枝干
龍以枝幹名者,以木喻也,木自根達於巔曰:幹。旁出曰:枝。幹復分者為小幹,枝復分者為小枝。大枝即枝中幹,小枝即枝中枝,故有大干小幹,大枝小枝之別。
龍の「枝」「干」を以て命名する所以は、樹木を拿來て比喩と作すが故である。樹木の根より一直に樹梢に通ずるを「干」といい、旁辺より生出するを「枝」という。干の再び分出するを小干といい、枝の再び分出するを小枝という。大枝はすなわち枝中の干、小枝はすなわち枝中の枝である。ゆえに大干・小干・大枝・小枝の區別有り。
古人定枝幹法有四:有以水源長短定者,如大江大河,夾送龍身者為幹龍;小溪小澗,夾送者為枝龍,或一邊大水,一邊匝水,或一邊小水,一邊大水,夾送者亦為枝龍。有以雲霧定者,如高峰大嶂,其巔常有雲霧者,為幹龍,低小而無雲霧者,為枝龍。有以星峰有無定者,如渾厚博大,不起星峰者,為幹龍,秀嶺頓跌星峰多者為枝龍。有以峽中人跡多少定者,如幹龍數千里而來,斷處多係省郡通衢,峽中人跡繁多,枝龍數里一斷,斷處為鄉村小徑,人跡稀少是也。
古人の枝干を判定するに共有四種の方法あり。一つは水源の長短によって定む。大江大河の夾みて龍身を護送するは干龍。小溪小澗の夾送するは枝龍。或いは一辺大水、一辺環繞の小水、或いは一辺小水、一辺大水の夾送するも、もまた枝龍と見なす。二つは雲霧によって定む。高峰大嶂の頂上に常に雲霧有るは干龍、低矮細小にして雲霧無きは枝龍。三つは星峰の有無によって定む。渾厚博大にして星峰を起さないは干龍、山嶺清秀にして頓跌し星峰を起す多きは枝龍。四つは峽中の人跡の多少によって定む。干龍は數千里の外より走り來り、跌斷の地方は多半省郡の通衢にして、峽中は人來人往す。枝龍は幾里にしてすなわち一次斷れ、斷處はただ鄉村の小路にして人跡稀少である。
予定枝幹亦有二法:一以峽中所到兩邊大界水定之,大幹龍峽中所到大界水,必數百里而來,小幹龍數十里,小枝則里許而已。又以太祖分龍處細審落脈,正幹必縱橫自如,不顧他人,旁枝必環抱護從,面面相向。枝幹之分,二法亦可盡之矣。
我が枝干を判定するに別に兩種の方法有り。一つは峽中の到る所の兩邊の大界水を見る。大干龍の峽中の到る大界水は、必定數百里の外より流れ來る。小干龍のはただ數十里のみ。小枝のは不過一里上下のみである。二つは太祖分龍の地方に於いて落脈を細看す。正干は必定に縱横自如にして、人を照顧せず。旁枝は必定に環抱護從して、面面朝內す。枝と干の區分は、この兩種の方法を用いればもまた説き盡くすである。
然枝幹不可以長短論,有枝長而幹反短者,蓋幹龍每從腰落,而旁龍前奔數十里,以作護衛,若不以地步廣狹,開面多寡大小辨之,何以別其重輕,分其主從乎。但幹龍結穴,有脫嫩而結,亦有不脫嫩而結,其正副嫡支,又混於眾枝之中,似難分別,惟以節節開面,縱橫收放自如,護從環向多者,為正幹龍,分枝掛枝,亦看大小不同,仍以護從多、地步廣者為優。又如分枝正落共一龍身,欲識其輕重,亦以此法定之。
不過枝と干は光に長短を凭って論ずるるできない、有りて枝長くして干反って短し。というのは干龍は常常に腰間より落下して穴を結し、而も旁辺の龍は却も往前して幾十里奔出して護衛を充当す。もし地歩の寬窄・開面の多少大小を用いて分辨せなければ、怎麼に它们の輕重を區別し、主と從を分清楚せんや。ただ干龍の結穴は、脫嫩して後に結する有り、もまた還だ脫嫩しないに結する有り。而もその正・副・嫡・庶は又衆枝の中に混雜して、似乎分別し難し。唯だその种の節節開面・縱横收放自如・護從環抱朝向又ち多きのみ、才に正干龍である。至りて分枝・掛枝も、もまた大小の不同を見るを要し、仍舊として護從多く地歩寬きを以て優とする。又如し分枝と正落と同一條の龍身より共に出づるを、必要として它们の輕重を辨認すれば、もまたこの辦法を用いて判定す。
老嫩
龍身老嫩,以木喻最肖,蓋高山窮谷之中,萬山於此起祖,眾水於此發源,龍椽者而不結地,如木之根本處無花無果也,迨其行行漸遠,至半洋半谷之間,一邊大水尚行,一邊小水已合,龍身漸嫩,而地亦漸結,如木之分枝處,漸有花果也,其分枝有老嫩不同,輕重不一,只以開面大小,地步廣狹衡之。
龍身の老と嫩は、樹木を拿來て比喩を打てば最も貼切である。高山深谷の中、萬山はこの處に於いて祖を起し、衆水はこの處に於いて源を發し、龍氣は粗老にして地を結成せず、就像て樹木根部の一帶の既に花を開かず果を結ばないが如し。其れ一路走り遠く、半ば平洋・半ば山谷の地帶に來到り、一辺の大水は還だ流れ、一辺の小水は已に會合し、龍身漸漸に變じて嫩と成り、地ももまた漸々に結び得、就像て樹木の分枝する地方に漸々花果有るが如し。此等の分出の枝は老有り嫩有り・輕重不一にして、ただ開面の大小・地歩の寬窄を用いて衡量す。
迨行愈行愈遠,至大河大江大湖大海之際,萬水於此同歸,正龍於此大盡,其將盡未盡之間,乃龍最嫩極旺處,結作多而力量大,如木之正幹正枝,花果極盛也。蓋老山起祖開面方始,未始脫卸,水初發源,少有會合,即有分出嫩枝,力量微薄,及行至半腰,開面漸多,脫卸漸淨,有小水可收,漸能結地。
走りて越來越遠、大河・大江・大湖・大海の濱に到り、萬水はこの處に於いて同一處に歸し、正龍はこの處に於いて徹底に走り盡くす。その將盡未盡の際に在りて、正是れ龍の最も嫩最も旺なる地方にして、結作多くして力量大である、就像て樹木の正干正枝の上の花果の最も盛なるが如し。原來老山の祖を起す時は才に開面を開始し、還だかつて脫卸し、水ももまた剛に發源して會合少なし、即すなわち嫩枝を分出すとも、力量も甚だ微薄である。走りて半腰に到り、開面は漸々に多く起り、脫卸ももまた漸々に乾淨と成り、小水有りて收納すべく、すなわち漸々に地を結び得るである。
若大龍將盡未盡之間,曆數百十之帳峽,經千百十之開面,脫卸極淨,諸水皆聚,各開好面結地,所謂枝枝結果,節節開花也。但結地處仍以砂水多者為勝,是以山谷之間,必有數十里來龍數十節開面,臺屏帳蓋,纏護多而地步廣者,方結大地。若大龍將盡未盡之處,只有里許,龍身數節開面,或一二節開面,有一二座臺屏蓋帳者,亦成大地,是一節勝彼百節,小面勝彼大面,一股纏山,勝彼數重關鎖,小山砥柱中流,勝彼數重大山,塞居水口也。
至りて大龍將盡未盡の間は、已に成百上千の帳峽・上千次の開面を經歷し、脫卸極めて乾淨にして、各處の水流皆匯聚して來り、於是處處に好面を開出して地を結す、此すなわち所謂「枝枝結果、節節開花」である。不過地を結する處は仍舊として砂水多きを以て勝とする。ゆえに山谷の間に於いては、必ず幾十里の來龍・幾十節の開面有り、臺・屏・帳・蓋有り、纏護多くして地歩寬廣なるを必要として、すなわち大地を結するを得。而して大龍將盡未盡の處に於いては、ただ一里上下にして、龍身に幾節の開面・さらにはただ一兩節の開面有り、一兩座の臺屏蓋帳有れば、もまた大地を結成するを得。此すなわち一節は人家の一百節に抵り、小面は人家の大面に勝ち、一股の纏山は人家の幾重の關鎖に勝り、一座の小山の砥柱中流は人家の幾重の大山の水口に塞ぐに勝るである。
至於枝龍出洋盡處,與幹龍結正穴後之餘氣,雖與山谷間之例有別,若本身不開面出脈,而無穴情者,不可以為脫卸已盡,寸寸是玉而插之。然山谷龍身,節節開面,跌斷多者,亦曰:嫩。出洋星體不開面,或偶有開面而無跌斷者,亦曰:老(平洋特起高大粗蠢,出開面而無出脈者,繫他山用神,如北辰洋門之類是也)。故山谷亦有大貴地,出洋盡多下賤龍也。
至りて枝龍の平洋の盡頭に走出する、および干龍の正穴を結了したる後の餘氣は、たとえ山谷裏の常例と同じからず、但しもし本身開面せず・出脈せず、又穴情無ければ、すなわちのを脫卸已盡・寸寸皆美玉と認めて隨意に穴を插す可からず。反って、山谷中の龍身はもし節節開面し・跌斷又多ければ、同樣に「嫩」と叫ぶべし。平洋に走出する星體はもし開面せず、或いは偶のみ開面するも却も跌斷無ければ、同樣に「老」と叫ぶべし(平洋上の特意に聳起して高大粗笨・たとえ開面も却も出脈しないは、その是れ別の山の用神にして、北辰・洋門の一類の如き是である)。ゆえに山谷裏ももまた大貴の地有り、平洋に走出するは反って多く下賤の龍である。
有等大龍行度,倏變為低小星辰,開面而起伏,而出嫩枝,不數里忽變為高大粗蠢,不開面起伏,而成老山,及至數十里,又變為老嫩,嫩又變為老者,總之,老處分結少,嫩處分結多,老處分結,非數十節不能成地,嫩處分結,數節便成良地。
有一類の大龍は行度途中に於いて、忽然として低矮細小の星峰と變じ、開面して起伏し、嫩枝を分出す。走ること幾里に足らずして又忽然として高大粗笨・開面せずも起伏しない老山と變じ、再走ること幾十里、又老より變じて嫩と成り、嫩より變じて老と成る。總じての、老の地方の分出する結作は少く、嫩の地方の分出する結作は多し。老處の分結は、幾十節有るに非なければ地を成すできない。嫩處の分結は、幾節にしてすなわち好地と成るを得。
內外
龍有盤旋之勢,即有內外之分,既有內外之分,即有輕重之別(內外者,局內局外也,假如一枝大龍結穴,兩邊必有帳作包裹,在帳內結者,為局內。在帳外結者,為局外,局內結者力重,局外結者力輕)。
龍既に盤旋回繞の勢有れば、すなわち內と外の區分有り。既に內外の分有れば、すなわち輕と重の差別有り(所謂內外は、すなわち局內と局外。譬如一條の大龍の穴を結するは、兩邊必定に帳幕の包裹有り。帳內に結するは局內と算し、帳外に結するは局外と見なす。局內の結する所は力量重く、局外の結する所は力量輕し)。
如大龍左旋,則左為外,而右為內,兩邊分結地,必左少而右多,左輕而右重,大龍右旋,則右為外,而左為內,兩邊分結之地,必右少而左多,右輕而左重(此內外就盤旋之勢言之,左旋者,以右為內。右旋者以左為內,言其勢之所抱曏者,為內也)。
譬如大龍の左に盤旋せば、すなわち左邊はすなわち外・右邊はすなわち內である。兩邊の分結する地は必定に左邊少くして右邊多く、左邊輕くして右邊重し。大龍の右に盤旋せば、すなわち右邊はすなわち外・左邊はすなわち內である。兩邊の分結する地は必定に右邊少くして左邊多く、右邊輕くして左邊重し(此處の內外は盤旋の勢に就いて講ずる。左旋のは右を以て內とし、右旋のは左を以て內とする。すなわち氣勢の環抱朝向するその一邊を以て內とする)。
蓋外邊如背,逼近大江大河,水浩瀚而風吹散,山亦多祖,內邊如面包,含小原小坂,水細小而氣聚風藏,山亦多嫩,故內邊略掛一枝,勝外邊特發數節,外邊數十節龍身不及內邊數節之力,內邊即傍門借戶,略有包裹便結,外邊非自立門戶,數重環抱不可,外邊惟恐見大水,只見一線無妨,枝龍不納乾水故也。內邊惟恐不見大水,任是洋朝愈妙,自家血脈故也。
というのは外邊は就好比て人の背にして、大江大河に緊逼し、水面浩瀚にして風は氣を吹散し、山ももまた多半粗老である。內邊は就好比て人の面にして、小片の原野坡地を包含し、水は細小にして氣聚り風藏まり、山ももまた多半柔嫩である。ゆえに內邊はただ略々一枝を掛ければ、すなわち外邊の特意に幾節を發出するに勝る。外邊の幾十節の龍身は、內邊の幾節の力量に抵らず。內邊は即すなわち別家の門戸を借用すとも、稍々包裹有ればすなわち穴を結ぶを得。外邊はすなわち自ら門戸を立て・幾重の環抱有るに非なければ不可である。外邊は最も大水を見るを怕れ、ただ一線を見るは還だ妨なし、というのは枝龍は干龍の水を納るるできないからである。內邊はすなわち最も大水を見ないを怕れ、大江大洋の朝拜して來るに任せて更に妙である、というのはそのは本來自家の血脈なればである。
如杭城之南山右旋者也,江干為外,西湖為內,孤山左旋者也。古蕩為外,西湖為內,傍西湖結地者,不止數百處,傍江干古蕩結地者,不過幾處而已,內邊大富貴地,不可枚舉,皆是傍借門戶,見西湖者,僅多邊,惟江丈昭祖地,在眠牛山下者,果為大地,乃自立門戶,不見江水,其龍亦自有帳峽特出數節方成。西湖大地,但得一節而結穴者盡多,此內外輕重之徵也。
譬如杭州城の南山は右に盤旋する者にして、錢塘江邊を外とし西湖を內とする。孤山は左に盤旋する者にして、古蕩を外とし西湖を內とする。西湖に傍りて地を結するは止まらず幾百處、江干・古蕩に傍りて地を結するは却も不過幾處のみ。內邊の大冨貴の地は數えて勝ならない、皆別家の門戸を借用して西湖を見るを得る居多し。唯だ江氏祖地の眠牛山下のその一處のみ、確實に大地である、その是れ自ら門戸を立てて江水を見ない者、その龍ももまた別に帳峽有り・特意に幾節を伸出してすなわち結成せり。至りて西湖一帶の大地は、ただ一節を得てすなわち穴を結する比比皆然なり――此すなわち內外輕重の明證である。
開帳
廖氏曰:大凡開帳要中出,角落未為吉,左出為輕右更輕,輕重此中分。又曰:十字帳為上,丁字帳為次之。金水帳為上,水星帳次之(十字帳,穿心中出,丁字帳,直來轉橫,亦中心出脈開肩明顯者,為金水,模糊者為水星)。
廖瑀は言う、「大凡開帳要中出、角落未為吉。左出為輕右更輕、輕重此中分」。意思是れ開帳は總じて正中より脈を出すを要し、帳角より落下すれば吉と見なさず。左角より脈を出せば力量已に輕く、右角より脈を出せば更に輕し、輕重はすなわちこの處に於いて分かる。彼は又言う、十字帳最上、丁字帳次一等。金水帳最上、水星帳次一等(十字帳は穿心して中より脈を出す。丁字帳は直來の後に横に轉じ、もまた中心より脈を出す。開肩明顯のは金水と算し、模糊のは水星と見なす)。
蔡氏曰:“開帳穿心,如人之有肩,如弓之有F,闊者數十里,或六七里,狹者一二里,或一望之遠最大,龍身分佈一二百里,凡此方為正穿心(後龍撞背而來,中心出脈,即十字穿心帳)”。三五丈間,不足為正穿心,不過中心正出之龍,三五十丈者,只謂之小穿心,餘止蜈蚣節而已。
蔡氏は言う、「開帳穿心は、就像て人に兩肩有り・弓に弓把有るが如し。寬きは幾十里、或いは六七里有り。窄きももまた一二里有り、或いは一眼に望みて邊際見えず。最大のは、龍身は一二百里鋪開す。この如くしてすなわち正穿心と見なす」(後龍は背後より直衝して來り、中心より脈を出すは、すなわち十字穿心帳である)。もしただ三五丈の寬度のみなれば、正穿心に够不上せず、不過中心より正出する龍のみ。三五十丈有るは、ただ小穿心と叫ぶを得。其餘のはすなわち蜈蚣節のみである。
所謂正穿心,不能多見,數十節間,或止見四五節,或一二節者,其餘亦須不離中心出脈,傳變不口,氣脈不散,而正出之間或盤旋飛走,或拋梭嫋鞭,或蜂腰馬領,或鳳舞鸞翔,或蛇曲蟬脫,或登階降陛,變換不一,只要龍身真正,不必定泥十字穿心,即間有丁字帳,亦為貴格。
所謂正穿心は多く得難く、幾十節の中、或いはただ四五節を見、或いはただ一兩節のみ。其餘のももまた必ず中心を離れずして脈を出し、傳變有序にして氣脈散ぜないを要す。而も正出の過程の中に於いて、或いは盤旋飛走し、或いは抛梭の如く・裊動の鞭の如く、或いは蜂腰・馬頸の形を作し、或いは鳳舞鸞翔の如く、或いは蛇曲蟬脫の如く、或いは登階下殿の如く、變化不一である。ただ龍身端正真確なれば、すなわち十字穿心に死守しないを必とせず。即すなわち間或丁字帳出現すとも、もまた貴格と見なす。
有等穿心之格,帳梢又起圓峰,高峻豐厚,自帶倉庫者,主大富。又有開帳之前,中間細脈垂下,突起俊秀之峰者,為帳內貴人,主大尊貴。
有一類の穿心の格局は、帳幕の末梢に又圓潤の山峰を聳起し、高峻にして豐厚、自ら倉庫の形を帶び、大冨を主す。另有一類は、開帳の前方中間に一條の細脈を垂下し、脈上に一座の俊秀の山峰を突起す、此を「帳內貴人」といい、大貴を主す。
又有穿心出脈之帳,兩肋高起圓峰,不與本身聯屬,侍立兩旁者,為暗庫星,主富盛而多姬妾,然小穿心蜈蚣節,已為難遇,況開帳正穿心乎。至於貴人倉庫,猶為罕見。
又有一類の穿心出脈の帳は、兩肋高々と圓峰を聳起し、本身と並びに相連ならない、ただ兩旁に侍立す、此を「暗庫星」といい、家業富盛にして姬妾衆多を主す。不過小穿心・蜈蚣節のこの如き格局に連ねても已に見ること難し、何況んや開帳の正穿心をや。至りて帳內貴人と倉庫の形は、就更に罕見である。
或曰:帳有真假乎?曰:在帳中出脈開面者為真,否則是假,但此就統體而論,如後龍祖宗甚美,前而子孫俱開好面,占地步多者方佳,若祖宗不美,昭(即子孫)受傷,中間雖有一二節穿心帳,亦作假論,如玉尺經所謂尹瓊瑤姬祖地是也。若橫龍分降,借勢為帳者,須前途自開好帳,即借勢亦為有力,不然,不足恃也。
ある人が問う、帳ももまた真假有りや。答えて言う、帳中に於いて脈を出し而も開面するは是れ真、否なければすなわち假。不過此れは整體に就いて論ずるるである。譬如後龍祖宗美く、前面の子孫山ももまた皆好面を開出し、占する地歩又多ければ、此すなわち好しと見なす。もし祖宗美ならない、子孫一輩は損傷を受ければ、すなわち中間たとえ一兩節の穿心帳有るとも、もまた必ず假と看作すべし、《玉尺經》のいう所の尹瓊・瑤姬祖地のその种の情形の如き是である。至りて橫龍分降し・別處の山勢を借りて帳幕を充当するは、必ず前面自ら還だ好帳を開出し得れば、すなわちこの借來の勢は才に力量有りと見なす。不然の話は、すなわち靠り難し。
或曰:帳字何義?曰:古人以行軍帳喻之,謂出了後帳,又開前帳,如行軍帳,一定不移也,玉髓經云:帳者障也,謂橫開廣闊,能障其風,不使吹脈,障住外山外水,不使逼近龍身,即是占地步之廣(帳有二義,指間廣闊如一字,屏者曰:障,分開大八字而包裹到頭背為帳,稍有不同)。
ある人が問う、「帳」この字は何の意思か。答えて言う、古人は行軍の營帳を拿來て比喩を打ち、説くに後帳を出でて又前帳を開くは、就像て行軍の營を扎するが如く、位置一定にして移動せずと。《玉髓經》に「帳者障也」と言う、意思是れ橫向に展開して寬闊にして、よく風を遮擋して風をして脈上に吹き到らざらしめ、よく外面の山と水を屏障して它们をして龍身に逼近せざらしむ――此すなわちもまた地歩の寬廣を占する意思である(「帳」字に兩層の含義有り。橫向寬闊にして「一」字の如く・屏風の形如きを「障」といい。大八字を分開して一直に頭背に包裹するをすなわち「帳」という、兩者稍々同じからず)。
或曰:帳角結地,能滅正龍之力否?曰:開帳面小,護帶少者不能脫卸而去,枝葉自疏,帳角何能結地,如穿心帳開面極大,護帶亦多,脫卸而去,枝葉自茂,定有融結,若正龍開帳面小,而帳角反開大面,豈惟滅正龍之力,旁者反為主矣。
ある人が問う、帳角の上に地を結ばば、正龍の力量を削減するを會すか。答えて言う、もし開帳の面小く護帶又少なければ、すなわち脫卸して走り去ることできない、枝葉は自然に稀疏にして、帳角は哪裏還だ地を結ぶを得んや。もし是れ穿心帳にして、開面極大・護帶又多ければ、脫卸して走り去り、枝葉は自然に茂盛にして、すなわち一定有融結有り。もし正龍の開帳の面小さく、而も帳角反って大面を開出せば、その不但に正龍の力量を削減し、旁支反って主脈と變成せり。
否則帳角分結,猶見正龍力量之旺,帳角又有帳峽猶見地步之廣,其輕重亦隨正龍,惟富貴終有正旁之別,初落之帳角分結力尚小,中落之帳角分結力漸大,分枝掛結亦然,小龍小帳,不能有此。
もしこの種の情形にあらなければ、すなわち帳角の上によく分結を出すは、反って正龍の力量の旺盛を見るべし。帳角の上に還して別に帳峽有れば、更に地歩の寬廣を見るべし。その輕重ももまた正龍に隨いて定まる、ただ富貴は終究に正支と旁支の分別有るのみ。初落處の帳角の分結は力量還だ小さく、中落處の帳角の分結は力量漸々大である。分枝掛結の情形ももまたこの如し。小龍小帳は、この種の格局を有ることできない。
蓋護枝葉
龍身所分,開帳之外,總名枝葉,分之則有數名,自逐節分出者,為枝腳橈掉,自祖山分出隨龍同行,不到穴而先停止者為送。隨龍同行,而先到穴前回旋作護者為迎,橫障穴後,不抱左右者,為托樂,又為之屏。特起大星辰,分開大面,肩翅長垂,兩角蓋過數節數十節者為護蓋,蓋過龍虎為纏護。
龍身の分出する所は、開帳を除き、總じて「枝葉」と稱す。細分すれば又好幾種の名目有り。龍身より逐節に分出するを「枝脚橈棹」という。祖山より分出して龍に隨いて一同に前行し、還だ穴に到らないに先に停住するを「送」という。龍に隨行して先に穴前に到り回旋して護衛を作すを「迎」という。橫向に穴後を屏障して並びに左右を環抱しないを「托」「樂」といい、もまたのを「屏」という。特意に大星峰を聳起し、大面を分開し、肩翅長々と垂下し、兩角は幾節さらには幾十節を蓋過するを「護蓋」という。一直に龍虎を蓋過するを「纏護」という。
護龍起秀麗之條,端拱於穴旁左右者,為來輔,端拱於穴前左右者為侍衛,端拱穴後左右者為天乙太乙,端拱峽之左右,一為天弛天角,日月旗鼓,端拱帳下左右者為暗倉暗庫,金童玉女。總是龍之本身分出,所以衛龍穴者也,不自本龍分出者非。然本身已成貴體,得他龍真面相向,雖非本身分出,亦可借用,若背來駝我,或無背無面,即本山分出,亦無益也。
護龍の上に清秀の條枝を生出し、端端正正として穴の左右兩旁に拱衛するを「來輔」という。穴前左右に拱衛するを「侍衛」という。穴後左右に拱衛するを「天乙」「太乙」という。峽の左右に拱衛するを「天弧」「天角」および日・月・旗・鼓という。帳下左右に拱衛するを「暗倉」「暗庫」および「金童」「玉女」という。此等は總じて皆龍の本身より分出して、用いて龍穴を護衛するに過ぎず。本龍より分出するにあらなければすなわち数に入れず。不過もし本身已に貴格を成し、又別の龍を得て真面を以て我に朝向せば、すなわち本身の分出にないであっても、もまた借用すべし。もし背を駝して來りて我に對し、或いは背面を分け出さなければ、すなわち本山の分出するなりであっても、もまた用無し。
或曰:護蓋枝葉,必宜兼有,或有此而貴彼者,如枝腳短少,無護蓋可乎?曰:若逐節枝腳停勻,交互適當而長遠者,不必祖山之蓋送,如梧桐、芍藥、蒹葭之類是也。
ある人が問う、護蓋と枝葉は必定必要として兩樣兼備せざらんか。還して是れこの一樣有ればすなわちそのの一樣を見るを必としないか。譬如枝脚短小稀少・又護蓋無きは、行けんか。答えて言う、もし逐節の枝脚勻稱・交錯得必ずして伸展長遠なれば、すなわち再び祖山の蓋と送を要せず、梧桐枝・芍藥枝・蒹葭枝のこの幾種の格局の如き是である。
如自近祖分出兩股護砂,能蓋過數節者,不必遞節,不心長衍,即無枝腳亦貴,如上天梯、串珠龍、蘆花鞭金鐘、玉斧、臥蠶吐絲、九天飛帛、仙帶飄空、金蟬脫殼、玉几上軒之類是也。
又如近祖より兩股の護砂を分出し、よく好幾節を蓋過するは、すなわち節節皆枝脚有るを必とせず、もまた伸展甚だ長きを必とせず、即すなわち枝脚無くとも照樣貴である、上天梯・串珠龍・蘆花鞭・金鍾・玉斧・臥蠶吐絲・九天飛帛・仙帶飄空・金蟬脫殼・玉几上軒の此等の格局の如き是である。
又如近祖一邊無蓋護,一邊生枝腳,一邊無枝腳者,則無護蓋,一邊不可不生枝,一邊不須生枝,如楊柳長卷廉殿試之類是也。
又如近祖のそこ一邊に蓋護無く、一邊に枝脚を生出して另一邊に却も枝脚無ければ、すなわち護蓋無きのその一邊に於いては枝脚を生ぜないべきではない、而も另一邊はすなわち再び枝脚を生ずるを必とせず、楊柳枝・長捲簾・殿試の此等の格局の如き是である。
又如自本身分出,零星墩阜,如飛花片片,寒鴉點點之形,兩旁擁護者,不必顯有枝條長垂蓋護,亦為貴地。如蘆花嫋換骨龍落地梅花之類是也。若既有近祖之蓋護長垂,又有逐節之枝腳繁衍,非都會之大幹龍,占千里之地步者,不能有此。若護蓋俱無枝腳又少一邊者,公分有虧,兩邊皆然,神廟之地。
又如本身より零星の土墩土阜を分出し、形狀は片片飛花・點點寒鴉の如く、兩旁に於いて擁護するは、もまた必ずしも長々垂下の枝條有りて蓋護するを要せず、同樣に貴地である、蘆花裊・換骨龍・落地梅花の此等の格局の如き是である。もし既に近祖長垂の蓋護有り、又逐節繁衍の枝脚有れば、そのすなわち都會の所在の大干龍・千里の地歩を占據するにあらなければ、具備することできない。反って、もし護蓋全無・枝脚又一边を缺けば、すなわち某一房の福分は虧欠有り。兩邊皆缺くれば、すなわちただ神廟の地をよくするのみである。
有等出洋龍在大田大坂,傍大江大河,既無蓋護,又少枝腳,或以高田作護衛,或以水繞當山者,而穴山開面,出脈局曲活動,有矬平呼吸浮沉之動氣者,便是富貴雲地,如平洋單獨龍之類是也。然究其遠祖,必有屏臺帳蓋之格,送從纏護之多,來龍長遠,脫卸淨盡,方能有此。
有一類の平洋に走出する龍は、大片の田疇坂地の間に處し、大江大河に傍り、既に蓋護無く、枝脚ももまた少し。或いは高田を拿て護衛を充当し、或いは水の環繞を拿て山の纏護を充当す。ただ穴山開面し・出脈曲折靈活・低伏平緩と呼吸浮沉の動氣有れば、そのすなわち富貴の地である、平洋單獨龍の一類の如き是である。不過その遠祖を追究せば、必定に屏・臺・帳・蓋の格局有り、送從纏護衆多、來龍長遠、脫卸乾淨して、すなわちこの如き結作有るを得。
不然,淮楊一路,平坦無山,何以亦有大地,而平洋單獨龍,何以備多下賤者,總宜究其來龍貴賤,送從有無,然後定其優劣,纏龍在山谷,愈多愈貴,托山非橫山無降脈者,不須來輔,有龍虎不必待衛,天弧天角,非大貴龍不能有之,既成大地,無亦何礙。
不然の話は、淮安・揚州一帶は平坦無山にして、何をなしてもまた大地有らん。而も平洋上の單獨龍は、何をなして又大多下賤なる。總じて必ずその來龍の貴賤・送從の有無を追究して、然る後にすなわち優劣を判定すべし。纏龍は山谷の中に於いて、越多なれば越貴し。托山は、橫龍にして降脈無きにあらなければ、否なければ再び來輔を要するを必とせず。已に龍虎有れば、すなわち再び侍衛を要するを必とせず。天弧・天角のこの類の砂は、大貴の龍にあらなければ有ることできない。既に大地を成しては、它们無きももまた妨なし。
或曰:龍身短長,枝腳不稱,可乎?曰:龍長遠,枝腳亦宜長遠,龍短小,枝腳亦宜短小,龍高大,枝腳亦宜高大,龍長遠,而枝腳短小為結龍,龍短小而枝腳長遠為到龍,龍高大,而枝腳低縮為獨龍。
ある人が問う、龍身の長短と枝脚と相称しないは、可ならんか。答えて言う、龍長遠なれば、枝脚ももまた必ず長遠なるべし。龍短小なれば、枝脚ももまた必ず短小なるべし。龍高大なれば、枝脚ももまた必ず高大なるべし。龍長遠にして枝脚短小のを「結龍」といい、龍短小にして枝脚長遠のを「倒龍」といい、龍高大にして枝脚低縮のを「獨龍」という。
龍枝腳貴停勻,若偏枯為病,則宜順護,反背為逆,則宜圓淨,尖利為煞,則宜秀麗。醜惡為賤,則宜整齊,散亂為蕩,則宜合格。貴形吉形,賤惡為凶,故龍之貴賤不同,其美惡亦形於枝腳,觀枝腳之美惡龍之貴賤可知矣。
龍の枝脚は勻稱を貴ぶ。偏枯のは病と算し、すなわち順向護衛に改むべし。反背のは逆と算し、すなわち圓潤潔淨に改むべし。尖利のは煞と算し、すなわち清秀に改むべし。醜惡のは賤と算し、すなわち整齊に改むべし。散亂のは蕩と算し、すなわち合格に改むべし。形狀貴重のはすなわち吉、形狀賤惡のはすなわち凶。ゆえに龍の貴賤各相同じからず、その美惡も皆枝脚上に表現す。枝脚の美惡を見れば、龍の貴賤ももまた想い知るべし。
過峽
古人論峽以出脈偏正定吉凶,正者,兩邊有護送為吉。偏者,一邊無護送為凶,於微論峽則以峽山形吉凶,吉形貴形,夾護皆吉,反此者凶,予但以開面出脈為重。凹面者,雖旁出力輕,猶不失為真龍,不開面出脈,雖中出無生如劐,故山外皆內面者,吉形固吉,凶形不過吉中之疵,如皆來能我,或無背無面,凶形固凶吉形何取,有等過峽起脈之山亦死,落脈開好面者,此行龍脫卸,將盡未盡,必有分枝相落之地,前途可覓。
古人の峽を論ずるるは、出脈の偏と正を用いて吉凶を定む。正中より出でて兩邊に護送有るを吉とし、一边に偏して護送無きを凶とする。于微の峽を論ずるるは、すなわち峽上の山形の吉凶を用いて定む。吉形貴形にして、夾護を加えれば、皆吉と見なす。反ればすなわち凶。我はすなわちただ開面出脈を看重す。開面するは、即すなわち旁辺より出で・力量稍々輕しとも、仍舊として真龍を失わず。開面せずして出脈するは、即すなわち正中より出ずとも、毫も生氣無く、被劃開の如し。ゆえに兩旁の山もし皆面を內に把れば、吉形固然吉、凶形もも不過吉中の小瑕疵のみ。もし兩旁の山皆背を駝して來りて我に對し、或いは背面を分け出さなければ、すなわち凶形固然凶、吉形も又何の取る可き有らん。還して一類の山有り、過峽起脈の處に氣脈已に死し、而も落脈の處却も好面を開出す、此れ是れ行龍の正に脫卸し將盡未盡、前面必定に分枝落下して地を結する處有り、順いて往きて尋るべし。
陰陽峽者,即雌雄峽也,如匪人雌雄狗二般,一邊開窩而落脈者為雌,一邊走珠而起脈者為雄(XXXX),或劐落而雄受(雄落者,落脈凸而有脊,雌受者,開窩遞脈也),雌邊雖有窩穴,葬下未能得福(開高遞脈,真氣未止故也)。
所謂陰陽峽、すなわち雌雄峽にして、就好比て雌雄兩種の形態。一边に凹窝を開出して落脈するは「雌」に屬し、一边に圓珠を走出して起脈するは「雄」に屬す(此處底本に四字殘缺、照録して補わず)。有りて雄邊落ちて雌邊受く(雄落は、落脈凸起して脊有りをいう。雌受は、凹窝を開出して脈を遞ぐをいう)。雌のその一邊はたとえ窝穴有り、葬し去れども未必しも福を得るできない(というのはそこは位置高く、還だ脈を遞ぐ、真氣並びに停住しないが故である)。
或曰:高山之上,並無跌斷無峽,可知亦結大地者何,曰古有高山峽之名,盡山上樑中另闢世界,則山上自有平地,其起伏跌斷處,即謂之峽,但在下面仰視,則不能見其脈,高山之上有平也,理有跌斷,若無帳無峽,不另闢世界,何能結地。
ある人が問う、高山の上面は並びに跌斷無し、見るべし是れ峽無き、何をなしてもまた大地を結するを得んか。答えて言う、古來すなわち「高山峽」この名目有り。凡そ山上の梁脊の中に別に一片の天地を闢出せば、すなわち山上自ら平地有り。その起伏跌斷の地方は、すなわちのを峽という。ただ下面より仰頭見れば、そこの脈を見ること見えないのみ。高山上既に平地有れば、理に按ればすなわち跌斷有るべし。もし既に帳無く又峽無く・かつて別に一片の天地を闢出せば、怎麼可能に地を結せんや。
崩洪夾貢,穿江過澗之石脈也,石脈從水中過,是山與水為朋,水與山為共,故曰:崩洪。惟平洋江河中有之,蓋平洋數千里來龍,至大江大河,勢不能住,則渡水而過,其過也,必開帳勢,兩邊枝腳,一齊湧來,如鳥之將飛,必先矬其翅而起,石骨過處,水必兩分(龍渡河水必在石分流,方是過河之脈,其力自大,石骨形象不拘)。但水面不能見耳。
「崩洪」「夾貢」は、江河を穿越し・溪澗を跨る石脈を指す。石脈は水中より通過す、是れ山と水と朋をなし・水と山と共に處るである、ゆえに「崩洪」という(「崩」は「朋」に通じ、「洪」は「共」に通ず)。この種の情形はただ平洋の江河の中に於いてすなわち有り。というのは平洋上の數千里より來る龍は、大江大河に到りて勢頭收まらず、すなわち水を渡りて過ぐ。その水を渡る時、必定に帳幕の氣勢を擺開し、兩邊の枝脚一齊に涌來す、就好比て鳥の將に起飛せんとする、必ず先ず翅膀を壓低して再び抬起するが如し。石骨の通過する地方は、水必定に兩邊より分流す(龍河を渡る時、水必定に石骨の處に於いて分流す、その才是れ河を過る脈にして、力量自然に大である。石骨の形狀はすなわち一格を拘らず)。ただ水面上に於いて見ること見えないのみ。
山谷水跌瀉溪澗,兩邊山腳石骨雖遠,而彼岸田水不隨龍勢前行,反流入過龍河中,即在平洋,只以山腳論,並非過龍,謂之崩洪峽者非(龍既渡河,則龍勢前行水自隨龍脈前去,若反流入過龍河中,仍是山腳相連,非渡水之龍也)。
山谷裏の水は跌落して溪澗に瀉入し、兩岸の山脚の石骨はたとえ延伸甚だ遠し、但し對岸田裏の水は並びに龍勢に隨いて往前走らず、反って倒流して龍の渡りたるその条の河裏に進入す――この種の情形は即すなわち平洋に發生すとも、もまたただ山脚と當作して論ずるべく、並びに是れ過龍にない、のを崩洪峽と呼ぶは錯である(龍既に河を渡れば、龍勢は往前走り、水自然に龍脈に隨いて往前せり。もし水反って龍の渡りたる河中に流れ入れば、その説明する所は仍舊として山脚相連にして、並びに是れ渡水の龍にない)。
然渡水之龍,亦必開面方有一脈透過,中有龍者,其水兩旁分流,或上面之水,向一旁流去,而河中水亦必兩分,故云非石骨不渡水,但轉到無山處,硬土亦能渡,只要中淺旁深,若不開帳作勢,枝腳邊有邊無,來不海湧,水中雖有石骨,彼岸雖有墩阜,只以星散雲斷論,至於穿田渡水,則以河濱來去為憑,雖在極平處,仍有枝腳墩阜可證。
不過水を渡る龍ももまた必ず開面して、すなわち一條の脈の透過する有らん。水中に龍有るは、水はすなわち兩旁より分流す。或いは上游の水は一边に向かって流れ去り、而も河中の水ももまた必定に兩股に分かる。ゆえに説く、石骨にあらなければすなわち水を渡るできないと。但し走りて山無き地方に到れば、硬土ももまたよく水を渡る、ただ河中間淺く・兩旁深ければ行けり。もし開帳作勢せず、枝脚一邊有り一邊無く、來勢は海潮の如く涌動せなければ、すなわち水中たとえ石骨有り・對岸たとえ土墩有るも、もまたただ星散雲斷と見なす、過龍と見なさず。至りて田を穿り水を渡るは、すなわち河岸兩邊の脈の來去を以て憑據とする。即すなわち極平坦の地方に於いても、仍舊として枝脚土墩有りて印證すべし。
玉湖峽者,當脈橫生池湖,脈在水中過也。
所謂「玉湖峽」は、正必ず脈路の地方に横生出して一片の池湖を成し、脈は水中より通過す。
天池峽者,峽旁各生一池,或只一邊有池,一邊低田低地,脈生中間過也。玉池峽者,當脈中心生也,脈在兩邊過也,其水是龍氣停瀦,非因雨水積池湖,是造化生成,非人力穿鑿,深大力大,淺小力小,四時不涸,清而不濁者貴,忽然乾涸渾濁腥臭衰竭之兆。
所謂「天池峽」は、峽の兩旁各々一片の水池を生出し、或いはただ一邊に池有りて另一邊は低田低地、脈は中間より通過す。所謂「玉池峽」は、正必ず脈の中心に水池を生出し、脈は兩邊より通過す。此等の池水は皆龍氣の停蓄積聚して成る所にして、雨水の積成する池湖にない。造化天然の生成にして、人力の開鑿にない。池深くして大のは力量すなわち大、淺くして小のは力量すなわち小。四季涸れず・清澈にして渾濁しないを貴とする。もし忽然として涸渇・渾濁・腥臭を發すれば、そのすなわち龍氣衰竭の徵兆である。
果是相所之祖,臺屏帳蓋之龍,節節開面,地步廣闊,有此更證其實。中等龍見之亦只尋常,下等龍見之何益,故只觀其地步之廣狹,開面之多寡,龍格之優劣為主。
もし本來宰相一級の祖山・臺屏帳蓋有る龍・節節開面・地歩寬廣なるに、再びこの如き天池有れば、更にその真實を印證す。中等の龍はの有れどもただ平常と見なす。下等の龍はの有りて又何の用か有らん。ゆえに歸根到頭は還して地歩の寬窄・開面の多少・龍格の優劣を以て主とするである。
古云:峽前峽後好尋龍者,以龍身逶迤,路遠將過峽,久勃之勢,昂然而起,旺氣一聚,過峽後方興之熱,跌然而起,旺氣亦一聚,必有旺氣透於兩邊,一開面降脈,即借峽中之迎送為門戶,而穴易成,或自立門戶更妙,然惟嫩峽有此,老峽則否(節節開面,枝葉旺盛,龍勢盤旋,有蜂腰鶴膝者,為嫩峽。牽連小面枝葉稀疏,龍勢徑直腰硬者為老峽)。
古話に「峽前峽後好尋龍」と言う、というのは龍身蜿蜒として行走甚だ遠く、將に峽を過ぎんとする時、蓄積已久の氣勢昂然として起り、旺氣は一次聚まる。過峽の後新興の氣勢又勃然として起り、旺氣は再び一次聚まる。この如く必定に旺氣の兩邊に透る有り、ただ一開面降脈すれば、すなわち峽中の迎送の砂を借りて門戸を充当するを得、穴はすなわち結成し易し。若よく自ら門戸を立てれば就更に妙である。不過ただ嫩峽のみ才にこの如く、老峽はすなわち行かず(節節開面・枝葉旺盛・龍勢盤旋・蜂腰鶴膝有るは、是れ嫩峽。牽牽連連・面小して枝葉稀疏・龍勢筆直にして腰身僵硬のは、是れ老峽)。
騎龍穴順騎固須開正面,穴前周密容聚,儼如前面,不去倒騎,亦須倒開正面,左右砂層層迴轉,儼如背後生來環抱有情方妙,然峽前峽後,分掛一枝,結地者,十之八九,騎龍結穴者,十之一二。
騎龍穴の中、順騎のは固然として正面を開出し、穴前周密にしてよく聚氣を容納し、儼然として前方の像すを要す。倒騎のももまた反って正面を開出し、左右の砂層層回轉し、儼然として背後より生れて來りて環抱有情の像すを必要として、此すなわち好し。不過峽前峽後に枝を分掛して地を結するは、十分の八九を占む。真正に騎龍結穴するは、不過十分の一二のみ。
或曰:今人見山跌斷,即以峽名之,並不問迎送有無,無迎送者,亦能結地否,曰:峽間有迎送者,惟大富貴地如是,小龍止有跌斷,何能有迎送之砂,但跌斷而得開面,出脈前去,亦結小富貴,地不開面,而跌斷方在所棄,正小枝龍並跌斷亦無,何能有峽,惟視其開面有無多寡而已,有等大龍來處,過峽重重,俱有迎送,至入首數節,只跌斷而無迎送,亦成大地,不可以到頭,但有跌斷無迎送短之。
ある人が問う、如今の人は一山の跌斷を見ればすなわちのを峽と稱し、根本に迎送の砂有りや無きやを問わず。では迎送無きも、もまた地を結するよくするか。答えて言う、峽中に迎送有るは、ただ大富貴の地のみ才にこの如し。小龍はただ跌斷有るのみ、哪裏會して迎送の砂有らん。但しただ跌斷の後によく開面し・脈を出して往前走れば、同樣に小富貴の地を結するよくす。ただ既に開面せず・又ただ跌斷するのみのは、才に捨棄すべし。真正の小枝龍は連ねて跌斷すら無し、哪裏談ずるに峽に及ばん。ゆえにただその開面の有無多少を見るのみである。還して一類の大龍有り、來處過峽重重・皆迎送有り、到るに入首のこの幾節に却もただ跌斷有りて迎送無きも、もまた照樣大地を結成す、到頭の處のただ跌斷有りて迎送無きが故にのを貶低するできない。
按:騎龍穴居龍脊,後有兩砂送,前有兩砂迎,似雌雄峽者真,前兩股包後,兩股在內則順騎,後兩股包前,兩股在內則倒騎,出暈在側,砂必邊高邊低,或邊順邊坐,高枕順向低敗逆,而橫騎倒騎四正無偏,則居中騎之斬關,則無穴暈,正脈前行,借峽中迎送,如巖前栽得法,亦發有餘枝,前去數節而後止者,亦名騎龍。
按、騎龍穴は龍脊の上に位し、後面に兩道の砂の護送有り、前面に兩道の砂の迎接有り、形狀は雌雄峽の如きのすなわち真である。前面兩股は後面兩股を包住し・後兩股は內に在るは、是れ順騎。後面兩股は前面兩股を包住し・前兩股は內に在るは、是れ倒騎。もし穴暈が旁側に出れば、護砂必定に一邊高く一邊低く、或いは一邊順・一邊逆である。高のそちらはなるべく枕し、順のそちらはなるべく向くべし。低のそちらはすなわち敗し、逆のそちらはすなわち損す。至りて橫騎と倒騎は、四面端正にして偏斜無ければ、すなわち正中に騎る。斬關穴はすなわち穴暈無く、正脈仍舊として往前走る、ただ峽中の迎送の砂を借りて穴を立て、如同く岩前に栽種するが如く、ただ法に合すればもまた福を發するよくす。餘枝の往前再び幾節走りてすなわち停住するも、もまた騎龍と叫ぶべし。
若前亦只有一節,便大水會合,則為斬關,主山聳秀,亦能催官。然騎龍斬關,以橫騎為上,順騎須鑿池截氣,開溝散水,倒騎龍高穴者,砂水自真,若低穴倒不能收水,故曰:雌邊未能得福。
もし前面ももまたただ一節を餘すのみ、接着てすなわち大水の會合なれば、そのすなわち斬關である。ただ主山聳拔清秀なれば、同樣に官を催し貴を發するよくす。不過騎龍と斬關は、橫騎を以て最上とする。順騎は必ず池を鑿ちて氣を截住し・溝を開きて水を疏散せんことを要す。倒騎龍はもし高穴を結せば、砂水自然に真切である。もし低穴を結せば反って水を收住することできない――ゆえに前文に「雌邊未能得福」と言うである。
附雄落雌受峽圖
此處に「雄落雌受峽」の図を附す(今本はただ図題を存し、圖形已に佚す)。
