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五、真武・勾陳・金轝・火土の四格

明 · 西窗老人 · 第3巻 / 5

作盤ガイド: 八字作盤

真武當權。壬癸乃北方合煞之神,壬癸人但得子巳丑者,乃合此格。蓋子正北方。巳中有蛇。丑中有龜。真武當權。知是人才而分端。

真武の神が権柄を執掌す。真武は北方の神で、その形象は亀蛇合体である。壬癸は北方会合煞気の神で、壬癸日干生の人は柱中に子・巳・丑を得さえすれば、この格に合する。子はまさに北方に当たり、巳中に蛇あり、丑中に亀ありて、亀蛇は具足す。真武がすでに権に当たれば、その人の材具は端正にして威権を握るを知るべし。

勾陳得位。戊己為勾陳,正帶夾拱,皆貴格。得位不虧,小信以成仁。

勾陳の神がそれぞれその位を得る。戊己は中央土に属し、すなわち勾陳である。正帯であれ夾拱であれ、いずれも貴格と算する。勾陳が位を得て損うるところなければ、その人は細微な信実の処から仁徳を成就しうる。

金轝引從。從,去聲。甲人祿在寅,辰為金轝,命前三辰為引,命後三辰為從,更兼拱夾,祿在驛馬,共帶三奇者,此為極品之貴格也。

金轝が前に引導し後に随従して、儀衛は煊赫たり。「従」の字は去声に読み、随従と解す。甲日生の人は禄が寅にあり、寅の後の辰がすなわち金轝である。本命の前三位を引とし、本命の後三位を従とし、さらに拱夾の勢いを加え、禄と駅馬が同じ一位に処り、また一わたり三奇を帯びる。これが極品の貴格である。

火土入堂。甲辰乙巳為覆燈火,丙戌丁亥為屋上土,甲辰乙巳生人見丙戌丁亥全,合此格。夜生者貴。日生者則非。入此四格,持旌節之權,秉兵符之任,已上四格,人命帶之,兼得貴神祿馬扶助,必為出將入相。

灯火と屋土が同じく一堂に入る。甲辰・乙巳の納音は覆灯火、丙戌・丁亥の納音は屋上土である。甲辰・乙巳生の人が柱中に丙戌・丁亥の斉備を見れば、この格に合する。夜に生まれたを貴とし、昼に生まれたは算しない。およそ真武当権・勾陳得位・金轝引従・火土入堂のこの四格に入る者は、旌節の権を持し兵符の任を掌りうる。以上の四格を人命が帯びて、また貴神と禄馬の扶助を得れば、必ず出でては将となり入りては相となる。

水居湖海之中,稟汪洋之碩量。子為湖,壬戌癸亥為水,海者,若水命人得子,又得壬戌癸亥,則志量汪洋,施設宏大,前程久遠。

水が湖海の中に居るは、汪洋のごとき宏大な器量を禀有することをいう。子は湖であり、壬戌・癸亥の納音は大海水で、すなわち海である。水命の人が柱中にすでに子を得、また壬戌・癸亥を得れば、志向器量は汪洋のごとく、施為は宏濶で、前程は久遠である。

火震雷霆之地,著烜赫之威尊。卯為雷霆之地,凡火命人,若生巳午而得卯時,乃合此格。若休囚死絕,或遇水深,雖卯時不能濟。當以生旺取之,主威勢之權衡。

火が雷霆の地に震動するは、烜赫の威厳尊貴を顕す。卯は雷霆の在る地である。およそ火命の人が巳・午の月に生まれてまた卯時を得れば、この格に合する。もし火が休囚死絶に処るか、あるいは水勢の深すぎるに遇えば、卯時があるとて救済は及ばない。つねに生旺の処に就いて取用してこそ、威勢と権衡を主る。

武跨將壇,雖繁劇而其神不亂。凡命中帶凶神惡煞,得為有用者,皆可言武。非特以武以生,為言也。子午卯酉是也,若子午卯酉生人,時宮帶煞有用,乃武跨將壇,最主為人能剖繁治劇之政事。

武将が拝将の壇に跨れば、事務がどんなに繁重緊急でも心神は慌てない。およそ命中に凶神悪煞を帯びて能く有用に化すものは、いずれも武を論じうるのであって、単に武藝をもって出身することを指すのではない。取る地支は子・午・卯・酉である。子午卯酉年生の人が、時柱に煞を帯びて煞がまた我が用に能くなれば、すなわち武跨将壇で、最もその人の繁難を剖決し棘手の政務を治めうることを主る。

貴臨印綬,縱富貴而其志不驕。天干為陰,陰生陽,陽生陰為印綬。如甲見癸,乙見壬,丙見乙,丁見甲之類。是以甲為陽木,癸為陰水,陰水生為陽木是也。貴即天乙貴人,命中若得印綬,下帶貴人者,雖貴極品,亦不易其所守。

貴人が印綬の上に臨めば、たとい富貴でも驕矜しない。天干は陰陽に分かれ、陰が陽を生じ陽が陰を生ずるものが印綬である。たとえば甲が癸を見、乙が壬を見、丙が乙を見、丁が甲を見る類である。甲は陽木、癸は陰水で、陰水が陽木を生ずるので、癸は甲の印綬である。「貴」とはすなわち天乙貴人。命中に印綬を得、下にまた貴人を帯びれば、たとい貴が極品に至っても、おのが守る操行を改易しない。

六、槐庭棘寺、天関地軸と台閣の諸格

德合雙鴛,坐槐庭而佈政。天干地支神,遇合為鴛,若雙合者,則謂之雙鴛合。命中干支帶雙合,而上有天德月德,或加臨官,乃為此格。一位見合而見德者,格局不正也。

徳神と双鴛の合が併見すれば、命主は槐庭に坐鎮して政令を頒布しうる。「槐庭」とは三公の府署を指し、この句全体は命主が三公に位列して朝政を掌理することをいう。天干と地支が相遇して合を成せば、これを「鴛」という。干支が両重とも合を成せば、「双鴛合」と称する。命中の干支が双合を帯び、上にまた天徳・月徳があるか、あるいはさらに臨官の位を加えるものこそ、この格である。ただ一位の相合しかなくて徳神を見るものは、格局が純正ではない。

官星四干,居棘寺以輸忠。四干者,乃年月日時四位之天干也。生者,乃官星遇長生有氣之謂。如甲用辛為官,而得辛巳;辛用丙為官,而得丙寅之類。凡官星休囚歇滅者,非也。

四柱の天干がことごとく官星を帯びれば、命主は棘寺に身を居して忠誠を竭くしうる。「棘寺」とは大理寺の別称で、古に外朝に九棘を種えて九卿の位を定めたので、後世それによって刑獄を掌る大理寺を棘寺と称す。いわゆる「四干」とは、年・月・日・時の四位の天干を指し、いわゆる「生」とは、官星が長生に遇って気有ることをいう。たとえば甲が辛をもって官星とし辛巳を得、辛が丙をもって官星とし丙寅を得る類である。およそ官星が休囚歇滅の地に落ちるものは、いずれもこの格に合しない。

天關地軸,建元萬卷詩書。乾為天關,坤為地軸,干中有亥,坤中有申,若辛亥見戊申,正合此格,春夏大貴。

天に関門あり地に枢軸ありで、命主は胸中に万卷の詩書を蔵し、建元開基の任に堪う。乾は天関、坤は地軸である。乾位の中に亥を含み、坤位の中に申を含む。柱中に辛亥が戊申を見れば、まさにこの格に合し、春夏に生まれればことさら大貴である。

日精月華,動地三臺宰輔。卯酉為日月之精華,日月交陰之地,卯酉生人在於秋月,必主大貴,宰輔之職也。

日の精と月の華が一処に会聚すれば、声勢は地を動かし、位は三台宰輔に至る。卯と酉は日月精華の在る処であり、また日月の交替、陰陽の更迭の地である。卯・酉年生の人がまた秋月に生まれれば、必ず大貴を主り、宰輔の職に任じうる。

位極功高,列四方之正位。子午卯酉,為極四方之正位;寅申巳亥,為東南西北之四維。若命中帶四方正位,或帶四維造化者,無不貴顯。若缺一借一,與夫缺一符用,皆可合此格。雖辰戌丑未,亦可借用仿此。

位が人臣に極まり功業が崇高なるは、四方の正位を占め尽くしたからである。子・午・卯・酉は四方の正中の位、寅・申・巳・亥は東南西北の四維の位である。命中に四正を帯び斉えるか、四維を帯び斉えれば、貴顕せぬはない。たとい一位を缺いて一位を借りて補うか、一位を缺いて他の神をもって相符して用とすれば、同じくこの格に合しうる。辰・戌・丑・未の四庫に至るまで、同じくこの法に照らして借用できる。

名昭位著,轉一氣之洪鈞。年月日皆屬冬令,而時上忽然得寅,乃合此格。木人與水人為最,火人次之。蓋木逢春則生旺,水逢東則順流,火寅則名健,至於金則絕休,土則死病。

名声が昭著にして地位が顕赫なるは、一気の洪鈞を轉動するに依る。「洪鈞」とはもと万物を陶鋳する大鈞を指し、宰輔が大政を執掌するを借喩する。年・月・日の三柱がことごとく冬令に属し、時柱の上に忽然として一つの寅を得れば、この格に合する。木命の人と水命の人が最も相い宜しく、火命の人はこれに次ぐ。木は春に逢えば生旺し、水は東に向かえば順流し、火は寅の上に至って強健と称す。金が寅に行けば絶して休し、土が寅に行けば死して病すので、いずれも相い宜しくない。

雙門夾祿,得之者鳳閣鸞臺。如癸生人,祿在子,而亥丑謂之夾祿。且如癸酉生人見丙子,又辛亥乙丑是也。祿居子,馬居亥,庫居丑,正謂雙門夾祿也。

両扇の門戸が禄位を夾まえば、この格を得た人は鳳閣鸞台に入りうる。鳳閣はすなわち中書省、鸞台はすなわち門下省で、いずれも宰相が政を議する所である。たとえば癸日生の人は禄が子にあり、亥と丑が一前に一後に子を夾む。これを夾禄という。またたとえば癸酉生の人が丙子を見、さらに辛亥・乙丑を加えれば、禄は子に坐り、駅馬は亥に坐り、墓庫は丑に坐る。これがまさにいわゆる双門夾禄である。

三秀盈門,遇之者玉堂金闕。年月日時,多帶天月二德三奇者是也。

三様の秀気が門庭に充満すれば、遇う人は玉堂金闕に出入りしうる。指すのは年・月・日・時の中に天徳・月徳と三奇を多く帯びることである。

活祿兼於活馬,入格則麟閣標名。祿之旺,馬之生,更得天德相助者,乃合此格者也。

活禄にさらに活馬を兼ね、格に入れば麒麟閣上に名を留めうる。漢宣帝はかつて功臣の像を麒麟閣に図画し、後世これをもって功臣の最高の栄典を指す。いわゆる活禄活馬とは、禄が旺地に処り馬が長生の地に処ることである。さらに天徳の相助を得れば、この格に合する。

大煞並於喜神,入局則鳳池顯貴。正月大煞居戌,同位合此格者,更得貴神之助,主功名顯達。

大煞と喜神が一処に併び、局に入れば鳳池の上に顕貴しうる。鳳池はすなわち鳳凰池で、中書省の在る所であり、枢要の職を代指する。正月の大煞は戌位に居る。煞と喜神が同じ一位に居してこの格に合するものが、さらに貴神の相助を得れば、功名顕達を主る。

蒼龍駕海,而金印懸腰。甲辰戊辰為蒼龍,壬戌癸亥為海,甲辰戊辰生人,而得壬戌癸亥;壬戌癸亥生人,而得甲辰戊辰,皆合此格也。

蒼龍が大海の上に凌駕すれば、命主は腰間に金印を懸く。甲辰・戊辰は取象を蒼龍とし、壬戌・癸亥の納音は大海水で、すなわち海である。甲辰・戊辰生の人が柱中に壬戌・癸亥を得、あるいは壬戌・癸亥生の人が柱中に甲辰・戊辰を得れば、いずれもこの格に合する。

朱雀騰空,而旌旗翳目。空,虛空也。非空亡也。丙丁火,乃南方朱雀之神也。若丙丁得巳午未之地,乃謂之朱雀騰空。丙丁生人得巳午,臨於日時,方合此格。可以言貴。

朱雀が長空に騰飛し、旌旗は日を蔽い眼目を遮る。儀衛の盛んなるを形容する。ここの「空」は天空虚空の空であって、空亡の空ではない。丙丁は火に属し、まさに南方朱雀の神である。丙丁が巳・午・未の地を得れば、これを朱雀騰空という。丙丁生の人が巳・午を得て日・時の両柱に臨めば、こそこの格に合し、貴を論じうる。

三元集旺,產超卓之英才。三元,即天干,地支,納音。此為天元,地元,人元也。命中帶五行自旺之氣,若四孟四季,則無自旺也。

三元の旺気が一処に聚れば、超群卓越の英才を産出しうる。「三元」とはすなわち天干・地支・納音で、また天元・地元・人元とも称す。この格は命中に五行の自旺の気を帯びることを要する。もし寅申巳亥の四孟あるいは辰戌丑未の四季の位に落ちれば、自旺というべきものはない。

四字俱生抱出群之大器。四字,乃年月日時納音四位,乃命中帶自生,居於四位,乃合此格者。如水生亥,火生寅主貴。惟寅申巳亥有此格局。四仲四季則無自生之理。

四柱の納音がことごとく長生の上に坐すれば、命主は抜萃の大器局を懐抱する。「四字」とは年・月・日・時の四位の納音を指す。命中に自生の気を帯びて、しかも四位がことごとく然りであってこそ、この格に合する。たとえば水の長生は亥にあり、火の長生は寅にあり、いずれも貴を主る。ただ寅・申・巳・亥のこの四孟の位のみがこのような格局を有し、子午卯酉の四仲と辰戌丑未の四季には自生の理がない。

桂林鳳隱,佩印乘軒。己未生人而見兩木,是為桂林。酉為鳳,其中帶酉,方為鳳隱。若有二木,非己未不可,謂之桂林。要見己未生酉時,方合此格。

鳳凰が桂林の中に隠棲すれば、命主は官印を佩び高車に乗る。己未生の人が柱中に两位の木を見れば、桂林を成す。酉は鳳で、柱中に酉を帯びてこそ鳳隠と算す。ただ两位の木があって己未がなければ、桂林と称するに足らない。つねに己未生の人が酉時を得て、方にこの格に合する。

海藏龍潛,膏車秣馬。藏去聲。海藏者,壬戌癸亥是也。辰為龍,壬戌癸亥生人得辰時,乃為此格。蓋海藏非龍則人得以玩,龍非海則無以藏形,可以相有而不可以相無也。

大海が深く蔵して蛟龍が潜伏するは、命主が膏車秣馬のごとく整装して発を待つことをいう。「蔵」の字は去声に読み、蘊蔵と解す。「海蔵」とは納音大海水の壬戌・癸亥を指し、辰は龍である。壬戌・癸亥生の人が辰時を得れば、この格である。海の中に龍がなければ、人の玩賞に任せて畏るるに足らず、龍に海がなければ、形を蔵する処なし。両者は互いに依存しうるが、一つを欠くべからずである。

入格者佩印乘軒,及時者名登顯位。此言前二格,各得其時入格乃貴。桂林鳳隱宜於秋,海藏龍潛宜於冬,方言福。

格に入れば官印を佩び高車に乗り、また生がその時を得れば名は顕位に登る。これは前の桂林鳳隠と海蔵龍潜の両格に就いていうのである。それぞれ生が時に逢い、かつ格に入ってこそ貴と算す。桂林鳳隠は秋に生まるるを宜とし、海蔵龍潜は冬に生まるるを宜とする。このようにしてこそ福を論じうる。

雷霆得門,遇之則名利超升。戊子己丑靂霹火,為雷霆之象。卯為雷門,生於春夏月也。如戊子己丑生人見卯,卯生人見戊子己丑,及生於春夏,正合此格。不宜水多,生於秋冬,則不及時矣。

雷霆が出入りの門戸を見つけたとき、遇う人は名利が超升する。戊子・己丑の納音は霹靂火で、まさに雷霆の象である。卯は雷門で、なお春夏の月に生まれなければならない。たとえば戊子・己丑生の人が柱中に卯を見、あるいは卯年生の人が柱中に戊子・己丑を見て、しかも春夏に生まれれば、まさにこの格に合する。この格は水が多いを宜としない。もし秋冬に生まれれば、その時を得たと算せない。

福生有基,逢之則貲金滿屋。四位集福於帝座,主發於四方是也。不逢凶神惡煞,此乃大富之格也。

福気の生発に根基があれば、逢う人は金銀が屋に満つ。四柱の位が福気をことごとく帝座の上に汇聚すれば、財源が四方より発することを主る。ただ凶神悪煞に逢わなければ、これが大富の格である。

三奇會於龍虎,葉贊扶持。三奇者,乙丙丁,甲戊庚,壬癸辛是也。命中帶三奇,而支神有寅有辰者不同,順與亂皆可。況三奇入廟在辰,故合此格。

三奇と龍虎が会合するは、衆人が協力して賛助扶持あることを主る。三奇とは乙丙丁・甲戊庚・壬癸辛のこの三組を指す。命中に三奇を帯びて、地支にまた寅あり辰あれば、この格に属する。三奇の排列が順でも乱でも、いずれも算しうる。まして三奇の入廟の地はまさに辰の上にあるので、この格に合する。

四德見於旌旗藩宣屏翰。以亡神劫煞為旌旗。天月二德凡兩見為四德,旌旗為亡神劫煞是也。如亥卯未亡神在寅,劫煞在申,則是寅為旌,申為旗。如巳酉丑亡神在申,劫煞在寅,則是申為旌,寅為旗。餘皆仿此。如四季帶亡劫,見兩天月二德,則合此格也。

四徳と旌旗が併見すれば、命主は出でて藩鎮宣撫となり、朝廷の屏障干城と作りうる。この格は亡神・劫煞をもって旌旗に充てる。天徳・月徳がそれぞれ両重を見るを四徳と称す。たとえば亥卯未年は亡神が寅にあり劫煞が申にあれば、寅を旌とし申を旗とする。巳酉丑年は亡神が申にあり劫煞が寅にあれば、申を旌とし寅を旗とし、その他はこれに照らして類推する。もし辰戌丑未の四季の命が亡神劫煞を帯びて、また両重の天月二徳を見れば、この格に合する。

胸中豪邁,貴人居詞館之中。天乙居詞館,乃五行臨官是也。如木臨官在寅,庚辛人得之;水土臨官在亥,丙丁人得之,其它仿此。若不見天乙貴人,又得福星貴人,天官貴人,太極貴人,皆可引用。

胸襟が豪邁開濶なるは、貴人が詞館に住したからである。いわゆる天乙居詞館とは、貴人が五行の臨官の位に落ちることを指す。たとえば木の臨官は寅にあり、寅はまさに庚辛日干の天乙貴人であるので、庚辛の人がこれを得ればそうである。水と土の臨官は亥にあり、亥はまさに丙丁日干の貴人であるので、丙丁の人がこれを得ればそうである。その他はこれに照らして類推する。もし柱中に天乙貴人が見えず、福星貴人・天官貴人・太極貴人を得るものも、いずれも引いて取用できる。

筆底縱橫,魁星入垣局之內。魁星,得甲辰一旬於位,皆垣局,即五行之正庫是也。甲辰乙巳得甲戌,丙午丁未得壬辰,戊申己酉得丙辰,庚戌辛亥得乙丑,壬子癸丑得癸未,皆為魁星入垣,合此格也。此外並無。

筆下の文思が縱横に馳騁するは、魁星が垣局に入ったからである。魁星とは甲辰のこの旬の十位を指す。いわゆる「垣局」とは、五行の正庫である。甲辰・乙巳が甲戌を得、丙午・丁未が壬辰を得、戊申・己酉が丙辰を得、庚戌・辛亥が乙丑を得、壬子・癸丑が癸未を得る。これらを魁星入垣といい、この格に合する。これ以外に、他の例はない。

貴人在玉堂之上,咫尺龍顏。壬癸生人見卯為貴人,須得癸卯,乃為玉堂。壬癸生人見癸卯,正合此格。

貴人が玉堂の上に立てば、天子と咫尺の間に居る。壬癸日干生の人が卯を見るを天乙貴人とし、なお癸卯でなければならず、こそ玉堂と算す。壬癸生の人が柱中に癸卯を見れば、まさにこの格に合する。

文星入詞館之中,從容鳳闕。乙亥丁巳為文星。如乙亥生人見丁巳,丁巳生人見乙亥,最為妙也。

文星が詞館の中に入れば、命主は从容として鳳闕に出入りしうる。乙亥・丁巳を文星とする。乙亥生の人が柱中に丁巳を見、あるいは丁巳生の人が柱中に乙亥を見れば、最も美妙である。

一旬內,三位四位,為公為卿。年月日時在旬內是也。又兼逢官星,又見貴人,納音相生,正合此格。

同一の旬の内で三位・四位を占めれば、位は公卿に至りうる。いうのは年・月・日・時がいずれも同一の旬の中に落ちることである。もしさらに官星に兼ね逢い、また貴人を見て、しかも納音が彼此相生すれば、まさにこの格に合する。

五行中,自生自旺,不富即貴。金辛巳自生,癸酉自旺,木己亥自生,辛卯自旺,水甲申自生,丙子自旺,火丙寅自生,戊午自旺,土戊申自生,庚子自旺。若命帶自生自旺,便見亨通。若休囚死絕者,必不發福。

五行の中で能く自生自旺するものは、富ならずんば貴なり。金は辛巳をもって自生とし癸酉をもって自旺とし、木は己亥をもって自生とし辛卯をもって自旺とし、水は甲申をもって自生とし丙子をもって自旺とし、火は丙寅をもって自生とし戊午をもって自旺とし、土は戊申をもって自生とし庚子をもって自旺とする。命裡に自生自旺を帯びれば、亨通を望みうる。もし休囚死絶の地に落ちれば、必ず福を発しえない。

得天地之和氣者,早充觀國之光。寅卯辰為天地中和之氣。命中年月日時帶卯辰寅,三位俱全者,正合此格。四位而間一位者,則非。更若木人與火人得此,絕妙。如水命人,福輕。會金人得之,未必為福。三春水盛金衰火旺土贏。

天地中和の気を秉受する人は、早年に上国を観光して仕途に進身しうる。「観国之光」は《周易・観卦》に出て、君王に覲見して朝に出仕することを指す。寅・卯・辰は天地中和の気である。命中の年・月・日・時が卯・辰・寅の三位を帯び斉えるものは、まさにこの格に合する。もし四位の中に一位の間隔があれば、算しない。木命の人と火命の人がこの格を得るは最も妙で、水命の人がこれを得れば福気は軽く、金命の人がこれを得れば必ずしも福ではない。春三月のうちは水が盛んで金が衰え、火が旺んで土が弱いからである。

居坎離之正位者,高預南宮之選。子宮為坎之正位,午宮為離之正位,以甲子生人,而得甲午丙午戊午時。或庚子生人,而得甲午庚午時。壬子生人,而得丙午時。是子喜見午,格局尤正。甲午生人,而得丙子戊子時。丙午生人,而得壬子戊子時。戊午生人,而得戊子庚子時。庚午生人得甲子丙子庚子時,是午見子,格局亦正。其餘摘出者,未必合格。況子為水之所鍾,午為火之所鍾,子午中水火坎離相會者,極妙也。

坎離の正位に居る人は、南宮の選に高中しうる。南宮とは尚書省礼部を指し、唐宋の進士考試は礼部が主したので、「南宮之選」はすなわち登第である。子宮は坎の正位、午宮は離の正位である。甲子生の人が甲午・丙午・戊午時を得、庚子生の人が甲午・庚午時を得、壬子生の人が丙午時を得る。これは子が午を見るを喜ぶのであり、格局はことさら純正である。甲午生の人が丙子・戊子時を得、丙午生の人が壬子・戊子時を得、戊午生の人が戊子・庚子時を得、庚午生の人が甲子・丙子・庚子時を得る。これは午が来て子を見るのであり、格局もまた正である。これ以外に別に摘取するものは、必ずしも合格しない。まして子は水気の鍾聚する処、午は火気の鍾聚する処で、子午の中に水火坎離が相会し、極めて美妙である。

一旬包裹,獨操千里之權。如甲寅見癸亥,甲子見癸酉之類。

一旬の首尾が中間を包裹すれば、命主は千里の地の権柄を独掌する。たとえば甲寅が癸亥を見、甲子が癸酉を見る類は、いずれも旬首と旬末が相見て、中間の几位をことごとく内に包む。

一路連珠,早擅四方之譽。天干地支相連,故云天干十脈之調勻,地支相連如珠璣。

一路に排して連珠のごときは、早年に四方の声譽を享ける。これは天干と地支が彼此相連なることをいう。天干の十位は脈絡が調匀で、地支は一位接一位として、串に繋げた珠璣のごとし。

七、旬位数理の諸格

虛一時用者,文主臺諫,武居將壇。如甲子見壬申,數內,八十內缺一位,九位與癸合是也。

一位を虚しく出して恰も時に応じて取用しうるものは、文なら台諫の職を主り、武なら将壇の位に据る。たとえば甲子が壬申を見れば、甲子より順に数えて壬申に至るはまさに第九位で、その間に恰恰一位を虚しく缺き、しかもこの一位が癸と相合する。これが虚一為用である。

得一分三者,生當封侯,死宜廟食。如甲寅祿,五行中,寅午戌馬居申,申子辰馬居寅,凡祿神數,三合是也。

一位を得て三処に分應する人は、生きて侯に封ぜられ、死して廟食の祭を享くべし。たとえば甲の禄は寅にある。五行の中で寅午戌の駅馬は申にあり、申子辰の駅馬は寅にある。およそ禄神の居る数が三合の局とまさに貫通するものが、得一分三である。

五星七星拱揖,輕清者學士翰林,重濁者胄子武弁。如甲子見戊辰,為五星拱揖,見庚午為七星拱揖,餘皆仿此。

五星・七星が前後に拱揖して相向かうとき、気象の軽清なるは学士翰林と作り、気象の重濁なるは胄子武弁と作る。たとえば甲子が戊辰を見れば、甲子より数えて恰も第五位で、五星拱揖といい、庚午を見れば恰も第七位で、七星拱揖といい、その他はこれに照らして類推する。

四位八位包藏,有用者名士大夫,無用者富家巨室。丙寅至己巳,為四位包藏,癸酉為八位包藏,餘皆仿此。

四位・八位が彼此包蔵すれば、世に用いられるは名士大夫と成り、世に用いられざるも富家巨室となる。丙寅より数えて己巳に至るは恰も四位で、四位包蔵といい、癸酉に至るは恰も八位で、八位包蔵といい、その他はこれに照らして類推する。

蚌珠吸月華兮見水,位極公卿。甲戌為蚌珠,己未為月華,癸亥或下逢一位水,合此格。

蚌中の珠が月華を吸取して、さらに水を見れば、位は公卿に極めうる。甲戌は取象を蚌珠とし、己未は取象を月華とする。柱中にさらに癸亥があって、あるいは下に一位の水に逢えば、この格に合する。

螢火照水濱兮遇秋,貴為卿監。丙申丁酉為螢火,下逢一水是也,生於秋夜,正合此格。多則氾濫,若非及時,則為賤格。詩曰:螢因腐草出,難近太陽飛,若見三秋月,冬生囊聚奇。此至微至妙。

蛍火が水辺に映じて、また秋令に生を逢えば、貴は卿監に至るをなしうる。丙申・丁酉の納音は山下火で、取象を蛍火とし、下にまた一位の水に逢えばそうであり、秋夜に生まれればまさにこの格に合する。水が多すぎれば泛濫と成り、もしまた生が時に逢わなければ、賤格に落成する。詩にいう、蛍火は腐草の裡より化生して出で、太陽に近づいて飛ぶこと難し。能く三秋の月色に遇い、あるいは冬夜に蛍を聚めて書を照らすがごときは、そこに奇を顕す。と。この一格は最も精微玄妙である。

三十六大貴,值之者,黃甲標名。自本生年至時,順數三十六位是也。蓋三十六者,乃陰陽至貴之數,人命獲之,豈不貴哉。

三十六位は大貴の数で、遇う人は金榜に題名す。宋代の進士榜は黄紙をもって書写したので、「黄甲」と称す。本生年より順に数えて時柱に至り恰も三十六位なれば、この格である。三十六は陰陽至貴の数で、人命がこれを得れば、貴ならざるの理があらんや。

二十四統全,得之者,青雲穩步。一歲有二十四氣,自立春以始,積五日則為一候,積三候則為一氣,二氣則為一月,所以一年統為七十二候二十四氣。命中一年數至時,得二十四位是也。蓋自始而終,包含生施大德,合此格大貴。

二十四の数が統攝周全なれば、この格を得た人は青雲の路上を歩歩として上る。一年に二十四節気あり。立春より始め、五日を積して一候とし、三候を積して一気とし、両気をもって一月とするので、一年に共に七十二候・二十四気を統べる。命中に年柱より数えて時柱に至り恰も二十四位を得れば、この格である。この一路は自ら始まり自ら終わり、生養施化の大徳を涵盖するので、この格に合するは大貴を主る。

七日來復,喜氣候之循環。自本命順數至第七位是也。如甲子見庚午,乙丑見辛未,丙寅見壬申之類。蓋七日之氣,若離一陰必就一陽,若離二陰必就二陽,若離三陰必就三陽,以其相對而分合,此者,皆是有貴也。

七日ののち陽気が来復するを、喜ぶは気候の循環往复して息まざるなり。「七日来復」は《周易・復卦》に出る。この格は本命より順に数えて第七位に至る。たとえば甲子が庚午を見、乙丑が辛未を見、丙寅が壬申を見る類である。七日の気機は、一分の陰を離れれば必ず一分の陽を上り、二分の陰を離れれば必ず二分の陽を上り、三分の陰を離れれば必ず三分の陽を上る。それ両両相対して分合に序あるがゆえに、およそこの象に合うものはいずれも貴を主る。

六位後先,喜陰陽之對偶。六位者,即本命數至第六位是也。如甲子得己巳,乙丑得庚午,為先六位。己巳得甲子,庚午得乙丑,為後六位。蓋一為陽,二為陰,數至於六,乃三陰三陽,不偏多。主榮貴。

六位に先後を分かつを、喜ぶは陰陽の双を成し配偶するなり。いわゆる六位とは、本命より数えて第六位に至ることである。たとえば甲子が己巳を得、乙丑が庚午を得れば、これを先六位という。己巳が甲子を得、庚午が乙丑を得れば、これを後六位という。一を陽とし二を陰として、数えて六に至れば恰も三陰三陽で、両辺偏倚せぬがゆえに、栄貴を主る。

大衍虛一,常人必無。大衍之數五十,其用四十九之數,得之者,合於大衍。自本命數至四十九位是也。

大衍の数はその一を虚しくするは、尋常の人には絶えてこの格なし。《周易・繫辞》に大衍の数は五十とし、実際に取用するは四十九のみである。この数を得る者は、まさに大衍の義に合する。本命より数えて第四十九位に至れば、この格である。

天地中分,奇才以產。五行以乾為天,以支為地。所謂中分者,支干各分一半是也。如甲子生甲午是,甲子至癸巳,三十之數已足。甲午再起一半。天於是中分。地於是中分。乙丑見乙未,丙寅見丙申,皆是天地中分之格也。

天と地がそれぞれ中間より両半に分かれれば、奇才を産出しうる。五行は天干をもって天とし、地支をもって地とする。いわゆる中分とは、干と支がそれぞれ半を占めることである。たとえば甲子生の人が甲午を得れば、甲子より癸巳に数えてすでに三十の数に満ち、甲午は恰も別に後の半を起こす。天はここに分かれ、地もまたここに分かれる。乙丑が乙未を見、丙寅が丙申を見るは、いずれも天地中分の格に属する。

體一用一猶一元默運之初。體者,本命也。月則自年而遁,日則自月而生,時則自日而起,是年為體,月為用。月為體,日為用。日為體,時為用也。統而言之,其端皆起於本命。月日時同出一辰,是體一而用亦一也。

体はただ一つ、用もまたただ一つで、元気が混沌の初めに默默として運転するがごとし。「体」とは本命を指す。月は年より遁出し、日は月より生じ、時は日より起こる。年を体とし月を用とし、月を体とし日を用とし、日を体とし時を用とす。総べていえば、端緒はすべて本命より発する。月・日・時が同じく一辰より出る。これが体は一にして用もまた一である。

居三隔三,象三才既分之後。一生二,二生三,三生萬物,故數至於三者,無窮之生施也。所謂居三陽者,自本命順數至第三位者是也。如丙寅得戊辰,戊辰見庚午,庚午見壬申之類。蓋一而二,二而三,是天地人三才之既分也。三才既居,造化以成,萬物之原,人茲以立,人命合此三數,安得不為奇哉。

三に居りてまた三をもって隔つるは、三才すでに分かれたるのちに取象する。《老子》に一生二、二生三、三生万物といい、ゆえに数えて三に至れば、無窮の生養施化を含む。いわゆる居三陽とは、本命より順に数えて第三位に至ることで、たとえば丙寅が戊辰を得、戊辰が庚午を見、庚午が壬申を見る類である。一より二に、二より三に至るは、まさに天・地・人の三才がすでに分立したもの。三才がすでに位に就けば、造化はここに成り、万物は本原を有し、人もこれによって立つ。人命がこの三の数に合すれば、何ぞ奇特と算せざらん。

一旬中睦集和氣,麟閣標名。年月日時,共出一旬者是也。又為一旬包裹喚天格。探真歌云:四位循環共一旬,還同兄弟一家人,玉堂厚祿數千戶,金榜題名顯二親。合得者宜此斷。

同一の旬の中に和睦して和気を聚むれば、麒麟閣上に名を留めうる。年・月・日・時が同じく一旬より出るを指し、すなわち前にいうた一旬包裹であり、また天格とも作す。《探真歌》にいう、四柱が循環して同じく一旬の内に在れば、兄弟が一家に同居するがごとし。玉堂の上に厚禄数千戸、金榜に題名して双親を顕耀するに足る、と。およそこの一格に合するものは、みなこれに照らして断ずる。

十三位炳現魁星,鳳池顯職。自本命數至第十三位是。如甲子生人得丙子,乙丑生人得丁丑之類,皆是十三位。但見魁星,惟甲辰一旬十位是也。餘則無之。十三位,恰如甲辰旬中十三位尤妙。

数えて第十三位にして魁星昭然と顕現すれば、鳳池の上に顕職に居りうる。本命より数えて第十三位に至ればそうである。たとえば甲子生の人が丙子を得、乙丑生の人が丁丑を得る類は、いずれも十三位に属する。ただし真に魁星を見るには、ただ甲辰のこの旬の十位のみが算しうるのであって、その他の各旬にはない。ゆえに数えて十三位に満ちて、かつ恰も甲辰旬中に落つるものは、ことさら美妙である。

二儀貴顯,學問淵源。本命相連一位,日辰相連一位,皆為二儀。如甲子見乙丑,庚午見辛未,乙亥見丙子,辛巳見壬午,丙戌見丁亥,戊子見己丑,是兩位連珠,而遇天乙貴人,乃二儀貴偶。若二偶連珠,丙前見亥,見鬼煞,乃貼身鬼位,反主生禍。須是貴偶,方為吉也。

二儀が偶を成して顕貴となれば、学問は自ら淵源ある。「二儀」とは、本命と相隣る一位が相連なり、日辰と相隣る一位が相連なるをいう。たとえば甲子が乙丑を見、庚午が辛未を見、乙亥が丙子を見、辛巳が壬午を見、丙戌が丁亥を見、戊子が己丑を見るは、いずれも两位の連珠である。もしさらに天乙貴人に遇えば、二儀貴偶と成る。ただし两位は連珠なりといえども、丙の前に亥を見れば、それは鬼煞に撞著して貼身の鬼位と成り、かえって禍を生ず。つねに貴偶を配成してこそ、吉利と算す。

八位官星,文章俊邁。本命順數入八宮,得官星是。如甲子生得辛未,甲寅生得辛酉,庚申生得丁卯,庚寅生得丁酉,是為八位官星。此格得之者,多居侍從之列,非尋常之可比也。

第八位の上に官星坐すれば、文章は俊逸超邁なり。本命より順に数えて第八宮に入りて官星を得ればそうである。たとえば甲子生の人が辛未を得、甲寅生の人が辛酉を得、庚申生の人が丁卯を得、庚寅生の人が丁酉を得れば、これらを八位官星という。この格を得た人は多くは侍従の列に位し、尋常の人の比喩しうるところにあらず。

火明木秀,逢春月以為榮。一氣所至,則金鼠登魁;斗柄所指,則火生逢寅。三陽交泰,萬物生輝,火至此光輝發越,木至此敷榮茂盛。夫東方木色青,南方火色赤,青赤相間,則文華。如戊午則見辛卯,己未則見庚寅,命中有木與火,生居三春,乃火明木秀。生居夏,則火太炎,木巳死。秋則並歸死絕,冬則無氣。

火に光明あり木に秀気ありて、さらに春月に逢えば栄発を見る。一気の流行する所に至れば、甲子金鼠は魁首に登る。北斗の斗柄の指す所に、火は寅位に生を受く。三陽交泰の際、万物は光輝を生じ、火はここに至って光焰発越し、木はここに至って敷栄茂盛する。東方は木に属してその色は青、南方は火に属してその色は赤。青と赤とが交相間雑して、文采華美と成る。たとえば戊午が辛卯を見、己未が庚寅を見れば、命中にすでに木ありまた火ありて、しかも春三月に生まるるは、すなわち火明木秀である。もし夏に生まれれば、火は太過炎烈にして木もまた死地に至る。秋に生まれれば、木火は併せて死絶に帰す。冬に生まれれば、さらに生気は皆無である。

金白水清,遇秋天則為貴。三秋令,西方白帝司令。當此時,以金則白,以水則清。本命中有二金在下,二水在上。或一金三水,一水三金,相間生於秋月,則貴。春夏冬間,金未必白,水未必清,不合此格。

金色は潔白にして水質は清澄なるは、秋に遇えば貴を主る。秋三月は西方白帝の当令で、まさにこの時に当たり、金は白を顕し水は清を顕す。本命の中に两位の金が下にあり两位の水が上にあるか、あるいは一金に三水を配し一水に三金を配して、彼此相間にしてしかも秋月に生まれれば、貴を主る。もし春・夏・冬の三時に生まれれば、金は必ずしも白ならず水は必ずしも清ならずして、この格に合しない。

虎臥鳳闕,附鳳非難。寅為虎,酉為鳳,寅生人見酉,酉生人見寅時,乃合此格。況寅宮有箕星,酉宮有畢星,箕星好風,畢星好雨,生逢其時,有風雨作霖之象。若虎憎雞觜短,以其元辰日論之,則差之毫釐,謬以千里。

虎が鳳闕の前に臥して、鳳凰に攀附するは難からず。寅は虎、酉は鳳である。寅年生の人が柱中に酉を見、あるいは酉年生の人が寅時を得れば、この格に合する。まして寅宮に箕宿あり、酉宮に畢宿ありて、箕星は風を好み畢星は雨を好むので、もしまた生がその時に逢えば、風雨成霖の気象がある。俗諺のいう虎が鶏の嘴の短きを憎むというは、それは元辰日に就いていうのであって、両者は混じて一談にするべからず。一たび混ぜば、毫釐を差えて千里を謬る。

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