変体門
前賢諸經所載,假令義旨宏深直開捷徑,至於日時人事之法、貴賤男女之異,多秘而不宣,所謂書不盡言,言不盡意者,蓋欲學者之自得也。蓋能盡術之妙不達人事之變可謂學而不思,若能明人事,而不精於達陰陽又可謂思而不學,罔殆之失安可『』也。
前代の各家の経書に載する所の実例は、義理深宏にして、直ちに後人のために一条の捷徑を指出す。しかるにいかんすれば日辰時辰を具体の人事の上に配するかを講じ、および貴賤不同・男女有別のとき断法はいかんすれば変化すべきかに至っては、大半は蔵して説かず。これ正にいわゆる「文字は説かんと欲する話を写し尽さず、話も心裏の意思を説き尽さず」なり、その本意は学者にして自ら体会して得ることせしめんとするに在ることを要す。須く知るべし、ただ術数の推法を精熟に学び得て、しかも人事の変化に通ぜずんば、あれは便ち「学びて思わざる」なり。反って人情世故はみな明白にして、しかも陰陽推歩の理に精ならずんば、あれは便ち「思いて学ばざる」なり。「学びて思わざれば則ち罔し、思いて学ばざれば則ち殆し」、この両頭の過失はいかんすれば(底本ここに一字を脱す、「』」をもって標出す、今原樣を存して補わず)。
又古人立次客法,所以待同時而占時不知次客法既繁與正法反相混,猶『』者理亂絲紛然而無緒也。今立此門首革次客之弊,次明陰陽人事之變非筆舌所能盡書,特令一二入禪子參學庶可因言而悟矣。
再び言うに、古人は別に一套の「次客法」を立て、専ら幾人が同一の時辰に占いを求むるの情形に応付するに備えたり。しかるに当時の人は并せて真にこの套の弁法を懂えず、次客法は本身は既に繁瑣にして、また正法と混雑糾纏して、譬ゆるば(底本ここに一字を脱す、「』」をもって標出す)人が一団の乱糸を理むるがごとく、理むれば理むるほど紛乱にして頭緒無し。如今「変体門」この一門を立下す、頭の一件事は便ち次客法の流弊を革除し、其次は陰陽の理と人事の変といかんすれば相い応ずるかを闡明するを為す。これらの変化は筆墨口舌の写し尽し能くする所にあらず、能く一両個の例子を挙ぐるのみ、譬ゆるば禅門の参学公案のごとく、学者をしてこの幾句話によりて自ら悟り入らしめんとするなり。
假令丁亥日巳將午時。
一例を挙ぐ。丁亥日、巳を用いて月将と為し、占時は午時なり。巳将を午時の上に加えれば、天盤は地盤より退后して一位なり。以下は同一副の課式を用い、三個の不同なる本命の人に配し、課体のいかんすれば本命に随いて変ずるかを看る。
龍 空 虎 常 辰 巳 午 未 陰 后 空 虎 子 丙戌 后 勾卯 申玄 酉 戌 巳 午 財 乙酉 陰 合寅 酉陰 戌 亥 午 丁 財 甲申 玄 丑 子 亥 戌 朱 蛇 貴 後
盤の中、地盤の巳上に天盤の辰を得、青龍に乗る。午上に巳を得、天空に乗る。未上に午を得、白虎に乗る。申上に未を得、太常に乗る。酉上に申を得、玄武に乗る。戌上に酉を得、太陰に乗る。亥上に戌を得、天后に乗る。子上に亥を得、貴人に乗る。丑上に子を得、螣蛇に乗る。寅上に丑を得、朱雀に乗る。卯上に寅を得、六合に乗る。辰上に卯を得、勾陳に乗る。四課は右より左に、第一課、丁火の寄宮は未に在り、未上に午を得、白虎に乗る。第二課、午上に巳を得、天空に乗る。第三課、日支の亥上に戌を得、天后に乗る。第四課、戌上に酉を得、太陰に乗る。三伝は初戌(丙戌は天后に乗る、戌土は丁火の生ずる所を受け、是れ子孫爻)、中酉(乙酉は太陰に乗る)、末申(甲申は玄武に乗る)、申酉金は丁火の克する所を受け、みな財爻なり。丁亥日は甲申一旬に属し、午・未の两位は旬空に落つ。
一人五十四歲戊申生男子占來意,因其子在外飲酒過多,胃有宿食,冷氣得病。
第一個に占いに来るは五十四歳・戊申年に生まれし男子なり。彼の来意を断ずるに、彼の児子は外に在りて飲酒の量を過し、胃裏に隔宿未だ化せざる食物を積み、また寒気を受け、これをもって生病せり。
蓋時為日干六合,支上發用,本命上俱得子孫爻,乘休氣,故為子孫病,命上小吉太常為飲食,併發用,戌為脾胃,上得天后水為冷飲,又值事門得白虎為道路,故云因子孫在外飲食,傷脾胃得病,來占。
占時の午と丁火の寄宮の未とは正に六合を成し、日支の上に戌を取りて発用とし、しかもこの位の五十四歳者の本命戊申の臨む所の処は、得るもまたみな子孫爻にして、かつ衰退の休気に乗る——子孫は衰位に落つ、ゆえに病は児子の身の上に在りと断ず。本命の上は小吉未、未上に太常に乗り、太常は飲食筵宴を主り、発用の神と并び見えり。発用の戌は人身において脾胃に応じ、戌上に却って天后に乗り、天后は水に属し、生冷の飲を主る。再び看るに直事門の上に白虎を得、白虎は道路を主りて外に在る。幾象を合わせて看れば、正に児子が外に在りて飲食に節無く、脾胃を傷りて病を致し、ゆえに父親が前に来りて占いを求むるなり。
一人三十五歲丁卯生男子占來意,因在外與二卑下婦人來往,得氣痞嗽血之病。
第二個に占いに来るは三十五歳・丁卯年に生まれし男子なり。同一副の課にして、彼の来意を断ずること却って同じからず。彼は外に在りて両個の身分卑下の婦人と来往し、これをもって気機痞塞・咳嗽して血を帯ぶるの病を得たり。
蓋命上見六合為私門,天后主厭翳,中傳見太陰主伏匿,天魁從魁主奴婢,上得天后、太陰,故曰與二卑下婦人往來,天后剋日、末傳玄武又剋日,戌酉申俱是日干死墓之鄉,丁主心血,故得病嗽血也。
この一位の本命は丁卯、卯上に六合に乗り、六合は私門暗戸の象を取る。発用の戌上の天后は遮掩蔽障を主る。中伝の酉上に太陰を見、太陰は隠匿を主る。天魁戌・従魁酉は人事上に正に奴婢一流の卑下の人を代表し、しかもこの两位の上頭に恰恰として得るは天后と太陰の两位の女将、ゆえに断じて両個の身分低下の婦人と来往すと為す。天后は水に属し、水は丁火を克す。末伝の申上の玄武もまた水に属し、同じく日を克す。戌・酉・申の三支はまたみな丁火の死地と墓庫なり。丁は人身において心と血を主り、心血は克を受けて死墓の郷に落つ、ゆえに得るは気痞して血を咳くの病なり。
一人八十一歲來占辛巳生來,占來意,因家中走失奴婢兩口,得一姓馬人往西南追捕捉獲。
第三個に占いに来るは八十一歳・辛巳年に生まれし人なり。彼の来意を断ずるに、家裏に両個の奴婢を逃走せしめたり。後来一位の姓馬の人に頼りて西南の方に往きて追赶し、人を捉えて回せり。
蓋發用天魁主奴,從魁主婢,末得元武臨門,為窺戶,又值事門上見白虎主道路,卦得斬關主逃亡,今年老有官者來占,豈不是奴婢逃亡也。先鋒門勝光為今日等輩,又主姓馬人克玄武,故捉獲,言往西南追捕者,蓋元武陰神所居也。
発用の天魁戌は人事上に男僕を主り、中伝の従魁酉は婢女を主り、末伝の申上に玄武に乗りて門戸の位に臨み、正に窺門伺隙して機を伺いて溜走するの象なり。直事門の上にまた白虎を見、白虎は道路を主る。課体は「斬関」を得、斬関は本り関防の守らざる・逃亡して外に在るを主る。如今占いに来るは一位の年高にして官身有るの人にして、家中に奴婢を蓄う、この樣の一副の課を摆り出さば、豈に正に奴婢の逃亡にあらずや。先鋒門の占時は勝光午、午は丁と同じく火に属し、日干と同輩用いる可きの人を代表し、午は生肖に馬を為し姓氏に馬姓を主り、しかも午火は能く末伝の玄武の金水を克す、ゆえに姓馬の人が人を捉えて回ると断ず。西南に往きて追捕すと言うは、玄武は陰に属し、その陰神の居る所は正に西南一路に在るをもってす。
假令七月甲子日午將申時。
再び一例を挙ぐ。七月裏、甲子日、午を用いて月将と為し、占時は申時なり。午将を申時の上に加えれば、天盤は地盤より退后して両位なり。
朱 合 勾 龍 卯 辰 巳 午 虎 玄 玄 后 財 戌 玄 ◎ 蛇寅 未空 申 戌 戌 子 官 壬申 虎 貴丑 申虎 戌 子 子 甲 子 庚午 龍 子 亥 戌 酉 后 陰 玄 常
盤の中、地盤の巳上に天盤の卯を得、朱雀に乗る。午上に辰を得、六合に乗る。未上に巳を得、勾陳に乗る。申上に午を得、青龍に乗る。酉上に未を得、天空に乗る。戌上に申を得、白虎に乗る。亥上に酉を得、太常に乗る。子上に戌を得、玄武に乗る。丑上に亥を得、太陰に乗る。寅上に子を得、天后に乗る。卯上に丑を得、貴人に乗る。辰上に寅を得、螣蛇に乗る。四課は右より左に、第一課、甲木の寄宮は寅に在り、寅上に子を得、天后に乗る。第二課、子上に戌を得、玄武に乗る。第三課、日支の子上に戌を得、玄武に乗る。第四課、戌上に申を得、白虎に乗る。三伝は初戌(玄武に乗る、戌土は甲木の克を受け、是れ財爻)、中申(壬申は白虎に乗る、申金は甲木を克す、是れ官鬼爻)、末午(庚午は青龍に乗る、甲木は午火を生ず、是れ子孫爻)。甲子日は甲子旬の旬首にして、戌・亥は旬空に落つ、ゆえに初伝の戌の遁干は空缺して「◎」を標す。
來意因西南上緊速追捕一盜賊,墜馬折傷右足,感風七日而隕。
これに拠りて来人の意を断ずるに、彼は西南方向に在りて火急に一名の盗賊を追捕し、途中に馬上より摔り下りて右脚を跌き断り、随いて風邪を受け、第七天にして便ち死せり。
蓋時為日刑、日破,與日馬並,主外動,發用天魁為日下之財,上得元武為盜賊,故知西南追捕盜擊也。先鋒門傳送為中傳,作日馬帶白虎克日,又與日刑殺並,故主墜馬也。馬加辰戌為跌撲,戌為足,在日辰之右,是傷右足也。白虎為風神,七月申為風煞,故感風也。
占時の申は既に甲木の寄宮の寅を刑し、またそれを冲破し、同時に申は還た甲日の駅馬、刑・破・馬の三樣は一処に湊る、ゆえに外に向きて奔動するを主る。発用の天魁戌は甲木の克する所を受け、是れ日干の下の財にして、その上に玄武に乗り、玄武は正に盗神、ゆえに断じて西南に往きて盗賊を追捕すと為す。先鋒門の申はまた転じて中伝を作り、それは既に日馬にして上に白虎を帯び、白虎は金に属し甲木を克し、また日刑の煞と并臨す——馬は虎を帯びて刑を受く、ゆえに馬上より摔り下るを主る。馬は辰・戌の一路に加臨し、正に跌扑翻覆の象なり。戌は人身において足を取り、それの処する位置は日支の右側に在り、ゆえに傷るは右脚と断ず。白虎は自然象上に風を主り、七月の申はまた正に風煞に当たる、ゆえに摔傷した後に還た風邪を受けたり。
甲木秋死而被旺金鬼所克,申為七數,故言第七日庚午,又合起白虎,故知七日隕也,末傳勝光,不論救神者,蓋秋火已死也。
甲木は秋天に到れば已に死地に入り、また当令の旺金官鬼に克せられ、命は本り保ち難し。申の定数は七、ゆえに第七日に応ず。第七天に数え至れば正に庚午にして、庚金はまた白虎と相合して凶威を助け起こす、ゆえに断じて第七天に身亡すと為す。人あるいは問う、末伝は勝光午、午火は能く申金を克す、豈に現成の救神にあらずやと。須く知るべし、これ七月なり、火気は秋に到れば已に死絶し、一個の死火は人を救う能わず、ゆえにこの課はそれを算えて救神と為さず。
假令正月甲子日子將寅時。
再び一例を挙ぐ。正月裏、甲子日、子を用いて月将と為し、占時は寅時なり。子将を寅時の上に加えれば、天盤は同じく地盤より退后して両位、これをもって排出する天盤・四課・三伝は上の一例と分毫も差えず。両課の不同なる所は、ただ月将と月令に在るのみ。これ正に「変体」のまた一種の情形なり。課体は同じと雖も、月将は通ぜず、断法は便ちこれに随いて改変す。
朱 合 勾 龍 卯 辰 巳 午 虎 玄 玄 后 財 戌 玄 ◎ 蛇寅 未空 申 戌 戌 子 官 壬申 虎 貴丑 申虎 戌 子 子 甲 子 庚午 龍 子 亥 戌 酉 后 陰 玄 常
盤面は前の一例と完全相同なり。地盤の巳上に卯を得て朱雀に乗り、午上に辰を得て六合に乗り、未上に巳を得て勾陳に乗り、申上に午を得て青龍に乗り、酉上に未を得て天空に乗り、戌上に申を得て白虎に乗り、亥上に酉を得て太常に乗り、子上に戌を得て玄武に乗り、丑上に亥を得て太陰に乗り、寅上に子を得て天后に乗り、卯上に丑を得て貴人に乗り、辰上に寅を得て螣蛇に乗る。四課、甲は寅に寄せ、寅上に子を得て天后に乗り、子上に戌を得て玄武に乗り、日支の子上に戌を得て玄武に乗り、戌上に申を得て白虎に乗る。三伝は初戌は玄武に乗りて財爻を為しかつ旬空に落ち、中申の壬申は白虎に乗りて官鬼を為し、末午の庚午は青龍に乗りて子孫を為す。不同なる所は、上の一例は七月に在りて金旺火死、救神無力、この一例は正月に在りて木旺金衰、火気は転じて相となる、同一副の課の吉凶はここをもって翻転す、これ便ち変体の妙なり。
來意緣失陷官錢,勾喚入官而得驚恐,以致得脾虛下臟之疾,見祟持刃相驚,可移病人於南方設緋幕,至第九日南方,有屬馬醫巫,艾薩克火為姓名,下赤藥、艾灸、書朱符,其祟自除也。
これに拠りて来人の意を断ずるに、彼は官府の銭款を亏空し、衙門に伝喚せられて驚嚇を受け、これをもって脾虚弱にして下泄するの病を得たり。病の中にまた鬼祟が刀を持ちて相い嚇すを見る。禳治の法、病人を移して住処の南面にし、大紅の帳幔を張設す。第九天に到れば、南方より一位の馬に属するの医巫来たり、姓名は火の意思を帯ぶ(底本ここに「艾薩克火為姓名」と作り、文字顕に訛脱有り、今照録して改めず)、彼によりて赤色の薬を下し、艾灸を施し、朱砂の符箓を写さば、あの鬼祟は自然に除かる。
何以知失陷官錢而得驚恐?蓋發用天魁為財,上得玄武為失財之象,時為日德日祿,主動官,值事門見螣蛇主驚恐。
何を憑りて官銭を亏空して驚を受くるを知るや。発用の天魁戌は甲木の克する所を受け、是れ財爻にして、その上に却って玄武に乗り、玄武は偸失亏折を主り、正に銭財の走失の象なり。占時の寅は既に甲の日徳にして、また甲の日禄、徳禄の位は一たび動けば便ち官府に牽扯す。直事門の上に螣蛇を見、螣蛇は専ら驚怖を主る、ゆえに断じて官に伝えられて驚嚇を受くると為す。
何知脾胃、下臟之病?蓋發用天魁主脾,春土無氣,又為甲木所克,故知脾虛也;上得元武水與天魁土內戰,故知下臟之疾。
何を憑りて病の脾胃と下焦に在るを知るや。発用の天魁戌は土に属し、人身において脾に応ず。正月の春木は当令、土は無気の時に処し、戌土は本り已に衰弱、また甲木に克伐せられ、ゆえに脾虚と断ず。戌上に玄武に乗り、玄武は水に属し、水土は同じ一位の上に在りて互いに攻戦し、土は中焦を主り水は下焦を主り、両者交わりて争う、ゆえにまた下焦の臓腑の病有り。
又言祟者,申金在中傳為鬼,經云傳見魁病必有祟,上得白虎為刀兵,故言見祟持刀相驚,移於南方午上,設緋幕者,南方及緋幕皆火象,能制金祟矣。
鬼祟を説くに至っては、中伝の申金が甲木を克すをもって、正に官鬼なり。古経の上に言う、三伝の中に天魁戌を見れば、病の裏に必定邪祟有りて作怪すと。申上にまた白虎に乗り、白虎は刀兵利刃を主る、ゆえに断じて鬼祟の手に刀刃を持ちて来りて驚嚇するを見ると為す。禳解の弁法は病人を移して南方の午位にし、并せて大紅の帳幔を張設するなり。南方は火に属し、緋色もまた火に属し、火は能く金を克し、金祟は一たび制住せられれば、怪異は自然に消散す。
末傳勝光九數,故云九日。午為馬為火,為赤、為灸、為救神,故云醫巫也。經云:土丸木散水湯火灸金針,今傳送為鬼,若針則加病,灸則病減也,金為日鬼,故宜書朱篆以壓之,交春木旺金無氣矣,救神乘相氣病當瘥也。
末伝の勝光午の定数は九、ゆえに第九天を言う。午は生肖に馬、五行は火に属し、色は赤を為り、医術上に艾灸を主り、この課の中にはまた金を制するの救神、ゆえに来るは一位の馬に属し専ら灸法を事とするの医巫と断ず。古経の上に言う、土は丸薬を主り、木は散剤を主り、水は湯液を主り、火は艾灸を主り、金は針刺を主ると。この課の伝送申金は正に人を害するの官鬼、ゆえに針を用いれば反って病情を加重し、灸を用いて能く軽減す。金は既に日干の鬼なれば、すなわち朱砂の符篆を書写して去りてそれを鎮圧すべし。交わりて春令に入るを待てば、木気は転じて旺となり金気は便ち依恃する所無し。救神の午火は此時相気に乗り、病は自然に好し。
假令六月乙丑日午將未時。
再び一例を挙ぐ。六月裏、乙丑日、午を用いて月将と為し、占時は未時なり。午将を未時の上に加えれば、天盤は地盤より退后して一位なり。
勾 龍 空 虎 辰 巳 午 未 后 貴 朱 合 父 甲子 貴 合卯 申常 亥 子 寅 卯 父 亥 后 ◎ 朱寅 酉玄 子 丑 卯 乙 財 戌 陰 ◎ 丑 子 亥 戌 蛇 貴 后 陰
盤の中、地盤の巳上に天盤の辰を得、勾陳に乗る。午上に巳を得、青龍に乗る。未上に午を得、天空に乗る。申上に未を得、白虎に乗る。酉上に申を得、太常に乗る。戌上に酉を得、玄武に乗る。亥上に戌を得、太陰に乗る。子上に亥を得、天后に乗る。丑上に子を得、貴人に乗る。寅上に丑を得、螣蛇に乗る。卯上に寅を得、朱雀に乗る。辰上に卯を得、六合に乗る。四課は右より左に、第一課、乙木の寄宮は辰に在り、辰上に卯を得、六合に乗る。第二課、卯上に寅を得、朱雀に乗る。第三課、日支の丑上に子を得、貴人に乗る。第四課、子上に亥を得、天后に乗る。三伝は初子(甲子は貴人に乗る)、中亥(天后に乗る)、子亥水は乙木を生じ、みな父母爻なり。末戌(太陰に乗る、戌土は乙木の克を受け、是れ財爻)。乙丑日は甲子一旬に属し、戌・亥は旬空に落つ、ゆえに中末の二伝の遁干は空缺して「◎」を標す。
來意事於西北方,承繼姓王人財產,相托一屬鼠有官人,九月內定成就;又目下西南虛望公財,道路有所畏隔,不敢往也。
これに拠りて来人の意を断ずるに、事情は西北方向に在り、彼は一位の姓王の人の家産を承継せんとす。この樁の事は一個の鼠に属する・官身有るの人に付託して去りて弁理す。九月の内に一定弁成す。另一頭、彼は眼下に還た西南方の一筆の公家の財を指望す、可惜それは虚なり、路上にまた畏懼阻隔する所有り、終に敢えて往かず。
蓋末傳天魁為日干之財,天魁臨亥字主王字,發用神后,為日干三合,上見貴神天乙,故知承繼姓王人財產,而得屬鼠貴人力也。九月成就者,歸計戌為九月建也。
末伝の天魁戌は乙木の克する所を受け、是れ日干の財にして、戌は亥に臨み、亥は水に属し水数は一、一横を土に加えれば便ち「王」の字を成す、ゆえにこの筆の財産は姓王の人より出づ。戌は方位上に西北に属す、ゆえに事は西北に在りと言う。発用は神后子、乙木の寄宮と三合を結成し、子上にまた天乙貴人に乗り、子は生肖に鼠を為す、ゆえに断じて一位の鼠に属する有官の人に付託して去りて経弁すと為す。九月に弁成すと言うは、末伝は帰計門、戌は正に九月の月建に当たるをもってす。
又言西南虛望財者,未為日下之財,上見天空主虛詐,又值事門上見白虎主道路。白虎金也,為日之鬼,故畏而不敢往也。
再び言うに西南のあの筆の落空の財、未土は乙木の克する所を受け、も亦は日干の下の財にして、未は方位に西南に属す。しかるに未上に天空に乗り、天空は専ら虚詐不実を主る、ゆえにこの筆の財はただ空指望なり。直事門の上にまた白虎を見、白虎は道路を主り、しかも白虎は金に属し、金は乙木を克し、正に日干の官鬼——路上に一個の鬼が蹲る、ゆえに彼は心裏に害怕して、敢えてあの辺に往かず。
假令六月丙寅日午將未時。
再び一例を挙ぐ。同じく六月、同じく午将を未時に加えるも、ただ日辰を換えて丙寅日と為す。前の両例は本命不同・月将不同、この一対は則ち月将時辰は全同にして日辰不同なり、課体のいかんすれば日辰に随いて変ずるかを看る。
龍 空 虎 常 辰 巳 午 未 蛇 朱 勾 龍 官 甲子 蛇 勾卯 申玄 子 丑 卯 辰 官 亥 貴 ◎ 合寅 酉陰 丑 寅 辰 丙 子 戌 后 ◎ 丑 子 亥 戌 朱 蛇 貴 後
日辰は一たび換えれば、貴人の起る処はこれに随いて改変し、十二天将は便ち重ねて一遍排す。盤の中、地盤の巳上に天盤の辰を得、青龍に乗る。午上に巳を得、天空に乗る。未上に午を得、白虎に乗る。申上に未を得、太常に乗る。酉上に申を得、玄武に乗る。戌上に酉を得、太陰に乗る。亥上に戌を得、天后に乗る。子上に亥を得、貴人に乗る。丑上に子を得、螣蛇に乗る。寅上に丑を得、朱雀に乗る。卯上に寅を得、六合に乗る。辰上に卯を得、勾陳に乗る。四課は右より左に、第一課、丙火の寄宮は巳に在り、巳上に辰を得、青龍に乗る。第二課、辰上に卯を得、勾陳に乗る。第三課、日支の寅上に丑を得、朱雀に乗る。第四課、丑上に子を得、螣蛇に乗る。三伝は初子(甲子は螣蛇に乗る)、中亥(貴人に乗る)、子亥水は丙火を克し、みな官鬼爻なり。末戌(天后に乗る、戌土は丙火の生ずる所を受け、是れ子孫爻)。丙寅日は甲子一旬に属し、戌・亥は旬空に落つ。
來意主北面,近水酒筵間,與額尖眼小之人相爭,又一貴人與彼相助,而欲見官,卻得一王姓人勸和無事也。
これに拠りて来人の意を断ずるに、北面に水に靠る的地方に一場の酒席を摆り、彼は一個の額頭尖削・眼睛細小の人と争執を起こせり。また一位の貴人有りて対方を幇し、事情は幾ほど官府に鬧到せんとす。後来一位の姓王の人を得て中より勧解し、始めて平安無事なり。
蓋值事門上見太常,主酒飲食,發用亥子為北,又臨亥為近水,神后為為日之官鬼,見蛇為眼小額尖之人,中傳登明亦為日鬼,見貴人知與彼相助。緣日上天罡,主怒惡,能制亥子水,故知息怒惡而欲到官,卦體比用主和合,末傳天魁臨亥主王字,故云姓王人勸合。
直事門の上に太常に乗り、太常は酒食筵席を主る。発用の亥・子は方位に北に属し、また亥に臨み、亥は水と為す、ゆえに北面の水に近きの酒席と言う。神后の子水は丙火を克し、是れ日干の官鬼にして、その上に螣蛇に乗り、螣蛇は形体細長・頭尖にして、人物上に正に額尖眼小の人に応ず。中伝の登明亥は同じく日を克するの鬼にして、その上に天乙貴人に乗る、見る可し有位の貴人は対方の一辺に立ちて幇腔す。日干の上に天罡辰を得、天罡は怒気凶悪を主り、辰土はまた能く亥子の水を克制す。一面は動怒し、一面は能く対方を圧し得住る、ゆえに險く公堂に鬧上せんとす。しかるに課体は「比用」を得、比用は両相就和を主る。末伝の天魁戌は亥に臨み、土は水数一を配して「王」の字を成す、ゆえん断じて位の姓王の人有りて出面して勧和し、事情はここをもって了結すと為す。
右前三課而人命不同,次二課而月將不通,後二課而日辰不同,其災禍所主旺相相生,懸隔學者,悟此可以得之也。
以上の幾例、前面の一副の課は三個の不同なる本命の人に配し、中間の両副の課は日辰相同にして月将不同、後面の両副の課は月将時辰相同にして日辰不同なり。同様の盤面にして、ただこの一処の不同なるを因りて、主る所の災禍福慶は便ち旺相休囚・生克制化によりて相去ること懸殊なり。学者よくこの幾処の地方において悟り透る能くせば、変体門の道理は亦た手の裏に到る。
六庚日の伏吟を弁ず
六庚日伏吟者,古法以申寅巳為三傳,又書以申寅申為三傳,余嘗謂刑始於寅終於申。甲戊丙日當盡三刑,庚日先刑而後沖也。
六個の庚日(庚子・庚寅・庚辰・庚午・庚申・庚戌)は伏吟の課を起こし、三伝はいかんすれば取る、向より両説有り。古法は申・寅・巳の三支を取り、別に書有りて申・寅・申の三支を取る。我曽て推究する所、寅・巳・申のこの一組の三刑は、起点は寅に在り終点は申に在る。甲日・戊日・丙日の伏吟は応に三刑を走り尽して、一路巳に取り至るべし。庚日は却って同じからず、庚は寄宮を申に在りて、申は先に去りて寅を刑し、寅は回頭してまた申と相冲し、刑尽きて後に冲す、ゆえに末伝は仍旧申の上に落ち回る。これ便ち「申寅申」一説の根拠なり。
壬寅秋七月,餘以隴西公事匿村落中,父即求課於元公,得庚午日午將午時,三傳申寅申,將虎蛇虎。
壬寅年の秋天七月、我は陇西公の案子の牵连を因りて、鄕下の村落の裏に躲蔵せり。我が父親は便ち元先生に去りて一課を求め、得るは庚午日・午将を午時に加えるの伏吟課、三伝は申・寅・申、天将は依次に白虎・螣蛇・白虎なり。
勾 龍 空 虎 巳 午 未 申 龍 龍 虎 虎 兄 壬申 虎 申虎 合辰 酉常 午 午 申 申 財 丙寅 蛇 寅蛇 朱卯 戌玄 午 午 申 庚 官 己巳 勾 申虎 寅 丑 子 亥 蛇 貴 后 陰
月将の午を占時の午の上に加えれば、天盤と地盤と完全に重合し、毎一宮の上神は便ち本宮の支、これ便ち伏吟なり。盤の中、地盤の巳上に仍お巳を得、勾陳に乗る。午上に午を得、青龍に乗る。未上に未を得、天空に乗る。申上に申を得、白虎に乗る。酉上に酉を得、太常に乗る。戌上に戌を得、玄武に乗る。亥上に亥を得、太陰に乗る。子上に子を得、天后に乗る。丑上に丑を得、貴人に乗る。寅上に寅を得、螣蛇に乗る。卯上に卯を得、朱雀に乗る。辰上に辰を得、六合に乗る。四課は右より左に、第一課、庚金の寄宮は申に在り、申上に申を得、白虎に乗る。第二課は同じく申上に申を得る。第三課、日支の午上に午を得、青龍に乗る。第四課は同じく午上に午を得る。三伝の一欄は并列して両説を示す。左辺は古法の申(壬申は白虎に乗る、庚と同類にして兄弟爻を為す)、寅(丙寅は螣蛇に乗る、寅木は庚金の克を受けて財爻を為す)、巳(己巳は勾陳に乗る、巳火は庚金を克して官鬼爻を為す)。右辺は小字にて別の一説の申・寅・申を標出す。庚午日は甲子一旬に属し、戌・亥は旬空に落つ。
至壬申日勾喚予妻到官,以中傳寅為妻爻,為用申所克也,予於是日避難赴官出頭,蓋傳送白虎俱為道路,故壬申日動也。背予妻回家予下村去,至戊寅日喚予至州,蓋應中傳寅字,為庚日之驛馬也,至乙卯日間,隴西公承服予復下村去,至壬午日斷訖。
後来壬申のあの一天に到りて、官府は我が妻子を伝喚して案に到らしむ、これは中伝の寅に応ず。寅木は妻財爻にして、発用の申金に克せられしをもってす。我もまたこの一天に躲蔵を結束し、出面して官に到りて投案す、伝送申と白虎とみな道路を主るをもって、ゆえに身を動かすは正に壬申日に在り。此後我は妻子を送りて家に帰り、自ら再び鄕に下る。戊寅日に到りて、官府はまた我を伝えて州に到らしむ、これは中伝の寅の字に応ず、寅は正に庚日の駅馬なり。乙卯日の間に到りて、陇西公は招認して服罪し、我はまた鄕下に回る。直に壬午日に到りて、案子は始めて判決し完毕せり。
蓋庚日課中正是謂螣蛇至壬午日制之,又發用申與白虎俱是七數,二七十四數,彼以己巳日入州,壬午日事畢,蓋是十四日也。戊申日予始歸,蓋末傳申為歸計,申乃庚之本位,故申日至家也。
庚日のこの一課の裏に作祟するは正に中伝の乗る所の螣蛇にして、螣蛇は火に属し、壬午日に到りて壬水に制住せられ、事情は便ち了す。再び日数を算えるに、発用の申の定数は七、白虎の定数もまた七、両個の七は合成して十四を為す。陇西公は己巳日より州に進み、壬午日に到りて事は毕る、前後正に十四天なり。我自己は直に戊申日に到りて始めて家に回るに至っては、末伝の申は帰計門にして、申はまた正に庚金の本位の所在、人は本位に帰るをもって、ゆえに申日に家に到る。
先鋒門為日破主破財,又中傳寅為財爻被初末二申制之。傳送主姓張人,先鋒門午亦主姓張人,案吏姓張,住正南勝光也。占親人請客亦姓張住西南,傳送也。破財二十七數,同前數也。
先鋒門の午は庚日に対して言えば是れ日破にして、日破は財を破るを主る。中伝の寅は本り財爻にして、また初伝・末伝の両個の申に夾住して克制せられ、財は自然に保つ能わず。伝送申は姓氏上に張姓を主り、先鋒門の午は同じく張姓を主る。経弁する此案の書吏は姓張、正南方に住し、応するは勝光午なり。我が家のために出面して請託するあの位の親戚もまた姓張、西南方に住し、応するは伝送申なり。破財の数目の二十七に至っては、算法は前面の日数と相同なり、みな申と白虎の定数より推し出せるなり。
予父經兩丁月對問應予命上大吉為父母爻,見天乙主動官也,所居村去州七里,連高阜蓋中傳寅為東北,為七里建得戊字寅配艮為山得戊寅即阜也,村名黃村,戊土黃也,申數亦七,而只言七里者,伏吟主近故也。
我が父親は前後両個の丁を帯ぶる月分を経過して伝訊対質せらる、これは我が本命の上の大吉丑に応ず。丑は父母爻にして、その上に天乙貴人に乗り、貴人は官府を驚動すを主る。我の住む所の村子は州城を離るること七里、村の旁に一片の高土坡を連ねり。中伝の寅は方位に東北に属し、寅の定数は七を為す、ゆえに是れ七里なり。寅上に戊の字を遁得し、寅はまた八卦の艮に配し、艮は山と為り、戊土の山は便ち土阜なり。村の名は「黄村」と叫び、正に戊は土に属し土色は黄なるを因る。申の定数は同じく七にして、可なれば何を為にただ七里を言うのみにして加倍せざるや。伏吟の課は静を主り近を主るをもって、ゆえに遠数を取らず。
右一字訣,並假令悉是分城元先生所傳,百端如用日擊而神應,僕參以古經而為編次,並非臆說,強為辯論而欲邀譽於人矣。
以上のこの部の『一字訣』并せて各条の実例は、全く分城元先生の伝授し下せる所なり。千百種の用法は照らして推し去れば、譬ゆるば鼓を敲くがごとく手に応じて響き、霊験ならざる無し。我は不過古代の経書を参照してそれらを編排して次第を成すのみ、并せて自己に憑空に杜撰するにあらず、更には強いて弁論を作し、これを借りて人前に名声を博取せんと欲するにあらず。
