Libo

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西汉 · 扬雄 · 第7巻 / 7

孝,至矣乎!一言而該,聖人不加焉。

孝は、極に至ったか!一字にして赅括せり、聖人も加うる能わず。

父母,子之天地與?無天何生?無地何形?天地裕於萬物乎?萬物裕於天地乎?裕父母之裕,不裕矣。事父母自知不足者,其舜乎?

父母とは、子女の天地に非ずや?天なくば、どうして生ぜん?地なくば、どうして形を成さん?天地は万物より寛裕か、万物は天地より寛裕か?父母の寛裕の上にさらに寛裕を求むれば、寛裕に非ず。父母に事えて自ら足らざるを知るは、ほぼ舜か?

不可得而久者,事親之謂也。孝子愛日。

得て久しからしめ難きは、双親に事えるを謂う。孝子は時日を愛惜す。

孝子有祭乎?有齊乎?夫能存亡形,屬荒絕者,惟齊也。故孝子之於齊,見父母之存也,是以祭不賓。人而不祭,豺獺乎!

孝子に祭祀ありや?斎戒ありや?亡失の形を存せしめ、荒絶を連接し得るは、ただ斎戒。ゆえに孝子は斎戒の中にて、父母のなお在るを見る。ここを以て祭祀にて彼らを賓客と為さず。人もし祭祀せざれば、豺と獺にすら及ばず!

或問「子」。曰:「死生盡禮,可謂能子乎!」

ある人が「人子」を問うた。揚雄は言った。「死と生とともに礼を尽くする、人子たるを能くすと称すべし!」

曰:「石奮、石建,父子之美也。無是父,無是子;無是子,無是父。」或曰:「必也,兩乎?」曰:「與堯無子,舜無父,不如堯父舜子也。」

揚雄は言った。「石奮・石建は、父子の中の美好なり。この父なくば、この子なく。この子なくば、この父なし。」ある人が言った。「必ず両方とも要るか?」揚雄は言った。「堯にこの子なく、舜にこの父なきよりは、堯のごとき父・舜のごき子あるに如かず。」

「子有含菽縕絮而致滋美其親,將以求孝也。人曰偽,如之何?」曰:「假儒衣書,服而讀之,三月不歸,孰曰非儒也?」或曰:「何以處偽?」曰:「有人則作,無人則輟之謂偽。觀人者,審其作輟而已矣。」

「人子に豆藿を食い旧絮を穿ちて、しかも甘美を双親に奉る者あり、これを以て孝を求めんと欲す。人は虚偽と言う、どうせん?」揚雄は言った。「儒者の衣と書を借りて、穿ち読むこと三箇月して去らざれば、誰か彼を儒に非ずと言わん?」ある人が言った。「虚偽をどう判别する?」揚雄は言った。「人の見るありて為し、人の見るなくて停まるを、偽という。人を観察する者は、その為すと停まるを審察するのみで足りる。」

不為名之名,其至矣乎!為名之名,其次也。

名のために得るに非ざる名は、最高なり!名のために得る名は、次一等なり。

或問「忠言嘉謀」。曰:「言合稷、契之謂忠,謀合皋陶之謂嘉。」或曰:「邵如之何?」曰:「亦勗之而已。庳則秦、儀、鞅、斯亦忠嘉矣。」

ある人が「忠言嘉謀」を問うた。揚雄は言った。「言が稷・契に合するを忠と謂い、謀が皋陶に合するを嘉と謂う。」ある人が言った。「低下の人はどうか?」揚雄は言った。「またただ勉励するのみ。さらに低下ならば、張儀・蘇秦・商鞅・李斯もまた忠嘉と算えん。」

堯、舜之道皇兮,夏、殷、周之道將兮,而以延其光兮。或曰:「何謂也?」曰:「堯、舜以其讓,夏以其功,殷、周以其伐。」

堯・舜の道は堂皇たり、夏・殷・周の道は壮盛たり、従りてその光を延長せり。ある人が言った。「何の意か?」揚雄は言った。「堯・舜はその禅譲に靠り、夏はその功業に靠り、殷・周はその征伐に靠る。」

或曰:「食如螘,衣如華,朱輪駟馬,金朱煌煌,無已泰乎?」曰:「由其德,舜、禹受天下不為泰。不由其德,五兩之綸,半通之銅,亦泰矣。」

ある人が言った。「食うこと螞蟻のごとく少なく、穿つこと花のごとく美しく、朱紅の輪に四馬、金印朱綬は亮煌煌たり、あまりに過分に非ずや?」揚雄は言った。「徳を経由すれば、舜・禹が天下を受くるも過分と算えず。徳を経由せずば、五両糸の綬・半通の銅印も、また過分なり。」

天下通道五,所以行之一,曰勉。

天下に通行する路は五条あり、以て実見するはただ一様、勉と謂う。

或曰:「力有扛洪鼎,揭華旗。知、德亦有之乎?」曰:「百人矣。德諧頑嚚,讓萬國;知情天地,形不測,百人乎?」

ある人が言った。「力気に能く大鼎を扛ぎ華旗を揭ぐ者あり。智と徳にもまたこのごときあらんや?」揚雄は言った。「あれはただ百人に抵当するのみ。徳は能く頑愚囂訟を諧和し、万国を禅譲す。智は能く天地を知覚し、測り難き変化を形成す、なお百人のみか?」

或問「君」。曰:「明光。」問「臣」。曰:「若禔。」「敢問何謂也?」曰:「君子在上,則明而光其下;在下,則順而安其上。」

ある人が「君」を問うた。揚雄は言った。「光明。」「臣」を問う。揚雄は言った。「順従安穏。」「何を謂うかを請う。」揚雄は言った。「君子は上に在れば、光明にして下を照亮し、下に在れば、順従にして上を安定す。」

或曰:「聖人事異乎?」曰:「聖人德之為事,異亞之。故常修德者,本也;見異而修德者,末也。本末不修而存者,未之有也。」

ある人が言った。「聖人は災異に従事するか?」揚雄は言った。「聖人は徳を以て事と為し、災異は次要なり。ゆえに常に徳を修むるは本、災異を見て後徳を修むるは末。本末ともに修めずして存住し得るは、いまだかつて有らず。」

天地之得,斯民也;斯民之得,一人也;一人之得,心矣。

天地の得る所は、これらの百姓。これらの百姓の得る所は、一人。一人の得る所は、心。

吾聞諸傳,老則戒之在得。年彌高而德彌邵者,是孔子之徒與?

我は伝記より聞く、老いて警戒すべきは貪得なりと。年紀愈え高くして徳愈え美しきは、孔子の門徒であろうか?

或問:「德有始而無終,與有終而無始也,孰寧?」曰:「寧先病而後瘳乎?寧先瘳而後病乎?」

ある人が問うた。「徳に始有り終無きと、終有り始無きと、どちらを寧ろ取る?」揚雄は言った。「先に病して後に愈ゆるを寧ろ取るか、先に愈えて後に病するを寧ろ取るか?」

或問「大」。曰:「小。」問「遠」。曰「邇。」未達。曰:「天下為大,治之在道,不亦小乎?四海為遠,治之在心,不亦邇乎?」

ある人が「大」を問うた。揚雄は言った。「小。」「遠」を問う。揚雄は言った。「近。」相手は懂わず。揚雄は言った。「天下は大と算う、これを治むるに道に在り、また小ならずや?四海は遠と算う、これを治むるに心に在り、また近ならずや?」

或問「俊哲、洪秀」。曰:「知哲聖人之謂俊,秀穎德行之謂洪。」

ある人が「俊哲・洪秀」を問うた。揚雄は言った。「智が足りて聖人を察知するを俊と謂い、徳行が秀穎なるを洪と謂う。」

君子動則擬諸事,事則擬諸禮。

君子は一動すれば事を比照し、事は礼を比照す。

或問「群言之長,群行之宗」。曰:「群言之長,德言也;群行之宗,德行也。」

ある人が「衆言の長、衆行の宗」を問うた。揚雄は言った。「衆言の長は、徳言。衆行の宗は、徳行。」

或問「泰和」。曰:「其在唐、虞、成周乎?觀《書》及《詩》溫溫乎,其和可知也。」

ある人が「泰和」を問うた。揚雄は言った。「ほぼ唐・虞・成周か?『書』と『詩』を看るにあの温温たるや、あの和は知るべし。」

周康之時,頌聲作乎下,《關雎》作乎上,習治也。齊桓之時縕,而《春秋》美邵陵,習亂也。故習治則傷始亂也,習亂則好始治也。

周康王の時、頌声は下より起り、『関雎』は上より作られた、あれは治に慣れたり。斉桓公の時は乱象が蘊積したも、『春秋』は召陵の会を赞美した、あれは乱に慣れたり。ゆえに治に慣れれば乱の始めを傷痛し、乱に慣れれば治の始めを喜悦す。

漢德其可謂允懷矣。黃支之南,大夏之西,東鞮、北女,來貢其珍。漢德其可謂允懷矣,世鮮焉。

漢の徳は真に人を帰向せしむと言うべし。黄支以南、大夏以西、東鞮・北女、みな来りて珍物を進貢す。漢の徳は真に人を帰向せしむと言うべし、世に少なし。

芒芒聖德,遠人鹹慕,上也;武義璜璜,兵徵四方,次也;宗夷猾夏,蠢迪王人,屈國喪師,無次也。

茫茫たる聖徳、遠人みな仰慕す、是れ上等。武義堂堂、兵を用いて四方を征伐す、是れ次等。外族が華夏を擾乱し、蠢動して王人を進犯し、国家を屈せしめ軍隊を喪亡せしむるは、等に入らず。

麟之儀儀,鳳之師師,其至矣乎!螭虎桓桓,鷹隼䎒䎒,未至也。

麟の儀態堂堂、鳳の隊列斉整、極に至ったか!螭虎は威武、鷹隼は疾飛、いまだ至らず。

或曰:「訩訩北夷,被我純繢,帶我金犀,珍膳寧餬,不亦享乎?」曰:「昔在高、文、武,實為兵主。今稽首來臣,稱為北蕃,是為宗廟之神,社稷之靈也,可不享?」

ある人が言った。「喧扰の北夷、我らの彩繒を披き、我らの金犀を帯び、珍饈安寧に糊口す、また宴享すべきに非ずや?」揚雄は言った。「昔高祖・文帝・武帝は、実に兵事の主。今や彼らは叩頭して臣を称し、北藩と称す、是れ宗廟の神・社稷の霊、能く宴享せざらんや?」

龍堆以西,大漠以北,鳥夷、獸夷,郡勞王師,漢家不為也。

白龍堆以西、大漠以北、鳥夷・獣夷が、各郡をして王師を煩わしむるは、漢家の為さざる所。

朱崖之絕,捐之之力也,否則介鱗易我衣裳。

珠崖の棄絶は、賈捐之の力量。然らずんば介鱗の民は我らの衣裳を換えんとした。

君人者,務在殷民阜財,明道信義,致帝者之用,成天地之化,使粒食之民粲也,晏也。享於鬼神,不亦饗乎?

人君たるは、務めて百姓を殷実にし財物を豊阜にし、道を彰明し義を伸張し、帝王の功用に達し、天地の化育を成就し、穀を食う百姓を鮮明にして安閑たらしむるを要す。こうして鬼神を祭享するは、また真に歆享せざらんや?

天道勞功。或問「勞功」。曰:「日一曰勞,考載曰功。」或曰:「君逸臣勞,何天之勞?」曰:「於事則逸,於道則勞。」

天道に労あり功あり。ある人が「労功」を問うた。揚雄は言った。「日々復日を労と謂い、考成の載せる所を功と謂う。」ある人が言った。「君は逸にして臣は労なり、天はなぜなお労する?」揚雄は言った。「事に対しては逸、道に対しては労。」

周公以來,未有漢公之懿也,勤勞則過於阿衡。

周公以来、漢公(王莽)のごとく美好なる比ぶなし、勤労は則ち伊尹を超ゆ。

漢興二百一十載而中天,其庶矣乎!辟廱以本之,校學以教之,禮樂以容之,輿服以表之,服其井、刑,勉人役,唐矣夫!

漢が興りて二百一十年にして日の中天のごとし、ほぼそうであろう!辟雍を以て根本と為し、学校を以て教化と為し、礼楽を以て文飾と為し、車服を以て表彰と為し、井田と肉刑を恢復し、服役の人を勉励す、唐堯のごとくならん!

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