Libo

太乙用式不同の法を推す

唐 · 王希明 · 第3巻 / 5

作盤ガイド: 奇門遁甲作盤, 大六壬起課

《禮》設尊卑,《易》陳貴殘。臣行君道則政悖,子行父道則義乖,故用式之道,事各不同。《洪範》曰:洪者,大也。範者,法也。言天地之大法也。

『礼』は尊卑の分際を確立し、『易』は貴賤の等差を陳述する。臣子がもし君主の道を行えば政事は悖乱し、子がもし父の道を行えば義理は乖違する。ゆえに式盤を運用する道もまた、占う者の身分の不同に随って各々分別があり、混同してはならない。『尚書・洪範』に言う。「洪」とは大のこと、「範」とは法のことで、合わせて言えばまさに天地の間の大法である。

王省維歲:王所有歲,兼總群吏,如歲兼四時也。卿士惟月:卿士各有所掌,如月之有別也。師尹惟日:象正官之吏,分治其職,如歲有日也。歲、月、日、時無易,各順其常,故王者用歲計,卿士惟月計,師尹惟日計,故時通上下,則上白天子,下及庶士,時通用也。

『洪範』に「王は省るに歳をもってす」という。君王が省察するのは一歳の事で、それは群吏を総攬し、ちょうど一年が四季を総括するがごときだからである。又「卿士は月をもってす」という。卿士は各々分掌の職事があり、ちょうど一年のうち月份に各々分別があるがごときである。又「師尹は日をもってす」という。衆官の長は各々その職守を分治し、ちょうど一年のうち日子に各々その事があるがごときである。歳・月・日・時の次第は更易すべからず、各々常道に遵循する。ゆえに君王の占問は歳計を用い、卿士は月計を用い、師尹は日計を用いる。時計に至っては上下通用で、上は天子より、下は庶士に至るまで、およそ急事があれば皆取り用いることができる。

陰遁の和と不和を推す

張良《經》曰:陰陽和不和者,渭太乙及上、下二目就算數以相配。下目立正宮,為陽;立間神,為陰。立陽,算得奇為重陽;立陰,算得偶為重陰,則不和。上目所臨陽宮,算得重陽,為重臨正二官,算得奇也。臨陰宮,算得陰為重陰,為臨間神,算得偶也。若在陽,算得偶陰,算得奇為陰陽和,和則吉,算十一、十三、十七、十九、三十一、三十三、三十七、三十九為陽數。

張良『経』に言う。いわゆる陰陽の和と不和とは、太乙および上目・下目の三者の得た算数がたがいに相配するかどうかをもって判定する。下目がもし八正宮に立てば陽と算し、四維の間神の位に立てば陰と算する。陽位に立って算数が奇を得れば「重陽」を成し、陰位に立って算数が偶を得れば「重陰」を成す。二種とも不和に属す。上目の臨むところがもし陽宮でしかも重陽を得るのは、正宮に重ねて臨み算数がまた奇数だからである。もし陰宮に臨んで算が陰数を得れば重陰を成し、これは間神に臨み算数がまた偶数だからである。これに反して、陽位に処って算が偶数を得、陰位に処って算が奇数を得ること、これを陰陽相和と呼び、和はすなわち吉を主る。算数の中の十一・十三・十七・十九・三十一・三十三・三十七・三十九はみな陽数に属す。

目臨為重陽,算中陰陽。若算得二十二、二十四、二十六、二十八為陰,皆不和也。太乙在陽宮,算得奇者為重陽之數,八、三、四、九為陽宮。太乙陰宮,算得偶者為重陰之數,二、七、六、一為陰宮,皆不和。若太乙在陰宮陽奇,算得偶數者,為陰陽和也。

二目が陽位に臨んでしかも陽数を得れば、すなわち重陽を成すので、算数の中で陰陽の属性を細かく弁じなければならない。算が二十二・二十四・二十六・二十八の類の数を得れば、みな陰に属し、陰位と相重なるので、同じくみな不和と算する。太乙が陽宮に居って算が奇数を得れば、すなわち重陽の数である――八・三・四・九の四宮は陽に属す。太乙が陰宮に居って算が偶数を得れば、すなわち重陰の数である――二・七・六・一の四宮は陰に属す。この二種の情形はいずれも不和である。ただ太乙が陰宮に居って算が陽奇を得、あるいは陽宮に居って算が偶数を得て、陰陽が互補することのみを、陰陽相和と呼ぶ。

王希明曰:三、九寅辰為純陽;二、八巳丑為雜陽;二十六未亥為純陰,七、一戊申為雜陰;三十三、三十九為重陽,二十二、二十六為重陰;二十四、二十八為雜陰;十三、十九、二十一、三十七為雜陽。皆以次凶尤甚。太乙、天日在陰位,算得純陰在陽位,算得純陽為內外有謀,在純者勝。太乙、天目在陰位,算得重陽為內有謀。

臣王希明は補して言う。三・九の両数と寅・辰の位は純陽に属し、二・八の両数と巳・丑の位は雑陽に属し、二十六と未・亥の位は純陰に属し、七・一の両数と戌・申の位は雑陰に属する。三十三・三十九は重陽、二十二・二十六は重陰、二十四・二十八は雑陰、十三・十九・二十一・三十七は雑陽である。この次第に依って下に排してゆくと、後になるほど凶険が重い。太乙と天目が陰位に落ちて算が純陰を得、あるいは陽位に落ちて算が純陽を得れば、みな内外双方に各々図謀があることを主り、その中で気数が純一なる方が勝利する。太乙と天目が陰位に落ちて算が重陽を得れば、内部に人が暗に図謀することを主る。

若算得十四、十八、三十三為上和,二十三、二十九、三十二為次和,十二、十六、二十七、三十四、三十八為下和,若太乙、天目立陰陽位,而算陽多者,利為客;陰多者,利為主。更須考其深淺,以明勝負也。

「和」に至ってもまた等第に分かれる。算が十四・十八・三十三を得れば上等の和、二十三・二十九・三十二を得れば次等の和、十二・十六・二十七・三十四・三十八を得れば下等の和である。もし太乙と天目が分かれて陰陽の位に立ち、算数の中で陽数が偏って多ければ、客となって先に発するに便利し、陰数が偏って多ければ、主となって後に応ずるに便利する。このほかなお陰陽の偏勝の深浅の程度を考究して、はじめて最終の勝負の帰属を判明できる。

太乙式僅の法を推す

黃帝受命,龍馬負因而出河,因體其象,而制太乙式,體有三重,上青法天,下黃法地,中體像人,即天、地、人三才悉備。天有十二辰,地有十二次,四維、八門、九宮、十二神,咸有象焉。

この篇は底本に重出し、文字は前と全く同じである。今、なお底本に依って収録する。黄帝が天命を受けた時、龍馬が図書を負いて黄河の中より出現し、黄帝はその形象に依って太乙式盤を製作した。式盤はあわせて三重に分かれ、上層は青色を塗って天に取法し、下層は黄色を塗って地に取法し、中層は人を象徴して、天・地・人の三才はここに全備する。盤の上、天には十二辰、地には十二次あり、四維の位および八門・九宮・十二神を加えて、いずれも各々その象なからんとするなし。

《經》云:運式之儀有八;一詳太歲所在,欲求計神,故先詳之;第二詳太乙所在宮,以立監將;第三詳何神為天目,以置文昌、始擊諸神也;第四詳何神為計神,以知主客計;第五詳何神為始擊,以計神加和德官,求文昌所臨宮,以艮為鬼門方,求幽冥吉凶,故加和德而計之;

『経』の上に言う。式盤を運転する程序はあわせて八歩ある。第一歩は太歳の所在を審定する。計神を求めるには先に太歳を知らねばならないので、最前に列する。第二歩は太乙の居る宮を審定し、これに拠って監将を安立する。第三歩はいずれの神かが天目を充てるかを審定し、これに拠って文昌・始撃の諸将を安置する。第四歩はいずれの神かが計神を充てるかを審定し、これに拠って主客両方の算数を推知する。第五歩はいずれを始撃とするかを審定する。その法は計神を和徳宮の上に加え、さらに文昌の臨む宮を求める。艮位は鬼門の所在で、これに拠って幽冥の事の吉凶を推求できるので、和徳の上に加えて起算するのである。

第六視天地二目各在何所,求主客之算,第七詳置算之數,以定主容大將之官;第八論主客置算,若得十,置一;若得二十四,棄二十,置四,餘皆以例而推之,各視天目所在宮而行算。若天日在正宮,則按本數。若天目間神,則加一數而行算,至太乙宮止矣。

第六歩は天目・地目の二者が各々いずこに居るかを查看し、これに拠って主客双方の算数を求める。第七歩は置かれた算数の多少を核定し、これに拠って主・客大将の居る宮を確定する。第八歩は主客置算の取舍の法を講ずる。算が十を得ればただ一を取り、算が二十四を得れば二十を捨てて四を取り、其余はみなこの例に依って推求する。算を行うには一律に天目の居る宮より数を起こす。天目がもし八正宮にあれば、本宮の数に按じ、天目がもし四維の間神の位にあれば、一数を加えてさらに算し、順に数えて太乙の宮に至れば停止する。

假令太乙在九宮,大義為天目,後大義一算,地主八算,和德三,高叢四,計得十六。餘仿此。

例を挙げて説明する。仮に太乙が第九宮にあり、「大義」(亥位の神)をもって天目とするとする。大義の後より起算し、大義自身は一算を得、地主(子)は八算を得、和徳(艮)は三算を得、高叢(卯)は四算を得、累加して太乙の宮に至り、あわせて十六算を得る。其余の諸局もみなこの法に仿って推求する。

帝王年紀の法を推す

臣希明自周厲王三十七年甲子為上元,至大唐開元十二年甲子歲,通計積一千五百六十一年矣。

臣王希明は別に一つの近世の起算点を取る。周の厲王三十七年甲子をもって上元とし、大唐開元十二年甲子歳まで推して、前後あわせて千五百六十一年を積す。以下、六十年を一紀とし六紀一周の次序に依り、歴代の甲子の年が各々いずれの紀に入るかを逐一列する。古今の治乱を占断するに、直接対照して取用できる。

周厲王三十七年甲子入第一紀;周幽由王五年甲子入第二紀;周惠王二十一年甲子入第三紀;周桓王三年甲於入第四紀;周定王十年甲子入第五紀;周景王八年甲子入第六紀;周敬王四十三年甲子入第一紀;周咸烈王九年甲子入第二紀;周顯王十二年甲子入第三紀;周赧王十八年甲子入第四紀;秦始皇十年甲子入第五紀;漢文帝三年甲子入第六紀;

周の厲王三十七年甲子は第一紀に入り、周の幽王五年甲子は第二紀に入り、周の恵王二十一年甲子は第三紀に入り、周の桓王三年甲子は第四紀に入り、周の定王十年甲子は第五紀に入り、周の景王八年甲子は第六紀に入る。六紀はすでに三百六十年に満ち、ここに周してまた始まり、改めて第一紀より起算する。周の敬王四十三年甲子は第一紀に入り、周の威烈王九年甲子は第二紀に入る(底本は「咸烈王」と作る)、周の顕王十二年甲子は第三紀に入り、周の赧王十八年甲子は第四紀に入り、秦始皇十年甲子は第五紀に入り、漢の文帝三年甲子は第六紀に入る。

漢武帝元狩六年甲子入第一紀,漢宣帝五鳳元年甲子入第二紀;漢平帝元始四年甲子入第三紀;漢明帝永平七年甲子入第四紀;漢安帝延光三年甲子入第五紀;漢靈帝中平元年甲子入第六紀;魏齊王正始五年甲子入第一紀;晉惠帝永興元年甲子入第二紀;晉哀帝興寧二年甲於入第三紀;後魏太武元年甲子入第四紀;後魏太和八年甲子入第五紀;西魏太武文統十年甲子入第六紀;隨文帝仁壽四年甲子入第一紀;大唐高祖龍朔四年甲子入第二紀;大唐開元十二年甲子入第三紀。

漢の武帝元狩六年甲子は第一紀に入り、漢の宣帝五鳳元年甲子は第二紀に入り、漢の平帝元始四年甲子は第三紀に入り、漢の明帝永平七年甲子は第四紀に入り、漢の安帝延光三年甲子は第五紀に入り、漢の霊帝中平元年甲子は第六紀に入る。ここに至りまた一周に満ち、以下改めて第一紀より起こる。魏の斉王正始五年甲子は第一紀に入り、晋の恵帝永興元年甲子は第二紀に入り、晋の哀帝興寧二年甲子は第三紀に入り、後魏の太武元年甲子は第四紀に入り、後魏の太和八年甲子は第五紀に入り、西魏の太武文統十年甲子は第六紀に入り、隋の文帝仁寿四年甲子は第一紀に入り、大唐の高祖龍朔四年甲子は第二紀に入る(龍朔はもと高宗の年号で、底本は高祖に繋す。訛誤あるべし)、大唐開元十二年甲子は第三紀に入る。まさに本書撰作の年である。

『太乙金鏡式経』巻三

掩を推す法

《經》曰:始擊將臨太乙宮,謂之掩。歲計遇之,王綱失序,臣張君弱,宜修德以禳之。蓋掩襲劫殺之義。若掩太乙在陽絕之地,君凶;陰絕之地,臣誅。掩主大將,主人算和,吉;不和,凶。參擊之勝。

『経』の上に言う。始撃将が太乙の居る宮に臨むを、「掩」と呼ぶ。歳計の中でこの格に遇えば、王朝の綱紀が次序を失い、臣下が強横にして君主が衰弱することを主り、徳行を修養して禳解すべきである。「掩」は掩襲劫殺の意を取る。もし掩を被った太乙が陽絶の地に落ちれば、君主に凶あることを主り、陰絶の地に落ちれば、臣下の誅されることを主る。もし掩を被ったのが主大将で、主方の算数がこれと相和すれば、なお吉と算し、算数が和せざれば、すなわち凶である。このほかなお参将の撃を受ける情形を参看して、はじめて最終の勝負を断定できる。

撃を推す法

《經》曰:太乙所在宮,客目在太乙前一辰,為前擊;在太乙後一辰,為後擊;在太乙前一宮,為外宮擊;在太乙後一官,為內宮擊。所為擊者,臣凌君卑。凌尊,下凌上,僣也。歲計遇之,將相相伐之義也。

『経』の上に言う。太乙の居る宮を准とし、客目が太乙の前一辰に落ちるを「前撃」と呼び、太乙の後一辰に落ちるを「後撃」と呼び、太乙の前一宮に落ちるを「外宮撃」と呼び、太乙の後一宮に落ちるを「内宮撃」と呼ぶ。いわゆる「撃」とは、臣下が君上を欺凌し、卑なる者が尊なる者を凌駕する意で、以下犯上の僭越の象に属す。歳計の中でこの格に遇えば、取義は将相のあいだに彼此攻伐することに在る。

迫を推す法

《經》曰:前為外迫,後為內迫,為上、下二目,主、客、大小四將,在太乙左右為迫。王希明曰:上目無迫。若下目在太乙前一辰,為外辰迫;在後一辰,為內辰邊;在太乙前一宮,為外宮迫;後一宮,為內宮迫。宮迫,災微緩;辰迫,災急疾。歲計遇迫,人君慎之。

『経』の上に言う。太乙の前に在るを「外迫」といい、太乙の後に在るを「内迫」という。およそ上目・下目の二目および主客両方の大将・小将の四将が、太乙の左右隣接の位に落ちることは、みな「迫」と算する。臣王希明按す。上目はそれ自身迫を構成しない。もし下目が太乙の前一辰にあれば「外辰迫」となし、後一辰にあれば「内辰迫」とする(底本は「迫」を「辺」と訛作)。太乙の前一宮にあれば「外宮迫」となし、後一宮にあれば「内宮迫」とする。宮迫の災禍は軽微にして来ること緩く、辰迫の災禍は急切にして来ること速い。歳計の中で迫格に遇えば、人君は格別に戒慎すべきである。

囚を推す法

《經》曰:囚者,篡戮之義也。若文呂將並主、客、大、小四將俱與太乙同宮,總名曰囚。若在陽氣、絕氣之地,大凶;若在絕陽、絕陰之地,自敗,臣受誅。若諸將與太乙同宮,或近大將,謀在同類;近參將,謀在內也。算和者,利;算不和者,謀不成也。

『経』の上に言う。「囚」は簒奪誅戮の義を取る。もし文昌将が主・客の大小四将を連ねて皆太乙と同じ一宮に居るを、総名して「囚」と呼ぶ。この格が陽気将尽・気数断絶の位置に落ちれば、大凶。絶陽・絶陰の地に落ちれば、自ら敗亡を取り、臣下が誅戮を被ることを主る。もし諸将が太乙と同宮で、その中大将に近きは、図謀が同類のあいだに発し、参将に近きは、図謀が内部より起こる。この時、算数が相和する者は利あり、算数が和せざる者は図謀なりがたい。

関を推す法

《經》曰:客、主、大、小將目相宮齊為關。王希明曰:關之為義,但將相怕忌之事,不及於君也。主、客、大、小將同宮數齊,皆為關日。

『経』の上に言う。客・主両方の大将・小将と目神の居る宮数が彼此相等しいを、「関」と呼ぶ。臣王希明按す。「関」の取義はただ将相のあいだの猜忌畏懼の事に関渉し、君主の身には牵连しない。およそ主・客の大小諸将が同一宮に処って宮数が相斉う日は、みな関日と算し、兵事を占うに将帥のあいだの嫌隙に留意すべきである。

格を推す法

《經》曰:客目大、小將與太乙對宮為格,言政事上下格也。若在陽絕之地,又與歲計遇格,不利。有為所格者,格易之義也。若格太乙者,盜侮其君。主、客算不和者,必敗。

『経』の上に言う。客目と大将・小将とが太乙と分かれて相対する宮に居るを、「格」と呼び、政令が上下のあいだに彼此扞格して通通ぜざるを言う。もし陽絶の地に落ち、またちょうど歳計の中で格に遇えば、それはさらに不利である。およそ相手方に格を受けた方は、彼此更易して相抗するの義を取る。もし格を受けたのがまさに太乙ならば、人が権柄を窃据してその君を欺侮することを主る。この時主客の算数がもし相和せざれば、必ず敗亡す。

対を推す法

《經》曰:下目文昌將與太乙沖而相當者,為對。若下目相對之時,皆為大臣懷二心,君逐良將,凶奸生,下臣欺上。

『経』の上に言う。下目文昌将が太乙と正しく相衝して両々面を当たるを、「対」と呼ぶ。およそ下目が太乙と対を成す時は、みな大臣が二心を懐き、君主が良将を放逐し、凶邪奸佞がこれより滋生し、下の臣子が君上を欺瞞することを主る。対は格と同じく相衝の象だが、ただ対はもっぱら下目と太乙に就いて言う。

四郭固の法を推す

《經》曰:四郭固者,文昌將囚,大乙宮至,大將、參將又相關。或客目臨之,或容、大、小將相關,皆四郭固也。主人勝固者,憑勝不利,先起四郭之固。歲計遇之,主篡廢之禍,利以修德禳之也。

『経』の上に言う。いわゆる「四郭固」とは、文昌将が囚位に陥り、太乙の宮が尽処に逼らせられ、大将と参将がまた彼此関を成し、あるいは客目がその上に臨圧し、あるいは客方と大・小将とが互いに関格を成す――これらをみな四郭固と呼ぶ。主方はたとえ上風を占めても、ただ一時の勝ちに憑恃するにすぎず、実際には利あらず、殊に自分から先に四郭閉固の局面を造成するのは宜しからず。歳計の中でこれに遇えば、簒位廃立の禍あることを主り、徳を修めて禳解するをもって利とすべきである。

郭杜の法

《經》曰:四郭杜者,為客參將與文昌將,並主大將與容大將併兼之掩、迫、關、格、提挾,以出兵,為閉杜不通,及謀諸事不成。歲計量之,無大禍也。

『経』の上に言う。いわゆる「四郭杜」とは、客参将と文昌将とが並び処り、主大将と客大将とが並び処り、さらに掩・迫・関・格・提挟の諸格がその間に夾雑することである。このような局面の下で兵を出せば、すなわち四面閉塞杜絶・道路不通で、各事を謀画しても成りがたい。ただし歳計の中で衡量すれば、この格は滞礙なれども、なお大禍を釀すに至らない。

攅擒攅の法

《經》曰:執提者,為開、生二門合沖,皆為不利。名為執提,對為提格,歲計遇之,不可舉事。所謂開、生二門合沖者,假令開門為直事,不可與開門合沖;生門為直事,不可與生門合沖,大凶。伍於胥曰:三門皆不可與太乙相沖。

『経』の上に言う。いわゆる「執提」とは、開門と生門とが相合しまた相衝することで、いずれも不利に属す。この格局の名を執提といい、それと相対する一格を「提格」と呼ぶ。歳計の中でこれに遇えば、大事を興挙すべからず。いわゆる開・生の二門が相合相衝するとは、仮に開門がまさに直事に当たれば、さらに開門と相衝すべからず、生門がまさに直事に当たれば、さらに生門と相衝すべからずと言うので、これに触れれば大凶である。伍子胥は言う。開・休・生の三つの吉門はみな太乙と相衝すべからず、と。

李淳風雲:客、主兩將或一將而共太乙,挾客、主目或大、小將於正宮者,為提挾。若客、主二目臨間神,客、主二將拱太乙,挾二目於間神,謂之挾閉。主人雖見提挾而在內,猶可戰。自一至四為內宮。若囚死在陽絕氣者,雖在外,亦凶。

李淳風は言う。客・主両方の将、あるいはその中の一将が太乙と同じく処り、客目・主目あるいは大小将を正宮の内に挟持することを、「提挟」と呼ぶ。もし客・主の二目が四維の間神の位に臨み、客・主の二従が両旁より太乙を拱夹して、二目を間神の上に挟めば、「挟閉」と呼ぶ。主方はたとえ提挟を被っても、身が内宮に処すれば、なお一戦をなし得る――第一宮より第四宮までを内宮と算する。ただしもし同時に囚死あるいは陽気断絶の地に落ちれば、たとえ身は外宮にあっても、同じく凶を主る。

客雖提挾而在外,猶可戰。自九至六為外宮。若在囚死及陽絕之地者,雖在內,亦凶。歲計通提挾,凶。客、主有內、外迫者,不利先起。張良云:客目大將、參將挾主目,客勝;挾太乙,先勝後敗。主計目囚迫太乙,客勝。

客方はたとえ提挟を被っても、身が外宮に処すれば、またもって一戦をなし得る――第九宮より第六宮までを外宮と算する。ただしもし囚死および陽絶の地に落ちれば、たとえ身は内宮にあっても、同じく凶を主る。歳計の中でもし通局みな提挟を成せば、凶を主る。客・主両辺におよそ内迫あるいは外迫のある者は、みな先んじて発動するを宜しとしない。張良は言う。客目が大将・参将を連ねて主目を挟める者は、客方が勝利を取る。もし挟めたのが太乙ならば、先ず勝ちて後に敗る。主方の計目が反って太乙を囚迫する者は、なお客方が勝利を取る、と。

太乙三門五将立成勝敗鈐(省略)

主客相関の法を推す

古者言太乙主客相關者,以林虎、淵蛟而為喻。蓋取勢不兩立、物無雙存之義。大抵與敵相遇,事不得已,當看客關得主人,則客勝;主人關得客,則主勝。皆用日計納音以決之。所謂關者,取五行相制之道也。

古人が太乙の主客のあいだの「関」を講ずるに、よく山林の虎と深淵の蛟をもって喩えとし、取るところは両強が並び立つ能わず、二物が共存し得ない意である。おおよそ敵人に遇って勢い已むを得ず交鋒するときは、客方が主方を関したか、それとも主方が客方を関したかを見る。客が主を関せば、客方が勝利を取り、主が客を関せば、主方が勝利を取る。判断するには一律に日計の納音五行を取って決断する。いわゆる「関」とは、まさに五行が彼此制伏する道理を用いるのである。

假令高叢為地目,木神也;太簇為天目,金神也。金制木,此為客關得主人,客勝也。假令陰主為地目,土神也;地主為天目,水神也。土能制水,此謂主人關得客,主人勝也。

例を挙げて言う。仮に「高叢」(卯)を地目とし、木神に属し、「太簇」(酉)を天目とし、金神に属すとする。金は木を制し得、天目が地目を克すれば、これは客方が主方を関したので、客方が勝利を取る。さらに仮に「陰主」(戌)を地目とし、土神に属し、「地主」(子)を天目とし、水神に属すとする。土は水を制し得、地目が反って天目を克すれば、これは主方が客方を関したので、主方が勝利を取る。およそ戦陣を占うに、皆このように両目の五行生克をもって帰属を定める。

主客を推す

《經》曰:主、客者,先後之理、動靜之義也。古法曰:陳兵原野,先動者為客,後應者為主。若安居之勢,先動者為主,後應者為客。若得三門具,五將發,陰陽和,稱兵所向必克,先勝後負。若三門不具,五將不發,陰陽不和,則不利舉兵,宜固守,吉。

『経』の上に言う。いわゆる主と客とは、先後の道理・動静の分別を講ずる。古法は講ず。両軍が原野に陣を列ぶるに、先に発動する方を客とし、後に回応する方を主とす。もし各々安居の勢ならば、先に発動する方を反って主とし、後に回応する方を反って客とす。もし開・休・生の三吉門が斉備し、五将が発動し、陰陽が調和すれば、兵を挙げて向かうところ必ず勝ちを得るが、ただ先に勝ちて後に負けるを防ぐべし。もし三門が斉わず、五将が発せず、陰陽が和せざれば、兵を挙げるに利あらず。堅守して出ずべきで、堅守すれば吉である。

欲知主、客出入之者,東以陰德,南以和德,西以大顯,北以大武,為始發之神,以定主、客所起歸之神也。客欲知主,視其算所知也;主人慾知客,亦視其算所知也。

主客双方の出兵入境の方向を知らんと欲せば、四維の神をもって起発の位とする。東方は「陰徳」を取り、南方は「和徳」を取り、西方は「大顕」を取り、北方は「大武」を取り、これらをもって発動の神とし、これに拠って主客双方がいずこより起兵し、またいず方に帰するかを判定する。客方が主方の虚実を推知せんと欲せば、ただ主方の得た算数を見るのみ。主方が客方の虚実を推知せんと欲すれば、またただ客方の得た算数を見るのみ。

《經》曰:行師必出奇門,賂地並用其二。古法:人君須出其賂地,及安置諸軍者,算十二、二十二、三十二,五將發三門具,乃可出兵賂地,擇便處以出軍。故曰:賂地井用二奇門者,為出開、休、生三吉門也。

『経』の上に言う。行軍は必ず奇門より出発し、有利の地を選取し、しかもその中の二門を兼用せねばならない。古法は講ず。人君が出兵の地界と各軍を安置する処所を選定するには、算数が十二・二十二・三十二の類を得、同時に五将が発動し、三吉門が斉備することを須い、はじめて出兵して地を占め、さらに便利の地形を挑選して兵を発することができる。ゆえに「地を擇び二奇門を并用す」と言う。指すところは開門・休門・生門の三吉門の中より出兵するである。

算得一,出軍宜西北,戰利東南,背深澗隱匿之地,用方陣,舉白旗;算得二,出軍宜正南,戰利向正北,邪道向西南,背山邑火光耀耀焦之地,用宜陣,舉育旗;算得四,出軍宜正東,戰利向正西,背林木窮邁曲堤之地,用銳陣,舉赤旗;

算数が落ちる宫位が異なれば、出兵の方向・陣形と旗色もまた異なる。算が一を得れば、西北より出兵するに宜しく、交戦は東南方に利あり、深磵の隠蔽の地を背にして、方陣を擺し、白旗を挙ぐ。算が二を得れば、正南より出兵するに宜しく、交戦は正北に向かうに利あり、斜路は西南を取り、山邑と火光焦灼の地を背にして、円陣を擺し、青旗を挙ぐ。算が四を得れば、正東より出兵するに宜しく、交戦は正西に向かうに利あり、林木曲堤険阻の地を背にして、鋭陣を擺し、赤旗を挙ぐ。

算得五,出軍宜正北,戰利向正甫,背積土,負城邑、山林之地,用曲陣,舉黑旗。不然,探溝高壘固守,吉;算得六,出軍宜正酉,戰利向正東,背水澤,塹於丘纓之地,用方陣,舉白旗;算得九,出軍宜東南,戰利向西北,背高山、丘陵、積土之地,用銳陣,舉赤旗。今則太乙兵起鄉,陣隨於地,觀方制變,皆算稱神,此用兵之神道也。

算が五を得れば、正北より出兵するに宜しく、交戦は正南に向かうに利あり、積土を背にし、城邑と山林の地に依託して、曲陣を擺し、黒旗を挙ぐ。さもなくば深く溝塹を掘り・高く壁壘を築いて固守すれば、また吉。算が六を得れば、正西より出兵するに宜しく、交戦は正東に向かうに利あり、水沢を背にし、丘陵溝塹の地に憑険して、方陣を擺し、白旗を挙ぐ。算が九を得れば、東南より出兵するに宜しく、交戦は西北に向かうに利あり、高山・丘陵と積土の地を背にして、鋭陣を擺し、赤旗を挙ぐ。要するに太乙の指す起兵の郷に按じ、陣形を地勢に随わせて変え、方位を観察して変化を制定し、全て算数を憑に断を取る。これがすなわち用兵の神妙の道である。

《經》曰:置陣者,曲陣為水,銳陣為火,直陣為木,方陣為金,圓陣為土,皆取主、客置陣;次以五行相剋而取勝負。不知置陣之法,皆取地形而且之。若地形後高前下,則為銳陣,利以進戰,以潰其敵也;前高後下,不便進退,利以近斗,宜為直陣以守之,以疲敵力;

『経』の上に言う。布陣には五種の形制があり、各々五行に配す――曲陣は水に属し、鋭陣は火に属し、直陣は木に属し、方陣は金に属し、円陣は土に属す。主客双方は各々得た数に依って布陣し、ついで五行相克に按じて勝負を判断する。もし布陣の法度を明らかにせざれば、一概に地形に依って定める。地勢が後高前低の者は、鋭陣を擺するに宜しく、前に向かって進攻するに利あり、敵軍を衝潰することができる。地勢が前高後低の者は、進退ともに不便で、ただ近身の搏闘に利あり、直陣を擺して堅守し、敵の気力を消耗するのに用いるべきである。

若地汙邪、不便於戰者,宜為圓陣,利以堅守;若地高而乎,宣為方陣,利以四向以通敵也,若左右勢高,則宜為曲胯以吞敵。若死順其向,則吉;若地反箕拘,則凶。今則太乙兵起之鄉,陣隨其地,雙方置變,運變稱神,此用兵之法也。

地形が低窪傾斜で交戦に不便な者は、円陣を擺するに宜しく、堅守に利あり。地勢がまた高く平らな者は、方陣を擺するに宜しく、四面より出撃し敵と相通ずるに利あり。左右両側の地勢が高く起こる者は、曲陣を擺するに宜しく、合囲して敵軍を呑併することができる。およそ陣勢が地形の走向に順応すれば吉、もし地形が簸箕のごとく反張して拘束展びがたければ凶。帰するところ、太乙の指す起兵の郷に按じ、陣形を地勢に随わせて変化させ、主客双方が各々布置して変に応じ、変化を運用して神助のごとくあれば、これがすなわち用兵の法度である。

地に随い変を制すを推す

曰:善兵臨戰合用之急者有三:一曰士卒膿習;二曰隨其地形;三曰善用兵器。五丈之溝、居塹之水、山林積石、川澤丘阜、草木所臨,此步兵之地也,車騎三不當一;土水平陵,曼衍相屑,平原廣野,此車騎之地也、步兵十不當一;兩陣相近,平地線革可前可後,此長城之地,劍盾三不當一;

兵を善く用いる人が陣に臨んで最も緊要なのは三条ある。一は士卒の訓練が娴熟なること、二は地形に順応し得ること、三は兵器を善く使用すること。五丈の広さの深溝・塹壕に水を積む処・山林の乱石・川沢丘陵・草木叢生の地、これらは歩兵に適する地形で、車騎はここで三をもって一に敵しても歩兵に敵わない。高低が相接する平緩の丘陵・連綿開闊の平原曠野、これらは車騎に適する地形で、歩兵はここで十人をもって一騎に敵わない。両陣が相距ること近く、平地に進退可なる処、これは長兵器に適する地形で、剣を持ち盾を執る士卒は三人をもって一人に敵わない。

蓮葦竹蕭,草木蒙籠,枝葉接茂,此矛錘之地也,弓彎三不當一;乾陽相遠,山谷幽澗,仰高臨下,此弓彎之地也,短兵百不當一;士不選練,卒不服習,起居不櫻,動饞不漿,避難不及,射擊後解,與金鼓之指相失,此多勤卒之過也,百不當一。兵不完利,與空手同;中不能入,與無骸同,此將不習兵之過也,十不當一。

荷葦竹叢のあいだ・草木の遮蔽・枝葉の交錯茂密なる処、これは長矛短錘に適する地形で、弓弩手は三人をもって一人に敵わない。両辺が相隔ること遥か・山谷幽深・居高臨下の処、これは弓弩に適する地形で、短兵器の士卒は百人をもって一人に敵わない。士卒が選択訓練を加えられず、起居に節制なく、行動に給養を欠き、険に遇えば避けるに及ばず、射撃は遅緩脱節し、金鼓号令の指揮と彼此错失するは、士卒疲敝の過ちで、百人をもって一人に敵わない。兵器が完好鋒利でなければ、手を空しくするに同じ。射中しても穿ち入らなければ、兵器なきに同じ。これは将領が軍務に熟習せざるの過ちで、十人をもって一人に敵わない。

兵法曰:器械不利,以其卒與敵也;卒不可用,以其將與敵也;將不知兵,以其主與敵也;君不擇將,以其國與敵也。此四者,兵之要也。是以太乙用兵之道,克敵於未來,制勝於未兆,臨敵觀變,在於將也。故曰:出兵當從奇門,臨敵隨形制變,此之要也。

兵書の上に言う。器械が鋒利ならざれば、己の士卒を敵に与えるに等しい。士卒が任用に堪えざれば、己の将領を敵に与えるに等しい。将領が軍事を解せざれば、己の君主を敵に与えるに等しい。君主が将を選ぶを会せざれば、全の国家を敵に与えるに等しい。この四条はまさに用兵の関鍵である。ゆえに太乙用兵の道は、敵情の未だ発せざるに先立ってこれを克し、徴兆の未だ現れざるの時に勝算を取得することを講究する。陣に臨んで変化を観察し・機に随って応付するに至っては、それは全て将領自身に在り。ゆえに言う。出兵は奇門に依従すべく、敵に臨んでは地形に随って変化を制定す――これがすなわち全篇の要旨である。

太乙天外・地内の法を推す

古法曰:太乙在八、三、四官者,為地內宮,助主人;太乙在九、二、七、六宮者,為天外宮,助於客。若助主人之時,原野不利先起;若助客時,安居不利先起。《經》曰:欲為客,待大乙在天外之時;欲為主,候太乙在地內之時。又須得門具將發,則決勝也。

古法は講ず。太乙が第八・第三・第四宮に落ちれば「地内宮」に属し、主方を助益し、太乙が第九・第二・第七・第六宮に落ちれば「天外宮」に属し、客方を助益す。太乙が主方を助ける時は、原野に陣対して先んじて発動するを宜しとせず。太乙が客方を助ける時は、安居自守の方もまた先んじて発動するを宜しとせず。『経』の上に言う。客となりて先に発せんと欲せば、太乙が天外の宮に行るの時を待て。主となりて後に応ぜんと欲せば、太乙が地内の宮に行るの時を待て、と。このほかなお三吉門の斉備・五将の発動を須いて、はじめて勝算を決出できる。

奇伏の法を推す

《經》曰:能識奇伏,變禍為福,為釋五兵之義也。奇兵之法,若有百人,以三十人為奇兵;若有千人,以三百人為奇兵;若有萬人,以三千人為奇兵。隨地伏形,不可常也。古者,伏兵必敗大煞之地,望敵鼓譟而發。大煞之地,天目所臨之下也,得十二、二十二、三十二之時伏兵。

『経』の上に言う。奇兵と伏兵の用を識ること能わば、すなわち禍を転じて福と為すことができる。これはまさに五種の兵器を如何に運用するかを解釈する要義である。奇兵を設ける比例は、全軍が百人ならば、三十人を分けて奇兵とし、全軍が千人ならば、三百人を分けて奇兵とし、全軍が万人ならば、三千人を分けて奇兵とする。伏藏の形は地勢に随って定まり、固定の模式はない。古人が伏を設くるに、必ず「大煞」の地を選び、敵人を望見すれば鼓噪して出る。いわゆる大煞の地とは、天目の臨む宮の下方である。算数が十二・二十二・三十二を得る時は、まさに埋伏に宜しき時機である。

《經》曰;伏藏隱跡,必居其一算,十一、二十—、三十一之時,藏於山林溝澗之中,人不能見也。《經》曰:伏兵必用俺迫之時也。故伏兵待敵來掩襲者,必取掩迫太乙,軍可發。若賊急,則伏兵於要害也。

『経』の上に言う。形を蔵し跡を匿さんとすれば、必ず一を帯びた算数を占住せねばならない。すなわち算が十一・二十一・三十一を得る時に、兵を山林溝磵の中に蔵せば、敵人は便ち見えない。『経』はまた言う。伏を設くるには必ず「掩」「迫」の時機を用いよ、と。ゆえに埋伏して敵の来り掩襲するを待つ者は、必ず太乙を掩迫する時を取らねばならない。その時伏兵ははじめて出動し得る。もし敵情が緊急で時を擇ぶに及ばざれば、伏兵を直接要害の処に布置せよ。

The original text is in the public domain. The Japanese is a machine-assisted translation of this library’s own Chinese paraphrase, checked against a fixed glossary so that technical terms match the definitions used elsewhere on this site. It is a reading aid and does not replace the original.