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三、天門帝闕と官星貴人の諸格

明 · 西窗老人 · 第2巻 / 5

作盤ガイド: 八字作盤

馬驟天廷,而官封萬鍾。馬即驛馬,乾為天廷,即亥宮也。如巳酉丑生人馬在亥,而得辛亥,正合此格也。餘亥主福則輕,辛亥得金氣故也。

駅馬が天廷に馳せ至れば、官は高く俸禄は万鐘である。「馬」とは駅馬、「天廷」とは乾位を指し、すなわち亥宮である。たとえば巳酉丑年生の人は駅馬が亥にあり、柱中にさらに辛亥を得れば、まさにこの格に合する。その他の亥は福分がやや軽い。辛亥だけが金気を兼ね得て格局が厚重になるからである。

風雨作霖,有尊主庇民之德。巳為巽,巽是風,丙午丁未是雨,或有龍有水有云是也,亦可言雨。此格生秋間,萬物有賴,大造化之格局。春雨如常,三冬雨反主單寒貧賤之徒。

風調い雨順じて甘霖と化すは、命主に君上を尊奉し百姓を庇蔭する徳あることをいう。巳は巽に属し、巽はすなわち風である。丙午・丁未の納音は天河水で、すなわち雨である。柱中に龍・水・雲のあるものも、いずれも雨と見なしてよい。この格は秋に生まれれば、万物がまさに雨露の滋潤に頼るので、大造化の格局に属する。春に生まれれば雨水は尋常であり、三冬に生まれれば、雨はかえって人に孤寒貧賤を主る。

地天交泰,負經邦論道之才。申為坤,坤為地,亥為天門,是干,乾為天,天位於上,地位於下,上下之勢然也,而在易則為否,非交泰之象。必地在上,天在下,陰陽之氣方為通接交泰,乃合此格者也。

地気と天気が交感して泰と成るは、命主に邦国を経理し、坐して道を論ずる才具あることをいう。申は坤に属し、坤は地である。亥は天門で乾に属し、乾は天である。天が上にあり地が下にあるのはもとより自然の勢いであるが、《周易》ではそれはちょうど《否》卦であって、交泰の象ではない。必ず地が上にあり天が下にあってこそ、陰陽二気が上下に通接して《泰》と成るので、このようにして初めてこの格に合する。

龍虎拱門,名登天府。五行中以對[為]沖為天門。如酉人對沖是卯,則卯為之門,不見卯而得寅辰,一則為龍,一則為虎,是合此格也。

龍と虎が両旁から門戸を拱衛するは、名が朝廷に登ることを主る。五行の中では本命の对冲の位をもって天門とする。たとえば酉年生の人の对冲は卯であり、卯がすなわちその門である。柱中に卯が見えないのに、寅と辰を得て、一つは龍・一つは虎が中間の卯門を虚虚しく拱すれば、これがこの格に合する。

貴人捧印,文占甲科。印即墓庫也。火以戌為印,木以未為印,金以丑為印,水土以辰為印。丙申丁酉生人以豬雞為貴,得酉與亥,拱一戊戌,為火之正印;壬辰癸巳生人以兔蛇為貴,得巳與卯,拱一庚辰,為水之正印,乃合此格。其它仿此而推。

貴人が官印を手に捧げれば、文場に必ず甲科を占める。「印」とは五行の墓庫である。火は戌を印とし、木は未を印とし、金は丑を印とし、水と土は辰を印とする。丙申・丁酉生の人は亥猪・酉鶏を天乙貴人とし、柱中に酉と亥を得て、中間に戊戌を虚拱すれば、まさに火の正印である。壬辰・癸巳生の人は卯兎・巳蛇を貴人とし、柱中に巳と卯を得て、中間に庚辰を虚拱すれば、まさに水の正印である。これらはいずれもこの格に合し、その他はこれに照らして類推する。

更逢官星入局,重紫重金。若值貴煞相扶,三公三少。少者,少傅,少保,少師也。既合前印之格,更帶官星入局,貴人與刑煞相扶,則貴不可言。入局乃得地,如賈侍郎,辛酉生命,既合龍虎拱門,而寅為貴,丙屬火,火生人為得地。又如姚尚書,丙申庚寅乙酉丁亥,既合貴人捧印格,丙丁豬貴為吉神,二位夾扶,丙用癸為官,癸屬水,水臨官在亥,為得地,故為美備。

上記の格局の上にさらに官星が入局に遇えば、重ね重ねの紫綬、累々たる金印となる。さらに貴人と煞神がともに扶助するに逢えば、位は三公三少に至れる。「三少」とは少傅・少保・少師を指す。すでに前の貴人捧印の格に合したうえに、また官星の入局を帯び、貴人と刑煞が互いに扶持しあえば、その貴気は言い尽くしようがない。いわゆる「入局」とは得地のことである。たとえば賈侍郎は辛酉年命で、すでに龍虎拱門の格に合し、寅はその貴人であり、丙は火に属すので、火命の人にとってまさに得地である。またたとえば姚尚書は、八字が丙申・庚寅・乙酉・丁亥で、すでに貴人捧印の格に合し、丙丁は亥猪を貴として吉神を成し、二位が左右に夾扶する。丙はまた癸をもって官星とし、癸は水に属し、水の臨官はちょうど亥の上にあるので、同じく得地である。ゆえに格局は完備して欠けるところがない。

官居五府,蓋為五行入垣。五行金木水火土,垣即墓庫也。金人乙丑,水人壬辰,木人癸未,火人甲戌,土人丙辰,皆為入垣。或年月日時胎各帶庫,或本命一路皆逢印庫,不為鬼庫者,乃合此格也。

官が五府の列に居るのは、五行がそれぞれ自らの垣に入ったからである。五行とは金・木・水・火・土で、「垣」とは墓庫である。金命の人が乙丑を得、水命の人が壬辰を得、木命の人が癸未を得、火命の人が甲戌を得、土命の人が丙辰を得るのは、いずれも入垣という。あるいは年・月・日・時・胎がそれぞれ一つの庫を帯びるか、あるいは本命が一路すべて印庫に逢い、しかもこれらの庫が身を剋する鬼庫でなければ、この格に合する。

位入三槐,必是三奇逢德。天上三奇甲戊庚,地下三奇乙丙丁,人中三奇壬癸辛。命帶三奇,逢天月二德者,其富貴位入槐庭。如乙丙丁生於正月,甲戊庚生於十二月,壬癸辛生於六月者是也。

位が三槐に列するには、必ず三奇がまた徳神に遇うことを要する。周代の宮廷の外には槐の木を三株植え、三公が朝見するとき槐に面して立ったので、「三槐」「槐庭」はいずれも宰輔の位を指すのに用いられる。天上の三奇は甲戊庚、地下の三奇は乙丙丁、人中の三奇は壬癸辛である。命に三奇を帯びてまた天徳・月徳に逢う者は、富貴で槐庭に位を入れうる。たとえば乙丙丁が正月に生まれ、甲戊庚が十二月に生まれ、壬癸辛が六月に生まれるのは、いずれも三奇が徳に逢うものに属する。

三臺驛馬遇祿,而榮拜玉堂。本命連珠,得三位者,為臺星。四位而虛一度位者,亦是。有三臺而無祿馬,猶可言貴。若更帶祿馬,尤為妙也。

三台星と駅馬がさらに禄神に逢えば、翰林玉堂に栄えて登りうる。本命から地支が連珠して三位相連なるを揃えたものが台星である。四位のうち一位を虚しく欠くものも、同じく算する。命に三台があって禄馬がなくても、なお貴を論じうる。さらに禄馬を帯びれば、それはなお妙である。

十干官星見貴,而上超金闕。十干,乃甲乙丙丁戊己庚辛壬癸是也。如年月日時胎帶甲乙丙丁癸之類。是甲官辛,丙官癸,丁官壬,癸官戊。則十干皆帶官星也。更見天乙貴人,豈不謂之美哉。

十干それぞれの官星がまた貴人を見れば、金闕の上に超升して天子の近側に進身しうる。十干とは甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸を指す。たとえば年・月・日・時・胎がそれぞれ甲・乙・丙・丁・癸の類の天干を帯びるとき、甲は辛をもって官とし、丙は癸をもって官とし、丁は壬をもって官とし、癸は戊をもって官とする。こうして十干はいずれも官星を帯びる。さらに天乙貴人を見れば、美しさの上にさらに美しさを加えるではないか。

龍居滄海,早得路於青雲。辰為龍,壬戌癸亥為滄海,辰生人得壬戌癸亥,乃合此格。但春夏秋間得此格,為伏藏無用。惟冬生妙,乃當藏即藏也。

龍が滄海の中に潜居するは、早年にすでに青雲の路上で志を得ることをいう。辰は龍であり、壬戌・癸亥の納音は大海水で、すなわち滄海である。辰年生の人が柱中に壬戌・癸亥を得れば、この格に合する。ただし春・夏・秋の三時に生まれてこの格を得ても、ただひたすら伏蔵して施展するところがない。ただ冬に生まれたものが最も妙で、冬令はもともと潜蔵すべきときであり、まさに蔵すべきときに蔵するからである。

虎臥荒丘,少脫身於白屋。寅為虎,辰戌丑未為土家三位,故借為荒丘。若寅生人,有辰戌丑未者,皆合於此格。若二位一位者,主福亦輕,不得大福。

虎が荒丘の上に臥するは、年少にして白屋寒門を脱しうることをいう。「白屋」とは平民の居る茅屋を指す。寅は虎である。辰・戌・丑・未はいずれも土に属し、土の本家の位であるので、借りて荒丘とする。寅年生の人で柱中に辰戌丑未のあるものは、いずれもこの格に合する。ただ二位または一位を占めるだけなら、福分も軽く、大福は得られない。

月桂芬芳,而蜚聲寰宇。己未得四木為吉。己未為月,三四木為桂,若己未生人,下得四木拱集,如月中仙桂芬芳,乃合此格。更要秋生方為貴也。

月中の桂花が芬芳を散じ、声名が寰宇に伝わる。己未は四位の木を見るを吉とする。己未は取象を月とし、三四位の木がすなわち桂樹である。己未生の人が柱下に四木の簇擁を得れば、月宮の仙桂が芬芳を吐くようで、この格に合する。なお秋に生まれなければならず、そうして初めて真に顕貴となる。

官貴引從,而簉羽鴛行。簉,音鎦,沖也。鴛行,如鴛鳥分序而立,如臣立於君側。如壬寅見己丑己卯,壬寅見己卯為貴人,壬用己為官星,以卯為前引,以丑為後從,乃合此格也。正合壬貴兔卯藏。

官星と貴人が一前に一後に引導随従すれば、命主は鴛鷺の行に廁るを得る。「簉」の読みは「鎦」と同じで、旧注は冲と訓す。「鴛行」とは群臣が鴛鳥のごとく序列して列を成し、君王の身側に侍立することをいう。たとえば壬寅が己丑・己卯を見れば、壬は卯を見て天乙貴人とし、壬はまた己をもって官星とし、卯が前で引導し、丑が後ろで随従するので、まさにこの格に合し、またちょうど「壬の貴は卯兎にあり」の口訣に応ずる。

三奇暗合,而仗憲漕臺。庚辛壬暗合乙丙丁,己癸乙暗合甲戊庚,丁戊丙暗合壬癸辛,皆為三奇暗合,造化得之最清,惟支辰重濁沖擊者則破。

三奇が暗中に会合すれば、命主は節を杖にし憲台・漕台の類の監察と転運の重任を執りうる。庚辛壬が乙丙丁に暗合し、己癸乙が甲戊庚に暗合し、丁戊丙が壬癸辛に暗合するのは、いずれも三奇暗合と算する。命局がこれを得れば最も清貴である。ただ地支が重濁でしかも互いに冲击することを惧れる。そうであれば格局は破壊される。

四、干支連絡と四時清景の諸格

一氣為根,則刺史吏部。年月日時,皆水皆土皆木皆火皆金,但木須向榮,遇清中和氣;火須自焰,不致火炎;土須厚重,始能持載;金須不剛不柔,無太過不及之患;水須有歸,不至於氾濫無統,方合此格。

四柱が同一の気から出て互いに根柢と成るとき、刺史・吏部の類の職守に任じうる。年・月・日・時の四柱の納音がすべて水、あるいはすべて土・すべて木・すべて火・すべて金であるのを、いずれも一気を根とするという。ただし木は栄発の地に向かい、清和中正の気に遇わなければならない。火は自ら光を発しえて、炎烈に過過ぎざることを要する。土は厚重で、こそ万物を承載しうる。金は剛ならず柔ならず、太过と不及の弊なきことを要する。水は帰宿する処があって、泛濫して統束なきに至らぬことを要する。このようにして初めてこの格に合する。

拔茅連茹兮,愈堅愈固。天干地支,虛一夾一者是也。如甲年丙月戊日庚時,中連乙丁己;如子年寅月辰日午時,中自連卯丑巳。是謂既拔茅而茹自連。若年生月,月生日,日生時,自上接下者,亦是也。

「拔茅連茹」の語は《周易・泰卦》の「茅を拔くに茹、其の汇を以てす」に出る。一株の茅草を拔き起こせば、牽連する根鬚がともに引き出される。同類が相い引き、根基が拔くほどに牢となるを喩える。この格は天干地支が一位を虚しくし一位を夾みて相銜するものを指す。たとえば甲年・丙月・戊日・庚時は、中間に乙・丁・己が暗連する。またたとえば子年・寅月・辰日・午時は、中間に丑・卯・巳が自然と連なる。これを、茅草を拔き起こせば茹根が自ら相牽連するという。もし年が月を生じ、月が日を生じ、日が時を生じて、上から下へ一路相接するものも、この格に属する。

暗燈添油兮,彌久彌明。甲辰乙巳覆燈之火,可借為油,甲辰乙巳生人入夜而遇水,合此格。日生者非。

昏暗の灯盞に油を添えるは、点すほどに久しく、また点すほどに明るくなる。命主の後福が綿長なるを喩える。甲辰・乙巳の納音は覆灯火で、水を借りて灯油に充てることができる。甲辰・乙巳生の人が入夜以後に生まれて柱中に水に遇えば、この格に合する。白昼に生まれたものは算しない。

金櫃藏珠,早繁華於黃屋。金命之祿馬,中央一辰是也。如辛巳生人得戌,是辛祿在酉,馬在亥,不見酉亥,只在日時有戌,乃為合格。蓋戌後有亥馬,戌前有酉祿,雖不見祿馬,而祿馬藏於其中是也。

金櫃の中に明珠を収蔵するは、早くより黄屋の下に繁華を享け尽くすことをいう。「黄屋」とは天子の車駕上の黄繒の車蓋で、帝王の身側を借指する。この格は金命の禄と馬の中間に夾まる一位を取る。たとえば辛巳生の人が戌を得れば、辛の禄は酉にあり駅馬は亥にあり、柱中にあえて酉と亥が見えず、ただ日・時の上に戌がある。これが合格である。戌の後ろはすなわち亥の馬、戌の前はすなわち酉の禄であるので、禄馬は面を露さないが、いずれもこの一位のうちに蔵されているからである。

燈花拂劍,植勳業於楓宸。壬申癸酉為寶劍,甲辰乙巳為燈,壬申癸酉生人得甲辰乙巳,或甲辰乙巳生人得壬申癸酉,皆合於此格也。

灯花の光焰が剣鋒を軽く拂うは、命主が楓宸の下に功勲を樹立しうることをいう。「楓宸」とはもと漢代に殿前に楓樹を多く植えた宮廷を指し、ここでは朝廷を代指する。壬申・癸酉の納音は剣鋒金で、すなわち宝剣である。甲辰・乙巳の納音は覆灯火で、すなわち灯である。壬申・癸酉生の人が柱中に甲辰・乙巳を得、あるいは甲辰・乙巳生の人が柱中に壬申・癸酉を得れば、いずれもこの格に合する。

月白風清。四時皆有月,而不如秋月之明。四時皆有風,而不如秋風之清。人命生居秋,而見己未與巳巽,或巳生人於秋而得己未,或己未生人於秋而見巳,皆合此格。

月色は皎白にして風気は清爽とは、命局の清朗にして喜ぶべきを形容する。四季にいずれも月はあるが、秋月の明るさには及ばない。四季にいずれも風はあるが、秋風の清さには及ばない。人命が秋に生まれて柱中に己未の月と巳位の巽風を見るか、あるいは巳年生の人が秋に生まれて己未を得るか、あるいは己未生の人が秋に生まれて巳を見れば、いずれもこの格に合する。

花紅柳綠。四時皆有花柳,皆不及於春也。人命生於春三月見木,若得壬午癸未為妙。壬午癸未楊柳也。或壬午癸未生於春是也。

紅花と緑柳が交わり映え照らすは、人に風華秀発たることを主る。四季にいずれも花があり柳があるが、いずれも春には及ばない。人命が春三月に生まれて柱中に木を見、もし壬午・癸未を得れば最も妙である。壬午・癸未の納音はまさに楊柳木だからである。あるいはもともと壬午・癸未生の人で、かつ春に生まれれば、これもこの格である。

得及時者,官爵至於卿監。遇貴神者,名位顯於華途。以二格喜其及時,不喜其失時;喜其遇貴,不喜其背貴。既得及時,而復遇貴,貴全顯矣。

生がその時を得た者は、官爵は卿監に至るをなしうる。また貴神に遇えば、名位は清華の仕途に顕達する。上の月白風清と花紅柳緑の二格は、生が時に逢うを喜び、時を失うを忌み、貴人に遇うを喜び、貴人に背くを忌む。すでに生がその時を得、また貴神に遇えば、貴気はことごとく完全に顕現する。

魁星指南,有攬轡登車之能。甲辰乙巳丙午丁未戊申己酉庚戌辛亥壬子癸丑,此十位皆位魁星。此一旬生人,而得南方巳午未之日時,正合此格。亦須參酌生旺貴人神殺之輕重,稍為有用,皆可言貴。使於四方,必不辱君命矣。

魁星が南方を指すは、命主に轡を攬り車に登って天下を澄清する幹才あることをいう。「攬轡登車」は《後漢書》の范滂の故事に出る。彼が一たび任に就くや吏治を澄清する志を抱いたという。甲辰・乙巳・丙午・丁未・戊申・己酉・庚戌・辛亥・壬子・癸丑のこの十位は、いずれも魁星に属する。この旬に生まれた人がまた巳・午・未といった南方の日・時を得れば、まさにこの格に合する。なお生旺と貴人神煞の軽重を斟酌し、ややもすれば用いられるところを見れば、いずれも貴を論じうる。このような人が四方に出使すれば、必ず君命を辱めない。

玉兔東生,負升堂入室之學。卯為兔,辛卯癸卯為玉兔。辛卯癸卯生人居東方者,乃為此格。若己未生人,而得辛卯癸卯,格局尤正。

玉兔が東方より昇るは、命主に升堂入室の深厚な学問あることをいう。「升堂入室」は《論語・先進》に出る。孔子が子路はすでに堂に登ったがまだ室に入っていないと言ったことに、後人はこれを借りて造詣が浅きより深きに入り、直ちに精微に抵るを形容する。卯は兎であり、辛卯・癸卯がすなわち玉兔である。辛卯・癸卯生の人で東方の位に居る者が、この格である。もし己未生の人が柱中に辛卯・癸卯を得れば、格局はことさら純正である。

水火既濟,何憂雁塔功名。火之性炎上,水之性潤下。若火在上而水在下,則上下相違,而在卦以為既濟。蓋上者年月,下者日時。以其天干為上,地支為下者,則謬矣。

水火が交済して《既済》と成れば、雁塔題名の功名を何ぞ愁えん。唐代に進士が及第したのち慈恩寺の大雁塔に題名したので、「雁塔功名」は科第の登科を指すのに用いられる。火性は炎上し、水性は潤下する。火が上にあり水が下にあり、上下が相互に往来すれば、卦象の上で《既済》と定まる。ここでいう上とは、年・月の両柱を指し、いう下とは、日・時の両柱を指す。もし天干をもって上とし地支をもって下として見るならば、それは誤りである。

棣萼芬芳,定有蟬聯富貴。年為本,日為主,此言其本與主。年為兄,月為弟,日為兄,時為弟,此言其年主月日生時。人命中年月一體,日時一體,合而言之,止出二位。

棠棣の花と萼が互いに扶承して芬芳なれば、命中に必ず接続して断えぬ富貴がある。「棣萼」は《詩経・小雅・常棣》に出て、兄弟が相親しみ相助けるを喩えるのに用いられる。年柱を本とし日柱を主とするのは、本と主に就いていうのであり、年を兄とし月を弟とし、日を兄とし時を弟とするのは、年月日時の先後に就いていうのである。人命の中で年と月が一体に合し、日と時が一体に合し、合わせていえば、二組に分かれるにすぎない。

透頂連榮,而挺生賢輔。本命以一辰為頂,一位透出,一位相連,互換不絕者,乃合此格。以年遁月,以月遁日,以日遁時,上不至於干,下不至於枯,連榮之謂也。

頂上より透出して一路相連なって栄発すれば、輔弼の賢才を挺生しうる。本命はその中の一位を取って頂とし、一位は天干に透出し、一位は彼此相連なり、往来互換して断絶せざれば、この格に合する。年より月を遁出し、月より日を遁出し、日より時を遁出して、上は干竭に至らず、下は枯槁に至らぬ。これを連栄という。

異香滿路,而間產英豪。年月日時之天干,間年月日時之地支,為天干貴人者,為此格。所謂袞衣補闕,滿路異香。若年干之貴,列於月日時中,不相凌犯者,亦合此格。

奇異の香気が一路に瀰漫すれば、その間に必ず英豪を出す。年・月・日・時の天干と年・月・日・時の地支が相間に排列し、しかも地支がちょうど天干の貴人であれば、この格を成す。古人はこの種の命を形容して、衮衣を身に著け朝政の闕失を弥補し、過ぎる処に一路異香満ちるという。もし年干の貴人が月・日・時の中に分列し、彼此また相凌犯せざれば、同じくこの格に合する。

楊柳拖金。壬午癸未為楊柳木,生於三春而得一金,乃合此格。失時而帶重者,非也,不為拖金。

楊柳の枝條に一縷の金色を牽き拖するは、富貴と柔秀とを兼ね具えるを喩える。壬午・癸未の納音は楊柳木で、春三月に生まれて柱中に一位の金を得れば、この格に合する。もし時令を失うか、帯びる金が重すぎれば、算しないので、金を拖すともいえない。

石榴噴火。庚申辛酉為石榴木,生於九夏,三個月共有九十日,而得其一火,乃合此格。失時而得火多者,非也。謂榴噴火,正在五月。

石榴の花開くこと火を噴くがごとくは、命局の艶発して目を奪うを形容する。庚申・辛酉の納音は石榴木で、盛夏に生まれ、夏の三か月は合わせて九十日、柱中に一位の火を得れば、この格に合する。もし時令を失うか、得る火が多すぎれば、算しない。いわゆる石榴噴火とは、まさに五月に榴花が満開となる折を指す。

蒼松冬秀。歲寒松柏之後凋也。庚寅辛卯之木,非其它比也,蓋其它之木,春而榮,夏而茂,秋而死,冬而迫於隆冬之氣。獨松柏之木,四時不改其色,枝幹長青,須在三冬之景,愈見蒼翠。故庚寅辛卯生人,一路皆屬於冬令,尤為勁節之操。

蒼松が冬日にかえって秀色を顕すは、人に寒を歴ても改めぬ操守あるを喩える。《論語・子罕》に、歳寒しきのち松柏の凋むこと後きを知る、といえるは、まさにこの意である。庚寅・辛卯の納音は松柏木で、他の木とは異なる。他の木は春に栄発し、夏に繁茂し、秋に枯死し、冬にさらに厳寒に逼られる。ただ松柏のみが四季に色を改めず、枝幹は長に青く、三冬の景象に至るほど、いよいよ蒼翠を顕す。ゆえに庚寅・辛卯生の人が、一路すべて冬令の中を行くとき、ことさら節操の剛勁が見える。

丹桂秋香。己未生人得木,是丹桂生於秋月,乃為此格。蟾宮有桂,非木則無以借用,生於他時,則不芬芳。所謂秋風生桂枝,得之者科名有分,生不遇時,不在此例。

丹桂が秋に芬芳を吐くは、科第に分あることを主る。己未生の人が柱中に木を得れば、丹桂が秋月に長ずるとなり、この格に合する。月宮の中にもとより桂樹があり、木がなければ象を借るに由がない。他の季節に生まれても、桂は香を開かない。いわゆる秋風が桂枝を吹き生ぜしむるとき、この格を得た人は科名に分がある。生が時に逢わなければ、この例に入らない。

聚精會神,而玉帶金魚。水為精,火為神,水火得地,乃精神俱足,亦為合格。然所謂神者,乃五行英靈之氣,自生自旺者是也。故精神聚會者,無不顯達也。如火居巳午未,水居亥子丑之地,而無克害者,亦可以語此例也。

精と神が一処に聚合すれば、命主は玉帯を繋ぎ金魚を佩びうる。唐宋の時、三品以上の官は玉帯を繋ぎ金魚袋を佩びたので、「玉帯金魚」は高官顕爵を代指するのに用いられる。水は精、火は神であり、水火がそれぞれ地を得れば、精神はいずれも充足し、これも合格と算する。ただしいわゆる「神」とは、五行の英霊の気を指し、すなわち自生自旺の一路である。ゆえに精神が聚会する人に、顕達せぬ者はない。たとえば火が巳・午・未に居り、水が亥・子・丑の地に居り、彼此にまた克害なければ、同じくこの例に照らして論じてよい。

寒谷回春,而錦鞍繡勒。木生居三冬,受嚴凝之氣所撓,極無生意。當困阻之時,而忽得寅卯辰三春之令,乃為寒谷回春之象,發達最易者也。

寒冷の山谷が再び春に回るは、命主が錦鞍繍轡を得て衆人の前に顕耀するをいう。木が三冬に生まれれば、厳寒凝冱の気に困られて、ほとんど生意がない。まさに困頓阻滞の際にあって、忽然として寅・卯・辰の三春の節令を得れば、寒谷回春の象となり、この種の人は最も発達しやすい。

極妙者,雲騰雨施。子為坎,坎為雲,丙子壬子為雲,丙午丁未為雨,而丙午丁未生人,得丙子壬子,丙子壬子生人,得丙午丁未,皆合此格。但春月不宜休囚,夏月不宜太旺,三秋最喜有氣,冬則為憂死敗。春而休囚,則必妨於農事;夏而太旺,則未必不失於淫;秋而有氣,則能救蘇萬物;冬而死敗,則必至於作寒。要之此格,惟秋月得之者為最奇。

最も妙なる一格は雲騰雨施で、語は《周易・乾卦》の「雲行き雨施し、品物形を流る」に本づく。子は坎に属し、坎は雲である。丙子・壬子は取象を雲とし、丙午・丁未の納音は天河水で、取象を雨とする。丙午・丁未生の人が丙子・壬子を得、あるいは丙子・壬子生の人が丙午・丁未を得れば、いずれもこの格に合する。ただし春月は休囚を宜とせず、夏月は太旺を宜とせず、三秋は最も気有るを喜び、冬はその死敗を惧れる。春の休囚は必ず農事を妨害し、夏の太旺は淫潦に流れるを免れず、秋の気有りは万物を救活しえ、冬の死敗は必ず厳寒を致す。要するにこの格はただ秋月にこれを得るをもって最も奇特とする。

最奇者,綠繞紅圍。綠謂柳,紅謂木也,柳乃壬午癸未楊柳也,紅謂庚申辛酉石榴木,凡木皆可。人命得壬午癸未,在年與時,其它木在月日,是為綠繞在外,紅圍在內,合此格者可取。

最も奇なる一格は緑繞紅囲である。緑は柳を指し、紅は花木を指す。柳はすなわち壬午・癸未の楊柳木、紅はすなわち庚申・辛酉の石榴木で、その他の木もいずれも充用できる。人命が壬午・癸未を得て年柱と時柱に落ち、他の木が月柱と日柱に落ちれば、緑が外に環繞し紅が内に簇擁するとなり、この格に合する者は取用できる。

貴人登於月臺,筆下文章燦星斗。貴人者,天乙貴人。月臺者,即己未是也。甲戊庚生人得己未時,合此格。更若貴人互換,尤妙。

貴人が月台に登れば、筆底の文章は星斗のごとく燦爛たる。「貴人」とは天乙貴人を指し、「月台」とはすなわち己未である。甲・戊・庚の日干生の人が己未時を得れば、この格に合する。貴人がさらに彼此互換して相見ることができれば、なお妙である。

黑煞朝於北斗,胸中志氣蓋乾坤。壬癸乃元武,為黑煞,北斗乃是丑,壬癸生人得丑時,乃合此格。癸人得兩丑,更佳其它。刑煞則未必為福者也。

黒煞が北斗に朝拱すれば、命主の胸中の志気は天地を籠罩するに足る。壬癸は北方玄武に属し、すなわち黒煞である。北斗の臨む地支は丑である。壬癸生の人が丑時を得れば、この格に合する。癸日生の人で二つの丑を得る者は、その他に比べてなお佳い。帯びるのが刑煞であれば、必ずしも福ではない。

拱揖端門,早遇九重之詔。五行以午為端門,子為帝座。子午生人,若日時虛拱,午前有巳,午後有未,則為一拱一揖,而端門清肅,子人得之榮達。

左右に拱手作揖して端門の前に侍立すれば、早年に天子九重の詔命を領しうる。五行は午をもって端門とし、子をもって帝座とする。子・午年生の人が、日・時の両柱で虚虚しくその位を拱し、午前に巳があり午後に未があれば、一辺拱し一辺揖して、端門は粛然として整潔である。子年生の人がこの象を得れば、栄顕通達を主る。

會同帝闕,進端一品之榮。亥位乃為帝宮也,後乎亥,則有戌酉申;前乎亥,則有子丑寅。若亥生人,而左右前後,會同貴氣於本命,乃為此格。本命非亥,而年月日時,虛夾一亥,亦可借用。

群貴が帝闕の前に会同すれば、一品の栄に晋升しうる。亥位がすなわち帝宮である。亥の後ろに戌・酉・申があり、亥の前に子・丑・寅がある。亥年生の人が、前後左右の貴気がことごとく本命の上に会聚すれば、この格である。本命は亥でないが、年・月・日・時の間に亥を虚夾し出すものも、借用できる。

墨池泉湧,而器識淵源。墨池,癸巳是也。泉湧,水長生是也。如金命人得癸已,乃合此格。更得吉神扶助者,必然貴矣。

墨池の水が泉のごとく噴涌するは、命主の器局識見が淵深にして本有ることをいう。「墨池」とは癸巳を指し、「泉涌」とは水の長生の地を指す。たとえば金命の人が柱中に癸巳を得れば、この格に合する。さらに吉神の扶助を得れば、必ず顕貴となる。

學海波深,而才華超卓。學海者,水命人見申子辰全是也。無土有金即貴。

学問が海のごとく波瀾深広で、才華は卓然として群を超える。いわゆる「学海」とは、水命の人が柱中に申・子・辰の三合斉備を見ることである。ただ土が来て混濁させることがなく、金が来て相生すれば、貴顕を主る。

明有龍虎,暗有風雷。辰龍,寅虎,巳風,卯雷。凡命中帶寅午辰者是。明有龍虎,寅與辰拱得卯,辰與午拱得巳,暗拱風雷,得之者無有不貴。若明帶風雷,暗藏龍虎亦貴。

明るい処に龍あり虎あり、暗き処に風あり雷あり。辰は龍、寅は虎、巳は風、卯は雷である。およそ命中に寅・午・辰を帯びるものがそうである。寅と辰が明処に擺されて龍虎となり、中間に卯を虚拱する。辰と午の間に巳を虚拱する。これが暗拱の風と雷である。この格を得て貴からぬ者はない。逆に明処に風雷を帯び暗処に龍虎を蔵すれば、同じく貴を主る。

顯帶官星,隱藏祿馬。官星宜顯不宜隱,祿馬隱者反妙。如癸丑生得戊戌,是癸用戊為官,戊與癸合,拱得亥子,是癸祿在子,丑馬在亥,合此格。

官星は顕露に帯び出すべく、禄馬は隠蔵せよ。官星は顕を宜とし隠を宜とせず、禄馬はかえって隠蔵を妙とする。たとえば癸丑年生の人が戊戌を得れば、癸は戊をもって正官とし、戊はまた癸と相合し、戌と丑の間に亥・子の二位を虚拱する。そして癸の禄はまさに子にあり、丑年の駅馬はまさに亥にあるので、これがこの格に合する。

職位何愁不顯,進修豈患無成。以上之格,取青紫如拾芥,又奚患棲遲而無成就者哉。

職位は顕達せぬを何ぞ愁えん、進徳修業にまた成就なきを安んぞせん。上のこれらの格局は、公卿の青綬紫綬を取ること、身を俯せて草芥を拾うがごとく容易く、何ぞ必ずしも淹滞して遇わず、終身成就なきを憂えんや。

干清坤夷,設施不苟。戌亥為干,申為坤。干必清,坤必夷。干而遇雲霄風雨,則不清矣;坤而遇刑煞沖戰,則不夷矣。惟干無撓於上,坤無撓於下,上下帖然而安,方合於此格。

乾位は清朗、坤位は平夷なれば、行事の措置は苟且ならず。戌・亥は乾に属し、申は坤に属する。乾は必ず清を要し、坤は必ず平を要する。乾位が雲霄風雨の象に遇えば清ならず、坤位が刑煞冲戦に遇えば平ならず。ただ乾が上にあって攪擾なく、坤が下にあって侵撓なく、上下が安帖妥當にして初めてこの格に合する。

天清地實,抱負非凡。天輕清於上,地重濁於下。天而不虛,何以著日月星之取照?地而不實,何以載不齊之萬物?如何謂之虛?有空是也。何謂之實?無空是也。如壬申生人見辛亥,是壬申乃甲子旬無亥,所以為天虛;辛亥乃甲辰旬有申,所以為地實。若天地並歸,生換空亡者則非也。

天は清虚、地は充実を要すれば、抱負は自ら非凡なり。天は軽清にして上に居り、地は重濁にして下に居る。天が虚空ならずんば、何をもって日月星辰をその中に照耀せしめん。地が充実ならずんば、何をもって参差不斉の万物を承載せん。如何にしてか虚とす。空亡あればすなわち虚である。如何にしてか実とす。空亡なければすなわち実である。たとえば壬申生の人が辛亥を見れば、壬申は甲子旬に属し、この旬はちょうど戌亥を空ずるので、柱上の亥は天虚と算する。辛亥は甲辰旬に属し、この旬は申を空ぜぬので、柱下の申は地実と算する。もし天と地がともに空亡に落ち、あるいは生ずる処にまた空亡を換え来たるときは、この格に合しない。

雷雨迎春逢辰卯,而沾濡萬物。震為雷,畢為雨,丙午丁未亦為雨,有雷雨生居十二月之間,此乃有迎春之意。若寅卯辰在日時,乃合此格,謂將進之氣。

雷声が春雨と相迎え、さらに辰・卯に逢えば、恩沢は万物に沾濡する。震卦は雷、畢宿は雨であり、丙午・丁未の納音天河水もまた雨と算する。命中に雷あり雨ありて十二月の間に生まれれば、まさに新春を迎える意を含む。もし寅・卯・辰がまた日・時の両柱に落ちれば、この格に合し、これを将に進気せんとする象という。

扶桑出日見巳午,而光照四方。戊午日,卯為扶桑之地,以午生人於卯月,日時或得巳午,正合此格。蓋造物本由其漸,卯則方明,至巳午則普照天下,有駸駸嚮明之意。人命得此格,前程豈不光遠哉。

太陽が扶桑の樹上より昇り、さらに巳・午を見れば、光輝は四方に普照する。戊午は取象を日とし、卯は扶桑の在る地である。午年生の人が卯月に生まれ、日・時の上にまた巳あるいは午を得れば、まさにこの格に合する。造化はもとより循序漸進である。卯位に行けば天は初めて放亮し、巳・午に行けば天下に普照して、一路明に向かい日に益々盛大なる意がある。人命がこの一格を得れば、前程は豈に光明遠大ならずや。

畢烏登於日宮,貴鄰五府。癸酉辛酉為畢烏,戊午為太陽之宮,癸酉辛酉生人而得戊午,或戊午生人而得辛酉癸酉,皆合此格。若乙酉丁酉則非謂之畢烏也。

畢宿の烏が太陽の宮に飛び上れば、貴位は五府に比隣しうる。癸酉・辛酉は取象を畢烏とし、戊午は太陽の宮位である。癸酉・辛酉生の人が柱中に戊午を得、あるいは戊午生の人が柱中に辛酉・癸酉を得れば、いずれもこの格に合する。もし乙酉・丁酉に換えれば、畢烏と称するに足らない。

箕豹隱於山谷,名冠百僚。寅為豹,又為山,若寅生人,而又得寅時,乃合此格。但庚寅喜甲寅丙寅,壬寅喜戊寅,格局為妙。寅為艮,艮為山,乃取之。

南山の豹が山谷の中に隠伏して、名声は百官を壓倒す。豹は霧中に蔵れてのちその文采を成しうるは、まさに人がまず隠れてのち顕れるを喩える。寅は豹であり、また山である。寅年生の人がさらに寅時を得れば、この格に合する。その中で庚寅は甲寅・丙寅を配するを喜び、壬寅は戊寅を配するを喜べば、格局こそ妙と算する。寅は艮に属し、艮はすなわち山で、取象はまさにこれに由る。

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