传习录 · 第8巻
○問:「通乎畫夜之道而知。」先生曰:「良知原是知畫知夜的。」又間:「人睡熟時,良知亦不知了。」曰:「不知何以一叫便應?」曰:「良知常知,如何有睡熟時..」曰:「嚮晦宴息,此亦造化常理。夜來天地混沌,形色俱泯,人亦耳目無岓睹聞,眾竅慏翕,此即良知收斂凝一時。天地既開、庶物露生,人亦耳目無所賭聞,眾竅俱闢,北郥良知妙用發生時。可見人心與天地一體。故上下與天地同流。今人不會宴息,夜來不是昏睡,郥是妄思黶寐。」曰:「睡時功夫如何用。」先生曰:「知畫即知夜矣。日閒良知是順應無湍的,夜間良知即是收斂凝一的,有夢即先兆。」
問う『晝夜の道に通じて而して知る』。先生曰く『良知原來是れ晝を知り夜を知る』。又問う『人睡熟する時は、良知も亦た知らず矣』。曰く『知らざれば何を以て一たび叫べば便ち應ずるか』。問う『良知常に知る、如何に睡熟する時有らん』。曰く『晦に向い宴息す、此れも亦た是れ造化の常理。夜來れば天地混沌して、形色俱に泯び、人も亦た耳目睹聞する所無く、衆竅俱に翕す、此れ即ち良知の收斂凝一する時。天地既に開けて、庶物露生して、人も亦た耳目睹聞する所有り、衆竅俱に闢く、此れ即ち良知の妙用發生する時。以て人心天地と與に一體なるを見る可し、故に上下天地と與に同じく流る。今人會して宴息せず、夜來れば是れ昏睡に非ざれば、即ち是れ妄思魘寐』。問う『睡る時功夫如何に用いん』。先生曰く『晝を知れば即ち夜を知り矣。日間の良知是れ順應滯無き、夜間の良知即ち是れ收斂凝一。夢有れば即ち先兆』。
○又曰:「良知在夜氣發的力是本體,以其無物慾之雜也。學者要使事物紛擾之時,常如夜氣一般,就是『通乎畫夜之道而知。』。」
又曰く『良知の夜氣に於て發する才に是れ本体、其の物慾の雜無きを以てなり。學者は要く事物紛擾の時をして、常に夜氣の一般の如くせしめよ、便ち是れ「晝夜の道に通じて而して知る」』。
○先生曰:「僊家說到虛,聖人豈能虛上加得一毫?佛氏說到無,聖人豈能無上加得一毫有?但僊家說虛從養生上來,佛氏說無從出離生死苫海上來,卻於本上加卻這些子意思在,便不是他虛無的本色了,便於本體有障礙。聖人只是還他良知的本色更不著些子意在。真知之虛便是天之太虛,良知之無便是太虛之無形,日、月、風、雷、山川、民、物,凡有貌象形色,皆在太虛無形中發用流行。未嘗作得天的障礙。聖人只是順其良知之發用,天地萬物慏在我真知的發用流行中,何嘗又有一物起於良知之外能怍得障礙?」
先生曰く『仙家虚に説き到れば、聖人豈に能く虚の上に一毫を加え得ん。佛氏無に説き到れば、聖人豈に能く無の上に一毫の有を加え得ん。但し仙家の虚を説くは養生の上より來り、佛氏の無を説くは生死苦海を出離する上より來る、却って本体の上に於て此れらの子の意思を加却して在れば、便ち是れ彼の虚無の本色に非ず、便ち本体に於て障礙有り。聖人只是彼に良知の本色を還す、更に些子の意を著けて在らず。良知の虚便ち是れ天の太虚、良知の無便ち是れ太虚の無形。日・月・風・雷・山川・民・物、凡そ貌象形色有るは、皆太虚無形の中に於て發用流行し、未嘗て天の障礙を作し得ず。聖人只是其の良知の發用に順う、天地萬物俱に我が良知の發用流行の中に在り、何ぞかつて又一物良知の外に超えて能く障礙を作し得る有らん』。
○或問:「釋氏亦務養心,然要之不可以治天下,何也?」先生曰:「吾懦養心未嘗離卻事物,只順其天則自然就是功夫。釋氏卻要盡絕事物,把心看做幻相,漸入虛寂去了;與世間若嫵些子交涉,所以不可冶天下。」
或いは問う『釋氏も亦た務めて心を養う、然るに要するに以て天下を治む可からず、何を以てか』。先生曰く『吾が儒の心を養うは未嘗て事物を離却せず、只其の天則自然に順えば便ち是れ功夫。釋氏は却って要く事物を尽く絕して、心を把りて看て幻相と做して、漸く虚寂に入り去り矣、世間と與に若く些子の交涉無きが如し、故に以て天下を治む可からず』。
○或問:「異端。」先生曰:「與愚夫、愚婦同的,是謂同德;與愚夫、愚婦異的,是謂異端。」
或いは問う『異端』。先生曰く『愚夫・愚婦と與に同じくするは、是れ之を同德と謂う。愚夫・愚婦と與に異なるは、是れ之を異端と謂う』。
○先生曰:「孟子不動心與告子不動心,所異只在毫釐閒。告子只在不動心上著功,孟子便直從此心原不動處分曉。心之本體原是不動的:只為所行有不合義便動了。孟子不論心之動與不動,只是『集義』,所行無不是義,此心自然無可動扈。若告子只要此心不動,便是把捉此心,將他生生不息之根反阻橈了,此非徒無益,而又害之。孟子『集義』工夫,自是養得充滿,並無餒歉,自是縱橫自在,活潑潑地;此伊是浩然之氣。」
先生曰く『孟子の心を動かさざると告子の心を動かさざるとは、異なる所只在りて毫釐の間。告子只在りて心を動かさざるの上に功を著き、孟子便ち直に此の心の原來動かざる處より分曉す。心の本体原來是れ動かざる、只所行に義に合せざる有るを為す便ち動き矣。孟子は心の動と不動とを論ぜず、只是「義を集む」、所行是れ義ならざる無し、此の心自然動かす可きの處無し。若し告子只要く此の心動かざらんとせば、便ち是れ此の心を把捉して、彼の生生不息の根を反って阻撓し矣。此れ徒らに益無きに非ず、而又之を害す。孟子の「義を集む」の工夫は、自ら是れ養い得て充滿して、并びに餒歉無く、自ら是れ縱橫自在して、活潑潑地。此れ便ち是れ浩然の氣』。
○又曰:「告子病源,從性無善無不善上見來。性無善無不善,雖如此說,亦無大差。但告子執定看了,便有個無善無不善的性在內,有善有惡又在物感上看,便有個物在外:卻做兩邊看了,便會差。無善無不善,性原是如此:悟得及時,只此一句便盡了,更無有內外之閒。告子見一個性在內,見一個物在外,便見他於性有未透徹虛。」
又曰く『告子の病源は、性に善無く不善無きの上より見て來る。性に善無く不善無しは、雖れ此の如く説くとも、亦た大差無し。但し告子は執定して看れば、便ち個の善無く不善無きの性在りて內にし、善有り惡有りて又物感の上に於て看れば、便ち個の物在りて外にす。却って兩邊と做して看れば、便ち會して差えん。善無く不善無きは、性原來是れ此の如し。悟り得て時に及べば、只此の一句便ち尽くし矣、更に內外の間有る無し。告子は一箇の性在りて內を見、一箇の物在りて外を見れば、便ち彼を性に於て未だ透徹ならざる處有るを見る』。
○朱本思問:「人有虛靈,方有良知。若草、木、瓦、石之頊,亦有良知否?」先生曰:「人的良知,就是草、木、瓦、石的真知:若草、木、瓦、石無人的良知,不可以為草、木、瓦、石矣。豈惟草、木、瓦、石為然,天、地無人的良知,亦不可為天、地矣。蓋天、地、萬物與人原是一體,其發竅之最精扈,是人心一點靈明,風、雨、露、雷,日、月、星、辰,禽、獸、草、木,山、川、土、石,與人原只一體。故五穀、禽獸之類皆可以責人,藥石之類皆可以療疾,只為同此一氣,故能相通耳。」
朱本思問う『人虚靈有りて、方に良知有り。若し草・木・瓦・石の類も、亦た良知有らんか』。先生曰く『人の良知は、就きて是れ草・木・瓦・石の良知。若し草・木・瓦・石に人の良知無ければ、以て草・木・瓦・石と為す可からず。豈に惟れ草・木・瓦・石然りと為すのみならん、天・地に人の良知無ければ、亦た以て天・地と為す可からず。蓋し天・地・萬物と人とは原來是れ一體、其の發竅する最も精なる處は、是れ人心一點の靈明。風・雨・露・雷、日・月・星・辰、禽・獸・草・木、山・川・土・石は、人と與に原來只是一體。故に五穀・禽獸の類皆以て人を養う可く、藥石の類皆以て疾を療す可し、只此の一氣に同じきを為す、故に能く相通ずるのみ』。
○先生遊南鎮,一友指巖中花樹問曰:「天下無心,外之物:如此花樹,在深山中自開自落,於我心亦何相關?」先生曰:「你未看此花時,此花與汝心同歸於寂:你來看此花時,則此花顏色一時明白起來:便知此花不在你的心外。」
先生南鎮に游ぶ、一友岩中の花樹を指して問う『天下に心外の物無し。此の花樹の如くは、深山の中に於て自ら開き自ら落つ、我が心と與に亦た何の相關か有らん』。先生曰く『汝未だ此の花を看ざる時は、此の花汝が心と與に同じく寂に歸す。汝來りて此の花を看る時は、則ち此の花の顏色一時に明白して起き來る。便ち此の花の汝の心の外に在らざるを知らん』。
○問:「大人與物同體,如何《大學》又說個厚薄?」先生曰:「惟是道理自有厚薄。比如身是一體,把手足捍頭目,豈是隔要薄手足,其道理合如此。禽獸與草木同是愛的,把草木去養禽獸,心又忍得:人與禽獸同是愛的,宰禽獸以養親與供祭祀,燕賓客,心又忍得:至親與路人同是愛的,如簞食豆羹,得則生,不得則死,不能兩全,寧救至親,不救路人,心又忍得:這是道理合該如此。及至吾身與至親,更不得分別彼此厚薄。蓋以仁民愛物皆從此出,此處可忍,更無所不忍矣。《大學》所謂厚薄,是良知上自然的條理,不可踰越,此便謂之義:順言個牒理,便謂之禮;知此條理,便謂之智;終始是這個條理,便謂之信。」
問う『大人物と與に同體す、如何に《大學》又個の厚薄を説くか』。先生曰く『惟れ是れ道理自ら厚薄有り。比するに身是れ一體、手足を把りて頭目を捍ぐ、豈に是れ硬く手足を薄くせんと要せん、其の道理合して此の如し。禽獸と草木と與に同是れ之を愛する、草木を把りて去りて禽獸を養う、又怎麼忍び得ん。人と禽獣と與に同是れ之を愛する、禽獸を宰りて以て親を養い、與に祭祀を供え賓客を宴す、又怎麼忍び得ん。至親と路人と與に同是れ之を愛する、如し簞食豆羹の、得之れば則ち生き、得ざれば則ち死す、能く両全せず、寧ろ至親を救い、路人を救わず、又怎麼忍び得ん。此れ是れ道理合して該く此の如し。及び至りて吾が身と至親とは、更に彼此厚薄を分別するを得ず。蓋し以て民を仁し物を愛する皆此より出づ、此の處忍ぶ可ければ、更に忍ぶ無き所矣。《大學》の所謂厚薄は、是れ良知の上の自然の條理、逾越す可からず、此れ便ち之を義と謂う。此の個の條理に順えば、便ち之を禮と謂う。此の條理を知れば、便ち之を智と謂う。終始是れ此の個の條理なれば、便ち之を信と謂う』。
○又曰:「目無體,以萬物之色為體;耳無體,以萬物之聲為體;鼻無體,以萬物之臭為體:口無體,以萬物之味為體;心無體,以天地萬物感之是非為體。」
又曰く『目に體無し、萬物の色を以て體と為す。耳に體無し、萬物の聲を以て體と為す。鼻に體無し、萬物の臭を以て體と為す。口に體無し、萬物の味を以て體と為す。心に體無し、天地萬物の感應するの是非を以て體と為す』。
○問:「天壽不貳:」先生曰:「學問功夫,於一切聲利、嗜好,俱能脫落殆盡,尚有一種生死念頭毫髮掛帶,便於全體有末融釋處。人於生死念頭,本從生身命桹上帶來,故不易去;若於此處見得破,透得過,此心全體方是流行無礙,方是盡悾至命之學。」
問う『夭壽貳らず』。先生曰く『學問功夫は、一切の聲利・嗜好に於いて、俱に能く脱落して殆ど尽くし、尚お一種の生死の念頭毫髮の掛帶有れば、便ち全體に於て未だ融釋ならざる處有り。人は生死の念頭に於いて、本來生身命根の上より帶び來る、故に易く去らず。若し此の處に於て見ること破れ透ること過ぎ得れば、此の心全體方に是れ流行礙無く、方に是れ性を尽くし命に至るの學』。
○一友問:「欲於靜坐時,將好名,好色、好貨等根,逐一搜尋,掃除廓清,恐是剜肉做瘡否?」先生正色曰:「這是我醫人的方子,真是去得人病根,更有大本事人過了十數年,亦還用得著。你如不用,且放起,不要怍壞我的力子!」是友愧謝。少閒曰:「此量非你事,必吾們稍知意思者為此說以誤汝。」在坐者皆悚然。
一友問う『靜坐する時に於て、名を好み色を好み貨を好む等の根を將りて、逐一搜尋し、掃除廓清せんと欲す、恐らく是れ肉を剜りて瘡を做すか』。先生正色して曰く『此れ是れ我が人を醫するの方子、真に是れ人の病根を去るを得。更に大本事の人は十數年を過ぎても、亦た還た之を用い著くを得。汝如し用いざれば、且く放り起き、我が方子を作壞する要れ』。此の友愧じて謝す。一會兒を過ぎて曰く『此の量は汝の事に非ず、必ず是れ吾們の稍々意思を知るの此の説を為して以て汝を誤れる』。座に在る者皆悚然たり。
○一友問功夫不切。先生曰:「學問功夫,我已曾一句道盡,如何今日轉說轉遠,都不著根!」對曰:「致良知蓋聞教矣,然亦須講明。」先生曰:「既知致良知,又何可講明?良知本是明白,實落用功便是;不肯用功,只在語一言上轉說轉楜塗。」曰:「正求講明致之之功。」先生曰:「此亦須你自家求,我亦無別法可道。昔有禪師,人來問法,只把塵尾提起。一日,其徒將其塵尾藏過,試他如何設法。禪師尋塵尾不見,又只空手提起。我這個良知就是設法的塵尾,舍了這個,有何可提得?」少閒,又一友請問功夫切要。先生旁顧曰:「我塵尾安在?」一時在坐著皆躍然。
一友功夫切ならざるを問う。先生曰く『學問功夫は、我已に曾て一句に道り尽くし、如何に今日轉じて説く轉じて遠し、皆根に著かず』。對えて曰く『良知を致すは蓋し教を聞き了り、然るに亦た須く講明せんことを』。先生曰く『既に良知を致すを知れば、又何の講明す可きか有らん。良知本來是れ明白、實落に用功すれば便ち是れ。肯んじて用功せず、只在りて語言の上に轉説して轉じて糊涂す』。曰く『正しく之を致すの功を講明せんことを求む』。先生曰く『此れも亦た須く汝自家求めよ、我も亦た別法道る可き無し。昔に禪師有りて、人來りて法を問えば、只塵尾を把りて提起す。一日、其の徒其の塵尾を將りて藏過して、彼如何に法を設くるかを試みんとす。禪師塵尾を尋ねて見えず、又只空手提起す。我此の個の良知就きて是れ法を設くるの塵尾。此の個を舍てば、何の提げ得る可きか有らん』。一會兒を過ぎて、又一友功夫の切要を請問す。先生旁を顧みて曰く『我が塵尾安んぞ在り』。一時座に在る者皆躍然たり。
○或問至誠前知。先生曰:「誠是實理,只是一個良知。實理之妙用流行就是神,其萌動處就是幾。詼神幾曰聖人。聖人不貴前知;禍福之來,雖聖人有所不免,聖人只是知幾,遇變而通耳。良知無前後,只知得見在的幾,便是一了百了。若有個前知的心,就是私心,就有趨避利害的意。邵子必於前知,終是利害心未盡扈。」
或いは至誠の前知を問う。先生曰く『誠是れ實理、只是一箇の良知。實理の妙用流行は就きて是れ神、其の萌動する處は就きて是れ幾。誠・神・幾を曰く聖人。聖人は前知を貴ばず。禍福の來るは、雖れ聖人も免れざる所有り。聖人只是幾を知りて、變に遇い而して通ずるのみ。良知に前後無し、只見在るの幾を知り得れば、便ち是れ一了百了。若し個の前知の心有れば、就きて是れ私心、就きて利害を趨避するの意有り。邵子は必ず前知に於てす、終に是れ利害の心未だ尽くさざる處』。
○先生曰:「無知無不知,本體原是如此。譬如日未嘗有心照物,而自無物不照,無照無不照,原是日的本體。良知本無知,今卻要有知,本無不知,今卻疑有不知,只是信不及耳。」
先生曰く『知無く知らざる無し、本体原來是れ此の如し。譬如ば日未嘗て心に物を照らす有りとも、而して自ら物照らさざる無し。照る無く照らさざる無し、原來是れ日の本体。良知本來知無し、今却って知有らんと要す。本來知らざる無し、今却って知らざる有るを疑う。只是信及ばざるのみ』。
○先生曰:「『惟天下之聖,為能聰明睿知』,舊看何等玄妙,今看來原是人人自有的;耳原是聰,目原是明,心思原是睿知,聖人只是一能之爾,能處正是良知。眾人不能,只是個不致知。何等明白簡易!」
先生曰く『「惟れ天下の至聖は、能く聰明睿知と為る」、舊に看れば何等か玄妙、今看來れば原來是れ人人自ら有る所。耳原來是れ聰、目原來是れ明、心思原來是れ睿知。聖人只是一能く之のみ、能くする處正しく是れ良知。衆人は能わず、只是個の知を致さざるなり。何等か明白簡易』。
○問:「孔子所謂遠慮,周公夜以日,與將迎不同何如?」先生曰:「遠慮不是茫茫蕩蕩去思慮,只是要存這天理。天理在人心,互古亙今,無有終始。天理郥是良知,千思萬慮,只是要致良知。良知愈思愈精明,若不精思,漫然隨事應去,真知便粗了。若只著在事上茫茫蕩蕩去思,教做遠慮,便不免有譭譽、得喪、人慾,攙入其中,就是將迎了。周公終夜以思,只是『戒慎不睹,恐懼不聞』的功夫;見得時其氣象與將迎自別。」
問う『孔子の所謂遠慮は、周公の夜を以て日に繼ぐと、將迎と與に同じからず、怎麼樣か』。先生曰く『遠慮是れ茫茫蕩蕩として去りて思慮するに非ず、只是要く此の天理を存せん。天理は人心に在りて、亙古亙今にして、終始有る無し。天理即ち是れ良知。千思萬慮は、只是要く良知を致せん。良知は愈々思う愈々精明。若し精思せざれば、漫然として事に隨いて應じ去れば、良知便ち粗矣。若し只事の上に著いて茫茫蕩蕩として去りて思えば、之を遠慮と叫ぶ、便ち不免毁譽・得喪・人欲其の中に搀入して、就きて是れ將迎矣。周公の終夜を以て思うは、只是「睹えざるに戒慎し聞こえざるに恐懼す」の功夫。見得る時は、其の氣象は將迎と與に自ら別なり』。
○問:「『一日克己復禮,天下歸仁』,朱子作效驗說,如何?」先生曰:「聖賢只是為己之學,重功不重效驗。仁者以萬物為體:不能一體,只是己私未忘。全得仁體,則天下皆歸於吾仁,就是八荒皆在我闥意:天下皆與;其仁亦在其中。如『在邦無怨,在家無怨』,亦只是自家不怨,如『不怨天,不尤人』之意;然家邦無怨於我,亦在其中,但所重不在此。」
問う『「一日己に克ち禮に復れば、天下仁に歸す」、朱子は效驗と作して説く、怎麼樣か』。先生曰く『聖賢只是己を為すの學、功を重んじて效驗を重んぜず。仁者は萬物を以て體と為す。能く一體せざれば、只是己私未だ忘れざるなり。全く仁體を得れば、則ち天下皆吾が仁に歸す、就きて是れ八荒皆我が闥に在るの意思。天下皆其の仁に與するも、亦た其の中に在り。如し「邦に在りて怨無く、家に在りて怨無し」も、也只是自家怨まず、「天を怨まず人を尤めず」の意の如し。然るに家邦我に於て怨無きも、亦た其の中に在り、但し重んずる所此に在らず』。
○問:「孟子『巧力、聖智』之說,朱子云:『三子力有餘而巧不足。』何如?」先生曰:「三子固有力亦有巧。巧、力實非兩事,巧亦只在用力處,力而不巧,亦是徒力。三子譬如射,一能步箭,一能馬箭,一能遠箭,他射得到俱謂之力,中虛俱可謂之巧;但步不能馬,馬不能遠,各有斫長,便是才力分限有不同處。孔子則三者皆長。然孔子之和只到得柳下惠而極,清只到得伯夷而極,任只到得伊尹而極,何曾加得些子。若謂『三子力有餘而巧不足』,則其力反過孔子了。『巧、力』只是發明『聖、知』之義,若識得『聖、知』本體是何物,便自了然。」
問う『孟子の「巧力・聖智」の説は、朱子曰く「三子は力餘有りて而して巧足らず」、怎麼樣か』。先生曰く『三子固より力有り亦た巧有り。巧・力實に兩事に非ず。巧も亦た只在りて力を用いる處、力にして而して巧ならざれば、亦た是れ徒力。三子譬如ば射、一は能く步箭し、一は能く馬箭し、一は能く遠箭す。彼射ること到り得るは俱に之を力と謂い、中る處は俱に之を巧と謂う可し。但し步は能く馬せず、馬は能く遠くせず、各々長ずる所有り、便ち是れ才力分限同じからざる處有り。孔子は則ち三者皆長ず。然るに孔子の和は只柳下惠に到り得て而して極まり、清は只伯夷に到り得て而して極まり、任は只伊尹に到り得て而して極まる、何ぞかつて些子を加え得ん。若し「三子力餘有りて而して巧足らず」と謂わば、則ち其の力反って孔子に過ぎ矣。「巧・力」只是「聖・知」の義を發明す。若し「聖・知」の本体是れ何物なるかを識り得れば、便ち自ら了然たらん』。
○先生曰:「『先天而天弗違』,天郥真知也。『後天而奉天時』,良知即天也。」
先生曰く『「天に先んじて而して天違わず」は、天即ち良知。「天に後れて而して天時を奉ず」は、良知即ち天』。
○「良知只是個是非之心:是非只是個好惡,只好惡就盡了是非,只是非就盡了萬事萬變。」又曰:「是非兩字是個大規矩,巧處則存乎其人。」
『良知只是個の是非の心。是非只是個の好惡。只好惡すれば就きて是非を尽くし、只是非すれば就きて萬事萬變を尽くす』。又曰く『是非の兩字是れ個の大きな規矩、巧の處は則ち其の人に存り』。
○「聖人之知,如青天之日,賢人如浮雲天日,愚人如陰霾天日,雖有昏明不同,其能辨黑白則一。雖昏黑夜裡,亦影影見得黑白,就是日之餘光未盡處。因學功夫,亦只從這點明處精察去耳。」
『聖人の知は、青天の日の如し。賢人は浮雲の天日の如し。愚人は陰霾の天日の如し。雖れ昏明同じからざる有りとも、其の能く黑白を辨ずれば則ち一。雖れ昏き暗夜の裡も、亦た影影として黑白を見得る、就きて是れ日の餘光未だ尽きざる處。困學の功夫も、也只此の點の明の處より精察して去るのみ』。
○問:「知譬日,欲譬云,雲雖能蔽日,亦是天之一氣合有的,欲亦莫非人心臺有否?」先生曰:「喜、怒、哀、懼、愛、惡、欲,諝之七情,七者俱是人心臺有的:但要認得良知明白。比如日光,亦不可指著力斫,一隙通明,皆是日光所在:雖雲霧四塞:太虛中色象可辨,亦是日光不滅處:不可以雲能蔽日,教天不要生雲。七情順其自然之流行,皆是良知之目,不可分別善惡;但不可有所著。七情有著,俱謂之慾,俱為良知之蔽。然才有著時,良知亦自會覺,覺即蔽去,復其體矣。此處能勘得破,力是簡易透徹功夫。」
問う『知譬れば日、慾譬れば雲。雲雖れ能く日を蔽うとも、亦た是れ天の一氣の合して有る所、慾も亦た人心の合して有る所に非ざる莫しか』。先生曰く『喜・怒・哀・懼・愛・惡・慾を、之を七情と謂う。七者俱に是れ人心の合して有る所、但し要く良知明白を認得せん。比するに日光の如く、亦た何の處を指す可からず、一隙通明して、皆是れ日光の所在。雖れ雲霧四塞すとも、太虚の中色象辨ず可きは、亦た是れ日光滅せざる處。以て雲能く日を蔽うを、天に教えて雲を生ぜしめざらしむ可からず。七情其の自然の流行に順えば、皆是れ良知の用、善惡を分別す可からず、但し所有るに著く可からず。七情著有れば、俱に之を慾と謂い、俱に良知の蔽と為る。然るに才に著有る時は、良知も亦た自ら會して覺え、覺えば即ち蔽去りて、其の體を復し矣。此の處能く勘破し得て、才に是れ簡易透徹の功夫』。
○問:「聖人生知、安行是自然的,如何有甚功夫?」先生曰:「知、行二字,即是功夫,但有淺深難易之殊耳。良知原是精精明明的。如欲孝親生知,安行的只是依此真知落實盡孝而已,學知、利行者只是時時省覺,務要依此真知盡孝已:至於困知、勉行者,蔽錮已深,雖要依此良知去孝,又為私慾所阻,是以不能,必須加人一己百、人十己千之功,方能依此真知以盡其孝。聖人雖是生知、安行,然其心不敢自是肯做困知、勉行的功夫。困知、勉行的卻要思量做生知、安行的事,怎生成得?」
問う『聖人の生知・安行是れ自然、如何に甚だ功夫有らん』。先生曰く『知・行の二字即ち是れ功夫、但し淺深難易の殊有るのみ。良知原來是れ精精明明。如し親に孝せんと欲すれば、生知・安行のは只是此の良知に依りて落實して孝を尽くすのみ。學知・利行のは只是時時に省覺して、務めて要く此の良知に依りて孝を尽くすのみ。至りて困知・勉行のは、蔽錮已に深し、雖れ要く此の良知に依りて去りて孝せんとも、又私欲の阻む所と為る、故に能わず、必ず須く人一己百・人十己千の功を加えて、方能く此の良知に依りて以て其の孝を尽くさん。聖人雖れ是れ生知・安行なりとも、然るに其の心敢えて自ら是とせず、肯んじて困知・勉行の功夫を做す。困知・勉行のは却って要く思量して生知・安行の事を做せんとす、怎麼成り得ん』。
○問:「樂是心之本體,不知遇大故,於哀哭時,此樂還在否?」先生曰:「須是大哭一番了方樂,不哭便不樂矣;雖哭,此心安處是樂也;本體未嘗有動。」
問う『樂是れ心の本体、知らず大故に遇いて、哀哭する時に於て、此の樂還た在るか』。先生曰く『須く是れ大哭して一番して方に樂、哭せざれば便ち樂ならず。雖れ哭すとも、此の心安んずる處即ち是れ樂。本体未嘗て動有らず』。
○問:「良知一而已,文王作彖,周公系爻,孔子贊《易》,同以各自看理不同?」先生曰:「聖人何能拘得死格,大要出於良知同,便各為說何害?且如一園竹,只要同此忮節,便是大同:若拘定枝枝節節,都要高下大小一樣,便非造化妙手矣。汝輩只要去培養良知:良知同,更不妨有異處。汝輩若不肯用功,連芛也不曾抽得,何處去論枝節?」
問う『良知一のみ、文王彖を作り、周公爻を繫ぎ、孔子《易》を贊す、何以て各々自ら理を看ること同じからざるか』。先生曰く『聖人何ぞ能く死格を拘え得ん。大要良知に出づること同じければ、便ち各々説を為す何の害か有らん。且く一園の竹の如く、只要く此の枝節に同じからば、便ち是れ大同。若し拘定して枝枝節節皆高下大小一樣ならんことを要せば、便ち造化の妙手に非ず。汝輩只要く去りて良知を培養せん。良知同じければ、更に異處有るを妨げず。汝輩若し肯んじて用功せざれば、笋を連ねても曾て抽くを得ず、何の處に去りて枝節を論ぜん』。
○鄉人有父子訟獄請訴於先生,侍者欲阻之,先生聽之,言不終辭,其父子相抱慟哭而去:柴鳴治人問曰:「先生何言,致伊感悔之速?」先生曰:我言舜是世間大不孝的子,瞽是世間大慈的父。」鳴冶愕然請問。先生曰:「舜常自以為大不孝,所以能孝:瞽瞍常自以為大慈,所以下能慈:瞽瞍記得舜是我提孩長的,今何不曾豫悅我,不知自心已為後妻所移了,尚謂自家能慈,斫以愈不能慈:舜只思父提孩我時如何愛我,今日不愛,只是我不能盡孝,日思所以不能盡孝虛,所以愈能孝。及至瞽瞍底豫時,又不過復得此心原慈的本體。所以後世稱舜是個古今大孝的子,瞽瞍亦做成個慈父。」
鄉人に父子訟獄有りて、先生に訴えんことを請う。侍者之を阻まんと欲す。先生之を聽きて、言辭を終えずして、其の父子相い抱きて慟哭して而して去る。柴鳴治入りて問う『先生何を言いて、伊を致して感悔するの速やかなるか』。先生曰く『我舜是れ世間大不孝の子、瞽瞍是れ世間大慈の父と言えり』。鳴治愕然として請問す。先生曰く『舜常に自ら以て大不孝と為す、故に能く孝。瞽瞍常に自ら以て大慈と為す、故に能く慈ならず。瞽瞍は記え得て舜是れ我が孩を提げて長じたり、今何ぞ曾て我を豫悅せざる、知らず自ら心已に後妻の移す所と為る、尚お自家能く慈と謂う、故に愈々能く慈ならず。舜只父の孩を提げて我としたる時如何に我を愛せしかを思う、今日愛せざるは、只是我の能く孝を尽くさざるなり、日に能く孝を尽くさざる處を思う、故に愈々能く孝。及び至りて瞽瞍豫を底す時は、又不過此の心の原來慈の本体を復し得るのみ。故に後世舜を稱して個の古今大孝の子と為し、瞽瞍も亦た做し成りて個の慈父と為る』。
○先生曰:「孔子有鄙夫來問,未嘗先有知識以應之,其心只空空而已:但叩他自知的是非兩端,與之一剖決,鄙夫之心便已瞭然。鄙夫自知的是非,便是尥本來天則,雖聖人聰明,如何可與增減得一毫?他只不能自信,夫子與之一剖決,便已竭盡無餘了。若夫子與鄙失言時,留得些子知識在,便是不掛竭他的良知,道體即有二了。」
先生曰く『孔子に鄙夫來りて問う有り、未嘗て先に知識有りて以て之に應ず、其の心只空空のみ。但し彼を叩きて自ら知るの是非の兩端を、之と與に一たび剖決すれば、鄙夫の心便ち已に了然たり。鄙夫の自ら知るの是非は、便ち是れ彼の本來の天則。雖れ聖人聰明なりとも、如何に與に一毫を增減し得ん。彼只自ら信ずる能わざるのみ、夫子之と與に一たび剖決すれば、便ち已に竭くして餘無し。若し夫子鄙夫と與に言う時、些子の知識を留め得て在らば、便ち是れ彼の良知を竭くさざる不盡、道體即ち二有り矣』。
○先生曰:「『烝烝乂,不格奸』,本注說象已進於義,不至大為奸惡。舜徵庸後,象猶日以殺舜為事,何大奸惡如之!舜只是自進於乂,以乂熏烝,不去正地奸惡。凡文過揜慝,此是惡人常態;若要指摘他是非,反去激尥惡性。舜初時致得象要殺己,亦是要象好的心太急,此就是舜之過處。經過來,乃知功夫只在自己,不去責人,所以致得『克諧』;此是舜動心忍性、增益不能處。古人言語,俱是自家經歷過來,所以說得親切,遺之後世,曲當人情:若非自家經過,如何得他許多苦心處。」
先生曰く『「烝烝乂にして、奸を格さず」、本注は象已に義に進みて、至らず大いに奸惡を為すと説く。舜征庸の後、象猶ほ日に舜を殺すを以て事と為す、何の大奸惡か之の如くあらん。舜只是自ら乂に進みて、乂を以て熏烝し、去りて彼の奸惡を正さず。凡そ過を文り慝を掩うは、此れ是れ惡人の常態。若し要く彼の是非を指摘せば、反って去りて彼の惡性を激す。舜初めの時致り得て象をして己を殺さんと欲せしめたるは、亦た要く象の好き心の太も急なるを象らんとするなり、此れ就きて是れ舜の過の處。經て來りて、乃ち功夫只在りて自己にして、去りて人を責めざるを知る、故に致り得て「克く諧す」。此れ是れ舜の心を動かし性を忍び、能わざるを增益する處。古人の言語は、俱に是れ自家經歷して過來る、故に説き得て親切して、之を後世に遺し、人情に曲當す。若し自家經過せざらば、如何に彼の許多の苦心の處を得ん』。
○先生曰:「古樂不作久矣:今之戲子,尚與古樂意思相近。」未達,請問。先生曰:「『韶』之九成,便是舜的一本戲子:『武』之九變,便是武王的一本戲子。聖人一生實事,俱播在樂中,所以有德者聞之,便知他盡善、盡美與盡美未盡善處。若後世作樂,只是做些詞調,於民俗風化絕無關涉,何以化民善俗!今要民俗反樸還淳,取今之戲子,將妖淫詞調俱去了,只取忠臣、孝子故事,使愚俗百姓人人易曉,無意中感激他良知起來,卻於風化有益;然後古樂漸次可復矣。」曰:「洪要求元聲不可得,恐於古樂亦難復。」先生曰:「你說元聲在何處求?」對曰:「古人制管侯氣,恐是求元聲之法。」先生曰:「若要去葭灰黍粒中求元聲,卻如水底撈月,如何可得?元聲只在你心上求。」曰:「心如何求?」先生曰:「古人為治,先養得人心和平,然後作樂。比如在此歌詩,你的心氣和平,聽者自然悅懌興起,只此便是元聲之始。《書》云:『詩言志』,志便是樂的本:『歌永言』,歌便是作樂的本:『聲依永,律和聲』,律只要和聲,和聲便是制律的本:何嘗求之於外?」曰:「古人制侯氣法,是意何取?」先生曰:「古人具中和之體以作樂,我的中和原與天地之氣相應,候天地之氣,協鳳凰之音,不過去驗我的氣果和否:此是成律已後事,非必待此以成律也。今要侯灰管,必須定至曰:然至日子時恐又不準,又何處取得準來?」
先生曰く『古樂作らざること久し。今の戲子は、尚お古樂の意思と與に相近し』。未だ達せず、請問す。先生曰く『「韶」の九成は、便ち是れ舜の一本の戲子。「武」の九變は、便ち是れ武王の一本の戲子。聖人の一生の實事は、俱に樂の中に播在す、故に德有る者之を聞けば、便ち彼の善を尽くし美を尽くすと美を尽くして善を尽くさざる處とを知る。若し後世樂を作れば、只是些の詞調を做して、民俗風化に於て絕えて關渉無し、何以て民を化し俗を善くせん。今要く民俗をして朴に反り淳に還らしめ、今の戲子を取りて、妖淫の詞調を將りて俱に去り、只忠臣・孝子の故事を取りて、愚俗の百姓をして人人易曉せしめ、意無き中に彼の良知を感激して起き上がらしめば、却って風化に於て益有り。然る後に古樂漸次として復す可し』。曰く『洪元聲を求めて得る可からざるを要す、恐らく古樂に於ても亦た復し難し』。先生曰く『汝元聲を何の處に於て求むると説く』。對えて曰く『古人管を制して氣を候す、恐らく是れ元聲を求むるの法』。先生曰く『若し去りて葭灰黍粒の中に於て元聲を求めんと要せば、却って水底に月を捞うが如く、如何に得る可けん。元聲只汝の心の上に於て求めよ』。問う『心如何に求めん』。先生曰く『古人の治を為すは、先に人心和平を養い得て、然る後に樂を作る。比するに此に於て詩を歌うに、汝の心氣和平なれば、聽く者自然悦懌して興起す、只此れ便ち是れ元聲の始。《書》曰く「詩は志を言う」、志便ち是れ樂の本。「歌は言を永くす」、歌便ち是れ樂を作るの本。「聲は永に依り、律は聲を和す」、律只要く聲を和せん、聲を和すれば便ち是れ律を制するの本。何ぞかつて之を外に求めん』。問う『古人の候氣の法を制するは、是れ意何を取るか』。先生曰く『古人中和の體を具えて以て樂を作る。我が中和原來天地の氣と與に相應ず。天地の氣を候して、鳳凰の音に協うは、不過去りて我が氣果して和なるか否かを驗す。此れ是れ律を成す以後の事、必ず此を待ちて以て律を成すに非ず。今要く灰管を候せば、必ず須く至日を定めよ。然るに至日の子時恐らく又准ならず、又何の處に取りて准を得來らん』。
○先生曰:「學問也要點化,但不如自家解化者,自一了百當:不然,亦點化許多不得。」
先生曰く『學問も亦た要く點化せん、但し自家解化するに如かず、自ら一了百當す。然らざれば、亦た點化すとも許多得る可からず』。
○「孔子氣魄極大,凡帝王事業,無不一一理會,也只從那心上來:譬如大樹有多少枝葉,也只是根本上用得培養功夫,故自然能如此,非是從枝葉上用功做得根本也。學者學孔子,不在心上用功,汲汲然去學那氣魄,卻倒做了。」
『孔子の氣魄極めて大、凡そ帝王の事業は、一一として理會せざる無し、也只那の心の上より來る。譬如ば大樹の多少の枝葉有るも、也只是根本の上に於て培養の功夫を用い得たり、故に自然能く此の如し、是れ枝葉の上より用功して做して根本を得るに非ず。學者孔子に學ぶに、心の上に於て用功せずして、汲汲然として去りて那の氣魄に學ぶは、却って倒れて做し矣』。
○「人有過,多於過上用功,就是補甑,其流必歸於文過。」
『人過有れば、多く過の上に於て用功すれば、就きて是れ甑を補う、其の流必ず過を文るに歸せん』。
○「今人於吃飯時,雖伏二事在前,其心常沒役不寧,只緣此心忙憒了,所以收攝不住。」
『今人飯を喫する時に於て、雖れ一事も前に在る無し、其の心常に役役として寧らず、只此の心忙くして愦れたるに緣る、故に收攝して住るを得ず』。
○「琴、瑟、簡編,學者不可無,蓋有業以居之,心就不放。」
『琴・瑟・簡編は、學者無かる可からず。蓋し業有りて以て之に居れば、心就きて放たれず』。
○先生嘆曰:「世間知學的人,只有這些病痛打不破,就不是善與人同。」崇一曰:「這病痛只是個好高不能忘己爾。」
先生歎息して曰く『世間學を知るの人は、只有りて此れらの病痛打破せず、便ち是れ人と與に同じくするを善くせざるなり』。崇一曰く『此の病痛只是個の高を好みて己を忘るる能わざるのみ』。
○問:「良知原是中和的,如何卻有過、不及?」先生曰:「知得過、不及處,就是中和。」
問う『良知原來是れ中和、如何に却って過・不及有らん』。先生曰く『過・不及の處を知り得れば、就きて是れ中和』。
○「『所惡於上」是良知,『毋以使下」即是致知。」
『「上に於て惡む所」是れ良知、「以て下に使わしめる毋れ」即ち是れ知を致す』。
○先生曰:「蘇秦、張儀之智,也是聖人之資。後世事業文章,許多豪傑名家,只是學得儀、秦故智。儀、秦學術善揣摸人情,無一些不中人肯綮,故其說不能窮。儀、秦亦是窺見得良知妙用處,但用之於不善爾。」
先生曰く『蘇秦・張儀の智は、亦た是れ聖人の資。後世の事業文章は、許多の豪杰名家、只是儀・秦の故智を學び得たり。儀・秦の學術は善く人情を揣摸し、一些も人の肯綮に中らざる無し、故に其の説窮まる能わず。儀・秦も亦た是れ良知の妙用の處を窺見し得たり、但し之を不善に用いるのみ』。
○或問未發已發。先生曰,「只緣後儒將未發已發分說了。只得劈頭說個無未發已發,使人自思得之。若說有個已發未發,聽者依舊落在後儒見解。若真見得無未發已發,說個有未發已發,原不妨。原有個未發已發在」。問曰,「未發未嘗不和。已發未嘗不中。譬如鐘聲,未扣不付謂無,即扣不付謂有。畢竟有個扣與不扣,「何如」?先生曰,「未扣時原是驚天動地。即扣時也只是寂天默地」。
或いは未發已發を問う。先生曰く『只後儒未發已發を將りて分かち説きたるに緣る、只得て劈頭に個の未發已發無きを説き、人をして自ら思い得せしむ。若し個の已發未發有りと説かば、聽く者依舊後儒の見解に落ちん。若し真に未發已發無きを見得て、個の未發已發有りと説くは、原來妨げず、原來個の未發已發在り』。問う『未發未嘗て和せず、已發未嘗て中せず。譬如ば鐘の聲は、未だ扣かざれば無しと謂う可からず、即ち扣けば有りと謂う可からず。畢竟個の扣くと扣かざると有り、怎麼樣か』。先生曰く『未だ扣かざる時原來是れ天を驚かし地を動かす、即ち扣く時も也只是寂たる天默たる地』。
○問:「古人論性,各有異同,何者乃為定論?」先生曰:「性無定體,論亦無定體,有自本體上說者,有自發用上說者,有自源頭上說者,有自流弊處說者:總而言之,只是一個性,但所見有淺深爾。若執定一邊,便不是了。悾之本體,原是無善、無惡的,發用上也原是可以為善、可以為不善的,其流弊也原是一定善、一定惡的。譬如眼,有喜時的眼,有怒時的眼,直視就是看的眼,微視就是覷的眼:總而言之,只是這個眼。若見得怒時眼,就說未嘗有喜的眼,見得看時眼,就說未嘗有覷的眼,皆是執定,就知是錯。孟子說性,直從源頭上說來,亦是說個大溉如此。荀子性惡之說,是從流弊上來,也未可盡說他不是:只是見得未精耳。眾人則失了心之本體。」問:「孟子從源頭上說性,要人用功在源頭上明徹:荀子從流弊說性,功夫只在末流上救正,便費力了。」先生曰:「然。」
問う『古人の性を論ずるは、各々異同有り、何者か乃ち定論と為るか』。先生曰く『性に定體無し、論も亦た定體無し。自ら本体の上に説く有り、自ら發用の上に説く有り、自ら源頭の上に説く有り、自ら流弊の處に説く有り。總じて之を言えば、只是一箇の性、但し見る所淺深有るのみ。若し一邊を執定せば、便ち是ならず。性の本体は、原來是れ善無く惡無し。發用の上も亦た原來是れ以て善と為す可く不善と為す可し。其の流弊も亦た原來是れ一定に善・一定に惡。譬如ば眼の、喜ぶ時の眼有り、怒る時の眼有り、直視すれば就きて是れ看るの眼、微視すれば就きて是れ覗うの眼。總じて之を言えば、只是此の個の眼。若し怒る時の眼を見得て、就きて未嘗て喜ぶの眼有らずと説き、看る時の眼を見得て、就きて未嘗て覗うの眼有らずと説くは、皆是れ執定、就きて是れ錯なるを知る。孟子の性を説くは、直に源頭の上より説き來る、亦た是れ個の大概此の如くを説く。荀子の性惡の説は、是れ流弊の上より來る、亦た未だ彼を説きて是ならずと尽くす可からず、只是見ること未だ精ならざるのみ。衆人は則ち心の本体を失い矣』。問う『孟子は源頭の上より性を説く、人に要く功夫して源頭の上に於て明徹せしむ。荀子は流弊より性を説く、功夫只在りて末流の上に於て救正す、便ち力を費やし矣』。先生曰く『是の如し』。
○先生曰:「用功到精處,愈著不得言語,說理愈難。若著意在精微上,全體功夫反蔽泥了。」
先生曰く『用功精の處に到れば、愈々言語を著くるを得ず、理を説く愈々難し。若し意を精微の上に著けば、全體の功夫反って蔽い泥まり矣』。
○楊慈湖不為無見,又著在無聲無臭上見了。」
『楊慈湖は無見と為さず、又無聲無臭の上に著いて見えり』。
○人一日間,古今世界都經過一番,只是人不見耳。夜氣清明時,無視無聽,無思無怍,淡然平懷,就是羲皇世界。平旦時,神清氣朗,雍雍穆穆,就是堯、舜世界;日中以前,禮巖交會,氣象秩然,就是三代世界:日中以後,神氣漸昏,往來雜擾,就是春秋、戰國世界;漸漸昏夜,萬物寢息,景象寂寥,就是人消物盡世界。學者信得良知過,不為氣所亂,便常做個羲皇已上人。」
人一日の間に、古今の世界皆一番經て過ぐ、只是人見えざるのみ。夜氣清明の時は、視る無く聽く無く、思う無く作す無く、淡然として平懷、就きて是れ羲皇の世界。平旦の時は、神清く氣朗かにして、雍雍穆穆として、就きて是れ堯・舜の世界。日中以前は、禮儀交會して、氣象秩然として、就きて是れ三代の世界。日中以後は、神氣漸く昏れ、往來雜擾して、就きて是れ春秋・戰國の世界。漸々昏夜にして、萬物寢息し、景象寂寥として、就きて是れ人消え物尽くるの世界。學者は良知過ぐるを信じ得て、氣の亂る所と為らざれば、便ち常に個の羲皇以上の人を做す。
