兰台妙选 · 第1巻
作盤ガイド: 八字作盤
上篇 もと琴堂次に出づ、もっぱら納音・地支で象を取る
八字命理典籍
初学はまず体例の整った通論の書で枠組みを立て、次に歌賦類、最後に評注と進むのがよい。断語集から入ると、結論は覚えても導出の過程を組み立てられないことが多い。
蘭臺妙選
上篇 もと琴堂次に出づ、もっぱら納音・地支で象を取る
一、総論:三命の根基、格局の真偽と取象の法
人稟三命。天元、地元、人元謂之三命,數周六旬。自甲子起,至癸亥,每甲管十支辰,共六十日也。
人が禀受する命理は三つの層から成る。天干を「天元」、地支を「地元」、納音を「人元」とし、この三者を合わせて「三命」という。三命の推演は六十甲子を一つの周天とし、甲子から数えて癸亥で締めくくる。「甲」字を頭とする旬はそれぞれ十の干支を統べ、六甲が連なってちょうど六十位となるので、合計六十日を一周という。
雖仗根基之穩。如春木、夏火、秋金、冬水土,於四季各得其時生旺,此謂根基穩固也。
命を見るには根基の穩固に依るのが当然である。いわゆる「根基」とは、日主の五行が当令の時に生まれているかどうかである。春に生まれた木、夏に生まれた火、秋に生まれた金、冬に生まれた水、そして四季の月に分旺する土は、それぞれ自らの節令で生発して旺相となる。これを根基穩固という。
未饒格局之真。格者,取用於生月,何神為用,以定其格;局者,支辰見申子辰、亥卯未、巳酉丑者,謂之局者是也。
しかし根基が穩固なだけでは貴を論ずるに足らず、なお格局が純真かどうかを見なければならない。いわゆる「格」とは、生月から用神を取ることで、月令の中でいずれの神が用いられるかを見て、その命の格を定める。いわゆる「局」とは、地支の会合を見ることで、地支に申子辰・亥卯未・巳酉丑の類の三合が揃えば、「局」を成すという。
有祿馬之往來,反居貧賤。祿者,官;馬者,財也。失地反賤。
命に明らかに「禄」と「馬」が往来して照応しているのに、かえって貧賤に身を置くことがある。これは「禄」が官星を指し、「馬」が財星を指すからである。官星と財星が無気失地の処に落ちれば、功名や財帛をもたらさないばかりか、かえって貧賤を主る。
坐凶煞之交互,卻主光榮。凶煞者,七煞、羊刃、傷官也。有制得地,反主榮貴。
命に凶煞が交錯して並び見えるのに、かえって顕赫の栄耀を主ることがある。いわゆる「凶煞」とは、七煞・羊刃・傷官の類である。凶煞はこれを制伏する神が管束し、かつ自らが得地有気の処に坐すれば、凶を化けて用とし、かえって栄華顕貴を主る。
蓋緣格局高而凶煞伏藏。如甲以庚為煞,遇丙火制服,藏於地支之下,謂之藏。
上の二句がかえって栄顕を主りうるのは、まさに格局そのものが高く、凶煞が潜伏して隠れて虐げないからである。たとえば甲木は庚金を七煞とするが、丙火が出て庚金を克制し、庚金がまた地支の下に収まって天干に透出しないとき、これを「蔵」という。
根基弱而貴神向用。如甲木生於秋八月,為基弱之地。酉中辛為官貴,無傷,可以向用。
根基が衰弱であっても、取りうる貴神があれば、同じく格を成しうる。たとえば甲木が秋の八月に生まれると、金旺・木衰でまさに根基薄弱の地である。しかし八月の酉中に蔵する辛金は甲木の正官の貴気であり、冲克の損傷を受けていなければ、この一点の官貴を取って用神とすることができる。
是故馬化龍駒奔鳳闕,器業崢嶸。午屬馬,辰屬龍,酉為鳳。以此取象,人得丙午、壬辰合酉,可以類此。
だから駿馬が龍駒と化して、まっすぐ鳳闕に奔るという。「鳳闕」は宮門の代称で、この句全体は命主の器識と功業が高く峻で不凡であり、朝廷に出入りできることを語る。取象の根拠は地支の生肖にある。午は馬、辰は龍、酉は鳳である。命に丙午・壬辰を得、さらに酉と会すれば、この象に合し、その他同類の干支もこれに類推できる。
蛇化青龍入天池,功名赫奕。巳屬蛇,辰屬龍,丙午丁未為天池。巳人得辰而為青龍,更逢丙午丁未,則騰躍必矣。亦須得時者為榮。若生居閉蟄之時,止是虛名虛譽而已。若辰見巳,反為以大就小。經云:蛇生龍穴則進,龍生蛇穴則退。
蛇が青龍と化して天池に昇るは、功名の顕赫を主る。巳は蛇、辰は龍であり、納音が天河水の丙午・丁未がすなわち「天池」である。巳年生の人が柱中に辰を得れば、蛇は青龍に化し、さらに丙午・丁未に逢えば、騰躍して直ちに上るのは必然である。ただし生がその時を得てこそ栄顕となる。虫蛇が閉蟄する冬令に生まれれば、虚名虚誉にすぎない。逆に辰命が巳を見るのは、龍が退いて蛇となるので、大をもって小に就く類である。経書にいう、蛇が龍穴に生まれるは進み、龍が蛇穴に生まれるは退く、と。
耀日月之光則寶劍沖於牛斗。斗牛,丑宮也。如壬申日,柱中得丑為妙。金性至申酉而至剛,故以壬申癸酉劍鋒金以取其象,金即寶劍也。二十八宿丑則屬牛分野,以壬申癸酉而得丑,為劍氣沖牛斗。柱中若乙丑為正;若得癸丑,則為劍之匣矣。己丑丁丑則非。癸丑為匣,納音屬木論。
剣気が上に日月の光を耀かし、まっすぐ牛斗二宿に冲るは、命主の鋒芒が外に露れ、光焰が人を照らすことをいう。「牛斗」とは丑宮のことである。たとえば壬申日生の人は、四柱の中にさらに一つの丑字を得るのが最も妙である。金性は申・酉の二位に行って至剛となるので、納音が剣鋒金の壬申・癸酉を象に取り、金がすなわち宝剣である。二十八宿のうち、丑はちょうど牛宿の分野に当たり、壬申・癸酉がさらに丑を見れば、剣気が上に牛斗に冲ることになる。柱中に乙丑を得るのが正格である。癸丑を得たなら、剣を蔵する匣となるだけである。己丑・丁丑はいずれもこの格に合しない。癸丑が剣匣にしかなれないのは、その納音が木に属するので、木として論じなければならないからである。
逞江河之量則靈槎入於天河。槎猶枯木之象。無根之木得丙午丁未為妙。甲木乃陽木,無根可言,槎也。雖五行之內無土,並不生旺者為正;若有土栽培,則不漂流於水也。天河,即丙午丁未是也。若本無根之木,而得丙午丁未,於柱中正合此格,定斷以湖海之士,逞江河之量,信不誣矣。
江河のごとき器量を展布しうるのは、霊槎が天河に浮入ったからで、この句は命主の胸襟が浩濶で拘束されないことを形容する。「槎」とは無根の枯木の形象である。無根の木は丙午・丁未を得るのが最も妙である。甲木は陽木で、浮泛して根というべきものがなく、まさに一本の木筏のようである。五行の中に土が見えず、木自体もまた生旺しないものが正格である。もし土が来て栽培すれば、木は岸に根づき、もはや水に随って漂流しない。「天河」とは納音が天河水の丙午・丁未である。もともと無根の木命が柱中に丙午・丁未を得れば、ちょうどこの格に合し、江湖湖海の士、江河を懐に抱く量と断ずるのは、まさに誤りなかろう。
兔入月宮,卯年親於己未。卯之肖為兔,己未是為月之宮也。若卯年生人,見己未是月宮也;己未生人得卯時亦可借用。但月雖遇夜方明,亦須要辛卯,方謂之玉兔。
玉兔が月宮に入るとは、卯年生の人が己未と親しく相会することをいい、清貴で文名あることを主る。卯の生肖は兎であり、己未は納音が天上火で太陰に配され、まさに月の宮位である。だから卯年生の人が柱中に己未を見れば、兎が月宮に入ることになる。逆に己未年生の人が卯時を得ても、この格を借用できる。ただし月は夜になって初めて明らかになるので、用いる卯は辛卯でなければならず、こそ「玉兔」と称するに足る。
麟逢鳳沼,辰命跨於金牛。酉宮為金牛。辰為龍,為麟,為龍池;酉為雞,為鳳沼。金牛乃酉上所配之星也。若辰命得酉,為麟逢鳳沼;酉人得辰亦可借用。
麒麟が鳳凰の居る池沼に来るとは、辰年の命が金牛に跨ることを指し、祥瑞が会聚して貴きこと言えない象である。酉宮がすなわち「金牛」である。辰は龍であり麟であり、また龍池ともいう。酉は鶏であり鳳であり、また鳳沼ともいう。金牛は酉位に配された星名である。辰年命の人が柱中に酉を得れば、麟が鳳沼に逢うことになる。酉年生の人が辰を得ても、この格を借用できる。
二、納音取象の諸格:珠槎日月、桑柳成林
榮慶雙親,必要子歸母腹。五行生我者為父母是也,我生為子孫。母,腹胎也。且如以金生水,則金為水之母,水為金之子也;木生火,則木為火之母,火為母之子孫也。所謂母腹者,胎宮、長生宮皆是。金在卯,須得己卯,己卯屬土,土能生金;又如木在酉,須得乙酉,乙酉屬水,水能生木;木生在亥,須得癸亥,癸亥屬水,水能生木,此謂子歸母腹。餘皆仿此。若金生人遇丁卯、乙巳,木生人遇癸酉、辛亥,則是胎中受克,生時是鬼也,非貧則夭之命。水火土命皆仿此。
両親に栄耀と喜慶をもたらす命は、必ず「子帰母腹」の象に合しなければならない。五行の中で我を生ずるは父母、我が生ずるは子孫である。「母腹」とは母の胎腹である。たとえば金が水を生ずれば、金は水の母、水は金の子である。木が火を生ずれば、木は火の母、火は木が生じた子孫である。いわゆる「母腹」とは、胎宮と長生宮の二つの位置を指す。金が卯位に行けば己卯を得なければならず、己卯の納音は土に属し、土は金を生ずる。木が酉位に行けば乙酉を得なければならず、乙酉の納音は水に属し、水は木を生ずる。木の長生は亥にあり、癸亥を得なければならず、癸亥の納音は水に属し、水はやはり木を生ずる。これを「子帰母腹」という。その他の五行はすべてこの法に照らして推す。逆に金命の人が丁卯・乙巳に遇い、木命の人が癸酉・辛亥に遇えば、胎中ですでに克を受けており、臨した生時が鬼煞となるので、貧寒でなければ短寿である。水命・火命・土命も一概にこれに倣って推し断ずる。
休垂後裔則是水繞花堤。休,美也。兩木在內,兩水在外者是。凡有根蒂枝葉者,謂之花,五行之木皆可引用。命中若得兩木在內,兩水在外,木不至於火炎,水不至於飄蕩,便為水繞花堤之格。蓋水之性本清,花之色本豔,性與色兩相宜;水之德本智,木之德本仁,仁與智者相會相資相德,無藩籬之捍隔,則生福有基,慶源無涯矣。
美善が後代の子孫にまで垂れるのは、「水繞花堤」の象に依る。「休」はここでは美しいことをいう。この格の姿は、二つの木が内に居り、二つの水が外に居る。およそ根蔕と枝叶のあるものはすべて花と称し、五行中の木はいずれも借用できる。命に二木が内にあり二水が外にあれば、木は火に烤炙されることなく、水は泛濫して漂蕩することなく、水繞花堤の格を成す。水性はもとより清く、花色はもとより艶やかで、清と艶が相い映える。水徳は智、木徳は仁であり、仁と智が相会し、相い滋養し、相い成し遂げ、中間に藩籬の阻隔がなければ、福を生ずるに根基があり、喜慶の源頭も綿綿として尽きない。
藏珠於淵海之中,癸亥喜逢於甲子。亥子北方為海之地。甲子乙丑,有名無形之珠也,東方朔以蚌蛤名之。癸亥三元俱屬水,所以為淵源。故癸亥乃淵源之水,謂之藏珠於海也。
明珠を淵海の中に深く蔵するとは、癸亥が甲子に喜び逢うことをいい、蘊藉が深厚で軽々しく外に露れないことを主る。亥・子は北方に居り、海水の在る地である。甲子・乙丑の納音は海中金で、名あって形なき珠であり、漢代の東方朔は蚌蛤をもってこれを呼んだ。癸亥は天干・地支・納音の三元がすべて水に属するので、淵源の水と称する。癸亥が淵源の水である以上、甲子の珠がその中に蔵すれば、珠を海に蔵すという。
騰身於雲漢之上,寶劍為化於青龍。壬申癸酉為寶劍,壬申癸酉生人得壬辰時,乃化為龍。庚辰甲辰亦可引用。若戊辰水必化,丙辰雖化而未免蟠於泥矣,二者不合此格。
身が銀河雲漢の上に騰るは、宝剣が青龍と化したのであり、命主が一挙に飛昇して地位が驟然と顕達することを形容する。壬申・癸酉の納音は剣鋒金で、すなわち宝剣である。壬申・癸酉生の人が壬辰時を得れば、剣は龍に化する。庚辰・甲辰も引用できる。戊辰に至っては、水に一遇すれば化け去って本質を失う。丙辰は化けうるとはいえ、泥沼の中に盤屈するを免れない。この二位はいずれもこの格に合しない。
壬辰逢癸亥而龍躍天門。亥為天門。辰則為龍,亥則為干,合為天。或者一見辰生人得亥時,便為龍躍天門,不知龍與天門皆當得其正為佳,取壬辰為水。
壬辰が癸亥に遇えば、龍が天門に躍るとなり、一躍して顕要の位に登ることを主る。亥がすなわち天門である。辰は龍、亥は乾位に属し、乾はすなわち天である。辰年生の人が亥時を得たと見るや、すぐに龍躍天門と断ずる者がいるが、龍と天門がそれぞれその正を得てこそ良いのを知らない。龍となるには納音が水に属する壬辰を取らねばならず、これでこそこの格に当たる。
己未遇酉宮則月生滄海。己酉見己未,太陰入廟在未,故己未火象於太陰。(酉)為入夜之時,又為滄海之宮。若己未生人而得酉時,正合此格。乙酉、癸酉、辛酉為妙,己酉、丁酉次之。
己未が酉宮に遇えば、明月が滄海の中から昇るとなり、晩歳に輝きが生じ清名が遠く播まることを主る。己酉が己未を見るに、太陰の入廟はまさに未位にあるので、己未は天上火ながら、取象は太陰の月に帰する。酉は日が落ちて夜に入る時であり、また滄海の在る宮位である。己未年生の人が酉時を得れば、まさにこの格に合する。配する酉は乙酉・癸酉・辛酉を妙とし、己酉・丁酉はやや劣る。
蚌珠照月而烺然爍眾。甲子乙丑為蚌蛤之榮,月宮乃己未是也。蓋蚌蛤採太陰之華,二者最喜相見。甲子乙丑生人得己未時,正合此格。若己未生人得甲子乙丑時,亦可引用取之。
蚌中の珠が月光に映え、光明皎潔にして衆人を照らす。甲子・乙丑の納音は海中金で、蚌蛤の含む光華である。月宮とは己未を指す。蚌蛤は太陰の精華を吸采して初めて珠を結ぶので、この二者は最も相見るを喜ぶ。甲子・乙丑生の人が己未時を得れば、まさにこの格に合する。己未生の人が甲子・乙丑時を得ても、借りて取用できる。
金馬嘶風而卓爾超群。風取巽宮也,巳為是。午為馬,庚午甲午為金馬,巳為巽風。庚午甲午生人得巳時,乃合此格,辛巳為最,餘則福輕。若本生驛馬在日,而時宮見巳,亦可引用。又如申子辰馬在寅,得壬寅屬金,是為金馬,而逢巳時,亦為此格。餘皆仿此。
金馬が風に向かって長嘶し、卓然として同輩の上に超え出る。「風」は巽宮に取り、巽は地支では巳である。午は馬であり、納音が金に属する庚午・甲午がすなわち金馬、巳は巽風である。庚午・甲午生の人が巳時を得れば、この格に合し、そのうち辛巳を配するのが最も良く、その他の巳は福気がやや軽い。本命の駅馬が日柱に落ち、時柱に巳を見る場合も引用できる。またたとえば申子辰の三合の駅馬は寅にあり、壬寅を得て納音が金に属すれば、同じく金馬と算し、さらに巳時に逢えば、やはりこの格と算する。その他はこれに照らして類推できる。
雲龍風虎帶順者,早擢甲科。雲龍風虎者,寅卯辰巳也。寅為虎,卯為雷,辰為龍,巳為風。但得寅卯辰巳一順為妙,則力重;倒亂者則力輕,斷分貴賤。
雲は龍に従い、風は虎に従う。四支が順次に排列する人は、年若くして甲科に及第できる。いわゆる雲龍風虎とは、寅・卯・辰・巳の四支を指す。寅は虎、卯は雷、辰は龍、巳は風である。四字が寅卯辰巳の順序どおりに一順に並ぶのが最も妙で、力量は厚重である。順序が転倒錯乱すれば力量は軽く、貴賤高下はこれによって分かれる。
爭鬥伏降更貴者,少登天府。爭鬥伏降者,下四位克生年。一爭,二斗,三降,四伏。又云:獨力不怕,更有貴神助之,大富大貴,坐空則福輕。
争・斗・降・伏の四者が俱に備わり、かつ貴気を帯びる人は、年少にして朝廷の枢要の位に登る。「天府」とはすなわち朝廷を指す。いわゆる争闘降伏とは、以下の各柱の位が年柱を剋しに来ることである。一が争、二が闘、三が降、四が伏である。別の説では、単独の一位が来て剋すだけでは惧るるに足らず、さらに貴神の相助があれば、かえって大富大貴を主る。ただし空亡の上に坐せば、福分は軽くなる。
日月分秀兮,有澤潤生民之德。戊午己未天上火,(火)在天上,故戊午得太陽正位,己未得太陰正位。然日明於晝,月明於夜,日月各自分權。蓋太陽出入於卯酉,晦於戌,故戊午生人須得亥子丑為應格。二者若晦而不明,則何以言福?惟日月各自分權,明則為福也。
太陽と月がそれぞれその位に居って秀を競うとき、命主には恩沢が百姓に潤い及ぶ徳がある。戊午・己未の納音は天上火で、火が天に懸かっているので、戊午は太陽の正位を得、己未は太陰の正位を得る。ただし太陽は白昼に明るく、月は夜に明るく、日月はそれぞれ一段の光明を分掌する。太陽は卯位から昇り酉位から落ち、戌位に至れば昏暗となるので、戊午生の人は亥・子・丑といった夜分の位を得てこそ格に応ずる。両者が昏晦して明らかでなければ、何をもって福を論ぜんか。ただ日月がそれぞれ権を分かちてともに顕明であるとき、初めて福と算する。
桑柳成林兮,懷任重致遠之才。壬子癸丑為桑柘,壬午癸未為楊柳。若壬子癸丑生人得壬午癸未,壬午癸未生人得壬子癸丑時,皆合格。亦要當時為榮,若凋零衰朽,雖成材必不成材矣。
桑樹と楊柳が林木に成長するとは、命主が重任を担当し遠路を行き通す才干を懐くことをいう。壬子・癸丑の納音は桑柘木、壬午・癸未の納音は楊柳木である。壬子・癸丑生の人が壬午・癸未を得るか、壬午・癸未生の人が壬子・癸丑時を得れば、いずれも合格と算する。ただし生がその時を得てこそ栄盛が見られる。草木が凋零衰朽する節令に逢えば、本来成材すべきものもついに材を成さない。
脫體化神,超凡入聖。六十花甲子之體,各有大小,各有輕重,各有入聖。金命,甲子乙丑壬寅癸卯庚辰辛巳甲午乙未,得壬申癸酉庚戌辛亥;木命,壬子癸丑壬午癸未庚申辛酉戊戌己亥,得庚寅辛卯戊辰己巳;土命,庚子辛丑丙辰丁巳庚午辛未戊申己酉,得丙戌丁亥戊寅己卯:此三者皆為脫體化神。如火命,丙寅丁卯甲辰乙巳丙申丁酉甲戌乙亥,得戊子己丑戊午己未;水命,丙子丁丑甲寅乙卯壬辰癸巳壬戌癸亥,而得丙午丁未,則為超凡入聖。要之有所變化者,皆有所成就,非若拘拘自守、執一不通而無超達也。
本来の形体を脱して神明と化し、凡俗を超越して聖境に入るとは、命局に変化を起こしえてついに大器を成すことを語る。六十甲子の本体にはそれぞれ大小があり、それぞれ軽重があり、またそれぞれ聖に入る一路がある。金命の甲子・乙丑・壬寅・癸卯・庚辰・辛巳・甲午・乙未は、柱中に壬申・癸酉・庚戌・辛亥を得る。木命の壬子・癸丑・壬午・癸未・庚申・辛酉・戊戌・己亥は、庚寅・辛卯・戊辰・己巳を得る。土命の庚子・辛丑・丙辰・丁巳・庚午・辛未・戊申・己酉は、丙戌・丁亥・戊寅・己卯を得る。この三类を「脱体化神」という。火命の丙寅・丁卯・甲辰・乙巳・丙申・丁酉・甲戌・乙亥は戊子・己丑・戊午・己未を得、水命の丙子・丁丑・甲寅・乙卯・壬辰・癸巳・壬戌・癸亥は丙午・丁未を得る。この類を「超凡入聖」という。要するに命の中に変化を起こしうるものはみな成就があり、一隅に拘り一端に執して通変を知らぬ者のように、ついに超抜顕達の日がないのとは異なる。
攀龍附鳳,志氣沖霄。辰為龍宮,酉為鳳沼,以辰合酉,皆可以攀龍麟而附鳳翼。但其中有(乙)酉見庚辰,或庚辰見乙酉則非,蓋乙與庚合,辰與酉合,乙祿卯,刃在辰,庚祿申,刃在酉,辰酉二位中,有紫暗大煞故也。當推詳其外有無刑煞,若其外刑煞重,則為凶命也。
龍鱗に攀じ鳳翼に附して、志気が雲霄に冲るとは、命主が貴人に倚仗して身を通顕に致しうることをいう。辰は龍宮、酉は鳳沼であり、辰をもって酉に合するのは、いずれも攀龍附鳳と算する。ただしその中で乙酉が庚辰を見、または庚辰が乙酉を見るのは算しない。乙と庚は相合し、辰と酉は相合するが、乙の禄は卯にあり羊刃は辰にあり、庚の禄は申にあり羊刃は酉にあるので、辰酉のこの二位の中にまさに「紫暗大煞」が蔵されているからである。だからまた柱外に刑煞があるかどうかを細かく見なければならない。柱外の刑煞が重ければ、かえって凶命となる。
龍虎包承。辰為龍,寅為虎,命有寅中藏巳,或有丑,或有卯,或有巳,中藏寅辰,皆合此格。
龍と虎が前後に包裹して承接するは、命局の気象が雄壮で左右に護りあることを主る。辰は龍、寅は虎である。命中に寅があって寅内に巳を蔵するか、あるいは柱中に丑・卯・巳があって、その間に寅と辰を夾蔵するものは、いずれもこの格に合する。
鳳凰戀祿。天干三字同,而一字異者,為三干鳳凰,如三甲一乙、三乙一甲之類。年月日時之中皆藏寅辰,有鳳凰而又見祿,合此格。
鳳凰が禄位を眷戀して去らないは、食禄が安穩で清貴の名あることを主る。天干の四字のうち三字が同じく一字が異なるものを「三干鳳凰」といい、たとえば三つの甲に一つの乙を配し、三つの乙に一つの甲を配する類である。年・月・日・時の中にまたいずれも寅と辰を蔵し、鳳凰の象があるうえに禄神を見れば、この格に合する。
崑山片玉。金生人見戊寅是也,或戊寅生人而得一金,皆合此格,二金三金非。
崑崙山上の一片の美玉とは、その質地が純粹で稀有にして貴ぶべきを喩える。金命生の人が柱中に戊寅を見ればそうである。あるいは戊寅生の人が柱中に一位の金を得ても、いずれもこの格に合する。金が二位・三位に及べば、算しない。
桂林一枝,得之者勳高覆載之中,職處朝廷之上。己未生人,於秋月而見之乙未,乃合此格。乙未生人,而得己未亦是,二木三木者非。
桂樹が林を成す中で独り一枝を折るとは、この格を得た人の功勲が天覆地載の間に高く、職位が朝廷の上に居ることをいう。己未生の人が秋月に生まれて柱中に乙未を見れば、この格に合する。乙未生の人で己未を得ても、同じく算する。木が二位・三位に及べば、かえって合しない。
丙丁入於干戶,乃駕海之長虹。丙丁生人見乙亥辛亥是也。丁乃南方朱雀之神,賦炎上之性,造化借用為虹。干戶,即亥上是也,乙亥與辛亥為正。丁生人得辛亥,乃為此格。
丙丁の火が乾戸に入れば、大海に横たわる長虹となる。命主の気象が宏濶で声名が遠く達することを形容する。丙丁生の人が柱中に乙亥あるいは辛亥を見ればそうである。丁は南方朱雀の神で、炎上の性を禀受するので、術家はこれを借りて取象して彩虹とする。「乾戸」とは亥位で、配するに乙亥・辛亥を正とする。丁年生の人が辛亥を得れば、まさにこの格である。
庚辛值於巽宮,為嘯風之猛虎。庚辛之位屬金,為西方白虎之象。巳為風,若庚辛生得巳時,合此格,辛巳乙巳亦為妙。
庚辛の金が巽宮に遇えば、風に臨んで長嘯する猛虎となり、威勢が凛然として人に敬畏せしめることを主る。庚辛は金に属し、西方白虎の象である。巳は巽風である。庚辛日干生の人が巳時を得れば、この格に合し、配するに辛巳・乙巳が最も妙である。
烈風雷雨,多利民濟物之心。烈風雷雨者,乃戊子己丑,丙午丁未。戊己有寅,寅中有箕,箕星好風;酉中有畢,畢星好雨。更如{加}卯,春夏生顯,秋冬虛貴。
疾風迅雷、大雨滂沱の象は、人に利民済物の心腸多きことを主る。いわゆる烈風雷雨とは、納音が霹靂火の戊子・己丑と、納音が天河水の丙午・丁未を指す。戊己が寅を見れば、寅中に箕宿があり、箕星は風を好む。酉中に畢宿があり、畢星は雨を好む。さらに一つの卯位を加え、春夏に生まれれば顕達し、秋冬に生まれれば虚貴にすぎない。
源遠流清,稟秀德真儒之氣。源遠流清者,水命見寅卯為源遠,納音見金為流清,若有土則虛名。
源は遥かに遠く流れは澄清なるは、命主が秀異の徳行、真儒の気象を禀有することをいう。いわゆる源遠流清とは、水命の柱中に寅・卯を見るを源遠とし、納音に金が来て水を生ずるを見るを流清とする。柱中に土があって攪濁すれば、虚名一つに落ちるだけである。
三奇拱貴,則勳業超群。乙丙丁乃天上之三奇,甲戊庚乃地下之三奇,壬癸辛乃人中之三奇。乙己人拱鼠猴,丙丁人拱豬雞,甲戊人拱牛羊,壬癸人拱兔蛇,庚辛人拱馬虎,其中帶三奇全,而拱貴者,亦合此格,其貴非常。
三奇がさらに貴人を夾拱すれば、功勲事業は衆人の上に超え出る。乙丙丁は天上の三奇、甲戊庚は地下の三奇、壬癸辛は人中の三奇である。貴人の分配は、乙己日干は子鼠と申猴を拱し、丙丁日干は亥猪と酉鶏を拱し、甲戊日干は丑牛と未羊を拱し、壬癸日干は卯兎と巳蛇を拱し、庚辛日干は午馬と寅虎を拱する。命中に三奇が斉備し、しかも天乙貴人を夾拱すれば、この格に合し、貴気は尋常ではない。
五福集祥,則偉人間出。年月日時胎,各出一旬者,止有四旬者則非。
五種の福気が匯聚して祥瑞を成せば、偉人が世に間出する。これには年・月・日・時に胎元を加えた五つの位置が、それぞれ異なる旬から出ることを要する。ただ四旬を占めるだけなら、この格に合しない。
雲凝薄露,逢寅卯而方榮。丙午丁未人居冬月,是為霜露。若年月上俱帶嚴凝之氣,則造化天寒。忽於日時見寅卯,則溫和之氣可解此凍,合此格。
雲気が凝りて薄い霜露と成り、寅卯に遇ってこそ栄発が見られる。丙午・丁未の納音天河水の人が冬月に生まれると、水気が凝結して霜露となる。年・月の両柱がいずれも厳寒凝冱の気を帯びていれば、造化全体が一面の天寒となる。忽然として日・時の上に寅卯を見れば、春木温和の気がちょうどこの氷凍を解くので、この格に合する。
月照寒潭,遇申酉而必貴。己未為月,水生仲秋之後,謂是寒潭。己未生人得水,須有申酉方可言貴,蓋四時之月,秋月最明;四時之水,秋水最清也。
月光が寒潭に映じ、申酉に遇えば必ず顕貴となる。己未は取象を月とする。水が仲秋以後に生まれれば、これを寒潭と称する。己未生の人が柱中に水を得ても、なお申・酉の二位があってこそ貴を論じうる。四季の月は秋月が最も明るく、四季の水は秋水が最も清いので、月明水清、二つ相い映えて初めてこの格を成すからである。
鳳舞順風,而威震千里。酉宮為鳳,巳宮為風,酉人得巳,及生於五月,乃鳳舞順風。然風不謂之風,而謂之順風者,須是丁巳乙巳己巳,方為合格。又須五行中無刑煞,無沖擊,無破潰,方可。若其中不爭,則酉見巳為破碎,巳見酉為捲簾,二煞鮮有不為凶者矣。
鳳凰が順風に乗って舞い、威名が千里之外を震動する。酉宮は鳳、巳宮は風である。酉年生の人が巳を得、かつ五月に生まれれば、鳳舞順風である。単に風といわず「順風」というのは、配する巳が丁巳・乙巳・己巳でなければ合格と算しないからであり、さらに五行の中に刑煞なく、冲击なく、破損なくて初めて用いられる。柱中が彼此相安ずることができなければ、酉が巳を見て「破碎」と成り、巳が酉を見て「巻簾」と成り、この二つの煞に凶を主らぬものは稀である。
