《山洋指迷原本》明・周景一著
地理を論ずるるに巒頭をもって本とす
風水堪輿典籍
まず読む書が形勢か理気かを見極めてから条文に入るのがよい。派を跨いだ術語の混用が、この門で最もありがちな誤読の源である。
序一
地理指迷原本得行於世,豈偶然哉?如明初周景一先生,為州山吳氏卜葬多奇穴,更貽以指迷書。厥後吳氏人文蔚起成巨族,其書遂見重於人,傳抄幾遍江浙。第自明迄今,相沿年遂抄錄愈繁,舛訛益甚,此原本固不可不刊行也。姑蘇俞君歸口同邑吳子卿瞻嗜青囊,學見指迷坊刻之訛,即其註釋亦未能闡發書意,因取舊藏原本疏注,為枕中秘。
《地理指迷》のこの原本が世に伝わることができたのは、はたして偶然であろうか。明朝初年の周景一先生は、州山の呉氏のために地を選んで安葬し、多くの奇特な穴を点穴し、別れに際してまた《指迷》の一書を呉家に贈った。その後呉氏一族は人材が輩出して当地の大族とである、この書もまた世の人に重んじられ、転写に転写を重ねて、ほとんど江蘇・浙江一帯に広まった。ただ明代から今日まで、年代が長く重である、写本は写すほどに多くである、誤りもますます重くなったので、この「原本」は実に刊刻して行わねばならない。姑蘇の兪帰璞君(底本は「帰口」と作り、「口」は残欠の字)と同県の呉子卿瞻は、ともに「青囊」堪輿の学を深く愛し、世間の刻本の《指迷》の文字に誤りがあり、附された注釈さえ書中の本意を説き尽くせていないことを見て取り、そこで家に旧蔵する原本を取り出して疏解し注を作り、枕辺の秘籍としたのである。
惟是俞吳二子向皆作客遠方,天南地北,萍合四明,討論數載,惟成全集。而先生傳書四百餘年,今始得人益,有數存非偶然也,宜為同志者慫恿付梓,公之於世,問序於餘。讀之明晣暢達與大概流傳者獨優,所增註解,簡明扼要,亦與他本不同,是真得先生之心傳者。予曾注星影二卷,發明在天成象,在地成形之義,是編有之以地下山形合上天星象,可謂先得我心,二書兼備,則仰觀俯察,於地學益臻微妙,比原本不可不亟為刊行也,予喜其書成而為之序。
ただ兪・呉の両氏はこれまで遠方に客居し、一人は天南、一人は地北で、浮萍の集まるように四明(今の浙江寧波)で会合し、切磋琢磨して数年を経て、ようやくこの全集を整理して完成させた。周先生がこの書を伝えてからすでに四百余年、今日に至ってようやく真に読み解ける人に遇ったのであり、そこに自ら気数があるのであって、偶然ではないことが見える。そこで同道の友人たちが次々に彼らに付印を勧め、天下に公開して示し、私に一篇の序を書くよう求めた。私が読んでみると、その文義は明白で暢達し、一般に流伝する写本より一段と優れており、新たに増された注解もまた簡明扼要で、他の本と大いに異である、真に周先生の心伝を得た人と言うことができる。私はかつて《星影》二巻に注を施し、《周易・繋辞》の「天に在って象を成し、地に在って形を成す」の道理を闡発したが、この書にはちょうど地上の山形をもって天上の星象に対応させる説があり、まさに先んじて我が心を得たと言える。二つの書を合わせて見れば、仰いで天文を観、俯して地理を察し、地学への体会はいよいよ精微となるので、この原本は速やかに刊行せねばならない。私はこの書が成し得たことを喜び、それのためにこの序を書いた。
序二
地理由來尚矣,有傳人必有傳書,顧書不一,如周景一先生指迷者蓋寡。先生為明初堪輿大家,孤蹤高蹈,不以術鳴。先是於李爻青巖公遊于越,得其書不識為誰氏著撰。鄉里薦紳家偶有藏本,較之稍異,且多平洋一卷。嘗曰:是析理昭暢,甲子巒理諸家,學地理者宜以此為宗。
堪輿の学は由來が久しく、伝人があれば必ず伝書があるが、ただ書本が繁多で、周景一先生の《指迷》のようなものは少ない。周先生は明朝初年の堪輿の大家で、行蹤は孤高で、術数によって名声を博することを肯んじなかった。以前私は李爻青岩公に随って浙江一帯を遊歴し、この書を得たことがあったが、作者が誰かを知らなかった。郷里の士紳の家に時折この本を蔵する者があり、私の手もとのものとやや出入りがあり、しかも「平洋」一巻が多く出ていた。青岩公はかつて言った――この書は義理を剖析して明白かつ通暢し、巒頭の理を講ずるる各家の中で第一に推すべきであり、地理を学ぶ者はそれを宗主として奉ずべきである、と。
歲甲辰予客湧江,晤山陰吳子卿瞻論堪輿學,述周景一先生巔末事,得聞其所傳指迷原本與於舊帙吻合,因以知顯晦有時。向讀其書,今悉其人,務實學而名必歸之也。獨惜其書較諸家且確而不盛傳於世,蓋以其人不求名譽,遇知音而方馨所學。如吳子稱述,明永樂時先生與其族祖友善,居停數十年,發祥諸塋,悉由指示,瀕行日始以篋書贈,其慎重也若是,此書之所以不甚傳而獨為吳氏秘。
甲辰の年、私は甬江(今の浙江寧波)に客居し、山陰の呉子卿瞻と堪輿の学を談じ、彼が周景一先生の始末を叙述したことで、私ははじめて他家に伝わる《指迷》の原本が私の旧蔵の冊子と合することを知り、これによって一書の顕と隠にはおのずから時運があることを悟った。かつてはただ彼の書を読んだだけだったが、今ようやくその人を知った――踏実に学を治める者には、名声は終にその身に帰する。惜しいのは、この書が各家よりも確かであるのに、かえって広く流伝しなかったことであり、その原因は周先生本人が名誉を求めず、知音に遇ってはじめて所学を傾嚢して授けるところにあった。呉子の言うところによれば、明代永楽年間、周先生は彼の族祖と交好し、呉家に数十年客居し、呉氏が後に発跡した数か所の祖墳は、すべて彼の指点多きところであった。行く日に至ってはじめて、箱中の書稿を相贈った。彼がこのように鄭重であったことが、すなわちこの書があまり流伝せず、かえって呉家の秘蔵となった所以である。
及吳氏簪纓世顯,好事者僅以山法數卷輾轉傳抄,假名刊佈,增損舛訛,豈知先壁固有在一斑,未足以窺全豹,況更有毫釐千里之謬哉。今讀全書,原本萃青囊之秘要,闡黃石之微言,細若機絲,朗如金鑑,較傳抄諸本言辭闕失、閱未竟而厭倦者,不啻霄壤,實為開鑿混沌、昭晰陰陽秘笈。得其旨者,何於望洋興嘆,迷於所視乎。及與吳子互相討論,增注成編,質之同志,咸以為可。天求名師不得,讀名師之書即得也。自應公之宇內,使人操寶鑰、家奉南車,山川不能遁其形,賢達不得專其美,先生之教庶與日月終古矣,因付梓人而述其大略如此。
後に呉家は代々官につき顕達し、好事の者は山法を講ずるる数巻を取って転写し、他人の名を冒用して刊行し、勝手に増刪し、錯訛百出させた。彼らはどこで知ろうか、元来の完璧な本は自ら人間にあり、一斑を見るだけでは全豹は見えず、まして写本には差は毫厘にして謬は千里というところがあることを。今この全書を読んで、はじめてそれが「青囊」一派の秘要を集め、黄石公の一脉の微言を闡発し、細密なること織機の糸縷のごとく、明らかなること人を照らす金鏡のごとしであることを見る。あの文句の残欠し、半ばも読まずして人をして厭わしめる写本と比べれば、まさに天壌の別があり、真に混沌を鑿開き陰陽を照らす秘笈と言うことができる。真にその宗旨を領会できる者は、どうしてなお大海に面して歎じ、山水を見て茫然とすることがあろうか。そこで私は呉子と反復して討論し、篇ごとに注を増して書と成し、同道に示して審看させたところ、皆これを可とした。天下に名師を拝したくて拝し得ない者は、名師の書を読めばすなわち名師を得たに等しい(底本はここに「咸以為可天求名師不得」と作り、「天」字の上下に疑わしく訛脱あり、照録して補わず)。この書はもともと天下に公開すべきで、人々に手に開門の宝鑰を持たせ、家ごとに指路の南車を供えさせ、山川はもはや自らの形勢を蔵し得ず、賢達の士もこの利益を独り占めできず、周先生の教誨はほぼ日月とともに長く存することを得よう。そこで私は書を刻工に渡し、大略の情形を上のごとく叙述した。
序三
周景一先生者,明初臺郡人也,善堪輿。為予先世窀穸,計貽地理《山洋指迷》書四卷,珍為家藏,遞傳弗失。予同客四明,見目講師《地理索隱》即指迷也,有山法而無平洋,且刪除殆半,無以發明;更有以指迷為宋王伋撰,或稱元譚仲簡書,鏤板行世,書同名異,何以證之?
周景一先生は明朝初年の台州の人で、堪輿に精しかった。彼はかつて我家の先世のために墓穴を擇定し、《山洋指迷》一書四巻を残し、家伝の物として珍藏され、代々相伝して失われなかった。私が四明に客居していた時、「目講師」と署名した《地理索隠》を見たが、実はそれはこの《指迷》であって、ただ山法があるのみで平洋がなく、しかもほぼ半分を刪り去り、書中の義理を闡発するに由なかった。さらに人あるいは《指迷》は宋代の王伋の撰と言い、あるいは元代の譚仲簡の書と言い、いずれも刻版して流通し、内容は相同じくして署名はそれぞれ異なる――何をもって真偽を印証しようか。
嘗讀族祖環州公序,先生本儒業而性耽山水,得青囊之秘,人以地仙稱。前明永樂間遊于越,與予三世伯祖裕菴公深契,居停有年,家數善地,悉由指點,蛇山眠犬為最著。正統十四年先生辭歸,爰以篋書贈,此書之由來也。
私はかつて族祖の環州公の書いた序を読み、周先生はもともと読書人で、天性山水を愛し、「青囊」の秘伝を得、人々は彼を「地仙」と称したと言う。明代永楽年間に彼は浙江に遊歴し、我が第三代の伯祖裕菴公といたく投契し、呉家に数年住み、家中の数か所のよい墳地はすべて彼の指点多きところであり、その中でも「蛇山眠犬」の一穴が最も著名である。正統十四年に周先生は郷に辞して帰り、箱中の書稿を呉家に贈った。これがすなわちこの書の来歴である。
其後予族丁齒日繁,簪纓繼起,以忠孝文行武功著者,代不乏人。四百餘年來,子姓箕裘,仰承如昔,食先生之德而揚其微者,迄今猶稱道弗衰,書之傳也,蓋確有可證者。第先生潛德高風,深自韜晦,不著姓氏,於書傳抄者或昧根荄,刊行者借名炫世,或圖簡略,率意刪除,亥豖魯魚,殊失盧山面目,況少平洋一卷,猶非全壁。其稱為目講玉伋譚仲簡者,即非漫無所據,亦可無論已。
この後我が家族は人丁が日に繁盛し、官につく者が続いて現れ、忠孝・文徳・武功をもって著わした者は、毎代に皆あった。四百余年來、子孫は祖業を承継し、敬奉すること初めのごとく、周先生の恩徳を受けてまたその隠れて顕れない功労を表彰し、今に至るもなお称道して衰えない。この書の流伝は、実に確鑿たる憑拠がある。ただ周先生は徳を深く蔵し風格高く潔く、わざと自らを隠晦し、書上に姓名を署さなかったので、伝写する者はあるいはその根源を明らかにせず、刊行する者は便りに他人の名を借りて世に炫耀し、あるいは省事を図って勝手に刪削し、「亥」を訛って「豕」と作り、「魯」を訛って「魚」と作るような形近の誤りが層出して窮まらず、完全に本来の面目を失い、まして「平洋」一巻を欠いていては、なおさら完璧と言うに足りない。あのこれを目講師・王伋(底本は「玉伋」と作る)・譚仲簡の作となす説に至っては、たとえまったく根拠がないわけではなくとも、もはや争弁するに値しない。
甲辰春姑蘇俞歸璞先生共事甬城,見予指迷原本,證其所載,卷帙相同,幸舊錄之猶存,較傳抄之未備,因思所以壽世而予亦有同心,於是反覆參詳,逐篇增注,三易其稿,猶慮不能闡其微,同人謬加稱許,爰付剞劂,皆所以推廣,先生傳書垂教之意,俾究心地理者,識山水之性情,辨龍穴之真偽,吉獲牛眠,慶延麟趾,作忠作教XX。
甲辰年の春、姑蘇の兪帰璞先生と私はともに甬城で事にあたり、我がこの《指迷》原本を見て、載するところを核対したところ、巻数篇目は完全に相同じく、旧録本がなお存することを幸いし、流伝の写本に比べて遥かに完備していたので、意それを久遠に伝えんとするがあり、私もまたまさに同じ心願があった。我らはすなわち反復して参詳し、篇ごとに注解を増補し、稿を三度改めても、なおその中の精微を説き尽くせないことを懼れた。同道の友人の過分な称許を蒙り、すなわち刻印に付した。これはすべて周先生の書を伝え人を教える本意を推広するためで、潜心して地理を究める者に山水の性情を認識させ、龍穴の真偽を弁別させ、吉利に「牛眠」のような佳城を求め得させ、福沢を子子孫孫に綿延させようとするものである。末句の「作忠作教」の下に、底本は二字残欠し、ここは照録して補わない。
昇平知先生加惠於地學無涯,而人子之葬其親端賴是編傳之不朽雲。
承平の年月の中でいよいよ体得するのは、周先生が地理の学に嘉恵した功徳に際涯がないことであり、子女たる者が双親を安葬するのに、全くこの書に依拠しなければならない、それは自ら永遠に流伝して朽ちることなかるべきである。
凡例
一是書山龍耑重開面,平洋耑重束氣開口,占地步則山洋均重。書凡四卷:第一卷首論巒頭為本,為全編立言大旨;分、斂、仰、覆、向、背、合、割四篇,概論開面;縱、橫、收、放、偏、全、聚、散四篇,概論地步。二卷分論開面,三卷分論地步,後以開面地步包括形勢星辰,為山法諸篇結束。饒滅挨棄倒仗淺深四篇,乃立穴定向之準繩,所以補葬法之未備。四卷耑論平洋,水山龍開面說起,以山洋異同篇總結全書。
一、本書が山龍を講ずるるには専ら「開面」を重んじ、平洋を講ずるるには専ら「束気開口」を重んじ、占める地歩の広狭に至っては、山地と平洋と同じく重んじる。全書は共に四巻。第一巻は篇を開くにまず巒頭をもって根本とすることを講じ、全書のために宗旨を立てる。続いて「分・斂・仰・覆・向・背・合・割」の八字をもって、分けて四篇となして総じて何を開面というかを論じ、更に「縦・横・収・放・偏・全・聚・散」の八字をもって、分けて四篇となして総じて何を地歩というかを論ずる。第二巻は門に分かち類別して開面を論じ、第三巻は門に分かち類別して地歩を論じ、最後に開面・地歩をもって形勢と星辰を統摂し、山法各篇の収束とする。「饒滅」「挨棄」「倒杖」「浅深」の四篇は、立穴定向の準縄で、前の人の葬法の講じて周洽しないところを補足するために用いる。第四巻は専ら平洋を論じ、水と山龍の開面から講じ起こし、最後に《山洋異同》一篇をもって全書を総括する。
一是書山法諸篇雖經坊刻尚未有未全,而平洋一卷更為世所罕見,標題《山洋指迷》者實與他本不同。
一、本書の山法を講ずるる各篇は世間にすでに刻本があるが、かつて完全なものはなかった。「平洋」一巻に至っては、さらに世に稀に見る。ゆえに《山洋指迷》と題したこの本は、実に他の版本と異なる。(底本のこの句は「尚未有未全」と作り、「未」字は疑わしく衍文、照録して改めず。)
一是書正文圖說悉照原本,不敢增減,惟大概抄本間有詮註,雖不知何人手批,然足以闡發文義者,亦採錄附入,此外尚有未甚曉暢處,或引前人成言,或另增註解加圈別之,第四卷本無註釋,並經參注,更有筆墨難盡者,推廣正文本義附以圖說,復將每篇警句密圈分清段落,庶可一目瞭然。
一、本書の正文と図説はすべて原本に照らし、敢えて増刪するところなし。ただ通行の写本の中間に若干の詮釈があり、誰の手批に出るかは知らないが、およそ文義を闡発するに足るものは、一併に采録して附入した。このほかさらに講じて透徹し尽くさぬところがあり、我らはあるいは前人の成説を引用し、あるいは別に注解を加え、併せて圏点をもって区別した。第四巻はもともと注釈がなく、今回一併に参注を作った。さらに文字で説き尽くし難いものは、正文の本義を推広し、図説を附した。また毎篇の警句に密かに圏点を加え、段落を分かち明らかにし、読者が一目して瞭然たることを冀う。
一是書娓娓數篇,言如剝蕉抽繭,層層推勘,絲絲入扣,其妙處全在一正一反,對說如何是真,必言如何是假,絲毫不肯放過,雖字句不無重複處,然縷晰條分各有精義,潛心披閱自可豁然貫通,初學最易入門,高明者亦可擴充眼界,開拓心胸。
一、本書は洋々数十篇、理を説くこと芭蕉を剥ぎ蚕繭を抽くがごとく、一層一層内に向かって推究し、糸々として扣に入る。その妙は全く一正一反に対照することに在り。どのようが真かを説明すれば、必ず続いてどのようが仮かを説き、一毫も糸も放過を肯んじない。字句に重複のところがあることは免れ難いが、条分縷析して各々その精義あり、ただ心を静めて通読すれば、自ら豁然として貫通することを得る。初学の人は最もこれにより入門しやすく、見識の高明な人が読んでもまた眼界を拡大し胸襟を開くことができる。
一是書評論山洋每篇先言龍脈,次及砂水穴情,分別龍穴真偽大小了如指掌,至山龍分斂篇云:“穴後宜分不宜合,穴前宜合不宜分”,平洋龍體穴形篇云:“後以束氣為證,前以明堂聚處為憑”,總括山洋龍穴大旨可謂要言不繁。
一、本書が山地と平洋を評論するには、毎篇皆まず龍脈を講じ、再び砂・水と穴情を講じ、龍穴の真假大小を分別して清清白白たらしめる。山龍の《分斂》篇が「穴後はなるべく分かるべく合してはならない、穴前はなるべく合すべく分かるべきではない」と言い、平洋の《龍体穴形》篇が「後は束気をもって証とし、前は明堂の聚まる処をもって憑とす」と言う、この二句はすなわち山地と平洋の龍を弁じ穴を認むる大旨を全く概括したのであって、言簡にして意賅たると言うべきである。
一山龍落脈全在垂頭,開面結穴全在毬簷氈,辨脈穴真假已備於首二兩卷,若乳突窩鉗及平洋龍體穴形諸篇,尤為穴法精粹,是編應推巒理上乘。
一、山龍の落脈の関鍵は全く「垂頭」に在り、開面結穴の関鍵は全く「毬」「簷」「氈」の三処に在り、脈と穴の真假を弁別するには、前二巻ですでに講じて很に完備である。《乳突》《窝鉗》および平洋《龍体穴形》の各篇に至っては、なおさら穴法中の精華であり、本書は巒頭の理を講ずるる上乘の作と推すべきである。
一山龍為三分三合水,平洋有大分合、小分合、真分合之水,山洋龍法穴法大略相同,太陽太陰少陽少陰四象,雖論平洋形體,亦與山龍彷彿可以參看。
一、山龍は「三分三合」の界水を講究し、平洋には大分合・小分合・真分合の幾種かの水があり、山地と平洋の龍法・穴法は大略相同じい。太陽・太陰・少陽・少陰の「四象」は、平洋の形体に就いて講ずるるものであるが、山龍の情形ともまた頗る相似て、対照して見るべきである。
一平洋束氣開口乘脊脈,看水繞,前人有論及原是書辨明收放開口各有真偽,近山平洋有脊脈者不可無水繞,遠山平洋有脊脈,以低田低地為堂界,而無明水者不可無大水會合及出水。X花泊岸浮簲逝水沙洲諸格他書無此發明。
一、平洋は束気・開口・脊脈に乗り・水繞を見ることを講究し、前人もかつて論及したが、本書はさらに一歩進めて「収放」と「開口」に各々真あり仮ありを弁明した。山地に近い平洋は、もし脊脈があれば、水の環繞なくんばないべし。山地に遠い平洋は、脊脈あらんとすれども、ただ低田低地をもって明堂の界限に充つるのみ、もし明水なければ、大水の会合および出水の口なくんばないべし。「X花泊岸」「浮簲逝水」「沙洲」の幾種かの格局に至っては(首字は底本残欠、照録して補わず)、他の書にいずれも講じ到らないものである。
一點穴自古稱難,欲明點穴之法莫過此書,明白暢達亦莫過此書,平洋妙論精微法無不備,且以補山龍穴法之不足,其有裨地理更匪淺鮮。
一、点穴は古より困難と号称し、点穴の法を弄明せんとするには、本書よりよいものはなく、講じて明白暁暢たるにも、本書よりよいものはない。書中の平洋を論ずるる部分は精微にして妙に入り、各種の法度は備わらないなく、しかも山龍の穴法の講じて足らないところを補足し得て、それが地理の学への助益は実に少なからず。
周景一先生著,嚴陵張九儀先生增注,山陰吳卿瞻、姚兩方校閱,山陰吳太古、姑蘇俞法陶同校。
本書は周景一先生の撰著、厳陵(今の浙江建德)の張九儀先生が注解を増補し、山陰(今の浙江紹興)の呉卿瞻・姚両方の両氏が校閲し、山陰の呉太古と姑蘇(今の江蘇蘇州)の兪法陶が共同で参校した。
巻一
地理を論ずるるに巒頭をもって本とす
巒頭不專指星體而言,凡龍穴砂水有形勢可見者,皆巒頭內事也。《青囊經》曰:“理寓於氣,氣囿於形”。蓋理者陰陽五行之理,氣者陰陽五行之氣,形則山峙水流之形也。山之所以峙,水之所以流,莫非陰陽五行之氣使然,而其中有理存焉,朱子所謂“氣以成形,而理亦賦焉”者也。
「巒頭」という詞は単に山の星体の形状を指すのみならない、およそ龍・穴・砂・水のこれらの形勢ありて目をもって見るべきものは、皆巒頭の範囲内の事に属する。《青囊経》に「理は気に寓り、気は形に囿る」と言う。意は道理は気の中に寄托し、気はまた形体の範囲に制限されるをいう。いうところの「理」は、陰陽五行の運行する条理であり、いうところの「気」は、陰陽五行の流動する気機であり、いうところの「形」は、すなわち山峰の聳峙し流水の奔行するこれらの見える形体である。山の聳峙する所以、水の奔流する所以は、一として陰陽五行の気の推動する結果ならないはなく、その中に自ら条理の存在あり、これ正に宋儒朱熹のいうところの「気以って形を成し、而して理もまたこれに賦する」――気が凝聚して形体を成すと同時に、理もまたその中に賦与されるのである。
但氣有吉凶,不以理推之,則不可得而知之,故聖賢說卦以明理,用卦以推氣。凡先天後天、雙山四經、三合玄空、穿山透地、坐度分金、休囚旺相、氣運歲時,皆理氣內事也。(理氣諸說各有所用,恐人無所適從,特舉最要數者為後學指南)第巒頭理氣,二者孰重?曰:巒頭真理氣自驗,巒頭假理氣難憑。故理氣不合而巒頭真者,雖有瑕疵,不因理氣不合而不發富貴;理氣合而巒頭假者,定不因合理氣而發福祿。是巒頭為理氣之本也,明矣。
しかし気には吉あり凶あり、理をもって推求せなければ、その吉凶を知るに由なし。ゆえに古の聖賢は卦象を講解して道理を闡明し、卦象を運用して気機を推算した。およそ「先天」「後天」の卦位、「双山」「四経」、「三合」「玄空」、「穿山」「透地」、「坐度分金」、五行の「休囚旺相」、および気運と流年歳時は、皆理気一門の内容に属する(理気の各家の学説は各々その用あり、学者の適従する所なきを恐れ、ここに特にその中の最も緊要なる数種を挙出し、後学のために指南と作す)。では巒頭と理気の両者は孰れか重要か。答えて言う、巒頭もし真なれば理気は自ら応験し、巒頭もし仮なれば理気は靠れず。ゆえに理気は相合せずとも巒頭が真なれば、縦い小毛病あれども、理気に合しないがゆえに富貴を発し得ないことなく、反って理気は合すれども巒頭が仮なれば、決して理気に合したがゆえに福禄を発することない。これにより見れば巒頭は理気の根本たり、道理は十分明白である。
學者必待巒頭精熟,地之真假大小、穴之吞吐浮沉,卓然有見於胸,然後講求理氣,以明乘氣立向、控制消納,徵歲運之用亦不可廢。如巒頭未熟,先學理氣,雖貴陰賤陽、來生去墓諸說確確可據,而吉凶休咎似與巒頭無與,往往求福而致禍者,舍本逐末故也。故曰:占山之法,以勢為難,而形次之,方又次之。又曰:有體方言用,耑用則失體,可不知所先務哉。
地理を学ぶ者は必ずまず巒頭を見て爛熟させ、一塊の地の真假大小、一箇の穴位の「呑」むべきか「吐」くべきか、「浮」すべきか「沉」すべきかに、心裡に明確な判断有して、然る後に理気を講求し、もって如何に乗気し、如何に立向し、如何に制御し消納するかを弄清するに用いる。歳運の作用を検証するに至っても、同様に偏廃してはならない。仮に巒頭未だ熟しないに先に理気を学べば、たとえ「貴陰賎陽」「來生去墓」のこれらの説法が条条として拠あるとも、吉凶禍福は巒頭と毫も相干らないがごとく、結果は往々にして福を求めてかえって禍を招く――これすなわち本を捨て末を逐う所以である。ゆえに古人は言う、相地の法は、最も難きは「勢」を見るに在り、その次は「形」を見るに在り、再びその次は方位を見るに在りと。又言う、先有して本体ありてすなわち作用を談ずるを得、ただ作用を講ずるればすなわち本体を失掉すと。学者は何ぞ何をもって先に工夫すべきかを知らねばならんや。
開面地歩
地之真假大小,何以辨之?先觀開面之有無,便知真假之概;再觀開面之多寡大小,及地步之廣狹,而地之大小亦知其概。何謂開面?只以分、斂、仰、覆、向、背、合、割八字察之:分而不斂,仰而不覆,向而不背,合而不割者,為開面;四者之中有一反是,為不開面。
一塊の地が究竟真か仮か、大か小か、何をもって分別せん。まずそれに「開面」あるや否やを見れば、真假の大概はすなわち清楚し、再び開面の多少大小および占める「地歩」の寛窄を見れば、この地の大小もまた大致の判断あり。何をか開面という。ただ「分・斂・仰・覆・向・背・合・割」の此の八箇の字をもって審察する。山形が分かれて内に向かって収斂しないは、仰起して俯覆しないは、我に朝向して我に背しないは、水が穴前にて交合して脚を割らないは――この四様を具備せばすなわち開面といい、この四様の中ただ一様でも反するあらば、すなわち開面せずである。
何謂地步?只以縱、橫、收、放、偏、全、聚、散八字察之:縱長橫廣,收小放大,局全而聚大者,地步廣;縱雖長,橫不廣,收雖小,放不大,局偏而聚小者,地步狹。
何をか「地歩」という。ただ「縦・横・収・放・偏・全・聚・散」の此の八箇の字をもって審察する。縦深は既に長く横面もまた闊く、來る処は収得緊小にして去る処は放て開闊し、格局は完整して聚気宏大なるは、地歩すなわち寛広である。縦深は長しであっても横面は闊からず、來る処は収得小であっても去る処は放ち開かず、格局は偏側して聚気狭小なるは、地歩すなわち窄狭である。地歩の寛窄は、直ちにこの地がよくいかばかり大きき福力を承載するかを決定す。
分斂
(此篇論來龍降服及穴山、穴面之分斂,總以諸砂證其開面,為山法全編之主腦也)
(この一篇は來龍の下降伏落および穴山・穴面の「分」と「斂」を討論し、総の辦法は各種の護砂をもって山に開面あるや否やを印証するを挙げ、全書の山法部分の綱領の所在と言うべし。)
何謂分斂?曰:分者,分開八字也。無個字不成龍,無分金不出脈(山龍落脈非個字不行,落脈處要成星體,方有分金之面,有個字則開肩,開肩則有分水,水分則脈清),故凡有頂有泡處,皆不可無分金,以為個字分金之丿丶(分金之丿丶者,分出丿丶成金字之面也)。但不可三股顯然如雞爪,必有矬有平,中脈如寬牽線者方是(三股一樣高起如雞爪者為貫頂,兩邊砂高,中脈微平軟泛方是寬牽線)。
何をか「分」と「斂」という。答えて言う、いうところの分は、すなわち山形が左右に向かって分かれて「八」字形を成す。あり「個」字形の分落なくんば龍を成さず、「分金」の面なくんば脈を出さず(山龍の落脈は、「個」字形を成さなければ走動し得ず、落脈の處は星体を結成させて、すなわち分金の面あり。「個」字形あればすなわち両肩を開き、肩を開けばすなわち水の両辺より分流あり、水が一たび分かれば、中間の脈絡はすなわち清爽である)。ゆえに凡そ山頂あり突泡あるの処は、皆分金なくんばないべし、そのそれを「個」字の左右両撇捺となさしめんがためである(いうところの分金の両撇捺は、中脈より両筆を分出し、「金」字形の一箇の面を構成するを指す)。但しも三股一様に清楚たるべきではない、鶏爪の如く張るがごときはない。必ず低伏あり、平緩あり、中間のそのの脈が鬆鬆に牽く一根の線の如くして、これすなわち数と見なす(三股一様に高起し形鶏爪の如きは、のを「貫頂」といい、両辺の砂略高く中間の脈微々として平緩にして柔軟鬆泛たるを、すなわち「寛牽線」という)。
又須大丿丶之內有小丿丶,顯丿丶之內有隱丿丶,故有大分小分、顯分隱分之不同。大分者,主頂星上分開大八字,謂之明肩;明肩之內,又分半大半小八字,不論條數之多寡,均為護帶;護帶之內,貼脈分小八字,謂之蟬翼(蟬翼乃出脈處所分之隱砂)。顯分者,明肩護帶也;隱分者,蟬翼也。更有隱者,謂之肌理刷開(是體土有無數細紋分開者,是依稀微茫,須細心體認)。
再び言う、大なる一撇一捺の裏頭に還して小なる一撇一捺を套し、明顯なる一撇一捺の裏頭に還して隠微なる一撇一捺を蔵す。ゆえにすなわち「大分」と「小分」「顕分」と「隠分」の区別あり。大分とは、主頂星峰上に分開するそのの大八字を指し、のを「明肩」といい、明肩以内に又分かれ出ずる半大半小の八字は、條数の多少を論ぜず、一律にのを「護帶」といい、護帶以内に緊く脈絡に貼りて分出する小八字を、のを「蝉翼」という(蝉翼はすなわち出脈の処所に分出する隠微の護砂)。いうところの顕分は、明肩と護帯を指す。いうところの隠分は、蝉翼を指す。還して蝉翼より更に隠微なるあり、のを「肌理刷開」という(すなわち山体の土面上に無数の細紋の分開する様子あり、もしくは有りもしくは無く極めて微茫にして、必ず細心に体察してすなわち認出を得べし)。
其頂下胸腹間所起突泡,或分小八字,或分隱八字,謂之金魚砂,亦為暗翼(此半山突泡,所分之隱砂,比蟬翼砂略短)。以上乃來龍降脈之分,不論祖山穴山,皆宜如此(行度處微有不同)。
山頂以下・人身の胸腹部位に相当する鼓起の突泡に至っては、あるいは小八字を分出し、あるいは隠八字を分出し、これを「金魚砂」といい、また「暗翼」という(これは半山腰の突泡の分出する隠砂で、蝉翼砂に比べて略々短し)。以上の講ずるるは皆來龍の下降落脈の時の「分」で、祖山に論ずると穴山に論ずるとを問わず、皆当にこの様の形態を具備すべし(ただ龍脈の行走過渡の地段に在りては、情形稍々同じからず)。
有臨家之際,或分蟬翼砂而成乳突穴,或分牛角砂而成窩鉗穴,蟬翼牛角砂之內,均有肌理刷開之隱分,方開穴面。亦有乳突無蟬翼可見,只滿面肌理刷開,使穴腮圓胖,以成穴面者。此臨穴之蟬翼牛角、肌理刷開,總謂之牝牡砂,乃為分盡之分,亦謂分金之面(穴後宜分,穴前宜合,分至此而盡,故曰分盡。以上概論祖山穴山臨穴分金之面,以下分疏諸砂名義)。
将に穴を結せんとする時に到りて、あるいは蝉翼砂を分出して「乳穴」「突穴」を結成し、あるいは牛角砂を分出して「窝穴」「鉗穴」を結成す。蝉翼砂と牛角砂の裏面は、皆還して「肌理刷開」のこの一層の隠分有りて、すなわち真に穴面を開出せしと見なす。あるいはまた乳穴突穴に蝉翼見えず、ただ満面に肌理刷開して、穴場の両腮をして円潤豊満たらしめ、よって穴面を成就するあらん。これらの臨穴の処の蝉翼・牛角および肌理刷開は、総じて「牝牡砂」と称し、「分」の尽頭に到る分で、すなわちもまた分金の面という(穴後は当に分かるべく、穴前は当に交合すべし、分かるここに到れば分かること尽き、ゆえに「分尽」という。以上は総じて祖山・穴山より直ちに臨穴の処の分金の面に至るを論じ、下文は再び逐一に各種の護砂の名義を疏解す)。
謂之明肩者,以其如人之兩肩,如飛鳥之兩翼,又如金字之人字(外背內面彎抱向裡者是,如背面直者非),不論大小星辰,俱不可少,在橫降處,尤為緊要(橫降無肩,落脈必假)。
のを「明肩」という所以は、それが人の両肩の如く、飛鳥の両翼の如く、又「金」字の上頭のそのの「人」字形の如くするがためである(要するに外側を背とし内側を面とし、彎彎として内に向かい環抱するを対とす。もし背面平直にして彎ならないはすなわち是れにない)。星峰の是大と小とを論ぜず、明肩は欠少してはならない。尤も龍脈の横向に下降する處に在りては、明肩最も緊要である(横降して肩なくんば、落脈は一定に仮である)。
假如無大八字,或大八字少一邊,或參差不齊,或一邊背我,或無菱角背面,或內無隱八字,或大八字之丿丶上自分個字而成龍,不為我之用神者,不論祖山穴山,俱無真結。若外有至大之八字帳幕迎送纏護者是也(迎送纏護即帳幕所分之技腳),又有開肩之大八字,三臺、五腦、七腦、九腦、金水帳者是也。
仮に根本に大八字なく、あるいは大八字は一辺のみ有り、あるいは両辺の高低先後は参差不斉、あるいは一辺は反背して我に向かわず、あるいは渾円にして棱角なく背と面を分け出さず、あるいは大八字の裏面に隠八字なく、又あるいは大八字の撇捺上に自ら別に個字形を分けて別の龍を結成し、並びに我が用となさないあらば、すなわち祖山に論ずると穴山に論ずるとを問わず、皆真の結作有ることない。もし外層に別に極大の八字有り、帳幕・迎送・纏護を形成するは、すなわち是れ好格局である(いうところの迎送纏護は、すなわち帳幕の分出する枝脚)。この外によく肩を開く大八字あり、還して「三台」「五脳」「七脳」「九脳」および「金水帳」のこれらの形態あり。
謂之護帶者,以其形如垂帶,作正脈兩邊之護從也。開腳大星(中分一脈,旁分數條顯然可見者,為開腳大星),與橫山分落開帳落脈者,俱不可少(星辰廣闊,故須護帶),此三者若無護帶,為出脈無地步。
のを「護帶」という所以は、それが形状下垂の衣帯の如く、正脈の両側の護衛随従を充当するがためである。凡そ「開脚大星」(中間に一条の正脈を分出し、旁に又清清白白として幾條の枝脚を分出するを、すなわち開脚大星という)、および横山分落・開帳落脈のこれ幾種の情形は、皆護帶を缺少してはならない(この類の星峰は形体広闊たるがゆえに、必ず護帶有りて相配させることを要す)。この三種の山もし護帶なくんば、すなわち出脈に地歩なく大局を容納し得ずという。
護帶不豁開如八字而反插入者為斂(或直生或背向裡者皆是),惟外背內面,先分開面尾插入者不忌。護帶無背面為閒砂,一邊背我為無情,皆不成地。
護帶もし八字の如く外に向かって豁然として分開せず、反って内に向かって挿入するを、すなわちこれを「斂」という(直挺挺として生出すると、背を内に朝向するするとを論ぜず、皆斂に属す)。ただその种の外側を背とし内側を面とし、先にすでに外に向かって分開し、ただ末梢略々挿入するは、忌諱するを必とせず。護帶もし渾円にして背と面を分け出さなければ、すなわちただ無用の「閑砂」である。もし一辺有りて反背して我に向かわなければ、すなわちのを「無情」という――この両種の情形は皆地を結成せず。
中小星辰,不拘護帶有無(有則更妙),尖圓方之正體星辰常無護帶(正體星辰開隱個字之面必有肌理刷開,故不須護帶),護帶亦有生於明肩外者(明肩外者有砂包囊重重均為護帶),總要外背內方圓方真。
中等と小型の星峰は、護帶有ると無きとを論ぜずともよろし(あれば当然更によし)。尖・円・方の此一類の端正の正体星峰は、通常は護帶有ることなし(正体星峰が隠個字の面を開出する時は必ず肌理刷開に伴有すれば、ゆえに護帶を用いるに及ばず)。護帯もまた明肩の外に生ずるあり(明肩の外面に凡そ砂有りて層層包裹するは、皆護帶と見なす)。総じてのを一言すれば、必ず外側を背とし内側を面とし、形体円満周正にして、すなわち真と見なす。
謂之蟬翼者,以其所分至隱,如蟬翼之輕薄也。蟬之飛住不同,故蟬翼有舒貼二體:舒者上半貼於身,至翼尾則分開兩片於旁,三股並然可見;貼者翼尾緊貼身上,兩股隱然難明(三股連中間脈路,說兩股單指蟬翼言)。山頂之蟬翼,舒者多而貼身者少;穴旁之蟬翼,舒者少而貼身者多(貼身不顯然分開,有隱分之勢)。
のを「蝉翼」という所以は、それが分出する形跡極めて隠微にして、蝉の翅膀の如く軽薄なるがためである。蝉は飛行と停歇の時に翅膀の姿態同じからず、ゆえに蝉翼砂もまた「舒」と「貼」の両種の体態あり。舒展のは、上半截は山身に貼りて、翅尾の処に到りてすなわち両旁に向かって分開して両片を成し、中脈と連であり三股皆清楚にして見るべし。緊貼のは、翅尾は緊緊と山身上に貼りて、両股は隠隠約約として看清楚し難し(三股と言うは中間の脈路を連ねて数に入れ、両股と言うはすなわち単に蝉翼本身を指す)。山頂上の蝉翼は、舒展の多くして貼身の少なし。穴場の両旁の蝉翼は、舒展の少なくして貼身の多し(貼身のは並びに明顕に分開せず、ただ一種の隠隠として分かれんと欲する勢頭を呈す)。
開腳星辰,頂上化生腦無蟬翼,界水貼脈,透頭為貫頂,斷不結地。雖有蟬翼面頂上就分三股,如雞爪者亦為貫頂。中有水痕穿透者,為蟬翼離身,不成地者十之八九,須看落脈之仰覆、旁砂之向背,以為棄取(得脈如鵝毛之仰,砂如手臂之曏者,亦能結地)。
開脚の星峰は、もし頂上の化生脳の処に蝉翼なくんば、界水はすなわち緊く脈絡に貼りて、一直に山頭を冲透し、これを「貫頂」といい、断じて地を結成せず。たとえ蝉翼あれども、頂上に就いて三股に分かれ形鶏爪の如きは、同様に貫頂と見なす。もし蝉翼と山身の間に水痕穿過するあらば、そのを「蝉翼離身」といい、十に八九は地を結成せず。この時は必ず落脈の是れ仰か是れ覆か、旁辺の護砂の是れ我に朝か我に背くかを見て、これに拠りて取捨を決定すべし(もし脈が鵞毛の如く微々として上仰し、護砂が手臂の如く内に向かって環抱するは、仍然としてよく地を結す)。
必上截如覆鍋一般,落下段方分兩片於旁,始肖蟬身之翼,蓋蟬翼非頭上所生,乃離頭一段而生;非頂上就分三股,乃落下一段方成三股。若一邊先分,一邊後分,為蟬翼參差;一邊有蟬翼一邊無者,為邊有邊無,皆不成地。惟一邊無蟬翼,而得肌理之分者,亦能成地,但肌理之分甚微,與邊無不甚相遠,亦須以脈仰覆、砂之向背證之。
真正の蝉翼は、必ず上半截は倒扣の鍋の如く渾円にして、一段を落下して後すなわち両旁に向かって両片を分出させ、これすなわち蝉身上に翅膀を長ずる様子に似たり。見るべし、蝉翼は山頭上より直ちに長出するにないして、山頭を離れて一段の距離してすなわち生出するである。頂上に就いて三股に分かるにないして、一段を落下して後すなわち三股を成すである。もし一辺は先に分かれ一辺は後に分かるを、すなわち「蝉翼参差」といい、一辺に蝉翼有りて另の一辺に無きを、すなわち「辺有辺無」という――この両種は皆地を結成せず。ただその种の一辺に蝉翼無しであっても、却も肌理刷開の分有るは、還してよく地を結す。但し肌理の分は十分微弱にして、「辺無」と相差遠からず、ゆえにもまた必ず落脈の仰覆・旁砂の向背をもって印証を加えんことを要す。
若尖圓方之正體星辰,與突泡毬簷有滿面肌理之分者,不拘蟬翼有無,皆可論地(肌理之分亦能分水故可無蟬翼)。謂之肌理刷開者,以其所分至隱,如肌膚紋理,又如糊掃在壁上刷作分開之勢(有隱然分開之痕影,無顯然分開之技條,須細心體認),凡有頂有泡、出脈結穴處,皆不可少。
もし是れ尖・円・方の一类の端正の星峰、あるいは突泡と毬・簷の処に満面皆肌理分開の痕跡あれば、すなわち蝉翼有ると無きとを管せず、皆地を論ずるべし(肌理の分は同様によく水を分開せしむれば、ゆえに蝉翼を要せねばならるである)。のを「肌理刷開」という所以は、それが分開する痕跡極めて隠微にして、皮肤上の紋理の如く、又像て糨糊を用いて墙壁上に刷き出すその种の分開の勢の如きがためである(ただ隠隠約約として分開の痕影有り、明顕に分開の枝條なく、必ず細心に体察してすなわち認出を得べし)。凡そ山頂有り・突泡有り・出脈および結穴の處は、肌理刷開皆欠少してはならない。
在低小正體星辰,與節泡毬簷之無蟬翼護帶者,固全賴此隱然之分,以分開星面穴面,使不飽硬欹破,而面平;即高大開腳星辰,與節泡毬篋之有護帶蟬翼者,亦莫不藉此隱然之分,以成星面穴面。若未分蟬翼之上無此(此字指隱分言,即肌理刷開也),則囊煞而剛飽;已分蟬翼之內,無此則不矬而硬直,何能使脈路穴情有分金之平面,而形如鵝毛口(音竅)乎。
低矮細小の正体星峰、および蝉翼護帶無き節泡・毬簷に対しては、本来全くこの一層の隠微の分開に頼りて、すなわち星面と穴面を分け出し、山体をして飽脹僵硬・歪斜破碎ならざらしめ、而も平正の面を顕出せしむ。たとえ高大の開脚星峰、およびすでに護帶蝉翼有る節泡毬簷であっても、もまたこの層の隠分を借助せずんばないしてすなわち星面穴面を成就す。仮に還して蝉翼を分出しない上段に於いて它を缺けば(「此」の字は隠分を指し、すなわち肌理刷開)、山体はすなわち煞気を裏面に裹て剛硬飽脹を顕す。仮にすでに蝉翼を分出せる裏面に於いて它を缺けば、山体はすなわち低伏せずして硬直一条と変化せり。これ又怎のよく脈路と穴情をして分金の平面を呈出させ、形状軽軟上仰の鵞毛の如くならしめんや(「口」の字は「竅」の音に読む)。
夫山之貴有分者,以其能盪開粗硬之氣於兩邊,使中間脈路有脫卸而軟泛也。明肩護帶蟬翼之分,但能盪開外層至粗之氣,欲使中間脈路粗硬之氣脫卸淨盡,非肌理肌刷開之分不可。故自分龍以至入穴,無一節一泡之肌理,可以直生斂入(直生則無彎抱之情,斂入則無分開之勢),無半突半邊之肌理,可以似分而分不淨。其星面無矬平而帶剛飽者(必無肌理痕巒),即是似分而分不淨。
山の「分」有るを貴ぶ所以は、分はよく粗硬の気を両側に蕩開させ、中間の脈路をして層層脱卸させて柔軟鬆泛と変化せしむるを得るがためである。明肩・護帶・蝉翼の此の幾層の分は、ただよく最外層最粗の気を蕩開するのみ、中間の脈路裏の粗硬の気をして脱卸して乾乾净净たらしめんには、肌理刷開のこの一層の分有るに非なければ不可である。ゆえに分龍より一直到入穴に至るまで、哪節・哪個の突泡の肌理も直挺挺として生出し内に向かって収斂すべきものなく(直生すればすなわち彎抱の情意なく、斂入すればすなわち分開の形勢なし)、もまた哪半個の突泡・哪半辺の肌理も似て分かれて分かれて乾净ならないべきものなし。凡そ星面上に低伏平緩見えず、反って剛硬飽脹を帯ぶるは(この種の山は必定に肌理の痕跡見えず)、すなわち似て分かれて実際に分尽しないに属す。
謂之金魚砂者,以其如玉帶間所佩之金魚袋,又如魚身之劃翅。特降星辰(即成座聳撥星辰),半山有突泡者,必不可少平岡龍體,不論在穴山,此為第二分,斷不可邊有邊無參差,惟邊短邊長,股明股暗,無論明肩護帶亦然。
のを「金魚砂」という所以は、それが官員の玉帯上に佩掛する金魚袋の如く、又魚身上の划水する鰭の如きがためである。特意に降落して成る星峰(すなわち自ら一座を成し高聳挺拔の星峰)は、ただ半山腰に突泡あれば、就一定に金魚砂を缺少してはならない。平岡一类の龍体は、是れ穴山か否かを論ぜず皆この如し。金魚砂は明肩の後に継ぐ第二重の分と算し、絶対に一辺有り一辺無し、あるいは両辺参差としてはならない。至りて一辺短く一辺長し、一股明顯にして一股隠晦なるは、倒れて允許す――この一点は、明肩と護帶ももまた同様の道理である。
謂之牛角砂者,以其環抱如牛角也。窩鉗真假,全在此砂口菱之有無別之(口菱者,砂身上隱隱有一線高起彎抱向裡也)。必須背內面,而背面交界之際,對望之若有菱起者,為有口菱;如無背面,而內外交界處,對望之囫囫圇圇者,為無口菱。
のを「牛角砂」という所以は、それが環抱の様子牛の両只の角の如きがためである。窝穴・鉗穴の是れ真か是れ仮かは、全くこの道の砂上に「口菱」有るや否やを凭って分別す(いうところの口菱は、すなわち砂身上に隠隠として一条の線微々として高起し、彎彎として内に向かって環抱する)。牛角砂は必ず外側を背とし内側を面とし、而して背と面の交界の處に在りて、対面より望み過ぐれば好像て一道の稜線隆起の有るは、すなわち口菱有りとす。もし背と面を分け出さず、内外交界の処より対面に望去して渾然一団・含含糊糊たるは、すなわち口菱無しとす。
邊窩之格,定是邊長邊短,股明股暗,若半邊全無者,則其無邊之界水,必穿肩而入於唇內,故牛角砂亦不可邊有邊無。
至りて「辺窝」この種の格局は、必然に一辺長く一辺短く、一股明顯にして一股隠晦である。もし半辺全く牛角砂無くんば、すなわち缺失のその一辺の界水は、必定に肩部を穿過して直ちに穴前の唇内に灌入す。ゆえに牛角砂も同様に一辺有り一辺無しとしてはならない。
謂之牝牡砂者,以其瓏璁臨穴後,隱約蔽穴旁,如牝牡之交孚也(牝牡砂從乳突,陰穴為蟬翼,在窩鉗陽穴為牛角,皆所以包囊穴身使界水不割)。無牝右必割,無牡左必割,牝牡俱無,不能分開兩畔之水,必左右俱割腳(淋頭必然割腳,故穴後穴旁無牝牡砂均為割腳)。
のを「牝牡砂」という所以は、それが玲瓏として穴の後方に貼臨し、又隠隠約約として穴の両旁に遮蔽し、雌雄相合相抱の様子の如きがためである(牝牡砂は乳穴・突穴の此の类の陰穴の中に在りてはすなわち蝉翼と表現し、窝穴・鉗穴の此の类の陽穴の中に在りてはすなわち牛角と表現し、皆是れ穴身を包裹し界水をして穴を割らざらしむるに用いる)。「牝」を缺けば右辺必然に脚を割り、「牡」を缺けば左辺必然に脚を割り、牝牡両辺皆無ければ、すなわち両側の水を分開し得ず、左右一定に同時に脚を割る(水が穴頂より淋下すれば必定に連帯して脚を割る。ゆえに穴後・穴旁に牝牡砂無きは、皆脚を割ると見なす)。
無顯然臨穴之牝牡猶可,無肌理刷開之牝牡斷不成地,蓋有無蟬翼牛角,但得肌理刷開之面,而成穴者有之;未有無肌理刷開之面,但得蟬翼牛角而成穴者(蟬翼牛角不可無肌理之分)。
臨穴の処に明顕の牝牡砂無きは、還して勉强に可である。但しもし肌理刷開のこの一層の牝牡すら無ければ、すなわち断然地を結成せず。何となればたとえ蝉翼・牛角無しであっても、ただ肌理刷開の面あれば、仍然として穴を結すべく、この如き例子はのれ有り。却もかつて肌理刷開の面を缺きて、単に蝉翼牛角を靠りてよく穴を結する有らないである(見るべし、蝉翼牛角の内に肌理の分無くんばないべし)。
肌理刷開者,土肉之紋理,如牛肉理之斜生,雨滲入土,從斜理分去,壙中有水而無氣。故穴中有水無水,以土理之分開不分開別之;則有氣無氣,亦以土理之分開不分開驗之。
いうところの肌理刷開は、土層内部の紋理を指す。もし牛肉の紋理の如く斜に向かって生長せば、雨水は土裏に滲進して順に斜紋に従い分流して去り、墓穴の中はすなわちただ水有りて生気無し。ゆえに穴中の将来是れ水有りか是れ水無きかは、すなわち土の紋理の分開するか否かを用いて判別し、而してこの地の是れ気有りか是れ気無きかも、もまた同様に土の紋理の分開するか否かを用いて検験す。
蓋天下有生氣者,人物草木也。人物草木得有生氣者,手足眉目、羽毛鱗甲、枝葉蒂瓣顯然之形體,固無不分,即寸膚寸肉、一葉一瓣隱然之紋理,亦無不分。若只有顯分而無隱分,是猶塑畫者,雖具人物之形,全無生氣,何能知覺運動乎。星辰雖有明肩護帶,而無刷理刷開之分,即為粗蠢飽硬之體,何能有星面穴面之動氣乎。故蟬翼牛角肌理刷開之分,更宜亟講也。
天下に生気を具有するは、人・動物と草木である。人・動物・草木の生気有る所以は、手足眉目・羽毛鱗甲・枝葉花蕚花瓣のこれらの明顕の形体は、一として分開しないなきがためである。さらにはりて一寸の皮肤・一寸の肌肉、一片の葉子・一瓣の花、その隠微の紋理ももまた一として分開しないなし。仮にただ明顕の分有りて隠微の分無ければ、すなわち好比て塑像と絵画の如く、人物の外形を具備すであっても、却も全く生気無く、怎のよく知覚有り・活動せんや。山峰はたとえ明肩護帶有りとも、もし肌理刷開の此の層の分無ければ、すなわち是れ粗笨飽硬の躯殻にして、怎のよく星面穴面のその种の活動の生気あらんや。ゆえに蝉翼・牛角・肌理刷開の此の幾層の分は、更に当に赶紧講明白すべし。
然則穴中有石無石,又何以別之?曰:亦在蟬翼牛角肌理刷開之分而已。有此分者,剛硬之煞盪開兩邊,中間自有矬平,硬中囊軟,必然無石;縱有石亦如八字分開,其石必嫩,不謂之煞,石紋分開之中,必有土穴。無此分者,剛硬之石囊於中間,必無矬平而飽硬,即無石而純土,亦不可插(多有石山土穴葬後禍不旋踵,總由無矬平分合,渾身是煞故也)。帶石之山,其石一直生下,或從旁插入,陰煞極重;惟石八字分開,而有真矬真平者,穴有浮石亦無礙。
では穴中に究竟石頭有りか无きかは、又何を凭って分別せん。答えてなお言う、ただ蝉翼・牛角・肌理刷開の此の幾層の分を見るのみである。此の几層の分有るは、剛硬の煞気は両辺に蕩開せられ、中間は自ら低伏平緩の処有りて、硬中に軟を包み、必定に石頭無し。たとえ石有りとも、もまた八字の如く分かれ、その石頭は必定に嫩にして老ならない、煞と見なさず、石紋分開の當中に於いて、必定に土穴を蔵す。此の几層の分無きは、剛硬の石頭はすなわち正当中に裹められ、山体は必然に低伏平緩を見ずして一味に飽脹僵硬せり。この如き處はたとえ石頭無く純是れ土質であっても、もまた下葬してはならない(世上很に石山土穴多く、葬後災禍接踵して至る、根本原因はすなわち低伏平緩と分合無く、通体皆煞気である)。石を帯びたる山は、もし石頭一直に直插して下るか、あるいは旁辺より横挿して入らば、陰煞はすなわち極めて重し。ただ石頭の八字を呈して分かれ、並びに確かに真正の低伏と平緩の有るは、すなわち穴中たとえ些かの浮石有りとも妨なし。
謂之分盡之分者,以分開金面之下,仍有分水之脊出脈者,未可言分盡也(金面下無矬平而有脊脈猶行而未止)。必至毬簷之顯分而見蟬翼蝦鬚,隱分而見肌理刷開(蝦鬚指毬簷,顯分自有蟬翼可見,若嫩乳嫩突之隱分,惟有肌理刷開),中間不復有脊脈之起,面前惟見有圓唇之收(穴暈前有微矬之小明堂,方見圓唇兩角收上而托),方為分盡。分盡之處,即是結穴之處。(附圖1)
いうところの「分尽の分」とは、説くに、すでに分開せる金面の下に於いて、もしなおとして分水の脊線続けて出脈あれば、そちらして分尽せしと言うべきではない(金面の下に低伏平緩を見ずしてなお脊脈有るは、龍気は還して在りて走り、停住しないを説明す)。必ず毬・簷の此の一段に到りて、明顕の分はよく蝉翼と蝦鬚水を見、隠微の分はよく肌理刷開を見て(「蝦鬚」は毬簷に就いて言うにして、顕分に属するは自ら蝉翼の見るべき有り。至りて嫩乳・嫩突一类の隠分は、すなわちただ肌理刷開の可辨あるのみ)、中間は再び脊線隆起有らず、穴前はただ一道の円潤の唇口収攏して來るを見て(穴暈の前面に微々として低下去の小明堂有りて、すなわち円唇の両角の向上に収攏して托住するを見出すし得)、これすなわち分尽と見なす。分尽の處は、すなわち結穴の處である。(原書はここに第一幅の図を附す。今本はただ図題を存し、図形はすでに佚す。)
謂之分金之面者,以穴後毬簷,顯者如覆鍋,隱者如泥中鱉,穴前對望,儼如金字之面,俗謂之金屋,楊公謂之乘金。其劈中處,是分金之中也(即穴之中心),分金之中,即是點穴之中。
いうところの「分金の面」とは、穴後の毬と簷を指す。明顕のは倒扣の鍋の如く、隠微のは泥裏に伏する鼈の如し。穴前より対望して過ぐれば、儼然として一個の「金」字の面貌である。俗話は它を「金屋」といい、唐代の楊筠松(楊公)はのを「乗金」と称す。それが正中に劈開するその一処は、すなわち分金の中心である(すなわち穴の中心)。分金の中心は、すなわち点穴の時に当に落定すべき中心である。
未分盡而急插之曰斗(是純陰打穴斗煞即傷脈),已分盡而緩插之曰脫(是純陽插穴,脫脈即無氣),不於分金之中而旁插之曰偏(偏則失脈)。蓋出脈如菜姜之抽於心,結穴如花心之接於蒂。故曰:點穴之訣,在貫乎一脈之來,而處於至中之地,豈非言分盡之處,繫分金之中,即是穴之意耶(以上論分,以下論斂)。
分まだ分尽しないに急いで上に向かって穴を挿すを、のを「闘」という(これは純陰の地に強行に穴を打ち、硬に煞気に碰り、すなわち脈を傷る)。すでに分尽せるに又拖後して緩挿するを、のを「脱」という(これは純陽の地に下穴し、脱開して脈すれば生気を得ないである)。分金の正中に落せずして一旁に偏りて挿すを、のを「偏」という(一偏すればすなわち脈を失う)。知るべし、出脈は好比て菜と姜が中心より抽出するが如く、結穴は好比て花心が花蕚上に連接するが如し。ゆえに言う、点穴の訣竅は、その条の來脈を貫通し、而して最正中の位置上に落するに在り――これ正に分尽の處はすなわち分金の中心に係り、すなわち穴の所在というにないか。(以上は「分」を講じ、以下は「斂」を講ずる。)
其明肩護帶蟬翼牛角肌理,不自內分開,而反自外插入,即不插入,而直生無抱向之情者,均謂之斂(要本身技腳宕開,如人時開作X為佳)。或有大八字,而無隱八字,或有隱蟬翼而無明肩,或邊有邊無,參差不齊者,亦謂之斂。蓋當分不分,即是斂也。
明肩・護帶・蝉翼・牛角・肌理の此の幾様は、もし是れ裏面より外に向かって分開するにないして、反って外より内に向かって挿入し、あるいは挿入せずであっても、却も直挺挺として生出し毫も環抱朝向の情意無き、これらを統々のを「斂」という(本身の枝脚は外に向かって蕩開してすなわち好し。底本はここに一字残欠、照録して補わず)。又あるいはただ大八字有りて隠八字無く、ただ隠微の蝉翼有りて明肩無く、あるいは一辺有り一辺無く参差するも、もまた皆斂という。総じての、当に分かるべくして分かれなければ、すなわち斂である。
斂則生氣不行,與分相反。分者陽氣舒發,生長之象;斂者陰氣收藏,肅殺之象。故自穴後毬簷溯至分龍、太祖,俱喜分而忌斂。但山之全無分者亦少,似分而非真分者最多,顯然分開斂入者易見,隱然分開斂入者難明,或大分小分似乎俱備,而地反假;或顯分隱分似乎有缺,而穴反真。
一斂すれば、生気はすなわち走動し得ず、正好く分と相反す。分は、陽気の舒展生髪・万物の生長する気象である。斂は、陰気の収斂閉蔵・肅殺凋零する気象である。ゆえに穴後の毬簷より一路上溯して分龍・太祖山に至るまで、処処皆分を喜び斂を忌諱す。但し完全不分の山ももまた很に少なし。最も多きは看似て分有り而も実は真分にないである。明顕の分開あるいは斂入は見出すし易く、隠微の分開あるいは斂入はすなわち辨明し難し。有るの大分小分は似乎様様具備せるが、この地は反って仮である。有るの顕分隠分は似乎還して缺欠有るが、そのの穴は反って真である。
諸疑般似不決者,惟其脈路穴情,如知鵝毛之亢(音竅),寬牽線之軟,兩邊護砂(左右龍虎貼穴牝牡砂俱是)如側手臂之曏者必真;脈路穴情如覆鵝毛之飽,或如急牽線之硬,兩邊護砂如側手臂之背,或如手臂之覆,與仰面不向面背者俱假(覆則不分,背面仰而不向,雖仰何益)。以此法互證之,而真假疑似,不難盡剖矣。
この如き種種の疑似にして決し難き情形に遇到せば、只須く見るに、脈路と穴情もし鵞毛の如く軽軽として上仰し(「亢」は「竅」の音に読む)、鬆鬆に牽く線の如く柔軟にして、両旁の護砂(左右の龍虎および貼近の穴場の牝牡砂皆数に入る)が側過來の手臂の如く内に向かって環抱するは、この就必定に真である。反って、脈路穴情もし倒扣の鵞毛の如く飽脹し、あるいは繃緊の線の如く僵硬にして、両旁の護砂が側過來の手臂の如く却も背を我に朝せ、あるいは手臂の反扣下來の如く、および仰起すであっても却も肯んじて穴場に朝向しない、これら就皆仮である(一覆すればすなわち分開し得ず、面を背して仰ぎ、仰起すであっても内に向かわなければ、仰は又何の用か有る)。この辦法を用いて互相印証せば、真假疑似の処は、難からずして一一剖析して清楚ならしめん。
右圖(附圖2)第一節護帶斂入,先分開而外背內面無妨。三節六節,界水透頂,在蟬翼外無妨。四節左邊無運翼,犯邊有邊無之病,如在穴山多不成地;今在後龍,旁砂如花瓣相向,脈路如寬牽線,前後龍俱開面,無妨。
右辺のこの幅の図(原書の附図の二。今本はただ図題を存し、図形はすでに佚す)の示す所、第一節の護帶は内に向かって収斂すであっても、但しそれは先にすでに外に向かって分開し、而も外側を背とし内側を面とすれば、ゆえに妨なし。第三節と第六節は界水一直に山頂に透するも、透するは蝉翼の外に在れば、もまた妨なし。第四節の左辺は蝉翼を缺き、「辺有辺無」の毛病を犯せり。この如き情形はもし穴山に出現せば、多半地を結成せず。今それは後龍に出現し、旁辺の護砂は花瓣の如く両両として相向し、脈路は鬆牽の線の如く、前後の龍又皆面を開く。ゆえになおとして妨なし。
五節脈路闊大似貫頂,但有肌理刷開,逼開界水,不致扣脈,非無分中有分,則必有小矬小平,而不硬直,亦無妨。七節左邊無蟬翼砂,本是大病,幸非穴山,前後龍俱開好面,本身脈如寬牽線,旁砂外背久面,故無妨;若半山無金魚砂,界水扣肋割脈,得脈如見牽線,左右砂外背內面,亦無妨。
第五節の脈路は寛闊を顕し、看上去して像是れ貫頂。但しそれに肌理刷開有り、界水を両辺に向かって逼し、至らずして脈身に緊扣させ、見るべし並びに全く分無きにない、而して無分の中に別に隠分有るを。すなわち必定に小の低伏と小の平緩有りて、硬直一条ならない。ゆえにもまた妨なし。第七節の左辺に蝉翼砂無きは、本来大毛病である。幸好くそれは穴山に在らず、前後の龍皆好面を開出し、本身の脈は鬆牽の線の如く、旁砂又外背内面である。ゆえに妨なし。同様に、半山腰もし金魚砂無ければ、界水はすなわち山肋を扣住して脈を割る。但しただ所得の脈が牽線の如く柔和にして、左右護砂の外側を背とし内側を面とすれば、もまたなおとして妨なし。
八節正體星辰似飽,幸而兩邊菱角伶俐,中有肌理刷開之分,必有小矬小平之勢,故雖似飽無妨。若八字囫圇無菱角,中間雖有肌理隱分,而無數次小矬小平,及無兒囪之微有(音一無來之殺也)者,為分不盡,必無融結,況肌理直生斂入者乎。
第八節の正体星峰は看上去些か飽脹有り。幸いに両辺の棱角分明利落にして、中間又肌理刷開の分有れば、必定に小の低伏と小の平緩に伴有す。ゆえに似て飽脹すであってももまた妨なし。反って、もし八字は渾然一団・毫も棱角無く、中間は肌理隠分有るであっても、却も接連幾次の小矬小平無く、もまた嬰兒の囟門の如く微々として凹陷の一点無きは(この字は読音「一」に同じ、煞気の冲來無きを指す)、すなわち是れ分かること不徹底にして、必然に真正の融結有ることない。何況んやその种の肌理直挺挺として生出し内に向かって収斂するをや。
凡分斂之病,共有十。至凶而不能變吉者,有十焉:一曰無大八字;二曰大八字參差不齊(一邊先分,一邊後分);三曰大八字少一邊;四曰大八字囫圇無稜角(囫圇即無背面,無背面即無菱角);五曰大八字之內既無蟬翼,又無肌理刷開;六曰界水夾脈透頂(頂前出脈硬覆);七曰護帶外面內背,或無背無面,逢外插入;八曰蟬翼去差金魚砂不齊;九曰到穴無分金之面,或牝牡不全;十曰肌理直生斂入。
凡そ分斂方面の毛病に属するは、一共に十種有り、皆極凶にして転吉することできない。第一、根本に大八字無し。第二、大八字両辺参差せず(一辺先に分開し、一辺後に分開す)。第三、大八字ただ一辺有り。第四、大八字渾然一団・棱角無し(渾然一団なればすなわち背と面を分け出さず、背と面を分け出さなければすなわち棱角無し)。第五、大八字の内に既に蝉翼無く又肌理刷開無し。第六、界水は脈を夾みて一直に山頂に透す(頂前の出脈硬にして俯覆す)。第七、護帶の外側を面とし内側を背とし、あるいは根本に背と面を分け出さず、而も是れ外より内に向かって挿入する。第八、蝉翼は一先一後参差し、金魚砂両辺不斉。第九、穴場に到るも却も分金の面無く、あるいは牝牡砂不斉全。第十、肌理直挺挺として生出して内に向かって収斂す。
龍有病能變好面而結小地者三:一曰大八字一邊反背;二曰大八字自分個字而成龍;三曰大八字反小而不罩其小八字。此三者得下面博出星飽(穴山成星體,吉形牛山有遞脈節泡),有分金之面,脈路仰而不覆,穴隋面而不飽(臨穴毬簷與牝牡砂均有隱分之面),左右砂向而不背(指龍虎砂而言),出唇吐氣,砂水聚集者,仍有小結,不可以祖山不美而棄之。
龍は毛病有るであっても、却もなおよく好面を転出し小地を結成する、三種の情形有り。第一、大八字は一辺有りて反背す。第二、大八字は自己又個字形を分出して別に一条龙を成す。第三、大八字は反って裏面の小八字より還して小さく、小八字を罩住し得ず。この三種の情形は、ただ下方によく豊満の星峰を博出せば(穴山は星体を結成し、形状吉利の山身は還して遞脈の節泡有り)、分金の面有りて、脈路は上仰して俯覆せず(臨穴の毬・簷と牝牡砂は皆隠分の面を要す)、穴面は舒展して飽脹せず、左右護砂は朝向して反背せず(ここに指すは龍虎砂)、穴前は唇氈を吐出して生気外露し、砂と水は聚集して情あれば、すなわち仍然として小の結作有りて、祖山不美なるがゆえにそれを捨棄することできない。
