冬・夏二至以後の太乙所在の法を推す
置冬、夏二至以來並今日所求日減一,以十二乘之,先加冬、夏二至時數並今加所求時數,為冬、夏二至後時實,以太乙周法二十四去之;不盡者,以三約之,為宮數;不滿,為入宮時數。陽遁命起一宮,順八宮,不遊中五,算外,即太乙所在宮。陰遁命起九宮,逆行八宮,三時一移,不遊中五,算外,即陰遁太乙所在宮也。
二至以後のいかなる日の太乙の所在を推す。冬至または夏至以来歴た日数を、求める当日とともに計入し、ついで一日を減じて十二をもって乗じ、さらに二至当日の加時の辰数と、求めるその刻の時辰数を加えて、「二至後時実」と成す。太乙周法二十四をもって除し、除ききれぬ余数を三をもって約し、商を宮数とし、三に満たぬ端数はすなわち本宮に入って以来の時数である。もし冬至以後で陽遁に属すれば、第一宮から順に八宮を行き、中央第五宮は空しく過ぎて入らず、数え満たして一位を進めて取れば、すなわち太乙の居る宮を得る。もし夏至以後で陰遁に属すれば、第九宮から逆に八宮を行き、同じく中五を空しく過ぎ、三時辰ごとに一宮を迁移し、数え満たして一位を進めて取れば、すなわち陰遁太乙の居る宮を得る。
陰・陽二遁時計計神の法を推す
置時實,各以十二去之,餘者;陽遁命起寅,逆行十二辰;陰遁命起申十二辰,各一時一移算外,即陰、陽二遁計神所在也。
時計の計神を推す。上に求めた時実を取り、各々十二をもって除する。余った数は、陽遁に属すれば寅位から起首して十二辰を逆行し、陰遁に属すれば申位から起首して十二辰に依って行去する。両者とも一時辰ごとに一位を迁移し、数え満たしたのち一位を進めて取れば、得た辰位がすなわち陽遁または陰遁時計の計神の所在である。陽は寅に起こり、陰は申に起こる。これはまさに寅申相衝・一陽一陰の義を取るものである。
太乙当時の法を推す
算二至以後日度所在加時位,加於時支也。明太乙、天目類時計終法,立五將式之天乙,朝暮治神。
太乙当時の法を推す。まず冬至または夏至以後に太陽の行った宿度を算出し、これを求める加時の位に加え、さらに当時の時支の上に落とす。こうすれば太乙・天目の類の神位が時計終法における位置を明らかにし、進んで五将式の依る「天乙」貴神を安立し、早晨と傍晚それぞれ当値する治神を分かつことができる。
甲日朝治小吉,暮治大吉,戊、庚日反是;己日朝治神后,暮治傳送,乙日反是;丁日朝治登明,暮治從魁,丙日反是;癸日胡治太乙,暮治太沖,壬日反是;六辛之日,朝治功曹,暮治勝光。不理魁、罡二辰。戍為天獄,辰為天庭,非貴所居也,老將所在,以宰殺推吉凶。
天乙貴神には昼夜の二位があり、日干と早晚に随って更換する。およそ甲日は、早晨は「小吉」(未)が当値し、傍晚は「大吉」(丑)が当値し、戊日・庚日は早晚がちょうど反対である。己日は早晨に「神后」(子)が当値し、傍晚に「伝送」(申)が当値し、乙日は反対。丁日は早晨に「登明」(亥)が当値し、傍晚に「従魁」(酉)が当値し、丙日は反対。癸日は早晨に「太乙」(巳)が当値し、傍晚に「太衝」(卯)が当値し、壬日は反対。およそ六つの辛日は、早晨に「功曹」(寅)が当値し、傍晚に「勝光」(午)が当値する。貴神は天魁戌と天罡辰の二辰には入らない。戌は天獄、辰は天庭で、いずれも貴人の居るところではない。この二位は老将の守るところで、遇うときはただ刑殺の義に依って吉凶を断ずる。
天乙貴神土,主貴人、接引、升進、王相,吉;囚死,凶;前一螣蛇火,主驚恐、戰鬥,凶;前二朱雀火,主文書、口舌、衣物,凶;前三六合木,主凡事和合、婚姻,吉;前四勾陳土,主勾留、戰鬥,凶;前五青龍木,主遷官、錢財、婚姻,吉;
天乙貴神は土に属し、貴人の提携・引薦と昇遷を主り、旺相の気に居れば吉、囚死の気に落ちれば凶。貴神の前第一位は「螣蛇」で、五行は火に属し、驚恐と争闘を主り、凶。前第二位は「朱雀」で、火に属し、文書・口舌と衣物の事を主り、凶。前第三位は「六合」で、木に属し、諸事の和合と婚姻の喜びを主り、吉。前第四位は「勾陳」で、土に属し、牽連滞留と争闘を主り、凶。前第五位は「青龍」で、木に属し、官職の昇遷・銭財の進益と婚姻を主り、吉。
後一天后水,主蔽匿、婦人淫亂事;後二太陰金,主陰人掌事,吉;後三玄武水,主盜賊、亡失財物,凶;後四太常土,主財物、金玉、酒食,吉;後五白虎金,主死亡、哭泣、兵刃、道路,凶;後六天空土,主萬物欺殆、奴婢欺詐,凶。
貴神の後第一位は「天后」で、五行は水に属し、隠蔽蔵匿と婦人淫乱の事を主る。後第二位は「太陰」で、金に属し、女子あるいは陰柔の人が事に当たるを主り、吉。後第三位は「玄武」で、水に属し、盗賊と財物の亡失を主り、凶。後第四位は「太常」で、土に属し、財帛・金玉と酒食を主り、吉。後第五位は「白虎」で、金に属し、死亡・哭泣・兵刃と道路の災いを主り、凶。後第六位は「天空」で、土に属し、万物の虚耗敗壊・奴婢の欺詐を主り、凶。この十二位の神将は貴神に随って順逆に排布し、太乙の諸将がいずれの位に臨むかによって、その位の主るところに拠って吉凶を断ずる。
臣希明以為算術時計立五將,亦未能決定大小將之古凶,更以日度加時。因步六壬式,知天乙成敗之分。其主、客諸將在此吉神下者,吉;若在凶神下,凶;若門具將發遇吉神,則大吉;若門杜閉塞凶神,則先吉後凶;若門杜閉塞遇吉神,守固大利也。
臣王希明は思う。ただ算術のみをもって時計に五将を安立するのは、なお大将・参将の吉凶を断ずるに足らない。さらに進んで太陽宿度をもって時辰に加臨し、これに拠って六壬式を推排し、天乙貴神の位置より成敗の分際を見出すべきである。およそ主方・客方の諸将が上述の吉神の下に落ちるものは吉を主り、凶神の下に落ちるものは凶を主る。もし八門が斉備し五将が発動してしかも吉神に遇えば、すなわち大吉。もし門が杜絶閉塞せられてしかも凶神に逢えば、先ず吉にして後に凶。もし門は閉塞すれども遇うところが吉神ならば、堅守するに宜しく、固守してかえって大いに利あり。
假十月五日庚申時加戊寅,入立冬氣,六陰遁曰,入第六紀壬子元二十七局,太乙在九宮,大武為天目,午為計神,己為合神,主算得二十九,主大將在九宮,主參將在七宮。以計神加和德宮,天目下臨高叢卯,客算得單四,客大將在四宮,參將在二宮。
一例を挙げて説明する。仮に十月五日を庚申日とし、時は戊寅に加し、すでに立冬の気に入り、六陰遁に属し、第六紀壬子元第二十七局に落ちるとする。この時太乙は第九宮にあり、「大武」をもって天目とし、午を計神とし、己を合神とする。主算は二十九を得て、主大将は第九宮にあり、主参将は第七宮にある。さらに計神を和徳宮に加えて推排すると、天目は「高叢」すなわち卯位に下臨する。客算はただ単四を得て、客大将は第四宮にあり、客参将は第二宮にある。こうして主客両辺の算数と将位はすべて排定される。
因步天乙式,立冬六日,日在心宿,加寅庚日天乙,朝治大吉。太乙在青龍下,主大將在青龍下,主參將在太常下,客大將在六合下,客參將在天定下,以此觀之,諸將吉凶定矣。雖微有差,未可近而取之。
つづいてさらに天乙貴神の式を推排する。立冬後第六日、太陽は心宿を行り、寅をもって加臨する。庚日の天乙貴神は早晨は「大吉」が当値する。このように排すると、太乙は青龍の下に落ち、主大将もまた青龍の下に落ち、主参将は太常の下に落ち、客大将は六合の下に落ち、客参将は天定の下に落ちる。これに拠って観察すれば、主客諸将の吉凶はみな定まる。そのうちにはなおわずかに出入りがあっても、ただ眼前のこの一局のみを憑に倉卒に断を取るべきではない。
太乙玄命の法を推す
天子玄命在天乙。皇后玄命在天后。公侯玄命在太常。將軍玄命在勾陳。九牧玄命在螣蛇。常侍玄命在天空。二千石玄命在青龍。大夫、吏士玄命在朱雀。庶人玄命在行年。
「玄命」とは各等の人の本命の寄託する神位で、ある人の吉凶を占問すればその人の寄る神がいずこに落ち、いかなる気数に乗るかを見る。天子の玄命は天乙貴神に寄り、皇后の玄命は天后に寄り、公侯の玄命は太常に寄り、将軍の玄命は勾陳に寄り、九州の牧伯の玄命は螣蛇に寄り、常侍近臣の玄命は天空に寄り、二千石一級の郡守の玄命は青龍に寄り、大夫と吏士の玄命は朱雀に寄る。庶人に至っては専属の神位がなく、玄命はただ自己のその年の行年の上に寄る。
太公考時の法を推す
有太乙左天日。假令太乙在一宮,天目臨在三宮,是右太乙、左天目,陰陽和順,上下無掩、擊、邊、囚、關、格、對,並不相四口郭固、杜,又不提挾,太乙不在陽絕之地,神將獨立吉道清虛。
太公考時の法は、太乙が右に居り天目が左に居る格局を講究する。たとえば太乙が第一宮にあり、天目が第三宮に臨めば、これがすなわち右に太乙・左に天目で、陰陽和順である。上下のあいだに「掩」「撃」「辺」「囚」「関」「格」「対」のこれらの悪格がなく、たがいにまた四郭の固と閉杜を構成せず、提挟の勢をも成さず、太乙もまた陽絶の地に落ちなければ、諸神将は各々独立して、吉道は清虚で、まさに最善の局面である。(原文「四口郭固」の「口」は底本の脱字で、「郭」の上の字に当たる。臆補は敢えてしない。)
吉道,謂開、休、生三門是也。清虛,謂門無凶惡之神也。則三門具五將,發利以行兵,又合玄命,王相挾和。假令天子玄命於天乙,臨在旺相之鄉,上下相生,故曰合也。乙直使前三五、後二四合者,大吉。
いわゆる「吉道」とは、開門・休門・生門の三つの吉門を指す。いわゆる「清虚」とは、門下に凶悪の神のないことを指す。三門が斉備して五将が発動すれば、出兵に便利である。もしさらに玄命と相合し、旺相の気がたがいに挟持調和すれば、なおよい。たとえば天子の玄命は天乙貴神に寄り、天乙がまた旺相の郷に臨み、上下の五行が相生すれば、これを「合」と呼ぶ。このほか、天乙の直使と前第三・前第五・後第二・後第四の諸位と相合するものもまた大吉を主る。
八門の用法を推す
張良云:陽遁冬至甲日夜半甲子以後開門直使,丙日日中甲午以後生門直使;己日夜半甲子以後驚門直使;辛日日中甲午以後休門直使,三十時移門。陰遁夏至甲日夜半甲子以後杜門直使;丙日日中甲午以後死門直使;己日夜半甲予以後傷門直使;辛日日中甲午以後景門直使,三十時一移門也。
張良は言う。陽遁は冬至より起算し、甲日の夜半甲子時以後は開門が直使を充て、丙日の日中甲午時以後は生門が直使を充て、己日の夜半甲子時以後は驚門が直使を充て、辛日の日中甲午時以後は休門が直使を充て、三十時辰ごとに一門を迁移する。陰遁は夏至より起算し、甲日の夜半甲子時以後は杜門が直使を充て、丙日の日中甲午時以後は死門が直使を充て、己日の夜半甲子時以後は傷門が直使を充て、辛日の日中甲午時以後は景門が直使を充て、同じく三十時辰ごとに一門を迁移する。
常以直門加太乙,及主、客大將隨數而行。太乙三時一移,大將一時一移也。臣今太乙冬至、夏至初臨之時,門則隨數起,時盡則移,不拘其甲、丙、己、辛日也。陽遁四門,開、生、驚、休;陰通四門,杜、死、傷、景。
用法は当値の直門を太乙の上に加え、主・客大将は各々得た算数に依って順に行る。太乙は三時辰ごとに一次迁移し、大将は一時辰ごとに一次迁移する。臣は今、新法に改めて用いる。太乙が冬至・夏至に初めて臨む時、門はすなわち得た数に随って起算し、時数を用い尽くせばすなわち迁移を行い、もはや甲・丙・己・辛の四日に門を起こす旧例に拘守しない。陽遁の用いるところは開・生・驚・休の四門、陰遁の用いるところは杜・死・傷・景の四門である。
冬至加时所直の門を推す法
臣希明今置天正時實,以二百四十去之;不盡,以一百二十去之;不盡,以三十約之,為門數。命起開門,以次而行,即天正冬至加時所直門也。
臣王希明は冬至加时所値の門を推す。前に求めた天正時実を取り、二百四十をもって整周を除き、余数をさらに百二十をもって除し、なお余数があれば三十をもって約し、得たものがすなわち門数である――一門ごとに三十時辰を管するので、三十をもって約とする。開門から起首し、順に数え去り、落ちるところの一門がすなわち天正冬至加時当値の門である。
夏至加時歴直の門を推す法
置夏至時實,以一百二十去之,不盡者,以三十約之,為門數。命起開門依次而行之,即夏至加時所直門也。
夏至加时所値の門を推す。夏至の時実を取り、百二十をもって整周を除き、除ききれぬ余数を三十をもって約し、得たものがすなわち門数である。なおも開門から起首し、順に数え下り、落ちるところの一門がすなわち夏至加時当値の門である。陰遁は杜・死・傷・景の四門をもって用とするが、数を起こす位はなお開門から算する。
八門歳計の占法を推す
李淳風雲:常以開門加大乙,即太乙之八門也。又以開門加主大將,即主大將之八門也。又以開門加客大將,即客大將之八門也。又以開門加定計大將,即定計大將八門也。本是太公考歲計定八門,立五將也。又云:客、主八門與太乙八門開、休、生臺者,大利。太乙天目在主、客三門下者,閉塞不通。今雲窖、主八門與太乙八門開、休、生三門合者,大利。
李淳風は言う。通常、開門を太乙の上に加えれば太乙の八門を得、開門を主大将の上に加えれば主大将の八門を得、開門を客大将の上に加えれば客大将の八門を得、開門を定計大将の上に加えれば定計大将の八門を得る。これはもともと太公が歳計を考較するに八門を定め五将を立てるのに用いた法である。彼はまた言う。客・主両辺の八門が太乙の八門と開・休・生の三吉門上に相合すれば、極めて有利である。太乙と天目がもし主・客の三門の下に落ちれば、閉塞不通となる。今本のこの句は「窖・主八門与太乙八門開・休・生三門合者、大利」と作るが、「窖」の字は「客」の字の訛に当たる。
臣今別立新術,置上元甲子以來距所求積年,求歲計八門,以大遊紀法七百二十去之;不盡,以三分紀法二百四十除之;餘以三十約之,為直門致;不盡,即宣門所入年。命起開門,以次休、生門,左行八門,周而復始。假令今開元十二年甲子,即開門為宜使,至三十一年甲午歲即休門為直使,他皆仿此。
臣は今、別に一套の新法を立てて歳計の八門を推す。上元甲子以来から求める年までの積年数を取り、大游紀法七百二十をもって整周を除き、余数をさらに三分紀法二百四十で除し、余った数を三十をもって約すれば、得たものがすなわち直使の門の門数で、除ききれぬ端数はこの門に入って以来の年数である。開門から起首し、順に休門・生門を数え、左に順行して八門を巡り、周してまた始まる。たとえば当今開元十二年甲子は、まさに開門をもって直使とする。三十一年甲午歳に至れば、輪番で休門が直使を作り、其余の各年もみなこれに類推する。
太乙金鏡式経巻二
太乙所在の法を推す
《傳》曰:太乙者,天帝之神也。主使十六神,知風雨、水早、兵革、飢謹、疾疫、災害之國也。常考之,順行八官,不遊中五,三年徒一宮。第一年治天,齊日月、星辰,使七曜無差其度,以明天道。所臨之分,承天道而行,則獲治天之考。
『伝』のうちに言う。太乙は天帝の神で、十六位の神将を統領駆使し、風雨・水旱・兵革・饑饉・瘟疫および各国の災害を掌管する。それは常年天下を考較し、八宮を順行し、中央第五宮は空しく過ぎて入らず、三年に一宮を迁移する。入宮の第一年は「治天」を主り、日月星辰を整斉して日月五星七曜の運行をその度を失わせず、もって天道を彰明する。この年それが臨む分野がもし天道に承奉して行事すれば、治天の考較を通過できる。
第二年治地,調四氣、八風,能使風雨不愆其候,以明地道。所臨之分,無興土木之功、役人民、妨稼穡,則獲治地之考。第三年治民,使君臣、父子、長幼無失其序,以明人道。所臨之分,進忠良,察獄訟,恤孤寡,則獲治人之考。
入宮の第二年は「治地」を主り、四時の気と八方の風を調和して風雨を時令に違わせず、もって地道を彰明する。この年それが臨む分野がもし大いに土木を興さず・濫りに百姓を役せず・農事を妨害しなければ、治地の考較を通過できる。第三年は「治民」を主り、君臣・父子・長幼を各々その次序を失わせず、もって人道を彰明する。この年それが臨む分野がもし忠良を進用し・獄訟を明察し・孤寡を撫恤すれば、治人の考較を通過できる。太乙が三年に一宮を移るのは、まさに天・地・人の三考に相応する。
古太乙考治天下。若無道之國、失禮之君,恃干戈恣侵伐,則兵災、水早、飢()、流亡以行其罰。若守道安民,()兵禁暴,則五緯不愆度,四民無失業。故《經》云:太乙所臨之國,有道則昌,無道則殃。樂產云:能使日月無光,五緯孛現,山崩地震,川湧河竭者也。
古より太乙は天下を考較治理するを職としてきた。もし無道の国・失礼の君があって、兵戈を倚仗して肆に侵伐すれば、太乙は兵災・水旱・饑饉と流亡を降して懲罰を施行する(底本はここに「饑」の下に闕文があり空圍のみ存す。字を補うことは敢えてしない)。もし道を守り民を安んじ・干戈を止息し・暴虐を禁絶すれば、金木水火土の五星は運行して常度を失わず、士農工商の四民もまた各々その業に安んずる。ゆえに『経』の上に言う。太乙の臨む国は、道あれば昌盛し、道なければ殃を受ける、と。楽産は解して言う。太乙が罰を降す時、日月をして光輝を失わせ、五星をして彗孛の変を生ぜしめ、山は崩れ地は震い、河川は泛涌しあるいは干竭す、と。
五将所主の法を推す
五將者,太乙監將,並上下二目、主客大小將也。監將者,東方歲星之精,受木德之正氣,王在春三月。上目者,南方熒感之精,受火德之正氣,在天為陽,號始擊將,屬客,王在夏三月。下目者,中宮鎮星之精,受土德之正氣,在地為陰,號文昌將,屬主,王在四季。
いわゆる「五将」とは、太乙の監将・上目・下目の二目および主・客両方の大将と小将を指す。監将は東方の歳星(木星)の精気の化するところで、木徳の正気を禀受し、春の三ヶ月に旺する。上目は南方の熒惑(火星)の精気の化するところで、火徳の正気を禀受し、天において陽となり、「始撃将」と称して客方に隷属し、夏の三ヶ月に旺する。下目は中宮の鎮星(土星)の精気の化するところで、土徳の正気を禀受し、地において陰となり、「文昌将」と称して主方に隷属し、辰・戌・丑・未の四季の月に旺する。
客大將者,北方辰星之精,受水德之正氣,主兵革,王在冬三月。主大將者,西方太白之精,受金德之正氣,主戰鬥,王在秋三月。又五將各應五方,隨四時備有休王。《經》云;主客兩陣相當,乘生氣者勝,乘死氣者敗。
客大将は北方の辰星(水星)の精気の化するところで、水徳の正気を禀受し、兵革の事を主り、冬の三ヶ月に旺する。主大将は西方の太白(金星)の精気の化するところで、金徳の正気を禀受し、戦闘殺戮を主り、秋の三ヶ月に旺する。この五将は各々五方に対応し、四時の推移に随って各々旺・相・休・囚・死の気数がある。『経』の上に言う。主客両軍が陣して相対し相が当たるとき、およそ生気に乗る方が勝ちを得、死気に乗る方が敗北す、と。
假令八月攻東方,以太簇為始擊將,乘生氣也,大勝。若高叢為始擊將,乘死氣也,大負。他仿此。歲汁者,歲星之使也,謂計歲、月、日、時之事也。是故聖人則而像之,創法而制局。太乙為人君,二目法輔相五將,定主客八門,分勝負、運沉於機樽之間,突雄略於幃幄之內,蓋王佐之要道也。
たとえば八月に兵を出して東方を攻めるに、もし「太簇」(酉、金に属す)を始撃将とすれば、金は秋に旺して東方の木を克するので、生気に乗って動き、必ず大勝を獲る。もし「高叢」(卯、木に属す)を始撃将とすれば、木は秋月にまさに死気に当たり、それは大敗である。其余の各方各月もみなこれに類推する。いわゆる「歳計」とは歳星の使者で、年・月・日・時の四層に按じて事を推算するを指す。この故に聖人は天象を取法してその形を摹拟し、法度を創立し式局を制作した。太乙をもって人君に象徴させ、上下二目をもって輔相の臣に取法し、五将を率いて、主客を判定し八門を安排し、酒樽機杼のあいだに勝敗を分かち、帷幄の内に雄略を施展する――これはまさに王者を輔佐する緊要の道である。
九宮の法を推す
昔燧人氏仰觀北極而定方。包犧氏因畫八封。帝宣受命,使大撓造甲子,容成以造曆數,八封九宮之旨,自此興焉。
昔、燧人氏は頭を挙げて北極星を観察して四方を定め、伏羲氏はこの方位に依拠して八卦を画いた。黄帝軒轅が受命した時に至り、大撓に命じて甲子干支を創制させ、容成に命じて暦数を創制させた。八卦と九宮の旨要はこれより始めて興った。九宮の法が八卦と相配することのできた根源は、すなわちここにある。
九宮之義法以靈龜,以二、四為肩,六、八為足,左三右七,戴九履一,此為不易之常道也。黃帝又命風后為太乙式,九宮皆差一位,自晉以前,莫詳所以推。
九宮の取義は神亀の背の紋路に效法する。二と四は両肩に分列し、六と八は両足に分列し、三は左に居り七は右に居り、九は頭上に頂き一は足下に踏み、中央を五とする。これは万世不易の常規の排法である。しかるに黄帝はまた風后に命じて太乙式盤を制作させ、その中の九宮の位置は一律に一位錯け、洛書の本位と異なる。この故は晋代以前に至るまで、終始説明し得た人がいなかった。
郭醫《曜靈經》云:地缺東南,宮數多者不出於九,故差九以填之。樂產曰:太乙寄理,以明人事,后王得之以統一天下,所以差一官以就乾位。王希明曰:太乙統人事,以知未來之道。故聖人特差一宮,以明先知之義也。
郭璞『曜霊経』は解して言う。大地は東南方に欠けるところがあり、宮数は最大でも九を過ぎないので、九宮を錯開してこの缺陷を填補した、と。楽産は解して言う。太乙は義理を寄託して人事を闡明するのに用い、後世の君王がこれを得れば天下を統一できるので、わざと一宮を錯開して太乙を乾位に就居させた、と。臣王希明の見るところでは、太乙は人事を総管して未来の道を推知するのに用いるので、聖人はあえて一宮を錯開した。これはまさに「先知」の意義を顕明するためで、洛書の本位と同じでないことは、それが推すのがまだ発生していない事であることをまさに示している。
一宮在乾,主冀州、幷州。若文昌將關囚,必有迫肋君父之象矣。二宮在離,主荊州。若太乙臨之,君誅大臣、將相矣。三宮在艮,主青州。若始擊臨之,嬖寵進中宮,兵起。四宮在震,主徐州。若始擊臨之,主西戎來侵。
太乙式の九宮は各々卦位と州域に配し、各々主るところがある。第一宮は乾位(西北)に居り、分野は冀州・并州である。この宮がもし文昌将に逢って「関」を成し「囚」を成せば、必ず臣下が君父を逼迫する徴象が現れる。第二宮は離位(南方)に居り、分野は荆州である。太乙がもしこの宮に臨めば、君主が大臣と将相を誅戮することを主る。第三宮は艮位(東北)に居り、分野は青州である。始撃将がもしこの宮に臨めば、寵幸を受けた嬖人が後宮に引き入れられ、また兵事が起こることを主る。第四宮は震位(東方)に居り、分野は徐州である。始撃将がもしこの宮に臨めば、西方の戎狄が来て侵擾することを主る。
六宮在兌,主雍州。若客大將臨之,南楚來侵。七官在坤,主樑、益州。若主大將臨之,梁、益二州兵起。八宮在坎,主兗州。若太乙臨之,臣欺君也。九宮在冀,主楊州。若客大將臨之,幽、冀二州來侵。
第六宮は兌位(西方)に居り、分野は雍州である。客大将がもしこの宮に臨めば、南方の楚地が来て侵犯することを主る。第七宮は坤位(西南)に居り、分野は梁州・益州である。主大将がもしこの宮に臨めば、梁・益の二州が兵事を興すことを主る。第八宮は坎位(北方)に居り、分野は兗州である。太乙がもしこの宮に臨めば、臣下が君上を欺蒙することを主る。第九宮は巽位(東南、底本は「冀」と作る)に居り、分野は揚州である。客大将がもしこの宮に臨めば、幽州・冀州の两地が来て犯すことを主る。
張良《經》云:八、三、四、九為陽,二、七、六、一為陰。一宮為純陽,九宮為純陰。五月一陰生,至戌月單陽,亥月絕陰,戌、亥在一宮之地,故曰純陽。十一月一陽生,至辰月單陰,巳月純陽,辰、巳在九宮之地,故曰絕陰。凡六、四為絕氣。二午八子,冬、夏之至位,阻陽交易之地,故曰絕氣。凡至陽絕之,氣與事皆凶也。
張良『経』に言う。八・三・四・九の四宮は陽に属し、二・七・六・一の四宮は陰に属す。第一宮は純陽の地、第九宮は純陰の地である。五月に一陰が初めて生じ、戌月に至れば単陽のみが残り、亥月に陰気が終尽する。戌・亥はともに第一宮の方位にあるので、第一宮を純陽と称する。十一月に一陽が初めて生じ、辰月に至れば単陰のみが残り、巳月に転じて純陽となる。辰・巳はともに第九宮の方位にあるので、第九宮を絶陰と称する。およそ六宮と四宮はみな「絶気」の地と算する。第二宮は午に配し第八宮は子に配し、まさに夏至と冬至の所在で、陰陽が交替更換する処なので、また絶気とも呼ぶ。およそ陽絶・気絶の位置に落ちるものは、気数と占う事とともに凶を主る。
八門所主の法を推す
玄女云:天有八門,以通八風也。地有八方,以應八卦之綱紀、四時,主於萬物者也。開門直乾,位在西北,主開向通達。休直坎,位正北,主休息、安居。生門直艮,位東北,主生育萬物。傷門直震,位正東,主疾病、災殃。
九天玄女は言う。天には八門があり、八方の風を通達するのに用い、地には八方があり、八卦に対応して四時を綱紀し万物を主宰する。開門は乾卦に当たり、位は西北にあり、開通順達を主る。休門は坎卦に当たり、位は正北にあり、休息安居を主る。生門は艮卦に当たり、位は東北にあり、万物を生育することを主る。傷門は震卦に当たり、位は正東にあり、疾病と災殃を主る。
杜門直巽,位東南,主閉塞不通。景門直離,正位南,主鬼怪亡遺、驚恐奔走。死門直坤,位在西南,主死喪、葬埋。驚門直兌,位正西,主驚恐奔走。開、休、生三門大吉,景門小吉,驚門小凶,死、傷、杜大凶。八節八門各主王四十五日,通王,以戰勝,吉;不王,凶。
杜門は巽卦に当たり、位は東南にあり、閉塞不通を主る。景門は離卦に当たり、位は正南にあり、鬼怪の作祟・遺失亡逸と驚恐奔走を主る。死門は坤卦に当たり、位は西南にあり、死喪と埋葬を主る。驚門は兌卦に当たり、位は正西にあり、驚恐奔走を主る。八門のうち、開・休・生の三門は大吉、景門は小吉、驚門は小凶、死・傷・杜の三門は大凶である。八節は各々一門に配し、各門は四十五日を当旺する。出兵の時にもし用いる門がまさに旺気に当たれば、交戦すれば勝ちを得て吉を主り、もし旺に当たらなければ凶を主る。
十六神所主の法を推す
《爾雅》云:四時和為玉燭。《律曆志》曰:太極運三辰五星於天,元氣轉三、五流行於下地也。
『爾雅』に言う。四季の気が調和すれば、これを「玉燭」と呼ぶ、と。『漢書・律暦志』に言う。太極は天上において日・月・星の三辰と金木水火土の五星を運行し、元気は三と五の数理をもって地下に流転運行す、と。十六神の名号と所主は、まさにこの天地の気の消長に依って立てられる。
子神曰地主。建於之月,陽氣初發,萬物陰生,故曰地主也;丑神曰陽德。建丑之月,二陽用事,布育萬物,故曰陽德也;艮神曰和德。冬春將交,陰陽氣合,群物方生,故曰和德也;寅神曰呂申。建寅之月,陽氣大申,草木甲拆,故曰呂申也;卯神曰高叢。建卯之月,萬物皆出,自地叢生,故曰高叢也;
子位の神を「地主」と呼ぶ。建子の月に一陽が初めて動き、陽気がようやく萌発し、万物はなお地下にあって暗いうちに滋生するので、地主と名づける。丑位の神を「陽徳」と呼ぶ。建丑の月に二陽が用事し、陽気が布散して万物を化育し始めるので、陽徳と名づける。艮位の神を「和徳」と呼ぶ。この時冬春がまさに交替しようとし、陰陽の二気が交合して群物がまさに萌生しようとするので、和徳と名づける。寅位の神を「呂申」と呼ぶ。建寅の月に陽気が大いに伸展し、草木が甲を破って出るので、呂申と名づける。卯位の神を「高叢」と呼ぶ。建卯の月に万物がみな土を出で、地面上に叢集して生長するので、高叢と名づける。
辰神曰太陽。建辰之月,雷出震勢,陽氣大盛,故曰太陽也;巽神曰太靈。春夏將交,盛署方至,陽氣炎酷,故曰太靈;巳神曰太神。建巳之月,少陰用事,陰陽不測,故曰太神;午神曰大威。建午之月,陽附陰生,刑暴始行,故曰大威也;末神曰天道。建末之月,火能生土,土王於未,故曰天道也;
辰位の神を「太陽」と呼ぶ。建辰の月に雷が震位より声勢を発し、陽気が極めて盛んなので、太陽と名づける。巽位の神を「太霊」と呼ぶ。この時春夏がまさに交替しようとし、盛暑が至らんとして、陽気が炎烈酷熱なので、太霊と名づける。巳位の神を「太神」と呼ぶ。建巳の月に少陰が用事を始め、陰陽の変化が測度しがたいので、太神と名づける。午位の神を「大威」と呼ぶ。建午の月に陽気が極処に至りて一陰が依附して生じ、粛殺刑暴の気が施行を始めるので、大威と名づける。未位の神を「天道」と呼ぶ。建未の月に火は土を生ずることができ、土気が未においてまさに旺なので、天道と名づける。
坤神曰大武。夏秋將交,陰氣施令,殺傷萬物,故曰大武;申神曰武德。建申之月,萬物欲死,葬麥將生,故曰武德也;酉神曰太簇。建酉之月,萬物皆成,有大品蔟,故曰太簇也;戍神曰陰主。建戍之月,陽氣不長,陰氣用事,故曰陰主也;干神曰陰德。秋冬將交,陰前生陽,大有其情,故曰陰德也;亥神曰大義。建亥之月,萬物懷垢,群陽欲盡,故曰大義。
坤位の神を「大武」と呼ぶ。この時夏秋がまさに交替しようとし、陰気が号令を発して万物を摧折傷害し始めるので、大武と名づける。申位の神を「武徳」と呼ぶ。建申の月に万物はまさに衰亡せんとするが、冬麦はかえってまさに下種萌生せんとして、一殺一生が並行するので、武徳と名づける。酉位の神を「太簇」と呼ぶ。建酉の月に万物はみな成熟し、物品が豊盛に叢聚するので、太簇と名づける。戌位の神を「陰主」と呼ぶ。建戌の月に陽気はもはや生長せず、陰気が用事を始めるので、陰主と名づける。乾位の神を「陰徳」と呼ぶ。この時秋冬がまさに交替しようとし、陰の中にすでに陽気を孕育し、情を含むこと深いので、陰徳と名づける。亥位の神を「大義」と呼ぶ。建亥の月に万物は垢晦を懐蔵し、群陽がまさに尽きようとするので、大義と名づける。子・丑・寅・卯など十二辰の神に、艮・巽・坤・乾の四維の神を加えて、合わせてまさに十六神となる。
太乙式僅の法を推す
黃帝受命,龍馬負因而出河,因體其象,而制太乙式,體有三重,上青法天,下黃法地,中體像人,即天、地、人三才悉備。天有十二辰,地有十二次,四維、八門、九宮、十二神,咸有象焉。
黄帝が天命を受けた時、龍馬が図書を負いて黄河の中より出現し、黄帝はその形象に依拠して太乙式盤を製作した。式盤は三重に分かれる。上層は青色を塗り、天に取法し、下層は黄色を塗り、地に取法し、中層は人を象徴する。ここに天・地・人の三才がすべて備わる。式盤の上、天には十二辰、地には十二次があり、乾・艮・巽・坤の四維および八門・九宮・十二神を加え、各々皆対応する象位が盤に刻まれている。
《經》云:運式之儀有八;一詳太歲所在,欲求計神,故先詳之;第二詳太乙所在宮,以立監將;第三詳何神為天目,以置文昌、始擊諸神也;第四詳何神為計神,以知主客計;第五詳何神為始擊,以計神加和德官,求文昌所臨宮,以艮為鬼門方,求幽冥吉凶,故加和德而計之;
『経』の上に言う。式盤を運転する程序はあわせて八歩ある。第一歩は太歳の所在を審定する。計神を求めるには必ず先に太歳を知らなければならないので、まずそれを審す。第二歩は太乙の居る宮を審定し、これに拠って監将を安立する。第三歩はいずれの神が天目を充てるかを審定し、これに拠って文昌・始撃などの諸将を安置する。第四歩はいずれの神が計神を充てるかを審定し、これに拠って主・客両方の算数を推知する。第五歩はいずれの神を始撃とするかを審定する。その法は計神を和徳宮の上に加え、さらに文昌の臨む宮を求める。艮位は鬼門の所在で、幽冥の中の吉凶を推求するのに用いられるので、和徳(艮位の神)の上に加えて起算するのである。
第六視天地二目各在何所,求主客之算,第七詳置算之數,以定主容大將之官;第八論主客置算,若得十,置一;若得二十四,棄二十,置四,餘皆以例而推之,各視天目所在宮而行算。若天日在正宮,則按本數。若天目間神,則加一數而行算,至太乙宮止矣。
第六歩は天目・地目の二目が各々いずこに在るかを查看し、これに拠って主方と客方の算数を求める。第七歩は置かれた算数の多少を核定し、これに拠って主・客大将の居る宮を確定する。第八歩は主客置算の取舍を論ずる。およそ算が十を得れば、ただ一を取り、算が二十四を得れば、二十を捨てて四を取る。其余の数目もみなこの体例に照らして類推する。算を行うときはみな天目の居る宮より数を起こして見る。天目がもし八正宮に落ちれば、本宮の数に按じて計算し、天目がもし四維の間神の位に落ちれば、一数を加えてさらに推算し、一路太乙の居る宮まで数えて止まる。
假令太乙在九宮,大義為天目,後大義一算,地主八算,和德三,高叢四,計得十六。餘仿此。
例を挙げて言う。仮に太乙が第九宮にあり、「大義」(亥)をもって天目とするとする。大義の後より起算し、大義自身は一算を得、地主(子)は八算を得、和徳(艮)は三算を得、高叢(卯)は四算を得、一路累加して太乙の宮に至り、合計して十六を得る。其余の各局もみなこの法に照らして推算する。
