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重審課・守西門占戦守(乙酉年四月・丁丑日)

清 · 吴师青 · 第3巻 / 6

作盤ガイド: 大六壬起課, 金口訣起課

乙酉年四月立夏酉將丁丑日甲辰時,甲戌旬,因大兵攻城,將士守西門索占吉凶,重審、鑄印。 蛇貴 朱 戌亥子丑 后 貴青 空后 兄 辛巳 空 六 酉 寅 陰 亥午 巳子 子 甲戌 蛇 勾 申 卯 玄 午丑 子丁 父 己卯 常 青 未午巳辰 常 空虎

乙酉年の四月、立夏の後、月将は「従魁」酉を用う。丁丑日・甲辰時に来たりて占う、甲戌旬に属す(旬空は申・酉に在り)。当時は大軍が城を攻め、西門を守るの将士が前に来たりて吉凶を占問す。課体は「重審」「鋳印」と為る。月将の酉は占時の辰の上に加わる。四課は:丁は未宮に寄し、未の上に子を乗じ、第一課と為る(子は「天后」を乗ず)。子の上に巳を乗じ、第二課と為る(巳は「天空」を乗ず)。日支の丑の上に午を乗じ、第三課と為る(午は「青竜」を乗ず)。午の上に亥を乗じ、第四課と為る(亥は「貴人」を乗ず)。三伝は初伝の巳(遁干は辛巳、「天空」を乗じ、丁日に於いては兄弟)、中伝の戌(遁干は甲戌、「騰蛇」を乗じ、子孫と為る)、末伝の卯(遁干は己卯、「太常」を乗じ、父母と為る)。所谓の鋳印とは、就ち戌が巳の上に加わりて発用する、形は官印を鋳就成すの象のごとし。

斷曰:游都建旺發用,忌臨畏地,主敵人迫於不得已而死戰也。今日干支雖旺相,然旺相之氣在外,休囚之地在於內,城安能保乎?嫌中傳被支所刑,辰時又來沖破鑄印,見刑沖則為破印矣。且戌為州城牢獄,勾陳又剋日上神,屠城放獄,應在咫尺。飯後步入舊城,而城已破。

呉師青が断じて曰く:盗賊・兵戈を主るの「游都」はまさに月建の旺に当たりて発用し、またそれが畏懼の地に落つるを忌む、これは敵人の逼られて走るに路なく、ただ死を拼して一戦するのみの象なり。眼下は日干・日支は旺相の気を乗ずるといえども、惜しむらくは旺相の気はみな城外に在り、休囚の気は反って城内に在り、この城はいずくんぞ守り得んや。さらに嫌うは中伝の戌が日支に刑せられ、占時の辰がまた来たりてあの一枚の「鋳印」を冲破す——印は一たび刑冲を見れば、就ち破印と成る。何况や戌は本は州城・牢獄を主り、「勾陳」がまた日干の上神を克すれば、屠城・破獄の事は就ち眼前に在り。説き罷めて飯後に信歩して旧城に走り入れば、あの城は果して已に攻破せられて在りき。

游都: 甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸 丑 子 寅 巳 申丑 子 寅 巳 申 曰游都建旺發用,因四月建巳,而丁日巳為游都。此游都而值建也。鑄印是戌加巳發用,為鑄印。

游都は日干に按じて取る:甲日は丑に在り、乙日は子に在り、丙日は寅に在り、丁日は巳に在り、戊日は申に在り、己日は丑に在り、庚日は子に在り、辛日は寅に在り、壬日は巳に在り、癸日は申に在り。何を以て本課に「游都は建旺して発用す」と曰うや?四月の月建は巳にして、而も丁日の游都は恰好としてまた巳に在り、游都と月建とが一処に疊なり、まさに旺気に当たり、また取られて発用と為されたればにて。何を以て鋳印と叫ぶや?天盤の戌が地盤の巳の上に加わりて而も巳を以て発用と為し、戌土は巳火を覆うこと、范土に印を鋳るの状のごとくするが故に、鋳印課と称す所以なり。

重審課・慮金兵東下(戊子年二月・乙亥日)

戊子年二月京直亥將,乙亥日癸未時,甲戌旬,興占慮金兵東下,重審、曲直。 朱蛇 六 酉戌亥子 貴 龍玄貴勾 財 癸未 貴 勾 申 丑 后 未卯子申 父 乙亥 蛇 青 未 寅 陰 卯亥申乙 兄 己卯 空 空 午巳辰卯 玄 虎常

戊子年の二月、驚蟄の後(原文の「京直」は即ち驚蟄なり)、月将は「登明」亥を用う。乙亥日・癸未時に来たりて占う、甲戌旬に属す(旬空は申・酉に在り)。占者は金兵のまさに南下して東進せんとするを憂慮し、故にこの課を起す。課体は「重審」「曲直」と為る——三伝の亥卯未は会して木局と成る、故に名づけて曲直と曰う。月将の亥は占時の未の上に加わる。四課は:乙は辰宮に寄し、辰の上に申を乗じ、第一課と為る(申は「勾陳」を乗ず)。申の上に子を乗じ、第二課と為る(子は「貴人」を乗ず)。日支の亥の上に卯を乗じ、第三課と為る(卯は「玄武」を乗ず)。卯の上に未を乗じ、第四課と為る(未は「青竜」を乗ず)。三伝は初伝の未(遁干は癸未、「貴人」を乗じ、乙日に於いては妻財)、中伝の亥(遁干は乙亥、「騰蛇」を乗じ、父母と為る)、末伝の卯(遁干は己卯、「天空」を乗じ、兄弟と為る)。

斷曰:金兵不但不能東下,且不能待久。游都子為游都加申金而戀金生,居西南戀生,且離日辰遠。賊符臨干支,水陸布有伏兵。然乘死絕之氣,且初傳休囚夾克,末傳健旺制劫,是守堅敵弱,故知必不能東下而又不能持久也。但太歲合木局以生春令之木,只今頗能堅守,一交丑年,巳酉丑金局破壞傳中之木,即難支吾矣。次年正月果驗。

呉師青が断じて曰く:金兵はただ東下するも成らずのみならず、眼下の相持するもまた支撑すること久しからず。乙日の游都は子に在り、如今、子は申金の上に加わり、金の来たりて水を生ずるを貪恋し、また西南の方向に停在し、しかも日辰に離るること甚だ遠し、敵勢は並びて迫近せずを説明す。賊符は日干・日支に臨着す、是れ水路・陸路の両路ともに伏兵を布くなり。然るにそれが乗ずるは死絶の気にして、加うるに初伝は休囚にして而も夹克せられ、末伝は却って健旺にして力ありて劫煞を制住するに足る、まさに我の守りは堅くして敵勢は弱しなり、故に対方は既に下り来ることを得ず、もまた耗するに堪えざるを知る。ただ太歳と三伝とが会して木局と成り、来たりて春月の木を生ず、眼前はなお堅守するを能わし。一たび丑年に到れば、巳酉丑は会して金局と成り、三伝の中の木局を冲破せば、あの時は就ち支撑すること難し。第二年の正月に到りて、果して応験せり。

重審課・賊兵攻武昌占城池(己丑年・丁亥日)

己丑年月寅將,丁亥日庚子時,甲申旬,佔有有賊兵攻城武昌,看城池安危,重審、極陰。 蛇貴 朱 未申酉戌 后 空常陰貴 財 乙酉 貴 六 午 亥 陰 卯丑亥酉 鬼 亥丁 陰 勾 巳 子 玄 丑亥酉丁 子 己丑 常 青 辰卯寅丑 常 空虎

己丑年、月将は「功曹」寅を用う(原文の月份は脱字あり)。丁亥日・庚子時に来たりて占う、甲申旬に属す(旬空は午・未に在り)。当時に賊兵ありて武昌を進攻す、城池の安危を占問す。課体は「重審」「極陰」と為る。月将の寅は占時の子の上に加わる。四課は:丁は未宮に寄し、未の上に酉を乗じ、第一課と為る(酉は「貴人」を乗ず)。酉の上に亥を乗じ、第二課と為る(亥は「太陰」を乗ず)。日支の亥の上に丑を乗じ、第三課と為る(丑は「太常」を乗ず)。丑の上に卯を乗じ、第四課と為る(卯は「天空」を乗ず)。三伝は初伝の酉(遁干は乙酉、「貴人」を乗じ、丁日に於いては妻財)、中伝の亥(遁干は丁亥、「太陰」を乗じ、官鬼と為る)、末伝の丑(遁干は己丑、「太常」を乗じ、子孫と為る)。

斷:賊自西南而來,城必無虞。曰:游都離日辰甚遠,何以知賊之必來?曰:酉貴臨干發用,故知其來而自西南也。曰:有眾幾何?曰:游都臨日辰遠,干上貴又空。曰:城無虞者何?蓋貴臨干受克,故知賊不攻城而退也。但課是純陰,干上之陰神魯都亥為魯都剋日,主賊有埋伏。又亥支為城,上神克之,而上神又被陰神所克,主居守不仁且欲自相攻擊。又末傳生合初貴,主內有暗降之人也

呉師青が断じて曰く:賊兵は西南の方向より自りて来たり、城池は必然として恙なし。人ありて問う:游都の日辰に離るることあのように遠き、いずくんぞ賊の必ず来たるを知るや?答う:「酉」が貴人を乗じて日干の上に臨みて而も取られて発用と為されればにて、酉は西方に居りて南に偏す、故にそれが西南より来たると断ず。また問う:賊は多少の人馬あるや?答う:游都は日辰に離るること遠く、日干の上の貴人はまた空に落つ、人数は有限なり。また問う:城池に憂なしと説くは、何を凭りてせん?答う:貴人は日干に臨みて而も克を受く、故に賊は真に城を攻めざるを知り、来たるもまた退かんと要す。ただこの一課は通体に純陰にして、日干の上の陰神たる「亥」はまさに魯都なり、魯都は来たりて日干を克す、賊中に埋伏を設くるを主る。日支の亥は城池を代表し、上神に克せらる、而もこの上神はまた自己の陰神に克せらる、城を守る人は相安んずること能わずを主り、甚至として自ら相攻撃せんと要す。末伝はまた初伝の貴人を生合す、城中に人ありて暗々裡に投降を打算するを主る。

游都: 甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸 丑 子 寅 巳 申 丑 子 寅 巳 申 魯都:是游都所沖之支。 陰神:即地盤之支巳為上神而上神又載天盤之支是也。如此曰干上之陰神,即臨日干之酉,而酉載天盤之亥,而為陰神魯都民。又如亥支,日之上神是丑,而丑所載天盤之卯是陰神也。

さらに本課の幾箇の名目を釋す。游都は日干に按じて取る:甲日は丑、乙日は子、丙日は寅、丁日は巳、戊日は申、己日は丑、庚日は子、辛日は寅、壬日は巳、癸日は申。魯都とは、就ち游都の冲する所のあの一支なり。陰神に至りては、地盤の某支の上に先ず一箇の上神を載せ、あの上神の身上にまた一支を載するを指し、この第二層を初めて陰神と叫ぶ。故に本課の説く所の「日干の上の陰神」は、就ち日干の上に臨むの酉にして、酉の上にまた天盤の亥を載す、この亥は便ち陰神にして、もまたまさに魯都なり。同じく、日支の亥の上の上神は丑にして、丑の上の載する所の卯は、就ち日支の陰神なり。

重審課・夜半鴉鳴占吉凶(己丑年三月・乙丑日)

己丑年三月清明戌將,乙丑日丁亥時,甲子旬,因半夜鴉鳴,占何吉凶,重審、退茹。 六朱 勾 辰巳午未 蛇 玄常空青 父 甲子 常 青 卯 申 貴 亥子寅卯 父 乙亥 玄 空 寅 酉 后 子丑卯乙 財 甲戌 陰 虎 丑子亥戌 陰 常玄

己丑年の三月、清明の後、月将は「河魁」戌を用う。乙丑日・丁亥時に来たりて占う、甲子旬に属す(旬空は戌・亥に在り)。起因は半夜に烏鴉の叫ぶを聴きたるにて、何の吉凶を主るかを占問す。課体は「重審」「退茹」と為る——三伝の子・亥・戌は逆に連なりて下る、故に名づけて退茹と曰う。月将の戌は占時の亥の上に加わる。四課は:乙は辰宮に寄し、辰の上に卯を乗じ、第一課と為る(卯は「青竜」を乗ず)。卯の上に寅を乗じ、第二課と為る(寅は「天空」を乗ず)。日支の丑の上に子を乗じ、第三課と為る(子は「太常」を乗ず)。子の上に亥を乗じ、第四課と為る(亥は「玄武」を乗ず)。三伝は初伝の子(「太常」を乗じ、乙日に於いては父母)、中伝の亥(「玄武」を乗じ、もまた父母と為る)、末伝の戌(「太陰」を乗じ、妻財と為る)。

斷曰:主有賊八九人,自東北來劫鄰人衣物銀錢,遂渡河而去,汝庵無妨也。曰:亥時右鄰木客被劫。蓋因游都賊符臨干支,右見驛馬亥為驛馬玄武,左見劫煞寅為劫煞賊符,故此象,提防復至,然五日後獲。但子發用,賊必東北而來,因子加丑乃八九之數。五日獲者,因勾陳居支前五辰,遙克玄武,又魁渡玄陰,賊何所逃乎?果次日北關門外行劫,遂獲二名。

呉師青が断じて曰く:まさに八九箇の賊人ありて東北方より来たらんとし、隣家の衣物・銀銭を劫掠し、手を得て後に河を渡りて逃げ走らん、你のこの処の庵舍は倒って妨事なし。果して当夜の亥時に、右隣の木材商人が劫せられたり。此のように断ずる所以は、游都と賊符とが一斉に日干・日支の上に臨めばにて:右辺に「亥」を見れば、亥は既に駅馬にしてまた「玄武」を坐す。左辺に「寅」を見れば、寅は既に劫煞にしてまた賊符に値す——まさに盗劫の象なり、なお須く彼らの再来たらんを提防せよ、ただし五天の内に擒獲すべし。賊の東北より来たるに至りては、「子」を以て発用と為し、子は丑の上に加わり、子丑を合わせ起こせばまさに八九の数なればにて、人数もまた此より得たり。五日に獲るべしと説くは、「勾陳」がまさに日支の前の第五位の辰の上に居りて、位を隔てて遥かに「玄武」を克すればにて。また「河魁」ありて玄武・太陰を渡る、賊はいずこへ逃げ往かん。後來に第二天に就ち北關門外に於いてまた一度行劫して、当場に両名を拿獲せり。

解曰:何為游都?乙日游都在子。因日支上加子是也。何為賊符臨干,因卯日加干而卯為春令之賊神也。何為右見驛馬玄武?因丑日巳酉丑局馬在亥。又因玄武在亥,而右邊亥為驛馬玄武也。何為左見劫煞賊符?因丑日劫煞在寅,三月春令賊神在卯是也。何為左右?因丑位右邊見亥,左邊見寅卯也。何為子發用而賊自東北來?因子丑加日,乃八九之數也。何為五日獲者?因勾陳居日支前五位辰支。照貴人十二神行程已過日支為後,未過日支為前。此得辰位勾陳而遙克玄武水也。又河魁度玄武太陰,何謂也?因地盤亥為玄武,天盤戌為太陰,為河以戌臨亥位是也。

逐条に解釈するは下の如し。何を游都と謂うや?乙日の游都は子に在り、本課の日支の上にまさに子を加えたり。何を以て賊符の日干に臨むと曰うや?卯が日干の上に加わり、而も卯はまさに春季の賊神なればにて。何を以て右辺に駅馬と玄武とを見ると曰うや?丑日は巳酉丑の局に属し、この一局の駅馬は亥に在ればにて。玄武はまた恰好として亥の上に乗じ、日支の丑の右首は便ちこの是れ駅馬にしてまた玄武なる亥なり。何を以て左辺に劫煞と賊符とを見ると曰うや?丑日の劫煞は寅に在り、而も三月の春令の賊神は卯に在り、丑の左首はまさに寅卯なり。所谓の左右とは、就ち丑位より看て往けば、右辺は亥にして左辺は寅卯なり。何を以て子を以て発用と為せば便ち賊の東北より来たると断ずや?子が日支の丑の上に加わればにて、東北はまさに丑寅の方にして、而も子丑の両数を合わせ起こせば是れ八九の数なり。何を以て五日の内に擒獲すと断ずや?「勾陳」が日支の前の第五位の辰の上に居ればにて:貴人・十二神の行走する方向に按じて、已に日支を過ぐるを「後」と算し、なお日支に走り到らざるを「前」と算す、此の課は勾陳が辰位を得て而も隔てて遥かに玄武の水を克す。「河魁は玄武・太陰を渡る」に至りては、地盤の亥の上は玄武にして、天盤の戌は太陰、戌は河魁と為り、如今、戌が亥位に臨むは、まさに河魁が玄武と太陰とを渡り過ぐるなりと説く。

游都:主逢盜賊。魯都,即游都所沖之支是也。歌訣:甲己丑兮戊癸申,乙庚在子丙辛寅。丁壬居巳無差錯,欲識游都在此尋。若問魯都何處是?游都沖位是其身。

游都のこの一顆の星は盗賊に遇上るを主る。魯都は就ち游都の冲する所のあの一支なり。取法に歌訣ありて曰く:甲日・己日の游都は丑に在り、戊日・癸日は申に在り、乙日・庚日は子に在り、丙日・辛日は寅に在り、丁日・壬日は巳に在り、一点も差えず、游都を找さんと要せば就ち此に照らして推尋せよ。もし魯都はいずこに在るかを問わば、ただ游都の对冲するのあの一位を取れば便ち是れなり。

賊神奸盜,主奸私賊盜。春令乙卯,夏令丙午,秋令辛酉,冬令壬子。卯屬正東木,春亦屬木。午屬正南火,夏亦屬火。酉屬正西金,秋亦屬金。子屬正北水,冬亦屬水。觀此即兄弟比劫之意也。劫煞,即三絕位是也。 日支:子 丑 寅 卯 辰 巳 卯 未 申 酉 戌 亥 劫煞:巳 寅 亥 申 巳 寅 亥 申 巳 寅 亥 申 申子辰在巳,巳酉丑在寅,寅午戌在亥,亥卯未在申。

賊神はまた奸盗の神と叫び、奸私と盗窃とを主る。それは四季に按じて取る:春令は乙卯に在り、夏令は丙午に在り、秋令は辛酉に在り、冬令は壬子に在り。卯は正東に居りて木に属し、春天もまた木に属す。午は正南に居りて火に属し、夏天もまた火に属す。酉は正西に居りて金に属し、秋天もまた金に属す。子は正北に居りて水に属し、冬天もまた水に属す。見べし、賊神は就ち当令の気と同類にして相并び、まさに兄弟・比劫の我が財を劫奪するの意思に合す。劫煞は則ち三合局の絶位なり:日支の子は劫煞の巳に対し、丑は寅に対し、寅は亥に対し、卯は申に対し、辰は巳に対し、巳は寅に対し、午は亥に対し、未は申に対し、申は巳に対し、酉は寅に対し、戌は亥に対し、亥は申に対す。帰納し起こせば就ち:申子辰の局は劫煞は巳に在り、巳酉丑の局は寅に在り、寅午戌の局は亥に在り、亥卯未の局は申に在り。

重審課・占府院試能否入泮(庚寅年七月・甲申日)

庚寅年七月處暑巳將甲申日丙寅時,甲申旬,占府院試可入泮否,交車、重審、玄胎 勾六 龍 申酉戌亥 朱 后朱 龍常 鬼 甲申 龍 空 未 子 蛇 寅亥 申巳 父 丁亥 朱 虎 午 丑 貴 亥申 巳甲 兄 庚寅 后 常 巳辰卯寅 后 玄陰

庚寅年の七月、処暑の後、月将は「太乙」巳を用う。甲申日・丙寅時に来たりて占う、甲申旬に属す(旬空は午・未に在り)。問う所は府試・院試の考中して入学すること能わしや否やなり。課体は「交車」「重審」「玄胎」と為る。月将の巳は占時の寅の上に加わる。四課は:甲は寅宮に寄し、寅の上に巳を乗じ、第一課と為る(巳は「太常」を乗ず)。巳の上に申を乗じ、第二課と為る(申は「青竜」を乗ず)。日支の申の上に亥を乗じ、第三課と為る(亥は「朱雀」を乗ず)。亥の上に寅を乗じ、第四課と為る(寅は「天后」を乗ず)。三伝は初伝の申(遁干は甲申、「青竜」を乗じ、甲日に於いては官鬼)、中伝の亥(遁干は丁亥、「朱雀」を乗じ、父母と為る)、末伝の寅(遁干は庚寅、「天后」を乗じ、兄弟と為る)。

斷曰:不但府試高取,院考定然首薦。蓋因七月申建發用,龍朱乘旺相現於初中,末傳寅為德祿驛馬。又干支交車生合,傳將進引,斗罡天喜加行年,朱雀乘丁神進氣,文字必貼主司之意。且格合天心,主非常喜慶也,是以首薦。

呉師青が断じて曰く:ただ府試が前列に取ること能わしのみならず、院試もまた一定して第一に名列せん。何を以て見得せんや?七月の月建はまさに申にして、如今、申を以て発用と為す。「青竜」「朱雀」の両位の文星はみな旺相の気を乗じて初伝・中伝に現ず。末伝の寅はまた日徳・日禄と駅馬とを一身に兼ぬ。さらに日干・日支の交車して相生・相合するを看、三伝の天将は節節に引進し、斗宿・天罡と天喜とが同じく此人の行年の上に加わり、「朱雀」はまた丁神を乗じ、進気を乗ず——文章は必定して考官の心意に合せん。何况や格局は暗く「天心」に合し、非常の喜慶を主る、故に彼が頭名に中るを断ず。

天喜: 月:正 二 三 四 五 六 七 八 九 十 十一 十二 戌 亥 子 丑 寅 卯 辰 巳 午 未 申 酉

上文の用うる所の天喜の神は、月に按じて輪転す:正月は戌に在り、二月は亥に在り、三月は子に在り、四月は丑に在り、五月は寅に在り、六月は卯に在り、七月は辰に在り、八月は巳に在り、九月は午に在り、十月は未に在り、十一月は申に在り、十二月は酉に在り。本課は七月に占う、故に天喜は辰の上に落ち、恰好として斗罡と同じく行年に加わる、故に科名の喜を主る。

重審課・占病吉凶(辛巳年九月・丁亥日)

辛巳九月寒露辰將,丁亥辛丑時,甲申旬,占病吉凶。重審、鑄印。 貴后 蛇 戌亥子丑 陰 朱白空后 比 癸巳 空 朱 酉 寅 玄 酉辰巳子 子 丙戌 蛇 六 申 卯 常 辰亥子丁 印 辛卯 常 勾 未午巳辰 虎 龍空

辛巳年の九月、寒露の後、月将は「天罡」辰を用う。丁亥日・辛丑時に来たりて占う、甲申旬に属す(旬空は午・未に在り)。問う所は病情の吉凶なり。課体は「重審」「鋳印」と為る。四課は:丁は未宮に寄し、未の上に子を乗じ、第一課と為る(子は「天后」を乗ず)。子の上に巳を乗じ、第二課と為る(巳は「天空」を乗ず)。日支の亥の上に辰を乗じ、第三課と為る(辰は「白虎」を乗ず)。辰の上に酉を乗じ、第四課と為る(酉は「朱雀」を乗ず)。三伝は初伝の巳(遁干は癸巳、「天空」を乗じ、丁日に於いては比肩)、中伝の戌(遁干は丙戌、「騰蛇」を乗じ、子孫と為る)、末伝の卯(遁干は辛卯、「太常」を乗じ、印綬と為る)。戌が巳の上に加わりて而も巳を以て発用と為す、まさに鋳印の象なり。

斷曰:課得鑄印,占病不吉,三日必死。不久,又一人代他復占,占得未亥卯三傳,白虎發用,喪吊全逢,用木空則折,病主風寒後三日內果如其應。

呉師青が断じて曰く:この一一課は「鋳印」を成すといえども、用いて病を占えば却って吉利ならず、三日の内に必ず死せん。過ぎること久しからずして、別に一人ありて彼のために再び一課を占す、得る所は未・亥・卯の三伝にして、「白虎」が発用し、喪門・弔客は一斉に湊斉す。発用の木はまた旬空に落ち、空なれば則ち折斷す、病は風寒の侵襲に属す。両課の指す所は相同じく、果して三天の内に就ち応験せり。

重審課・占病吉凶(乙酉年正月・己亥日)

乙酉正月立春子將,己亥己巳時,甲午旬,占病吉凶,重審、交車。 后陰 貴 子丑寅卯 玄 后空六陰 父 庚子 空 蛇 亥 辰 常 丑午酉寅 兄 辛丑 后 朱 戌 巳 虎 午亥寅己 子 丙申 勾 六 酉申未午 空 勾青

乙酉年の正月、立春の後、月将は「神后」子を用う。己亥日・己巳時に来たりて占う、甲午旬に属す(旬空は辰・巳に在り)。問う所は病情の吉凶なり。課体は「重審」「交車」と為る。月将の子は占時の巳の上に加わる。四課は:己は未宮に寄し、未の上に寅を乗じ、第一課と為る(寅は「太陰」を乗ず)。寅の上に酉を乗じ、第二課と為る(酉は「六合」を乗ず)。日支の亥の上に午を乗じ、第三課と為る(午は「天空」を乗ず)。午の上に丑を乗じ、第四課と為る(丑は「天后」を乗ず)。三伝は初伝の子(遁干は庚子、「天空」を乗じ、注して父母と為る)、中伝の丑(遁干は辛丑、「天后」を乗じ、兄弟と為る)、末伝の申(遁干は丙申、「勾陳」を乗じ、子孫と為る)。

斷曰:脾土受症,目今無慮。蓋木為官鬼,則脾土受克矣,必以平脾清心為上,切勿健脾理肺,七月恐有不測之憂。蓋祿臨絕地,馬入墓鄉巳加戌墓,且子巳相加子巳合成死字為陽臨陽絕,又卯臨申位是木被金雕,病人非宜,且年帶二死剋日,故斷其七月必死。果如其應。

呉師青が断じて曰く:病は脾土に在り、眼下はなお緊要ならず。木は己土の官鬼にして、木旺なれば則ち脾土は克を受く、薬を用うるはまさに肝を平し脾を安んじ、心を清くし火を降すを以て上と為すべく、千万に一味に脾を健し肺を理すべからず。七月に到ればただ意外の憂あるを怕るのみ。何を以てせん?日禄は絶地に落ち、駅馬はまた墓郷に進み入る——巳が戌のこの墓の上に加わればにて。さらに子・巳の両字は相疊して、まさに一箇の「死」字を合成す、是れ陽神の陽絶の地に臨むなり。また卯は申位に臨み、木は金に削せらる、病人に対して最も宜しからず。何况や行年の上は両重の死気を帯びて来たりて日干を克す。およそ此の種種なれば、七月に必ず死すると断定する所以なり。後來に果して応験せり。

四、元首課

元首者,象天,主先喜而後憂。元首課四課中並無下賊上,惟一上神克下者,曰元首。若課中有二三四上神克下,非首矣。或上神有二三四同克下一位,勿論。總以直克下為用,旁側勿論。元首以為克之支神為用。

「元首課」は象を天に取る、起初の歓喜、後來の憂を生ずるを主る。その課を成すの条件は:四課の中に並びて一処の下神の上神を賊克するなく、ただ一処の上神の下神を克するのみ、これを就ち元首と叫ぶ。若し課中に両処・三処の上神の下神を克することあらば、便ち元首を成さず。あるいはまた両三箇の上神ありて同じく一箇の下神を克しに往くも、もまた管するに及ばず。総じてただあの直接に下を克するの上神を取りて発用と為し、傍らに斜出するは一概に論ぜず。元首課とは、就ちあの克を施すの上神を以て取りて発用と作すなり。

元首課・見日暈占祥瑞(甲申年五月・己丑日)

甲申年五月芒種申將,己丑日庚午時,甲申旬,因偶見有大暈圍繞,占此祥瑞否,元首、迎陽。 勾六 青 未申酉戌 朱 白玄 蛇六 鬼 辛卯 玄 空 午 亥 蛇 巳卯 亥酉 父 癸巳 白 虎 巳 子 貴 卯丑 酉己 兄 乙未 龍 常 辰卯寅丑 后 玄陰

甲申年の五月、芒種の後、月将は「伝送」申を用う。己丑日・庚午時に来たりて占う、甲申旬に属す(旬空は午・未に在り)。起因は偶然に天上に一圏の大暈ありて日輪を囲繞するを見たるにて、これは祥瑞なるかを占問す。課体は「元首」「迎陽」と為る。月将の申は占時の午の上に加わる。四課は:己は未宮に寄し、未の上に酉を乗じ、第一課と為る(酉は「六合」を乗ず)。酉の上に亥を乗じ、第二課と為る(亥は「騰蛇」を乗ず)。日支の丑の上に卯を乗じ、第三課と為る(卯は「玄武」を乗ず)。卯の上に巳を乗じ、第四課と為る(巳は「白虎」を乗ず)。三伝は初伝の卯(遁干は辛卯、「玄武」を乗じ、己日に於いては官鬼)、中伝の巳(遁干は癸巳、「白虎」を乗じ、父母と為る)、末伝の未(遁干は乙未、「青竜」を乗じ、兄弟と為る)。

斷曰:發用玄武賊符,克干克支,蓋干為天位而乘敗氣酉為沐浴是敗,支為社稷而見死神卯為己日之死,且歲君臨滅沒之方,貴人又不得地,中州吳越必失封疆,君國敗亡之象也。後果如其應。

呉師青が断じて曰く:発用の卯の上に「玄武」を乗じ、また賊符に値し、既に日干を克しまた日支を克す。日干は天位を代表し、如今、それが上面に乗ずるの酉は沐浴・敗気なり。日支は社稷を代表し、如今、それが上面に見るの卯はまさに己日の死神なり。加うるに太歳は滅没の方に落ち、貴人はまたその地を得ず。中州と呉越の一帯は必定して疆土を丟失せん、これは君王と国家との敗亡の象で、決して祥瑞に非ず。後來に果して彼の断ずる所の如くなりき。

元首課・占出師(丙子年二月・辛巳日)

丙子二月雨水亥將,辛巳日辛卯時,甲戌旬,占出師,元首、炎上。 勾六 青 丑寅卯辰 朱 玄青 勾貴 官 壬午 貴 空 子 巳 蛇 酉丑 寅午 財 戊寅 勾 虎 亥 午 貴 丑巳 午辛 印 甲戌 常 常 戌酉申未 后 玄陰

丙子年の二月、雨水の後、月将は「登明」亥を用う。辛巳日・辛卯時に来たりて占う、甲戌旬に属す(旬空は申・酉に在り)。問う所は兵を出でて征討するの事なり。課体は「元首」「炎上」と為る——三伝の寅午戌は会して火局と成る、故に名づけて炎上と曰う。月将の亥は占時の卯の上に加わる。四課は:辛は戌宮に寄し、戌の上に午を乗じ、第一課と為る(午は「貴人」を乗ず)。午の上に寅を乗じ、第二課と為る(寅は「勾陳」を乗ず)。日支の巳の上に丑を乗じ、第三課と為る(丑は「青竜」を乗ず)。丑の上に酉を乗じ、第四課と為る(酉は「玄武」を乗ず)。三伝は初伝の午(遁干は壬午、「貴人」を乗じ、辛日に於いては官星)、中伝の寅(遁干は戊寅、「勾陳」を乗じ、妻財と為る)、末伝の戌(遁干は甲戌、「太常」を乗じ、印綬と為る)。

斷曰:春得炎上,氣進,又合元首三奇,高爵宰官不復言矣。但日干敗在午,日支墓在丑,且日干乘火鬼,剋日干,不惟興師無濟,且有他虞。即官至卯年亦不見利。蓋卯上所加之亥是白虎驛馬,名為回馬。雖是剝官之煞,幸結成木局生起初傳午火官星,故僅撤回剿賊。庚辰年太歲受克,子水司令制傷火局退位俱驗。

呉師青が断じて曰く:春天に「炎上」の局を得れば、気勢はまさに前に向かいて進む。又元首と三奇とに合わせば、高爵・宰輔を做り到るは本は多く説くに及ばず。惜しむらくは辛日の敗地はまさに午に在り、日支の巳の墓庫はまさに丑に在り、而も日干の上にまた火鬼を乗じて来たりて身を克す。この一たび来たれば、ただ兵を出だすに功なきのみならず、さらに別に別個の憂患あり、たとい官運が卯年に撑到するもまた必ずしも利あるを見ず。何を以てせん?卯の上に加わる所の亥は「白虎」を乗じてまた駅馬なり、名づけて「回馬」と曰い、本是官職を剥奪するの凶煞なり。幸なるかなそれが木局を結成して、反って往きて初伝の午火のこの一顆の官星を生起す、故にただ兵を撤し回りて賊を剿るのみに止まる。庚辰年に到りて、太歳は克を受け、子水は令に当たりて火局を制傷せば、彼は便ち位を退く——後來に一一としてみな応験せり。

元首課・占太史能否入相(癸酉年七月・甲寅日)

癸酉七月立秋午將,甲寅日壬申時,甲寅旬,占太史可能入相否,元首。 六勾 朱 卯辰巳午 青 玄后 玄后 財 壬戌 玄 蛇 寅 未 空 戌子 戌子 鬼 庚申 虎 貴 丑 申 虎 子寅 子甲 子 戊午 龍 后 子亥戌酉 常 陰玄

癸酉年の七月、立秋の後、月将は「勝光」午を用う。甲寅日・壬申時に来たりて占う、甲寅旬に属す(旬空は子・丑に在り)。問う所は某位の太史の閣に入りて相を拝すること能わしや否やなり。課体は「元首」と為る。月将の午は占時の申の上に加わる。四課は:甲は寅宮に寄し、寅の上に子を乗じ、第一課と為る(子は「天后」を乗ず)。子の上に戌を乗じ、第二課と為る(戌は「玄武」を乗ず)。日支の寅の上はなお子を乗ず、第三課は第一課と相同じ。戌は子を乗ず、第四課は第二課と相同じ、四課は実はただ両課を成すのみ。三伝は初伝の戌(遁干は壬戌、「玄武」を乗じ、甲日に於いては妻財)、中伝の申(遁干は庚申、「白虎」を乗じ、官鬼と為る)、末伝の午(遁干は戊午、「青竜」を乗じ、子孫と為る)。

斷:發用干支乘敗子為沐浴,而子又值旬空,本不許入相。然餘以入相許之。何也?因中傳寅日之驛馬皇詔申為驛馬皇詔,末傳月將青龍午為青龍,又歲建酉為太常作官星加臨年命。經曰;太常入官鄉當朝執政太常值酉為官,月將乘青龍片言入相傳送載青龍。但嫌龍神午火克歲君歲君是酉,將來未必不獲意於君上而退位。後如其占。

呉師青が断じて曰く:発用の神と日干・日支とはみな敗気を乗ず——子は沐浴の地にして、子はまたまさに旬空に落つ、理に照らせば是れ入相を許さざるなり。しかれども我は偏偏として彼の入相を許す、何を以てせん?中伝の申は既に寅日の駅馬にして、また秋令の皇詔なればにて。末伝の午は当令の月将にして、さらに「青竜」を乗ず。再加ふるに太歳の酉の上は「太常」を乗じて而も化して官星と為り、加臨して此人の本命年の上に在り。古経に説きて曰く:「太常が官郷に入れば、当朝に執政す」と、本課の太常は酉に値してまさに官星と為る。又曰く:「月将が青竜を乗ずれば、片言に相に入る」と、本課の伝送の位はまさに青竜を載す。ただ惜しむらくは龍神の午火は反って太歳の酉金を克す、將來は君上に歡を失わずして位を退かざるを保し難し。後來に果して占う所の如くなりき。

皇詔,即皇書也,春寅、夏巳、秋申、冬亥。

ここに説く所の皇詔は就ち皇書なり、四季に按じて取用す:春季は寅に在り、夏季は巳に在り、秋季は申に在り、冬季は亥に在り。本課は七月の秋令に占う、故に皇詔は申の上に落ち、恰好として寅日の駅馬と同じく一位に処す、故に詔命の召用あるの応を断ず。

元首課・僧人偕衆索占(壬午年九月・丁亥日)

壬午九月寒露辰將,丁亥日丁未時,甲申旬,有一僧人偕同十餘人相顧,丙午命人索占,元首、玄胎。 勾青 六 寅卯辰巳 空 空玄 朱龍 比 癸巳 空 朱 丑 午 虎 巳申 丑辰 父 庚寅 六 蛇 子 未 常 申亥 辰丁 鬼 丁亥 貴 貴 亥戌酉申 玄 后陰

壬午年の九月、寒露の後、月将は「天罡」辰を用う。丁亥日・丁未時に来たりて占う、甲申旬に属す(旬空は午・未に在り)。当時に一位の僧人ありて十幾箇の人を帶て一同に来訪し、その中の一位の丙午年生の客人が彼に課を起すを請う。課体は「元首」「玄胎」と為る。月将の辰は占時の未の上に加わる。四課は:丁は未宮に寄し、未の上に辰を乗じ、第一課と為る(辰は「青竜」を乗ず)。辰の上に丑を乗じ、第二課と為る(丑は「朱雀」を乗ず)。日支の亥の上に申を乗じ、第三課と為る(申は「玄武」を乗ず)。申の上に巳を乗じ、第四課と為る(巳は「天空」を乗ず)。三伝は初伝の巳(遁干は癸巳、「天空」を乗じ、丁日に於いては比肩)、中伝の寅(遁干は庚寅、「六合」を乗じ、父母と為る)、末伝の亥(遁干は丁亥、「貴人」を乗じ、官鬼と為る)。

斷:來意必為功名,公乃未年甲榜。曰是。蓋因貴德官星臨年丁德在亥,官在亥,月將青龍居丁辰為龍,且羊角相加,故應未年高第。歲居干後午在未後,日生青龍丁火生辰龍,理宜先京城而後外任;嫌身祿不得地午祿臨丁之死位。此去身不安而祿不養,況歲君臨嗔怒之所,此番為國家起見耳。後知為錢大鶴。李賊破京遂歸。

呉師青が断じて曰く:来意は一定して功名を問うなり、先生は未年に考中したる進士なり。客人曰く:まさに是なり。何を以てこのように断ずや?貴人・日徳と官星とが一斉に彼の本命年の上に臨めばにて——丁日の徳は亥に在り、官星もまた亥に在り。当令の月将はまた「青竜」を乗じて日干の上に坐し、再加ふるに羊角の象の相疊せるあり、故に未年に高中するに応ず。太歳の午は日干の寄宮たる未の後に居り、日干の丁火はまた往きて青竜の乗ずる所の辰土を生ず、理に照らせばまさに先に京城に於いて職を任じ、後に外に放たれて任に就くべし。惜しむらくは彼の身禄はその地を得ず:午は是れ丁の禄なりといえども、却って丁火の死位の上に落つ、この一たび往けば身は安からず、禄は養わず。何况や太歳は嗔怒の方に臨む、この一趙は不過に国家のために力を出すのみ。後來に初めてこの位の客人は就ち銭大鶴なるを知る、李自成が京城を攻破して後に彼は便ち鄉に回りき。

曰:未年甲榜者,以青龍臨地盤未位也。

何を以て彼が未年に中りたる進士なるを断定せしや?課中の「青竜」の乗ずる所の辰がまさに地盤の未位の上に臨めばにて、青竜は科名・文書を主り、それがいずれの一支に落つるかに、就ちいずれの一年に応ず、故に未年に甲榜に登ると断作す。

元首課・占升遷(庚辰年正月・丁丑日)

庚辰正月雨水亥將,丁丑日癸卯時,甲戌旬,占升遷,元首、從革。 六勾 朱 丑寅卯辰 龍 空陰 貴勾 比 辛巳 空 蛇 子 巳 空 巳酉 亥卯 子 丁丑 朱 貴 亥 午 虎 酉丑 卯丁 財 乙酉 陰 后 戌酉申未 常 陰玄

庚辰年の正月、雨水の後、月将は「登明」亥を用う。丁丑日・癸卯時に来たりて占う、甲戌旬に属す(旬空は申・酉に在り)。問う所は升遷すること能わしや否やなり。課体は「元首」「従革」と為る——三伝の巳酉丑は会して金局と成る、故に名づけて従革と曰う。月将の亥は占時の卯の上に加わる。四課は:丁は未宮に寄し、未の上に卯を乗じ、第一課と為る(卯は「勾陳」を乗ず)。卯の上に亥を乗じ、第二課と為る(亥は「貴人」を乗ず)。日支の丑の上に酉を乗じ、第三課と為る(酉は「太陰」を乗ず)。酉の上に巳を乗じ、第四課と為る(巳は「天空」を乗ず)。三伝は初伝の巳(遁干は辛巳、「天空」を乗じ、丁日に於いては比肩)、中伝の丑(遁干は丁丑、「朱雀」を乗じ、子孫と為る)、末伝の酉(遁干は乙酉、「太陰」を乗じ、妻財と為る)。

斷曰:不惟難以遷轉,且當請退。蓋傳送空亡申酉為空,太歲龍神落陷辰加申,互乘死氣,諸事只宜休息。況春得金局,為四時返本,定然官難滿任。一交巳年即宜請告。巳年果被參劾而回。

呉師青が断じて曰く:ただ官に升ることを得ざるのみならず、さらに早めに去るを求むべし。何を以てせん?本旬の空亡はまさに申・酉に在り、「伝送」の一位は空に落ちたり。太歳の辰の上の龍神はまた申の上に加わりて而も陥に落ち、両下は互いに死気を乗ず、諸事はただ安歇するに宜し。何况や春天に金局を得たる、金は春に於いては本に返り元に還りて、気は当時ならず、この一任の官は必定して満ち做ることを得ず。一たび巳年に到れば、就ち疏を上げて告退すべし。巳年に到りて、彼は果して參劾せられ官を罷めて帰りき。

丁丑日是甲戌旬,空亡在申酉。蓋酉為傳送之月將,今逢甲戌旬,乃是空亡。辰為太歲,此課青龍在辰,但辰加申位,而申為旬空,辰加申位,而辰為陷也。

補釋す:丁丑日は甲戌旬に属し、この一句の空亡は就ち申・酉の両位に在り。酉は本是「伝送」のこの一月将の居る所の地にして、如今、まさに旬空に落つ、故に伝送は空亡すと説く。辰は庚辰年の太歳にして、本課の「青竜」は就ち辰の上に乗ず。可ならずや辰はまた申位に加わり、申は既に旬空にして、辰は空位の上に踏めば、自然として陥に落ちて力なきなり。

元首課・占兒子逃往何方(庚寅年四月・乙酉日)

庚寅四月立夏酉將,乙酉辛巳時,甲申旬,占子逃往何方找尋、何日得見,元首、九丑。 朱蛇 六 酉戌亥子 貴 虎后 貴勾 官 甲申 勾 勾 申 丑 后 巳丑 子申 父 戊子 貴 龍 未 寅 陰 丑酉 申乙 財 壬辰 常 空 午巳辰卯 玄 虎常

庚寅年の四月、立夏の後、月将は「従魁」酉を用う。乙酉日・辛巳時に来たりて占う、甲申旬に属す(旬空は午・未に在り)。占者の兒子が出走し、彼がいずれの方向へ逃げ往き、いずれの一天に找し到ることを得るかを問う。課体は「元首」「九丑」と為る。月将の酉は占時の巳の上に加わる。四課は:乙は辰宮に寄し、辰の上に申を乗じ、第一課と為る(申は「勾陳」を乗ず)。申の上に子を乗じ、第二課と為る(子は「貴人」を乗ず)。日支の酉の上に丑を乗じ、第三課と為る(丑は「天后」を乗ず)。丑の上に巳を乗じ、第四課と為る(巳は「白虎」を乗ず)。三伝は初伝の申(遁干は甲申、「勾陳」を乗じ、乙日に於いては官鬼)、中伝の子(遁干は戊子、「貴人」を乗じ、父母と為る)、末伝の辰(遁干は壬辰、「太常」を乗じ、妻財と為る)。

斷曰:此子逃於西南四十八里親戚之家,其家近水樓房,門前有羊二隻,柳數株,爾子與金山僧往來,尋之兩丁日可見。蓋申為金,加辰為山又水局申子辰圍繞,豈非金山乎?玄為逃亡之子,玄卯加亥屬水,即即近水樓房。而天盤亥支加地盤未宮,由戌逆數至未有四位,由子順數至未有八宮,所謂四十八里也。何謂西南?未居西南也?何以有羊?因未加著地盤卯之位也。何以有柳,因未值鬼柳二宿也。後四日,其子自金山回。

呉師青が断じて曰く:この孩子は西南の方の四十八里の外の一戸の親戚の家裡に逃げ、あの家は水に靠れたる樓房にして、門前に両隻の羊を拴ぎ、幾株の柳樹を種う。你の兒子は金山寺の僧人と来往あり、さらに両箇の丁日を過ぎて便ち見着くことを得ん。何を凭りてこのように説くや?申は金に属し、辰の上に加わりて而も辰は山を象り、三伝はまた申子辰の水局の環繞する、合わせ起こせば豈にまさに「金山」の両字ならざらんや。「玄武」は逃げ走る人を代表し、玄武の乗ずる所の卯は亥の上に加わり、亥は水に属す、故に水に臨める樓房と説く。天盤の亥は地盤の未宮に加わり、戌より逆に数えて未に到るに四位を得、子より順に数えて未に到るに八宮を得、合せて四十八里と成る。何を以て西南と曰うや?未がまさに西南に居ればにて。何を以て羊あると曰うや?未が本は羊に属し、而もそれが地盤の卯位の上に加わればにて。何を以て柳あると曰うや?未のこの一宮は鬼宿と柳宿とに値ればにて。四天の後に、彼の兒子は果して金山より回り来たりき。

九丑卦主災。其法如乙、己、戊、辛、壬五日干,而逢子、午、卯、酉為日支,又丑加酉支上,曰九丑。推之即乙己戊辛壬五日而見丑加四仲日是也。

「九丑」のこの一課は災禍を主る。その取法は:日干が乙・己・戊・辛・壬のこの五箇の一にして、日支はまた子・午・卯・酉の四仲の一にして、而も天盤の丑がまさに日支の酉の上に加わるを、便ち九丑と叫ぶ。推して之を広げれば、就ち乙・己・戊・辛・壬の五日に丑の四仲の支に加わるを見るはみな算す。

元首課・占兵乱吉凶(己丑年正月・辛巳日)

己丑正月雨水亥將,辛巳日辛卯時,甲戌旬,占兵亂吉凶,元首、炎上。 勾六 青 丑寅卯辰 朱 玄青勾貴 官 壬午 貴 空 子 巳 蛇 酉丑寅午 財 戊寅 勾 虎 亥 午 貴 丑巳午辛 印 甲戌 常 常 戌酉申未 后 玄陰

己丑年の正月、雨水の後、月将は「登明」亥を用う。辛巳日・辛卯時に来たりて占う、甲戌旬に属す(旬空は申・酉に在り)。当時は兵乱が四起し、吉凶を占問す。課体は「元首」「炎上」と為る。月将の亥は占時の卯の上に加わる。四課は:辛は戌宮に寄し、戌の上に午を乗じ、第一課と為る(午は「貴人」を乗ず)。午の上に寅を乗じ、第二課と為る(寅は「勾陳」を乗ず)。日支の巳の上に丑を乗じ、第三課と為る(丑は「青竜」を乗ず)。丑の上に酉を乗じ、第四課と為る(酉は「玄武」を乗ず)。三伝は初伝の午(遁干は壬午、「貴人」を乗じ、辛日に於いては官星)、中伝の寅(遁干は戊寅、「勾陳」を乗じ、妻財と為る)、末伝の戌(遁干は甲戌、「太常」を乗じ、印綬と為る)。

斷曰:游都居支前寅在巳日之前,賊符侵酉位,且貴人克干發用午火為貴人加臨西北,西北兵動據城無疑。初傳旺相生合寅之游都末傳,定主內外奸人勾連,中傳寅月建克末傳,必然破城殺將。但游都臨合,雖火局旺相於春夏,而死絕於秋冬,又日墓臨支,是主受客愚而墜客計,交秋事敗歸降。

呉師青が断じて曰く:游都の寅は日支の巳の前に居り、賊符はまた酉位に侵し到り、加うるに貴人の乗ずる所の午火が日干を克して而も取られて発用と為され、午火は西北の一帯に落つ——西北方の兵馬は已に動き、城に據りて乱を作すは疑いなきなり。初伝は旺相の気を乗じて往きて寅のこの游都を生合し、また末伝と相合す、内外の奸人の互いに勾連するを断ず。中伝の寅はまさに月建に当たりて而も末伝を克す、城を破り将を殺すもまた勢いの免がれざる所なり。ただし游都は三合に臨むといえども、火局は春夏に於いて旺なりといえども、秋冬に到れば便ち死絶す。日墓はまた日支に臨む、本方が敵人に愚弄せられ、対方の圈套に落ち入るを主る。秋に交りて後に、この事は便ち敗降を以て收場せん。

游都:甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸 丑 子 寅 巳 申 丑 子 寅 巳 申

文中に屢次用うる所の游都は、なお日干に按じて取る:甲日は丑に在り、乙日は子に在り、丙日は寅に在り、丁日は巳に在り、戊日は申に在り、己日は丑に在り、庚日は子に在り、辛日は寅に在り、壬日は巳に在り、癸日は申に在り。本課は辛日なり、故に游都は寅に在り、恰好として日支の巳の前の一歩に居る、故に兵動の応あり。

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