Libo

01

西汉 · 扬雄 · 第1巻 / 7

学んだことを実行に移すのが最上等、それを説き述べられるのが次、人に教えられるのがまた次、これらがなければただの凡人である。

儒家典籍

初学は四書から入るのがよい。大学が綱を立て、論語が言を記し、孟子が展開し、中庸が収束する。続いて詩経・尚書・礼記と春秋三伝へ。荀子・春秋繁露・近思録・伝習録は、経学の外で儒学がどう語られてきたかを見る几道である。

學行之,上也;言之,次也;教人,又其次也;鹹無焉,為眾人。

学んだことを実行に移すのが最上等、それを説き述べられるのが次、人に教えられるのがまた次、これらがなければただの凡人である。

或曰:「人羨久生,將以學也,可謂好學已乎?」曰:「未之好也。學不羨。」

ある人が言った。「人が長寿を羨むのは学ぶためである、好学といえるだろうか?」揚雄は言った。「まだ真の好学ではない。真に学ぶを好む者は、長寿を学びの条件とはしない。」

天之道不在仲尼乎?仲尼駕說者也,不在茲儒乎?如將復駕其所說,則莫若使諸儒金口而木舌。

天の道理は孔子に在るのではないか?孔子はこの道理を載せて伝えた人であり、その道理は今この儒者たちに在るのではないか。もし彼の伝えたものをさらに載せて伝えようとするなら、衆儒者にみな金口木舌の木鐸をさせ、孔子のように教化を宣揚させるに如かない。

或曰:「學無益也,如質何?」曰:「未之思矣。夫有刀者礲諸,有玉者錯諸。不礲不錯,焉攸用?礲而錯諸,質在其中矣。否則輟。」

ある人が言った。「学習に益はなく、天賦の資質がまたどうできよう?」揚雄は言った。「これは思い至っていない。刀ある者はそれを磨ぎ、玉ある者はそれを磋く。磨がず磋がずして、何の用に立とうか?磨ぎ磋けば、資質はその中に在る。こうしなければ、止めてしまえ。」

螟𧕅之子殪而逢,蜾蠃祝之曰:「類我,類我。」久則肖之矣。速哉,七十子之肖仲尼也!

螟蛉の幼虫が死ぬと、蜾蠃がこれに遭い、それに向かって祝祷して言う。「我に似よ、我に似よ。」時日が経つと、蜾蠃に似るようになる。孔子の七十人の弟子が孔子に似るとは、何と速いことか!

學以治之,思以精之,朋友以磨之,名譽以崇之,不倦以終之,可謂好學也已矣。

学習をもって己の性情を治め、思考をもってそれを精純にし、朋友をもって切磋砥礪し、名誉をもってそれを崇高にし、倦まざるをもって終始を貫く、これをもって好学と呼ぶべきである。

孔子習周公者也,顏淵習孔子者也。羿、逄蒙分其弓,良捨其策,般投其斧而習諸,孰曰非也?或曰:「此名也,彼名也,處一焉而已矣。」曰:「川有瀆,山有嶽,高而且大者,眾人所能踰也。」

孔子は周公を学んだ人であり、顔淵は孔子を学んだ人である。后羿と逢蒙が弓を捨て、王良が馬鞭を捨て、公輸般が斧を棄てて、みな周公・孔子を学びに来れば、誰が正しくないと言えようか。ある人が言った。「これも一つの名声、あれも一つの名声、そのうちの一つに居ればよい。」揚雄は言った。「江河の中に大瀆があり、山陵の中に五岳がある。あの高く大いなる者こそ、衆人が攀仰できるものである。」

或問:「世言鑄金,金可鑄與?」曰:「吾聞覿君子者,問鑄人,不問鑄金。」或曰:「人可鑄與?」曰:「孔子鑄顏淵矣。」或人踧爾曰:「旨哉!問鑄金,得鑄人。」

ある人が問うた。「世の皆は金を鋳ると言うが、金は本当に鋳成できるか?」揚雄は言った。「君子に見える者が問うのはいかに人を鋳るかであって、いかに金を鋳るかではないと聞く。」ある人が言った。「人も鋳られるか?」揚雄は言った。「孔子はすでに顔淵を鋳成した。」その人は恭しく嘆じて言った。「意味深いことだ!金を鋳ることを問うたのに、得たのは人を鋳ることであった。」

學者,所以修性也。視、聽、言、貌、思,性所有也。學則正,否則邪。

学習とは、本性を修養するためのものである。看・聴・言・容貌・思慮は、いずれも本性の具わるところである。学べば端正になり、学ばなければ偏邪となる。

師哉!師哉!桐子之命也。務學不如務求師。師者,人之模範也。模不模,範不範,為不少矣。

師よ!師よ!これは童子の命運の繋がるところである。学ぶに力を致すは、師を求めるに力を致すに如かない。師とは、人の模範である。模が模に似ず範が範に似ざるは、実に少なくない。

一閧之市,不勝異意焉;一卷之書,不勝異說焉。一閧之市,必立之平;一卷之書,必立之師。

一街の市は、あれほど多くの異なる価格を容れられない。一巻の書は、あれほど多くの異なる解説を容れられない。一街の市は、必ず一つの公平な市価を立てる。一巻の書は、必ず一人の師を立てる。

習乎習!以習非之勝是也,況習是之勝非乎?於戲,學者審其是而已矣!或曰:「焉知是而習之?」曰:「視日月而知眾星之蔑也,仰聖人而知眾說之小也。」

習慣よ習慣よ!誤りを習慣にする力をもってしても正しさに勝てるのに、まして正しさを習慣にして誤りに勝つのはなおさらではないか。ああ、学を求める者は何が正しいかを審察すれば足りる!ある人が言った。「どうしてそれが正しいと知ってから習慣にできよう?」揚雄は言った。「日月を見れば、衆星の微弱を知る。聖人を仰げば、種々の説の渺小を知る。」

學之為王者事,其已久矣。堯、舜、禹、湯、文、武汲汲,仲尼皇皇,其已久矣。

王者の為すべき事を学ぶことは、すでに久しい。堯・舜・禹・湯・文王・武王が切に学を求め、孔子が匆遽に学を求めたのも、みなすでに久しい。

或問「進」。曰:「水。」或曰:「為其不捨晝夜與?」曰:「有是哉!滿而後漸者,其水乎?」或問「鴻漸」。曰:「非其往不往,非其居不居,漸猶水乎!」「請問木漸。」曰:「止於下而漸於上者,其木也哉!亦猶水而已矣。」

ある人が「進」を問うた。揚雄は言った。「水のごとし。」ある人が言った。「昼夜に止まないからか?」揚雄は言った。「その意あり!灌ぎ満ちてさらに前へ浸潤するは、水ではないか。」ある人が「鴻漸」(『周易』漸卦は鴻を象とす)を問うた。揚雄は言った。「往くべき所に往かず、止まるべき所に止まらず、こうして漸々に進めば、やはり水のごとし!」「樹木の漸を請う。」揚雄は言った。「根を下に扎し、漸々と上に長ずるは、樹木ではないか!やはり水のごときのみ。」

吾未見斧藻其德若斧藻其楶者也。

私は己の徳行を修飾するに梁の短柱を修飾するがごとく用心する者を見たことがない。

鳥獸觸其情者也,眾人則異乎!賢人則異眾人矣,聖人則異賢人矣。禮義之作,有以矣夫。人而不學,雖無憂,如禽何?

鳥獣は情慾に触れればすぐ従うもの、凡人はそれらと異なるべきではないか!賢人はまた凡人と異なり、聖人はまた賢人と異なる。礼(節文儀則)を制作するに道理あり。人もし学ばなければ、憂患なくとも、禽獣と何の分別かあらん。

學者,所以求為君子也。求而不得者有矣,夫未有不求而得之者也。

学習とは、君子たらんことを求めるためのものである。求めて得られぬ人はあるが、求めずして得たことはいまだかつてない。

睎驥之馬,亦驥之乘也。睎顏之人,亦顏之徒也。或曰:「顏徒易乎?」曰:「睎之則是。」曰:「昔顏嘗睎夫子矣,正考甫嘗睎尹吉甫矣,公子奚斯嘗睎尹吉甫矣。不欲睎則已矣,如欲睎,孰禦焉?」

千里の馬を仰げば、千里の馬の類の乗となる。顔淵を仰ぐ者は、顔淵の類の人となる。ある人が言った。「顔淵の門徒となるは易しか?」揚雄は言った。「彼を仰ぐを肯んずれば、それである。」また言った。「昔顔淵はかつて孔子を仰ぎ、正考父はかつて尹吉甫を仰ぎ、公子奚斯はかつて尹吉甫を仰いだ。仰がんと欲せずば罷めよ。もし仰がんと欲せば、誰が遮ることができようか?」

或曰:「書與經同,而世不尚,治之可乎?」曰:「可。」或人啞爾笑曰:「須以發策決科。」曰:「大人之學也為道,小人之學也為利。子為道乎?為利乎?」或曰:「耕不穫,獵不饗,耕獵乎?」曰:「耕道而得道,獵德而得德,是穫饗已,吾不覩參、辰之相比也。」是以君子貴遷善。遷善者,聖人之徒與!百川學海而至於海,丘陵學山不至於山,是故惡夫畫也。

ある人が言った。「経書と同じ書があるが、世はこれを推崇しない。これを研治してよいか?」揚雄は言った。「よい。」その人は唖然として笑い言った。「結局それで科挙に応じて取れるようにせねば。」揚雄は言った。「大人の学問は道のため、小人の学問は利のためである。あなたは道のためか、利のためか。」ある人が言った。「耕して収穫なく、猟して食べるものなければ、なお耕し猟するか?」揚雄は言った。「道を耕せば道を得、徳を猟せば徳を得る。これがすでに収穫と獲物である。私は参星と辰星が肩を並べて現れるを見たことがない(道のためと利のためが並存しえないの喩)。」ゆえに君子は善に遷るを重んず。善に遷れる者は、聖人の門徒であろう!百川は海を学んで海に至ることができるが、丘陵は山を学んでも山に至れない。ゆえに最も半途に廃し自ら画して止まるを憎む。

頻頻之黨,甚於𪇬斯,亦賊夫糧食而已矣。朋而不心,面朋也;友而不心,面友也。

群れ成して党を結び往々来々する人は、鸒斯よりも甚だしく、ただ粮食を糟蹋するのみである。朋を結んで面と向かって心を交わさぬは、表面のみの朋。友を結んで面と向かって心を交わさぬは、表面のみの友。

或謂:「子之治產,不如丹圭之富。」曰:「吾聞先生相與言,則以仁與義;市井相與言,則以財與利。如其富,如其富!」或曰:「先生生無以養也,死無以葬也,如之何?」曰:「以其所以養,養之至也;以其所以葬,葬之至也。」

ある人が言った。「あなたが産業を営むは、丹圭ほど富まない。」揚雄は言った。「徳ある先生たちがともに語るは仁(人及び物を愛する本心)と義(事その宜を得る)であると聞く。市井の人がともに語るは財と利である。あの富がまたどうした!あの富がまたどうした!」ある人が言った。「先生は生きていては奉養する術なく、死んでからは安葬する術なし、どうするか?」揚雄は言った。「本来奉養に用いるべき道理をもって奉養すれば、これが奉養の極致である。本来安葬に用いるべき道理をもって安葬すれば、これが安葬の極致である。」

或曰:「猗頓之富以為孝,不亦至乎?顏其餒矣!」曰:「彼以其粗,顏以其精;彼以其回,顏以其貞。顏其劣乎?顏其劣乎?」

ある人が言った。「猗頓のごとき富をもって孝を行うは、極致ではないか?顔淵は飢えるところだ!」揚雄は言った。「あの人の用いたのは粗であり、顔淵の用いたのは精である。あの人の用いたのは邪曲で、顔淵の用いたのは正直である。顔淵が劣っていようか?顔淵が劣っていようか?」

或曰:「使我紆朱懷金,其樂可量也。」曰:「紆朱懷金者之樂,不如顏氏子之樂。顏氏子之樂也內,紆朱懷金者之樂也外。」或曰:「請問屢空之內。」曰:「顏不孔,雖得天下,不足以為樂。」「然亦有苦乎?」曰:「顏苦孔之卓之至也。」或人瞿然曰:「茲苦也,祇其所以為樂也與!」

ある人が言った。「もし私に朱朱紅の綬帯を佩びさせ、金印を懐に携えさせたら、その楽しみは計り量れない。」揚雄は言った。「朱綬を佩び金印を懐く人の楽しみは、顔淵の楽しみに及ばない。顔淵の楽しみは内にあり、朱綬を佩び金印を懐く人の楽しみは外にある。」ある人が言った。「屡々窮空の中、その内なる楽しみとは何かを請う。」揚雄は言った。「顔淵もし孔子のごとくならずば、天下を得ても、楽しむに足らない。」「では苦しみもあるか?」揚雄は言った。「顔淵の苦しむは、孔子の卓絶が極に達し、自ら追いつけぬことである。」その人は驚き言った。「この苦しみこそ、まさに彼の楽しむ所以ではないか!」

曰:「有教立道,無止仲尼;有學術業,無止顏淵。」或曰:「立道,仲尼不可為思矣。術業,顏淵不可為力矣。」曰:「未之思也,孰禦焉?」

揚雄は言った。「教化あって道を立つれば、孔子の影響を止められる者はない。学問あって業を修めれば、顔淵を止められる者はない。」ある人が言った。「道を立てるは、孔子といえども思慮をもって追いつけない。業を修めるは、顔淵といえども力をもって追いつけない。」揚雄は言った。「それはあなたが思わぬからだ、誰が遮ることができようか?」

02

或問:「吾子少而好賦。」曰:「然。童子彫蟲篆刻。」俄而曰:「壯夫不為也。」或曰:「賦可以諷乎?」曰:「諷乎!諷則已;不已,吾恐不免於勸也。」或曰:「霧縠之組麗。」曰:「女工之蠹矣。」《劒客論》曰:「劒可以愛身。」曰:「狴犴使人多禮乎?」

ある人が問うた。「あなたは若い時、賦を作るを好んだ。」揚雄は言った。「然り。あれは童子の雕虫篆刻の類の小技である。」しばらくしてまた言った。「大丈夫はこのようなことをしない。」ある人が言った。「賦をもって諷諫することができるか?」揚雄は言った。「諷諫よ!諷諫の効を得られればよい。もし止められなければ、かえって人にその事を学ばせるを免れぬであろう。」ある人が言った。「霧縠のごとく華美に織るを如くし。」揚雄は言った。「あれは女工の蠹害である。」『剣客論』に言う。「剣をもって身を衛ることができる。」揚雄は言った。「監牢は人を多礼に変えられるか?」

或問:「景差、唐勒、宋玉、枚乘之賦也,益乎?」曰:「必也淫。」「淫則柰何?」曰:「詩人之賦麗以則,辭人之賦麗以淫。如孔氏之門用賦也,則賈誼升堂,相如入室矣。如其不用何?」

ある人が問うた。「景差・唐勒・宋玉・枚乗の賦に、益はあるか?」揚雄は言った。「必ず過度の鋪陳がある。」「過度であればどうか?」揚雄は言った。「詩人の賦は華美にして法度あり、辞人の賦は華美にして過度あり。もし孔子の門下で賦を用いれば、賈誼は堂に升り、司馬相如は室に入ることができたろう。ただ彼らは用いなかった、またどうしようもない。」

或問蒼蠅紅、紫,曰:「明視。」問鄭、衛之似,曰:「聰聽。」或曰:「朱、曠不世,如之何?」曰:「亦精之而已矣。」

ある人が蠅のような紅と紫を問うた。揚雄は言った。「眼力を明白にせよ。」鄭・衛の音のごとき似て非なるを問うた。揚雄は言った。「聴力を清楚にせよ。」ある人が言った。「離朱・師曠は世ごとに在るものではない、どうするか?」揚雄は言った。「視聴を用精するのみである。」

或問:「交五聲、十二律也,或雅或鄭,何也?」曰:「中正則雅,多哇則鄭。」「請問本。」曰:「黃鍾以生之,中正以平之,確乎鄭、衛不能入也!」

ある人が問うた。「五声・十二律を配合するに、あるいは雅となり、あるいは鄭となるは、なぜか?」揚雄は言った。「中正がすなわち雅、淫哇が多すぎるがすなわち鄭。」「根本を請う。」揚雄は言った。「黄鐘より生発し、中正をもってこれを平かにすれば、鄭・衛の音は決して入り来れない!」

或曰:「女有色,書亦有色乎?」曰:「有。女惡華丹之亂窈窕也,書惡淫辭之淈法度也。」

ある人が言った。「女子に美色あり、書にも美色があるか?」揚雄は言った。「ある。女子は最も鉛華脂粉が本有の美を攪乱するを厭い、書は最も淫濫の文辞が法度を攪乱するを厭う。」

或問:「屈原智乎?」曰:「如玉如瑩,爰變丹青。如其智!如其智!」

ある人が問うた。「屈原に智はあるか?」揚雄は言った。「玉のごとく瑩のごときが、丹青の顔料に変じてしまった。あの智よ!あの智よ!」

或問:「君子尚辭乎?」曰:「君子事之為尚。事勝辭則伉,辭勝事則賦,事、辭稱則經。足言足容,德之藻矣。」

ある人が問うた。「君子は文辞を尚ぶか?」揚雄は言った。「君子の尚ぶは事そのものである。事が文辞に勝れば生硬、文辞が事に勝れば賦のごとく、事と文辞が相称してこそ経典である。言が充足し容止も充足するは、徳の文釆である。」

或問:「公孫龍詭辭數萬以為法,法與?」曰:「斷木為棊,捖革為鞠,亦皆有法焉。不合乎先王之法者,君子不法也。」

ある人が問うた。「公孫龍が数万字の詭弁をもって法則とする、あれは法則か?」揚雄は言った。「木を砍って棋子を作り、革を揉んで球を作るも、みな各々一理の法ある。先王の法に合わざるは、君子はこれを法則としない。」

觀書者譬諸觀山及水,升東嶽而知眾山之邐迤也,況介丘乎?浮滄海而知江河之惡沱也,況枯澤乎?舍舟航而濟乎瀆者,末矣;舍五經而濟乎道者,末矣。棄常珍而嗜乎異饌者,惡覩其識味也?委大聖而好乎諸子者,惡覩其識道也?

書を看るは山を看水を看るに比す:東岳に登れば、衆山のあれほど綿延し低伏なるを知り、ましてあの小丘においてをや。滄海を浮かべば、江河のあれほど渾濁し迫促なるを知り、ましてあの干涸の水沢においてをや。舟船を捨てて大河を渡るは下策、五経を捨てて道を求むるは下策。日常の珍味を棄てて怪異の肴饌を嗜むは、どうして彼が味を識ると見えよう?大聖人を丢れて諸子を好むは、どうして彼が道を識ると見えよう?

山𡷨之蹊,不可勝由矣;向牆之戶,不可勝入矣。曰:「惡由入?」曰:「孔氏。孔氏者,戶也。」曰:「子戶乎?」曰:「戶哉!戶哉!吾獨有不戶者矣。」

山の小路は多くて行き尽くせず、壁に向いた門戸は多くて入り尽くせない。ある人が問うた。「どこから行き、どこから入る?」揚雄は言った。「孔子より。孔子とはあの門である。」ある人が問うた。「あなた自身はこの門に入ったか?」揚雄は言った。「門よ!門よ!私は偏にまだ門に入れぬ所がある。」

或欲學《蒼頡》《史篇》。曰:「史乎!史乎!愈於妄闕也。」

ある人が『蒼頡』『史篇』を学ばんとした。揚雄は言った。「史書よ!史書よ!空に臆測し残闕錯漏するよりは勝る。」

或曰:「有人焉,自雲姓孔而字仲尼,入其門,升其堂,伏其幾,襲其裳,則可謂仲尼乎?」曰:「其文是也,其質非也。」「敢問質。」曰:「羊質而虎皮,見草而說,見豺而戰,忘其皮之虎矣。」

ある人が言った。「ここに一人あり、姓を孔・字を仲尼と自称し、彼の門に進み、彼の堂に上り、彼の几案に伏し、彼の衣裳を披けば、仲尼と呼ぶべきか?」揚雄は言った。「外表はそうだが、実質はそうでない。」「実質を請う。」揚雄は言った。「羊の質地で虎皮を披けば、草を見れば喜び、豺を見れば慄き、早くも身上の皮が虎皮なるを忘れる。」

聖人虎別,其文炳也。君子豹別,其文蔚也。辯人貍別,其文萃也。貍變則豹,豹變則虎。

聖人は虎のように与に異なり、文采炳然。君子は豹のように与に異なり、文采蔚然。弁士は狸のように与に異なり、文采攢聚。狸が変すれば豹となり、豹が変すれば虎となる。

好書而不要諸仲尼,書肆也。好說而不要諸仲尼,說鈴也。君子言也無擇,聽也無淫。擇則亂,淫則闢。述正道而稍邪哆者有矣,未有述邪哆而稍正也。

書を好みて孔子を帰依とせずは、書鋪のみ。議論を好みて孔子を帰依とせずは、響鈴のみ。君子の言に駁雑なく、聴に淫濫なし。駁雑すれば乱れ、淫濫すれば邪僻となる。正道を講述してやや邪僻に滑る者はあるが、邪僻を講述してやや正道に帰る者を見たことがない。

孔子之道,其較且易也。或曰:「童而習之,白紛如也,何其較且易?」曰:「謂其不姦姦、不詐詐也。如姦姦而詐詐,雖有耳目,焉得而正諸?」

孔子の道は、明白にして且つ易い。ある人が言った。「幼きより学び、髪白きに至るも紛乱して麻のごとし、どこに明白且つ易しがあらん?」揚雄は言った。「それを奸を以て奸とせず、詐を以て詐とせざるを謂う。もし奸を以て奸とし、詐を以て詐とせば、耳目あるといえども、どうしてこれを端正できようか?」

多聞則守之以約,多見則守之以卓。寡聞則無約也,寡見則無卓也。

聴くこと多ければ、簡約をもってこれを守れ。見ること多ければ、高明をもってこれを守れ。聴くこと少なければ簡約を談ずるに足らず、見ること少なければ高明を談ずるに足らない。

綠衣三百,色如之何矣?紵絮三千,寒如之何矣?

緑衣三百件、色あってまたどうならん?紵絮三千斤、寒くてまたどうならん?

君子之道有四易:簡而易,用也;要而易,守也;炳而易,見也;法而易,言也。

君子の道に四つの易きあり:簡約にして易し、用に切なれば。扼要にして易し、守に便なれば。光明にして易し、見得べければ。法則ありて易し、説得べければ。

震風陵雨,然後知夏屋之為帡幪也;虐政虐世,然後知聖人之為郛郭也。

狂風暴雨の後、はじめて大屋が遮覆なるを知る。暴政乱世の後、はじめて聖人が城郭なるを知る。

古者楊、墨塞路,孟子辭而闢之,廓如也。後之塞路者有矣,竊自比於孟子。

昔楊朱・墨翟が道路を塞いだとき、孟子は文を著してこれを辟き、道路は開濶した。後に道路を塞ぐ者またあり、私は私淑して自ら孟子に比す。

或曰:「人各是其所是而非其所非,將誰使正之?」曰:「萬物紛錯則懸諸天,眾言淆亂則折諸聖。」或曰:「惡覩乎聖而折諸?」曰:「在則人,亡則書,其統一也。」

ある人が言った。「人はみな自ら正しいと思うを正とし、自ら誤りと思うを誤とす。誰をして校正せしめん?」揚雄は言った。「万物紛乱すれば天上に懸けてこれを正し、衆説混乱すれば聖人に折中す。」ある人が言った。「どこに聖人を見て折中できる?」揚雄は言った。「聖人あれば、人に依る。聖人在らざれば、書に依る。その一貫は同じである。」

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