渉害課・両客進坐索占(癸亥年正月・己亥日)
癸亥正月雨水亥將,己亥日辛未時,甲午旬,有兩客進坐索占,涉害、曲直、迴環。 朱蛇 六 酉戌亥子 貴 龍玄 玄蛇 比 乙未 青 勾 申 丑 后 未卯 卯亥 財 己亥 蛇 龍 未 寅 陰 卯亥 亥己 鬼 癸卯 玄 空 午巳辰卯 玄 虎常
癸亥年の正月、雨水の後、月将は「登明」亥を用う。己亥日・辛未時に来たりて占う、甲午旬に属す(旬空は辰・巳に在り)。当時に両位の客人ありて門に進み坐りて占を求む。課体は「渉害」「曲直」「回環」と為る。月将の亥は占時の未の上に加わる。四課は:己は未宮に寄し、未の上に亥を乗じ、第一課と為る(亥は「騰蛇」を乗ず)。亥の上に卯を乗じ、第二課と為る(卯は「玄武」を乗ず)。日支の亥の上はなお卯を乗ず、第三課は第二課と相同じ。卯の上に未を乗じ、第四課と為る(未は「青竜」を乗ず)。三伝は初伝の未(遁干は乙未、「青竜」を乗じ、己日に於いては比肩)、中伝の亥(遁干は己亥、「騰蛇」を乗じ、妻財と為る)、末伝の卯(遁干は癸卯、「玄武」を乗じ、官鬼と為る)。
斷曰:龍神發用,傳課結成官局,來意必占今年功名事。繫在六月即有欽召之應。蓋春得進旺之木,遇夏則枝葉茂盛,將來事業遠大。曰:六月之說何也?未為正月之皇恩發用,中傳亥為正月之天詔,謂六月者,因亥加於未而未為六月也。後果六月如驗。 此課以卯所載之未為用。
呉師青が断じて曰く:「青竜」が発用し、四課・三伝はまた結して官局と成る、来意は一定して今年の功名を問うなり、しかも六月に到れば便ち朝廷の征召の応あらん。春天の木はまさに進気に当たりて而も旺なり、一たび夏に入れば便ち枝葉は繁茂す、將來の事業はなお遠大なり。客人問う:何を以て単に六月と説くや?答う:発用の未はまさに正月の皇恩の神にして、中伝の亥はまさに正月の天詔の神なり。六月に定むる所以は、亥が未の上に加わればにて、而も未は月建の中に於いて六月に当たる。後來に果して六月に応験せり。この一課の発用は、取るは卯の上に載する所の未なり。
天詔: 月:寅 卯 辰 巳 午 未 申 酉 戌 亥 子 丑 詔:亥 子 丑 寅 卯 辰 巳 午 未 申 酉 戌 皇恩: 正七月未,二八月酉,三九月亥,四十月丑,五十一月卯,六十二月巳。
天詔の神は月建に按じて取る、みな月建の前の三位に在り:寅月は亥に在り、卯月は子に在り、辰月は丑に在り、巳月は寅に在り、午月は卯に在り、未月は辰に在り、申月は巳に在り、酉月は午に在り、戌月は未に在り、亥月は申に在り、子月は酉に在り、丑月は戌に在り。皇恩の神は則ち是れ:正月と七月とは未に在り、二月と八月とは酉に在り、三月と九月とは亥に在り、四月と十月とは丑に在り、五月と十一月とは卯に在り、六月と十二月とは巳に在り。本課は正月に占う、故に皇恩は未に在りて而も天詔は亥に在り、両神は恰好として一は発用と為り、一は中伝と為る。
渉害課・重闢索占吉凶(丙子年二月・乙酉日)
丙子二月春分戌將,乙酉日辛巳時,甲申旬,因犯罪已定重闢,索占吉凶,涉害、天獄。 蛇貴 朱 戌亥子丑 后 龍陰 陰六 財 乙未 龍 六 酉 寅 陰 未寅 寅酉 父 戊子 貴 勾 申 卯 玄 寅酉 酉乙 子 癸巳 虎 青 未午巳辰 常 空虎
丙子年の二月、春分の後、月将は「河魁」戌を用う。乙酉日・辛巳時に来たりて占う、甲申旬に属す(旬空は午・未に在り)。占者は已に死罪を判せられ、前に来たりて吉凶を求問す。課体は「渉害」「天獄」と為る。月将の戌は占時の巳の上に加わる。四課は:乙は辰宮に寄し、辰の上に酉を乗じ、第一課と為る(酉は「六合」を乗ず)。酉の上に寅を乗じ、第二課と為る(寅は「太陰」を乗ず)。日支の酉の上はなお寅を乗ず、第二課と相同じ。寅の上に未を乗じ、第四課と為る(未は「青竜」を乗ず)。三伝は初伝の未(遁干は乙未、「青竜」を乗じ、乙日に於いては妻財、まさに旬空に落つ)、中伝の子(遁干は戊子、「貴人」を乗じ、父母と為る)、末伝の巳(遁干は癸巳、「白虎」を乗じ、子孫と為る)。
斷:目今必遇恩赦,六月便有出獄之徵。曰:何以言之?因皇恩臨干,天赦居支,又中傳太歲作貴人生日干,罪雖至重,亦能轉凶為吉。曰:六月出獄者何?因貴人加未也。 此課以寅所載之未為用。
呉師青が断じて曰く:眼下は必ず恩赦に遇い、六月に到れば便ち出獄の兆あらん。人ありて問う:何を凭りてこのように説くや?答う:皇恩の神は日干の上に臨み、天赦の神は日支の上に居り、中伝の子は既に本年の太歳にしてまた乙日の貴人にして、反って来たりて日干を生ず——罪名は重きこと極点に到るといえども、もまた凶を転じて吉と為すを能わず。また問う:何を以て六月に出獄すると定むや?答う:貴人の乗ずる所の神が未の上に加わればにて、未は月建の中に於いて六月に当たる。この一課の発用は、取るは寅の上に載する所の未なり。
皇恩: 正七月未,二八月酉,三九月亥,四十月丑,五十一月卯,六十二月巳。 天赦:春寅夏午秋申冬子。
両位の赦宥の神の取法:皇恩は、正月と七月とは未に在り、二月と八月とは酉に在り、三月と九月とは亥に在り、四月と十月とは丑に在り、五月と十一月とは卯に在り、六月と十二月とは巳に在り。天赦は、春季は寅に在り、夏季は午に在り、秋季は申に在り、冬季は子に在り。本課は二月の春令に占う、故に皇恩は酉に在りて而も天赦は寅に在り、一は日干に臨み、一は日支に居る、故に赦あるを断ず。
渉害課・來人不言所占(乙酉年七月・庚子日)
乙酉七月立秋午將,庚子日甲申時,甲午旬,來人占課,不言某事,涉害、顧祖。 六勾 朱 卯辰巳午 龍 白玄六龍 鬼 甲午 龍 蛇 寅 未 空 申戌辰午 父 甲辰 六 貴 丑 申 虎 戌子午庚 財 壬寅 蛇 后 子亥戌酉 常 陰玄
乙酉年の七月、立秋の後、月将は「勝光」午を用う。庚子日・甲申時に来たりて占う、甲午旬に属す(旬空は辰・巳に在り)。來人はただ課を起すを求むるのみ、問う所の何事かを説かず。課体は「渉害」「顧祖」と為る。月将の午は占時の申の上に加わる。四課は:庚は申宮に寄し、申の上に午を乗じ、第一課と為る(午は「青竜」を乗ず)。午の上に辰を乗じ、第二課と為る(辰は「六合」を乗ず)。日支の子の上に戌を乗じ、第三課と為る(戌は「玄武」を乗ず)。戌の上に申を乗じ、第四課と為る(申は「白虎」を乗ず)。三伝は初伝の午(遁干は甲午、「青竜」を乗じ、庚日に於いては官鬼)、中伝の辰(「六合」を乗じ、父母と為り、まさに旬空に落つ)、末伝の寅(遁干は壬寅、「騰蛇」を乗じ、妻財と為る)。
斷曰:午為勝光,七月午為天馬,則且光天馬同午,來意必問行。訣斷曰:勝光同天馬,來意問行人,過月望赤龍,眷屬到門庭。曰:然。因中末空亡,是以月內不來,過月驛馬克辰,故應丙辰日。何曰望赦龍?因末寅為驛馬克著中傳辰龍,此斷辰日而到門庭也。
呉師青が断じて曰く:午は就ち「勝光」にして、七月の天馬もまた午に在り、勝光と天馬とが同じく一位に落つ、来意は必定して門外に出でて在るの人を問うなり。歌訣に説きて曰く:「勝光が天馬に同じくすれば、来意は行人を問う。月を過ぎて赤竜を望めば、眷属は門庭に到る。」來人曰く:まさに是なり。中伝・末伝はみな旬空に落つればにて、故に本月の内はなお回り来たることを得ず。この月を過ぎて、駅馬は往きて中伝の辰を克す、故に丙辰日に応ず。何を以て「赤竜を望む」と叫ぶや?末伝の寅是れ駅馬にして、それが往きて中伝の辰の上の青竜を克すればにて、此に據りて辰日に家眷が門に到ると断ず。
又曰:此課占功名能復舊缺否?余曰:顧祖中末空,有初必無終。龍化為蛇例,請告始得榮。蓋因初龍末蛇,龍神克下,上官不足,復任月餘,果被劾逮問。 此課以庚所載之午為用。此課獨論干上之支為用,想必以庚身在申載午,用午為用也,仍要參稽為宜。 天馬,正七月午,二八月申,三九月戌,四十月子,五十一月寅,六十二月辰。
來人はまた問う:この一課を拿して功名を看れば、元の職に復すること能わしや?呉師青答う:課は「顧祖」を成して而も中・末はみな空なり、頭あれば必定して尾なし。これは「竜の化して蛇と為る」の例にして、ただ自ら動きて辞を請するのみ体靣を保つを得ん。初伝は「青竜」を乗じて而も末伝は「騰蛇」を乗ずればにて、竜神はまた反って下神を克す、上司が彼を待るに厚からざるを説明す。後來に彼は職に復すること一箇月余りにして、果して彈劾せられ逮問せらる。この一課の発用は、取るは庚の寄する所の宮の上に載するの午なり。此の課は単に日干の上神を取りて用と為す、大概は庚が申に身を寄せ、而も申の上に午を載するが故に、午を用うるなり。究竟の如何は、なお須くさらに別例を參詳するを以て是とせん。天馬の取法:正月と七月とは午に在り、二月と八月とは申に在り、三月と九月とは戌に在り、四月と十月とは子に在り、五月と十一月とは寅に在り、六月と十二月とは辰に在り。
渉害課・猜袖中何物(丙寅年・甲申日)
丙寅年丑月夏至未將,甲申癸酉時,甲申旬,因一客袖藏一冊而他人不知何物,予從占之。涉害、顧祖。 朱六勾青 卯辰巳午 六龍玄后 子午龍 蛇 寅 未 空 辰午戌子 財辰六 貴 丑 申 白 午申子甲 兄寅蛇 子亥戌酉 后陰玄常
丙寅年、夏至の後、月将は「小吉」未を用う(原文は月份を丑月と記す、節気と合せず)。甲申日・癸酉時に来たりて占う、甲申旬に属す(旬空は午・未に在り)。当時に位の客人ありて袖中に一册の東西を蔵し、旁人はみな是れ何なるかを知らず、作者は便ち課を起して來りて猜す。課体は「渉害」「顧祖」と為る。月将の未は占時の酉の上に加わる。四課は:甲は寅宮に寄し、寅の上に子を乗じ、第一課と為る(子は「天后」を乗ず)。子の上に戌を乗じ、第二課と為る(戌は「玄武」を乗ず)。日支の申の上に午を乗じ、第三課と為る(午は「青竜」を乗ず)。午の上に辰を乗じ、第四課と為る(辰は「六合」を乗ず)。三伝は初伝の午(「青竜」を乗じ、甲日に於いては子孫、まさに旬空に落つ)、中伝の辰(「六合」を乗じ、妻財と為る)、末伝の寅(「騰蛇」を乗じ、兄弟と為る)。
斷曰:此必文書之類。蓋青龍主文書為發用,而且午為子孫爻。又是文書。曰易書者,以子午為易氣,故以易斷之也。 此課以申所載之午為用。
呉師青が断じて曰く:袖の裡に蔵するは一定して文書の一類の東西なり。「青竜」は文書を主りて而もまさに発用に当たり、午はまた子孫爻にして、子孫は同じく文書を主ればにて。それが一部の《易》の書なるを断定するに至りては、子と午との両位が変易の気に属すればにて、故に「易」を拿りて断ず。この一課の発用は、取るは申の上に載する所の午なり。
七、遥克課
遙克者,力量不雄,主所卜難成。遙克者,繫四課上下全無克賊,不成重審、元首、比用、涉害諸格,則尋遙克之法。先以日干為主而與二三四上神較之。若有一上神剋日干,為神遙剋日,曰蒿矢課取此為用以為克之支神為用。若上神全無剋日干,則又論日干而克上神。若有一上神被日干克者,曰日遙克神,名為彈射課,取此為用以受克之上神為用。如或有二克,或克二者,亦照比用之法用之。若三傳相因,亦如天地盤乘加之例。如比用之法,何也?亦以日支之陽配陽,而陰用陽支神為用也。
「遥克課」は力量は雄厚ならず、占う所の事の成就し難きを主る。その課を成すの条件は:四課の上下に全く克賊無く、既に重審・元首を成さず、もまた比用・渉害を成さず、これに於いて初めて遥克の法を尋ぬ。先ず日干を以て主と為し、それを拿りて第二・三・四課の上神と比較す:若し一箇の上神ありて位を隔てて來たりて日干を克せば、これを「神遥克日」と叫び、課を「蒿矢」と名づけ、就ちこの來たりて克するの支神を取りて発用と為す。若し諸の上神がみな日干を克せざらば、就ち反って來て日干がいずれの上神を克するを往きて看る:若し一箇の上神ありて日干に克せらるれば、これを「日遥克神」と叫び、課を「弹射」と名づけ、就ちこの克を受くるの上神を取りて発用と為す。倘若も両処の克を出だし、あるいは一神の両処を克するを現ずれば、なお比用の法に照らして処置す。中・末の二伝は天盤・地盤の乗加するの常例に照らして相因じて得る。所谓の比用の法に照らすとは、就ちなお陽を以て陽に配し、陰を以て陰に配し、日と相比ぶの支神を取りて用と為す。
遥克課・為思宗祈雨(戊寅年三月・己巳日)
戊寅三月清明戌將,己巳日乙丑時天氣亢旱,萊陽臺中遲父師因思宗祈雨,占何日有雨,遙克、玄胎。 虎常 空 寅卯辰巳 玄 青 丑 午 陰 六空 青常 官 丙寅 空 勾 子 未 后 亥寅 丑辰 財 乙亥 六 六 亥戌酉申 貴 寅巳 辰己 子 壬申 貴 朱蛇
戊寅年の三月、清明の後、月将は「河魁」戌を用う。己巳日・乙丑時に来たりて占う、甲子旬に属す(旬空は戌・亥に在り)。当時は天は久しく雨降らず、莱陽の遅父師が思宗皇帝のために雨を祈りて、いずれの一天に雨の下るを占問す。課体は「遥克」「玄胎」と為る。月将の戌は占時の丑の上に加わる。四課は:己は未宮に寄し、未の上に辰を乗じ、第一課と為る(辰は「太常」を乗ず)。辰の上に丑を乗じ、第二課と為る(丑は「青竜」を乗ず)。日支の巳の上に寅を乗じ、第三課と為る(寅は「天空」を乗ず)。寅の上に亥を乗じ、第四課と為る(亥は「六合」を乗ず)。三伝は初伝の寅(遁干は丙寅、「天空」を乗じ、己日に於いては官星)、中伝の亥(遁干は乙亥、「六合」を乗じ、妻財と為り、まさに旬空に落つ)、末伝の申(遁干は壬申、「貴人」を乗じ、子孫と為る)。
斷曰:巳午之日先有狂風起,出旬甲戌日小雨,乙日大雨。蓋天罡辰加未位為風伯發用。寅為功曹,巳日寅為劫殺,功曹劫煞剋日,故主有狂風。又貴登天門天乙加亥為天門,龍神飛天青龍加午為飛天,皆行雨之象。因中末亥坐空亡,申臨陷位,故言出旬有驗。曰甲戌日小雨者,乘休氣空亡也。乙日大雨者,子卯相刑也。
呉師青が断じて曰く:巳日・午日は先ず狂風を起し、この一旬を出でて甲戌日に到りて小雨を下し、乙日に初めて大雨を下す。何を以てせん?「天罡」の辰は未位に加わり、未は風伯を主り、而もそれがまさに発用の列に在り。「功曹」の寅是れ巳日の劫煞にして、功曹は劫煞を帶て來たりて日干を克す、故に狂風を起すを主る。さらに貴人が天門に登上るを看れば——天乙は亥の上に加わり、亥は天門と為る。竜神はまた空を騰し天に飛ぶ——青竜は午の上に加わる、是を飛天と為す。これらはみな雨を行うの象なり。ただ中伝の亥は旬空に坐し、末伝の申は陥位に臨めばにて、故に本旬を出でて初めて応験すと説く。甲戌日はただ小雨あるのみと説くは、それが休気を乗じてまた空亡に値すればにて。乙日に必ず大雨あらんと説くは、あの天に子卯の相刑ありて、水木が激蕩すればにて。
原注乙日是子卯相刑,但查乙日是亥,丙日是子,有似丙焉。 劫煞:申子辰日巳,巳酉丑日寅,寅午戌日亥,亥卯未日申。
原注に説く:所谓の乙日の子卯相刑とは、本旬に於いて乙日は亥に配し、丙日に配するの初めて子是れるを査すべし、看るにここの「乙日」はまさに「丙日」と作るべきなり。別に劫煞の取法を附す:申子辰日の劫煞は巳に在り、巳酉丑日は寅に在り、寅午戌日は亥に在り、亥卯未日は申に在り。本課是れ巳日なり、故に劫煞は寅に在り、まさに功曹と位を同じくす。
遥克課・占續弦婚事(己丑年五月・癸酉日)
己丑五月芒種申將,癸酉日辛酉時,甲子旬,占續絃婚姻成否,遙克、蒿矢、退茹。 貴后 蛇 辰巳午未 陰 陰玄 空龍 鬼 辛未 陰 朱 卯 申 玄 未申 亥子 財 庚午 后 六 寅 酉 常 申酉 子癸 財 暗鬼己巳 貴 勾 丑子亥戌 白 青空
己丑年の五月、芒種の後、月将は「伝送」申を用う。癸酉日・辛酉時に来たりて占う、甲子旬に属す(旬空は戌・亥に在り)。問う所は續弦のこの門の親事の説き成ることを得るや否やなり。課体は「遥克」「蒿矢」「退茹」と為る——三伝の未・午・巳は逆に連なりて下る、故に名づけて退茹と曰う。月将の申は占時の酉の上に加わる。四課は:癸は丑宮に寄し、丑の上に子を乗じ、第一課と為る(子は「青竜」を乗ず)。子の上に亥を乗じ、第二課と為る(亥は「天空」を乗ず)。日支の酉の上に申を乗じ、第三課と為る(申は「玄武」を乗ず)。申の上に未を乗じ、第四課と為る(未は「太陰」を乗ず)。三伝は初伝の未(遁干は辛未、「太陰」を乗じ、癸日に於いては官鬼)、中伝の午(遁干は庚午、「天后」を乗じ、妻財と為る)、末伝の巳(遁干は己巳、「貴人」を乗じ、妻財と為りて而も暗鬼を帶ぶ)。
斷曰:占婚必成,成後必有訟。蓋因干支上下相合子與丑合,而日支之上神申金又生日干癸水,女願與男連婚。喜財官旺相,而官為夫,財為婦,主夫婦偕老,有子之象也。有訟者何?中末生助初鬼,克害日上子龍神。又午火財加未鬼之位,必主因妻致訟。娶後月餘,前夫之弟告,費財百金;庚歲生佳兒。
呉師青が断じて曰く:この門の親事は一定して説き成ることを得ん、可なりや成りて以後に必ず官司あらん。何を以て成ると曰うや?日干・日支は上下に相合す——子は丑と合す。日支の上神の申金はまた來たりて日干の癸水を生ず、女方は男方と親を結ぶを情愿するを説明す。財爻・官星はみな旺相の気を得、官星は丈夫を代表し、財爻は妻子を代表す、夫妻の白頭に偕老するを主り、さらに子を得るの象あり。然らば官司はいずこより來たるや?中伝・末伝はみな往きて初伝の官鬼を生助し、頭を回し来たりて日干の上に乗ずる青竜の子水を克害す。さらに午火の財爻は未のこの鬼位の上に加わる——必定して妻子を因りて訟を惹かん。後來に彼は親を娶ること一箇月余りにして、女方の前夫の弟弟が便ち來たりて状を告げ、銀子百両を破費しき。庚年に到りて一箇の好き兒子を生みき。
蒿矢課・密請占課(甲子年四月・癸卯日)
甲子年四月立夏酉將,癸卯日戊午時,甲午旬,因來意未白而密請占課,蒿矢、不備。 六勾 朱 未申酉戌 青 朱貴 貴陰 鬼 乙未 朱 蛇 午 亥 空 未巳 巳卯 父 丁酉 勾 貴 巳 子 虎 巳卯 卯癸 兄 己亥 空 后 辰卯寅丑 常 陰玄
甲子年の四月、立夏の後、月将は「従魁」酉を用う。癸卯日・戊午時に来たりて占う、甲午旬に属す(旬空は辰・巳に在り)。來人は肯んじて來意を説明せず、ただ密かに一課を占するを請う。課体は「蒿矢」「不備」と為る。四課は:癸は丑宮に寄し、丑の上に卯を乗じ、第一課と為る(卯は「貴人」を乗ず)。卯の上に巳を乗じ、第二課と為る(巳は「太陰」を乗ず)。日支の卯の上はなお巳を乗ず、第二課と相同じ、四課はただ三課を成すのみ、故に不備と叫ぶ。巳の上に未を乗じ、第四課と為る(未は「朱雀」を乗ず)。三伝は初伝の未(遁干は乙未、「朱雀」を乗じ、癸日に於いては官鬼)、中伝の酉(遁干は丁酉、「勾陳」を乗じ、父母と為る)、末伝の亥(遁干は己亥、「天空」を乗じ、兄弟と為る)。
斷曰:必為六甲而占也。蓋午時為癸日之胎。曰:然,男乎?抑女也?曰:干上卯屬震,為長男之象。又是幕貴,三傳四課純陰極陽,生貴兒必矣。且日支加日干,仰首見子,生必順利。但四課不備,未曾足月。生於何時?曰:六月生。因六月未為養神發用也。子日寅時生,因子沖午之胎神而地盤子位上加寅故也。
呉師青が断じて曰く:您は一定して懐孕の事のために來たりて占うなり、午時はまさに癸日の胎神なればにて。來人曰く:まさに是なり、然らば男を生むか女を生むか?答う:日干の上の卯は八卦に於いて震に属し、是れ長男の象にして、また幕貴を兼ぬ。三伝・四課は純に是れ陰支にして、陰は極まりて而も陽を生ず、必定して一箇の貴子を生まん。加うるに日支は日干の上に加わり、頭を抬げれば便ち子孫を見る、生産は一定して順利せん。ただ四課は不備にして、月を足らざるに便ち生まんとするを怕る。また幾時に生むかを問う。答う:六月に生む、六月の未はまさに養神にして而も発用に当たればにて。さらに日時を定めれば、則ち是れ子日の寅時——子は來たりて午のこの胎神を冲し、而も地盤の子位の上にまた寅を加えたればにて。
斷六月生者,以未為養神發用,斷之無差。即不發用,亦多斷於養神也。
一句の断法を補う:六月に生むと断ずる所以は、是れ未を取りて養神と為して而も恰も発用に当たればにて、このように推斷すれば差あることなし。たとい養神は発用あらざるとも、産期を占う時にも多半は養神の在る所のあの一位の上に落つるを要す。
蒿矢課・占兄弟郷試(丁卯年八月・乙巳日)
丁卯年八月秋分辰將,乙巳日甲申時,甲辰旬,占兄弟鄉場中否?蒿矢、從革。 朱六 蛇 丑寅卯辰 勾 玄蛇 常貴 鬼 己酉 玄 貴 子 巳 青 酉丑 申子 子 乙巳 龍 后 亥 午 空 丑巳 子乙 財 癸丑 蛇 陰 戌酉申未 虎 玄常
丁卯年の八月、秋分の後、月将は「天罡」辰を用う。乙巳日・甲申時に来たりて占う、甲辰旬に属す(旬空は寅・卯に在り)。占うは兄弟の郷試に考中すること能わしや否やなり。課体は「蒿矢」「従革」と為る——三伝の巳酉丑は会して金局と成る。月将の辰は占時の申の上に加わる。四課は:乙は辰宮に寄し、辰の上に子を乗じ、第一課と為る(子は「貴人」を乗ず)。子の上に申を乗じ、第二課と為る(申は「太常」を乗ず)。日支の巳の上に丑を乗じ、第三課と為る(丑は「騰蛇」を乗ず)。丑の上に酉を乗じ、第四課と為る(酉は「玄武」を乗ず)。三伝は初伝の酉(遁干は己酉、「玄武」を乗じ、乙日に於いては官鬼)、中伝の巳(遁干は乙巳、「青竜」を乗じ、子孫と為る)、末伝の丑(遁干は癸丑、「騰蛇」を乗じ、妻財と為る)。
斷曰:兄弟皆中,午命在前,亥命在後。因蒿矢見金,如箭有簇,自四發用,箭數合式。朱雀加巳為翱翔有氣,文事武備皆得之矣。且子為乙日之陽貴,申為乙日之陰貴,則子上加申,正是貴臨貴位,必得兩貴周旋特薦而中,後果如占。又問何以分前後,因三傳逆合,又午命甲寅在巳日之前,亥命丁未在巳日之後,即過為前,將來為後,故知之。
呉師青が断じて曰く:兄弟の両箇はみな中る、午年生の名次は前に在り、亥年生は後に在らん。何を以てせん?課は「蒿矢」を成して而もまた金を見る、譬えば箭の上に鉄鏃を装せるがごとし。第四課より発用す、箭数もまた規矩に合す。「朱雀」は巳の上に加わる、是れ鳥のその時を得て、翅を振りて翱翔す、文事・武備の両様はみな占め全うす。さらに子是れ乙日の陽貴にして、申是れ乙日の陰貴にして、如今、子の上に申を加うるは、まさに貴の貴位に臨むなり、必ず両位の貴人ありて中より周旋し、特に薦抜を加えて而も中るを得ん。後來に果して占う所の如くなりき。またいずくんぞ前後を分かつやと問う。三伝は逆行して相合すればにて、而も午年生の者は本命の甲寅は巳日の前に在り、亥年生の者は本命の丁未は巳日の後に在る。已に過ぎ去りたるは前と算し、まさに將來せんとするは後と算す、故にこのように分かつ。
蒿矢見金,有似見從革之金也。
所谓の「蒿矢に金を見る」とは、就ち本課は既に蒿矢を成し、三伝はまた会して巳酉丑の従革の金局と成り、蒿草の箭に金鏃を配上し、射出だして初めて力量あるを得る、故に中式を主る。
蒿矢課・代占会試(丁丑年二月・乙未日)
丁丑年二月雨水亥將,乙未日丙戌時,甲午旬,代占會試,蒿矢、連茹 蛇貴 朱 午未申酉 后 后常 朱六 鬼 丁酉 后 六 巳 戌 陰 酉申 午巳 財 戊戌 陰 勾 辰 亥 玄 申未 巳乙 父 己亥 玄 青 卯寅丑子 常 空虎
丁丑年の二月、雨水の後、月将は「登明」亥を用う。乙未日・丙戌時に来たりて占う、甲午旬に属す(旬空は辰・巳に在り)。是れ人に替わりて会試を代占す。課体は「蒿矢」「連茹」と為る——三伝の酉・戌・亥は順に連なり相接す。月将の亥は占時の戌の上に加わる。四課は:乙は辰宮に寄し、辰の上に巳を乗じ、第一課と為る(巳は「六合」を乗ず)。巳の上に午を乗じ、第二課と為る(午は「朱雀」を乗ず)。日支の未の上に申を乗じ、第三課と為る(申は「太常」を乗ず)。申の上に酉を乗じ、第四課と為る(酉は「天后」を乗ず)。三伝は初伝の酉(遁干は丁酉、「天后」を乗じ、乙日に於いては官鬼)、中伝の戌(遁干は戊戌、「太陰」を乗じ、妻財と為る)、末伝の亥(遁干は己亥、「玄武」を乗じ、父母と為る)。
斷:為人代占,今年必中。蓋發用酉為日鬼皇恩,中傳戌為河魁,正月戌為天喜,末為乙日之長生,又為太陽,最利試場之象,日支上申金為貴人官星支見。又朱雀午火生太歲之丑土,文字華藻合時。課名革故從新,更鄉科而中甲榜必無疑矣。但嫌支上申金為干支之絕,居官未能遠大也。
呉師青が断じて曰く:これは人に替わりての代占にして、今年は一定して考中せん。何を以てせん?発用の酉は既に乙日の日鬼にして、また是れ皇恩の神なり。中伝の戌是れ「河魁」にして、正月の天喜もまた戌に在り。末伝の亥は則ち乙木の長生にして、また是れ太陽の在る所にして、最も考場に利あり。日支の上の申金は貴人を乗じて而も官星と作して支上に現ず。さらに「朱雀」の午火が往きて太歳の丑土を生ずるを看れば、文章・辞采はまさに当時の風尚に合す。課を「革故従新」と名づけ、郷科よりさらに一層を進めて而も進士に中る、必ず疑問なし。ただ惜しむらくは日支の上の申金是れ干支の絶地にして、將來に官を為すは恐らく長遠すること能わざらん。
日鬼: 日:甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸 鬼:申 酉 亥 子 寅 卯 巳 午 辰戌 丑未 皇恩:正七月未,二八月酉,三九月亥,四十月丑,五十一月卯,六十二月巳。 天喜: 正 二 三 四 五 六 七 八 九 十 十一 十二 戌 亥 子 丑 寅 卯 辰 巳 午 未 申 酉
本課の用うる所の三神の取法を附す。日鬼は日干に按じて取る:甲日は申に在り、乙日は酉に在り、丙日は亥に在り、丁日は子に在り、戊日は寅に在り、己日は卯に在り、庚日は巳に在り、辛日は午に在り、壬日は辰・戌に在り、癸日は丑・未に在り。皇恩は:正月と七月とは未に在り、二月と八月とは酉に在り、三月と九月とは亥に在り、四月と十月とは丑に在り、五月と十一月とは卯に在り、六月と十二月とは巳に在り。天喜は:正月は戌に在り、二月は亥に在り、三月は子に在り、四月は丑に在り、五月は寅に在り、六月は卯に在り、七月は辰に在り、八月は巳に在り、九月は午に在り、十月は未に在り、十一月は申に在り、十二月は酉に在り。本課は二月に占う、皇恩はまさに酉の上に落ち、日鬼と位を同じくして而も発用す、故に恩榮を得るを主る。
蒿矢課・占升遷(丁卯年正月・丁巳日)
丁卯年正月立春子將,丁巳日癸卯時,甲寅旬,占升遷,蒿矢、玄胎。 勾青 六 寅卯辰巳 空 貴六 常青 鬼 癸亥 貴 朱 丑 午 虎 亥寅 丑辰 財 庚申 玄 蛇 子 未 常 寅巳 辰丁 兄 丁巳 空 貴 亥戌酉申 玄 后陰
丁卯年の正月、立春の後、月将は「神后」子を用う。丁巳日・癸卯時に来たりて占う、甲寅旬に属す(旬空は子・丑に在り)。問う所は升遷なり。課体は「蒿矢」「玄胎」と為る。月将の子は占時の卯の上に加わる。四課は:丁は未宮に寄し、未の上に辰を乗じ、第一課と為る(辰は「青竜」を乗ず)。辰の上に丑を乗じ、第二課と為る(丑は「太常」を乗ず)。日支の巳の上に寅を乗じ、第三課と為る(寅は「六合」を乗ず)。寅の上に亥を乗じ、第四課と為る(亥は「貴人」を乗ず)。三伝は初伝の亥(遁干は癸亥、「貴人」を乗じ、丁日に於いては官鬼)、中伝の申(遁干は庚申、「玄武」を乗じ、妻財と為る)、末伝の巳(遁干は丁巳、「天空」を乗じ、兄弟と為る)。
斷曰:太歲月建生日干丁火,目今必然遷擢,其地多是山環水繞之地。蓋支為任所,而日支上加寅,寅屬艮卦艮為山,則主山。而寅與亥水相合天地盤寅亥相合,故主水,故應山水之地。發用蒿矢建金,即箭之有簇,又亥為丁日貴人德,為丁日干德,為巳支驛馬入為初傳,財官城吏全逢,催官迅速之兆。但忌日之陰陽制官,須防陳王田三姓人為祟。果癸亥日隨授都司,未幾被田司馬罷之。
呉師青が断じて曰く:太歳と月建とがみな來たりて日干の丁火を生ず、眼下は必ず升遷を得ん、任する所の地方は多半は山環・水繞の処ならん。何を以てせん?日支は任所を代表し、如今、日支の上に寅を加え、寅は八卦に於いて艮に属し、艮は山と為る、故に山を主る。寅はまた亥水と相合す——天盤・地盤の寅亥は相合す——故に水を主る、合わせ起こせばまさに山水の郷なり。発用は蒿矢を成して而も金気を帶ぶ、譬えば箭の上に鉄鏃を装せるがごとし。亥は既に丁日の貴人にして、また丁日の日徳にして、さらに是れ巳支の駅馬にして、如今、初伝に入る、財・官・城・吏の諸神は斉備す、是れ官を催すこと迅速の兆頭なり。ただ日干の陰陽の両神が反って往きて官星を制住するを忌む、須く姓陳・姓王・姓田の三箇の人の中より梗を作すを防ぐべし。後來に彼は果して癸亥日に就ち都司に授せられ、久しからずして便ち田司馬に罷免せらる。
日上之陽神是辰,陰神是丑,而妨其所克者,則斷陳姓,以辰與陳同音也。又曰王田二姓,以丑字左邊添便是田,右邊去一便是王也。
何を以て三箇の姓を断出するを得るや?日干の上の陽神是れ辰にして、陰神是れ丑にして、此人を妨害するはまさにそれらの克する所の処なり。姓陳を断ずるは、是れ「辰」と「陳」との同音を取る。姓王・姓田を断ずるは、是れ「丑」の字より形を取る:丑の字の左辺に一笔を添え起こせば便ち「田」と成り、右辺の一笔を去り去れば便ち是れ「王」なり。
蒿矢課・占行人何日到(辛卯年九月・辛巳日)
辛卯年九月寒露辰將,辛巳日辛卯時,甲申旬,占行人何日到,蒿矢。 后陰 貴 午未申酉 玄 后貴空白 鬼 壬午 貴 蛇 巳 戌 常 未午子亥 印 癸未 后 朱 辰 亥 虎 午巳亥辛 兄 甲申 陰 六 卯寅丑子 空 勾龍
辛卯年の九月、寒露の後、月将は「天罡」辰を用う。辛巳日・辛卯時に来たりて占う、甲申旬に属す(旬空は午・未に在り)。占うは門外に出でて在るの人のいずれの一天に家に到るかなり。課体は「蒿矢」と為る。月将の辰は占時の卯の上に加わる。四課は:辛は戌宮に寄し、戌の上に亥を乗じ、第一課と為る(亥は「白虎」を乗ず)。亥の上に子を乗じ、第二課と為る(子は「天空」を乗ず)。日支の巳の上に午を乗じ、第三課と為る(午は「貴人」を乗ず)。午の上に未を乗じ、第四課と為る(未は「天后」を乗ず)。三伝は初伝の午(「貴人」を乗じ、辛日に於いては官鬼、まさに旬空に落つ)、中伝の未(「天后」を乗じ、印綬と為り、同じく旬空に落つ)、末伝の申(遁干は甲申、「太陰」を乗じ、兄弟と為る)。
斷曰:行人自宅中已起程矣,應於丙戌日到。蓋亥為巳日之驛馬而臨日干,午火貴人臨日支。又蒿矢為用,行人速來,故知其起程。曰丙戌到者,因亥為馬而臨戌地,又為發用之墓絕午以戌為墓,以亥為絕,且寅為本命,午為用神,與戌作三合也,後果丙戌日至。
呉師青が断じて曰く:門に出でる人は已に住処より身を動かし了れり、丙戌日に家に到るに応ずべし。何を以て彼が已に起程せるを知るや?亥是れ巳日の駅馬にして而もまさに日干の上に臨み、午火は貴人を乗じてまた日支の上に臨めばにて。加うるに課は蒿矢を成して而も発用す、行人の速やかに來るを主る。何を以て丙戌日に定むや?駅馬の亥は戌の地に臨み、戌はまた発用の神の墓絶の処なればにて——午は戌を以て墓と為し、亥を以て絶と為す。さらに此人の本命是れ寅にして、用神是れ午にして、寅・午と戌とが恰好として会して三合と成る。後來に果して丙戌日に家に到りき。
蒿矢課・占病与擇医(己卯年六月・己酉日)
己卯年六月小暑未將,己酉日戊辰時,甲辰旬,占病,蒿矢、三交。 六朱 勾 申酉戌亥 蛇 玄貴辰朱 鬼 乙卯 玄 龍 未 子 貴 卯子丑戌 父 丙午 空 空 午 丑 后 子酉戌己 子 己酉 六 虎 巳辰卯寅 陰 常玄
己卯年の六月、小暑の後、月将は「小吉」未を用う。己酉日・戊辰時に来たりて占う、甲辰旬に属す(旬空は寅・卯に在り)。問う所は病なり。課体は「蒿矢」「三交」と為る。月将の未は占時の辰の上に加わる。四課は:己は未宮に寄し、未の上に戌を乗じ、第一課と為る(戌は「朱雀」を乗ず)。戌の上に丑を乗じ、第二課と為る(丑は「天后」を乗ず)。日支の酉の上に子を乗じ、第三課と為る(子は「貴人」を乗ず)。子の上に卯を乗じ、第四課と為る(卯は「玄武」を乗ず)。三伝は初伝の卯(「玄武」を乗じ、己日に於いては官鬼、まさに旬空に落つ)、中伝の午(遁干は丙午、「天空」を乗じ、父母と為る)、末伝の酉(遁干は己酉、「六合」を乗じ、子孫と為る)。
斷:當年病無妨,何須再三詳,黑馬自夷來,跨上往西方,早覓玄空徑,教爾接命長,宅上見胎神,一陰並兩陽。蓋太歲發用作日破旬空,目今無妨,但嫌巳日卯作醫神發用而剋日,主醫人用藥不當。蓋卯木為鬼,巳火為虎,主脾土肺金受症,未能脫體,須東南錢劉金姓之醫,平肝清心肝屬木,心屬火,其病漸愈。否則,壬午春必有他慮矣。
呉師青は先ず四句の韻語を以て断じて曰く:今年の病は妨事なし、何ぞ須らく再三に細問せん。一匹の黒馬は遠方より來たり、それに騎し上がりて西方へ往かん。早めに一箇の虚静の路を尋ねよ、你に教えて性命の長きを續がしめん。宅の上に胎神を現出す、一箇の陰支は両箇の陽支を并ぐ。接ぎ下りて解釋す:太歳は発用して而も日破を作し、また旬空に落つ、故に眼下は妨げなし。ただ嫌うは卯は医神と作して而も発用して來たりて日干を克す、医生の薬を用うるの当ならざるを説明す。卯木是れ官鬼にして、巳火は化して「白虎」と為り、脾土と肺金とが一同に病を受くるを主り、一時に身を脱することを得ず。須く東南方の姓銭・姓劉・姓金の医生を請すべし、肝を平らげ心を清くするの法を用いよ——肝は木に属し、心は火に属す——病は初めて漸漸に好転せん。否らば壬午年の春天に到りて、別に慮るべきの事あらん。
蒿矢課・占病断死期(己丑年八月・乙未日)
己丑年八月白露巳將,乙未日辛巳時,甲午旬,占病,蒿矢、連茹。 虎常 空 午未申酉 玄 玄常空龍 鬼 丁酉 玄 龍 巳 戌 陰 酉申午巳 財 戊戌 陰 勾 辰 亥 后 申未巳乙 父 己亥 后 六 卯寅丑子 貴 朱蛇
己丑年の八月、白露ののの後、月将は「太乙」巳を用う。乙未日・辛巳時に来たりて占う、甲午旬に属す(旬空は辰・巳に在り)。問う所は病なり。課体は「蒿矢」「連茹」と為る——三伝の酉・戌・亥は順に連なり相接す。四課は:乙は辰宮に寄し、辰の上に巳を乗じ、第一課と為る(巳は「青竜」を乗ず)。巳の上に午を乗じ、第二課と為る(午は「天空」を乗ず)。日支の未の上に申を乗じ、第三課と為る(申は「太常」を乗ず)。申の上に酉を乗じ、第四課と為る(酉は「玄武」を乗ず)。三伝は初伝の酉(遁干は丁酉、「玄武」を乗じ、乙日に於いては官鬼)、中伝の戌(遁干は戊戌、「太陰」を乗じ、妻財と為る)、末伝の亥(遁干は己亥、「天后」を乗じ、父母と為る)。
斷曰:病已臨床不起,八九月之會是其死期乎?何以知其病之不起?干支互乘申之絕氣,課傳革故從新,且八月申為天馬加日支,巳為未日之驛馬臨日干,正是二馬臨身。乙日干之上神是巳,為宅,巳居青龍;日支之上神是申居太常,則巳宅乘青龍,申宅乘太常,謂之孝服紙錢煞也。病人見驛馬固非所宜。何以知其不起臨床?因乙身加臨卯位辰為乙身,而卯為為床為棺也。何以知其死期?三傳內二陰一陽,中傳戌加酉位,是八九交會之時戌為九月,酉為八月。果交九月節如占。
呉師青が断じて曰く:この病人は已に牀に臥して起くことを得ず、死期は就ち八九の月の交界するの時に在り。いずくんぞ彼が起き來ることを得ざるを知るや?日干・日支は互いに申の絶気を乗じ、課伝はまた革故従新を主る。八月の天馬は申に在りて而も日支の上に加わり、巳是れ未日の駅馬にしてまた日干の上に臨む、まさに両匹の馬が一斉に身に臨む。さらに乙の日干の上の上神是れ巳にして、巳は宅を代表し、而もそれは「青竜」を乗ず。日支の上の上神是れ申にして、申もまた宅を代表し、而もそれは「太常」を乗ず——巳宅は青竜を乗じ、申宅は太常を乗ず、これを「孝服・紙銭の煞」と叫ぶ。病人の駅馬を見るは本は宜しからず。いずくんぞ彼が牀に臥するを知るや?乙の寄する所の身位が卯の上に加臨すればにて——辰は乙の身と為り、而も卯は床を象り、棺を象る。いずくんぞ死期を定めんや?三伝の中は両陰・一陽にして、中伝の戌は酉位の上に加わり、戌は九月に当たり、酉は八月に当たる、まさに八九の交會するの時なり。後來に一たび九月節に交れば、果して占う所の如くなりき。
蒿矢課・夜半扣門(己巳年十一月・丁酉日)
己巳年十一月冬至丑將,丁酉日庚戌時,甲午旬,因夜有人扣門聲,隨占一課,蒿矢。 貴后 蛇 申酉戌亥 陰 空玄常后 官 庚子 玄 朱 未 子 玄 卯子丑戌 父 癸卯 空 六 午 丑 常 子酉戌丁 比 甲午 六 勾 巳辰卯寅 虎 青空
己巳年の十一月、冬至の後、月将は「大吉」丑を用う。丁酉日・庚戌時に来たりて占う、甲午旬に属す(旬空は辰・巳に在り)。起因は夜裡に人ありて門を敲きたるにて、手に随いて一課を起せり。課体は「蒿矢」と為る。月将の丑は占時の戌の上に加わる。四課は:丁は未宮に寄し、未の上に戌を乗じ、第一課と為る(戌は「天后」を乗ず)。戌の上に丑を乗じ、第二課と為る(丑は「太常」を乗ず)。日支の酉の上に子を乗じ、第三課と為る(子は「玄武」を乗ず)。子の上に卯を乗じ、第四課と為る(卯は「天空」を乗ず)。三伝は初伝の子(遁干は庚子、「玄武」を乗じ、丁日に於いては官星)、中伝の卯(遁干は癸卯、「天空」を乗じ、父母と為る)、末伝の午(遁干は甲午、「六合」を乗じ、比肩と為る)。
斷曰:來扣門者必因盜賊之事。及開門時,他曰:彼鄉有一舉人做亂。予傳一課占之,指日敗擒,無煩過慮。蓋因日干上戌墓加臨日支上子臨為死神,且玄武子水臨於酉為敗地酉為沐浴,日干之上神戌土又制之,是以不能持久,一交土旺時自休息矣。
呉師青が断じて曰く:來たりて門を敲く人は一定して盗賊の事のためなり。門を開きて一たび問えば、來人曰く:あの郷里に一名の擧人ありて衆を聚めて乱を作すと。彼は便ちこの一課に就きて再び占して断じて曰く:日ならずして便ち敗露して擒せられん、過慮するに及ばず。何を以てせん?日干の上の戌是れ墓神にして、日支の上に加臨し、而も日支の上の子はまさに死神なり。「玄武」の乗ずる所の子水はまた酉のこの敗地に臨む——酉は沐浴と為る。日干の上の戌土はさらに頭を回し來たりてそれを制住す。故にこの一場の乱事は支撑すること久しからず、一たび土旺の時に交れば自然に平息せん。
弹射課・日食占応(庚寅年十月・辛巳日)
庚寅年十月立冬卯將,辛巳朔甲午時,甲戌旬,因日食占之何應,彈射、病胎、勵德。 六朱 勾 寅卯辰巳 蛇 白勾朱后 財寅勾 龍 丑 午 貴 亥寅辰未 子亥虎 空 子 未 后 寅巳未辛 兄申陰 白 亥戌酉申 陰 常玄
庚寅年の十月、立冬の後、月将は「太冲」卯を用う。辛巳日は恰も朔日に逢い、甲午時に来たりて占う、甲戌旬に属す(旬空は申・酉に在り)。起因は天上に日食を発生せるにて、何の応験を主るかを占問す。課体は「弹射」「病胎」「励徳」と為る。月将の卯は占時の午の上に加わる。四課は:辛は戌宮に寄し、戌の上に未を乗じ、第一課と為る(未は「天后」を乗ず)。未の上に辰を乗じ、第二課と為る(辰は「朱雀」を乗ず)。日支の巳の上に寅を乗じ、第三課と為る(寅は「勾陳」を乗ず)。寅の上に亥を乗じ、第四課と為る(亥は「白虎」を乗ず)。三伝は初伝の寅(「勾陳」を乗じ、辛日に於いては妻財)、中伝の亥(「白虎」を乗じ、子孫と為る)、末伝の申(「太陰」を乗じ、兄弟と為り、まさに旬空に落つ)。
遠斷曰:太歲寅為辛日之游都,臨翼軫發用,即臨巳位但是翼軫也。且寅為巳日之劫煞,正是乘披刑帶煞,東南楚地寅居巳居南當有戰爭之象。彈射有丸,憂驚必重,中傳亥為白虎,又為巳日之驛馬而沖剋巳日。末傳申為太陰而沖剋太歲,但申落旬空,陰謀必敗。又河覆井、玄入穴、虎出林、乘年,定主風多澇患,奈何雷公雷煞亥為雷公,申為雷煞並見,以作病胎,氣不收斂,民生多病之征也。越次日,雷電大作,次年水澇為災。餘占亦驗。
呉師青は遠断を作して説く:太歳の寅はまさに辛日の游都にして、如今、翼・軫の両宿の分野に臨みて発用す——それが巳位の上に加わればにて、巳の分野は便ち翼軫なり。寅はまた巳日の劫煞にして、まさに所谓の身は刑を披き、帯は煞を腰す。寅は東に居り、巳は南に居り、東南の楚地の一帯はまさに戦争の象あるべし。課は「弹射」を成すこと弹丸の手を出づるがごとく、憂驚は必ず重し。中伝の亥は「白虎」を乗じ、また巳日の駅馬にして、頭を回し來たりて巳日を冲克す。末伝の申は「太陰」を乗じて而も太歳を冲克す、ただ申は旬空に落つ、故に陰謀は終竟に敗せんと要す。さらに河の井に覆る、玄武の穴に入る、白虎の林を出でて而も本年を乗ずるを看れば——これらはみな風多く水涝のあるを主る。無奈に「雷公」は亥に在り、「雷煞」は申に在り、両者は并び見えて而も合せて病胎と成る、天地の気は収斂して住まず、まさに百姓の病多きの征なり。第二天に果して雷電は大作し、第二年に水涝は災を成せり。此の外に占う所の幾件の事も、もまたみな応験せり。
雷公,正五九月寅,二六十月亥,三七十一月申,四八十二月巳。雷煞,正五九月亥,二六十月申,三七十一月巳,四八十二月寅。
雷公の取法:正月・五月・九月は寅に在り、二月・六月・十月は亥に在り、三月・七月・十一月は申に在り、四月・八月・十二月は巳に在り。雷煞の取法:正月・五月・九月は亥に在り、二月・六月・十月は申に在り、三月・七月・十一月は巳に在り、四月・八月・十二月は寅に在り。本課は十月に占う、故に雷公は亥に在り、雷煞は申に在り、両者は恰好として三伝の中に於いて并び見えたり。
