05
或問「神」。曰:「心。」「請問之。」曰:「潛天而天,潛地而地。天地,神明而不測者也。心之潛也,猶將測之,況於人乎?況於事倫乎?」「敢問潛心於聖。」曰:「昔乎,仲尼潛心於文王矣,達之。顏淵亦潛心於仲尼矣,未達一間耳。神在所潛而已矣。」
ある人が「神」を問うた。揚雄は言った。「心。」「さらに講じてください。」揚雄は言った。「天に潜入すれば天となり、地に潜入すれば地となる。天地は神明にして測り難い。心の潜入するや、なおそれらを測らんとするに、まして人においてをや、まして事理においてをや?」「聖人に潜心することを請う。」揚雄は言った。「昔か、孔子は文王に潜心して達した。顔淵もまた孔子に潜心して、あと一間に欠けるのみであった。神はただ潜む所に在るのみ。」
天神天明,照知四方;天精天粹,萬物作類。
天の神、天の明は四方を照知し、天の精、天の粋は万物が各々その類を成す。
人心其神矣乎?操則存,舍則亡。能常操而存者,其惟聖人乎?
人の心は神ではないか?これを把握すれば存し、これを放てば亡ぶ。常に把握して存せしめ得る者は、ほぼ聖人のみであろうか?
聖人存神索至,成天下之大順,致天下之大利,和同天人之際,使之無間也。
聖人は神を存して極に求め、天下の大順を成就し、天下の大利を招致し、天と人の間を和諧同一にして間隙なからしむ。
龍蟠於泥,蚖其肆矣。蚖哉,蚖哉,惡覩龍之志也與!或曰:「龍必欲飛天乎?」曰:「時飛則飛,時潛則潛,既飛且潛。食其不妄,形其不可得而制也與!」曰:「聖人不制,則何為乎羑里?」曰:「龍以不制為龍,聖人以不手為聖人。」
龍が泥に蟠すれば、蠑螈が放肆となる。蠑螈よ、蠑螈よ、どこに龍の志を見よう!ある人が言った。「龍は必ず天に飛びたがるか?」揚雄は言った。「時に飛ぶべければ飛び、時に潜むべければ潜む。能く飛び且つ能く潜む。食は妄りに取らず、形体は人に制せられないだろう!」問う。「聖人もし制せられずば、なぜ羑里にいたか?」揚雄は言った。「龍は制せられざるを以て龍となり、聖人は人に操控されざるを以て聖人となる。」
或曰:「經可損益與?」曰:「《易》始八卦,而文王六十四,其益可知也。《詩》《書》《禮》《春秋》,或因或作,而成於仲尼,其益可知也。故夫道非天然,應時而造者,損益可知也。」
ある人が言った。「経は増減できるか?」揚雄は言った。「『易』は初め八卦のみあり、文王が演じて六十四とした。その增益は知るべし。『詩』『書』『礼』『春秋』は、あるいは因襲しあるいは創作して、孔子にて完成した。その增益は知るべし。ゆえに道は天生して然るに非ず、時に応じて造られたのだ、増減は知るべし。」
或曰:「《易》損其一也,雖憃知闕焉。至《書》之不備過半矣,而習者不知。惜乎《書序》之不如《易》也!」曰:「彼數也,可數焉,故也。如《書序》,雖孔子末如之何矣!」
ある人が言った。「『易』が一卦を欠けば、愚人すら欠けたを知る。『書』が不完備にして半ばを過ぎても、研習する者は知らない。惜しいかな『書序』は『易』に如かない!」揚雄は言った。「それは卦数が数えられるゆえに欠けたを知る。『書序』のごときは、孔子といえどもそれをどうしようもない!」
昔之說《書》者,序以百,而《酒誥》之篇俄空焉,今亡夫。
昔『書』を講ずる者は、序が百篇あり、しかるに『酒誥』の一篇は一向に空しく、今や亡佚したのであろう。
虞、夏之書渾渾爾,《商書》灝灝爾,《周書》噩噩爾。下週者,其《書》譙乎!
虞・夏の書は渾厚深沉、『商書』は浩大寛広、『周書』は厳正剛直。周以下のは、あの『書』は急促であったろう!
或問:「聖人之經不可使易知與?」曰:「不可。天俄而可度,則其覆物也淺矣;地俄而可測,則其載物也薄矣。大哉!天地之為萬物郭,五經之為眾說郛。」
ある人が問うた。「聖人の経は人に容易く懂らせられないか?」揚雄は言った。「できない。天が一挙に測度できれば、それが万物を覆うも浅し。地が一挙に測り尽くせれば、それが万物を承載するも薄し。偉大かな!天地は万物の外郭であり、五経は衆説の外城である。」
或問:「聖人之作事,不能昭若日月乎?何後世之訔訔也!」曰:「瞽曠能默,瞽曠不能齊不齊之耳;狄牙能喊,狄牙不能齊不齊之口。」
ある人が問うた。「聖人が事をなすに、日月のごとく昭明であれないか?なぜ後世は議論紛紜なのか!」揚雄は言った。「師曠は沈黙できても、斉わぬ耳をみな斉く聴かせることはできない。易牙は調味できても、斉わぬ口をみな斉く食わせることはできない。」
君子之言,幽必有驗乎明,遠必有驗乎近,大必有驗乎小,微必有驗乎著。無驗而言之謂妄。君子妄乎?不妄。
君子の言は、幽隠なるは必ず明顕の処に験を得、遠きは必ず近き処に験を得、大なるは必ず小なる処に験を得、微細なるは必ず顕著の処に験を得る。験なきに言うを、妄という。君子は妄か?妄ならず。
言不能達其心,書不能達其言,難矣哉!惟聖人得言之解,得書之體,白日以照之,江河以滌之,灝灝乎其莫之禦也。面相之,辭相適,捈中心之所欲,通諸人之嚍嚍者,莫如言。彌綸天下之事,記久明遠,著古昔之㖧㖧,傳千里之忞忞者,莫如書。故言,心聲也;書,心畫也。聲畫形,君子小人見矣。聲畫者,君子小人之所以動情乎!
言が心の想う所を表せず、書写が言う所を表せぬは、難しいなあ!ただ聖人のみ言の解を得、書の体を得て、白日のごとく来りてこれを照らし、江河のごとく来りてこれを洗い、浩大にして誰も遮れない。面を相対し言辞を相交え、心の言わんと欲するを掏出し、人の急に表さんと欲するを溝通するに、言語より良きはなし。天下の事を包羅し、久遠を記し遠古を闡明し、古昔の昏昧なるを顕著にし、千里の外の紛乱なるを流伝せしむるに、書より良きはなし。ゆえに言語は心の声音、書は心の図画である。声音と図画とが一たび形を成せば、君子小人が顕現する。声音と図画は、まさに君子小人が以て性情を発動する所であろう!
聖人之辭,渾渾若川。順則便,逆則否者,其惟川乎!
聖人の文辞は、渾厚にして大河のごとし。これに順えば便利、これに逆らえば行えぬは、河ではないか!
或曰:「仲尼聖者與?何不能居世也,曾範、蔡之不若!」曰:「聖人者範、蔡乎?若範、蔡,其如聖何?」
ある人が言った。「孔子は聖人か?なぜ世に処ることができず、竟に范雎・蔡沢に及ばぬ!」揚雄は言った。「聖人は范雎・蔡沢か?もし范雎・蔡沢ならば、なおどうして聖と成さん?」
或曰:「淮南、太史公者,其多知與?曷其雜也!」曰:「雜乎雜!人病以多知為雜,惟聖人為不雜。」
ある人が言った。「淮南王・太史公は、知識が十分多いだろう?なぜあれほど駁雑なのか!」揚雄は言った。「雑かな雑かな!人の病は知識の多きを以て駁雑と為す、ただ聖人のみ駁雑ならず。」
書不經,非書也;言不經,非言也。言、書不經,多多贅矣。
書が経に合わざれば、書に非ず。言が経に合わざれば、言に非ず。言と書とともに経に合わざれば、多くてもただ贅疣のみ。
或曰:「述而不作,《玄》何以作?」曰:「其事則述,其書則作。」
ある人が言った。「述べて作らず、あなたの『太玄』はなぜ作った?」揚雄は言った。「事は述べる、書は作る。」
育而不苗者,吾家之童烏乎!九齡而與我《玄》文。
育てたのに苗と長じなかったは、我が家の童烏であろう!九歳にしてよく我とともに『太玄』の文字を談じた。
或曰:「《玄》何為?」曰:「為仁義。」曰:「孰不為仁?孰不為義?」曰:「勿雜也而已矣。」
ある人が言った。「『太玄』は何のために作った?」揚雄は言った。「仁義のため。」問う。「誰が仁を為さぬ?誰が義を為さぬ?」揚雄は言った。「ただ駁雑せざらんのみ。」
或問「經之艱易」。曰:「存亡。」或人不諭。曰:「其人存則易,亡則艱。延陵季子之於樂也,其庶矣乎!如樂弛,雖札末如之何矣。如周之禮樂庶事之備也,每可以為不難矣。如秦之禮樂庶事之不備也,每可以為難矣。」
ある人が「経の難易」を問うた。揚雄は言った。「存亡に在り。」その人は明白せず。揚雄は言った。「その人が在れば容易、在らざれば艱難。延陵季子が楽に対しては、ほぼそうであったろう!もし楽がすでに廃弛していれば、季札といえどもそれをどうしようもない。周の礼楽庶事のごとく完備なれば、処々皆難からずと覚ゆべし。秦の礼楽庶事のごとく不完備なれば、処々皆難しと覚ゆべし。」
衣而不裳,未知其可也;裳而不衣,未知其可也。衣裳,其順矣乎!
上衣あって下裳なければ、行えるや否やを知らず。下裳あって上衣なければ、行えるや否やを知らず。上衣下裳斉備して、はじめて順ならんか!
或問「文」。曰:「訓。」問「武」。曰:「克。」未達。曰:「事得其序之謂訓,勝己之私之謂克。」
ある人が「文」を問うた。揚雄は言った。「訓。」「武」を問う。揚雄は言った。「克。」相手は懂わず。揚雄は言った。「事が応有の次序を得るを訓といい、己の私欲に勝つを克という。」
為之而行,動之而光者,其德乎!或曰:「知德者鮮,何其光?」曰:「我知,為之;不我知,亦為之,厥光大矣。必我知而為之,光亦小矣。」
為せば行き通り、動けば光るは、徳ではないか!ある人が言った。「徳を懂る者は少ない、どこに光を談ぜん?」揚雄は言った。「人が我を知れば、我為す。人が我を知らずとも、我もまた為す。その光は大きい。必ず人が我を知って後為すならば、光はまた小さい。」
或曰:「君子病沒世而無名,盍勢諸名卿,可幾也。」曰:「君子德名為幾。梁、齊、趙、楚之君非不富且貴也,惡乎成名?谷口鄭子真,不屈其志,而耕乎巖石之下,名振於京師,豈其卿!豈其卿!」
ある人が言った。「君子は死後に名声なきを憂う。何ぞ名ある公卿に依附して、ほぼ可なりとせぬか。」揚雄は言った。「君子は徳を以て名を成すを近しとす。梁・斉・趙・楚の君主は富まざるに非ず貴からざるに非ざるも、どこに名を成就せん?谷口の鄭子真は、己の志を屈せず、岩石の下に耕作して、名声は京師を震動した。どこに公卿と為るに依らんや!どこに公卿と為るに依らんや!」
或問「人」。曰:「艱知也。」曰:「焉難?」曰:「太山之與螘垤,江河之與行潦,非難也;大聖之與大佞,難也。烏呼!能別似者為無難。」
ある人が「人」を問うた。揚雄は言った。「知り難し。」問う。「難しきはどこに在る?」揚雄は言った。「泰山と蟻垤、江河と路の積水は、分辨し難からず。大聖人と大佞人は、分辨し難し。ああ!相似たる物を辨别し得る者、はじめて難からずと談ずべし。」
或問:「鄒、莊有取乎?」曰:「德則取,愆則否。」「何謂德、愆?」曰:「言天、地、人經,德也;否,愆也。愆語,君子不出諸口。」
ある人が問うた。「鄒衍・荘周に取るべきものあるか?」揚雄は言った。「徳に合すれば取り、過ちあれば要らぬ。」「何を徳と謂い、何を過ちと謂う?」揚雄は言った。「天・地・人の常経を講ずるは、徳。そうでなければ、過ち。過ちの言は、君子は口に出さない。」
06
或問「明」。曰:「微。」或曰:「微何如其明也?」曰:「微而見之,明其誖乎?」
ある人が「明」を問うた。揚雄は言った。「微。」ある人が言った。「微がどうして明と算えられよう?」揚雄は言った。「微なる処より能く見る、明ならざればかえって悖乱せざらんか?」
聰明其至矣乎?不聰,實無耳也;不明,實無目也。「敢問大聰明。」曰:「眩眩乎,惟天為聰,惟天為明。夫能高其目而下其耳者,匪天也夫?」
聡明はほぼ極に至ったか?聡ならざれば、実は耳なきに等しい。明ならざれば、実は目なきに等しい。「大聡明を請う。」揚雄は言った。「広大眩眩、ただ天のみ聡、ただ天のみ明。目を擡げ耳を低くし得るは、天ではないか?」
或問:「小每知之,可謂師乎?」曰:「是何師與!是何師與!天下小事為不少矣,每知之,是謂師乎?師之貴也,知大知也。小知之師亦賤矣。」
ある人が問うた。「小事を件件知れば、老師と称すべきか?」揚雄は言った。「これが何の老師!これが何の老師!天下の小事は少なからず、件件知れば、これを老師と謂うか?老師の貴ぶは、大なる知を知るに在る。小なるのみ知る老師はまたあまりに賤しい。」
孟子疾過我門而不入我室。或曰:「亦有疾乎?」曰:「摭我華而不食我實。」
孟子は我が門を経て我が室に入らざるを痛心した。ある人が言った。「あなたもまた痛心する所有るか?」揚雄は言った。「我が花を摘んで我が果実を食わぬのみ。」
或謂:「仲尼事彌其年,蓋天勞諸病矣夫?」曰:「天非獨勞仲尼,亦自勞也。天病乎哉?天樂天,聖樂聖。」
ある人が言った。「孔子が事を為すに彼の年歳を填め尽くしたは、ほぼ天が彼を労い病ませたのか?」揚雄は言った。「天はただ孔子を労うのみならず、自らをも労う。天は病めりや?天は天たるを楽しみ、聖人は聖たるを楽しむ。」
或問:「鳥有鳳,獸有麟,鳥、獸皆可鳳、麟乎?」曰:「群鳥之於鳳也,群獸之於麟也,形性。豈群人之於聖乎?」
ある人が問うた。「鳥の中に鳳あり、獣の中に麟あり。鳥・獣はみな鳳・麟と成り得るか?」揚雄は言った。「群鳥の鳳に対し、群獣の麟に対するは、形性の差別である。まさか衆人の聖人に対するも、またただこのごときのみか?」
或曰:「甚矣!聖道無益於庸也。聖讀而庸行,盍去諸?」曰:「甚矣,子之不達也!聖讀而庸行,猶有聞焉。去之,抏也。抏秦者,非斯乎?投諸火。」
ある人が言った。「あまりに甚だしい!聖人の道は平庸に益なし。読むは聖、為すは庸、何ぞあの書を去らざるか?」揚雄は言った。「あまりに甚だしい、あなたは明白せず!聖を読みて庸を行うも、なお一点を聞いたことあらん。それらを去れば、摧折である。秦に摧折せられたは、これらの書ではないか?それらを火の中に投じよ。」
或問:「人何尚?」曰:「尚智。」曰:「多以智殺身者,何其尚?」曰:「昔乎皋陶以其智為帝謨,殺身者遠矣;箕子以其智為武王陳《洪範》,殺身者遠矣。」
ある人が問うた。「人は何を尚ぶ?」揚雄は言った。「智を尚ぶ。」問う。「多くの人が智を以て命を喪う、なぜなお尚ぶ?」揚雄は言った。「昔皋陶はその智を以て帝のために謨を作り、命を喪うより遠し。箕子はその智を以て武王に『洪範』を陳説し、命を喪うより遠し。」
仲尼,聖人也,或者劣諸子貢。子貢辭而精之,然後廓如也。於戲!觀書者違子貢,雖多亦何以為?
孔子は聖人であるが、彼を子貢に如かずと看る者あり。子貢が弁解して精審に説明して後、はじめて開濶明白した。ああ!書を看る者がもし子貢の態度に背かば、読むこと多くともまた何の用かあらん?
「盛哉!成湯丕承也,文王淵懿也。」或問「丕承」。曰:「由小致大,不亦丕乎?革夏以天,不亦承乎?」「淵懿」。曰:「重《易》六爻,不亦淵乎?浸以光大,不亦懿乎?」
「盛大かな!成湯は大いに天命を承け、文王は淵深美好。」ある人が「大承」を問うた。揚雄は言った。「微小より盛大に達するは、また大ならずや?天命を以て夏を変革するは、また承ならずや?」「淵深美好」を問う。揚雄は言った。「『易』の六爻を重畳するは、また淵深ならずや?漸々光を大にするは、また美好ならずや?」
或問「命」。曰:「命者,天之命也,非人為也。人為不為命。」「請問人為。」曰:「可以存亡,可以死生,非命也。命不可避也。」或曰:「顏氏之子,冉氏之孫。」曰:「以其無避也。若立巖牆之下,動而徵病,行而招死,命乎!命乎!」
ある人が「命」を問うた。揚雄は言った。「命は天の命にして、人為に非ず。人為するは命と謂わず。」「人為を請う。」揚雄は言った。「これを存せしむるも可、これを亡せしむるも可、これを死せしむるも可、これを生せしむるも可。あれは命に非ず。命は避けられざるなり。」ある人が言った。「顔淵・冉伯牛(短命)はまたどうか?」揚雄は言った。「まさに彼らは避くる所なきがゆえ。もし危墻の下に立ち、一動すれば病を招き、一行すれば死を覓むならば、なお命と謂わんや!なお命と謂わんや!」
吉人兇其吉,兇人吉其兇。
吉人は己の吉を凶と看て(因而に警惕し)、凶人は己の凶を吉と看る(因而に放縱す)。
辰乎辰,曷來之遲,去之速也!君子兢諸。
時辰よ時辰よ、来るはなぜあれほど遅く、去るはなぜあれほど速い!君子はこれに兢兢業業たり。
謣言敗俗,謣好敗則,姑息敗德。君子謹於言,慎於好,亟於時。
荒誕の言は風俗を敗壊し、荒誕の愛好は法則を敗壊し、姑息は徳行を敗壊す。君子は言に謹慎し、愛好に慎重し、時に急切す。
吾不見震風之能動聾聵也。
我は狂風が能く又聾又聵の人を吹動するを見ず。
或問「君子」。「在治曰若鳳,在亂曰若鳳。」或人不諭。曰:「未之思矣。」曰:「治則見,亂則隱。鴻飛冥冥,弋人何慕焉?鷦明遴集,食其絜者矣!鳳鳥蹌蹌,匪堯之庭。」
ある人が「君子」を問うた。揚雄は言った。「治世に在りては鳳のごとく言い、乱世に在りてもまた鳳のごとく言う。」その人は明白せず。揚雄は言った。「思い明白せざるなり。」また言った。「治世なれば出現し、乱世なれば隠退す。大雁は冥冥たる高空に飛び入り、鳥を射る者はなお何を羨まん?鹪明は選択して棲み、食うは潔淨なる!鳳凰は歩履蹌蹌、堯の庭に非ざれば、それは来らない。」
亨龍潛升,其貞利乎?或曰:「龍何如可以貞利而亨?」曰:「時未可而潛,不亦貞乎?時可而升,不亦利乎?潛升在己,用之以時,不亦亨乎?」
通達の龍は能く潜み能く升る、あれ貞と利か?ある人が言った。「龍はどうして貞且つ利且つ通達たり得る?」揚雄は言った。「時いまだ可ならずして潜蔵す、また貞ならずや?時可なりて上昇す、また利ならずや?潜と升と己に在り、それらを用いて時に合す、また通達ならずや?」
或問「活身」。曰:「明哲。」或曰:「童蒙則活,何乃明哲乎?」曰:「君子所貴,亦越用明保慎其身也。如庸行翳路,沖沖而活,君子不貴也。」
ある人が「活身」を問うた。揚雄は言った。「明哲。」ある人が言った。「童蒙も能く活する、何ぞ必ずしも明哲ならん?」揚雄は言った。「君子の貴ぶ所は、すなわち明智を以て謹慎して己の身を保全するなり。平庸の行為が道路を遮蔽し、匆匆忙忙として生きるがごときは、君子は貴ばない。」
楚兩龔之絜,其清矣乎!蜀莊沈冥,蜀莊之才之珍也,不作苟見,不治苟得,久幽而不改其操,雖隨、和何以加諸?舉茲以旃,不亦珍乎!吾珍莊也,居難為也。不慕由,即夷矣,何毚欲之有?
楚地の両龔の身を潔くするは、清と算うべきか!蜀郡の厳君平は隠晦して顕れず、厳君平の才は珍稀である:苟且に表現を求めず、苟且に獲得を求めず、長く幽隱にして操守を改めず、随侯珠・和氏璧といえどもまたどうして彼を超えよう?彼を挙げて旗幟と為すは、また珍稀ならずや!我は厳君平を珍しむ、あの処境は為し難い。許由を羨まざれば、伯夷に近づく、どこに貪婪の欲望かあらん?
或問:「堯將讓天下於許由,由恥,有諸?」曰:「好大者為之也。顧由無求於世而已矣。允喆堯儃舜之重,則不輕於由矣。好大累克,巢父灑耳,不亦宜乎?靈場之威,宜夜矣乎!」
ある人が問うた。「堯が天下を許由に譲らんとし、許由が羞恥と覚えたは、こ事あるか?」揚雄は言った。「あれは大言を好む者の編んだもの。ただ許由は世上に求むる所なきのみ。真に堯が舜に禅譲する分量を明白すれば、天下を看輕して許由に譲ることはしない。大言を好む者が克譲の故事を堆積する、巢父が耳を洗う、また正好ならずや?神霊場地の威厴は、本来夜に在るべき!」
朱鳥翾翾,歸其肆矣。或曰:「奚取於朱鳥哉?」曰:「時來則來,時往則往。能來能往者,朱鳥之謂與?」
朱鳥翩翩として、それが自在の所に帰った。ある人が言った。「朱鳥に取るべき何かある?」揚雄は言った。「時に来るべければ来り、時に去るべければ去る。能く来り能く去るは、朱鳥を謂うではないか?」
或問:「韓非作《說難》之書,而卒死乎說難,敢問何反也?」曰:「說難蓋其所以死乎?」曰:「何也?」曰:「君子以禮動,以義止,合則進,否則退,確乎不憂其不合也。夫說人而憂其不合,則亦無所不至矣。」或曰:「說之不合,非憂邪?」曰:「說不由道,憂也;由道而不合,非憂也。」
ある人が問うた。「韓非は『説難』を写して、果して自ら説難に死んだ、なぜ相反するかを請う。」揚雄は言った。「『説難』はほぼまさに彼の死ぬ所以の原因ではないか?」問う。「なぜ?」揚雄は言った。「君子は礼に依って動き、義に依って止まり、合えば進み、合わざれば退く。堅定にして合わぬを懸念せず。人に遊説して合わぬを懸念すれば、何でも為し出せる。」ある人が言った。「遊説して合わざれば、懸念すべきではないか?」揚雄は言った。「遊説が道を経由せざれば、こそ懸念すべし。道を経由して合わざれば、懸念する必要なし。」
或問「哲」。曰:「旁明厥思。」問「行」。曰:「旁通厥德。」
ある人が「哲」を問うた。揚雄は言った。「普遍して己の思慮を照亮す。」「行」を問う。揚雄は言った。「普遍して己の徳を貫通す。」
