って初伝とする。これが壬学のいわゆる「賊克法」――まず賊(下克上)を見、後に克(上克下)を見る――である。
四課中有二三下克上,則取將與干陰陽相比為初傳,或有二三上克下,亦取將與干陰陽相比為初傳。四課中有二三四下克上或二三四上克下,將與干陰陽俱比俱不比,則取寅申巳亥位上為初傳,如無寅申巳亥所乘,則取子午卯酉位上為初傳。或俱是寅申巳亥所乘,或俱是子午卯酉所乘,陽日干則取干兩課,屬日中先見之時為初傳。陰日干則取支兩課屬日中先見之時為初傳。
もし四課の中に「下克上」が二課または三課あって一時に定まらなければ、この幾課の中から日干と陰陽属性の同じ将を択んで初伝とする――「相比」とはともに陽であるかともに陰であるかである。もし「上克下」が二三課あれば、同じく陰陽の相比によって択ぶ。仮に「下克上」または「上克下」が二課・三課乃至四課にまで多く、しかもこれらの将と日干の陰陽がすべて相比し、またはすべて相比せず、取捨のしようがなければ、改めてそれらが地盤のどの位次に坐するかを見る:まず寅・申・巳・亥(四孟)位に乗るものを取って初伝とし、もし一つも四孟位に乗るものがなければ、一歩退いて子・午・卯・酉(四仲)位に乗るものを取って初伝とする。もしこの幾課がすべて四孟位に乗り、またはすべて四仲位に乗って、なお高下を分かち得なければ、さらに日干の陰陽を見る:陽日干なら日干の二課(第一・第二課)の中で当日十二時のうち先に現れた一位を取って初伝とし、陰日干なら日支の二課(第三・第四課)の中で当日先に現れた一位を取って初伝とする。
四課中若上下俱無克,則取二三四課克干為初傳。如二三四課不克干,則取干克二三四課為初傳。或二將克干,干克二將,亦擇將與干陰陽相比為初傳。四課中上下俱無克,二三四課不克干,干不克二三四課,陽日干取酉上之將為初傳,中傳則取支上將,末傳則取干上將。陰日干取酉下之將為初傳,中傳則取干上將,末傳則取支上將。
仮に四課の上下の間に根本的に相克がなければ、眼光を遠く放つ:改めて第二・第三・第四課の中で日干を克し得るその将を取って初伝とする――克は遠くから来る、故に「遥克」と称す。もしこの三課がいずれも日干を克しなければ、反対に日干の克するその将を取って初伝とする。もし同時に二つの将が日干を克し、または日干が同時に二つの将を克すれば、依然として日干と陰陽相比の原則に按じて一を択んで初伝とする。さらに一歩退いて:四課の上下に克なく、二三四課が日干を克せず、日干もまたそれらを克せなければ、「昴星法」を用いる――陽日干は地盤の酉位の上に乗る天盤の将を取って初伝とし、中伝は日支上の将を取り、末伝は日干上の将を取る。陰日干はこれに反し、天盤の酉字の圧し伏せるその地盤位上の将を取って初伝とし、中伝は日干上の将を取り、末伝は日支上の将を取る。
四課中若支加干,或干加支,上下俱無克,二三四課不克干,干不克二三四課,戊辰、戊午日取丑上之將為初傳,丙辰日取戌上之將為初傳,辛丑日取巳為初傳,辛未日取亥為初傳,辛酉日取丑為初傳,中末兩傳俱取干上之將。四課中干支相同,若上下俱無克,不取二三四課克干,不取干克二三四課。甲寅、庚申日取第一課,順數第三將為初傳;丁未、己未、癸丑日第四課逆數第三將為初傳,中末兩俱取干上之將。
以上の諸法の外に、さらに別に成例を立てなければならない二種の情形がある。その一、日支が日干宮上に加わり、または日干が日支宮上に加わる(干支互加)とき、同時に四課の上下に克なく、二三四課が日干を克せず、日干もまたそれらを克しない。このとき日子に按じて分かち取り定める:戊辰日・戊午日は地盤の丑位上の将を取って初伝とし、丙辰日は戌位上の将を取って初伝とし、辛丑日は巳を取って初伝とし、辛未日は亥を取って初伝とし、辛酉日は丑を取って初伝とする。中伝・末伝は一律に皆日干上の将を取る。その二、日干の寄る宮と日支がちょうど同位である(すなわち前文のいう「支与干所同」)とき、また上下に克なく、二三四課の克干を取らず、干の二三四課を克することも取らない。このとき:甲寅日・庚申日は第一課から順に数えて第三の将を取って初伝とし、丁未日・己未日・癸丑日は第四課から逆に数えて第三の将を取って初伝とする。中伝・末伝も同じく皆日干上の将を取る。
四課中諸將各臨本位,勿論上下有克無克,六甲日三傳寅巳申,六丙日六戊日巳申寅,六庚日申寅巳,壬申日亥申寅,壬午日亥午子,壬辰日亥辰戌,壬寅日亥寅巳,壬子日亥子卯,壬戌日亥戌未,六癸日丑戌未,丁卯、己卯、辛卯日卯子午,丁巳、己巳、辛巳日巳申寅,丁酉、己酉日酉未丑,丁亥、己亥日亥未丑,丁未、己未、辛未日未丑戌,丁丑、己丑、辛丑日丑戌未,辛亥日亥戌未,辛酉日酉戌未,乙丑日辰丑戌,乙亥日辰亥巳,乙酉日辰酉卯,乙未日辰未丑,乙巳日辰巳申,乙卯日辰卯子。
もし四課の中の各将がすべて自分の本位に圧している(天盤と地盤が同字、すなわち「伏吟」課)ならば、上下に克あるなしを論ぜず、一律に下列の既成三伝に按じて取用する。六甲日は三伝が寅・巳・申、六丙日と六戊日は巳・申・寅、六庚日は申・寅・巳。壬申日は亥・申・寅、壬午日は亥・午・子、壬辰日は亥・辰・戌、壬寅日は亥・寅・巳、壬子日は亥・子・卯、壬戌日は亥・戌・未、六癸日は丑・戌・未。丁卯・己卯・辛卯日は卯・子・午、丁巳・己巳・辛巳日は巳・申・寅、丁酉・己酉日は酉・未・丑、丁亥・己亥日は亥・未・丑、丁未・己未・辛未日は未・丑・戌、丁丑・己丑・辛丑日は丑・戌・未、辛亥日は亥・戌・未、辛酉日は酉・戌・未。乙丑日は辰・丑・戌、乙亥日は辰・亥・巳、乙酉日は辰・酉・卯、乙未日は辰・未・丑、乙巳日は辰・巳・申、乙卯日は辰・卯・子。伏吟の課は天地同位で、克を起こす由がない。故に諸伝は多く自刑・相刑から逓推して来るので、別に成表を立てて照査するほかない。
四課中諸將各臨沖位,若上下俱無克,二三四課不克干,干不克二三四課,辛未日三傳巳丑辰,辛丑日亥未辰,丁丑、己丑日亥未丑,丁未、己未日巳丑丑。凡占人占事以初傳應初,中傳應中,末傳應末。
もし四課の中の各将がすべて本位と相冲の位置に落ちている(天盤が地盤の対宮に圧している、すなわち「返吟」課)とき、しかも上下に克なく、二三四課が日干を克せず、日干もまたそれらを克せなければ、下列の既成三伝に按じて取用する:辛未日の三伝は巳・丑・辰、辛丑日は亥・未・辰、丁丑日・己丑日は亥・未・丑、丁未日・己未日は巳・丑・丑。三伝を上述の各法に按じて取り定めた後、およそ人を占い事を占するに、一律に初伝をもって事情の起頭に応じ、中伝をもって事情の中段に応じ、末伝をもって事情の収局に応ずる。
演法・本命
本命 當事者屬相謂之本命,本命即如本人之身。本命位上所乘之神將如日干所乘之神將論焉。
「本命」とは当事者の出生年の属する生肖の地支を指し、たとえば子年に生まれた人の本命は子に属する。本命のこの一位は当事者本人の身体に等同し、占断のときはこれをその人の化身と見做す。本命のある地盤位の上に、天盤がどの将を落とし、その上にまたどの神が乗るかを、日干上に乗る神将と同一の方法で論断する:日干は「我」の処境を見、本命は「我」という人自身の処境を見る。両者が互いに参照して初めて断が周全となる。
演法・貴神
貴神 貴人、螣蛇、朱雀、六合、勾陳、青龍、天空、白虎、太常、玄武、太陰、天后為十二神。至演法則有陰陽配合、順逆之道。故六甲、六戊、六庚日丑為陽貴,未為陰貴;六乙六己日子為陽貴,申為陰貴;六丙六丁日亥為陽貴,酉為陰貴;六壬六癸日巳為陽貴,卯為陰貴;六辛日午為陽貴,寅為陰貴。陰陽之道如此。
「貴神」はすなわち十二天将で、共に十二位:貴人・螣蛇・朱雀・六合・勾陳・青竜・天空・白虎・太常・玄武・太陰・天后。この十二位を盤に安ずるに、「陰陽」「配合」「順逆」の三層の規矩がある。まず陰陽のこの層を言う:天乙貴人は昼夜二つの落点に分かれ、白昼に用いるものを「陽貴」、夜間に用いるものを「陰貴」と称し、日干に随って定まる――六甲日・六戊日・六庚日は丑を陽貴とし未を陰貴とし、六乙日・六己日は子を陽貴とし申を陰貴とし、六丙日・六丁日は亥を陽貴とし酉を陰貴とし、六壬日・六癸日は巳を陽貴とし卯を陰貴とし、六辛日は午を陽貴とし寅を陰貴とする。貴人の陰陽を分かつ規矩はこのようである。
若運定卯辰巳午未申六時者,即以貴人乘其陽貴。運定酉戌亥子丑寅六時者,即以貴人乘其陽貴。配合之道如此。若貴在亥子丑寅卯辰六位,餘神依此左傳加臨。若貴在戌酉申未午巳六位者,餘神依此右傳加臨。順逆之道如此。夫然後三傳、四課、占時一一加乘,凡占人占事,以神乘將,將乘神,相參論斷。
次に配合のこの層を言う:もし前に定めた占時が卯・辰・巳・午・未・申のこの六つの白昼の時辰に落ちれば、貴人をその日の「陽貴」位に安じ、もし占時が酉・戌・亥・子・丑・寅のこの六つの夜間の時辰に落ちれば、貴人をその日の「陰貴」位に安ずる(底本は両句とも「陽貴」と作るが、後の句は「陰貴」とすべく刻誤なり。今は原字を照録す)。これが昼夜配合の規矩である。次に順逆のこの層を言う:貴人がもし亥・子・丑・寅・卯・辰のこの六位に落ちれば、残りの十一神は貴人より起こって依次に左へ順行排布し、貴人がもし戌・酉・申・未・午・巳のこの六位に落ちれば、残りの十一神は依次に右へ逆行排布する。これが順逆の規矩である。三層の規矩が皆安妥して後、さらに三伝・四課・占時を逐一に乗る所の神将と対応させる。およそ人を占い事を占するに、神がどの将の上に圧し、将がまたどの神を載せるかを見て、両相参看し、合併して論断する。
六壬経緯巻之二 定式
卷二定式取四課三傳略去。
本書にはもともと巻之二《定式》一巻があり、その内容は七百二十種の課局の四課・三伝を局ごとに既成の式様に排して人の査対に供するものであった。今伝わる底本ではこの巻が刻入されておらず、ただこの一行の標注を残して、巻二定式の載する四課三伝が略去されたことを説明しているにすぎない。したがって本書の自序に称する六巻の体例は、実際に読み得るのは五巻のみである。
六壬経緯巻之三 格局
目錄:乾坤、知一、涉害、遙取、昴星、別擇、斷金、伏吟、返吟、歸定、俯就、脫我、歷虛、欺我、取辱、招夫、贅婿、壯基、培本、歸合、求合、連茹、間斷、懸胎、關隔、稼穡、金局、木局、水局、火局、印綬、傷官、官訟、妻財、劫財、遐齡、潔己、凶服、衣祿、崇位、荒淫、從患、昧死、禁繫、決絕、孕兒、異產、刑傷、搖動、破損、仇害、和合、前程、天恩、天禍、及時、失時、既往、將來、時泰、時否、孤寡、螟蛉、鰥居、孀居、失群、干貴、恐懼、文書、交合、爭訟、喜慶、朝天、災喪、宴會、逃脫、闇昧、干婦、斫輪、鑄印、軒蓋、斬關、六陰、六陽、迴環、一體、斬首、斷橋、刖足、始終。正文
本巻の立てる格局の名目は、性質によって九組に分かち得る。第一組九款――乾坤・知一・渉害・遥取・昴星・別択・断金・伏吟・返吟――は、初伝を取る異なる方法によって分け出した課体で、「定課九門」と称し得る。第二組十二款――帰定(正文の標目は「帰福」と作る)・俯就・脱我・歴虚・欺我・取辱・招夫・贅婿・壮基・培本・帰合・求合――は、日干と日支が互相加臨した後の生・克・比・合を講ずる。第三組九款――連茹・間断・懸胎・関隔・稼穡・金局・木局・水局・火局――は、三伝の三字が串を成し局を成す形を講ずる。第四組五款――印綬・傷官・官訟・妻財・劫財――は五種の「用神」(六親)である。第五組十二款――遐齢・潔己・凶服・衣禄・崇位・荒淫・従患(正文は「久患」と作る)・昧死(正文は「暗死」と作る)・禁繋・決絶・孕児・異産――は十二長生が各々一位の天将に配されたもの。第六組五款――刑傷・揺動・破損・仇害・和合――は刑・冲・破・害・合を講ずる。第七組九款――前程・天恩・天禍・及時・失時・既往・将来・時泰・時否――は駅馬・太歳・月建と四時旺衰を講ずる。第八組五款――孤寡(正文は「孤哀」と作る)・螟蛉・鰥居・孀居・失群――は五種の用神が旬空に落ちることを講ずる。第九組十二款――干貴・恐懼・文書・交合・争訟・喜慶(正文の標目は「重慶」と作る)・朝天・災喪・宴会・逃脱・暗昧・干婦――は十二天将が各々十二宮に臨む断辞である。その余の斫輪・鋳印・軒蓋・斬関・六陰・六陽・回環・一体・斬首・断橋・刖足・始終の十二款は雑格に属す。以下本巻の正文である。(この目は実は九十名を列すのみで、自序に称する「九十一款」より一少ない。おそらく刊刻に脱漏があったのであろう。)
格局・定課九門
乾坤 取一上克下,一下克上為初傳,曰乾坤。凡占人占事,上克下以尊動卑論;下克上以卑動尊論。視所乘何神、所屬何煞、所臨何煞定其吉凶。 知一 二三上克下、二三下克上,取將與干陰陽相比者為初傳,曰知一。凡占人占事,以兩端擇一論,視所乘何神、所屬何煞、所臨何煞定其吉凶。
「乾坤」:四課の中にただ一課が上克下であるか、またはただ一課が下克上であれば、この一課の将を取って初伝とする。この種の課体を乾坤という――乾は尊、坤は卑で、上下の相臨の義を取る。およそ人を占い事を占するに、もし上克下に属すれば「尊者が発動して卑者を管束する」と論じ、すなわち上司・長輩・官府の側が先に動く。もし下克上に属すれば「卑者が発動して尊者を冒犯する」と論じ、すなわち下属・晩輩・外人の側が先に動く。吉凶軽重に至っては、さらにこの初伝の上に乗るのがどの天将か、それ自身がどの神煞に属するか、またどの神煞の位に落ちるかを見て、三項を合看して初めて判定できる。 「知一」:四課の中で上克下が二課または三課を占め、または下克上が二課または三課を占めるとき、その中から日干と陰陽属性の同じ将を取って初伝とする。この種の課体を知一という――衆多の中にただその一を取るを知る。およそ人を占い事を占するに、「両頭の中にただ一頭を択定し得」と論じ、すなわち事に二条の路があり、必ず一を択んで従わねばならない。吉凶も同じく乗る天将・属する神煞・臨む神煞の三項を合看する。
涉害 二三四上克下、二三四下克上,將與干陰旨俱比俱不比,先取寅申巳亥位上為初傳。無寅申巳亥所乘,次取子午卯酉位上為初傳。俱是寅申巳亥所乘、俱是子卯午酉所乘,陽日干取干兩課屬日中先見之時為初傳;陰日干取支兩課屬日中先見之時為初傳,曰涉害。凡占人占事,以見機論,視所乘何神、所屬何煞、所臨何煞定其吉凶。
「渉害」:四課の中で上克下が二課・三課乃至四課にまで多く、または下克上が二課・三課乃至四課にまで多く、しかもこれらの将と日干の陰陽属性がすべて同じであるかすべて異なり、取捨する由がない(底本「陰旨」は「陰陽」とすべく刻誤なり)。このときまずそれらが地盤のどの位次に坐するかを見る:優先して寅・申・巳・亥の四孟位に乗るものを取って初伝とし、もし一つも四孟位に乗らなければ、次に子・午・卯・酉の四仲位に乗るものを取って初伝とする。もし幾課がすべて四孟位に乗り、またはすべて四仲位に乗って、なお高下を分かち得なければ、陽日干は日干の二課の中で当日十二時のうち先に現れた一位を取って初伝とし、陰日干は日支の二課の中で当日先に現れた一位を取って初伝とする。この種の課体を渉害という――衆克が交渉し、その害を受けること最も深き者を取る。およそ人を占い事を占するに、「事に臨んで機を見て行う」と論ずる:局面が糾纏し、利害の間にあって自ら権衡取捨しなければならない。吉凶はなお乗る天将・属する神煞・臨む神煞の三項を見る。
遙取 四課上下剋剋,取二三四課克干、干克二三四課為初傳,曰遙取。凡占人占事將克干以官與夫遙遠論,干克將以財與妻遙遠論。二將克干、干克二將亦以兩而擇一論。視所乘何神、所屬何煞、所臨何煞定其吉凶。 昴星 四課上下無克,二三四課不克干,干不克二三四課。陽日干取酉上將,陰日干取酉下將為初傳,曰昴星。凡占人占事,以鋒刃、驚險論。視所乘何神、所屬何煞、所臨何煞定其吉凶。
「遥取」:四課の上下の間に取るべき克がない(底本「上下克克」は「上下無克」とすべし)とき、第二・第三・第四課の中で日干を克する将、または日干の克する将を取って初伝とする。この種の課体を遥取という――克は遠くから遥遥として来る。およそ人を占い事を占するに、もし将来が日干を克すれば「官職と丈夫が他方に遠くある」と論じ、功名・夫婿の事が遠処に渉るを主る。もし日干が将を克しにゆけば「銭財と妻室が他方に遠くある」と論じ、財を求め妻を娶る事が遠方にあるを主る。もし同時に二つの将が日干を克し、または日干が同時に二つの将を克すれば、また両頭一択に按じて論ずる。吉凶は乗る天将・属する神煞・臨む神煞の三項を見る。 「昴星」:四課の上下に克なく、第二・第三・第四課が日干を克せず、日干もまたそれらを克しない。このとき陽日干は地盤の酉位の上に乗る天盤の将を取って初伝とし、陰日干は天盤の酉字の圧し伏せる地盤位上の将を取って初伝とする。この種の課体を昴星という――酉は金に属し、西方白虎昴宿の位である。およそ人を占い事を占するに、「刀刃が身に加わり、驚険が突生ず」と論じ、事の来ること急にして凶険を帯びるを主る。吉凶はなお乗る天将・属する神煞・臨む神煞の三項を見る。
別擇 支加干、干加支,上下無克,二三四課不克干,干不克二三四課。戊辰、戊午日取丑上將為初傳,丙辰日取戌上將為初傳,辛丑日取巳為初傳,辛未日取亥為初傳,辛酉日取丑為初傳,曰別擇。凡占人占事以另謀別取論,視所乘何神、所屬何煞、所臨何煞定其吉凶。 斷金 甲寅、庚申、丁未、己未、癸丑日,支干相同,曰斷金。凡占人占事以爾我同心論。視所乘何神、所屬何煞、所臨何煞定其吉凶。
「別択」:日支が日干宮上に加わり、または日干が日支宮上に加わり、同時に四課の上下に克なく、第二・三・四課が日干を克せず、日干もまたそれらを克しない。この種の局面は取るべき克がなく、ただ日子に按じて別に定める:戊辰日・戊午日は地盤の丑位上の将を取って初伝とし、丙辰日は戌位上の将を取って初伝とし、辛丑日は巳を取って初伝とし、辛未日は亥を取って初伝とし、辛酉日は丑を取って初伝とする。この種の課体を別択という――正路が通ぜず、別に一路を択ぶ。およそ人を占い事を占するに、「原議成らず、別に打算を作し別に門路を尋ねねばならぬ」と論ずる。吉凶は乗る天将・属する神煞・臨む神煞の三項を見る。 「断金」:甲寅・庚申・丁未・己未・癸丑のこの五日は、日干の寄る宮と日支がちょうど同位となる(甲は寅に寄り支は寅、庚は申に寄り支は申、丁・己は未に寄り支は未、癸は丑に寄り支は丑)。干支合して一となる、この種の課体を断金という――語は《周易・繫辞》「二人同心、その利金を断つ」に出づ。およそ人を占い事を占するに、「你我同心一体」と論じ、彼此の意向が一致し合夥成るべきを主る。吉凶はなお乗る天将・属する神煞・臨む神煞の三項を見る。
伏吟 課傳諸將各臨本位,曰伏吟。凡占人占事皆以俯伏勿動論。視所乘何神、所屬何煞、所臨何煞定其吉凶。 返吟 傳課諸將各臨沖位,曰返吟。凡占人占事皆以擊動返復論。視所乘何神、所屬何煞、所臨何煞定其吉凶。
「伏吟」:四課と三伝の中の各将がすべて自分の本位に圧し、天盤と地盤が同字で、一歩も移らない。この種の課体を伏吟という――伏して動かず、人の身を俯して呻吟するがごとし。およそ人を占い事を占するに、一概に「安伏静守、妄動すべからず」と論ずる:事は停滞して進まず、謀望は遅滞し、守れば咎なく、動けば損を招く。吉凶はさらに乗る天将・属する神煞・臨む神煞の三項を見る。 「返吟」:四課と三伝の中の各将がすべて本位と相冲の位置に落ち、天盤が一律に地盤の対宮に圧し、整盤が対調する。この種の課体を返吟という――冲激し往返し、去りて復た来る。およそ人を占い事を占するに、一概に「震動冲撃、反復不定」と論ずる:事は来回に折腾し、去る者は復た返り、定まる者は復た動く。動に宜しく静に宜しからず、静はかえって制を受く。吉凶も同じく乗る天将・属する神煞・臨む神煞の三項を見る。
格局・干支加臨十二格
歸福 支加干生干,曰歸福。凡占人占事以就我助我論。視所乘何神、所屬何煞、所臨何煞定其吉凶。 俯就 干加支受生,曰俯就,凡占人占事以彼助我論。視所乘何神、所屬何煞、所臨何煞定其吉凶。 脫我 支加干受生曰脫我,凡占人占事以就我脫我論。視所乘何神、所屬何煞、所臨何煞定其吉凶。 歷虛 干加支生支曰歷虛,凡中人占事以就彼脫我論。視所乘何神、所屬何煞、所臨何煞定其吉凶。
以下の十二格はいずれも日干と日支が互相加臨した後の五行関係を見る。日干は「我」を代表し、日支は「相手・事情」を代表する。「支加干」は相手が我のほうへ歩み来ること、「干加支」は我が相手のほうへ歩み往くことである。 「帰福」:日支が日干宮上に加わり、しかも来て日干を生ずるを帰福という。およそ人を占い事を占するに、「相手が自ら門に来り、しかも我を助く」と論じ、外来の福が自ら門に送り届くるである。 「俯就」:日干が日支宮上に加わり、反って日支に生ぜられるを俯就という。およそ人を占い事を占するに、「我が身を屈して相手に就き、しかして相手が我を助くるを肯んず」と論じ、先に頭を低くせねばならぬが、終に実恵を得る。 「脱我」:日支が日干宮上に加わるも、我に生ぜられる(我がそれを生ず)を脱我という。およそ人を占い事を占するに、「相手が靠り寄って来るが、実は我を耗しに来る」と論ずる:来る者は殷勤なれど、実は利を取るためで、我の財気は外に洩る。 「歴虚」:日干が日支宮上に加わり、反って日支を生じにゆくを歴虚という。およそ人を占い事を占するに、「我が貼り往きて反って相手に耗損せらる」と論ずる:白く一趨して、徒然に力を費やし財を破る(底本「凡中人占事」は「凡占人占事」とすべし)。以上四格の吉凶は、いずれもなお乗る天将・属する神煞・臨む神煞の三項を合断せねばならない。
欺我 支加干克干曰欺我,凡占人占事以就我欺我論。視所乘何神、所屬何煞、所臨何煞定其吉凶。 取辱 干加支受克曰取辱。凡占人占事以就彼欺我論。視所乘何神、所屬何煞、所臨何煞定其吉凶。 招夫 支加干受克曰招夫,凡占人占事以妻財就我論。視所乘何神、所屬何煞、所臨何煞定其吉凶。 贅婿 干加支克支曰贅婿,凡占人占事以我就妻財論。視所乘何神、所屬何煞、所臨何煞定其吉凶。
「欺我」:日支が日干宮上に加わり、しかも来て日干を克するを欺我という。およそ人を占い事を占するに、「相手が門を尋ねて来て我を欺圧す」と論ずる:来る者善ならず、登門して事を生じ、我は被動に打たるるの地位に処す。 「取辱」:日干が日支宮上に加わり、反って日支に克せられるを取辱という。およそ人を占い事を占するに、「我が自ら貼り往きて、反って相手に欺侮せらる」と論ずる:能動的に人を求めて辱を受くるは、自らその咎を取るなり。 「招夫」:日支が日干宮上に加わり、しかも我に克せられる(我がそれを克す)を招夫という。六親の取用の中で、我の克する者を「妻財」という。故にこの名あり。およそ人を占い事を占するに、「妻室と財物が自ら門に送り来る」と論ずる:財を求めて財を得、婚を議して成あり、皆相手が我に就くなり。 「贅婿」:日干が日支宮上に加わり、往きて日支を克するを贅婿という――男子の女家に入贅するがごときは、自ら歩み往かねばならぬ。およそ人を占い事を占するに、「我が門に上りて妻財に就く」と論ずる:財と婚は皆得られども、自ら面を出して奔走せねばならず、坐して待つべからず。以上四格の吉凶も、同じく乗る天将・属する神煞・臨む神煞の三項を合看せねばならない。
壯基 支加干比干曰壯基,凡占人占事以就我培我論。視所乘何神、所屬何煞、所臨何煞定其吉凶。 培本 干加支比支曰培本,凡占人占事以就彼培彼論。視所乘何神、所屬何煞、所臨何煞定其吉凶。 歸合 支加干合干曰歸合,凡占人占事以就我和好論。視所乘何神、所屬何煞、所臨何煞定其吉凶。 求合 干加支合支曰求合,凡占人占事以就彼和好論。視所乘何神、所屬何煞、所臨何煞定其吉凶。
「壮基」:日支が日干宮上に加わり、日干と五行が同じ(「比」は同類相併の意)を壮基という。およそ人を占い事を占するに、「相手が前來して我と併力し、我の根基を培厚す」と論ずる:同輩・同行の助けを得て、声勢転じて盛んなり。 「培本」:日干が日支宮上に加わり、日支と五行が同じを培本という。およそ人を占い事を占するに、「我が歩み往きて相手のために本を培い基を固む」と論ずる:力を出すは我、益を得るは相手、他人の事を扶持するに宜し。 「帰合」:日支が日干宮上に加わり、しかも日干と相合す(地支六合)を帰合という。およそ人を占い事を占するに、「相手が頭を回らして来て我と和を講じ親好す」と論ずる:交渉成るべく、旧怨解くべく、婚媾は殊に吉なり。 「求合」:日干が日支宮上に加わり、日支と相合すを求合という。およそ人を占い事を占するに、「我が門に上りて相手に和を求む」と論ずる:和好は成就し得れども、先に我が頭を低くして求めねばならぬ。以上四格の吉凶も、皆なお乗る天将・属する神煞・臨む神煞の三項を合看せねばならない。
格局・連茹
連茹 三傳亥子丑、子丑寅、丑寅卯、卯辰巳、辰巳午、午未申、申酉戌、戌亥子,曰進茹。亥戌酉、戌酉申、酉申未、申未午、未午巳、午巳辰、巳辰卯、辰卯寅、卯寅丑、寅丑子、丑子亥曰退茹。凡占人占事進茹以牽連引進論,退茹以牽連引退論。視所乘何神、所屬何煞、所臨何煞定其吉凶。若進茹末空,返以退論,退茹末空,返以進論。二者初空以不進不退論。
「連茹」は三伝の三つの地支が首尾相接し、順序不断の課体である。名は《周易・泰卦》初九「茅を拔き茹をもって其の汇に于す」に取り、茅草を拔き起こして根鬚が連帯して出るがごとし。三伝が十二支に按じて順行相連なるを「進茹」という:亥子丑・子丑寅・丑寅卯・卯辰巳・辰巳午・午未申・申酉戌・戌亥子のごとし(底本はここに八組を列するのみで、寅卯辰・巳午未・未申酉・酉戌亥の四組が脱漏す。下文の進茹断辞に拠りて十二組を補足すべし)。三伝が十二支に按じて逆行相連なるを「退茹」という:亥戌酉・戌酉申・酉申未・申未午・未午巳・午巳辰・巳辰卯・辰卯寅・卯寅丑・寅丑子・丑子亥のごとし(底本は「子亥戌」一組を脱す)。およそ人を占い事を占するに、進茹は「一件が一件を牽いて前に推進す」と論じ、事は連綿として進む。退茹は「一件が一件を牽いて後ろに倒退す」と論じ、事は連綿として退く。吉凶は三将の各々何の天将に乗り、何の神煞に属し、何の神煞に臨むかを見ねばならない。別に反断の例あり:進茹にして末伝が旬空に落ちれば、前進に着なく、反って退と作して論ずべし。退茹にして末伝が旬空に落ちれば、退くに退くべからず、反って進と作して論ずべし。両者もし初伝が落空すれば、「不進不退」に按じて論じ、事は原地にて停頓す。
進茹:亥子丑曰龍潛,陽光在下,空懷寶以迷邦;子丑寅曰含春,和氣積中,勿炫玉以求售;丑寅卯曰將泰,有虛名而未蒙實惠;寅卯辰曰正和,展經略而果沐恩光;卯辰巳曰離漸,利用賓于王家;辰巳午曰升階,親觀光於上國;巳午未曰鋟陽,名實相須;午未申曰勵明,威權獨盛;未申酉曰回春,若午夜殘燈;申酉戌曰流金似霜橋走馬;酉戌亥曰革故從新,小人進而君子退;戌亥子曰隱明就暗,私事吉而公事凶。
進茹十二局の断辞は以下のとおり。亥子丑は名を「竜潜」という:陽気はなお下に潜伏し、人が美玉を懐抱して邦国の迷乱を聴任するがごとし(語は《論語・陽貨》「其の宝を懐きて其の邦を迷わす」に本づく)。空しく才具ありて施展する所なし。子丑寅は名を「含春」という:和暖の気が内に蓄積して未だ発せず。人に戒めて急いで美玉を炫耀して售を求むることなく、韜蔵して時を待つに宜し。丑寅卯は名を「将泰」という:泰運は将に至らんとして未だ至らず、眼下はただ一個の虚名を得るのみで、実恵はなお手に到らず。寅卯辰は名を「正和」という:春気まさに調和に当たり、抱負を施展し経略すれば、果して恩沢光寵を蒙る。卯辰巳は名を「離漸」という:語は《周易・観卦》「国の光を観、王に賓たるに利用す」に出づ。出仕に宜しく、王家の賓客たるべし。辰巳午は名を「升階」という:級に拾て上り、身自ら京師に到りて国の光華を観覧す。朝廷に進身するを主る。巳午未は名を「锓陽」という:陽気至りて盛んにして、名と実とが互いに依托し、両者相称す。午未申は名を「励明」という:光明奮発して、威権独り時に盛んなり。未申酉は名を「回春」という:秋気已に至りて回春と言うは、譬えば午夜将尽の残灯のごときで、光焰限りあり、徒らに虚名を具す。申酉戌は名を「流金」という:金気流行して、霜結ぶ橋面上に馬を縦て疾駆するがごときは、滑険異常にして、躁進を切に忌む。酉戌亥は名を「革故従新」という:旧を除き新を布くの際、小人は進用を得て君子は身を引いて退く。戌亥子は名を「隠明就暗」という:光明を収斂して晦暗に入る。私の事は吉、公の事は凶なり。
退茹:亥戌酉曰回陰,心懷闇昧之私;戌酉申曰返駕,主行肅殺之道;酉申未曰出獄,離丑離群,疏者親而親者疏;申未午曰臨陰,行險僥倖,安者危而危者字;未午巳曰漸晞,脫凡俗而漸入高明;午巳辰曰登庸,舍井蛙而旋登月闕;巳辰卯曰正己,人物咸亨;辰卯寅曰返照,行藏攸利;卯寅丑曰聯芳,須知否極泰來;寅丑子曰游魂,坐看事成立敗;丑子亥曰入墓,有收藏之態,仕進無心;子亥戌曰重陰,安嘉遁之貞,寧肯沒齒。三將或空一二,勿以此名實論。
退茹十二局の断辞は以下のとおり。亥戌酉は名を「回陰」という:陰気回転して、心裏に人に見せられぬ私意を懐く。戌酉申は名を「返駕」という:車頭を掉轉して回る。行う所は粛殺刑罰の一路なり。酉申未は名を「出獄」という:囚繋を脱出し、醜悪を離れ旧群を離れ、これより疎遠の者は転じて親となり、親近の者は転じて疎となる。申未午は名を「臨陰」という:鋌而走険して僥倖を求む。安穏の者は転じて危険となり、危険の者は反って安穏を得る(底本「危者字」の「字」は「安」とすべし)。未午巳は名を「漸晞」という:露水の漸く乾き日頭の漸く出ずるがごとく、凡俗を摆脱して漸く高明の境に入る。午巳辰は名を「登庸」という:挙用せられ登進し、井底の蛙の見識を舎去して一挙に月中の宮闕に登る。巳辰卯は名を「正己」という:まず自身を端正すれば、是に於て人も物も皆通達順遂す。辰卯寅は名を「返照」という:夕陽返照して、出仕と退隠の両頭ともに利あり。卯寅丑は名を「聯芳」という:花開きて並蒂す。眼下は困なりとも、否極まれば自ら泰来することを知るべし。寅丑子は名を「遊魂」という:魂外に遊びて、ただ袖手傍観して事の成敗を見るのみ。丑子亥は名を「入墓」という:収斂蔵伏の象あり。仕進の一路に於ては已に心思なし。子亥戌は名を「重陰」という:陰の上に陰を加え、《周易・遯卦》のいう「嘉遯貞吉」の退隠の正に安んず。寧ろ終身このごとくならんことを。以上の進退茹の諸局は、もし三将の中に一二箇が旬空に落ちれば、再びこれらの名目に按じて坐実して断ずべからず。
格局・間断
間斷 三傳亥丑卯、子寅辰、丑卯巳、寅辰午、卯巳未、辰午申、巳未申、午申戌、未酉亥、申戌子、酉亥丑、戌子寅曰進間斷。亥酉未、戌申午、酉未巳、申午辰、未巳卯、午辰寅、巳卯丑、辰寅子、卯丑亥、寅子戌、丑亥酉、子戌申曰退間斷。凡占人占事進間以前時隔斷論,退間以退後隔斷論。視三將所乘何神、所屬何煞、所臨何煞定其吉凶。
「間断」は三伝の三つの地支が一位おきに相接する課体である――連茹のごとく緊挨せず、中間に一格を空く。故に「間」にして「断」という。順に数えて一位おきのを「進間断」といい、共に十二局:亥丑卯・子寅辰・丑卯巳・寅辰午・卯巳未・辰午申・巳未酉(底本は「巳未申」と作る。「酉」字の誤とすべし)・午申戌・未酉亥・申戌子・酉亥丑・戌子寅。逆に数えて一位おきのを「退間断」といい、これも十二局:亥酉未・戌申午・酉未巳・申午辰・未巳卯・午辰寅・巳卯丑・辰寅子・卯丑亥・寅子戌・丑亥酉・子戌申。およそ人を占い事を占するに、進間は「前に歩みて中途に隔断せらる」と論じ、事は進むといえど阻あり。退間は「後ろに退くも同じく隔断せらる」と論じ、事は退くといえど干浄を得ず。吉凶は三将の各々何の天将に乗り、何の神煞に属し、何の神煞に臨むかを見ねばならない。
進間,亥丑卯為溟濛而事多闇昧,子寅辰向三陽而漸望光明,丑卯巳為出戶春雷震蟄,寅辰午出三陽金鯉波中,卯巳未迎陽者鳴高岡之鸞鳳,辰午申登三天得雲雨之蛟龍,巳未酉曰變盈秋場登稼,午申戌出三天似鳴鶴之在天,未酉亥為人局主心勞而日拙,申戌子涉三淵當隱於山林,酉亥丑乃凝陰而憂不可解,戌子寅入三淵而枉不能伸。
進間断十二局の断辞は以下のとおり。亥丑卯は名を「溟蒙」という:天色昏蒙にして明ならず。遇う所の事は多く晦暗不清なり。子寅辰は名を「向三陽」という:一歩々陽気に転じ向い、漸く光明を望見すべし。丑卯巳は名を「出戸」という:春雷の一震のごとく、蟄虫土を破り門を出で、久しく伏する者始めて動く。寅辰午は名を「出三陽」という:金色の鯉魚が波心に躍出するがごときは、まさに頭出の時に当たる。卯巳未は名を「迎陽」という:鸞鳳の高岡に鳴くがごときは、声外に聞え、時を得位を得たり。辰午申は名を「登三天」という:蛟竜の雲雨を得るがごときは、扶揺して直に上る。巳未酉は名を「変盈」という:盛極まりて将に変ぜんとす。秋日に穀場にて庄稼を収登するがごときは、時に及んで収成に宜し。午申戌は名を「出三天」という:鶴の天に鳴くがごときは、声九皋に聞え、名位顕達す。未酉亥は名を「人局」という:人事の牢籠に落ち入る。心力交瘁して処境は日に日に如かずを主る。申戌子は名を「渉三淵」という:深淵を渉行す。この時山林に隠入して自ら保つに当たる。酉亥丑は名を「凝陰」という:陰気凝聚して散ぜず。憂愁化解する由なし。戌子寅は名を「入三淵」という:深く淵底に陥り、冤を含み屈を受けて伸雪する由なし。
退間,亥酉未為時遁無出潛之意。戌申午曰悖戾有追悔之心。酉未巳勵明者出入從其所便,申午辰凝陽者動止罔戾於心。未巳卯為回明利有悠往,午辰寅為顧祖喜氣和平。巳卯丑為轉悖當吉凶二者之間,辰寅子為涉凝入禍福雙關之道。卯丑亥名斷澗義利分明,寅子戌為冥陽善人是寶。丑亥酉為極陰如月隱西山,子戌申名偃蹇似馬馳棧道。 三將或空一二,勿以此名實論。
退間断十二局の断辞は以下のとおり。亥酉未は名を「時遯」という:まさに引退の時に当たり、頭出露面の意なし。戌申午は名を「悖戻」という:行事乖違して、事後に自ら追悔の心を生ず。酉未巳は名を「励明」という:光明奮励して、出処進退いずれも自らの方便に随うべし。申午辰は名を「凝陽」という:陽気凝聚して、動くもよし静もよし、いずれも本心に背かず。未巳卯は名を「回明」という:光明回転して、長遠に行き往くに宜し。午辰寅は名を「顧祖」という:根本を回顧して、家門喜気和平なり。巳卯丑は名を「転悖」という:順より転じて乖となり、まさに吉凶両可の間に処す。辰寅子は名を「渉凝」という:凝滞に渉入して、歩むは禍福双関の路口なり。卯丑亥は名を「断澗」という:澗水の中断するがごとく、界限分明にして、義と利とを辨じること清楚なり。寅子戌は名を「冥陽」という:幽冥の中に自ら陽気あり。この時善人と相処るを宝とす。丑亥酉は名を「極陰」という:陰尽頭に到りて、月亮の西山に隠没するがごとし。子戌申は名を「偃蹇」という:処境艱難困頓にして、譬えば馬を駆りて桟道の上を奔行するがごとし。以上の進退間断の諸局は、もし三将の中に一二箇が旬空に落ちれば、同じく再びこれらの名目に按じて坐実して断ずべからず。
