传习录 · 第6巻
○得書,見近來所學之驟進,喜慰不可言。諦視數過,其間雖亦有一二未瑩徹處,卻是致良知之功尚未純熟,到純熟時自無此矣:譬之驅車,既已由於康莊大道之中或時橫斜迂曲者,乃馬性末調,銜勒不齊之故,然已只在康莊大道中,決不賺入旁蹊曲徑矣一近時海內同志,到此地位者曾末多見,喜慰不可言,斯道之幸也!琖軀舊有咳嗽畏熱之病,近入炎方,輒復大作。主上聖明洞察,責付甚重,不敢遽辭:地力軍務冗沓,皆輿疾從事。今卻幸已平定,已具本乞回養病,得在林下稍就清涼,或可廖耳。人還,伏枕草草,不盡傾企外惟歷一簡幸達致之。
書を得て、近來學ぶ所の驟進を見る、喜慰言う可からず。諦かに數過を視れば、其間雖れ亦た一二未だ瑩徹ならざる處有りとも、却って是れ良知を致すの功尚お未だ純熟ならざる、純熟に到れば時自ら此無し。之を譬えんに車を驅るに、既に已に康莊大道の中に由れば、或いは時橫斜迂曲するは、乃ち是れ馬性未だ調わず銜勒齊わざるの緣故、然るに已に只在りて康莊大道の中、決して旁蹊曲徑に賺入らず。近時海內の同志、此の地位に到るは曾て未だ多く見ず、喜慰言う可からず、斯道の幸なり。賤軀舊に咳嗽熱を畏るるの病有り、近く炎方に入れば、輙ち復た大いに作す。主上聖明洞察して、責付甚だ重し、敢えて遽に辭せず。地方軍務冗沓して、皆輿疾して事に從う。今却って幸いに已に平定し、已に本を具えて回りて病を養わんことを乞う、林下に在りて稍々清凉に就くを得ば、或いは瘳ゆ可けんのみ。人還れば、枕に伏して草草として、傾企を尽くさず。外に惟浚に一簡を與う、幸いに之を達せしめんことを。
○來書所詢,草草奉復一二:近歲來山中講學者,往往多說「勿忘、勿助」工夫甚難。問之,則雲才著意便是助,才不著意便是忘,所以甚難。區區因問之雲「忘是忘個甚麼?助是助個甚麼?」其人默然無對,始請問。區區因與說,我此閒講學,卻只說個「必有事焉」,不說「勿忘、勿助」。「必有事焉」者只是時時去「集義」。若時時去用「必有事」的工夫,而或有時間斷,此便是忘了,即須二勿忘」:時時去用「必有事」的工夫,而或有時欲速求效,此便是助了,郥須「勿助」。其工夫全在「必有事焉」上用:「勿忘、勿助」,只就其間提撕警覺而已。若是工夫原不間斷,郥不須更說「勿忘」:原不欲速求效,即不須更說「勿助」。此其工夫何等明白簡易!何等儷脫自在!今卻不去「必有事」上用工,而乃懸空守著一個「勿忘、勿助」,此正如燒鍋煮飯,鍋內不曾漬水下米,而乃專去添柴放火,不知畢竟煮出個甚麼物來!吾恐火候未及調停,而鍋已先破裂矣。近日,種專在「勿忘、勿助」上用工者,其病正是如此:終日懸空去做個「勿忘」,又懸空去做個「勿助」,奔奔蕩蕩,全無實落下手虛,究一竟工夫,只做得個沉空守寂,學成一個痴騃漢,才遇些子事來,即便牽滯紛擾,不復能經綸宰制。此皆有志之士,而乃使之勞苫纏縛,擔擱一生,皆由學術誤人之故,甚可憫矣!
來書の詢る所に、草草一二を奉復す。近歲來山中に講學するは、往往多く『忘る勿かれ助くる勿かれ』の工夫甚だ難しと説く。之を問えば、則ち説く才に意に著けば便ち是れ助、才に意に著けざれば便ち是れ忘、故に甚だ難し。我因りて彼に問う『忘は是れ個の什麼を忘る、助は是れ個の什麼を助くる』。其の人默然として對無し、始めて請問す。我因りて彼と與に説く、我此の處に講學するは、却って只個の『必ず事有らん』を説き、『忘る勿かれ助くる勿かれ』を説かず。『必ず事有らん』のは、只是時時に去りて『義を集む』。若し時時に去りて『必ず事有らん』の工夫を用いて、而して或いは時間斷有れば、此れ便ち是れ忘矣、即ち須く『忘る勿かれ』。時時に去りて『必ず事有らん』の工夫を用いて、而して或いは時速に効を求めんと欲すれば、此れ便ち是れ助矣、即ち須く『助くる勿かれ』。其の工夫全く『必ず事有らん』の上に在りて用う。『忘る勿かれ助くる勿かれ』は只其間に就きて提撕警覺するのみ。若し是れ工夫原來間斷無ければ、即ち須く更に『忘る勿かれ』を説かず。原來速に効を求めんと欲せざれば、即ち須く更に『助くる勿かれ』を説かず。此れ其の工夫何等か明白簡易、何等か灑脫自在。今や却って去りて『必ず事有らん』の上に工を用いず、而して乃ち懸空に一箇の『忘る勿かれ助くる勿かれ』を守り著す、此れ正しく鍋を燒きて飯を煮るが如し、鍋內曾て水を漬け米を下さず、而して乃ち専ら去りて柴を添え火を放つ、知らず畢竟個の什麼物を煮出ださん。我恐るらくは火候未だ調停に及ばずして、而して鍋已に先に破裂せん。近日の那の専ら『忘る勿かれ助くる勿かれ』の上に於て工を用うるは、其の病正しく是れ此の如し。終日懸空に去りて個の『忘る勿かれ』を做し、又懸空に去りて個の『助くる勿かれ』を做し、奔奔蕩蕩として、全く實落の下手の處無し、究竟工夫只是個の沈空守寂を做得、個の癡騃漢を學成して、才に些子の事に遇い來れば、即便ち牽滯紛擾して、復た能く經綸宰制せず。此れら皆是れ志有るの士、而して乃ち之をして勞苦纏縛して、一生を擔擱せしむ、皆學術の人を誤るの緣故に由る、甚だ憫む可し。
○夫「必有事焉」只是「集義」,「集義」只是「致良知」。說「集義」則一時末見頭惱,說「致良知」即當下便有實地步可用功;故區區專說「致良知」。隨時就事上致其良知,便是「格物」:著實去致良知,便是「誠意」,著實致其良知,而無一毫意必固我,便是「正心」。著實致真知,則自無忘之病:無一毫意必固我,則自無助之病。故說「格、致、詼、正」,則不必更說個「忘、助」。孟子說「忘、助」,亦就告子得病處立力。告子強制其心,是助的病痛,故孟子專說助長之害。告子助長,亦是他以義為外,不知就自心上「集義」,在「必有事焉」上用功,是以如此。若時時刻刻就自心上「集義」,則良知之體洞然明白,自然是是非非纖毫莫遁,又焉「不得於言,勿求於心;不得於心,勿求於氣」之弊乎?孟子「集義」、「養氣」之說,固大有功於後學,然亦是因病立方,說得大段,不若《大學》「格、致、誠、正」之功,尤極精一簡易,為徹上徹下,萬世無弊者也。
『必ず事有らん』は只是『義を集む』、『義を集む』は只是『良知を致す』。『義を集む』と説けば則ち一時未だ頭腦を見ず、『良知を致す』と説けば即ち當下に便ち實地步有りて用功す可し。故に我専ら『良知を致す』を説く。隨時に事の上に就きて其の良知を致すは、便ち是れ『物を格す』。著實に去りて良知を致すは、便ち是れ『意を誠にす』。著實に其の良知を致して、而して一毫の意必固我無きは、便ち是れ『心を正しくす』。著實に良知を致せば、則ち自ら忘の病無し。一毫の意必固我無ければ、則ち自ら助の病無し。故に『格・致・誠・正』と説けば、則ち必ずしも更に個の『忘・助』を説くを須いず。孟子の『忘・助』を説くも、亦た是れ告子の病を得る處に就きて方を立つ。告子其の心を強制す、是れ助の病痛、故に孟子専ら助長の害を説く。告子の助長するも、亦た是れ彼義を以て外と為し、自ら心の上に就きて『義を集む』を知らず、『必ず事有らん』の上に於て用功せず、故に此の如し。若し時時刻刻自ら心の上に就きて『義を集むれば』、則ち良知の體洞然として明白、自然是是非非纖毫遁るる莫し、又焉んぞ『言に得ず、心に求むる勿かれ。心に得ず、氣に求むる勿かれ』の弊有らん。孟子の『義を集む』『氣を養う』の説は、固より大いに後學に功有り、然るに亦た是れ病に因りて方を立つ、説き得て大段なり、不若《大學》の『格・致・誠・正』の功の、尤も極めて精一簡易にして、徹上徹下・萬世弊無きを為すに。
○聖賢論學,多是隨時就事,雖言若人殊,而要其工夫頭腦,若合符節。緣天地之閒,原只有此性,只有此理,只有此良知,只有此一件事耳,故凡就古人論學虛說工夫,更不必攙和兼搭而說,自然無不朏合貫通者,才須攙和兼搭而說,即是自己工夫未明徹也。近時有謂「集義」之功,必須兼搭個「致良知」而後備者,則是「集義」之功尚未了徹也:「集養」之功尚未了徹,適足以為「致良知」之累而已矣。謂「致真知」之功,必須兼搭一個「勿忘、勿助」而後明者,則是「致良知」之功尚未了徹也;「致良知」之功尚未了徹也,適足以為「勿忘、勿助」之累而已矣。若此者,皆是就文義上解釋牽附,以求混融湊泊,而不曾就自己實工夫上體驗,是以論之愈精,而去之愈遠。文蔚之論,其於大本達道既已沛然無疑,至於「致知」「窮理」及「忘、助」等說,時亦有攙和兼搭處,卻是區區所謂康莊大道之中,或時橫斜迂曲者,到得工夫熟後,自將澤然矣。
聖賢の學を論ずるは、多く是れ隨時に事に就く、雖れ言若く人殊なりとも、而して其の工夫頭腦を要すれば、符節を合するが若し。緣るに天地の間は、原來只此の性有り、只此の理有り、只此の良知有り、只此の一件事有るのみ。故に凡そ古人の學を論ずる處に就きて工夫を説けば、更に必ずしも搀和兼搭して而して説くを須いず、自然吻合貫通せざる無し。才に搀和兼搭して而して説かんと須すれば、即ち是れ自己の工夫未だ明徹ならざるなり。近時『義を集む』の功必ず兼ねて個の『良知を致す』を搭し而る後備わると謂う有れば、則ち是れ『義を集む』の功尚お未だ了徹ならざるなり。『義を集む』の功尚お未だ了徹ならざれば、適に以て『良知を致す』の累と為るに足るのみ。『良知を致す』の功必ず兼ねて一箇の『忘る勿かれ助くる勿かれ』を搭し而る後明らかならんと謂えば、則ち是れ『良知を致す』の功尚お未だ了徹ならざるなり。『良知を致す』の功尚お未だ了徹ならざれば、適に以て『忘る勿かれ助くる勿かれ』の累と為るに足るのみ。此の若き者は、皆是れ文義の上に就きて解釋牽附して、以て混融湊泊を求め、而して曾て自ら實工夫の上に於て體驗せず、故に之を論ずること愈々精く、而して之を去ること愈々遠し。文蔚の論は、其れ大本達道に於いて既に已に沛然として疑無し、至りて『致知』『窮理』及び『忘・助』等の説は、時にも亦た搀和兼搭の處有り、却って是れ我が所謂康莊大道の中或いは時橫斜迂曲する、工夫熟するに到得れば、自ら將に灑然たらん。
○文蔚謂「致知」之說,求之事親、從兄之閒,挭覺有所持循者,此段最見近來真切篤實之功。但以此自為不妨,自有得力處,以此遂為定說教人,卻未免又有因藥發病之患,亦不可不一講也。蓋良知只是一個天理自然明覺發見處,只是一個真誠惻怛,便是他本體。故致此良知之真誠惻怛以事親便是孝,致此真知之真詼惻怛以從兄健是弟,致此真知之真詼惻怛以事君便是忠,只是一個真知,一個真詼惻怛。若是從兄的良知不能致其真誠惻怛,即是事親的真知不能致其真詼惻怛矣:事君的真知不能致其真詖惻怛,郥是從兄的真知不能致其真誠惻怛矣。故致得事君的真知,便是致卻從兄的真知,致得從兄的真知,便是致卻事親的良知。不是事君的真知不能致,卻須又從事親的良知上去擴充將來。如此,又是脫卻本原,著在支節上求了。真知只是一個,隨他發見流行處,當下具足,更無去來,不須假借。然其發見流行啑,卻自有輕重厚薄,毫髮不容增減者,所謂天然自有之中也。雖則輕重厚薄,毫髮不容增減,而原又只是一個:雖則只是一個,而其間輕重厚薄,又毫髮不容增減:若可得增減,若須假借,即已非其真誠惻坦之本體矣;此良知之妙用,所以無力體,無窮盡,語大天下莫能載,語小天下莫能破者也。
文蔚は『致知』の説を謂う、之を親に事え兄に從うの間に求めれば、便ち覺ゆ持循する所有りと、此の段最も近來の真切篤實の功を見る。但し此を以て自ら為すは妨げ無く、自ら得力の處有り。此を以て遂に定説と為して人に教えれば、却って未免又て藥に因りて病を發するの患有り、亦た一たび講ぜざる可からず。蓋し良知只是一箇の天理自然明覺發見の處、只是一箇の真誠惻怛、便ち是れ彼の本体。故に此の良知の真誠惻怛を致して以て親に事えば便ち是れ孝、此の良知の真誠惻怛を致して以て兄に從えば便ち是れ悌、此の良知の真誠惻怛を致して以て君に事えば便ち是れ忠、只是一箇の良知、一箇の真誠惻怛。若し是れ兄に從うの良知能く其の真誠惻怛を致さざれば、即ち是れ親に事えるの良知能く其の真誠惻怛を致さざるなり。君に事えるの良知能く其の真誠惻怛を致さざれば、即ち是れ兄に從うの良知能く其の真誠惻怛を致さざるなり。故に君に事えるの良知を致し得れば、便ち是れ兄に從うの良知を致却す。兄に從うの良知を致し得れば、便ち是れ親に事えるの良知を致却す。是れ君に事えるの良知能く致さざるに非ず、却って須く又親に事えるの良知の上に從りて去りて擴充將來せん。此の如くは、又是れ本原を脱却して、支節の上に著いて求め矣。良知只是一箇、彼の發見流行する處に隨い、當下に具足して、更に去來無く、假借を須いず。然るに其の發見流行する處は、却って自ら輕重厚薄有りて、毫髮增減を容れざる、所謂天然自有の中。雖れ則ち輕重厚薄毫髮增減を容れざるとも、而して原來又只是一箇。雖れ則ち只是一箇とも、而して其間の輕重厚薄又毫髮增減を容れず。若し增減し得、若し假借を須うれば、即ち已に其の真誠惻怛の本体に非ず。此の良知の妙用は、方體無く窮盡無き所以、大を語れば天下載する能くする莫く、小を語れば天下破る能くする莫し。
○孟氏「堯舜之道,孝弟而已」者,是就人之良知發見得最真切篤厚、不容蔽昧處提省人,於人於事君、處友、仁民、愛物、與凡動靜語默閒,皆只是致他那一念事親、從兄真誠惻怛的良知,即自然無不是道。蓋天下之事雖千變萬化,至於不可窮詰,而但惟致此事親,從兄一念真誠惻怛之良知以應之,則更無有遺缺滲漏者,正謂其只有此一個良知故也。事親、從兄一念良知之外,更無有良知可致得者。故曰:「堯舜之道,孝弟而已矣。」此所以為「惟精惟一」之學,放之四海而皆準,「施諧後世而無朝夕」者也。文蔚云:「欲於事親、從兄之閒,而求所謂良知之學。」就自己用功得力處如此說,亦無不可:若日致其良知之誠惻怛以求盡夫事親,從兄之道焉,亦無不可也。明道云:「行仁自孝、弟始。孝、弟是仁之一事,謂之行仁之本則可,謂是仁之本則不可。」其說是矣。
孟子の『尭舜の道は、孝弟のみ』のは、是れ人の良知の發見する最も真切篤厚・蔽昧を容れざる處に就きて人を提省す、君に事え友に處り民を仁し物を愛し、與に凡そ動靜語默の間は、都只是彼の那一念の親に事え兄に從う真誠惻怛の良知を致す、即ち自然道ならざる無し。蓋し天下の事雖れ千變萬化して、至りて窮詰す可からずとも、而して但し惟れ此の親に事え兄に從う一念の真誠惻怛の良知を致して以て之に應ずれば、則ち更に遺缺滲漏の有る無し、正しく其の只此の一箇の良知有るの緣故を謂う。親に事え兄に從う一念の良知の外は、更に致し得る可き良知有る無し。故に曰く『尭舜の道は、孝弟のみ矣』。此れ便ち是れ『惟精惟一』の學と為る所以、之を四海に放けば而して皆準たり、『諸を後世に施して而して朝夕無し』。文蔚曰く『親に事え兄に從うの間に於て、而して所謂良知の學を求めんと欲す』。自己の用功得力する處に就きて此の如く説くも、亦た可ならざる無し。若し其の良知の真誠惻怛を致して以て夫の親に事え兄に從うの道を尽くさんことを求むと説くも、亦た可ならざる無し。明道曰く『仁を行うは孝・弟より始まる。孝・弟是れ仁の一事、之を仁を行うの本と謂えば則ち可なり、是れ仁の本と謂えば則ち可ならず』。其の説是れ矣。
○「億、逆、先覺」之說,文蘭謂「誠則旁行曲防,皆良知之用」,甚善甚善!閒有攙搭處,則前已言之矣。惟浚之言,亦未為不是。在文蔚須有取於惟浚之言而後盡,在惟浚又須有取於文蔚之言而後明:不然,則亦未免各有倚著之病也。舜察邇言而詢芻堯,非是以邇言當察,芻堯當詢,而後如此,乃良知之發見流行,光明圓瑩,更無罣礙遮隔處,此所以謂之大知;才有執著意必,其知便小矣。講學中自有去取分辨,然就心地上著實用工夫,卻須如此方是。
『億・逆・先覺』の説は、文蔚は『誠なれば則ち旁行曲防して、皆良知の用』と謂う、甚だ善甚だ善。間に搀搭の處有れば、則ち前面已に説き過ぎ矣。惟浚の言も、亦た未だ是ならざるを為さず。文蔚に在りては須く惟浚の言に取る所有りて而る後尽くし、惟浚に在りては又須く文蔚の言に取る所有りて而る後明らかならん。然らざれば、則ち亦た未免各々倚著の病有り。舜は邇言を察して而して芻蕘に詢うは、是れ邇言を以て當に察すべく芻蕘を以て當に詢うべくして而る後此の如くするに非ず、乃ち是れ良知の發見流行して、光明圓瑩にして、更に罣礙遮隔の處無し、此れ便ち是れ大知と謂う所以。才に執著意必有れば、其の知便ち小矣。講學の中自ら去取分辨有り、然るに心地の上に就きて著實に工夫を用うるは、却って須く此の如くして才に是れ。
○「盡心」三節,區區曾有「生知、學知、困知」之說,頗已明白,無可疑者。蓋盡心、知性、知天者,不必說存心、養性,事天不必說殀壽不貳、修身以俟,而存心、養悾與修身以俟之功已在其中矣:存心、養性、事天者,雖未到得盡心、知天的地位,然已是在那裡做個求到盡心、知天的工夫,更不必說殀壽不貳,修身以俟,而殀壽不貳,修身己俟之功已在其中矣。譬之行路,盡心、知天者,如年力壯健之人,既能奔走往來於數千裡之間者也:存心、事天者,如童樨之年,使之學習步趨於庭除之間者也。殀壽不貳、修身以俟者,如襁褓之孩,方便之扶穡傍壁,而慚學起立移步者也。既已能奔走往來於數千裡之間者,則不必更使之於庭除之間而學步趨,而步趨於硅除之間,自無弗能矣。既已能步趨於庭除之間,則不必更使之扶牆傍壁而學起立移步,而起立栘步自無弗能矣。然學起立移步,便是學步趨庭除之始,學步趨啀除,便是學奔走往來於數千裡之基,固非有二事,但其工夫之難易則相去懸絕矣。心也,性也,天也,一也。故及其知之成功則一。然而三者人品力量,自有階級,不可躐等而能也。細觀文蘭之論,其意以恐盡心、知天者,廢卻存心、修身之功,而反為盡心、知天之病:是蓋為聖人憂工夫之或間斷,而不知為自己憂工夬之未真切也。吾躋用工,卻須專心致志,在殀壽不貳、修身以俟上做,只此便是做盡心、知天工夫之始:正如學期起立移步,便是學奔走千里之始。吾方自慮其不能起立移步,而豈遽其不能奔走千里,又況為奔走千里者而慮其或遺忘於赸立移步之習哉?文蔚識見本自超絕邁往,而所論云然者,亦是未能脫去舊時解說文羕之習,是為此三段書分疏比臺,以求融會貫通,而自添許多薏見纏繞,反使用功不專一也;
『心を尽くす』の三節は、我曾て『生知・學知・困知』の説有り、頗る已に明白にして、疑う可き無し。蓋し心を尽くし性を知り天を知るは、必ずしも心を存し性を養い天に事えるを説くを須いず、亦た必ずしも夭壽貳らず身を修めて以て俟つを説くを須いず、而して心を存し性を養い與に身を修めて以て俟つの功已に其の中に在り。心を存し性を養い天に事えるは、雖れ未だ心を尽くし天を知るの地位に到得ずとも、然るに已に是れ那の處に在りて個の心を尽くし天を知るに到らんことを求むるの工夫を做し、更に必ずしも夭壽貳らず身を修めて以て俟つを説くを須いず、而して夭壽貳らず身を修めて以て俟つの功已に其の中に在り。之を譬えんに路を行くに、心を尽くし天を知るは、年力壯健の人の如く、已に能く數千里の間に奔走往來する。心を存し天に事えるは、童稚の年の如く、之をして庭除の間に步趨を學習せしむ。夭壽貳らず身を修めて以て俟つは、襁褓の孩の如く、方に之をして牆を扶け壁を傍えて、而して漸く起立移步を學ばしむ。既に已に能く數千里の間に奔走往來すれば、則ち必ずしも更に之をして庭除の間に於て而して步趨を學ばしめず、而して庭除の間に步趨するは、自ら能わざる弗し。既に已に能く庭除の間に步趨すれば、則ち必ずしも更に之をして牆を扶け壁を傍えて而して起立移步を學ばしめず、而して起立移步は自ら能わざる弗し。然るに起立移步を學ぶは、便ち是れ步趨庭除を學ぶの始。步趨庭除を學ぶは、便ち是れ數千里の間に奔走往來を學ぶの基、固より二事有るに非ず、但し其の工夫の難易は則ち相去ること懸絕す。心也、性也、天也は、一なり。故に其の知之成る功に及べば則ち一。然るに三者の人品力量は、自ら階級有り、躐等して而して能くす可からず。細かに文蔚の論を觀れば、其の意似乎恐らくは心を尽くし天を知るの心を存し身を修むるの功を廢却して、而して反って心を尽くし天を知るの病と為らんと、これ蓋し是れ聖人の為めに工夫の或いは間斷するを憂えて、而して自己の為めに工夫の未だ真切ならざるを憂うるを知らず。我ら工を用うるは、却って須く専心致志して、夭壽貳らず身を修めて以て俟つの上に於て做し、只此れ便ち是れ心を尽くし天を知るの工夫を做すの始。正しく那の起立移步を學ぶが如く、便ち是れ千里を奔走するを學ぶの始。我方に自ら其の能く起立移步せざるを慮る、而して豈に遽に其の能く千里を奔走せざるを慮らん、又況んや千里を奔走するの為めに而して其の或いは起立移步の習に遺忘するを慮るに於いてをや。文蔚の識見本來自ら超絕邁往す、而して論ずる所此の如きは、亦た是れ未だ能く舊時の文義を解説するの習を脱去せず、是れ此の三段の書の為めに分疏比擬して、以て融會貫通を求め、而して自ら許多の意見纏繞を添え、反って用功をして専一ならざらしむ。
近時懸空去做勿忘、勿助者,其意見正有此病,最能擔誤人,不可不滌除耳。
(先生続いて曰く:)近時懸空に去りて忘る勿かれ助くる勿かれを做するは、其の意見正しく此の病有り、最も能く人を耽誤す、滌除せざる可からず。
○所謂「兼德性而道問學」一節至當歸一,更無可疑。此便是文蔚曾著實用功,然後能為此言。此本不是險僻難見的道理,人或意見不同者,還是良知尚有纖翳潛伏,若除去此纖翳,即自無不洞然矣。
所謂『德性を尊びて而して學を問うに道る』の一節は、至當にして一に歸す、更に疑う可き無し。此れ便ち是れ文蔚曾て著實に用功して、然る後に能く此の言を為す。此れ本是れ險僻難見の道理に非ず。人或いは意見同じからざるは、還た是れ良知尚お纖翳潛伏有り。若し此の纖翳を除去せば、即ち自ら洞然たらざる無し。
○已作書後,移臥薝閒,偶遇無事,遂復答此文蔚之學既已得其大者,此等處久當釋然自解,本不必屑屑如此分疏:但承相愛之厚,千里差人遠及,諄諄下問,而竟虛來意,又自不能已於言也。然直憨煩縷已甚,恃在信愛,當不為罪,惟浚處及謙之崇一處,各得轉錄一通寄視之,尤承一體之好也。
已に書を作し後、臥を檐間に移し、偶に事無きに遇い、遂に復た此に答う。文蔚の學既に已に其の大なる者を得れば、此の等の處は久しく當に釋然として自ら解せん、本來必ずしも屑屑として此の如く分疏するを須いず。但し相愛の厚きを承け、千里人を差して遠く及び、諄諄として下問し、而して竟に來意を虛しくす、又自ら能く言に已まざる無し。然るに直憨煩縷已に甚だし、信愛に恃む在り、當に罪を為さざるべし。惟浚の處及び謙之・崇一の處は、各々一通を轉錄して寄せて之を視しめんことを得たり、尤も一體の好を承く。
右南大吉錄
右は南大吉の錄
訓蒙大意示教讀劉伯頌等
蒙を訓する大意を教讀の劉伯頌等に示す
○古之教者,教以人倫:後世記誦詞章之習超,而先王之教亡。今教童子,惟當以孝弟忠信禮義廉恥為專務;其栽培涵養之方,則宜誘之歌詩以發其志意,導之習禮以肅其威儀,諷之讀書以開其知覺。今人往往以歌詩、習禮為不切時務,此皆末俗庸鄙之見,烏足以知古人立教之意哉!大抵童子之情,樂嬉遊而憚拘檢,如草木之始萌芽,舒暢之則利達,摧撓之則衰痿。今教童子必使其趨向鼓舞,中心喜悅,則其進自不能已:譬之時雨春風,沾被卉木,莫不萌動狻赸,自然日長月化:若冰霜剝落,則生意蕭索,日就枯槁矣:故凡誘之歌詩者,非但發其志意而已,亦所以洩其跳號呼嘯於詠歌,宣其幽抑結滯於音節也:導之習禮者,非但肅其威儀而已,亦所以周旋揖讓而動盪其血脈,拜起屈伸而固束其筋骸也:諷之讀書者,非但開其知覺而已,亦所以沉潛反覆而存其心,抑揚諷誦以宣其志也:凡此皆所以順導其志意,調理其性情,潛消其鄙吝,默化其廘頑,日使之漸於禮義而不苦其難,人於中和而不知其故,是蓋先王立教之微意也;若近世之訓蒙摨者,日惟督以句讀課仿,責其檢束而不知導之以禮,求其聰明而不知養之以善,鞭撻繩縛,若待拘囚;彼視學舍如囹獄而不肯入,視師長如寇仇而不欲見,窺避掩覆以遂其嬉遊,設詐飾洈以肆其頑鄙,偷薄庸劣,日趨下流。是蓋驅之於惡而求其為善也,何可得乎!凡吾所以教,其意實在於此。恐時俗不察,視以為迂,且吾亦將去,故特叮嚀以告。爾諸教讀其務體吾意,永以為訓,毋輒因時俗之言,妀廢其繩墨,庶成「蒙以養正」之功矣,念之念之!
古の教うる者は、人倫を以て教う。後世記誦詞章の習起こりて、而して先王の教亡ぶ。今童子を教うるは、惟れ當に孝弟忠信禮義廉恥を以て專務と為すべし。其の栽培涵養の方は、則ち宜しく之を歌詩に誘い以て其の志意を發し、之を習禮に導き以て其の威儀を肅くし、之を讀書に諷め以て其の知覺を開くべし。今人往往歌詩・習禮を以て時務に切ならずと為す、此れら皆是れ末俗庸鄙の見、哪裡に古人の教を立つるの意を知るに足らん。大抵童子の情は、嬉游を樂しみ而して拘檢を憚る、草木の萌芽を始むるが如し、之を舒暢すれば則ち利達し、之を摧撓すれば則ち衰痿す。今童子を教うるに必ず其の趨向鼓舞して、中心喜悅せしめば、則ち其の進自ら能く已まず。之を譬えんに時雨春風、卉木に沾被して、萌動發越せざる莫く、自然日に長じ月に化す。若し冰霜剥落すれば、則ち生意蕭索として、日に枯槁に就き矣。故に凡そ之を歌詩に誘うは、非但其の志意を發するのみ、亦た以て其の跳號呼嘯を詠歌に泄し、其の幽抑結滯を音節に宣ぐ所以。之を習禮に導くは、非但其の威儀を肅くするのみ、亦た以て周旋揖讓して而して其の血脉を動蕩し、拜起屈伸して而して其の筋骸を固束する所以。之を讀書に諷めるは、非但其の知覺を開くのみ、亦た以て沉潛反覆して而して其の心を存し、抑揚諷誦して以て其の志を宣ぐる所以。凡そ此れ皆是れ其の志意を順導し、其の性情を調理し、其の鄙吝を潛消し、其の粗頑を默化し、日に之をして漸く禮義に於いて而して其の難を苦しまず、中和に入りて而して其の故を知らざらしむる所以。これ蓋し是れ先王の教を立つるの微意。若し近世の蒙稚を訓するは、日に惟れ句讀課仿を以て督し、其の檢束を責めて而して之を禮を以て導くを知らず、其の聰明を求めて而して之を善を以て養うを知らず、鞭撻繩縛して、拘囚を待つが若し。彼は學舍を視ること囹獄の如くして而して入るを肯んじず、師長を視ること寇仇の如くして而して見んことを欲せず、窺避掩覆して以て其の嬉游を遂げ、詐を設け詭を飾りて以て其の頑鄙を肆にし、偷薄庸劣にして、日に下流に趨る。これ蓋し是れ之を惡に驅りて而して其の善を為さんことを求む、何ぞ得る可けん。凡そ我が教える所以は、其の意實に此に在り。恐らく時俗察せず、視て以て迂と為し、且く我も亦た將に去らん、故に特に叮嚀して以て告ぐ。爾の諸の教讀務めて必ず吾が意を體し、永く以て訓と為し、輙ち時俗の言に因りて其の繩墨を改廢する毋れ、庶幾くは『蒙は以て正を養う』の功を成さん。之を念え之を念え。
教約
教約
○每日清晨,諸生參揖畢,教讀以次偏詢諧生:在家所以愛親敬畏之心,得無懈忽未能填切否?溫清定省之儀,得無虧缺未能實賤否?往來街衢步趨禮節,得無放蕩未能謹飭否?一應言行心術,得無欺妄非僻未能忠信篤敬否?諸童子務要各以實對,有則改之,無則加勉;教讀復隨時就事,曲加誨諭開發,然後各退就席肄業。
每日清晨、諸生參揖畢り、教讀依次に遍く諸生に詢う。家に在りて親を愛し長を敬する心は、懈忽せず、未だ真切ならざるを得ざるか。温清定省の儀は、虧缺せず、未だ實踐ならざるを得ざるか。往來街衢步趨の禮節は、放蕩せず、未だ謹飭ならざるを得ざるか。一應言行心術は、欺妄非僻せず、未だ忠信篤敬ならざるを得ざるか。諸童子務めて要く各々實を以て對え、有れば則ち之を改め、無ければ則ち勉めを加えよ。教讀再び隨時に事に就きて、曲く誨諭を加えて開發し、然る後に各々退きて席に就きて肄業す。
○凡歌詩須要整容定氣,清朗其聲音,均審其筇調,毋躁而急,毋蕩而囂,毋餒而懾;久則精神宣暢,心氣和平矣。每學量童生多寡分為四班。每日輪一班歌詩,其餘皆就席斂容肅聽;每五日則總四班遞歌於本學。每朔望集各學會歌於書院。
凡そ歌詩には須く容を整え氣を定め、其の聲音を清朗にし、其の節調を均審にして、躁して急なる毋れ、蕩して囂なる毋れ、餒して懾る毋れ。久しければ則ち精神宣暢し、心氣和平矣。毎學は童生の多寡を量りて四班に分かつ。每日一班を輪にして歌詩せしめ、其の余は皆席に就きて容を斂めて肅く聽く。毎五日は則ち總て四班を本學に於て歌を遞がしむ。毎朔望は各學を集めて書院に於て歌を會す。
○凡習禮需要澄心肅慮,審其儀節,度其容止,毋忽而惰,毋沮而怍,毋徑而野,從容而不失之迂緩,修謹而不矢之拘局。久則禮貌習熟,德性堅定矣。童生班次皆如歌詩。每閒一日則輪一班習禮,其餘皆就席斂容肅觀。習禮之日,免其課仿。每十日則總四班遞習於本學。每朔望則集各學會習於書院。
凡そ禮を習うには須く心を澄まし慮を肅くし、其の儀節を審らかにし、其の容止を度り、忽して惰る毋れ、沮して怍る毋れ、徑して野なる毋れ、從容にして而して之を迂緩に失せず、修謹にして而して之を拘局に失せず。久しければ則ち禮貌習熟し、德性堅定矣。童生の班次は皆歌詩の如し。一日を隔てれば則ち一班を輪にして禮を習わしめ、其の余は皆席に就きて容を斂めて肅く觀る。禮を習うの日は、其の課仿を免ず。毎十日は則ち總て四班を本學に於て習を遞がしむ。毎朔望は則ち各學を集めて書院に於て習を會す。
○凡授書不在徒多,但貴精熟,量其資稟,能二百字者止可挼以一百字,常使精神力量有餘,則無厭苦之患,而有自得之美。諷諵之際;務令專心一志,口誦心惟,字字句句紬繹反覆,抑揚其音節,寬虛其心意,久則義禮浹洽,聰明日開矣。
凡そ書を授くるは徒らに多きに在らず、但し精熟を貴ぶ。其の資稟を量りて、二百字能くするは只可く一百字を以て授け、常に精神力量餘有らしめれば、則ち厭苦の患無くして、而して自得の美有り。諷誦の際は、務めて必ず専心一志、口に誦し心に惟れ、字字句句を䌷繹反覆し、其の音節を抑揚し、其の心意を寬虚にせよ。久しければ則ち義理浹洽して、聰明日に開け矣。
○每日工夫,先考德,次背書誦書,次習禮或作課仿,次複誦書講書,次歌詩。凡習禮歌詩之數,皆所以常存童子之心,使其樂習不倦,而無瑕及於邪僻。教者如此,則知所施矣。雖然,此其大略也;神而明之,則存乎其人。
每日の工夫は、先に德を考え、次に書を背し書を誦し、次に禮を習い或いは課仿を作り、次に復た書を誦し書を講じ、次に詩を歌う。凡そ禮を習い詩を歌うの數は、皆是れ以て常に童子の心を存し、其の習いを樂しみ倦まざらしめ、而して邪僻に及ぶに暇無からしむる所以。教うる者此の如くなれば、則ち施す所を知り矣。雖れ然りとも、此れ是れ其の大略。神にして明らかにするは、則ち其の人に存り。
傳習錄卷下
傳習録卷下
門人漺丸川錄
門人の漺九川の錄
○正德乙亥,九川初見先生於龍江。先生與甘泉先生論「格物」之說。甘泉持舊說。先生日;「是求之於外了,」甘泉曰:「若以格物理為外,是自小其心也。」九川甚喜舊說之是。先生又論「盡心」一章,九川一聞卻遂無疑。後家居,復以「格物」遺質。先生答云:「但能賈地用功,入當自釋。」山閒方自錄《大學》舊本讀之,覺朱子「格物」之說非是:然亦疑先生以意之所在為物,物字未明。巳卯歸自京師,再見先生於洪都。先生兵務倥傯,乘隙講授,首問:「近年用功何如?」九川曰:「近年體驗得『明明德』功夫只是『誠意』。自『明明德於天下』,步步推入根源,到『誠意』上再去不得,如何以前又有『格致』工夫?後又體驗,覺得意之誠撝必先知覺乃可,以顏子『有不善未嘗不知,知之未嘗復行』為證,豁然若無疑:卻又多了『格物』工夫。又思來吾心之靈何有不知意之善惡?只是物慾蔽了:須格去物慾,始能如顏子未嘗不知耳。又自疑功夫顛倒,與『誠意』不成片段。後問希顏。希顏曰:『先生謂挌物致知是誠意功夫,極好。』九川曰:如何是誠意功夫?二希顏令再思體看。九川終不悟,請問。」先生曰:「惜哉!此可一言而悟,惟浚所舉顏子事便是了。只要知身、心、意、知、物是一件。」九川疑曰:「物在外,如何與身、心、意、知是一件?」先生曰:「耳、目、口、鼻、四肢,身也,非心安能視、聽、言、動?心欲視、聽、言、動,無耳、目、口、鼻、四肢亦不能。故無心則無身,無身則無心。但指其充塞處言之謂之身,指其主宰處言之謂之心,指心之發動處謂之意,指意之靈明處謂之知,指意之涉著處謂之物,只是一件。意未有懸空的,必著事物,故欲誠意,則隨意所在某事而挌之,去其人慾而歸於理,則良知之在此事者,無蔽而得致矣。此便是誠意的功夫。
正德乙亥、九川初めて先生に龍江に於て見ゆ。先生は甘泉先生と與に『格物』の説を論ず。甘泉は舊説を持す。先生曰く『是れ之を外に求め矣』。甘泉曰く『若し物を格する理を以て外と為さば、是れ自ら其の心を小にす』。九川甚だ舊説の是を喜ぶ。先生又『心を尽くす』の一章を論ずれば、九川一聞して却って遂に疑無し。後家に居りて、復た『格物』を以て往きて質す。先生答えて曰く『但し能く實地に用功せば、久しく當に自ら釋せん』。山間方に自ら《大學》舊本を錄して之を讀み、朱子の『格物』の説是に非ずと覺え、然るに亦た先生の意の在る所を以て物と為すを疑い、物の字未だ明らかならず。己卯京師より歸りて、再び先生に洪都に於て見ゆ。先生兵務倥偬として、隙に乗じて講授し、首に問う『近年用功如何』。九川曰く『近年體驗して「明德を明らかにす」の功夫只是「意を誠にす」を得たり。「明德を天下に明らかにす」より、步步根源に推入して、「意を誠にす」の上に到りて去りて更に得ず、如何に以前に又「格致」の工夫有るか。後に又體驗して、覺ゆ意の誠僞は必ず先に知覺あらば乃ち可なりと、顏子の「不善有れば未嘗て知らず、知りて未嘗て復た行う」を以て證と為して、豁然として疑無きが若し。却って又「格物」の工夫を多くす。又思い來るに吾が心の靈は何ぞ意の善惡を知らざる有らん。只是物慾蔽い矣。須く物慾を格去して、始めて能く顏子の未嘗て知らざる無きが如くせん。又自ら功夫の顛倒を疑い、與に「意を誠にす」と片段を成さず。後に希顏に問う。希顏曰く「先生は格物致知は是れ誠意の功夫と謂う、極めて好し」。九川曰く「如何に是れ誠意の功夫か」。希顏令して再び思い體して看よ。九川終に悟らず、請問す』。先生曰く『惜しいかな。此れ一言を以て悟る可し。惟浚の擧ぐる所の顏子の事便ち是れ矣。只要く身・心・意・知・物は一件なるを知れ』。九川疑いて曰く『物は外に在り、如何に身・心・意・知と與に是れ一件か』。先生曰く『耳・目・口・鼻・四肢は、是れ身、心に非ざれば怎能視・聽・言・動せん。心視・聽・言・動せんと欲すれども、耳・目・口・鼻・四肢無ければ亦た能わず。故に心無ければ則ち身無く、身無ければ則ち心無し。但し其の充塞する處を指して之を身と謂い、其の主宰する處を指して之を心と謂い、心の發動する處を指して之を意と謂い、意の靈明する處を指して之を知と謂い、意の渉著する處を指して之を物と謂う、只是れ一件。意は未だ懸空の有らず、必ず事物に著く。故に意を誠にせんと欲せば、則ち意の在る所の某事に隨いて而して之を格して、其の人慾を去りて而して理に歸すれば、則ち良知の此事に在る者は、蔽無くして而して致るを得矣。此れ便ち是れ誠意の功夫』。
」九川乃釋然破數年之疑。又問:「甘泉近亦信用《大學》古本,謂『格物』猶言『造道』,又謂窮如窮其巢穴之窮,以身至之也,故格物亦只是隨處醴認天理:似與先生之說漸同。」先生曰:「甘泉用功,所以轉得來。當時與說「親民」字不須改,他亦不信今論『格物」亦近但不須換物字作理字,只還他一物字便是。」後有人問九川曰:「今何不疑物字?」曰:《中庸》曰:『不誠無物。』程子曰:『物來順應』又如『物各付物氣胸中無物』之類皆古人常用字也。」他日先生亦云然。
(九川続いて記す:)九川乃ち釋然として、數年の疑を破る。又問う『甘泉近く亦た《大學》古本を信用して、「格物」を謂う猶ほ「道を造る」を言うがごとく、又窮を謂う其の巢穴を窮むるの窮の如く、身を以て之に至る、故に格物も亦た只是處々に隨いて天理を體認する、似乎先生の説と與に漸く同じ』。先生曰く『甘泉用功する、故に轉じて來るを得たり。當時之と與に「民に親しむ」の字は改むるを須いずと説くも、彼も亦た信ぜず。今「格物」を論ずるも亦た近し、但し須く「物」の字を換えて「理」の字と作すを須いず、只彼に一箇の「物」の字を還せば便ち是れ』。後に或る人九川に問う『今何ぞ物の字を疑わざる』。曰く『《中庸》曰く「誠ならざれば物無し」。程子曰く「物來れば順應す」、又「物各々物に付す」「胸中物無し」の類の如く、皆是れ古人の常用の字』。他日先生も亦た此の如く説く。
○九川問:「近年因厭氾濫之學,每要靜坐,求屏息念慮,非惟不能,愈覺擾擾,如何?」先生曰:「念如何可息?只是要正。」曰:「當自有無念時否?」先生曰:「實無無念時。」曰:「如此卻如何言靜?」曰:「靜未嘗不動,動未嘗不靜。戌謹恐懼即是念,何分動靜。」曰:「周子何以言「定之以中正,仁而主靜?』」曰:「無慾故靜,是「靜亦定,動亦定』的定字,主其本體也;戒懼之念,是活潑潑地,此是天機不息處,所謂『維天之命,於穆不已。』一息便是死,非本體之念郥是私念。」
九川問う『近年泛濫の學を厭うに因りて、每に靜坐せんことを要して、念慮を屏息せんことを求むるに、非惟能わず、愈々擾擾を覺ゆ、怎麼樣か』。先生曰く『念如何に息む可けん。只是要く正ならん』。問う『當に自ら念無きの時有らんか』。先生曰く『實に念無きの時無し』。問う『此の如くは却って如何に靜を言わん』。曰く『靜未嘗て動かざらず、動未嘗て靜ならざらず。戒慎恐懼即ち是れ念、何の動靜を分かたん』。問う『周子何を以て「中正仁義を以て定めて而して靜を主とす」と言うか』。曰く『慾無き故に靜、是れ「靜も亦た定、動も亦た定」の定の字、其の本体に主たり。戒懼の念は、是れ活潑潑地、此れ是れ天機息まざる處、所謂「天の命を維ぐは、於穆として已まず」。一息すれば便ち是れ死。本体の念に非ざれば即ち是れ私念』。
○又問:「用功收心時,有聲、色在前,如常聞、見,恐不是專一。」曰:「如何欲不聞、見?除是槁木死灰,耳聾、目盲則可。只是雖聞、見而不流去便是。」曰:「昔有人靜坐,其子隔壁讀書,不知其勤惰。程子稱其甚敬。何如?」曰:「伊川恐亦是譏地。」
又問う『用功して心を收める時、聲・色前に在りて、常に聞き見るが如く、恐らく是れ専一に非ず』。曰く『如何に聞き見ざらんと欲する。除非れ槁木死灰・耳聾・目盲にして才に可なり。只是雖れ聞き見て而して流れ去らざれば便ち是れ』。問う『從前或る人静坐して、其の子隔壁に讀書せば、其の勤惰を知らず。程子は其の甚だ敬を稱す。怎麼樣か』。曰く『伊川恐らくも亦た是れ彼を譏る』。
○又問:「靜坐用功,頗覺此心收斂;遇事又斷了,旋起個念頭去事上省察:事過又尋舊功,還覺有內外,打不作一片。」先生曰:「此『格物』之說未透。心何嘗有內外?即如惟僣今在此講論,又豈有一心在內照管?這聽講說時專敬,即是那靜坐時心。功夫一貫,何須更起念頭?人須在事上磨練做功夫乃有益:若只好靜,遇事便亂,終無長進。那靜時功夫亦差似收斂,而實放溺也。」後在洪都,復與於中國裳論內外之說,渠皆雲物自有內外,但要內外並著功夫,不可有閒耳,以篔先生。曰:「功夫不離本體,本體原無內外:只為後來做功夫的分了內外,先其本體了,如今正要講明功夫不要有內外,乃是本體功夫:」是日俱有省。
又問う『靜坐用功して、頗る此の心收斂するを覺ゆ。事に遇えば又斷えて、旋に個の念頭を起して事の上に去りて省察す。事過ぎれば又舊功を尋ね、還た覺ゆ內外有りて、一片に打成たざると』。先生曰く『此れ是れ「格物」の説未だ透らざるなり。心何ぞかつて內外有らん。即ち惟浚今此に在りて講論するが如きも、又豈に一心在りて內に照管する有らん。此の聽き講じ説く時の専敬は、即ち是れ那の靜坐する時の心。功夫一貫にして、何ぞ須く更に念頭を起さん。人須く事の上に於て磨鍊して功夫を做して乃ち益有らん。若し只靜を好めば、事に遇えば便ち亂れ、終に長進無し。那の靜時の功夫も差え似たりて收斂するに、而して實に是れ放溺』。後に洪都に在りて、復た于中・國裳と與に內外の説を論ずれば、彼ら皆物自ら內外有り、但し要く內外并びに功夫を著け、間有る可からずと説き、拏りて來りて先生に問う。先生曰く『功夫は本体に離れず、本體原來內外無し。只後來功夫を做するの分かちて內外と為し、本体を失うを為すなり。今や正しく功夫內外有る要無きを講明せんと欲す、乃ち是れ本体の功夫』。是の日皆省有り。
○又問:「陸子之學何加?」先生曰;「濂溪、明道之後,還是象山:只是粗些。」九川曰:「看他論學,篇篇說出骨髓,句句似針膏肓,卻不見他粗。」先生曰:「然尥心上用過功夫,與揣摹依仿、求之文義自不同,但細看有粗扈。用功久,當見之。」
又問う『陸子の學如何』。先生曰く『濂溪・明道の後は、還た是れ象山、只是粗些』。九川曰く『彼の學を論ずるを看るに、篇篇骨髓を説き出だし、句句膏肓に鍼するが似たり、却って彼の粗を見ず』。先生曰く『然り彼心の上に功夫を用い過ぐるは、揣摹依仿して之を文義に求むると與に自ら同じからず、但し細看すれば粗處有り。用功久しくすれば、當に之を見ん』。
○庚辰往虔州再見先生,問:「近來功夫雖若稍知頭惱,然難尋個穩當快樂扈。」先生曰:「爾卻去心上尋個天理,此正所謂理障。此閒有個訣竅。」曰:「請問如何?」曰:「只是致知。」曰:「如何致知。」曰:「爾那一點良知,是爾自家底準則。爾意念著扈,他是便知是,非便知非,更瞞地一些不得。爾只不要欺他,實實落落依著他做去,善便存,惡便去,他這裡何等穩當快樂;此便是『格物』的真訣,『致知』的實功。若不靠著這些真飢,如何去格物?我亦近年體貼出來如此分明,初猶疑只依尥恐有不足,精細看,無些小欠闕。」
庚辰虔州に往きて再び先生に見えて、問う『近來功夫雖れ若く稍々頭腦を知るとも、然るに個の穩當快樂の處を尋ね難し』。先生曰く『汝却って去りて心の上に個の天理を尋ぬ、此れ正しく所謂理障。此の處に個の訣竅有り』。問う『請問如何』。曰く『只是知を致す』。問う『如何に知を致すか』。曰く『汝の那一點の良知は、是れ汝の自家の準則。汝の意念の著く處は、彼是なれば便ち是を知り、非なれば便ち非を知り、更に彼を瞞すに一些も得ず。汝只彼を欺かざるを要せず、實實落落として彼に依りて做し去れば、善なれば便ち存し、惡なれば便ち去れ、彼此の處何等か穩當快樂。此れ便ち是れ「格物」の真訣、「致知」の實功。若し此れらの真機に靠著せざれば、如何に去りて物を格せん。我も亦た是れ近年體貼して出だす此の如く分明、初め猶ほ疑う只彼に依れば恐らく足らざる有らんと、精細に看れば、些小の欠缺無し』。
○在虔與於中謙之同侍。先生曰:「人胸中各有個聖人,只自信不及,都自埋倒了。」因顧於中曰:「爾胸中原是聖人。」於中起不敢當。先生曰:「此是爾自家有的,如何要推?」於中又曰:「不敢。」先生曰:「眾人皆有之,況在於中,卻何故謙起來?謙亦不得;」於中乃笑受。又論「良知在人,隨你如何不能泯滅,雖盜賊亦自知不當為盜,喚尥怍娀,地還忸怩;」於中曰:「只是物慾遮蔽:良心在內,自不會失,如雲自蔽日,口何嘗矢了;」先生曰:「於中如此聰明,地人見不及此。」
虔に在りて、于中・謙之と與に同じく侍す。先生曰く『人の胸中各々個の聖人有り、只自信及ばず、皆自ら埋倒す』。因りて于中を顧みて曰く『汝の胸中原來是れ聖人』。于中起きて敢えて當らず。先生曰く『此れ是れ汝の自家の有る所、如何に推せんことを要する』。于中又曰く『敢えてせず』。先生曰く『衆人皆之を有り、況んや于中に在りては、却って何故謙し來る。謙するも亦た得ず』。于中乃ち笑みて受く。又『良知は人に在りて、汝如何にするに隨うとも能く泯滅せず、雖れ盜賊も亦た自ら當に盜を為すべからずを知り、彼を喚びて賊と作さば、彼還た忸怩す』と論ず。于中曰く『只是物慾遮蔽す。良心は內に在りて、自ら失う會す無し、雲自ら日を蔽うが如く、日何ぞかつて失せん』。先生曰く『于中此の如く聰明、他人の見は此に及ばず』。
○先生曰:「這些子看得透徹,隨他千言萬語是非誠偽,到前便明,合得的便是,臺不得的便非,如佛家說『心印』相似,真是個試金石,指南針。」
先生曰く『此れらの子看ること透徹すれば、彼の千言萬語是非誠僞に隨うとも、前に到れば便ち明らか、合するを得れば便ち是れ是、合するを得ざれば便ち是れ非、佛家の「心印」を説くに相似たり、真に個の試金石・指南針』。
○先生曰:「人若知章良心訣竅,隨他多少邪思枉念,這裡一覺,都自消融;真個是靈丹一粒,點鐵成金。」
先生曰く『人若し此の良心訣竅を知れば、彼の多少の邪思妄念に隨うとも、此の處に一たび覺れば、皆自ら消融す。真に個の靈丹一粒、鐵を點じて金と成す』。
○崇一曰:「先生『致知』之旨發盡精縊,看來這裡再去不得。」先生曰:「何言之易也上再用功半年看如何,又用功一年看如何。功夫愈久,愈覺不同,此難口說。」
歐陽崇一曰く『先生の「致知」の旨は精蘊を發尽し、看來此の處に再び去りて得ざらん』。先生曰く『何ぞ言うことの易きや。再び半年用功して看よ如何、又一年用功して看よ如何。功夫愈々久しければ、愈々同じからざるを覺ゆ、此れ口説に難し』。
○先生問:「九川於『致知』之說體驗如何?」九川曰:「自覺不同:往時操持常不得個恰好處,此乃是恰好處。」先生曰:「可知是體來與聽講不同。我初與講時,知爾只是忽易,未有滋味;只這個要妙再體到深處,日見不同,是無窮盡的。」又曰:「此『致知』二字,真是個千古聖傳之秘,見到一逼裡,『百世以俟聖人而不惑』。」
先生問う『九川は「致知」の説に於て體驗如何』。九川曰く『自ら覺ゆ同じからずと。往時操持すれば常に個の恰好處を得ず、此れ乃ち是れ恰好處』。先生曰く『以て是れ體來と聽講と與に同じからざるを知る可し。我初めて與に講ずる時は、汝只是忽易にして、未だ滋味有らざるを知れり。只此の要妙再び深處に體到れば、日に同じからざるを見る、是れ窮盡無し』。又曰く『此の「致知」の二字は、真に個の千古聖傳の祕、此の處に見到れば、「百世以て聖人を俟てども而して惑わず」』。
○九川問曰:「伊川說到體用一原、顯微無間處,門人已說是洩天穖:先生『致知』之說,莫亦洩天撥太甚否?」先生曰:「聖人已指以示人,只為後人揜匿,我發明耳,何故說洩?此是人人自有的,覺來甚不打緊一般,然與不用實功人說,亦甚輕忽,可惜彼此無益;無實用功而不得其要者,提撕之甚沛然得力。」
九川問う『伊川體用一源・顯微無間の處を説き到れば、門人已に是れ天機を泄すと説けり。先生の「致知」の説は、莫れ亦た天機を泄する太も甚だしか』。先生曰く『聖人已に指して以て人に示す、只後人の掩匿するを為す、我發明するのみ、何故泄すと説かん。此れ是れ人人自ら有る所、覺え來れば甚だ打緊ならざるが一般。然るに實功を用いざるの人と與に説かば、亦た甚だ輕忽、彼此益無きを惜しむ可し。若し實に用功して而して其の要を得ざるは、之を提撕せば、甚だ沛然として力を得』。
○又曰:「知來本無知,覺來本無覺,然不知則遂淪埋。」
又曰く『知り來れば本來知無く、覺え來れば本來覺無し、然るに知らざれば則ち遂に淪埋す』。
○先生曰:「大凡朋友須箴規指摘處少,誘掖獎勸意多,方是。」後又戒九川云:「與朋友論學,須委曲謙下,寬以居之。」
先生曰く『大凡朋友は須く箴規指摘する處少なく、誘掖獎勸の意多くして、才に是れ』。後に又九川を戒めて曰く『朋友と與に學を論ずるは、須く委曲謙下して、寬に以て之に居らんことを』。
○九川臥病虔州。先生云:「病物亦難格,覺得如何?」對曰:「功夫甚難。」先生曰:「常快活便是功夫。」
九川虔州に臥病す。先生曰く『病の物も亦た格し難し、覺えたる如何』。對えて曰く『功夫甚だ難し』。先生曰く『常に快活すれば便ち是れ功夫』。
○九川問:「自省念慮,或涉邪妄,或預料理天下事,思到極處,井井有味,便繾綣難屏,覺得早則易覺遲則難,用力克治,愈覺扞格,惟稍遷念他事,則隨兩忘。如此廓清,亦似無害。」先生曰:「何須如此,只要在良知上著功夫。」九川曰:「正謂那一時不知。」先生曰:「我這裹自有功夫,何緣得他來:只為爾功夫斷了,便蔽其知。既斷了,則纆續舊功便是,何必如此?」九川曰:「直是難鏖,雖知丟他不去。」先生曰:「須是勇;用功久,自有勇。故曰『是集義所生者;』勝得容易,便是大賈。」
九川問う『自ら念慮を省するに、或いは邪妄に渉り、或いは預め天下の事を料理し、思いて極處に到れば、井井として味有りて、便ち繾綣として屏し難し。覺える早ければ則ち易く、覺る遲ければ則ち難し。力を用いて克治すれば、愈々捍格を覺ゆ。惟れ稍々念を他事に遷せば、則ち隨即両忘す。此の如く廓清するも、亦た似たり害無きと』。先生曰く『何ぞ須く此の如くせん、只要く良知の上に於て功夫を著けよ』。九川曰く『正しく那の一時知らざるを謂う』。先生曰く『我此の處自ら功夫有り、何の緣か彼を來るを得ん。只汝の功夫斷えたるを為す、便ち其の知を蔽う。既に斷えれば、則ち舊功を接續すれば便ち是れ、何ぞ必ずしも此の如くせん』。九川曰く『直に是れ鏖し難し、雖れ知るとも却って彼を丢りて去らず』。先生曰く『須く是れ勇。用功久しければ、自ら勇有り。故に「是れ義を集むるの生ずる所」と説く。勝ち得ること易ければ、便ち是れ大賢』。
○九川問:「此功夫卻於心上禮驗明白,只解書不通。」先生曰:「只要解心。心明白,書自然融會。若心上不通,只要書上文義通,卻自生意見。」
九川問う『此の功夫は却って心の上に於て體驗明白す、只是書を解して通ぜず』。先生曰く『只要く心を解せよ。心明白なれば、書自然融會す。若し心の上に於て通ぜざれば、只要く書の上の文義通ぜんとするは、却って自ら意見を生ず』。
○有一屬官,因久聽講先生之學,曰:「此學甚好,只是簿書訟獄繁難,不得為學。」先生聞之,曰:「我何嘗教爾離了簿書訟獄懸空去講學?爾既有官司之事,便從官司的事上為學,才是真格物。如問一詞訟,不可因其應對無狀,起個怒心:不可因他言語圓轉,生個喜心:不可惡其囑託,加意治之:不可因其請求,屈意從之:不可因自己事務煩冗,隨意苟且斷之;不可因旁人譖毀羅織,隨人意思處之:這許多意思皆私,只爾自知,須精細省察克治,惟恐此心有一毫偏倚,杜人是非,這便是格物致知。簿書訟獄之閒,無非實學。若離了事物為學,卻是著空。」
一箇の屬官有りて、久しく先生の學を聽講するに因りて、曰く『此の學甚だ好し、只是簿書訟獄繁難にして、學を為るを得ず』。先生之を聞きて曰く『我何ぞかつて汝に教えて簿書訟獄を離れて懸空に去りて講學せんとせしめん。汝既に官司の事有れば、便ち官司の事の上に從りて學を為せば、才に是れ真の格物。如し一の詞訟を問えば、其の應對狀無きに因りて、個の怒心を起す可からず。彼の言語圓轉するに因りて、個の喜心を生ず可からず。其の囑託を惡みて、意を加えて之を治め可からず。其の請求に因りて、意を屈して之に從う可からず。自己の事務煩冗するに因りて、意に隨いて苟且して之を斷ず可からず。旁人の譖毁羅織するに因りて、人の意思に隨いて之に處す可からず。此の許多の意思は皆是れ私、只汝自ら知る、須く精細に省察克治して、惟恐るらくは此の心一毫の偏倚有りて、人を是非に枉げんことを、此れ便ち是れ格物致知。簿書訟獄の間は、實學に非ざる無し。若し事物を離れて學を為さば、却って是れ空に著く』。
○虔州將歸,有詩別先生云:「良知何事系多聞,妙合當時已種恨,好惡從之為聖學,將迎無處是幹元」。先生曰,「若未來講此學,不知說好惡從之從個甚麼?」敷英在座曰,「誠然。嘗讀先生大學古本序,不知所說何事。及來聽講許時,乃稍知大意。」
虔州將に歸らんとす、詩有りて先生に別れて曰く『良知何事か多聞に係らん、妙合當時已に根を種え、好惡之に從うは聖學と為り、將迎する處無きは是れ乾元』。(「乾」は底本「干」に作る、此の處當に乾坤の乾に從うべし)先生曰く『若し未だ來りて此の學を講ぜざれば、知らず好惡之に從うは個の什麼に從うと説かん』。敷英座に在りて曰く『誠然。かつて先生の《大學》古本序を讀み、説く所何事なるかを知らず。及び來りて聽講すること許時して、乃ち稍々大意を知る』。
○於中國裳輩同侍食,先生曰︰「凡飲食只是要養我身,食了要消化;若徒蓄橫在肚裡,便成痞了,加何長得肌官?後世擘者博聞多識,留滯胸中,皆傷食之病也。」
于中・國裳の輩同じく食を侍す。先生曰く『凡そ飲食は只是要く我が身を養う、食えば消化せんことを要す。若し徒らに肚裡に蓄積せば、便ち痞と成る、如何に肌膚を長じ得ん。後世の學者は博聞多識して、胸中に留滯す、皆是れ食を傷るの病』。
○先生日﹕「聖人亦是『學知』,眾人亦是『生知』。」問曰︰「何如?」曰︰「這良知人人皆有,聖人只是保全無些障蔽,兢兢業業,疊疊翼翼,自然不息,便也是學,只是生的分敷多,所謂之『生知、安行』;眾人自孩提之童,莫不完具此知,只是障蔽多,然本髓之知自難泯息,雖問學克冶,也只憑他,只是學的分敷多,所以謂之『學知、利行』。」
先生曰く『聖人も亦た是れ「學知」、衆人も亦た是れ「生知」』。問う『怎麼樣か』。曰く『此の良知は人人皆之有り。聖人只是保全して些の障蔽無く、兢兢業業、亹亹翼翼として、自然息まず、便ち亦た是れ學、只是生の分數多し、故に之を「生知・安行」と謂う。衆人は孩提の童より自ら、此の知を完具せざる莫し、只是障蔽多し、然るに本体の知は自ら泯息し難し、雖れ學を問い克治するも、也只彼に憑る、只是學の分數多し、故に之を「學知・利行」と謂う』。
門人黃直錄
門人の黄直の錄
